東方狂宴録 (赤城@54100)
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第一話『俺と巫女と幻想入りと』

一気に投稿するとサーバーに負荷がとかあるそうなので、まずは一話だけ。
夜に二話目を投稿します。


 その昔、アインシュタインは言った。

 

 ———『常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう』

 

 それを今、俺は身を持って思い知らされている。何故ならば、今の俺の現状が俺の知る常識とはかけ離れた状態だからだ。

 どんな状態かを一言で簡単に説明すると

 

 

 

「ここは何処だ?」

 

 

 

 ……まぁ、そういうことである。

 俺は自分の部屋のベッドに潜り、そして就寝という至って普通な一日の終わりかたをしたはずだった。なのにだ、なのに俺の現状はそんな終わりかたからは考えられない状態にある。

 

 まず、自分の周囲には木々……所謂森と呼ばれるような場所に居る。

 例えば、自分が夢遊病等を患っていればいきなり森に立っていてもあまりおかしくはない……はず。だが残念ながら、自分の家がある地域は都会とは言えないが、いくらなんでも大自然が残るほどでは無い。つまり、夢遊病だとかで来れる範囲を超えているということだ。

 

 次に自分。目を覚ました瞬間に立っていたから中々分からなかったが、視界がいつもより高い。

 それに服も寝る前に来ていたジャージではなく正装……というかコスプレみたいな格好になっていた。紫色をした高そうな服に黒いマント、チラチラと見える自分の前髪は何故か金髪。

 

 ————金髪? はて、確か自分の髪は日本人によくある純粋な黒だ。

 

「これは厄介だな……」

 

 厄介だ、厄介すぎる。しかも今気づいたが、声まで変わってる。

 思考も至って冷静―――と言っていいのか少し微妙だが―――だ、こんなのありえない。いつもの自分なら叫び声の一つや二つを上げていることだろう。

 ……もしや?

 

「これは、転生だとか憑依と呼ばれる現象か?」

 

 口から出た言葉のニュアンスが少々違うのはこの際無視する。それよりも現状の確認が最優先だ。

 転生ならどんな世界なのか、憑依なら誰にでどんな世界なのか、というか何故こんなにいきなりなのかが分からないのが厳しすぎる。

 

 普段は割と普通な学生をしているが、二次創作だとかの小説もよく読む。そういった系統だと神様がミスして殺したから謝られた後チート能力に足して格好良くなり転生だったりがテンプレなのだが……俺にはそれが無い、いやあっても困るが、ミスなんてもんで死にたくない。

 無論、二次創作だとかを読みながら「俺も魔法使ってみたいなぁ」とか「遊○王の主人公とかとデュエルしてみたい」とかは多少なりに思ったさ。だがこんないきなりは嫌すぎる。

 世界は不明で能力不明、分かるのは服装と髪が金髪だということくらいだ。

 

 ……あ、でも金髪ならある程度は期待できるな。金髪だったら大概のキャラは男なら美少年か美青年で、女なら美少女か美女が王道だ。これならば期待できる、強さも美があるキャラにはデフォ率が高いからな。

 

 

 

 ———閑話休題———

 

 

 

 とりあえず歩くとしよう。立ち止まってるのはマズいからな、よく怪物とかが現れたりす

 

「―――■■■■■■■!!」

 

 るって……ハハッ、いきなりかよ。いきなりの登場かよちくせう。一瞬萎縮しちゃったよ、体硬直したよ。

 

「と、無駄に考えてる場合では無いな」

 

 口調は冷静すぎるぐらいだが、精神的にはかなりヤバい。せめて能力が分かってから来てほしかった……いや来ないのが一番ですけどね?

 とか考えつつ走りだすが、ここで予想外な出来事が。

 

「む……この瞬発力は……?」

 

 速い、ありえないぐらいに速い。オリンピックの選手なんかにも余裕で勝てるタイムが出せそうな速さだ。

 

「成る程、身体能力は強化されているようだな」

 

 呟きながら走り続ける。自分の速さを知った今、全力ではないが充分な速さを保っている。後ろを向いても化け物の姿は無い。

 

「……フム、撒いたか?」

 

 確証は無いが、十中八九そうだろう。相手もかなりの速度が出るであろうが、此方には及ぶまい。とりあえず情けない形ではあるが、身の安全は確保できた。

 ……そして、次の問題が発生した。

 

「……面倒ね」

 

 ならば見逃してほしいぜガール。

 

「でも、まぁ仕事だから仕方ないか……」

 

 何故かため息をつかれた……。

 俺の目の前には紅と白で色が構成された巫女服をきた少女が立っている。頭には大きなリボンをつけ、何故か巫女服の腋のところは生地がない。

 まぁ、およそここまで言えば誰だか分かるだろう。……そう、彼女だ。

 

「博麗、霊夢……」

「私のこと知ってるの? なら話が早いわね」

 

 間違いない、間違いないようが無い。

 紅白の巫女服に身を包み、背丈はやや小さくダルそうな表情、極めつけはあのお札!! …………お札?

 

「さっさと祓わせてもらうわよ」

「待て、何故祓われねばならない? そもそもここは何処だ?」

 

 なんかヤバそうなので止めつつ、意識を逸らすために質問する。これなら外来人として認識してもらえるだろう。

 

「え? まさかアンタ、外から来たばっかりなの?」

「あぁ、そうだが?」

「じゃ、悪かったわね。久々に妖怪退治の依頼があったから張り切ってたのよ」

 

 わーお、妖怪退治の依頼なんか入るんだ。そりゃ、数少ない収入チャンスだから張り切るよな。

 

「でも、ならなんで私の名前知ってるのよ?」

 

 ……………………ヤベェェェェ! この上無くヤベェ!!

 どうする、どうやって切り抜ける!? 今こそ輝け俺の口八丁!!

 

「私の固有技能で情報を得たのだよ」

 

 俺の口ィィィ!?

 輝きゼロじゃん! まだ赤ちゃんの涎まみれの口のほうが輝いとるわ!!

 

「へぇ、珍しい能力ね」

 

 ……………………よくやった俺の口! 輝いてるぜ俺の口!!

 思った通りに喋らないのは慣れないし嫌だけど最高だぜ!!

 

「まぁ、能力とは少し違うのだが…納得してもらえたなら幸いだ」

 

 しかし、考えてみれば結構危なかったな。俺は相手のことをゲームで知ってても相手にとっては初めて見る相手なんだし……気を付けなくては。

 

「でも、まだ外に妖怪擬きが居たのね」

「いや、私は人間だが?」

 

 俺の言葉に怪訝そうな表情をする霊夢……なんでさ?

 

「貴方、人間じゃないでしょ?」

「いや、だから」

「そんな分かりやすい嘘、なんでつくのよ?」

「ま、待ってくれないか?」

 

 今、とんでもない爆弾発言が飛び出したような気がするぞ?

 

「すまないが、先程の言葉もう一度言ってはくれないか?」

「そんな分かりやすい嘘、なんで「その一つ前だ」……貴方、人間じゃないでしょ?」

「…………」

 

 絶句という表現が正しいだろう。人間じゃない、そう断言されたのだから当然だ。

 困惑しつつもとりあえず聞く。

 

「私は、人間じゃない……?」

「えぇ、間違いなく。かといって、雑多に居るような妖怪でも無いみたいだけど」

 

 ここで、一つの仮説に辿り着いた。

 男で、人間ではなく、金髪であり、服装はマントに高そうな服の高身長、発する声はとあるゲームで聞いたことのある声。

 ……恐らく多数のキャラが存在するのだろうが、声に関しては被ることは無いだろう。そもそも条件に当てはまるキャラを俺は一人しか知らない。

 

「……すまないが、どこかに湖か川は無いかね?」

「小さな湖だったら、すぐそこにあるわよ」

 

 霊夢の指差すほうを向くと、確かに湖が見えた。すぐに走り出し、覗き込む。

 

「……なんということだ」

 

 落ち着いた声しか出ないのが悔しい……。

 顔は間違いなく美形。目は閉じているように見えるが、それさえもプラスに働いている。あぁ、それは嬉しいさ。だが、これは無いだろう?

 

 

 

 

 完全に外見がワラキアだ……。

 

 

 

 

 ……どうなるんだ、俺?




ワラキア好きが増えますように、その気持ちで書いています。

そんなことよりお蕎麦食べたい。


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第二話『俺と人里と先生と』

一日一歩、三日で三歩、三歩歩いたら休む

嘘です、ちゃんと投稿続けます。まだ二歩目ですしね。


 前回のあらすじ

 ・気がついたら森にいた

 ・しかも憑依っぽい感じだった

 ・頑張って現状を把握しようとしてたら化け物が出た

 ・逃げた、ひたすらに逃げた

 ・腋巫女に出会った

 ・外見が完全にワラキアだった

 ・orz←今ここ

 

 

 

 

 

「……いつまで落ち込んでるのよ?」

 

 落ち込んだ体勢のままででいたら、霊夢に話しかけられた。声色からして呆れと苛々を足して2で割らないような気分なんだろう。

 だけどさ、俺もキツいわけだよ。産まれてからずっと連れ添った俺の肉体とバイバイベイビーな状況で。

 

 ……いや、待てよ?

 冷静に考えたら目を開かない限りかなりの美形の顔を手に入れたと考えれば良いんじゃないか? 設定にも美形みたいに書いてあった気がするし、案外アリといえばアリかもしれないな。背も高いし。高すぎる気もするけど。

 ……っと、霊夢無視したみたいになってしまったな。早く謝るか、攻撃されたら死ねる。

 

「すまないね。少々現状を把握するために、思考に耽ってしまった」

「あー、いいわよ。大体の外来人……アンタ人間じゃないから正しいか分からないけどそう呼ぶわよ? まぁとりあえず外来人は状況の把握が出来ないし、出来ても発狂しちゃったりするし」

 

 ……まぁ、普通に考えたらありえないからな。外来人は大概妖怪に食われるだろうし、運良く生き延びてもそこから先がどうしようも無いだろう。頼れる相手も、生き残る術も、何も持たないのが普通だ。

 生き残れるのはチート能力を手に入れたウハウハな奴とか、上位妖怪やら神やらに転生或いは憑依したような奴ぐらいだと思う。

 

 ……俺は多分後者に当てはまるはずだ。妖怪でも、ましてや神なんかでは無いが死徒とはいえ吸血鬼。

しかも死徒二十七祖の一人に数えられる程の者だ。

 先程のように逃げに徹してれば、大概の相手からは逃げ切れるだろうし、頑張れば戦えるかもしれん。……いや正直戦いたくなんかないけどね。

 だが悲しいかな此処は幻想郷、危険は常に付きまとっている。それに対する対抗手段を得れた分、幸運かもしれない。ワラキアはゲームでそれなりに使い込んだキャラだから、技も再現できるかもしれないし。

 

 ……あれ? そういや幻想郷にも吸血鬼が居たような気がするぞ?

 確か、見た目は幼女な中身五百歳が。そして、その妹のなんでも破壊する危険なクレイジーガールが。

しかも自身をツェペシュの末裔だなんて言っちゃってた気がする。

 

「どうしたの? 顔色が悪いわよ?」

「あ、あぁすまない。やはり心の整理がつかなくてね……」

 

 半分本当で、半分嘘だ。確かに整理はついていないが、それは対策に関してだ。……あ、そうだ、紅魔館に近寄らなければいいんだ。簡単な話じゃん。

 つか、こんなに考え事してんのによく霊夢は待っててくれるな。外来人ってのは大概そうなのかな? ……聞いてみるか。

 

「聞きたいのだが、外来人というのは大概、今の私のように考え事に集中してしまうものなのかね?」

「別に貴方、たいして集中してるようには見えないわよ?考え事してる時間、三十秒にも満たないもの」

 

 ……三十秒にも満たないだと? そんなわけは無い。明らかにもっと時間がかかっているはずだ。

 

「……あぁ、そういうことか」

「なにが?」

「いやなに、一人言のようなものだ」

 

 簡単な、酷く簡単な話だ。

 今の俺はワラキア、即ち錬金術師【ズェピア・エルトナム・オベローン】の持つ思考の妙技―――高速・分割思考を使えるということだ。恐らく無自覚のうちに高速思考をしていたのだろう。

 無論、本家のようなトンデモ性能ではなく、多少思考速度を普段より速める程度のものだろうが。

 だがコレは大きな武器になる。思考速度が上昇するのは様々な事に応用できるし、戦闘でもかなり役に立つだろう。

 ……そう考えると本当に結構な当たりくじを引いたな。

 

「で、貴方この後どうするの?」

「……できれば人里まで案内してくれるかね?」

「人里? ……まぁ、人が居る場所に向かいたいのは心理として当然だけど、頼れる人がいないんじゃないの?」

 

 頼れる人なんか居ません、居るわけないです。だが、頼りになる人なら居る……賭けであるのは否めないけど。

 

「どうなるかは筋書きが無いから分からないが、この舞台における私の立場如何では誰かしら協力者が現れてくれるだろう」

 

 何この言い回し、意味分からん。俺は単に、『運任せ』と言いたいだけなのに。

 ……まぁ、いいか。多分霊夢にも伝わったろうし。

 

「そうね、貴方なら劇に関係した仕事が来るかもしれないわね」

 

 あっるぇー? 妙な伝わりかたしちゃってるー?

 確かにワラキアなら劇関係の仕事出来そうだけど……中身は俺だし、ただ無駄な言い回しがあるだけだし。

 

「まぁいいわ、とりあえず人里に向かいましょ」

「うむ、よろしく頼むよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

……………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 何事も無く人里に到着。妖怪にも妖精にも遭遇しなかったのは霊夢が居たからだろう、流石は主人公。怖れられてるぜ。

 

「ほら、ここが人里よ」

 

 霊夢の言葉を聞き、入り口らしき所に立つ……おぉ。

 

「賑やかな場所だな」

 

 そこは不思議な場所だった。現代に近い服装の人もいれば、昔着られていたような服装の人までいる。しかし誰もが共通して生き生きとした表情で、通りは賑わっていた。

 幻想郷というと現代より文化レベルが低いから長生きもしにくいと思ったが老人もいる、というか走ってる。何あの速度怖い。普通に100m14秒ぐらいで走れるんじゃないか? 老人にしてはかなりパワフルだ。

 

「いつもこんなもんだけどね」

 

 いつもあんな吃驚人間が居るのかこの里は。木◯葉も吃驚だってばよ。

 ……そういや、ふと思ったんだが。

 

「見張りのような存在は居ないのかね?」

「必要無いのよ、人里は襲ってはいけないルールがあるから」

 

 あー、そういやそんな設定があったな。……それに襲われてもこの里の人なら、大概の野良妖怪なんかは撃退出来そうだ。六割マジで。

 

「さて、人里まで連れて来てあげたけど、どうするの?」

「フム…また願いになってしまうが、寺子屋まで案内してくれるかね?」

「寺子屋……あぁそうね、確かにあそこなら助けてくれそうな人はいるわね」

 

 霊夢も気がついたようだ。有名といえば有名だしな。もうしたかは分からないが、作中で弾幕勝負したこともあったはずだ。

 まぁそうでなくとも人里をある程度出入りすれば名前と噂くらい耳にするか。唯一ある寺子屋のただ一人の先生で、優しくて、綺麗で、強くて、俺自身の好きなキャラランキングでも上位にいるあの人。

 ……最後のは分かるはず無いだろうけど言っておきたかった。後悔はしていない、褒めまくったことも後悔していない、大切なことなので以下略!

 

「でもなんで外から来たばっかりのアンタが知ってるのよ?」

「私の固有技能によるものだと解釈してくれると嬉しい」

「またそれ? そういえば、私のこともそれで知ってたのよね?」

「そうだね。どんな技能かは少々言葉では説明し難いので割愛してもいいかな?」

「べつにいいわよ? ……あ、ここが寺子屋よ」

 

 危ない危ない、なんとか深く追及されずにすんだ……。

 とりあえず案外時間がかかることも無く、寺子屋にはついた。というより普通に俺達の歩く速度が速かっただけだが。霊夢なんか後半軽く浮きながら案内してたし。

 それはさておき、ここからが問題だ。なんせ当面の住居の確保をしなくてはならない、だからこそ寺子屋に来たんだが。

 

「失礼する」

「入るわよー」

 

 一応、挨拶をしながら入った俺とは違い軽いノリで入った霊夢。そしてそのまま歩き出す。多分教室に向かっているのだろう。遅れないように慌ててついて行く。

 

「慧音ー居るー?」

 

 ザワザワと騒がしい部屋の扉をスライドさせて入る霊夢、授業が終わったタイミングだったのだろうか、生徒らしき子供達は帰りの準備をしていた。最も、今はその手を止めてこちらを凝視しているが。

 そして目的の人物、【上白沢 慧音】はチョークを投げてきた……ってオイ!?

 

「危ないではないか」

 

 飛んできたチョークを受け止め、呟く。何故かイントネーションは余裕ありげな感じだが、そんなものまったく無い。というか受け止めれるとは思ってなかったし。

 恐らく今の発言で俺の存在に気がついたのだろう、上白沢慧音は目を丸くしていた。

 ……一々フルネームは面倒だな。でもどう呼べば良いやら。

 

「アンタは知ってるようだけど、あれが上白沢慧音よ。頭突きは意識が飛ぶこともあるから気をつけて」

 

食らったことあるのかよ。

 

「流石に意識は飛ばないし、お前にした覚えは無いのだが……」

「そりゃ痛そうだもの、食らいたくないわよ。意識云々はイメージね、イメージ」

 

 ……なんという俺様。悪びれる様子が欠片も無いな。

 俺を指差しながら霊夢が口を開く。どうやら俺を紹介してくれるらしい。

 

「慧音、コイツは外来人で名前は……アンタ名前は?」

「……あぁ、そういえば名乗ってなかったね」

 

 うっかりしていた。霊夢にも聞かれなかったし、普通に名乗ったと思ってたよ。

 フム、出来れば本名を名乗りたいがワラキアの見た目で日本人の名前は無いよなぁ……って、ん? 本名? あれ? 俺の名前はなんだったんだ?

 クソッ、自分の名前に関わるところだけ記憶が曖昧になってやがる……。

 一緒に馬鹿やってた友達とか、育ててくれた家族とかの顔や名前は思い出せるのに自分の名前は思い出せない。そのくせ、ゲームやら漫画みたいなののキャラ名だとか技名みたいのは憶えてる。

 …………意味が分からないけど、今は仕方ない、か。

 

「ズェピア・エルトナム・オベローン」

「え、えっと?」

「ズェピアが名前だから、後は憶えなくて構わないよ」

 

 追加で言っておく。こんな長い横文字な名前、紅魔館面子以外では居ないだろうし。……メディスンとかが居たか。

 俺個人としてもファミリーネームでは呼ばれたくないしな。俺自身のじゃないからどのみち微妙だが。

 

「……ズェピアよ。どうやら外来人らしいから、なんとかしてあげて」

「雑すぎるぞ流石に。ほら困惑してるじゃないか? 端折ること程、説明において愚かな事は無いぞ?」

「うっさいわねー、じゃあなんて説明すればいいのよ? 正直、貴方みたいに冷静な対応をする外来人なんか会ったことないから困惑してるのよ?」

 

 困惑してたのか。つか、俺は全然冷静じゃないんだがね。……ワラキア補正だよな、間違いなく。

 

「すまないがズェピア…だったかな?詳しく説明してほしいんだが。あぁ、それと私は上白沢慧音、慧音で構わない」

「ふむ、説明するのはいいのだが主に何についてだ?」

 

 いきなりで少し驚いたが、なんとか返す。質問なぁ……いくつかは予想出来るんだが予想外もありえるからな、構えておこう。

 

「まぁ、そんなに難しい話じゃない。外来人らしいから、どういった経緯でこの世界……幻想郷に辿り着いたのかというのと、種族についてだな。出来ればここに辿り着いた経緯も知りたいが……」

「前者は寝て起きたらこの世界に居た、というのが答えだな」

「にしては、マトモな格好をしているな?」

「それについてなんだが……複雑でいて簡潔な理由があってね」

 

 うん、真逆の意味なのはよく理解してる。だけどこれ以外に表現する手段が無かったんだ。

 

「種族は元人間、現吸血鬼」

「元? 現? ……眷属のようには見えないが?」

「そこについてだが……少々嘘のような話になるが、一応真実なので信じてもらえるかね?」

「それは聞いてから判断する」

 

 

 ですよねー。……仕方ない、信じてもらえることに賭けよう。下手な嘘よりはマシだろうし、それに思い浮かばない。

 

「では、話すとするよ。ここに来るまでのことも含めてね」

 

 とりあえず俺は、全てを話すことにした。




前書きではああ書いたけど実際プロローグ含めれば三歩に―――

なりませんね、はい。とりあえず修正作業引き続き頑張っていきます


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第三話『俺と晩飯と蓬莱人と』

とりあえず移転での投稿はこの時間に一話が基本となります。
もう一話出すとしたら多分夕方頃にでも。


「とまぁ、こんなところだね」

 

 一通り説明を終え、話を聞いた慧音はなにやら思案顔だった。

 恐らく話の内容を整理しているのだろう、説明下手ですいません。

 

「……成る程、寝て起きたらこの世界に居て、しかも種族さえ違う人物の姿になっていたと」

「そういうことだね、正直嘘みたいな話だとは自覚しているよ」

 

 分かりやすく簡潔に纏めてくれた、流石は教師をしてるだけある。

 ……というか本当に嘘みたいな話だな。だが俺にとってはリアル、現実と書いてリアルと読めるぐらいにリアルな話なんだから仕方ない。

 信じてもらえないという可能性もあるが、それはとりあえず考えない方向で行く。

 

「確かに嘘という可能性のほうが大きい話だ…が、嘘をついてるようには見えん」

 

 お? 良い感じじゃないか? これはひょっとすると、ひょっとするか?

 

「真偽は定かではないが、君を信じるとしよう。住居なら空き家があるからそれでいいかな?」

 

 ……おっしゃあぁぁぁぁぁ! 来たぜ俺の運気の有頂天!!

 

「空き家だったから正直綺麗とは言い難いが不備は無いはずだし、もしあったなら言ってくれ、出来ることなら叶えてやる。質問、または今すぐ叶えてほしいことあるか?」

 

 質問!? ハッ、そんなもの今の俺にはありはしない!!

 ……いや待て落ち着け、落ち着け俺。昔からこの性格で苦労してきたじゃないか、妙なテンションで幾度も痛い目を見てきたじゃないか俺。

 馬鹿な友人の馬鹿な行いに巻き込まれたりしたことを思い出せ……。そう、あれは対策をまったくしなかったテストで偶然滅茶苦茶良い点を取ったから、テンションが上がっていた時のことだ。

 

 

 

『なぁ、お前明日は予定あるか?』

『あ!? まったくもって無問題! どんなとこでも行ってやるぜ!!』

『お、そうか! じゃ明日は北海道と沖縄を日帰り旅行しようぜ』

『OK!! …………え?』

 

 

 

 …………思い出したら悲しくなってきた。

 友人は不思議なことに超がいくつか付く程の金持ちの知り合いが居て、自分用に小型の飛行機を貸してもらっていた。いや、マッハが出るような化け物を飛行機とは呼ばないか?

 確か…………あー駄目だ、思い出せん。いや、そもそも名前はアイツも言ってないから分からなくて当然か。

 

 とにかく、それに乗せられて俺は一日の間に北海道と沖縄を行き来したことがある。

 今考えると、何故アイツが金持ちと知り合いなのか不思議…の筈だがアイツなら『俺だから』で済ましそうだし、納得しちまいそうだ。性格も馬鹿やったりはするけど、嫌な奴では無かったしなぁ……。

 アイツ、今頃何してんだろ? 心配してくれてるかな?

 ……何故かアイツならこの世界まで追いかけて来るような気がしてきた。素でバグ持ちなアイツなら可能な気がする……。

 

「……おーい、聞いてるのか?」

「おっと、すまない。考え事をしていた」

 

 昔の思い出に浸るのもいいけど、とりあえずは今をなんとかしないとな。

 ……質問、か。質問は無いけど、やはりここは地理の把握をしておきたいな。頼んでみるか。

 

「ではいきなり頼み事になるが、地理を教えてくれるかね? 住居と、食材を買う所ぐらいは知っておきたいからね」

「うむ、任せろ。そのぐらいならすぐに叶えてやれる」

 

 胸を張りながら答えてくれる慧音。……やはり大きいな。

 何がとは言わない。言いませんとも。

 

「じゃあ私はそろそろ帰るわね、後はなんとかなりそうだし」

「あぁ、本当にありがとう。感謝しているよ」

「なら今度、私の神社に来て「賽銭を奮発しよう」…分かってるならちゃんと来なさいよー」

 

 手をヒラヒラさせながら教室から出ていく霊夢。

 今気付いたが、子供達は完全に帰ったようだ。俺と慧音以外は誰もいない。

 

「じゃあまずは外に出るとしようか」

「うむ、そうだな」

 

 テクテクと歩きながら話す。

 

「そういえば君は、勉強は得意かな?」

「勉強? ……まぁ、人並みには出来ると思うが?」

 

 慧音の質問に、無難に答えておく。

 正直言うと学力に関してはよく分からない。俺の通っていた公立高校は全国的に見て中の上から上の下ぐらいと悪くは無い。と、いうかそこそこマシなレベルだ。

 一学年につき人数はおよそ200人と少し、その中で俺は70番ぐらいをキープしていた。国語と数学で点を稼ぎ、英語で死んでいた……赤点はギリギリ無かったが。

 この世界なら英語は関係無いと思い、人並みにはと答えた。

 ちなみに友人は常にトップで、ミスは一問か二問程度。弾け飛べばいいよアイツなんか。

 

「まぁ、察してるとは思うが寺子屋は教師が足りなくてな……君さえよければ手伝ってほしいんだよ。無論給料だって出す」

「教師、か……」

 

 考え事をしていたら、どうやら寺子屋の状況を察してると思われてしまったようだ。まぁ、実際なんとなくなら分かっていたけど。

 

「毎日出てくれとは言わない、暇な時にでいいからやってくれないか?」

 

 条件は悪くないし、慧音にはお世話になるわけだしなぁ……うん、受けとこう。教師も悪くないとは思っているのだが。

 

「引き受けた、どれ程出来るかは分からないが全力を尽くすよ」

「本当か!?いやありがとう、一人居るだけで大分違うからな」

 

 そう言いながら慧音は綺麗な笑顔を見せてくれた。最早笑顔が給料ですね分かります。

 了承して本当に良かった。この至近距離で、こんな美人の笑顔なんか滅多に見れるもんじゃないしな。

 ……しかし、あっさりと信用しすぎじゃないか? 流石にいきなり出会ったばかりの人間を雇うってのは……。

 

「っと、忘れていた。君を案内する前に聞いておくことがあったんだ」

「なにかね?」

「嫌いな食べ物はあるか?」

「………………ん?」

「嫌いな食べ物はあるか、と聞いたんだ。少なくとも、今日は私の家で君は食事をするんだからな」

「いや、だが迷惑では」

「なに、私は一人暮らしだ。たまに一人転がり込んで来るが、基本的に家には誰もいない。これなら問題無いだろう?」

 

 ワラキアボディを持ってしても、絶句するしかなかった。てか何さ、初対面な男性を家に挙げるって……自己防衛が完璧だからですね分かります。

 ……こんな短時間に分かりますを二回も言ってしまった。ネタがワンパターン化しないよう考えなくては。………………。

 

「……どうした、急に頭を振ったりして」

「すまない、変な電波を受信してしまっていた」

「よく分からないが、食事は私の家で良いんだよな?」

「あぁ、すまないが頼んだ。嫌いな物は無いから安心してくれ」

「そうか、リクエストはあるか?」

「いや、任せるよ」

「分かった、じゃあまずは食材を買いに行こう。君の家は食後に案内で構わないかな?」

「構わない、君に任せる」

 

 俺の言葉を聞き、歩き出す慧音。遅れないように俺も歩く。

 こうして余裕を持って歩いたから分かったが、どうやら俺は里人の視線を集めているようだ。男女問わず老人、大人、子供、果てには母親に抱かれている幼子まで……。

 里にいる老若男女の視線を一身に浴びてしまっているのだ。一般的な高校生だった自分には辛すぎる状況だ。

 

 ……やはり、この格好が問題なのか? 髪の色に関しては慧音も銀髪だし、さっき見た女性も濃い目の緑だったから問題無いだろう。

 だが格好は別だ。普通に考えて、こんな妙な格好をした奴は居ないだろう。

 

「……どうした、ズェピア。なにやら居心地が悪そうだが?」

「いや、人の視線が少しな……」

「初めて見る格好をした人間なんだ、興味ぐらい湧くさ。それに、どのみちすぐに視線は無くなる。里もそう広くはないし、外来人が来るのは珍しくないからな」

 

 成る程、初めて見る格好をした人間だからか。……格好良い服だと思うのは俺だけかな?

 

「なぁ、私の格好はおかしいか?」

「ん? 別におかしくは無いだろう? もっと奇抜な服装の奴もいるし、霊夢なんかかなり不可思議な格好じゃないか」

 

 うん、確かに霊夢は不可思議だ。腋無いし……脇じゃなく腋なのがポイントだ、ここテストに出るから憶えておくように。

 しかし初めて見る格好か……洋の貴族風な服は見たこと無いのかな?

 

「……まぁ、どうでもいいか」

「何がだ? あ、後その肉をくれ」

「まいどあり!」

 

 気が付いたら肉屋に到着してました。かなり大量に買ってるけど……俺以外に誰か来るのか? その場合は一人しか心当たりないけど。

 

「これで足りるかな?」

「随分と買ったようだね……」

「お前は見るからに沢山食べそうだしな、急な来客にも対応出来るようにしておきたいし」

 

 俺、そんな食べそうか? ……ワラキアの身体だから身長で判断したんだな。

 確かに食べたほうが背は伸びやすいけど、少食でも伸びる奴は伸びるぞ? まぁ折角の御厚意だ、甘えさせてもらうか。それに俺、確かに結構食うし。

 ……でも、食わせてもらうだけは悪いよなぁ。

 

「今日は何を作る予定かね? 内容によっては手伝えるのだが」

「鍋にしようと思ってる、今日は冷えるし誰が来ても大丈夫なように」

 

 あ、今日来るね。じゃないとこんなに誰かが来るアピールはしないだろ。多分、適当な間隔で来たりするから来ると断言しないだけだろうな。

 

「さて、行くか。着いてきてくれ」

 

 早くも定番化しそうな感覚で着いていく俺。と、いうかそれしか出来ないしなぁ……。

 

 

 

…………………………

……………

……

 

 

 

「ここが私の家だ」

 

 辿り着いたのは他の民家と同じぐらいの大きさの家。なんでも、たまに外来人を泊めたりしたり、善良だけど行き場の無い妖怪を泊めたりするらしいが……それだと小さい気がする。

 いや家族で住む家もあるし、そう考えたら余裕のあるサイズなのか? 現代を基準に置くとズレがあってマズイな……今のうちに頑張って修正しておくか。

 

「さ、遠慮はするな。自由にしてくれていいからな」

 

 扉に手をかけながら言ってくれる優しい言葉。ガラガラと引き戸によくある音をたて扉が開かれ―――

 

「ん、慧音か? 邪魔してる……ぞ……」

「…………………………」

「…………………………」

 

 ―――同じ音を立てつつ閉められた。

 しかし俺は目にしてしまった、横になり煎餅を食いつつだらけてる女性を。白髪にリボン、上はシャツのような服を着て下には赤いもんぺ。間違いなく、彼女である。

 

「今見てしまった…よな、間違いなく……」

「あぁ見たね、君とは対極な存在を見たよ」

 

 何かを諦めた表情で慧音は扉を再度開いた。すると

 

「やぁ慧音、邪魔してるよ。……客か?」

 

 無かった事にしようとしてやがる!?

 今の僅かな間に煎餅は片付けたようで、姿勢も寝転がった姿とは違い普通に座った状態。どうやら無理矢理無かった事にするつもりで間違いないようだ。

 

「だが甘い、煎餅の食べ溢しがポロポロ落ちたままだ」

「ッ!!」

 

 慌ててさっきまで顔があった辺りを見渡す女性M。しかし残念。

 

「嘘だ」

「……燃やすぞお前」

 

 人燃やす、ダメ絶対。

 

「紹介する、コイツは妹紅。私の友達で、時折こうして転がり込んで来る…ほら妹紅、挨拶しろ」

「藤原妹紅、健康マニアの焼き鳥屋だ」

「健康を気にするなら炭の煙はマズイのでは?」

「…………………………」

「………………失礼、私はズェピア・エルトナム・オベローン。吸血鬼兼錬金術師だ、ズェピアと呼んでくれ」

「ズェピアか。私は妹紅と呼んでくれ、呼び捨てで構わない」

「了承した、以後よろしく頼む妹紅」

 

 思いの外好感触。慧音がいるのも幸いしてるんだろう。

 とりあえず俺は慧音に付き従い鍋の準備を開始する。どうやらすき焼きのようだ……まぁ、肉を買った時点で作る物はしぼられるんだけど。

 とりあえず俺は野菜をカッt…切っていく。時折空中に放り投げては切り刻むという技をしつつ調理は進む。

 

 

 

「こらズェピア! 食べ物で遊ぶな!!」

「だが断…ごめんなさい、もうしません」

 

 訂正、すぐに止めて真面目に調理した。割と本気で怖かった。後ろで笑ってる妹紅がムカついたからアイツの卵にレモン汁を追加しておいた、悶え苦しめ。

 

 

 

…………………………

……………

………

 

 

 

「いただきます」

「「いただきます」」

 

 後はトラブルも無く完成。各々卵を混ぜたり具材を取ったりして食べる。

 

「うぁ!! 酸っぱ!?」

「うわ! 妹紅口の中の物を飛ばすな!!」

「まったくだ、食事中だぞ?」

 

 なんか妹紅が睨んでくるけど無視した。

 とりあえず、ニヤリと笑っておく。意味は無いけど、なんとなくしたかった。それに気付いたのか妹紅がさらに睨んでくるが、慧音を警戒して攻撃はしてこない。

 ざまぁ味噌漬け。

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

「馳走になった」

「うむ、お粗末様だ」

 

 あの後、妹紅の睨み付けるをくらいながら食事を続けた。別に怖くなかったと言っておく、いやホントに。

 

「さて、ズェピア。食事が終わったし家に案内するよ」

「あぁ、そうしてくれるとありがたい」

「……だがその前に」

「む……?」

 

 その前に? なんか確認するようなことがあったか?

 

「君の技能とやらについて知りたい」

 

 ……………………。

 

 やべぇぇぇぇぇ!!

 なんか滅茶苦茶ヤバい質問が来た!? 霊夢に引き続きまさかの慧音かよ!!

 

「いや、少々説明するのは難しいんだが……」

「大丈夫だ、私はこれでも教師。学には自信がある」

 

 もうやめて! 俺のライフポイントはもうゼロよ!!

 ……だが、まだ大丈夫だろう。俺の灰色の脳はライフがゼロでも輝くZE☆

 

「では、実践してみよう」

「出来るのか?」

「行うのは容易い」

 

 エルトナムの家系に引き継がれる技能エーテライト、それを使えば……!

 

 

 

 …………あれ? 使えない?

 ちょ、え? なんで? 中身が俺だから?

 NOエーテライト? NO固有技能? なにそれこわい。

 ……ならば、これしかない。俺の固有技能の出番だ!! 慧音に手を向けながら口を開く。

 

「君はどうやら半人半妖、いや……半妖獣と言うべきかな? どちらにしろ珍しい種族だ」

「な!?」

「妹紅は不死のようだね、経緯は分からないが…やはり珍しい」

「は!?」

 

 俺の固有技能、『原作知識』だ!!

 ……ごめんなさい、技能じゃありませんね。ただ言いたかっただけです本当にごめんなさい。

 

「これは……情報を読み取った、のか?」

「そうだ。正しくは思考を読み取り、そこから情報を抜き出したのだがね」

 

 多分、エーテライトはそんな感じだったはずだ。PC版の初代メルブラとかやったことないから微妙だけど……。

 家庭版のメルブラは結構やってたのになぁ、エーテライトの話は出ないしロアはざまぁってぐらい扱い悪かったし。こんなことならやっとけばよかった。

 え? あれ原作エロゲーだよって? ……知らんよ、年齢制限なんてみんなそれなりの年になったら破るもんさね。友達なんて14でバイオハザードだぜ? ナイフで無双してたよ、そして俺はハンクが好きです。死神がイケメンすぎます。顔知らんけど。

 

 

 

 ―――――閑話休題―――――

 

 

 

 おk、落ち着いた。間違えた、OKだ。

 とりあえず説明を聞いたからか、納得した表情の慧音。これで納得してもらえなかったら厄介だった、というか詰んでた。

 多分表情が変わらなかったから真実だと思ってくれたんだろう。凄いぜわらきー、流石だぜわらきー。

 

「っと、それじゃあ行こうか」

「うむ」

「じゃあ私は帰るよ」

 

 三人一緒に外に出る。鍵は無いらしく閉めない…が、それもまたここだからこそだろう。

互いに信用し、信頼しあう。現代じゃあ個人同士でさえ難しいことだ。

 ……なんだかんだ言っても俺はアイツを信用し、信頼してたからな。やはり寂しさがある。その点ではやはり慧音と妹紅が羨ましい。

 

「どうしたズェピア」

「いや、なんでもないよ」

 

 暗い雰囲気を察したのか、慧音が聞いてくる。無難といえば無難な受け答えをし、取り繕う。

 まだ心配するかのような表情ではあるが引いてくれた……本当に優しい人だ。

 

「では案内するよ、付いてきてくれ」

 

 慧音の言葉に従い、歩き出した。




新年あけましておめでとうございます。

書きながら、前書きに書くべきだった気がしないでもないと感じるけどまぁいいやと更新。


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第四話『俺と優しさと緊急事態と』

少し遅れましたが投稿。


 慧音に付いていくかたちで歩く。なんでも、そう遠くは無いし近くには花屋もあるんだとか。……花と聞いた瞬間とある妖怪を思い出した俺は決してビビりでは無いだろう。

 さて、今は案内してもらってる道中なわけだが変なのが一人居る。

 

「何故ついてきた妹紅」

「暇潰し」

 

 妹紅(こやつ)である。どうやら妹紅は案内について来るらしい。なんか企んでると疑った俺は悪くない。

 

 なんだかんだで三人で横に並び、歩きながら他愛も無い話をする。と、いうか二人が話しているのを隣で聞く。

 慧音が礼儀の話をして妹紅が縮こまり、妹紅が竹林に居る姫との喧嘩話…所謂愚痴を話せば慧音が呆れる。慧音が子供達の悪ふざけの話をすれば妹紅が笑い、妹紅が今日のことを話せば慧音は微笑みながら聞く。

 母と娘のような、されど親友のように話す二人。たまに俺にも話題をふってくるが、あまり乗らずに返す。好意を無下にするようだが、この二人の雰囲気は壊しがたい。

 だがそれを察したのか、慧音と妹紅は苦笑する。

 

「別に遠慮する必要は無いんだぞ?」

「慧音の言う通りだ。確かに悪戯はムカついたが、それだけだ。嫌ったりはしてない」

 

 ……優しいね、本当に。一人でこの世界に理由も分からず放り出された身としては、この優しさが本当に温かい。

 

「ありがとう、その言葉でいくらか救われたよ」

「そうか? 私達としては当然のつもりだったんだが……」

「まぁそれより、だ。君の居た、外の世界について聞かせてはくれないか? 興味があってな」

「フム……では何を話そうか」

 

 外についてなら、話題もいくつかあるだろう。さて何がいいかな?

 ……そう思った矢先。ふと、声が聞こえた気がした。何かに怯えるような、そして驚いたような声。遠いからか、小さくて聞こえにくかったがこれは恐らく。

 

「…………叫び声、いやコレは悲鳴か?」

「何!?」

 

 呟いた俺の言葉を聞き、目を見開く慧音。妹紅はなにやら目を閉じている。

 

「……うん、多分間違いないよ。あっちのほうで少し大きな妖力が結構な速さで移動してる。悲鳴があったなら、多分人間を追いかけてるからだと思う」

 

 どうやら妖力を探っていたらしい。妹紅の言葉をそこまで聞き、俺の体はその方向へ動き出した。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 それは、あまりにも急だった。

 食事が終わり、ズェピアに住むことになる家まで案内をする道でのこと。殆ど無言で、話かけても受け答えも遠慮気味、恐らく私達の会話に割って入らないようにしているのだろう。

 妹紅と苦笑しあい、そんな必要は無いと言えば苦笑しつつもズェピアは感謝の意を示した。

 種族こそ吸血鬼ではあるが、こういうところは妙に人間らしい。やはり精神が人間だからだろう、喋りは丁寧で礼儀正しいのも好感が持てる。

 

 ……ただ、表情の変化が乏しいのに関しては少々惜しい気もする。端正な顔立ちだから微笑みぐらいすれば女性の評価は軒並みに高くなるだろうに。

 まぁとにかく、彼は話す気にはなってくれたみたいだ。しかしズェピアが話をしだすかと思ったら、突然動きが止まった。何事かと見つめてると

 

「…………叫び声、いやコレは悲鳴か?」

「何!?」

 

 ズェピアの呟いた言葉の意味を理解しきれず、目を見開いてしまった。私の耳にはまったく聞こえなかったが、その表情は真剣そのもの。

 隣では妹紅が目を閉じている。恐らく、妖力を探っているのだろう。

 

「……うん、多分間違いないよ。あっちのほうで少し大きな妖力が結構な速さで移動してる。悲鳴があったなら、多分人間を追いかけてるからだと思う」

 

 冷静に妹紅が語る。人が追われているならば見過ごすことは出来ない、すぐに行けばきっと間に合うだろう。

 

「お、おいズェピア!?」

 

 だがいきなり、ズェピアが走り出したことで動くのが遅れた。呼びかけたが聞こえなかったのか、凄まじい速さで走っていく。

 その方向は、妹紅の指差した方向。

 

「まさか、戦うつもりか!?」

 

 無謀だ、あまりにも無謀すぎる。いくら吸血鬼でも、外から来たのと幻想郷に住んでいた妖怪とでは強さに差がありすぎる。それに、彼曰く中身は至って普通の人間…実戦慣れもしていないだろう。

 だが、飛び出そうとする私を妹紅が何故か止めた。

 いくら妹紅でも、今の緊急性は理解しているはずだ。つまり、止めたことにも意味があるのだろう。

 

「妹紅、何故止める?」

 

 だからこそ、冷静に質問が出来る。私の質問に、妹紅は同じく冷静に答えた。

 

「大丈夫、アイツ強いよ。少なくとも私ぐらいには」

「な、何を言って……?」

「身のこなしを見て思ったんだけど、アイツは隙が少ない。まったく無いとは言えないけど、でも殆ど無かった。だから妖怪はアイツに任せて、私達は里を見回ろう? 誰がいなくなったのか調べなくちゃ」

 

 驚愕、それしかない。彼は普通の人間だと語っていた。だがあの妹紅がこれだけ言う、つまり実力は本物なのだろう。

 考えてみれば、すぐに走り出したのも倒せると判断したからの行動に思える。疑問は残る、残るが信じるしかない。

 

「すまない、ズェピア。よろしく頼む……」

 

 姿はとうにみえないが、声に出して頼む。疑問などは今は捨て置き、生きて帰ってこいという願いとともに。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 つい走り出してしまった、けど仕方ない。折角戦える体なんだ、救える可能性があるならやるしかないだろう。

 ワラキアの体だからか、走り続けても疲れる感じはしないし、速度もかなりのものだ。

 ……だが、遅い。本来ならこの体はもっと速度を出せる、しかしあくまで動かしてるのは俺だ。あまり速すぎると目が追い付かなくなり、木にぶつかって自滅や進む方向も滅茶苦茶になるだろう。

 

 だから速度を抑えて走るしかない…故にどれだけ速くても遅く感じてしまう。限界ではない速度で急がなくてはいけない、これ程焦燥感を煽るものは他に少ないだろう。

 ……やれやれ、いくら体の性能が高くても、動体視力などの感覚に関するものが低くては宝の持ち腐れだな。しかも

 

「クッ……音が聞こえん……」

 

 先程声が聞こえたほうに走りながら、より明確に方向が分かるようになる手がかりを求め耳をすます。が、速度が速度だけに風を切る音もあり思うように聞こえない。

 人里から出るとき慧音に話かけられたっぽいのに聞こえなかったし……やはり鍛える必要があるな、コレは。

 ……ん?

 

「これは、爆発音か…?」

 

 向かっている方向とは違うが、確かに聞こえる。少し速度を緩め、その方向を向くと煙が上がっており、大変なことになっているのが分かる。

 気になるが、今はそれどころじゃない。

 

「……む、この声はさっきの?」

 

 突然、先程聞いた悲鳴に似た声が聞こえた。速度を緩めたから、聴力を正常に働かすことが出来たのだろう。

 

「フム、これは後で礼を言わねばならんな」

 

 爆発音の主に感謝しながらまた走り出した。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「ハッ……ハッ……ハッ……!」

 

 私は走る、暗いながらも月に照らされた道を。背後から追いかけてくるのは異形、即ち妖怪。

 こんなことになるなら、言い付けを守ってれば良かった。まさに後悔先に立たずというやつだろう。

 本来なら禁止されている夜間の散歩。だけど、どうしても本や人の話ではなく自分の目で風景を見たいと思い寝たふりをして抜け出した。

 

 暗いながらも、月に照らされた森は思いの外歩きやすく、私の歩みは止まることなく進み続けた。通るのはいつもと同じ散歩道で、そこは妖怪が出ることは無い特別な道。

 だけど、少しでも道を逸れれば話は別で安全どころか命の保証さえ無い。

 だからこそ、いつもと同じ道をいつもと同じ感覚で歩いていた……同じではない点を完全に忘れて。それに気付いたのは唸り声が聞こえたから。

 

「この声は、いったい……?」

 

 辺りを見渡しても、声の出所は分からない。ただ、間違いなくあの唸り声は獣……恐らくは妖怪のそれ。

 気付いた途端、鼓動が速まる。今はいつもとまったく違う点がある、それは時間だ。

 昼と夜とでは、妖怪に関しての危険性は天と地ほどの差がある。まず、夜では道や場所に関する約束ごとは意味を成さない。感情が昂り、彼等の持つ欠片の理性さえも吹き飛んでいるからだ。さらに動きも速くなり、逃げれる可能性が大きく下がる。

 ……元々病弱な私では逃げれる可能性なんか無いのだけど。

 

「だけど、こんなの……」

 

 嫌すぎる。寿命ならば仕方ないと諦めることが出来る、けれど食べられて死ぬなんて嫌だ。だから、現れた妖怪に驚き叫びをあげながらも走り逃げた。

 それに、まだしたいこともある。友達も作ってみたい、外をもっと歩きたい、食べたいものもある。

 ―――恋だって、したい

 

「■■■■■■!!」

「っ!!」

 

 聞き取れない、ある意味妖怪らしい叫びをあげながら襲いかかってくる。それに驚き、疲れもあって転んでしまった。

 口の中が渇き、だけど眼からは涙が流れる。

 

「誰か……助けて……」

 

 掠れて出にくく、それでも出てきた言葉は叶わないと分かっていてる望み。呟き終わると同時に振り上がる妖怪の右腕。最早逃げれぬと諦め、恐怖に目を閉じやってくるであろう痛みに備える。

 

 

 

 ……しかし、奇跡は起きた。

 

 

 ―――ドゴォッ!!

 

 

 耳に届いた破砕音。不思議に思いながらも、そっと目を開く。すると、そこには

 

「まったく、こんな展開でくるとはね……。マンネリズムすぎて少々拍子抜けだよ」

 

 私の前に立ち、まるで舞台に立っているかのように振る舞う男性がいた……。




王道というべきか、テンプレというべきか

そこが悩みどころ


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第五話『俺と少女と妖怪と』

ちょっと余裕があるので修正終えた分を投稿。

移転するだけだからサクサク進みますなぁ。


 それはテンプレすぎな展開だった。

 

 

 

 急いで駆けつけたら、悲鳴をあげた人間は女の子で。それを襲おうとするのは妖怪、それも見たことのある奴だ。

 とりあえずヤバそうだから蹴飛ばしたら、ライダーキックみたいな飛び蹴りになって楽しかった。……小さい頃は仮面ライダーかウルトラマンに憧れるのが男の通る道だよね。

 

「やれやれ、これでは意表などつけない。あまりにも使い古された手法だよ」

 

 口から出るのは考えてる事とは無関係、そしてやや面倒な言い回し、というより台詞回しな言葉。ワラキア補正は今回もバッチリのようです。

 

 ……さて、いい加減真面目に状況を整理すると、俺の目の前にいる3mぐらいありそうな妖怪はこの世界に来て初めて見た……つまり、俺が逃げた相手だ。あの時は逃げるのに必死だったか分からなかったけど、冷静に見るとやけにでかいな。

 相手は一度逃げた妖怪で、助ける対象は女の子、いや少女か。まぁとにかく、この展開をテンプレと言わずなんという?

 

 ……え、死亡フラグ? マジで? そんな冷静だったり余裕こいてる場合は割と死亡フラグだって? いやいや余裕なんか無いっすから、ワラキア補正で冷静とか余裕風に見えるだけっすから。

 

「あの、貴方は……?」

 

 突然、質問してくる少女。そりゃいきなり知らない男が現れたら驚くわな。でもゴメンね、お兄さん今は変な電波受信してヤバいんだ。

 返事は出来な

 

「か弱い少女が助けを求めているんだ。それを救うのに理由なぞいらんだろう?」

 

 何を言ってるんだよワラキアマウスゥゥゥ!? 勝手に喋んな! ほら少女黙っちゃったよ!! 完全に引かれたよコレ!!

 

「■■■■■■■■!!」

 

 何やら地味に長い叫びとともに妖怪さん復活。やべーよはえーよなんだよコイツ。

 あれか? 滅茶苦茶手加減して蹴ったのが悪いのか?

 いや血飛沫みたいの出たら少女のトラウマになるじゃん、だから限界まで手加減したのによー。

 

 …………あれ? 限界まで手加減して、あれだけ飛んだ? 馬鹿じゃないかと言いたくなるぐらいに大きな図体をした、あの妖怪が?

 ………………ふむ。

 

「……成る程、全力でなくとも大丈夫そうだな」

 

 全力を出したら速すぎて目が追い付かないけど、ある程度ならワラキア補正でなんとかなる。フルに使えないのは痛いがワラキアの強さなら問題ないだろう。そこそこの力で殴り続ければいつかは倒れるはずだ。

 …………よし。

 

「君が狩る立場なのはここまでだ。これからの君は狩られる立場……さぁ、私という狩人から逃げ切ってみたまえ」

 

 もう突っ込まない、絶対何も言わない。

 

「■■■■!!」

 

 短い、怒号ともとれる叫びをあげながら飛びかかってくる妖怪。しかし恐怖は不思議と微塵も感じない、それはきっと確信しているからだろう。

 

 ―――自身の、勝利を。

 

「ハァッ!!」

 

 攻撃を回避し、単純な拳を打ち込む。生憎と武術の心得は無いが、体に染み付いているのだろう動きで拳は打ち込まれた。

 ドォンッ!! という音が鳴りつつ再度吹き飛ぶ妖怪に即座に接近、くの字型になっている為掴みやすい腕を掴み上に放り投げる。そしてその更に上に回り込み―――

 

「落ちたまえ」

 

 ―――叩きつける。

 バゴォッ!! と、最早音とは言い難い音を聞き届け着地。無論、膝を軽く曲げて衝撃を吸収するのを忘れずに。

 

「もう終わりかね? これでも気を使ったつもりなのだが」

 

 嘘だ、気なんざ欠片も使っちゃいない。そんな余裕が平和に生きていた一学生の俺にあるわけ無いし。

 ……正直虚勢とも言い難い台詞だが、ワラキアらしいといえばワラキアらしいだろう。勝利台詞だった気もする。

 

「さて、お嬢さん。お怪我は?」

「……え……あ、だ、大丈夫…です」

 

 大丈夫……なのか? やけにモゴモゴとした喋り方だし、吃りすぎだ。

 ハッ!? まさかの吊り橋効果で恋愛フラグがたったのか!?

 

 ……いや、無いな……無い無い。前世では幼馴染み以外とは手も繋いだことのない灰色エクスプレスだった俺に、今更恋愛フラグなんざ無い無い。

 あっても死亡フラグぐらいのものさ。なにこの嫌な生々しさ、死にたい。

 

「あの、大丈夫……ですか?」

「……大丈夫、少し落ち込んでしまっただけだ」

 

 具体的には死にたくもないのに死にたいと考えてしまうぐらいに。矛盾が成立してしまうぐらいに。

 

「とりあえず行こうか、このまま居るのは得策では無い」

「はい。……そういえば、貴方のお名前は?」

「あぁ、言っていなかったね。私の名前はズェピア、ズェピア・エルトナム・オベローン。気軽にズェピアとでも呼んでくれ」

 

 本日三度目となったが、いまだに慣れない名前を口にする。しかしよく噛まないな俺、これもワラキア補正か。

 ……補正って便利な言葉だなぁ、しかもワラキアだから妙に補正が実用的。いやそうじゃないのもあるけど、主に口調とか。

 ……………………!!

 

「ズェピアさん、ですね。私の名前はひ」

「危ない!!」

「え?」

 

 少女の腕を引き、そのまま自分の背後に回らせる。手荒になってしまったが、仕方ない。

 

 

「■■■■■■!!」

 

 

 ―――ザシュッ!!

 

「グゥッ……!!」

「ズ、ズェピアさん!?」

 

 体を貫く鋭い爪、流れる俺の血。

 クソッ、油断してた……。まさか死んでないとはな、タフすぎるだろコイツ。

 

「ズェピアさん、血が、血が出て!?」

「落ち着きたまえ、この程度痛くもなんともない」

 

 少女を落ち着かせる為に大丈夫アピールをする。

 だが正直言う、超絶痛ェ。小さい頃にした骨折の痛みなんか比較対象にならないくらいに痛い。

今にも泣けそうだし、気絶もしたい。

 

 だけど体がワラキアだからか、涙は出ないし気絶もしない。精神のほうに対して体が強すぎる、なんだこのアンバランス。

 ……まぁ、おかげで頭は冷静に働く。もし元の体だったら痛みにのたうち回るか、この少女のように混乱…否、錯乱していたことだろう。

 やはりワラキアの一番の武器は冷静な頭脳だと再認識する。

 

「やれやれ。アンコールを求めるとは、実に奇特だな君は」

 

 痛む傷を押さえることもせずに立つ。血は止まることなく流れている、いくらワラキアの体でも、血を流しすぎれば死ぬだろう。

 真面目にヤバいなぁ、俺……。でも傷を押さえたりしたら心配かけることになるし。

 

「だがアンコールは無しだ。潔く消え去りたまえ」

 

 気合いを入れ、足には力を入れる。足は飛び出す為のバネとし、ギリギリまで力を溜める。

玉砕覚悟の大博打、考えればもっとマシな策もあるだろうが時間が足りない。

 だったら、最も単純で、分かりやすく、倒せる可能性が高い選択肢を選ぶしかない。

 即ち―――特攻。

 

「無様で無粋で無骨な技だが、受けてみたまえ……」

 

 瞬間、地を蹴り妖怪に向かって走り出す。速度は異常で、俺の目はまったく追い付かない。

 こういった感覚にも補正が欲しいものだが……すでに充分すぎるから文句は言えないな。

 

「■■■■!!」

 

 短い叫びとともに妖怪が構えるのが朧気に見えた。

 だが遅い、遅すぎる。すでに勝敗は決した。響く鈍い破砕音、そして俺の腕に伝わる衝撃がそれを確信へと変える。

 

「少々優美さには欠けるがね。まぁ、君にはこのぐらい醜い死に様のほうがお似合いだろう」

 

 決め台詞らしき言葉を吐いて、振り向く。

 

「……気絶、か」

 

 流石にグロテスクすぎたらしく、少女は気絶していた。顔は真っ青で、お世辞にも良い顔色とは言えないが、死んではいないようだ。

 ……これでショック死とかされたらヤバかったな。ありえない話じゃないし。

 

「さて……気絶されては歩いてもらうのは不可能……仕方ない、か」

 

 とりあえず横抱き、所謂お姫様抱っこをして少女を連れていく。自身に起きている異変に気付くこともなく。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 てくてくと歩きながら人里に戻ってまいりました。

 ……たださ、人里が凄いことになってるんだよね。具体的に言うと、明かりになるものを片手に皆さん大騒ぎ。

 

「あ…おい、慧音さんに伝えろ! 例の人が帰ってきたっ!!」

「え、マジかよ!? 外来人なんだろ!?」

「そうらしいけど……ほら見ろよ、ちゃんと抱えてるぜ」

「ほ、本当だ! 外来人にも凄いのは居るんだな……」

 

 他にもザワザワと俺を指差しながら喋る。やめろこっち見んな。

 

「ズェピア! よかった、無事だったんだな……」

 

 安堵の表情を浮かべる慧音。あまりの優しさに目から心の汗が流れそうです。

 

「心配してくれたのか、それならありがたい。……しかし、この騒ぎはなんだね? 五月蝿くて仕方ないのだが」

「……そうか、お前は外から来たばかりだから知らないんだな」

 

 

 何をさ、主語が抜けてんぜベイベー。だが慧音は、ちゃんと妙なテンションの俺の質問に答えてくれた。

 

「まぁ簡単に説明するとだな、その少女は幻想郷でもかなり重要な位置にいるんだ。だからこれだけ大騒ぎになったんだよ」

「この少女が……か? なんとも信じがたいが事実なのだろうね、しかしいったい何故重要なんだ?」

「それは少し難しい質問だな。……無理矢理簡単にすると、歴史を紡ぐ存在だから、といったところだな」

 

 先生ーこの少女の正体が分かりましたー。俺とんでもない子をお姫様抱っこしてたみたいです。

 俺怒られないよな? 罪……とまではいかないだろうけど、それでも超やべぇ。手がプルプルしてきた。

 

「つまり、この少女は稀有な能力の持ち主なのだね?」

「そういうことだな。っと、それじゃあ家までは私が連れていくよ。君の家は妹紅に案内してもらってくれ」

「うむ、ではよろしく頼んだ」

 

 少女Aを慧音に預け、妹紅を探す。人は多いけど、アイツは結構目立つはず……。

 …………あ、いた。

 

「お疲れさん、やっぱりピンピンしてるな。返り血は酷いけど怪我はしてないようだし」

「いや、腹に穴が空いているのだが」

「は? そんな傷ないぞ? だいたい、傷があったら慧音だって気付いてるはずだろ」

 

 ……言われてみればその通りだ。確認の為に、刺された辺りを触る。傷は勿論、痛みも感じなかった。

 

「お前吸血鬼なんだろ? 本当に穴が空いたとしても、自分の回復力の高さを知らないわけじゃ無いだろうに」

 

 ……あぁ、そうか、そうだったよ。今の俺の体は、ズェピア・エルトナム・オベローンという名を持っていた一人の吸血鬼の体。

 死徒とはいえ吸血鬼、不死性と最早再生能力とさえ言える高い回復力がある。あの程度、傷のうちに入らないんだ。

 なんか、人間やめたというのがよく分かるなぁ……。身体能力じゃなく、まさか回復力のほうで自覚するとは思わなかったけど。

 

「……成る程、確かに服に大きな破けた後があるな。ここを貫かれたのか?」

「思いの外頑丈でね、気を抜いてしまった時にくらったよ」

 

 えぇ、そりゃもうザックリと、泣きたくなるぐらい痛かったですよ。

 

「そういや聞きたいんだが、出た妖怪ってのは結構大きな奴?」

「あぁ、そうだが……」

「そんでヤケに頑丈」

 

まぁ、頑丈だったのはさっき言ったから分かるんだが……何故に体長まで分かる?

 

「いやな、霊夢に祓うよう依頼されてる妖怪なんだが……多分そいつなんだ」

「……何?」

 

 そういえば、初めて会ったとき妖怪退治の依頼が入ったとか言ってたな。

 

「半分前払いの、成功したらもう半分って内容なんだけどさ……そのもう半分を受け取りにこなかったから、失敗したんじゃないかって噂になってるんだ」

 

 ……あー、ヤバいなそれ。完全に原因俺じゃん。

 でも霊夢が依頼忘れるとは思えないんだけどなぁ……面倒くさがりだろうけど、請け負ったことには責任持ちそうだし。

 いや、暗くなったから一旦探索を打ち切って帰ったパターンか? 夜は流石に見えにくいから一番ありえるな。

 

「……いや、それは違うね。彼女は私の前で同じような妖怪を祓っていた。恐らく同じ種族だったのだろう」

 

 とりあえずフォローしておく。嘘をつくことにはなるが、俺のせいで霊夢の評判が下がったら申し訳ないし。

 

「んー……お前さ、さっき妖怪倒したんだろ? 戦闘中に叫びをあげた時とか体に違和感無かったか?」

 

 叫び、というとあの聞き取れなかったのだよな。…………ふむ。

 

「いや、別になんとも無かったが。それがどうかしたのかね?」

「そうか、じゃあ同じ種族の別の奴だな」

「……何故そう思うのかね?」

「その妖怪ってのは、叫びの際に相手の筋肉を萎縮させて動きを止める能力を持ってたらしいんだ。ある程度実力があれば抵抗出来るけど違和感は出るらしいからな、無かったなら別の奴ってことだ」

 

 へぇ、そんな能力が。じゃあ、効かなかった俺は何? 違和感さえ無かったけど?

 

「まぁ、お前が霊夢みたいな能力を持ってるかそれなりに強けりゃ違和感なんか無いだろうけどな」

「能力は分からないが、少なくともそこまで強くは無いね」

「そうか? 私の見立てでは私とそう変わらない実力だと思うんだが……」

 

 それはありえないな……なんぼなんでも、中身が俺じゃあ妹紅と同レベルは無理だ。

 つまり能力で無効化したと考えるのが妥当だろう。しかしどんな能力なのか分からないし、持っているかも定かでは無い。あるとしたら【影響を受けない程度の能力】とかか?

 ……なんか地味でワラキアらしくないな。

 

「その妖怪に私自身は会ったこと無いからなんとも言えないけどね、里では結構強いと噂されてたよ。能力については陰陽師の奴等が何人か体験してきたから正しい情報だと思う」

「ふむ、その陰陽師は中々強いのだね」

「悪運が強いだけさ」

 

 わーお、毒吐き妹紅。欠片の躊躇も無かったぜ。

 

「さ、遅くはなったけどお前の家に案内するよ」

 

 パッと切り替えて、歩き出す妹紅。いや、でもなぁ……。

 

「それはいいのだが……君はどうするのだね? もうこんな時間だ、家に帰るには厄介だろうに」

「なんだ心配してくれてるのか?」

 

 ニヤニヤと笑いながら見てくる妹紅。心配して損した、いつかその薄い胸揉みしだいてや…嘘ですごめんなさい。

 

「まぁ今日は慧音の家に泊まるから大丈夫さ。お前を案内したらそのまま直行して寝るとするよ」

「布団敷いて、歯を磨いてから寝るように。お腹を冷やしては駄目だよ?」

「お前は私の母さんか!?」

 

 失礼な、どっから見ても父さんだろうが。いやむしろパパだろうが。秀逸なジョークを飛ばしつつ、日曜日は子供を連れてお出かけするシャツが似合いそうなパパだろうが。

 あー、フル◯ウス見たくなってきた。馬鹿馬鹿しいけどそこが面白いんだよなー、あれ。

 

「お前今くだらないこと考えてるだろ、しかも脈絡無く」

「いや決して脈絡が無いわけではないよ? くだらないのは否定しないがね」

 

 基本的にアメリカのホームドラマっつーか、コメディは父親がキャラ濃いからね。ほらパパ繋がり。

 

「くだらないのは否定しないのかよ……」

「む、くだらないからといって無駄な考えというわけではないのだよ? 例えば演劇などは元はくだらない想像妄想夢想にすぎない、だがそれを深めて煮詰めて形作っていくうちに演劇と成るのだからね」

 

 分かりやすく言えば、くだらないことは無駄じゃないと言いたいんだが。やべぇなわらきー、どんだけ変換しまくってんだよ。

 

「ふぅん……そんなもんか?」

「そんなものだよ、往々にして世の娯楽はくだらない想像から始まるものだ」

「ま、だろうな。楽しんで余裕を生むものを、余裕の無い奴が作ってもロクなものにはならないだろうしな」

「そういうことだ」

 

 よく分からないうちに同意を得ていた。会話が途切れずにすむ辺りは、ワラキアの口達者っぷりに感謝すべき点だな。

 

「さ、着いたぞ」

 

 そう言われて、見てみればあら不思議。立派な一軒家が。

 大きさ的には慧音の家と変わらない、妹紅曰く服は何着か慧音から預かったのを箪笥に入れてくれたらしい。ヤバい、慧音にマジで掘れそ…間違えた、惚れそう。

 そして妹紅にも惚れそう…ということは無いな、うん。少なくとも今のところは無い。

 

「じゃ、私はもう行くよ。布団は敷いてあるし、問題無いと思う」

「何から何まですまないね、今度出来たら礼をするよ」

「ハハ、期待しないで待ってるよ」

 

 微笑みを浮かべ、手をヒラヒラさせながら去っていく妹紅。うぅむ、今の笑みは中々可愛かったな。

 

「さてと……どんなものかな」

 

 ガラリと扉を開けて中に入る。明かりは…電灯があるようだな、まったく技術力が無いわけでは無いようだ。

 作りも慧音の家と差は無い。家具に関しても箪笥はあるし、調理器具もあるようだ。蛇口を捻れば水も出る。

 

「……幻想郷が分からなくなってきたな」

 

 昔の日本のようなレベルかと思えば、意外と進んだ技術力もある。この辺りは河童や幻想入りした外来人が関係しているのだろうな。

 

「先ずは風呂に入ってから着替えるとするか」

 

 風呂を沸かし、待っている間に服を用意する。サイズのあう浴衣を探し、下着とともに脱衣場に持っていく。着ていた服はハンガーにかけて頃合いになった風呂に入る。

 

 

 ―――青年(ズェピア)入浴中―――

 

 

 いい湯だった、問題を言うならワラキアはツルツルだったことか。腋も脛も見事にツルツル、まるで漫画のキャラのようにツルツル。

 ……あ、ワラキアはキャラだったか。

 

「布団は……本当に敷いてあるな」

 

 もぞもぞと布団に入りながら、今日のことについて考える。

 幻想入りし、しかも憑依していて、その対象はまさかのワラキア……意表をつかれたな、うん。

 

 んで、妖怪から逃げてたら霊夢に会って、人里に着いたら慧音に会って家を貰い、慧音の家に行って妹紅と会ってから晩飯も食べさせてもらった。

 晩飯の後悲鳴を聞いて走ったら少女Aが妖怪に襲われてて、妖怪と戦って倒して……。

 なにこのハードすぎる一日。精神も肉体もボロボロだぜチクショー。

 

「……寝るとするか」

 

 ボロボロになった心身を休めるために、寝ることにした。不安こそあるが、まぁなんとかなるだろう。

 ……あ、臨時の先生以外のちゃんとした仕事探さなきゃ。




戦闘描写なんて出来ない、あぁ出来ない。


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第六話『俺と乙女と怒る慧音と』

ちんまりちんまり、徐々に勘違い回が近付く気配。


「…………朝、か」

 

 眠く、まだボーッとしているが立ち上がり家を出る。

 水道は使わずに近くにある井戸までフラフラと歩き、水を汲んでそれを持って家に戻る。その水で顔を洗えば、井戸水ならではの冷たさが半寝状態の脳を覚醒させる。

 そして、呟く。

 

「あぁ、最悪だ」

「失礼だなお前!!」

 

 何故か我が家in妹紅。もこたんインしたお! ってか?

 ふざけんなよギャグやるならもっと面白いのやれ、もしくはつまらないなら体を張れ。それで生き残ってる芸人も沢山いるんだから。

 

「と、いうわけで妹紅。熱湯風呂に入るのと紐無しバンジーはどちらが良い?」

「殺す気か!?バンジーぐらい私だって知ってるからな!?」

 

 おや意外、伝わらないと思ったよ。幻想郷は分かりにくいねぇ……。

 

「大丈夫、君は不死だ。なにより人の家に不法侵入しながら堂々とするその胆力、実にコメディアン向きだ」

「燃やすぞお前!!」

 

 なにそれこわい。

 

「で、なんのようかね?」

「いきなりか!? 展開が早すぎて付いていけないぞ!?」

 

 でしょうね、俺も付いていけない。なんか眠たいからか言動が変すぎる、まったく脳覚醒してねぇ。

 ワラキア補正もゼロ、流石に眠気には補正も働かないようだ。

 

「ハァ……お前、昨日と性格違くないか?」

「む、そうかね? いや実はまだ眠くて何を喋っているかが曖昧なんだ」

「傍迷惑な寝惚けだな」

 

 それは仕方ない。結局中身は俺だからな、口調やらが変わりまくるだけで本質までは変わらない。

 即ち、悪ふざけが割と好きという高校生男子にありがちな性格だ。無論不良なんかとは程遠い、楽しいことが好きという当たり前な性格なんだがな。

 

「私は慧音にお前を呼ぶよう言われて来たんだ」

「慧音が? ……ふむ、一つ思い当たる節はあるが」

 

 思い当たる節、なんてことはない約束だ。寺子屋を非常勤講師として手伝うという約束。

 しかし、先生か。よくよく考えると責任の重い職業だな……。とは言っても、すでに請けた話だから仕方ない。行くとしよう。

 

「では、私はどこに行けばいいのだね?」

「寺子屋で待ってるってさ」

 

 言いながら外に出る妹紅。そしてそっと扉を閉める俺。

 

「何閉めてんだよ!?」

 

 おぉ、速い速い。即座に開けながらツッコミをいれるとは、本当に芸人に向いてるかもしれんな。

 

「だがな妹紅、私は着替えねばならんのだよ。まさか扉を開けたまま着替えろというのかね? または私の着替えてる姿を見たいと?」

 

 別に部屋はあるが、あえて聞く。すると、妹紅は真っ赤になりながら荒々しく扉を閉めた。

 思いの外初心な奴だな。

 

「さて、着替えるか」

 

 とは言っても、服は昨日と同じワラキアの服。他にあるのは明らかに寝間着って感じだったからだ。

 しかし、それなりに清潔を自負しているのでコレは厳しい。…………ん?

 

「汚れが落ちている……?」

 

 何故か昨日ついた筈の泥や血、破けた部分も綺麗になっている。汗臭さもまったくしない。

 

「なんだかよく分からないが……便利だし良しとするか」

 

 サッと袖を通し、ズボンを穿き、マントを羽織る。そうすればあら不思議、ワラキアです。

 まぁ見た目ワラキアだから別に何着ててもワラキアだけどね。

 

「待たせたね、行くとしようか」

「いや、別に待っては無いけどさ。……ん? 昨日その服、泥だらけ血だらけの破け有りって感じじゃなかったか?予備があるようには見えなかったけど……」

「何故か綺麗になっていた」

「………………」

 

 ジト目でこっち見んな。つか真実だしどうしようもないよ、うん。

 

「しかし、別の服も用意しなくてはな。同じ服を来ていてはおかしく思われる」

「そうか? だいたいみんな同じ服を何着も持ってるぞ?」

 

 そうだね、ここは異世界だったね。忘れてましたよもこたん。

 

「何故か馬鹿にされた気分だ」

「安心したまえ、馬鹿にはしていない」

 

 馬鹿には、ね。だからジト目はやめて、朝から二連発は死ねるから。

 

 

 

「やぁ慧音、おはよう」

「あぁ、おはようズェピア」

 

 寺子屋に到着、すると慧音が立っていた。挨拶したら微笑みながら返してくれた。そろそろ本気で、惚れてまうやろー!!と叫びたい。

 

「すまないな、昨日は大変だったのに」

「いやなに、請けた話に受けた恩、この二つがあるのなら断る道理はあるまい?」

 

 ニヤリと笑いながら返す。呆然とした慧音だが、すぐに動き出し笑い始めた。

 

「本当にお前はいい奴だな、ズェピア」

「君ほどではないさ、この里を守護する役割など私にはとてもとても……」

「……知ってたのか?」

「予想ぐらい出来る、君なら実力と人望の両方を満たしてるからね」

 

 寺子屋の中に入りながら会話する。

 驚いた表情の慧音だが、これも原作知識なんだよなぁ……。騙してるわけだから、なんか申し訳ない。

 ……あ、そういえば。

 

「あの少女はどうなったのかね? 恐らく、怪我は無かったはずだが」

「大丈夫だったよ、擦り傷があっただけで殆ど無傷。精神的にも安定してるから叱られて終わりだろうな」

「それはそれは、自業自得とはいえ子供としては実に恐ろしい終わりかただな」

「死ぬよりはマシじゃないか?」

 

 ま、そりゃそうだけどさ。

 俺は母さんに怒られて酷い目にあったから、どうしても恐い。具体的には一週間学校以外では用意された服のみを着るという罰。

 なんかフリフリのフワフワって感じのドレスを着せられた思い出がある、妹もノリノリだった、おかげで今もドレスは嫌いだ。

 

「で、だ。実は、その少女が君に礼をしたいと言っているんだ」

「……礼?」

「そうだ、今日呼んだのはそれが主な理由なんだ」

 

 そう言うと、ポケットから何かを取り出す慧音。見たところそこらにあるような普通の紙だ……何か文字が書いてあること以外は、だが。

 

「これはそこまでの地図、とは言っても図は無いんだが。しかし、文字だけの説明にしては分かりやすいはずだ」

「ふむ、達筆だな…。それに寺子屋からの分かりやすい道程が書いてある。これは慧音が?」

「いや、君の助けた少女が書いたものだ」

「これだけ達筆な字を書ける辺り、さぞ聡明なのだろうね」

 

 間違いなく頭は良いはずだ、でなければここまで字が上手いわけがない。無論、字が汚くても頭が良い人は居るが大半は綺麗な読みやすい字を書くからな。

 ……だいたい、十分と少しかな? 案外近いな。

 

「しかし、教師のほうはいいのかね?」

「あぁ、それは明日頼む。出来れば帰るときにまた来てくれ、仕事内容について説明するから」

「了解した、では行ってくるよ」

「気を付けてな」

 

 さて、行きますか。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「この辺りのはずなんだが……」

 

 地図を片手にぼやく。おかしいなぁ、そろそろのはずなんだけど。

 いや、いい加減に現実を見よう。ここを現実と呼ぶには違和感バリバリだけど。

 

「あまり考えたくは無いが……ここしかないな」

 

 溜め息をつきながら見上げる。するとそこには馬鹿に大きな屋敷、なにこれ意味分かんない。

 

「……呼び鈴か何かないのか?」

 

 キョロキョロと見渡すも呼び鈴のようなものは無い。科学が進んでるなら真っ先にこういう大きな屋敷にインターホンをつけてくれ。

 仕方なしに門をくぐり、中に入る。

 

「あの、すいません」

「なんだね?」

 

 すると、いきなり話しかけられた。声のしたほうを見ると、着物を着た少女が立っている。

 

「貴方は昨日の人ですよね?」

「そうだが……君が私を呼んだのか?」

「はい。立ち話もなんですし、上がってください」

 

 なにやら緊張しているような顔と声、喋り方も少しおかしな感じがする。

 まぁ今言っても仕方ないし、とりあえずは付いていくか。

 

 

 

「お茶と珈琲はどちらがいいですか?」

「珈琲を」

「分かりました」

 

 コポコポと音をたてながら珈琲が注がれる、漂う匂いからして上等な豆を使っているのだろう。インスタント以外は飲んだことのない俺には、正直もったいない気がする。

 目の前に置かれた珈琲を一瞥し、少女を見る……………………。

 

「そのように凝視されては飲みにくいのだが?」

「す、すみません!」

 

 バッと頭を下げながら謝るも、チラチラと目はこちらを見ている。

 そんなに飲んでほしいのかと疑問に思うが、俺は今のところ口をつけるつもりはまったく無い。

 

「いいかね少女よ、君は間違いを犯している」

「間違い、ですか……?」

「そうだ、珈琲を出す前にすべきことがあるだろう? 本来なら家に上げる前に、だがな」

「すべきこと……」

 

 ぬ……緊張してるのかな、頭が回ってないみたい。

 

「ズェピア・エルトナム・オベローン」

「え?」

「私の名前だ、ズェピアと呼ぶといい」

「……あ!」

 

 気が付いたみたいだな。

 しかし、この子は昨日から「あ」と「え」ばっかり喋ってる気がする。狼狽えたりしてたら当然なんだろうけど、なんか違和感があるな。

 

「私は阿求、稗田阿求と申します」

「ふむ、阿求か……」

 

 名前を呟きながら珈琲を一口飲む。ほろ苦く深みのある味と香りが口一杯に広がる……インスタントと比較するのは不可能な美味さだなコレ。

 一口飲んだら置いて、阿求を見ながら言う。

 

「実に美味しい珈琲だ、ありがとう」

 

 ニッコリとはいかないだろうが、多少は笑顔を作れてるはずだ。

 なにやら動きの止まってしまった阿求、そんなに笑顔が気持ち悪かったですか。泣いちまうぞちくせう。

 

「それで阿求よ、どのような用件で私を呼んだのかね?」

 

 用件は分かっているが、確認の為に止まったままの阿求に珈琲を飲みながら話しかける。すると気が付いたのか、顔を赤らめながら話し出した。

 

「き、昨日私を助けてくれたお礼をしたいと思いまして」

 

 真っ直ぐに俺を見ながら言う、かと思えば俯きチラチラと見てくる状態になる。

 可愛いな、おい。俺を萌え死にさせる気か?

 

「最近こちらに来たばかりと聞いたので、何か困ったことがあれば……」

 

 君の可愛さが俺の悩みです本当に。

 

「そうだね……実は仕事を始めようと思っているのだが」

「仕事、ですか?」

 

 思ってねぇですよ!?

 いや確かに仕事をしようとは思ってたけど、始めようとは思ってねぇよ!?

 

「あぁ、万屋……何でも屋と言ったほうが分かりやすいか? とにかく、それを始めようと思っているのだよ」

「何でも屋ですか? 貴方の実力なら退魔師になったほうがいいのでは?」

「いつでも厄介な妖怪がいるわけでもあるまい? それに、新参者の私よりも信頼性の高い博霊の巫女や他の有名な退魔師を頼るのが人というものだ」

 

 へー、よく考えてるなワラキア。俺だったら怖いからとか言いそうだよ。

 ……まてよ、昨日の話が色んな人に伝わってたらヤバくね? いや大丈夫、うんきっと多分恐らくメイビー。

 

「ですが、何をすればいいのですか?」

「簡単だ、宣伝をしてほしい。宣伝の有無はとても大きな差を作るからね」

 

 うん、これは分かる。なんでもいいから宣伝をしておけば、多少はマシになるからな。

 

「宣伝……分かりましたが、それでいいのですか?」

「充分だ、元々礼等はいらないしな。だが礼をしなくては、君は納得しないだろう?」

「それはそうですよ! 命を助けられたのですから……」

 

 強めに言ったかと思いきや徐々に小さくなっていく。何がしたいんだあっきゅん。可愛いじゃないかあっきゅん。

 

「つまり、これがお互いの妥協案ということだよ。私は宣伝をしてもらい得をする、君は宣伝をすることによりそれを礼とする。これなら互いに納得出来る形をとれるだろう?」

「ですが……」

「これ以上は流石にな、先にも言ったが私は礼が目当てだったわけでは無い。悲鳴が聴こえたから助けた、ただそれだけのことだ」

 

 まだ何か言いたげだが、そうはいかない。正直、これ以上何かされても申し訳ない。

 残りの珈琲を飲み、素早く立ち上がる。

 

「そろそろ私は帰るとするよ。慧音に寄るよう言われているしね」

「もうですか? 後少しぐらいゆっくりは」

「すまない、まだ来たばかりだから色々としなくてはならないこともあるんだ」

 

 金が無いからまだ無理だが何でも屋をやるんだ、ある程度はらしくしたい。いざとなれば人間手作りでなんでも作れるしな、吸血鬼なら尚更だ。

 

「そうですか……それじゃお見送りしますね」

「いや、そこまでしなくてもいいのだが」

「いいえ、これは私がしたいからするのです」

「……そうか、では頼むよ」

「はい!」

 

 ニコニコ笑顔な阿求と外に出る。だいぶ陽が上ってきた、けど朝飯食ってない割に腹が減らない不思議。

 ……そういえば、日差し浴びてもまったく違和感が無いな。中身が俺でも外身がワラキアだから影響ありそうなものだが……案外ワラキアって弱点克服済みなのかな?

 

「ズェピアさん、また来てくださいね。待ってますから」

 

 待ってるの? それならマジで来るよ俺。

 あ、そうだ。俺からも阿求に注意しとこう。怪我したり、死んだら一大事だし。

 

「ふむ、そうだね……また来るとするよ。だが君は気を付けたまえ」

「何をですか?」

「好奇心は猫をも殺すというからね、昨夜のような危険な行為は慎みたまえよ」

「あぅ……」

 

 俺の言葉にへこむ阿求。恐らく、かなり叱られたのだろう。叱られないよりずっといいが、それでも子供には堪える。

 ……へこみっぱなしはよくないしな、仕方ない。完全に悪いのは追い打ちをした俺だし。

 

「はわわ!? ズ、ズェピアさん!?」

「む? 何か問題でも?」

「いや、その……あぅ……」

 

 頭を撫でたら某軍師みたいに慌てたが、すぐに気持ち良さそうに目を細めた。うーむ、かなり和むなコレは。いつまでも撫でたくなる。

 けど、時間はそうあるわけじゃあ無い。名残惜しいが、手を離す。

 

「あ……」

 

 やめて! そんな悲しそうな目で見ないで!! 俺の良心という名のライフポイントがガリガリ削られるから!!

 落ち着け俺、落ち着くんだ……冷静に、Coolになるんだ。よし、OK。

 

「ではまたな、阿求」

「はい、また!!」

 

 手を振って見送ってくれる阿求に、軽く手を振り返すことで応える。思いの外有意義な時間だった、得に最後は。

 思い返しながら俺は人里へと帰ることにした。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「おや、早かったな? もっと遅いかと思ったが」

 

 寺子屋に戻った俺を慧音が疑問符を浮かべながら迎えてくれる。

 まず疑問に答えることにする。

 

「あそこまで感謝されては流石に長居し難い。恩を感じぬよりは良いが、あれでは逆に困るよ」

「……別に、恩だけが理由じゃないと思うぞ?」

「む? では、他に何があるというのだね?」

「………………ハァ」

 

 溜め息つかんといて、うち泣いてしまいそうやわ。

 

「まぁいい、こういったことは本人同士の問題だからな」

「なんのことだね?」

「自分で気付け、阿呆」

 

 まさかの阿呆呼ばわり!? しかも呆れた目でしたよ、見ましたか奥さん!!

 ちょっとゾクゾクしたのは内緒。

 

「さてと、お前には少しばかり説明をするんだが……その前にお昼にしよう。腹が減ってはなんとやら、だからな」

 

 わふー、切り替え早いよ慧音先生。

 

「何が食べたい?」

「二食連続で世話にはなれんよ」

「連続? 朝は世話してないから連続ではないが?」

「いや朝は抜いたから、カウントせずにだな」

「抜いたのか!? いや、確かに考えてみれば当然だが……それなら尚更食べなくては!!」

「ま、待て! マントを引くな!!」

 

 グイグイと結構な力で引かれるワラキア、つーか俺。いやでも結構本気で力凄いよ!? 全然逆らえない!

 そりゃ怖いのもあるけど、踏ん張りがまったく意味無いしね!!

 

「こうなると予想して二人分作っておいたんだ」

「二人分? 妹紅のはどうした?」

 

 結局諦めて引かれながら歩く俺。……将来は大人しくて、引っ込み思案な子と結婚するんだ、今決めた。

 

「妹紅は竹林に向かったよ、お姫様と喧嘩しにな」

 

 なんとなくだが怒り気味の慧音。まぁ、心配してのことなのだろうけどさ。

 その怒りを引く力に変えないでください、お願いします絞まってるんですかなり絞まってるからいやマジでェェェ!!

 ……あ、なんか目の前が暗く…………。

 

「ん…? おいズェピア? お、おい! ズェピア!? ズェピアァァァ!!」

 

 人里には慌てたような慧音の声が響いたとかなんとか。

 俺? 完全に意識ブラックアウトでしたが何か?




ちんまいちんまい、あきゅん可愛い。


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第六.五話『乙女と思いと外来人と』

あっきゅんかわいいよあっきゅん!


 あの人の背中が消えるまで手を振り続けた。消えた今でも、その方向を私は見つめている。

 

「……また、来てくれますよね?」

 

 誰かに確認するわけではない、ただ自分に希望を持たせるために呟いただけ。

 昨日会ったばかりの人にこれほど惹かれることは普通は無いだろう。しかし、その人との出会いが普通でないとしたら?

 ……そう、間違いなくそれは普通ではなかった。昨日の記憶が鮮明に蘇る。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 それは、まるで物語に書かれるような出会いだった。妖怪に襲われ、最早助からないと諦めた私を助けてくれた男性。

 その男性は目の前に大きな体躯の妖怪が居るにも関わらず、舞台の役者のように振る舞った。余裕であり、優雅であり、取り乱すことはなく淡々と言葉を放ち妖怪を挑発する。

 それにのった妖怪が襲いかかってきても動じずに、目に見えない速度で攻撃をしていた。気付けば妖怪は叩きつけられて、音も立てずに着地する。

 私の知る限りではこのような身体能力を持った人間はいない、巫女も魔法使いも身体能力自体はそう高くなかった。

 だけど妖怪だとしても、これだけ強いなら噂ぐらいは耳にするはず。しかしまったくそんな噂を聞いたことはない……即ち、正体不明。

 

 妖怪に襲われた私を、正体不明のとても強い男性が救った。ありふれた、しかも助けられる役は私と出来損ないのようではあるが本当に一つの物語のようだ。

 近付いてきた男性を見上げる。顔立ちは整っており、発せられる言葉は上品で、見たことはないがとても似合った服を着ている。背もとても高い……これで頭がよければ完全無欠、まさに勧善懲悪物の劇の主人公だと思った。

 

「さて、お嬢さん。お怪我は?」

「……え……あ、だ、大丈夫……です」

 

 モゴモゴとした喋り方になってしまったが、なんとか答えれた。

 チラッと顔を見ると、やはり整った顔が見えた。だが、何故か沈んだ表情に変わっていく。聞くと落ち込んだだけと答えてくれたが、何に落ち込んでいるのだろうか?

 しかしそれを聞くことは出来ず、急いで帰ることを提案される。それに肯定しつつ、名前を聞いてみる。

 

「私の名前はズェピア、ズェピア・エルトナム・オベローン。気軽にズェピアとでも呼んでくれ」

 

 微笑みながら教えてくれた名前は、聞きなれない名前。恐らく外の世界、しかも異国の人間なのだろう。それなら知らないのも納得出来る。

 ズェピア・エルトナム・オベローン……ズェピア……。幾度か脳内で繰り返してから呼び掛ける。

 

「ズェピアさん、ですね。私の名前はひ」

「危ない!!」

「え?」

 

 名乗ろうとした瞬間、腕を引かれ背後に回される。何かと思ったが、次の瞬間にそれは分かった。

 

「■■■■■■!!」

 

 妖怪の咆哮、何かが貫かれるような音。その何かがズェピアさんの体だと気付くのに時間はいらなかった。

 慌てる私に、大したことはないと告げるズェピアさん。でもそんな筈が無い、貫かれたのは腹部のやや上……肺の近くなのだから。肺ならば呼吸が出来なくなり、そうでなくとも内臓部には多大な損傷……不安しかない。

 

 これだけ考えることが出来るのは、ズェピアさんが平静を保ったままだからだろう。ここまで平然としていると混乱は流石になくなり、頭も冷える……が、それ故に一つ疑問に思った。

 何故ズェピアさんはこれだけの怪我を負っても平然としていられるのだろうか、と。

 可能性として浮かび上がった仮説は一つ、彼にとってこの程度なら本当に許容範囲というとんでもない話だ。しかしこれ以外には考えられない、外の世界であの怪我が許容範囲になってしまうような日々を送っていたのかもしれない。こちらに比べ平和と聞くが、場所によってはそういった地獄のような環境もあるのだろう。

 仮説にしては酷いものだが、これ以外に思い浮かばない。

 

「やれやれ。アンコールを求めるとは、実に奇特だな君は」

 

 痛むであろう傷を無視して話す彼を見ると、より納得が深まる。

 本当に大したことが無いからこそああして無視できるのだろう、と。

 

「だがアンコールは無しだ。潔く消え去りたまえ」

 

 考えてる間にも、彼は言葉を紡ぐ。

 流れるような動作、淡々としながらもどこか芝居がかったそれは役者を見ているような気分にさせられる。最初に見た瞬間からずっとそう、まるで目の前のこと全てが一つの演目のように思えてくる。

 

「無様で無粋で無骨な技だが、受けてみたまえ……」

 

次の瞬間、ズェピアさんは飛び出し妖怪の頭を砕いた。

 

 ………………砕いた?

 いや確かに妖怪相手ならそれが一番、それは理解出来る。でも、ズェピアさんは平然と簡単に行った。

 硬いはずの妖怪の体皮をものともせずに砕き、なにやら呟いている。だがそれを聞き終わることはなく、私の意識は飛んでしまった。

 ……流石に気持ち悪さの限界を越えてます。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「…………はっ!?」

 

 バサッと掛けられていた布団を弾きながら起き上がる。ここは間違いなく私の部屋、これは間違いなく私の布団。キョロキョロと見渡すも彼の姿は無い。

 ……これは、もしかして?

 

「夢……?」

「それは違うぞ」

 

 私の呟きを否定する声、そちらを向くと襖を開けて部屋に入ってくる女性がいた。見覚えのある銀髪と、やはり見覚えのある青い服。

 

「慧音さん?」

 

 ニコリと微笑みながら、その女性である慧音さんは近づいてくる。そして

 

 ―――ガゴォン!!

 

 頭突きを、された。

 

「ひにゃあぁ!?」

 

 あまりの激痛に、頭を押さえながら悶える。目には涙も溜まっている、噂には聞いていたが……まさかこれ程とは……。

 成る程、これなら確かに宿題忘れなどはいなくなるだろう。変態的な嗜好を持った人でも、必ず遠慮するであろう威力だ。

 

「まったく、叫び声が聞こえたから誰かと思えば君とはな……。おおかた、何かしらへの好奇心に負けたのだろう?」

「うっ……」

「夜に外出、しかも里の外など自殺行為にも程がある。いつもは人の使う散歩道として妖怪達も契約に従って襲わないが、夜になり興奮して理性を失っている奴等がそれを守るわけもない」

「はい……」

「油断していたのだろう? 昼が大丈夫だから夜でも大丈夫だと思った、尚且つ昼と夜の相違点を失念していたといったところか」

「………………」

 

 何も言えない、なんせ当たりすぎている。

 夜になってから抜け出して、里の外にある散歩道を大丈夫だなどと思いながら歩いた。昼と夜の差なんて欠片も考えていなかった、考えたのは襲われる一瞬前だ。

 ここまで当てられると、反論しようという気が完全に無くなる。元々反論する気なんか無いのだけれども。

 落ち込む私を見ながら、慧音さんは溜め息をついた。

 

「まぁ、今回はアイツに感謝することだな。アイツの速度でなければ間に合わなかっただろう」

「……そういえばズェピアさんは?」

「今は家で寝てるはずだ、妹紅がちゃんと案内してればだが」

「いえ、あの……怪我をしていたはずなのですが……」

 

 あれだけ大きな怪我に気付かなかったということは無いだろう。

 だが、私の言葉を聞いた慧音さんは首を傾げていた。

 

「怪我、と言われてもな……服が破れていた以外はなんともなかったぞ?」

「…………え?」

 

 そんなはずは無い、彼は間違いなく傷を負っていた。それも肺の近く、爪が貫通するという傷ではすまない大怪我を。

 いくら彼にとって許容範囲と言っても、肉体は別で出血も凄まじかった。なのに、慧音さんには無傷に見えた?

 

「そもそもアイツは吸血鬼らしいから、普通の攻撃は効かないぞ?」

「吸血鬼!?」

 

 私らしくない叫びをあげてしまう。

 だけど、それについてどうこう考える余裕は無い。問題なのは彼について。

 いやしかし、考えてみれば納得だ。彼が吸血鬼ならあの傷もすぐに治るのだろうし、あの強さも分かる。外では吸血鬼は妖怪と同じで襲われたりもしただろうから傷を負っても怯まなかったのだろう。

 

「まぁ吸血鬼らしくはないがな。陽射しを浴びても平気だし挙動も人間のそれ、試しに食事にニンニクを混ぜたが意味無かったし」

「何をしてるんですか慧音さん」

 

 慧音さんに突っ込みを入れつつ考える。

 ズェピアさんは吸血鬼、しかし弱点は克服済み。そういえば吸血鬼によくあるという傲慢な感じもしなかった。

 ……駄目だ、考えれば考えるほど彼が吸血鬼とは思えない。

 

「アイツは元人間らしいからな、吸血鬼っぽくないのかもしれん」

「元、人間……?」

「あぁ、そう言っていた」

 

 元人間、それを聞いた瞬間残っていた疑問は解決した。皮肉なことに、私の仮説の大部分は当たっていたらしい。

 人間から吸血鬼に成った存在ということは、なにかしらの禁忌を用いてズェピアさんは種族を変えた……否、変えられたのだろう。

 肉体は人間でなくなった、しかし精神(こころ)は人間のままである彼。同じ種族であったはずの人間に吸血鬼として襲われ、それでも生き延びてきた。

 辛かっただろうし、悲しかっただろう、私には想像出来ない人生を送ってきたのだろう。なのに人間としての心を失わず、恨んでもおかしくない人間である私を助けた。

 嗚呼、本当になんて……なんて強いのだろう。私なら折れているだろう出来事も乗り越え、優しさを失わずにあるその心は強靭の一言に尽きる。

 

「……慧音さん、お願いがあります」

「なんだ?」

 

 だからこそ、私は思った。

 

「ズェピアさんを、連れてきてくれませんか?」

「……何?」

 

 彼に尽くしたいと。

 

「私は恩を受けました、それを返さないのは人としていけません」

「……断られると思うぞ?」

 

 彼に優しくしたいと。

 

「構いません。何回断られても、礼を受け取ると頷くまで私は押しきります」

 

 そして、彼の心を癒したいと。同情ではなく、憐れみでもなく、ただ心の底から思う。

 何故なら、私は彼のことが―――――

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 ズェピアさんが来たのは朝食を食べ終わった頃だった。

 玄関の近くに立ち、いつ来ても大丈夫なように言葉も考えていた。

 ……だけどズェピアさんが来た瞬間、考えていた言葉の数々は吹き飛んでしまった。緊張で口が乾き、心臓は喧しいくらいに早鐘を打つ。緊張がバレないように隠しつつ、口調こそ変にはなってしまったがなんとか案内する。

 ズェピアさんのリクエストに答える為に珈琲を淹れる。豆は昨日、とある隙間妖怪がくれたもの。なんでも外界の最高級品らしく、名前は確かぶるー……ぶるー…………?

 ……と、とにかく素晴らしいものだとか。これなら失礼にはならないだろう。そう思いながら差し出した。

 

「……………………」

 

 しかし、どういうわけか飲もうとしない。様子を伺うと、別に不満があるような表情をしているわけじゃないんだけど……。

 

「そのように凝視されては飲みにくいのだが?」

「す、すみません!」

 

 慌てて頭を下げる、しかし気になるのでチラチラと見てしまう。

 何が悪いんだろう……?

 

「いいかね少女よ、君は間違いを犯している」

「間違い、ですか…?」

「そうだ、珈琲を出す前にすべきことがあるだろう?本来なら家に上げる前に、だがな」

「すべきこと……」

 

 家に上げる前に、少なくとも珈琲を出す前に……?

 ……駄目だ、冷静に考えることの出来ない今の頭じゃ答えは出ない。それに痺れを切らしたのか、ズェピアさんが口を開いた。

 

「ズェピア・エルトナム・オベローン」

「え?」

 

 間抜けな声が出る。恥ずかしくなりながらも、理解するために見つめる。

 

「私の名前だ、ズェピアと呼ぶといい」

「……あ!」

 

 理解した、やっと理解出来た。彼は多少違えど、昨日も同じように名乗った。

 だけど私はどうだろうか? 考えてみれば私は名乗っていない、昨日は仕方ないとしても今日は普通に名乗れたじゃないか。

 

「私は阿求、稗田阿求と申します」

「ふむ、阿求か……」

 

 慌てて名乗った私の名前を呟きながら珈琲を飲むズェピアさん。少し減ったそれを置き、私を見つめた。

 そして

 

「実に美味しい珈琲だ、ありがとう」

 

 ―――微笑んだ。

 妖怪に向けたものとは全く違う、優しく暖かい笑み。

 頬が、顔が熱くなるのを感じる。卑怯すぎる、そんなふうに微笑まれたら反応出来るわけがない。

 しかし、その私の反応に気付かずに珈琲を飲みつつ呼び出した理由を聞いてきた。恐らく私の顔は赤いままだろう、それでも気付かないとは相当な鈍感なのだろうか?

 

 とにかく説明はした、礼をしたいから呼んだのだと。それに対し、ズェピアさんの要望は安いものだった。

 ズェピアさんが望んだのは宣伝。万屋なるものを始めるらしく、その宣伝をしてほしいのだとか。

 無論その程度では礼にならないからと、他の要望を聞こうとするもいらないとしか言わない。そもそも元より助けるのが目的だったから礼はいらない、しかし何も無いと言えば納得しないだろうから宣伝を要望にしたとのこと。

 ……確かに私は礼をしなければ納得出来ないし、正直これじゃ足りないと思ってる。それを察したのか珈琲を飲みきり、ズェピアさんは立ち上がった。引き止めようとするも準備があるからと断られてしまった。

 せめてお見送りをしようと、無理矢理押し切り一緒に外に出た。

 

 

 

「……少し、長居しすぎましたね」

 

 外にずっと立ち尽くしていた私は、ふと現実に戻った。

 理由は単純、この続きを思い出すとまた赤面してしまいそうだからだ。また来てくれる約束をしてくれたし、注意をされてへこんだ私の頭を撫でてくれた。この二つ、とくに後者は私の気分を明るくするのに強い効力を発揮した。

 そっと、撫でられた部分に触れる。優しく撫でられた為、別に乱れはしていない。ただ思った。

 

「暖かい……」

 

 それは別に温度的な意味ではなく、特別な感情があるから抱いた思い。

 阿礼乙女である私の寿命は酷く短い。だけどズェピアさんの寿命は間違いなく長い、元は人間でも今は吸血鬼だから。恋愛をしてみたところで彼にしてみれば長い生涯の短い出来事に終わるだろう。私の残りの寿命など、その程度の時間しかない。

 しかし、だ。私は諦めるつもりは毛頭無い。短いなら濃密に、どれだけ生きようと記憶に残るような恋愛をしてみせる。彼がいつでも思い出せるぐらいに思い出を作ってみせる。

 

「そうと決まれば作戦を練らなくちゃ……」

 

 浮かんだ笑みを隠すようにしながら私は部屋に戻った。

 

 その日の夜、夕食の買い出しに行っていた使用人さんが教えてくれたのだが昼前に慧音さんが最近来たばかりの外来人を絞め落としたらしい。使用人さんも見たわけではなく、話を聞いただけらしいけど。

 昼前というとズェピアさんと別れて少ししたぐらいか。外来人らしいし、ズェピアさんなら何か知っているかな?

 うん、今度聞いてみるとしよう。




注意:前書きに少々の紳士成分有り


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第七話『俺と説明と開業準備と』

地道に更新、一日一話。

でもそろそろじれったい気がしないでもない。


 前回……じゃなくて第六話のあらすじ

 ・あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!

 「俺は慧音に引っ張られたとおもったらいつのまにか意識が飛んでいた」な……何を言ってるか―――

 ・分かりやすく言うと、首が絞まって意識が飛びました

 

 

 

「本当にすまなかった」

「……もう謝罪はいいのだが」

 

 あのあと意識が回復した俺が見たのは、濡らした布を額にのせてくれようとしている慧音だった。だが次の瞬間慧音は、瞬間移動でもしたかのような速度で離れて土下座。

 で、先程のようにひたすらに謝り続けているわけだ。

 

「私はもう気にしていないんだ、次から気をつけてくれれば構わない」

「そうはいかない、吸血鬼の君が気を失うほど私は強く首を絞めたんだ。お咎め無しは納得出来ない」

 

 もうずっとこの調子。

 真面目なのはいいことなんだけど……堅物なのはどうかと思う、対応が難しい。

 

「やれやれ……自ら罰を受けたがるとはな。君でなければ妖怪に取り憑かれたか、はたまたそういった嗜好を持った人物かと疑ってしまうよ?」

「ぐっ……だ、だがやはり私のしたことは酷い行いなわけだから」

「被害を受けた本人がいいと言っているんだ、どれだけ君が罰を求めても私は与えない。そもそも君は恩人だ、その君に罰など与えれぬよ」

「しかしだな「ならばこうしようか」……む?」

 

 まだ食らいつく慧音を遮り、本日二度目の提案をする。いい加減止めないと、俺が疲れるからだ。

 

「君は私に食事を作ってくれればいい」

「それが何になるんだ?」

「私を救うことになる。残念ながら今私は仕事が無い、即ち金も無い。金が無くては食事が出来ないのはいつの世も道理、故に私は食事が出来ない。食事が出来なくては大概の生物は死ぬ、故にこのままでは餓死もありえる」

「その君に食事を作ればいいと……?」

「如何にも。……とは言っても、やる仕事はもう決まっているから明日明後日ぐらいのものだがね」

 

 客が来たら、の話ではあるけど。仕事は決まっているけど、仕事があるか分からない。

 ……なんだこの矛盾は。いや、だが事実か。

 

「だがどのみち、君には当分食事を作ってやるつもりだったぞ?」

「それはそれだ。君の考えと私の頼みが偶然一致しただけ、そう考えるべきだ」

 

 まだ何か言いたげではあるが、有無を言わせぬように言葉を切る。

 ……阿求もそうだったが、どうもお礼やお詫びやらはキッチリしたがる奴が多いな。いや、今いる知り合いがそうなだけか?

 

「…………分かった、君がそう言うならそうしよう」

 

 渋々、といった表情ではあるが納得してくれたようだ。よきかなよきかな。

 

「とりあえず昼御飯を作るが……何が食べたい?」

「フム……いや、任せるよ。ただなるべく早く出来上がり、空腹を満たせるものが望ましい」

「……そういえば朝は食べてないんだったな。よし、じゃあ中華系でいいな?」

「構わないよ」

 

 少しヘビーな昼飯だな、まぁ作ってもらえるのはありがたい。気絶してた時間があったせいか阿求の家を出た時より腹も減ってるし。

 慧音が調理に取りかかる中、暇を潰せるものはないかと部屋を少し見渡す。

 …………ん?

 

「慧音、この机に置いてある札はなんだ?」

「ん? ……あぁ、それはスペルカードだ」

「スペルカード?」

 

 スペルカード……確か、弾幕ごっこに使う札だったか?

 自分の技を封じ込めておいて、宣言して使用する所謂必殺技だったような気がする。原作では主人公はぶっちゃけボムだからなぁ……細かく覚えてねぇや。

 

「完成したら説明するから少し待っててくれ」

「了解した」

 

 返事をしながらスペルカードについて考える。

 スペルカードは弾幕ごっこだけでなく通常の戦闘でも使えるのだろうか? ……恐らくだが使えるはずだ、何せ自身の技を封じ込めるものなのだから。非殺傷や殺傷の設定が出来て、それで殺さないようにするのだと思う。そうでなきゃ技を込めたりなんか出来ないだろうし。

 戦闘時ならばスペルカードは出が速く、宣言さえすれば即座に使えて大技も素早く使えるだろう。デメリットらしいデメリットも無い。

 

 うーん……考えれば考える程欲しくなる。あれば弾幕ごっこに持ち込んで死ぬことのない戦いに、戦闘なら殺傷設定にして使えばいいし。

 ワラキアだとなんだろう……狂喜やら惨劇やらしか名前が浮かばないな。後は物語にでも沿った名前か……?

 何にしても暗かったり、長かったりする名前になりそうだな……。俺としてはもっとシンプルな感じにしたい、具体的にはマスタースパークみたいな感じに。

 ……いや駄目だな、なんか似合わない。ワラキアだとレーザーとかビームみたいのが似合うイメージが一切出てこない、やはりワラキアはマント翻しとくしかないか……。

 

「よし、出来たぞ」

 

 半ばヤケクソな結論に到達したところで慧音が来た。

 料理は青椒肉絲と普通、しかしかなり山盛り。……この量をあの時間で刻み、炒めたのかと疑問に思ってしまうくらいの山盛りだ。

 

「随分と速いな?」

「中華だしな、それに具材を切るのは一瞬だ」

 

 確かに半妖の身体能力なら一瞬だろうけど……量を考えると微妙な感じだ。

 いやしかし、慣れてればなんとかなるか?

 

「さ、食べてくれ。沢山作ったからな」

「あぁ、頂くよ」

 

 言いながら、一旦思考を中断してご飯のよそってある茶碗を受け取……る……。

 …………いやいやおかしいって。なにこの量?山盛りてんこ盛りとかいうレベルじゃねぇぞコレ。いつもの感覚で持ち上げたら向かい側見えねぇよ、どうやったらこんな奇跡のバランス発揮するの?

 

「ご飯はお代わりもあるからな」

 

 なん……だと!?

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「……馳走になった」

「うむ、御粗末様」

 

 笑顔で食器を片付ける慧音を見ながら思う。よく食いきれた、と。

 正直途中で諦めたくなったりした、だけど持ち直して完食……当分肉はいらない。ピーマンと筍も嫌になりそうだ。

 

「しかし見ていて気持ちがいいくらい食べるな、食べ方も綺麗だし作った側としては嬉しいよ」

「そうかね? まぁ、あれだけ美味しければ自然と食は進むよ」

 

 答え、そして頑張ってゲップを抑える。危うく大きいのが出るところだった……。

 そんな俺を尻目に、何かを思い出したように動く慧音。振り向いた時、その手にはカードが握られていた。

 

「それは……スペルカード、だったね?」

「あぁそうだ、この幻想郷において非常に重要なものだな」

 

 言いながらカードをテーブルに置く慧音。カードは鮮やかな色をして、微妙にそれぞれ違いがある。

 

「スペルカードというのは幻想郷での特別な決闘法で使われるカードでな、所謂必殺技のようなものだ」

「ほぅ? ちなみに、その決闘法とは?」

 

 慧音の言葉に相槌を打ちながら質問する。

 決闘法は間違いなく弾幕ごっこだろうけど、ルールはよく分からないからな。本編でも特に語られてないし。

 

「決闘法は弾幕ごっこと呼ばれるもので、種族として弱い人間でも強い妖怪に勝てる可能性がある、唯一無二の決闘法だ」

「ふむ……実に興味深い。どのようなものか教えてくれるかね?」

「あぁ、構わないぞ。元よりそのつもりだったしな」

 

 どこから取り出したのか、慧音は紙と筆、墨を机の上に置いた。

 

「今から話していくから、メモ代わりにでも使ってくれ。分からないとこがあったら質問していいからな?」

「う、うむ……」

 

 なんか授業みたいになってしまった……。そりゃあ慧音は教師だから自然とそうなるのかもしれないが、一昨日まで高校生やってた俺にとって授業なぞ地獄(または寝る時間)でしかない。

 だがなってしまったものは仕方ない、既に墨と水が溶けている硯に筆を浸しメモをとる準備をする。

 

「よし、じゃあまずは簡単な説明から―――」

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「―――と、いうわけだ。理解したか?」

「うむ……十二分に理解させてもらったよ……」

 

 満足気な笑顔を浮かべる慧音に言いながら、俺はグッタリとする。

 あれから二時間、いやそろそろ三時間になるか? とにかくそれだけの時間説明を受けていた。

 前半は弾幕ごっこのルール、中盤はスペルカードの注意点、後半は妖怪の歴史……あっるぇー? しかも後半の歴史がメインだったような?

 …………まぁルールを知れたから良しとしよう。媒体になるカードも五枚貰えたし。

 とりあえず、ルールを簡単に纏めるとこんな感じだ。

 

 ・決闘開始前に相手に自分のスペルカード枚数を宣言し、それを最大枚数とする。

 ・相手への直接攻撃は禁止とし、また弾幕を消す等の能力も禁止とする。

 ・スペルカード使用時には名前を宣言してから使用しなくてはならない。

 ・勝敗は被弾による気絶、及びスペルカードを使いきった者を敗者とする。

 ・あくまで決闘なので、勝者は敗者の命を奪ってはならない。

 

 とまぁ、こんなところか。本当はもっと細かいのが色々あるんだが、そこは割愛する。長くてメモに書けなかったし、何より覚えてないからな。

 それにしても妙且つ、よく出来たルールだ。互いに土俵を合わせることで不利を無くす、妖怪との腕力や生命力の差もこれなら問題ない。速度や体力はアレだが、元より弾幕を張れる時点で解決したようなものだろうし。

 ……まぁ、それでもスペルカードの枚数という差ばかりはどうしようも無いのだが……仕方ないことか。

 

「あぁ、最後のは守られるか分からないから気を付けろよ」

 

 ジーザス! いや予想はしていたけども!!

 

「多分大丈夫だとは思うけどな。弾幕ごっこで勝負してくれる奴等は理性があるから、無理難題は言われても殺されはしないはずだ」

「フム……成る程」

 

 しかし、だがしかしだ。その無理難題で死なないとも限らない、主に精神的に。

 だったら普通に戦うほうを俺は選ぶぜ!! 折角ワラキアの体なんだし使わなきゃ損だ、いや流石に殺し合いみたいのは怖いけどね? 精神抉られるよりは楽かなって。

 

「……そういえばズェピア」

「なんだね?」

「教師としてやることについての説明……まったくしてないな」

「……………………」

 

 完全に忘れてた……。

 

「まぁ、大して長くもないから大丈夫だが」

「……すまない」

「いや私も調子に乗って歴史についてまで語ってしまったからな……。静かに聞いてもらえるのは久しぶりだったから……」

「……苦労しているようだな」

「あぁ、本当に……」

 

 若干変な雰囲気になりつつ説明を受ける。

 と言っても、大したことじゃなかった。内容は至って簡単、算数と理科を教えればいいらしい。国語と社会は慧音が自分で教えるから残り二つを、とのこと。

 進行の仕方は慧音がお手本を見せてくれるそうだから……思ったよりは楽そうだな。教科書もあるから、これならなんとかなりそうだ。

 

「じゃあ明日、よろしく頼んだ」

「任せたまえ、期待に応えてみせよう」

 

 立ち上がり荷物を纏める。

 まぁ、教科書と貰ったカードなんだが。

 

「気を付けてな、スペルカードは早めに考えておいたほうがいいぞ」

「フム……忠告は有り難く受け取っておくよ」

 

 手を振られながら歩き出す。

 さて、家に工具はあったから看板でも作るか。木とかを適当に集めれば作れるだろうし、筆もあったから時間さえかければなんとかなるはずだ。幸い時間ならタップリとあるし。

 

 少しだけこれからの生活にわくわくしながら、俺は早歩きで家に向かった。




そろそろ一日三話か四話いってもいいかなぁ…と考え中。


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第八話『俺と授業と鴉天狗と』

前書きのネタに困り始める第八話。

移転前のをコピペするわけにもいかないので中々難しい。


 太陽が照り、人が起き、妖怪の時間が終わりを告げる―――ようするに朝が来た、それだけのことだが。

 昨日慧音に晩飯まで食べさせてもらった俺は夜はガッツリと寝た、吸血鬼なのに。夕方はポスト作りを頑張ったがやはり素人には難しく、出来ても歪な箱ぐらいのもの。……いっそのこと目安箱みたいにするのも有りかもしれな

 

 ピンポーン

 

 ポストについて変な考えを持ち始めたら、それを止めるかのようにインターホンの音が聞こえた。つかインターホンあったのか。

 ……しかし、こんな朝早くから誰だ? 慧音か妹紅なら声をかけてくるだろうし、阿求はありえない。

 

「今開ける」

 

 考えながらガラガラと戸を開く。するとそこには

 

「あやややや、どうもおはようございます!私は文々。新聞記者の射命丸文と申します」

 

 

 

 ―――ガラガラ、ピシャッ!カチャッ

 

「さて、授業に向けて準備をするか」

「ちょっ、酷くないですか!! うわしかも鍵まで!?」

 

 後ろで玄関が何故かガタガタ鳴っているが気にしない、気にしてはいけない。関わったが最後、間違いなく面倒かつ厄介なことになる。

 

「……………………」

 

 …………おや? 急に静かにな

 

 ―――ドゴォン!!

 

 ……………………は?

 

「あやや、少しばかり強引な手段を取らせて頂きました」

 

 ……あー、成る程。つまり玄関の戸はお前がぶっ壊したと? 風を圧縮でもしてぶつけたか?

 まぁ、とにかくだ。

 

「さて! 早速ですがインタビッ!?」

 

 首根っこを引っ掴み、床に引いて倒す。目を見開いているが気にせず喉に爪を当てる。

 

「君が何者だとか、何が目的だとかはどうでもいい。ただ答えたまえ、人にかかる迷惑について考えたことはあるかね?」

 

 少量の殺気を放ちつつ聞く。

 いやね、別に文が嫌いなわけじゃない。慧音みたいに好きってわけでもないけど、でもそれなりには好きなキャラだ。

 だけどこれは仕方ない、だってコイツは俺の借りてる家の戸を壊したのだから。しかも悪びれもせず。

 いくら鍵を閉められたからといってありえない、というか閉められたら無理だと普通は思うだろうに。

 

「で、ですが貴方が鍵を閉めたからこうするしか……」

「鍵を閉めた、つまりお断りということだよ。契約も質問も、無論記事にされることも」

 

 殺気をやや強めながら言うと流石にヤバいと気付いたのか、文の顔が青くなってきた。さらに心なしか震えている。

 ……やりすぎたな、うん。

 

「謝罪と補修さえすれば許すが?」

「あ、謝ります! 謝りますし戸も直します!!」

 

 出した条件に、即座に飛び付いてきた。まぁ妥当な条件だし当然だな。

 立ち上がり、文から離れる。素早く立ち上がった文は俺から離れ、そして素早く頭を下げた。

 謝罪しているようだが…殆ど聞こえん。早口すぎて断片的にしか聞き取れない。

 

「……謝罪はその辺にして戸を直したまえ。そうすれば用件を聞いてあげよう」

「本当ですね!?」

「本当だ」

 

 何故か目を輝かせ、さらに素早く作業に移る文。幻想郷最速の二つ名は伊達じゃないようで、一人なのに何人も居るかのようなスピードだ。

 ……駄目だ、まだロクに見えん。せめて動体視力を上げないと生き残るのも難しいな……。

 

「終わりました!!」

「む……? もう終わったのかね?」

「はい! 手抜きは一切ありません!!」

 

 そう言いながら文が見せたのは綺麗に直された戸。しかも妖力でも込めたのか明らかに木が良質なものになっている。

 

「いいだろう、用件を聞こうじゃないか」

「はい、実は妖怪達に出回ったある噂を聞いて来ました」

「噂……?」

 

 茶を淹れてやりながら問い掛ける。これも勿論貰い物だ。

 慧音にどんどん借りが増えてく、早く仕事始めたい。

 

「知らないんですか? 金髪糸目、紫の服に黒いマントを羽織った新参の吸血鬼が中堅クラスの妖怪を瞬殺したと噂になってますよ?」

「……………………」

 

 あぁ、一昨日のアレか。

 中堅クラスなぁ……大したことないように感じたけどそこそこだったんだ。

 

「しかもその吸血鬼は日差しを浴びても問題無く行動し、流水や銀の武器の類いも効かない」

 

 あれ? なんか脚色入り始めた?

 

「博霊の巫女、里の守護者、阿礼乙女等とも交流がありリアルハーレムを築いているとか」

「待ちたまえ」

 

 ちょい今のは聞き逃せないね。

 リアルハーレムだ? ふざけんな馬鹿にしてんのか。こちとら灰色に輝く青春時代を生きてたんだよォォォォ!!

 

「噂というのは総じて尾ヒレが付くものですから」

 

 ニコニコとしながらメモを取り出す文。

 いや、だから待て。

 

「質問等、特に記事にするのは禁止と言ったはずだが?」

「うっ……そこをなんとか!お願いします!!」

「断る、害こそあれど益は無いだろう」

「何故害があると!!」

「黙りたまえ脚色パパラッチ、君の新聞を読めば誰もがそう思うはずだ」

「酷い!? それに私のモットーは清く正しいですよ!?」

「ハッ」

「鼻で笑われた!!」

 

 ワラキアボディが鼻で笑えてしまうぐらいとんでもない発言だ。

 文と言ったら脚色が激しい記事を書く、これは最早常識。花妖怪がドSなのと同じくらい常識。

 

「確かに少しばかり表現は変えますがそれだけです」

「……噂の吸血鬼はかなりの色欲魔、私も襲われた」

「え!?」

「成る程、一面の記事を私にするつもりだったわけだ。しかも明らかに評価が落ちるであろう表現で」

「な、なんで分かったんですか……?」

「おや当たりか、私は適当に言ったつもりだったんだがね」

 

 言い終わる前に文の手首を掴む。

 まぁ当たったのはメモに書いてるペンの動きで予測したからだけどな。……使い所の無い、俺の無駄スキルの一つが役に立つ日が来るとは。

 

「これで三度目だ。……私を記事にするのはやめたまえ、死にたくないだろう?」

 

 ニコリと笑みを添えつつ言う、無論握力を込めながら。ミシミシと文の腕が悲鳴をあげる、コクコクと文は首を縦に振る。

 ……これだけ脅したんだし、多分大丈夫だろ。

 

「それでいい。だがもし記事を書いた場合には…分かるね?」

 

 念のためにもう一度言うと、無言のまま首を縦に振り続ける文。そんなに怖かったのだろうか?

 とりあえず手を離し解放する。

 

「君の新聞が真実を伝えるようになったら取材に応じるよ」

「…………分かりました」

 

 やや俯いたまま出ていく文。

 やりすぎたとは思うが、仕方ない。俺の保身のためだ。下手に情報が大きく出回ると大妖怪や鬼に知られてしまう、そうなると高確率で勝負を挑まれるだろう。

 逃がしてはもらえないだろうから戦うしかなく、そうなれば俺の生存率は0だ。早く自分の身くらい守れるようになりたいよ……。

 

「…………支度、するか」

 

 若干気が落ちつつも支度をする。

 昨日渡された教科書類、何故かあった鉛筆と消しゴム、これらを布の袋に入れて持つ。マントの影になっているため袋は見えない……よし、完璧だ。

 どこからどう見てもノーマルなワラキア、いやワラキアがノーマルかは知らんが。

 頑丈になった玄関を開き、外へ出る。あれだけの騒音にも関わらず普通にすごしている里の人達、案外アレは日常茶飯事なのかもしれない。

 

 

 

 寺子屋まで歩いていくと子供達も何人か居た。考えてみたら文で時間をいくらか取られたんだ、それなりの時刻にもなるだろう。

 やや急ぎつつ慧音のもとに向かう。教室に居ない場合、寺子屋の中で慧音の居る部屋は決まっている。職員室……と言うよりは校長室みたいな感じの部屋だ。

 サイズは個室程度、中には来客用の椅子と机、それと別に仕事用であろう机。無駄なものは無く時計と教科書にプリント、後は巻物があるだけ。

 着いた俺はノックし、反応を待つ。

 

「む、ズェピアか。待ってたぞ」

「すまなかった、急な来客に少々時間を取られてね」

「……なんとなく把握したよ、とりあえず入ってくれ」

 

 苦笑する慧音に招かれるままに中に入り、出してくれた茶を飲みながら授業の流れと予定を聞く。

 授業は現代と同じく午前四時間の午後一時間、一時間ごとに十分の休憩を入れる。午前と午後の間には一時間程時間を取り、その時間で弁当を食べたり外で遊んだりするらしい。

 今日のところは三時間目と四時間目が俺の担当で、一時間目と二時間目は慧音が自分でするからそれを見てやりかたを学んでほしいとのこと。

 

「最初の授業になる三時間目の時に自己紹介をするといい」

「分かった、教えるのはこの部分からだな?」

「そうだ、基本的にみんな理解してるから問題も無い」

 

 ……基本的に、というのが引っ掛かるな。まぁいいか、とにかく頑張るとしよう。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 で、何事も無く放課後だ。

 本当に何も無かった。たまに二次創作だとバカルテッツが居たりするが、そんなこともなく普通の子供達ばかり。自己紹介の時に一人の子供が「慧音先生の彼氏ですか?」と聞いた瞬間、その子供が頭部に強い衝撃を受けて気絶した以外は至って平和だった。

 

「お疲れさま」

「君もな。いやしかし、授業をするというのは中々疲れる。教師というのも大変なのだね」

 

 淹れてくれた茶を飲みながら言う。

 何事も無かったとはいえ、教師をすること自体が疲れた。教科書の内容を分かりやすく纏め、説明する…これを授業中の限られた時間内に一定範囲まで終わらせなければならない。纏めたのが生徒に分かりやすいとは限らないし、下手をすれば逆効果だ。

 

「なに、慣れれば楽になるさ。それに初めてにしてはよく出来ていた」

「ありがたい言葉だ。正直私は頭の中がグチャグチャになっていたがね」

「私には君が慌てる姿など想像出来ないのだが……」

 

 苦笑混じりに慧音が言う。それは俺もだ、ワラキアが慌てる姿なんか想像出来ない。

 

「っと、忘れていた。今日の給金を渡さないとな」

 

また立ち上がり引き出しを開け、茶封筒を片手に戻ってきた。

 

「本当は週一で渡す予定だったんだが、流石に一文無しは辛いだろうからな」

「……恩に着る」

 

 慧音の優しさに感動と胸キュンをしつつ受け取る。バイトをしたことのない俺にしてみれば初めて自分が働いて得た金、感慨深いものがある。

 やったことは二時間の授業だけだが、一食か二食ぐらいは食べれるはずだ。これで慧音に迷惑をかけずにすむ…まぁ、慧音は別に迷惑に思っていないだろうけど。

 ……あれ? なんか茶封筒に違和感が…。

 

「……これは、お札……?」

 

 茶封筒は薄いし、さわり心地からして金属は入っていない…ってことはやっぱりお札か?

 でも、確か幻想郷の通貨って昔のじゃなかったか? それこそ結構昔の…。

 

「最近は外来人が増えたからな、外の通貨も使えるようになったんだ。君もそっちのほうが分かりやすくていいだろう?」

「………………」

「な、何故そんなに深い礼をする!?」

「これ以外に感謝を表せる手段が思い浮かばなかった、それだけだよ」

 

 いや、もうなんか…何も言えない……。あまりにもありがたすぎて何も言えない……。

 

「……えっと、寺子屋は日曜日が休みの週六日、私としては出来れば三日ほど出てほしいんだが構わないか?」

「あぁ大丈夫だ」

「一日あたり二時間か三時間、今日ぐらいのが基本と考えてくれ。何か質問があるなら聞くぞ」

 

 質問か……。

 

「私が体調を崩し、授業が出来ないといった場合にはどうすればいい?」

「君は吸血鬼……いや、妖怪も風邪になるし吸血鬼もありえるか……」

 

 何やら考え込みだした慧音、電話のような便利品も無いし確かにこれはかなり問題だな。

 ……どうしよう?

 

「河童達は確か、でんわとかいう遠くの相手と会話出来る道具を持っていたが私は持ってないし……」

 

 河童スゲェなオイ、電話作ったのかよ。

 

「よし、それは私がなんとかしよう。明日はちょうど日曜日だしな、時間もあるから大丈夫だ」

 

 そして慧音もスゲェです。まさか妖怪の山に乗り込むのか!?

 ……んなわけ無いか。いくらなんでも危なすぎる。

 

「とりあえず、私は帰るとするよ。色々としなくてはならないこともあるからね」

「む、そうか。じゃあまた明後日頼んだ」

「承った」

 

 来たときの荷物+茶封筒を持ち帰路に就く、明日は暇みたいだし家に着いたら計画でも立ててみるか等と、やや子供染みた考えを持ちながら。

 

 家に着いてから茶封筒の中身を確認したら諭吉さんが何人も居て驚いた。付いていた手紙には『明日は色々と見て回るといい』という言葉。

 慧音の優しさに涙腺ダムが決壊しかけながら、早く借りを返せるように頑張ろうと決意した。




注意:射命丸がちょっと不遇です、ちょっと


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第九話『俺と巫女と魔法使い達と』

 前回のあらすじ

 ・慧音への好感度が好きから大好きになりました

 

 

 

「……………………」

 

 俺は森を無言で歩き続ける、向かう先は博麗神社。手には菓子折と食材の入った袋を持っている。

 何故博麗神社に行くのかというと、霊夢にお礼を言いに行くためだ。

 

 昨日慧音の優しさにより懐は温まり、今日は休みでやることが無くなっていた。暇だし里を見て回ろうかなと思案していたらふと思い出した、「あ、俺霊夢にお礼しに行ってないじゃん」と。

 善は急げ、思い立ったが吉日、急がば回れなど知らぬが如く突発的に俺は行動を開始した。ポスト作り?作るのは諦めて、どこかで使えそうなのを買うことにしましたが何か?

 ……霊夢に助けられてから二日程経っているが、行かないよりずっと良いと思っての行動なわけだ。少し自棄になっての行動な気もするが、ここまでは順調に来れた。

 だが現在問題が発生中、それは

 

「シャンハーイ!」

 

 コイツ、上海人形である。

 何が気に入ったのか上機嫌な声で俺の頭の上に陣取っている。喋る人形を頭に乗せたワラキアが袋を両手に持ちつつ森を歩く、シュールとかカオスとか通り越して通報レベルの怪しさだよ。

 

「……君はなんなんだね?」

「シャンハーイ♪」

 

 質問するも会話にならない、予想はしてたけど。

 

「私はこのまま博麗神社に向かうが構わないね?」

「シャンハーイ」

 

 …………OKってことでいいのかな? とりあえず降りる気はサラサラ無さそうだし、このまま行くとするか。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 道中は何事も無く階段の前まで来れた。ちなみに今は上海は移動し俺の肩に座っている、相変わらず機嫌は良いけど。

 やけに長い階段を見上げてため息をする、なんか登るだけで達成感が味わえそうな長さだ。

 

「シャンハーイ?」

「いや……大丈夫だ、行こう」

 

 再度ため息をつき、階段を登っていく。早く覚えなきゃいけないことに空を飛ぶことが追加された瞬間だった。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 これで二度目のカットになるわけだが決して俺は楽じゃない。あの階段は人間なら足がガクガクして動かなくなるくらいの長さだった、しかも結構急。そりゃ参拝客来ねぇよなぁ……。

 目の前にはポツーンと置かれた賽銭箱、無論中身は空だ。

 

「……………………」

 

 あまりにも不憫なので賽銭を入れる、諭吉さんは厳しいので一葉さんをパサリと

 

「どうもありがとう」

「ッ!?」

 

 素早く振り向くと、至近距離に霊夢がニコニコしながら立っていた。え、なにそれ縮地?

 賽銭箱の中身を確認してすぐ懐に入れると、さらに三割増しぐらいの笑顔でこちらを向いた。

 

「……君はなんというか、随分と分かりやすいね?」

「…………ズェピア!?」

「いかにも、私はズェピア・エルトナム・オベローンだが?」

 

 笑顔が驚愕に変わり、そしてすぐに再起動した。

 

「まさか本当に来るなんてね……。でも巫女さんとの約束守ったわけだし、御利益はあると思うわよ?」

「御利益、ね……」

 

 言っては悪いがあまり無さそうだ。むしろ金を持っていかれそうな……おぉ怖い怖い。

 

「何か変なこと考えた?」

「いや、全く」

 

 鋭い、流石霊夢鋭い。

 

「……まぁいいわ。上がってく?お茶ぐらい出すわよ」

「ふむ、では甘えさせてもらおうか」

 

 テクテクと霊夢に付いていき、家の縁側に座る。神社とは別になっており意外と広い家だ。

 

「少し待ってて、お茶持ってくるから」

「分かった」

 

 台所に向かった霊夢を見送り、外に視線を戻す。

 長い階段を登ったためか空が近く感じる、無論そんなわけはなく感じるだけなんだが。

 

「外とは大違いだな……」

 

 改めて幻想郷の自然の豊かさを知る。空気は綺麗で、空を見上げても遮るものはない。そよぐ風が涼しく、ぽかぽかとした日差しと共に眠気を誘う。

 ……むぅ、昨日は早く寝たはずなんだが。自然とは実に恐ろしいものだ。

 

「あれ? お前誰だ?」

「む?」

 

 突然聞こえた声に少し驚きながら振り向く。そこには箒を手に持ったまさに魔法使いといった服装の少女……え、ちょ、え?

 まさかのエンカウント?

 

「人に名を聞くなら、まずは自分から名乗るのが礼儀では?」

「っと、それもそうだな。私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ。魔理沙って呼んでくれ」

 

 何故か嫌味風な口調になってしまった気もするが魔理沙は笑顔で返してくれた。

 なんというか、やはりというか、とても可愛い。慧音とは違い元気溢れる! といった感じの笑顔は結構な破壊力がある。

 

「魔理沙、か。私の名前はズェピア・エルトナム・オベローン。現吸血鬼の何でも屋さ」

「ズェピアっていうのか、随分と長い名前だな。しかも吸血鬼? 日差し浴びてるのに平気なのか?」

「平気だね、体調に変化は無いよ」

「いや体調云々じゃなくて灰に……あぁ、そういうことか」

 

 どういうことだよ。

 

「ま、お前が平気ってんならいいや。……そういや、霊夢はどこに居るんだ?」

「霊夢なら今は茶を淹れてるよ」

 

 そうか、と言いながら魔理沙が隣に座ってくる。

 ボーッともしてたし、時間的には多分そろそろなんだが…。

 

「やっぱり来たのね」

「お、霊夢邪魔してるぜ」

「呼んでないし許可もしてないわよ」

 

 物言いこそ冷たいが霊夢が置いた湯呑みは三つ、そのうちの一つを魔理沙が手にした。

 予想していた、ということだろう。

 

 

「暖かい日差しを浴びながら温かい茶を啜る、平和だぜ」

 

 魔理沙が茶を啜りながら呟いた。……なんというか、年寄り臭い。

 

「どこの爺よ」

「いや性別的に婆では?」

「どのみち酷いぜ!?」

 

 魔理沙の叫びを無視しながら茶を啜る。

 うむ、爺ではないが確かに平和だ。縁側で茶を啜るワラキアというのはやはりシュールではあるが。

 

「そういや思ったんだけどさ」

「なんだね?」

 

 片手に湯呑み、もう片手には煎餅という完璧な布陣を取った魔理沙が俺を見ている。正確には俺の膝の上を、だが。

 

「なんでお前が上海を連れてるんだ?」

「シャンハーイ!」

 

 何故か楽しげに声をあげる上海、俺の膝の上でバッチリくつろいでいる。

 そうか、考えてみたらアリスと魔理沙は面識あるし知ってるよな。

 

「え? それズェピアの人形じゃないの?」

「違うね、生憎私は人形遣いの技能は習得していないよ」

 

 上海の頭を撫でながら答える。おぉ、サラサラで撫で心地かなり良い……。

 

「ここに来る途中にある森で会ってね、何故だか気に入られたようだから連れてきたのだが…君の知り合いなら話が楽だ」

「そうね、魔理沙が返せばいいんだもの」

「えー……めんどくさ「夢想封印くらっとく?」バッチリ届けてやるぜ!」

 

 切り替えが速いな、まぁあんな脅し聞いたら無理もないか。俺だって怖いし。

 とりあえず今は上海の頭を撫でながら茶を啜る、啜るったら啜る。

 

「何か面白いことないかしらね」

「弾幕ごっこでもするか?」

「嫌よ面倒だもの」

 

 物騒だな魔理沙、そして霊夢は面倒だからて。

 ……おい、魔理沙こっち見んな。

 

「じゃあズェピアやろうぜ!」

「いや私はスペルカードを作っていないのだが」

 

 俺が答えると露骨に落ち込む魔理沙、いや仕方ないじゃんか。思い浮かばないんだよ、スペルカードに使えそうなのはアークドライブくらいだけどそのアークドライブが俺使えないし。

 そもそもどうやってスペルカードにしろと?

 

「大方作り方が分からないんでしょ? 技をイメージしながら霊力、または魔力やら妖力を注ぎ込めばいいのよ。イメージが鮮明且つ正確であればあるほど完成度は高まるわ」

 

 そーなのかー。よし、やってみよ。

 

「お、随分と良いカードだな。一枚貸してくれ」

「だが断る、これは貸し借りできるものでは無いだろう?」

「冗談だ、一割ぐらい」

「残りは本気なのだろう?」

「当然!!」

 

 グッとサムズアップしてきた魔理沙の襟首を掴んで思い切り投げ飛ばし集中する。何かが階段を転げ落ちる音と叫び声みたいのが聞こえたが気のせいだろう。

 

「うわー、割と容赦ないわねアンタ」

「む? 何かあったかね?」

「……まぁいいか、どうせ復活するし」

 

 そうだね、プロテインだね。むしろザ◯リクだね。

 

 

「…………………………………………………………………………………………」

 

 本気で集中するために黙り込む、霊夢も空気を読んでか一言も喋らない。

 イメージ……イメージ……駄目だ、カットカット叫んでる姿ばかり記憶に残ってる……。ここはまず、オリジナルっぽいものを作ってみるか……。

 ワラキアだしやはり色は黒か? フルムーンだと赤の爆発するやつもあったしそれもあるか……。

 そういやワラキアの由来って、ルーマニアにあるワラキア地方の昔の領主を祟ってタタリを引き起こしたからだったな。んじゃそれに準えて……。

 

「…………よし、出来た」

 

 少しクラッと来たが、恐らく魔力をガッツリ持っていかれたからだろう。

 一発目に作ったスペルカードにしては悪趣味な内容だが、まぁ些細なこと。

 

「どれどれ?」

 

 気になったのか霊夢が覗き込んでくる……あ、良い匂い……。

 ゴメン、ちょっと後で俺吊ってくるわ。

 

「また随分と魔力込めたわね、アンタのことだからただ極太な光線を放つってわけじゃないんでしょ?」

「うむ、少々悪趣味な内容だがね。私はそこらに居るような主人公の踏み台になるレベルの悪役、ちょうどいいさ」

「踏めない高さの踏み台なんてどうすればいいのよ」

 

 シラネ。……お?

 

「ズェピアー! よくもやってくれたな!!」

「実に素晴らしきかなギャグ補正、コメディを書く際には必須だね」

「何言ってるの?」

 

 気にしちゃ駄目。

 呆れた目で見られながら(不思議と気持ちいい)魔理沙のほうを向く。服はボロボロ髪はボサボサ、しかし無傷。ギャグ補正本気で凄いな。

 

「急に投げるとか予想外すぎて抵抗出来なかったぜ!?」

「これでも吸血鬼、腕力はそれなりにあるよ」

「人間をあれだけの距離投げるのはそれなりってレベルじゃないぜ!?」

「そうね、魔理沙に同意するわ」

「む?」

 

 魔理沙に同意したのは霊夢ではなく階段を上がってきた少女。その少女の姿に反応し上海が飛んでいく。

 これは間違いない、か。

 

「初めまして、人形遣いの少女よ。名を伺っても?」

「……アリス・マーガトロイド、貴方の言うとおり人形遣いよ。貴方は?」

 

 俺を怪訝そうな目付きで見てくるアリス。まぁ初見なのに当てられたらそりゃそうなるな、でも俺悪くない。悪いのは勝手に喋りだしたこの口さ。

 

「あぁ失礼、私はズェピア・エルトナム・オベローン。現吸血鬼の何でも屋だよ」

「吸血鬼……?」

「あー、アリス耳貸してくれ」

 

 俺が吸血鬼というのに疑問を持ったらしいが、魔理沙の耳打ちを聞き納得した表情を見せた。……なんだっていうんだ?

 しかしアリスは俺の疑問など関係ないとばかりにこちらを向いて口を開いた。

 

「とりあえずお礼を言わせてもらうわね、ありがとう」

「……何か礼を言われるようなことをしたかね?」

「上海を見捨てなかったことよ」

「シャンハーイ」

 

 アリスに合わせるように頷く上海……チクショウ、滅茶苦茶可愛い……。

 

「普通の人間は動いたり喋ったりする人形は気味悪がって放っておく、妖怪に至っては見向きもしないしね」

「視界に入り、尚且つ近付いてきたんだ。連れて行くしかあるまい」

「それでも大概の妖怪は無視するものよ、だから貴方には礼を言うわ」

「……むぅ、固いね君は」

「アリスは頭ガッチガチだぜ?」

 

 俺の呟きに合わせた魔理沙だが、隣に居たアリスに本で殴られてしまった。

 うわぁ……ガスッ! て聞こえたよ、しかも頭とか…ヤバいんじゃないか?

 

「貴方の放り投げよりはマシね」

「心を読まないでくれるかね?ヒヤリとしてしまう」

「なんとなく勘で思っただけよ」

 

 やっぱり腋巫女の勘凄ぇよ、間違いなく直感スキル持ってるだろ。暴食王越えるレベルだよコレ、AどころかEXだよ。

 俺に、というかワラキアにありそうなスキルってなんだろう? …………狂化?

 

「……なに沈んだ顔してんのよ?」

「この世の無情さを嘆いていた」

「このタイミングで?」

「このタイミングだからこそだ……」

 

 狂化が真っ先に出てきたのは流石に落ち込むよ……でもマトモなスキルが浮かばない、不思議。

 そもそも作品が違うから無茶といえば無茶なんだが……ちくせう……。

 

「シャンハーイ?」

「む……どうしたのかね?」

 

 俺がワラキアの微妙っぷりに嘆いていると、目の前に上海が現れた。

 

「シャンハーイ」

「……あぁすまないね、少し落ち込んでいたんだ」

「シャンハーイ……」

「大丈夫、今はもういつも通りだ」

「シャンハーイ♪」

「そうだね、笑顔が一番だよ」

 

 上海のおかげで気持ちを持ち直せた、ありがたいぜ上海、持ち帰りたいぜ上海。

 ……ん?

 

「「「………………」」」

 

 あっるぇー? なんか三人が驚愕の表情で見てるー。

 

「あ……貴方、上海の言葉分かるの?」

「完璧ではないが、それなりには分かる。それがどうかしたのかね?」

 

 アリスの質問に答えながら上海を膝に乗せる。おぉう、マジで欲しい上海……。

 

「貴方、人形遣いってわけじゃないんでしょ?」

「先にも言った通り、私はただの吸血鬼だよ」

「吸血鬼の時点でただも何も無いわよ」

 

 霊夢、あんまり突っ込まないで。それは自覚してるから。

 

「成る程、これなら魔理沙の説明も納得ね……」

「だろ?」

 

 なにやら納得したらしいアリス、どんな説明をしたのか本当に聞かせてほしい。そして出来れば上海を譲ってほしい。

 ……無理だよなぁ。たまに貸してもらうぐらいなら可能かな? ……やっぱり無理だよなぁ。

 

「そうだ、アンタ達昼は食べてくのよね?」

 

 俺が癒しをどうやって確保するか考えていると、突然立ち上がった霊夢。

 そうか、もう昼か……時間が経つのは早いな。

 

「私は勿論そのつもりだぜ。最初からそれ目的だったからな」

「私は別に……上海を探してただけだし」

 

 まったく違う回答をする二人。

 さて俺はどうしようかな。里に戻って定食屋にでも入るか、自炊するか。……自炊なぁ、料理は別に苦手じゃないけど得意でもないしな。簡単なオカズに付け足すぐらいに惣菜を買うか?

 

「四人分……まぁ、ギリギリ足りるわね」

「……む?私も数に入ってるのか?」

「当然でしょ、ここに居るのに仲間外れとかどんなイジメよ。それにお賽銭も貰ったしね」

 

 お賽銭がメインの理由ですね分かります。

 

「よし、昼飯まで暇だから弾幕ごっこしようぜ!」

 

 またそれか魔理沙、しかも投げられないよう少し離れてるし。

 だが、そう簡単に誘いには乗らんよ。弾幕ごっこはまだしたくないからな!!

 

「はて、おかしな幻聴が聞こえたような?」

「幻聴呼ばわり!?」

「安心したまえ、冗談だよ……半分ぐらい」

「残り半分は本気ってかチクショー!!」

 

 あ、箒に跨がって飛んでった。意外とメンタル脆いのね。

 ……流石に言いすぎたかな? いやでも、楽しいんだよ魔理沙を弄るの。反応とツッコミが良いから、なんか友達感覚でいれるというかさ。

 ……でも後で謝っとくか、うん。

 

「アイツのことだから昼食が出来た頃にまた来るわね」

 

 やっぱり謝んなくていいや。

 

「アリス、悪いんだけど手伝ってくれる?」

「構わないわ」

「ズェピアは待っててくれるかしら?」

「手伝いはいいのかね?」

「台所の広さに問題があるのよ、流石に三人も入らないわ」

「成る程、確かに普通に考えて女性二人に男性一人は厳しいね」

「そういうことよ、そこが居間だからくつろいでて。お茶と煎餅ならあるから」

 

 先程霊夢が向かった場所に今度は二人で向かう。

 んじゃ、俺はくつろぐとしようかね。

 

 

 ―――吸血鬼だらけ中―――

 

 

「あー! また負けた!!」

「甘い、甘すぎるよ霧雨魔理沙。角砂糖を十個入れた珈琲よりも甘い」

「激甘通り越して頭痛するぜ?」

「つまり君は私の頭痛の種というわけだ」

「まさかの辛辣な言葉!?」

 

 どうも、ズェピアです。将棋で魔理沙に圧勝しました。

 いやもうね、高速思考使えば楽々だよ。俺元々将棋は得意だし。

 ちなみに魔理沙だが、あの後すぐに戻ってきた。昼を食いっぱぐれるのは厳しいから、神社を離れずにずっと待ってる方針に変えたとか。意外と考えてる。

 

「なんでズェピアはそんなに強いんだ? 見た目からしてチェス派なのに」

「チェスも将棋も大差は無いよ。将棋のほうが幾らか戦略の幅が広いだけ、それに君は分かりやすい動きをするからね」

 

 魔理沙の動きは本当に分かりやすい、とにかく攻めの姿勢だ。守りは捨ててひたすらに攻める、しかも中々に進軍速度が速い。

 俺は迎撃の布陣で潰したから簡単に勝ったんだが、ただ守るだけでは一方的に負けるのもありえる。

 フム、弾幕ごっこのスタイルとなんら変わらないな。魔理沙らしいと言えば魔理沙らしい。

 

「さて、そろそろ片付けるとしよう。昼食が出来てからでは遅いからね」

「勝ち逃げか、汚い流石ズェピア汚い」

「分かった、霊夢には君の昼食はいらないと伝えて「さぁ片付けようぜ!」…分かりやすいね、君は」

 

 将棋のセットを元の場所(部屋の隅)に戻しておく。うむ、完璧。

 

「おまちどおさま」

 

 片付け終わったタイミングで霊夢とアリスが食事を持ってきた。この匂いは……魚、か?

 

「はい、これがズェピアでこれが魔理沙」

 

 自分の分が置かれたところに座る。白米に名前のよく分からない魚……鮎だっけか? それとネギの味噌汁に沢庵の漬物もある……なんか霊夢らしくないと思ってしまった。

 まぁ流石に貧乏だなんだと言われても仕事もあるんだし、マトモな食事ぐらい出来るか。

 

「あれ? ズェピアだけなんか多くないか?」

「む? ……本当だね」

 

 言われて魔理沙の分を確認してみれば確かに多い、白米は男だからと多いのは分かるが鮎も一番大きなもの。漬物も俺だけ沢庵ときゅうりの二種類だ。

 

「ズェピアのはお礼よ」

「なんのだ?」

「私の生活費をくれたお礼」

「ズェピアが賽銭入れたのか?」

「それもあるわね」

 

 二人は会話しながら四人分の茶をそれぞれの前に置く。

 ……礼、か。どこで知ったのかは分からないけど、多分初日のことだな。俺を助けたから依頼された妖怪退治をし損ねて、その妖怪を俺が後で倒して霊夢の手柄にした…多分コレだ。

 俺を助けなければ霊夢は恐らく妖怪退治を終わらすことが出来たと思う。だから俺は霊夢が目の前で倒したことにしたのだが霊夢にとっては【助けた礼=賽銭】であり、【助けた礼≠手柄】なのだろう。

 ……うーん、なんというか申し訳ない気分だ。結局は俺が霊夢の前に現れなければ普通に倒したんだろうしなぁ。

 

「はい、考え事はそこまで」

「む、すまない」

「いいわよ、何考えてたかは大体分かるし」

「なんの話だ?」

「魔理沙は少し黙ってなさい、空気読めてないから」

「アリスまで酷い発言を!?」

「「何を今更」」

「ズェピアー! 二人が虐めるー!!」

「何故私に来る」

 

 ため息をつきながら魔理沙の頭を撫でる。

 ……霊夢は別に気にしてないみたいだし、深くは考えずにおくか。うん、そうしよう。

 

「ズェピア頭撫でるの上手いな」

「そうかね?」

「なんか……こう、落ち着く感じがするぜ……」

「それは幸い、慰めになるならいくらでも撫でよう」

 

 撫でているといきなり視線を感じた。

 ……えっと、霊夢さん?

 

「今は食事中よ、イチャつくなら後にしなさい」

「そんなつもりはないのだが……」

「とにかく早く食べなさい、片付かなくなるから」

「……分かったよ」

 

 渋る魔理沙をどかして食べ始める。……うん、美味い。味噌は……赤か、苦手なのは無いからどのみち美味い。

 

「どうかしら?」

「あぁ、とても美味しいよ。料理が上手なのは羨ましいね」

「これくらいは一人暮らししてれば自然と身に付くわよ」

「そういうものかね?」

「そういうものよ」

 

 俺は普通に家族で暮らしてたからなぁ……料理なんかロクに出来ない。出来てもカレーとか簡単な炒め物ぐらいだな。

 ……明日からの食事が不安になってきた。

 

「霊夢、お代わり!」

「自分でやりなさい」

「ノリが悪「何か言った?」お代わりお代わり嬉しいなー♪」

「シャンハーイ」

 

 魔理沙を見て上海が呟いた。……成る程。

 

「そうね、上海」

「そうだね、上海」

「「魔理沙は馬鹿だね」」

「今日だけでどれだけ私を虐めるんだ!?」

「虐めてない、ただの事実だ」

「もう私の精神力はゼロだぜ!?」

 

 なんでそのネタ知ってんだよ、幻想入りはまだまだ先だろうに。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 

 なんだかんだで食事は終了。全員揃ってごちそうさまを言えた。

 

「あ、片付けは私がやるぜ」

「珍しいわね、魔理沙が率先して手伝うなんて」

「時々するじゃないか」

「そうだっけ?」

「……ごめんなさい」

 

 嘘かよ。

 

「洗うのは後でいいから水に浸けといて」

「分かったぜー」

 

 返事をしながら食器を運ぶ魔理沙。俺も手伝おうとしたが大丈夫と言われたので大人しく待機している。

 

「……そういえばズェピア」

「なんだね?」

 

 不意にアリスが口を開いた。

 

「貴方、どうして眼を閉じてるの?」

「あー、それ私も気になってた。どうしてなのズェピア?」

「……………………」

 

 やっばい質問きちゃったぁぁぁぁ!? え、ちょ、え!?

 

「まぁちゃんと見えてはいるから実際は糸目なだけかもしれないけど……魔眼か何かなの?」

「魔眼って何よ?」

「魔眼っていうのは、簡単に言えば眼が媒体となっている魔法よ。大概は眼が合った相手にかけたり、見た場所に影響を及ぼすわね。基本的に先天的に持っているもので後天的に持つことは滅多に無いわ」

「へぇ……凄いのね。やっぱり珍しいの?」

「そうね、かなり珍しいわ。でも吸血鬼の類いは持っていることが比較的多いそうよ?」

 

 何故かハードル的なものが滅茶苦茶上がっとる!? どうする、どうするよ俺!!

 

「魔眼、というわけではないのだがね。……その、あまり人に見せれるものではないというか」

「見せれるものではない? 魔眼じゃないのに?」

「ちょっとでいいから開けてくれよズェピア~」

 

 なんかいつの間にか魔理沙が帰ってきてるし! でも敵だ!!

 ……クッ、ここは一発覚悟を決めて……。

 

「分かった、だが驚かないと約束してくれるかね?」

「約束するわ」

「約束する」

「約束するぜ」

 

 あーもーそんな綺麗に返すなよー。

 ……うし、開くぞ!!

 

 

 

「「「………………」」」

 

 ……あれ?反応無し?

 

「変なところはない、わね」

「私もそう思うぜ……?」

「私も、変なところはないと思うけど……」

「…………本当かね?」

 

 そっと頬に手を当てたが、原作のように血が垂れてるような感じはしない。

 あれ? つまりは普通の眼ってことか?

 

「あ、糸目に戻った」

 

 おぅふ、気を抜いたら戻ってしまったようだ。

 

「まぁ確かに普通とは言い難いけど、全然大丈夫だと思うぜ?」

「普通ではないのか……。魔理沙、顔が赤いがどうかしたのかね?」

「え!? あ、大丈夫なんともないぜ!!」

「ならいいのだが……」

 

 体調悪いってわけじゃないんだろうし、まぁ大丈夫ならいいか。……なんか別の意味で大丈夫じゃなさそうだが。

 ここでふと、アリスが何かを気にするように顔を上げた。

 

「……あ、私そろそろ帰らないと」

「シャンハーイ」

 

 成る程、時間が結構経ってたのか。確かに夕暮れ近いな。

 

「もうこんな時間か。なら私もそろそろ帰るとしよう」

「えー、もう帰るのか?」

「すまないね、飛べたらもう少し居れるのだが……」

 

 本当、早く空が飛べるようになりたいよ。幻想郷に居る以上は必要な技能なわけだし。

 でもどうしたら出来るのか分からないし……慧音に教えてもらうか? いやでも申し訳ないような気もする……。

 俺が考えていると霊夢が素晴らしい提案をしてくれた。

 

「私が教えてあげてもいいけど?」

「……本当かね!?」

「えぇ、どうせ暇だしね。基本的に神社に居るから暇になったら来るといいわ」

 

 霊夢が、霊夢が優しいだと……!? フム、やはり賽銭は大切だな。次もいくらか奮発しよう、授業料の意味も込めて。

 

「ではまた近々来るよ」

「またな、ズェピア」

「またね」

「シャンハーイ!」

「あぁ、また会おう」

 

 魔理沙と、どこかに飛んでいくアリス+上海に小さく手を振る。多分あっちに魔法の森があるのだろう。

 さて、俺はこの長い階段を降りなきゃいけないんだよな……。転んだら死にかねない辺り、精神的には登るよりハードだ。

 

「……本当に近々来るとしよう」

 

 うん、これは絶対だな。

 

 なんか家に帰ったらポストっぽいのが玄関に取り付いていた。しかも新聞が入ってる。

 有り難くポストを使わせて頂くと感謝しながら新聞は折り畳んで隅っこに置いた。いや俺新聞とか読まないし。




ハーメルン初の予約投稿機能で投稿、成功してたら嬉しい。


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第九.五話『巫女と魔法使いと鴉天狗と』

勘違い回その2


「帰っちゃったなー」

 

 人里のほうを見ながら、魔理沙が寂しそうに呟く。

 まぁ確かに人数がいきなり半分になれば寂しさも感じる、居なくなった内の一人がまたいつ会えるのか分からなければ尚更だ。

 

「そうね、帰っちゃったわね」

 

 それに対して霊夢は淡々と答える。別に寂しくないわけではないが、彼女の性格からして魔理沙ほどではないのだろう。

 

「……にしても、不思議な奴だったな」

 

 霊夢の言葉を聞いたのか、聞いてないのかは分からないが魔理沙は言った。それに対しては霊夢も肯定を示す。

 不思議な奴、それは彼女にしてみれば今日が初対面ながらも数少ない親しくなれると思った男性…ズェピアのことだ。

 

「吸血鬼って割には人間臭い、食事も至って普通。見た目に反して箸を上手に使ってたし」

「箸云々は分からないけど、彼は元人間らしいわよ?」

 

 瞬間、魔理沙が驚いた表情で振り返り聞き返した。

 

「それ本当か!?」

「……えぇ、初めて会った日に彼が言ってたもの。慧音なら直接説明受けてたから細かい経緯も知ってるはずよ?」

 

 慧音なら、と言ったのは霊夢があの場に居たにも関わらず、話を聞いていなかったからだ。ぶっちゃけた話、晩御飯の献立を考えていた。

 しかし霊夢の発言は聞かず、魔理沙はぶつぶつと何やら呟きだした。

 

「てことは、いやでも…ありえない話じゃないか?」

「…………ねぇ」

「いやいくらなんでも、しかしこれぐらいしか可能性はないし……」

 

 返事はない、思考中のようだ。

 

「……魔理沙?」

「そうなると……とんでもない」

 

 返事はない、巫女はキレ気味のようだ。

 

「魔理沙!!」

「うぉ!?」

 

 ビクッと反応した魔理沙を軽く一睨みし、質問する。

 

「で? 貴方の中ではどんな結論に至ったの?」

「……あー、いや、そのだな。あまりにも突拍子がない話というか」

「いいから話なさい」

 

 札を構えだした霊夢に、魔理沙は頷くしかなかった。

 コホン、と可愛らしい咳払いをしてから話し出した。

 

「とりあえず結論に至るまで、追って説明する。まず私が最初に疑問に思ったのは、ズェピアの正体だ」

「正体?吸血鬼でしょ?」

「まぁそれで間違いないんだが、吸血鬼は日の光は駄目なんだ」

「知ってるわよそのくらい」

 

 馬鹿にしてるのか、と言いたげな表情をする霊夢に苦笑しながら説明を続ける。

 

「つまり、この時点で普通の吸血鬼ではない。弱点を克服するのも不可能じゃないが、あそこまで完璧には出来ない」

「……確かにそう易々と克服されたら堪ったもんじゃないわね、吸血鬼って強いらしいし」

「そう、吸血鬼ってのは種族としてはかなりの上位種だ。普通の攻撃では死なない不死性に身体能力、眷属を作り出して強く逆らわない部下を簡単に生み出す」

 

 種族としての厄介さを聞き、霊夢は嫌な表情をする。

 それを見つつ魔理沙はだが、と言った。

 

「同時に弱点が酷く多いんだ。先にも言った日光、流水や人の家には招かれない限り絶対に入れないという行動範囲の狭さ。食い物だってニンニクや鬼だからか炒り豆、武器に関して言えば銀の武器さえ使えば簡単に傷を負う」

「……でも、平気そうだったけど?」

 

 霊夢の言った通り、ズェピアは日光は平気だったし神社までとはいえ敷地内に普通に入ってこれた。食事だって警戒する様子はなかった。

 これではおかしな話にも程がある。

 

「普通ならこれだけ多い弱点を全て、しかも完璧には克服出来ない。……そう、普通なら……な」

 

 ニヤリと笑い、魔理沙は続けた。

 

「普通ではない、吸血鬼としても規格外の存在だっているんだ。それは―――【真祖】」

「真、祖……?」

「そう、【真祖】だ。始まりの吸血鬼にして原点、故に頂点たる存在」

「それは、つまり……」

 

 分野違いで知識の無い話だったが、流石に気付いた。魔理沙もその様子を見て、何より元から言うことは決まっていた。

 

「あぁ、ズェピアは……種族としてはとんでもない化け物ってことだ」

 

 化け物、本来魔理沙はそういった表現は好まない。どんな妖怪が出てきてもあくまで妖怪と呼称するしとある大妖怪のことも普通に妖怪といった表現をする。

 その魔理沙がズェピアを、化け物と表現した。即ち、ズェピアという吸血鬼はそれだけの存在ということになる。

 

「だから最初はアイツの眼は魔眼の一種だと私は思ってた、それで眼を開かないんだと。でも実際は違うと言ったから眼を開けてもらった」

「で、赤面したと」

「……話の腰を折らないでほしいぜ」

 

 照れからか、プイッと顔を背ける魔理沙。

 しかし赤面したのも無理はない。あの眼は、それだけの魅力があった。

 

「不思議な感じ、そう私は思ったわ」

「それは思ったぜ、だけど何よりも」

「そうね、何よりも」

 

 一呼吸置き、二人は声を揃えて

 

「「―――惹き付けられた」」

 

 そう、言った。

 彼の眼は赤―――否、紅かった。ひたすらに紅く、澄み、全てを引き込む……まるで麻薬のような眼。ただ魅了の効果がある魔眼なら霊夢には効き目が無かった、しかしあの眼は根本的に違う。純粋に、愚かとさえ思える程に心惹かれる……そんな眼だ。

 ふと、思い付いたように魔理沙が口を開いた。

 

「きっとアリスは本当にただの眼だと思ったはずだぜ」

「どうしてよ?」

「アレは魔に属する奴には効かないはずだからだ」

「……成る程ね、理解したわ」

 

 彼の眼は魅入れば最後、魔に堕ちてしまうのもありえる……たとえ無自覚だとしてもだ。しかし元より魔の種族、魔法使いたるアリスには効くはずは無い。

 だからこそ、脅威とも言えるのだが……。相手の心を操るのではなく、相手の心が変わってしまう。強制力は無い、しかし誘導力が凄まじい、もし彼があの時眼を閉じなければどうなったか……恐らく、堕ちてしまっていた。

 アレは彼なりに身を案じてくれていた故の行動だろう。

 

「……おっと、少し関係ない話になったな。まぁここまではズェピアに関して。ここから私の仮説に入るわけだ」

 

 やっと本題に戻り、話を再開した。

 

「あの眼は一朝一夕、間違いなく数年やそこらで身に付くようなものじゃない」

「そうね、それは分かるわ」

「そこから考えるにアイツは数十年……いや、数百年ぐらい生きてるだろう」

「まさか、いやでもあの眼は……」

 

 信じられない、だが否定も出来ない様子の霊夢を見てさっきの自分はこんな感じだったのだろうと魔理沙は思った。

 しかしここはスルーし話を続ける。

 

「さらに元が人間と聞いて至ったのは……まぁ、重たい話になるな」

「……どういうことよ?」

 

 先のことは保留にしたのか疑問をぶつけてくる霊夢、無論想定済みだ。

 

「そもそも別の種族になるっていうのは難しいんだ。人間から魔法使いや仙人と成ったのが多くないのはこれが理由だな」

 

 なれるならこの世界に住む多くの人はなるだろう、種族としては人間より遥かに強いのだから。

 

「で、さらに別の種族……妖怪とかになるととんでもない話になる」

「とんでもない話?」

「所謂、外道や外法と言われるような手段を取るしかないんだ。特に吸血鬼の真祖なんかは聞いたこともない、それぐらい危険な手段を」

「なっ……!」

 

 息が詰まる、まさにその状態に霊夢はなった。

 魔理沙も気分は良くないのだろう、表情は少しばかり暗い。

 

「ズェピアはどう考えても自分の欲でそうなったとは考えれない」

「……確かに、ズェピアは自分のためには選ばない道でしょうね。選ぶとしたら……大切な何かにどうしようもない事態が起きたとき、かしらね」

「そう、それが起きたから大切な何かを救うためにアイツは吸血鬼になったんだと思う」

 

 あくまでも仮説、だが彼を知っている人にならば説得力のある話だ。

 関わったのは短い時間でしかなかったが、あの人間臭さはそれをより高めている。

 

「その何かを救えたにしろ、救えなかったにしろアイツはそれからは孤独だったと思うぜ」

 

 外の世界は幻想郷程優しくない、妖怪の逃げ場たる幻想郷でさえ退魔師の類いは居る。それならば外はさらに酷いだろう、平穏を得ることなど出来ず孤独に耐えながら日々を生きる……数百年もの間だ。

 もし自分が同じ立場ならどうだろうか? 少なくとも正気ではいられない、人としての意識はどこかに飛んでしまうだろう。

 

「環境が能力を与えることもあるらしいからな、きっとアイツの持つ眼はそれも理由の一つだろう」

「同族を増やすってこと?」

「多分、な。人なら魔にして連れていけばいい、魔なら血を吸い眷属にすればいい……。そんなことは本来望まないのに、望みたくなってしまうぐらい辛かったんだろうな」

 

 私には分からない、人である限り分かることは無い。そんな含みを、霊夢は言葉から読み取れた。

 

「悲しい話ね……」

「あくまで仮説だけどな、アイツに聞いてもはぐらかされるだろうから聞けやしないし」

 

 あくまで仮説、真実は分からない、だが限りなく真実に近いであろう仮説だ。その場には少しばかり重い空気が漂った。

 しかし同時に、二人はそれぞれなりに心に何かを決めたようだ。それは同情なのかもしれない、恋慕の感情を抱いたわけではないのだから。

 それでも確かな決意を、彼女達はした。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 ―とある鴉天狗の行動―

 

 少女達が決意をしている頃、最速の鴉天狗こと射命丸文はご機嫌な様子で空を飛んでいた。理由は彼女が今しがた終えた行動にある。

 

「まさかポストが無いというのは予想外でしたが、あれなら完璧ですねー」

 

 彼女がしていたこと、それは新聞配達だ。

 しかし普段しているのとはまったく違う、何せ無料で送るかたちだからだ。しかも届ける家にはポストが無いから取り付けるというサービスまでした。

 その家の家主にそうしてまで新聞を読んでもらいたいのには、勿論理由があった。

 

「私の新聞を読んでもらって疑いが晴れれば問題ありませんよね」

 

 彼女が新聞を読んでもらいたい相手は一度取材を拒否された男性、ズェピアだ。

 拒否の理由は新聞の脚色が激しいこと、確かに多少の色付けはするし噂に過ぎないことも見出しに使ったりはする。だけど、本人としては完全な嘘を書いたりしたことは無いつもりだ。

 自分の書く新聞についてよく理解してもらえば次は大丈夫だろうと、そう思って行動した。

 

「まぁすぐには効果ないでしょうから、とりあえず一ヶ月ぐらいは配達するだけにしておきますか」

 

 今後の計画を立てて笑みを浮かべる文、しかし彼女は知らない。彼は新聞を読まないと。今はその新聞を隅に置いているなどとは、欠片も思っていないのだ。

 

「あやややや~、来月が楽しみです~♪」

 

 ……彼女に、幸よあれ。




なろうでもそうだったように、あややの扱いに疑問を覚える方が多くなりそうなのでこちらでも先に。

ギャグ要員です、悪い意味で扱いがアレなわけではありません。
それとちゃんと設定的にも考えてやってます、悪い意味で(ry

ちゃんとマトモな出番もありますよ! いつか!


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第十話『俺と初依頼と人形遣いと』

ご都合展開とかなんとか。

いちおう理由はあったりしますが、勘違いものですしな部分も大きい話です。
こんな話はちょいちょいあります、そんな小説です。


 トントントン、とリズミカルにネギを刻んでいき、それを終えたら鍋に入れて火を付け、完成するまでの間は食卓を整える。

 今俺は朝食の準備をしているところだ。昨日はあの後味噌汁の材料と出来合いのオカズ、白米を購入して食べて早めに寝た。で、朝食はその残りにネギの味噌汁。

 ……手抜きとか言うな、朝の短い時間に作るのは大変なんだから。そもそも俺は料理がロクに出来ないし。

 

「っと、火を止めねば……」

 

 危うく沸騰しかけだった味噌汁の火を止め、鍋から移し運ぶ。

 

「いただきます」

 

 ただの挨拶もワラキアボイスのせいでシュールになっている。まぁ流石に慣れたけど。

 もそもそ食べながら今日の授業はどうするか考える。コピー機があればプリントを使ったりも出来るんだが生憎と無い、やはり外と比べると科学レベルが低いのが悩みの種だな……。黒板はあるから普通にやっておくか。

 

「……ごちそうさま」

 

 大して悩まなかった思考を終了し、再度シュールに感じる挨拶をする。食器を片付けたら皿を洗い置いておく。

 終わったら準備の確認をする。服良し、荷物良し、頭の回転良し……うんOKだ。

 

「行ってきます」

 

 誰も居ないが言い、家を出た。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 そして何事も無く授業は終了、今日は宿題忘れによる頭突きの被害者二名が出ただけだ。ちなみに生きてはいる、川を渡ろうとしたら胸が大きいお姉さんに追い返されたらしいけど。

 ……いや普通に死にかけてないか?

 

「ズェピア、なんだその危ないものを見るような目は」

「気のせいだよ」

 

 慧音を見てたらバレた、視線が怖いっす。

 

「…………まぁそれは置いておこう。君に渡すものもあるしな」

「なんだね?」

「コレだ」

 

 生き延びた俺は慧音から札を受け取った。

 なんだコレ? スペルカード用のとは違うみたいだけど……。

 

「それは通信符と言ってな、対になっている符と連絡がとれるんだ」

 

 ……あ、一昨日に約束したアレか? 成る程、解決策を用意してくれたわけだ。変な目で見たりしてごめんなさい、いや真面目に。

 

「フム、つまり授業を出来ない時はコレで連絡すればいいのだね?」

「そういうことだ。霊力……お前の場合は魔力だが、それに少し注げば繋がる。連絡が来たときも同様だ」

「成る程……」

 

 何かの漫画に似たようなアイテムがあったな、アレは連絡する相手が自由に選べたけど。

 でもまぁ、とりあえず慧音との連絡手段は確保したわけだからコレで安心して体調を崩……れる気がしねぇ。吸血鬼で、しかもワラキアだからなぁ……常に健康体な気がする。使うときは急用が出来たときぐらいになりそうだ。

 

「それじゃ私はそろそろ帰るよ」

「あぁ、次は明後日に頼む」

「了解した」

 

 次に出る日を聞いてから帰路に着く。ちなみに時間はまだ午前中、俺の担当時間を終えただけだ。

 ……本当は残って手伝いをしたかったんだが、慧音に「自分の仕事があるんだから帰ったほうがいい」と言われて残るのをやめた。正直最初は邪魔なのかと思ったけど、口振りから本当に心配してくれてるんだと分かったので色んな意味で安心した。

 

「さて、今日はどうするか……」

 

 午後からは時間があるわけだが、やることまであるわけじゃない。

 ……霊夢のところに行って空を飛ぶ稽古をつけてもらうかな? もしくは里の菓子屋を適当に見て回るのもいいかも、菓子好きだし。

 

「……一先ず家に帰るとしよう」

 

 時間はまだ午前、昼食にはやや早いからとりあえず家に帰ることにした。

 

 

「邪魔してるぜ」

「帰りたまえ」

「予想してたぜ」

「……帰るつもりは無いのだね?」

「当然!!」

「…………茶を淹れよう」

 

 魔理沙in我が家、もう前に妹紅がやったよそれは。だがまぁ、今は妹紅の時とは違い寝起きじゃないからもてなす余裕がある。……もてなすとは言っても茶ぐらいしかないんだが。

 

「あぁいや、今回はそういうつもりじゃないんだ」

「む……? どういうことだね?」

「伝言を頼まれたんだ、私は人里に用があったからな。そのついでだ」

「伝言?」

 

 伝言……誰だ? 魔理沙だからアリスあたりかな? しかし用が無いよな……。

 

「アリスからの伝言だ」

 

 まさかの予想的中かよ。

 

「なんでも少し話したいことがあるらしいぜ、多分小難しい話だろうけどな」

「フム、時間の指定はあったかね?」

「夕方頃が良いらしい、コレはアリスの描いた地図だ」

 

 魔理沙から地図を受け取り見る。……魔法の森まで人里から最も近く、且つ安全な入口とそこからのルートが事細かに書かれている。図も綺麗だから非常に見易い……凄いなコレは、最早才能だ。

 

「じゃ、私はそろそろ行くぜ。急ぎの用があるからな」

「む、すまなかったね。次に来るときはゆっくりしていくといい」

 

 何故か目を見開いて此方を見る魔理沙。……何か変なこと言ったか?

 

「ズェピア……早くもデレか?」

「カット!!」

「危な!?」

 

 攻撃を回避して素早く飛んでいった魔理沙。

 ……てか出来たよ、バッドニュース出せたよ。でも魔力減ったっぽいな、なんか少しダルい……効率良く使えるよう練習するか。

 

「あの、すみません」

「む?」

 

 おや、玄関開けっ放しだったか。

 その開けっ放しの玄関から申し訳なさそうに声をかけてくる……お婆さん?

 

「ここは何でも屋さんと聞いて来たのですが……」

 

 ……依頼か!?

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 さて、話を聞いてみたところあのお婆さんは薬屋みたいなことをしているとかで薬草が必需品らしい。だがその薬草が採れる森に最近それなりに強い妖怪が住み着いたそうな。

 場所的に薬草以外は人間にとっては必要無いから退魔師も積極的には働かない、依頼しようにも実力のある人は難しい依頼で出払っているから依頼を出来ないような実力の人しか残っていない。

 

 で、そんな状況で俺の話を聞いた。『阿礼乙女を中堅妖怪から容易く救いだした男性が何でも屋を始めた』という話を。恐らくコレを広めたのは阿求の家の人だろう、ちゃんと広めてくれるとはありがたい……そんなに容易くは無かったけど。

 まぁとにかく、流石に半信半疑の様子ではあったが背に腹は変えられなかったのだろう、俺に依頼したわけだ。場所には例の如く地図を貰って向かう。

 

「魔法の森に近いな……」

 

 コレは歩きながら気がついたことだが、位置的に魔法の森からやや人里に近い場所だった。その環境が薬草の生えやすい、そして妖怪の住みやすい森にしているのだろう。

 今まで住み着かなかったのは人里に近く、退魔師に狙われる危険性が高かったからと考えると…住み着いた妖怪は腕に自信があるのか余程の馬鹿か……。

 どちらにしても警戒するに越したことはないけど……ん?

 

「■■■■■■!!」

「……もう少し空気を読みたまえ」

 

 振り抜かれる腕……というか爪を避けながら言う。

 入口で待ち伏せてるとかなんだよ! 見た目は気持ち悪い狼みたいだし、少しビビっただろうが!!

 

「■■■!!」

 

 また大振りの一撃、しかし軽く回避する。

 初日に戦った妖怪に比べ遅い、当たれば凄まじいかもしれないが……こう遅いと当たりようがない。

 

「■■■■■■■!!」

「………………」

 

 …………いや、違う、違うぞ? コレは相手が前より遅いとか、そういうのじゃない。

 

「■■■■■■!!」

 

 また回避……やはり、遅く感じるが前の妖怪と速度に大差は無い。

 動体視力が上がった……か? しかし何故突然……。

 

「……カット!!」

「■■!?」

 

 バッドニュースを放ち妖怪に当てると、かなり効いたらしく苦しそうに叫び絶命した。ダメージはかなり高いようだ、しかも魔理沙に放った時に比べ魔力消費も僅かだが少ない。

 

「楽ではあるが……しかし……」

 

 腑に落ちない、あまりにも急すぎる。

 もしかしたら、無自覚なだけで徐々に身体能力を引き出せるようになっているのか? しかし修行も無しに?

 

「いや、一つ可能性はあるか……?」

 

 確か、精神は肉体に引かれると言う。ならば魂も同じではないだろうか?

 一般人だった俺の魂が肉体、即ちワラキア寄りになりだしている、この理論なら身体能力……さらに悪性情報を扱えるようになったのも分かる。

 ……でもなぁ、突拍子が無さすぎるし別に変わったという感じは無い。良くも悪くも今まで通りだ。

 

「結局、答えは出ず……か」

 

 仕方ない、頑張って魔術関連の書物を集めるか。読めば何か分かるだろうし、少なくとも無駄にはならない。

 ……そうだ、アリスに借りてみよう。恐らく、かなり難しいだろうが……駄目で元々だ、とりあえず時間もちょうどいいし行くとしよう。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「……ここか?」

 

 今度は魔理沙から受け取った地図を片手に歩いてきた。

 目の前には一つの家、二人程度なら追加で住めそうなサイズだ。そして俺の居た世界にもあったような見た目、そのせいでインターホンを探してしまった。当然無いのでノックをしてみる。

 

 コンコンコンッ

 

 待つこと数秒、ガチャッと扉が開いた。

 

「……あら、本当に来たの」

「いきなりそれかね?」

「シャンハーイ!」

 

 飛び込んできた上海を抱き止める……なんだこの可愛さ。

 

「入って、紅茶を淹れるわ」

「失礼する」

 

 家に入り、リビングであろう部屋に通される。所々に人形があるのはご愛嬌というやつか。

 上海に椅子に座るよう促され、アリスはゴソゴソと何かを取り出している。

 

「甘いもの……クッキーは食べるかしら?」

「ありがたく頂こう」

 

 どうやら取り出したのはクッキーだったらしく、目の前に置かれる。可愛らしい皿に入ったクッキーを一枚手に取る。

 

「……ふむ、美味しいね。甘味がちょうどいい」

「そう? それならよかった、紅茶には何を入れる?」

「何も入れずに頼む。……このクッキーは君が?」

「えぇ、手作りよ。お菓子作りは趣味の一つだから……はい、貴方の紅茶」

「ありがとう」

 

 紅茶を一口、これも美味いな……。

 膝の上に座る上海を撫でていると視界の端を何かが横切った。

 

「今のは?」

「あぁ、蓬莱よ。上海と違って人見知りが激しいの」

「ホラーイ……」

 

 小さな声を出しながら、ソファーの影から此方を伺う可愛らしい人形。成る程、あれがそうか……。

 

「シャンハーイ?」

「ホラーイ」

「シャンハーイ!」

「ホラーイ?」

「シャンハーイ」

「ホラーイ!」

 

 解読難易度Sってかオイ。モールス信号の何十倍難しいんだよ。

 自信は無いが……上海は俺が危なくないと説明して、蓬莱は最初は疑わしげだったけど最終的には納得した……かな? いやまったく自信は無いけど、蓬莱が来てるし多分合ってるはず。

 

「蓬莱が簡単に近付くようになるなんて……」

「シャンハーイ!」

「ホラーイ」

 

 驚いてるアリスを尻目に俺を登りだす上海と膝に座る蓬莱。ちょ、上海痛い痛い毛が抜けるマジで抜けるぅ!?

 

「シャンハーイ」

 

 登りきり頭に陣取る上海、昨日も最初に会ったときには確か頭に陣取ったなぁ……。

 

「……そうだ、貴方を呼んだ理由を説明してなかったわね」

 

 力が抜けたような声を出すアリス、いやこの状況は決して俺は悪くない。悪いのは可愛らしいこの人形達で……言っとくが俺に変な趣味は無いからな、ただ本当に可愛らしいんだ。

 

「聞きたいことがあったのよ。本来なら私が出向くべきなんだけど、貴方は何でも屋を営んでいると聞いたから……」

「成る程、私とすれ違いかねないから呼んだと。それは構わない、私も君に頼みたいことがあったからね」

「私に頼みたいこと?」

 

 会って二日目でしかない自分に頼みがあるとは思わなかったのだろう、アリスは首を傾げている。

 えぇい、人形が可愛いのは主が可愛いからか!? 俺の精神力が色んな意味でガリガリと削られてく……!

 

「あぁ、魔術に関する本を貸してほしい」

「魔術……? 魔法じゃないの?」

 

 疑問符が浮かびっぱなしのアリス。そうだ、東方では魔術じゃなくて魔法って言うんだったな。完全に忘れてた。

 

「……私の居た世界では魔法というのは奇跡と呼ぶべき代物でね、魔術ぐらいしか私には使えないのだよ」

 

 とりあえず設定を思い出しながら話す。

 むーん、無印のメルブラはあまりやりこまなかったから途中で間違えないか不安だ……。

 

「奇跡? 貴方の居た世界ではどう区別されてるの?」

「そうだね……分かりやすく言うなれば、魔術とは常識的な現象を非常識な手段で引き起こすことで、魔法とは非常識な現象を非常識な手段で引き起こすことだ。まぁ一部例外もあるが、大概はこの分け方で当てはまる」

 

 

 この理論は合ってるはずだ。魔術はトンデモっぽいけど超高熱や零下百度なんてのは科学で再現出来る。人形を操るのも、別にただ操るだけなら普通の糸を使えば出来るし……。

 

「へぇ……でもそれだけじゃ分かりにくいわね……」

「フム、では魔法について少し説明してみようか。私の世界における魔法とは五つしか存在しない」

「五つ?」

「そう、五つだ。それぞれ第一魔法から第五魔法と呼ばれ、平行世界の運営や魂の物質化等まさに常識を馬鹿にしたようなものばかりだ」

「……確かに馬鹿にしてるわね」

 

 うん、俺も思う。でも他の作品、具体的には直死の魔眼のほうが異常だと思う。

 

「そして魔法を扱うには資格がいる」

「資格?」

「そう、アカシックレコードに至るという……限りなく不可能に近い資格だ」

「アカシックレコード!?それって……根源とか呼ばれてる……」

 

 あれ? 知ってるの? ……まぁ、魔法使いなら知っててもおかしくは無いか。

 

「その通り、根源と呼ばれるモノだ。至る手段は人によって違うが……どの手段にしても大概は至れずに終わる」

「……それはつまり、死ぬと……いうこと?」

「正解だ、花丸をあげよう」

「いらないわよ」

 

 ジョークだよジョーク、真面目な話しかしてなかったから緊張をほぐそうとね? だからジト目で見ないで、いい加減何かに目覚めそう。

 此方を見るのを止めて紅茶を飲み、アリスは口を開いた。

 

「まぁ……とりあえず貴方は挑まなかったわけね、ここに居るし魔法は使えないし」

「それはどうだろうね?」

 

 久々に暴走かマイマウス。

 ゴメンねアリス、困惑するだろうけど俺は悪くないんだ。たまに暴走するこの口が悪いんだ。

 

「散り去った花がそこで枯れ果てるとは限らないように、終わりを迎えた何かがそこで潰えるとは限らない。消滅し霧散した何かが二度と形を成さぬとは限らない」

「何を言って……」

 

 コクリと、一口紅茶を飲む。ニヤリと、口を歪ませる。

 

「総からく戯れ言にして狂言、だよ」

「戯れ言……? 狂言……?」

「そう深く考えることはない。君ではまだまだ至れぬし、そも至らせる腹積もりは無い……所詮はそんな戯れに吐いた狂言だ」

 

 何が言いたいんだよ結局…小難しい言い回ししやがって……。

 …………お、体が動かせる。

 

「……貴方、随分と複雑な言い回しを好むのね」

「あぁすまないね、こればっかりは性分で直しようが無いんだ。それに……答えは全ては教えないほうが好きでね、考えた人なりの答えが聞けて面白い。何より、考えることは大切だろう?」

 

 口調はまだアレな感じだな……しかも謝罪しようとしただけなのに変なのがプラスされたし、いや同意はするけどさ。

 

「本当によく分からないわね、貴方は」

「よく言われる、しかし錬金術師とは偏屈者で変わり者ばかりだから仕方ない」

「錬金術師?」

「君の考える錬金術師とは違うと思うがね、私は昔そうだった」

「……心底、本当に分からないわ」

「簡単に分かってはつまらないだろう?」

 

 間違いなく今の表情はニヤついてる、もしくはそれに近い表情になってる。だって口の端上がってるもの、アリスため息ついてるもの。

 

「まぁいいわ、魔法……貴方で言うところの魔術に関する本ならそこの本棚に入ってるから」

「貸してくれるのかね?」

「えぇ、ただし貸すだけよ。どこかの白黒みたいに一生とか言うのも禁止ね」

「……白黒、ね」

「白黒よ」

 

 魔理沙……どの幻想郷でもお前はお前だな……。

 ……なんか、安心した自分が凄い嫌だ。

 

「しかし君の聞きたいことはいいのかね?」

「それなら大丈夫よ、聞いても無駄って分かったから」

 

 聞いても無駄? どういうことさ?

 

「ズェピア、自分の纏ってるマントに関して分かっていることを言ってみて」

「コレについてかね?…一晩置いとけば汚れやボロが直っている便利なマントといったところか」

「主婦みたいな意見ね」

 

 アリスのダイレクトアタック! 俺のライフに3999のダメージ!!

 ……いや普通に傷ついたんだが、悲しすぎて涙も出ない。

 

「それにはかなり複雑な術式が編み込んであるわ、それこそ大魔法使いと呼ばれる者が編み込んだと言っても過言ではない程の術式がね」

「術式……? コレに、かね?」

「そう。簡単に見ても障壁の類いが何種類か、後は貴方の言った修復機能ね、それもかなり高レベルの」

「……本当に簡単に見たのかね?」

「簡単に見てそれだけ分かるくらいに強力ってことよ」

 

 なんつーか……現時点では曖昧だけどややチート気味に聞こえるなぁ……。事実結構なものなんだろうし。

 

「大体の機能はそれぐらいでしょうけど、細かい性能は分からないわ。よく調べることね」

「君が教えてはくれないのかね?」

「充分すぎるほど教えたわ。それに……」

「それに……?」

 

 微かに笑みを浮かべ、アリスは言った。

 

 ―――考えることは大切なのでしょう?

 

「……成る程、ね。いや実にその通りだよ」

 

 クククッと、笑いを溢しながら本棚に向かう。

 とりあえず、編み込む術式に関する記述のありそうな本を手に取る。……殆ど人形に関係した本だから探すのに少しばかり手間がかかったのは余談だ。

 

「……さて、私は帰るとするよ。つい長居してしまった」

「あら? 晩御飯は食べていかないの?」

 

 …………はい?

 

「さっきから上海達に下準備させてるんだけど…これだと余っちゃうわね。あの子達頑張ってるのに……」

 

 居ないと思ったらそういうことか!!

 しかし今までと違い、二人きりというのはやはり少しばかり拙いような気が……いや、上海と蓬莱居るし二人きりではないのか? でもなぁ……

 

「あの子達悲しむでしょうね……」

「喜んで馳走になろう」

 

 OK、晩御飯はアリス宅で頂こう。

 …何? 二人きりは拙いんじゃないのかって? 馬鹿を言うな! 上海と蓬莱が悲しむんだぞ、そんなの許せるか!? 否、断じて否!!

 それに了承したらアリスも笑顔になったし!! 「腕によりをかけて作るわ!」なんて言いながら居なくなったんだよ? コレはお前さん、わくわくしながら待つしかあるまいよ?

 

「そこに座って待ってて、出来たら持ってくから!」

 

 ほら、楽しそう。

 とりあえず俺は言われた通り座って待つことにした。さっき手に取った本を読みながら。

 

 

 

 晩御飯は美味しいシチューがメインの洋風な献立だった、上海と蓬莱が引っ付いて食べにくかったけど。

 本? 全く内容分かりませんでしたよ? やはりと言うべきか魔法関連の本に付き物の特別な言語で書かれていたので、食後にアリスに語訳を教えてもらい言語は理解出来た……と思う。

 

 その後、一人と二体に見送られながら無事に帰路に就いた。ポストに入っていたよく分からない新聞はまた隅に置いた、どこかの鴉天狗の不幸が加速してる気もするが気にしないことにする。

 ……あ、明日依頼の報酬貰いに行かなきゃ。




アリスがあっさり気を許したように見えるのには理由があります。
普通に高評価なのと、それに合わせてちゃんと。ただ都合上秘密になりますのでご容赦ください。


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第十一話『俺と阿求と甘味処と』

本編に関わりなんて無い閑話休題的な、そんなお話。

ただズェピアと阿求が甘いっぽい雰囲気を醸し出すだけのような、そんな感じなんだどんな感じなんだってことで一つ。
そんなお話。


「本当にありがとうございました。コレは少ないですが……」

「依頼されたからには成功させる、それが当然だよ」

 

 つい先程、昨日のお婆さんがお礼を渡しに来た。少ないとは言っているが実際は結構な額、まぁ本当なら命懸けの依頼だから妥当なのかな?

 まったく苦労しなかったから妙な感じだ。

 

「それでは私はこれで……」

「あぁ、それではな」

 

 お婆さんが帰ったのを確認し、マントを脱ぐ。暑いわけではない、調べるためだ。

 アリスに借りた魔道書を片手にマントを見る。昨日アリスが言っていた通りなら、使い方次第ではこのマントさえあれば大概の敵を恐れる必要は無くなる。そのため、自分で調べようとしているわけだ。

 ……しかし

 

「…………まったく読めん」

 

 ガックリと項垂れる。やはりアリスからは基本しか習っていないから字がスラスラと読めない。

 正直英語でさえ躓いていた俺には拷問に近い……が、この体の脳味噌ならいけるはず。ワラキアのスペックならいけるはずだ!!

 

「さて……気合いを入れるとしようか……」

 

 想像するのは常に最強の自分、魔術を容易く扱う自分だ!!

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「…………魔術なんて……魔術なんて……」

 

 分かりませんでした……ハハッ、笑えねぇ……。

 つーかあんな文スラスラ読めてたまるかチクショウ! 字も内容も難しすぎて理解するのに時間かかったわ!!

 

「……しかし、まぁ良しとしよう」

 

 即座にクールダウン、理由はこの時間が決して無駄では無かったからだ。

 少し意識を集中させる必要があるものの、魔力を感じれるようになった。コレ割と大きな進歩じゃないか?

 もしワラキアの脳味噌、つまり高速思考が使えなければまだまだ時間がかかっていただろう。ちなみに思考速度は普段の約三倍近く、コチラも何故か性能が上がっていた。

 無論、代償もある。

 

「……糖分が欲しいな。ひたすらに欲しい」

 

 凄い勢いでブドウ糖的なものを消費した気がする。

 現在家にある菓子は煎餅等のしょっぱい系、甘いものは一つも無い。しかし、なんかもう甘いものを誰かが止めだすぐらいに食べたい。

 ……そういや甘味処とかあったな、金も入ったし行ってみるか。依頼人が来てもいいように玄関に張り紙しておこう。依頼はポストに、と。

 

「では行くか」

 

 ポストに入っていた新聞はやはり隅に置き、家を出る。……帰ったら読んでみるかな、暇だし。

 

 

 

 今の時間はだいたい三時前、おやつ時だからか甘味処は何処も客が入り始めてる。

 さて早速何処かに入るか。……でも一人ってなぁ……考えてみると味気無い……。買うだけにして帰るかな?

 

「あ、ズェピアさん」

「む……阿求か、どうしたのかね?」

「体調が良いので散歩していたんです。ズェピアさんは?」

「私は甘味を……ふむ、そうか。この手があるか」

「……?」

 

 急に何かを思い付いたようなことを言う俺に首を傾げる阿求。散歩していたんだし、多分大丈夫だろう。

 

「一緒に甘味処に行かないかね?」

「……え?」

「一緒に甘味処に行かないかね? ……あぁ、代金は勿論私が払おう」

 

 少し付け足してもう一度言う。一人だと寂しいが、二人なら行けるからね。

 しかし顔を真っ赤にして動かなくなった阿求……俺、何かマズイこと言ったか?

 

「甘味処、ですか?」

「うむ」

「私とズェピアさんで、ですか?」

「うむ」

「……ふ、二人で、ですか?」

「うむ」

 

 何故か一つ一つ確認する阿求、本当にどうしたんだ?

 ……流石に二人で、というのは拙いのか?

 

「是非! 喜んでご一緒させて頂きます!!」

「そ、そうかね。では行こう」

「はい♪」

 

 今度はニコニコしながら嬉しそうにしている。やはり女の子は甘いものが好きなんだな、誘って良かった。

 

 

 

 来たのは阿求のオススメのところで、客は多いが割と難なく入れた。案内された席に座り品書きを開く……どれも美味そうだな。

 ……そうだ。

 

「何か食べたいものはあるなら気軽に言いたまえ。遠慮はしなくていい」

 

 品書きを見ながらあれこれ悩んでる阿求に聞きつつ言っておく。遠慮されたら悲しいし。

 

「……じゃあ餡蜜をお願いします」

「分かった、では頼むとしよう」

 

 店員と思われる女性に話しかけ注文する。置かれた茶を啜り、阿求と会話しながら待つ。

 

「ズェピアさんはこういうところはよく来るんですか?」

「来たのは始めてだがね、甘いものは好物なのだよ」

「甘いものが好きなんですか?」

「うむ。最初は脳の回転を補助するために糖分が必要で摂取していたんだが、気がつけば普通に好物になっていた」

「気がつけば……?」

「気がつけば、だよ」

 

 本当に最初はテスト勉強のために摂取してたんだが、気がついたら日常でも普通に食べてたんだよなぁ。夜中に食うチョコは実に美味かった、太るからあまり食べれないけど。

 

「なんか……ズェピアさんって不思議ですね」

「……少しばかり間抜けなのは認めるよ」

「いっ、いえ、間抜けとかそういうのじゃないんです!!」

 

 ガラスソウルの俺が落ち込みだしたら急に慌てだす阿求、なにこの可愛さ。

 

「ただ、その……なんだか可愛いなぁって……。悪い意味とかじゃないんですよ?」

 

 可愛い? 俺が?

 

「何を言っている、可愛いのは君のほうだろう」

「えっ!?」

 

 顔を真っ赤にして俯く、いや真面目に可愛いぞ。

 とりあえず撫でておこう。

 

「あぅ……あぅあぅ……」

 

 …………ハッ! 危ねぇ……あまりの可愛さにお持ち帰りしたくなった。

 クールだ、クールになれ……流石にお持ち帰りは犯罪だから、捕まるから。

 

「お待たせしました、餡蜜二つに団子四つになります」

「あ、あぁ、ありがとう」

 

 ナイス店員、おかげでテンションをギリギリ落ち着けることが出来た。

 ……まだ阿求の機能は停止しっぱなしだけど。

 

「阿求、餡蜜が来たのだが……」

「……………………」

 

 駄目だ、まったく反応が無い。

 ……さてどうするか。

 

「……阿求、口を開けるか?」

「ふぇ……? ……」

 

 ちょっとだけ反応したがすぐに黙り込んでしまった。しかし口を開いたあたりは流石と言うべきか。

 

「このぐらいか……」

 

 スプーンに餡蜜を少し盛り、阿求の口の中に入れる。

 

「むぐ……はっ!?」

 

 お、覚醒した。

 

「あ、あれ? いつのまに餡蜜が?」

「つい先程だよ」

「口の中に何故甘味が?」

「私が食べさせたからだよ」

「食べ……させ……」

 

 ……また停止しやがった!?

 そんなに嫌だったか俺からのあーんは! チクショウ成功するイケメンは滅びろ!!

 

「……………………」

 

 あ、無言のまま動き出した。顔真っ赤だけど大丈夫なのか……?

 スプーンに餡蜜を盛って、俺のほうに……!?

 

「あ、阿求!?」

「あーん、してください」

 

 プルプルと震えながら手を伸ばす阿求、やべぇ鼻から多量の鉄分が溢れ出そう……。

 ……コレは、致し方あるまい。

 

「あー……」

 

 口を開くと、震えながらも此方にスプーンを近付けてくる。とりあえず脳内に永久保存だな。

 

「む……」

「……どう、ですか…?」

 

 なにこの餡蜜、滅茶苦茶美味い。いくらかは食べさせてくれた人補正もあるけど。

 

「実に美味だね、素晴らしい餡蜜だ」

「本当ですか? それはよかったです」

 

 安心したように微笑む、だから俺死んじゃうって。鼻から鉄分流れきって死んじゃうって。

 まぁ流れた分即座に作られてるけど。

 

「では頂こうか」

「あ、はい。…………あ!」

「何かあったかね?」

「い、いえ……」

 

 また顔を赤くしてちびちび食べだす阿求、何かあったか?

 ……しかし、見たことある阿求の顔は赤いのばかりだな。いや可愛いのは可愛いんだが……もう少し普通の顔も見たいなぁ……。

 

「さて、どうするべきか……」

「何がですか…?」

 

 ほんのり赤いままだが少しはマシになったようだ。

 顔が赤くなるのが照れからくるなら、やはり慣れるのが一番かな? でも、慣れるってどうすりゃいいんだ?

 何回も話すとかか?

 

「……まぁいいか。阿求、団子はどうだね? コレも中々に美味だよ?」

「あ、はい頂きます」

 

 うんうん、とりあえず今は普通に食べれてるし大丈夫だろ。

 

 

 

「さて、そろそろ行こうか」

「そうですね……少し食べすぎました……」

「私もだよ……」

 

 少しばかり重たい腹に耐えながら立ち上がる。

 あの後、さらに団子を追加し、さらにおはぎも食べた。美味しかったのは美味しかったんだが流石に苦しい、胸焼けしてないのは奇跡だと思う。

 

「コレで足りるかね?」

「えーと……はい、ちょうどですね。ありがとうございました」

 

 会計を終えてから外に出る。

 時間はだいたい四時頃、夕暮れが近付いてきたな……。

 

「ズェピアさん、今日はごちそうさまでした」

「なに、あのくらいどうということは無い」

 

 律儀に頭を下げながら礼を言う阿求。別に大した値段じゃなかったし、そこまで畏まらなくても……。

 

「おかげでとても楽しい時間がすごせました」

「ふむ、では此方からも礼を言わせてもらうよ。付き合ってくれてありがとう、おかげで甘味を存分に味わうことが出来た」

 

 多少食いすぎなのは否めないが。

 

「な、なんか照れますね……」

「いやいや、本当に感謝しているよ。あまり店についても知らないからね」

 

 ピクリ、と阿求が反応を示した。……何故?

 

「でしたら、また今度案内しましょうか?」

「む……いや、しかし……迷惑なのでは?」

「そんなことありません、ただ散歩するよりずっと有意義ですから!」

「そ、そうかね?」

「そうです!!」

 

 な、なんだこの妙に力強い返事……。

 しかし案内か、確かにしてもらえるならありがたいな。一人で散策するのも良いが二人のほうが楽しいし、案内してもらえる分覚えやすいだろう。

 

「……では、頼めるかね?」

「喜んで!」

 

 にっこり微笑みながら答える、いやどうしよう可愛いぞ。なんかもう、さっきから可愛いばっかり言葉が浮かんでるけど本当に可愛い。

 ……そうだ!

 

「ではその時には、またどこか店に入るとしよう」

「え?」

「せっかく案内してくれるんだ、そのぐらいは当然だ」

 

 しかし、何よりも大きな理由は慣れるため。俺と一緒に何度も出掛ければ赤くならなくなるだろう。うむ、完璧。

 

「……喜んでっ♪」

 

 お、今度は語尾が良い感じに上がった。これは良いことだ、嫌々されるとどうしようもないからね。

 

「ではまた今度。私は依頼でも無い限りは基本的に家に居るから、都合が良い時にいつでも来てくれ」

「はい、では今度を楽しみにしています」

「あぁ、私もだよ」

 

 お辞儀をしてから去っていく阿求を見届け歩き出す。

 今日は甘味をたらふく食べたし、夜は軽めにしておくか等とくだらないことを考えながら。

 

 

「ズェピアさんとデートの約束……これはチャンス、間違いなくチャンスですね!」

 

 対し、とある乙女は色々と考えていた。それはもう、色々と。




こういう山無しオチ無しな話とかがとても楽。
あと突っ走ったラブコメ超書きたい、阿求って可愛いですよね。ね。


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第十二話『俺と向日葵と最凶と・上』

ありがちな展開、ありがちな展開。
王道ならず、テンプレである。そんな感じで突き進みます。


「つまり、この問題にはこの式を使えば」

「あ! 分かった!!」

「うむ、よく出来た。花丸をあげよう」

 

 問題を理解し、正解を書いた少年のノートに赤い花丸を描く。嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべる少年から離れ、教壇に置いてある椅子に座り生徒達を見る。

 一心不乱に鉛筆を動かす真面目な奴もいればグースカ寝て俺のチョークの餌食になる奴もいる。鉛筆を回しながら頭を抱える器用な奴もいればこちらをチラチラ伺っては顔を赤くして伏せる奴もいる。そんな十人十色の表情を眺めながら俺は少しボーッとし始めた。

 

 

 ……時が経つのは早いもので、俺が幻想郷に来てから一ヶ月が過ぎた。何かあったか、と問われても特に何も無かったと言えよう。

 霊夢達とはあの後も暇があれば神社に通うことで何度も会ったし、妹紅や阿求も家に訪ねて来たりした。慧音は手伝いをしてるし多分だが一番会っているだろう、今でもたまに食事を作ってくれるから一緒に過ごす時間も多い気がする。

 ……そういえば、少し前に文が来たりもしたな、また俺を新聞の記事として載せる許可を得に……だが。最初はまた断ろうと思ったんだが、ポストを作ったのはコイツらしく少々断り難かった。

 何せ仕事の依頼を入れてもらったりするのに役立っているからな。仕方ないのでとりあえず一回だけ許可を与えてその記事を書いた新聞を貰い、その内容で判断することにした。正直嬉々とした表情で帰って行ったのが恐い、笑顔として見るなら可愛かったんだがあのテンションはちょっとした恐怖だった。

 

 後、里の人々とはまだ微妙な距離感がある、まぁそれも当然だろう。人里の何でも屋という立場にこそあるが、結局のところ今の俺は人間じゃない。人々にとっては自分を容易く殺せる、しかも信用の無い存在だ。

 そう簡単に距離感は埋めれない。慧音とよく一緒に居るからこれでも多少はマシなほうだろう、もしそうでなかったらもっと厄介なことになっていたかもしれない。

 しかし依頼が無いわけではなく、受けたりもしていた。依頼の内容は畑を耕す手伝いから薬草等の採取、妖怪退治のような危険なものまで様々。最近はいくらか安定して依頼があるぐらいになった。

 信用は無いが、信頼は多少あるといったところか?

 

 

 ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!

 

 

「……今日はここまで、宿題は終わらなかった分と練習問題の三番だ。頑張ってやるように」

 

 授業終了を告げるアラームを聞いて思考を中断、授業終了という天国と宿題という地獄を与えてから退出する。

 教室からは帰れるという喜びの声と、宿題に対する悲しみの声の二つが聞こえてくる…真面目に授業受ければ練習問題だけで済んだのだから自業自得と諦めてもらうしかない。

 

「お疲れ様だ、ズェピア」

「それほどでもない」

 

 これを言うだけの余裕が出来た、流石に一ヶ月もあれば教師業にも慣れる。……慣れただけで上手に出来てるかは分からないが。

 そこからは慧音と一緒にテストの問題作りをして、ある程度区切りのいいところまで作ったので帰ることにした。

 

「それじゃズェピア、これが今週の給料だ。本当にありがとうな」

「ギブアンドテイクというやつだよ、礼を言われることでは無い」

「そうは言ってもな……。そうだ、今日の夜はうどんにするんだが一緒にどうだ? 妹紅も来るし三人で食べよう」

 

 ポン、と手を打ってから話す慧音。うどんか……そういやずっと食べてないな。

 

「ではお言葉に甘えるとしようか。何時頃向かえばいいかね?」

「だいたい七時ぐらいに来てくれ、なんだったら妹紅を迎えに送るが……」

「いや流石に遠慮する、妹紅に燃やされそうだ」

 

 冗談抜きにこんがり焼かれ……むしろ灰にされる? どのみち死ねるな、いや死なないと思うけど。

 

「では、また今夜に」

「あぁ、またな」

 

 片付けを終わらせ外に出る。

 基本的に俺が担当する時間は午前中で、昼には終わることが多いのだが今日は久しぶりに夕方までだった。元気に走り回る子供の姿もある。

 ……今日は誰とも約束が無いし、家で晩飯までダラダラとしてよう。何か食べたり神社に行ったりするには時間が中途半端だ。

 ……あぁ、依頼があったらそれをするのもいいだろう。どうせ大した時間はかからないだろうし。

 

「とにもかくにも、家に帰るのは変わらないな……」

 

 呟き、家に向かおうとした……が。

 

「あ……あの……」

 

 ……とはいかなかった。

 見覚えのある……確か、寺子屋にも通っている女の子が目の前に立っていた。なにやら紙を手に困った様子だが……依頼か?

 勉強なら授業後にでも聞くだろうし。

 目線を合わせるためにしゃがみ、話しかける。

 

「どうしたのかね?依頼があるのなら受けるが?」

「あ、はい……えと、コレ……」

 

 おずおずと差し出された紙にはこう書かれていた。

 

『ひまわりがほしい』

 

 とてもシンプルな内容だ。……向日葵、か。

 今は季節的に春を少し過ぎた辺りだからあるか微妙だな。

 

「何故、向日葵が欲しいのかね?」

 

 俺が聞くと突然泣きそうな顔になる女の子……って待て!?

 泣かないでくれ! 俺が虐めたみたいじゃないか!!

 

「お母さんが病気で、元気になってほしくて……好きなお花見たら元気でると思って……」

「………………」

「お母さんはひまわりが好きなんだけど、ひまわり売ってなくて、探しに行きたいけど外に出たら危ないからダメって言われてるし……」

 

 成る程ね……優しい子だな。

 

「お金はあまり無いけど、その「引き受けよう」……ふぇ?」

「引き受けよう、その依頼を。報酬は君の笑顔、というのは如何かな?」

 

 うぉぉぉぉぉ! 恥ずかしいぃぃぃぃぃ!!

 死ねる、今なら間違い無く死因羞恥死が発生する!!

 なんだよ笑顔が報酬って! 馬鹿なの!? 死ぬの!?

 流石ワラキアボディ、恥ずかしいセリフまでスラスラ出てきやがるぜ畜生!!

 

「あ、お、おねがいします!」

「あぁ、私に任せたまえ」

 

 ハハハ、厄介なことになりそうだ……。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 さて、とりあえず里の人に聞き込みをしたところ向日葵が年中咲いている不思議な場所があるそうな。どう考えても太陽の畑です本当にありがとうございました。

 ……とか嫌々ながらも期待を裏切るわけにはいかないので、ササッとやってきました。細かい道程は慧音さんに聞いて。

 慧音さん、かなり必死で止めてくれたなぁ。別れ際にはまるで今生の別れみたいな表情してたし。

 まぁ、正直死亡フラグを自ら立てるような行動だから仕方ないとは思う。けど、けどだ。コレは無いんじゃないか神様よ?

 

「何を考えてるのかしら?随分と余裕ね」

 

 俺の前には太陽の畑近くに住む大妖怪、風見幽香が綺麗に微笑みながら立っている。微笑んでるのに怖い、不思議。

 ……どんな二次創作でも避けて通るべき存在として彼女は書かれている。

 理由は三つ、彼女は幻想郷最古参で長寿の妖怪……つまりとんでもない実力者。しかもかなり好戦的な性格という厄介かつ危険極まりない存在だからだ。更に言われるところで趣味は弱い者虐め、究極加虐生物、USC(アルティメットサディスティッククリーチャー)なる異名さえ持つ……これは二次創作での設定だから本編とは真逆だし大丈夫だと思うけど。

 ……いやしかし、それ抜きにしても何だよこの歩く理不尽死亡フラグ。マザーのきまいらかよアンタは。

 正直、今の俺では勝ち目は無い。あっても一桁ぐらいだ。ワラキアの能力をフルに使えればまだ善戦できるだろうが、使えるわけも無し。

 

「今度は無視……私を無視するなんていい度胸ね?」

 

 思考に耽っていたら幽香がキレていた。このままだと俺マジで死ぬな。

 ……まずは交渉といくか。十中八九無駄だろうけど。

 

「すまないね、少々考え事をしていた」

「やっと返事したわね?」

「本当にすまなかった、非礼を詫びよう」

 

 まず謝罪、コレで少しでも怒りを収めてもらいたいものだ。次は本題なんだが……。

 

「で、だ。私としては争うつもりは毛頭無い、ただ花を貰いに来ただけだ」

「…………花を、ねぇ?」

 

 痛いよ、視線に込められた殺気が滅茶苦茶痛いよ……。まさに人を殺せる視線、よく泣かないな俺。自分を拍手して称えたいぐらいだ。

 とか泣き言を言いながらも、退くわけにはいかない。一度受けた依頼だ、完遂以外に道は無いのだよワトソン君。誰だよワトソン君て。

 

「そう、向日葵を一つ頂戴したいのだよ」

「私にメリットが無いわね?」

「メリット? 金が必要なら支払うが……?」

「お金はいいわ」

 

 金はいらない? 意味の分からないことを言いながら傘をたたむ幽香……ってマズイ!!

 慌てて腕を交差させると同時に、交差させた腕に凄まじい衝撃が襲いかかる。

 

「クッ!」

「よく防いだわね……まぁ、このくらいは当然かしら?」

 

 目の前には拳を突き出した状態でさも楽しげに微笑む幽香。

 ワラキアの身体じゃなかったら骨が折れてる一撃だ。それを繰り出して微笑むなんてドSにも程がある。

 ビリビリと痺れていたが、高い回復力ですぐに引いた。本当にこの回復力は素晴らしいと思う。

 しかしなぁ……いくら回復力があっても痛いのは嫌なんだよ。

 

「正直、荒事は好ましくないんだがね……」

 

 やべ、口から出ちゃった。

 と、何故か目を細めて俺を見てくる幽香。やめろよ、ゾクゾクするじゃないか……恐怖的な意味で。

 

「最近妖怪をかなりの数倒してるとかいう貴方が?」

 

 あっるぇー? なんでバレてるのかなー?

 

「貴方が噂になったのは一ヶ月程前、強い吸血鬼が現れたと聞いた」

 

 一ヶ月と少し……? 射命丸の言っていたあの噂か!?

 

「その時点ではまだ興味は無かったわ。次に聞いたのは貴方が何でも屋として多くの妖怪を倒しているという噂、これが決定打ね。少なくとも一定以上の力はあると分かったんだもの」

 

 ……妖怪退治なんざしなけりゃよかった、かなり厄介な話になってやがる。だけど逃げるのは間違いなく不可能……と、いうより逃げたら追いかけてくるだろうしなぁ。

 

「フフフ……」

 

 うん、あの目は間違いなく追いかけてくるね。

 なんかもう、今までに感じた命の危険なんざとは比べようが無い恐怖があるけど…とりあえず構えとくか。

 

「あら、構えるってことは……やっとやる気を出してくれたのかしら?」

「さて、どうだろうね? 案外私の頭の中では、逃げることを考えているかもしれないよ?」

 

 案外も何も、殆どそれで埋め尽くされてるんですけどねー。

 ……しかし、ワラキアの口調は中々に問題だな。余裕があるような喋りかただし、また抑揚も妙に芝居がかっているせいで拍車をかけてるし。

 

「命に保険は掛けたかね?」

 

 うおぉぉぉぉいっっっ!! なんだよ、なんだよ今の!?

 あんな台詞考えて無ェぞ、つか完全にワラキアの戦闘前の台詞じゃねぇか!!

 

「随分と余裕そうね、貴方自身の心配はしなくていいのかしら?」

「心配? 何を心配する必要がある? 筋書きは決まっており、後は我々という役者がそれに沿いこの花畑を舞台に踊るのみ……心配する要素など無いだろう?」

 

 止まれ! 止まってくれマイマウス!! ほら幽香の殺気が膨れ上がってるから!!

 

「筋書き、ねぇ……どんな筋書きかしら?」

「なに、幼き童にも分かるぐらい簡単な筋書きだ。決まっているのは終結の形のみという、簡単すぎて呆れるような筋書きとは言えない代物……それには」

 

 ……え? 慌てないのかって?

 …………フッ、もう諦めたよ。

 

「―――君の敗北が終結の形として記されている」

 

 瞬間、幽香の殺気だけでなく妖力までもが膨れ上がる。正直感じたことなんか無いような妖力だ。

 ……詰んだな、コレ。

 

「ならその筋書き、私の手で変えてあげるわ」

 

 かなりの殺気と妖力を感じさせながら言い放つ幽香。

 ……帰っていいかな? 多分いいよね? ……!!

 

「クッ!!」

 

 体を捻り、いつの間にか接近していた幽香の拳を避ける。……いつの間にかっていうか、間違いなく考え事をしていた間だろうけどな。

 

「シッ!」

 

 とりあえず横薙ぎに爪を振るう。だが幽香は後ろに退くことで簡単に回避する。

 大概の妖怪はこれで切り裂いて終わったんだが、流石に大妖怪なだけある。笑顔を保っているあたり、まだまだ速度を上げれるのだろう。

 ……正直嫌だが仕方ない、本気で腹をくくるとしよう。最早逃げは無く、敗北も無く、ただ勝つのみ、確実な勝利のために思考を費やし、身体を動かすとしよう。

 

「では……開幕といこうか」

「そうね……じゃあ、いくわよ!!」

 

 互いに走り出し、戦闘は始まった……。




戦闘始まる時にLet's Rock!とか叫んじゃう、そんな半人半魔に私はなりたいとは思わない。
綴りあってるのか不安なので時間の都合、投稿終わってから確認して編集します。本編に比べて気を使う後書き。


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第十三話『俺と向日葵と最凶と・中』

初登校です、拙い文章ですがよろしくお願いします!


 拝啓、我が親愛なる妹へ。元気にしていますか? ちゃんと人参は食べていますか? 両親は相変わらず殴りたくなるぐらいラブラブなんでしょうね、殴っていいよ。

 君が元気に暮らしているならお兄ちゃんは嬉しいです……え? お兄ちゃんはどうしてるかって? お兄ちゃんは今ね。

 

「ほらほら、最初の威勢はどうしたの!?」

 

 割と本気で死にかけています。

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 さて、現実逃避してしまったが、いい加減認めて見つめるとしよう。

 俺は現在進行形で幽香の攻撃を避けまくっている。正直ヤバい、たまに防御するけど腕が痺れる。一撃でもマトモにくらったら内臓がイカれるであろうラッシュだ、滅茶苦茶怖い。

 ん? その割には冷静だなって? いやいや、これは分割思考の一つだよ。誰に説明してんだ俺。

 まぁ、いいか。ちなみに思考の一番目は

 

 

 ―――ああぁぁぁぁぁ!? ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!! マジで洒落にならねぇよなんだよこれ家帰って夜までダラダラしてりゃよかっ危ねぇぇぇ!!―――

 

 

 こんな感じ。まさか分割思考がこんなところで役に立つとは思いもしなかった。

 しかし回避以外に何も出来ないな、出せる身体能力に差がありすぎる。実際、身体能力は全力を出せればそれなりに対抗出来るだろう。

 ただ自分の動きなのに目と思考速度が追い付かないから出せない、故に押し負けている。

 

「ッ!」

 

 素早く飛び退きながら軽く体を逸らすことで上段蹴りを避け……黒!? なんと素晴らし―――変態になりかけた第二思考を破棄しつつ薙ぎ払われる傘を受け流す、勢いそのままにくる左拳に対しては右半身を反らして対処する。

 

「カット!!」

 

 ワラキアの代名詞とも言える技、バッドニュースを放つが幽香は軽々と回避する。左手を薙ぎ払うも防がれ、掴もうとしてくる為素早くバックステップ。

 ……ヤバいな、本気で勝てる気がしない。実力云々とか、経験云々だけじゃない、そもそも単純に俺は決め手に欠けている。何かあればマシなんだが……魔術なんざロクに出来ないからなぁ……。

 

 俺の物理攻撃なんて幽香みたいなタイプ、即ち近接戦闘を好むような大妖怪にはロクに効きやしないだろう。ワラキアの基本戦術は悪性情報を絡めた中距離での攻撃だ、殴り合いには不向きすぎる。

 せめて腕力や脚力を強化するような魔術があれば殴り合いも出来るんだが……生憎と習得していない。Fateではルーンを刻むだか付与だかどうたらすることで強化とかするキャラがいたはずだが、残念ながらよく覚えてないし。

 

「……厄いな」

 

 妖怪の山にお祓いにいこうかな。

 まぁそれには目の前のきま……幽香を退ける必要があるわけだが。しかしこの歩く理不尽死亡フラグから生き残れたら大概の災厄からは生き延びれる気がする、冗談抜きで。

 

「勝負の途中に考え事とは余裕ね?」

「クッ!?」

 

 跳躍し、襲いかかってきた幽香の攻撃を避けると、俺が妖怪を倒した時とは桁違いの破砕音が鳴り響いた。

 音源である幽香の拳は殴り付けた地面に小さなクレーターを作り出している。それなんて爆裂拳?

 

「まだよ!!」

 

 息をつく暇も無く、視界を覆う程の弾幕が襲いかかる。込められた妖力からして一発一発の威力はそう高くない……精々下級妖怪の全力程度のはずだ、むしろ目的は回避に必死になっているところを潰すことだろう。

 しかし一発辺りの威力が低いなら問題無い!!

 

「なっ……回避しないつもり!?」

 

 ドドドドドドドドッ! と、激しい爆音が鳴り響く。弾幕の爆発によりパラパラと砕けた地面の欠片が舞い、砂煙が視界を遮る。腕を横なぎに振り、それとともにマントを翻すことでそれらを払って幽香に対してどや顔――という名の、意味深な口の端を吊り上げた笑みを浮かべる。しっかりと、無傷であることを見せつけるように。

 

「チッ……やっぱりそれはただのマントじゃないようね。恐らく、障壁でも張れるのかしら?」

「……御名答、このマントは常に魔力霊力妖力に対する障壁を張っているのだよ」

「随分と厄介で上質なものね…腹立たしいわ」

 

 忌々しげに此方を睨み付ける幽香。確かにこのマントは敵にしてみればかなり厄介な代物だろう。

 色々と調べた結果、この服はかなり高レベルの術式が編み込まれていると分かった。着ていれば厚さこそ薄いながらもかなり頑丈な障壁が張られ、そこらに居る妖精程度の弾幕なら無効化出来る。

 魔力さえ流し込めばさらに強化可能で中級妖怪の弾幕まで防ぎ、多少ながら物理攻撃にも対応した逸品だ。修復機能もあるので破れても元通りになり問題なく扱える。

 

 ……ちなみにだがこれを調べるのにさらに魔道書を借り、内容を理解するのに三日を費やしたのは完全に余談である。いやまぁ、それだけの価値はあったけどね。

 

「面倒ね、今ので防がれるとしたら弾幕だけでは時間がかかるわ」

「元々そのようなつもりなど無いのだろう?」

「あら、よく分かってるじゃない」

 

 そりゃあね、分かるさ。凄い楽しそうな表情してるもの。獰猛な笑みってやつ?

 

「喰らいなさい!!」

「お断りだ……!」

 

 さらに速度を増したラッシュをひたすらに避ける。

 右から、左から、下から、上から、素早く回り込まれ後ろから……!?

 

「ガッ!?」

 

 一発、避けきれずに腹部に喰らう。障壁による軽減があって尚、かなり重い一撃、だが怯んだら終いだ。

 痛みを無理矢理堪えて跳躍、大きく距離を離す。

 

「逃がさないわよ!!」

 

 蹴りつけた地面を破壊しながら向かってくる。

 

「クッ!!」

 

 それに対し、魔力を使って不慣れな弾幕を張る。大小様々ではあるが込められた魔力にムラがあるため見た目での判断は出来ないという、偶然ながらも罠としてはそれなりのものだ。

 弱点はまだ魔力の運用が下手だから消費が激しく、多用は出来ないこと。バッドニュースよりはマシだけど、やはり使いにくい。

 

「面白い弾幕ね……」

 

 俺の放った弾幕の向こうで幽香が呟いた。速度を緩めることはせずにトップスピードを保ったまま駆けてくる、規則性も何も無い俺の弾幕を軽々と避けながら。

 ……って軽々と!? そんなにショボいか俺の弾幕、流石に傷付くぞ!?

 

「ブレイク!!」

 

 悪性情報を渦にして直接幽香に叩き込む―――がまたも回避される。

 

「その黒い技は厄介ね、出所が掴みにくいわ」

「容易く回避しつつ言われても、皮肉にしか思えないがね?」

「皮肉? いいえ、純粋な賛辞よ。そもそもまだ千年も生きてないはずの貴方が私とここまで戦える、これだけで称賛に値するわ」

 

 基準はやっぱり自分自身かよ……確かに自惚れとは言えない強さだが……。

 

「私としては本当に惜しい、後数百年でも経てば素晴らしいものになれただけに……ね」

「それはまるで、私を殺せるというような発言に聞こえるのだが?」

「えぇ、殺せるわ。間違いなく私は貴方を殺せる。倒せるのではなく、殺せるのよ」

 

 ……クソッ、そんな断定しなくてもいいだろう。プライドのプぐらいは俺だってあるんだぜ? いい気分しねぇって……。

 

「そう言われると抗いたくなるね……」

「それは構わない、私としてはそのほうが楽しめるもの。だけどね」

 

 ―――生き残れるなんて、そんな夢は見ないことね

 

 ゾクリとする、というのはこういうことなのだろう。

 体温が下がり、冷や汗が出て、頭の回転が速くなる。恐怖という感情が自分を支配し、身体を強張らせる。

 畜生、何がプライドのプだよ……一気に逃げ出したくなったじゃねぇか、情けねぇ……。

 

「貴方が力を……いえ、技を使いこなせたら、私は負けていたかもしれない。そのぐらいにあの黒い何かは厄介なもの。でも貴方は使いこなせていない、なんとなくそう感じたのよ……不思議だわ」

 

 分析、しかも的中かよ。ヤバい、マジにヤバいぞこの状況……!

 っても何も案が浮かばねぇ、あぁ畜生どうするどうする!!

 

「マントの高い性能も、距離をとって戦えないのでは殆ど意味が無い。アンバランスね、何もかも」

 

 ジャリッ、と踏みしめるように歩き出す幽香。

 

「私は長い時を生きて、数々の敵を打ち倒してきたわ。中には吸血鬼も居た」

 

ゆっくり、ゆっくり、何かを確認するかのように歩く。

 

「貴方とは違って、吸血鬼らしい奴ばかりだった。太陽は天敵で、夜に生きる……そして全てを見下す傲慢な性格」

 

また一歩、近付いてくる。

 

「でも貴方はその吸血鬼よりも間違いなく強いのに、吸血鬼らしくない。太陽がどうとか、そんな話じゃない。口調はまだしも、纏う雰囲気が人のそれに近い」

 

 全てを射抜き、見透かすような目が俺を捉えて離さない。

 

「もう一度言うわ。―――アンバランスなのよ、何もかも」

 

 再度、ゾクリとする。

 何故か、何故か全てを知られた気がした。そんなわけが無いのに、自分はこの身体の持ち主ではないと、言い当てられたような気がした。

 

「元々は人だったりしたのかしら? だとしたら、そこから何かしら事情があって吸血鬼になった? それならアンバランスなのも説明がつく。でも吸血鬼として日が浅いようには見えない、吸血鬼と考えるならまだまだ若いでしょうけど、力を把握するには十分な時間はあったはず……」

 

 つらつらと幽香は考えを述べる。

 しかし俺に聞く余裕は無い、先の衝撃が未だに俺を包んでいるからだ。

 

「興味は尽きないわ、生かしておいて飼うのも良さそう」

 

 飼うって冗談じゃ……ねぇよなぁ……。

 

「まぁ、それは無いんだけど……ね?」

 

 フッ、と幽香の姿が消えたと思った次の瞬間。

 

 

 幽香の拳が腹に突き刺さっていた。

 

「が、あっ!?」

 

 拳は振り抜かれ、吹き飛ぶ俺。

 痛みを認識する前に地面に叩きつけられ、無様に転がる。

 

「カハッ……アッ……!!」

 

 口に広がる血の味、吐き出される量は異常で間違いなく内蔵がヤられたのだと分かる。というか、痛すぎてそれ以外に考えられない。

 分割思考の殆どが痛みに対する叫びを上げる中、辛うじて耐えている思考をフルに使い傷を癒すために魔力を込める。

 

「グッ……」

 

 グチャグチャにされていた内蔵を治し、次いで流れた分の血を作り出す。

 気が遠くなりそうだが、なんとか踏ん張り作業を進める。

 

「吸血鬼だから臓器に関しては治せそうね、でも血はどうかしら?」

 

 どうかしら……って、最悪に決まってんだろうが!!

 

「まだ殺気を出す余裕はあるのね……まぁ、余裕なんてすぐに無くなるわ。いくら吸血鬼が高い不死性を持っていても、真祖で無い限り生物という概念から外れたわけじゃないもの。生物である以上、血を流し続ければ死ぬ……コレは実践済みよ? 長く耐えられるせいで余計に苦しむ奴ばかりだったけど、ね」

 

 流石は最強で最凶の大妖怪だな、おい。…………あれ、ヤバいな……急に目が霞んできやがった……。

 畜生、まだ一矢も報いてねぇのに……拙いとか、そんな生易しい話じゃねぇぞ、コレは……駄目だ……気が遠……く……。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「……終わったわね」

 

 ポツリと、風見幽香は呟いた。視線の先には倒れ伏し、動かなくなった吸血鬼が一人。それを見つめる瞳には少しばかりの後悔の念が感じ取られた。

 自身でも珍しいと思えるほどに興味を引かれた存在だったのだし、生かしておいて飽きるまで遊ぶことも出来た故に悔いがある。

 ……だがまぁ、それも最早不可能、如何せん彼は挑発的すぎたし仕方ないといえば仕方ない。

 所詮は一時の興味、いつかは殺す…それが早いか遅いかの差だ。早すぎた……とも言えるが、暇なら暇で花を育てて眺めて慈しんで愛でればいい。そうして生きてきたし、それが幸せだから。

 

「……………………」

 

 死体はそこらの妖怪の餌にでもなるか、養分になるか……出来たら後者で精々良い栄養になればいいと思う。吸血鬼だから分からないが、毒にはなるまい。

 死体の放置を決めてから踵を返し、花畑へと向かう

 

 

「待ちたまえ」

 

 

 ―――のを止め、声に反応し即座に振り向く。不思議なことに、吸血鬼はそこに立っていた。無傷で、薄く笑みを浮かべ、吸血鬼は立っていたのだ。

 流石に驚いた、がそれ以上に―――嬉しかった。

 

「何をしたか知らないけど、そのまま倒れとけばよかったのにね。そしたら無事に帰れたもの」

 

 挑発、だがこれは昂る自身を抑え込む為に口を開かざるを得なかったからだ。

 

「そのような結末ではつまらないだろう?それに最初に言ったはずだ、結末は私の勝利で終わるとな」

 

 対し、吸血鬼は変わらぬ様子で答える。先の震えが嘘かのように、飄々とさえした口振りではあるが。

 故に彼女はより昂る。まだ彼は自身に勝つつもりだ、勝機が、それを手繰り寄せる手段が彼にはまだあるのだ。ならばやるしかあるまい、戦って殺るしかあるまい。それが風見幽香が、風見幽香たる所以なのだから。

 

「さぁ第二幕だ、派手に舞おうではないか大妖怪よ」

「いいわよ……派手に殺ってあげる……!!」

 

 掛け合いは終わり、戦闘が再度始まる。

 まずは先手を取るべく弾幕を張る。先程のように障壁に防がれるだろうが、むしろ今回はそれが狙い。止まっているところを殴り飛ばす算段だ……が。

 

「ほぅ、実に鮮やか……だがしかし足りない!!」

 

 同じく吸血鬼も弾幕を張った。しかも込められた魔力は同等、綺麗に相殺となった。

 舞い上がる砂煙、その中で吸血鬼は素早く動く。爪を鋭く、牙を光らせ、風見幽香へと襲いかかる。

 

「まだ殺意が君には足りない! それでは劇が締まらないではないか!!」

 

 圧倒的に増した速度で薙ぎ払われる右腕を跳ぶことで回避する、下りつつの蹴りはやはり避けられる。

 

「カット!!」

「チッ!!」

 

 叫びに対し、舌打ちする。

 先程より精度の増した黒い何かを避けつつ、仕方なしに一度距離を取り弾幕を張る、がしかし先程と同じく相殺されてしまい歯噛みする。

 そもそも、風見幽香は弾幕は得意ではない。妖力は幻想郷でもトップクラスにあるのだが、あくまで総量があるだけで制御はどちらかというと苦手なのだ。

 一撃に大量に込めることで真価を発揮する、まさに砲台のようなソレが彼女の遠距離でのスタイルである。

 

 しかし、今対峙している吸血鬼に命中するか否かで言えば―――間違いなく否。隙でも作ってやらない限り、容易く回避されるのが目に見えているし、隙などそう簡単には作れない。

 相性で言えば間違いなく最悪……互いに、だが。此方は接近に持ち込もうにも防がれるし弾幕は相殺。

向こうは遠距離で仕留めたいが自身の耐久力がそれを不可能としている。

 あぁまったく、ここまで互いに相性が悪いなどそうは無いだろうに。心の中で愚痴り、小さくため息をつく。

 

「フム、このままでは延々と同じことの繰り返し……か。流石にワンパターンはいけないね、マンネリズムは観客を飽きさせてしまう」

 

 吸血鬼はそのような様子を見せず、むしろ妙にイキイキとさえしている……本当に妙に、だ。

 

「さて、第二幕の起はこれぐらいにして残りを消化せねばな……!」

 

 言い終わると同時に黒と紅で彩られた弾幕を放ってくる。これまた先程とは違い、丁寧に練り込まれた魔力で構成されているようだ。

 同じように相殺させたいが……ここはそうはせず敢えて回避する。恐らくだが此方が弾幕を放っても、また堂々巡りになるだけだろう。

 故に最善ではない、だが最良と思える選択肢を選んだ。

 

「成る程回避を選ぶか、実に面白い選択だ」

 

 言いながら次は紅い球体のみを連続で放つ。また回避しようと考えたが。

 

「……!!」

 

 回避でなく、直感で相殺を選ぶ。

 放った弾幕が当たると同時、または直前に爆散する球体。速度こそ緩かったものの、破壊力なら間違いなくかなりのものだろう。

 

「貴方、思いの外えげつないことするのね?」

 

 嫌味を込めて言い放つが、ニヤリと笑うあたりまったく気にならないのだろう。むしろ楽しんでいるとさえ感じられる。

 

「時には残虐な動きも必要なのだよ、劇とはそういうものだ。ただの仲良しごっこで終わっては芸が無いからね?」

「劇、ね……生憎と興味無いわ」

「あぁそれは残念、実に残念だ。ならば君にこの後一昼夜を掛けてでも劇の良さについて説こうか」

「お断り……よ!!」

 

 地を蹴りつけ、爆発的な加速とともに駆け出す。狙いは無論吸血鬼、その頭を砕いてやろうとも考えている。

 しかし吸血鬼は予想通りと言いたげに笑みを浮かべつつ、やはり楽しげに言った。

 

「乗ってあげようじゃないか」

 

 弾幕による牽制は行わず、接近戦をするつもりらしい。魔力を練り、肉体を強化して吸血鬼は迎え撃つ。

 

「フッ!!」

 

 呼吸と同調させた一撃を振るう幽香、だがそれを流し笑みを崩さない吸血鬼。

 二手三手と連続して拳と傘を振るうも全てを捌かれ、流石に苛立ちを覚える……が焦りはしない。一撃、一撃与えれば確実にそこからは此方が攻め続ける一方的な展開に持ち込めるのだから。

 

「これはこれは……随分と気合いが入っている……」

「貴方は随分と余裕ね……?」

「そう見えるかね?」

「馬鹿にしてるの!?」

 

 繰り出した蹴りは吸血鬼が下がることにより避けられる。下がった、とは言っても距離は10mに満たないため少し前に出れば幽香なら容易く届く範囲。

 だが幽香は前に出ない。何故なら、吸血鬼から放たれる殺気染みた何かが増したからだ。

 厳密に言えば殺気ではない。似ているようで似ていない、そんな微妙だが確かな危機感を募らせるものが放たれている。

 吸血鬼が口を開いた。

 

「実に面白い、君は幾度の一夜よりも面白い。恐怖を抱かないというのもまた良い、何せ初めて見かける存在だ」

 

 しかし、と吸血鬼は続けた。

 

「些か君は攻撃的すぎる。劇を演じようにも、これでは無粋なそれにしかならない。君は美しいが、劇とは一人が輝けばいいというものでもないからね」

 

 称賛、そして酷評。二つを織り混ぜた言葉に真意は無く、吸血鬼にあるのは劇に華を添えること。

 

「故にそろそろ、反撃させてもらう」

 

 呟き、地面に黒い渦を叩きつけるように放つ吸血鬼。同時に素早く、砂煙の中を駆け出す。その速度は先程までとは比べ物にならず、高速と呼べる領域。

 右手に魔力が収束、走りながら突き出す。

 

「ブレイク!!」

「なっ!?」

 

 放たれた攻撃―――悪性情報の塊の先には拳を振りかぶる幽香。吸血鬼が走り出したのに対し、カウンターで潰すつもりだったようだ。

 もしただ走り続けていただけなら、間違いなく吸血鬼は喰らっていたと思えるぐらいタイミングが良い。

 しかし、そのタイミングの良さが仇となった。既に振りかぶっている以上攻撃は中断出来ないし回避も不可能、故に。

 

「がっ!?」

 

 吸血鬼の攻撃を喰らうしかない。吸血鬼は怯んだ幽香をマントで攻撃し吹き飛ばす、さらに悪性情報を連続で叩き込む。

 

「このくらいっ!!」

 

 直撃したのにも関わらず吸血鬼へ向かう幽香、だが無傷ではない。服には血と思われる赤い染み、それに腕にはかなり深い傷がある……腕で防いだようだが、大きな傷であることに変わりはない。

 

「やれやれ、まったく呆れる程に頑丈だね」

「生憎とあの程度の攻撃で倒れるような鍛え方はしてないわ……!」

 

 互いに会話こそしているものの、凄まじい状況だ。

 幽香が嵐の如く拳脚を繰り出し、吸血鬼が柳のように緩やかに受け流す。それまでの攻撃は遊びとさえ思えるが、当たる様子は無いという奇妙な状況。

 いや、全く当たらないというわけではない。掠る程度なら幾つか、しかし直接的なダメージになるものは当たりそうにないのだ。

 

「あああぁぁっっ!!」

「クハハハハッッ!!」

 

 圧倒的な暴力、圧倒的な殺気、圧倒的な―――威圧。それらさえ吸血鬼にとっては笑いの種でしかない。

 狂ったように、愉しげに、ひたすらに笑う。

 

「どうしたどうしたどうした!? そんなものか大妖怪よ!!」

「舐めるなぁぁぁっ!!」

 

 本能のままに、風見幽香は攻め続ける。

 しかし……吸血鬼は笑みを深めた。

 

「クククッ……滑稽滑稽、実に愉快だよ」

「何が……ッ!?」

 

 瞬間、素早く幽香はしゃがみこむ。頭上を何かが通過したのを確認し、足払いをする。

 だがここでそれまでただ受け流すだけだった吸血鬼が跳躍し、また大きく距離を離した。しかし幽香は追撃をしようとせず、ただジッと様子を伺う。

 

「いやはや……まさかアレを避けるとは、予想外に冷静のようだね」

 

 呟く吸血鬼の手元には高速で回転する黒い円盤、どうやらいつの間にかに背後に放っていたらしい。もし避けなかったとしたら頭が落ちていただろう。

 それを見ながら、幽香は冷えた頭で答えを導き出す。

 

「激昂してさえ冷静さも失わない、それは経験故のものだろう……確かに君は正しく大妖怪と言うべき存在だね」

 

 黒い円盤を消しながら言う吸血鬼の賛辞の言葉も、幽香は意に介さず口を開いた。

 

「貴方……誰?」

「……む? 誰、とは?」

「そのままの意味よ。まさか、分からないとでも思ったの?」

 

 先程までより目付きは鋭く、放つプレッシャーは桁違い。

 

「雰囲気がまるで違うわ。会った時の人間臭いものとは逆に、貴方のは狂気染みた何かを感じる」

 

 問い詰めるのではなく、追い詰める。口調はまさにそれだった。

 

「最初は違和感程度だったけれどね、決定打はその技よ。少なくとも会った瞬間の雰囲気なら、そんな確実に殺すための技は使わないもの」

 

 吸血鬼らしからぬ存在が、急に変わったという異常。立ち上がったあの時からずっと感じていたその違和感の正体が、やっと見えてきたために言葉にも知れず殺気が混じるのは仕方ないだろう。

 

「もう一度聞くわ。……貴方は、誰?」

 

 幽香の問いかけには答えず、吸血鬼が俯く。と、急に肩を震わし始めた。

 

「何を笑っているの? 何がおかしいの?」

 

 問いかけの内容は変えつつ、放つ殺気を増す。

 その瞬間、吸血鬼は顔をバッと上げた。

 

 そこに居たのはズェピアでは無かった。

 

「なっ……!」

 

 幽香が驚き、息を飲む程に変わった顔。

 それは、目から血を垂れ流し

 

「ヒ……ヒヒ……」

 

 口は三日月のように裂け

 

「ヒハッ……ヒヒヒッ……ヒッ……!」

 

 怪しく裏声で笑う

 

「ヒッ、ヒヒヒヒハハハヒヒヒィィ!!」

 

 ―――“ワラキアの夜”と呼ばれた吸血鬼が、そこに居た。




 お久しぶりです皆様、恥ずかしながら戻ってまいりました。前書きに書くと後日、なんのこっちゃとなりそうでしたのでこちらのほうで。
 色々言い訳タイムとかなんだは後々活動報告のほうで。


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第十四話『俺と向日葵と最凶と・下』

初投稿ではありませんがよろしくお願いします!
あと戦闘描写には期待せず、気持ちと妄想で補完をお願いします!!


 自身を強者と称し、また事実この幻想郷でも指折りの実力者である大妖怪――風見幽香は問いかける。

 

「貴方、本当に何者よ……!?」

 

 相対するはただひたすらに笑う一人の吸血鬼、ワラキア。

 

「何者? その質問になんの意味がある? 無意味で無粋で無価値で無駄で無様で無用なその問いに、なんの意味がある!?」

 

 問いかけには答えず、狂気を残したまま吸血鬼は言い放った。今は流れていた血も綺麗に止まり、顔だけは元に戻っている……が。

 

「多重人格……?」

 

 幽香の呟きに、再度目が見開かれ血を垂れ流す。

 

「否、否否否否否否否!! そのような分かりやすく下らなくツマラナイ結論などでは無い!!」

 

 大袈裟ともとれる動きをし、血を吐き出しながら叫び出す。

 

「元より死して身は無くなり、幾度の再演を繰り返し繰り返し繰り返し数多を刻み殺し潰し晒しひたすらに惰性的に恐怖を演じ!! その度に演じる姿を変えて替えて代えて換えて交えて飲み尽くし!! 自身を象った時は死せる時!! それが私であり、タタリというものだった!!」

 

 自身とは何か、それを自虐しつつ叫ぶ。

 

「されど、今は恐怖でも何でもない何かによって形作られた……嗚呼理解不能理由不明不愉快不快!! 意味も理由も何もかもが不明!! 何故だ何故だ何故ダ何故ダ何故何故何故何故何故!?」

 

 困惑、それが感情の全てなのか。彼は叫びを上げ続ける。

 

「狂ってるのは間違いなさそうね……」

 

 叫ぶワラキアを見、出した結論はそれ。

 確かに彼は狂っている、それは間違いないだろう。放つ言葉、表情、気配、どれもが常人のそれとは違いすぎていた。

 

「―――あぁ、そうさ。確かに私は狂っているよ、間違いなく狂っている」

 

 ケタケタと、不気味に笑いながらワラキアは言う。

 

「しかしそれはいけないことかね? 常人が在るというならば、狂人が在るのもまた世の常のようなものだ」

 

 ケタケタ……ケタケタ……ケタケタ……耳に残りそうな声で笑い続ける。最早笑いだけを聞いてみれば恐怖を覚えかねない、そんな声で。

 いくら大妖怪とて、風見幽香は女性だ。これには気味の悪さを覚える。

 

「さて、そろそろ動こうか。ただ立ち尽くすなど滑稽以下でしかない」

 

 両手を広げ、口は三日月に裂けたまま。垂れる血も気にせず、ワラキアは動いた。

 

「カット!!」

「チッ!!」

 

 舌打ちをしつつ攻撃を避ける、狂っていても技の制御は完璧らしい。

 

「ククッ……!」

 

 笑いとともに放たれる弾幕、込められた魔力は最低限で最大限の威力を叩き出す程に練り込まれたもの。

 自身も同じように弾幕で相殺するが、これでは先の繰り返しだしジリ貧だ。

 

「仕方ないわね……」

 

 先ずは接近しなければ話にならない、多少のダメージは覚悟して飛び込む。

 

「キャスト!!」

 

 それを見たワラキアが手を振るうと突然、幽香に黒い姿の何かが襲いかかってきた。全身が、衣類どころか顔までも黒い故に分かりにくいが、齢20に満たないであろう青年。

 その青年が手にナイフを持ち、斬りかかってくる。

 

「鬱陶しい!!」

 

 吐き捨てながら殴りかかるも人のものと思えぬ挙動で避けられ、逆に斬りつけられてしまう。傷は浅いが、関節を傷付けられたため少しばかり厄介だ。

 先ず僅かに痛むのは堪え、青年を潰そうと探す……が、どういうわけか見つからない。完全に姿が消えていた。

 

「これも能力……? 厄介な……いったいどんな能力よ!」

 

 能力に対しては深まった謎を愚痴る。

 

「キキキッ……」

 

 だが気にする暇はない、素早く笑い出したワラキアのほうを向く。直後、その顔は驚愕に染まる。

 

「なっ……!?」

 

 目に映ったのは回転しつつ迫る大きな黒い円盤。察するにワラキアが姿を変えたのだろうが、流石に焦る。

 迎撃は危険と判断し、一旦回避する。

 

「鼠よ廻せ、秒針を逆しまに誕生を逆しまに世界を逆しまに!!」

 

 しかしワラキアはぐるりと反転し、追撃を仕掛けてきた。

 

「くぅ……!」

 

 なんとか体を捻り、肩口を薄く斬られる程度に留める。だがやはりと言うべきか、再度反転してきた。

 今度ばかりは回避しきれず、ドズッ……と身体に突き刺さる音が幽香の耳に入る。

 

「廻せ廻せ回せ廻せ廻せ廻せマワセェェ!!」

 

 歯をくいしばり、抉られる痛みに耐える。肉体は妖力で強化したため真っ二つにはならなかったが、完全に防ぎきっているわけではない。

 離れた位置に現れたワラキアを見る幽香だが、かなりの重傷だ。右肩から腰の左側にかけての深い傷は隠しきれるものではない。

 

「キキキッ!! 切開ハ優雅ニ残虐ニ、見目麗シキ花汚泥ニマミレ刻マレルハ開花ス狂喜、雅足ルカナ剪定ノ式!!」

 

 自虐と自賛とを織り混ぜた叫び、朦朧とした意識の中で聞きながら幽香は判断する。

 

「……………………」

 

 無言で傘を構え、残りの妖力全てを注ぎ込む。

 回避されるであろうが、それはそれだ。とにかくやらねば気がすまない、やられっぱなしは性じゃない。

 朦朧とした意識からは想像もつかないような濃密な殺気、それを受けたワラキアは笑みをさらに深める。三日月のような口はさらに裂けていき、全身からは狂喜の感情が放たれる。

 

「キ――キキッ!! 来るか来ルカクルカ!? 絶望喝采終焉喝采幕引キ喝采、活路見イ出シ起キ上ガルカ!?」

 

 耳に入る声で位置を予想する。

 傘を構え、妖力は万全でこそないが充分の域。彼女は宣言する。自身の信じるその技を、放つために。その技は実に単純、妖力を収束させて放つだけの分かりやすく―――故に凶悪。

 

「……くらいなさい」

 

 

 ―――起源【マスタースパーク】

 

 圧倒的な破壊力を秘めた光線がワラキアに迫る。最早一秒と経たずに彼に直撃するであろう、そんな絶望的な状況。

 

 

「ヒヒッ……」

 

 ……にも関わらず、彼は変わらず笑っていた。手を前に出しながら、呟く。

 

「……カット」

 

 小さな黒い渦が生まれる。光線にぶつかり、押されながらも消えることなく耐える。

 

「カット……カット……!」

 

 徐々に言葉に力が入り、同時に渦も大きさを増す。

 

「カットカットカット!!」

 

 さらに大きく、人の身長などは優に超え、押し返していく。

 

「カットカットカットカットカットカット!!」

 

 叫びの中、渦が光線と削り合う。

 

「カットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカァァァッット!!」

 

 そして、渦はその大きさを増し、巨大な台風へと変貌。黒い台風は幽香の光線、マスタースパークを――飲み込んだ。

 

「……そう、これも乗り越えてくるのね」

 

 腕をダラリと下げ、それを見つめる幽香。食らえば死ぬであろう迫る渦を避けようともせず、ただ見ている。

 諦めたわけではない、ただ認めたのだ。己の、敗北を。

 黒い渦、笑みを浮かべるワラキア、それが意識を失う前に幽香の見た最後の光景であった。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「ご満足頂けたかな?」

 

 先程とは違い静かになった場に、ワラキアの呟きを聞く者は居ない。

 荒れ果てたその場には重傷を負った倒れ伏す風見幽香と彼のみ。ククッ、と怪しく裏声で笑い幽香の近くまで歩く。

 

「麗しく、情欲を誘いはするが―――故に毒だな」

 

 着ていたマントを幽香に羽織らせ、横抱きに抱える。マントを羽織らせたのは衣服がボロボロだったため、色々と見えてしまいそうだからだ。まぁ、大きな傷があるから欲情より先に恐怖がありそうだが……。

 さて置き、ワラキアは離れていたので無傷な向日葵達……の中央に幽香を寝かせた。元々妖怪は縄張り的に寄り付かないし、ここならさらに見つけにくいだろう。

 

「さて、後は……」

 

 そっと向日葵に手を伸ばし、一つ根から引き抜く。非常に長いが問題は無いらしく、どこからか取り出した鉢植えに無理矢理植え込み、同じくどこかへと鉢植えを消しては歩き出す。

 もう用は終えた、そう考えれば普通の行為か。

 無言で森のほうに歩く。一度入り口付近で立ち止まり、振り返ったが……。

 

「……………………」

 

 結局何も言わずに去って行った。

 

 

 

「あややややー、これは凄いです、大スクープです! 早速記事にしなくては……!!」

 

 シリアスな雰囲気で終わると思ったら大違い、そんな台詞が聞こえてから何かが羽ばたく音がしたという……。




とにかく書きたかった、ワラキア書きたかった、そんな回でした。


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第十五話『俺と持ち主と話し合いと』

所謂、繋ぎの回。みんな大好き(だと良いな)なワラキアさんはこの辺りからしっかりとした出番があります。多分。


 どこまでも白く、どこが地面でどこが空かも分からないような空間。そこに二つの影があった。

 まったく同じ姿を持つ二人の吸血鬼、先ず口を開いたのはワラキアの夜と呼ばれた吸血鬼……ではなく。

 

「……さて、話をしようかワラキア」

 

 ズェピア・エルトナム・オベローンと“なった”元一般人であり。

 

『いいだろう、現ズェピアよ』

 

 応えるのはズェピア・エルトナム・オベローン“だった”吸血鬼。

 つまり、今から始まるのは同じ顔と声……そもそも同じであるはずの者同士での。

 

「君には質問に答えてもらう」

『私に答えれる範囲なら答えてあげよう』

 

 ――――奇妙な質問会というわけだ。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 俺は今、瓜二つの顔に話しかけるという奇妙な体験をしている。

 いや、瓜二つというのは語弊があるか? 結局は同じ存在で顔なんだし……いやでも、本当にどうなんだ?

 

『……一人百面相のつもりかね?固執はしてないとはいえ元は私の身体だ、妙なことはしないでほしいのだが』

 

 目の前の俺、いやズェピアが口を開く……やっぱりワラキアと呼ぶか、ズェピアって名乗ってるし少しばかり分かりにくい。

 とりあえずワラキアに反論するために口を開く。

 

「それは私に言う言葉ではないよ。考えてみたまえ、意識を失ったかと思えば勝手に身体が動いて挑発して、狂ったように笑ってしまう……あれこそ妙と言えば妙だと思うがね」

 

 そう、あのとき意識を失ったはずだったんだが意識自体は割とすぐに回復した。

 まぁ、本当に意識があるだけ、という状況だが。何故か一切として身体は動かせない、まるで超リアルな映画でも見ているかのような気分だった。しかもダメージは自分にもあるであろうアクション映画。何度また意識が飛ぶかと思ったことか。

 

「その後は無言で帰って来たかと思えば急に寝支度して布団に入って眠り、そしたら身体を自由に動かせるようになった。と、思ったらこのような意味不明な空間にいて目の前には自分自身」

 

 これは本当にビクッとした。格好付けて、なんか答えたら面白いなぐらいで言ったら返事が返ってきたんだからな。すぐに持ち直せたのは奇跡に近い。

 改めて考えると夢で別の人格と喋るというのはありがちなネタだろうが、実際に見てみるとあまり具合は良くない。何せまったく同じ顔で声の奴が相手なんだ、気分は微妙に決まっている。

 

「つい一月程前まで一般人だった私には、とてもじゃないが理解し難い現象ばかりなのだよ」

『……成る程、言いたいことは理解した。だが少々今更な気がするね』

「今更……? 何がだね?」

 

 俺の質問に驚いた―――恐らくだが―――表情を見せる。いや本当に何さ?

 

『先の君の言い方を借りることになるが、時折勝手に口が動き出すことはなかったかね?』

「確かにあるが……まさか!?」

『あれは私という存在の影響で起きている現象の一つだよ、別に私の意思でああ言わせたわけではないがね。いやはや気付かないとは如何程の鈍さなのか……計り知れない』

 

 そうか、だから口調がワラキアのままなのか……。

 いやしかし、鈍いって……否定は出来ないけど仕方ないだろ!? 俺は

 

『この間まで一般人だったから、かね?』

「なっ……」

『考えぐらいは読めるさ。それより……君はいい加減にしたほうがいい』

「……何をだね?」

『一般人だった以前を、主張することだよ』

 

 主張? んなこと言っても、一般人だったのは変わり無いし事実なわけだが……。

 

『英雄は生まれつき英雄かね?』

「む?」

『つまりはそういうことだよ。伸びる才能云々は抜きにして大概の者は生まれた時には力が無い、君の言う一般人のようなものだ――まぁ、一部のなるべくしてなる者もいるがね』

「何が言いたいのか、さっぱりなのだが?」

 

 ニヤリと笑いつつも、呆れを感じさせる声色でワラキアは言った。

 

『まだ分からないのかね? 一般人だなんだと自分を擁護するのは止めろということだ。どう抗おうとしても今の君は吸血鬼だ、化け物なのだよ』

「擁護、だと……?」

『違うと言えるかね? 言えないだろう、言えるはずがない。君は逃げ道を作っていたんだ、元は一般人なんだから仕方ない、どうしようもない、そうすることでいつか失敗を犯しても心に安寧を作り出そうとしていたんだ』

 

 逃げ道……いや、しかし。

 

『ほら、また君は逃げようとした。事実なのは事実なんだと、考えかけただろう?』

 

 ……成る程、な。否定は出来ない、俺が考えかけたのは間違いなくそれだから。

 

『確かに、君は吸血鬼となったことも認めていた。だがそれはあくまで今のこと、過去を捨て去ったわけではない……どっち付かずなわけだ』

「……………………」

 

 目の前に立つワラキアはただ語る。それはあまりにも正しすぎて俺は何も言えない、言えるはずが無い……。

 そうだ、俺は自分が吸血鬼と、ズェピアとなったことを認めながらも一般人だった過去を捨てきれなかった。捨てきれなくても、今とは区別すべきだった……しかし出来なかった。

 俯き、何も言えなくなった俺にワラキアは話続ける。

 

『君の境遇は稀有だ、それは間違いない。だが認め、そして慣れたまえ。全てはそこからだよ』

「容易く言ってくれるね……」

『これでも慰めているつもりだがね? それに私自身も困惑はしている』

 

 そういや叫びの中にあったな、何故か分からないとか不愉快だとか。そうなると当面はこのまま生活するしかないか……。

 ……まぁ、これまで平気だったわけだし問題はあまり無さそうだからいいけど。

 

『さて、そろそろ私は消えるしようか』

「む……もうかね? 些か早くはないか?」

『私が出ている間は魔力を意外と消費するのでね、長々と出るのは拙いのだよ。それに戦闘もしている、話し合いは次の機会にしよう』

 

 ありがちだが、分からんでもない理由だな……この空間も魔術を利用して用意したんだろうし。

 次の機会、というのがいつかは分からないが仕方ないか。

 

「分かった、では次の機会を待つとしよう」

『すまないね……あぁ、それと一つ』

 

 ピッ、と人差し指を立てて若干ニヤつきながらワラキアが言う。

 

『頑張りたまえ、色男』

「……どういう意味かね?」

『自分で考えたまえ、先ずは人の感情を理解することだ』

「だからどういう意味かと聞いているのだが?」

 

 困惑し、問うだけの俺にニヤニヤとしたままワラキアが言う。

 

『自分で考えたまえ、そう言ったろう? ヒントはあげたのだからこれ以上は諦めたほうが無難だよ』

 

 ワラキアの言葉が終わると同時に周囲が暗くなる。おそらく時間切れ、なのだろう。

 聞きたいことは山々だし、正直ありすぎて困るが……少しの間は待つとするか。なんとなく、先の長さにため息が出てしまったのは仕方のないことだと思う。

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 完全に真っ暗になった直後に、最近になって見慣れた天井が目に入る。

 

「戻った、か……」

 

 再度、軽いため息をすることで若干混乱する頭を整理する。流石に今回のは規格外だし、些か目覚めも急すぎた。意識がハッキリとしているのが何故か腹立たしく思えるくらいだ。

 ……しかし、色男? これは最後に聞こえたからか引っ掛かっている。見た目を言ったなら自画自賛でしかないが、ワラキアはそんなナルシストではないだろう。そうなるとなんだろうか?

 

「…………まったく分からん」

 

 少しばかり考えてみるも答えは出ない。そもそも俺程度がワラキアの考えを理解出来るわけ無いんだが……。

 

「……考えていても仕方ないか。先ずは空腹を満たすとしよう」

 

 切りの無い思考を止め立ち上がる。

 晩飯は本来なら慧音に食べさせてもらう予定だったが、流石にもう時間が遅いので無理だろう。うどんは少し惜しいが……諦めて後日どこかで食べることにする。

 

 ―――ドンドンドン!!

 

「む、こんな時間に誰だ?」

 

 荒々しい、強い力でされているノックを聞き玄関に向かう。今も鳴り続けている、かなりの急用なのだろうか。

 でも人里には知り合いは少ないから考えにくいな……あるとしたら慧音か阿求かな? 妹紅は急用だったら蹴破るぐらいするし、妥当な線か。

 

「今開ける……おや、君か」

「ズェピア! 無事だったか!!」

 

 やはりというかなんというか、ノックしていたのは慧音だった。予想通りだが……しかし、無事?

 

「それは……どういう意味かね?」

 

 ワラキアに対してもそうだったが、今日は聞いてばかりだな……なんだが少しばかり悲しい。

 

「どういう意味も何もあるか!! 怪我は無いか、腕は足は繋がってるか、臓器は無事か、マントはどうした!?」

「待て待て待て、一旦落ち着きたまえ!!」

 

 とりあえず肩を捕まれて振り回されるのはキツいため話しかける、だがまったく聞く耳をもってくれない。

 あ……なんかリバースしそう……。

 

「落ち着くも何もあぅ!?」

「本当に落ち着きなって……ハァ」

 

 ため息をつきながら妹紅が慧音の後ろから現れた。どうやら頭を小突いて止めてくれたらしい。

 妹紅が呆れた表情で、慧音を止めるというレアな光景は見れたがそれよりまずは礼を言っておく。

 

「恩に着るよ、おかげで死なずにすんだ」

「いや、大したことじゃないさ。こうなるのは少し予想してたしね」

 

 苦笑いを浮かべながら話す妹紅、なんか手のかかる妹を持つ姉のように見える……完全にいつもとは真逆だな。

 

「里の人からアンタが夕方頃に帰ったって聞いてね。こんな時間なのに慧音ったら走り出しちゃって……余程心配してたんだろうさ」

「それはありがたいんだが……なんというか」

 

 突っ走りすぎだろ慧音……口には出していないが通じるものがあったのだろう、妹紅の苦笑が濃くなったように見える。

 

「悪気は無いんだけどね、良くも悪くもこれが慧音だから許してやってくれないかな?」

「私は構わないよ、先にも言ったが心配してくれるのはありがたいことだからね」

 

 互いに顔を見合せ、互いに……妹紅も苦笑ではなく、普通に笑みを浮かべる。

 ……さて、纏まったところで一つ。

 

「聞きたいんだが良いかね?」

「何?」

「慧音は大丈夫なのかね?」

「……………………」

「目を逸らさず答えてほしいのだが?」

 

 慧音がさっきからピクリとも動かないんだが、そろそろ心配になってきた。

 

「大丈夫だよ、気絶させただけ。あのままじゃ暴走したままだろうから……」

「ふむ、それなら当然とも言えるか」

 

 とりあえず大丈夫だと分かったので妹紅を招き入れつつ、自分は慧音を横抱きにして家に入る。妹紅が何か言いたそうだが、文句は無さそうだし良いだろう。

 

「……成る程、合点がいった」

「どうした?」

「いや、こちらの話だ」

 

 慧音という美しい女性を横抱きにし、その親友も文句は言わず許容している。これは見方によれば色男の図かもしれないな。ワラキアが言っていたのはこういうことか。

 一先ず慧音は寝室の布団に寝かせ、妹紅に茶を淹れる。

 

「茶で構わないね?」

「あぁ、ありがとう」

 

 妹紅に茶を渡し、暫し雑談をすることにした。

 だが結局慧音は起きず、妹紅が背負って帰っていった。多分明日また来るんだろうけど……一応茶菓子でも用意しておくか。幾分かは冷静にもなってるだろうし。

 

 

 この時俺は、翌日にワラキアの言っていた言葉の本当の意味を知ることになるなどとは予想もしていなかった。

 とりあえず今言えるのは、あの言葉は直後ではなく先を見据えてのものであり、尚且つワラキアは中々皮肉的に言っていたということぐらいか。



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第十六話『俺と知り合いと新聞と』

次辺りが他者視点、というか勘違い視点でのお話。
とりあえずこの話はシンプルに、大妖怪なんて倒したらこうなるよね的なものだと思っていただけたら大丈夫です。
深い意味はありません、多分。


 昼である、それはもう清々しく実に晴れやかな日差し込む昼である。外を見ればみんな元気に動き、さぁまだまだ頑張るぞと言わんばかりの笑顔あふれる良い昼である。

 しかし悲しいかな、今の俺にそんなことを気にする余裕は欠片も無いのだ。何故ならば……

 

「ですから! ズェピアさんは私の家にですね」

 

 阿求と

 

「何を言っている、このままこの家に暮らすのが一番だろう」

 

 慧音と

 

「あら、私の家も中々快適よ? それに種族問題も起きないし」

 

 まさかの幽香と

 

「まぁまぁここは私の家にだな……」

 

 魔理沙と

 

「それより私の家よ、上海と蓬莱が喜ぶわ」

 

 アリスと

 

「私の神社を手伝ってもらうに決まってるじゃない」

 

 霊夢の、計六人が俺の今後住む家について話し合っているからだ。

 ……うん、何がどうしてこうなったんだろう。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 ジリリリリと騒がしく鳴り響く目覚ましを止め、のっそりと起き上がる。

 

「むぅ……微妙な目覚めだ」

 

 呟いた後、良くないと分かりながらも目を擦り、無理矢理意識を覚醒させようとする。

 昨日はそれなりに早く布団に入ったのだが、何故かなかなか寝付けず微妙な感じとなってしまった。なんというか……嫌な予感がしたんだ。

 ……まぁ、その予感がなんなのかは正直皆目見当が付かないが。

 

「……一先ず目を覚ますとするか」

 

 鈍くしか働かない頭を正常にするため、とりあえず顔を洗うことにする。

 外に出てこれといった問題もなく井戸から水を汲み、それを持ち家に帰る。井戸水は時々利用するのだが、やはり特有の冷たさは目を覚ますのに打ってつけだ。氷が入っているわけでもないのに……しかも綺麗、文句の付け所が無い。

 バシャバシャと顔を洗い、さっぱりしてから着替える。今日は少しばかりダルいから朝は食べない、あまり良くは無いが……無理をするよりはいいだろう。

 

「さて、今日はどうするかな?」

 

 誰にでもなく呟く、確認みたいなもの……いや違うか? まぁいいや、置いておこう。

 今日は授業の無い日、なんか無い日ばかりな気もするだろうが気のせいだ、ちゃんと昨日は頑張ったからな。……まぁ、昨日に関しては授業以上に頑張ったことがあるからなんとも言い難いが。

 ともかく、休日なので暇なわけだ。昨日のことがあるから外出、特に里の外に出るのは控えたほうが無難だろう。

 そう考えると行けるのは……阿求の家とか、は迷惑にしかならないから却下で……。

 ……意外と行動のメインが里の外だから退屈しのぎが少ないな。このままじゃマズイし、今日は親睦を深める日にでもするかな……うん、割と良さそうな案だ。

 とりあえずどうするかを決めたのでさっさと外に出る。

 

「少し天気が悪いかな……?」

 

 嫌だなぁ……まるで何かが起こる前兆みたいじゃないか。もうトラブルは勘弁してほしいものだ。

 若干不安になりながらも歩き出す。目的はまず、菓子を買うこと。

 恐らくだが今日も慧音は来ることだろう、昨日よりは幾分か冷静にはなっているはずだから会話にもなる。となれば、茶だけというのも味気ない。幸い金も余裕あるし、慧音が食べなかったら自分で食べればいいだけだから無駄にもならないし……と、着いたな。

 

「すまない、少しいいかな?」

「はいいらっしゃ……うわっ!?」

 

 え、なに?

 

「どうかしたのかね?」

「い、いえいえ! なんでもありませんよ!!」

 

 いや、ありまくるでしょ……本当に何なんだ? 妙に怯えてるように見えるんだけど……。

 

「……まぁいい、そこにある饅頭と羊羮を売ってくれ」

 

 指をさしながら言う。すると驚くほど速く、尚且つ丁寧に袋詰めし始めた。いや別に急がなくてもいいんだけど……。

 

「どうぞ、お待たせしました!!」

「あ、あぁ……」

 

 ビシッとした動きで袋を渡される。さっきから奇妙にも程があるんだが……表情もガッチガチだし。

 

「いくらかな?」

「お代は結構です、どうぞお持ち帰りください!」

「な!? い、いやしかし」

「大丈夫です、どうぞ!」

 

 なんなんだよ本当に! 俺が何かしたか!?

 困惑はしているし、釈然としないものの、可哀想なぐらいガチガチだったので立ち去ることにした。

 

 

 

「……なんだというんだ」

 

 両手一杯に荷物を抱えながら、俺は呟いた。あれからいくつか店を回ったのだが、どこも奇妙な反応を示したのだ。

 ある店は怯えながら無料にしてくれたり、ある店は何故か俺をベタ褒めしつつ無料にしてくれたり、ある店は……あれ? なんか、今日は一切金使ってない…。

 

「本当に、なんだというんだ……」

 

 ハァ、と今日何度目になるか分からないため息を俺はついた。

 

「あ、先生」

「む?」

 

 声をかけられたので、振り向く。そこには寺子屋の生徒が何名か居た。

 

「おや……君達、今日の授業はどうしたのかね?」

「慧音先生が急用があるとのことで、休みにしたんです」

 

 生徒達の中で、一番年上の子が答える……急用? はて、一体なんだろうか?

 俺のところに来るにしたって、そんな急用というほどのことではないと思うしなぁ。

 

「それより、先生」

「なんだね?」

 

 俺が考えていると、別の生徒が声をかけてきた。

 

「先生ってとても強かったんですね、知りませんでした」

「……なに?」

 

 強かった、だと? いや嬉しいが、何故また急に……。

 だがそれを聞こうとした瞬間

 

「おい、僕は前から言ってただろ! ズェピア先生はすっごく強いんだって!!」

「そうだな、ついでに慧音先生の尻に敷かれてるともな」

「それはコイツが!」

「な! お前だって賛同したじゃないか!!」

 

 ……妙な喧嘩が始まった。

 というか、なんだ、俺が尻に敷かれてる? なんでそんな話になる?

 確かに慧音に勝てる気はしないが……それにしたって飛躍しすぎだ。

 

「なぁ君」

「はい?」

 

 とりあえず、何故そういう話になったのかを聞くため喧嘩に混じっていない生徒に話しかける。

 

「すまないが、何故私が慧音……先生とそういった間柄になっているという話になったのか、聞かせてくれるかな?」

「あれ、先生知らなかったんですか?」

「あぁ、全くもって知らなかった」

 

 と、いうかありえないだろう。外見こそワラキアでカッコいいものの、中身はヘタレロードをひた走る青年Aだ。

 いや確かに吸血鬼だし、力もそれなりだろうが精神面は変わらない。なのに何故?

 

「よく慧音先生の家で一緒に食事しているのでしょう? それに、肩を並べて歩く姿も同じく見かけます。これに加えて、今まで慧音先生は特定の男性とこれほどに仲良くなったことは無いとみなさん言ってました。細かいものも考えれば、要因は充分すぎるほどにありますね」

「……分かりやすい説明をありがとう」

「いえいえ、いつも楽しい授業をしてくれてますから、そのお礼代わりですよ」

 

 説明をしてくれた生徒はニコニコと笑い、そして喧嘩をする男子のところに向かった。そのまま拳骨を叩き込み黙らせる……あれはかなり痛いな……。

 拳骨を食らい、グッタリとする男子の襟を掴み、引き摺りながら「それではまた」と言い去っていった。

 まぁ、なんというか。

 

「どこでも女性というのは強いものだな……」

 

 あの生徒も、いつかは逞しい母親になり、子にあの拳骨を入れるのだろう。本当に怖い。

 女性の恐ろしさを再認識しつつ、俺は帰路を急いだ。

 

 

 

 帰宅し、開口一番俺は心境を分かりやすく表現した。

 

「なんだね……これは……」

 

 眼前に広がる光景を分かりやすく表現するには素晴らしく当てはまる言葉だ。

 何故かって? それは

 

「あ、こんにちはズェピアさん、おじゃましてます」

「む……すまない、じゃましているぞ」

「あらこんにちは、おじゃましているわ」

「じゃましてるぜ」

「こんにちは、おじゃまさせてもらってるわ」

「こんにちはズェピア、おじゃましてるわよ」

 

 俺の知り合い―――一名は殺されかけた相手―――の六人が、家で酷く嫌な雰囲気を作り出しているからだ。

 ……外は晴れてきているのに、逆に家の中はどんよりって……なんの罰ゲームだ?

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

「あぁそうだ、あの時すでにおかしかったんだ……」

「何がですか?」

「いや、こちらの話だよ」

 

 膝に乗せた阿求の頭を撫でながら答える。

 そうだよ、あの時点ですでにおかしかったんだ。何故突っ込まなかった俺、アホか俺。だかそんな俺を置いてきぼりに言い合いは激しさを増している。

 

「だいたい、貴女達はアイツのなんなのかしら? それに手元に置いておきたい理由も聞きたいわね」

 

 幽香がズバッと切り込む。

 みんなにとって、俺がなんなのかは分からないが、手元に……のほうは二名までなら理由が分かる。その二名はともに俺に、雑用を任せたいのだろう。

 後は分からない……まぁ、幽香以外ならそう酷くはないだろうと思うが。

 

「わ、私はズェピアの、その……そう、同業者だ。残ってもらいたい理由は……生徒達が悲しむから、だ。…………私も寂しいしな」

 

 後半はよく聞こえなかったが、まぁ慧音らしい返答だ。続いて俺の膝に座る阿求が口を開く。

 

「あぅあぅあぅあぅ……」

 

 ……何言ってるのか全然分からねぇ。なんか湯気出てるように見えるんだが、気のせいか?

 顔も真っ赤だし……阿求は体弱いから何か病気なんじゃ?

 

「なぁ霊夢、あれってどうなんだ?」

「いやどう見ても照れて熱暴走してるでしょ……」

「だよな……なんで気付かないんだ?」

「鈍感にしても変よね……なんなのかしら……」

 

 魔理沙と霊夢が何やらコソコソと話しているが、何を話しているかまでは聞こえない。こっち見てるから俺関係なんだろうけど……気になる……あれ? なんだ、ちょっと引っ張られているような感じがするような……なんだ?

 

「シャンハーイ」

「ホラーイ」

 

 ちらっと目を向けてみると、犯人は上海と蓬莱だった。頭を撫でながら話しかける。

 

「上海に蓬莱か、どうかしたかね?」

「シャンハーイ!」

「ホラーイ!」

「何? 阿求ばかりずるい?」

「シャンハーイ」

「ホラーイ」

 

 若干拗ねたような雰囲気を見せる上海と蓬莱。ずるいってのは、膝に乗せてることがかな?

 でも今は動かせそうにないしなぁ……。

 

「すまないが、我慢してくれるかな? 代わりに、今度会った時には君達を乗せてあげよう」

「シャンハーイ?」

「ホラーイ?」

「本当だとも、約束しよう」

 

 首を傾げる上海と蓬莱に、そう答える。すると途端にニコニコと笑顔に変わり、手を引っ張ってくる。

 これは……

 

「指切り、かね?」

「シャンハーイ」

「ホラーイ」

「分かった分かった……ほら」

 

 小指だけ立ててそれぞれに向ける。サイズ的に小指同士は無理だからか、上海と蓬莱は俺の小指を掴み揺らす。

 なんだこの和む人形……欲しいぜちくせう……。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った……っと、これでいいかね?」

「シャンハーイ♪」

「ホラーイ♪」

 

 頷いてから、ふわふわと飛んでアリスの近くへと戻る。うん……和みをありがとう。

 俺が見届けると同時に、今まで無言だったアリスが口を開いた。

 

「私は今のが理由、上海と蓬莱がとても喜ぶからね。それに私自身としても好ましいわ、彼は探求心豊かだし礼儀正しい、本もちゃんと返してくれるもの」

 

 まぁ正直流れとかノリに乗ってるだけなんだけどね、と最後に付け足して読書を再開したアリス。

 成る程、確かに俺としても悪くない話だ。魔術……いや魔法か、魔法についての本をいつでも読めるし、上海と蓬莱とも遊べる。

 さらに言えばアリスは常識人だから無茶な注文もされないだろう。人里も遠くは無いから教師業も継続出来る……ただ魔法の森に住むことになるから、少し危険ではあるな。

 

 ……まぁ、何でも屋の仕事もあるからどのみち無理なんだけど。などと長々と考えていると、魔理沙が立ち上がった。

 

「まったく、みんな長々と……こういうのはザックリ言うのが一番なんだぜ?」

 

 クイッ、と帽子を軽く指で押し上げながら言う魔理沙。ザックリか、興味があるな。

 俺と同じなのか、幽香が魔理沙に聞いた。

 

「じゃあ、貴女はどういう理由があるのかしら?」

「ふふん、私はな」

 

 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべる。そして、話し始めた。

 

「私はな……ズェピアを」

「うむ」

「雑用として使うんだぜ!!」

「カット!」

「危な!?」

 

 しまった、ドヤ顔があまりにもイラッときたからバッドニュースを……まぁ避けられたけど。

 

「あ、私も」

 

 手を上げながら霊夢が言う。お前ら、人権って知ってるか?

 

「論外ね」

 

 幽香がバッサリと切り捨てる、そりゃそうだ。というか、俺が嫌すぎる。

 あの二人はかなり無茶を言いそうだしな。

 

「君はどうなんだ?」

 

 っと、嫌な考えに集中しすぎたか。……あれ、俺じゃない?

 見たところ、慧音が幽香に聞いているようだ。

 

「君は何故ズェピアを自分の家に住まわせたがる? 決して親しくはないはずの君が、何故だ?」

「そうね……」

 

 目を閉じ、少し考える様子を見せる幽香。茶を啜って待つこと……十数秒程だろうか、それぐらい経った頃に目を開けた。

 

「まず、私は彼に半裸を見られているわ」

「ゴホッ!?」

「ズェピア!?」

「ズェピアさん!?」

 

 ゲホゲホと、茶が気管支に入ったことによる咳が出る。苦しかったが阿求が背中を軽く撫でてくれたおかげでマシになった。

 俺が落ち着いたのを確認した幽香は続きを話した。

 

「深く、それはもう深くまで抉られたわ……私が気を失ってしまいそうになるほどに……」

「君は言い方をどうにかしたまえ!!」

「事実じゃない」

「事実だが、事実だが違う……!」

 

 表現こそおかしいものの、事実なのは事実だ。だがそれはあくまで戦闘的な意味で、性的なものは欠片もない、さらに言えばあれはワラキアがやったことだ。

 

『呼んだかね?』

 

 呼んでないから引っ込んでてくれ。

 ……あれ、なんか慧音達が顔を赤くしてる? しかも阿求は煙が…あれ、これヤバくね? 間違いなく勘違いされてるよな?

 

「……冗談よ、冗談。だからそんなに慌てなくていいわよ」

 

 楽しげに笑う幽香、いやこっちは本当に焦ったんだけど……。

 慧音達はホッとしたり、残念がったりと反応はバラバラだ。おい魔理沙、本気で残念がるな、張っ倒すぞ。

 

「……一つ、聞いてもいいかね?」

 

 みんなが頷いたのを確認し、俺はずっと抱いていた疑問をぶつけた。

 

「何故に私の住む場所について話していたのだね?」

 

 途端、シーンとなる空気。俺何か変なこと聞いたか?

 だがみんな、一人の人物に注目している。発端は恐らくその人物で決まりだろう……つまり。

 

「……幽香、君なのかね?」

「えぇ私が言い出した話よ」

「少しは悪いと……思うわけがないか…」

 

 まったく悪びれる様子の無い幽香にため息をつき、再度質問をする。

 

「で、なんでまたそんな話を?」

「単純に貴方が欲しかったから」

「…………む?」

「これは本音よ? 冗談でもなんでもない、本音」

 

 真顔で言う……ってことは、本当に冗談ではないのか。あぁ、そういや飼いたいとかどうとか言ってたぁ。

 

「私が来たときにはすでにみんな居たのよ、そしたら用件を聞かれたから正直に話したわ。で、あぁなったわけ」

 

 付け足し、補足する幽香。

 じゃあみんなはみんなで用があったわけか……? 聞いてみるとしよう。

 

「では、みんなはどういった用件で?」

「貴方が風見幽香と戦ったと知ったから」

「……知った?」

「えぇ、だから事の詳細を聞きにね」

 

 みんなを代表して霊夢が話す。いやだが待て、大切なワードがあったぞ。

 若干退屈そうにしている霊夢に聞き返す。

 

「知ったから、と君は言ったね? それはどうやって?」

「これよ」

 

 霊夢が取り出したのは……新聞? 受け取り、一面を見る。

 これは……文々。新聞か……ん?

 

 【狂気の吸血鬼、大妖怪風見幽香を粉砕!!】

 

 …………え?

 

「これは……一体?」

 

 でかでかと、そう書かれた文がまず目に飛び込んできた。次に写真、俺……正しくはワラキアが幽香を倒したところと、横抱きにしている姿が写されている。いや、いつの間にこんな……。

 

「あの鴉天狗はネタのあるところに現れるからな、そういうこともあるさ」

 

 魔理沙がうんうんと頷きながら言う。

 

「これはまさか……里の人にも……?」

「配られていると思うぞ、生徒達も知っていたぐらいだ」

 

 慧音から聞き、愕然とする。そうか、だからみんなの反応がおかしかったのか……それに生徒の言葉の意味も理解出来た。

 ……成る程、成る程……。

 

「ど、どうしたズェピア? なんか怖いぜ……?」

「そうかね? いや気のせいだよ」

 

 怯える魔理沙にそう言い、立ち上がる。さて……どこに居るかな?

 

「鴉天狗なら今日は配り終えたら人里から見て東にある森を散歩すると、上機嫌に話してたわ」

「恩に着る、霊夢」

 

 霊夢のありがたい情報を元に捜索に乗り出すことに決めた。

 マントは無いので仕方ないが、とりあえず靴を履く。

 

「……夜には帰れよ、食事を用意して待っている」

「ありがとう、帰ってくるから安心してくれ」

 

 慧音の言葉にそう返し、俺は家を出た。

 さぁ……待っていやがれ射命丸文、目立ちたくない俺を目立たせたんだ、それ相応の覚悟をするんだな……! あれ、これって結構ダサいこと言ってる気がする、やだ恥ずかしい。

 

 

 

 結局、家に関しては現状維持で話を付けた。俺にとっては住み慣れた家だし、独り暮らしだから気ままなのもある。上海と蓬莱が少し残念そうだったが、今度遊びに行くことで機嫌を治してもらった。

 射命丸? あぁ大丈夫、生きてる生きてる。妖怪だからタフだし、平気だよ、うん。



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第十六.五話『新聞と彼と女性陣と』

他者視点での勘違い回。なのでふんわりシリアス風味。
勘違いモノのこういう回は書いていて本当楽しいものです。


「号外ー、号外ですよー!」

 

 鴉天狗、射命丸文のとても陽気な声とともに新聞が配られていく。その陽気さといったら、契約の有無関係なしに新聞をばらまいていると言えば伝わるだろう。

 その結果、様々な者が戯れ程度に新聞を読み、そして様々な考えが出た。

 ある者は嘘だと、ある者は真実と。ある者は不可能だと、ある者は可能だと。ある者は笑ったし、ある者は驚いた。怯える者も居た、尊敬する者も居た。

 人々を考えさせるその記事には、こう記されていた。

 

 ———【狂気の吸血鬼、大妖怪風見幽香を粉砕!!】

 

 ズェピアが風見幽香を倒し、横抱きに抱えた様を写した写真とともに、それはもうデカデカと。細かい説明———多少の誇張表現もあるが———も付いて、見事なまでに一面を飾っていた。

 人里に住む者以外にも、届けられた新聞。その反応はやはりと言うべきか、様々だった。

 

 

 ———博麗神社———

 

 神社にて、その巫女は朝早くから新聞を凝視していた。いや、正しくはそれに載った写真を、であるが。

 

「これって、やっぱり……」

 

 写真、次に文面を読み確信する。説明文に記された名前は彼女の知る人物のものだった。

 何故か、どうしてか、なんなのか、理由はさっぱりとして分からない。分からないが、確かなことはある。少なくとも私利私欲のためではない、ということだ。

 初めて訪れたあの日以外にも、彼は幾度かやって来た。常に何かしらの土産を持参し、時折賽銭を入れていったりもしていた。結果、食事を共にすることも珍しくはない。その食事の最中で、博麗霊夢は彼がどんな性格なのかを捉えていた。

 吸血鬼らしくなく、優しく、甘ささえ感じ、されど鋭さも併せ持った……そういった風にだ。

 

 ならば退治の依頼かと考えたが、それもまた微妙だ。風見幽香という妖怪は非常に強く、また厄介な性格をしているもののルールは守る。

 人里でのルールだけでなく、幻想郷全体でのルールもだ。暴れるとしたら花に危害を加えようとしたか、花畑の近くをうろちょろしてる場合ぐらい。

 とりあえず花畑に近付かなければ基本的に危険性は低くなる、縄張りを持ったタイプの妖怪と言えよう。

 それに対して退治、それも実力を考えたら相当な額が必要になるのだからありえないだろう。そうなると何故か、と疑問が湧いてくる。

 

「……………………」

 

 考える。

 

「……………………」

 

 考える。

 

「……………………」

 

 考える……が。

 

「……分からないわね」

 

 結局分からなかった。

 当然といえば当然だろう、十数年生きた程度の自分が数百年……もしかしたら千年単位で生きているかもしれない彼の考えだ、分かるはずが無い。

 ならどうするか? ……決まっている、彼の所に行き、話を聞く。ただそれだけだ。もし何かはた迷惑な騒動を起こそうなんて考えがあるなら、博麗の巫女として止めなければならない。

 立ち上がり、新聞を投げ置きふわりと浮き上がる。そして……飛んでいく。

 彼、ズェピア・エルトナム・オベローンが住む人里まで、一直線に。

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 目的の家に到着し、ノックを数回してから扉を開ける。返事を待たないのはいつものことだ。

 しかし、今日はいつもとは少しばかり違うらしい。

 

「む?」

「あれ?」

「あら?」

 

 家主であるズェピアは何故か居らず、代わりに居るのは里の守護者、阿礼乙女、さらには四季のフラワーマスター。

 本来なら一堂に介する事は、特に最後の一人なんかは尚更な組み合わせ。それを見た霊夢は。

 

「…………どういう組み合わせよ」

 

 至極、真っ当な疑問を呟いた。しかもだ、空気までかなりおかしな感じになっている。

 入った瞬間から、微妙にではあるものの約二名の敵視するかのような視線を感じている……何故だろうか?

 守護者はまだ分かる、真面目だからノックしただけで入った云々だろうが……阿礼乙女のほうはさっぱりだ。そもそも、人に敵意を向けるような系統の人間では無かったように記憶している。

 故に霊夢は困惑しているのだ。漂う微妙な空気含め、本当に訳が分からない。

 

「……座らないのか?」

「え、あ、あぁ、そうね、座らせてもらうわ」

 

 急に声を掛けられたことで少し慌てるも、なんとか返し用意された座布団に座る。座布団は隅にいくつか重ねて置いてあるようだ……何故か近くに新聞のようなものが見えるが、気のせいだろう。

 

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 

 無言である、ただひたすらに無言である。誰も口を開こうとしない、流石に霊夢もこの状況ではグイグイと行けるはずも無い。

 今の心境を一言で表すなら「来るんじゃなかった」で事足りる、酷いものだ。

 阿礼乙女はうーっと唸りながら不機嫌そうに頬を膨らませて、守護者は腕を組みながら目を瞑り身動ぎ一つせず、フラワーマスターはニコニコと楽しげに微笑みながら座っている。

 何度目かは分からないが……再度、霊夢は言いたくなった。なんだこの空気は、と。

 非常に気まずいが埒が明かない、一先ず自身から切り出す。

 

「それで、どうして貴方達がここにいるの?」

 

 最初、来た時からあった疑問だ。すると各々一部の新聞を取り出した。

 それは霊夢がここに来る理由となったもの、即ち……文々。新聞だ。さらに、全員が全員一面を表にしている。

 

「えーと……つまり、この新聞……の記事が理由ってことでいいのよね?」

 

 同時に三人が頷く。それを確認した霊夢は、何故かしてきた頭痛を堪え考える。

 まず……風見幽香は分かる、この記事でも倒されている側として大きく報じられている以上、彼女なりに何かしらあるのだろう。

 次に守護者、上白沢慧音……ズェピアの安否確認と幽香の見張り、といったところだろう。

 最後に阿礼乙女、彼女が一番分からない、ズェピアに助けられたという話は聞いたが……果たしてそれだけで態々来たりなどするだろうか?

 ……駄目だ、考えたらまた頭痛が酷くなる。

 

「……ハァ」

 

 ため息をついてしまったが三人は意に介さない、霊夢より他の二人に意識を向けているようだ。

 と、ここで扉が開かれた。ノックが無いということは家主であるズェピアだろうと思い振り向いた———が

 

「邪魔するぜー」

「魔理沙……貴女には礼儀とか無いのかしら?」

「失敬だな、挨拶はしたじゃないか」

「そういう問題じゃないでしょう?」

「シャンハーイ」

「ホラーイ」

 

 ———魔法使い二人組だった。

 

「増えた……」

 

 まさかの事態に頭を抱える霊夢。どうやら、今日は博麗霊夢にとってこの上無い厄日らしい。

 

 

 

「———と、いうわけなんだ」

「そう、分かったわ」

 

 魔理沙から来た理由を聞き終わり、今日は酷く多いため息をまたつく。

 話を聞いてみれば、来た理由は自分達とまったく同じだった。なんだズェピアは、計六人もの———自分でいうのもなんだが———容姿の整った女性と少女に心配されるとは……傾国の美女ならぬ傾国の美男か何かか?

 見た目が良いから成り立つのが余計に腹立たしい。

 

「ま、とりあえず待とうぜ。茶もあるしさ」

「魔理沙、それはズェピアのだろう?」

「人の物は私の物、私の物は私の「指導!!」もにょ!?」

 

 なんとなく可愛らしい叫びを上げて、魔理沙は気絶した。あの魔理沙を気絶させる……流石は慧音の頭突きだ……というか、気絶させれるじゃないの、いつかだかに言ってた気絶するほどではって発言は一体なんだったのか。

 

 だがまぁこの十分後に魔理沙は無事に起き、そのさらに二十分後ズェピアは帰ってくる。里の人の対応に困惑しつつ、のんびりと。

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 時は経ち、ズェピアが烏天狗を狩りに行った後となる。慧音は仕事があると、そしてアリスと阿求は遅くなるとマズいからと帰ったが、まだ三人がここには残っていた。

 

「行ったわね」

「そうだなぁ……まぁ平気じゃないかな、ブン屋だし」

「そうね、ブン屋だもの」

 

 煎餅をかじりながら霊夢と魔理沙が呟く。これには、自分はどうするか……といった意味も含まれている。

 だがふと思い出したように、幽香に話しかけた。

 

「幽香、アンタズェピアと戦ったのよね?」

「えぇそうよ」

「……負けたのは、事実?」

 

 それを聞いた瞬間、幽香から僅かに殺気が漏れたがすぐに落ち着き、答えた。

 

「……えぇ、負けたわ、見事にね」

 

 それを聞いた霊夢は悩む。正直、ありえないという考えが強い。

 ズェピアは強いと言われればそれは間違いないだろう。だがはたして風見幽香と戦闘、それも弾幕ごっこではない殺し合いをして勝てるかと問われれば……否だ。

 負けるとは言わない、相討ちといったところが妥当な線、それが霊夢の考えだった。

 そんな霊夢の表情から察したのか、幽香が説明を始めた。

 

「最初はなんてことなかったわ。速さはそれなりだし弾幕も面白い、不思議な技も使ってた……ただそれだけ、少し本気で駆け寄って殴ったら呆気なく吹き飛んだ」

 

 だけど、と言って続けた。

 

「そこからは逆転された、何もかもが桁違い。弾幕は綺麗に相殺されるし殴ろうとしても避けられる、雰囲気も大きく変わったわね」

「雰囲気?」

 

 ピクリと、魔理沙が反応した。雰囲気が変わった……戦闘中に突然それが起きるなど、そうは無い話だ、気にもなるだろう。

 

「雰囲気よ、それまではさっきみたいな人間のような、戦闘慣れしていないものだった。でも急に……狂気に染まった」

 

 狂気、確かにそう幽香は言った。だが霊夢達は信じられない、あのズェピアが狂気に染まる……それこそありえない、そう考えていた。

 

「発言もおかしかったわね、甲高い声で叫ぶように何かを言ってたわ。自分の存在がどうのこうの、死がどうのこうの……」

「存在に、死……か……」

 

 いつかのように考え込む魔理沙、それを見ながら霊夢もまた考える。

 自分の存在、というのは間違いなく吸血鬼としての自分に関してだろう。だがしかし、そうなると死とはなんだ?

 吸血鬼としてここまで生きてきた以上、自殺願望があるようには思えない。幽香に対してのものだろうか?

 ……それも考えにくい、あまりにも彼らしくない。

 

「私からも一つ、質問があるわ」

 

 幽香が真剣な顔付きで聞いてきた。恐らく、彼女もズェピアについてだろう。

 

「ズェピアの雰囲気について……私はさっき、変わったと言ったわよね?」

「えぇ、言ったわ」

 

 確認してくる幽香に答え、続きを促す。

 

「聞きたいのはそのことで……彼は、もしかしたら以前は吸血鬼以外……例えば人間として、生きていたんじゃないかしら?」

「———ッ!?」

 

 驚き、声にならない叫びが出る。まさか彼女が、風見幽香が自分達と同じ考えを持つとは……。

 魔理沙に目をやるが、まだ考え込んでいるらしい。……まぁ、大丈夫だろう。

 

「幽香、一つだけ約束して」

「何?」

「これから話すことはあくまで、私達……私と魔理沙の憶測に過ぎないこと。だから誰にも話さない、いいかしら?」

 

 スッ、と目を細めて霊夢を幽香が見つめる。そして少し間を置いてから

 

「……誰にも、何があろうと、話さないと誓うわ」

 

 そう、言った。

 霊夢もまた幽香を見つめ……決心した。

 

「分かった、じゃあ貴女を信じて話すわ。私達の考える……ズェピアの今までを」

 

 

 

「……成る程ね」

 

 話を聞き終えた幽香の第一声はそれだった。淡白なものに感じられるが、表情は違う。酷く複雑に、悩むような表情をしている。

 少し置いてその表情から切り替え、真剣な顔つきで霊夢を見た。

 

「残念だけど、所々突拍子も無いような部分はあるわね」

「うっ……」

 

 それは霊夢自身、分かってはいたことである。今の少ない判断材料で些か考えすぎではないか、ということだ。しかし。

 

「でも……全体として考えるなら、ありえない話じゃない」

「……え?」

 

 そう幽香は呟いた。急な言葉に、霊夢はつい間抜けな声を出してしまう。

 すぐに脳内を整理し、幽香の発言を理解する。ありえない話じゃない、と言った……自身より圧倒的に長生きである彼女が、だ。

 知識量も、吸血鬼と会った回数も段違いであろう彼女が、言ったのだ。

 

「彼が昔人間だった、というのはまず間違いないと思うわ」

 

 幽香が口を開き、自身の考えを述べる。

 

「あまりにも在り方が、雰囲気が、語りが、私の知る吸血鬼のものとは違った」

 

 それは魔理沙が言っていたことに近い、あくまで知識で知っているだけだが……。

 

「次に戦い方、此方もまた吸血鬼らしからぬものだった。障壁を用いた中、遠距離からの黒い何かと魔力で作られた弾幕による戦法。魔法使いだとか、陰陽師なんていう類の戦い方に近いものね」

 

 黒い何か……というのは見たことがある、幾度か神社に来たときに修行してやったら見せていたものだ。妙な発言というか宣言は必要らしいが、あの攻撃は使いこなせば間違いなくかなりの武器になるだろう。

 ……と、今は関係ないことか。

 

「そして——急に変わった雰囲気」

 

 これに関しては霊夢は分からない、いや、知らない。

 霊夢の知るズェピアは、酷く人間味を帯びた……優しい雰囲気を持つからだ。

 

「彼は嘲笑(わら)った、楽しそうに、悲しそうに、怒るように、諦めたように……そして叫んだ」

 

 幽香は語る。霊夢の知らない、ズェピアの狂気を。

 

「そして戦い方も変わったわ。まるで他人のような……殺すこともためらわない、そんな戦い方に」

 

 殺す? あのズェピアが?

 霊夢は悩む、何せ先程彼は阿礼乙女を抱え、上海蓬莱なる人形と戯れていた。些か……不釣り合いだ。

 

「……多分、アレは吸血鬼としての彼の面ね。彼であり、彼でない、もう一つの人格」

「もう一つの、人格……」

 

 ポツリと呟く。

 そうか、確かにありえない話じゃない。普段の彼はあくまで抑え込んだ、人としての彼だと考えれば……自分達の予想とも辻褄は合う。

 

「難しいところね……彼が話してくれたわけでもないし、力ずくで聞くわけにもいかない問題だし」

 

 ……なんだ、そういう常識はあるのか、意外。

 

「何か?」

「いいえ、何も」

 

 睨まれたので笑顔で返す、殺気が出てるけど気のせいだろう、うん、気のせい。

 ……そういえば。

 

「魔理沙、さっきから黙りっぱなしだけどどうしたの?」

「うん? ……あぁ、ちょっとな」

 

 それだけ言い、また黙る魔理沙。と、思ったら急に立ち上がり

 

「私はもう帰るぜ、またな」

 

 これまた急な帰宅宣言をして帰ってしまった。

 霊夢はあまりの急な魔理沙の行動に呆然とし、言葉を返すことが出来なかった。彼女なりに何か思い付いたのだろうが、それにしても説明が無さすぎる。

 

「……ズェピアについて、かしらね?」

「だと思うけど……」

 

 幽香の問いにも曖昧にしか答えられない。もしズェピアのことだとしたら、調べに帰ったのだろう。

 魔理沙の家には魔導書が結構な数あったはずだし……アリスから盗ったものもかなり含まれてるけど。

 

「まぁ、どのみち私達もこうして憶測で話し続けても意味無いわね」

 

 言いながら立ち上がる幽香、彼女も帰るつもりなのだろう。

 ……確かにこのまま話していても意味は無い、か。

 

「そうね…また機会があったら話しましょう」

「あら、いつでも来たらいいのに……歓迎するわよ?」

「お断りよ」

 

 幽香の誘いをバッサリと切る、もし乗って行こうものら間違いなく戦闘が始まる。弾幕ごっこだとしても、あまりやりたくない相手だ。

 

「じゃあね」

「ええ」

 

 トンッ、と地面を蹴り飛ぶ幽香を見送り、霊夢自身もまた、神社へと帰ったのだった。

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 そこは人里から程近い、とある名前も無い森。そこを上機嫌に飛ぶ一つの影があった。

 

「あややややーあややーあやややー」

 

 鴉天狗、射命丸文だ。妙な歌を歌いながらゆったりとした速度で飛んでいる。彼女が上機嫌な理由は簡単、ついに彼を記事にした新聞を発行することが出来たからだ。

 彼……ズェピアがあの風見幽香を倒したのを目撃したのはまったくの偶然、しかしだからこそ彼女は舞い上がった。自身の勘がこの戦いに巡り合わせてくれたのだ、と……。

 だが彼女は知らない。

 

「あやー……あやや?」

 

 その記事を見て

 

「やぁこんにちは、良い日没時だね」

 

 一人の吸血鬼が怒りを覚えていたことを、知らない。

 

「あやや! こんにちはズェピアさん、どうです? 私の新」

「カット!!」

「あや!?」

 

 挨拶をしようとしたら突然の攻撃、素早く避けるも

 

「逃がさない」

 

 腕を掴まれ、逃げることは出来なくなってしまった。

 慌てながらも、理由を聞くためにズェピアに問いかける。

 

「な、なんです!? 約束通り一回記事にしただけで」

「あぁそうだね、約束はしたよ。だが……これはいけない」

 

 何が、と言う前に彼女は放り投げられていた。なぜか飛びなおすための制御が効かない中、ズェピアの言葉が聞こえてくる。

 

「私はね、目立つのが嫌なんだ。名声欲なんか無いからね。でも君は……その私の【嫌な】ことをした、態々誇張までして。だから」

 

 

 ———報いは、必要だろう?

 

 

 その後、射命丸文が見たものは黒い竜巻。そして聞いたのはらうんどつーという、意味の分からない、だが不幸なことだと分かる単語だった。




射命丸さんのオチ要員感。
尚、別に彼女が嫌いだとか、不遇枠というだけで終わるわけでないです、本当です。
なろう時代にひと悶着ありましたので念のため。

とはいえ多くを説明するわけにもいかないので、「文ちゃん不憫可愛い」ぐらいに今のところは考えてくださると幸いです。


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紅魔郷編
第17話『俺と始まりと招待状と』


 さっくり入る紅魔郷編。分割思考って便利だな、という感じのお話。


 俺の住む場所についての話し合いと、射命丸への報復を行った日から数日経ったある日の夜のこと。

 教師の仕事と何でも屋の両方が休みで、時間が出来た俺は一日中アリスから借りた本を読んでいた。その八割を読み終えた頃合いだ。

 

 ———コンコンコンコン

 

「……む?」

 

 しっかり四回、ノックをされた。ノック自体は珍しくないが、四回というのはそうそう無い。

 ノックとは相手と状況によって回数が変わると聞いたことがある。二回ならトイレ、三回なら友人や家族に知人と……親しい間柄。で、四回というのは取引先や上司や……まぁ言ってしまえば目上の相手の場合にするものだ。所謂ビジネスマナー的なものだから、何故この世界で適用されているのか分からないが。

 さておき、音からして急いだ様子が無かったということは、意味を理解しての四回なのだろう。だが、だからこそ分からない。

 俺の知り合いにはノックは三回かバラバラ、またはノックはせず声をかける奴らだけだ。毎回、三回ノックをする面子にしても阿求は音が小さいし、慧音と幽香は妖力を多少は感じる…慧音の場合は本当に微々たるものだが。しかし音は響いたし、妖力は感じない……本当に誰なのだろう。

 

「今開ける」

 

 ガラガラと扉を開けて、俺は驚いた。そこには一人の少女が居た。

 

「ズェピア・エルトナム・オベローン様ですね?」

「あぁ、確かにそうだが……君は誰かね?」

 

 問い掛けに答え、失礼とは思いつつ俺からも問う。だが十中八九名前は確定している。

 幻想郷では珍しくそうは見かけないメイド服に身を包み、頭にはカチューシャを着けて。

 

「失礼致しました、私は紅魔館のメイド長を務める」

 

 綺麗な銀髪を少し編んだ、可愛らしくも落ち着きからか大人びた印象を与える少女。

 

「——十六夜咲夜、という者です」

 

 十六夜咲夜が、そこに居た。名前を聞いてから、また口を開く。

 

「十六夜咲夜、か……それで君は何の用でここに?」

「私のことは咲夜で構いません。我が主の命により、ズェピア様へ招待状を持って参りました……こちらを」

 

 言い終わると同時に手渡される一枚の封筒……赤いな、恐いぞこれ。

 

「我が主……レミリア・スカーレット様は吸血鬼、同種であるズェピア様を歓迎したいとのことです」

「歓迎? 私をかね?」

「はい、我が主はズェピア様の噂を聞きお気に召したそうです。なので一度、お招きしたいと」

「……成る程」

 

 封筒から取り出した手紙を見つめ、考える。噂というのは……少し悲しいが見当がつく。それを聞いての行動、同種というのもあって好奇心が抑えられなかったのだろうか?

 だが館の主、そんな軽率ではあるまい。そう考えると……。

 

「狙いは私を従わせること……か?」

 

 ピクリと、微かにだが反応を示す。当たりか、はたまた演技で別の何かか……。

 

「失礼、少しばかり侮っていました」

「確かに失礼だな……で、真意は?」

「従わせる、というのはありました……ですが」

 

 無表情だった顔を変え、目の開きを薄くさせる。口元にも僅かではあるが笑みが浮かんでいる。

 

「それに気付いた場合は違います」

「ほう? では何かね、これは合否判定の類いだと?」

「はい、気付いた場合は……交渉を、とのことです」

 

 ……交渉? なんでまた、交渉なんか……?

 俺の疑問を察したのか、咲夜が説明をしてくれた。

 

「考えに気付かないような愚図なら力ずくで、だが気付ける程度の賢さを持ち合わせているならば此方もまた相応に……とのことでした」

 

 おいおい……気付かなかったら愚図とか辛辣すぎだろ。まぁ、吸血鬼ってのはプライドが高いものらしいし、そう考えたら見下すような発言も普通なのかもしれないな。

 ……キツいことには変わりないけど。

 っと、今はそれより交渉についてだな。

 

「それで、交渉とはどのような内容かな?」

「簡単なお話です。一週間後に、主は悲願を達成すべく動きます」

「ふむ……それで?」

「その日に一切の手出しをしないこと、それを守れば貴方の無事と相応の地位を約束します」

 

 確か紅霧異変、だったか? それを起こすから手出しをするな、と……ふむ。

 

「しかし、結局それでは私は君達に従う形になるではないか?」

「少しばかり違いますね。この場合、貴方にも利益がありますので」

「成る程ね……どうやら、君の主とやらは随分と自信があるらしい」

 

 あくまで自身が上であり、他は下。故に同種である吸血鬼でも下として扱い、計ろうとする。筋金入りの、最早どうしようもない絶対的な自信家。俺とは真逆だな……羨ましいとは思わないけど。

 

「……ズェピア様、お返事のほうを頂けますでしょうか?」

「む? あぁ、そうだね……」

 

 手紙を見ながら考える。

 この話を受けた場合、利益がかなり多い。そもそも霊夢か魔理沙が異変解決に乗り出すだろうし、俺が残るのは人里を守るためという大義名分だってある。仮に霊夢と魔理沙が敗北しても、俺に損は無いし所詮は一介の何でも屋だから何も言われることは無い。

 次に受けなかった場合。この場合は損しかない、レミリアとは完全な敵対関係になるわけだし目の前のメイド長も何をしてくるか分からない。また仮にだが霊夢と魔理沙が負けた場合を考えると、次に狙われる可能性は大だし勝てるかと問われれば否だ。

 ……やはり、損得を考えるなら受けるのが吉、か。

 

「……決めたよ」

 

 上手く出来たか分からないが、微笑みを浮かべながら口を開く。

 

「ではそちらの同封しておいた契約書にサインを」

 

 言われるままに契約書を取り出し

 

「では、私はこの話を」

 

 見えるように構え

 

 

 

「―———断らせていただくとしよう」

 

 縦に、引き裂いた。

 

「なっ……!?」

 

 驚き、それまでとはまったく違う表情を見せる。

 だが気にせずに契約書を丸め、火を灯す。簡単な魔法だから大した火力は無いが、ライター程度にはなる。それだけあれば、薄い紙切れ一枚は容易く燃やせる。掌の上で紙は燃えているが、別に熱さは感じない……これが魔法の素晴らしさか。

 完全に燃え尽きたのを確認し、灰を払う。

 

「……一応、お聞きいたします。何故お断りになったのですか?」

 

 眼に明らかな敵意を宿しながら、咲夜が聞いてくる。何故か、ねぇ……。

 

「強いてあげるなら……気にくわない、だね」

「気にくわない?」

「あぁ、そうだとも」

 

 なんだそれは、と言いたげだが無視して話を続ける。

 

「なんでも思い通りに、自らの筋書き通りになる、そう思い込んだ脚本家気取りな点が酷く気に入らない」

「脚本家……?」

「あぁ、そうだ」

 

 両手を広げ、大袈裟といえる動きをする。一歩だけ歩み寄り、笑みを浮かべながら言う。

 

「自らの思い描いた通りに人が動き、望んだ通りに事が運ぶ、それも全て都合の良いように…これでは気に入りようが無いよ」

 

 さらに一歩、歩み寄る。

 

「二流以下、三流でさえ考え付かない程に愚かで珍しいまでのご都合展開、馬鹿にしているとしか思えないね」

 

 咲夜が一歩下がったのを確認し、さらに一歩歩み寄る。狼狽えた表情をしているが、関係ない。

 

「故に、逆らわせてもらう。思い上がった君の主に教えてあげよう、役者は時に———アドリブに走ると、ね」

 

 口角を思い切り吊り上げ、笑みを深める。今の俺はニヤリ、という擬音が相応しい表情だろう。

 咲夜は大きく後ろに下がり、此方を睨み付けてくる。殺気も感じるが……幽香のものに比べたらなんてことは無い、微々たるものだ。

 

「畏まりました……この日この時この瞬間から貴方、ズェピア・エルトナム・オベローンを私達の、主の宿願を邪魔する敵と見なします」

「好きにしたまえ」

「……クッ!」

 

 苦々しげに吐き捨て、次の瞬間には姿が無かった。能力を使ったのだろう……やはり厄介だな、あれは。

 周囲を一応見渡すも仕掛けてくる気配は無い、どうやら帰ったらしいな……。

 

「……さて、本の続きを読むとしよう」

 

 家の中に戻り、ついでに思考を第三から第一に戻す。

 ———分割思考切り替え、第三より第一、第二第三思考を一時廃棄。

 

「…………ふぅ」

 

 思考を普段のものに切り替えたことで、一気に吹き出た汗を拭う。正直に言うと、もう一杯一杯だった。

 第三思考は常に冷静で戦闘とああいった場面に向いている、普段の俺とは真逆のものだ。難点は発言と仕草がワラキアのものに近付く点…どうみても挑発だよなぁ、アレ……。

 まぁとにかく、相手が咲夜だと確認した時から先程までは第三思考で対応したわけだ。

 しかし、これがまたかなり疲れる。普段の四倍近くの疲労感、その為今はこのように第一思考…つまり俺本来の思考に戻している。

 結果、俺は現在……疲労感に足して先程のプレッシャーがフィードバックしてグッタリといった感じだ。いや本当に疲れた……しかも敵対しちゃったし。

 

『まったく、だらしないね君は』

「黙りたまえ、私にしてはよく演じたほうだよ……」

 

 突然脳内に響いた声に返す。本来の身体の主であるワラキアは時折、こうして話しかけてくる。

 曰く、話すだけなら魔力を必要としないらしい……まぁ回復も出来ないから疲弊した時は素直に休むらしいが。

 ちなみにここでいう魔力はワラキアのもので、俺のではない。どうやら俺とワラキアでは別々らしく、ワラキアの魔力は俺のそれとは段違いに多い、妬ましい。

 

『だったら修行を頑張りたまえ、ある程度までなら上げようがある』

「そのある程度に至ったら?」

『効率的な運用、及び燃費の良さを身に付けてもらうしかないな。まぁ、此方は錬金術師の得意分野だから高速・分割思考の出来る君なら簡単にこなせるだろう』

 

 ……ごめん、頭痛い。

 

『……今度余力があれば詳しく説明するよ、今は君が駄目なようだしね』

「本当にすまない……」

 

 どのみち修行は必要だな……幽香と戦った時よりはマシとはいえ、まだ勝てるレベルじゃない。正直レミリアを相手にするのはかなり厳しいだろう、幽香以上とは言わないが……吸血鬼としてのポテンシャルを最大限に発揮できるわけだし。

 これは……拙いどころじゃないな、なんとかしないと。

 

『タタリについて教えようかね?』

「……また今度にしてくれ、今は……寝たい……」

 

 のろのろと体を動かし布団を敷く、さっさと着替えて潜り休む。……出来たら逃げたいけど、策も用意しとかないとな。

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

「では、私はこの話を———断らせていただくとしよう」

 

 ズェピアの言葉と同時に、裂かれる契約書。それを見ながら。

 

「へぇ……意外とやるじゃないか」

 

 藤原妹紅は、笑っていた。

 何も難しい話は無い、彼女はただ十六夜咲夜がズェピアの家を訪ねるところを目撃し、興味を引かれたから傍観していた……それだけのこと。だがその行動の結果、彼女のズェピアへの評価は変わった。

 

「話を承けたりなんかしたら燃やしてるところだけど……まさか破るとはね」

 

 クツクツと、楽しげに笑う。十六夜咲夜がズェピアに問いかけたり、慌てたりする様も良いアクセントになっている。

 時間にして数十秒……一頻り笑ったところで満足したのか、踵を返し自分の住む家に向かった。

 

「面白そうだし———私もちょっと首を突っ込んでみようかな?」

 

 ……そんな一言を残して。




 もこたん(異変に)inするお!


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第十八話『紅魔郷第一幕・宵闇の妖怪』

 早速突入、紅魔郷編。
 日常回も入れておくべきだったかと思いますが、ここら辺は以前投稿していたサイトでも出していた分なので、変に話を挟むとおかしくなりそうと判断しそのまま投稿。


 ———紅魔郷Stage1【宵闇の妖怪 ルーミア】

 

 

 

 十六夜咲夜が来たあの日からちょうど一週間が経過した今日、俺は暗い道を妖怪や妖精を倒したり追い払いながら歩いていた。飛べないわけではないが、まだまだ酷く遅いし疲れる。

 そういうわけで、俺は極々平凡に地に足つけて進んでいる。

 

『随分とまた、数が多いね』

「……この霧のせいだろう」

 

 時折、こうしてワラキアと話しながら歩く。この霧、とは夜になり急に発生した紅い霧のことだ。

 この辺で、どこに向かっているか、察しのいい人はもう気付いただろう。……俺が向かっているのはこの紅い霧の出所……即ち——紅魔館。

 

「ついに幕開け、か……」

 

 紅霧異変、旧作を除いた原作での第一作目【東方紅魔郷】。その幕が、ついに上がった。

 

『二度も幕と言うのは些かしつこいのでは?』

 

 演出家にダメ出しされたけど無視して行こう。

 

 

 

…………………………

……………

………

 

 

 

 さて、相も変わらず集ってくる妖精や妖怪を倒しながら進んでいく。倒す、とはいっても放たれる弾幕や攻撃を障壁で防ぎながら此方も弾幕を張ったり切り裂いたり、という少しばかり卑怯なやり方だが。

 ……まぁ、弾幕ごっこではないしいいだろう、うん。それにまともにやりあうのはまだ恐いし。

 

『ワンパターン……マンネリズム……刺激不足……』

 

 …………あれ、ちょ、ワラキアさん?

 

『……文句を言っても仕方ないね、安全策といえば……まぁ、問題無いだろう』

 

 半ば諦めたような声ではあるが、一応認めてはくれたらしい。いやまぁ、認めなくてもこうするしかないんだけどな。

 俺は速く飛べないから回避がしにくい、代わりに障壁を張り防ぐ……飛ぶよりこういった防御関係のほうが覚えやすかったし、マントのおかげで使うのも楽だから仕方ない。

 

『里に戻れば叱られるのは確定しているから、体力は残しておかねばならないというのもあるね』

「……あまり、思い出させないでくれるかな……?」

 

 ガックリと肩を落としながら歩みを進める。ワラキアが言ったのはどういう意味か……まぁ、簡単に言えば、俺は黙ってここまで来たんだ。一応書き置きは残したが……焼け石に水だろうなぁ……。

 何故黙って来たかというと……話などしにいったら間違いなく慧音に止められる。これが些か拙いためだ。まぁ、最終的には認めてくれるとは思うがそれでは出発が遅れてしまう。

 そうなると少しばかり面倒だ、そもそも夜だから迷惑もかかる。

 俺はレミリアの誘いを蹴った以上、異変を解決するしかない。そのためには、霊夢や魔理沙と一緒に挑んだほうが確実だろう、場合によっては俺は何もしなくていいかもしれない。

 だから最初にもあるように、紅魔館……霧の湖のほうに向かっているんだが。

 

『遭遇しないね……いやはや、影も形もないとは正にこのことだ』

 

 ……何故こうも上手くいかないのだろう? 何かしたっけかな?

 やはりまず神社に行くべきだったか……少し慌てすぎたのかもしれない。

 

『……む、あれは?』

「どうかしたのかね?」

 

 ワラキアの言葉に反応し、そちらを向く……と……。

 …………あれは球体、か? 真っ黒でふらふらと危なっかしく動いている、いや本当に危なっかしいな。

 ふらふら、ふらふらと進んでいき――ゴンッと、木にぶつかった。かなり凄い音がしたぞオイ。なんとなく心配になりながら見つめていると。

 

「…………あう……」

 

 球体が霧散し、額を押さえる少女……幼女? まぁとにかく、中から少女が出てきた。

 ……いや、しかし、あれ間違いなく……ルーミア、だよな? 紅魔郷の一面ボスを担当する……ってことは、やっぱりまだ霊夢も魔理沙も来てないってことか、なんてこったい。

 

「……あれ? …………!」

 

 おぅ、見つかった……なんか目を輝かせてるんだけど、ヤバくないかコレ? 妙に嬉しそうに駆け寄ってくるルーミア、俺を指差しながら口を開いた。

 

「そこの貴方!」

「……何かな?」

「貴方は、食べていい人る……い? あれ? 人類?」

 

 むむむ、と首を傾げるルーミア……一応人間ではないと分かるのか。

 しかし安心した、二次創作だとたまにEXルーミアとかが出てくるからな。違うようだから本当に安心。……そりゃあ、危険なのに変わりは無いだろうけど、程度が段違いだ。

 

「……んー、まぁいいわ。貴方は食べていい生物?」

 

 急に質問の範囲が広くなった!?

 

「駄目だ、私は用があるからね……食べられるわけにはいかないよ」

「そーなのかー……」

 

 お、生そーなのかーだ。でも確か原作だと一回しか言ってないらしいんだよなぁ……何故あそこまで浸透したのか不思議だ。

 ……ん? なんかルーミアが構えて……飛びかかってきた!?

 

「でも頂きまーす!」

 

 ちょっ、でもってなんだよでもって! やべぇ食われ———

 

 ———ガンッ!! と、あわや頭に噛みつかれるか、というところでそんな音が響いた。

 

「いっ!?」

「……あぁ、そうだった」

 

 ……障壁張ってたの忘れてた……あぁルーミア顔面打ち付けちゃったよ、痛そう。歯は折れてないよな? 妖怪だから大丈夫だとは思うが、口開けてたわけだから少し拙いかもしれない……。

 

「い、いひゃい……」

「……大丈夫かね?」

「うぅ……貴方、今いったい何したの?」

 

 涙目で此方を見上げてくるルーミア、どうやら自身のぶつかったものが何か分からず疑問らしい……が

 

「だから言っただろう、食べられるわけにはいかないと。対策はしているのだよ?」

 

 まぁ、答えるわけにはいかない、大丈夫だとは思うが……念には念を、というやつだ。まだ俺のほうを唸りながら見上げてくるが、こればっかりは諦めてもらうしか無いだろう。

 しかし悪い気もするので、慰める意味を込めて頭を撫でる。……うん、手入れはあまりされてないようだが……やわらかい髪質だ、これはこれで良いな。

 

「……ねぇ」

「む、なにかな?」

「貴方を食べるのは諦めるわ、だから何か食べ物くれないかしら?」

「……成る程、代わりの物を要求してきたか」

 

 苦笑しながら、まぁそれで解決するならいいかとマントの中からおにぎりを包んだ袋を取り出す。これらは家を出る前に、腹が空いたらと思い作っておいたものだ。

 ちなみに具は梅干とわさび菜……安価で手に入り、尚且つ美味いし腐りにくい、個人的には非の打ち所の無い具だと思う。

 まぁそれは置いといて、おにぎりを手渡す……と、もきゅもきゅと食べだすルーミア。こうして見ると普通の少女なんだがなぁ……。

 

「あむあむ……むぐ……見かけによらず、もきゅもきゅ……渋い趣味してるね……んくっ……はぁ」

「見かけによらずとはまた、否定し難い言葉を……」

 

 苦笑を浮かべながら返す。実際、ワラキアの見た目でこの具の選択は微妙なところだろう、俺の個人的な趣味で選んだわけだし。

 

『いや、これらはいいと思うよ。腐りにくく美味、安価で手に入りやすいから弁当に実に向いている』

 

 おい待て、いつから主夫になった。そんなんだからお前はパパキアとか呼ばれるんだぞ。

 

『ふむ……パパか、人だった頃はいちおう子持ちではあったが……いやはや、違和感を覚えつつも何故か受け入れられるね』

 

 ……あれ、なんかパパキア受け入れちゃった? 拙いだろうそれは……なんというか、キャラとして拙いだろう。

 

「ねぇ」

 

 っと……急にマントを引っ張られて少し驚いた。どうやらルーミアが食べ終わり、話しかけてきたようだ。

 口元に付いた米粒を取ってあげながら聞き返す。

 

「どうかしたのかね?」

「お代わりはある?」

 

 …………え?

 

「も、もう食べ終わったのかね……?」

「えぇ、美味しく頂いたわ。で、お代わりはある?」

 

 ……早いな、いちおう5つあったんだけど……早いし、速い……。人間食おうとするだけあるのかな、よく二次創作じゃ大食いキャラだし……うーん。

 

 

「すまないね、それしか持ってきていなかったのだよ」

「そうなのかー……」

 

 まさかの二回目……そんなにショックだったのかな? でも無いものは無いからなぁ……申し訳ないけど、諦めてもらうしかない。

 ……っと、しまった。とりあえずルーミアに襲われるフラグ(食的な意味で)も回避したし、さっさと先に進まないと。

 

「さて、私はそろそろ行くとするよ。用事があるからね」

「どこかに行くの?」

「この紅い霧の出所に」

「この霧の……そう、ならこのまま進めば着くはずよ」

 

 俺が先程まで進行方向としていたほうを指差し、ルーミアが言った。よし、やっぱりあっちのほうで合ってたな……少し不安だったけどこれで安心して進める。

 ルーミアも会話した感じ割と普通だし、信用できるな。

 

「そうか、ではこのまま行くとするよ。情報、感謝する」

「こちらこそ、おにぎり感謝するわ。おかげで少しは持ちそうだもの」

「ふむ……なら次の機会には沢山ご馳走するとしよう」

 

 言いながら歩き出す。背に受ける、楽しみにしているわ、という声に手を振ることで返し、ちょっぴり後悔もしながら。

 

 

 

———Stage1 Clear!

 

……飲血鬼祟り中……




 弾幕ごっこは男がやるものじゃないらしいからね、戦わないのも仕方ないよね!

 ぶっちゃけ大の大人が小さい子相手にって絵面が、こう、うん。世界観的に仕方ないのとか、そういうのを気にしない人もいると思いますが、個人的にこんな感じでいけるとこはいきます。
 無理そうならバトル入ります、主にズェピアが死にかけます……なんだじゃあ気にしなくていいやん!(主人公軽視


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第十九話『紅魔郷第二幕・おてんば氷精とのQ&A』

少し日が空きましたが、無事更新。
大丈夫です、失踪はしません、多分。


 ———紅魔郷Stage2【湖上の氷精 チルノ】

 

 

 

 ルーミアと別れてからどのくらいだっただろうか。俺は相変わらず歩きながらゆっくりと紅魔館を目指していた。徐々に濃くなる霧に、近付いているというのを感じながら確実に一歩ずつ。道に関しては、まぁ決していいものではないが辛うじて道と呼べるものはあるのでそこを歩く。

 てくてくと、ゆったりのんびりと。どういうわけかワラキアも黙っており、実にゆったりである……ん?

 

「ふむ、湖……か」

 

 いったん足を止め、目の前に広がる湖を見渡す。霧がかかっているためそんなに遠くまでは見えないが……それでも結構な大きさということは分かる。

 どうするかな……面倒だけど外回りか 、疲れるけど飛んで突っ切るかの二択……。後者だと何かしら危険が迫ったときに対処できないからなぁ、やっぱり歩いて湖を迂回するルートにしておこう。

 なんか歩いてばかりだが、安全であることが大切だし、仕方な……い……。

 

「……………………」

「ちょっと」

 

 ……少しばかり早くはないだろうか、まだ語りを始めたばかりだぞ……?

 まぁ、仕方ない、腹を括って相手しよう。

 

「おや、なにかね」

 

 言いながら声のするほうを向く。そこには背の小さな……青い髪の毛、青い服に身を包んだ少女……言わずとも分かるだろう。

 東方作品においてかなりの知名度を誇るキャラ、チルノがそこに居た。勝気そうな目つき、腕組みをしている姿からは自信が溢れていた。

 どうしたものかなぁ、チルノは結構好戦的な性格だったと記憶してるし、ルーミアのように簡単にはいかないだろう。蛙の代わりに氷漬け、なんてされたら流石に生き残れる気がしない、ワラキアなら何か対策練れそうだが。

 ……うーむ、拙いな、何かにつけてワラキアに頼ろうとしてる自分がいる。これじゃ自分自身では何も出来ない奴になってしまう。今のところ事実だし、余計になんとかしないと……。

 

「あんた誰よ?」

「なに、通りすがりの一介の死徒、だよ」

 

 分割思考の一つをチルノとの会話のために回し、残りで別の思考をする、こういうとき分割思考(コレ)は便利だ。とはいっても、俺が出来るのは 3つまでの地味なものだし、それでも疲労が酷いから多用はできないのだが。

 

「しとぉ? そんなの聞いたことないわね、あたいや大ちゃんとかに近い気もするけど……かーなーり遠い気もするし……」

 

 いやまぁ、確かにワラキア……タタリは情報であると同時に現象でもあるわけだから…自然の象徴とも言える妖精とは……思いの外近いといえば近いか?

 とりあえず、これについては別の思考に任せておくとして…うんうんと唸りながら考えるチルノを見ていると、意外と話せるものだと驚く。考えてみれば、あくまで妖精は小さな子供レベルというだけで思考できないわけじゃない、話自体は出来るものなわけだ、理解できるかは別にして。

 これは色々な先入観とかは取っ払って考えたほうがいいかもな……精々、ちょっとした前知識があるくらいに留めておこう。下手に持ってる知識だけで考えて死亡、なんてなったら笑えん、というか最悪だ。

 ……いかん、ちょいちょい思考が逸れる、今は真面目に対策を練るとしよう 。話せるとはいっても好戦的だというのに変わりは無いわけだし、いつ突拍子も無いことを言い出すか分かったものじゃない。

 いきなり弾幕を叩き込まれてもマントが自動展開してる障壁があるから耐えられるとはいえ、食らいすぎるとどうなるか分からん、至近距離だし。

 

「……まぁいっか、あんたが何者かなんて考えても意味無いわね、どうせ氷漬けにするんだし」

 

 いや、え、そんないきなり……!?

 考えた直後とか色々怖すぎる、考え読まれてる……わけじゃないよな? というか、このままじゃ戦闘だ、なんとか回避しないと……!

 

「まぁ待ちたまえ、氷漬けなどよりもっと楽しい遊びでもしないかね?」

「氷漬けにするより楽しい遊び? なによそれ、弾幕ごっこでもするの ?」

 

 あー……遊び、という認識ではあるのか、危険だけど。妖精なら死んでも再生できるから有り…なのかな? よく分からんが。

 しかしそれじゃ俺が危険だ、満足に空を飛べないのに弾幕ごっこなんて自ら地雷踏みます宣言してるようなものだし、おぉやばいやばい。冗談ではなく、やばい。

 

「いやいや、それでもないよ。というか君は最強なのだろう?」

「そうよ、あたいは最強! 左に出るものはいない最強よ!!」

 

 左か、惜しい。などと突っ込んでる場合でもない。

 今はえっへん、とでも言い出しかねないぐらいに胸を張っているチルノ、この際だからなんとかこれを利用して……。

 

「つまり、だ。最強の君に私が挑んでも勝てない。これでは些か不公平ではないかね?」

「んー…ふこーへい…そうね、最強なあたい相手じゃあんたが可哀想よね」

 

 頷き、人に最強と言われたからか嬉しそうに言う。予想以上に効果があるようだ……流石に自分が情けない気もするが、リスクを考えたら仕方ないこと。前に倒した妖怪の類に比べれば大したことは無いだろうが、それはそれ、戦わずに済むならそれが一番だ。

 ……うん、まぁ、言い訳だよ。しかし考えても見てほしい、勝ったとしても図にしてみればワラキアがチルノを倒したように見える。人に見られると少しばかり酷い光景ではなかろうか?

 というか正直俺の良心が潰れて死にます、見た目少女なわけだから罪悪感がハンパないです。

 そういう理由から、俺は戦闘を避けれるなら避けるようにしている。良心と言っても、自分勝手の塊のようなものだが……そこばかりは見逃してほしい、人間の性というやつだ。

 

「でも、それなら何をして遊ぶのよ?」

「そうだね、最強の君と互角に渡り合うなら……ふむ、なぞなぞ勝負なんてどうだろう?」

「なぞなぞ……舐めたら駄目よ、あたいは頭の良さも最強だから!!」

 

 ドヤッ、といった表情でこちらを見てくるチルノ。本人は至って大真面目のようだが、これが危険回避の手段としては妥当なところだろう。

 出典は求聞史紀、この世界でいうところの幻想郷縁起だし多少は役立つだろう、完璧ではないけど。

 

「では私から出題する、それに君が答え、正解なら君の勝ちだ」

「いいわよ、さぁきなさい!!」

 

 先ほどと変わらない自信満々の表情のままこちらを見てくる。

 さて、問題だがどうすべきか……なぞなぞなのだから簡単でいいかな、まずは勝ってもらったほうが機嫌よくなるだろうし。

 というわけで、有名なコレでいくかな。

 

「では問題だ。パンはパンでも食べられないパンは、なんだね?」

「パンはパンでも……ちょっと私を甘く見すぎじゃない? そのぐらい簡単よ!」

「ふむ、そうかね。では答えは?」

「答えは……大ちゃんのくれたパンよ!!」

 

 …………えっと……?

 

「それは、どういうことかね?」

「だって大ちゃんがくれたパンよ? もったいなくて簡単には食べれないじゃない」

 

 あぁそういう意味で……って色々間違ってるな、本当に色々間違ってる。

 しかし、この「これは正解ね、流石あたい、ビバあたい」みたいな表情でいるチルノに不正解というのも中々厳しいものが……。

 ………………うん、仕方ない。

 

「ふむ、正解だ」

「やっぱりね! 流石あたい、ビバあたい!!」

 

 言うのかよ、いやまぁなんか似合ってるけども。

 

「いやはや、君はとても物知りだね。知識でも素晴らしいものを持っている」

「だから言ったじゃない、あたいは頭脳も最強なのよ!」

 

 どや顔で言ってくるチルノ、なんというか微笑ましいものがあるな。なんというのだろうか、こういうあほの子の相手はとても楽しい、和める。

 ……ふむ、おだてるついでに、少し情報を聞き出してみるかな。

 

「あぁそうだ、物知りな君に聞きたいのだが」

「なに?」

「この紅い霧の……いや、そうだね、この辺りに紅い館があると思うのだが……知らないかね?」

「あかいやかた?」

 

 俺の質問にむー、と唸りながら考え出す。数秒すると、思い出したのか手を打ちながら笑みを浮かべた。

 

「やかたって、大きい家のことでしょう? それならあたい見たよ!」

「ほう、そうかね。いや実は、私はそこに行きたいのだが……迷ってしまってね。道程を教えてほしいのだが……」

「任せて、あんた良い奴っぽいからあたい直々に案内してあげる!」

「いいのかね?」

「任せなさいっ!」

 

 無い胸を張り、ついでに握りこぶしを作ってその胸を叩いた。アピールのつもりなのだろう、可愛らしいものだ。

 笑顔のまま前を向き、歩き出すチルノ。一先ずはついていくことにしよう。

 

 

 

…………………………

……………

………

 

 

 

 チルノについていき、数分経った。道中は自己紹介を互いにし、中々良好な空気ではあったのだが……ここで突然、チルノが歩くのを止める。

 

「……うーん……」

「どうかしたのかね?」

「いや、なんだか分からないんだけど……」

 

 首を傾げ、チルノ自身もよく分かっていない様子で呟いた。

 

「なんか、こう、ここから先に行ったら良くないことが起きそうな……よく分かんない」

 

 語るチルノの声からは困惑が感じ取れる。本当に分からないのだろう。

 だが俺には分かる、紅魔館という場所に行くことを本能的に避けようとしているのだろう。むしろ子供であるが故に危機を察知しやすいのかもしれない、首を傾げてはいるが。

 まぁ、それは仕方ない。それならばここから先は一人で進むことにしよう。

 

「そうか、ではここからは一人で行くよ。道案内、感謝する」

「え……大丈夫?」

「うむ、ここまで来たおかげで道を思い出したからね」

 

 まぁ、本当は思い出したんじゃなくて紅い霧が濃くなってきたのと、妙な感覚が強くなってきただけなんだが。

 これだけ感覚が強ければ方向も分かりやすいし、大丈夫だな。

 

「ありがとう、チルノ。今度会った時にお礼でもするよ」

「……いらないわ、途中までしか出来なかったし」

「しかし、助かったのは事実なのだがね」

「……なら、何か楽しい遊びを教えてくれたら嬉しいな……今度会った時に」

 

 にっこりとほほ笑みながら言ってくるチルノ、やはりこの先は危ないのだと、より強く理解したのだろう。

 嬉しいのだが、言い方が少し……なぁ……まるで死亡フラグじゃないか……。いや死ぬつもりは毛頭無いけど、怖いし。

 

「では……道案内、改めて感謝する。また会おうチルノ」

「うん、またね! ………………えっと、ズェピア!」

 

 …………うん、やっぱり頭は緩いんだね……名前忘れるの早すぎる……。

 約束を次会う時まで覚えているか不安になったが、まぁ、大丈夫だろうきっと。

 

 

 

 

 

「あいつ……まさか幼女趣味とか、そういうんじゃないよな……? これから向かうところには強い力を感じるってのに、なんでああも……」

 

 甚だしい不愉快な勘違いをされていることに、そして付けてきている気配にはまったく気付かずに俺は視界に捉えた紅魔館へ急いだ。




※彼はロリコンではありません。多分。


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