ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか (空の丼)
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変わる世界、回る世界
ハロー アナザーワールド


アニメからダンまちと血界戦線にハマって、クロスオーバー作品ないかなぁと思って探したんですが見つけきれなかったので、思い切って自分で書いてみました。
小説を書いて投稿するのは初めてですが頑張っていきたいと思いますので、生暖かい目で見守っていただけると幸いです。


ハローミシェーラ

 

元気ですか?

 

兄ちゃんは元気です

 

突然ですが兄ちゃん、

 

 

 

 

 

 

―――変な世界に迷い込んでしまったようです

 

 

 

 

 

 

 ヘルサレムズ・ロットじゃ何が起きても不思議ではないということは肝に銘じていたつもりだけど、まさかファンタジーの世界に跳んでしまうなんて思ってもみませんでした。

 

 まわりを見渡すと、西洋風な建物が目につき、僕らと変わらない普通の人間も多いけど中には御伽噺に出てくるエルフやドワーフにそっくりな人たちとか犬耳や猫耳を生やした人たちもいる。

 

 そしてその多くが鉄のプレートや分厚い革のグローブなどで武装している。

 

 ヘルサレムズ・ロットに住んでいる以上、異形のモノを見るのは慣れてるけど、これは別の意味で衝撃的だ。

 

「おーい、クラウスさーん! ザップさーん!」

 

 呼んでも返事はない。どうやらこの世界に来てしまったのは僕だけのようだ。ヤバイ、孤独感も相まって頭がショートしそうだ。今にも涙が出そう。

 

 そう思った時、肩に小さな生き物が乗り頬を突いて消えて行った。

 

「ソニック! お前も来てたのか……っ」

 

 一気に胸が暖かくなる。

 

 音速猿なんて見慣れない生物を見て周りの人たちがどういう反応をするか分からない以上、こんな街中で姿を晒して一緒にいることは出来ないが、独りじゃないと思うとパニックも収まってくる。

 

 よし、まずはこうなった経緯を思い出そう。

 

 

 

 

 ―――――数時間前

 

 

 僕たちは昼休みになり、いつものようにザップさんとツェッドさんと昼飯を食いに行くことになった。

 

「ちょっとザップさん、頼み過ぎじゃないですか? 言っときますけど、僕今月きついんでおごりませんよ?」

 

「金もなくこんな高い店入るかよ。実はよー、昨日ちょっと博打で一発当てちまってよ、今懐があったけーんだわ。そんなわけだからてめーらもこのザップ様にひれ伏せば払ってやんねぇこともねーぜ?」

 

「いくらお金を払ってもらえるということであってもあなたにだけは頭を下げたくはないですね。遠慮しときます」

 

「んだとコラ!」

 

「へー、でも珍しいですね、ザップさんがそんな大金を当てるなんて。あれ?でもちょっと前に借金が増えたとかで嘆いてましたけど……もうそれは返し終わっちゃったんですか?」

 

「……あ」

 

「あ~忘れてましたねコレ」

 

「う、うるせぇぞ陰毛頭! 今それとこれは関係ねぇだろうがよ!」

 

「本当にあなたの記憶力はひどいですね。そんな頭で日常生活大丈夫なんですか? いや駄目でしたね」

 

「黙れ魚類! おうおう今日はやけにからんでくるじゃねーか。嫉妬か? 金も女も手に入る俺に妬いてんのかおい?」

 

「ちょっとザップさんもツェッドさんも止めましょうよ。折角こんな高級な所に来たんですから料理を堪能しましょう」

 

 流石にこういう上品な所で暴れるのは気が引けたので3人は大人しく(まあ口論はしてたけど)待っていました。

 

 そんな時、いつかの昼休みを思い出させるかのように料理を食べる直前で魔の電話が……

 

 

『レオ、血界の眷属(ブラッドブリード)だ』

 

 

 出現ポイントは結構中央部に近いところ。さすがに吸血鬼が出たのに暢気に食べてくわけにもいかず僕たちは泣く泣く店を後にした。

 

 

 

「アルガストリ・ア・ミーゼヌシュルヒ・フォン・ウィストロハイム、貴公を『密封』する。」

 

「憎み給え、許し給え、諦め給え。人界を守るために行う我が蛮行を」

 

 

―――ブレングリード流血闘術 久 遠 棺 封 縛 獄(エーヴィヒカイトゲフェングニス)

 

 

 

 

 

 血界の眷属(ブラッドブリード)の封印も終え、ランチは残念だったけど一息つけると思ったんだ。

 

 

「レオっち!! 後ろ!!!」

 

「え?」

 

 後ろを振り向くと、今まで何もなかった場所に大きな石造りの扉が。

 

 その扉の中から『何かの腕』が出てきたのは視えた。

 

 でも視えただけで、素早い動きに僕がついていけるはずがなかった。

 

 クラウスさんが突き出した手を握ろうにも間に合わず、僕は扉の中へ。

 

 

 

 

 ――――――そして現在

 

 

「ここがどこか教えてくれませんか?」

 

「あん? なんだ迷子かにいちゃん? ここは北西のメインストリートさ。ギルドに向かいたかったらそのまままっすぐ行けばいい、ってにいちゃんみたいなガキが冒険者なわけないか! ガッハッハッハ」

 

 

 

「あの、ギルドってなんなんすか?」

 

「アラ、坊や冒険者志望なの? カワイイ顔してやるじゃない。ギルドは冒険者登録をしたりダンジョンで取れた魔石を換金したりできる場所よ。でもぉ、そんなところに行くよりアタシについてこない? スッゴイ鳴かせてあ・げ・る・わ・よ」

 

 

 

「す、すみません。冒険者について教えてください」

 

「ハッ、キミはそんなことも知らずにこの町に来たのかい? 冒険者とは、【神の恩恵(ファルナ)】を授かった者たちのことだ。大方の場合はダンジョンに潜り闘う者たちのことを指すがその限りじゃない。【神の恩恵(ファルナ)】を授かり、鍛冶を行う者や薬を作る者達のこともまた冒険者だ。全く無知をさらけ出す人間ほど滑稽なものはいないね」

 

 

 

 いろいろ聞いてみた結果、この世界のことが大体把握できた。

 

 僕が今いるこの西洋風な町は「迷宮都市オラリオ」というらしくこの世界で最も大きく栄えている都市らしい。

 

 その理由が都市の中心「バベル」の地下にあるこの世界で唯一の魔物が生まれる場所「ダンジョン」。本来、問答無用で人を襲う魔物が生まれる場所だなんて利益はなさそうだけど、その魔物が落とす「魔石」がとても有用らしい。「魔石」はその魔力で街灯になったり、ガスコンロになったり、僕たちの世界で言う電力のようなものみたいだ。

 

 そしてダンジョンに潜るため、遥か昔に天界から降りてきたという神様たちに【神の恩恵(ファルナ)】を授かった人たちを「冒険者」といい同じ神の元集まった冒険者たちを総称して「ファミリア」というとのこと。

 

 要は最初に思った通りの、ファンタジーなゲームと現実が混ざったような世界観だ。

 

 あと「ヘルサレムズ・ロット」のことも知ってる人がいないか聞いてみたが、結果は惨敗。

 誰も知らなかったし、こんなにファンタジーな世界なのに異世界のことを言及すると頭がおかしい人を見る目で見られた。

 

 簡単には帰れそうにないか。皆には迷惑をかけちゃうな。

 

「帰る方法が分からない以上この世界でしばらく暮らすしかないよね、って、あ……」

 

 そういえばこの世界の通貨って向こうとは全然違ったんだった……。

 

 ど、どうしよう?これじゃどこかに泊まることも出来ないしご飯も食べられないじゃん!あ~くそぉ~こんなことになるならせめて昼飯食べときゃよかったかなぁ!?

 

 

「キミ、どうしたんだい? もしかしてお金を盗まれたりでもしたのかい?」

 

 グギュルルルルーーとお腹を盛大に鳴らしながら頭を抱えていると、声をかけられたのでそちらを見る。

 そこには見た目幼いツインテールの女の子が立っていた。ただオーラは小さな女の子のソレじゃなく心地いいまぶしさを放っている。

 

「……神様?」

 

「ん?その通りだよ少年!僕はヘスティア。これでもファミリアの主神なんだよ! ……まだ眷属は一人だけど」

 

 僕が神様というとその子は嬉しそうに自己紹介をしてくれた。

 

「それで、なんだかこの世の終わりのような焦り方をしていたけど、どうしたんだい?」

 

「アハハ、実はですね、お金がなくて泊まるところも食べるものもなくて右往左往してるところでして」

 

「フム。君は今日オラリオに来たばかりなのかな。そんな調子じゃ向う見ずに故郷を飛び出したんだろうけど感心しないなぁ」

 

「……いろいろ事情があって」

 

 神様なら何か知ってるかもとは思ったけど、また変な顔で見られるだけなんじゃないだろうかという思いが胸をよぎり、ついごまかしてしまう。

 

 ふとヘスティアと名乗った神様は目を細めるが次の瞬間にはにこやかな顔に変わり、

 

「それならうちにおいでよ。豪華な食事とかは期待しないでほしいけど、数日ぐらいなら融通するさ。なんならそのままファミリアに入ってもいいんだぜ!」

 

 眷属が一人しかいないって言ってたし多少の打算もあるんだろうけど、親切心からくるところの方が大きいように感じた。だから厚意に甘えることにする。

 

「ありがとうございます。ご迷惑おかけします」

 

「なに、この程度のことを迷惑に思うほど僕の器は狭くないさ。それじゃあ君の名前を教えてもらえるかな?」

 

「あ、僕はレオナルド・ウォッチっていいます。レオでいいです。よろしくお願いしますヘスティア様」

 

「うん、よろしくねレオ君。それじゃあ着いてくるんだ!」

 

「はい!」

 




眼以外は普通のレオ君はこの先この世界で生き残れるのか!?

といってもその眼がチートなんですけどね。他がチートになるようなことは避けたいと思います。

ご意見ご指摘がございましたら遠慮なく仰ってください。


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ウサギとカメ

一応レオは原作10巻後のレオです。ホワイト、ブラックとは出会ってないです。


 連れてこられた場所は古ぼけた廃教会だった。

 

 これはどういうことだろう。あれかな? ライブラみたいにいろんな抜け道使って入り口がばれないようにしてんのかな? それともファンタジー世界特有の外観は廃墟中は立派な屋敷的な魔法でもかけてあるのかな?

 

 ヘスティア様の方を見るとサッと目をそらされる。

 

「キ、キミには住めば都という諺を贈らせもらうよ……」

 

 どうやらそういうわけでもなく普通の廃教会っぽい。まあ食事と寝床を提供してもらえるだけ文句は言えないけどさ。これは食事も覚悟を決めた方がいいかもしれない。

 

 扉をくぐり中に入るとやっぱり半壊模様。屋根にも結構大きな穴が開いてるんだけどこんなところで寝てるのかな? と思っているとヘスティア様は祭壇の先にある小部屋へ進み一番奥にある本棚をずらす。

 

 すると地下へとのびる階段が!

 

「おお、何か秘密基地みたいですね」

 

「だろう! だろう! レオ君はいい感性をしているよ」

 

 腕を組みながらブンブンと大きく頭を縦に振るヘスティア様。なんとも調子のいい神様だ。

 

「とりあえず、くつろぎたまえよ」

 

「ありがとうございます」

 

 階段を下りると思ったより広い生活感あふれる部屋があった。

 

「なんか普通にいい部屋ですね。外の見かけがあんなんだから、もっとボロボロの場所かと思ってました」

 

「フフン、言っただろう? 住めば都だって! さて、と……ベルく、僕の眷属が返って来る前に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「はい」

 

「じゃあ聞くよ。キミは一体何を隠しているんだい?」

 

「っ!」

 

「これでも僕は神だから、子供たちが何かを隠していたり嘘をついたりすれば分かるさ。誤解がないように言っておくけど別に僕はキミを責めたりしてるわけじゃない。話したくないならそれでもいい。ただ、レオ君が重たいものを抱えてるように見えたから、さ」

 

 そこにはさっきまでのおちゃらけた態度をとっていた女の子の姿はなく、慈愛の眼差しで僕を包み込む、まさしく神様がいた。

 

「……多分、突拍子もないことを話しますけど信じてくれますか?」

 

「言っただろう? 嘘をつけば分かるって。君が正直に話してくれるのなら信じるよ」

 

 僕はポツポツとヘルサレムズ・ロットの事とここに至るまでの経緯を説明した。その間ヘスティア様は真剣にこちらに耳を傾けてくれた。

 

「異世界か。うん、信じるよ。レオ君は嘘なんかついちゃいない。ただごめんね。僕もそんな話は聞いたことがない。有益そうな情報は持ってないかな」

 

「いえ、信じてくれるだけありがたいっす」

 

「ふむ、しかしこのことはベル君にも隠しておいて方がいいかもね、って、ななななんだいそのサルは!?さっきまでいたかい!?魔物!?」

 

 こちらを見てぎょっとした顔を浮かべるヘスティア様。

 

 見ると僕の肩のうえにソニックが乗っていた。

 

「そっか。もう人目が付く場所じゃないもんな。あー紹介します。僕の友達のソニックです。さっき話したヘルサレムズ・ロットで一緒に生活してる音速猿です」

 

 僕が紹介すると「よろしく」というようにヘスティア様の頭に乗りペシペシとヘスティア様を叩く。

 

「わっ、くすぐったいぞソニック君!」

 

「あはは、音速猿って体が弱いんであんまり人には懐かないんですけどやっぱ神様は違うんですかね?」

 

 ソニックも動物の直感でヘスティア様のことを大丈夫だと判断したのかな?

 

 

 そうこうしていると部屋の入り口が開く音がした。

 

「神様、帰ってきましたー! ただいまー!」

 

 そう言って入ってきたのはまだ15歳位の白髪の少年だった。彼が入ってくるとヘスティア様は顔を輝かせて彼に歩み寄る。

 

「やぁやぁおかえり―! 今日はいつもより早かったね?」

 

「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって……」

 

「おいおい、大丈夫かい?君に死なれたら僕はかなりショックだよ。柄にもなく悲しんでしまうかもしれない」

 

 笑いながら死にかけちゃって……、とか言える世界なのかここは、って僕が言えることじゃないか。

 

「大丈夫です。神様を路頭に迷わせることはしませんから」

 

「あっ、言ったなー? なら大船に乗ったつもりでいるから、覚悟しておいてくれよ?」

 

「なんか変な言い方ですね」

 

 二人して笑みを漏らした後、白髪の男の子は僕に気付きそのルベライトの瞳を期待に輝かせる。

 

「えっと、あなたは? もしかして新しい入団者ですか!?」

 

「え?いや、そういうわけじゃなくて……」

 

「こらこらベル君、落ち着くんだ。実は彼はこのオラリオに来たばかりでね、しかもお金もなく路頭に迷いかけてたんだ。だから僕らの部屋を宿として提供してあげてるってわけさ」

 

「あ、そういうことなんですか。すみません早とちりしちゃって」

 

 謝りながら肩を落とす少年。なんか小動物を苛めてるような気分になっちゃうな。

 

「いや、いいよ。ていうかそもそもまだこっちで何をするのかも決めてないんだよねぇ」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。なんせ身一つで強引にこっちに連れてこられただけだし……」

 

「た、大変だったんですね」

 

「でもレオ君、君はこの町で何をしていくのかは早く決めた方がいい。僕たちだってファミリアの人間でもない子をずっとここに置いとくわけにもいかないからね。きみが僕らのファミリアに入るというのなら別だけど」

 

 ヘスティア様は真剣な瞳で僕を見る。

 

 確かに彼らだって自分たちの生活がある。ずっとここに置いてもらうわけにもいかない。

 

 だったら冒険者になってダンジョンに潜るのもいいかもしれない。ダンジョンは魔物、いうなれば異形が生まれる場所。そこに行けばヘルサレムズ・ロットにつながる道もあるかもしれない。

 

「冒険者、か……」

 

「それも一つの手だと思うよ? レオ君にも色々な事情があると思うけどこの町で生きていく以上、冒険者になるのが一番手っ取り早い。特に君は現状何も持っていないしね」

 

「僕でも……闘えますか?」

 

「勿論だとも。そのための(ぼく)たちだ。そのための【神の恩恵(ファルナ)】だ。君たち人間には無限の可能性が隠されている。【神の恩恵(ファルナ)】はそれを汲み取り昇華してくれる。誰だって強くなれる可能性があるんだ」

 

 僕は今までの戦いを思い出す。僕は神々の義眼のおかげで【血界の眷属(ブラッドブリード)】に対して名前を暴くという大切な役割をもって戦場に立っている。でも僕自身には闘う力はないし、それどころか自分の身すら守れない。

 

 それが、たとえこの世界でだけだとしても闘うことが出来るというのなら……

 

「なります……冒険者に。僕をこのファミリアに入れてください」

 

「……分かった。君をヘスティアファミリアに歓迎しよう。よろしくね、レオ君」

 

「~~~~~やったー! やりましたね神様! 新しい団員ですよ! えっと、僕の名前はベル・クラネルといいます。ベルって呼んでください!」

 

 よっぽど嬉しかったのか、いままで話を聞いていたベルは満面の笑顔を浮かべ興奮気味に自己紹介をしてくれた。

 

「俺はレオナルド・ウォッチ。レオでいいよ。んでこっちがソニック。よろしくねベル君」

 

「はい! あれ、ソニック? ……うわぁ!? 魔物!?」

 

「音速猿っていう生き物なんだ。ちょっと悪戯好きだけど害はないから大丈夫だよ。でもやっぱそういう反応になっちゃうよね」

 

「全くだよ。いいかいレオ君。ソニック君を絶対僕たち以外に見せちゃだめだよ。特に地上では。神という奴らは面白そうなものが大好きだからね。強引にでも君を自分のファミリアに入れてこようとするかもしれない」

 

「気を付けます」

 

 見るとソニックはベルの周りをチョロチョロして頬を突いたり髪を引っ張ったりして遊んでいる。ハハハ、もう仲良くなったのか。

 

「ちょ、やめ、やめてってばソニック。ちょっとレオさん止めてください~」

 

 まあ、面白いから止めないわけで。ヘスティア様にもベル君にも懐くソニックを見ながら、この人たちは本当にいい人達なんだなとうれしくなる。

 

「ソニック、そろそろやめるんだ」

 

「ンニ!」

 

 僕の言葉に素直に従って肩に戻るソニック。それと同時にヘスティア様がパンッと手を叩く。

 

「よし、それじゃあ夕飯にしようか。今日は露店の売り上げに貢献したということで、大量のじゃが丸くんを頂戴したんだ!夕飯はレオ君の入団祝いも込めてパーティだ!」

 

「神様すごい!」

 

 このあとじゃが丸くんパーティを繰り広げる僕たち三人と一匹。ヘスティアもベル君も本当に優しい人たちで楽しい夕食を僕は過ごせた。

 

 うん、まあ、まさか本当にじゃが丸くんしかなかったのには驚いたけど……。

 

 

 




ベル君とレオ君の自己紹介回でした。全然話進んでないです、はい。
つ、次は進みます!

ウサギとカメなんていう割にダンまちの兎さんは絶対ゴール手前で居眠りなんてしないですよね。


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レオナルドは見た!

どんなに美しいものでも、それが人を狂わせるほどのものなら恐怖の対象になることもあると思います。特に『外側』から見るのであれば。


レオナルド・ウォッチ

 

Lv・1

 

力 :I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

魔力:I 0

《魔法》

【】

《スキル》

【神々の義眼】

・あらゆる生物の視界支配。

・視覚に及ぼす幻惑の類の一切を無効。

 

 

 

 

 

「これは……」

 

僕に【神の恩恵(ファルナ)】を刻み終わったヘスティア様は【ステイタス】を書いた紙を見て難しい顔をする。

 

「え?レオさん最初からスキル持ちなんですか? いいなー羨ましい!」

 

どうやら神々の義眼はこの世界ではスキルとなって現れるらしい。ベル君はスキルを持ってないみたいで僕のことを羨ましがる。

 

「ううん、この目はそんなにいいものなんかじゃないんだ」

 

僕は糸目を最大まで開く。そこに現れた淡く機械的に輝く眼球を見てベル君もヘスティア様も息をのむ。

 

「この目は妹の視力を犠牲に手に入れたものなんだ」

 

「え……?」

 

もう1年以上も前にソイツは、リガ=エル=メヌヒュトは僕と妹の前に現れた。ソイツは世界を見届けるのはどちらかと、言外に見届けぬものにその視力は必要ないと言った。そして、立ち竦み動けなかった僕を庇うように、妹がその視力を差し出した。

 

「……まあ、便利なことに変わりはないんだけどね」

 

僕は自嘲気味に笑う。

 

「すみませんレオさん……羨ましいなんて言って」

 

「謝る必要なんてないよ。あの時動けなかった僕が弱かっただけ。……でも、そんな僕を必要としてくれる人たちがいたんだ。誇りに思うって言ってくれた人がいるんだ。だから僕も、諦めずに戦う」

 

「……キミには、キミを支えてくれる良き友人がいるんだね」

 

弱気な顔から一転してしっかり前を見据える僕に、ヘスティア様は目を細め微笑みベル君も笑顔を浮かべる。

 

「あ、そうだレオ君。分かってるとは思うけどその眼のことは他人には話しちゃいけないよ」

 

「分かってますよ」

 

「それならいい。さて、次はベル君だよ。【ステイタス】更新を済ませてしまおう」

 

「はい、神様」

 

ベルは上半身裸になりベッドに横になる。その上にヘスティア様が馬乗りになり自分の血を背中に一滴垂らし【ステイタス】の更新を始める。

 

「そういえばベル君、帰って来たとき死にかけたって言ってたけど、一体何があったんだい?」

 

「ちょっと長くなるんですけど……」

 

彼の今日のダンジョンでの出来事を僕もまだ余っているじゃが丸くんを食べながら耳を傾ける。

 

曰く、彼は今日異常事態(イレギュラー)によって本来遭遇することのない強い魔物(ミノタウロス)に襲われ、そこをアイズ・ヴァレンシュタインという人に助けられたらしい。そしてベルはその剣姫様に惚れ込んでしまったとのこと。

 

……殺されかけた話をしたかと思ったら、いつの間にか恋の話になった時はじゃが丸くんをむせるかと思ったよ。

結構、繊細そうな見た目の割には肝が据わってるんだねベル君。

 

でもヘスティア様はベル君が剣姫様の話を始めたあたりから機嫌が悪い。これは剣姫様とヘスティア様が実は不仲だったりするのか、はたまたヘスティア様は彼に好意を抱いているのか。

 

「はいっ、終わり!まあそんな女のことなんて忘れて、すぐ近くに転がっている出会いってやつを探してみなよ」

 

「……酷いよ神様」

 

「ほら、君の新しい【ステイタス】」

 

ヘスティア様からベルに【ステイタス】が書かれた紙が手渡される。僕もそれを覗き込む。

 

なるほどなるほど、ベル君は確か半月前に冒険者になったって言ってたけど、半月で大体このくらい伸びるのかぁ。

 

(・・・・・・ん?)

 

「神様、このスキルのスロットはどうしたんですか?何か消した後があるような・・・…」

 

「……ん、ああ、ちょっと手元が狂ってね。いつも通り空欄だから、安心して」

 

「ですよねー……」

 

―――嘘だ。

 

僕のこの眼は消した文字くらい見えてしまう。

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

・懸想が続く限り効果持続。

・懸想の丈により効果向上。

 

―――憧憬?

 

ベル君は若干落ち込みながら夕飯の片付けのために台所に向かう。

その隙にヘスティア様に小さな声で話しかける

 

「【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】。彼、スキル発現してますよね」

 

「っ!? ……君の眼はそんなところまで見えてしまうのか」

 

「……すみません」

 

「いや、構わないよ。君のせいじゃない。ただ、このスキルのことはベル君には内緒にしててほしいんだ。ベル君はあの通り隠し事が出来ない子だからね。詰問されたらすぐに明るみになるだろう。だったらスキルそのものを知らない方がいい」

 

「分かりました」

 

「……それにヴァレン何某への思いなんちゃらだなんて、絶対に言いたくないっ」

 

あっ(察し)

 

 

 

――――――午前五時

 

「よし、それじゃあ行きましょうレオさん」

 

「うん、いやー緊張するなぁ」

 

「大丈夫ですよ、僕もついてるし!」

 

昨日の晩のうちに今日は僕の冒険者登録とダンジョンでのちょっとした手解きをするということを決め、なんとなく焦ってるベル君に時間ピッタリに起こされ僕らは教会をあとにした。

 

ベル君の装備は黒のインナー、上に茶色いコートを羽織ってその上からライトアーマー。そして腰にナイフ。

ライトアーマーとナイフは初期にギルドから支給されたものとのこと。んで武器についてはナイフ以外にも剣とか槍とか選べるらしい。なんかモンハンみたいだ。

 

「う~ん武器か~。スタン警棒ぐらいしか持ったことないんだよなぁ。しかも持っただけだし」

 

「スタ……?」

 

「あ、えっと、なんていうのかな……軽い棍棒的な……?」

 

「棍棒なら選べたと思いますけど、軽そうじゃなかったかな。ドワーフ御用達って感じでしたし」

 

「だよねー」

 

そうやって二人で話していると隣からくるくるとお腹が鳴る音が聞こえてくる。

 

「……そういえば朝ご飯食べてませんね」

 

「えっ、ベル君が支度を急かしてきたからてっきり途中で食べるもんとばかり……」

 

「あ、あはははは。すみません、忘れてました。そうですね、どこかで食べま……っ!?」

 

不意にキョロキョロしだすベル君。

 

「どうしたん?」

 

「……今誰かに視られて……、いや、なんでもないです」

 

そう言いながらもベル君は周りを見渡す。

誰かに視られたっていってたよね。彼の表情を見る限る気持ちのいい視線じゃないっぽい。

 

―――視てみるか

 

僕は彼に向けられている視線の元を探ろうとする。その時、

 

「あの……」

 

「「!」」

 

僕らは同時に振り向く。って、ベル君警戒し過ぎじゃないかな。

 

―――それだけ嫌な視線だったんだろうか?

 

「ご、ごめんなさいっ! ちょっとびっくりしちゃって……!」

 

「い、いえ、こちらこそ驚かせてしまって……」

 

ベル君と彼と同じくらいの歳の少女が二人して頭を下げあう。

それを一瞥した後、僕はベル君に絡みつく視線の元を辿る。

 

それは好奇心と警戒心から。

 

辿った先は今僕たちが向かっているダンジョン、その上に経つ『バベル』と呼ばれる塔の一番上の階に繋がっていた。

そして僕は目線の人物を視る。

いや、視てしまった。

 

 

―――あまりにも……あまりにも、美しい

 

 

言葉では言い表せないほどの『美』を持った女神が、そこにいた。

 

呼吸が止まる。こんな遠くから見ただけで分かってしまう。これ以上の『美』は存在しないであろうことを。

心臓がバクバクと音を鳴らし手が震える。目が離せない。

時間が止まったような感覚に陥る。もう何時間も見ているような感覚。

 

そして、その『美』の女神はこちらに目を向け―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオさん? 大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

目が合うギリギリ直前で僕は我に返り視線を切る。

 

「―――ッハ、ッハ……ッハァ、ハァッ……」

 

下を向き目を瞑る。

 

あ、危なかった! もしベル君が声をかけてくれなかったら、きっと『何か』が変わっていた!

 

美しすぎる存在……これはただの直感、確信はないけど……あれは理性を壊す、人の人生を狂わせる!

 

「ほ、本当に大丈夫ですか!? 具合悪いなら今日は休んだ方がいいですよ!?」

 

ベル君が心配そうにこちらを見て慌ててる。

 

「ハァ、ハァ、ッ……、大丈夫……。心配ないよ」

 

「そうは見えなかったんだけど……」

 

「大丈夫だって! ホラ、顔色も別に悪くないっしょ?」

 

「……レオさんがそう言うならいいんですけど、体調悪かったら正直に言ってくださいよ?」

 

「分かってる分かってる」

 

実際はまだ動機も激しく、今にも震えが止まらなくなりそうだけど、努めて普段通りを装う。

ベル君に心配はかけたくなかったし、何よりもあの女神に僕が見ていたことを悟られたくはなかった。

 

「……、そういえば、さっきの女の子は?」

 

ようやく周りを見渡す余裕が出来た僕は、さっきの少女がいなくなっていることに気付く。

 

「さあ? 今さっきカフェテラスの方へ走ってったんですけど」

 

ベル君がそう言うや否や、先程の少女が戻ってきた。

 

「これをよかったら……。二人で食べるには物足りないでしょうけど……」

 

「ええっ!? そんな、悪いですよ! それにこれって、貴方の朝ご飯じゃあっ……?」

 

「このまま見過ごしてしまうと、私の良心が痛んでしまいそうなんです。だから冒険者さん、どうか受け取ってくれませんか?」

 

「ず、ずるいっ……」

 

「冒険者さん、これは利害の一致です。わたしもちょっと損をしますけど、冒険者さん達はここで腹ごしらえができる代わりに……」

 

「か、代わりに……?」

 

「……今日の夜、私の働くあの酒場で、晩ご飯を召し上がって頂かなければいけません」

 

「もう……本当にずるいなぁ」

 

「うふふ、ささっ、もらってください。私の今日のお給金は、高くなること間違いなしなんですから。遠慮することはありません」

 

「……それじゃあ、今日の夜に伺わせてもらいますっ」

 

「はい。お待ちしております」

 

「僕、ベル・クラネルって言います」

 

「……僕は、レオナルド・ウォッチ、です」

 

「貴方の名前は?」

 

「シル・フローヴァです。ベルさん、レオナルドさん」

 

 

 

名前を交わし合い、僕らは再びダンジョンへと歩き出す。

シルさんはいい人だなという印象を受けた。

ただ、ベルに絡みつく『視線』は未だにベル君に絡みついていた。

僕は絶対にバベルの頂上を見ないようにしながら歩く。

 

(……これは、帰ったらヘスティア様に相談した方がいいかな……)

 

 

 

 

 

 

――――――同時刻、『バベル』最上階

 

 

(あの子……、今、私を『視てた』?)

 

『美』の女神、フレイヤは怪訝な顔を浮かべていた。

 

フレイヤが不躾な視線を放っていたことは確かだ。事実、ベル・クラネルは何者かに視られていることを感じ取ることが出来た。

 

しかし、何故、その隣にいた少年―フレイヤが全く見ていなかった方の少年がフレイヤの存在に気付くことが出来たのか。

 

(―――厄介ね)

 

フレイヤは黒髪の少年を見る。

 

「別にあの子も嫌な色をしてるわけじゃないわ。寧ろ、普段だったら強引に口説いているくらいに、綺麗」

 

でも、とフレイヤ。

 

「今はそれどころじゃないのよ」

 

再度、白髪の少年に熱い視線を絡ませる。

 

「オッタル」

 

「はっ」

 

フレイヤは2Mを超す、猪耳を生やした大男の名を呼ぶ。

 

「あの黒髪の方の少年に……釘を刺しておいてくれる?」

 

「―――仰せのままに」

 

 

 

 




今回レオ君は神々の義眼を通して+かなりの遠距離から見たということで、魅了されずに『美』を知ったということにしました。
やっぱりフレイヤ様とオッタルはラスボス感あっていいですよね!

フレイヤ様とシルさんがどのような関係なのかはまだ明らかになってないのでレオ君がフレイヤ様を見た後シルさんを見て何を思ったのか、レオ君のみぞ知るという形にしました。


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言えない(1)

ついに初ダンジョン……?




「『冒険者は冒険しちゃいけない』。これを絶っっっっっっっっ対! 忘れないで!!!」

 

 ベル君に案内されてギルドで冒険者登録を済ませた後、彼のアドバイザーを務めているというエイナ・チュール氏にまず最初に言われたアドバイスがそれだった。

 

「大丈夫ですよエイナさん。僕が先輩としてちゃんと付いてますから! 無茶はさせません」

 

「どの口がそんなことを言ってるのかな~?」

 

 えっへん、と胸を張るベル君にビキリ、と青筋をたてるエイナ氏。

 まあ昨日も死にかけたとか言ってたし、無茶ばっかりしてるんだろうなぁとは予想がつく。なのでここは僕が安心させる一言を贈ろう。

 

「エイナさん、任せてください。僕ってボコボコにされるの慣れてますから。案外打たれ強いんですよ?」

 

「な・ん・で、ボコボコにされるの前提なのよー!? 話聞いてた!? そうなる前に逃げなさいって言ってるんです!」

 

 うーん、エイナさんは気苦労に絶えない生活してそうだな、と怒られながら。

 

「はぁ……。でも、ベル君にパートナーが出来たのは素直にうれしいよ。やっぱりダンジョンは何が起こるか分からないから一人(ソロ)だと心配だもん……。いーい? 二人とも調子に乗って進み過ぎちゃ駄目だよ? ベル君、先輩としてちゃんとレオ君のこと守ってあげるのよ? レオ君、ベル君が無茶しそうになったら止めてあげてね?」

 

「はい! エイナさん」

 

「は」

 

 僕らはエイナさんの忠告に揃って返事をする。

 

 この人は本当に僕らに親身になってくれるんだな。大切に思われている、そう思うと、やっぱりそう軽々しく無茶は出来ないな。

 でも、やっぱりどうしようもない時はあるんですよエイナさん。どうしても退けない時ってのは絶対に訪れる。だからその時無茶することだけは、先に謝っておこう。……心の中でだけど。

 

「さて、これで一応ダンジョンの説明も一通り終わったし、レオ君に装備を渡します。ベル君が使ってるのと同じライトアーマーと……武器は何にするか決めた?」

 

「あ、はい。一応ベル君と相談して……弓にしようってことになりました」

 

「なんでまた弓? 弓を使った経験は?」

 

「経験はないですけど、それを言ったらどの武器も使った経験ありませんし。ベル君が前衛だから僕は後衛に回ろうかと」

 

 他にも、【神々の義眼】のおかげで命中率について考えなくていいっていうのもある。ただし腕は別だけど。

 

「ふむ。確かに2人共前衛よりレオ君が後衛に回ってくれた方が安全に魔物を倒せるもんね。分かった。じゃあ弓と矢をある程度、あと緊急用のナイフも支給するね」

 

「ありがとうございます」

 

 装備一式をエイナさんの手から受け取る……って、あれ、エイナさん? なんで装備から手を放してくれないんすか?

 

「レオ君、とりあえず今日はベル君の後ろで見学よ。【神の恩恵(ファルナ)】を手に入れたからって自分も戦えると思って前に出たり、あまつさえ一人になるようなことは絶対しないでね?」

 

「わ、わかりました」

 

「よろしい」

 

 パッと装備から手を放すエイナさん。そしてコホンと小さく咳払いをする。

 

「ようこそ、迷宮都市オラリオへ。私達ギルドは貴方を歓迎します。……さ、行ってきなさい。今日が貴方の冒険譚の1ページ目よ」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 ――――――ダンジョン内

 

 

「とぉうっ!」

 

『ギエピッ!?』

 

「やあ!!」

 

『ぷぎゃあ!?』

 

「……ふう。どうでした? 今のがコボルトです。大体一階から四階層までは今のコボルトとさっき倒したゴブリンが主な魔物かな」

 

「うーん、僕でも倒せるかなぁ」

 

「大丈夫ですよ。【神の恩恵(ファルナ)】を授かった時点で、僕らはゴブリンやコボルト程度なら倒せる力を手に入れてるみたいですし。あ、でも複数と同時に相手にするとやっぱり危険だから、なるべく一対一にするように心がけてください」

 

 

 今僕らがいるのは一階層。

 僕にとって初めてのダンジョンであるということでエイナさんからもしばらくは1階層に留まるようにと仰せつかっている。

 

 まあベル君は下の階層に行きたがってるけど。

 

【神々の義眼】は魔物に対しても有効らしく、その魔物のオーラの色のほかに魔石の位置も特定できた。

 とは言えこれが分かったところで魔石を破壊しても意味がないためあまり役には立たないかな。

 一方役に立ちそうなものもあり、

 

「ん、ベル君、右の壁からコボルト2体、多分1分後」

 

「了解!」

 

 ダンジョンの壁の中、魔物の出現を察知することが出来る。

 これで一応奇襲対策は出来たかな。

 あと、【神々の義眼】による視界支配は魔物にも有効だった。対複数が危険なダンジョンじゃこの目は場凌ぎにはかなり有効だ。

 

 これで試せることはとりあえず一通り終わったかな。僕が元いた世界とやれることはあまり変わんないみたいだ。

 あとは支給してもらった弓だけど、今日は見学だけにしとけって言われてるしなぁ。

 

 それに……。

 

 ぐきゅぅ~~~。

 

 コボルトから魔石を取り出し終わったところで僕のお腹が盛大に鳴き声をあげる。

 

「そろそろお昼にしましょう」

 

 

 

 ――――――バベル2階

 

「ベル君は戦い方とか誰かに習ったりしてない感じ?」

 

 僕は食堂で一番安かったサンドイッチを頬張りながら尋ねる。

 

「……やっぱり分かっちゃいます?」

 

 同じくサンドイッチを食べているベル君が頬を掻きながら眉を下げる。

 

「僕ってオラリオに来るまではただの農民だったんです。だから半月前までレオさんと一緒で戦闘経験なしでして。ファミリアにも先輩とかいないし」

 

「そっかぁ」

 

 100%我流とのこと。勇気あるなぁ。

 

「まあ俺も人のこと言えないけどね。先輩たちの背中を見てたとは言っても正直次元が違って真似できるもんじゃないし」

 

 斗流血法とかブレングリード流血闘術とか、ぶっちゃけあれどうなってんの?

 

「やっぱり師匠とか欲しいです……。レオさんはその先輩方から何かアドバイスとかなかったんですか?」

 

「う~ん……、俺も一回先輩たちに聞いたことあるんだけど、参考になりそうなのは『武装しろ』。」

 

「お金があったらそうしてるんですけどね」

 

 ベル君の顔に苦労がにじむ。今は生活するだけで精一杯なのは昨日の食事で分かってる。

 結局世の中金なのか! ファンタジーみたいな世界でも金ですか! ……当たり前か。

 

「ギルベルトさんが『相手の動きを子細に観察するのが全てかと。どんな敵であろうと完全なものはありません』って言ってたな。それくらいかな」

 

「観察……。完全なものはない、かぁ。なるほど、カッコイイな~」

 

 ベル君は目をキラキラ輝かせたあと少し怪訝な顔をする。

 

「今のアドバイスとか、昨日の『誇りに思う』とか、レオさんの先輩って結構只者じゃない気がするんですけど、今まで何処で暮らしてたんですか?」

 

 ギクゥッ!!

 

「ベル君って人を疑うこと、出来たんだね……」

 

「何かバカにしてません!? レオさん、正直に話してください! なんか隠してますね?」

 

 うーん、どうしようか……。

 

「本当にごめん……。でも、今は、言いたくないんだ。だから……気持ちの整理がつくまで、待ってほしいんだ。その時が来たら話すよ。……約束する」

 

 なるべく深刻そうな顔をして重たいトーンで言ってみる。あんまり演技力には自信ないけどこれで誤魔化せたりしないかな?

 

「あ……僕の方こそ、すみません。そうですよね、レオさんにだっていろいろ事情がありますよね。それなのに問い詰めるような真似して……本当にすみません!」

 

 あ、あああああああああああああああああああああああ!!

 

 なにこれ!? めちゃくちゃ罪悪感酷いんだけど!? 小動物苛めてる気分になるんですけどおおおお!? ごめんよベル君、別に君が思ってるような重たい事情はないんだ。ただ君は隠し事が出来なさそうだから話さないようにしてるだけなんだ。

 

「いいいいやいや、べべ別に気にしてないからだだだ大丈夫っすよよ」

 

「本当ですか? ありがとうございます」

 

 心配そうに上目づかいで見つめてくる。

 

 チョロイ。クラウスさん並にチョロイよベル君。

 

「ささ、さて、飯も食い終わったしそろそろ出ようか」

 

「そうですね。そろそろ戻りましょう」

 

 話を切り上げるべく席を立つ僕。それにベル君は素直に従ってくれる。

 

「それでレオさんは午後はどうします?」

 

「そうだなー……とりあえずダンジョンの見学はもういいかなって思うんだよね。ベル君だって一階より下の階層に行きたいだろ?」

 

「は、はい、まあ」

 

「だったら俺のことは気にせずに行ってきなよ。俺はオラリオの町を観光してるからさ」

 

「……分かりました。 じゃあ夕方には戻るのでまたその時に」

 

「うん」

 

 会計を済ませて店を出ると、ベル君は走ってダンジョンまで向かっていった。

 

 

 

 

 




「レオが武器を持って魔物を倒す? ハハハ、ご冗談を」この作品を書いてた私の感想です。
しかし、いつかはぶち当たる壁。Dr.ガミモヅとの戦いを経たレオ君ならばきっと乗り越えてくれると思います。
ちなみに作者は弓の知識0です。モンハンで使ったくらいです。




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言えない(2)

単独行動は出会いのフラグ。しかしこの物語にヒロインはいない(血涙)


 

 僕たちが住んでいる廃教会は北西と西のメインストリートに挟まれた区画にあり、ダンジョンに向かう際は、まず西のメインストリートに出てから通りに沿って『バベル』に向かう。

 

 なのでファミリアのホームに帰るだけなら西のメインストリートを行けばいいのだが、今僕は北のメインストリートを歩いている。

 

 理由は二つ。

 

 一つはさっきベル君にも言った通り観光目的だ。実際、時間場所問わず事件が起きる文明の発達した街に住んでいた僕にとって西洋の外観をしたこのオラリオは目に映るすべてが新鮮に感じる。

 

 花屋においてある花が実は食人花だったりすることもない。殺したヤクザの死体から出汁を取ってる料理屋さんもない。

 今まで脳がマヒしてたけどこれが普通なんだ。僕が元いた世界だってヘルサレムズ・ロットを出ればあんな日常はあり得ないわけだし。

 

 おっと、話がそれたね。僕が北の大通りを歩いてる理由だったか。

 

 二つ目は結構真面目な理由。

 

 昨日聞いた話じゃ、この北の区画のどこかでヘスティア様が働いているからだ。

 

 ダンジョンに向かっていた時に視た、おそらく女神であろう者のベル君に対する強い視線。あれをヘスティア様の耳にいち早く入れておきたかった。あれは今の僕じゃ絶対に手におえなさそうだし。

 

 まあそんなこんなで北の大通りを歩いているわけだけど、ヘスティア様の働いているお店の正確な場所も分からないし、とりあえずいろんなところを見て回ることしか出来ないわけですよ。

 

 とはいえこの北の大通りは服飾関係の店が多く目につくし、さすがにこの大通りにはじゃが丸くんの露店はなさそうだなぁ。多分ヘスティア様が働いているところは路地の方じゃなかろうか。

 

 脇道の方に入ると、大通りのような店を建物で構えているところより露店商の方が目立っていた。恰幅の良い獣人の女性や寡黙そうな老人などが道のわきで商品を広げている。

 

「おっ、兄ちゃん駆け出しかい? 安くしとくぜ?」

 

 露店を見てまわっているとガタイの良い白髪交じりのおじさんに話しかけられる。

 

「アハハ、分かります?」

 

「失礼だが見るからにナヨッちい格好してるしなぁ。あとそのライトアーマーはギルドから支給された奴だろ? しかも傷がほとんど入ってねえ」

 

 事実だし否定はできない。

 

 見るとおじさんの前には大きく風呂敷が拡げられており、簡単な装備から何に使うかわからない小物まで色々なものが売っていた。

 

「ええ。実は昨日こっちに来たばかりなんすよ」

 

「ガハハハハ、そうかいそうかい! 来たばかりっつーなら金もあんまし持ってねぇだろ? これなんかどうだい? 負けに負けて30ヴァリスでどーよ?」

 

 気前よく笑うおじさんは商品の中から古ぼけた手のひら大の十字架を選んで僕に見せる。

 

「……これ、なんか意味あるんすか?」

 

 見た感じ、ただの十字架だ。安いっちゃ安いけど、現状無駄な買い物が出来る状況じゃない。

 

「まあまあ、そう言いなさんな。この十字架にはな、少しばっかり神の加護が憑いてるんだと。俺ァ冒険者じゃねえから効果のほどがどんなモンかはうまく言えないが持ってて損はないはずだ!」

 

 効果が分からないものを売るのか。

 でも、うーん、加護があるっていうのは気になるなぁ。よく見ると淡く光ってるのが僕の眼から見たら分かるし嘘じゃないと思う。しかも30ヴァリスって。じゃが丸君と同じ値段かよ。

 

「今だけだぜこんなに安いのは!? オレも新米に死んでほしくはないからな。ホラ、騙されたと思って!」

 

 でも安く売ってくれるっていうならありがたい。

 

「……分かりました、買います」

 

「ヘヘ、毎度あり!」

 

 迷ったけど、結局買うことにした。魔物と戦ったことのない僕にとっては小さな加護でも役に立つかもしれないし。

 

 おじさんから十字架を受け取り、路地を再度歩きながら買った十字架を眺める。

 昔は銀に輝いていたことが窺えるけど、今はくすんでその輝きを失っている。よく見ると赤い線が十字架の真ん中を走っている。

 

 

 ドンッ

 

 

 そんな感じで十字架を見ながら歩いてたら壁にぶつかる。イタタ、十字架に気を取られ過ぎてよそ見し過ぎた……。

 

 あれ、こんなところに壁あったっけ?

 

 

 

 そう思って前を見るとそこには大男が立っていた。

 2mは裕に超えるだろう体躯を持つ、化け物を素手で殺せそうな厳つい男が僕を見下ろしている。

 

 

 

 

「……ぶつかってすいませんっした! 前見てなくてすいませんっしたあああ!!」

 

 

 

 

 限界まで頭を下げる僕。

 

 何この人!? 怖すぎるよ!! ヤバイ、因縁つけられたらどーしよ!? 

 

 でもさすがに路地裏とはいえ人目もあるし手荒なことはしないよね……?

 

「…………来い」

 

 僕を睨みながらただ一言告げる大男。

 

 あ、詰んだ。

 

「いや、あのですね、もうこれからよそ見しながら歩くなんてしませんから許してもらえないかなー、なんて……ハハハ……ツイテイキマス、ハイ」

 

 問答無用と語るその目を見て諦める僕。逃げようにも僕の足じゃ絶対に追いつかれそうだ。

 

 大男の後ろを歩き、人目のない小さな路地裏に連れて行かれる。

 

 袋小路の中、壁を背にゴクリと生唾を飲み込む僕を睨みながら大男は口を開いた。

 

「貴様、見ていたな?」

 

「へ?」

 

「朝、貴様らがダンジョンへ向かう途中、我が主を見ただろう」

 

「っ!?」

 

 一気に心臓が跳ね上がる。

 

 そうか。こいつ、あの時の『バベル』の上の階にいた女神の使いか! ギリギリ目が合う前に視線は切ったつもりだったけど、結局はばれていたのか。

 

「……だったら、何ですか」

 

 誤魔化そうかとも考えたが、正直に言う。言わざるを得なかった。それだけこの大男の目は威圧感に溢れていた。

 

「率直に言おう。あのお方のことは誰にも話すな」

 

 つまりは口止めというわけか。やっぱりあの女神はベルを狙ってる!

 

「っ……断ります! 何のつもりか知らないけどベル君にちょっかいは出させな―――ガッ!?」

 

 僕が言い終わる前に大男は僕の胸ぐらを掴みあげる。僕の足が地面から離れる。

 

「貴様に拒否権はない」

 

「ぐっ……」

 

 息が出来ない。

 

 これがただのカツアゲだというのならこのまま絞め落とされようが構わない。でも僕を拾ってくれた人たちに危険が迫ってるというのなら……。

 

(【神々の―――……?)

 

 目の前の大男の視界をジャックしようとすると、不意に息が出来るようになる。

 

「貴様は誤解している」

 

「カハッ……ゲホッゲホッ……誤解?」

 

「あのお方はベル・クラネルに危害を加えるおつもりはない」

 

 ……なんだって? じゃああの目線はなんだったっていうんだよ。

 

「だが、もし、貴様があのお方のことを口外したり、無用な詮索をすれば……貴様も、貴様のファミリアも只では済まん」

 

「危害を加えるつもりはないって、……信じられるかよそんなこと」

 

「ならば誓おう。我が主神にかけて、この言葉に偽りがないことを」

 

 そう言うと大男は右手の拳を自らの胸に当てた。

 

「なっ…!?」

 

 武人の誓い。その姿は何故だかクラウスさんと重なって見えた。僕は何も言い返せなかった。

 

「……分かった」

 

 俯きながらその一言を絞り出す。

 

 それを聞いた大男は僕に背中を向け歩き出す。

 

 結局、僕には何も出来なかった……。いつもと同じ。こんなファンタジーみたいな世界に来ても変わらない。僕は一人じゃ何もできない……!

 

 でも―――

 

『光に向かって一歩でも進もうとしている限り、人間の魂が真に敗北する事など断じて無い』

 

 諦めない。たとえ今僕に出来ることが何もなくても。絶対にベル君を、僕を受け入れてくれた人たちを守って見せる!

 

 おそらく彼が言ったことは本当なんだろう。でも危害を加えるつもりはないって言いながら、気付いた僕に口封じをするってことはばれたらマズイ何かがあるってことだよな。

 

 

 

「レオ君?」

 

 僕がうんうん唸りながら歩いていると、僕の名前を呼ぶ声。

 

「ヘスティア様……」

 

 そこにはじゃが丸くんの露店でバイト着を着て店番をしている神様の姿があった。

 

「神様がバイトって……、半信半疑だったけど本当だったんですね……」

 

「むむっ! なんだいその呆れたような言い方は! むしろ褒めるべきだろう! 神という存在でありながら人々のために労働をしているんだよボクは!」

 

 背伸びしながらプンプンと怒るヘスティア様。ごめんなさい、普通に可愛いです。

 

「ふんっ! 今に見てなよ! いつかボクだってこのじゃが丸くん屋さんで実績を残してゆくゆくは君たちより稼いで見せるんだから!」

 

「お金稼ぐのって僕たちの仕事ですよね……?」

 

 手段と目的が入れ替わってるのではなかろーか?

 

「それで何があったんだい? こんなところで浮かない顔をして」

 

「いえ、別になんでもないですよ」

 

 誤魔化すしかない。さっき脅されたばかりだ。

 

「……もう一回言うよ、レオ君。何があったんだい?」

 

「っ」

 

 ヘスティア様は心配そうにこちらを見上げてくる。

 

「昨日も言っただろう? ボクは神様だ。レオ君に何かがあったことぐらい分かるよ? 話してくれないかい?」

 

 慈愛に満ちた目で僕を見るヘスティア様。

 

 もう少し早く、迷わずここにたどり着けてたのなら真実を言えたのかな? いや、無理か。あの大男は僕がヘスティア様に報告しないようにするため送り出された使いだもんな。だから―――

 

 さっき決めた覚悟を胸にヘスティア様が差し出した手を拒絶する。

 

「ごめんなさい。今は、言えません。でももし、話さなければいけない時がきたなら全て打ち明けます。約束します」

 

 奇しくも、昼に誤魔化した時と同じような言葉で、でも重みだけは本物で。

 

「……分かった。レオ君、君を信じよう」

 

 僕の表情から察したのか、ヘスティア様はそれ以上問い詰めるようなことはしなかった。

 

「それじゃあレオ君! 君は今お客さんなんだ。どうだい買っていかないかい? この小豆クリーム味なんて最近評判良いんだよ?」

 

 ここぞとばかりに押し売りしてくる神様。でも僕がここで買ったところでファミリアの利益にはならないんだけどなぁ……。

 

「じゃあ、その小豆クリーム味のを二つください」

 

「まいどあり!」

 

 買ったじゃが丸くんを手にヘスティア様に別れを告げ、僕はホームまでの帰路についた。

 

 

 

 

 

 ……やべ、今日の夕飯代、残すの忘れてた。

 

 




謎のアイテムゲット&口止め完了です。
赤ラインの入った銀の十字架って血界戦線一巻の表紙で見たぞ?とか言わないでくださいお願いします!




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酒場にて

いい曲ですよね。


「か、神様、これ、書き写すの間違ったりしていませんか……?」

 

「……君はボクが簡単な読み書きもできないなんて、そう思っているのかい?」

 

「い、いえっ! そういうことじゃなくて……ただ……」

 

時刻は夕方。それぞれホームに帰り着いた僕らは今【ステイタス】更新をしていた。そこでベル君に驚きの成長があったようだ。

 

僕も後ろから【ステイタス】更新の紙を見せてもらうけど……うわ、こりゃ確かにえげつない上がり方してるなー。

 

「か、神様っ、でもやっぱりおかしいですよ!? ここっ、ほら、『耐久』の項目! 僕、今日は敵の攻撃を一回だけしかもらってないのに!」

 

「……」

 

ちなみに僕の【ステイタス】の伸びは普通。いや、ただの見学だったし伸びてないと言ってもいい。力、耐久は未だ0だし。

 

「だからやっぱり何かがっ……あ、あの、神様?」

 

「……」

 

ヘスティア様の機嫌の悪さの理由を僕は知っている。理由はもちろんレアスキルのことだろう。

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】。早熟するってそういう意味だったのね。

 

おそらくアイズ・ヴァレンシュタインへの想いの強さによって【ステイタス】の上り幅が上がるのだろう。そしてヘスティア様はベル君に想いを寄せている、と。

 

ベル君も大変だねぇ。痴情のもつれとか気をつけなよ? それで何度も病院送りになってる人とかもいるんだからね。

 

「ボクはバイト先の打ち上げがあるから、それに行ってくる。レオ君、君も付いてくるんだ!」

 

「え? 僕もですか?」

 

「えーっと、ほら! 今日僕のバイト先に来ただろう!? そこにいたおばちゃんが君のこと気に入ったんだよ! だから来るんだ!」

 

今思いついたかのようにヤケクソになりながら喚くヘスティア様。でも彼はそれでも疑おうとしない。ベル君、キミってやつはなんて純粋なんだ。

 

「君もたまには一人で羽を伸ばして、寂しく豪華な食事でもしてくればいいさっ」

 

僕はヘスティア様に引っ張られながら部屋を荒々しく出る。

 

その際、チラリと見えたベル君は、捨てられた子兎みたいだった。

 

 

「これからどこに向かうんですか?」

 

引っ張られるまま教会を出て、メインストリートの方へ向かう。

 

「さっきの話を聞いていなかったのかい? バイト先の打ち上げだよ」

 

「……えぇ!? あれ嘘じゃなかったんですか?」

 

「失敬な。ホントだよ。……まあ、おばちゃんが君のこと気に入ったっていうのは嘘だけど」

 

「ちょ、待ってくださいよ!? そんなところに僕を連れてくんですか!? 嫌ですよ! なんで全く知らない職場の飲み会に参加しなくちゃいけないんですか!?」

 

「大丈夫だよ、皆いい人たちだからさ」

 

「そうなんですか、なら良かった。ってなりませんから!? そもそも僕お金ほとんどないんですけど」

 

「強引に連れてきてしまったんだ。さすがにボクが払うよ」

 

結局、あれやこれや言いながらも打ち上げ場所である酒場に着いてしまう。

 

……はあ、まあいっか。どうせお金ないんだし、おごってもらえるんなら。

 

「ヘスティアちゃーん! こっちこっち! あら、そちらの子は?」

 

「紹介しよう! ボクの眷属の一人、レオ君だ! 今日はこの子も参加させてもらっていいかい?」

 

「あぁ、今日じゃが丸くん買っていった子ね! いいわよ全然。でもちゃんと会費は払ってね」

 

「わかってるよおばちゃん!」

 

結局ヘスティア様のお金だけじゃ二人分足らず、僕の所持金と合わせてギリギリ払うことが出来た。

 

 

―――2時間後

 

「―――そしてベル君は言ったんだ。『僕も、神様に出会えて良かったです』って! その時思ったよ、ボクはきっとこの子のことを好きになるって! それからというものボクはベル君一筋なんだよ!」

 

「そーなんですかー」

 

「だというのに! せっかくボクらが愛を育み始めたと思ったのにまさかのヴァレン何某! そんなにヴァレン何某がいいのかい!?」

 

「それはキツイですねー」

 

「だろー!? そもそもベル君はダンジョンに夢を見すぎなんだよ! 今時ハーレムなんてはやらないに決まってる!」

 

「それはすごく同感します」

 

ヘスティア様はかれこれ2時間愚痴をこぼし続けていた。ベル君との思い出話を語っては不満をこぼしを繰り返している。ちなみに今の髪留めの話は2回目。もう完全に出来上がってるな、これは。

 

僕も最初の頃こそ真剣に聞いてあげていたけど途中からはもう聞き流しちゃってる。ヘスティア様もなんだか独り言っぽくなってるし。

 

……さすがにスキルのことを大声で話したりはしないよね?

 

そんな心配もしながらヘスティア様の話に相槌を打っていると僕たちの前に人影が現れた。

 

「よ、ヘスティア。今日は随分荒れてるな」

 

「……タケじゃないか。どうしたんだいこんなところで?」

 

「いや、実はな、うちのとこの命が今日、レベル2になったのでな。そのお祝いだ」

 

「ホントかい!? そりゃおめでたいね! よし、ここはボクが奢ってあげよう。たくさん飲んで食べて楽しむといい!」

 

「ヘスティア様、僕らこの打ち上げ代で素寒貧ですよ」

 

「ハッハッハッハ、ヘスティアのとこも家計が厳しいのは知っている。たとえお金があっても受け取るわけにはいかないさ」

 

タケと呼ばれたこの人もオーラを見る限り神様らしい。昔の東洋風な出で立ちで顔は神様の例に漏れずかなり整っている。

 

その後ろには同じく東洋風な格好をした人たちが6人。

 

不意に男神様の顔がこちらを向く。

 

「して、こちらの子はヘスティアの子かな?」

 

「そうだよ! ボクの二人目の眷属、レオ君だ!」

 

「どうもっす。レオナルド・ウォッチと言います」

 

「タケミカヅチだ。よろしくな。しかし驚いたな、ヘスティアの眷属は一人しかいないと聞いていたが……」

 

「あ、実は昨日入団したばかりなんですよ。だからまだ右も左もわからなくて」

 

「ほう。そうだな、最初のうちは分からないことも多いだろう。だが諦めず歩んでいけば、いつか道が見えてくるさ」

 

「それでも道に迷った時はいつでも俺たちに頼っていい。役に立てるかは分からんが」

 

「……はいっ。ありがとうございます」

 

タケミカヅチ様は女だったら絶対に惚れてるであろう微笑みを浮かべる。

 

【タケミカヅチ・ファミリア】か。タケミカヅチ様はもちろん、眷属の人も優しそうな人たちばかりだ。

 

いつかお世話になりそうな予感を覚える。

 

「おーい、ヘスティアちゃん、そろそろ二次会に行こうって話になったんだけど……って、寝ちゃってるわね」

 

隣のテーブルにいたおばちゃんがヘスティア様に話かける。が、ヘスティア様は眠ってしまっていた。

 

「あー、大丈夫ですよ。僕が家まで運びますから。気にせず二次会に行っちゃってください」

 

「あら、そう? じゃあよろしく頼むわね、レオちゃん」

 

おばちゃん達が会計を始めるのを見て、僕はタケミカヅチ様の方へ振り返る。

 

「それじゃあ僕らはこれで失礼します。タケミカヅチ様、あと皆さんも、楽しんでくださいね」

 

「うむ、また会おう」

 

僕は「ベルくーん愛してるよぉ」などと寝言を言うヘスティア様を背中に抱え、酒場を後にした。

 

 

 

「ただいまー」

 

ヘスティア様を抱え、教会の隠し部屋の扉を開く。部屋にはまだ魔石灯は点いてなく、人の気配もない。

 

「あれ? ベル君はまだ帰ってきてないのかな?」

 

ヘスティア様をベッドに寝かせ、部屋を調べるが、やはりまだ帰ってきていない。

 

その事実に違和感を覚える。

 

彼がどこに行ったのかは見当が付く。朝、シルさんと約束した酒場に夕食を食べに行ったんだろう。

 

でも、こんな時間まで帰ってこないなんてあるかな?

 

ザップさんみたいな人なら、どこか女の人に家にでも泊まってるんだろうってことで心配する必要は皆無だけど、ベル君は憧れの人がいるし、そもそもまだ子供だ。

普通だったら、夕飯を食べたらすぐ帰ってきてヘスティア様を迎えるくらいするだろう。

 

「まさか柄の悪いのに捕まったりしてるんじゃ……」

 

僕の脳内に強面の男たちに囲まれる白い子兎のイメージが浮かぶ。

 

「……探しに行こう」

 

僕は万が一のために帰ってきていないベル君を探してくるという旨を記した書置きをして教会を出た。

 

 

 

 

 




【タケミカヅチ・ファミリア】とのパイプゲット。
レオ君は作品に描かれてないところで人と仲良くなってるイメージ。


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ベル・クラネルを探せ

「とりあえず、シルさんが働いているっていう酒場に行ってみるか」

 

 記憶の中にある酒場までの道のりを走って辿り、西のメインストリート沿いにある『豊饒の女主人』という酒場に駆け込む。

 

「いらっしゃいませニャー! お一人様ですかニャ?」

 

 未だ冒険者たちの盛り上がりが途絶えない酒場の入り口をくぐると、ハツラツそうな猫耳の店員さんが対応してくる。

 

「あの、ここに茶色いコートを着た白髪の少年が来ませんでしたか?」

 

 店内を見回してもベルの姿は見えなかったので、店員さんに尋ねる。

 

 すると店員さんの表情が、営業スマイルから一変、怒りにゆがむ。

 

 気付くと他の店員たちも僕を殺気のこもった眼で睨みつけている。な、なにこの酒場……怖すぎるんだけど。

 

「お前まさか、あのシルに貢がせるだけ貢がせておいて役に立たなくなったらポイしていった食い逃げクソ白髪野郎の仲間かニャ!? おのれ、シルを悲しませといて生きて帰れると思うニャよ!!」

 

 食い逃げ!? ベル君が!? 人違いだろ!!

 

 必死にあり得ないと否定するが店員さんは聞く耳持たず。本気で殺されるんじゃないかと思っていると、カウンターの方から怒声が飛ぶ。

 

「サボってんじゃないよ、アンタ達!! さっさと仕事を続けなぁ!!」

 

 店員たちは一度体をビクリと震わせ、次の瞬間には営業スマイルに戻り、接客や注文取りを始める。

 

「坊主、来な」

 

 呆けていると、怒声を発した女将さんらしき人から睨まれる。正直、店員全員から睨まれた時より怖いが、何とか足に前に歩くように命令する。

 

『うわー、さっきの食い逃げの仲間かいな。こりゃあ血の海を見ることになるかもしれへんな』

 

 カウンターに向かう途中、そんな声が聞こえてくる。店内の酒を飲んでいた連中もこちらをニヤニヤと伺っている。

 

 あの……やめてくれません? ただでさえ足が震えてるのに、ちびりますよ、いいんですか?

 

「アンタ、朝にシルと話してた冒険者の片割れかい?」

 

「……はい」

 

 どうやらベル君がここにきたのは間違いないらしい。

 

「金を持ってきたのかい?」

 

「……彼が何の理由もなしに食い逃げなんてするわけがない。あなた達が何かしたんじゃないですか?」

 

 ミシリ、となにかが軋む音があちこちで鳴る。周りもドヨドヨと騒ぎ始める。

 

 しかし女将さんは眉ひとつ動かさず僕を見据え続ける。

 

「そうだね、もしかしたら何かただならない理由があったのかもしれないね。で、それとうちに何か関係があるのかい?」

 

「っ」

 

 それは、確かにそうだ。ヘルサレムズ・ロットでもそうだった。たとえどんな理由があろうと、金を払えないなら客じゃない。臓器を売られようが殺されようが何をされても文句は言えないのだ。

 

「……お金は必ず払います。信用できないなら僕のことをどうしようと構いません。だから、ここで何があったか教えてください」

 

 僕は頭を下げる。

 

 それから数秒、僕にとっては何時間にも感じる数秒が過ぎた後、場は動いた。

 

 それは女将さんではなく、後ろの席に座っていた客が席を立った音だった。

 

「……私が、説明します」

 

 振り返ると金眼金髪の女の子が申し訳なさそうにこちらを見ていた。

 

「ちょ、アイズたん? いきなりどしたん?」

 

「女将さん、いいですか?」

 

 近くにいた糸目の女性の制止を無視して金髪の少女は女将さんに了承を取る。

 

 女将さんは黙ってうなづいた後、「奥を使いな」と、おそらくスタッフルームに続く扉を親指で指した。

 

 僕と金髪の少女はその指示に従い、奥の廊下まで歩く。扉を閉め、二人きりになったところで少女はこちらに振り向く。

 

「あの、あなたは?」

 

「……私は、アイズ・ヴァレンシュタイン。あなたは、あの白髪の子の、知り合い?」

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン。その名前に驚く。確かベル君の想い人の名前じゃないか。ということはつまり彼は意図せずして憧れの人と同じ店で食事をしたのか。

 

「多分そうです。白髪にルベライトの瞳。なんていうか、兎みたいな少年のことですよね?」

 

 僕の言葉に彼女は頷き、そして目を伏せる。

 

「ごめんなさい。私はあの子を傷つけてしまった……」

 

 そこから彼女はポツポツと酒場で起きたことを話してくれた。

 

 どうやら彼女たちは本人が近くにいるとも知らず、ベル君のことを嘲り、笑いものにしてしまったらしいのだ。

 

「それで、私が気付いた時には酒場を出て走り去ってしまって……本当に、ごめんなさい」

 

 二度目の謝罪で彼女は話を締めくくる。

 

「……僕に謝られても意味ないですよ」

 

 話を全部聞き終わった僕は俯いて悲しそうな顔をしている彼女に言う。

 

「……そう、だよね」

 

「というか、そもそもベル君にも貴方が謝る必要はないですよ。貴方は悪くない。そのベートっていう人もそうだ。笑いものにしたのはすっっっごくムカついてますけど、僕らは彼の言い分に言い返せませんから」

 

「でも……」

 

「じゃあ、今度ベル君を見かけたら、挨拶だけでもいいので話しかけてあげてください。それだけで彼は喜びますから」

 

 まだ納得できてない顔をしている彼女に僕は笑いかける。そしてすぐに真面目な表情に戻す。

 

「話を聞かせてくれてありがとうございました。行くとこが出来たのでこれで失礼します」

 

 僕は彼女に背を向け、再び女将さんの前まで歩く。そして再び頭を下げる。

 

「必ずお金は払います。必ずベル君を、縄で縛ってでも連れてきます。だから少しだけ待ってもらえないでしょうか!?」

 

 女将さんはそんな僕の姿を見て大きく溜息をついた。

 

「わかったよ。……明後日まで待とう。もしそれまでに来ないようなら、こちらから出向くから覚悟しときなよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 女将さんの返事を聞くや否や酒場の出口を目指す。その途中、犬耳をつけた青年に絡まれる。

 

「待てコラ。テメェ、アイズと何話してたんだよ?」

 

 ……この人が話に出てきたベートさんか。

 

「雑魚が、アイズと口きいてんじゃねぇよ。そんな資格テメーにはねえ」

 

 思った以上にムカつく話し方をしている。アイズさんはオブラートに包んでたけど実際はこんな口調でベル君を嗤ったのか。

 

 さっきはああ言ったけどこの人には是非ベル君に謝って欲しい。まあ絶対謝ってくれないんだろうけど。

 

 そう思うと一泡吹かせないと気がすまなくなってきた。

 

「オイ、聞いてんのか!?」

 

 黙って背を向けていると僕の肩が掴まれる。

 

 ……よし、この角度からじゃ誰にも僕の眼は見えないな。

 

「悪酔いし過ぎだ! 酔っ払い!!」

 

「うおっ!?」

 

 彼の視界をジャックする。元々酔っ払ってたのも合わせて彼は簡単にバランスを崩した。

 

 その隙に僕は走って酒場を出る。

 

 

 ベル君のオーラは独特だ。色は透明。だが眩しいくらいに輝いている。だからこそ酒場から続く彼のオーラも見分けることが出来る。

 

 そしてその輝くオーラは大通りを真っ直ぐ東、『バベル』の方に走っていた。

 

 ……どうする?

 

 ダンジョンだとは見当が付く。

 

 でも、まだ魔物と戦ったことすらない非武装の人間一人で彼がいるであろう階層までたどり着き、連れて帰ることが出来るだろうか。

 

【神々の義眼】を使えばある程度の戦闘は避けられるけど、その場凌ぎにしかならないし、そう何度も連続して使えない。

 

 せめて人手があれば……。

 

 そこでふと、打ち上げでのことを思い出す。

 

「タケミカヅチ様……」

 

 すぐに打ち上げがあった酒場に向かって走る。あれから一時間と少し、まだ間に合うはずだ。

 

 走っている途中見知った人影を見つける。

 

「シルさん!」

 

「レオナルドさん……?」

 

 振り向いた彼女はひどく憔悴していた。いつの間にか降り出していた雨で体もずぶ濡れだ。きっとベル君が走り去ってから今まで、休まずあちこちを探し回ってたんだろう。

 

「レオナルドさん! ベルさんがっ!」

 

 それでも彼女は自分の体のことを気にせずベル君の心配をしている。

 

「大丈夫です。ベル君は必ず見つけ出してシルさんのところまで連れてきますから、だからもう酒場に戻ってください。風邪ひきますよ」

 

「でもっ……!」

 

「大丈夫です。女将さんとも約束しましたし、きっと皆心配していますよ」

 

「……分かりました」

 

 シルさんは小さくうなづいて未だ心配そうな顔を浮かべながらも酒場の方角へ歩き出す。

 

 

「ハァ、ハァ……いた! タケミカヅチ様!!」

 

 夕飯を食べた酒場に着くとタケミカヅチ様達は店の入り口で雨宿りしているところだった。

 

「レオ? そんなに慌てて一体どうしたのだ?」

 

「お願いします! ベル君を、僕の仲間を助けてください!」

 

 今日だけでもう何度頭を下げたか。すっかり軽くなってしまった頭を、それでも必死に下げる。

 

「……話を聞こう」

 

 真剣な顔つきで耳を傾けてくれるタケミカヅチ様に今まであったことを簡単に説明する。

 

「せっかくのお祝いの席なのにすみません。お礼は必ずしますからお願いします!」

 

「命、頼めるか?」

 

「はい!」

 

 タケミカヅチ様は迷うことなく後ろにいた冒険者の一人に頼む。

 

「お礼なんかいらん。頼ってくれと言ったのは俺だからな。それにここで見捨てたらヘスティアに一生恨まれるであろうしな」

 

「っ……ありがとうございます!」

 

「行きましょう、レオナルドさん」

 

「はいっ」




レオ君の『豊饒の女主人』に対する信頼度は結構低めです。フレイヤ様の件がありますからね。

作者の『豊饒の女主人』に対する好感度はかなり高めです。リューさんとアーニャがいますからね。……どうでもいいですね。


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千里の道も一歩から

真面目な話を書くのは難しいです。ギャグを書くのも難しいですが。
上手く表現できるようになりたいです。


 

 

 ――――――ダンジョン内

 

 

「レオナルド殿、そのベルというお方はどのあたりの階層にいるのかわかりますか?」

 

「レオでいいですよ。彼の最高到達階層は5階層です。感情に任せてダンジョンに入ったのなら5階層以降のフロアにいる可能性が高いと思います」

 

「そうですか。ならば5階層までは全力で走り抜けましょう!」

 

「はい!」

 

 命さんは強かった。何かのスキルを持ってるのかモンスターと鉢合わせない様に動き、それでも出くわしたモンスターを通りすがりの一撃で倒してしまっている。今日の朝見たベル君とは力量も技術も段違いだ。

 

 これがレベル2……。

 

「さすがですね、命さん。さっきから魔物全て一発じゃないですか」

 

「いえ、それほどでも! というか実は自分でもビックリしてます……」

 

 命さんは刀を持つ自分の手を見ながら感心している。

 

「どういうことです?」

 

「自分は今日の【ステイタス】の更新でレベル2になったので、今回がレベル2になって初めてのダンジョンなんです。ランクが上がると飛躍的に身体能力が向上すると聞いてましたが、まさかここまでとは……」

 

 僕もヘスティア様からランクアップがどういうものかは聞いてたけどそんなに変わるのか。……ちょっと経験してみたいかも。

 勿論この世界に永住するつもりなんてないけど、一回くらいなら……。

 

「個人差はありますがランクアップにはやはり年単位の時間がかかります。私はダンジョンに潜るようになってから2年経ってランクアップしました。たしか最短で【剣姫】殿の1年だったかと」

 

 最短で1年って……。

 

 命さんにランクアップについて尋ねたが、やはりかなりの期間を要するみたいだ。僕にはそんな才能ないし、そもそも年単位でこの世界に留まるわけには行かない。

 

「ランクアップは経験できなさそうだなぁ」

 

「大丈夫ですよレオ殿! 誰だって強くなる可能性はあります。諦めずに日々鍛錬を積めば必ずランクアップできる日が来ます!」

 

 僕のつぶやきを勘違いした彼女の必死の励ましに頬が緩む。この子はかなり真面目で優しい性格をしてるんだなあ。

 

 そんな感じで話していると思ったよりも早く5階層に辿りつく。

 5階層、ここからは4階層以上とは異なり、ダンジョンの構造がより一層複雑になる。魔物の出現頻度も増え、キラーアントなどの厄介な魔物も出現するようになる。ベル君が言ってた。

 

 レベル2冒険者の同伴ありとは言え、まさかこんなに早く5階層に来ることになるなんてなぁ。壁の色が薄い青から緑に変わるのを見ながらそんなことを考える。そもそも僕ってまだゴブリンとすら闘ったことないのに。

 

「ここからは虱潰しに探すしかないですね」

 

「その必要はありません」

 

 一瞬迷ったが、出し惜しみをしている場合じゃない。僕は目を見開く。

 

「その眼は……!?」

 

「僕のスキルです。長時間は無理だけどこれでベルを追えます」

 

 命さんに軽く説明してダンジョン内を視る。地面にはベルの透明なオーラがくっきり残っていた。それはもっと奥の方まで続いている。

 

「……っ。こっちです。行きましょう」

 

「……その眼は大丈夫なんですか?」

 

 この使い方は眼が熱を持ちやすい。

 脳に熱が伝わる感覚に頭を押さえる僕を、命さんは心配そうに見る。

 

「使いすぎると熱を持ちますけど、このくらいなら。それよりも急ぎましょう」

 

 出てくるモンスターを命さんがやはり一撃で倒しながら進み、とうとう6階層まで下りることに。

 

「いたっ!」

 

 6階層まで下りると、沢山の魔物の死骸が転がっていた。その死骸の跡を辿るとベル君らしく人影を視認する。

 そこでは白髪の少年が防具もなしにナイフ一本で影のような魔物の群れに囲まれながら応戦している。

 

「ベル君ッ!!」

 

「レオさん……!?」

 

 僕が駆け出すより早く命さんは飛び出し、次々にベル君を囲む魔物を屠っていく。そして数分足らずで周りの敵を全て消滅させた。

 

 その光景を見た彼は助かったという安堵の表情ではなく焦燥を顔に滲ませる。

 

「ベル君、帰ろう。防具もなしにこんなところをうろつくのは危険すぎる」

 

 一気に静まり返ったダンジョンの中で僕は顔を俯かせるベル君の腕をつかむ。

 しかしベル君は乱暴に僕の手を振り払う。いくらベル君が酒場の一件で焦っていようと、そんなことをするとは思っておらず、思考が硬直する。

 

「……先に帰っててください。僕はまだやれます」

 

 だけどベル君のその言葉を聞いた瞬間頭に血が上る。気付いた時には彼の顔面を殴り飛ばしていた。

 

「……ぇ?」

 

「ふざけるなよ……! 俺たちがどれだけ心配したと思ってるんだよっ! シルさんなんかお前のことずっと探しまくってて、ひどい顔になってたんだぞ!! ヘスティア様だって今頃僕らがいないのに気付いて心配してる!」

 

 愚痴りながらもベル君のことを愛おしそうに話していたヘスティア様、自分のせいで傷つけたと僕なんかに頭を下げたアイズさん、雨の中必死にベル君を探していたシルさん、ほんの数時間前に出会ったばかりの僕に何の見返りも求めず協力してくれた【タケミカヅチ・ファミリア】の皆。

 

 今日だけで僕はたくさんの優しさに触れた。

 

 振り払われたのは僕の手だけだ。でも、僕にはそんなみんなの優しさも一緒に振り払われたように感じ、いてもたってもいられなくなったのだ。

 

「……」

 

「……酒場で何があったかは聞いたよ」

 

「っ」

 

 殴られて呆然としていたベル君はその言葉に顔を歪ませる。

 

「悔しいのは分かるよ。キミがダンジョンに潜った気持ちもわかる」

 

 この世界は明確に強くなる手段が用意されている。強くなりたくても、戦えるようになりたくても、悩みのた打ち回ることしか出来ないあの世界とは違うのだ。

 

「でも死んでしまったら元も子もないんだ。自棄になっちゃダメだろ……!」

 

「でも! 僕は……こんなに弱い。あの人に追いつきたいなんて言っておきながら、まだ足元にも及ばないんだ。……僕は、そんな自分が、赦せない……!」

 

 ベル君は地面に手を付き震える声で自分を責める。そんな彼の背中を見て僕は初めて『吸血鬼』と戦った日のみんなの背中を思い出した。

 

「……赦せなくても、いいじゃん」

 

「え?」

 

「赦せなくていい、打ちのめされてもいい。だってそれは諦めるのとは違うんだから」

 

 彼らの背中とベル君の震える背中は全然違う見た目だけど、根っこにあるものは同じに見えた。

 

「ベル君、キミの今日の悔しさはきっとキミを強くしてくれる。君はきっと強くなる。だから今日はもう帰ろう? 俺も一緒に頑張るから、さ」

 

「……はい」

 

 僕は手を差し伸べる。

 彼はまだ迷っていて、泣きそうな顔をしていたけれど、それでも今度は素直に僕の手を取ってくれた。

 

 

 

 命さんにお礼を告げ別れた後、僕らは教会に帰った。

 

「ベル君!? その怪我はどうしたんだい!?」

 

 教会の入り口でそわそわしながら待っていたヘスティア様が僕らに気付いて駆け寄ってくる。

 

「まさか誰かに襲われたんじゃあ……。レオ君、これは一体どうなっているんだい!?」

 

「いや、そういうわけではなくてですね」

 

「……ダンジョンに、もぐってました」

 

「ば、馬鹿っ! 何を考えてるんだよ!? そんな格好のままでダンジョンに行くなんてっ」

 

「……すみません」

 

 ヘスティア様はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、口をつぐみ、優しい笑みを浮かべる。

 

「シャワー、浴びておいで。血はもう止まっているみたいだけど、傷の汚れを落とさないと。その後すぐに治療しよう」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 ベル君は小さく笑う。

 

「神様」

 

「なんだいベル君」

 

「……僕、強くなりたいです」

 

「っ! ……うん」

 

 弱弱しくも、覚悟のこもったベル君の誓いにヘスティア様は目を伏せて真摯に受け止めた。

 

 ベル君をシャワーに入れてベッドで寝かせた後、ヘスティア様は僕に話しかける。

 

「レオ君、一体何があったか説明してもらえるかい?」

 

 真剣な目でこちらを見るヘスティア様に、僕も真剣に答える。

 

「詳細は言えません。ベル君は、きっとヘスティア様には知ってほしくないはずだから。彼の口から話されない限り、僕も話す気はありません」

 

「……そうかい」

 

「彼は今日、自分の弱さを知りました。彼はそれが悔しくてしょうがなかったんだと思います」

 

「ベル君は……強い子だよ」

 

「……僕も、そう思いますよ」

 

「レオ君、頼みがあるんだ」

 

「なんですか?」

 

「ベル君のことを見ててあげてほしい。ベル君が暴走した時に止めてあげてほしいんだ」

 

 きっとベル君は強くなる。誰よりも早く、真っ直ぐに。

 

 でもそれは、命がけの綱渡りだ。その場所でとどまることを知らず、次々と先へ進めば、いつか折れることになる。

 

 だから、とヘスティア様は懇願する。

 

「元よりそのつもりですよヘスティア様。絶対にベル君は死なせません」

 

 その言葉を聞きヘスティア様は嬉しそうに笑う。

 

「よし! レオ君も疲れたろう? 今日はもう寝よう! グヘヘ、さっきベル君からは言質をとったからね、ボクは存分にベル君の体を堪能させてもらうよ!」

 

「程々にしてくださいよーヘスティア様」

 

 よだれをじゅるりと出しながらベル君の懐に潜り込む主神様に呆れながら僕もソファに横になる。

 

 二日後、僕らはベル君の絶叫で目を覚ますことになった。

 

 




レオ君は着の身着のままでベル君を捜索していたので武装なしで命さんに着いて行ってます。


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友達の唄


レオ君が仲良くなったベル君らを連れてH・Lを案内している光景を見たいです。



 

「ベル君、今日は口頭で【ステイタス】の内容を伝えていいかい?」

 

「あ、はい。僕は構いませんけど……」

 

 ベル君のステータス更新中ずっと難しい顔をしていたヘスティア様は覚悟を決めた顔をする。

 その様子じゃきっとベル君の【ステイタス】がまた大幅に上がったのだろう。

 

 聞いていると、合計で二百以上も上がったらしい。予想以上だった。

 

 その後ベル君の到達階層更新にヘスティア様はしばらく説教。

 そりゃあ防具も着けずに6階層まで潜ったのだ。怒られるに決まってる。

 

 小さくなっていくベル君がチラチラと僕に視線で助けを求めてくるけど当然スルー。

 

「今の君は理由ははっきりしないけど、恐ろしく成長する速度が早い。どこまで続くかはわからないけど、言っちゃえば成長期だ」

 

「は、はいっ」

 

『レアスキル』についてはやっぱり伏せることにしたようだ。

 

 僕もそれがいいと思う。

 

 他の神様たちにばれたら不味いというのもあるけど、このスキルを彼が知った時どうなるかも分からない。

 

 彼の心は今揺れ動いてる。今まで平和に暮らしていた少年がここ数日で、死への恐怖、強い憧憬、大きな挫折と多くの経験をした。少なくともこの経験が彼の糧となり、大抵のことではぶれない心を手に入れるまでは隠していた方がいいだろう。

 

 なんて、歳もそんなに離れてない僕が言うのもおかしいかな。

 

「約束してほしい、無理はしないって。この間のような真似はもうしないと、誓ってくれ」

 

「強くなりたいっていう君の意志をボクは反対しない。尊重もする。応援も、手伝いも、力も貸そう。……だから」

 

「……お願いだから、僕の前から居なくならないでくれ」

 

 ヘスティアの願いにベル君はしばしの沈黙の後、顔をあげる。

 

「……はいっ」

 

 その顔はどこか吹っ切れたような顔をしていた。

 

 敵わないなぁと、思う。僕じゃあベル君の心に絡みついた鎖をちゃんと解いてあげることが出来なかった。

 説得は出来たけど、その顔はまだ苦しそうにしてたから。

 

 いつか僕もうつむいている人を正しい道に引き戻すことが出来るのだろうか。

 

 ……出来るようになりたいな。

 

 

 話が終わるとヘスティア様はパタパタと出かける支度を始める。

 

「ベル君、レオ君、僕は今日の夜……いや何日か部屋を留守にするよっ。構わないかなっ?」

 

「えっ? あ、わかりました、バイトですか?」

 

「いや、行く気はなかったんだけど、友人の開くパーティーに顔を出そうかと思ってね。久しぶりにみんなの顔を見たくなったんだ」

 

 僕らはそれを笑って了承する。

 

「キミたちは今日もダンジョンに行くのかい?」

 

 ドアに手をかけたところでこちらに振り向く。

 

「そのつもりなんですけど……やっぱり、ダメですか?」

 

「ううん、いいよ、行ってきな。ただし引き際は考えるんだよ? レオ君もサポートをよろしく頼む」

 

「はい、ありがとうございますっ」

 

「は」

 

 各々了承の返事をするとヘスティア様はえくぼを作り、部屋を後にした。

 

「……さて、まずは―――」

 

「はい、わかってます」

 

 僕らはダンジョンに潜る準備を済ませると教会を出た。

 

 

 

「ベルさんっ!」

 

 僕らは女将さんとシルさんに約束したとおり、『豊饒の女主人』に向かった。

 

 すると酒場の前に立っていたシルさんがこちらに気付き近づいてくる。

 

「一昨日は、すみませんでした。お金も払わずに、勝手に……」

 

「いえ、大丈夫ですから。こうして戻ってきてもらえて、私は嬉しいです」

 

 いつかのように微笑むシルさん。良かった、風邪とかひいてないみたいだ。

 

「レオナルドさんも、ありがとうございます」

 

「いや、僕は別に何も」

 

 と言いつつも、お礼を言われるとやはり嬉しくて照れてしまう。

 

 ベル君はポーチに入れていたお金をシルさんに渡す。

 

「これ、払えなかった分です。足りないって言うなら、色を付けてお返しします」

 

「私の口からはそんなこと言えません。そのお気持ちだけ十分です……私の方こそ、ごめんなさい」

 

 シルさんがポツリと謝罪する。それに対してベル君は大慌てで罪悪感を抱く必要はないということを身振り手振りで伝える。

 

 そんな彼の姿に元気づけられたようでシルさんもクスクスと笑みをこぼした。

 

 その後シルさんは「少し待っててください」と残して店の中に消える。

 

 そして大きめのバスケットを抱えて戻ってきた。

 

「ダンジョンへ行かれるんですよね? よろしかったら、もらっていただけませんか?」

 

「えっ?」

 

「今日は私たちのシェフが作った賄い料理なので、味は折り紙つきです。その、私が手を付けたものも少々あるんですけど……」

 

 シルさんは少しモジモジしながらベル君にバスケットを渡す。おっとこれは、もしかしなくてもシルさんはベル君にホに字らしい。ベル君もなかなかスミに置けないじゃないか。

 

 ニヤニヤと隣を見るが、肝心のベル君はキョトンとした顔をしている。

 

「いえ、でも、何で……」

 

「差し上げたくなったから、では駄目でしょうか?」

 

「……すいません。じゃあ、いただきます」

 

 ベル君は何やら納得した顔でバスケットを受け取る。

 

 しかし、ヘスティア様とシルさんに惚れられ彼自身はアイズさんに惚れている、と。

 

 まあキミは心が清い子だから大丈夫だとは思うけど、

 

「背中には気を付けてね」

 

「怖いですよ!? どういう意味ですか!?」

 

 女性絡みで数えるのを止めてしまったほど何度も病院送りになる某SS先輩のことを思い出しながら忠告する。

 

「坊主たちが来てるって?」

 

 店の入り口から女将さんがぬぅ、と姿を現す。

 

「おはようございます女将さん。今まで待って頂いてありがとうございました」

 

「約束は守ったんだ。問題ないよ」

 

 女将さんは豪傑な笑みを浮かべて礼を言う僕の頭をバシバシ叩く。

 

「シル、アンタはもう引っ込んでな。仕事ほっぽり出して来たんだろう?」

 

「あ、はい。分かりました」

 

 シルさんはお辞儀をするとお店の中に戻っていった。

 

「……聞いているかもしれないけど、アンタが出て行った後こっちの坊主がうちに来てね、ウチの連中が殺気のこもった眼で見てる中必死に頭を下げたんだ。アタシたちがこうして大人しく待ってたのはコイツのおかげさ。感謝しとくんだよ」

 

 ベル君の方を向いた女将さんは僕の頭をグリグリしながら一昨日のことを話す。

 

 色々あって、詳しく話してなかったためベル君は目を見開いてこっちを見る。

 

「そうだったんだ……。ありがとうございます、レオさん」

 

「いいんだ。仲間だろ? 助けるのは当然だよ」

 

 大体、僕一人の力じゃない。タケミカヅチ様と命さんの存在が大きい。

 

「……坊主、冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初の内は生きることだけに必死になってくれればいい。背伸びしてみたって碌なことは起きないんだからね」

 

「最後まで二本の足で立ってたヤツが一番なのさ。みじめだろうが何だろうがね。すりゃあ、帰ってきたソイツにアタシが盛大に酒を振る舞ってやる。ほら、勝ち組だろ?」

 

 ベル君はその言葉に心を打たれたのか女将さんを感動した眼差しで見つめる。

 

 女将さんは次に僕の方を見た。

 

「アンタには、どうやら道を示してくれた人たちがいるみたいだね」

 

「……はいっ」

 

「ソイツらが教えてくれたことを忘れるんじゃないよ。きっとアンタをいい方向へ導いてくれるはずさ。それでもくじけそうになった時はウチに来な。背中くらいは押してやるさ」

 

「はい……!」

 

「そら、アンタ達はもう店の準備の邪魔だ、行った行った」

 

 女将さんに背中を押され僕らは『バベル』に向かって歩き出す。

 

 

 

「……レオ」

 

 

 

「ん?」

 

 女将さんに見送られた後、ベル君に名前を呼ばれる。

 

「ありがとう」

 

「さっきも言ったけど別にいいって」

 

「いや、言わせてほしいんだ。僕は自分のことでいっぱいになってたのに、レオはその間、ずっと僕の心配をしてくれて、いろんなところを駆けまわってくれた。こんなこと言うのもなんだけどさ、それがすごく嬉しかったんだ。だからさ、いつか、この恩は返すよ」

 

 彼は照れ臭そうに言う。ふと、今まで堅かった口調が変わっていることに気が付く。

 

 

「……分かった。待ってるよ、ベル」

 

 

 二人、頷き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……レオ?」

 

 ジトーっとした目で見てくるベル。

 

 階層は1階層。ついに僕も冒険者デビューということで運よく一体だけでうろうろしていたゴブリンを僕が倒すことになった。

 

 なったのだが……

 

「もう一回。もう一回だけやらせて。さっきのは多分何かの間違いだ」

 

「……分かった」

 

 僕は再びゴブリンに向かって弓を引く。限界まで引き絞り、ゴブリンの頭に狙いを定め、矢を放つ!

 放たれた矢はゴブリンの頭に向かって真っすぐ飛んでいきそして狙った場所から寸分のズレもなく命中!

 

 

 コツンッ コロコロ

 

 

 そしてゴブリンに刺さることなく地面に転がる……。

 

 

「「……」」

 

『……』

 

 辺りに気まずい雰囲気が流れる。こころなしかゴブリンまでもが気まずそうにしている。

 

 え? なにこれ? 僕が悪いの?

 

『ギャ、ギャー』

 

 冷や汗を流していると、ゴブリンがぎこちない動きで頭を押さえながら痛がるふりをしている。

 

 あれ? コイツすげーイイヤツじゃん。魔物って問答無用で人間襲うとか言ってたけど全然そんなことないじゃん。もしかして僕が異世界からきた人間だからとか? まあ理由は何でもいいけど、このゴブリンとはきっと友達になれるに違いない! よしそうと決まれば名前を付けてあげないと! 今日からお前はボブだ! よろしくな、ボブ――――――

 

「ていっ!」

 

『ギシャアアアアアア!?』

 

 ボ、ボブぅぅぅぅうううううううう!?

 

「いやいやいやいや、ボブじゃないから!? ただのゴブリンだから!! 目を覚ましてレオ―!?」

 

 こうして僕とボブの友情物語は幕を下ろした。

 





はい、ということで感想の方でも度々疑問視されていたレオ君の戦闘についてですが、彼が戦えるようになるのはまだまだ先のようです。もしかしたら最後まで魔物を倒さずに終わるかもしれませんね。


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勉強が大事ってことくらい分かっているけど祭りの誘惑にはやっぱり勝てない


タイトルは思いつかなかったので銀魂を意識してみました。深い意味はないです。



 

 前衛にベル、後衛に僕を据えて、ベル曰く念願のパーティーを組みダンジョンに潜る。いくらベルのステイタスが上がっていようがダンジョンでソロはやはり危険が伴う。だから僕の参入によってダンジョン攻略はグンと楽になり到達階層も増えるだろうと予想できた。

 

 

 が、現実は非情だった。

 

 

「まさか弓を扱うのがあんなに難しいとはねぇ。アハハ、びっくりしたよ」

 

「笑い事じゃないよ、もう。たしかにレオにはスキルがあるから連携は取れるけどさ、さすがに使えない武器を持ってダンジョンに下りるわけにはいかないでしょ」

 

 時刻はお昼。僕たちはギルド二階の簡易食堂にてご飯を食べながら、今後の方針をどうするか話し合っているところだ。

 

 理由は僕が弓を使えないことが発覚したから。

 

 ちなみにベルはシルさんから貰ったお弁当。いかにも女の子が作りました感漂うお弁当を取り出した時は周りから嫉妬の眼差しを向けられていたが、ベル君これに気付かず華麗にスル―。

 

「そもそもなんで使えないんだろうねぇ。【神の恩恵(ファルナ)】刻んだらゴブリンくらいなら倒せるようになるんじゃないの?」

 

 僕は顎に手を当てて首を捻る。

 

「僕も弓なんて使ったことはないから分かんないよ。でも、考えられるのはやっぱり【ステイタス】不足じゃないかな」

 

「確かに力は0だけどね」

 

神の恩恵(ファルナ)】を刻んだからと言って、【ステイタス】を更新し、【経験値(エクセリア)】を取り出してもらわなければ【神の恩恵(ファルナ)】を刻む前とあまり変わらないらしい。

 

「でも今日から数日留守にするってヘスティア様言ってたよね」

 

「……じゃあレオの【ステイタス】更新はしばらくお預けかぁ」

 

 結局、ヘスティア様が帰ってきて【ステイタス】更新が行われるまでは、初日のように午前中のみ二人で一階層の魔物を倒して、午後からはお互い自由行動ということになった。

 

 自由行動といってもベルは五階層付近で魔石集め、僕は街で元の世界へ帰る手がかり探し兼観光とやることは決まってるんだけどね。

 

「それじゃあ午前中の分の魔石とドロップアイテムの換金お願いね」

 

「了解。あんまり無理して下の階層に降りすぎるなよ」

 

 魔石やらが入った袋を受け取り、ベルには一応釘を刺しておく。

 

「分かってるよ。神様やミアさんにもああ言われたからね」

 

 うん、どうやら大丈夫そうだ。さて、今日はどこを観光しようか。

 

 

 

 

 換金のためギルドに行くとエイナさんと鉢合わせた。

 

「ふーん、ステイタス不足ねぇ。あんまりそういう話は聞かないんだけど……まあいいわ。それでしばらくの間はレオ君は午前中だけ、ベル君は午後もソロでダンジョン探索ってことになったのね?」

 

「はい。駄目でしたか?」

 

 人の命がかかっているため当然といえば当然なのだが、エイナさんは過剰なまでに慎重に物事を見る。

 だからせっかく二人いるのにベルにソロで潜らせるという判断はエイナさんにとって理解できないと言われるかもと思ったが、

 

「ううん。ベル君にもレオ君にも自分のペースがあるだろうから文句は言わないよ」

 

 優しい微笑みと共に了承してくれた。よかった。

 

「それにちょうどよかった。私もね、レオ君に時間を作ってほしいと思っていたところなんだ」

 

「え?」

 

 胸を撫で下ろしたのも束の間、エイナさんの表情が怪しく光ったように感じた。何か嫌な予感がするんだけど……。

 

「レオ君、今の話からして午後は暇ということで良いのよね?」

 

「い、いや、暇というかなんというか……オラリオを見て回ったりしなきゃとか―――」

 

「暇よね?」

 

「……ハイ」

 

 なんとかこの場を脱しようと言い訳を考えたが、顔をズイッと近づけてきたエイナさんに一蹴される。

 

「実は私ね、アドバイザーを担当してる冒険者に、少しでも生還率を上げてもらうためにちょっとした勉強会を行っているの」

 

「へ、へー、そうなんですか……」

 

 冒険者たちのことを本当に思いやっているんだなとは思うけど、この勉強会については実はベルから聞いてる。

 

 曰く、逃げ出したくなるほどのスパルタらしい。……何がちょっとしたなのだろう。

 

「ベル君には上層についての基本的な知識は教えたけど、レオ君はまだ何も知らないでしょう? 私もちょうど午後から時間が取れたから一緒に勉強しよっか?」

 

 エイナさんの表情は変わらず優しい微笑みを浮かべている。浮かべているはずなのだが、ちっとも優しく見えない! なんか後ろにゴゴゴゴゴゴゴッって効果音が見える!?

 

 

「まさか、イヤとは言わないよね?」

 

 

 僕の数日間の午後の自由時間は勉強会で潰れることとなった。

 

 

 

 

 

 

 ヘスティア様がホームを留守にしてから3日。

 

 この3日間はダンジョンとギルドとホームをずっと周回していたように感じる。おかげで魔物の知識は大分ついたけど。

 

 よくあんなスパルタ授業をベルは逃げもせずに受けれたもんだ。これがダンジョンに潜る意気込みの差なのかね?

 

 しかし昨日の勉強会はエイナさんが忙しいということでいつもより早く打ち切られた。

 

 なんでも怪物祭という年に一度の催しが今日、開かれるらしい。エイナさん達ギルドの職員はその準備に追われているとのこと。

 

 その話を昨日の夜ホームでしたら、ベルも怪物祭のことは知らなかったみたいで目をキラキラさせながら「行こう!!」と言ってきた。

 

 正直僕も息抜きが欲しかったし、この街、というか世界にどのくらい滞在するかも分からないのに年に一度のイベントを見逃すのは惜しい。

 

 ということで今日は怪物祭を見に東のメインストリートに行くことになった。

 

 

「わぁ~、凄いよレオ! 人がいっぱい! 僕こんなお祭りは初めてだよー!」

 

「確かにすごい人の量だねぇ。なんていうか、こういう平和なお祭りって久しぶりで涙が出そうだよ」

 

「ホントにレオの故郷ってどうなってるの?」

 

「とにかく今日はお金のことなんか気にせず楽しもうな、ベル!」

 

「ねえ聞いて!? いろいろレオの過去が心配になってきたんだけど!? あとお金のことは考えて使ってお願いだから!」

 

 東のメインストリートは人や亜人でごった返していた。大きな通りの端にはたくさんの出店が並んでおり、そこではじゃが丸くんや焼き鳥をはじめとした歩きながら食べれる料理からアクセサリー、果ては剣などの武器までいろんなものが置いてあった。

 

 とりあえず祭りのメインである魔物の調教が行われる闘技場を目指して歩こうとすると「ぐぅ~」という音が二つ。

 

「そう言えば朝食食べてなかったね」

 

「そうだね。どこかで買って食べようか……あ、あそこにじゃが丸くんの店があるよ。あそこで買おうよ」

 

「え~じゃが丸くんかぁ。嫌いじゃないけどせっかくの祭りなんだしもっと違うの食べない?」

 

 ベルがじゃが丸くんの店に行こうとするのを止めて辺りの出店を見渡す。

 

 すると一つの出店が目に入った。

 

「おっ! ハンバーガー屋さんがあるじゃん! ベル、あそこ行こう! ハンバーガー食べよう!」

 

「は、はんばーがー? 聞いたことないんだけど……?」

 

 ベルを引っ張って「"B"KING」と銘打ってある屋台まで歩く。

 

「すいませーん、大ハンバーガーと大コークください」

 

『ハァイ!』

 

「ちょっとレオ!? これ朝食にしては重たくない!?」

 

 ベルはメニュー表を見ながら呻く。どうやら本当にハンバーガーを見るのは初めてらしい。なんともったいない!

 

「大丈夫大丈夫。案外ペロッと入っちゃうから。そんなに気になるならこれなんてどうよ?」

 

「う~ん。じゃあそれにするよ。すみません、ベジタブルバーガーひとつお願いします」

 

『ハァイ!』

 

 店員さんはテキパキと注文されたバーガーを作り紙袋に入れる。それをお金と交換し、またメインストリートを歩きはじめる。

 

「この街でも売ってるなんて知らなかったなぁ。ちょうどこの味が恋しくなってたところなんだよね」

 

「……ねぇ、今の店員さんって、あれ神様たちが言ってた『コスプレ』なのかな? 魔物みたいな格好してたけど……」

 

「え? 普通じゃなかった?」

 

「…………僕の常識がどんどん崩れてる気がする。これが祭りかぁ……」

 

 ベルが何やら呟いてるけど気にせず紙袋からハンバーガーを取り出し一口齧る。

 

 これこれ! このザ・ジャンクフードって感じ! 今までオラリオでは見なかったから本当に久しぶりだよ。

 

 

「おーいっ、ベールくーんっ!」

 

 

 ハンバーガーを食べ終わって他の出店も周っているとベルの名前を呼ぶ聞き覚えのある声が。

 

「神様!? どうしてここに!?」

 

 すっごいご機嫌な笑顔で走ってくるヘスティア様。

 

「おいおい、馬鹿なこと言うなよ、君に会いたかったからに決まってるじゃないか!」

 

 ああ、なるほど。

 

 つまりはヘスティア様は今回の祭りに合わせてデートをご所望みたいだ。

 

「あ、あー、そういえばベル? 僕は用事があったのを思い出したよ。祭りは二人で楽しんできなよ」

 

「え?」

 

「レ、レオくんっ、キミってやつは……! ありがとう! 少しだがお小遣いをやろう。なに、気にすることはないさ!」

 

 ヘスティア様は嬉しそうにお礼を言ってくる。あの、これ、お金入ってないです。

 

「それじゃあ、ベル、祭り楽しんできなよ」

 

「え? ちょ、レオ? どういうこと?」

 

 未だに状況を理解できていないベルを置いてその場から離れる。

 

 と、言っても、本当に用事があるわけじゃないし、祭りは楽しまさせてもらうんですけどね。

 

 ただすぐに鉢合わせになるのはマズイ。多分二人は出店を見て回るだろうから僕は先に闘技場の方へ足を運ぶとしよう。





せっかく三日間も(午前中だけとはいえ)ダンジョンに潜ったのに全カットでお送り致しました。
まあ、レオ君、魔石拾いくらいしかやることないですし……。


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君に届け!

レオ君が【神々の義眼】をどのくらい使いこなせているのか、そのあたりを描くのが結構難しいです。


 

 僕が円形闘技場に入ると、すでに魔物の調教は始まっており観客席はほとんど埋まっていた。

 

「これ、座る場所あるかなぁ」

 

 入り口付近でも調教は小さく見えるので問題はないのだけど、とりあえず座れる場所を探して通路を歩く。

 

 しかし、よくあんなに凶暴そうな魔物相手に華麗に立ち振る舞えるもんだ。今調教を行っている女性だって、見る限り華奢で魔物と戦えるようには見えないのに。

 

 やっぱり【神の恩恵(ファルナ)】のおかげなんだろうなぁ。

 

「あーっ! 君はあの時の糸目クンじゃんっ! おーい!!」

 

 空いている席を探してフラフラしてると少し離れた場所から突然大きな声が。

 糸目という条件が合致していたため、聞き覚えのない声にもかかわらず反射的に声がした方に振り返る。

 

 うわっ、なんだあの恰好? 痴女? 肌晒し過ぎでしょ。

 

 目が合ったような気がするけど、あんな格好の人に見覚えはない。大方、僕の近くに他にも糸目クンがいるんだろう。

 そう思い、無視して歩き出す。

 

 が、ガシッと腕を何者かに捕まれる。

 

「ちょっとー、無視するなんて酷いじゃんっ」

 

 手を振っていた痴女さんがいつの間にか近づき、僕の腕に絡みついていた。

 

「ちょっ、な、何ですか一体!? 人違いでしょ! アナタ誰ですか!?」

 

 目に毒な光景に目を逸らしながら尋ねる。

 

「人違いじゃないよー。キミ、何日か前に『豊饒の女主人』でアイズと奥で話したりベートに絡まれたりしてたあの糸目クンでしょ?」

 

 よくご存じで。

 

「確かにそれは僕ですけど……」

 

「あたしはティオナ、それで向こうに座ってるのがティオネとレフィーヤ。あたし達あの酒場にいたんだよー」

 

「そ、そうなんですか」

 

 正直あの時は色々と精一杯であまり周りを見ている余裕はなかった。覚えてるのは話を聞かせてくれたヴァレンシュタインさんと絡んできたベートさんくらい。

 

「糸目クン席探してるの? こっちあいてるから来なよ!」

 

「うぐ!?」

 

 ティオナさんは強引に僕の腕を自分がいた席の方に引っ張っていく。見ると、やはり有名人だからなのか周りが遠慮して席に若干の余裕が出来ている。

 

 そこにティオナさんとティオネさんに挟まれる形で座らされる。

 

「ちょっとっ、強引に引っ張っちゃダメでしょ馬鹿ティオナ……妹がごめんね、えーっと……」

 

「レオっす、どうも。あの、僕なんかがここに座っちゃっていいんですかね?」

 

 振り返る気はないけど後頭部に殺気が集中してて気になる。

 

「いいわよ、お金払って入ったんでしょ? それよりも、聞きたかったことがあるんだけどいいかしら?」

 

「何ですか?」

 

「あの時、どうやってベートを転ばせたの?」

 

「!?」

 

 ティオネさんは獲物を狙う蛇のような目をする。

 

 あの時は誰にも【神々の義眼】が見えないようにしたはずだ。そもそもベートさんは酔ってたんだから転んでも不思議じゃないと思うんだけど。

 

「あっ、それはあたしも気になる! どーやったの?」

 

「わ、私も気になりますっ」

 

 他の2人もこちらを見てくる。

 

「そんな転ばせただなんて……僕が叫んだと同時に、偶々ベートさんが転んだだけじゃないんですか?」

 

「それはないわね」

 

 必死に誤魔化すが断言するティオネさん。

 

「そうだよねー。確かにベートはイヤな奴だけど実力はホンモノだし、ちょっと酔ったくらいで尻餅なんて考えにくいよね」

 

 冷や汗が流れる。

 

 こいつらっ……、最初からこのために僕を席に座らせたな……。

 

 とはいえ、さすがに【神々の義眼】のことを話すわけにはいかない。

 

「……スキルです。それ以上のことは言えませんっ!」

 

「え~いいじゃん、ね、どんなスキルなの?」

 

「他ファミリアの人のスキルの詮索なんてやめてください。トラブルの元になりますよっ」

 

「あら? 私たちとことを構えるつもり」

 

「……」

 

「ふふ、冗談よ。今日の所は勘弁してあげる。アナタがレアスキル保有者って分かったことだし」

 

 うわぁ、えげつないなあ。探る気満々だよ。

 

 ジトーっとした目でティオネさんを見ていると、観客席がドッと歓声を上げた。

 

 見るとちょうど魔物の調教に成功したところだった。

 

 そして入れ替わる形で新しい調教師の人と魔物が闘技場に現れる。次の調教師は屈強な男性だが、魔物の方も尾を合わせれば体長七メートルにも及ぼうかというかなりの大きさの竜。

 

 その凶暴な唸り声に思わず体をこわばらせる。

 

「なーにー? 怖いの? 少年」

 

 ティオネさんがからかうように僕の顔を覗き込む。

 

「そりゃ怖いですよ。あんなのに襲われたらたまったもんじゃないです」

 

 もっとも、あれ以上に凶悪な化け物やら吸血鬼がいる街で暮らしてるんだけど。

 

「大丈夫だよ糸目クン! ちゃんとダンジョンに潜って鍛えていけばいつかアレも倒せるようになるよ!」

 

 いやぁ、それ一体いつになります?

 

 睨み合っていた調教師と魔物が遂にぶつかり合う。それに合わせて今まで以上に大きい歓声が闘技場を包む。

 

「でもっ、ちょっとおかしくないですかっ? あのモンスター、きっとトリだったと思うんですけどっ」

 

 レフィーヤさんが歓声に耳を抑えながら声を張る。

 

「言われてみれば……」

 

「それに……さっきから【ガネーシャ・ファミリア】の連中が慌ただしいわね」

 

「あ、やっぱりそう思う?」

 

 ティオナさんもティオネさんも眉をひそめる。

 

 そう言えば確かに運営っぽい人たちが慌ただしく動いてるなぁ。おいおい、もしかしてトラブルか? 観客席に被害が出るようなことは止めて、くれ……よ―――

 

 

 ――――――。

 

 

「どうしますか?」

 

「……少し、様子を見てきましょうか」

 

「糸目クンはここで待っててねっ……糸目クン?」

 

 またしても見えてしまった。【神々の義眼】は捉えてしまった。

 

 先程魔物が出てきたゲート、その向こうの暗がり、肉眼じゃ見えなかったであろう奥の方にローブを頭から被った人影。

 

 見間違えるはずがない。あの時、『豊饒の女主人』の前でベルを見ていた、『バベル』の頂きから見下ろしていた『美』だ。

 

 その『美』はローブの奥の瞳で僕を捉える。そして一瞬笑ったかと思うと影へ消えていった。

 

「糸目クンっ!? 大丈夫!? ここから動いちゃダメだかんね!」

 

 ティオナさんは僕に言いつけて、ティオネさん、レフィーヤさんと外へ駆け出していく。

 

「……」

 

 もう誰もいないゲートの影を見つめながら考える。

 

(どうしてこんなところに? あの女神は怪物祭の関係者なのか? いや、この祭りに協力してる神はガネーシャ様だけだって聞いてる。……いや、そんなことよりも)

 

 あの女神は、どこか何かを企んでいるような顔をしていた。もしかしたら―――

 

(ベルが危ないかもしれないっ……!?)

 

 さっきのティオナさんの忠告を無視して僕は駆け出す。

 

 

 闘技場を出ると、奥の広場でティオナさん達が何やら話し合っている。

 

「簡単に言うと、モンスターが逃げおった。ここらへん一帯をさまよっとるらしい」

 

「えっ、不味いじゃん、それ!?」

 

 えっ、不味いじゃん、それ!?

 

 彼女らが話していることが事実であるのを告げるようにどこかからモンスターの遠吠えらしきものが聞こえてくる。

 

 闘技場の魔物ということは、あの竜や猪のような奴らが逃げ出したということだ。僕やベルのような駆け出し冒険者が襲われたら一溜まりもない!

 

 話し合う彼女らに見つからないように広場を迂回し大通りへ向かう。

 

 そしてゴーグルをつけて目を開く。

 

『視る』ものはオーラ。色々な人のオーラが混ざり合い酔いそうになるのを堪えて、ベルの透明なオーラを探す。

 

 しかし、他の人たちのオーラと混ざり合い痕跡が見つからない。

 

 そこでもう一つのオーラを思い出す。

 

「―――あった」

 

 それはあの女神のオーラ。あの女神が手を引いている可能性があり、しかも彼女は魔物が出てくるゲートの影にいた。

 

 もしかしたらという思いだったが、的中した。あの女神の強烈なオーラの痕跡が魔物と思われるオーラの痕跡と重なり合い奥の方へ伸びている。

 

 ちょっと前までベル達はここにいたのか!

 

【神々の義眼】を限界まで酷使して痕跡を追うと、だんだんとベルのオーラも確認できるようになる。そしてそのオーラはどちらもダイダロス通りという路地に入っていく。

 

「なんだよここ? まるで迷路じゃないか」

 

 オーラの痕跡が視えなければ、確実に迷子になっていたであろう路地を走る。

 

 しかしベル達を見つけるよりも早く、

 

『グゴォオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 魔物の雄叫びと岩か何かが砕けるような音が耳に届く。

 

 ―――マズイッ!

 

 もうベル達は襲われているかもしれない。だけど雄叫びが上がった場所まではまだ距離がある。

 

「っ……ソニック!」

 

 この世界の住人に見つからないように隠れていたソニックを呼ぶ。

 

「さっき雄叫びがあった場所を探ってきてくれ。くれぐれも魔物に見つからないようにな」

 

 ソニックの視界を共有し、今も雄叫びと破壊音が聞こえる方角へ向かわせる。

 

 

 

 ―――見つけた!

 

 すると路地をいくつも抜けた先のちょっとした広場のような場所でベルとヘスティアを見つけ出す。

 

 しかし―――

 

「間に合わないっ!」

 

 歯をかみしめる。

 

 ベル達の近くにはすでに魔物がおり、ベル達に狙いをつけている。その魔物の特徴はエイナさんから受けた勉強会で習ったシルバーバックという魔物の情報と一致している。

 

 シルバーバックはたしか11階層が出現階層だったはずだ。

 

 しかも一度刃を交えたのか、ベルが護身用に持ってたナイフが折れている。ベルの体も祭りに行くということで武装していなかったためボロボロだ。

 

 このままじゃベルが殺されてしまうっ! 何でもいい、どうにかしてベル達を助けなきゃ!

 

 ―――どうやって?

 

 この眼が、【神々の義眼】が僕にはあるじゃないか……!?

 

 

 ―――この距離じゃ届かないだろ?

 

 そうだ、離れすぎている。今までこんなに離れたところにいる生物の視界を支配したことなんてない。

 

 でも、それが何だっていうんだ。僕自身は離れていてもソニックはもう届いている。【神々の義眼】だけはソニックを通して届いているじゃないか!

 

 

 ―――出来るのか?

 

「出来るかじゃない。やるんだ……ベル達を助けるんだ!」

 

 

 眼に力を込める。眼球が急激に熱くなるのを感じる。

 

 構わない。やれ、レオナルド!

 

 たった二人の家族(ファミリア)くらい救ってみせろぉ!!

 

 

 

『ガァアア!?』

 

 

 ソニックとの視界の共有を解かないまま、ソニックの目を通じて魔物の視界を支配する。

 

 

 目を抑え、ふらつくシルバーバック。その隙にベル達は走って逃げ出す。

 

「……ぐあっ!?」

 

 その光景を見たところで、熱に耐えきれなくなり眼の支配を切る。

 

 な、なんとか間に合った……。一時しのぎにすぎないが窮地は脱したはず。

 

 でも状況は油断ならない。ベルもヘスティア様も、あの魔物に一発でも貰えばきっと死んでしまう。

 

 だからシルバーバックが彼らに追いつくまでに僕も合流するんだ。そしてあの魔物を【神々の義眼】で攪乱して時間を稼ぐんだ。そうすれば、もうこの地区一帯に魔物を討伐するため散っているティオナさん達第一級の冒険者が追いついて倒してくれるはず。

 

 他人頼りな作戦ではあるが、現状これしかない。

 

 

 

「―――待て」

 

 

 

 しかしその行く手を聞き覚えのある声をした巨体が阻んだ。

 




今回は原作では描写されたことのない【神々の義眼】の使い方をしてみました。

というのも、Dr.ガミモヅが結構離れたところにいるザップさん達の視界を支配していたので、レオ君も見えている生物くらいなら例え離れていても視界ジャック出来ると見当をつけた次第です。


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たとえ壁が立ちはだかろうとも


レオとオッタルの因縁は続く……


 

「あの時の……!」

 

「貴様をここから先へ向かわせることは出来ない」

 

 あの女神が手を引いているということは、僕に口止めをして来た男も出てくる可能性は大いにあった。

 

 懸念していた事態が現実となり、背中から嫌な汗が流れる。

 

 しかし、ここで時間を食うわけには行かない。強引に通らせてもらおう。

 

「今はお前に構ってる暇はない!」

 

 まだ熱を帯びる【神々の義眼】を強引に使用して彼の視界をぐちゃぐちゃに乱す。

 

「……!?」

 

 そしてその巨体がグラついた隙にその脇をもうダッシュで走り抜ける。

 

 だが―――

 

「ぬうっ!!」

 

「ガッ!? ―――カハッ!」

 

 通り抜ける寸前、大男の巨大な手の平が僕の胸を押し返す。体は宙を浮きそのまま背中から着地する。

 

「……一体何をした? 魔法、いや、詠唱はなかった。……スキルか」

 

「なん……で……」

 

 大男は頭を軽く手で抑えながら僕を見下ろす。

 

「ふん、たとえ視覚が潰されようが貴様程度を捉えるなど造作もない」

 

 初めて受ける視覚の攪乱、それがこの男には効かないというのか。

 

 いや、違う。

 

 僕だから、問題なかったのだ。

 

 これが第一級冒険者だったならきっと横を走り抜けることが出来ただろう。この人は【神々の義眼】だけじゃどうにもならない……!

 

「っ……約束が、違うじゃないか……! 全然危害加えてるじゃないか!」

 

 たったの一撃で体は動かなくなったが、せめて睨み、反論する。

 

「……我が主は、ベル・クラネルを殺すために今の状況をお作りになったのではない」

 

「……?」

 

「彼の勇姿を見るためにこの状況をお作りになったのだ」

 

 ……は?

 

 意味が分からない。勇姿を見たいだって?

 

「ふざけるなよ……! そんなことで、人の命を弄ぶな……!」

 

 腕に力を込める。未だに肺は上手く動いてくれないが関係あるもんか!

 

 起き上がりふざけたことを言う大男を睨みつける。

 

「無駄だ、レオナルド・ウォッチ」

 

「……無駄かどうかは、やってみないと分かんないだろ!」

 

 奇襲をして失敗したのだ。もう僕の手の内がばれている以上、同じ手は通用しない。だけど諦めるわけにもいかない。

 

 思い出すのはDr.ガミモヅがやっていた幻覚を見せるあの使い方。

 

 あんな器用なこと、今までやったことはないが目の前の大男一人騙すくらいならやって見せる!

 

 もう一度、大男の視界をジャックしようとする。

 

 しかしそこで、大男は今まで放っていた威圧感を消す。

 

「ベル・クラネルは、貴様が思っているほど弱くはない」

 

「え……?」

 

 あっけにとられている僕をしり目に、彼はとある方角を見据える。

 

「ここで斃れるような奴を、あのお方が愛するわけがないのだ」

 

 彼がそう呟いた直後、見据えていた方角から歓声が沸いた。その歓声は紛れもなく歓喜の声だった。

 

 つまり倒したのだ、魔物を。誰が? おそらくベルが。

 

 大男の方を見ると、しばらく歓声が聞こえる方角を見ていたかと思うと、無表情を貫いたままおもむろに背を向ける。

 

 そして何も言わずその場から立ち去って行った。

 

 

 

 

 

 

 その後、僕は壁に手を付きながら歩いているところを気を失ったヘスティア様を抱えるベルとそれに付き添うシルさんに発見され、ヘスティア様の介抱と一緒に『豊饒の女主人』で手当てをしてもらうことになった。

 

 幸いにも打撲以外の怪我はなく一日もすれば治るということ。

 

 ヘスティア様も倒れた原因は寝不足による過労で問題はないらしい。

 一番被害の大きかったベルもシルさん達の手当とポーションによって怪我は次の日にはもうダンジョンでの活動に響かないほど癒えていた。

 

 うちの世界の医療も大概だけど、こっちのポーションもすげぇ。

 

 あと、シルさん達がヘスティア様の看病をしている間ベルにそれとなく聞いてみたのだが、本当にシルバーバックを倒したって。

 本人はほとんど逃げ回ってばっかりで情けないと自分を卑下していたが充分に褒められることだと思う。

 

 なんでもヘスティア様が授けてくれたナイフのおかげらしい。試しに見せてもらったが、僕が持った時とベルが持った時で輝きが変わるというなんとも不思議なナイフだった。

 目を覚ましたヘスティア様曰く『使い手と共に成長する武器』だそうだ。

 そんな武器をもらえるなんて羨ましい限りだけど、あんなに著しく成長していくベルには必要不可欠のモノなのかもしれないと思う。

 

 

 

 最後にもう一つ。

 

 

「バベルの最上階にいる女神?」

 

 目を覚ましたヘスティア様とベルが感動の抱擁を交わしている間、僕は一階でコーヒーを飲みながらあの女神と大男について女将さんに尋ねた。

 

「どこでその情報を手に入れたんだい?」

 

「……いや~、風の噂ってやつですよ」

 

 女将さんは口が堅そうだから信用して一瞬話してしまいそうになるが、人質を取られている以上下手に動けなかったから、僕からは何も話さず情報だけをいただいた。

 

『美』と『愛』の女神フレイヤ。そしてその側近の唯一のレベル7冒険者、『猛者(おうじゃ)』オッタル。

 

 今のオラリオで最強の冒険者を抱えた、【ロキ・ファミリア】と並ぶ二大ファミリアの一つ。

 

 それ以上のことは女将さんは語ってくれなかった。

 

 けど、僕が聞き出すのを諦めた直後、愚痴のような形で一番欲しかった情報をこぼした。

 

「あの女神には関わらない方が幸せってモンさ。子供みたいに我儘で、欲しいものは何でも手に入れようとしちまう」

 

 つまるところ、ベルは最強ファミリアの女神に気に入られてしまったらしい。

 

 危害は加えないと発言したり、なのに勇姿が見たいとか言って魔物をけしかけたりした理由はそういうことだったのだ。

 

 ……正直、どうにもならないと思った。

 

 もし、強引にベルを奪おうと攻め込まれたら、僕らは何もできない。オッタル一人だけで制圧されてしまうだろう。

 

 でも不可解なことに、そして幸運なことにそういう直接的な手出しを彼らはしてこない。

 

 今のうちにどうにかして手を打たなければならない。

 

 

 ……どうにかして。

 

 

 

 

 

 

 とにもかくにも、この世界に落ちてから目まぐるしく回り続けた日常はひとまず終わりを迎えた。

 

 おそらくヘルサレムズ・ロットと同じくこのオラリオも事件には事欠かないんだろうけど、まあ、こういうゲームの中みたいな世界も案外悪くないかなぁ、なんて。

 

 元の世界に戻る手立てだとか、まだ全然ないけれど、一息吐くくらい神様も許してくれるだろう。

 

 

 

 なんか勘違いしてそうな笑顔を浮かべてベルに抱き着く女神様を見ながら、僕はコーヒーに口をつけた。

 





とりあえず、原作ダンまちの一巻分の話が終わり、一段落です!
もちろん毎日更新は続けますが。


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バイト戦士レオの受難
ギルドの一角でのお話


ベルにとってはリリ編となりますがレオの物語は日常パートになります。真面目な展開もあるっちゃありますが日常パートです。

それでは、『ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っている』スタートです!

……アレ?



 

 

 

 

「実は僕、この世界の住人じゃないんですよ」

 

 

 

 

 ギルドの一室、ギルド職員と冒険者が話し合いをするために設けられたブースで、僕、レオナルド・ウォッチはヘスティア様にしか打ち明けていない真実を目の前のギルド職員に明かす。

 

「………………次、8階層に出現する魔物のおさらいするわよ」

 

 ギルド職員のエイナさんはキョトンとした顔で数秒固まったかと思うと何事もなかったかのように話を進める。

 

「え~、完全スルーはないですよ。ノリツッコミくらいしてくれてもいいじゃないですか」

 

「いや意味わからないからねレオ君。そもそもいきなり過ぎるよ。一体どうしたの?」

 

「いや、これくらい大げさな話題なら勉強会中断できるかなと思って」

 

「…………レオ君は真面目さが足りない! 冒険者なんていつ死んじゃうか分からないんだよっ? 少しでも生存率上げないとっ」

 

 ここ数日、僕は午後からの数時間、エイナさんに冒険者としての基礎知識を叩きこまれている。

 

 それ自体はいいのだ。エイナさんも言うように知識があるかないかで生存率はかなり変わる。しかもエイナさんは教え方は上手いし美人だし、こんな人に二人っきりで勉強会だなんて話だけ聞けば誰だって羨ましがるだろう。

 

 だけどこの勉強会を受けた人は皆口を揃えて言うはず。「もう二度と受けたくない」と。

 

 要は厳しすぎるのだ。スパルタなのだ。

 

「そもそもまだ僕1階層までしか降りてないのに、8階層の魔物なんて勉強して意味あるんですか?」

 

 机に突っ伏しながら不満を漏らす。

 

「あるわよ。万が一っていうことがあるじゃない。先日の怪物祭(モンスターフィリア)だって、レオ君には被害なかったかもしれないけどちょっと間違えたら11階層あたりの魔物とか中層の魔物に襲われてたかもしれないんだよ? ダンジョンにはね、『異常事態(イレギュラー)』って言うのがあるの。絶対なんてない。何が起こるかなんて分からないんだから……」

 

 エイナさんはそう言って悲しそうな顔をした。

 

「何が起こるかわからない、か……」

 

 それは僕が元いた世界、ヘルサレムズ・ロットでもよく言われていたことだ。

 

 本当にその通りだと思う。異世界に渡るなんて普通予想できるようなもんじゃない。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったもんだ。

 

 

「レオーっ、エイナさーんっ」

 

 しんみりした空気になった室内に元気な声が響く。白髪にルベライトの瞳をした兎のような少年がブースに入ってくる。

 

 救 世 主 現 る。

 

「おーっす、お疲れーベル」

 

 同じ【ヘスティア・ファミリア】の仲間、ベル・クラネルがダンジョンから戻ってきたのだ。

 

「レオもお疲れ様……」

 

 机に頬をくっ付けながら手を振る僕を見て、ベルは全てを察して苦笑いを浮かべる。

 

「ベル君お疲れ。今日はどうだった?」

 

「お疲れ様ですエイナさん。今日はですね……」

 

 

 エイナさんとの勉強会はだいたいベルがダンジョンから戻ってき次第終わりを迎え、同時にベルのダンジョン攻略の報告が始まる。

 

 この時間は頭を休めることが出来て、淹れてもらったコーヒーを飲みながらベルの報告を聞き流す。

 

 が、

 

「ななぁかぁいそぉ~?」

 

 今日はエイナさんの怒気の気配に聞き流す程度じゃ済まなくなる。

 

「キィミィはっ! 私の言ったこと全っ然っわかってないじゃない!! 5階層を超えた上にあまつさえ7階層!? 迂闊にもほどがあるよ!」

 

「ごごごごごごめんなさいぃっ!?」

 

 ダンッ! と机が叩きつけられる音にこちらまで体がビクッとなる。

 

 ベルが到達階層増やしたって? 7階層? やるねー。

 

 鬼のような形相で叱るエイナさんと蛇に睨まれた蛙状態のベルを見ながら他人事のようにその光景を眺める。

 エイナさんは知らないだろうけどベルはもうシルバーバックすら倒せるんだから、7階層程度だったら大丈夫なんだよね。

 単独っていうのはやっぱり迂闊なんだろうけど。

 

「キミには危機感が足りない! 絶対に足りない! 今日はその心構えの矯正に加えて、徹底的にダンジョンの恐ろしさを叩き込んであげる!!」

 

「ひぃっ」

 

 お、なんだなんだ? 今日はベルも「勉強会」か? じゃあ僕は一足先に帰らせていただきますね。

 

 巻き込まれないように帰る支度を始めるが、ベルは慌てて弁明する。

 

「ま、待ってくださいっ!? そのっ、僕っ、あれから結構成長したんですよエイナさぁん!?」

 

「アビリティ評価Hがやっとのくせに、成長だなんて言うのはどこの口かな……!」

 

「ほ、本当です! 僕の【ステイタス】、アビリティがいくつかEまで上がったんです!?」

 

「……E?」

 

 エイナさんは目を丸くして動きを止める。

 ベルのとっさの発言が何を言っているのかわからず、理解したところで、すぐに信用していない表情を浮かべる。

 

「そ、そんな出まかせ言ったって、騙されるわけ……」

 

「本当です本当なんです! なんかこのごろ伸び盛りっていうか、とにかく熟練度の上がり方がすごいんです!」

 

「……本当に?」

 

 ぶんぶんぶんっ、と勢いよく頷くベル。

 

 エイナさんはそれを見て僕の方に目線を移す。本当に? と目で訴えかけられる。

 

「才能あるってヘスティア様は言ってました」

 

 嘘は言ってない。

 

 エイナさんは「むむむっ」なんて言いながら指を折って数を数える。2度ほど同じことをした後、難しい顔をして人差し指をその細い顎に当て考え込む。

 

「……ねぇ、ベル君」

 

「は、はい?」

 

「キミの背中に刻まれている【ステイタス】、私にも見せてくれないかな?」

 

 その言葉にブフゥー! とベルが反応するよりも早くコーヒーを噴き出してしまう。

 

「わっ、レオ!?」

 

「大丈夫レオ君!?」

 

「だ、大丈夫大丈夫。それより、話の続きを……」

 

 テーブルを布巾で拭きながら話を促す。

 

「う、うん。いやね、ベル君の言っていることを信じてないわけじゃないんだけど……」

 

「で、でも、冒険者の【ステイタス】って、一番バラしちゃいけないことですよね……?」

 

 その通り。レベルなどは明かさないといけないけど、詳細なステイタス、中でも『スキル』『魔法』は【ファミリア】という組織の特性から、弱点などを晒さないためにも黙秘が基本だ。

 

 僕より半月冒険者歴が長いベルも当然そのことは分かっていて躊躇ってはいたが、エイナさんの巧みな話術により了承しだす。

 

 そりゃあベルにとっては問題ないんだ。ベル本人は自身のスキルのことなんて知らないし。

 でも知ってる身からするとハラハラもんだよ。エイナさんはスキル欄は見ないって言ってるけど、大丈夫なのかなぁ……。

 

 そんな僕の心配をよそにベルは服を脱ぎエイナさんが背中の【ステイタス】の確認しだす。

 

 まずエイナさんの目が見開き、呆然となる。それもそうだろう。彼が最後に更新した時近くにいなかったから【ステイタス】の詳細は知らないけど、ベルは嘘はついてないはずだ。

 

 ん? エイナさん? なんか目線が【ステイタス】の下の方へ移動してません?ものっすごい凝視してませんか?

 

「エイナさん……?」

 

「ぁ……も、もういいよ!」

 

 僕が名前を呼ぶと照れたように笑いながら【ステイタス】から目を背ける。

 

「……『スキル』『魔法』欄はどうでした?」

 

 カマをかけてみる。

 

「うーん、そこは神ヘスティアの書き方の癖なのかよく分からなかったんだけどね……って、あ……」

 

 考え込んでいたせいもあったけど普段のエイナさんとは思えないほどあっさり引っかかってくれた。

 

「エイナさ~ん?」

 

「ごごごごごごごめんなさい!! つい!!」

 

 ごめんですんだら警察はいらないんだよ! やんのかわれー!

 

「ま、まあまあ落ち着いてよレオ。僕別にスキルとかないんだし」

 

 あったりしちゃったりするんですよベル君。まあ今回はバレなかったから良かったけど、これは対策を講じた方がいいかもしれない。

 ティオナさん達とか背中露出してたのに【ステイタス】見えてなかったし、何か隠す方法でもあるんじゃなかろうか……。

 

「……二人とも」

 

「は、はい?」

 

「なんですか?」

 

「明日、予定空いてるかな?」

 




エイナさんとかシルさんがもし冒険者の道を歩んでたらどんな装備だったんですかねぇ。

わたし、気になります!


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面接

どうも、実は今回のあとがき予定だったコメントを前話のあとがきに書いてしまった作者です。


 

 

あれから一日が経った。今の時刻は午前10時。僕は今、

 

 

 

『青の薬舗』前に居ます。

 

 

 

なんで『青の薬舗』まで来ているのかというと、話は昨日に遡ります。

 

 

昨日、エイナさんがベルの【ステイタス】を確認した後、僕たちは防具を買いに行かないかと提案された。勿論ベルはOKだったのだが……

 

「あの、僕、防具とか以前にまだ武器を使いこなせてないんですけど」

 

「……そういえば、そうだったわね」

 

弓を使いこなせないと分かってから数日、ヘスティア様が帰ってきて【ステイタス】更新もした。一応力の熟練度も上がったのだが、ダンジョンで試してみた結果今度は命中しなくなってしまった。

狙いを定めるとこまではいいんだけど、やっぱり体が言うことを聞いてくれなかったのだ。

手が震えるというかバランスが取れないというか……。

 

まあ弓の扱いなんてドが付くほどの素人だしなー。

 

「ギルドが支給した弓は一応初心者用なんだけどね……」

 

「一番の解決策は誰かに師事することだと思うんスけど、エイナさん実は弓の名手だったりしません?」

 

「馬鹿なこと言わないで。私は武器なんて持ったことないよ……」

 

やっぱりそうですよね……。

 

「親交がある【ファミリア】の冒険者に教えてもらうことは出来ない?」

 

エイナさんはうーん、と俯いて考えた後、僕に尋ねる。

 

「一応、【タケミカヅチ・ファミリア】というかタケミカヅチ様は何かあったら頼れと仰ってくださったんですが……」

 

「あら、いいじゃない。【タケミカヅチ・ファミリア】には確か弓を使える人はいたと思うわよ」

 

「その、ホームの場所が分からなくてそれ以来会ってないんです」

 

「あぁ……」

 

納得した様子のエイナさん。例えば【ロキ・ファミリア】のような大きい派閥のホームや店を構えている商業系ファミリアのホームならば分かるのだが、【タケミカヅチ・ファミリア】は冒険者系ファミリアで名の売れたファミリアというわけでもない。

 

「神様にも聞いたんですけど、そういえば知らないなぁ、って仰って……」

 

ベルが付け加える。

 

「そっかぁ。私が調べて教えるのはギルドとしては情報漏洩になっちゃうし。他にはない? 親交のある【ファミリア】」

 

僕らは顔を見合わせる。あと親交があるといえば……。

 

「あとはミアハ様とは仲良くさせてもらってるんですけど……」

 

そう、あそこの【ファミリア】の構成員は一人。しかも非戦闘員のナァーザさんだけだ。

 

僕らが万事休すかと嘆息していると、エイナさんはキョトンとした顔をする。

 

「なに? 断られたの?」

 

「いや、断られるもなにも、ミアハ様の所の眷属は薬師さん一人ですし」

 

だけどエイナさんは僕たちの知らなかった情報をもたらしてくれた。

 

 

「薬師って、ナァーザ・エリスイスさんでしょ? あの人ほど適任な人はいないじゃない。彼女、弓の使い手でレベル2の元冒険者よ」

 

 

その情報に僕らはブースの外まで聞こえる大きさの驚きの声を上げたのだった。

 

 

 

そういうわけでナァーザさんに師事してもらうため、まだ『準備中』の看板のかかる『青の薬舗』まで足を運んだのである。

 

ちなみにミアハ様とナァーザさんとは一度ベルがポーションを買いに行くのについていって話をしたことはある。かなりお人好しな神様とそれに振り回される苦労人みたいな感じだった。

 

「ごめんくださーい」

 

扉を開けると店の奥でミアハ様とナァーザさんが奥のレジで何やら話している最中だった。二人はこちらに気付くと話し合いを止め挨拶をして来た。

 

 

「おや、いらっしゃいレオ。ポーションを買いに来たのか?」

 

「ハイポーションなんてどう? 持ってて損はないはず……」

 

あとナァーザさんは金にがめつい。

 

「いや、ポーションを買いに来たわけじゃないんです」

 

「じゃあ、なに……?」

 

半開きの目を益々薄めて頭を横に傾けるナァーザさんに勢いよく頭を下げる。

 

「お願いします! 弓の扱いを教えてください!」

 

「断る」

 

「えぇ!?」

 

迷う素振りもなく即答されるとは思っておらず変な声が出てしまう。

 

「こらこらナァーザ、うちを贔屓にしてくれてるファミリアの子なんだ。少しくらい良いんじゃないか?」

 

ミアハ様はにべもなく断るナァーザさんに困った顔をしながら口添えしてくださる。やっぱりこの神はお人好しだなぁ。

 

「ミアハ様はお人好し過ぎる……。そんなだから、いつまでたっても経営が成り立たない」

 

「うぐっ」

 

僕と同じ感想を述べられながら封殺される神様。でもここではい、そうですかと退くことは出来ない。

 

「も、もちろんタダで教えてもらおうとは思ってません! かわりにここの仕事の手伝いとかしますから!」

 

仕事の手伝いと聞いてナァーザさんの目の色が変わる。

 

「……お給金は出ないよ?」

 

「構いません。一日に少しだけでもいいので弓の扱いを教えてくださればそれだけで十分です」

 

「……ミアハ様」

 

「うむ。教えるのはナァーザ、お前だ。お前が良いというのなら私からは何も言わんよ」

 

ナァーザさんは最終決定をミアハ様に委ね、ミアハ様もこれを了承する。

 

「教えるのは開店の準備を始める前、早朝になるけど大丈夫?」

 

「はいっ。ありがとうございますっ」

 

「じゃあ今日は君にこの店で売ってる商品について教えるね。その後は、一応今日は夕方まで店番してもらうかな。明日から本格的に働いてもらうよ」

 

そう言うと机の引き出しから何枚もの書類をまとめたものを出す。商品のカタログのようだ。薬舗というくらいだからポーション系しか売ってないものと思ってたけど、回復アイテム以外にもトラップアイテムとか色々あるっぽい。

 

「あの、手伝いは1日中ですか?」

 

なんかナチュラルに勤務時間を決められたような気がしたから質問する。するとナァーザさんは捨てられた子犬のような顔をする。

 

「……だめ?」

 

ベルの買い物風景を見ているから知っている。こんなに不安そうな顔でこちらの同情心を煽ってくるが心の中は真っ黒だということを……!

 

「こら、ナァーザ。レオ君も冒険者として忙しいのだ。彼の一日を拘束するわけには行かん。午前中だけにしなさい」

 

「ミアハ様がそう言うなら……」

 

主神の言うことに渋々従うナァーザさん。でも僕の中では明日からのスケジュールについて午前中だけ手伝う場合と一日中の場合で秤にかけられる。そして、

 

「大丈夫ですよミアハ様。僕、一日手伝います」

 

一日働く方へと傾いた。

 

「さすがレオ。大好きだよ」

 

「いいのか、レオ?」

 

「ええ、今の僕じゃダンジョンに潜ってもせいぜい魔石を集めるくらいしか出来ませんし……午後空けたら勉強会あるし」

 

最後だけボソッと呟く。どうやら二人には聞こえなかったらしく首を傾げている。

 

……そんなわけで断じてナァーザさんが可愛かったからとかそういう理由じゃない。

 

 




じと目キャラは好きになりやすいです。それ故アニメでの出番が少なかったのは寂しかったです。


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レオとエルフの二人組


オルテ帝国在住、那須与一様リスペクト



 

 素朴なデザインでありながらも頑丈さを感じさせるライトアーマーで胸や腰など最低限の箇所を保護し、左腕には緑玉色のプロテクターが輝きを放っている。

 

 今、鏡の前に立っているベルの格好だ。

 

「おー、いいんじゃない? なんていうか、前より冒険者らしくなったと思うよ」

 

「だよねだよね!? しかもこれ凄く動きやすいんだよ。いやー良い買い物したなぁ」

 

 ベルは誕生日プレゼントをもらった子供のように嬉しそうに防具を撫でる。

 

「そのプロテクター、エイナさんが買ってくれたんだっけ? それも似合ってんじゃん」

 

 昨日のデート(本人はデートと認めないが)の内容は昨日のうちに聞いている。なんでも『バベル』の8階に【ヘファイストス・ファミリア】の若手が作製した、僕らでも買える値段の防具が売ってあるらしい。

 

 そこでベルは今つけているライトアーマーをほぼ有り金全部費やして購入し、帰りにエイナさんからプロテクターをプレゼントされたとのこと。

 

 他にもヘスティア様が『バベル』で働いてたとか、「リューさんって何者なんだろう……」とか聞かされた。

 

「レオも今日から特訓なんでしょ? 頑張ってね。……その、お手伝いの方も」

 

 僕のほうの事情、今日からしばらくダンジョンに潜れないことも昨日のうちに話してある。

 エイナさんにはベルの方から伝えてもらうことにした。修業の交換条件なわけでダメと言われることはないだろう。

 

「すぐに戦えるようになって帰ってくるよ。それじゃ、行こうか」

 

「うん。神様、行ってきます!」

 

「う~ん、いってらっしゃぁ~い」

 

 疲労でベッドの沈んでいるヘスティア様に見送られながら、僕らは各々の目的地に向かった。

 

 

 

 西のメインストリートを外れた少し深い路地裏にある【ミアハ・ファミリア】のホーム兼お店、『青の薬舗』。この店の裏に回り、もっと路地の深くまで行くと、人気のない広場に辿りつく。そこが僕がナァーザさんから弓を教えてもらう場所だ。

 

 広さもそこそこで人も寄り付かないため修業にはうってつけの場所だ。かくいうナァーザさんも昔はここで弓の扱いを学んだとか。

 

 

「全然ダメ」

 

 

 とりあえずと、弓を射てみたところ清々しいまでに一刀両断。いや、分かってたんだけど。

 

「まず姿勢がなってない。そんなフラフラしたままで射たって狙いが定まらなくて当たり前。ダンジョンじゃ魔物に囲まれながらの戦闘になるけど、まずはしっかりと構えて的に当てれるようにならないと」

 

 そう言うとナァーザさんは自身の弓を構え、矢を放つ。

 

 矢は広場の真ん中に立てた的代わりの丸太のど真ん中に吸い寄せられるように飛んでいき深々と刺さる。

 

「……こんな感じ。やってみて」

 

「は、はい」

 

 僕はナァーザさんの構え方を見よう見まねで真似する。すると突然制止の声がかかる。

 

「待って。一番大事なことを忘れてた」

 

「なんですか?」

 

「呼び方」

 

「……はい?」

 

 何のことを言っているのかわからず聞き返すとナァーザさんは鋭い眼光で僕を見る。

 

「私のこと。これからは師匠って呼ぶこと」

 

「……」

 

 それが一番大事なことなのか。たしかに教えてくれる人を敬うのは大切なことだけど。

 

「……返事は?」

 

「……ハイ、師匠」

 

 僕が師匠というと尻尾をブンブン振りながら小さくコクリと頷いた。

 

「それともう一つ」

 

「今度は何ですか?」

 

「口を開く前と後にミアハ様バンザイとつけること」

 

「絶対嫌ですミアハ様バンザイ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日からレオには本格的に働いてもらう」

 

 特訓から帰ってきて、開店準備が出来た後、師匠からそう告げられる。店内には師匠とミアハ様、僕の3人。

 

「お手柔らかにお願いします」

 

「早速だけどこれを持って」

 

 カウンターの上にゴトッと音を立てて持ち手のついたケースが置かれる。木製のアタッシュケースみたいな感じだ。箱を開けると中には昨日見せてもらった『青の薬舗』の商品の一部、主にポーションやハイ・ポーションといった回復薬がずらっと並んでいた。

 

「店内は正直私たちで足りてる。というか客なんてレオ達しか来ないから店に居座られても迷惑。だからレオには外を回って商品の売り込みをしてもらう」

 

 なるほど。昨日昼から店番をさせてもらったが確かに客は1人も来なかったし。まずは店の存在を知らしめないとね。

 

「売り込む価格は基本昨日教えた価格。顧客になってくれそうなら多少の値引きはあり。逆にチョロそうな子がいたら基本以上の価格で売ってもいいよ」

 

 黒い笑みを浮かべる師匠。ミアハ様は冗談として捉えてるみたいだけどコレ本気の目だ……。つか、そんなチョロイ奴今時いないっしょ。

 

 しかしその後わずかに目を薄めて隣を睨みながら、ただしと付け加える。

 

「間違ってもタダで配るような真似はしないで。そんなことしても冒険者は客になんてなってくれないし、ただ損するだけ」

 

 ミアハ様のご尊顔が引きつってらっしゃる。

 

「オーケー?」

 

「了解っす。どのあたりの層に売り込んだ方がいいとかあります?」

 

「ない。売れるならだれでもいい」

 

「了解でーす」

 

「ナ、ナァーザよ、もう少し、こう、信頼の得方などをレオに教えてもいいんじゃないか?」

 

「うちはその信頼が取れてないから客がいない」

 

 そもそも―――、とミアハ様に対する不平をこぼす師匠。これは長くなりそうだからミアハ様には申し訳ないが、さっさと働きに出るか。

 

「それじゃあ、行ってきますねー」

 

「ま、待ってくれレオ。せめて私も連れて行ってく―――」

 

「ミ・ア・ハ・様」

 

「……ハイ」

 

 

 

 

 

 

 

 店を出てまず向かったのは北西のメインストリート、通称『冒険者通り』。この場所なら来る人はほとんど冒険者だから売り込みもし易いはず。

 

 そう思ってたんだけど、

 

「あ? ポーション? いらねぇよ間に合ってる」

 

「……失礼だがどこのファミリアだ? 『ミアハ・ファミリア』? 遠慮しておこう。聞いたことのないファミリアからは買わないようにしている」

 

「うーん、そんな特別な効能があるわけでもないんでしょ? じゃあ要らないわ」

 

 なかなか買ってくれる人はいなかった。

 

 ごった返すほど人がいる大通りに数時間いたのに、スルーする人がほとんど、聞いてくれた人も渋い顔をする人ばかり。買ってくれた人も少しはいたけど、そういう人たちは急ぎの用で買っていったから【ミアハ・ファミリア】という名前を聞かずに立ち去って行くという結果になった。

 

 買ってもらえない原因についてだけど、その多くはもう買った後だということだった。冒険者通りだから、という理由で来たのは良かったが、他の商業系ファミリアの人たちだって同じこと考えてるはずだということを失念していた。

 

「くそー、もっと穴場的な場所探さないと駄目かぁ。……ん?」

 

 ふと、大通りの奥に見たことある人影が。

 

「おーい、レフィーヤさーん」

 

 腕を振りながら近づくとあちらもこちらに気が付く。

 

「ん? あなたは……たしか闘技場にいた、えっと、……糸目クン?」

 

「レオっす」

 

 糸目だけども、ティオナさんはそう呼んでたけども。そっちの呼び方の方が印象強かったか―。

 

「レフィーヤ、彼は?」

 

 レフィーヤさんの隣にいた女性が尋ねる。うおっ、凄い美人さんだ。絶世の美女って呼ぶにふさわしい。

 

「あの子ですよリヴェリア様、ほら……ベートさんが悪酔いした日、酒場で店員さん達と一触即発になってた……」

 

「ああ、あの時の」

 

 リヴェリア様と呼ばれた女性は、レフィーヤの言葉で酒場の一件を思い出したようだ。そしてバツが悪そうな顔をする。

 

「あの時は、我々の軽はずみな言動でキミたちに迷惑をかけた。済まなかった」

 

 頭を下げだすリヴェリアさんを見て僕は焦る。

 

「いやいやっ! 顔をあげてください! 貴方が謝る必要ないですよ!」

 

 そもそもこの女性、一つ一つの所作が綺麗な性で物凄く高貴な人に見えるんだよね。そんな人に頭を下げられると逆にこっちが申し訳なくなる。

 

「そもそもあの一件があったおかげで、もう一人の仲間と打ち解けることが出来たりもしたんで、悪いことばかりじゃなかったし。だからあの時のことはお互い水に流しましょう?」

 

「……そう言ってもらえると助かる」

 

 やっと顔をあげてくれた。

 

「私はアイズやレフィーヤと同じ【ロキ・ファミリア】に所属するリヴェリア・リヨス・アールヴだ」

 

「レオナルド・ウォッチです。レオでいいです」

 

「ああ、よろしく、レオ」

 

「よろしくです。ところでリヴェリアさんとレフィーヤさんはここで何をしてたんですか?」

 

 二人に質問する。もちろん、『青の薬舗』のバイトとして。

 これで二人がこれからダンジョンに潜る予定ならポーションを買ってくれるかもしれない。

 一応知り合いだし。

 

「私たち、さっきダンジョンから帰って来たところなんです。本当はあと数日は潜り続ける予定だったんですけど……」

 

「少々アクシデントに見舞われてな。一旦ホームに帰ることになったのだ」

 

 あ~、帰ってきたばかりかぁ……。じゃあ期待は薄いかなぁ。

 

「今ポーションを売ってるんですけど、買ったりしません……?」

 

 でもダメ元で聞いてみる。

 

 二人はそれを見て苦笑いを浮かべた。

 

「あー、済まないな、レオ。今は買う必要がない」

 

 ガクッ

 

「ですよねー。はい、そんな気はしてました。ここ数時間こんなんばっかですし」

 

 肩を下げて、退散の準備を始める。しかしそこでレフィーヤさんが目を光らせる。

 

「買ってもいいですよ」

 

「え!? ホントですか!?」

 

「はい。ただし条件があります」

 

「な、何でしょうか……?」

 

 レフィーヤさんはその可愛らしい顔に微笑みを浮かべ、僕の顔にグッと近づけてくる。

 

「ティオネさん達にお願いされてたんです。もし貴方に会う機会があったらスキルについて聞きだしておいて、と」

 

「つ、つまり……?」

 

「貴方のスキルを教えてくれたら何本でも買いましょう」

 

「……」

 

 この子は闘技場の時もそんなにグイグイ来ることは無かったし、その性格は天使的なアレだと思ってたけど、とんだ小悪魔じゃないかっ!

 いや、レフィーヤさんにお願いしたらしい痴女的な二人組が狡猾なのか……?

 

「はぁ、止めろレフィーヤ。はしたないぞ。レオも困っている」

 

 天使はここにいた。

 いや、リヴェリアさんの見た目からしたら女神か。とにかくリヴェリアさんナイスです!

 

 レフィーヤさんリヴェリアさんには逆らえないらしく、咎められたことで体を丸くする。でも表情は諦めてはいないようだ。

 

「ううぅ。で、でも、リヴェリア様も気になりませんか……? 酔っ払ってたとは言えベートさんをどうやって転ばせたのか。スキルを使ったということはもう分かってますし」

 

「確かに気にはなる。だがそれは他派閥のファミリアの【ステイタス】を聞いていい理由にはならんだろう」

 

「……はい。分かりました」

 

 僕の中で【ロキ・ファミリア】への好感度がアップする。

 

 アイズさんを除いて僕が知ってる【ロキ・ファミリア】の人って、ベルを笑い者にしたベートさん、グイグイ迫ってくるティオネさんティオナさんレフィーヤさん。

 

 なんかこう、有名な冒険者って強引な人ばかりなのかと思ってたよ。

 

 

 その後お二人には少しアドバイスをもらった。

 この北西の区画には大手の医療系ファミリア【ディアンケヒト・ファミリア】が店を構えているらしく、回復薬系を求める冒険者は全てそっちに流れてしまうらしい。

 

 他にもリーテイルという道具屋もあり、そこでもポーション程度なら売っているらしい。

 そんなに大きい売り場が2つもあるならそりゃあ僕みたいなよく分からない人から買ったりはしないよなぁ。

 

「話しかけるなら駆け出しの冒険者がいいだろう。新人はまだ右も左も分からない状態でスタートをする。当然ポーションの良し悪しも分からないだろうから、色々教えてあげると良い」

 

「なるほど」

 

「あ、何も知らないからって騙そうとかしちゃいけませんよ?」

 

「しませんよそんなこと」

 

 ナァーザさんはやれって言ってたけど。

 本来より高い価格で売るのも上手く商いをするためには必要なんだろうけど、それはお客さんがいて初めてできることだろうし。ミアハ様も言ってたけど今の『青の薬舗』に必要なのは信頼だ。それを失うようなことは出来ない。

 

「それじゃあ私たちはこれで失礼する」

 

「売り込み頑張ってください」

 

「ありがとうございます。リヴェリアさんもレフィーヤさんも、頑張ってください。そして怪我をしたら『青の薬舗』をよろしくお願いします」

 

「……商魂たくましいな」

 

 2人と別れて昼食を食べた後、今度はギルドに近い位置で新米っぽい人たちを狙って話しかけ続けた。

 

 そして冒険者から苦情が出ていると、駆け付けたエイナさんに絞られた。

 師匠にはよくやったと報告した際に褒められたけど。

 

 





弓のことなんて語れませんし、特訓部分はほとんどカットです。
基本レオが色んな人と話をするだけの第2章です。


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酔っ払いブルース

最初と最後の数行以外全て蛇足なお話です。



 ちょえっす。レオっす。

 

 バイトと修業を始めて今日で二日目。

 

 そんなに売れてるわけじゃないけど師匠には褒められて結構ご満悦っす。

 

 これも全てはミアハ様というタダでポーションを配りまくってる比較対象がいるおかげだねヒック。

 

 今どこにいるかって?

 

 僕は今とある酒場に来ています。バイトが終わって帰ろうとしているところ、半ベソかいてた主神様にミアハ様共々拉致られたのです。グビグビ。

 

 え? お前未成年じゃないのかって? んなもん知るかボケー!

 だってここ異世界だし。普通に未成年っぽい人だってお酒飲んでるし俺だって飲んじゃうもんねっ。

 

「それでねっ、ベル君のやつ、あろうことかま~たボクの知らない女を引き連れて夜の街へ消えていったんだよ! 浮気だよ、あれは絶対に浮気だ!?」

 

 あーヘスティア様、今日も荒れてますねー。

 

「浮気、とは穏やかではないな。ベルがそのようなことをする光景を、私は想像できん」

 

 ミアハ様は否定的。

 

「ボクはこの目で見たんだ! ベル君が女の子と仲良く手を繋いでいるところを! これはもう真っ黒も真っ黒じゃないか!?」

 

「いや、手を繋いでたくらい可愛いもんじゃないんスか? 家に帰ったら裸の女の人がベッドに寝てたくらいの証拠掴まないと」

 

「何を言ってるのだレオ!?」

 

 え? 僕何かおかしなこと言いましたか、ミアハ様?

 

「は、はは裸の女がボクらの愛の巣にィ!? そんなところに出くわしてしまったらボクは『神の力(アルカナム)』を使わないでいられる自信がないよっ! ていうかベル君がそんなことするわけないじゃないかああああ!?」

 

「ちょ、声が大きいぞヘスティア」

 

「ていうかミアハ様こそどうなんスか? 聞いてますよ? 師匠というものがありながら他の女の子を誑し込んでるって」

 

 一昨日店番してた時に師匠が愚痴ってた。

 

「なんだいミアハ。君もそうなのかい? つくづく男ってやつはだらしない奴らだね」

 

「何の話だ!? 私はそんなことしてないしナァーザともただの家族だぞ!?」

 

「ダウト」

 

「ダウト」

 

 この期に及んで誤魔化すとは……。いっそザップさんみたいにオープンになったみたらイヤナイナ。

 

「でもですよミアハ様? 家族と思って大事にしてるにしてもですよ? 大切に思いすぎて距離を詰めないのもおかしいと思うんですよー?」

 

「……と言うと?」

 

「僕も最近離れた場所にいた妹が結婚しましてね。そりゃあトビーさんもいい人だし祝福しましたけど、やっぱりこう、おめでとうって言うだけなのは違うって思ったんですよ」

 

「何故だ? 喜ばしいことじゃないか」

 

「これが娘を嫁に出したくないお父さんの気持ちっていうのかなぁ? いくら良い男性を連れて来ても、渡さんぞーっていう気持ちで話を聞かないと逆に失礼なんじゃないかって思いましたよ、うん。だからミアハ様も師匠と距離詰めて独占欲を出してかないと駄目なんです!」

 

「そ、そういうものなのか……?」

 

「ボクもベル君に『キミは誰にも渡さないよ』とか言われたいよー!」

 

 僕の話を聞くとミアハ様は手を顎に当ててむーっと何か考え始め、ヘスティア様は自分の腕を体に回してクネクネしていらっしゃる。

 

「でもベル君はすぐに目移りするからなー。誰にでも無自覚に甘い言葉を囁きそうだ……」

 

「ヘスティア様、男がだらしないのは仕方ないのかもしれませんよ? どうです? この際一夫多妻制を組み込んでみたら。ザップさん的には色んな女性の家渡り歩くよりか安全らしいですよ」

 

「誰だいそのザップって奴はっ? ここに呼んでくるんだ! これでもボクは三大処女神の一人だぞっ、じっくり話を聞いてやろうじゃないかぁ!!」

 

「あー今頃ザップさんどうしてんだろうなー? あれからもう一週間以上経ってるしそろそろまた背中を刺された頃合いかなぁ」

 

「し、しかしそのザップという子はなにやら穏やかではないではないか。そんな生活をしていてその子は大丈夫なのか……?」

 

「最近の医療は発達してますし、そう簡単にぽっくりはいかないんじゃないんですか?」

 

「確かに傷はポーションで癒えるが……」

 

「そういえばレオ君の方はどうなんだい? 今はミアハの所で働いているんだろう? ダンジョンよりも格段に出会いは多いだろう。良い女の子と知り合ったりしていないのかい?」

 

「えー? 僕ですか?」

 

 最近出会った女の子といったら、アマゾネス姉妹とエルフ2人組と剣姫さん、『豊饒の女主人』の店員さん達は出会い方最悪な部類だし、あとはエイナさんとナァーザさんかな。

 

 ロキ・ファミリア多くね? 

 

「うーん……皆かわいいんだけど、なんかなー。別の世界線じゃあ好きな子出来たような気がするんですけど……」

 

 P.N.シロさん的な人を。

 

「ちょっとよく分からないけどかわいい子はいたんだろ!? だったらアタックだ! 他の子に盗られても知らないよっ」

 

「そんなことよりも僕はヘルサレムズ・ロットに帰りたいれす」

 

「ふむ、そのヘルサレムズ・ロットというのが君の故郷の名前かい? 聞いたことがないのだが……?」

 

「えっ知らないんですか!? 今世界の中心はあそこですよ! 今後千年の覇権があそこに懸かってるんすよ!?」

 

「いやいや本当にどこなのだ!? 世界の中心はオラリオだろう!?」

 

「ミアハ様はとんだ田舎者ですね。まあ知らない方が幸せなこともありますし、そのまま何も知らずに平和に生きていきましょう」

 

「レオ、酔いすぎじゃないか……? ヘスティアも何か言ってやってくれ」

 

「レオ君は今『青の薬舗』で働いているんだから、材料くすねて惚れ薬でも作っちゃいなよっ。そうすりゃ可愛い女の子もイチコロさ!」

 

「そなたも酔いすぎだぞ!? というか今危険なことを言わなかったかヘスティアよ!?」

 

「うるさいよミアハ。キミには恋する乙女の気持ちなんて一生分からないさっ」

 

 うーん、ミアハ様は師匠ともっと一緒にいてあげるべきなんだよなぁ。

 

 あれ? 今日ミアハ様が師匠と一緒に過ごせない原因僕らじゃね?

 

「それよりもベルですよ、ベル。彼は純粋で真っ直ぐなのはいいですけど色んな女の子に好意持たれ過ぎですよ。いつか刺されるんじゃないかって俺不安なんですから」

 

「そのとーりだレオ君、よく言った! そうなんだよ、ベル君はウサギみたいに可愛いからね、女の子がほっとくわけがない! くそぅ、ベル君はボクのものなんだぞぅ!」

 

「これこれ。その発言はいくら主神といえど横暴というものだ。ベルは誰のものでもない」

 

「わかってるさ、そのくらい! ただ言ってみただけさ! いや言ってみたかっただけさ!!」

 

「本命がアイズさん、対抗ヘスティア様ですかね。大穴は……おっとこれは言っちゃいけないんでした」

 

「誰だいその大穴はっ? ボクに隠し事なんて許さないぞ!? っていうかなんでボクが対抗なのさっ、なんで本命がヴァレン何某なのさっ!?」

 

「だってベル君確実にアイズさんに惚れて―――」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!! ベル君ベル君ベル君ベルくーんっ! お願いだからボクの前からいなくならないでおくれ―――!!」

 

「うっさ」

 

「こ、これ!? 声がでかいぞヘスティア!」

 

「君が笑っていてくれればボクは下水道に住み着いたっていいぜ!? それくらい君のことが好きなんだ! ぶっちゃけ同じベッドで寝たいんだギュウギュウしたいんだ君の胸にぐりぐり顔を押し付けたいんだー!! 君が微笑んでくれればボクはパン三個はいけるんだー!」

 

 うわぁ……。

 

「愛してるよベルくーんっっ!! ……えへへぇ、一度でいいからベル君への想いをぶちまけてみたかったんだー。ふふぅ、すっきりー」

 

「本人がいなくてよかったな。店主、勘定だ」

 

「ヘスティア様ズルいですよー。僕も叫びます!」

 

「こらこら!? やめなさいレオ!!」

 

「ぶーぶー」

 

 なんでヘスティア様はよくておれはだめなんだー!?

 

「ミアハー。支払いはどうしたんだーい?」

 

「うむ。私の全持ちだ」

 

「おいおい水臭いなー。こういう時は割り勘にしようぜー」

 

「そうですよー水臭いですよー」

 

「うむ。そなたら合わせても30ヴァリスしか所持していなかったのだ」

 

 ミアハ様の手押し車に積み込まれ僕らは運ばれていく。

 

 あー、星がすごい勢いでまわってるー……ぐぅ

 

 

 

 

 

 次の日ヘスティア様と仲良く二日酔いになった僕は特訓とバイトを休むことになった。ヘスティア様はベルがデートに誘ったことで一気に元気になってたけど僕には無理です。

 

 ううぅ、頭痛い。ガンガンする……。昨夜何があったのか全然覚えてないけど、とりあえず考えるのは後にしよう。

 

 ガクッ。




作者は下戸なので、エア飲酒して気分だけは酔っ払い気分で書きました。


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レオとベルは気付かない

8巻みたいなお姉さんなリリも好きです。


 

「ちょっとちょっとそこの冒険者さん。ダンジョンに潜る前にアイテムの確認はちゃんとしましたか? ポーション足りてますか? 武器は装備しないと意味がないですよ?」

 

「…………あ、足りてる? 装備してる? そうですか、ミアハ印の回復薬が買いたくなったら西の区画の『青の薬舗』へどうぞお越しください!」

 

「ふぅ……。あっ、そこのお兄さーん!」

 

 今日はバベルの入り口付近に待機して売り込むことにした。

 

 今日の特訓は今までで一番ハードだった。理由はもちろん昨日二日酔いだなんて理由で休んだからだ。2日分鍛えるって言ってたけどあれ絶対バイト休んだ腹いせも含まれてたな、うん。

 酔ってて覚えてなかったんだけど、どうやらミアハ様にもっと師匠と一緒に居てやれとかアドバイスしてたらしくて、それがなかったらもっと扱かれてたかも。ナイス昨日の僕。

 

 それはそうともう小一時間ほどここにいるけど、何が驚いたって冒険者の量だよね。そりゃあこの時間は元いた世界で言う通勤ラッシュの時間帯だけど、冒険者って曲がりなりにもいつ死んでもおかしくない職業でしょ?

 

 それを二十歳にもなってない様な人たちだって構わずたくさんダンジョンに挑んでるんだから……凄いなぁって。

 

「レオー」

 

「お、そろそろ来るころだと思ってたよ、ベル」

 

 今日は僕の方が早く出たから、多分ベルより先に『バベル』に着くだろうなと思っていたが見事予想は的中した。

 

 手を振ってくる相方にこちらも手を振りかえしていると、隣に大きなバックパックを背負った小さな女の子がいることに気が付く。

 

「こんにちは。あなたがレオ様ですね。ベル様からお話は伺っております。お仕事ご苦労様です。リリはベル様のサポーターを努めさせて頂いてますリリルカ・アーデと申します」

 

「うん、僕もベルから話は聞いてるよ。よろしくね、リリ」

 

 ペコリと頭を下げるフードをかぶった女の子にこちらもペコリ。リリルカ・アーデ、ベルからは物凄く優秀なサポーターだって聞いてる。

 あと、さん付けは駄目などの変わった持論も持ってることも。なので気兼ねなく最初から呼び捨てで挨拶させてもらう。

 

 しかし、聞いていたとはいえショックが隠せない。

 

 こんな小さな子がダンジョンに潜ってるなんて。しかもベルから聞いた話じゃファミリアでもあまり良い扱いを受けてないとか。

 

 ……ん? この子……?

 

「リリ、ちょっと失礼だけど歳、いくつか聞いていい?」

 

 僕の質問に二人は揃って怪訝な顔をする。

 

「本当に失礼ですねレオ様。女の子の年齢なんて聞いては駄目ですよ?」

 

「どうしたのレオ?」

 

「うん? いや、ちょっとね……」

 

 年齢を聞いた理由は簡単。この子がだから見た目で判断できなかったため。もしかしたら年上とかいう可能性もあるしね。

 でも、反応とか舌足らずなしゃべり方とかを聞くに年相応っぽい。

 

 ……ていうか何で魔法かスキルまで使って変装してるんだ? もしかして変装しないといけないほど過酷な環境で日々を生きてるとか……?

 

 こんな小さな子がそんな苦労をして孤独に生きなければならないとか、もしかしたらこの世界は実はヘルサレムズ・ロットより残酷なのかもしれない。

 

「リリ、ポーションあげるよ」

 

「ふぇ? な、何でですか……?」

 

 まぁただの自分勝手な同情なんだけど。そんなこと言ったらやっぱりこの子も怒るだろうなぁ。

 

「んー、初回サービスかな? それにいつもベルがお世話になってるみたいだしそのお礼も兼ねて」

 

 同情もあるけど言ったことも嘘じゃない。

 

「……ありがとうございます」

 

 さっきまでの溌剌とした口調がこの時だけは小さくなった。

 

「どういたしまして。はい、ベルも」

 

「え、いいの? ありがとー!」

 

「ん、500ヴァリスね」

 

「うえぇぇえ!? なんで僕からはお金とるのさ!?」

 

 全く疑ったりせず飛びついて来たウサギに師匠譲りの黒い笑みを浮かべて代金を請求する。

 

「さっき言ったじゃん。リリは初回サービスだし、あと小学生以下無料ってよくあるじゃん?」

 

「僕だってレオから買うの初めてだし、後半意味わからないんだけど」

 

「ベル風に言ったら……、女の子だから?」

 

「……なら仕方がないね」

 

「ぷっ、アハハハハ、何ですかソレ? 理由になってませんよ?」

 

 渋々という形で何故か納得するベルに、それを見てコロコロと笑うリリ。うん、やっぱりそうやって笑ってる方が年相応な感じがしていいね。

 

「ベル様、そろそろダンジョンへ向かいましょう。探索の時間が無くなってしまいますよ?」

 

「そうだね。じゃあレオ、またあとでねっ」

 

「おー、またー」

 

 しばらく二人の後ろ姿を見送る。リリはなんとなく訳ありっぽいけど悪い子じゃなさそうかな。

 

 さて、と呟き僕も気を引き締める。今日は師匠からたくさん稼いで来いと厳命されてるからね、どんどん行くぞー!




いつもみたいな年相応なリリも好きです。


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レオと恋する乙女


タケミカヅチファミリアの残りの2人の名前が知りたいと思う今日この頃。



 

 昼飯を食べて、同じく『バベル』の近くで販売開始。ここだと『バベル』の安い食堂でお昼を食べられるから楽だ。

 

 でも北西の大通りより買ってくれる人は少ない。『バベル』前まで来てるってことは大体準備を済ませた後ってことだから当然ちゃ当然か。

 

「行って参ります、タケミカヅチ様!」

 

『バベル』2階から戻ると入り口付近で東洋風な出で立ちをした6人組のパーティーが神様の前に整列していた。

 

 タケミカヅチ様と【タケミカヅチ・ファミリア】の皆さんだ。どうやら今からダンジョンに潜るらしい。

 

「おう、レオじゃないか。お前も今から潜るところ、いや、帰るところか?」

 

 タケミカヅチ様は僕に気付き、軽く手を挙げて挨拶をしてくれる。

 タケミカヅチ様の方を向き整列していた命さん達もこちらの姿を認め、それぞれ挨拶を交わす。

 

「そのどちらでもなくてですね、今僕『青の薬舗』でお手伝いをしていて回復薬の売込み中なんです」

 

「ああ、そういえば昨日ミアハが言っていたな。お前ら、回復薬に不安があるなら今のうちに買っとけよ。ポーションなんていくらあっても困らんからな」

 

『はいっ』

 

 タケミカヅチ様の呼びかけで桜花さん、千草さん、飛鳥さんの三人がポーションを購入する。タケミカヅチ様はミアハ様と仲が良いから少し割引をしておこう。

 

 よし、午後は幸先のいいスタートを切れたぞ。

 

「レ、レオ殿……」

 

 桜花さんにポーションを渡したところで、さっきから挙動不審な振る舞いを見せていた命さんがオズオズと言った感じで話しかけてくる。

 

「あ、命さん。この前は本当にありがとうございました。そのお礼も兼ねて安くしときますよ。どうです?」

 

「いえっ、お気になさらず! タケミカヅチ様も仰っていましたが、お礼など不要です! ……いや、ち、違う形でお礼は受け取りたいです……って何でもないです!?」

 

 んん? 本当にどうしたんだろ? ダンジョンじゃあんなに堂々としていたのに、今は顔を伏せて見る影もないぞ。

 

「あの、不躾を承知で相談があるのですが……」

 

 軽く深呼吸をして落ち着きをいくらか取り戻した命さんはポツリと呟く。

 

「相談? 何ですか? 全然聞きますよ」

 

「……ちょっと来てください」

 

 僕がそう言うと、命さんは桜花さん達と目くばせをした後タケミカヅチ様をチラッと一瞥して、皆に話が聞こえない所まで離れる。

 

 周りの態度からして桜花さんたちは命さんの相談事が何なのかを知っているようで、知らないのはタケミカヅチ様だけみたいだ。

 

「それで、一体どうしたんですか?」

 

 再度尋ねると、しばらくした後命さんは頭を下げた。

 

「お願いします! ミアハ様にしたようにタケミカヅチ様に自分のことについて口添えしていただけませんか!?」

 

「…………えっと?」

 

 ちょっと状況がつかめない。何て口添えするの? てかなんで僕? ミアハ様?

 

「……もうちょっとわかりやすく説明してもらえるかな?」

 

「はい、あれは昨日のことなんですが……」

 

 

 ―――昨晩、とある通りにて

 

 

「よう、ミアハじゃないか」

 

「タケミカヅチ、久しぶりだな。命ちゃんもこんばんは」

 

「ご無沙汰しております、ミアハ様」

 

「今日は買い出しか?」

 

「うむ、ナァーザの奴は新薬の研究で手が離せんからな。なに、このくらいはせねばいつも頑張ってくれているナァーザに申し訳が立たんからな」

 

「それもそうだな。ところでミアハ、お前何かいいことでもあったのか?」

 

「分かるか? いや最近どうもナァーザの機嫌が悪くて困っていたのだが、ヘスティアのとこのレオにアドバイスをされてな。今日ちょっと接し方を変えたら機嫌を戻してくれたんだ。嬉しそうにしているナァーザを見てこちらも嬉しく思っていたところなんだ」

 

「!?」

 

「ほほう、レオはなんでナーザちゃんの機嫌が悪いのかを理解してお前に教えてくれたのか」

 

「いや、結局なんで機嫌が悪いかは分からずじまいだったよ。レオもそこは自分で考えろと言っていたしな」

 

「なるほど」

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ということがあったんです!!」

 

 興奮気味に話す命さん。

 

 しかしまったく心当たりがないんだけども……。

 

 となれば……あれかなぁ。僕が酔って覚えていない時の話かな。

 

「つまり、命さんはタケミカヅチ様のことが、その、好きなんだね?」

 

「す、すすすす好きというかっ! お慕いしてるというかえーっと…………はい」

 

 それで僕がミアハ様にしたであろうアドバイスをタケミカヅチ様にも、と。

 

 しかし困ったな。あの時のことは本当に覚えてないんだ。

 

師匠はグッジョブって言ってきたけど、もちろん僕がミアハ様に何を言ったのか細かく聞いているわけじゃないし、ミアハ様自身も一昨日の夜のことを聞いたら凄い慈悲深い目で「感謝する。しかしオラリオのことはもう少しキチンと勉強したほうが良いと私は思うぞ」ってしか言わなかったし。……あれってどういう意味だろう?

 

「あー、ごめんなさい命さん。僕その時酔ってて、ミアハ様に何言ったか覚えてないんですよね」

 

 ガァーンッ! という擬音が命さんの頭の上に落ちてきたのが見えた。うんホントごめん。

 

「ど、どうにかなりませんか? レオ殿は希望なのです。あのタケミカヅチ様と並んですけこましとかジゴロとか言われてらっしゃるミアハ様を変えたのですから!」

 

 あのお二方はそんなこと言われてるのね……。ていうか命さん錯乱しすぎ! すごく失礼なこと言っちゃってるよ!?

 

「お願いします!」

 

「……とりあえず考えときますけど、期待しないでください」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 あまりの押しの強さに渋々了承。まあダメ元でタケミカヅチ様と話してみるか。

 

 

 

 

 その後、命さんは桜花さん達の元に向かい一緒にダンジョンへ降りていく。それを見送り、残される僕とタケミカヅチ様。

 

 話すなら今しかないよね。

 

「命とは何を話していたんだ? ポーション代でも値切られたか?」

 

 僕が口を開く前にタケミカヅチ様の方からニヤニヤしながらさっきのことを尋ねられる。

 

 うわー、この神様全く命さんの気持ちに気付いてないよ。

 

 ここで少しでも嫉妬している素振りでも見せてくれればまだ可能性はあったのに。

 

「違いますよっ! てか良いんですか。もしかしたら愛の告白だったかもですよ?」

 

 とりあえずカマをかけてみよう。タケミカヅチ様はどんな反応をするかな?

 

「ハッハッハッ、それはいい! レオが綺麗な心を持っているのは神である俺には分かるからな。もしそうなら祝福せねばなるまい!」

 

 …………マジか。

 

 いや、ほとんど冗談としか受け止めてないみたいだけど命さんが嫁に行く話に全力肯定かよこの神は。

 

「ど、どうしたレオ。そんな怖い顔をして……?」

 

 おっと、どうやらタケミカヅチ様への不満が顔に出てたらしい。気を付けないと。なんせ相手は神様だからね。

 

「命さんはタケさんにとってどのような方なんですか?」

 

「た、タケさん? ……いや、まあいい。そりゃあもちろん大切な娘だ」

 

「娘、ですか」

 

「ああ。命だけじゃない、他の眷属だって大切な俺の子供たちだ。そんな子供たちが、恋をし、幸せを掴もうとしているなら、祝福するのが父の務めだろ?」

 

 そこにあったのは残酷なまでに強い親愛。この気持ちを否定することは僕には出来ない。タケミカヅチ様が命さん達のことを大事に思っているのがひしひしと伝わってくるから。

 

 でも、

 

「……その気持ちが、恋慕に変わることはないんですか?」

 

「ない。……とは言い切れないな」

 

「……え?」

 

 意外だ。てっきり無いって断言するものだと。

 

「意外か? でもそうでもないんだ。俺たち神は、むしろ子供たちにこそ惹かれやすいからな」

 

「じゃあ……」

 

「だが、あいつらは俺にとって息子、娘なんだ。たとえ好きになろうともな。神である俺じゃ、あいつらを幸せに出来ない」

 

 諦観というよりも信念の様なものを感じる。そっか、つまりこの神様は物凄く頑固者なんだ。

 

「そう、ですか……」

 

 命さんごめんなさい。説得は無理です。

 

 でも、命さんへのアドバイスなら思いつきました。命さんがダンジョンから戻ってきたら、こう言ってあげます。

 

 

「頑固者になってください」

 

 





最初は命さんとレオ君を絡ませるつもりだったのに、結局はタケミカヅチ様の話になってしまいました。

なんでだ……。


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レオとSS先輩第2号?

遂にあの人の出番再来!


 

「げっ!?」

 

「ァア?」

 

 

 それは今日も今日とてバイトに精を出していた時のことだった。この日はまた場所を変えて今度は怪物祭でお世話になった東のメインストリートを歩きながら、買ってくれそうな冒険者に話しかけていた。

 

 怪物祭の時ほどではないが、さすがにメインストリートなだけあって人通りが多く、誰かと肩をぶつけてしまった。

 顔をあげて謝ろうとすると、見たことのある顔。ベートさんだった。

 

「……いや、肩ぶつけてスミマセン。それじゃあ」

 

「ちょっと待てコラ。てめぇ『げっ』って言ったよな? どういう意味だ」

 

 あれ? もしかしてあの時のこと憶えてない? そりゃあちょうどいい。このまま知らないふりをしていよう。

 

「お前、どっかで見たことあるツラしてんな。……あっ! テメーあの時酒場でアイズと話してた雑魚か!?」

 

 しっかり憶えられていました。

 

「あの時はどうも。もうあんな風に酔っ払わないでくださいね」

 

「う、うるせー! テメーには関係ねえだろうが!」

 

 狼狽えるベートさん。どうやら悪酔いした自覚はあるらしい。

 

「関係ありますよ! 僕の仲間を散々罵ったそうじゃないですか。なんて言ったか詳しくは聞いてないですけど」

 

「……テメー、あのトマト野郎の仲間かよ。けっ、雑魚同士つるんで仲良しごっこか? 反吐が出る」

 

「っそんな言い方する必要ないだろ! なんでアナタが僕らのことを悪く言うんですか!?」

 

 ベートさんはくだらなそうに鼻を鳴らす。見下しすぎだろこの人。

 

「決まってんだろーが。テメーらが雑魚だからだ。弱えー奴がダンジョンに潜ってんのを見るとムカつくんだよ。特にあのトマト野郎、ダンジョンでみっともなくピーピー泣きやがって」

 

「……ベルは頑張ってますよ。アナタに言われたことを糧にしてね」

 

「ハッ、雑魚が何しようと変わんねーよ」

 

 何この人? そんなに見下して楽しいのかよ。

 

「はぁ……もういいです、あの時のことは。何言ってもアナタは変わらないみたいですし。それよりも……」

 

 深いため息をついた後、手に持っていたケースからハイ・ポーションを一つ取り出し、目の前の狼男に突き出す。

 

「……何の真似だ?」

 

「今、【ミアハ・ファミリア】の『青の薬舗』ってお店でお手伝いをしてるんです。買っていってくださいよ。10万ヴァリスで」

 

「高すぎだろ!? なに単価の2倍以上の値段で売りつけようとしてんだテメーは!?」

 

「これで手打ちにしようってことです。いいんですかー? アイズさんにベートさんが全く反省してなかったって言っちゃいますよ」

 

「て、てめぇ……」

 

 ベートさんは青筋を立てて肩をプルプルさせている。今にも手を出してきそうで怖いが、こっちだってアナタには滅茶苦茶ムカついてるんだ。

 

「……5万だ。それ以上は出さねー」

 

「はい、お買い上げありがとうございます」

 

 当初言った半分の値段になったが、それでも基本価格以上で買ってもらえた。もっと反論されるかと思ったけど案外素直だったなぁ。

 そんなにアイズさんに嫌われたくないのか。これはベートさんもアイズさんのことを?

 

 ともあれ、バイトを始めてから初めてハイ・ポーションが売れた! 今日の売込みはこれだけでも十分なほどだ。ベートさんには感謝だなぁ。

 

「クソッ、こんなことになるんならホームから出なきゃよかったぜ」

 

「なんです、引き篭もり発言ですか?」

 

「ちげーよ! ちょっと調べモンしてるだけだ。……一つ聞くが、このあたりで最近怪しい奴を見なかったか?」

 

「怪しい奴?」

 

 どうやらベートさんは怪物祭の日の騒動について自主的に調査していたらしい。

 自分の主神に対して人使いが荒いなどブツブツ言っていたが、それでもしっかり働く所はちょっとザップさんを思い出したり。

 

 ただ、騒動について知っていることはあるがそれを言うことは出来ない。喋ればベル君たちが危なくなる。

 

「すみませんけど、役に立ちそうなことは何も」

 

「そうかよ。んじゃあオレはもう行くぜ。じゃあな」

 

 僕が何かを隠していることはばれなかったのか、それとも察してくれたのかは分からないがベートさんはしつこく聞くことはなく、それだけ言うと立ち去ろうとした。

 

 

 そう、立ち去ろうとしたんだ。でもそれは僕らの横を抜けていった黒いコートを纏った何かに気付いて中断された。

 

 

 道の端で立ち止まって話をしていた僕らは、一斉に振り返る。

 

 ……え? 何アレ?

 

「……オイ、テメーにも分かったか? アイツ……」

 

「多分、僕とベートさんじゃアレに対して感じたものは違うと思います。アレが普通とは違うって部分は同じでしょうけど」

 

 鼻をヒクヒクさせているベートさんは、恐らく獣人の嗅覚で普通の人にはしない匂いを感じ取ったんだろう。

 僕は匂いは分からなかった。ただアレを【神々の義眼】で見た。

 

 

 

「俺はやることが出来た。テメーは今日はもう帰れ」

 

 険しい顔をしながら、ベートさんはさっきの人物の尾行を始める。

 

「……何で着いて来んだよ? 雑魚は帰れ」

 

 同じように尾行を開始する僕を鬱陶しそうに睨んでくるが、勿論ここで引き下がるわけにはいかない。

 

「アナタに何を言われようと関係ないです。僕には僕の事情があります」

 

 黒いコートを纏ったソイツは見た目はただの人間。足取りがふら付いているため周りの人達からは変な目で見られてはいるものの、怪しまれてはいない。

 

 

 でも、僕の眼から見えるソイツは、間違いなく異界の住人だった。

 

 

 ここで帰るわけにはいかない。やっと見つけた元の世界に帰る手がかりなのだから。

 

「……チッ、これだから雑魚は嫌いなんだよ。身の程を弁えねーで好き勝手しやがる」

 

「何もしないよりマシでしょ。それよりそろそろその雑魚って言うのやめてくれません? 僕の名前はレオナルド・ウォッチです」

 

 ここにきてようやく自己紹介をする。そういえばこちらはベートさんのことを知っていたけど、こっちは名前も名乗ってないんだった。

 

「何でテメーのこと名前で呼ぶ必要があるんだよ。テメーなんか地味糸目で十分だ」

 

「……それでいいですよ、SS先輩さん」

 

「オイ、なに笑ってんだよっ気色わりー。つかSSって何だよ? 何の略だ?」

 

 怪訝な顔をするツンデレ狼さんを無視しながら、久しぶりに聞いたその呼び方に自然と笑みがこぼれてしまう。

 

 ああ、やっぱり早く帰りたいなぁ。ここでの生活も悪くないけど、あっちに残してきたものが多すぎる。

 

「SSさん、奴が路地の方に入りましたよ。追いかけましょう」

 

「だからそのSSって何かって……、ああもういいっ、早くいくぞ」

 

 

 今まで大通りを『バベル』方面に向かって歩いていた黒コートの人物は、今度は人の少ない路地の方へ入って行った。

 

 たしかここは、ダイダロス通り。

 

「チッ、アイツ歩くスピード上げやがった。オイ地味糸目、こっから先は迷子になっても知らねぇからな」

 

「大丈夫です。むしろ僕のことはいいですからアイツを見失うようなことにはならないでくださいね」

 

 黒コートの人物は恐らく僕らが尾行していることに気付いている。

 いつ袋小路が訪れるかもわからない路地を黒コートの人物は自分の庭を歩くようにスラスラと進んでいく。

 何度か見失いかけるが、僕の眼とベートさんの鼻がそう簡単に振り切られるわけがない。

 

 

 

 だけど僕らは見失ってしまった。

 

 

 

「ハァ!?」

 

「え……?」

 

 ソイツは再び角を曲がったんだ。もちろん僕らもすぐにその角を曲がったのだが、そこにはもうソイツは居なくて、先も行き止まりになっていた。

 

 どこかに隠し扉があったり、すさまじい速さで建物の屋根まで上ったりしたわけじゃない。それなら僕の眼が見逃すわけがないんだから。

 

「どういうこった? なんでいきなり奴の匂いが消えんだよ!?」

 

 ベートさんも完全に見失ってしまったらしい。

 

 

「オイ、お前アイツが何なのか知ってる風な口ききやがったよな。アイツは何もんだ!?」

 

 結局どうすることも出来なくなり、ベートさんは僕の胸ぐらを掴み声を荒げる。

 

「それだけじゃねえ、俺はアイツの今まで嗅いだことのない血に似たような匂いに反応したが、人間のお前がそんなことに反応できるとは思えねぇ。あの時何に反応して振り向いた?」

 

「……アナタにはアレが何に視えました?」

 

「……? 人間だろ」

 

「そうですか。僕にはアレが人の皮を被った異形の存在に視えました」

 

 話してどうなる?

 

 今から僕が口にするのはこの人たちにとって荒唐無稽な話だ。今までだって問い詰められてもヘスティア様にしか話さなかったじゃないか。

 

 この人なら信じてくれるとでも思ったのか、それとも異界の住人を見てしまって心細くなったのか……僕の口はツラツラと僕が元いた世界について話してしまっていた。

 

「つまりアレは僕がいた世界の存在、僕と同じくこっちの世界にはいないはずの存在です」

 

 ベートさんは黙って最後まで話を聞いてくれた。でも、話が終わった後僕の服から手を放すと、

 

「くだらねぇ」

 

 そういって僕に背を向け、去って行った。

 

 

「……ですよね」

 

 彼の小さくなっていく背中を見ながら僕は呟く。

 

 僕は一体何を期待したんだろう? 全部打ち明けたら協力してくれるようになると思ったんだろうか。

 

「コーヒーでも飲んで帰ろ……」

 

 風の冷たさを鬱陶しく感じながら、僕もダイダロス通りから出るため歩き出した。

 





というわけで謎の人物登場回でした。

とはいえこの人物について明らかになるまでにまだまだ時間がかかるので、引き続き基本原作準拠な物語をお楽しみ頂ければ幸いです。


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食罰だソーニャ


この世界の住人達は原作とはちょっとだけ設定が違うかもしれないのです!!

主に料理スキル的な意味で。




 

 異界の住人を目撃した次の日、僕は『青の薬舗』に向かわずにホームのソファに身を沈めていた。

 言っておくけどサボりじゃない。そりゃあ昨日の件で色々動揺してるのはあるけど。

 

 昨日、午後からの売込みは身が入らなくて全然売れなかったが、それでも師匠にはめちゃくちゃ褒められた。

 

『ハイ・ポーションを売ってくるなんて、しかも定価より高く売ってくるなんて……、レオ、ウチのファミリアに入らない?』

 

 今までに見たことがないくらい尻尾を振り回してたよ。

 

 もちろん丁重にお断りさせていただいた。

 

 それでその後、

 

「レオ、明日は来なくていいから」

 

 そんなことを言われたのだ。理由を聞いては見たけど「明日は用事があるから」と言葉を濁された。

 まあバイトの身だしファミリアの事情に頭を突っ込むのもどうかと思ったから、それ以上は聞かなかったけど。

 

 そういうわけで今日は特訓もバイトも休み。

 

 

 

「うぁー、ベルー、退屈だー」

 

「……そうだねぇ」

 

 ちなみにベルも今日は休み。僕と同じで、最近一緒にダンジョンに潜っているリリから「明日は用事で潜れない」と言われたらしい。

 

 ここのところダンジョンに通いっぱなしだったからいい休息、だなんて言ってたけど明らかに何か考え込んでいる。今日も朝からずーっとベッドに横になって溜息ばかりついてるし。

 

 

 ……って、僕も人のこと言えないか。

 

 

 まずいなー。明らかにこの部屋負のオーラが充満しちゃってるよ。ヘスティア様ですら気まずそうにしながら逃げるように出勤したし。

 

 時刻はもうすぐお昼時。あんまり食欲は湧いてない。多分ベルも同じだろう。

 

 でも、このままじゃ駄目だ。このままこんなドンヨリした部屋に籠ってたらヘスティア様が帰ってくる頃には頭にキノコでも生えてしまう!

 

「……ベル、昼飯食べに行こうっ」

 

 ガバッとソファから身を起こしベルに提案する。

 

「うーん、今日は食欲ないんだよね。僕のことはいいから食べに行ってきていいよ」

 

「駄目だ。ベルも一緒に来るんだっ」

 

「ぅわっ!?」

 

 案の定ベルは断ってきたが、関係ない。

 僕はベッドで横になっているベルの腕をひっぱり強引に立たせる。

 

「昼飯をおざなりにするなんて! そんなことをしては食神様のお怒りを買ってしまうかもしれないからね」

 

「それ誰のこと……?」

 

 そういえばこの世界は神様が普通に下界で暮らしてるんだった。じゃあ大丈夫じゃないか……?

 

 思わず考え込んでしまいそうになるが、そこでふと棚の上に置かれたバスケットが目に入る。

 

「……ベルさ、シルさんのとこに返しに行ってないの?」

 

「え? ……あ」

 

 今日の昼飯は『豊饒の女主人』に決定した。

 

 

 

 

 

 

「本っ当っに、ごめんなさいっっ!」

 

「あははは……」

 

 返してないことを思い出し顔を青くしたベルは、すぐに『豊饒の女主人』に駆け込みシルさんに両手を合わせ勢いよく頭を下げていた。

 

 シルさんはそれを見て少し困ったような安心したような顔をしている。

 連絡手段が発達してないこの世界じゃ中々安否の確認が出来ない。数日とは言えいきなり顔も見せなくなれば心配にもなるだろう。

 

 二人が会話しているのを尻目に僕は先に近くの席に座る。部屋で動かない間は食欲も湧かなかったがやっぱり外に出るとお腹が空いてくる。

 

 そういえばここでコーヒーは飲んだことはあるけどご飯は食べたことなかったなぁ。ベルはおいしいって言ってたし期待してもいいかな。

 

 そんなことを思いながら周りを見渡すと僕らのほかにお客さんがいないことに気付いた。まだ開店したばかりだろうからそれだけならなんとも思わないんだけど、なんだか店員の人たちの動きもおかしい。ソワソワしてるというか慌ててるというか。

 

「ご、ご注文は決まったかニャ……?」

 

 疑問に思っていると、茶髪の猫耳娘、たしかアーニャさんがギリギリな感じの営業スマイルを浮かべて注文を取りに来た。凄い冷や汗を流してらっしゃる。

 

「あ、はい、えーっと……じゃあサンドイッチと、あとブレンドコーヒーで」

 

 メニュー表をひと通り見て適当に決める。

 

「りょ、了解ニャ……」

 

 僕から注文を取った後、アーニャさんはベルとの話が終わったシルさんの元へ向かい、なにやらヒソヒソと話を始める。

 

「ベル、ここって昼はいつもこんな感じ? 夜は凄い賑やかだった気がするんだけど……」

 

「うーん、僕もお昼はそんなに寄ったことないんだけど……あ、僕もレオと同じのをお願いします」

 

 席に着いたベルも訝しげな顔をしている。一体どうしたんだろう?

 

「でも今開いたばかりみたいだし、こういう時もあるんじゃないかな?」

 

「そうだよね……」

 

 ベルもあんまり気にしないようにしてるみたいだし、僕も気にしない方がいいか。ただ昼飯食うだけだし。

 

 

 

 

 

「お待たせしました。サンドイッチとブレンドコーヒーになります」

 

「「…………」」

 

 前言を撤回しよう。これは気にしなきゃ駄目だ。

 

 シルさんとリューさんが僕らの前にサンドイッチを持ってきた。

 

 一括りにサンドイッチと言っても種類はたくさんある。僕ら二人の前に置かれたサンドイッチが違う種類なのは別にいい。気にはならない。

 もっと言うとベルの方に置かれたサンドイッチも気にはならない。若干具材の色がおかしい気もするが大方シルさんが作ったものだろう。

 

 

 

 問題は僕の前に置かれたサンドイッチ、というか食パンに携帯食料を挟んだ奇妙な料理だ。

 

「……あの、これなんです?」

 

 いつもの涼しげな表情が若干崩れているエルフの店員さんに尋ねる。

 

「サンドイッチです」

 

 ほほう、これがベル君オススメ『豊饒の女主人』特製サンドイッチですか。すごい独創的な料理ですね。

 

 

 

 

「ってなるかァァアアアアア! 何で携帯食料!? 何で食パン!? こんなモン食ったら口の中パッサパサになるわ!」

 

 

 

 

 携帯食料作りには自信がありますじゃないですよリューさん!? これもはや嫌がらせじゃないですか!

 

「ま、待つニャ待つニャ!? これには海よりも深~い理由があるニャ!!」

 

 カウンターの奥で覗いていたクロエさん達が慌てて僕らの所まで駆け寄ってくる。

 

「……聞こうじゃないか」

 

 目くじらを立てる僕と苦笑いをしているベルは店員さん達の話を聞くことにした。

 

 店員さん達は同時に、喋りたいように喋るため話を理解するのに時間がかかってしまったが、まとめるとこういうことらしい。

 

 

「実は今日ミアお母さんが朝から夕方まで用事でいないんです。その間よろしく頼むと言われてまして……」

 

「と言っても私らは接客で、料理作るのはコックの仕事だから問題ないはずだったんだけど」

 

「何故か今日に限ってウチのコックたちが次々と急用や病気を訴え、一人も来れなくなってしまったのニャ」

 

「残念なことに私たちの中で料理が出来るのはクラネルさんに毎日弁当を渡しているシルだけだ」

 

「でも店を閉めるわけにもいかないニャ! ミャー達だけで頑張るしかないのニャ!」

 

 

 ちなみに唯一料理が出来るというシルさんも味は怪しいらしい。絶体絶命じゃないか。というかそんな状態なら店を開かなきゃいいでしょうに。

 

 

「二人とも! 恥を偲んでお願いするニャ! ミャー達の代わりに料理を作ってほしいニャ!」

 

「「ええええええええええええ!?」」

 

 アーニャさんのとんでもない発言に声を上げる僕とベル。

 

「いやいや無理ですよ! 僕、神様と暮らすようになって少し料理が出来るようになった程度ですよ!?」

 

「僕もベルと一緒ですっ。お客さんに出せるような料理は作れませんってば!」

 

「少しは出来るのよね!? じゃあ大丈夫! 私たちは全然できないから」

 

 それ大丈夫じゃないですよね!?

 

「なあ少年よ、いつもシルに貢がせておいてまさかこの店の危機にミャー達を見捨てるなんてことはしないよニャ?」

 

「うぐっ!?」

 

 クロエさんがベルの肩に手をまわしてイヤらしい手口を使い始める。

 

「で、でも、それとこれは話が違うというか……」

 

 そうだベル! 負けるな! 断るんだ! これは僕らの手に負えることじゃない!

 

「ベルさん……」

 

「シ、シルさん?」

 

「お願いします。助けてくださいっ」

 

「……ハイ」

 

 上目使いの魔女っ娘シルさんの前にベル君あっさり陥落。

 

「さあ、糸目の冒険者君も観念するんだ。大丈夫、昼は簡単なメニューしかないし食える程度に作ってくれればそれでいいから!」

 

 ルノアさんが物凄い良い笑顔で手をワキワキさせる。後ろを見るとリューさんが何気なく出入り口への道をふさいでいる。チクショー。

 

 

 

 

 

 

「それでは、シルとクラネルさん、ウォッチさんは食堂をお願いします」

 

 大分強引な感じで了承させられてしまった僕らはエプロンをつけてシルさんと3人、食堂に移動した。

 シルさんによれば今日は曜日的に客は少ない日だけど、それでもこれから客が増えてくるとのこと。

 

「うぅ、なんでこんなことに」

 

「アハハ、ごめんなさい。お礼は必ずしますから、ね?」

 

 ベルはこういう無茶ぶりに慣れていないのか今にも泣きそうな顔をしている。でもシルさんが隣にいるわけだし、きっと頑張ってくれるはず。

 

 メニュー表を見た感じ、ルノアさんが言ったことは本当のようで僕らでもなんとか作れそうな料理ばかりだった。食材はふんだんに用意されてるし、女将さんが帰ってくるまでの辛抱だ! 頑張るぞ!

 

 

 間もなくして一人目の客が入ってきた。人間の女性で線が細く、小食そうな印象だ。多分飲み物くらいしか頼まないんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鰆の山椒焼き、春キャベツのピューレ添えをお願いね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり聞いたことないメニューきたァァアアアアアア!?

 

「ど、どうするんですか!? ていうかメニュー表にそんなのありませんでしたよね!?」

 

「いえ! あの料理名は……お母さんと昔からお付き合いがある常連さんにしか伝わっていない裏メニューの一つです……! まさかこんな時に注文が来るなんて……!」

 

 僕と同じく動揺しているベルに「不覚です……!!」とか言いながらシルさんが深刻な顔をして答える。

 

「少年! さわらの根性焼き、春キャベツのパール締め一つニャ!」

 

「イヤイヤ裏メニューなんて聞いてないから! アーニャさん断ってきてくださいよ! てかメニュー名盛大に間違ってます!」

 

「む、無理ニャ!? お世話ににゃってるお得意様の注文を断るなんて無礼千万ニャ!?」

 

 見当違いな料理持っていく方が無礼でしょーが!!

 

「ニュフフ、慌てるにゃよ少年。ミャーはその料理が作られてるところを見たことがあるニャ」

 

 厨房で騒ぐ僕らの元にクロエさんが余裕の表情で現れる。

 

「本当ですかクロエさんっ?」

 

 ベルの顔がパァっと明るくなる。

 

 しかし僕も含め他の面子の表情は晴れない。いやだって、ねぇ……。

 

「ミャーに任せるにゃ! まずはさわらを用意っ。コレにゃ!!」

 

 そう言うとクロエさんは大きな冷蔵庫からギョロっとしたデカイ眼が特徴的な、刺々しい鱗を持った謎の魚を取り出す。……なにその魚!?

 

「絶対違うから!? 鰆がどんなのだったか僕もイマイチ覚えてないけどソレだけは絶対にないから!?」

 

「ちゃんと見るニャ。魚が置いてあった場所に名前が書いてあるニャ」

 

「……マジで?」

 

 恐る恐る近づいて冷蔵庫の中を見る。するとその魚が置いてあったと思しき場所に一枚のメモがあった。

 

 

 

 

『刺割羅』

 

 

 

 

「…………いや確かにさわらと読めなくはないけども。禍々しすぎるでしょコレ」

 

「でも、確かにコレはサワラです。クロエ、これでいきましょう」

 

 正気ですかリューさん!?

 

「と、とりあえず私は春キャベツを用意してきます! ベルさん、レオさん、その魚の調理頼みましたっ」

 

「ちょっと待ってくださいシルさーん!?」

 

 逃げるように去っていくシルさん。

 

 しかしこの魚を僕らで捌けと……?

 

 いや、ベルはこれでも冒険者。しかもナイフ使いじゃないか!

 

「ベル、頼んだ!」

 

「ええええええええええええ!? ムリムリムリムリ絶対無理!」

 

「大丈夫だって。ベルはもっと凶暴な魔物を相手にしてるんだろ? これぐらいやって見せないとアイズさんに追いつかないぞ」

 

「僕やってみるよ!」

 

 扱いやすくて助かるよベル君。

 

 漢の顔になったベルは《ヘスティア・ナイフ》を取り出し、魚に切りかかる。

 

「ほぉおおおおおお!! って痛った!? 鱗がすごい痛い!」

 

 奇声をあげて取り掛かった割になかなか作業が進まないベル君。刺割羅の名前は伊達じゃないらしい。

 

「うー、貸すニャ少年! 根性焼きっていうくらいだからきっと丸焼きニャ! ミャーに任せるニャ!!」

 

 根性焼きじゃなくて山椒焼きって言ってんでしょうが!

 

 ベルから魚を取り上げたアーニャさんは大きなフライパンの上に魚を乗せ凄まじい火力で熱する。

 

 

 

 

 すると、その焼き方が正解だったのか魚の堅い鱗が弾けて取れる!

 

「おお!!」

 

 

 

 

 しかし、火力が強すぎて露わになった身の部分が一瞬で黒く染まる!

 

「おお……」

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、春キャベツの準備が完了しました!」

 

「そっちはどう!?」

 

 キャベツの調理に向かったシルさんとルノアさんが帰ってきた。

 

 シルさんが持つ皿の上には一口大に刻んだキャベツが見た目いい感じに盛ってある。ただこころなしかそのキャベツ赤くないですか……?

 

「ピューレがよく分かんなかったから、目を瞑って適当に手に取った調味料をかけておいたよ!」

 

「適当過ぎでしょルノアさん!?」

 

 せめて知ってる調味料選ぼうよ!? ああ、味見したベルが「か、辛……!?」って言いながら悶えてる……!

 

「くっ……、もうかなり待たせちゃってるし、これでいきましょう!!」

 

 とりあえずこの刺割羅は焦げてるところが比較的少ないところを切り取って……、キャベツでちょっと覆って隠しとこう。

 

 

 

 

 

 

 あ、あれ……? なんかこの料理、思った以上にいい香りがするぞ……?

 

 

 

 

 

 

「こ、これはもしかしてミャー達天才なんじゃないかニャ!?」

 

 

 なんかイケる気がしてきた!

 

 

 リューさんが料理を女性の所まで持っていく。

 

「お待たせしました。鰆の山椒焼き、春キャベツのピューレ添えになります」

 

「なかなか時間かかったじゃないの。……あら? いつもよりいい香りが漂ってるわね? これは期待しちゃおうかしら」

 

 これは期待しちゃったりしちゃってもいいんじゃないか!?

 

 女性は魚の身をほぐし、キャベツと一緒に口に運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まっずぅぅぅううううううううううううううう!?」

 

 

 

 

 

 

 

 そして先程までの上品さが消し飛ぶ叫び声を上げて倒れた。

 

「………………」

 

 シーンと静まり返る店内。僕らが作っている間に増えていたお客さんたちが目を見開いてその女性と料理を見ている。

 

 やっちまった……。いや、予想は出来てたけど。

 

「う、『ウッマぁぁぁあああああああああ』だって!! いやぁ困っちゃいますよね、こんなオーバーリアクションしちゃって。アハ、アハハハハハハ!!」

 

 僕はとりあえず誤魔化しを口にしながら、女性を店の奥まで運ぶ。

 

「……そうですね、困ったものです。美味しすぎるというのもまた罪なのかもしれません」

 

 さすがに誤魔化せないかと諦めかけていたが、リューさんが料理を片付けながら僕のフォローに回ってくれる。

 

「え、いやでもその女性、まずいって―――」

 

「何か?」

 

「……ナンデモナイデス」

 

 近くにいた男性の反論をリューさん渾身の一睨みで完封。ナイスだリューさん!!

 

 そもそもこの店の店員がメチャクチャ強いってことは周知の事実なので、それ以上の反論はなくお客さんたちは無理やり談笑を再開する。

 

「いや、なんとかなるもんだニャ。これで一息つけるニャ」

 

「いや……完っ全に問題を先送りにしただけッスよね。この女性どうするんですか?」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 まあそんなこんなで大変なこともあったけどそれ以降裏メニューなんてものを注文する人は居らず平和だった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なんてことはなかった。

 

 

 普通のメニューでも僕らには難しくて悪戦苦闘するし、元々ここのコックの作った料理の味を知っている客からはクレームが殺到するし、その度にリューさんに睨んでもらって撃退して店の空気が凍えるしで、最後まで大変でした。

 

 途中からアーニャさんとクロエさんが「手伝うニャ!」などと言って厨房に入ってきて、作った料理で客をまた数人昏倒させて、結局店員さんたちが普段使っているベッドが全部埋まってしまうことに。

 

 ただ不幸中の幸いだったのは、あまりの味の衝撃に倒れた客が誰一人として料理を食べた記憶を持っていなかったことですね。おかげでなんとか誤魔化して事なきを得ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――と、これが今日起こった全てです。……女将さん」

 

 

 今僕らは全員奥の廊下で横一列に並び正座をさせられている。

 

 帰ってきた女将さんはホールと厨房の惨状を見るや否や獲物を取り出し、僕らを集めて鬼のような顔で何があったのかを聞いてきた。

 

「……なるほど。つまりアンタ達はアンタ達なりに店をどうにかしようと頑張ったってことだね」

 

「「そ、そうニャ!」」

 

「で、坊主たちもこいつ等に手伝わされて真剣に手助けしてくれたってことかい」

 

「「はい! その通りでございます!」」

 

「それじゃあ、私がとやかく言うのは無粋ってもんだ。アンタ達は悪くないよ」

 

 フッと笑う女将さん。皆女将さんを女神様を見るかのような目で見る。そうか! 救いはあったんだ!

 

 

 

 

 

「……なんて言うと思ったかい!!! このボケナス共がぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 やっぱり救いなんてなかった。

 

 日が沈み薄暗くなる空の下、女将さんの怒号と僕らの絶叫は大通りに響き渡る。

 これ以降、この日のことは近くで絶叫を聞いた神たちによって『酒場の魔女たちの狂宴』と呼ばれ、オラリオ七不思議にも数えられることになった。

 

 

 しかし、そこで行われた体罰について僕らが語ることは一生ないだろう。あの時の経験は墓場まで持っていく……、いや、墓場に行く頃には忘れたいなぁ。

 

 

 





血界戦線みたいなはっちゃけた話が書きたくてやってしまいました。ちなみに料理の方は食戟のソーマから、ノリは銀魂意識で書いてみましたがいかがだったでしょうか。

反省はしています。後悔はしていません。

ただ、『豊饒の女主人』キャラ及びにベルとレオのファンの皆様方へ一言申しておきます。



スミマセンでしたァァァアアアアアア!!!!




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レオと猪男とお使いと

オッタルは周りから怖がられても気にしてない顔してるけど心の中ではシュンとなっちゃう系冒険者だと思うのん。


 

「……レオ、どうしたの? 今日は動きがぎこちないよ」

 

「……ちょっといろいろあって」

 

昨日の『豊饒の女主人』の一件から一夜明けて次の日。一日休みをもらった僕は本来ならば羽を伸ばして体が軽い状態で今日を過ごすはずだったのだが、昨日の疲れは全く取れず体中が筋肉痛の状態になってしまっている。

 

「せっかく上達してきたと思ったのに、師匠はガッカリだよ……」

 

「うっ……すみません」

 

上達しているというのは自分で言うのもなんだけど本当だ。師匠の教え方は思った以上に上手で、最近では姿勢もよくなってきて、強く弓を引いてもちゃんと丸太に命中させることが出来るようになってきたのだ。

 

元々【神々の義眼】のおかげなのかある程度は射線が読めるため、バランスさえ取れるようになれば上達は早いみたい。

 

といっても今日は師匠から軽蔑されるほどに下手くそになってる。体中が痛くて集中できない……。

 

ちなみに同じく全身筋肉痛のベルはリリがいないとか言い訳、もとい理由をつけて今日も休んでいる。羨ましい。

 

「はぁ……そんな状態じゃ特訓にならない。今日はもう終わり。バイトは出来る? 出来ないって言ってもさせるけど」

 

「や、大丈夫です。バイトはいつも通りやります」

 

いつも通りの眠たそうな表情で結構辛辣な言葉を吐く師匠だけど、尻尾は心配そうにゆっくりと揺れている。

 

多分僕が無理っていったら口では文句を言いながらも休ませてくれるんだろうなぁ、と最近分かるようになってきた師匠の優しさに感動する。

 

でも一度二日酔いで休ませてもらってる身だしこれ以上師匠に甘えたくはないので、バイトはやらせてもらうことにした。

 

 

でも今日は歩きたくないから近場の通りで軽くにするか。

 

 

西の区画は僕らのホーム、それに『青の薬舗』もあるからオラリオ内では一番多く利用している区画なんだけど、ポーションの売込みをするのは何気に初めてだったり。

 

でも考えればここで売るのがやはり一番楽なんだよね。住んでる場所の関係上、小さな路地の方まで場所は把握できてるし、お腹がすいたら『豊饒の女主人』に行ったりホームに帰ったりできるし。

 

まあ昨日の今日であの酒場に行く気は起きないから、今日はホームで何か軽いものでも作って食べようかな。

 

 

なんて考えてるうちに午前中の売込み終了。勝手がわかっている通りとは言えやはり買ってくれる人はほとんどいなかった。唯一買っていってくれたのは、なんだか小生意気な小人族の少年一人。

 

自分は大規模ファミリアの冒険者なんだぞと、やたら自尊心の高そうな態度取ってたから「このポーションはあのロキファミリアの冒険者も買っていった一品だ」って言ったらあっさり買って行ってくれた。

 

名前は何だったかな。……ロアン?

 

 

まあいいか。とにかくお腹が空いた。早くホームにいったん帰ろう。・・・・・としたんだけど、また一つ厄介ごと。

 

 

「おい」

 

ホームへの帰り道をふさぐように【猛者】オッタルが仁王立ちしている。また貴方ですか。

 

「……。どうでもいいですけど何でいつも裏路地で現れるんですか? こっちはいきなり話しかけられてビクッとなるんすよね」

 

もうこれで三度目だ。身体大きいし威圧感あるけどさすがに慣れてきた。

 

「……俺は大通りでは目立つ」

 

あ、たしかにこの人凄い有名人だもんな。大手を振って歩くわけにもいかないのか。

 

「それは何というか、大変ですねぇ。それで、今日は一体何の御用です? 別に貴方達のことを他人に話したりとかしてないっすよ」

 

「それは知っている」

 

知ってるのかよ。どこかで監視されてんの? プライベートは守ってほしいものだ。

 

「今日は貴様に頼みがあってきた」

 

「頼み?」

 

オッタルさんは布で包まれた長方形の箱のようなものを取り出して僕に渡す。

 

触ってみた感じからしてこれは本……?

 

「なんすかコレ」

 

「この本をベル・クラネルに渡せ。もちろん貴様がその本を俺から受け取ったことは口にするな」

 

……よく見るとこの本魔力が籠ってる。普通の本じゃない。

 

「この本読んだら怪物祭の時みたいに危険な事件に巻き込まれるとかないでしょうね?」

 

「その本が何なのか分からないのか?」

 

「?」

 

「それは魔導書、読んだ者に魔法を与える本だ。我が主はそろそろベル・クラネルには魔法が必要だと判断したのだ」

 

ふむ、そんな便利な本があるのか。でも貴重そうだし僕らじゃ手が出せないくらい高いんだろうなぁ。

 

それで、どうするか。

 

これが魔導書だっていうならオッタルさんに言われるまでもなくありがたく頂戴したい。

 

なんだか最近ベルは魔法とかスキルが欲しいってよく嘆いてるし、魔法一つ使えるだけでダンジョンの生還率も確実に上がるからね。

 

でも、それが太らせて食べる系の餌付けだと分かっていると抵抗が……。

 

「っていうかオッタルさん、今日はやけに僕の質問に答えてくれますね。嬉しいことでもありました?」

 

「貴様、我々のこと、そして目的も知っているのだろう? ならば隠す必要などない。ただし、口外すれば貴様の命はないと思え」

 

「分かってますよ」

 

でもここまで寛容に喋ってくれるなら少しくらい踏み込ませてもらいますか。

 

「それじゃあ聞きたいんですけど、貴方の主神、えっと、フレイヤ様は僕のことどんなふうに視てます?」

 

「それを知ってどうする気だ?」

 

僕がフレイヤ様の名前を出した瞬間空気が変わる。もしフレイヤ様に対して無礼なことを言った瞬間殺される、そんな雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。

 

「……別になにも。ただ彼女はベルにご執心なんでしょ? そのベルに僕は付きまとってる訳ですから。もしウザいなんて思われて理不尽に殺されたりしたらたまったもんじゃないですから」

 

現状、僕はフレイヤ・ファミリアに見逃されている。神フレイヤがベル・クラネルを密かに狙っているということに気付いている人間をあえて泳がせている。

コイツらと僕じゃどうしようもない実力差があるから、もし僕の行いで機嫌が悪くなったら、いやあるいはただの気紛れでも僕は消し飛ぶかもしれない。

 

そういった不安を目の前の大男に説明する。すると、

 

「……安心しろ。我が主は貴様の魂の色も気に入っておられる。それこそベル・クラネルに執着していなかったのなら強引に奪っていたくらいには、な」

 

……マジか。ありがとうベル。僕は君のおかげで今ここに居られるらしい。

 

心の中で今も筋肉痛で呻いてるであろう親友の顔を思い浮かべる。

 

さて、感謝も済ませたところで真剣に考えよう。

 

今オッタルさんは言った。魂の色が見えるって。それってさ、もしかしたら僕が見てるオーラと同じものなんじゃないか……?

 

もしそうなら、神フレイヤは、僕が異世界の住人であることに気付いているかもしれないんじゃないか?

そこまでじゃなくても、この世界には少なくとももう一人、ベートさんと追いかけた黒コートの異界の住人がオラリオに潜んでいる。

バベルの最上階から魂の色が見える目でオラリオを見下ろしているなら、あの神は僕の知りたいことを知ってる可能性が高い。

 

 

「もう質問は終わりか? ならば魔導書の件、頼んだぞ」

 

そういっていつかのように僕に背を向け歩き出す。

 

僕は今はこれ以上は踏み込めないと判断し見送ろうかと思ったが、そこで最も大事な使命を思い出した。

 

「待ってください!!」

 

大声で呼びとめるとオッタルさんは怪訝な顔をして振り向く。

 

僕はすかさず、持っていた『青の薬舗』印のハイ・ポーションを取り出し、オッタルさんの手に握らせる。

 

「……何の真似だ?」

 

未だに状況をよく理解できてないらしいオッタルさんはポーションを見つめて微動だにしない。

 

「知ってるかもしれませんが、今僕『青の薬舗』って言う【ミアハ・ファミリア】の施薬院でお手伝いしているんですよ。それでさっきまでも店の宣伝と売込みを行ってましてね。どうです? 一本買っていかれないですか」

 

「いらん」

 

即答され突き返される。いや、怯むなレオナルド。ここまでは予想通りだ。普通なら都市最強の冒険者に売れるわけがない。

 

だが今だけは僕の手に彼の弱みとでもいうべきものが握られている!

 

「……あ~あ、残念だなぁ。折角ベルに魔導書渡さないとって思ってたのに、仕事がこんな感じじゃ渡すの忘れちゃうかもなぁ……、はぁ」

 

肩をすくめやる気のない風に言うと、ギロッっと凄い勢いで睨まれる。

 

「貴様……自分が言っていることが分かっているのか……?」

 

怖えぇぇぇ。めちゃくちゃおっかないよこの人!

 

でもそんな恐怖は顔に出すな! あくまで素知らぬ顔で突き進め!

 

「いや別にね、ベルに渡すのがいやって言ってるわけじゃないんですよ。でも、よく言うじゃありませんか。人間やっぱりマイナス思考でいると失敗も多くなっちゃうものなんですよ」

 

下手な口笛を吹きながら絶対に目を合わせないようにあれやこれやと理由をつける。

 

すると今まで放たれていた胃に穴が開きそうなくらいの殺気が和らぐ。

 

お、折れたかな?

 

「…………ない」

 

「え?」

 

ボソッと何事かを呟くオッタルさん。聞き返してみると、

 

「だから、今はお金を持ち合わせていないと言っている」

 

……マジで? 無一文? 都市最強の冒険者様が無一文?

でも格好は上がピチピチの黒のインナー、下も飾りっ気のないズボン。ポーチすらつけてないし本当に財布持ってきてないのかよ。

 

「……そもそも貴様に魔本を渡したらすぐに主のもとへ帰るつもりだったのだ。持っていなくても不思議ではなかろう」

 

なんだかひとりでに開き直っちゃったよ。別に責めてないのに。

 

あ、でも耳がピコピコしてる。

 

師匠との最近のやり取りで獣人は感情が分かりやすいのは経験済み。

 

アレはオッタルさん、相当恥ずかしがってますね。

 

しかしハイ・ポーションを売りつけるチャンスをふいにするのも惜しい。

 

ここは……。

 

「はぁ……分かりましたよ。お金は後日払ってくれればいいです。どうせ僕らがどこで何してるとか把握済みなんでしょ? だから買っていってください」

 

「……承知した」

 

そう言うとオッタルは僕からハイ・ポーションを受け取り、今度こそ去って行った。

 

 

後日『青の薬舗』にハイ・ポーションのお金がいきなり送られてきて、何かの間違いだと言って送り返そうとするミアハ様と知らない顔して受け取っておこうと主張する師匠との間で一悶着あったらしい。

 




いつかレオ君とフレイヤも絡ませたい。でも確実に魅了されちゃうんですよねぇ……。


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発覚

ナァーザさんをヒロインにしたい。


 

「すいませーん、おはようございまーす……」

 

「おはよう、ベル。久しぶり……」

 

 いつものように特訓に励みそしてお店の開店準備の手伝いを終え、そろそろ売込みへと出かけようかと奥で準備をしていたら、ベルの声が聞こえてきた。

 

「朝早くからすみません。今、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫、ベルと同じファミリアの子が毎日もっと早い時間から押しかけて来てるから」

 

 そりゃすみませんね。

 

 でも、こう言うのもなんだけど僕のバイトの成果って結構デカいと思うんだよね。確実に店での売り上げより僕の方が多く売ってるし、最近客足も少しは増えたらしいし。

 

「そういえば、ミアハ様は? いらっしゃらないんですか?」

 

「ミアハ様は私用で今はいない。今日は私一人だけ。まあ今はもう一人いるけど」

 

「や、ベル。もう落ち着いた?」

 

「ア、アハハ。うん、もう大丈夫だよ……」

 

 カウンターの方に顔を出した僕は朝のことを意地悪な顔をして掘り返す。

 

「何か、あったの?」

 

「実はですね……」

 

「うわぁああ!? 待ってレオ! 駄目だって!?」

 

 首を傾げる師匠に、昨日ベルが魔法を覚えたこと、新しい魔法に我慢が出来ずこっそり深夜にダンジョンに向かって行ったこと、早朝に帰って来たかと思ったら何やら顔を赤くして悶絶していたことなどを話す。

 

 ちなみに僕が魔導書を渡したこととか、その件でヘスティア様に数時間尋問されて最後まで口を割らなかったこととかは伏せておく。

 

「ううぅ、レオのばかぁ……」

 

「それで、結局ダンジョンで何があったのさ? 子供みたいに目を輝かせて魔法使いまくってたことは想像できるけど」

 

 結局全部バラされて涙目になってるベルに構うことなく質問する。

 

「子供みたいって言わないでよっ! 何があったかって、そういえばよく分からなくてさ、魔法を使ってたら気絶しちゃったんだよね。それで……ってそれだけ! 何でもない!!」

 

 またまた赤面して頭と腕をブンブン横に振る。ヘスティア様も言ってたけど、本当に多感な子だよね、ベル君は。

 

「それは精神疲弊(マインドダウン)。魔法を覚えたばかりの人が調子に乗ってると、よくやる……」

 

精神疲弊(マインドダウン)……?」

 

「魔法を使えば精神力っていうエネルギーを消費するから。消費が激しいとぱたりといく」

 

 ほうほう、なるほど。ドラ○エとかだとMPが0になっても魔法とか特技が使えなくなるだけだけど、この世界じゃそうもいかないらしい。

 

「だから……」

 

「ん?」

 

 師匠はベルに説明した後、カウンター下の棚をごそごそとあさる。

 

「精神力を回復させるこのポーションをのんで、未然に防ぐ。最近作ったばかりだよ……」

 

 さっすが師匠! どんな時でも商売を忘れないッ! そこにシビれる あこがれるゥ!

 

 ……って、アレ? この場合僕はどっちを応援すればいいんだっけ?

 

「え、で、でもそれって、お高いんじゃあ……」

 

「大丈夫、ベルはお得意さんだからまけてあげる。……8700ヴァリス」

 

 値段を聞いたベルは瞬時に師匠から一歩間合いを取る。

 

 そりゃそうだよな。いくらまけたとしても僕らの財政で一万近い買い物はキツイ。最近のベルはよく稼いでくるからその値段でも買えないことはないけど。

 

「わかった……。これを8700ヴァリスで引き取ってくれたら、この二つの回復薬も合わせて9000ヴァリスで売ってあげる……どう?」

 

 師匠が2本のポーションを取り出し提案すると、ベルは目を見開いて悩みだした。

 

「……」

 

「ダンジョンでは、何が起きるかわからない。備えはちゃんとしておいた方がいいよ……」

 

「……わかりました。それで、買います」

 

「ありがとう、ベル。愛してるよ……」

 

 師匠の言葉に赤面したベルは品物を受け取ったらそそくさと立ち去る。

 

「―――師匠、ちょっと待っててください」

 

「ぇ?」

 

 僕は師匠にそう言い残し、店を出たベルの後を追いかけた。

 

「ベルっ!」

 

「レオ? どうしたの?」

 

「ベル、さっき買ったポーション、見せてくれる?」

 

「いいけど……、はい」

 

 思った以上にダッシュで『バベル』へ向かっていたベルを呼び止めて、ベルからポーションを受け取る。

 

 ―――やっぱり、そうだ。

 

 さっきのは間違いじゃなかったらしい。

 

「ね、ねえレオ、大丈夫? なんだか怖い顔してるよ?」

 

「…………ベル、このポーション劣化してるみたいだ。こっちのポーションと取り換えとくよ」

 

「え? わかった、ありがとね」

 

 僕は手に持っていたケースを開けて新しく2本のポーションを取り出し、不安そうな顔をしているベルに持たせる。

 

「……じゃあ、ダンジョン頑張ってきなよ」

 

 まだ呆けているベルにぎこちなく笑みを浮かべ『青の薬舗』に早歩きで戻る。

 

「おかえり、どうしたの?」

 

 

 バンッ!!

 

 

 店内に戻り、いつも通りの眠たそうな顔をしている師匠の元に駆け寄りカウンターに手を叩きつける。

 

「コレ、どういうことですか師匠!」

 

 そして、先程ベルから受け取ったポーションを突き出す。

 

「……なにが?」

 

「とぼけないでください! なんで溶液を薄めたポーションなんか売ってるんですか!?」

 

「―――!?」

 

 僕の言葉に師匠は息をのむ。

 

 そう、ベルには商品が劣化していたと嘘を吐いたがこのポーションは薄められていたのだ。

 

 僕の眼だけじゃ分からなかったかもしれない。

 でも最近ついてきた回復薬の知識があれば、効能に関係のない成分が入っていることくらい分かる。

 

「……言いがかりは止めて。このポーションは普通のポーション」

 

 あくまでシラを切るつもりのナァーザさんに僕は目を開いて見せた。

 

「その眼……」

 

「僕には【神々の義眼】というスキルがあります。この眼は視覚に関わることなら大抵のことは出来てしまいます。例えば、相手の視覚を操作したり、生物のオーラを見たり……当然薬品の成分なんかも知識さえあればある程度分かります」

 

「……」

 

「答えてください。なんでこんなことしたんですか? 今までもこんなことしてたんですか!?」

 

 黙って下を俯く師匠に詰め寄る。しかし彼女はこちらと目を合わせず黙秘を続ける。

 

「言わないならいいです。ミアハ様にこのことは報告させてもらいますから」

 

「っ! お願い、それだけはやめて……」

 

 悲痛な表情を浮かべ懇願する師匠。やっぱりミアハ様はこのことを知らないのか。

 

「じゃあ答えてください。師匠だっていくら経営がキツイからってこんなことする人じゃないでしょ?」

 

 もう1週間以上も師匠には修業をつけてもらっているから分かる。

 

 師匠はたしかに腹黒いとこもあるけど、根はいい人なのだ。何の理由もなしにこんなことする人じゃない。

 

「……借金がある」

 

 少しの間の後、師匠はポツリと呟く。

 

「借金……?」

 

「そう、私のせいで出来た借金。右腕を失った私に、ミアハ様が用意してくれた義手、そのお金」

 

 師匠は言いながら右腕の袖を捲る。そこには銀の義手が輝いていた。

 

 それから師匠は借金が出来た経緯をポツポツと教えてくれた。

 

 モンスターに右腕を食べられたこと、ミアハ様が因縁のある【ディアンケヒト・ファミリア】に頭を下げて義手を用意してくれたこと、その時に巨額の借金を背負い師匠以外の団員が皆出て行ったこと、そして事件がトラウマとなりモンスターと戦えなくなったこと。

 

 何故師匠が冒険者を止めてしまったのか、なんで師匠以外の眷属がいないのか、そういった違和感程度の疑問が氷解する。

 

「私はこのファミリアのお荷物。ミアハ様を苦しめてるのは私。ダンジョンで稼ぐことも出来ない、薬師としても碌に稼げないなら、不正でも何でもしてお金を返さないと……」

 

 彼女の顔がゆがむ。

 

「そんなことしてもミアハ様が喜ぶわけないじゃないかっ……」

 

「……それでもいいっ、ミアハ様に見限られようと、み、見捨てられようとっ……、もうこれ以上迷惑はかけたくないっ」

 

「そんなの嘘だ! 見捨てられていいわけない! そもそもミアハ様が迷惑だなんて思ってるわけないだろ!?」

 

「じゃあどうすればいいの!?」

 

 師匠の喉がはち切れんばかりの叫びが薄暗い店内に響き渡る。

 

「……私たちだけじゃ、何も出来ない……」

 

「そんな、ことは……」

 

 ない、なんて軽々しく言えるわけがない。

 

 師匠だって考えたはずだ。悩んだはずだ。それでもどうにも出来なかった。罪を犯してしまうくらいにどうしようもなかったのだ。

 

 重苦しい沈黙が店内を包む。

 

「な、どうしたのだ!? ナァーザ、レオ、何かあったのか?」

 

 どれくらいその沈黙が続いたか、僕らが顔を伏せる中、狼狽えるような声が後ろから聞こえた。

 

 ミアハ様が帰ってきたのだ。

 

「答えてくれ、何があったのだ?」

 

 ただならぬ気配を察し神妙な顔つきで尋ねられ、師匠の肩がビクッと震える。

 

 それもそうだろう。今話していた事の発端はベルに詐欺まがいのことを働いていたことが原因だ。それを僕が言及すればミアハ様は師匠のことを叱る。

 

 怒るだけでミアハ様は決して師匠のことを見捨てない、そんなことは分かりきってる。

 

 でもきっと師匠の心は、ミアハ様に、好きな人に嫌われるかもしれない、そんな不安が駆け巡っているのだろう。

 

 それに何よりも、自分の行いの所為でミアハ様を悲しませてしまうことがとてつもなく辛いんだと思う。

 

「……いえ……なんでもないです」

 

 震える師匠に代わって、誤魔化す。師匠は「何で?」と言いたそうな目で僕を見つめる。

 

 ……言えるわけないじゃないですか。そんなに震えて苦しそうにしている人に追い打ちをかけるようなこと、僕には出来ない。

 

「ミアハ様、今日は、その……手伝いを休ませてもらってもいいでしょうか?」

 

「うむ、それは構わんのだが……」

 

「それじゃあミアハ様、師匠、今日はこれで失礼しますっ」

 

 ミアハ様が何かを聞いて来る前に、僕は早足で店を出た。

 




レオが『青の薬舗』で働く以上、避けられないと思います。
ということで本編よりも大分早いタイミングですがクエスト×クエスト編レオルート開始です。


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月を見上げる

最初はとんとん拍子で終わらせる予定だったのですが、何か納得いかなかったので重たくしました。


 その晩、ホームに帰ってきた僕は、ヘスティア様とベルに【ミアハ・ファミリア】の借金のことで相談しようとしていた。

 

 しかし、僕が口を開く前にベルがヘスティア様に相談事を先に持ちかけたので僕は一旦ベルの話を聞くことにした。

 

 内容は、最近ベルと一緒にダンジョンに潜っているサポーターのリリについてだった。

 

 ベルの話によればリリはファミリア内で孤立しており、怪しい冒険者につけ狙われている可能性があるということだった。

 

「ベル君。そのサポーター君は、本当に信用に足る人物かい?」

 

「え……」

 

 ベルの話を黙って聞いていたヘスティア様はベル君にそう尋ねた。ベルは一瞬戸惑った後言い返そうとするが言葉が出ないようだ。

 

「君の話を聞く限り、そのサポーター君はどうもきな臭いように思える。君がボクのナイフをなくした時も……ああ、別に責めているわけじゃないから恐縮しないでくれ……その日にちょうど行動をともにしたっていう彼女に原因があるように思えてならない」

 

 そういえばあの子変身魔法みたいなの使ってたもんな。あの時はなんていうか同情の気持ちが湧いてて何も思わなかったけど、言われてみると怪しいなぁ。

 

「君の言う冒険者の男に疑われる何かを……いや後ろめたい何かを、彼女は隠し持っているんじゃないかい?」

 

 リリルカ・アーデは恐らく黒だ。

 

 それがベルの話とヘスティア様の話を合わせた結果、僕の頭の中ではじき出された結論だった。

 

 そして、それはベルもなんじゃないだろうか。ベルだって心の底じゃ気付いてたのかもしれない。そして今回ヘスティア様に言及され確信に変わったんじゃないだろうか。

 

 これ以上リリルカ・アーデと共に行動するべきではない。

 

 でも、ベル君は、

 

「神様、僕は……それでも、あの子が困っているなら、助けてあげたいです」

 

 そう答えた。

 

 もう分かっているはずだ。あの子は危ない。

 

 ヘスティア様も語気を強めて反論する中、それでもベルは己の考えを曲げなかった。

 

「間違っていたならそれでいいんです、でももし間違っていなかったなら……今度は、僕があの子のことを助けたい」

 

 僕はヘスティア様の隣で話を聞いてて、言葉を失った。

 

 

 

 なんて……なんて愚かで、そして綺麗なんだろう。

 

 

 

 途端にベルが眩しい存在に感じた。

 

 今まで僕は彼のことをただお人好しな少年だと思っていた。もちろん【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】なんてスキルを発動させて、冒険者としての才能はあるとは分かっていた。

 

 でもそれだけじゃなかったんだ。彼はどこまでも、僕の想像を超えるくらい純粋で真っ直ぐだった。

 

 同時に、思った。

 僕もこんな風になりたいって。

 

 彼のように、出来る出来ないとか間違っているとかそういうこと関係なくただ前に向かって走る、そんな在り方に憧れを抱いた。

 

「……ヘスティア様」

 

 ベルとヘスティア様の話が終わった後、ヘスティア様に話しかける。

 

「なんだいレオ君?」

 

 ベル君の相談が終わったのなら、次は僕の番だ。【ミアハ・ファミリア】の問題は僕だけじゃどうにもならない。

 

「あの、ですね……」

 

 だから2人に助けを求めないと……。きっとベル達なら師匠たちを救ってくれる……。

 

 

 

 

 

 

 そうじゃないだろォ!!!!

 

 

 

 

 

 

 違うだろ! 僕だけじゃどうにもならない、じゃないだろ!!

 

 ベルだったらきっとそんなこと気にしない。きっと迷わず手を差し伸べる!

 

 僕だって……!

 

 僕だって、そんな風に……誰かを救ってみたいんだ……。

 

 

 

 

「……少し、出かけてきます」

 

 不思議そうにこちらを見るベルを一瞥し、ただ一言そう告げる。

 

「どこに行く気だい?」

 

「青の薬舗にです。あー……忘れ物してたの思い出したので」

 

 分かってる、本当なら打ち明けた方がいいことも。直前までそうするつもりだったし。こんなのただの我儘だ。

 

 でも……。

 

「あ、なら僕も着いて行くよ」

 

「いや、1人で行かせて欲しいんだ。1人で、行かせてくれ」

 

 ごめんベル。今は君に頼るわけにはいかないんだ。ここでキミに頼れば僕は今までと何も変わらない。

 

 身勝手なことしてるっていうのは分かってるけど、でも、君のように強く在りたいから。

 

「え? まあ、レオがそういうなら、分かった……」

 

「うん、じゃあ行ってくる」

 

 

 

 隠し部屋を出る。下に散らばる木材とかを踏まないようにして歩く。

 

「どうしても理由を話してくれないのかい?」

 

 教会の扉に手をかけたところで追ってきたヘスティア様の声が寂れた教会に沁みる。

 

「……すみません。でも、無茶なことはしませんよ。安心してください」

 

 後ろで不安そうな顔をしているヘスティア様に笑顔で答える。大丈夫、別にダンジョンに潜ろうとかそういうわけじゃないんだ。

 

「……分かった。君がそう言うなら僕は止めない。ただ、一つだけ憶えていてほしい」

 

 穴の開いた天井から差す月明かりがヘスティア様を照らす。

 

「レオ君は、レオ君だ」

 

 神秘的な雰囲気に包まれる。この人が神様だということを改めて認識する。

 

「……行ってきます」

 

 でも、その言葉の真意は、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走って『青の薬舗』まで向かうと、そこでは師匠が閉店の準備をしていた。

 

「……レオ?」

 

 師匠は僕を見つけると驚きの声を上げる。今日は休むと言って出て行った奴がいきなり夜に尋ねてきたんだ。当たり前か。

 

「……何か用? ミアハ様に……話に来たの?」

 

 師匠は明らかに元気がなかった。昼のように体を震わせているわけじゃないけど、その瞳はまだ不安に揺れている。

 きっと師匠は僕が出ていってからも、ミアハ様を誤魔化し続けたのだろう。自分を心配してくれる人に嘘を吐き続けて、きっと辛いのだろう。

 

「私達じゃ何も出来ないって言いましたよね。その私たちの中に僕は入ってますか?」

 

「え……?」

 

「協力します。僕に何が出来るか分からない、何も出来ないかもしれないけど。それでも師匠がそんな風に苦しむ必要がなくなるように、協力させてください」

 

「……私は、ベルを、レオの家族を騙してたんだよ? なんでそこまで……」

 

「そりゃあベルを騙したのはいけないことですけど、師匠だってやりたくてやったわけじゃないでしょ。苦しんで苦しんでそれで過ちを犯してしまった。なら、今回だけは不問にします」

 

 そもそも薄めた溶液を売るくらいヘルサレムズ・ロットじゃ可愛いもんなんだよなぁと口にはしないけど心の中で思う。

 

「それに師匠も僕にとって大切な存在なんです。だって、僕はナァーザ・エリスイスの弟子ですから」

 

 目を見開く師匠に僕は微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ミアハ様に借金のことを知ったこと、ファミリアの立て直しに協力することを伝えた。

 

 話を聞いたミアハ様は申し訳なさそうな顔を浮かべていた。

 

「実は、全額返済とまではいかないがその足掛かりになりそうな方法はあるのだ」

 

「本当ですか!?」

 

 店の奥で作戦会議を始めるとミアハ様が困ったような顔をしながら口を開いた。

 

 なんだ、てっきり足掛かりも何もないものだと思ってた。方法があるならあとは実行するだけじゃないか。

 

「ただ……私とミアハ様だけじゃ、どうしても出来ない方法だった」

 

 新薬の開発。

 

 それがミアハ様と師匠が借金を返すために考えた方法だった。

 

 そしてもうすでにその新薬の調合方法はほとんど完成しているらしい。

 

 しかし、

 

「調合に、必要な素材が2つあるの」

 

 一つは『ブルー・パピリオの翅』。これはダンジョンの上層で極稀に出現するブルー・パピリオという『希少種』からこれまた稀にドロップするアイテムだ。

 

 しかしどんなに希少とは言え出現階層は上層。ギルドにクエスト依頼を出せば、お金は多少掛かるものの手に入れることは難しくはないらしい。

 

 

 問題はもう一つの素材。モンスターの『卵』。

 

「あれ? この世界の魔物って卵なんて産みましたか? 全部壁から生まれるんじゃ……」

 

「そう、ダンジョンの魔物は壁から生まれるモノしかいないから『卵』はダンジョンじゃ採れない。でも……」

 

「ダンジョン外、オラリオの外に生息している魔物はその限りじゃない」

 

 つまり、モンスターの『卵』を手に入れたいならオラリオ外の魔物の巣に出向く必要があるらしい。

 

 しかしこれは『ブルー・パピリオの翅』のようにクエストを出して採取してもらうことが難しい。

 

 冒険者は基本ダンジョンにしか潜らず、外で魔物を狩るなんてことはしないからだ。そのためクエストを発注しても受けてもらえない可能性が高く、また受注してもらえても報酬に大金をつぎ込まなければならない。

 

【ミアハ・ファミリア】は零細ファミリア、しかも借金まである。そんなファミリアじゃそんな報酬は到底用意できない。

 

「私もミアハ様も、モンスターとは闘えないし……」

 

 自分たちで採りに行こうにもその際必ず、魔物と相対することになる。

 

 どうするか……。

 

 二人が闘えない以上僕だけで魔物と闘わなければならない。まだゴブリンすら倒したことのない僕だけで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっとベルならこのくらい出来るのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やりましょう、『卵』の採取……僕ら3人で」

 

「……」

 

「待てレオ! それは危険すぎるっ。もしお前に何かあれば私はヘスティアに顔向けできない」

 

 師匠は僕ならそう言うだろうと思っていたのか、目を伏せるだけだったが、ミアハ様は驚愕を顔に浮かべる。

 

「師匠、その『卵』を採取する際に遭遇する魔物の種類は分かりますか?」

 

 ミアハ様の制止を流して師匠に尋ねる。

 

「ブラッドサウルスの群れと遭遇することになる」

 

「ブラッドサウルス……?」

 

 エイナさんの授業じゃ聞いたことがないな。

 

「ダンジョンでは30階層から出現する大型のモンスター」

 

 それを聞いた僕は再び真剣な顔に戻り二人に提案する。

 

「……やっぱりやめましょう」

 

「……」

 

「う、うむ、それがよい」

 

 師匠は僕ならそう言うだろうと思っていたのか、目を伏せるだけだったが、ミアハ様は安堵を顔に浮かべる。

 

 あの……二人とも呆れが隠しきれてないッス。いや情けないのは分かるけど。

 

「多分、大丈夫」

 

 いやいや無理です師匠。いくらなんでもそんな化け物の群れの相手は出来ないっす。

 

「地上のモンスターは迷宮のモンスターと比べて、格段に能力が低い」

 

「え、そうなんですか?」

 

「……うむ。オラリオの外にいるモンスターは大昔に地上に上がり生殖を繰り返してきたモンスターの子孫だ。そのため胸の中にある『魔石』がほとんどない」

 

 本当らしい。

 

 しかしミアハ様は依然として渋い顔を浮かべ続ける。

 

「しかしいくら能力が低いと言えど、その群れをレオ一人に押し付けるのは無理がある。私は同意できない」

 

 ミアハ様の中では僕は到達階層1階層の武器もまともに扱えない超新米冒険者という評価なのだろう。

 

 その評価は正しいが、一つだけ評価に付け加えなければならないことがある。

 

「ミアハ様、師匠にはさっき見せましたけど、僕にはスキルが発現しています」

 

 そう言って目を開き【神々の義眼】を見せる。

 

「それは……?」

 

「この眼、【神々の義眼】は『眼』に関することなら大抵のことは出来ます。魔物の視界を操作することだって出来ます」

 

 ミアハ様はこの眼をマジマジと見つめる。

 

「僕にはミアハ様が思ってるようにブラッドサウルスを倒すことは出来ないと思います。でも時間を稼ぐだけなら僕は適任だと思います」

 

 ヘルサレムズ・ロットでもよく不良に絡まれては逃げてたし、逃げ足もそこそこある。

 

「お願いします……やらせてください」

 

 自然と頭を下げていた。手伝う側が頭を下げるなんて周りから見ればひどく滑稽に見えるかもしれない。

 

 ミアハ様もそんな僕に息をのむ。

 

「レオ、お主は…………分かった。よろしく頼む」

 

 ミアハ様は何かを言いかけ、しばらく顎に手を当て考え込んだ後、ゆっくりと首を縦に振ってくれた。

 




住む環境が変わるどころか世界が訳も分からない内に変わってしまって、それで正気でいられる人なんて本当にいるのでしょうか。

レオ君は様々な事件を乗り越えてきた強い人間です。でもいきなり今まで支えてくれた仲間たちがいなくなればその足取りも不安定になると思います。

そんなわけでレオ君らしさ減量キャンペーン。


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誇りに思う

レオ君達が採取している一方、ベルはリリを救うため奮闘しています。


 

「ドナドナド~ナ~ド~ナ~」

 

「止めてくれレオ。何故か悲しくなってきた」

 

「……不吉」

 

 いやぁ、これからのことを考えると歌の一つや二つ歌いたくもなっちゃいますよ。いくら弱体化しているとは言え、本来なら30階層から出現するような魔物たちの群れを1人で相手しなきゃならないんですから。

 

 しかも馬車だし。

 

 まあそもそも言い出したのは僕なんだけどね。

 

「ミアハ様、今日の目的地、えっとセオロの密林でしたっけ? それってどのくらいかかります?」

 

「そうだな……長丁場という程でもないが、もうしばらくはかかる」

 

「じゃあ……その間に作戦の確認をするよ。卵がある窪地付近にはブラッドサウルスが最低でも2匹、それ以上いる可能性だって高い。……その魔物の群れをレオにはこの血肉(トラップアイテム)の入ったバックパックを背負って巣から注意を逸らしてもらう。その間に私とミアハ様が卵を回収する。終わったら合図するから、そしたら血肉(トラップアイテム)を捨てて急いで撤収する」

 

「はいっ」

 

 普通の人間と同じくらいの運動能力しか発揮できないミアハ様、魔物にトラウマがある師匠、そして魔物と戦ったことのない僕の3人では大型の魔物とまともに相手するのは論外だ。

 だから今回の作戦はいかに僕が巣から魔物を引き付けていられるかと、師匠たちの卵の迅速な回収にかかっている。

 

「レオ……すまんが、まかせた」

 

「大丈夫ですよミアハ様。これでも僕って逃げ足は結構自信あるんですよ。なんてったって毎日のように命が危険に晒される場所で生きてきたんですから!」

 

「……お主はたまによく分からないことを口にするな」

 

 今まで引き締めていた口元がわずかに緩まる。

 

「……レオ、これを持ってて」

 

 師匠は持ってきた荷物の中から古びた大剣を取り出す。

 

「単独で近距離なら弓矢よりもこっちの方が効果的」

 

「いやいや、こんな大きくて重そうな武器持てるわけないじゃないですか」

 

 僕の身長くらいある大きな鉄の塊を見てたじろぐ。

 

「持てるはずだよ。レオだって【神の恩恵(ファルナ)】を授かってるんだから……」

 

 そういえばそうだった。【ステイタス】も特訓のおかげで毎日地味に伸びていってるし……いやそれでもこんな大きい剣はきつくないか?

 

 試しに大剣を受け取って持ち上げてみる。

 

 ……あれ? 案外イケるじゃん! さすがに振り回すには両手が必要になるけど持ち上げるだけなら片手でも出来る。

 

「【神の恩恵(ファルナ)】ってすごいですね……」

 

「【神の恩恵(ファルナ)】はタダで子供たちを成長させるワケではない。私たちは子供たちの【経験値(エクセリア)】を汲み取っているだけだ。その成長は紛れもなくお主の努力の成果だ」

 

 ……いや、そんなわけない。いくら努力しても報われない時は報われない。むしろそうである時の方が多い。

 

 いくら僕が向こうでどんなに努力しても、たった2週間やそこらでこんなに成長できるわけない。

 

 でも、これなら……

 

 

「大剣なら、盾にもなる。万が一のために持ってて」

 

「分かりました。……っと、そうだ」

 

 万が一と聞いて思い出し、ポケットを探る。そこに入っていたのは同じく古ぼけた十字架。

 

 まだこっちの世界に来たばかりの頃に商人から安く買った何かの加護があるらしい十字架だ。

 

「それは?」

 

 ミアハ様が不思議そうにその十字架を眺める。

 

「神の加護があるとかって言われたんすけど、どういう効果があるか分かりますか?」

 

「神の加護……? いや、分からんな。たしかに不思議な力を感じるが……」

 

 神様でも分からないか。あんまり期待しない方がいいかもなぁ。

 

 でも、万が一ということもある。とりあえず紐を通して首にかけておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬車に揺られること数時間、遂に目的地に到着する。

 

「これが密林……。不気味な雰囲気なのかなって思ってたけど案外日当たりいいんですね」

 

 都会のジャングルだったら嫌という程体験したけど、本物のジャングルは初めてだなぁ。

 

 鳥の鳴き声とか虫の羽音が僕らの周りで重なりあって、あたかもこの密林自体の鳴き声かのように錯覚する。

 

 これぞ大自然って感じがして眺める分には感動すら覚えるけど、立ち入るとなると別物。

 

 人が踏み入った形跡がなく、その為酷く歩きづらい。たまに植物が生えていない道の様なものがあるけどこれは魔物が通った後なのかな……。

 

「獣道ならぬ魔物道……なんちゃって」

 

「レオ……それが最期の言葉にならないように気を付けてね……」

 

 そんな可哀想な人を見る目で見ないでください師匠! 言ってみただけですから!

 

 

 密林の奥の方へと進んでいくとだんだんと周りの雰囲気が暗くなるのを感じる。

 

「そっか。鳥の鳴き声がなくなってる」

 

「うむ、そろそろ目的の場所だな……」

 

 自然と緊張感が高まる。

 

「ここが……」

 

 目的の窪地が見えてきた。あそこに卵と、そしてブラッドサウルスがいる……。

 

「……それじゃ、行ってきます」

 

 ここからは僕が単独で窪地に近づく。そしてある程度近づいたところでバックパックを開けてブラッドサウルスを引き付ける手筈だ。

 

「レオ」

 

「なんですか?」

 

 一歩踏み出したところで師匠に呼び止められる。その顔には真剣さがにじんでいる。

 

「もし、駄目だって感じたなら……すぐに血肉(トラップアイテム)を捨てて逃げて。無理はしないで」

 

「……大丈夫です。任せてください」

 

 師匠たちが見守る中、ゆっくりと窪地に近づく。

 

 ある程度近づいたところで深呼吸を一つ。そしてバックパックを勢いよく開ける。

 

 異臭が周りに立ち込める。バックパックを背負い大剣をいつでも抜けるように準備する。

 

 

 しばらくすると重量のある響くような足音が近づいてくる。ブラッドサウルスが2体、いや奥の方にいるのも合わせて3体。その足音。

 

「……っ!!」

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

 ええいっ! ビビるなレオナルド!!

 

 こんな程度の奴ら、H・Lじゃゴロゴロいるだろ! ギガ・ギガフトマシフさんより全然小さいじゃないか!

 

「あああああああああああああああああああああああ!!」

 

 震える体に喝を入れ、ブラッドサウルスを窪地から遠ざけるため全力疾走。

 

 充分遠ざけたところで、血肉(トラップアイテム)の匂いに釣られて着いてきた3体のブラッドサウルスの視界をシャッフルする。

 

『ゴォオオオオオ!?』

 

 さあ、来れるもんなら来てみろ、平眼球共!!

 

 3体のブラッドサウルスは僕を追いかける足を止めてその場で暴れまわる。

 

 視界を入れ替えただけじゃなく、その眼球の動きも操作している。これからコイツラには僕の方にも、師匠たちの方にも目を向けさせない。

 

 

 それからブラッドサウルスはただ暴れるだけだった。しかしそれでも油断できない状況が続く。いくら見えないからと言って相手の動きが止まるわけじゃない。血肉(トラップアイテム)の匂いを頼りにがむしゃらに暴れまわるブラッドサウルスと延々と一定距離を保ち続ける。

 

 たしか卵の回収に掛かる時間は10分くらいだったはず。だったらそろそろ回収が終わる頃だ……!

 

 

『ガ、アアアアアアアアアアアア』

 

 

 その時、不意にブラッドサウルスがバランスを崩した。

 

 自分の意志とは関係なく目まぐるしく回る視界に目を回したのだ。見ると他の2体も足取りが覚束ない。

 

 

 それを見て、ズシリ、と背中の大剣の重みに意識が割かれる。

 

 これはチャンスなんじゃないのか……?

 

 作戦では時間稼ぎだけで良いってことになっている。

 

 でも、撤収するときに血肉(トラップアイテム)ではなく、こちらに向かってくる可能性だってないとは言い切れないわけだし、倒しせるのなら倒してしまった方がいいはずだ。

 

 

 

 

 そして何よりも、きっとベルだったら倒してしまう筈だから。

 

 

 

 

「う、うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 大剣を両手に持ち倒れたブラッドサウルスのもとへ駆け出す。

 

 ブラッドサウルスは倒れたままだ。まわりの2体もこちらに対応できていない!

 

 いける、いける!!

 

 

 

 

 

 

 

 バシッ―――

 

 

 

 

 

 

 

 大剣はブラッドサウルスの皮膚に切れ目を入れる。でもそれだけ。ダメージを与えられない。

 

 ステータス不足?

 

 違う。原因は力が入ってなかったから。大剣を振る瞬間僕の中で力が抜けたから。

 

 何で?

 

 分からない。

 

 ―――チャリンッ

 

 胸元で十字架が怪しく輝いている。まさかコレの所為……?

 

 

 

 

「レオッ!!!」

 

 

 

 

 師匠の声で我に返る。

 

「あ―――」

 

 目の前にはブラッドサウルスの尻尾が迫っていた。目を支配しようともう関係ない。ここまで迫っているのなら。

 

「グッ、アアッ!!」

 

 とてつもない衝撃が僕の胸を貫いた。怪物祭の時のように僕の体が吹き飛ばされ、大樹にぶつかり地面に落ちる。

 

 

 

 痛ってえええええええ!!

 

 

 支給されたアーマーが見るも無残に潰されている。

 

 一瞬死を覚悟した! 死ぬかと思った! っていうか【神の恩恵(ファルナ)】がなければ死んでた!

 

 ありがとう女将さん。貴女の折檻で耐久が滅茶苦茶上がってたおかげで助かりました。

 

 

『――――――――――――――――――ッッ!?』

 

 

 不意にブラッドサウルスの叫び声が響く。見るとブラッドサウルスの目に矢が刺さっている。

 

「レオ! 今のうちに早く!」

 

 卵の回収が終わったらしく大きなバックパックを背負った二人が逃げる準備をしている。

 

 僕は血肉(トラップアイテム)の入ったバックパックを放り出し、胸の痛みを抑えて急いで戦線を離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一時はどうなるかと思ったよ……。卵の採取が終わって振り向いたらレオがブラッドサウルスの前でボーっとしてるんだもん……」

 

「アハハ、スミマセン」

 

 卵の採取に成功した僕らはオラリオに帰るため再び馬車に乗った。

 

 師匠が急いでポーションを飲ませてくれたので、もうブラッドサウルスに殴られた痛みは綺麗さっぱりなくなってしまっている。

 

 やっぱりポーションってすげえ。

 

「……ブラッドサウルスが目を回して倒れたんです。だから僕でも倒せるかなって……。ハハ、やっぱりベルみたいにはいかないか……」

 

 自然と顔が下を向く。

 

 目標は達成した。師匠たちを助けることも出来た。でも気分が晴れない。

 

 

「レオ、お主はベル・クラネルではない。レオナルド・ウォッチだ」

 

 

 俯く僕にミアハ様は昨日ヘスティア様が言ったのと同じようなことを言う。

 

「確かにベルはお主より【ステイタス】も上で魔物も倒せて、輝いているように見えるかもしれん。いや、実際に輝いておるのだろう」

 

 そうだ、ベルは輝いている。目標に向かって誰よりも早く。

 

「だがな、私たちにはお主だって輝いて見える」

 

「え……?」

 

「ベルのように魔物を倒せずとも、お主は我々を救ってくれた。我々に光を照らしてくれた。ベルにはベルの輝きがある。それと同じようにお主にもお主にしかない輝きがあるのだ」

 

「……」

 

「レオ、お主には人を救う力がある。神である私が保障しよう。今日のことを、我々を救ってくれたことを、どうか誇ってほしい」

 

「―――ッ!」

 

 

 

 そっか……忘れてた。

 

 この世界に来て、焦ってたのかもしれない。大事なことを忘れていた。

 

 僕は、僕だ。

 

 あの日大きな挫折を味わって、その結果『ライブラ』に入り、世界を、妹を救うために動くことが出来たレオナルド・ウォッチだ。

 

 ベル・クラネルになる必要なんてどこにもなかったんだ。

 

「レオ」

 

「師匠……」

 

「レオは昨日私の弟子だって言ってくれた。あの言葉、本当にうれしかった……。私はあの時、レオと本当の師弟の関係になれたんだと思う。だから焦らなくてもいい。だって、レオは私の、ナァーザ・エリスイスの愛弟子だから……私の誇りだから」

 

「師匠、ミアハ様……っ」

 

 視界がぼやける。どうやら涙がこぼれ出したらしい。

 

 でも、前を向く。その表情は笑顔で。

 

 

 

 日が落ち始め、帰ってきたオラリオに魔石灯が灯りだす。涙によって濡れた視界はいつもよりオラリオを輝かしく映し出していた。

 




これにてクエスト×クエスト編、そして原作2巻分終了です。

はい、レオ君にはリリにほぼノータッチで行動してもらいました。次からベルもリリも出番増えます!

ソニックの活躍もありますから(震え声)


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プロローグ
リセット


アトリエシリーズはトトリだけ実況で最後まで見ました。


 

「サポーターさん、サポーターさん。冒険者を探していませんか?」

 

「えっ?」

 

「混乱していますか? でも、今の状況は簡単ですよ? サポーターさんの手を借りたい半人前の冒険者が、自分を売り込みに来ているんです」

 

「僕と一緒に、ダンジョンへもぐってくれないかな?」

 

 

「―――はいっ、リリを連れていってください!」

 

 

 

 

なんて掛け合いを目の前でされた僕はどうすればいいの?

 

なんかもう雰囲気的に感動的なラストみたいになってるけど、え? このあと僕の挨拶? 折れるわ~。

 

「えーっと……前に自己紹介はしたけど、レオっす。今日……はちょっと用事あるから次のダンジョン探索から一緒に潜ることになるから、よろしく」

 

精一杯の愛想笑いを浮かべて挨拶をする。

 

うん、やっぱ無理があったよ。リリの目が冷たい。なんで水を差したの?って目で見てくる。しょうがないじゃん。

 

「……今日からベル様のサポーターを努めさせて頂くリリです。以後お見知りおきを」

 

ベル様のってところを殊更に強調してくるなぁ。

 

「ちょ、ちょっとリリ? レオは僕の仲間なんだ。悪い人じゃないから安心していいよ」

 

「ベル様がそう言うなら……」

 

そう言いながらも、ベルの影に隠れるような形でこちらを睨んでる……。

 

まあ、そんな簡単に打ち解けられると思ってないから大丈夫。リリの事情は把握してる。

 

今まで冒険者に虐げられてきたんだ。

 

やっぱりベル以外の冒険者をそう簡単に信頼は出来ないと思う。

 

「そもそも次のダンジョンからってどういうことですか?」

 

「うん、今日は『青の薬舗』……僕がお手伝いをしているお店にこれから行かなきゃならないんだ」

 

「じゃあ何でここまで来たんですかっ? 別に今日じゃなくてもよろしいのでは?」

 

棘があるなぁ。でも前みたいに偽った姿で話されるよりマシなのかな。マシなはずだ。マシだと思おう。

 

「それはベルが、今日の内に挨拶を交わしておきたいって……」

 

僕らが彼に視線を向けると、

 

「だって……せっかくの新しい仲間だから、早く仲良くなった方がいいと思って……」

 

顔を少し赤くしながら申し訳なさそうに話すベルの姿にリリと顔を見合わせ、破顔する。

 

「うん、そうだよね。早く仲良くなった方がいいに決まってる」

 

「それじゃあレオ様、これからよろしくお願いします」

 

僕は握手をしようと手を差し出す。

 

リリはまだおっかなびっくりって感じだけど、それでも僕の手を取ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

さて、所変わって『青の薬舗』。

 

「レオ、ブルーパピリオの翅取って……」

 

「はいっ……どうぞ! あれ? ミアハ様、さっき作った試薬の方はどこにあるかわかりますか!?」

 

「それならこっちにあるから安心してよいぞ。それよりこっちの卵を運ぶのを手伝ってもらえぬか?」

 

「あっ、わかりました」

 

 

僕ら三人は新薬『デュアル・ポーション』の開発に取り組んでいた。

 

魔物の卵の採取に成功した僕らは、あらかじめクエストで依頼していた他の素材が納品されたことで、早くも新薬の開発に取り掛かることが出来た。

 

そこまで手伝わせるのは悪いとミアハ様には一度断られたが、乗りかかった船だ。どうせなら最後まで手伝いたい。

 

しかし『調合』って思った以上に大変だった。いくつもの試験管に溶液を分けて把握してなきゃいけないし、溶液によっては時間経過でダメになる者も多いし、かといって杜撰な調合の仕方をしていたら失敗するし。

 

こんな世界だから調合も魔女の窯みたいなのに素材を適当に投げ込んでグルグルかき混ぜれば成功するものだと……。

 

このあたりの調合のやり方は学校の化学の時間にたまにやった実験とかと変わらないのかな。

 

でもさすが師匠。これだけ複雑な配合をたくさんしているのに動きに淀みがない。

 

集中力もハンパじゃなく朝からもう3時間以上、手を止めずに調合を繰り返している。

 

最初の失敗作から始まり徐々に完成品に近づけていっている。

 

「―――出来たっ!」

 

「おおっ」

 

「よっしゃ!」

 

そして遂に完成した。な、長かった……。

 

完成したデュアル・ポーションはいつまでも眺めていたいと思うほど鮮やかな濃い青色をしていた。

 

「これがデュアル・ポーション……」

 

今までなかった全く新しい商品の完成を目の当たりにして、心が感動に震える。

 

よかった……今まで頑張ってきて本当に良かった……!

 

 

「……さて、ここからもうひと踏ん張りだよ、レオ」

 

「うむ、気を抜かずにいこう」

 

僕が一人感動していると、師匠とミアハ様は口を引き締めて立ち上がる。

 

「え? え? もう完成したのにまだ何かあるんですか?」

 

「まだ一本しか完成していない……。これから素材が尽きるまで作らなきゃ」

 

あ、そうか……。これから売り出す商品だし、当たり前か。

 

「余っている素材の量で考えると……あと20本程度か」

 

20……!?

 

気が遠くなりそうな数字に一瞬眩暈を感じる。

 

ええい! 乗りかかった船だ! 最後まで付き合いますよ!

 

 

 

日が落ち始めてきた頃、やっとデュアル・ポーション製作の全工程が終了した。

 

「やっと終わった~~~~!!」

 

「お疲れ、レオ」

 

本当に疲れた。ただの雑用なのに。とりあえず僕に調合は向いてないや。精神的に参りそうだ。

 

店の椅子に腰かけてミアハ様が用意してくれた飲み物を飲んでいると師匠がデュアル・ポーションの入った試験管を持ってこっちに来る。

 

「これ、手伝ってくれたお礼。一本しか余分に作れなかったけど……」

 

「ありがとうございます。僕は魔法使えないんでベルに渡しますね」

 

「うん。あともう一つ……。明日からはもう特訓にもバイトにも来なくていい」

 

「え!?」

 

まさか破門!? 愛弟子って言ってくれたの嘘だったんですか!?

 

「勘違いしないで……。レオにはもう弓の基本は教え終わったし、お店の方も充分過ぎるほど助けてもらったから……あとは私たちで頑張ることにしたんだ」

 

狼狽えていると師匠は口元を綻ばせてそう言った。

 

「弓の事とか、それ以外でも相談があったらいつでも来て。力になるから」

 

「はいっ……これからもよろしくお願いします」

 

コクリと頷く師匠とミアハ様に別れを告げ、僕はホームに帰った。

 




やっとリリの出番が来ました!
これから大活躍してくれることでしょう。


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近くて遠い

喫茶店に行ったらレオはきっとコーヒーですよね。
ベルやリリは何を頼むんでしょうか。やっぱりジュースかな……。


 

 僕とベル、リリの3人は大通りに面したオープンカフェで白いテーブルを挟んで座っていた。

 

 これからヘスティア様とここで合流して顔合わせをする予定だ。

 

 ちなみにヘスティア様を待っている間はリリを取り巻いている状況の説明が彼女から行われている。

 

 リリは三日前、ベルに助けられた際に彼女の所属する【ソーマ・ファミリア】の人たちからは死亡したものだと認識されたらしくて、このまま彼女が関わらなければファミリアの連中につけ狙われることもないらしい。

 

【ソーマ・ファミリア】にバレるかもという心配もしなくていいとのこと。

 

 今もそうなのだが彼女は変身魔法で種族を偽っているので、これを知らない【ソーマ・ファミリア】の連中が『リリルカ・アーデ』に辿りつくことは不可能に近い。

 

「ベル様は、本当にこのままでいいんですか?」

 

「え?」

 

「リリをこのまま許してしまっていいんですか?」

 

 不意にリリは表情を暗くしてベルを見つめた。

 

「リリはベル様を騙していたんですよ? ベル様の厚意につけ込んで、あまつさえ裏切ったんですよ?」

 

「……」

 

「しかも、くすねてきたお金も返せません。このまま許されてしまったら、リリは……」

 

 リリは罪悪感に苛まれている。

 

 ここでベルが罰の一つや二つ与えれば少しはその罪悪感も減るんだろうけど、ベルは自分が許した相手に罰を与えるなんて決してそんなことはしない。

 

 ベルは困ったような顔をして言葉を紡げないでいる。

 

「今は辛いかもだけど、その罪の意識は忘れちゃいけないものだと思うよ」

 

 だから僕が喋ろう。

 

 リリはベルに救いを求めてるからここで僕が口を出すのは無粋かもしれない。

 

 でも、僕にもこんな風に苦しんだ経験があるから他人事とは思えなかったんだ。

 

「レ、レオ、それってどういう意味……?」

 

「もちろん一生責任を取り続けろとかそんなこと言ってるんじゃないよ? そうじゃなくて……その罪悪感をベルに縋って軽くしようとか思わないで欲しいんだ」

 

「っ!」

 

 リリは体を大きく揺らした。

 

「その心の痛みが本当につらいことは僕も知ってる。気にしてないって、兄ちゃんが無事でよかったって、優しい言葉を投げかけられるほどに辛くなるんだよね。でもその辛さが、いつか巡り巡って自分を正しい道に導いてくれるんだ」

 

 今でも僕はあの時のことを夢に見る。その夢ではいつも僕は動けずにいて、ミシェーラが先に行ってしまう。それが悔しくてたまらない。

 

 だからこそ、夢から覚めたのなら、今度こそはと自分をたきつけることが出来るんだ。

 

「だからさ、今は煩わしいだけだろうけどその痛みを大切にしてほしいんだ」

 

 リリはわずかに息をのんだ後、胸に手を当てて深呼吸をした。

 

 そしてまっすぐベルの方を見る。

 

「ごめんなさいベル様。リリはベル様に救われておきながら、また縋りついて困らせてしまいました」

 

「ううん、気にしないでいいよ」

 

「レオ様も……ありがとうございます」

 

「うん」

 

 僕に対しては若干消え入りそうな声でお礼を言う。感謝の気持ちは伝わってきたけど、やっぱりまだ警戒心もあるらしい。

 

 

「おーい、ベル君レオ君!」

 

「あっ、神様!」

 

 僕らを呼ぶ声が聞こえ、ヘスティア様がカフェに姿を現す。

 

「おまたせ。すまない、待ったかい?」

 

「そんなことないですよ」

 

「それよりもすいません、バイトに都合をつけてもらって……」

 

「ボクの方は平気さ。それより……彼女がそうかい?」

 

「あ、はい。この子が前に話した……」

 

「リ、リリルカ・アーデです。は、初めましてっ」

 

 リリはヘスティア様に視線を向けられ慌てて椅子を降りて一礼する。

 

 ヘスティア様は今回自ら同席したいと言い出した。恐らく直接会って彼女のことを確かめたかったんだろう。

 

 そのことをリリは察しているみたいで、緊張で体を強張らせている。

 

「あっ」

 

 ふとベルが何かを思い出したように呟いた。

 

「いけない。神様の椅子を用意してもらってないや……」

 

 あ、ホントだ。忘れてた……。

 

「……! なぁにっ、気にすることないさ! この客の数だ、代わりの椅子もないだろう! よし、ベル君座るんだっ、ボクは君の膝の上に座らせてもらうよ!」

 

「あはは、神様もそんな冗談を言うんですね。ちょっと待っていてください、店の人に頼んできますから」

 

 ベル君、きっとヘスティア様は本気だったぜ?

 

 いやまあ本当にベルの膝の上に座って話を始めても神の威厳とか台無しだけどね。

 

「ちょ、ちょうどいい。ベル君には最初から席を外してもらう予定だったんだ、何も問題はないさっ」

 

 ヘスティア様は少し強張った頬を赤らめながらベルの座っていた席に腰かける。

 

 そしてお互いの自己紹介を省きすぐに本題に入った。

 

「率直に聞くよ。サポーター君、君はまだ打算を働かせているのかい?」

 

「―――っ」

 

 真っ直ぐにリリを見つめるヘスティア様を見て理解する。

 

 彼女はリリを試そうとしている。僕らのために。

 

「ありえません。リリはベル様に助けられました。もう、あの人を裏切る真似なんかしたくない」

 

 リリも正直に自分をヘスティア様にぶつけている様子だった。

 

 そこから少し問答が続いた。

 

「……誓います。もう二度とあのようなことはしないと。ベル様にも、ヘスティア様にも……何より、リリ自身に」

 

 彼女のその強い覚悟にヘスティア様は「わかったよ」という視線を飛ばす。

 

 リリはそれで脱力して、僕も一応話は済んだかなと思ったがヘスティア様はすぐに次の質問に移った。

 

「もう一つ聞かせてほしいことがある」

 

「―――なんでしょうか?」

 

 脱力しかかった体を慌ててピンと伸ばすリリにヘスティア様は一度僕の方を見てから言う。

 

「君はレオ君のことをどう思っている?」

 

「レオ様のこと、ですか……?」

 

「そうだ。君はベル君に救われて彼について行こうとしているみたいだけど、ベル君の隣にはレオ君もいる。レオ君だってボクの大切な家族さ。そこに優劣なんてない。だから君が心を入れ替えたと言ってもレオ君に何か危害を加えるようなことがあるのならば、ボクは君を受け入れるわけにはいかない」

 

「……」

 

「ちょ、ちょっとヘスティア様? 僕のことなら大丈夫ですから」

 

「駄目だ。君もベル君よりかは汚い世界について理解はあるみたいだけど、それにしたってお人好し過ぎる」

 

 そんなことないと思うけどなぁ……。

 

「心配なんだよ。キミはベル君以上に一人で抱え込むから……」

 

「それは……」

 

 ヘスティア様の目を見て言葉に詰まる。

 

 仕方がない事情がある。神フレイヤについて相談するのはリスクが高すぎるから。

 

 でも、何も言えない以上ヘスティア様の目には僕がいつか一人で去っていきそうに見えて不安なんだろう。

 

 ヘスティア様はリリの方に再度顔を向ける。

 

「分かっているとは思うが上辺だけの言葉を語ってくれるなよ。ボクだって神なんだから」

 

「……」

 

 リリは何度か口を開こうとしては止めを繰り返した。きっとどう言葉にして伝えるか悩んでいるのだろう。

 

 そして彼女は覚悟を決め口を開いた。

 

「リリは……レオ様のことを信用していません」

 

 信用できないと言われたことで少なからず残念に感じるけど、それ以上に彼女の表情が気になった。

 

「わ、分かってはいるんですっ。ベル様が信じているお方ですし、さっきも……私を諭してくださいましたから。でも、レオ様が冒険者である以上、まだベル様のように信用することは……出来ま、せん」

 

 彼女は本当に、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。

 

 もはやトラウマなんだ。頭では分かっていても心の深いところは簡単に変われない。

 

 そんな彼女を見てこっちまで苦しくなる。

 

「レオ君はどうだい? こんなことを言っている子をパーティーに入れていいと本気で思っているかい?」

 

 あくまでも神として、同情とか甘さを捨ててヘスティア様は問いかけを続ける。

 

「言っておくけどボクは反対だ。今のこの子はベル君至上主義みたいになっているところがある。もしかしたら三人でダンジョンに潜って危機的状況に陥った時、この子はベル君のためにキミを真っ先に切り捨てるかもしれないんだよ?」

 

「そ、そんなことっ―――」

 

 リリは反論しようとするが勢いをなくす。

 

 考えたんだと思う。ヘスティア様が言ったような状況になったらって。もしかしたらヘスティア様が言うように、僕のことを真っ先に切り捨てるかもしれないって。

 

 でも、

 

「ありえないですよ、ヘスティア様」

 

 彼女の言えなかった言葉の先を代弁する。

 

 二人は驚いてこちらを見る。

 

「リリはそんなことしません。いや別に僕はリリのこと分かってるわけじゃないですよ? でもね、ベルが信じた子ですから。僕が信用するにはそれで充分です」

 

「……キミのそういう所が危なっかしいって言っているんだけどなぁ」

 

 ヘスティア様は溜息を吐いたけど、その表情を見るに大丈夫だと判断してくれたらしい。

 

「ごめんなさーいっ、遅くなりましたぁー!」

 

 ベルが帰ってきたことで話は終わりを迎えた。ヘスティア様もリリのパーティ加入を認めてくださった。

 

 真面目な話と入れ替わるようにベルを巡る女の闘いが火蓋を切って落とされたみたいだけど。

 




原作では危機的状況に陥ったこともあって仲間になったヴェルフとすぐに仲良くなっていましたが、ベルに救われた直後のリリならまだ壁を作ってるんじゃないかな、と考えリリにはこう答えてもらいました。

ちなみに作者はリリに拒絶されたら絶対心折れますね、ソーマ様のお酒を飲んで忘れようとしますね。そういう意味でもレオってメンタル強いな~と自分で書いてて思ったり。


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剣姫襲来

レオ視点なだけで原作と話変わってないですね。まあ重要なシーンですししょうがないかなと。


 

「えっと、リリ。それで、これからのことなんだけど……」

 

 一悶着の後、ベルが口火を切った。

 

 内容はリリのこれから住むところについて。ファミリアを追われているんだから当然今のリリにはホームがない。

 それは前からもそうだったみたいで、これからも宿を転々とするつもりだと彼女は言った。

 

 ベルは僕とヘスティア様にこっそりと目配せをしてくる。

 

 まあベルならそうするだろうと大体予想は付いていたから僕は笑って了承する。ヘスティア様も不満気な顔をしてはいるけどしっかりと頷いた。

 

「リリ、もしよかったら……僕たちのホームに来ない?」

 

「……え?」

 

「というか、【ヘスティア・ファミリア】に入らないかな?」

 

 当然だよね。リリが【ソーマ・ファミリア】でやっていけないことは誰にだって分かるし、そんな孤独な彼女をベルが見て見ぬ振り出来るとは思えない。

 

「……ヘスティア様とレオ様はよろしいんですか? 特にヘスティア様はリリのことを……」

 

「ふ、ふんっ……勘違いしないでくれよ? いくら嫌なやつでも、身寄りのない子供を放っておくのはボクの存在意義に関わるんだ。再就職先が見つかるまで、少し面倒を見てやろうと思っただけさっ」

 

 ヘスティア様も素直じゃないなぁ。ベルも彼女の頬を染めて顔を背ける様子に苦笑している。

 

「僕の方も問題ないよ。リリはもう同じパーティの仲間だからね。ちょっと部屋は狭いけど……」

 

「う……それは言わないでよレオ。これから僕らが稼いでもっと住みやすくしていくんでしょ!」

 

「新居を構えるという選択肢はないのか。これからもあの教会の隠し部屋なのか」

 

 ちなみに今の僕らはヘスティア様がベッド、僕とベルはソファと寝袋を交互に使って暮らしている。

 

 女の子のリリを床で寝袋なんてするわけにはいかないし、もう一つ寝袋を買ってソファはリリに明け渡すか。それかベッドの大きさを生かしてヘスティア様と一緒に寝てもらうとか……?

 

「ありがとうございます、ベル様、レオ様、ヘスティア様。そのお気持ちだけでリリは十分です」

 

 すでに僕らはリリが首を縦に振ってくれるものだと思っていたから、その返答に唖然とする。

 

「え……ど、どうして!?」

 

「これ以上皆様の優しさに溺れることが心苦しいのと……リリはまだ、【ソーマ・ファミリア】の一員ですから」

 

 リリは儚げな笑みを浮かべながら、肩の上からそっと背中に手を伸ばす。

 

「まだ【ソーマ・ファミリア】の構成員であるリリは、ベル様達のホームへは行けません。もしリリがベル様達のホームに通っていることがバレてしまえば、いらぬ火の粉が確実にベル様達に及びます。そんなことになってしまったら、リリは耐えられません」

 

「ぼ、僕は別にそんなことっ……ぁ」

 

 ベルはなおも食い下がろうとしたけど、何かを思い出したように止まり、僕らの方を見る。

 

 ベル1人が被害を被るだけなら彼は迷わずリリの手を引くだろう。でも家族に、僕と、なによりもヘスティア様に被害が及ぶのならば話は別だ。

 

【ソーマ・ファミリア】は中堅クラスの実力を持つと聞いた。襲われれば自分の身すら危ういのにヘスティア様を守るなんて到底無理だ。

 

「サポーター君、【ソーマ・ファミリア】脱退の条件は、いや脱退自体は禁止されているのかい? 君の主神は何て言っているんだ?」

 

「ソーマ様はこれと明言しているわけではないのですが……恐らく、大量のお金が必要になってくると思います」

 

「金かー……」

 

 また金の話なのか。

 

 つい最近お金の問題に首を突っ込んだばかりの所為もあり頭が痛くなってくる。

 

 しかも今回は借金の返済とは違って分割払いとか、そういう話には出来ない。それに僕らがお金を用意できたとしても彼女はそれを受け取らない気がする。

 

 これ以上負担はかけられないとか言うんだろうなぁ。

 

 ヘスティア様の話によるとファミリア脱退に関してはそのファミリアの主神次第だという。リリの言うようにお金で解決する神様もいれば全く取り合わない神もいるだろうとのこと。

 

 ミアハ様のところは借金が出来てから団員が居なくなってしまったと言ってたけど、きっと何も言わずに申し出を受け入れたんだろうなぁ。

 

 

「じゃあリリ、これからどうするの? また他の宿に、1人で……?」

 

「実は顔馴染みのお店……まあリリにとっては正確には違うんですけど、ともかく、気を許せるノームのお爺さんがいるので、そこでしばらくお世話になろうかと思ってます。あ、勿論働きますよ? なるべく変身も使わないで、ちゃんと認めてもらえるように努力します」

 

 ベルが不安そうに尋ねるとリリは明るい調子で答えた。

 

 とりあえず当てはあるらしい。リリを見る限り、そのお店の人は本当に信用できる人みたいだから一安心かな。

 

 

 

 

 

 そして主にヘスティア様の露店爆破の件で一通り話に花を咲かせた後、僕とベルは神様達と別れ大通りを歩いていた。

 

「エイナさんに相談するつもりかい?」

 

「うん。とりあえずさっきまで話してた【ソーマ・ファミリア】のことについて報告だけでもって思ってさ。情けない話だけど、僕じゃどうしていいか思いつかないし……」

 

「情けなくなんかないよ。俺もどうすれば良いかなんて全然分かんないし、ヘスティア様だって今はどうすることも出来ないんだ。ベルが情けないなら俺もヘスティア様も情けないってことになるよ?」

 

「そんなことないっ……けど……」

 

「まあ今はベルのおかげでリリに降りかかってた危険は去ってるんだし、焦らず考えていこう」

 

「……そうだね」

 

 リリの変身魔法はかなり珍しいものらしく普通見破れるものじゃないらしい。しかも万全を期して、ダンジョンに潜るとき一目が付かない所まで行く間、リリは冒険者のフリをして僕が彼女のバックパックを背負いサポーターのフリをするという方向でしばらくいくということが話し合いの結果決まっている。

 

 種族も違ってサポーターでもない風体をしていればさすがに感づかれることはないだろう。

 

 

 ……と、そうだ、魔法で思い出した。

 

 

「ベル、はいコレ」

 

 ポーチにしまっていた濃紺の液体が入った試験管をベルに渡す。

 

「これは?」

 

「【ミアハ・ファミリア】が開発した新商品のデュアル・ポーション。魔力と体力がどっちも回復する優れものだよ。雑用だけど開発の手伝いをしたからさ、一本もらったんだけど、ほら、俺は魔法使えないし」

 

「へえー凄い! ……ってまさかレオ、またお金とったりしないよね?」

 

 今度は試験管を手に取る前に動きを止めて警戒しながらこちらを見てくる。

 

「しないしない。もうバイト終わってるから安心していいよ」

 

「そっか、そうだよね。じゃあありがたく受け取るよ」

 

「ほい、10万ヴァリスね」

 

「酷い! 詐欺じゃん!! ていうかそんなにお金持ってないよ!?」

 

「はは、冗談だよっ」

 

「もーっ、レオはすぐそうやって僕をからかって!」

 

 ごめんよ、ベル。でも君があまりにもからかいやすいから仕方がないんだよ。

 

「ほらっ、もうギルドに着いたんだから落ち着いて―――って、あれ?」

 

 談笑しながらギルド本部へと足を踏み入れると、中途半端な時間だということも相まってロビーには空間が目立っており、すぐにエイナさんを見つけることが出来た。

 

 しかし僕が注目したのはそこではなくエイナさんの手前、受付窓口でエイナさんと話している女性の方。

 

「ベル、あの人……」

 

「何さっ? ―――って……ぁ」

 

 僕が見ている方向にベルも目を向け、そしてようやく気付いたらしい。

 

 そこにはアイズ・ヴァレンシュタインさんがいた。

 

 あちらの二人もベルとほぼ同時にこちらに気付き驚いたように固まっている。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 ベル、アイズさん、エイナさんが三者三様の体勢で動きを止めてしまっている。

 

「えっと、ベル……?」

 

 その空気に耐えかねずベルの方へ呼びかけると、ベルは表情を変えずゆっくりと回れ右をして……全力疾走を開始した。

 

「ちょっ、ベル!?」

 

「ベ、ベル君!? 待ちなさい!」

 

 僕とエイナさんの制止の声も聞かず逃げるベル。

 

 そうか、ミノタウロスから助けられた時の話を聞いたことがあるけど、こんな風に逃げたのか。そりゃアイズさんも落ち込むわ。

 

 その時、僕の横をアイズさんが通り抜けていった。てか速っ!?

 

 そしてベルに追いつくどころか追い抜き、止まりきれなかったベルの勢いをいなして抱きとめる。

 

 おお~。パチパチとアイズさんの華麗な動きに心の中で拍手を送る。

 

「何やってるの、キミは! いきなり走り去るなんて失礼でしょ!?」

 

「す、すいません、エイナさん……」

 

「ベル……これは情けないかな」

 

「うぅ~……」

 

 羞恥で顔を真っ赤にしつつもアイズさんを見て釘付けになる。そして彼女と目が合うとすぐに顔をそむけた。

 

「そ、それで、こ、これは、一体どーいう状況で……?」

 

「はぁ……ヴァレンシュタイン氏が、ベル君に用があるそうなの」

 

「え!?」

 

 なんでもベルが落としたプロテクターを直接届けに来てくれたらしい。

 

 三日前リリを助けたときに落としてしまったという話は聞いていたけど、助けてくれた人影っていうのはアイズさんのことだったらしい。

 

「……ベル君、後は二人で話をつけるんだよ。レオ君、こっちこっち」

 

「はいッス」

 

 エイナさんはベル君にアイズさんに聞こえないよう囁いた後僕を連れてその場から離れる。

 

「ま、待ってくださいエイナさん!? お願いですからっ、お願いですからまだここにいてくださいっ……! 僕、死んじゃいます……っ!?」

 

「何言ってるの、男の子でしょうっ。言わなきゃいけないことが沢山あるんだから、しっかり一人で伝えるっ。いい?」

 

「レ、レオ~……」

 

 半泣き状態でこちらに縋るベル。

 

 僕はそれに親指を立てて笑顔を返しエイナさんと共に本部の方へ離れていった。

 




ヘスティア様とリリは是非同じベッドで寝て、どうぞ(迫真)


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約束をしよう

エイナさんに心配されたい怒られたい。


 

 一旦ベルから離れた僕とエイナさんは本部の中に入り、テーブルの方へ案内された。

 

「それで、レオ君にもいくつか聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」

 

 振り返った彼女は笑顔で尋ねてきた。しかし目は笑ってなかった。

 

「お手柔らかにお願いします……」

 

「うん。じゃあまず一つ目ね。先々週くらいかな、レオ君冒険者通りでポーションを売って、そのことで私注意したよね? 店の縄張りとかもあるんだし出過ぎた真似はしちゃダメだって」

 

「は、はい」

 

「うん、あの時確かにレオ君は素直に頷いてくれたよね? だけど何でかな、この一週間くらいあちこちでキミらしき人が回復薬を売っているって報告があったんだよね」

 

 心当たりはある? と滅茶苦茶に冷えた目で聞いてくるエイナさん。

 

 怖い、やっぱりこの人怖い……。

 

「えっと、ひ、人違いじゃないんすかね……?」

 

「そうなの? 良かった~、情報じゃあ推定20歳いってないくらい、髪はくせっ毛の黒で糸目が特徴の小柄な青年ってあったからてっきりレオ君かと思ったよー」

 

「……」

 

 エイナさんの棒読みな台詞に冷や汗が流れ始める。エイナさんはしきりに頷いたあとスッと僕の耳元に顔を近づけた。

 

「マ、ジ、メ、に、答えてくれるかな?」

 

「……ハイ、僕デス。スミマセンデシタ」

 

 怒気のこもった囁くような声に僕が観念すると、ようやくエイナさんは不気味な笑顔を止めてくれた。

 

「~~~~~~もうっ!! なんでっ、レオ君は! 言うことを全然聞いてくれないのかなっ!?」

 

 そのかわり大爆発したけど。

 

「前にも言ったでしょ!? ファミリア同士の縄張りがあって商業系のファミリアはその意識が殊更高いって! 今回はそこまで目立ってなかったから良かったものの、一歩間違えたらいろんなところから恨まれることになってたかもしれないんだよっ!?」

 

 すみません実はもう世界一恨まれているであろう組織に入っちゃってます、とはさすがに言えない。

 

「分かってるのっ? もう二度とあんなことしないで!」

 

「はい、肝に銘じておきます……」

 

 まあ僕も恨みは買いたくないし、これからはダンジョンに潜るようになるから大丈夫なはず。

 

「それともう一つ。3日前に【ミアハ・ファミリア】が材料の調達って名目でオラリオの外に向かったらしいんだけどね、その書類に何故かレオ君の名前が載ってるんだけど、どういうことかな?」

 

「あー、それはですね……」

 

 僕は言葉を詰まらせる。

 

 実はオラリオの外に出るために一度ギルドの方へ足を運んでいたのだが、どうもその時エイナさんは『バベル』の方に用事で向かっていたらしく、これ幸いと他のギルドの人に審査してもらい、エイナさんには事後承諾という形になってしまったのだ。

 

「更に言っちゃうと、向かった先がセオロの密林。ここって確かブラッドサウルスが巣を作ってる所なんだよね。弱体化してるとはいえ10階層に出現する魔物相当の力はあるんだよ」

 

 ジトーっとした目で顔を近づけてくるエイナさん。

 

「……闘ったり、してないよね?」

 

「まさか……逃げてただけです」

 

「……っもう! レオ君はっ……もーっ!」

 

 机をバンっと叩きもどかしそうに声を荒げるエイナさんに周りもビクッとなっている。

 

「レオ君は不真面目なところはあったけど、ベル君みたいに無茶だけはしないって信じてたのに……」

 

 泣きそうに訴える彼女を見てさすがに良心が痛んだ。

 

「ま、待ってください。たしかに【ミアハ・ファミリア】の手助けでブラッドサウルスと対峙することになりましたけどちゃんと作戦を用意した上で逃げただけですし、しかもあのミアハ様が許可してくれたんですよ、無茶はしてませんって!」

 

 ちょっと意地になっちゃって危ないこともしたけど、そこは伏せておこう。

 

「僕はベルみたいに成長が早かったりしてませんし、これからも地に足付けてダンジョンに潜りますから安心してください」

 

「……本当に?」

 

「本当です」

 

「本当の本当の本当に?」

 

「本当の本当の本当にです」

 

 お互い目を合わせてしばらく沈黙が続くが、やがてエイナさんは肩から力を抜いて視線を切った。

 

「分かった、信じるよ。でもっ、これからはちゃんと私にも報告すること。いい?」

 

 強く念を押され僕は何度も首を縦に振った。エイナさんは軽く息を吐いた後、いつもの態度に戻る。

 

「ふう……それでレオ君は何でギルドに? 相談事?」

 

「僕じゃなくてベルが、ですね。僕は付き添いです」

 

「ベル君が?」

 

 エイナさんは窓から外を見る。僕も釣られてそっちを見るとベルがアイズさんの前でなにやら頭を抱えているところだった。

 

「……【ソーマ・ファミリア】のことです。ベルがサポーターを雇ったのは知ってますよね? そのサポーターとの問題が一応解決したのでその報告と、あとはリリ……そのサポーターが【ソーマ・ファミリア】を抜けようにも抜けられない状況らしくて、なにか僕たちに出来ることはないかなって……」

 

 エイナさんは【ソーマ・ファミリア】という単語に眉をピクリと反応させる。

 

「リリが言うには脱退にはお金が必要になるだろうって言ってるんですけど……」

 

 そう簡単にお金が手に入れば苦労はしない。しかもリリが彼女自身の手で真っ当に手に入れたお金しか使わないというのなら、僕らに何が手伝えるんだろう。

 

「レオ君は、【ソーマ・ファミリア】についてどのくらい知ってる?」

 

 エイナさんは窓の外からテーブルに視線を写し、声を小さくしてそんなことを尋ねてきた。

 

「いや、特には何も」

 

 ベルがリリを助けるため頑張っていたとき僕は全く関係のない場所にいたわけで、リリがファミリアで不当な扱いを受けていたことは知っていても、そのファミリア自体の知識はないと言ってもいい。

 

「そっか……。神ヘスティアには話してあるから、彼女に話を聞けば【ソーマ・ファミリア】のことは分かると思うけど……そのサポーターをファミリアから脱退させるのは難しいと思う」

 

 彼女の言い方に何か事情があることを察する。

 

「……何かあるんですか?」

 

「端的に言えば、あそこのファミリアの主神ソーマ様は自分が作る神酒以外に興味がないの」

 

「興味がない、ですか……?」

 

 ここの神様たちは下界に興味を持って降りてくるんじゃなかったっけ? しかもファミリアまで作っておいて自分が作る酒にしか興味がないっておかしくないか?

 

「神酒をつくるのにもお金がいるから、その資金集めのためのファミリアみたいなの。だからソーマ様もファミリアの団員も神酒にしか目がいってない。だから自分の団員のお願いなんてきっと耳に入らないんだよ」

 

 だからリリの脱退は難しい、とエイナさんは語った。

 

 神酒を中心に回るファミリア、か……。

 

 あれ? でもそれって―――

 

「神酒を間に通せば話も聞いてもらえる……?」

 

 考え込んでいた僕がボソッと呟くと、エイナさんは表情をきつくする。

 

「レオ君……変なこと考えちゃダメだよ?」

 

「へ? 何がです?」

 

「神酒に関わっちゃダメ、間違っても飲もうなんて考えちゃダメってこと!」

 

 僕の考えを先回りするかのように彼女は釘をさす。

 

 いや実際は神酒のことをベタ褒めしながらソーマ様に取り入れば話を聞いてもらえるかなってくらいにしか考えてなかったんだけど……そっかぁ、そういう考え方もあるのかぁ。

 

「私もね、神酒の失敗作を飲んだことがあるんだけど……失敗作だっていうのに我を忘れそうになるくらいの美味しさだった。本物は口にした人を狂わせる。だから絶対に関わっちゃ駄目だよ」

 

 口にした人を狂わせるお酒。なんだかその不気味な響きに既視感を覚えたので頭をひねってみたが……そうだ、神フレイヤの『美』と似ているんだ。

 

 見た人を狂わせる『美』に味わった人を狂わせる『酒』。この世界はそういう系統のものが多いのだろうか。

 

 まさか聴いた者を恍惚に狂わせる音色を奏でる楽器とかもあるのだろうか?

 

 ……ありそうだな、出会いたくないけど。

 

「話を聞かせてもらってありがとうございます。ベルにはこの話はしないでおきますね」

 

「うん、こんな話聞かせても多分あの子をいたずらに落ち込ませちゃうだけだと思うから」

 

 力になれなくてごめんね、と頭を下げるエイナさん。

 

 僕はそんな彼女に慌てて首を横に振る。エイナさんはいつも僕らのことを心配して悩んで、相談にもいつも乗ってくれる。彼女が謝ることはない。

 

「……そういえばベル遅いですね。まだアイズさんと話をしてるんですかね」

 

「ベル君にとって憧れの人だから、話が長くなるのも仕方がないよ……あれ?」

 

 僕らが窓の外から前庭を覗くと、そこにはドワーフとエルフが一人ずつ木の陰にいるくらいで、金髪の少女も白髪の少年もいなかった。

 

「アハハ、まさか……」

 

 エイナさんは苦笑いを浮かべる。

 

 ああそうか……ベル、僕らのこと完璧に忘れて帰ってったな?

 

 エイナさんと顔を見合わせて二人同時に脱力して溜息を吐く。

 

 まったく、本当に一途なんだからさ……。

 




クラウスさんとかは神酒飲んでも表情変えずに普通においしいって褒めそうですね。

逆にザップさんが神酒飲んだら改宗待ったなし。


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失われる色


久しぶりのダンジョンです! 最後にダンジョンの描写をしたのが9話なので20話ぶりのダンジョンになります! 自分でもビックリです!


 バイトがなくなって2日、やっと僕もダンジョンに潜ることになった。これからは僕とベル、リリの3人でダンジョンに潜る日々が続きそう。

 

 そういうわけで僕ら3人は各自『バベル』の前で集合する約束をしていた。

 

 本当なら僕とベルは同じホームで暮らしているわけだから一緒に『バベル』に向かうのが普通だけど、これから1週間くらいの間は別々に集まることになる。

 

 理由はベルがなんと『剣姫』ことアイズ・ヴァレンシュタインに剣を教えてもらえることになったからだ!

 

 話を聞いたときはびっくりしたよ。ギルドに来た目的も僕のことも忘れてホームに帰っちゃうから何事かと思って問い詰めたら、若干放心状態になりながらアイズさんと話した内容を語ってくれて……まあベルにとっては一大事なワケだから勝手に帰ったことは不問としよう。

 

「で、その膨れ上がった顔とボロボロの体はどうしたん? 強盗にでも襲われた?」

 

「ち、ちがうよ。アイズさんとの特訓で、まあ……いろいろ」

 

 目を逸らしながらつぶやくベル。深くは聞かないでおこう。

 

「お二人とも、お待たせしちゃってすみません! ちょっとお世話になってるお店の手伝いをしてたら遅くなっちゃって……ってその顔どうしたんですかベル様? わっ、よく見たら体もボロボロじゃないですか、誰かに襲われでもしたんですか!?」

 

 遅れてこちらに駆け寄ってきたリリも僕と同じような反応をする。

 

「そんなことないよ、転んだだけ」

 

「どんな転び方したらそんなにボロボロになるんですか!?」

 

 ちなみにベルがアイズさんに修業をつけてもらうことになったのを知っているのは僕だけで、リリにもヘスティア様にも伝えていない。

 

 懇意にしているファミリアならまだしも、ほとんど交流がないどころか、超有名ファミリアの一流冒険者に無名ファミリアの駆け出し冒険者が教えを乞うなんてバレたら大変なことになるからね。

 

「レオ様は何かご存じじゃないんですか?」

 

「さあ、僕が起きた時にはもうベルはこの状態だったから。それより早くダンジョンに行こう」

 

「そ、そうだね。さあ今日も頑張るぞー」

 

 何か言いたそうな顔をしているリリには気付かないふりをしてそそくさとダンジョンに降りる僕らなのであった。

 

 

 

 

 まずは1階層。

 

 パーティの隊列はベルが前衛、僕とリリが後衛。

 

 ちょっとバランスが悪い。せめてもう一人、前で戦える冒険者が欲しいとこ。

 

 リリはもちろん、僕も眼のことを考えると後ろで備えていた方がいいからね。

 

 ちなみにリリには【神々の義眼】の効果についてはすでに話してある。話を聞いたリリは目を丸くして「そんなの反則です!」って言った。

 

「階層ごとの魔物の強さや種類が把握できている今の時代において最も厄介なのは異常事態(イレギュラー)なんです。ダンジョンで命を落とした冒険者の半分以上はこの異常事態(イレギュラー)に対応できなかったことが原因だと言っても過言じゃありません。レオ様の【スキル】はそれだけ危険な異常事態(イレギュラー)での死亡率を限りなく下げることが出来ます。他の神々がその【スキル】のことを知ったら誘拐や脅迫の大騒ぎになるでしょうね」

 

「アハハ、さすがにそこまではないでしょ」

 

「笑い事じゃありません! レオ様が出会ってきた神様や冒険者がどんな方達なのかは知りませんが十分あり得ますっ」

 

「……マジで?」

 

「大マジです」

 

 そっかぁ、そんなに重大なことだったのか。

 

 ということは僕は今まで相当運が良かったのかな。

 

 初めて出会った神が慈愛の神で、その唯一の眷属も底抜けにお人好しな少年。この眼を見ても利用しようとかそんなことは欠片も考えない人たちだった。

 

 他にもこの眼のことを知っているのは命さんとミアハ様に師匠の3人だけど、あの人たちもスキルじゃなくて僕自身を見てくれている。

 

【ロキ・ファミリア】については怪しいところだけど、皆悪い人ではないみたいだし、誘拐してでも聞き出そうとはしてこない。

 

「いいですか? 地上ではもちろんダンジョンでも目立つ使用は避けてください。緊急の場合は仕方ありませんが、人前で使えば必ず目をつける輩が現れますので」

 

「さすがに誘拐されたら怖いし……うん、これからはより一層気を付けるよ」

 

 誘拐とか拉致の恐怖は身に染みて分かってるし。

 

「でもレオもナァーザさんに特訓してもらって弓も使えるようになったんでしょ? じゃあその眼に頼らなくても戦えるんじゃない?」

 

「もちろん。もうあの時の僕じゃないよ。任せといて」

 

「あまり信用なりませんね……。失礼ですがレオ様は見るからに弱そうですし」

 

 自信満々に二の腕を叩くと、リリが怪訝そうに毒を吐く。

 

「酷いなー。確かにまだ魔物を倒したことはないけどさ、師匠にだって太鼓判押されたんだから大丈夫だよ。それに見た目の話をするならこのパーティって戦えそうな人誰もいないじゃん」

 

「まあそれもそうですね」

 

「……ん? 今さらっと僕のことも貶めなかった?」

 

 

 

 

 

 次に2階層。

 

 1階層では魔物と一体も遭遇しなかった。

 

 とはいえそれは珍しいことじゃない。1階層は魔物の出現頻度は少ないし他の冒険者も多くいるからね。

 

 ただ2階層からはそうもいかない。まだ囲まれるようなことはないけど魔物をちらほらと見るようになる。

 

 その度にベルが瞬殺したけど。

 

「でもリリって魔石を取り出すの本当に上手なんだね。まだリリがいないときは僕とベルの2人で取ってたけど明らかにリリ1人の方が早いんだもん。コツとかあるの?」

 

「あ、それは僕も聞きたいかも」

 

「あったとしても教えません。これはリリにとって唯一と言ってもいい取り柄です。お二人に魔石の回収が上手になられたらリリの存在価値が下がってしまいます」

 

「そんなことない! 魔石の回収以外にもリリにはたくさん助けられてきたんだから。魔石の回収以外にもリリにはたくさん良いところがあるよ!」

 

 自嘲気味なリリを見てベルは怒り気味にまくしたてる。

 

「……ありがとうございます」

 

 リリはまさか怒られるとは思っていなかったのか目を見開いた後、頬を染めて嬉しそうに俯いた。

 

 

 

 

 そして3階層目。

 

 2階層目と魔物の種類も出現頻度もほぼ同じなため依然としてベルの瞬殺が続く。

 

 しかしふとリリが僕に一つ提案をして来た。

 

「そういえばリリはレオ様の弓の腕をまだ見ていませんでした。危なくなってから確かめても遅いですし、ここでどのくらいの精度なのかお見せしてください。これからの参考にしますので」

 

「ん、確かにそうだね」

 

 リリの言うことはもっともだ。パーティメンバーの実力の把握は正確なほど良い。

 

 丁度運よく十数メートル先にゴブリンが一体だけいる。僕は担いでいた弓を取り出しそのゴブリンに狙いを定める。

 

「なんかあの時みたいだね」

 

 ベルの言葉に初めて弓を握った時のことを思い出す。まだ1か月も経ってないのに昔のことのように感じてしまう。

 

 あの時もこんな風に弓がどれくらい使えるか確かめようって話になったんだよね。

 

 そしたらゴブリンが一匹だけでウロウロしてたから丁度良いってなって、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツンッ コロコロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして矢はゴブリンに刺さることなく地面に転がった。

 

 

 

 

 

 

「ぇ……」

 

 その口から漏れ出た小さな声が誰のものだったかは分からない。

 

 

「もう一回。もう一回だけやらせて。さっきのは多分何かの間違いだ」

 

「……分かった」

 

 

 強い既視感。

 

 頭がくらくらする。一体僕は今何をしているんだ?

 

 状況が分からない。でも師匠に鍛えられた身体は僕の意識を離れ自然と弓を引き絞る。

 

 引き絞って―――それで?

 

 

 

 

 

 

 

 気付いた時には既にゴブリンの前には2本の矢が転がっていた。

 

 

 

 

 

 

「……レオ?」

 

 ベル……そんな心配そうな目で見ないでくれ。僕にも何でこうなってるのか分からないんだ。

 

 

 そ、そうだ!

 

 あのゴブリンはきっとあの時のゴブリンなんだ。ボブなんだよきっと!

 

 だから狙えないのは当たり前。だって友達なんだから。友達を殺すなんてそんなこと出来るわけが―――

 

 

「フッ!」

 

『ギシャアアアアアア!?』

 

 

 出来るわけが……。

 

 

 

 

 

 

 

 何だこれは?

 

 

 何を訳の分からないことを言っているレオナルド・ウォッチ?

 

 友達なわけないだろ。魔物に理性なんてない、ただ襲ってくるだけだ。

 

 じゃあ何で殺せない? もしかしてあの十字架が原因?

 

 でもあの十字架は今日はホームに置いてきている。万が一のことを考えて。いや、もしかしたら呪いのように染み付いているのだろうか。距離を置いた程度じゃ意味をなさないとか。

 

 

「……レオ様」

 

 

 頭上からリリの声が聞こえる。

 

「……ごめん、僕にも何が何だか分からない」

 

 

 

「……いいえ、リリにはレオ様が魔物を倒せなかった原因の見当がついてます」

 

「え!?」

 

 見上げるとリリは浮かない顔をしている。

 

「レオ様は先程、魔物を倒したことがないと仰いましたよね」

 

「それが、どうしたの……?」

 

「リリにも経験があるんです。まだサポーター専門になる前、初めて魔物と戦った時……違いますね、初めて魔物にとどめを刺そうとした時です。その時までリリは魔物が恐ろしい存在にしか感じておらず、ただ魔石をとることだけに躍起になってました」

 

 

 …………。

 

 

「でも……ナイフを突き立てる瞬間、リリはためらってしまったのです」

 

 

 止めてくれ。

 

 

「レオ様はお優しい性格をなさっています。魔物とは違うようですが、似たような存在のソニックとも仲良しです」

 

 

 違う。そんなことはない……!

 

 

「レオ様は……」

 

 

 頼むからその先は言わないでくれ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――魔物を殺すことが怖いんじゃないでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多分、分かっていた。

 

 分かっていて分からないふりをしていたんだ。

 

 

 思えば最初からそうだった。

 

 あの時、弓を使いこなせないと分かった時……僕の腰には護身用のナイフがあった。

 

 弓が使えないならそのナイフを使えばよかったのに、全部ベルに投げたんだ。

 

 

 いや、その前に、使いこなせるかも分からない弓を選んだ時点で間違っていたのかもしれない。

 

 

 何が一歩ずつ歩んでいけばいい、だ。

 

 何が自分のペースで進めばいい、だ。

 

 

 

 

 僕は最初から一歩も進んでなんかいなかった。

 

 

 




前に感想の方で予告したことがあるんですが、やっとレオの覚悟の話に入りました!

レオ君が苦しんでるのを書くのって本当に辛いんですけどね、何故か筆が乗る不思議。


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弱虫な炎

本腰入れた戦闘描写はまだですが、軽いものでも難しさを感じちゃう作者でした。


 前方にインプが2体。ベルに交互に攻撃を仕掛けてくる。

 

 それに対しベルは2体に挟み撃ちをされないよう上手く距離を保ちながら無駄のない動きで攻撃を避ける。

 

「―――フッ!」

 

 そして2体共腕が伸びているタイミングを見計らい、1体のインプの首をナイフで掻っ切る。

 

『ギギャアアアア!』

 

 もう一体のインプが攻撃を仕掛けようとしてきたところをすかさずお腹に回し蹴りを叩きこみ、バランスが崩れたところを畳み掛けるようにしてナイフで一突き。

 

「ベル様っ、インプ来ます!」

 

「分かった!」

 

 倒したのも束の間、再びインプの群れが僕らに襲いかかる。

 

 リリはそれをいち早く察知し、腕につけているボウガンで牽制する。その間にベルが前に出てインプ達を引き付ける。

 

 しかし8体のインプに囲まれるとなるとベル1人では圧倒することは出来ず攻めあぐねる。

 

 しかも運の悪いことに地響きを鳴らせながらオークがこちらへと向かってくる。

 

「……っ、さすがに数が多すぎます。レオ様っ」

 

「了解っ」

 

 リリの合図を受け、僕は【神々の義眼】でインプやオークの視界をシャッフルする。

 

『ガヒェ!?』

 

『グガ!?』

 

 途端に周りの魔物全てが目を抑えフラつき始める。

 

「ハアアアアア!!」

 

 大きな隙が出来た魔物たちをベルがすかさず斬り伏せていく。そして数分もせずに魔物を全て倒し終えた。

 

 

「ふう……。やっぱりインプに囲まれるとまだ僕一人じゃキツイね。助かったよレオ」

 

「いやいや、倒すのはベルにしか出来ないんだからお互い様だよ」

 

 前方から戻ってきたベルとハイタッチを交わしながらお互いを称え合う。そしてベルと入れ替わるようにリリが魔物の死体の方へと歩んでいく。

 

「それじゃここからはリリの仕事ですね。お二人はしばらく休んでいてください」

 

「うん、僕らは周りを警戒しておくよ」

 

 そう言って僕らは近くの岩に腰かけて一息つく。

 

 

 

 僕が魔物を倒せないと分かってから一日が経った。

 

 あの後一旦地上へ戻り今後どうするかを三人で話し合った。

 

 リリとしては戦えなくとも【神々の義眼】があるだけで戦力は大幅に上がるため、僕さえ良いのならこれからもダンジョン探索に参加してほしいとのこと。

 

 さすがに昨日はあれからダンジョンに潜る気にはなれず解散となったけど、一夜明けて今日は潜ることにした。

 

 集合場所にいる僕を見たリリは信じられないものを見たかのような顔をしていたけど。

 

 まあそれも当然か。昨日はあれからずっと半ば呆然としていたから。

 

 でも、そんな僕を立ち直らせてくれたのはヘスティア様だった。

 

 僕は魔石の回収に励むリリを見ながら、昨晩のことを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 教会のホームに帰ってきた僕を見てヘスティア様は何かあったのだということをすぐに悟った。

 

「レオ君、何があったか話してもらえないかな?」

 

 隠す必要もないことだし、僕にはこれからどうすればいいか分からなかったから素直にその日ダンジョンであったことを話した。

 

 

「情けないですよね……。ここでなら僕だって闘えるなんて息巻いておきながら、結局は魔物を倒すなんて、出来なかったっ……!」

 

 膝の上に置かれた両の手の平に力がこもる。泣き出しそうになるのを堪えて最後まで喋る。

 

 僕が全て話し終えると、ヘスティア様はしばらく黙考した後口を開いた。

 

「レオ君、魔物を倒せないというのは、そんなに悪いことなのかい?」

 

 ヘスティア様は優しいから責められるとは思っていなかったけど、まさか前提から覆されるとは思っていなかったから目を見張った。

 

「君は自分のことを弱いみたいに語ったけど、そんなことは絶対にない。君は十分に強いよ。魔物を倒せる倒せないの話じゃないんだ。君にはすでに芯の通った強い魂がある」

 

 ヘスティア様は僕を強く見据えていたかと思うと今度は目を伏せて申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんよ、何も知らなかった君を冒険者の道に引き入れたのは紛れもなくボクだ。ボクは君の主神なのに、君の苦しみを全く理解してあげられなかった」

 

 初めてヘスティア様とベルに出会った時、僕でも闘えるかという問いに彼女は肯定で返した。そのことを安易だったと彼女は悔いたのだ。

 

「いいかいレオ君。君が今進もうとしている一歩は君が今まで進んできた道とは違う。前に進む一歩ではなく、変わる一歩だ」

 

「変わる、一歩……」

 

 今までとは違う世界に来て、違う日常を過ごした僕に与えられた、もう一つの道。

 

 この世界で一生を終えるわけじゃない。いつか元の世界に帰る時が来る。でもここを進んでしまえば何かが変わる。

 

「別に冒険者の道を無理して選ぶ必要はないんだ。もちろん君がそれでも冒険者としてダンジョンに潜るならボクは全力で君を支える。でもそれ以外の道を選んだとしてもボクは絶対に君を見捨てない。約束する」

 

「僕は……」

 

「すぐに結論を出す必要はないさ。むしろたくさん迷って慎重に答えを出した方がいい。大丈夫、ボクもベル君もついてる」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 結局今も答えは出ていない。

 

 でも、リリが言ったように魔物を倒せなくとも僕には僕の出来ることがある。ならせめてそれくらいは投げ出さずにやっておこうと思った。

 

「魔石の回収、終わりました」

 

 リリが帰ってきたことで思考を打ち切る。

 

「うん、いつもありがとね。それじゃあそろそろ地上に戻ろうか」

 

 気が付くとかなりの魔石がたまっていることにリリのバックパックを見て気が付く。

 

 未だベルしか魔物を倒せる人員がいないとはいえ、リリは効率のいい指揮を執って魔石も素早く回収出来るし、魔物に囲まれれば【神々の義眼】で難なく乗り切ることが出来る。ベルが一人の時より格段に回転は良くなっている。

 

 僕とリリはベルの言葉に頷き、地上に上がることにした。

 

 

 

「ねえ、リリ。リリはこれから【ステイタス】を更新できないんだよね?」

 

「どういうことですか?」

 

 ダンジョンを上がる途中、三人で歩いているとベルがふと思い出したようにリリに尋ねる。

 

「……ほら、【ソーマ・ファミリア】には近寄れないからさ、神様にも会えないじゃない?」

 

 ベルは一応のことを考えてかリリの耳元に寄って声をひそめる。

 

 そういえばその通りだ。

 

 今のリリは【ソーマ・ファミリア】では死んだという扱いだ。必然、主神のソーマ様にも会えないし【ステイタス】も更新できない。

 

 いくらサポーターとは言えさすがにそれはキツイんじゃないか?

 

「実を言うと、それに関してはリリも多少思うところがあるんですが……でも、恐らく大丈夫ですよ。少なくとも今はまだ」

 

「そ、そうなの?」

 

「はい、何とかやっていけると思います。モンスターのあしらい方ならリリは得意ですし……証拠に、ここ半年近く、リリは【ステイタス】を一度も更新せずにやってきました」

 

「「は、半年!?」」

 

 リリの言葉に僕とベルは二人そろって仰天する。

 

【ステイタス】の更新って害はなかったはずだよね。更新しないことで得することなんてないはずだ。……ないよね?

 

 僕らが唖然としていると、リリは苦笑いしながら説明してくれた。

 

 なんでも、ソーマ様は趣味に没頭したいのに毎日のように押しかける構成員の【ステイタス】更新で中々没頭できず、更新を煩わしく思っていたらしい。

 

 そこでソーマ様がファミリアに設けた制度が、ノルマを達成したら【ステイタス】を更新するというもの。

 

 つまりノルマを達成できなければ半年だろうが一年だろうが【ステイタス】はそのままだということらしい。

 

「じゃあ、リリはノルマを稼げなかったから【ステイタス】が更新できなかったの?」

 

「それがちょっと違うんです。リリはあまり目立ちたくなかったので」

 

「目立つ?」

 

「ノルマを達成できるということは、それなりに実入りが良いということです。戦えないリリは、周囲から見ればそれこそ恰好の餌になってしまいます」

 

 なるほど。リリにとってみれば、敵はなにも魔物だけじゃなかった。ファミリアの冒険者さえも敵だった。

 

 しかもその敵たちが自分より強いなら一番の対策は目立たないこと。【ステイタス】を更新できないというデメリットよりも周りの目を欺けるメリットのほうが大きかったわけだ。

 

 

「そういえばリリって僕より【ステイタス】高かったりするのかな。専門職のサポーターといってももう何年もダンジョンに潜ってるんだよね」

 

「そうですね、冒険者になって20日程度のレオ様よりかは力以外は上だと思いますよ? あくまで普通の伸びならですが……」

 

 僕の質問に、ベルをチラッと見ながら答えるリリ。もちろん僕には【ステイタス】の上昇に加速をかけるようなスキルはないわけだし、そもそも20日のうちのほとんどをダンジョンに潜らず過ごしてたんだからリリの言うことは正しいのだろう。

 

「しかし……そっかぁ、リリより低いのか……。これは魔物倒せたとしてもあんまり変わんなかったのかな」

 

「…………いえ、今でこそリリの方が高いですが、冒険者の才能のなかったリリとレオ様では成長速度が違います。……きっとすぐに追いつきますよ」

 

リリは僕の呟きに顔を伏せながらそう答えた。

 

 

 

 

 

 

「レオ様……レオ様も、サポーターになってみてはいかがでしょうか」

 

 7階層を抜け、魔物の危険も一段落したところでリリは僕に提案した。

 

「でも、サポーター二人ってバランスおかしくない?」

 

「確かに今は冒険者一人にサポーター二人なんてデコボコもいいとこですが、いずれ【ヘスティア・ファミリア】も人が増えてリリ一人では手が回らなくなる時が来るでしょう。将来的には悪い選択肢ではないと思います」

 

 サポーターか。

 

 現状一番堅実な選択肢ではある。ライブラでの役割もこっちで言えばサポーターに近いものがあったし、【神々の義眼】を一番活かせる位置はここだろう。

 

「……出来ることは増やしておきたいかな。リリ、魔石の取り出しのコツ……教えてくれるかな」

 

「……しょうがないですね」

 

 リリは昨日とは違い、了承する。口では渋々と言った声色を絞り出しているが表情を見る限る満更でもないようだ。

 

 それから地上に上がるまでの間、リリの指導のもと僕が魔石を取り出すことになった。

 




例え魔物を殺せるようになってもそれが「成長」かと言われれば安易に頷くことは出来ないですよね。
この問題の解決はまだまだ先になりそうな予感。


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女の子に膝枕してもらった経験なんてないです。
犬モフモフしながら寝た方が気持ちいいに決まってるから羨ましくなんてないやい!


 

「明日はさ、レオも特訓についてこない?」

 

【ステイタス】の更新が終わりホームで寛いでいるとヘスティア様が席を立ったタイミングでベルがこっそり話しかけてきた。

 

「特訓って……アイズさんの?」

 

「うん。アイズさんに聞けばほら、何か掴めるかもしれないし」

 

 なるほどなぁ。彼女はオラリオ屈指の第一級の冒険者。意見を聞くだけでもためになるかもしれない。

 

「ベルがどんな風にあそこまでボコボコにされてるのかも気になるし、うん、明日はついて行くよ」

 

「そこ関係ないじゃん!?」

 

 

 

 

 

 

 翌日、ベルにたたき起こされた僕はヘスティア様を起こさないように二人でこっそりと外に出た。

 

 日が出る直前のまだ暗い大通りを歩いていく。僕らと同じように今からダンジョンに向かう人、逆に疲れた顔で今から帰ろうとしている人、この時間帯でも冒険者の姿はちらほら確認できる。

 

「へ~、まさか壁の上で特訓してるとは思わなかったよ」

 

「アイズさんが僕なんかに特訓をつけてるなんてバレたら大変なことになるからね。ここだったら人に見つかることはないし」

 

 狭い路地を数回曲がった先にあった小さな柵を開けるとそこは暗い階段が続いていた。ベルは魔石灯の入ったランプを取り出し階段を照らす。

 

「思った以上に暗いね」

 

「足元は気を付けてね。でも上は凄いよ。オラリオ全体が見下ろせるんだ。凄い綺麗だよ!」

 

「へー、じゃあ期待してようかな」

 

 

 そしてその期待は裏切られることなく、僕の心を感動で包み込んだ。

 

「……すげぇ」

 

 ヘルサレムズ・ロットのような大都市のネオン輝く煌びやかさは無いけどその分シンプルな壮大さは比べるまでもない。万神殿(パンテオン)円形闘技場(アンフィテアトルム)などの巨大な石造りの建物が所ところでずっしりとその存在感を放っていて、だからと言って景観に閉塞感を生むことなく周りの建物と協調しあっている。

 

 奥に見える反対側の市壁も狭苦しいイメージを持たせるのではなく、このオラリオという都市を完成させるのに一役買っており、あたかも世界はここだけにしかないような、一抹の寂しさと同時に孤高の気高さを感じさせる。

 

「ね、凄いでしょ」

 

「なんでベルが誇らしげなんだよっ」

 

 まるで自分の功績を自慢するかのように胸を張るベルに苦笑いを浮かべ肩を叩く。

 

 ベルの後ろ、オラリオの外の風景も眼に入るが、こちらの光景にも感動を覚える。

 

 言ってしまえば山と川以外に何もない。ただただ地平の彼方まで自然が続いている。何がすごいってこれだけクッキリと景色が分かれていることだ。

 

 片や人工的な建物に溢れる大都市、片や人っ子一人いない大自然。そしてそのどちらもが別の方向性の壮大さを誇っている。

 

 隔離居住区の貴族(ゲットー・ヘイツ)とその外とはわけが違う。

 

 こんな光景はヘルサレムズ・ロット……いや僕がいた世界じゃ絶対に見れない光景だろう。

 

「……星」

 

 ふと上を見上げるともう明け方だというのに雲一つない空の上に星がうっすらと輝いている。その景色がこの世界の空気がどれだけ澄み渡っているのかを伝えてくる。

 

 ヘルサレムズ・ロットに星はない。そもそも世界の中心で星を見るなんて発想が浮かばない。なんせ電気が煌々と輝いているから。

 

 魔石灯の光はどちらかというと火に近い。鈍く強い光だ。だからネオンと違って星の光を奪わない。

 

「もうほとんど見えないね。夜になればもっと見えるだろうけど……、星は僕の故郷の方が綺麗だったかな」

 

「ここより綺麗なんだ……」

 

 当たり前か。星は都会より田舎の方がよく見える。

 

 そういえば昔はよくミシェーラと星を眺めてたっけ。

 

「懐かしいなぁ。僕も子供のころはよくおじいちゃんと星を見てたっけ」

 

 ベルも同じように子供の頃を懐かしむ。

 

「ねえ、いつか……僕の故郷に遊びに来なよ」

 

「え?」

 

「なんかレオって都会の出身っぽいし、灯りのないところで星を見上げたことないんじゃない? 僕の故郷は本当に何もないからさ、でもその分レオが見たことない景色は見せれると思うんだ」

 

 僕はベルに異世界のことを話してない。だから彼は僕がいつかいなくなることを知らない。

 

 その無邪気な笑顔に少しだけ胸が絞められる。

 

 本当ならベルには正直でいたい。

 

「……うん、そうだね」

 

 でも、今だけは打ち明けることが酷く無粋に思えた。

 

 たとえ叶えられる日が来なくとも、今だけはその約束を大切にしたかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ん、待たせたかな?」

 

「あ、アイズさんっ……おはようございます!」

 

 しばらくするとアイズさんが壁の上に姿を現した。ベルは早速耳まで赤く染めて勢いよく頭を下げる。

 

 これだけオーバーリアクションをとるベルもベルだけど、それで気付かないアイズさんも結構な大物だよなぁ。

 

「君は、確か酒場で話した……」

 

「レオナルド・ウォッチです。今日はベルの特訓風景を見学に来まして……邪魔はしませんから見ていてもいいですか?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 僕はベルとアイズさんから少し離れたところまで行き、壁にもたれかかる。

 

 

 ドサッ

 

 

「ん?」

 

 何かが倒れるような音が聞こえ振り向くとアイズさんの前でベルが仰向けに倒れて気絶していた。

 

 え? 何? どういうこと?

 

「アイズさん、えっと……これどういう状況ですか?」

 

「……私、人に戦い方教えたことないから、加減が分からなくて……」

 

 アイズさんは眉を下げて、叱られた子供のようにしょんぼりしている。

 

 つまりアイズさんとベルは模擬戦みたいなことをやって、ベルをノしちゃったと? 僕が移動する十数秒の間に?

 

 ……いや速すぎだろォ!?

 

 こんなん修業でもなんでもないわ!!

 

 

 するとアイズさんはササッとベルに近づく。

 

 まさかたたき起こすのかと疑ったがそうではなく、ベルの頭の横で正座したかと思うとその頭を膝の上に乗せはじめた。

 

 そして頬を緩めてベルの前髪をモフモフし始める。

 

「……アイズさん」

 

 口を三角にしてビクッと体を揺らした彼女は慌てて手を後ろに回す。

 

「……なに?」

 

「いや何じゃなくて、こっちのセリフなんですけど。僕はベルの修業を見に来たんですけどもしかして今日はやらない感じです?」

 

「こ、これは……早く体力が回復する、秘伝の技で」

 

「アイズさんも冗談が言えたんですね」

 

「じょ……!?」

 

 もはや壊れかけの機械のようにぎこちなく首をゆらす『剣姫』さん。

 

 まさかとは思うけど、膝枕するためにわざとベルを気絶させてるなんてことはないよね……?

 

 凄まじい早さで気を失った親友と、挙動不審になりながらも膝枕を止めないその親友の想い人を見ながら、深いため息をつく。

 

 綺麗な景色で心を洗われたかと思ったら漫才のようなものを見せられて……なんだか悩んでたのが馬鹿らしくなってきた。

 

 いや……このくらい肩の力を抜いててもいいのかもしれないな。

 




ネオン輝く大都市にしろ石造りの古代都市にしろ実際に見たら感動モノでしょうねぇ。
海外旅行行ってみてー。


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おかあさんの唄

親の愛というのは本当に素晴らしいものだと『バケモノの子』を見て再確認しました(ステマ)


 

 僕がダンジョンに再び潜りだしてから、そしてベルがアイズさんに特訓をつけてもらうようになってから4日が過ぎた。

 

 今日はリリから下宿先での仕事を手伝わないといけなくてダンジョン探索に同伴出来ないと連絡があり、僕らのダンジョン探索は1日休みとなった。

 

 リリ程ではないがサポーター業も板についてきた僕もいるので潜っても問題はないのだけど、このチャンスを活かしてアイズさんに1日稽古をつけてもらえるよう交渉するとベルが言うのでそれじゃあということだ。

 

 僕は事情を知ってるからいつでも融通が利くけど、アイズさんに特訓をつけてもらうからダンジョン探索を休みたいなんてリリには言えないからね。リリの方から今日は来れないと連絡があればベルも期待しちゃうわけですよ。

 

 そんなわけで、別に特訓について行く気のなかった僕はホームの一室で暇を持て余しているところをヘスティア様に声をかけられ、じゃが丸くん屋さんの手伝いをすることになった。

 

「今日はお手伝いに来てくれてありがとねぇレオちゃん。今日は人手が足りなかったから助かるわ~」

 

 一度打ち上げの時に顔を合わせた恰幅の良い獣人のおばちゃんが僕の顔を見て喜ぶ。

 

「いえ、お構いなく。今日は暇してましたし」

 

「そうだとも。どうせボクが誘わなかったら今日一日部屋でゴロゴロすることになってたんだろうからね。まだ若いのにそんなのはダメさ」

 

 ヘスティア様はそう言って胸を張る。まあ確かにその通りなんですけどね。

 

 獣人のおばちゃんからエプロンを受け取り早速ヘスティア様とじゃが丸くんを売る準備を始める。

 

「レオ君、魔石点火装置(ひのもと)の扱い方は分かるかい? 分からないことがあったらボクに何でも聞きなよ!」

 

「天災とか祟りとか言われておいてよくそこまで自信満々に胸を張れますね……」

 

「ぐぬっ!? 言うじゃないかレオ君……。いや、むしろ身を持って魔石点火装置(ひのもと)の危険性を知ったボクほどコレに詳しいものはいないとも言えるんじゃないかい!?」

 

「どっちにしろこっちに来てからこの装置は何度か扱ったことありますから大丈夫です」

 

『豊饒の女主人』で料理を作った時にたくさん使ったし。そもそも魔石点火装置(ひのもと)に限らずこの世界の魔石装置ってエネルギーが電力か魔石かの違いくらいで基本的に扱い方は変わらないんだよね。

 

 

 準備を終えじゃが丸くんを売り始めると、噂通りヘスティア様のマスコット効果のおかげか、この屋台の客入りは良い方でヘスティア様の頭を撫でたいおば様たちがこの通りに足を運んでくる。

 

 しかしさすがに列ができるほど並んだりもしないので話をするくらいの余裕はあった。

 

「しかし良かったよ。もっと悩んでるかと思ったけど、もう吹っ切れてるみたいで」

 

 そう言われて、ここまで引っ張ってきたのも僕を元気づけるためだったことに気付いた。

 

「ヘスティア様のおかげですよ。貴女がどんな僕でも受け入れるって言ってくれたから、こうやって笑うことが出来るんです。感謝してます」

 

「そっか……それは良かった」

 

 ヘスティア様は僕の言葉に少し寂しそうな顔をする。そしてすぐに頬を膨らませる。

 

「全く、君はベル君とは別の意味で危なっかしくて見てられないよっ。いつも一人で抱え込んで……先週だってミアハが何か言ってくれたみたいだからいいけど、あの時の君は本当に壊れてしまいそうな顔をしていたし……もっと君はボクらに甘えていいんだよ」

 

 最後の言葉だけ目を伏せて、小さな声で。

 

「そんな……十分僕は助けてもらってます」

 

 するとヘスティア様は今度は真剣な顔つきで、言う。

 

「レオ君、頼ることと甘えることは同じじゃないんだ。君は自分に出来ることと出来ないことを見極めて出来ないことを仲間に頼る、ということに関しては理解がある。でもそれは甘えるというのとは違う。君はもう少し自分に我儘になるべきだ」

 

 ヘスティア様が寂しそうな顔をした意味が分かったような気がする。神様たちは僕ら人間のことを「子供」と表現する。

 

 それは神にとってみれば人間が幼い存在であるという意味もあるだろう。

 

 でもそれだけじゃなくて、少なくともヘスティア様は本当に僕らのことを我が子のように思っているからこそそんな風に言うのだろう。

 

 子はいつか親の元を離れていく。でも親はいつだって子の帰る場所になってくれる。それなのにずっと帰らなかったら、それは寂しいものだろう。

 

「……分かりました。善処します」

 

「善処って……まあいい、頼んだからねっ」

 

 

 話がちょうど一段落したところで次のお客さんが現れる。若い男女の二人組で片方は白い髪に紅い瞳の少年、もう片方は金髪金眼の少女。

 

 ―――あっ。

 

「いらっしゃいまぁ……せ、ぇ?」

 

 ヘスティア様はその二人の存在を認めると表情ごと動きが止まる。ついでに言うと白髪の少年、というかベルはすでに顔面蒼白で動きを止めている。

 

「……」

 

「……」

 

「ジャガ丸くんの小豆クリーム味、2つください」

 

 ベルとヘスティア様が固まる横で、アイズさん何も気づかず淡々と注文する。

 

 仕方ないので注文されたジャガ丸くんを、僕が包装しアイズさんに渡す。

 

「80ヴァリスになります」

 

「どうも……あれ? 何で君が働いてるの……?」

 

 終始ジャガ丸くんに目が釘付けだった彼女は、ここでようやく僕のことに気付き疑問を口にする。

 

「実はうちの神様がこの屋台で働いてまして、今はその手伝いをしてるんです」

 

「そうなんだ。……じゃあ君のファミリアの神様は……」

 

 アイズさんは僕の隣で固まっているマスコット少女に目を向ける。その少女はおよそマスコットキャラがしちゃいけない能面のような顔をしており、僕とアイズさんは一歩距離をとってしまう。

 

「―――何をやっているんだ君はぁああああああああああああああああああああああっ!?」

 

「ごごごごごごごごごめんなさいぃっっっ!?」

 

 そして露店の裏を回ってベル君の前で大噴火する神様、泣き叫ぶようにして謝罪するベル。

 

 まあアイズさんとの特訓についてはヘスティア様には内緒にしてたからね。なんせ大好きなベルが想い人と仲良くなるわけだし、反対されるのは分かってたからね。

 

「よりにもよって【剣姫】と一緒にいるなんて、一体どういうことだベル君!?」

 

「そ、それがっ、これには深いわけがあって……っ!?」

 

「ご託はいい、早く説明するんだ! ……っ、ええい、離れろ、離れるんだ!」

 

 ヘスティア様は敵意のこもった眼でアイズさんを睨みながら、ベルと彼女の間に割って入る。

 

「それで、どうして【剣姫】と一緒にいるってぇ……?」

 

「え、えっと、たっ、たまたま、すぐそこで出会って……!?」

 

「……神の前では嘘はつけーんッ!!」

 

 ヘスティア様のツインテールがぐにゃあっと蠢き、誤魔化そうとしたベルの頭をべしっべしっと叩く。

 

「まあまあヘスティア様、落ち着きましょう?」

 

「……っ、君はこのことを知っていたな……!?」

 

 怒り狂う主神様をどうどうと宥めにかかると、こっちにも飛び火した。

 

「……ほら、子供は親に隠れていたずらするもんじゃないですか。僕なりの我儘ですよ、ハハハ」

 

「さっきの話を曲解してるんじゃなーい!!」

 

 落ち着かせるつもりがもっと酷いことになっただけだった。

 

「あの……私が、戦い方を教えています」

 

 今まで困った顔をしていたアイズさんがベルを庇うように正直にやっていることを打ち明ける。

 

 するとヘスティア様は、はっと肩を揺り動かした。

 

「ベル君、まさかこの子に【ステイタス】を見せたんじゃないだろうな!?」

 

「み、見せませんよ、見せる筈ないじゃないですかっ?」

 

「ということは、まさか、例の成長速度に目をつけられた……!?」

 

 ヘスティア様は【】のことを感づかれたのではないかと危惧する。そしてそれを探るために特訓をつけているんじゃないかと。

 

 うーん、そこのところはどうなんだろう? アイズさんってあんまり表情が動かないから何考えてるのかよく分からないんだよね。悪意はないと思うけど。

 

 あ、でも膝枕している時の彼女は幸せそうな顔をしてたなー。これ言ったらもっと騒ぎが大きくなるだろうから言わないけど。

 

「ボクのベル君に唾をつけておこうとしたって、そうはいかないぞ! 何て言ったってボクの方が先だからな!」

 

「神様っっ、何をやっているんですか!?」

 

「えっ……うわぁああああああああ!? べ、ベル君っ、何て大胆な真似を!?」

 

 言っていることといい、やっていることといい、大分錯乱してらっしゃるヘスティア様。

 

 するとさすがに見かねた店員のおばちゃんが眉を下げながら注意をする。

 

「ヘスティアちゃーん、お店の邪魔だから、痴話喧嘩なら他所でやっておくれよー」

 

「す、すまない、おばちゃん! 君達、こっちへ来るんだ!」

 

 ヘスティア様はベルの手を引っ張って細道のほうへ向かい、その後ろをアイズさんがついて行く。

 

 僕? もちろんバイトの方を続けるよ。

 

 建物の陰にベル達が消えていって、露店は幾分か静けさを取り戻した。

 

「ヘスティアちゃんも少しは大人になったと思ったけど……まだまだ子供ねぇ」

 

 おばちゃんは頬に片手を当てて嬉しそうに目を細める。

 

「おばちゃん、彼女、僕らより長生きしてますからね、一応言っておきますけど」

 

「あらやだ、歳なんて関係ないわよ。レオちゃん達の前では背伸びしてるかもしれないけど、私たちにとってみればあの子はかわいい子供よ」

 

 そういうものなのだろうかと思う反面、納得もする。

 

 ヘスティア様は神様だ。僕たちが迷っていたらいつだって手を差し伸べてくる。でもヘスティア様だって恋をする。嫉妬をする。わがままだって言う。

 

 そんな彼女におばちゃん達も惹かれたんだろう。

 

「ってことは僕にとっておばちゃんはおばあちゃんということにぃ痛ててててててててててっすみません、すみませんでしたぁあああああああああああ!!」

 

 ヘスティア様たちが話をつけて帰ってきたのと同時に、おばちゃんのアイアンクローが炸裂し路地に悲鳴が上がった。

 

 

 

 その後、どうしてもということでヘスティア様はバイトを早退し、午後の特訓を見るためにベル達について行った。

 

 僕は一度見たことがあるしこれ以上人が減ると露店も大変だろうからという理由でバイトを続けることにした。

 




レオ君はベル君達について行っていないため、帰り道でフレイヤ様がちょっかいを出したことも知らずに終わりました。
バベルの最上階からなら壁の上の修業を見れることも気づかなかったり、今回はフレイヤ様とのフラグが全然立ちませんね……。


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リスタート

ベルが右手を握ったのなら、左手はレオに握ってもらいましょう。


 

 ベルは数日前から格段に強くなっている。

 

 それが今日ベルの戦いぶりを見た感想だった。

 

 今僕らがいる場所は11階層。ここでは10階層と同じくインプやオークが出現する他、上層で屈指の防御力を誇る『ハードアーマード』、かつてベルを苦しめた『シルバーバック』なども出現する。

 

 その階層でベルは魔物たちを次々と倒していく。

 

「すげぇ……さすが1日中特訓してただけあるなぁ」

 

「レオ様、呆けてないで次の準備をっ。後ろからオークです」

 

「おっと、了解」

 

 僕が目の前のベルの戦いっぷりに感嘆の声を漏らしているとリリが注意をしてきた。

 

 後ろを振り向くとオークが2体、僕らの方に突っ込んでくる。ベルはまだインプの群れと交戦中だ。

 

「じゃあ、使うね」

 

 リリに一応確認をとって、【神々の義眼】を使う。こちらに向かって走るオークの目線を僕らではなくお互いのオークの方へと向ける。

 

 すると2体のオークはバランスを崩しながら方向を換え、頭をぶつけあう。

 

『ガァア!?』

 

 頭を抱えて膝をつくオーク。すると僕らの隣を一陣の風が通り過ぎる。

 

「ハアアッ!」

 

 インプを倒し終わったベルが2本のナイフを構えてオークに突っ込み、そして同時に切り裂く。

 

 喉元を切り裂かれたオークは膝立ちからうつ伏せの状態に。

 

 

『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 

 

 一息つく間もなく今度は魔物の雄叫びが霧の向こうから聞こえる。

 

 シルバーバックだ。

 

 しかもそれだけじゃない。近づいてきたシルバーバックの頭上ではバッドバットの群れが渦を巻き、インプも数体シルバーバックを取り囲んでいる。

 

「ちょっと、多いね……」

 

「はい。多種のモンスターがああまで群れるなんて珍しいくらいです」

 

「どうする? バッドバットはこの眼効かないけど」

 

 リリがハンドボウガンを構え、僕も目を開いて魔物の視界をシャッフルする準備をする。

 

 しかしベルは目を凝らしていたかと思うと、装備していた武器を全て鞘に戻して右の手首をぱっぱっと振り始めた。

 

「ベル様?」

 

「あはは、少し頼り過ぎちゃってる気もするけど……」

 

 やっちゃうね? と笑うベルの意図に僕とリリは気付いて側から離れる。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 霧の海を切り裂く何条もの炎の雷は、ものの数分でモンスター達を全滅させた。

 

 

 

 

「僕、魔法に依存しちゃってるかな?」

 

 魔物をあらかた倒した僕らが、11階層の始点になるルームで休憩を挟んでいるとベルがそんなことを尋ねた。

 

「う~ん、リリはそこまで気にはなりませんが……確かにベル様の魔法は使いやすい節もありますし……」

 

 リリはこぢんまりしたパンを両手に持って少し考えに耽る。

 

 ベルはこちらにも意見を求めて顔を向けるが……実際どうなんだろうか?

 

「僕も気にならなかったかな」

 

 魔法だけじゃなくて最近は体術だって使って戦ってるし、問題はないと思うけど。

 

「発動条件のハードルが低いので、手軽に使ってしまっているという点はあるかもしれません。依存というより、ベル様の動作の一部になっている、という感じでしょうか」

 

「そう言われてみると……」

 

「こう考えると、ベル様の魔法は効率性に富んだ分、本来の魔法としての意味が薄れているということになりますね」

 

「えっと……つまり?」

 

「必殺としての一面です」

 

 この世界の魔法は基本的に長い詠唱が必要になる。そして詠唱中は集中しないといけないからよっぽど集中力に優れた人でなければその間動くことは出来ない。

 

 しかしその分、それだけのリスクを払うことで得られる効果は絶大だ。それこそ格上相手でも通じるほどに。

 

 逆にベルの魔法は詠唱が必要ない。リスクがないのだ。それならば得られる見返りも必然的に小さくなる。

 

 しかしリリは長文詠唱の魔法よりベルの【ファイアボルト】の方が怖いという。僕もそれに頷く。

 

 長文詠唱なら、たとえどんなに大きな一撃だろうと対処する時間が出来る。最悪、詠唱が始まったと思った瞬間ダッシュで逃げればいい。

 

 でも【ファイアボルト】はそうはいかない。『ファイアボルト』と言うだけで発動出来て、しかも弾速が速い。僕なんか動けずに真っ黒になるだろう。

 

「発動速度や弾速もそうですが、成長という側面も非常に優れています。群を抜いていると言っていいでしょう」

 

 リリは僕の感想に付け加える。

 

「発動に時間のかかる魔法は中々行使できません。詠唱が完了するまでモンスター達は暢気に待ってくれませんから。そして使用する機会が少ないということは、それだけ【ステイタス】に反映されないということです」

 

 そっか、【ステイタス】は僕らが行った経験を汲んで強化される。重いものを運んだのなら『力』の値が強化され、殴られれば『耐久』の値が強化される。

 

 それなら『魔力』は魔法を使って強化するしかない。

 

「『魔力』さえ上がれば、魔法は規模も出力も上昇します。戦闘には直接関係しないリリのこんな魔法でも、【ステイタス】の強化によって少し具合が変わりましたから」

 

 リリの魔法というのは【シンダー・エラ】という変身魔法のことだ。この魔法はリリ自身と同じくらいの体格にしか変身出来ないが、『魔力』の上昇によって服装の融通が利くようになったらしい。

 

「ベル様の魔法の属性は単純で、威力も平凡かもしれませんが、成長性はきっとピカ一です。自信を持ってください」

 

 リリがそう言って微笑むとベルは照れながら感謝の言葉を口にした。

 

「でも二人とも羨ましいなぁ。僕も魔法が欲しいよ。ベルの【ファイアボルト】なんて最早ロマンすら感じるし」

 

「そ、そう? えへへ」

 

 僕が素直に思ったことを言うとベルは少しだけ自慢げに頭をかく。

 

「うん。手から炎の弾が出るっていうそのド単純(シンプル)な攻撃魔法はやっぱり男なら一度は憧れを抱くものだよ」

 

「【ファイアボルト】みたいなのが発現するかは分からないけど、誰だって一つは魔法のスロットを持ってるらしいから、いつかレオも魔法が使える日が来るよ」

 

 まあそんな日が来る前に元の世界に帰ることになるかもしれないけど、と心の中で。大体、元の世界に帰れば【ステイタス】は凍結される。魔法を使えるようになってもあまり意味がないと言えば意味がない。

 

「……レオ様」

 

「うん?」

 

 溜息を一つ吐いたところで横にいたリリが何かを言い出そうとする。しかしすぐに口を止める。

 

「何でもないです。忘れてください」

 

「えー凄い気になる。いいじゃん、何でも言ってよ」

 

「だから何でもないですって。ほら、ベル様もレオ様もそろそろ攻略を再開しますよっ」

 

 それから、すぐにまた魔物と戦い始めた。

 

 まあ言いたくないならいいか。

 

 

 

 

「レオ様、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」

 

 リリにそう言われたのは、ダンジョンから戻り換金が終わって直ぐのことだった。

 

 ダンジョンを上がっている時から少し悩んでいるような顔をしていたが、どうやらそれは僕に関することのようだ。

 

 僕を名指しで呼んだということは、二人で話したいということらしい。ベルには少し目配せをする。

 

「うん、わかった。じゃあ先に帰ってるね」

 

「うん、じゃあまたホームで」

 

 ベルに別れを告げリリと二人近くの喫茶店に入る。時刻は夕方、窓際の席に座ると、通りを歩く冒険者たちが沢山目につく。その顔は大きく口を開けて笑いあう者もいれば、肩を下げてトボトボと歩くものもいる。

 

 しかしどの冒険者にも言えるのはその表情のどこかに安堵があるということだ。たとえパーティを組んで適性階層に潜ろうと、ダンジョン内では気を抜けば死んでしまうかもしれない。だから地上に戻った時の安心感は大きい。

 

 そしてその安心感は伝播し周りを穏やかな雰囲気に包みこむ。綺麗に輝く夕陽と灯り始める魔石灯の光と相まって、この通りは一層明るく見えるのだ。

 

「それで、話ってなに?」

 

 そんな中でリリは1人暗い表情を浮かべる。いや、暗い表情というよりもこれは何か分からないことがあるような顔だ。

 

「……レオ様は何でサポーターの道を選ばないんですか?」

 

 少しの沈黙の後、リリはそう尋ねた。

 

「【ステイタス】はリリよりも下、魔法も使えず……そして魔物を殺せない。リリはてっきり専門職のサポーターになるものだと思っていました。いいえ、事実、数日前までそう考えてらっしゃったのではないのですか?」

 

 図星だ。僕は少し前までサポーターになろうと思っていた。だからリリにも魔石の取り出し方を習った。

 

「でも今は違いますよね? 一昨日、そして今日のレオ様を見て確信しました。レオ様はいつか魔物を倒せるようになろうとしている。冒険者の道を諦めてません」

 

 どうしてですか? とリリは訴えかけてくる。

 この数日間、僕もずっと考えてきたこと。自分の中に出た答えをリリの前で言葉にする。

 

「……自分の気持ちに正直になってみたんだよね。そしたらさ、簡単に答えは出たよ。サポーターになるか冒険者になるかはまだ分からないけど……僕は、怖いからなんて理由で諦めたくなかったんだ」

 

 それが僕の本心。使命感とか、どっちが正しいかとか、そういうものを全て捨てて考えた結果がそれだった。

 

「だから今は無理にサポーターの道を選ぶことはないかなって……そんな感じ」

 

 その言葉を聞いて、リリはその表情に一層の陰りを見せた。

 

「別にそんなに悪いことじゃなくないかな? なんでそんなに暗い顔をしてるの?」

 

 魔物を倒せるようになれば、微力とは言え戦力も上がる。ダンジョンの恐ろしさを知っているリリなら喜びこそすれど落ち込むことはないと思うんだけど……。

 

 その疑問に答えるように、リリは重い口を開いた。

 

「リリは……ベル様以外の冒険者が嫌いです。彼らに偏見を持っています」

 

 知ってる。

 

「でも……冒険者以外にはそんな感情を持ってはいません」

 

 ……。

 

「専門のサポーターともなれば、リリと同じ立場です。むしろ仲良くなれると思います」

 

 ああ、そうか。

 

 リリがずっと悩んでたのはそういうことか。

 

 つまりは、僕が冒険者になるかサポーターになるかで僕への見方が変わるということ。

 

「レオ様は、どっちなんですかっ? 何でサポーターになってくれないんですか? そうすればリリだって……」

 

 信じることが出来るのに、とリリは震えた声で言う。

 

 彼女だって信じたいのだろう。

 

 でも過去の経験が、冒険者への偏見がそうはさせてくれない。「サポーターのレオ」は信じることが出来ても「冒険者のレオ」は信じることが出来ない。

 

 

 

 本当にそうなのだろうか?

 

 

 

 今までのリリを思い出す。彼女は本当に冒険者を信じることが出来ないのだろうか。

 

 だったら何でそんな苦しそうに「信じることが出来ない」なんて言うのだろうか。

 

 

 何てリリに言えば良いかわからなくて、口を開こうとして止めるを何度も繰り返してしまう。

 

 しばらくの静寂が僕らの周りを包む。

 

「偏見、か……」

 

 僕も確かに持っていたモノ。それを一つ解消してくれた僕よりも、リリよりも小さい「彼」のことをふと思い出した。

 

 僕は深呼吸をする。

 

 そして頭の中で言葉をまとめると、うつむくリリを見つめて、

 

 

 

「ハローリリ、僕はレオナルド・ウォッチ」

 

 

 

 自己紹介をすることにした。

 

「最近この町に住み始め、今は【ヘスティア・ファミリア】に所属しています。趣味は今はカメラないから……景色を見ることで、嫌いなものはチンピラ。あいつらすぐにカツアゲしてくるし。お人好しだとは言われるけど、これでもしっかり分別は取れてるつもり。少し前まで『青の薬舗』でバイトをしてて……そして、ベルの親友」

 

 呆気にとられているリリに、僕のことを思いついた限り紹介する。

 

「これが僕、レオナルド・ウォッチだよ」

 

「え……?」

 

「冒険者かサポーターかなんて分からなくても、僕を証明するものはたくさんある」

 

「ぁ……」

 

 超危険「菌」物が巻き起こした事件を思い出す。そこで僕は天才学者の細菌にある言葉を言われた。

 

「物の見方が雑すぎる」

 

 確かにリリは【ステイタス】が伸びなかったがために虐げられていたかもしれない。それが原因で「冒険者」というものが嫌いになったのも分かる。

 

「でも、その尺度一個で世界を判断しちゃいけない」

 

 リリが顔を上げる。

 

「きっとリリも分かってるんじゃないかな? だからリリは僕のことを信用できないって言うときに苦しそうな顔をするんだ。君はもう冒険者だとかに囚われずに人を見ることが出来ている。あとは、勇気を出して一歩踏み出せばいいだけだ」

 

 僕はリリの前に左手を伸ばした。リリはその手を恐る恐る掴もうとして、でも手が止まってしまう、

 

「大丈夫、もう昔とは違う。今の君には支えてくれる人たちがいるんだから」

 

 リリはハッとした後、静かに目を瞑る。

 

 今、リリはその目蓋の裏に大事な人たちを思い浮かべているのだろう。

 

 そこにはベルがいて、ヘスティア様がいる。

 

 きっと僕はそこにはいない。でも―――

 

 

「これからよろしくお願いします、レオ様」

 

 

 今この瞬間、僕もそこに描かれた。

 

 掴んだ小さな手の温もりから、僕はそのことを確かに感じ取ることが出来た。




リ・ガドさんの名言、どう使うか迷った末「冒険者だから悪者」という固定観念に憑りつかれていたリリに言ってもらうことにしました。

レオに自己紹介してもらったのは、やっぱり「妹」つながりで思いついちゃったからですね。

というわけでリリのお話はここで一旦終了。次からは遂にベルにとっての難所に入ります!


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恐怖との対面~ベル・クラネル~

VS「恐怖」編
このSSの中で書きたかったお話の一つなのでテンション上げて書きました。



 

 バキリ、と。

 

 ヘスティア様のカップの取っ手が割れた。

 

「……」

 

「……」

 

 僕らはピタリと動きを止め、じっとその陶器を見下ろす。

 

 テーブルに置かれた白色のマグカップがひとりでに壊れ、湾曲した取っ手が卓上に転がっている。

 

 本体の方は無事で全壊こそしなかったものの、白い欠片がバラバラになって散っていた。

 

「……」

 

「……」

 

 僕らはしばらく押し黙った後、顔を見合わせる。

 

「不吉だ……」

 

「不吉ですね……」

 

 そして二人そろってキッチンを忙しなく駆け回っているベルを見る。

 

 アイズさんとの特訓が昨日で終わり、やる気に燃える少年は、今日から早くダンジョンに潜りたいと僕とリリに提案した。別に不都合はなかったから快く承諾したのだが……。

 

「じゃあ神様、後片付けはもうやっておきましたから! 魔石装置だけお願いします! レオ早く行こう!」

 

「あ……ベル君!」

 

 早速ホームを飛び出そうとするベルを、ヘスティア様は咄嗟に呼び止める。立ち止まって不思議そうな顔をするベルに彼女は言葉を詰まらせる。

 

 そしてぐむむっ、と唸って、

 

「あ、あー……ほら、【ステイタス】を更新しておかないかい? ここ最近やってあげられなかっただろう?」

 

「ええっと……」

 

「なぁに、すぐ終わらせるよ。時間の心配はしなくていい。だから……ね?」

 

 ヘスティア様に押し切られ、ベルは眉を下げて笑い提案を呑む。

 

 僕はベルが【ステイタス】更新をしている間に破損したマグカップの片付けをすることにした。

 

 

「うわっ……神様、ごめんなさいっ、僕達もう行きます!」

 

 片付けが終わり台所から戻るとベルが慌てたように扉へ直行する。

 

「レオっ、急いで! 遅れちゃうよっ」

 

「先に行ってて。僕もちょっとヘスティア様に話があるから。大丈夫、すぐ追いつくよ」

 

 急かしてくるベルを先に行かせて、ヘスティア様に話しかける。

 

「ベル、どうでした?」

 

 そう聞くとヘスティア様は額を頭を抱えるように右手で覆う。

 

「……魔力以外、S。俊敏に至ってはSS。何だよ、SSって……」

 

 うわー……えげつねー…………。

 

 久しぶりにベルの【ステイタス】聞いたけど、上がり過ぎでしょ。僕なんてまだオールI……いや、そういえば器用だけはHに上がったんだっけ。でもその程度だ。

 

「でも、それだけの【ステイタス】があるなら、さっきの不吉な予感はやっぱり杞憂だったんですかね?」

 

 たとえオークの群れに囲まれようとベルなら切り抜けられるだろう。それに僕もリリもいるわけで、間違ってもやられる未来なんて見えない。

 

「そうだといいんだけど……」

 

 しかし神の勘というのも無視は出来ない。これだけヘスティア様が心配するなら、何かあってもおかしくないのかもしれない。

 

「……レオ君、今日は一層警戒してダンジョンに潜るようにしてくれ。ベル君だけじゃない、もしかしたらレオ君の方に危機が迫っている可能性だってある」

 

「分かりました。……それじゃあ行ってきます。ソニックも、留守番よろしくな」

 

 荷物の入ったバックパックを背負って、ベルに追いつくために駆け出した。

 

 

 おそらくもう『バベル』について僕を待っているだろう二人の元へ向かって路地を走る。

 

 嫌な予感はあったもののベルの【ステイタス】を聞いたおかげか少しは気分が軽い。

 

 街並みも変わらない。まだ早朝なだけあってお店も準備中で一般の人たちは少ないが、冒険者の姿は多く、すでに通りは活気に包まれている。

 

 その喧騒に包まれながら走っていれば、さらに気が楽になる。

 

 とはいえヘスティア様の忠告は忘れちゃいけない。気を引き締めていかないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違った。

 

 

 

 気のせいだなんて楽観視していた自分を呪いたくなるくらい、この日のダンジョンは雰囲気が明らかに違った。

 

 何が違うかって聞かれたら上手くは言えないんだけど……そう、ライブラに入ってから何度か体験したことのあるあの感覚、大きな事件が起きる一歩手前の平和なヘルサレムズ・ロットを歩いている感覚に似ている。

 

 つまりは、嵐の前の静けさというやつだ。

 

「ベル様、何か気になることでも?」

 

「……いや、何て言うんだろ」

 

 ベルも何かを感じ取っているのか首に手をやりながら、怪訝な表情でしきりに周囲を見渡している。

 

 しかし、ベルは僕のように漠然とした違和感を感じているわけではない様な気がする。

 

 ベルがしている仕草はまるっきり視線を感じている時の仕草にそっくりだ。彼は僕が出会った頃からよくこの仕草をしていた。

 

 理由は『バベル』の頂上から不躾に見下ろすとある神様の仕業だ。

 

 だから地上ではよくベルは視線を感じて辺りを見渡していたが、ダンジョンではそんなことはなかった。如何に『バベル』が高かろうと地下までは見えるわけがない。

 

 じゃあ今ベルが感じているモノは何なのだろうか……?

 

「ちょっと、おかしくない……?」

 

「おかしい、ですか?」

 

「モンスターの数が少な過ぎる」

 

 ベルも僕が感じたことと同じことを言う。冒険者はもちろん魔物とも、この9階層についてから一度も遭っていないのだ。

 

 …………ダメだ。

 

 いくらまだ何も起きてないからと言ってコレは看過できない。

 

「ベル、リリ、今日は引き返そう」

 

「え?」

 

 朝の一件もあって僕は今まで以上に慎重に構える。

 

 リリはそんな僕の発言に驚く。

 

「ま、待ってください。確かに今日はダンジョンの雰囲気が違いますが、ただ上級冒険者の方々が倒し尽くした直後なだけという可能性もあります。ここで引き返すのは早計ではないでしょうか……?」

 

 多分、そう考えるのが普通なんだと思う。

 

 例えば【ロキ・ファミリア】。ベルの話じゃファミリアの主力が揃ってダンジョン攻略にあたる『遠征』が今日からのはずだ。

 

 レベル2どころかレベル3以上の冒険者の団体がダンジョンを降りるわけだから魔物は一溜まりもない。

 

 でもそれを考慮した上で、退いたほうがいい。そう思ったんだ。

 

「……僕も、レオに賛成かな。とにかく今はここから離れた方がいい」

 

「ベル様まで……。分かりました、お二人がそういうのなら引き返しましょう」

 

 ベルの賛成もあり僕らは撤退することを決める。

 

 

 

 

 だけど、遅かった。

 

 

 

 

『―――ヴ―――ォ』

 

 

 

 

「……」

 

「い、今のは……?」

 

 聞いたことのない雄叫びのような音に僕らは足を止める。

 

 魔物の声だとは直感するが、聞いたことがない。上層に出てくる魔物で僕が出会ったことのないのといえば、インファント・ドラゴンだけ。

 

 もしかしてインファント・ドラゴンが9階層まで上がってきたのか……?

 

「………………」

 

「ベル……?」

 

 隣を見るとベルがある一点を凝視して動かなくなっている。

 

『……ヴゥゥ』

 

 その時、ベルが凝視していた方角からソイツは現れた。

 

「―――ぇ?」

 

 ソイツは僕の見たことのない魔物だった。でもさすがに僕でもその魔物の名前くらい察しが付く。

 

 牛頭人身の怪物、僕らの世界の神話でも有名な―――

 

 

 

「ミノタウロス……!」

 

 

 

『オオオオォオオォオオォオォオオオ……』

 

 

 

「な、なんで、9階層にミノタウロスが……」

 

 リリが当然の疑問を口にする。

 

 ただ一つ言えるのは、これは現実だということ。

 

 理不尽の塊であるダンジョンの中、例え何万分の1の確率だろうと起こり得た可能性の一つ。それが今僕らの前に現れたということ。

 

 くそっ、何がオークの群れだ……! 何で僕はもっと最悪の状況を想像できなかった!?

 

 僕がこの地に降り立った時、ベルが5階層でミノタウロスの追い回されたことは知っていたじゃないか!?

 

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

 僕らを獲物と見定めたミノタウロスが咆哮した。

 

 今まで上層で戦ってきた魔物とは一線を画す迫力。これが上層と中層の魔物の違い……!

 

「に、逃げましょう!? 今のリリ達では太刀打ちできませんっ! レオ様!」

 

「……っ、ああ!」

 

 リリの指示に圧倒されるだけだった頭を横に振り冷静さを取り戻す。

 

 そうだ……大丈夫、僕らに相手を倒す術がなくともそれが死に直結しているわけじゃない。

 

 僕がミノタウロスの眼を支配すれば、あとはどうとでも―――

 

「ベル様!? ベル様ぁ!」

 

 リリの焦りを浮かべた叫びに僕はベルの方に咄嗟に振り替える。

 

 

 ベルは……動けないでいた。

 

 

 ミノタウロスの雄叫びが聞こえた時から、姿勢も視線も変わっていない。ただただ、あの赤黒い魔物を見つめ続けている。

 

 恐怖で足が竦んでいるんだ。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 そして僕がベルの方へ気を取られている隙に、ミノタウロスは恐ろしい速度でこちらへ駆け出し始めた。

 

「しまっ……!?」

 

 眼を支配し様にも、もう遅い。

 

 その巨体はトロールなんかとは比べ物にならない速度でこちらとの間合いを詰め、手に持っていた血に塗れた大剣を振り上げた。

 

 

 





ベルの魔力はこの物語ではAになってます。

というのも、レオはベルに魔導書をプレゼントとして渡していることになっていまして、結果ベルは負い目を感じないどころか嬉しさしかないわけで、原作よりも魔法を多様していたというどうでもいいような設定があるからです。


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天敵

ギャグ系を書いている時「ギャグが一番書くの難しいわー」
真剣な話を書いている時「シリアスが一番書くの難しいわー」
戦闘シーンを書いてる時「戦闘が一番書くの難しいわー」

そんな作者ですが今日も笑顔で頑張ります。


 

 

 

 ―――マズイッ!

 

 

 僕は咄嗟に動けないベルを庇うように横へ飛ぶ。見ると間にいたリリも同じ動きをしている。

 

「ぐっ、ぅ……!」

 

「―――ぁ!?」

 

 なんとか大剣の直撃は避けたものの、ミノタウロスの一撃によって砕かれた岩盤が僕の背中や肩に打ち込まれる。

 

 おそらくリリにも同じことが起きている。

 

 地面に身体から着地した僕は、背中の痛みを堪えながら急いで二人を見る。

 

 ベルは目立った外傷はない。だけどリリは僕以上に傷だらけだ。

 

 運悪く大量の岩の破片が跳んできたのか、リリが纏っていたローブはボロボロに切り裂かれ頭からは血を流している。

 

「リ、リリ……?」

 

「……ぅ……ベ、ル様……」

 

 幸いなのはまだ気を失っていないことか。顔を歪めながらもベルに呼ばれて反応を示す。

 

「ッッ」

 

 赤く染まっていくリリを見てベルの目つきが変わる。さっきまでの恐怖に怯えるだけの目ではなくしっかりと敵意を持ってミノタウロスを睨んでいる。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 そして倒れたリリを僕に任せ、一歩前に出て叫んだ。

 

「――ファイアボルトォオオオオオオオオオオオッ!?」

 

 ベルが突き出した右手から緋色の雷が迸る。

 

『ブゥオッ!?』

 

【ファイアボルト】はその威力をもってミノタウロスを押し返した。

 

 その光景を見たベルは、ここぞとばかりに【ファイアボルト】を連発する。

 

「うああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 その光景を僕はリリにポーションを浴びせながら見守った。

 

 ベルの手から打ち出された炎はいつしかミノタウロスの周りを爆炎に変え、黒い煙がダンジョンの一室にたちこめる。

 

 煙によって普通なら見えない部屋の奥、ミノタウロスを僕は眼を凝らして視る。

 

 魔法が効いていないわけではない。ミノタウロスは足に踏ん張りをきかせ、大剣を持っていない方の腕で頭を庇いながら一歩も動けずにいる。

 

 しかし、致命傷には程遠い……!

 

「はぁ、はっ……!」

 

 そうとも知らず、ベルが息を切らして魔法の連発を中断する。

 

「逃げろベル!!」

 

『ンヴゥッ』

 

 炎の雨が止んだことでミノタウロスはすかさず動き出し、ベルへ向かって大剣を横に薙いだ。

 

「く―――がっっ!?」

 

 間一髪、大剣が直撃する前にベルは思いっきり後ろへと飛ぶ。

 

 おかげでベルの体はバラバラにならずに済んだものの、それでも大剣はベルを軽装の上から殴打する形となり吹き飛ばされる。

 

「~~~~~~~~~~~~っ!? ……ぁ、ぎ!?」

 

 ダンジョンの壁に激突してやっと勢いの止まるベル。その体からは主の命を一度守り力尽きた軽装がずり落ちた。

 

『ヴォオォオオオオオオ!』

 

 何とか振るえる足で立ち上がるベルにミノタウロスは追い打ちをかけるべく突進を始めようとする。

 

「っ、止まれええええええええええええええええええええええ!!」

 

『ヴォウオ!?』

 

 今度こそは間に合わせる。

 

【神々の義眼】によって視界を歪まされたミノタウロスはベルに突き進むことは出来ず、足元をふらつかせる。

 

「ベル、リリ、今の内だ! 逃げて!」

 

 立てるまで回復したリリは僕の言葉に頷き、ダメージを負ったベルを支える。

 

 

 しかし……ダンジョンは逃げ出すことを許さなかった。

 

 

『―――――――――――――――――――――――――――――――――――!!』

 

 

 

 通路の奥から現れたのは、大量のバッドバット。

 

 

 

 この上層において、僕が唯一対応できない魔物の群れだった。

 

 なんて、運が悪い(・・・・)んだ……!

 

「ぁっ、うああああああああ!?」

 

 頭が痛い。怪音波が耳をふさいでも全身に入ってくる!?

 

 我慢、しなきゃいけないのに……集中しなきゃいけないのに……!

 

 ダメだ……、もうこれ以上集中出来ない……っ!

 

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

 解き放たれた猛牛が雄叫びを上げる。

 

「そんな……なんで……?」

 

 修羅場を一つ潜ってきたかのような風貌をしたミノタウロスと、その取り巻きの様に群れるバッドバット。

 

 リリの絶望に満ちた呟きが耳に届く。

 

 ミノタウロスは頭を一度軽く振り、今度は僕へと突っ込んできた!

 

「―――マズッ……!?」

 

「うああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 次の瞬間、ベルの叫びと共に僕の体が横に吹き飛ぶ。

 

 その衝撃はミノタウロスのものではなくベルが庇うように肩で吹き飛ばしたものだった。

 

 一時的にバッドバットの怪音波から逃れることが出来たが、その代わりにベルがミノタウロスの突進を受ける形になってしまう。

 

「この……っ!」

 

 集中力を取り戻した僕は再び、ミノタウロスの視界を乗っ取り動きを止める。

 

 その間にベルがバッドバットを数体刻みながら群れから離脱する。しかしバッドバットの量は尋常じゃない。何体刻もうと焼け石に水だ。

 

「ハァ……ハッ……」

 

「っ……、ぅ……」

 

 先程のダメージで息を切らすベルと未だに頭痛が走る頭を押さえる僕が並ぶ。

 

 相対するのはベルの恐怖の対象であるミノタウロスと【神々の義眼】が効かないバッドバット。

 

 ミノタウロスの動きを妨げようにもバッドバットが邪魔で支配できない。ベルがバッドバットの群れを処理するにしても数が多すぎる上に奴らは部屋全体に散っている。一体一体倒している間にミノタウロスに襲われるのが関の山だ。

 

 

 あまりにも相性が悪すぎる……!

 

 

 

 

「……レオ様はミノタウロスの視界の支配に専念してください。ベル様は【ファイアボルト】でバッドバットを一掃する準備をお願いします」

 

 

 

 

 ミノタウロスを挟む形で僕らとはルームの反対側にいるリリがハンドボウガンを用意しながら僕らに指示を出す。

 

「リリ……?」

 

「リリ、早く逃げて……!」

 

「リリは逃げません。リリが……モンスターの囮になります……!」

 

 リリはそう言うとバックパックの中に仕舞われていた血肉の入った袋を取り出す。

 

「何やってるのリリ!?」

 

「ダメだ! 危険すぎる!!」

 

 僕らはリリに向かって叫ぶが、リリは腕を震わせながらも動きを止めず僕らに笑いかける。

 

「ミノタウロスはレオ様が止めてくださりますし、バッドバットの群れもベル様がすぐに倒してくださるでしょう? だから―――大丈夫です」

 

 リリは袋を開ける。

 

『ヴヴォ……?』

 

『――――――――――――――――――――』

 

 一斉に魔物たちの標的が切り替わる。まずは比較的リリの近くにいたバッドバットが怪音波を出しながらリリに迫る。

 

「ぁ……っ! 舐め、ないでくだ、さい……!」

 

 リリは頭を押さえながらも決して膝を地面に付けずにハンドボウガンで対応しながら出来るだけ多くのバッドバットを惹き付け続ける。

 

 しかしそれだけで対応出来るわけもなく彼女の体は鋭い牙によって徐々に切り刻まれていく。

 

 そしてそんなリリに牛頭の巨体が襲いかかろうとする。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 

「リリぃいいいいいいいいいいい!?」

 

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 僕は出来る限りの力を眼に込めて、ミノタウロスの視界を支配する。

 

 今までに見たことないほどの群れを成すバッドバットはリリの血肉だけでは全てを引き付けることは出来ず、僕にも怪音波と鋭い牙が迫る。

 

 皮膚は切り裂かれ、激しい頭痛と熱に見舞われる。体中が熱湯に浸かっているかのように熱い。

 

 でも、構うもんかっ……!

 

 例え意識を失ってでもこの眼の使用は止めない。リリを死なせたりなんかしない!

 

「――――――、ベル……様!」

 

 充分にバッドバットを引き付けたリリが血肉をルームの片隅へ投げつける。それに釣られもはや大きな黒い塊にしか見えない群れがルームの端へ移動する。

 

「【ファイアボルト】オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 ベルが右手を突き出し、階層中に響き渡るほどの叫びを上げ、大きな炎雷を群れに叩きつける。

 

「【ファイアボルト】【ファイアボルト】【ファイアボルト】!!」

 

 再び、ルームの片隅が黒煙に包まれる。

 

 だが今回の標的はミノタウロスじゃない、バッドバットだ。

 

 いくら群れをなそうとあれだけの火力に上層の魔物が対抗できるわけがない。バッドバットのほとんどが死滅した。

 

「やっ……た……」

 

 それを見たリリが地面に血だまりを作りながら倒れる。

 

「リリ!?」

 

 ベルが残った数匹のバッドバットを切り捨てながらリリの所へ向かう。

 

 ベルはリリを抱きかかえると僕に向かって言う。

 

「レオ、早くここから離れよう!」

 

 そう、あとはミノタウロスだけだ。【神々の義眼】があれば逃げるなんて容易い。

 

 でも……。

 

「レオ……? レオ!?」

 

 バッドバットの群れは居なくなったにもかかわらず、いまだに体中が熱い。

 

 そしてさっきから何かが焼ける匂いが鼻につく。この匂いは魔物が焼け死んだ匂いだけではない。僕の目蓋が焼ける匂いでもある。

 

「ごめん……ベル……!」

 

 いつのまにか頬が地面についていた。痛みのことも、立つことすら忘れるほどの【神々の義眼】への集中。

 

 その代償に僕は動けない。

 

 そして――――――

 

『ヴォオオオオオオオオオ…………』

 

 眼の支配が解ける。どんなに眼に力を込めようと【神々の義眼】が動かない。

 

 

 

 ミノタウロスは解き放たれ、僕とリリはベルを残して、倒れた。

 

 

 




レオの【神々の義眼】とバッドバットの関係が弥勒の風穴と最猛勝に見えた。

格上にも有効な強い能力は封じられるのが世の常です。


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戦士よ、立ち上がれ!

リリが助けを呼びに行ってない分アイズさん達の到着は遅いです。


 

 

 

 

 動け。

 

 

 

 

 動いてくれ。

 

 

 

 

 

 頼むから……。

 

 

 

 

 

 動けよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルは今独りで戦っている。泣きそうな声で叫びながら、たった一人恐怖に食らいついている。

 

 彼の【ステイタス】は魔力を除いてS、俊敏に至ってはSSだ。だからこそミノタウロスと相対しておきながら、今も膝を付かずに戦えている。

 

 しかし、それでも追い抜くことが出来ない。

 

 ベルは速さを活かして、ミノタウロスを翻弄しているが、確実にベルが押されている。

 

 レベルの壁、トラウマ、極度の疲労、色々な負の要素がベルに襲いかかっている。

 

 

 それだけじゃない。リリも危険な状態だ。

 

 全身をバッドバットの鋭い牙で引き裂かれ、今も血が止まっていない。このままでは失血死してしまう。

 

 

 僕は今、それを見ていることしかできない。

 

【神々の義眼】だからこそ今もなお普通の眼と同じ程度の役割は果たせているが、頭からつま先まで、ピクリとも動かない。目蓋が焼け眼球にくっ付いてるから目を閉じることも出来ない。

 

 こんな光景を目の当たりにしておきながら、僕は見ることしか出来ないのか……?

 

【神々の義眼】が動かないというのなら、せめて腕一本だけでもいいから動いてくれよ!!

 

 ポーチにはポーションが入っている。コレをかければ眼だって多少は使えるようになるはずなんだ。

 

 こんなに近くにあるのに……! どうして腕を数十センチ動かすだけのことが出来ない!?

 

 

 こんなところで……見ているだけなんて嫌だ……。

 

 

 

「―――なっ!?」

 

 

 遂に場が動く。大剣を回避し死角に潜り込もうとしたベルをミノタウロスは動きを予測し、凶悪な角の生えた頭で頭突きを繰りだしたのだ。

 

「うあっ!?」

 

 ベルは咄嗟にプロテクターでガードするが、呆気なく貫かれてしまう。

 

 

「ベ、ル……」

 

 叫んだつもりがしゃがれた声しか出ない。

 

 

 ミノタウロスは角をプロテクターに貫通したまま、ベルを頭上に掲げる。

 

「ひっ!?」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 そして首を振り回す。

 

 

 ダメだ……! このままじゃベルもリリも死んでしまう……!

 

 

「ぅ―――ゎぁああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 プロテクターが壊れ、ベルは天高く放り出される。

 

 10mはあるであろう9階層の天井にグッと近づきそして落下する。ベルは身構えることが出来ず背中から地面に激突し悲鳴を上げる。

 

 

 お願いだ……。どんな方法でもいい。僕に動く力をくれ……!

 

 ベルを、リリを……助けてくれ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンニッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ…………ソニック……?」

 

 目の前に、僕と一緒にこの世界へ迷い込んでしまった相棒が降り立つ。

 

 なんでソニックがここに……?

 

 ソニックはダンジョンには潜らせないようにしている。いくら音速猿だからと言っても危険すぎるからだ。

 

 ダンジョンは狭く、大量のモンスターに囲まれればどうしようもないし、魔物と間違われて冒険者にも襲われてしまう。

 

 見ると大変な思いをしてきたのかソニックの毛並みは埃で汚れ、身体は震えている。目もちょっと涙目だ。

 

 

 

 

 それでも……来てくれた。

 

 

 

 

「ソニック……僕の、ポーチから……ポーションを……」

 

 いつだって側にいて僕を助けてくれた相棒に、心から頼む。

 

 その手で僕らを救ってほしい、と。

 

 ソニックはしっかりと頷いて、僕のポーチを探る。そしてポーションをあるだけ取り出して迷わず眼にかける。

 

 ポーションじゃこの怪我は全快にはならない。

 

 でも眼球を伝わり、視神経、脳へとその効果は僅かではあるが届いた。

 

「ありがとう……ソニック……! あと、リリをお願い……!」

 

 腕に力を込める。今度は動く。

 

「う……ぉおおおおおおおおお……!」

 

 上体を起こし、ベルの方を見る。

 

 ミノタウロスはすでにベルの近くまで迫っていた。

 

 地面に叩きつけられたベルは体を震わせて動かない。目に涙をためてソレに怯えている。

 

「ベルに……手ぇ出してんじゃねええええええええええええええ!!」

 

 全身に力を込める。ポーションは眼に全て使ってしまったために、未だ体は傷だらけで激痛が走る。

 

 でも、動けずに見ているだけだった時の方が何倍も痛かった……!

 

 立ち上がりながら【神々の義眼】でミノタウロスの視界をぐちゃぐちゃにする。

 

『ヴォオオオオオオオ!?』

 

 ミノタウロスは再び訪れた支配に怒りの声を上げながらも蹲る。

 

 眼からはピシリッと音が鳴り、支配は一瞬で解けてしまうが充分だ。

 

 僕は倒れたベルの前に背を向けて立つ。

 

「レオ……?」

 

「……カッコつけておいてなんだけど、僕じゃアイツは倒せない」

 

 視界もさっきみたいに一瞬しか支配できないし、多分、あと何回も出来ない。

 

「だから、ベル……アイツを倒せるのは君だけだ」

 

 ベルのスピードだけがミノタウロスについて行ける。ベルの攻撃だけがミノタウロスに届く。

 

「そんな……僕には……無理だ」

 

 後ろから震える声でそう聞こえた。それならば、

 

「待ってる。ベルが立ち上がるその時まで」

 

 聞こえるのはベルの息遣いだけ。今彼はどんな表情をしているのだろうか。

 

「君が立てないなら、立てるようになるまで時間を稼ぐよ。君が倒れそうなら精一杯支える。僕らは仲間なんだから」

 

 きっと君なら立てる。

 

「だから……君が立てるようになったなら、僕らを助けておくれ」

 

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 ミノタウロスが大剣を掲げて、突進を始める。

 

 後ろにいるベルがいる以上、避けることは許されない。でも、僕があの巨体を受け止める術は万に一つもない。

 

 なら、まずは一瞬でもいいから怯ませてベルの側から離れよう。

 

 それでその後は……分からないけど、やるしかない……!

 

 

 

「……離れてて」

 

 

 

 だけど僕が考えを実行する前に、隣を白く透明な光が駆け抜ける。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオ!』

 

「あああああああああああああああ!」

 

 ミノタウロスの振り下ろした大剣をナイフで受け止め、上手く横に反らす。

 

「……思ったより早かったかな」

 

「ううん、待たせてごめん……レオ」

 

 ベルの眼にはもう怯えた光はなかった。がむしゃらに恐怖を押さえつけている顔でもない。

 

 

 ベルは冒険者の顔をしていた。

 

 

 

 

 

『ゥ、ヴォオ……!?』

 

 突然、ミノタウロスが怯えを見せて後ずさる。

 

 ミノタウロスと僕らの間合いが広がる。

 

 何事かと後ろを振り向くと、そこには【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがいた。

 

「アイズさん……」

 

 ベルは今目の前にミノタウロスがいることも忘れて目を見開く。

 

 アイズさんは部屋を見渡す。まず倒れるリリと寄り添うソニックを見て、その後僕らとミノタウロス、最後に激しい戦いがあったことがうかがえる焼け焦げたり砕けたりしている壁や地面を見渡す。

 

 そして状況を察したのか、一歩前に出てミノタウロスに剣を向けた。その眼にはベルを襲ったことに対する怒りが確かに浮かんでいる。

 

「あとは……任せて」

 

 そう言ってアイズさんは踏み出そうとするがベルはそれを止める。

 

「待ってください」

 

 アイズさんは何で止められたのか分からず、困惑した顔をこちらへ向ける。

 

「……レオ、支援は任せたよ」

 

「了解。言っておくけどあまり期待しないでね」

 

 前に出てミノタウロスと対峙するベルに溜息まじりで頷く。

 

 ここでアイズさんに任せてしまえば楽に終わるのに。頭の中ではそんな風に考える。でもベルも僕も心がそれを認めない。

 

 ベルは困った顔をしているアイズさんに微笑みかける。

 

「アイズさん、無理をしてるのは分かってます。でもコイツは僕らの手で倒したいんです」

 

 それに、とベルは付け加える。

 

「もうこれ以上貴女に助けられるわけにはいかないんです」

 

 僕はそれを聞いて苦笑いを浮かべる。

 

 なんのことはない。それは男の意地。好きな人の前で格好つけたい、情けない姿を見せたくないという強がり。

 

 でも、それこそがベルらしい。そんな子供みたいな意地に全てを掛けられるからこそベルは僕にはない輝きを持っているんだと思う。

 

「ベル、僕のスキルはもう1回か2回くらいしか使えない。しかも支配できるのは一瞬だけになると思う」

 

「分かった。タイミングは任せるよ」

 

 再びミノタウロスに向かって構える。それを見たミノタウロスは目を見開き、そして確かに、獰猛に笑った。

 

「勝負だッ……!」

 

 

 絶望から始まった闘いは、ついに終わりを迎えようとしている。これが最後の闘いだ。

 

 

 




というわけでアイズさんではなくレオ君の姿を見てベル君には奮起してもらいました。もちろんアイズさんの前で格好つけたいという気持ちは健在ですが。


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