IS-虹の向こう側- (望夢)
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宇宙世紀篇
ガンダム、大地に立つ


番外編として、あとモチベーション維持とユキの軌跡の補完として宇宙世紀篇を設けてみました。Gジェネちっくにはしょって駆け足になると思いますが、本編にはさほど影響しませんので、暇潰し程度にお読みください。


 

 宇宙世紀0079 1月3日

 

 この日、地球からもっとも遠いコロニー都市、サイド3はかねてより準備を進めていた地球連邦軍との戦争を開始した。

 

 開戦から僅か一週間で地球連邦軍側に立つ三つのサイドを壊滅させ、さらにコロニー自体を巨大な質量弾とするコロニー落としを敢行。地球連邦軍の中枢である南米ジャブローを一気に壊滅させる予定だったが、連邦軍の決死の阻止行動によりコロニーは大気圏突入中に崩壊。その破片がオーストラリア大陸からシドニーという存在を消し去った。

 

 その後、再度のコロニー落としを敢行する為にジオン軍はサイド5ルウムに進行。それを迎え撃つのはティアンム艦隊とレビル艦隊と、ジオン軍との戦力比は1対3と圧倒的であったが、ミノフスキー粒子とMSによる有視界戦闘という新戦術の前に連邦軍は宇宙艦艇の8割りを失う大敗を帰した。

 

 赤い彗星の背中をただひたすら追い掛けていた自分も、その戦場でジオンの勝利を目にしていた。

 

 コロニー落としと、ルウム戦役での大敗を盾にジオンは連邦軍に対して降伏を迫る。二度の大敗と破竹の勢いで戦果を上げたジオン軍に対して連邦軍では降伏へと意見が傾いていたと聞く。

 

 これで戦争は終わると思っていた。

 

 だが捕虜になっていたレビル将軍が救出され、ジオン本国の内情を見てきた彼は「ジオンに兵なし」と演説を行った事で戦争は今も続いている。

 

 そして時は過ぎ、戦争が膠着状態となって8ヶ月あまりが過ぎた宇宙世紀0079年 9月――。

 

「ジャブローから上がってくる艦艇でありますか?」

 

「うむ。距離が遠くて詳細は不明だが、今までのマゼラン級やサラミス級とも異なった船である事は間違いない」

 

 ムサイ級巡洋艦ファルメルの艦橋。MS部隊の副隊長という身分を預かる自分はMSの整備が終わり、その報告がてらブリッジに上がってみれば、艦長であるドレン大尉からジャブローから打ち上げられた艦艇の存在を知る。

 

「連邦軍の新造艦か。行き先はルナツーで間違いないだろうが、少し気になるな」

 

 そう呟くのは赤い軍服を着こなしマスクで素顔を隠すこの隊の隊長であるシャア・アズナブル少佐だった。

 

「それに同調してか、ルナツーからも複数の艦艇の発進が見受けられます」

 

「ほう。艦隊の再建すらままならぬだろうに、迎えの艦を出すほどのものか」

 

 先のルウム戦役により、宇宙艦艇の8割りを損失した連邦軍は制宙権を悉く失い、今はもうルナツーとサイド7だけが連邦軍の宇宙における活動拠点となっている。

 

 さらにルナツーへ圧力をかけるために通商破壊作戦が継続的に行われ、ルナツーは強固な籠城の構えを取った。

 

 そのルナツーから艦艇が発進する。タイミングから見てもジャブローから打ち上げられた艦の迎えと護衛の可能性は大だ。

 

「ふむ。ユキ中尉は出られそうかな?」

 

 腕を組み、次の動きを思案していたシャア少佐に呼ばれ返事を返す。

 

「はっ。機体の整備は万全、いつでも発進できます」

 

「よし。ならせっかく顔を出してくれたのだ。中尉にはモグラ叩きをして貰おうか」

 

「了解しました。380秒で出撃準備を整えます」

 

「わかった。ファルメルは前進、連邦軍の新造艦の動きをトレースしろ」

 

「了解。ファルメル前進! 新造艦の尻尾を掴むぞ」

 

 ドレン大尉の声を背にブリッジを出て格納庫へと向かう。MSのパイロットならノーマルスーツを着用すべきだろう。しかし時間が惜しい時はこうして制服のままMSに乗る。シャア少佐もノーマルスーツを着ることはほとんどないから多分大丈夫。それに少佐曰く、ノーマルスーツを着ていないから必ず戻ってくるという意気込みの意味合いもあるらしい。

 

 MSデッキにはザクⅡF型が3機、そしてシャア少佐の赤いザクⅡS型が並び、そしてそんなザクⅡとは少々足の形状が異なるザクがある。

 

 ランドセルを強化し脚部にスラスターを増設、空間戦闘力を強化した高機動型ザクⅡ Rー1型。蒼に塗られたこの機体が自分の機体だ。

 

 ザクの起動を進めているとブリッジから通信が入る。相手はシャア少佐だった。

 

『中尉。新造艦はどうやらサイド7へ向かうらしい』

 

「サイド7? あそこは確か」

 

 サイド7、ルナツーが近い事で唯一連邦側で壊滅を免れたコロニーサイドである。噂では連邦軍がジオンのザクⅡに対抗する為の新型MSの開発が行われていると言われている場所だ。

 

『中尉も知っての通りだ。噂のV作戦…。あの艦はその為のMS運用艦だと私は考えている』

 

「如何なさいますか?」

 

 この高機動型ザクⅡならば新造艦の足にも追い付けるだろう。サラミスを2隻叩くよりも連邦軍の新造艦を攻撃する方が意味がある。

 

『いや、当初の予定通り中尉はサラミス級を叩いてくれ。能力が未知数の相手に無駄な消耗は控えたい』

 

 実はこのファルメル、ルナツーと地球との直線上の通商破壊作戦を終えたばかりで、弾薬や物資に底が見え始めたが故の帰還途中であった。

 

 そういう事情から、確実に落とせる方をシャア少佐は選ぶと言っている。

 

 対空砲火の嵐、艦隊陣列の真ん中を突っ切る訳でもなく、たった2隻のサラミス級に遅れを取る機体ではないとカタログスペックは物語っている。あとはパイロットの力量次第だ。

 

「了解しました。ユキ・アカリ、ザク、発進する!」

 

 カタパルトで射出される高機動型ザクⅡ。武装は対艦ライフルと120mmザクマシンガン、ヒートホークとオプションの対艦ライフル以外は至って標準の装備である。

 

 しかし異なるのは、この高機動型ザクは両肩にシールドを装備している点だ。標準装備ではショルダースパイクとシールドという組み合わせだが、シールドに予備弾倉を懸架する都合上、両肩をシールドに変え、予備弾倉を持ち運ぶ事で継戦能力を上げているのである。

 

 ミノフスキー粒子で長距離レーダーは使えないが、ファルメルからのデータリンクで敵艦の場所は把握している。

 

 推進材の青い炎を燃やしながら高機動型ザクは宇宙を駆ける。

 

「悪手だよ。自分から位置を教えてくれた」

 

 サラミスからの長距離艦砲射撃が始まる。直撃すれば一撃でザクを撃墜する攻撃も、当たらなければどうという事はない。

 

 こちらを迎撃する為に迎撃機が上がってくる。

 

 機種はお馴染みのセイバーフィッシュ。数は6。

 

 MSに乗っていても脅威と感じる数だ。実際ルウム戦役で多数のセイバーフィッシュ相手に自分も死にかけた記憶がある。

 

 あれから八ヶ月。ラル大尉やマツナガ大尉、シャア少佐、時にはドズル閣下にもMSの手解きを受けさせて頂いてきた。

 

 青き巨星、白狼、赤い彗星といった名だたるエースたちに師事を受けて、今さらセイバーフィッシュ程度に遅れは取れない。

 

 ザクマシンガンのセーフティを解除。武装の射程の違いから、先制はセイバーフィッシュのミサイル攻撃から始まる。

 

 しかしミノフスキー粒子散布領域では誘導兵器の誘導性はほぼ無力化される。

 

 ミサイルの合間を縫う様に機体を滑り込ませて第一波をやり過ごす。

 

「そこだ!」

 

 直線の機動力ならばMSよりも戦闘機の方が勝っている。ドッグファイトではなく一撃離脱戦法によって翻弄され、撃墜されるMSも少なくはない。それを知った連邦軍はMSに対する一撃離脱戦法を戦闘機のパイロットたちに徹底させた。

 

 しかし攻撃を避ける技量があるのなら、6機が相手でも1機ずつ相手にすれば1対1を6回するだけだ。

 

 だがそんな事をしていたら日が暮れてしまう。故に一撃必殺。一発も外さない気概でトリガーを引く。

 

 3発程度の一射。それが次々とセイバーフィッシュの胴体に突き刺さり爆発を起こして宇宙の塵となる。

 

 あっという間に6機のセイバーフィッシュを片付け、対艦ライフルに持ち換えながら、直掩を失ったサラミスへと接近する。

 

 サラミスに対して直上に回り込む。対空砲や単装砲がそれを阻止しようと弾幕を展開するが、脚部に追加されたスラスターの推力で機体を直角に近い軌道で回避させる事で、偏差射撃を狂わせる。

 

 対艦ライフルを放ち、対空砲を黙らせる。船体の向きを変えて主砲で迎撃を試みようとするサラミスだが、MSと比べて艦の動きは遅すぎる。

 

 サラミスの甲板に着地し、ヒートホークで艦橋を切り裂き、甲板を蹴って離脱しつつ、艦橋を飛び越えて見えたエンジン部分に対艦ライフルを数発撃ち込めば、貫通した徹甲弾に内部を食い破られたエンジンは盛大な爆発を引き起こして自身の船体を呑み込んだ。

 

 僚艦が撃沈されて残ったサラミスがこちらを近づけまいと弾幕を張るが、既に対空砲は黙らせている為、同じ方法で二隻目を撃沈する。

 

「なんて他愛もない。鎧袖一触ってこういうことか」

 

 手応えを感じず、流れ作業で6機の戦闘機と二隻の巡洋艦を沈める。一機のMSの戦果としては申し分ない大戦果だが、心踊る戦場を知ってしまっている手前、今一食い足りない気分だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ルナツー部隊の犠牲を払ってサイド7へ入港した新造艦を監視していたファルメルだったが、動きに変化を見せない連邦軍に対して3機のザクを偵察へと向かわせる。

 

 そして連邦軍のMSを前にジーンが暴走。結果、2機のザクⅡを失う形となった。

 

 2機のザクを失ったにしては戦果が薄いとして、V作戦の何らかの情報を持ち帰る為にシャア少佐は空間騎兵でのサイド7潜入作戦を決行。高機動型ザクの整備もあった自分は留守を任され、ノーマルスーツの一団を見送った。

 

 そしておれはその戦場で初めて対峙したのだ。

 

 後の白い悪魔と呼ばれる機体――ガンダムと。

 

「一撃でザクを墜とした……? なんてやつだ……」

 

 その光景を見た時。背筋が凍る思いだった。正直生きた心地がしなかった。

 

 戦艦並のビーム砲がMSの機動力を持って襲ってくるなんて悪夢も良い所だった。

 

『ムサイまで撤退する! 援護出来るか!?』

 

「了解しました! しかし――」

 

 何時もとは声室が固いシャア少佐の声に返しつ つも、おれは愛機の高機動型ザクを駆る。

 

「やられてばかりは!」

 

 マシンガンで白いMSを撃つも、120mm弾が弾けて爆煙を生むだけで、其処には無傷のMSの姿があった。

 

「なんてMS! 直撃しているのになんともないの か!?」

 

 恐怖だった。こちらの攻撃の通じないMSなど恐怖でしかなかった。

 

『無理をするな! そのMSは普通ではない!』

 

 シャア少佐の言葉を聞くまでもなく、肌身で感じていた。

 

 じっとりとパイロットスーツの中に汗が滲みる。

 

 白いヤツがこちらを狙ってくるが、瞬時に機体を翻して回避行動に移る。一拍遅れてビームが通り去る。

 

「でもこれなら!」

 

 どのみちシャア少佐の撤退を援護するには、白いヤツを抑えなければならなかった。この高機動型ザクの推力ならば多少は離れても十分合流できると確信があるからだった。

 

「素人か? 間合いが甘すぎる!」

 

 確かに凄まじい攻撃力と防御力でも、その動 き、挙動が全くの素人然としていた。

 

 脚部スラスターで通常のザク以上に細かな軌道変更が可能であるこの高機動型ザクの性能ならば勝てる。そう確信を抱きながら白いヤツへ急接近する。

 

 ビームライフルを向けてきても、撃つまでに一瞬の間がある。しかもフェイントに対しても素直に軌道を追って銃口が動くのを見て確信する。

 

「自動照準程度で……このザクが捕まるもんかよ!」

 

 ヒートホークを抜き、白いヤツの上方から急降下し、背後に回って急速反転からの急上昇しつつ切り上げを放つ。

 

「なんと!?」

 

 しかし白いヤツはヒートホークをビームサーベルを抜いて受け止めた。シャア少佐ですら破った必殺の一撃を受け止められた衝撃を隠すことなどできなかった。

 

 白いヤツのパワーに押されて、機体が後退する。

 

「圧倒された!?」

 

 ザクを軽々しく押し出したパワーに戦慄を隠せない。攻撃力と防御力だけでなく、純粋な機体出力からこの白いMSはザクを圧倒していると技術者畑の頭が警告を発していた。

 

「しかし、その大振りじゃ当たってやれない な!」

 

 白いヤツが仕返しにとビームサーベルを降り下ろして来るが、ザクを瞬時に斬撃の軌道から脇に滑り込ませて退避させる。

 

「手土産に、破片のひとつも貰っていく!」

 

 白いヤツの肩をザクの手で掴み、機体を押さえつけて思いっきりヒートホークを降り下ろす。

 

 だが白いヤツは頭のバルカン砲を放ってザクのカメラを破壊したのだった。

 

「メインカメラを!? くそっ」

 

 サブカメラに切り替わる間を待つまでもなく勘のままに機体を急速離脱させた。

 

『こちらは後退した! 離脱してくれ、中尉』

 

「了解しました。カメラをやられましたので、離脱します」

 

 モニターが切り替わり、若干のノイズの走る光景で遠ざかる白いMSを睨み付ける。

 

「連邦軍の新型MS……あんなものが量産されたら ジオンは」

 

 ちらりと脳裏を過ぎ去る嫌な妄想だった。

 

 だがそれを一抹に感じさせるほどの性能を見せ つけられた。パイロットは素人のはずだ。動きを見ればそれがわかった。なのに倒せなかったその性能を脅威と言わずなんとする。

 

 そんな苦い苦汁を舐め、ガンダムとの初戦は戦術的な敗北と相成った。

 

 

 

 

to be continued…



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強行突破作戦

ニコ動でGジェネPの量産機縛りを投稿する勢いで書き上げました。




 

 ガンダムによってメインカメラを損傷してしまった高機動型ザクの修理のため、ユキはその後のルナツー会戦と低軌道会戦に出撃する事は叶わなかった。

 

 シャアに代わり部隊を預かったユキは帰還したソロモンにてジオン公国崩壊の足音を聞くことになった。

 

 ガルマ・ザビ大佐の戦死は瞬く間にジオン公国中を駆け巡った。

 

 ギレン・ザビ総帥による国葬が大々的に執り行われ、ガルマ様を溺愛していなさったドズル中将閣下の命により、ソロモン勤務の兵士も喪に服した。

 

「ラル大尉!」

 

「おお、ユキか。要件なら手短に頼むぞ? これから出撃だからな」

 

 忙しなく部下に指示を飛ばしていたランバ・ラル大尉を見つけたユキはラル大尉の名を呼び引き留めた。

 

「私も部隊に加えてください。シャア少佐の失態を挽回するチャンスを、どうか!」

 

 惚れ惚れするほどの90度のお辞儀で頭を下げて頼み込むユキ。

 

 敬愛する上司であるシャアが、ガルマ様を守れなかった責で軍を逐われた。

 

 いくらエースパイロットとしてドズル中将の覚えの良いユキであっても過ぎてしまった事実を弁明出来る様な材料はない。

 

 そしてガンダムと木馬をサイド7で討てなかった自らを責めながら、ラル大尉がガルマ様の仇討ち部隊として地球に降りると知り、ラル大尉と共にガンダムと木馬を討てば、その功績で昇進するのを辞退する代わりにシャアを原隊復帰させられないかと考えてのことだった。

 

「中尉。貴官にはシャア少佐に代わってルナツー方面のパトロールの任務があるだろう」

 

「しかし…」

 

「シャア少佐が抜けた穴を埋められるのは貴官だけだとドズル閣下も期待を掛けているということだ。そう急ぐな。急いでは事を仕損じるともいう」

 

「ラル大尉…」

 

 肩に手を置かれ、落ち着き赦す様に言葉を述べるラル大尉にユキは気勢を削がれてしまった。

 

「……それに、シャア少佐だが。キシリア様に拾われたという噂もある」

 

「キシリア様に?」

 

 耳打ちする様に、小声でその噂を伝えられ安堵した。

 

 所属は違ってもまた再び戦場で出逢える期待を胸に、ユキは地球から戻ってきたドレン大尉の指揮するキャメルパトロール艦隊のMS隊隊長を命ぜられ、ジャブローから空に上がる補給便の通称破壊に努めた。

 

 そんな最中、恩師であるランバ・ラルがガンダムに敗れ戦死したと耳にする。

 

 恩師の死に悲しむ間も無く、オデッサ陥落の報を聞きつけ、衛星軌道に脱出してきた同胞を救助した。

 

 それから程なく、衛星軌道上にていつも通りのパトロールの任務にあたっていたキャメルパトロール艦隊にシャアからの通信が入った。

 

「お久し振りです、シャア少佐! と、今は大佐であられましたな」

 

「相変わらずだな、ドレン。中尉も健勝の様だな」

 

「お変わりない様子でなによりです、シャア大佐」

 

 3ヶ月程ぶりに話したシャアの変わらなさにホッと一息吐いたユキであったが、シャアが今再び地球から宇宙に上がった木馬を追跡中であり、キャメルパトロール艦隊の位置からならば木馬の頭を抑えられるという事だ。

 

 ドレン大尉はシャアが少佐となってから付き合いの長い副官だ。

 

 そしてユキもまた、敬愛する上司の援助要請とあれば皆まで言わずとも頷く。

 

 キャメルパトロール艦隊は進路を変更し、ホワイトベースの予定航路上に陣を張る。

 

 ムサイからリック・ドムが発進する最中、ユキも高機動型ザクの中で出撃準備に勤しんでいた。

 

『中尉。木馬はMSを発進させた様だ。長距観測だが、数は4機らしい』

 

「4機ですか。その中に白いヤツは?」

 

 MSの数で言えば此方は倍の数の有利がある。しかしその中にガンダムが居ればその数の優位でさえ引っくり返されかねない。ランバ・ラルだけでなく、風に聞いた黒い三連星ですら敗れた。

 

 ガンダムのパイロットがニュータイプなのではないかと噂される程の戦果に、しかしだからなんだとユキはそんな根も葉もない噂を頭から追いやる。

 

『わからん。有視界戦闘領域に入らなければ判別は難しいからな』

 

 いずれにせよ、木馬の後方からシャアも来るのだ。ユキはその時に恥を掻かぬよう、そして恩師の仇討ちをさせてもらう腹積もりだった。

 

『進路クリア、発進どうぞ!』

 

「ユキ・アカリ、ザク、発進する!」

 

 カタパルトレールで射出され、180度旋回。リック・ドムよりも身軽な此方は直ぐ様9機のリック・ドムの編隊に追い付く。

 

「各機、そのままで聞け。これより我が隊は敵MS隊との戦闘に入る。クワメルとキャメルの隊は右へ、敵MS部隊に食らい付く。スワメルの隊は左へ、敵MS部隊を無視して木馬へ迎え!」

 

 MS部隊に指示を飛ばし、機体の姿勢を安定させ射撃姿勢を取る。

 

 この10ヶ月あまり使い続けた対艦ライフルを構える。

 

 ガンダムにカメラを壊されてから丁度良かったこともあり、新たに新調した高精度カメラと対艦ライフルのスコープが連動し、長距離狙撃を可能とする。

 

「敵は4……。1機は逸るか…。全機、作戦開始!!」

 

 スコープの先で煌めく閃光。木馬のMS部隊からビームが飛んでくるが、距離が遠く、そんなビームに当たるような腕のパイロットは居ない。

 

 部隊が左右に別れ、リック・ドム部隊が攻撃を始める。

 

「戦闘機が2機。支援型が2……ガンダムが居ない?」

 

 リック・ドム部隊と交戦を始めた木馬のMS部隊にガンダムが居ない事を認めたユキはセンサー範囲を最大にしてガンダムを探す。

 

 しかし、何処にもガンダムの姿が見当たらない。

 

「今は気にしても仕方無いか」

 

 狙いは戦闘機からだ。ビーム兵器を持った戦闘機程厄介なものはない。運動性はMSの方が上でも、あの形状はブースターを備えていて、足が速い事は見ただけでわかる。

 

「貰った!」

 

 トリガーを引き、撃ち出された弾丸はしかし掠めた程度で直撃はしなかった。

 

「ちぃっ。見込みが甘かった」

 

 そのまま2発撃ち込むが、狙われているとわかった戦闘機は巧みに此方の攻撃を回避していく。

 

「おれがこうも外す!? 読まれてるとでも」

 

「あのザクは……!」

 

「あるわけがない!!」

 

「蒼き鷹…!」

 

「ちっ、艦砲の射軸に入ったか」

 

 精密射撃の為に控えめに動いていた高機動型ザクに向けてホワイトベースからの砲撃が飛んでくる。

 

 さらには後方からもムサイ3艦のメガ粒子砲が宇宙を切り裂く。

 

「クワメルが被弾した? 全機、ラインを一時後退! クワメルの隊は母艦を援護してやれ」

 

 命令を飛ばしながら絡んでくる戦闘機に対して引き剥がしに掛かるが、しつこく此方に食いついてくる。

 

「ええい! こう追いかけまわされたら攻撃が」

 

「ここで私が鷹を抑えていれば…!」

 

「空間戦闘機程度にザクが負けて堪るか!」

 

 ランドセルに接続されているプロペラントタンクを切り離し、振り向きながら対艦ライフルでタンクを撃ち抜く。

 

「なっ、前が…!?」

 

「貰ったぁぁぁっ」

 

 ヒートホークを抜き、タンクの爆発で生まれた爆煙の中に機体を突っ込ませながらヒートホークを振り抜く。

 

「きゃあああ!」

 

「浅かった!? 中々やる!」

 

 ヒートホークは確かに戦闘機に傷をつけたが、それは機体の底部を浅く切りつけるだけだった。そして宇宙に大きな光が咲く。

 

「クワメルが消失(ロスト)!? 木馬め、やるようになった」

 

 クワメルがやられたのを毒突く声量ながらその実木馬へのある種の賛辞を口にしていた。なにしろ数ヵ月前は3対1の艦隊戦に生き延びられる様な雰囲気は感じなかった。ジャブローで良い兵士を揃えたかと考える所だが、そうではないと感じる。あの船の足並みはそうした新しさを感じない。命を預け会えている雰囲気を感じる。もしジャブローでそうした良い兵士を揃えたのならば新設部隊程までではないが動きに乱れが出るはずだ。しかしそれを感じないということは、木馬はサイド7からその陣容を変えず戦い抜いたのだろう。

 

 強い船だと思いながら、味方が沈められた事に動揺する暇もなく対艦ライフルの弾倉を交換し、その銃口を木馬へと向ける。

 

「くぅぅっ」

 

「やらせない…!」

 

 しかし態勢を立て直してきた戦闘機に対艦ライフルを撃ち抜かれてしまう。

 

「クソッ、小うるさいカトンボが!」

 

 武装をMMPー80 90mmマシンガンに持ち変えて戦闘機を撃つが、此方の攻撃がわかっているかの様に避けていく様は苛立ちすら覚える。

 

「ガンダムが居ないのにこの体たらくか!」

 

 戦闘機一機に翻弄されている自身に苛立ちを覚えながらドッグファイトから抜け出せないでいた。

 

「スワメルもやられた!? まさか!!」

 

 天頂方向から迫る気配。

 

「別方向からの奇襲だと!? 全機後退! 旗艦を守れ!!」

 

 残ったキャメルが船体を傾けながらメガ粒子砲でガンダムに向けて弾幕を張るが、ガンダムはそれをものともせずにキャメルに向かっていく。

 

 リック・ドムが迎撃に向かうが、直感的に間に合わないとわかってしまう。

 

 しかしそれで諦められるわけがない。

 

「くっ、ドレン大尉!!」

 

 目と鼻の先の目の前で撃沈するキャメル。

 

 たった1隻の艦と、此方の方が倍のMSを有していて負けた。

 

 その事実は到底受け入れられるものではなくても現実だ。

 

「くっ、ちぃ、ガンダムがああ!!」

 

 怨嗟を叫ぼうとも、残存のリック・ドムに後退信号を上げる。

 

 艦隊の仇を討ちたいのは山々だが、それでも残った部下に玉砕しろとは言えない。既にこの場での勝敗は決したのだ。

 

「ガンダム……っ」

 

 後退信号を上げている為、ガンダムも此方を追ってくる様なことはなかった。

 

 しかしガンダム1機に巡洋艦2隻と、リック・ドム4機がガンダムによって撃墜された。

 

 ガンダムの性能も高いのだろうが、パイロットも間違いなくエースパイロットだが。

 

「あの感じはサイド7の時と同じだ。あの素人があんなになったのか…!」

 

 ガンダムのパイロットがニュータイプである。ニュータイプが進化した新人類というジオン・ズム・ダイクンの言葉を鵜呑みにする気はないが、信じさせようとこの戦果が自身を苛む。

 

 生き残ったリック・ドム3機を連れ、後方のシャアに合流する事を決める。帰る場所を失った悲しみを感じることも、戦争だからと割り切れる程、ユキは大人ではなかった。

 

「ドレンは死んだか……」

 

「…………はいっ」

 

 ザンジバルに収容され、一応生存者の捜索はしたが、誰も生きていなかった。

 

「よく無事で戻った。今は休め、中尉」

 

「……はい」

 

 シャアに肩を叩かれ、気遣われる形で休む様に言われた。

 

 宛がわれた士官用の個室に入った所で、漸く抑えていた涙腺が崩壊した。

 

 長くお世話になった上官や同僚を偲び、涙を流すことでその死を受け入れた。

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 

 



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IS篇
プロローグ


ちょっと暇潰しにふと思い付いたので何番煎じかわかりませんが暇潰しにどうぞ。


 

 宇宙世紀0096年――

 

 ラプラスの箱を廻る一連の戦いは終わろうとしていた。

 

 ラプラスの箱の真相。

 

 なるほど、確かにそれは、その時は、人の善意で刻まれたものだったのだろう。

 

 ニュータイプが進化した人類かどうかはわからない。互いに分かり合える筈なのに、より一層互いを憎み合うこともするニュータイプが、新しい人類ならば、人の中から争いがなくなることはないのだろうか?

 

 でもそれは違うと思う。ニュータイプも人間だ。結局、ニュータイプだからって別の生命体になるわけじゃない。ニュータイプも人の延長線だから、人と同じく争うし、分かり合えるのだと思う。

 

 だが今、ラプラスの箱を消し去ろうと、コロニーレーザーがインダストリアル7を狙っている。

 

「コロニーレーザーをガンダムで止める、か。石ころを押し返すよりはまだ現実的なのかねぇ…」

 

 そう呟きつつも、コロニーレーザーの射線上に愛機である量産型νガンダムを進める。

 

 もう3年も使っている相棒の力を疑う訳ではないが、サイコフレームがコックピット周りにしか使われていないコイツでは大したサイコフィールドは張れないだろう。

 

「不安だったら、おれの後ろでフィールドを張っても良いんですよ?」

 

「抜かせヒヨッコ。サイコフレームもニュータイプ能力も、おれの方が先輩だ。後輩は大人しく後ろで踏ん張ってなさいな」

 

 バンシィに乗るリディの生意気な軽口に軽口で返す。バンシィも右足を損失している為、ユニコーンの後ろでサイコフィールドを張らせるつもりだが、全身のフレームがサイコフレームで出来ているから当然量産型νガンダムよりも強いサイコフィールドを張れる。最低限パイロットの命は守ってはくれるだろう。

 

「あの、ユキ大尉。やっぱりユニコーンが前に出ますから、ユキ大尉は下がって」

 

「言うなバナージ。おれもひとりの大人として、お前たち子供を守らないと、アムロにもシャアにも顔向け出来ないんだよ」

 

「ユキ大尉……」

 

「そう悲しい声を出すなよ。年功序列だ。少しはカッコいい思いをさせろよ」

 

 バナージにはわかっているんだろう。量産型νガンダムではコロニーレーザーの直撃を防げないと。おれも何となくだが、そう思っている。

 

 だが、やらなきゃならない。子供が身体を張って未来への可能性を守ろうとしているのだから、大人として、子供を守るくらいはさせて欲しいものだ。

 

「思えば、随分長生きはしたな……」

 

 今から17年も前、一年戦争が起こった。17年もの間、6度も大きな戦いに身を投じて生きてこれたのだから、十分生きてきた口だろう。

 

 一年戦争の時は16歳。今33歳と考えると、十分おっさんなんだな。敗軍の兵だったせいで、10代は灰色の青春だったし、20代だってむさい軍族だったから灰色だったし。今も今で子守りの毎日だったし。女っ気のなかった人生はちと寂しいもんだな。

 

「行け、フィン・ファンネル――」

 

 ネェル・アーガマから射出された6基のフィン・ファンネルでIフィールドを形成する。ユニコーンのシールドみたいにサイコフレームが使われていればサイコフィールドも張れたのだろうが、無いよりはマシだろう。

 

「あと60秒後にくるぞ! 気張れよみんな!!」

 

「了解!」

 

「わかりました!」

 

 二人の若者の良い返事を聞きながら、機体をユニコーンの前に位置させる。

 

「ユキ大尉!?」

 

「来るぞ! サイコフィールドを全力で展開しろ、他のことは考えるな!!」

 

 意識をすべて、コロニーレーザーを防ぐことを――背中の子らを守ることだけを考える。

 

 両腕を広げるνガンダムを中心にサイコフィールドが展開する。ユニコーンの様な翠でも、バンシィのような黄金でもなく、それはかつて視た光だった。

 

 虹色の輝きに包まれるガンダム。

 

 かつてはそれを観ていることしか出来なかった。

 

「うぐっ、ああああ!! くぅぅぅっ」

 

 コロニーレーザーが直撃し、サイコフィールドを通じて全身が焼き尽くされるような感覚が脳髄を苛む。

 

 νガンダムの手足が吹き飛び、頭部も熔解した。コックピットを守るために、Iフィールドを形成するフィン・ファンネルの位置を変える。

 

 だが申し訳程度にサイコフィールドを纏うのみのフィン・ファンネルも吹き飛ばされてしまう。

 

 人の無意識――アクシズが地球に落ちようとした時は、多くの人々の意識を集めたから、あんな奇跡が起きたのだろう。

 

 だが、今のνガンダムにはそこまでの力が、乗っている自身のニュータイプ能力は、アムロやシャアと言った強いニュータイプのそれには及ばない。

 

 コックピットが火花を散らす。全天モニターがあちこち弾け飛び、ノーマルスーツに刺さっていく。ヘルメットのカバーが割れて頬を切る。

 

 ヘルメットを脱ぎ捨て、ノーマルスーツの襟を開ける。随分と息苦しい。コックピットには血が舞っている。意識が朦朧とするが、今気を失ったら後ろのバナージとリディが危ない。

 

「気張ってみせろよ……、ユキ・アカリ! νガンダム! お前だってニュータイプで、ガンダムなんだろうが!!」

 

 後ろの方から強い想いを感じた。心の底から沸き上がってくる暖かさ。

 

 これが――人の持つ心の光りなのか。

 

「ダメだバナージ! お前は…、此処に居ろ!! ユニコーンとは……おれが行く!!」

 

 気づいたら発していた言葉。コックピットの中が金属の結晶で溢れ、νガンダムからさらに虹色の輝きが溢れていく。

 

「νガンダムは――伊達じゃない!!」

 

 白く染まる閃光の中、白いガンダムの姿を視た。

 

 あのとき、届かなかったものに届いた気がした。

 

「これが……、刻を視るということなのか」

 

 

 

 

to be continued…



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第1話-虹の向こうの側の出逢い-

 

 その日、少女はひとつの流星を視た。

 

 宇宙に広がる虹色の海を観察していた時だった。

 

 虹色の海の中から、地球に落ちる一筋の流れ星。

 

 宇宙に出ることを夢見た少女は胸に湧く躍動を抑えられずに、飛び出した。

 

 ただの流れ星に見えたそれは、隕石などではなかった。

 

 明らかに人の胴体の形をしていたのだ。虹色の光に包まれ、翠色の礫に包まれていながらも、先が千切れ飛んだ四肢を残した胴体は落ちてきた。

 

 そこから発せられる光がなんなのか、少女には理解できた。今も、彼女が首から下げている金属が淡く虹色の光を放っていた。

 

 彼女は全力をあげて宇宙から降ってくる流れ星の姿を隠蔽した。

 

 人類が未だ手の届かない宇宙からの贈り物を自分のものにするために、彼女は自身の全力を尽くした。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ぅっ……、ここは…」

 

 気がついたら、知らない天井だった。

 

 数度瞬きをした所で違和感に気づいた。

 

「重力がある? しかもこの重さは地球の重力か……」

 

 仕事柄、宇宙での無重力生活に慣れきってしまったが、ユニコーンを追って、地球に降りた時に感じた地球の重力のそれと同じ重力だった。それを懐かしいと思って安心してしまうくらいには、やっぱり自分の根っこはアースノイドなのだと改めて思い知る。

 

「そういえば、ユニコーンとバンシィはどうなったんだ……?」

 

 多少気だるいと感じながらも、寝ていたベッドを抜け出す。辺りはコンクリートが打ちっぱなしの壁に囲まれていた。他には小さな棚があるくらいで、生活感の一切ない無機質な部屋だった。ネェル・アーガマの医務室でないのは確かだ。

 

「やあ、起きたかい? いやぁよかったよかった。脳波が弱すぎて死んじゃってるんじゃないかと思ったけど、生きててよかったねー」

 

 そう言いながら現れたのは、一言で表すならば不思議の国のアリスを彷彿させる青いゴシックドレスに機械の兎の耳を着けた女性だった。年はまだ10代後半から20代前半といったところだろう。

 

 世間一般的に美人と言える女性はニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

 

 自分に備わる貧相なニュータイプ能力で感じるのは、無邪気過ぎる、まるで子どものようだと思うくらいだ。

 

「ああ、まぁ、うん。ありがとう。君が俺を助けてくれたんだろ?」

 

「んふふー。ちょーっと重かったけど、助けた甲斐がありそうで何よりだよ」

 

「ちゃんとした礼はまたあとでするから、出来れば電話か何かを借りたいんだけど」

 

 自分の無事を一刻も早く伝える必要がある。地球に落ちたのを知らず、宇宙を意味なく探し回っている可能性だって有り得るからだ。

 

「あー、それね。無意味だと思うよ?」

 

「どういうことだ?」

 

 目の前の彼女がふざけているような感じは受けない。ただ事実を言ったまでに過ぎないと言うような言葉だった。

 

「先ず、篠ノ之 束。私の名前なんだけど、この名前に聞き覚えは?」

 

「篠ノ之 束……?」

 

 言われた名前を記憶の中から掘り起こしてみるが、自分の頭の記憶の中には、そんな名前は記憶していなかった。

 

「ごめん。聞いたことない。有名人なのか?」

 

「じゃあ、今が西暦の時代って聞いたら、信じる?」

 

「西暦? そんなバカな。西暦はもう96年前に終ったはずだ」

 

「そう、でもこっちはまだ西暦の時代なんだ。スペースコロニーも、MSも、スペースノイドとアースノイドも、ニュータイプも無い世界なんだよ」

 

 彼女の口から語られたものは信じられない物だった。30年も常識としていたものが、すべて否定されるのだ。生半可なことで受け入れられるはずがない。

 

 だが生半可でないことを体験済みの自分はすんなりと受け入れられた。

 

「ひとつ聞いてもいいか?」

 

「ん? なんだい?」

 

「MSが無いと言うなら、何故MSを知っている」

 

「それについて答えるとすると、受け入れられるか微妙だけど、ニュータイプの君になら良いのかな?」

 

 MSを知っていることもそうだが、こうもニュータイプという言葉を口にする人間を果たして信用できるのかどうかと、疑問に思う。

 

 ニュータイプという言葉は、軍人か研究者辺りが口にするもので、目の前のコスプレ女子がどのようにしてニュータイプという言葉を知ったのか気になる。そして自分のことをさも当然のようにニュータイプ扱いした。

 

 最悪ニタ研に拾われた可能性も考慮しないとならなくなった現状に頭を抱えたくなる。

 

「とりあえず、君をニュータイプ扱いするところの疑問から解消した方が良いみたいだね。まぁ、着いてきてよ。それを今から説明するから」

 

 此方の懸念を嘲笑うようにクルリと踵を返して、今にもスキップしそうなほどに浮き足だって歩く彼女の後を着いていく。

 

 しばらく歩いてみるが、恐ろしい程に静かすぎるところに一つの確信が頭の中を締める。

 

「あのさぁ。もしかしなくてもこの施設って、おれたちしか居なかったりする?」

 

 そう言うと、彼女はまたクルリと此方に身体を向けながら満面の笑みを浮かべて答えた。

 

「ご名答! ニュータイプって、やっぱりなんでもわかっちゃうんだね!」

 

「……わかるものかよ。なんでもわかるんだったら、ニュータイプ同士で争ったりなんぞするもんか」

 

 別にバカにされたわけでもないのに、ニュータイプが万能人間みたいな感じで言われるのが嫌だった。

 

 本当にニュータイプが万能人間だったら、起きなくてよかった悲劇なんでいくらでもあっただろうに。

 

 脳裏を過ぎ去ったのは、戦争という中で散った何人もの少女の姿だった。ニュータイプを人工的に産み出した存在。強化人間という存在としてニュータイプと同質の力を持った少女たち。

 

「さぁ、着いたよ」

 

「っ、これは……」

 

 足を踏み入れた部屋は見上げる程に天井が高かった。

 

 そこにあったのは機械の巨人だ。二つの目を持ち、2本の角を持つMS。数々の戦場で伝説を打ち立ててきた存在。

 

「量産型νガンダム……」

 

 RX-94 量産型νガンダム。

 

 それが五体満足の姿で立っていた。

 

「そう、RX-94 量産型νガンダム。それもフィン・ファンネルを搭載して戦っていた貴方はニュータイプなのは誤魔化せない事実」

 

「なるほどね。それは誤魔化せないな」

 

 参ったと言わんばかりに手を上げる。だが、それでニュータイプを知っているという証左にはならない。

 

「そんな君に、これをお見せしよう」

 

 そう言いながら彼女が手元の端末を弄ると、空間投影ディスプレイなのだろう、それに映像が流される。

 

「こ、これは……!?」

 

 おれはそれを見せられて声が出なかった。そして同時に3年前の記憶が生々しく甦った。

 

 地球に向かって加速するフィフス・ルナ。

 

 その落下を阻止しようと戦うジェガン隊と、阻止妨害のために展開するギラ・ドーガ部隊。

 

 結局互いに言葉を発せずに、『逆襲のシャア』と命題された映画を視聴し終わった後にようやく声が出た。

 

「つまりこう言いたいわけだ。この世界にはガンダムがアニメとして存在していて、ファンネルを扱えるパイロットのおれは少なからずニュータイプだと」

 

「そう! 君は世界の壁を越えてしまったわけだよ」

 

 認めたくは無いけども、認めなくてはならないのが現実だ。さすがに自分が生きた宇宙世紀が創作物の世界であると見せられて、動揺がないわけではない。だが衝動に任せて叫んだところでなにも変わりはしない。

 

 世界を越える。そんな非現実を出来てしまった原因のひとつは、サイコフレームだろうことは確信がある。

 

「お前がおれをこの世界に連れてきたのか?」

 

 量産型νガンダムを見上げる。だがユニコーンでもあるまいし、MSが答える訳がない。

 

「ところで、君はこれからこの世界で暮らすわけだけども」

 

「ああ、そっか。そうだよな」

 

 やっぱりまだ実感がわかないんだろう。νガンダムが目の前にあるからだろう。

 

 束は先ずこの世界について話してくれた。

 

 IS-インフィニット・ストラトス-という彼女が造り出した女性にしか動かせないパワードスーツの存在が、女尊男卑の風潮が世界に広まったこと。そのISが世界に知られ世界を変えることの切っ掛けになった白騎士事件。ISを造り出した彼女自身の事も。

 

「それにしても、コックピット周りにしかサイコフレームが使われていない量産型νガンダムでコロニーレーザーを防ごうだなんて、キミってもしかしなくてもバカ?」

 

「バカで結構だ。全部が全部子供に任せっぱなしなんて、大人としてダメだろ」

 

 戦争しかしてなかった自分でも、最低限大人でいたい自覚はある。

 

「それで、君はおれをどうしたい?」

 

 世の中ただ飯食らいほど高いものはない。彼女程の頭脳があればガンダムの解析は簡単なはずだ。そこにおれを生かすメリットは少ないだろう。

 

「人の革新の為に協力してって言ったら、君は笑う?」

 

 束の視線がおれを貫く。その瞳に意思の強さを感じた。彼女は本気だとニュータイプでなくともわかる力強さがあった。

 

「笑わないよ。かつて君のように本気で人の革新を信じた男を知ってる。君は彼と同じ、真っ直ぐな目をしている」

 

「それって」

 

「赤い彗星。シャアは最後まで人の革新を信じていた男だった。アクシズを落とそうとしたのだって、核の冬という極限の環境に人を置くことで、人類に革新を促すためだった。まぁ、アムロの言う通り、シャアは急ぎすぎてたんだよ」

 

「赤い彗星と同列に扱われるのは光栄なのかな?」

 

「まぁ、ジオンからしたら光栄じゃないかい?」

 

 微妙な苦笑いを浮かべる束に先を促す。

 

「私はね、宇宙に出たいんだ。あの果てしない星の海に」

 

「宇宙か……」

 

 生粋のアースノイドなら、宇宙に憧れる心はわかる。俺も宇宙に居る間は心が安らぐ。

 

「行くか、宇宙に」

 

「え?」

 

「こいつを修理したんだ。こいつを宇宙に飛ばすくらい出来るだろ?」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 おれの提案から決まった宇宙行き。しかし準備に2週間かかった。

 

 彼女は世界中から追われる身の上らしい。故に隠れて過ごしているらしい。ISに必ず必要なコアは467個があるだけで、以後はコアを造っていないかららしい。

 

 世界中の国や企業が彼女を捕まえようと血眼になって草の根を別けて探しているらしい。

 

 だが、量産型νガンダムを一から製造する辺り、彼女の常識外れな天才具合がわかる。

 

 おれが元々乗っていたνガンダムはサイコフレームの塊になってしまったらしい。あとどういうわけか身体が若返っていたのはさすがにもうなんと言ったら良いのかわからなくなった。33歳だった肉体が16歳、一年戦争を駆け抜けた頃に戻っていたのだ。

 

 まぁ、身体が若返ったのは腰痛とかに悩んでいたから良しとしよう。

 

 大型のロケットブースターを二基装備した量産型νガンダムは大気圏を離脱。地球の引力圏を離脱し、月の引力圏に入ったところで、ブースターを切り離した。

 

「ふぅ…。宇宙は良いな……」

 

 全面モニター一面には黒い宇宙が広がり、星々の光が宝石のように輝いていた。心が溶け出すように宇宙の穏やかさに身を任せた。

 

「君には宇宙はどう見えているの?」

 

 サブシートに座る束が訪ねてくる。

 

「ニュータイプ的に言うなら、蒼く見えるな。蒼い宇宙に煌めく星々。自分がどこまでも広がっていく感じかな。足場がなくて怖いけど、それ以上に身を預けてしまいたくなる穏やかさに包まれてるような感じ」

 

「そっか、やっぱりニュータイプってのは良いね。私は星がキレイだとくらいしか感じないや」

 

 ニュータイプとして感じた宇宙を語ってみたが、それが余計に彼女を落ち込ませてしまったらしい。

 

「心を空っぽにして、何も考えないで、感じるままに感じてみてくれ」

 

 束の手に自分の手を重ねて、自分が視ているものを彼女に伝える。

 

「スゴい……これが、ニュータイプが視る宇宙」

 

 目の前がサブシートで覆われている所為で前があまり見えないが、声から聞く限りだとお気に召したようであった。

 

 そのまま空気が限界近くになるまで宇宙を漂ったあとは、フライングアーマーを使って地球に戻った。

 

 

 

 

to be continued…



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第2話-赤い彗星という機体-

読み終わったあと、皆は必ずこう言う。

「お前ガンダム乗ってたんじゃないのかよ!?」と。


 

 宇宙遊泳をしてから一ヶ月。

 

 彼女――篠ノ之 束に週一程度で宇宙に上がることをせがまれた。

 

 宇宙に出る為にISを造った彼女が、宇宙を感じられるということは何事にも変えがたいことなのだろう。

 

 ちなみに今のところ彼女にニュータイプになる予兆なり素質なりはまったく感じないことを伝えたら思いっきり蹴りを入れられた。結果5mくらい吹き飛んでめちゃくちゃ痛かった。

 

 いくらニュータイプでも身体は普通の人間なので勘弁しろください。

 

 しかしニュータイプの危機感知を上回る速さの蹴りとは。

 

 ニュータイプよりもガンダムファイターの方が向いていそうだと言ったらラビットアリスフィンガーを喰らった。脳ミソが鼻から出るかと思った。

 

 束からはどうすればニュータイプになれるのかとしつこく訊かれるのだが、おれだって戦いの中で覚醒したニュータイプだ。

 

 自覚したのは一年戦争時、やはりララァ・スンとの出逢いと、その散り様に居合わせた時だっただろう。

 

 あの時、刻の流れを見た気がしたんだ。そこからニュータイプとしての感覚が異常発達したのをハッキリと覚えている。恐らくララァの感応波におれのニュータイプとしての感覚が刺激されたからだろう。

 

 それは置いておくとして。

 

「ホント、静かで良いな、この世界の宇宙は……」

 

「静か? 宇宙に静かもなにもあるの?」

 

「まぁね。宇宙世紀の宇宙は人が死にすぎた。場所によったらヒトの残留思念が残っている場所がある。ソロモン宙域辺りは一年戦争とデラーズ紛争で死人がわんさか出たからね。進んで行きたいとは思わんよ」

 

「なるほどねぇ……」

 

 そんな宇宙世紀の世間話をしながら宇宙遊泳をするのがこのところのおれたちの交流だった。 

 

「やっぱり、人が死ぬ時は感じるものなの?」

 

「意図的に意識して感じないようにはしているけど、強い意思の波長はやっぱり感じる。相手がニュータイプや強化人間だったりすると、その最後を感じさせられるよ」

 

 だから一番人の死に敏感だったのはグリプス戦役と第一次ネオ・ジオン戦争辺りだった。あの時期は敵味方にニュータイプや強化人間が沢山死にすぎた。

 

 おれはニュータイプの力を戦いの道具として使って余計な思念を感じないようにしていたが、カミーユやジュドー、バナージのようなニュータイプという存在の在り方そのものだった彼らには、人の思念が荒れ狂う戦場というものは辛かっただろう。

 

 地上に戻れば特にやることもなく時間だけが過ぎていく。暇潰しに束とゲームに勤しむこともあるが、専ら双六のような運要素の強い物しかしない。

 

 なにしろニュータイプ能力と言うのはON/OFFの効かない力だ。アクションゲーは相手の出方がわかってしまう、シューティングゲーならばどう弾を避ければ良いのかわかってしまうのだからズルいと彼女に言われたが、こればかりはおれにはどうしようもない。

 

 さて、ただ飯食らいの自分ではあるが、いよいよそれも終わりの様だ。

 

 束が開発したISと呼ばれるパワードスーツだが、その絶対数が少なすぎる為に政治的な道具としても扱われている。

 

 MSの誕生で旧来の戦闘機や戦車に替わった様に、ISもまた旧来の兵器を鉄屑と替え、国防の基幹として扱ったのだ。

 

 MSショックというものを知っているから気持ちはわかるが、だからと言って女性にしか動かせない兵器を国防の要とするなんて神経がおれには理解出来なかった。

 

 束が行方を眩ましたのも、ISが軍事利用され始めた頃だと本人から聞く。彼女はあくまでもISは宇宙進出の為の物であると主張したらしいが、各国のお偉方は聞く耳を持たなかったらしい。それで彼女が雲隠れしたのはもはや自業自得だろう。

 

 故に開発者本人にしか造れないISコアは絶対数が限られ、各国は彼女を血眼になって探しているわけだ。

 

 彼女を手中に納めれば、ISコアを量産出来るわけだからだ。

 

 だがそれが出来ない現状で出来る事は、数少ない量の質を高める事は誰もが思い付くだろう。

 

「そして中には非合法研究もあるのは世の常か」

 

 鋼鉄の鎧を身に纏い、おれはアマゾン川の森林に紛れて造られた研究所へ向けて進んでいた。

 

 アマゾンとなると、ジャブローを思い出す。

 

 そして今回、これから襲う研究所も地下施設と言うことだ。

 

 今回の目標はヴァルキリー()トレース()システムという物の研究をしている非合法研究所の襲撃だ。

 

 モンド・グロッソというISで行うオリンピックなるものがあり、様々な分野でISの性能を競い合うのであるが、その各部門での優勝者がヴァルキリーとして称えられるのだとか。

 

 つまりもうお分かりだろう。そのヴァルキリーの動きを再現するシステムが、VTシステムと言うわけだ。

 

 なお、VTシステムの研究はIS運用協定、アラスカ条約と言うもので開発が禁止されている。

 

 そんな非合法の研究所をわざわざおれが襲撃する理由は、まぁ、この手の非合法な研究所が存在をしている時点でお察しである。正規の対応で排除出来ないのだから、こうして非合法的にこちらも対処するまでという事だ。

 

 連邦軍の軍人が聞いて呆れるだろう。しかし、必要であるから、彼女の申し出を受けたまでだ。それに一年戦争はジオン、グリプス戦役ではエゥーゴに所属して連邦軍とも戦火を交えたこともあるのだから今さらだ。

 

『このまま何事にもなければ、あと5分程で入り口が見えてくるはずだよ』

 

「了解した」

 

 川の流れに身を任せながら川を下っていく。MSが潜っていても隠れて進めるだけあって、4m程の今の自分を察知するなど難しいことだろう。

 

「これか……」

 

 バカ正直に地上に入り口があるわけではなく、地表をスライドさせて入り口を開くタイプである様だ。川の中から小型カメラを出して様子を視ると、川縁に不自然な亀裂が入っている。

 

「博士。ここ以外に入り口は?」

 

『ちょっと待って。――500m下流に行くと、もうひとつ小さいのがあるけど』

 

「ならそらちから行こう。ここは爆弾で吹き飛ばすだけでいい」

 

『どうして? 君の腕とその機体なら正面からだって負けないのに』

 

「だからといって、正面から戦う必要はないのさ」

 

 敵が内部にどれ程居るのか正確にはわからないのだから、余計な消耗は避けるべきなのだ。

 

 ナビゲートに従って、川から上がる。二つ目の入り口は地上に設置されているエレベーター型の入り口だった。

 

「それにしても、目立つな」

 

 周りは土と木々の中で、真っ赤なロボットが移動しているのだ。目立たないはずがない。

 

 MSN-04 サザビー

 

 あのシャアが最後に乗ったMSとして有名だろう。 

 

 重MSでありながら機体各所のアポジモーターにより運動性は高い水準にある。

 

 本来なら20mを超える巨体であるのだが、今は4mサイズの大きさでジャングルを歩いている。

 

 篠ノ之 束博士がISにMSの技術を取り入れて開発した新型のISである。

 

 女性にしか動かせないISをおれが動かしているのは、ISコアにサイコフレームを使って、ニュータイプであるおれを認識させているからだそうな。

 

「さて、始めるか」

 

 自身の中でスイッチを切り換える。今から自分はMSのパイロット。戦場に立つ一人の戦士。人を殺すニュータイプだ。

 

 最初の入り口に仕掛けた爆弾を爆発させる。結構な量を仕掛けさせて貰った為、軽い地震染みた地響きが機体から伝わってくる。

 

 今の爆発で向こうの目は逸れているだろう。

 

 ビームサーベルを抜き、地表に突き出ているエレベーターの入り口を切り開く。そのままエレベーターシャフトを降下する。

 

「さすがに無警戒過ぎるな」

 

 エレベーターの底に辿り着き、再びビームサーベルで扉を切り開いて施設内に侵入したというのに、歓迎はない。

 

 一先ず物陰に隠れ、サイコフレームで増幅された意識を拡げ、周囲の気配を探った。

 

「静かすぎる……」

 

 警報がけたたましく鳴ってはいるが、それにしては人の動きが静かすぎる。

 

「チィッ、これだからジャブローでも見つかる!!」

 

 悪態を吐きながらバーニアに火を入れて飛び上がる。後方から此方を見つけて接近していた四本脚のガードメカがレーザーを撃ってくる。相手が機械であり、気配を探るのに意識を向けすぎて反応が出遅れた。

 

 それをアポジモーターを噴かして回避しながらビームショットライフルのライフルモードで撃ち返す。

 

 U.C.0093年代でも強力な威力を持つビーム火線が、ガードメカを爆発する余裕もなく熔解させた。

 

 だが今ので此方も見つかったのは明白だ。レーダーで捉えている熱源の数々が此方に向かってきている。

 

「だから赤い機体は目立つと言った!」

 

 宇宙空間でも目立つような色が、目立たないわけがないのだ。なのに機体のカラーリングの変更を許して貰えなかったことに悪態を吐く。

 

 天然の地下空洞を利用して造ったのか、MSで乗り入れても十分な広さの施設内を飛びながらガードメカを撃ち抜いていく。

 

 連装ミサイルランチャーを積んだ戦闘車輌や、電磁加速砲を持つリニアタンクが行く手を阻むが、ミサイル程度でこのサザビーが止められるはずがない。電磁加速された弾丸すらも、鈍重な見掛けに反した軽やかさで躱していく。

 

「成り行きとはいえ、赤い彗星の機体だ。それを乗るからには易々と傷を付けることは出来ないのでな!」

 

 反撃に撃ち込まれた拡散メガ粒子砲は地面を融解させながら戦闘車輌やリニアタンクをメガ粒子の中に呑み込んでいく。

 

「あ、赤い彗星だ……」

 

 目前に迫ったメガ粒子のカーテンに呑み込まれる直前、戦闘員のひとりがそんなことを呟いた。

 

「赤い彗星か。この程度の事で」

 

 続けて出てくる戦闘車輌を相手にしつつも、そんなことを呟いた。

 

 肩慣らし程度の動きでそう言われてもシャアに申し訳ない。一年戦争、グリプス戦役、第二次ネオ・ジオン抗争と、戦友としてその動きを見て、立ちはだかる敵として相対して来たのだ。

 

 シャアならばもっと鋭く、そして早く敵を仕留める。

 

 ビームショットライフルで前方の戦闘車輌を撃ちながら、後ろにシールドの先を向けてミサイルを放ち、身を乗り出してきたガードメカに申し合わせた様にミサイルが直撃して吹き飛ぶ。

 

「なに?」

 

 前方からその他とは違うかとなくプレッシャーを感じる。

 

 熱量測定。ISクラス――!

 

「聞いてはいないが。面白い」

 

 前方からライフル弾による弾幕が放たれるが、殺気を感じない。牽制が目的だ。

 

「やる気のない弾など」

 

 捉えた影はラファール・リヴァイブ。デュノア社製第2世代型と情報が表示されるが、そんな情報に目を向けている暇はない。

 

 向かってくる弾丸は無視して肉薄する。

 

「見せて貰おうか、ISの性能とやらを!」

 

 つい口走ってしまった言葉に内心で苦笑いを浮かべながらシールドを装備する左手にビームサーベルを握り、斬りかかる。

 

『くっ』

 

 近接戦闘領域に入ったお陰で、ラファールのパイロットの声が聞こえた。

 

 初手は後ろに飛び退くことで回避されたが、間髪入れずにビームショットライフルでラファールのライフルを撃ち抜く。

 

 弾倉に残っていた弾薬の火薬に引火して爆発する前にライフルは手放したが、爆発した爆炎の中にサザビーは突っ込む。

 

『なっ!?』

 

 爆炎の中を突っ切られるとは思わなかったのか、ラファールのパイロットは驚愕を浮かべていた。

 

『ヅ、アアアアアア!!』

 

「この程度か。……先を急ぐ。退いて貰おう」

 

 その鳩尾にサザビーの渾身の蹴りが炸裂する。反動を使ってサマーソルトで一回転すると、追撃に残ったシールドのミサイル二発を撃ち込む。

 

『キャアアアアアアア!!!!』

 

 まともに重量の蹴りを喰らって吹き飛ばされたラファールは体勢を立て直す前にミサイルの直撃を許した。

 

 爆煙が晴れると装甲がボロボロになったラファールが現れた。

 

 素人目で視るなら中破程度だろうか。だが最優先はVTシステムだ。ISを相手にいつまでもかかずらってはいられない。

 

 だがまだ戦う意思を見せるラファールは近接ブレードを抜き放ち、突っ込んでくる。スピードからしてフルブーストだろう。

 

「だが、向かってくるという相手を無下にはできんだろう」

 

 降り下ろされた近接ブレードをビームサーベルで受け止めるが、拮抗は一瞬。ビームサーベルにブレードを熔断されたラファールは、降り下ろした姿勢のまま前につんのめった。

 

『ゴフッ』

 

 つい反射的に膝蹴りをラファールに打ち込んでしまったおれは悪くない。だが今のがトドメだった様だ。

 

 ぐったりとしたラファールを捨て置き、サザビーを進ませる。

 

「なるほど。衝撃までは完全に防御しきれないらしいな」

 

 となれば、対IS戦闘の攻略も楽になるだろう。

 

 防衛の要のISが墜ちたからだろう。防衛火線が熾烈になってくる。ガードメカの数も増え、戦闘車輌も対空車輌まで出てくる。中には鈍重なパワードスーツまで姿を現すが、サザビーの敵ではなかった。

 

「なんと他愛のない。鎧袖一触とはこのことか」

 

 地下施設の制圧に成功した後、VTシステム関連のデータを納めたサーバーを発見。物理的に他とは独立した造りになっていた。

 

 なるほど、ISを突入させた理由がわかった。

 

 腹部の拡散メガ粒子砲でサーバーを破壊した後、施設の自爆プログラムを作動させた。

 

 地上に戻り、施設の爆発を見届けた後はそのまま帰還の途に着いた。

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 

 



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第3話-刻の涙の記憶-

今回やっつけ加減で宇宙世紀の話をします。試験的に本編の中で描写しますが、その分やっつけ加減になります。1話使って丸々過去話しを作った方が良いのかと悩みましたが、今回はこういう形にしてみました。


 

 宇宙から降ってきたニュータイプ。

 

 宇宙という環境に適応した新人類。

 

 宇宙を目指す私にとって、いつか出逢いたいと思っていた存在。

 

 もちろんニュータイプ論なんて唱えたらISを発表した時以上にバカにされると思う。なにしろニュータイプは二次元の空想なのだから。

 

 でも世の中にはニュータイプのように広い視野を持っていたり、ひどく勘の良い人間は居る。

 

 だったらニュータイプが居ないだなんて誰が言い切れると言うのだろうか。

 

 そんな私の前に現れたニュータイプの彼は、私の目指す宇宙を見せてくれた。

 

 蒼くて綺麗な宇宙だった。星の光に溢れていて、そのひとつひとつが希望の光に見えた。

 

 それをもっと感じたいから私はニュータイプになりたいと心から思った。

 

 だけどニュータイプになる為にはどうすれば良いのかわからない。彼も戦いの中でニュータイプに目覚めたと言っていた。

 

 だから彼に組み手なりISの模擬戦なり、MSのシミュレータなりで勝負しているけれど、まさかこの束さんが今のところ惨敗だなんて思わなかった。

 

 これでも彼が来るまでは世界から隠れ住んでいたし、たまーに見つかってもISを使って修羅場を潜ってきたつもりだけど、全部赤子の手を捻るように意図も容易く負け続け。ホントにニュータイプってズルい!!

 

 どうズルいのかって?

 

 こっちの行動が全部先読まれちゃうんだよ? そんなのどうもしようもないじゃないか!!

 

 だから絶対にニュータイプになって彼に「ギャフン!」って言わせてやる!

 

 だからそれまでは私の代わりにニュータイプとして頑張ってくれたまえ。

 

「ユ~ゥ~キ~ィ~、宇宙行こうよぉ~」

 

「またか? 今週もう3回目だぞ」

 

「別にやることないから良いじゃんか」

 

 彼は私が宇宙に行きたいと言うと、ガンダムに乗って宇宙に連れていってくれる。

 

 ISでなくMSを使うのは極単純。サイコフレームの量がISとは違うからだ。サイコフレームが多い方がニュータイプ能力を増幅してくれるから、私もより強く宇宙を感じられる。

 

 そんなニュータイプの彼に私は仕事を依頼する。ニュータイプのもう一面。純粋な戦闘能力をみたいから。

 

 だから苦労してサイコフレームを核としたISコアと、ISサザビーを造った。

 

 どうして量産型νガンダムに乗っていた彼にサザビーを造ったのか。それはやっぱり、赤い彗星ってインパクトがあって面白そうじゃないか。

 

 そして彼は私の頼みを完遂してくれた。

 

 ISサザビーはMSサザビーを完璧に再現している。そこにシャアに匹敵するニュータイプが乗っているのだから、そう易々と負けるハズがない。

 

 ガンダム神話も良いだろうけど、シャアの再現というのも悪くない。彼に知られたら怒るかもしれないけどね。

 

「今戻った」

 

「やぁ、お疲れさま。どうだった? サザビーの方は」

 

「申し分ない。だが――」

 

 ISスーツ代わりに作ってみたパイロットスーツのヘルメットを取って襟を開けると言葉を続けた。

 

「個人的にはやっぱり速いMSが良いな」

 

 スイッチが切り替わったように雰囲気が軟化した彼にタオルとボトルを渡す。

 

「と言うより大事にしたいのはわかるけど、却ってシャアの持ち味を潰すんだよなぁ。サザビーって」

 

 シャアが得意とする機動戦がサザビーのような重い機体には向かないのだとか。ISとMSの違いはあるとはいえ、同じく機動戦を得意としている自分がサザビーと、80%の性能とはいえνガンダムを乗り比べたからわかるのだとか。

 

 生の経験からくる話しに私は釘付けになって耳を傾けた。

 

 確かにサザビーは高性能のMSだけれども、仮にシナンジュのような高機動型MSに乗っていたら勝敗も或いは変わっていたのだろうか。

 

 そういう意味ではフル・フロンタルはシャアの理想の戦い方が出来ていたということなのだろうか。

 

 それでも問題なく乗り回している辺り、以前にも重MSに乗っていたのか訊いてみると、答えはYESだった。

 

「一年戦争の後半はリック・ドムⅡに乗ってたから」

 

「え? 君ってジオン側だったの!?」

 

「あれ? 言ってなかったか?」

 

「うん。初耳だよ。ねぇねぇ、またお話し聞かせてよ」

 

「あまり戦争の話を聞いたって面白くもないだろう」

 

「そんなことないよ。生で経験した話って、結構聞きたくなるんだよ。それが本物の宇宙世紀ならなおさらさ」

 

 戦争の話をワクワクして喜んで聞く私を、彼がどう思っているのかはわからない。でも、彼を知る為には彼の背景や軌跡を知らなければならない。

 

 私はニュータイプじゃないから、彼のことを知るには言葉にして貰わなければならないから。

 

  

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 宇宙に咲く光の花々。その輝きのひとつひとつが、人の生が散る光であることを感じていた。

 

「くそっ、数ばかりで来たってさ!!」

 

 紺色に塗装されたリック・ドムⅡを駆り、ビームバズーカでサラミスを1隻沈める。

 

(あのリック・ドム、動きが違うぞ!)

 

(なんて速さだ、一瞬で5機のジムをやりやがった!)

 

(間違いない……、鷹だ…、ジオンの蒼き鷹だ!! 逃げろぉぉぉ!!)

 

「うるさい!!」

 

 頭のなかに直接響く声。その煩い声を打ち払うようにジムやボールを撃ち落としていく。

 

(あ、あぁ、い、イヤだ……、母さん!!)

 

(おのれジオンめ……)

 

(連邦万歳……!)

 

(来るな! 来るな来るな、来るなあああ!!)

 

「纏わり、つくなあああああ!!!!」

 

 それがニュータイプであることを知り、この力がおれを生かし、しかしながら少しずつ殺していった。

 

(すげぇぜ! さすがは蒼き鷹だ)

 

(まだあんなに若いのにな。大したもんだ)

 

(おいおい、あんな坊っちゃんに負けてるヒマはないぜ? おれたちも前に出るんだよ!)

 

 一度戦場に出れば、戦場のすべてがわかってしまうこの力を憎々しく感じながらも、数々の激戦の戦禍を生き抜いてこれたのも、この力があってこそだった。

 

「ララァ」

 

「あら、ユキ。もう出撃よ?」

 

「わかってるよ。わかってはいるけど、心配だから一言くらいかけに来てはいけない?」

 

「うふふふふ。心配ないわ。大佐が守ってくださるもの」

 

「でも、次の戦闘は厳しいものになるし、どうしようもなく不安で、イヤな感じがするんだ。上手く言葉に出来なくてわかりにくいと思うけど」

 

「あなたの気持ちは嬉しいわ。でも私は、私を救ってくれた人の為に戦いたいの。あなたにもわかるでしょう?」

 

「そうだけど、わかるけど」

 

 ララァ・スン――。

 

 シャアに紹介されて出逢ったひとりの少女。

 

 出逢って3秒で涙が溢れて止まらなくなった。ようやく出逢えた仲間に、荒んだ心を洗われた安心感が、心に貯めていたものを堰を切れさせた。

 

 ニュータイプ同士という共通点から、おれと彼女は友人となった。今にして思えば、淡い恋心すら抱いていただろう。たとえ彼女がシャアを好いていても、それはそれで良かった。ララァとの時間が戦いで荒んだ心に安らぎをくれたのだから。

 

 互いにニュータイプだてらに多くを語らずともわかってしまうから、彼女を止められないことくらいわかってしまう。それにニュータイプ専用MAエルメスの戦力の強力さは目にしているから、今さら彼女を出撃させないという選択肢はないのだ。

 

「シャア、本当に彼女を使うのか?」

 

「ああ。エルメスの力は強力だ。彼女の力があれば、この戦場もすぐ終わる」

 

「そうか。でもとてつもなくイヤな予感がする。十二分に気をつけてあげてくれよ」

 

「わかっているさ。私とて、彼女を失うわけにはいかんのだからな」

 

 だが悲劇は必然のように訪れた。

 

「シャア! 間合いを開けろ!!」

 

「ユキか!?」

 

 ガンダムと戦っていたシャアのゲルググを援護する為にビームバズーカを向ける。

 

「中れよおおお!!」

 

「なにぃ!?」

 

 放たれたビームバズーカはガンダムのシールドを直撃して吹き飛ばすが、反撃で撃たれたビームライフルがバズーカの先端を食い破っていった。

 

「ええいっ! ソロモンからそんなに経っていないのにまた強くなってくれて!!」

 

 ジオン宇宙攻撃軍所属だったおれは雪辱のソロモン戦にてガンダムと対峙していた。結果は愛機である高機動型ザクを失う惨敗を期したが、その時と比べてもガンダムの動きが数段洗礼されていた。

 

 使い物にならないビームバズーカを捨て、腰にマウントしていたMMP-80 90mmマシンガンを握ってガンダムを撃つ。だが横合いから来たビームにガンダムから注意を離さざるえなくなる。

 

「なんだ!? 戦闘機が邪魔をする!?」

 

 戦闘機――コア・ブースターに向けてマシンガンを撃つが、まるで狙いを読まれているように回避していった。

 

「このドムを墜とせば…!」

 

「ちょこまかとして!」

 

「ダメです! セイラさんさがって!!」

 

「ユキ!」

 

 シャアの声が聞こえた時にはガンダムのビームライフルから放たれたビームが、機体の右脚を貫いた後だった。

 

「うわああああああ!!!!」

 

 貫かれた右足のエンジンが誘爆しなかったことは不幸中の幸いだったが、推力の下がった機体で、彼らの動きに追随する腕が、おれにはなかった。

 

「ユキ…! おのれガンダム!!」

 

 シャアのゲルググがガンダムのビームライフルをビームナギナタで切り裂いた。だがガンダムは即座にビームサーベルを抜きシャアと切り結び始めた。

 

 その間にもララァのエルメスはコア・ブースターと撃ち合い、その光景をおれは見ているしか出来なかった。

 

 ビームナギナタを持つ赤いゲルググの右腕を、ガンダムのビームサーベルが切り裂き、止めを討つと言わんばかりにガンダムはゲルググに肉薄した。

 

「くうううううっ!!」

 

 回避も間に合わない致命的な間合いだった。

 

「大佐!!」

 

 だが。ゲルググを突き飛ばしたエルメスのコックスピットへ、吸い込まれようにガンダムのビームサーベルが突き立てられた。

 

「ラ、ラァ……」

 

 目の前の現実が信じられなくて、間抜けな声しか出せなかった。

 

 エルメスから光が広がっていって、星々の銀河の流れる幻想の中に居た。

 

 人の思惟が極限にまで達した世界には、もう敵も味方もなにもなかった。ただこの()を共有出来る想いを噛み締める者たちだけが、ここにいた。

 

(人は……変わっていくわ。私たちと同じように)

 

「そうだな……ララァの言う通りだ……」

 

(アムロは……本当に信じて…?)

 

「信じるさ…。君ともこうしてわかり合えたんだ。人はいつか、時間だって支配できるさ……」

 

(ああ……アムロ、刻が見える……)

 

 永遠のように長く、一瞬のように短い刻の中での語らい。それが過ぎ去ったあとにはエルメスは光の中に消え、すべてが失われてしまったことを嫌でも叩きつけられた。

 

「うそ、でしょ……。ねぇ、うそなんだろ? ウソだって言ってよ、ララァ!!」

 

 胸が引き裂かれそうな痛みに、涙が溢れてくる。

 

(優しい子。私の為に泣いてくれるのね……)

 

「ぅぅっ、ラ、ラァ……。ララァ……、ララアアアアアアア!!!!」

 

 魂の奥底からの慟哭。大切な物を喪った悲しみ。決して癒せない心の傷だけが残った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「アカリ……? 泣いてるの?」

 

 リック・ドムⅡの戦歴から通じて、ニュータイプ、ララァ・スンの死を語った彼は止まることのない涙を流していた。

 

「……ごめん。今日はもう寝かせて」

 

 背中を向ける彼に、私は掛ける言葉がなくて、一瞬迷いはしたけど、その小さな背中を抱き締めた。

 

「博士……」

 

「……今日は、一緒に寝てあげる」

 

「……同情なんて」

 

「同情なんかじゃない。でも、今の君をこのまま行かせられないよ」

 

 彼の身体の前に回した腕の手の甲にぽたぽたと落ちる涙。それが、刻の涙を見るということだったのだろう。

 

 17年経っても癒えない彼の傷痕。

 

 ニュータイプでない私には、温もりというものでしか彼を癒してあげられない。

 

 だからもっと温もりを感じられるように腕に力を込めて抱き締めた。

 

 今日は、ニュータイプというものの深い悲しみを知った。

 

 

 

 

to be continued…



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第4話-強化人間の少女-

又々サザビー無双回と、束さん家のマスコットの登場です。なお皮だけで中身は弄っている模様。『性格改変』タグでも付けるか。

ちなみにパワードスーツはクレストのCR-MT85辺りをイメージしてください。


 

 悲しみを背負ったニュータイプ。

 

 彼の時間は止まったまま。その純粋で、優しさを持った心は尊いもので、幼かった。

 

 気がついたら、そんな幼い心を愛おしく抱き締めていた。

 

 おかしな話だ。自分でもそう思う。

 

 他人なんてどうでも良い私が、興味があるとはいっても、まだ他人の域に居た彼に、こうも懐を許してしまった。

 

 一晩中包容力になら自身がある胸に彼を抱きながら、枯れることのない涙を受け止め続けた。

 

 そこには、戦っているときに見た赤い彗星の再現でも、年相応の少年のようなものでもなく、世の事すべてから守られて安心しきった無垢な赤ん坊のような寝顔があった。

 

 そんな事のあった翌日の彼の顔は少し暗かったが、いつも通りに振る舞おうとしていたから、私もそのように振る舞った。

 

「アカリ、また頼み事があるんだけど」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 新たに束から頼まれたのは、先に壊滅させたVTシステムの研究所の物資の流れから、次のターゲットを確定したということだ。

 

 その研究所はイギリスにあり、そこは表向きを遺伝子の研究をしているが、裏では強化人間を生み出す為の研究施設だった。

 

「ぶっ壊して欲しいの。なにもかも全部」

 

 理由はわからないが、彼女が強化人間を造る技術に対して、激しい嫌悪感を持っているのは感じ取れた。

 

 迷うべくなく受け持った。

 

 人が人を弄ぶのを許しておけないのはおれも同じだ。多くの強化人間の悲劇を見てきた所為で、強化人間技術アレルギーになっているからだろう。

 

 救えるならば一刻も早く救ってやりたいというエゴから発しての行動だった。

 

 地表から36000kmの静止衛星軌道上。青い地球を見下ろすそこに、ISサザビーの姿はあった。

 

 この世界に来てからは、自分のガンダム以外での初めての宇宙。

 

 己のガンダムではなくサザビーという、戦友の忘れ形見を身に纏っている所為か、涙が零れてくる。

 

 あの時を思い出すからだろう。

 

 シャアとアムロ、二人の戦いを前にして見ているしか出来なかった。ララァに止められてしまったからだ。そしておれは、置いてけぼりにされた。

 

 ララァはシャアとアムロを連れて行ってしまったのだ。おれを置いて。

 

 頭を振りかぶってリセットする。

 

 言って聞かせる為とはいえ、ララァの死を生々しく思い出してしまった所為か、今の自分はひどく弱い。

 

「ユキ・アカリ、サザビー、発進する!」

 

 だから、弱い自身を隠すために今は仮面を被ろう。幸いにも、赤い彗星という好都合な仮面があるのだから。

 

 ISである今のサザビーにはバリュートやフライングアーマーといった大気圏突入用装備がなくとも、宇宙からかの大気圏突入が可能である。

 

 だがそれにはISのシールドエネルギーを使うため、専用の装備を今回は拵えた。

 

 MSの身の丈近くもある分厚いシールド。ガンダムシリーズを知る者ならば、一目でそのシールドがなんなのかを看破できるだろう。

 

 ガンダムGP02。

 

 歴史の闇に葬られたガンダム試作2号機に装備された対核冷却シールドだ。

 

 これの冷却機能ならば十分に大気圏突入が可能だ。

 

 さらに大気圏突入に合わせて廃棄された人工衛星を爆破させ、その破片に紛れて降下することになった。

 

 遺伝子研究所とはいえ軍事研究所を襲撃するのだから、それなりの装備も抵抗もあるだろう。

 

 電子的な目潰しをする予定だが、光学的には誤魔化しきれない部分もある。故に残骸に紛れて大気圏を抜けようということになったのだ。

 

『作戦開始。以後は無線封鎖。……気を付けて』

 

「ああ」

 

 どうやら彼女に気を使わせてしまったらしい。

 

 人工衛星を爆破し、破片に紛れて降下を開始する。

 

 さて、あとは無事に降りられることを祈るのみか。

 

 大気との摩擦熱で赤く染まる機体。砕けた人工衛星が流れ星となって墜ちていく中で、正しく今は赤い彗星として、おれは征く。

 

 大気の層を抜け、青空の中を落ちていく。

 

 シールドの冷却機能で十分に装甲が冷えたのを確認すると、拡張領域に入れていたサザビーのシールドと交換する。ISは拡張領域という物があり、ここに装備を量子情報として格納する機能を持つ。これによって前線での装備換装を可能とするのが強みだ。

 

 地上の様子が見え始めた。

 

 こうしてMSで降下すると、グリプス戦役を思い起こした。

 

 大人である自分達が、あの子を導いてやらなければならなかったのに、目まぐるしい状況の中ではそれすら叶わなかった。

 

 カミーユ・ビダン――。

 

 彼には守り役の母親と、導き手である父親が必要だった。

 

 エマ中尉やレコア少尉に母親を求めていたようだが、カミーユが求めていた無条件で甘えさせてくれるような女性たちでもなかった。彼女たちは強かだった。それもカミーユを想えばこそだったろう。

 

 導き手としての父親――若者の手本となるには、自分はまだまだ若造だった。だから見守る事にした。躓いた時には手を貸せるように。それがいけなかったのだろう。

 

 結局、カミーユはおれたちと同じような悲劇を体験し、より強力なニュータイプの力を身につけ、グリプス戦役に終止符を打った。その代償はあまりにも大きかった。

 

 多くの仲間を喪い、シャアでさえ行方不明となり、導き手を失ったアーガマを守るために必死になるしか、あの時のおれには出来なかった。

 

「感傷だな……」

 

 気持ちを切り替えて意識をシフトさせる。過去の感傷を振り切るように、サザビーのバーニアに火を入れた。

 

 降り立ったのはイギリスの北西。

 

「ん? 出てくるか」

 

 国も関わっている遺伝子研究所故、少しの防衛戦力は期待していた。

 

 しかし軍事的にはあまり重要でもないにも関わらず、出てきたのはパワードスーツが12機。各々マシンガンやライフルで武装し、肩のアタッチメントからミサイルポッドやキャノン砲を装備するものまである。

 

 さらに取り巻きには数機の戦闘ヘリも展開している。

 

 中々の戦力だが、所詮はISの代替にもなれぬ性能しかない木偶だ。

 

 結局は、おれもシャアを笑えないということだ。

 

 ニュータイプである以前に、自分はMSのパイロットだ。強敵との戦いに餓えているのだ。

 

『所属不明のISに告げる。直ちに停止せよ。貴官は我が国の領土を侵犯しつつある。武装解除し、こちらの誘導に従え』

 

「悪いが、推し通らせてもらう!」

 

 真実を知るか否か、それは対した問題ではない。

 

 隠しだてしてコソコソと動き回る者達への警告だ。人を弄ぶお前たちの喉元に、赤い彗星の再現が迫りつつあると。

 

 故に、今回の作戦では大気圏突入時と作戦終了後の帰還以外は電子的な工作は一切施されてはいない。見たければ見れば良い。挑むならば拒みはしない。今の自身は赤い彗星としてその力を世界に示すまでだ。

 

 戦闘ヘリからミサイルが飛んでくるが、それをビームショットライフルで撃ち落とす。

 

 パワードスーツたちが各々の武器で弾幕を張ってくるが、サイコフレームで敵の意識を受信している今の自分は、攻撃への反応速度が上がっている。

 

 ISとしては特殊で、平均的なISよりも一回り程巨体であるサザビーではあるが、PICでの浮遊力で重力というものを気にしないで済むのならば、サザビーはそのスペックを宇宙のように遺憾無く発揮できる。

 

 対するパワードスーツは、重力に縛られた行動しか出来ないのだ。

 

 低重心と平面装甲の無骨さは高い防御力を持ち合わせていそうだが、ホバリング移動でも対した速度もなく、また如何なる装甲でも、ビーム兵器の前には無力なのだ。

 

『撃て撃て! 撃ちまくれ!!』

 

『同じ人間だ、やれるはずだ』

 

 ミサイルや弾丸が嵐の様に迫ってくるが、まだまだ生温い弾幕だ。

 

 ビームショットライフルでパワードスーツを撃つ。情けも慈悲もない、機体の中心を撃ち抜いた。

 

『ゲイリー!!』

 

『ウソだろ、1発だぞ。たったの1発でかよ!!』

 

『各機、フォーメーションを縮めろ。火線を集中し、反撃の隙を与えるな!』

 

 中々統率の取れている部隊だ。弾幕の密度が増し、回避も難しくなる。

 

 それなりのレベル――自分が先日相手にしたIS乗り辺りならば捕まえることが出来ただろうが、おれにとっては難しくなると感じる程度だ。火線の切れ目を擦り抜けるようにして進む。

 

「おれに出逢った不幸が、運の尽きだ…!」

 

 反撃のビームを撃ち、また1機黙らせる。そしてビームトマホークサーベルを抜き急降下。パワードスーツと同じ土俵に降り立ちながら進む。

 

『態々降りてくれた!? 嘗めやがって!!』

 

 近接ブレードを抜いて悪態を吐きながら向かってくるパワードスーツ。

 

『待て! 早まるなケビン!!』

 

 先程から指示を出している声が突出したパワードスーツを呼び止める。やはり優秀な指揮官というのは厄介に尽きるが、もう遅い。既にサザビーの間合いだ。

 

 密集されると厄介だが、出てくるのならば狩らせてもらおう。

 

 マシンガンを撃ちながら突撃してくるパワードスーツの射撃を、身体を逸らすことで最低限の回避に留める。

 

 降り下ろされるブレードに合わせてしたからビームトマホークサーベルを振り上げる。

 

 ビームサーベルよりも出力の高いビーム刃は近接ブレードをバターのように両断し、返す太刀で胴体を両断する。

 

『あのケビンを一瞬で。これが赤い彗星……』

 

『バカヤロウ! 赤い彗星なんぞジャパニーズアニメの空想だろう!! 粋がっているクソアマを引き摺り出して仲間の仇を討つ!』

 

 空想か……。確かにこの世界の人間からすれば、宇宙世紀というものは空想の世界で、赤い彗星はその産物だ。

 

 だがおれにとっては現実だ。その名の持つ特別な意味を知るが故、手を抜くようなことはしない。

 

「これで終わりにする。行け、ファンネル!」

 

 このサザビー最強の武装。サイコミュによってコントロールされる機動砲台は、それまでのMS戦術の幅を広げる兵器だった。

 

 サイコミュ兵器である以上、ニュータイプや強化人間でなければ使えないという制約があるが、ニュータイプである自分には関係がない話だ。

 

 サザビーの背中のコンテナから4基のファンネルを射出する。ファンネルはおれの意思を受けて戦闘ヘリを撃ち落とす。

 

 だがファンネルを展開してより広く意識を広げたからか、脳裏にビジョンが浮かび上がった。

 

 真っ白な部屋の中で、子供たちが殺しあっている。

 

 手術台に寝かされて、麻酔もないまま身体を弄られる。

 

 薄汚い大人の性欲の捌け口にされる。

 

 人間の尊厳なんてない、命を弄ぶそんな光景に湧く憤慨は、自身の感情だけではないだろう。

 

「サザビーが引かれている…。いや、サイコフレームが引っ張られる? ニュータイプが居るとでもいうのか?」

 

 コンテナに残した2基のファンネルも射出し、サザビーの武装もフルに活用して速攻をかける。

 

 ビームショットライフルも、ファンネルも、パワードスーツ程度を相手にするには過剰火力だが、今はその過剰さは早さとなって変わる。

 

 ファンネルがパワードスーツの四肢の関節を貫いて達磨に解体すれば、ビームショットライフルは胴体の中心を撃ち抜き、拡散メガ粒子砲が飴細工のようにドロドロに溶かす。

 

 展開していたすべての部隊を黙らせると、サイコフレームが引っ張られるままにサザビーを進めた。

 

 途中、なんの変鉄もないエレベーターの床をビームサーベルで切り開いて、エレベーターのボタンにはなかった深さの地下へ降りていく。

 

 隔壁が降ろされていたが、ビームサーベルで切り開けないものはない。天井には侵入者迎撃用のレーザー発振器もあったが、対人用ではISは止まらない。

 

 そして最深部に行くに連れて、気分が悪くなる。

 

 培養器には人の物とわかる内臓や四肢、胴体等といったパーツが納められ、調整中なのだろう個体も幾つか目に入った。

 

 ただなんとなくだった。近くにある、心安らかといった風に少女が眠っている培養器に触れようとした時だった。

 

 培養器が爆発した。

 

 それも触れようとしたものだけではない。羅列されていた培養器が、人の形を納めていたもの、そうでないものを納めていた物も関係なく爆発して弾けとんでいく。

 

 培養器の残骸と、中に入っていた液体、そして人の形だったものがズタズタに混じりあって、乱雑に床にぶちまけられた。

 

「俗物どもが……!」

 

 人間というのはここまで愚かしくなれるのかという光景が広がっているのだ。悪態のひとつも吐きたくなる。

 

 ここで研究員にでも出会っていれば衝動的に殺してしまいかねない怒りを募らせながらもサザビーを進ませる。

 

 そしてハイパーセンサーが複数の銃声を拾った。

 

「あっははははははは!! 終りだ、ぜんぶ終わった! お前たちが情けないから私の人生も終わるのだよ!! だから死んでしまえよ!!」

 

 聞こえてくる狂った様な男の言葉。バーニアの出力を上げ、ドアをサザビーの脚で蹴破る。

 

 飛び込んできたのは、複数人の子供の死体と、一人の男。部屋の隅で震えている子供に、白衣を血で汚した男が銃を向けていた。

 

 ドアを蹴破った音に此方を振り向く男を、容赦なくシールドで打ち払った。打ち払った方向が偶々部屋の奥行きが広かった為、白衣の男は床を跳ねながら錐揉みして吹き飛んだ。

 

「あっ……」

 

 サザビーのモノアイと、震えていた子供の目が交差した。

 

 銀色の髪に、黒い眼球と銀色の瞳。

 

 そんな瞳が、真っ直ぐサザビーを見詰めていた。

 

 気づけば、意識が宇宙の中に居た。感じるものはこんな夢も希望もない薄汚い世界のなかでも、自由になりたいという、たったひとつの望みだった。

 

「来るか……?」

 

 手を差し伸ばす。この娘の望む自由が、おれが連れ出すことで手に入るかどうかはわからない。だが、ここにこのまま居続けても、彼女に自由が手に入るか保証はない。選ぶのは彼女だ。

 

 差し出した手に白い小さな手が重ねられた。

 

 サザビーの腕に彼女を抱き上げると、ビームショットライフルで辺り構わずビームを撃ちまくる。

 

 培養器が並んでいた部屋も同様だ。メガ粒子による熱量がすべてを蒸発させていく。

 

 発電機かなにかを撃ち抜いたか、大爆発が起きて、灼熱の炎がサザビーの装甲を舐めるが、ISのシールドは紅蓮の中でも腕に抱く少女を守っている。

 

 あらかた地下研究所を破壊したおれは、サザビーを煙に紛らせて空に上がると、ステルス迷彩が施されたフライングアーマーにサザビーを乗せて離脱した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 何事もなく隠れ家の島に戻ったおれは彼女を束に引き渡した。なにしろ裸だったし、あの施設に居たなら強化人間の可能性もある。一度は精密検査を受けさせた方が良いだろう。

 

「イヤ! イヤイヤ!! ヤアアアッ!!」

 

 だがどうにも離してはくれなくて、結局は簡易的な検査に留まった。

 

 ニュータイプ同士の意識の感応。彼女は強化人間だが、脳波レベルは十分ニュータイプとして通用するレベルの様だ。

 

 本気で離れるのを嫌がられてしまっては、離れるわけにもいかないだろう。

 

 というより人体は普通のおれが、女の子とはいえ強化人間の腕力に勝てるわけがない。

 

 シーツにくるまりながらも、おれの服を掴んだまま離さない彼女に添い寝する形で、眠りについた。

 

 意識が眠りに落ちる片隅で、誰かか笑っているような気がした。

 

 

 

 

to be continued…



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第5話-求める者-

機械チート枠が居るのだから、他にもチートが居ても構わないよね?

正直悩みに悩んだ人選だったさ。だから石ころ投げないでくれ。


 

「おはようございます。マスター」

 

「おはよう、クロエ。でもマスターはやめろ」

 

「はい、マスター」

 

 西洋人形のように整いすぎる端正な笑顔を浮かべる娘。

 

 クロエと名付けた彼女はおれのことを『マスター』と呼ぶ。

 

 最初は『ユキ様』と呼ばれたのだが、そんな『様』付けされるような偉い人間じゃないのだから止めろと言ったらこうなった。

 

 他に候補があったが、『大尉』だの『少佐』だのと階級で呼び始めるものだから全部止めろと言ったのだが。

 

「あのな、クロエ。おれのことは『マスター』じゃなくて名前で呼べと何度も」

 

「そんなッ。ダメ…ですか……?」

 

「うっ…」

 

 恐らく彼女の思い付く限りの名称でおれを呼ぼうとしているのだろう。個人的には名前だけで呼んでほしいのだが、強化人間故の強烈な刷り込みか。

 

 クロエは自分を『もの』として無意識に位置づけている。だから敬称を付けるのだろうが、それを止めさせたら、とにかく自分を下に付ける名称を探し出す。

 

 今も世の中が絶望に染まりきった感情が伝わってくる。ちなみに『ご主人様』とも呼ばれたが、速攻で棄却させてもらった。

 

 恐らく自分で考えられる最後のネタだったのだろう。それさえも拒否されて、彼女のなかでは自身の存在価値が大暴落してしまったのだろう。

 

 納得のいく名称を考えられないダメな自分に価値はないと、伝わってきてしまう。

 

「なんでもします、なんでも致しますから。お願いですから、捨てないで」

 

 縋り付きながら必死に訴える姿に良心が痛む。おれにそんな気はないのだが、ここで厳しくしたら後が怖い。

 

「わかった、わかったから。呼び方はお前に任せる。好きに呼びなさい」

 

「マスター……。マスター…!」

 

 お許しを得たクロエは花が咲くように笑うと、おれの胸に顔を埋めてくる。

 

 甘えが過ぎるだろうが、ついつい甘やかしてしまうのは、この娘が親の甘えを知らずに育ってしまったからだろう。

 

 カミーユやクェスのように親の甘えを受けられなかった若者の相手をしてやれなかったが故の結末を知るが故に、同じ轍を踏むわけにもいかない。

 

 結果はご覧の通り、甘やかしてしまうのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼が拾ってきた強化人間の女の子。クロエちゃん。

 

 遺伝子の段階から手を加えられて、躰もあちこちが強化された彼女。

 

 その目的は、ISの利権に溢れたバカな連中が、ちーちゃんを倒して世界を見返してやろうというつまらない理由から生まれた強化人間だった。

 

 神経を光ファイバーに変えて人間には不可能な反射神経と、それに耐え得る筋肉組織の強化。認識力を高める為の投薬強化。まったく反吐が出る内容だった。

 

 元々はドイツで研究されていたらしいけど、ドイツの方が研究を完成させて、不要になった試作個体をイギリスが引き取ったらしい。確かイギリスは第3世代のISにビット兵器を積む予定だったから、クロエちゃんみたいな空間認識能力の高い娘は欲しいはずだ。

 

 まさしく、俗物め!って言いたくなるわ。

 

 彼がクロエちゃんを生かしたいのなら、私は反対しない。それに彼女もニュータイプと同等の能力を持つ強化人間みたいだし。観察対象が二人に増えるのは良いことだ。

 

 だからってイチャイチャしすぎ! ベタベタしすぎ! 見た目は中学生と高校生が乳繰り合っているだけにしか見えないけど、二人でじっと見つめあってるのになんか腹立つ! あれですか!? オールドタイプの私はお呼びでないとですか!? あの二人絶対ニュータイプ的な空間――最近の若者に分かりやすく言うなら、GN全裸空間みたいに意識共有してるよ!! ぶーぶー、仲間はずれは反対でーす!

 

 ああ、ニュータイプってホントにズルい。

 

「ほらほら、二人していつまでも見つめあってないで、動く動く」

 

「ああ、そうだな。よし、来いクロエ!」

 

「イエス、マスター」

 

 今は彼とクロエちゃんはISを纏って戦っていた。

 

 彼はいつも通りにサザビーで、クロエちゃんはギラ・ドーガ サイコミュ試験型に乗っている。

 

 サザビーをデチューンした機体として用意したもので、ならヤクト・ドーガでも良かったのに、クロエちゃんが嫌がったからヤクト・ドーガをベースにして造ったという複雑な製作経緯がある。

 

 2機ともサイコフレームを積んでいる機体の所為か、互いにサイコフレームが光っているのだ。サザビーは翠に、ギラ・ドーガ サイコミュ試験型は青色に。

 

 互いにビームを撃ち合っても全弾回避。反射速度はクロエちゃんの方が圧倒的に早いのに、彼を捉えきれない。

 

 これでも彼は手を抜いているのだから畏れ入る。その証拠に、サザビーのファンネルは全基健在なのにギラ・ドーガ サイコミュ試験型の方のファンネルはすべてファンネルの撃ち合いで破壊された。

 

 それはやっぱり経験の差だろうか、クロエちゃんのセンスは悪くない様だけれど、17年もパイロットをやっていた彼には到底及ばなかった。

 

 でも互いに楽しそうなのは、首から下げて服の中に隠しているサイコフレームから感じ取れる。

 

 サイコフレームの構造自体は再現するのは余裕だったけど、その能力は本当に未知数過ぎて、本当に人が造ったものか疑いたくなる。

 

 コックピットフレームにだけ内蔵された僅かな量でも、アクシズを押し返す程の力を出して、人の形に為れば意思を持って、物凄い量が集まると刻すら支配出来る可能性を持つものになる。

 

 後にも先にも、こんなオカルトオーバーテクノロジーはこのサイコフレームくらいだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 イギリスの遺伝子研究所が襲撃されたことは、表向きには事故として処理されたが、それを信じるものはごく少なかった。

 

「赤い彗星……。随分と派手にやらかしたものだ」

 

 ドイツのとある一等地。キレと覇気の混じった女性の声が呟かれた。

 

 手元の資料には無駄に高画質の写真に映るサザビーの姿があった。スカートアーマーには『CD』をもじったマーキングと、シールドにはネオ・ジオンのエンブレムが刻まれ、誰がどう見てもMSN-04 サザビーであることがわかる。

 

 だがそれがMSではなく、ISであろうことは空中をまるで宇宙のように舞うサザビーの姿で予測できる。

 

「だがこの動きはヤツの動きではないな。この動きのクセはヤツのものだ」

 

 幾度もの戦場で戦火を交え、最後は一騎討ちという互いに戦士としてのすべてをぶつけ合った者同士。

 

 見掛けは赤い彗星ではあるが、その端々に見る動きのクセというものは隠しようがないと言うものだ。

 

 まるで親の仇でも見るかの様だった鋭い視線は、今や力強さを失わずも穏やかさを浮かべていた。

 

「しかし余計な小鼠に捕まっているようだな。ヤツらしいと言えばそうなのだろうが」

 

 だがまたその瞳が鋭さを携えると、一枚の書類を引っ張り出して、その内容に目を通す。

 

「サイコモニターか。ニュータイプであることが、今回は裏目に出たな」

 

 太平洋に浮かぶ小さな無人島。そこにサザビーが居るのは間違いない。だがこの情報を知るのは、世界でも彼女の身の回りの極一部に過ぎない。無論この情報をどうするのか決めるのも彼女である。

 

 思い出そうと思えば、生々しくも思い出す自身の最後。

 

 人の腕の中で命を閉じる。戦士としての潔さは持っていても、人としての甘さに溢れていた甘ちゃん坊やは、自身の戦士としての散り様を穢したが、人としての幕引きをさせてくれた。他人の為に涙を流す優しさを拒めなかったのは、自分の弱さだっただろう。

 

 だが、そんな幕引きも決して悪いものではなかったと思う。

 

「ユキ…。貴様がこの世界に居るのなら、この私を感じてみろ」

 

 数ヶ月程前に宇宙に現れた虹色の光りから感じたものは、かつて互いにぶつけ合った意思の波長のソレだった。自身の浮かべる者が赤い彗星の真似事をしているのは確定したも同然だ。

 

「私の機体の完成を急がさねばな。ヤツを屈伏させられるのは、この世界では私だけのものだろう」

 

 誰かの手で文字と絵によって表現される歴史とは異なった最後を迎えさせた男に、思いを馳せる。

 

 その男ともう一度戦火を交えることを想う横顔は戦士としての期待と、女性の優しさを携えた微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

to be continued…

 



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第6話-想う者-

なんか多方面からバンザアアアアアイ!!とかクーちゃんがあああああ!!とかタイサァ…って聞こえて来そうなんだけど無視する。


 

 真っ暗闇の世界。来る日も来る日も真っ暗な闇の中で、躰を勝手にされる日々が続いた。

 

 産まれてからずっと、そうした闇しか知らなかった。

 

 でもそんな闇の中にも光は舞い込んできた。とてつもなく大きな光。優しくて、温かかった。

 

 でもその光は私の心を照しただけで、消え去ってしまった。まだその時ではないと、光は告げて消えていった。

 

 いったい何時なのか、その時は何時になればこの闇を照してくれるのか。私は待ち続けた。

 

 そして3年が過ぎて、光はようやく私の世界を照らしてくれた。

 

 ――来るか?

 

 差し伸ばされた手は、優しくて、温かかった。あの時の光と同じように、私を照してくれる光。夢も希望もない世界から連れ出してくれる光。

 

「マスター……」

 

 マスターは何時も私を抱いて眠ってくれる。マスターの温もりが、私が光の中に居ることを実感させてくれる。

 

 マスターの心が、私を満たしてくれる。優しさという光で。

 

 私は、その光に惹かれる。この大きな光は、私を包み込んでくれる。薄汚い闇の記憶から、私を守ってくれる。

 

「どうした、クロエ?」

 

「いえ。申し訳ありません、マスター。起こしてしまいましたか?」

 

「いや。ちょっと起きただけさ。もう一眠りするよ」

 

「はい。お休みなさいませ、マスター」

 

「ああ。おやすみ、クロエ」

 

 髪を軽く梳き撫でて、額に口づけを落として、また眠りにつくマスター。

 

 それだけなのに、私は身体中の血液が沸騰しそうな興奮に苛まれる。

 

 私は『物』だから、大切にされる事に幸せを感じてしまう。

 

 死んでもいい。マスターの為なら、私の命などいくつも投げ捨てよう。マスターが望むなら、私の卑しい躰を捧げよう。

 

 マスターは、私が囚われていた闇を浄化してくれた。

 

 私の世界。それはマスターが与えてくれたもの。だから私には、マスターだけで良い。

 

 強化人間の男にも、纏わりつく女にも重ねられたくないから、束様に無理を言ってしまった。

 

 束様もまた、マスターの世界の一部。私を救ってくれる御方。

 

 でも、わけを話したら束様は私の機体を変えてくれた。束様には感謝します。

 

 ただのデータ取りでも、あるがままの私を見て欲しかった。誰かと比べて欲しくなかった。その為のわがままだった。

 

 マスター、私は悪い娘なのでしょうか?

 

 でも赦してください。私は私として、マスターの世界に居たいのです。

 

 赤いMS――サザビーが、アリーナの中を舞う。その姿は一直線に進む彗星ではなく、まるで獲物の上を旋回して獲物を狩る猛禽の様で、だから蒼き鷹だったのだ。

 

 アリーナというISには狭い世界。それでもこの世界には私とマスターだけ。

 

 サイコフレームが共鳴しあって、マスターの想いが流れ込んでくる。

 

 マスターは楽しんでいた。私との拙い戦いを。ファンネルの撃ち合いで負け、ビームサーベルの切り合いで捌かれ、ビームライフルでは捉えられず私だけが捉えられて。それでも楽しんでいた。

 

 兵器として造られた私のアイデンティティを完膚なきまでに打ち壊したマスター。なのに悔しさを感じないのは、マスターの力が、私の及ばない次元にあるからか。

 

 強い。御強いマスター。私ではまだまだ未熟です。だから私は強くならなければ。マスターをお喜び差し上げる為に。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 モンドグロッソ。ISによって行われる世界大会であり、一種のオリンピックの様なものだ。

 

 多種目に渡り、各国は自国の威信を懸けたISを競い合わせる。

 

 そんなモンドグロッソが開催されているドイツに来ていた。

 

「~~~♪ ~~~♪」

 

 一緒に連れてきたクロエもこのお祭り騒ぎの空気に舞い上がっているようだ。

 

 ただずっと手を握られている所為で、周囲の目が痛い。

 

 クロエは身内贔屓なしにしても極上の美少女であることは確かだ。

 

 そんな美少女が楽しそうに笑っているのだからその魅力は30%増しは下らない。

 

 その笑顔を一心に受けるのは悪くない。悪くないのだが、それ以上に周囲の嫉妬という名の視線が痛い。ニュータイプは視線にも敏感なんだから勘弁してくれ。

 

 そんなおれは別に遊びに来たわけじゃない。今回も束の依頼で此処に来ている。

 

 モンドグロッソ第一大会総合部門で優勝し、ブリュンヒルデの称号を持つ織斑 千冬が、今時第二大会総合部門でも猛威を振るって、既に優勝は約束されているようなものなのだが、それを気に入らない連中が居るのは世の常事。

 

 織斑 千冬の弟、織斑 一夏も、姉の応援の為にこのドイツの地に来ているのだ。  

 

 織斑 千冬は束にとっては親友であるとのこと、織斑 千冬自身は世界最強のIS乗りだが、織斑弟は普通の中学生なので、その警護の為におれたちが遣わされたということだ。とはいえあくまでも保険という立場だ。世界一のIS乗りの身内なのだ。それぐらいの護衛は着いている。その護衛が対処できない事態に際して、おれたちが動くことになる。

 

 とはいえモンドグロッソ開催中の上に諜報に強いこのドイツという国で世界一のIS乗りの弟をどうにかしようなど、ソーラ・システムなしでソロモンを攻めるようなものだ。

 

 ソーラ・システムさえなければソロモンは墜ちはしなかっただろうに。

 

 あの雪辱のソロモン防衛戦。

 

 アムロのガンダムと撃ち合ったおれは、完全に負けてしまった。ニュータイプ同士の戦いだったが、やはりガンダムとザクには覆し難い性能差あった。

 

 並外れたアムロの反射神経に、機体が着いていかなかったのだ。

 

「マスター……?」

 

「ん? どうした、クロエ」

 

「いえ。なにかお悩みの様でしたから」

 

「いや、悩みじゃないさ。昔のことを思い出してただけさ」

 

 もう過ぎ去った過去を気にしてもしかたがないだろう。IFを思ったところで、歴史は変わらないのだから。

 

「マスター、悪い知らせが入りました」

 

「悪い知らせ?」

 

「織斑 一夏が誘拐されました」

 

「え?」

 

 淡々と言うものだから、クロエの言葉が非常事態であることを頭が理解するのに一拍要した。

 

「いや、この警備でか」

 

 なにしろ一般人に紛れて覆面があちこちに居るのだ。

 

 そんな中で有名人の弟をどう掻っ攫った。

 

 いや先ずはおれたちが必要か否かを判断しなければ。

 

「織斑 一夏の消息は?」

 

「ドイツ軍も捜索に出ていますが、目下不明です」

 

 軍まで出動していて見つからないとなれば、相手が相当のやり手か、国が一枚噛んでいるか。いや、この世界大会という大舞台での事件であれば、国が関わっていないことを疑う方が難しい。

 

「クロエ、発信器は?」

 

「動いています。進行ルート上の潜伏に使えそうな場所は、今は使われていない工場跡地の資材倉庫が怪しいです」

 

「上出来だ。なにかある前に終わらせるぞ」

 

「イエス、マスター」

 

 おれたちは人目に着かない裏路地に入ると、ISを纏って、ステルスが施されたフライングアーマーに乗ると、空を駆けて発信器の反応を追跡した。

 

 軍に報せないのは、騒ぎが大きくなって大事に至る前に、こちらで終わらせてしまおうと思ったからだ。なんの利権も考えなくて済む立場のフットワークの軽さは一刻を争う時ほど貴重なものだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「奴が動いたか……」

 

 諜報部から上がってきた報告に目を通しながら呟くひとりの少女。まだまだ年若い乙女だが、その声にはこの歳の少女には決して出せない気迫に満ちていた。

 

「機体の完成は間に合わなかったか、まあ良い」

 

 万全の状態というわけではないが、今の奴の実力の程を知るには良いだろう。

 

「この私に尻拭いをさせるのだ。これくらいの楽しみというのはなくてはな」

 

 織斑 一夏の誘拐。その報と共に動いたサザビー。それが何を示すのか興味はないが、態々動いたというのだからわかることもある。織斑 一夏の救出は二の次だ。どのみち先に到着している奴がやっているだろうという確信がある。

 

 純白のISを展開して、彼女は空を駆ける。

 

 この十数年を待ち焦がれた。普通に平凡な生を送っても良かっただろう。スペースノイドとアースノイドの対立がないこの世界。ISによって女尊男卑が広がっているこの世界で、女性として生まれれば勝ち組も良い所だ。

 

 だがそんな俗物の様な生き方になんの意味がある。

 

 媚び諂う腰抜けにこの身をくれてやるつもりもない。

 

 今のこの昂りを受け入れられる人間は、この世界にただ一人だろう。

 

 是が非でも手にしてみせよう。その止まり木を最初に見つけたのは私なのだから。

 

 

 

 

to be continued…

 



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第7話-救出と邂逅-

最初は真面目に書いていたんだが、なぜこうなったのかわからん。果たしてこれで良かったのだろうか?


 

 発信器の反応を辿って辿り着いた資材倉庫。

 

「さて、どうするか」

 

 そこから数キロ離れた高層ビルの屋上からおれたちは倉庫の様子を伺っていた。

 

 こういう場合は強襲して一気に突き抜けた方が速いのだが、人質を取られでもしたら厄介だ。

 

 さすがにパワードスーツのような物はないだろうが、ISが控えている可能性も捨てきれない。

 

「とは言え、このまま黙っていても事態が騒がしくなるだけか」

 

 速攻を仕掛けるのならば速い方が良い。

 

「クロエ、スキャンは終わったか?」

 

「はい。見張りは正面に2人。倉庫の中に6人。特殊装備などは見受けられません」

 

 ということは、有って精々が対人火器程度だろう。対戦車装備があったとしても、ISには無力だ。

 

「よし。おれが正面から行く。クロエは上から直接織斑 一夏を救出だ。わかるな?」

 

「はい。了解しました」

 

 ニュータイプ同士であるから、互いに言葉短くてでも意味が通じるというのは便利だ。だがそれも互いを受け入れ合っているからこそだ。

 

 正面からおれが注意を引いている間に、クロエには倉庫の天井をぶち抜いて織斑 一夏を助け出すという作戦だ。

 

 手を汚すのは自分だけで十分だ。

 

「お気をつけて、マスター」

 

「ああ、クロエもやれる。心配するな」

 

 額を重ねて頭を撫でてやる。今一クロエは自分の能力に自信がない様だが、普通にラー・カイラムでエースをやっていける腕は持っているのだ。もう少し自信を持っても良い。

 

 だからおれが彼女を肯定してやらないとならない。

 

 今のクロエは、おれという存在を支えにしている。だからこそ余り否定することが出来なくて教育に苦心しているのであるが、そこは追々考えるとしよう。

 

「作戦の成功を」

 

「お互いにな」

 

 一時の別れを告げ、おれはビルを飛び降りた。ハイパーセンサーでは、クロエもISを纏ってフライングアーマーで飛び立つのが見える。PICを起動。重力という枷から解放されたISサザビーが、空を駆ける。

 

 ビルの上を駆け抜け、倉庫街の前で地面に降り立ち、他の倉庫の影を使って、目的の倉庫に近づいていく。フライングアーマーで一足先に上空でクロエは待っている。

 

 あとは突撃を掛けて連中の注意を引き付けるだけだ。

 

「ッ!? クロエ、下だ!!」

 

「くうううっ」

 

 倉庫の中から弾丸が突き抜け、空中に待機するクロエのフライングアーマーを撃ち抜いた。

 

 警告が早く、フライングアーマーが撃ち抜かれた時には、クロエのギラ・ドーガ サイコミュ試験型は離脱していた。

 

 そして倉庫の屋根をぶち抜いて空に飛び出したのは一機のISだった。

 

 ラファール・リヴァイブ。幅色いオプション装備によりあらゆる状況に対応できる第2世代量産型IS。

 

 それは肩に物理シールドとレドームが装備され、ISの全長近くある長身のライフルを装備していた。

 

 倉庫街はほぼ徒歩で移動していたサザビーと違って、クロエのギラ・ドーガ サイコミュ試験型はステルス迷彩とはいえフライングアーマーで旋回しながら待機していた為、レドームのセンサーに気づかれたのだ。

 

 ラファールはそのままクロエの方に向かって行った。

 

「アレがクロエに向かうなら」

 

 迷っている暇はない。様子を伺っていた物影から飛び出し、バーニア全開で倉庫の入り口に向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 空に飛び出してくるIS。ラファール・リヴァイブの装備は遠距離型だとわかる。だが、ISに取って武装というものはMSの様に固定ではない。それも装備類の多さから多種多様の形に変わるラファール・リヴァイブもその限りではない。

 

 クロエを攻撃したラファール・リヴァイブは物影から飛び出したサザビーに気付くも、行かせはしないと、ビームライフルで牽制し、注意を引く。

 

 ラファール・リヴァイブは腕に持つロングレンジライフルを撃ち返してくる。それをアポジモーターを僅かに噴かして回避する。レドームのお陰か、射撃は恐ろしく正確だった。だが――。

 

「正確過ぎるのも!」

 

 射撃は正確。弾速も速い。だが連射は出来ないのか、一発一発を見切れば良いのだから避けるのは簡単だ。

 

 ラファール・リヴァイブはライフルでは埒が明かないとしたのか、ロングレンジライフルとレドームをベルトの繋がったライフルと箱の様なパーツに換えると、先程とは桁違いの弾丸を放ってきた。

 

 マシンガンの弾幕の中でも、クロエは冷静に射線を見切って回避する。連続で射撃する所為か、狙いが甘く却って避け易くなったのだ。

 

「そこっ!」

 

 回避に徹していたクロエが、弾幕が甘くなった僅かな一時を突いてビームライフルを撃った。

 

 打ち出されたビームはラファール・リヴァイブのマシンガンを撃ち抜いた。

 

「今だ、ファンネル!!」

 

 完全に弾幕が途切れた隙に、クロエは勝負に出た。

 

 両肩から射出される6基のファンネルが、サイコフレームで増幅されたクロエの意思を受けて展開する。

 

「あたれえええええーーっ!!!!」

 

 ファンネルから放たれたビームがラファール・リヴァイブのシールドを貫いてスラスターを潰していく。

 

 絶対防御すら発動する攻撃の嵐にあっという間にエネルギーの尽きたラファール・リヴァイブは墜ちていく。

 

 初めての実践で脅威を退けたクロエはファンネルを回収すると肩の力を落とした。最大の脅威と言えるISを排除して一段落と言った風に気を緩めてしまったのだ。戦場の真っ只中で。

 

「なるほど。なかなか筋は良いが、戦場は初めての様だな、(むすめ)

 

「え?」

 

 いつの間にという思考すら追い付かずに、目の前が真っ暗になると、そのまま引き摺り降ろされる感覚に見回れるクロエ。

 

 そして二度に渡り身が砕けそうな強い衝撃を感じると、そのまま真っ暗な闇へと意識を持っていかれるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 物影から身を出して直ぐに男二人はこちらに気づいた。やはり赤い機体は目立ちすぎる。

 

「あ、IS!?」

 

「違う、MSだ!」

 

「死にたくなければそこをどけ!!」

 

「な、なんだぁ!?」

 

「と、トリモチランチャーだ! マジで取れねー!」

 

 見張りの男二人に向けてトリモチランチャーを撃ち込み、身動きを封じると、倉庫の入り口を蹴破った。

 

「時間が惜しい。使ってみるか!」

 

 推進材が噴き出すバーニアを一時停止。慣性が掛かる中でバーニアからエネルギーを放出、そのエネルギーをバーニアに圧縮しながら取り込み、推進材と合わせて一気に放出する。

 

「ぐおおおっ!? っく、なんという加速力だ…!」

 

 瞬間的に身体を襲うGに骨身が軋みを上げるのがわかる。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)というISの特殊加速技術らしいが、やればできるらしい。

 

 普段のサザビーとは違った加速力で、あっという間に倉庫の中を突き進んだ。

 

「なんだコイツは!?」

 

「くうううううっ!!」

 

 トップスピードから機体各所のアポジモーターから全力で逆制動を掛ける。反動のGが内蔵を掻き乱すが、歯を喰いしばって耐える。

 

 サザビーが降り立ったのは丁度男たちの前。織斑 一夏を背中に庇う形になった。鉄骨に縛り付けられているらしいが、外傷はないようだ。

 

 突然の来訪者に驚く男たちが各々に銃を抜くが、IS以前にガンダニュウム合金製の装甲には意味がない。

 

「少年! 息を止めて眼を閉じろ!!」

 

 シールドからミサイルを床に撃つと、爆発ではなく煙幕が辺りを包む。

 

 煙幕で盛大にむせる男たちを殴って気絶させていく。

 

 事が終わった為、スラスターを噴かして煙を吹き飛ばす。

 

「もう良いぞ。無事か、少年」

 

「え? あ、は、はい」

 

 目紛るしい状況の移ろいに、一夏は眼を丸くさせて理解が追いついていないようだ。

 

 無理もない。姉の応援に来ただけの少年が、いきなり誘拐されたと思えば、赤いロボットが助けに来て、話しかけてくるのだ。事態が急変しすぎて、大人であってもパンクするだろう状況だろう。普通の少年が直ぐ受け入れられるはずがない。

 

 サザビーを一度解除したおれは、織斑 一夏が拘束されている縄を解いて手を貸した。

 

「ほら、立てるか?」

 

「ああ、えっと、はい」

 

 手を借りて立ち上がった一夏は、目の前の事が夢なのではないかと錯覚しそうだった。声質も高く、顔も中性的だが、自分と同い年くらいだろう男がISを動かしていたのだ。

 

 いや、ISではなく見掛けはMSだった。だが地面から浮いていたし、パワードスーツのように降りるのではなく光となって消えた。そんなもの、ISしか知らない。

 

「特にケガがなくてなによりだ。君に何かあれば、博士が煩いだろうからな」

 

「博士って……誰が」

 

「篠ノ之 束博士が依頼主だ。ちなみに今見たことはオフレコだぞ?」

 

「あ、ああ。わかったよ」

 

 安心させるために素顔を見せたが、一夏の返事を聞いて大丈夫だと確認し、再びISサザビーに身を包む。

 

「さて、さっさとこんなところは引き払って、君の姉に無事な姿を見せてあげなければな」

 

 そう言いながら、織斑 一夏を担ぎ上げようと手を伸ばした所で、天井を何かか突き破って地面に激突した。

 

「ゲホッ、エホッ、な、なんなんだいったい……」

 

 巻き上げられた土埃にむせる一夏。

 

 サザビーがそうした様に土埃の中でスラスターを噴かす音が唸る。

 

 土埃を吹き飛ばしたのは純白のIS。

 

 突き破った天井から降り注ぐ陽光が、その姿をより美しく照らし出す。

 

「クロエ!」

 

 その純白のISの下敷きになっているギラ・ドーガ サイコミュ試験型を見てクロエの名を叫ぶ。反応がないのは気絶しているからか。

 

 純白のISはゆっくりとした動きで、馬乗りになっていたギラ・ドーガ サイコミュ試験型の上から立ち上がって、此方を見詰めてきた。

 

「くっ、かはっ……!」

 

 そのISから放たれる肩を押さえつけられる様な強烈なプレッシャーに、一夏は固い息を吐いて膝を落とした。

 

「久しいな。またこうして逢えるとは思っていなかったよ」

 

 ISから放たれた声。それは年若い少女特有のソプラノの利いた声だったが、その言葉には聞くものに重々しい重圧を感じさせられる。

 

 あり得ない。ビームショットライフルを向けながらも、おれの心の中はそんな思いでいっぱいだった。

 

 この気迫とプレッシャー。それはもうこの世には居ない女性が放つものだった。無意識の内に、なにも握らない左手を握っては開いてと、その手にかつて感じたものを確かめる様に動かしていた。

 

 純白のISが解除され、パイロットの姿が現れる。

 

 ツインテールに結んだ桃色の髪は、見た目の少女らしさから違和感はない。だが、面影がある顔からその瞳を見て、あり得ないながらに確信してしまった。その力強く年齢不相応な切れ目の海の様に深い蒼の瞳は、見違えるはずがない。

 

「私を覚えていてくれて嬉しいよ。ユキ」

 

「ハマーン……。ハマーン・カーン」

 

 確かめるように、そして思い出して噛み締めるようにその名を紡いだ。

 

 ハマーン・カーン――。

 

 一年戦争で敗れたジオン最大の残党、アクシズ。そしてシャアが率いる前のネオ・ジオンの実質的な指導者。

 

 指導者としてのカリスマを持ちながら、MSのパイロットとしても相当な腕を持った女性だ。

 

 彼女とは幾度か関わる内に、その心にある寂しさを知った。

 

 グリプス戦役時。激しい戦いの中で愛機だったZプラスが大破して宇宙を彷徨うはずだったおれはアクシズに拾われた。

 

 赤い彗星に並ぶジオンのエースパイロットにしてニュータイプ。

 

 おれ自身にそんな気はないが、アクシズでは相当な有名人扱いを受けた。その時に、腰を据えてハマーンという女性と関わりを持った。

 

 互いにシャアの被害者であることも手伝って、そこまで険悪な仲にはならなかった。ハマーンはザビ家再興は建前として、地球に居座る者達を抹殺し、スペースノイド、いずれはニュータイプの世界を作ろうとしていた。

 

 ニュータイプの世界を作る。その点においては互いに道を同じくしていたが、その過程に至るまでの意見の違いに、結果は敵対することとなった。

 

 MSのパイロットとして、ニュータイプとしてのすべてを出し切ってぶつけ合い戦った結果。辛うじて勝利したおれの腕の中で、永遠の眠りに着いたはずの彼女が目の前に居る。それが事実なのだ。

 

 一歩ずつ歩み寄られるだけでプレッシャーは増し、彼女が目の前に居るという現実を認めさせられる。

 

「どうした? ISを解いて、私に顔は見せないのか?」

 

「…………」

 

 ISを解除するのは危険だろうが、こちらは織斑 一夏とクロエを人質に取られているような物だ。

 

 サザビーを解除して、ハマーンと対峙する。

 

 警戒するおれを余所に、ハマーンはさらに歩み寄ると、腕をおれの背中に回して、胸に身体を預けられた。

 

「ハ、ハマーン!?」

 

 抱かれていると理解するのに随分と時間がかかった。ハマーンという女性は人前でその様な事をする人ではないからだ。

 

「ああ、この鼓動だ。私を看取ったこの鼓動の音。貴様は変わらないな」

 

「ハマーン……」

 

 ISスーツを着ないでサザビーに乗っていた自分と、グリプス戦役で来ていたあの黒い服に身を包むハマーン。数枚だけの布の向こうに感じる鼓動は、確かな温かさを持っている。

 

「ッ、ハマーン!!」

 

 抱き着かれてどうすれば良いのか持て余していたところに、気絶させた男たちのひとりが眼を覚まして、銃をこちらに向けているのが目に入った。

 

 つい反射的に彼女を抱きすくめて、銃口に背を向けた。銃声が響いて、銃弾が腕を掠めた。

 

「っぅぅ」

 

「ユキ! 俗物風情がよくも!!」

 

 激昂するように声を荒げたハマーンから強烈なプレッシャーが放たれ、怒気を孕んだ思念波がビットを展開し、銃を撃った男を穴だらけにして命を蒸発させた。

 

 ハマーンは身体を離すと、銃弾が掠めて血が流れている右腕に、上着の裾を破ってキツく縛って止血をしてくれた。

 

「ユキ、私と共に来てもらうぞ。そこの少年と娘もな」

 

 利き腕が今すぐ万全に使えない自分に拒否するメリットもない為、おれはハマーンの申し出を受けることにした。

 

 

 

 

to be continued…

 

 



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第8話-二人のニュータイプ-

もうみんな大好きだなハマーン様。いや私も好きだけど。ただ、私の拙い文章力ではとてもハマーン様を表現できないので、その辺りはネオ・ジオン兵士諸君の脳内保管に任せる。

ちなみにこのハマーン様はZZでジュドーに向けていた諸々を主人公に向けていて、主人公はそれを受け入れ共感しながらも敵対したことになっています。


 

 ハマーンに連れられてやって来たのは、モンドグロッソが開催されているベルリンから少し離れた別荘地だった。自然も多く、世俗に疲れた心を癒すのには最適だろう。

 

 別荘と言うには少し豪華すぎる館。待機していた医者に腕の治療をさせて貰ったあと、おれは織斑 一夏とクロエと別けられて、部屋に通された。執務室なのだろう。机に山積みにされた大量の書類を捌くハマーンが居た。

 

「すまんな。権力の長ともなると、やらなければならないことが多くてな。座って寛いでいると良い」

 

「わかっているさ。そうさせてもらうよ」

 

 アクシズに拾われた時に何度か見た光景だ。それに自分だってロンド・ベルではMS隊の隊長として同じような事をしていたのだ。彼女の苦労も少しばかりはわかる。

 

 だが手持ち沙汰になるとなにか暇を潰せないかと辺りを見渡すのは当然か。

 

 するとコーヒーメーカーを見つけて立ち上がった。備え付けの冷蔵庫には水のペットボトルが入っている。

 

 やることもないからコーヒーを淹れてみるのもありだろうと思って、二人分のコーヒーを準備する。コーヒーを淹れ終わる頃には一段落しているのはなんとなくだがわかる。

 

「コーヒーか。お前のは甘過ぎる」

 

「書類仕事で頭を使うんだから、甘いのも悪くないだろ?」

 

「フンッ」

 

 コーヒーの香りで視線を寄越して文句に聞こえる事を言うハマーンだが、それが文句でないことは知っている。

 

 落ち着いてコーヒーを飲むのも、随分と久し振りのように思う。

 

 コーヒーを飲み干したのを頃合いに、話を切り出した。

 

「ハマーン、おれをどうするつもりだ」

 

「お前が欲しいと言えば、素直に降るか?」

 

「お前の考えていること次第によるよ」

 

 互いに言葉は出尽くしているから、口から出る言葉は短かった。

 

 世界が違うのだからそうは思いたくはないが、ハマーンがまだアースノイドに対して抹殺しようとするのならば、おれはハマーンの味方にはなれない。シャアを止める為に、いや、ハマーンを止めたからこそ、シャアを止める為にロンド・ベルで戦ったのだ。

 

 確かに地球に残った連邦の高官達は腐っていて日和っていて、ハマーンやシャアの言い分もわかるし、かつてジオンの一兵として連邦と戦ったおれが言えた義理じゃないけど、それでもニュータイプの未来の為だからと、アースノイドを抹殺するのは違うことだ。

 

「私を止めたお前のことだ。シャアとも戦ってみせたのだろう?」

 

「ああ。アムロに誘われた形だったけど、ロンド・ベルに所属してシャアと戦ったよ」

 

「では話しは簡単だろう? この世界はアースノイドとスペースノイドの争いがない代わりに、男女という垣根で啀み合っている。くだらないとは思わないか」

 

 確かにくだらないと言えるのかもしれない。宇宙世紀でも、男尊女卑の風潮は少なからずないとはいえなかった。一年戦争を経て人口が減り、実力社会になっても旧世紀から続いているその風潮は拭いされなかった。それにもっと大きな争いがあったから、気にする余裕すらなかっただろう。

 

 だが男が女を卑しくしていたものが、ISという女性にしか扱えない絶対的な力の登場で覆されて立場が変わっただけだ。いや、一部では酷い例もあるが、それは今語るべきではない。

 

 地球と宇宙というもっとスケールの大きな争いを経験している身としては、この世界の対立というのはくだらないことだと思ってしまうのも仕方がない。

 

「だがこんなことを続けていけば、人類は衰退し、人の革新など夢のまた夢だ。ならばどうすれば良い?」

 

「女尊男卑なんていう考えが気にならなくなるほどのことを世界に指し示せば良い。でもそんなこと」

 

 出来るはずがない。そう思っても、ハマーンは嗤っている。

 

「ニュータイプか……」

 

「そういうことだ」

 

 宇宙世紀では宇宙で生活するために進化した新人類。人の革新とまで言われた存在。

 

 だがこの世界では、ニュータイプというのは空想上の物だ。そんな物を真に受けるはずがない。

 

「だがお前と私という存在がいて、ニュータイプが居ないと誰が言い切れる。ユキ、私と共に来い。そしてニュータイプの世界を共に作ろうではないか」

 

 ハマーンは本気だ。いや、彼女が冗談を言うはずがない。あと一歩のところまで地球圏を治めた彼女だ。その本気加減は肌身で感じている。

 

 ニュータイプの世界。互いに分かり合えるもの同士の世界。デラーズ・フリートの一兵として戦った結果の移ろい行く世界に、無気力だった自分に火を点けたシャアの夢。寂しさから他人を思いやることで、それによって返される想いで満たされたかった自分の新たな目標。

 

 今でもそれは変わらない。いくつもの悲劇を見てきた。だが同じ数の奇跡を見てきた。ニュータイプは分かり合えるのだ。だから夢を捨てなかった。いつか人は分かり合える世界が来ることを信じた。

 

 宇宙に出ることを夢見る篠ノ之 束と、ニュータイプの未来を見るハマーン、人の革新を信じる自分。

 

 寄って合わせる事は出来ずとも、持てる力を調和と平和に使えれば、或いは。

 

「わかった。だがおれにも先に協力を約束した相手がいる」

 

「知っているよ。篠ノ之 束のことだろう? お前は私とあの小娘に新しい世界を作れと思っているのだろう?」

 

 流石はハマーン。こちらの考えていることはお見通しのようだ。

 

「互いに今すぐ協力しとろは言わない。お前も博士も我意が強い人間だ。だが共同歩調は取れるはずだ」

 

「その為に、お前が間に入るか。気に食わん話だな」

 

「ハマーン……」

 

「だが、お前に免じて邪魔をしないことは約束しよう。そちらの小娘にも言いつけておけよ」

 

「ありがとう。ハマーン」

 

「フンッ」

 

 無理に話を合わせろとは言わない。束とハマーンはそれぞれ我の強い女性だ。人類の未来を見ているとは言っても、今は大まかな括りでしかない。そこに至る道も様々に変わることだろう。

 

 だから今はこれくらいの証言をハマーンから得られただけでも御の字だ。しかし同時に、束とハマーンという間で調整して立ち回らなければいけなくなった自分の胃が擦り切れないか心配だ。

 

 内心でこれから降りかかる苦労を想像して溜め息を吐くと、空のマグカップを差し出された。

 

「何を呆けている。私にこうも言わせたのだ。もう一杯寄越せ」

 

「わかりましたよ」

 

 早速顎で使われるが、下手に出ることもなくあくまでも対等な立場で返事をして二杯目のコーヒーを淹れる。互いに対等であるからこうも拗れることのない関係で居られるのだ。指導者に対するわけでもなく、ただのハマーン・カーンという個人として接する方が、彼女と付き合っていけるのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 モンドグロッソが閉幕して、彼はようやく帰ってきた。そしてまた女を引っ掻けてきた。

 

 ハマーン・カーン――。

 

 宇宙世紀というものを知っている人間は一度は聞く名前だ。彼と同じ本物のニュータイプで、指導者としても特に優秀。私は天才だけど、それは技術屋という括りで、ハマーン・カーンみたいに指導者の才はない。ていうか、他の雑多な他人を導くなんてめんどくさいことは私は嫌だね。

 

 そんな彼女とドイツで会って来たという彼の顔は生き生きしていた。彼の他に宇宙世紀の人間が居るとは思わなかった。しかも死人。偽者なんじゃないかと思ったけど、オールドタイプのいっくんが感じるほどのプレッシャーを放っているらしいから多分本物のかもしれない。

 

 それでハマーンと話をしてきたらしいけど、その内容がとんでもない。人の未来の為にハマーンと協力するって話し。

 

 信じていいのか。あのハマーン・カーンを。利用されているんじゃないのかと思っても、彼はハマーンを信じていて疑わないと、クロエちゃんは言っている。

 

 ネオ・ジオンの指導者だけあって、今はドイツで諜報部の長をしているらしいけど、まぁ、使いようによってはこっちの用事も捗るからいいのかな。

 

「博士。あまりハマーンを利用するだとか考えない方が良いぞ。まだ互いに邪魔はしない程度の調整しかしてないんだから。下手を打つとティターンズやシャアと同じ轍を踏むぞ」

 

 量産型νガンダムのコックピットの中で注意するように言う彼。その言葉は重々しい。実際に見てきた重みを感じる。

 

「ハマーンは利用するのは良いが、されるのを嫌う。プライドが高いからな。だから利用するんじゃなくて、協力するのでトントンなのさ」

 

「ふーん。わかってるんだね、ハマーンのこと」

 

「まぁね。ある意味で互いに本音をぶつけ合った。アムロとシャアみたいなもんかな」

 

 そう語る彼を見て、なんか面白くないと感じる。

 

 なんでだろう。なんでこう、むしゃくしゃしてくるんだろう。せっかく宇宙に居るのに。蒼かった宇宙が影を射していた。

 

「どうかしたか?」

 

「……なんでもない」

 

 彼の言葉にそっぽを向く。宇宙にまで来てむしゃくしゃするのにむしゃくしゃして、その繰り返しになる。なんで私がこうもむしゃくしゃしないとならないんだかわからない。どれもこれもニュータイプが悪いんだ。絶対そうだ。言葉もなくて心だけで分かり合うなんて、そんなんだから私がむしゃくしゃするんだ。やっぱりニュータイプってズルい!

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「フッ。小娘風情がよくも言う」

 

 宇宙から聞こえてきた思念に、鼻で笑う。ちっぽけな独占欲程度で奴が捕まるわけがない。互いに理解しながら言葉を尽くしても手に入らなかった奴だ。そう易々と堕ちるわけがない。アレも中々の我意は持っている。ただ他人に向けられる優しさの中に普段は隠れているが。

 

「出来ればもっと早く、手を取りたかったよ」

 

 だが私には腐りきった地球に居座るウジ虫どもを信じる気にはなれなかった。ある意味で、私はシャアと同じだったということだ。それは奴も同じだっただろう。だからといって抹殺しても、それは新しい憎しみを生んで戦いの連鎖は止まらず、血に満ちた未来にニュータイプの時代はないと奴は私に論じた。

 

 アクシズで戦うシャアとアムロ・レイと同じように、人類に絶望している私と絶望の中にも希望を信じていたユキ。

 

 ただ私たちは決着を着けたから、今は蟠りもなく居られる。戦士として負け、人として穏やかに看取られたからこそ、私は奴と事を構える気は起きなかった。柵から解放されたこの世界であるからこそ、ようやくその手に手が届いたのだ。貴様と私とではそもそもの重さが違う事を知るが良い。

 

「フフフ、精々誑し込むがいいさ」

 

 そう嘲笑いながら、ハマーンは宇宙に想いを馳せた。

 

 見上げた星空は蒼く、星々の輝きに満ちていた。

 

 

 

 

 

to be continued… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第9話-ニュータイプたちの想い-

久々にガンオペやってたら遅くなってしまった。すまない。(一夏の心境を考えてたらなんか無性にめんどくさくなってモチベが下がり掛けたわけではないぞ)
そして本編は進まないと色々ダメじゃないか。


 

 助けられたあと、大きな屋敷に連れられてようやく落ち着いた。

 

 いきなり拐われて、助けられたと思ったらわけのわからない内に連れてこられて。目の前で、人だって死んだ。

 

 ようやく現実が追い付いて来て、助かったことにとても安心した。現実を受け入れるのに時間が掛かったのは、やっぱりそれまでが非現実的でアニメみたいだったからだ。

 

 捕まっていた俺を颯爽と現れて助けてくれたISの大きさのサザビー。それを纏っていたのが男だったことも、現実を受け入れるまでに時間が掛かったことを手伝った。

 

 て言うか、人殺ししておいてラブロマンス出来るこの人たちはなんなんだ。ハマーン・カーンって、偶々同じ名前だったら、この女性(ひと)の両親絶対ガノタだろ。

 

 いや、そんな事は置いておこう。問題は俺はこれからどうなるのかだ。

 

「身構えることもないさ。ただ今日あったことを忘れて、また静かに暮らせばいい。君はそういう環境に居るのだから」

 

 サザビーのパイロット。ユキの顔は、まるで幸せなものを見るかのようだった。

 

「忘れろって。人が死んだのをそう簡単に忘れられるわけないだろ」

 

「そんなものかねぇ。自分に関係ないことなんだからとっとと忘れるに限るだろうに。でないと死者に魂を引っ張られるぞ」

 

「魂を引っ張られるって、ニュータイプみたいな事を言って誤魔化すなよ。俺は真面目に――!?」

 

 その時、俺は言葉を続けられなかった。

 

 気づいたら宇宙の中に居て、幾つもの光が点いては消えていった。

 

 迫り来るMS――ジムやボールを迎え撃つザクやドムの中に異彩を放つ機体があった。

 

 紺色に四肢を塗装されたザク。そのザクの動きはハッキリと違っていた。他のザクが一機のジムを落とす間に、3機のジムをバズーカで撃ち落として、2機のボールを蹴り砕いていた。

 

(ぐあああああっ)

 

(マリアあああああ!!!!)

 

(ジオンめ……!!)

 

(こ、これが、ジオンの蒼き鷹か…!?)

 

(い、いやだ、死にたく――っ)

 

「っっ――!?」

 

 鮮明に感じ取れる連邦軍のパイロットの最後。その中心には紺色のザクが居る。

 

「あ、ああ……っ!?」

 

 そのザクがバズーカを此方に向けてくる。現実味などないのに、凄まじいプレッシャーに苛まれて、確実に自分は死ぬという恐怖が襲い掛かる。

 

 バズーカが撃ち込まれて、それは俺の身体を擦り抜けると、後ろには連邦の軍艦――サラミスが居て、ブリッジを潰されて行き足が乱れた所にエンジンに回り込んでそこに紺色のザクはシュツルムファウストを撃ち込んだ。エンジンに直撃を受けたサラミスは大爆発を起こして沈んだ。

 

 多くの人が死んだ。何が起こったかわからないまま死んだ人も多い。でも、その多くは怒りと憎しみを生んで死んだ。

 

 募った怒りと憎しみは大きな光となって宇宙を焼いた。

 

 ソロモンで焼かれたジオンの兵士達の怒り、ソーラ・レイで焼かれた連邦の兵士達の憎しみ。

 

 それが宇宙に広がって、終わらない殺し合いが続く。

 

 停戦命令が出ているのに攻撃してくる連邦軍。死にたくない一心で抵抗するジオン軍。

 

 その中で紺色のドムがジオンを助けに現れて連邦のMSを一掃した。それに激怒しながらジムやボールが集まってくる。

 

 エルメスが光に包まれて、ガンダムとジオングが互いに撃ち合って。それがいつの間にかサザビーとνガンダムがビームサーベルで斬り合いながらファンネルを撃ち合っていた。

 

「わかるか? 互いに殺しているのに、人の死に囚われたら終わりの見えない争いしか続かないんだよ」

 

「今のはなんなんだ。お前、ホントになんなんだよ……」

 

 気づいたら宇宙の中から元の部屋の風景だった。ただユキが俺の手に触れていた。

 

「覚えておく死は、己の心に刻み込むものだ。自分の許容を間違えるな。でないと魂は耐えられないんだよ」

 

 ユキの言葉と同時に、ジ・Oに突撃したZガンダムの姿が見えた。その中で魂を壊してしまったひとりの少年の存在も感じた。

 

「わかったら忘れろ。良いな」

 

 そう言い残してユキは部屋を出ていった。

 

「…………」

 

 言いたい事はわかった。でも納得出来るかと言われたら頷く事は出来ない。確かに俺は拐われた被害者だから、拐った男たちが悪い奴じゃないとは言えないけど。

 

「だからって、人の死がなんともないなんて思えるかよ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「随分と入れ込んでいる様じゃないか。あの少年をカミーユ・ビダンやバナージ・リンクスと重ねるか」

 

 織斑 一夏を通した部屋から奴が出てきた所に声を掛けた。その顔はやや険しかった。

 

「否定はしないよ。あの子は純粋過ぎる。だからこそ、こんなつまらない事を引き摺る」

 

「確かに、つまらんことだな」

 

 どの口が言うのかと意味を込めた。一年戦争から17年が経っていようとも、お前もシャアと同じで死人を引き摺っているだろう。私が気に食わん唯一の部分。亡霊の分際で、いつまで付き纏う気だ。

 

「中々忘れられるものでもないんだよ。ララァの死は、おれたちが受け止めるには大きすぎる出来事だった」

 

 その時、私はその場に居なかった故に、刻を見るという事を知らない。だからシャアやお前が感じた物は知らん。だからな、私の前でソレを出すな。シャアと同じ物を目指している所為か、お前もシャアに似てきているぞ。

 

「だとしても、人類の抹殺はしないし。やらせはしないよ」

 

 そう言いながらユキは初めて私の眼を見て良い放った。僅かばかりのプレッシャー。歯止めのつもりなのだろう。私が知るものよりもより強くなった。

 

「それでこそだ、ユキ・アカリ。お前はそうでなければならない」

 

 誰も止めることの出来なかった私を止め、互いに共感しあい、人類をニュータイプへと導くとする未来を目指す事をさせたのだ。

 

 カミーユ・ビダンと同じように私の心の中を覗き、可哀想などという同情ではなく、私の本心すら見抜きそれすら受け入れてみせた末恐ろしい男だ。

 

 だからこそ、私を受け入れる器足るに相応しい。

 

「それじゃあおれは部屋に戻るから。余計な茶々は入れるなよ、ハマーン」

 

「私を俗物と同じに扱うな。それにああいう手合いは興味もない」

 

 過ぎ去る背中を見届けながら、私も部屋に戻る事にした。強化人間の娘と良い、織斑 一夏という少年と良い、相変わらず面倒事を背負い込むのが好きだとみえる。アレさえなければ今頃は地球圏をネオ・ジオンが制し、奴は私の隣に居ただろうに。シャアめ、余計な事を吹き込んでくれた。だが今という時だけは少しだけ感謝してやろう。

 

 死して生まれ落ちた世界で、こうして奴と同じ未来を目指し、隣を歩くことが出来る。その根源たる奴の夢を作った貴様にな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「大丈夫か? クロエ」

 

「マスター、ええ。問題ありません」

 

 ハマーン・カーンという女性に一方的に敗れた私に、声を掛けてくださるマスター。

 

 私の様子を察してか、マスターは苦笑いを浮かべていた。

 

「余り落ち込むなよ。ハマーンの強さは知ってる。ハマーンに墜とされたというのは余り気にするな」

 

「はい。ですが……」

 

 返事を返すも、戦いにしか能がない私が戦いで負ける。そんな私に価値などあるのだろうか。

 

「あるさ。クロエが居るから背中を気にせず戦えるんだ」

 

 マスターの手が、私の頭に乗せられた。温かくて、優しい手。私を闇から救いだしてくれた大きな手。

 

「私は、マスターに必要ですか?」

 

「ああ。背中を任せられるってのは、前にその分集中出来るから楽になるからな。だから自分を無価値なんて思う必要なんてないんだぞ?」

 

「はい、マスター」

 

 マスターの手を取って、頬に擦り付ける。とても気持ちが良い。マスターの手と言葉で、沈んでいた私の気持ちも湧き上がってきた。なんて現金。そんな私をマスターは優しくしてくれる。

 

 ああマスター、もっと触れていたい。話をしていたい。傍に居て欲しい。私はわがままなのです。マスターの優しさだけでは飽きたらないのです。マスターの温かさだけでは満たされないのです。

 

 私は、マスターの愛の全てが欲しい。

 

 

 

 

to be continued…



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第10話-織斑一夏の決断-

IS組のニュータイプ化に是非を問う声があったので、プロットを根本的に見直すか悩んでいます。

とりあえずクロエに関しては……強化人間ってことで勘弁してください。空間認識能力の拡大とかも強化処置の中にはあったと思うので。


 

 モンド・グロッソが終わってから一ヶ月が経った。

 

 俺は日本に帰ることなく、まだドイツの地に居た。

 

「うおおおおお!!」

 

 俺の降り下ろしたビームサーベルをユキは降り下ろされる軌道に合わせてビームサーベルを振り上げてきた。

 

「まだ間合いが甘いぞ。それと大振りに振り下ろすのをどうにかしろ。初動がバレバレだ。射撃が苦手な分は間合いの読み合いでなんとかしろ」

 

「なっ!? ぐあああっ」

 

 唾競り合っていたビームサーベルを一瞬消したユキ。拮抗する力の支えを無くした俺は込めた力の勢いに前のめりになる。そこに蹴りを喰らって吹き飛ばされる。

 

 同じガンダムに乗っているはずなのに、良いようにあしらわれる。

 

 ガンダムMk-ⅡをISサザビーと同じようにISにした機体で俺はユキと戦っていた。

 

 ユキはティターンズカラーよりは少し明るい紺色。俺のはエゥーゴカラーの白のカラーリングがされている。

 

 どうして俺がこのガンダムMk-Ⅱに乗っているのかというと、俺が望んだことだからだ。

 

 千冬姉ぇにいつまでも守られてばかりじゃダメだと思ったからだ。

 

 モンド・グロッソ決勝戦。試合に勝った千冬姉ぇは、でも表彰式をすっぽかして俺の所に来てくれた。

 

 それは嬉しかった。でも同時に悔しくて、情けなくなった。

 

 俺の所為で千冬姉ぇは表彰式に出れなかった。ブリュンヒルデという世界一の称号。それを手放すことになったからだ。

 

 だから俺は今よりももっと強くなりたいと思った。少なくとも自分の身は自分で守れるようになりたいと思った。

 

 少し大きな木製の扉を前にして、固唾を飲む。何の変哲のないただの木製の扉だ。だがその扉の奥に居る人物のことを思うと、身持ちが固くならない方が無理だ。

 

 ただのなりきりコスプレイヤーなんて生易しいものじゃない。あの少女(ひと)のもつものは本物と感じとることが出来る。

 

 アニメの登場人物のはずだ。そう思えなくなったのは間違いなく、ユキに見せられたものの所為だ。

 

 だから見た目は自分と同い年くらいでも、気が抜けない。むしろガチガチに固まる。俺はガノタってわけじゃないけど、その女性(ひと)のことを知っている。だから余計に肩の身が張る。

 

 それでもこの溶接されたみたいに動かない足を進めないと話は始まらないのだ。

 

 不可視の重圧を掛けられたように重い腕を上げて、ノックする。

 

「誰だ?」

 

「あ、っと。俺、です。織斑 一夏です」

 

「織斑 一夏か。入れ」

 

「し、失礼します」

 

 ガチガチに緊張しながら扉を開ける。

 

 そこにはティーカップでお茶を飲んでいた途中だろうこの屋敷の主。ハマーン・カーンの姿がある。

 

 見た目は可愛いお嬢様なはずなのに、そう感じるのは見掛けに囚われるからで、本質を知っていれば、そんな生易しいものを感じることはない。

 

「どうした、ただ突っ立って私の顔を見にきたわけではないのだろう?」

 

 ティーカップに口を着けながらニヒルに笑って此方に声を掛けるハマーンの姿は、同年代とは思えない妖美さと気品さがある。たぶん他の同年代の女の子がやっても背伸びをしたような温かい目を向けられるのだろうけと、こと彼女はそれがまったく違和感なく嵌まっているのは、彼女が普通ではないからだろう。

 

 そんな相手に、ただの中学生の俺の言葉が通用するかどうかなんてわからないが、やるしかないと意を決して口を開いた。

 

「忙しい中で悪いと思いましたが、この織斑 一夏。お願いがあって参りました」

 

「なるほど。このハマーン・カーンと知って願い出るか。だが私がそのようなことで動く女でないことは知っているのだろう?」

 

 愉しい見せ物でも見るかのように厭らしい笑みを浮かべながら言い返すハマーン。

 

 悔しいけど、彼女の言う通りだ。俺は彼女と親しいわけじゃない。だから俺の言うことに興味がなければ切り捨てられるだけだ。だからと言って彼女を楽しませるトーク術も話題もない。

 

 ええい! 男は度胸だ。正面から行ってやる!

 

「俺を、鍛えて欲しいんです。千冬姉ぇにも負けないくらい強くなりたいんです。お願いします!」

 

 言い切って、頭を下げた。こんなに真面目に誰かに物事を頼んだのは初めてかもしれない。これで取っ掛かりを掴めなければそれまでだ。

 

「では訊くが一夏。お前は世界最強のブリュンヒルデに比する力を得てなにをする」

 

「俺は弱いから、千冬姉ぇに守られてばかりじゃダメだと思って。だから俺は……千冬姉ぇより強くなって、千冬姉ぇを守れるようになりたい!」

 

「その力を私が利用するとは考えんのか?」

 

「そういうことになれば構わない。今の俺は一人じゃなにも出来ないから、俺は貴女に頼るしかない。だから利用されるのも承知だ」

 

「それで人を殺すことになってもか?」

 

「それは……」

 

 俺はハマーンの言葉に即答出来なかった。人殺しは悪いことだ。だからいざ人を殺せと言われても、俺にはそれを出来ないと思ったからだ。

 

「まだ青いな、一夏。私はこのドイツの裏を取り仕切っている身と言っても過言ではない。その私に何も見返りも出せないお前が頼み事を言うのだ。それ相応の対価も予想しておけよ」

 

「うぐ……」

 

「だがその若さと実直さに免じて、代理人くらいは立ててやろう」

 

「代理人?」

 

「私も忙しい身だ。お前に構う暇がない。だが安心しろ、優秀な教官を呼んでやる」

 

 そう言いながらハマーンが投影ディスプレイを操作すると、ユキの顔が映った。

 

『どうしたハマーン。なにかあったか?』

 

 ディスプレイに映ったユキはシャツが汗でびっしょりの俺とは違って、涼しげに通信に応えていた。

 

「織斑 一夏が鍛えて欲しいと泣きついてきてな、私は忙しい身だ。お前が面倒を見ろ」

 

『なるほど。わかった。丁度組み終わったガンダムMk-Ⅱが2機ある。コアも含めてそちらに向かう』

 

「了解した。伝えておこう」

 

『ああ。頼む』

 

 2分も話さずに話を纏めた二人。ハマーンはわからなくもないが、そのハマーンとトントン拍子に話を纏められるユキって何者なんだ。

 

「奴は否定するが、本気になれば一軍を率いる力を持った男だ。私と来てくれればグレミーの反乱などなく、今頃地球圏はネオ・ジオンのものだっただろうな。シャアと並ぶジオンの導き手になれただろうに、戦士であることを選んだ卑怯者だ」

 

 昔を懐かしむように語るハマーン。卑怯者と言葉は責めているのに、柔らかさがあった。ああ、この人なりの惚気けなんだよこれが。分かりにくい。よくユキはこんなにも分かりにくい人と付き合えると感心する。

 

「このハマーンを使ったのだ。お前の言った理想は叶えてみせろよ。私を失望させればどうなるか、わからぬものでもあるまい?」

 

「ああ。わかっているさ」

 

 こうして俺は力を付けるためにISという兵器に乗ることになった。ISは女性にしか動かせないと言われているけれど、事実ユキはISに乗っている。

 

 そして俺も今はガンダムMk-Ⅱという機体に乗っている。

 

 機動戦士Zガンダムの中盤まで主人公のカミーユが乗っていた第二世代型のMSの雛形となる機体だ。

 

 高い汎用性と機動性を持っていて扱いやすい機体だとユキは言っていた。

 

 確かに動きやすくて、俺の思うままに動いてくれる良い機体だ。といってもユキ相手にボロ負けしている。

 

 同じ機体のはずなのに、まったく歯が立たない。ビームライフルを自動照準に任せているから悪いのかもしれないが、まったく中らないし。

 

 ビームサーベルを抜いても負けるしで、正直へこみそうになる毎日だ。本当に強くなれてるのかわからないまま、今日も俺はガンダムMk-Ⅱで挑みかかる。

 

 

 

 

to be continued…



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第11話-束の嘲笑-

皆様からの様々な声を骨身に噛み締めながら筆を進めておりますわたくしです。今回は一夏がISを動かせる理由を書いてみました。そして話は進まない。早く話を進めたいです。


 

「ふぁ~あ……。おはよう」

 

「おはよう」

 

 大きくあくびをしながらダボダボのタンクトップにパンツ一丁なんていう格好で起き抜けの彼を見るとニュータイプってなんだっけっと思う。

 

「おはよう……ございます……zzZ」

 

 そのあとをロング銀髪を枝が脇に伸びまくったみたいにぐしゃぐしゃにして、シャツも半分脱げかけでしかも立ちながらまた寝るクロエちゃんもやって来る。

 

 最近クロエちゃんがだらしなくなってきてる気がする。

 

 この絵面で普通は昨夜はおたのしみでしたねと思えないのは二人してだらしなさすぎるからだね。

 

「ほらクロエ、コーヒー飲んで目を覚ませ」

 

「はい……いただきます…」

 

 マグカップに入れられたコーヒー。目覚まし用だからあれはブラックだ。

 

「ぅぇぇぇ……に、苦い、です」

 

「目は覚めたろ? シャワー浴びに行って着替えるぞ」

 

「了解です…。ぅぅ」

 

 まだコーヒーの苦さを引き摺っているクロエちゃんの手を引いていく彼。

 

「折角だから私も入っちゃおうかなぁ?」

 

「別に良いんじゃないのか? おれは構わないよ」

 

 しれっと彼はそう言う。いやどうして? ちょっとは気にするとかもなし? これでも私それなりにスタイル良いし、おっぱいだっておっきいんだぞ!

 

「そういうムードなら意識もするだろうけど、博士はおれが軍人だって忘れてないか?」

 

 それってどういう意味?

 

「忍耐力ぐらいはあるということさ。身体は性欲旺盛でも、精神力で捩じ伏せるのなんてわけはない。だからクロエとだって普通に風呂に入っていられる」

 

 それってクロエちゃんを気にしてるってこと? 君ってもしかしてロリコンなの?

 

「違うわ。てかクロエも普通に欲情するくらいにはキレイだぞ。ただ襲うわけにはいかないだろ。猿でもあるまいし。33歳童貞現役を嘗めるな」

 

「私、キレイですか…? 興奮しますか?」

 

 なんだかキラキラと擬音が聞こえそうな程にくりくりした眼を彼に向けるクロエちゃん。盲目的にぞっこんなクロエちゃんからすると気になるんだと思うけど、なんか違う。

 

「なんか変な話になってきたから、とりあえずお風呂入ろっか」

 

「そうだな」

 

「マスター、答えてください。私で興奮しますか?」

 

 なんか朝から変な雰囲気になりながら、流れでお風呂に入ることになったわけだけども。

 

「マスター、お背中流します」

 

「ああ。頼むよ」

 

 クロエちゃんの頭を彼が洗い終わると、今度はクロエちゃんが彼の背中を洗い始めた。

 

「……クロエ」

 

「なんでしょうか?」

 

「タオルはどうしたんだ」

 

「必要ですか?」

 

「ここは風俗じゃないぞ」

 

 さっきまでタオルを巻いていたクロエちゃんは裸になって、自分の身体を使って彼の背中を洗っていた。

 

「こうすると男の人は喜ぶはずなのですが。嬉しくないですか?」

 

「俗物共が……」

 

 眉間を押さえながら引き攣っている彼の顔は正直恐かった。いや思う気持ちはわかるけど。

 

「博士、頼めるか……?」

 

 彼の言わんとする事はわかる。面倒ごとはイヤだけどこれは修正しないとダメだ。

 

「仕方ないね。その代わり、ひとつ頼まれてくれる?」

 

「内容によるけど、わかった」

 

 とりあえず私が教えられるかどうかわからないけど、クロエちゃんの教育を承った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「織斑一夏をISに乗せる? 本気なのか」

 

「でなかったら、君に話は振らないよ」

 

 クロエちゃんがトレーニングしてる合間。工作機械を使ってISを組んでいる彼に打ち明けた。

 

 MSのIS化技術を教えた彼は、その技術を使って新しい機体を組んでいた。まだ装甲を施し切れていないが、その形は間違いなくガンダムMk-Ⅱだとわかる。

 

「でも何故だ。男である彼をISに乗せればどうなるか想像がつかないわけでもないだろう」

 

「うん。きっと世界中がいっくんを欲しがるだろうね。でも、今回いっくんはちーちゃんの邪魔をするために拐われた。君とクロエちゃんが控えてたから良かったけど、でなかったらどうなっていたかわからない。いっくんになにかあったら、ちーちゃんも箒ちゃんも悲しむ。私はそれがイヤだ」

 

「だから敢えてISという自衛権を持たせると? 世界中から狙われるとわかってもか」

 

「だって、また狙われないとも限らないし。国が用意する護衛が役に立たないのなんてわかりきってる。だからせめて自分を守れる力があれば、いっくんだったらそれを正しく使ってくれると思う。それとも、四六時中いっくんの傍に君が居てくれるの?」

 

「ふむ……無理だな」

 

 ニュータイプだって万能じゃないのは私にだってわかってる。ニュータイプはやっぱり人間だ。人間が進化したって言っても、別のナニかにならない限り人間と同じだ。

 

 こうして会話はするし。悩みも、考えもする。人間と同じ。ただ、人の心を感じて理解する事が出来る人間というだけだ。

 

「だがISにどう乗せる? おれみたいな方法は無理だろ。彼は確かに素質を持っているが、まだオールドタイプだ。コアにどう織斑一夏を認識させる」

 

「それに関しては問題ないよ。君の稼働データと、ちーちゃんといっくんが姉弟だから出来る裏技があるから」

 

「裏技?」

 

「そう。要はニュータイプが動かしていると、コアに感じさせれば良い。いっくんの脳波を君の脳波に変換させるシステム。擬似人格コンピューターtypeY.A.の出番というわけだよ」

 

「いつの間にそんなものを」

 

 ちなみにこれはガンダムF90の擬似人格コンピューターとF91のバイオコンピューターがヒントになった。

 

 ISも搭乗者の脳波を機体の動きに反映している。そういう意味だとISはバイオコンピューターを積んでいるわけだけども、あくまでそれは機体を動かすためで、サイコミュとは違う。

 

 彼のISコアはサイコフレームを使って、バイオコンピューターの様に直接機体に彼の存在を認識させているけれど、それは彼がニュータイプという他人とは違う脳波を持っているから出来る裏技だ。

 

 その裏技を発展させて、パイロットの脳波を彼の脳波に変換するコンピューターを間に挟んでやれば、男でもISを動かせるということになる。あとはいっくんがちーちゃんの弟だから、遺伝子パターンを誤魔化せば動かせる方法もある。そして1度動けば、いっくんの存在を認識したISはいっくんにも反応させる事が出来るわけさ。

 

「二つの裏技でISに織斑一夏の存在を認めさせるか。何故そんな面倒な仕様にしたんだか」

 

「え? だっていっくん以外の男なんてハッキリ言ってどうでもよかったし」

 

「そういうわけか。ISが女にしか動かせない理由は」

 

 なんか拍子抜けしたという様子の彼に、首を傾げる。私、変なこと言った?

 

「いやいい。となると、もう一度ドイツに出向く必要があるな」

 

「え? なんで」

 

「本人の了承も得ずに勝手に話を進めても無駄だ。それに織斑千冬は織斑一夏をISに関わらせたくない様に思えた。迎えに来た時にも、自身はドイツに作った借りの為に軍の教官をやるから残るが、織斑一夏には日本に帰れと言ったしな。余程の過保護だな彼女は」

 

 それは君も他人のこと言えないでしょ。クロエちゃんに甘々なんだからホント。

 

「だが巻き込まれたとはいえ、裏に関わったのだから平穏に暮らすのは難しいだろう。ドイツにハマーンが居て良かった。ハマーンなら、織斑一夏にアリの一匹も触れられないからな」

 

「やけに信用するよね。敵じゃなかったの?」

 

「敵……、というよりはライバル、いや同士か。おれが一年戦争後にアクシズに向かっていたら、恋人という関係もあったかもしれない。でも互いにネオ・ジオンの指導者とエゥーゴの指導者の代役者。意見の食い違いと立場から争ったが、決して分かり合えていなかったわけじゃない。よく言葉には出来ない相手だけれども、彼女の手腕は信用して良いのは保証する」

 

 そう言いながら優しい顔を浮かべる彼。それはクロエちゃんに向ける親愛の優しさとは違う顔。

 

 昔を懐かしみながら、どこかまんざらでもなさそうな、恥ずかしさを隠した顔だった。

 

 なんでだろうね。そんな顔をされると良い気分じゃない。

 

 ララァ・スンの事を話す時にも似たような顔をするけど、その時は今の顔の中に深い悲しみと、既に過去の事だと割り切っている顔をするから気にしないでいられるけど。

 

 ハマーン・カーンの話になると優しさと嬉しさを感じる顔をするのがなんか気に入らない。

 

「ん? 珍しいな。ハマーンからか」

 

 彼のISに通信コールが入ったらしい。

 

 ウィンドウには中学生くらいの桃色のツインテールの女の子が映る。間違いなく若き彗星に出てきたハマーン・カーンそのままだった。ただその釣り上がった目元だけはネオ・ジオンを率いたハマーン・カーンだろう強さが見える。こんなアンバランスな女の子、実際に居るなら気味が悪い。でもそれを問答無用で捩じ伏せるプレッシャーを見ているだけで感じる。恐い娘だと素直に感じるならそう思う。

 

「どうしたハマーン。なにかあったか?」

 

『織斑 一夏が鍛えて欲しいと泣きついてきてな、私は忙しい身だ。お前が面倒を見ろ』

 

 それを聞いた彼は、一瞬キョトンとしたけれど、直ぐに話を理解した表情になった。またニュータイプ同士の交感でもしたのだろうか。

 

「なるほど。わかった。丁度組み終わったガンダムMk-Ⅱが2機ある。コアも含めてそちらに向かう」

 

 そう言いながら一瞬私を流し見る彼。その意図はわかっているから、私も頷く。

 

『了解した。伝えておこう』

 

「ああ。頼む」

 

 言葉少なく、話を纏めて通信を終えた両者。

 

 ニュータイプって通信越しでもそんなに簡単に相手の事がわかるのだろうか。

 

「いや。これはおれとハマーンだからだ。シャアとアムロがそうであるように、互いをわかっているから話も、考えもわかるだけさ。だから博士とはちゃんと会話をするだろう」

 

「それはそうなのかもしれないけど」

 

 私はユキ・アカリという人物をまだまだ知らない。その過去だって、何処に所属して戦った程度だけ。話されたくらいのことしか知らないけど。

 

 こちら側では私の方が彼と関わっているのに、あんな会話をされる。やっぱりニュータイプってズルいと思う。

 

「まぁ、渡舟だ。向こうから申し出るなら、確り面倒は見るさ。おれにもロンド・ベルMS部隊隊長の矜持はある」

 

 そう言って得意気にする彼は、言葉はカッコいいけれど、見掛けが童顔で華奢な男の子なだけにちょっぴりカワイイマスコットな感じを受ける。

 

 うん。普通にマスコット的な人気はあったと思う。

 

「マスコット言うな! ソロモンでさんざっぱらマスコット扱いされてたんだ、もうお腹イッパイだ!」

 

 あ、されてたんだ。

 

「そうなんだよ。聞いてくれよ。大体おれだって16のハイスクール生と同じだってのにさあ――」

 

 その後、延々と彼の愚痴を聞かされたわけだけども、マスコット扱いされても仕方がない。

 

 椅子に座った彼を真ん中にして、その両肩に手を置きながら笑っているドズル・ザビを筆頭に、周りには柔らかい顔を浮かべる屈強な男たちの写真。

 

 あのソロモンの悪夢ことアナベル・ガトー、その戦友ケリィ・レズナー大尉、赤い彗星のシャア・アズナブル、青き巨星のランバ・ラル、白狼ことシン・マツナガ等々。ぱっと見でわかる宇宙世紀でも有名なパイロットたちに囲まれているキリッとしながらも満更でもない顔を浮かべる彼は周りよりも二周りは小さくて幼く見える。

 

 中でもランバ・ラルとケリィ・レズナー大尉やら、大人たちには相当子供扱いされて可愛がられた様な事が愚痴の中から窺える。殺伐とした戦場での癒し枠でしょ? 仕方がないんじゃないかな。

 

 そしてアナベル・ガトーやシン・マツナガの様な(おとこ)になりたかったらしいが。

 

 ラー・カイラムの中で撮ったのだろう写真には、アムロの隣に一回り背の小さい男の子が写っている。男性じゃない。少年でもない。男の子だ。一年戦争の時から少しだけ大人になった感じの男の子。

 

 艶やかなセミロングの黒髪の所為で年頃の女の子に見えなくもない彼がアムロより年上の30歳だと言うのだからもう言葉もない。

 

 しかし何故そんなにも時間が飛ぶのか気になって他の写真も見せてもらったら、エゥーゴ時代もあまり一年戦争当時と変わらないからだった。むしろショートカットの髪だけセミロングにしたらしく、もうマスコットよりお人形さんだった。

 

 うん。カワイイよね。

 

「やめろ! その生暖かい眼を向けるな!」

 

 カミーユとアムロが写っているからたぶんホンコンで撮ったやつだとは思うけれど、カミーユと並ぶと二人とも女の子みたいに写っている。

 

「本人が居なくて良かったな。居たら噛みつかれるぞ」

 

 ジェリド乙ですね。わかります。

 

 でも彼の持つ写真データは面白い。

 

 他にはデラーズ・フリート時代の物か。エギーユ・デラーズを挟む様にアナベル・ガトーと写っている写真もあった。ただハマーン・カーンと写っている写真はなかった。

 

「ハマーンは写真が嫌いだからな。シャアを思い出してむしゃくしゃするらしい。言うなよ? おれが殺される。比喩じゃなくガチだ」

 

 なら言わなきゃ良いのに。でも良いこと聞いちゃったなぁ。うんうん。そっかそっか。

 

「ねぇ、アカリ。せっかくだから写真撮ろう」

 

「まぁ、構わないけど。クロエも呼ぶか」

 

 うーん。二人だけで撮りたいけど。二回撮れば良いかな。

 

 彼を真ん中にしてクロエちゃんと私が両脇に居る写真は、写真立てに飾って、私の部屋の机に飾ってある。

 

 ただこの写真立ての裏の隅にある小さな隠しボタンを押すと、写真が変わる。

 

 シャッターが切れる瞬間を狙って、彼を後ろから抱き締めた写真。身長差から丁度彼の頭が私のおっぱいに当たるから思いっきり抱き締めた彼の頬は少し朱くなった徹底的瞬間の写真。

 

 いやはや、彼も男の子なんだね。わざわざ量子格納でノーブラにして抱きついた甲斐があったというもの!

 

 あのハマーン・カーンすら持っていない彼とのツーショット。しかも私を意識したテレ顔付き。

 

 ふっふっふっ、精々悔しがると良いさハマーン・カーン。彼を拾ったのは私だよ? だから彼は私のモノさ。私だけのニュータイプなんだよ。

 

 だからつまらないダメ男に騙される小悪党女は草葉の陰で泣いていれば良いんだ。

 

 

 

 

to be continued…



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第12話-BEYOND THE TIME-

とにかく息抜きで書いたので軽く受け流す感じで読んで下さい。最後の方だけが物語に関わる部分なのですっ飛ばしも可。
 
一応最後の方はBEYOND THE TIME聞きながらだとちょっぴり良いかも。私は涙駄々漏れで泣きながら書いてたのでワケわかんないかもしれませんが、その時は感じて下さい。皆さんもニュータイプでしょうから。


 

 織斑一夏を鍛える為、ドイツに滞在中のおれは特にこれといった事をするわけでもなく、一夏に対してMSのパイロットとしての基礎を叩き込んでいた。

 

 形はMSとはいえISなのだから、ISの基礎を教える方が良いのではないかと思われるが、おれはISのパイロットではないのだから無理だ。それに、PICで宙に浮かび、重力を気にしないで飛べるISは、宇宙空間を駆けるMSと大差はない。多少地球の重力に引かれるだけだが、差し障りはない。

 

 故にMSのことを教えるだけでも十分なのだ。

 

 それにISは1度も戦争に使われたことのない兵器であり、その戦闘技術も学ぶべきないところはないとは言わないが、今のところ有用だと思うのは瞬時加速程度だけだ。17年も戦争で使われてきたMSとは技術進化の速度が違いすぎるのだ。

 

 さらに言えば、被弾覚悟の戦法の取れるISと、ビームやミサイル、砲弾の直撃でも受ければ即死も有り得るMSでは戦い方が違う。

 

 一発でも被弾すると即死という極度の緊張感が、人の内に眠る可能性を開花させる。戦場で生まれるニュータイプの多くはそういう経験をしてきた。アムロにしろ、カミーユにしろ、おれにしろ。

 

 だからISの様な甘い戦い方は認めない。ISのシールドとて絶対ではないのだ。現にサザビーやギラ・ドーガ サイコミュ試験型のビーム兵器はISのエネルギーシールドを貫く威力を持っている。さすがに一撃で絶対防御を貫通は出来ないが、絶対防御を発動できなくなるまで攻撃すればその限りではない。

 

 だから一夏にはISの戦い方ではなく、敵の攻撃は絶対に避ける必要があるMSの戦い方を教えたのだ。その方がISのエネルギーを無駄に消費することもなく、生存率だって上がるからだ。

 

 かといって四六時中一夏を扱き倒すわけじゃない。根気を詰めても参るだけだ。適度な休みも必要である。

 

 ベルリンの街を観光がてら歩いてみる。

 

 宇宙世紀ではネオ・ジオンのコロニー落としによって地図から消えた街だ。

 

 逃がしきれなかった人々の苦痛が渦巻いていた街をこうしてゆっくりと歩くのも不思議な気分だ。

 

 モンド・グロッソも閉幕して、その活気さも落ち着いているが、確かに人の営みの温かさというものを感じると、ハマーンやシャアを止めるために戦った自分は間違っていなかったと思う。

 

 確かに軍上層部や政府も腐ってはいたけれど、だからといって、人の営みはそこにあるのだ。地球に居続けるのが特権階級の人間でも同じことだ。

 

 この温かさが次の時代へと続いていくその先に希望を見ていたからこそ、アムロの申し出を受けてロンド・ベルに入った。

 

 たとえ宇宙世紀の未来に戦争がなくならないかもしれなくとも、ラプラスの箱が開かれた『おれたち』の宇宙世紀は人と人とが分かり合うことができる未来に続いていることを信じたい。

 

「ん?」

 

 ふと目に入った映画館のポスター。νガンダムの描かれているそれは『逆襲のシャア』と題名が書かれたポスターだった。

 

「すみません。『逆襲のシャア』はまだ上映しています?」

 

 つい気になってしまい、チケット売り場まで行って受け付けに訊いてみてしまった。

 

「ええ。まだやってますよ。もうそろそろ本日最初の上映になりますが」

 

「じゃあ、大人一枚で」

 

 代金を支払って、渡されたチケットと売店でパンフレットを買ってみた。内容は以前束に見せてもらってわかっていても、映画のパンフレットは内容が気になってしまって買ってしまうものだろう。

 

「地球を取り巻いた謎のオーロラ記念上映……ね」

 

 パンフレットの見開きにはそう書いてあった。

 

 上映が始まるまでまだ猶予があるため、軽めに調べてみたのだが、おれがこの世界にやって来た半年前と、三年前に2度に渡って宇宙に虹色に輝くオーロラが現れたのだとか。

 

 原因は不明だとされているが、恐らくそれはサイコフレームの光だ。

 

 時期的に虹色の光を発するなんてことをやらかしたのはアクシズ・ショックの時と、ガランシェールを宇宙に戻す時と、コロニーレーザーを防いだ時だ。

 

 ガランシェールを引っ張りあげた時は規模が小さかったが、コロニーレーザーを防いだ時はかなりの規模でサイコフィールドを張ったはずだ。

 

 いずれにせよ、サイコフレームの光が過去にも起きていたという事実。それに淡い期待を僅かにでも感じてしまったのは、後悔があるからだろう。

 

 アクシズを押し返す時、最後の最後でおれの量産型νガンダムもサイコフレームの光に弾かれてしまったのだ。もう少しおれのニュータイプとしての力が強ければ、最後まで残れていただろうに。そうすれば或いは。

 

 この身は後悔だらけだ。後悔してもしたりない程だ。それが全て定められた運命だとは思いたくはないけれど、おれの居た宇宙世紀も、アニメと同じように歴史は流れていった。

 

 大きく変わっているのは、ハマーンと一騎討ちしたのがジュドーではなくおれだったことくらいだ。

 

 ハマーンとはある意味積極的に関わったが故の違いなのだろう。だがその他については時代が流れるままに身を任せていた。

 

 一年戦争では戦うことに必死だった。デラーズ紛争では生きるのに必死だった。グリプス戦役ではようやく夢を持ち始めたばかりだった。第一次ネオ・ジオン戦争では自分の想いをぶつけ合うのに全力だった。第二次ネオ・ジオン抗争ではシャアを止めるべく奮闘した。ラプラス事変では箱に振り回されながらもある意味で未来に希望を託せただろう。

 

 例え世界が定められていたとしても、そこに生きて選んで来た自分の道すらも、定められたものとは思いたくはない。それだけは言える。未来は人が作るものなら、過去も人が作るものだ。物語なんて言わせはしない。確かにおれは宇宙世紀に生きて、いくつもの奇跡を目の当たりにしてきたのだから。

 

 朝一番の上映の所為か、館内はがらがらだった。だがこういう伽藍堂の方が周りを気にせずに丁度良い。

 

 座席は後ろの方の真ん中辺り。丁度よくスクリーンの見れる場所だった。

 

 物語りが始まった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 フィフス・ルナの核エンジンに火が入る。

 

 加速するフィフス・ルナに向かうジェガン隊。それを追うギラ・ドーガの部隊。

 

 この時のおれはアムロのリ・ガズィの道を開くために、量産型νガンダムで一個中隊程度のギラ・ドーガを引き留めていた。

 

 フィン・ファンネルの納入が間に合わなかった量産型νガンダムはインコムとビームライフル、ビームガンで後続のジェガン部隊が到着するまで戦線を支えた。

 

 指揮も高く、練度もそこそこだったが、ハマーンとの戦い以来、さらにニュータイプとして過敏になって、サイコフレームが敵の意識を受信して反応速度が上がっていたおれには、苦労はするがやれないことはない程度だった。

 

 νガンダムはアムロが基礎設計をしてグラナダのアナハイムに勤めていた経験があり、リック・ディアスやZガンダムの設計に携わったおれが本設計した機体だ。

 

 80%程度の性能に下がろうとも基礎ポテンシャルが高い量産型νガンダムならやれることだった。

 

 後続のジェガン部隊にあとを任せてアムロのもとに向かうと、リ・ガズィとサザビーがビームサーベルで斬り合っていた。

 

「人が人に罰を与えようなどと…。間違っている!」

 

「この私、シャア・アズナブルが粛清しようというのだよ。アムロ!」

 

「エゴだよそれは!」

 

「地球が保たん時が来ているのだ!」

 

「シャア!!」

 

 アムロとシャアの間に入るのは無粋だったかも知れないが、おれにもシャアに言ってやらないとならないことが山程あった。

 

「ユキか! それが貴様とアムロの新しいガンダムだな。良い出来だ。これで奴との勝負にも期待が持てる!」

 

「そんなことのために地球を潰そうっていうのか! ニュータイプの未来を作ろうと言った男がなんで!?」

 

「いくら可能性を見い出そうとも、結局は大きなものの流れの中に呑まれてしまう。だからその流れを絶つ意味があるのだよ!」

 

「そんな程度で絶望して、逃げ出して。恥ずかしくないのか! お前の夢を追い続けるおれはバカじゃないか!!」

 

 心の内の憤りをビームサーベルに乗せてぶつける。

 

「ララァが見せてくれた世界を作ろうと言ったのはお前なんだぞ! そのお前がおれだけじゃなくララァすらも利用するのか、この軟弱ものが!!」

 

「くうっ!? やるようになった!」

 

 かち合ったビームサーベルを一瞬だけ消し、勢いを支えるものを無くしたサザビーが前のめりになるところに回し蹴りを叩き込む。一歩間違えればこちらが斬られる危険な技だが、これくらい出来なくてエースパイロットの相手は出来ない。

 

『大佐、なんでビーム砲を使わないんです!』

 

「そっちに行くぞ、ユキ!」

 

「見えているさ。邪魔をしてくれて!」

 

 シャアにはまだまだ言い足りないが、それはアムロも同じだろう。

 

 サザビーを援護する為にビームライフルを撃ってくるヤクト・ドーガの攻撃を躱して、アムロと相手をチェンジする。

 

『こいつ、ガンダムがなんだってんだ!』

 

「そんな動きで!」

 

 アムロとの戦いで傷ついているヤクト・ドーガの動きは鈍い。ビームライフルとシールドのメガ粒子砲で弾幕を張ってくるが、牽制のメガ粒子砲は無視しては本命のビームライフルのビームはビームサーベルで斬り払う。

 

『ビームを斬った!?』

 

「これで墜ちろ!!」

 

 狙い澄ましたビームライフルを向けたところに、別方向からのビームがビームライフルを撃ち抜いた。

 

「っ、あああ!!」

 

 爆発する前には手放したが、タイミングが一瞬遅く、シールドで防御したが近距離の凄まじい爆発に、機体が吹き飛ばされる。

 

「私も忘れてもらっては困るな!」

 

 どうやらシャアのサザビーから放たれたファンネルがビームライフルを撃ち抜いたらしい。アムロと戦いながらよくもやるよ!

 

「下がるぞユキ! これ以上付き合う必要はない」

 

「でもフィフスは…!」

 

「ブライトからも帰還命令が出てる。レーザー攻撃に巻き込まれるぞ」

 

「くっ、わかったよ。アムロ」

 

 引き際を見切るアムロに従って、おれも撤退する。追撃がなかったのは、シャアも引き際を間違えないからだ。それにガンダムに乗っていないアムロと戦う気はないのだろう。

 

「くそ! シャアに手玉に取られてるみたいだ。みすみす見ているだけだったなんて」

 

 ラー・カイラムに帰艦したおれは抑えきれない憤りを壁を殴り付けて八つ当たりする。ジクジクと拳が痛むが、ラサから逃げ遅れた人々の痛みに比べたら軽いものだ。

 

「落ち着けユキ。まだ全部が終わったわけじゃない」

 

「それはそうだろうけどさ」

 

 チベットに落下したフィフス・ルナは宇宙からもその光景は見えていた。地球を寒冷化する作戦。

 

 これまで3つのコロニーが落ちた地球は、大気中に舞い上がった塵が太陽光を減らし、年々寒くなる一方だった。そこに新たにフィフス・ルナを投下し、地球の寒冷化は進むが、完全に寒冷化させるにはまだもう一手足りない。

 

「アムロ、やっぱりνガンダムは」

 

「量産型はお前向けに調整されているんだし、サイコミュにももう癖は出ているんだ。おれの方は気にするな。月に行ってガンダムを持ってくるよ」

 

 リ・ガズィではシャアのサザビー相手には性能不足だったのは見てわかった。あれがνガンダムであったなら、シャアも止められたはずだ。

 

 なぜνガンダムの完成が遅れて、量産型のνガンダムが先に完成して運用されているのかというと、アムロのνガンダムはその素体が重力下試験に送ったところ、ネオ・ジオン残党軍との戦闘で大破した為、完成が遅れているのだ。

 

 おれの使う量産型νガンダムは、とにかく完成と実践配備を急いだので、重力下試験をやらなかったのが吉と出て、アムロのνガンダムよりも早く完成したのだ。

 

 しかし装備面の配備が遅れているのもあり、フィン・ファンネルはアムロのνガンダムの物と同時に届く手筈になっている。

 

「この二年間、全部のコロニーを調査したんだぞ。なのに何故シャアが軍を用意しているのがわからなかったんだ」

 

「地球連邦政府は地球から宇宙を支配している。これを嫌っているスペースノイドは山程居るからな。ロンド・ベルが調査に行けば、一般人がガードしちまうのさ」

 

 ブライトが語る悲しい実情。ハマーンが一度治めかけた地球圏は、ハマーンの死後、連邦政府が強行的に再びその実権を握ったが、その所為で今まで以上にスペースノイドは連邦政府嫌いが加速していた。

 

「コロニーの人達はわかってないんだよ。地球を潰しても、そこで生き続ける人は居る。やがてその人たちは地球を潰して自分達を苦しめたスペースノイドを怨む。怨み辛みが溜まってそれは第二のジオンやティターンズを生む土壌になるんだ」

 

「そんな憎しみの連鎖が重なっては、やがて全部が滅びるか」

 

「そうさせないためにも、俺たちロンド・ベルだけでもシャアを叩くわけだ」

 

「ああ」

 

「うん」

 

 アムロもブライト艦長も、おれも、シャアとは浅はかならぬ関わりがある。

 

 アムロはライバルとして、ブライト艦長も一年戦争では狙い狙われた指揮官。そしてエゥーゴ時代には戦友として戦った。

 

 おれも、シャアとは戦友で、同じ夢を見た者同士だった。だから赦せないんだ。

 

 確かにシャアの気持ちはわかる。折角見い出だした希望が押し潰されて、絶望する気持ちもわかる。でもだからって地球に居続ける人々を粛清するのは違うはずだ。

 

 もう一度、シャアと話をする必要がある。

 

「第2波はないはずだ。上手くすれば、スウィートウォーターに入る前のシャアを叩ける」

 

「とりあえず留守は守るよ。おれのガンダムの装備も」

 

「間に合うように手配はするさ。行ってくる」

 

 そう言って、アムロはνガンダムを受け取りに月に向かう。

 

「やはり戦い難いか、シャアとは」

 

「戦い難いとは違いますよ。シャアのことはアムロくらいには知ってるつもりです。だからおれもアムロもシャアが赦せないんだ」

 

「裏切られたから、か?」

 

「それもありますけど。アムロはまだシャアを信じているからシャアのしていることが赦せない。でもおれは決めかねているのがその差なのかもしれない」

 

「決めかねている?」

 

「シャアに失望すれば良いのか、シャアを信じれば良いのか迷っているんです。決められない自分のイライラをぶつけてる。ガキなんですよ。でも、地球に住む人々を粛清するのは間違っているって確信がある。地球に住む人々の抹殺をしたかったハマーンを止めたおれだから、シャアが相手でも止めなくちゃならない」

 

「難儀だな。アムロも、お前も」

 

「難儀で済めば良いんですがね。今回の戦い、何故だかとてつもなく厭な予感が拭えない」

 

 そう、ララァが死んだ時のような厭な予感が胸のなかを渦巻いていた。

 

「アムロはああ言ったけど、第2波はあると思います」

 

「そう思うか?」

 

「向こうも立派な艦隊とはいえ頭数は少ないから確実に艦隊を逃がす為に殿を出して陽動する手も考えられます。まぁ、一年戦争でおれとシャアで考えた部隊戦術のひとつですけど」

 

「なるほど。台所事情が厳しいのは向こうも同じだと?」

 

「そう考えます」

 

「わかった。第3警戒体制でシャアの艦隊を追おう」

 

「ガンダムの整備に入りますからしばらくはデッキに居ますよ」

 

「任せる」

 

 ブリッジに戻るブライトを見送りながら、おれもガンダムの整備に加わる。

 

「ビームライフルを失ったのが痛いな。スプレーガンは自衛用だし」

 

「リ・ガズィのビームライフルでも使いますかい?」

 

「そうするしかないでしょう」

 

 アストナージと相談しながらガンダムの整備を進める。消耗パーツ類はジェガンとも共通規格の物も多いので問題ないが、この量産型νガンダムも納入を急いだ機体である為にやはり武装周りの供給が間に合ってないのだ。新しいライフルもアムロ待ちということだ。

 

 だがおれの予想通りにネオ・ジオンから数隻の艦が反転、MS部隊も展開してきた。

 

『お前の言う通りになったな』

 

「でも月とサイド1の中間で仕掛けてくる意味がわからない 。もう少しサイド1に近くても良いのに」

 

 近くには暗礁宙域もあるから、それに紛れて殿部隊は逃げることもやり易いからだろうか。

 

『総員第一戦闘配備! MS隊も順次発進してくれ』

 

「了解した。ユキ・アカリ、ガンダム、発進する!」

 

 カタパルトで発進する量産型νガンダム。アムロが不在でMS部隊を預かる手前、先陣くらい切らないと。

 

『敵は下駄履きのMSの模様。主砲斉射約30秒、各機注意されたし』

 

「MS部隊は左右に展開! 正面はガンダムで抑える!」

 

 ジェガン隊に指示を出しながら俺も敵のMS部隊を迎え撃つ。

 

「艦隊はやらせないさ。行け!」

 

 インコムユニットを展開し、四方八方からビームを撃ち込んでギラ・ドーガを3機仕止める。

 

 準サイコミュとはいえオールレンジ攻撃ができるのだから、一機でも十分正面は支えられる。

 

「ジェガン隊を抜けた奴がいる!? 中々に手練れが居る。一個小隊は艦隊の直掩に下がれ!」

 

 ビームライフルで牽制し、インコムのオールレンジ攻撃がギラ・ドーガの四肢を撃ち抜く。そのまま追撃のビームが胴体を貫いてギラ・ドーガは爆散した。

 

「チィッ、身動きが出来ない」

 

 今すぐにでも艦隊の援護に向かいたいが、一個小隊を回した為、おれまで下がると前線の方の抑えが減る。

 

 故におれのガンダムは前線で釘付けになってしまっていた。

 

「クソッ、艦隊の方に手練れが回っていたか!」

 

 ラー・カイラムの近くで、青いギラ・ドーガに苦戦しているケーラのジェガンを気にかけながらも目の前のギラ・ドーガをビームライフルで撃ち抜く。

 

 だがそんなケーラのジェガンを援護する様にビームが青いギラ・ドーガの目の前を遮った。

 

「アムロか!?」

 

 センサー範囲外からの狙撃。ビームが飛んでくる方向からアムロの気配を感じた。

 

 そして見えてくるのは白いガンダムの姿。

 

「アムロのνガンダムが間に合ったか」

 

 また1機のギラ・ドーガを撃ち落としたところで、ネオ・ジオン側が後退信号を上げた。

 

「なんとか捌けたか」

 

 引くのならば深追いはしない。ラー・カイラムも艦首にダメージを受けているし、戦闘宙域内に民間シャトルも紛れている様だし、追撃はないだろう。

 

 しかし民間シャトルにアデナウアー・パラヤ参謀次官が乗っていて、ロンド・ベルは参謀次官殿の特命の為にサイド1のロンデニオンに向かうことになった。

 

「とんぼ返り、ご苦労様」

 

 ロッカールームでノーマルスーツから整備用のつなぎに着替えているアムロに声をかけた。

 

「ああ。一応ビームライフルの方はνガンダムの予備を持ってきた」

 

「悪いね。それよりガンダムはどう? やれそう」

 

 重力下試験をやらなかったとはいえ、それ以外のテスト項目はクリアした量産型νガンダムとは違って、突貫工事で組み上げたようなもののνガンダムだ。胸騒ぎと合わせて少し心配にはなる。

 

「とりあえずはな。このあと調整に入る予定なんだが」

 

「わかってる。手伝うよ」

 

「悪いな、疲れているのに」

 

「お互い様でしょ」

 

「そう言って貰えると助かる。それで、サイコフレームは大丈夫か」

 

「うん。ちょっと過敏さが増すけど、代わりに攻撃の来る場所がハッキリするから良い感じかな。なにか心配?」

 

「初めての本格的なサイコミュに触れるからな」

 

「ララァを感じるの、まだ怖い?」

 

「別に、そういうわけじゃないさ。ただユキは」

 

「心配しないでよ。おれは大丈夫だから」

 

 ハマーンとの戦いで、ニュータイプとしてより強い力を得たおれだったが、ララァに並ぶ最大の理解者の喪失というものは心に堪えるものがあった。

 

 第一次ネオ・ジオン戦争後は一線を退いて、アナハイムでMSの設計技師として過ごしていたおれを引っ張り上げたアムロなりに、おれを気にかけてくれているんだろう。

 

「てかおればっか気にしてると、チェーンがあとでコワいぞ?」

 

「茶化すな」

 

「良いじゃないさ。守るものがある人間っていうのは強い」

 

 そんなアムロが少し羨ましい。今のおれには夢しか守るものがないから。分かり合って、支えあって、守りたかった女性は皆、刻の彼方の向こう側に逝ってしまった。

 

 志を同じくし、熱き血潮を流した戦友たちも星屑の彼方に散った。

 

 傍にあったものはもうどこにもなく、シャアの夢に縋って生きているだけの自分。でもかまわない。

 

 ララァが見せてくれた刻の彼方。ニュータイプの辿り着く未来が其処にあることをおれは信じる。

 

「あ、ユキ」

 

「え? なに、ふあっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 考え事をして進んでいた所為で注意力が散漫していたらしい。誰かとぶつかってしまった。

 

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた……って、クェス・パラヤ?」

 

 クルーの誰かとも思ったが、誰でもなく。それはアデナウアー・パラヤ参謀次官の娘。クェス・パラヤだった。

 

「わたしを知ってる……?」

 

「ああ、いや。写真で見ただけだよ。それより大丈夫? ごめんなさい。ぶつかっちゃって」

 

「ううん。ケガとかしてないから。ただビックリしただけ」

 

「そっか。なら良かったよ。でも参謀次官殿の娘さんがなんでMSデッキに?」

 

 参謀次官の娘でも、民間人の女の子がMSデッキに来る用事があるだろうか。

 

「ああ、うん。MSが気になって見せて貰ってたの」

 

「なるほど。うん。キレイな眼をしてるね」

 

「え?」

 

「星を視れる眼。大切にね」

 

「あ、ちょっと」

 

「ごめんね。仕事があるからまた機会があったらね。それとここから先は流石に見せられない物もあるから、気をつけてね」

 

「あ、はい……」

 

「ユキ、手伝いはまたあとでも良いぞ」

 

「今行くよ、アムロ」

 

 もう少し話してみたかったけれど、今はアムロのガンダムが優先だ。

 

「気に入ったのか?」

 

「まさか。ただ素質があるから気になってね。てかおれをロリコンにする気か?」

 

「外見的には釣り合えるんじゃないか?」

 

「張っ倒すぞ、もう…。始めるぞ。チェーン、チェックリスト見せてちょうだい」

 

「あ、はい。こちらです」

 

「ありがとう」

 

 その後徹夜でνガンダムをアムロに合わせて調整し。何事もなくロンデニオンに入港出来たラー・カイラム。

 

 半舷休息ということでロンデニオンに上陸したおれは、このロンデニオンに入ってから感じるものに引き寄せられるままに歩いていると、湖の畔で一羽の白鳥に出逢った。

 

「ララァ…」

 

 白鳥が飛び立つと、その姿を目で追い掛けた先に、馬に乗って、サングラスを掛けた金髪オールバックの男が居た。

 

「シャア……」

 

「ユキか……」

 

 シャアに向かって歩く。見上げるくらい近くに来ても、シャアは逃げなかった。

 

「話がしたい。シャア」

 

「わかった」

 

 馬から降りたシャアと、隣り合って草の上に座った。

 

「ハマーンとな。戦ったよ」

 

「そうか。強かったろう」

 

「ああ。強くて、本当に強かった。彼女もまた、地球に居続ける人々の抹殺をしたがっていたよ」

 

「そうか。だから私の敵となるか」

 

「それもある。でもそれだけじゃない。ハマーンに託されたのさ。ニュータイプの世界の未来をね。だからその未来を閉ざそうとするお前のやり方は認められない。もしまだ、本当にニュータイプの未来を考えているなら、今ならまだ引き返せる」

 

「甘いな。その甘さがお前の美点だが、私は止まらんよ。人類すべてをニュータイプにするには、それを促す過酷な環境が必要なのだよ」

 

「だから地球を寒冷化させるっていうの? そんなことしたって、アースノイドがスペースノイドを怨む土壌を作るだけで、ニュータイプの覚醒どころじゃなくなるよ。憎しみが憎しみを生んで、血が流れるだけの世界になる」

 

「だから私がその業を背負うのだよ」

 

「人ひとりがそんな業を背負えるもんか」

 

 おれは立ち上がって、服に付いた埃を払う。

 

「次に会ったら敵同士だよ、シャア」

 

「そうか」

 

 シャアも立ち上がると、服の埃を払った。

 

「シャア、サングラスを外してくれないか」

 

「……わかった」

 

 サングラスを外したシャアの眼を見詰める。

 

「ありがとう。決心が着いた。さようなら、赤い彗星」

 

「さらばだ。ジオンの蒼き鷹」

 

 そのまま去る振りをして、シャアに向き直ると、その胸に飛び込んだ。

 

「出来れば導いて欲しかったよ、シャア」

 

 同じ世界を夢見た友人との決別に、一筋の涙を残して走り去った。

 

 そして戦いは一気に佳境へと向かう。

 

 シャアは連邦政府から裏取引で手にいれたアクシズを地球にぶつけることで、地球を寒冷化させる気なのだ。

 

「大丈夫か? ユキ」

 

「ああ。もう迷わない。道は開けるよ」

 

「すまない」

 

「良いって」

 

 アムロもシャアと決着を着けたがっている。シャアと話すことはない自分が、アムロをシャアのもとまで導く。

 

 それで良いんだろう。ララァ……。

 

 フィン・ファンネルを背負い、ハイパーバズーカも装備した今の量産型νガンダムは武装面はνガンダムと変わりはない。

 

 あとは今まで培ってきたMSパイロットとしてのすべてを懸ける。

 

「ユキ・アカリ、ガンダム、発進する!」

 

 閃光が生まれては消える宇宙の中で、アムロを探す。サイコフレームが戦場全体の様子を教えてくれる。

 

「見つけた!」

 

 見れば巨大なMA相手に絡まれていた。

 

「墜ちろ、墜ちろ墜ちろ!」

 

「この感じ、クェスか!」

 

 ロンデニオンでクェスがシャアの所に行ったのはアムロから聞いていたが、感じる力はニュータイプというより強化人間のそれだ。

 

 MA――α・アジールの有線式のアーム砲が此方に向けてビームの弾幕が襲ってくる。

 

「クェスならやめろ!」

 

「この声……ユキ」

 

「そのMAはサイコマシンだ。それは人の心を殺すマシンなんだ。だから早く降りて!」

 

「うるさい! みんなでわたしをいじめるんだ。だれかわたしに優しくしてよ、わたしをひとりにしないでよ!!」

 

 α・アジールから放たれたファンネルが縦横無尽に四方八方からビームを撃ってくるが、直撃コースのビームはビームサーベルで斬り払い、それ以外はアポジモーターを噴かして僅かに機体を動かすだけの最小限の回避に留める。

 

「うっ。これがクェスの感じてるものか……」

 

 どろどろして、ぎりぎりして、づきづきして、人の死を無理矢理力に変えている。

 

「ユキ、止めろ! クェスの力に呑み込まれるぞ!」

 

「ここは任せて、アムロは先に行け!」

 

 ファンネルのビームを躱しながら、シールドのビームキャノンでファンネルを撃ち落とす。

 

「シャアを止めるのがお前の役目だろ!」

 

「大佐のもとには行かせないって言ってるのに!」

 

「アムロの邪魔はさせない。例えクェスでも」

 

「すまない。引っ張られるなよ、ユキ」

 

 離脱するνガンダムのあとを追おうとするα・アジールをビームキャノンで牽制する。

 

「どうしてユキまでわたしの邪魔をするのさ!」

 

「君みたいな力の使い方を知らない子どもが、サイコマシンになんか乗っていちゃダメだからさ!」

 

 ビームサーベルをライフルに持ちかえて、残り数の少ないファンネルをすべて撃ち落とした。

 

「大佐だけがわたしに優しくしてくれるんだ。だからわたしは大佐の為に邪魔なヤツを墜とさないとならないんだよ!」

 

「その優しさは本当の優しさ? シャアはクェスの力を欲しがって、上面な優しさしか向けないよ!」

 

「なにさ! 大佐はララァもナナイも忘れるって言ったよ? 大佐の優しさは、わたしだけのものだもの、ユキにだって、もう大佐は優しくないんだから!」

 

「望んだこと!」

 

 ビームライフルで残った有線式ビーム砲も破壊する。

 

「あうっ!! 武器がもう」

 

「戦闘力は奪った。もう出てこい、クェス」

 

「クェス!」

 

「ハサウェイか!?」

 

 あらかたの武器を破壊したα・アジールに取り付く1機のジェガン。そこからブライトの息子のハサウェイの声が聞こえる。

 

「馴れ馴れしくないかコイツ?」

 

「ダメよ、ハサウェイ。その娘は危険よ!」

 

「チェーンまで。そんな機体で出てくるなんて」

 

「サイコフレームが多い方がアムロが有利になるから」

 

「だからって無謀過ぎる!」

 

 ボロボロのリ・ガズィに乗ってきたチェーンに下がる様に言っても聞く耳を立ててくれない。

 

 普段のチェーンらしくもない。サイコフレームが感情を剥き出しにするのか?

 

「あの女、あの女が居るからわたしはアムロの所に居られなかったのに!!」

 

「アムロの所に?」

 

「ダメだよクェス! そんなんだから敵ばかり作るんだ」

 

「アンタもそんなこと言う。だからアンタみたいなものを作った地球を壊さなくっちゃ、救われないんだよ!」

 

「クェス…。なに? アクシズに乗り込むのか、ブライト」

 

 ふと戦場を感じると、アクシズに強行するラー・カイラムが見えた。そこにアムロのガンダムの姿はなかった。アムロを探す。

 

「シャアとアムロは会えている。ラー・カイラムの援護に? 二人の邪魔をするのはダメだって言うのか、ララァ」

 

 ラー・カイラムは持ち堪えているからシャアとアムロの所に行こうと思う思考が逸らされた。

 

「ララァ…? ユキも大佐も、アムロだって、ララァ、ララァだ。ユキだってわたしを鬱陶しいんでしょ!」

 

「違うよクェス。ララァは違うんだよ」

 

 おれたちに根付くララァという存在は、言葉では言い表せない。

 

「ララァから離れれば、ユキはわたしに優しくしてくれるんだろ!」

 

 α・アジールの胸にメガ粒子の集まるのが見える。

 

「まだ武器があった!? うわああああ!!」

 

 武器はもうないと油断していたおれはビーム砲の直撃を貰ってしまった。機体を物凄い衝撃が襲い、意識がかき混ぜられる。

 

「ユキ! やっちゃったの、わたし。わたし…、ユキを。あああああああ!!!!」

 

「クェス! もう止めるんだ!」

 

「ハサウェイ!」

 

「くっ、軽く意識が飛んでいた……クェスは」

 

 ぼんやりする頭を振りかぶって、機体のダメージをチェック。異常はなかった。ビームの直撃を受けていたのに。

 

「守ってくれたのか…」

 

 コックピットの中に光が溢れて、ララァの気配を間近に感じる。間違いなくララァは今、ここにいる。

 

「クェス…」

 

 クェスから感じる感情の流れは、もうどうしようもなかった。

 

 ガンダムが動く。ビームライフルの銃口をα・アジールに向けて。

 

「ユキ! え? 違うわ、なんなの?」

 

「ごめんね、クェス!」

 

「ユキさん?」

 

「え? ユキが来るの? 良いわ、わたしで包んであげる」

 

 最大出力のビームが、α・アジールの頭部を撃ち抜き、クェスの命は炎の中に消えて行った。

 

「クェェェス!! どうして!? ユキさん、あなたは!!」

 

「クェスはもうマシンに呑まれていた。ああするしか、もうなかったんだよ」

 

「やっちゃいけなかったんだよ!! あなたなら出来たはずだ! どうにか、なのに!!」

 

「止めなさい、ハサウェイ!」

 

 ハサウェイのジェガンが狂った様にビームライフルを撃ってくる。

 

 激情と怒りと、悲しみに満ちたそれを、おれは受け止めなければならない。

 

「ッ、チェーン!?」

 

 だが受け止めるべきそれを代わりに受け止めたのはチェーンだった。

 

 チェーンの意識が、光の中に広がっていく。

 

「そんな、僕はそんなつもりは、うわあああああ!!!!」

 

 ハサウェイの悲痛な叫びが聞こえてくる。結局は、過ちを犯した悲しみだけが残った。

 

「アクシズが割れた? でも」

 

 前後に真っ二つに割れたアクシズ。だが割るために使った爆発が強すぎた。アクシズの後部は爆発で勢いが止められて、地球の引力に引かれて墜ちる。

 

「たかが石ころひとつ、ガンダムで押し出してやる」

 

「バカなことは止めろ!」

 

「貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない!」

 

「アクシズの落下は始まっているんだぞ!」

 

「νガンダムは伊達じゃない!!」

 

 アムロのガンダムが落下するアクシズに取りつき、バーニアを全開にして圧倒的な質量を押し返そうとしている。たかがMSにそんなことができるはずがないのにアムロに呼応してロンド・ベルのジェガンだけでなく、どこからともなくジェガンやジムⅢが集まってきてアクシズを押し返そうと取り付いていく。果てには敵対するギラ・ドーガまでがアクシズに取り付いていく。

 

「サイコフレームが人を呼び寄せているのか……」

 

「離れろ! ガンダムの力は…!」

 

 ガンダムから発する蒼い光。その光がアクシズに取り付くMSたちを包んで優しく引き離していく。

 

「これは、サイコフレームの共振? 人の意思が集中しすぎて、オーバーロードしているのか? なのに恐怖は感じない。むしろ温かくて、安心を感じるとは……」

 

「くっ、こんなになってもまだ見ていろと言うのか、ララァ!」

 

 俺のガンダムにもサイコフレームが使われている。だから感じる。あの温かくて優しい光は、シャアとアムロの生命の光なのだと。

 

 サイコフレームから発する蒼い光はアクシズを包み、ゆっくりと地球から離れていく。

 

 シャアとアムロ、二人のニュータイプの命と引き換えに奇跡を引き起こしているのだ。

 

 その光景を見て確信がいった。胸騒ぎの正体はこれだったのだと。

 

 これがアムロとシャアとの永遠の別れになることを悟る。

 

 本当なら今すぐにでも二人のところに向かいたかった。だが、その前に黄色い幻影が立ち塞がるのだ。

 

「何故邪魔をする、ララァ!」

 

(お願い、あの二人をそっとしておいてあげて……。私はただ、あの二人を見ていたいの)

 

 ララァの微笑みに悲しげな色が見える。ララァにだってわかるはずだ、このままでは二人ともいなくなってしまう。

 

「おれは行くぞ、ララァ!」

 

 ララァの幻影を振り切って、アクシズに向かった。サイコフレームの光のなかを押し割ってνガンダムに近づくと、もうそこにはサザビーの脱出ポットとνガンダムだけしか居なかった。

 

「ユキか? ここに来ちゃいけない! 離れるんだ!」

 

「だれが!」

 

 量産型νガンダムもνガンダムの発するサイコフレームの光に包まれそうになるが、その光の波を、量産型νガンダムのコックピットから放たれる別の光、翠の光が妨げる。

 

「勝手にして! おれを置いていくなんて赦さない!」

 

 留めなく流れ溢れる涙。ヘルメットを脱ぎ捨てて叫ぶ、少しでもこの声を届けと。

 

「ニュータイプの未来を作るんだろ!! シャアもアムロも、おれを焚き付けておいて、勝手に居なくなるなんて赦さないからなぁ!!」

 

 だがサイコフレームの量の違いか、はたまたニュータイプとしての力の違いか、徐々に量産型νガンダムが後ろに押され始めた。

 

 ガンダムの腕を精一杯伸ばして、バーニアも全開に、なのにあと少しが届かない。

 

「こんなになっているのに、見てるだけか! ララァ!!」

 

 おれたちの背後の宇宙を舞うララァに怒鳴りつける。ララァの力があれば、あと少しの間を埋められる。そうすれば二人を助けられるのになにもしないララァに憤りを感じた。

 

「ララァ……そこにいるのかい?」

 

「ララァ。そうか、ユキが連れてきたのか……」

 

 アムロとシャアもララァを感じたのだろう。残り少ない生命を身体に漲らせた。

 

「辛い思いをさせたな。結局、悲しみだけを背負わせる」

 

「なんでそんなこと言うんだよ!! そんな最後みたいに……一発殴らせろ、アムロォ!!」

 

 本当にあと少しなのに、まるで宇宙と地球までの距離の様に感じる絶望的な一歩。

 

 蒼い光がより強くなる。二人の生命が消えていく。

 

「お前にはすまないと思っている。夢という名の呪いを遺してしまった……」

 

「そう思うならもう一度おれを導いてみせろよ、シャア!!」

 

 段々と量産型νガンダムから発する翠の光が、νガンダムから発する蒼い光に押し負け始めた。

 

「イヤだイヤだやだ!! 置いていかないでよ、おれを独りにしないでよ!!」

 

 かつて共に刻を視たものたちのなかで、おれだけがこの世界に置いていかれる孤独感。それがいやで必死に手を伸ばしているのに届かない。

 

 ララァの死、ハマーンの死を経て枯れ果てたと思っていた涙が終わりを知らずに流れ出す。ニュータイプとしての自分には信じたくない確信がある。それを全力で受け入れたくないから涙を流すのだ。

 

(二人をもうそっとしてあげて……。ユキ、二人はもう十分に戦ったわ……)

 

「それはララァの理屈でしょ! 二人の力があれば、ニュータイプの未来だって作れるのに、おれ独りでどうしろって言うんだよ!!」

 

 わがままなのか。二人に死んでほしくないと思うのはおれのわがままなのだろうか。

 

(独りじゃないさ…)

 

「アムロ!?」

 

 もうアムロの声では聞こえなかった。頭の中に響くアムロの声は、もう自身の声に答えられるだけの命を使い果たしたことを意味していた。

 

(私たちの本当の想いを託す)

 

「シャア…! ぅぅっ、ぐすっ、シャアあああ!!」

 

 嗚咽が止まらない。涙が止まらない。悲しみが止まらない。

 

(ユキ、優しい子。私たちの旅はここで終わってしまうけれど、あなたの旅にはまだ先があるわ)

 

「ララァ…。でも、独りで行けるわけないだろ! みんなで一緒に行きたかったのに、なんでおれだけっ……!」

 

 光が広がって、周りを星々の銀河の輝きが包んでいる。

 

 いつか視た刻の果ての希望。ニュータイプの未来。

 

 そこでアムロとシャアは笑っていた。互いになんの啀み合いのない顔で笑っていた。

 

 νガンダムの腕が、量産型νガンダムの腕を掴む。機体を通して流れ込む熱。温かな光が、悲しみに満ちる心を癒していく。

 

(いつか、この時が来ることを祈っているよ……)

 

「アムロ…?」

 

(私たちに出来なかったこと。だがお前にならできるはずだ……)

 

「シャア…?」

 

(寂しくなんてないわ。私たちはいつもあなたを見守っているから)

 

「ララァ…?」

 

 間近に感じていた三人の思念が薄れていく。魂が飛び去る時がやって来たのだ。ララァはコックピットで力尽きた二人をその腕に抱き締めた。そんなララァは嬉しさと悲しさを織り混ぜた顔を浮かべて涙を浮かべていた。

 

 ララァは待っていたのだ。二人が戦いを終えて、安らぎの世界に帰ってくる今日という時を。

 

(君のところに帰るときが来たよ、ララァ……)

 

(ララァ……。もう一度、私を受け入れてくれるのか……?)

 

 おれの中から二人の思念が消えた。この胸の内に熱く残る希望を遺して。

 

「やっと分かり合えたのに……。ズルいんだよ、二人してさぁ……。うわあああああああああ――!!!!」

 

 ガンダムのコックピットのなかで最後の別れに大声を上げて泣いた。

 

 翠の光ごと、蒼い光は量産型νガンダムを包み込んで、ゆっくりと優しくアクシズから引き離した。

 

 アクシズが光に包まれ、地球から離れていく。地球を包む蒼く虹色の光の輪。

 

 それは人の心が生み出した光だ。未来へと続く希望だった。

 

「ユキ! アムロは……」

 

「ぁぁぅっ、ブライト、アムロがっ、シャアが…っ、うあああああああああ――!!!!」

 

 ラー・カイラムに回収され、コックピットハッチを開けて入ってきたブライト艦長に、おれは留めない涙を流しながらその胸で泣いた。

 

「そうか……」

 

 ブライト艦長はそう一言いうと、おれの頭を優しく撫でてくれた。

 

 時に、宇宙世紀0093年3月12日。

 

 一年戦争から続いた二人の男の戦いが幕をとじた。

 

 ただ一人、その二人の死を胸に涙したニュータイプを遺して。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 映画が終わって、おれは声を圧し殺して泣いていた。

 

 この世界にやって来たばかりの頃は、慌ただしくてただ状況を呑み込むのに必死だったからあまりそうでもなかったが、改めて腰を落ち着けて見てしまうと、自身に起こったことと重ねざる得なかった。

 

 他の入場客が居なくなっても、しばらく立ち上がれずに俯いていた。とてもじゃないが、涙でぐしゃぐしゃの顔で表を歩ける厚顔は持っていない。しかしハンカチなんぞ持ち合わせもない。服の裾は既に両方涙で濡れて意味はない。

 

 そんなおれの目の前にハンカチが差し出されていた。

 

「良ければ使うといい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ふわりとした金髪の美女の好意に甘えてハンカチを受け取る。

 

「涙を流すことは悪いことではない。あれを視て心が揺れ動かないものは、人ではないなにかだ」

 

 そう語る女性におれは苦笑いを浮かべていた。おれのは思い出し泣きであって、純粋に映画に感動していたのとは違う。

 

 まるで女優のような美しさを持つ女性だったが、彼女はそちら側の人間なのだろうか。

 

『ガンダム』という作品は生まれてからもう長くは経つらしい。それでもなお多くのファンに愛されているという。この女性も、そんなファンの一人なのだろうか。

 

「人の心の光。そんなものが本当にあるとしたら、信じるかね」

 

「……信じますよ。人の優しさと温かさに溢れた光。それは未来へと続く希望の光だ」

 

「私達も、いつかはあんな光を見れると思うかね?」

 

「ええ。きっといつかは。人類は宇宙に出て、同じ光を見れる時代がきっと来る。おれはそう信じていますよ」

 

 おれの答えは真実の一端だ。自分の体験談に基づいた答え。

 

 それを気に入ったのか、フッと笑みをこぼして女性は静かに立ち上がった。

 

「あ、ハンカチ。新しいのを買ってお返ししますよ」

 

「いや。良い話を聞かせてくれた礼だ。そのハンカチは差し上げよう」

 

「すみません」

 

 おれは女性に一礼すると、ハンカチで目元を隠しながら早足で劇場から退室した。

 

「なるほど、あれが本物のニュータイプの感じ方というわけか」

 

 

 

 

to be continued… 



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第13話-過ちの影-

CCA回が反響良くて満足です。泣きながら書いた甲斐があったというもの。てかもうなんか燃え尽きた。
 
さて今回はハマーンの仕返しだ。


 

「ニュータイプ研究所? この世界にもニタ研があるのか?」

 

 休暇を終えたおれは久し振りに爽やかな気分で朝を迎えられた。映画を観て、あの時のことを思い出したからだろう。この胸に宿る温かな希望を再確認したからだろう。

 

 だがそんな清々しい気分も冷や水を被されたように今は落ち着いていた。

 

「この世界にも超能力者だのエスパーだのという人種は存在するのだよ。ただ本来の一割の力も発揮出来ていないが。この世界には『ガンダム』というアニメが存在し、『ニュータイプ』という言葉も世俗には広まっている」

 

 前置きを語るハマーンが一束の紙を寄越した。

 

「オカルトとして笑われてきたそれだが、お前たちが人の心の光という物をこの世界にも齎した結果、馬鹿正直に研究を始めた者達もいると言うことだ」

 

 渡された紙の束を流し読みしたが、かなり非人道的なという言葉で片付けて良いようなものではなかった。

 

 倫理を無視した非道な実験。違法薬物の使用。

 

 流し見で良かったとおれは思った。腰を据えて読んでいたら、ニュータイプ特有の殺気で2、3人は人の心を殺していただろう。

 

 エゴを剥き出しにした人間の悪辣さを見た。

 

「直ぐに出る」

 

「言うと思ったよ。だがこれは軍部との合同作戦だ」

 

「軍部? 非正規軍の上に男のおれを使って良いのか?」

 

「あとでその資料をじっくり読んでみろ。ニュータイプのひとりやふたりは覚悟して良い」

 

 ハマーンの言葉を聞いて、男であることが知れるリスクがあっても、おれを引っ張り出す意味がわかった。

 

「ハマーンの方の管轄だけには出来ないのか?」

 

「こちらも一枚岩ではないのだよ」

 

 如何にハマーンが優れていようとも、やはり10代の娘という年齢では無理は出来ないのだろう。

 

「わかった。しかしニュータイプ研究所とは。世界が違えども人間のエゴは変わらないのか。まったく!」

 

「やはりニュータイプを人工的に産み出すのを嫌うか」

 

「当たり前だ。強化人間だ強化処置だ、無理矢理着ける力は悲劇と争いしか生まないんだ。ニュータイプは自然に目覚めてこその存在だ」

 

「その割にはやけに織斑一夏に構うじゃないか。自発的ではなく外から目覚めさせようとして、お前のやっていることも強化処置と変わらないよ」

 

「なにが! おれは請われたから彼を鍛えてるだけだ」

 

「お前は自分の同類が欲しいだけなのさ。寂しさから他のニュータイプを求めるところは変わらないな。だからシャアに付け込まれる」

 

「なにを!」

 

 ハマーンの言葉を否定したが、互いに理解している間柄、その本心はとうの昔に筒抜けだ。

 

 ハマーンの言う通りだ。おれは一夏を求めている。

 

 ララァを喪った時の傷は、おれに寂しさを嫌わせた。

 

 その寂しさの裏返しが、他人へ向ける優しさだった。優しさを向けてくれた人を邪険に扱う人間は居ない。優しさと引き換えに、他人との繋がりを求めた。

 

 デラーズ・フリートが壊滅して2年もの間。生きるために、他者との繋がりを求めて身体を売っていた時期があった。幸い容姿は少女然として整っていたから、そういう趣味の客には困らなかった。

 

 ある時、シャアと再開して、アイツはおれに他者との繋がりを是とする世界を作る夢を語った。人と人とが誤解なく分かり合える世界。ララァが見せてくれた刻の果ての希望。ニュータイプの未来。

 

 その時から、シャアの夢がおれの生きる目的になった。

 

 だが今はシャアはもう居ない。おれに生きる希望をくれたシャアを本能的に好きになってしまったおれは、ニュータイプの他者を求めるようになっていった。

 

 好きというよりは生きる柱。依存と言っても過言ではないだろう。

 

 グリプス戦役でシャアと離れたからまともに自立できるようになったが、でなかったら自分はクェスと同じになっていたかもしれない。

 

 そういう意味では、ハマーンという彼女との出逢いは、おれを自立させてくれた切っ掛けだった。

 

 シャアを求めた者同士。そして寂しさを抱えたもの同士。他人には思えなかったから、互いを知りたくて関わり合ったのだ。

 

 お陰で今、本心を語れる相手が居ることは嬉しい。

 

 でも、シャアとアムロにも一緒に居て欲しかったおれは、やっぱり寂しかった。二人を欲しがるおれはララァの事は責めきれないな。ララァが羨ましいよ。

 

 そんな欲張りのおれは、シャアの持つ純粋さと、アムロの持つ優しさ、その両方を持っている一夏がニュータイプになれば、一緒に居てくれるんじゃないかと、心のどこかで思ってしまっているのだ。

 

「私が居ながら不服か? お前らしくもない」

 

「違う。そうじゃない。ただ……」

 

 こちらの世界に来てから、心の片隅にぽっかりと空いている虚無。以前そこに感じていたはずの三人の想いを感じられないのだ。だから少し情緒不安定なのは否定しない。 

 

「可能性を感じるから、見てみたいんだ。ハマーンには、くだらない男のロマンチズムに見えるかもしれないけど」

 

「確かに、くだらんな」

 

 そうはいうが、ハマーンにだってわかるはずだ。ニュータイプの未来。その為には人類すべてがニュータイプになる必要がある。

 

 でもそんなことを80年少しの寿命しかない人間には出来っこない。人間は不完全で弱い生き物なのだから。

 

 だからその希望を託すんだ。託して、歩き続ける。どんな辛い道であっても。

 

 それを信じたアムロと信じることが出来なかったシャア。

 

 だからシャアは地球を寒冷化して人を無理矢理にでもニュータイプの覚醒に導こうとした。

 

 だからアムロはシャアを急ぎすぎたと断じた。

 

 ――今のおれなら、アムロに殴られるんだろうな。

 

「いたっ!! なにすんの!?」

 

「殴ってほしそうな顔だったからな」

 

「どんな顔だよ…」

 

 しかもビンタじゃなくてグーですよ。末恐ろしいなホントに。

 

「っっ、唇切った」

 

 結構な力が込められていた所為か、唇の端から血が出ていた。

 

「私を煩わせるなよ、ユキ」

 

「いっ! ハ、ハマーン!?」

 

 顎を指で持ち上げられたところに、ハマーンが唇の端を指で撫でる。血の着いた人差し指を舐める。まるで調味料の味をみるかのように人差し指に着いた血を舌で舐めただけなのに猛烈な羞恥心に押し潰されそうになる。

 

 対するハマーンは何事もないように、おれの唇の端に絆創膏を貼った。

 

 なんか猛烈に悔しい。

 

「いずれにせよ、軍とはある程度歩調を合わせる程度で構わん。あとは好きにしろ」

 

「わ、わかったよ…」

 

「やはりそちらのほうが良いよ、お前は」

 

「や、やだよ。ッ、ゴホン、遠慮しておくよ」

 

 わざと咳払いして砕けかかった口調を直す。やっぱり情緒不安定だ。今のおれは。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 奴が出ていった執務室で、私は込み上げる笑いを噛み殺していた。

 

「なかなかどうして、可愛がりがある」

 

 少し攻めてみれば、奴の仮面は脆かった。あんな映画なんぞを見るから自分を保てなくなるのだ。

 

 三年前のとある夜だった。地球を包む虹色の光を見たのは。

 

 オールドタイプにはただのオーロラに見えたのだろうが、私は視た。その光の温かさと優しさのなかで果て逝くシャアとアムロ・レイの姿を。

 

 そしてその中に居る奴の姿を。シャアとアムロの死を悼む姿は、私を看取った時と変わらなかった。相も変わらず泣き虫だと安堵した。

 

 人の起こす奇跡。それがもう一度奴と逢えるだろう機会だと確信した私は今の地位に登り詰めた。

 

 そしてコロニーレーザーをMSで受け止めるという予想通りのバカな真似をした奴は、こちらの世界に零れ落ちてきた。

 

 だがその雰囲気は少し変わっていた。子どもだった奴は、後に続く者の為に示し託す大人になったのだ。

 

 だがまだまだ青二才の若さがありすぎる。脆くなった殻は割れやすいと言うことだ。

 

 今の奴も、対等の立場としては良き者だが、私が親しんだ昔の方が可愛気もある。それに未だに初心でもあるようだ。攻めると面白い奴に育つとは、これが笑わずにいられようか。

 

「精々笑っていれば良いさ。写真程度で勝ち誇れるその矮小さは滑稽だよ」

 

 写真等という物に残さずとも、奴の中には私の遺した物が根づいている。シャアのものと共にされているのは気に食わんが、やつの根底に根差しているものだ。この際我慢するとして、次は何を遺してやるか考えるのが愉しくてしかたがない。

 

「勝ち誇れば良いさ、篠ノ之 束。上面だけでは奴は動かんよ」

 

 

 

 

to be continued…



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第14話-赤い彗星の再来-

化け物級に強い主人公、ユキ。そんな彼の敵はこいつくらいしか勤まらない。
 
あと勘違いしないで欲しい。ユキはホモじゃない。シャアが好きなだけなんだ。



 

 ハマーンから依頼されたニュータイプ研究所襲撃。

 

 表向きには人体実験研究所の強制査察ということらしい。

 

 軍部が動くのは再三に渡る任意での査察を拒んでいるからだそうな。圧力をかけて向こうを折るつもりだったらしいが、非人道的な研究をしているとわかって強行する事になったのだ。

 

 普通の人体実験研究所ならハマーンが出てくることはないのだが、調べている内にニュータイプの研究をしているとわかって、ハマーンが出ざる得なくなったのだとか。

 

 ただいくらハマーンでもISの方は間に合わず、中途半端な機体で出るくらいなら、完成している機体を持つおれを出すほうが、万が一にニュータイプとの戦いになっても対抗は出来る。

 

 まぁ、ハマーンも力を示す必要があるのだろう。

 

 ただジロジロ見られるのはあまり良い気はしない。

 

「作戦を説明する。目標は非人道的な研究を行っている非合法研究所だ。目標の研究所自体には大した戦力はないが、防衛に無人型のパワードスーツが多数展開している。また今作戦には情報部からエージェントが参加する。ミス・アカリ、自己紹介を願えますか?」

 

 作戦を説明していたクラリッサ・ハルフォーフ大尉に呼ばれた為、座っていたイスから立ち上がる。

 

「紹介に預かったユキ・アカリだ。階級はハルフォーフ大尉より上の少佐をしているが、私のことは気にせずに諸君ら本来の指揮系統で動いてくれ」

 

 つけ毛をして髪の毛を伸ばした今のおれは、見かけ的には普通に年頃の少女だろう。声も少し低めだと思えばあまり違和感はないだろう。男らしさがない自分が嘆かわしい。ハマーンめ、あとで覚えておけ…。

 

 自己紹介を終えてイスに座り直すが、やはり注目されるのは肩が重い。それを察してか、ハルフォーフ大尉がわざとらしい咳払いをして先を進めた。

 

「目標は森林内にカモフラージュして置かれている。我々の仕事は特殊部隊の突入支援だ。防衛戦力を速やかに排除。その後は制圧支援にも回る」

 

 ハルフォーフ大尉の言葉に返事を返すのは、まだまだ若い少女と言って差し支えのない者達だ。彼女らはこのドイツの守りの要。ISの軍部隊の一員たちだ。

 

 軍人としての教育は受けているだろうが、まだ年端も行かない子どもに大人の穢い仕事をさせる。それがISが世に出て国を守る要となった弊害を見せられているようで、おれの心中はあまり良いものではなかった。

 

「敵に大した戦力がなかろうと油断はするな。慢心は己の足許を掬うぞ」

 

 そこに釘を刺すように言うハルフォーフ大尉の言葉で、少し楽勝ムードがちらついた場の空気が引き締まる。やはりそういう雰囲気は若い証拠か。ハルフォーフ大尉も、ブライト艦長に近い物を感じる。具体的には子どものお守りで頭を抱えてそうな感じで。

 

「大尉。少し良いだろうか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 作戦内容を伝え終わったハルフォーフ大尉に断りを入れて立ち上がる。

 

「「「「「ッ―――!?」」」」」

 

 突然身を震わせる彼女たち。見ればハルフォーフ大尉も少し冷や汗を掻いている。少し強くし過ぎたか。

 

「今諸君らが感じた物を戦場でも忘れないことだ。でなければこれを忘れた者から死ぬことになる。……私からは以上だ。すまないな大尉、時間を取らせた」

 

「い、いえ。では各自解散。機体の調整を忘れるなよ」

 

 ハルフォーフ大尉の解散の声で蟻の子を散らすように退出していく少女たちを見て苦笑いを浮かべる。嫌われてしまっただろうな。

 

「申し訳ありません、少佐。不躾な者達ばかりで」

 

「なに。若いだけさ。あんな若い子を戦場に出さなければならないとは、末期だな」

 

「失礼ながら、少佐もあまり変わらないと思いますが」

 

「キャリアの違いさ。戦場を知らないと見た」

 

「そうですね。あってもテロリストの拿捕や災害救助などですから」

 

「あの歳だ。その程度でも良い気はするがな」

 

 話を切り上げたところで、視界の隅に小さな光るものが見えた。

 

「あの子は…」

 

「あ、ああ、はい。ボーデヴィッヒ大尉ですね」

 

「あの歳で大尉か。スゴいものだな」

 

 ブリーフィングルームの隅で小さくなって座っている幼い少女に目が行った。

 

 見た感じはカミーユよりも幼く、同じ銀髪だからだろうか、束のところに残してきたクロエを彷彿させる。ただハルフォーフ大尉の腫れ物を扱うような声が気になって近寄ってみる。

 

「君は行かないのか?」

 

「……私には、居場所がありませんから」

 

 声をかけられてハッとしてこちらを見上げた少女は、左目を眼帯で隠していたが、紅い右目は酷く濁っていた。その眼をおれは知っていた。かつて自分がしていた眼だ。

 

「居場所がないなら、なぜここにいる?」

 

「行くところがありませんから……」

 

「そうか。でも世界はそんなに捨てたものじゃないと思うけどね」

 

「え…?」

 

「希望を見つければ、這い上がれるさ。今は辛くても耐える時だ。泥水を啜ってでも生きていけば、その先にいつか希望を見い出だせる」

 

 目の前の少女にかつての自分を重ねてしまったから、伝えずにはいられなかった。

 

 デラーズ・フリートの一員として星の屑を完遂したが、結局はスペースノイドを弾圧する過激な連中のプロパガンダに使われて、ティターンズを生んだ。

 

 そんな世界に絶望して脱け殻だった自分の前にシャアは現れて、希望をくれた。

 

 自分がそうであったから、この娘にも同じように希望が出来ることを願いたい。

 

「そんなこと……」

 

「あると信じて戦うことだ。そうすれば手に入れられるものもある」

 

 おれにとってはハマーンであり、シャア、アムロ、ララァに託された未来がそれだ。

 

「二時間後には出撃になる。機体の調整をしておきなさい。居場所がないなら、おれが引っ張って行ってやる」

 

「……失望しますよ」

 

「言える自覚があるなら平気だ。あとは這い上がるだけだ」

 

 座っている彼女を強引に引っ張って立たせると、背中を押した。

 

 彼女はおれを一度振り返ると、気の進まなそうな重い足取りで部屋を出ていった。

 

「少佐…」

 

「すまないな。ああいうのは多少強引でも立たせないと、そのまま腐り落ちてしまうのさ」

 

「優しい声も出るんですね」

 

 意外だと言いたげに言うハルフォーフ大尉に、おれは軽く笑ってみせた。

 

「私がそんな鉄みたいに見えたか?」

 

「失言でした。忘れてください」

 

 まぁ、無理もない。ハマーンの息の掛かった人間だ。そしてハマーンが外で見せる顔も知っているから、そう思われても仕方がない。

 

「構わないな、大尉」

 

「寧ろ感謝致します。最近は部屋の外にもあまり出ませんから」

 

「織斑千冬が居てもか?」

 

「ええ。彼女は心を閉ざしていますから」

 

 織斑 千冬の人間性を詳しく知っているわけではないが、彼女ならばあの様子の少女をみたら声くらい掛けそうなものだが。まぁ、想像しても仕方がないか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ドイツ軍IS部隊、シュヴァルツェア・ハーゼと特殊部隊と共に作戦領域に入ったおれは、ハルフォーフ大尉とボーデヴィッヒ大尉を連れて草むらに隠れながら、研究所をハイパーセンサーで拡大して探っていた。

 

「慌ただしいな」

 

 展開しているのはパワードスーツが6機程だったのが、今はその3倍程度には展開している。周囲を森に囲まれていて、地下に研究所を構えているタイプだ。地表にもいくつかカモフラージュされて建物があるが、それはダミーだ。木々に隠れて展開するパワードスーツはすべて無人だ。

 

 サイコフレームを通じて向こう側の意識を感じているが、地下の気配が慌ただしく動いている。

 

「始めるぞ」

 

「しかし少佐、まだ特殊部隊との時間合わせが」

 

「騒がしくなっている。連中が逃げる前に退路を塞ぐ必要がある。シュヴァルツェア・ハーゼ隊は西と東に別れて敵の注意を引かせろ。特殊部隊には敵後方の退路を塞げさせた方がいい」

 

 作戦に口を出す予定はなかったのだが、状況が変わった。当初は奇襲を仕掛けて隙を突く算段だったが、相手側が気づいて逃げ仕度をしているのならば、強襲に切り替えた方が良い。

 

「正面は私が引き受けよう。援護はいらん」

 

「え?」

 

 ISサザビーを展開し、瞬時加速で一気に前に躍り出る。

 

 バーニアの熱に気づいたパワードスーツがこちらに気づくが、AI制御の咄嗟の反応の鈍さは、所詮は機械だ。

 

「行け、ファンネル!」

 

 速攻を掛ける必要がある。出し惜しみをせずに、全身の火器をすべて使う。

 

「チィッ、少し煩わせるな!」

 

 形は以前にも戦っているパワードスーツだが、耐ビームコーティングでもされているのか。ビームの通りが悪い。ファンネルの攻撃が若干通りにくい。だが若干だ。熱源の大きい部位、動力を壊せば問題ない。

 

 関節を撃ち抜いて腕が脱落すれば弱い内装から攻めれば問題なく撃ち抜ける。

 

 十数秒で正面に展開している8機をスクラップに変えて施設内に強行する。

 

 地面がスライドして昇降機に載ったパワードスーツがバズーカを放ってくる。

 

 バズーカの弾頭が弾けて鉛弾を拡散してぶちまけた。

 

「散弾ではなぁ!!」

 

 宇宙空間なら脅威的だが、大気圏内では空気抵抗が激しくて弾速は遅いのだ。

 

 アポジモーターを噴かしてバレルロールしながら回避し、そのまま擦れ違い様にビームサーベルで胴体を斜めに真っ二つに切り裂く。

 

 建物の外壁が割れて新手のパワードスーツが出てくるが、視界に捉える事もなくビームショットライフルで撃ち抜く。

 

「圧倒的じゃないか。ハマーン・カーン。名前だけじゃなくて、本物のMSまで拵え始めたとでもいうのか……。まるで本物の赤い彗星じゃないか」

 

 随分と驚いてくれるハルフォーフ大尉だが、やはり機械相手は歯応えがない。

 

「なに? ……なんだと!?」

 

「なにがあった、ハルフォーフ大尉」

 

「少佐! 後方の特殊部隊が全滅しました。ISが4接機近中! しかしこの速度は……、ありえない!」

 

 サザビーのセンサーでも捉え始めた。敵を示す赤い点が、真っ直ぐこちらに向かってくる。

 

「先頭の1機は、後続の3倍のスピードだと!? 後ろの連中も決して遅いわけじゃないというのに!」

 

 また新たなパワードスーツを始末したが、その爆煙を割ってビームが撃ち込まれた。

 

「このビーム、メガ粒子か…?」

 

 そのビームに撃ち返す為にビームショットライフルを向ける。

 

「このプレッシャー、並大抵じゃない!」

 

 ビームショットライフルを撃ち込むが、手応えはない。さらに撃ち返されたビームが機体を掠める。

 

「当てられた!? 中々やる!」

 

 狭苦しい森の中を抜けて空に出る。

 

「ハルフォーフ大尉は引き続き作戦を続行しろ。こいつは私が抑える!」

 

 空に出て見えてきた敵のIS。その速さに納得の行く形だった。

 

 背中に背負う羽のようなブースター。他のISには見ない脚部のアポジモーター、上腕下部にもアポジモーターがあって、機動性の高さを窺える。

 

「こいつ、赤い彗星とでも言いたいのか…!」

 

 サザビーやガンダムMk-Ⅱのように全身装甲を備えているIS。袖と胸には黒と金で装飾され、頭には一本の角と一つ目のモノアイ。その姿、その挙動があるMSを思い出させる。

 

「シナンジュを真似て、赤い彗星を気取るか!!」

 

 胸の中に沸き上がった憤り、赤い彗星が穢されたように感じるおれは、ビームサーベルを抜いて瞬時加速で、赤いISに突撃する。

 

「気取ってはいないさ」

 

「なんだと!?」

 

 こちらのビームサーベルを、ビームライフルを握っていない左手に握ったビームサーベルで受け止めた敵の赤いISから聞こえてくる声。それは女性のものだった。それは当たり前だろうが。

 

「その声、先日映画館で」

 

「やはり絶望と希望は引かれ合う運命のようだな、ユキ・アカリ」

 

「絶望と希望は……だと。その台詞は」

 

 あり得ない。シャアの希望を継いだおれに、その言葉を言った男はもう居ない。その怨念は浄化されて、シャアが連れていったはずだ。

 

「フル・フロンタル……!」

 

「そうだとも。ユキ・アカリ、私は赤い彗星を継ぐ者だ」

 

「あり得ない! フル・フロンタルはもう居ない。そんなんでおれを(まやか)すなあああ!!」

 

 ビームサーベルを一瞬だけ消して、前に崩れたところに蹴りを――。

 

「その手は読めている」

 

「なに!? があああああっ!!」

 

 赤いISはおれの考えを完全に読んで、サザビーに逆に蹴りを入れて、ビームライフルの下部のグレネードランチャーまで撃ち込んできた。 

 

「クソッ、赤い彗星の再来がなんだ!!」

 

 体勢を立て直してビームショットライフルを撃つが、悠々として避ける赤いISに苛立ちが募る。

 

「フル・フロンタルはもう居ない! やつはシャアが連れ帰ったんだ!!」

 

 ファンネルも使って赤いISを追い立てるが、ファンネルすらも赤いISはビームライフルで撃ち抜いていく。

 

「認めたくないというのならば、それでも構わんよ」

 

「煩い! フル・フロンタルならばなぜ戦う。今度は何をするつもりだ!!」

 

 もし目の前のフル・フロンタルが、おれの知る存在ならば、もうやつには戦う理由はないはずだ。

 

「愚問だな、ユキ・アカリ。私は人の総意の器だ。人が望むから、戦いもするのだよ」

 

「またその話に戻るのか! お前も人の心の光に触れたはずだ!!」

 

「そうだとも。バナージ君や、君の心の光に触れた私は、確かにその身を浄化された。シャア・アズナブルという男の絶望の中にあった希望は、という言葉を付け足さなければならないがね」

 

「そんなこと……。うっ!?」

 

 フル・フロンタルがいう言葉の恐ろしさを理解するところに、赤いISから黒い焔が噴き出す。

 

 冷たくて、寒くて、すべての熱を――希望を無くす焔だ。 

 

「故に今の私は本当の意味で器足り得る存在だということだよ」

 

「そんな器に込められた願いが、正しい形で叶えられるものか!」

 

 言葉と共にビームライフルの応酬が続くが、向こうは避けてみせるのに、こちらは僅かに被弾を重ねる。おれが嫌だと思う場所にビームを撃ち込まれて動きが制限されたところに、避けきれないビームが撃ち込まれているのだ。向こうの機動性が高過ぎてビームサーベルでビームを斬り払う暇もない。

 

「遅い、遅いぞサザビー! やつの反応速度を超えろ!!」

 

 反応の遅いサザビーを叱咤しながらサイコフレームの力を使う。

 

 おれの意思を受けたサイコフレームが、翠の光を放ちながら、サザビーの機体を頭から覆っていく。

 

「サイコフレームの共振か。だがその程度では」

 

「見える…!」

 

 サイコフレームの力でサイコフィールドを纏ったサザビーは、今まで以上におれの手足の様に動き、赤いISの動きに追従し始めた。

 

「なに…!?」

 

 普段よりも過敏に動くファンネルが、赤いISを追い詰める。

 

「そこ!!」

 

 狙い済ましたビームショットライフルのビームが、赤いISの脚部のアポジモーターを掠めた。

 

「ええい! だが、後始末はつけさせてもらう」

 

「なんだと!?」

 

 赤いISは大型のビームランチャーを量子展開して構えると、それを研究所に向けて撃った。

 

「くっ」

 

 強力なビームの奔流は易々と地下に届き、そこに居た命の気配を消して行った。

 

 巻き上がる塵と噴煙に紛れて、プレッシャーが遠退いていく。

 

「フル・フロンタルの亡霊……。そんなものが。あれは危険すぎる」

 

 口から感じたままに呟かれる言葉。いったいなにがどうあって、やつが女の形をとって再びおれの前に現れたのかはわからない。

 

「シャア……」

 

 この胸の中にある熱。それを確かめるように胸に手を置いた。それを託したひとりに語り掛けるように、その名を呼んだ。

 

 

 

 

to be continued…



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第15話-若き彗星の決意-

タイトルはああだけどC.D.Aとは関係無いです。


 

 合同作戦を終えて帰還したおれは、酷い頭痛に悩まされて医務室で横になっていた。

 

 理由はわかっている。サイコフレームの共振を起こしたからだ。だがそうでもなければあの赤いISに追従するのは難しかっただろう。サイコフレームの量が多いと有利になるというチェーンの言葉を思い出した。

 

 作戦は失敗と言ってよい結果だった。研究所の実態は闇の中。結局ニュータイプの研究の確たる証拠を掴めなかった。ハマーンが用意した資料だけでも、人体実験をしていたという証拠はあるが、物理的な証拠があればなお良かった。

 

「フル・フロンタル……」

 

 だが今のおれの気掛かりはやはり、あの赤いISに乗っていたフル・フロンタルだ。

 

 声は、以前映画館でハンカチをくれた女性のものだった。

 

 だがあの感じた黒い焔は、間違いなくフル・フロンタルの抱えていた虚無だ。

 

 フル・フロンタルについては、おれにも良くはわからない。シャアの人類に対する怨念のようなものというのはわかる。

 

「あまり頼りたくはないが…」

 

 ネット回線に接続して、『フル・フロンタル』で検索を掛ける。

 

「やはりシャアの人類に対する絶望の残留思念か。しかしサイド3の急進派がシャアの替え玉を造るか。結局は今のジオンも落ちぶれてしまったということか」

 

 スペースノイドの自治権獲得の為に立ったジオン。

 

 だが今のジオンにはかつてのその初心はなかった。その初心を持った男たちは皆、星の屑に殉じたのだ。

 

 その気運があったエゥーゴも、結局は連邦の腐敗という大きな流れの中に呑まれていった。

 

 ハマーンは、自分達を冷たい宇宙に追いやったアースノイドを恨んでいたし。

 

 シャアはアムロとの決着と、人類をニュータイプにするためにアクシズを落とそうとしていた。

 

 フル・フロンタルは変わることのない人々を見限っていた。サイド共栄圏は確かにそれはスペースノイドの独立を目指す言葉に聞こえるが、それは地球とコロニーの立場を入れ替えるだけのもので、結局は腐敗という大きな流れがすべてを終わらせるだろう。ある意味での人類の滅びを望んでいた。

 

 だがフル・フロンタルはシャアの怨念ならば、その虚無の大きさは、人類の可能性を信じる裏返しだ。希望を否定する熱い絶望の波というものが奴にはあった。

 

 だが今は、それすらも感じない。

 

 本当の意味での虚無。冷たすぎる。まったく熱を感じなかった。そんな存在が何を思われて行動をしているのかわからないが。

 

「刺し違えてでも止めないとな」

 

 それがシャアの意志を継ぐおれの役目だ。あの絶望だけを抱えた亡霊を野放しには出来ない。

 

 そんなことを考えていると、医務室に人が二人入ってきた。

 

「少佐。お加減は如何ですか?」

 

「ハルフォーフ大尉か。ああ、問題ない。少し疲れただけさ」

 

 やって来たのはハルフォーフ大尉と、その後ろに居るのはボーデヴィッヒ大尉だった。

 

「どうした、ボーデヴィッヒ大尉。私を笑いに来たか?」

 

「い、いえ、そんなことは……」

 

「ざまぁない。こんな姿じゃな」

 

 冷却シートを頭に貼り付けて横になっているのだ。あれだけ彼女に言った手前は、この姿は情けない。

 

「あの赤いIS。あれは何者ですか? フル・フロンタルという言葉が聞こえました。まるでひとつの演目でも見ている気分でした」

 

「ハルフォーフ大尉は、ガンダムを知っているか」

 

「嗜む程度には」

 

 ハルフォーフ大尉の眼光は鋭くおれを見ている。おれとフル・フロンタルの間に遊びがないのを、彼女は感じているようだ。戦場に出ている人間の勘というものは、時としてニュータイプの様に恐いものがある。

 

 言葉巧みに言い逃れが出来る舌があれば良かったが、生憎俺にはそんな舌がない。

 

「これを聞けば、後戻りは出来ないどころか、精神異常者と言われるだろう。それでも良いのなら話そう」

 

「お願いします」

 

 ハルフォーフ大尉の目は本気だった。まだうら若い女性にしては意志の強いものを持っているようだ。

 

「ボーデヴィッヒ大尉は少し席を外してくれ。余人に聞かせるにはつまらない話だからな」

 

「……いえ。私も聞きたいと思います」

 

「興味本意で聞く話でもないぞ」

 

「私は知りたい。なぜあなたがあんなにも強いのかを」

 

 おれを見つめるボーデヴィッヒ大尉の目には、不安に揺れながらも、不確かな希望を見つけたいという想いが見てとれた。

 

 おれはこの手の子どもには弱いのだろうか。純粋で真っ直ぐ。クロエやバナージを思い出して、その目は嘗ての自分を重ねる。

 

「わかった。聞いても面白くもない、ひとりの男の話をしよう」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ユキ・アカリ――。

 

 不思議な人だ。落ちこぼれた私に声を掛けるだけでなく、強引に私を連れ出した上官。

 

 もはやなんの力もない私に期待を寄せる人間など居ない。そんな私に希望を見つけろと期待を掛ける。

 

 現金な私はその口車に乗って、久し振りに出撃した。

 

 そこで目の当たりにしたのは、IS同士の戦いと言うには生温い戦いだった。

 

 まるで重力を感じていないように空を駆ける二機の赤いIS。

 

 その姿は宇宙を駆ける彗星のような人を惹き付ける輝きがあった。

 

 そう思うと、途端に舞台は青い空ではなく、蒼い宇宙で戦う赤いISと蒼いISの視点に変わった。

 

 星々の煌めきの中で激突する二機のIS。一つ目で赤く一本の角を持った赤いISは雰囲気は酷似している。だが、もう一機の少佐のISはガラリと雰囲気が変わっていた。

 

 細い四肢に二つ目と二本の白い角。蒼く彩られたISはそれが少佐の真のISだとわかる。

 

 二機のISから溢れる光が、私に他のヴィジョンを視させた。

 

 大きな隕石を押し返そうとする一機のIS。それは少佐の蒼いISと雰囲気を同じとしたISだった。懸命にその白いISに手を伸ばす少佐のIS。その二機(ふたり)の手が重なった時、虹色の光が宇宙を覆った。温かく、優しい光。そして込み上げてくる切なさに、いつの間にか私は涙を流していた。

 

 宇宙要塞の中で、その壮絶な戦いに幕を降ろした白亜の戦艦が映る。

 

 人の生み出した憎しみの光の渦に、多くの人の心と命が熔けていく。

 

 宇宙の中を駆けまわる、イギリスが開発に全力を注いでいるという自律砲台に似た砲台がビームを放ちながら、白いISを追い詰める。その中心には緑色のとんがり帽子のような兵器があった。赤いISと白い戦闘機が交差した。そして白い光に包まれる。

 

 先程の白い戦闘機が、巨大な二本足のある兵器に特攻する。先程の白いISがその戦いの終止符を打った。

 

 地球に巨大な空が降ってきた。それは宇宙の民の怒りと悲しみを乗せた一撃だった。だがそれが地球の人々の怒りと悲しみを生む一撃となった。

 

 そして事の始まり。宇宙の民と地球の人々との争いの狼煙となった、新たな時代の幕開けに起こったテロ。

 

 気づけば戦いは終わっていた。溢れていた涙はなくなっていた。

 

 落ちこぼれて、悔しくても、辛くても流れることのなかった涙。そんな私に涙を流させる程に悲しい刻の中。

 

 少佐の話を聞いて、私はそれがひとつの宇宙の体験だったのだと確信した。

 

 あんなにも悲しみに満ちている世界の中で希望を見失わないその姿を、私は悲しく思って、また涙を流した。その心を尊く想う。

 

 私にも、そんな心の強さがあればと羨望した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 少佐が私たちに語ったひとつの宇宙世紀の話。私がサブカルチャーに染まっていたことが吉と出た。真面目な人間なら妄想だと笑い飛ばしていたことだろう。

 

 ハッキリ言って、少佐が言うフル・フロンタルが相手では普通のIS乗りなど赤子の手を捻るほど容易いだろう。

 

 あのシャア・アズナブル、アムロ・レイ、ララァ・スンに託された存在か。

 

 羨ましいと少しでも思う私は、不謹慎なのだろう。

 

「今のフル・フロンタルは迷いのないシャアと同じだ。望まれれば平気で地球すら潰す。そんな奴を野放しにはしない。刺し違えてでも必ずおれが連れていく」

 

 そんな覚悟を言う少佐は、とても強く見えながらも、死人に魂を引かれている様にも思えてならない。

 

「勝手に方針を決めて貰っては困るな。お前が居なくなった時は、シャアに代わって私が地球を潰してやろうか」

 

 そんな物騒なことを言って医務室に入ってきたのは、このドイツの裏を取り仕切っているという情報部の長、ハマーン・カーン。

 

「覚悟を言ったまでさ」

 

 恐いと思うほど固かった声だった少佐は、途端に柔らかな声になった。

 

「余計なことを話してくれた」

 

「理解者は多いに越したことはないだろ」

 

「その物言い。シャアの様になっても知らんぞ」

 

「心得ておくよ。お前を敵にまわしたくない」

 

「フンッ。女を侍らせてよくも言うよ」

 

 私は夢でも見ているのか。あの冷徹の魔女とも言われているハマーン・カーンが――。

 

「余計な邪推は身を滅ぼすぞ、小娘」

 

 底冷えしそうな程に鋭い眼差しを向けられて、私は思考を途中放棄した。

 

「シャアの亡霊と対峙したそうだな」

 

「ああ。恐ろしかったよ。あれはこの世に野放しには出来ない」

 

「そうか。だがあまり気負うな。でなければカミーユ・ビダンの様になるぞ」

 

「その時はお前が引き留めてくれるから、不安はないさ」

 

「安心するといい。その時は遠慮なく見捨ててやるさ」

 

「フッ。手厳しいな」

 

 なんというか、私たちが場違いのようで早く退出したいけれど、ハマーン・カーンが入り口に陣取っていて逃げ場がない。早くこの重圧から解放されたい。

 

 この状況で少佐の膝で眠れるボーデヴィッヒ大尉が羨ましいです。

 

 

 

 

to be continued…



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第16話ー力の鼓動ー

今回はサザビーの強化プランの提示になります。まぁ、ニコ動のFAシナンジュに多大な影響受けてますが。あれはマジでカッコいいので、皆さんも一度見てみてください。ナイチンゲールも好きですが、ビジュアル的にはサザビーに軍配が上がる私にはドストレートな好みでした。なんでネオ・ジオングがああならなかった!


 

 久し振りに私のもとに帰ってきた彼は、少し疲れていたみたいだった。見掛けは普通に元気してるけど、なんでもひとりで抱えるちーちゃんを見てきた私にはわかる。

 

「なにかあった?」

 

「…いや。少しね」

 

 なにかを悩んでいるみたいに見えた。

 

「はっ!? もしかしてこの束さんのナイスボデェに欲情しちゃってその処理に困ってるとか! ――すいません調子ぶっこき過ぎましたからビームライフルしまってください」

 

「まったく。ウサギ故に発情期かこのやろう」

 

 呆れた風に息を漏らす彼。さすがの私もメガ粒子喰らうと熔ける人間なんで勘弁してもらった。

 

 でも悩みがあるなら言って欲しい。今さら遠慮する仲でもないし。

 

「……サザビーを今以上に強くすることは出来るか?」

 

 少し遠慮がちに言った彼。申し訳無さそうな顔に、私は嬉しさを感じる。やっぱり有象無象とは彼は違う。彼は私の技術を認めてくれているから、私が作ったサザビーを信頼してくれている。技術屋としてはこんなに嬉しいことはないよ。

 

 そう言う理由としては、やっぱりあのシナンジュ擬きとの戦いの所為だと思う。

 

 高機動白兵戦特化型のシナンジュのコンセプトを持つあの赤いISには、重MSのサザビーだと相手がし難い。運動性は負けてなくても、追従性と機動性に差があるのが見てわかる。それでも互角に戦えるのは彼のMSパイロットとしての経験があるからだと思う。

 

 彼も、そしてフル・フロンタルも、まるで重力を感じていないように空を駆ける姿は、これが宇宙に出た人間の戦い方なのだとわかる。

 

 とはいえ機体のスペックが負けているのは、気に入らないな。うん。ちょうどいいからやってみちゃおっか。

 

「策があるのか?」

 

 ふっふっふ。私を誰だと思っているのさ。私はISを作った篠ノ之 束さんですよ? ガンダム大好きの私にサザビーをパワーアップするなんて朝飯前さ!

 

 取り敢えずこんなこともあろうかと、ラフプランだけは考えていた図面を彼に見せる。アナハイムでνガンダムを作った彼はその図面をすぐに理解したらしい。

 

「悪くないな。全体的な性能をブラッシュアップするわけか。それにこのバックパックのブースター。増えた重量を大推力でコントロールするか」

 

 まぁ、コプセントはトールギスに近いかもね。

 

 ファンネルコンテナを廃して、シュツルムブースターに換装。さらにシュツルムブースターにバインダーブースターを取り付けて高機動化。リアアーマーにもスラスター内蔵のスカートアーマーを増設。消費する推進材をカバーする大型のプロペラントタンクもリアアーマーに接続する。もちろん肩にもスラスターを内蔵したショルダーアーマーを増設して、ジェネレーターを内蔵したフロントスカートアーマーには隠し腕を二基追加。ファンネルはリアアーマーと背中のバインダーアーマーに各5基ずつの計15基装備。脚部にも外側にスラスターを増設。そしてIフィールドを内蔵した鋭角的なフロントアーマーを始め、すべての追加アーマーのフレームにサイコフレームを使うことでNT専用MSがサイコマシンに様変わりしている。

 

 うんFA(フルアーマー)サザビーの皮を被ったナイチンゲールなんだ。やっぱりサザビーをパワーアップと聞かれたらナイチンゲール一択でしょ!

 

 まぁ、逆シャアのパラレルっぽい小説のベルチカに出てくるサザビーの扱いだけどね、ナイチンゲールって。

 

 ともあれ、FAサザビーことナイチンゲール製作の為に、ちょっち頑張っちゃおうか。動くナイチンゲールなんて夢みたいじゃないか。

 

 性能は多分この先に現れるどんなISよりも強くなる機体に仕上がると思う。まだ試作段階の第四世代型ISだって、このナイチンゲールの前には足元にも及ばないと思う。

 

 純粋な機械じゃ、サイコマシンには勝てない。しかも乗っているのは本物のニュータイプなんだから、絶対に負けはしない。なにが相手であっても。

 

 昔の私だったら、こんなものは作らなかったと思う。

 

 私の夢。人を宇宙に巣立たせる夢は、始まりはただ純粋に宇宙に出たかったからだ。あの満天の星空の中には、私を理解してくれる誰かが居るんじゃないかと思っていた。

 

 ニュータイプという言葉を知って、その夢は少し変わった。誰も理解してくれないなら、理解させられる世界を作ればいい。宇宙に出れば、ニュータイプだって現れるはずだと信じてISを作った。

 

 でもISは、魂を重力に引かれている連中の駒にされた。だから私はそれに嫌気がさして世界から居なくなった。

 

 そんな私にもう一度夢をくれたのは彼だった。私が憧れた本物のニュータイプ。

 

 彼が私を理解してくれる。だから私は彼に力を貸してあげる。彼が望むなら、私に出来ることをしたい。

 

 力を求めるなら力をあげる。なにかが欲しいならそれをあげる。

 

 だからもっと私を理解して欲しい。そう、私を愛してくれてもいい。私も君を愛してあげる。

 

「博士、ここのエネルギーラインの設定をあと0.3上げられないか?」

 

「ん? ああこれね。でもここを弄ると全体的に今の2割増しでピーキーになるけど」

 

「遊びがないほうが性に合っているのさ。遊びがあってしっくり来ないんだ」

 

「ふーん。でもよくこんな過密な設定で戦えるよね。私だったら扱いたくないなぁ。一ヶ所でも壊れたらマトモに動けないよ」

 

「その分素直に動いてくれるからな。それに当たらなければどうということはないのさ」

 

「それ当たったらどうにかなっちゃうって言っているようなものじゃないか」

 

「そうともいうがね」

 

 私がガンダムじゃなくて、面白半分でサザビーを彼に与えたけれど、それが正しかったかどうかはわからない。

 

 彼の目に宿る熱さ。ガンダムに乗っている時の彼は穏やかで、温かい優しさがある。でもサザビーを前にする彼は熱い情熱に燃える男の顔をする。

 

 クロエちゃんが言うには、ガンダムに乗っている時の彼には優しい人が居て、サザビーに乗っている時の彼には真っ直ぐな人が居るらしい。

 

 ガンダムで優しいとなると、彼との関わりも深そうなアムロ・レイを、サザビーではシャア・アズナブルぐらいしか思い浮かばない。

 

 もしかしてね。ありえないとも言い切れないのがニュータイプとサイコフレームだ。

 

 ただ、お願いだから、私から彼を奪うようなことはしないで欲しい。死人は死人として、人の思い出の中にだけ居てちょうだい。彼はもう、私のものなのだから。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ドイツから帰ってきたマスター。そのマスターになにが黒いものが纏わりついていた。

 

 ただそれも、マスターがガンダムに触れたことで消え去ってしまった。ガンダムから溢れる温かい優しさが、マスターの黒いものを祓ってくれたとわかる。

 

 マスターの周りにはいつもマスターを見ている人達が居る。赤い人、青い人、黄色い人。

 

 サザビーの中には赤い人。ガンダムの中には青い人。そしてマスターの中には黄色い人と角のある白馬。

 

 赤い人と青い人は優しい眼でマスターを見守っている。黄色い人はマスターを守りながら角のある白馬を育んでいる。

 

 私にはその人達が何者なのかわからない。でもマスターを大切に想っているのはわかる。マスターもその人達を大切に想っている。

 

 マスターを取られてしまいそうで、私はあまり心穏やかではないけれど、その人達は優しく見守っているだけ。その人達が、マスターが健やかにあることを望んでいるから、害はないと信じたい。

 

 だからマスター、もっと私を見てください。私を感じてください。私は求めています。こんなにもあなたを。

 

 だから今を見つめてください。でないと、私は寂しいです。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 仕事を終えた私は、自身の愛機であるシナンジュ・ファントムを見ていた。亡霊と言う名は、私の属する組織の象徴にしたかったらしいが、私には良い皮肉だ。

 

 既に修復された機体は万全の状態だ。

 

 だがISという存在を操る様になって今日まで土を着けなかった私に、組織は少々騒がしくなったが、私にとってはそれくらいして貰わねば張り合いがない。

 

 奴が赤い彗星の希望を継ぐ者ならば、私はその絶望を継ぐ者だ。

 

 今の世界が望むものは女尊男卑ではあるが、こちらは私が手を下すまでもなく勝手に物事は進んでいる。

 

 この器に込められたものは、ニュータイプの誕生だ。

 

 だがこの世界ではニュータイプを生むのは難しいことだ。人は宇宙に進出することでその秘められた力を覚醒させる。その力の一つがニュータイプというものだ。

 

 しかしこの世界の人類はアースノイドのみだ。ニュータイプになる為の土壌がない。

 

 女尊男卑などというくだらない争いをしている人類が、宇宙に巣立てるはずもない。

 

 であれば、その土壌を作るにはもうひとつの選択肢がある。

 

 ニュータイプのその多くは、宇宙という極限の環境の下で、闘争という刺激を受けて開花してきた。

 

 ならば我々がその土壌を作れば良い。闘争が人の進化を促すのは古来からの実証だ。

 

 ユキ・アカリ。その身に希望を宿す者ならば、この私を止めてみせろ。今の私には、以前の様な人の心の光は通用しない。

 

 そうだ。その純然たる力で、私を止めるしかないのだよ。ユキ。

 

 

 

 

to be continued…



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第17話ーハマーンとユキー

IS学園篇を早く書きたい。しかしもうなんだかガンダム色強くてISどこに行った状態で不安になっています。ハイスピード学園ラブコメのはずなんだけどなぁ。まぁ、ゆったり行くか。


 

 いつものようにユキを相手にしてボコボコにされる毎日を送る俺に、あいつは質問してきた。

 

「そう言えば、一夏は進路をどうする気だ?」

 

「え? 進路?」

 

「お前も来年受験なんだろ? そろそろ次の身の振りを考えても良いと思うけど?」

 

「身の振りって」

 

 選べるのかという先の言葉が続かなかった。今は少しでも強くなりたいという思いだけでここに居る。

 

 でもそんな事を、いったい今何故。

 

「これから先をどう選択するにせよ、ハイスクールくらいは出ておいて損はないさ」

 

 ユキの言う通りではあると思う。高校くらいは出といた方が良いよなぁ。でも高校3年間でISに触れる時間が減るのはなぁ。

 

「なぁ。もし高校に行くとして、やっぱりISに乗れる時間も減るよな」

 

「必然だな。日本のジュニアハイスクールは義務教育だから、こうして休んでいられるけれど、ハイスクールはそうもいかないからな。……一ヶ所だけを除けばな」

 

「一ヶ所?」

 

「……IS学園だ」

 

「ああ、なるほど。確かにIS学園だったら、ISにも関わりたい放題なのか」

 

「いや待て。確かにIS学園とは言ったが、普通に入れる気でいないかお前」

 

「え? なんでだよ。俺はISを動かせるんだし、行けるんじゃないのか?」

 

「お前ってやつは。短絡過ぎだ。いいか、今の世界でISを動かせるおれたちは特別。特例と言っても良い。そんな中でISを動かせる事を公表すれば、たちどころにお前をつけ狙う者達も出てくる。それらに対してどう対処する」

 

「いや、それは」

 

 でも、だったらどうすれば良いんだ。3年間もISに触れる時間が減ると、千冬姉ぇに追いつくのに時間がかかっちまうし。

 

「それでもIS学園に行くかはどうかはお前が決めろ。場合によったら、おれたちも動かないとならないからな」

 

 そう言ってアリーナを出ていくユキ。

 

 俺は、何をどう選べって言うんだ。

 

 それにしても、髪の毛長くするとまるで女の子みたいだよなぁ。背は鈴と同じくらいなのに、俺たちと同い年くらいには見えない。

 

 そういえば、みんな元気でやってるかな。ここのところ連絡してないし、そろそろ様子見も兼ねて一度日本に帰るのもありか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 一夏にはああ言ったが、恐らくあいつはIS学園に行くことを選ぶだろう。

 

 わかっていたさ。IS学園の名を出せば、一夏は迷わず選ぶだろうことは。強くなることに貪欲だからな。少しでも強くなりたいと思う若さは、悪いことだとは思わない。

 

 一年戦争の頃の自分もそうだった。少しでも強くなることで、少しでも戦争が早く終わることを、ジオンの勝利を信じていた。

 

 そんなおれが、一夏に強くなることを一時でも止めろとは言えなかった。

 

 ただ、一夏の存在を世に知らせる時は、先手を打たなければならないだろう。くだらない連中のエゴで、一夏を潰させてたまるか。

 

 あまり人前に立つことはしたくはなかったのだけれど、少しでも一夏から目を逸らさせる為には、おれが人身御供になるしかないか。

 

 アクシズに拾われた時に、ジオンの蒼き鷹ではなく、エゥーゴのユキ・アカリで居ることを選んだツケが、まさかこんなところで回ってくるとは思いもしなかったが。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「そうか。まぁ、お前がそれでも良いと言うのならば、私の方もそれを利用させて貰おう」

 

「構わないけどな」

 

 コーヒーを飲みつつ、私に了承を言う奴の肩は重いと言うのを隠さない。

 

「自分で言っておきながら、あまり進まなそうじゃないか」

 

「とは言うがな。おれがこう言う事を向いていないのを知っているクセに」

 

 確かに、お前には向かないだろうさ。本人がじっとしていることを嫌う。夢見だけでなく、こういうところもシャアに似る。だからこそ、私が言った時に立てば良かったのさ。あの時なら、ジオンの蒼き鷹として気軽だったものを。

 

「捻り曲がった思想が渦巻いている所で立っても、無意味さ。官僚と民衆に呑まれて、ジオンの初心を忘れたアクシズで立つくらいなら、デラーズ閣下の様に組織起こしをした方がマシさ」

 

「それで逃げた末の今だ。甘んじて受けろ」

 

「だからこうして教えを請うているんじゃないか」

 

 私が手渡した分厚い資料を読みながら言う。私がネオ・ジオンのハマーン・カーンとして、組織をどう導いたのかを、客観的に、時には私見も入れて作った資料だ。

 

 自分を過小評価するが、ユキも指導者としての求心力の才は持ち合わせている。人を惹き付けるものは持っているのだ。あとはカリスマ性は、シャアの真似事でもさせれば良いだろう。気迫というものも折り紙つきだ。

 

 それらをどう上手く使うかが問題であるだけだが、そこは教えるというよりも、やらなければわからないものだ。

 

 こうしてあの頃もやってくれれば。

 

 私が初めてやつと逢ったのは、グリプス戦役でのエゥーゴとの交渉の時だったが、その時はミネバ様に無礼を働くシャアに目が行っていたから、精々がシャアの近くに居たニュータイプ程度だったが。

 

 グリプス戦役が終わり、カミーユ・ビダンとシロッコの気配が消えた宇宙の中で輝きを放つ魂を感じて回収したのが、奴の乗るΖガンダムだった。

 

「驚いたものだ。ジオンの蒼き鷹が生きていたとはな……」

 

「あなたは……ハマーン・カーン…」

 

 初めて顔を合わせた時の奴は私を見向きもしなかった。まるで迷子になった仔犬の様だったよ。

 

「ユキ・アカリ。貴様にはジオン再興に協力する義務があるが?」

 

「……おれは、もうジオンの蒼き鷹じゃない。ジオンの蒼き鷹は4年前に死んだよ。ここに居るのは、エゥーゴのユキ・アカリだよ」

 

 そう言う奴の瞳は揺れ動きながらも、熱い情熱を感じた。その情熱の中心にシャアの気配を感じさせた。

 

「シャアならばもう居ないぞ。奴は私が討たせてもらった」

 

「それは違うよ、ハマーン・カーン。シャアは……、シャアは、居なくなっただけだ。カミーユの魂を連れていかれて、シャアは絶望したんだ。だから。おれも連れていって欲しかった……」

 

「ジオンの蒼き鷹も地に堕ちたな。だが貴様にはまだ利用価値がある。黙って我々に協力して貰うぞ」

 

「良く言う。あなただって寂しいのに」

 

「なんだと……」

 

「あなたもおれと同じだ。寂しさを抱えている。それをシャアに埋めて欲しかった。シャアの夢で寂しさを埋めているおれにはわかる」

 

「黙れ! 貴様も土足で人の心の中に入るな!!」

 

 銃を向ける私に、奴は立ち上がると一歩一歩、私との間合いを詰めてきた。

 

「寂しいなら、寂しいって、言えば良かったんだ。例えニュータイプ同士だって、隠した本心はわからないんだから」

 

「どの口が言う! その口を閉じなければ、今ここで撃ち殺す!」

 

「撃てないよ。あなたは優しいから。その優しさは引き金を引けない」

 

 このハマーンに優しいと宣う奴は、銃口が身体に当たる距離まで歩み寄っていた。私が引き金を引けば、その胸を撃ち抜き、その命を奪える距離だった。

 

「ッ!?」

 

「ね…?」

 

 銃を握る私の手に、奴は手を重ねてきた。気安く触る奴の手を振り払うことも出来たはずだ。

 

 だがそれを忘れてしまう温かさが、私の中に入り込んできた。

 

 私の抱えていたものを溶かし、包み込むその温かさ。

 

「私を理解するというのか? 貴様の様な子供が……!」

 

「わかるよ。同じ寂しさを抱えているんだから」

 

 奴の中にある寂しさ。孤独と絶望という闇。

 

 それを照らすのは赤い彗星の光。だが今はそれもない。

 

「どうして世界はこんな孤独にならないといけないんだろうね。痛みばかりが増えて。こんなに悲しいんだ」

 

 奴の心の悲しさが伝わってくる。感じすぎる心が、このハマーンを押し込むだと…!?

 

「あっ……」

 

 これ以上は危険だと手を振り払った。それに奴は顔を落ち込ませた。何故それを私は不愉快だと思う。

 

「また来る。傷を癒しておけ」

 

「うん。……待ってる」

 

「フンッ」

 

 奴の負った傷を理由にその場を離れたが、ユキ・アカリという存在に、私はこの時から興味以上のなにかを感じていたのだ。

 

 それが今ではこうして同じ空間で語らい、コーヒーを飲んでいるのだから、その時の私には予想もつかなかったことだろうさ。

 

「あまり難しく考えることもないだろう。指導者になるわけでもあるまい」

 

「でも少なからずは人身御供になるのだから、傀儡ではいたくない」

 

 だから人の上に立つ者の身の振り方を覚えるか。

 

 傀儡ではなく、人身御供だろうと自分の確たる意思で動くその姿勢が、指導者としての第一歩だとわかっているのか。指導者は思想家ではないのだからな。自分の重い描く展望を語るだけでなく、その実現の為に動かなければ、下々は着いてはこないのだから。

 

 赤い機体に乗り、人を導かんとする者。その姿は生まれたばかりの若き赤い彗星か。

 

 貴様が遺したものも、あながち無駄ではなかったようだな。シャア。

 

 

 

 

 

to be continued… 



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第18話ー黒い子ウサギー

またまた話が進まない。とはいえキンクリするわけにもいかないような気がするからあと2話、3話は話が進まなそうな感じがする。


 

 サザビーのフルアーマー化。追加アーマーとはいえ、サイコフレームを満載しているこの『ナイチンゲール』は正しくサイコマシンとなるだろう。

 

 今までνガンダムやサザビーしか扱って来なかったおれに、このサイコマシンを制御出来るのだろうか。

 

 いや、やってみせなければならないだろう。バナージやリディはやってみせたのだから、大人としての示しがつかない。

 

 しかし束はこいつをナイチンゲールと呼んでいるが、やはりサザビーと呼んだ方が良いのだろうか悩むところだ。

 

 まぁ、それは置いておこう。

 

 ただ最近、ドイツ軍で噂されるようになった自身にまつわる話。いや、別に悪いという訳ではないのだ。

 

 ただ性別を偽っている自身としては悪目立ちしたくないのだが。

 

「なにか用があるなら言えばどうなんだ? ボーデヴィッヒ」

 

「いえ。別にありませんので」

 

「こんなところで油を売っている暇があるのか?」

 

「今の私は暇人ですから。少佐から学ばせていただこうかと」

 

 おれの後ろを雛鳥の様に付け回すラウラ・ボーデヴィッヒ大尉。

 

 唯でさえハマーンの小飼の私兵みたいな扱いで噂されるおれに、かつては優秀な軍人で、見た目は人形然と整っていているボーデヴィッヒ大尉との組み合わせは目立ってしょうがないのだ。これでおれの階級が下手に低かったら突っ掛かってくる連中が居ても良いくらいに目立つのだ。

 

 それがわかっているからハマーンもおれに少佐なんて階級を渡したのだろうか。それにしても、ジオン時代の階級を渡すとは気の聞いた皮肉か嫌がらせに思える。

 

「おれから学ぶことなんてなにもないだろう」

 

 フル・フロンタルと戦った日のあとからこの銀髪人形少女はおれと四六時中行動を共にしようとする。さすがに一夏との訓練を見せる訳にはいかないから、その時はトレーニングメニューを言いつけて足止めしているが、律儀にそれをこなされるから下手なメニューを出せなくて、都合二人分を鍛えてしまう立場になってしまった。ハマーンには飽きられて手伝ってくれないから。

 

 しかし布団の中にまで、しかも全裸で入ってくるのはどうにかして欲しい。服を着せて寝かせても朝には脱いでいるし。幸せそうな顔で寝てるから毒気を抜かれて強くも言えないしで悪循環だ。似ている所為か、クロエに対する甘さが伝播しているとでもいうのか。

 

「いえ。私はあなたの持つ強さを学びたいだけです」

 

 そうは言うが、おれはそこまで強い人間じゃない。いつも見ていることしか出来ない弱い人間だ。

 

 ララァが死んだ時も、カミーユの魂が傷ついていくときも、シャアとアムロの最後の時も。

 

 いつも肝心な時になにも出来ない人間が強いものか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 クラリッサ隊長に言って暇を貰った私は、しばらく少佐と行動を共にすることを日常としている。

 

 少佐の動き――重力という枷から解き放たれた宇宙を駆けるイメージをすることで、稼働率が落ちていたISも、少しずつだがまた動くようになってきた。とはいえ、まだ軽く動かす程度ではあるし、以前のような戦闘能力はない。

 

 だがそれがISの正しい動かし方ではないのかと最近思う。少佐の言葉を借りるならば、魂に重力を引かれているから、空を飛ぶイメージでISが満足に動くわけがないのだという。

 

「それが難しいのなら、水の中に浮くイメージでも良い。PICを使えば出来るはずだ」

 

 少佐の言葉は極めてテクニカルな助言だ。

 

 少佐が見せてくれた宇宙を知ってしまった私には、ISで空を飛ぶというイメージはしっくり来なくなってしまった。窮屈なのだ。息が張り詰めると言っても良い。

 

 空にはまだまだ先があるのに、態々空の下だけで飛ぶことはないのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 最近ボーデヴィッヒ大尉は少佐殿にご執心の様だ。いや、それが悪いこととは思わない。作戦会議以外は殆ど部屋を出ることもしなかったボーデヴィッヒ大尉が、少佐のあとに続いて歩いている姿は微笑ましく思う。

 

 以前は私たちの隊長であったボーデヴィッヒ大尉。ISとの適合性を高める擬似ハイパーセンサー、ヴォーダン・オージェの適合に失敗してからはすっかり昔の面影はなくなってしまった。

 

 それを変えたのが、ドイツの魔女と名高く恐れられているハマーン・カーンの部下とは思えない温かい優しさを持ったユキ・アカリ少佐。

 

 宇宙世紀出身の男性と言うのだから、普通ならばふざけているのかと笑い飛ばすだろう。

 

 だが、ISパイロットでは取らない軌道、出来ない機動が只者ではないことを語らせる。

 

 アリーナで彼と飛んでいるボーデヴィッヒ大尉にも手応えがある様だ。

 

 少し素っ気ない様に少佐は見えるが、甲斐甲斐しくボーデヴィッヒ大尉の面倒を見ていてくれる。それに応えようと必死だから、彼女がまた飛べる日も近いと私は思う。

 

 身体は子ども、頭は大人の合法ショタっ子と一日中一緒に居られるボーデヴィッヒ大尉が羨ましい。しかも睡眠まで裸で添い寝なんて、なんて羨ましい!

 

 困った様子で状況を事細かに話に来る少佐に相談される身にもなって欲しい。あ、少佐、私は何時でもフリーですので、疲れた時には私に甘えに来ても良いんですよ?

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ッ!?」

 

「どうかしましたか、少佐」

 

「い、いや。変なプレッシャーを感じただけだから気にしなくても良い」

 

 なんだ、今の身震いする悪寒は。このおれがそう感じるなんて相当なものだぞ。

 

 サイコフレームが増えた分、余計なものも感じるようになったか?

 

 今のおれはファンネル・コンテナをシュツルムブースターに換装し、脚部と肩にスラスターを増設したサザビーに乗っている。差し詰めサザビー・フルバーニアンと言ったところか。

 

 取り敢えず出来上がった強化パーツを取り付けた状態だが、重MSのサザビーが高機動型MSと見違う程の加速性能はある。ファンネルはオマケと考えているからこそ出来る思い切った改装である。

 

 ファンネルが無い分、手数が減るが、あのフル・フロンタルを相手にするならば、機動力は必要になる。

 

 サイコフレームが増えたことでより戦場を感じられる様になり、敵の攻撃に対する反射速度もサザビーやνガンダムを扱っていた時とは比べ物にならない。

 

 軽くボーデヴィッヒ大尉に相手して貰ったが、敏感すぎて恐いくらいだ。普通の人間には先ず乗り回せない機体になっているのがわかる。これでも完成したナイチンゲールの80%の機動性しかないのだから、完成した時はどんな化け物に仕上がるのかが楽しみであると同時に、フル・フロンタルを相手にする難しさというものを改めて痛感する。

 

 シャアと張り合える技量。そこにシナンジュの性能が合わされば、並のMSとパイロットでは止められないのだから。

 

 1対1で戦って、バナージの力がなければおれは負けていただろう。

 

 コアユニットの無いネオ・ジオングがユニコーンとバンシィと戦う最中に、こっちは量産型νガンダムでシナンジュと戦っていた。

 

 機動力では勝ち目が無いからファンネルで追い詰めて戦っていたが、これでナイチンゲールが形になれば同じ土俵で戦える。

 

 どちらが赤い彗星の名を継ぐに相応しいか、決着を着けるのもまた一興だろう。

 

 赤い彗星の名は、そう易々とくれてやる訳にはいかないのだから。

 

 

 

 

to be continued…



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第19話ー蒼い死の騎士ー

ちょっとだけ話が進みますが、フル・フロンタルに続き、また厄介な物を引っ張り出してきてしまいました。


 

 久し振りに我が家に帰ってきて、掃除も一通り終わって落ち着いたわけだが。

 

「さて、聞かせて貰おうか」

 

「な、なにを…」

 

 ち、千冬姉ぇの目付きがこえぇ……。

 

「惚けるな。隠しても無駄だぞ? 足運びが変わっているのはわかっているぞ」

 

 有無を言わさないってくらいの目付きの中になんか殺気まで感じるのは気のせいじゃないと思う。

 

 いやでもさすがにISの訓練してますって言ったら、千冬姉ぇ怒るだろうしなぁ。それがわかっているから黙ってたのに、なんでバレた。

 

「いや千冬姉ぇ。俺は別に」

 

「隠すほど不都合なことがあるのか?」

 

 さらに目付きが険しくなる。これ正直に言っても言わなくても嫌な予感しかしないんだが。

 

「い、いやだからさ。別に隠していることなんて」

 

「最近はユキ・アカリとアリーナに入り浸っているのは知っているぞ」

 

 うわぁ。いつの間にそんな事を何処から。一応おれがIS動かせるのは秘密だから、アリーナも事前に貸し切りにしているってユキは言ってたんだけど。

 

「そ、それはさ。ほら、ISを見せてもらってたんだよ。ユキのISってカッコいいからさぁ」

 

 苦し紛れな言い方だけど、俺にだって千冬姉ぇに秘密にしたい事はある。

 

 だって、守りたいと思う家族相手に、守りたいから強くなる為に鍛えてますって恥ずかしい事が言えるかよ。

 

 俺にだってプライドはあるさ。

 

「どうしても言わない気か」

 

「お、俺にだってプライドはあるさ」

 

 手に汗握る様な緊張感の中で、千冬姉ぇの目を真っ直ぐに見つめる。固唾を飲み込むのさえ厳しく渇く喉。

 

「……わかった。追求するのは止めてやる。危なくはないんだな?」

 

「それは大丈夫だ。ちゃんと教えてくれるから」

 

 なんだかんだ激しい指導だけれど、絶妙にケガだけはしないからそこは心配ない。代わりに体力がすっからかんになるけど。

 

「ほう。それは楽しそうだな。今度見せてもらうか」

 

「いや。それはユキに聞いてみないことには」

 

 すまないユキ。俺には千冬姉ぇを止められそうにない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ニュータイプ。その力は他人と分かり合う力だと言う。

 

 だが、今という時代ではニュータイプの力は戦場での道具でしかない。

 

 それをわからない訳ではあるまい。だがそれでも人の可能性を信じると言う。そんな虚しさが他にあろうか。

 

 いくらニュータイプの可能性を示そうとも無意味なのだ。あまつさえ、ニュータイプを危険分子として、連邦はニュータイプを幽閉した事実を忘れたわけではあるまい。

 

 さらには同じスペースノイドすら、ニュータイプがオールドタイプを殺すと妄想し、ニュータイプを殺すシステムを作りもしたのだ。

 

 人はそこまで愚かなのだよ。そして過ちも繰り返す。

 

『申し訳御座いません、我が主。実験素体を取り逃がしました』

 

「いや。ご苦労だった、アンジェラ。その後の消息は」

 

『真っ直ぐ南下中です。今はスカンジナビア半島を抜け、このままではドイツ領に入られます。追撃の許可を』

 

「いや。それには及ばん。これ以上被害を被りたくは無いのでね。アレは放っておいて構わない。そちらの後始末は任せるぞ」

 

『ハッ! 了解致しました』

 

 部下からの通信を聞き、とある資料を手に取る。

 

「対ニュータイプ用のシステムか。つまらないものを作るからこうなる」

 

 仲間内の不始末。というには割に合わない仕事になってしまった。

 

 我々ニュータイプの出現が、組織内での不和を呼んでいるのは紛れもない事実だ。

 

 宇宙世紀であれば、この様な勝手は無かっただろうが、この世界では赤い彗星の名は偶像のカリスマ性でしかない。

 

 話が逸れてしまったが、求心力が細部にまで至らなかった結果、利益を脅かされる事を嫌った老人達が、我々ニュータイプを駆逐する力を求めるのも無理は無かったという話か。

 

 だがそれの為にニュータイプを必要とするとは皮肉な話だ。

 

 これを聞いたらユキは怒り狂うだろう。あれはニュータイプの力を人間のエゴで穢されるのを嫌う。シャアの純粋さを受け継いだが故の弊害だな。

 

「さて、ニュータイプを殺す機械がどこまで通用するか。見せてもらおうか、この世界の対NTシステムの性能とやらを」

 

 その験素体が向かう先には、この世界で最高のニュータイプ能力を持つ者が居る。ハマーン・カーンも殲滅対象だろうが、より優先度の高いニュータイプを感じているのはその動きから判断できる。

 

 IS6機を相手にして無傷で退いてみせた性能だ。普通のパイロットならば脅威的だが、余程の事がなければ負けはしないだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「今から30分程前にスカンジナビア方面から、我が国に侵入した所属不明のIS。ノルウェー、スウェーデン両政府は公式で関与を否定しているが、私たちが考慮しなければならないのはそんなことではない」

 

 ハマーンがスクリーンの前で説明している。

 

 スカンジナビア半島からドイツ領土に入ってきたISは、真っ直ぐこの基地があるベルリン方面に向かっていることだ。

 

「このISは脅威的な戦闘力を有し、進行途上で迎撃に出たドイツ海軍と空軍は壊滅したという報告が来ている」

 

 だがIS単機が軍隊を退けた歴史はある為、驚く者達は居なかった。ISには出来て当たり前なのだろうが、単一戦力が脅威的な戦闘力を有する恐さというものを知るおれからすると、あまり歓迎できる雰囲気では無かった。

 

「ハマーン、敵の戦力はわかっているのか?」

 

 そんな空気の中で、恐らくはハマーンの考えているだろう作戦の中核になるだろう自身の役割の為に、敵の戦闘能力は把握したかった。ハマーンはわかっているじゃないかと此方に目配せをして語った。

 

「敵のISは大して速くはないが、運動性能は高い。また、ビームを放つ有線ビット兵器を搭載しているという報告もある」

 

 その言葉でざわめきが広がる。世間的にはビット兵器はイギリスが心血を注いで挑んでいる技術だからだ。試作型は間も無く完成予定らしいが、実践配備されている話は無いからだ。

 

「局長。それはインコムと言うことでありますか?」

 

「そういう認識で構わん。これにはユキのサザビーをぶつける」

 

 ハマーンの言葉でシュヴァルツェア・ハーゼ隊の視線が集中する。

 

 サザビーのファンネルは、戦場を共にしたシュヴァルツェア・ハーゼ隊の知るところにある。

 

 敵がビット兵器という未知の兵器を持ち出すなら、その対抗手段もまたビット兵器を操るサザビーになるのも説得力がある。

 

「シュヴァルツェア・ハーゼ隊にはサザビーと目標が1対1の状況を作ってもらう」

 

 それに対して文句を言う声は無いが、納得のいかない感じも僅かにある。

 

「シュヴァルツェア・ハーゼ隊に告ぐ。目標を少佐の下へエスコートするのが我々の役目だ」

 

 隊長であるハルフォーフ大尉が命令として告げた。

 

 彼女達もISパイロットだ。軍人でもあるから彼女達なりのプライドもあるだろう。

 

 だがビット兵器を操る者の強さを知らないわけでもないのだ。

 

 それは先の作戦で次元の違う戦いを実際に見ている者達にはわかっていた。

 

『01より各機。作戦通りに事を進めろ。重ねて言うが、勝手に戦おうとするな。相手の力は未知数だ。繰り返す、勝手な交戦は避けろ』

 

 コア・ネットワークを通じてハルフォーフ大尉の声が聞こえる。

 

 おれはサザビーを纏って、シュヴァルツェア・ハーゼ隊の持つ演習場にて待機していた。周りには森と湖と小高い丘がある演習場では空中機動訓練をする場所だ。演習場の中では最大に広く、近くに人も住んでいない。存分に戦える場所だと言うことだ。

 

『こちら04。目標に接触。敵ISの画像を送ります』

 

 送られてきたのはリアルタイムの映像だった。

 

 ISとは言うが、見掛けはフルスキンタイプだった。

 

「このIS……ガンダム、なのか?」

 

 全体的には連邦系のMSの印象を受ける機体だった。ガンダムタイプの顔。しかし目元はゴーグルタイプ。全体的に蒼い装甲に彩られたMS。少なくともおれは知らない機体だった。

 

『この機体は、ペイルライダー……、いや、背中にインコムがあるからトーリスリッターか!』

 

「トーリスリッター、死の騎士か。知っているのか?」

 

 敵のISを見て驚きを隠せないと言った様子のハルフォーフ大尉に、おれは少しでも敵の情報を求めた。

 

『端的に言えば対ニュータイプ用のシステムを搭載したMSです。あれがISになっているのか? でもそんなはずは』

 

「NTーDに近いものか?」

 

『ニュータイプを駆逐するEXAMシステムを原型にしたHADESを搭載していて、機体のリミッターを強制解放して能力を100%解放すると共に、戦況に応じた最適解をパイロットに伝達して実行する戦闘補助システムです。不完全ですがサイコミュ波の受信から敵の思考も先読みする機能もあったはず。でもそんなものがあるわけが…』

 

 その辞典めいた知識量も恐ろしいが。その情報を纏めると、NTーDに近いものを感じる。

 

 まだそのシステムを積まれているとは決まった訳ではないが、見ていて少し厭な感じがする。

 

「ッ!?」

 

 画像のISと目を合わせた時、胸を鷲掴みにされるような感覚が襲った。

 

『目標加速、追尾します!』

 

「止めさせろ。ヤツに近づいちゃならない!」

 

『少佐?』

 

 アレに普通の人間が関わっちゃならない。アレには死が渦巻いている。

 

「04は下がれ! 他も素通りさせろ。向こうが此方を見つけている!」

 

 サザビーのサイコフレームを通じて、敵に捕まったのがわかる。此方に近づかれる前に空に駆け登る。アレを相手に動きが制限される地表近くには居られない。

 

 センサーで向こうを見つけると、先制は向こうからだった。

 

 高出力のビームが通り過ぎる脇を、機体を舐める様に躱して、ビームショットライフルを向ける。

 

「そこ!」

 

 ニュータイプの勘で、絶対に中ると言う確信がある一発を放った。

 

「なに!?」

 

 だがその一撃はまるで予めわかっていたように躱された。

 

「躱した? ならばもう一度!」

 

 シールドのミサイルで牽制して、もう一度ビームショットライフルを撃った。

 

 だが蒼いISはアポジモーターを僅かに噴かして、最小限で躱した。

 

「このおれが二度も外した? 只者じゃない!」

 

 傲りでもなく慢心でもない。中ると確信した攻撃が中らなかったなんて、アムロやハマーン相手でもなければ無かった事だ。

 

「だったらこれで、ファンネル!!」

 

 4基のファンネルを射出して、連携して仕留める為にビームショットライフルで牽制し、ファンネルで動きを制限して、本命を叩く。

 

「インコム程度!」

 

 敵のISもインコムを射出してきたが、インコムを使ったことのある自分だからわかる。インコムはファンネル程自由に動かせないし、ケーブルが切れれば使い物にならない。

 

「そこだ、ファンネル!」

 

 飛び回るインコムを狙ってファンネルで撃つ。だが、ビームを受ける間際にインコムはそれをケーブルを巻き上げて躱した。

 

「これもか!?」

 

 中ると確信した攻撃が悉く躱された驚愕。まさか本当に此方のサイコミュ波を感じて動いている訳じゃないよな。

 

「チィッ!」

 

 反撃に撃たれるビームを躱して、ビームトマホークサーベルを抜く。

 

 ファンネルを6基に増やして、突撃する道を作る。

 

「でええええあああ!!」

 

 瞬時加速にて、景色が一瞬で視界いっぱいに敵のISの蒼い機体が映る。

 

 振り抜くビームトマホークサーベルに、蒼いISは対応してビームサーベルを抜いて受け止めてみせた。

 

「ここまで反応出来るのか!? なんなんだこのISは!」

 

 だがビームトマホークサーベルを消して、そのまま拳を叩きつけた。

 

「ぐぅっ!!」

 

 だが蒼いISを殴り飛ばす為にその装甲に触れた瞬間、強烈な殺意と恐怖に心を苛まれた。

 

「こいつは、危険過ぎる」

 

 心に負った衝撃を建て直す頃には、向こうも体勢を建て直していた。

 

「な、なんだ……!?」

 

 蒼いISが身震いしながら、殺気をそこら中に放つ。

 

 センサー部分が赤くなって、エアインテークが赤熱化する。

 

「ッ!? 速い!」

 

 瞬間加速を使った様な突撃を、アポジモーターを噴かし、さらには身体まで捻って躱す。

 

 ハイパーセンサーで通り過ぎた影を追うが、既に後ろに回られていた。

 

 その手のビームカノンを撃ってくるが、プロペラントタンクをパージし、脚部のスラスターを全開にしてその場でバク宙する様に一回転する。

 

 高出力のビームがプロペラントタンクを撃ち抜き、推進材が強力な爆発を生んだ。

 

 シールドでその衝撃を受けながら機体を後退させる。

 

「まるでニュータイプの様に動く。――だが、この程度で負けていられない!」

 

 サザビーの機体の周囲に量子展開の光が集まる。

 

 背中のファンネル・コンテナがシュツルムブースターに換装され、両肩と両脚にスラスターを内蔵した追加装甲が装着される。

 

 機動性を強化したサザビー・フルバーニアンならば!

 

「逃しはしない!」

 

 一瞬の加速で間合いを詰めるサザビーに、蒼いISも反応が出遅れている。

 

「遅い!!」

 

 ビームトマホークサーベルでビームカノンを切り裂き、胸部のマシンキャノンを撃ちながら離脱する蒼いISのあとを追い掛ける。

 

「ぐううううう――っ!!」

 

 シュツルムブースターの生む爆発的な加速力に身体が軋み、口の中に血の味が広がる。

 

 ――――……!

 

「ッ、なんだ!?」

 

 ビームトマホークサーベルをビームサーベルで受け止めた蒼いIS。接触した時に何かが聞こえた気がした。

 

 だがそれを確かめる暇もなく背中から殺気を感じて、蒼いISをスラスターで加速した脚で蹴りあげてサマーソルト。後方から狙うインコムに向けて、ビームショットライフルのショットガンモードの広範囲攻撃でインコムを3基撃ち落とした。

 

「逃げるのか?」

 

 インコムは囮で、脅威的な速度で離脱していく蒼いISの背中を見送った。下手に深入りすることもないだろうと判断したまでだ。

 

「あの機体のパイロット。ただ乗せられているだけなのか?」

 

 殺気を感じたが。生の感情には思えない機械的で固いものだった。それ以上を感じようとしても、殺気がまるでフィルターの様に邪魔をした。それにあの聲も気になるところだ。

 

「ハマーンに調べてもらうしかないな」

 

 あれほどの機体を造る技術。もし量産されたらパワーバランスが崩れてしまうものだ。そうなれば大なり小なり争いが起こって、それが火種にならないとは言えない。

 

「でも、ここまで狂った殺気を機械が放つ。いったいどうだって言うんだ」

 

 遠く離れていく気配を見送る。感じた聲がなんだったのか確かめることも出来ずに気配は薄れていく。

 

 口に広がる錆び鉄の味がかつて身を置いていた戦場の匂いを感じて、汗で張り付いたシャツの気持ちの悪さが、今のおれの気持ちを代弁していた。

 

 

 

 

to be continued…



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第20話ー休息ー

なかなか日常的な事を書くのが苦手になっている様です。早く書きたいことも山ほどあるけど、フラグ立てだって頑張らないとね。


 

 おれが戦った蒼いIS。その形状や装備からトーリスリッターと名付けられたその機体は、おれが殺気を感じなくなると同時に反応が消えた。

 

 それは司令部の方でも同じで、直ぐ様山狩りの様に反応が消えた森の中を捜索されたが、手懸かりは一切出てこなかった。

 

 あのISから感じた事をハルフォーフ大尉に事細かに伝えたところ、あのトーリスリッターにはHADESらしきシステムが組み込まれている可能性が高いと言う。

 

 ガンダムに関することなら何でも聞いてくださいと、頼もしく胸を張るその知識は確かな物がある。

 

 物語の世界であるから、一軍人では知り得ない情報も全部筒抜けなのだ。それは最高機密も例外ではない。

 

 HADESや、トーリスリッターとその母体であるペイルライダーや、HADESの基となったEXAMシステム周りの資料を製作してくれたハルフォーフ大尉の手腕に舌を巻くばかりだ。アドバイザーとして欲しくなるものだ。

 

 しかし敵の情報が筒抜けであるなら、純粋に宇宙世紀の技術を再現している此方の情報も筒抜けということだろう。だが、そうだとしても最終的にはパイロットの力に左右されるのはISもMSも同じことだ。次は不覚は取りはしない。 

 

「ニュータイプを殺す機械か。まさか一年戦争当時にNTーDと同種のシステムがあったとはな。それにア・バオア・クーにもペイルライダーが出ていたとは、カチ合わなくて良かったか」

 

 ララァも守れずリック・ドムⅡは中破。リック・ドムの脚を移植した応急修理でア・バオア・クーの戦闘に参加したが、そんな機体であんな機体と戦えたとは思えない。

 

 まぁ、過去のことは今は良い。問題は、このトーリスリッターがパイロットの意思を無視して動いている可能性も考慮していかないとならないと言うことだ。

 

 ニュータイプ的な力は感じなかったが、あの反応速度は強化人間でもなければ無理だ。しかし強化人間ならば、クロエの時の様に気づかないはずはない。

 

 ならばISが自律している可能性があり、HADESにもそう出来る可能性もある。

 

 もしもそうなら、あの蒼いISに囚われているパイロットも救ってやりたい。まだそう決まったわけじゃない。あくまでももしもの話だが。

 

 自分の意思で戦わず、ただ戦うためだけの道具になってはいけないんだ。それは悲惨な結末しか生みはしなかったのだから。

 

 あれと戦うにも、早くナイチンゲールを完成させないとならないな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 トーリスリッターを退けた少佐は、あまりよろしい顔をしていなかった。私が知る限りのペイルライダーに関する情報は渡してあるが、あれがトーリスリッターそのものであるか早々に決めつけるかどうかという話だが、少佐の戦闘ログで見直したが、やはり何処をどう見てもトーリスリッターにしか見えなかった。しかもEXAMだかHADESを発動させた様に機体の性能が上がったのだ。敵にも中々の技術者が居るらしい。

 

 でもなぜ、ニュータイプを駆逐するシステムを積むMSを再現したのかは解せない。一騎当千をするなら、EXAMやHADESは使えるかもしれないが、その為だけにパイロットの意思を無視するようなシステムを再現するとは思えない。貴重なISを使い潰すような事だ。

 

 もしも本来のニュータイプを駆逐する為に用意された機体だとしても、そんな曖昧な存在の為に用意する採算が合わない。私だって、少佐がニュータイプだと言われてもまだ信じきれていないところがあるのだから、トーリスリッターを造った人物は余程の酔狂者か何かだろう。

 

 だが、もしもだ。もしもトーリスリッターがHADESの、引いてはEXAM本来の役割を持つ機体として生まれたならば、私の知らない所でニュータイプ脅威論が生まれているという事でもある。

 

「まさか少佐の方からデートのお誘いがあるとは思いませんでした」

 

「たまには気分転換くらいしたいさ。おれも」

 

 つけ毛をしないで隣を歩いている少佐は、やはりどう見ても子どもの様にしか見えない。

 

 もし街でばったり会ったとしても、少し雰囲気の固い男の子にしか見えない。

 

 なのに二人っきりで出掛けたいと誘われた時は思わずドキッとしましたねぇ。

 

「付き合ってくれないか? ハルフォーフ大尉」

 

 朝の食堂であまり人が居なかったとはいえ、少佐の声を聞いた他の人達からの視線を集めたのをこの人はわかっているんですかね?

 

「しょ、少佐殿!? いい、いったい何をを……!」

 

「街に出るのに案内役を頼みたいんだが」

 

 どもっていた私がバカを見た様な哀れむ視線があったのは無視する。大体、少佐は軍では性別を偽っているのだから、つまり私×少佐で禁断の百合!? いやそうじゃない。女の子と偽っている男の子から壁際に詰め寄られる私受けの少佐攻め! いやしかし普段しっかりしている少佐を無理矢理手込めにする少佐受けも中々。

 

「クラリッサ、クラリッサ!」

 

「ひゃはうあ!?」

 

 私が妄想に耽っていると、此方に背伸びをしながら名前を呼ぶ少佐の顔がドアップに!

 

 驚いて変な声をあげてしまった。その所為で道行く人々の注目の的に……。は、恥ずかしい…。

 

「ボーッとして。何処か具合でも悪いのか?」

 

「い、いえ。心配には及びません。少佐」

 

「なら良いけど。あと、外に居るんだから少佐は止めて。周りに変に見られるだろ?」

 

 いやもう既に注目の的ですよ。しかし。

 

「上官を呼び捨てにするのはさすがに」

 

「非番なんだから気にしなくても良いのに」

 

 まだ緊張をしている私に対して、少佐は涼しげにリラックスしている様で、初めて見る柔らかい態度で私に接している。

 

「なんだかキャラが違くないですか?」

 

「それだけリラックスさせてもらっているのさ。大人としての背中を見せるわけでも、少佐としての威厳を払う必要もないし」

 

 まぁ、言わんとすることはわかりますが。

 

「だったら良いじゃないか。それとも、クラリッサはおれと連れ立って歩くのはイヤ?」

 

「そ、そういうわけでは…」

 

「だったら、ハイ。クラリッサもリラックス、リラックス」

 

 なんというか、こうまで言われると張り詰めていても仕方がないか。

 

「では、ユキと呼ばせていただきましょう」

 

「よろしい。それじゃあクラリッサ、案内よろしく」

 

「お任せを」

 

 そう言って、私はユキをエスコートしながらウィンドウショッピングに駆り出した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 トーリスリッターの事を考え過ぎて、自分の中の鬱蒼とした感じを振り払いたかったおれは、ハルフォーフ大尉にショッピングへの誘いをかけた。

 

 無理にテンションを高めていたが、やはり心の若さはもうないのだろうか。テンションを上げて疲れて閉まった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「まぁな…」

 

 ベンチに座って一息吐く。ショッピングなんて久し振り過ぎたのと、クラリッサの事を侮っていた。

 

 連れ回されるのは別に良いとして、なんで行く先々がコスプレ用品店ばかりだった。

 

 お陰で一日中着せ替え人形にさせられて疲れた。

 

「でも、似合っていますね。まるで以前から着こなしていたように違和感ないです」

 

「世辞は止めてくれ。この服が似合う人物なんて一人しか居ないさ」

 

 今のおれは、クラリッサにせがまれて着せられた赤い制服に身を包んでいる。いきなり連れ出した代金代わりと言われては着ないわけにもいかないが、まさかネオ・ジオン総帥の制服を着せられるとは。

 

 クラリッサ・ハルフォーフ、侮り難いな。

 

「少し疲れた。飲み物を買ってきてくれるか?」

 

「了解致しました、大佐!」

 

「私は少佐だよ。ハルフォーフ大尉」

 

 何処か楽しんで嬉しそうな顔の彼女を見れば、必要な犠牲とでも言うのだろう。

 

 さて、人払いは出来たか。

 

「出てくればどうだ?」

 

「やはり気づいていたか」

 

「気づかないでか」

 

 おれが声をかけると、プランターを挟んだ背中側から声が上がる。女性の声だが、その声は最早身に覚えた。

 

「おれを付け回して、何の用だ。フル・フロンタル」

 

 実は街に出て来てからずっとフル・フロンタルに付け回されているのはわかっていた。だが、仕掛ける様子もないので放っておいたら、今の今までずっと見られていたわけだ。ストーカーか、こいつは。

 

「君を笑いに来た。とでも言えば満足かな?」

 

「茶化して誤魔化すな」

 

 こう言う格好をしているからそう言われても仕方がないが、あんなマスクを着けていた人物には言われたくはなかった。

 

「アレと戦った感想を聞いてみたくてね」

 

「トーリスリッターか」

 

「対ニュータイプ用システムを内蔵したIS。だが君の相手ではなかったようだな」

 

「お前が関わっているのか」

 

「寧ろ我々も被害者と言っても良い」

 

 そう言いながらフル・フロンタルは一束の資料を渡してきた。

 

「例の機体に関する情報の資料だ。役立ててくれたまえ」

 

「こんなものを渡して、どうしようって言うんだ」

 

「対ニュータイプ用システムは、我々共通の脅威と考えるが?」

 

「共同戦線を張るというのか?」

 

「互いの邪魔をしないという意味で、と言うのはどうかな?」

 

 そう提示するフル・フロンタル。そういう落とし所が、おれたちには丁度良いだろう。

 

「……これが、あの機体の秘密か。こんなものが……!」

 

 フル・フロンタルから渡されたトーリスリッターの資料。対ニュータイプ用システム、それを作動させるのにニュータイプを使う。こんな人のエゴの悪辣さの結晶があるのが我慢ならない。

 

「何故お前が居て、こんなものが生まれる!」

 

「私はフル・フロンタルであって、シャアではないよ。ユキ・アカリ」

 

「シャアの絶望の残留思念でも、ニュータイプをこうも扱われて、なんとも思わないのか!?」

 

「私は器だよ。人の総意を実現すること以外の興味はない」

 

「これが人の総意だと言うのか? こんなものが!」

 

「ある意味ではそうとも言える。我々ニュータイプの力を危惧する者たちの総意とも言えるだろう。故に私はそれを止める権利はないと言うことだ。しかし降りかかる火の粉を払うのはやぶさかではないがね」

 

「都合の良いことを言う」

 

 そう吐き捨てて、資料を背中とマントの間に隠して量子格納すると、ベンチから立ち上がる。

 

「やはり君にはジオンこそ相応しい居場所ではないかな?」

 

「スペースノイドの自治権を獲得するために戦ったジオンだったらね」

 

「ならば何故、我々と敵対したのか知りたいものだが」

 

「立場と、もう今のジオンに大義がないからだ。赤い彗星の再来に酔狂して、怨みを晴らすことを考えているジオンにかつての大義はないと判断した」

 

「だがそれを君が導けば、変わったのではないかな?」

 

「シャアの真似をしても、意味はないさ。あれはジオン・ダイクンの遺児であるシャアだから出来た事だ。星の屑で死んだおれには出来ないことだと予想は付けられる」

 

「そうして君は逃げ続けるのだな。失敗を糧ともせずに居る者に、ニュータイプの未来が導けるものでもない」

 

「なんだと……」

 

 言い返そうとも思ったが、それをさせない重圧が、フル・フロンタルの眼にはあった。あの自身を器と定義し、空っぽであるフル・フロンタルがだ。

 

「お前は……」

 

「故に、私が人類をニュータイプへと導こう」

 

「どうやってだ」

 

「それは今は秘密と言うことだ。今は君とは事を構えたくはないのでね」

 

 そう言って去っていくフル・フロンタルに、おれは声を掛けなかった。これ以上の会話は、無意味だと思ったからだ。こちらとしても、トーリスリッターを片付けるまでは、フル・フロンタルと事を構える必要がないのは助かるからだ。

 

「わかっているさ。過ちを繰り返してばかりの情けない男だって言うことくらい」

 

 ララァの時も、カミーユの時も、同じ過ちを繰り返した。ハマーンに言われても逃げた結果が、シャアと戦う事になった。そして何もかもを失った。

 

 そんな情けない男だって、目指す物があるから、今も戦っている。フル・フロンタルに言われるまでもない。遅いこと、今更かも知れないけれど、過ちを繰り返した事を反省して、次に生かしてみせるさ。

 

 フル・フロンタルに発破付けられたのは気に入らないけど。

 

 

 

 

to be continued…



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第21話ーはじまりのゆめー

ちまちま書いていたのが出来上がったのでうp。最近モチベーションがガンダムに湧いてきたから次は少し早く出きるかもしれない。

その結果IS本編より宇宙世紀の話しが比率が上になるけど良いかな?


 

 おれの父は、MSの設計技師だった。こてこての技術屋で、ジオンのザクの設計・開発にも携わっていた。

 

 そんな経緯があって、おれは学校が終わった放課後にMSのシミュレーターのモニターとして開発に協力していた。

 

 父もデータのサンプリングの一環として触らせてくれたMSのシミュレーター。最初はゲームセンターの体感型ゲームの感覚で遊んでいただけだった。でも操縦桿やペダルが不思議と手足に馴染んだのを今でも覚えている。

 

 初めてザクⅠを見た時は衝撃を受けた。アニメでしか見たことのない二足歩行ロボットが、目の前に存在して動いているのだから。

 

 そんなMSに乗るために、おれは士官学校に入った。多分一生分の努力をしたのではないかと思うくらいに勉強に励み、飛び級をしてルウム戦役開戦一週間前にようやく念願のMSに乗れることになった。

 

 座学で少々もたついたが、実技に関しては士官学校校長をしておられたドズル閣下と、卒業試験にて実技を担当されたランバ・ラル大尉のお墨付きを頂いた程だった。

 

 しかし戦場は、そんな子供の夢や憧れが生温い場所であると牙を剥いて襲い掛かってきた。

 

「いやだ、いやだいやだやだやだやだやああああああっ!!」

 

 錯乱状態になりながらも、身体は生き残る為に動く。

 

 おれのザクⅡC型は6機のセイバーフィッシュに囲まれていた。

 

 これでも最初は12機に囲まれていたのだから、それまで生きていたのが不思議なくらいだ。

 

 小隊を組んでいた僚機は、既にセイバーフィッシュとサラミスに狩られていた。誤射を避けるためにサラミスが大人しくなったのが幸いだ。サラミスの船体を沿うようにザクを飛ばし、セイバーフィッシュからも積極的に攻撃させない位置取りをして、隙あらば撃ち落とし、サラミスから引き剥がそうと強引に突っ込んできた機体は、足場にして方向を変える土台にさせて貰いながら必死になって逃げ回っていた。

 

「死にたくないっ、死んでたまるかあああああーーっ!!」

 

 情けない悲鳴を上げながら、バズーカでサラミスの最後の砲塔を黙らせた。弾が無くなったバズーカを捨てる。あとはセイバーフィッシュのみだが、体力的にもキツくなっていた。接敵から10分も経っていないのに、体感的にはもう何十時間も戦っていた様に感じる。

 

 死という重圧感に、心身が悲鳴をあげているのがわかる。もう操縦桿を動かすのも、ペダルを踏むのも辛い。

 

 動けなくなったMSなど、単なる的でしかない。

 

 MSを持たない連邦からすれば、動けなくなったザクを鹵獲するだろうが、パイロットの自分は替えが利く人間でしかない。

 

 それが余計に死を連想させる。生きたいなら、殺さないとならない。

 

 サラミスを事実上黙らせた所で、誤射の恐れが無くなったセイバーフィッシュたちがより過激な動きで向かってくる。サラミスという障害物があるだけで、それは大きな小惑星の周りで戦うような物だ。

 

 サラミスへの誤射だけを考えれば良いあちらの方が動きやすくなってしまったようだ。

 

「こんなところで、死んでたまるかあああああ!!」

 

 サラミスの船体を掴み、急旋回しながら、抜いたヒートホークで後ろからオーバーシュートしたセイバーフィッシュを熔断する。

 

『そこのザク、よく持ち堪えたな』

 

「え?」

 

 通信からそんな声が聞こえると、残ったセイバーフィッシュが瞬く間に弾丸に貫かれて爆散していく。

 

「赤い……ザク?」

 

 全身真っ赤。漆黒の宇宙にあってこれでもかと目立つ色のザク。

 

 助けてくれたのか。そう思う前に、助かったことの安堵が疲れとなってどっと肩に押し寄せた。

 

『此方シャア・アズナブル中尉だ。応答を願いたい』

 

 何時の間にか赤いザクの視線は此方へと向けられており、そして接触回線で通信が繋げられていた。は、っとしながら思考を動かす。相手は上官だ。失礼のないようにしなくてはならない。

 

「ハッ! おれ、あ、いや。自分はユキ・アカリ曹長であります!」

 

『若いな……。一人の様に見えるが作戦行動中かね?』

 

「いえ、自分を除いて仲間は沈んでしまいました……です」

 

『成程。……ならば私と来るが良い、これから連邦の戦艦を落としに行くぞ。無理であれば近くの僚艦まで送り届けるが?』

 

 まだ若い小僧であるから気を回させてしまったらしく、中尉はおれに行くか下がるかの選択肢をくれた。

 

 しかし、MSはジオンの切り札であり、今この戦場において間違いなく機動兵器の頂点に君臨している。たとえ中身が悪かろうと、後方で遊ばせておく余裕などないのだ。

 

 腹を決め、声を張り上げる。気遣いは平気だと示すように虚勢を上げる様に。

 

「ハッ、了解しました! これよりアズナブル中尉の指示に従い、行動します」

 

『そう硬くなる必要はない……行くぞ』

 

 思えばこれが、運命との出逢いだったのかもしれない。

 

 この時、シャアと出逢わなければ、おれは死んでいたかもしれない。もし生きていたとしても、ニュータイプの未来を夢見ることもなかったかもしれない。

 

 ララァと逢うこともなく、星屑となって散っていただろう。

 

『私が切り込む。援護を頼むぞ』

 

「了解しました!」

 

 弾幕の中をまるで踊るように駆け抜ける赤いザクに引き寄せられるようにその後を着いていく。

 

 自分と同じ様に引き寄せられるセイバーフィッシュに向けて、その予測進路にマシンガンの三点射。

 

 狙い澄ました1発は機首を胴体から吹き飛ばし、続く2発は胴体に風穴を開け、続く3発目が推進器を直撃し、機体が爆散する。

 

 赤い光に吸い寄せられる羽虫を叩き落とす様に、ひたすらセイバーフィッシュを処理し、爆散しなかった機体や、敵の艦を足場にしながら加速する。

 

 シャア中尉が艦橋にバズーカを叩き込んだ間に、対艦ライフルでエンジンを撃ち抜く。徹甲榴弾が内部で炸裂し、盛大な光と共にマゼラン級が沈む。

 

 あっという間に五隻の船を沈めて見せるその腕に、心知らず天狗になっていた自分を見直させた。

 

 上には上が居るのだ。だからもっと、この光景を見てみたくなった。自分の知らない境地を見ている高揚感が、四肢を駆け巡り、手足を動かす。

 

 マシンガンでセイバーフィッシュを撃ち落とし、対艦ライフルでマゼランの艦橋とエンジンを撃ち抜き撃沈する。

 

 ライフルを撃ったことで僅に衰えたスピードを、敵を踏みつけることで加速して、彗星の様に戦場を駆け抜ける赤いザクに必死に食らい付く。

 

 今はまだ、着いていくだけで精一杯だ。でも、負けたくないと思う一心で着いていく。それは男としての意地と、もっとその姿を見ていたいという憧れだった。

 

『私の後に着いて来れるとは、中々の腕だな。曹長』

 

「いえ、そんな。着いていくので精一杯です」

 

『世辞のつもりはなかったのだが。謙遜することもないぞ。君のMSの腕は確かだ、私が保証しよう』

 

「恐縮です」

 

 終わってみれば、サラミス4隻とマゼラン1隻を沈めていた自分が恐ろしくなる。

 

 だがシャア中尉は単機でマゼラン2隻とサラミス3隻を撃沈せしめた。

 

 この功績によって、シャアは少佐へと昇進し、シャアは『赤い彗星』の異名を取る事となった。

 

 それに付随して誰が言い始めたのやら、自分も『蒼き鷹』の異名を賜り、中尉への昇進が決定。周囲からは期待以上の成果を求められるようになってしまった。

 

 そんな中であっておれはシャアの部隊へ召喚され、ソロモン勤務と相成った。それはまた別の話であり、この時の自身は、エースというのは目の前の人のことを言うのだろうと思っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「懐かしいな……」

 

 サザビーの整備をしている途中で寝てしまったらしい。

 

 寝ていたのにあんな夢を見た所為か、ひどく疲れてしまった様な感覚を訴える身体を起き上がらせる。

 

 シャアとの出逢いは、今でも鮮明に思い出せる。宇宙の中を駆ける赤い軌跡。それを追うので精一杯だった自分。

 

 いつかその背中に追いつきたいと、その当時は子どもながらの純粋な思いがあった。

 

 終には追いつくことの出来なかった背中。

 

「シャア……」

 

 手を自身の胸に宛ながら、アクシズで託されたその熱を想う。

 

 ニュータイプの未来。人と人が分かり合える世界。

 

 それを実現するには、人はまだまだ未熟すぎる。

 

 ISという存在が、人類を男女の争いに二分しようとする構図は、やがてスペースノイドとアースノイドの争いの焼き増しになるだろう。

 

 人は、そんなに愚かな存在ではないと思いたい。

 

 人には互いを分かり合える力があるはずなのだ。ニュータイプの力も、本来ならばそういう人との分かり合いのために使われるべきなのかもしれない。

 

「今という時代では、ニュータイプの力は戦うための道具でしかない……、か」

 

 身に染みてわかっていることだ。戦いの為にニュータイプの力を使っているおれだから言える。

 

 この力が正しく使われる時は、人々がニュータイプへと覚醒した時代でなければ無理だろうということも。

 

 そして、自分はそんな時代を生きて迎えることはないだろうという確信もある。

 

 バナージが言っていた。人は託されて歩き続けると。

 

 夢を託す。おれがシャアやアムロ、ララァにそうされた様に、おれもいつか、この夢を託す側になるのだろう。

 

 それが誰なのかはわからない。未だ見ぬ誰かもしれない。もしかしたらクロエか、あるいは一夏であるかもしれない。そんなことは数十年先の未来の話ではあるのだが。

 

「らしくないな。まだまだ現役さ、おれも」

 

 自分の思考を区切る為に、軽く鼻で嘲笑う。

 

 あの頃の純粋な自分を思い出したからだろうか、それと比較した自身の老をまじまじと感じたからだろうか。

 

 まだまだ老いるには早いと自身を叱咤する。

 

 フル・フロンタルを倒せるのは恐らくこの世界では自分かハマーンくらいだろう。

 

 だがヤツとの決着はおれの手で着けなければならないだろう。

 

 それが赤い彗星の意志を継ぐ者としての役目だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 

「夢……か」

 

 MSで宇宙を駆け巡るという破天荒な夢だった。これが子供であるならば、子供の見る絵空事で済むのだが、果たして自身をそう表現するには些か複雑な立場にある。

 

 MSを駆る感覚は、瞳を閉じて思い浮かべれば自然と手足に甦ってくる。

 

 自身の後に必死に喰らいついてくる一機のザク。獲物を狩る鷹の様に鋭い攻めに、敵が次々に墜ちて行く。

 

 ジオンの蒼き鷹の異名を取ったその操縦センスに、心が踊る感覚さえあった。

 

 本気を出しても着いてこれる僚機が居る。その事実に気分を高め、後ろを気にせずただ目の前の敵を打ち倒した戦場の心地好さは言葉にし難い至福の時だった。

 

 指導者でありながら、戦士としての自身の感情を優先する男の感性は時として理解し難いこともある。

 

 それがワタシと、シャア・アズナブルという男と相容れない価値観だ。

 

 この身は器だ。感情と言うものは不要の物。しかしただの人形が組織を率いる事が出来ようか。

 

 故に私は道化となる。人形ではなく、決められた演目に従って演じる一役者だ。その筋書きを外れぬならば、ある程度の感情は些細な物でしかない。

 

「しかし……不快だな」

 

 私自身。元々はくだらない人間のエゴによって生まれた存在だ。だが、3年前に何かが起こり、私は本来の役目とは違う役目を帯びる者として目覚めた。

 

 私を目覚めさせた人物も、私が純粋にその意志を継ぐ者として目覚めなかったのは誤算だっただろう。

 

 眠っていた私に、私を作った者達は彼の赤い彗星を再現しようと意識をリンクさせていたサイコフレームが受信してしまった意識。その思念を受信してしまった私はまったく別の意識を芽生えて目覚め、そして今はニュータイプの未来を作るという夢物語の様な願いを実現する為に動いている。

 

 目覚めてからというもの、この身体を突き動かす意志が誰の物かすら定かではない。だが、この身に注がれた執念にも似たその意志を実現するのは吝かではない。

 

 もとより私はそういう存在なのだ。自身の明確な行動理由はなく、この身に注がれた意思によって動く道化だ。

 

 故に私は自身を名付けた。フル・フロンタルと――。

 

 しかし自身を器と定義しても、時折夢を見ては自身を光へと導こうとする意思が絡みつく。

 

 私はシャア・アズナブルではないのだよ、ララァ・スン。私を導こうとしても無駄な事だ。私はこの身に受けた意志を実現する為の道具でしかない。

 

 球状のコックピット。結晶に包まれたそのコックピットが何なのかを知る人物はそう多くはない。

 

 我々の組織の力を飛躍的に高めたパンドラの箱。

 

 その箱の中にある希望。そして絶望が世界をどう導いて行くかは誰にもわからない。そのわからない道筋を導くのが私の役目だ。

 

 

 

 

to be continued…



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第22話ー少女の見る夢ー

特に考えもなく書いているから深い意味はないけどUp。メロメロ甘々な束さんを早く書きたい。

実際メロメロ甘々束さんとはにゃーんさまはどっちが需要あるんだろうか?


 

 私の夢は宇宙に出る事だった。

 

 小さい頃から自分は非凡だと自覚はあった。

 

 でもその非凡さを認めてしまったら、途端に世界はつまらない灰色の世界に見えてしまった。

 

 それでも妹の箒ちゃんはかわいいし。ちーちゃんだって大切な友達だし。二人の大切ないっくんだって私は好きだ。

 

 でもそれ以外は別段どうでも良い。みんなつまらない物に見える。

 

 だからそんなつまらない物から抜け出したくて宇宙を目指した。

 

 宇宙は人がまだ理解しきれていない世界だから。未踏の地に懸ける期待は大きかった。

 

 でも人間は22世紀になっても、宇宙に人や物を打ち上げるのでやっとだった。そして宇宙に身を投げ出すことさえ重たい宇宙服を身につけなければならなかった。

 

 だから私はISを造った。

 

 従来の何倍もの身軽さ。そして真空での船外活動を保証し、ありとあらゆる危害から身を守る術を搭載した宇宙服。

 

 最初はそんな感じだった。

 

 でも世界はISの性能を兵器として欲した。それを求めてしまう切っ掛けが白騎士事件だった。

 

 日本の東京を射程圏内に納める大陸間弾頭ミサイルがハッキングを受けて発射され、そのすべてを白騎士が撃ち落としたその日。

 

 今までISを子供のオモチャとバカにしていた大人たちの対応が一変した。

 

 ミサイルの迎撃の為に集まった軍隊が、白騎士を捕まえようとして、その軍隊すら無効化したことでISは世界最強の軍事兵器としての有用性を示してしまった。

 

 最初はそれでも良かった。どんな形であれ、ISが注目されればその分だけ夢の実現が早くなると、そう思っていた。

 

 でもそうじゃなかった。

 

 世界はISに、本当に兵器としての価値しか興味がなかった。

 

 私が何度訴えても、ISは兵器としての道を突き進み始めてしまった。

 

 私にはこの流れをどうにも出来ない。私はこんな事をする為にISを造ったわけじゃない。期待した私がバカだった。

 

 だから私は世界から身を隠した。私独りだけでも夢を実現する為に。

 

 時間は掛かるけれども、私にはそれを可能とする技術力と頭脳があった。

 

 寝る間も惜しんで開発に勤しむ。どんな困難に直面しても退けられる為の性能を求めた。

 

 でも私も結局はISを兵器として作り続けてしまっている。そうでないと身を守れない。もう何者にも囚われたくない。

 

 しがらみから抜け出して自由になれても、世界は窮屈すぎる。私は私に出来る事をして世界から身を隠した。あとは凡人にだって時間は掛かってもISは兵器として完成していくだろう。だから私の事なんて放って置けばいいのに、世界は変わらず私を探し続けてる。

 

 そんな環境に身を置いて過ごし続けた私の身の回りは、最近は賑かであると言える。

 

「博士、これは何処に置いたら良い?」

 

「あ、それは捨てちゃって良いよ。もう使わないし」

 

 ニュータイプという人の革新を信じるようになってから3年。長いようで短いその3年。

 

 あの日、空から――いいや、宇宙から降ってきた金属。

 

 T字型の金属だった。

 

 それは虹色の光を帯びて墜ちてきた。

 

 それに触れた時、私はひとつの宇宙が辿った歴史を見た。

 

 そしてニュータイプという存在に私は興味を惹かれていった。

 

 誤解もなく、本質で解り合える存在が居るのなら出逢ってみたいと思った。

 

 そんな想いを募らせた3年後に、宇宙からもう一度流れ星が降ってきた。そしてそれは私にニュータイプという存在を現実にさせてくれた。

 

 ひとりのニュータイプの出現は、私に新しい世界を見せてくれた。

 

 蒼く光る宇宙は、私を優しく、そして温かく迎えてくれた。ニュータイプはそんな宇宙といつでも触れる事が出来るのが羨ましい。

 

 ニュータイプである彼。多くの傷を背負って、悲しい目をしていても夢を追い続けるその瞳は、吸い込まれてしまいそうに深く、そして綺麗だった。

 

 星の光を写すその目に、私も同じものを見てみたくなった。ニュータイプの素養が私にはないと言われたけど、それだって変われるかもしれない。

 

 ニュータイプが人の革新。宇宙に出た人が進化した姿であるなら、私にだってその機会はあると思いたいし、あって欲しいと思う。

 

 彼を通じてでしか宇宙を感じられない自分が少し嫌だった。私は彼をアンテナ扱いしたくないから。

 

 私がニュータイプなれれば、私は彼の居る場所に立てると思って。

 

 私は、虹にのりたいのだから――。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 一年戦争開戦から8ヶ月がたった頃。

 

 各地で補給線が伸びきり、攻勢限界を迎えていたジオンと、MSという絶対的な存在によって敗北を重ねていた連邦との戦いは膠着状態を迎えていた。

 

 コロニー落としの失敗。それまでの戦いで失った艦艇再編に国力を注ぐジオンに、無理に地球を攻める余裕がなくなっていた。

 

 連邦軍の輸送船を襲撃しては物資を回収するという半ば海賊的なことさえ珍しくはなかった。

 

 通商破壊作戦を終えたファルメルは、ジャブローから上がってきたホワイトベースを捕捉し、その監視に着いた。

 

 そしておれはその戦場で初めて対峙したのだ。

 

 後の白い悪魔と呼ばれる機体――ガンダムと。

 

「一撃でザクを墜とした……? なんてやつだ……」

 

 その光景を見た時。背筋が凍る思いだった。正直生きた心地がしなかった。

 

 戦艦並のビーム砲がMSの機動力を持って襲ってくるなんて悪夢も良い所だった。

 

『ムサイまで撤退する! 援護出来るか!?』

 

「了解しました! しかし――」

 

 何時もとは声室が固いシャア少佐の声に返しつつも、おれは愛機の高機動型ザクを駆る。

 

「やられてばかりは!」

 

 マシンガンでガンダムを撃つも、120mm弾が弾けて爆煙を生むだけで、其処には無傷のガンダムの姿があった。

 

「なんてMS! 直撃しているのになんともないのか!?」

 

 恐怖だった。こちらの攻撃の通じないMSなど恐怖でしかなかった。

 

『無理をするな! そのMSは普通ではない!』

 

 シャア少佐の言葉を聞くまでもなく、肌身で感じていた。

 

 じっとりとパイロットスーツの中に汗が滲みる。

 

 ガンダムがこちらを狙ってくるが、瞬時に機体を翻して回避行動に移る。一拍遅れてビームが通り去る。

 

「でもこれなら!」

 

 どのみちシャア少佐の撤退を援護するには、ガンダムを抑えなければならなかった。この高機動型ザクの推力ならば多少は離れても十分合流できると確信があるからだった。

 

「素人か? 間合いが甘すぎる!」

 

 確かに凄まじい攻撃力と防御力でも、その動き、挙動が全くの素人然としていた。

 

 脚部スラスターで通常のザク以上に細かな軌道変更が可能であるこの高機動型ザクの性能ならば勝てる。そう確信を抱きながらガンダムへ急接近する。

 

 ビームライフルを向けてきても、撃つまでに一瞬の間がある。しかもフェイントに対しても素直に軌道を追って銃口が動くのを見て確信する。

 

「自動照準程度で……このザクが捕まるもんかよ!」

 

 ヒートホークを抜き、ガンダムの上方から急降下し、背後に回って急速反転からの急上昇しつつ切り上げを放つ。

 

「なんと!?」

 

 しかしガンダムはヒートホークをビームサーベルを抜いて受け止めた。シャア少佐ですら破った必殺の一撃を受け止められた衝撃を隠すことなどできなかった。

 

 ガンダムのパワーに押されて、機体が後退する。

 

「圧倒された!?」

 

 ザクを軽々しく押し出したパワーに戦慄を隠せない。攻撃力と防御力だけでなく、純粋な機体出力からガンダムはザクを圧倒していると技術者畑の頭が警告を発していた。

 

「しかし、その大振りじゃ当たってやれないな!」

 

 ガンダムが仕返しにとビームサーベルを降り下ろして来るが、ザクを瞬時に斬撃の軌道から脇に滑り込ませて退避させる。

 

「手土産に、破片のひとつも貰っていく!」

 

 ガンダムの肩をザクの手で掴み、機体を押さえつけて思いっきりヒートホークを降り下ろす。

 

 だがガンダムは頭のバルカン砲を放ってザクのカメラを破壊したのだった。

 

「メインカメラを!? くそっ」

 

 サブカメラに切り替わる間を待つまでもなく勘のままに機体を急速離脱させた。

 

『こちらは後退した! 離脱してくれ、中尉』

 

「了解しました。カメラをやられましたので、離脱します」

 

 モニターが切り替わり、若干のノイズの走る光景で遠ざかる白いMSを睨み付ける。

 

「連邦軍の新型MS……あんなものが量産されたらジオンは」

 

 ちらりと脳裏を過ぎ去る嫌な妄想だった。

 

 だがそれを一抹に感じさせるほどの性能を見せつけられた。パイロットは素人のはずだ。動きを見ればそれがわかった。なのに倒せなかったその性能を脅威と言わずなんとする。

 

 そんな苦い苦汁を舐め、ガンダムとの初戦は戦術的な敗北と相成った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「なるほどねぇ」

 

「今思えば、あの時にアムロを倒せさえいれば、或いは少しは歴史は変わっていたのかもしれないな」

 

 彼から聞いたのはガンダムとの初対決の話だった。

 

 連邦の戦艦を沈めるよりも手に入れるのが難しいとされていた高機動型ザクに乗っていたのも驚いたけど、改めて聞くとやっぱりガンダムの性能の高さは彼の主観だけれどもデタラメに強かったのだと肌で感じさせられそうな程だった。

 

 ガンダムを倒せていれば、或いはジオンの崩壊は無かったかもしれない。ジオンが負ける切っ掛けになるガルマの死も無かったかもしれない。そんなIFは話したところでキリがないけど。

 

 話終えた彼の悔しそうな顔を見ると、やっぱり男の子なんだなぁって思う。負けず嫌いなところがね。

 

「ねぇ、そのあとのルナツーはどうなったの?」

 

「攻撃はしたが、アニメ通りさ。高機動型ザクの整備が間に合わなくて、ルナツーと低軌道会戦には参加しなかったんだ」

 

「ちぇ、つまんないのー」

 

「詰まらないと言われてもねぇ。高機動型ザクはかなりデリケートな機体だから無理は出来ないし。余りのザクも無かったからなぁ」

 

 確かシャアの受けた補給のザクはC型だったはずだったかな? 高機動型ザクでも勝てなかったんだったら、態々機体性能の低いMSに乗り換える必要だってないもんね。

 

「……なんですか? 急に」

 

「んふふ、なんでもないよー」

 

 彼の小さな身体。抱きすくめたら胸にすっぽり収まってしまう身体を抱き締める。

 

 確かに面白い話が聞けないのは残念だけど、もし性能の低いC型に乗ってやられちゃったら、今こうして彼にも会うこともなかったかもしれない。運命の神様、ありがとう。

 

「苦しいから離してくれると有り難いんだが」

 

「えへへ、うりうり~、おねぇさんのダイナマイツおっぱいは柔らかくて気持ち良いだろー?」

 

「息苦しくてかなわないわ」

 

 もぞもぞと顔を動かして逃れようとする彼を逃がすまいと脚を絡める。

 

 柔らかいし、温かいし、最強の抱き枕を逃しはしないよ。

 

「ならせめて普通に息をさせてちょうだい」

 

「むぅ。わがままなんだからぁ」

 

「そっくりそのまま返すわその言葉」

 

 少しだけ腕の力を抜くと、少しだけ身体を離れさせる彼に身体を寄せる。

 

「ちょ、狭いんだから押すな。クロエが落ちる」

 

 彼を真ん中にして左にクロエちゃんと、右に私が横になるベッドのサイズはわざと一人用だがら結構くっついて寝ることになる。

 

「じゃあ仕方ないよね?」

 

 そう言って私は彼の身体をぎゅっと抱き締める。

 

 正直ここまで懐を許す人間なんて、私には居ない。ちーちゃんも箒ちゃんも照れ屋だからぎゅっとさせてくれないんだもん。

 

 外見だからか、それともニュータイプだからか、または心の傷を話してくれたからか。

 

 ララァ・スンの死を語ったあの夜から、私達は毎夜抱き合って寝ていた。甘えるように抱き着いて、温もりを感じるように抱き締めて。

 

 守ってあげたい、癒してあげたいと思いながら、私はそれを彼にも求めていた。

 

 しがらみが嫌で世界から身を隠したのに、結局は他者との繋がりというしがらみを求めてしまう辺り、私もまだまだ普通の人間なのだろうと思わされる。

 

 クロちゃんはそんな素振りを全く見せないし、あのハマーンとだって、多分彼は何処にいてもその居場所がわかるんだろう。

 

 私にはわからない領域で繋がっている。

 

 やっぱりニュータイプってズルい。

 

 

 

 

to be continued…



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第23話ービギニングー

とりま一年戦争の回想は終わります。もう少し深くやった方が良いのかも知れないですが、話が進みませんので自重してます。


 

「オーバーホール?」

 

「っそ。君の機体も長らく本格的な整備をしてないからね。いくらMSに詳しい君でもISの部分も使ってるからには、そろそろ1度バラさないとね」

 

 確かにおれのISサザビーは万全の整備はしていると言っても、それはこのサザビーに使われているMSの技術的な点だ。

 

 細かな部品はさておき使われている技術の8割はMSの物とはいえども、コアやエネルギー伝達系はISの技術が使われている。言わば機体の心臓部はIS由来の技術に頼っているのだ。

 

 付け焼き刃の拙い知識とMSに携わってきた技術者の腕で何とかしてきてはいるが、やはり専門家……ましてや生みの親の手に敵う物ではない。

 

「わかった。その間はMk-Ⅱを使うとしよう」

 

 Mk-Ⅱも決して悪い機体ではない。ポテンシャルの高さは基礎技術の高さを表している。さすがは初代ガンダムを造り上げた連邦製の機体と言えよう。

 

 その機体の技術のお陰で、以後に造られたMSは少なくない技術革新を得た。Zガンダムから始まる後のガンダムタイプのみならず、連邦、エゥーゴ、ティターンズ、ネオ・ジオン、ありとあらゆる組織のMSはムーバーブル・フレームが基本構造となったのだから。

 

 一説には既にガンダムGP01の頃にはその技術が使われていたらしいが、定かではない。

 

「いや。君には新しい機体を用意しておいたよ。……気に入るかどうかはわからないけど」

 

「新しい機体?」

 

「うん。Mk-Ⅱはまだ人目には見せたくないんだ」

 

 そう言う束博士の顔は何を考えているか読み取れなかったが、悪い事を考えているようには感じなかった。

 

 既に一夏にはエゥーゴとティターンズの二つのカラーリングのMk-Ⅱを見せてはいるが、一夏がISを使えると言う特殊な事例上、一夏の他にはハマーンが知るのみだ。

 

 つまるところ一応の秘匿性は保たれていると言っても良いだろう。

 

 ちなみにMk-Ⅱは全てで3機製造し、内1機はハマーンへの手土産にくれてやった。

 

 ハマーンもMSのIS化には着手しているようだが、それが芳しくないとボヤいていたのを思い出してのことだった。

 

 MSのIS化は束博士が端を発しているが、その技術を習得して自身で造り上げたのがガンダムMk-Ⅱだ。

 

 ISコアという核心部分は博士の手でしか未だ用意出来ないが、それ以外は全て自分で手掛けた。

 

 サザビーのデータを渡すのは無理でも、Mk-Ⅱはおれが造り上げた機体故にその扱いは好きにして良いと博士にも言質は取っている。

 

 あのハマーンのことだ。おれがMk-Ⅱを与えずともMSのIS化はしていただろうが、なにより情けないISに乗って万が一の事などあってはならない。

 

 ペイルライダーなどという獣が彷徨いている以上、その牙をハマーンにも向けないとも限らない。

 

 絶対にないとは思いながら、おれはもう彼女を喪いたくないという想いから余計な手塩を送ってしまったのだ。

 

 少なくとも良い顔はされなかったが。

 

「まーたなにか考えてるでしょ?」

 

「ふぇっ!? や、いや、なにも」

 

「ウソつき。心ここに有らずって顔してたよ」

 

 頬を膨らませて少々不機嫌そうな博士に言われて反射的に自分の頬を撫でてしまう。そんな顔をしていた覚えはないのだけれども、博士にはそう見えていたらしい。

 

「またハマーン・カーンの事でも考えていたんでしょ? どうせ」

 

「うっ、まぁ、そう。うん…」

 

 女性は鋭いと言うが、それは束博士もそうであるらしい。最近妙に考えていることを言い当てられてしまう。主にハマーンの事を考えている時は今のところ外した事はない。そんなにわかりやすい顔をおれがしているとでもいうのか?

 

「そりゃあ君が何を考えていても君の勝手だけど。女の子の前で他の女の事を考えちゃう男はモテないよ?」

 

「肝に銘じておきます」

 

 確かにそう言われてしまうとぐうの音も出ない。なにより自分は博士の好意で身を置かせて貰っている身だ。彼女の機嫌を損ねてしまう事には極力注意を払わなければならない。

 

「はい。これが君の新しい機体さ。ちょうど出来たてホヤホヤの新品だよ」

 

 格納庫の照明で照らし出されたその機影に息を呑んだ。

 

 懐かしくもあり、そして幾度もの雪辱を共にした機体だった。

 

「リック・ドム……ツヴァイか」

 

 その名を絞り出す様に紡ぐ。

 

 リック・ドムⅡは一年戦争で最後に乗っていた機体だった。

 

 ララァを守れなかった悲しさ。ア・バオア・クーで終戦を迎えた悔しさは今でも鮮明に覚えている。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「どうして!! どうしてララァが死ななくちゃならないっ!!」

 

 エルメスが撃墜され、キシリア閣下の座するグワジンに帰投したおれは、先に帰投していたシャアに詰め寄った。

 

 片や大佐、片や大尉。上官不敬で独房行きだが構いやしなかった。

 

 それ程までに深い悲しみと行き場のない怒りに心が逆巻いていた。

 

「すまない……」

 

 ただ小さく呟くシャアの姿が、憧れていた大きな背中ではなく、今にも消えてしまいそうな小さな物に見えた時。おれの中の感情がスッと冷めていった。

 

 自分と同じ悲しみを抱えているこの人に当たり散らしてどうするのかと。

 

「っ、くそおおおおおおおおおおおおあああああ―――――!!!!!」

 

 やり場のない感情だけがすぐぶり返して、壁を殴り付けた。

 

「ぅっ、ぅぅっ、ら、らぁ……ララァ……、うわああああああああああ!!!!」

 

 ララァはおれにとって、ようやく出逢えた仲間だった。欠けていたピース。生き別れた半身。

 

 ニュータイプという人の革新。その領域に足を踏み入れた者同士の共感でしか分かり合えない繋がりがあった。

 

 たとえララァがシャアの事を愛していても構わなかった。ただ一緒に居られて他愛もない会話をするだけで心が満たされていた自分にはそれだけで良かったのに。

 

 よりにもよって、それを奪ったのが同じニュータイプだなんて思いたくなかった。

 

 ぽっかりと胸に穴が空いてしまった様な喪失感。

 

 だが戦局はおれやシャアに悲しむ時間さえ満足に与えては暮れなかった。

 

 コロニーを巨大な砲に見立てたソーラ・レイによって連邦軍の1/3を壊滅せしめても、彼らは決戦を挑んできた。

 

 先のガンダムとの戦いで脚部を損傷したリック・ドムⅡに、リック・ドムの脚部を接合して決戦に挑んだ。

 

「修理状況、どんな感じですか?」

 

「大尉殿。正直このMSで出られるのは整備兵としてお勧めいたしません。万が一大尉殿に何かあっては」

 

「決戦だもの。1機でも今は動けるMSが要る。出られるか出られないかで」

 

 やっつけ仕事の突貫工事も良いところだった。

 

 リック・ドムⅡは当時まだ生産が始まったばかりの機種で、親衛隊や一部のエースパイロット、特殊部隊に配備され始めた機体だった。

 

 そんな機体を修理しようとしてもパーツが足りず、結局はリック・ドムの脚を接合する事になったのだが、性能の違う脚によって機体バランスはめちゃくちゃだった。

 

 それでも出なければならなかった。

 

「くっ、多少もたつくけど、いけない訳じゃない!」

 

 左右で出力の違う脚部を使っているから加速性は落ちるし、右に少々傾くわ、出力の弱い右脚が絡む機動を取ると引っ張られる感覚はあったが、有象無象相手なら対した問題はなかった。

 

「木馬は、ガンダムはどこだあああああ!!!!」

 

 バズーカを放ち、ジムを撃墜。

 

「棺桶が邪魔をするなああああ!!」

 

 迫り来るボールを脚で蹴り砕く。

 

 Sフィールドの侵入を試みるMSを優先して撃破していく。ボールやパブリク、セイバーフィッシュはほぼ無視してジムやジム・コマンド、ジム改といったMSをバズーカで撃墜していく。

 

『あの青いリック・ドム、相当やるぞ。何処の部隊のやつだ?』

 

『青いMSって、まさか青い巨星のランバ・ラル大尉の?』

 

『いや、ランバ・ラル大尉は地球で白い奴にやられたって聞いたぞ』

 

『じゃあもしかして蒼き鷹のユキ・アカリ大尉じゃ?』

 

『ルウム戦役で戦艦5隻を沈めたっていうあの!?』

 

『ホンモノ!? うわぁ、あとでサイン欲しいな。僕あの人のファンなんだ! すっごく可愛い人で、写真集なんかプレミア付いて滅多に手に入らないくらい人気なんだ』

 

 戦場であるというのに、辺りの敵を蹴散らしていたらそんな腑抜けた会話が耳に入ってきた。

 

「喋っている暇があるなら手を動かせ! 目の前に敵が押し寄せているのが見えるだろうが!!」

 

 弾倉が空になったバズーカを捨て、近くで撃墜したジムの持っていた盾とマシンガンを拝借して敵陣に斬り込む。

 

『待ってください大尉! お一人では――』

 

「蒼き鷹なんて。伊達や酔狂で呼ばれちゃいない!!」

 

 敵のボールを踏み台にして加速し、マシンガンで最寄りに近づいてくるジムを撃ち抜いていく。

 

「おれが引き付けている間にラインを立て直せ! まだ斥候の一部に過ぎないんだぞ!!」

 

『『『『『りょ、了解!!』』』』』』

 

 返ってくる返事はどれもこれも若々しい。自身とそう変わりもしない、もしくはもっと若くさえ感じた。

 

 学徒動員兵。まだ学舎に居るはずの少年兵さえ担ぎ出さないとならないほど今のジオンにはMSのパイロットが不足しているという証左だった。

 

『大尉!! 前方2時よりサラミス3隻が近づきます!』

 

「今さらサラミス3隻程度で狼狽えるな! 沈めれば良いだけだろ!!」

 

 図らずも前線の兵達を何時の間にか指揮して戦っていた。名が売れているパイロットというのはそれだけで自身の実力以上の事を常に期待されてしまうとは良くも言うものだ。

 

 武装を肩に懸架していたビームバズーカに切り換えてサラミスへと近づく。

 

 迎撃しようと直掩のジムが群がってくるが、ヒートサーベルを抜き放ち、擦れ違い様にコックピットのある胴体を横に真っ二つに切り裂く。 

 

「沈めええええっ!!」

 

 圧縮された高出力のメガ粒子の光が船体を一撃で貫き、宇宙に光の花を3つ咲かせた。

 

『サラミス3隻をあっという間に。あれがエースなんだ』

 

『勝てる。アカリ大尉が居てくれれば、俺たちは勝てるぞ!』

 

 今さらサラミス3隻を沈めた程度で心が揺れ動くほど素人でもないし、自慢にもならない。だが、この場にいる少年たちはそうでもなかった。

 

 たった数ヵ月前の自身を思い出して内心苦笑いしつつも次の目標を探す。

 

 連邦軍はNフィールドを主戦場とし、Sフィールドからの侵入は予想していたよりも少なかった。しかし連邦は数の少なさにカマ掛けて一転突破を図っていた。

 

 Eフィールドに程近いこの場所は主戦場からは少し離れていて、こうして少年たちは浮き足だっていられるほどの静けさはあった。

 

「補給の必要な機体は一時後退。他の者で腕に自信のあるものは着いてこい。これより我らは主戦場への援護に向かう」

 

 ア・バオア・クーを背中に、U字型に戦場が食い込んでいく。一進一退ではあれでもゲルググやリック・ドムといった性能の高い機体には少年兵が多く、ベテラン兵は使い慣れたザクを使っているため、連邦との機体の性能差に徐々にじり貧になりつつあるのが見て取れた。

 

 だがそれだけではない。連邦の艦隊を牽引する大きな力を感じる。

 

 いくつかなの強い意識。自分に近い物を感じる。

 

 その意識の中心点にあるのは白い戦艦だった。

 

 ホワイトベース――。

 

 ジオンが木馬と呼んでいたこの船を取り逃がしてから全てが狂い始めた。

 

 ランバ・ラル大尉も、あの有名な黒い三連星さえガンダムと木馬の前に倒れた。

 

 そしてソロモンではおれがガンダムを取り逃がしていなければドズル閣下も討たれずに済んだだろうに。

 

「貴様らが、貴様らさえ居なければ……っ」

 

 敵の気勢を削ぐには木馬を落とすのが得策だが、周りの艦艇の合間を縫って急襲するのは片道キップも良いところだ。

 

 MS一機で敵の旗艦を落とせるのならば易い物だと思うが。

 

「違うな。艦隊を引っ張ってはいても率いている配置じゃない。旗艦は別か」

 

 見れば数隻のマゼラン級の姿もあり、そこが艦隊の中心になっている。

 

『大尉。俺たちはなにをすれば……』

 

「目の前の敵を叩けば良い。敵の隊列の後方から攻め込む!」

 

 図らずも敵の背後を突く事になったが、たったの12機。パイロットも未熟の1個中隊のMSでは嫌がらせが関の山だ。

 

 これが熟練兵なら敵の艦隊を背後から奇襲して引っ掻き回すことも出来るのだが、経験乏しい彼等に無理はさせられない。

 

「道を開ける! 全機続け!!」

 

『『『『『了解!!』』』』』

 

 少年たちの乗るゲルググを率いて、おれは連邦軍の艦隊に奇襲を仕掛ける。

 

『大尉! 敵のMSが来ます!』

 

「エレメントを組んで互いを守り合え! 雑魚は私が片付ける!!」

 

 対艦用にビームバズーカは使いたい為、腰に懸架していたMMPー80 90mmマシンガンを装備し、向かってくるジムを撃ち落とす。

 

(クソッ、なんなんだよこのドムは!!)

 

(一瞬で3機も……。コイツは、エースだ……!)

 

(ここまで来て、死ねるかあああ!!)

 

「纏わりつくなっ!!」

 

 向かってくるジムの放つビームを回避し、懐に飛び込んだ所でマシンガンをコックピットに向けて接射。3発程撃ち込んでパイロットだけを殺す。

 

 取りつかれた味方を助けようと他のジムが近寄ってくるが、パイロットを殺した機体を近づいてきたジムに蹴り飛ばして、マシンガン下部のグレネードを撃ち込む。

 

 蹴り飛ばされた機体を受け止めてしまったジムは、着弾したグレネードによって僚機の爆発に呑み込まれて共に爆発した。

 

 さらに近づいてくる6機のジムにもヒートサーベルでコックピットを一突きし、横凪ぎに両断し、頭部を蹴り砕いて体勢を乱した所に胴体にマシンガンを10発程撃ち込んだら爆発した。

 

『大尉後ろ!!』

 

「喚くな。見えているから」

 

 後ろも見ずに、腰に懸架していたシュツルム・ファウストを抜き、その場で宙返りして突っ込んで来るジムに火薬満載の弾頭を御見舞いする。

 

 突っ込んできたジムは慌てて回避運動に入ろうとしていたが、その前にシュツルム・ファウストの直撃を喰らって爆散していった。

 

 だが倒しても直ぐ様他の敵が群がってくる。

 

「さすがは、数だけは来る!」

 

 2機のジムが連携して迫ってくるが、後方のゲルググからの援護射撃の前に貫かれていく。

 

「だが、数頼みじゃ!」

 

 さらに後続から続く3機のジムをマシンガンで撃ち、2機を墜とすが内一機はシールドでマシンガンを防御し、果敢にもビームサーベルを抜いて接近戦を仕掛けて来た。

 

「出来るのも居るらしいけどっ」

 

 ヒートサーベルで降り下ろされるジムの腕を切り飛ばし、柄を手の中で転がして逆手に持ち替えてコックピットを一突きする。

 

 ヒートサーベルを背中に戻し、マシンガンのマガジンを交換しつつ迫ってきたジムを足蹴にやり過ごす。

 

『ドムでああも動けるなんて』

 

『まるで踊っている様に見えるよ』

 

「感心する暇があるなら前に集中しろ! 敵の真っ只中に居るんだ―――っ!?」

 

 続く言葉を放とうとした時、猛烈なプレッシャーが身体を襲った。

 

『ひ、被弾し、うわああああ――――ザッ』

 

『し、白いのッ――が』

 

『い、いやだ! か、母さん!!』

 

 一瞬で3機のゲルググをやられた。

 

 少年たちの最後を感じながらも、おれはこのプレッシャーの気配を感じ取った。

 

「ガンダム!!」

 

 頭上から迫る白い機影。しかし存在感はジム等とは比べ物にならなかった。 

 

『白い奴がっ、ガンダムって……!』

 

『ケニーとモリガンが……』

 

『クソッタレ!! よくもマーシィを、弟をやりやがったな!!』

 

 親い者の死に、少年たちの統制が乱れてしまう。だがガンダムはそんなことをお構いなしにビームライフルの銃口を向けてくる。

 

「これ以上はっ」

 

 対艦用のビームバズーカを出力を対MS用に絞ってガンダムに撃ち放つ。

 

『大尉!』

 

「お前たちはドロワまで退け! ガンダムは私が抑える」

 

 正直指揮をしながらガンダムを相手に出来る程の腕は自分にはない。

 

 幾度も苦酸を舐めさせられ、顔に泥を塗られた相手。

 

「そのパイロットがニュータイプで……ララァを殺したっ」

 

 シャアがガンダムを追って地球に降りたあと、おれはドレン大尉のキャメルパロール隊に配属された。

 

 そのキャメルパロールもガンダムと木馬に破れ、生き残った僚機を連れ、シャアのザンジバルに身を寄せた。

 

 その後に立ち寄ったサイド6にて、アムロ・レイと初めて出逢った。

 

 あの自身と年齢の変わらない少年がガンダムのパイロットと知ったのは、ララァの意識に牽かれて刻を見た時だった。

 

 本当に守るべきものもなく、故郷さえないあの少年がジオン失墜の切っ掛けを作り、あまつさえ最愛の女性を、多くの戦友を、恩師を奪った。

 

「ガンダムゥゥゥゥッ!!」

 

 憎しみと怒りを込めてトリガーを引く。

 

 だがガンダムは軽やかに此方の攻撃を避けていく。

 

 ヒートサーベルを抜いて、ビームバズーカで牽制しつつ迫撃する。

 

「くっ、この感じ……、シャアじゃないもう一人のっ」

 

「ユキ・アカリ! キサマを倒すジオンの蒼き鷹の名だ! 冥土の土産に覚えていけっ」

 

 言葉がはっきりと聞こえてくる。通信の類いじゃない。ニュータイプだからこそ成せるものだった。

 

 相手の存在を離れていても感じ取り、そして互いに理解出来る力。

 

 ララァに出逢ってこの力をそう感じる様になった。

 

 でもそれは戦場では強力な武器になり、そして余計なものでもあった。

 

「お前さえ、お前さえ居なければララァは!!」

 

「ラ、ラァ……。君もララァを…」

 

「ララァだけだ。ララァしか居なかった! この胸の苦しさを理解してくれて、受け止めてくれた。なのにお前がおれからララァを奪った!!」

 

「っ、ぐぅぅっ」

 

 ガンダムが両腕で担いでいたバズーカの片方をヒートサーベルで切り裂き、ビームサーベルを抜こうとした所を蹴り飛ばして阻止する。

 

「一緒に居たいだけだったのに。一緒に居られるだけで良かったのにっ。それをお前が惑わせたばかりか、奪っていった。他人を本気で愛した事のないお前が全てを奪って行ったんだよ!!」

 

 追撃にビームバズーカを放つが、ガンダムは間一髪で回避行動を取り、反撃してくる。

 

「僕だって殺すつもりはなかった! でも仕方ないじゃないかっ。ララァを戦いに引き込んだ君たちが!」

 

「彼女は自分の意思で戦いを選んだ。守るものの為に。真摯の想いを、他人を愛するから。その為に戦っていたのにっ。どうして何もない空っぽの様なお前にララァが討たれなくちゃならなかったんだ!!」

 

 互いにやり場のない悲しみをぶつけるしかなかった。

 

 戦争なのだから、殺し殺されの事に一々議論していたら人の一生を使っても答えは出ないだろう。

 

 だがそんな事で感情を処理できる程、自分は大人じゃなかった。

 

「お前を倒してドズル閣下やララァの手向けにする!」

 

「チクショウ、こんな所でやられるわけにはっ」

 

 確かにガンダムは手強い。しかしたったの二ヶ月程しかパイロットをしていない相手には負けているなんて思いたくなかった。

 

「もっとだ! もっと速く!!」

 

「スカート付きでこんなに動けるなんてっ」

 

 ガンダムがバズーカを撃ってくるが、バズーカの弾速に捕まるほど、このリック・ドムⅡはのろまな機体ではない。

 

 ビームライフルの追撃が来ても、Gで身体がバラバラになりそうなのを堪えて右へ左へ、上へ下へと回避しながらガンダムに肉薄する。

 

「もらったあああああっ!!!!」

 

「やられる!?」

 

 ヒートサーベルを振り被り、ガンダムの胴体を引き裂こうとした時だった。

 

「な、なにっ!?」

 

 ガクンと機体が振動と共に動きを一瞬止めた。

 

「オーバーヒート……ッ」

 

 ガンダムとの戦闘で無理矢理パワーを出していたリック・ドムの脚部のエンジンがオーバーヒートでセーフティが掛かり、機体がパワーダウンしたのだ。

 

「このおっ」

 

「ぐっ、がああああああ!!!!」

 

 ガンダムは二発のビームを放ち、左足を一発が撃ち抜き、もう一発は機体の右の脇腹を抉り取っていった。

 

「殺すなって……ララァ……」

 

「あっ、が……ぐぅ……」

 

 コックピットの機材や内装が弾け飛び、ノーマルスーツのあちこちに突き刺さった。なかでも脇腹の一際大きな破片が深々と皮膚を喰い破って、コックピットの中に血が浮かんでいた。

 

「ラ、ラァ……」

 

(殺し会うのが……ニュータイプじゃないでしょう?)

 

 負けた悔しさ以上に、ララァに守られてしまった自身の不甲斐なさが悔しかった。

 

「で…も……、ラ、ラァ……」

 

 傷の痛みと戦闘での疲れが激しい気怠さと睡魔となって意識を刈り取る。それを踏み止まってララァへと言葉を向ける。

 

「おれ…、ララァと……いっしょに…、いた、かった……」  

 

 必死になって震える手をララァへと伸ばした。

 

(やさしい子。私はもう、あなたと共には居られないけれど)

 

 ララァの手が、おれの手を包み込んでくれた。温かくて、優しかった。とても安心する柔らかな手の温もりを感じた。

 

(あなたとは何時でもまた会えるわ、ユキ。やさしい子。私は何時だって、あなたを見守っているわ)

 

 命の産まれた海を越え、光の中を過ぎて行き、そして辿り着いた場所。ニュータイプの未来を映す刻の中で、ララァの温もりを感じた。

 

 手の中から温もりが消えていく。もう一度ララァに手を伸ばしても、この手は届く事はなかった。

 

「ララァ……」

 

 最後に一言だけララァの名を呟いた後に、おれの意識は深い眠りに誘われた。

 

 次に気付いた時には、ア・バオア・クーから撤退するデラーズ艦隊のとあるムサイの医務室の中だった。

 

 補給を終えて戻ってきた少年たちが、中破して漂うおれのリック・ドムⅡを見つけて拾ってくれたらしい。

 

 そしてア・バオア・クー宙域から撤退したジオン軍は月の裏側にある暗礁宙域にて二つの選択をした。

 

 火星と木星の間にある遠く離れたアステロイド・ベルトのアクシズへ逃げ、再起を計る者と地球圏に止まり再起を計る二つの選択を。

 

 無論多くの者はアクシズへと向かった。また年若い少年兵達の多くも軍を抜け、サイド3へと帰って行った。

 

 おれはその選択で地球圏に残ることを決めた。

 

 ララァの魂がある。ララァを感じられるこの宇宙に居たかったからだ。

 

 そして3年後。おれは再び戦場に舞い戻ることとなる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「でも、なぜ……」

 

「私は君がこの機体に何を思っているかなんてこれっぽっちも知らない」

 

 私に背中を向けて、リック・ドムⅡを見る彼の姿は、とても小さかった。いつもは大きく見える背中は、そこにはなかった。

 

「でも今の君なら問題ないでしょ?」

 

「は、博士…?」

 

 背中からぎゅっとその小さな背中を抱き締めてあげれば、こっちに顔を向けた彼の頬には涙の痕があった。

 

 またララァの事を考えていたんだろう。

 

 彼が悲しい顔をするときはララァの事を考えていることが殆んどだ。

 

 それが何よりも気に食わない。ララァ・スンはアムロ・レイとシャア・アズナブルという二人のニュータイプだけに飽きたらず、私のニュータイプですら捕らえて縛っている。

 

 彼をその呪縛から解放させるにはどうしたら良いのか、私にはさっぱりわからない。

 

 死してなお、繋がり続けるニュータイプ。そんなの卑怯だし、良い加減に成仏して貰わないと困る。

 

 彼は私と一緒に未来を生きるんだから、過去の女はさっさと思い出の中に収まっていてほしい。

 

「大丈夫だよ」

 

 ハンカチは持っていないから、白衣の袖で涙の痕を拭ってあげる。

 

「君はもう、強いニュータイプなんだから」

 

 一年戦争を戦っていた彼よりも、今の彼の方が絶対に強い。経験と言うものはウソをつかない。

 

「私と、君の技術があれば、どんな敵にだって負けないんだから」

 

 私は自分の技術をこれっぽっちも疑っちゃいない。そして彼の技術も疑わない。むしろ習っているくらいだ。MSの事も、ニュータイプの事も、私が知りたいことを彼は教えてくれる。だから私はISの事を惜しむことなく教えてる。知りたいことを教えてる。むしろ積極的に知ってほしいから頼まれなくても教えてる。

 

 だってそれは、私のことを知り尽くして欲しいから。

 

 互いに知り尽くせたとき、それは互いを理解できた事になる。それって、ニュータイプを理解出来ることにだって繋がると思うんだ。

 

 ニュータイプになるには、ニュータイプを理解できてないといけない気がするんだ。

 

 ニュータイプになりたいからニュータイプを理解する。ニュータイプを理解したいからニュータイプと接する。

 

 でも、それだけじゃない。彼のことも全部知りたい自分も居た。

 

 

 

 

to be continued…



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第24話ー星を見る瞳ー

ついつい回想を挟んでしまうから先に進まない。私って、ホントバカ。


 

「眼で敵を追いすぎるな! 敵の動き、呼吸を感じろ。お前になら出来るはずだ」

 

「くっ」

 

 口から息を漏らしながら、私は必死にマスターに追い縋る。

 

 新しい機体に乗っているマスターの動きは、以前とは比べ物にならないほど遅いのに、私はその動きを捉えられない。

 

 撃ち出すビームは全て躱され、ファンネルも全て撃ち落とされる。

 

 ハイパーセンサーで動きは捉えているのに、攻撃した時にはマスターは既に其処にはいない。

 

 こちらの動きの一歩先を行くマスターの動きは、真似をしようとしても出来るものじゃない。

 

 やはり私の様な出来損ないの人形では――。

 

「雑念が多すぎる! 強く思ってみせろ、おれを超えてみせろ! お前になら出来るはずだクロエ!」

 

「そんなこと……」

 

 マスターは私に期待を寄せてくれている。私にはもったいないほどの強い想いを、マスターの言葉から感じる。

 

 でも、私には出来ない。出来ようはずがない! マスターを超えるなんて、私にはマスターだけしか。

 

「はあああああっ」

 

「これは……っ」

 

 マスターが降り下ろしたサーベルを盾で防いだ時、マスターの想いが私に流れ込んできた。

 

 それは後悔と恨みだった。

 

「マスター…」

 

「どうした? その調子ではいつまでもおれは捕まえられないぞ!」

 

 マスターは私に重ねている。透き通った目をした少年の姿を。悲しい結末を迎えてしまった、一人の少年の姿を。

 

「カミーユ……ビダン…」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 宇宙世紀0087――。

 

 一年戦争から7年。――ジオン残党、デラーズ・フリート決起より4年後。

 

 ジオン残党狩りを目的とし、地球連邦軍は治安維持部隊、ティターンズを結成した。地球育ちのみで結成されたこの組織は、反地球連邦運動集会を行ったサイド1の30バンチを毒ガス攻撃によって鎮圧した。無論反政府運動に関係のない市民をも関係無くだった。

 

 この暴挙に際し、連邦軍内部ではティターンズに反抗する組織が生まれた。

 

 ブレックス准将が代表を勤めるエゥーゴである。

 

 星の屑作戦終了後、運良く月へと逃れられたおれではあったが、支援者もなく身一つとなり、さらには戦友達が命を賭して放った一撃さえもプロバガンダに使われ、無気力になってしまった自身は堕ちるところまで堕ちていった。

 

 男娼として身を売りつつ、日銭を稼ぐ爛れた日々を終わらせたのは、とある人物の来訪だった。

 

「…よもや。いや、なぜ君がこの様な事になった……」

 

「……シャア…」

 

 サングラスで素顔を隠していたが、おれにはわかった。

 

 しかし何故この様なところにシャアがやって来たのかわからなかった。

 

「くっ! ニュータイプであるならこんなところに居るべきではないとわかるはずだ!」

 

「うっ、痛いっ。離せシャア。今更もうなにもしたくない! もう疲れたんだ……。もう放っておいてくれ」

 

 腕を捕まれ、惰眠を貪るように横になっていた薄汚れたベッドから引き上げられる。

 

 結局何をしても、大きな波に呑まれて何も残らない。なら何をしても無駄ならなにもせずにこのまま終わってしまいたかった。

 

「ララァがそれで喜ぶと思うか! お前にはまだやらなければならないことがあるだろう!」

 

「やったさ! 必死にっ! でもなにも変わらない。ならどうしろと言うんだ!! 星の屑に散ることもできなかった! 刻の中で眠ることも出来なかったおれに今度は何をしろって言うんだ!」

 

「その命があるのならば共に来い! 連邦が第2のジオンとなろうとし、スペースノイドを弾圧する今の世こそニュータイプの力が必要となる」

 

「ニュータイプはそんな便利な存在じゃない! もっと、脆い。ただ人との繋がりを保ちたいとする意思の現れだ。この寒い宇宙でも他人の温かさを感じられる。それがニュータイプの本質だ」

 

 ニュータイプはエスパーじゃない。他人を理解することが出来るからそう思われてしまうだけだ。

 

 結局はニュータイプという本質をわかっていないからそんな道具みたいな言い方が出来るんだ。ララァだってそんなことじゃ浮かばれない。

 

「ニュータイプは道具じゃない。人なんだから。人は道具にはなれないよ」

 

「ユキ……」

 

 シャアの手を握った時、その手はとても冷たかった。その冷たさを解す様に少しだけ力を込めて握り締めた。

 

()()()でしょ? あなたになら……」

 

「……ニュータイプは他人を理解することが出来る。君とララァを見ていればそうも思える。だから私は()()未来を見たい」

 

 久し振りに力を使った。荒れる海を越え、眩い光の先に煌めく星々の彼方。宇宙の先にある場所へと至る未来を、シャアと共に再確認した。相変わらず、ララァは優しく微笑んでいてくれた。

 

「見れるよ。あなたになら、その未来を作る力がある」

 

「だが。私は逃げ出した男だ」

 

「それを支える力にはなってあげられるよ」

 

 ララァの代わりになることは出来ない。でも、ララァの代わりに傍で支える事は出来る。人は、一人じゃちっぽけな力しかないけど、人は支え会えればどんな力でも出すことが出来るんだから。

 

「私と共に来い、ユキ。ニュータイプの未来を作る為に、君の力を借りたい」

 

「……わかった。それでララァが喜んでくれるから」

 

「……すまない」

 

「謝らないでよ……今更なんだから」

 

 互いにまだララァを失った傷を引きずっていた。いや、この傷を癒すことなんて一生無理だろう。

 

 でも傷を抱えていても、支え会うことで成せることがあると思って、おれはもう一度立ち上がった。そして出逢ったんだ。

 

「変な感じ……アムロでもない。シャアでも、ララァとも違う」

 

『どうしたユキ? 着いてこれるか?』

 

「行けるさ。心配要らない」

 

 3機のリックディアスの後に続いて、自分も機体を続かせる。蒼い塗装のされたハイザックを駆って蒼い宇宙を進む。

 

 サイド7のグリーン・ノア1でテスト中の新型ガンダムを奪取するのが今作戦の目的だった。

 

 かつてガンダムが産まれた地へガンダムを盗みに行く。因果な物だと、4年振りのMSのコックピットに座りながら思った。

 

 4年振りのコックピットは随分と様変わりしていた。全天周囲を見渡せるコックピットやインターフェース周りの造りに最初こそ驚いたものの、今は手足の様に機体は動いてくれる。

 

 そんな中、グリーン・ノアに近づくに連れて感じる妙な感覚に頭を悩まされた。

 

 それがなんなのかを知るのは、もう少し先の事だった。

 

「くっ、コロニーの中で平気で撃ってくるなんて」

 

 コロニーの損害を気にせずビームライフルを撃ってくるジムに対して悪態を吐きつつ、ビームサーベルでジムの腕と頭を切り飛ばす。武器とメインカメラがなければ並みのパイロットならば戦えない。不時着位は出来る程度に手加減しつつ、おれはガンダムの姿を探した。

 

(連邦軍はいつになったら此処が地球と地続きでないと言うことに気がつかんのだ!)

 

 シャアもまた、自分と同じ様に憤慨していた。

 

 地球から宇宙を支配しているから、コロニーの中でも地球となんら代わりなく攻撃が出来るのだ。

 

 結局は戦争に打ち勝って増長しただけだった。スペースノイドを踏み躙って、搾取して、コロニーを植民地みたいに扱うからジオンやエゥーゴが生まれることに気づいていないのだ。

 

「何だ、この感覚はっ……?」

 

 戦闘中に発見したガンダムMk-Ⅱを追尾する最中、おれは無意識を刺激される感覚に呻いた。

 

 それはまるで激情に駆られた少年の怒声の様な煩わしさだった。あのガンダムのパイロットではない。それ以前に恐らくティターンズの兵でもないだろうと確信めいた感じがある。訓練された兵にしては生の感情が剥き出しに過ぎたからだ。

 

 ならば誰だ……?

 

 ガンダムMk-Ⅱがバーニアを噴かし、基地施設と思わしき場所への逃走を繰り返す。 それを追うシャア――クワトロとアポリーのリックディアスを横目に、おれはこの感覚の正体を辿っていった。

 

 もしかしたら、仲間がいるかもしれないという淡い期待を込めて。

 

『大尉、ガンダムMk-Ⅱです! もう一機います!』

 

 アポリーの通信が入る。見れば地内施設のすぐ近くの建物から、その等身を突き抜けさせる様に新たなガンダムMk-Ⅱは佇んでいた。

 

「あのガンダム……もしかして」

 

 そのガンダムMk-Ⅱを視界に収めた時、漠然と感じていたものがハッキリとした。間違いない、この感覚の主はあのガンダムに乗っていると確信した。

 

 バーニアを目一杯に噴かし、肩に03とマーキングされている三号機のガンダムMk-Ⅱは空中へと舞い上がった。アポリーのリックディアスが警戒し銃口を構え直す が、クワトロのリックディアスが手で制止させる。

 

 自重に任せ、黒い制服の男を目掛けてガンダムMk-Ⅱは降下していく。

 

「いったい、何をしようていうんだ……」

 

『そこのMP!! 一方的に殴られる痛さと怖さを教えてあげるよ!!』

 

 着地したガンダムMk-Ⅱは外部スピーカーでその声を発した。驚くことにその声はまだ子供のものだった。

 

 眼前に迫る圧倒的な巨体へ震え上がる男に、ガンダムMk-Ⅱは頭部バルカンの引き金を迷うこと無く引く。 だが当たることはない。三号機のMk-Ⅱから伝わってくる感覚は仕返しのつもりでコレをしているのだとわかる。

 

 みっともなく腰を抜かした男。このまま踏み潰してやると、ガンダムMk-Ⅱが機体の片足を上げた。

 

「やめろ! それ以上はいけないっ」

 

 戦えない相手にそれ以上は仕返しを通り越した人殺しになってしまう。同じニュータイプに人殺しはさせたくない一身で叫んだ。

 

 声が――想いが届いたのか、ガンダムMk-Ⅱは踏み止まってくれた。

 

 だがこのガンダムMk-Ⅱ三号機の奇行に、とうとう膠着を耐えかねたアポリーのリックディアスが銃口を跳ね上げさせた。アポリーの行動に、クワトロは機体を前へ割り込ませ制止を掛ける。

 

『よせ、アポリー! 敵ではない、二機とも捕獲するぞ』

 

 クワトロは半分賭けで、外部スピーカーを通して声を張り上げた。 それは三号機の少年にとっても転機だったのだろう。

 

『そうだ、僕は敵じゃない! 貴方がたの……味方だ!』

 

  ガンダムMk-Ⅱ三号機は機体を反転し、クワトロとアポリーが追い詰めたガンダムMk-Ⅱ二号機のその眼前へと瞬く間に突進していた。スラスターの勢いのまま押し込まれる二号機は、武器を構える暇もなくビルへと押し倒されていった。

 

『コックピットを開けるんだ! でないと、ビルごとお前を潰しちゃうぞ!!』

 

 なんという少年だ。一瞬で自身の置かれた状況を理解し、瞬時に行動してみせた。その手際は驚嘆という他になかった。 聞こえた声は少年の物だ。ならば当然、正規の兵ではないだろう。

 

「あの感覚は、信用できるか……。クワトロ大尉!」

 

『ああ。私もそう思っていた。三号機のMk-Ⅱ、我々に協力してくれるのだな?』

 

『……はい! ティターンズは許せませんし、なによりもう帰る場所なんてありませんから』

 

 確かにガンダムMk-Ⅱという軍の最新鋭機を2機も鹵獲される事案に携わったのだ。今の彼を帰したところで録でもない未来しか待ってはいないだろう。

 

 

『どうした三号機、付いてこないのか?』

 

『……いいえ、行きます!』

 

軌道を乱したガンダムMk-Ⅱに、クワトロは訝しげに声を掛けた。連邦軍の追撃を避ける為にジグザグと複雑な コースを飛行しているのだから、まだまだ素人臭さが滲み出ている動きに思うところがあったのだろう。

 

 いや。少年が軍の機体を奪い、故郷を離れんとしているのだ。そのナイーブな感傷を気遣ってのことだろう。

 

「先導してくれ、クワトロ大尉。彼はおれが連れていくよ」

 

『そうか。頼むぞ』

 

 アポリーとロベルトのリックディアスが無人の二号を曳航しているのだから、クワトロにはその先導についてもらった方が、機体の性能的にちょうど良い。

 

「初めてなんだから見栄を張らなくて良い。誰にだってある」

 

『あなたは……』

 

「アカリ・ユキ……。エゥーゴで大尉をしてる」

 

『アカリ……ユキ。不思議な名前だ。ずっと昔から知っているような』

 

「珍しい名前でもないよ。君の名前は?」

 

『あ、カミーユって言います。カミーユ・ビダン』

 

「カミーユか。綺麗な名前だね」

 

『いけませんか?』

 

「まさか。良い名前だと思っただけさ」

 

『そうですか。……あなたは、どうなんですか?』

 

「弄られる事はなかったとは言わないよ。それ以上に可愛がられたけど」

 

 名前にコンプレックスを抱えていたのはおれだってそうだった。だからなんだろうか、カミーユはそれほど噛みついてこなかった。

 

 そしてその返事の最中で少しだけソロモンで共に戦った戦友や恩師を思い出した。一番の年下とあって色々な人から子供扱いされた記憶が仄かに蘇った。

 

 グリーンノアを脱出し、アーガマに帰投したおれは改めてカミーユと顔を合わせた。

 

「お疲れ様。カミーユ君」

 

「君が……ザクの」

 

「アカリ・ユキだ。よろしくね」

 

「カミーユで構いませんよ。ユキさん」

 

 互いに握手を交わしたものの、カミーユの手は震えていた。その手を離さないように引いてやりながらアーガマの中を歩いていく。

 

「あの、今から何処へ?」

 

「幸いにも、この船に今はエゥーゴの代表が乗船してる。君のお陰で2機のガンダムが手に入ったから、そのお礼を言いたいとな」

 

 カミーユにはそんなつもりはなかったのだとしても、カミーユの働きで作戦は十二分に成功したのだから、ブレックス准将がカミーユに話したいというのも想像に難しくなかった。

 

「……カミーユは、宇宙は好き?」

 

「…好きって言うか。なんて言えば良いのかわからないんですけど、ずっとあの場所が自分の居るべき場所なんじゃないかって思うときがあるんです。時々」

 

 質問に対して象徴的な答えを寄越すカミーユ。その視線は窓の外にある宇宙へ向けられていた。どこか遠くを見る姿に、おれはララァの姿を垣間見た気がした。

 

「カミーユ。宇宙は何色に視える?」

 

「何色って。宇宙は真っ黒ですよ。真空だから反射する物がなくて。常識でしょ」

 

「違うさ。カミーユになら視えるはずだよ」

 

「え?」

 

 手を繋いだままだったから、意識してカミーユに語りかけた。

 

 確かに感じ取れる力に。でもまだ曖昧であやふやのどうしたら良いのかわからない若い芽に添え木をするように導く。

 

 漆黒の闇、何もない世界。そこで、何かが煌めいた。

 

 光っている、宇宙が。形のない物が幾つも宙を漂い、光を放っていた。冷たいはずの宇宙が、今はとても温かく感じた。そこに確かに、誰かが何かを残している。

 

「――――蒼い」

 

「そうでしょう? 宇宙は蒼いんだ。真っ暗じゃない。希望に溢れているんだ」

 

 カミーユの胸が、感動の鼓動で打ち鳴らされている。

 

 見えたのだ。カミーユにも、ニュータイプの目指す世界が。

 

「あっ――」

 

 もう一度カミーユが宇宙を見たとき、そこは真っ暗だった。それは酷く悲しい事だ、人は分かりあえるのに。本当に分かりあえば、この蒼い宇宙に出会えるのに。

 

「ごめん。もう少し見せてあげたかったけど、少し疲れた」

 

「あ、いえ。そんな……」

 

 少し申し訳なさそうなカミーユに、優しい子だと微笑む。今は無理でも、きっとその内に一人でもあの蒼い宇宙を見れる様になると、おれは彼の力に触れて確信を抱いた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「っ、クロエ……うっ!」

 

 私はマスターの機体を、サーベルをシールドを振るって吹き飛ばし、ビームサーベルでその胴体を切り払い傷を付けた。

 

「私はっ、私を見てください! マスター!!」

 

 後退するマスターはマシンガンを撃ち放って来るが、そのマシンガンをビームライフルで撃ち落とす。

 

「私は私です! 私は、クロエはっ、カミーユ・ビダンでもありません!!」

 

 両肩に残った二基のファンネルを射出。ファンネルのオールレンジ攻撃でマスターの動きを封じる。

 

 マスターの機体の脚にビームが掠めて、右脚を切り離した後、爆発する。その爆煙を突き抜けてマスターの機体へと取り付く。

 

 火花を散らしてアリーナの床を引き摺ったあと、マスターの機体は解除された。

 

「私はっ、私ですっ。カミーユ・ビダンではありませんっ」

 

 私の瞳から零れ落ちる涙が、マスターの頬を濡らしていく。呆気に取られていたマスターが我に返って、私の身体を優しく抱き締めてくれた。

 

「すまないクロエ。熱くなりすぎた」

 

「ぅっ…ぅぅ、マスタぁぁ……ひぐっ…」

 

 私にはマスターしか居ない。マスターが私を見てくれなくなった時、私という存在は無価値でしかない。

 

 そんなのは嫌だった。マスターに見放されたくない。私はマスターの為に存在しているのだから。

 

「く、クロエ…?」

 

「マスター…っ、マスター……」

 

 それが怖くて、マスターのお身体を強く抱き締める。私の想いを、鼓動を感じて欲しくて。

 

 確かに此処に居るのだと意識して欲しくて。私は私なのだと認めて欲しくて。

 

「今日はもう休もうか。クロエ」

 

「イエス、マイ・マスター……」

 

 私を抱き締めながら立ち上がって囁いてくれたマスターの声に至福を感じながら私はありったけの愛しさを込めて返事を返した。

 

 マスターに抱かれて眠る時が、私が一番の幸せを感じる時です。

 

 私はあなたを超えたくありません。あなたの期待を裏切ってしまういけない娘を御許しください。

 

 だって私は、いつまでもあなたに見ていて欲しいのです、マイ・マスター。

 

 

 

 

to be continued…



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第25話ー悲しみのカミーユー

IS本編がおまけ程度でまったく進まないのにガンダムの回想だけが思い浮かんで来てしまう。一応Z編は手元の手本が映画しか持ってないので映画基準に進めていく感じになります。

0083編は良いとしてもあと最低ZZ編もあるから先も長そうだ。でも番外で別の小説に纏めると続きが書けなさそうだからこのままのスタイルで続けていくようになると思います。ご容赦ください。


 

「まさか引き渡して数日で壊すなんて思わなかったよ」

 

「面目ない。少し発破を掛けすぎた」

 

 束博士と共に大破したリック・ドムⅡを整備していた。リック・ドムⅡは慣れ親しんだ機体だけあって、サザビーを整備するよりも簡単だった。身体が整備する手順を覚えているからだった。

 

 さすがに目を瞑ってとはいかないが、会話しながら程度には出来る。

 

 しかしながら、やはりクロエは現時点でおれを超えるセンスを持っている。おれが優勢に立てるのは一重に経験の差でしかない。

 

 あのセンスを上手く開花させていけばあるいはカミーユすら超えるニュータイプになれるだろう。

 

 自身のニュータイプとしての力はお世辞にも高いとは言えないだろう。最近は衰えすら覚えている。グリプス戦役の頃が自身のニュータイプとしての全盛期だっただろう。今はそれの6割程度と言ったところか。

 

 完全にニュータイプとしての力を失ってしまう前に次代のニュータイプを見出だそうと躍起になっている自覚はある。身体は若返っても、ニュータイプとしての自分は若返ることはなかったようだ。いや、もし若返ることがあるのならば、それはそれこそ全て若返るしかないのだろう。大人ではなく、子供の自分に戻れば或いは。

 

 いや。いくらなんでもそこまでは望みはしない。それは最早おれではなくなってしまう。

 

 ニュータイプの力が、宇宙に進出した人間の意識の拡大、認識力の増大によって開花するとした説もあった。故にこそ、生か死かという過酷な環境で目紛るしく戦わなければならないMSのパイロットにニュータイプが多かったのも頷ける。認識力の増大は敵の二手三手先を読む力ともなろう。

 

 おれ自身も、アムロも、戦いの中でその力を目覚めさせていった。資質を持とうとも、あのカミーユでさえ戦いの中でニュータイプの力を開花させていった。

 

「おわっ!? な、なにいったい!? ああ、数値がズレた……」

 

 急に背中から束博士に抱き締められ、驚いてタイプミスをしてしまう。修正はしたが危ないので止めて貰いたい。

 

「昨日は寂しかったなぁって…」

 

 寂しいとは。あなたも良い大人だろうに。

 

「ニュータイプは良いよね。こうして触れ合いだけでも互いの本質まで理解し会えるんでしょ?」

 

「でもそれは人が築く境界線を素通りしてしまう。互いに解り会えても、見られたくない物もあるさ」

 

 本来歩み寄って少しずつ解りあっていく人間という生き物が、その段階を飛ばしていきなり心で解り会うなんて危険すぎることなんだ。

 

 それをしてしまえるのがニュータイプ同士の共感というものだった。

 

 ただそれは、出逢うはずのない者たちを出逢わせもする。

 

 アムロとララァが惹かれ合い、共感した様に。

 

 おれもその時その場に居たからあの感覚はわかる。

 

 あれこそがニュータイプという存在の本質なのだと。

 

 でもそれは時として悲劇を生むこともあった。

 

「ニュータイプは、博士が思うほど万能でもなければエスパーというわけじゃない」

 

「私にはそんなことないように思うなぁ」

 

 ならば何故ニュータイプ同士で戦うような事が出来るのか。何時だって。

 

 でもそれは仕方がないことだ。ニュータイプも人間なんだから。人は人で有る限り、どう解り会えても争ってしまう事を止められないのだろう。

 

 それはシャアとアムロにも言えた。グリプス戦役で、彼らは解り会えたはずなのに、結局は敵対した。

 

 そしておれ自身も、結局はハマーンやシャアの敵となった。

 

 同じ未来を視ていた者同士でさえ、その主義主張の違いから対立してしまうのだ。そんな存在が、万能であるものか。

 

「……苦しいんだけど」

 

「私はニュータイプじゃないから、こうでしか君と解り会えないんだもん」

 

 重ね合わせた手から伝わる温もり。人が、誰しもが持つ温かさ。彼女が持つサイコフレームがそれを増幅して感じさせてくれる。

 

 ニュータイプでなくとも……。否、ニュータイプなどは関係無い。人であるからこそ、こんなにも温かな心を持つことが出来るのだ。

 

 この温かさを、あるいはカミーユの両親が持っていれば、カミーユはああもならずに。否、そもそもガンダムを盗み出す事さえなかっただろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 グリーンノアを離脱したアーガマの艦内ではカミーユがブレックス准将と話をしていた。ニュータイプのアムロ・レイの再来と喜ぶ。

 

 その場にはアーガマの艦長、ヘンケンとシャア……クワトロ大尉までと、このアーガマの首脳が揃って缶詰になってしまった為に、おれはアーガマのブリッジにて敵の動きを見守っていた。

 

「間違いないんですね?」

 

「グリーンノアから発進する艦艇、複数あります。アーガマの追尾コースですが」

 

「このコースじゃ攻撃をする物ではないですよ」

 

「見ればわかるさ。子供じゃないんだから」

 

 グリーンノアから発進したティターンズの艦隊は確かにアーガマの航跡を追尾しているが、大きく迂回して平行コースを辿るように増速し展開している。

 

「総員第2戦闘配置でスタンバイ! ブレックス准将へ内線繋いで!」

 

 艦長席の受話器を取ってブレックス准将が出るのを待つ。

 

『私だ。クワトロ・バジーナ大尉だ』

 

「クワトロ大尉か。敵の追尾が掛かった。詳しくはあとででも。とにかくブレックス准将とヘンケン艦長をブリッジに上げてちょうだい」

 

『了解した。それまで船は頼む』

 

「やってみせるさ」

 

 受話器を置いて艦長席に腰を据える。此処にいる方がブリッジの様子全体がわかるからだ。

 

 見た目はまだ十代前半から半ばといった子供が艦長席に座るなど子供の遊びに見えてしまうだろうが、そうは感じさせない雰囲気と威厳があった。

 

 なにしろエゥーゴのメインスタッフとして席を置き、さらにNo.2のエースパイロットをしているのだから。その能力は飾りのマスコットではない事を既に大人たちは肌身で感じている。

 

「おう、待たせたなボウズ!」

 

「ヘンケン艦長! ご自分の船なら安易に艦長席を開けないで頂きたい! せめて代わりを立ててくれないと」

 

 詫びれもなくブリッジに入ってきたヘンケン艦長に振り向きながら咎める様に声を上げる。

 

「まぁまぁ、アカリ大尉。キャプテンを連れ出したのは私だ。そう責めんでやってくれ」

 

 そんなおれをやんわりと宥めるのはブレックス准将だ。エゥーゴの代表、このアーガマを預かる准将がそういうのならばおれはこれ以上ヘンケン艦長を責められない。

 

 ブレックス准将に同調し、ティターンズの非道を許せないという(わたくし)の情で集まった寄り合い所帯の義勇軍の様なエゥーゴは慢性的な人手不足で、その役目を出来る者が出来る事をしている。

 

 例えばヘンケンが不在で、またはクワトロ大尉が所要で、その穴埋めが出来てしまう自分が居ることで、なし崩し的にも部隊が問題なく運用出来てしまうのも一因か。

 

 それを許す自由な気風がエゥーゴに、もっと言えばこのアーガマにはあった。

 

「MS戦もあります。自分はデッキに降ります」

 

「ご苦労さん、ボウズ!」

 

「わっぷ。っもう! からかわないでください!」

 

 ヘンケン艦長と艦長席を換わってブリッジの入り口に向かうのに擦れ違った時に、労いと共に頭をくしゃりと撫でられて後ろを押される。

 

 悪い気はしないが、やっぱり成人はしている身にとっては、子供扱いも大概にして欲しいものもある。

 

「キャプテンは少々、アカリ大尉に構いすぎだな」

 

「精一杯背伸びをして無理に大人ぶっているのを見ると、放って置けませんで」

 

「過保護も良いが、過ぎれば良い芽も腐ってしまうぞ」

 

「まさか。アレはそう易々折れる目をしていませんよ。だからこそ准将もお認めなのでしょう?」

 

「確かにな」

 

 アカリ・ユキ。その名を名乗る少年大尉がジオンの蒼き鷹ではないかという噂は最早暗黙の了解の様なものだった。

 

 かつてジオン公国軍のエースパイロットとして連邦軍と戦った人間がエゥーゴの一員としてティターンズと戦っている。

 

 エゥーゴも連邦軍の派生組織だ。少なからずジオンに身内を奪われた者も居る。

 

 実際ユキの罪状を追求し、排すべきとする声もあったが、それをブレックスは抑えたのだ。

 

「カミーユ君もそうだが。私はニュータイプがこの混迷とした情勢で何を示してくれるのか見てみたいのだよ」

 

「准将は、彼もニュータイプであると?」

 

「ア・バオア・クーで瞬く間に3隻のサラミスを沈め、数十機のMSが蒼き鷹ただ一人に討たれた。ニュータイプでないとするなら、それはどうやって成されたか説明しようがないと思わないかね?」

 

 ブリッジにてブレックス准将とヘンケン艦長がそんな会話をしているなど露知らず、MSデッキに出るためにノーマルスーツを着る必要があるからロッカールームに入ると、そこにはパイロット用のノーマルスーツを着るカミーユの姿があった。

 

「レコア少尉」

 

「なんでしょうか?」

 

「パイロット用しかなかったのですか?」

 

「ええ。取り敢えずは」

 

 まぁ、仕方ない。民間人の少年を戦いに出すほどパイロットが居ないわけじゃない。

 

「これで僕もパイロットに見えますかね?」

 

「妙な正義感を持つものじゃないわよ?」

 

「でも、僕は」

 

「レコア少尉の言う通りだよ。心配しないで良い。アーガマにもちゃんとパイロットは居るんだから」

 

 アーガマの気風に当てられてか、そうあまり深くは考えなかった判断が、少年を悲劇の場へと召し上げてしまう事になるなんて、この時のおれは気づくことが出来なかった。

 

 アーガマを追尾するティターンズの艦隊からMSが発進し、緊張感が高まる中、先頭を進むティターンズ最後のガンダムMk-Ⅱが白旗を上げてアーガマに着艦した。

 

「ガンダムが白旗? 随分と思い切った」

 

 ガンダム伝説を肌身で感じてきた自身も納得の行くカードだった。あのガンダムが白旗を上げるという意味はそれ程に本気なのだと相手の心境を思わされた。それが如何に卑怯で外道だったとしても。

 

 ティターンズの特使であるエマ・シーン中尉を先導するクワトロ大尉の後ろに着いて、何時でも撃てるように備えておいた。

 

 そしてアーガマ首脳陣、ブレックス准将とヘンケン艦長、クワトロ大尉におれ自身も含めた4人がエマ中尉を迎えた。

 

「バスク・オム大佐からの親書へのお返答は、即答でお願い致します」

 

「厳しいな」

 

 姿だけは子供であるおれを見て訝しげな視線を向けてきたが、この艦長室に集まる面子を前にしても物怖じすることなく己の任務に忠実な強かな女性を前に、ブレックス准将は苦笑いを浮かべながら親書を受け取った。

 

 しかしそのブレックス准将の目が文章を追っていくと同時に苦笑いに砕けていた顔が憤慨を浮かべ、身体が慄く様子に、エマ中尉だけでなくヘンケン艦長やクワトロ大尉、無論おれ自身も唯ならぬ様子に身構えた。

 

「なんと破廉恥な!!」

 

「え?」

 

 我慢の限界と、ブレックス准将は憤慨を口にしながら親書を後ろのヘンケン艦長へと回す。

 

「中尉は手紙の内容を知っているのかね!?」

 

「い、いいえ…」

 

「だからそんな涼しい顔をして居られる!!」

 

 親書を流し読みしたヘンケン艦長も顔を険しくさせ、次に親書を読んだクワトロ大尉も唸る。そして最後に親書を読んだおれもブレックス准将の心中と同じであった。

 

「こんなものっ……、こんなことだから宇宙に敵を作ると何故わからない!」

 

 我慢ならずに吐き出すと、ブレックス准将がおれを見ながら頷く。

 

 憤慨する自分達に置いてけぼりで混乱するエマ中尉に親書を手渡す。その内容を理解したエマ中尉は目を見開きながら手を震わせ絶句していた。

 

「カミーユ・ビダンと共に2機のガンダムMk-Ⅱを返さない場合には……」

 

「カミーユの両親を殺すと言っている」

 

「一軍の指揮官が思い付く事ではない」

 

 カミーユがガンダムMk-Ⅱに乗るところを見た兵士は何人も居たし、エマ自身もそう証言したが、それがカミーユであると断言した覚えもないし、そもそもエマはカミーユの名すら知らなかった。ただカミーユが施設のカメラに映っていて、その後ガンダムMk-Ⅱ三号機が強奪された。そんな状況証拠でカミーユを犯人に捏ち上げたが、現にカミーユはアーガマに乗っていて、ガンダムMk-Ⅱが共にあるだけで攻撃材料には十分なのだ。

 

「まさか、バスク大佐がこの様なことを……」

 

「中尉が見た通り、それはバスクの直筆だ」

 

「そうですがっ……、これは軍隊のやることではありません……っ」

 

 信じられないというエマ中尉にヘンケン艦長が現実を突き付ける。

 

 確かにこんなもの、ブレックス准将の言葉ままに一軍の指揮官が思い付いて良いものではない暴挙、否、蛮行とも言える。

 

「ティターンズは私兵だよ!」

 

「……私は、地球連邦軍で、バスクの私兵になった覚えはありません」

 

「バスクなどではない。もっと大きな――地球の重力に魂を縛られた人々の私兵なのだよ!」

 

 ブレックス准将の言わんとすることはわかる。

 

 ティターンズはジオン残党狩りを目的にバスクが組織したものだが、それを影から支配しているのがジャミトフ・ハイマン准将であることは周知の事実である。

 

 だがティターンズがジャミトフの野心を実現するだけの組織でないとブレックス准将は言いたいのだ。

 

 一年戦争を、そしてデラーズ紛争を経て増長した連邦はコロニーへの締め付けを以前に増して行っていったのだった。

 

 それが地球の大地に齧り付く人間たち――地球を汚染し続ける人々がコロニーへの搾取をよしとして曲解して行ったのだ。

 

 ジャミトフやバスクがティターンズを維持しているのではない。地球を汚染し、宇宙の事など気にも留めずに居る地球の人々の怠慢が、スペースノイドへ強権を振りかざすティターンズの横暴を許すのだと言いたいのだ。

 

「しかし、これは単なる脅しかもしれません」

 

「ジオン残党と一緒に扱うエゥーゴにガンダムが白旗上げてやって来させた。本気だよ。そう感じる」

 

 希望的観測を示したクワトロ大尉ではあれど、おれの放った言葉に黙ってしまった。

 

 勘繰りすぎかも知れないが、最新鋭のMSを、しかも連邦軍の勝利の象徴とも言えるガンダムを特使に寄越すのだ。本気でないならハイザックやジムだって構いやしないはずだ。

 

 そして艦長室の通信機が鳴った時、この部屋に居る全員の不安が現実の物となった。

 

『正体不明のカプセルを発見しました! 中に、人が居ます!!』

 

「なんだと!? 映像を回せ!!」

 

 ディスプレイに映るのは、漆黒の宇宙の中に溶け消えてしまいそうな小さなカプセルだ。たった一枚のガラスで隔たれた空間の中に、一人の女性の姿が見える。

 

「カミーユ――!?」

 

 反射的に感じて艦長室を飛び出す。

 

「おい、ユキ!!」

 

「カミーユを止めなくちゃならないよ!!」

 

 背中から制止するシャアの声を振り切ってMSデッキに降りていく。

 

「三号機が動いてる!? 待てカミーユ!!」

 

 声を届けようと張り上げても、カミーユの乗るガンダムMk-Ⅱはアーガマから飛び立って行ってしまった。

 

「アストナージ! おれのザクを出せ!!」

 

「待ってください! まだ補給が」

 

「ならMk-Ⅱの二号機だ!! リックディアスのバズーカを使う!」

 

 ガンダムMk-Ⅱ二号機に取り付いて、コックピットの中に入ると機体に火を入れる。OSを急ピッチで調整しつつリックディアスのクレイバズーカを持たせる。推進材は消費されているが、一戦交える程度の余裕はある。

 

「アカリ・ユキ。ガンダムMk-Ⅱ二号機、発進する!!」

 

 カミーユのガンダムMk-Ⅱ三号機を追って、おれは機体を発艦させた。

 

 カミーユの焦り、それを感じる方向を辿って機体を駆る。

 

「狙ってる…? カミーユじゃない。まさかっ」

 

 目視では見えないカミーユの様子を意識を集中して感じ取る。

 

 母を目前にして困惑する感情が伝わってくる。

 

(カミーユ! 逃げなさいっ! カミーユ!!)

 

「女の人の声……? カミーユって……、お母さん……?」

 

 女性の必死な声を感じ取った時、カミーユのガンダムMk-Ⅱ三号機の姿を見つけた。

 

「っ!? 見るなカミーユ!!」

 

 反射的に叫んでいた。

 

 カミーユのガンダムMk-Ⅱが、カプセルを掴もうとした手の中にあったカプセルが弾け飛んだ。

 

 近くに居たハイザックが放ったマシンガンの銃弾によるものだった。

 

 さっきまで感じていた人の意識が、漆黒の宇宙の中に消えていった。

 

「うう、うあああ、うああああ――――うわああああああああああああああ!!!!!」

 

「うっ、ぐっ、あううっ……心が、痛いっ」

 

 カミーユの意識にダイレクトに同調させていたから、カミーユの感じている深い悲しみが。目の前で母親を殺された絶望を、鋭敏化した感覚でそのまま受け止めてしまったのだ。

 

 それは自分が体験した事じゃないのに、今まさに目の前で自身に降り掛かって起きたことのように感じられた。

 

 だが感傷に現を抜かしている暇はない。

 

 悲しみを振り払って、カミーユのガンダムMk-Ⅱに機体を寄せる。

 

『こいつが! こいつだ! こいつが殺ったんだ!! 母さんを!』

 

 カプセルを撃ったハイザックに組付くカミーユのガンダムMk-Ⅱは背面から押さえ込んだ機体に拳を振るった。怒りをそのままぶつける様は痛々しかった。

 

『この声は先日グリーンノアでっ。カミーユとかって、女の名前の……。あんな子供に!!』

 

 バーニアを噴かし、Mk-Ⅱの拘束から脱け出そうとするハイザックだが、背中からバルカンを受けて前のめりにバランスを崩した。

 

 だが直ぐ様立て直してショルダータックルをMk-Ⅱに見舞った。

 

 MSは動かせても、MS同士の格闘戦などしたことのないカミーユは押されてしまう。

 

『ジェリド! カミーユ! 離れなさい!』

 

「Mk-Ⅱの一号機? エマ・シーン中尉か。……カミーユ!」

 

『止めるんです!!』

 

『邪魔するなっ』

 

「落ち着けカミーユ!」

 

 母親を目の前で殺された少年に落ち着けったって土台無理な話でも、単機で敵の中に突っ込ませるわけにもいかない。

 

「アーガマから停戦信号? 静観するのか。いやそれしかないか今は」

 

 状況が混乱しすぎている。下手に事を交える前に足並みを揃える必要があるとわかっている。

 

『ビームサーベル!? ああっ!?』

 

 カミーユのガンダムMk-Ⅱがビームサーベルを抜いた腕の勢いに、取り付いたエマ中尉のガンダムMk-Ⅱ一号機が流されていくのを受け止める。

 

「ケガはないか中尉!」

 

『私は問題ありませんが。カミーユ君が』

 

「わかってる! なに!? 艦砲だと? ……リックディアスが盗まれただって!?」

 

『あれをティターンズに渡すわけには行かん! 最悪撃ち落としででも止めてくれ』

 

「今こっちだって取り込み中だよ!!」

 

 アーガマからの緊急通信で、クワトロ大尉からリックディアスが何者かに盗まれたとの連絡が入る。

 

 状況がメチャメチャすぎて泣き言のひとつやふたつ言いたくもなる。

 

「エマ中尉!」

 

『は、はい! なんでしょうか?』

 

「カミーユの回収を任せたい。おれよりも女性のあなたの方が言うことを聞き入れやすいだろうし」

 

『私にあの子の母親をやれと仰るのですか?』

 

「そこまでじゃないが、中尉の抱擁力と言うのをアテにしたい」

 

『私はティターンズですよ? そうまでしてエゥーゴは人手が足りないのですね』

 

「あなたにはティターンズは似合わないでしょう。今は猫の手も借りたい」

 

 ティターンズとして活動してきたエマ中尉にカミーユを任せるのは危険だと思われるが、彼女の考え方は真っ当な軍人として、常識的な見方を出来る人だ。でなければ自分の所属を今一度口にして確認を取るような事だってしないはずだ。

 

『……わかりました。カミーユ君の回収は必ず』

 

「ありがとうございます」

 

 エマ中尉の説得を終え、共にカミーユのガンダムMk-Ⅱを追うが、別のものがこちらに向かってくる気配を感じ取る。

 

「何か来る……? ティターンズの別動隊か?」

 

『別動隊? あれは、ライラ大尉のガルバルディ!』

 

「出来る動きだ。だが!」

 

 バズーカを放ち、赤いガルバルディの編隊の気勢を止める。

 

「エマ中尉、行ってくれ!」

 

『でも!』

 

「この程度で墜ちてはやれないさ!」

 

 3機のガルバルディβに囲まれつつも、バズーカで牽制してエマ中尉の背中を押す。いきなり味方を撃てとは言えないんだ。だったらこちらで引き付けるしかなかろうて!

 

「まだ慣れないけど」

 

 ハイザックよりも遊びがないガンダムMk-Ⅱだが、その遊びのなさが却って自身の手足のように動かし易い。インターフェース周りはハイザックで熟知しているし、基本は同じなら戦場でも慣らして行くしかない。

 

 それに4年のブランクを抱えてるとは言ったって、グラナダではリックディアスの開発の為に図面を引いてテスト試乗も何回はしているし、MSのコックピットで青春を過ごした自身にとっては勝手知ったるゆりかごの中に居るようなものだ。

 

「この動きは宇宙慣れしている。スペースノイドか!」

 

 自分と同じように宇宙での動かし方をわかっている相手と言うのは正直手強くやりにくい相手ではあった。

 

「しかし、迂闊すぎる!」

 

 3機で囲んで逸る1機を見つけてバズーカを撃ち込む。

 

「所詮は連邦に組して増長しているからこうなる!」

 

 連携が崩れた所に横を擦れ違いながらビームサーベルでガルバルディβを切り裂く。

 

 しかし僚機をやられて気を引き締めた二機のガルバルディは強かに此方を攻め立ててくる。

 

「くっ、腕は確かならティターンズに組するなんて!」

 

 スペースノイドならばティターンズの蛮行を許せないはずなのに。あるいはエゥーゴをジオンと同じく扱うものだからか。同じ連邦軍でも平気で撃ち合えるのか。

 

(お前は、親に銃を向けるのか!!)

 

(母さんが死んだんだぞ!!)

 

「くっ、カミーユ! エマはカミーユを捕まえないかっ」

 

 肉親同士で銃を向け会うなんてしちゃいけない事をさせないためにエマ中尉をカミーユのもとに向かわせたのに、怒りで前しか見れないカミーユとまだ遠慮しているエマ中尉が抑えられなかったと納得出来るはずがない。

 

「クワトロ大尉のリックディアスの反応が消えた!?」

 

(ばっかやろおおおおおお!!!!)

 

「カミーユ……。敵は退いてくれるか」

 

 ティターンズ艦隊から帰還信号が上がったのを見て戦場が落ち着いていくが、あとに残ったのは深い悲しみだった。

 

 目の前で母親を殺されて、父親も星屑に消えていった。そのふたつの死は、子供にとって受け入れきれるものではなかった。

 

『お前ら待てよ!! そんな事をやるから、みんな死んじゃうんだろっ!!』

 

 悲痛を怒声と共に吐き出す少年の姿に、やりきれのなさと後悔だけが胸に募るだけだった。 

 

 戦闘を終えたアーガマに、エマ中尉のガンダムMk-Ⅱ一号機とカミーユのガンダムMk-Ⅱ三号機を連れ立って降りる。

 

「銃を向けなくて良い」

 

 エマ中尉の一号機のハッチが開いて兵が銃を向けるが、それを制して一号機のコックピットに取り付く。

 

「約束通りカミーユを連れ帰って頂いて感謝致します」

 

「い、いいえ……」

 

 歯切れの悪い返事を返すエマ中尉の手を引いてコックピットから出るように促す。

 

「心配要りませんよ。中尉はティターンズではない、違いますか?」

 

「そう言いたいけれど、言葉のままには行きませんでしょう?」

 

 確かにエマ中尉の言うように、クルー達の視線は疑心になっている。ティターンズは地球出身のエリートで構成されているという関係上、コテコテの地球至上主義者の集まりだと皆が思っている。

 

 投降すると見せ掛けたスパイではないかと疑ってしまうのは止むを得ないものだ。

 

「カミーユを降ろしたら共に来てください。着替えは女性スタッフを付けますから」

 

「捕虜の扱いにしては優しすぎませんこと?」

 

「言ったでしょう? 猫の手も借りたいと」

 

 エマ中尉を連れたまま、Mk-Ⅱ三号機のコックピットに取り付く。

 

「非常開放スイッチは何処に?」

 

「あっ、はい。こちらです」

 

「ありがとうございます」

 

 外部から三号機のコックピットを開けて中に入る。

 

「カミーユ……。良く帰ってきたよ」

 

「くっ……。ユキさん、どうして、こんな……っ」

 

 深い悲しみに沈む傷ついた少年を慰める言葉なんて、何も出なかった。

 

「カミーユ……」

 

「最初から、こうなるんじゃないかって考えなかったから、母さんが。親父までっ。あんなの人の死に方じゃないですよ!」

 

 ガンダムを盗んで、それが両親の死に繋がった。

 

 カミーユ自身、こんなに深刻な事に発展するとまでは考えも及びもしなかっただろう。

 

「親父もお袋も技術者で、Mk-Ⅱを造ったんだから何処かでティターンズも手を出さないだなんて思っていたからっ」

 

「そのまま吐き出して良い。溜め込むと良くない」

 

 気の回らない慰めにもならない言葉だ。

 

「アカリ大尉。クワトロ大尉がお呼びですよ」

 

「あ、ああ。すみませんレコア少尉、カミーユとエマ中尉を頼みます」

 

「え? あ、ちょっと!」

 

 渡りに船、居た堪れなくなって役目もないから逃げるようにカミーユをレコア少尉に押し付けてMSデッキをあとにする。不甲斐なく生き恥を晒す男だから、傷ついた少年の親代わりにもなれやしなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「良し。動いてくれよ」

 

 整備を終えたリック・ドムⅡに火を入れる。幾つものディスプレイが現れては消えて、機体に整備プログラムが走っていく。パワーゲインもボーダーを突破しニュートラルに移行。全システム、オールグリーン。

 

「起動試験終了。…お疲れ様」

 

「束博士も」

 

 徹夜で完徹した甲斐あって、リック・ドムⅡはわずか1日で修理が完了した。大破状態から1日で仕上げたのだから上出来だろう。

 

「ぬわぁん、もう疲れたも~ん。束さん電池切れぇ」

 

「フフ。寝る前に食事にするか」

 

「の前におふろぉ」

 

「はいはい。食事は用意しておくから。って、ちょっと!」

 

 そう言って別れようとした所に、束博士に腕を掴まれて背中に負ぶさってきた

 

「う~ん、身体洗うのめんどっちだから洗ってぇ」

 

「それくらい自分で。……ハァ、仕方ないな」

 

 リック・ドムⅡを壊して修理に付き合わせたのは自分だ。付き合ってくれた彼女のそれくらいの我が儘は聞くべきなのだろう。

 

 束博士を背負ってバスルームに向かった。

 

 白衣と絵本から出てきたお姫様の様なドレスを脱がして、スラリとしながらも女性的な肉付きをした身体は蠱惑的で、胸に実る大きさはそんじょそこらの男だったら襲われたって文句は言えないが、そういう雰囲気じゃないし、一応は自制出来る年齢の自覚があるから気にしないでいられる。

 

 いっそのこと欲に素直なら楽なんだろうが。

 

「ん~っ、気持ち良いにゃぁ……」

 

 桃色の髪の毛を洗い始めれば、子供みたいに顔を緩ませる束博士に欲情よりも父性を抱いてしまうのは、おれは枯れているのだろうか?

 

 

 

 

to be continued… 



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第26話ージャブローの風ー

やっぱりこのタイトルしか思い浮かばなかった。

しかしISの小説なのにガンダムメインだなんて詐欺かもしれず怒られそうだけど、ちょっとずつお気に入り増えてるから需要はあると信じたい。

しかし書き終わって読み返したら何故かエマさんとの絡みが多くなっていた。なんでさ?


 

「すぅ……すぅ……」

 

 隣で静かに寝息を立てている彼を横目に、私は投影ディスプレイに目を走らせる。手元は静かに動かしているから作業効率はいつもの30%程だけれども、彼の寝顔を見れるから構わなかった。

 

 起きてる時は自然体に見えても無意識に気を張っているから、完全に無防備の彼を見れるのはベッドの上だけである。

 

 半年も経てば随分と髪の毛も伸びてくるけど、手入れが良いのかサラサラで指通りの良い髪の毛を手櫛で梳く。

 

「んっ……んん……」

 

 髪を撫でられて身動ぐ彼から手を離して作業に戻る。

 

 宇宙で製造中のガンダリウムを使って、ISサザビーは真のIS型MSとして生まれ変わっていく。

 

 またチタン合金セラミック複合材も作って、それはリック・ドムⅡに使っている。

 

 宇宙世紀の技術転用は着々と進んでいる。

 

 純粋な戦闘用ISの開発は、一昔前の私ならやらなかっただろう。

 

 でも彼が現れて、私の夢を実現するために必要なら、何より彼の為ならいくらでも作ってあげられる。

 

 私のニュータイプは、替えの利く存在ではないのだから。

 

 胸元からサイコフレームを取り出して手の中で転がす。

 

 T字状の形をしたサイコフレームのサンプル。

 

 これが宇宙から降ってきてくれてからすべてが始まった。

 

 ニュータイプという存在に興味を持った。

 

 そして現れたニュータイプは私の夢を笑わなかった。

 

 大人が、男が一笑いにISの存在を認めなかった。

 

 男なんてキライだ。

 

 でも、彼だけは違う。待ち望んだニュータイプだからってわけじゃない。

 

 私の話を、夢を笑わなかった。そればかりか私の夢を手助けしてくれる。汚れ仕事も嫌な顔もせずに引き受けてくれる。

 

 私を肯定して、天才だからって押し付けないで自身で努力して私と共に立つ彼に思いの比重が寄るのはそう時間はかからなかった。

 

 今はまだ、友達以上恋人未満の様な曖昧なのが心地良いからだけど、彼さえ受け入れてくれるなら、そうなっても良いと思える。

 

 優しくて、たくさんの傷を抱えていても夢を追っている眼に魅入られてしまったから。彼という存在を愛おしく感じてしまっているから、何でもしてあげたいし、守ってあげたくなる。

 

 私は彼にたくさんもらっているから。それを返せるなら、私の人生をあげても良いの。

 

 だからずっと傍に居て欲しいの、優しくしてよ。

 

 ハマーン・カーンや、ララァ・スンの所には行って欲しくないの。

 

「その為にはハマーンを倒してみせないとっ」

 

 オールドタイプだからってニュータイプに勝てないわけじゃないんだ。   

 

 その為にISの開発は第四世代の開発をもって中断。今はIS型MSの開発に全力を注いでいる。

 

 シナンジュがあるなら、敵もIS型MSを実戦に投入して来るだろう。

 

 ISの戦闘能力は自衛手段の為の付属物でしかない。それをわかっていないでISを最強の兵器として扱うから嫌なんだ。

 

 IS型MSは初めから戦闘するために生まれたMSにISの能力を付けるという逆転現象になっている。

 

 それの何処が違うのかと言われたら、稼働するのにISコアを必要とする以外は、普通車とスポーツカー位の差がある。戦闘用に特化しているから、

 

 シナンジュの完成度からいって、IS型MSの技術は向こうに分がある。だから急いでこちらも開発を進める必要がある。

 

 図面に起こした設計図。ガンダムフェイスの機体。背中のプラットホームには幾つもの突起物が付いている。

 

 また両肩にシールドを備えたザクもある。いくつもの設計図を吟味して次に造れる機体を製造ラインに入れる。

 

 クロエちゃんの機体も考えなくちゃならないし。やることは山程だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「私服だと、雰囲気も変わるものですね」

 

「エマ中尉もお似合いですよ」

 

「ええ。ありがとう」

 

 パイロットスーツから普段着に着替えた自分は、服に着られている様に見えるだろう。トレンチコートを羽織っているから背伸びをする子供に見えるらしいが、この深緑のコートを羽織っていると落ち着くものがある。緑さ加減がジオンの制服と同じだからだろう。

 

 エゥーゴでもやっぱり心の底ではジオンとして戦いたがっている証拠だ。

 

 星の屑に殉じる事が出来なかった男の無様な悪足掻きだろう。

 

「カミーユ……」

 

 レコア少尉に引かれてやって来たカミーユの姿を見て、おれは声をかけられなかった。

 

「良いのよ、無理しないで」

 

 レコア少尉がカミーユをソファに座らせ、クワトロ大尉が声をかけた。

 

「……冷たい言い方だが、ティターンズというのはああいうものだ」

 

 スペースノイドを、宇宙を省みないからあんな事が出来る。入れ物のひとつ程度としてひとつのコロニーの住人を毒ガスで殺すことが出来るのだ。

 

「特に酷いやり方とは言えないのが、悲しいことなのさ」

 

 それで割り切れるなら楽な事はない。目の前で両親の死を見て、その切っ掛けが自分にあって、そのことを受け止められるほどカミーユは大人じゃない。

 

 両親をザビ家に殺されたあなたなら、カミーユを察して別の言葉を掛けることだって出来るだろうに。

 

「クワトロ大尉は、まだ私をスパイとお思いなんでしょう?」

 

「ふむ…。エマ中尉のご両親が地球にいらっしゃるのなら、ティターンズの人質に取られているようなものです」

 

 人の情と言うものは大人であっても割り切れるものでもない。ましてや肉親ともなれば揺れ動いて当然だ。

 

 万が一にもエマ中尉がカミーユと同じ立場に置かれても、エゥーゴの側に着いてくれるという確信は言えないのだ。

 

「それが現実的な見方ですよね」

 

「カミーユ君が体験した」

 

「あ…、えっ、ええ……」

 

「クワトロ大尉、少しは」

 

 デリケートなことなのにデリカシーのないことを言うクワトロ大尉を咎める。

 

 同じティターンズだったエマ中尉も、自分の指揮官の惨さに責任を感じて顔に影を差してしまう。

 

「でも、バスク・オム大佐のやり方を知れば、私はもうティターンズには居られません。私の志しの高い両親なら、私がエゥーゴで働いても認めてくれましょうし」

 

 地球育ちのアースノイドとしては、エマ中尉は真っ当な見方を出来る人だ。そのエマ中尉を育てたご両親に会ってみたくなった。

 

 スペースノイドとアースノイドの溝が深い今という時代で、地球で生まれ育ちながらそう言う物言いを出来て物事を見れるエマ中尉の様な人は貴重な存在だった。

 

 ましてや地球至上主義者の集まりのティターンズに居ながらに染まることのなかった強かさも好感が持てる。

 

「アカリ大尉はどう見る」

 

「誘い入れた手前。おれはエマ中尉が信頼に当たる人物だと信じるよ。もしそうなってしまったら、同じ過ちを繰り返さないために皆で事に当たれば良い」

 

 でなければ目の前で深い傷を負っているカミーユに向き合う顔がない。MSを上手く扱ってみせるエマ中尉は、今のアーガマには必要だ。

 

「頭で考えていたって、身体が動くもんか……っ」 

 

 絞り出す様にカミーユが言った。確かにそうだ。カミーユの後悔を言葉にすればそれ以上の事はない。

 

「地球育ちの人が、宇宙で戦おうだなんてっ。…ハァーッ」

 

「考えている事と、やれる事というのは」

 

「それは、そうでしょうけど……」

 

 理想と現実というものだ。耳に痛い話だ。特におれや……、シャアにとっても。

 

 いや、多分それだけではないだろう。

 

「戦争がなくったって父は愛人を作ったし、母は母で、父が若い女と寝ているのを知っていても仕事に満足しちゃって見向きもしなかった。軍の仕事だ、ティターンズのだって張り切ってみせて。エゥーゴだティターンズだなんて、そんなのはどうだっていいんです! 子供はね、親に無視されちゃ堪らないんですよ!」

 

 レコア少尉の胸の中で泣くカミーユの慟哭。それでも親を失って涙を流すカミーユの優しさを尊く思うのは勝手な事だろうか。そんな親でも、カミーユにとっては替えの利かない存在だったのだ。

 

 今はグラナダに居る父を思う。MS一筋に生きて家庭を見なかった父。それでもおれの為に高機動型ザクを回してくれたし、使っているハイザックにも父の手が入っている。

 

 母を亡くして、親として父を見てなかったけど、カミーユの事を聞いてしまっては自分は恵まれているのだろう。だからかける言葉に迷う。

 

「シャア・アズナブルという方が居ましたよね?」

 

 エマ中尉からその名を聞いて一瞬身構えてしまったのは、目の前でコーヒーを口にする人物こそがその人だと知っているからか。

 

「サイド3を、地球連邦から独立させようとした、ジオンの子供で。キャスバル・ダイクンの別名ですよね?」

 

 少し思い出しながら確認する様に言うエマ中尉に、クワトロ大尉の様子が硬くなるが、カミーユにエマ中尉が目配せしたのを見て軟化した。皆目見当が着いたと。

 

「ジオン・ダイクンはザビ家に暗殺されて、ザビ家はサイド3にジオン公国という名前をつけて、地球連邦に独立戦争を仕掛けたんですよね」

 

 それが今から8年前の宇宙世紀0079の一年戦争だ。忘れよう筈がない。

 

「その時なんだろう? キャスバルがシャアと騙って父の恨みを晴らそうとしたのは」

 

「カミーユ君は、知っていて?」

 

 まるでカミーユに言い聞かせる様に語る。成る程、そう言うことか。

 

「知ってますよ。有名なんだから」

 

 目元を拭いながら起き上がったカミーユに、ハンカチを手渡す。涙を拭いたカミーユは口にした。

 

「でも、あの人、一人で組織に対抗して敗れた。バカなんです」

 

「フッ、正確な評論だな」

 

 一般的に考えてバカなことだろう。父の恨みを晴らす為に、ジオン公国に挑む。普通は諦める。でもこのバカはそれをした。アムロとガンダムだけじゃない。ジオン公国敗戦の切っ掛けはシャアも一枚噛んだのは事実だ。

 

 なのに赦せてしまっているのは、ララァのお陰だろう。

 

「自己破滅型なんですよ、あの人」

 

「そうなのか? シャアって」

 

 他人に言われて無自覚だから、クワトロ大尉はエマ中尉にも訊くように返した。

 

「地球に流れていった妹さんの事を、大切に思っていた人ですよ。そういうロマンスを持った人って…」

 

「ずっとバカだったのよ。ね? カミーユ」

 

「え…、そうですよ」

 

 確かにバカかも。妹と一緒に地球で暮らすことだって出来ただろうに。目の前の妹をほっぽり出して私怨を優先したのだから。

 

 でもそうであったから、おれはララァに出逢えた。だからバカでも感謝はしている。

 

「めでたいんだろうな。…どうです、エマ中尉。食事、ご一緒にしませんか?」

 

 ……酷評されて逃げたな、シャアめ。

 

「え? ええ…、レコア少尉は?」

 

「付き合うわよ。カミーユ君は?」

 

「ここに居ちゃ、いけませんか?」

 

「別に怒られないわ。アカリ大尉はどうしますか?」

 

「お邪魔でなければご一緒します。今はゆっくり落ち着いていけば良い、カミーユ」

 

「はい。……ありがとう、ございます」

 

 カミーユを残しておれは部屋を出る。今は言葉を掛けるより、そっとしておくべきだろうからだ。

 

「どうかしたんです?」

 

「クワトロ大尉にお尻を触られて」

 

「男ですからね。エマ中尉も気をつけてくださいね、美人だから」

 

「おだててもなにも出ないわよ?」

 

「つもりはないですよ。思った事を言っただけですから」

 

 なにしろ男所帯だ。花のあるエマ中尉に近寄りたい男だって、その内に出てくるだろうさ。

 

「でもその歳で大尉だなんて」

 

 見掛けはカミーユとそう変わらないからだろう。エマ中尉は不思議そうに言った。ブレックス准将の遊び心か、または皮肉なのか。デラーズ・フリート結成と共に戦時昇格で少佐にはなったが、連邦軍の公式文には自分はア・バオア・クーで大尉としてMIAとされている。

 

 だから大尉を賜らせられて色々と責任が着いてまわってくれている。

 

 部屋のドアが開いてレコア少尉が出てくるとカミーユの声が聞こえた。

 

「口外はしませんよ」

 

「ん?」

 

「大尉にお尻を触られてたの」

 

「ああ」

 

「違うぞ」

 

「はい」

 

 中でレコア少尉と何か話していたらしいけど、エマ中尉もそれを察しながら乗るのは、お茶目さもある。

 

「そう言えば、アカリ大尉の名前を聞いて思い出したんですけど、ジオンにはニュータイプのユキ・アカリという人も居ましたよね」

 

「ジオン・ダイクンの提唱したニュータイプ論の新人類ですね」

 

 ふと思い出した様に口にしたエマ中尉に、クワトロ大尉がこちらに話を向けてきた。

 

 シャアめ。自分がズタボロに言われたからって引きずり込む気だな。

 

「直感力と洞察力に優れて、宇宙での生活に適応した人間のことですけど。実際にそんなことがあるんでしょうか?」

 

「エマ中尉はどう思います?」

 

 ニュータイプの話を持ち上げたのだから、エマ中尉の思うニュータイプの事を聞いてみたくなった。

 

「それは、カミーユ君を見たらそう思いたくもなります。あんなあるがままを見て周囲の状況をわかってしまう洞察力が、訓練もしていない子に簡単に出来るとは思いません」

 

 確かに訓練を経た軍人には驚嘆するのも無理はないだろう。

 

 軍人としての観点なら誰もがエマ中尉と同じことを思うだろう。ただそれがニュータイプなら出来てしまうのではと不思議には思わない。

 

「でもニュータイプはそんな便利な存在じゃないし、万能でもない。ニュータイプだからって、戦争をひっくり返せる物じゃないんだ」

 

「アカリ大尉?」

 

 そうだ。ニュータイプだからって精々が戦術クラスをひっくり返せるけど、たった一人じゃ戦略をひっくり返せるわけじゃない。

 

「エマ中尉もニュータイプの素質はあると思いますよ。だからこうしておれの話を聞いてくれた。違いますか?」

 

「え? ええ、でもそれは、あんな事があれば私でなくとも」

 

「ティターンズに居ながらにスペースノイドの話を聞けるエマ中尉だからでしたよ。だからカミーユも任せられた」 

 

 空になったトレーを持って席を立ち上がる。

 

「MSの整備があるから下がるよ。Mk-Ⅱは2機をバラして予備パーツと解析に回す」

 

「良いのか? Mk-Ⅱの性能なら」

 

「確かに良い機体だけど、ハイザックでも十分に戦えるし、Z計画が軌道に乗れば、そこから機体を引っ張ってくるさ」

 

「わかった、そうしてくれ。ブレックス准将には」

 

「もう伝えてるよ」

 

「早いな」

 

「誰だと思ってるの?」

 

「それもそうだな」

 

 クワトロ大尉と、シャアとの会話を終えておれは食堂をあとにした。

 

「パイロットなのに整備士もしているんですか? 彼」

 

「私の至らない所のサポートをしてもらっている。ああ見えて、アーガマやリックディアスの図面を引いた秀才だよ。どうかなエマ中尉? 申し分ないとは思うぞ」

 

「私は別に。それに彼もまだ子供でしょう?」

 

「フッ、あれでも今年で23だぞ?」

 

「ご冗談を。……本当なんですか?」

 

「フフ、私も最初はそう思ったわ。でもエゥーゴのNo.3なのよ? 人は見掛けによらないっていうけど、騙されちゃうわよね?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 多くのメンバーが初見の時はユキを子供だと見るが、その能力に裏打ちされた年期の深さを感じれば子供だと見ることも改めていくのだ。

 

 実際エマもクワトロの話を聞くまでユキをただ者ではなくとも子供だと見ていた。でもそうなら、自分たちと同じ視点で話しているのも頷けた。

 

 とはいえ出逢ったばかりで親身にされるのも彼が自身を誘った手前だと思っているし、子供だと思っていたから気兼ねなく話せていただけで、クワトロの言う意味では決してないのだ。

 

「アカリ大尉もニュータイプで?」

 

「ニュータイプなら、中尉はどう感じる?」

 

「どうって。カミーユ君に感じるものと近い物をとしか。3機に囲まれてああもあっさり切り抜けてしまうなんてそうとしか」

 

「腕は折り紙つきだ。一年戦争のソロモンやア・バオア・クーに居たからな」

 

「そんなっ!? 一年戦争って16歳でそんな激戦区に。知らなかった……」

 

 あの優しそうな子がそんなに前から戦っていた猛者だとは見えなかった。そんなキャリアがあるのに連邦軍内では噂すら聞いた事がない。

 

「一年戦争後、連邦軍はニュータイプを危険思想として幽閉している。彼もその一人だよ」

 

「でもアムロ・レイの名は聞きます。ならどうして」

 

「英雄と言うのは必要ですからね。でなければ日陰も生まれない」

 

 光の指す英雄が居るなら、その影に隠れる者も居る。

 

 クワトロの言葉からエマはそう汲み取った。

 

 アーガマはルナツーを迂回して進路を地球に向けた。エゥーゴの次の作戦、地球連邦軍本部のあるジャブローへの攻撃の為だ。

 

「テンプテーションがビーム攻撃を受けたって?」

 

「らしいですぜ、どうも」

 

 アーガマの補給中での一報を、アストナージから受け取る。

 

 補給中でアーガマは動けないし、MSデッキもごちゃごちゃしていて出せるMSも少ないと言うのに。

 

『聞こえるかユキ』

 

「なんですか? クワトロ大尉」

 

『カミーユを連れてテンプテーションの救助に向かってくれ。私も百式の慣らしに出る』

 

「わかった。ついでだからフライングアーマーとメガ・バズーカ・ランチャーのテストもしたいけど」

 

『わかった。任せる』

 

 クワトロ大尉との通信を切ると、ふと誰かに見られているような感覚を感じた。

 

「不愉快だな。人を見下されている感じがする」

 

「どうかしたんで?」

 

「いや、なんでもない。テンプテーションの救助だ。おれのザクを出してくれ」

 

「了解。5分くださいよ」

 

「なるべく急いで」

 

 アストナージにハイザックの準備をさせるように言って、もう一度気配を探るともう感じなくなっていた。

 

「なんなんだ……」

 

 でも気にしても仕方がない。まずはテンプテーションの救助が先だ。

 

 ハイザックに乗り込み、フライングアーマーと共にカタパルトに乗る。

 

『進路クリア! 発進どうぞ』

 

「アカリ・ユキ。ハイザック、フライングアーマーで発進する!!」

 

 カタパルトから射出され、フライングアーマーがウィングを展開する。

 

「機動性は中々だな。大気圏突入能力と、SFS能力とは結構な物だ」

 

『どうしてシャトルがビーム攻撃を受けたんだ?』

 

「さてね。でも気をつけて。おれたちを見てたやつが居る」

 

『見ていた? 感じたのか』

 

「人を見下す厭な感じだったよ。っ、来るぞ!!」

 

『え?』

 

『なに?』

 

 テンプテーションを視界に納めるまで接近すると、彼方から近づいて来るものがあった。

 

『なに!?』

 

『モビルアーマー!?』

 

 MSの一回り大きなMAがおれたちの脇を通り過ぎて行った。

 

 百式がメガ・バズーカ・ランチャーを展開する。おれもフライングアーマーでMAのあとを追うが推力の差がありすぎて追い付くことが出来ない。

 

「まただ。おれたちを見ている。もしかして」

 

 テンプテーションを攻撃したのはおれたちを見るためか?

 

 もしそんな事で攻撃したならとんでもないやつだ。

 

 百式がメガ・バズーカ・ランチャーを放ったが、シャアの腕をしても中る事はなかった。

 

 あのMAのパイロット、ニュータイプか……。

 

「テンプテーションへ。私はエゥーゴのアーガマ所属、アカリ・ユキ大尉であります」

 

 攻撃されたエンジンの消火作業に当たるMk-Ⅱと百式に代わって、おれが代表としてテンプテーションに接触する。

 

『テンプテーション機長、ブライト・ノア中佐であります。救援に感謝します、ユキ大尉』

 

 ブライト・ノア。一年戦争ではホワイトベースの艦長だった男だ。因果な物だ。地球の軌道上で再び会うことになろうなんて。

 

「消火作業後にアーガマに収容します。よろしいですね?」

 

『よろしくお願いします。当機はグリーンノアからの難民も乗せていますので』

 

「それも合わせて対応します。クワトロ大尉!」

 

『聞こえていた。カミーユ!』

 

『あ、はい!』

 

『ユキからフライングアーマーを受け取って先にアーガマに戻れ』

 

『了解です。アーガマに説明すれば良いんですね』

 

『そうだ。出来るな?』

 

『出来ますよ』

 

 消火作業を終えて近づいてくるMk-Ⅱにフライングアーマーを明け渡しながらカミーユに声をかける。

 

「フライングアーマーの動きに慣れておいて。ジャブロー降下に使うから」

 

『わかりました。お先に!』

 

 フライングアーマーに乗ったカミーユのMk-Ⅱを見送って、テンプテーションに取り付く。

 

『スラスターは全部ダメだ。MSで曳航するぞ』

 

「了解、ザクで押していくから引っ張ってくれ。ったく、マメなことで」

 

 結局正体不明のMAとは接触出来ず、テンプテーションを曳航してアーガマまで戻った。だがパイロットがニュータイプであろうことはシャアと自分の共通認識だ。

 

 しかしジャブロー降下作戦を前にしてピリピリしている時に民間人を船に入れなくちゃならないなんて。人情に厚いヘンケン艦長でも嫌がりそうだ。

 

 テンプテーションを収容したアーガマは、乗っていた民間人の収容に追われた。

 

 気をつけて戦っていたとはいえ、MSが墜落して家を失ったグリーンノアの人々を前にして申し訳なくなる。大事な作戦の前とはいえアーガマで面倒を見るのが筋であり、せめてもの罪滅ぼしだ。

 

「自分に問題はありません」

 

「頼みます」

 

「そうなりゃ、自分は提督のお供が出来る」

 

 補給の催促の為にアーガマを離れることになったブレックス准将。

 

 そして一年戦争の英雄艦、ホワイトベースの艦長を迎い入れたとあって、ヘンケン艦長はブライト中佐にアーガマのイスを譲る事にしたらしい。

 

「君がシャトル便に回されたのも、ティターンズの陰謀みたいなものさ」

 

「まぁ…」

 

 かつて連邦軍のニュータイプ部隊とまで言われていたホワイトベースの艦長だけあってか、人気の高い彼をジャマに思ってティターンズに冷飯を喰わされていたらしい。

 

 そういうことをしないとやっていけない連中の矮小さが眼に浮かぶ様だ。

 

「ホワイトベース時代の中佐の実績が、今のアーガマには必要なのです」

 

 なにしろジオンの勢力圏に降りたホワイトベースは、ほぼ地球を一周してジャブローに入り、さらには宇宙でのソロモンやア・バオア・クーにも参加したのだ。

 

 一隻の船の戦歴としてはあり得ないほどの戦場を潜り抜けてきたのだ。その艦長がアーガマに乗るなら不満を言える者などいない。

 

「自分は2隻も艦を沈めてしまった艦長ですよ。クワトロ大佐」

 

「私は大尉です。ブライトキャプテン」

 

 パイロットスーツの襟に階級章も着いているのにシャアをクワトロ『大尉』ではなく『大佐』と無意識に口にしていたのだろう。ニュータイプ部隊を率いていたまではある。ニュータイプではなくとも本質を感じる事が出来る人の様だ。

 

「先程はありがとう。しかし初めてなのにその気がしないな」

 

「こちらこそ。一応は8年前に宇宙(ここ)で出逢いましたよ、あなたとは」

 

「8年前? 一年戦争……。まさか…!?」

 

 さすがはブライト艦長。少しヒントを出しすぎたかも知れないが、激戦を潜り抜けてきた艦長ではある。

 

 疑る様な、疑問に思う視線を向けてくるブライト艦長だが、せっかくの艦長就任に余計な蟠りは持ち込みたくない。

 

「今の自分はエゥーゴですから」

 

「なら、その様に扱う。よろしく頼む」

 

「こちらこそ」

 

 ブライト艦長と握手を交わす。少なくとも疑念は晴らしてくれたようだ。

 

 今さら怨み辛みを持ち込むほど子供じゃない。戦争で、互いにそうだったということだ。

 

「紹介します。ガンダムMk-Ⅱのパイロット」

 

「カミーユ・ビダンです。2年前に、講演会でサインを頂いた事があります」

 

「そ、そうか。よく助けてくれた。ありがとう」

 

 少しはしゃぎ気味のカミーユに気圧されたか、ブライト艦長は困り顔を浮かべてカミーユの手を取った。

 

 ただ困っているというより困惑していると感じた。

 

「驚いたでしょうね」

 

「え?」

 

 後ろからエマ中尉に声をかけられ、どういう事なのかと続きを待った。

 

「カミーユがガンダムMk-Ⅱに乗ったところを一緒に見たのよ。私とブライトキャプテンは」

 

「ああ、なるほど。そういう」

 

 納得が行って理由がわかったところで、エマ中尉を連れてMSデッキに下がる。

 

「でも良いのかしら? 私がリックディアスに乗って。アカリ大尉の方が」

 

「重MSよりもザクの方が性にあってるからお構い無く。直に作戦開始ですから、調整は忙しいですよ? シミュレーションでも良いので挙動に慣れておいてください」

 

「ありがとう」

 

 新しく納入されたリックディアスをエマ中尉に任せ、初めての重MSに対してレクチャーする。

 

 重MSは一年戦争後半でリック・ドムに乗っていたし、リックディアスの設計、さらに言えば設計を流用した基のガンダムGP02の図面もおれが引いた物だ。

 

 ある意味リックディアスを知り尽くした人間が説明をするのが間違いではないだろう。

 

「感覚がわかってきました」

 

「さすがだ」

 

「どうも」

 

 エマ中尉へのレクチャーを終えてブリッジに上がると、丁度ブライト艦長とヘンケン艦長の引き継ぎが行われていた。

 

「ご家族がジャブローに居ると言うが、良いのか?」

 

 気遣う様にヘンケン艦長がブライト艦長に訊ねる。

 

 これからエゥーゴはジャブロー降下作戦を行い、連邦軍の中枢を攻撃しようと言うのだ。その戦火に巻き込まれないという保証もないし、その作戦指揮も自ら執らなければならないのだ。余程の者でなければ心配して当たり前だ。

 

「なに、女房はニュータイプみたいなものですから」

 

「奥様はどういうお方で?」

 

「ミライ・ヤシマと言います。一年戦争ではホワイトベースの操舵手をやっていました」

 

「なるほど」

 

「そりゃあ、大丈夫だな」

 

「同感です」

 

 ニュータイプともあれば、ブライト艦長が信じるのもわかる気がする。

 

「クワトロ大尉」

 

「はい?」

 

「頼み事があるのだが…」

 

 解散となってブリッジを出ようとした所に、ブライト艦長がクワトロ大尉を呼び止めた。

 

「わかりました。ユキ」

 

「了解。終わったら呼んでくれ」

 

 とはいえ心配なものはそうなのだと言ってやるわけにも行かないだろう。

 

「ボウズも行ってこい」

 

「え? でも」

 

 ブライト艦長に代わって艦長席に座ろうとするのを、ヘンケン艦長に押し退けられてしまった。輸送船の出発まで時間はあまりないのに、乗り遅れたらブレックス准将との合流も遅れてしまう。

 

「ジャブローに降りるんだ。最後の仕事くらいさせろ」

 

「わかりました。クワトロ大尉、ブライト艦長も」

 

「感謝します、ヘンケン艦長」

 

 大人同士の機微という物だ。理念に拠って立つ組織にあって、人同士の繋がりが組織を支える。

 

 デラーズ閣下のもとで学んだ事だ。

 

「そのエレベーター待って!」

 

「え?」

 

 閉まるエレベーターに手を挟んで乗り込む。

 

「ほっ。間に合った」

 

「危ないですよ? 次を待っても良いんじゃないですか、大尉」

 

 エレベーターに乗っていたのはエマ中尉だった。強引に乗ったから少し飽きれ気味だった。

 

「パイロットの睡眠時間は貴重ですよ。エマ中尉も仮眠ですか?」

 

「ええ、まぁ」

 

「んっ、ふあぁ。…失礼」

 

「いいえ。…寝てないんですか?」

 

「忙しくてね。本当はMSの整備に着いてなくちゃいけないんですが、アストナージに突っぱねられちゃって」

 

「パイロットなんですから。寝不足は天敵ですよ」

 

「熟知していますよ」

 

 エレベーターが着いて降りると女の子の声が聞こえてきた。

 

「子供のわたしに見ていられると思うの!? 」

 

「あ…」

 

「勘弁してよ! バカぁー!!」

 

「エマ中尉?」

 

 先に降りたエマ中尉に手を引かれると、エレベーターの扉に縋りついて泣く女の子が見えた。確かカミーユのガールフレンドのファ・ユイリィと言ったか。テンプテーションに乗っていて、両親はティターンズに捕まったとか。カミーユがガンダムを盗んで、その隣に住んでいたからという理由でらしい。偶々彼女は逮捕の時に居合わせず難を逃れたとか。

 

「悲しいものですね」

 

「だからティターンズは叩かないとならない。エマ中尉も」

 

「わかっています。そういう時が来ても迷いはしません」

 

「例えそうであっても抱え込まないでほしい。こんなおれでも、聞き役位は出来る」

 

「ありがとう」

 

 誰もが先のわからない戦いに不安を持っていた。ティターンズの非道さが、その不安に拍車を掛けていた。

 

 仮眠を終えて、艦隊が集結すると艦内放送がかかった。

 

『私は、本日をもってアーガマの艦長に就任した、ブライト・ノア大佐である。パイロットはMSデッキに集合。各員発進準備にかかれ!』

 

「さすがはブライト艦長。威厳がある」

 

 ブライト艦長の放送でアーガマの空気が引き締まったのがわかる。

 

「カミーユ。エマ中尉も」

 

「ユキさん。今の放送聞きました?」

 

「ああ。ブライト艦長のな。いよいよ作戦だ、引き締めていけよ」

 

「了解です!」

 

 カミーユの返事を聞きながらやって来たエレベーターに乗り込む。

 

「大尉は地球に降りたことは?」

 

「4年前に一度きりです。生まれは地球でも、宇宙で育ちましたからね。心はスペースノイドのつもりだ」

 

「僕と一緒ですね。僕も生まれは地球でした」

 

「不思議ね。ニュータイプだからかしら」

 

「偶然さ。……ティターンズも態々こちらを降ろす気はないだろうさ。降下しながら戦闘になる。重力に引かれながらの戦闘だから動きには注意して行くように」

 

「まるでやったことあるように言いますね」

 

「まぁね」

 

 カミーユの言うように、実際に一年戦争の時に低軌道海戦はやったことがある。

 

「この背中のキャノンはどうしたの!?」

 

 MSデッキに行くと、おれのハイザックの背中にキャノンが着いていたのだ。

 

「グラナダからの贈り物ですよ。ジェネレーターもアナハイム製に換装してあります。あと手紙っすね」

 

「手紙?」

 

 アストナージからカプセルを渡されて中身を見る。

 

「『健闘』……か。フフ、まったく不器用なんだから。父さんらしい」

 

 昔から不器用で話した口数は少ないけど、ジオン軍時代から変わらず色々と便宜を図ってくれていた。

 

 だから家庭を見向きもしなかった父でも、MSに対する熱意は共有出来ていた。

 

「降りられるんだね!」

 

「フライングアーマーの推力なら平気です。大尉なら出来ますよ!」

 

「でなきゃ乗らないよ!」

 

 ハイザックのコックピットに上がって機体を立ち上げる。

 

「240mmか。MSなら木っ端微塵だな」

 

 ビームランチャーも装備してフライングアーマーを引っ張り出す。

 

『出るぞ!』

 

『ガンダムMk-Ⅱ、発進よろし!』

 

『リックディアス、発進よろし!』

 

「ハイザック・キャノン、発進よろし!」

 

 MS隊の発進が始まった。百式やリックディアス、ガンダムMk-Ⅱがフライングアーマーで発進するのを見送る。

 

 するとブリッジからコールがかかる。

 

「アカリだ。如何した、艦長」

 

『すまないが、頼んだ。健闘を祈る』

 

「了解した。任せてくれ」

 

『発進どうぞ!』

 

「アカリ・ユキ。ハイザック・キャノンはフライングアーマーで発進する!!」

 

 フライングアーマーに乗ってアーマーから発進する。

 

「MS隊は百式を中心に編隊を組め! 後続はティターンズの迎撃に当たるぞ! 続け!!」

 

 MS隊に指示を飛ばし、高度を上げる。

 

「今の光。右翼の外縁がやられた!?」

 

 サラミスが撃沈され、テンプテーションを襲ったあの気配が感じられた。

 

「エマ中尉とカミーユを寄越したのか? 他の者はティターンズの第一波を迎撃しつつ地球に降下だ!」

 

 襲ってきたのはたったの一機だ。なら数で囲んで叩いた方が早い。

 

「それでも速すぎる!」

 

 ビームランチャーを撃つが、ビームが通る時には既に機影は過ぎ去っている。

 

「深追いするなエマ中尉! そいつは普通じゃないっ!」

 

『エマさん! それはダメです!』

 

 MAに構っていたら、ティターンズの先鋒がやって来てしまった。

 

「カミーユはガルバルディに当たれ! MAはこちらで抑える! エマ中尉!」

 

『了解! 行きます!!』

 

 カミーユをガルバルディβに当たらせる。動きが先の手強いやつだが、カミーユならば切り抜けてくれるだろう。

 

「くそっ、おれがここまで外すなんて」

 

 長距離狙撃も可能なビームランチャーでMAを狙うが、一発も掠めず苛立ちを感じ始めた。

 

(ジェリド、あんたには無理だ! 魂を重力に引かれている奴には――ジェリド!!)

 

「言葉が走った!? だからティターンズに着くからっ」

 

 同じスペースノイドの最後を感じながら突っ込んでくるMAにビームランチャーを撃つ。

 

「なに!? 離れろエマ!!」

 

『MAが!? ああっ!!』

 

 まさかのあろうことか。MAはMSに変形してエマ中尉のリックディアスの右腕を切り裂いて行ったのだ。

 

「こいつはあああっ!!」

 

 あまり使いたくなかったキャノン砲も使って、エマ中尉のリックディアスから可変MSを追い払う。

 

(ユキ! 距離を取れっ)

 

「エマが危ないんだよバカ!!」

 

 シャアの声に怒鳴り返しながら、機械に頼らず感覚を研ぎ澄ませて可変MSに向けてビームランチャーを撃った。

 

 撃ったビームは可変MSの左足を貫いて爆発を起こした。

 

(ぐうっ!? これ以上地球の重力の井戸に引かれるのは御免だ。あとは後続に任す)

 

「退いてくれたが。しかし」

 

 可変MSはアナハイムでもまだ計画中のカテゴリーだ。それが出てきているなんて脅威以外の何者でもない。

 

「エマ中尉、無事か!?」

 

『え、ええ。でもさっきの声は』

 

「ニュータイプだと言うことだ。エマ中尉はアーガマへ下がれ」

 

『そんな、まだこの程度なら降りられます!』

 

「ここは経験者の言うことを聞け! 損傷箇所から熱が上がって爆発しないとも限らないんだから!!」

 

『っ……。了解。でもギリギリまでアーガマの直掩に回ります!』

 

「それで済むならそうしてくれ。大気圏突入だ! 始まるぞ、わかってるの!?」

 

 敵に構い過ぎる味方機に注意を促しつつ、エマ中尉を伴ってアーガマに向かう。

 

『予備の弾と一緒にフライングアーマーを出させる。それで行ってくれ!』

 

「了解した、キャプテン」

 

 リックディアスが収容されるのを見届けて、射出されたフライングアーマーに乗り換え、MS降下部隊の最後尾に着き大気圏へ突入する。

 

「バランスが取りにくい! アストナージめ、戻ったら文句言ってやるっ」

 

 僅かにフライングアーマーの外に出てしまう砲身を庇う為に機体を傾けるから不安定なバランスで大気圏に突入していく。

 

「はぁ……。地球の重力か。……ガトー少佐、ビッター少将、デラーズ閣下。……私はこれで、本当に良かったのでしょうか」

 

 かつて二度と地球に降りることはないだろうと思った。脳裏を過ぎた男たちの顔。星の屑に殉じた同胞の顔が思い浮かんだのは、その言葉をその渦中で口にしたからだろう。

 

『本当に降りられるのかよォ!!』

 

『ミ、ミサイルが!!』

 

『コア・ブースター!? 迎撃機が上がって来ているぞ!!』

 

「狼狽えるな!! 動いていればこれしきの弾幕程度どうという事はない!」

 

 対空砲火に怖じ気づく味方に発破を掛けながらジャブロー上空へ降下する。

 

「くっ、反動が強くて気軽には撃てんか」

 

 キャノン砲を撃つも、反動でバランスが崩れてしまうためそれを念頭に入れながら対空砲座を潰していく。

 

「感覚がわかってきた。……カミーユとクワトロ大尉はどこだ?」

 

 一番最後に降りたとあって、もうジャングル内でMS戦が始まっていた。その所為か百式もガンダムMk-Ⅱも見当たらない。

 

「赤いリックディアスはやはり目立つな。うわっ!?」

 

 地上からの攻撃がフライングアーマーに突き刺さり、慌ててジャングル内に着地する。

 

『アカリ大尉! ご無事で』

 

「ロベルト中尉か! 鷹があの程度で墜ちるか!」

 

『ご尤もで』

 

 いかんいかん。念願のジャブロー攻略とあって、ジオンの血が沸いているらしい。

 

「……戦況はどうなっているんです?」

 

 一度落ち着いてから、ロベルト中尉に窺う。

 

『この先のゲートを攻撃中ですが、守りが堅くて、うっ!』

 

「うおっ! ええい、砲台か!?」

 

 近くで大爆発が起きて機体が揺れる。

 

 ここにこのまま留まっていても埓が明かない。

 

「正面から突っ込む! 援護を!」

 

『了解! 各機、大尉に続け!!』

 

 支援用MSで正面を張るなんてバカのすることだが、ジェネレーター出力も上がってパワーもある今のこのザクならばやれない事じゃない。父に感謝して、あとで土産でも送るか。

 

「あれは、ザメル!? 連邦に降ったかっ」

 

 680mmという化け物砲を装備する重MSだ。その巨体に反して機動性はドム並みに高いのである。嘗めてかかると手痛い目に遭う。

 

「だが、動きが鈍い!」

 

 ビームランチャーで680mmカノン砲を撃ち抜き、ジャンプしてキャノン砲で身動きを止め、ビームサーベルでコックピットを一突きする。

 

「脅威は排した! 進め!」

 

『さすがは大尉ですな。大尉が道を開けた、MS部隊突入せよ!』

 

 攻撃の要のザメルを黙らせたあとは脆いものだ。トーチカを破壊し、ザクタンクやガンタンクを次々と撃破してMS部隊は進んで行く。

 

「ザメルよ、静かに眠るが良い……。ジーク・ジオン」

 

 やはりジオンの血が沸いている様だ。

 

 過ぎ行くザメルの背中に敬礼を送り、MS部隊に続く。

 

「おかしい。迎撃機が旧式ばかりとは」

 

 なにかがある。そう感じられずにはいられなかった。

 

『罠ですかね?』

 

「でなければ説明のしようが出来ん」

 

 抵抗も入り口に入るまでの方が激しかった。なのにジャブロー内は殆ど抵抗されずに進んで行く。

 

『おかしいですな。エリア1のビルは殆ど空です。ティターンズはここを引き払ったんじゃないですか?』

 

「捕虜に確認を取らせる。私はエリア2に向かう」

 

『了解。お気をつけて』

 

 ロベルトと別れて、先に進む。だが進めば進む程気持ちが悪いくらい静かになっていく。

 

「エリア2か。静か過ぎるな」

 

 MSどころか人っ子一人見当たらない。まるで空き家には入ったかの様だ。

 

「なに!? レコア少尉か! カミーユ!」

 

 必死なレコア少尉と、カミーユの気配を感じて機体を進ませる。

 

「どこだレコア少尉……。もう少し強く必死になってくれ」

 

 感じていた方向に 機体を進ませていくと、ガンダムMk-Ⅱが見えた。

 

「見つけたのか、カミーユ!」

 

「ユキさんか!? レコア少尉を見つけました!」

 

「良く見つけてくれた。一度本隊に向かうぞ!」

 

「了解! …あっ、クワトロ大尉だ!」

 

『ユキとカミーユか。あと10分でここの核爆弾が爆発する! 動けんのなら百式で運ぶ!』

 

「核での自爆か。だからか」

 

「レコアさんを見つけました! それと、カイ・シデンさんと言う方を救出しました!」

 

『良くやった。脱出する!』

 

 最大速度でジャブロー内を突き進む。だが、まだあちらこちらで人の居る気配を感じてしまう。

 

「味方まで巻き込んで自爆とは。正気の沙汰ではないっ」

 

 助けを求める声を聞けてしまうニュータイプの力が、今は恨めしい。

 

『大丈夫か、ユキ』

 

「……平気だ。とは言い切れんよ」

 

 ゲートを抜け、滑走路を進むガルダに3機のハイザックが絡んでいた。

 

『飛べカミーユ! 敵は私が抑える』

 

「発進を援護する必要がある。行け!」

 

『了解!』

 

 人を乗せているカミーユのMk-Ⅱをアウドムラに向かわせ、ビームランチャーでハイザックを1機撃墜する。

 

『相変わらずだな』

 

「世辞はいい!」

 

 反動の強いキャノンは使わず、もう一度ビームランチャーで狙い撃つ。

 

「防いだ? なかなか!」

 

『先に行け! ザクのジャンプ力が届かなくなるぞ』

 

「ええいっ。お前もだぞシャア!」

 

『おう!』

 

「行くぞ!!」

 

 パワーをバーニアに回して一気にジャンプする。

 

「届くか!?」

 

 推力が上の百式がハイザック・キャノンを追い越して先にアウドムラに乗る。

 

「クソッ」

 

 だが機体の重さか、あと一歩での所で機体の浮力が無くなるのを感じた。

 

 ここまでか。……いや、それも良いのか。今ならジオン軍人として死ねそうだ。

 

(諦めないでっ! キャノンを外して!!)

 

「カミーユ!? ええい!!」

 

 だがそんなおれにカミーユが発破をかけてくれた。

 

 キャノンをパージすると、ガンダムMk-Ⅱがビームライフルでキャノンを撃つと残っていた弾の火薬が大爆発を起こして機体の背中を押した。

 

『やった!』

 

『うむ。よくぞ』

 

「カミーユのお陰だ……」

 

 背中に核の光を感じながら、俺たちはジャブローを脱出した。

 

 エゥーゴ初の大規模作戦は、空振りという結末に終わった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「この感覚は何度やれども慣れないな。重力の井戸に引かれるのは御免だというシロッコの言葉。わかるな」

 

 久方ぶりに束博士のオーダーが入った。

 

 場所はフランス。ドイツから行ける距離だが、関係性を悟られない様に衛星軌道上からの降下強襲となった。いつものやり方である。

 

「モビルドールか……」

 

『戦いを機械任せにしようだなんて。ただでさえISをそうは使われたくないのに』

 

「……すまない」

 

『君は特別。私を理解してくれてるから』

 

「光栄だよ」

 

『だから全部壊してきて。徹底的に』

 

「了解した。ユキ・アカリ。リック・ドムⅡ、発進する!」

 

 リック・ドムⅡにラジエーター・シールドを持たせて地球に降下する。

 

 目的はISを無人で動かすシステムを研究する施設だ。無論非合法である施設だ。

 

 ISの無人機化くらい公式に研究すれば良いものの。隠れてやるからこうもなる。

 

 大気圏に突入し、地表を目指す。こうして地球の重力を感じてそれを心地よく感じてしまう自分が居る。

 

 やはりそれは生まれがアースノイドであるからなのだろうか。

 

 

 

 

to be continued…



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第27話ーユニコーンの日ー

タイトルで展開モロバレの上に新たに宇宙世紀からキャラを引っ張り出します。何故その人なのかは組織に縛られない立場の頭目が欲しかったからです。

先に言っておきます。ごめんなさい、だから石投げないでください。


 

(あるじ)。鷹がフランス支部への攻撃を始めたそうです」

 

「フランス支部か。あそこは老人達のテリトリーだったな」

 

 なんのともない昼の出来事だった。書類整理をしていれば側近の少女が部屋に入ってきて告げる。

 

「はっ。しかし我が方の強化人間個体が機体と共に出向中でありますが」

 

「その分危険か。良いだろう、私が出る」

 

 強化人間は作る事は出来るが、その分金が掛かる。そう何個も作れるほど、我らにも余裕はない。

 

「主自らでありますか!? ご命令くだされば(わたくし)が参ります!」

 

 そう言う側近の少女ではあるが、腕は決して悪くはないが、鷹を相手にするにはまだ未熟なのだ。

 

「そう急ぐなアンジェラ。ようやく私が出るに値する案件があるのだ。私もたまには羽を伸ばしたくなる」

 

「っ、失礼致しました。では親衛隊共々お供いたします」

 

 怯えた様に一歩下がって一礼すると部屋を出ていくアンジェラ。私が拾い上げた少女は私を盲信しているから捨てられてしまうことに怯えているのだ。

 

 あの程度で気分を害するほど、私は狭い器の人間ではないのだがな。

 

「さて」

 

 あの蒼き鷹が相手ともなれば、こちらも身を引き締めなければならない。ニュータイプ同士の激突による感応波に、騎士が吸い寄せられないとも限らない。

 

 あの蒼き鷹であれば人形程度軽くあしらってくれるだろう。その間に強化人間個体を回収させてもらう。最悪でも機体は回収しなければならない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 もうこちらは敵として認知されているのだろうか。警告もなしに会敵から一発撃ち込まれた。

 

 先に手を出されたから遠慮なく蹂躙させてもらった。

 

 やはりドムは宇宙よりも地表こそが最強の戦場だ。

 

 高速ホバー移動に着いてこれず無人のパワードスーツは鉄屑を晒す。ビームバズーカの威力の前には棺桶でしかない。

 

「あらかた片付いたな。しかし」

 

 まだ敵意が残っている。

 

 地下からリフトで上がってきた機体は連邦系のデザインをしていて、頭には対のVアンテナに、目元はジム系由来のゴーグルタイプ。

 

「確か……キャバルリーだったか」

 

 HADES搭載型のペイルライダーの量産検討試作機だったか。クラリッサの資料にあった機体だ。

 

「高威力のビームランチャーか。だが当たらなければな!」

 

 シェキナーと言ったか、ビームランチャーとガトリング、ミサイルランチャーが一緒になった複合兵装ユニットとは良いアイディアだが。

 

「その機体の弱点とも言える!」

 

 一気に懐に入り、ヒートサーベルで武器を切り裂く。そのままキャバルリーを蹴り飛ばして反動で距離を開ける。

 

 中のミサイルが誘爆を起こして大爆発するが、離脱の為に蹴り飛ばしたキャバルリーも目立った損傷は見受けられない。

 

「忘れていたな……っ」

 

 互いにMSの姿をしているから、ついついMSと戦っている感覚になってしまうが、コイツらはISだ。

 

 ISの拡張領域から新しい武器を展開したのだろう。

 

 キャバルリーは新たなシェキナーをこちらに向けてきていた。

 

「ぐっ、ああ、ぎぃぃっ!!」

 

 右腕に焼き付きそうな熱を感じながらギリギリでビームを回避するも、リック・ドムⅡの右腕を持っていかれた。

 

「徹夜で直した機体をよくも!!」

 

 左腕にスカートから抜いたMMPー80 90mmマシンガンを握らせて弾幕を張りつつ肉薄する。

 

「連続してビームは使えまい!」

 

 先程シェキナーを破壊した時に腰の補助機もパージしていたのは見えた。そして今も補助ジェネレーターを展開していないとあれば、今の言葉通りだ。

 

「右腕がなくとも!」

 

 ガトリング程度の攻撃では重MSの装甲は抜けない。肩ごと機体をぶつける。よろけた拍子にスラスターを全開にした回し蹴りを叩き込む。

 

「もらった!!」

 

 回し蹴りの合間にマシンガンをスカートに懸架させ、ヒートサーベルを抜いて突き出す。狙うは胸。中にパイロットが居るなら、胸を突けば終わる。

 

「なに!? 横合い!?」

 

 横からビームが飛んできでヒートサーベルを飴細工の様に融かして行った。

 

「まだ居るのか!」

 

 新たなキャバルリーの出現に、内心穏やかではなかった。

 

 2体1は、片腕が使えないとなると少々厳しい。

 

「だからって、退くわけには!」

 

 腰からシュツルム・ファウストを抜いて増援のキャバルリーに撃ち込む。

 

 その場でターンしつつ撃ち込まれるビームを回避する。

 

「動きが素直すぎる」

 

 撃ち込んだシュツルム・ファウストを回避するのに飛び上がったキャバルリーにマシンガンを撃ち込んでるが、エネルギーシールドに防がれてしまっている。

 

「これだからISは!」

 

 MSならば仕留められた事に舌打ちしつつ後ろからガトリングを撃ち放つキャバルリーに振り向きつつグレネードを叩き込む。

 

「囲んでいても!」

 

 ジャンプから着地しようとするキャバルリーに、予備のヒートサーベルを抜いて斬りかかった。

 

 着地の瞬間を狙って兜割りの様にヒートサーベルを降り下ろす。

 

 その切っ先の当たる瞬間、キャバルリーのゴーグルが光って目の前から消え失せた。

 

「今のは、まさか!? うわっ」

 

 背中から爆発。装甲は抜かれていない。

 

 動きながら振り向けば、シェキナーを構えてミサイルを撃ち放ちながら飛ぶキャバルリーの姿があり、ゴーグルは赤く、エアインテークが白熱化している。

 

「HADESか!?」

 

 HADESを起動して動きの良くなったキャバルリーがガトリングとミサイルを撃ちながら突っ込んでくる。

 

「この程度で!」

 

 ヒートサーベルからマシンガンに持ち替えて迎撃するも、弾丸を避けもせずにエネルギーシールドで防ぎながら肉迫された。

 

「恐怖がないのか!? くそっ」

 

 ISでの捨て身の戦法に悪態を抱きながら下がる。

 

「うおっ!? 横槍をっ」

 

 残っていたキャバルリーがビームランチャーでこちらを狙ってくる。ビームを避けつつ、ビームサーベルを振り抜いてきたキャバルリーを遣り過ごしてジャンプすると、見当違いの方向からビームがプロペラントを喰い破って行った。

 

「あああああああっ!! がふっ、がっ、ぐっ」

 

 予期せぬ攻撃にバランスを崩して、リック・ドムⅡは墜落してしまう。

 

「っぅぅ、まだ居たのか……っ」

 

 レーダーに動く物体はすべてで3。

 

 2機のキャバルリーに、ペイルライダーが現れた。

 

 機体はまだ動くが、3対1でこの機体状況では切り抜けるのは厳しい。

 

「なんだ……?」

 

 ペイルライダー達が狼狽えている。

 

「この感じは……」

 

 空の彼方からビームが降り注ぐ。

 

 キャバルリーのシェキナーを撃ち落として現れたのは赤い機体だ。

 

「シナンジュ!?」

 

『ほう……』

 

 まるでおもしろい物を見つけたと言うように、リック・ドムⅡの横に降り立つシナンジュ。

 

『どうした? 蒼き鷹の名が泣くぞ』

 

「うるさい。不意を撃たれただけだ」

 

 軋む機体を立て起こして、シナンジュに並ぶ。

 

「どういうつもりだ」

 

『相互不干渉だが。君に死なれては張り合いがなくなってしまうからな』

 

「バカにして。後悔するなよ!」

 

 先に前に出てペイルライダーに喰いつく。シナンジュは2機のキャバルリーを相手取ってくれるらしい。

 

 フル・フロンタルに貸しを作るのは癪だし、任務も果たせなかった。ならばせめてペイルライダーだけは仕留める。

 

「リミッター解除、……またあとで怒られるな」

 

 直したばかりだというのに。右腕損失、これから機体に無理もさせる。さらに任務失敗。

 

 軍人としては無能の証明だな。

 

「ちっ、保って1分。無理をさせ過ぎたか……」

 

 コアから必要以上にエネルギーを引き出す。

 

 機体の唸りが聞こえてくる。

 

 マシンガンで牽制。グレネードも撃って動きを制限するが、ペイルライダーは頭のバルカンでグレネードを打ち緒とした。

 

「弾切れ!? だが!!」

 

 マガジンを外し、量子展開のみでマガジンを交換する。

 

「うおおおおお!!」

 

 マガジンを交換する合間に180mmキャノンを構えたペイルライダー。その弾頭が発射した瞬間を狙ってイグニッション・ブーストで懐に詰める。

 

「今度こそおおおお!!」

 

 マシンガンを捨て、ヒートサーベルを抜く。必殺の間合いだ。避けることは出来ない。

 

(し――た――な――い――!)

 

「っ!?」

 

 ヒートサーベルがペイルライダーの頭に触れようとしたとき、生の感情を拾ってしまった。

 

「ぐっ、があああああああああ!!!!」

 

 動きを止めてしまった一瞬に、ペイルライダーはビームサーベルを抜いて左腕を切り飛ばし、胸を十字に切り裂いた。

 

 地面に叩きつけられ、口の中に地の味が広がっていく。

 

 ダメージ限界を迎えたISが解除される。

 

 リック・ドムⅡの胸部装甲が厚かったから致命傷は避けられたが、手痛い傷は負ってしまった。

 

 ペイルライダーがビームサーベルで止めを刺そうと向かってくる。

 

 ……ここが、おれの最後か。

 

 戦場では死は誰にでも降り掛かる。それは歴戦の兵も新兵も関係がなくだ。

 

 その死神の鎌に、偶々今回おれの首が狩られるだけの事だ。

 

(――――――!!)

 

「(な…に……)」

 

 気づけば光の中にいた。真っ白な空間だった。

 

 死んだにしてはまだ魂が肉体と繋がっているのがわかる。

 

「……ララァ」

 

 現れたのは黄色いワンピースの褐色肌の女性だった。

 

 初めて自分という存在を理解してくれた人だった。そして永遠に叶わない初恋を抱いた女性でもある。

 

「あなたはまだ、ここに来るべきではないわ」

 

「どうして?」

 

「新しい夢を追い始めたばかりなのに、もう諦めてしまうのか?」

 

「アムロ……」

 

 現れたのは青い上着を着た男だった。

 

 ララァを奪った男。でも憎みきれない優しさを持っている男だった。ララァが赦しているから、おれに彼を怨む権利はない。

 

「私は君に呪いを遺してしまった。だが、その呪いが新たな生きる目標となれば、せめてもの罪滅ぼしとなれれば良い」

 

「シャア……」

 

 現れたのは赤い服装に身を包んだ男だった。

 

 自身の生涯の指針をくれた光。赤い彗星に、おれは追い付きたかった。

 

「ニュータイプの未来が、人間の未来が作れるなら。それはあなたにしか出来ませんよ」

 

「バナージ!? 何故ここに……?」

 

 バナージ・リンクス。血の宿命を背負った子。だがニュータイプの在り方を示してくれる子だ。

 

 バナージが白い光に包まれて、白い空間を白に染め上げていく。

 

 すべてが白く染まった時、胸の奥から温かい光の鼓動を感じた。

 

(…君に……託す。――成すべきと思ったことを)

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「どうした!? 何が起こったというのだ!」

 

 2機のキャバルリーを相手にしながらも、フル・フロンタルにはリック・ドムⅡが墜ちるのが見えていた。

 

 情けないISに乗るからと悪態を吐いた時だった。

 

 横たわるユキが光に包まれたのだった。

 

「あれは!?」

 

 戦いの中で戦いを忘れる程の光景だった。

 

 光の中から声が聞こえたのだ。産声が。

 

 そして光の晴れたそこには白い白亜の機体の姿があった。

 

 一点の曇りのない純白の機体の姿は記憶に焼き付いているものだった。

 

「…ユニコーン……ガンダム…!!」

 

 動き出したユニコーンガンダムは、自身の姿を確かめる様に手を動かした後。機体の目に光が灯る。

 

「行けるな、ユニコーン!」

 

 聞こえた声はかつてその機体に乗っていた少年の物ではない。

 

 素直にニュータイプの有り様を追い続ける一人の男の物だった。

 

 力強い波動を放ち、ユニコーンの機体が変形していく。

 

 フレームを露出させ、その赤く放つ光は相対するすべての敵を滅ぼす破滅の光だ。

 

「引っ張られるなユニコーン。お前はもう、道具じゃない。お前はもう、ひとつの生命になった。だから――」

 

「っぐ、この力はっ。これがニュータイプか!」

 

 一際激しい波が機体を襲い、サイコフレームが蒼く輝く。

 

 ペイルライダーも感応波に当てられて機体をぎくしゃく苦しむように震えさせ、否、討つべき敵の現れに歓喜して身震いしているのだ。

 

「ユニコォォォォォーーーンッ!!」

 

 叫びと共にサイコフレームの光が蒼くなった。

 

 NTーDの発動だ。それは破滅の力を乗り越えた生命の力だ。

 

 キャバルリーとペイルライダーがユニコーンに向かっていく。

 

 だがユニコーンの発するサイコフィールドの前に機体が止まる。

 

 ユニコーンがペイルライダー達に手を触れると、繰糸を切られた人形の様に、ペイルライダー達は地面に横たわった。

 

「あれが人の心の光。だがあの温かさを持った人間が、地球さえ破壊するのも事実だ。故に私は……」

 

 これ以上この場に留まる理由もなくなった。

 

 ユニコーンはライフルで施設中枢を破壊すると、蒼い光を引いて去っていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ユニコーンのお陰で、任務は無事成功させることができたが。

 

「がはっ、げほっ……死ぬな……、これは……」

 

 背中を近くの木に預けて、ずるずるとへたり込む。

 

 流れ出る血の勢いからして、直ぐ様手当てをしないと結末は見えていた。だがその気力も今の自身にはなかった。

 

 降り頻る雨にも体力を奪われていって、いよいよ秒読みだろう。

 

 まさか都合よくこの森に人が来るわけもあるまい。人目を避けたし、こんなアルプスの麓の森だ。地元住民でも先ず来ないだろう。

 

 眠気を訴える身体を気合いだけで意識を繋げる。

 

 救急パックを拡張領域から取り出すが、腕が上がらない。

 

「まだ……死ね、ないっ」

 

 みんながくれた命だ。こんなところで屍を晒すのは恥だ。

 

「だれか……居るんですか?」

 

「!?」

 

 人目を避けたのに、人の声がしたのを身構えてしまう。

 

 だが敵意を感じない事に身を緩めてしまう。

 

 相手が近づいてきた。万が一敵でもあるかもしれない可能性もあるから銃を手に握っておく。

 

 そして気配がすぐ傍に立ったのがわかる。

 

「ッ!? ひどいケガ、早く救急車を――――」

 

 ボヤけている視界の中で、ポケットから携帯端末らしき物を取り出す様を見て、最後の力を振り絞ってその腕を掴んだ。

 

「よ、ぶな……っ」

 

 自分でも聞き取るのが難しいほどの、蚊の鳴く様な小さな声だった。

 

「何を言ってるんですか!! 早く手当てしないと死んじゃいますよ!!」

 

 だが公的機関に自身の存在が露出するのは不味すぎる。ISを動かせる男はまだ誰一人として世間には存在しないのだから。

 

「頼む……っ」

 

 それが最後の力だった。確かな一言を告げた後、意識が闇に落ちた。

 

 もう3度目だ。こうやって戦闘の後に意識を失って、そして目覚めたら自身のなにかをきめるのだろう。

 

 一年戦争でも、グリプス戦役でもそうだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日は雨が急に降ってきて、慌てて洗濯物をしまっている時だった。森に光が落ちるのが見えたんだ。

 

「おじさん、少し出てくるね!」

 

「うむ。気を付けて行ってくると良い。雨も降ってきている、傘も忘れずにな」

 

「わかってるよ!」

 

 親代わりに育ててくれているおじさんに声を掛けて森に向かう。

 

 すると白い白鳥が現れて飛んでいった。この近くで白鳥が見れることはない。不思議に思って着いて行った。

 

「がはっ、げほっ……」

 

 誰かの苦しく咳き込む音が聞こえた。

 

「誰か……居るんですか?」

 

 ザッと葉の鳴る音がした。

 

 雨に濡れている子供が居た。自分と同い年くらいの子だった。俯いているから顔はわからない。長い髪の毛で女の子かとは思って近づいた。

 

「ッ!? ひどいケガ、早く救急車を――」

 

 緑色のパイロットスーツみたいな服からひどい血が流れ出ているのを見てポケットから携帯を取り出すと、弱々しい力で腕を握られた。

 

「よ、ぶな……っ」

 

「何を言ってるんですか!! 早く手当てしないと死んじゃいますよ!!」

 

 雨の音で聞き逃してしまいそうな程に小さな声だった。ひどく弱っているのだとわかる。

 

 ケガだって素人が見たって、一目で死んでしまうとわかる血の量だ。こんな雨の中で放っておいたら手遅れになってしまうのは子供だってわかる。

 

「頼む……っ」

 

 一言力強く言って力が抜けた様に、掴んでいた腕が地面に落ちる。

 

 慌てて脈を測ればまだ生きている。

 

 慌ててパイロットスーツを脱がす。何故だかおじさんが前に自慢してくれたパイロットスーツと同じ構造だった。

 

 おじさんは良い人だけど濃い趣味の持ち主で、そのパイロットスーツを見た時も。

 

 素晴らしい! まるでジオン精神が形となった様だ。

 

 と喜ぶくらいの趣味の人なのだ。

 

 見よシャル! ギレン総帥より賜りしグワデンの再現模型をっ。

 

 と、色々とアレな面もあるが良い人である。こんな自分を親に代わって育ててくれているのだから、感謝しても仕切れない。

 

 傍に転がっていた救急パックを使って先ず応急処置をする。胸に痛々しく黒く焦げたみたいな傷跡がバッテンに刻まれていた。

 

 一瞬息を呑んでしまう。こんな子がどうしてこんな酷いケガを負うのかと。

 

「これで一応は」

 

 応急処置をしても、雨に濡れたままじゃ風邪をひいてしまう。

 

「ごめんね」

 

 一言謝って家に電話を入れる。家に引き入れるにしても、見つからずに世話なんて無理だから。

 

『おお、シャルか。どうした? 忘れ物でもしたか』

 

 この世界で唯一優しくしてくれるおじさんの声を聞いて、少しだけ落ち着いた。

 

「話はあとでするから、裏の森に来てほしいんだ。ごめんなさい、なるべくはやく」

 

『……わかった。少し待っていなさい』

 

 こちらの事態を察してくれたのか、おじさんはなにも聞かずに電話を一度切って、携帯に切り替えてやって来てくれた。

 

「おじさん。ごめんなさい」

 

「いや、良い。大方把握した」

 

 おじさんは血だらけの女の子を見ると、優しくその身体を抱き上げた。

 

「帰るぞシャル。貴公も風邪を患ってしまう前にな」

 

「あ、はい」

 

 女の子を抱えあげたおじさんの顔は、あまり見たことのない悲しそうな顔を浮かべてからいつものように優しい顔になった。

 

 それはケガを心配するのとは少し違う様な感じがした。

 

 おじさんは、この子を知っているんだろうか?

 

 

 

 

to be continued…



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第28話ー支えあいー

ちょい短め。あとまた独自設定をブチ込む。


 

 ジャブロー攻略が空振りに終わったエゥーゴは、カラバのハヤト・コバヤシの導きでニューケネディ空港のシャトルを使い、MSとパイロットを宇宙に帰す事になった。

 

「んっ……あれ……、ここは?」

 

 気づいたらベットの上に横になっていた。

 

「気づいたか?」

 

 シャアの声が聞こえて、身体を起こそうとするが頭に鈍痛を感じて止めた。

 

「無理をするな」

 

「おれは……」

 

「コックピットで気絶していた。……あまり感じ取るな」

 

「時々憎々しく思うよ」

 

 本質を見たまま理解してしまう洞察力の他に、離れていても他人の存在を感じ取れてしまう感応力。

 

 ジャブローの核爆発で逃げることの出来なかった人々の死を感じてしまったのだ。それを受け止めきれずに防衛本能が働いたのだ。

 

 助かったと気を抜いた瞬間での出来事だったから心を守るのを忘れてしまったのだ。

 

 だからニュータイプは万能じゃないんだ。察せてしまうから、多くの生命の消え方だってわかってしまうんだ。

 

 でも、この力があるから未来を信じ続ける事が出来ると思いたい。

 

「頭痛薬ちょうだいよ……」

 

「ああ。起きれるか?」

 

「無理に決まってるでしょ」

 

 起きるのに力を入れるだけだって痛かったんだ。ヘタな二日酔いの頭痛より酷かった。

 

「起こすぞ」

 

「ありがとう」

 

 背中と頭に手を添えて身体を起こして貰いながら薬を飲む。

 

「……こんなところに居て良かったの? いぅっ」

 

「予定も決まった。あとは空港に着くまで手空きだよ。……相当か?」

 

「引っ越し中ったって、最低限の人員は必要だろう。時間ギリギリまで収容したって1000は逃げ遅れた。……カミーユは?」

 

「心配ない。いつも通りだ」

 

 それを聞いて安心した。良い意味でまだ鈍い感覚が人の死に触れすぎたら後戻りが出来なくなってしまう。その体たらくを晒しているのがコレだ。

 

「なら良かった……。着いたら起こして、もう一眠りする」

 

「わかった。ゆっくり休め」

 

 温かくなったシャアの手を頭に感じながら眼を閉じる。無辜の魂がせめて刻の先に辿り着ける事を祈りながら。

 

 一眠りしたら頭痛は収まっていた。

 

 ニューケネディ空港はエゥーゴの支援組織のカラバによって押さえておいてくれた。彼らの拠点として機能していた。

 

「カラバの規模がこれ程とは」

 

「当然と言いたいですが。ここはもう使えません」

 

「ジャブローから逃げてきたガルダを降ろしたからでしょう。連邦も、ガルダは使いたい。ガルダ構想の要を2機もエゥーゴに取られてしまったのだから」

 

 MS空母として大型巡航機のガルダ級を中心に各地に部隊を可及的速やかに送り込む防衛構想だ。

 

 オーストラリアやアフリカはまだジオン残党の勢いが強いと聞く。さらにカラバを始め地球にはエゥーゴの支援組織も立ち上がりつつある。

 

 それらを鎮圧目的に、地球のどこからどこへでも部隊を派遣する構想なのだ。

 

「取り返しに来ると?」

 

「十分に有り得るでしょうね。だから先にスードリーのMSをシャトルとアウドムラに移動させます」

 

「わかりました。シャトルのパイロットがひとり足りないので」

 

「用意させます」

 

「頼みます」

 

 ハヤト館長、クワトロ大尉とは一時別れ、おれはスードリーの格納庫に向かった。

 

「大丈夫ですか? ユキさん」

 

「ああ、大丈夫。先にスードリーからアウドムラにMSを移すよ」

 

「アウドムラに? シャトルじゃなくてですか?」

 

「シャトルに積み込みは終わっているんでしょ? レコーダーの処理はロベルト中尉に任せて。そのままシャトルに行って」

 

「了解しました」

 

「アポリー中尉は?」

 

「ここに居ますよ!」

 

 カミーユの背中を押して作業を言いつけてアポリー中尉を呼ぶと、ネモのコックピットから顔を出してくれる。

 

「シャトルのパイロットがひとり足りないそうで。座ってもらえませんか?」

 

「自分がですか?」

 

「パイロットも宇宙に上げなくちゃならない。アポリー中尉なら出来ると思いましたけど?」

 

「ニュータイプのカンですか?」

 

「それでも良いです」

 

「でも、あんな古いのやったことないぞ」

 

「良いじゃないかアポリー。昔取った杵柄だろ?」

 

「人の話を聞いちゃいない。……やれば良いんでしょ?」

 

「頼みます」

 

 スードリーからアウドムラに移るのにネモに乗り込んでついでに向かう。

 

「オートバランサーが働かない? マニュアルで。……あとで調整しないとな」

 

 もう今は宇宙には帰れないと確信があればこそ、少しでも多くの物資をアウドムラに積み込もうとしていた。

 

「おいユキ、発射まで時間はないんだぞ」

 

「カミーユは地球体験をする必要はあるし、1機もMSは無駄にできないんだから。百式でも運んで」

 

「百式も宇宙に返すのだがな」

 

「その前に敵が来るってば」

 

「わかるのか?」

 

「5つ、でも9? ゲタに乗ってるよ。もう直に来る」

 

 一眠りしたから軽くなった頭で近づいてくる敵の気配を感じる。アウドムラにはMSが必要になるし、シャトルの護衛だってしなきゃならないんだ。

 

「ハイザックの整備は……まだそうか」

 

「アポリーのリックディアスを残してある。使ってくれ!」

 

「わかった」

 

 クワトロ大尉の言うままにリックディアスに向かう様、カミーユにも声をかける。

 

「カミーユ、敵も来てるから急いで」

 

「ユキさんか? わかりました。一応は10機近くありますけど」

 

「ジムは構わない。でもネモは持ってくよ。エゥーゴの新型なんだから」

 

「頭も腕もないのもありましたけど?」

 

「そういうのは捨てて良い。腕の1本とか頭くらいのヤツは回収するよ」

 

 ついでに武器と弾薬も持っていけるだけ回収する。貴重な物資をわざわざティターンズや連邦軍に渡す必要はない。

 

 とにかく損傷が軽いMSから順次運び込まないとならない。無傷のネモは既にシャトルの格納庫に運ぶよう手配はしておいた。

 

 エゥーゴのNo.1が政治、No.2がパイロットをやるなら、No.3は中間管理職紛いの事をする。代わって欲しいものだ。

 

「どうかしたの? カミーユ」

 

「い、いえ……。クワトロ大尉ですけど」

 

「クワトロ大尉がどうかしたの?」

 

「ジオンのシャアなんでしょう? やっぱり」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「カイ・シデンさんが言っていたのを聞いてしまったんです。クワトロ大尉はシャア・アズナブルだと」

 

 カイ・シデン。確か一年戦争でホワイトベースに乗っていたと記憶している。ハヤト館長も元ホワイトベースのクルーだ。

 

 ブライト艦長もそうだが、因果なものだ。

 

 かつて敵対していた者が手を取り合って戦っているのだ。昨日の敵は今日の友とは言うが、大人の世界はそう簡単なものじゃない。

 

「クワトロ大尉がシャアだとして。カミーユはどうする?」

 

「どうするって。ただ、クワトロ大尉で居るなんて卑怯ですよ。あなたもそうですよ。ジオンの蒼き鷹に赤い彗星。名乗った方がスッキリします」

 

 カミーユの言いたいこともわかる。大人の責任をほっぽり出して、自分の居心地の良い場所に甘んじているのが気に入らないんだ。

 

 それはカミーユの両親の焼き増しだからだ。

 

「今のおれは、ただのアカリ・ユキだ。クワトロ大尉もそうだ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

 そう、ジオンの蒼き鷹は死んだ。今さら蒸し返しても、かえってエゥーゴを混乱させてしまう。

 

 その名を名乗るのは、今ではない。

 

「ッ!! 歯ァ喰い縛れ! そんな大人、修正してやる!!」

 

 避けることも出来たが、敢えてカミーユのその拳を引き受けた。

 

 これが若さというものか。まだカミーユには、それを察する程、大人の世界を知っちゃいないんだ。

 

「どんな事情があるか知らないけど、どんな事情があるか知らないけどっ」

 

「殴って気がすんだならMk-ⅡでMSを運べ! 時間はないんだから」

 

「くっ」

 

 駆け走るカミーユの背中を見送って、唇から垂れる血を拭う。

 

「憎まれ役すまない」

 

「わかってるなら代わってよ。まったく」

 

 クワトロ大尉に手を借りて立ち上がる。そんなおれたちをハヤト館長が納得のいかない顔で見ていた。

 

「お認めになっても良かったのでは?」

 

「今はエゥーゴも組織が形となったばかりです。そこへ赤い彗星や蒼き鷹がやってくればエゥーゴは分解してしまいます」

 

 それだけじゃない。一度逃げたした男がもう一度立つにはまだ世間の目は冷たいし、今立ってもジオン残党を勢い付かせて、対ティターンズ戦なんて状況じゃなくなってしまうかもしれない。

 

 それを気にして、殴られるだけで済むなら安いものだ。

 

 もっとも、ブレックス准将がいらっしゃる間は、この男に立つ気はないだろう。だからカミーユにも卑怯ものと言われてしまうんだ。

 

 それでも支えて行くってララァと約束したから、その為なら若者の反感だって引き受けるさ。

 

「警報? 思ったより早すぎる」

 

「動けるMSで迎撃に出る! ハヤト館長」

 

「わかっている。出てくれ」

 

「了解した」

 

 警報でスイッチが入れば私情を切り替えて軍人として事に当たらねばならない。それを弁えてるから次の行動も速い。

 

「ビームランチャーは使えるか。カミーユは遊撃、おれとロベルト中尉はシャトルの護衛に着く。クワトロ大尉は!?」

 

「アウドムラの守りにも着かなければならん。直掩にまわる!」 

 

「了解!」

 

『リックディアス、ロベルト機出るぞ!』

 

 カミーユとロベルト中尉に指示を飛ばしながら機体のOSを急ピッチで調整する。

 

「カミーユは敵の迎撃だ! 遅いぞ!!」

 

「そうやって大人振って」

 

「気に入らないなら後で何発でも殴られてやるから速く行け! アポリー中尉やレコア少尉が死ぬぞ!!」

 

「わかってますよ! Mk-Ⅱ、行きます!!」

 

 カミーユのMk-Ⅱを送り出して、ビームランチャーを装備する。

 

『すまない、ユキ』

 

「仕方ないさ。経験していくしかない」

 

 大人の機微と言うのが、まだカミーユにはわからないんだ。

 

『百式、出るぞ!』

 

「リックディアスはアカリ・ユキで発進する!!」

 

 アウドムラから出撃し、連邦軍のハイザックを迎撃する。

 

「ゲタにもパイロットが。実質4対13、ひとり頭4機か。忙しいぞ」

 

 頭部バルカンでベースジャバーを撃ち落とし、ビームランチャーでハイザックを撃ち抜く。

 

「ええいっ、数頼みでごちゃごちゃと!!」

 

 前後と頭上から迫る敵に、リックディアスの右手にビームランチャーを握り、左手にもビームピストルを握らせ、背中のビームピストルとバルカンも合わせた三方向に同時攻撃で敵を撃墜する。

 

「ノルマは果たしたけど……。カミーユ!」

 

 見ればハイザックとビームサーベルで切り結ぶカミーユのガンダムMk-Ⅱの後方から可変MSが迫っていた。

 

「ちいぃっ、邪魔するな!!」

 

 目の前に躍り出るハイザックに蹴りを入れて、ビームピストルを撃ち込んで撃破する。

 

「こう煩わしくされたら援護がっ。避けろロベルト! 後ろだっ」

 

『なっ、なんだ!?』

 

 ロベルトのリックディアスが、可変MSとの小競り合いで敵機を一瞬見失ったらしい。端から見えていても、本人には見えていないのが稀に良くあることだが。

 

『ロベルトさん!!』

 

 可変MSのビームライフルにロベルトのリックディアスが撃ち抜かれた。

 

(あとを頼むぞ、アポリー!!)

 

「ロベルト中尉っ!! ……ぐぅぅっ、貴様らがああああああ!!!!」

 

 なおも絡んでくるハイザックとベースジャバーにビームピストルとバルカンを撃ち込んで撃破する。

 

 また奪われた。志を共にする戦友を、仲間を、またあいつらが奪った。

 

「そうやってやるから、スペースノイドが怒るんだよ!!」

 

 脳裏に過ぎ去る星の屑に殉じた漢たちの無念も込めて、ビームサーベルでハイザックをメッタ斬りにして解体する。

 

「シャトルは上がったか……」

 

 以前はその光景を座して見ているしか出来なかった。星の屑の為に殉じてくれた漢たちの心境が思い浮かばれる。

 

「天に天祐を委ねるだけではっ」

 

 可変MSがシャトルを追って飛んでいく。クワトロ大尉がカミーユのガンダムMk-Ⅱを百式の肩に乗せて飛び上がっていく。

 

 機体を滑走路に横たわらせて、暗雲の更に向こう側を狙う。

 

『アカリ大尉、何をしている! 死にたいのか!?』

 

 ハヤト館長の怒声が響く。まだ敵が去ったわけではない。ハイザックが向かってくるが、アウドムラからネモ隊が牽制してくれる。

 

「ジーク・ジオン……!」

 

 この地で散った同志の魂を乗せて、引き金を引いた。

 

『見事な物だ。あの高度を当てるとはな』

 

 雲の中から降りてくる百式のクワトロ大尉にそう言われながら機体を立たせる。

 

「おだてたって……」

 

『……ロベルトの事は残念だった。その魂が宇宙に還ることを願おう』

 

「あぁ。……アウドムラが離陸する。着艦を」

 

『わかっている。カミーユもな!』

 

『あっ、はい!』

 

 まだ残っているハイザックとベースジャバーを牽制して追い払いながら、アウドムラに着艦してニューケネディ空港をあとにする。

 

「ユキさん…!」

 

「なんだ? カミーユ」

 

 機体から降りると、カミーユに呼び止められた。

 

「……すみません。僕がもっと動けていれば、ロベルト中尉は死なずに」

 

「クッ――」

 

 カミーユが次の言葉を言う前に、その口をひっぱたく。

 

「なんでぶたれたかわかるか?」

 

「そ、それは……」

 

「次に同じことを言ってみろ! アウドムラから蹴り落としてやるっ」

 

 呆けるカミーユを置いて、おれはMSデッキから上がる。通路から見える小さくなっていく空港に向けて、おれは静かに敬礼を送った。

 

「カミーユ君」

 

「クワトロ大尉……」

 

「何故ぶたれたかは、わかったかな?」

 

「い、いいえ。それはやっぱり、僕が不甲斐ないから」

 

「違うな。戦争はひとりでするものではないからだよ」

 

 大人であっても、まだ自制心が感情を抑えられない若さと言うものに苦笑いしつつ、カミーユに語りかけた。

 

「自分ひとりの力で戦局が変わるほど、戦争というものは甘いものではない。自分ひとりの力で戦っていると思うなら、それはロベルト中尉も浮かばれん」

 

「僕は……、そんなつもりじゃ」

 

 仕方のないことだ。これも経験を積まなければ見えてこない。いや、本来であれば見えるべきものではない。そういうものを見えてしまえる程、私たちは死に触れすぎてしまっている。

 

「わかれとは言わんよ。だが今は感傷に浸っている暇はない。これだけの同志が居れば、まだ戦える。補給と整備をするとしよう」

 

 クワトロ大尉の言うことはわかる。でももっとガンダムを動かせていれば ロベルト中尉だって助けられたかもしれないと思わずにはいられない。

 

「泣いているんだ。悲しくないわけ、ないよな」

 

 心で泣いているユキさんの気配を感じて、そう、ふと口にしていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ぅっ……、ぁっ…………」

 

 ぼやけている視界が、徐々に鮮明になっていく。

 

 確かおれは任務が終わった後に……。

 

「また……命を拾われたのか」

 

 3度目か、今回で。

 

 思えば十数年戦争に明け暮れてそれしか死ぬ思いをしなかったのは運が良いのかなんなのか。

 

「くぅぅぅ……、っは、ハァーッ。……ダメだな」

 

 身動きしようとすれば胸がクロス状に痛みを発する上に、右腕も感覚がなかった。

 

「二人居るのか?」

 

 家の中に感じる気配は二つだった。パイロットスーツも着替えさせられていたし、いや。助けてもらったんだ、文句を言う権利はない。

 

「リック・ドムⅡとユニコーンは……」

 

 ベッドの近くのテーブルに待機状態のリック・ドムⅡ……ジオンエンブレムの彫られたドックタグとユニコーンの横顔の画かれたプレートが目に入った。それが取り上げられてないだけで有り難い。

 

「ユニコーン……」

 

 あの時、確かに感じた。あれはララァだった、アムロだった、シャアだった。でもその他にも……。

 

「フッ、お前もシャアと一緒か。いや、もとからシャアだったな、フル・フロンタルも」

 

 シャアを模して造られた強化人間とはいうが、その無意識の魂は間違いなくシャアのものだった。確かに時の果てはあった。でもそれは踏み外してしまった先の未来だ。迷子にならなければ、人はちゃんとした未来に辿り着ける。

 

 こんなのだから託される側にいつもなってしまうんだろうな。色々と。

 

 皆、早って行ってしまうから。

 

「結局は、おれも魂を重力に引かれたままというわけか」

 

「それでも、貴公は立派なジオン公国の兵士であろう」

 

「え……?」

 

 独り言を呟いていたら、まさかその声を聞かれてたとも思わないで間抜けな声を返してしまった。

 

 いや、それだけじゃない。なにしろその声が深く心に突き刺さるものだったからだ。

 

 深みのあり、そして力強く人を惹き付けるこの声を1日たりとも忘れようものか。

 

「ま、さか。……しかし、まことに」

 

「うむ」

 

 今目の前に居る御方に、おれは声を震わせていた。仕方のないことだ。だって、目の前に居る御方は……っ。

 

「エギーユ……デラーズ閣下っ」

 

「健勝の様だな。アカリよ」

 

「……私はっ、私は……っ、閣下……っっ」

 

 その御顔を再び拝見出来るなんて思いもしなかった。

 

 エギーユ・デラーズ閣下。デラーズ・フリートの総司令で在らせられた御方だ。

 

 ア・バオア・クー陥落後、この命救われ、お預けした方でもある。

 

 そして、御守り出来ていれば、あるいは世界はもっと違う形で変わって行っただろうに。

 

 少なくとも、ティターンズの様な連中をのさばらせる様な事もなかったはずだ。

 

 それが出来るだけの統制と戦力があった。シーマ中佐の裏切りさえなければっ。

 

「うぐっ、閣下、私はっ」

 

「無理をするな。傷に障る」

 

「しかしっ、私は……っ」

 

 起き上がろうとするのをデラーズ閣下に止めさせられてしまった。

 

 シーマ中佐に討たれたデラーズ閣下が何故御存命で在らせられるか、いや、その様な事は後でも良い。それ以上におれは閣下に赦しを乞わねばならなかったのだ。

 

「生き恥を晒しっ、閣下も御守り出来ずっ、私は、私はっ」

 

 星の屑成就の為に、コロニー防衛に出てしまったが為に、グワデンを留守にしてしまったが為に、デラーズ閣下は。

 

「良い。星の屑完遂、見事なり。貴公の任務は終わったのだ。もう良い」

 

「っ、ぅっ、……くっ、私はっ」

 

 ジオンの武官として、咽び泣く事は恥じであろう。しかし、今この時だけはジオンの兵として涙を堪えずにはいられなかったのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 しばらく経ち、ようやく落ち着けた所で、私はデラーズ閣下に近状をお話しした。

 

「そうか。篠ノ之博士の所に」

 

「はい。この命を救われました。その恩義に報いるため、私は今、彼女の命で動いております」

 

 簡潔には話したものの、やはりデラーズ閣下の前でエゥーゴや連邦に属して戦っていたとは口にするのも憚られる。

 

「しかしながら閣下。閣下はどのようにして」

 

「そうだな。貴公にも話さなければなるまいな」

 

 デラーズ閣下が亡くなられた時、当然サイコフレームなんて代物はなかった。だがハマーンの様にニュータイプでもないデラーズ閣下が何故宇宙世紀の出来事を覚えたまま転生なされたのか、興味は行き着くものだ。

 

「3年前、地球を虹が覆ったのだ」

 

「3年前でありますか。それは」

 

「うむ。アクシズの落下と、それを防ぐ光の幕。アクシズ・ショックだ」

 

 確かその光はこちら側でも見えたとハマーンは言っていたな。

 

「その光を見た時だ。我が魂に刻まれし記憶が甦ったのだ」

 

「まさか、そんな事が」

 

「一時期取り上げられたこともある。前世らしきものが見えたと」

 

「らしきもの? それはまた」

 

 曖昧な表現だ。わざと濁された可能性もあるが。オカルトを真に受ける世間はないということなのか。

 

「どの様な基準でかはわからぬが、儂の様にハッキリとした前世を持った者もまた多い。未練の成せた技か、あるいは」

 

 デラーズ閣下はスペースノイドの事を真摯に想い、一年戦争が終結し、戦後復興の為に毟り取られるコロニーの実状を憂い決起された御方だ。

 

 志し半ばで斃れられ、その未練と無念は計り知れないものだろう。

 

「閣下は、ハマーン・カーンを御存知でしょうか?」

 

「うむ。アクシズの摂政であろう。確か今はドイツで諜報局の長であると同志から聞いておる」

 

 ドイツ軍にも同志が居たことに気づかなかったのは盲点だが、その事を知っているなら自分達の計画を閣下にお話ししても構わないだろう。

 

「閣下。私は束博士とハマーンとの共同で、再び地球の人々を宇宙へ巣立たせる計画を進めています」

 

「ほう…」

 

 興味を抱いて先を促す視線を受け取り、その続きを口にする。

 

「それが博士の夢であり、恩義を返せるものと」

 

「しかしその道。茨で済むとも思うまい」

 

 自分達の世界を省みれば、デラーズ閣下の御言葉もわかる。しかしそれを座していては誰も彼女の夢を叶える事など出来はしないと確信がある。

 

「覚悟はあります。たとえ私が至れずとも、礎となることも出来ましょう」

 

 まだISが登場して十と余年。宇宙開発を加速させども、宇宙世紀の様に地球圏をスペースコロニーが取り囲む光景を見ることは恐らく叶わないだろう。

 

 だがその為の地盤を築く事くらいは出来るはずだ。時代を作るのは難しい。でも知っている、志を持つ多くの同志が居れば時代を動かすことも出来ると。

 

 それは人の歴史が証明し、自身も肌身で感じて来た物だ。

 

「随分と、肝を舐めた様だな」

 

「苦湯を飲まされて来ただけです。歴史を変えることは出来ませんでした」

 

 ひとりで足掻いた所で世界の波は変わることはなかった。だがひとつの経験を乗り越えてきた人間の強かさを世界に示す事も出来るはずだ。

 

「その暁には、是非閣下にも御助力頂ければ、我々は後顧の憂いなく前へと進むことも出来ましょう」

 

「儂は二度スペースコロニーを地球へ落とした軍属ぞ」

 

「それは私も同義で御座います。過去を刻み、前へと進まなければ、この世界の人類もいずれは」

 

 お節介かもしれないが、この世界はスペースノイドとアースノイド以前に、男女で啀み合っている。

 

 そんな事では未来を作ることが出来なくなってしまう。人類の未来の閉息。それは博士とて望むものでも、ましてや自身も望みはしない結末だ。

 

 それを変え、人類を宇宙へ巣立たせる為ならば人身御供すらやってみせよう。

 

「話はわかった。今世の実状を看過出来ぬ同志もまた多い。大きな力はないが、同志たちに話を通してみよう」

 

「感謝致します。閣下の御力添えがあれば、私も心強く思います」

 

「うむ。だが先ずは傷を癒せ。すべてはそれからだ」

 

「はっ、ありがとうございます。人類の明日のために」

 

「うむ。人類の明日のために」

 

「「ジーク・ジオン!」」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 話疲れてしまったおれはデラーズ閣下の許しを得て一眠り着いた。

 

「目が覚めた? お腹すいてない?」

 

 金髪の柔らかな笑顔を向けながら歩み寄ってきた……少年。少女の様に見えるが、少年であるとわかった。

 

「ああ。少しは。……デラーズ閣下は?」

 

 ふと感じると、デラーズ閣下の気配がないことに気づいて問う。

 

「おじさんはお出かけしたよ。夜も遅くなるって」

 

「そうか」

 

 もしや同志との協議に赴かれたのか。そこまで急ぐ事もないとは思うが、閣下の御考えあってのこと、おれが口を挟む様な事ではないな。

 

「君がおれを手当てしてくれたんだろう? 改めて礼を言わせてほしい。お陰で命拾いをした。ありがとう」

 

「フフ、困った時はお互い様だよ。ちょっとビックリしちゃったけど」

 

「だろうな」

 

 パイロットスーツの中だって血塗れだったはずだ。見たところカミーユと同じ年頃か。軍属でもなければあの様な光景は見慣れないだろう。

 

「君は、その……。どうしておじさんと?」

 

「聞いていたのか?」

 

「ご、ごめんなさいっ。盗み聞きするつもりはなくて」

 

「別に構わないさ。秘密にする様な会話でもなかった」

 

 とは言え事情も知らない少年相手だからそう言えるものがある。雰囲気からも、目の前の少年は普通の子供なのだろう。

 

「デラーズ閣下には、昔世話になったのさ。……私の尊敬する御方だ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 思い雰囲気に会話が続かなくなった。無理もない。まだ互いに素知らぬ者同士なのだから。

 

「ユキ・アカリだ。よろしく」

 

「あ、えっと。シャルルって……言います」

 

 右手が動かないので左手で失礼して握手を交わす。少し顔に陰りのあるシャルルと、姓名を名乗らなかった事に関係している様だが、まだ初対面だ。余計な詮索はしない。

 

 居た堪れない空気をぶち壊したのは、空腹に耐えかねた自身の腹の虫の音だった。

 

「お、お腹空いてたんだよね? 待ってて、用意してくるから」

 

「……お願いします」

 

 恥ずかしさに頬が熱くなるのがわかる。良いタイミングだが最悪であるとも言える。

 

「食べれそう?」

 

 シャルルが用意してくれたのはどうやらトマトスープの様だ。一応内臓を悪くしたわけではないから食べれるだろう。

 

「いただくよ」

 

 とはいえ右腕は動かない。ビームに焼かれた所為で酷い火傷を負っているらしい。左腕は問題ないが、これではベッドで横たわったまま食事は出来ない。

 

 とにかく身体を起こしてみるが、動こうとするだけで胸の傷が痛む。声は漏らさなかったが、顔は顰めてしまったのがいけなかった。

 

「無理しなくて良いよ。支えてあげるから」

 

「すまない」

 

 背中に腕を回されて身体を起こすのを支えられる。

 

 人はひとりで出来ないことでも、それを支えてくれる人が居れば出来るようになる。良くも悪くも、それが人という生き物なのだ。

 

 

 

 

to be continued… 



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第29話ー優しさの怒りー

感想でもちらりと指摘されたので、Zの回想なしで頑張ってみましたがこれで限界でした。

ガンダム部分を書いてモチベーション上げた勢いでIS部分を書いている自分が居るのが悪いのですが。なら別々に書けば良いんじゃないかと思われますが、それだとエタる可能性しか見えないので、またガンダムの回想を挟んだ時は読みすっ飛ばして構いませんのでお付き合いください。

意外とZガンダムを見ていない読者の方もいらっしゃるのにちょっと驚きつつ、もし良かったら一度は見ていただきたい。ニュータイプに関して深く描かれていると個人的には好きなガンダムです。1st、Z、ZZ、CCA、UCは本当にニュータイプってなんなのかを考えさせられるシリーズであると思います。F91以降も好きですが、ニュータイプの定義が変わってしまっていて、そこはかとなく虚しいものです。長文失礼。


 

「申し訳御座いません、閣下。閣下御自ら送迎頂ける。恐悦至極に御座います」

 

「なに、気にするな。星の屑に奮戦した戦士を労わんでどうするか」

 

「ありがたき御言葉。このユキ・アカリ、胸を打たれます。このご恩は必ずや」

 

「うむ。その折りは貴公の力も宛にさせてもらおう」

 

「はっ! (わたくし)で良ければ何時でも馳せ参じましょう」

 

 おれは今、デラーズ閣下の運転する車で病院をあとにした。

 

 ISには生命維持機能があるとはいえ、重傷には間違いなかった傷を応急手当だけでは不十分であるとして、デラーズ閣下の伝手で信頼できる医者に本格的な治療を依頼したのが一週間前だ。

 

 篠ノ之博士の協力者であり、男性IS搭乗者とあっては一般病院は使えない。下手に足が着くのは避けたかったのだ。

 

 ならばドイツのハマーンに連絡をするのも手だったが、機体性能差とはいえ墜とされたと告白するのはプライドが許せなかった。

 

 またリック・ドムⅡも大破状態の為に通信機能も使えず、自己修復で回復したメーラーで一応の無事だけは束博士には伝わっていることを願いたい。

 

 胸の傷は生治療によって傷痕が残る程度には回復した。ただ腕に関しては充分自然治癒が可能であったため、経過に任せる事になった。

 

 とはいえ全治に3ヶ月は痛い。

 

「戦士にも休息は必要だということだ」

 

「わかりますが。ですが私が居なければ博士の計画は動きません」

 

 最終的な人類を宇宙へ巣立たせる計画だが、その為の輪郭すらまだ定まっていない。家賃代わりに彼女の依頼を請け負ってはいるが、博士自身も本当にやりたいことは別にある。ただISが本来の使われ方をしていない、そして彼女もまた人の可能性を信じているから、それを穢れる事を嫌うのだろう。本質がシャアと似ている。それこそ行き過ぎれば地球潰しだってやってみせるだろう。

 

 だからおれが居る。間違った方向に逸らない様に。

 

「人を導くか。腹に一物を抱える者は、そう簡単ではないぞ?」

 

 デラーズ閣下の御言葉には重みがあった。かつてそれをして、裏切られた事があるから言える事だ。

 

「承知しております。しかし彼女の志しは純粋です。その想いに狂いがあるとするならば、それは時代の所為でありましょう」

 

「時代か。この世界も変わらんものよ」

 

 スペースノイドが自治権を要求しても、地球に住む人々は植民地同然に搾取できる環境が手元から離れるのを嫌って、強権を振りかざし、その切実なる芽を刈り取っていった。

 

 彼女もまたそうだ。ISは宇宙開発を加速させる画期的なものだっただろうし、使っている身としても、そういった視点でみれば確かにISがあれば宇宙へ巣立つ時も近づいただろう。

 

 だがそれを否定したのは宇宙を見ていない者たちだ。

 

 目の前の利益を啜り、私腹を肥やし、未来を閉ざした政治家達だ。

 

 今の世、女尊男卑の流れを作る引き金を引いたのがそう言った男たちだったとは皮肉な話だ。最も、それで増長して関係のない女が威張り、関係のない男まで被害を被る今の世も間違っていると解れ。

 

 でなければ人類は衰退し、いずれは……。

 

「やはり肝を舐めた様だな」

 

「え?」

 

「戦士として戦場を見る眼から、政治屋として世界を見る眼をしている。話せ、その様になったわけを」

 

「……私は、エゥーゴに流れ、そして連邦軍としてジオンとも戦いました」

 

 独白の様に、小さくて怯える幼子の様な声で言葉を口にした。

 

「ネオ・ジオンか……」

 

「はい。ザビ家再興。しかしそれではスペースノイドの真の独立という大義とは離れてしまうもの。あの時のハマーンは地球に居残る人々を抹殺しようとした。それでは連邦と変わりません。強権をもって弱者を虐げるやり方はしちゃいけなかった」

 

 今まで虐げられていた側が、力を持ったからと言ってそれをやり返してしまってはいけない。

 

 それは歴史を繰り返してしまう事になってしまう。強権を振るって、地球圏を統一しても、反感を育てる土壌を作って、それはやがて反抗勢力を産み出す。

 

 ティターンズとエゥーゴの様に。

 

 そんな戦いの歴史を繰り返したら人類は革新どころではなくなってしまう。

 

 だからハマーンを討った。同じニュータイプの未来を夢見た同士は、せめてこの手でと。

 

「シャアだって、地球を潰して強制的に人類を宇宙へ巣立たせ、アースノイドという垣根を壊して人類をすべてスペースノイドに移そうとした。でも、それでも人は地球に生きて、いずれはかつてのジオンとなる。それを解っていながら業を背負うだなんて結局バカなやり方しかしないからっ」

 

 だからシャアとも戦ってみせた。でなければハマーンを討った理由がなくなってしまう。それは討たれてくれていった彼女に対する侮辱以外の何物にもならない。

 

 でも、袖付きは違った。あれはもう、スペースノイドの独立とかそういうものではなかった。

 

 ラプラスの箱が袖付きの手に渡って開示されていたら、フル・フロンタルのいうコロニー共栄圏は作れただろう。

 

 だがそれをよしとしない連邦はまた武力をもってスペースノイドを虐げるだろう。ラプラスの箱をコロニーレーザーで焼こうとした事がその証左だ。

 

 それに袖付きには、連邦軍と真っ向から戦える力なんてなかったんだから。

 

 本当に戦う意味を持って戦う大人たちは、星屑の中に散った。

 

 スペースノイドの為と、ティターンズを赦せんと立ち上がった者たちでさえ、結局は地球に帰化してしまった。

 

 シャアが地球に住む人々を見限るのもわかる。

 

 ジュドーの様に地球圏を見限れなかったのは、可能性を見てしまったからだろう。刻の果ての、人類の未来を。

 

 おれもそのひとりだ。でもなんとかやってこれたのは、導いてくれる人が居たからだろう。

 

 ララァも、カミーユも、ハマーンも、シャア、アムロ。――仲間たちが路を間違えないように背中を押してくれていたからだろう。

 

「人はまだ戸口に立っているだけで、その扉を開くのを怖がって。変わってしまうことの不明瞭に怯えて尻込みしてしまう。だから我慢できない人の暴挙を許してしまう。人類がニュータイプを受け入れてくれれば、悲しい事なんて起きることもなくなるのに……」

 

 人類がニュータイプなれば悲しい擦れ違いだってなくなる。競いはしても争う事はなくなるだろう。

 

 だってニュータイプは戦いの最中でも、互いに解り合うことだって出来るのだから。

 

「ジオン・ズム・ダイクンのニュータイプ思想か。かなり毒されるのも、ニュータイプ故か」

 

「自覚はあります。でも、あの感覚を感じられてしまうのは……。口では説明しきれないのです。御許しを」

 

「別に咎めているわけではない。儂には解らぬが、お前は魂に従って生きてきた。それは人として自由な事だ」

 

「自由……ですか?」

 

「重力に魂を引かれていない物の見方というものだ」

 

 果たして閣下の仰る通りなのだろうか。無意識の内に、地球が滅びるのをよしとしない考えが巡ってしまうのは、重力に魂を引かれている者の見方ではないのかと思ってしまう。それはやはり自分の根っ子がアースノイドであるという事の証明ではないのか。

 

「わぷっ、…か、閣下?」

 

 いきなり頭をくしゃくしゃに撫でられた。無骨で大きな手が撫で慣れている動きをする。優しい手つきだ。子を宥めるには良かろう。

 

「そう難しく囚われるな。ここはもう、宇宙世紀ではない。柵を抱えながら人が生きる世だ。その柵を無くし、人類を宇宙へ巣立たせるという者が過去に縛られていては、未来を行こうとする者は着いて来ぬ」

 

「……感銘を受けました。その御言葉、肝に銘じます」

 

「フッフッフッ、漢の顔になったな。それでこそ蒼き鷹なり」

 

「恐縮です。これからも御教授願いたく」

 

「うむ。儂で善ければ、この知識、巧く役立てよう」

 

「はっ、ありがとうございます」

 

 車の中なので敬礼は略し、頭を垂れる。この人を惹き付ける空気。経験を重ねた熟練でも手に入らない人間としての魅力というものは相変わらず御変わりない御様子。故にこそ、我らは閣下にこの命を預ける事が出来たのだ。

 

「昼食は外で済ませる。シャルを拾うついでだ、荷は降ろして来るが良い。部屋は先の物を使え」

 

「了解致しました」

 

「うむ。…シャルは何処か?」

 

 車から降りて再度一礼し、玄関へと向かうと丁度開いた扉からシャルルが姿を現した。

 

「はーいっ、お帰りなさい、おじさん。あっ…」

 

「また暫く世話になる。昼食は外食になる、身支度をして閣下の所へ」

 

「あ、うん。よろしくね」

 

「こちらこそ」

 

 シャルルにも一礼して借りていた二階の部屋に向かう。

   

 博士は天才だが、こういう人身御供は嫌うだろう。

 

 宇宙世紀では、自分はジオンの蒼き鷹という何処にでも居るようなエースパイロットの肩書きしかなかった。

 

 だが今は篠ノ之 束博士の協力者で、男性IS搭乗者。

 

 この肩書きを正しく使えれば、世界に無視できない言葉を発信することも出来るだろう。

 

 だから人身御供になったとしても、それを甘んじるだけはしない。やれるのならば指導者の様に世界でも組織でも率いることもあるはずだ。

 

 人が一人では世界に呑み込まれてしまうならば、呑み込まれないために徒党を組み、組織として声を世界に発信するのだ。

 

 ジオン、デラーズ・フリート、エゥーゴを通して学んだ事だ。

 

 人類を宇宙へ巣立たせるという博士の夢を、それをするための組織を立ち上げたなら、間違いなく回ってくるだろうお鉢を取りこぼさず確りと抱えるための知識を、ハマーンとデラーズ閣下から学び取り入れる。

 

 それがいずれ来るだろう人身御供の役割だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「どうだったかな?」

 

「ええ。大変美味でありました」

 

 小さな町の食事処だったが、味はとても良かった。人の真心、心の温かさを感じられる美味しさがあった。

 

「しかしながらこの様な異国の地で日本食を食せるとは思いませんでした」

 

「儂の行きつけの店だ。静かで風流のある店で繊細な味の日本食を食す。中々の贅沢であろう」

 

「御納得です。私も久しく忘れていたものでした」

 

 両親共に日系人だったおれは、日本文化というものに慣れ親しんで育った。質素ながら風情があり、素材の味をそのまま楽しむ日本食というのは結構好きなものだった。

 

 だが一年戦争が始まってから日本食なんぞ食べている暇もなく、十数年が過ぎてしまった。

 

 サバの味噌煮定食は上手かった。骨まで食べれる軟かさに、味噌の染み込んだ身が白米の食を進める。じゃがいもとワカメの味噌汁は薄味だったが、味噌煮のしょっぱさとバランスが取れていて気にならなかった。

 

 デラーズ閣下が舌鼓を打ち、通い詰めるのもわかるというもの。それほどに美味であった。

 

「帰り際に銀行に寄るぞ」

 

「申し訳御座いません。代金は」

 

「よい。気にするな」

 

「しかし」

 

「儂にはこれくらいしか出来ん」

 

「……ありがたく」

 

 外食に自身も加えてしまったから手持ちがなくなってしまったのかと。しかし気遣いは却って失礼になってしまったかもしれない。

 

 閣下にとってはもうジオンの士官ではないのだろう雰囲気が伝わってくる。ひとりの人として、今を生きている。

 

 だが自分にとってはデラーズ・フリートの総司令であり、ジオンの軍人であるデラーズ閣下という漢のままで時が止まっているから、閣下に食事を奢って貰う事が畏れ多く思ってしまう。

 

「お前はどうする」

 

「外で待ちます。シャルル、おれは良い。閣下と」

 

「フッ、儂はそこまで老い込む程ではないぞ。シャル、ユキに着いていていてやれ」

 

「うん。わかったよ」

 

「ありがとうございます」

 

 片腕が使えない自身を気遣ってくれるデラーズ閣下に一礼して、銀行の前にある公園のベンチに座って閣下を御待ちする。

 

「シャルルは閣下とはどういう関係なんだ?」

 

「……おじさんは、僕を育ててくれた人なんだ。なんの価値もない僕を」

 

「……捨てられた。とは少し違うか」

 

「どうなんだろうね」

 

 シャルルの言葉からは、両親の気配を感じる。ただ捨てられたという様には感じなかった。

 

「泥棒猫の子だって、殴られもしたよ」

 

 不躾だった。シャルルは俯いて重い言葉を口にしてくれた。

 

 どういう背景や事情があるにしろ、その言葉を言われたシャルルの心中を計り知ることはできない。

 

「すまない。酷なことを訊いた」

 

「ううん、良いんだ。僕も話したかったから」

 

「そうか……」

 

 会話が続かない……。流行なんて気にしてないから話題もない。いったい何を話せば会話が弾むのか。

 

 互いの事をまったく話してないから距離感もわからないし、悪い意味じゃないが、普通の同世代の子供と話した事がないから会話の内容すら浮かばない。ましてや自分は宇宙世紀出身で、シャルルはこの世界の出身。出身が違えば違うほどに会話の内容選びが大変だ。

 

 クロエやラウラは此方を慕ってくれているし、一夏には教える立場だから遠慮しなくて良かった。

 

 だがシャルルはまだフラットの関係だ。それに一物抱えているだろう事情はあるのは察せられる。それも手伝って距離感が掴めない。

 

「ユキは、おじさんとは何処で知り合ったの?」

 

 つまりシャルルからの質問を待つ形となった。

 

「……閣下とは海で出逢った」

 

 宇宙世紀絡みの事情もシャルルは知らない様子。だから宇宙で出逢ったとは濁して海とした。

 

「死に場所を探していたおれに、閣下は生きる指標を授けてくれた」

 

 敗戦したジオン。アムロにも勝てず、戦争にも負け、多くの者がアクシズへ落ち延びる最中地球圏に残ったのは死に場所を探していたからだ。

 

 連邦軍の輸送部隊を襲う最中での無鉄砲な戦い方が閣下の耳に入り、閣下はおれにこう言われた。

 

『既に亡き命と思うのならば、その命、儂が預かる。若人が新たな時代を作るのだ。今は辛かろうとそれに耐え、生きて得ることの出来る栄光をその手に掴み取れ』

 

 その御言葉に、戦う芯を失っていた自身がどれ程救われたか。

 

「死に場所って……」

 

「……詮無い話だ。忘れてくれ」

 

 やはり言葉選びが大変だ。軍人であるならある程度は話は簡単だが、シャルルは一般男児だ。そんな子に死に場所を探していたなんて言葉は馴染みがあるわけがないだろう。

 

「んっ? なんだこの感じ。稚拙な悪意を感じる」

 

「どうかしたの?」

 

 ベンチから立ち上がって悪意の出本を探す。

 

 自身に向けられた物ではないが、浅はかな悪意でもあまり良いものではない。

 

 悪意がより強くなった時、銀行から銃声が聞こえた。

 

「銀行からだと!? 閣下!!」

 

「あっ、まって!」

 

 銃声が銀行から聞こえた時、既に足は駆け出していた。

 

「シャルルは避難しろ! 危険だ」

 

 あとを追ってきそうなシャルルを言葉で制して銀行に駆け寄る。

 

 入り口から雪崩れ出る人の波に逆らって中に紛れ込む。

 

「騒ぐな! 金さえ手に入れば解放してやる」

 

 銀行強盗か。これは面倒なことに出くわしてしまった。

 

 銃を持っているのは二人。どちらも拳銃だが、一般人からすれば充分な脅威だ。実行犯は恐らく3人か。一人が銀行員と共に奥の方に行くのが見える。ということは逃走用車両に待機する4人目の可能性も有り得る。

 

「強盗?」

 

「らしいな。って……!?」

 

 背中からシャルルの声が聞こえて僅かに振り向いて背中をみれば、置いてきたはずのシャルルが其処にいた。

 

「バカ、何で来たっ」

 

「だ、だって、心配だし。おじさんだって」

 

 気持ちはわかるが、相手は銃を持っているのだ。そんな所に一般人が立ち入るものじゃない。

 

「そこのお前たち、何をしてる! 早く他の奴等と」

 

「いや待て。そこの嬢ちゃんたちには逃げる時の人質になってもらう」

 

 おれもそうだが、シャルルも背格好は子女に見える華奢な身体と顔つきだ。その所為で女と扱われたらしい。

 

「(閣下…)」

 

 逃げ遅れた利用客の最前列に、デラーズ閣下の御姿はあった。

 

 怯えている利用客たちを背に庇うように立つその御姿は、自身の知るジオンの将に足る威厳のある存在感を放っていた。

 

 そんなデラーズ閣下が此方の視線に気付き、一頷きされた。

 

 つまりは好きにやれと言うことだ。

 

 あまり使いたくはないが、自分にはこの矮小なる賊を鎮圧する力がある。

 

 すまないユニコーン。だがこれは人の命を守る為だ。

 

「オラ、ぼさっとしてねぇでこっちに来い!」

 

「い、イヤだ! 離して!」

 

 状況介入に際しての身の振りについて思考を割いていると、業を煮やした強盗犯の一人が近寄ってきてシャルルの腕を掴んでいた。

 

「ユキ!」

 

「はっ!」

 

 デラーズ閣下の一声にスイッチを切り換え、行動に移す。

 

 シャルルに意識の向いている強盗犯の手の拳銃を蹴り上げる。 

 

 そして懐から拳銃を抜いてシャルルの腕を掴む強盗犯の足を撃つ。

 

「ぎやああああああっっ、足が、足があああああ!! ぎゃぶっ」

 

「んのアマぁぁあああ!!」

 

「ひっ」

 

 騒ぎ立てる強盗犯を足蹴にシャルルを引き離すと、もう一人の強盗犯が拳銃を撃ってくる。シャルルが悲鳴を上げてしがみ付いてくる。無理もない。銃を向けられる経験など先ずするものでもない。

 

「心配するな」

 

 おれはシャルルに安心できるよう優しく声を掛ける。デラーズ閣下の様にはいかないかもしれないが、シャルルの頭を撫でてやる。

 

 少しクセはあるが指通りの良いサラサラの髪の毛の撫で心地はとても良かった。

 

「なにがあっても、守ってみせるさ」

 

 強盗犯から放たれた銃弾は、右手に展開されたユニコーンのシールドによって弾かれた。ガンダリウム合金のシールドが、拳銃の豆鉄砲ごときでびくともするわけがない。

 

「ユキ…?」

 

「……行けるな、ユニコーン!」

 

 全身を光が包んで純白の装甲が身を包む。

 

「ISだと!?」

 

 強盗犯が目を見開くのが見える。まぁ、そうだろう。こんな所にISを持った人間が居るとは思いもしなかっただろう。

 

「武器を捨て投降しろ。私はドイツ軍諜報局所属、ユキ・アカリ少佐である。もう一度言う、武器を捨て投降しろ。さもなくば武力行使によって貴様らを鎮圧する用意がある」

 

 シャルルをやんわりと身体から離しつつ、ビームマグナムの銃口を強盗犯に向ける。

 

 カートリッジは一発分しか残ってはいないが、脅しには十分だろう。それにいくらなんでも他の一般人も居る場所でビームマグナムなんぞ撃てるわけもない。この武器は強すぎる。

 

「さぁ、死にたくなければ銃を捨てろ。それとも上半身を跡形もなく蒸発させられたいか」

 

「くっ……、? へっ」

 

 何を企んでいるのか。絶対的な脅威を前にして笑うとは。

 

「むぐっ、むむむーっ!?」

 

「シャルル!?」

 

「へ、へへ、形勢逆転ってやつだ。このお嬢ちゃんを殺されたくなかったらISを解除しな!」

 

 足を撃ち抜いて蹲っていた強盗犯が、額に脂汗を掻きながらシャルルを拘束していた。まだ銃を持っていたのか、シャルルの頭に拳銃を突きつけていた。

 

「おのれ、卑怯な……っ」

 

 足を撃つだけではなく殺しておくべきだった。

 

「むぐぐ、むむーっ!!」

 

 シャルルは必死におれに何かを伝えようとしているが、口を塞がれていて言葉にならない。

 

「へへへ、嬢ちゃんイイ匂いするなぁ。お友だちに足を撃たれた礼をしてもらおうかねぇ」

 

「ぐむっ!? ぷはっ、やめて!! 僕に触らないでよっ」

 

「キサマ……っ」

 

 シャルルを取り押さえている強盗犯が、下衆な嗤いを浮かべてシャルルの身体をまさぐり始めた。

 

「ホラ、ISの嬢ちゃんよ。早く解除しねぇとお友だちが目の前で犯されちまうぜ?」

 

「ひぃっ、イヤだっ、助けてユキぃぃ!!」

 

「ッッ――」

 

 シャルルが涙を浮かべながら助けを求められた時、自分の中のナニかがキレた。

 

「さぁ、どうす――」

 

「……な…せ……」

 

 銃を構えている強盗犯にシールドを投げつける。ISという人体には成し得ない力で投げ放たれたシールドは顔面に直撃するが知った事ではない。

 

 イグニッション・ブースト、PIC最大出力――。

 

「テメェ! 自分の立場がわかっ――」

 

「離せと――言っているっ!!」

 

 腕のビームサーベルを抜き、シャルルを辱しめる男の頭上を駆け抜けつつ、ビーム刃が男の腕を肩から斬り落とす。

 

 その背後に着地し、回し蹴りを叩き込んでシャルルから引き剥がす。

 

「死ね――」

 

 強盗だけだったのならば、こちらも穏便に済ませたものを。おれの恩人に手を出し、辱しめ、涙を流させた。

 

 そこまでされて穏やかであれるほど、おれは我慢強い人間ではない。

 

 ビームマグナムを向け、半分の出力でも人間を殺すのには十分過ぎる威力がコイツにはある。

 

「ダメっ」

 

「……何故止める、シャルル」

 

 ビームマグナムの引き金を引こうとしたとき、シャルルが腕にしがみ付いてきた。危うく床を撃つところだった。

 

「僕は、大丈夫だから……だから」

 

 そう言うにはシャルルの身体は震えている。無理もない。あんな下衆の辱しめを受けそうになってしまったのだから。

 

 なのに下衆の命を心配する。なんとも優しい心の持ち主だろうか。

 

 その涙の流れた跡を拭う。そんなに厭な思いをしてまでも、その相手を心配出来るのは何故なのだろうか。

 

「ユキ…?」

 

「いや……なんでもない」

 

 シャルルの頬から手を離し、その身体を抱え上げる。

 

「わっ、ちょっと!?」

 

「無理をするな。足も震えている」

 

 とはいえ、それでも怖い思いをしたのには変わりはない。普通には歩けそうにないのは見てわかる。だからこうして抱えて運ぶだけだ。

 

「閣下、シャルルを頼みます」

 

「うむ。あとは任す」

 

「はっ!」

 

 シャルルをデラーズ閣下に預けて少し落ち着けた。すると目線が少し下がった。レコーダーを確認すると、どうやらNTーDが発動していたらしい。

 

 怒りに呑まれて気付きもしなかったとは。まだまだ未熟だな。

 

 強盗犯はあと一人残っているし、他の共謀者の可能性も残っている。

 

 シールドを回収し、銀行の奥に居た最後の一人も鎮圧する頃には警察隊も突入していて、強盗犯たちは現行犯で逮捕されていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ダメっ」

 

 ユキが纏うIS。純白のキレイな機体。でもそれは今、頭の一本角が割れて2本になって、全身の装甲も開いて中から赤い光を放っていた。

 

 その赤い光はまるで怒りの光に見えた。

 

 ユキがライフルを強盗犯に向ける。ISの武器だから、人間がそれに耐えられるわけはない。

 

 気づいたらその腕にしがみ付いていた。

 

「何故止める、シャルル」

 

 おじさんと話していた時とは全く違う、鋭くて冷たい声。

 

「僕は、大丈夫だから……だから」

 

 怖かったけど、でも僕はなんともないから。だから僕の為に怒ってくれているのは嬉しいけど、それで人殺しはして欲しくなかった。

 

「ユキ…?」

 

 気づいたら、機械の手が僕の目許をなぞって、頬を撫でていた。

 

 機械だから冷たいはずなのに、温かくて、優しかった。

 

「わっ、ちょっと!?」

 

「無理をするな。足が震えている」

 

 ISを纏ったままのユキに、横抱きに抱えられる。驚きながらユキの顔を見ると、機械の目のはずなのに優しく微笑んでいてくれる様に感じた。声も、おじさんと話していた穏やかな声に戻っていた。機体の裂け目の赤い光が消えていく。

 

「シャルルを頼みます」

 

「うむ。あとは任す」

 

「はっ!」

 

 敬礼して、ユキは銀行の奥に向かっていく。

 

「おじさん、ユキは……」

 

 何者なんだろうか。そのあとに言葉が続く前におじさんが言葉を口にした。

 

「純粋な男よ。アレは昔からそうだった。シャルよ、この事は他言無用だぞ?」

 

「う、うん。わかったよ」

 

 おじさんの言いたいことはわかる。だってユキは男の子だもん。男がISを動かせるなんて知られたらどんなことになるか想像も出来ない。

 

 だからこれは僕たちだけの秘密なんだ。

 

「閣下。強盗犯の鎮圧、完了致しました」

 

「ご苦労。大義であった」

 

「恐縮であります。……閣下」

 

「うむ。こちらで話しはしておく。シャルルを連れ、先に家に戻れ」

 

「はっ! 了解致しました。御先に失礼いたします」

 

 おじさんとユキはまるで軍人さんの様なやり取りをすると、まだISを纏ったままのユキが僕に近寄って手を伸ばしてきた。

 

「デラーズ閣下の御意向だ。おれたちは先に帰ろう、シャルル」

 

「う、うん……」

 

 その手を取ると、ユキはまた僕を抱え上げて、ゆっくりと空に上がっていく。

 

「恐くはないか?」

 

「うん。ユキは優しいから」

 

「……優しいものか。危うく怒りに呑まれていた」

 

 機械越しなのに、ユキが歯噛みしているのを感じ取れる。それは何かを悔いている様で、ユキの中にある何かを踏み越えてしまいそうだったのかもしれない。

 

 それでも、そうまでして僕を助けてくれて、怒ってくれて。

 

 そんな人が優しくないなんて、あるわけないじゃないか。

 

「ユキ…」

 

「ん?」

 

「ありがとう」

 

 だから僕に出来ることは、それを赦して、感謝することだった。心から。

 

「……当たり前だ。守ると誓った」

 

「フフ、男の子なんだね」

 

「悪いか……?」

 

「ううん。カッコいいよ」

 

「……茶化すな」

 

 そんなつもりはなかったんだけどね。恥ずかしがりやというか、照れ隠しが不器用だ。でも、約束を守れる男の子がカッコいいのはホントのことだよ?

 

 

 

 

 

to be continued… 



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第30話ー再会の風ー

ここ2週間急に仕事が忙しくなって執筆時間がまったく取れなかった……。朝3:00起きとか4:00とかキツいっすわ。でも悲しいけど、コレ仕事なのよね。


 

 デラーズ閣下のもとでの静養生活も一ヶ月を過ぎようとしていた。

 

 片田舎での強盗騒ぎとはいえ、ISが動いたのだからそれなりに報道される覚悟はしていたが、不思議なことにその様な報道は一切なされていない。いや、十中八九デラーズ閣下の手が回っているのだろう。

 

 仕方がなかったとはいえ、閣下に余計な手間を掛けさせてしまった。

 

「ユキ…?」

 

「どうした? シャルル」

 

 ユニコーンのシステムチェックをしていると、部屋にシャルルが顔を覗かせてくる。時計はもう日を跨いだ深夜だった。

 

「今日も……良い?」

 

「少し待っていてくれ。すぐに済ませる」

 

「うん。……ごめんね」

 

「いや。おれにも責任の一端はある」

 

「そんなこと、ないよ。ユキは……守ってくれただけ」

 

 あの日からシャルルはほぼ毎日おれと床を共にしている。

 

 一人で寝ていると、夢見が悪いらしい。

 

 無理もない。同性の男から辱しめを受けそうになったのだ。悪夢になって然るべきであろう。

 

 あの時、強盗犯の足ではなく頭を撃ち抜いていたら。シャルルはこうもならなかっただろう。その結果、シャルルに避けられようとも。

 

「やっぱり、迷惑かな…?」

 

「そうなら、こうはならない」

 

「うん。ありがとう」

 

 一人で寝るにはゆったりと出来るベッドでも、二人でとなると詰め寄って眠らないと床に転げ落ちてしまう。

 

 とはいえ、この世界に来てから一人で寝ることの方が少ない。大抵は誰かと一緒に眠っているから今更だ。

 

「礼は良い。……眠れそうか?」

 

「うん……。でも、もう少しギュって、して欲しい……かな?」

 

 こうして甘えられるのも随分と慣れてきた。そして甘やかすことも。

 

 今まで甘えてきて、甘やかされて来たから、どの様に要望に答えれば良いのかはわからずともわかる。

 

 同性同士だから恥ずかしくもなく甘えられる。その感性は自分にもわかる。見掛けも、そして心もまだ幼かった一年戦争や、グリプス戦役でも、自分は無意識に甘えていたから。

 

 頼れる大人たちに甘えてきた。路を指し示して貰っていた。

 

 だからというわけじゃないが、シャルルが甘えたいなら、それを甘んじて受け入れよう。それが少しでもシャルルが安心して眠れるようになるなら。

 

 それがおれの贖罪だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 あの日からもう一月経つのに、僕はユキの優しさに甘えて、一人で寝ることをしない様になっていた。

 

 最初は本当に夢でも襲われる怖い思いをしてユキの所に逃げ込んでたけど、今は本当にユキに甘えて一緒に寝ている。

 

 なんと言えば良いのかな。ユキと一緒に寝ていると、とても安心するんだ。

 

 まるで、お母さんに抱き締められているように温かいんだ。

 

 おじさんはとても優しい人で、僕にたくさんの愛情をくれて、育ててくれた。

 

 でもおじさんは見た目通り言葉でと言うより背中で語る人だから、ユキみたいに優しく包み込んでくれる愛情とはちょっと違う。

 

 だからなのかな。ユキにいっぱい甘えちゃうのは。

 

 あまり良くないってわかってるけど、夜になるとついユキの部屋に足を運んでしまう。しっかりしないとダメなんだと思っても、そんな僕でさえ、ユキは何も言わないで優しく受け入れてくれる。

 

 僕たちは男同士で良かったかもしれない。もしどっちかが異性だったら、僕は後戻り出来ない程にユキに甘え込んでしまっていたと思うから。

 

「ではこの場合、貴公はどう考える」

 

「後方からの奇襲に際しては、やはり本隊の予備兵力を抽出し、迎撃に当たらせた方が得策かと」

 

「うむ。陣を崩さず敵を退けようというのならばそれもよし。だがその奇襲に合わせ敵の前線が上がった場合はどうする」

 

「……遺憾ではありますが、左右を固める部隊から前線へ増援を送り、陣形を縮め、薄くなった防御の層を厚くします」

 

「しかしそれでは部隊間の身動きに支障を来すであろう。歩兵運用であれば対処は出来るが、動きの鈍い艦隊運用では通用せんぞ」

 

「確かに。では陣形を縮めずに現状を維持。奇襲部隊の数にもよりますが、後方の部隊もこれの迎撃に当たらせ即時殲滅、または撃退し、戦力を前線へ集中し敵を撃滅します」

 

「力押しもまた戦術。それを否定はせんが、時を誤れば多くの同胞の命を脅かしもするぞ?」

 

「承知しております。……やはり私には一武人として戦場を駆け馳せる能しかありません」

 

「艦隊はMS程自由には動けん。戦場という荒波を往く巨鯨が如し。それを操ればこそ将としての眼力も生まれよう」

 

「荒波を往く巨鯨……。私にはまだ遠き路、何卒御教授を」

 

「うむ。精進あるのみ。その根気で見事物にしてみせよ」

 

「はっ! このユキ・アカリ、必ずやデラーズ閣下の御期待に応えてみせます」

 

 とても難しい話をしているユキとおじさん。僕にはユキがおじさんに何かを教わっている程度しかわからない。

 

 取り敢えず僕に出来るのはユキとおじさんの邪魔をしないようにお昼でも作ろうかな。

 

 ピンポーン♪

 

 そんなことを考えていたら呼び鈴が鳴った。

 

「御客人ですか?」

 

「いや。その予定はないが」

 

 ユキとおじさんが険しい顔つきになる。まぁ、確かにウチは近所でも歩いて20分はかかるし、ユキの事情が事情だから警戒するのもわかるけど、二人とも顔が恐いよ。

 

「僕が出てくるよ」

 

 そう言って僕は玄関に向かう。ユキとおじさんの顔を見せたらお客さんが腰を抜かしちゃいそうだしね。

 

「どちら様ですか?」

 

 ドアを少しだけ開けて隙間から外を見ると、結構身体つきの良い男の人が立っていた。上着のポケットにバラを差した男の人だった。

 

「おお、突然すまない。ここにユキ・アカリという男が居るはずなのだが」

 

 胸ポケットのバラを除けば取り敢えず普通の人かな? 少なくともテレビ関係の人じゃなさそう。

 

「……要件はわかりましたけど、何方かわからないと僕も対処出来ません」

 

 ユキの知り合いの人なら良いかもしれないけど、違った場合もあるかもしれない。

 

 男でISを動かせる事を隠しているんだもん。おじさんみたいに親身になる人ばかりでもないはず。

 

「うーむ、名乗りたいのは山々だが、私は今とある御方の密命を受けて動いていて名を明かせん。だが! このバラに誓い決して君に不利益な事はしないと約束しよう」

 

 そう言いながら胸ポケットから取り出したバラにキスをした。

 

 悪い人には見えないけど、良いのかなぁ……。

 

「遅いから様子を見に来てみれば。シャルル、そいつは通して構わないぞ」

 

 背中からユキの声が聞こえて、僕はドアを開けてバラの男の人を迎い入れた。

 

「おれを捜してなんとする?」

 

 まるで見抜く様に鋭い視線を送る。何時ものユキとは全く違う恐い顔をしていた。

 

「ハマーン様の命で、貴様のISを持ってきた。感謝して敬うが良い! このマシュマー・セロ直々に貴様の機体を持ってきてやったのだからな」

 

 むんすとドヤ顔で胸を張るマシュマーさんから何かを受け取ったユキ。

 

「ハマーンの命令で来たお前が威張るものでもないだろうに。というか居たんだな。気が付かなんだ」

 

「フッ、貴様がハマーン様のもとに居る間、私はハマーン様の命で奔走しているからな!」

 

 どうだ悔しいか? って感じで胸を張るマシュマーさんを、ユキはかわいそうなものを見る哀愁のある目で見ていた。

 

 部外者の僕でもユキの目を見て察してしまった。

 

 この人、除け者にされてるんだなぁ……。

 

「っと、ハマーンからか。――どうしたハマーン」

 

「ハマーン『様』とお呼びしろ! ハマーン『様』と!」

 

 投影ディスプレイに桃色髪の女の子が映り、フレンドリーに話し掛けるユキにマシュマーさんが噛みつく。

 

『良いマシュマー。……ジオンの蒼き鷹が無様なものだな』

 

「不甲斐ないものと笑うならば、いっそ笑ってくれ。そっちの方が気が楽になるよ」

 

 やれやれと言いたげに肩を竦めて首を振るユキに、女の子は嘲笑った。

 

『フッ、ありもしないプライドを気にして無駄口を叩ける元気があるなら心配は要らんな』

 

「これでも一応男のつもりだ」

 

『どの口が言う』

 

「言わせろよ」

 

 他人が立ち入れない雰囲気を出すユキと、ハマーンと呼ばれた女の子。

 

 おじさんと話している時のキリッとした顔とも、僕に向ける優しい顔ともまた違った軟らかい笑みを浮かべて話すユキ。ハマーンと呼ばれた女の子も、マシュマーさんにはちょっと恐いと思うキリッとした顔に対して、ユキには少しだけ軟らかに笑っていた。

 

 恋人さん……。とは違うのかな。

 

「っと、束博士からもか。…ハマーン」

 

『構わん。それと飼い主の躾くらいしておけ。煩くて敵わん』

 

「埋め合わせはするよ」

 

 ほんの少し疲れたという様子で言うハマーンさん。それにユキは苦笑いを浮かべて返した。

 

『おっそーいっ。彼女からの着信が来たらすぐに出るのがモテる男の子なんだぞ!』

 

 新しくディスプレイが現れて、そこにはISを深く知らない僕でもわかるすごい人が映っていた。

 

『ねぇ、いつ帰ってくるの? 今日? 明日? 明後日? 明明後日?』

 

「待て待て待て。落ち着け博士。少し恐いから」

 

『だってぇ!!』

 

 一言毎にディスプレイが近づきながら顔をアップにされたら凄まれるみたいで確かに恐いよね。

 

 それにしても、ISの生みの親の篠ノ之博士とも知り合いだなんて、ユキって本当に何者なんだろう。

 

『喚くな騒々しい。情けないISを使わすからこうなる』

 

『なんだってぇっ!? ISすらまともに造れないでよく言えるよね』

 

「止めないか。もとは墜とされたおれに責がある」

 

 篠ノ之博士とハマーンさんが口論になりそうな所に、ユキが割って入った。

 

『お前の素質を理解せずに適当にISを与える無様を指摘してやっただけだ』

 

『そもそもISをあげることも出来ないそっちに言われたくないよ。ハマーン・カーン』

 

『高機動戦闘を得意とする者に態々重MSのISを渡す様な真似をしたのは何処ぞの兎だったかな? 篠ノ之 束』

 

 険悪に睨み合う二人の雰囲気に空気が固まる。画面越しなのに空気がピリピリしている。

 

「騒がしいな。何かあったか?」

 

 中々戻ってこないどころか、篠ノ之博士とハマーンさんの口論が気になったのか。おじさんもリビングからやって来た。

 

「申し訳ございません、デラーズ閣下」

 

「デラーズ…? もしやあのエギーユ・デラーズか!」

 

「閣下と御呼びしろマシュマー。デラーズ閣下に無礼だぞ」

 

 敬礼しながらおじさんに謝るユキ。マシュマーさんが驚いた様子でおじさんの名前を口にした。……おじさんって、そんなに有名な人なのかな。

 

『ほう。風の噂には聞いていたが、貴殿もか。エギーユ・デラーズ』

 

『うそ…。エギーユ・デラーズって、デラーズ・フリートの』

 

 おじさんの名前を聞いて、あの篠ノ之博士が目を見開いていた。

 

「うむ。いかにも儂はデラーズ・フリートを率いたエギーユ・デラーズだ。名高き篠ノ之 束女史にも我が名を知られる事を、光栄に思う。そしてハマーン・カーン殿、先のアクシズの支援にこの場を借りて感謝する」

 

『地球圏に留まり、日夜戦い続けた貴殿等に対するせめてもの餞別だ。貴殿等の奮戦あればこそ、我々も万全の準備をし、地球圏へと帰ってこれた。……結果はそこのバカの所為で散々だったがな』

 

「ハッハッハッ、此奴にしてやられたか」

 

「穿くり返すなハマーン。デラーズ閣下も御笑わらいにないでくださいませ。あの頃の私は失策続きで見せる顔もないのです」

 

 ハマーンさんにキツく睨まれるユキを、おじさんは楽しそうに笑った。笑われて睨まれる中でユキは頭痛を抑えるように額に手を当てていた。

 

「しかしそれが正しいと突き進んだ路なのだろう?」

 

「若さ故の過ちとも言えるでしょう。しかしハマーンとは言葉を尽くし、その結果であります。正しいか正しくないかではなく、正しかったと胸を張るだけです。でなければハマーンに申し訳が立ちません」

 

 おじさんの言葉に迷いのある昔を思い出すように語るユキ。その眼は何処か遠くを見ている様で、そして悲しい目をしていた。

 

『当たり前だ。あまり腑抜けていると、今度は私が勝たせてもらうぞ』

 

「望むところだと言わせて貰うよ。絶対に負けてやらない。これからも向き合う為にも」

 

 楽しげに話しているハマーンさんとユキ。でも二人の雰囲気が少し恐い。

 

『……マスター? ッ、マスター!!』

 

『きゃっ、ちょ、クロちゃん!?』

 

『マスター、マスターマスター、あぁ、マスター、良かった…。その傷を着けた相手は何処ですか? 見つけ出して八つ裂きにしてやります』

 

 ハマーンさんとユキが見詰め合っていると、篠ノ之博士の方から女の子の声が聞こえて、篠ノ之博士を押し退けて銀髪のお人形さんみたいに綺麗な女の子が映っていた。でも眼が黒と金だなんて、何かの病気なのかな?

 

『ククク、お前も一端のものを抱え込んでいる様じゃないか』

 

「茶化すな。……元気かクロエ? 見た様だけど、おれは大丈夫だ」

 

 面白い物を見たという風に笑うハマーンさんに、ユキが一言添えてから新しく映った女の子に優しく言葉をかけた。

 

『でも、私のマスターを傷物にしたのは赦せません。……やはり私も行くべきです』

 

「おれはお前に人殺しはさせんよ」

 

『相変わらず甘いな。死ぬぞ』

 

「死ぬものか。死ぬにはおれは多くを背負っている。それが終わるまでは殺されたって生きてやるさ」

 

 随分と物騒で重い雰囲気の言葉の応酬。僕だけ場違いに疎外感を覚えている。……僕はまだ、ユキの事を知らない事が多すぎるんだ。

 

『それでこそだ。……傷が癒えるまで護衛を着ける。マシュマーは待機。護衛が到着次第戻れ』

 

「はっ!」

 

『私もマスターのもとに』

 

「いや、クロエは博士の傍に居てくれ。おれの居ない間、博士を守ってくれ」

 

『了解です。マスター』

 

『ではなユキ。あとを頼むぞマシュマー』

 

「はっ! このマシュマー・セロの名に懸けて」

 

 マシュマーさんが綺麗な敬礼をしながら敬礼すると、ハマーンさんのウィンドウが閉じた。

 

「博士もすまない。心配をかけた」

 

『……悔しいけど、ハマーンの言う通りもある。だから』

 

「皆まで言わなくて良い。サザビーが戻れば、もう負けはしない」

 

『うん。信じてるよ、ユキ』

 

『マスター』

 

「あとを頼むぞ、クロエ」

 

『はい、マスター』

 

 篠ノ之博士のウィンドウも閉じて、ようやく一段落が着いた。張り詰めていた空気がなくなって肩がどっと重くなる。

 

「あの空気によくぞ耐えたな」

 

「あははは、タイミングがわからなくて」

 

 身を引くタイミングがわからないのもそうだったけど、少しでもユキの事を知りたかったから、僕はそのまま居残ったんだ。

 

「短い間だが、世話になるぞマシュマー」

 

「ハマーン様の命だ。例え裏切り者であろうと面倒は見てやる」

 

「助かるよ。……シャルル、昼食を一人前追加出来るか?」

 

「あ、うん。マシュマーさんの分だよね? 大丈夫だよ」

 

「かたじけない。礼に皿洗いでもなんでもしよう」

 

「フフ、ありがとうございます」

 

 最初はちょっと変な人かなぁって思っちゃったけど、良い人みたいだね、マシュマーさんって。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ニュー・ケネディ空港をあとにしたアウドムラ。だがスードリを無傷で残してきてしまったため、それを使って敵が追ってくるだろうとは誰もがわかっていた。

 

「ケネディ空港を襲った部隊が、スードリで追ってくるとして……」

 

「半日は掛かりますかね?」

 

 クワトロ大尉とハヤト館長が互いの考えを申し合わせる。

 

「いや、もっと速い。……近づいてくる。捕まっているよ」

 

「わかるのか?」

 

「そう感じるだけさ」

 

 何が来るとまではわからない。でも近づいて来ている物を確かに感じていた。しかもそれはそう遠くない内に追い付いてくる。

 

「ニュータイプの感じかたですか?」

 

「強い感性の持ち主ですよ」

 

「おだててもなにも出ないよ。ニュータイプだって人間なんだから」

 

 そうだ。ニュータイプだって神様じゃないんだ。でもニュータイプだからわかるものだってある。違うな。無意識で感じてるだけだ。

 

「MS部隊の発進準備をさせるよ」

 

「ああ、頼む。…ハヤト館長」

 

「総員に第二戦闘配置をさせます。よろしいですね? クワトロ大尉」

 

「このアウドムラとカラバの指揮は君のものだハヤト館長。こちらは気にせずやってくれ」

 

「ではその様に」

 

 ハヤト館長とやり取りをしているクワトロ大尉を置いて、おれはMSデッキに向かった。

 

 ハイザックは既に整備を終了させている。ネモも順次OSの再調整をしている所だった。

 

「ユキさん、どうしたんですか?」

 

 自分のハイザックの所に向かっていると、カミーユに声を掛けられた。

 

「カミーユか。Mk-Ⅱの整備は終わってるな?」

 

「はい。でもそれが――」

 

『敵部隊の反応をキャッチした! 総員、第二戦闘配置だ!』

 

 カミーユの声を遮ってハヤト館長の命令が下り、MSデッキが慌ただしくなる。

 

「そういう事だ。早くガンダムに乗れ」

 

「はいっ」

 

 パイロットロッカーへ向かうカミーユの背中を見届けながらハイザックに乗り込む。クレイバズーカとネモのビームライフルを装備して、引っ張り出したドダイ改に乗り込む。

 

 そうしている内に、MSに乗れるパイロット達が機体に乗り込んでいく。パイロットスーツに着替えたカミーユとクワトロ大尉もその中に居た。

 

「クワトロ大尉! 上と下の、両方からですって!」

 

「カミーユはデッキから応戦して、アウドムラを守れ!」

 

「はい!」

 

 クワトロ大尉がカミーユに告げて百式に乗り込むのを確認して回線を開く。

 

「自由落下での経験は?」

 

『……一年戦争の頃に、ガンダムに仕掛けて以来だ。君は?』

 

「あるわけないでしょ」

 

 百式がドダイ改の隣に乗ったのを確認して、発進させる。

 

「アカリ・ユキ、ハイザックはドダイ改で発進する!」

 

『クワトロ・バジーナ、百式も出るぞ!』

 

 ドダイ改をコントロールし、アウドムラから発進する。

 

『地球の重力に引かれる。高度は常に気を配れ』

 

「了解。……とてつもなく速いのが来る!」

 

『なに!?』

 

 敵の編隊。その編隊を先導して低空から一気にこちらに上昇してきたのは、鋭角的なフォルムを持つMAだった。

 

 ブースターを切り離し、身軽になった機体が加速してこちらの脇を通り過ぎていった。

 

『MAか!?』

 

「いや、違う……MSだ!」

 

 通り過ぎていった一瞬、脚のような物があるのと、バインダーの影に腕があるのが見えた。

 

 ティターンズが積極的に可変MSを戦線に投入してきている事実に薄ら寒い物を感じる。隣にいる百式も最初は可変MSとして完成するはずだったが、ムーバーブルフレーム技術の低さに、機体強度を確保出来ず通常のMSとして完成させたという事実をもってしても、可変MSの技術ではエゥーゴは遅れを取ってしまっている。

 

 変形することで機体特性がMSからMAに変われば戦い方の幅も広がり、相手の意表も突ける。可変MSには無限の可能性があるというわけだ。

 

「後ろから?」

 

『ええいっ』

 

 反転して可変MSを追うおれたちを、後ろからベースジャバーに乗ったアクト・ザクが攻撃してくる。

 

 一瞬振り向いて互いにビームライフルを撃つ。おれのビームがアクト・ザクを撃ち抜き、百式のビームはベースジャバーに直撃し、生じた二つの爆発に巻き込まれて同乗していたもう一機のアクト・ザクも爆散していった。

 

「ザコ程度が粋がるから」

 

 アクト・ザクはマグネット・コーティングが施されたジオン生まれの機体だ。

 

 高過ぎる機動性と反応速度に並のパイロットは着いていけず、性能にリミッターが掛かっている程なのだ。

 

 とはいえ、所詮連邦の兵士には扱えなかった様だ。動きが別のMSとあまり変わりがない。

 

 スラスターを噴かしながらドダイ改から降りる。すると好機と見たか、二機のアクト・ザクを乗せてベースジャバーが突っ込んでくる。

 

 マシンガンの攻撃を盾で防ぎ、ビームライフルでアクト・ザクの頭を撃ち抜く。

 

 その撃ち抜いたアクト・ザクを擦れ違い様に蹴落としてベースジャバーに取り付きつつビームサーベルを抜き、蹴落としたアクト・ザクの隣のもう一機のアクト・ザクを横っ腹から一突きして蹴落とす。

 

『脚癖が悪いな』

 

「ほっとけ!」

 

 ベースジャバーのコントロールを奪って足にする。一度落ち着いて戦場を俯瞰する。

 

「アウドムラが被弾している? カミーユが出たのか」

 

 アウドムラの胴体から煙が見え、ドダイ改に乗ったガンダムMk-Ⅱが可変MS――ギャプランと交戦しているが、空中を自由に飛び回るギャプランを相手にカミーユのガンダムMk-Ⅱが押されている。

 

「シャアは行け! 敵は抑える」

 

『了解だ。無理はするなよ』

 

「誰だと思ってる!」

 

 腐り果てようと、ジオンの蒼き鷹とまで言われた自分が、機体も満足に扱えない連邦やティターンズの青二才相手に墜ちるものか。

 

 そんな感情を込めながらクワトロ大尉の百式をカミーユの援護に向かわせる。

 

 こちらもあとは二機のアクト・ザクのみだ。敗れる要素など有ろう筈がない。

 

「墜ちろぉぉっ」

 

 クレイバズーカから散弾を撃ち出し、直撃したベースジャバーが爆散する。

 

 足場を失って落ちていくアクト・ザク二機に向けてビームライフルで撃ち抜いて撃墜する。

 

 シャアにああ言った手前だ。MSの2機も圧倒出来ないで言えるもんじゃない。

 

 再び戦場を見渡せば、MAからMSに変形したギャプランのビーム攻撃を防いだ盾が砕け散って、体勢を崩しつつもドダイ改に着地したMk-Ⅱの姿が見えた。

 

『捕まえたよ!』

 

『ザザッ――こちらもな!』

 

『なにっ!?』

 

「頭を抑える!」

 

 クワトロ大尉がわざと広域チャンネルを開いてギャプランのパイロットの注意を引く。

 

 一瞬の動きを見切り、ビームライフルで牽制射撃。

 

 動きを乱したギャプランに百式のビームライフルの銃口が向く。

 

『墜ちろおおおっ』

 

 ライフルから放たれた数発のビームを紙一重で避けるギャプランだが、その内の一発をバインダーに直撃して表面装甲を弾け飛ばしていった。

 

「退くのか……」

 

 MAに変形したギャプランは戦闘領域から離脱していった。

 

「でも……。まだ来る」

 

『ユキ! ドダイの回収と補給急げ』

 

「了解した。一度戻る」

 

 低空から接近してくる気配を感じ取りつつも、ベースジャバーをアウドムラに向ける。

 

「下から上がってくるのか」

 

『見えた…!』

 

 アウドムラに向かって上昇してくる敵の部隊を百式がビームライフルで撃つ。

 

 放たれたビームはハイザックを乗せているベースジャバーに直撃し、 乗っていたハイザックにはこちらからビームライフルを撃ち込んで撃墜する。

 

「クワトロ大尉、先に!」

 

『おう! だがっ』

 

 ドダイ改をアウドムラに回収させつつ、更に飛び上がった百式が追撃のビームライフルを放ち、新たに上がってきたハイザックを撃ち落とす。

 

 そのままアウドムラのデッキに向かう百式を援護する為に、ビームライフルで残ったハイザックとベースジャバーを撃ち落とす。

 

「まだ来る。ロベルトをやった可変MSか!」

 

 下から一気に昇ってくる円盤型のMA形態のアッシマーに向けてビームライフルを連射して弾幕を張る。

 

「くそっ、上に行かれた!」

 

 エネルギーの切れたビームライフルからクレイバズーカに持ち替えて、ベースジャバーをアウドムラに回収させつつアウドムラの上に着艦する。

 

「下に行けと言った!!」

 

 クレイバズーカの散弾を、アッシマーの上を抑えるように撃ち放つ。

 

『ユキ、一度下がれ!』

 

「でもっ」

 

『武器がないだろう!』

 

「ちぃっ、わかったよ。ランチャーだけ取ってくる」

 

 クワトロ大尉に従って一度アウドムラの格納庫に戻る。

 

「素直に下ろさせろ!」

 

 着艦する隙を狙って攻撃をしてくる連邦軍のハイザックに向けてクレイバズーカを撃ち込む。散弾の直撃は胸部装甲を打ち砕き、剥き出しになった内装へ向けてもう一発クレイバズーカを撃ち込んで撃墜する。

 

「ビームランチャーは!?」

 

『整備、完了しています!』

 

「感謝する!」

 

 整備兵に感謝しつつ、後部ハッチからジャンプして再びアウドムラの上に昇る。

 

「(なにをする気だ!? アムロ!)」

 

「(黙ってろシャア!! 奴にはアウドムラを無傷で手に入れたいという欲がある!)」

 

「シャア? アムロって……!?」

 

 頭に直接聞こえた声に振り向けば、アウドムラのブリッジを狙っているアッシマーの背後から輸送機が体当たりをした。

 

 気になって仕方がなくアウドムラの上から降りる。

 

 丁度敵も退いていった。

 

「あれは……」

 

 ガンダムMk-Ⅱが向かい入れる様にパラシュートで空に浮く男を回収した。

 

 無意識に操縦桿を握る手に力が籠る。

 

「アムロ……っ」

 

 アムロ・レイ。

 

 8年前の一年戦争で、連邦軍の開発した初代ガンダムを操縦していたパイロット。

 

 そして、ララァを殺した男。

 

 サイド6であどけない少年兵だった姿を見たのが最初で最後だった。

 

 そして今は、ひとりの大人の男になっていた。

 

 Mk-Ⅱと百式に追い付き、コックピットを開ける。

 

 パイロットスーツを着ていない抜き身に強烈な風が当たって服や髪の毛が乱れるが、そんなの構いやしない。

 

 その男を直に見て、そして改めて認識する。

 

 間違いなく、本物のアムロ・レイであると……。

 

 

 

 

to be continued…



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第31話ーそれぞれの朝ー

マシュマーのコミカルさってどうやれば出せるのか私にはわからん…。


 

「はぁ……」

 

 私はこの頃多くなった溜め息をまたひとつ吐き出した。

 

 この一ヶ月間、落ち着く事がなかった。それはどうしてなのか、考えなくてもわかることだった。

 

 私のことを見てくれる人が近くに居なくなってしまったから。

 

「少佐……」

 

 ユキ・アカリ少佐。その人は無価値な私を引っ張りあげてくれた。

 

 ISに乗れない無価値な私を連れ出した。そしてあの宇宙を駆ける感覚が、私には必要なんだ。

 

 ISが何のために生まれたのかわかった時、その正しい飛び方をわかった様な気がしてきた。

 

 空を飛ぶためじゃない。ISは、宇宙を駆ける為の物だと。

 

 それを自覚して、無重力の宇宙を駆ける様なイメージを乗せてISをようやく動かせる様になったのに、それを見せたいのに。

 

「ボーデヴィッヒ大尉、居るか?」

 

「ハルフォーフ隊長? どうぞ」

 

 シュバルツェア・ハーゼ隊の隊長。クラリッサ・ハルフォーフ大尉。軍歴では私の方が上だが、手術に失敗し、失敗作の烙印を押された私に代わって、部隊を率いてくれている。私が未だに軍に居られるのも、手術を受ける前の実績はもとより、ハルフォーフ大尉が私を庇っていてくれているからだ。

 

「何か用ですか?」

 

 ISに乗れるようになったとはいえ、戦うことの出来ない私がわざわざ声を掛けられる様な事に身に覚えがなかった。

 

「情報局のハマーン・カーン局長から、シュバルツェ・ハーゼ隊に特命が降りた。フランスで静養中のアカリ少佐の護衛と身辺援助だ」

 

「少佐の!?」

 

 少佐の名を聞いて、私は立ち上がった。

 

 静養中ということは重傷を負ったのか?

 

「詳しくは伏せられてしまったが。あの少佐が静養して護衛が必要な事態ともあれば、その責任は重大だ。……着いてきますか?」

 

 それはハルフォーフ隊長にのみ与えられた特命なのか、私にはわからない。でも少佐と会えるというのなら。

 

「私も行く。連れていってください、ハルフォーフ隊長」

 

 ISに乗れずとも、デザインベイビーとして生まれたこの身体の身体能力で身辺警護くらいは出来る自信がある。相手が人間であるなら、この身は少しでも役に立てる。……そう思ったからハルフォーフ隊長も私に声を掛けたのだろう。

 

「一時間後の10:00には迎えに来ます。それまでに準備を整えておいてください」

 

「了解。……私に畏まる必要はないんだ。クラリッサ」

 

「たとえ周りがなんと見ようと、私には敬意を払う上官であります。ボーデヴィッヒ隊長」

 

 私の様な小娘に憧れて、クラリッサは軍に入ったと本人から聞く。律儀にも、今もその憧れを抱いてくれたままで私に接してくれている。

 

 それが私には申し訳なくあり、悲痛でもあった。

 

 期待を裏切った私を、こうも慕ってくれるクラリッサ。私には、そんな資格がない。

 

「理由がどうであれ、また隊長がISに乗れるようになったのが、私は嬉しいんです」

 

 いつもはキリッとして、隊の調和と士気を保っていてくれているクラリッサが、とても軟らかに笑っている。その顔を、私は直視できなかった。

 

「……男の後ろを、追いかけているだけだ。私は」

 

 儚くて、でも見たこともないような力強さを持つ少佐の事をただ知りたいが為、近づきたいが為に、私はISに乗ることを努力している。

 

 それだけだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「くだらないもんだな。まったく」

 

 テレビ回線に繋いでいたウィンドウを閉じて、ガンダムMk-Ⅱの整備状況を確認する。

 

 テレビの内容はまったくもってくだらなかった。今の女尊男卑の世界に対する討論番組であったが、延々と同じ様な内容の話ばかり。

 

 要約してしまえば、昔から女は男に虐げられてきた。だから今の女尊男卑の風潮は世界の自然な流れであり、男が女に虐げられても文句は言えないという感じだ。

 

 まったくもってくだらな過ぎる。

 

 確かに古来より、男はなにかにつけて女を軽んじ、虐げた事実もあるだろう。それは男が女よりも力があったからだ。外で狩りをするために男の身体は屈強に進化したと一説には聞く。

 

 男女の体格差から基本的に腕っぷしの強さは男が上だ。

 

 だからと言って、ISの存在を理由にして、ISを持たざる者までもが増長し、自身に力があると誤解させる社会風土もまた間違っていると知れ。

 

 少なくとも、MSが現れたからMSのパイロットが偉かったなんて風潮はなく、皆誇りを胸に戦場を駆け抜けて行った。

 

 そんな矜持をISのパイロットたちが持ち、少しでも世俗に正しく発信していれば、また違っただろう。

 

 男など所詮は子を遺す為の種馬だという者まで居る様だ。それは傲慢だ。

 

 ならば問いたい。お前たちが本当に虐げられてきたのか? 歴史を紐解いて過去に学ぶのは良い。だがそれを自分に都合の良いものとして曲解し、正当性を掲げるのを恥と知れ。かつてのティターンズもまたそうだった。

 

 お前たちに想像できるか? 電気、水、ガスにはこちらでも課税は掛かるが、今吸っている空気にさえ、重い税金を課せられ、働けど働けど積み重なる税金に押し潰される様を。

 

 自分は恵まれた子供だったから良かった。父が技術者であったからだ。

 

 だが、中には職を失い、払える金を失い、身を削ってでも足りず、心中や夜逃げ、または身売りする人々が絶えなかった事を。

 

 おれの住むコロニーではそんな事あまりはなかったものの、他のバンチではホームレスで溢れ返る流刑地の様なコロニーさえあったと聞く。

 

 とはいえ、おれとて贅沢な生活をしていたわけではない。仕送り金はすべて税金に持っていかれ、辛うじて残った金で食い繋ぐ毎日だったのを今でも覚えている。

 

 まともな食事を取るようになったのも、士官学校に入ってからだった。この身体は発育不足の極みであったということだ。

 

 しかも自分達を宇宙へ追いやり、地球に残った人々は、スペースノイドから巻き上げた税金で私福を肥やし、肥えた身体で平穏と暮らしているのだ。

 

 そんな世界なら、戦争をしてでも独立を勝ち取りたいと思って当たり前だ。独立を出来れば、従来の半分以下の税金で生活を回せる様になるのだ。浮いたお金を食に、娯楽に、経済を回せれば豊かな暮らしが出来る。

 

 コロニーは地球がなくとも自活できる十分な環境があったのだから。

 

 だからジオンは立った。スペースノイドの独立を勝ち取るために。

 

 思考が逸れすぎてしまった。とにかく言いたいことは山ほどあるが、ISに乗れないのに威張るなということだ。

 

 ISは女ならば誰しもが乗れるものでもないらしい。

 

 乗るには適性があり、またその適性もランク分けされているらしい。

 

 MSも万人が乗れたわけじゃないからわからないでもない。

 

 しかし、儘ならないものだ。

 

 男でも動かせるISを造り、世界のパワーバランスを均衡させなければ、いまの女尊男卑の世界は変わらず、宇宙進出など夢のまた夢となるだろう。

 

 自分がISのコアを造れさえすれば良いのだが。それにはまだISの事をきちんと勉強する必要がある。MSをIS型にするのに全力で取り組んでいたから、IS関係の技術に関しても虫食い状態だ。

 

「そういう意味では、おれも変わらないか」

 

 宇宙を駆ける為のISを戦いに使っている。本来の目的とは違う使い方をして、嫌われてしまわないかと気にもなる。一月も間を開けてしまってもいるのだから、心配にもなる。

 

「ニュータイプと同じか。地球に住まう人々の手の所為で、今という時代には戦う道具に成り果ててしまう」

 

 彼女もそれがわかっているから不本意でも新型を造ってくれているのだろう。そうでない時代を築くのが、せめてもの恩返しと思いたい。それは勝手だろうか?

 

「さて……」

 

 世界の在り方に異を唱えんとするのならば、個人で立ち向かっても蟻が象に挑む様なものだ。

 

 であるならば、その声を高らかに、そしてそれが個人だけでなく世が唱えるのだとする為に多くの同志が寄って立たなければならない。

 

 かつてのエゥーゴやデラーズ・フリートの様に。

 

 そして自分は、ある意味ではそういう組織の成り立ちにも携わってきた経験がある。あとは人を導けるか如何に関わっている。

 

「結局は、まわってきたお鉢を落とさずにいられるかどうか、か……」

 

 出来ることならパイロットだけをしていたかった。それは今もそうだ。

 

 パイロットだけをやれている気楽さがある内は、まだまだ組織を導ける人間の心構えにはなれていないという事だろう。

 

 それに組織を作れば、フル・フロンタルとも事を交える事も考えておかないとならない。後手に回ってしまうのを気にした所で仕方のない事だ。

 

 人集めから始めて、組織を作るための大義も掲げないとならない。……それが人類を宇宙に巣立たせるという終わりの見えない夢物語。

 

 それにいったい何人の賛同者を得られるか。利権や実益などではなく、理想と夢想の為に行動出来る人間に関与してもらいたいのは理想論だが、その調整もまた自身の仕事か。

 

 実際、組織は理想だけでは動かせないのはエゥーゴやロンド・ベルで学んできた。

 

 今はまだ、オーダーメイドで事足りてしまうが、組織を造り、果ては戦力を持てばそれを揃え維持する為の企業などの力にも頼らなければならない。

 

 自分達ですべて揃えてしまうのも手だが、それでもその大変さはデラーズ・フリートで経験している。MSを維持する為に連邦軍の輸送部隊を襲いもしたし、足りない戦力を補強する為にスクラップを集め、使える物を集めてドラッツェという廃品利用MSも造りもした苦しい経験だったが。

 

 だがそれを無駄な経験だったとは言いたくはない。言わせない為にもやってみせないとならない。

 

「ユキ・アカリ!」

 

「……そんな大声を出さずとも聞こえるぞ。マシュマー」

 

 マシュマー・セロ。この男はハマーンに忠誠を誓うネオ・ジオンの若き将校であった男だ。若干のナルシストさはあるが、ハマーンに対する忠義に熱い男だったのを覚えている。

 

 ジオンの裏切り者というより、ハマーンと袂を別った人間が馴れ馴れしく話しているのが気に入らないのだろう。

 

「ハマーン様の御前であるから自重していたが、何故キサマ程の男がハマーン様を裏切ったのだ!」

 

 別にハマーンを裏切ったというわけでもない。ただ、あの時の自分は居なくなってしまったシャアの代わりをしなければならない立場にあったからだ。

 

 おれが居なくてもエゥーゴはどうにか組織として瓦解せずに済んだが、ブレックス准将に続き、シャアも居なくなって、さらにおれが合流を遅れてしまったエゥーゴはもう連邦軍とさして変わらぬ組織となっていた。

 

 それでもアーガマに乗ったのは、ハマーンがやったコロニー落としの現場に居合わせたからだ。そして、変わり果ててしまったカミーユの姿と、今という時代に生きる為に戦う子供たちを見て、戦う事を決意したからだ。

 

 ハマーンの言う、地球に巣食う人々の抹殺。でもそれをしたから何になると言うのか。

 

 かつて二つもコロニー落としをした組織に居た人間の語るべきものでもないが。

 

 あんな人の憎しみを呼ぶような行為はしてはいけない事だと気付く。

 

 そして憎しみを呼べば地球に住む人々はまたスペースノイドに対しての復讐心を育てる事になる。その表れがティターンズの非道さであった事を確信させる。

 

 そんな事を続けていたら人類は疲弊し、宇宙進出どころか、ニュータイプの目指すべき未来から外れてしまう。

 

 人類を誤った方向に持っていきたくはないというシャアの言葉の意味を真に理解した時。戦う覚悟を決めた。

 

「言葉を尽くしても、互いのしがらみがあったとは言え、過程の反発から戦う事を互いに承諾した。裏切り者と呼ばば呼べ。しかし、ハマーンを裏切ったというわけではないと言うことだけは覚えていてくれ」

 

「詭弁だな。キサマ程の力があれば、ハマーン様のお立場はより強固なものとしてネオ・ジオンを率いてみせただろう。キサマの存在が、ネオ・ジオンに亀裂を生みもした事を忘れたとは言わせんぞ」

 

 ハマーンの率いたネオ・ジオン。その前身はアクシズに逃れた元ジオン残党だ。

 

 ザビ家の遺児、ミネバ様を頂き、摂政として持ち前のカリスマも合わせてネオ・ジオンを率いていたハマーンではあったが、かつてのジオンが一枚岩でなかった様に、ネオ・ジオンもまた一枚岩ではなかった。

 

 グレミー・トトを筆頭とするジオンの血の正統性を問う馬鹿も居たが、そのネオ・ジオンにあってもっとも異質だったのは、元デラーズ・フリートの生き残りを中心とした派閥だった。

 

 異質とは、ハマーンもグレミーもザビ家の血の争いをしている中にあって、かつての初心。スペースノイドの独立という理想を胸に抱き戦った男たちは、その初心を外れ始めたネオ・ジオンの在り方に異を唱え、老齢した身に鞭を打って立ち上がった。

 

「咎は受けよう。だがそれはネオ・ジオンがかつての初心を忘れた事でもあると言わせてもらうぞ」

 

 そんな漢たちを率いてみせたのは、如何に時代を移ろい、組織を鞍替えしても、その初心を忘れた事等一度もありはしなかったからだ。

 

 ブレックス准将の思想を外れ、連邦軍寄りに動き始めたエゥーゴ。いや、ティターンズとの戦いで疲弊してしまったエゥーゴと、ティターンズに優秀な人材を取られてしまった連邦軍は寄り添わなければハマーンのネオ・ジオンともまともに戦うことすら儘ならなかった。

 

「初心だと? キサマらの身勝手さでネオ・ジオンを滅ぼしながらよくも言える」

 

 エゥーゴが連邦軍になるというのなら、そこにおれの居場所などあるはずもない。

 

 最後の戦い。デラーズ・フリートを率いて、ハマーンやネェル・アーガマの子供たちと供に混乱の中心となったグレミー軍を討ち、そしておれはハマーンとの一騎討ちをした。

 

 互いにジオンを背負う者として、ニュータイプの未来を目指す者として。そして、組織を率いる者として。

 

 ザビ家再興の為に地球の人類を抹殺すると宣言したハマーンに、スペースノイドの独立の道を閉ざし、終わることのない戦いの引き金を引こうとする彼女を止める為に。

 

 ジオンがあるから、スペースノイドの心の繁栄があるわけではないのだ。

 

 ジオンとは、スペースノイドたちの理想や悲願を持ち寄って戦う組織であるとおれは感じていた。少なくとも、ドズル閣下麾下のソロモンや、理想を掲げていたデラーズ・フリート、ティターンズと戦っていたエゥーゴではそう感じてきた。

 

 だから節操なしでも、裏切り者と言われようとも、スペースノイドの為、そしてその先にあるニュータイプの為にも、ハマーンとは決着を着けなければならなかった。

 

 コロニー落としの現場に居合わせず、カミーユとの再会もなければ、恐らく自分はハマーンやシャアと供に地球を潰していただろう。

 

 カミーユ・ビダン。ララァでさえ凌ぐだろう強いニュータイプの力を持ったその少年の間近に居ながらに、自分達の事で精一杯だった大人たちが、その才能を食い潰して踏みにじってしまった。

 

 その壊れてしまった心を感じる事は出来なかったが、それでも心の奥底に芽吹いていたニュータイプの未来を信じる心に触れられたから、おれはカミーユの代わりにシャアとも戦ってみせられる覚悟を持てた。

 

 無様だな。結局もって、おれは自身の奥底にはなにも持たず、他人から貰った思想や希望を持っていないと戦うことが出来ない人間だ。……だだ純粋に、MSに乗りたいだけだった子供の軽はずみな選択が結果だと言うのならば、こんなにも無様な生き恥を晒す事もなかっただろう。

 

 自分自身に骨身を削り、魂を燃やすまでの焦がれる理想という物はただひとつだけ。

 

 ニュータイプの未来を作る。ただそれだけだ。

 

「スペースノイドの自治権を要求するまでは正統的なジオンと思った。だが地球に住む人々を抹殺する様なんてのはただの恨み晴らしだ」

 

「それの何がいけないと言うのだよ。自分達は恨み晴らしを終えているからアースノイドと仲良く出来るとでも言いたいのか?」

 

「違う。ただ第二のティターンズを生む土壌を作ると言いたいだけだ」

 

「そんなもの、ネオ・ジオンの力さえあれば捩じ伏せられよう」

 

「力で捩じ伏せられた者が何をした? 我らスペースノイドがそうであった様に、アースノイドが牙を研いで向かってこないと何故言い切れる」

 

 なまじネオ・ジオンは内乱さえなければ地球圏を納める一歩手前までいったとあって、マシュマーとの論議も平行線を辿ってしまっている。

 

 確かに連邦は腐敗していたが、強権を振るうものに対して反発し、それを正そうとする者たちもまた多い。

 

 ティターンズに対してエゥーゴを立ち上げたブレックス准将や、戦い続けたブライト艦長の様に。

 

「双方止めよ。ここはもはや宇宙世紀ではない。我が名においてこの場は預からせてもらう」

 

「デラーズ閣下…。申し訳ございません」

 

「エギーユ・デラーズ」

 

 そんな平行線に割って入られたのはデラーズ閣下であった。

 

「過去を省みて反省する事を悪とは言わぬ。だが過ぎ去った事を論じて責め立てる事は悪となる。マシュマー、貴君もジオンの将校ならば過去ではなく前を向け。そこに明日の栄光は必ずあるのだ」

 

「仰りたい事はわかるつもりだ。だが私はハマーン様の為、この裏切り者を断ずる必要があるのだ」

 

 マシュマーは本気である事は見てわかる。自分がマシュマーの立場であれば同じことを思うとわかるだけに、言葉だけで論じようというのは虫の良い話だ。

 

「…………」

 

「どうした。今更怖じ気づいたとでも言うまい」

 

「好きにしろ。……私はデラーズ閣下に御命を預けし身。デラーズ閣下の命は、私にとっては絶対だ」

 

 一戦交えそうになるほどの張り詰めた雰囲気の中で、マシュマーの敵意をひしひしと感じながらもおれは背中を向けた。それはデラーズ閣下がその場を預かると申されたのだ。であるならば、おれはデラーズ閣下の御許しがあるまで剣を納めるのだ。

 

「背中を向けた者を、後ろから撃つか?」

 

「クッ、その様な卑怯を出来るとでもっ。口惜しいが、私とて誇りあるジオンの将だ」

 

 胸に戦士としての矜持を抱くからこそ、おれはマシュマーに背を向けられた。

 

 卑怯者と罵られても構わない。だがこの命は別の所で使わせてもらう。お前にはやれないんだよ、マシュマー。

 

 

 

 

to be continued… 



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第32話ー距離をせばめてー

タイトルはめっちゃ適当。


 

「ではな、ユキ・アカリ! 再びハマーン様を裏切る様な事があれば、我が忠義の剣がキサマの首を貰うぞっ」

 

「心配するなと言っても聞かないだろうが。蒼き鷹の名に賭けてそれは起こらないと誓おう」

 

「ふん。口ほどではどうとも言える。忘れるな!」

 

 そんな捨て台詞の様な言葉を残し、光に包まれ、装甲を纏って飛び立っていったマシュマー。おれがハマーンにくれてやったガンダムMk-Ⅱ2号機だった。

 

 ガンダムMk-Ⅱ2号機のコアには通常のISコアが使われていたはずだが、サイコミュの類を使えば男でも動かす事が出来るだろうという話はハマーンにもしている。恐らくはそう言うものだろう。

 

 去り行く紺のガンダムMk-Ⅱを見届け、振り返って口を開く。

 

「わざわざ御足労を掛けてしまったな。すまない、クラリッサ」

 

「いえ。そういう命令ですので。それに、少佐のご無事を見ることが出来て安堵しております」

 

「たかが火傷だがな」

 

 とはいえ、端からみれば包帯に巻かれた右腕を吊るしている姿は痛々しいものに見えるのだろう。

 

「しょ、少佐……」

 

「お前も来てくれたのか。嬉しいよ、ボーデヴィッヒ」

 

 クラリッサの背後に隠れながらおずおずと顔を出すボーデヴィッヒの姿は庇護欲を刺激させられる。

 

 ちょいちょいと手招きすると、クラリッサの顔を見上げ、それにクラリッサが頷くと、早足で駆け寄ってくる銀髪の頭に手を置いて撫で回す。

 

「んっ……少佐ぁ……」

 

 トロンと蕩ける様な表情を浮かべながら、ボーデヴィッヒが擦り寄ってくる。

 

 束博士みたいに邪心も、クロエの様な信奉もなく、純粋な甘えに此方の表情も緩んでしまう。

 

 いつまでも撫でていたいが、二人を閣下に紹介しなくてはならないため、名残惜しくも手を離す。

 

「あっ……」

 

 とても寂しそうな止めないで欲しいという顔を浮かべながら零すボーデヴィッヒの頭をもう一度軽く撫でて手を引く。

 

「少佐…?」

 

「紹介したい人が居る。嫌でもおれはまだ二ヶ月動けない。時間はいくらでもある。お前が良いなら、また撫でさせてくれ」

 

「はい……お願い、します……」

 

 少し頬を朱くしながら口にするボーデヴィッヒの姿を慈しむ様に見据える。一人っ子だったおれは、妹が居るならこういった娘が良いと心の中で思い浮かべてしまうのは、ボーデヴィッヒの純粋さと、身体的にも近しいからだろう。なにせいつも周りはおれよりも皆大人の姿だった。あのカミーユですらおれよりも大人びていた身体だった。

 

 身長が急激に伸びた96年頃ならリディと同じくらいの身長はあっても、バナージには兄弟心よりも先達としての心構えを持っていたからそんな風には思う暇もなかった。

 

 してクラリッサよ。微笑ましく此方を見るのは構わないが、その鼻から垂れている血をどうにかした方が良いと思うぞ。

 

「問題ありません。これは(わたくし)の愛が溢れているだけでありますので」

 

「左様か」

 

 頼りになるのは間違いないとは思うのだが、時々クラリッサがわからなくなる。

 

 取り敢えずあまり深くは言わずに、二人を連れてデラーズ閣下のご自宅へ戻る。

 

「ユキ・アカリ、只今戻りました」

 

「うむ。して、その二人が貴公の護衛か」

 

「はっ、ドイツ軍IS部隊隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉とその部下のラウラ・ボーデヴィッヒ大尉であります」

 

 リビングにてプラモデルを作っておられたデラーズ閣下に、クラリッサとボーデヴィッヒの二人の簡単な紹介をする。

 

「ご紹介に預かりました、クラリッサ・ハルフォーフ大尉であります!」

 

「お、同じく、ラウラ・ボーデヴィッヒ大尉であります」

 

「うむ。儂の名はエギーユ・デラーズと言う。我が忠勇なる同志の護衛に感謝する」

 

 デラーズ閣下の名を聞くと、クラリッサの視線が少し鋭さを帯びる。

 

「エギーユ・デラーズ。まさかデラーズ・フリート総司令、あのデラーズ閣下であるのでしょうか?」

 

 クラリッサはガンダムという作品に対して非常に知識が深い。デラーズ閣下の名を聞き、それは我々デラーズ・フリートの行った作戦に対しても思考を巡らせただろう。でなければこの様な見定める様な視線もするまい。

 

「いかにも。儂はデラーズ・フリートの総司令、エギーユ・デラーズである」

 

 それに対してデラーズ閣下はお変わりなく胸を張り、クラリッサにご自身の事を定義された。

 

 今でこそ、おれはコロニー落としに非を唱えるが、デラーズ・フリート、ジオンの蒼き鷹としての自分は、デラーズ・フリートの作戦に異を唱える事はない。

 

 あれは、スペースノイドの悲願を踏み躙り、さりとて再び宇宙に目を向けることをしなかった連邦に対する鉄槌であるという自負がある。

 

 一年戦争後、スペースノイドに対して連邦が融和政策への舵を切っていたならば、我々とて星の屑作戦を決行する事もなかったのだから。

 

「貴方は、この世界でいったい何を為さるおつもりですか?」

 

 それを知るからこそ、体制の側に立つ軍人として、デラーズ閣下を見定めるつもりなのだろう。

 

「儂はもはやただの老いぼれよ。これからの時代を築くのは、貴公等若者の仕事だ」

 

 そう仰りながら、閣下はおれに視線を向けられた。

 

 今までずっと、誰かに導いて貰っていた自分だからこそ、不安という物は拭えない。しかし、何時の時代も、世界に異を唱えて物事を動かした先達を間近で見てきた自分にだからこそ、出来ることがあると思いたい。

 

「この世界に関わるつもりはないと?」

 

「そうなる時は、この世界がもはや手遅れとなった時であろう」

 

 今はまだ、風潮でしかなくとも世界は確実に女尊男卑の道筋を歩んでしまっている。そしてそれが行き過ぎた秩序を築いてしまった時、閣下は御自ら立ち上がる事を示唆なされた。

 

「願わくば、その様なことのない世の中を築いて貰いたい」

 

 旧態依然とした老人が世作りをしても、それは何ら変わることのない旧暦を繰り返す事になるだけだ。

 

 新しい時代を築けるのは、そんな習わしに異を唱え、新しい風を吹かせる事の出来る若い力と意思だ。

 

 シャアがカミーユにそれを望んでいた様に、おれもクロエや一夏にそれを望んでいる。

 

 自分達大人には見えないものを視る目を、子供たちには持って欲しい。その為にも、自分達大人は、子供たちに指し示さねばならない。自分達の行いを見せ、そして子供たちの視線だからこそ見ることの出来る新しい見地を生むために。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「はぁ……」

 

 重い溜め息をまた一つ。最近はこんなことが多い。

 

 溜め息ばかりで物事が手につかない。以前ならこんなことが起こることなんてなかったのに。

 

 その理由は自身でも理解している。

 

「ユキ……」

 

 私の夢を笑わず、共に歩んでくれるニュータイプ。

 

 怪我を負っていても元気そうな姿に安堵しつつも、ハマーン・カーンに言われっぱなしなのは悔しかった。

 

 ちーちゃんに並び立つ程の腕の持ち主が撃墜されたのは、機体の所為と言われて、私は反論出来なかった。だって機体の所為でなければ、それは彼の所為なのか?

 

 そんなこと有り得ない。有り得るはずがない。だって彼の強さは私自身が肌身で感じているからだ。

 

 ちーちゃんに及ばずとも、私自身、それなりにISを動かす事は出来る。そんな私が全く歯が立たなかった彼の落ち度であるはずがない。

 

 リック・ドムⅡだって、今の世界のISの中では上位の性能を持っている。重MSだから装甲防御力に関しては上から数えて五指に入れる。

 

 でも、それを難なく突破するISの存在を想定していなかった私の考量不足が、彼の身に降りかかってしまった。

 

 他の目があったから、ちゃんと伝えられなかった。

 

 本当は今すぐにでも彼に直接謝りたい。その無事を触れて確かめたい。それほどに彼の存在は私の中で大きな物になっている。

 

 だからこんなにも溜め息ばかり吐いてしまう。

 

 たった一月だけ離れ離れになっているだけなのに、こんなにもそわそわして落ち着かないなんて。以前の私なら有り得ない事だった。

 

 それもまた彼の所為だ。彼が私だけを見ていてくれるなら、こんな気持ちにだってならないのに。

 

「お会いになればよろしいのではないでしょうか?」

 

 そんな悶々していた私に、クロエちゃんがそう言ってきた。

 

「クロちゃん?」

 

「私も、マスターにお会いしたいです」

 

 瞳を閉じて、彼の事を想い描いているのだろう。ニュータイプ同士は繋がり会う事が出来るのに、そう思うのだろうか?

 

「私は束様やマスターの思われる様なニュータイプではありません。ほんの少しだけ、機微を感じ取れるだけですから。マスターの事を感じ取る事は出来ません」

 

 そういうクロエちゃんの顔は陰りが差して、何かを悔しく思っている様に見えた。

 

 本当の意味でのニュータイプなら、互いに感じられると言うことなのだろうか。それでもオールドタイプの私からしたら、クロエちゃんの力は羨ましく思う。だって、近くにさえ居れば彼と繋がり会う事が出来るのだから。

 

 たとえサイコフレームを持っていても、私には彼が手を差し伸べてくれなければ、繋がり会う事が出来ないのだから。

 

 とはいえ、クロエちゃんの言葉を聞くまで会いに行こうという思考が思い浮かばなかった自分の間抜けさに、すっかりモグラ生活に染まりきってしまっていることを嘆く。

 

「そうだ。会いに行けば良いんだ」

 

 どうせ今のままじゃ作業なんて手につかない。だったらこの状態を落ち着けさせる為にも、彼に会いに行けば良いんだ。

 

「クロちゃん、フライングアーマーとブースターの準備、お願いね」

 

「かしこまりました。束様」

 

 この一ヶ月程、クロエちゃんには宇宙にお使いをして貰っているから、その為の準備は任せられる。

 

 私はその間に荷物を纏めて、この隠れ家のシステムに厳重なプロテクトを施して、さらに人工衛星にハッキングを仕掛ける。この辺りの事も大分手慣れてきたから片手間にでも出来る。

 

 取り敢えずシャワーは浴びよう。汗臭いと恥ずかしいし。あとは服も着替えよう。ヨレヨレだと外でもだらしがないと思われてしまいたくない。とは言っても、寝間着姿の彼もだらしないからお相子かな? 下着は……カワイイので良いかな? それともオトナっぽいのが良い? ちょっと悩む。変に着飾らない方がウケが良い感じになるかな。

 

 そんなことを気にしたことなんてないからわからないことを考えながら、私は身仕度を進めていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アムロ・レイの決死の行動によってスードリの追撃を一時免れたアウドムラは、アムロ・レイと、そのアムロを連れ出したカツ・コバヤシを収容し、進路をヒッコリーへと向けていた。

 

 そんなアウドムラの格納庫の中で、一つの再開が幕を開けていた。

 

「アムロ・レイ……」

 

「君は……」

 

「わかるだろう、お前には……」

 

 もし人を視線で殺せるのならば、おれは今、アムロ・レイを殺していただろう。

 

 直接話したわけじゃない。一年戦争時のサイド6で出逢ったとは言っても、遠目に見ただけだ。でもそのあと直ぐに起こったソロモン防衛戦やア・バオア・クー防衛戦で、おれはこの目の前の男に破れ続けた雪辱がある。

 

 そして、そんなおれの不甲斐なさが、同胞や恩師ばかりか、愛する女性を奪い、ジオンの蒼き鷹の矜持すら打ち砕いていった。

 

 ブライト艦長とは違って、アムロ・レイという男は、おれの何もかもを奪っていった個人的な怨恨を募らせるには十分すぎるのだ。

 

「ユキ……、ユキ・アカリと、言ったな…」

 

「っ! ……ほう、あの時名乗った名を覚えていてくれて光栄だな」

 

 思い出し、照らし合わせる様に言葉を紡ぐアムロに対して、おれは昂っていく感情を覚えた。沸々と沸き上がる8年越しの怨恨。その矛先を治められる程、浅い恨みではないのだ。

 

「おれの恩師や愛する女性(ひと)を奪った男が、よくも悠々としていられたっ」

 

 背伸びをしてまでアムロのジャケットの襟を締め上げる。だが8年という歳月の合間に大人となってしまったアムロに対して、子供のままこの日を迎えてしまっている自分は酷く滑稽に映る事だろう。

 

「キサマさえ居なければっ」

 

 散々負け続けた自身が吼えたところで負け犬の遠吠えなのはわかっているつもりだ。だが、言わずにはいられないのだ。

 

 そんなおれを、アムロは見つめてくるだけだった。

 

「何故黙ってる! 何とか言ったらどうなんだ!?」

 

「……それで、お前の気が済むのか?」

 

「っ、なんだと!」

 

「……ニュータイプは、殺しあう道具ではないと、一年戦争でララァは言った」

 

「くっ、ララァを殺したキサマが語るな!」

 

 確かにララァの言う通りだ。ニュータイプは殺しあう為に生まれたわけじゃない。ニュータイプは、人類には計り知れない広大な宇宙という環境に居ても、他人と繋がり会う事が出来る能力(ちから)を持った人々のことを言う。

 

 他人と誤解なく分かり合える力が、今という時では、敵の気配を察知したり、いち速く殺気を感じたり、物事の本質を見極める力さえ、敵の動きを先読みするという力に変わってしまっている。

 

 そんな戦いにばかり力を発揮するニュータイプであってはいけないとララァは言うのだ。

 

 だからって、ニュータイプだって人間なんだ。神様でもなけりゃ、逆恨みの怨恨を断ち切れないちっぽけな人間でしかないんだ。

 

「その辺で良いのではないか? ユキ」

 

「っ、……クワトロ、大尉」

 

 アムロに詰め寄っていた自身の頭に手を置きながら、クワトロ大尉が宥めてくる。

 

「クワトロ……大尉?」

 

「伝説の英雄に会えて光栄だよ。アムロ・レイ君」

 

 おれがシャアをクワトロ大尉と言ったので、アムロは疑う様な目をクワトロ大尉に向けた。

 

 名を変えたとて、ニュータイプ同士である彼等には互いの存在を誤魔化す事など出来ようはずがない。

 

「ユキ、カミーユ君がキミを探していたぞ?」

 

「……カミーユをダシにして、おれに引けと言うのか」

 

「わかるだろう? 今の我々は争っている場合ではないのだ」

 

「わかっているさ……っ」

 

 アムロを前にしても冷静で居るシャアを見て、ひとり喚いている自分の子供さを助長しているように感じて、激情を無理矢理圧し殺してアムロの服から手を離すと、シャアはおれの肩に手を置いて自身の脇に招き寄せた。そして置いた手で肩を一度叩かれると、心中を渦巻く激情が引いていく。それは落ち着くように肩を叩いたシャアの手が強張っているのがわかったからだ。

 

 おれ以上に因縁深いシャアが、アムロを前にして努めて冷静をしている。そうわかれば、シャアを差し置いておれだけがアムロに突っ掛かるわけにもいかないだろう。

 

 同じ悲しみを抱えているシャアが我慢しているのだから、こちらも我慢して見せなければただでさえ情けない自分という存在が今以上に失墜してしまう。

 

 そうわかっていても、やはり沸々と沸き上がり続ける怨恨を抑える為に、シャアの上着の裾を無意識に掴んでいた。

 

「……何故地球圏に戻ってきたのですか?」

 

「キミを嘲笑(わら)いに来た」

 

「っ!!」

 

「とでも言えば、キミは満足なのだろう?」

 

 問い掛けるアムロの言葉に対してシャアの放った言葉に、アムロはバカにしているのかと言いたげな視線をシャアに向けた。

 

 それは挑発する様な声色だった。それもそうだろう。今のアムロは殻に閉じ籠っていて、以前の様な覇気をまるで感じないのだ。

 

「何故地球圏に戻ってきたんだ!」

 

 だから今の情けないアムロ・レイを挑発して、覇気に溢れていたあの頃のアムロを呼んでいるのだ。

 

「ララァの魂は、地球圏を漂っている。火星の向こうには居ないと思った」

 

「ララァ…?」

 

 シャアはそう言った。おれにはそれの意味がわかる。ララァは何時も微笑みながら見守ってくれていた。今も、強く想えばその意思を感じ取る位は出来る。

 

「エゥーゴとティターンズの決着は、宇宙で着ける事になる。君も、宇宙へ来ればいい」

 

 サイド7のグリーンノアもそうだったが、ティターンズはサイド7の基地化を進めているのも、地球からではなく宇宙で直接スペースノイドを叩きたいが為である。そしてエゥーゴの拠点が宇宙に集中している事からも、エゥーゴをジオン残党と定義して叩きたいティターンズは必然的に宇宙に上がってこなければならないのはわかる話だ。

 

 個人的な感情を抜きにしても、アムロ・レイというガンダム伝説の立役者の参戦は、抜群の効果を発揮するだろう。

 

「……行きたくはない。あの無重力帯の感覚が、怖い」

 

「くっ!!」

 

 だがそんなシャアの誘いを、アムロは断った。しかもニュータイプである人間が宇宙を怖いと言った。

 

 殴り飛ばしてやろうと身を乗り出そうとするおれを、肩に置かれたシャアの手が止める。

 

「……ララァに会うのが怖いのだろう?」

 

「はっ……!?」

 

 無意識に感じていた物を言い当てられたという顔をシャアに向けるアムロ。そのままシャアはアムロに向かって言葉を続けた。

 

「死んだ者に会えるわけがないと思っても、何処かで信じている。だから怖くなる…」

 

「シャア……」

 

 今度はおれが声を漏らす番だった。確かにシャアの言葉はこの世の真理だ。死んだ人間には、何をやっても会うことなんて出来やしない。

 

 今のシャアは、ララァの事を忘れずに、胸の内に刻み付けて前を見ている。だからアムロの様に宇宙が怖くは思わない。

 

 だが、アムロは刻の果てでララァの存在を感じることが出来てしまったままだから、まだララァの死を引き摺り続けている。

 

 ララァは、シャアにとって無条件の愛をくれる母親だった。

 

 ララァは、アムロにとって運命が導いた女性だった。

 

 なら、おれにとってのララァは、この世界で生き別れさせられてしまった魂の半身、とでも言うのだろうか。

 

 三者三様。各々にとって意味は異なろうと、ララァ・スンという女性は、おれたちにとって無くてはならない存在だった。

 

 その存在を亡くしてしまった時の苦しみは、今でも鮮明に思い出せる。

 

 その死を胸に刻んで、前を向くことが出来たシャアと、まだララァの死に引き摺られているアムロ。

 

 その差が、宇宙に居られるか居られないかの差に繋がっている。

 

「生きている間に、生きている人間のすることがある。それをすることが、死んだ者への手向けだ」

 

「喋るなっ」

 

 そうだ。だからおれはシャアの目指す物を支えたいんだ。ニュータイプの未来。刻の果てにあるその世界。互いに誤解なく分かり合えて、争いがなく、皆が幸せになれる未来を。

 

 そんなもの、作れるはずがないと笑われてしまうだろう。夢物語だと。でも、人類のすべての人々がニュータイプとなった時、そんな世界になるという確信がおれにはある。それが刻を見たおれの想いだ。

 

「自分の殻の中に閉じ籠っていることは、地球連邦政府に…、いや、ティターンズに手を貸す事になる」

 

 そうだ。ニュータイプだからこそ、やらなくてはならないことがある。悔しいが、ニュータイプの力はアムロの方が上なのだ。

 

 今はまだ育ち始めたばかりのカミーユに背負わせるのは荷が重すぎる。だからおれたち先達が重荷を背負って、今という世の中を精算し、カミーユたち若者にその次の時代を築いて行って貰わなくてはならない。

 

 ニュータイプが危険思想だなんだ、スペースノイドがなんだと宣う連中の好き勝手にさせてはいけないと、アムロにだってわかるはずなのだ。

 

「籠の中の鳥は鑑賞される道具でしかないと、覚えておくといい」

 

 そう言い残して去っていくシャア。この場に残されたのは、おれとアムロだけだ。

 

「……自分の殻に閉じ籠りたい気持ちはわかるつもりだ」

 

 おれもそうだったからだ。雪辱を耐えた三年。星の屑を敢行しても、連邦政府は何一つ変わりはしなかった。いや、さらにスペースノイドに対する強行を行う理由を与えてしまった。

 

 でもそれは結果だ。星の屑を終えたおれは、多くの漢たちが魂を懸けた一撃を、都合の良いプロバガンダに使われてしまったことに、世界に絶望して戦うことを止めて殻に閉じ籠った。

 

「もしクワトロ大尉の……シャアの言葉を聞いても殻に閉じ籠りたいと言うのなら、おれはお前を赦さない」

 

 そう言い残して、おれもシャアのあとを追い掛ける。

 

 その殻を捨てる事が出来たのは、シャアの言葉を、ニュータイプの未来を信じているからだ。

 

 だから今は少しだけ待ってやるさ。平和ボケしているアムロ・レイが、再びニュータイプのアムロ・レイとして目覚める事を。

 

「子供扱いするなと言う割りには、端々にまだ子供さが残っているな」

 

「うっさい。アムロ・レイをボコボコにしてやらないだけ感謝しろ」

 

「そうだな。良く抑えた。偉いぞ、ユキ」

 

「っ、もう! 頭を撫で回すな! 子供扱いするなっ」

 

 アムロの気配が遠退いて、ブリッジに向かう通路で、シャアがからかってきた。

 

 頭を撫でるシャアの手を振り払って、その胸に頭突きする様に飛び込む。衝撃を受けたシャアが呻くが、気にしないで無視する。

 

「っ……、悔しいよ…。ララァの仇が、あんな情けない姿で目の前に居るのにっ」

 

「ああ……」

 

 それは涙脆い自分を見られたくないからだった。

 

「どうしていけないの? ララァの仇を討たせてよ、ララァを返してよっ。ララァは…、ララァはっ」

 

 ララァはズルい。ララァに言われたら、おれがそれを無視出来るはずがない。

 

 心の中に空いてしまった穴。空いたままであれば気づくこともなかっただろう。だが、その穴が埋まり、欠けていたピースがそろって初めて自分が何のために存在していたかをわかった時、それを失うことは不幸という言葉では表し切れない。

 

 そして再び空いてしまった穴は、何者にも埋め合わせる事は出来ず、時折影をちらつかせて脅してくる。

 

 ララァが居なくちゃ、おれに生きている価値なんてない。ララァが居たから恩師を失って、仲間を失っても戦い続けていられたのに。

 

 ララァが居ない今、ララァがしたかった事をすることで、自分を慰めているだけだ。決して、シャアの様にララァの死を乗り越えたわけじゃない。だからこんなにも情けない姿を晒す。

 

 アムロを殺せるのならば今すぐに殺してやりたい。

 

 でも、ニュータイプは殺しあう道具じゃない。

 

 それはニュータイプの力が、殺しあう為に生まれた物でない事だけじゃない。ニュータイプという存在もまた、殺しあう為に生まれたわけじゃない事をララァは言いたいのだから。

 

 ララァが言った事だから、アムロをこんなにも憎くて堪らないのに、殺すことが出来ないのだ。

 

 もしそんなことをしてしまったら、もうララァの声を聞くことが出来なくなってしまうとわかっているからだ。

 

 悔しさに咽び泣く自分を、シャアは泣き止むまで頭を撫で続けてくれた。子供をあやす様に優しい手触りだったのを、今でも覚えている。

 

 

 

 

to be continued…



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第33話ーLinkー

中々前に進めないまま、話数だけが増えていく。早くIS学園篇書きたいけど、その前にやることがどんどん山積みになっていく。


 

「うぅ……、あ、あつ……」

 

 一度寝たら中々の事がなければ朝まで安眠できるはずの自分が目を覚ましたのは、暑苦しさからだった。

 

 目を開けると、霞む視界の先に見える窓からは、朝日が昇る前の薄明かるい光がカーテンの隙間から射していた。

 

 それを見てまだ眠れる時間だとわかってもう一眠りしようと、腕を手探りで伸ばす。

 

 手にはサラサラの髪の毛が当たり、頭の位置を確かめる。何時もよりも下に頭があるとわかって、合わせる為に身体を下に下げる。

 

 その温もりを感じるために身体を寄せる。包まれている安心感を感じたいから、でも火傷している腕を刺激しないように胸の辺りにスペースを開けたまま、足だけを絡める。

 

 あれ? なんかおかしい……?

 

 一ヶ月も床を共にすれば、大体どういう体格なのかわかる。

 

 なのに寄せた身体から感じるものは何時もと少し変わっている。

 

 不思議に思って目を開けるてみると見慣れた顔ではなく、白髪……ではなく、銀色の髪の毛が映る。どちらにしろ、見慣れた黒い髪の毛ではない。

 

 まるで人形の様に整った容姿。人見知りなのは一目見てわかった。ずっと気を張っていたから険しい顔つきしか見なかったけど、眠っていて無防備な顔は、その容姿も相まってとても愛らしい。

 

 昔に怪我をしたのか、右目に眼帯をしているけどもそれもある種の魅力を引き出すチャームポイントになっている。

 

 小柄な肩も、彼に似ているけれど、彼の様に大きくて頼りたくなる肩とは違う見た目相応に手折てしまいそうな肩だった。

 

「なっ、なんで……!?」

 

 そこまで観察してひとつ気付いた。最初に気づくべきだったのかも知れないけど、それでもまさか相手が何も衣類を身につけていないなんて先ず思わない。小柄と言っても女の子が恥じらいもなく全裸で布団の中に居るシチュエーションを予測しろなんて無理がありすぎる。初見殺しも良いところだ。

 

 肩からズレていた掛け布団を掛けなおしてあげようとして気づいた。

 

 控え目の胸、くびれのある腰、ほっそりとした脚、何をとっても完璧な造形美を見た気さえした。

 

「って、バカバカバカ、忘れなきゃ、忘れなきゃ…」

 

 といっても思春期特有の異性への興味というのはしっかりと自分にも備わっていた様で、その光景がくっきりと頭に焼きついて離れなかった。

 

 見られた側でなく、見た側が羞恥心を感じているというおかしな状態だった。

 

「と、とりあえず、起こさないように……」

 

 もうあまりの出来事に目が覚めてしまった為、微睡みに身を投じたかった思考に尾を引かれながら布団を静かに抜け出す。

 

「うっ、見ないように、見ないように…」

 

 自分が抜け出したからぽっかり空いて開いてしまった布団から除きかける裸体に目を逸らしつつ、掛け布団を掛けなおしてあげる。

 

「どうしたシャルル? 起きたのか?」

 

「ほあああぁぁぁああっ!?!?」

 

 いきなり背中から声を掛けられて飛び上がってしまう。

 

「ゆゆゆゆ、ユキ!? ちち、違うんだ! ここ、これは」

 

 別になにもしていないのに、裸の女の子と一緒に寝ていた事実だけで、何故か弁明しないと、という思考が沸き上がって来てしまう。 

 

「ボーデヴィッヒの事なら気にするな。言っても聞かないんだ」

 

「ほえ?」

 

 僕に対してどこか諦めた様な声色で言うユキに、どういう事なのかという視線を向ける。

 

「寝苦しいのだとさ。気付いて服を着せても朝には脱ぎ散らかすから、もうあるがままにさせている」

 

「そ、それは……」

 

 良いのかなぁ。仮にも僕と同い年らしい女の子がそれで。

 

「良くはないのはわかっていてもね。強く言えないのさ。存在を認められた相手に否定されるなんて事は、心の弱いこの娘……、この娘たちには世界に否定される事も同義なのさ。だから、おれにはこの娘たちを肯定出来ても、否定をしてやれない甘やかす男なのさ」

 

 まるでこの娘以外にもそういう娘が居るように話すユキ。それは多分、篠ノ之博士と一緒に映っていたあの女の子だろう。

 

 同じ銀髪だからだとかいう理由だけじゃなく、何処と無く二人は似通っていると思った。

 

「故にだ。お前がそれとなく修正してやってくれないか?」

 

「修正って、そんな娘は修正してやるーって、僕にやれってこと?」

 

 修正と聞いてふと頭に出てきたのはそんな台詞だった。多分違うんだと思うけど、ただなんとなく口にしていた。それでも僕は女の子を打つような事は出来ないけど。

 

「ッ、フフ、いいや、言葉だけで充分だ。ボーデヴィッヒには、同僚や理解者とは別の視点で物事を正してやる存在が必要なのさ。身勝手だが、シャルルにはそういう存在、そう。ボーデヴィッヒの友人になって欲しい」

 

 僕と同じことを思い浮かべたのか、ユキは笑って首を横に振った。そして懐かしむ様で、何かを後悔する様な表情から、僕に言い聞かせる様に言葉を紡いだ。

 

「……友達って、頼まれてなるような物じゃないとは思うけど」

 

「わかっているさ。シャルルが歩み寄っても、ボーデヴィッヒがそれを嫌う可能性もないわけではないさ。彼女はとある事情から人見知りが激しい。だから、ボーデヴィッヒがシャルルを受け入れるのならば、シャルルもそれに応えてやって欲しい」

 

 とても真剣に、真摯に彼女の……ラウラの事を話すユキ。僕にそれが出来るかどうかを訊かれたら、素直に「はい」とは言えない。互いに名前は名乗ったけど、まだそれだけしか会話していない。

 

「やってはみるけど、あまり期待はしないで」

 

「それだけで充分だ。なにもしないのでは何も始まらないからな」

 

 なにもしないのは、最初から存在するかもしれない可能性を殺す選択肢でしかないと、ユキは続けて僕に言った。

 

 人が持つ、たったひとつの神。可能性と言う名の神。

 

 あのガンダムに乗っているからなのだろうか。ユキの口にした可能性という言葉は、とても尊くて、ひどく重い言葉に聞こえた。

 

 可能性……か。その言葉を僕は、あるかもしれないと希望を持ちたいのに、頭ではそんな都合のよい言葉なんてないと思ってしまう。もし可能性があるのなら僕は……。

 

「グッドモーニング♪ アナタのアイドル束さんが迎えに来てやったぜコノヤロー!!」

 

「ゴフッ!」

 

「ああっ!? ユキ!!」

 

 大音量でパワフルに叫びつつ、ユキの背中にダイブして押し倒したのは、つい昨日見たばかりの篠ノ之 束博士だった。押し倒しながらも自分が背中から床に倒れる様に身体を回転して滑り込ませるという事をやった博士は、ユキを抱き締めながら頬擦りをしていた。

 

「ああ、ユキの匂いだよ~。クンカクンカ、スーハースーハー、ハスハス、ウリウリ」

 

「……放してくれないかな博士? 地味に痛い」

 

 なんか僕は今、物凄い光景を目の当たりにしているんじゃないかと思うのですが。あの篠ノ之博士がユキを抱き締めて頬擦りをしているなんて。

 

「えー、ヤダよ。一生離してあげないんだから」

 

「それは困るぞ。おれが身動き出来ない」

 

「うーん、私的にはマグロでも構わないんだけど、ユキはやっぱり自分で動きたい派?」

 

「真面目な話をしてくれ。とりあえずこのままじゃ動けない」

 

「わかったよ。でも離してあげない」

 

「好きにしてくれ」

 

 降参と言った様に篠ノ之博士に身体を預けるユキに、博士は腕を使わないで起き上がった。博士って結構力持ちなんだね。

 

「クロエはどうしたんだ? まさか置いてきたわけじゃないでしょう?」

 

「ん? クロちゃんなら、気分が悪いってんで下に居るよ。てか女の子の前で他の女の子の話をしたらダメって教えたはずなんだけどなぁ?」

 

「保護者をしているんだ。様子を聞くことくらいはするよ」

 

 篠ノ之博士がムッと頬を膨らませながら咎める様に言うのに対して、ユキは気にした様子もなくそう言ってみせる。

 

 その絵面は、ヌイグルミみたいに抱え上げられたままのユキと、ユキを抱き締めたまま肩に顎を乗せている篠ノ之博士の様は、互いに気を許し合っている仲なのは明白だった。

 

「……ごめん。痛かったよね」

 

 自分を責める様な声色でユキの包帯の巻かれた腕を優しく手で触る博士。その手に、ユキは自分の手を重ね合わせた。

 

「敵を侮ったツケだ。自尊心が慢心となるのは良くある」

 

「君に限ってそれはないと思っているけど?」

 

「現にこの様を晒している。ISに乗っているのにMS戦の感覚を引き摺り過ぎた」

 

 自分を笑っているユキ。そんなユキを篠ノ之博士はより強く抱き締めた。

 

「ごめん。情けないISじゃなかったら、こんな怪我だってしなくて良かったのに」

 

「情けないのはおれの方さ。次はこんな失態をするつもりはない。鷹の名に誓って」

 

 力強い言葉で、篠ノ之博士との約束をするユキ。

 

 それはユキも一人の男なんだとわかる男の誓いだった。

 

 そしてユキはすっかり蚊帳の外で博士とのやり取りを見ていた僕に視線を向けた。

 

「紹介しよう、博士。彼がおれの命を拾ってくれた、シャルルだ」

 

「ふーん」

 

 髪の毛先から爪先まで品定めするかのような視線を向けてくる。いきなり紹介されたから、僕は緊張で固くなった身持ちのまま、博士の視線を受け取った。

 

「まぁ、君のお陰でユキも助かったみたいだから、礼は言っておくよ」

 

「あ、はい。えと…、どう致しまして?」

 

「どうするシャルル? まだ寝直せる時間はあるけど」

 

「ううん。もう目も覚めちゃったから起きるよ」

 

 朝から衝撃的な事が起きすぎて、眠気なんてとうに覚めてしまった。それに、早起きは得するって言葉が日本にはあるっておじさんが教えてくれた様に、普段は見られないユキを見られそうだから。

 

「それにしても、また新しい娘が増えてるなんて。私、聞いてないんだけど?」

 

「ボーデヴィッヒは、おれの事情を知る人間だ。それに、素質もある。大成すればクロエに匹敵するパイロットになれる」

 

「ニュータイプってこと?」

 

「それはボーデヴィッヒ次第だ。だが、どうにもね。重ねてしまうんだよ。昔の自分に」

 

 とても優しい顔をしながら、ユキの視線はベッドで眠っているラウラに向かう。慈愛に満ちた、温かくて優しい顔だった。

 

「さーて、クロちゃんも待ってるだろうし、イクゾー!」

 

「おわっ!? 急に振り回すな! というかいい加減重いだろう? 降ろしてくれて構わないんだぞ」

 

「え? 別に。ユキは軽いから」

 

「女性であるはずの束博士に軽いと言われるか……」

 

 篠ノ之博士はユキを抱えたままくるりと回って部屋を出ていってしまった。

 

「……もう大丈夫だよ?」

 

「き、気づいていたのか……」

 

 掛け布団の中からもそもそと顔を覗かせるラウラ。でもその表情は何処と無く辛そうだった。

 

「どうかしたの? 気分が悪いなら薬持ってくるけど?」

 

「……いや。私にもわからないんだ。でもこれは薬でどうにかなる様なものではない。なんなんだ、この感じは。このザラつきは……っ」

 

 頭に手を当てて、頭痛を我慢するかの様な仕草で顔を顰めるラウラ。

 

「私の中に私が居る? いや違う、入ってくるのか?」

 

 ぎゅっと身体を掛け布団ごと抱き締めて縮まるラウラのただならない様子に、心配になった僕は近寄って声をかけた。

 

「ラ、ラウラ?」

 

「ッ、私の中に入ってくるな!! 私はっ!!」

 

「わっ!?」

 

 ばっと腕を振り払って来たラウラに驚いて距離を開ける。

 

 振り払われた掛け布団の中から晒された白い肌の女の子。その裸体を長い銀髪が隠していた。

 

 でも僕にはそんなことを気にする余裕すらなかった。

 

 血走った目をして、触れれば切れてしまうのではないかという視線を向けられて、身体中からジットリと厭な汗が噴き出してくる。喉がカラカラになって、胸が苦しくなってくる。

 

「私はっ、ラウラ・ボーデヴィッヒだ!!」

 

 ラウラはそう叫ぶ。その姿を見て、僕はラウラに近寄った。

 

「そうだね。ラウラはラウラだよ。他の誰でもない。他の誰かになることも出来ない」

 

 それは、僕だってそうだ。僕は僕だから、僕以外の誰かになることなんて出来ない。

 

「シャ、ル…ル……?」

 

 小さな身体を、優しく包むように抱き締めてあげる。優しく、そして暖かく、身体だけじゃない。心からすべて受け入れてあげるように。

 

 抱き締めたまま、安心出来る様に頭を撫でると、ふと何故かユキが傍に居てくれる様な感覚が僕の身体に起こった。

 

 優しくて温かい手つきを真似る。まるでユキが僕の中に溶け込んで来るような、そんな感覚だった。

 

『互いにニュータイプ並みの脳波を持っているから、相互干渉引き起こしてしまった様だ』

 

 頭の中に、ユキの声が聞こえた。

 

『クロエもラウラも、その出自は同じなのだろう。だから互いを自分の様に思えてしまう。だから反発し合う』

 

 ユキがクロエと呼んだ女の子も、ラウラと同じ様に取り乱していたのがわかる。

 

『姉妹と呼ぶには似すぎているんだ。まったく同じ存在のように』

 

 そんなお伽噺みたいな事があるんだろうか?

 

『シャアの事をとやかく言えないな。急ぎすぎて、彼女たちを惑わせてしまった』

 

 いったい何を急ぎすぎているのか、僕にはわからない。でもわかるんだ。いや、違う。わかるようになっていくんだ。

 

『今は静かに眠ると良い。クロエ……、ラウラ……』

 

 その声が聞こえた時、僕の腕の中でラウラはもう眠っていた。

 

『安らかに、穏やかに。たとえ同じ存在でも、クロエとラウラは同じではないのだから……』

 

「…しょう…さ……」

 

「ラウラ……?」

 

 寝言を立てたラウラの顔を様子見ると、もう安心しても大丈夫だとわかる穏やかな寝顔をしていた。

 

 そしてそんな寝顔を見ていた僕はようやく気づいた。

 

 そこはユキの部屋じゃなく、満天に星が煌めく宇宙の中に居ることを。

 

 青い地球に落ちていく隕石を押し返そうとするガンダム。そんなガンダムに向かって手を伸ばすガンダムが居た。2機のガンダムが手を繋いだ時、蒼い光が隕石を包んでゆっくりと離れさせていく。

 

 そして蒼い光は虹となって、地球を覆った。

 

 その虹は、僕も見た。三年前に。そして声を聞いたんだ。

 

 誰かの声じゃない。でも確かにそれは声だった。

 

 男の人、女の人、子供から大人まで。地球に住むすべての人の声が。

 

「ユキ……」

 

 あの光の中にユキは居た。でも、もしそうならユキは……。

 

 それこそお伽噺の様だ。

 

 気づいたら何時ものユキの部屋だった。

 

 僕は眠っているラウラをもう一度ベッドに横たわらせると、掛け布団を掛けて部屋を出た。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「まったく。よくもわからない物を使うからこうなる」

 

 机の上に呆れたように資料を放り投げる。

 

「追撃を試みた部隊も全滅した様です。如何なさいますか? 主」

 

「放っておけ。なにも我々が老人たちの介護をする必要もない」

 

 自らの失敗は、自らの手で正さねばならない。それが出来ないのならば、初めからなにもしないで貰いたいものだ。

 

「ではその様に。しかし、本当によろしいのでしょうか。貴重なISである前に、あの機体の力があれば蒼き鷹というヤツも討ち果たせましょう」

 

「ヤツを甘く見るな、アンジェラ。それに、機械程度が相手務まるはずがない。ヤツの実力は私が良く知っている」

 

 今はまだ、情けないMSを模したISに乗っていたから遅れを取っていたが、機体がパイロットに着いてこられる様になったとき、もはや手出し出来るものはこの世界には居ないだろう。

 

「とはいえ、厄介な物を野に放ってくれた」

 

 ペイルライダーはまだ一機残っているというのに、そのペイルライダー以上の脅威が老人たちの過失によって野に放たれたのだ。

 

「コンピューターの暴走が引き起こしたとして、これは容認できんな」

 

 場合によっては脅威的な障害として立ちはだかるだろう。

 

「擬似人格コンピューターと全身がサイコフレームの機体か」

 

 ニュータイプを相手に凡人をぶつけても無意味だとわかった老人たちは、如何にしてニュータイプを攻略するかを模索している。その一つがペイルライダーであり、今回の暴走したISである。

 

「アムロ・レイ、シャア・アズナブル。二つの思考パターンを持ったAIシステムか」

 

 だがニュータイプに対してニュータイプをぶつけるという発想がある時点で、それは老人たち凡人にはニュータイプが手の着けようがないと言っている様なものだ。

 

「場合によっては、頭を下げなければならんか」

 

 この世界で、純粋なニュータイプと呼べる存在はハマーン・カーンとユキ・アカリのみだ。

 

 そしてハマーンと違って、打算もなく感情で動くユキの方が、私には推しやすい相手だ。それに、ヤツは私の中にシャア・アズナブルを見ようとしている。

 

 故に、決定的な亀裂を生むような案件でなければ、私はヤツをある程度コントロール出来ると言うことだ。

 

「拘りすぎではありませんか? 何故なのですか、主。私では駄目なのですか?」

 

 不安に揺れる視線を向けてくるアンジェラ。

 

 彼女も凡人の域には居ない存在だ。ニュータイプとしてはまだ目覚めてはいないが、そのセンスは私が保証できる。しかし、気の毒だが ヤツは別次元の存在なのだ。その能力(ちから)の強さは、経験と時間によって裏打ちされたものは、追いつこうと思えど、そう簡単には追いつく事が出来ないものなのだ。

 

「必要になれば出てもらう。今は静観する方が有利なのだよ」

 

「出過ぎた事を言いました。主の命に従います」

 

 一礼して部屋を去る彼女を見送る。あれで私が動けない立場の代わりに代理を務める逸材であることの自覚があれば良いのだが。これは言って聞かせても意味を持たない事だ。

 

「ニュータイプを駆逐する為に生まれたマシーンの性能が、果たして通用するかな」

 

 

 

 

to be continued… 



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第34話ーそれぞれの関係ー

一番書きやすい回想でありながら、一番時間の掛かる回想。元から完成している道筋に余計を入れて壊れない様にするのも大変だ。その点、やはりISは書き易い。さすがは二次創作入門に最適と言われるだけはある。


 

 束博士に抱えられながら一階に降りたおれは、クロエの異変に気づいた。

 

「どうしたクロエ!」

 

「あっ…」

 

 博士の腕の中から飛び出して駆け寄る。クロエは身体を震わせながら頭を抱えて俯いていた。

 

「ちがう……、私は私だ。入ってくるな……。私は、マスターに…」

 

「クロエ……っ」

 

 クロエに触れたとき、彼女の身に何が起きているのかがわかった。

 

 何かと脳波が混線して、自分を自分と認識出来なくなっているのだ。

 

 蹲っているクロエの隣に座って、その身体を抱き締める。

 

「ま、すた……うぐっ」

 

「しっかりしろ、クロエ。お前はお前だ」

 

 クロエの意識を包み込んで、外界からの干渉を遮る。そして、クロエの力の先を辿っていく。

 

 人の意識を辿っていくというものは、その相手の深層にまで至ると言うことだ。

 

 それもニュータイプの持つ能力(ちから)にして、ニュータイプという存在、互いに分かり合う力の根幹だ。

 

 だがそれは、他人の心に土足で踏み入るものだ。その加減を間違えれば、カミーユとハマーンの様に分かり合っても互いを拒絶してしまう悲劇を生みもするのだ。

 

 だがクロエならそれも赦してくれるだろう。

 

 クロエの心の中は真っ暗だった。フル・フロンタルに見せられた虚無の中に居る様だった。でもその暗闇の中には一筋の光が射していた。

 

「うっ……!?」

 

 その光を辿ろうとすると、いきなり意識を引き込まれそうになる。

 

「ボーデヴィッヒ……?」

 

 おれの腕を掴んで引っ張るのは、今にも泣き出してしまいそうな表情をするボーデヴィッヒだった。

 

「少佐……」

 

 縋りつく様な手つきで、ボーデヴィッヒがおれの腕を抱き寄せていく。その手は、この虚無の様に冷たくて、ありとあらゆる熱を奪われてしまうのではないかと感じるほどにすべてを奪う寂しさがあった。

 

「うぐっ……クロエ!?」

 

 ボーデヴィッヒに引かれているのとは反対の腕を、クロエに捕まれる。

 

「マスターは私のものだ! 私だけのっ、私だけが居れば良い!! オマエは要らないっ」

 

「少佐は、私のすべてなんだ! こんな私にも優しくしてくれる。それを奪わせたりしてなるものか!!」

 

「うぎっ!! がっ、あああああ!!!!」

 

 身が引き裂けてしまいそうな力で引っ張り合う両者に、口から悲鳴が漏れる。しかし、二人は悲鳴なぞ聞こえてはいない様に尚もおれの身体を自分の側に引き込もうと力を入れる。

 

「少佐は、こんな私を拾い上げてくれた。失敗作の烙印を押されて、無価値になってしまった私に、新しい価値をくれた。キサマにはわかるまい!」

 

「マスターは暗闇の中に居た私を連れ出してくれた。深い絶望の中で、ただ生きるだけの私に、生きる意味を与えてくれた!」

 

 言葉と共に、二人の感情が入ってくる。

 

 共に造られた存在。その造られた意味を、彼女たちはしらない。ただ絶望の中で生きていた時、自分を照らしてくれる光に出逢った。

 

 互いに知るおれを見せあって、それを知る事を自慢し、それを知れる事を喜び、それを知らない事に嫉妬する。

 

 そんな二人に共通することは、自身のすべてを受け入れて肯定してくれる相手だと言うことだ。

 

 甘やかし過ぎた結果がこれだ。だが彼女たちの心に触れれば、彼女たちを否定する言葉を紡ぐことは憚られてしまう。

 

「マスターは……」

 

「少佐は……」

 

『私の光なんだ!!』

 

 伝わるのは二人の悲痛さ。

 

 同じ生まれをした同じ存在だから、認めたくないのだ。自分だけを見て欲しいという切実な独占欲。

 

 自分を照らしてくれる光がなくなってしまう事を恐れるのだ。

 

 気持ちはわかるつもりだ。自身もまた、自分を照らしてくれる光に導かれて、それをなくしてしまった人間だ。

 

 だから、彼女たちの気持ちもわかる。でも、クロエはクロエだ。そして、ラウラはラウラだ。

 

 かつておれは、彼女等の様に同じ存在を持つ少女たちに出逢った。

 

 互いの存在の為に、彼女たちは戦ったが、それでも最後には互いを自己として確立して、自分を手に入れる事が出来た。

 

 彼女たちに出来たのなら、クロエとラウラにも出来るはずだ。

 

「マスター……?」

 

「少佐……?」

 

 二人が引き合う手を引いて、彼女たちを抱き締める。

 

「互いにニュータイプ並みの脳波を持っているか ら、相互干渉引き起こしてしまった様だ」

 

 今起こっていることを言い聞かせる様に口を開く。

 

 クロエもラウラも、素質を持っている。ただまだ力の使い方を知らないから、今回の様な事が起こってしまったのだ。それ以上に、クロエとラウラが同じ存在であることも一役買っているが。

 

「クロエもラウラも、その出自は同じなのだろう。だから互いを自分の様に思えてしまう。だから反発し合う」

 

 まるで生き写しの様に、二人は似ている。ただ違うことは、クロエが少し歳上と言うだけだが、そんな事は些末な問題でしかない。

 

「姉妹と呼ぶには似すぎているんだ。まったく同じ存在のように」

 

 人間は、自分を見るのが嫌な生き物なのだ。不愉快な迄に。それは自分が内側に隠しているものさえ筒抜けてしまうような、そんな感覚を容認出来ないのだ。

 

 それでも人は、自分自身を止めることも、殺すことも出来ない。それをしてしまうことはとても悲しい事なのだ。

 

 かつてカミーユは、死んでいった人たちの力を借りて、それでも足りない力を、自分自身を殺すことでZガンダムに発揮させた。

 

 アムロも、落下するアクシズを押し出すために、自分とシャアの命を使って奇跡を起こした。

 

 そしてもう一人の自分を止めるために、プルも命を散らそうとした。

 

 どれもこれも、何かを止めるために、自分ではなく誰かの為に使った力だ。でも、それは悲しみしか生まない事をクロエとラウラには知って欲しい。

 

「シャアの事をとやかく言えないな。急ぎすぎて、彼女たちを惑わせてしまった」

 

 二人の素質の目覚めを促すのに躍起になって、肝心要の、力の使い方を教えることを疎かにしていた。これではアムロに殴られても文句は言えない。

 

「今は静かに眠ると良い。クロエ……、ラウラ……」

 

 互いの本質を受け入れるには、彼女たちの出逢いは突然過ぎたのだ。

 

「ま、すた……」

 

「しょ、う…さ……」

 

「安らかに、穏やかに。たとえ同じ存在でも、クロエとラウラは同じではないのだから……」

 

 そう、二人とも同じ存在でも、歩んできた人生は違う。そしてこれから続く未来も、同じ方向を向いて、同じ道を歩いたとしても歩き方が違うのだから。

 

 人を導く光。自分が彼女たちにとってそうなるのならば、その役目を引き受けよう。かつて自分が手を引いてもらったように。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼がクロエちゃんに何をしたのかはわからない。でも、ただ抱き締めるだけで震えていたクロエちゃんが治まって、穏やかな顔で寝息を立てるとは思えない。

 

「クロちゃんに何かしたの?」

 

「……いや。ただ、少しだけ心に語りかけただけさ」

 

 額に手を置きながら口を開く彼は頭痛を我慢している様だった。

 

「頭が痛いの?」

 

「……クロエとラウラの潜在能力はおれ以上だからな。一歩間違えれば取り込まれてしまっていたかもね」

 

 ユキの発する言葉には、深い疲れが見えてくる。そんなにも危ないことをしたのか。オールドタイプの私には、彼が何をしたのか言葉で伝えられても憶測で物を測ることしか出来ない。

 

「博士……?」

 

「一人で背負わないでよ。君が居なくなったら、私は……」

 

 ソファーに座ってクロエちゃんを膝枕に寝かせている彼の隣に座って、その肩に身を預けながら言う。

 

 クロエちゃんだけが君を求めているわけじゃない。私だって、君には傍に居て欲しいのだから。

 

 いっそのこと、彼を縛りつけてしまえたらどんなに楽な事だろうか。

 

 でも、それは出来ない。ニュータイプを縛りつけたら、それはただの人と変わりない。自由でいるからニュータイプなんだと思う。

 

 行く先々で様々な人間と繋がりを持ってくるユキ。

 

 相手を理解するというニュータイプの力がそうさせるのだろうか。

 

 それなら、私と彼の間にはどういう繋がりがあるのだろうか?

 

 ただの協力者? 命の恩人? それとも同じ夢を見る同士? 気心を許せてしまえる友人?

 

 私は彼とどういう繋がりを持っているのか。

 

 曖昧な繋がりが、今の心地の良い距離感を生んでいるのはわかるけど、もう一歩を踏み出したら、私と彼の繋がりはどう変わるのだろうか。

 

「どうかしたのか? 博士」

 

「ううん。なんでもないよ」

 

 その一歩を踏み出す勇気がなくて、今の心地の良さに甘えている。

 

「私もニュータイプになれれば良いのに……」

 

「なりたくてなる……、のとは違うからなんとも」

 

「知ってる」

 

 彼が言うには素質を感じないと、出逢ったばかりの頃に言われた。ニュータイプの素質ってどうすれば手に入るのだろうか。認識力の拡大とは言うけど。

 

 ハッキングして手に入れている資料なんかにも、薬物投与で脳波を強化しているとある。

 

 強化した脳波と、空間認識能力だけでニュータイプと言えるものじゃない。それはただの強化人間だ。

 

 他者を理解するという能力(ちから)があって初めてニュータイプと呼べるのなら、私には無理な話なのだろうか?

 

 そんな事、思いたくない。天才を自負するシロッコがニュータイプなら、私だってニュータイプになれるはずなのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日、アメリカの西海岸側にあるとあるIS研究所が火の海に包まれた。しかし人的被害は皆無であり、それと同時にその研究所で非合法の人体実験が行われていた事が、IS委員会と米国政府に知らされた。

 

 そのデータの差出人の名はC.A.R.

 

 それがなんの綴りの略語であるのかはわからないが、今後ともこの様な事が起こる場合、その対象を破壊するという男の声の音声データも添えられていた。

 

 これに対し、アメリカ政府は関与を否定。IS委員会は調査委員会を設置して現地の調査を行ったが、完膚なきまでに機械類は破壊されていた為、データのサルベージは不可能とし、取り調べにて真相に迫ろうとしたが、非合法の人体実験に関与を疑われた研究員は悉くが既に失踪をしていた。

 

 その数日後、幾人かの研究員の遺体がアメリカ全土のあちこちで発見され、結局真相は闇の中と言うことになってしまった。

 

 その後一月の間、北アメリカや南アメリカの各地で、ISの研究所や、企業下の兵器工場などで同一犯の物と黙される襲撃が立て続けに起こった。

 

 そういった中で、目撃者が居ないはずもない。

 

 金色の装甲のISが研究所を襲った。

 

 そういった目撃情報だけが唯一の手懸かりだった。

 

「物騒な話だな」

 

『お陰で裏社会は蜂の巣を突いた様に騒がしいものだ』

 

 空間投影ディスプレイに指を走らせながら、おれはハマーンと通信をしていた。

 

 博士が居るお陰で、各MS型ISも整備は万全だ。だが二度と不覚を取らぬようやるべき事は山程あった。

 

「しかしお前が目をつけていた施設が悉くか。内部からの離叛者かあるいは」

 

 襲われている施設のすべてが、ハマーンが調べを入れていたものだった。ニュータイプを秘密裏に研究していた研究所の襲撃。その仕立て人が何者なのか、興味が惹かれずにはいられなかった。

 

「しかし金色のISか。余程腕に自信がなければ乗り回せないな」

 

『まるでどこぞの誰かを思い出すな』

 

「違いない」

 

 金色のISと聞いて、おれとハマーンは一人の男とMSを思い浮かべるのは自然だった。

 

 金色なんていう自己主張の激しい機体は敵味方問わず戦場で目立つ存在だった。

 

 その姿に敵は恐怖し、味方は勇気づけられた。

 

『情勢は動き始めている。傷が癒え次第、お前にも動いてもらうぞ』

 

「承知している。それに敵か味方の何れであれ、一度相対する必要はあるだろう」

 

 もし味方であるのならば、同じ道を歩める同志となることを期待したい。

 

 もし敵であるのならば、その時はその時だが。

 

『幻影に囚われるなよ。その時は私がお前を墜とす』

 

「わかっているさ。……信頼してるよ、ハマーン」

 

『信頼か……。もう少し気を利かせた言葉は言えんのか?』

 

「愛している……。とは少しだけ違うかもしれないよ?」

 

 実際、おれがハマーンに抱いている感情は愛ではあるものの、親愛に属するものであって、恋愛というものとは少し違うのだろう。ララァに対して一緒に居るだけで満足ならば、ハマーンには一緒に居て欲しいという感情がある。

 

『構わんさ。……愛してるぞ、ユキ』

 

「ッ、そ、そういうからかうこと禁止! ダメ! また何かあったら連絡ちょうだいっ、以上!」

 

 あまりの不意打ちに、言葉を捲し立てて一方的に通信を切る。

 

 あんなに一点も曇りのない綺麗な表情で愛しているなんて言われたことなんてなかったから。

 

「ハマーンの、バカ……」

 

 頬が熱い。胸がドキドキして痛い。こんな初な乙女みたいに取り乱す自分が恥ずかしくて余計に熱くなる。

 

 その所為で被っていた仮面が悉く剥離して、普段隠している素になっていることも構わずにハマーンに悪態を吐く。

 

 恋人なんて居たことがないから、ああいう言葉にどう返したら良いのかわからなくなってしまった。

 

 同じ空間に居るだけで良かったララァに対してとは違い、会話をして互いに触れ合う距離で居て欲しいハマーンにはどう受け答えするのか正しいのか。

 

 如何にニュータイプでも、男女の愛はわからない事が多すぎる。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜明を迎え、東に進むアウドムラは朝焼けに焼かれていた。

 

 そんなアウドムラの艦内は慌ただしかった。

 

「んー……っ。いったいなんの騒ぎ?」

 

 ヒリヒリする目元を擦りながら、ベッドから身を起こす。

 

「ブリッジ、いったいなんの騒ぎだ?」

 

 出撃とも違う慌ただしさに、ブリッジに何事かと問い合わせる。

 

『ヒッコリーからの案内係が来たんですよ。複葉機だから着艦に手間取って』

 

「なるほど。ありがとうございます」

 

 だから少し焦りの様な感情を感じるのか。

 

「ぞろぞろ出て行っても仕方がないか」

 

 何より泣き腫らした顔で出て行ける様なものでもない。

 

 大人ぶっていても、中身の根本は子供のままだ。わかっているのに、そんな自分に嫌気が射す。それでもシャアという甘えられる相手がいるから、つい甘えてしまう己の甘さをそろそろ正さないとならないと、カミーユに笑われてしまうだろう。

 

「しっかりしなきゃ……っ」

 

 頬を叩いて気合いを入れる。

 

 腑抜けている自分を伏せ、エゥーゴのアカリ・ユキに戻る。

 

「行けるな」

 

 自分にそう言い聞かせて、身仕度を整えると部屋を出る。

 

 ブリッジに上がると、ハヤト館長とクワトロ大尉が打ち合わせをしていた。

 

「この霧の中であれば、シャトルの正確な位置までは掴めないでしょう」

 

「その間、アウドムラが囮になってスードリを引き付けると。しかし向こうには変形アーマーも居る事だし」

 

「とはいえ、大尉らとカミーユには宇宙に上がって貰わねばならない」

 

「ティターンズがコロニー落としを計画しているという話。その裏は取れているのだろうか」

 

「カラバで送り込んでいるスパイの情報と、ティターンズが宇宙で核パルスエンジンを用意しているのは確かです」

 

 そんな物騒な話を耳に入れながらクワトロ大尉に歩み寄る。

 

「囮が必要なら、おれが残ろう。最悪、ホンコンかジブラルタルから宇宙に上がるさ」

 

「良いのか?」

 

「クワトロ大尉には宇宙でやるべき事がある。カミーユを連れて、宇宙に上がってくれ」

 

 未だ腑抜けたままのアムロ・レイ一人にアウドムラを任せるのは不安が残る。

 

 それに、百式とガンダムMk-Ⅱと違ってハイザックだから替えは利く。

 

 最悪の場合は単身で宇宙に上がれば良いとさえ考えている。

 

「MSの整備を手伝ってくる。何かあったら呼んでくれ」

 

「アカリ大尉、途中で見掛けたらベルトーチカさんにブリッジに来るように伝えてくれ。打ち合わせをしたい」

 

「了解した、ハヤト艦長」

 

 ブリッジから出て、格納庫に向かう為にエレベーターに向かうと、丁度ベルトーチカとアムロに出会した。

 

「ああ、ベルトーチカさん。ハヤト艦長が呼んでいました。打ち合わせをしたいそうです」

 

「あ、はい。今行きます!」

 

 アムロと別れてブリッジに向かうベルトーチカと擦れ違って、アムロに歩み寄る。

 

「……女の気配がする。尻を叩かれたってわけか」

 

「……軽蔑するか?」

 

「いや。おれも同じ口だから、どうとは言わないよ」

 

 おれも、シャアに尻を叩かれたから今此処に居るようなものだ。

 

「……MSを一機、置いていって貰えないか?」

 

「ガンダムはカミーユが慣れているから、置いていけないのだけど」

 

「リックディアスで良い」

 

「あれはエゥーゴで開発したものだから、カラバで運用出来ないよ」

 

「させるさ」

 

 エレベーターに乗り込むと、アムロも乗ってきた。そのままドアを閉じて格納庫に下がる。

 

「……クワトロ大尉と宇宙に上がる気はないのか?」

 

「……まだ、その決心が着かない」

 

「まぁ。MSに乗る気になっただけマシか」

 

 7年もの間、宇宙から離れていたアムロが、そう簡単に宇宙に上がる気にはなれないというのは、ずっと宇宙に居たおれにはわからないものだ。

 

 しかしそれでも戦う為にMSに乗る気になってくれた事は歓迎したいところだった。

 

「……リックディアスもガンダムタイプの設計思想を持っている。肌に合うかはわからないけど、ハイザックには負けない機体だ」

 

「わかった。レクチャーを頼めるか? 早く慣らしておきたい」

 

「わかったよ。時間もないから厳しく行くよ」

 

 格納庫に着いたエレベーターから降りて、アムロを連れ立ってリックディアスのコックピットに上がる。

 

 普通に動かす分には問題もなくやってみせて、戦闘に対しても、シミュレータだが直ぐに順応してみせた。

 

 改めてアムロ・レイという人間の異常性というものを肌身で感じる時間だった。

 

「なら、リックディアスはアムロに任せて良いんだな」

 

「ああ。あれなら問題ない。20分もしないでおれのレコードを超えられたのは少し悔しいけど」

 

「アムロ・レイとはそういうものだろうと言うことさ。でなければ一年戦争でガンダムに乗って戦い抜いた説明がつかない」

 

「面目丸潰れだけどね」

 

 赤い彗星、そして蒼き鷹を相手にして生き残ってみせた。それはただ単にザクとガンダムの性能差だけではなかったという事だ。

 

「しばらく離れる事になる。……大丈夫か?」

 

「女だったらキスでもせがみたいけど、おれだって蒼き鷹と呼ばれた人間だ。大丈夫、やれるさ」

 

「そうか。だが無理はするな。君はまだ死ねない身だ」

 

「んっ……。お互いにね」

 

 そう言いながら頭を撫でてくれるシャアの手によって、肩の力が抜ける。知らず知らずのうちに、緊張していたらしい。

 

 当たり前か。道を指し示してくれる人と離れて、自分で道を選ばないとならないのだから。

 

 いつまでも甘えていられない。その練習と言うわけだ。

 

 ベルトーチカの乗る複葉機が先行し、百式とガンダムMk-Ⅱが乗ったドダイが発進する。続くアムロのリックディアスのドダイに続いて、おれのハイザックを乗せたドダイが発進する。

 

「さて。上手く行ってくれよ。……むっ?」

 

 ヒッコリーに先行する百式とガンダムMk-Ⅱを見送っていると、上方からプレッシャーを感じ取る。

 

「アムロが動く? 遅れるわけには!」

 

 いち早く反応したアムロのリックディアスに続いて、こちらも機体を上昇させる。

 

「ハイザックは抑えてやるさ!」

 

 ビームランチャーから放たれたビームが、敵のハイザックを貫く。

 

 敵はアウドムラの前方と後方から挟み撃ちにするつもりらしい。

 

 アウドムラも高度を下げ始めているから、雲や霧を利用して敵を翻弄する。

 

「そこっ!」

 

「くっ」

 

 カミーユを堕とす寸でまで追い詰めた可変MS――ギャプランに向かってビームライフルで牽制する。

 

「当たれぇぇぇっ!!」

 

「中るかっ!!」

 

 ビームランチャーの射撃を、バレルロールで回避するギャプランは急上昇して高度を上げると、反転して直上から急降下攻撃を仕掛けてくる。

 

「ちぃぃっ、厭らしい!」

 

「貰ったよ!!」

 

 MA形態のギャプランから放たれるビームをシールドで防ぐが、二発を受けたところでシールドを吹き飛ばされてしまう。

 

「まだだ!!」

 

 ビームサーベルを抜いて、迫り来るメガ粒子砲のビームを斬り払う。

 

「時間をかけている暇はないのにっ」

 

「やはりコイツは、普通のパイロットではない!」

 

 アウドムラの援護にも向かわなければならないのに、その焦りだけが募る。

 

『ア、アッシマーがああああっ!?!?』

 

「アムロがやったのか? よくも」

 

 敵のパイロットの最後の思念と共に、爆発をしたのを視界の端で捉える。7年のブランクがあっても、あの頃のニュータイプは健在だと言うことか。

 

『ユキさん!』

 

「カミーユ!? お前、なんでここに」

 

『すみません、でも心配で』

 

 年下の子供に心配される。それほど情けない姿を晒した覚えはないのだけれど。仲間が来てくれる事に無意識のうちに口の端がつり上がる。

 

「しばらく宇宙に帰れないよ?」

 

『もう、覚悟しています!』

 

「上等。アイツを墜とす!」

 

『了解!』

 

 ビームランチャーで牽制してやって、カミーユが動きやすい様にしてやる。

 

「今だカミーユ!」

 

『はい!』

 

 ギャプランに突っ込むガンダムMk-Ⅱの道を作る為に、ビームライフルとビームランチャーで弾幕を張る。エネルギーがかなりの早さで無くなっていくが、そうでもしないとあの可変MSは止められないとわかっている。

 

「当てずっぽうで!! ぐあっ」

 

「数を撃てばなんとやらだ!」

 

 ビームライフルの一発が当たり、ギャプランが体勢を崩した所に、ガンダムMk-Ⅱがビームサーベルを抜いて斬りかかる。

 

『墜ちろおおお!!』

 

「っ、私が、こんなことでっ!!」

 

 ギリギリでガンダムMk-Ⅱの降り下ろしたビームサーベルを回避するも、右側のバインダーを持っていった。

 

「そこだあああっ!!」

 

 変形してどうにか立て直そうとするギャプランに向かってビームランチャーを放つ。

 

 放たれたビームはギャプランの左足を撃ち抜き、墜落して海に落ちていくギャプランを見送った。

 

「はぁぁぁ……。静かになった……」

 

 戦力の中核を失い、敵部隊は撤退していった。

 

『大丈夫ですか? ユキさん』

 

「ああ。カミーユのお陰で助かったよ」

 

 実際、やられないまでも機体の性能差は腕でカバーするのは限界がある。ましてや相手はMSに慣れているパイロットだ。昔のアムロを相手にした様に、パイロットの差で性能の差をごり押すのも無理が出てきているのを感じる。

 

「Z計画。急がないとな」

 

 エゥーゴの新型MSの開発計画にして、フラッグシップ機となる機体の開発も盛り込まれているそれは、ガンダムMk-Ⅱに使われている技術のお陰で、飛躍的にその開発スピードが上がっている筈だ。

 

 ティターンズが次々と新型MSを開発しているのなら、こちらも新型MSの開発と配備は急務であると言える。

 

 その中には当然、ガンダムタイプの開発も盛り込まれている。

 

「その時までに、どれ程のパイロットとなってくれるか」

 

 アウドムラに着艦するガンダムMk-Ⅱの背中を見ながら溢した一言。

 

 カミーユは宇宙でシャアに導いて欲しかったけれど、地球に残ってしまったのなら仕方がない。幸い、こちらにもアムロ・レイが居る。

 

 アムロなら、カミーユにも良い影響を与えてくれるだろう事を祈るだけだ。

 

 それは自分が薄汚れていて、大きな罪を抱えている人間が若い少年を導くものではないと思ってしまったからに他ならなかった。

 

   

 

to be continued…



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第35話ー誘うものー

長らくお待たせ様。Gジェネジェネシスのお陰でモチベが上がったので書き上げてみました。


 

 デラーズ閣下のもとでの静養も二ヶ月を過ぎる。

 

 二ヶ月目を迎えた頃に束博士がやって来たお陰で、当初よりも早く怪我は完治した。

 

 ほぼ治っていた火傷はナノマシンを使った促進治療で無理な負担なく完治した。

 

 その礼も兼ねて、おれは束博士を連れて街に出た。怪我は完治したとはいえ、護衛の役目は切れていないクラリッサとラウラが人影から此方を護衛してくれているのがわかる。

 

「ちょっと鬱陶しいね」

 

「わかるのか?」

 

「これでも世界から逃げ隠れし続けてる束さんですよ? これくらい露骨ならわかるよ」

 

「そう言えばそうだったな」

 

 余りに自由過ぎる彼女を見ていると、とても世界中からその身柄を付け狙われているご仁には見えない。

 

 最も、自由人の彼女でも隠れる方法はしている。いつもの薄紫の髪は茶髪になっていて、機械のウサギの耳もなく、しかも長い後ろ髪はサイドアップで纏められている。

 

 それだけで雰囲気が篠ノ之束だと誰がわかると言うものか。出掛けることを提案したおれが言うのもアレだろうが、この姿を見たとき一瞬彼女だとは気づかなかった。

 

「しかし、変わるんだな。おれも、一目見た時は博士だと気づかなかった」

 

「まぁね。……ユキは、どっちの私が好みかな?」

 

「それは……」

 

 難しいというか、意地悪な質問だ。今の彼女は世を忍ぶ仮の姿であって、こちらが好みだと言えば平手打ちのひとつは覚悟して良い。

 

 だがいつもの彼女は贔屓目に見ても不健康に近い。最低限の身嗜みはしていても、髪の毛の枝毛はボサボサ、白衣はヨレヨレ、寝不足なのか常に目元に薄く隈を作っている。

 

 対する今の姿は、髪の毛の手入れもちゃんとしていて、目元の隈もなく、服装もタイトスカートにスーツと、ピシッと決めていて、張りのある姿がデキる女性を演出している。これで中身は天真爛漫自由人の束博士のままなのだから、そのギャップに撃沈する男がどれ程居るものか。

 

 現に彼女は通りを歩く男どもの視線を釘付けにしている。

 

 これでおれが96年頃の、成長して大人となった姿ならばカップルぐらいには見られただろうが、悲しきかな。79頃から94年までこの姿から変わらなかった自分が隣に居ては、カップルではなく弟か妹とのショッピングに見えるだろう。

 

 それでもこちらに羨望の視線が感じられる辺り、今の彼女は人様から見て美人なのは疑いようがない。いや、普段も残念さは漂わせていても美人は美人か。願わくば、その残念さがクロエに伝染しないことを切に祈る。

 

「見慣れている何時もは別として、今の健康的な姿は好ましいと思う」

 

「そっか……。やっぱりだらしのない女の子って嫌い?」

 

「嫌いかどうかはわからないな。博士みたいな女性は初めてだから。でも無理に取り繕われているより、だらしがなかろうが着飾っていないありのままでぶつかってくる博士は好きだ」

 

 着飾りというのは面倒なものだ。普段の自分とは別の自分でいるのだから疲れる上にボロが出る。なまじニュータイプであるからそういう本質も見れてしまう分に余計だ。

 

 それに彼女の様に私生活がだらしがない女性、というより彼女の様に大人なのに天真爛漫な女性と関わりを持ったことがないから、距離感が掴めずにここまで無遠慮に接する相手になったのだろう。

 

「それは普段通りの私が好きってことでFA?」

 

「そうだな……。そうかもしれない…かな? 純粋に夢に向かってひた走る博士の姿勢は、おれは好きだ」

 

 少し狙いすぎな台詞だったか。でも、その真っ直ぐな姿が好きなのは本当だ。

 

 博士は他人に冷たい孤高の天才と世俗は評価するが、それは間違いだ。

 

 彼女も人間だ。人間は、一人で生きていけるわけがない。己を理解してくれる相手を求めてしまう。ひとりは寂しいものなのだ。だから人は繋がりを持ちたくなる。それが柵になっていくとわかっていても。

 

「フフフ、そっかぁ……。ユキはやっぱり私の憧れるニュータイプだ」

 

「そんな便利な存在じゃないさ、ニュータイプだって。それにニュータイプでなくとも、言葉を交わせば互いに理解することは出来る。ニュータイプだからってそれを怠るのは傲慢だ。心理を理解したところでその人自身のすべてが解ったわけじゃない。だから心を土足で踏み入れられた気分になる時もある」

 

 互いを受け入れ合えるならそれで良い。でもそうでなければ悲劇を生みもする。それがカミーユとハマーンだった。人にだって誰しも踏み入られたくない事はある。

 

「……私は、ユキにだったら良いかな。私のこと、ユキに知っていて貰いたいから」

 

「博士……」

 

 腕を絡めてもたれ掛かってくる博士。

 

 近くにあったベンチにまで流されて、座らせられるように腰を落とす。

 

 いつも以上に積極的な博士の様子に、どう受け止めたものかと考えてしまう。

 

 女性と恋愛というものをしたことがない自分は、彼女の言葉をどう受け取れば正解なのかの基準がない。だからこうして言葉に詰まってしまう。

 

「す、少し待とう。博士、今日は少し変じゃないか?」

 

「変じゃないよ? ただ自分の気持ちに素直になってるだけだもん」

 

「自分の気持ちって……」

 

 肩に頭を乗せて此方を上目で見詰めてくる博士の目には、いつもに増して蜜がある。 

 

 彼女はいつもスキンシップとしてはとても男には刺激の強い接触をしてくる。

 

 しかし公衆の面前というものに羞恥心を覚えて欲しい。とことん他人には無関心な彼女であってもだ。

 

「別に他の有象無象の事なんて気にするだけムダじゃない?」

 

 そう指摘したとしてもこれである。彼女は本当に他人がどうでもよい、意識すらしていない。

 

 彼女にとって、彼女の世界の中に居る人間以外は本当に興味などないのだろう。

 

「だからユキも気にしないで、自分に素直になっても良いんじゃないかな? むしろバッチこーい♪」 

 

 自分に素直になる。どう素直になれというのか。思うことをそのまま口に出せるほど、自分は子供ではない。

 

 これでも自分は彼女には素直に物を申しているつもりではある。戦うために数々の要望を聞いて貰っている。

 

「そういう素直とはちょっと違うかなぁ」

 

 彼女が求める素直という表現。彼女自身が体現する素直という言葉。子供の様な純粋さは眩しく見えてしまう。

 

 だから尚更だ。

 

 おれは、彼女の好意を受け取れる様な存在じゃない。

 

「ユキ……?」

 

 彼女の肩を押して、もたれ掛かる彼女の身体を離す。

 

「……博士の気持ちは嬉しい。でもおれは」

 

 未だにララァの事を忘れる事が出来ずにいる自分が、他の女性を愛せるのか?

 

 前を向いて、託された想いを胸に進む事を選んでも、自分は未だにララァとシャアを忘れられない。アムロが居たら情けない奴と殴られるだろう。カミーユにだって修正を食らうだろう。

 

 もう、誰の手を借りる事は出来ない。刻の彼方へ往った者たちの声を、この宇宙では聞く事は出来ない。

 

 ひとりぼっちの寂しさを誰かに埋めて欲しくて、でもそれを彼女に求めたくない。

 

「……博士?」

 

 背に腕を回され、温もりを感じる胸に抱かれていた。

 

 でもそれはいつもの彼女の様にスキンシップとは違う相手を気遣う様な軟らかな抱擁だった。

 

「束さんはね、君を独り占めしたいんだ」

 

 グッと、彼女の腕に力が籠る。

 

「ニュータイプだから興味を持った。最初はそれだけだった。でもそれだけじゃない」

 

 思いの丈を綴る様に言葉を紡ぐ彼女に、耳を傾けることしか出来なかった。

 

「君は私の夢を笑わなかった。私の夢を肯定してくれた。私の心を、想いを。認めてくれた」

 

 ほとりと流れてくる雫。頬を伝うそれは自分の物じゃなかった。

 

「嬉しかった。今まで私の夢を真剣に聞いてくれた人なんて居なかったから。私を、一人の人として扱ってくれる君だから」

 

 それは彼女の素直な言葉だった。彼女の特別性は常軌を逸していて、そんな彼女を特別扱いするなというのは無理な話だ。

 

「一緒に居る事が楽しくて。独り占めしたいだなんて思って。君が他の女の事を考えていたりするとモヤモヤするんだ。君と一緒に居るだけでドキドキする。ずっと抱き締めていたい。離れたくない」

 

 痛みを感じる程に力が強くなる。胸に押し当てられて息苦しささえ感じる。

 

「この気持ちはなんなのかな? ちーちゃんとも、箒ちゃんとも感じる気持ちとは違うこの気持ちは」

 

 親友と妹、両親と、妹が懸想している親友の弟にして自分にとっても弟分が世界の全てだった。

 

 そんな世界に虹にのって現れた光は、今まで抱いたことのない感情を生んだ。

 

「これって、恋なのかな?」

 

 恋を知らない少女は問う。人を愛しても、恋を知らない少年に。

 

 抱き締められていた身体が離れ、互いに向き合う少年少女。少女は眼を閉じる。少年の背と腰を抱いて。

 

 そして少年は――

 

「……っ!?」

 

「きゃっ」

 

 少女を退け、立ち上がる。その瞳は白雲が散らばる空に向けられていた。

 

「ユキ……?」

 

 ただならぬ彼の様子に、束は恐る恐ると声を掛けた。少年の瞳は険しく、しかし困惑に揺れながら空の一点を見つめていた。

 

「……呼んでいる。ララァ…?」

 

 その瞳の先に何が居るのかを見極めようと心を研ぎ澄ませる少年を見て、少女は少年を押し倒した。

 

「あぅ、…は、はかせっ。っっ!?」

 

 少女は押し倒した少年の唇を奪う。瑞々しく幼い蜜のある唇を。

 

「……必ず、帰ってきて。約束だから…っ」

 

 不安でいっぱいの瞳を浮かべながら、少女は少年の背中を推す。彼女にはわかっている。自分では彼を止められないと。ニュータイプではない自身では、彼の感じる事を理解しきれないことを。ニュータイプとふれあい始めた自分には、かのブライトの様にニュータイプの心情を察しきれないことを。

 

「わかった。必ず戻ってくるよ」

 

 少女に手を引かれて起き上がった少年の身体が光に包まれる。

 

 量子展開される純白の装甲――一角獣(ユニコーン)に身を包んだ彼は飛び立つ。装甲がスライドし、純白の一本角は黄金の双角に別れ、翠色の光の軌跡を描きながら空へと飛び立っていった。

 

 その光は何処までも続いていく。光が目に見えなくなっても、少女の瞳には視えていた。胸の中のサイコフレームが一角獣のサイコフレームと共鳴し、彼女の瞳には見えないものを視させていた。

 

 空を越え、重力を抜け、宇宙へと到るその光が、彼女には何れ叶える夢の体現に見えた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 スードリの攻撃を退け、ヒッコリーを脱し太平洋を渡ったアウドムラはニューホンコンへ到着した。ルオ商会の協力を得て補給を受ける傍らで、ユキの姿はアムロとベルトーチカと共にあった。

 

 ミライ・ヤシマ。かつてホワイトベースの操舵手だった女性。彼女をアウドムラに乗せようとアムロが説得する合間、ユキは二人の子供と遊んでいた。

 

 ハサウェイとチェーミン。今は宇宙に居るブライトと、アムロと話しているミライの子供だ。

 

 ブライトから子供が居る事は聞いていたし、大人たちが話をしている間は暇を持て余す子供たちの相手も立派な仕事だ。何より子供たちの様子を詳しくブライトに伝えることも出来る。

 

「良い? こうやって指を通して広げるの」

 

「こう?」

 

 ユキは母から教わったあやとりを子供たちに教えていた。女の子で手先が器用なチェーミンは呑み込みも早くて楽しく学んでいるが。男の子のハサウェイは少し飽き始めているのか集中力が切れてチラチラとグライダーに視線が移っていた。

 

「まさかあんな子が蒼き鷹だなんて、言われても信じられないわね」

 

 アカリ・ユキ。そう名乗った子供がかつて一年戦争で戦ったジオンのエースだとは、ミライには本人を前にしても実感はなかった。隠す気もない偽名で、ニュータイプの素養を持っていたミライを誤魔化す事は出来なかった。

 

 とはいえ、軍人も戦いがなければただの人。子供たちと遊ぶユキの姿は見掛け相応の子供たちの兄か姉の様だった。だからミライには子供たちを心配する様な様子もなく、微笑ましく思っていた。

 

「あれで力は俺やシャアよりも強い子です。きっと…」

 

「あの時の、ジオンのニュータイプよりも。そう感じるわ」

 

「………………」

 

 ミライの言葉に、アムロは7年前の出来事を思い出していた。

 

 一年戦争で出逢った少女を。突然すぎた出逢いは、互いに解り会う事が出来ても、それは悲しく深い傷痕を遺していった。

 

 カミーユ、そしてユキ。

 

 二人の強い力を持つニュータイプを前にして、アムロはまた再びあの様な出来事が訪れないことを祈るばかりだった。 

 

「……ララァ…?」

 

「……っ!?」

 

 ふと感じた気配。それは一瞬今思い浮かべていた意中の少女を彷彿させた。

 

 ユキの呟きと視線を追う先には青髪の少女が居た。だがそれも一瞬、記憶が沸き起こす錯覚だったのだろう。

 

 少女の姿が見えなくなれば、そんな気配も消え失せてしまった。

 

「どうかしたの? アムロ」

 

「あ、いや……。なんでもない」

 

 ベルトーチカに気遣われ、平気だと告げるアムロ。

 

 ただあの気配に後ろ髪を引かれて、もう一度見えなくなった少女の居た場所を見やる。

 

 あれはなんだったのかと考える暇もなく時間だとベルトーチカに告げられ、アムロは子供たちを戦いに巻き込みたくないと誘いを断ったミライと別れる。

 

 そしてユキも、アムロとベルトーチカと別れた。男女のデートに着いていくほど命知らずでもない。

 

「子供たちの面倒を見ていただいて、ありがとうございます」

 

「いえそんな。中々どうして、子供には好かれやすいので」

 

 アムロが座っていた席に腰掛けてユキはアイスティに口を付けた。アウドムラはハヤト艦長が指揮を執り、エゥーゴのメンバーもそれに従っている。クワトロが宇宙に帰ったため実質残ったエゥーゴメンバーの指揮はNo.3のユキに移るのだが、MSで戦いもするユキを気遣って休息を言い渡されてしまったのだ。結果暇になったユキはブライトへの土産話も兼ねてミライに会いに行くというアムロに着いてきたのだ。

 

「ベルトーチカさんと言ったかしら? アムロにも、良いお相手が見つかって良かったわ」

 

「……そうですね。ベルトーチカさんにとって、アムロは憧れでもあったようですから」

 

「貴方にも、素敵な恋人が見つかると良いわね」

 

「恋人……ですか」

 

 恋人。

 

 そう言われてもしっくりこない。いや、そもそもそんな相手が自分に見つかるのだろうか。

 

 ……居るはずがない。ララァの代わりなんて、居るはずがない。ララァだけが、おれの苦しみをわかってくれた。ララァだけが、ひとりぼっちなおれを救ってくれた。

 

 たとえララァがシャアの事を愛していたって構わなかった。ララァと傍に居られるだけで、それだけで良かったのに。

 

「恋人って、なんなんだろう……」

 

 そんな呟きも、アウドムラへのニューホンコンからの退去を命じる放送によって誰の耳にも聞こえる事はなかった。

 

 大慌てでアウドムラへと戻ったユキは、自分と同じ様に慌ててアウドムラから出ていこうとするカミーユと鉢合わせた。

 

「カミーユ、何処へ行く気の!? 」

 

「離してください! 僕は行かなくちゃならないんです!!」

 

「だから何処に――っ」

 

 アウドムラが戦闘配備になるのなら、パイロットにも待機命令が出る。アウドムラの主力でもあるカミーユを遊ばせている余裕は残念ながらなかった。

 

 だから引き留めようとするユキの脳裡にイメージが駆け抜ける。

 

 ララァの姿と重なってカミーユから感じる少女のイメージ。青髪の少女――。

 

「…フォウ……ムラサメ…?」

 

「ユキさん、フォウの事を知っているんですか?」

 

 虚ろな目でフォウの名を呟いたユキにカミーユは食い付く。カミーユに肩を掴まれて我に返ったユキはカミーユの肩を押した。

 

「その娘の事が気になっているんだね?」

 

「はい。どうしても会わなくちゃいけない気がして、それで」

 

 内心、ユキは頭を抱えた。カミーユの感じすぎる感性がなにかを訴えているのかもしれない。

 

 軍人としてはカミーユを行かせるわけにはいかない。しかし、個人としてはカミーユを送り出す事をよしと思っている。

 

「…………わかった」

 

「ユキさん…!」

 

「アウドムラの出発までは時間がある。敵も無闇に攻撃はしてこないはずだ。だから12時になる前に戻って来るように」

 

「はい! ありがとうございます!!」

 

 駆け出すカミーユを見送る。彼を送り出した代わりに自分が頑張ればどうにかなるだろうと目先の事しか考えられず、その結果が招く意味を、ニュータイプといえど知ることは出来なかった。

 

 

 

 

to be continued… 



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第36話ー消えたガンダムー

お久しぶりです。お待たせいたしました。待っている方が未だ居るかわかりませんが最新話を投稿させて頂きました。




 

 PICによって重力の枷から解き放たれたユニコーンはサイコ・フィールドによって押し上げられ、既に地球の重力圏を脱しつつあった。

 

 足許に広がる青い星。ハイパーセンサーは全天周囲モニターの如く360度の範囲を映し出している。

 

 静止衛星軌道にまで上がり、PICとサイコ・フィールドを解除。アポジモーターを僅かに噴かしながらAMBAC機動で機体を振り返らせる。

 

 宇宙というなにも重圧を感じない環境へ身を置くことで身体の芯から力が抜けていくのがわかる。

 

 地球から宇宙へ。重力が無重力へと変わるこの感覚は何時感じても良いものだった。この良さがわからないアースノイドが地球を食い潰す。それは悲しいことだ。

 

 しかし宇宙遊泳に来たわけではない。気を引き締めてバーニアに点火。再度アポジモーターとAMBAC機動で機体を振り向かせ、漆黒の宇宙を進む。

 

「誘われているのか…。やっぱり」

 

 地上に居ても感じた気配。いや、呼ばれた気がしたのだ。行かなくてはならないと確信させる程に。

 

 慣性飛行でゆったりと宇宙を進む。

 

 自分にあそこまで反応させた感応波。それこそニュータイプが持ち得る強力な感応波。しかしハマーンの物ではなかった。ララァの名を呟いたのは無意識だった。

 

 魂が永遠に宇宙に生き続けるララァは有形無形にいつも自分を導いてくれていた。だからついララァの名を口にしてしまうことも多い。

 

「なんだ…?」

 

 ザザッと、ハイパーセンサーにノイズが走る。

 

 パイロットとしていち速くその原因を調べるのはもはや無意識での行動だった。

 

「レーダーが使えない。この現象は…っ」 

 

 直ぐ様身体と意識が警戒レベルをMaxにする。

 

 ミノフスキー粒子。

 

 レーダー波に干渉し、無力化するその粒子の登場により、従来の誘導兵器を無力化し、第二次世界大戦期の有視界戦闘にまで戦争の戦術を後退させた粒子。

 

 この宇宙においてミノフスキー粒子が散布される状況というものは決まっている。

 

「ビーム攻撃!?」

 

 なにもない筈の宇宙からビームが放たれ向かってくる。

 

 それをシールドのIフィールドが弾く。

 

 熱センサーに反応。ビームを撃った事による砲身加熱が仇となった。

 

「沈めぇぇ!!」

 

 シールドに装備されているビームガトリングからビームの弾丸が雨の様に吐き出される。

 

 なにかを穿ち削り、爆発が起こる。

 

 爆発の中からは機械の破片が飛び散る。

 

「自動砲台…?」

 

 爆発の中に人の思惟を感じなかった。爆発が落ち着いた破片は自動砲台衛星の様だった。

 

「いったい何故……」

 

 しかし考えている時間はなかった。アラートが鳴り響き、その音が耳に入り脳が音を認識した瞬間には既に機体に回避行動を取らせていた。

 

「ひとつだけじゃない!」

 

 先程まで居た所をビームが過ぎ去る。

 

 出方を窺っていると、今度はミサイルで攻撃される。

 

「ミノフスキー粒子散布下でミサイルが来るのか。データがあるのか?」

 

 ミノフスキー粒子散布下でのミサイル攻撃は誘導兵器という意味合いではそれほど脅威にはならない。だが全く脅威でもないわけでもない。誘導性が低下するものの、追尾性がなくなっているわけでもないのだから。

 

 飽和攻撃により広範囲にばら蒔かれたミサイルの内、数基が此方の熱を探知して追ってくる。

 

「この程度ならば」 

 

 射線から退避しつつバルカンで迎撃。そのままバルカンでミサイルの発射口を狙う。

 

 バルカンによって残っていたミサイルを誘爆させ爆発する自動砲台。

 

「手品は読めた!」

 

 攻撃を受ける事でノイズを走らせて実体を現す自動砲台。光学迷彩で隠れ潜んで居たのだろう。システムを休眠状態にさせればセンサーにも見つかりにくい。

 

 自動砲台の位置から明らかに何かを守るために置かれているのは明白だった。

 

 バーニアを噴かし、戦闘機動で突撃を掛ける。

 

 接近するユニコーンに反応を見せる自動砲台の数々。ビームがあちらこちらから飛んでくるが、機械によって正確に狙われて飛んでくるビームを避けられない程にパイロットも機体もポンコツではない。

 

「配置を記録。回避行動をランダムに、Iフィールド減衰0.2% 敵の位置から最重要目標の位置を算出」

 

 広範囲への飽和攻撃は同士討ちの危険性もある。そうプログラムに組み込まれているのか、飛んでくるのはビームばかり。

 

 シールドにIフィールドを搭載するユニコーンにはビーム兵器は無意味である。

 

 回避を機械に任せて自分は次に進むべき進路を導く。

 

「ビームマグナムで…!」

 

 人に向けては撃てない武器も、相手が機械であるなら遠慮は要らない。

 

 縮退した高出力メガ粒子が赤い閃光となって宇宙を突き抜ける。

 

 自動砲台を数基串刺しに、或いは抉りながら進んだ先。ビームがなにかに直撃した。

 

「小惑星? 人の手が入っているのか…?」

 

 ビームマグナムが直撃したのは硬い岩塊であった。掠めただけでもMSを撃墜する威力を持つ高出力ビームでも貫けなかったとなればそれだけ質量を持っているといる事だ。

 

 ただビームの直撃は光学迷彩を一部引き剥がす事には成功した。そのまま岩塊を沿って飛ぶユニコーン。その中でユキはこの小惑星が人の手が加えられている事を認める。でなければ岩の塊が光学迷彩などをするわけがない。

 

 その小惑星の内部に入れそうな入り口を見つけるに至るが、しかし妨害が入る。

 

「っ、そう易々とはか!」

 

 ビームマシンガンによる弾幕、さらにはシュツルムファウストやグレネードランチャーによる飽和攻撃。ビームと実弾によって形成される嵐の中を、しかしユニコーンは避けてみせる。

 

 サイコフレームとインテンション・オートマチック・システム、そしてパイロットのノーマルスーツに搭載するバイオセンサーが相まって、ユニコーンはパイロットの思考のみでの機体制御を可能としている。

 

 ユキが攻撃を察知した瞬間には既にユニコーンも回避運動を行っているのである。 

 

「あの機体、袖付きか!」

 

 小惑星施設内部へと侵入を図るユニコーンを妨害したのはMSだった。――機体の大きさからIS型MSというべきか。

 

 その姿は敵として戦ってきた機影。袖付きのギラ・ドーガであった。その数は僅か4機。一個小隊編成である。

 

「敵の気配を感じない。どういう事だ?」

 

 IS型であるなら中にパイロットが乗っている筈だ。しかしそのパイロットの敵意をユキには感じられなかった。サイコ・マシンである筈のユニコーンに乗っていながら敵の気配を感じないというのは先ず有り得ない。

 

「撃ってくるか!」

 

 袖付きのMSと言えば、フル・フロンタルの姿が真っ先に浮かぶ。

 

 この小惑星がフル・フロンタルに関係しているのなら、攻撃をした此方に非もある事だが。向こうから接触らしいものがないことも気掛かりだ。

 

 ビームマシンガンの攻撃をシールドで防ぐ。Iフィールドの鉄壁はビームマシンガン程度の出力で貫く事は叶わない。

 

 ビームが通用しないとわかると、ビームマシンガンの銃身下部からグレネードランチャーを放ち、シールドからもグレネードランチャーやシュツルムファウストを放ってくる。

 

 それを頭部バルカンで迎撃し、ビームガトリングを向ける。

 

 銃身が回転し、ビームの雨がギラ・ドーガへと向かっていく。

 

 それをギラ・ドーガ部隊は一糸乱れぬ動きで回避する。その動きは制御された機械の様に固かった。

 

「無人制御か? ありえるのか……」

 

 無人機というのなら人の意思を感じないことも理由は付けられる。統制された動きもまた然り。

 

 しかし相手が袖付きとなるなら安易に撃墜することは出来ない。互いに不可侵という締約を破るわけにもいかない。

 

 故に撤退を考えてはいるのだが、ニュータイプの勘は更に進むことを望んでいる。地上で感じた事がただの錯覚だと思えないのはなまじ力を持っているが故の悲しい性だ。

 

「鬱陶しい連中だな」

 

 離脱しようとすれはその退路を塞ぐ様に攻撃が飛んでくる。此方がアクションを起こそうとすればそれを牽制される。追い散らそうと攻撃しても律儀に回避してからまた同じやり取りに戻る。

 

 明らかに足止めされているのがわかる。

 

 侵入阻止ではなく、時間稼ぎの足止め。施設からの撤退の為か、或いは他の意図があるのか。

 

「打って出るか…」

 

 このまま様子見をされるのも面白くない。回線をオープンにしていても通信が入る素振りもなし。

 

 離脱させて貰えないのならば敢えて火中に飛び込むことも必要だろう。

 

「ただ駆け抜けるだけだな」

 

 いつもそうだった。やたら考えた所で答えが導ける程、戦場は容易い場所ではない。敵の策が不透明で、それを理由に足踏みするのなら、それが明るみになった所で対処をすれば良い。時間を与えてしまう方が不利な事が多いのだから。

 

「サイコフレームが使われている盾は、こういう使い方も出来るさ」

 

 意識をシールドに集中する。シールドに内蔵されているサイコフレームが感応波を受けて展開し、蒼く光る。

 

 パージされた両腕のシールドは自ら意思を持ったかの様に動き出し、装備されたビームガトリングでギラ・ドーガ部隊の連携を崩す。

 

 編隊が崩れた合間に向けて、ユニコーンを加速させる。

 

 並のISの瞬時加速を上回る機動力でギラ・ドーガ部隊の包囲網をユニコーンは突破する。

 

 そのまま小惑星の施設入り口まで辿り着き、ビームサーベルで入り口の隔壁を切り裂いて中に入る。

 

「中に入ってしまえば、攻撃も出来ないだろ」

 

 一度背後を振り向き、ギラ・ドーガ部隊が追ってくるのを見ながら施設内部へ進もうとした所に、足下が爆発する。

 

「なにっ!?」

 

 爆風に煽られ、機体が前に押し出される。側面の壁が爆発し、機体が揺らされる。

 

「これくらい!」

 

 アポジモーターを噴かし、機体の体勢を立て直そうとした所に背中から衝撃と爆風が襲い来る。

 

「ぐぅぅぅっ」

 

 ユニコーンの中で衝撃に歯を食い縛りながら振り向けば、シュツルムファウストを放った後のギラ・ドーガの姿がある。通路はそれこそISが数機でも展開できる広さではあるが、戦闘機動をするには狭すぎる。

 

 予備のシールドを格納領域から展開し、攻撃を防御する。

 

 シュツルムファウストが直撃し、大きく後退るとビームマグナムをユニコーンは構えた。

 

 トリガーを引き、腕から身体に響く重低音を響かせながら掠めただけでもMSを大破させる高出力のビームが、通路に展開していたギラ・ドーガ部隊を蹴散らした。

 

 2機を撃墜、1機は大破、また1機は中破程度だが、片腕と片脚を失ってはまともに戦えないだろう。

 

「ヒトの意思を感じない。やはり無人機……」

 

 束がその手の物を開発している事は知っているユキではあったが、世界最高の天才をして、やはりまだ動きにぎこちなさがある無人機を作るのが関の山。

 

 しかし今のギラ・ドーガ部隊は、機械のような動きであったが、編隊機動は完璧と言って良い程の出来映えだった。

 

 あんなものが量産されでもすれば、再び世界は次の混乱に曝されるだろう。或いはそれが目的なのか。

 

 考えることは後に回し、ユキはユニコーンを進ませる。

 

 隔壁のシステムにハッキングし、ロックを解除する。

 

 内部は次の隔壁があり、それも自動で開くと、ユニコーンが中に入るのを確認して閉まる。

 

 プシューと、空気が満たされる音が聞こえ、次の隔壁が開く。

 

「人が居る。もしくは居た、か…」

 

 宇宙空間で空気が必要な事となれば生き物が居るという事であり、これ程の大規模で本格的な施設ならば人が居て当然だろう。

 

 しかしそれにしては妙に静かすぎるのが不気味だった。

 

 警戒しつつも、ユニコーンは歩いていく。

 

 適当に目に付いたドアをハッキングして開ける。

 

 身を屈めながらドアを潜れば、そこには荒れ果てた部屋が存在した。

 

 大急ぎで逃げた痕の様な有り様の部屋だったが、PCの類は放置されていた。

 

「不用心だな。機密保持がなっちゃいない」

 

 しかし今はそれが有り難い。これでこの施設の手懸かりくらいは掴めるだろう。

 

 ハッキングしようとするが、PCに電気が来ていないのか、うんともすんとも手応えがない。

 

「中身が焼ききれているのか?」

 

 周りのPCも試してみたが、無駄だった。

 

 部屋自体に明かりが点く時点で電源が来ていないと言うことは考えにくい。

 

 PCを分解し、HDだけでも回収し、次の宛を探して歩いて行く。

 

「ここから先は、ISじゃ無理か」

 

 階段を見つけたものの、元々人が通る為の物だ。ISではこれ以上先には進めない。物資搬入用のエレベーターを探すかとも考えたが、ユキはユニコーンを解除し、ノーマルスーツの足にくくりつけられたホルスターから銃を抜いて階段を降り始めた。

 

「呼んでいる…間違いない」

 

 言葉には出来ない。しかし呼ばれているのがわかる。

 

 階段を降りた先、また通路を進み、ロックされている隔壁をハッキングして先を進んで行く。

 

 しばらく同じ様な事をしながら進んで行けばたどり着いたのは格納庫の様な場所だった。

 

「っ!? そんな、まさか!!」

 

 格納庫はMSが置かれるには十分な大きさだ。

 

 しかしそれだけでここまで動じる訳がない。問題はそんな格納庫のハンガーに固定されているMSだった。

 

 白い体躯。黒い胸部。金のアンテナ。翠のデュアルアイは数々戦いで伝説を打ち立てて来た象徴。

 

「ν……ガンダム」

 

 蒼い光の中に消えていった、地球を救った奇跡のガンダムが、ユキ自身にとっても特別な機体が静かに鎮座していた。

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 



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第37話ー2機のガンダムー

またろくすっぽ話は進みませんが、お待たせ致しました。


 

 ユキの目の前に聳える一機のMS。それは憎しみを越え戦友となった者と共に造り上げた機体だった。

 

「ν……ガンダム」

 

 RXー93νガンダム。シャアが率いるネオ・ジオンとの戦いに備え、ユキとアムロが共同設計したニュータイプ専用のガンダムだ。

 

「おれを呼んだのはお前なのか?」

 

 まさかと、逸る気持ちを抑えずにユキはνガンダムのコックピットに取りついた。

 

 外部からハッチを開ければ見慣れたコックピットが姿を現す。アームレイカー式のコックピットは当時の最先端方式のコックピットだった。

 

 コックピットは無人だったが、何か手掛かりはないかと機体にアクセスする。データベースも生きていた。しかしパイロットのパーソナルデータを遡って行っても、ユキが欲しい情報に辿り着く事が出来なかった。

 

「アムロ……」

 

 機体を調べてわかった事は、このνガンダムは間違いなく自身とアムロが設計し、アナハイムで製造された機体だと言うことだ。

 

 つまり自分と同じ様にこのνガンダムも虹の向こう側へと渡ってしまったということだ。

 

 世界が違うのならいくら探しても見つからないわけだ。

 

「お前はこちら側に居ないのか……? アムロ」

 

 かつては愛する人を殺されて恨んだこともあった。しかしその人が――ララァがアムロを赦しているのだから自分が恨み続けることも出来なかった。その当時はグリプス戦役も真っ只中で、あのアムロ・レイの力も必要だったからだ。

 

 そしてロンド・ベルに誘われてからはアムロとは、シャアを止めるという共通目的があってもそれなりに付き合える仲にはなれたと思っている。少なくとも背中を預けて戦えるくらいには。

 

 そんな戦友の機体がこんなところにあった。可能性は限りなくゼロに近い。あの時、地球に落下するアクシズでシャアとアムロの魂はララァが虹の向こう側へと連れていってしまった。

 

 しかし、だが、もし、アムロが生きてこちら側にいるのならかならず生きているはずだ。アイツが――彼が――あの人が、ライバルを置いて死ぬような様を晒す筈がない。

 

「シャア……」

 

 自分の憧れ、自分の夢、自分の指標。自分の生きる意味だった人。

 

 シャアに盲信している相変わらずの自身に笑いが込み上げるが、悪くないと思っている辺り、やはり自分は束博士の想いを受け取れるような人間ではないということだ。

 

 νガンダムのデータベースにアクセスしながら炉に火を入れる。修理が完璧な辺り、この小惑星に関わる組織は少なくとも量産型νガンダムを修理した博士と同等の技術力を持っているとなる。いや、袖付きが関わっているのなら世界が違えどもMSを修理するくらいは訳がないのかもしれないと思う辺りフル・フロンタルの危険性を改めて認識した様な気さえした。

 

「いずれにしろこの機体は頂いて行く」

 

 元々自分が造った機体の上、νガンダムはロンド・ベルの所属機で自分はロンド・ベル第一艦隊旗艦ラー・カイラムのMS部隊の隊長だ。所有権を主張する理由にはなるはずだ。

 

 キーボードを叩いてνガンダムの設定を自分に合わせていると奇妙な気配を感じた。

 

「なんだ……?」

 

 ハッチを閉め、ハンガー脇のウェポンラックからビームライフルとバズーカ、シールドを装備する。さらにはフィン・ファンネルすらも完備する完璧な修理に舌を巻くが、今は有り難く使わせて貰うだけだ。

 

 ビームサーベルを抜き、隔壁を切り裂く。通路はおあつらえ向きにMSが通れる広さがあった。

 

「面倒が起こる前に離脱する!」

 

 バーニアに火を入れ、フットペダルを踏む。量産型νガンダムよりも乗りの良い加速。少しばかり羨ましく思ってしまった。かと言って量産型νガンダムが悪い機体というわけではない。3年も命を預けた相棒を無下にする気持ちはなくとも、ワンオフ機と量産型の違いを久しぶりに噛み締めただけだ。

 

 νガンダムが宇宙に出た所で、センサーが警報を鳴らす。

 

「高熱源…!?」

 

 しばらくMSには乗っていなかったが、17年間握り締めてきた操縦捍を無意識の内に動かし、ペダルの踏み込みもまた同様だった。

 

 難なく回避したνガンダムを襲ったのはもはや戦場で見慣れたビーム攻撃だった。

 

「機動物体反応、この機動力と大きさはISか!」

 

 νガンダムを向き直らせ、迎撃態勢を取る。

 

 漆黒の宇宙で見る事は難しいが、サイコフレームが敵の居場所を教えてくれる。

 

 さらには意志がある相手をニュータイプである自身が感じ取れない筈がない。

 

「速い……」

 

 数は二機だが、片方のISは後続の3倍のスピードで此方に迫ってくる。しかし相手がフル・フロンタルではない事は既に確信していた。

 

 ビームライフルを向け、エネルギーをチャージする。

 

 アムロに出来て、自分に出来ない筈がない。超長距離狙撃。最近はISでのクロスレンジからミドルレンジの戦闘が多かったが、自分の得意分野は機動戦の他にも射撃戦、クロスレンジからロングレンジが自分の距離だ。そしてサイコフレームで増幅されたニュータイプの感応力と直感はオーバーロングレンジへの狙撃もこなす事が出来る。

 

「そこだ!」

 

 引き金を引き、漆黒の宇宙を切り裂く閃光。それが向かう先に敵の姿がある。

 

「避けた? 中々やりそうだな」

 

 しかし手応えはなかった。お返しとばかりにビームの閃光が此方に向かってくる。

 

「一機は長距離を砲撃出来るタイプか」

 

 しかしたった二機で自分を止められる相手は早々居るわけがない。青春を戦争とMSに捧げて来たのは伊達じゃない。

 

 先行の一機が有視界範囲に入る。その姿を確認して無意識にアームレイカーを握る手に力がこもる。

 

「赤い……ガンダム!?」

 

 白い四肢に胸部と頭部が赤くカラーリングされたガンダムタイプ。しかもISはMS型と同じく全身装甲タイプであるためパイロットは何者なのかは直接問わなければならない。

 

 赤いガンダムはまるで会話する気もないようにνガンダムへとビームマシンガンで攻撃してくる。

 

 ISとMS、しかも大型になるU.C.0093年の最新鋭MSであるνガンダムであるが、その様な差は無意味だと言わんばかりにビームマシンガンから放たれるビームを回避する。

 

 それが気に食わなかったのか、赤いガンダムの攻撃は熾烈になるが、それに当たってやれる様な腕はしていない。

 

「マシンが良くても、パイロットがその性能を引き出せなければ!」

 

 反撃に頭部のバルカン砲を放つ。相手はIS、こちらはMSだ。ビームライフルやビームサーベルではパイロットごと殺してしまう可能性が大だ。

 

 襲って来たことといい、ガンダムタイプのISといい、その所属を問わねばならない。

 

 90mmバルカン砲はMSの装甲でさえ撃ち抜く威力のある弾丸だ。ISに向けて撃つのにも十分なはずだ。

 

「調整が甘いか。今なら直撃していたはずだ」

 

 攻撃のタイミングは完璧だったが、赤いガンダムへ掠めた程度で直撃はしていなかった。それでも赤いガンダムはより激しくビームマシンガンを撃ち放ってくる。

 

「感情を表に出しすぎる。それでは」

 

 サイコフレームが過敏に赤いガンダムのパイロットの意識を拾ってくれる。まるでヒステリックでも起こしたかのような激情を感じる。

 

「相手は女だったな。そういえば」

 

 基本的にISは女にしか動かせない。姿がガンダムとあってそんなことすら忘れていたらしい。

 

 赤いガンダムは腰のグレネードランチャーも撃ち放って、νガンダムの進路を制限しようとする。頭に血が上っていても戦闘のいろはは忘れていないらしい。

 

「それに援護も的確だ」

 

 未だ姿が見えないロングレンジからのビーム攻撃を避け、ビームライフルでグレネードを撃ち落とす。ISに向けては撃てないが、敵の攻撃に対してなら関係はない。

 

 νガンダムに乗っているからか、何時もより冷静に物事を考えて戦場の推移を把握できている。サザビーで赤い彗星を演じるなら、今の自分は白い流星とでもいうところか。

 

「そこっ!」

 

 赤いガンダムの動きを見切り、シールドのミサイルを放つ。バルカンより強力だが、バズーカでないだけ有り難く思って欲しい。

 

 赤いガンダムはビームマシンガンで迎撃するが、一発を撃ち落とした所で弾切れを起こし、別の一発のミサイルをその身に受け、大きく吹き飛ばされて行く。

 

「後方が動いたな」

 

 赤いガンダムの救援に後方から砲撃で援護していた機体が接近してくる。牽制のビームを放ちつつ近づく敵にビームライフルを向ける。

 

「当たれ!」

 

 狙いを定めるもなく、いつものようにトリガーを引く。ライフルから放たれたビームは漆黒の宇宙を切り裂き、まだ有視界範囲外で小さな爆発の光を生む。

 

 それと同時に怒り猛った赤いガンダムが此方に向かって猛進してくるが、アポジモーターを噴かし、その場で横に側転する様に回避し、上下が入れ代わるが宇宙では上下の入れ換えなど些細なことでしかない。そのままシールドライフルを放ち、赤いガンダムのビームマシンガンを撃ち抜く。

 

 怯んだ隙を突き、νガンダムを急接近させマニュピレーターで掴もうとした所に、横合いからビームが襲ってくる。

 

 肩のキャノンを損壊させながらビームライフルを向けるのはまたガンダムであった。

 

 白い四肢に胸部が青いガンダム。やはり見たことのないガンダムタイプだ。赤いガンダムよりもよりガンダムらしい色と二対のアンテナは、その姿がRXー78ー2ガンダムを彷彿させる。

 

「なに? 通信だと?」

 

 どういうわけか、青いガンダムの方から光無線で周波数の指定がされてくる。 

 

 攻撃をしておいて今更通信要請となれば、いくらか可能性は考えられるが、先に攻撃したのはこちらだ。通信に応じるのが礼節だろう。

 

 指定された周波数に合わせると通信が繋がる。ISでの通信機能で合わせているため、互いにウィンドウが現れる。とはいえ、あちらはガンダムフェイスでこちらはヘルメットを被った姿だろう。

 

「素晴らしい腕前ですわ。まさか私たちを鈍足なMSでこうも退けてしまうとは。あなたの噂は予々、フル・フロンタルから聞き及んでいますわ」

 

 ガンダムフェイス越しに聞こえるのはやはり女性の声だ。フル・フロンタルを呼び捨てにするとはそれなりの地位に着いている可能性はあると見た。

 

「どうでしょうか? あなたのその腕前を我々に貸しては頂けませんか?」

 

 まさかの勧誘とは面食らってしまった。攻撃を仕掛けてきたのはまさかこちらの実力を測るためだとでもいうのか。

 

「おれがお前たちに協力した所で、何かメリットはあるのか?」

 

「ええ。あなたと共に居る篠ノ之束博士の身柄の安全では不服でしょうか?」

 

「それは博士が世間から逃げ隠れを必要としない。という認識でいいのか?」

 

「必要と望むのなら、時間は掛かりますが果たしてみせましょう」

 

 顔は伺えないが、その声には底知れぬ自身に溢れている。

 

 世界中がその身を追う彼女を身を隠さずに匿える程の組織力があるということなのか。しかしガンダムタイプのISを作れるほどだ、甘くは見ない方が良いだろう。

 

 しかしフル・フロンタルのやつ、余計な事まで喋る。

 

「お前たちは袖付きか?」

 

「…袖付き。それは我々の組織の一派閥。異端者の集まりでしかありませんわ」

 

「異端者?」

 

 袖付きという言葉に、まるで小バカにするような笑みを携えながら相手は続けた。

 

「ニュータイプ等という空想の瞞しが本当に存在しているかの様に扱い、仮面を被る事でしか組織を率いる事が出来ない宗教団体の様な派閥なのですよ」

 

 ニュータイプが瞞しか。確かに人によったら瞞しなのだろう。この世界の人間からすれば空想の存在でしかない。

 

 だが、ニュータイプは確かに存在している。それが、その証が自分自身だ。

 

「我々は亡国企業。古来より世界の裏で生きてきた我々だからこそ、あなたや篠ノ之博士の手助けが出来ると思っているのだけれど?」

 

 亡国企業――ハマーンから渡された資料にあった反体制組織のなかでも謎に包まれ全容の見えない危険な組織だという。最も古くは第二次世界大戦の頃ら世界の裏で死の商人として暗躍していた組織だという事だ。

 

 さて、そんな相手からの魅力的な提案だが。正直これを受けるつもりはない。

 

 博士も自分の腰は自分で据えるべき場所を見つけるだろう。それに今の自分はドイツ軍に席を置いている。

 

「魅力的な提案だが、悪いが先約が居るからな」

 

「そう。それは残念だった、わ!」

 

 不意打ちでビームライフルが放たれるが、それを予めサイコフレームで感じていた身体は勝手に回避行動に移っていた。

 

「それとひとつ忠告しておく」

 

 ニュータイプを瞞しだというのなら見せてやろう。

 

 背中からフィン・ファンネルを二基外す。機体のサイコフレームが脳波を受信して蒼く光を放ち始める。

 

「ニュータイプは瞞しなどではない。この宇宙に確かに存在している。行け、フィン・ファンネル!」

 

 切り離したフィン・ファンネルは各々意思を受けて別々の軌道を描いて飛び出す。

 

「ビット兵器!? くっ」

 

「そこだ!」

 

「なんですって!?」

 

 フィン・ファンネルで牽制、こちらがファンネルを使えるとは思わなかったのだろう。青いガンダムに生まれた僅かな隙を突き、フィン・ファンネルが青いガンダムの四方八方からビームを放ち動きを止める。

 

「っ、ライフルが!?」

 

「戦闘能力は奪った。これ以上の戦闘行為は無意味だ」

 

 パイロットを傷つけずに武器だけを破壊する。これがMS同士の戦闘なら容易くとも、ISが相手となるとかなりの神経を使わされる。

 

 だが相手がISだということを失念していた。

 

「残念ね。武器はまだあるのよ?」

 

 青いガンダムの各部に光が集まると、新たな装備に換装し、両肩からバルカンとビームを放ちながら急接近してくる。

 

 拡張領域に武器を格納できるISだからこそ、戦場でも装備の換装に手間が掛からないのは魅力的だ。実際やられるとこの上なく厄介だが。

 

「フィン・ファンネル!」

 

 フィン・ファンネルを呼び戻し、フォーメーションを組ませてIフィールド・バリアを形成する。展開したIフィールドはフィン・ファンネルから出力するメガ粒子がフィールドの防御をより強固にし、ビームと実体物もある程度ならば防ぐ事を可能としている。

 

 機体の守りを確認し、コックピットを開ける。

 

「ユニコーーン!!」

 

 ISの相手にMSでは神経を使うならば、同じ土俵に立てば良いだけの話だ。

 

 全身を白亜の装甲が包み込み、コックピットの縁を蹴って一瞬フィン・ファンネルの展開するIフィールド・バリアを解除。なおも向かってくる青いガンダムの攻撃をユニコーンのシールドで防ぎ、Iフィールド・バリアを再展開させる。これでνガンダムの被害を気にしないで戦える。

 

「パイロットが乗っていないのに機体が動くだと!? バカな!」

 

「ニュータイプであれば造作もない事だ」

 

 フォウ・ムラサメやプルツーがサイコミュを通じて無人のサイコガンダムやキュベレイMk-Ⅱを呼び寄せたり、バナージの呼び声にユニコーンが応える様に。サイコフレームを通じてフィン・ファンネルに命令を送っているに過ぎない。

 

 赤いガンダムがビームサーベルを抜き、凄まじい速度で肉薄してくる。その動きに何処か見覚えがあるのを感じつつ、ビームサーベルを抜き、赤いガンダムと交差する。

 

「な、に…!?」

 

「確かに踏み込みは凄まじいが」

 

 それこそ並大抵のパイロットならば反応することも難しい速度だが。機動性に優れていても、攻撃の瞬間に速度を緩めたらそれは脅威的とは言えないものになっていく。

 

「シャアやフル・フロンタルはさらに上を行くぞ」

 

 同じ赤い機体だからというわけではないが、あの憧れた背中と、それを模した器の攻めはこの程度ではなかった。もっと流れるように苛烈でありながら鋭い一閃を駆け抜けながら放ってくるのだ。

 

「ぐっあああああ!!」

 

 赤いガンダムのビームサーベルの根本を切り裂き、そのがら空きの機体に蹴りを入れる。

 

 蹴り飛ばした赤いガンダムと入れ違いで高機動パックに換装した青いガンダムが迫ってくる。

 

 それをビームガトリングで迎撃するが、青いガンダムは減速もせず、機体をバレルロールさせながらビームガトリングの攻撃を避け、ビームサーベルを抜き放ちながら肩のビームキャノンによる牽制を加えてくる。

 

「ちっ、アムロの様な避け方をしてくれて!」

 

 敵の攻撃に怯まずに避けながら駆け抜ける。それは戦場慣れしたエースパイロットでなければ出来ない事だ。

 

「そこだ!」

 

 ビームマシンガンからビームマグナムに切り替え、青いガンダムに狙いを澄まして引き金を引く。縮退したメガ粒子の重低音と、薬莢の様にビームマグナムから吐き出されるEパックの機械音を横耳に、閃光の先を見据える。

 

「避けた!?」

 

 自分の狙い澄ました本命打を避けて見せた青いガンダムの脅威度を引き上げる。自惚れでもなく、当たると確信した攻撃を避けられた時が初めて相手が並大抵のパイロットではないとする判断基準になっている。

 

「てんめぇぇぇええ!!」

 

「ちぃ、邪気が来たか!」

 

 ビームサーベルを手に突っ込んでくる赤いガンダム。それを的確に援護する青いガンダム。一対一ならそれほどまで苦戦する事はないと思っていたユキだったが、赤いガンダムはともかく青いガンダムが手強い。そして青いガンダムの相手をしていれば空かさず赤いガンダムが襲い掛かってくる。

 

 赤いガンダムの斬撃を受け止めれば青いガンダムの射撃。それを避けた先には再び赤いガンダムの接近戦。

 

 それを退け、青いガンダムとの射撃戦に興じれば赤いガンダムの鋭い一閃が襲い来る。

 

「っ、何故だ。そんな筈があるわけがない!」

 

「墜ちろぉぉぉっ」

 

「ぐっ」

 

 赤いガンダムの放った蹴りをシールドで受け止める。体勢を崩したところに青いガンダムが肩に担いだビームバズーカを放った。

 

 予備のシールドを展開し、シールドのIフィールドがビーム攻撃を防ぐ。

 

 戦い始め数分。2機のガンダムの動きに目が慣れ始めた頃。奇妙な事に気づいた。

 

 ビームガトリングの弾幕を回避し、そのまま接近して来る青いガンダムの動きがアムロに。

 

 ビームサーベルを手に肉迫する赤いガンダムの動きがシャアと被る。

 

 攻撃の方法やタイミングというわけではない。それこそそれはフル・フロンタルの方がシャアとそっくりなまでの動きをしてくる。

 

 2機のガンダムの動き、軌道が被る。

 

 こちらの攻撃を先読みするかの様な挙動で避ける青いガンダムの動きはアムロの動きに重なる。

 

 退けられてから復帰し、此方へ肉迫する赤いガンダムの機動がシャアの動きに重なる。

 

 本命打を外す時、青いガンダムはアムロと同じ動きで回避する。凄まじい程の一閃はシャアと同じ動きで迫ってくる。

 

「どういう機体だ! 何故この動きが出来る!!」

 

 ビームサーベルで赤いガンダムと鍔競り合い、横から撃たれたビームバズーカにIフィールドの展開が間に合わなかったシールドを弾き飛ばされる。

 

 赤いガンダムのビームサーベルによる猛攻を避け、バルカンを撃つが、赤いガンダムは最小限の動きで回避した。

 

「ハッ、ニュータイプだかなんだか知らないが、所詮はこの程度なんだろ?」

 

「なに!?」

 

 青いガンダムから送られた通信周波数で別の女の荒々しい声が舞い込んで来る。

 

「答えろ! 何故シャアとアムロの動きが出来る!」

 

「ああ゛っ!? 知るかよそんなこと! このISにでも訊いてみな!!」

 

「ちぃっ」

 

 こちらがあちらの動きを見慣れて来たのなら、向こうも同じことが言える。長期戦に成る程不利を知れば速攻をかける必要がある。

 

「ニュータイプという瞞しを、ニュータイプの戦闘データを基に作られたコンピューターを搭載したガンダムが滅ぼす。例えニュータイプが相手でなくても威力を発揮するこの擬似人格コンピューター。素晴らしいとは思わない?」

 

「まさか、シャアとアムロの戦闘データを持っているのか!?」

 

 青いガンダムのパイロットから告げられた言葉は衝撃を受けるのには充分過ぎた。自分は間接的にシャアとアムロの二人を相手していたと言われた様なもので。

 

 次に湧いたのは怒りだった。

 

「っ、貴様らごときがああああああ!!!!」

 

 増大したユキのサイコミュ波を受けて、ユニコーンが姿を変える。

 

 一角獣(ユニコーン)から英雄(ガンダム)へと。

 

 しかし露出したフレームの輝きは生命の蒼ではなく、殺戮の赤だった。

 

 なんとしてでもこの2機のガンダムは破壊しなければならない。それは使命感としてユキを締め上げる。

 

 シャアとアムロの戦闘データが戦い使われる。そんな事を容認出来る筈がなかった。

 

 弾き飛ばされたシールドのサイコフレームもユキのサイコミュ波を受けて変形し、自律行動を取る。予備のシールドも合わせて二枚のシールドがユニコーンガンダムの周囲に浮かぶ。

 

「面白れぇ。始めようじゃねぇか、ガンダム同士の戦いってやつをなァ!!」

 

 NTーDを発動させたユニコーンへ、ビームサーベルで斬りかかる赤いガンダム。

 

「っ、この程度は!」 

 

 その斬撃をビームサーベルで受け止めながら、背中から左手でビームサーベルを抜き放ち反撃を加える。しかしそれに邪魔が入るのはわかっている。故にファンネルと化したシールドで青いガンダムの攻撃を受け止め、横槍を入れさせない様にする。

 

 しかし援護を貰えない赤いガンダムのパイロットも弱いわけでもなく、反撃に気づきいち速く離脱しながら腰のグレネードランチャーを放ってくる。

 

 それをビームサーベルで切り裂き、爆炎を背に赤いガンダムへと猛追する。

 

「ぐ、コイツ!」

 

「はぁぁあああ!!」

 

 此方を追い払おうと降り下ろされる赤いガンダムのビームサーベルを両手に握るビームサーベルで受け止める。そして受け止めたビームサーベルを頭上へと弾き飛ばし、両手に握るビームサーベルを捨て、赤いガンダムのビームサーベルを手に握り急降下。

 

 そして降り下ろしたビームサーベルが遂に赤いガンダムの右腕を切り飛ばした。

 

「あっ、あがああああああああ!!!!」

 

 ガンダムと言えどMSではなく相手はISなのだ。機体を傷つければパイロットにも被害は出る。

 

 切り裂かれた腕を押さえながら悲痛に叫ぶ赤いガンダムのパイロットの声。

 

「これで!」

 

 そしてビームマグナムを向け、止めを刺そうと引き金を引く瞬間、シールドのサイコミュの手応えが消え、生じた爆発に気をとられる。

 

「なんだ!?」

 

 Iフィールドを搭載し堅牢な防御力を持つユニコーンのシールドを破壊する。その正体は肩や脚に放熱板を携え、両脇にキャノンを抱える青いガンダムだった。

 

「っ、数が増える!?」

 

 高速で移動する青いガンダム。そしてセンサーに増える反応。

 

「これは、質量を持った残像だと!?」

 

 青いガンダムの反応が増えて照準が定まらない。

 

 高速で移動する青いガンダムは両脇のキャノンからビームを放ちながら迫ってくる。

 

 Iフィールドを搭載したシールドを破壊しただろう兵装に警戒を強め、全弾回避を選択。

 

 一発でもくらえば大破どころか致命傷を負いかねない攻撃を回避し、ビームマグナムの銃口を向けるが、機械が宛にならない。

 

 射撃に集中しようにもこの猛攻の前にはそれも難しく、牽制にビームマグナムを撃つものの、ビームが到達するところは既に残像だった。

 

 だが機動にアムロの動きが含まれているのならば、それは却って手強くとも推しやすい動きをしてくれるという事だった。

 

 アムロならこう避ける。

 

 却ってそういう予測も立てられるということだ。

 

「残像が質量を持っていても、その残像の先を撃てば」

 

 ビームマグナムの引き金を引き、撃ち出された閃光の先で青いガンダムは回避する。しかし一発だけでは終わらない。

 

 立て続けにビームマグナムを牽制で放ちながら青いガンダムに接近する。

 

 掠めただけでも機体を大破させる大出力のビーム。それを連続で回避し続ければ動きが大雑把になっていく。如何に機体やコンピューターの力が優れていようとも、生身の人間は機械に振り回されてしまうものだ。

 

 装填された6発分のEパックを使いきったビームマグナムに新たにEパックマガジンを装填し、再び引き金を引く。

 

「くっ、この程度!」

 

 青いガンダムのパイロットも少なくない場数を踏んでいる事が感じられる。少なくとも射撃の腕は自前のはず。正確な射撃は主兵装がビーム兵器でなければここまでダメージを受けずには済ませられなかっただろう。

 

「いいや。当たって貰うさ」

 

 左肩にハイパー・バズーカを担ぎ、バレルロールで青いガンダムのビーム攻撃を避けつつバズーカを撃つ。

 

 直進した弾頭が弾け、散弾をぶち撒ける。

 

「散弾!?」

 

 遂に回避が間に合わなかった青いガンダムは、左腕のユニットからビーム状の光の盾を展開して散弾の直撃を避ける。

 

「これでえええ!!」

 

 散弾を防御する為にビームシールドを展開した青いガンダム。しかしそれはユキにとって斬り込む隙を作る為の布石だった。

 

 バズーカを放り捨てながら動きを止めた青いガンダムへ向けて左手で背中のビームサーベルを抜き放ち突き刺す。

 

「っ、ああああ!!」

 

 ビームの刃はビームシールド発生装置ごと青いガンダムの左腕を貫いた。更に追撃にビームマグナムを手放しながら展開したビームトンファーで切り上げ、青いガンダムの左腕が宙を舞う。

 

 赤いガンダムのパイロットに比べて悲鳴もそこまでではなく、青いガンダムの切り裂かれた左腕からは機械の部品のみが見え、火花を散らしていた。

 

 体勢を立て直した青いガンダムは一直線に向かうと、機体を掴んで離脱して行く。追撃したいのは山々だったが、オリジナルのνガンダムを置いていくわけにもいかない。

 

「っ!? なんだ!!」

 

 そして追撃をしなかった理由のもうひとつ。

 

 νガンダムを見つけた小惑星基地の自爆による崩壊。岩塊によって出鼻を挫かれてしまったからだ。

 

 νガンダムのコックピットに乗り込み、静止衛星軌道上にてスペースデブリとなった岩塊の中。地球からの迎えを待ちつつ取り逃がした2機のガンダムタイプのISの事を思い浮かべていた。

 

 あの二人の動きを再現するシステムがある。それを思うだけで薄ら寒いものを感じた。

 

 ISのパイロットの基準が未だにわかっていないユキであっても、あの二人の動きに着いていけるパイロットなど世界でどれ程居るのだろうか。

 

 もしあんなものが量産でもされた日には世界のパワーバランスが崩れてしまうだろう。

 

「必ず次は仕留めてみせる」

 

 地球から上がってくるシャトルを捉えつつ、ユキはνガンダムのコックピットで誓うのだった。

 

 

 

 

to be continued…



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第38話ーニュータイプたちとー

ちょっと筆が乗ったので書き上げられました。


 

 貨物シャトルにνガンダムを固定させたユキはエアロックを抜けて船内のコックピットに顔を出した。そこにはトレードマークである機械のウサギの耳を外し、ノーマルスーツを着込んでいる篠ノ之束の姿があった。

 

「おかーえり!」

 

 穏やかで明るい笑顔で出迎えられて悪い気がする人間は居ない。

 

「ただいま」

 

 そんな彼女に、ユキも表情を和らげながら返した。

 

「それにしても、中々アイツらもやってくれるね」

 

 既に今回の経緯をνガンダムを固定する合間に話していたユキは、束からタブレットを受け取りデータに目を通す。

 

「今はまだ実践評価試験の段階だと思いたいけどね」

 

 真剣な表情でタブレットのデータを頭に叩き込んでいく。

 

 自分が戦ったガンダムタイプのIS。青いガンダムと赤いガンダムは、ガンダムF90という機体だった。

 

 宇宙世紀0096年が宇宙世紀人生最後の年ならば、ガンダムF90はその後の時代に生まれたガンダムだった。見覚えがなくても無理はなかった。

 

 そして青いガンダムのパイロットの言う通り、青いF90にはアムロの、赤いF90にはシャアの戦闘データから作られたパイロットを補助する擬似人格コンピューターが備わっている。

 

 ユニコーンのシールドを破壊しただろうヴェスバーと呼ばれる武装の脅威も再確認出来た。貫通力の高いビームと破壊力のあるビームを撃ち分けられるというのは画期的だ。

 

「ユニコーンの戦闘記録とユキの話を聞く限りなら、青いF90にはバイオコンピューターとバイオセンサーは使われてるだろうね」

 

 質量のある残像現象を引き起こした青いF90のことをそう評価する束。

 

 本来のF90では起こり得ないMEPE現象。恐らくV装備時に最大稼働状態を発動させる事が出来るのだろうと予測する。MEPEは実際戦術の幅を広げるものの、機体の身を削って行われる副産物だ。切り札とみて良いとも思っていた。

 

 それだけに、束はユキに悟られぬ様握り拳を作る。

 

 自分の持てる技術は宇宙世紀0093年代迄のMS技術。それもまだ未成熟でISとして造ったサザビーも戦闘に特化させたMS型ISにはスペックで劣る部分もある。それはユキが造ったIS型のガンダムMk-Ⅱとの性能比較で物語っている。

 

 ビーム兵器の収束技術はガンダムMk-Ⅱが上、ムーバーブルフレームもガンダムMk-Ⅱの方が洗礼されていて、フィールドモーター技術でも負けている。

 

 それでも戦えているのは単にユキの技量がずば抜けているからだ。 

 

 しかしF90を擁する敵はさらに数十年先のMS技術を持っていることになる。

 

 出所不明のユニコーンは解析からMS型ISである事がわかっている。ニュータイプのユキにユニコーンの組み合わせは鬼に金棒なのもわかっている。

 

 だからといってそんな機体にユキの命を任せるのは束の癪に触った。

 

 自分が造った機体に乗って、勝ち続けて欲しい。ニュータイプでない自分が彼と共に居続ける為にもMS技術を深めるのは急務だった。

 

 悔しいのだ。天才を自負する自分が自分の領分で負け、自分のニュータイプである彼に満足の行く戦いをさせてあげられないのが。

 

「軌道計算、降下地点は大西洋、周回軌道に乗せて約6時間。空気は保つか」

 

 端末を叩くユキを横目で見る束。端末のタイピング速読こそ束が上であっても、降下軌道計算はユキ程の早さはない。

 

 束が決して遅いというわけではない。ただ、ユキが手慣れているだけだ。

 

 バリュートを使ったMSでのジャブロー降下。百式とZガンダムを追ってのキリマンジャロへの降下。ユニコーンを追っての地球降下。

 

 経験があればこそ手慣れてもくるだけだ。

 

「ねぇ、ユキ。外に出ようよ」

 

「外に? 今回は危ないぞ」

 

 小惑星基地の爆発により、周囲はアステロイドとデブリで入り組んでいる。地球から上がってきたシャトルもユキの細心の操縦によってアステロイドの奥まで入ってこれたのだ。

 

 ISで動くにしても動き難い事に変わりはない。

 

「なんでさ? MSならこれくらいへっちゃらでしょ? せっかくユキのガンダムも持ってきたのに」

 

 そう、シャトルにはユキの量産型νガンダムも乗せられていた。

 

 νガンダムを手に入れられた事は予想外だったが、せっかくのチャンス。2機のガンダムで宇宙に出る。今の束のやりたい事は正にそれだ。

 

 束の操縦技術も悪くない事をユキは知っているが、それはシミュレーターでの話であり、実機で宇宙に出た事は一度もないのだ。

 

 とはいえ、彼女の目が本気なのを見ると反論する事が出来なかった。溜め息をひとつ吐き、了承する事がユキに出来る唯一の抵抗だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 推進材の補給が終わったνガンダムにはユキが乗り、量産型νガンダムには束が乗っていた。

 

 それは束が組んだMSのシミュレーターでは量産型νガンダムを使っていたことと、ワンオフであるνガンダムのピーキーさを束では扱えないとユキの見解からだった。

 

 アムロに合わせて調整されているνガンダムの反応速度は、同等のキャリアを積んできたユキからして敏感すぎて恐いくらいの反応をする為、ある程度性能がデチューンされている量産型νガンダムの方が扱いやすい。それでもユキに合わせて調整されている量産型νガンダムの反応速度も同じ設定のシミュレーターで扱った束をして、遊びが無さすぎて動かすのに神経を使うと言わしめた程である。

 

 先にシャトルのハンガーロックを解除したνガンダムが、脚部のアポジモーターを僅に噴かし、直立のままシャトルから離れAMBACとアホジモーターで振り向く。

 

 そして量産型νガンダムの肩に手を着き、接触回線が開く。

 

『今やった様にロックを解除したらほんの少しアホジを噴かしてゆっくり離脱するんだ。ペダルを踏み込みすぎるとアステロイドにぶつかるから注意して』

 

「わかったよ」

 

 コンソールに触れ、機体を固定するハンガーロックを解除する。アームレイカーに触れると、ただの機械のレバーのはずなのに確かな重みを感じた。

 

 一人で実機に乗ることは初めてだし、なによりガンダムだ。その重みを束はユキの口から語られている。その怨嗟を。

 

 愛する人を殺され、同胞や恩師を奪い、軍人としての矜持を奪ったのは他でもない。ガンダムだ。

 

 そのガンダムに乗って戦う彼の心境を束はまだ知らない。

 

 それでも17年という青春を捧げた一人のパイロットの人生がこの操縦桿には込められているのだと知った。

 

『どうした束。なにかトラブルか?』

 

「ううん。なんでもない」

 

 機体が動く様子がないとユキに気遣われ、束は首を振って重い操縦桿を動かす。アホジモーターから僅かな推進材が噴き、機体を押し上げる。

 

『よし、アステロイド帯を抜ける。着いてこい』

 

「了解」

 

 MSのパイロットとしてルーキーである束は素直にユキの指示に従いながら機体を動かす。それは天才をして逆立ちしても敵わないベテランパイロットであるユキの言葉の正しさを理解しているからだ。

 

 パシュ、パシュと、アホジモーターの僅かな推力だけでアステロイドの合間を縫うように進んでいく。それでも束からすればすべての神経を総動員して機体が岩にぶつからない様にと気を揉みながら進むのに対して、ユキのνガンダムは進行方向に背中を向けながらほぼ束の駆る量産型νガンダムをいつでも助けられる距離を保ち進んでいく。

 

 後ろにも目がある様にスルリとνガンダムは後ろ向きでアステロイド帯を進む。然り気無く見せられる技量の違いに悔しさすら込み上げず圧巻された。

 

『良い調子だ。初めてにしては中々動いてるよ』

 

「それ、は、どうっ、も!」

 

 ユキの感心の言葉に返す余裕すら束にはなかった。普段こうも余裕がない事がない束だったが。失敗が重大に繋がりかねない実機の操作は想像以上に束の神経を容赦なく削っていた。

 

「あ、ちょっと、待って!」

 

『大丈夫だ。直ぐに戻る』

 

 少し機体の操作にも慣れた束の目の前でνガンダムは初めて背を向け、スラスターを噴かして増速する。

 

 止める間もなく、νガンダムは先に進んでしまう。それもほぼ全速に近いだろう早さで。今の自分がすれば必ず衝突する様な速さに着いていける筈もなく、束は置いていかれてしまった。

 

 というかアホジモーターの推力でほぼ直角に連続で軌道を変えてアステロイドの合間を抜けるゲッター機動紛いの動きが出来るかと束は思った。

 

「……嫌われちゃったかなぁ」

 

 置いていかれるだけでそこまで思ってしまうくらいには寂しさを感じていた。

 

 宇宙進出を目指していても束は地球生まれの地球育ち。アースノイドである彼女には宇宙は未知の世界で、それこそ広大な砂漠に置いてけぼりにされた気分だった。

 

 νガンダムが進んだ方向を向きながら束はヘルメットを脱ぎ、ノーマルスーツの胸元からサイコフレームを取り出して握り締めた。

 

「お願い。私を導いて…」

 

 シャアにとってのララァの様に。ユキにとってのシャアの様に。束にとってのユキは道標だった。少しでも追いつこうと、サイコフレームに想いを込める。

 

 サイコフレームから淡く蒼い光が漏れ始める。

 

 それは束の身体を包み、コックピットの中に溢れていく。

 

「っ、なに?」

 

 ふとなにかを束は感じた。

 

「これは……」

 

 気づけば束は宇宙に浮いていた。

 

「っっ!?」

 

 驚いて慌ててヘルメットを被ろうとするが、ヘルメットは見当たらず、そもそも今の彼女はノーマルスーツではなく普段の青いドレス姿だった。

 

「ここは……」

 

 果てしなく広大な宇宙で、光が過ぎ去って行く。

 

 そして聞こえてくる歌声。星の海を越えて、光の幕を越え、すべてが混ざりあって虹となった光の先で、束は花畑の上に立っていた。

 

「あの子はまだ、戦っているのね」

 

「……ララァ、スン…」

 

 女性の声に振り向いた先に佇む褐色肌に黄色いワンピースに身を包む少女が居た。

 

「あの子は私たちの手を離れて歩み始めた。でもあの子には支えてくれる存在が必要なの」

 

「支える? あの子ってユキのことでしょ?」

 

 ニュータイプであり、優れたパイロットであるはずの彼に支えが必要なのか。

 

 確かに時々精神的に不安定になっている時はあるものの、普段の彼を見ればその必要もない様に思えてしまう。

 

「アイツは他人に隠しているだけで強い人間じゃない。シャアだけに自分の弱さを見せる」

 

「…アムロ…、レイ」

 

 癖のある茶髪に青い上着と白のスラックスを履く男性が現れた。

 

 どこか遠くを見詰める目は悲しげになにかを見据えていた。

 

「夢を託したつもりで、彼には呪いを遺してしまった。もう子供ではなくとも、帰る場所が彼には必要だ。でなければ後戻り出来ないところまで彼は来てしまう」

 

「シャア、アズナブル……」

 

 金髪のオールバックに赤い制服に身を包む男は険しい顔を浮かべていた。

 

「私たちにはもはや見守るだけしか出来ない」

 

「大佐の願いに縛られているあの子は、今さら他の願いを持つことはとても難しいでしょうけど」

 

「一人では潰えてしまうだろう事も二人でなら。二人でダメならより多くの人となら出来るはずだ。人の想いは奇跡を起こす事だって出来る」

 

 彼らの言葉が束の胸に響いてくる。しかし、束が感じるものは沸々と沸き上がる怒りだった。

 

「だったら……、なんで」

 

 自分でもここまでの怒りを感じるのは久方の事だ。それこそISを学会でバカにされた時以来かもしれない。

 

「どうして、彼の傍に居てあげないの!! 共感して、希望をあげて! それを奪って!! また与えて! なのに置いてけぼりにしてあげく夢を呪いだなんて、彼の事をバカにするのもいい加減にしろっ!!」

 

 一気にまくし立て、肩で息をする束の言葉を黙って彼らは受け止めた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、っ、んとに、なにがニュータイプだ。なにが人類の革新だ! 揃いも揃って彼を傷つけてばっかりでっ」

 

 互いにわかり合えるニュータイプなら、自分以上に彼を理解している者たちが揃いも揃って彼に救いを見せるだけ見せて傷つけて置いてけぼりにした事を束は怒っていた。いや、泣いていた。それは慣れない感情の爆発もそうだが、宇宙世紀の話をする時に見せる彼の涙を見てきたからだ。

 

 彼の夢を呪いにするだなんて言われて、それでは彼が惨めすぎる。

 

「ユキは本気で信じてる。貴方が託したニュータイプを未来を、アンタが見せたニュータイプの世界を!!」

 

 シャアに、そしてララァには敵意に近い感情を束は向けていた。

 

「だから私はなにがあっても彼と一緒に行く。ニュータイプになれなくったって、オールドタイプのままでだって! どんな辛い道であっても、絶対に彼をひとりにしない!」

 

 そしてアムロへ向けて誓う様に叫んだ。

 

「……アイツは良い仲間を見つけられたようだな」

 

 束の声を聞いて、アムロはどこか安堵した表情を浮かべていた。

 

「俺もシャアも、ララァに囚われて正しい道を選べなかった」

 

 ユキは言っていた。シャアとアムロが手を取り合って行けばニュータイプの未来を必ず作ることが出来たはずだと。

 

「人類すべてをニュータイプにするには生半可な事では成し遂げられない。その為には劇的な試練が必要になる。地球に住むのを止め、宇宙という過酷な環境が人々の革新を促すのだ」

 

「急ぎすぎても良い結果にはならない。でなければ俺やシャアの二の舞になる」

 

 シャアの言葉には共感できる。しかしアムロが忠告する様に束に言葉を向けた。

 

「私たちはあの子を見守るだけ。あの子には帰る場所がある事を伝えて」

 

「ユキに、伝える」

 

 ララァの言う言葉の意味。それを束は理解出来る。

 

 ユキはニュータイプである前に戦士だ。戦士の帰る場所――。

 

「貴女には出来るわ。これ程あの子を想っているのだから」

 

「……土足で、人の(なか)に入らないで」

 

 ニュータイプであるから知られてしまうのも無理はないと思いながら、それでもこの胸の内をずかずかと踏み荒らされたくはなかった。

 

「故に、君にも託そう。成すべきと思う事を」

 

 シャアの声とは別で、しかし同じ声がシャアの背中から束に向けられた。

 

「フル・フロンタル」

 

 シャアのクローン。赤い彗星の再来が素顔で束に向けて言葉を贈った。

 

 フル・フロンタルの身体が赤い光を放ち、束の視界を塗り潰した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「今のは……」

 

 気づけば束はまた量産型νガンダムのコックピットに座っていた。

 

「これは…」

 

 手に握るサイコフレームの他にも、束は握っていた。ネオ・ジオンの紋章の形をした金のプレートを。

 

「やって、みせるさ!」

 

 アームレイカーに置く手を強く握り、フットペダルを踏み込む。

 

 量産型νガンダムは加速し、瞬きする間もなく目の前に岩が広がる。

 

 それを量産型νガンダムはバレルロールをしながら回避し、避けた岩を蹴って加速する。

 

 開いた差を縮ませる為に、岩を蹴って加速を繰り返す。

 

『っ、束!』

 

 アステロイドを抜けた先に佇むνガンダムへ手を着き、接触回線を開く。

 

「追い、ついた…よ」

 

 正直自分でもどう動いたのか覚えていない。確かなことは無事アステロイド帯を抜けてユキのνガンダムに追いついたのがすべてだ。

 

『どうやってこんな速さで』

 

「私だって、シミュレーターで2000回以上MSを動かしてないよ。このスペシャルな束さんに不可能はないのだ。ブイブイ♪」

 

 ウィンドウに向けてピースを送る束に、ユキは深く聞くことなく受け止めた。空元気に見えてもそれを態々言う必要はない。

 

『頼もしいな。それじゃあ、これには着いて来れるかな?』

 

「行くよ。折角ガンダムに乗ったんだもの」

 

 スラスターを噴かし、戦闘機動に入るνガンダムの後を、束は量産型νガンダムを操り着いていく。

 

 推力ではνガンダムの方がどうしても上の為、置いて行かれないように必死で機体を操る。

 

 νガンダムの推進光が束の目には宇宙を突き進む彗星の様に見えた。それだけでなく、νガンダムの姿も赤いMSに見えた気がした。

 

「これが、ユキが見ていたものなんだ」

 

 わかる気がする。この彗星の光を必死で追い掛ける気持ちが。

 

 ニュータイプの未来を作ること。そんな夢が本当に叶えられるのか束にはわからない。未だ人類は地球にしか住めない生き物だ。

 

 自分の夢である宇宙進出さえ叶えられるのかわからないのだ。

 

 それでも諦めない。必ず叶えてみせる。そして彼らが出来なかったことだってやってみせる。

 

「…ねぇ、ユキ」

 

『ん? どうしたんだ、博士』

 

「私、なにがあってもユキと一緒に行くよ」

 

 そう、なにがあっても。世界に理解されないとしても自分だけは彼の味方で居たい。彼が自分の夢を笑わずに真剣に味方してくれた様に。

 

 

 

 

to be continued…



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第39話ー星を追う者

これで大丈夫かとびくつきつつ投稿。ちょっとくらい強くなっても良いよね?


 

 宇宙というものは何処までも自由で、重力の枷から解き放たれる感覚は魂の解放感を感じる程だった。

 

 可能なら宇宙に住みたいとさえ思いながら、束は再び地球の重力を身に感じながら息を吐く。

 

 大西洋の秘密基地へ降下したシャトルから2機のガンダムを搬出し終え、一日の休憩を挟み、ユキはガンダムMk-Ⅱを纏ってカタパルトに機体を固定させた。

 

 その隣のカタパルトにはISを纏った束の姿もあった。

 

 蒼いカラーリングを中心としたガンダムタイプ。その背中には大型のスラスターと一体型のユニットが接続されている。

 

 このガンダムを纏う事に、束は少なからず躊躇した。このガンダムの特別さを知っている。それをISとして造ることは大いに賛成だった。相手がF90という新型を用意するなら、こちらも新型の配備は必要だったからだ。

 

 その為に、彼のスタイルに合うガンダムタイプのISを作っていた。彼の為に用意した機体。なのにその機体を自分が身に纏っているのは、彼への誓いの為、彼の戦いを勝利に導く為、よりMSを研究する為、自分の為に敢えて束はこの機体に乗った。

 

「大丈夫? 周りに人は居ないからサイコフレームも大人しいとは思うけど」

 

 周りに人が居ないから、完全にオフになっている素の彼の声が束を気遣う。

 

「うん。君が整備した機体だから安心だよ」

 

 この機体も、ISサザビーと同じくISの技術で再現した機体だ。そこにMS技師として彼が改良と整備をした。夜中まで続いた作業は苦とは思わなかった。

 

 MSの技術面で不馴れな束が居るなら、ISの技術面で不馴れなユキも居る。

 

 同じ目線で異なる技術を教えあい、同じ技術に意見を出し合い形になったこの機体はMS型ISへと生まれ変わった。

 

 ISの産みの親が手掛けたコアとエネルギーラインの電装系と伝達系、ハイパーセンサーの調整。

 

 MS技師の手掛けたフィールドモーター、アポジモーター、ビーム収束技術と完全なムーバーブルフレーム。

 

 そしてサイコフレームを内蔵した機体。

 

 RXー94 量産型νガンダムを束は身に纏っていた。

 

「ユキ・アカリ、ガンダムMk-Ⅱ、発進する!」

 

 カタパルトで射出されるガンダムMk-Ⅱに続いて、白い戦闘機――Gディフェンサーが発進。機首が分離し、機体がガンダムMk-Ⅱの背中にドッキングする。

 

 スーパーガンダムとなったガンダムMk-Ⅱに続いて、束も機体を射出体勢に移行する。射出のGに耐える為に前屈みになり、マーカーが赤から青に変わる。

 

「篠ノ之 束、ガンダム、行きます!」

 

 カタパルトで射出される機体。射出の勢いを乗せて背中のスラスターの出力を上げ、機体を空へと昇らせる。PICによって地球の重力を相殺出来るIS。その技術を使うMS型ISは機体を無重力下と同じように扱える。

 

 それをわかっている人間が果たしてどれだけ居るだろうか。

 

 ISでの空中戦は、国家代表ともなれば目を見張る物もある。それこそあくまでも技術者の束であるから、パイロットとして研鑽を続けてきた一流には勝てない所が多々ある。

 

 しかしどうにもユキの挙動を見ると、それも魂が重力に引かれている人間の動きなのだと思ってしまう。

 

 相手を追い掛ける時、地面に対して逆さまになることはある。しかし逆さまのまま宙に浮かぶことに忌避感を感じてしまう辺り自分も魂が重力に引かれていると感じてしまう。ユキはそれこそ逆さまだろうが横だろうが斜めだろうが好きに浮いてみせる。

 

 意識すれば出来ないことでもない。それでも無意識に人は地に足を向けて浮かんでしまう。足が地に着いているのが当たり前だからだ。

 

 スペースノイドとアースノイドの違い。宇宙という無重力の世界に適応した新人類がニュータイプ。それでもララァ・スンは地球生まれの地球育ちだ。

 

 ニュータイプになる定義は本当に曖昧すぎて条件が纏めきれない。

 

 今のところ試せる事はすべて試している。それでも効果が現れている実感はない。

 

 過度の精神的なストレスもニュータイプへの覚醒に一役買っているという話もある。しかし束をして過度の精神的なストレスを感じる事はほぼない。自由に出歩けないのは一種のストレスにはなっても、過度……というわけでもない。それこそ戦場で生死を懸けた戦いをしたこともない。その前に一目散に雲隠れしてしまうからだ。

 

「感じる……。温かい鼓動」

 

 サイコフレームから伝わってくる意思。ニュータイプでないからといってサイコフレームが無意味なわけではないのはローゼンズールが証明している。

 

 オールドタイプでも、サイコフレームはその微弱な感応波を拾って、機体制御の補助をしてくれる。

 

 ハイパーセンサーもまた、パイロットの脳波で機体制御する機能を持つデバイスである。

 

 サイコフレームとハイパーセンサーを持つこの量産型νガンダムはオールドタイプでも高い追従性をパイロットに約束してくれる。

 

 サイコフレームが導くままに機体を加速させ、スーパーガンダムの背中に取り付く。

 

「うわっ!? なっ、なんだいったい!」

 

「えへへ、めんごめんご♪」

 

「まったく、急に驚かさないでくれ」

 

 スイッチが入った彼は努めて大人の口調で喋っている。

 

 ぐわっと視界が回転し、気づけば取りついていたスーパーガンダムの背中から振り解かれていた。

 

「あっ…」

 

「フッ。油断して不覚を取ったが、蒼き鷹の影をそう易々と踏ませはしないさ!」

 

 AMBAC機動で機体を翻し、猛スピードで飛び立つスーパーガンダムに呆気に取られていた束だったが、ハッと我を取り戻すと小さくなりつつある背中を必死で追いかけ始めた。

 

「まっ、待ってよぉー!」

 

「共に歩むと豪語するなら、追いついてみせることだ」

 

 少しだけ声色を低いものに変える。それはサザビーを纏っている時の、赤い彗星を演じる時の彼の声だった。

 

 推進材の尾を引きながら飛ぶスーパーガンダム。さしずめ白い彗星となった機体の背中を束はひたすら追い掛けた。

 

 一直線ではなく、制動からの急加速で方向転換する軌道を必死で、ただひたすら置いていかれたくないという想いに量産型νガンダムは応え、正確にスーパーガンダムの軌道を追い続けた。

 

 宇宙でも見た光景。光輝く背中を夢中になって追い続ける高揚感が束の胸中に沸き上がって膨れ上がっていく。

 

 その背中に追い付きたい。それだけが願いであるように広がっていく。

 

「この動きに着いてくるのか。さすがはISの産みの親と言うべきか。天才の名は伊達ではないと見た」

 

「形がMSでも、ISだったら私にだってっ」

 

 推進材の消費を抑える巡航機動など知ったことかと言わんばかりに、戦闘機動で空を駆ける2機のガンダム。

 

 アクロバットな軌道を取ろうとも、束は必死でその背を追い掛ける。それが楽しくなってより複雑で難易度が高い機動をユキは駆使し、束を引き剥がそうとするが、彼女が纏う量産型νガンダムはピッタリとスーパーガンダムの背後を追随してくる事に、ユキはガンダムフェイスの奥で口の端を釣り上げながらフランス領へと向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 織斑一夏は生まれて十数年、今この時程の身の危険を意識する事はなかった。

 

 先のモンド・グロッソで誘拐された時もあまり感じる事はなかった自身の命の危険。それは世界で一番平和な国である日本で生まれ育ったが故の弊害であったかもしれない。誘拐されて人質にされても、まさか殺されるわけがないだろうと。

 

 しかし今の一夏は明確に自身の命の死を意識せざる得なかった。

 

 ガンダムという、たとえISという存在に形を変えてあっても絶対的な力の象徴。戦うための力を身に纏っていてさえ、一夏は目の前の存在に固唾さえ飲み込めなかった。

 

「どうした?」

 

 動けずにいる自身に放たれた声。それだけなのに全身から汗が一気に吹き出るのを一夏は感じていた。溜まりに貯まった唾液がカラカラの喉を流れていく。

 

「撃たれる前に撃て。戦場で生き残る鉄則だぞ」

 

 目の前に相対するのは、白色のドム。背中に巨大なユニットを背負った異形のドム。

 

 ユキの不在で代わりに一夏を鍛えていたマシュマーとはまた異なるもの。

 

 戦士としての誇りはマシュマーも持っているが、それ以上のなにかを一夏は感じていた。

 

 ふわふわとその砲口を一夏に向けながら浮いている拳大の武器。

 

 ヒートサーベルを手に持ちながら佇むドムの前面に展開しているその武器の名を一夏は知っている。

 

 ファンネル・ビット――通称ファンネルと呼ばれている小型の機動砲台端末。

 

 ニュータイプだけが扱える特殊兵装。脳波制御されるこの機動砲台システム。その威力が実際何処までなのか一夏には計り知れない。そしてそのファンネルを操る白いドムのパイロットの実力も、一夏は知らない。

 

「マシュマーにキズを付ける程上達した腕前。見せて貰おうか」

 

「っ!? うあああああああああ!!!!」

 

 全身の毛が逆立つ程の殺気を受け、頭が考えるよりも先に身体が動いていた。

 

 身体に覚えさせたビームライフルの両手持ちでの射撃。モーションセレクターが自動的に照準補正して機械で撃つ正確な射撃が始まる。パイロットの一夏はトリガーを引くだけでいい。

 

 ユキが製造したMS型ISのガンダムMk-Ⅱはすべてで3機が存在する。

 

 ハマーンへ渡した2機と一夏の持つ1機の合計3機。内1機はユキに返還され、1機はデータ収集の名目でマシュマーが乗り回している。

 

 MSのパイロットであったマシュマーやユキと違って正真正銘の素人である一夏が駆るガンダムMk-Ⅱにはパイロットを補助する機能がいくつも備わっている。

 

 この照準補正プログラムもそうだ。連邦軍製の機体にはMSのパイロットが絶対的に不足していた一年戦争期からの名残でパイロットを補助するOSが組まれている。新兵でも射撃戦や機動戦である程度の戦果を出せる様にアムロ・レイの戦闘データが反映されている。

 

 アムロ・レイの戦闘データに関しては連邦軍部外秘物として何処かに封印され、以後戦場で活躍するMSはアナハイム製ともあって、ジムシリーズに備わっていたそれらのデータも戦場から消えていった。

 

 しかし学習型コンピューターのテンプレートデータの中に密かにそれは受け継がれ続け、今日に至るまで新兵を一度ならず救っているという。

 

 話を戻す。つまり一夏のガンダムMk-Ⅱには学習型コンピューターと補助OSが組まれている。両手持ちでの射撃という決まったモーションを取ることで、OSが自動的に照準補正をしてくれるのだ。正確な射撃となってしまうが、構えて撃つだけで一夏は自分では未だ扱いきれない射撃兵装を扱えるのだ。

 

 しかしコンピューター頼りの射撃が通用するのはある程度のレベルのパイロットだ。士官学校を出た新米パイロットや中堅パイロットくらいで、ベテラン級ともなれば流れ弾でなければ避けられてしまうだろう。

 

 それをわかっているユキは補助OSに組み込ませた。結果、ベテランパイロットが相手であろうとも当てられる程の完成をさせている。参考資料には過去二度のモンド・グロッソの出場者のデータを相手にシミュレーションの結果命中率は80%をキープしている。

 

 しかしそれでも一戦級のパイロット。つまりはエースパイロットの前では通用しない。

 

 撃ち出されたビームを、ファンネルから撃ち出すビームで相殺して防ぐなど誰が考えるだろうか。

 

 しかし白いドムは実際にやってのけた。

 

「その程度か……織斑一夏」

 

「っ、あ、あぁ……」

 

 失望したとでもいうような、底冷えしそうな程の冷たい声に、一夏は身体の震えが止まらなかった。

 

「とはいえ、これで終わってはシュネーヴァイスのテストにもならん。精々踊ってみせろよ?」

 

「ぐっ…!」

 

 白いドム――シュネーヴァイスの機体からオーラが立ち上る。大人しく陣形を組んでいたファンネルが一斉に動き始める。

 

「行け、ファンネル!!」

 

 シュネーヴァイスの周囲に展開していた6基のファンネルが意思を受けて縦横無尽に駆け回る。

 

 シールドをで第一射を防ぐ一夏。頭部のバルカン・ポッドが自動迎撃でファンネルを撃つが避けられてしまう。

 

 右足に衝撃――スラスターを撃ち抜かれた。

 

 爆発して揺さぶられる機体をランドセルのバーニアにものを言わせて無理矢理上昇させる。すると先程までガンダムMk-Ⅱが佇んでいた場所を刺し貫く幾閃のビーム。

 

「ほう」

 

 シュネーヴァイスの中で、その純白の装甲を纏うハマーンは口許で僅に弧を描く。

 

 かなり手加減した攻めだったが、止めを避けられる程度の気骨はあるらしいと、一夏の評価を見直す。

 

 片方の脚部スラスターを破損したガンダムMk-ⅡはぎこちないながらもAMBAC機動で機体を安定させている。

 

 PICで浮いているISならば、片足のスラスターが無くなった所で身動きが取れなくなるわけではない。機動性や運動性は下がろうとも充分戦えるコンディションは残っている。

 

「だが、何時までも避けられるかい!」

 

 それを面白く思う半面、ハマーンのプライドを刺激し、遊びのない苛烈な攻めが一夏を襲った。

 

 とにかく動く。狙いを定められないようビームライフルでシュネーヴァイスを撃つが、誰も動かないとは宣言していないハマーンは重MSでありサイコミュのコントロールユニットも背負って機動性が大幅に落ちているシュネーヴァイスでも当たり前のようにビームを回避する。

 

 しかしビームライフルを撃つ事に意識を割いてしまった一夏はシールドに数発の直撃を受け、シールドが砕け散ってしまう。

 

「しまった!?」

 

「沈め!!」

 

 止めと言わんばかりにファンネルを展開するハマーン。少しでも被害を抑えようともがく一夏だが、動き回る程度で避けられる程オールレンジ攻撃は生易しいものではない。

 

「ぐ、ああああっ!!」

 

 ビームが次々と突き刺さり、装甲が砕かれていく。それでも競技用にビームの出力を落としているシュネーヴァイスのファンネルでは装甲を貫けても、ISのシールドで守られているムーバーブルフレームまでは砕けない。しかし故に一夏のガンダムMk-Ⅱはエネルギーが切れてしまえば敗北を意味する。

 

「(負けるのか……おれ…)」

 

 ハマーン・カーン。宇宙世紀でも屈指のニュータイプパイロット。そんな相手に抗おうとする自分がバカだったのか。

 

 ――……ベル……つ……え……

 

 もはや諦めていた一夏の頭に声が響いてくる。聞いたことのない声だ。やや高めだが、男性の声の様に聞こえた。

 

 ――ビーム……を……え……

 

 その声は次第にはっきりと聞こえる様になっていった。

 

 ――ビームサーベルを使え!

 

「っ、ぐ!」

 

 一夏は声に従うまま、ビームサーベルを抜き、それを回転させるように投げる。

 

「これは…っ」

 

 その光景に既視感を感じたハマーンはファンネルを散開させた。そして必死な一夏はそれに気を割ける余裕はなくただ、投げたビームサーベルの刀身に向かってビームライフルを撃つ。

 

「ビームコンフューズだ!」

 

 ビームサーベルに当たったビームは、刀身のIフィールドによって拡散し、2基のファンネルを破壊した。投げたビームサーベルにビームを当てる。一夏の技量では難しいことでも自動照準補正プログラムはその程度をこなす事は容易かった。

 

「おのれ…っ」

 

 一度ならず二度も同じ轍を踏む事になろうとはハマーンも思いもしなかった。自分の心に土足で踏み込んだカミーユ・ビダンと同じ方法でファンネルを退けた一夏に、ハマーンのプライドが燃え上がる。

 

 それに応えるようにシュネーヴァイスから溢れるオーラの強さが増し、背中からさらにファンネルが射出される。

 

 MSとしてのシュネーヴァイスは背中のユニットは丸ごとサイコミュのコントロールユニットだったが、ISとなったシュネーヴァイスはコントロールユニットとファンネルのプラットフォームを両立していた。

 

 ハイパーセンサーの脳波制御技術を応用し、小型化に成功したサイコミュ。その分余裕の出来たユニットにファンネルのエネルギーと推進材補給のプラットフォームを併設することで、機動性こそ重いが概ねハマーンが重い描く戦闘を体現出来る機体となっている。

 

 故に、二番煎じでも素人に毛が生えた程度の一夏にファンネルを墜とされた事はハマーンのプライドに火を点けるには充分だった。

 

 それをコアに内蔵されているサイコフレームを伝って感じてしまった一夏は、生きた心地がしなかった。

 

 押し潰されそうなプレッシャーに一夏は堪らず間合いを開ける様に後ろにジャンプした。

 

「逃すか!」

 

 それが合図の様にファンネルが動き出す。

 

 一夏を追って迫るファンネル。撃ち出すビームが機体の装甲で弾ける。右肩アーマーが砕ける。ムーバーブルフレームの為、装甲がダメージを受けても内装には響く事はない。

 

 ビームコンフューズでファンネルの撃墜を防ぐために一定の距離感を開けているファンネルへの対処は、纏まって襲ってくるファンネルよりも厄介だった。ビームコンフューズもビームサーベルがあと一本しかない為、使い所は見誤れない。そして近接戦闘装備を失ってまで効果があるかどうか一夏考えてしまう。

 

 ――落ち着け。先ずはファンネルを仕留める。

 

 故に一夏は次の方法を試す。

 

 右手にビームライフル、そして左腕で小脇に構えるハイパーバズーカを拡張領域から呼び出した。

 

 迷う暇もなくトリガーを引く。

 

 片腕での射撃は自動照準補正プログラムがあっても補正値が下がってしまう。だが数を撃てば当たる理路で一夏はトリガーに指を掛け続けた。

 

 ビームライフルは牽制の効果も薄い照準であり、しかし一夏の本命はハイパーバズーカにこそあった。

 

 撃ち出された弾頭が弾けて散弾が舞う。

 

 これも対ファンネル戦術のひとつだった。

 

「賢しいマネを!!」

 

 散弾によってファンネルを撃ち落とされれば、本体はヒートサーベルを持つドムタイプ。一夏にも勝機はあると踏んだ。

 

 しかしハマーン・カーンがその程度で撃たれるはずがない。

 

 ファンネルを一基毎に回避させ、自身も一夏のガンダムMk-Ⅱへ向けて接近する。

 

 2基のファンネルを随伴させ、牽制射を加える。

 

「ぐあっ」

 

 ――歯ァ食いしばれ!

 

 片手撃ちで狙いを定める為に身動きを止めていた一夏のガンダムMk-Ⅱはファンネルから放たれたビームの直撃を受けてしまう。しかし聞こえてくる声に叱咤され、直撃の揺れを耐え凌ぐ。

 

「もらった!」

 

 ――上から来るぞ!

 

 爆煙の切れ目からヒートサーベルを両手に持ち、交差させながら急降下してくるシュネーヴァイス。

 

「く、うおおおおおおっ」

 

 ランドセルに残ったビームサーベルを抜き、雄叫びと共に振り上げた一夏。

 

 僅に、ほんの僅にガンダムMk-Ⅱの機体がその瞬間だけ赤い光を放ち、ビームサーベルの刀身が伸びた。

 

 交差するシュネーヴァイスとガンダムMk-Ⅱ。

 

 土煙をあげながら着地したシュネーヴァイスの背後で、ビームサーベルとランドセルから爆発が起きて崩れ落ちるガンダムMk-Ⅱ。しかし絶対防御でパイロットの身の保証はされている。

 

「私の勝ちだな」

 

 気絶しているのだろう。身動きのない一夏のガンダムMk-Ⅱに告げながらハマーンはシュネーヴァイスを纏ったままピットに戻った。

 

「その調子で、精々這い上がって来ることだ。少年」

 

 ドムフェイスの下でハマーンは口許に弧を描いていた。

 

 純白のシュネーヴァイスの装甲。その肩が僅に焦げていた。

 

 交差する瞬間、ビームサーベルの間合いの外まで伸びてきたビーム刃に意表を突かれ、僅に掠めた焼け痕だった。

 

「少しは楽しめそうだよ。ユキ」

 

 育てていけば、エースパイロットとなれるだろう粗削りの才能に、ハマーンは僅に期待を掛けてみたかった。

 

 

 

 

 

to be continued…



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