ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜 (キングフロスト)
しおりを挟む

『if』の異聞録 泡沫の記憶編
『泡沫の記憶』 暗き夜刀神を継ぐ者


 
※注意
このお話は本編第1話ではありません。ある程度読み進めてから、あるいはifの物語を踏まえていなければ、読む事をお勧めしません。



 

 これは、あたしの覚えている或る世界の話。戦乱の時代、秘境と呼ばれし『星界』でひっそりと育てられた子ども達がいた。彼らは長きに渡る戦争が終結した後、ついに元の世界へ戻る事となる。しかし待ち望んだその日、秘境に謎の兵が襲来。子ども達は父や母に庇われ逃げ延びたが、親達は揃って行方知れずとなってしまう。

 これは世界が崩壊し、父も、母も、故郷も、何もかもを失った『あたし』の記憶。雨に濡れながら進む『あたし』は知らない。その先にどんな出会いと別れが待ち受けているのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん…ひっく…お母さん…」

 

 少女、カンナは1人森をさまよっていた。その手には、父から託された刀、『夜刀神』が握られていた。

 行く宛もなく、これから先、どうすれば良いかも分からない。それどころか、この世界には光そのものが失われてしまったのかもしれない。

 

 突如、カンナの暮らしていた星界を襲った謎の軍隊は、瞬く間に星界を侵略していった。カンナの窮地に駆け付けた父も母も、カンナを逃がすために残り、その後どうなったのかは分からない。

 あれからしばらく経っている。もしかしたら、もう…。そんな嫌な想像ばかりが、カンナの頭の中で浮かんでは、グルグルと回り続けていた。

 

「うっく…ぐず…お父さん…お母さん……ごめんなさい…あたし…2人を守れなかった…」

 

 嗚咽は止まらず、しかし足を止める訳にもいかなかった。父と母が命懸けで守ってくれたこの命。もし追っ手が迫っているとしたら、足を止めるなんてしていい訳がない。それこそ、両親が残ってまで逃がしてくれた意味がない。

 

「あたしがもっと強かったら…お父さんやお母さんみたいに闘えたら…こんな事にはならなかったのに…」

 

 力が無いと嘆いていても、どうしようもない。ただ、ここで死ぬ事は許されない。死ぬ訳にはいかない。死んでいいはずがない。

 ある種の強迫観念にも似た想いが、ひたすらにカンナの足を動かせ続けていたのだ。ここで止まれば、死ぬ可能性が高まるのだ、と。

 

 これから先、どうすれば良いのかは分からない。戻ったところで、今のカンナには何も出来ないだろう。でも、両親を助けられるのなら、まだ生きているのかもしれないのなら、また会いたい。会って抱き締めてほしい。頭をたくさん撫でてほしい。また、あの優しい笑顔を向けてほしい。

 

 だけど、それはもう叶わぬ夢なのかもしれない。姿の見えない兵士達は、それはもう大軍で押し寄せて、それに引き替え、父と母はたったの2人きり。普通に考えて、助かっている筈がない。それは蟻と象が闘うようなものだ。

 だからこそ、両親はカンナを星界の外へと逃がしたのだ。我が子の命だけは何としても守るために。

 

 

 

 

 宛もなく、名も無き森をさまよい続けて、どれくらい経ったのだろう。カンナはひたすら歩き続けていた。変わらない風景を、変わらない速度で、手にカンナには少々重い夜刀神を地面に引きずるように持って。

 霧掛かった森を、真っ直ぐ、真っ直ぐと、意味があるのかも分からずに、雨に打たれながらも前だけに進み続ける。前を向いて、父がそうであったように。カンナも前を見て進み続ける。

 

 涙は枯れても、悲しみの感情が途絶える事はない。鼻をすすり、嗚咽は止まらないまま、歩みを進めていた。

 

 ただ、歩を進める中で、カンナは考えに変化が生まれ始めていた。この手に握った夜刀神。父から託されたこの神刀。どうして父はこれをカンナへと渡したのか。これを扱えるのは夜刀神に認められた父だけのはずなのに。自分が使った方が、より闘える筈であるというのに。何故、父はカンナにこの夜刀神を託したのか。

 

 もしかしたら、父はカンナに賭けたのかもしれない。夜刀神を継ぐ者として、世界を救う者として、誰かを助けられる力を持つと信じて。

 だから、この夜刀神を託したのかもしれない、と。

 

 

 やがて、カンナは前方に街が見えてくる事に気がつく。大きな壁がそびえるそこは、シュヴァリエ公国と暗夜王国の国境とされている街だった。もちろん、そんな事を知らないカンナは、ひとまず街へ入ろうと考える。

 もしかしたら、街で助けを求められるかもしれないからだ。そうすれば、両親を助けに戻れるかもしれない。一縷の希望を胸に、重い夜刀神を引きずって、カンナは街へと足を踏み入れる。

 

「…静か……おーい、誰かー! 誰か居ませんかー!?」

 

 驚く程静かな街は、森と同じく霧に包まれており、人っ子一人として出歩いてすらいない。雨は既に上がっていて、まだ寝静まるには早い時間なのに、霧が出ているからといって、街中に人の気配が無いのはおかしい。まるで空虚な街であるかのようで、誰一人として住人が居ないのではないかと思えるくらい、静まり返っていた。

 カンナの声は虚しく街へと響き渡る。その呼び声に、応える者は一人として居ない。

 

「そんな…もしかして、ここもあの姿の見えない怪物に……」

 

 自分の故郷を襲った謎の軍団。それがこの街にも現れたのではないか。住人は全て殺されてしまったのではないか。人の気配が全くしないというのは、街では異常であるのだ。街から人の気配が消えるなんて、ある訳がないのだから。

 

 それでも、誰か居ないかと探し続けるカンナだったが、

 

「…!」

 

 前方、建物で隠れた先から足音らしきものが聞こえた。それも、人のものではなく、おそらくは馬のもの。2頭の馬であろうか、蹄が石床を踏む音が、カンナの耳へ届いたのだ。

 街の人ではないだろう。街中を馬で移動する住人が居るとも思えない。もしかしたら、先程の怪物という可能性もある。もしかしたら、味方かもしれない。

 どちらともつかないが、その姿を確認しない事には、真偽は定かではないのだ。

 

 カンナは身構える。すぐにでも走り出せるように。もし敵だった場合、夜刀神を扱えないカンナでは、闘う事など不可能なのだ。だから、逃げ出せるように準備をしておく必要があった。幸い、街中では狭い路地など馬では侵入不可能な地形が多い。カンナは徒歩だが、十分逃げられる可能性はある。

 

 どんどん近づいてくる馬の足音は、やがてその姿をカンナの前に現した。透明ではなく、毛艶の良い鬣を靡かせ、逞しい体つきをしている2頭の馬。そして、それぞれに騎乗している一組の男女の姿がそこにあった。

 そう、透明な怪物ではない、『人間』がそこにいたのだ。

 

 向こうもカンナの存在に気付いたようで、警戒するようにゆっくりと馬を近付けさせていく。カンナは外に出て初めて人に会えた事で、気が抜けてへなへなとその場に座り込んでしまった。

 

「…敵…じゃないよな?」

 

「あわわ、だ、大丈夫!?」

 

 へたり込んだカンナを見て、男は敵対の意思が無い事にホッと胸を撫で下ろす。女は、馬から飛び降りるとカンナを心配して駆け寄ってきた。カンナも、彼らが悪い人ではないと分かり、緊張感から一気に解放され、脱力してしまう。持っていた夜刀神はその拍子に、カランと音を立てて地面に倒れた。

 

「うん。ありがとう、大丈夫だよ…」

 

「こんな廃墟みたいな街に、子どもが1人で何してるんだ?」

 

 男は敵ではないと分かったが、まだカンナを警戒しているのか、訝しげに訊ねてくる。確かに、こんな所に子どもが1人で居るのは奇妙かもしれない。それも、人の気配がまるで無い、こんなゴーストタウンなら尚更だ。

 下手に誤魔化してどうなる訳でもないので、カンナは正直に話す事を選んだ。信じてもらえるかは分からないが、嘘をつくよりは良いだろう。

 

「あたし、故郷が透明な敵に襲われて…ここまで必死に逃げてきたんだ。でも、お父さんとお母さんがあたしを逃がすために残って…もしかしたら、もう…」

 

 もう死んだかもしれない、その可能性を口にして、再びカンナの目から涙が溢れ出す。考えたくはない、だけど大いにあり得るその可能性。絶望的なまでの物量差を、カンナは目にしていたから。

 

「透明な、敵…? それって…!」

 

 泣くカンナをよそに、女は驚きに目を見開いて男の方へと振り返る。男もまた、カンナの言葉を聞き、驚いたように口を開いていた。

 

「…、なるほど。お前も俺らと同類って訳だ」

 

「え…?」

 

「実はあたし達も、住んでいた所が姿の見えない怪物達に襲われて、逃げてきたの。彼ともたまたま同じ境遇で、一緒にここまで来たんだ」

 

 その言葉にカンナは驚きを隠せない。自分と同じような目に遭った人と、2人も同時に出会う事になろうとは思いもしなかったからだ。そして同時に確信する。世界は透明な怪物によって荒らされているのだと。自分達以外の他にも、同じように襲われた人が居るはずだ。だって、カンナは知っていたから。自分の他にも、秘境と呼ばれる星界で育った子ども達が居ると、父から聞かされていたのだ。

 彼らと出会える事を心待ちにしていたというのに、まさかこんな形で出会う事になるなんて…。

 

「俺や…っとと。そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はディーアだ」

 

「あたしはゾフィー。それでこの子があたしの愛馬のアヴェルね!」

 

 伸びた髪を無造作に散らせ、目元に影を落としているのがディーア。髪をカチューシャで上げ、おでこを全開にしているのがゾフィー。カンナは2人の顔をよく見て頭に焼き付けるように覚える。

 この2人は、カンナにとって初めて会った同年代。言わば特別な、初めての出会いなのだ。

 

「あたしはカンナだよ」

 

「よろしくねー!」

 

 そう言って、ゾフィーはカンナをギュッと抱き締める。カンナは友達が出来て嬉しいのだが、ゾフィーのゴツゴツした鎧が当たって少し痛いのだった。

 

「じゃ、話を戻すぞ。俺やゾフィーも、両親が助けに来てくれたんだが、カンナと同じで俺達を逃がして秘境…俺達の住んでいた所に残ったんだ。俺は父さんと母さんの姿を見たのは、それが最後だった」

 

「あたしも、アヴェルと一緒に必死で走って逃げてきたんだけど、でも、きっと父さんも母さんも大丈夫! だって、2人はすごく強いもん。簡単にやられちゃったりしないよ」

 

 2人とも、強がっているようだったが、それは空元気なのは目に見えて分かる。だって、ディーアもゾフィーも、どんなに繕ってみせても、悲しげな目は隠せていなかったから。

 

「あたしは信じてるよ。父さん達はきっと生きてる」

 

「ゾフィー…現実は甘くない。それに、よく考えなくても分かるだろ。あの大軍を相手に、俺の両親やお前の両親が無事だとは思えない」

 

「…! そ、そんなのまだ分かんないよ!」

 

「……、」

 

 ディーアの鋭い言葉が、ゾフィーやカンナの心を抉るように斬りつける。ゾフィーはそれを認めたくなくて、必死に反論する。でも、カンナはそれに言い返す事なんて出来なかった。カンナも、もしかしたら、と思ってしまったからだ。

 

「俺だって、父さん達には生きていてほしい。だけど、あれを見てしまった後じゃ絶望的すぎるだろ。俺が暮らしていた家や、世話をしてくれた人達は簡単に壊されて、全部グチャグチャにされて…。信じたくても、現実は残酷なんだよ。どうして父さんはあの時俺を逃がしたんだよって、今でも思う。あの時、俺も父さんの隣で闘っていれば…どうして俺なんかのためにって…」

 

 何も、ディーアだって本心から2人を傷付けるつもりなんて無い。自分も一緒に闘っていれば、隣に立っていれば、両親を守れたかもしれないのに…と、守られるだけの自分を歯痒く思っていたのだ。

 そしてそれは、彼だけに限った事ではない。ゾフィーだって、カンナだってそうだ。闘う力の無い自分を、どれだけ呪った事か。どうして、自分は両親に守られるばかりで、両親を守る力が無いのか。

 悔しくて悔しくて、情けなかったのだ。弱い自分が。

 

「だけど、そのおかげで俺は生きてる。父さんと母さんが繋いでくれた命、無駄にする訳にはいかない」

 

「…そう、だよね。あたしの命はあたしだけのものじゃない。それに頑張れば、なんとかなるよね! でも、あたしは希望を捨てない。父さんと母さんにまた逢えるって思い続ける!」

 

「あたしも信じてる。お父さんとお母さんに、きっとまた逢えるって! 一緒にお父さん達を助けようよ、ゾフィー、ディーア!」

 

 何度後悔したか分からない。でも、諦めたくなんてない。父からカンナへと託された夜刀神のためにも、透明な怪物達を野放しにはしておけない。自分と同じような悲しみを、これ以上他の誰かに背負わせてはならない。

 

 夜刀神を持つ者は、救世主とされていると、父は言っていた。ならば、父の背負ったその役目を、カンナは引き継ごうと決意する。今はまだ使えなくても、きっと使えるようになる。夜刀神に認められるように、努力すると。自分も、夜刀神に選ばれし者になるのだと。

 

「やられっぱなしは癪だしな。少しは抵抗してやろうじゃん。面倒なのは嫌いだけど、今回ばかりはそうも言ってられないしな」

 

「よーし! あたし達で世界を、父さん達を救っちゃおう! でも流石に人数が3人だけってのもだし、じゃあ、仲間集めからだね」

 

 カンナの言葉を受け入れる2人に、カンナは笑みを浮かべて頷く。頼もしい仲間が出来て、これから先はまだ何が待ち受けているのかは分からない。だけど、きっと大丈夫。そんな風に、根拠は無いのに、不思議と安心感を胸に抱くカンナだった。

 

「諦めない! 絶対、お父さんとお母さんを助けてみせるよ!!」

 

 

 

 

 

 そして、地面に倒れる夜刀神が、新たな主を認めようと、そしてある神器が接近し、それにより静かに胎動している事を、カンナはまだ知らない…。

 

 




 
カンナの誕生日を記念して、『泡沫の記憶』に関するオリジナルエピソードの冒頭に当たる部分を書きました。
本編の直線上にはない物語ですが、白夜、暗夜の両編が一段落ごとに上げていこうと思っていますので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

断章
第0話~終わりから始まる物語~


 今日、両親が死んだ。

 

 

 父も母も、バリバリの仕事人間だった。俺達双子の兄妹は幼い頃から家政婦に育てられ、いつも夜遅くに帰ってくる両親とはまともな会話すらままならない。それだけ、両親の仕事は多忙極まるものだった。

 

 ただ、俺達が両親から愛されていなかったかと問われれば、答えは否だ。2人揃ってとはいかないが、貴重な休日を父と母それぞれが俺達兄妹と過ごす為に費やしてくれた。

 たまにしか無い親と過ごせる時間。俺達はここぞとばかりに、ワガママを言いたい放題やりたい放題だったが、両親は嫌な顔一つせずに可能な限りお願いを聞いてくれた。

 

 だから、そんな両親が、忙しくて中々一緒に過ごせないけど、それでも俺達は大好きだった。

 

 

 

 

 

 

「兄さーん! そろそろ出ないとお父さん達のお迎えに遅れちゃうよー!!」

 

「分かってるって! あとは電気の消し忘れだけ見たら終わりだから!」

 

 居間のテレビを消し、明かりが他に点いていないかを手早く確認していく。洗面所良し、トイレ良し、キッチン良し……と、軽い視認で済ませて、妹が待つ玄関へと向かう。

 

 両親は急な出張で、今は海外に出ている。同じ会社で働き、それがキッカケで両親は結婚した訳だが、何も揃って海外出張しなくても良いではないか、と思って愚痴を零したのだが、父曰わく、意思疎通の完璧な2人だからこその辞令だったらしい。

 確かに、2人揃っての休みは殆ど無く、あっても稀だったが、両親が同時に休みを取れた時の休日の過ごし方といったら、見ているこちらが胸焼けしそうになるくらい甘々だ。まさか会社でもそんな風では無いだろうかと心配して聞いた事もあるが、会社では全くしていないとの事。

 まあ、信用出来るかは今ひとつ微妙だが……。

 

 そんな訳で、丁度夏休み中の俺達高校生は、タクシーを外に待たせて、久方ぶりに両親と会う為に出掛ける準備をしていたのである。

 

「オッケー。確認完了、さぁて下まで行きますか」

 

「1カ月ぶりだねー。あ~、早く会いたいなぁ」

 

 両親が出張に出たのは夏休みに入る少し前。なので、俺達が学校に行っている間に、両親は既に飛行機の中に居た。まともに送り出す事が出来なかった事もあり、せめて迎えだけは、とこうして空港へと向かう事になったのだ。

 

(ひかり)、それ昨日も言ってたぞ」

 

「仕方ないよ。だって本当に久しぶりなんだし。兄さんだって先週くらいからずっとソワソワしてたじゃない」

 

「な、何を言っているのかな~……?」

 

 正直なところ、図星だったので誤魔化す。

 

「でもさ、ホントこんな時は嫌になるよね。エレベーターってさ」

 

 光がボタンを押すと、2階に止まっていたらしいエレベーターが上がってくる。

 俺達の住む階はマンションの7階。確かに、(はや)る気持ちなのに足止めを食うみたいでイラッとくる事が多々ある。

 

「文句ばっか言ってんな。せっかく父さんと母さんが帰ってくるってのに、そんなぶーたれた顔はよろしく無いぞ」

 

「分かってるよぉ……」

 

 光が頬を膨らませるのとほぼ同時に、『ピンポーン』とエレベーターの到着音が廊下に響く。

 

「そら、行くぞ」

 

「はーい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地である空港まで、タクシーで揺られること40分。ようやく両親の乗った飛行機が着陸する空港へと到着する。

 

「とうちゃーく……って、あれ?」

 

「なんだかヤケに騒がしいな……」

 

 空港内に入ってようやく気付いたのだが、どうにも中は騒然としていた。中には、膝をついて泣く人や、係員に掴み掛かって問い詰める人もいた。

 

「ねえ、兄さん…。なんだか私、ちょっと不安になってきたかも……」

 

 ギュッと俺の服の端を握り締める光。そんな光と同じで、俺の胸中にも言い知れぬ不安がざわめいていた。

 

「大丈夫、大丈夫だ。きっと、父さん達は関係ない。別の何かが起きてるだけだから……」

 

 自信の無い声だったが、どうにか光を安心させないと、という一心で優しく声を掛ける。

 近くに居た、比較的落ち着いた若い男性に事情を聞いてみるために声を掛ける。

 

「あの、何かあったんですか?」

 

「え? ああ。なんでも、飛行機が墜落したんだって」

 

「つ、墜落……? どの便がですか!?」

 

 あるはずが無いあるはずが無いあるはずが無い。自分に言い聞かせるように心の中で何度も呟くが、その男性の言葉によって、俺の、俺達の淡い希望は脆くも崩れ去った。

 

「13便…だったかな。アメリカから戻ってくるやつ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葬儀は質素なものにした。両親と仲の良かった友人や会社の同僚、上司の人、お世話になった人など、呼んだのは出来るだけ少なくした。

 光の要望だった。父と母の死を心から悼んでくれる人しか来てほしくない、という想いからのお願いだったのだろう。そんな光の気持ちを汲んで、葬儀は小さめにしたのだ。

 

 両親には親戚がいない。というより、俺達以外に血の繋がった家族がいないのだ。父は若い頃に親を亡くし、親戚はどこに居るかも分からなかったそうだ。

 母は幼い頃は孤児院で育ったらしい。捨て子だったと笑って話していたが、そのおかげで父さんとの今があると思えば、幸せな人生だったとも言っていた。

 

 両親の死、それは残された俺達兄妹がたった2人きりの肉親である事を意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ひっく。グズ……」

 

「……、いつまでも泣いてると、父さん達が安心出来ないぞ」

 

 葬儀も終わり、今はマンションに帰って来ている。両親が仕事人間だった事もあり、お金は少なくとも俺達が成人するまでの間は保つくらいには貯えがあった。

 

「そん、なこと、ひぐ、言ったって、割り切れ、ないよぉ……」

 

「……そうだよな。そんな簡単じゃ、ないよな…。ごめんな……」

 

 消え入りそうな程に弱々しい光に、俺はある事を誓った。もう両親もいない。頼れるものは、自分だけ。守るべき存在である妹、光だけはどんな事があっても、自分が守ってみせる、と。

 

 しかし、俺もこの時は両親の死で心が弱っていた。だから、細かな所まで意識が向かなかった。

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 いつの間にか眠っていたようだ。

 居間で光の頭を慰めるように撫でていたが、そのままウトウトとして眠ったみたいだ。隣では、光がテーブルに突っ伏して寝ている。

 

「いくら夏だからって、何も無しで寝たら風邪ひくな……」

 

 光を起こさないように立ち上がり、布団を取りに行こうとして、異変に気付いた。

 どうにも、部屋の中が焦げ臭いのだ。

 

「なんだ……?」

 

 違和感を感じた時点で、光を起こして部屋を出れば良かったのに、俺は違和感の元を探しに行ってしまった。

 

(キッチンからか……?)

 

 マンションにしては珍しくキッチンと居間が続いていないので、扉越しにキッチンへと入る。そして、

 

「な……!?」

 

 燃え盛る床が目に入ってきた。

 

「か、火事だ!」

 

 消そうにも、もはや勢いが強すぎて消すに消せない。気が動転する中、俺は殊更勢いよく燃えている部分に気が付く。使い差しの油に、原因は分からないが何かが引火したのだ。

 近くに転がった延長コード、もしかしたらアレが漏電して引火したのかもしれない。

 とにかく、早く光を起こして逃げなければ……。

 

 急いでキッチンから飛び出し、居間へ向かうが、その瞬間、ゴワッと一気に炎の勢いが増し、ギリギリの所を転がって回避した。

 

「あぐ…!?」

 

 転がった際に足首を挫いてしまったが、無理にでも居間へと向かう。

 

「おい、起きろ!! 光!」

 

 何度も強く揺さぶって、ようやく光が寝ぼけ眼を擦り始めるが、

 

「何…、兄さん?」

 

「火事だ! いいからさっさと外に……!!」

 

 ゴウッ!

 

 既に炎は居間まで侵食し始めていた。両親の死後、片付ける気力も湧かなかった為に、玄関や廊下にはゴミが少なからず散らかっていた。それに引火し、更に勢いが増したのだ。

 

「に、兄さん……!? なに、これ……!!」

 

 怯えた表情で、目が潤む光。俺の服をギュッと握り締めてくる。

 

「大丈夫、大丈夫だから。絶対、助けが来るから」

 

 震える光の手をソッと握り締め、落ち着かせるように声を掛ける。火の勢いが強すぎて、外に脱出するのは不可能。しかも、ベランダに出ようにも、厄介な事に居間にはベランダが付いていない設計となっていた。俺と光、そして両親の部屋にしかベランダは無い。

 

「けほっ、こほっ」

 

 煙を吸わないように口と鼻を手で覆うが、防ぎきれない煙に、肺が焼かれるような痛みを感じる。

 

(く…、意識が……)

 

 遠くなりつつある意識を、どうにかへばりつけて、完全に意識を失わないように保とうするが、

 

ズルズル。

 

 服を掴んでいた光が、力無く崩れ落ちた。

 

「…!! 光!! 起きろ光!!」

 

 何度も何度も揺さぶるが、光は目を覚まさない。

 

「チクショウ!! ふざけるな!! お前だけは守るって誓ったばっかなのに!! こんな、こんな所でお前を死なせちまう訳には……!!!!」

 

 助けはまだか、何故すぐに来ない、早くしないと光が。そんな事ばかりが頭の中を駆け巡る。だからだろうか、踏ん張っていたはずの意識が、さっきよりもずっと離れ掛けていた。

 

「ゲホッ! くっ……」

 

 ドサッ、ついに俺も体から力が抜け、光の隣に倒れ込む。ただ、例え死のうとも妹だけは守りたい。その一心で、少しでも光に炎が及ばないように、彼女の上に包み込むかのように覆い被さる。

 

(お前だけは、俺…が……)

 

 

 俺の意識は、そこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとまあ、可哀相な兄妹だ。親を失ったばかりで、今度は自分達がその命を落とすか。どれ、その魂、私が救ってやろう。ただし、魂だけだがな……」

 

 

 

 

 




生まれ変わる前の、2人のお話。
これ自体には大きく重要な伏線は無いけれど、全くの無意味という訳でもなく、

大切なのは、彼の誓いと『光』という名前の妹くらい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 スサノオとアマテラス
第1話 暗夜第二王子・王女


 

 私は知らない草原に立っていた。周囲を見渡してみると、見慣れた鎧を身につけた『暗夜』の兵士と、鎧にしては軽そうな防具に、剣にしては細い武器を装備した、見覚えの無い兵士。彼らは大軍同士で戦っていた。

 至る所で上がる怒号と悲鳴。至る所で飛ぶ血飛沫と断末魔のような叫び声。

 この光景に思い当たる事があるとすれば、

 

 そう、戦争だ。

 

 人と人、国と国が、異なる思想または思惑を持って、他国へと侵略、あるいは自国を守る為に殺し合う。

 私が見ているこれが当にそれだった。

 

 次々と草原が血に染まる中で、新たな動きがあった。異国の戦士の中で飛び抜けて強く、暗夜の兵を次々とその手にした雷を纏う剣で切り捨てていく1人の男。その男が剣を(かざ)すと、天から(いかずち)が落ち、周りを取り囲んでいた暗夜兵士達を貫いた。

 

 敵が倒れていく中、彼はそれに見向きもせずに、草原に(そび)え立つ丘をジッと見ている。いや、正確には、その丘の上に居る暗夜兵士達を束ねる男を見ていた。

 

 彼の事はよく知っている。だって彼は───。

 

「貴様がこの軍の将か? ならば、同じ将として一騎打ちを所望する!!」

 

 異国の戦士、『白夜軍』の大将が高らかに声を上げた。それにまた、丘の上で甲冑で武装した馬に乗る暗夜の大将も呼応する。

 

「良いだろう。我々の戦いで勝敗が決するというのなら、その申し入れ、受けて立とう。我が剣の錆となれる事、誇りに思え!」

 

 剣を鞘から抜き、なだらかな丘を馬に乗りながら一気に降りていく暗夜の将。

 それに対し、白夜の将もまた、敵に向けて走り出す。

 

「「参る!!」」

 

 今、当に2人の剣がぶつかり合おうとし───。

 

(………スさ……)

 

?? 何か声が聞こえたような……?

 

(……て……い……テ……様)

 

 確かに声が聞こえるが、今は目の前の戦いを見なければならない。そんな気がするのだ。しかし、

 

 

 

(起きて下さい、アマテラス様)

 

 

 

 

「ん…、?」

 

 目を開けると、こちらを覗き込む影が2つ。

 目を擦りながら、そちらに視線を向けると、

 

「おはようございます、アマテラス様」

 

「起きる時間ですよー!」

 

 私と兄に仕えてくれているメイドの2人が、私を上から覗き込むようにして起こしてくれていたらしい。

 

「えっと…、まだ外は暗いみたいだけど?」

 

 ボーッと窓から外を見るが、朝というにはまだまだ外は暗い。

 

「アマテラス様、今日はマークス様が直々に稽古を付けて下さる日です。兄君をあまりお待たせしてはなりませんぞ」

 

 と、メイド達の後ろからよく知る声が。同じく私に老年の身ながら仕えてくれている騎士兼執事のものだ。

 

「えっと、ギュンターさん? マークス兄さんはもう来てるの?」

 

「はい。とっくに訓練の用意を終えて、アマテラス様をお待ちしていらっしゃいますぞ」

 

 まさかこんな時間もよく分からない空の暗さで、もうマークス兄さんが来ているとは夢にも思わなかったので、少し思考停止してしまう。すると、

 

「あら、まだおねむのようですね。では、私達がしっかり起こして差し上げます。フェリシア?」

 

「はい、姉さん!」

 

 そう言って、2人して私のほっぺたにその華奢な手を添えると、瞬間、私の頬にヒヤッとする感覚が襲った。

 

「ちゅ、冷た!? 起きます! 起きましたから冷たいのは止めて下さい!!」

 

 メイド姉妹は私の意識が完全に覚醒したのを確認すると、ソッとその手を離した。

 

「ふふ。氷の部族出身である私達にかかれば、こんなもの朝飯前です」

 

「もう…、フローラさんたら普段はマジメなのに、たまにこうやってイタズラするんですから……」

 

 私がベッドから起き上がると、ススッとフローラとフェリシアが後ろに下がる。そしてようやく彼女達の後ろにいたギュンターの姿が目に映った。

 

「それにしても、よくお眠りになっておられましたな」

 

「ええ……。ちょっと、夢を見ていました」

 

「えっとえっと、いつもの夢ですか? アマテラス様がこことは違う世界で楽しく生活しているっていう?」

 

 フェリシアが言うのは、私が見た事もないような人や物で溢れる世界で、違和感無く毎日を楽しく過ごすというものだ。確かに、その夢は幼い頃からちょくちょくと見る事はあったが、今朝のは違った。あそこまで現実味を帯びた夢、そして生々しい夢は初めてだった。

 

「いいえ。さっきまで見ていた夢は違った。私の事を、知らない人達が『きょうだい』だって言ってるの。それに、マークス兄さん達と戦っていて……。おかしな話ですよね? 私のきょうだいは、この暗夜にしか居ないのに」

 

 だけど、今日初めて見たあの夢は、私の胸に深く刺さったかのように違和感を残していた。それに、どこか懐かしさを感じたような───。

 

「アマテラス様、その夢は……。いえ、何でもありません」

 

 フローラが何かを言いかけて止めた。気になって聞き返そうとするが、

 

「アマテラス様、先程も申し上げたように、マークス様がお待ちです。お早い仕度の程をお願いします」

 

 ギュンターはそう言って、部屋を退出しようとする。そこで、私は今になってようやく気が付いた。

 

「あの、そういえばジョーカーさんが見えませんが」

 

「ジョーカーでしたら、すでに準備を終えたスサノオ様と共に、一足早くマークス様との訓練に行っております」

 

「ええ!? スサノオ兄さんはもう訓練を始めてるんですか!?」

 

「はい。だから早く仕度して頂きたいのです」

 

 まさかの連続に、私は急いで寝間着から着替える為に立ち上がる。

 

「では、私はこれで失礼します。フローラ、フェリシア、あとは任せるぞ」

 

「「かしこまりしました」」

 

 ギュンターはキビキビとした動きで、部屋から出て行った。それを見送る暇もなく、メイド姉妹が私から寝間着を手際良く剥いでいく。

 

「す、すみません。いつも世話を焼かせてしまって」

 

 私の謝罪の言葉に、フローラは顔色一つ変えず、フェリシアは楽しそうな顔で、

 

「いいえ。これもまた主の為と思えば、苦もありません」

 

「私はこうしてアマテラス様やスサノオ様に御奉仕できるのが幸せですから~!」

 

 本当に、私は、私とスサノオ兄さんは良き臣下に恵まれたものだと、心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

 

「遅れてしまい、すみません!」

 

 ようやく着替えを終え、訓練用の武器を持ってマークス兄さんが待つ塔の屋上まで行くと、そこには既に互いに剣をぶつけ合う2人の兄の姿があった。その傍らには、暇そうに魔道書を読む私達の弟も居た。

 

「ハッ!! ようやく来たか、アマテラス」

 

「セイ! 遅いぞ、俺がその分マークス兄さんのシゴキを受けるんだからな」

 

 訓練を中断して、私に話しかけてくる兄達。ただ、マークス兄さんはスサノオ兄さんの言葉に、どこか意地悪そうな笑みを浮かべて、

 

「ほう、私との訓練がそれほど不服だと。そう言いたいのか、スサノオ?」

 

「そ、そんな事は言っていません! ただ、俺1人だと休み無しで休憩出来ないので……」

 

「あからさまに焦ってるよ、スサノオ兄さん。それだとマークス兄さんの言葉を認めてるようなものだよ」

 

 揚げ足を取るかのように、スサノオ兄さんをおちょくるのが、暗夜王国第三王子のレオンだ。

 たまに皮肉ってくるが、感に障る程でもないので、まだかわいい方である。

 

「おいレオン! 頼むから今は止めてくれ! 本当に休憩したいんだよ俺!」

 

「はいはい。冗談だよ冗談」

 

「フッ。まあ、そういう事にしておいてやろう。望み通り、スサノオはしばらく休憩だ。さて、次はアマテラス、お前の番だ」

 

 馬上で訓練用の剣を構えるマークス兄さんに、私も持ってきた訓練用の剣を構える。

 スサノオ兄さんとレオンは、邪魔にならないように端の方へ移動して座って観戦するようだ。

 

「訓練だからといって、手加減はしない。本当の殺し合いだと思って掛かって来い、アマテラス!!」

 

「は、はい!!」

 

 

 

 

 

 

「始まったね」

 

 魔道書を片手に、レオンがマークス兄さん達を見ながら言う。

 

「休憩させて貰っておいてなんだが、マークス兄さんはやっぱり流石だな。俺との訓練をしてから続けてアマテラスとも訓練してるんだから」

 

「ま、暗夜王国最強の騎士だからね。それくらいどうって事無いんじゃない?」

 

 興味無さそうな口振りで、魔道書に目を通しているレオンだが、チラッチラッとアマテラス達の訓練に目をやっているあたり、素直ではない。

 

「お前も、そんな素っ気ないふりしてはさっきから何度もチラッと見てるな。なんだ、アマテラスが戦ってる姿はそんなに気になるか?」

 

「な、何を言っているんだい? 僕が見てるのはあくまで剣捌きであって、別におかしな事は何もないよ?」

 

「はいはい。そういう事にしておいてやるよ。まあ、お前のそれがアマテラスだけに向けられたものじゃないって事はよく分かってるつもりだよ」

 

「……なんだか、スサノオ兄さんのその妙に達観してるところは尊敬してあげるよ。というか、さっきのセリフ、マークス兄さんのを少し真似してない?」

 

「何の事だかな? さて、ジョーカーに水でも貰って来るかなっと」

 

 立ち上がり、訓練の様子を眺めながら塔の屋上入り口で待機しているジョーカーの元へと向かった。

 

 

「そういうところが食えないんだよね、スサノオ兄さんはさ」

 

 




主人公の名前はカムイではなく、オリジナルです。白夜にツクヨミが居たけど、まあ無関係です。
それに、ツクヨミが居るなら他の三貴士が居てもいいじゃない?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 暗夜王家のきょうだい達

 

 スサノオが水を貰いに行ってから数分後、ただの水分補給にしては長めに席を外していたが、その理由が彼の隣と、更にその背後から共にレオンの元へとやってきた。

 

「早かったね。カミラ姉さん、それとエリーゼ」

 

 読んでいた魔道書を閉じ、立ち上がってレオンが言う。

 

「ええ。久しぶりに可愛い弟と妹に会えるんだもの。目が冴えちゃって眠れなかったから、早めに離宮を出たのよ」

 

「ちょっと! そのついでみたいな呼び方止めてよー!」

 

 妖艶な雰囲気を醸し出しているのは、暗夜第一王女カミラ。そして、スサノオの隣でピョンピョンと跳ねてロール状のツインテールを揺らしているのが、暗夜第三王女のエリーゼだ。

 

「何だい。本当の事を言っただけだろう? 大体、お前は毎日のようにここに来てるじゃないか。エリーゼを捜すならまずここが一番に上がってくるって言われているくらい、お前は入り浸りなんだよ」

 

「え、そうなの!? 本当、カミラおねえちゃん?」

 

 エリーゼの率直な問いに、カミラは困ったような笑みを浮かべて一言。

 

「そういう事になってるわね」

 

「ぶー! いいもんいいもん! それだけあたしがスサノオおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんの事が大好きって事だもん!」

 

 開き直ったように宣言するエリーゼに、スサノオは嬉しさと恥ずかしさが同居した曖昧な表情になる。そして、そんなエリーゼの物言いに、カミラも張り合うように名乗りを上げた。

 

「あら? そんなの、私だって同じよ。エリーゼやレオン、マークスお兄様にだって負けないくらいスサノオとアマテラスの事を想っているもの。それこそ、毎日のように、ね?」

 

「いや、そこで俺を見られても困るんだが……」

 

 スサノオ達のやりとりは見慣れたもので、レオンはいつもの事だと、さっさと視線をアマテラス達へと戻して座り直す。

 

「いつまでも立ち話してないで、適当に座れば? スサノオ兄さんとは違ってアマテラス姉さんは剣技が得意じゃないからね。手加減しないってマークス兄さんは言ったけど、十中八九手加減するだろうから長引くよ?」

 

 レオンの言葉に、スサノオ達も訓練の様子を見るが、マークスは隙無くアマテラスの攻撃をいなしているが、アマテラスは攻め(あぐ)ねているようで、確かにこれは長くなると感じた。

 

「ああ…、必死になって戦うあの子の姿……。とてもいとおしいわ……」

 

 座る事も忘れて、アマテラスに夢中になっているカミラ。

 その様子に、苦笑いを浮かべる3人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 馬上で剣を構えるマークス兄さんには、こちらから何度攻撃しようとも隙一つ作る事が出来ない。流石は暗夜王国第一王子、暗夜最強の騎士と称されるだけの事はある。

 

「どうした。まだ一度も私に一撃すら入れられていないぞ!」

 

「くっ……」

 

 息を切らせながら、額の汗を腕で拭う。マークス兄さんの言う通り、まともに攻撃が通らない。どうにか隙を作ろうにも、全て軽く弾かれてしまい、隙という隙が全く生じないのだ。

 

「アマテラス、お前は優しい子だ。だが、時にその優しさが仇となる。戦いにおいて、その優しさは邪魔にしかならないぞ。今だってそうだ。私相手に本気で攻撃が出来ない」

 

「……っ」

 

 マークス兄さんが言う事は正しい。確かに、私は訓練用の武器とはいえ、きょうだいに剣を向ける事に戸惑いがずっとつきまとっている。

 いや、たとえそれがきょうだい相手でなくとも変わらないのだろう。私は、私の手で誰かを傷付けるのが怖いのだ。

 

「お前もスサノオを見習え。あいつはお前と同じく優しい奴だが、こと戦闘においては一切の躊躇はない。お前も、剣を振るう事に戸惑うな! でなければ、お前は永遠にこの城塞から出る事は叶わない!」

 

「……!!」

 

 私だけが、ここに、取り残される……。

 今まで、暗夜王国の北の果てにあるこの城塞から、一歩たりとも外に出た事がなかった。私達兄妹は、幼い頃からこの閉ざされた世界で生きる事を余儀なくされていたのだ。

 でも、そんな私達にもまだ救いはあった。毎日のように訪ねてくれるエリーゼや、時折しか来れないがマークス兄さんやカミラ姉さん、レオンも私達に会いに来てくれた。特にエリーゼは私によく懐いてくれていて、カミラ姉さんはいつも可愛がってくれて、私にとっては大好きな姉妹だ。

 それだけじゃない、マークス兄さんは来る度に稽古を付けてくれるし、レオンはたまにだが魔法の手解きをしてくれる。私達にとって、きょうだい達とのふれあいが、唯一の外とのつながりだったのだ。

 

 それでも、やはり私は、私達は外に出たかった。たった一度だけ、幼い頃に勝手に外に出て大変な事になったけれど、外の世界を自由に歩きたいという願望は少しも無くならなかった。

 

 そして、ようやく外に出られるチャンスがやってきたのだ。スサノオ兄さんは既にマークス兄さんから認められ、後は私だけ。私だけが、まだそのチャンスを手に出来ていない。

 私だけが。ここから出られるチャンスを、手に入れていない。

 

 ずっと、ここに閉じ込められたままなんて、嫌だ。

 

 

 

 嫌だ!!

 

 

 

「……ッ!」

 

「やっとその気になったな。よし、では、私からは手は出さん。傷を癒やす手段も用意してやろう。そして、全力で私を殺すつもりで掛かって来い!!」

 

 マークス兄さんが手を翳すと、私の目の前の地面が淡い水色の光を放ち始める。

 

「これは……?」

 

「竜脈と呼ばれる力だ。我々王家の血筋のみが扱う事が出来る」

 

「竜脈……」

 

「しかし、便利ではあるが使用出来る場所は限られている。竜脈から溢れ出る力が濃い場所で無い限り、大地を変動させられる事は出来ない」

 

 不思議な力だが、何はともあれこれで心おきなく向かって行ける。手にした訓練用の剣に強く握り締め、私はマークス兄さんへと突進した。

 

「でやあああぁぁぁぁーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと吹っ切れたようだね」

 

 レオンは変わらず魔道書に目を落としながら、チラリとアマテラス達を見て言った。

 

「ああ。だが、まだまだ剣筋は荒い。やっぱりあいつには魔法の方が性に合うのかもな」

 

 スサノオの言う通り、アマテラスには魔道の才能がある。レオンが手解きを買って出る程に、アマテラスの魔道士としての素質は高いものだった。

 

「スサノオ兄さんとは違って、アマテラス姉さんはそっちの才能はあるからね」

 

「うるさい。言われなくたって分かってるよ」

 

 スサノオはそう言って、レオンの頭を軽く小突いた。

 

「うわー! アマテラスおねえちゃん、かっこいい!!」

 

「ああ…、あの子の凛々しい顔……。とても可愛らしいわ。今すぐ抱きしめてキスしてあげたくなっちゃう」

 

 カミラのこれは、もはや病気なのではないだろうかという位の、溺愛っぷりだった。

 

「違う意味で心配になるよ、全くね」

 

「あ、あはは……」

 

 苦笑いを浮かべて、本人には触れないスサノオとレオンなのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 自由をこの手に

 

 訓練が始まってから集中しきりだったアマテラス。既に2人の姉妹も到着しており、更には自分の訓練の様子を見守っている事には全く気付いていない。

 その上で、先程決意を固めた事で更に集中力は高まり、戦う相手であるマークスしか視界には入っていなかった。

 それは、既にこの場にいる事を知っているはずのスサノオとレオンの存在さえも忘れてしまうほどに。

 

「むん!」

 

 アマテラスの飛びかかっての振り下ろしを、マークスは片手で受け止める。そして、そのまま力強く凪払うかの如く、剣ごとアマテラスを弾き飛ばす。

 

「……くっ!」

 

 吹き飛ばされたアマテラスは地面に落ちる瞬間、転がって受け身を取り、即座に立ち上がって馬に向かって走り出した。

 

「ふっ。戦術としてはまずまずだ。が、」

 

 アマテラスの狙いが分かるや否や、マークスは手綱を引き、馬が(いなな)き共に後ろ足だけで立ち上がる。

 

「ッ!!」

 

 丁度アマテラスが馬の前脚の下に来ると同時、上がっていた馬の前脚は一気に振り下ろされた。

 

「あぐぅ!?」

 

 アマテラスへと馬脚が叩きつけられる寸前で、とっさに横へと飛び跳ね、回避には成功するものの受け身が上手く取れずに全身擦り傷だらけになってしまう。

 

「まだだ! さあ、いくらでも待ってやろう。早速竜脈の力を利用しろ!」

 

 マークスは馬から降りて言った。訓練と言えど、愛馬への危害はなるべく避ける為の判断だった。それだけ、マークスはアマテラスが本気であるのだと実感したのだ。

 それに、剣術の訓練ならば一対一の方が効率的でもある。

 

「はあ、はあっ…。!!」

 

 疲労に加え、軽くとはいえ全身傷だらけの身で、足取り重く薄く水色に輝く地面へと移動するアマテラス。

 すると、みるみるうちに全身の傷が癒えていく。これには流石に驚きを隠せず、アマテラスは自分の身体を思わずペタペタ触って傷の確認をした。

 

「すごい……。傷が一瞬で消えていく……」

 

 しかし、身体のダルさはこれといって変化はなく、一向に疲労感は拭えない。

 

「それが竜脈の力だ。今回は治癒の力を発現させたが、竜脈には他にも効力がある。それこそ、大地を新しく作り替えてしまう事も可能だ。お前も王族の一員として、覚えておくといい。それとこれは言っておくが、あくまで『治癒』の力であって、身体の疲れまでは取る事は出来ん」

 

 アマテラスの疑問が顔に出ていたのだろう、マークスが竜脈の説明と共に輝く地面の事にも軽く触れた。

 

「つまり、私の体力が保つ限り、という事ですね。私の体力の限界が、私にとっては終わりを意味する、と」

 

「そういう事だ。ならばこそ、お前は限界が訪れる前に私を納得させなければならない」

 

 言うや、マークスは再び剣を構え、その切っ先をアマテラスへと向けて続ける。

 

「さあ、暗夜王家として相応(ふさわ)しい力を持つか、今一度私に見せろ!!」

 

「言われなくとも……! 私は出ます。マークス兄さんを納得させて、必ず外の世界に出てみせます! スサノオ兄さんと一緒に!!」

 

 一層、アマテラスの顔には真剣さが篭もる。今のアマテラスの頭にあるのは一つだけ。

 

 その手に自由を掴み取るだけだ。

 

 

 

「ホント、見てられないね」

 

 

 

「!」

 

 突然の背後からの声に、アマテラスは思わず振り返る。そこには、スサノオやレオンはおろか、既にカミラとエリーゼも居た。

 そして、今声を掛けて来たレオンはというと、ブン、と手に持っていた魔道書をアマテラスに向けて大きく放り投げた。

 

「うわっとと……!!」

 

「アマテラス姉さんはさ、どちらかと言えば僕寄りの戦闘タイプなんだよ。それ、上げるからさ。サッサと終わらせて、マークス兄さんを納得させちゃいなよ」

 

「で、ですが…」

 

 果たして、本当にこんなものを使ってしまっても良いのかと考えていると、

 

「別に良いよね、マークス兄さん? 一応、訓練には使える位にはレベルの低い魔道書だし。それに、アマテラス姉さんの真髄は剣じゃなく魔法だって知っているだろう?」

 

 レオンからマークスへと不安げに視線を移すアマテラスだったが、

 

「ふむ。確かに、レオンに一理あるか……。よし、ではその魔道書の使用も認めよう」

 

 凛々しくも優しい笑みを浮かべる兄に、アマテラスもパーッと明るい笑顔で礼を言う。

 

「ありがとうございます! レオンさんも、ありがとう」

 

 率直な好意に、レオンはそっぽを向き一言。

 

「べ、別にどうって事ないさ」

 

 素直じゃない弟に、少しの笑みを浮かべて、アマテラスはすぐにマークスへと向き直る。

 

「行きますよ、マークス兄さん!!」

 

「お前の本気、見てやろう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 さっきまで読んでいた魔道書はアマテラスへと渡してしまったため、レオンは手持ち無沙汰となっていた。

 

「優しいんだなぁ、レオン君?」

 

 と、スサノオがからかい混じりでレオンを肘で突っつく。だが、レオンはそのちょっかいをスルーして答える。

 

「当然の事をしたまでさ。きょうだいっていうのは助け合うものだろう?」

 

 ここぞとばかりに正論を述べる弟に、なおスサノオは良い笑顔でニコニコとレオンを見ていた。

 

「な、なんだい…? 気味が悪いんだけど」

 

 少し引き気味のレオンだったが、ここで思わぬ所からスサノオの援護射撃がやってくる。

 

「ねーねー。最初から弱い魔道書を持って来てたってことは、レオンおにいちゃんたらアマテラスおねえちゃんを助ける気満々だったってことだよね?」

 

「ばっ、エリーゼ!?」

 

 無邪気な笑みを浮かべて言う妹に、レオンは取り乱すが言葉が詰まってしまう。

 

「お前程の魔道士が、そんなレベルの低い魔道書を読んでる事自体が変な話だったんだよ」

 

「くっ……。正論に正論を返してくるとか……」

 

 悔しそうにはしているものの、それが負の感情から来るものではないと分かってスサノオはからかっているので、結構たちが悪いのは否めなくもない。

 

「ところで、カミラ姉さんが全く絡んで来ないんだが……」

 

「そういえば、そうだね……」

 

 2人が同時にカミラの方を見る。エリーゼも釣られて隣にいるカミラに視線を送ると、そこでは、

 

「うふふ…。久しぶりのあの子の笑顔、素晴らしく可愛らしくて素敵…。これで1週間は戦える……」

 

((何と戦うんだ、カミラ姉さん……?)) (何と戦うんだろー?)

 

 身悶えるように体を左右に揺らす姉に、またしても3人は触れないでおこうと心の中でこっそりと思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マークスへと向き直ったアマテラスは、レオンから受け取った魔道書を、剣を持ったまま片手で開く。

 魔道書は便利だ。魔法を使うのに詠唱がいらず、魔道書に直接魔力を通して、その魔道書に込められている魔法の名を口にするだけで発動する事が出来るからだ。

 

 パラパラ、と勢いよく魔道書のページが風に吹かれるように次々とめくられていく。魔道書に魔力が流れ込んでいる何よりの証だ。

 

「ウィンド!!」

 

 先手必勝とばかりに、アマテラスが魔法を放つ。生み出された風の砲弾が、マークスへと一直線に襲いかかるが、

 

「ハッ!」

 

 見えない空気の塊は、たった一振りで霧散させられてしまう。

 

「まだです! ウィンド!!」

 

 しかし、そんな事はハナから分かっていたアマテラスは、立て続けに今度は3発一気にまとめ撃ちをする。

 

「甘い! その程度で私の隙は生み出せるものか!!」

 

 再び、マークスは剣を一振りするだけで、その風圧でウィンドを全て掻き消してしまうが、

 

「想定内です!」

 

 アマテラスは三度、ウィンドを撃ち放つ。その度に、アマテラスが徐々に近付いて来ている事をマークスは見逃さなかった。

 

(確かに、こちらからは手を出さないと言った以上、私はここを動くつもりはない。なるほど、それを知っての上での作戦か)

 

 歴戦の騎士であるマークスにとって、アマテラスの作戦はお世辞にも優秀とは言えないものだったが、それでも恐れを為してただ遠距離から攻撃をし続けるだけの臆病者に比べれば、俄然マシだと言える。

 

「ウィンド!!」

 

 ようやくかなり近くまで迫ったアマテラスは、ウィンドを放つと、風の砲弾が撃ち出されるのを確認してから魔道書をマークスの足下近くに投げ捨てた。

 

「せっかくレオンから得た武器を捨てうつとは、血迷ったか!!」

 

 間近で放たれたにも関わらず、マークスはウィンドを横凪に切り裂き、消し飛ばす。そこに、すかさずアマテラスが斬り込みを入れようとするが、一瞬で横に振り切っていたはずのマークスの剣がそれを完全に防いでいた。

 

「どうした! この程度がお前の策か!」

 

 マークスの叫びに、アマテラスは、

 

 

 ニヤリ、と勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

 

「何が、」

 

 何が可笑しい、と言おうとしたマークスの言葉は、アマテラスの渾身の叫びによって遮られる。

 

 

「ウィンド!!!!」

 

 

 瞬間、突如としてマークスを衝撃が襲った。

 

「グッ……!!?」

 

 不可視の一撃に、思わずマークスは衝撃が来た方向、下へと目を向けて謎の攻撃の正体に気付く。

 自分とアマテラス、いや、アマテラスの足が先程投げ捨てたはずの魔道書を踏んでいたのだ。

 

「私は、折れたりしません!!」

 

 やっとの思いで作った好機を、アマテラスは逃さず、渾身の力を以て剣の腹で思い切りマークスへと叩き付けた。

 

「ぐはっ…!!」

 

 マークスは軽く吹っ飛び、体勢は崩さず、ズザザ、と地面に踏ん張って倒れるのを耐える。

 

「く…! まだ、倒れてくれないんですか……!!」

 

 疲弊しきった腕で、もう一度剣を構えるアマテラスだったが、

 

 

「合格、だ」

 

 

 

「へ…………?」

 

 

 

 マークスは剣を仕舞うと、アマテラスの元まで揺るぎない足取りで歩いていく。

 そして、彼より幾分低い所にあるアマテラスの頭に、ポン、と手を置いた。

 

「上出来だ。合格点以上の成果だったぞ」

 

「え、あの、えっと…。へ?」

 

 未だ頭が追いついていないのか、アマテラスは挙動不審気味に手をあっちこっちにせわしなくばたつかせる。

 そんな妹の頭を、優しい手付きでマークスは撫でた。

 

「よくやったな。これでお前も、ようやくこの砦を出る事が出来るんだ。喜べ、アマテラス」

 

 兄の言葉に、アマテラスはようやく自分がマークスに認められたのだと実感した。その途端、彼女の瞳からは自然と涙が零れ出し、いつしか大粒の涙へと変わっていく。

 

「わ、私、やりました。私、やったんです、ね?」

 

 ポロポロと涙を落としながらではあるけれど、アマテラスは満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、やるじゃないかアマテラス……」

 

 先程の戦闘を見ていたスサノオは、予想もしなかったアマテラスの奇策に感嘆の息を漏らしていた。

 

「ねーねー。アマテラスおねえちゃんは何をしたの?」

 

 エリーゼの疑問はもっともで、それはスサノオも知りたい事だった。

 

「アレかい? アレはね、魔道書を投げ捨てる前に魔法を放っていただろう? その投げ捨てる少しの間に魔道書に魔力を込めてから、マークス兄さんの足下へワザと投げたのさ。魔法を放った直後だったからマークス兄さんもそれに気付けなかったんだろうね。更に言えば、魔道書は使用者の魔力が籠もっていれば、身体の一部分が触れているだけでも発動出来る。魔道の専門じゃないマークス兄さんの意表を突くには持って来いの作戦だね」

 

「流石、お前に指導を受けてるアマテラスなだけはあるって感じの作戦だな」

 

「それでも、あのアマテラス姉さんがマークス兄さんを納得させられたんだ。ホント、スサノオ兄さんに負けず劣らず悪運強いよね、アマテラス姉さんはさ」

 

 若干の皮肉も入っているが、内心ではアマテラスの事を祝福しているのは、バレバレだった。

 

「あ、カミラおねえちゃんが抜け駆けしてるー!」

 

 と、エリーゼがアマテラスの方を指差しながら叫ぶ。見ると、カミラがアマテラスへと人知れずに歩み寄り、その豊満な胸に抱きしめていた。

 

「何というか、カミラ姉さんってエリーゼに負けず劣らずの自由人なところあるよな……」

 

 スサノオの呟きは、既に走り出したエリーゼには届かず、側にいたレオンにのみ届くだけだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 旅立ちの日

 

「ああ……、たくましくなったのね。流石は私のアマテラス。お姉ちゃん、うっとりしちゃったわ」

 

「むぎゅぎゅ……!」

 

 カミラの熱烈な抱擁に、アマテラスは完全に口を塞がれた状態となり、辛うじて鼻で呼吸が出来ているといった状態になっていた。

 

「カミラ、アマテラスを溺愛をするのは構わんが、それではアマテラスが苦しいのではないか?」

 

 マークスは呆れたように、腕を組んでカミラに注意した。アマテラスの頭を撫でていたその手は、乱入してきたカミラによって行き場を失ったために、結果的に腕は組まれたのである。

 

「あら? 私ったらアマテラスの可愛さのあまり、つい夢中になってしまっていたわ」

 

 兄からの注意により、ようやくアマテラスを自分の胸から解放するカミラ。そこへ、訓練を見物していた残りのきょうだい達がやってくる。

 

「おねえちゃーん!!」

 

 猪突猛進でアマテラスへと飛びつくエリーゼを、アマテラスは慌てて受け止める。勢い余って、その場で一回転する程だ。

 

「もう、危ないですよ? 本当にエリーゼさんは甘えん坊なんですから」

 

 アマテラスは優しくエリーゼに注意するが、エリーゼは抱きついたまま、

 

「だってだってー! カミラおねえちゃんだけ抜け駆けしてズルいと思ったんだもん!」

 

 すりすりと、頭をアマテラスの腕に甘えるようにこすりつけながら言うエリーゼに、強く言えない自分も大概甘やかしだと感じるアマテラスであった。

 

「さて、これでようやく俺達はここから出ても良くなった訳だな」

 

「それにしても、ヒヤヒヤさせられたよね。まあ、結果的に認められて良かったんじゃない?」

 

「スサノオ兄さん、レオンさん……」

 

 エリーゼに遅れてやってきた2人の兄弟。そして、アマテラスはある事に気が付く。

 

「レオンさん、先程は魔道書を頂き、ありがとうございました。それと、その……。今気が付いたのですが、法衣が裏返ってますよ」

 

「……え」

 

 言われて、レオンはすぐに確認するが、確かに着ていた法衣は裏返っていた。すると、慌てるように隣にいたスサノオへと詰め寄る。

 

「スサノオ兄さん! どうして教えてくれなかったのさ!?」

 

「え? いや、えっと、最近の流行りなのかと思って、触れなかったんだけど……。外の流行りなんて分からないし、俺」

 

「くうぅ……!」

 

 次に、バッとカミラ達へと振り向いたレオンだったが、

 

「ごめんなさい。私も、オシャレのつもりなのかと思って……」

 

「それって普通に着間違えただけだったんだね? あたしもオシャレしてるんだと思ったよー!」

 

 あっけカランと言い放つエリーゼの悪意無き言葉は、レオンへのとどめの一撃となった。

 

「どこの世界にそんな流行りが存在するって言うんだよ!!」

 

 そう叫んで、レオンは塔の入り口へ向けて走り出した。どうやら、そこで裏返った法衣を着直すようだ。

 

「レオンは賢いが、たまに抜けているからな。さて、お前達は見事に私から認められた訳だが」

 

 マークスの言葉に、スサノオとアマテラスは立ちずまいをキチンと正す。

 

「試練を乗り越えたお前達に、父上からお言葉を預かっている」

 

「父上から……?」

 

「……お父様が?」

 

 突然の兄からの告白に、驚きと疑問を隠せない2人だったが、気にせずマークスは続ける。

 

「お前達が私を認めさせた場合は、『クラーケンシュタイン城』まで来るように、との事だ」

 

 『クラーケンシュタイン城』。暗夜王国の王都にして王城である、暗夜最大の城だ。そこに、暗夜王はスサノオとアマテラスを呼び寄せているのである。

 

「早速お父様からの呼び出しなんて、滅多にある事じゃないのよ? 流石は私のスサノオとアマテラスね」

 

 と、2人まとめて抱き寄せるカミラ。スサノオは先程のアマテラスのようになり、アマテラスは再び身動きを封じられるのだった。

 

「はあ…。カミラ、程々にしておけ」

 

「やったよー! これからはスサノオおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんにもっと自由に会えるんだね!!」

 

 マークスが隣で姉を(たしな)めるにも関わらず、エリーゼはカミラに抱きしめられて身動きの取れない2人の背中に勢いよく抱きついた。

 

 

「僕が法衣を着直してる間に何があったんだ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 城塞を出るためにマークス達とは一旦分かれ、俺とアマテラスはそれぞれ仕度を整える為に部屋に戻っていた。

 

「これで俺達も晴れて自由の身、か……」

 

 必要なものをあらかた揃えた俺は、今まで自分が過ごしていた空間を眺めながら、哀愁を漂わせるように呟いた。

 

「スサノオ様、感傷に(ひた)るのは分かりますが、これでこの北の城塞から完全に去る訳ではないのですから、そこまで深く考えなくとも……」

 

「分かってるよ、ジョーカー。ここはこの先何があろうと、俺達の家である事に変わりはない。ただ、やっと長年の夢が叶うと思うと、やっぱり胸に来るものがあるからさ」

 

 ジョーカーは俺達の執事だが、基本的に俺に付いてくれている。といっても、俺とアマテラスがそれぞれの私室にいる時の話だが。着替えなどの用意は、男の俺はジョーカーが、女のアマテラスはフローラ、フェリシア姉妹の方が何かと都合が良いからだ。

 

「さて、俺は先に(うまや)に行くとするか。アマテラスは女だからな。何かと用意に時間が掛かるだろうし」

 

「かしこまりました。では、私はアマテラス様にその旨を伝えに行って参ります」

 

「俺もこの部屋をあと少し眺めたら出るから、お前は先に行っていてくれ」

 

「はい。それでは、」

 

 失礼します、とこちらに一礼して、音を立てずにジョーカーは部屋から退出していった。

 

 静かになったこの部屋で、俺は1人呟いた。

 

「……なあ、見てるか? 俺はここで、『この世界』で懸命に生きてる。これからも、必死に『この世界』を生きていく。だからお前も……、きっとどこかで生きてるお前も、頑張れよ」

 

 もはや名前も思い出せないけれど、所詮は夢の出来事だけれど。

 何故か他人事とは思えなかった夢の人物に、届くはずもないエールを送った。 

 

 

 

 ただ、この時はまだ知らなかった。この夢が、俺を苦しめる事になるなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スサノオ兄さんが既に仕度を終えた事を知り、フローラの私へのお化粧スピードが割り増しになる。別にお化粧などしなくていい、と断ったのだが、

 

「いけません。仮にも王族のあなたが、化粧もせずに王への謁見に臨むなど、王城の家臣達の良い笑い物にされるだけです。私達従者がバカにされるだけならまだしも、主であるあなたに恥をかかせては、末代までの失態ですので」

 

 有無を言わさぬフローラの迫力に、私は言い返す事が出来なくなった。

 化粧といっても、そこまで過度なものではなく、最低限品のある程度に抑えられ、薄めの化粧でもみっともなさは全くない。

 

「ところで、『末代まで』と仰いましたが、フローラさんは好きな人はいますか?」

 

 気になったので、なんとなく聞いてみた。すると、普段は白くて綺麗なフローラの肌が、徐々に赤みを帯びていく。

 

「な、なな何を……!?」

 

「いえ、なんとなく。ただ私もお年頃の女の子ですから、少し気になって」

 

 私がニコッと微笑んで返すと、フローラは少し落ち着いたようで、つらつらと小さく言う。

 

「…気になる男性なら、その……、2人ほど……」

 

「それって、……いいえ。聞くのは無粋ですね。教えて下さってありがとうございます」

 

「アマテラス様は……、すみません。今までこの城塞から出られなかったのに、そんな事を聞くのは失礼でした」

 

 申し訳無さそうに、フローラが頭を下げてくるので、私は頭を上げるように言う。

 

「いいえ。私から振った話ですから、フローラさんが謝る事なんてないですよ」

 

 そこに、バタン! と、部屋の扉が勢い良く開かれた。

 

「はわわ! こ、転んじゃいました~!!」

 

 見ると、フェリシアがうつ伏せで部屋の入り口で倒れていた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 私は心配して声を掛けるが、フェリシアは立ち上がってスカートをパンパンと払うと、笑顔で、

 

「はい! いつもの事ですから~」

 

「私達はメイドなのだから、それを『いつもの事』で済ませてはいけないのよ、フェリシア? あなたは本当にそそっかしいんだから……」

 

「ところで、アマテラス様と姉さんは何のお話をしてたんですか?」

 

 フェリシアの問いかけに、私とフローラはキョトンとして、すぐに笑みを零した。

 

「内緒です」

 

「いいじゃないですか~!? 私にも教えて下さいよ~!」

 

「ところで、何か用があったから来たんじゃないの?」

 

「あ、そうでした! ギュンターさんが早く来て欲しいって!」

 

 確かに、待たせすぎたかもしれない。化粧は終わっているので、私は既に用意してもらっていた手荷物を持って立ち上がる。

 

「では、急いで行きましょう!」

 

 先にフェリシアが出て行ったのを見計らって、フローラに一言。

 

「さっきのは私達だけの秘密ですよ?」

 

「ええ……。うふふ、私とアマテラス様だけの秘密です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 厩舎(きゅうしゃ)の前には既に、仕度を整えたスサノオと、他のきょうだい達が揃っていた。

 ジョーカーとギュンターも、スサノオの後ろで控えている。

 

「来たか。これで全員揃ったな」

 

 マークスがその場にいる全員の顔を見渡して続ける。

 

「さて、馬の用意は出来ているのか、リリス?」

 

 厩舎係である女中のリリスが、マークスに尋ねられて答えた。

 

「はい。あの子達も、みんな張り切っているようです。スサノオ様もアマテラス様も、あの子達をとても可愛がって下さっていますので、それはもうとてもよく懐いて…」

 

 柔らかな笑みを浮かべて、リリスはスサノオ達に軽く会釈した。

 

「今回、私もギュンターさんの言い付けで、お供させて頂く事になりましたので、どうぞよろしくお願い致します」

 

 今度は深く一礼をし、ゆっくりと頭を上げていく。

 

「よろしく頼むよ」

 

「ありがとうございます、リリスさん」

 

 2人は頻繁に厩舎へと赴く事が多かったので、リリスとは気心の知れた仲だった。よく3人で馬のブラッシングや餌やりをしたものだ。

 

「あなた達は優しい子だものね。私が訪ねて来た時も、よく厩舎で馬と遊んでいる、なんて事もあったわ」

 

 カミラは懐かしそうに昔の思い出を語る。

 

「そういえば、本当にまだあなた達が小さかった頃、2人して怪我をした小鳥を助けて上げた事もあったわね。今も可愛いけど、あの頃のあなた達は本当に愛らしかったわ……」

 

 また自分の世界に入っていくカミラ。だが、今のカミラの話に、怪訝な顔をする者が1人。

 

「どうした、リリス? なんだか浮かない顔をしてるけど」

 

「あ、いえ。何でもありません」

 

「?」

 

 リリスはすぐに元通り、おしとやかな微笑みに戻るが、

 

「もう、おにいちゃんったら鈍感なんだから!」

 

 思わぬエリーゼからの不意打ちがスサノオを襲った。

 

「え…?」

 

「そんなの決まってるじゃない。スサノオおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんを独占出来なくなるからだよ! だってリリスってば、おにいちゃんとおねえちゃんの事がとーっても大好きだもんねー?」

 

 無邪気な笑みは、エリーゼにこそ許された特権か。少しの悪気もなく、本心からの言葉に、リリスは顔を真っ赤にして、

 

「そ、そんな事は……」

 

 どんどんと尻すぼみになっていくリリスの言葉は、最後の方はもはや聞き取れないものとなっていた。

 

「でもでも、あたしだって負けないくらいスサノオおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんの事が大好きなんだから!」

 

 近場にいたアマテラスへと駆け寄って、いつものごとく抱き付くエリーゼを、アマテラスは優しく抱き留める。

 

「リリスさんも、エリーゼさんも、他のみんなも、私はだいだい大好きですよ?」

 

「俺だってそうさ。アマテラスに負けないくらい、みんなの事が大切だ」

 

 負けじとスサノオが胸を張って言う。

 

「そういうところがあたしは大好き! 世界でいっちばんすきすきすきー!!」

 

「バカだなぁ、エリーゼは。それじゃどちらが一番か分からないじゃないか」

 

 レオンのツッコミに、エリーゼは頬をプクーッと膨らませて反論する。

 

「いいんだもん! 2人とも一番なんだもん!」

 

 幼稚な反論ではあったが、それがスサノオやアマテラスにとってはかけがえのない、エリーゼの素敵な部分なのだと感じていた。

 

「さあ、雑談はここまでにして、そろそろ出立するぞ」

 

 マークスの一声で、各々が自身の乗る馬の元へ向かう(カミラだけは飛竜だが)。

 

「ジョーカー、フェリシア、お前達も私について来い。フローラ、後の事は任せるぞ」

 

「はい、お任せ下さい。ギュンターさんも、アマテラス様とスサノオ様の事をよろしくお願いします」

 

「さーて、行きますよ~!」

 

「チッ、やっぱりジジイも同行か。年寄りの世話はしないからな」

 

「ふん。私も老獪の身だが、まだまだお前には追いつかせん」

 

「言ってろ。すぐに追い抜いてやる」

 

 ジョーカーとギュンターのいつものやりとりに、内心呆れながら、ぞろぞろと消えていく姿を、フローラはずっと見守っていた。

 

 




スサノオも、アマテラスと同じで夢を見ています。
自分であって、自分じゃない誰かの夢を。
ただ、2人とも似たような夢を見て、誰かに話してはいますが、不思議と互いにその事は耳に入っていないので、互いに夢を見ている事は知らないのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 魔剣ガングレリ・魔竜石ギームル

 

 暗夜王都・ウィンダム。その中心に存在する巨大城、それが暗夜城・『クラーケンシュタイン城』だ。

 大きな螺旋を描くような構造をしており、中心部分は大きな穴が開いたかのように吹き抜けとなっている。その穴の上に掛けられた空中廊下には、手すりの(たぐい)は一切取り付けられてはおらず、うっかり端を歩いてそのまま奈落の底へ……、なんて事もあり得る。

 幸い、城内という事もあり、天井は存在しないが風も吹かないので、よっぽどの事がなければそのような事故は起き得ない。

 

「へぇ……。こいつはすごいな。底は一体どこなんだ?」

 

 この城にはよく来ている他のきょうだい達はグングン前に進んで行くが、初めてここに訪れたスサノオ達は落ちないように気を付けながら、空中廊下の下を覗き込んでいた。

 

「本当に……、すごく高いですね……」

 

 アマテラスは底の見えない暗闇に、息を呑む。ここから落ちたら、命は無いだろう。

 

「流石は暗夜王城ってところか。例え城内であっても、臆病な構造は許さないってか?」

 

 この高さに恐れを感じているアマテラスとは違い、スサノオはむしろ納得といったように、平然と下を覗き込んでいた。

 

「さあ、行きますよスサノオ兄さん。マークス兄さん達はもうとっくに城の中に入って行きましたし」

 

「はいよ」

 

 そそくさとアマテラスは早足に空中廊下を歩き出す。いつまでもこんな所には居たくなかったからだ。

 急かされたスサノオは、そんな妹の可愛らしい一面に、少しの笑みを浮かべて、ゆったりとした足取りでその背を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 王城内にいくつか存在する内の、比較的大きな中庭で、きょうだい達を待っていた人物が居た。

 

「よく来たな、スサノオ、アマテラス」

 

 暗夜王・ガロン。随分と年を取るにも関わらず、未だその権威は衰えを見せず、その鎧の上からでも分かる肉体の逞しさは、王が現役の戦士である事を物語っているようだ。

 

「はい、父上。お久しぶりで御座います」

 

「お呼び頂き、光栄です。こうして、このクラーケンシュタイン城でお父様にお目通りが叶う日が来るなんて、夢のようです」

 

 膝をつき、胸に手を当てて礼の姿勢を取るスサノオとアマテラス。

 他の4人のきょうだい達は、スサノオ達より少し後ろに控えるように立って、その様子を見守っていた。

 

「いや…、お前達の日々の精進故の事だ。聞けば、マークスから見事に一本取ったというではないか。ようやく暗夜の王族に相応しい力をつけた……。故に、お前達をここに呼び寄せたのだ」

 

 ガロンの言葉に、自然と嬉しそうな笑みを浮かべるアマテラス。スサノオは、妹の横顔にチラリと目をやって、兄としてビシッとしなければと自分は顔を引き締めるように意識した。

 

「…その、お父様、あたしも嬉しいのですが、大丈夫なんですか? スサノオおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんは……」

 

 と、エリーゼが突如、心配そうに声を上げる。そのエリーゼの言葉を続けるように、カミラが口を出す。

 

「……ええ。私もずっと聞かされておりましたわ。この子達は私達とは違い、結界に守られた北の城塞にいなければ危険だと……」

 

 心底2人を大切に思っているからこそ、カミラもエリーゼも、スサノオ達が外に出られた事を祝福したと同時に、その身を案じていたのだ。

 

 そんな姉妹の心配に、他でもない本人達が答える。

 

「どうって事ないさ。俺達だって暗夜王族の一員なんだ。そんな結界なくたって、平気だよ」

 

「私達はこうして外に出られた事が何より嬉しいんです。それに、私達きょうだいが力を合わせれば、どんな危険や困難だって乗り越えていけますよ」

 

 笑顔で答える2人に、カミラ達もまた、困ったような嬉しいような顔で頷き返す。

 話が一区切りついた所で、ガロンが本題を切り出した。

 

「さて、スサノオ、アマテラスよ。お前達も知っているだろうが、我が暗夜王国は、東方の白夜王国と今も戦争の最中にある」

 

「! はい……」

 

「十分に存じております。ギュンターさんからもよく聞いていましたから」

 

 外に憧れを持っていた事もあり、幼い頃からギュンターにはよく話を聞かせてもらっていたので、2人は暗夜王国の現状もある程度は把握していたのである。

 

「我ら王族は、(いにしえ)の神、『神祖竜』の血を継ぎし神の末裔。神の力を持つ我ら王族にとって、雑兵との戦いなど赤子の手を捻り潰すように容易く片が付く。王族が一度(ひとたび)戦場に出れば、単騎にて敵一個隊を滅ぼす事さえ容易い。お前のきょうだい達、マークス、カミラ、レオンも既にそれだけの力を持っておる。お前達も、そうならねばならぬ。暗夜王族の一員としてな」

 

「はい。承知しております、父上」

 

「私達は、少しでも兄達に近づくため、剣技に魔道と、今まで各々が修練を積んで参りました」

 

「ほう……。それは頼もしい。では、お前達に授ける物がある」

 

 ガロンがスサノオ達に向けて手を翳すと、それぞれの前に、闇が口を開き、中からは黒塗りの剣がアマテラス、黒き輝きを放つ拳大の宝石がスサノオの前に現れる。

 

「話によれば、スサノオは剣技に問題は無いが、アマテラスは魔道に秀でた分、剣技が兄に劣るそうだな。それは『魔剣ガングレリ』…。異界の魔力を秘めたその剣は、お前の魔力に呼応する。その魔剣をお前の腕を以て振るえば、白夜の兵供をたちどころに殲滅出来ようぞ」

 

「魔剣ガングレリ……」

 

 父からの説明を受けたアマテラスは、宙に浮かぶその剣に手を伸ばす。思いの外、その魔剣は自分の手に馴染むような、そんな感覚をアマテラスは覚えた。

 

「父上、この宝玉は……?」

 

 と、スサノオもまた、自らの前に浮かぶ黒き宝玉に疑問を持つ。

 

「それはマークスやレオンの持つ神器と同じく、我が暗夜王家に伝わる宝具だ。名を『魔竜石ギームル』…。我らが神祖竜の力の一部が宿っているという。その宝玉を所持している間、所持者は本来の自分を超えた身体能力を得ると言われている」

 

「そんな大切な物を、俺が受け取って良いのですか?」

 

「構わぬ。置いておいても宝の持ち腐れでしかないのだ。ならば、お前に授け白夜軍を滅ぼす方が価値はある」

 

「ありがとうございます。必ずや、父上の期待に応えて見せます!」

 

「私も、暗夜の王族として、恥を晒す事のないよう励みます」

 

 2人は与えられた宝玉と剣をそれぞれ手に、ガロンへと深く頭を下げた。

 

「…さて、ではアマテラスよ。お前には早速その魔剣を試させてやろう。捕虜供をこれへ!」

 

 ガロンが叫ぶと、控えていたであろう兵士の1人がスサノオ達の背後からやってくる。

 見ると、スサノオ達が入ってきた中庭の入り口辺りに、縄で縛られた者が複数いた。

 

「よいか…、この者らは、先の戦闘で捕らえた白夜の兵だ。お前の力が見たい。その魔剣を以て、こやつらを斬り伏せてみよ!」

 

 ガロンがアマテラスに命じると、捕虜を連れてきた兵士が、縛られていた白夜兵の縄を解き、彼らの武器らしきものをその足下に投げ捨てた。

 

「ま、待ってください! それならば、俺がやります! アマテラスはまだ実戦に対する心構えが未熟です。だから代わりに俺が……!!」

 

 スサノオが、まだ人を殺す事への覚悟を持てていない妹を庇おうとするが、

 

「ならん。それでは意味がない。これは、アマテラスへの命令だ。お前が敵を殺す事に戸惑いを持つ事が無いという事は、マークスとの訓練の報告で承知済みなのだ」

 

「くっ…、しかし!」

 

 頭に血が昇り掛ける一歩手前で、スサノオの肩を掴む手が。隣にいるアマテラスのものだった。

 

「いいんです、スサノオ兄さん。心配しなくても、私は私のやり方で戦うだけですから」

 

 いつにも増して、その瞳に強い意思を宿したアマテラスに、スサノオも渋々といった様子で、マークス達の元へと向き、

 

「仕方ない…。ただ、これだけは忘れるな。これは、遊びでも訓練でもない、実戦なんだって事は。お前が気を抜けば、それを敵は見逃さずに仕掛けてくる。命を狙ってな」

 

 言うだけ言って、スサノオはその場を離れた。

 

「ありがとうございます、スサノオ兄さん。大丈夫、油断なんてしませんよ……」

 

 アマテラスは魔剣を構える。少々離れた位置にいる敵の数を確認するが、ザッと数えただけで6人ほど。1人で戦うには分が悪い、と思っていたら、

 

「お供いたしましょう」

 

 ギュンターが、ジョーカーとフェリシアを引き連れて、アマテラスの前へと躍り出た。

 

「ギュンターさん!? それに、フェリシアさんとジョーカーさんも……」

 

「ご心配めさるな。王から許可は得ています。我らはアマテラス様の剣も同じなのですから。……ジョーカー、フェリシア。戦えるな?」

 

 ギュンターの問いかけに、ジョーカーはニヤリと笑い、

 

「バカ言えジジイ。当然だ。アマテラス様を怪我させてたまるか」

 

「あ、あのあの~! 私も頑張って戦います! アマテラス様に危害は及ばせませーん!!」

 

 気合い十分とまでに、2人は自身の武器である暗器に手を掛けて言う。

 

「アマテラス様! 戦いは私達に任せて、ゆっくりと寛いでいて下さい~! 後で美味しいお紅茶をお淹れしますから~」

 

「バカ、お前が紅茶を上手く淹れられるか! 紅茶は私がお淹れしますので、どうぞこのバカが言うように、ゆっくりなさっていて下さい」

 

「ば、バカってひどいですよ~ジョーカーさん!」

 

「ええい、少しは静かに出来んのか! 忘れるな。あくまで我らはアマテラス様の剣。アマテラス様自身が何もしなくては意味が無いのだからな!」

 

「あはは……。よろしくお願いしますね、皆さん?」

 

 

 

「ふざけてるのか……!!」

 

 今まで従者コンビによる漫才を静観していた白夜兵の1人が、怒鳴り声を上げた。

 それは、逞しい体つきをした女性からのものだった。

 

「あたしはリンカ! 誇り高き、炎の部族の族長の娘! そこのお前!」

 

 手に持った棍棒をアマテラスへと向けながら、リンカが叫ぶ。

 

「わ、私ですか?」

 

「お前が暗夜王国の王女か。名は何という!」

 

 条件反射的に、アマテラスは名を問われたので率直に答えた。

 

「は、はい! 私はアマテラスです」

 

 その言葉に、白夜兵達の内、1人だけ。ジョーカー達に似た軽そうな武器を持つ男が驚愕の表情を浮かべる。

 

「!! アマ、テラス……?」

 

 その様子に疑問を持ったアマテラスは、その男に尋ねるが、

 

「私の名が、何か……?」

 

「…いえ、何でもありません。…私はスズカゼ。偉大なる白夜王国に仕える忍の者です。…では、参ります」

 

 先程までの驚愕はなりを潜め、スズカゼは手にした手裏剣を構え、低姿勢でアマテラス達を見据えた。

 

 

 

 

 

 

「さあ、見せてみよアマテラス。お前の未熟な剣技が、どこまで使えるのかをな……」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 アマテラスの正義

 

 白夜の捕虜達は、中央にある壁で囲まれた広場を避けるように、リンカとスズカゼのグループに分かれて進撃を開始した。

 見たところ、グループのリーダーである2人以外は剣士のようだ。

 

「来ますぞ! あの忍、なかなかの手練れの様子。奴めは私が引き受けます。アマテラス様はジョーカー、フェリシアと共にあの娘との戦闘を」

 

「分かりました。ギュンターさん、一つだけお願いします。どうか、あの人達を殺さずに勝って下さい」

 

 お父様の命令とはいえ、無闇に命を奪う気にはなれない。それに、お父様は『魔剣ガングレリ』の、いや、私の力がどこまでなのかを見たいと言った。

 私自身の腕試しの為に彼らを殺す必要は無いのだ。

 

「…ふむ。敵であろうと情けを掛けるとは……。やはり、あなたはお優しい方だ。だからこそ、仕える価値もあるというもの。いささか難儀な注文ですが、このギュンター、必ずやその命令を遂行しましょうぞ……!!」

 

 重厚な鎧で武装された騎馬の上で、老練の騎士は不敵な笑みを浮かべながら、その手に握られた槍を構える。

 

「アマテラス様を任せたぞ!!」

 

 手綱を引き、向かい来るスズカゼの一党へとギュンターは勢い良く駆け出した。

 

「言われなくともやってやるよ、ジジイ!」

 

 ジョーカーは、馬と共に走りゆくその背中を見ることもせず、ニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべてリンカ達を見据えていた。

 

「アマテラス様、私達メイドやジョーカーさんのようなバトラーは杖で傷を回復する事が出来ます~。お怪我をされた際はすぐにでも仰って下さいね!」

 

 暗器を片手に、腰のエプロンに挿した杖を私に見せるようにフェリシアは軽く叩く。ジョーカーにも目をやると、同じく腰に挿した杖をそれとなく私に見せるように敵に注意を払っていた。

 

「分かりました。その時は頼りにさせてもらいますね。では、行きます!!」

 

 お父様から賜った魔剣を手に、私はこちらに走ってくるリンカに向けて駆け出す。

 

「ちょ!? アマテラス様、1人で飛び出されては……、もう言っても遅いか。行くぞフェリシア。俺達はアマテラス様が戦いやすいように、取り巻きどもを片付けるぞ」

 

「はい~! 殺しちゃダメですよジョーカーさん?」

 

 続けて、ジョーカーとフェリシアも後に続く。その視線は、自身が倒すべき敵と、守るべき主君に向けられていた。

 

 

「ほう? 王女自ら私に挑んでくるか…。暗夜の世間知らずの王女とはいえ、一端の戦士である事には違いないようだな」

 

 リンカと共にこちらへと来ていた2人の剣士は、すぐさまアマテラスを追い抜いた従者達によって、既にリンカから引き剥がされていた。

 

「手合わせ、願います」

 

「元より、こちらはそのつもりだ! 行くぞ、炎の部族の力、思い知れ!」

 

 リンカが叫ぶと同時、砲弾のごとく、彼女は棍棒で突進してくる。瞬時に、受けきるのは危険だと判断し、私は後ろに飛び退いて振りかぶりを回避する。

 

 ズガッ!!

 

 地面へと叩きつけられた棍棒は、いや、正確には金棒は、寸前まで私がいた地面を盛大に音を立てて叩き割った。もし、今のを剣で受け止めていたと思うと、ゾッとする。

 どうやら、リンカは見た目通りのパワータイプの戦士のようだ。

 

「凄まじい力です……!!」

 

 一発でも当たれば、致命傷となるのは確定的だろう。そして、力比べすら勝ち目は無いに違いない。鍔迫り合いに持ち込まれたら危険だ。

 

 パラパラ、と石の地面にめり込んでいた金棒が破片を落としながら持ち上げられる。金棒の表面は少しの傷が付いただけだった。

 

「お前、なかなか勘が良いな。お前のその軟腕(やわうで)であたしの攻撃を受け止めれば、骨が砕けていただろうからな」

 

 金棒を肩に担ぐように掛けるリンカは、さも当然の事だと言わんばかりに話す。それだけ、彼女は自身の腕力に自信があるのだろう。

 事実、今の一撃を目にしたために、それが強気でもなんでもないのは分かっていた。

 

「確かに、私程度では簡単に押し負けるでしょう。でも、その分スピードは落ちるはず!」

 

 パワータイプは基本的にスピードに劣る、幼い頃からの訓練ではそう教わっていた。だから、リンカをスピードで撹乱して、隙を見て畳み掛ける。

 

 今度は私からリンカに向けて走り出す。もちろん、剣を構えた状態ではスピードが出ないので、剣は握っているだけのぶら下げた状態でだ。

 

「ナメるなぁ!!」

 

 横凪に振るわれる金棒を、スライディングでかわす。立ち上がりざまに、こちらも横凪に剣戟を放つが、リンカは振り切った勢いのまま、それを受け止めた。

 力勝負に勝てるはずもなく、魔剣ごと私は体を押し飛ばされる。転がるように受け身を取って起き上がるが、やはりリンカの力は凄まじい。金棒の一撃を受け止めた右腕が、ジーンと痺れるようだ。辛うじて剣を放さずに済んでいるのである。

 

「フン。防いだ上に剣を落とさないとは、骨のある奴だ。それでこそ、戦いがいがある」

 

 対してリンカは、余裕しゃくしゃくといった様子で、こちらに大きく跳び上がりながら、兜割りを繰り出してくる。

 

「ッ!」

 

 とっさに、横へと飛び込むように避けるが、

 

「あぐぅぅぅぁぁぁあああ!!??」

 

 完全に避けきる事が出来ず、左足に重い一撃が入ってしまう。

 ヒドい激痛に、意識が飛びそうになるが歯を食いしばって耐え、縫い止められたように左足へと食い込む金棒から逃れるため、倒れた状態でも動く右足でリンカの胴に回し蹴りを放つ。

 

「ぐっ…!」

 

 綺麗に決まった回し蹴りにより、リンカがよろめいた隙に左足を金棒と地面の間から引き抜く。

 左足は痛みを感じる割に、感覚が曖昧で、動いているのかも分からない。

 

「チィ! しぶとい!」

 

「く…!!」

 

 一瞬で体勢を直したリンカが、這いつくばっている私に追撃を仕掛けてこようと金棒を高く振りかぶる。

 

 が、

 

「させるか!!」

 

「!!」

 

 声と共に飛来した暗器を、大振りに武器を構えていた事もあってリンカはかわす事が出来ず、腕に突き刺さる。

 

「アマテラス様! すぐに治療しますからー!!」

 

「じょ、ジョーカー、さんと…フェリ、シアさん……?」

 

 痛みを堪えながら仰向けになると、今にも泣き出しそうなフェリシアの顔と、私を守るようにリンカへと立ちはだかるジョーカーの姿がそこにあった。

 

「ごめんなさいごめんなさい!! 私がもっと手際よく敵を倒せていたら、アマテラス様にこんなお怪我なんてさせなかったのに……!!」

 

 杖を私の左足に向けて、必死な形相で謝るフェリシア。だが、これは私の未熟さが招いた、私自身の失態なのだ。フェリシアに落ち度は何もない。それはジョーカーにも言える事だ。

 

「いいん、ですよ…フェリシアさん。あなたは、立派に私のお願いを、聞き届けてくれました。むしろ感謝しているくらい、です…。ジョーカーさんも、ですよ?」

 

 左足に感じる心地よい暖かさに、痛みが少しずつ消えていく。ようやく余裕を取り戻せた私は、さっきまでジョーカーやフェリシアが戦っていた所を見た。どちらも倒れているが、ピクッと動くのが分かるので、生きている。気絶しているだけのようだった。

 

「しかし…、いえ。あなたはそういう人でしたね。お心遣い、感謝致します」

 

 そう言うジョーカーの顔は見えなかったが、どこか優しそうな笑みを浮かべているような、そんな気がした。

 

「…甘いな、暗夜の王女にしては。敵を殺さずに倒すなんて、お前は本当に暗夜の王族なのか?」

 

 腕に刺さった暗器を引き抜き、止血もせずにリンカは疑問をぶつけてくる。

 

「暗夜の王族がどうとか、暗夜の戦士だとか、そんなの関係ありません。私は、()()()()()()()誰かの命を奪う事が嫌なだけなんです」

 

 足の感覚も戻ってきたので、立ち上がり剣を構える。視界にあるのは、白夜の勇敢な女戦士。もはや迷いはない。命を奪わずに倒す事。そのために多少傷付けてしまっても、死なせるより遥かにマシだ。

 

 今まで誰かを傷付ける事を恐れていた。それは今も変わらない。それでも、私は戦うと決めた。私のやり方で、戦うと決めたのだ。

 

 私は剣を構えたまま、脱力しない程度に全身から力を抜く。筋力はいらない。今必要なのは魔力のみ。

 両手両足へと魔力の流れを感じた私は、足の魔力を噴出させて爆発的なスピードでリンカへと走る。

 

「早い!?」

 

 突然、急激に速度を上げたためにリンカは驚愕するが、すぐさま冷静さを取り戻し、金棒を構えて不敵に笑う。

 

「来い! お前の全力、叩き潰してやる!!」

 

 勝負は一瞬で決まる。それが予感出来たのだろう。今まで以上にリンカの纏う空気は張り詰めたものになるが、

 

「!!?」

 

 気がついた時には、アマテラスの姿が視界から消えていた。

 

「どこに…、!!」

 

 瞬間、リンカの背筋にゾッと寒気が走るや否や、その寒気の正体は背後からやってきた。

 

 ドッ!

 

「な、に……!?」

 

 突然の衝撃。その衝撃は十分すぎる威力で、リンカから意識を刈り取る。

 薄れゆく意識の中で、リンカの視界が捉えたものは、

 

「………」

 

 ガングレリを逆向きに持ち、峰打ちを打ち終えた姿で佇むアマテラスだった。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどな」

 

 アマテラス達の決着の瞬間を見ていたスサノオは、したり顔で呟く。

 

「スサノオおにいちゃん、アマテラスおねえちゃんは一体なにをしたの?」

 

 先程まではアマテラスの怪我に、泣きながらうろたえていたエリーゼだったが、回復したのを見て一安心とばかりに調子を取り戻していた。

 

「足に貯めた魔力を一気に爆発させて、あの女戦士の目に映らない超スピードで通り過ぎたんだ。そのまますれ違いざまに斬りつけてもいいが、それでは勢い余って殺してしまう可能性もある。それに、あいつは回り込むまで峰打ちの構えじゃなかったしな。一旦、剣を持ち直す必要もあったんだろう」

 

 続けて、スサノオの説明にレオンが付け加える。

 

「更に、手に込められた魔力により威力が増したその峰打ちが無ければ、あの女を気絶させられなかったろうしね。どちらにせよ、そのまま魔力でブーストされていた斬り込みをしていれば、あの女は今頃上半身が下半身とお別れしていただろう。まあ、要するに魔力を込めた一撃を斬撃から峰打ちに切り替えるタイミングが必要だったから、アマテラス姉さんは奴の背後に回り込んで時間を作ったのさ」

 

 澄まし顔で語るレオンに比べて、エリーゼは「?????」な顔で腕を組んでうんうん唸っていた。

 

「うー、難しくて分かんないよー!」

 

「はいはい。お前にとって重要なのは過程より結果だろう? ほら、アマテラス姉さんが勝った。それで良いじゃないか」

 

「むー…、なんかレオンおにいちゃんにバカにされてる気がする。スサノオおにいちゃーん! レオンおにいちゃんがいじわるするー!!」

 

 泣きつくエリーゼに、スサノオは困った顔をして宥める。

 

「いや、別にレオンはお前をからかってる訳では……」

 

「おい」

 

 と、そこに沈黙を守っていた長兄・マークスから3人に声が掛かる。

 

「お前達、カミラを止めるのを手伝ってくれんか?」

 

 見ると、マークスがカミラを羽交い締めにしていた。ただ、それでもカミラは拘束から逃れようとし、妖艶な笑みを顔に貼り付けていた。

 

「うふふ…。私の可愛いアマテラスをあんなヒドい目に合わせるなんて……。あの女、殺してあげる」

 

 目は笑っていなかった。

 

「父上の御前だという事も忘れていそうだな、カミラ姉さん……」

 

 自分ももし怪我をさせられたら、相手が大変だなぁ、と今更ながらカミラの自分とアマテラスへの溺愛ぶりに戦慄するのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 揺るがぬ正義

 

「ふうっ。手強い相手でした」

 

 額から汗が垂れる。手足に込めていた魔力を全身へと巡るようにイメージして、魔力の流れを元に戻していく。

 魔力を体の一部分に溜めるのは、相当な集中が求められるため、常に気を張っていなければならない。

 

「どうやら、そちらも片付いたようですな」

 

 と、私が伸びをしているところにギュンターが戻ってくる。中心の壁に遮られているため、あちら側での戦闘の様子は分からなかったが、ギュンターの様子を見るに、どうやら私の要望通りに戦い、そして勝ったのであろう。

 

「生きてやがったか、ジジイ。別にくたばっちまっても良かったんだぜ?」

 

 暗器を仕舞いながら悪態をつくジョーカーだったが、イタズラな笑みを浮かべているので、本心からの言葉ではない。

 

「まだまだ私も若い者には負けられんのでな。あの若者は確かに手練れだったが、若さ故に経験も足りんかったようだ。そんなヒヨッコに仕留められるほど、私も無駄に年は重ねておらん」

 

 ギュンターは馬から降りると、私の前まで歩き、跪く。

 

「アマテラス様、ご命令の通り、あの者らの命は奪わずに、武具を破壊して参りました。これで、戦闘の意思は奪えたでしょう」

 

「ありがとうございます、ギュンターさん。白夜王国の力、この目にしかと焼き付けました。私の成長に繋がってくれた彼らには感謝しなければなりませんね」

 

「ますますのご研鑽、おめでとうございます」

 

 そう言うと、ギュンターは立ち上がりジョーカー達の元へと向かう。こちら側の戦闘の詳細を確認するためだろう。おそらく、ジョーカーとフェリシアはお叱りを受けるだろうが、後でフォローするとしよう。

 

「……ガングレリ、私の魔力に呼応……、………っ」

 

 改めて、自身の手にある魔剣に視線を置く。

 魔力を体の部位へと溜めての戦闘方法は、今までの訓練でも何度か試した事はある。ただ、多少のパワーアップやスピードアップくらいの効果で、これほどまでの効果が出たのは、今回が初めてだった。

 

 しかし、私が驚いているのは、それもあるが、何より私がこの魔剣によって自分の能力が段違いに上がったという事に、少しの違和感も感じなかったという点だった。

 

 この『魔剣ガングレリ』は、恐ろしい程に私の手に、感覚に、体に、しっくりとくるのである。

 

 

「さて、アマテラス。トドメを刺せ」

 

 

 私がガングレリを眺めていると、声が掛かった。お父様だった。

 

「お父様…? ですが、この者達はすでに戦えません」

 

 父の言葉に、私は困惑を隠せず、戦闘はもう終わったのだと主張するが、

 

「なんだと…? わしはそやつらを殺せと言っているのだ」

 

「そんな…、でもお父様!」

 

 父からの非情なる命令に、私は反対の意思を持って叫ぶが、お父様の耳には届かない。

 

「…愚かな」

 

 ゆっくりと、先程私と兄さんに魔剣と宝具を与えた時のように、その右手を私の背後に向けて翳す。

 その瞬間、お父様の周りに魔法陣が浮かび上がり、

 

 ドガッ!!!

 

 私の後ろで、爆発音が響いた。

 

「……!!」

 

 その音に驚き、すぐさま振り返ると、

 

 

 ジョーカーが倒した白夜兵の1人が、全身を真っ黒にして、全身から黒い煙を上げて、全身を焼かれて死んでいた。

 

「なっ……!!?」

 

 私は、その光景に絶句した。ジョーカー達も、突然の爆発に驚いていたが、その顔には困惑ではなく、いきなりの衝撃で驚いた、という表情が浮かんでいた。

 

 人の死に恐怖を感じているのは、私だけだった。

 

「な、なぜ……、!!」

 

 なぜこんな事を、と父に問おうと振り返った時、再びお父様の周りに魔法陣が浮かび上がっていた。

 狙いは、壁を隔てて見えない向こう側。ギュンターが倒した白夜兵達を狙っていた。

 

「ほう、意識のある者がいるか。ちょこまかと逃げられるのも面倒…、さっさと始末せねばなるまい」

 

 ニヤリと、おぞましい笑みを浮かべる父の姿に、私は何も考えず、そして体は勝手に動いていた。

 

(ここからでは距離がありすぎる。何か手は……、!)

 

 今から迂回するように向かっていては確実に間に合わない。幸い、お父様は動いているらしい白夜兵に狙いを定めようとしているため、中心を突っ切る事さえ出来れば、まだ間に合うかもしれない。

 しかし、中心の壁に覆われた広場には瓦礫が積み重なっており、通過は不可能───

 

 

(これ、は……)

 

 

───かに思われたが、瓦礫の周辺から、何か大きな力の残滓のようなものを感じた。何も考えず、走りながら手を翳すと、力が手に流れてくるのを感じ取る。

 

 もはや、直感的に、手に込められた大地の力を天高く掲げて叫んだ。

 

 

「竜脈よ、吹き飛ばせ!!!!」

 

 

 すると、瓦礫に覆われていた地面が光り、突如として暴風の発生により、瓦礫はバラバラと天へと散っていく。

 

「道が出来た! 間に合って……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「こざかしい…、こうなれば、多少の威力範囲を上げて殺してやろう」

 

 いい加減、動き回る白夜兵…スズカゼに狙いを定めるのに苛立ったガロンは、込める魔力を強める。

 それと同時に、自分の正面にて竜脈が発動したのを目にする。

 ガラガラと崩れながら天に昇る瓦礫の破片は、竜脈を使用したアマテラスによるものだった。

 

「ほう…、愚かとはいえやはり王族。竜脈を統べる力は持つか」

 

 少しぽっちの感心はすぐさま消え、再びスズカゼへと魔法を放とう構えるガロン。もはや狙いを定める必要はなく、大きな爆発がスズカゼを襲おうとする。

 

 ドガッ!!!!!

 

 さっきの1発よりも一際大きな爆発が、スズカゼの姿を覆い隠した。当然、これほど大きな爆発を受けて、普通は生きてはいられない。

 

 だが、

 

「……」

 

 もくもくと消えていく黒煙の中から姿を現したのは、傷一つないスズカゼと、

 

 

 スズカゼを守るようにして、剣を両手で前に構えて立ち尽くすアマテラスだった。

 

 

「…えっ?」

 

 自然と漏れたスズカゼの声。彼もまた、死を覚悟していただけに、無傷の自分と、自分の前に立っている少女の姿に驚きを隠せず、呆然としていた。

 

「アマテラスおねえちゃん…!?」

 

「なんてことを……」

 

 その光景を目にしたマークス達きょうだいも、驚きを隠せなかった。妹が、姉が、一体何をしたのかを。何をしでかしてしまったのかを。

 

 そして、自身の放った魔法を防がれたガロンは、怒りが全身から滲み出ているようで、強くアマテラスを睨み付けていた。

 

「アマテラス…貴様…」

 

「父上、お許し下さい! アマテラスは外に出てまだ間もなく、何も分からぬ身故の……」

 

 マークスがなんとか許しを得ようと父に進言するが、

 

「よいか…マークス。白夜兵どもを殺せ。逆らう者がおれば、諸共に殺せ」

 

 父の言葉に、マークスは躊躇いを隠せない。

 

「し、しかし……!」

 

「やれ」

 

「……っ!」

 

 有無を言わさぬガロンの言葉に、マークスは苦しそうな顔を一瞬するが、それもすぐに消え、静かに剣を抜く。赤黒い光を帯びた、暗夜に伝わる神剣を。

 

「ま、待ってくれ…、!」

 

 ゆっくりとアマテラスに歩み寄る兄を止めようと、スサノオが足を動かせようとするが、

 

「止めなよ、スサノオ兄さん。父上も、マークス兄さんも本気だ」

 

「レオン…! 放せ、放せよ! アマテラスが…!!」

 

「今は黙って見ててよ。それにもしもの時は、僕が上手くやるからさ」

 

 レオンの揺るぎない眼力と、自信に満ちた声で、スサノオは、それでも納得はしないが、ひとまず冷静さを取り戻した。

 

「本当に何かあった時は、俺も出るからな」

 

 すでに剣に手を掛けて、スサノオはアマテラスとマークス達のやりとりを注視する。

 いつ、何があっても良いように。

 

 

 

「下がれ、アマテラス。さもなくば……」

 

 その言葉は、兄としてよりも、1人の暗夜騎士としての言葉。それでも、家族だからこそ、マークスはこうして警告していた。

 

「兄さん…!」

 

 だが、アマテラスは引かない。ここで引いてしまえば、スズカゼ、そしてリンカ達の命は無いからだ。

 

「馬鹿者が……!」

 

 アマテラスに引く気が無いと分かり、マークスは攻撃を開始する。

 振り下ろされた剣を、アマテラスはガングレリで受け止めるが、アマテラスが一撃防ぐ間に、すかさずマークスは連撃を放つ。

 

「あぐ…っ!」

 

 胴、腕、脚…、連撃は全てアマテラスへと命中するが、その全てが掠めた程度で済んでいるのは、マークスが手心を加えたからに他ならない。

 ようやく、アマテラスは実感した。自分がマークスから1本取ったあの時も、兄は少しも本気を出していなかったのだと。

 兄は、自分よりも遥かに先を行く存在なのだと。

 

 それでも、アマテラスは引かない。魔剣を携えて、マークスの前に立ちはだかり続ける。

 

「アマテラス……何故殺さない? 白夜は我らの敵なのだぞ」

 

「敵…ですか。確かに、暗夜にとってはそうなんでしょう。ですが、私には何故かそうは思えないんです……彼らの事を……」

 

「先程、お前はあの女戦士に深手を負わされたばかりではないか。それだというのに、お前はこの者達を敵とは思えないと? そう言いたいのか」

 

「はい」

 

 どこまでも真っ直ぐなその瞳に、マークスは騎士としての顔で、暗夜王女に問う。

 

「…覚悟は出来ているというのだな」

 

「すみません、マークス兄さん…」

 

 その答えに、暗夜最強の騎士は深く溜め息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、その様子を先程から見ているカミラはというと、

 

「どうして…どうしてなの……? 優しい子だとは分かっていたのに、どうしてこんな事になってしまったの……? ああ、お願いだから、もうやめて…アマテラス……。私のアマテラス……」

 

 苦悶に満ちた表情で、それでも父の言葉に逆らう事も出来ず、ただただアマテラスの無事を祈る事しか出来なかった。

 

「そんな、アマテラスおねえちゃん……。どうしよう、どうしよう……。マークスおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんがぁ……」

 

 為すすべもなく、エリーゼも泣きながらその場にへたり込んでしまう。

 

「う、ひっく…、きょ、今日は、スサノオおにいちゃんと、アマテラスおねえちゃん、の、お祝いを用意、ひっく、してたのに……うぅぅ……」

 

 泣き崩れたエリーゼを見て、スサノオもとうとう我慢の限界が来ようとしていた。

 

「くっ…! おい、レオン。俺はそろそろ限界だぞ…!!」

 

 今にも飛び出して行きそうなスサノオに、レオンは、

 

「まったく…仕方ないな」

 

 ようやく、その重い腰を動かした。

 腰のショルダーに仕舞った魔道書『ブリュンヒルデ』に軽く手を触れ、魔力を溜めて、触れていない方の手をアマテラスへと向ける。

 

「!!」

 

 アマテラスは突然の出来事に、呆気に取られた。兄に刃向かってまで守ろうとしたスズカゼは、いとも簡単に、突如地面から生えてきた樹木によって、弾き飛ばされたのだ。樹木はスズカゼを弾くと、10秒と経たずに幻のように消えていった。

 

「そんな、どうして……」

 

 驚く暇もなく、今度はこちら側にいた白夜の兵が、1人、また1人と魔幻の樹木によって吹き飛ばされていく。

 そして、それは元々アマテラスが戦っていた場所も同様で、焼け死んだ白夜兵以外の2人も吹き飛ばされていた。

 

「……な」

 

 あまりに急すぎる展開に、悲しむどころか怒る事さえも出来ず、アマテラスはもはや無意味に、その手の魔剣を構えたまま、立ち尽くしていた。

 

 

 生き残っていた白夜兵達が全員樹木に弾き飛ばされたのを確認したレオンは、他のきょうだい達と同じく呆気に取られているスサノオから離れ、父の前へと足を運び、跪く。

 

「父上。不出来な姉の代わりに、僕がトドメを」

 

「レオンか…」

 

 別段、大して驚いた様子もなく、ガロンは息子を見下ろしていた。

 

「ですからどうか、アマテラス姉さんの事は……」

 

 レオンは、代わりに自分が始末したのでアマテラスへの罰を許してもらおうとしていたのだ。

 ……本当の事は隠して。

 

「……もう良い。追って、沙汰を下す! それまで待機しておれ!」

 

 興が削がれたと言わんばかりに、ガロンはアマテラスを一瞥してその場を去って行った。

 

 

 ハッとしたアマテラスは、すぐさまレオンへと駆け寄った。無論、今しがた弟が行った事を問い詰めるために。

 

「レオンさん! なんてことを! いくら敵とはいえ、動けず戦意を無くしている相手を殺すなんて!」

 

 レオンの胸ぐらを掴んで、怒り任せに怒鳴るアマテラスに、レオンは変わらず冷静に、そして尚且つ静かに、アマテラスへ耳打ちした。

 

「しっ。まだ父上に聞こえるかもしれないから」

 

「!! まさかレオンさん、あなた……」

 

 そこに、アマテラスと対峙していたマークスが剣を仕舞いながら歩いてくる。

 

「おい。よせ、2人とも…闘いは終わった」

 

「……、」

 

「…アマテラス、お前のその優しすぎるまでの優しさ、いつか仇になるかもしれんぞ」

 

 騎士としてではなく、兄として。その言葉を、アマテラスは静かに受け止めていた。

 

「はい…。ですが、たとえそうだとしても、私に悔いはありません」

 

 対して、マークスも、妹のその言葉を、静かに受け止めた。

 

「…そうか。まあ、いい」

 

 とりあえずは納得したようで、マークスは近くに控えていた兵を呼びつける。

 

「捕虜どもの持ち物を調べたい。死体を、私の別館に運んでおけ」

 

「はっ!」

 

 兵はそそくさと白夜兵達を回収し始める。アマテラスはその光景を眺めながら、レオンへと尋ねた。

 

「レオンさん、さっきの攻撃は……」

 

「ああ。…威力を弱めておいた。命に別状はないよ」

 

 どうという事もなさそうに、レオンは言う。実際、レオンにしてみれば、あの程度の小細工は遊びに等しいのだ。

 

「父上の命令通り殺しても良かったんだけど……」

 

「それをやったら、アマテラスが落ち込むし、カミラ姉さんやエリーゼまでその様子を見て悲しむだろうからな」

 

 レオンの言葉を勝手に奪って話すスサノオ。レオンは少しイジケたようにソッポを向く。

 

「ありがとうございます、レオンさん。私はとても良い弟を持ちました」

 

「法衣は裏返しで着てたけどな」

 

「もう…! なんで思い出させるんだよ、スサノオ兄さん!」

 

 ガバッと振り向きスサノオのスネを軽く蹴ろうとするレオンだが、スサノオは軽くかわして逃げる。

 

 逃げるスサノオに追うレオン、である。

 

「レオンおにいちゃん、ナイス!」

 

「ええ。…でもきっと、このままじゃ済まないわ。お父様がこのままで終わらせるはずがないもの……」

 

 憂いを帯びたカミラの言葉は、他の5人のきょうだいの胸に、重くのしかかったのだった……。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 破壊神 仮面とヒーローと巨乳とメガネと

 

 こっそりと白夜兵達を城の外に逃がすには、城が静まり返る夜しかない。なので、それまでの間、アマテラスとスサノオは時間を潰す必要があった。

 

「父上からのお達しはいつになるか分からないからな。北の城塞に戻るわけにもいかないし」

 

 かといって、不慣れな城内を歩き回って迷子、なんて事になれば王族としては恥ずかしいを通り越えて情けないので、時間を潰すにも手詰まりのスサノオとアマテラスなのである。

 

 マークスやレオンは、白夜兵を逃がすための手配を整えるために、既にここには居らず、頼みの綱はカミラとエリーゼのみだった。

 

「私としても、機嫌の悪いお父様が居るこの城で、可愛いあなた達と過ごすのは居心地が悪そうだし、こうしましょう」

 

 ポンと手をたたくカミラ。そして次に、エリーゼに視線を送ると、こしょこしょと耳打ちをする。するとエリーゼはみるみるうちに満開の笑顔を咲かせ、

 

「わーい! それいい! カミラおねえちゃんさいこー!!」

 

 飛び上がって喜ぶエリーゼが、スサノオとアマテラスの手を掴んで、笑顔で言う。

 

「おにいちゃん、おねえちゃん! 私のお家に遊びに来ない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリーゼとカミラの住む離宮は、城の地下道を通って行く事が出来る。どうやら、ここは王城の関係者しか知らない秘密の道らしく、外にも続いているそうだが、街の人間は誰も知らないらしい。

 

「私のお家へようこそー!!」

 

 暗い通路を進んで行き、ようやく着いた外には、少しばかりの煌びやかさと華やかさのある、王族にしては派手すぎない館が建っていた。

 

「ここが、エリーゼの住んでる所か……」

 

 ズンズン先を行くエリーゼが、元気よく扉を開く。続いて、スサノオとアマテラス、お供として来ていたギュンターを除く従者達も中に入る。

 しばらくの間、シーンとしていた館内だったが、

 

「エルフィー!! ハロルドー!! 帰ったよーー!!!」

 

 元気いっぱいにエリーゼが叫ぶと、1階のとある扉が開く。

 

「お帰りなさい、エリーゼ様」

 

 髪を頭の後ろで一纏めにした少女が、ドスン、ドスンと床を振動させながら歩いてくる。

 決して、彼女の体重によるものではなく、彼女が手にしている巨大な鉄球が原因だとだけ言っておこう。

 

「あー! また訓練してたの?」

 

 エリーゼの様子から、どうやら日常茶飯事の事らしい。それにしても、あれほどの大きな鉄球を平気な顔で持ち上げているのは、なんとも異様な光景である。

 

「か、怪力なんだな……」

 

 スサノオは思わず言葉に出してしまうが、それにより、ようやくエルフィの注意が訪問者達へと向いた。

 

「こちらは……?」

 

「うん! スサノオおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんだよー!」

 

「!」

 

 正体を知った彼女は、すぐさま礼の姿勢を取り、

 

「お初にお目にかかります、スサノオ様、アマテラス様。私はエリーゼ様に仕えております、エルフィと申します。お見知りおきを……」

 

 鉄球を持ったままの姿勢で頭を下げる彼女に、苦笑いを浮かべる一行。

 

「あれー? ハロルドはいないの?」

 

 キョロキョロと辺りを見回して言うエリーゼに、エルフィが鉄球を上下させながら答える。

 

「彼でしたら、ふん、地下街の巡回に、ふん、行っていますよ、ふん」

 

「そっかー。せっかくおにいちゃん達を紹介しようと思ったのになー……」

 

 残念そうにイジケるエリーゼだったが、すぐに調子を取り戻して、

 

「エルフィ、エルフィ! お茶会を開くよ! 今は自分の離宮に行ってるけど、後でカミラおねえちゃんも来るからねー!」

 

 エリーゼは嬉しそうに、スサノオとアマテラスの手を取って屋敷の中を進んでいく。行き先はエリーゼの部屋だった。

 

 

 

 

 

「スサノオ兄さん、本当に大丈夫でしょうか……?」

 

 部屋に着くこと数十分、アマテラスは心配していた。何を隠そう、あのフェリシアがお茶会の準備を買って出たからだ。

 

「大丈夫、だと信じたい。ジョーカーも居る事だし、そこまで心配しなくてもいいんじゃないか?」

 

 エリーゼの館には珍しいことに、召使いがほとんど居ない。なんでも、エリーゼは下町へ繰り出すことがよくあったそうで、自分でなんでもすることの大切さを学んできたとのこと。

 

「あの、フェリシアさんはそんなにドジなのですか?」

 

 物怖じせずに聞いてくるエルフィ。ぼやっとした見た目に反して、なかなかに大柄な性格をしているらしい。

 

「ドジで済むレベルじゃない。……ほら、噂をすれば、だ。耳を澄まして聞いてごらん?」

 

 その言葉に、知っているアマテラス以外の2人は目を閉じ、ソッと耳を澄ませてみる。すると、

 

 

 ガッシャーン!

 

『きゃー!? カップを落としちゃいましたー!?』

 

『バカ!! 何やってんだ!』

 

『ご、ごめんなさーい!!』

 

 バリーン!

 

『あー!? 今度はお皿がー!?』

 

『お前! ここはエリーゼ様の館だって事を忘れてないか!?』

 

『だ、だってだってー! あ、手が滑って……!!』

 

『アツッ!? お前! 焼きたてのクッキーをブン投げるとか!? 火傷するってどころの話じゃねーぞ!!』

 

『ごめんなさいー! すぐに治療しますからー!』

 

『こんな所で杖を振り回すバカがいるか! 痛!? おい、杖が当たってんだよ!!』

 

『ご、ごめんな……、きゃー!? 滑りましたー!?』

 

『アホか! こんな所で暗器落とすとか、危ねーんだよ!!』

 

 

 

 少し距離が開いているとはいえ、台所の騒ぎがここまで聞こえてくる事に、エリーゼとエルフィは乾いた笑いしか出なかった。

 

「ああ…。フェリシアさん、やっぱりですか……」

 

 

 

 

 

 

「これはまた…、すごいわね……」

 

 しばらくして、到着したカミラも共にエリーゼの部屋で待っていたのだが、紅茶が出てくると、砕けたクッキーにボロボロのティーセット。この少しの間に、どれだけ風化してしまったのだと疑いたくなるような荒れようだ。

 

「すみません…。手は尽くしたのですが、クッキーは材料が底を尽きまして、形は悪いですが、味はまともなものをお出ししようとした結果、これしか残っておりませんでした」

 

「ど、ドジでごめんなさい……」

 

 シュンとうなだれるフェリシア。見ているこちらが辛くなってくるので、思わずアマテラスはフェリシアの頭を撫でて慰める。

 

「フェリシアさんが頑張ってくれた事は、ここにいるみんなが分かっています。だから、そんなにガッカリしないで。これからもっと頑張って上手になっていきましょうね?」

 

「アマテラス様~……!!」

 

 キラキラと目を輝かせて、アマテラスを見つめるフェリシア。どうやら、ひとまず落ち込みからは立ち直ったらしい。

 

「さて、スサノオ、アマテラス。可愛いあなた達に、プレゼントがあるの」

 

 カミラが手をパンパン、と叩くと、扉をノックする音が。続いて「失礼します」という声と共に扉が開かれ、入ってくる者達がいた。

 

「紹介するわ。今度からあなた達に仕える事になった者達よ。自己紹介をお願いね」

 

 と、室内に入ってきた4人が、順番に名乗り始める。

 

「はじめましてー!! あたし、アイシスって言いまーす! 暗夜じゃ珍しい、ペガサスナイトだよ! あ、白夜じゃ天馬武者だっけ? まあ、細かい事は良いよね! ヒーロー目指して頑張るよー!!」

 

 薄いグレーの髪を二つに結んでお下げにした彼女は、とにかく元気なハツラツ娘、という印象を受ける。

 

「……ミシェイルだ。竜騎士をしている。相棒のミネルヴァの世話が趣味だ。……、本当にこんな事まで言う必要があるのか……?」

 

 薄い赤髪をオールバックにし、目許を仮面で覆い隠す青年は、仮面で表情が分かりにくいが、どうやら不機嫌らしい。

 

「の、ノルンと言います……。趣味、趣味…、えっと、弓が得意、です…。あ、あと、お守りを作ったり…? ひいぃぃ!! そ、そんな奇妙なものでも見るような目で見ないで……!?」

 

 黒髪に髪飾りを付けた少女は、その場で怯えるようにミシェイルの後ろへと隠れてしまう。

 

(でかい……)

 

 ただ、その豊かな胸だけは見逃さない女性陣(カミラを除く)は、羨望の眼差しを、ミシェイルの背後に隠れる少女へと向けていた。

 

「さてと、最後ですね。僕の名前はライル。見ての通り、魔道士です。それと、少しばかりですが様々な学問をかじっていますので、多少は知恵をお貸しできるかと。よろしくお願いします」

 

 赤みがかった髪は、いわゆる七三で、印象としては生真面目キャラ、といったところだろうか。メガネにこだわりがあるのは、その『クイッ』と何度もメガネをかけ直すような仕草から、まず間違いない。

 

「彼らは私やマークスお兄様、レオンの臣下からの紹介なの。だから信頼に値する事は保証するわ」

 

「カミラ姉さん達からのお墨付きなら、心配はいらないな」

 

「皆さん、よろしくお願いしますね」

 

 2人は笑顔で、新たな臣下達を歓迎する。その様子に、4人は不思議そうにしていた。

 

「何か…?」

 

「いや、あなた達が、私達の知っている恩人によく似ているから、少し驚いただけだ」

 

「あれだよね。顔とか声が似てるんじゃなくて、なんていうの? 雰囲気? みたいなのが同じなのかなぁ?」

 

「わ、分かる気がするわ…。あの人と同じ、不思議な安心感を、スサノオ様達から感じる気がするもの……」

 

「不思議な事もあるものですね。これもまた、縁、という事なのでしょうか」

 

 とにかく、スサノオとアマテラスは喜んで、彼らを受け入れるのだった。

 

 

 

 

「おい、フェリシア。今度、俺がみっちり従者としての基本を叩き込んでやるから覚悟しておけ」

 

「はわわ!? ジョーカーさんがいつになく怖い顔で睨んで来ますーー!!??」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 試練への旅立ち

 

 深夜、暗夜王都は不気味な程に静まり返っていた。軒並み並んだ民家には、まるで人気は無く、本当に人が生活しているのかも怪しい。

 

 王城で見張りの薄い箇所を抜け、アマテラス達は王都入り口まで誰にも見つからずにたどり着いていた。

 もちろん、生き残っている白夜王国の捕虜も連れて、だ。

 

「ここまで来れば良いだろう……」

 

 マークスは背後を確認しながら、門番の居ない門の前で立ち止まる。

 

「いいか…、我が妹アマテラスの優しさに免じ、今回だけは解放しよう」

 

 門の外へと手で指し示しながらマークスは言う。

 

「消えるがいい。我が王の目に触れぬうちにな」

 

 白夜の捕虜達は、ある者は歓喜の声を上げて、ある者は喜びに涙を浮かべて、ある者は悔しさに苦い顔で、皆一様に違う顔を浮かべては門の外へと駆けていく。

 

「……」

 

 スズカゼは、マークスの言葉のとある部分に違和感を覚えていたが、黙ってその場を離れた。リンカもそれに続こうとして、ふとアマテラスの前で立ち止まる。

 

「……どこまでもコケにしてくれる…」

 

 明らかに悔しいというように、アマテラスを睨みつけ、

 

「お前、アマテラスと言ったな。次に会った時は後悔させてやる!」

 

 指を突き付けて宣言するリンカに、アマテラスは柔らかな笑みを浮かべて、こう返した。

 

「いえ…私は出来れば、次に会った時は仲良くしたいです」

 

 その言葉に、リンカは呆気に取られた顔をするが、すぐに警戒心丸出しの顔になる。

 

「なに? お前、分かっているのか? あたしは白夜王国の戦士…、お前達の敵だ!」

 

「はい。確かに、白夜と暗夜は戦争をしている敵同士です。ですが私は、出来ればあなた達と殺し合いなんてしたくありません」

 

 心から、嘘偽りの無い本心をアマテラスはリンカへとぶつける。自分の望みを、彼女に語りかける。

 

「早くこの戦いが終わって、あなた達と平和に暮らせればいいと、心から願っています」

 

「お前……」

 

 呆れたような溜め息を吐いた後、リンカはどことなく、可笑しそうに笑う。

 

「ふっ…。暗夜に世間知らずの王女がいるという噂は、どうやら本当らしいな。……次に会う時までその言葉が続くか…、見ものだな」

 

 最後にちらりと、一瞬だけ真面目な顔に戻り、アマテラスを一瞥してリンカは走り去って行った。

 

「リンカさん……」

 

「つくづく、お前は甘い。いや、優しい子だと私は思う。だが、先程も言ったように、いずれお前は自身の優しさに苦しむ事になるかもしれん。その事だけは忘れるな、アマテラス」

 

 マークスは、走り去る白夜の兵達の背を最後まで見送らず、背中越しにアマテラスへと言った。その言葉を、消えていく彼らを見ながら、アマテラスは静かに受け止めていた。

 

 

「分かっていますよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝だというのに、暗夜王都ウィンダムは薄暗い空に包まれていた。いや、これは王都に限った話ではなく、暗夜王国という国、土地そのものが常日頃から暗闇に満ちているのだ。まるで、光そのものから敬遠されているかのように。

 

 そんな薄闇に包まれた国でも、野に咲く一輪の花の如く、華やかに笑顔を振りまく存在は確かに居た。

 

「おねえちゃん、一緒にがんばってあやまろーね」

 

 クラーケンシュタイン城の玉座の間の前にて、エリーゼはパチリとウインクしてアマテラスに言葉をかける。

 ぎゅっと握りしめられたアマテラスの手には、エリーゼの小さくて柔らかい感触と、暖かな感触が伝わってくる。

 それだけで、ガチガチに緊張していたアマテラスの心も、優しく解きほぐされていくようだった。

 

「あたしも一緒にがんばる。そしたら、お父様もきっと許してくれるもん」

 

 にこやかに笑みを向けてくる可愛い妹に、アマテラスもまたつられてにこやかな笑みを浮かべていた。

 

「はい、ありがとうございますエリーゼさん」

 

 姉の笑顔に、一層気合いが入ったエリーゼは、何故か準備運動でもするかのように、

 

「よーし…! すー、はー、」

 

 もう一度、呼吸を整えて気合いを入れ直すと、意を決して、

 

「…じゃあいくよ」

 

 扉越しに、若干おどおどしながらガロンへと声を掛けるエリーゼ。

 

「あのーお父様。お話が……」

 

 その時だった。

 

 

 

「ふははははははははっ!!」

 

 

 

 突然の笑い声。それはエリーゼの勇気を振り絞っての言葉をいとも簡単にかき消してしまう。

 

「!」

 

 いきなりの事に、エリーゼはびっくりした顔のままで固まってしまう。

 

「くはははははははははははぁっ!!」

 

 なおも続く父の笑い声に、違和感を覚えたアマテラスは、思わず口を開いていた。

 

「お父様…!?」

 

「お、おねえちゃ…」

 

 アマテラスの声で再起動したエリーゼが、慌てるように姉に声を掛けるが、

 

「ぬ…!? そこにいるのは誰だ!?」

 

 既に遅く、ガロンは扉越しに誰か居るという事に気付いた。

 

「ご、ごめんなさい…お父様」

 

「申し訳ありません…」

 

 別に悪い事をした訳でもないのに、何故か謝らなければ、と思った2人はそのままの扉越しで謝罪の言葉を口にする。

 

「お前達…、何の用だ?」

 

「えっと、アマテラスおねえちゃんはお父様に謝りにきたんです! ねっ、おねえちゃん?」

 

 とっさに本来の目的を遂げようと、エリーゼはアマテラスに促す。

 

「はい…」

 

 しばらくの沈黙が続き、やがてガロンの言葉が掛かる。

 

「…入れ」

 

 入室を許されたアマテラス達は、静かに扉を開けて玉座の間へと入る。そして、不思議な光景を目にする事になる。

 玉座にはガロンが座るのみで、室内には他に誰も人間が居ないのだ。それ自体は別段おかしな事はない。おかしいのは、他に誰も居ない室内で、ガロンは何故笑っていたのか、という事だった。

 見たところ、ガロンは何かを持っている様子もなく、何故笑っていたのか、全く分からないのだ。

 

「さて…アマテラスよ」

 

 と、辺りに視線を巡らせていると、ガロンに声を掛けられる。

 

「お前は王命に背いた。本来ならば、死で償わねばならぬ大罪だ」

 

「はい…」

 

「そんな……! で、でもお父様…」

 

 エリーゼが慌てるのにも関心を向けず、ガロンは言葉を続ける。

 

「だが、お前はわしの子。このような事で死なせたくはない。アマテラスよ、お前に1つ任務を与えよう。見事やり遂げた暁には、特別にその罪を許してやろう」

 

 突如湧いて降ってきた、そのまたとないチャンスに、アマテラスは動揺を隠せない。

 

「ほ、本当ですか! どのような任務ですか?」

 

 動揺どころか、むしろ興奮しているぐらいだ。

 

「よいか。国境沿いの白夜領に…今は廃墟となった無人の城砦がある。そこへ向かうのだ。戦いは無用、ただの偵察で良い。分かったな、我が子よ。わしを失望させるな……」

 

「…はい。その任務、必ずや成し遂げてみせます!」

 

「やったね、おねえちゃん! あたし、他のみんなに知らせてくるね! 失礼します、お父様!」

 

 元気良く、エリーゼは玉座の間から飛び出して行った。

 

「……」

 

「……」

 

 そして、取り残されるアマテラスと、元からここにいたガロン。今まで会話らしい会話をした事が無い事もあり、実の親と何を話してよいか分からないアマテラスは、何か言わなければ、と必死に考える。

 そして、ある事に思い至る。

 

「あの…お父様」

 

「…なんだ?」

 

 変わらずの声音に、アマテラスはまた少し緊張しながら、尋ねる。

 

「私の、私とスサノオ兄さんのお母様とは、一体どのような方なのですか?」

 

「何故そのような事を聞く?」

 

「いえ、少し気になったので」

 

「お前達の母親は、死んだ。それ以外に教える事はない」

 

 冷たい父の言葉に、アマテラスは意外と傷付いていなかった。心のどこかで、自分達の母親はすでにこの世に居ないという事は何となく分かっていたからかもしれない。

 

「…すみません。些末な質問をしてしまって」

 

「お前とスサノオは、マークス達とは違う」

 

 と、話を続ける父の言葉に疑問を感じるが、黙って耳を傾ける。

 

「我が子よ。お前達双子は、生まれるべくして生まれてきたのだ。他の人間と違い、たまたまその『人間』として生まれ出たのではなく、お前達という『人間』として、神の意志によってな」

 

「それは、どういう……?」

 

「話はこれまでだ。しばし、ここで待っておれ」

 

 言って、ガロンはゆっくりと腰を玉座から上げ、アマテラスの隣を横切って、玉座の間から出ていった。

 

「私と、スサノオ兄さんが…、マークス兄さん達とは違う……?」

 

 胸には、父の言葉が大きなうねりとなって、渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「困ったわねぇ…、本当に大丈夫なの? あなた達と従者達だけなんて……」

 

 玉座の間には、先程きょうだい達を呼びに行ったエリーゼにより、暗夜王家きょうだいが勢揃いしていた。

 そして、カミラは言葉通りに、腕組みをしていかにも困ったと言わんばかりに顔をしかめていた。

 

「ふっ…。心配いらないさ、姉さん。アマテラスの話だと、無人の砦を偵察に行くだけみたいだしな」

 

 実は、スサノオもアマテラスの任務に同行する事になっていた。最も近しいきょうだいであるスサノオは、アマテラス1人を行かせる訳にはいかなかったからだ。

 

「そうですよ。戦いに行く訳では無いんですから」

 

「のんきなもんだね、アマテラス姉さん、それとスサノオ兄さん。父上直々の任務だというのに……。そんな調子じゃ、無事で帰れるとは到底思えないよ」

 

「レオンさん…」

 

 いつもの調子で皮肉るレオンだったが、すぐさま反撃が飛んでくる。しかも、いつも通りの思わぬところから。

 

「やだもーっ、レオンおにいちゃんってば、心配しすぎっ! せっかくの旅立ちの時に、不吉なこと言わないでよっ!」

 

 レオンのすぐ斜め後ろにいたエリーゼから、バシッ! とその背にそれなりに強烈な一撃がお見舞いされる。

 もちろん、悪意なきビンタである。

 

「うっ! エ、エリーゼ、お前…脳天気すぎ…」

 

「ああ…、やっぱり、私も一緒に……」

 

 カミラが近場にいたスサノオを抱きしめようとしたその時、カミラの提案を遮る者がいた。

 

「なりません、それは」

 

「軍師マクベス…。どうしてなの?」

 

 軍師であり、有能な邪術士でもある彼は、暗夜王国の参謀として、ガロンに使われている。

 卑劣な手を好む彼は、マークス達きょうだいからはあまり良く思われてはいない。

 

「いいですか? ガロン王様は、この偵察行を…アマテラス王女、並びに同行されるスサノオ王子への試練だと仰っています。スサノオ王子とアマテラス王女に、いずれはこの国を治める王族としての資格があるのか否か…。それを試されようとしているのです。それを他のきょうだい方が手助けをしては、意味がありません」

 

「そんな事、お前に言われるまでもなく分かっているさ。俺とアマテラスは北の城塞から出て間もない。だからこそ、俺も同行が許された訳だしな」

 

「ええ。必ずこの任務、成し遂げてみせます」

 

 意気込む2人だったが、そこへ戻ってきたガロンから声が掛かる。

 

「…待つがよい、お前達」

 

「父上……?」

 

「この者を連れてゆけ」

 

 と、ガロンの後ろからやってきたのは、大柄で逞しい体付きの大男。人相も悪く、いかにも力自慢なように見える。

 

「この男はガンズという。見ての通り、王国きっての怪力の持ち主よ。お前達の任務の助けになるであろう」

 

「ありがとうございます、お父様!」

 

 その一連の流れを見ていたマークスは、静かにスサノオとアマテラスの後ろに移動し、内緒話でもするかのように、小声で話かける。

 

「…スサノオ、アマテラス。あの男…ガンズには気を付けろ」

 

「え?」

 

「それはどういう…」

 

 マークスがガンズを見る目は、険しいもので、これっぽっちも信用していない事を表している。

 

「ああ。あの男は過去…、数々の略奪や殺人を重ねてきた重罪人だ。父上によって兵に取り立てられたが…、決して油断するな。心を許すな…」

 

「……」

 

 無言のままに、2人は父と、不穏な存在であるガンズに視線を送っていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 悪意の凶斧

 

 スサノオとアマテラス一行は、準備を整えるとすぐに城を出発した。目的地である白夜領の城砦があるのは、暗夜と白夜を隔てるとても険しく深い渓谷。そこはまるで終わりの見えない、果てしない谷である。

 そのあまりに深すぎる闇は、まるで底が見えず、また途方もない長さを誇り、この渓谷自体が国境として存在している程だ。

 

 好んでこの渓谷に訪れる者はいない程に、そこは危険な場所なのだ。この終わりの見えない渓谷を、人はこう呼ぶ。

 

 

 永劫に闇が蠢く谷、『無限渓谷』と……。

 

 

 

 

 

「へえ…、すごい高さだな。まるで底が見えない……」

 

 無限渓谷に掛かる吊り橋から、スサノオは身を乗り出して下を眺めていた。

 辺りには暗雲が立ち込め、常に雷が轟いている。そして、その雷が唯一の光源でもあった。

 

「あ、危ないですよスサノオ様~!?」

 

 と、落ちるのを防ぐためか、スサノオの腰にしがみつくようにフェリシアが主を抑えていた。

 

「ここは……?」

 

 不気味な場所だが、そのフェリシアとスサノオの和やかな姿に、内心では安心感を覚えているアマテラスが尋ねる。

 

「ここは無限渓谷…。暗夜と白夜を分かつ果てしない谷です」

 

 ボロボロではあるものの、ギュンターが重厚な鎧を着込んだ騎馬で乗れるくらいには頑丈に出来た橋のようだ。

 

「スサノオ兄さんの言う通り、底が真っ暗ですね……」

 

「はい。谷底は無限の闇が続き、落ちた者は決して戻らず…、空は暗雲立ち込め、飛行する者を雷が襲う。本来ならば避けるべき危険な道です」

 

 同行者であるアイシスとミシェイルに視線を送るギュンター。彼らは空を得意とする戦士だ。故に、ギュンターが言ったように、この無限渓谷ではその自由度の高い飛行移動が封じられる他、下手をすれば闇へと真っ逆様なんて事も十分あり得るのである。

 

「うぅ~…。いくらヒーローといえど、流石に雷様には勝てないよー」

 

「ふん…。ミネルヴァが雷に打たれるなど、以ての外だからな。決して谷の上は飛ばせん」

 

 その2人はというと、それぞれ天馬と飛竜に騎乗してはいるものの、飛行はせずに直接地面を、今は橋の上だが、歩く形となっていた。

 

「しかしながら…、吊り橋を渡らずに白夜王国に行くとすれば、大きく迂回せねばならず、ガロン王が命じた期限までに任務を果たすにはこの無限渓谷を渡る他ないのです」

 

 ギュンターの責任ではないというのに、申し訳なく言う彼に、スサノオとアマテラスは笑顔で答える。少しでも、彼から責任感を減らそうとして。

 

「そうか。でも大丈夫だ。こんな谷、恐ろしくなどないさ」

 

「そうです。あの高い塀に囲まれた城塞の中だけで生きてきた日々と比べれば、どんなものも私達にとっては、胸躍る冒険にしか思えないんです」

 

 その言葉に、幾分ギュンターも笑顔を取り戻し、

 

「おお、流石はスサノオ様にアマテラス様。私も臣下として誇らしい限りですぞ。では、参りましょう」

 

「ジジイはこの中では比較的重いんだから、行くなら最後にしろよ。渡ってる途中や渡る前に橋が落ちちまったら面倒だからな」

 

 ジョーカーの言っている事は確かに理にかなっているが、当然ただのおちょくりである。

 

「ひいぃぃぃ!!?? ゆ、揺れるわ!? こんな谷底落ちたらきっと死ぬわ……!!」

 

「ノルン…、こんな時こそあのお守りで豹変して下さいよ……」

 

 それぞれが、危険な渓谷であるにも関わらず呑気に会話(マジビビりしている1名を除く)をしているが、

 

「…………」

 

 ただ1人、ガロンより遣わされたガンズだけは、静かに一行を眺めるのみだった。

 

 

 

 

 

 

 渓谷を渡っている途中、ようやく中間点である、渓谷の真っ只中に聳える崖へ着こうとした時だった。

 

「! 誰か来る……?」

 

 橋の向こう側、そこには、

 

「馬鹿な…何故、白夜王国の軍隊がこんなに?」

 

 ギュンターが驚きの言葉を口にする。ここからでも分かる、対岸、つまり白夜領側には、20人前後の白夜兵が居たのだ。

 

 そして、橋の向こう側に、1人の白夜兵が走ってくる。

 

「待て!! やはり来たか、暗夜軍め!」

 

 その兵の大きな声は、向こう岸に見える砦、つまりスサノオ達の目的地である城砦にまで届く。

 

「なに……!? 暗夜軍だと!?」

 

 城砦を守っていた部隊長である、白夜の忍・モズは驚きを隠せなかった。何故なら、

 

「この橋は、両国の間で交わされた不可侵の掟に守られている! 速やかに引き返せ! さもなくば、武力をもって対抗せざるを得ない!」

 

 当然、その叫びもスサノオ達の耳へと届いていた。

 

「厄介ですね…敵に待ち伏せされていたようです。いかが致しましょう、スサノオ様、アマテラス様」

 

 ジョーカーは苦い顔をしながら、主へと問う。

 

「…無理な戦いは避けよう。ここは一旦引き返す」

 

「私も同意見です。皆さん、退きますよ」

 

 2人は、今無闇に戦う必要は無いと判断し、全員に撤退を指示する。

 

「はい…!」

 

 即座に踵を返そうとする一行だったが、

 

「…そいつは困るな」

 

 それを良しとしない者がいた。今まで沈黙を守っていた狂戦士、ガンズだった。

 

「なに?」

 

 ギュンターが振り向いた時には、既にガンズは橋を駆け出した後。一気に橋を渡りきると、ガンズはその先にいた白夜兵を、

 

 

「うおおおおっ!」

 

 

 その手にした鉄の斧で、凪払った。

 

 

「ぐわぁぁっ…!」

 

 抵抗する暇もなく、一振りで白夜兵が命を落とす。その光景にスサノオ達は茫然となる。

 ただ1人、ガンズだけは、その顔に狂喜の笑みを浮かべていた。

 

「がはははははははっ! 死ね死ね死ねぇっ!」

 

 もちろん、その突然の暴挙に、白夜側も黙ってはいない。

 

「くっ…! 貴様らよくも……!!」

 

 仲間を殺された白夜兵達が、怒りに満ちた顔で自身の獲物を力強く握り締める。

 

「ガンズ、貴様っ……!! 自分が何をしたのか、分かっているのか!!」

 

「……」

 

 スサノオの声に、ガンズはその背を見せたまま、振り返らない。

 

「どうして、どうしてです…! どうして勝手に、白夜兵を殺したんです!? 話し合えば分かるはずでした。一旦引いても良かったんです。それなのに…どうして?」

 

「ふふふ……」

 

 そのアマテラスの悲痛な叫びに、ガンズは可笑しそうに笑いをこぼす。

 

「噂通りの甘っちょろい王子様と王女様だ。その甘さのせいで、ここでくたばる訳だがな……」

 

 振り返り、歪んだ笑みを向けるガンズ。

 

「なんだと…!?」

 

 しかし、問いただす時間は、もはや無い。白夜兵達が進軍を開始したからだ。

 

「全軍に告ぐ!! 暗夜軍を生かして帰すな!」

 

「行くぞ…!」

 

 白夜兵達が、こちらに向かって動き始める。

 それを見たギュンターは、急ぎ武器を手にして全員に声を掛ける。

 

「くっ…! いかん! スサノオ様、アマテラス様、戦いの備えを! お前達、お2人を何としてでもお守りするのだ!!」

 

 全員が、己の獲物へと手を伸ばす。こうなってしまっては、もう今更退く事は出来ない。引いたところで、白夜軍は延々と追い続けてくるのだから。

 

「ちぃっ…! 戦闘だというのに、空中の機動性を活かせんとは……!!」

 

「うあーっ!? これじゃペガサスナイトじゃなくて、ソシアルナイトだよ!?」

 

 飛行部隊であるアイシスとミシェイルが、自身の持ち味を活かせない事を悔やむ。しかし、だからといって状況は変わらないのだ。

 

「嘆く暇があったら、この場を切り抜けるのが先だ!」

 

 スサノオは父から授かった魔竜石を握り締め、向こう岸と唯一繋がる橋に目を向ける。

 

「くそ、敵が多いな…。だが、それも当然か」

 

「確かに、向こう岸の敵部隊…厄介ですな。あの数は突破できそうにありません。橋はこの一本のみ、ですが…」

 

 ギュンターの視線が中間点である崖へと移る。

 

「スサノオ様方の『竜脈』ならば、新たな道が開けるやもしれません」

 

 同じく、スサノオとアマテラスもそちらに目を向ける。そして、彼らだけは、確かに感じ取っていた。

 

「感じます…。大地の力…、『竜脈』を……」

 

「幸い、橋の方へは愚かにもガンズが1人勝手に突進してくれています。我々はその隙に、崖の逆側へ移動しましょう」

 

 どんな時でも、メガネをくいっとして冷静に判断を下すライル。彼の言う通り、ガンズはすぐに橋に向けて進軍してくる白夜軍の元へと駆け出していったのだ。この状況を作り出したのは奴だが、こうなればガンズを利用するのは当然である。

 

「あのあの、急いだ方がよろしいかと~……」

 

 控えめに、フェリシアが提案する。その指差す先では、

 

 

「ぐっはぁぁっ!!?」

 

 

 呆気なく吹き飛ばされるガンズの姿が。

 

 

 

「おいおいおい! なんだよあいつ!? 全然時間稼ぎにもならねーじゃねーか!?」

 

 ジョーカーの叫びはもっともで、その場の全員が口を大きく開けて───

 

 

 

 

 

「ガーーーンズゥゥゥ!!! 貴様、それでも男くあぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

「───な」

 

 突然すぐ側から響く特大の怒鳴り声に、スサノオ達はポカンとする。

 

「フハハハハハ!!! こうなれば、この私が! 貴様らを葬って……」

 

「ストップストーップ! どーどー。落ち着こうねーノルン」

 

 豹変したかのように、魔王のような顔で弓を構えるノルンを、何食わぬ顔で落ち着かせるアイシス。

 それを見て、ミシェイルとライルは深く溜め息を吐いていた。

 

「すまない。これは…あれだ。ノルンの持病なのだ。たまに人格が変わる時がある」

 

「ええ。その形相や、まるで魔王かのごとく、ひとたび子ども達に見られれば、蜘蛛の子を散らすかのように皆逃げていくのです」

 

「そ、そうか…って、こんな事してる場合か!?」

 

 スサノオはノリツッコミをかますと、すぐに白夜兵達に目を向ける。見ると、ガンズは生きていたようで、元来た橋を走って引き返している。

 

「今のうちだ! 走れ!! 俺とギュンターで時間を稼ぐ!」

 

 スサノオは手にした魔竜石を天高く掲げると、全身に黒いオーラのようなものが纏わりつくように溢れ出す。

 

「アマテラス! お前は竜脈であっちまでの道を作り、部隊長を倒せ! そうすれば、こいつらの統率も多少は乱れるはずだ!」

 

 ダッとアマテラスの返事を聞く間もなく、スサノオは凄まじい速度で向かい来る白夜兵達の元へと向かう。

 ギュンターもそれに続き、騎馬で駆け出した。

 

「…っ。行きます! 続いて下さい!」

 

 アマテラスは奥歯を噛み締めながら、スサノオ達に背を向けて走り出す。目指すは、竜脈の力を濃く感じる崖の縁だ。

 

「…はっ。わ、私は何を……」

 

「はいはい。今はいいから行くよー!」

 

「へ? 何? 何なの!? ひ、ひいぃぃぃ!!??」

 

 正気に戻ったノルンは、アイシスに襟首を掴まれて、ミネルヴァにそのお尻を押し上げられてアイシスの天馬へと上がらされる。

 

「あちらに兵が集まっている今がチャンスです。手薄となった城砦を一気に落としてしまいましょう」

 

「ええ!」

 

 幸運にも、崖はそこまで広くはなく、すぐに竜脈の地点へとたどり着けた。

 アマテラスは手を翳し、竜脈の力を感じると力強くその手を振り下ろす。

 

「竜脈よ、大地を動かせ!!」

 

 すると、ガラガラと周りの岩石が削り取られ、崖と崖とを繋ぐ岩の架け橋が出来上がる。

 

 それを見ていたモズは、奇怪なものでも見るかのように、絶句していた。

 

「…馬鹿な!? が、崖が…!? い、いったい何が起きたのだ…? 大地を作り替えるなど…まるで…神か魔の所行……」

 

 面食らっているモズに、アマテラス達は好機、と一斉に進軍を開始する。

 

 一気に距離を縮めるが、迎え撃ってくる数名の白夜兵。

 

「アマテラス様の邪魔はさせないぜ!」

 

「よ~し、行きますよ~!!」

 

 それを暗器の先制攻撃により傷を負わせると、続く騎乗兵達が追い討ちを掛ける。

 

「アイシス、いっくよー!!」

 

「下らん…」

 

 すかさずアイシスの槍が白夜兵を地面へと叩きつけ、ミシェイルは斧の側面で敵を凪払う。

 

「ぐあっ!?」

 

 一撃で沈む白夜兵達に、隊長であるモズもアマテラスへと向けて手裏剣で攻撃してくる。

 

「よくも同胞を攻撃したな…。貴様はこのモズが討つ!」

 

「…くっ! もう、戦うしかないのですか……!」

 

 魔剣ガングレリを構え、襲い来る手裏剣を次々と打ち落としていく。

 

「ふっ!」

 

 脚を深く踏み込み、魔力による爆速スタートダッシュでモズへと迫るアマテラス。猛速の切りかかりに、しかしモズは身を反らしてかわす。やはり忍、その身のこなしはとても軽いものだった。

 

「速いな。貴様、ただ者ではあるまい!」

 

「もっと、速度を上げないと……!」

 

 力を、魔力を、全身にたぎらせる。早く決着を付けないと、スサノオとギュンターの負担が大きいままだから。

 

「! 援軍です! 南方より、天馬武者が5騎! ノルン、出番ですよ!」

 

「わ、分かったわ…。……、フハハハハハ!! 弓兵相手に天馬で向かってくるとは良い度胸だ! あの筋肉ダルマよりも骨があるではないか!!!」

 

 アマテラスの背後では、更なる敵の増援が押し寄せていたが、仲間達がそれを食い止める。

 

「私は、私に出来る事をするだけです……!!」

 

 アマテラスの魔力に呼応したガングレリが、その黒き刀身から禍々しいオーラを放ち始める。

 

「!! 妖刀の類か!」

 

 アマテラスの持つ剣の異変に気付いたモズは、アマテラスから大きく距離を取り、手にした手裏剣を連続で投擲する。

 

「当たりません!」

 

 だが、やはりその全てを打ち落とすアマテラス。しかし、先程までと違うのは、打ち落とした手裏剣の全てが完全に砕け散っているという事だった。

 

「くそっ!」

 

 もはや無駄と分かっていても、モズはアマテラスへと手裏剣の投擲を続ける。

 ただ、その全てが砕かれてしまうだけだというのに。

 

「遊びは終わりです!」

 

 やがて、手持ちの手裏剣を全て投げ終えてしまったモズに、アマテラスは剣を向ける。

 グッと脚に力と魔力を込め、一気に解放した。

 

「!!?」

 

 モズは一瞬、アマテラスの姿を見失うが、すぐにその姿を捉える事になる。

 

「ガフッ…!」

 

 一瞬で消えたアマテラスは、再び一瞬の間に、モズの胸へとその魔剣を刺し貫いていた。

 

「おのれ…暗夜軍め…」

 

 ガシッと、死に物狂いの力でアマテラスの腕を掴んだまま、モズは絶命した。

 

「すみません…。でも、もうこうするしかなかったんです……!!」

 

 崩れゆくモズの姿を、苦虫を噛み潰したような顔で見届けるアマテラス。自身の大切なものを守る為に、その命を奪った。せめて、最期の瞬間は目を反らさない、そう決めたが故の事だった。

 

「……、これで城砦は押さえましたね」

 

 敵の増援と戦っていたジョーカー達を見れば、最後の1騎をノルンが撃ち落としているところだった。

 

 

「あとは、スサノオ兄さん達を助けるだけ……」

 

 兄を助けに行かなければならない。それが分かっていても、初めて人を殺した、その感触が、手からは離れなかった。自分が正しい事をしたとは、到底思えなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 惑う心

 

 一方、アマテラス達が戦っている間のスサノオ達はというと、

 

「はあぁぁっ!!」

 

「ぐあぁぁぁ!!?」

 

 怒号と悲鳴をその深き谷へと響かせながら、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

「ここから先は行かせんぞ!」

 

 スサノオ達は白夜兵達が橋を渡りきる前に、自らも橋へと進入する事により敵の進撃を阻んだのだ。

 

「くっ…。思ったよりも敵の攻勢が大きくないな」

 

「幸い、所々足場が抜けてくれている事も助けとなっているのでしょう。ですが、それは我らにとっても味方するとは限りませんぞ」

 

 そう、橋は広めで頑丈ではあるが、やはり雨風に晒され続ければ傷んでしまうのは無理もない。それは確実に敵の行く手を阻んでくれるが、一歩間違えれば自分達にも障害と成りかねないのだ。

 

「くらえ!」

 

 ヒュン、と矢が風を切る音を鳴らせてスサノオへと襲い掛かる。それを、スサノオは素手で掴み取った。

 

「なんと…!」

 

 その様子を隣で見たギュンターは驚いていた。それも無理のない話。放たれた矢を直前で掴むなど、普通は出来る芸当ではないからだ。

 

「返すぞ……!!」

 

 矢を掴んだ右手を大きく振りかぶり、力強く自分を撃ってきた弓兵へと向けて投げ返す。

 一直線に飛んでいくと、矢は白夜兵の脳天へズブリ、と深く突き刺さった。

 

「ひっ!?」

 

 倒れた弓兵の近くにいた者は、その様を見てやった張本人であるスサノオに恐怖の視線を向けていた。

 

「ちぃっ…。敵が多いな。いくら倒してもキリが、フン! ない!」

 

 話しながら、スサノオは切りかかってきた白夜兵の1人を力任せに蹴り飛ばす。その白夜兵は絶叫と共に、深い闇へと消えていった。

 

「今はアマテラス様達があちらを制圧して、こちらに援軍に来てくださるのを信じるだけです」

 

 ギュンターは敵を威嚇するかのように、愛用の槍を大きく振り回す。

 

「そうだ、な!!」

 

 と、スサノオは3人同時に振り下ろされる敵の剣を、剣を両手持ちに切り替えて受け止める。数で勝る白夜兵達はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべるが、

 

「……なに!?」

 

 すぐに違和感に気が付く。大の男が3人掛かりで押しているというのに、スサノオの両腕は震えるどころか、彼らとの鍔迫り合いなど問題ではないと言わんばかりに、平然と佇んでいたのだ。

 

「うおおおっ!!」

 

 驚愕する敵をお構いなしに、スサノオは両腕で一気に敵を押し返す。バランスを崩した3人の白夜兵のがら空きとなった胴体に、スサノオの横切りが吸い込まれるように綺麗に入っていく。

 

 ブシャア!

 

 血が噴水のように吹き上がり、辺り一面を真っ赤に染める。茶色かったロープはたっぷりと白夜兵の血を吸い黒く変色していき、木板の隙間からはとめどなく溢れる血により、赤き滝となって闇へと落ちていく。

 

 そして、大量の返り血を浴びて、3体の屍の前には幽鬼の如き人間が静かに立っていた。見据えるは、残った生者達。

 その、命。

 

「ひ、うわあぁぁぁ!!??」

 

 命を刈り取る者が、自分達の目の前にいる。白夜兵達はそう錯覚してしまう程に、目の前のスサノオに途方もない恐怖心を抱いてしまっていた。

 更に、そこに追い打ちを掛けるかのように、彼らにとある報せが届く。

 

「モ、モズ隊長が討たれた!!」

 

「な、隊長が…!? そんな!?」

 

「そ、そんな、なら俺達はどうしたら!?」

 

 指令塔を失った白夜兵に混乱が走る。指揮官の居ない部隊程、脆く崩れていく事を証明するように、ピタリと白夜兵の攻撃が止んだ。

 

「退け! 無闇に命を奪うつもりはない!! 向かってこないのならば、貴様らを見逃してやる! だが、それでも刃向かって来るというならば、容赦はしない!!」

 

 血濡れの剣を掲げ、声高々に叫ぶスサノオに、白夜兵の一部が刀を投げ捨てて逃亡する。

 それに倣うかのように、次々と白夜兵が1人、また1人と逃げ出していく。

 

「終わったな…」

 

 生き残っていた敵兵が全て逃げ去るのを見届け、スサノオは一息つく。目に入ってくるのは、先程自分が斬り殺した3人のほか、切りかかってきて返り討ちにあって死んだ兵達。

 

「本来なら、殺さずに済んだんだ…。どうしてだ…? ここには敵兵は居ないはずではなかったのか……?」

 

 敵を殺す覚悟はとうの昔に持つと決めた。だから、殺す事に躊躇いはない。

 しかし、それでも殺さずに済むのなら殺さないに越した事はないのだ。

 

「もしや、ガロン王の情報に誤りがあったのでは…?」

 

「ああ…。だが、それでも腑に落ちない事がある…」

 

 スサノオがどうしても気になっている事、それは、

 

「ガンズ…、奴はこの事に対して全く驚いていなかった。いや、むしろここに白夜兵が居る事を知っているかのような口振りだった」

 

「まさか、ガロン王は我々に偽りの情報を与えたと……?」

 

 ギュンターの問いに、スサノオは黙って頷いた。それ以外に考えられないのだ。自分達は、わざとこうなるように仕向けられたのだと。

 ガンズは言っていた。スサノオ達がここで死ぬ、と…。それは、知っているからこそ出てくる言葉ではないのか。

 

「しかし、だとしてだ。俺とアマテラスに魔竜石と魔剣を与えたのは何故だ…? 俺達の死が目的ではなく、白夜兵達と諍いを起こさせる事自体が目的…? だからガンズを同行させた?」

 

「あまり考えたくはありませんが、そういう事でしょうな。ガロン王はこの戦争を勝ち急いでいるきらいがあります。しかし、白夜王国への侵攻は現状では難航しております。今回のこれは、白夜王国への挑発が目的だったのでは?」

 

「だとしても、おかしくないか…? それなら、別に俺達でなくとも良かったはずだ。いくらアマテラスへの罰を無くすためとはいえ、ガンズだけを送り込んでも良かったはず。他に何か見えない思惑があるような気がしてならない……」

 

 いくら考えたところで、答えは霧に隠されたように見えてこない。

 

「とにかく、アマテラス達は砦を押さえたらしいし、あっちに合流しよう。あれこれ考えるのは帰ってからでいい」

 

「そうですな。おお、あちらをご覧下さい。アマテラス様とジョーカー達がこちらに来ているようですぞ」

 

 言われてスサノオもそちらに目を向ける。そこには、さっきと変わらない元気な姿のアマテラス達が。

 ひとまずの安堵により、スサノオは握り締めていた魔竜石を懐に仕舞った。

 

 その漆黒の輝きに、渦巻く陰りがある事には気付かずに……。

 

 

 

 

 

 

「無事でしたか、兄さん…って、きゃー!?!? スサノオ兄さん!? 血まみれじゃないですか!?」

 

「いや、これは俺の血ではなくてだな……」

 

「はわわ!? す、すぐに治療いたします! スサノオ様、こちらに!」

 

 上半身を真っ赤に染めたスサノオに、アマテラスとフェリシアは慌てふためいてバタバタしている。

 そして、スサノオに付いた血が敵のものであると気が付いている面々は、その様子に苦笑いしていた。

 

「落ち着いて下さい、アマテラス様、フェリシアさん。そこまで血が付着しているというのに、スサノオ様は平気な顔で立っていらっしゃいます。つまり、スサノオ様は重傷を負ってはいないと推測出来ます」

 

「…そこまで冷静に分析出来るお前もどうかとは思うがな」

 

「おや? ミシェイルだって、ミネルヴァにスサノオ様の血の匂いではないと教えてもらっていたでしょう。それだってどうかと思いますが?」

 

「ふん。俺とミネルヴァとは心が通じ合っているんだ。おかしくともなんともない」

 

 拗ねるように、ライルから顔を背けると、ミネルヴァを優しい手付きで撫でるミシェイル。

 

 その傍らでは、スサノオの姿を間近で見て気絶したノルンと、それを介抱するアイシスがいた。

 

「おい…、こいつはいつもこうなのか?」

 

「うーん…、人格変わった時は全然平気なんだけどね。素のノルンだと、こういった物騒なのにはめっぽう弱いからねー。それに、ここに来る前は化け物とばかり戦ってたから、人間とかの生々しいのはまだ慣れてないんだよ」

 

「お前ら…、ノスフェラトゥを退治する仕事か何かをしてたのか……?」

 

「うーん、まあそんなところかなぁ」

 

「まあ、スサノオ様やアマテラス様の役に立ってくれるんなら、お前らの過去なんて俺にとっては関係ないんだがな」

 

「あはは、それはそれでありがたいかも」

 

 唸るノルンをよそに、各々が無事を喜び合い、呑気に雑談をしながら、任務の目的地である敵のいなくなった城砦へと向かうのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 異形の力

 

 一同は無人となった城砦へとたどり着くと、完全に敵の影が無いことを確認するために内部をくまなく調査した。

 結果、どうやら白夜兵は全く残っていないようだった。調べて分かったのは、中は生活感が少なからず存在したという事だ。となれば、やはりスサノオの推測通り、ガロン王の情報は全くのデタラメであったという事になる。

 しかし、それが分かっていても、その事をスサノオは口にしなかった。今はただ、無事に任務を終えた安心感の方が勝っていたからだ。

 どうやら、アマテラスはまだその考えには至っていない。ならば、無闇に不安を煽る必要はない。

 

「…よし。これでお父様の任務は果たせました…」

 

「……そうだな」

 

 城砦の入り口に集まると、アマテラスが安心しきったように呟く。ただ、その顔には隠しきれないやり切れなさが滲み出ていた。スサノオも、そのアマテラスの表情に、同じものを感じながら言葉を返していた。

 

 あとは帰って報告するだけ、そう思っていただけに、スサノオもアマテラスも、従者達も油断しきっていた。それゆえに、忍び寄る気配に気が付いてはいなかった。

 

「…貴様、暗夜軍の将だな」

 

「!?」

 

 突如、アマテラスの背後から聞こえた男の声。砦には誰も居なかったはずなのに…と、動揺を隠せずにその場の誰もがアマテラスの後ろに目を向ける。

 アマテラス自身も、間近で、それも背後からの声に即座に振り返る。

 

「俺はサイゾウ…白夜の忍びだ。貴様の命、貰い受ける」

 

 闇から現れたかのように、影から這い出たかのように、はたまた最初からそこに居たかのように、ごく自然とそこにいたサイゾウ、そして部下の忍び達が、アマテラスに各々の得物を向けていた。

 

「くっ…! 油断しました…!」

 

「ちっ! 忍びか! それも相当の手練れ…!」

 

 完全に油断していただけに、脱力していた体では対応が間に合わない。すぐそばに敵がいるアマテラスでこれなのだから、当然スサノオや他の臣下達も反応が遅れてしまっていた。

 

「爆ぜ散れ!」

 

 サイゾウの手にした爆弾が、アマテラスへと目掛けて投げ捨てられる。小ぶりながら、それは十分に人を殺せる威力を持っていた。

 

「アマテラス!!」

 

 咄嗟に懐の魔竜石に手を伸ばすも、力の恩恵を受ける前にアマテラスに被弾してしまう。恐らく、あの爆弾は爆発までの時間が短くなるように細工されているはずだ。

 今から動き始めるようでは間に合いそうにない。

 

 そう、今から動き始めるようでは。

 

 

 

「…そうはさせん」

 

 

 

 と、一陣の風がスサノオ達の間を通り抜けたかと思うと、赤黒い剣筋がアマテラスに投げられた爆弾を弾き飛ばした。

 爆弾は弾かれるとすぐに、アマテラスを巻き込む事なく盛大に爆裂音を立てながら爆発し、近くの枯れ木を凪払う。

 

「!? …貴様は…」

 

 急に現れたばかりか、自らの爆撃を防がれたサイゾウは、その張本人を鋭く睨み付ける。

 そして、その当の本人はというと、

 

「間に合ったか。無事で良かった、アマテラス」

 

 涼しそうな顔には、得意気な笑みを浮かべていた。

 

「マークス兄さん…!」

 

「ああ。それに、私だけじゃない」

 

 その言葉の通り、続々と駆け付ける援軍に自然と笑みがこぼれるアマテラス。

 そして、スサノオも一気に緊張感から解放されたように、大きく息を吐いた。

 

「悪運強いね、アマテラス姉さん」

 

「大丈夫? スサノオ、アマテラス…。とても心配したのよ…」

 

「も~! スサノオおにいちゃんとアマテラスおねえちゃんが死んじゃったら、あたしも死んじゃうんだからっ」

 

 口々に、スサノオやアマテラスへと駆け寄るきょうだい達。

 

「みんな…」

 

「とりあえず助かったよ、マークス兄さん」

 

「お前達は下がっていろ。あとは私達に任せるんだ」

 

 マークスはずいっと、アマテラスの前へと守るように出る。

 カミラは後ろへと下がってきたアマテラスを抱きしめると、ぺたぺたとアマテラスの体を手で検診し始めた。

 

「ひゃっ!? カ、カミラ姉さん…くすぐったいです」

 

「ああ…! アマテラス、怪我をしてるの? 誰にやられたの…かわいそうに…」

 

 カミラが言っているのは、モズとやり合った時に、砕いた手裏剣の破片で出来た傷の事だった。だが、言う程痛くはないし、傷自体はとても軽いのだが…、

 

「だ、大丈夫ですよ姉さん」

 

「安心なさいな…。アマテラスをいじめる悪者は…」

 

 聞く耳を持たずといった具合に、カミラはアマテラスをゆっくり放すと、その美しい顔に妖艶な笑みを貼り付けて、

 

「お姉ちゃんがみんな殺してあげる。ふふ、見ててねアマテラス…」

 

 言うや、バッと自身の飛竜に飛び乗り、サイゾウの部下達へと一気に接近して、その手に持った鋼の斧を容赦なく振り下ろした。

 

「ぐあぁっ!?」

 

「ぎゃあ!?」

 

 猛速の一撃に、忍び達は為すすべなく倒されていく。

 その普段見る姉との違いすぎる違いに、アマテラスとスサノオは困惑を隠せない。

 

「あ、あれがしとやかなカミラ姉さんなのか??」

 

「た、たくましい…ですね??」

 

「あ、そっか。2人は戦場のカミラおねえちゃんを見た事がなかったのね。どう? かっこいいでしょー!? カミラおねえちゃん! えへー!」

 

 我が事のように、嬉しそうに語るエリーゼ。そしてそんなエリーゼとは裏腹に、敵であるサイゾウは焦りを隠せていなかった。

 

「ちっ…」

 

 だが、そこに新たな動きがあった。疾風の如く、荒野を走りくるは、1人の女の姿。黄色いマフラーのようなものをたなびかせて、その女はサイゾウの隣へと並び立つ。

 

「カゲロウ推参致した。サイゾウ、首尾は如何に?」

 

「…しくじった。奴ら相当に手強い。カゲロウ、増援はお前1人か?」

 

「否。まもなくリョウマ様の本隊が到着なさる」

 

 ふと、耳に入ってきたその名前に、スサノオとアマテラスは注意を引かれる。

 

「どこかで聞いたような…」

 

 しかし、それがはっきりとは思い出せない。もやが掛かったかのように、朧気にしか頭に浮かんでこないのだ。

 

「ほう、リョウマ様が…。ならばこの戦、俺達の勝利だ」

 

 サイゾウの顔には焦りが消え、代わりに勝ち誇ったような表情になる。

 

「敵の増援か…。更に後続も来るようだな」

 

「なるほどね…。どうする、マークス兄さん?」

 

 現れたカゲロウに警戒を払いながら、その会話を聞いていたマークスとレオン。

 

「そうだな…目的は果たした。無駄に命を奪う気はない」

 

 顔だけ振り返ると、マークスはスサノオとアマテラスに向かって命令した。

 

「スサノオ、アマテラス、お前達はギュンターと先に戻れ。私達も後から追いかける。他の者は私達と共に時間を稼ぐんだ」

 

「はい、分かりました…。皆さんも、気を付けて下さいね…」

 

「死ぬんじゃないぞ、みんな」

 

 2人はそう言って、走り出した。いつまでも自分達が残っていては、他のみんなが時間を稼ぐ意味が無くなってしまうからだ。

 

「任せたぞ、ギュンター!」

 

「はい。お任せ下さい」

 

 マークスの言葉を背に、ギュンターもスサノオ達に続く。

 

「さて、やるぞお前達」

 

「頑張っちゃうよー!!」

 

「いいよ。僕も少しは本気を出そうかな」

 

「ふふ…。私のスサノオとアマテラスを傷つける奴は、全員殺してあげるわ……」

 

「さーて、ヒーローの力、見せてあげるよー!!」

 

「僕の推測では、このメンバーでの全員の生存確率はほぼ100%です」

 

「敏腕メイドの力、見せちゃいます!」

 

「どこが敏腕メイドだ。この戦闘プロの破壊神メイドめ」

 

「わ、私の取り柄なんて逃げ足の速さだけなのに…、殿なんて無理だわ…」

 

「仕方ない…、行くぞミネルヴァ。敵は殲滅する……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 スサノオ達は中間地点の崖を越え、暗夜へと続く橋へと至っていた。

 

「さあ、後はこの橋を渡るだけ。スサノオ様、アマテラス様、どうかお急ぎを。橋を渡りさえすれば安全です」

 

「ああ」

 

 歩を進めようとする3人だったが、その行き先にはとある影があった。

 彼らを遮るのは───

 

「…帰す訳にはいかねえな」

 

「ガンズさん…?」

 

 とっくに逃げ出したはずのガンズだった。

 

「なに…? どういう意味だ?」

 

 訝しげなギュンターに、ガンズは歪んだ笑みを浮かべて、

 

「こういう……意味だよ。ギュンター!」

 

 突然、斧を振りかぶってギュンターへと飛びかかったのだ。容赦のない凶撃が、ギュンターへと襲いかかる。

 

「ぐ、ぐおぁ!?」

 

 斧の攻撃自体は、着込んだ鎧によってダメージを軽減出来たが、問題はそこではなかった。

 

 バキッ!

 

 衝撃により、ギュンターと彼の乗る鎧騎馬の足元の木板が砕け、そして、

 

 

 ギュンターは奈落の底へと落ちていった。

 

 

「ギュンターさーーーーーーんッ!」

 

「き、さまーーー!! 何故だ、ガンズ! 何故、仲間を……!!!!」

 

 闇を覗き込みながら、突然の別れに涙を落とすアマテラス。そしてスサノオは、ガンズの凶行に怒り心頭で叫ぶ。

 しかし、そんな彼らの様子に微塵も罪悪感を抱かずに、ガンズはいやらしい笑みを浮かべたままだ。

 

「…お守りが消えて寂しいか? なら、谷底で3人仲良くやるんだな」

 

 その心無い言葉に、双子の兄妹の中で何かがプツンと切れた。

 

「許さん、許さんぞ…! ガンズ!!」

 

「よくもギュンターさんを! 仲間を! ガンズさん! 許しません!」

 

 怒り故に、彼らは気付いていない。自身にどんな変化が起きているかを。互いに、どんな変化が起きているのかも。

 

「な…! なんだ…こいつらは…!?」

 

 スサノオの体からは黒い煙のようなものが全身から吹き出しており、その背には禍々しい翼が。それはまるで飛竜のようで、しかしそれにしては凶悪すぎる形状をしていた。両手両足は太い鉤爪と化し、もはや人間の手足ではない。

 

 アマテラスはガングレリを持っていない手が巨大化し、やはり人間の腕の形状ではなくなっていた。更に顔面を覆う仮面のように、何かの生き物のようなものがアマテラスの顔を覆い隠す。

 

「があぁぁぁ!!!!」

 

 翼により超速低空飛行でスサノオはガンズへと一瞬で距離を詰めると、その大きな鉤爪の足でガンズを真上へと蹴り上げる。

 

「ぐふっ!?」

 

 それを、大ジャンプでアマテラスが正面へと移り、その巨大な左手で思い切りガンズを殴りつける。

 

「ぐあっ!?」

 

 勢いのあまり、ガンズは橋の向こう岸へと吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。そこに、スサノオとアマテラスのそれぞれ融合して大きくなった両手から放たれる魔弾が追撃を仕掛ける。

 

 ゴガッ!

 

 大きな炸裂音と共に、ガンズは大きく吹き飛ばされ、全身を傷だらけにするが、なお息があった。

 

「う…が…、まさか……お、おまえ……」

 

 息絶えだえと、ガンズは恐ろしいものでも見るかのように、異形の存在へと目を向けた。

 

「許さんぞ…ガンズ!!」

 

「何故仲間を殺したんですっ! 何故私達を狙うんですか! 答えて下さい…今すぐに!!!!」

 

「お、俺は…命じられただけだ! 暗夜王…ガロン様に……」

 

「なに!?」

 

「なんですって…!? お父様に…!?」

 

 流石に、2人は動揺を隠せなかった。まさか、父親が自分達を殺すように命じるとは思いもしなかったからだ。

 そして動揺の隙を突き、ガンズはボロボロの体でスサノオ達から逃げ出した。

 

「待て、ガンズ…!」

 

 そして、逃げたガンズを追おうとした時、アマテラスの持つガングレリが紫色のオーラを噴出し、

 

「なっ…きゃあああっ!?」

 

 突如、アマテラスの制御を離れ、手にしたアマテラス毎、ギュンターの後を追うかのように急降下した。

 

「なに!? アマテラスーーーー!!!!!」

 

 闇へと落ちていく妹に、橋から身を乗り出して飛び込もうとしたその時、スサノオの目の前を青く輝く何かが落ちていった。それが、スサノオが飛び込むのを意図せず止めていた。

 

「い、今のは…リリ、ス……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が祖、我が神、我が血…」

 

 谷を落ちていく中、リリスは祈るように両手を組んで呟く。禁断の力を解放するために…。

 

「星竜モローよ…我に力を!」

 

 すると、一際強い青い輝きがリリスを包み込み、瞬く間にその姿を変えた。

 宝玉を手にした、小さな竜の姿へと。

 

 リリスは落ちていくアマテラスへと突っ込み、そのまま自分にしがみつかせるようにして上昇していく。

 

「!! アマテラス、リリス!!」

 

 その様子を見ていたスサノオは、上空で光を放ちながら浮かぶ2人の姿に、魅入るように固まっていた。

 

「リ、リリスさん……あなたは……」

 

《……スサノオ様、アマテラス様……》

 

 2人の心に直接語りかけるかのように、聞き慣れたリリスの声が響く。

 

《いつかこういう時がくるのではないかと思っておりました……。私は人間ではありません……》

 

 その言葉に息を呑むスサノオとアマテラス。そうだ、その姿が、何よりもそれを物語っているからだ。

 

《……私はスサノオ様とアマテラス様に、命を救われた竜です。きっともう、覚えてなどいらっしゃらないでしょうけれど…。怪我を負って…あの厩舎に隠れていた醜い獣の私を…あなた方は優しく介抱してくださいました》

 

 その言葉に、スサノオとアマテラスは思い出した。幼き頃に怪我をした鳥を助けた事があったとカミラは言っていたが、違う。そうではない。助けたのは、今のリリスの姿に似た、小さな動物だった事を。

 

「忘れてなんかいません…。あの時のあの子は、あなただったんですね…リリスさん」

 

《はい。その時から、私はあなた方に一生お仕えすると決めたのです》

 

「リリス…」

 

《……でも、それももう終わり……。この身に余る力を使った私は、二度と人間には戻れません……》

 

 それは、自分達のよく知るあのリリスの、かわいらしい女の子の姿が永遠に見る事が出来ない、そんな告白だった。

 しかし、語るリリスの言葉には、寂しさこそあれど悲しみは一切含まれていなかった。

 

《でもいいのです……こうしてお話することももうじき出来なくなるけれど、それでも……アマテラス様が、スサノオ様が生きていて下さるなら……それで……》

 

 その時だった。上空に浮かぶリリスへと、雷が落ちたのだ。

 ギュンターが言っていたように、空を行く者を雷が襲う。それはリリスも例外ではなかったのだ。

 

「リリスっ!」

 

《っ……!》

 

 徐々に降下を始めるリリスとアマテラス。優しいアマテラスは、この状況でもなおリリスを助けようとしていた。 

 

「リリスさん…! このままでは危険です! あなただけでも逃げてください!」

 

《神祖竜よ…汝が地に…我らを…迎え… ……》

 

 リリスが呟くと、中間地点の崖に光が溢れ出す。そして、彼女は迷いなく地面に向かって突っ込み、その姿を光の向こうへと消した。

 

「アマテラス、リリス…!」

 

 光に消えたアマテラス達を追って、スサノオも弱まりつつある光へと急ぎ飛び込んだ。それ以外、彼には選択肢がなかったから。

 

 

 そして、次に彼、彼女が目を開けたそこには、

 

 

 

 澄み渡る青空が、大きく広がっていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 暖かな世界へ

 

「…ここ…は…?」

 

 目を開けると、眼前に広がるのは広大な緑地と、木々は見たこともないような桃色の花を咲かせて整然と並んで植えられた、まるで異国の城内庭園だった。

 

《スサノオ様やアマテラス様が暮らす大陸とは異なる世界──星界です》

 

「星界…? つまりは『異界』、ということか…?」

 

 辺りをキョロキョロと見回すスサノオは、昔読んだ文献に書いてあった事を思い出す。

 

《そうですね、そう捉えていただいて良いと思います》

 

「異界…か。以前、古い書物に書いてあるのを読んだ覚えがある。俺達が暮らす世界以外にも、数多の世界が存在し、そこには世界毎に様々な人が暮らしている。俺達の存在する世界も無数に存在する世界の1つに過ぎない、と」

 

「へえ~…。初めて知りました」

 

 アマテラスはこの不思議な空間に、さっきまでの怒りや悲しみ、苦しみがごっちゃになっていた心が解きほぐされていくのを感じていた。

 

「異界に行くにはいくつか方法があるらしいが……」

 

 チラリとリリスを見るスサノオ。小さな竜の姿で、リリスは微笑んで答える。

 

《はい。今回は私が異界の門を開き、ここにお連れしました。神祖竜の加護を受けたこの地でなら、こうしてお話することが出来ます。スサノオ様、アマテラス様。ここなら安全です。ゆっくり休息なさってください。今、お休みになれる場所をご用意しますね…》

 

 と、リリスが何もない緑地に視線を向けると、そこから、ツリーハウスが地面から湧き上がってきた。

 その時、スサノオとアマテラスは感覚的にある事に気がつく。

 

「今のは…竜脈か…?」

 

《そうです。この異界は竜の力で満たされていますから…。時空を司る星竜の加護を受けたこの世界は…、竜脈も時間の流れも、元の世界とは違います》

 

 リリスの言葉に、改めて深く感嘆の息を吐く2人。

 

「まさか、こんな世界があるなんて…、まるで夢や幻のようです」

 

「ああ…。ここには、他には誰もいないのか?」

 

 何気ないスサノオの問いだったが、リリスはどこか寂しそうな顔をして、ポツポツと語る。

 

《はい。この場所には、私しか…。父も母も、仲間と呼べる存在も……みんな居なくなってしまいましたから》

 

「…すまない。辛い事を思い出させてしまったな」

 

 すかさず謝罪するスサノオに、リリスは再び笑みに戻る。その笑みは、どこか満たされているような、暖かな笑みだった。

 

《いいえ、良いのです。私はあなた方と出会い、1人ではなくなったのですから……》

 

 そう言うと、再びツリーハウスが湧き上がってくる。先程出てきたものの隣には、寸分違わぬツリーハウスが並んでいた。

 

《お部屋は1つずつしかご用意出来ませんでしたので、それぞれをお使いになってください。さあスサノオ様、アマテラス様、今はゆっくりお休みください…。私は神殿に居ますので、ご用があればお呼びくださいね?》

 

 ふわふわと、リリスはスサノオ達の居る場所から少し離れた所に建っている、木に囲まれた神殿へと入っていった。

 

「今はリリスの言う通り、ゆっくり休もう。ギュンターの事、ガンズの事、そして…父上の事。色々あるだろうが、心を整理する時間が俺もお前も必要だろうしな……」

 

 言って、「じゃあな」と、スサノオはツリーハウスに登っていった。彼も、1人で考えたい事があるからだ。

 

「…心の整理、ですか。……そう、ですよね」

 

 途端に、アマテラスの胸には喪失感が蘇ってくる。足下が急にぐらついて、いきなり宙に落下していくような、嫌な感覚。

 

「ギュンターさん…。みんなは、無事に撤退出来たのでしょうか……」

 

 途方もない不安が、他の者達は無事に帰還出来たか心配にさせる一方で、アマテラスの心はグチャグチャになっていく。

 嫌な考えを振り払おうと、アマテラスは頭を強く数回振ると、気持ちを落ち着かせるように、自身もツリーハウスへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。この世界において1日が経っていた。

 2人は食事を摂る以外の時間はツリーハウスへと籠もりっきりで、ずっと考え込んでいた。

 しかし、いくら考え込んでも、何も思い浮かばなかったのだが……。

 

《スサノオ様、アマテラス様、お体はいかがですか?》

 

 リリスが2人へと尋ねる。

 スサノオ達は現在、初めてこの星界へと来たときと同じ場所に集まっていた。

 

「ありがとう。もうすっかり元気だ」

 

「不思議ですね…。ここにいると、傷がみるみる治っていくみたいですね」

 

《良かったです。…それではスサノオ様、アマテラス様、元の世界に戻られますか?》

 

「…はい。皆さんの事が心配ですから」

 

「俺も同じだな」

 

 2人の答えを聞くと、リリスは再度確認をする。

 

《…分かりました。ですが1つ、お聞きいただきたい事があります。私は無限渓谷で異界の門を開きました。元の世界に戻るという事は、門を開いたあの場所に戻るという事…。あの地は白夜王国との国境。白夜兵と出会う危険もあります》

 

 それは覚悟の上だった。そうそう都合良く事は運ばないのが世の中なのだから。

 

「分かった。覚悟して行くとしよう」

 

「出来れば、戦闘が無いように願いますが……」

 

 リリスは2人の顔をゆっくりと見て、頷いた。

 

《それでは、門を開きます…》

 

 そして、再び青白い光がリリスを包み、やがてスサノオとアマテラスの全身をも包み込んでいき───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳に聞こえてくるのは、雷の轟く音。肌を撫でる風は冷たく、視界に映ってきたのは薄暗い崖と、漆黒に染まる無限の谷。

 

 戻ってきたのだ。無限渓谷に……。

 

「…戻ってきたみたいだな」

 

「マークス兄さん達はもう居ないんでしょうか…?」

 

 さあ、誰かいるかを確認しようかとした時だった。

 

「…暗夜兵か」

 

「!?」

 

 突然、どこからか聞こえてくる何者かの声。

 その声の持ち主を探そうとして、直後、

 

 

 ドガッ!

 

 

「あぐ!!?」

 

 アマテラスの頭部に走る鈍い痛み。それは、すぐにアマテラスの意識を奪う。

 

「なっ──!?」

 

 いきなりの襲撃に、スサノオはとっさに剣に手を伸ばすが、

 

「動くな! 動けばコイツの命は無いぞ」

 

 手が剣に触れる寸前で、敵が動きを封じてきた。アマテラスを人質にされたという事が、背中越しでもスサノオは分かった。

 

「ちぃっ…!」

 

 観念して、武器から手を離し、両手を上げて振り返ると、そこには、

 

 

「お前は、この間の───っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると、そこは知らない天井だった───。

 

 

 なんて、現実逃避をしようとした私に、

 

「目覚めたか」

 

 不意にかかる女性の声。

 しかし、最近どこかで聞いたような気がするが……?

 

「さっきは不意打ちをしてすまなかったな。まさかお前達だとは思わなかったんだ」

 

 起き上がり、声を頼りに顔を向けると、鍋を挟んだ向こう側に、先日戦った姿がそこにあった。

 

「あ、あなたは…確か炎の部族の…」

 

「リンカだ。ここは炎の部族の村だよ」

 

 炎の部族の村…、という事はつまり、ここは『完全に白夜王国の領内』なのでは……?

 

 私の不安そうな顔を見て、リンカはバツの悪そうな顔をして言う。

 

「アマテラス、あたしはお前を…白夜王国に引き渡す」

 

「…そうですか。仕方ありません。私は処刑されてもおかしくない事をしましたから」

 

 それもそのはず、私は何の罪もない白夜兵をこの手に掛けてしまった。キッカケはガンズと言えど、私がこの手を血で染めた事に変わりはないのだから。

 

「いや、心配するな。お前は殺されない。何故ならお前は、いや、お前達は…」

 

 予想外のリンカの言葉に混乱する間もなく、扉をノックする音がリンカの言葉を遮る。

 

「!」

 

「ん? もう来たか」

 

 リンカに促され、私は急かされるように外へと出される。

 正直に言って、鍋が気になったが、仕方がなかった。

 

「あ…あなたは…」

 

 そして、外に居たのは、これまた先日に見た姿だった。

 そう、リンカと共に暗夜の捕虜として連れてこられた忍び、スズカゼだ。

 

「ご無事で良かった……。アマテラス王女。リンカさんが頭を殴って気絶されたと聞いた時は、心臓を締め付けられる思いでしたが、その様子を見る限り息災のご様子。心より安心しました」

 

「え? えっと…?」

 

 スズカゼはチンプンカンプンになっている私を置いて、話をどんどん進めていく。

 

「さ、行きましょう。すぐに白夜王城までご案内いたします」

 

「……??? あ、そういえばスサノオ兄さんはどこに居るんですか? まさか、もう処刑されてしまった後では……!?」

 

「ご安心を。スサノオ王子はご無事です。先に白夜王城へと向かわれましたので、この場にはいらっしゃらないのです」

 

 では、とスズカゼが先導を始める。雪に覆われた山道を、私はスズカゼと後ろから付いて来るリンカに挟まれながら進む事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白夜王国・王城シラサギ。

 暗夜とは何もかもが違う建造法や、文化の違いがそこかしこから感じられる。

 ぐんぐんと進むスズカゼの後に付いて来てから3時間、途中休憩も何度かとったが詳しい事は着けば分かるの一点張りで、聞いても何も教えてくれない2人に、私はどんどん不安が高まっていっていた。

 そして、城内を上に上がっていくにつれて、いよいよ目的地が近づいてきているらしく、緊張と不安と恐怖で、私の顔は見れたものではない状態に違いない。

 

「失礼します」

 

 スズカゼが大きな扉の前で、大きめに入室の礼をする。どうやら、王の間のようだった。

 

 

「待っていたぞ、スズカゼ。ご苦労だったな」

 

 

 中には、少し豪勢でありながら、謙虚さも同居したような、荘厳な甲冑を身に着けた男が玉座の前にいた。

 どことなく、本当にどことなくだが、どこかで見た事があるような気がするのは、私の気のせいなのだろうか……?

 

「はい、リョウマ様」

 

 スズカゼが、リョウマと呼んだその男の前に跪く。

 

「えっと、あの人は…?」

 

 私は気になり、隣に居たリンカに小声で聞くと、リンカは隠そうともせず普通の声量で答える。

 

「ああ…白夜王国の第一王子、リョウマだよ」

 

「…リョウマさん、ですか」

 

 その会話が聞こえていたのだろう、そのリョウマは、私の事を静かに見つめていた。

 

「……」

 

「………」

 

 この沈黙が、次第にいたたまれなくなってくる。なので私は、本題を切り出す。

 

「もういいでしょう。処刑するつもりなら、早く…」

 

 だが、私の言葉は最後まで続かなかった。

 リョウマが私から視線を違う所へと向けると、スズカゼやリンカもそちらへと視線を移したのだ。私も言葉を中断し、気になってそちらに目を向けると、

 

「……」

 

 少し離れた所に、妙齢のとても綺麗な女性が、ジッと私を見つめて立っていた。その顔はどこか切なそうでいて、しかし嬉しそうで、長年の夢がようやく叶ったような、そんな表情だった。

 

 やがて、女性は口を開く。ゆっくりと、一言一言噛みしめるように。

 

「戻ってきてくれたのですね…。本当に…本当に…」

 

「え? あの、なにが……?」

 

 混乱する私の頭は、一体全体何が起きているのか全く理解が追いついていない。だが、女性はそんな私を待ってはくれない。

 

「良かった…よく無事で……!」

 

 

 そして、その女性は私をギュッと抱きしめると、とんでもない爆弾を放ったのだった。

 

 

 

「本当に…良かった…。

 

 

 

 

 私の子……アマテラス!!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 白夜の同胞

 

「…ええっ!? 私が…あなたの子!? ど、どういう事なんですか、いったい!」

 

 本当に予想だにもしなかったその言葉に、私の頭は理解を追いつくどころか、真逆の方向へと走り続けている。

 

 女性が名残惜しそうに私から抱擁を解くと、優しく私の頬を撫でて言う。

 

「いいですか、アマテラス。あなた、そしてスサノオはこの白夜王国の王子と王女…。幼い頃…あなた達は暗夜王国にさらわれ、連れ去られてしまったのです。私はあなた達の母ミコト。私達は家族なのですよ」

 

 慈しみの笑みを浮かべて、ミコトは尚も私の頬に手を置いていた。

 その手から伝わってくる体温は、どこか懐かしくて、不思議と安心感が湧いてくる。

 しかし、私は父であるガロン王から聞いたはずだ。私の母親は既に死んだ、と……。

 

「そんな…あなたが、私の本当の母親? うそです、そんな事…信じられません」

 

 体はもはや頭では思い出せない古き記憶を覚えているとでも言うかのように、私の意思とは関係なく、ミコトから感じる暖かさを受け入れていた。

 だが、私の心が、それを認めようとはしていない。いや、認めたくても、認められない。

 何故なら、私には、マークス兄さんやカミラ姉さん、レオンにエリーゼと、暗夜のきょうだい達がいるからだ。

 

「ああ、そうだろうな。だがこれは…本当の事だ」

 

 今まで静かに見守っていたリョウマが、穏やかに微笑んで、私に語りかけてくる。

 

「…俺はリョウマ。お前の兄だ」

 

「…私の、兄さん…?」

 

 私の、『兄さん』という呼びかけに、リョウマは大きくは表情に出さないが、それでも嬉しそうに頷いた。

 

「そうだ。はっきりと憶えている、お前がさらわれた時の事は。あの時…当時はまだ友好関係にあったはずのシュヴァリエ公国を訪問していた父、白夜王スメラギは突如敵に襲われた。暗夜王ガロンの騙し討ちにあったんだ…」

 

 語るリョウマは目をつぶり、噛みしめるように口にする。

 その顔は、辛い記憶を思い出していると、物語っていた。

 

「そこで白夜王は…お前の父親は、命を落とした」

 

「白夜王スメラギ…」

 

 話を聞くうちに、次第に私の心は、信じられない内容であるというのに、耳を傾け始めていた。

 

「それが私の本当のお父様…?」

 

「本当に覚えていないのか? 少しでも思い出せないか?」

 

 リョウマに問われるも、何も覚えていないし、何も知らない。だから、そもそも思い出すどころの話ではないのだ。

 

「…思い出せません…何も…」

 

「そうか…まあ無理もないな。お前の兄スサノオも、同じ反応だったからな。アマテラス、これはスサノオにも言った事だが…、今信じろとは言わない。すぐには受け入れられない話だろう…」

 

 仕方ない。だが、そのうち絶対に認めてもらう。そんな意思の強さが、言葉には込められているのが感じ取れた。

 

「では、スサノオも呼んで……」

 

 そんな時だった。1人の白夜兵が、慌てるように王の間へと駆け込んできたのだ。

 

「報告です! 北方の山の村々が敵襲を受けています!」

 

「なに!?」

 

 兵の報告を耳にした途端、リョウマは声を荒げて叫んだ。

 

「あの辺りには今、ヒノカとサクラが…」

 

「はっ。ヒノカ王女とサクラ王女は村にとどまり、村人達を避難させています!」

 

 兵の報告を聞き終えると、リョウマの顔つきが変わる。先程までは穏やかだったが、今は武人のそれだ。

 

「…分かった。俺もすぐに向かう! アマテラス、お前も共に来てくれ。お前の目で真実を見極めて欲しい」

 

 リョウマは私の瞳を真っ直ぐに見つめて頼んでくる。その曇りのない目に、私は意を決し、頷いた。

 

「よし…。すぐに出る! スサノオも呼んできてくれ! 今はあいつの部屋にいるはずだ。そのまま城門へと向かわせるんだ」

 

「はっ!」

 

 報告に来た白夜兵は命令を受けると、即座に王の間から走り去っていく。

 

 続いて、リョウマとスズカゼも外へと向かい始める。

 

「無事に、また帰ってきてくださいね…アマテラス。そしてスサノオ…」

 

 リョウマ達の後に続く私の背には、ミコトの心配する声が届いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪が一面を真っ白に染める銀世界。村から離れた山間において、2人の女性が窪みに身を隠していた。

 

「ごめんなさい、ヒノカ姉様…。私が足をくじいてしまったせいで…」

 

 気弱そうな少女が、足を押さえながら謝る。そんな様子を見て、もう1人のヒノカと呼ばれた女性は、少女を安心させるように柔らかく微笑んで、

 

「大丈夫だ。民を守るために頑張ったサクラはとても立派だった。村人達はまだ避難の途中…誰かが残って戦わねばならない」

 

 そう言って、立ち上がるヒノカ。覚悟を決めたその顔には、凛々しく美しい勇ましさがあった。

 

「たとえ劣勢でも、白夜の王女として戦い抜いてみせよう」

 

「は、はいっ、姉様…」

 

 サクラと呼ばれた少女もまた、その手にした杖を握り締め、立ち上がる。少しでも、姉を助けるために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「報告にあったのはこの辺りだったな…!」

 

 道中を急ぎ駆け抜けた俺達は、休憩する時間も惜しんでここまでたどり着いた。

 

「いいか、スサノオ、アマテラス。報告によれば、敵は数が多く、広範囲に散っているようだ。決して1人で行動はせず、必ず最低でも2人以上で行動するんだ」

 

 リョウマはそう言って、雪原を駆け出した。

 今リョウマ自身が単独行動を注意したばかりだというのに、その行動に呆気に取られていると、スズカゼがその意味を教えてくれる。

 

「リョウマ様は白夜王国一の剣士。そうそう危険な事はないでしょう。情報では、敵はノスフェラトゥの軍勢です。おそらくリョウマ様は敵を引き付け、少しでもヒノカ様とサクラ様への危険を減らそうとしているのです。そして、私達もその間に少しでも早くお2人の救助に行かなければなりません」

 

「そういう事だ。だからボケッとしてる暇は無いぞ、スサノオにアマテラス」

 

 リンカが俺とアマテラスの背を力強く、バシッと叩く。確かに、こんな所で足踏みしている訳にもいかない。

 まだ納得した訳ではないが、罪無き命を守るのが先決なのだ。

 

「は、はい! 行きましょう!」

 

 ガングレリを手に、アマテラスがリンカと共に走り出した。それに俺とスズカゼも続く。

 しかし、雪原というだけでも走りにくいというのに、目に付くのは岩山ばかりで、これでは敵の姿が見えないばかりか、進行の邪魔でしかない。

 と、そんな時、俺の体が直感的にある事に気付く。岩山の少し手前、そこから感じられる大地の力…『竜脈』だ。

 

「俺が先行して道を開く! お前達は速度を落とさず、そのまま走れ!」

 

 懐から魔竜石を取り出すと、意識をそこに集中させていく。すると、俺の体を黒いオーラが包み込み、力が増幅していくのが分かる。

 

 一気に踏み込んだ足で岩山へと距離を詰めると、勢いよく地面へと拳を叩きつけて叫ぶ。

 

「『竜脈』よ! 大地を穿て!!」

 

 拳を通して、地面から俺の体へと竜脈の力が循環していく。すると突如、岩山は跡形もなく吹き飛んで、見通しの良い平野が現れた。

 

 その様子を眺めていたリンカが、驚きの声を上げる。

 

「!? 岩山が…跡形もなく……。あれも…『竜脈』なのか…? まさか、これほどの力が…」

 

「王族は神に最も近い者…、そう伝えられています。神宿る地を見出し、呼び起こす…。王族ご自身にさえ御しきれぬ力…。今はそれが、ヒノカ様達を救う鍵となるかもしれません」

 

 リンカ達は感嘆しながらも、俺の言った通りスピードはそのままで新たに生まれた道を駆け抜けていく。

 

「俺が大きく道を切り開いていくから、アマテラスは細かに周りを整えてくれ!」

 

「はい! 『竜脈』よ…業火の炎を!」

 

 俺が大きな岩山を、アマテラスが雪山を炎によって溶かしていく。すると、初めて敵の姿を見る事が出来た。

 

「なんだ…あれは? 人間じゃ、ない…?」

 

 その姿は、ゴツゴツとした体表に覆われ、皮膚は継ぎ接ぎだらけにも関わらず、隆々とした筋肉が見て取れる。灰色の肌に、顔には頭をすっぽりと覆うようにマスクが装着されており、時折吐き出される吐息は紫がかっていた。

 

「ノスフェラトゥだ。暗夜王国が作り出した、死した兵士だよ」

 

 こちらに気付くなり、ノスフェラトゥの集団が向かってくる。

 

「こちらと同じ数ですね。幸い、奴らはそこまで俊敏ではありません。1人1体でも十分でしょう」

 

 スズカゼは向かいくるノスフェラトゥに向かって、彼の武器である手裏剣で攻撃する。

 リンカもまた、ノスフェラトゥの1体へと突進していった。

 

「アマテラス、敵が暗夜の兵だろうと今は気にするな! 躊躇すれば、俺達が殺される!」

 

「はい! あとで事情を話せば、お父様やマークス兄さん達も分かってくれるはずです」

 

 魔剣を手にしたアマテラスから目を離し、俺は目前のノスフェラトゥへと注意を向ける。

 

「こんな所で、立ち止まっている訳にはいかないんだよ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、ヒノカ達にもノスフェラトゥの攻撃がおよび始めていた。

 

「民を脅かす怪物よ、このヒノカが相手になろう!」

 

 天馬の馬上で、槍を構えてヒノカは叫ぶ。その背後には足を痛めたサクラがいるため、あまり高く飛んで動く訳にはいかない。

 

「グゴガァァァ!!」

 

 ノスフェラトゥが闇雲に拳を振り回しながら、ヒノカに襲いかかる。それを拳が当たる直前で槍により叩き落としていく。

 

「参る!」

 

 乱撃の隙を突いて、槍の刃先がノスフェラトゥの腕、胴と切り込みを入れていくが、まるで怯んだ様子もなく、逆に槍の柄を掴み取られてしまう。

 

「ぐ、くそ…!」

 

 どんなに力を入れても、まるでびくともせず、動きが止められてしまう。

 

「ガガ、グガァァ!!」

 

 空いた手でヒノカ目掛けて拳を打ち込もうとしたその時、

 

 コツン。

 

 と、ノスフェラトゥのヘルメットに小さな石がぶつかった。それにより、一旦動きが止まると、石が飛んできた方へ顔をギギギと傾ける。

 

「…わっ、私も白夜の王女です。お、怯えたりしませんっ…」

 

 動きを封じられた姉を救おうと、必死になって小石を投げつけたサクラ。しかし、その目にはやはり恐怖によって少し涙が滲んでいた。

 

「ググギ、ギギギガガ「隙あり!」ゴガガ!?」

 

 その一瞬の隙を狙って、ヒノカが天馬の上から会心の蹴りをノスフェラトゥの頭部へと放ったのだ。それにより、ノスフェラトゥの手から槍が放され、即座に連撃を敵の首へと打ち込むヒノカ。

 

 ノスフェラトゥの弱点は頭部にある。死んだ肉体を操るために必要なのは脳。脳に仮初めの命を与える事により、脳から無理やり作り替えた死人の肉体を動かせているのだ。そして、首には肉体へと繋がる神経が大量に存在しており、首への攻撃もノスフェラトゥには有効だった。

 

 ただし、ヒノカはその事を詳しく知っている訳ではない。白夜王国にノスフェラトゥの事を詳しく知っている者などいないと言っても過言ではないくらいだ。

 しかし、白夜の戦士は経験で知っていた。幾度となく襲い来る怪物の軍勢を相手に、長年戦い続けてきたからこそ知る事が出来た敵の弱点。

 それが、白夜の戦士には染み付いているのだ。

 

「グギ、ガギ…ギ…」

 

 ドシン、と大きな震動を鳴らせて、ノスフェラトゥのその巨体が崩れ落ちる。

 

「やったか…」

 

 敵が倒れた事に安堵するヒノカだったが、少しの違和感に気付く。

 

「どうなっている…? ノスフェラトゥの攻勢が弱すぎる…」

 

「も、もしかしたら、リョウマ兄様達が助けに来てくれたのかも…」

 

 ヒノカの疑問に、サクラが嬉しそうな顔で予想するが、姉は浮かれずに答える。

 

「かもしれないな。しかし、それで油断して敵にやられる訳にはいかない。サクラ、確実に助けが来るまでは気を抜くな」

 

「は、はいっ…。ごめんなさい、姉様…」

 

「いや、いいんだ。お前のおかげで私も希望を持てたのだから。…安心しろ、サクラ。お前は私がこの命に代えても守り抜いてみせる…! なにせ私は───

 

 

 

 お姉ちゃん、だからな」

 

 




ノスフェラトゥに独自設定がありますが、オリジナルという事をお忘れなく。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 白夜王女の涙

 

「てやぁぁ!!」

 

 数は少なくとも、徐々に強まってくるノスフェラトゥの攻勢に、ヒノカはなんとかサクラを庇いつつ切り抜けていた。

 

「ガガゲガ!!」

 

 倒しても倒しても、その度に次のノスフェラトゥが湧いて出てくる。流石に1人で相手にするには、分が悪すぎた。

 疲労はどんどん溜まる一方。敵を捌く効率もずいぶんと落ちてきた。このまま防戦一方では、かなり危険な状態である。

 

「次から次へと…キリがない!」

 

 再び襲ってきたノスフェラトゥの乱撃を、最低限の力で防いでいく。既に槍は幾度の暴力を受け止めて、ボロボロに擦り切れていた。

 そして、

 

「くっ!」

 

 バキッ!

 

 刃先付近の柄は、とうとう度重なる衝撃により砕けてしまう。

 すぐさまヒノカは予備として常備している折りたたみ式の槍を広げ、一気にノスフェラトゥの首の中心へと突き刺す。

 槍はノスフェラトゥの首を貫通し、ヒノカの手には肉を抉る嫌な感覚が伝わってくるが、気にせずに力強く引き抜く。

 

「ゴゴ…ガ…」

 

 異形の怪物の声にならない叫びと共に、ズブリという生々しい音が雪の世界に鳴る。

 

「まずいな…。早く切り抜けないと、これ以上は武器が保たない…!」

 

 予備の槍はあくまで予備。ヒノカはもしもの時の為に常備しているが、持ち運びに重点を置いていたため、強度は元々の槍よりも弱く、長時間の戦闘には向いていないのだ。

 

「ね、姉様…、私の事はいいですから、姉様だけでも逃げてください…」

 

 ヒノカの焦りに気付いたサクラは、自分が足手まといにしかなっていないと思っていた。しかし、事実はそうではないという事に、サクラ自身は気付いていない。

 

「何を言うんだ! そんな事が出来る訳ないだろう!」

 

「で、でもっ…、私は姉様の足を引っ張ってばかりで…」

 

 弱気なサクラの言葉に、ヒノカはギリギリと歯を食いしばる。それは、純粋に怒りからくるものだった。

 

「そんな事はない! 民が傷付いた時、私が傷付いた時、お前のその祓串が皆を癒やしたじゃないか! お前は立派に白夜の王女としてその役目を果たしているんだ!」

 

 天馬から飛び降り、サクラへと詰め寄るヒノカ。突然の姉からの叱咤に、サクラは怯えたようにビクッと震えた。

 

「それに、お前は私にまたあんな思いをさせるのか! 妹を、家族を失うなんていう、あんな辛い思いを、またさせようというのか!!」

 

「あ、う…それ、は……」

 

 サクラは知っている。サクラ自身は見た事も無いけれど、自分にはまだ見ぬ兄と姉が他にもいて、その2人が敵国、暗夜王国に連れ去られた時、ヒノカはひどく落ち込んでいたとリョウマやミコトから聞いた事があった。

 毎日のように涙で枕を濡らし、ろくに食事も摂らなかった、と……。

 

「…ごめんなさい、姉様…。私、姉様の事を何も分かっていませんでした…」

 

「いや、分かってくれたならいいんだ。私は、もう二度と家族を失いたくはない。あんな思いをするのは、もうごめんだ…」

 

 今は会えない、遠い弟と妹に思いを馳せながら、ヒノカはサクラの頭を優しく撫でる。

 

 そして、完全に油断しきっていた。

 

 

「ギギギグゴガグゲガガ!!!」

 

「!?」

 

 少しの間、敵の攻撃が止んでいた事もあり、油断してしまっていたのだ。戦場において、油断とは命取りになる。それが頭の中から飛んでしまう程に、ヒノカにとっては重大な事だったとも言えるが、完全に失策だったとも言えるのだ。

 

「しまった…!」

 

 天馬から降りた状態では、ヒノカは本領発揮が出来ない。敵と体格差がありすぎて、ノスフェラトゥの弱点である頭どころか首を狙うのも困難となってしまっているのだ。

 

「ね、姉様…!」

 

 ギュッと、サクラがヒノカの服を掴む。その手は、恐怖によってぷるぷると震えていた。

 

「くっ…! こんな事なら、天馬武者としての修練以外も積んでおけば良かったな……」

 

 槍を握る手が汗で滲む。当に絶体絶命。敵は1体だが、この状況は非常にまずい。

 

「ガガァァ!!」

 

 ノスフェラトゥの乱暴な拳がヒノカを襲う。ヒノカは後ろのサクラを押し飛ばし、自身はしゃがんでその拳を回避する。盛大に空ぶったその体に、ヒノカはノスフェラトゥの首を目掛けて槍を投擲した。

 

「グギィィィ!!?」

 

 槍は中間地点までノスフェラトゥの首に突き刺さり、動きが一瞬止まったところを狙って、ヒノカは思い切りジャンプしてその頭へと回転蹴りを決めた。

 それにより、ノスフェラトゥの首はあらぬ方へと曲がり、膝を付いて脱力していく。

 すかさず刺さった槍に手を伸ばしたところで、後ろからサクラの叫ぶ声がヒノカに届いた。

 

「姉様、前!!」

 

 妹の声にハッとして、倒れたノスフェラトゥの背後に急ぎ目を向けると、更にもう1体、新たなノスフェラトゥがその太い腕を大きく振りかぶっているのが見えた。

 

(仲間毎、私を攻撃する気か…!!)

 

 槍を急ぎ抜こうとするも、先程の蹴りによって、倒れたノスフェラトゥの首に食い込んでしまい、抜けそうで抜けない。

 

「姉様ぁ!!」

 

 サクラの悲痛な叫びが雪原に響く。

 ノスフェラトゥの攻撃は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

「くそ…、ここまでか……!」

 

 槍を放そうにも、今からでは間に合わない。覚悟を決め、観念したようにヒノカは目を閉じた。

 

 

「グオォォォ!!!」

 

 

 今、ヒノカの体にノスフェラトゥの凶撃が当たろうと───

 

 

 

「させるものか!!」

 

 

 

 突如、横合いから若い男の声が轟く。そして次の瞬間、ヒノカに襲いかかろうとしていたノスフェラトゥの拳は腕毎切断されて、クルクルと宙に舞っていた。

 

「な───っ!?」

 

 突然の出来事に、ヒノカは驚いて目を開けると、そこには全身から黒いオーラのようなものを放出させて立っている人間がいた。

 

 その男は、剣を構えるとノスフェラトゥの頭を一閃した。頭を横に真っ二つに切り裂かれたノスフェラトゥは、叫びを上げる事もままならないで後ろ向きに倒れていく。

 

「大丈夫か?」

 

 背中越しに尋ねてくる男に、ヒノカは最初こそ面食らっていたが、すぐに我に帰ると、

 

「あ、ああ。大丈夫だ。私なら何ともない。貴殿は…兄様の援軍か?」

 

 男は振り返ると、ホッとしたような顔で一息つく。

 

「まあ、そんなところだ。無事で何よりだよ」

 

「危ないところを助けてもらい、感謝する」

 

「では、ここで待機していてくれ。敵は俺達がなんとかするから」

 

「いや、私はまだ戦える。白夜王女の誇りにかけて、1人でも戦い抜いてみせる」

 

 ようやく抜けた槍を前に突き出し、男に向かって宣言するヒノカに、男は得心したというように頷いた。

 

「分かった。だが無理はしないでくれよ」

 

 再び背を向けて歩き出した男に、ヒノカは声を掛けた。

 

「おい、待て。まだ貴殿の名を聞いていなかったな。名は何というんだ?」

 

 男は顔だけをそちらに振り返って言う。ヒノカに多大な衝撃を与えるとも思わずに。

 

「俺はスサノオ。それでは、また後で」

 

 名乗るだけ名乗って、スサノオはサッサと走り出してしまった。

 後に残されたヒノカと、呆然と立ち尽くす姉に歩み寄るサクラ。

 

「ね、姉様…、あの御方はいったい…」

 

 サクラは姉に今の男の事を聞くも、ヒノカは放心状態となってしまっており、まるで聞こえていなかった。

 

「スサノオ…? スサノオ…まさか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはあっという間だった。ノスフェラトゥの軍勢は大半がリョウマへと引き付けられており、多少残ったノスフェラトゥ達は瞬く間にスサノオ達によって殲滅されていった。

 リョウマの方も、自分に集まってきた敵を全て葬り去ると、あらかじめ決めておいた合流点へとやってくる。

 

「これで全て片付いたようだな。無事だったか、ヒノカ、サクラ?」

 

 ヒノカとサクラも合流点へと共に来ており、2人はスサノオ達と向かい合うように立っていた。

 

「は、はい! この方達が危ないところを助けて下さいました…」

 

 リョウマからスサノオ達へと向き直ると、サクラがぺこりと頭を下げて礼を言う。

 

「ありがとうございます! 助けていただいて…。あ、あのあの、よろしければお名前を…」

 

 スサノオはサクラに困った顔を向け、アマテラスは自分がまだ自己紹介していない事に気がつく。

 

「俺は一応名乗ったんだがな…」

 

「えっと、私は…」

 

 アマテラスが名乗ろうとしたその時、突然ヒノカが俯いたまま、黙ってスサノオ達の前に歩み寄ってくる。

 そして、ピタリとスサノオの目前で立ち止まると、

 

「…スサノオ…」

 

 ポツリと、こぼすようにスサノオの名を呟いた。

 

「え…?」

 

「ヒノカ姉様…?」

 

 事情が把握出来ていないスサノオ、アマテラス、サクラの3人は困惑した顔でヒノカの様子を見守っていたが、やがてヒノカに新たな動きがあった。

 

「!」

 

 ヒノカが、スサノオの胸に手をついて、頭も押し付けたのだ。その姿はまるですがりつくようだった。

 

「また…会えた…。ずっと…ずっと…私…」

 

 ポロポロと涙を落としながら、掠れた声を絞り出すように、嗚咽混じりに、ヒノカは長年の思いの丈を吐き出していく。

 やがて、ヒノカはスサノオの胸から顔を離すと、その隣に立っていたアマテラスを、自分へとギュッと抱き寄せた。

 

「え…」

 

「…分かるよ…アマテラス…。私の…可愛い妹…なんだ、から…。う…うぅっ…」

 

 今までこらえていたものが、とうとう決壊して、ヒノカは子供のように、泣きじゃくった。

 

「うわああああああん……!!」

 

 それを黙って見つめるスサノオと、困った顔をして抱きしめられているアマテラス。

 

「え…ええと…」

 

 助けを求めるようにリョウマに視線を送るアマテラスだったが、その様子をリョウマはにこやかに見ていた。

 

「スサノオ、アマテラス、ヒノカはお前達の姉だ。お前達が幼い頃にさらわれた後…、ずっとお前達を思って泣いていた。そして、それまで触れた事もない薙刀の修行に明け暮れるようになった。いつか、お前達を暗夜から取り戻すのだと言ってな…」

 

「………」

 

 リョウマの言葉に、アマテラスは抱きしめられているだけだったヒノカへ、抱きしめ返すのだった。

 

 

 

 

 しばらく泣き続けると、ヒノカはソッとアマテラスから離れる。

 

「す、すまない。少々取り乱してしまった…。スサノオ、アマテラス、よく戻った。姉として嬉しく思う」

 

 キュッと顔を引き締めて、ヒノカが凛々しい笑顔でスサノオ達へと笑いかける。

 

「あ、あなた達が…スサノオ兄様にアマテラス姉様…」

 

 サクラは、初めて目にした2人の兄姉に、どう接して良いか分からないようだった。ただ、そこには少しの戸惑いがあるだけで、嬉しさもしっかりとサクラの胸に湧き上がってきていた。

 

「よし、化け物どもは滅ぼした。皆…帰るぞ」

 

 リョウマの一声で、一同が雪山を降り始める。だが、スサノオとアマテラスはリョウマに聞いておきたい事があったので、少しその場に留まる。

 

「少しいいか…?」

 

「ああ、なんだ?」

 

「さっきの怪物…ノスフェラトゥとは一体何なのですか? リンカさんから聞きましたが、詳しい事は分からないので…」

 

「ああ…暗夜の邪術師が作り出した意志なき怪物だ」

 

「暗夜の邪術師が…?」

 

「母上…ミコト女王は結界を張り、この白夜王国を守っておられる。母上が生きている限り、暗夜兵はこの地へ侵攻出来ん。結界の中に入れば、たちまち戦意を失ってしまうからな」

 

 そこまで聞いて、スサノオとアマテラスもとある答えに思い至ってしまった。

 

「…だから暗夜王国は、人ではなく心を持たぬ怪物を送り込んでいる……」

 

「そうだ。それにより、以前から白夜王国に被害を与えようとしている」

 

「そんな…暗夜王国が、怪物を送り込むような真似を…」

 

 ショックを隠しきれない2人。まさか、父がそんな事までさせていたなんて、思いもしなかったのだ。

 

「あの怪物共は、すでに野生化し自国の民すら無差別に攻撃すると聞く。暗夜は戦に勝つために、民達を平気で犠牲にする…。俺は奴らの邪悪そのものな策を使う事が許せん」

 

「そして、」

 

 いつの間にか戻ってきていたヒノカが、いきなり口を挟んだ。

 

「卑劣な策を使う事もそうだが、何より幼いお前達を奪った事、決して許しはしない。お前達の受けた苦しみ…必ず奴らには報いを受けさせてやる」

 

「……」

 

 ヒノカの並々ならぬその迫力に、スサノオとアマテラスは何も言えなかった。

 

 

 決して、自分達は苦しみだけを受けた訳ではない、と……。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 母と娘  オバカな軍師の卵と鎧愛好家とキッタネエ賊

 

 無事にヒノカとサクラを救ったスサノオ達が下山する頃には、既に日が暮れ始めていた。

 道中、ヒノカはスサノオとアマテラスから絶えず離れる事なく、まだ2人がさらわれる前の話をあれこれ話し続けては、リョウマに同意を求めたりと忙しないものだった。

 サクラは、自分がまだ生まれて間もない頃の話だった事もあり、話に入っていけない事を少し寂しそうにしていたが、それを見たアマテラスが気を使って手を握ってやると、サクラはどこか安心したような、嬉しそうな顔をして小さくアマテラスの手を握り返していた。

 その時、確かなつながりを、アマテラスもサクラも仄かにではあるが感じ取っていた。

 

 

 

 

 城内へ帰る頃にはすっかり日も暮れ、リョウマは報告に、ヒノカは流石に疲れも出ていたために自室へと帰っていった。

 サクラは負傷した足を診てもらうために医術師の元にスズカゼとリンカに連行されていった。

 何故連行かというと、これくらい平気だと、サクラがわざわざ医術師の手を煩わせたくない事を理由に拒否したからだ。

 祓串や杖は他者を癒やす力はあるが、使用者を癒やす力は持ちえない。これもまた、戦場で回復役が肝となってくる要因の1つとなっている。

 

 

「よく、無事に帰ってきてくれましたね。それに、ヒノカとサクラも救出してくれて…、私は母として、あなた達の事が誇らしい限りですよ」

 

 帰ってくるなり、ミコトがスサノオとアマテラスをまとめて抱きしめる。流石に抵抗する気はなく、されるがままに流れに身を乗せる2人。

 

「すまないが…俺はまだ、あなたを母親として意識する事が出来ない…」

 

 疲れたので部屋に戻る、と言ってスサノオはミコトの抱擁を解くと、ゆっくりとした足取りで城内の角へと消えていった。

 

「スサノオ…。仕方ありませんね…私が母としてあなた達と過ごしてやれた時間は、とても短いのですから…」

 

 泣きこそしないが、今にも涙を浮かべそうな…母の顔に、アマテラスにはどうしようもない申し訳なさが込み上げてきた。

 それも仕方のない事。何故なら、アマテラス自身もまだ、ミコトを母親として見る事が出来ていないのだから。

 

「…そうでした! まだ、アマテラスには部屋を教えていませんでしたね。最初のお母さんの仕事として、私が連れて行ってあげましょうね」

 

 先程までの悲しそうな顔はなりを潜め、にこにことアマテラスの手を取るミコト。笑顔の裏で、どれだけ辛い思いを隠しているのか、アマテラスにはなんとなくだが伝わっていた。

 

 

 城の少し奥の方まで歩いて行くと、ようやくとある一室へ到着する。

 ミコトに連れられて中に入ると、部屋の中には子供用のおもちゃがちらほらと散乱していた。

 まるで、この部屋の中だけが、時間が止まってしまったような、そんな錯覚に囚われる。

 

「さあ、アマテラス。ここがあなたの部屋ですよ。自由に使ってくれて構いません」

 

 ミコトの言葉に、おずおずと部屋の中心へと歩いていくアマテラス。すると、室内のとある一角に目が行った。

 

「これは…?」

 

 少し大きめの紙に、何かの絵が書かれているが、グチャグチャとしていて何かまでは判別出来ない。

 

「それは、小さい頃にあなたが描いた絵ですよ」

 

 ミコトはアマテラスの隣に来て、絵を拾い上げる。

 

「ほら、これが父上、これが私、それからこれがあなた…」

 

「………」

 

 懐かしむように絵を指で説明するミコトだったが、アマテラスには全く覚えがない。

 それに気付いたのか、ミコトも少しシュンとした表情で続ける。

 

「ここは、あなたが子供の頃に住んでいた部屋です。あなたがさらわれた後も、この部屋はずっとあの時のまま…。片付けてしまうと、アマテラスが、スサノオがもう戻ってこないと認めるようで……どうしても出来なかったのです」

 

 時間が止まったような、ではなく、本当に、この部屋の中は『時間が止まってしまって』いたのだ。

 

「大きくなりましたね、アマテラス…」

 

 心の底から喜びの声を上げるミコトだったが、アマテラスはその喜びに応える事が出来ない。

 

「あの…私は…何も覚えていないんです」

 

「え…?」

 

「だから…今のお話に、どう反応すればいいのかが、分からなくて。あなたにとっては、私は愛する子だったかもしれません…。でも私にとっては、あなたは今日会ったばかりの人…。急に親子だと言われても…、その想いに応える事は出来ません…」

 

「アマテラス…」

 

「…すみません。あなたは私の、母親…なのに」

 

 ミコトの顔を直視出来ず、アマテラスは俯いてしまう。自分が、どれだけ残酷な事を言っているのかが、理解出来ているからこそ、本当の母親の辛そうな顔を見れなかった。

 

「…いいえ。無理もありません…。あなた達はずっと、暗夜王国で育ってきたのですから…」

 

 その言葉に、アマテラスは顔を上げると、ミコトの顔には切ない笑顔があった。

 

「でも…私は、奪われたあなた達との時間を、これから少しずつ取り戻したい。そして叶うならいつか…もう一度あなたと、あなた達と家族になりたい…。そう思っています」

 

「……」

 

「しばらくはここで自由に過ごしてください。城を見回ってもいい、外に出てもいい。あなたの自由にしていいのですよ」

 

 そう言って、ミコトは穏やかに微笑んだ。

 

「そうだ、お母さんから1つだけ、あなたにお願いしてもいいですか…?」

 

「え?」

 

 部屋を出て行こうとするミコトが不意に立ち止まり、振り返って尋ねてくる。

 

「今日は…私と一緒に眠ってくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……白夜王国、俺の、俺とアマテラスの祖国…」

 

 スサノオは、城内庭園にて空を見上げていた。

 

「…母上、か」

 

 自分の部屋だと言われても、スサノオにとっては初めて訪れた未知の土地とほぼ変わらないのだ。そうそう簡単に眠れたものではなく、その上今日は色々な事がありすぎて落ち着かなかった。

 なので気分転換に夜空でも眺めようと、庭園へと足を運んでいた。

 

 暗夜王城とは違って、こちらには風情があって、機能性よりも感性に訴えかけてくる美しさが存在している。

 

「……俺は、どうすればいい? 俺は暗夜の者なのか? 白夜の者なのか…? 俺は一体何者なんだ…? 誰か…教えてくれよ…」

 

 頭に浮かんでくる、暗夜の家族達、白夜の家族達…。スサノオの心は大きく揺れていた。

 

 と、スサノオが思い悩んでいるところに、声が聞こえてくる。

 

「うーん! 今日もいい勉強が出来ましたね!」

 

「この国の楽器も中々に興味深いよなぁ…。シャミセン…だったか? バイオリンとはまた違った深みがあってよぉ…」

 

「どうして私がお守りなんかを…」

 

 渡り廊下を、3人組の男女が歩いてきた。その姿は、およそ白夜に似つかわしくない、むしろ暗夜王国の格好に近いものがある。

 

「ああ!? バッカ、俺までお守りの対象にしてんじゃねーよ! こいつがほっといたら何するか分かんねーから俺とお前で見張り兼護衛してるんだろうが!」

 

 よく見ると賊っぽい顔をした、人相の悪い男が分厚い鎧を着込んだ少女に怒鳴り散らしている。

 

「アンタは護衛してないでしょうが」

 

「ぐっ…、う、うるせー! どうせ俺には戦いの才能はねーよ!!」

 

「いやー、ユキムラさんの軍略は母さんとは違ったものがありますから、僕の母さん越えという夢を叶えるのにとても助かりますよ!」

 

 この中では一番妙な格好(ボロボロで、変な模様が腕の部分についた黒いコートを着込んでいる)少年が、2人の口喧嘩とは全く別の事を1人ペラペラと喋っている。

 

 そのあまりの奇妙な様子に、スサノオは警戒どころか呆気に取られて3人を眺めていた。

 すると、向こうも気付いたようで、

 

「あれ? 誰かいますね。どうもこんばんは…っと、初めましての方ですか?」

 

「! バカ! 下がりなさい!」

 

「アンタ、白夜のモンじゃねえな…」

 

 白夜の城内に、異国の装束を纏った者がいたら当然の反応だが、それは彼らにも言えた事であり、何とも滑稽な一面となっていた。

 

「そっちこそ、その姿…白夜王国の人間じゃないだろう」

 

「こっちは事情があって、ミコト様の元でお世話になってるって立派な理由があるのよ。それで? …どうしてだか、そちらには敵意が無いようだけど、あなたは何者?」

 

 と言いつつ、手にした槍を下ろさない少女に、スサノオもまた両手を上げて、

 

「言うから、その槍は下げてくれ。…というか、聞いてないのか? そのミコト女王から」

 

「はあ? 何言って…」

 

 賊っぽい男が睨みを効かせてスサノオに問おうとして、ボロボロコートの少年が先に言った。

 

「あ! もしかして、あなたがスサノオ様ですか!? いやぁ、初めまして! 僕はクリス。こっちの鎧マニアがルディアで、このキッタネエ賊みたいなのがブレモンドです」

 

 そのヒドい紹介に、流石に他の2人も怒って、

 

「バカにしないで! 確かに鎧集めが趣味だけど、私は鎧を愛していると言っても過言ではないわ!」

 

「誰が盗賊だコラ!? 俺をあんな下品な連中と一緒にすんじゃねー!!」

 

 1人、怒る論点がズレている気がしないでもないが、スサノオはそれについては深入りしないでおこうと密かに思った。もし聞こうものなら、延々と鎧について聞かされそうな気がしたからだ。

 

「と、これは失礼しました。先程の無礼、どうかお許しを」

 

 ルディアがひざまずいて頭を下げてくる。ブレモンドとクリスもそれに倣い、スサノオに礼の姿勢をとる。

 

「いや、俺もまだ自分の立場を受け入れられてはいないんだ。だから、そんなにかしこまらなくてもいいぞ。なんなら、さっきまでの感じで気さくに話しかけて欲しい」

 

「では、失礼して」

 

 そして立ち上がる3人。

 

「それで、スサノオ様は何故こんな所に1人でいたの? 確か、妹君であるアマテラス様も帰ってきたって聞いたけど」

 

「アマテラスは…あれだ。今日は母上と一緒に眠るらしい。さっき声を掛けた時にそう言っていた」

 

「なるほど…。それで、1人で物思いに耽っていたんですね」

 

 このクリスという少年は中々に、ずけずけと物を言える性格をしているようだ。

 

「お前達はミコト女王…母上に世話になっていると言っていたが、お前達も白夜の人間じゃないだろう? どうして、ここにいる事になったんだ?」

 

 その問いに、クリスとブレモンドは逃れるようにそっぽを向く。それを見て、ルディアは呆れるようにため息を吐いた。

 

「ミコト様とは何度か縁があってね。1度目はこのバカクリスが親から貰った大事な戦術書を落とした時に、たまたま街を回っていたミコト様に拾ってもらって、2度目はブレモンドが街で演奏していたのをミコト様がそれを見ていて、そして3度目が白夜兵がノスフェラトゥと戦っていたところを助太刀して、その時にその場に居たヒノカ様に礼をしたいと言われて連れていかれたこの城で、またミコト様と会ったのよ」

 

「こうして聞くと、不思議な縁があったものですよねー」

 

 のんきに「あははー」と笑うクリス。そして、スサノオはギョッとする。クリスの隣では、男泣きをするブレモンドが居たのだ。

 

「ミ、ミコト様はよぉ…あんな綺麗な音色で演奏する俺が、悪い奴な訳がないって言ってくれたんだ…。俺は感動しちまったぜ…!」

 

「とまあ、色々あって私達は今に至るのよね。本当はクリスのわがままに付き合ってたら、流れでここに留まる事になったんだけど」

 

 コツンとクリスの頭を小突くルディア。クリスはというと、申し訳なさそうに、小突かれた頭をさすりながら笑っていた。

 

「それで俺は決めたんだ。ここにいる間はミコト様の、この白夜王国の力になるってよ!」

 

「まあ、私としても、白夜王国と暗夜王国は戦争中だっていうし、私の武芸を磨くには丁度いいとは思っているしね。何より、この戦争は私達としても終わらせたいと思っているわ」

 

「そうか…」

 

「スサノオ様。何を悩んでいるかは僕には分かりません。ですが、スサノオ様が自分で選んだ道を後悔しないで下さい。僕の母も、苦渋の決断を選びましたが、結果として皆に笑顔は戻ってきました。スサノオ様も、自分の選んだ道がどんなものであろうと、信じて突き進めばいいんですよ」

 

 それでは、と3人は一礼してその場を去っていった。

 その後ろ姿を見ながら、スサノオはクリスの言葉を何度も頭の中で反芻させていた。

 

 

「自分の選んだ道を信じて…か…。俺は…俺が選ぶべきは……?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 湖の乙女

 

 夜、アマテラスは自分の部屋で、母と布団を並べて眠っていた。

 

「どうですか…お布団の寝心地は、良いですか…?」

 

 眠っていた、というよりは、眠れなくて、それが分かっているのだろう、ミコトはポツポツとアマテラスへと語りかけていた。

 

「暗夜では、地べたに直接ふとん? を敷いて寝ないので、不思議な気分です…」

 

「そうですか…。それじゃあ、これからはお布団に慣れていかないといけませんね…」

 

 うつ伏せのまま、アマテラスは向きを変えずにミコトの言葉を静かに聞いていた。見ていないが、おそらくミコトは優しく微笑んでいるという事が想像出来ていた。

 

「そうそう、お布団と言えば…昔、スサノオはよくオネショをしていたんですよ…?」

 

「スサノオ兄さんが…?」

 

 兄が粗相をしていたなど、初めて聞いたアマテラス。あの北の城塞で2人で幼い頃から暮らしてきたが、スサノオがそのような事をしたとは聞いた事がない。

 

「ええ…。よくオネショをしては、父上やリョウマに笑われて…うふふ。すると、スサノオったら終いには泣いてしまって…ヒノカによく慰めてもらっていました…」

 

「…そう、なんですか……」

 

 いまいち想像出来ないアマテラス。あのスサノオが、幼い頃はそんなに泣き虫だったとは思いもしなかったからだ。

 

「アマテラス…あなたはオネショはめったにしなくて、スサノオがヒノカに甘えているのを見ては拗ねて…私によく甘えに来ていたのですよ…?」

 

「え…」

 

「ああ…本当に、懐かしい…。あなたは覚えていないでしょうが、こうやってよく一緒に寝ていました…。その時は、あなたは私のお布団で2人並んで寝ていたのですよ…」

 

 アマテラスはソッと隣のミコトを見る。ミコトは目を閉じたまま、思い出に浸るように笑みを浮かべて語っていた。

 ただ、その目許には、涙が流れているように見えた。

 

「…本当に、本当に…よく帰ってきてくれましたね…アマテラス…」

 

「…お母様」

 

 ポツリとこぼしたアマテラスの呟きに、ミコトは口元をほころばせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数刻程して、それでも眠れなかったアマテラスは、隣で眠っているミコトを起こさないように、静かに布団から抜け、部屋を出て行く。

 

 目的地もなく、ただふらふらと外へと歩いていく。今は無性に、外の空気を肌に感じたかったからだ。

 やがて、アマテラスは少し大きな湖へとたどり着く。湖畔は異様に静かで、小動物の鳴き声や、風のさざめく音さえ聞こえない。

 

「………」

 

 水際に立ち、水面に映る自らの姿を見つめるアマテラス。その顔には、苦悩が表れていた。

 

「…マークス兄さん、カミラ姉さん…レオンさん、エリーゼさん…。私は、私達は……」

 

 月が照らす中、アマテラスは思い悩む。自分がこれからどうなっていくのか、どうするべきなのかを…。

 

 そして、ふと…歌声が聞こえてきた。

 

 

「歌声……?」

 

 湖を見渡すと、桟橋が掛かっており、その上で歌う女性がいた。

 

 透き通るようなその歌声に、自然とアマテラスの足は彼女へと向かって歩き始める。

 

 そして桟橋の前にまで着くと、歌を歌っていた女性が静かに振り返る。

 歌は止み、彼女はゆっくりとアマテラスへ近づいてくる。

 

「……」

 

 女性は、アマテラスの目の前までやってくると、ジッとアマテラスを見つめていた。

 どこか、神秘的な空気を纏った彼女に、アマテラスは不思議と懐かしい気分を感じていた。

 

「すみません、つい聞き入ってしまって…。不思議な歌ですね。聞いていると心が落ち着くような……」

 

「あなた…アマテラス王女ね」

 

 女性は、アマテラスが名乗らずとも知っていた。その事に、アマテラスはより女性を不思議に思う気持ちが溢れてくる。

 

「あなたは…?」

 

「私はアクア。暗夜王国の王女……だった者」

 

「…だった?」

 

 何故か、聞かずにはいられなく、口は勝手に動いていた。

 

「ええ。あなたとスサノオ王子が幼い頃に暗夜王国にさらわれた後…白夜王国はあなた達を取り戻そうと手を尽くしたけれど、失敗に終わったわ。だから、あなた達と交換するため、忍達は私を白夜へ連れ去ったの。ちょうど、あなた達と反対の…対の人質として」

 

「なんですって!?」

 

 アクアの告白は、アマテラスを驚かせる。まさか、自分の知らないところで、それほどまでに大きな駆け引きが起きていたとは、知りもしなかったのだ。それに、誰もアクアの存在については一切教えてくれなかった。

 だから、アクアの人生が自分達のせいで大きく狂ってしまった事に、大きな責任を感じていた。

 

「いいえ…誤解しないで」

 

 それを見抜いたアクアは、アマテラスに語りかける。

 

「私はこの白夜王国で暮らしてきたけれど、少しも不幸じゃなかったわ。敵国の王女である私にも、この国の人達は優しくて……。ミコト女王は、私を実の娘のように愛してくれたわ」

 

「……」

 

「…こんな夜更けに1人でここに来るなんて、ミコト女王と、何かあったの?」

 

 それはアマテラスだけに言える事ではないが、アマテラスにはアクアにそう返す余裕がもうなかった。

 

「…分からないんです。どうしたらいいのか。急にあの人が母親だなんて言われても…何の感情も持てません。今感じているあの人への、この感情だって同情によるものが大きい…。でも、あの人は私を愛してくれています。リョウマ王子や、みなさんも…」

 

「…そう。分かるかもしれないわ…。私も今、もし暗夜に戻ったら、あなたと同じ気持ちになるのかも」

 

 目を閉じ、再び桟橋へと歩きながら、アクアは言う。

 

「私は暗夜で生まれ、白夜で育った…」

 

 アマテラスも、アクアの後に続き、桟橋に足を踏み入れる。

 

「私は白夜で生まれ、暗夜で育った…」

 

 桟橋の端まで行くと、アクアはもう一度、アマテラスへと向き直る。

 

「私は、白夜の民として生きていくわ。この国で、みんなと共にいたい。ミコト女王の平和を愛する心を知ってるから。そして暗夜王ガロンが、どれほど残虐な男か知ってるから…」

 

 嫌な事でも思い出すように、夜空を眺めながらアクアは眉間にシワを作ってガロンの名を口にした。

 やがて、再びアマテラスへと視線は戻り、彼女は問う。

 

「ねえ、アマテラス…あなたはどうするの?」

 

「……私は…」

 

 アクアの問いに、アマテラスは答えられなかった。未だ、答えは出ていない。自分は、どうすればいいのかを、まだ決められてはいない…。

 

「………」

 

「…そうよね。あなたにも、暗夜の家族がいるのでしょう…。そう簡単に決められる事ではないわ。…あなたとスサノオ王子は、確か双子だったわよね…?」

 

「……はい」

 

「たとえ、あなたがどんな道を選ぼうと、スサノオ王子がどんな道を選ぼうと…私はあなたの味方でいてあげる。あなたとスサノオ王子が手を取り合って笑う未来でも、あなたとスサノオ王子が道を違える事になる未来だとしても…私があなたのそばにいてあげる…」

 

 

───私だけは、あなたの味方で居続けてあげるわ。

 

 

 アクアはそれだけ言って、湖へと向き直ってしまう。

 

「どうして、私にそこまで…?」

 

「何故かしらね…」

 

 背中越しに伝わるその声。それはアクア自身にも理由がはっきりとは分かっていない事を物語っていた。

 

「ただ…強いて言うなら、あなたと私がどこか似ているから…かしら」

 

「私と…あなたが…?」

 

「さあ、もういいでしょう。そろそろ戻って眠りなさい。いつまでも戻らないと、ミコト女王も心配するわよ」

 

 そこで、アマテラスは疑問に思う。ミコトは確かに眠っていたはずなのだが、何故心配するのか、と。

 

「…ミコト女王が、そこの木の陰からずっとこっちを見ているのよ」

 

 そんな疑問に、アクアがアマテラスまで近づくと、アマテラスの背後のとある木へと目配せしながら小声で呟いた。

 

「え」

 

「大方、あなたが布団を抜け出して行ったから、心配になってついて来たのね。確か、今日はあなたと一緒に寝るってはしゃいでいたから」

 

 意外とお茶目な一面もあるのだと、アマテラスはようやくミコトへと親近感を抱いたのだった。

 

「早く帰ってあげなさい」

 

「アクアさんは…まだここに?」

 

「ええ…。私は普段から、たまにこうしてこの湖に1人で来てるから…。今日は1人ではなかったけれど…」

 

「そう、ですか…。分かりました。では、戻りますね。…アクアさんも、もう遅いので気を付けて下さいね」

 

 アマテラスは桟橋から引き返していく。チラリと木の方を見つめると、確かに、ミコトかどうかは分からないけれど、片足が少しはみ出ているのが分かった。

 

 

 

「アマテラス」

 

 

 

 不意に、アクアから呼びかけられる。

 

 振り返り、アクアに視線を送ると、アクアは穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「さっき言った事…忘れないでね」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 白夜王家のきょうだい達

 

 スサノオとアマテラス、2人が白夜王国へとやってきてから、もう数日が経っていた。

 その間、ミコトは失われた時間を取り戻そうとするかのように、暇を見つけてはスサノオとアマテラスと時間を過ごすようにしていた。

 アマテラスも、一緒に眠った日から徐々にミコトに対して心を開き始めており、笑顔になる事も増えていた。

 

 スサノオは……いや、スサノオだけではなく、アマテラスも未だ自分の立場に悩み続けていた。

 自分は何者なのか───。

 

 白夜の王子、王女なのか。

 

 暗夜の王子、王女なのか。

 

 

 やがて、この選択を問われる時が必ずやってくる。それも、遠くない未来に……。

 

 その時、自分は一体何者なのであるかを、まだ、2人は決められずにいたのだ。

 

 

 

 

 

 ───王の間。

 

 スサノオとアマテラスは、いつものようにミコトのお願いとして呼ばれ、玉座の前まで来ていた。

 

「どうですか、スサノオ、アマテラス。白夜王国には慣れましたか?」

 

 玉座の隣に立ちながら、ミコトは我が子へと尋ねる。その顔には、母の慈愛に満ちていた。

 

「…はい。白夜王国は私達の祖国である事が、なんとなく分かるような気がします。過ごしていくうちに、私の心は懐かしさをとても感じていますから」

 

「…母上、他の人達は?」

 

 アマテラスは柔らかい笑みを浮かべていたが、スサノオは固い表情で、何故この玉座の前へと2人だけで呼ばれたのかが気になっていた。

 

「もうすぐ来てくれます。…ねえ、スサノオ、アマテラス」

 

 ふと、真面目な顔へと変わるミコトは続けて言う。

 

「急でびっくりすると思いますが、あなた達に一つお願いがあるのです。もしよかったら、この玉座に座ってみませんか?」

 

「え…? ど、どういう事ですか?」

 

 ミコトの言葉の通り、2人は唐突なお願いに驚いた顔をする。

 

「いいですか? この玉座には、いにしえの神…神祖竜の加護が宿っているのです。座る者は、真の姿、真の心を取り戻すと伝えられています。ですから、あなた達が座れば、もしかしたら……」

 

 ミコトの願いは、残念ながらねじ曲がってスサノオ達に伝わってしまう。

 

「まさか…あなたは俺達が暗夜王国の魔法か何かで操られているかもしれないと…そう疑っているのか?」

 

「そんな…お母様……?」

 

 我が子の疑惑の目に、ミコトは悲しそうに、

 

「いいえ、そうではないのです。ただ、もしもあなた達が暗夜によって記憶を封じられていたなら…私の事を思い出してくれるかも…そう思って…」

 

「………」

 

 か細くなっていくミコトの言葉に、スサノオとアマテラスは不信感を抱かずにはいられなかった。

 どれが本当で、どれが嘘なのか。

 どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか。

 すべてが本当で、すべてが嘘なのか。

 

 2人は、ミコトを、母親を信じたくても、どうしても信じ切る事が出来なかった。

 

「ごめんなさい…私は、あなた達を傷つけてばかりですね…」

 

 我が子の疑心に、心を痛めているのはむしろミコトなのに、ミコトはそれでも大切な子供に、謝る以外に出来なかった。

 

 と、そこへ来訪者が現れた。ミコトの言っていた、他の者が来たという事である。

 

「失礼します、ミコト様。皆様お揃いになりましたよ」

 

 男の報せに、ミコトは気を取り直して、笑顔で答える。

 

「ありがとう、ユキムラ。…スサノオ、アマテラス、彼と会うのは初めてでしたね。彼はユキムラ。軍師として白夜王国の政務を助けてくれています。私の、あなた達との時間が欲しいというわがままの為に、彼が私の分まで執務を肩代わりしてくれていたのですよ…?」

 

 ミコトの紹介に、ユキムラは頭を下げてスサノオ達に礼の姿勢をとる。

 

「浅学非才の身ではありますが、どうかお見知り置きくださいませ」

 

 頭を下げるユキムラに、スサノオは数日前の事を思い出す。

 

「あなたが…ユキムラ…。確かクリスが口にしていた名前か…」

 

「おや? クリスさんをご存知で?」

 

「あら、スサノオは彼らともう会っていたのですか?」

 

 ミコトやユキムラの様子から、ルディアが言っていた事が嘘ではないと分かるスサノオ。

 

「ああ…。少々揉めかけたが、良い奴らだと思う」

 

 アマテラスのみ、彼らの事を知らないので会話に入っていけず、目が点になっていた。

 

 そして、暇になったアマテラスは王の間に数人が入ってくるのに気がつく。

 

 リョウマ達、白夜のきょうだいだった。

 

「みんなも来ましたね…」

 

 ミコトもそれに気がつき、改めてスサノオ、アマテラスへと向き合う。

 

「スサノオ、アマテラス、民の皆に、あなた達が戻ってきた事を知らせたいと思って、都にお触れを出しているのです。ユキムラ、知らせはもう回りましたか?」

 

「はい。炎の広場でお披露目が行われる事、民達に伝わっております。なにぶん急だったもので、国中に知らせを回す事に時間が掛かってしまいましたが…」

 

 この数日は、それまでの時間を潰すようなものだったのである。ただ、ミコトにしてみればようやく再会した我が子との大切な時間であった事もまた確かではある。

 

「では、ヒノカ、タクミ、サクラ。あなた達きょうだいで、スサノオとアマテラスを『炎の広場』に連れていってあげてください。私は執務を終えてから、リョウマ達と一緒に追いかけて行きます。それまで城下町を案内してあげてちょうだいね」

 

 名を呼ばれた3人が、スサノオとアマテラスの横に並び、ヒノカが代表して答える。

 

「承知しました、母様」

 

「……」

 

 ヒノカの頼もしい言葉とは裏腹に、タクミと呼ばれた少年は、面白くなさそうな顔をしてスサノオ達を睨んでいた。

 

 タクミとは、白夜王国の第三王子、つまりスサノオとアマテラスの弟である。2人はヒノカとサクラを救出した翌日に、タクミとも面会していたのだが、素っ気ないもので、自己紹介だけを済ませてタクミはさっさとどこかへ行ってしまった。

 それからも城ですれ違う事があっても、食事を皆で摂る時も、タクミはスサノオとアマテラスには一切関わろうとはしなかったのである。

 なので、他のきょうだい達の中でタクミの事のみ、スサノオ達もまだ全く把握出来ていなかった。

 

 ミコトはタクミの様子に気づいてはいるものの、あえて触れはしなかった。時間が解決してくれると信じていたから。

 

「あなたも一緒にお願いできますか? アクア」

 

 皆から一歩引いた辺りで立っていたアクアに、ミコトが声を掛ける。それにアクアは笑顔で答え、

 

「ええ、ぜひ」

 

 アマテラスの前へと歩み出る。

 

「よろしくお願いします、アクアさん」

 

「よろしくね、アマテラス」

 

「………」

 

 仲むつまじいその様子に、スサノオ、タクミ以外は和やかに見守っていた。

 

「あ、あのあの、スサノオ兄様、アマテラス姉様!」

 

 と、いつもはおずおずとしているサクラが、小さな勇気を振り絞って大きな声を出す。その顔は、ほんのりと赤く染まっていた。

 

「この国の人達は、みんないい人ばかりですっ。どうか、兄様と姉様をご紹介させてくださいっ!」

 

 そんな健気な妹の頭を撫でながら、アマテラスは微笑んで返す。

 

「はい、ありがとうございます」

 

「は、はひっ! …えへへ」

 

 一瞬驚いたものの、サクラは嬉しそうに頬を緩ませて、撫でるアマテラスの手を堪能していた。

 

「では、行って参ります」

 

 ヒノカの言葉を機に、6人が王の間を後にする。その姿を見送りながら、ミコトは我が子の名を小さく口にしていた。

 

「スサノオ、アマテラス…」

 

 ミコトの悲しげな呟きに対し、ユキムラは、

 

「すぐに受け入れる事は出来ないでしょう。ただ…こうして帰ってきてくださった事は、天の思し召しに違いありません」

 

 その言葉に、ミコトもスサノオ達が帰ってきてくれた事は、何よりの救いだと感じていたが、リョウマは渋い顔で、もはや姿が見えなくなった弟妹の事を考えていた。

 

「…だといいんだがな」

 

 リョウマのその否定的な言葉に、ユキムラが問う。

 

「何故、そのような事を…?」

 

「…嫌な予感がするんだ。何か恐ろしい事が起こる、そんな予感が…」

 

 リョウマはそれ以上は何も言わなかった。言ってしまえば、それが現実になってしまうような気がしたから。

 

「……」

 

 ミコトはただ、子供達に何も起きない事を願うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城下町へと繰り出した6人は、大勢の人で賑わう露店街を歩いていた。

 一本道には所狭しと、両側をたくさんの出店が構えており、食べ物や遊戯、お土産の置物や衣服に小物といった身に着ける物まで、様々な種類の店が客で溢れ返っている。

 

「すごい活気だな…」

 

 その賑やかさに圧倒されるスサノオとアマテラスに、ヒノカとアクアは、

 

「ああ。白夜王国でも1、2を争う賑わいだからな。それだけ、白夜は豊かである証拠なんだ」

 

「それに、この通りだけではなくて、白夜王国には民の笑顔で溢れているわ。さっきサクラが言っていたように、この国の人達が良い人ばかりという何よりの証拠でもあるわね」

 

 そのサクラはといえば、

 

『に、兄様と姉様に、この国一番のお団子を買ってきますっ!』

 

 と言って、ヒノカから同行するように言われたタクミと共に、件の団子屋へと行っているため、今はいなかった。

 

『…なんで僕が団子なんかを…』

 

 と、タクミは文句を言いながら渋々といった様子ではあったが…。

 

「アマテラス、タクミの事なら気にしないで…」

 

 アクアの言葉に、アマテラスは顔に出ていた事に気がつく。

 

「タクミはいつもあんな調子なの…。私にだって、まだ打ち解けてくれてないわ…」

 

「え…? でも、アクアさんはここで暮らして長いんでしょう? なのに、どうして…?」

 

「どうして、でしょうね? タクミにもタクミの想いがある。そこに私がズケズケと踏み込んで良いものじゃないわ。だから、あの子が心を開いてくれるまで…私は待つの」

 

 どこか、寂しげなその横顔に、アマテラスはどうにか元気づけようと露店を見渡す。

 

 そして、美味しそうな匂いが漂ってくる事に気がつくと、その店の前までアクアの手を取り、引っ張っていく。

 

「え…? アマテラス、何を…」

 

「あらあら、そこのお嬢ちゃん方! うちの焼き芋に目を付けるとは、良い目利きだねぇ! どうだい、焼きたてのお芋でも1つ。うまくてほっぺたがとろけちまうよ~!」

 

 店のおばちゃんが焼き芋を差し出して聞いてくる。アクアは戸惑っていたようだが、アマテラスはおばちゃんに笑顔を向けて、

 

「じゃあ1ついただきます」

 

 お金を渡し、紙にくるまれた焼き芋を受け取ると、少し息を吹きかけてから口にした。

 

「ふー、ふー。あむっ。…あちち…はふ…うん、すごく美味しいです!」

 

 満面の笑みを浮かべて、焼き芋を咀嚼するアマテラス。

 

「こんなに美味しいもの、生まれて初めて食べました」

 

「あはは! 正直なお嬢ちゃんだね。気に入ったよ! いーよ、じゃあもう1つおまけだ。そっちの彼女と仲良く分けな!」

 

「ありがとうございます、おばさん!」

 

 もう1つの焼き芋を受け取ると、アマテラスはにこやかにアクアへとそれを差し出した。

 

「…アマテラス、あなた…なんて言うか、処世術が上手なのね…」

 

 ありがとう、と焼き芋を受け取って言うアクアに、アマテラスはキョトンとした顔で一言、

 

「へ…? 私はただ、思ったままの感想を言っただけですよ?」

 

「…いいえ、私の勘違いね。あなたはただ、とても素直なだけなのね。それはそれで、私は良い事だと思うわ…。……はむ…うん…美味しい」

 

 顔に疑問符を浮かべるアマテラスに、アクアもまた、焼き芋を口にして微笑んでいた。

 

 

 

 一方、スサノオはといえば、

 

 

「スサノオ! これはお面と言ってな、顔に付けて仮装するもので、あれはリンゴ飴と言い、リンゴを溶かした砂糖で覆ったお菓子で、あれは…」

 

 少々興奮気味なヒノカに引っ張られながら、色々な説明を受けていた。

 

「ヒノカ…姉さん、アマテラス達とはぐれてしまったようだが…?」

 

「何!? むう…そうか、仕方ない。アクアも居る事だろうし、集合場所の炎の広場で合流出来るだろう。まだ少し時間もある事だし、スサノオ! 私達もそれまで時間を潰そう!」

 

 と、グイグイとスサノオの腕を引っ張るヒノカ。その様子は、はしゃいでいる子供そのものだった。

 

「……カミラ姉さんもそうだが、姉というのはこうも弟や妹を構いたがるものなのか…?」

 

「ん? 何か言ったかスサノオ?」

 

「いや、何でもない」

 

「そうか。お! くじ引きがあるぞ! よし、やっていこうスサノオ!」

 

 目を輝かせて突進するヒノカ、引っ張られていくスサノオはぼそりと呟くのだった。

 

 

 

「…つ、疲れる……」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 哀しみの覚醒

 

 しばらくして、スサノオ組とアマテラス組はそれぞれが露店を楽しんだ後に目的の『炎の広場』へとやってきた。

 広場の中心には大きな竜の像がとぐろを巻くように立っており、白夜王国を見守っているかのようだ。

 

 サクラ達もようやく合流し、その手には小さな包みが。タクミはふてくされたように、片手に同じ包みをぶら下げていたが、サクラの持つ包みに重ねると、そっぽを向いてしまう。

 

「…あはは」

 

 その様を苦笑混じりに見て笑うアマテラス。ふと、この広い空間を回りながら見渡すと、アマテラスは隣にいたアクアに、呟くように話す。

 

「アクアさんやサクラさんの言っていた通りですね。みなさん、良い人達ばかりです。それにみなさん楽しそうで、良いですね、こういう所も…」

 

「良かった…気に入ってくれて。私もこの町が好き」

 

 アクアも、アマテラスが自分と同じ気持ちでいてくれる事に、心から喜んでいた。

 しかし、その様子を見て快く思っていない者がいたのもまた事実だった。

 タクミが、険しい顔つきでアマテラス達へと歩み寄る。

 

「アクア。それとアマテラス…姉さん、と、今は呼んでおくよ。母上も、それを望んでいるようだからね」

 

「………」

 

「調子に乗るなよ…? 僕はあんた達3人を信用していないからな」

 

 タクミの物言いに、アマテラスは黙って聞き、アクアも辛そうにタクミを見た。少し離れているスサノオもまた、何ともいえない顔して、成り行きを見守る。

 

「タクミ…」

 

「気安く呼ぶなって言ってるだろ」

 

 アクアを拒絶するように、タクミはアクアの言葉を一掃する。

 

「あんたは、父上を殺した暗夜王国の王女なんだ。信用出来るはずがない。アマテラス、そしてスサノオ、あんた達も同じさ。その年まで暗夜王国の王族だったんだ、今さら…」

 

 そこで、今まで黙っていたスサノオがようやく口を挟んだ。

 

「いや…。矛盾してるぞ、タクミ」

 

「なに?」

 

「その理屈なら、俺達と同じだけこの白夜王国で暮らしてきたアクアは、もうすっかりお前達の仲間のはずだろう?」

 

 スサノオの言い分に、タクミは少し言いよどみ、顔を反らしてしまう。

 

「…ふん。とにかく僕はあんた達を信用してない。それを言っておきたかっただけさ」

 

 言うだけ言うと、タクミはさっさと竜の像の下まで行ってしまう。

 そこに、サクラが団子の包みを持って駆け寄ってきた。今まで、タクミのせいで近寄りにくかったみたいである。

 

「スサノオ兄様、アマテラス姉様…。こ、これっ、お口に合えば…。このお団子、甘くて美味しいって白夜王国でも人気なんです。みんなの分も、はいっ」

 

 重なった包みを落とさないように、サクラが慎重に包みの封を開ける。

 

「ありがとうございます、サクラさん」

 

「ありがとう、サクラ」

 

 スサノオとアマテラスも差し出された包みから団子を取ると、優しい笑みをサクラへと向ける。

 

「は、はいっ!」

 

「……」

 

「…サクラ。俺達は、お前と同じくらいの年の女の子を知っているんだ」

 

「えーっ、だだ、誰ですか?」

 

 大げさな驚き方をするサクラに、スサノオとアマテラスは微笑ましく感じた。

 

「スサノオ兄様とアマテラス姉様のそのっ、そのっ、お友達とか……」

 

「ええと……まあ、そんなところだ」

 

 まさか、実の妹に『暗夜での妹の事だよ』などと言う訳にもいかず、誤魔化すスサノオだった。

 

「さあみんな、そろそろ時間だ。さっさと食べ終えてしまえ。民の皆も集まってくるのに、のんきに団子を頬張っていては示しがつかないからな」

 

 と、サクラから団子を受け取ると、パクパクと団子はヒノカの口の中へと消えていく。

 見事な早食いを前に、スサノオ達も団子を急ぎ食べるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それほど時間も経たずに、執務を終えたミコトとリョウマも炎の広場へとやってくる。

 

「お待たせしましたね…」

 

「民達も集まっているようだな」

 

 リョウマの言う通り、すでに炎の広場には大勢の白夜の民が集まってきており、帰ってきた第二王子と王女を一目見ようと、ちょっとした混雑が出来上がっていた。

 

「さあ、スサノオ、アマテラス…」

 

 竜の像を背にする2人の前に立ち、民へとお披露目しようとミコトが手招きをする。

 それを、他のきょうだい達も少し離れた所で見守っていた。

 

 

 しかし、平和な時間は一瞬にして崩れ去る。

 

「……なんだ?」

 

 異変に真っ先に気付いたのは、リョウマだった。ちょうど、スサノオ達と正面に当たる離れた場所で、人混みが綺麗に左右へと分かれていくのだ。

 そして、その中心に佇む長い外套を纏った誰かが、身体中に数珠のようなものを巻き付けるようにして立っていた。

 

 その異様な姿に、民達も異変を察して避けていたのだ。

 その謎の人物は、手を伸ばす。スサノオ達に向かって。

 

 いや、正確には、アマテラスへと向かって。

 

「……!」

 

 ここにきて、ようやく異変に気付いたスサノオとアマテラスだったが、気付いたところで何も変わりはしない。外套の人物が手を伸ばした先にあるもの、それは───。

 

「な!? ガングレリが…!?」

 

 アマテラスの腰に差されていたガングレリは独りでに宙へと飛び出し、回転しながら外套の人物の手元へと飛んでいったのだ。

 

 そして、初めてアマテラスは気付いた。ガングレリの柄に、大きな瞳が蠢いていたという事に。

 

「…!?」

 

 ミコトもガングレリが飛んでいった事で、背後の異変に気がつく。

 その視線の先では、既に外套の人物が異形の剣を振りかぶっているところだった。

 

 

 地面へと突き立てるように、外套の人物はガングレリを勢いよく大地へと突き刺す。

 すると、そこを中心に紫色のエネルギーが円上に発生したと思った次の瞬間、

 

 ドバァッ!

 

 一気に広範囲へと拡大したのだ。その爆発は、周囲にいた人々を吹き飛ばし、周りの建物をなぎ倒していく。

 

「……ククク」

 

 その不気味な笑い声が聞こえると、ガングレリから飛び散った破片が、一斉にスサノオとアマテラスへと目掛けて飛来した。

 

「!!?」

 

 何もかもが突然すぎて、2人はとっさに腕で身をかばおうとするが、到底助かりはしない。

 このままでは、確実に死ぬ。

 

 

 

「────あ」

 

 

 死ぬ、はずだった。

 

 

 2人の前に居たミコトが、飛来するガングレリの破片をその背で受け止めたのだ。

 

 母親として、何としても我が子を守りたい…。親心ゆえに、ミコトの体は自然と動いていた。

 

 

「────あ、あぁっ」

 

「は、母上!」

 

 倒れてくる母親を、受け止めるスサノオ。アマテラスは、信じられないものを見たと言わんばかりに、両手で口を覆い、目を見開いて、愕然としていた。

 

「…け、怪我は…あり、ま…せん…か……?」

 

 スサノオの腕の中で、ミコトが掠れる声で尋ねてくる。その手をギュッと握り締め、スサノオは必死に答えた。

 

「は、はい…! 俺も、アマテラスも、無事、です」

 

 苦痛に耐えながらも、ミコトは笑顔を崩さずに、スサノオとアマテラスへと笑いかけて言う。

 

「…良かっ…た…、私…の…可愛い…スサ、ノオ……アマ…テラス……」

 

 穏やかに笑いながら、震える手が、スサノオの頬を優しく撫で、そして、

 

 

 力無く、地面へと落ちていった。

 

 

「はは、うえ…?」

 

 スサノオの手に、ずしりと重みが増す。そして手には、暖かく、しっとりとした感触があった。

 それは、スサノオの腕を、肘を、胴を、膝を伝い、石の大地へと浸透するように流れていく。

 白い石を、真っ赤に染めながら、広がっていっていた。

 

「おかあ、さま…? お母様…? おかあ、さ…ま」

 

 アマテラスの悲痛な泣き声が、広場へと響き渡る。

 

「か、母様っ!!」

 

 ミコトが倒れたのを目の当たりにしたサクラが、血相を変えて駆け寄ろうとするが、それを前にいたリョウマが制して止めた。

 

「…何者だ、貴様…!」

 

 その顔に怒りを隠そうともせず、腰に差された刀を抜く。

 

 バチチ、と雷を纏った刀を手に、リョウマは外套の人物へと向けて、武器を構えて走り出す。

 

「よくも母上を!!」

 

 一気に間合いを詰めると、一切の手加減なく、外套の人物を一閃する。

 

「なに!?」

 

 が、手応えはまるで無く、切り裂かれた外套が宙を舞うのみ。

 

 

「母上…母上…母上ェェェ!!!!」

 

 絶叫を上げ、茫然自失となるスサノオの腕から、血で滑ったミコトの体がズルズルと地面へと倒れていく。

 

「あ、ああ…ああ…」

 

 両手はべっとりと、母の鮮血に染まっていた。

 

「あ───あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!」

 

 スサノオとアマテラスが、目の前の受け入れがたい現実に、喉を裂くように叫ぶ。

 絶望に満ち満ちたその雄叫び。

 

 そこで2人の思考は、飛んだ───

 

 

 

 

 

 

『ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!!!』

 

 すさまじい雄叫びと共に、スサノオとアマテラスの体から紫色のオーラが天へと昇り始める。

 

「何事だ!?」

 

 背後で起きた更なる異変に振り向くリョウマ。そこにあったのは、当に異常な光景だった。

 

 頭を抱えるようにうずくまるスサノオとアマテラス。次第にその腕は大きく伸び始め、続けて次に脚が同様に大きく伸びる。

 体が何倍にも膨れ上がり、背には飛竜のような翼が、頭は完全に獣のように変化していき、長い角がしなやかに伸びていた。

 4本の足で立つその姿は、まるで馬のようだが、見た目は全く異なる。例えるなら、そう、

 

 

 ───伝承にある、竜のような。

 

 

 アマテラスの姿は、もはや人のそれではなく、完全に白銀の竜へとその姿を変えていた。

 

 そして、それとは対照的であるかのように、スサノオはアマテラスとは異なる姿へと変貌していた。

 

 体はアマテラス同様に何倍にも大きくなっていたが、その手足は強靭で凶悪な鉤爪を持ち、何より違うのは、その翼。大きさはアマテラスの倍程で、刃をそのまま翼にしたように鋭利で、艶やかな光沢を放っている。

 顔は竜そのもので、頭から生えた角はアマテラスのようにしなやかではなく、太く槍のように鋭い。

 2本の足で立つその姿は、竜というよりも、ドラゴンに近いものがある。

 そして、アマテラスの白銀とは打って変わって、スサノオは全身を漆黒に染めていた。

 時折、口からは黒い煙がその姿を覗かせている。

 

 

 この、まるで対のような2体の竜を見た者は、こう言うだろう。

 

 

 

 

 ───『白光と黒闇の双竜』、と……。

 

 




アマテラスは原作通りの見た目ですが、スサノオは印象としてはFFのバハムートを想像してもらえば良いと思います。更に言えばFFⅨのが一番イメージに近いかも。
次点でタクティクスオウガのダークドラゴンでしょうか…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 竜の涙

 

 2人の突然の変貌に、リョウマはおろか、その場にいて無事だった者達が唖然とする。

 

 人間が、竜へと転身した───。

 

 如実には信じがたい現実に、人である彼らは我が目を疑い、ある者は目をこすり、ある者は目をグッと閉じ、それが夢か幻ではないかと確かめるが、

 

『ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!! ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!』

 

 その目に、その耳に、竜の咆哮が嫌という程にその存在を実感させてくる。

 あれは、正真正銘、現実であるのだと。

 

 

「え…!? あ、あれは…!?」

 

 タクミの言葉は、先程までの威勢が完全に消え去り、畏怖と驚愕に支配されていた。

 

「まさか…、いにしえの神……竜───」

 

 伝承に聞く竜の姿に非常に酷使したその姿に、リョウマは畏敬の念を感じずにはいられない。

 しかし、違和感も存在する。

 アマテラスの姿からはとてつもない神々しさが発せられているのに、スサノオから発せられる気配は歪で、恐ろしささえ感じさせる程に邪悪な気配を全身から漂わせていた。

 

「…! 皆、戦闘態勢を取れ!」

 

 竜に圧倒されて気付くのに遅れたが、先程の外套の人物の他に、更に奇怪な存在がリョウマの目に映ったのだ。

 

「なんだ、こいつらは…?」

 

 ヒノカが驚きの声をあげて、敵を凝視する。

 彼女が驚くのも無理はない。何せ、敵の姿は朧で、全身が透けているのだから。

 辛うじて、時折だが、蜃気楼のようにその姿がぼやけて見えるのが唯一の救いか。

 

「…! 奴は……」

 

 リョウマは姿の捉えづらい敵の中に、先程の爆発を引き起こした外套の人物の存在を発見する。そして、手にした刀、雷神刀を構えて外套の人物へと向けて走り出した。

 

「リョウマ兄様! くそ、行ってしまわれたか…! 皆、気を抜くな! 敵は姿が捉えづらい! 少しの異変も見逃すな!」

 

 愛馬である天馬へと跨がると、ヒノカは手にした薙刀を縦横無尽に振り回す。

 

「やはり、私にはこれの方がしっくりくる…。行くぞ!! 母様の敵を討つ!!!」

 

 涙を堪えて、白夜第一王女が天へと舞う。その眼が見据えるは、不可視の怪人。

 

「くそ…! 一体何がどうなってるんだよ!!」

 

 タクミはタクミで、母の死でさえ受け入れきれていないというのに、唐突すぎる戦闘に戸惑いを隠せないが、それでも自身の得物である風神弓に矢をつがえて敵を探す。

 今はただ戦う。そうすれば、グチャグチャになった心も元通りになるはずだから。

 

 

 

「母様…うぅっ…母様ぁ……」

 

 母の亡骸を前に、ぺたりと座り込んで涙を流すサクラを、アクアは隣でそっと抱きしめながら、状況の把握に努めていた。

 

(まさか…白夜王国の内側に入り込んでいるなんて…迂闊だった)

 

 アクアはこの謎の怪物達を知っている。いや、正確には、怪物ではない、哀れな兵士達だ。

 ただ、知ってはいても彼らの事は誰にも話す事は許されないのだが…。

 

(敵は…おそらく20人前後…。白夜へと侵入出来る最低限の人数、という事かしらね)

 

 注意を払うべきは、リョウマと相対する謎の外套の人物…おそらくは男であろう。奴は気配や、先程の爆発を起こした事からも、この怪物共の中では最も強く危険な存在に違いない。

 

 そして、

 

(今、一番注意を払わなければならないのは…やっぱりアマテラスとスサノオね)

 

 眼前での母の死という悲しみにより、竜の姿へと覚醒した2人。しかし、その力を制御出来てはいなかった。

 咆哮を上げたスサノオとアマテラスは、見えないはずの透明な敵を、どういう訳か的確に襲いかかっては、その鋭く太い牙、爪、角、そして強靭な尾で敵を1人、また1人と確実に仕留めていく。

 傷を負うと姿が一時的にだが、はっきりと視認出来るようになるらしい。そのせいで、

 

 

 敵がその体を真っ赤に染めて、全身がひしゃげていく様が鮮明に目に映っていた。

 

『グオォオォオォォォォ!!!!!!』

 

 2体の竜は、敵が死んでもなお攻撃を止めはしなかった。倒れ伏す敵の体を何度も踏みつけ、何度も切り裂き、何度も突き刺し、何度も抉り…。もはや人の原型すら留めてはいなくなってようやく、竜はその攻撃を終える。

 彼らにとっての攻撃とは、敵対する者を完全にすり潰す事なのだ。

 そして、敵がグチャグチャに壊れたオモチャのようになったのを見ると、竜達は新たなオモチャを探すように、視界に入った敵兵へとその翼を広げて突進していく。

 

(今の彼らにはまるで見境がない…。今は彼らが敵兵だけを襲っているのが唯一の救いだけど…それもいつまで保つかは分からない…)

 

 いつ、スサノオ達が自身やリョウマ達に牙を剥くかも分からないのだ。今はまだ、辛うじて竜の意識に悲しみと怒りという人間としての感情が張り付いているから、母を殺した彼らに敵意が向いているが、その内スサノオ達の意識は完全に獣の本能へと塗りつぶされてしまう。

 そうなる前に、彼らの暴走を止める必要があった。

 

「…私がやらないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 リョウマは、外套の男と向かい合い、互いに刀を重ね合わせていた。

 

「貴様、何者だ! よくも、あのような卑劣な事を!!」

 

「ククク…」

 

 外套の男は不気味に笑うだけで、一向に話そうとしない。

 しかも、白夜王国で最強のリョウマと互角以上に渡り合っているのだ。奇しくも、互いに刀という同じ種類の武器を持っている事から、リョウマはこの敵が格上の相手である事を肌で感じていた。

 

「くそ…! 厄介な…! 気を抜くな、皆! この怪物共、相当に手強い。今までの敵とは桁違いだ。迂闊に挑めば死ぬ!」

 

 刀を大きく弾くと、リョウマは一度距離を取り、周囲を確認して全員に呼びかける。

 ヒノカやタクミも、姿の見えない敵を相手に苦戦していた。何しろ、狙いがとにかく定め辛いのだ。

 

「くそ…勝ち目があるとすれば、スサノオとアマテラスの───竜の力か…」

 

「……ソウダ」

 

 リョウマの呟きに、外套の男が初めてまともに言葉を発した。驚く程に冷たく無機質なその声は、およそ人間のものとは思えない。

 

「なに?」

 

「オマエニ、ヨウハナイノダ。…リョウマヨ」

 

「…! 気安く我が名を呼ぶな。暗夜の下劣が!」

 

 離した距離を再び一気に詰めるリョウマ。その鋭い刃を滑らせるように外套の男へと放つが、外套の男はスッとバックステップで避ける。

 

「まだだ!」

 

 横に凪いだ姿勢のまま、雷神刀から雷光が迸る。強い雷を帯びた雷神刀を、リョウマが再び、今度は逆向きに振る。

 すると、刀から雷が狼をかたどって外套の男へと襲い掛かる。

 

「…フフフ」

 

 が、襲い掛かる雷狼を、一振りで掻き消してしまうと、今度はその風圧がリョウマへと襲い掛かる。

 

「くっ…!」

 

 凄まじい風に、リョウマは腕で顔を隠して目を守る。だが、それが間違いだった。

 

「…アマイ」

 

「グフッ!?」

 

 一瞬で間合いを詰めた外套の男は、リョウマの胴へと回し蹴りを放つ。更に、倒れたリョウマの胸へと刀を突き刺そうとして、それをリョウマは体を捻る事により、間一髪で急所への一撃を回避する。

 ただ、急所へは外れただけで、

 

「ぐぅ…ッ!」

 

 左腕を刀が貫いていた。

 

「ぐ…くそ…! たとえこの命失おうと、貴様だけは……!」

 

 手に握りしめた雷神刀に力を込めるリョウマ。その途端、バヂヂヂ! と雷神刀がけたたましい音を立てながら雷を放ち始める。

 

 その様子を、外套の男はフードによって顔は見えないが、冷めた様子で眺めて、

 

「ムダナコトヲ…」

 

 突き刺した刀を抜いて後ろへと飛び退いた。

 

「く…」

 

 捨て身覚悟だったリョウマは、刀を杖にして立ち上がる。何故か、リョウマの捨て身の攻撃は外套の男に見抜かれていた。

 

「アソビハオワリダ…。コイ! スサノオ! ソシテアマテラスヨ!! オマエタチノハハヲコロシタモノハココニイルゾ!!」

 

 外套の男の叫びに、敵を殺して回っていたスサノオとアマテラスの動きがピタリと止まる。ゆっくりと、その顔は外套の男へと向けられていき、そして、

 

 

『ガ、グガアァァァァ!!!!』

 

 

 咆哮と共に、男へと向かって突進を開始した。

 

「ま、まずい…!」

 

 その進行上には、膝をつくリョウマが。

 

「リョウマ兄様っ!」

 

 と、リョウマの手がサクラとアクアによって引っ張られ、ギリギリのところで竜の行進から逃れる。

 

「サクラ、アクア…すまない、助かった」

 

「よ、良かったですっ…!」

 

 さっきまで泣いていたとは思えない程に、サクラには元気が戻っていた。

 

「偉いわ、サクラ…。あなたが頑張ったおかげで、リョウマを救う事が出来た」

 

「ア、アクア姉様が励ましてくれたお陰ですっ」

 

 顔をほんのりと赤く染め、ガッツポーズをするサクラ。

 リョウマも立ち上がると、再び雷神刀を握り直す。

 

「とにかく、助かった。だが、この命に代えても奴だけは……!!」

 

 険しい形相で、2体の竜と対峙する外套の男を睨み付けるリョウマだったが、

 

「リ、リョウマ兄様っ、だめですっ! 下がってくださいっ! お願いですっ、兄様達にまでもしもの事があったら、私…」

 

 サクラの必死な頼みは、もう自分の大切な人達がこれ以上失われるのを恐れるが故だった。

 

「サクラの言う通りよ。今は下がって、リョウマ…」

 

「サクラ、アクア……。くっ……止むを得ぬ……」

 

 雷神刀を握る手から、力が抜けていくリョウマ。リョウマの周りをガードするように、サクラ、アクア、リンカ、スズカゼが構える。

 

「済まんな、皆…」

 

「気にするな。お前はこの国の第一王子なんだろう? もっと大きく構えてろ」

 

 リンカが得意気な顔をして言う。

 

「それにしても…スサノオとアマテラスのあの力は凄まじいな」

 

 改めて、リョウマは周囲を見渡した。遠くではヒノカとタクミが互いに背を預け合うようにして戦っていたが、どうやら敵はスサノオ達がほとんど倒してしまったらしく、悲惨な敵兵の成れの果てがちらほらと散見出来た。

 

「ええ…。これが神代の…竜の力…。でも…」

 

 と、アクアは少し言いよどむが、スサノオとアマテラスから目を逸らさずに言った。

 

 

 

「私には…泣いているように見える。力に囚われる事に…獣へと堕ちていく事に……そして何よりも、母を失った哀しみに…泣いている幼子のようにしか見えないのよ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 遠い記憶は闇の中

 

 リョウマ達が見守る中、三つの異形なる者が睨み合っていた。

 

「クク…ククク…」

 

 外套の男は、自身へと向けられる一切の曇りもない殺意を、愉快そうに受け止めていた。

 

『グルルル……!!』

 

「ホウ…タガイヲナカマダト、ニンシキシテイルカ…。マダ、ヒトトシテノイシキガワズカニノコッテイルヨウダナ」

 

 変わらずの無機質な声音には、どこか嬉しそうな、楽しんでいるかのような気配が混じっている。この男は、対となる2体の竜と戦える事に、至上の悦びを感じていたのだ。

 

「サア…ミセテミヨ…」

 

 男は刀を大きく構えると、一気に振り下ろす。それにより生じた突風が、スサノオとアマテラスへと荒れ狂うように襲い掛かるが、その重い身体をピクリとも動かせられない。

 

『グオォォォ!!!!!!』

 

 突風が吹き止むのも待たず、スサノオがその大きな翼を羽ばたかせて、文字通り風を切って男へと飛びかかる。

 

「…!」

 

 鋭い竜爪を、体を捻る事でスッと避けるが、竜の尾が二段攻撃となって男を襲う。それを、手にした刀で受け流すが、勢いは殺しきれず、弾き飛ばされてしまう。

 

「ククク…」

 

 弾かれた体勢から、宙でクルッと縦に一回転して受け身を取ると、地面をズザザザ、と滑りながら着地した。

 

「!」

 

 着地の瞬間に、右斜め前方より、人の頭程の大きさをした水塊が男へと猛速で放たれる。

 それを刀で打ち払うが、違和感を感じ刀へと目をやると、刀には水の膜がうっすらと張り付いていた。

 

「!?」

 

 刀の異変に驚く暇もなく、上空よりスサノオが大きく口を開けて、黒い炎を男目掛けて吐き出す。

 黒き炎弾を刀で弾くには、大きすぎる。男は手にした刀を炎弾に向かって勢いよく投げ捨てる。

 武器を捨てて一時的に身軽になったその体で、一足で前方へと転がり込むように飛び込んで男は炎弾の着弾点から逃れる。

 

 投げ捨てられた刀は回転しながら黒い火炎弾へと飲み込まれて、そのまま炎弾の勢いのままに共に地面へと叩きつけられる。

 

「…ホウ」

 

 メラメラと、燃え上がる黒い炎の中心には、まるで炎が避けているかのように、男の刀が横たわっていた。

 

「…コイ!」

 

 男は刀へ手を向けて伸ばす。すると、倒れていた刀が独りでに、アマテラスからガングレリを奪った時のように男の手元へと飛んでいったのだ。

 刀をキャッチして、そのまま回転するように、自分へと突進してきていたアマテラスを迎え撃つが、

 

「!?」

 

 刀はアマテラスの頭に当たると同時、何か軟らかく、弾力のある物を叩きつけたかのように、ボン、と弾かれてしまう。

 それにより、隙だらけの男の胴へとアマテラスがその長い角を叩きつけた。

 

 刀へと纏わりついた水のベールの正体、それは敵の武器の威力を奪う緩衝材だった。

 切れ味鋭い刃はその鋭さを奪われ、重さを力とする鈍重な武器もその勢いを奪われる。

 それが男の刀を覆った水の膜の効果だったのだ。スサノオの黒炎を受けて何事もなかったのは、たまたまの副産物だったのである。

 

 

「グオォ…」

 

 メキメキ、と骨の軋むような音が男の中で響く。口から血を吐いた男を、角で力任せに投げ飛ばすと、

 

『グゥゥ…! コ、ロス、コロス、コロ、ス…コロスコロスコロスコロスコロス!!!!』

 

 上空へと打ち上げられた男の更に上空から、スサノオが急降下してその強靭な尾を以て、男を地面へと叩き落とす。

 

 ズガン!!

 

 大きな土煙を上げて、男は岩盤へとめり込んで、

 

「…ク、ヌケヌ…」

 

 這い出ようともがくも、あまりにも深くめり込みすぎて全く動けなかった。

 身動きの取れないまま、男はチラリと上空へと目を向ける。

 

『コロス! コロス!! コロスゥゥ!!!』

 

 先程までとは比べ物にならない大きさの黒炎の塊が、スサノオの顔の前で生成されていく。

 

 アマテラスは、その巨大な炎塊を見るや、即座に射程圏から脱した。獣の本能がそうさせたのである。

 

『コロシテヤル!!!!』

 

 スサノオの空間に響き渡るような大声と共に、巨大な炎塊が男へと向けて放たれる。

 その大きさゆえに、速度はゆっくりとしたものだが、関係ない。何故なら、男はまるで動けないのだから。

 

「クク、ククク…」

 

 徐々に近付いてくる死の宣告を前に、なおも男は愉快そうに笑っていた。その肌をジリジリと焦がしていくような熱気にも関わらずに、ただただ笑っていた。

 

「コレホド…カ…」

 

 瞬間、男を黒い炎が飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 その恐ろしい力を目の当たりにし、リョウマ達は愕然としていた。

 

 轟々と燃え盛る黒炎の跡には、もはや外套の男の姿形すら残っていない。

 

『アアアアァァァァ!! ウアアアァァァァァ!!!!』

 

 殺すべき相手を失って、行き場のない怒りが、スサノオとアマテラスの中で渦巻く。このままでは、その内完全に自我を失って、今度こそリョウマやアクア達にも危害を及ぼそうとするに違いない。

 

 幼子が母を求めて泣き叫ぶように、がむしゃらな叫びを上げてスサノオとアマテラスは天へと向かって鳴き声を上げる。

 

「…」

 

 その恐ろしい力を目にして、普通なら足が竦んでしまうというのに、無謀にも武器を持たずに歩み寄る者がいた。

 

「私が、止める」

 

 それはアクアだった。

 アクアは両手を広げ、スサノオとアマテラスへと語りかけるかのごとく、歌い始めた。

 不思議な力を持つ歌が、スサノオとアマテラスの動きを止め、その視線は自然とアクアへと向かう。

 

「止めろ! 危険だ!!」

 

 リョウマが、アクアを止めようと駆け寄る。リョウマの腕の傷は既にサクラによって治療されていたのだ。

 しかし、駆け寄るリョウマを、突如アクアの周りから現れた渦潮の柱が遮り、弾いてしまう。

 

 アクアは歌を止めず、視線だけを背後に向けて、

 

 ───私に任せて。

 

 と、目だけで語っていた。

 

 

『グルルル……』

 

 徐々に近付いてくるアクアに、スサノオは何故か翼から力が抜けて地面へと降り立ち、アマテラスは、怯えるように後ずさりをする。

 

 そして、歌うアクアがその手をアマテラスへと向けて差しだそうとしたその時、

 

『アアアアァァァァ!!??』

 

 アマテラスが腕を振りかぶって、その長い爪でアクアを追い払うかのように引っ掻いた。

 

「あう…!?」

 

 頬を多少掠るが、勢いのためにアクアが後ろへと倒れ込み、それを見たサクラが悲鳴を上げる。

 

 しかし、旋律は再び奏でられ、体を起こしたアクアは、アマテラスの竜の目を見つめて歌う。

 

『ア、ガ、アガァァ!!』

 

「うっ!」

 

 ガシッとアクアの首を掴み、地面へと押し倒したアマテラス。その手の力は徐々に強くなり、アクアの首を締め上げていくが、

 

「…殺しても…いい…。だから…お願い、だから…戻って…きて……」

 

 絞り出したような声で、アクアはアマテラスの頭を撫でて言う。自らの命と引き換えにでも、アマテラスを救いたいという気持ちが、アクアの心の中ではいっぱいだったのだ。

 

『………』

 

 アマテラスは静かになり、そして、アクアの首からソッと手を離す。

 そして、アマテラスに変化が起きた。抑えきれない獣の衝動が、頭から消えていく。それに伴って体も竜から人へと戻り始めたのだ。

 

 スサノオも同じく、苦しむように身をよじりながら人の姿へと戻っていく。アクアの歌の力が、スサノオの心を支配していた獣の衝動も解きほぐした結果だった。

 

 竜へと変化した時と同じ、紫色の光が全身から発せられ、光が収まる頃には人の体へと完全に戻っていた。

 

「……はあ……はあっ……」

 

「あっ…ぐぅっ…!!」

 

 天を仰ぐようにして膝を着く2人が頭を押さえながら、呟いた。

 

 

「思い…出した……俺は…」

 

「私は……あの時……」

 

 封じられし記憶が、鮮明に浮かんでくる。

 

 

 

『このような罠にまんまと掛かるとはな…白夜王スメラギ…放て!』

 

 暗夜王ガロンと、本当の父親である白夜王スメラギの背中。

 そして彼を襲う無数の矢に、スメラギは何か守るかのようにして受け止めた。

 

『ぐ……っ!』

 

 無数の矢を受けてなお、スメラギは膝をついても倒れはしなかった。

 

『…ふん』

 

『ぐおおああぁぁ!!?』

 

 そして、つまらないとばかりに、ガロンは手にした斧により、スメラギを一閃した。

 それにより、スメラギは倒れ伏す。その体はもう、微かにも動く事はなかった。

 

『……お前達は』

 

 倒れたスメラギの背後にいた子供達を前にして、ガロンはにやりと恐ろしい笑みを浮かべ、手を伸ばす。

 

『…お前達は生かしてやろう…。

 

 

 

────我が子としてな!』

 

 

 

 

 蘇る悪夢に、スサノオとアマテラスは大地に手足をついて、絶望する。

 

 暗夜王ガロンとの繋がりは、全て偽りの上に積み上げて来られたものだったのだ。

 

「お父……様……」

 

「…父上……何故……っ!」

 

 信じていたものは偽物で、本物も気付いた時にはもう、この手にはない。

 暗夜の父は偽物、本当の父である白夜王スメラギはもういない。母も、もう死んでしまった。

 もう、残されたのは、きょうだい達とのつながりだけ。

 

 でも、

 

 果たして、

 

 

 それは、一体どちらのきょうだい……?

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 世界を救う者───表裏一体の救世主───

 

 うなだれる2人に、ソッと声を掛けるアクア。自身もまた、息苦しさから解放されたばかりだというのに、アクアは他人の心配をしているのだ。

 

「大丈夫、アマテラス、スサノオ?」

 

「すみません、アクアさん。私のせいで…」

 

 アマテラスには、自分がアクアを傷付けた事が分かっていた。竜だった時も、微かにだがアマテラスの意識は確かにまだ残っていたのだ。

 

「いいえ、気にしないで。あなたが私を傷付けた訳じゃない。あなたの中にある…神祖竜の血がそうさせただけ」

 

 神祖竜の血…、その言葉に、スサノオとアマテラスには疑問が浮かんでくる。

 

「…神祖竜の血とは…暗夜王族のか? だが俺達は、白夜の生まれだったはずでは…」

 

 共に竜へと変化した身。それはスサノオとアマテラスが同一の存在であると言っているようなものだ。

 ただし、その形状は全くの異なるものだったが…。

 

 全ての怪物は既に倒し、ヒノカとタクミも既にこちらへと来ていたが、スサノオの疑問に答えたのは長兄であるリョウマだった。

 

「ああ。俺達白夜王族も、暗夜王族と同じく神祖竜の血を引いている。暗夜の闇竜と対を成す、白夜の光竜の血だ…。だが、竜の…神の姿になれる者など、神話の世界だけだと思っていた」

 

「そうね…、神祖竜の血を引く王族、中でも特に血を強く継ぐ者だけが、その姿を竜に変えられるというわ」

 

 遠い昔の伝承を語るアクアだったが、彼女自身もまた、スサノオ達が竜に変化した時には驚きを隠せていなかった。

 

「私も、見たのは初めてだけれど…」

 

「………」

 

 人間とはあまりにかけ離れた存在…竜。そして、その姿になる事の出来る自分達とは、一体人間か、それとも竜か…神か。

 どれが本質であるのか、もはや自分では分からなくなっていた。

 

 そして、ふと思ったのは、

 

 あれだけの力で暴れ回って、町は、民はどうなってしまったのか、という事だった。

 

「! そうです、町の皆さんは…?」

 

 顔を上げ、周囲を見るスサノオとアマテラス。

 

「…そんな…町が……!!」

 

 町並みは瓦礫の残骸へと変わり、あちこちで黒煙が上がっている。人々は、倒れる者、うずくまる者、他者へとすがる者、泣き叫ぶ者…と、まるで地獄を見ているかのように、悲惨な状態だった。

 

 失意の2人に、リョウマは語る。

 

「…いいか、スサノオ、アマテラス。これが暗夜王国のやり方だ。おそらくあの魔剣をアマテラスに持たせたのは、暗夜王ガロンだろう」

 

「はい…」

 

「…罠だったのだ。お前達が危機を乗り越え、白夜に救われて城に着く事までも…すべては奴の計画だったに違いない。そうやって…アマテラスと魔剣を送り込み、あの魔剣を以て、この国を……母を……」

 

 リョウマの言葉に、アマテラスは自身が、この悲劇を作り出してしまった事に思い至ってしまう。

 そして、スサノオもまた、それを企んだ父、暗夜王ガロンの企てに、動揺を隠せなかった。

 

「何故だ…。何故、そんな事を…」

 

「私は、どうやってお詫びすればいいんですか……」

 

 

 

 

「詫びて済むような話じゃないだろ!?」

 

 

 

 

 嘆くアマテラスへと向けられた叫び。それは、激しい怒りを隠しもしない、タクミからのものだった。

 

「!!」

 

「お前の、お前達のせいだ…!! お前達が来たから、こんな事になったんだ! お前達さえ現れなければ、母上も…町のみんなも……!」

 

「おい、タクミ…よせ」

 

「それは、今言ったって…」

 

 リョウマと、そしてアクアの諫める声を、タクミは乱暴に無碍にする。

 

「うるさいアクア! お前だって、同類だっ!」

 

「………」

 

 いつもの言葉でも、今回は事情が違う。アクアは、タクミに何も言葉を返す事が出来なかった。

 

「タクミさん…」

 

「お前達なんか、もう顔も見たくない…。出ていけよ、スサノオ、アマテラス! あんた達は疫病神だ…! 母上が死んだのも、あんた達の企みじゃないのか?」

 

 タクミはオブラートに包む事すらせず、辛辣な言葉を黙る2人へとぶつける。一切の躊躇もなく。

 弟の暴言に、ヒノカはようやく帰ってきた弟妹を気遣い、タクミを止めようと叱る。

 

「何を言う、タクミ…! もうやめないか!」

 

 そして、アクアも意を決して、タクミへと自身の想いを言葉にしてぶつけた。

 

「ねえお願い、聞いて。スサノオとアマテラスはあなた達のきょうだいよ。きょうだいで争わないで。私の事は信じられなくてもいい、でも、スサノオとアマテラスの事は信じてあげて」

 

「………。アマテラスのせいで母上は死んだ…。その事に変わりはない。この女は姉じゃない…。スサノオだって、アマテラスと同じだ…!」

 

 どうあっても、タクミには、スサノオとアマテラスを許す事が出来ない。信じる事も、出来ないのだ。

 

「………」

 

 と、スサノオとアマテラスは黙って立ち上がり、皆に背を向けて歩き始めた。

 

「…そうだ。タクミの言う通りかもな…」

 

「すみません、皆さん。…私達がこの国を出て行けば…」

 

 重い足取りで、歩いていくスサノオとアマテラスに、予想外なところから声が掛かった。

 

「お待ち下さい。それはミコト様の御遺志ではありません」

 

 白夜王国の軍師、ユキムラが、スサノオとアマテラスを引き止めたのである。

 そして、ユキムラの言葉に心当たりのない白夜のきょうだい達もまた、驚きの声を上げる。

 

「なんだと? 母上の御遺志とは、どういう事だ?」

 

 リョウマの問いに、ユキムラはつらつらと述べ始める。

 

「ミコト様はご自分の死を予感しておられました。これは避けられぬ運命だと…。だからこそ、ミコト様は死期が近いと悟り、スサノオ様やアマテラス様と過ごす時間を大切にしたかったのでしょう」

 

 ユキムラの言葉に、スサノオとアマテラスは思い出す。

 母と一緒にご飯を食べた事。母に自分達の覚えていない昔話をしてもらった事。今までの生活の中で、父やきょうだい達の可笑しな話を教えてもらった事。

 

 そして、アマテラスの大切な記憶である、

 

 ───母と一緒に眠った事。

 

 

「ですからスサノオ様、アマテラス様、貴方達のせいではありません。すべては、暗夜王ガロンの…いえ、もっと恐ろしい悪魔のなせる業…。ミコト様はそう仰っておられました。私は生前のミコト様よりお預かりした言葉をスサノオ様方にお伝えせねばなりません」

 

 そう言って、とある方へと指をさすユキムラ。

 

「…ご覧ください、あの像を」

 

 砕けた竜の像が立っていたその台座に、一振りの刀が突き刺さっていた。鈍く黄金に輝くその刀は、白夜の民なら誰もが知っていた。

 何故ならそれは───

 

「黄金の刀…?」

 

「まさかあれは、伝説の……」

 

「そうです。あれこそは、神刀『夜刀神』。リョウマ様が王から受け継いだ『雷神刀』、ミコト様がタクミ様に授けた『風神弓』が、闘いの神を宿す武具だとすれば…その『夜刀神』は資格持つ者だけが手に出来る、この世に救いをもたらす唯一無二の刀なのです」

 

 そう、白夜に伝わるおとぎ話や伝承に幾度と現れる黄金の武器、それこそが、伝説の刀、『夜刀神』なのだ。

 

「救いをもたらす刀……やとの…かみ……」

 

「あれに選ばれた者は…救世主、という事か…」

 

 スサノオとアマテラスは、それぞれ遠くにある夜刀神に、畏敬の念を以て見つめていた。

 およそ、自分とは遠すぎる存在である、その刀。あれが救いをもたらすというのなら、竜である自分達は一体、この世界に何をもたらすというのだろうか。

 

 そんな事を考えていた2人の目の前で、異変が生じた。

 

 台座に突き刺さっている夜刀神が、急に浮き上がり、スサノオ達に目掛けて飛んで来たのだ。

 

 そして、その夜刀神に更に異変が起きる。両刃だった夜刀神は、飛んでいる途中で左右へと分裂したのだ。不思議な事に、2つの夜刀神は刃が片刃になっただけで、柄はまるで写し身のようにそのままだった。

 

「!!」

 

 そして、2つに分かれた夜刀神が、スサノオとアマテラスの手に収まり、光を放つ。

 夜刀神が、主を見つけたという証だ。

 

「ふ、2つに分かれた…!?」

 

「…『夜刀神』が、スサノオとアマテラスを選んだという事か…!?」

 

 当の本人達が一番驚いているが、周りも同様に驚きを隠せない。

 

「まさか、スサノオとアマテラスが…世界を救う英雄…?」

 

「スサノオ…アマテラス…」

 

「スサノオ兄様、アマテラス姉様……」

 

 タクミの言葉に、ヒノカとサクラは悟ってしまう。弟妹が、兄姉が、とてつもなく重い宿命を背負わされたという事に。

 そして、その重い宿命に、否応なくして立ち向かわなければならないという事に。

 自然と、2人の行く末を案じて声が漏れてしまったのだ。

 

 

「た、大変ですよー!!」

 

 

 と、静まり返った場に、素っ頓狂な叫び声が響いた。

 声のした方を見ると、クリス達3人組が息を切らして(ブレモンドは2人よりはるか後ろにいたが)走って来ていた。

 

「失礼します、殿下方。たった今知らせがありました」

 

 いつになく険しい表情のルディアに、リョウマ達は訝しむが、やがて衝撃を受ける。

 

「国境より、暗夜王国の大軍勢が、白夜王国に攻め込んで来ています!」

 

「おのれ暗夜軍…! 卑劣なやり方で母上を殺し、そこにつけこんで仕掛けてくるとは…」

 

 悲しむ暇もなく、攻め寄せる敵の危機に、リョウマは高らかに宣言した。

 

「行くぞ! 母上の仇を討たねばならん!」

 

 リョウマは雷神刀を皆を鼓舞するように高く掲げると、すぐに走り出していく。それに続き、ヒノカも天馬へと跨がり、空を駆けていく。

 タクミとサクラは、もう訳が分からないといったように、兄姉を追いかけて走り出した。

 

「クリスさん、知らせて頂き感謝します。走って知らせてくれて申し訳ないのですが、私達も急ぎ国境へと向かいましょう!」

 

 ユキムラもクリス達を引き連れて戦場へと向かう。(ブレモンドは悲鳴を上げていたが…)

 

 

 

 

 

「アクアさん…私達もリョウマ兄さんと共に国境に行きます」

 

「ああ…。もし暗夜王国が本当に攻めてきたのなら…俺達はそこに行かなければならない」

 

 握りしめた黄金の刀。今、リョウマ達と共に行かなければ、永遠に後悔する。そんな気がしてならなかったのだ。

 

「待って。あなた達の、その竜の血の事だけど…」

 

 と、アクアが走り出そうとした2人を止める。

 

「今のまま闘いに向かえば、あなた達はまた獣の衝動に支配されるかもしれない。竜の血に任せ、竜となって闘えば、いつかその心は獣に成り果ててしまうわ…」

 

「そんな…」

 

「なら、どうすればいい…?」

 

 戸惑う2人に、アクアは自身の首にかけ、胸の前で揺れる石を手にとって見せた。

 

「いい? あなた達の強すぎる獣の衝動を、この竜石に封印するの。そうすれば、人の心を保つ事が出来るわ。でも…」

 

 少し言いよどむアクア。だが、スサノオはその理由に察しがついた。

 

「竜石は1つだけ…封印出来るのも1人だけ…か?」

 

「…ええ。スサノオの言う通り、私の手元には今、これしか竜石がないの。だから、どちらかにはここに残って貰わないといけない」

 

「そんな…」

 

 苦渋の決断を迫るようで、アクアは辛そうに眼を閉じて言うが、

 

「…心配ない。竜石なら、ここにもう1つ…ある」

 

 スサノオは懐から、父より授かった魔竜石を取り出し、アクアへと差し出した。

 

「あなた…これをどこで…」

 

「マークス兄さんやレオンの持つ神器と同じ、暗夜に伝わる宝具の1つだ。これなら、どうだ?」

 

 スサノオの提案に、少しの戸惑いを見せるアクアだったが、

 

「…そうね、これなら可能よ」

 

「なら…」

 

「ただし、」

 

 スサノオの言葉を途中で遮るアクア。その顔にはいつも以上に、真剣さが表れていた。

 

「これは私の物ではないわ。だから、封印してから何か不具合が起きる可能性もあるという事だけは考慮しておいて」

 

 アクアの警告に、スサノオは噛み締めるように頷いた。

 

「じゃあ…眼を閉じて、2人共、私の言う通りにして」

 

「分かりました」

 

 言われた通りに眼を閉じるスサノオとアマテラス。アクアはそれを確認して、スサノオから受け取った魔竜石と、自身の持つ竜石に念を込める。

 そして、ゆっくりと2つの竜石は浮き上がり、淡い光を放ち始めた。

 アマテラスの力を宿した竜石は、澄んだ水色の光を。スサノオの力を宿した魔竜石は、形容のしがたい黒き光を。

 まるで、正反対かのような輝きを放つ2つの竜石は、再びゆっくりと、それぞれアクアの手と胸元へと戻っていく。

 

「…良かった。これで大丈夫。この竜石は、あなた達の一部。あなた達が大切に持っていて」

 

「ありがとうございます、アクアさん」

 

「礼を言う、アクア」

 

 2人はアクアから竜石を受け取ると、懐にそれをしまう。

 スサノオはそのまますぐに駆け出し、皆の後を追うが、アマテラスは少しだけ、アクアへと尋ねたい事があった。

 

「アクアさん…あなたはどうして私に親切にしてくれるのですか? 先程も、あなたは私を庇ってくれました」

 

「それは…」

 

「それは?」

 

 優しく微笑んで、アクアは語りかける。

 

「前にも言ったでしょう? あなたは、どこか私と似ている…って。あなたには、どこか近いものを感じるから。一緒にいると、安心する。でも、スサノオにもそれに近いものを感じるのは確かだけど、あなたの方がより強く感じる…。だから、無事でいて欲しいの」

 

「そう、ですか」

 

 場違いにも、少し照れくさくなるアマテラスだったが、アクアは更に追い討ちを掛けた。

 

「もし、私が男だったなら…あなたを抱いていたかもね」

 

「な!?」

 

「いいえ。その逆でも…あなたが男だったとしても、私は抱かれたいと思ったんじゃないかしら」

 

 とんでもない爆弾発言に、アマテラスは顔を真っ赤にして、

 

「お、お母様ーーー!!?」

 

 叫びながら走り出してしまった。

 

「…冗談のつもりだったのだけど…。やっぱり面白いわね、アマテラスをからかうのって…」

 

 笑みをこぼして、アクアもその後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 だがこの時、アクアはまだ気付いていない。

 

 

 

 

 スサノオの魔竜石に隠れるように宿っていた、他の竜の存在に───

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

つながる断章 ~決断の刻~

注:今回は超短め!

あとがきにも注目かも。


 

 今思えば、私はこうなる事を予期していたのかもしれない。

 

 

 

 私達はリョウマ兄さん達を追い、暗夜王国と戦闘状態であるという国境まで急ぎやってきていた。

 そこで私の目に飛び込んできたのは、どこかで見たような光景。

 白夜の兵と暗夜の兵が、武器を手に互いを殺し合っていた。家族を守る為、国を守る為、誇りを守る為…。それぞれが同じ立場でありながら、違う想いを抱いて敵を殺す…そこは戦場、まさしく戦争が行われていたのだ。

 

 そして、私はこれを見た事がある。

 

 ───夢、という形で…。

 

 

 平野を横切る川の、ちょうど反対側では、暗夜兵達を率いる将の姿があった。私は、その姿をよく知っている。

 何故なら彼は───

 

 

「無事か、スサノオ、アマテラス…! よく生きていてくれた…!」

 

「マークス兄さん! 何故だ? 何故こんな戦争を!?」

 

 川の向こうで、マークス兄さんが遠く離れた私達に向かって、手を差し伸べてくる。

 スサノオ兄さんの問いには、マークス兄さんは答えてはくれなかった。

 

「さあ…行くぞ。お前達も戦列に加われ、スサノオ、アマテラス。お前達がいてくれれば、戦争はすぐに決着する。無駄な犠牲を出さずに、白夜王国を征服出来るだろう」

 

「マークス兄さん…私は…」

 

 私とスサノオ兄さんが戸惑っていると、リョウマ兄さんが私達の前に立つ。

 

「気を付けろ、スサノオ、アマテラス。あの男は暗夜王国の王子だ。母上を殺した者達の、上に立っている男だ」

 

「リョウマ兄さん…」

 

 その背中は、私達を守ろうとしているように見えた。

 

 暗夜の兄と白夜の兄…、2人の兄を前に、私はようやく分かった。

 

 

 選ばなくてはならない。自分達の…いや、『私』の進むべき道を。

 共に歩む───『家族』を……。

 

 

 

 

 

 

「ああ…スサノオ、アマテラス…! 生きていたのね、良かった…」

 

 俺とアマテラスの姿を白夜の中に見つけたカミラ姉さんは、心底ホッとした顔で胸をなで下ろしていた。そして、続々と暗夜のきょうだい達も勢揃いしていく。

 

「…悪運強いね、スサノオ兄さん…それとアマテラス姉さんもさ」

 

「良かったよ~! スサノオおにいちゃん、アマテラスおねえちゃん!」

 

 レオンもエリーゼも、俺達の無事な姿を見て、笑顔を浮かべていた。

 

 

「何を言う、弟と妹をさらった暗夜の者め…。スサノオとアマテラスは私の弟妹だ!」

 

 カミラ姉さんの言葉が気に入らないヒノカ姉さんが、険しい顔で怒鳴りつける。しかし、カミラ姉さんはこれといって怯む様子もなく、涼しそうな顔で言う。

 

「いいえ、スサノオとアマテラスは私の弟妹。誰にも渡しはしないわ…」

 

「違う! スサノオとアマテラスには、私以外に姉などいない!」

 

 互いに睨み合いを繰り広げる姉2人に、リョウマ兄さんも俺達に注意した。

 

「騙されるな、スサノオ、アマテラス。お前達は俺達の大切な家族だ!」

 

 しかし、マークス兄さんも負けじと叫ぶ。俺達を取り戻す為に。

 

「戻ってこい、スサノオ、アマテラス! またきょうだい一緒に暮らそう!」

 

 

 

「スサノオ! アマテラス!」

 

 

 2人の兄が、俺達の名を大きく呼びながら、俺達をつなぎ止めようとしている。

 それが分かってしまうからこそ、俺の心は張り裂けそうな程に痛かった。

 出来る事ならどちらも選びたい。だが、それは決して出来ない。

 どちらか捨てなければ、俺達は───いや、『俺』は進めない。進んではいけないのだ。

 

 

 

 

 今になって、思い出さなければ良かったと、つくづく思う。

 忘れていれば、もっと自分に素直になれたかもしれないというのに。

 

 俺は誓った。『妹を守る』と。たとえ、それが今の俺ではなくとも、あの『俺』は俺なんだ。だから、俺は『俺』の想いを継がなくてはならない。

 たとえ、それが茨の道であったとしても───。

 

 

 

 ───さあ、お前はどちらを選ぶんだ…? アマテラス、いや、『光』……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてスサノオとアマテラスは、川の中間の島へと歩き出す。

 

「! 何をしている、スサノオ、アマテラス!」

 

 止める兄の制止も聞かず、橋を渡り、ちょうどどちらの陣営からも見ても中心となる場所に、2人は立ち止まる。

 

 選ぶ刻が来たのだ。

 

 

 辛い事も楽しい事もあったが、今までずっと育ってきた暗夜王国か。

 自分達の生まれ故郷にして、暖かな光に満ちていた、優しい白夜王国か。

 

 長い時を共に過ごして、絆を育んできた暗夜の家族か。

 共に過ごした時は短けれど、血のつながった白夜の実の家族か。

 

 

 

 

 

 絆か、血のつながりか。

 

 

 

 

 

 彼、彼女の選び取った未来とは────。

 

 

 そして、2人はゆっくりと口にする。

 自分の選んだ、道を。

 

 

 

「私は───」 「俺は───」

 

 

 





さて、2人が選んだ道とは?

次回、ついに運命が決まる!

活動報告でのサプライズは次回です!
詳細を知りたいという方は、目を通してみると良いかも…?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 白夜編 光を追う者
第21話 光へ手を伸ばす


 

 私はマークス兄さんに向かって、夜刀神を構える。

 

「マークス兄さん…兵を退いてください」

 

 私は選んだ。白夜を、本当の家族を。

 

「なに? アマテラス、まさか…白夜側につく気なのか?」

 

「はい…私は、白夜の側で闘います。そう決めたんです」

 

「アマテラス…。スサノオ、お前もそうだと、そう言うのか…?」

 

 スサノオ兄さんは、黙ったまま眼を閉じて動かない。

 

「…確かにお前達は、元は白夜王国の王族だ。私とお前達に、血の繋がりは一滴もない。だが、お前達が暗夜王国に来たその日から、私にとってお前達は本当のきょうだいだった。誰が何と言おうとお前達は…スサノオとアマテラスは私の大切な家族だ」

 

 もう一度、マークス兄さんが私達に向かって手を差し出してくる。

 

「カミラもレオンもエリーゼも、みんな同じ気持ちだ。父上だって、きっと。お前達は暗夜王国の人間だ…! 戻ってこい、スサノオ、アマテラス!」

 

「すみません、私達は戻れません。見たんです、ガロン王の卑劣なやり方を。町が破壊され、罪もない人達が死に、そして……白夜女王ミコト…お母様までも…」

 

 脳裏に蘇ってくる、母の最期の言葉。自分の命よりも、我が子を守れた事を喜んで逝った、お母様の暖かい言葉。

 

「あの…兄さんはさっき、お父様も同じ気持ちだと言いましたよね。ガロン王も、私達の事を家族だと思っていると。ですが、私達は白夜女王に庇われなかったら…ガロン王から渡された剣の爆発で死んでいました。本当に家族だと…そう思っているのなら、私にそんな事をするはずがありません…」

 

 敵を倒すために、我が子を犠牲にしても構わないようなあの策略。それを実行した者に、人としての心があるとは思えなかった。

 

「ガロン王にもし人の心があるのなら、白夜王国にこんな真似をするはずがありません! ガロン王こそが悪なんです!」

 

 私の言葉に、マークス兄さんは怒りを隠さず、

 

「何事を…! 父上が悪であるはずがない」

 

「兄さん…! ガロン王のしている事は、間違っています。兄さんも私達と…白夜王国と共に闘って……」

 

 

 

 

「いや、違うな」

 

 

 

 

「え…?」

 

 私の言葉を遮るように言い放ったスサノオ兄さんに、私は驚きを隠せない。一体何が違うというのか、見当がつかないからだ。

 

 ゆっくりと、マークス兄さんの元へと歩き出すスサノオ兄さん。私は止めようと、手を伸ばすが、もう届かない。

 

「スサノオ…?」

 

 そして、振り返ったスサノオ兄さんは、悲しい笑みを浮かべて、

 

 

 

 私に夜刀神を向けていた。

 

 

 

「俺は、白夜王国には戻れない。俺の家族は、暗夜にいる。俺の家は、暗夜にある。俺は、もう白夜には帰れない」

 

 スサノオ兄さんの言葉に、一切の迷いはない。心の底から、本心のままに語っているという事が、嫌でも分かってしまう。

 

「そん、な……だって、白夜であんなに楽しく過ごしたじゃないですか…! お母様とだって、昔話をいっぱいしたじゃないですか! ガロン王の卑劣な行いを、この目で見たじゃないですか!!」

 

「それでも、だ」

 

「!!」

 

 スサノオ兄さんの目には、もう決して変わらないという強い意思が宿り、私を見つめていた。

 

「俺はな…アマテラス、昔ある事を誓ったんだ。とても遠い昔、今じゃはっきりと全部を思い出せないが、確かに誓った事がある。どんな事があろうと、『妹を守る』ってな」

 

「…! な、なら! 私と一緒に…」

 

「お前と一緒に行ってしまえば、エリーゼはどうなる? 俺にとって、お前と同様にエリーゼも大切な妹なんだ」

 

「でしたら、サクラさんだって…」

 

 私の言葉に、スサノオ兄さんは首を振る。

 

「確かにそうかもしれない。だが、お前がそっちを選んだ時点で、俺とお前はもう同じ道を歩めない。絆で繋がった妹を、家族を、俺は置いてはいけない」

 

 もう、何を言っても、スサノオ兄さんには届かない。それがはっきりと分かってしまった。

 そして、更にスサノオ兄さんは言葉を続けた。

 

「お前が白夜につくと言うのなら、俺が、俺達が力ずくでもお前を連れて帰る」

 

「そうだな…帰ってから、説教をせねばならんだろう」

 

 マークス兄さんとスサノオ兄さんが、私へと剣を構える。だけど、私は……。

 

 

 

 

 アマテラスは剣を構える事が出来なかった。たとえ、白夜王国につくと決めても、暗夜のきょうだいを傷付ける事なんて出来なかったのだ。

 

 それでも、スサノオ達は止まってはくれない。

 

 

「何をボケッとしてる!」

 

「! リョウマ、兄さん…」

 

 立ち尽くすアマテラスの前に、雷神刀を携えてリョウマが踊り出た。その目に、強い怒りを宿しながら。

 

「どういう事だ。何故、そちら側についている、スサノオ!」

 

 リョウマの怒声を、スサノオは静かに受け止め、そして、

 

「俺は選んだ。暗夜につく事を」

 

「何故だ…! そいつらは、暗夜は母上を殺した奴らだぞ! それが分かっていながら、お前は暗夜に味方すると、そう言っているのか!?」

 

「…ああ」

 

「分かっているのなら何故、暗夜王国側につく理由がある!? お前は白夜王国の王子なんだぞ!? 本当ならお前は、俺達と共に白夜王国で育つはずだった! それなのにお前は、自分を連れ去った敵国のために闘うというのか!」

 

「…ああ」

 

 リョウマの顔が、苦痛に歪む。弟は、自分達を捨てたのだと。取り戻したかった繋がりは、もう戻ってこないのだと。

 

「よく言った、スサノオ。さあ、行こう! 白夜に誑かされたアマテラスを、連れ戻すのだ!」

 

「黙れ! 貴様らこそ、よくもスサノオを誑かしてくれたな…! 力ずくでも、スサノオは白夜に連れて帰る!」

 

 2人の王子が、互いに剣を構えて睨み合う。その殺気も闘志も、今までのどんな時よりも、とても濃厚で、立っているだけで頭が痛くなるような錯覚がするほどだった。

 

 そして、互いの他の家族も、こちらへとやってくる。

 

「暗夜を裏切るなんて、許さない。絶対に逃がさないよ、アマテラス姉さん…」

 

「暗夜は母上の仇…! 全員、僕が倒してやる…!!」

 

「やっと、やっときょうだいが元に戻ろうとしているんだ…。もう二度と、スサノオもアマテラスも貴様らなどに渡しはしない!」

 

「うふふ…。白夜は皆殺しよ…。そうすれば、アマテラスだって私達の元にきっと帰ってきてくれる…」

 

「わ、私もっ、頑張りますっ! それで、スサノオ兄様に帰ってきてもらうんですっ…!」

 

「よ~し! 頑張って、アマテラスおねえちゃんを取り返すからね!」

 

 きょうだい達が、互いにスサノオとアマテラスを奪い返そうと意気込んでいる。

 大切な人達が、殺し合おうとしているのだ。それを黙って見ているなんて、アマテラスには出来ない。

 

「や、止めてください! どうか、軍を退いてください!」

 

 アマテラスの叫びも、もはや皆には届いていない。

 

「…もう、闘うしか…道は無いのですか…」

 

 どうしてこうなってしまったのか。自分の選択がいけなかったのか。

 

 もはや、戦闘は避けられなかった。

 

 

 

「一度、貴様とは決着をつけなければならないと思っていた…。貴様を倒し、アマテラスは暗夜に連れ戻す!」

 

「ふん…それはこちらの台詞だ。俺が貴様に勝ち、スサノオの目を覚まさせる!」

 

 マークスとリョウマが、互いに剣と想いをぶつけ合い始める。

 それに続くように、他のきょうだい達も闘いを開始した。

 

「貴様らを打ち倒し、私の大切な弟と妹は何としてでも守る! 白夜第一王女ヒノカ! 参る!」

 

「何度言えば分かるのかしら…? スサノオもアマテラスも、私の弟と妹だというのに。あなたを殺せば、私の可愛いアマテラスもきっと、私の元へと帰ってきてくれる…」

 

 ヒノカが天馬に乗って天へと駆けて行き、その後をカミラが斧を肩に担いで、飛竜を駆って追いかけていく。

 

「いいよ、暗夜一の魔法を、特別に見せてやる。僕に挑んだ事をせいぜいあの世で後悔するんだね」

 

「黙れ! 死ぬのはお前だ! 僕が、お前を殺してやるんだ…!」

 

 レオンとタクミによる、魔法と矢の押収が辺りを破壊していく。

 

「さあ、俺達も始めよう。アマテラス」

 

 スサノオは、夜刀神を構え直してアマテラスへと宣告する。

 

「もう…戻れないんですね。スサノオ兄さん…」

 

 アマテラスも、夜刀神を構えてスサノオと対峙する。その眼には、涙が溢れていた。

 

 

「俺はお前を倒してでも

 

 

 

 

 暗夜へ連れて帰る」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 VS.スサノオ

 

 スサノオ兄さんが魔竜石を掲げる。そして、魔竜石から湧き出た黒いエネルギーがその体にオーラのようにまとわりつく。

 

「!!」

 

 纏った黒きオーラが、投げるように振られると、腕の部分のオーラが私目掛けて勢いよく伸びてきた。

 

「せやぁっ!」

 

 迫り来るオーラの手を夜刀神で弾こうとするも、

 

「っ!?」

 

 夜刀神はオーラをすり抜け、それを見て私はとっさに腕でガードの姿勢を取った。

 

 ゴガッ!!

 

 夜刀神をすり抜けた黒いオーラは、私をすり抜ける事なく、私のガードした腕に的中する。

 ビリビリと痺れる腕の感覚。これは錯覚などではない。確かなダメージを私に残していっている。

 

「今のをよく防いだな」

 

 オーラが伸びた勢いと同じ勢いでスサノオ兄さんの腕へと戻っていく。

 スサノオ兄さんは腕をグルグルと軽く回して、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「何ですか…その力は?」

 

 まさか、あれこそが『魔竜石ギームル』の真の力? 避ける事しか対処の仕様がないなど、こちらにとってはかなり不利だ。その上、それは遠距離攻撃だ。これでは一方的に攻撃されるのが目に見えている。

 

「俺も驚いている…、というのは嘘だな。魔竜石の力を何度も使っていた事で、俺は所有者として完全に認められたらしい。魔竜石から、俺の頭の中にコイツの使い方がはっきりと伝わってくる。それも、恐ろしいくらいに自然な感じでな」

 

 ズオォォ、とスサノオ兄さんから発せられる黒いオーラが、より大きく空へと立ち上っていく。それと同時に、その禍々しさもより強く感じられた。

 

「不思議な気分だ…。最初から、俺と魔竜石は一つだったかのような……。ふふっ…、この力、もっと試してみたい…!」

 

 スサノオ兄さんがおもむろに、私に腕を向けたと思った瞬間、

 

 ズドン!!

 

「………な」

 

 私の頬を黒き砲弾が掠めていった。

 凄まじい速度を持った拳大のそれは、アマテラスの後方にある丘に着弾すると、大きな衝撃と土煙を生み出す。

 

「危ないな…、コントロールがまだ上手く利かないか。危うくアマテラスを殺すところだった……!」

 

 心底良かった、という顔をして息をつくスサノオ兄さん。その顔に、私は場違いにも安心感を覚えた。やっぱり兄さんは兄さんだ。たとえ道を違えようと、兄さんの本質は変わらないのだ。

 

 だとしても、だからといってここで負ける訳にはいかない。

 ここでスサノオ兄さんに負ければ、私は白夜王国と、リョウマ兄さん達白夜のきょうだいとのつながりが断たれてしまうかもしれないから。

 

 

 さしあたって、今一番の問題はスサノオ兄さんのオーラによる攻撃だ。腕のオーラを伸ばすのは、体の一部を扱うようなものなのだろう。だから、完全に切り離したオーラ弾は扱いが難しい。

 スサノオ兄さんの言葉から読み取れたのはこの程度だが、他にも必ず長所短所は存在しているはず。それをなんとか見極めなければならない。

 

 私は懐から竜石を取り出し、意識を傾ける。

 

「行きますよ……!!」

 

 竜石に封じられた私の竜の力の一部を、脚へと集中する。ちょうど、魔力で身体能力にブーストを掛けるのと同じ感覚だ。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない力を脚に感じる。

 

「…! 竜の力か…」

 

 私が竜石を手にしたのを見て、スサノオ兄さんも警戒を強め、夜刀神を構えようとする。

 私はその構えようとする一瞬の隙を狙って、一気に竜の力を解放した。一時的に私の脚が竜化すると、一足跳びでスサノオ兄さんの眼前へと躍り出る。

 

「!」

 

 私の速度に驚いたのか、竜化した脚に驚いたのか、驚愕を顔に浮かべたスサノオ兄さんに、私は夜刀神の刃を裏返して思い切り叩きつける。

 

 が、

 

「竜の力ともなると流石に速い…」

 

 いつの間にか竜化したスサノオ兄さんの腕が、私の夜刀神を受け止めていた。竜鱗で覆われたその腕は硬質で、まるで刃が通りそうにないような硬さを持っていた。たとえ裏向けていない夜刀神であっても、傷がつくかどうかも疑問に感じる程に。

 

 黒い竜腕を乱暴に横に振って、受け止められた夜刀神ごと私は振り払われる。

 即座に受け身を取って立ち上がり、竜石を高く掲げる。今度は腕を竜化させると、私は受け身を取った時に拾った石を竜の手で壊れない程度に握り締める。

 

「ッ!」

 

 更に竜石から力を引き出すと、竜化していた腕が膨れ上がり、やがて腕は手に持った石ごと、大きな竜の口へと変貌していく。

 その大きな口をグワッと開いて、

 

「ハッ!」

 

 スサノオ兄さんに向けて、竜化した腕の口内から持っていた石を撃ち出した。

 撃ち出された石は水で覆われており、それは私が竜化してやった外套の男の刀と同じ状態であった。

 石に水を纏わせたのは、水単体で撃つよりも、石を核として撃ち出した方がスピードが出るためだ。

 更に言えば、スピードを出して尚且つダメージがなるべく少なくなる方法がこれだったのである。

 竜化していた時の朧気な記憶だが、この水には攻撃と妨害の使い分けが出来る事を覚えている。

 

 狙いは、スサノオ兄さんの動きを封じる事。

 動きさえ止めてしまえば、リョウマ兄さん達の援護に行く事が出来る。マークス兄さん達を撤退させるには、こちらに有利な状況を作り上げる必要があるのだ。

 いくらマークス兄さん達が強くても、流石に多勢に無勢では退かざるを得ない。そのためにも、暗夜のきょうだいの誰かを戦闘続行不能にしなければならないのである。

 

「ちっ…!」

 

 水を纏った石の砲弾を、スサノオ兄さんは身を反らして避ける。どうやら、夜刀神で防ぐのはマズいという事が分かっているらしい。

 

(やっぱり、スサノオ兄さんにも竜化していた時の記憶がある……!)

 

 今のを夜刀神で弾こうとしてくれていたら、いくらかスサノオ兄さんの攻撃力を削る事が出来ただろうが、やはりそう甘くはないらしい。

 

「お前、早速竜石を使いこなしてるじゃないか。体の一部だけを竜化させたか。流石は俺の妹だ…」

 

 感心したように言うスサノオ兄さんは、肩を回すように腕を大きく振ると、

 

「じゃあ、俺も見習わないとな」

 

 前傾姿勢になったと思った次の瞬間、ぶちぶちぶち、と肉を破るような音と共にスサノオ兄さんの背から鋭利で真っ黒な竜翼が飛び出してきた。

 

「これは考え物だな…。これの度に服が破けると面倒だ」

 

 言いながら翼をバザバサと羽ばたかせると、スサノオ兄さんの体が地面から離れ、少しだけ宙に浮く。

 

「今はまだ高くは飛べないか…」

 

 ストンと地面に降りると、今度こそ夜刀神を構えて、猛スピードで私に向かって走り出してきた。

 

「くっ!」

 

 私は急ぎ応戦の体勢に入る。夜刀神を構えて間もなく、スサノオ兄さんの振りかぶった一撃が放たれる。

 とっさに夜刀神で迎え撃ち、2本の夜刀神が鍔迫り合いになる。

 

「ぐくっ…!!」

 

 スサノオ兄さんの夜刀神を受け止める私の腕が、徐々に押され始める。

 

「このまま押し切らせてもらうぞ!!」

 

 更に押してくる力が強くなる。このままでは押し負けてしまう。

 

「させま、せん!」

 

 竜石から力を引き出し、腕を竜化させる。それにより、力でスサノオ兄さんに勝る事が出来た私は、ゆっくりと、スサノオ兄さんの夜刀神を押しのけていき、

 

 

 

「言い忘れてたが、俺の腕は今4本だ」

 

 

 

「がっ…!?」

 

 突然私の左右から襲い来る続けざまに2発の衝撃により、全身を強打される。

 そして更にもう1発、よろめく私の体にスサノオ兄さんからの蹴りを入れられ、後方に大きく吹っ飛ばされる。

 ゴロゴロと何度も転がってようやく体が止まり、息が一気に口から漏れ出す。

 

「ケホッ、ゴホッ、…ハァ、ハァ、何、が…?」

 

 痛む体を何とか起こして、飛ばされた方を見ると、スサノオ兄さんの背では翼が大きく開かれていた。

 それを見て、すぐに何が起きたのかを理解する。さっきの攻撃はあの強靭な翼膜を叩き付けられたのだ。

 それだけでも、あれほどの衝撃を受けたというのに、もしスサノオ兄さんが本気で私を殺しにかかっていたら、あの鋭い刃のような翼を振るっていただろう。

 

「…ハァ、遠近自在なんて、ハァ、反則じゃないですか……!」

 

 離れればオーラの攻撃が、近づけば竜の体を活かした攻撃が。

 これでは迂闊な事が出来ない。せめて遠距離攻撃だけでも何とかしたいところだが……。

 

「……」

 

「全身が痛むだろ? だから、もうこんな争いは止めて、俺達と一緒に暗夜王国に帰ろう! 俺達の家があるのはこっちなんだ!」

 

「…いいえ。私の家があるのは、そちらだけじゃありません。白夜にも、私達の帰るべき場所が、家があります! お母様が守り続けてきた家が! 国が! 白夜王国だって私達の大切な故郷なんです! だから、兄さんこそこっちに戻ってきてください!」

 

 もはや届かないと分かっていても、私は叫ぶ。どうしても、諦めきれなかったから。

 ただ、それはスサノオ兄さんにしても同じ事。どうあっても、私達の主張は片方しか認められないのだ。

 

「…もう話し合いで解決出来る段階はとっくに過ぎてるって事くらい分かってる。やっぱり、力ずくしかないみたいだな」

 

 スサノオ兄さんの夜刀神を持つ腕が竜化していく。あの剛腕で夜刀神を振るわれたら、無事では済まないだろう。

 私もそれに対応するため、腕だけではなく脚も竜のものへと変えていく。

 

「ふっ!」

 

 黒いオーラの腕が私へと勢いよく伸びてくる。私はそれをしゃがんで避けると、頭上を素通りしたオーラを掴んだ。

 剣をすり抜けても、体には当たった事から、掴める事は分かっていた。

 すぐに起き上がり、掴んだオーラをそのまま手繰り寄せるように一気に引っ張る。

 

「うおっ!?」

 

 竜の腕で引っ張られたスサノオ兄さんは急な事に驚き、オーラごとこちらへと吸い寄せられてくる。

 

「当たれーーー!!!」

 

 全力でオーラを引っ張った腕はそのまま後ろにして、そしてこちらに引っ張られたスサノオ兄さんに向けて、力を込めたその拳で思い切り殴りつけた。

 

「ぐぶっ!!?」

 

 私の竜の拳がスサノオ兄さんの腹に綺麗に吸い込まれていき、その体がグンと吹き飛んでいく。

 何度もバウンドしながら転がっていくスサノオ兄さんの体が、ようやく止まり、ゆっくりと立ち上がろうとするが、

 

「う、く」

 

 腕に上手く力が入らないのか、なかなか起き上がってこれない。私は倒れ伏す兄さんの元まで歩を進めて言う。

 

「これで決着はつきました、スサノオ兄さん! 私の勝ちです! だから、白夜王国に……」

 

 

 ───戻ってきて。

 

 そう言おうとした時だった。

 

 

 

 ズシャア!!

 

 と、突如私のすぐ近くに、何かが大きな音を立てて空から落ちてきたのだ。

 

 土煙でよく見えないが、それによって私の意識がスサノオ兄さんから離れてしまっていた。

 だから、気付くのに遅れてしまった。

 

 

「ああ…私の可愛いスサノオ…。こんなに傷だらけになって、大丈夫…?」

 

 

 スサノオ兄さんの頭上に、カミラ姉さんが空から急降下してきたのだ。

 

「アマテラス…あなたがやったの? お姉ちゃん、きょうだい喧嘩は嫌いなのよ…」

 

「…カミラ姉さん」

 

 スサノオ兄さんを倒して助太刀に行くはずが、逆に1対2になってしまっている。

 カミラ姉さんの強さは、あの国境の砦の時によく分かっていた。

 

 私は、このままでは絶対に負ける。

 

 

「……!!」

 

 土煙がようやく晴れていき、私は落ちてきたものの正体に驚愕する。

 

 美しい白い毛並みに、鳥のような大きな翼。それは天馬。ヒノカ姉さんの愛馬である天馬が、空から降ってきたのだ。

 

 主人と共に。

 

 

「ヒ、ヒノカ姉さん!!」

 

 天馬のすぐ傍で倒れるヒノカ姉さんに駆け寄り、抱き起こす。

 どうやら命に別状はないらしく、意識も辛うじてあるようだった。

 

「く…済まない、アマテラス…。スサノオを連れ戻すと意気込んでいたというのに…このざまだ…。くそ…くそ、クソォ……!!」

 

 涙がヒノカ姉さんの頬を伝う。傷だらけの体で、涙を拭う事すらままならず、ヒノカ姉さんはスサノオ兄さんを取り戻せなかった悔しさと、再び、しかも今度は目の前で連れていかれる悲しみに、悲壮な表情を浮かべていた。

 

「残念だけど、スサノオを連れて帰って治療しないといけないの。アマテラス…また、今度会いましょう? その時こそ、もう一度私の胸に飛び込んでいらっしゃい…。あなたが戻ってきてくれるのなら、お姉ちゃん、とても嬉しいわ」

 

 カミラ姉さんがスサノオ兄さんを担いで自身の竜に乗せると、自分も竜へと跨がり、飛び立っていく。去り際の寂しそうな横顔に、私の心が痛んだ。

 ギュッと締め付けられるかのように……。

 

 




どうも、やっと忙しさから抜け出せたキングフロストです。

この前のサプライズ投稿した翌日から今日まで、忙しすぎて全然手につきませんでした。いざ書こうと思っても、途中で寝落ちしてしまい、起きたら朝でそのまま…と疲れもあって書けませんでした。

でもまあ、ようやく地獄の忙しさは抜け出せたので、気ままに投稿していきたいな、と思います。
それでは、お読みいただきありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 見習い軍師の奇策

 

「うへぇ…もうご対面とは、分かってはいましたけど、やっぱり気が引けますね…」

 

 軍師見習いのクリスの呟きは、川の対岸のとある一角へと向けられたものだった。

 

「仕方ないわよ。ルーナ達が暗夜王国に付いてるって分かってて、私達はこっちに付いてるんだから。というか、アンタのせいだって事を忘れないでよね」

 

 ルディアも同じく、憂鬱そうに対岸を見ながら言う。ただ、それも仕方のない事。何せ、見知った顔が敵陣の中にいるのだから。

 

「分かってますよー。僕のワガママでこうなってるんですよね。ホント、すみません!」

 

 謝ってはいるものの、それが笑顔でなので、本当に反省しているのかは怪しいものだった。

 

「お前、本当に謝る気あるようには見えねえって…。それより、気になる事があんだけどよ」

 

 ブレモンドはそう言って、対岸を指差しながら何かを数え始める。

 そして、訝しげに目を細めて言った。

 

「やっぱり、人数が足りねーな」

 

「そうみたいね。居ないのは…」

 

「異界の闘技大会に参加している姉さんは外すとして、この場に居ないのはカタリナ一行ですね」

 

 クリスが言うのは、同郷の友の事だ。カタリナと呼んだ少女の一行は、以前のクリス達と同じくこの世界を旅して回っているはず。

 ここに居ないという事は、まだそれを続けているという事なのだろう。

 

「ちょっと助かったわね。あの子達まで居たら、私達が圧倒的に不利だったし」

 

「だな。竜が2匹とデカいウサギだけでも厄介なのに、その上俺らの中で一番強い奴がアイツラ3人のお守り役に付いてんだ。面倒くせぇ事にならなくて何よりってもんだろ」

 

 杖を片手に、頭を掻きながらブレモンドは溜め息を吐いた。

 どうやら、向こう側もこちらの存在に気付いたようで、進軍を開始している。遠目から見ても分かる程に、驚愕した様子で。

 

「さて、ユキムラさんに頼んで仕込みは終わっていますし、こちらものんびりと行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 向かいくる集団を前に、クリス達は立ち止まって自身の得物に手をかける。

 

「ちょっと! なんでアンタ達がそっちにいるのよ!」

 

 そんな3人にかけられる叫び声。

 やってきた7人の中の、暗めの赤髪をツインテールにした少女が、怒声を上げていたのだ。

 

「やあやあ、皆さんお揃いで。お久しぶりですね!」

 

 鬼気迫る彼女らと違い、クリスはのんきに挨拶をしている。それを見るルディアとブレモンドは、どこか諦めた顔をしていた。

 

「げ、元気そうね…」

 

「あ、うん。おっひさー!!」

 

「アンタ達も、挨拶返してんじゃないわよ!」

 

 あまりのクリスの緊張感の無さに、ノルンとアイシスが釣られて挨拶を返すが、先程怒鳴った少女から鋭いツッコミを入れられ、すぐさま顔を引き締める。

 

「悪いわね、みんな。私達は白夜王国を味方するわ」

 

 ルディアはクリスのペースに巻き込まれる前に、さっさと本題に入る。

 

「…本気なのですか? あなた達は不利であると分かっていて、白夜王国につくと? そう言いたいのですか?」

 

 ライルが、苦虫を噛み潰すような顔で尋ねる。それを、3人は頷いて返した。

 

「ふっ…、それがお前達の選びし運命というのなら、俺は止めはしない。魂の導きには、誰も逆らえず、手出しする事は許されないのだ……!」

 

「いやいやいや! そんな事言ってる場合じゃないって!? 僕らみんな幼なじみなのに、それが殺し合うなんて僕らの父さん母さんに顔向け出来ないよ!」

 

 アイボリー色の髪をした短髪の青年が、芝居かがったように話すが、それを灰色の髪で、前髪を横に流すような髪型の青年が血相を変えて反論する。

 

「ちっ…! グダグダと言い合いをしている場合ではないぞ!」

 

「え? ……あー!?」

 

 ミシェイルの示す方を見て、アイシスが大声を上げた。そこは上空を指しており、カミラの乗る飛竜が、スサノオを共に乗せて撤退していたからだ。

 

「スサノオ様だー!?」

 

「って、あれ? ルーナ、カミラ様が撤退してるって事は、君も戻らないといけないんじゃない?」

 

「うわ、ヤバ…! ラズワルド、オーディン! アンタ達もさっさとマークス様とレオン様の所に戻らないと、相棒に文句言われるわよ!」

 

 ルーナ達は少しのワガママを聞いてもらって、ここに来ていた。だが、そろそろ主君の元へと行かなければ、それぞれの相方に負担を掛けすぎてしまう。

 

「スサノオ様も共に撤退しているようですが、アマテラス様はどうしたのでしょうか…?」

 

 まだ、2人の決断を知らないため、ライルが疑問をそのまま口にするが、

 

「なら、私達のする事は決まってるよ! アマテラス様を助けに行こう! うーん、ピンチに颯爽と現れる天馬に乗った私…、うん! すごくヒーローだよね!」

 

 意気揚々と天馬の手綱を引くアイシスだったが、背後の違和感に気がつく。あまりにも、叫び声が大きく、そして多いのだ。

 

 その異変に、他のメンバーも振り向くと、

 

 

「あ、僕の考えた策が動き始めたみたいですね」

 

 

 大津波が、暗夜の軍勢を飲み込もうと迫るところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 川の上流にて───。

 

「サクラ様、それではお願いします」

 

「は、はいっ!」

 

 他のきょうだい達とは違い、戦列に加わる事のなかったサクラは、ユキムラと共に上流まで来ていたのだ。

 川の上流では膨大な量の水が長年を掛けてせき止められており、川の流れはダムから漏れ出した少量の水流により生まれたものだった。

 

「竜脈よ…大地をえぐれっ」

 

 溢れ出す竜脈の力により、ダムの一部分を破壊し、とある方向へとのみ流れ出すように調節する。

 

「いやはや、クリスさんもなかなかに目ざといですね。この貯水した川の水で暗夜軍を流してしまおうとは、良い策です」

 

「わ、私も、兄様達の力になれたでしょうか?」

 

 自信なく尋ねるサクラに、ユキムラは笑顔で答えた。

 

「ええ。これなら、リョウマ様達もお褒めになってくださるでしょう」

 

「それなら、良かったですっ…」

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと…これじゃ陣形が総崩れじゃないのよ!?」

 

 ルーナの叫びの通り、暗夜軍は死者こそ少ないが、ほとんどが水流によって流されてしまい、まともに闘える状況ではなかった。

 ルーナ達が水流に飲まれずに済んだのは、中央の島寄りだったから。もし、島の近くに来ていなかったら、巻き込まれていたのは確実だ。

 

「く…! マズいですね」

 

 ライルが眼鏡を光らせて、白夜側に目を向ける。白夜軍はこの好機を逃さないように、一斉に進軍を開始したのだ。

 

 彼らは、最初からこの策をあらかじめ知らされていた。だからこそ、こちらからは進軍せず、防戦の態勢を取っていたのだ。

 

「ひ、ひいぃぃぃ!!?? 白夜の軍勢が来るぅぅぅ!!??」

 

 弓を胸に抱えて怯えだすノルンが、一目散に退散する。それを見て、アイシスも焦ってノルンを追いかけ始めた。

 

「うわわ…! 僕らも急いでマークス様達のところに行かないと!!」

 

「くっ…、闇の力が疼く…。ふっ、命拾いをしたな…クリス、ルディア、ブレモンドよ。次に会った時こそ、我が真の力をお前達に見せてやろう! ……おい、待てよラズワルド! 置いてくなってー!」

 

 慌てて走り出すラズワルドをオーディンも追いかける。その様子を見て、溜め息を吐く残ったルーナ達だったが、すぐに切り替えると、

 

「もういいわ。アンタ達がそっちについたのは分かった。…ホントは了承しかねるんだけど。これじゃ暗夜軍は撤退せざるを得ないし、あたし達もここは退かせてもらう。だけど、次に会った時は覚えてなさいよ。力ずくでも、こっち側に引っ張ってやるんだから!」

 

 ルーナの言葉に、ミシェイルがルーナとライルをミネルヴァへと引き上げる。

 

「…おい、言っておくが、ミネルヴァは本来2人までしか乗せられないんだ。あまり暴れるなよ、ルーナ」

 

「な、なんであたしだけ名指しなのよー!?」

 

 騒ぐだけ騒ぐと、やかましさと共にミネルヴァが飛び去っていく。

 

 

「ここは私達の勝ち…ってとこかしら?」

 

「…結局、俺らは闘ってないけどな」

 

 去りゆく友の背を見送りながら、どこか哀愁感の漂うルディアとブレモンド。クリスは、そんな2人の肩に腕を回して笑う。

 

「良かったじゃないですか、殺し合わずに済んで。向こうも言っていましたが、今度会った時も僕らが勝って、力ずくでもこっち側に引きずり込みましょう!」

 

 遠くの方で、他の暗夜の王族達も撤退を始めるのが見え、背後では白夜王国の大きな勝ち鬨が上がっていた。

 

 白夜王国は、ひとまずの勝利を得たのであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 再会

 

 傷付いたヒノカ姉さんを腕に、私は暗夜軍が撤退していくのを眺めていた。

 この戦闘では勝ったが、何かすっきりとしない。言うならば、試合に勝って勝負に負けた、とでも言える気分なのだ。

 

「う…うぅ……スサノオ……ぐすっ」

 

 ヒノカ姉さんの嗚咽が、さっきからずっと私の耳に届いている。私は泣く姉さんの体をそっと抱き締め、宥めようした。

 いや、もしかしたらこれは、姉さんの為だけではなく、私の為でもあるのかもしれない。

 兄さんは、私達の目の前で暗夜へと行ってしまった。私の、私達の手は届かない。私達の手は、振り払われたのだ。

 

 今までずっと一緒に過ごしてきた私達。もう、私達の道が重なる事はないのだろうか。

 もう、闘う以外に道は残されていないというのか。

 

 姉さんを抱き締めながら、私は涙をこらえて、今やもう見えない兄を想っていた。

 

 

 

 

 

「姉様!」

 

 しばらくして、サクラがこちらへとやってきた。サクラはヒノカ姉さんの様子に気付くと、慌てて祓串を使用する。

 ヒノカ姉さんは泣き疲れて寝てしまっていたが、その傷はみるみるうちに癒えていき、傷は完全に消え去っていた。

 

「ありがとうございます、サクラさん」

 

「い、いえっ! 私にはこれくらいしか出来ませんから……」

 

 私はヒノカ姉さんをそっと地面に横たえると、立ち上がってサクラの頭を撫でてやる。

 サクラは、嬉しそうに私の手を受け入れて、顔をほんのり赤くしていた。

 どうやらこの子は、頭を撫でられるのが好きらしいのだ。

 

 赤い顔をしながら、サクラがある事を尋ねてくる。当然であろう問いを。

 

「あ、あのあの、スサノオ兄様は……?」

 

 その問いに、私は答えに詰まってしまう。そんな私の様子を見て、サクラも言わなくても分かってしまったのだろう。赤く染めていた頬はすぐに戻り、目には涙が浮かんでくる。

 

「そんな…せっかく、会えたのに……」

 

「サクラさん……」

 

 私は泣いた2人の姉妹を見て、ようやく現実を認められた。

 私は白夜を選んだ。さっきまでは自信を持ってこの選択が正しかったとは思えなかった。

 でも、もし私が暗夜を選んでいたら…?

 スサノオ兄さんを失うだけでなく、私まで失ってしまったら、ヒノカ姉さんやサクラは、一体どれほど涙を流したのだろう?

 スサノオ兄さんを取り戻せなかったのは辛い事実だが、私は白夜を選んで良かったのだと、やっと心から思う事が出来た。

 

 私は、暗夜の家族よりも、白夜の家族を選んだ。暗夜王ガロンの卑劣な行いを打ち砕くために、白夜王国につくと決めた。

 もう、迷いはしない。私は、私の正義を突き進む。

 

 でも、それでも……、

 

「マークス兄さん、カミラ姉さん、スサノオ兄さん、レオンさん、エリーゼさん…闘わなければならないのですか…。……私は…」

 

 

 

「ねえ、アマテラス」

 

 

 

 気がつけば、いつの間にかアクアが私の後ろに立っていた。私はその声に振り返り、アクアの顔が目に入ってくる。

 その顔は、悲しそうだった。

 

「…どうしても辛いのなら、闘わなくていいのよ。闘いは私やリョウマに任せて、戦乱から身を引く事を選んでも…」

 

 私の心情を気遣ってくれての言葉だろう。だけど、私はこの闘いから逃げる訳にはいかない。

 

「…いえ、そんな事は出来ません。辛い事から目を背け、耳を塞いでいても…状況は変わりませんから。私は闘います。アクアさんや…白夜王国の皆さんと、共に」

 

 私の決断に、アクアはそれでも悲しそうに、頷いて返した。

 

「…そう…」

 

「これでいいんです…。たとえどれだけ辛くても、この道の先が平和に繋がっていると、私はそう信じていますから」

 

 出来る限りの笑顔で、私はアクアに向けて微笑んだ。

 

「では、サクラさん」

 

「は、はいっ。…ぐしゅ」

 

 涙を拭って、サクラは静かに私の言葉を待っている。

 

「ヒノカ姉さんの天馬の傷も治してあげてくれませんか? 私も流石にヒノカ姉さんと天馬を抱えては戻れませんから」

 

 竜の力を使えばそうでもないが、それをいちいち言う必要もないだろう。それに、傷付いた天馬もいつまでもそのままでは可哀想だ。

 

「わ、分かりましたっ」

 

 パタパタと倒れる天馬へと駆け寄るサクラ。私はそれを見届けて、再び撤退していく暗夜軍に目を移す。

 もう、ほとんどが去ってしまって、見えるのは後続の兵達くらいだ。

 

 

「また、会いましょう…暗夜の、私の家族の皆さん。願わくば、それが戦場ではない事を……」

 

 

 スサノオ兄さん…いいえ。『当麻』兄さん…、私は…『光』は、決して諦めません。

 それが、今の私に出来る『私』への精一杯の手向けですから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、私は白夜の軍と共に帰還している。

 ヒノカ姉さんの天馬もすっかり元気で、今は起きたヒノカ姉さんを乗せて悠々と夕暮れの空を駆けていた。

 

「ん? こちらに誰かくるな…」

 

 と、リョウマ兄さんが、撤退したとはいえ暗夜軍に警戒しながらの帰還だったので、後ろを確認しながら何度目かに振り向いた時、こちらに向けて走ってくる存在に気がつく。

 

「あ…あれは…!」

 

 私もそれが誰であるかに気がつき、踵を返して走り出す。

 

「おい! アマテラス!」

 

 急に引き返す私に、リョウマ兄さんが声を掛けてくるが、私は止まらなかった。

 

 

「アマテラス様~!!」

 

 

「うぶ!?」

 

 私は途中で止まったのだが、突進してくるフェリシアに勢いよく抱き付かれ、押し倒される。

 

「おいバカ! アマテラス様を転ばせるとかアホか! メイドならメイドらしく慎ましくしろ」

 

「ああ!? す、すみませーん!」

 

 ガバッと起き上がると、フェリシアが私の手を取り起き上がらせてくれる。

 

「ジョーカーさん…フェリシアさん…どうしてここに? スサノオ兄さんはどうしたんですか?」

 

「スサノオ様からの命により、私達はあなたの下に参上したのでございます」

 

「はい! アマテラス様をお守りしますね! それから、アマテラス様のお世話もしますので、心配しないでくださいね?」

 

「いや、お前は家事が全滅なんだから、アマテラス様のお世話は俺がする」

 

「え~!? ひどいですよ!」

 

 この賑やかな雰囲気、正直懐かしくて嬉しくもあるのだが、肝心な部分が全然頭に入ってこない。

 これがフェリシア・クオリティというものなのだろうか。

 

「あの、何故スサノオ兄さんがあなた達を私の元に…?」

 

「はい。これから白夜王国で過ごすといっても、不慣れな環境に苦戦するでしょうから、私達にあなたの生活をフォローして欲しい、とスサノオ様から賜っております」

 

「あとですね~、アマテラス様をお守りしろとも言われていますよ」

 

「スサノオ兄さんが…そんな事を…?」

 

 違う道を選んでも、やっぱりスサノオ兄さんは昔と変わらず優しい。

 でも、この2人がこちらに来て、スサノオ兄さんはどうするのだろうか。

 

「ご心配なさらず」

 

 顔に出ていたのか、ジョーカーが私の懸念に答えた。

 

「スサノオ様にはまだフローラが居ますので、心配いりません。あいつ1人居れば、スサノオ様の身の回りの事は全く問題ないかと」

 

「はい~。姉さんは家事万能ですから、大丈夫です! って、スサノオ様も言ってました~!」

 

「そ、そうですか…」

 

 どうしてだろう? フェリシアが会話に加わると、何故か和んでしまう…。

 

 と、私が和んでいると、リリスがやってくる。そういえば、こちらでは会話が出来ないのを思い出す。

 

「リリスさん…? どうかしたのですか?」

 

 私の言葉に、こくこくと頷くリリス。それを見たフェリシアとジョーカーは目をパチクリさせて、

 

「リリス? 厩舎係のリリスの事ですか? まさか…この獣が?」

 

「はい。実はそうなんです」

 

「え~、アマテラス様ったらまたまた~。リリスさんは人ですよ?」

 

「そうです。このような獣であるはずが…」

 

「ええと、話せば長くなるのですが…」

 

 どう説明しようかと考えていると、見かねたリリスが異界の門を開く。

 突然の輝きに驚いた2人は、

 

「!? この光は一体…!?」

 

「これも話せば長くなるのですが…」

 

 やがて光は大きくなっていき、3人を完全に飲み込んだ。

 

 

「……………な」

 

 遠くからその様子を、ポカンとして見ていたリョウマだった。

 

 

 

 

 

 

 やがて3人を包む光が小さくなっていき、星界がその姿を露わにする。

 

「場所が変わりましたー!? アマテラス様、ここはどこなんですか?」

 

 驚きを隠せない2人は、キョロキョロと辺りを見渡している。

 その様子に私は、私とスサノオ兄さんが初めてここに来た時の事を思い出していた。

 

《詳しくは私からお話しします。実は…》

 

 そうして、リリスから事の顛末がフェリシアとジョーカーに語られ始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくしてリリスの説明が終わり、なんとなくではあるが、ようやく納得したフェリシアとジョーカー。

 

「…なるほど。ではこの地は、異界という事なのですね」

 

「ふわぁ…綺麗なお花がたくさん咲いた木がいくつも生えてますよ~!」

 

 ジョーカーは話をまとめようとしているが、フェリシアは呑気にお花見気分となっていた。

 多分理解出来ているとは思うが…ここはフェリシアを信じよう、うん。

 

《アマテラス様。これからアマテラス様と仲間の皆様はご自身が定めた道を歩まれます。そこで私も、何かアマテラス様の力になりたいのです。…出来れば、スサノオ様とお2人一緒にお仕えしたかったのですが、それは出来ない事…》

 

「リリスさん…すみません」

 

《いえ、いいのです。私も、スサノオ様に託されたのです。アマテラス様の力になるように、と。それに、スサノオ様には私の力の一部を差し上げて参りましたので、アマテラス様がお気に病まれる事はありませんよう、お願いします》

 

「…本当に、私は良い兄と、良い臣下を持ったものですね」

 

 少し滲んだ涙を指で拭うと、私はすぐに笑顔に戻る。こんなにいい従者達を心配させる訳にはいかないから。

 

《アマテラス様。この異界を自由にお使いください。休息や戦いの準備が安全に出来ます》

 

「ありがとうございます、リリスさん」

 

《それから、これは大切な事なので覚えておいてください。この異界は竜脈の力に満ちています。アマテラス様が望めば、建物をお好きに建てる事も出来ましょう。お仲間の方々もこれからこの城で過ごす事もあるのでしたら、皆さんのお部屋や憩いの場など、必要になってくるでしょう。それは、アマテラス様にご用意して頂きたいのです》

 

「そうですね。では早速フェリシアさんとジョーカーさんのお家を作りましょうか」

 

 

 なんというか、遊び感覚で建物を作り始める私なのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 虚ろな悼み

 

 私はフェリシアとジョーカーの家を建てると、2人を連れて外へと出る。

 光をくぐった先では、リョウマ兄さん達が必死な顔をして、私を探しているようだった。

 

「!! アマテラス!」

 

 光と共に現れた私達に、一瞬驚いたらしかったリョウマ兄さんだが、すぐに安堵した表情で私に向かって駆けてくる。

 

「すみません、リョウマ兄さん。黙って消えたりして」

 

「まったくだ。お前が暗夜の者にまたさらわれたと思って肝が冷えたぞ」

 

 腕を組んでため息を吐くリョウマ兄さんに、私は苦笑いを浮かべて頬を掻く。

 私が見つかった事がよほど嬉しかったのか、天馬に乗って探し回っていたらしいヒノカ姉さんが、天馬に乗ったままこちらに突っ込んで来て…、

 

「って!? ちょ、ちょっと待ってくださいヒノカ姉さん!? 天馬ごと来られると私潰れちゃいます!?」

 

 慌てて両手を前に出してわたわたする私に、ヒノカ姉さんはギリギリで天馬からジャンプしたかと思うと、私に向かって勢いよく飛び込んできた。

 

「ぎにゃ!?」

 

「アマテラス! 心配したんだぞ!! スサノオを失って、その上お前まで居なくなってしまったら、私は……。うう…良かった、無事に見つかって……」

 

 飛び込んできたヒノカ姉さんを受け止める形で押し倒された私は、すがるような姉さんの抱きつきによって、体がガッチリと完全にホールドされてしまっていた。

 

 タクミやサクラ、アクア達もこちらにやってきて、ヒノカ姉さんの珍しい姿に目を丸くしていた。

 

「…驚いたわ。ヒノカも、こんな風に女の子らしいところがあったのね」

 

「ア、アクア姉様…ヒノカ姉様だって女の子ですから、おかしくない…と思いますっ…」

 

「なんでそこで自信なく尻すぼみになっていくんだよ…」

 

 三者三様の様子に、私は少しおかしくて笑ってしまう。…締め付けが苦しいが。

 

「さて、アマテラス。聞きたい事は色々とある。この2人は誰なのか。さっきの光は何なのか。今まで何処に居たのか…などな」

 

 フェリシア達を見ながら言うリョウマ兄さん。そして私は、もはやおなじみになるのではないかと思いながら、あのセリフを口にした。

 

「えっと…話せば長くなるのですが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェリシア達にした説明にプラスアルファ(フェリシアとジョーカーについて)もあったので、本当に話が少し長くなってしまったが、それでもリョウマ兄さん達はしっかりと耳を傾けてくれていた。

 

「…なるほどな。星竜か…話に聞いた事はある。確か、もう残っていないと聞いていたが、生き残りがいたとはな」

 

 私の呼びかけに応じて出てきていたリリスをマジマジ見つめながら言うリョウマ兄さんに、リリスは少し居心地が悪そうで、ヒラヒラとしたその尻尾をせわしなく左右に揺らしていた。

 

「…本当に信用していいの? アマテラス…姉さんの臣下って事は、この2人も暗夜の人間なんだよ? 僕は信用出来ないね」

 

 タクミの不躾な物言いに、ジョーカーはどこ吹く風と動じないが、フェリシアはアワアワと私に不安そうに視線を送ってくる。少々かわいそうだったので、ここは助け船を出しておくのが良いだろう。

 

「2人は疑われるのが分かっているのに、私の元へと来てくれたんです。下手をすれば、そのまま捕まって、あまつさえ処刑されてしまうかもしれないというのに、命の危険を顧みずに私に仕えるために来てくれた…。私はこの2人を強く信頼しています。2人の事がどうしても信用出来ないというのなら、それは私も信用されていないのと同じ…」

 

「アマテラス様…ズズッ」

 

 フェリシアが涙目になって、両手を組んで嬉しそうに視線を送ってくる。ジョーカーも、両目を瞑って笑顔を浮かべていた。

 

「今更疑うものか。お前はスサノオと闘ってまで止めようとしたんだ。そんなお前を信用出来ないで、兄を名乗れはしないからな。そこの2人に関しても同じだ。アマテラスが心の底から信頼している、彼らを信用するのはそれだけで事足りる。それに、アマテラスとは付き合いも長いようだし、特に心配はいらんだろう」

 

「…兄さんが言うなら、僕も仕方ないけど認めてやるよ。だけど、信用したって訳じゃないからね」

 

 見るからに不満そうなタクミだが、とりあえずは納得してくれたらしかった。ぷいっとそっぽを向くと、タクミはそのまま歩き去ってしまう。

 それを見て、リョウマ兄さんは呆れるようにため息を吐いた。

 

「タクミの事は…まあ、大目に見てやってくれ。あいつもまだ精神的に未熟なんだ。とにかく、これからよろしく頼む。フェリシアにジョーカー…で良かったか?」

 

「は、はい! 精一杯頑張ります!」

 

「ええ。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 深々と頭を下げるフェリシアとジョーカー。それを見て、リョウマ兄さん達は穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれが様々な想いを胸に抱え、王城へと帰ってきた。その頃にはもうすっかり日も暮れ、空には星空が広がっていた。

 

「リョウマ様、至急お耳に入れたい事が御座います…」

 

 帰って来るなり、ユキムラが深刻そうな顔をしてリョウマ兄さんに話しかけていた。それが気になった私達は、何かあったのかと心配して、その様子を見守っていると、

 

「何? …どういう事だ」

 

 ユキムラの話を聞き終えると、眉間にしわを寄せ、険しい顔になって考え込むリョウマ兄さん。その尋常ではない様子に、サクラがおどおどと兄に尋ねた。

 

「あ、あのっ、リョウマ兄様…何かあったのですか?」

 

 妹の心配する声に、リョウマ兄さんは言うか言うまいかを決めかねているようで、少しして何かを決心したように、その重い口を開いた。

 

「…今、報告があった。母上の亡骸が……消失した、と」

 

「なっ…!?」

 

 その衝撃の内容に、私達はひどく驚いてしまう。母の死さえ悼む事が許されないなんて、悲しすぎる。

 

「兄様…母様の遺体が消失した、とは一体どういう事だろうか…。まさか、これも暗夜王国の仕業なのか…?」

 

 ヒノカ姉さんが拳をギュッと固く結び、怒りに震えているのが分かった。

 父は、いや、暗夜王ガロンはどこまで卑劣なのだろうかと、嫌でも思ってしまう。私とスサノオ兄さんを巻き込んでまでして母を殺し、その上、母の亡骸までどこかへとやってしまうなんて、もはや人間のする事とは思えない。心通った人間のする事とは、到底思えなかった。

 それこそ、悪魔のような所行と言える。

 

「まだ断定は出来んが、恐らくそうだろう。死体でノスフェラトゥを作るような国だ。母上の亡骸も、何かに利用しようとしているに違いない。どこまで卑劣な行いをすれば気が済むのだ…暗夜王国め…!!」

 

 リョウマ兄さんが怒りを隠そうともせず、暗夜への憎しみの言葉を吐き捨てる。

 

「…母様を弔う事も出来ないなんて…そんなの、あんまりですっ……」

 

「くそ、暗夜王国め…!! 絶対に奴らを倒してやる…この母上から受け継いだ風神弓に懸けて…!」

 

「スサノオをさらうだけでは飽きたらず、母様の遺体まで奪うなど、許せない…! 必ず、どちらも取り戻してみせる!」

 

 きょうだい達はそれぞれ悲しみ、そして怒り、暗夜への憎しみを募らせていくが、そんな中アクアだけは何も言わず、何かを考え込んでいるようだった。

 

「あの…アクアさん、何か気になる事でも…?」

 

 私の呼びかけにハッとすると、

 

「いいえ、何でもないわ」

 

 作ったのが分かる笑顔で、問題ないと答えたのだった。

 

 

 

 そして、その翌日。

 亡き白夜王国女王の葬儀は、本来なら国を上げて執り行われるはずだったが、民にも甚大な被害が出ていたため、出席出来る者のみと限られたものとなった。

 遺体が無い事は公表せず、そしてそれは無闇に民を不安にさせないためでもあった。

 

「……」

 

 あんなに被害が出たというのに、お母様の葬儀には多くの民が参列していた。これが平時であれば、もっとたくさんの、いや、国中の白夜の民が来ていたに違いない。

 私は、葬儀を見守る中で、アクアの姿が見当たらない事に気がついた。

 

(アクアさん…?)

 

 他のきょうだい達は一番目立つ所に居るので、当然そこに居たものと思っていたが、どうやらアクアはそこには居ないらしく、一体どこに行ったのか分からない。

 私は、まだ白夜王国の第二王女としての顔見せが不完全だった事もあり、私を知らない民達がいる手前、兄さん達と並んであの場に立つことは断った。

 

 だから、私は比較的この葬儀を抜け出してアクアを探しに行きやすかったのだ。

 

 私は異例中の異例だらけの葬儀を抜け、アクアを探し回った。壊れた街並み、葬儀の行われている城にも、どこにもアクアの姿はなく、途方に暮れかけた時、私はある場所を思い出した。

 

 アクアと初めて会ったあの湖。

 

 なんとなく、アクアはそこに居るような気がして、私はすぐにそこに向かって歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

「…アクアさん」

 

 湖までやってくると、思った通りアクアはそこにいた。

 初めて会った時の桟橋の上で、水面をジッと眺めていた。後ろからはその表情まで見えないが、どことなく悲しい雰囲気を纏っているような気がする。

 

「…アマテラス。どうしたの? まだ葬儀は終わってないのでしょう…戻りなさい」

 

「いいえ、戻りません。戻るなら、あなたと一緒にです」

 

 私の言葉に、何を言っても無駄だと判断したのか、アクアは振り返って手招きしてきた。私はその誘いに乗り、アクアの隣まで来ると、2人して桟橋に腰掛ける。

 足に水の冷たい感覚がする。

 

「…ねえ、アマテラス。私はミコト女王にとても良くしてもらったわ」

 

「はい…」

 

「あの人は、自分の事を母親だと思って欲しいと言って、そして私にも他のきょうだい達と同じくらい愛情を注いでくれた…」

 

「…はい」

 

「もしかしたら、暗夜にさらわれたあなた達の代わりだったのかもしれない。でも、それでもミコトは私を娘として愛してくれたの」

 

 語るアクアの横顔を見ながら、私は相槌を打って静かに耳を傾ける。今にも消えてしまいそうなアクアから、注意を離さないように。

 

「…ミコトの遺体が無い葬儀なんて、私には意味がない…。ねえ、あなたは本当に暗夜王国が遺体を持ち去ったのだと思う?」

 

「…分かりません。ただ、暗夜王国はノスフェラトゥのように死者さえも利用します。だから、可能性は高いとも思っています」

 

「…あの時、私達を襲った姿の見えない怪物も、暗夜の差し金だと思う?」

 

 段々とアクアの言いたい事が分からなくなってきた私は、率直に聞いた。

 

「何が言いたいのですか」

 

「………、もし暗夜以外に敵が居るとしたら、あなたは信じる…?」

 

「それは、どういう…?」

 

 もはやチンプンカンプンな私に、アクアは歯切れが悪そうに返してくる。

 

「…いいえ。やっぱり何でもないわ。今のは忘れて」

 

 それっきり、アクアは再び黙り込み、水面に足を漂わせていた。

 そして一抹の不安を胸に、私はアクアと共に揺らぐ水面を見つめていた。

 今や遠く離れてしまった暗夜のきょうだい達に、スサノオ兄さんに想いを馳せて…。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 にじの賢者

※タイトルは正常です


 

 ミコトの葬儀から翌日、私達はこれからどう動いていくのかを見極めなければならなくなっていた。

 

 暗夜王国との戦火は既に上がり、今や小さな小競り合いもとっくにいくつか発生していた。

 それは小隊同士のぶつかり合いが主だが、いずれは兵を統率する力のある者も戦場へと出てくるはずだ。

 それこそ、マークス兄さん達のような将軍クラスの戦士が…。

 

 だからこそ、私達が今求めるべきなのは、『個々の強さ』。白夜と暗夜の軍同士には数の差はあれど、練度に大きな差はない。それを埋めるためには、兵の統率力に優れた者の成長が必要なのだ。

 

 だが、現状で私達白夜王国に、マークス兄さんと対等に渡り合えるのはリョウマ兄さんだけ。それに、カミラ姉さんやレオンといった暗夜の強き王族達に、今のヒノカ姉さんとタクミでは勝てる見込みはない。

 それを、2日前の白夜平原での戦いで思い知らされたのだから。

 

 そして、スサノオ兄さん…。スサノオ兄さんが、あのまま終わる訳がない。正直、私もあの闘いで勝てたのは運が良かっただけだと分かっている。

 兄さんが負けたのは、まだ力の制御が出来ていなかったから。それに、私を殺さない為には手加減するしか無かったはず。次に会った時、きっとスサノオ兄さんは私の想像以上に強くなっているに違いない。

 

 だから、私は、私達は強くならなければならない。

 

 

 現在、私達はリョウマ兄さんから呼び出され、王の間へと集まっていた。

 他のきょうだいも全員いるが、やはり目に見えて落ち込んでいるようだった。

 

 そんな中、リョウマ兄さんは険しい顔つきで、場の全員に向けて大声で喝を入れた。

 

「いつまでもへこたれるな! 辛いのは皆同じ。だが、それ以前に俺達は白夜の王族だ! 民を守る俺達王族がこんな様では、民に示しがつかんだろう!」

 

 長兄からの叱咤を受けて皆、顔は明るくはないが、前向きなものへと変わった。やはり、リョウマ兄さんは頼りになる。

 

「…すまない、兄様。私達がいつまでもこれでは、亡くなった母様にも申し訳ないからな。私も、気を引き締める」

 

「それで、リョウマは話があって私達をここに呼んだのでしょう?」

 

 アクアがきょうだい達の気持ちが切り替わったのを見計らって、リョウマ兄さんへと切り出した。

 それに、リョウマ兄さんも頷き、

 

「その通りだ。俺達は今、かなりマズい状態にある。今までは母上の結界のおかげで大規模な戦闘には発展しなかったが、今は違う。これから先、暗夜王国の攻勢が更に勢いを増していくのは確実だ」

 

「なら、僕らから打って出るのは?」

 

 タクミの提案に、リョウマは首を振って返す。

 

「いや、それは出来ん。我ら白夜の兵は屈強で、暗夜にも劣らんが、いかんせん数の差が大きすぎる。こちらから仕掛けて、無闇に兵の命を散らせる訳にはいかない」

 

「な、ならっ、私達はどうすれば…」

 

 不安そうなサクラの声に、その場のリョウマ兄さんを除いた全員が再び暗くなりかけるが、リョウマ兄さんの言葉がそれを止めた。

 

「兵力差が埋められんというのなら、俺達はそれを率いる者達の力の底上げをすればいい」

 

「それはつまり、兵を率いる私達自身が強くなる、という事で良いのだろうか、兄様?」

 

「そういう事だ。俺達が力を付ければ、それだけ敵を倒す数も増える。それはつまり、それだけ白夜の兵が傷つく可能性も減らせるという訳だ」

 

「ねえ…、リョウマは簡単に言うけど、それは簡単な事ではないわ。現に、幼い頃から修練を積んできたヒノカだって、暗夜王国のカミラ王女には適わなかった」

 

 アクアの言葉はどストレートなもので、ヒノカ姉さんも敗北というこの上ない屈辱を思い出し、口をキュッと固く結んで震えていた。

 

「…悔しいが、アクアの言う通りだ。人間は短い期間でそう簡単に強くはなれない。兄様には悪いが、それは夢絵空事と同じ。人は努力無くして進歩はしない。そして、それにはそれ相応の時間も必要になる」

 

「でも、今の僕らにはそう悠長に構えてる時間なんて無いよ」

 

 ヒノカ姉さんとタクミの言葉は何も間違いなどない。むしろ正論だ。だというのに、リョウマ兄さんは2人の意見を前に、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「リョウマ兄さん、もしかして…何か方法を知っているのですか? 私達が短期間で強くなれるような、方法を…」

 

「ほう…なかなか鋭いな、アマテラス。ああ、その通り、俺には心当たりがある」

 

 そう言って、リョウマ兄さんは手を叩き、パンパンと大きな音を鳴らすと、

 

「…これに」

 

 どこかで見たような気のする女性が、何もない所からいきなり現れた。

 

「カゲロウ、地図を広げてやってくれ」

 

「御意」

 

 リョウマ兄さんが指示を出すと、カゲロウと呼ばれた女性が、その豊満な胸元に手を突っ込み、そこから幾重にも折り畳まれた紙を取り出した。

 

「…カゲロウ、頼むからその仕舞い方は止めてくれ。目に悪い」

 

「これは失礼を。しかし、私もこれで慣れてしまっており、こちらの方が何かと便利なのですが…」

 

「…頼む。妹達に悪い影響が出かねんからな…」

 

 王女達を上げられては、カゲロウも流石に断れないようで、態度を改めた。

 

「それは私としても不本意、このカゲロウ、しかと肝に銘じましょう」

 

 ようやく聞いてくれた事に、リョウマは一息付いて地図を広げさせる。カゲロウが地図を広げる様子を、悔しそうに見つめるヒノカ姉さんはスルー(触らぬ神に祟り無し故に)して、私はリョウマ兄さんにさっきの続きを尋ねる。

 

「地図…という事は、国外にそのような魔法みたいな所があるのですか?」

 

 広げ終えられた地図を、私達は取り囲むようにして眺める。そして、リョウマ兄さんが地図の上に指を置いて説明を始めた。

 

「いいか、ここが俺達白夜王国の城。ここから南西に行き、フウマ公国を過ぎると、港町に出る。そこから更に西へと行くとミューズ公国がある訳だが…」

 

 リョウマ兄さんの指が途中で止まる。そこには、大きめの島があった。

 

「それまでの間に、ノートルディア公国がある。噂では、この国に『虹の賢者』と呼ばれる方が居て、訪れた者に試練を与え、見事乗り越えた者は力を手にすると言われている」

 

「虹の…賢者…?」

 

「ああ。そこでアマテラス、お前には隊長格を率いてノートルディア公国に行ってもらいたい」

 

 その言葉に、私は驚きのあまり、「うぇ…?」などと間抜けな声を出してしまう。

 そして、私が『率いる』という点に当然の如くタクミが反論をした。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!? どうしてアマテラス…姉さんなんだ!? それなら、僕やヒノカ姉さんでも…」

 

「いや、私も兄様に賛成だ。アマテラスはまだ帰ってきて日が浅いとはいえ、立派に白夜の王女。皆にそれを認めさせる上でも、アマテラスにはこれを成し遂げてもらいたいと私も思う」

 

「ヒノカ姉さんまで…、分かったよ。兄さんと姉さんが推すんだ、僕はもう文句は言わない。その代わり、成し遂げられなかった時は、今度こそ僕はアマテラス…姉さんを姉とは認めないからね」

 

 言うだけ言って、タクミは再び視線を地図へと戻す。それを見て、リョウマ兄さんとヒノカ姉さんは額に手を付いてため息を吐くのだった。

 

「ねえ、リョウマの言い分は分かったのだけど、それだとアマテラスがみんなを連れて出ている間、ここの守りはどうするの? それに、暗夜が攻めて来ないとも限らないわ」

 

 アクアはみんなから一歩離れた辺りで地図を見ていた。だからこそ、別の論点も見えていた。

 しかし、それはアクアに限った話ではない。

 

「それなら問題ない。城には俺が残る」

 

「で、でもっ、リョウマ兄様1人でなんて、いくらなんでも無茶ですっ…!」

 

「誰が1人と言った?」

 

 サクラの叫びに、得意気に返すリョウマ兄さんの視線が私達から離れ、王の間の入り口へと向けられる。

 私達もそれを追って入り口に目を向けると、

 

「やあやあ、皆さんやっと僕らに気付いてくれましたね!」

 

 ボロボロのコートを羽織った黒髪の少年と、暗夜の重騎士が着るような重厚な鎧に身を包んだ、これまた黒髪の女性、そして見るからに盗賊のようないかつい顔つきをした、クリーム色の若干リーゼント頭の男性が、そこに立っていた。

 

「彼らは…?」

 

「ん? アマテラスはまだ会っていなかったか。真ん中がクリスで、左がルディア、それであの山賊のような男がブレモンドだ」

 

「アあン!? 誰が山賊だオラ!! 俺はれっきとした神父様だってんだよ!!」

 

 リョウマ兄さんの珍しいボケに、盗賊っぽい人が盗賊っぽく怒りながら自分は神父だと怒鳴っていた。

 神父は、そんな風に怒鳴らないと思う。

 

「うるさいわよ、ブレモンド。とにかく、あなた達の留守はリョウマ様と私達で預かるから、気兼ねなく行ってきてもいいわよ」

 

「あはは! 心配しないで下さい。これでも僕、立派な軍師を目指してまして、白夜平原での洪水は僕が考えたんですよ!」

 

 そういえば、スサノオ兄さんが退却して少しした後、洪水が暗夜の陣地を襲っていたのを思い出した。

 

「あなたが、あれを…?」

 

「そうです。白夜王国の守りは僕とユキムラさんで策を張りますから、保っている間に帰ってきてくださいね?」

 

「だ・か・ら! 心配させるような事を言わない! このバカクリス!」

 

 ゴツンとルディアのゲンコツがクリスの頭に落とされる。クリスは頭を押さえながら、「イタタ」と笑みを浮かべていた。どうやら本気のゲンコツでは無かったらしい。

 

「という訳だ。だから俺の事は気にするな、アマテラス」

 

 まだ少し不安は残るが、いつまでもウジウジしていては、リョウマ兄さん達に申し訳ない。

 私は気持ちを固めると、真っ直ぐリョウマ兄さんの目を見て答える。

 

「分かりました。ノートルディア公国への遠征、その隊長の任、喜んで承ります」

 

「ああ、よく言った。それでこそ我が妹だ」

 

 とても誇らしげに、リョウマ兄さんは笑みを浮かべながら私の頭を撫でてくれた。

 なんだか、懐かしさを覚える暖かさを、胸の内に感じたような気がしたのだった。

 

 

 

 話はまとまり、城を発つのは翌日という事に決まり、各自遠征の準備の為に解散していったが、私はクリス達に呼び止められていた。

 

「何かご用ですか?」

 

 クリスはどことなく申し訳なさそうに、またはばつが悪そうに、口を開く。

 

「実は、ですね…スサノオ様の背を押してしまったのは、僕かもしれなくて…」

 

「え?」

 

「ある夜の日に、スサノオ様が1人夜空を眺めていた事があったのよ」

 

「確かその日は……アマテラス様はミコト様と一緒に寝てた日だったっけか?」

 

 私が、お母様と布団を並べて一緒に寝た…あの日…。

 私が白夜に帰ると決める一因にもなった、あの日…?

 

「スサノオ様、何かに悩んでいるようでして…僕がアドバイスをしちゃったんです…。多分、白夜か暗夜か…どちらに戻るべきなのかを悩んでいたんだと思います。でも、僕が余計な事を言ったばっかりに……!」

 

 クリスは言って、急に膝をつくと、頭と手を地面について謝罪してくる。

 

「本当に、すみませんでした!! 謝っても、許してもらえないとは分かっていますが……」

 

 土下座の姿勢をとるクリスとは別に、私は全然違う事を考えていた。

 

 スサノオ兄さんは、あの日…私と同じ日に、自分が進む道を決めたのかもしれない。

 そう思うと、つくづく不思議なものだ。やっぱり、私達は双子なんだ。考え方も性格も見た目も、性別だって違うけど、どこか通じるものがある。

 私達の間には、奇妙なつながりが、確かにあるのだ。

 

「いいんですよ、クリスさん。多分、あなたの助言が無くてもスサノオ兄さんは暗夜に戻っていたと思います。だから、あなたは別に悪くないんです」

 

 その場にかがみ込み、クリスを立ち上がらせる。彼が私に頭を下げる必要は、私には感じられないから。

 

「…でも」

 

「まったく…王女様が許すって言ってんだから、ウジウジしてないで受け入れなさいよね」

 

 ルディアの平手打ちが、クリスの背中に思い切り叩きつけられ、その反動でクリスは若干飛び上がっていた。

 

「うお…相変わらずえげつねぇ…」

 

 ブレモンドもまた、若干縮こまっていた。

 

「いったー!? ルディアさんけっこう力強いんですから、加減して下さいよ!?」

 

「意気地なしにはちょうど良い薬でしょ?」

 

 ルディアはいたずらな笑みを浮かべながら微笑んでみせる。それを見て、クリスは踏ん切りがついたのか、軽く息を吐くと私に視線を向けた。その目には、もう後悔は見えない。

 

「…アマテラス様がそう仰ってるんです。僕がいつまでもうなだれてちゃダメですよね。…分かりました! もう引きずるのは止めにします!」

 

 ようやく明るい笑顔に戻ったクリスに、私も釣られて自然と笑っていた。

 

「ところで、アマテラス様に言う事が他にもあったんじゃないの?」

 

「あっ、そうでした!」

 

 ポンと手を叩くクリスに、私が疑問に思っていると、

 

「アマテラス様、『虹の賢者』について、他にも噂があるんですよ」

 

「他にも…?」

 

「ああ。俺らが旅をしてる間に仕入れたんだが、ノートルディア公国にいる虹の賢者の他に、もう1人、『にじの大賢者』っていうのがいるらしい」

 

「『にじの大賢者』…ですか?」

 

 聞いた感じでは、後者の方がすごそうな感じではあるのだが…。

 

「その『にじの大賢者』様とは、一体どこにいらっしゃるのですか?」

 

「それが…大賢者の方は、つい最近広まった噂らしくて、情報がはっきりしないのよね…」

 

「噂では、シュヴァリエ公国、ミューズ公国、イズモ公国ってな感じで、どこに居るかも定まってねぇ」

 

「ですが、恐らくどこかの国に居るというのは間違いないでしょう。情報ではどれも国が出てきますから」

 

「そうですか…。一応、覚えておきますね。もしそれらの国に行った時、探すのに役に立つかもしれませんから」

 

 私は礼を言って、自分も準備の為にその場を後にした。

 次の目的地はノートルディア公国。そこで私達は本当に力を得る事が出来るのか、期待と不安を胸に、私はなかなか眠れぬ夜を明かしたのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 白夜王国の愉快な仲間達

 

 眠れぬ夜を過ごし、次の日の朝。私は期待や希望、不安や緊張といった、様々な想いを胸に抱えて白夜王国の門前へとやってきていた。

 

「…見た事のない方達がたくさんいますね」

 

 門前には既にチラホラと今回の遠征に参加するメンバーが集まっていたが、まだ全員という訳ではなさそうだ。

 

「おはようございます、アマテラス様」

 

「あ、アマテラス様、お荷物お持ちいたしますね」

 

 先に来て遠征メンバーの確認と点呼に務めていたジョーカーとフェリシアが、私が来たのに気付くと近寄ってくる。私はフェリシアに礼を言って、抱えていた荷物を手渡した。

 

「あれ? アマテラス様、ずいぶん軽いですけど、何が入ってるんですか~?」

 

 と、フェリシアが受け取った荷物を胸の前に持ってきて、不思議そうに尋ねてくる。

 

「……そのぅ、着替えを数枚と……おやつを…」

 

 なんだか気恥ずかしくて、声を小さくして言ってしまう。フェリシアも中身とその軽さの理由が一致し、納得したように「そうだったんですね~」と、のんきに返してきた。

 

「………」

 

 ジョーカーだけは、優しい笑みを浮かべて、こくこくと私に対して頷いていた。が、かえって私は余計に恥ずかしくなってしまったのだった。

 

 

「ね、姉様っ」

 

 私が赤面して俯いていると、サクラがこちらに向かいながら声を掛けてきた。見ると、その後ろには2人の男女が付き従っていて、おそらくサクラの臣下であろう事が予想出来る。

 

「…サクラさん。見ないで下さい、このミジメな姉の姿を……。今から遠征に行くというのに、城を出る時に女中さんから渡されるおやつを断りきれなくて、荷物が遠征ではなく遠足レベルになってしまう私なんて……王族として恥ずかしいですから」

 

「い、いえっ! 姉様は恥ずかしくなんかないですっ! わ、私も! その、…お菓子を荷物に入れてますから…」

 

 サクラもまた、私同様に顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに叫びを上げた。

 

「サクラさん…っ! 私達、やっぱり姉妹なんですね……嬉しいです」

 

「姉様……っ!」

 

 ガシッと熱い抱擁を交わす私達。その様子を、周りは呆れ半ばに眺めていた。タクミに至っては、自身も恥ずかしそうにしていた程だ。

 後日聞いた話では、

 

「仮にも僕の姉と妹がバカみたいな内容で歓喜して抱き合っていて、それを見せられる上に、他の皆に見られてる僕の気持ちも分かって欲しいね…」

 

 と、ヒノカ姉さんに語っていたらしいが、それはまた別の機会に。

 

 

 ひとしきり抱きしめ合った私達は、ゆっくりと抱擁を解くと、私はサクラの頭をいつものように優しく撫でる。

 

「私は優しい妹を持てて、幸せ者ですね」

 

「えへへ…」

 

 照れくさそうにサクラがはにかむ。その様を見て、何故か私の心は癒されていた。

 

「あのー、もういいのかなー?」

 

 間延びした声で掛けられる男の声に、私はサクラの後ろに臣下が居た事を思い出した。

 声を掛けてきた男性は、小豆色の長い髪を後ろで一つに纏め、軽そうな甲冑を身に着けている。そして、その顔はいわゆる『イケメン』だった。

 

「あ、すみません。えっと、初めまして…ですよね?」

 

「そうですよー。それでは改めまして、俺はツバキって言います。サクラ様の臣下をさせてもらってるんですよー」

 

 爽やかな笑顔を浮かべて自己紹介をするツバキ。そしてその隣では、同じく甲冑を着て、グレーがかったウェーブの長い髪を無造作に垂らした少女が、不機嫌そうにしている。

 

「ほーら、カザハナも、自己紹介しなよー?」

 

「…はいはい。あたし、カザハナっていいます。サクラ様の臣下で、一番の理解者です。これからよろしくお願いします」

 

 言って、ぷいっと顔を背けてしまうカザハナ。それを見て「あははー」と苦笑いするツバキ。

 

「よ、よろしくお願いしますね。2人共…」

 

 何かマズい事をしたのかと思い返そうとする私だったが、そんな余裕は与えてもらえなかった。

 タクミの方から、臣下であろう2人がこちらに歩いてくるのが分かる。

 こちらもまた、男女の2人組で、男の方はツバキよりも少しごつめの甲冑を纏い、長いのだろうか茶色がかった黒髪を後ろで束ねている。

 女の方は、同じく甲冑を身に着けており、長い紫の髪は後ろで束ねられ、ポニーテールで、なんとなくタクミの髪型に似ている。

 そして、その顔は、

 

「ひっ…! ま、魔王のような顔の女性が、近付いて来ますけど……!?」

 

 思わずツバキに尋ねると、ツバキはまたも苦笑いを浮かべ、

 

「あー、あれはねー、バカそうな男の方がヒナタでー、魔王みたいに怖い顔してるのがオボロだよー。オボロはたまーに、あんな怖い顔になるんだけど、普段はかわいい顔してるよー?」

 

「そ、そうですか……」

 

 どうしても、ツバキの言葉に同意出来ずにいる私だったが、時間は待ってはくれない。そして、魔王(仮)も待ってはくれない。

 スタスタと2人は私の目の前まで来ると、

 

「おう! 俺ヒナタってんだ! アマテラス様はタクミ様の姉ちゃんなんだってな。主君の姉ちゃんなら、俺達にとっても仕えるべき相手って事だよな! つー訳で、これからよろしくな!」

 

 なんとも軽く、そして明るく元気な挨拶だろうと思う。でも、隣の魔王の所為で全然気分が明るくなれない。

 私は意図せずひくひくと口の端を動かせていたようで、魔王…オボロが溜め息を吐いて口を開いた。

 …余談だが、この時それを見た私は魔王の吐息のように感じたとは、口が裂けても本人には言えない。

 

「どうも、オボロと申します。タクミ様の臣下としてこのバカと共にお仕えさせて頂いております。ですが、この遠征の隊長はアマテラス様と伺っておりますので、何なりとお申し付け下さいね。可能な限りで従いますので」

 

 丁寧な口調と声音とは裏腹に、オボロの顔は魔王のような形相のままで、ひどく違和感を感じずにはいられない。

 

「は、はい。よ、よろしく、お願いします…」

 

 挨拶を終えると、2人はすぐにタクミの元へと戻っていく。それを見ていて、タクミと一瞬目が合ったが、すぐに顔を逸らされてしまう。

 

「……早く認めてもらいたいものですね」

 

 弟の素っ気ない態度に、私は寂しさを覚えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくするが、一向にメンバーが全員揃わない。

 今のところ、まだ来ていないのはリンカ、ヒノカ姉さんとその臣下の人達。そして、お母様付きだった臣下の人達だ。

 ちなみに、アクアはスズカゼ、サイゾウ、カゲロウの忍者3人組と共にやってきたが、その長い髪には何カ所にも渡って寝癖が付いていた。

 

「アクア様…もう少し早く起きて頂かないと、支度に時間が掛かる事を考えれば、確実に間に合いませんよ」

 

「…ごめんなさい。ちょっと寝付けなくて…」

 

「…昨日、夜遅くに湖に行くアクア様を見かけたがな」

 

「私もそれは見たな。まあ、アクア様が1人で湖に行かれるのはいつもの事だが」

 

 という会話が聞こえてきたので、アクアは案外朝に弱いらしい。というより、夜更かしが原因なのではとも思えないでもないが…。

 

「ねえ、アマテラス」

 

 一連の会話を思い出している私に、アクアから声が掛けられる。私はそれで現実へと引き戻され、取り繕ったように慌てて応えた。

 

「え!? あ、はい! な、何でしょうか!?」

 

「…? 何をそんなに慌てているのかは知らないけど…、まあいいわ。ところで、ヒノカ達は知らないけれど、ミコト様の臣下だった2人は遅れるから先に行っていて欲しいそうよ。それと、リンカは炎の部族の村に行ってるから、そこから直接合流するって」

 

「そうなんですか。では、ヒノカ姉さん達が来たら出発するとしましょう。でも、それにしても遅いですね…」

 

 もしや何かあったのでは、と心配していると、ヒナタが私の心配を笑い飛ばすように話す。

 

「ああ、大丈夫大丈夫! どうせセツナが居ないって感じで探し回ってるだけだと思うぜ!」

 

「セツナさん、ですか?」

 

「はい。あの子、日頃からぼんやりしてる子で、いつも何かしらの罠に掛かっては動けなくなってるので、時々行方不明になるんです。まあ、大概は私達やヒノカ様に救助されて事なきを得るんだけど…」

 

「あれはあれですごいよね。猪の罠に引っ掛かると思えば、バレバレな子供の落とし穴にも落ちてるもん」

 

「俺なんか、この前セツナが魚を捕る網に掛かってるのを助けたよー」

 

「うむ。あれは一種の才能かもしれぬな」

 

「…そんな才能は俺は要らん」

 

 仲間達から散々の言われようであるセツナに、なんだか興味が湧いてきた。早くヒノカ姉さんに連れてきてもらいたいが、一向にその気配はない。

 

「…聞いているだけだと、お前に似通った部分があるんじゃないか?」

 

「む~! いくらドジな私でも、狩りの罠なんかには掛かりませんよ!」

 

 点呼及び確認係であるジョーカーとフェリシアも、暇なのでそんな風にじゃれ合っていた(フェリシアが一方的にからかわれる形で)。

 

 

 

 結局、ヒノカ姉さん達がやってきたのは、それから1時間経ってからだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 テンジン砦へ

 

「皆、待たせてすまない! ほら、セツナ、お前もしっかり謝れ!」

 

 大慌てで天馬を飛ばせて来たヒノカ姉さんと、地上では街中をのっそりと走って?くる男女が一組。

 こちらに到着するや、ヒノカ姉さんが天馬から飛び降りて即座に、頭を下げて謝っていた。

 セツナと呼ばれた女性も、ヒノカ姉さんに無理やり気味に頭を手で下げさせられている。

 

「はい…。遅れてごめんなさい……、こんな感じでいいですか…?」

 

「バカ者! 最後ので台無しじゃないか!」

 

「バカだなんて…。ヒノカ様に褒められてうれしい…」

 

「褒めていない!!」

 

 到着早々に、仕込んでいたとしか思えないくらいのヒノカ姉さん達の漫才っぷりに、私は助けを求めるように後ろに顔を向けるが、

 

「またやってるねー」

 

「むう…、セツナのこの抜け加減、どうにかならぬものだろうか……」

 

「えー? セツナはコレがセツナらしくて良いんだよ?」

 

 と、いつもの事だと言うように会話をしていた。

 

「まったく、何故お前はこう、なんだ、世間とズレているんだ?」

 

「そんな…またヒノカ様に褒められた…うれしい」

 

「だから! 褒めていない!!」

 

「ま、まあまあ、ヒノカ姉さん」

 

 どんどんヒートアップしていく漫才に、そろそろ収拾をつける為に口を挟む。

 私の介入によって、ヒノカ姉さんは息をふうふうと荒らせてはいるものの、どうにか止まってくれたようだ。

 

「その…あれですね! 面白い方なんですね?」

 

「また褒められた…」

 

 私の、面白い、という言葉にセツナが嬉しそうに笑みを浮かべた。こうして見ている分には、彼女には悪意が全く無いという事が分かる。

 言うなれば…そう、彼女は純粋なのではないだろうか。

 

「はあ…もういい。セツナ、それとアサマ、自己紹介だ」

 

 もう諦めた、という顔でヒノカ姉さんがセツナと、彼女達より少し離れて漫才を見ていた男性に声を掛けた。

 アサマと呼ばれた男性が、ニコニコと朗らかに笑みを浮かべながらセツナの隣へと並び立つ。

 

「やっとですか。このまま日が暮れるまで続けるのかと思いましたよ」

 

 ……、にこやかに、その表情からは予想だにもしなかった毒が、彼の口から吐き出される。

 彼の言葉に、ヒノカ姉さんが「うぐ…」となっているが、彼は全く気にした素振りを見せず、ジッと私に顔を向けてくる。なんだか、値踏みされているようで、少し緊張してきた。

 

「あなたがアマテラス様ですね。話は聞いていますよ。これから遠征だというのに、お菓子を手に変な鼻歌を歌いながら城を出たそうですね」

 

「んなっ!? ど、どうしてそれを……!?」

 

 女中から断りきれずに受け取ったおやつ。実は、貰ったおやつを少し食べてみたところ、とても美味しいそれに思わずスキップしながら上機嫌で鼻歌混じりに城を出た私の姿を見られていたとは…不覚……。

 

「いえいえ、城の女中達が話していたのが聞こえただけですよ。そうそう、こんな事も言ってましたねぇ…アマテラス様がお菓子を食べて、あまりにも無邪気に喜ぶものだから、母性本能がくすぐられる、と……」

 

「うぅっ…」

 

 そんなに微笑ましい姿を晒していたのか、私は…。聞いていて、どんどん恥ずかしさがこみ上げてくる。

 そんな爆発寸前の私に、アサマがとどめの一撃を投下した。

 

「一国の王女ともあろう方が、お子ちゃまですねぇ」

 

 

 

「も、もう止めて下さいーーー!!?」

 

 

 

 ひとしきり叫んで、私はようやく落ち着きを取り戻した。しかし、未だに恥ずかしさは払拭しきれてはいないが…。

 

「…もう止めてやってくれ。これでは、アマテラスがあまりにも不憫だ…」

 

 ヒノカ姉さんが私によしよしをしながら、悟った顔でアサマを諫める。アサマは変わらずニコニコとして、こほんと咳払いをする。

 

「仕方ありませんね。では…改めまして、私はアサマと申します。ヒノカ様にお仕えする、しがない僧侶です。一応、よろしくお願いしますと言っておきましょう」

 

「私も…。私…セツナです…。ヒノカ様は私を…いつも罠から助けてくれるので…好きです」

 

「…はい、よろしくお願いします」

 

 ともあれ、これでようやく出発の準備が整ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 白夜の城下町を出て数刻、私達は現在、白夜王城から少し南西を行った所にある砦を目指していた。

 もし暗夜からの侵攻が白夜王国内まで及んだ時、その砦はまさしく、白夜王国最後の砦となる。

 砦の名は『テンジン砦』。白夜きっての大きさと、設備が整っている事から、この戦争の要であるテンジン砦は現在、先の城下町急襲による怪我人と戦争で負傷した兵達の療養所となっていた。

 

 そして、私達が何故そこに立ち寄るのかと言えば───

 

 

 

『テンジン砦、ですか…?』

 

『ああ。どうにも、良くない報告が上がって来ていてな』

 

 城を出る前に、私はリョウマ兄さんに呼び出されていた。そこには、サクラの姿もあったが、ヒノカ姉さんやタクミ、アクアの姿は無い。

 

『良くない報告…とは?』

 

『テンジン砦では今、多くの負傷した者達が治療の為に詰めている。そのテンジン砦に、暗夜の騎馬隊が少数だが接近していると忍から報告があった』

 

『で、でもっ、テンジン砦にも兵が控えているはずです。心配ですけど、大丈夫なんじゃ…』

 

『確かに、テンジン砦にも兵は配置している。だが、敵は少数とはいえ、ここまで深く入り込めるという事は、多少なりとも実力を持っているという事だ。我が白夜の兵は弱くはないが、やはり不安要素は残る。そこでだ』

 

 そしてリョウマ兄さんが、サクラではなく、他でもない私を見ながら、指示を出した。

 

『アマテラス、ちょうどお前達の進路上にあるテンジン砦において、敵の騎馬隊を迎撃してもらいたい。敵は少数精鋭だが、幸いこちらも同じく精鋭少数。更に言えば、こちらは王族臣下の優秀な者ばかり。到底負けはしないはずだ』

 

『……そうですね。進路上にあり、尚且つ少数精鋭の私達が動く方が、テンジン砦の防衛に当たる兵、ひいては王城から兵を動員するよりも遥かに労力を消費せずに済みます。分かりました。この任務、受けさせて頂きます』

 

『そうか。そう言ってくれると助かる。サクラ、お前はテンジン砦にいる間、少しでも多く負傷した者の治療に当たってやってくれ』

 

『は、はいっ! 頑張りますねっ』

 

 そう言って小さくガッツポーズをするサクラは、どうにも愛らしいものだった。

 

 

 

 

 

────と、以上がテンジン砦に寄る理由である。

 

 出発直前に皆にもこの事を伝えたが、全員が異論無しで、満場一致でテンジン砦の防衛に参加する事となった。

 

「それにしても、兄様は何故私にも声を掛けてくれなかったのだ…。私達はきょうだいなのに、水臭いではないか…」

 

 ヒノカ姉さんが天馬の上で愚痴っている。それも仕方ないだろう。妹は声を掛けられたのに、姉である自分だけが姉妹の中で声を掛けられなかったのだから。

 

「それを言うなら僕もだけどね。…やっぱり、僕はまだリョウマ兄さんに実力を認めてもらえてないのか……?」

 

 ヒノカ姉さんに釣られてタクミまで一緒にネガティブになっていく。それを、臣下達(アサマとセツナ、ヒナタは特に気にした様子はないため、実質はオボロのみ)が心配そうに主君を見つめていた。

 これは私がフォローを入れた方が良いだろう。

 

「一応、ヒノカ姉さん達も探したそうなんですが、ヒノカ姉さんはどこにいるのか全く分からなくて、タクミさんは既に待ち合わせ場所に向かった後だったので、まだ留まっていた私とサクラさんだけ、という事になったんですよ。アクアさんはその時まだ眠っていたみたいですね」

 

 苦笑いを浮かべてアクアに視線を送る。しかし、アクアはすーっと私から視線を逸らしてしまう。

 

「悪かったわね、アマテラス。どうせ私はお寝坊さんよ」

 

「あ、や、別に、怒ってる訳じゃ…!」

 

 私が焦ったように答えると、そっぽを向いていたアクアがぷっ、と吹き出した。

 私が怪訝な顔でアクアの方を伺っていると、

 

「ふふふ。冗談よアマテラス。別に拗ねてないから安心して。ほら、見て。ヒノカもタクミも、もう機嫌は元通りのようよ」

 

 言われて、2人を交互に見てみる。

 

「ほらぁ! だから言ったじゃないですか! タクミ様城出るの早すぎたんだって!」

 

「このバカヒナタ! タクミ様は悪くないわよ! むしろ、タクミ様くらい早めの行動を心掛けた方が良いに決まってるでしょうが! 早起きは三文の得とも言うでしょ?」

 

「わ、分かったから、2人共落ち着きなよ。頼むから僕の耳元で騒がないでくれ……」

 

 

 

「く……つまり、セツナを捜索中だったから私には声が掛からなかったのか」

 

「まあ、そうなりますかね。まったく、本当に困ったものですよ。セツナさんを捜す為に私まで駆り出されるんですから、いい迷惑ですよ」

 

「そんなに褒められると…嬉しい…けど、照れる」

 

「褒めていない!!!」

 

 

 確かに、違う意味で疲れた顔をしているが、先程までのネガティブさよりはマシだと言えるだろう。

 

「ね? あなたが気に病む事は何もないわ」

 

 アクアが微笑みかけてきたので、私も気を取り直して、微笑み返した。

 

「アマテラス様」

 

 急に呼び掛けられ、何かあったのかと気を引き締めて振り向く。

 先行して様子を見に行ったカゲロウが、いつの間にか私の少し前方で跪いていた。

 

「何かありましたか?」

 

「いいえ、特に異常はありませぬ。ただの異常無しの報告と、もうじきテンジン砦が見えてまいりますので、そのお知らせをと」

 

「そうですか。ありがとうございます、カゲロウさん。ところで…」

 

 私はキョロキョロと辺りを見渡す。が、木々が生い茂るばかりで、山道に捜す人物の姿はないようだ。

 

「スズカゼさんとサイゾウさんはどこに?」

 

「あやつらでしたら、今もテンジン砦周囲で敵の気配を探っております。何かあれば、報せがあるでしょう。では、私も引き続き警戒の任に戻らせて頂く」

 

 再びありがとう、と言う間もなく、カゲロウはその場で大きくジャンプすると、一瞬で木の上まで登り、木から木へと跳んで姿が見えなくなった。

 私は、長い山歩きもひとまずの終わりを迎え、そして来る暗夜の騎馬隊との戦いに向けて、気合いを入れ直す為に叫ぶ。

 

「さあ、皆さん! テンジン砦はもうすぐですよ!」

 

 

 

 

 そして、一同の後方では…。

 

「ま、待ってください~!!」

 

「このバカ。だから言ったんだ。女の分だけとはいえ、全員分の荷物を持って山を進むとか止めとけって。バカかフェリシア」

 

「だ、だって、私はメイドですし…。何か皆さんのお役に立たないといけないかなって思ったんです」

 

「…一応言っておくが、俺達はアマテラス様にお付きしてるんだからな。スサノオ様の意思、はき違えるなよ…」

 

「わ、分かってますよ! 私達は何があっても、アマテラス様と共にあるって決めたんですから」

 

 フェリシアの決意の顔を見て、ジョーカーは少し微笑み、彼女の持っている荷物をいくつか手に取る。

 

「分かってるならいい。…どうやら最初の目的地に着くらしいからな。さっさとアマテラス様の所まで行くぞ」

 

 そしてまた、フェリシアも柔らかい笑みを浮かべて、元気良く返事をした。

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 後に、ジョーカーが女性陣の荷物を持っていた事で、一悶着あるのだが、この時はまだ、ジョーカーは知る由もなかった……。

 

 




 
どうも、久しぶりのキングフロストです。
気が付けば、お気に入り登録してくださっている方が100人近くもいらっしゃって、ありがたい事です。
そして、私の拙い作品を、2万回以上もアクセスしてくださって、嬉しい限りです。

話は変わりますが、上記を記念して、アンケートを活動報告にて実施しようかなと思います。
本編には直接関係はありませんので、気軽に見てやって頂けると助かります。

それでは、お読み頂きありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 悲しみを越えて

 

 テンジン砦…その砦は周囲を和風な壁でぐるりと囲んで、その後方には一際高く大きな建物が。そしてその砦内部へと至るまでが少々入り組んでおり、敵を阻む事に優れた構造をしていた。

 初見でここに攻め込もうものなら、入り組んだ建築と待ち伏せた兵によって手痛いしっぺ返しに合うであろう。

 

「これが、テンジン砦…。流石は白夜随一の砦と言われるだけありますね。思っていた規模より遥かに想像を超えた大きさです……」

 

 外側の砦の入り口から、高く聳える本丸と周囲を囲む壁を見渡した私は、その予想外の大きさに驚嘆の息を漏らす。

 

「アマテラス姉様っ…わ、私、怪我をした方達が心配なので、早速治療のお手伝いに行ってもよろしいですか…?」

 

 いつになく気迫に満ちたサクラに、私は笑顔で了承する。

 

「はい。是非、お願いしますね?」

 

「ありがとうございます…! では…」

 

 そう言って、サクラは2人の臣下を連れ、砦内へと駆けていった。

 それにしても…やはり、あの子は優しい子だ。傷ついた民達を心から心配していた。姉として、立派な妹を持てて誇らしい限りだ。

 

(…立派な、妹……)

 

 ついつい、妹という単語から暗夜に残してきてしまったエリーゼの事を思い出す。あの子も、他人を心から心配出来る、とても優しい子だった。

 私が暗夜を裏切った事、エリーゼはどう思っているのだろう。悲しんでいるだろうか、怒っているだろうか、……恨んでいるだろうか。

 もし恨まれていても、憎まれていても、私に文句は言えないだろう。私は彼女に、それだけの事をしてしまったのだから……。

 

(それでも、私はもう戻れない。戻る事は許されない。私はもう、選んでしまったのだから)

 

 この道を選ぶと決めた時から、覚悟はしていた。暗夜のきょうだいと戦う事は避けられない。ならばせめて、少しでも早くこの戦争を終わらせる。

 

 他でもない、この私の手で、この戦争に終止符を打つ。

 

 

「大丈夫、アマテラス?」

 

 ふと掛けられた声に、我に帰ってくる。それはアクアからのもので、私とアクア、フェリシアにジョーカー以外は既に砦内へと歩を進めていた。

 知らぬ間に、深い思考の海へと沈んでいたらしい。

 

「随分深く考え込んでいたようだけど…何か心配事でもあったの?」

 

 心配そうに私に視線を向けるアクアに、私は正直に話した。こんな事で嘘をつくのは、なんだか心苦しいと思うから…。

 

「…サクラさんの立派な姿を見て、少し思い出していました。私のもう一人の妹…エリーゼさんの事を…」

 

「そう…」

 

 私を急かすでもなく、アクアはただ一言呟いただけだった。ただ、その一言は会話を終わらせる為のものではなく、私で良ければ話を聞いて上げる、というアクアの心遣いが籠もっている事が感じ取れたのだ。

 そんなアクアに甘えて、私は想いを吐き出した。フェリシアやジョーカーも居る前で、自分の弱さを隠そうともせずに。

 

「…私は、自分の選択が間違いだったとは思いません。暗夜王国の…お父様、いいえ、暗夜王ガロンのやり方は非道です。私はそんな非道な策略に、従いたくなんてない。それに…平和を愛し、両国の平和を望んだお母様のご意志を継ぎたいと心から思っています」

 

「ええ…」

 

「…ですが、それを為すためには、暗夜の王族達と……、私のもう一つの家族と戦わざるを得ない。私が血のつながらない妹だと知っての上で、本当のきょうだいのように接してくれた暗夜のきょうだいと…。そして、血を分けた私の半身、スサノオ兄さんと」

 

「…私には、あなたがどれほど苦しんで結論を出したのか、どれほど辛い道を歩み出したのかは共有出来ない。でも…」

 

 俯く私の頭が、そっと暖かさに包まれた。アクアが、私の頭を両腕で包み込むように、その胸に抱いたのだ。

 そして言葉を続ける。幼子に優しく語りかける母親のように、優しく、暖かさに満ちた声音で。

 

「あなたがどんな決断をしても、そのために何を拾い上げ、何を切り捨てても……私はあなたを認め続ける。あなたを赦し続けてあげる。どんな事があろうとも、皆があなたを許さなくても、私は、私だけはあなたを見捨てたりしない。絶対に…」

 

 抱きしめる力が心なしか強くなったアクアに、私は再びの疑問を抱く。それは以前聞いたはずだけど、それでも、その疑問を抱かずにはいられない。

 

 

───どうして、そこまで私に優しくしてくれるの?

 

 

 その疑問が言葉になる事は無かった。聞く前に、頭をそっと離されて、その時に見たアクアの顔に、思ったから。

 

 どこか憂いを帯びたその顔に、今は聞くべきではない、と。

 まあ、聞いたところで、また同じ答えが返ってくるだけだろうとは思うが…。

 

「アマテラス様、そろそろ私達も行きましょう。タクミ王子が訝しげにこちらを見ているようですので」

 

 話が一段落ついたと判断したジョーカーが、砦の方を見ながら言う。私も釣られてそちらに目を向けると、

 

「…………」

 

 ジョーカーの言う通り、タクミがかなり訝しげに、私達の方を見ていた。

 

「…急ぎましょうか」

 

 アクアはさっさと先へと歩き始めて、私もそれを追う形で砦内へと入って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 砦内では、至る所で忙しそうに行き来する人、寝かされている怪我人とそうでない怪我人とで溢れかえっていた。

 行き来する人は、ほとんど医療に携わる事が分かる者で、明らかに戦闘慣れしていないであろう体つきをしている者が多い。

 時折、医者や看護婦に混ざって兵も往来しているが、彼ら彼女らは物資・動けない怪我人の運搬など、雑用を任されているようだ。

 

「…すごく多くの人が負傷しているんですね」

 

 私は、廊下にすら溢れ出る怪我人の数の多さに、申し訳なさでいっぱいになる。

 この中には、私が持っていた魔剣の爆発に巻き込まれた人もいるかもしれないからだ。私は、本当ならここにいるべきでは無い人間なのではないか…そんな考えがよぎってしまう。

 

 申し訳なさでいっぱいになった私は、思わず顔を背け、皆が進む方に向き直るが、

 

「あたっ!?」

 

 前方不注意だったせいか、前から来た誰かにぶつかってしまった。

 その相手は私よりも小柄だったらしく、ぶつかった勢いで倒れてしまっていた。

 

「す、すみません! 大丈夫ですか!?」

 

 慌てて倒れた人物に手をさしのべると、華奢な手が私の手を掴んだ。

 

「い、いえいえ! こちらこそ、ちゃんと前に注意してなかったもので、ごめんなさい!」

 

 と、その可憐な声で倒れた人物、少女は答える。あたふたと焦るようなその仕草に、頭の後ろで結んだ、ウサギの耳のようなリボンがぴょこぴょこと揺れていた。

 

「では、お互い様という事で」

 

 このままではお互い譲り合うばかりになると即時判断した私は、私よりも小さなその少女に折衷案という事で『お互い様』という事にした。

 少女の方もそれで納得したというように、にぱっと明るい笑顔で「はい!!」と元気な声で返す。

 

「あはは、今テンジン砦は負傷者で溢れ返ってるのに、危うく負傷者を増やすところでした!」

 

 失敗失敗~、と自ら頭を小突く少女に、私は少し吹き出してしまう。彼女の様子を見ていると、何故だかさっきまでくよくよしていた自分がバカバカしく思えてきたからだ。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 私が笑ったのが不思議だったのだろう、少女は疑問符を頭に浮かべて尋ねてくる。

 

「いいえ何でも。それより、急いでいたのではありませんか?」

 

「あ! そそそ、そうでした! 急いで次の場所に行くよう言われてたんでした! それでは失礼します!」

 

 と、少女は風のごとく颯爽と廊下を駆けていった。

 

「…元気な方でしたね。あ、名前を聞いてませんでした…」

 

 もう姿が見えなくなった少女に、心の中で礼を告げ、私は少し離れてしまった一行の元へと走った。

 

 

 

 

 

 

「さて、状況を改めて確認しよう」

 

 一際広い部屋に着いた私達は、現状を整理し直す事にした。ヒノカ姉さんは机に大きな地図を広げると、このテンジン砦の位置を指で示す。

 

「敵は暗夜の騎馬隊が少数。確かにここに居る兵でも対処出来ない事は無いだろうが、このテンジン砦の現状を思えば、なるべく要らぬ気は使わせたくない。故に敵は可能な限り私達だけで叩く」

 

「そうだね。僕らが思っていたより、負傷者の数も多い。それに見たところ今も手一杯って感じだったし、ここの兵にこれ以上負担を掛けない方が良いと僕も思う」

 

 ヒノカ姉さんの言葉に、タクミも頷いた。臣下の皆も異論は無いようだ。

 

「サイゾウ達には、敵が砦近辺まで接近する前に報せるように伝えてある。負傷者を不安にさせない為にも、敵は砦内に絶対に入れずに倒すんだ。報せが入り次第、ホラ貝で知らせよう。頼んだぞ、セツナ」

 

「うん…分かりました。こう見えて…ホラ貝を吹くのは得意…」

 

「では、報せがあるまでは治療の手伝いをしよう。各自、人手の足りない所に行って助けてやってくれ。解散!」

 

 ヒノカ姉さんの一言で、皆が一斉ににバラけて行く。私は地図を畳もうとする姉さんに、気になった事があったので尋ねた。

 

「姉さん、少しいいですか?」

 

「ん? どうした、アマテラス?」

 

「先程、地図を見て思ったのですが…この『スサノオ長城』とは…?」

 

 テンジン砦から少し離れた場所に位置するその長城、それはこのテンジン砦よりも王都に近い場所に存在していた。

 

「スサノオ長城は…白夜王国にとって、最終防衛線と言っても過言ではない城だな。城と言っても、防衛戦に特化した造りで、生活には一切配慮していないから、あそこで夜を明かすのは辛いだろう」

 

「何故、ここを通過しなかったのですか? こちらを通れば、もっと早くここに到着出来たと思うんですが…」

 

 そうなのだ。直線距離で考えた場合、ここを通過した方が遥かに早くテンジン砦に到着出来たはず。なのに、何故あんな山道を通ったのか。

 

「ああ、それは…」

 

 少し言いよどむヒノカ姉さんだったが、諦めたように口を開いた。その顔は、どことなく悲しそうだった。

 

「スサノオ長城には今、白夜王国中から選りすぐりの兵が集まっているんだ。そしてその中には、お前やアクアを良く思わない連中も少なからず居てな」

 

 その説明だけで、私は分かってしまった。何故、スサノオ長城を避けたのかを。

 そこを通る事で、余計ないざこざを起こさない為に、わざわざ避けて通ったのだ。

 

「…そう、でしたか。お心遣い、ありがとうございます、姉さん」

 

「いや、いいんだ。本当なら、私はお前や…スサノオを、あそこに連れて行ってやりたいと思っていた」

 

 スサノオ兄さんの名を出す時、姉さんは少し辛そうだったが、それでも語った。長年の思いの丈を吐き出すように。

 

「スサノオ長城…スサノオと同じ名だろう? 昔、母上から聞いた事があるんだ。スサノオという名は、あの長城から貰ったのだと。スサノオ長城のように、強く、固く、長く、大切なものを守れるような人間になって欲しいという願いが込められているそうだ」

 

 思ってはいた。スサノオ兄さんと同じ名だと。それはたまたまではなかったのだ。そこにはきちんと、意味があったのだ。

 お母様の想いが、そこには詰まっていたのだ。

 

「あの長城から眺める夕日は絶景なんだ。いつか、お前やスサノオにも、あの美しい光景を見せてやりたい…それが、私の夢の1つなんだよ」

 

 そう言って、穏やかな笑みで私に微笑みかけたヒノカ姉さんに、私はやるせなさを覚えた。

 

 スサノオ兄さんは暗夜王国に味方すると決めた。ヒノカ姉さんのその夢が、どんなに叶えがたいものであるかを私は分かっていたから。だから、余計に歯がゆかった。

 きっと、ヒノカ姉さんもそれは分かっているに違いない。

 

 だからこそ、その穏やかな笑顔が、どうしようもなく儚く見えてしまうのだろう。

 

「さあ、話はこれくらいにして、私達も手伝いに向かうとしよう! さーて、忙しくなるぞ!」

 

 無理やり話を切り上げると、空元気さが拭えないが、元気良くヒノカ姉さんは室内を出て行った。

 私も心を入れ替え、手伝いに向かう。今は、何かをしていなければどうにも落ち着かないから。

 

 このどうしようもない気持ちを、抑えるために。

 

 





「キヌの『コンコン! お狐通信』~!!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「やっほー! キヌだよ~。今回から、あたしがこのあとがき? のコーナーで遊んでいくから、よろしくねー!!」

キヌ「えっと、他に何を言うんだっけ? あ、母さん何それ~? かんぺ? それを読めばいいの? んーと、『毎回するかは分かりません。たまにゲストが来るかも?』」

キヌ「え~? 毎回やらないのー!? ぶーぶー、つまんなーい! いいもんいいもん! その分楽しんじゃうもんね!」

キヌ「えーっと、今日は初回という事で、げすと?は来てないよ。それとね~、作者さんが言うには、このこーなーはあたし達子世代が本編で登場出来るかが分からない、でも出したい、よし、ならばあとがきにでも良いから出そう! って感じで始める事にしたんだって」

キヌ「だからげすと?も基本的には子世代から呼ぶんだって! でもでも、作者さんも頑張ってあたし達が登場出来る展開を考えてるから、期待して待っててね~?」

キヌ「あ、母さん何? またかんぺ? 『今日のお題は「アマテラスが出会った謎の少女とは!?」です』だって」

キヌ「うーん、あたしも見たことなかった女の子だったけど、天馬みたいな匂いがしたよ! 今度あたしと遊んでもらおっかな~?」

キヌ「…うーん、やっぱり1人だとつまんなーい! よーし、マトイかシグレに頼んで高い所から飛び降りる遊びして来よーっと!」

キヌが遊びに行ってしまったため、収録はここで中断させていただきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 天馬武者コミュニティー

 

 簡単な会議を終えた後、私達はヒノカ姉さんの指示通り治療の手伝いに奔走していた。

 治療の手伝いとは言っても、実際の治療に当たれるのはサクラやアサマのように祓串を扱える者のみなので、戦闘要員たる私達は必要物資の運搬や負傷者の介助など、主に力仕事を手伝っていた。

 

「はい、起こしますよ」

 

 砦のとある一室で、私も他のみんな同様に怪我人達の世話をして回っていた。今は、傷で脚と腕を上手く動かせない男性の手助けをしている。

 

「すまないね…イタタ」

 

 痛みに顔を少し歪めて、私の手をとる中年くらいの男性。見たところ、年季の入った質素な和服に逞しい体つき、そして男性が纏う穏やかな空気…多分、一般市民の方、それも農作業を営んでいるのだろう。

 彼の腰に手を回し、ゆっくりと体を起き上がらせる。

 

「…ふうっ。では、お薬を飲みましょうか」

 

 医師から渡されていた粉薬を、コップに入った水に混ぜ込んでから男性にそっと手渡す。男性はおぼつかない手つきではあったが、しっかりとコップを受け取ると、それをゆっくりと飲み始める。渋そうな顔をしている事から、やはり美味しくはないようだ。

 

「…薬ってのはどうも好かねえや。どうしてこうもマズいんだろうね?」

 

「あはは、仕方ないですよ。良薬は口に苦し…って言いますから」

 

「ははっ。違いねえ!」

 

 男性…農家らしきおじさんと共に、くだらない事で笑い合う。怪我人ではあるが、気分は極めて良好のようだ。

 いや、このおじさんに限らずこのテンジン砦にいる負傷者のほとんどが、何かしらの怪我を負っていても明るいままだった。確かに重傷で気分が暗い人もいるが、それでも明るく笑っている人の方が遥かに多い。

 どんなに辛い事があっても、それを笑って乗り越えて行く力を白夜の民は持っている。そう思うと、何故だか私の肩の荷が少しだけ下りたような、許されたような気になれた。

 

「にしてもお嬢ちゃん、あんたベッピンさんだなぁ! どうだい、俺の息子の嫁に来ないかい?」

 

「え、ええ!?」

 

 おじさんがにかにかと、いたずらな笑みを浮かべて聞いてくる。どうやらふざけているらしかったが、私は今までそういった話には免疫が無かったため、慌てふためいていると、

 

「はっはっは! 冗談さ、冗談。でも、あんたが美人ってのは本当だぞ!」

 

「もう!」

 

 快活に笑うおじさんに軽い悪態をつく。ただ、私の顔は困ったような笑いが浮かんでいたようで、私が心から怒っているわけでは無いという事は伝わっているらしい。

 

 

 それから、私はおじさんから離れ、別の怪我人の元へと順に薬を届けて回っていたのだが、行く先々で、

 

『おや、可愛い子が来たねえ。どう? うちの嫁に来ないかい?』

 

『気の利くお嬢ちゃんだ! 良い嫁さんになるぞ!』

 

 などと、おじさんおばさん達からやたらめったら褒めちぎられ、その度に私は顔を赤くしていた。

 何故、こうも褒められるのだろうか? 私は普通に、ちょっとした他愛ない話をしたり、親身になって手助けしていただけなのだが…。

 どうやら、私が最近帰ってきたアマテラス王女だという事を知らない人も多いらしく、その人達が私を褒めてくれていたようだ。

 ちなみに、私の事を知っている人も中にはいたが、別段嫌われているようでもなかった。

 

 何度か砦内を行き来していると、ここに来た時にぶつかった少女とも会った。

 

「あっ! さっきはどうも!」

 

 可愛らしい笑みで話しかけてくれる少女は、最近軍に入隊したばかりの新人兵士で、今は見習い天馬武者として訓練に励んでいるらしい。

 ここには、人手不足で手伝いに来ているらしく、彼女のみならず多くの新人兵士達が手伝いに駆り出されているようだ。

 

「そういえば、まだお名前を聞いていませんでしたね。私はアマテラスといいます」

 

 色々と聞いているうちに、まだお互いに名乗っていない事を思い出し、私は自分の名前を口にした。

 すると少女は驚いた顔をして、

 

「ア、アマテラス…? と、という事は、アマテラス王女様!?」

 

 驚いたと思うと、今度は即座にひざまずいて、謝罪の言葉を口にし始める。

 

「ももも申し訳ありません! あたし、まさか王女様だとは思わずに、偉そうな口を利いちゃって…」

 

「良いんですよ。私、実は自分が王族だって自覚が薄いんです。だから、私はそんな事を気にしたりしません。むしろ、さっきみたいに友好的に接してくれた方が私は嬉しいです」

 

 土下座のような姿勢の少女と同じ高さになるよう、私も床に腰を下ろす。こんな事で、私は土下座される必要なんて無い。私は彼女と同じ目線で話がしたいだけなのだ。

 

「…アマテラス様はお優しいです。噂で聞いた通りのお方ですね」

 

 少女は恐る恐るといったように顔を上げて、私が座り込んでいるのを見ると、どこか安心したような顔でそう呟いた。

 

「噂…?」

 

「はい。アマテラス王女は生前のミコト様や、姉妹であるヒノカ様やサクラ様とよく似ておられる。それは容姿ではなく、纏っている雰囲気がであると」

 

 少女がまるで自分の事であるかのように、誇らしげに語る私の噂。お母様やヒノカ姉さん、サクラに似ていると言われて嬉しくない訳がなく、

 

「あ…そうです。その笑顔です。本当だ…アマテラス様の笑った顔、ミコト様達と同じ、優しさに溢れた笑顔…」

 

 私は自分でも気づかないうちに、嬉しさで笑顔になっていたようで、それを見た少女もまた、穏やかに微笑んでいた。

 

「…はっ! そ、そうでした! あたし、まだ名前をお伝えしていません! えとえと…!?」

 

 微笑んでいたのも束の間、少女はまた慌ただしくあたふたとするが、

 

「落ち着いて、ゆっくりで大丈夫ですから」

 

 私は少女に深呼吸をさせると、どうにか落ち着いたようで、頭の後ろで揺れていたウサミミリボンの揺れも収まった。そしてようやく、私は少女の名前を聞けるのだった。

 

「申し遅れました! あたし、見習い天馬武者のエマです! 精一杯がんばります!!」

 

 

 

 

 エマと別れた後も、私は手伝いへと奔走し続けていた。もしかしたら、もうテンジン砦を全て回ってしまったのではないかと思うくらい駆けずり回っていた気がする。

 そして気が付けば、もう日も沈み始めていた。今は休憩と食事を摂るため、食堂へと向かっている。

 砦とはいえ案外馬鹿に出来ないもので、食堂は簡易的なものではなく、しっかりとした厨房が備え付けられ、食事スペースもざっと100人は同時に座れるくらいの座席が用意されている。

 しかも面白い事に、暗夜では基本的にテーブルと椅子で食事をするが、この食堂は畳の上にテーブルが置かれ、その畳の上に直接座って食べるらしい。なお、土足は厳禁との事。

 

「…ふふ」

 

 確かに暗夜では珍しい。だが、私はこの光景を知っている…というより、何度も経験している。

 それはもちろん生前の記憶での話で、流石に久しぶりすぎて私はこの状況がなんだか楽しかった。なんというか、『新鮮』という言葉がしっくりくる。

 

「おお、お前も夕飯か?」

 

 と、しみじみとテーブルに肘を付いてた私が見上げると、長方形のお盆を両手で持ったヒノカ姉さんが私へと近付いてくるのが見えた。

 

「ん? なんだ、何も頼んでいないじゃないか」

 

 ヒノカ姉さんは私の隣まで来ると、私の横の席に腰を下ろした。それにより、ヒノカ姉さんが持っていたお盆に乗っている物の正体がようやく判明する。

 

「姉さんは…焼き魚、ですか」

 

「ああ。これは鮎と言ってな、川に生息している魚なんだが、塩焼きにして食べると美味しいんだ。アマテラスも頼んだらどうだ? なんなら、私が頼んできてやろうか?」

 

 皿の上で、鮎が湯気を上げながら、全身に塩を纏ったその姿は、なるほど確かに美味しそうに見える。生まれ変わってからは鮎を食べていないので、久しぶりに食べてみるのも悪くない。

 

「いいえ、姉さんに面倒を掛けてしまいますし、自分で行きます。…そうですね、鮎の塩焼き、良いかもです」

 

 私は立ち上がると、厨房の方へと目指し歩き始める。当然、裸足で。

 ここの食堂は日ごとにメニューが違うようだが、ある程度は融通が利くらしく、今も丁度、

 

「んー、テンジン砦の食堂の今日の献立は鮎の塩焼きかカボチャの煮付け定食かー。うーん、今はそんな気分じゃないなー…。おばさん、玉子焼きと味噌汁と納豆だけって出来るー?」

 

「出来るよー」

 

「じゃ、それでお願いー」

 

「あいよ」

 

 ツバキと食堂のおばちゃんのやりとりが、それを証明していた。

 

「よろしくねー…って、うわ!? なんだアマテラス様かー、いきなり後ろに居たからびっくりしたよー」

 

 と、機嫌良く振り向いたツバキが、背後にいた私に驚く。ただ、ツバキは間延びした口調なので、心の底から驚いているのかはよく分からない。

 

「すみません。話し込んでいたようでしたから、割り込むのも悪いかと思って…」

 

「いやー、別にいいよそんな事くらい。でもすごいねーアマテラス様。俺ってあんまり背後取られる事ないから、本当にびっくりしたよー」

 

 爽やかスマイルで言うツバキ。果たして、このイケメン笑顔に落とされた女子は一体何人居るのだろうか、などと考えていると、

 

「あっ、そうそう。聞きましたよー、エマと仲良くなったそうですねー。エマ、とっても嬉しそうに話してましたよー?」

 

「え、エマさんとお知り合いなんですか? あ、私は鮎の塩焼き定食をお願いします」

 

「あいよー」

 

「そりゃー知ってるよー。俺も天馬武者だからねー、新人の訓練を見てやったりくらいはするから、エマとはそこで知り合ったんだー」

 

「へえ~、じゃあヒノカ姉さんもエマさんの事を知っているかもしれませんね」

 

「多分知ってるんじゃないかなー? ヒノカ様もたまに新兵に混じって訓練してるからねー」

 

 意外な天馬コミュニティーが形成されているようだ。この分だと、兵種ごとに同じようなコミュニティーが形成されているのかもしれない。

 

「どうせだし、俺も相席させてもらっていいですか?」

 

 ツバキが相席を申し込んでくるが、私には断る理由がなく、むしろ親交を深めたいとも思っていたので、快く承諾した。

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「あはは、ありがとー」

 

 とりあえず、料理が完成するまでは席について会話でもしよう。そしてふと思った。ヒノカ姉さんは料理が出来るまで、ここで待っていたのか、と…。

 

 料理が出来るのを今か今かと心待ちにしながら台の上で肘を付いて待っているヒノカ姉さん……。

 

「…うふっ」

 

 やばい、微笑ましすぎて笑いがこみ上げてくる。

 

「どうかしましたー?」

 

「あ、いいえ。なんでもないです!」

 

 笑いを必死にこらえ、私はツバキと一緒にヒノカ姉さんが待つ座席へと戻るのだった。

 そして───、

 

 

「遅かったな、アマテラス。先に食べ始めてるぞ。ん、ツバキも一緒か」

 

 美味しそうに鮎を頬張るヒノカ姉さんに、私の我慢は限界を超えたのだった…。

 

 

「ふふふふふっ! あははははは!!

うふっ、ふふふ! ひー!!?」

 

 

「あ、アマテラス様ー…?」

 

「…私が何か可笑しかったのか?」

 

 




「キヌの『コンコン! お狐通信』~!!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「始まったー! 始まったよー!!」

キヌ「アタシ待ってたんだ! やっと本格的に遊べるね!」

キヌ「っとと、ちょっと興奮しすぎちゃった。それじゃあ、初めてのげすとさん、来てきてー!」

マトイ「初めまして。今回ゲストを務めさせて頂きます、マトイです。よろしくね」

キヌ「えへへー! この前はありがとう、マトイ! アタシとっても楽しかったよー!」

マトイ「この前…? ああ、上空を滑空する遊びの事ね。それにしても、布だけでよくあんなに飛べるわよね」

キヌ「簡単だよ? おっきな布を手足にくくりつけて、思いっきり体を伸ばすだけだもん」

マトイ「普通の人は空中でそんな事出来ないわよ。だって怖いもの」

キヌ「えー!? 楽しいのになぁ…。でも、マトイだって天馬に乗りながら空中でひっくり返ったりしてるじゃん!」

マトイ「あれは天馬っていう信頼出来る相棒がいるからよ。あの子とじゃないと、あんな芸当危なくて出来ないもの」

キヌ「そうなんだ。マトイは天馬と仲良しなんだね!」

マトイ「…まあ、あの子には無理させちゃう時もあるから、主人としてはまだまだね、私。…あら? 母さん、それってカンペ?」

キヌ「あ! それアタシもこの前読んだよー! その時はね、アタシの母さんが持ってたよ!」

マトイ「カンペが用意されてる時点で、私達の進行はそんなに期待されていなかったという事なのね…」

キヌ「え!? アタシ達、期待されてなかったの!? なんかやだー! ぶーぶー!!」

マトイ「キヌはともかく、私も同じっていうのがなんだかショックだわ。もっと父さんを見習って完璧を目指さないと…。という事で、カンペを読むわね」

キヌ「なんか釈然としないけど、分かったよ!」

マトイ「えっと…『前回に続き今回も登場したエマとは?』これが今日のテーマのようね」

キヌ「ああ! 天馬の匂いがした子だ!」

マトイ「エマ…彼女は、そうね。公式であって公式でない存在…ってところかしら」

キヌ「なにそれ?」

マトイ「知っている人、またはプレイしている人なら彼女の事は知っていてもおかしくないんじゃないかしら。ちなみに、『プレイしている』っていうのは『ファイアーエムブレムif』ではなくてサイファ、つまりTCG(トレーディングカードゲーム)の事を指しているわ」

キヌ「てぃーしー爺?」

マトイ「あなた、本物のエマと同じ間違いよ、それ。まあつまり、エマはゲームには出ないけど、カードゲームの方には出てるって事よ」

マトイ「これが公式であって公式でないっていう証明よ。有り体に言えば、サイファ限定のキャラクターって事ね」

キヌ「うーん、マトイの話むずかしくて分かんないよー!」

マトイ「…はあ。キヌにはオツムの特訓が必要みたいね。よし、じゃあお勉強しましょうか。私がみっちりと完璧に指導してあげるわ」

キヌ「え~!? やだ! アタシお勉強大嫌いだよ!」

マトイ「この前あなたの滑空する遊びに付き合ってあげたわよね? じゃあ、代わりにあなたは私の指導を受けなさい。言っておくけど、引きずってでも私の部屋に連れて行って私が納得するまで部屋から出さないから、そのつもりでいてね?」

キヌ「うげげ!? そ、そんなぁ~!!」ガシッ


キヌがマトイに連行されたため、収録はここで中止させて頂きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 暗闇の襲撃

 

 あれから私は続々と夕食に集まってきた遠征メンバー達と共に、あれこれとくだらない話をしながらご飯を食べた。

 皆一様に疲れた顔をしており、あのセツナでさえいつも以上にぼけーっとしていた程であった。

 慣れない力仕事だった事もあり、疲労も予想以上に大きかったのだろう。

 

「…僕は王子なのに…どうしてあんな過酷な労働を…」

 

 味噌汁を手に、虚ろな瞳でぼんやりとするタクミは正直気の毒に思えた。

 ちなみに、ツバキ、カザハナは例外で、普段からサクラの慈善活動に付き合っていたらしく、これといって疲労の色は見られなかった。むしろピンピンしているくらいで、

 

「んー! 人助けした後のご飯は美味しい! もう1杯!」

 

「はいはい、女の子がはしたないよー」

 

「ふふふ…」

 

 サクラ組は楽しそうに食事をしていた。見ているこちらまで楽しい気分になってくるくらいだった。

 

 

 食事を終える頃には、外はもうすっかり暗くなっており、治療を一段落終えた者達が食堂へと向かっていく。私はそんな彼らとすれ違いながら、砦を上へと登っていき、砦の高層のとある一室へ向かう。

 そこは小さめの部屋で、ベランダのようなものが部屋の外側にぐるりと備え付けられており、外に出る事が出来る仕様になっている。例えるなら、柵で囲まれた灯台のてっぺんに近いかもしれない。

 

「……っ」

 

 外に出て、なんとなく夜空を見上げると、空いっぱいに満天の星空が広がっていた。

 私は夜空に輝く星々に圧倒され、知らずのうちに息を呑んでいた。

 

「…綺麗」

 

 白夜王国に来てから、何度となく星空を目にしているが、何故か今見ているこの星空は、今までのどんな星空よりも私を空虚な気持ちにさせる。

 

「綺麗…だけど」

 

 今は状況が何もかも変わってしまった。どんなに綺麗な星空だろうと、スサノオ兄さんと共に外に出てみせると誓って見た星空と、お母様と寄り添って見た星空には適わない。そして、それらはもう過ぎ去ってしまった。もうこの手に再び取り戻す事は叶わない。

 お母様は亡くなり、スサノオ兄さんはたとえ戦争が終わっても、昔のような関係に戻れるとは到底思えない。

 その事を、この星空は私に強調しているかのように思えて仕方なかったのだ。

 

「…スサノオ兄さん、今どうしていますか? どうして私の手を取ってくれなかったんですか…?」

 

 何を言ったところで、スサノオの心は変わらなかっただろう。それが分かっていても、こうして独り言を言ってしまうあたり、私は女々しいのだろう。…女であるのだが。

 

 星空を見上げていると、少し辛さがこみ上げてきたので、気晴らしに夜の山々、森林へと目を移す。

 星々や月の光に照らされ、昼間とは違った幻想的なその姿に、私は辛い気持ちが癒されていくのを感じた。

 

「…夜の景色も良いものですね。…………、ん?」

 

 じっと見ていると、景色の遠くの方に違和感を覚える。ちらちらと揺らめく、黄色い光のようなものが森の一部分に見えるのだ。

 

「あれは……火?」

 

 私が疑問に思ってそれを凝視していると、

 

 

「報告! 暗夜の騎馬隊と思わしき一団を捉えました」

 

 

 突如、本当に降って湧いたようにカゲロウが私から少し離れた所に現れた。

 

「きゃ!? …って、カゲロウさん? え、今、暗夜の騎馬隊って……、!!」

 

 私はカゲロウの言葉の意味をすぐに理解した。戦う時が来たのだ、と。

 

「分かりました。それでは、私はみんなにこの事を伝え次第、すぐに出立します!」

 

「御意。では、私は砦の入り口で待つとしましょう。サイゾウやスズカゼからの連絡も受けねばなりませんので。では…」

 

 と、カゲロウは現れた時と同じく、瞬く間にその場から姿を消してしまった。

 どうやっているのか気になるが、今はそれどころではない。私は急ぎ室内へと戻り、駆け足で階段を降りていく。

 今の時間、恐らく他のみんなは各々用意された部屋で休んでいるはず。とにかく、手近な所から当たっていくとしよう。

 

 

 

「ジョーカーさん!!」

 

 バタン!! と、勢いよく扉を開け、ジョーカーの部屋に入る。

 

「うおぉっ!? ……っと、これはアマテラス様。一体如何なされたのですか?」

 

 何か読み物をしていたらしく、いつもは掛けていない眼鏡をしているジョーカー。普段ならその事について突っついているところだが、今は急ぎの用があるため、後ろ髪を引かれる思いで用件だけを伝える。

 

「出撃です! 私は他の人にも伝えて回りますから、ジョーカーさんも他の方に伝えて下さい!」

 

「! ついに来ましたか。かしこまりました、では早速仕事に取り掛からせて頂きます」

 

 本を閉じ、眼鏡を脇にあった卓に置くとジョーカーは立ち上がる。

 

「あ、あと女性陣は私が回りますので、ジョーカーさんは男性陣をお願いしますね」

 

 私の言葉に、テンジン砦に到着した時の一悶着を思い出したのか、ジョーカーは良い笑顔で、口の端をひくつかせていた。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、続々と砦入り口に遠征メンバーが集合していく。

 みんな少し休んで、少しは元気が戻ってきているようだ。顔に活気が甦ってきているのが分かる。

 

「揃いましたね」

 

「ああ。しっかりとセツナを見張っていたからな。今度は最初から万全だ」

 

 ヒノカ姉さんに首根っこを掴まれて、セツナはだらんと脱力しながら立っていた。

 

「私…別にどこにも行かないのに…」

 

 若干機嫌がよろしくないようだが、特別怒っているという訳でもなさそうなので問題ないだろう。

 

「おっしゃー! さっさと敵を倒しに行こうぜ!!」

 

「落ち着きなさい。馬鹿みたいに突っ走っていくだけじゃ、下手したら死ぬわよ。まったく、タクミ様の臣下ともあろう者が少しは落ち着きってものを覚えなさい!」

 

「おご!?」

 

 腕をブンブンと振り回して得意気に笑うヒナタの頭に、オボロが手にした薙刀の柄でチョップのようにツッコミを入れた。あれは痛そうだ…。

 

「…確かに、オボロの言う通りね。考えなしにただ突進するだけじゃ、いくら精鋭揃いといっても、私達の身も危ないわ。ここはしっかりと策を立てるべきよ」

 

「えっとえっと、アクア姉様には何か案があるんですか?」

 

「いいえ、特にこれといって浮かんでいないわ」

 

 浮かんでないのかい! という声が聞こえてきそうなほどに、見事にほぼ全員がずっこけそうになった。

 

「ハハハ。アクア様は見かけによらず、こういったご冗談をたまに言いますからね。いやいや、面白い方ですよ全く。皆さんも、綺麗にずっこけようとなさって、芸人を志望されたらよろしいのではないですか?」

 

「うぐぐ…アサマの毒舌はこの際無視するとして…」

 

「おや? 酷いですねぇヒノカ様。自分の臣下を無碍に扱うなんて」

 

「もういいから少し黙ってくれ…出撃前から疲れる…」

 

 と、ヒノカ姉さんは頭を抑えて首を振るが、それをアサマは実に楽しそうに眺めていた。

 

「…ふう、これじゃ埒が開かない。もういい、俺が進行を務める。よろしいでしょうか、アマテラス様?」

 

 黙って見ていたジョーカーだったが、流石に呆れ始めていたらしく、話を先に進める役を買って出てくれた。

 

「そ、そうですね…。お願いします、ジョーカーさん」

 

「さて、本題に入るが…敵騎馬隊が現状どの辺りまで迫っているのか、からだな。おい、カゲロウ、その辺はどうなんだ」

 

 ジョーカーが声を掛けると、少し離れていたカゲロウがコウモリを腕にぶら下げながら近付いてくる。

 

「サイゾウからの連絡では、あの山に入ったところらしい。つまり、連絡の時間差を考えれば、敵はあの山の中間地点に入った所まで迫っているはずだ」

 

「そうか。では、それを踏まえた上で話を進める。こちらが敵に向かうとして、どの地点で接敵するかが問題となるんだが…」

 

「あ! 分かりましたよ~!」

 

 ジョーカーの話の途中で、フェリシアがぴょんぴょんと飛び跳ねながら割り込んだ。

 

「私達よりも敵の方が進行スピードが速いから、こちらが戦闘態勢に入る前に先制攻撃を受ける危険性があるんですね! しかも、敵は騎馬隊です。移動しながら戦う彼らは、徒歩を基本とする私達とは相性が悪いです」

 

 えっへん、と自信満々に胸を張るフェリシア。なんだか可愛らしいその仕草に、みんなはフェリシアがしっかりとした事を言ったにも関わらず、微笑ましくフェリシアの事を見ていた。

 

「加えて、白夜王国と比べ暗夜王国の人間は闇に慣れている。いくら月明かりで多少明るいとはいえ、夜の戦闘では向こうに分があると見ていい」

 

「なら、私達が取るべき行動は…?」

 

 ヒノカ姉さんが腕を組んで考え始めるが、それによって解放されたセツナが、意外にも答えに近いものを提示した。

 

「罠…敵も私みたいに、穴に落としていい…?」

 

「そうか…待ち伏せればいいんだ! 夜はこっちが不利でも、地の利はこっちにある!」

 

「そうです、タクミ王子の言う通り、こちらは待ち伏せればいいのです。セツナが言った罠は時間を掛けて設置するものだから、今回は当てはまらない」

 

 よし、とタクミがグッと手に力を込め、一瞬だけだが私をチラリと見たような気がした。

 とにかく、作戦が決まったという事で早速カゲロウがコウモリの足に文を結びつけ、夜空へと放つ。

 待ち伏せ地点はここから少し行った先、山とテンジン砦に挟まれて存在する森である。

 スズカゼとサイゾウも、そこで合流する事になっている。

 

「では皆さん、行きましょう!!」

 

 そして私達は、私は戦場へと赴く。白夜に付くと決めたあの日、スサノオ兄さんと闘ったあの日以来の、暗夜王国との戦いの場へと…。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、スズカゼとサイゾウは一足早く合流しており、暗夜の騎馬隊の様子を併走しながら確認していた。山岳において、やはり騎馬では進みづらい部分もあるのだろう。暗夜軍の進行速度は普通の騎乗時よりも幾分落ちていた。それに引き換え、忍はその身軽さと特殊な訓練を積んできたが故に、足場の悪い場所でも平然と移動出来る強みがある。スズカゼ達が距離を保てたのはこの為だ。

 そして、カゲロウの放ったコウモリはまだ彼らの元には届いていないようだった。だからこそ、彼らはこうして様子見を続けているのである。

 

「………、」

 

「どうしました、兄さん?」

 

 スズカゼが黙って騎馬隊を見ているサイゾウに声を掛ける。ちなみに、スズカゼとサイゾウは双子の兄弟であり、兄がサイゾウ、弟がスズカゼだ。双子でありながら、その性格は見事に違っているが。

 スズカゼの疑問に、サイゾウは騎馬隊から目を離す事なく答える。

 

「奴ら…どこか様子がおかしい」

 

 眉間にシワを寄せて言うサイゾウに、スズカゼもまた注意深く敵を観察してみる。すると、確かに微かではあるが何か違和感のようなものを感じた。

 

「確かに…、どこか必死すぎるようにも見えますが…」

 

「ああ。今の奴らは特攻を仕掛けているようなもの。故に、それ自体はおかしな話でもない。だが、奴らのそれは、勇んだものであるとはどうも思えん」

 

「言われてみれば、そうですね…」

 

 では、彼らは何に必死になっているというのか。その答えを、2人はすぐに知る事となる。

 

「ぐあぁぁ!?」

 

 十数人居た内の1人が、突如悲鳴を上げながら落馬したのだ。

 

「くそ! また1人やられた!! 一体どこから狙ってきてるんだ!?」

 

「た、隊長! どうします!?」

 

 スズカゼ達の耳に、暗夜兵達の声が入ってくる。何やら、随分と焦っているようだった。そして、隊長と呼ばれたやたら寝癖の激しい若い男が声を張り上げる。

 

「今攻撃してきているのはほぼ間違いなく白夜軍だ! この攻撃は、敵が俺達の進行を恐れているという証拠! それに何より、今更撤退なんて許されない! 全員、敵の攻撃を何としても受ける事なく任務を遂行するぞ!!」

 

「「「おおおーーー!!!」」」

 

 男の叫びに、部下である騎士達が猛りの咆哮を上げる。

 それを見ていたサイゾウは、違和感の正体が何であるのかをようやく理解した。

 

「奴ら、勇んでいるだけじゃないな。何者かから攻撃を受けているらしい」

 

「ですが、一体誰が? 私達は兵を動かしていないはずです。その証拠にこうして偵察に出ていたのですから」

 

「そこが分からん。勝手に突出した兵が居たのか、それとも違う勢力が奴らを攻撃しているのか…どちらともつかん」

 

 サイゾウには、急に敵が落ちたようにしか見えなかった。それはスズカゼも同じ。敵は、見えない何かに襲われたとしか思えなかったのだ。

 そして、スズカゼには思い当たる事が1つだけ、つい最近に経験していた。

 それは───

 

「……もしや、姿の見えない兵…? ですが、あれは暗夜の兵だったはずでは…?」

 

 謎は深まるばかりで、彼らは闇に包まれた山道を走り続ける。

 

 

 騎馬隊の背後に、姿の見えない兵士が居る事には気付かずに……。

 

 




「キヌの『コンコン! お狐通信』~!!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「やっほー! マトイのお勉強からやっと解放されたよー! んー、お腹すいちゃったー!」

キヌ「という事で、今回のげすとはこの人だよ!!」

グレイ「何が『という事で』だよ」

キヌ「だってね、マトイが言ってたんだー。頭を使った後は甘いものを食べるといいんだって! ね? グレイは甘いものいっぱい持ってるから、げすとに適任だよ!」

グレイ「…俺は甘いものの補給がメインで呼ばれたのかよ。まあ、いいけどな。おっと、名乗り遅れたな。今回のゲスト、グレイだ。よろしくな」

キヌ「ねーねーグレイ、早くお菓子ちょうだい! あ、アタシようかん食べたい! 出して出してー!」

グレイ「あのな、俺は自分で作るタイプの人間な訳よ。あんな面倒くさいもん、常備してる訳ねーだろ」

キヌ「えー? お菓子の専門家なのにー!?」

グレイ「それから言っとくけど、俺が作るのは基本的に洋菓子が多い。そりゃ、和菓子も作るが、洋菓子の方が日持ちするものも多いしな。持ち歩く分には洋菓子、暗夜で言うとクッキーとかキャンディの方が便利なんだよ」

キヌ「それって美味しいの?」

グレイ「ふっ…菓子に関しては俺は嘘はつかないぜ。ほら、お前にも1袋分けてやるよ」

キヌ「わーい! ぱく、もぐもぐ…ホントだ! これすっごく美味しいよ!」

グレイ「それがクッキーだ。クッキーってのは簡単に作れるが、そのぶん奥が深くてな…生地に他の食材を混ぜ込んだり、上に具を乗せて焼いたり、クッキーで何かを挟んで食べたり…とまあ、色々な種類があるんだ」

キヌ「おおお…何かすごい! もっと色んな種類のくっきー食べてみたいよ!」

グレイ「そこまで興味を持ってくれるとは、作った俺としても嬉しいな…。よし、じゃあ今度、他の奴らも呼んで色んなクッキーの試食会でもやってみるか」

キヌ「わーい! みんなで食べるの楽しそうだね! よーし、じゃあアタシはシャラとかベロアとかにも声かけよーっと!」

グレイ「クッキーなら、紅茶が合うか…。ディーアにも声掛けとくかな。いや、こうなりゃ俺らの世代全員呼んじまうのも有りか。よし、それでいくか」

キヌ「今から楽しみだなぁ! あーあ、早く試食会の日にならないかなぁ…」

グレイ「まずは全員に声を掛けるところからだろ。簡単な手伝い要員も確保しないとな。……ん、母さん、また俺をつけてたのか……? いや、違うな、何か持って……?」

キヌ「あ、かんぺだよ! この前はマトイのお母さんが持ってたよ! その前はアタシの母さんだったんだー」

グレイ「へえ…で、なになに……『お菓子の事で時間を取りすぎ。巻いて巻いて』…って、それ俺が読み上げるやつじゃねーじゃねーか!」

キヌ「あ、紙を捲ったよ。えっとー、『キヌはベロアのように拾い食いはしないの?』って、アタシの話?」

グレイ「あー、そういえば、あいつ俺が落としたキャンディ普通に食ってたな。流石に落ちたもん食うなって言ったけど、全く聞く耳持たずだったぜ…あんなでっかい耳してんのにな」

キヌ「うーん、アタシは流石に落ちたものは食べないかなー。ベロアは狼だし、狐のアタシよりお腹が丈夫なんだと思うよ」

グレイ「そういや、お前もたまに鳥とか狩ってくるけど、ちゃんと焼いて食ってるもんな。…ん? ベロアはどうやって食ってるんだ? なんか、生でいってそうで怖いんだが」

キヌ「ベロアは狩りが面倒くさいから、生で食べるとか調理するかどうかも無いんじゃないの?」

グレイ「でもあいつ、本当に生で肉とか食ってないだろうな…。あー、なんか心配になってきた。ちょっと様子見に行ってくるわ、ってか聞いてくるわ」

キヌ「アタシも行くよ! そのままベロアと遊んじゃおっと!」

キヌとグレイがベロアの所に行ったため、収録は終了させて頂きます。




ベロア「…なんですか? 今は、ガルーアワーズの収録中なのですが」

キヌ「遊びにきたよー!」

グレイ「よっ。お前に聞きたいんだけどさ、お前って生肉食うのか?」

ベロア「………



食べませんが、何か?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 見えざる者ども

 

 私達は合流地点として、そして待ち伏せ場所として指定した森の入り口にまで来ていた。

 

「お待ちしておりました」

 

「スズカゼさん!」

 

 そこには既にスズカゼが居り、森を窺いながらこちらへと視線を向ける。

 ただ、森の入り口に居たのはスズカゼだけで、サイゾウの姿が見当たらない。

 

「スズカゼさん、サイゾウさんは…?」

 

「兄は、継続して敵の動きを監視しています。待ち伏せるなら、敵の動きに変化があった時に連絡を寄越す必要もありましたので」

 

「そうですか…少し心配ですね」

 

 敵の監視とは、思っているよりも危険な仕事だ。何故なら、常に気を張らなければならないから、体力と精神が共に削られ、しかも敵に自分の事がバレた時ほど危険な事はない。

 監視、つまりそれは潜入でもあり、要員としては必然的に1人が好ましくなるが、その分命の危険も増す事になる。

 いくら忍びがその手のプロとはいえ、心配なのに変わりはないのだ。

 

「案ずるな、アマテラス様。奴は我ら忍び衆でも相当の手練れ。だからこそ、リョウマ様の臣下としても仕えていられる実力を持っている。それは私が保証しよう」

 

 カゲロウの言葉には嘘偽りは感じられない。同じリョウマ兄さんの臣下として、サイゾウの事を信頼している証なのだろう。その言葉には、自信に満ち溢れていた。

 

「そう、ですね。隊を率いる私が仲間を信じなくてどうするというのでしょう。ありがとうございます、カゲロウさん。私は隊長としての自覚が足りなかったようです」

 

「いや、あなたは立派に務めを果たされている。私が報告してからすぐに出撃の用意を整えられたのだ。あとは、あなたの心の成長が求められているだけ。少なくとも、私はあなたの事を認めている」

 

 カゲロウの言葉に、私は緩みそうになる頬をグッと引き締める。褒められて嬉しいが、今はデレデレしている時ではないのだ。それこそ、隊を率いる者として。

 

「では皆さん、打ち合わせ通りに行きますよ!」

 

 私の号令で、それぞれが待機場所へと散らばっていく中、

 

「…?」

 

 スズカゼが私の方へと近寄ってきた。スズカゼにも待機場所で備えて欲しいところだが、彼が意味のない行動をするとは思えない。

 そんな事を考えている私に、彼は他の誰にも聞こえないくらい小さな声で、耳打ちしてきた。

 

「アマテラス様、少しお伝えしたい事が…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い森、それは彼らにとって、暗夜を覆う暗闇に比べればどうという事もない。少しの明かりがあれば、十全に周囲を窺うのも容易い。

 

 野生の動物達の生きる音に混じり、暗夜の騎馬隊は森の中を駆けていた。

 時折、蹄鉄が折れた枝を踏むバキッという音が、森に響き自分達の疾駆を知らしめているようだったが、彼らは今、隠密に動く余裕は無かった。

 

「走れ! もっと速く!」

 

 先頭を行く若い男の声が、遠慮もなく森へと響き渡る。馬に無理をさせているのは承知の上で、苦心しながら馬を駆るのには理由があった。

 

「ぐあぁ!!?」

 

 今もまた1人、敵の見えない攻撃によって馬から撃ち落とされ絶命した。

 

「くそ、くそっ、くそっ!」

 

 隊長である彼は焦っていた。徐々に、仲間が確実に1人ずつ殺されていくからだ。

 山に入る少し前から、突然敵からの攻撃が始まった。最初は敵の位置を捕捉しようともしたが、何故かそれが出来なかった。どこからともなく襲い来るその攻撃が、弓によるものなのか、魔法によるものなのかさえ分からない程に、痕跡という痕跡がまるで無かったのだ。

 それでも、痕跡が無くとも攻撃は確実に仲間を襲っている。隊長である彼に出来る判断は、全滅する前に敵の攻撃を振り切るという事だけだった。

 

 そして、森に入った辺りから、敵の攻撃は弱くなり始めていた。

 だが、それは森という遮蔽物に溢れたフィールドだったからこその話。森を抜け、再び身を隠すものが何もない所に出れば、たちまち狙い撃ちにされてしまう。

 だからその前に、この森で出来るだけ敵から距離を取る必要があった。

 

 闇に慣れているから、そんな強みは最早、逃げの一手にしか活かされてはいなかった。

 

「! 出口か!?」

 

 そして、森での逃走劇がようやく終わろうとした彼の目に、今度は信じられないものが映った。

 

 

 ちょうど出口を遮る形で、それは居た。

 

 暗闇でも分かる、その神々しいまでの白銀の輝き。どことなく馬に似た体躯のそれは、しかし馬とは似ても似つかない容貌をしていた。

 頭から突き出た長い角、なめらかなその体には、馬のような体毛やたてがみは無く、その背には飛竜の翼が。

 それは、見たこともない生物の姿をしていたのである。

 

「な、んだ…あれ、は」

 

 唖然とする彼とは裏腹に、彼の相棒である馬がその存在に恐怖し、失速し始める。

 

「お、おい!」

 

 慌てて手綱を持ち直すが、馬は恐がって前に行きたがらない。

 それは彼だけではなく、部下達も、突然現れた謎の生物に恐怖を隠せなかった。

 

「な、なんだよアレ!?」

 

「まさか、アレが俺達を襲ってたんじゃ…!?」

 

「び、白夜はあんな怪物を飼ってやがるのか!?」

 

 部下達に混乱が走り、ついには進行が完全に止まってしまった。

 

「おい、落ち着けお前達!」

 

 隊長である彼は叱咤するが、部下達の耳には届かない。

 目の前の出口ではなく、他の場所から外に出ようと散り散りになって駆け出していく。

 

 優秀な兵とはいえ、彼らは人間だ。いくら実力を持っていても、度重なる見えない攻撃、減っていく仲間、トドメに謎の怪物と、連続で恐怖を煽られれば取り乱さない訳がない。

 

 それを律する事が出来てこそ、その人物は英雄たりえるというものである。

 それこそ王族の者や、一般兵卒から将軍クラスに登り詰める程に。

 

「待て! 勝手に行くな!! 止まれ!!」

 

 彼の叫びも虚しく、部下達は止まらない。

 

 

 

『今です!!』

 

 

 

 そして、どこからか突如響いた女の声。次の瞬間、部下達の悲鳴が上がった。

 

「暗夜の者め、逃がさない!!!!」

 

「ぎゃあぁぁ!!??」

 

「ば、化け物おぉぉ!! ぐぶ!?」

 

 部下達の行く先々で、白夜の兵と思わしき者達が一斉に茂みから飛び出し、次々と部下達が討ち取られていく。

 

「な、何が…!? まさか、待ち伏せか!?」

 

『あなたにも、倒れていただきます!』

 

 先程の女の声が、目の前にいた怪物から発せられた。そして、彼は得心した。

 

 アレは、理性と知性、意思のある存在であると。

 

 確実に、敵の、白夜の兵器である、と。

 

「くそ! 俺だけでも任務を全うしなければならないんだ! こんな所で止まれるか!」

 

 剣を手に掛け、彼は叫ぶ。暗夜の騎士として、1人の騎士として。

 誇りに懸けて、彼は叫んだ。

 

「俺は、親友に……『アマテラス』に会わなければならないから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 男の叫びに、私は一瞬耳を疑った。

 

 親友。彼は確かにそう言った。だけど、私には彼の事に心当たりがまるでない。

 

 なのに、彼は私を親友と呼ぶ。

 

『何、を……』

 

 疑問に思う暇を、暗夜の騎士は与えてはくれなかった。

 

「行くぞ!!」

 

 怯えた馬から飛び降り、彼はその勢いのまま、私へと剣を振り下ろしてきたのだ。

 

『くっ!』

 

 私はとっさに剣を角で受け止め、思い切り頭を振って騎士を剣ごと振り払う。

 

 男は勢いよく振り払われたにも関わらず、地面に落ちたと同時に受け身を取ってすぐさま起き上がる。

 

「ウオォォォ!!」

 

 恐れること無く、再び私に向かって剣を構えながら突進してくる彼を、私は水の飛沫を撃ち出して迎撃するが、

 

『!!』

 

 彼はスライディングでそれを避けたかと思うと、そのまま私の足をすり抜け、私の腹目掛けて剣を突き立てようとする。

 

「もらった!」

 

『させません!!』

 

 それを、私は腹を中心に水の膜を張る事で、突き刺されるのを防ぐ。

 私が竜化状態で生じた水には、武器の威力を無効化する事が出来るのは実証済み。それを知らない敵からすれば、何が起きたのか戸惑う事は必至だった。

 

「何!?」

 

 剣は水のベールを貫通せず、弾力のあるゼリーを棒でつついているようで、まるで効果は無い。

 私はそのまま彼を押し潰そうと腹に力を入れるが、

 

「ちぃっ!」

 

 彼は私の意図が分かったらしく、剣を地面に突き立て、その間に隙間から脱出してしまう。

 私は彼が抜け出たのを見て、そのまま剣をへし折った。

 バキンと金属音を立てて、鉄の剣は根元から完全に折れていた。

 

「まだまだ!」

 

 彼は腰に手を回すと、隠していたらしい小さな槍を取り出し、それを一気に振り下ろした。

 

 ガチャン、という音を鳴らせて小さかった槍は3倍近く伸び、彼は器用に槍を振り回して戦闘態勢へと移る。

 

『仕込み槍…ですか。まだ武器を隠し持っていたんですね』

 

「戦士として、武器が剣一つでは心もとないんでな。特に、俺のような新米には必要なんだ」

 

 確かに、リョウマ兄さんやタクミの持つ神器でも無い限り、壊れてしまう可能性は捨てきれない。もしもの事を考えて、あらかじめ備えておく事は当然なのだろう。

 

『あなたの仲間は私達が倒しました。もう、あなたに勝ち目はありません。投降して下さい』

 

 彼には聞きたい事がある。私が親友とは、どういう意味なのか。私達は、もしかして知り合いだったのか。

 

「俺は騎士だ。たとえ勝ち目が無くとも、最後まで敵に屈したりしない!」

 

 彼の目には、未だ信念の火が灯っている。それは以前無限渓谷で対峙した、忍びの者と同じ目だった。

 何かを守るため、自分の命を懸けた者の目。

 

『…あなたは、誇り高き騎士、なのですね』

 

 何故か、彼にマークス兄さんの姿が重なって見えてしまう。

 騎士として、マークス兄さんもとても立派な方だったからだろうか。私は彼に、マークス兄さんの姿を思い浮かべたのだ。

 

「敵に誉められたところで、嬉しくもなんともないぞ」

 

 彼は一切の隙も見せず、槍を手に、徐々に距離を詰めてきている。

 私も、いつ彼がどんな動きをしても良いように、一切の油断なく意識を集中する。

 

『………、!!?』

 

 だからだろうか、研ぎ澄まされた私の目に映ったもの、それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、敵はあらかた片付いたな」

 

 ヒノカは薙刀に付いた血を振り払うと、辺りに目を向けた。

 

「はあ…本当は不意打ちなんて、侍としてあまりしたくないんだけどな」

 

「まあ、割り切ろうよー。命の懸かった闘いでは、そんな悠長な事は言ってられないからねー」

 

 

「兄さん、ご苦労様です」

 

「ふん…結局、誰が奴らを追撃していたのかは分からなかったがな」

 

「ふむ…ならば、まだそいつらが近くに潜んでいるやもしれぬな。警戒しておくか…」

 

 

 それぞれが戦闘を終え、話をしている中で、ジョーカーとフェリシアはジッとアマテラス達の闘いを見守っていた。

 

「アマテラスはまだ闘っているのか…! 何故、助太刀しない!」

 

 ジョーカーはヒノカの言葉に振り返らず、ヒノカの言葉に答えた。

 

「アマテラス様からの命令です。隊長格との闘いは手を出すな、と」

 

「はい。アマテラス様は、自分も隊長として、その責務を果たしたい…そう言っておられました」

 

「ジョーカー、フェリシア…だが、それでもし、アマテラスの命に危険が迫ったらどうする!?」

 

 ヒノカは戦士として、兵を束ねる者として、アマテラスの想いは分かるつもりだ。

 ただ、彼女はそれ以前にアマテラスの姉だ。長らく会えなかった妹がようやく自分の元へと帰ってきてくれた…そんな姉としての想いが、家族としての想いが、戦士としてのヒノカの想いを上回っていたのだ。

 

 ヒノカの問いに対し、アマテラスの臣下である2人は、少しの間を置き答える。

 

「もちろん、危険と判断した際は命令を無視してでもお助けいたします」

 

「はい~。私たちにとって、アマテラス様の命ほど大切なものはありませんから!」

 

 相変わらずの主人絶対主義を掲げる2人だったが、その想いの深さは最近知り合ったばかりのヒノカにも伝わっているようだった。

 アマテラスを大切に想う者同士という事もあるからだろう。ヒノカは2人の気持ちも、よく分かっていたのだ。

 

「そうか。だが、私とてアマテラスの命は他のきょうだい達と同じくらい大切なんだ。だから、もしもの時は私も助けに入るからな」

 

「ええ、是非ともそうして頂けると助かります」

 

 アマテラスを大切に想う者の輪は、各々の想いも越えていく、という事を示しているかのような図であった。

 

「…あれ? なんだか様子がおかしいような…」

 

 と、フェリシアが首を傾げてアマテラスを見ていると、

 

「な!? アマテラス様、何を…!?」

 

「おい、何をしているんだ!?」

 

 その叫びに、全員が一斉にアマテラスの方へと視線を向けた。

 そして、同じように驚愕する事となる。

 

 それは、アマテラスが勝ったからとか、負けたからとかの話ではなく、アマテラスの取った行動に対する驚きだった。

 

 

 簡単に言えば、アマテラスは水流を作り出していた。ただし、それは暗夜の騎士に対するものではなく、彼の背後へと流れるようにだった。

 

 騎士の方も、自分への攻撃ではない事に驚きを隠せないのか、目を白黒させて槍を握っていたが、それに構わずアマテラスは水流を勢いよく森へと向けて流し込んでいく。

 

 そして、アマテラスの行動の意味を、アクアとスズカゼのみが理解した。

 

 

「そう…そういう事ね、アマテラス。

 

 

 

 

 

また現れたのね、姿の見えない兵が」

 

 




「キヌの『コンコン! お狐通信』~!!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「うっぷ。お腹いっぱいでお腹が重たいよ~…」

キヌ「赤ちゃん出来たらこんな感じなのかな? えっへっへ、それじゃあ妊婦さんごっこでもしちゃおっかな!」

シャラ「…あら、お狐様におめでたなんて、縁起が良いわね。ありがたや、ありがたや…」

キヌ「あー! アタシまだげすと呼んでないよ、シャラ!」

シャラ「…ふん。別にそんなの要らないわよ。だいたい、あなただってゲストの紹介を全然しようとしてなかったじゃない…」

キヌ「え~っと~…別に忘れてた訳じゃないよ? 先に遊んでからにしよっかなーって思ってたんだよ!」

シャラ「…何よ、その後から取って付けたような言い訳…。まあ、別にいいけど…」

キヌ「ぶ~! 言い訳じゃないもん! ホントだもん!」

シャラ「あなた、私の父さんよりも子どもね…。……どうしてアマテラスは私じゃなくてキヌにコーナーを任せたのかしら。アマテラスに頼られるなんて、羨ましい…」

キヌ「え? なんてなんて? なんて言ったの? 教えてよー?」

シャラ「…なんでもないわ。それより、さっさと終わらせたいわね、こんな茶番…。アマテラスの頼みじゃなければ、こんな面倒な所になんて来ないもの…」

キヌ「あ~! そういえば、シャラってこういう遊びとか、全然一緒にしてくれないもんね? なーんだ、頼まれたから来てくれただけか~……」

シャラ「………………別に頼まれたからってだけじゃ」

キヌ「え? なんて? もう一回言ってよー!」

シャラ「……なんでもない。ほら、早く今日のお題に行きなさいよ。呪うわよ…」

キヌ「えー? 仕方ないなーシャラはー」(←狐は耳がとても良いので、本当はさっきのシャラのボソボソは2回とも聞こえています。)

シャラ「…もういいわ。私が勝手に話を進めるから。ちょうど母さんがカンペを持っていることだしね…」

キヌ「んー? あ、ホントだ! シャラのお母さんヤッホー!!」

シャラ「か、母さん…恥ずかしいから、いちいちキヌに手を振り返さないでちょうだい…それと、それじゃ読みづらいわ…」

キヌ「ごめんごめん! それじゃ、読んじゃうね~」

シャラ「…長いわね。…『今回、待ち伏せで奇襲を受けた暗夜兵達は、一体誰を見て化け物だと叫んだのでしょうか?』…謎解きでもあるまいし、簡単すぎるわよ、この問題」

キヌ「え? アマテラスの事じゃないの?」

シャラ「…マトイが言っていたのは本当のようね。あなた、少しおつむを鍛えた方が良いわ」

キヌ「えー!? またお勉強!? アタシいやだよ!!」

シャラ「…私は別にキヌの勉強を見るつもりはないけど」

キヌ「ふう~、助かった~」

シャラ「結果次第じゃ、マトイに報告するかもね…」

キヌ「うげげ…ちょっと待って。真剣に考えてみるから」

シャラ「…ミタマじゃないけど、はあ…帰りたい…」

キヌ「うーん…怒った時のジョーカー?」

シャラ「…違うわ。残念だけど、マトイに報告するわね」

キヌ「いや! 絶対にお勉強ヤ!! シャラのケチンボ! くっきーまみれ! 紅茶の魔女! 宵闇のシャ…「ぶち」」


シャラがブチ切れてキヌがマトイの元に連行されたので、収録は中止します。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 竜の瞳が映すは空虚なる者なり

 

 私の目に映ったもの、それは数人の兵士の姿だった。彼らは暗夜の騎士の遠く背後で、私達の闘いを窺っているようだったが、私はまだ敵兵が居た事への驚きよりも、その兵達の構成への違和感の方が勝っていた。

 

 暗夜の装備に身を包む、騎兵が4騎、それだけなら、まるで問題はなかった。

 

 しかし、私に強烈な違和感を抱かせた兵が1人。それは、暗夜ではありえないはずの兵種。

 

 

 

 白き翼を羽ばたかせ、和風な装備に身を包むその姿は、まぎれもなく白夜の天馬武者のものだった。

 

 

 

(何故、敵に天馬武者が…!?)

 

 私は動揺を表に出さないよう、出てきそうになる驚愕の言葉を無理やり飲み込む。

 

「………」

 

 目前の騎士は、まるで背後の事など気にするような素振りを見せない。この様子では背後の兵達に気付いていないようだ。

 更に、スズカゼから受けた報告では、彼らは何者かによる攻撃を受けていたという。しかも、その何者かの姿を暗夜の騎馬隊、そしてスズカゼ達も捕捉出来なかったらしい。

 

(みんなは…)

 

 目の前の騎士にバレないように、間合いを計るフリをしながらこっそりと背後の様子を窺うが、

 

「…私、役に立った…わーい」

 

「まあ、待ち伏せで失敗など、そうそうありませんでしょうからね」

 

 

「タクミ様ー! どうですか俺!? ばっちし倒しましたよ!」

 

「ああ、そうだね。僕も倒したんだけどね」

 

「…暗夜兵め、私を化け物と呼んでくれるとは、よっぽど地獄に行きたかったようね」

 

「うん、そうだね。オボロはその顔…ちょっと緩めようか」

 

 

(ダメだ! 全然気付いてない!)

 

 まだ敵兵は複数残っているのに、気付くどころか、ともすれば和んでいる。

 

 まさかとは思うが、彼らの姿が見えているのは、私だけ…?

 

 でも、だとしても、それなら何故?

 どうして私だけにその姿が見えている?

 そして、彼らはもしや先日白夜王国を襲った、姿の見えない兵士なのでは…?

 

 しかし、違和感が拭えない。彼らは暗夜の差し向けたものだったはずだ。それなのに、何故同じ暗夜の兵を狙ったのか。そして、どうして白夜の装備を纏った兵士がその中に紛れているのか。

 

 疑問は多く残るが、彼らをこのまま捨て置くのはいただけない。

 スズカゼの報告と、暗夜騎士の様子からして、彼らはこの騎士にとっても敵であり、先日の件からも私達の敵であるのだ。

 放っておいたら何をするか分かったものじゃない。

 

『………仕方ありません』

 

 私はちょうど元の位置に戻ってきた頃合いで間合いを計るフリを止めると、槍を構える騎士に向かって一気に距離を詰める。

 

「っ!」

 

 騎士は私が動き出した事で、自身は私の攻撃を待ち受ける方を選んだらしかった。

 それならそれで好都合。私の目的は、騎士を倒す事から姿の見えない彼らへとシフトしていた。敵の狙いは分からないが、おそらく漁夫の利だろう。どちらかが倒れた隙に、もう片方を始末すると私は見ている。

 

 私は騎士に攻撃するために水流を作り出すフリをして、それに騎士も応じ自分への攻撃だと身構える。水流と共に併走して、騎士が直前に迫った水流の波を横凪にしようとした瞬間、私は彼の頭上を高々と飛び越えた。

 

「何!?」

 

 水流も、横凪される前に騎士を避けるように左右に割れ、私の着地と同時に再び波となって前方へと押し流されていく。

 

『さあ、姿を見せなさい!』

 

 押し寄せる波が、騎士の背後で傍観していた兵士達へとうねりをあげて襲いかかる。

 突然の攻撃に、天馬武者以外の騎兵達はロクに回避行動も取れずに水流をもろに全身に浴びた。

 それにより、騎士は振り返った先で奇怪なものを目にする事となる。

 

「これは、何だ!?」

 

 彼の目から映ったもの、それは透明な何かに纏わりつくように浮かんだ水滴の数々。

 その水滴が描くは、馬のようなシルエットに、その上に騎乗する人間らしきものの姿だった。

 

『ひとまず、私達の闘いはこれまでです。あなた達を襲ったのは私達白夜軍じゃなくて、あの姿の見えない兵士…今のあなたと私達にとって、あれは共通の敵。邪魔者は先に排除してしまいましょう』

 

 私の言葉に、暗夜の騎士はハッとする。姿の見えない兵士など、普通は信じられるものではない。だが、現に目の前に摩訶不思議な存在がこう何度も現れては、もはや信じる信じないの話ではないのだ。

 

「…訳が分からないが、あれが俺達を襲ってきたっていうなら、納得は出来る。どんなに敵の位置を探ろうとしても捉えられない訳だ」

 

 槍を器用に振ってみせると、彼は反転するや、私の隣へと並び立つ。

 

「アレがお前達の仲間なら、今その姿を現させるような真似はしないだろう。それに、勝負の邪魔をされるのはもちろん、決着がついてすぐに不意打ちを喰らうのも癪だからな。仕方ないから共闘するとしよう」

 

 やはり正面きっての闘いを信条とする騎士らしい心の持ち主だ。ならばこそ、先程の『親友』という言葉も、嘘ではないのだろう。ただ、私は全く覚えが無いが。

 

「! 来るぞ!」

 

 敵の動きと同時に、彼が叫びを上げる。敵は私の水によって、姿が浮き彫りとなったが、元々透けている上に水も透けているので、私以外の者にとってはなんとなくそこにいる、という具合にしか位置を掴めないようだ。

 しかも、まだ私しか姿が見えていない天馬武者が1騎いる。あれは私が闘うしかない。

 

「またこいつらか!」

 

 みんなも異変に気付いたようで、ヒノカ姉さんが率先してこちらへと天馬で駆けてくる。その異様な敵の姿を初めて見た者達は一様に怪訝な顔で得物を手にしていた。

 

「これが話に聞いていた怪物か。ふむ、確かに姿が見えぬ。私達忍びよりも忍びに向いているのではないか?」

 

「へっ! 姿が見えねーとか侍には関係ねー! 侍なら、心の目で闘うってもんよ!」

 

「珍しくヒナタにしては良いこと言うわね! あたしもそれには同意見!」

 

「いやいや、それは君らだけの根性論だからねー?」

 

「これはこれは…これまた面妖な輩が居たものですね。存在感の薄さを上手く利用しているようで敵ながら感心しますよ」

 

「…何これ…面白い…けど、面倒そう…」

 

「こいつらが…ミコト様を…っ! 許さない…!!」

 

「おい、オボロ。また魔王顔になっているぞ」

 

 頼もしいのかどうか、一部不安になるが、実力者ばかりなので大丈夫だと信じたい。

 

「ちょっと待てよ! こいつらは、暗夜の差し金だったはずだ! なのに、どうして同じ暗夜の兵を襲うっていうんだ!?」

 

 タクミは動揺しながらも、風神弓に光の矢を生み出すが、その驚きはヒノカ姉さんにとっても同様のものだった。

 

「仲間割れか…それとも、暗夜とは別の勢力なのか…、情報が少なすぎて分からないな」

 

「フ、フェリシアさんとジョーカーさんなら、あの透明な人たちのことも知っているんじゃっ…」

 

 サクラの言葉に、暗夜出身の2人は皆から一身に期待の視線を受けるが、

 

「はわわ!? あれって暗夜王国の兵士なんですか!?」

 

「申し訳ありません。私も、あのような奇々怪々は目にするのも耳にするのも初めてでして…」

 

 あたふたとするフェリシアと、あまり申し訳なさそうに謝罪するジョーカー。2人も姿の見えない兵士の事は知らなかった、そしてそれはこの騎士も…。

 いよいよもって、姿の見えない兵士の存在は謎が深まっていくばかり。

 

「そんな事よりも、敵を倒すのが先よ。話は全て終わってからにした方が良いわ」

 

 アクアが薙刀を構え、サクラを守るように前に立つ。

 

『気をつけて下さい! 皆さんに見えていない敵がもう1騎います! あいつは私が引き受けますので、皆さんもご武運を!!』

 

 私はただ1人、水流から逃れ空へと逃れた天馬武者を追う。上手く羽ばたけるか不安だったが、少しなら私も空を飛べるようだった。

 

「待て、私も行くぞアマテラス!!」

 

 私の後ろに続いて、ヒノカ姉さんが天馬と共に木々の間を縫って空へと舞い出る。

 

『ヒノカ姉さん! みんなは?』

 

「心配するな。あいつらは皆、白夜でも有数の実力者揃い。それに、お前のおかげで敵の姿はある程度捕捉出来ているんだ。たかが4騎程度なら問題ないはずだ」

 

『で、ですが』

 

「お前はこちらに集中しろ。お前が仲間に認められたいというなら、仲間を信じないでどうする」 

 

 ヒノカ姉さんの言葉に、私は押し黙る。ヒノカ姉さんの言う事は、反論の余地が無いくらい正論だったからだ。

 確かに、みんなの事は心配だ。だけど、彼らは私の心配なんて必要無いくらい強いのは、王族の臣下という事から十分に分かっている。

 私の心配が杞憂であるなんて、分かっているのだ。

 

「仲間を、姉の言葉を信じろ、アマテラス!」

 

『……!』

 

 いつまでもウジウジと考え込んではいられない。今、姿の見えない天馬武者を捉えられるのは私しかいないのだから。私がやるしかないのだから。

 私は私に出来る事をするだけ、ヒノカ姉さんと共に!

 

『分かりました、私はみんなを信じます! 行きますよヒノカ姉さん!!』

 

 見据えるは、月光を背に、その身に受ける月光すら透過させて夜空を舞う異形の天馬武者。

 2体1であるにも関わらず、表情の変化を見せずに、不敵に見下す彼女を前に、私は力強く翼を羽ばたかせ、突進した。

 まずは敵の姿を浮き彫りにしなければ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、暗夜の騎士は敵を前にして動揺していた。ただし、それは敵に対してではなく、先程聞こえた事が原因だった。

 

「…あの生物を、アマテラスと…呼んでいた?」

 

 白夜の兵達は、彼と共闘するというアマテラスの言葉を聞き取っていたため、一部を除き何か言いたげではあったが、他の者に続き素直に透明な敵へと突っ込んで行った。

 だから、彼はポツンと、1人槍を構えて空へと飛び立っていった生物を見つめていた。

 

「おい」

 

 と、呆然と空を見上げる騎士に、執事が不躾に声を掛ける。

 

「アマテラス様がお前と共闘するとおっしゃったんだ。仕方ないから今だけは見逃してやる。ただし、この共闘が終わればお前とはまた敵に戻る事を忘れるなよ」

 

「! お、おい!」

 

 ジョーカーの言葉に過敏な反応を見せる騎士。その様子は、先程まで果敢に闘う姿を見せていたとは思えない程に狼狽えていた。

 

「? なんだ」

 

「さっきのアレが…その…アマテラスっていうのは、本当なのか?」

 

「……チッ。言わない方が良かったか」

 

 しまったと言わんばかりに、ジョーカーはため息を吐く。それも、あからさまに。

 

「そういえば…お前、昔見た事があるような…というか、その服装…暗夜の者だろ!」

 

「…それがどうした」

 

 騎士は水を得た魚のごとく、自信満々になっていく。それとは対照的に、ジョーカーはどんどん不機嫌そうになっていく。

 

「アマテラスは白夜に行った…そして、お付きが2人、共に下ったとも聞いている…」

 

「………」

 

「つまり、お前がそうなんだろ!? という事は、俺はアマテラスと闘ってたって事なのか!」

 

「……チッ」

 

 テンションの違いが極端に違う2人。ただ、忘れないで欲しい。こんなやりとりをしているが今は、戦闘中である。

 

「そこー! いつまでもおしゃべりしてないで、加勢してくださーい!」

 

 今度はメイドが2人に向かって声を掛ける。彼女の叫びに、ハッと振り向くと、フェリシアが1人で見えない兵士の剣戟を手にした暗器で捌いていた。

 

 フェリシアが1人で闘っていた理由、それは実にシンプルなものだった。要は組み分けである。

 タクミ、ヒナタ、オボロ組と、サイゾウ、カゲロウ、スズカゼ組。そしてカザハナ、ツバキ、セツナ組の三つは、それぞれ見えない兵士と闘っていたのである。アクアはサクラの護衛に入り、アサマはにこやかに皆の闘いを眺めていたが、祓串を構えているので、サボっている訳ではなさそうだった。

 

 そこで何故フェリシアが1人だったのかというと、実のところ彼女は1人ではなかった。実際は、暗夜出身の2人、つまりフェリシアとジョーカーが暗夜の騎士とチームを組む、そういう認識を全員がしていたのだ。

 他の組が優勢で闘う中、おしゃべりしていたジョーカーと騎士によって、フェリシアは1人で闘う羽目になった訳である。

 

「……本当に加勢する必要あるか?」

 

「も~! 何言ってるんですか! 早くしてくださいよ!」

 

 そう言う彼女は、たくましくソシアルナイトと渡り合っているのだが、流石に放っておくのも悪いのか、ジョーカーと騎士は話を中断し、得物を握り直す。

 

「…話はこれが終わってからだ。俺はもう、お前達と闘う気はない。理由が出来たからな」

 

「ふん。どうでもいいが、その前にくたばらない事だな。まあ、負けるはずもないんだが」

 

 ニヤリと、挑発的な笑みを浮かべて、執事は騎士と共にメイドの元へ走り出す。

 既に彼らの頭の中には、敵の事しか無かった。

 




「キヌの『コンコン! お狐通信』~!!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「最近マトイのお勉強ばっかりで、ロクに遊べなかったから嬉しいなぁ! 張り切っちゃうよー!!」

キヌ「じゃあ今日のげすとさん、いらっしゃ~い!」

シーン……。

キヌ「あ、あれ? おかしいな~、げすとさん? 今日は来てないの?」

シーン……。

キヌ「えー!? せっかく張り切ってたのに、そんなのってないよー!!」

???「うーん、うるさいですわね。わたくしの安眠を妨害するのはどなた…?」

キヌ「って、あー!? ミタマだ! 良かったー! げすとさん来てたんだね」

ミタマ「なんですの…? というか、ここは一体どこなのでしょう? わたくし、自室に引きこもって眠っていたはずでしたのに…」

キヌ「ここはね、アタシの遊び場なんだー。それで今日のげすとさんはミタマなんだよ!」

ミタマ「…ええ……、それはなんとも面倒そうですわね。申し訳ありませんが、わたくしは眠くて眠くて仕方がないのです」

キヌ「えー!? そんな事言わないでよ!」

ミタマ「知らぬ間に 寝室代わり 帰りたい。さっさと帰らせて下さいまし」ガシッ

ミタマ「……な、なんですの、わたくしの肩を掴むこの手は……。お、お母様…!?」

キヌ「あ、ミタマのお母さんこんにちは!」

ミタマ「は、放して下さいませんこと? え、このコーナーを終えるまでは帰さない、ですって!? そ、そんな殺生な……」

キヌ「観念しなよーアタシと遊ぼうよー」

ミタマ「……。あきらめて 誘いに乗るが 最善か…。キヌに付き合って早々に切り上げるのが良いですわね」

キヌ「わーい! 遊んで遊んで!」

ミタマ「ここは遊ぶ場ではないと思いますが、まあ良いですわ。それで、わたくしは何をすれば良いのでしょうか?」

キヌ「お題に沿ってお話すればいいんだよ! ほら、ミタマのお母さんが持ってる紙に書いてあるよ」

ミタマ「あら、本当ですわね。えっと…『姿の見えない兵士の姿を、何故アマテラスには見る事が出来たのか』、ですか」

キヌ「そういえば、不思議だよね。アタシ達は見えないもんね」

ミタマ「…あなた、本当にこのコーナーを任されているのですか? その辺の説明に関しては、ある程度は事前に教わっているのですけれど」

キヌ「だって難しい話だったんだもん。アタシ寝てたよ、多分。でもミタマだっていっつもお勉強会の時に寝てるじゃん!」

ミタマ「…わたくしは寝ていても頭に入ってきますので」

キヌ「すごーい…じゃなくて、ズルーイ!」

ミタマ「嘘ですわ。寝たら後でお父様とお母様からお説教されてしまいますので、授業だけはしっかりと受けていますの。これでも、成績優秀なのですわよ? わたくし」

キヌ「いいなぁ…アタシは赤点ばっかりだよ~」

ミタマ「話がどんどん逸れて行きますわね。本題に戻るとしましょう。何故、『アマテラスには謎の兵の姿が見える』のか。簡単に説明すると…」

ミタマ「普段はアマテラスにもその姿は見えません。しかし、ある条件下において、アマテラスはその姿を視認出来るようになるのです」

キヌ「ある条件?」

ミタマ「その条件とは…生まれ持つ その身に宿せし 神の力。つまりアマテラスは竜の姿の時にだけ、姿の見えない兵士をその目に映す事が出来るのです」

キヌ「へぇ~」

ミタマ「ここから先の詳しい事は、彼女の出生にも関わるので、ネタバレの恐れを考慮してこの場では伏せましょう。ただ、原作を遊んだ方ならば、なんとなく察しがつくかと思います」

キヌ「あ、言ってたね。ねたばれはダメだよーって」

ミタマ「ふう…こんなところですわね。それでは、やる事もやったので、わたくしはこれで失礼します」

キヌ「まだ遊び足りないよう! …そうだ、今からかけっこしよう!」

ミタマ「嫌ですわ。…って、急に獣石を取り出して何を…ま、待ってくださる!? いや、やめて、放して下さいな!」

キヌ『ミタマのお母さん、ありがとう! そのままアタシの背中に乗せてね』

ミタマ「あ…モフモフして寝心地が良さそう…ではなくて! ま、まさか……!」

キヌ『よーし! それじゃいっくよー!!』

ミタマ「油断した 帰れるはずが キヌ騎乗。ひぃぃぃぃ!!??」

キヌがミタマを乗せてかけっこを始めたため、収録は終了します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 白日に猛る叛徒

 

 月光を背に受け宙を舞う透明な天馬武者、お互いに様子見を続けていたが、ついに場は動きを見せた。

 天馬武者はいっそう高く空へと上がったと思った瞬間、槍を突き出して一気に急降下してきたのだ。

 

『!!』

 

 狙いは明白。天馬武者の構える槍の切っ先は、ヒノカ姉さんへと一直線に向けられていた。

 敵は、まだ姿を捉えられていない方から始末しようとしたのである。

 姿が見えていない、それはつまり攻撃を察知出来ていないということ。

 闘いにおいて、相手の攻撃に対応出来ないというのは、あまりにも致命的すぎる。

 

『させません!』

 

 当然、私は水流弾を口から撃ち出して、槍から殺傷力を奪おうとするが、敵は私の動きを予知していたかのごとく、槍の先端ではなく天馬の前脚でそれを受け止められてしまう。

 

「!! 見えた!」

 

 しかし、それによって敵の位置が捕捉出来たヒノカ姉さんは、敵が接近していることに気が付いた。

 そして、敵の駆る天馬の脚だけが見えているという状況で、見えていないはずの槍の一撃を、ヒノカ姉さんは己が薙刀で弾いたのである。

 

「私は白夜王国第一の王女ヒノカ!! 我が誇りに懸けて、雑兵ごときに遅れはとらない!!」

 

 見えていないにも関わらず、ヒノカ姉さんは追撃をしかけようと薙刀を縦に振り上げる。

 奇しくも、敵の急所へと向かったその斬撃だったが、天馬武者は身をよじってそれを寸でのところでかわした。

 

 ブン、と空振りの音が空しく響き、そして敵は頭上の薙刀を槍で弾いてしまう。

 

「くっ…!」

 

 薙刀が手から弾かれ、隙だらけになったヒノカ姉さんの胴へと槍の横凪が迫るが、

 

『ふっ!』

 

 すかさず私は間へと滑り込むように尾を振り上げた。

 

 ガキィ! と竜鱗と槍が金属音を上げ、反動で互いに大きくのけぞった。

 ヒノカ姉さんはその隙に、落ちていく薙刀を先回りして空中でキャッチする。

 私は敵がのけぞった瞬間、大きく弾かれる直前に天馬武者目掛けて水の塊を吐き出した。あまりに咄嗟だったため、攻撃は出来なかったが、相手もそれは同じだったようで対応しきれず、全身に水を浴びる形になる。

 

 一度体勢を整える為に、互いに距離を取る。そこに薙刀を回収してきたヒノカ姉さんが戻ってきた。

 

「飛んでいるから竜騎士と思っていたが…あれはファルコンか?」

 

 ようやくヒノカ姉さんの目にも映った敵のシルエット。しかし、完全にその姿が見えている訳ではないため、敵が天馬武者であるとはまだ気付いていないようだった。

 

『…いいえ。おそらく違います。あれは……敵は、天馬武者です』

 

「な…!?」

 

 私の言葉に、ヒノカ姉さんの目が大きく見開かれる。その瞳は驚愕を隠しきれていなかった。

 

「馬鹿な…! まさか、白夜の者が裏切ったというのか!?」

 

『分かりません。ですが…私はあの人が、同じ人間とは思えない…』

 

 私の目がずっと映し続けていた天馬武者の顔。攻撃を仕掛けた時も、反撃された時も、攻撃された時も、変わらない。その顔には、何の感情も浮かびはしなかった。

 ただひたすらに、無表情を貫いていたのだ。

 

『…………』

 

 顔など飾りでしかないと、そう物語っているようで、私はその天馬武者の在り方に寒気がした。

 あれは…『彼女』は人間の形をした何か別の存在ではないのか、そんなことを思わせるその在り方に、どうしようもない薄気味悪さを感じずにはいられなかったのだ。

 

「くそ…。ともかく、話は奴を倒してからにしよう。もしかすると、こうやって私達を動揺させるつもりかもしれないからな」

 

 ヒノカ姉さんは薙刀を後ろ手に持つと、もう片方の手で手綱を引く。天馬が嘶きを上げ、大地を走るかのごとく、空を駆け始めた。目指すは、謎の天馬武者だ。

 

「私の前に立ちはだかるというなら、容赦はしない!」

 

 ヒノカ姉さんの勇ましい背に、私も迷いは捨て去る。敵が天馬武者であるのは間違いなく事実。だからといって、ここで悩んでいる場合ではない。今はただ、敵を倒すことだけを考えなければならない。

 謎を解き明かすのは、その後でいい!

 

『姉さん! 姉妹の絆を見せてあげましょう!!』

 

「ああ! 私について来い、アマテラス!!」

 

 ヒノカ姉さんが天馬武者へと走る。そして、天馬武者も姉さんに呼応するように突進を始めた。

 

 姉さんと敵は接触と同時に、互いが得物を打ち合う。

 

 ガキン!

 

 大きな音を響かせて、薙刀と槍がぶつかり合う。そしてそれは一度では終わらない。

 

 ギギギ、ガッ、ブン!

 

 薙刀と槍とがせめぎ合い、弾き合い、鍔迫り合い、時には空を切り……。

 

 そこに私が割って入る隙などまるで無い。

 

「たぁっ!」

 

『………!』

 

 幾度となく刃先、柄のぶつかり合いが繰り広げられるが、ヒノカ姉さんの腰の据わった凪払いによって戦況に変化が生まれた。

 敵はガードこそ出来たが、その一撃があまりにも重かったのか、天馬武者はガードした槍ごと天馬から宙に放り出された。

 

『今です!』

 

 空中で身動きの取れない敵に、待ち構えていた私は水流弾を発射する。

 石つぶてのようなそれは、槍を持つ敵の手に当たり、その手から槍を放させることに成功した。

 

「アマテラス!」

 

 姉さんの声を背に受け、私は最後の一撃とばかりに、宙で縦に回転しながら尻尾を敵目掛けて振り下ろした。

 

 ズガッ!!!

 

 と、私は会心の一撃が入った感触を感じて、そのまま思い切り地面へと叩きつける。

 

 木々の合間を、枝葉を折りながら叩き落とされた天馬武者は、地面に大の字で倒れ伏す。

 その際、頭に被られていた兜が砕け、今まで顔しか見えていなかった頭部の全容が露わとなった。

 

 兜の中で纏めていたのだろうか、腰にまで届く朱髪に、どことなく気品を感じてしまう。その端正な美しい顔と、その恐ろしい程までに感情のない表情も相まって、お人形のようにも見える。それもかなり高級なお人形さんだ。

 

「決したか…」

 

 私とヒノカ姉さんは様子を窺いながら地面に着地した。もしものことを考えて、天馬武者からは少し距離を取っている。

 

『…………』

 

 倒れた彼女は、一向に起き上がる気配はない。

 

『私達の勝ち…ですね』

 

 そう思い、天馬武者へと近づこうとした時だった。

 

『フ』

 

「な」

 

『え』

 

 

 

 

『フフフふフフフフふフフフフフフフフフフフフフふふフフフフフフフフフフフフフフフふフフフフフフふフフフフフフフフフフフフフふフフフフふフふフフフフフフフフフふフ!!!!!!!!』

 

 

 

 

 突如鳴り響く、女の高い笑い声。そのノイズまみれの笑い声は、今まで表情一つ変えなかった天馬武者から発せられていた。

 

『……フふフ』

 

 あまりに急な変化に、私達は思わず面食らってしまう。

 その変化について行けずに唖然としていると、透明な天馬が主人の元へと舞い降りた。その口に、私が落とさせた槍を咥えて。

 

『ユダんしテイマしタ。もともト、あんヤノきシだけヲネラうつモリで、アナたタチをたおスつもリハナカッたノデスが…まサか、スガタがミエていルトハ…』

 

 先日の白夜を襲った剣士に似た、その無機質な声音。やはり、彼女はあの時襲ってきた姿の見えない兵士達の仲間であることは間違いないようだった。

 

 彼女は、天馬が口から落とした槍を掴み取ると、槍を杖にゆっくりと立ち上がる。

 

『まだ立ち上がるというのですか…!』

 

「しつこいな…」

 

 私とヒノカ姉さんは再び戦闘の構えをとるが、

 

『こコハひかセテいタダキましョう。あナタたチトタタかウにハマダはやイ。ニンムはしっパイノようでスシ…フフフ。まさカ、コレホどのチカらヲもつとハ、そうテイガイデしタ』

 

 天馬武者はにっこりと笑みを浮かべ、槍を高跳びの要領で天馬へと跳び上がり、

 

『また…アいマショう』

 

 天馬に跨がりながら、天高く空へと舞い上がる。

 

「ま、待て!」

 

 当然のごとく、追おうとしたヒノカ姉さんだったが、天馬武者が手にした槍を投擲してきたことにより、ヒノカ姉さんが怯んだ一瞬の隙に、闇夜に紛れて消えてしまった。

 

「くそ…結局何者だったんだ」

 

『………、』

 

 敵の正体は分からずじまいの内に、敵の逃亡によって闘いの幕は閉じることになった。

 闘いの後に残ったのは、新たな謎と、言い知れぬ不安感。私達は、あまりにも知らなすぎる。敵の狙いも、暗夜の動向も、そしてその思惑も……。

 

 月を見上げながら佇むヒノカ姉さんの背を、私は無言で見つめていた。

 分からない、ということがこれほどまでに怖くて、恐ろしくて、おぞましいという事実は、私から言葉すら奪ってしまっていた……。

 

 

 

 そういえば、あの天馬武者の笑った顔は、誰かに似ているような気がしたのだが……。

 果たして、誰に似ていたのだろうか。じっくりと考えれば分かるかもしれないが、今はみんなと合流しなければ。

 まだ、暗夜の騎士の件も残っているのだから。

 




「キヌの『こんこん! お狐通信』~!!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「やっほー! キヌだよ!」

キヌ「今日が何の日か分かるかな~? そう、今日はなんと! キサラギの誕生日だよ!」

タクミ「違うよ! 僕の誕生日だ!」

キヌ「ありゃ? そうだった?」

タクミ「まったく…人の誕生日をその息子の誕生日と間違えるなんて、ニシキは君にどういう教育をしてるんだよ」

キヌ「アタシ父さんには教育されてないよー? アタシのお勉強はマトイが見てくれるからーって、教育はマトイから受けてるんだ!」

タクミ「……もう何も言わないよ」

キヌ「あれ? よく考えたら、父さん達世代でげすとさんが来るの初めてだよ~」

タクミ「らしいね。まあ、今回の投稿日にゲームを起動したら、『本日はタクミの誕生日です!』って表示されたから、急ピッチで仕上げたっていうのが真相なんだけどね」

キヌ「へ~。タクミってキングフロストと仲良しなの?」

タクミ「どうしてさ?」

キヌ「だって、誕生日だからって、特別扱いされてるし、キングフロストの事に詳しいし」

タクミ「…あのさ、別にそんなんじゃないよ。本当にたまたまなんだよ。だいたい、僕のゲームでのアイツの扱いを知ってるかい?」

キヌ「え? 知らないよそんなの」

タクミ「そ、そんなの呼ばわり……ゴホン。えーっと、僕は別にそこまで不遇じゃないんだけど、支援関係でミスが発覚したんだ。ほら、マリッジプルフとバディプルフって支援の組み合わせが重要だろ?」

キヌ「???」

タクミ「その顔は分かってないって顔だよね…。くそ、どうして違う日に投稿しなかったんだよキングフロスト…! そうすれば僕がゲストなんてしなくても済んだのに…」

キヌ「よく分かんないけど続きは~?」

タクミ「はいはい…結婚相手は最初に決まってたんだ。相手は『ピー』で即決らしかったんだけど、あ、透魔編の話ね」

キヌ「それでそれで?」

タクミ「とりあえず支援Sを埋めていく作業から始まって、順調に進んで、そして支援A+を埋めていくって所で問題が発覚したんだ」

キヌ「…うんうん」

タクミ「結論から言って、僕のマリッジプルフとバディプルフが、重複しちゃったんだよ…」

キヌ「……へえ~」

タクミ「僕は軍の中でも比較的に結婚が早くて…と言うのも、僕の結婚はストーリーを進めていく上で同時進行だったから、他の人よりも結婚が早かった訳なんだけど…」

キヌ「………うん、うん」

タクミ「そのせいか、気付いた時には後の祭り。結婚に目が行きすぎて、支援A+までは気が回らなかったんだろうね。気が付けば、僕は他の人と比べてなれる兵種が少ないんだよ」

キヌ「…………へぇ」

タクミ「分かる!? スキルが重要視される中で、僕だけみんなよりスキル修得の数が減らされたんだ! 僕は親世代だっていうのに、これじゃ支援がスサノオ兄さんやアマテラス姉さんとしか組めない人達より辛いよ! 何のためのマリッジとバディだよ!」

キヌ「……………」

タクミ「救いなのは風神弓が僕専用って事だけど、正直、弓使いは扱い辛いんだよ! なんだよ、暗器って!? 攻撃範囲1-2ってずるいじゃないか! しかも弓は魔法に弱いし! シャイニングボウ? あんなもの、僕の魔力で扱えるか!!」

キヌ「………………」

タクミ「はあ、はあ…ん? ねえ、君聞いてる?」

キヌ「………………ぐーすかぴー」

タクミ「な、なんで寝てるんだよーーー!!!!!」

タクミが機嫌を損ねたため、収録は中断します。


タクミ、誕生日おめでとう!!←本当に投稿日はたまたまでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 友情の騎士

 

 すっきりとしない気持ちのまま、アマテラスとヒノカは皆の場所へと戻ってきた。

 アマテラスは既に竜化を解いており、その手には夜にもかかわらず、黄金に輝く神刀・夜刀神が握られている。その視線の先には、ジョーカーとフェリシアを背後に、暗夜の騎士が立っていた。

 

「………」

 

 途中、アマテラスを見送るようにヒノカは立ち止まり、隣に立つ天馬へと手を置き優しく撫でる。それは先程の労をいたわるようでもあり、彼女自身が不安な気持ちを落ち着けようともしているようだった。

 

 ゆっくりと歩を進めるアマテラスを、他の者達もヒノカと同じく見守る。未だ彼女を信用しているとは言い難いタクミやサイゾウなども、口を挟む事もなく静かだった。彼らもまた、1人の戦士としてアマテラスと暗夜の騎士の結末を見届けようとしていたのだ。

 

「…お待たせしました。正々堂々、人間の姿で闘いましょう。それが私の、あなたの騎士道への礼儀というものでしょうから」

 

 アマテラスは夜刀神を構え、佇む騎士へと向けて闘気を放つ。未だ未熟なれども、マークスに鍛えられたアマテラスなのだ。その闘気はそこらの兵よりも遥かに研ぎ澄まされている。

 

 その闘気を、暗夜の騎士は一身に受ける。そして戦闘が再開されようとして───

 

 

 

 

 

「参った。俺の負けだ」

 

 

 

 

 

 騎士はそう言うと、その手にしていた仕込み槍を地面へと投げ捨てた。ちょうどアマテラスのすぐ前に転がるように。

 

「な…!?」

 

 当然、その突然の投降に、アマテラスは面食らってしまい、目を白黒させて騎士と投げ捨てられた槍とを何度も交互に見る。

 それはアマテラスに限った話ではなく、ジョーカーとフェリシアを除く、様子を見守っていた者達も、開いた口が塞がらないといったように、唖然としていた。

 

「何故ですか!? まだ、私達の闘いに決着はついていないのに…」

 

「…決着は必要ない。俺にはもう闘う理由も意味もない」

 

 騎士はその場で膝を付き、アマテラスに見上げるように視線を送る。その顔には、一切の悔いもなく、むしろ清々しい程だった。

 

「それは、どういう…?」

 

 困惑を隠せないアマテラス。彼女の疑問に騎士は答える。

 

「そうだな…。まずは昔話から始めようか」

 

 

 

 

 それは今から何年も前の話、アマテラスとスサノオが、北の城塞で暮らしていた頃の話。

 アマテラスとスサノオが北の城塞で暮らし始めてしばらく経ち、2人が徐々に周囲の者にも心を開き始めた頃、とある1人の少年が北の城塞へと連れて来られた事があった。

 彼は暗夜でも有数の、名のある貴族の家の出身で、北の城塞へはアマテラス達の遊び相手として召喚されていた。

 初めの頃は、彼も理由は分かっているとはいえ、城からのその命を快くは思っておらず、アマテラスやスサノオとも進んで仲良くしようとはしなかった。

 

 しかし、そんな彼に2人は何度も何度も声を掛け、笑顔を向けた。2人からしてみれば、彼は従者やきょうだいとはまた違った『外』の存在だ。『外』の世界に憧れる2人にとって、彼は新鮮に映り、また、『外』の事を知る彼の存在は、すぐに2人にとっての特別な存在となった。

 

 その純粋な心に触れていくうちに、彼もまた、アマテラスとスサノオに心を開くようになっていったのは言うまでもない。何故なら、彼も根っからの善人。善人と善人がすぐに仲良くなっても、なんら不思議な話ではないのだから。

 

 ともあれ、遊んでいるうちに彼はアマテラスとスサノオの従者ではなく、友となり親友となった。

 それゆえに、彼はとある事を考えた。親友の望みを叶えてやりたい、と。

 

『城の外に出てみたい』

 

 常々、アマテラスとスサノオがそう口にしていた事。幽閉されているが故の願い。軟禁されているからこその望み。

 

 2人の願望は、幼いからこその単純明解なものだった。ただただ外に出てみたい。そんな幼い願いを、親友として彼は叶えてやりたいと思ったのだ。

 

 ただし、それは許されざる事。ガロン王が直々に『スサノオとアマテラスを外に出してはならない』という命令を出している以上、それを叶えられる者は1人もいなかった。例外の1つもなく、マークス達王子王女にも出来なかったのである。

 

 そしてそれを、彼はやってしまった。

 こっそりと、アマテラスとスサノオを外へと連れ出したのだ。子どもだからこそ為せる、崩れた壁の穴抜けや、小さめの物影に隠れたり…。

 大人では目の届かない隙を、子どもならば突破出来る。好奇心旺盛な子どもだからこそ、誰よりも色々な事に気が付く。そういった大人の盲点を利用して、彼は2人を外に導いたのである。

 

 そうやって、北の城塞に来てから初めて外に出たアマテラスとスサノオだったが、すぐに居なくなっている事がバレてしまい、自由にどこかに行く間もなく連れ戻されてしまう。

 そして、外に出る事を禁じられていた2人を連れ出したとして、彼は処刑される事になってしまったのである。

 

 

 

 

「───そんなところを、お前達が必死に庇ってくれたおかげで、俺はなんとか処刑されずに済んだ。ただし、それっきり俺はお前達の元に行く事は許されなかった」

 

 騎士は目を閉じて座りながら、思い出に浸るように語っていた。

 彼にとって、その出来事は今まで生きてきた中で一番印象に残っている事だった。

 だからこそ、感傷的になってしまうのだろう。

 

「それから、俺はお前達にもう一度会うために、騎士になると決めた。王城兵になれば、また会えると思ったんだ」

 

 騎士は閉じていた目をゆっくりと開き、思い出から現実へと戻ってくる。その様は、とても穏やかなもので、敵に取り囲まれているとは思えない程に落ち着いたものだった。

 

「……そんな、事、が」

 

 話を聴いている中で、アマテラスは幼い頃の記憶を思い起こしていた。なんとなく、昔そんな事があったような気がしているのだが、どうしても彼自身の事を思い出せない。

 

 でも、それはとても大切な事だったというのは、心で感じ取っていた。

 

「……すみません。そんな事があったような気はするのですが、あなたが誰であったのかが…」

 

「思い出せない、か。……まあ仕方ないさ。お互い、まだガキだったんだ。小さい頃の事を鮮明に覚えている俺の方が、ちょっと特殊なだけさ」

 

 少し寂しげな顔をする騎士は、何故かアマテラスには、どこか満足気にも見えた。

 

「失礼ながら申し上げます」

 

 と、申し訳無さそうに騎士を見つめていたアマテラスに、ジョーカーが声を掛ける。

 言うか言うまいか、悩んだようであったが、意を決したという風にジョーカーは語る。

 

「ジョーカーさん…?」

 

「その男は名をサイラス。彼がアマテラス様とスサノオ様の遊び相手として城塞に連れてこられた事は、真実です。アマテラス様がサイラスの事を覚えていないのも仕方ないでしょう。その事件の後、サイラスが城塞への出入りを禁じられてからというもの、アマテラス様とスサノオ様はそれはもう大層お泣きになられ、私達従者は話題を反らして彼の事を思い出させないようにするのに必死でした」

 

「ほんと、大変だったんですよ~。私と姉さんでお慰めしても、アマテラス様はずっとお泣きになられて…。スサノオ様だって、ジョーカーさんとギュンターさんが変な顔をしたり、おかしな踊りを踊ったりって、なんとか笑わせようと必死だったんですから~」

 

 フェリシアが穏やかな笑みを浮かべて、ジョーカーの過去を暴露し始める。それを聞いた白夜の者達は、「あのジョーカーが…!?」と普段彼からは想像も出来ないその姿に、思わず吹き出しそうになっていた。

 

「…ですが、誠に気に食いませんが、サイラスとの事があったからこそ、あなた達は外への憧れがより一層強いものへとなったのです。そして、マークス王子にその実力をお認めさせ、外へ出る事が出来たのです」

 

 ジョーカーの言葉に、アマテラスは今一度、幼い頃の記憶を思い起こしていく。

 

 どうして、あんなに外に出る事に必死だったのか。何が自分達にそこまでさせたのか。そうまでさせたキッカケは一体何であったのか。

 

 そこまで深く考えて初めて、アマテラスは朧気な幼い記憶を知覚する。

 どんな事をして遊んだとか、どんな話をしたとかは覚えていないけれど、確かにそこに、アマテラスとスサノオ以外に、きょうだいや従者以外に、幼き男の子が居たという事を。

 

「…あ、サイラス、さん」

 

 目の前に膝を付いてこちらを見る騎士に、その少年の面影を見るアマテラス。ようやく、騎士が過去に会った事のある人物であると確信したのである。

 

「思い出したみたいだな」

 

「は、はい。サイラスさん、私とスサノオ兄さんと、あなたの3人で…遊んだ事があります。それに、小さい頃、一度だけ外に出たのも…。どうしてか、その時の事をはっきりと思い出せなかったのですが……あなた、だったんですね。私達を外に連れ出してくれたのは…」

 

 彼の『親友』という言葉には、何の嘘偽りも無かった。それどころか、アマテラスは忘れてしまっていたのに、彼は未だにその事を覚えてくれていて、アマテラスの事を今も親友と言ってくれる。その事に、アマテラスの胸の内はどうしようもなく暖かな気持ちで満たされていた。

 

「そうか、思い出してくれたか…。これで、もう思い残す事はない」

 

 そして再び目を閉じる騎士、いや、サイラスに、アマテラスはその言葉の意味を問う。その言い方が、あまりにも物騒であったからだ。

 

「何を言っているんですか…?」

 

「さあ、俺を殺すといい」

 

「な!?」

 

 アマテラスは耳を疑った。彼は今、何と言ったのか。サイラスの後ろにいたフェリシアも、同じく驚いた顔をしていたが、その隣のジョーカーは何かを悟ったような顔で、サイラスを見下ろしていた。

 

 白夜の者達も、ほとんどがジョーカーと同じように、サイラスの心情を理解しているようで、フェリシアのように驚いているのは、そういった事に疎いサクラくらいのものだ。例外として、セツナは依然ボーッとしたままだが。

 

「どうしてですか! あなたは、私を親友と…!」

 

「だからこそ、だ」

 

「何を…」

 

 ため息を吐くと、サイラスは再び目を開け、アマテラスを見上げる。今度はその目に強い意思を込めて。

 

「俺が暗夜王国から受けた任務は、『アマテラスの捕獲または抹殺』というものだった」

 

「私を…抹殺…?」

 

 それはつまり、ガロン王はもはやアマテラスを我が子とは思っていないという事だ。元々は白夜の生まれとはいえ、暗夜を裏切ったも同然なのだから当然と言えば当然だ。

 しかし、ならば暗夜へと帰ったスサノオの扱いはどうなるのか。妹が裏切り者の烙印を刻まれた以上、その実の兄であるスサノオも、きっと良い扱いをされるとは思えない。

 そんなアマテラスの不安をよそに、サイラスは続ける。

 

「俺はこの任務を受けた時、チャンスだと思った。スサノオは暗夜に戻ったと聞いたからな。最悪な事にならない限り、またいつでも会える。でもお前は違う。お前は白夜についた。だから、俺はこの任務で是が非でもお前を連れて帰ろうと思ったんだ」

 

「おい、アマテラス様の捕獲または抹殺、それはつまり暗夜に帰っても処刑されるって事だろう。なのに、どこがチャンスなんだ?」

 

 ジョーカーの問いかけに、サイラスはさも当然とばかりに答えた。

 

「確かに、アマテラスを生きたまま連れ帰れば、ガロン王は処刑しようとするだろう。そして、スサノオやマークス様、他の王族方も反対するのは間違いないはずだ。あのスサノオの事だから、周囲が折れてもあいつだけは最後まで諦めないはずだからな。それに、俺なんかでもこの命を差し出せば、アマテラスを助命出来るかもしれない。こう見えて俺も有力貴族の一員だからな」

 

 もちろん、保障は出来ないが…と自信なく笑うサイラスに、アマテラスは尚も問う。

 どうして、

 

「どうして私の為に、そこまで…」

 

「そんなの決まってる」

 

 アマテラスの惑う心を、これまでにない程に良い笑顔で、サイラスは撃ち貫いた。

 

「親友だからだ」

 

「!!」

 

 その答えには、その場の全員が驚きを露わにした。

 

 家族の為にその命を投げ出す事はあるかもしれない。王族たるヒノカやタクミ、サクラも、そしてリョウマも家族を守る為に我が身を犠牲にする覚悟は持っていた。

 

 主君の為に命を投げ捨てる事は、臣下としては当然だ。それは臣下として仕えると決めた時から、彼らの命は主君の為にあるのだから。

 

 でも、それが血のつながりも無ければ、主従関係にもない、赤の他人だったら?

 『親友』とはいえ、そこにあるのは友情だけ。自分なら、友の為に命を差し出す事が出来るだろうか。たとえ出来たとして、一切の躊躇もなくそれが出来るだろうか。

 だからこそ、彼らはその騎士の決意に驚かざるを得なかった。

 

「俺の命は、お前達をあの城塞から連れ出した時に既に1回は死んだも同然だ。お前やスサノオに救われたこの命、お前達の為に使えるのなら、悔いはない」

 

 言いたい事を言えたのか、サイラスは満足そうに息をついた。

 

「まあ、今となっては、お前を暗夜に連れて帰るなんて無理だし、部隊は俺しか残っていない。おまけに周りを取り囲まれてる。親友のお前の手で逝けるなら、本望だ。惜しむらくは、スサノオに会えなかった事か…」

 

「サイラスさん…」

 

「躊躇うなよ。どうせ生きて帰ったところで、俺は任務失敗の責を取らされ処刑されるだろう。それなら、親友の手で死ねるならその方が良い。それにお前にとっても悪い話じゃない。俺は敵であり、敵部隊長の首を取れるんだからな」

 

 目を瞑り、俯く彼は首を差し出す罪人のようだった。一思いにやってくれと言わんばかりに、その首を差し出していたのだ。

 

「………、」

 

 アマテラスは、たまらず周囲に視線を送った。自分はどうすればいいのかと。でも、王族臣下達は何も答えを示さない。これはこの部隊の長であるアマテラスが決断すべき事だから。彼女が決断しなければならない事だから。

 

 同様に、タクミもサクラも、アマテラスを静かに見守っていた。

 そしてヒノカは、アマテラスを優しく見つめていた。お前がどんな決断をしようとも、私はお前の答えを受け入れる…そんな意思が見て取れた。

 

 アマテラスは答えを探す。自分が選ぶべき答えを、道を。後悔のないように。

 

 そんな主君を、執事とメイドは静かに見守る。アマテラスが悔いのない答えを見つけられるように祈りを込めて。

 

 

 そして、

 

「…サイラスさん」

 

 アマテラスは選んだ。

 

「私はあなたを────

 

 

 

 

 

 

────殺さない」

 

 

 




「キヌの『コンコン! お狐通信』~!!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「やっほーう!! お狐通信はーじまーるよーう!!」

カムイ「キヌは元気だね」

キヌ「ふふーん! 遊びは楽しまないと損だからね~」

カムイ「そっかぁ。あ、みなさんはじめまして! 今回からあしすたんとを任されたカムイです!」

キヌ「詳しくは活動報告の方を見てね~」

カムイ「それじゃあ、今日のげすとさんを呼ぶよ」

キヌ「げすとさん、どうぞー!」

シノノメ「おう! 今日のゲストはこの俺、シノノメだ! よろしく頼むぜ」

カムイ「あ、シノノメ! この前は一緒に遊んでくれてありがとう!」

シノノメ「ん? ああ、この前の雨の日か。いいっていいって。俺が好きで付き合ってるんだからな」

キヌ「えー!? なにそれ! アタシ知らないよう!!」

シノノメ「いや、だってお前、お袋さんと化粧の練習してたし」

カムイ「うん。せっかくお化粧したのに汚したら悪いと思って。でも、お化粧したキヌすっごくキレイだったよ!」

シノノメ「まあ、確かにえらくベッピンさんだったな」

キヌ「うーん、手放しに褒められるとなんだかこそばゆいよ~…」

カムイ「うんうん! お父さんも褒めてたよ。普段のキヌからは想像もつかないって」

シノノメ「化粧が崩れんのを意識してたせいか、全然動き回らないキヌは新鮮だったなぁ!」

キヌ「ぶー! アタシだって遊びたくてウズウズしてたの我慢してたんだからね! 今度雨が降ったらアタシも誘ってね!」

シノノメ「はいはい。ま、当分は晴れ続きらしいからな。覚えてたら誘ってやるよ」

キヌ「よーし! じゃあ、雨が降るまではアタシの遊びに付き合ってもらおっと!」

カムイ「あ! それじゃあ、山に狩りに行こうよ! シノノメもキサラギと一緒に狩りに行くんでしょ?」

シノノメ「ああ。俺は槍でキサラギは弓でな。そういや、お前らもだっけか?」

キヌ「そだよー! アタシとカムイはね~、妖狐と竜に変身して狩りをするんだ~」

カムイ「うん! 闘う時も狩りの連携を応用してるよ!」

シノノメ「あ~…軍の連中も誉めてたアレか。俺は直接見てないけど、マトイやヒサメがえらく絶賛してたな。普段のキヌからは想像出来ないってな」

キヌ「またそれー?」

カムイ「僕も後から聞いた話だったよ。あ、でもその日の内に僕も、えらいねってお母さんに頭を撫でてもらえたんだ!」

キヌ「そういえば、アタシもあの日はいつもより夕飯のおかずが多かったな~」

シノノメ「で、狩りにはいつ行くんだ?」

キヌ「じゃあ~、これが終わってから行こう! もちろん、明日もだけどね」

シノノメ「よーし…腕が鳴るぜ」

カムイ「それじゃあ、今日のお題に行くよ」

キヌ「あっ、シノノメのお母さんヤッホー!」

シノノメ「これが話に聞く、ゲストの親がカンペ係ってやつか…」

カムイ「えっと…『サイラスが受けた任務について』だね」

シノノメ「確か…『アマテラスの捕獲または抹殺』だったか?」

キヌ「あ、そういえばスサノオの方だと話が違うよね」

シノノメ「らしいな。えっと…」

ベロア「それについてはわたしがお話しましょう」にょん

シノノメ「うおっ!? き、急に出てくるなよ! びっくりしただろ…」

キヌ「あ、ベロア! ヤッホー!」

カムイ「突然出て来たね…」

ベロア「おや、未来のわたしの弟(予定)のカムイ。こんにちわ。シノノメもこんにちわ」

カムイ「カンナも苦労してるよね…」

シノノメ「あいつも大変だな…。あいつが皆から可愛がられる理由が分かったような気がするぜ」

キヌ「ところで、ベロアはどうしてこっちに来たの?」

ベロア「そうでした。ここからは暗夜編にも関わってくるのでわたしが来たんです。では本題に入りましょう」

シノノメ「入るまでがなげーな」

ベロア「暗夜編では、スサノオにはアマテラス捕獲命令が出ています。ガロン王から必ず生け捕りにせよ、と」

カムイ「あれ? でもサイラスさんが言ってた事と違ってるよ?」

ベロア「はい。それは、サイラスが暗夜を出立した日が原因です。サイラスが城を出たのは、スサノオ達が帰還するよりも前の事。スサノオ達が帰還に要した日数から考えて、サイラス達がテンジン砦にたどり着くには同様に時間が掛かります」

シノノメ「あ~なるほどな。つまりはあれか。命令の行き違いか」

ベロア「そういう事です。まあ、サイラスは最初からアマテラスを殺す気は無かったようですが」

キヌ「ふーん、なるほどー」

シノノメ「お前分かってないだろ」

ベロア「では、わたしは仕事は終わったのでスサノオから追加報酬を貰ってくるとしますね」

カムイ「…行っちゃったね」

キヌ「よーし! 終わった事だし、それじゃ狩りに行こう!」

シノノメ「キサラギに声かけてくるから、お前らは先に行っててくれ」

カムイ「集合場所はあの山の河辺にしよう」

シノノメ「おーう」

キヌ「それじゃ、今日は終わりだよー! みんな、またね~」

カムイ「またよろしくね! …何気に、キヌのこーなーが無事に終わったのって、今回が初めてなんだよね」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 結ぶ友情

 

「───っ、」

 

 私の言葉に、サイラスは呆気に取られたような顔で、言葉を無くしていた。

 更には、その私の決断に、他の者達も全員とはいかないが、驚いた様子で目を見開いており、信じられないとでも言わんばかりであった。

 

「…どうしてだ?」

 

 少しの間を置いて、サイラスが問いかけてくる。それもそうか、今の自分の置かれた立場を考えれば、殺されて然るべきなのだから、私の真意の是非を問うのは当然であろう。

 

 なればこそ、私は自信を持って答えよう。私の意思を。私の志す道を。

 

「私は殺す為に闘っているのではありません。私が闘うのは、この国を、この世界を平和にする為です。たしかに、平和を目指す上で犠牲が出るのは避けられません」

 

 いくら綺麗事を述べようと、今は戦争中。人の命が闘いの中で容易く奪われるのは、心苦しいが仕方のない事だ。

 罪の無い多くの人々が、大切な者の死に涙を流す。あるいは自身の死により、大切な者を哀しませるだろう。

 

 戦争とは、言ってしまえば命の奪い合いだ。そこには当然、血も涙も流れる。それは避けられない事実、それは避け得ない現実。

 

 それでも───。

 

「それでも、救える命があるのなら、私は救いたい。それがたとえ敵であっても、救った事で私の身に何か良くない事が起ころうとも…私は、奪わなくてもいい命を奪いたくない」

 

「…………」

 

 もちろん、それにより私の大切な人達に危険が及ぼうものなら、私はこの命を以て守るつもりだ。身から出た錆と言われようとも、私は私のケジメを自分でつける。

 

 私の想いが破綻している事は分かっている。救える命は救いたい。でも、それで大切な人に災厄が降りかかろうものなら、私は私を犠牲にする。それはつまり、自滅へと至る滅びの道に他ならない。

 それでも私は、この道を歩いていく。それが私の在り方だから。

 

 

 

 

 

 

 

 アマテラスの決断を後ろから見守っていた私は、その後ろ姿に母様を見たような気がしていた。

 母様はいつだって、命の貴さを説いていた。だからこそ、敵の戦意を削ぐ結界を良しとして、無用な殺生を避けていた。

 結界の維持は、まさしく己の身を削るようなものだっただろう。父様が討たれ、スサノオとアマテラスがさらわれて、直後激化した暗夜王国の攻勢を、母様は亡くなるその日まで食い止めていたのだ。その心労は、私では計り知れない。その上で、愛する我が子の身を何年もの間ずっと案じ続けていたのだ。日々苦痛との闘いであっただろうに、それでも母様は笑顔を絶やさなかった。

 だからこそ、私はスサノオとアマテラスをいつか取り戻すのだと諦めずにいられた。母様が頑張っているのだ。私が諦めてどうする。私は誇り高き白夜の第一王女。我が弟と妹を、必ず取り戻してみせる。

 そして、母様に愛しい我が子を返してやるのだ、と。

 

 しかし、母様は亡くなってしまった。私の密かな願いは、短い間しか叶わなかった。

 私は、母様に恩返しが出来なかった。アマテラスにも母様からの愛情を、少ししか与えてやれなかった。少ししか、残せてやれなかった。

 

 けれど、どうやらそれは間違いだったらしい。妹の中には、母様の意思が、心が、魂がちゃんと受け継がれている。私はそれを、アマテラスの背を通して見たような気がしたのだ。

 やっぱり、アマテラスは私の自慢の妹だ。もう二度と手放すものか。妹は私が命に代えても守ってみせる。そしてスサノオも……いつかきっと、取り戻してみせる。

 

 ならばこそ、私は姉としてアマテラスを信じよう。夜刀神に選ばれた勇者を、母様の想いを受け継いだ妹を。

 お前の選んだ道が、平和へと続いていると信じて。

 

 お姉ちゃんとは、そういうものなのだからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はこちらを見るサイラスの視線を真っ向から受け止めて、もう一度答えを述べる。

 

「サイラスさん、私はあなたを殺しません」

 

「…殺さない、か。なら、俺をどうするんだ? このまま逃がして、もしお前に危害を加えたら?」

 

 サイラスは、意志の籠もった瞳で問いかける。でも、そんな懸念を自分から言ってしまう時点で、彼は私同様にお人好しなのだろう。それゆえに、私は彼の言葉を否定する。

 

「それを自分で言うのは、その時点でそれが答えという事ですよ。だって、黙っていればいいだけですもの。そうすれば、私の警戒心を促さずに済みますし、それに、あなたは私の親友なんですよね? 親友を殺さないと言ったのはあなたですよ?」

 

 私の返答に、サイラスは困ったように笑みを漏らし、

 

「…ははっ。それもそうだ。俺はお前を殺せない。命の恩人を、親友を殺すなんて俺自身が許せないからな。でも、だったら俺はどうしたらいいんだ? 暗夜王国に戻ったところで、任務失敗の責任で俺は処刑される。スサノオなら止めようとするだろうけど、さっきの話じゃアイツも俺の事を忘れてるだろうし…」

 

 チラッとジョーカーとフェリシアへ視線を送るサイラス。そんな彼の視線に、2人はうんうん、と同意を返した。

 

「スサノオ様が泣かなくなってから、スサノオ様が一度でもこの男の名前を口にしたという記憶は御座いませんので」

 

「スサノオ様はけっこう忘れっぽいところもありますので~。私も、スサノオ様に何度かお料理の特訓をすっぽかされた事がありますよ」

 

 フェリシアのそれは、おそらくスサノオ兄さんは忘れたというよりも、忘れた事にした方が都合が良かっただけだと思う。

 

「それでは、私達と一緒に来ませんか?」

 

 何と無しに、あっさりと口にしたその言葉に、ほぼ全員がポカンと口を開けて固まった。

 その様子が異様すぎて、その反応に私も少し硬直してしまう。

 そんな中、いち早く杖によるものではない自然発生のフリーズから解けたタクミが、息を荒立てて反論する。

 

「ちょ、ちょっと待て! アンタ、自分が何を言ってるのか分かってるのか!?」

 

「タクミ様の仰る通りだ。アマテラス、貴様はさっきまで敵だったそいつを、仲間にすると、そう言いたいのか?」

 

 明らかな怒りを込めたタクミのその言葉に、サイゾウも同調するように続けた。

 

「馬鹿の一言に尽きるぞ。敵は敵だ。それはどこまで行こうと変わらん。特に、その男は暗夜の兵。我ら白夜の人間と相容れる訳がない」

 

「…私、アマテラスの事を信用しようと思っていました。それが我が主たるタクミ様のため、ひいては国のためだと。でも、私にはアマテラスがよく分かりません。いいえ、より分からなくなりました。暗夜の人間を仲間に引き入れるなんて…」

 

 魔王顔でサイラスへと視線を送るオボロ。意図していないのだろうが、彼らの言葉に、サクラの横に佇むアクアが顔を曇らせて、寂しそうに顔を反らしていた。

 私は、それを見逃しはしなかった。

 

「あなた達の言いたい事は分かります。さっきまで敵対していた上、彼は戦争中である暗夜王国の人間。そんな人を信用しろという方が難しいのは当然です」

 

 白夜と暗夜、互いに相容れぬ国と、そこに属する者同士、簡単に受け入れるのは厳しいだろう。

 

「さっきまで敵対していた事に関しては、私も反論するのは難しいです。ですが、」

 

 『暗夜の人間』という理由は、私として見過ごす訳にはいかないのだ。

 

「『暗夜王国の人間』だからという理由で否定するのであれば、それは暗夜で育った私や、暗夜の王女だったアクアさんも、あなた達とは相容れないという事です」

 

「そ、それは…」

 

「………」

 

 私の反論に、オボロとサイゾウが押し黙る。それを認めるのは、アクアをも否定しかねないからだ。

 しかし、タクミは平然として、

 

「前にも言っただろ。僕はアクアを姉とは思っていないし、信用してもいない」

 

「タクミ…! お前は何という事を…!」

 

「いいの、ヒノカ」

 

 ヒノカ姉さんが叱責の言葉を投げかけようとしたところを、アクアが事前に制止した。

 その顔に、悲しげな笑みを浮かべて…。

 

「……っ、そんな顔をしたって、僕は騙されないからな」

 

「…私を信用しなくてもいいって前にも言ったわね。でも、アマテラスはあなたの本当のお姉さんだから、信じてあげてとも…。今は彼女の言葉を信じてみてほしい…お願いだから」

 

 頭を下げて懇願するアクアに、さすがのタクミも悪いと思ったのか、

 

「…ふん。そこまで言うなら、他の皆はどうなのか聞いてみるといいよ」

 

 バツが悪そうに悪態をつくタクミ。私は彼の言葉通り、他の皆へとグルッと視線を送る。

 

「皆さんはどう思いますか? 彼を、私を…」

 

 信じてくれますか? そんな願いにも似た想いを込めて、一人一人の目を真っ直ぐと見る。

 

「わ、私はっ…姉様を信じます。その、アクア姉様の事も…」

 

 サクラが弱々しくも、芯のある言葉と共に、隣に立つアクアの手をギュッと握り締めて私へと意思を伝えてくる。

 その際、アクアは少し嬉しそうにはにかんで、サクラの手を小さく握り返していた。

 

「俺はどっちでもいいかなー。そもそも俺は白夜と暗夜どちらの出身でも、仲良く出来るならそれで良いからねー。アマテラス様に任せるよー」

 

「…あたしはアマテラス様に賛成、というかサクラ様と同意見かな。それに、サイラス…だっけ? その人の親友への想いはあたし、分かるからさ」

 

 ツバキ、カザハナは私の意見に好意的であるようだ。

 

「…私は…ヒノカ様に合わせる…」

 

「私もどちらでも構いませんねぇ。というよりも、正直どうでもよいのですが」

 

「私は…アマテラス、お前を信じている。だから、お前のしたいようにするといい。たとえどうなろうと、尻拭いは私も一緒にやってやるからな」

 

「…じゃあ、私も…ヒノカ様と同じで…」

 

 ヒノカ姉さん達も、否定派ではないらしい。

 

「私もアマテラス様を信じるとしよう」

 

「そうですね。私も反対ではありません」

 

「……チッ。お前達…」

 

 同じ、主を守る忍びたるカゲロウとスズカゼが賛成した事で、サイゾウはあからさまに不機嫌さを見せるが、

 

「サイゾウよ、そこまで信用ならんと言うのなら、お前自身が見張りをすれば良い。それならば、お前も納得するだろう。有事の際はお前が処断すれば良いのだからな」

 

「そうですね。それでどうでしょうか…?」

 

 思わぬ助太刀に、私はすかさずカゲロウの提案をサイゾウに向けてぶつけた。

 

「……ふん。それで良しとしてやる。が、少しでも妙な素振りがあるようなら、お前もそこの男も迷わず殺す。それをゆめゆめ忘れん事だな」

 

 条件付きではあるが、あの否定的だったサイゾウから肯定の言葉を引っ張り出せたのだ。それで十分上出来だろう。

 

「もちろんですよ、サイゾウさん」

 

 そして残るは、タクミとその臣下達のみ。

 

「俺もどっちでも良いぜ。タクミ様やヒノカ様、サクラ様に危険が無いってんなら、賛成だ!」

 

 快活に、鼻をこすりながら答えるヒナタ。反面、オボロは予想外にも賛成意見が多数だった事に、少し動揺しているようだった。

 

「わ、私、は…」

 

 今にも泣き出しそうな顔で、救いを求めるようにタクミへとおずおずと顔を向けるオボロに、タクミはため息を吐いて、

 

「いいよ、分かった、もう分かったよ。皆が賛成するんなら、僕はもう何も言わない。隊の和を乱したくないし。オボロも僕と同じ意見って事でいいよね?」

 

「…はい。自信はありませんが、協力出来るようにしたいと思います…」

 

 若干の魔王顔混じりで、オボロはサイラスを見ながら呟いた。

 

 これで、皆の意見を聞く事が出来た。私は、今まで黙ってやりとりを見ていたサイラスに再度、言の葉を紡ぐ。

 

「もう一度、聞きます。私と一緒に来ませんか?」

 

「……ここでその提案を飲んだら、死んでいった仲間に合わせる顔が無いじゃないか。それに、スサノオにも…」

 

「では、言い方を変えましょう。サイラスさん、あなたの命、ここでもう一度、『私が』拾います」

 

「…!!」

 

 目を見開き、サイラスはハッとしたように顔を勢いよく私に向ける。

 

「……は、」

 

「サイラスさん?」

 

「はははっ! お前は変わらないな、意外と抜け目ないところとかさ」

 

 腹の底から可笑しそうに笑うサイラス。その表情は、今まで張り詰めていたものがゴッソリと抜け落ちたように晴れやかなものだった。

 

「あの時、ガキの頃はお前『達』に命を救われた。でも、今は『お前に』命を拾われたって事か。どのみち、俺は一回死んだようなもんだし、それにお前の行く末を親友として見届けたい。お前に付いて行けば、俺は生きてスサノオにも会えるだろうしな」

 

「それじゃあ…!」

 

 サイラスは立ち上がり、正面から私と向き合って、私への答えを返した。

 

「死んだ仲間には悪いとは思う。だが、俺やあいつらも、平和を望んで闘っていたのは同じだった。お前の進む道が平和につながってるっていうなら、それを叶えた時こそ、俺はあいつらに顔を合わせる事が出来る」

 

「そうですね…。サイラスさん、これからよろしくお願いします。白夜と暗夜の平和を…共に掴みましょう」

 

 私は手を差し出す。友好の証の握手を交わすために。

 

「白夜も暗夜も、どちらにも平和を…か。この道の先にスサノオも居る。道のりは困難だろう。でもいつか、スサノオも入れて3人で、また笑いあえる世界を目指そう、アマテラス!」

 

 差し出した私の手を、サイラスの手が力強く握り返してくる。少しゴツゴツしたその手は、昔と比べてずいぶんと逞しくなっていた。

 やっと思い出した親友の成長を実感しながら、私は彼の手の暖かさを心の中で噛み締めていた。

 




「キヌの『こんガガ──ん! おガ…つねガガガガんガガガガガガガガ─────







───ガガ、ザザザ、ジジジ


〈語られざる記録〉

 アマテラス達との交戦の後、姿の見えざる天馬武者は彼女らの拠点へと帰ってきていた。
 そこは全てが荒れ果てた城。ありとあらゆる装飾はボロボロに崩れ落ち、国が滅んで長らく放置されていたのが目に見えて分かる。

「ただいま帰還いたしました」

 天馬武者……女は城内の一室、いわゆる会議室のような場所にいた。

「ふむ。その様…任務は失敗したか」

 女の報告を受けるのは、彼女等を束ねる将たる男。彼は女の傷だらけの姿を見るなり、女が任務に失敗した事を見抜いていた。

「申し訳ありません。思わぬ邪魔が入ってしまい…」

「よいのだ。想定外であったのならば、それも仕方のない事だろう…」

 男はたいした事でもないと、怒りを見せる事もなく、女を咎めようともしない。それどころか、

「それで、アマテラスはどうだった?」

 嬉々として、獰猛な笑みを浮かべて女に『想定外の出来事』を尋ねていた。

「はい。竜の力を制御出来ているようでした。傍らに、『歌姫』が居りましたので、歌の力で竜の力を石に封じたのでしょう」

「そうか…自我を保ったまま、竜になれたか…ククク…!」

 男はその報告に、愉しいとばかりに喉を鳴らせて笑う。

「今度は竜としてではなく、『アマテラス』として闘えるという事か。ふっ、今から胸躍るというものよ」

「あの娘が、『あの方』への献上品である事をお忘れなきよう…」

「…分かっておる。こちらとしても、まだ傷は癒えておらんのだからな。ただ今は待つのみ。次にまみえた時は、殺さぬ程度に闘うとしよう」

「だと良いのですが…。それでは、私は傷を癒やして参ります。それと…『竜の血』、そろそろ私も賜って参ろうと思いますので…」

 女は軽く会釈をし、部屋を出て行った。残された男は、未だ笑みを浮かべて、虚空を見つめて口の端を歪ませている。

「ああ…今から愉しみだ。待っておるぞ、アマテラス、そしてスサノオよ。今一度、我が猛る闘争を解き放つその時を……!! ククク、クハハハハハッ!!」




────ジジジッ、ガガ、ザーーーーー



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 災禍の村

 

 暗夜兵並びに謎の兵団との戦闘を終えた私達は、紆余曲折を経て新たな仲間サイラスを迎え入れた。

 現在、サイラスと忍びであるスズカゼ達3人をテンジン砦の外へ残して、私達はリョウマ兄さんから受けた任務の達成を報告しようとしているところだ。

 暗夜騎馬隊の接近に関しては、このテンジン砦の守りを任されている将兵にも知らされているため、まずはその報告をする。次に、リョウマ兄さんに向けての伝令兵を出すための諸々の確認と手続きを済ませる。

 伝令一つ出すにも、兵を動かす訳だから色々と面倒で、全てを終えるまでに1時間弱程掛かってしまった。

 

 ちなみに、サイラスに外で待機してもらったのはテンジン砦内に余計な混乱を招かないためである。仲間に引き入れた身としては不本意ではあるが、暗夜兵丸出しの格好をしている彼は、砦内をもし歩こうものなら集中砲火に合うだろう事が目に見えていた。もちろん揶揄などではなく、物理的に、だ。

 仲間となった彼に対し、そんな風に扱わざるを得ないのは非常に心苦しかったが、

 

「仕方ないさ。俺は戦争真っ最中の、敵国の人間なんだからな。実際、さっきまで本当に敵だった訳だし」

 

 と、笑って受け入れてくれた。なんという好青年ぶりだろうかと、改めて彼の人の良さに感心すると共に、ちょっと人が良すぎないかと少し心配になったのは秘密だ。

 

 

「さてと…そろそろテンジン砦を発ちましょうか」

 

 全ての手続きと確認作業を終え、大会議室から出て軽く一息ついた私は、既に支度を終えて外で待っている皆の元に行くために廊下を歩き始める。

 窓からは徐々に白んでいく空が見えていた。騎馬隊の迎撃を終えてその後処理までが終わる間に夜が明け始めていたのである。いわゆる徹夜業務を敢行し、疲れも取れやらぬ身ではあるが、サイラスを放って自分達だけが室内でぬくぬくやっているのも気が引ける。かといって、星界に1人放置しておくのも何だか申し訳なかった。

 よって、私達は任務を終え次第すぐに発つ事にしたのだ。

 

 砦内は夜明け近い事もあってか、ちらほらと医師や兵士達の姿が見られるが、ほとんどの人はまだ寝静まっているようで、昨日の騒がしさとは打って変わってシーンとしていた。

 木造建築が大部分を占めているためか、なんだか誰もいない静かな旧校舎を探検している気分になる。

 

「……眠い。……、??」

 

 ふわぁ、とあくびをしながら砦内の厩舎に差し掛かったところで、厩舎の前に兵士が居るのが見えた。

 ただし、その様子を見るに、何か問題が起こったらしく、何かの確認を何度となく繰り返している。

 その慌ただしさが気になり、私は急がないといけないとは分かりつつも、声を掛ける事にした。

 

「あの…何かあったんですか?」

 

 背後から急に声を掛けられ、一瞬ビクッとなる兵士。彼は振り返り、私を見るなり敬礼の姿勢を取る。

 

「はっ! アマテラス様、実はその、少々困った事になっておるらしく…」

 

「……?」

 

 兵士の様子が妙だ。何というか、自信なさげに語る口調で、どうにも彼自身も問題の全容を掴めていないような、そんな印象が見て取れた。

 と、そこに厩舎で何かを確認していたらしい女性兵が中から出てくる。こちらは男性兵とは違って、焦りをその顔に滲ませていた。

 

「やはり何度数え直しても、天馬の数が合いません! ……! こ、これはアマテラス様、おはようございます!」

 

 慌てて敬礼をする彼女に、私は姿勢を戻すように促し、話の続きを聞く。

 

「天馬の数が合っていないとは、どういう事ですか?」

 

「はっ! それが、天馬に異常が無いかを確認していたところ、一頭居なくなっているようでして…」

 

 困り果てたように言う女性兵。そういえば、とヒノカ姉さんが昨晩の夕食中に愚痴っていた事を思い出す。

 

『まったく。いくら人手をかき集めているとはいえ、厩舎がぎゅうぎゅう詰めでは困ったものだ!』

 

『あははー。ですよねー。テンジン砦の厩舎はもしもの事を考慮して少し広め大きめに造られてるけど、流石に50頭までのところを80頭は詰め込みすぎですよねー』

 

『…え? よく入りましたね!?』

 

 といった具合に、本来なら1頭入れられる所に2頭、2頭入れられる所に3頭と、けっこうな詰め込み具合なのである。馬のストレスが少し心配になるが、それだけ色々な所から、色々な人員が召集を掛けられているのだから、仕方ないと言えなくもない。

 …馬には申し訳ないのだが。

 

 ともあれ、そのぎゅうぎゅう詰めだった厩舎から天馬が一頭消えてしまったという事らしい。

 

「それはいつ頃からなのかは分かりますか?」

 

「昨夜の最終確認では、漏れはありませんでしたので…恐らくは深夜の内かと」

 

 手にした帳簿を何度も確認しながら言っているので、それは確かなのだろう。見たところ、彼女は真面目そうなので、確認漏れという事は無いはずだ。

 

「深夜…残念ですね。ちょうど私達が敵の迎撃に当たって、そしてその後処理をしていた頃です。申し訳ありませんが、私はそれらしきものは見ていません」

 

「い、いいえ! アマテラス様には何も責任はございません! 私の管理不届きが悪いのです…!」

 

 とても悔しげに唇を噛み締める彼女。やはり真面目な性根なのだろう。自身の仕事のミスが相当堪えているようだ。

 

「それで、どの天馬が居なくなっていたんだ?」

 

 と、彼女の上官なのだろう男性兵が尋ねた。と言うのも、どれが誰の馬なのかを確認するために、目印になるものを付けているのだ。それにより、どの馬、天馬が居なくなったのかが分かるという寸法だ。

 まあ、1頭1頭数えて回らねばならないため、時間が掛かるのが難点だが。

 

「それが、どうも新人の乗っている天馬が居ないようで…」

 

「新人? ならその当の新人も呼んでこい。本人にも確認を取らねばならん」

 

 ため息を吐く男性兵と、あからさまに落ち込む女性兵。この感じでは、その新人兵を呼んで共に消えた天馬の捜索を行うといったところだろうか。

 どうやらこれ以上は私がここに居ても、意味はないだろう。手伝いたいのは山々だが、流石に時間が掛かりすぎそうな事なので、それは出来ない。

 

 それにしても、新人兵に天馬と言えば、思い出されるのはあの少女。昨日、この砦で出会った見習い天馬武者であるエマだ。もしやエマの天馬が居なくなったのではと思って、それはないだろうと否定する。

 何もエマだけが新人兵という訳ではない。エマ以外にも、この砦には複数の新米が駆り出されているのだ。まさかピンポイントでエマの天馬という事は無いだろう。……可能性が無いという訳でもないのだが。

 

「すみません。手伝いたいのですが、いつまでもここに留まっている訳にはいきませんので、私はそろそろ行きますね」

 

「はい。お手数おかけしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 再度の敬礼を横目に、私は砦の入り口へと再び歩き始める。いい加減に行かないと、サイゾウやタクミ辺りに文句を言われるだろう。

 

 

 

 

 

 

 そんな風に呑気に考えていたさっきまでの自分を真剣に怒りたい。なんせ、大変な事が起こっていたのだから。

 

 

 

 テンジン砦の入り口に戻る頃にはすっかり夜も明け、朝日が燦々と輝いていた。

 私は遅れてしまった事に謝罪しようと、口を開きかけたところで、

 

「…あれ?」

 

 人数が少ない事に気がついた。居ないのはヒノカ姉さんにツバキ、スズカゼ、カゲロウの4人で、残っている者達も皆一様に、それぞれ別々に遠くを神妙な面持ちで眺めていた。

 釣られて、私も遠くの空の方へと視線を向けてみると、

 

「黒い、煙…?」

 

 狼煙とはまた違った、勢いのある黒煙がもくもくと空へと向かって伸びていた。それも、1つではなく2つ、3つと複数の黒煙がバラバラと散見していたのである。その全てがここからかなり距離のある場所だというのが分かる。

 

「ああ、アマテラス。戻ったのね」

 

 アクアが私に気づいたようで、私の方へと歩いてくる。

 

「何かあったんですか? ヒノカ姉さんやツバキさんなどが居ないようですが…」

 

 私の問いに対し、少し思案顔をしてアクアは答える。

 

「アマテラスも気づいたと思うけど、実は夜が明けてきたからか、方々で黒煙が上がっている事に気づいたのよ。それで、機動力のある天馬武者と忍びで様子を見に行っているの」

 

 あちこちで同時に黒煙が上がっているのは妙だが、それが事件性のあるものかは判断が難しい。もしかしたら、何かを焼いているだけという可能性もある。だからこその様子見なのだろう。

 何はともあれ、黒煙が複数同時に上がっているのはおかしな事に違いないのだから。

 

「そうだったんですか…」

 

「黒煙の上がっている所はどれも集落のある方角だったはずよ。何事も無ければ良いんだけど…」

 

 心配そうに1つの黒煙が立ち上る方角を見つめるアクア。

 しかし、そんな彼女の祈りは、天には届かなかった。

 

 しばらくして天馬に乗ったヒノカ姉さんとツバキが戻ってくる。天を行く2人と違い、忍びの2人は地を駆けているためか、まだ戻っていない。

 地面へと降り立った天馬の背では、悲痛な表情を浮かべる姉の姿があった。ツバキも同様に、気分の晴れやらぬ顔をしている。

 そして、ヒノカ姉さんがその重々しい口を開いた。

 

「……ダメだった」

 

「え…?」

 

 ふるふると肩を震わせ、手を握りしめてヒノカ姉さんは語る。

 

「集落は…全滅していた。誰一人として生き残った者はいなかった。家という家が破壊され、人という人がズタズタに殺され……、くそ!!」

 

「俺の方も同じでしたよー…。子どもも、お年寄りも、女の人も関係なく、みんな殺されてた…」

 

 唇を噛み締め、ツバキは目許を手で覆った。その凄惨な現場を思い出したのだろうか。彼もまた、肩を震わせていた。

 

「ひ、ひどい……! そんなの、ひどすぎますっ…!」

 

 口許を両手で隠すように、サクラが涙を浮かべて叫ぶ。理不尽に命を奪われた人々を想ってこその涙に、私もまた心が痛む。

 私だってサクラと同じ気持ちだ。平和に暮らしていたであろう集落の住人達が、無闇に命を奪われた。その理不尽さに、怒りを抑えきれなくなりそうだ。その話を聞いただけで私がこうなのだから、直接目にしたヒノカ姉さんとツバキの心境は計り知れない。

 

「見たところ、あれは獣の仕業ではない。かといって、斬撃による傷跡も見られなかった事から、おそらくノスフェラトゥの群れによる襲撃だろう。感情の無い奴らには、その脳に刻まれた他者の命を奪うという目的しかない。まったく以て忌々しい存在だ」

 

 ヒノカ姉さんのその鋭い眼光は、彼女が確認に行った集落に向いていた。その集落を襲った、姿を捉える事の出来なかったノスフェラトゥの群れに殺意と憎悪を込めて。

 

「…あとはスズカゼとカゲロウの向かった集落か」

 

 タクミは目を細め、最後の集落があるであろう方角に目を向ける。未だに黒煙は、青い空と白い雲を裂くように空へと舞い上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして当の2人はというと、少し…いや、かなり厄介な状況にあった。

 

「しっ!」

 

 勢いよく投擲された手裏剣は、敵の頭目掛けて飛んでいく。

 

「グルルァ!!」

 

 だが、その太い腕で頭をガードされ、頭には1つとして手裏剣が当たらない。

 

「チッ…! 敵が多すぎる! 我らだけでは対処しきれんぞ!」

 

 攻撃が防がれ、すぐさま次の手裏剣を構えるカゲロウ。現在、カゲロウ達は敵───ノスフェラトゥの大群と戦闘中だ。そして彼女の後ろでは、

 

「う、ひっく…うぅ」

 

 うずくまり、泣きじゃくる少女の姿があった。

 

「スズカゼ! 狼煙はまだか!?」 

 

 迫る敵を手裏剣によって食い止めながら、カゲロウは少し離れた位置で闘っているスズカゼに向けて叫ぶ。

 

「少しお待ち下さい!」

 

 発煙筒を持ったスズカゼだが、敵が近付くのを阻止しなければならないため、なかなか火を起こせないでいた。

 

「迂闊でした…! 戦闘になる前に狼煙を上げていれば…」

 

「たら、ればの話はもういい! こうなってしまった以上、今最善を尽くせばいい!」

 

 言いながら、カゲロウは目前のノスフェラトゥ達に向けて爆雷筒を投げつける。筒はノスフェラトゥにぶつかるや、即座に小さな爆発を起こしノスフェラトゥの体を炎で飲み込んだ。

 

「スズカゼさん、あたしが敵を引きつけます! その間に狼煙を!」

 

 と、スズカゼの前に舞うかのごとく躍り出た1人の少女。それはカゲロウの後ろですすり泣く少女ではない。純白の天馬に跨がり、薙刀を片手に、頭の上でウサギの耳のように結ばれたリボンを揺らす少女。その少女こそが、

 

「見習い天馬武者だからって、甘く見ないで下さーい!!」

 

 テンジン砦から消えた天馬の主人である、エマだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………来た! スズカゼ達からの狼煙だ!」

 

 目を見開き、タクミが指差す。そこには、黒煙に紛れて上がる白い煙が。

 

「狼煙だと…? という事は、向こうで何かあったのか?」

 

 訝しむように空を見上げるサイゾウ。しかし、その顔はすぐに驚愕へと変わる。

 

 煙の色が、白から赤へと変わったのだ。

 

「あれは…!!」

 

「何かの合図…ですか?」

 

 その意味を理解出来ない私は、サイゾウにその意味を尋ねるが、

 

「忍びの間では、狼煙の色とその変化によって意味が変わってくる。色が赤くなったという事は、交戦中という印だ!」

 

「!!」

 

 ヒノカ姉さんとツバキが見た村の惨劇は、ノスフェラトゥの襲撃によるものだった。だとすれば、スズカゼ達はノスフェラトゥの群れと戦闘中だという事が考えられる。

 

「…忍びとノスフェラトゥでは相性が悪いな」

 

 ヒノカ姉さんの呟きはもっともだ。

 耐久性に優れたノスフェラトゥの肉体相手に、忍びの持つ手裏剣やクナイでは決定打に欠ける。要は攻撃が軽すぎるのだ。これが1対1なら問題無い。逆に忍びがその身軽さと手数の多さで圧倒出来るだろうが、群れ相手では忍びの長所が意味を為さない。

 多くを相手にしては、隙を狙うどころの話ではないのだ。

 

「皆さん、すぐにスズカゼさん達の援護に行きます!」

 

「戻らずに闘ってるって事は、何かそうせざるを得ない事情があったはずだ。もしかしたら、まだ村の生存者が居るのかもしれないね」

 

「どうか無事で……」

 

 タクミの言葉に、サクラが祈るように呟きを漏らす。それは誰を想ってなのか。戦闘中のスズカゼとカゲロウか。襲われた村の生存者か。それとも、その両方か…。

 私はその真意を聞かずに走り出した。今は一刻も早く、援軍に駆け付けなければならないから。

 

 サクラと同じく、縋る気持ちで天へと祈り走る。

 

 どうか、無事であるように……と。

 

 




「キヌの『コンコン! お狐通信』~!!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「やっはろー! キヌだよー!」

カムイ「どうも! カムイだよ!」

キヌ「いやー、前回は放送出来てなかったみたいなんだよねー」

カムイ「うん。理由は分からないけど、放送が始まってすぐに画面が途切れちゃったんだって」

キヌ「うんうん! アタシも後で見てみたけど、なんかずーっとザーザーいってるだけだったもん!」

カムイ「そうそう! しかも、一瞬だけ大きな目玉みたいなのも見えたしね!」

キヌ「えー? アタシはなんにも見えなかったよ?」

カムイ「え? じゃあ見えてたの、僕だけだったの?」

キヌ「いいなぁ~。アタシも見てみたかったな~」

カムイ「でも、すごく気持ち悪かったよ?」

キヌ「別にいいよー! アタシ、虫とか平気だもん」

カムイ「そういえばそうだったね。女の子で虫が平気と言えば、キヌと…」

ミドリコ「ミドリコだよ!」

キヌ「あ! ミドリコ早いよ~! まだげすとさん呼んでないのに」

ミドリコ「ごめんね? アマテラスさんがもう行きなさいって言うから、2人によばれる前に来ちゃった!」

カムイ「いきなりだったから、びっくりしちゃったよ」

キヌ「という事で、今回のげすとのミドリコだよー!!」

ミドリコ「どうもミドリコです! お薬をつくるのが趣味で、お薬をつくるのが得意で、お薬をつくるのが好きです!」

※決してアブナいお薬は取り扱ってはおりません。

キヌ「でも凄いよね~。お薬って苦いものばっかりで苦手だったのに、ミドリコは甘いお薬を作っちゃうんだもんね! あれのおかげでお薬がちょっと苦手じゃなくなったよ」

ミドリコ「えへへ…。いろんな人からも褒めてもらえたんだよ。ミドリコはえらい子だって!」

カムイ「うん! でも、甘いお薬ができてから、グレイが毎日甘いお薬を飲んで『やめられねえ』って言ってるよね」

キヌ「うんうん。それでお母さんに薬を取り上げられそうになって、追いかけっこしてたね!」

ミドリコ「グレイには、前からじようきょうそうによく効くお薬をあげてたんだけど、キヌに手伝ってもらってつくった最新作ができてからは、そっちばっかりくれって言うのよ?」

カムイ「ちなみにだけど、そのお薬はどんな効果があるの?」

ミドリコ「えっと、食べすぎに効くよ。おなかの消化を良くする薬草とか、胃もたれに効く木の実とか、しんちんたいしゃを高める虫とか…」

カムイ「…そっか。グレイはそれを毎日飲んでるんだね。最後のは聞きたくなかったよ…」

キヌ「イグニスには飲ませらんないね~」

ミドリコ「虫はお薬の効能を良くするからたいせつな材料なんだけどな…あ、お母さん。なあに、その手に持ってるの?」

カムイ「恒例のカンペだね」

キヌ「だね~。ささっ! グイッと行っちゃおー!」

ミドリコ「あそこに書いてあることを読めばいいのね? えっと、『スマブラのカムイがテクニカル系のキャラな件』…?」

キヌ「あ~。アタシも見たよ。キングフロストがスマブラで早速カムイ使ってた!」

カムイ「ちなみに僕じゃないよ?」

ミドリコ「そうそう! ファイアーエムブレムからの参戦キャラは今までみんな剣がめいんで闘ってたけど、今回はじめてとりっきーな動きをしたんだよね」

キヌ「竜穿とかねー。剣も使ってるけど、竜穿の攻撃がすごく多いもん!」

ミドリコ「ルフレさんも剣以外に魔法をつかうけど、どっちかっていうととりっきーって言うより万能って感じだもんね。復帰力の高さとか、短・中・長距離に対応したりとか」

カムイ「カムイに関しては、マイユニットで竜石を使うから、そこを目立たせるのは仕方ないかもしれないよ?」

ミドリコ「せっかく竜になれるんだもん。竜になって攻撃しないともったいないもんね」

キヌ「それで使ってみての感想は、『けっこう難しい。でも、使いこなせれば恐ろしい化け物だ』だって」

カムイ「横Bの必殺技は使い方次第で色々できるし、スーパーアーマーになる攻撃もあるから、対戦相手にしてみれば怖いよね」

ミドリコ「ファイアーエムブレムのキャラらしく、かうんたーも持ってるし、飛び道具?も持ってるから闘い方にも幅が出たよ!」

キヌ「欲を言えば、もうちょっと夜刀神を使って欲しかったな~。すまっしゅ攻撃は竜の力でばっかりだし、溜めてる間の夜刀神に当たり判定あってもそこまで意味ないし~」

カムイ「なにげに夜刀神・終夜だから、もっと活用してほしかったのはあるかも」

ミドリコ「もんくばっかり言ってちゃだめよ? カムイ参戦だけでも、ifの誇りなんだから!」

キヌ「うーん…だね~! それはアタシも誇らしいかも!」

カムイ「これをきっかけに、ファイアーエムブレムifに興味を持ってくれる人がいるといいな…」

キヌ「それじゃ、今回はこの辺で終わりだよ! また次回も楽しく遊ぶから、よろしくねー!」

カムイ&ミドリコ「ありがとうございましたー!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝 泡沫に微睡みて、幸福を噛み締める

 

 私には、どうしても忘れられない思い出がある。それは、私が暗夜王国より白夜王国へと連れ去られて、幾ばくか経った頃のお話だ。

 

 

 とある日の事だ。私はようやく白夜王国での暮らしにも慣れてきて、文化の違いにも順応出来てきていた事もあり、1人で街へ出てみようと思った。

 無論、皆には黙って、こっそりとだ。いわゆる、お忍びというものをやろうと思い至ったのである。

 別に、遊びに行きたかったとか、城から抜け出したかったとか、そんな理由からの計画実行という訳ではない。

 ただ、私はここでも1人でもやっていけるのか、どれくらい白夜の文化に馴染めたのかを知りたかったのだ。私だけの力で、どうしてもそれを確かめてみたかった。

 

 というのは半分は建前で、本当のところ、私はある事を知りたかった。

 

“『スサノオ王子』と『アマテラス王女』、この2人と交換するために誘拐された、暗夜王国の『アクア王女』を白夜の民はどう思っているのか”という事を。

 

 白夜にさらわれてからしばらく経ち、この国を治めるミコト女王は私を我が子のように愛してくれている。それこそ、暗夜王国で受けてきた仕打ちとは正反対であるように、私は暖かな愛情を久方ぶりにこの身に受け止めた。久しく掛けられなかった暖かい言葉に、思わず涙してしまったのは、今では少し恥ずかしい記憶だ。

 そうして、ミコト女王を筆頭に、他の者も私に気を掛けてくれるようになっていった。白夜の王子、王女達も、私を新しいきょうだいとして接してくれて、暗夜に居た頃は無かった繋がりを、私は得た気がした。

 

 だけど、所詮は余所者の私だ。それを物語っているかのように、タクミは未だに私に心を開いてはくれていない。タクミだけじゃなく、王城兵の中にも、私を良く思わない者、監視したり、警戒したりする者だって居た。私には気付かれていないとでも思っているのか。それとも、ワザとそんな雰囲気を醸し出させているのか。どちらにせよ、私を不安分子と見て掛かる者も少なからず居るという事なのである。

 

 だから、私は気になったのだ。城内でも私を良く思わない者が居るのなら、外はどうなのだろう?

 私は、白夜の民達からはどう見られているのか。どう思われているのか、を。

 

 

 まだ小さいサクラに、私の分の今日のおやつであるお団子を食べさせてやり、私は部屋でお昼寝しているから誰も起こさないように、と見張り兼門番を任せて、サクラが油断している隙にこっそりと部屋を抜け出した。

 

 余談だが、まだ1人で食べるのが苦手なサクラの口元に、私は親鳥が子に餌を与えるように、お団子を千切って少しずつ食べさせてやった。その時のサクラときたら、それはもう、非常に愛らしかったとだけ言っておく。その様子に癒されすぎて、危うく計画を忘れてしまいそうになったのは秘密だ。

 

 話を戻し、大人達も、私が昼寝をすると周りに言っていた事もあって、まさか城を1人で勝手に抜け出すなんて思いもしないだろう。

 ルートは、スズカゼやサイゾウの使っている道無き道だ。外側に接する面にある城内庭園、その雑木林の中にある抜け穴から、這って外へと通じる穴に出る。

 多少泥だらけになるが、問題ない。予め用意しておいた、そのまま外に出てもおかしくないような寝間着を着ておいた。それと、そのままにしていた長い髪も短く結って、侍女から拝借した頭巾の中にしまう。

 最後に、わざと顔に泥を付けて完成だ。

 

 これでどこからどう見ても、私は街中で遊ぶ子どもにしか見えないはずだ。まさかアクア王女がこんな泥まみれで汚れた格好をしているなど、街の人は思いもしないはず。それに、私は街に出る事はそこまで多くないから、私の顔をよく知らない人の方がほとんどだろう。

 これで、私の偽装は完璧に違いない。自信満々に、意気揚々と私は抜け穴のあった外側の雑木林を出て、城下町へと向かう。

 

 街はいつものように多くの人で賑わっており、そこかしこで楽しそうに笑う声が聞こえてくる。

 毎日がお祭りのようなこの街並みは、暗夜の地下街以上に、人による明るさで溢れかえっていた。

 

 何の気なしに、私は売り子をやっているお姉さんに小銭を渡して串団子を一つ買う。お金はミコト女王がくれるおこづかいをちょくちょくと貯めたものだ。

 

「はい、お嬢さん」

 

「ありがとう。…ねえ、一つ聞いていい?」

 

 この際だし、まずはこのお姉さんに『私』の事を聞いてみよう。

 

「うん? なあに?」

 

「アクア王女ってどんな人か教えてくれる?」

 

「アクア王女? あの暗夜王国から来たっていう? でも、どうしてそんな事を聞くのかしら?」

 

 やはりと言うべきか、質問に対する理由の問いかけが飛んできた。しかし、その辺の対策は抜かりない。

 

「私…最近この城下町に越してきたから、アクア王女の事はあまりよく知らなくて…それで少し気になって」

 

「そっか。えっと、アクア王女ね…うーん、私もよく知らないんだけどなぁ…」

 

 お姉さんはしばらく、うんうんと唸りながら考え込んでいたが、

 

「あ! そうそう、1回だけ私もアクア王女を見たのよ。遠巻きにだったけど、なんというか…こう…神秘的? 他の王族様方もいらしたんだけど、その中でも群を抜いて不思議な雰囲気を纏っていたわ。ああいうのが、滲み出る高貴なる気品っていうのかしらね?」

 

 なんだか、聞いてるこちらが恥ずかしくなってくる。しかし、まだ肝心な事を聞いていないので、話を中断する訳にはいかない。

 

「でも、アクア王女って暗夜王国の王族なんでしょう? それなら、きっとアクア王女だって暗夜王国の人みたいに悪い人だと思うけど…」

 

「うーん…確かに暗夜王国は私達白夜王国に対して酷い事ばかりしてくるけど、私がアクア王女を見た印象では、そんな風には思えなかったかな」

 

「どうして?」

 

「そうだねぇ…、うん。分かった! だって、リョウマ様やヒノカ様がアクア王女に本当の家族みたいに接してたんだもの。そんな人が悪い人な訳ないよ」

 

「…騙されてるだけかもしれないわ」

 

 自分で言っていて、なんだか嫌な気分になる。だけど、これだって正論に違いない。なら、それを挙げない訳がない。

 

「疑り深いなぁ…。まあ、大丈夫だよ、きっと。でしょ?

 

 

 

 

 

 

 

アクア王女様?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、何人かにも同じ事を聞いて回ったが、やはり同じような答えが多く返ってきては、私がそのアクア王女本人である事も見抜かれてしまっていた。

 

『自分でそんな事を聞いちゃうんだもの。アクア王女様は悪い人なんかじゃないって、私はむしろ確信しちゃったかな。それにしても、不安だからって、偽ってまで自分の事を聞いてくるところ、可愛いと思いますよ?』

 

 とは、最初に聞いたお姉さんの談。何もかも見透かされていたようで、すごく恥ずかしかった。自分の評価を聞いていた時よりも、ずっと恥ずかしかった。これはもう、新たな私の黒歴史が刻まれてしまったであろう。思い返すだけでも、恥ずかしさのあまり顔が赤くなってきそうだ。

 

 結果から言って、『私』は白夜の民達全てとはいかないが、受け入れてもらえているようだ。やはり、否定派も少なからずは居たし、本人を前にしているとは思ってもいない彼らは、それはもう、辛辣な言葉を『私』に向けて放っていた。それを私は、笑えているかは分からなかったが、愛想笑いを浮かべて聞いていたが。

 だけど、確かに私を、『アクア王女』を受け入れてくれている人もいた。その事実が、どれほど嬉しかった事か。

 今回の試みは、悲しいけれど、嬉しくもあり、やって良かったと心から思う。

 …恥ずかしいのはもうこれっきりで勘弁だが。

 

 目的を果たした私は、城に帰る途中で、よく訪れる湖に寄る。この湖を眺めていると、昔の事を思い出す。まだ、お母様やお父様が生きていて、家族揃って穏やかに過ごしていた日々…。

 今はもう戻れない、あの懐かしき故郷での思い出……、

 

「やっぱりここにいたか」

 

 物思いに耽っている私の背に、今や聞き慣れた声が掛けられる。

 

「ヒノカ…」

 

「昼寝していると聞いてお前の部屋に行ってみれば、サクラがお前の部屋の前で昼寝していて、お前は昼寝どころか部屋に居ないときた。やっと見つけたと思ったら、どうして泥まみれなんだ?」

 

「ちょっと色々あって…」

 

「まあいい…。さあ、帰るぞ。みんな待っている」

 

「え? ちょっと、」

 

「そうだな、帰ったら私がお前を洗ってやろう。そんな泥まみれでは、せっかくの祝い事が台無しだからな」

 

 有無を言わせず、ヒノカは私の手を引っ張っていく。それにしても、祝い事、とは…?

 

 

 

 城に戻り、ヒノカに洗われて、全身綺麗になって清潔感のある着物を着せられた私は、やはりヒノカに手を取られて城を歩いていく。

 一体何があるというのか。不思議に思い、何度も問うがヒノカはニコニコと笑みを浮かべるばかり。

 

 そうして、私は大広間に連れて来られ、その光景に目を奪われた。

 壁一面に『誕生日おめでとう』と書かれた暖簾が掛かっている。

 

「これ…は…!?」

 

「今日はお前の誕生日だろう。お前は私達にとって家族も同然。家族の誕生日を祝わないでどうする」

 

「そうですよ」

 

 ヒノカの言葉に続くように、後ろからミコト女王の声が聞こえてきた。いや、ミコト女王だけじゃない。リョウマにサクラ、それにタクミもいる。

 

「あなたは私の、私達の家族です。だから、ほらね? みんなもこうして、アクアを祝いたいのですよ」

 

「ああ。兄として、妹の生まれた日は祝わねばな」

 

「ふん…僕は母上達が言うから仕方なく…しぶしぶだからな!」

 

「あくあねえさま、おたんじょうび、おめでとうございます!」

 

 皆が皆、私に笑顔を向けてくる。私の誕生日を、祝ってくれる。生まれた事を、祝福してくれている。

 

 暗夜に居た頃は、有り得なかった。けれど、白夜に居る今、その有り得なかった事が実現している。誘拐された身ではあれど、これほど幸せな事はない。

 

 お父様、お母様…私は、幸せな人生とは言えないかもしれません。それでも、今は幸せです。ささやかな幸せではあるけれど、私にとってはこれ以上ない幸せです。

 

 私は、生きています。命を繋いでいます。あなた達が、守ってくれたこの命を。

 だから、私はこの幸せを噛みしめる事が出来ています。あなた達が、私を産んでくれたから。

 産んでくれて、ありがとう。

 

 そして、祝ってくれて───

 

 

「ありがとう…みんな」

 

「ふふ…それじゃあ、お決まりのアレをやりましょうか」

 

 せーの、とミコト女王のかけ声に合わせて、きょうだい全員が声を揃えて口にした。

 

 

 

「アクア、誕生日おめでとう!!」

 

 

 

 

 

 

 今日は、忘れられない思い出が、二つも出来た。私は決めた。この白夜で生きていく。この白夜王国こそが、私の居るべき場所なのだ。

 

 私は、白夜王国と共に生きる。

 





という訳で、アクアの誕生日回でした。

あったかもしれないアクアの過去を楽しんで頂ければ幸いです。
あと、チビサクラは絶対カワイイと思います!

最後に、アクア誕生日おめでとう!!

ギリギリ間にあって良かった~……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 屍共を率いし亡者

 

 依然として戦闘中であるスズカゼ、カゲロウ、そしてエマであったが、戦況はお世辞にも良いとは言えず、徐々に押され始めていた。

 

「くそ…ッ! 何なんだ、こいつらは!?」

 

 焦りとイラつきを隠す事すらせずに、カゲロウは怒鳴り散らしながら、勢いよく手裏剣を投擲する。が、やはりその攻撃は、ノスフェラトゥの、既に幾つもの手裏剣が刺さった太腕によって阻まれてしまい、よりカゲロウをイラつかせる。

 

「防戦一方ですが、今は援軍が来るまでこの状態を出来る限り維持しなくては…」

 

 時折、接近を許してしまったノスフェラトゥを、軽やかに飛びかかり脳天を狙って確実に仕留めるスズカゼ。彼は比較的に冷静で、一つ一つ落ち着いて対処していた。

 といっても、カゲロウが焦りを見せているおかげで、スズカゼは冷静でいられたに過ぎないが。

 

「でも、カゲロウさんの言う通りです! このノスフェラトゥ達、何か変ですよ!」

 

 天馬による空中からの遊撃で、ノスフェラトゥの注目、そして攻撃をある程度集めていたエマが、カゲロウに同意の叫びを上げる。

 

「ええ…。彼らは、どうやら“普通のノスフェラトゥ”ではないようですね」

 

 仕留めたノスフェラトゥから飛び退くと、スズカゼは周囲に視線を送る。左右前方をグルリと取り囲むノスフェラトゥの軍勢は、通常のノスフェラトゥとはまるで違う動きを見せていた。

 というのも、本来ノスフェラトゥは最低限の認識機能と、敵を襲うという目的しか与えられずに造られた存在だ。しかも、死体を用いているためか、その機能も劣化しており、だからこそ敵では無いはずの自国の民すら襲うと言われている。

 更に言えば、知能は欠片程も無く、有って精々が自衛本能とその為の手段を用いる為の知恵のみ。故に、連携など取れるはずもなく、バラバラに襲いかかってくる訳なのだが、スズカゼ達が遭遇したこのノスフェラトゥ達は、“連携の取れた”動きを見せていたのだ。

 それこそが、スズカゼ達が苦戦を強いられる原因ともなっており、彼らも困惑を隠せないでいたのである。

 

「どういう了見か、こいつらは()()()()()()いる! このままでは数刻と保たず、押し負けるぞ!」

 

 カゲロウは唯一の生存者である少女と共にジリジリと後退しながら、敵の攻撃を警戒しつつクナイを構える。少女は嗚咽を漏らすばかりで、もはや生きる事にさえ悲観しているかのように、生気の失せた顔をして、カゲロウに引っ張られるがままになっていた。

 

「目を疑うような光景ではありますが、残念ながらこれは現実です。となれば、状況の維持に加え、打破も視野に入れて観察、行動するべき…ですが…」

 

 統率が執れている…いや、“執られている”という事は、指示を飛ばしている群れの『頭』となる個体、もしくは存在が居るはず。それさえ潰す事が出来れば、ある程度の勝機が見えてくる。ここで言う勝機とは、この戦闘に勝つ事ではない。『増援が来るまで持ちこたえる事』。それが、スズカゼ達にとっての『勝ち』であり、『価値』のある成果なのだ。

 スズカゼは、周囲のノスフェラトゥ達を大雑把にではあるが、観察していた。だが、それらしき個体は確認出来ずにいた。

 

「スズカゼさん!」

 

 と、エマが彼の頭上へと天馬で駆けてくる。

 

「あたしが敵の司令塔を探してきます!」

 

「いけません。敵の頭を仕留めたいのは確かですが、ただでさえ多勢に無勢。戦力を割く余裕はありません」

 

「分かってます! でも、どうにかしないと、じきに防勢は崩れます!」

 

 エマの言い分は正しい。このままでは、増援を待たずして全滅する。しかし、スズカゼの言い分もまた正しい。数少ない戦力を、余分に割くのは危険な賭けでしかないのだ。

 それでも、少女は止まれない。止まる訳にはいかない。

 

「敵の攻撃を、あたし“たち”が少し引きつけます! どうか持ちこたえて下さい!」

 

「お待ち下さい!!」

 

「待て、エマ!!」

 

 スズカゼとカゲロウの呼び止める声も聞かず、エマは天馬の手綱を引く。そのまま迷わずにノスフェラトゥの一団へと突っ込んで行き、ぶつかる直前というところで高度を上げる。ノスフェラトゥ達は直前のエマへと気を取られ、一部スズカゼ達から注意が外れて、低空飛行で飛び去っていくエマを追っていく。

 

「くっ…あの馬鹿者が…!」

 

 カゲロウは、遠ざかっていくエマの背を恨めしげに見送る他なかった。今彼女まで離れてしまえば、スズカゼ1人で少女を守らなければならなくなってしまう。それはあまりにも厳しすぎるので、カゲロウは残らざるを得ないのだ。

 

「こうなってしまっては仕方ありません。エマさんの事は心配ですが、私達は少女を守りきる事だけに専念しましょう。でなければ、彼女が危険な役を買って出てくれた意味がありません」

 

「チィッ…! ならば、この少女は何が何でも守り抜く!」

 

 減りはしたが、未だ敵は多い。カゲロウとスズカゼは、ノスフェラトゥを手裏剣で牽制し、迫り来る敵をいなしながら、増援の到着を待つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、エマはというと、

 

「…居ない、居ない、居ない……!」

 

 敵を引き付けながらも、敵の司令塔を探していた。しかし、それらしき存在は認められず、焦りと疲労だけが募っていく。それもそうだろう。敵を引き付けつつ攻撃もかわしながら、更に親玉の捜索もしなければならないのだから、全神経を常にフル稼働させる必要があるのだ。疲労の溜まる速度もそれに比例して早くなる。

 

「ごめんね、あたしの勝手に付き合わせちゃって…」

 

 天馬に謝罪の言葉を掛けながら、エマは手綱を持つ手を緩めない。今は緩める訳にはいかないからだ。悪いとは思いつつも、エマは手綱を握る手に力を込める。一刻も早く、この状況を脱するために。

 

「どこ…どこにいるの!?」

 

 村の全景は既に捉えた。しかし、それでもめぼしいものは見つけられない。ならば、一体どこに居るのか。さほど賢くない頭をフル回転させて、エマは敵の攻撃を引き付けながら考える。

 自分が指令を出すならば、一体どこからそれをするのか。例えば、戦場の最前線。勇猛な将ならば、己自身も直接前線で指示を飛ばすだろう。

 例えば、後方の支援部隊。それなら護衛も兼ねて、部隊を最後まで指揮出来る可能性は最も高い。

 例えば、そのどちらでもない、前線と後方の中間地点。こちらなら、最前線と後方支援のどちらにも、最も状況に応じて指示が出しやすい。

 

 しかし、敵は普通ではないとはいえ、所詮はノスフェラトゥ。後方支援なんてまずあるわけないし、中間地点から指示を飛ばす必要などある訳もない。となると、最前線が最も有力となる訳だが…。

 

「それらしい奴は居なかったのに…」

 

 手詰まり。それこそ、もう打つ手無しだ。もしかしたら、前提が間違っていたのかもしれない。元々、敵に司令塔などいなかったのではないか?

 あのノスフェラトゥ達はそういう風に造られた新型であったのかもしれない。エマは思考がマイナスに傾き始めるが、それでも前を向いて進む以外に道はない。

 

(そもそも、言葉の通じなさそうなノスフェラトゥにどうやって指示を飛ばして……、()()()?)

 

 途端、エマは自身の思考に疑問を抱いた。そもそも、ノスフェラトゥ達の間で、指示を出したり受けたりした様子は無かった。それ以前に、奴らは言葉なんて発してもいない。言葉以外の伝達手段が有るとするなら、それは……。

 

「そっか! 意思伝達の術だ!」

 

 聞いた事があるだけだが、暗夜の術の中に『テレパシー』と呼ばれる呪術があったはず。白夜にも似たような術があり、言葉ではなく直接思考で他者とやりとりが出来るといったものだ。そして、エマが知りうる限り、それは高い位置であればあるほど、その効力が上がっていく。

 エマはすぐさまこの付近で最も高い所に、目を四方八方へとせわしなく向ける。そして、

 

「! 見つけた!!」

 

 村で一番大きな民家、更にその背後に聳えるように立っている大きな木の上に、それは居た。

 

 その姿はノスフェラトゥよりも更に異形で、ノスフェラトゥと比べてより筋骨隆々で、全身とまではいかないが、ふさふさとした毛で覆われており、頭部はノスフェラトゥのようにマスクで覆われていない。そしてその顔は、人間というよりも獣に近く、どことなく狼に見えなくもない。何よりも違うのは、そのノスフェラトゥにはふさふさとした大きな尻尾が生えている事か。

 

「仕留めます!」

 

 やっと見つけた親玉格。エマはその異形っぷりに構う事なく、一気に上昇し、手にした薙刀を構えて突進する。

 敵もエマの突進に気付いたようで、エマがたどりつく寸前で木のてっぺんから飛び降りてしまう。それを追い、エマも急降下していく。しかし、下にはエマが引き付けていたノスフェラトゥの群れが居る。

 

空助(くうすけ)、あいつらをお願い!」

 

 天馬は他の生物に比べてとても賢い生物で、人間の言葉もある程度は理解出来る。加えて、意思疎通の取れた主人とならば、その意図も汲み取れるまでに察しも良い。

 エマが天馬から飛び降りると、天馬はノスフェラトゥの群れを挑発するように嘶きを上げて羽ばたく。親玉の集中がエマに向いたためか、他のノスフェラトゥ達の統率は崩れ、それぞれが自身の目の前を縦横無尽に駆ける天馬へとおびき寄せられていく。

 

「さあ、一騎打ちと参りましょう!」

 

 薙刀を両手で構えて、エマは大型のノスフェラトゥと対峙する。その手足には鋭い爪を。そして口には大きな牙を覗かせて、大型ノスフェラトゥは唸り声を轟かせた。

 

「グルルォォァアアア!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「敵の統率が乱れた?」

 

 一方で、攻勢が弱くなりなんとか2人で凌いでいたスズカゼ達だったが、突如ノスフェラトゥ達の動きがバラバラと乱れ始めた事に気付く。

 

「エマがやったようだな」

 

 この頃にはすっかり冷静さを取り戻したカゲロウが、愚かにも単騎で突出してきたノスフェラトゥの後方に瞬時回って、その背に飛び乗り首をクナイで掻き切る。数度の斬撃を首に受け、ノスフェラトゥは力無く崩れ落ち、カゲロウも巻き込まれる前にノスフェラトゥを土台に少女の傍に着地した。

 

「そのようですね。狼煙を上げてから時間も経っていますし、もう少しの辛抱です」

 

「エマが無事だといいのだが…」

 

 

 

 

「ふむ…その心配は要らんじゃろうて」

 

 

 

 

 突如掛かる声に、カゲロウは驚き、声の方へと振り向く。そこでは、数体のノスフェラトゥを燃やし尽くしながら佇む者が居た。

 

「お、お前は…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てやあぁぁぁ!!!」

 

 腰をしっかりと落とした、大振りの横凪をノスフェラトゥの首を狙って放つが、軽々と避けられ、逆にその鋭い爪を以てエマを引き裂かんと襲い掛かる。

 それを、横凪にした薙刀を用いて、地面に突き刺し、側転の要領で回避するエマ。宙で回転して体勢を整えつつ、敵から距離を取って地面へと着地する。

 

「ガルルルルガァ!!!」

 

 エマの着地とほぼ同時に、ノスフェラトゥも突進をしてくる。距離を取ったとはいえ、それほど離れられた訳でもなく、即座に距離を詰めてくる敵に、エマは薙刀を自身と平行に持ち、ノスフェラトゥの股下を滑り抜ける。が、

 

「!!?」

 

 潜り抜けたと思った瞬間、ノスフェラトゥの尻尾がエマ目掛けて振り下ろされる。

 

「あぐッ!」

 

 身をよじって避けようとするも、完全には避けきれず、太い鞭のような尾の一撃を左肩に受けてしまう。

 

「肩、が……!」

 

 右手で薙刀を持っているため、痛めた左肩は押さえずにすぐさま立ち上がる。だらんと腕は脱力し、力を込めようとしてもプルプルと震えるだけで、まるで使い物にはなりそうもない。

 

「グォォォオオアァァ!!」

 

 けたたましい雄叫びを上げて尾をしならせるその様は、さながら狼人間であるかのようだ。エマは歯を食いしばり、肩が痛むのを堪えて薙刀を片手で構える。形勢は相手の方が能力的に高く劣勢。おまけにこちらは負傷を負ったときた。なんと絶望的な状況か。

 

「…………、ふ」

 

 だというのに、

 

 

「ふふふ…!」

 

 

 堪えきれないとばかりに、彼女の口からは笑い声が自然と溢れ出す。

 

「ああ…これが戦場。これが闘い。これが命の奪い合い…! ()()()はこの世界を生きていたんですね!」

 

 劣勢であるというのに、エマはこの状況に喜びを覚えていた。それどころか、目の前のノスフェラトゥに感謝の気持ちすら抱き始めているのだ。この状況を作り上げてくれた、と……。

 

「感謝しますよ、異形のノスフェラトゥさん。あたしは、あなたとの闘いを経て、()()()と同じ世界を目にする事が出来ましたから!」

 

 頭の上で揺らすリボンは、もはや可愛らしいウサギのソレではなく、本来の攻撃的な性格を持った『兎』のソレそのもの。目を見開き、獰猛な笑みを浮かべて、エマは薙刀を握る手に更に力を込める。

 憧れのあの人に近づく為に。恩人に近づく為に。何よりも、己の為に。彼女は一匹の獣へと変じる。

 

「アガァァァゥウゥゥルアァァァ!!!!!」

 

 そんな彼女に応じてか、ノスフェラトゥも四つん這いになり、咆哮を返す。ここに居るのは、二匹の獣のみ。戦士であり、野生である、二匹の獣。どちらからともなく、二匹は駆け出した。狙うは獲物の命のみ。恥も外聞もかなぐり捨てて、エマは闘志を剥き出しに薙刀を振るった。

 

 

 

「ハアァァァァァァァァァアア!!!!!!!」

 

「ガアアアァァァァァァァァアア!!!!!!!」

 

 




「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「いや~、エマがすっごいきゃら崩壊してたね~」

カムイ「まあ、公式のキャラではあるけど、けっこうオリジナリティが高いキャラだし、別に良いんじゃないかな?」

キヌ「まあ、キングフロストはあんまり気にしてないみたいだけどね。だってコレ二次創作だし」

カムイ「ああ…またメタ発言を…」

キヌ「いいじゃんいいじゃん! 自由にしなきゃ、せっかくの一回きりの人生なんだからツマンナイよ!」

カムイ「自由にしすぎちゃダメな時もあるって覚えようね…」

キヌ「さーて! 今日のげすとさんを呼んじゃおう!」

キサラギ「どうも、今日のゲストはこの僕キサラギだよ!」

カムイ「こんにちは、キサラギ!」

キヌ「やっはろー!」

キサラギ「やっはろー! 父上もお世話になったみたいで、今日は僕もよろしく頼むね」

キヌ「あー…、そういえばタクミも来たね~。誕生日に」

カムイ「僕はその頃はまだアシスタントじゃなかったなぁ」

キサラギ「あ、そうそう。今日はフォレオの誕生日会があるから、2人も終わったら早く行こうね」

キヌ「あ! そうだった! アタシもフォレオのお誕生日の贈り物にお布団作ったんだった!」

カムイ「…僕も手伝わされたのに、忘れてたの!?」

キサラギ「あはは…それはフォレオには黙っておくね」

カムイ「遅れちゃ悪いし、もう今日のお題に入っちゃおう」

キヌ「うん! 今日のお題はこちら!」ババン!

キサラギ「『エマの憧れてる人って?』、だね」

カムイ「うーん…知ってる人はもう気付いてるんじゃないかな?」

キサラギ「それは僕も同感かな。白夜で戦闘狂って言ったら、あの人しか居ないもんね」

キヌ「あ~、あの人ね! うん、あの人あの人!」

カムイ「それに、スズカゼさんとカゲロウさんの前に現れた人も、あの人と同僚だし、というか、あの話し方でこの人はバレバレだったかな?」

キヌ「うんうん! それってあの人の事だよね!」

キサラギ「まあ、エマさんの憧れの人は、エマさんの兵種とかも考えれば、分かったかもね」

カムイ「でも、もしかしたらヒノカ叔母さんと勘違いするかもだね」

キヌ「だよね~! あの人の兵種を考えたら、そっちと間違えるかもしれないよね~」

キサラギ「うん。お題はこんなところで十分かな? そろそろフォレオの誕生日会に行こうか?」

キヌ・カムイ「おー!!」

これで本日の収録は終了します。


フォレオ誕生日おめでとう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 悲劇にさす光明

 

 決着は一瞬だった。エマとノスフェラトゥは接近するや、全力で腕を相手に目掛けて振るったのだ。エマの渾身の一撃を、ノスフェラトゥの猛烈な一撃が凪払い、それによってエマの腕はグンと反動を受けて、その手から薙刀を手放してしまう。

 

「しまっ……!!」

 

 腕も弾かれ、闘う手段の途絶えたエマに、ノスフェラトゥは再びの咆哮と共に腕を大きく振りかぶる。エマも、ここまでかと目を閉じ、静かに最期の時を待つ。死が目前に迫っているというのに、エマは不思議と落ち着いていた。この常に死と隣り合わせという臨場感も込みで、()()()は闘いを楽しんでいたのだと思うだけで、エマは満足感を覚えていたのだ。

 エマとて死ぬのは怖い。でも、それもまた、命懸けの闘いの醍醐味なのである。

 

 

 

「あら? まだ死ぬには若すぎますよ、見習いさん?」

 

 

 

 と、死を覚悟したエマの耳に、ヒュンという空を切る風の音と共に、聞き覚えのある声が届いた。それは、自身もその域に達したいと焦がれた人の声。かつての恩人の声。共に戦場に立ってみたいと憧れた人の声。

 

 閉じていた目を開いてみれば、相も変わらずノスフェラトゥの姿がある。しかし、咆哮は呻きに変わり、そしてその額には、血濡れの鏃が生えていた。

 

「……あ」

 

 ピタリと動きを止めて、異形のノスフェラトゥはその場に立ち尽くして、しばらくの後、ゆっくりと地面に倒れ付した。エマは巻き込まれないように、とっさに飛び退いてノスフェラトゥから離れる。

 

「グゥオォォ……………、」

 

 そんな、断末魔を残して、ノスフェラトゥは完全に停止した。

 

「間に合ったようですね」

 

 エマは声のした方に目を向ける。そこには、輝く金の毛をたなびかせて空を舞っている大きな鳥と、その背に乗っている、弓を手にした妙齢の女性がいた。

 

「ユ、ユウギリ様……!!」

 

 その女性の名はユウギリ。昔から白夜王城に仕える、白夜で武勇を誇る将の1人で、金鵄と呼ばれる伝説の霊鳥を駆る『金鵄武者』だ。そして、今は亡きミコト女王の直属の臣下でもある。

 白夜でも有数の領主の家の出で、その佇まいにも目に見えて分かる品の良さが表れており、本人の礼儀の良さや、おしとやかな口調も相まって、良いとこの令嬢であったのは明らかだ。

 そんな彼女だが、かなり変わった性癖を持っている。どうにも、戦闘狂の気があり、好きなものは敵との闘い、何より大好きなものは敵が死に際に上げる断末魔。と、その性格や話し方からは想像もつかない、令嬢とは程遠い完全に武人寄りな人物なのである。

 それを象徴するかのごとく、彼女の眉間には額から頬にかけて、×印のような大きな傷痕が残っている。

 

「もう少し早く到着すれば、私がこの強そうなノスフェラトゥと闘えましたのに……。少し残念ですが、まあ、良しとしましょう。あなたの危機には間に合ったみたいですし」

 

 ゆっくりと地上に降り立つと、ユウギリは金鵄から飛び降り、呆然として自分を見つめているエマに歩み寄る。

 

「ユウギリ様、ど、どうしてここに…?」

 

 突然の憧れの人の登場に、エマは動揺を隠せない。しかも自分の命を救ってもらった形なのだから、なおさらだ。二転三転と、状況が次から次へと変化していきすぎて、エマはお礼を言うのも忘れてしまうくらい混乱してしまったのである。

 

「えっと…どこから説明しましょうか…」

 

 エマの質問が何かを分かっていたようで、ユウギリは少し困ったように、

 

「それについては、あちらのカゲロウ達と合流してからにしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 そして、エマは訳も分からずに天馬を呼び戻し、ユウギリが天馬を追っていた残りのノスフェラトゥを瞬く間に駆逐するのを見てから、ユウギリと共にスズカゼ達の所に戻ってくると、

 

「ん? おお、無事じゃったか!」

 

 所々焦げたノスフェラトゥの上に腰掛ける女性が、陽気な笑顔で手を振っていた。その女性は、薄着にへそ出しスタイルとかなりの軽装で、頭の後ろではなんだか結わえるのが難しそうな髪型をしていた。

 

 エマは周囲を見渡すと、ノスフェラトゥのほとんどは倒されたようで、そこかしこでノスフェラトゥが倒れている。木陰では、カゲロウが少女に寄り添っており、スズカゼも残敵の確認をしていて、どうやら全員無事だったらしい。

 

「あ、あなたは…!!」

 

 エマはユウギリの救援だけでさえとても驚いたというのに、目の前にいる女性がまさかの人物であり、またもや驚愕の表情を浮かべていた。

 

「ふむ…そこまで驚く事かえ?」

 

 エマの驚いた様子に、その女性は訝しむように視線を送る。

 

「まあまあ、仕方ないでしょう。本来はここに居るような立場でもないのですからね。特に私達は」

 

 ユウギリの言葉は的を射ていた。彼女は軍を率いておかしくない立場なのだ。そして、もう1人の女性も、一般人からすればとんでもない地位の人間だ。

 

 彼女は名を『オロチ』。白夜王城お抱えの(まじな)い師の家系の生まれで、彼女自身も高い魔力を秘めている。それだけでなく才能も白夜王国一で、ミコト女王に見出され、直属の臣下として仕えていた。

 

 言ってみれば、ユウギリとオロチの2人は、前王に仕えていた、国でも最高峰の地位にあるのだ。そんな2人が、こんな場所まで援軍のために出向いてくるなんて、普通はありえない。

 

「ふーむ…。まあ良かろうて。スズカゼの話では、先程の狼煙はテンジン砦に居った者らへの報せであったし、皆もじきに来るじゃろう。その時にでも説明してやろうかのう」

 

 そう言って一つ伸びをすると、オロチはノスフェラトゥの上で何やらゴソゴソと、1枚の布を取り出してその上に小さな物をバラまき始める。

 

「ふーむむむ……。ほうほう…なるほどのう…」

 

「あらまあ…そんな場所で占いなんて、品がありませんわよ」

 

 ユウギリに注意されたものの、オロチはいたずらな笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「別にいいじゃろう? なに、動物の骨を用いた簡単な占いじゃ。こんな骸の上で、本腰入れて占いなんぞする訳なかろうて。ちょっとした遊びみたいなもんじゃ」

 

 あっけらかんと、悪びれる風もなく言い放つオロチ。その様子からして、全く反省していない。それどころか、行儀が悪いとさえ思っていないのだ。とはいえ、普通の人間の死体の上でならばの話で、何度も煮え湯を飲まされているノスフェラトゥだからこそ、無碍に扱ってしまうのだろう。

 その証拠に、そこらで転がっているノスフェラトゥ達は、容赦なく燃やされ、焦がされ、焼かれていたのだから。

 

「はあ…。あなたもそろそろ、その茶目っ気を気にする歳なのですよ?」

 

「う、うるさいわい! なんじゃ、ユウギリはわらわの母様か何か!」

 

 呆れるユウギリに、突然歳の事を言われて取り乱すオロチ。その、あまりにも想像と理想からかけ離れた女王臣下達のやり取りに、エマは言葉を失うほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくの後、アマテラス一行がようやく襲撃を受けた村へと到着した。そして、当然のごとく、その惨状を目の当たりにして言葉を無くす。

 

「………ひどい」

 

 それは一体誰の呟きだったのか。村の状態を前に、到着した全員の顔が曇る。

 ボロボロに破壊された家屋、白い羽を鮮血に染めて地に伏す家畜の鶏、まるで全身を凄まじい力で殴られたかのように、ところどころ体のひしゃげた遺体、死んだ我が子に手を伸ばすように絶命している親子……。

 

 何から何まで、滅茶苦茶に蹂躙された姿が、そこにはあった。

 

「う……うぅ、」

 

 そのあまりの凄惨な光景を前に、アマテラスは思わず吐き気を催した。死体があちこちで転がっている、戦場とはまた違った地獄。人を殺す事にすら慣れる事はないのに、もっと酷い現実を目の当たりにして、怒りよりも、悲しみよりも、憎しみよりも、他のどんな感情よりも、まずアマテラスの心に湧き上がった感情は、『恐怖』だった。

 

 どうして、暗夜王国はこんな悪魔のような事が出来るのか。平気な顔で、罪無き人々を殺せるというのか。ガロン王は、こんな悪魔の所業を黙認しているのか。

 そんなの、答えは最初から決まっている。ノスフェラトゥを使役する時点で、暗夜王国は、いや、暗夜王ガロンは、人の心を持ってはいないのだ。死者を愚弄する非道。自国の民をも厭わぬ悪道。暗夜王ガロンは、そんな修羅の道をそれこそ堂々と歩いている。

 アマテラスは確信した。ガロンをこのまま放ってはおけない。暗夜で育った者として、白夜で生まれた者として、彼はもはや捨て置く訳にはいかない。

 

 誰の手でもない、アマテラス自身の手で、ガロン王を打倒せねばならない。それが、今まで暗夜王国で生きてきた、白夜王女のアマテラスの最初の、暗夜王女だったアマテラスの最後の使命なのだ。

 

 そして、ガロン王の呪縛から暗夜王国を解放し、離れてしまった絆を再び取り戻す。

 ここで初めて、アマテラスは確固とした目標を手にした。今までは暗夜の家族へ想いを馳せていた事もあった。いや、それは今も変わらない。ただ、彼らを暗夜の闇から助けたいという願いが新たに芽生えたのだ。

 たとえ大切な家族と決別してでも、大切だからこそ、救い出す為に闘う。もう、それしかない。

 

 

 

「大丈夫か、アマテラス?」

 

 吐き気を我慢していたアマテラスに、ヒノカがそっと背中を撫でる。その優しい手付きに、アマテラスは自然と気持ちも治まってきた。

 

「はい…もう大丈夫です。それより、スズカゼさん達が心配です。早く探しましょう」

 

 村を見渡す限り、この辺にはスズカゼ達らしき者は居ない。それらしき遺体も見られないため、アマテラス達は村の奥へと歩を進めていく。

 しばらく進んでも、村の悲惨な状況はどこまでも続き、あちこちで村人が死んでいるのが見え続けていた。やがて、村の外れの辺りにまで来ると、途端にノスフェラトゥの群れが現れ始める。しかし、そのどれもが既に機能停止した状態ではあったが。

 そして、

 

「スズカゼさん、カゲロウさん!」

 

 少し大きめの木陰で、何人かの人影があるのを発見する。その内の3人は見知った顔だったが、

 

「エマさん!? どうしてここに!!」

 

 テンジン砦に居るはずのエマがここに居た事に、そして負傷した姿であった事にアマテラスは驚き、思わず叫ぶようにエマに問いかけた。

 

「あ、いや、色々と、その…ありまして…」

 

 しどろもどろに、答えを濁すエマ。そんなエマを不憫に思ってか、さりげなくスズカゼがフォローを入れる。

 

「彼女は私達よりもいち早く、この村の異変に気付き、駆け付けたそうです。そのお陰で、私達は1人の命だけは何とか守る事が出来ました」

 

 そう言って、スズカゼは木を背にもたれる1人の少女に視線を送った。その小柄な少女は、未だに泣きじゃくっており、カゲロウが肩を抱いてどうにか落ち着かせようとしていた。

 

「その方が、この村の唯一の生存者…? ですが、すごく泣いて……」

 

「無理もないのう…。目の前で母を喪ったそうじゃからな。立ち直るのはそうそう容易にはいかんじゃろうて」

 

 古風な話し方をする女性、オロチは、彼女にしては珍しく陽気なナリを潜めていた。それだけ、少女に気を遣っているという事だろう。

 

「あの、あなたは…?」

 

「む? おっと、そうじゃったそうじゃった。お初にお目にかかります、アマテラス様。わらわは名をオロチと申す。今は亡きミコト女王の臣下としてお仕えしておった、白夜王城専属呪い師じゃ。よろしく頼みましょうかのう」

 

 わざとらしく、上品そうにお辞儀をするオロチ。彼女に続いて、アマテラスとは初対面であるもう1人の女性も名乗り出る。

 

「初めまして。私はユウギリと申します。このオロチと同じく、ミコト様に仕えておりました金鵄武者でございます。この度は、ノートルディアへの遠征に参加するために、アマテラス様御一行に加えて頂きたく存じますわ」

 

「…! お2人とも、お母様の……」

 

 母の臣下が遠征に同行するとはアマテラスも聞いていた。しかし、まさかこんな形で合流する事になろうとは思ってもいなかったために、より驚きが増していたのだ。

 

「そうじゃ。わらわ達は、アマテラス様らに合流しようとしておったところを、この集落の異変に気付き、こちらにまで出向いたという訳じゃな。これで理由は分かったかえ? エマとやら」

 

「は、はい! 説明頂き、ありがとうございます! って、あいたたた…」

 

 急に声を掛けられて、反射的に敬礼をしたエマは、無意識だったためか、上げていないとはいえいきなりの動作に、反対側の腕に盛大な痛みが走ったのだ。

 

「! すぐに治療しますっ」

 

 エマの痛がる姿にハッとして、サクラはエマを座らせると、その場で祓串による治療を開始した。されるがままのエマは、申し訳なさそうにサクラに頭を下げている。

 その様子を一瞥し、アマテラスはオロチとユウギリの2人に、改めて歓迎の意を伝える。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。そして、スズカゼさん達の救援に駆け付けて頂き、ありがとうございました。私達では間に合わなかったかもしれませんでした」

 

「うむ。しかし、この村の者達を救えなかったのは辛いのう…」

 

「そうですわね…。スズカゼやカゲロウ、それと見習いのお嬢さんに生存者を1人でも救えたのは、不幸中の幸いなのでしょう」

 

 その顔は晴れず、申し訳ないように、2人の視線は泣いている少女へと送られた。少女はひどく憔悴しており、目と鼻は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。嗚咽は止まらず、大粒の涙は止めどなく零れていた。

 

「じゃが……、この娘はこの先どうする。家族を失い、帰る場所も失い、どう生きていく? わらわ達は、この娘の大切なものを守ってやれなかった。それがどうしても悔やまれるのじゃ……」

 

「………」

 

 オロチの言葉は、その場に居る全員の心に重くのしかかった。もっと早く気付いていれば、もっと早く助けに来られていれば。いくら悔やんでも悔やみ切れないのだ。それはこの村に限った話ではない。先のヒノカとツバキが見てきた2つの村の惨状も同じ。アマテラス達は、間に合わなかった。間に合わず、3つの村が滅んでしまった。後悔と自責の念が、彼ら彼女らの胸中で渦巻いて、空しさが去来する。

 そんな中で、静寂を破る声が上がった。それは他ならぬ───

 

 

 

「あんたら、は……わる、くない…」

 

 

 

 泣いている少女のものだった。

 少女は、嗚咽を必死に堪えながら、懸命に言葉を紡ぐ。涙は流れ続けているが、口調もたどたどしいが、彼女は確固とした意思を伝える。

 

「忍びの、人ら…も、天馬の、女の子も…あたいのために、闘ってくれた……。おっ母が守ってくれた、このあたいの命を、命を懸けて…守って、くれた……」

 

「……、」

 

「でも、ぐずっ、あたいには、もう何も、残ってない…。あたいは、これから、どうやって生きて、ひっく、いけばええんかなぁ……」

 

 その悲嘆は、アマテラスらに向けられたものではなく、自身のこれからに向けられた言葉だった。少女が悲劇の末に失ったものは、家族と故郷の喪失。得たものは未来への絶望。大切なものを失った哀しみ。それらを受け止めるには、少女はまだ若すぎた。

 

「なんで、あたいは……あたいの村は、襲われやなあかんかったん…? なんで、こんな目にあわなあかんの? あたいが、何か悪い事したん? なんでなん…なんで……?」

 

 それはアマテラス達を責める言葉ではない。しかし、少女の嘆き、哀しみはアマテラス達にとっては重責のようにのしかかってくる。

 

「うっ…うぅっ……あたいは、どうしたらええの…? なあ…教えてえな。あたいは、どうやって生きていったらええの…?」

 

 縋るような、失意の底から発せられたその声に、皆は押し黙ってしまう。全てを失ったこの少女に、掛ける言葉を思いつかなかったから。

 

 だけど、それでも……母を、兄をその手から失い、全てに絶望しかけたかつての自分と似たその少女を、アマテラスは放ってはおけなかった。

 

「…………あの。もし…もしあなたが望むのなら、私達と一緒に来ませんか?」

 

「アマテラス、それは彼女には……」

 

 アマテラスの申し出が少女にとってどれほど危険であるか、それを知っているアクアは、心配して口を挟もうとしたが、アマテラスはそれを手で制した。その目は、「分かっている」と物語っているようで、アクアもそれ以上は口出しを止める。

 

「え、ええの? ほんまに?」

 

「はい。…ですが、私達は長い闘いの途中です。私達について来れば、危険な目に遭う事になります。戦争に巻き込まれて死ぬ事だってあります。それでも……」

 

「ええよ、それでも」

 

 少女はアマテラスのその問いに、一瞬の間もおかずに即答した。その涙で赤く泣き腫らした目に、一筋の希望の光を灯して。

 

「本当に良いのですか? 今ならテンジン砦に行って、他の人達と生活を共にする事だって出来るんですよ?」

 

「いいよ。あたいにはもう、何もないんやし、あんたらに救ってもろうた命やもん…。それに、あの怪物は暗夜の悪い人らが作ったんやろ? あの怪物は、暗夜のあたいらみたいな村も襲うんやろ? あたいは、村のみんな…そういった目に遭った人達の仇を取りたい」

 

 意志の強いその眼差しは、もう何を言っても無駄だろう。アマテラスはそんな目を、幼い頃から何度も近くで目にしてきた。

 

「1人ぼっちはもう…いやや。あんた達と一緒に行かせて……」

 

 涙は、もう止まっていた。少女は、覚悟を決めたのだ。無念を晴らすと、生きて闘うと。それが、自分を生かしてくれた母や、助けてくれた者達への恩返しになると信じて。

 

「分かりました。今日からあなたは…私達の仲間です。これから、よろしくお願いしますね。えっと……」

 

「…『モズメ』。あたいの名前や。……あたいも頑張るしな。死んでしもたおっ母と…それから…村のみんなの分まで」

 

「…では、モズメさん」

 

 アマテラスは手をさしのべる。悲劇に見舞われた、新たな仲間に。少女──モズメも手を取る。自分のような悲劇を生まないために。

 

 

 この日、とある村を襲った、とても惨く、酷かった悲劇の中、1人生き残った少女に、一筋の光明がさしたのだった。

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「いや~、それにしても良かったよね! だうんろーどこんてんつの第三弾が配信されて!」

カムイ「いきなり本編と関係ない話が出たね…」

キヌ「えー? だって今回はけっこう原作沿いだったし…」

カムイ「うん。まずユウギリさんはこんな場面で仲間にならないからね? それに他のメンバーだって…」

キヌ「いいじゃん別に。今回のお話は疑問に思うとこなんてそんなに無かったし」

カムイ「え~…? いや、今回はけっこう大事なお話だったと思うよ? モズメさんの加入に、オロチさん、ユウギリさんもだし、お母さんの方針というか目標も固まったみたいだし」

キヌ「ん~、そういえば、アマテラスは『ガロン王を止めたい』って思ってただけだもんね。でも、今回は『ガロン王を倒す』って目的が出来たんだっけ」

カムイ「そうだよ。だから、そろそろ新しい章に入っていく事になるらしいよ」

シグレ「そうです。暗夜編も、スサノオさんの目標が定まったようなので、そろそろ新たな章に入っていくそうですよ」

キヌ「うわ!? びっくりしたー! いきなり出てくるから驚いちゃった!」

シグレ「すみません。少し時間が掛かりそうだったから、出てきてしまいました」

カムイ「という訳で、今日のゲストはシグレだよ!」

シグレ「よろしくお願いします」

キヌ「あ! そうそう、シグレと言えば~、すごかったじゃん! 『泡沫の記憶編』!」

カムイ「うん! あらすじの部分だけだけど、フルボイスだったもんね!」

シグレ「喜んで頂けたのなら、引き受けた甲斐がありますね」

キヌ「アタシはそれも良かったけど、何より楽しかったのは『絆の白夜祭』かな~」

シグレ「子世代上位陣と、2人の特別枠の書き下ろしイラストはとても良い出来でしたね」

カムイ「それに、全親子の組み合わせで発生する親子会話も、それぞれ違っててすごいよ!」

キヌ「エルフィがお母さんのミタマなんて、『わたくし、脱いだらけっこうすごいんですのよ?』って言ってて、面白かったよね~!」

シグレ「ああ…あれは衝撃発言でしたね」

カムイ「ベロアも、いつもはすごくテンション低いのに、『うおぉぉぉ…』ってやってて、普段とは違う顔を見れて楽しかったな~!」

キヌ「アタシ(作者の本命データのキヌ)なんて突撃ごっこしてたしね!」

シグレ「あはは…あまり人に迷惑になるような事は止めましょうね…。他にも、面白かっただけじゃなかったのでは?」

カムイ「うん。面白かったのもたくさんあったけど、うるっとくるような親子会話もたくさんあって……、僕、感動しちゃった!」

シグレ「それは…俺達の境遇も関係あるから、かもしれないですね」

キヌ「何はともあれ、残りの追加まっぷも明日配信だね! アタシ、楽しみすぎて今日は眠れないよ!!」

カムイ「僕も! 禁断の第四の歌詞もだし、僕達の運命がどうなるのかも気になるよ」

シグレ「俺としては、第四弾が来てくれるかの事の方が気になりますね。『覚醒』も、第三弾くらいまでだったと思うので」

キヌ「今回は『神軍師への道』みたいな、上級者向けのまっぷは来ないのかな?」

カムイ「まあ、それは期待して待ってようね」

シグレ「それでは、今日はこの辺で終わりましょう」

キヌ「次回もよろしくね~!」

カムイ「追加DLCも、興味があったらプレイしてみてね!」

キヌ&カムイ&シグレ「ありがとうございました!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 羽ばたき、次なる道へ

 

 アマテラス一行に新たな仲間、オロチとユウギリ、モズメが仲間に加わる一方で、1人そわそわとしている者がいた。それは他でもない、今回の一番の功労者、エマだ。

 サクラに治療されている間中、モズメとアマテラスのやりとりをずっと余すことなく見つめていたエマは、少しホッとしている傍らで、同時に羨みを覚えていた。

 行く宛の無いモズメに、新しい居場所が出来て安堵する自分。一兵卒でしかない、たかが見習いの立場では、憧れの先輩に同行するなどおこがましいというのに、モズメは遠慮する必要も無く一緒に行けるのかと羨む自分。

 人への配慮と嫉妬が同時にエマの内で湧き起こり、モズメを祝うべきなのに、素直に喜べなかったのだ。自分だって、アマテラス様やユウギリ様達と一緒に行きたいのに…そんな感情が、蓋をして抑えようとしても、隙間から溢れ出るようにエマの心をくすぶらせていたのである。

 

「………はぁ」

 

 小さなため息をこぼすと、エマに愛馬がすりすりと頭をこすりつけてくる。主人の鬱屈とした気持ちを察したのだろう。ペガサスや天馬、ファルコンは主人の感情や心の機微に敏感なのだ。だからこそ、互いに信頼し合った天馬と騎手は、無双のコンビネーションを誇る。空という、不安定な状況を共にするのだから、その絆は並みのソシアルナイトよりも遥かに深いのだ。

 

「ありがと、空助…。そろそろ帰ろっか」

 

 いくら活躍したとはいえ、エマは勝手に単騎で出撃し軍の規律を乱した。厳戒処分とまではいかないだろうが、それなりの処罰は下されるだろう。

 どんよりと重い気持ちで立ち上がると、エマは手綱に手を伸ばす。ただでさえ規律違反しているというのに、帰還が遅すぎるのはマズい。余計なペナルティーを付けられる前に、テンジン砦に戻らなければならない。

 

「気が重いなぁ…」

 

「どうしてですか?」

 

「だって、規律違反して勝手にここに来た訳ですし、絶対に怒られます…」

 

「そんなの、まだ分からないじゃないですか」

 

「でも…………、あれ?」

 

 無意識に会話をしていたため、エマはようやく自分が誰かと話している事に気が付く。気を落として俯いていた顔を上げると、そこにはキョトンとした顔でエマを見つめる、真紅の宝石のような瞳が。

 

「ア、アマテラス様!?」

 

「はい。アマテラスですよ」

 

 驚くエマとは対照的に、にっこり笑顔で答えるアマテラス。そのアマテラスのどっしりとした落ち着きように、エマはしどろもどろに、どうしたものかと戸惑うが、

 

「エマさん」

 

 優しく諭すような声音で、エマの肩に手を置くアマテラス。それはエマの強張った心をほぐすのに十分な柔らかさを持っていた。

 

「あなたは何も間違った事はしていません。いいえ、むしろあなたは褒められて然るべきなんです」

 

「アマテラス様…」

 

「あなたのおかげで、救われた命があった。あなたが動かなければ、失われていたかもしれない命があった。それは、とてもすごい事なんです。あなたはすごい事をしてみせたのですから、誰が何と言おうとも、私はあなたを褒めてあげます。よく、頑張りましたね…」

 

「アマ、テラス、様………、う、うぅ……」

 

 慈愛に満ちたその声、その笑顔。こんなにも優しく、自分を認め、許し、褒めてもらえたのはいつ以来だろうか。幼い頃、母から与えられた暖かさ。それを、エマは目の前のアマテラスから感じ取っていた。思い出されるは、幼い記憶。まだ、両親が生きていた頃。

 

 

 

 

 エマの両親は、彼女がまだ幼い頃に戦死している。2人は王城に仕える兵士で、特別優れた能力や、高い地位を持ってはいなかったけれど、人一倍白夜王国を愛していた。王国の兵士として、誇りを持っていた。

 そんな両親を見て育ったエマは、寂しさもあったが、何よりも両親の事を誇りに思っていたのだ。たまの休日には1日中構ってくれる両親の愛、その両親が大切に思っている白夜王国。それらを見て、受けて育ったエマは、やがて両親と同じように王城兵士になりたいと思うようになっていった。

 

 ある日の事だった。白夜王国領内の村がノスフェラトゥに襲われているという情報を得た両親は、部隊も連れずにたった2人きりで救助に向かったのだ。急げばまだ助けられるかもしれない、間に合うかもしれない。そんな思いがあったのだろう。焦って村へと向かってしまったのだ。

 

 そしてその日、エマの両親は二度と帰っては来なかった。

 

 後日、エマが両親の同僚だった人に聞いた話では、まだ数人生き残っていた村人を逃がすために、たった2人で数十のノスフェラトゥの群れを相手に、囮となって闘ったのだそうだ。

 そして、命懸けの囮を引き受けた事により、生存者は無事に逃げ切れたと。

 

 エマはその報せを聞いた時、最初は訳が分からなかった。まだ幼い事もあって、理解が追い付かなかったのだ。しかし、両親がもう帰ってこないという事だけは、なんとなく伝わっていた。

 もう両親には会えないと知り、エマは泣きに泣いた。声が、涙が枯れ果てるまで泣き叫んだ彼女は、1人、両親の戦死したという村へと向かった。慣れない地図を頼りに、両親の同僚が言っていた言葉を必死に思い出し、その村までたどり着いた。

 ボロボロ。最初に思ったのはそんな感想だった。村は荒れ果て、そこかしこで乾いて黒く変色した血が付着して、戦場にも似た空気の漂う滅びた村の中で、エマは見つけた。

 一段と広い血だまりの中、そこに大量の白い羽がところどころを黒く染めて沈んでいたのだ。そう、そこが両親が愛馬と共に散った場所だった。

 

『あ、あ…お父、さん……お母さん』

 

 思わず膝と手を付いたエマの手に、未だ渇き切らぬ血のべとっとした感触が伝わってくる。それが、夢や幻ではない、現実なのだと、エマに実感させるにはあまりに残酷なものだった。

 

『う、うぅぅ……うあぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 既に枯れたはずの涙が、叫びと共に再び溢れ出す。慟哭は獣のごとく、恥もかなぐり捨てて、嫌という程泣き叫んだ。両親はもう居ない。もう帰ってこない。エマは1人ぼっちになってしまったのだ。それに気付いた彼女は、ひたすら泣き続けるしか出来なかった。そうしなければ、心が壊れてしまいそうだったから。

 

 

 

『グルルルル……!!』

 

 

 

 そんなエマの耳に、それこそ獣のうなり声が届いた。ふと顔を上げてみれば、エマから少し遠くで1体のノスフェラトゥが立っていたのだ。

 ノスフェラトゥはエマの両親の後続部隊がほとんど駆逐したが、まだ生き残りがいたのである。

 

『ひっ…!?』

 

 エマは逃げようとするも、血で地面がぬかるみ、足を取られてしまい転んでしまう。立ち上がろうにも、恐怖で足が竦んでしまい、動けない。

 

『ガガガギガアァ!!!』

 

 ノスフェラトゥは獲物を見つけたとばかりに雄叫びを上げると、一直線にエマへと向かって突進を開始した。逃げられないエマは、死への恐怖に思わず目を瞑る。

 

『あらあら、まだ残っていたのですわね。残敵掃討を買って出た甲斐があるというもの』

 

 そんな時だった。エマの真上から、凛とした女性の声が響いたのは。エマは恐怖よりも驚きが勝り、恐る恐る目を開けてみれば、エマのちょうど真上に、大きな鳥が飛んでいた。

 

『泣き声らしいものが聞こえるから来てみれば、可愛らしいお嬢さんと、か弱い女児を狙う浅ましいノスフェラトゥが居るだなんて…お仕置き、しなければなりませんわ』

 

 どこか恍惚とした感情を匂わせるその声の持ち主は、大きな鳥からノスフェラトゥ目掛けて飛び降りると同時、その手に握られた薙刀でノスフェラトゥの腕を斬り飛ばした。

 

『グオォォ!!』

 

 痛みでも感じているのか、ノスフェラトゥは大きな呻き声を発して後ずさりをする。しかし、

 

『逃しませんわ!』

 

 女性は容赦なく、ノスフェラトゥのもう片方の腕も一刀両断し、続けざまに脚の腱を切り裂き、その胴体へも回転するかのように斬り込みを入れていく。

 

『グガゴ…!』

 

 腕を穿たれ、脚を削がれ、胴を裂かれ、頭のマスクは斬り飛ばされ、ノスフェラトゥは満身創痍で女性を睨み付けるが、女性はものともせずに、

 

『残念です。あなたは期待外れのようですわね』

 

 一切の躊躇も無く、ノスフェラトゥの首を薙刀の一振りで切断した。

 ゴロゴロと転がっていく中で、まだ完全に死んでいなかったのか、首だけになってもなおうなり声を出すノスフェラトゥに、

 

『ああ…素敵な断末魔…。そこだけは、褒めてさしあげましょう…』

 

 その女性は満面の笑みを浮かべて、その光景を見つめていた。

 

『……』

 

 エマはその一部始終を見て、目を奪われていた。怖かったのは怖かった。下手をすればエマは死んでいたから。でも、あの女性が登場して、そんな感情はもはや消え、それどころかその女性の闘う姿に目を奪われていたのだ。舞うように、一切の躊躇も容赦もなく薙刀を敵に振り下ろすその姿。野蛮でありながら、どこか美しさをも感じさせるそれは、エマの心を掴んで離さなかったのである。

 

『お嬢さん、怪我は無くて?』

 

 薙刀に付いた血を払うと、女性はエマに手を差し伸ばす。だが、エマは呆気に取られすぎて、手を取る事すら忘れてしまった。

 そんなエマに苦笑し、女性はエマの脇に手を入れて抱き起こす。昔、母から同じようにして抱き上げられたのを思い出させるように。

 

『びっくりしてしまったんですわね』

 

 そう言って、困ったように笑う女性に、エマは呆けるしか出来なかった。

 

 

 

 エマの王城兵士になりたいという想いは、両親から得た。あの日のような、強い戦士になりたいという憧れは、ユウギリから得た。

 だからこそ、エマは単独でも村へと駆け付けた。あの日の両親のように、誰か1人でも救えたら。ユウギリのように強くなれたかを知りたかったが故に。

 

「あたしは、役に立てましたか……?」

 

「はい。あなたは立派に、モズメさんを守ったのですよ…」

 

 ぽつりと、無意識に発したエマの言葉に、アマテラスは肯定し、その頭をそっと撫でる。エマも、それを目を閉じて受け入れた。アマテラスの手を通して、暖かい何かがエマの心へと流れ込んでいるかのような、そんな錯覚がしていた。

 

「えへへ……やっぱり、親子なんですね…」

 

「へ?」

 

「ミコト様も、あたしみたいな新人が訓練していたら、たまにこうして頭を撫でながら褒めてくださっていたんです」

 

「お母様が…」

 

 知らず知らずの内に、アマテラスはミコトと同じ事をしていたという事に驚く。この身に、母ミコトの血が流れているのだと感じられたようで、嬉しい気持ちが込み上げてきたのだった。

 

「ありがとうございます、アマテラス様。あたし、もう大丈夫です! 帰って怒られたとしても、アマテラス様が褒めてくださいましたから!」

 

 にしし、と朗らかな笑顔をアマテラスへと向けるエマ。その笑顔をアマテラスは、暗夜へと残してきた妹に重なって見えた。

 

「よーし! それじゃあ帰るよー! 空助!」

 

 と、元気よく天馬へと駆け上るエマ。もう暗さなど微塵も感じさせないその明るい笑顔は、彼女そのものと言えるだろう。

 

「お待ちなさいな」

 

 そんな今にも飛び立とうとしているエマに、声が掛けられる。それはアマテラスのものではなく、彼女の後方からのもの。アマテラスの背後の少し離れた場所にユウギリが立っていた。

 

「エマ、と言いましたわね?」

 

「は、はい!」

 

 突然憧れの人から声を掛けられ、エマは明るい笑顔を一変、カチコチに緊張した、引き締まった顔になる。

 

「先程の闘い、少しですが拝見しましたわ。あなたには見所があります。もしよろしければ、私があなたを直々に指導して差し上げますわよ?」

 

「!! ほ、本当ですか!?」

 

 その申し出に、エマは馬上で大はしゃぎしながら、ガッツポーズをする。見ている方まで笑顔になってしまう光景が、そこにあった。

 

「という事なのですが…よろしいでしょうか、アマテラス様?」

 

「私は構いませんよ。旅の仲間が増えるのは、楽しくなりますし、私も嬉しいですから。ただ…」

 

 そして言いよどむアマテラス。少し心配な事があったからだ。というのも、

 

「テンジン砦で、エマさんの上司の方を説得してみない事には、難しいのではないですか?」

 

「ああ、そんな事ですか」

 

 と、アマテラスの心配など、どこ吹く風と何でもないように言ってのけるユウギリ。その余裕のある様子に疑問に思っていると、

 

「簡単な事ですよ。アマテラス様、もしくは今この部隊に居られる王族様方が命じれば良いのです。『エマを同行させるので、隊を離れる事を許可せよ』、と」

 

 なるほど確かに、理に適っていると言える。命じてしまえば、それまでなのだから。

 

「そ、そうですか…。少し強引な気もしますが、まあ良いです。それでは、歓迎しますよ、エマさん」

 

「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!! やったーーー!!!」

 

「喜ぶのは良いですが、その代わり、私も厳しく指導しますので、覚悟なさいな」

 

「はい!! ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします! ユウギリ様!」

 

 こうして、エマも遠征の仲間に加わる事となったのであった。

 

 

 

 

 

 エマが喜ぶ姿を見たあと、アマテラスはオロチに呼び出されていた。場所はエマが闘った大型ノスフェラトゥの倒れている地点だ。

 

「おお、来たかアマテラス様」

 

 オロチが手招きしながら、ノスフェラトゥの死体を観察している。他にも、ジョーカー、フェリシア、サイラスといった暗夜出身の者や、ヒノカ、タクミ、スズカゼも居るようだ。

 

「気になる個体を仕留めたと聞いたのでな。少しばかり調べておったところじゃ」

 

「それで、何か分かりましたか?」

 

 アマテラスの問い掛けに対し、オロチは面白そうに返す。

 

「うむ。こやつは人間の死体を使って作られたノスフェラトゥではないようじゃのう」

 

「…まあ、見た目からして、人間の形はしていても、

動物っぽいところがあるからね。今までのノスフェラトゥではこんな奴、見た事ないよ」

 

「ああ。私も、このようなノスフェラトゥを見るのは初めてだ。これでも、ノスフェラトゥの討伐は数をこなしているんだがな…」

 

 タクミ、ヒノカもこのようなノスフェラトゥは初めて見たらしく、興味深そうにその姿に目を向けていた。

 

「そこで、暗夜出身である俺達に聞こうとしたって話だ」

 

「私、こんなノスフェラトゥさんは初めてですよ~」

 

「はい。私も、このようなノスフェラトゥは初めて拝見しました」

 

「この通り、フェリシアとジョーカーも知らないらしい。かく言う俺だって、こんなノスフェラトゥは初めて見た訳だしな」

 

 暗夜出身であるはずの3人ですら見た事がないというその見た目に、アマテラスは改めて全体像を見る。

 犬や狼のような尻尾に、頭にちょこんと付いた獣耳。普通のノスフェラトゥとは違って、全身を毛で覆われており、大きさも倍近くある。

 異形たるノスフェラトゥの中でも、まさしく異形の姿を持ったノスフェラトゥ。それが、この目の前のノスフェラトゥだった。

 

「私達が交戦していたノスフェラトゥは、おそらくこのノスフェラトゥによって統率されていたと推測されます」

 

 この中で唯一、統率の執れていたノスフェラトゥの軍勢と闘ったスズカゼ。彼の話では、エマがこのノスフェラトゥと交戦に入ったと思われる時から、ノスフェラトゥ達の統率が乱れたという。

 

「新型でも開発しおったか? それにしては、何を素材にしておるかがさっぱり分からぬのう…」

 

「どことなく、狩りで見かける狼に似ているような気もするな」

 

 狩りをよくするタクミの意見に、その場の全員が「あ~」と納得する。見た目は人間寄りだが、ところどころのパーツは狼の特徴と非常に近いからだ。“狼人間”と言えば、当にピッタリな程に。

 

「それ…『ガルー』じゃないかしら…?」

 

 と、アマテラスの後ろから、肩越しにぬっと顔を覗かせるアクア。

 

「ひゃん!? ア、アクアさん!?」

 

「あら? 可愛い反応ねアマテラス」

 

「そんな事より、アクアは何か知ってるのか!?」

 

 タクミの急かすような物言いに、アクアは落ち着いた様子で返す。

 

「ええ。私も聞いた事しかないから、断言は出来ないけれど、暗夜にあるカイエン峰には、古くからガルーと呼ばれる獣人が住んでいるそうよ」

 

「あー! 私も聞いた事があります~!」

 

 アクアの言葉に、フェリシアが勢いよく手を上げて同意する。

 

「小さい頃、父さんがよく言ってました~。『悪い子にしてると、ガルーが食べに来るぞ~!』って~」

 

「ガルー…それは俺も聞いた事があるな。狼人間の種族で、人里には滅多に現れないそうで、幻の存在と言われているそうだ」

 

「ガルー…狼人間…カイエン峰…?」

 

 次々と新たな情報が飛び出してくるため、アマテラスは少々混乱してしまう。しかし、オロチは心得たと言わんばかりに、

 

「ほう…なるほどのう。獣人ならば、人間の死体を用いるよりも優れた素材となろうに。先程の話の通りならば、絶対数は限りなく少ないじゃろうな」

 

「更に言えば、スズカゼの言った“統率されていた”という点。ここから推察されるのは、このノスフェラトゥは特殊な調整を施されているものと考えられます。そして、そこから更に推測されますのは……」

 

「…この村への襲撃は、野生のノスフェラトゥによる襲撃ではなかった…?」

 

 ジョーカーの推測から更に読み取れる事。それを口にした瞬間、アマテラスは背筋が凍る思いをした。事故などではない、“意図的な”襲撃だった。そう、人為的に引き起こされたものだったのだ。

 

「なんだと…!? ならば、私やツバキが見た村も…!」

 

「恐らくは、同じなのでしょうね…」

 

 その事実に、アマテラスだけでなく、その場の全員の血の気がサーッと引いていく。そんな、悪魔のような所行を、誰かがやったのだ。

 

「これは…暗夜の人間として、同胞として、許せるものではないな…! 多分だが、ノスフェラトゥの研究をしている邪術士の仕業だろう」

 

「となると、マクベス辺りが絡んでいるでしょうね」

 

 同じ暗夜の者として、その事にショックを受けると同時に、憤りを感じているサイラス。騎士として、その行為を見逃す事が出来ないのだろう。

 ジョーカーは当たりが付いているようで、暗夜王ガロン直属の軍師の名を口にしていた。

 

「くそ、卑劣な事をしてくれる…!!」

 

「ともあれじゃ、村を襲わせたという事は、実験を兼ねておったのじゃろう。絶対数の少ない個体となれば、実戦での情報もそれほど充実してはおらんじゃろうし、研究とて捗ってはおるまいて」

 

「…私は、こんな事を平気で黙認するガロン王を許せません。もちろん、それを実行しているマクベスも…。このノスフェラトゥの元となった方だって、普通に生きていらしたはずです。それを、こんな風に利用するなんて、酷すぎる…」

 

 人前に姿を見せないとあらば、このノスフェラトゥにされたガルーを、わざわざ捕獲しに行ったのだろう。そして運良く捕まえたガルーを使って、人より頑丈である肉体を持つが故に、様々な人体実験を施された末に殺されて、死後もこうしてノスフェラトゥに作り替えられて…。

 こんな悲しい事を、これ以上続けさせる訳にはいかない。改めて、アマテラスは決意を固くする。暗夜を、ガロンを止めなければ、と…。

 

「悔やまれる事じゃが、これ以上クヨクヨしてもおれぬ。このような悲劇を止めるためにも、先を急がねばならんぞえ?」

 

 オロチは立ち上がり、アマテラスの頭にぽんぽんと軽く手を置く。

 

「はい。そうですね。先を急ぎましょう」

 

「うむ。それでこそ、ミコト様の娘じゃ! そんなアマテラス様にわらわから一つ、道標を差し上げようかのう」

 

 そう言って、オロチは何やらゴソゴソと取り出して、アマテラスの手に乗せた。

 

「これは、何ですか?」

 

「先程、アマテラス様達がこの村に来る前に占ったものじゃ。ちょっとした遊びのつもりだったのじゃが、予想外にもしっかりと結果が出おってな」

 

 手の上の、小さな動物の骨に目を落とすアマテラス。その骨の一部で、ちょうど真ん中から少しズレたあたりに、×印のようなひび割れがあるのを確認出来る。

 

「これが何か…?」

 

「まあ、分からんじゃろうな。これはの、場所を指し示しておるのじゃ。端から端、つまり白夜王国と目的地であるノートルディア公国じゃな。その間には、イズモ公国、フウマ公国がある。そして、この骨が示すのは、イズモ公国じゃ」

 

「つまり、イズモ公国に何かがある、と?」

 

「そうなるのかのう」

 

 と、少しだけ自信が無くなったように答えるオロチ。遊びと言った手前、言葉の通りそこまで深くは知れなかったのである。

 

「どちらにせよ、イズモ公国は道中立ち寄る事になるじゃろう。じゃから、心に留めておけば良かろう」

 

「はい…」

 

 こうして、新たな仲間と共に、新たな情報、道中での寄り道を得、アマテラス達は悲劇の村を後にするのだった。

 

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「いやっほーう! ベロアの方も新しい章に入ったし、アタシ達の方も次から入っていくよー!!」

カムイ「こっちもあっちも、新しい目的とかが出来たからね。ちょうどいいかもしれないね」

キヌ「よーし! それじゃ、今日も張り切って! げすとさんどうぞ~!」

カムイ「今日が誕生日なこの人だよ!」

カザハナ「どうも! カザハナだよ!」

キヌ「カザハナ、お誕生日おめでとー!」

カザハナ「ありがとね。いや~、こう手放しでお祝いされると、嬉しいような、照れるような…。まあ、嬉しいけどね!」

カムイ「サクラさんとこの後お誕生日会もするんでしょ? なら、早く終わらせないとね!」

キヌ「そうだよー! 楽しい事が待ってるんなら、早く行かないとね!」

カザハナ「あはは…。優しい子たちだね。大丈夫、サクラは待ってくれるよ。それに、あなたたちも一緒に誕生日会を楽しもうね?」

カムイ「うん!」

キヌ「わーい! アタシ、色んな焼き鳥食べちゃうぞー!」

カザハナ「焼き鳥限定なの…? 他にもたくさん用意してくれてるらしいから、遠慮しなくていいよ」

キヌ「ウハウハだね!」

カムイ「それじゃあそろそろ、お題に入ろうか」

カザハナ「そうだね。えっと…『テンジン砦には戻るの?』だね」

キヌ「ああ、それね。戻んないよ。エマも直行する感じ」

カムイ「うん。テンジン砦にはスズカゼさんの伝書鳩を使って連絡するから、テンジン砦には戻らずにそのまま次の所に行く感じかな」

カザハナ「いちいち戻ってたらキリがないしね。アマテラス様の星界もある事だし、休む場所とか日用品もある程度はなんとかなるし」

キヌ「見習いを1人連れて行くくらい、王族なら簡単にちょちょいのちょいだもん。手紙で言っとけば十分じゃないの?」

カムイ「うん。正直に言えば、作者さんがテンジン砦に戻ってその部分を書くのが面倒くさいからなんだって」

カザハナ「あいつ…まあ、気持ちは分かるけどさ」

キヌ「よーし! 言う事言ったし、お誕生日会に突撃だー!」

カムイ「おー!」

カザハナ「あぁ、ちょっと! …もう、元気なんだから。まあ、子どもは元気すぎるくらいが良いって言うからね。待ってよー! あたしの誕生日会なんだからねー!!」




「ひゃっはー! 焼き鳥祭りだー!!」

「きゃー!? 何事ですかっ!?」

「ごめんね、サクラおばさん…」

「元気ありすぎても困るかも…」


カザハナ、お誕生日おめでとう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 白夜編 光の先の理想
第41話 黄泉の階段


 

 モズメの暮らしていた村から数日、アマテラス一行は、とある遺跡の前へとたどり着いていた。

 

「ここは…?」

 

「ここは『黄泉の階段』と呼ばれる遺跡の入り口だ」

 

 アマテラスの質問に答えるのはヒノカ。しかし、いつもの凛とした気配はなりを潜め、微かに強張っているように見える。

 

「ね、姉様っ…」

 

 サクラも、入る前からアマテラスのマントをギュッと掴んで離さない。ぴったりとくっ付くその姿は、まるで親鳥の後をくっついて歩く雛鳥のようで、どこか愛らしさを感じさせる。

 

「あっはっは! 固い顔じゃのう。武勇を誇るヒノカ様も、流石にここには勝てんようじゃな!」

 

「ええ。それはもう。ヒノカ様は怖いものはあまり得意ではありませんからね。普段からそうしていれば、今よりもっと男っ気も寄ってくるでしょうに」

 

「う、うるさいぞお前達! べ、別に怖くなどない! ほ、本当だぞ!? 幽霊など恐れるに足らんくらいだ!」

 

「…わー、ヒノカ様、かっこいい…」

 

「あ、あのう…別に怖くても大丈夫ですよ、ヒノカ様? 女の子ですし、怖がっても無理はないですから…」

 

「くうぅ…! その心遣いが今は痛いぞ、オボロ…」

 

 ヒノカを中心に、ちょっとした漫才空間が発生し、空気を和ませる。しかし、決して意図しての事ではないと、ヒノカの名誉のためにも言っておこう。

 

「く……サクラがあたしより、アマテラス様に縋るなんて……!!」

 

「はいはーい、女の子がそんな怖い顔しちゃダメだよー」

 

 カザハナがアマテラスへと嫉妬の視線を向けるのを注意するツバキ。アマテラスは何も悪くないのに、哀れである。

 

「ふむ。黄泉の階段か…私の創作意欲を刺激してくれるような何かでも出てくれれば良いのだが…」

 

「ふん…下らん。霊など、存在する訳がない。存在したとしても、怖がる理由が俺には分からんがな」

 

「兄さん、それは兄さんのような特殊な人だけですよ…。しかし、私は霊は実在していると思いますが…」

 

「そういや、スズカゼ前に言ってたな。女の幽霊に惚れられて、しばらくつきまとわれたって! お前も不憫だよなぁ!」

 

「…ヒナタは人の事を言えないだろう。前にヒナタとお墓に肝試しに行った時、僕はヒナタをお墓の陰からずっと見つめている幽霊を見たからね…。それからしばらく、ヒナタの近くに居る度に、その幽霊を見てどれだけ怖かった事か…」

 

「? タクミ様は大袈裟なんですよ! 第一、俺はそんなの見てないし。今まで生きてる女の人しか見た事ないぜ!」

 

「はあ…」

 

 色々と気になる発言をしているのが見られたが、アマテラスは深入りしないでおこうと誓った。特に、カゲロウの創作活動に関してはスルーの方向で。あまり深く突っ込まない方が良い、そんな女の直感が働いたのだ。

 そして、ヒナタとは肝試しには絶対に行かないでおこうとも誓うのだった。

 

「あ、あたい知ってるで…! ここって、死んだ人の魂が集まってくる場所なんやろ? もしかしたら、あたいもおっ母に会えるかもしれへん…」

 

「あたしも、死んだ両親に会えるでしょうか…」

 

「はうぅ…は、反応に困ってしまいますぅ…!!」

 

 黄昏始めるモズメとエマを前に、フェリシアはどう答えるべきかと、あたふたしていた。

 

「幽霊、か…。昔、スサノオやアマテラスと夜の城塞を探検した事があったな…」

 

「そのせいで、一時期お2人が夜なかなか眠らなくなって、俺やギュンターのジジイが大変だったんだからな」

 

「それは…なんというか、すまん…」

 

 懐かしい事を思い出しているサイラスとジョーカー。当時、夜遅くまで起きていたのは、その探検が初めてだったので、その興奮を忘れられなくて眠れなかった事を、アマテラスはなんとなく覚えている。

 

「…幽霊も、素敵な断末魔を上げてくれるのでしょうか?」

 

「す、すでにお亡くなりになっているので、どうでしょうか…」

 

「あら、サクラ? 私はそうでもないと思うわよ。怨霊とかは特に、死に際の恨みや痛みを覚えていそうだし、成仏出来ずに延々と断末魔を上げているかもしれないわよ?」

 

「ア、アクア姉様が怖いお話をしてきますっ…!」

 

 更にギュッとマントを掴む手に力が込められる。その様子を見て、アクアはクスクスと笑いを堪えており、あれは確実に愉快犯の顔をしていた。

 

「アクアさん、あまりサクラさんを怖がらせないでくださいね…。私のマントがしわくちゃになってしまいます…」

 

「あら、ごめんなさい。サクラったら、昔から苦手な癖に怖い話をせがんでくるものだから、つい癖で…」

 

「あう…」

 

 今度は顔を真っ赤にして、マントに隠してしまう。庇護欲をそそるようなサクラのその姿に、アクアは満足そうに微笑んでいた。最近アマテラスはアクアについて分かってきた事がある。アクアは少しSっ気があるらしい。それも、ほんの少しだけではあるが…。

 

「おふざけはこの辺にして…そろそろ真面目な話をしましょうか」

 

 アクアは笑顔を引っ込めると、いつもの冷静沈着な面もちでアマテラスに向き合う。サクラも、怖い話はもうしないと分かったのか、顔をマントから離す。しかし、マントは握られたままだった。

 

「この先は、半日ほど掛かる長い階段、そして坂道が続くわ。登り始める前に覚悟だけはしておいて」

 

「疲れたら私の後ろに乗せてやるからな。遠慮せず私に言うんだぞ、アマテラス、アクア、サクラ?」

 

「しれっと僕が除外されてるんだけど…」

 

「タクミ、お前は男だろう。その程度で根を上げるなど、白夜王子の名折れじゃないか?」

 

「くっ…悔しいけど、その通りすぎて言い返せない…」

 

 天馬の上では、ヒノカ姉さんが腕を組んでタクミを諭していた。どことなく得意気に見えるのは、姉としての威厳のためだろうか。タクミも、正論を返されて、反論出来ずに少し不満そうだったが、文句までは言わなかった。

 

「イズモ公国に入るには、この黄泉の階段を抜けるのが一番早い。そしてこの先を抜けた所には、『風の部族』の住む村がある。まあ、村と言っても、城があるから村と呼ぶべきかは分からんがな」

 

「風の部族は中立であったはずです。協力こそ得られないかもしれませんが、休息をとらせては頂けるのではないでしょうか?」

 

 忍び兄弟による解説を聞く中で、アマテラスは気になる単語があった。

 

「『風の部族』…ですか? リンカさんは確か…『炎の部族』で、フェリシアさんやフローラさんは『氷の部族』でしたよね?」

 

 そう。ここにいるフェリシア、まだ合流していないリンカはそれぞれ、『氷の部族』と『炎の部族』の出身だったはずだ。『~の部族』という風に、色々な部族が他にもあるのか、アマテラスはそこが気になったのである。

 

「白夜王国の事は分かりませんが、暗夜王国ならば、先程アマテラス様が仰られたように、フェリシアやフローラの出である『氷の部族』、暗夜王家に古くから仕える『闇の部族』、今はもう滅んだとされる『大地の部族』…他にも、存在自体が架空とされる『水の部族』などがありますね」

 

「へえ~、知りませんでした。暗夜王国にも、氷の部族以外の部族があったんですね」

 

 アマテラスにとって完全に初耳だったそれは、サイラスやフェリシアにとってはそうでもなかったようで、ジョーカーの話にうんうん、と頷いていた。

 

「ほう…面白いのう。暗夜にも、様々な部族があるという事か」

 

「逆に、白夜は他にどんな部族がありますか?」

 

「そうですわね…」

 

 アマテラスの質問に、ユウギリが思い出すように、ポツリポツリと答えていく。

 

「白夜では、先程話に上がった『炎の部族』、『風の部族』、他に言いますと……『雷の部族』や『光の部族』…。他にもいくつかあったとは思いますが…先程のジョーカーさんが仰った『水の部族』は、白夜でも架空の部族としては存在を問われていますわね」

 

「そうですか。奇妙な話ですね。白夜と暗夜、その両方で『水の部族』が知られていて、どちらでも架空の存在として語られているなんて」

 

 対立し合う国同士でその存在が語られ、疑問視されている『水の部族』という存在…。もし実在しているとして、一体どちらの国に存在しているというのだろうか。

 

「…………、」

 

 そんな風に疑問に思っていたアマテラスの視線の先で、ふとアクアが目に入った。その顔は、先程までとは打って変わって憂いを帯びており、どこか儚く、今にも消え入りそうに見えた。それこそ、アクアの存在も幻と捉えられそうな程に。

 

「アクアさん? どうかしましたか?」

 

「…いいえ。何でもないわ、大丈夫」

 

 しかし、アクアはすぐにいつもの穏やかな調子に戻り、アマテラスもそれ以上は深く踏み込めなかった。

 

「とにかく、この遺跡を抜けて行けば落ち着ける場所に出られるわ。さあ、行きましょう」

 

 と、アクアはズンズン先へと進み始める。洞窟のような入り口は、すぐにアクアの全身を飲み込んでいく。その後に、アマテラス達も続く。風を吸い込んでいるかのような入り口は、まるで大きな怪物が本当に口を開けて待っているようだった。

 

 

 

 

 黄泉の階段とは、死した魂があの世へと渡るために造られたとされている。下の入り口から上へと向かう魂は、生前の徳を認められて極楽へ。上の入り口から下へと向かう魂は、生前の悪行から冥土へ。そんな風に言われている。

 あらゆる魂があの世へと渡るために集まってくるため、ここには聖なる空気と不浄の空気が入り混じっているとされ、霊感の強い者は死者の思念、怨念が常に隣に感じられるのだそうだ。

 そのため、ここを通る者は少なく、また死者の魂が漂っている事はあまり縁起が良くない事もあり、余計に人を寄せ付けなくしている。

 

 しかし、ここに来れば今はもう会えない人とも会えると信じ、未練のある生者が憐れみを求め、救いを求め、慰めを求めて訪れる事があるという。妄念に取り憑かれ、その末に同じく命を落とす者も居り、そういった者が出ぬように風の部族が監視をしているらしい。

 

「はあ…はあ…」

 

 長く険しい坂道を登り続けるアマテラス一行。流石にひたすらの坂登りのため、皆の顔に疲労の色が伺える。

 

「皆、止まっている暇は無い! 止まれば亡者に足元を掬われるぞ!」

 

 天馬から降りて、皆と共に歩いて登っているヒノカが叫ぶ。ヒノカ曰わく、

 

『白夜の第一王女として、歩いて登っている他の者に示しがつかん!』

 

 との事で、騎乗組であるサイラス、エマもそれに同調して、歩いて登っていた。ちなみに、ユウギリは普通に金鵄に乗っている。

 

『年ですので』

 

 という事らしい。しかし、その戦闘狂ぶりから、別に大丈夫なのではと思えない事もない。

 

 ともあれ、そんなヒノカは何故かピンピンしており、1人先頭に立ち、上を指差して皆を先導していた。それほどまでに、この遺跡を早く抜けたいのだろうか。

 

「元気すぎるよ、ヒノカ姉さん…」

 

 うんざりした様子で、膝に両手を付くタクミ。この中でピンピンしているのは、カザハナ、サイゾウ、スズカゼ、カゲロウ、ヒナタ、アサマ、モズメ、そしてヒノカと、体力バカなメンバーだった。他の面々は額に汗をかいており、オロチなどは登り始める前の陽気さはどこに行ったのか、ひいひい言いながら歩いている。

 

「わらわは仮にも呪い師じゃぞ…!? それなのに、何故かような肉体労働を強いられるのじゃ…!?」

 

 しかし、文句を言う余裕はまだあるようだ。

 

「弛んでいる! 軍に身を置く者として、これくらいの坂でへばってどうする!」

 

「ぐぬぬ……おい! そこの毒舌修験者! 何故おぬしは平気な顔をしておるのじゃ!!」

 

 自分と似たような兵種であるアサマが、ものともせずに歩き続けているため、オロチのイラつきの矛先が向かったのだが、

 

「私は修行の一環として、様々な霊山を制覇してきましたからねぇ。あなたのようなもやしとは違うのですよ」

 

「キイィィ!! 納得いかん!」

 

「無駄口を叩いている暇があったら、さっさと進め! ……ん? セツナはどこに行った?」

 

 と、ヒノカは視界からセツナが消えている事に気付き、後方を何度も確認するが、どこにも居ない。

 

「あの、ヒノカ姉さん…」

 

「まさかはぐれたか…!? ん? どうしたアマテラス」

 

「えっと…そこに…」

 

 言うか言うまいか、悩んだ末に発したその言葉と、その指先が示す先には、

 

「……らくちん」

 

 ヒノカの天馬の上にぐでーっと乗っかったセツナが居た。それを見て、ヒノカは呆れたようにため息を吐き、セツナの頭を叩いたのだった。

 

 

 

 

 

 死者の魂。目には見えるはずのない、しかし確かにそこにあるモノ。どこから来て、どこへ往くのか…。それを知る術はない。自身もまた、魂だけの存在となった時、それを知る事が出来るのだろうか…。

 だとしたら、私はまた、お母様に会えるのだろうか。

 黄泉の階段を登っている中で、私はふとそんな事を思った。ここが死者の魂が集まる場所なのだとすれば、お母様の魂も、ここに訪れているのだろうか。それとも、既に通り終えた後なのだろうか。

 

 

 

───『 』。

 

 

 

「! 今、誰か私を呼びましたか?」

 

 そんな事を考えていると唐突に、誰かに名前を呼ばれたような気がして、周りに聞いてみるが、

 

「いいえ。誰も、アマテラスを呼んでいないわ」

 

 アクアが不思議そうに私を見つめてくる。他のみんなも、キョトンとした顔で、私に視線を向けていた。

 

「そう、ですか…」

 

 私の聞き間違いだったのだろうか…。しかし、確かに名前を呼ばれたような気がしたのに。そう、懐かしさを覚える声で、『私』の名前を呼ばれたような、そんな気がしたのだ。

 

「気のせいですね、きっと」

 

 そうだ。気のせいだったのだろう。だって、『私』の名前を知っている人が、ここに居るはずがないのだから。今は、先を急がねば…。

 

 

 

 でも、本当に懐かしい声だったような気がする。遠い昔、大好きだった───

 

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「ユラリ ユルレリ~♪」

カムイ「泡沫 想い 廻る秤♪」

キヌ「いやー、中毒症状出るよね~」

カムイ「だよね。僕、いつもシグレに歌っていて欲しいくらいだよ」

キヌ「アクアも良いけど、シグレのもまた違った味わいがあってクセになるな~」

カムイ「それじゃ、今日のゲストさんを呼ぶよ!」

キヌ「どうぞー!」

ゾフィー「どうもー! 新米騎士見習いのゾフィーです! よろしくね」

カムイ「あれ? 今日はアヴェルは一緒じゃないんだね」

ゾフィー「うん。別にアヴェルは今回必要じゃないしね。それに、連れてきたら連れてきたで暴れて、ムチャクチャになっちゃいそうだし」

キヌ「それもそだねー」

ゾフィー「ふう…あたし、こういうのあまり慣れてないから、緊張しちゃうかも…」

カムイ「あはは! リラックスだよ、リラックス!」

キヌ「それなら、思いっきり遊んじゃえばいいんだよ! 動いて発散すれば、スッキリ出来るよ!」

ゾフィー「うーん、それは今はちょっと…。終わってからならいいんだけど…」

カムイ「そんなに気負わなくてもいいよ? みんなけっこう、気楽にやってるもん」

ゾフィー「そ、そう? じゃあ、あたしも気にしないようにしようかな…」

キヌ「それはそうとアタシ、アヴェルと遊ぶの好きなんだよね」

ゾフィー「そういえば、たまにキヌがアヴェルとじゃれあってるわよね。その時のアヴェルったら、あたしといるより楽しそうなんだよね。あたし、一応あの子の主人なんだけどなぁ…」

カムイ「僕もアヴェルとは遊ぶけど、アヴェルだってゾフィーの事は大好きだと思うよ? ゾフィーの姿が見える時と無い時じゃ、アヴェルの元気少し無いもん」

ゾフィー「そ、そうなの…? でも、“少し”、なのね…」

キヌ「気にしない気にしない! そのうちもっと仲良くなれるよ、きっと!」

ゾフィー「…うん。そうだよね! あたしが卑屈になってちゃダメなのよね! よし! 頑張るぞー!」

カムイ「その意気だよ! それじゃ、今日のお題に入ろうか」

ゾフィー「ええ。あ、母さんが持ってるやつを読めばいいのね? えっと…『既存の部族以外について』だね」

キヌ「げーむで出てくるのは、『炎』『風』『氷』の三つだね。今回は、おりじなるの部族の名前が出てたよ」

カムイ「『闇の部族』に関しては、もう知ってるよね。他の部族に関しては、これからどこかで出てくるかもね」

ゾフィー「それこそ、『炎の部族』と敵対していた部族とかもね。リンカさんもそろそろ合流だし、そこら辺はリンカさんから聞けるんじゃない?」

カムイ「伝承を集めて回ってるカタリナさん達も、色んな部族の村を巡ってそうだし、合流するのが楽しみだなぁ!」

キヌ「まあ、どっちの陣営と合流するかは内緒だけどね」

ゾフィー「うわー…思わせぶりだわ…」

カムイ「それじゃ、今日はそろそろ終わりにするね」

キヌ「次で子世代げすとさんは最後だね」

ゾフィー「そうね。ヒサメが最後かな? それでは、次回もよろしくねー!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 悪意の幻惑

本日はえいぷりるふーるです。
そして、あのお方の誕生日です。
粛々と祝いましょう。
サプライズも有り。


 

「はぁ…この階段…、いったいいつまで続くんでしょう?」

 

 階段を上り始めてしばらく、およそ2、3時間くらい経った頃であろうか。私はこの変わり映えのしない風景と、延々と続く決して優しくない急な階段、坂に思わず弱音を吐いてしまう。

 

「なんだかずっと同じ所を上っているような気分です…」

 

 救いがあるとすれば、私1人で上っているのではなく、かつ一定間隔で灯された灯籠の存在だろうか。陰気なこの遺跡も、共に上る仲間や、灯籠の明かりがあるおかげで少しは気が晴れるというものだ。

 

「頑張りましょう、アマテラス。もう半分ぐらいは上りきったはずだわ」

 

「ええっ! ま、まだ半分もあるんですか!?」

 

 アクアは励ましの言葉として掛けてくれたのだろうが、私はまだ半分も残っているのかと、むしろ悲嘆してしまう。

 

「ええ。もう一踏ん張りよ、みんなも頑張りましょう」

 

「ふうっ…ふうっ……は、はいっ……!」

 

 息を切らして、私の腕にしがみつくようにして歩くサクラ。華奢な体つきに違わぬスタミナの少なさではあるが、こう見えてこの子は案外粘り強いタイプだ。今も、弱音を吐かずに健気に頑張る意思を見せている。

 

「折り返しは過ぎている。アクアの言う通り、あと一息だ! 気合いを入れろ!」

 

「元気すぎるよヒノカ姉さん……」

 

 体力に自信の無い面子は、その姿にたまらずうなだれる。ヒノカ姉さんやスタミナ十分なメンバーにとっては、『もう半分』だろうが、私やスタミナ不足の者にとっては、『まだ半分』なのだ。やはり、持ちうる体力が違えば、こういった面で価値観も変わってくるという事なのだろうか。

 

「あはは…こうなったら、気分転換に歌でも歌いましょうか!」

 

「…いけません。お静かに、アマテラス様」

 

 良かれと思っての発言だったのだが、スズカゼにソッと窘められしまう。よくよく考えてみれば、ここは死者の魂が集まる場所なのだ。無闇に騒ぐのは止めておいた方が良いのは当然か。

 

「あ…すみません。軽率な発言でしたね」

 

「いえ、そういう意味ではなく…いや、確かにそうではあるのですが…」

 

 スズカゼは静かに口元に指を持って行くと、人差し指を立てて、皆に静かにするように促した。それを見て何かを察したのか、カゲロウとサイゾウも目つきが鋭いものへと変わる。

 私は訳が分からなくて、キョトンとしていると、

 

「…伏兵の気配がするんです。さっきから私達の事を付け狙っているようですよ」

 

「…!?」

 

 伏兵、という単語に、私は思わず身構える。そんな気配、私はまるで気が付かなかった。流石は忍びといったところか。

 

「チッ…やはり何者かが潜んでいたか」

 

「ああ。この陰鬱な場所のせいかとも思ったが、どうやら私だけの思い過ごしではなかったらしい」

 

 と、サイゾウは手裏剣を取り出し、カゲロウはクナイに手を掛けて、2人揃って崩れた岩場へと目を向ける。少し大きめの岩の塊があり、その裏側に隠れるには十分すぎる大きさだ。

 

「…掛かってきなさい。そこに居る事は分かっています。隠れていないで、正々堂々と闘ってはどうですか!?」

 

 スズカゼにしては珍しく、怒鳴りつけるように岩場へと向けて叫ぶ。すると、少ししてその岩場の影から、隠れていた者達がその正体を見せた。

 

「ノスフェラトゥ!?」

 

「人間ではなかったのですね。化け物風情が、小癪な真似を…」

 

 隠れていた敵の正体がノスフェラトゥであった事に、私は驚きを隠せない。ただ、スズカゼやカゲロウ、エマといった面々は、話に聞いた限り、普通では有り得ないノスフェラトゥの行動を目にしているので、他の者達よりはあまり驚いてはいなかった。

 

「ほう…連携を取ると聞いた時は驚いたものじゃが、まさか伏兵の真似事まで出来るとはのう…」

 

「チッ…! 何だろうが関係ない。アマテラス様の行く手を阻むというのなら、誰であろうと排除する!」

 

「悪いですが、私達は先を急いでいるんです。早速お引き取り願いますよ!!」

 

 率先してスズカゼジョーカーがノスフェラトゥへと向けて武器を手に向かって行く。幸い、敵の数は多くない。戦闘員総出で掛かれば、すぐに決着はつくだろう。

 

「アクアさん、サクラさんをお願いします!」

 

「…分かったわ」

 

「アマテラス姉様、皆さん…どうかお気をつけて…!」

 

 アクアがサクラを庇うように後ろへやるのを見届けて、私も前へと向き直る。

 

「いきますよ、皆さん! 一気に片付けます!」

 

「ふん…やってやる。僕だって強いんだ…! こんな奴ら、すぐに倒してやるさ!」

 

「任せてくださいー。俺が完璧に蹴散らせますよー」

 

 それぞれが、目の前のノスフェラトゥへと突撃を開始する。既に戦闘を始めていたスズカゼ、ジョーカーも、戦列に加わった仲間と連携し、ノスフェラトゥと闘っていた。

 それこそ、破竹の勢いで敵を倒していく仲間達。その姿は、同じ仲間としてとても心強いものだ。

 ただ、少し気になる事があった。敵の様子がどこか変なのだ。スズカゼ達から聞いたように、このノスフェラトゥ達も連携を見せていた。それどころか、動きが滑らかで、フェイントさえ使ってくる。明らかに、普通のノスフェラトゥの動きではない。

 

「どうした! こんなものか!?」

 

 天馬と共に宙を駆けるヒノカ姉さんが、ノスフェラトゥをすれ違いざまに切り捨てていく。ノスフェラトゥの動きは奇妙ではあるが、やはりヒノカ姉さん達には遠く及ばず、次々と倒されていく。

 

「よし、かなり数が減ってきました! これならすぐに…」

 

「…むう、妙じゃな」

 

 そんな中で、オロチは険しい表情を浮かべ、倒れていくノスフェラトゥを見つめていた。

 

「おや、オロチさんも気付かれましたか。あなたの目も、奇天烈なもの以外でもしっかり捉えられるようで安心です」

 

「何をう! っと、今は愚僧に付き合っとる場合ではない! 先程の戯れ言はほっといて、アサマも気付いたか」

 

 アサマのあんまりな物言いに、オロチは一瞬怒りはしたが、すぐに冷静さを取り戻す。私は一旦前線を引き、後列のオロチの元へと下がる。

 

「何かありましたか?」

 

「いやな、どうにも妙でな。こやつら、まるで意思を持って動いておるようじゃ。それに、他にも何かきな臭いものを感じて仕方ない」

 

「きな臭い…?」

 

 オロチの言葉は気になるが、もうノスフェラトゥも僅かというところまで倒している。特に問題があるようには思えなかった。

 

 

 だが、そんな考えは甘すぎたと、終わってからようやく気が付かされたのだった。

 

 

 ノスフェラトゥが全て倒れるのを確認すると、私は他に伏兵は居ないかと警戒して周囲を見渡すが、倒れているのは、先程倒した敵兵士の姿だけ………、

 

 

「…え!?」

 

 

 そう。倒れていたのは、ノスフェラトゥではなく、“人間”。何人もの人間が、ノスフェラトゥと入れ替わるかのように、そこに倒れ伏していた。

 その異常な光景に、私だけではない、全員が揃って驚愕していた。

 

「ま、待ってください!! どういう事ですか、これは…!?」

 

 私はこの有り得ない光景を前に、我も忘れて叫んでしまう。私は、私達は、いったい何と闘っていた?

 この倒れた人達は、どこから現れた?

 

「え…? どうしたの、アマテラス?」

 

 最後尾でサクラを守っていたため、アクアはその光景を見ていなかったのだろう。この異常事態に、訳も分からずに混乱しているようだった。いや、むしろアクアとサクラこそ、これを目の当たりにした他の皆より混乱していなかったと言えるだろうか。

 

「そんな…倒れている敵の姿が…ノスフェラトゥじゃ、ない…?」

 

 私は呆然として、訊ねられたとも気付かずに、ありのままの事を口にしていた。しなければ、現実を受け入れられなかった。

 アクアは目の色を変えて、倒れていた兵士の元に駆けつける。その場でしゃがみ込み、何かを確認して彼女は、私達に現実を突き付けた。

 

「まさか…これは…風の部族の者達だわ!!」

 

「なんですって!? いったい、どうなっているんです…!?」

 

 それは、あまりに唐突な現実だった。さっきノスフェラトゥと思って闘っていた相手は、いきなり人間へと姿を変えて、その場に倒れ伏している。訳が分からない。意味が分からない。何か、分からない。

 何が起きたのかも、何をしてしまったのかも、どうしてこうなってしまったのかも、全てが分からない。

 ただ分かるのは、私達が『闘った』という行為。私達は、誰かと闘って、倒したのだ。それが、“風の部族”だった。過程は分からない。分かるのはその結果だけ。結果だけが、私達の目の前にいきなり現れたのである。

 

 

 

「ク、クククク…ハハハハハハハハ!」

 

 

 

「!!?」

 

 呆然と立ち尽くす私達の耳に突如、まるで私達を嘲笑うかのような笑い声が、遺跡に響き渡りながら入ってくる。

 

「誰ですっ!?」

 

 どこからしたのか、私達は一斉に周囲を見回す。すると、

 

「ごきげんよう、アマテラス王女」

 

 先程、ノスフェラトゥだと思われていた兵士達が隠れていた岩。その上に、転移してきた男の姿が現れる。その顔に、厭らしいゲスな笑みを浮かべて。

 

「私めの幻術はお楽しみ頂けましたかな?」

 

「あなたは…マクベス!」

 

 突然現れた暗夜王国の軍師は、ゆっくりと、倒れている風の部族兵達を見ていき、わざとらしく言い放つ。

 

「おお、可哀想に……。この者達は、まさか白夜からの襲撃に遭うとは夢にも思わなかったでしょう。もっとも、突然牙を剥くやり方は…あなたにとっては造作もない事でしたな?」

 

 心にもないくせに、風の部族を哀れむようなその言葉。しかし、やはり言葉とは裏腹に、マクベスの顔には未だ憎たらしい笑みが張り付いていた。

 

「マークス様もエリーゼ様も、御きょうだいは皆、あなたの裏切りに、ひどく落胆しておられた」

 

「くっ…」

 

 私はその言葉に言い返せなかった。私がマークス兄さん達を裏切ったのは変えようのない事実。いくら足掻こうが、決して取り返しはつかない。

 

「いいですか? 今回はほんの挨拶程度です…。白夜側についたからには容赦は致しませぬので、そのおつもりで。まあ、私がどうこうしなくても、スサノオ様があなたを連れ戻すでしょうがね」

 

「!! スサノオ兄さんが…? いったいどういう意味です!? 何を言ってるんですか!?」

 

「あなたが知る必要などありませんよ。いずれ、その身を以て知る事になるのですからな。まあ、楽しみにしていますよ、兄妹で再び闘うその時を! クククク…ハハハハハハ!」

 

「マクベス!!」

 

 私はマクベスの立つ岩まで走るが、たどり着く前にマクベスは現れた時と同様に、突然消え去ってしまった。

 

「結局何だったんだ? あの男は何が言いたかった?」

 

「…罠だったんだわ。恐らくあいつの見せた幻覚で…向こうも私達の事を、ノスフェラトゥだと思い込んで攻撃を仕掛けてきたのよ」

 

 タクミの呟きに、アクアは答える。この状況を作り出したのは、間違いなくマクベスだ。全ては彼に仕組まれた罠だった。私達はまんまと、彼の思惑に嵌まってしまったのだ。

 

「アマテラス姉様…さっきの方は、何者なんですか?」

 

 サクラはマクベスの事を知らなかったので、私に尋ねてくる。サクラ以外にも、マクベスについて知らない者が居るので、その説明も兼ねて私は答える。

 

「彼は…暗夜王国の、マクベスという男です。ガロン王の参謀をしていたはずですが、彼にあんな力があったなんて…」

 

「そう…じゃあガロン王を倒すためには、マクベスとの対決は避けられないわね。それに、今回の一件で私達は風の部族を敵に回してしまったわ。イズモ公国に行くには、彼らの村を通らないといけないのに…厄介な事になったわね」

 

「………」

 

 アクアの淡々とした語り口調が、遺跡に響く。皆も、渋い顔をして、倒れる風の部族兵達を見つめていた。意図せずではあったが、私達はとんでもない過ちを犯してしまったのだ。

 

「サクラさん」

 

「は、はいっ…!」

 

「彼らを、少しでも治療してあげてくれませんか? 傷は深いですが、まだ助かるかもしれません」

 

 ノスフェラトゥと思って闘っていたため、手加減が出来ていなかったが、まだ微かに息が確認出来るので、希望を捨てる訳にはいかない。

 

「分かりましたっ」

 

「アサマさんも、お願いします」

 

「やれやれ。死ぬ時は死ぬ。人にはそういう流れがあるというものです……が、仕方ありませんね。まだ助かる、生きられる者を見捨てる程、私も腐ってはいません。貴重な祓串ですが使うとしましょうか」

 

「…ありがとうございます」

 

 いつものように、少々辛辣混じりの言葉ではあったが、逆に私はそのいつもの調子がとてもありがたかった。

 

「治療が終わったら、彼らを私の星界に移します。風の部族の村に到着次第、星界の扉をリリスさんに開いてもらいますが、それまで容態をどなたか、彼らに付き添って見てあげてくれませんか?」

 

「私がやりますよ。体力に自信も無いですし、看ているだけなら、私でも出来ますから」

 

 私の頼みに、オボロが手を挙げて引き受けてくれる。なんだかんだで、魔王顔をする彼女も、根は心優しい女の子なのだ。最近、私はそれが分かってきた。

 

「お願いしますね。リリスさんに頼めば、何かあった時は扉を開いてもらえますから」

 

「はい。お任せくださいな」

 

 ニコッと笑顔を見せて、オボロは翻りサクラやアサマ達の方へと歩いて行った。

 

「さて…どうするつもりだ。いくら奴らを治療したとて、俺達は風の部族を襲った賊に見られる。まさか正面切って村に入る訳にもいくまい」

 

 腕を組み、サイゾウは諦めたように話す。それはサイゾウだけでなく、他の者も同じだった。

 

「こちらの故意でなかったとはいえ、起きてしまったのだ。説得しようにも、難しいであろうな」

 

「だからって、コソコソしてたらそれこそ俺達が悪いって言ってるようなもんじゃねーか?」

 

「うーん…ヒナタの言う事も分かるんだけどー…俺もサイゾウやカゲロウと同じ意見かなー」

 

「ちょっとツバキ! まさか、サクラ様の臣下でありながら、こそ泥みたいに村を通り抜けようとか思ってないでしょうね? あたしは嫌だよ! あたし達は別に悪い事をしてないじゃない!」

 

「あたしも、そう思いますね。見習いごときが意見をって思いますけど、悪いのはさっきの人じゃないですか!」

 

「かといって、現実は変えられんしのう…」

 

「…ひび割れに挟まった。…誰か助けて……」

 

 仲間達がそれぞれ主張や意見を言い合う。私は、それらを聞き、私がどうするべきか。私はどうしたいか。どうすれば良いのかを考える。

 

「どうする、アマテラス? お前がどんな道を選ぼうとも、お前の友として、俺達の将として、俺は従うつもりだ」

 

 サイラスが、笑顔で私の肩に手を置いてくる。友達とは良いものだと、私は改めて思う。

 

「はわわ…みなさん、色んな意見があるんですね~…」

 

「そうやな…。でも、あたいはアマテラス様に付いて行くって決めたんや。どうなっても、文句は言わへんよ?」

 

「あら? 良い心構えですわね、モズメさん。上官にはどんな命令であれ、なるべく従うのが下の者の務めです。まあ、良き上官ならば、ではありますが…私達には心配要りませんわね」

 

 穏やかに、私に笑いかけるユウギリ達。彼女らの言葉は、私に勇気を与えてくれる。

 

「おい、何をボケッとしてるフェリシア。俺達も杖持ってんだから、治療に行くぞ。アマテラス様、私はアマテラス様の決定に従うのみです。どうか、良き道をお選びになられるよう、熟考くださいませ…」

 

「ま、待ってくださいぃ~!!」

 

 と、ジョーカーは言いたい事を言って、フェリシアを引っ張って行ってしまった。ジョーカーとフェリシアの相変わらずさに、私も笑顔になってくる。

 

「さあ、アマテラス姉さんがどうするのか、見せてもらおうか?」

 

「決めるのはお前だ、アマテラス。お前の姉として、私はお前がどうするとしても、全力を尽くすのみ」

 

「さあ、アマテラス様、どうなさいますか?」

 

「大丈夫。あなたには、私達が居る。仲間が居る。それに…どうなろうと、私はあなたの味方よ、アマテラス。さあ、選んで…あなたはどうするの? どうしたいの…?」

 

 

 皆の声を、気持ちを聞いて…私は考えて、そして決めた。()()()()()()()、ではなく、()()()()()()

 

 

 

「みなさん、決めました。私達は、風の部族の村に

 

 

 

 

 正面から堂々と入りましょう」

 

 




 
「…シャ、シャラの…『ときめき☆トゥナイト★』……///」

※ここからは台本形式でお送りします。

シャラ「…何よコレ。何なのよコレ。どうして私がこんな辱めを受けなければならないの?」

オフェリア「そんなもの決まっているわ! 今日という日が、この『宵闇のオフェリア』の友である、『常闇のシャラ』の聖誕祭だからに決まってるじゃない!」

シャラ「意味が分からないわ…。しかも、『常闇』なのに、『聖』誕祭とか。闇なのか聖なるものなのか分からないわよ…」

オフェリア「うぐっ…! そ、そこはアレだよ! ピカーッと来てキュッて感じとか、きらーんときて、ばーんみたいな!?」

シャラ「はあ? 意味が分からないどころか、説明にすらなってないわ…。というか、余裕が無いのが見て取れるのだけど……」

オフェリア「むぅ~…シャラってしつこい性格してるわよね。そんなだったら、アマテラスさんに嫌われちゃうよ?」

シャラ「! そ、そんなの困るわ…! どうすれば、アマテラスにもっと好いてもらえるのかしら…?」

オフェリア「それなら、このコーナーをちゃんとこなせば、きっと星々が願いを聞き届けてくれるよ! 選ばれし者として、約束された勝利をもたらしてみせる…!」

シャラ「…約束された勝利とか、負けフラグじゃない…」

オフェリア「こほん! え、えっと、コーナーを進めるから!」

シャラ「そもそも、あのフザケた題名は何なのよ…? 『トゥナイト』とか言ってるけど、今は夜じゃ…」

オフェリア「ゲッホンゴッホン! あー、今日は喉の調子が悪いかも! え? 何か言った?」

シャラ「……何でもないわ。それで、私はどうすればいいの?」

オフェリア「よくぞ聞いてくれたわ…! シャラには今日、とある相談を受けてほしいの」

シャラ「はあ? じゃあなに? あなたの相談に乗れって…?」

オフェリア「あ、私じゃないよ。特別ゲストさんを呼んであるから、その人の相談に乗ってね」

シャラ「…面倒だけど、これを終えればアマテラスに喜んでもらえるのね……! やり遂げてみせるわ、アマテラスのために…!!」

オフェリア「それでは! 出でよ、遥かなる悠久の時を越え、神々の造り給う地へと召還されし者よ!」

シャラ「また大掛かりな…」

???「召還に応じ参上しました。私の名は、正義のヒロインX。どうぞよろしくお願いします」

シャラ「…ちょっと」コソコソ

オフェリア「え、何?」コソコソ

シャラ「仮面を付けた変質者なんて聞いてないわよ…」コソコソ

オフェリア「えー!? そんな事言われても、私だって『これを読んでくださいね?』ってアマテラスさんに渡された台本通りにゲストを呼ぶセリフを言っただけで、こんな……、カッコいい人が来るなんて聞いてないよ!」コソコソ

シャラ「カッコいい…? アレが…? オフェリア…あなた、目、大丈夫…?」

オフェリア「え、なんかひどくない?」

X「あの…そろそろよろしいでしょうか?」

オフェリア「あ、ごめんね……えと、私の顔に何かついてる?」

X「あ、いえ。私の叔母様に似たお顔をしていらっしゃるので、つい…」

オフェリア「へ~、そうなんだ。なら、その叔母様も私みたいに、きっと選ばれし者なんだね!」

X「いや、どちらかというと、それは私の従兄弟ですが…」

シャラ「…御託はいいから、早く本題に入って」

X「は、はい。えっと、私の相談なのですが…結構複雑な内容ですが、良いでしょうか?」

オフェリア「まあ、相談だからね。無理かどうかは、聞いてから判断するよ」

X「では……、私には従弟妹が3人居ます。みんな、私にはもったいないくらい、良い人達なのですが、最近私の扱いが酷いんです」

シャラ「具体的には…?」

X「私が服を選んであげると買い物に誘っても、大概は断られ、訓練を一緒にしようと言っても、先に周りを片付けてからにしろと遠回しに断られ…私が料理を作っても、美味しいと言う割に、一口食べただけで止めてしまい……私は、あの子達に必要とされていない事が、寂しくて…」

シャラ「……」

オフェリア「うう…あなたは良いお姉さんでいようとしてるのに、それが伝わっていないんだね。可哀想だよ、シャラ!」

シャラ「原因は他にあると思うわ…」

X「え?」

シャラ「たとえば…買い物と言ったわね? どんな服を買ってあげた事があるの?」

X「えっと…私の叔母様の1人がとても有名な方でして、その叔母様の顔が大きく描かれた服を…」

オフェリア「oh…」

シャラ「じゃあ、訓練は? あなたは訓練中、何か癖のようなものはあるのかしら?」

X「はい…。たまに、近くのものを壊したり、壁に穴を開けてしまいます…」

オフェリア「ジーザス……」

シャラ「じゃあ料理は?」

X「その…たまに鋼の味がするのですが、幼なじみの1人は、『美味しいのです! 美味しいのです!』といつも喜んで食べてくれますよ?」

オフェリア「……シャラ」

シャラ「……何よ」

オフェリア「約束された勝利のオフェリア(笑)」

シャラ「……呪うわよ」

オフェリア「ご、ごめんごめん! いや、流石に私達の手に負えないレベルだったから、現実逃避しないとやってられなかったの!」

X「うぅ…そんなに酷いですか、私…?」

シャラ「酷いわね」

X「ぐふ!?」

オフェリア「ああ!? シャラ、もうちょっとオブラートに…!」

シャラ「でも、改善出来る範囲内でもあるわ…」

X「ほ、本当ですか!? 教えてください! 私は、あの子達よりも年長の者として、何かをしてあげたいんです!」

シャラ「じゃあ、まずは服のセンスね。これに関しては、徐々に慣らしていくしかないわ。後でフォレオに言って、センス磨きの特訓を課すわ」

オフェリア「そういえば、フォレオに可愛い服を買って貰ってたね、シャラ」

シャラ「次は訓練。これは一番簡単。外でやりなさい。それも、周りに何もない場所で。屋内だから、物を壊したりするのよ」

X「な、なるほど…!」

シャラ「あとは料理だけど…これは数を重ねるしか無いわ。マトイが料理上手だったから、後で特訓を頼んでおいてあげる」

オフェリア「おー…! シャラがまともに答えてる!」

シャラ「当たり前よ…。アマテラスに喜んでもらうためだもの。そのためなら、私は喜んで泥だって啜るわ…」

X「す、すごいですね…。私の知っている方にも、あなたみたいな人が居ますよ」

オフェリア「うげ!? シャラみたいな人が他にも!? 私だけじゃ浄化が間に合わないよー!」

シャラ「ふん…好きに言うが良いわ。今の私は、アマテラスに褒めてもらえると思うだけで無敵よ。そう、『大盾+』と『邪竜の鱗』を組み合わせた敵ユニットのように…」

X「それは…嫌な思い出ですね…」

キヌ「ヤッホー! そろそろ終わったー?」

シャラ「キヌ…?」

キヌ「シャラお疲れー! 終わったんなら、アタシと遊んで~?」

シャラ「え…どういう状況なの…?」

オフェリア「それじゃ、私は今から瞑想タイムだからこれで…」

X「私は本編に正式登場する時まで正義の味方を続けるのでこれで…」

シャラ「何なの…? 2人とも、どこかへ行ってしまったわ……」

キヌ「あれ? 聞いてないの? 今日はえいぷりるふーる?とかで、オフェリアがアマテラスに頼まれてシャラの誕生日祝いを兼ねた嘘企画をやったんだよ」

シャラ「…………は?」

キヌ「アタシも今日は休んでって頼まれたんだ! 代わりに、終わったらシャラと遊んでいいって!」

シャラ「ご、ご褒美的なものは……?」

キヌ「んー? じゃ、アタシと遊ぶ事!」

シャラ「……な、ん、ですって……!? くっ…まあいいわ。アマテラスが喜んでくれたのなら、私は満足だもの…」





シャラ「オフェリアは、私を謀った罪として、1週間あの変てこな台詞が言えなくなる呪いを掛けてやるわ…」



オフェリア「な、なにこれ!? 私のスペシャルで選ばれし者な口調が話せないよーーー!!??」(涙)


シャラ、誕生日おめでとう!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝 桜は満開に咲き誇りて

 

 私がまだ幼かった頃の話だ。ある日の事、私は母様とのお食事会を予定しており、子どもながらにうきうきとしてその時が来るのを待っていた。というのも、その日は私の誕生日。年に一度の、どんなワガママも許してもらえる、特別な日。いつもは忙しい母様が、今日はお昼のお食事会から一日中、私と遊んでくれるのだ。嬉しくない訳がない。

 

 私は嬉しさを堪えきれず、朝からせわしなく動き回っていた。そうしていないと、お昼まで待ち遠しくて堪らなかったからだ。後で聞いた話だが、兄様や姉様は私があちこちを走り回るものだから、怪我をしないかハラハラしながら心配して、こっそり私を見守っていたらしい。

 

 そして、ようやくお昼になろうかという時に、それは起きた。

 待ち遠しかったお食事会の時間が近付いて来たので、私は母様と約束していた通り、母様の部屋に行こうとしていた。広い城内、高い階段、長い廊下…子どもの時分には厳しいそれらを何とか乗り越え、ちょっとした冒険気分を味わった私は、ついに母様の部屋にたどり着こうとしていた、そんな時だった。

 母様の部屋まであと一歩といった所で、私は城の女中が数人たむろしているのに気がついた。何かを話しているようで、その時は分からなかったが、どうやら休憩中の世間話をしていたらしい。

 私は何をしているんだろう、と気にはなったが、もう少しで母様とのお食事会が、母様とたっぷりと遊べる、と浮かれていた事もあり、気にせず通り過ぎようとしていた。

 でも、

 

「そういえば、サクラ様───」

 

 私の名前が急に出て来たため、私はついつい女中達の話に耳を傾けずにはいられなくなってしまったのだ。私は息を潜め、女中達にバレないようにそーっと近付いていく。幸い、彼女達の近くには、死角となる大きな壺が飾られていたので、私はその裏に隠れて話を、王族としては随分とはしたない事であろうが好奇心に負け盗み聞きした。

 

「今日がお誕生日ですってね」

 

「そうそう。お昼からの今日一日、ミコト様と一緒に過ごされるそうよ」

 

「そりゃ良いわ。なんてったって、今日はおめでたい日なんだし、たまにはミコト様にも休んで貰わなくちゃねぇ」

 

「そんな事言ったって、今日はサクラ様の遊び相手でお疲れになるんでしょうけどね」

 

「あはは! それもそうか!」

 

 私はその言葉に思わずむくれてしまっていた。何も、母様を疲れさせるまで遊ぼうとは思っていなかったからだ。母様はいつも忙しい。それこそ、休む暇も無い程に。兄様や姉様も、お仕事を手伝ってはいるが、まだまだ子どもという事で、簡単な事しかしていないと言っていた。そんな毎日忙しくて大変な母様を、今日は私が独占出来るのだ。だから、ずっとじゃなくても、少しくらいは遊んで欲しいとしか思っていない。残りの時間は、一緒にお昼寝したり、お風呂にも入ったり、お話したり、夕ご飯も一緒に食べたり、そんな事しか望んでいない。

 ただ、少しでも母様と一緒に居たいと思っていたのだ。

 

「サクラ様の誕生日…か」

 

「あら、どうしたの? 辛気くさいため息なんて吐いちゃって」

 

「いえね、スサノオ様とアマテラス様が暗夜王国に攫われたのって、サクラ様が生まれて間もなくだったでしょう?」

 

 『スサノオ』と『アマテラス』という名が出て来た事に、私はムスッとしていたのも忘れて一心に耳を傾ける。その名前は、よく姉様に聞かされていた。私には、あと2人、兄様と姉様が居る、と。

 

『私はいつかきっと、スサノオとアマテラスを取り戻す。そうしたら、家族みんなでずーっと一緒に暮らしていくんだ!』

 

 もはや口癖となっていた、姉様のその台詞。私はいつもそれを聞かされていたおかげで、意味までは全て理解出来ていなかったが、一字一句完璧に暗唱出来るようになっていた。

 そして、それと同時に、まだ見ぬ兄様と姉様に会ってみたい、お話してみたいとも思うようになっていたのだ。

 

「そうね…当時のミコト様は、それはもう、酷く落ち込まれていて…見ているこちらまで辛くなるほどだったもの」

 

「そうそう。それでね、実はこんな噂があったのよね。本当は、スサノオ様やアマテラス様じゃなくて、生まれたばかりのサクラ様を誘拐しようとしていたらしいのよ」

 

 ……………、

 

「もしそれが本当だったら、サクラ様もお可哀想に…。自分の代わりに兄君と姉君が誘拐されてしまったという事だものね。サクラ様のお耳には入らないように気をつけないとね」

 

「そうね…自分のせいでスサノオ様とアマテラス様が居なくなって、ミコト様がとても悲しまれたと思われてしまうかもしれないし」

 

 ……………私のせい。

 

 

 

 ……………私の、せい?

 

 

 

 

 

 

 気がつけば、私は駆け出していた。母様とのお食事会も忘れて、必死に、がむしゃらに、メチャクチャに…。すれ違う人からは呼び止められたが、そんなものも耳に入らないくらい、私はいっぱいいっぱいだった。

 私が誘拐されなかったから、兄様や姉様は攫われてしまった?

 本当は、私がここから居なくなるはずだった?

 

 このあったかい場所から、私だけが居なくなっていたかもしれなかった……?

 

 私は子どもながらに、恐怖した。もしかしたら、私が誘拐されていて、怖い目に遭っていたかもしれないという未来があったかもしれないという事に。もしも、兄様や姉様が攫われなかったら、私がそうなっていたかもしれないという事に。私のせいで、兄様と姉様が、ひどい目に遭ってしまったのだという事に。それにより、大好きな母様を悲しませてしまったのだという事に。

 

 

 私は怖くなってしまったのだ。それも、どうしようもない程に。

 

 

 

 

 

 

 知らない間に、私は桜の木の下にたどり着いていた。私と同じ名前の花を咲かせる、白夜王国で一番とまで言われる大きな桜の木。その時の私は、そうとは知らなかったが、ちょうど満開に咲き誇る桜を前に、私はしばし目を奪われていた。この桜を見ている時だけは、私は何もかも忘れていられたのだ。私は無意識に、もしくは本能的に、怯える心を落ち着けようとしていたのだろう。

 

 どれほどの時間、そこで桜を見ていたのか。それが分からない程に、私は美しく咲き誇るも、儚く散り行く桜の花びらに見惚れていた。

 

「きゃ…!」

 

 ふと、突風に体が煽られ、桜の花びらも盛大に風に乗って飛んでいく。春の烈風により、私は我に帰った。

 時間がどれほど経ったのかは分からない。だけど、母様とのお食事会の時間はとっくに過ぎてしまっただろう。どうしよう。約束を破ってしまった私を、母様は怒るだろうか。怒られる事に怖さを覚えた私は、それによって先程まで、自分が何に怖がっていたのかを思い出してしまう。

 私は、許されない存在なのではないか。約束も破り、母様を悲しませ、兄様と姉様がここに居られなくした。私は、ここには居てはいけない存在なのではないか…。

 

 負の連鎖に囚われかけていた私は、このままどこかに消えてしまおうとさえ思い始めていたその時、

 

 

 

「サクラ!!!」

 

 

 遠くから、張り裂けんばかりの呼び声がした。振り返り、そちらを見ると、息絶え絶えの母様が、膝に手をついて立っていた。その顔は、今にも泣き出しそうで、母様が息を整える事もせず、息切れしているそのまま私の元へと駆け寄ってくる。

 私は怒られると思い、思わずギュッと目を閉じていると、怒声や平手打ちなどではなく、気づけばギュッと優しく抱きしめられていた。

 

「心配したのですよ…。約束の時間になってもあなたが来ないから、様子を見に行ってみれば、あなたが泣きながら城を出て行ったと言うではないですか。もしサクラの身に何かあれば、私は……」

 

 優しく、痛いくらい優しく、母様は私を抱きしめる。暖かくて、心地良くて、穏やかで…。どれだけ母様が私を愛してくださっているのかを、全身で感じ取っていたのだ。

 その暖かな優しさに触れ、私の目からは勝手に涙がポロポロと零れ落ちていく。堪えきれずに、大声で泣き叫んで、母様にしがみつくように抱き付いた。

 

「母様…わたし、わたし…」

 

「何ですか、サクラ…。ゆっくりで良いから、お母さんに教えて…?」

 

「わたし…スサノオ兄様とアマテラス姉様が、グズッ、いなくなっちゃったのが、わたしの…せいだって…」

 

「……」

 

 突然のその名前が出た事に、母様は少し表情が固まったような気がしたが、変わらず優しい笑顔を向けてくれている。

 

「わたし…こわくなって、わたしのせいで、わたしが連れていかれなかったせいで、兄様と姉様が連れていかれて…母様も悲しくなって…」

 

「…確かに、スサノオとアマテラスが連れて行かれた時はとても悲しかったです。でも、だからってサクラが連れて行かれても良いという訳がありません」

 

「母様…」

 

「私はサクラのお母さんで、サクラも私の大切な子ども…。サクラが居なくなっちゃうと、私はとても悲しいです。だからサクラ。私のせいだなんて言わないで? あなただって、私の愛する大切な子どもなんですから……」

 

「母様…母様ぁ!!」

 

 私はわんわんと泣いた。母様の愛に触れ、柔らかで暖かな腕に抱かれて、母様の胸で子どもらしく泣き叫んだ。私が泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっと、母様は私を抱きしめてくれていた事を、私は覚えている。ずっと…ずっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サクラさん」

 

 私は隣から掛けられた声に振り向く。私の隣で、私と同じく腰掛けていたアマテラス姉様は、不思議そうな顔をして私を見つめていた。

 

「どうかしましたか? ボーッとしているようでしたけど」

 

「はい…少し、子どもの頃の事を思い出していました」

 

 私は頭上を見上げ、咲き乱れる桜の花に視線を向ける。ここはアマテラス姉様の星界。その星界の城に植わっている桜の木の下で、私はアマテラス姉様と花見をしていたのだ。いつか見た桜の木よりも小さいけれど、この城のあちこちで咲いている桜は、それにも負けないくらい見事なもので、たくさんの桜が満開で花開いていた。

 

「私が小さかった頃、ある事がきっかけで城を飛び出してしまった事があったんです」

 

「サクラさんでも、そんな事をした事があったなんて…少し意外です」

 

「うふふ…。城に帰った時は、兄様や姉様に散々怒られましたよ? …私が城を飛び出してたどり着いた場所は、白夜王国一番の大きな桜の木がある所でした。そこで、その桜に見惚れていた私を真っ先に見つけてくれたのが、母様でした」

 

「お母様が…」

 

「はい。その時に、私がどれだけ愛されているのか、それを知って…実は大泣きしてしまって…」

 

 今思えば、かなり恥ずかしい。母様には2人だけの秘密にしてもらったので、私が言わない限りは誰にも知られる事はない。…今アマテラス姉様に話してしまったが。

 

「小さな頃のサクラさん…可愛らしかったのでしょうね。私も見てみたかったなぁ…」

 

 柔らかな笑みを浮かべて、桜を見つめるアマテラス姉様。その横顔がとても近く感じられて、母様の面影を強く受け継いでいるアマテラス姉様に、私は勇気を貰い、切り出した。

 

「姉様…もし、暗夜王国の本当の狙いが私で、その代わりにスサノオ兄様とアマテラス姉様が攫われてしまったのだとしたら…アマテラス姉様は私を恨みますか…?」

 

「え? 何ですか、急に?」

 

「……」

 

「うーん…そうですね…」

 

 黙って答えを求める私に、アマテラス姉様は考え込むように唸る。そして、

 

「いいえ。恨まないと思いますよ」

 

 あっけらかんと、とても良い笑顔で答えた。私はその予想外の反応に、思わず唖然とするが、すぐにその理由を聞き返す。

 

「どうして、ですか…?」

 

「だって、私達が暗夜に攫われたおかげで、サクラさんを守れたのですから、お姉さんとして誇らしいですよ。あ、でも、小さなサクラさんを見れなかったのは寂しいですね」

 

 ああ、やっぱりこの人は、ミコト母様の娘なのだ。自分の事よりも、他の人を大切にするところは、母様にそっくりだ。

 アマテラス姉様が私の姉であってくれて、本当に嬉しく思う。でも、その反面で、スサノオ兄様がこの場に居ない事がとても悲しくも思える。攫われたりしなければ、スサノオ兄様もアマテラス姉様も、離れる事はなかったはずなのに。

 

「でも…どうしてそんな事を聞いたんです? サクラさん」

 

「いいえ。昔、噂を聞いたものですから。本当は、生まれたばかりの私が標的だったって……後で根も葉もない噂話だったと分かりましたけど」

 

「そうだったんですか…。でも、そんな事は関係ないです。どうであろうと、私はサクラさんのお姉さんなんですから、むしろ私がサクラさんのために身を張って守りますから!」

 

 どこまでも明るく笑うその笑顔に、私は眩しく感じた。尊いこの人が、本当に私の姉で嬉しく思ったのだ。いつの日か、きょうだいみんなが揃って、ずっと笑顔で過ごせる日が来る事を心から願わずにはいられない。

 

「ありがとうございますっ…アマテラス姉様」

 

「あはは…なんだか照れますね。さあ、そろそろ行きましょうか」

 

 顔をほんのり紅く染め、姉様は立ち上がる。そして私へと手を差しだし、私もその手をとった。

 そうだ、今日は…、

 

「今日はサクラさんの誕生日。みんなが待っていますよ!」

 

「はい!」

 

 姉妹で並んで、みんなの待つ食堂へと向かう。私は、幸せ者だろう。こうして心から祝福してくれる、大切な人達に囲まれて生きているのだから。

 

 

 

 桜は満開に咲き誇りて、私達を見送っている。いつか私も、この桜達や、あの日見た桜のように、自分でも誇れるくらいに見事な『サクラ』を花開かせ、満開に咲き誇れる事を願って…私はその場を後にした。

 

 もしも、その願いが叶ったならば…。母様、その時は…褒めて下さるでしょうか…?

 

 




 
という事で、今日は春の季節を代表する桜と同じ名を持つ、サクラの誕生日でした。書き上げた時間が僅か4時間足らずと、急ごしらえではありますが、楽しめましたでしょうか?
誕生日が過ぎる前に投稿出来てホッとしておりますが、とりあえず書けて良かったと思います。

サクラ、誕生日おめでとう!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 砂の海に臨みて

 

 アマテラスは風の部族の者達の応急処置が済んだ事を確認し、星界の門をリリスに開いてもらう。彼らの容態をオボロが見るのだが、流石に何人もの人間を女のオボロ1人で運搬するのは無理なので、当然のごとく男勢がそれを担った。

 

「おい、貴様も手伝え!」

 

「いやですねぇ…私は既に祓串を彼らに施したじゃありませんか。必要以上の労働は勘弁ですよ。第一、彼らに怪我を負わせたのはあなた方で、私は無駄に働かされたようなものなんですから。それにこう見えて私、非力な僧侶ですので、力仕事はあなた方のような筋肉担当にお任せしますよサイゾウさん」

 

「チィッ…この破戒僧が…!」

 

 訂正しよう。アサマのみ、いつもの邪気の無い笑顔で、文句を言うサイゾウに毒を吐きながらそれを傍観していた。他の者も諦めたように、苦笑いを浮かべてそれぞれ風の部族の者達を星界へと運んでいく。

 そして、例のごとくヒノカは自らの臣下の言い草に頭を押さえて、アサマ以外の男性陣に謝っていたのだった。

 

「おやおや、破戒僧とは失礼な。これでも数多の霊山を踏破した、敬虔かつ熱心な修行僧だと自負しているのですがねぇ。まあ、そこに信仰心などは無関係ではありましたが」

 

 まったく反省していないこの破戒僧(仮)に、ヒノカは更に頭が痛くなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄泉の階段の半分を登り終えた時点での戦闘だったため、再びその半分を登り始めるアマテラス一行。まだ長い道のりが半分もあり、全員の気分は下がったまま。しかも、先程の一件があり、更に雰囲気を悪いものへと変えていた。

 いつもは明るく脳天気なヒナタ、カザハナ、フェリシアといった面々でさえ、場の空気を読んでかは知らないが、静かに黙々と階段を登っている程だ。気が重くなるのも仕方ないと言えるだろう。

 

「………」

 

 しかして、そんな中で2人だけ。その顔には暗さが無く、何かを決意したかのような、意志の強さを宿して階段を登っているアマテラス、そしてアクア。

 アマテラスは正面から堂々と、という決意をした事もあり、もはや迷いは無い。先程の戦闘は暗夜王国による謀略であり、風の部族への誤解を解消する事。それしか、今は頭に無かったのだ。

 

 そして、アクア。彼女は、彼女だけは、最初から迷いなど無かった。微塵も、これっぽっちも、迷う必要など無かったのだ。だって、アクアは決めていた。アマテラスが選んだ道を、自分は共に歩んでいくと。たとえどんな道であろうと、一緒に往くと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、自分はアマテラスと運命を共にすると。

 まるで鏡合わせのような自分達、そしてその半身たるアマテラスを、アクアは信じ抜くと決めたから。だからアクアに迷いは無い。迷う事なんて、あるはずもないのだ。

 

 

 

 間もなく、この遺跡の終着点に到着する。ある者は本当に正面から部族の村に入っても良いのかとの惑い、ある者は危険も無く無事に村を通過出来るのかと臆し、ある者はいざとなれば部族の者達と闘う事も辞さないと勇み、ある者は主君だけは命を賭してでも守ると誓い…。それぞれの想いを余所に、出口は見えてくる。陰鬱な遺跡に差し込む、太陽の暖かなる光。そこを抜ければ、もう風の部族の村はすぐそこにある。

 

「さあ、行きますよ」

 

 腰に差した夜刀神に手を触れるアマテラス。誤解を解けるか、それとも闘う事になるのか、それはまだ分からない。けれど、後ろめたい事なんて何もない。だから、きっと大丈夫。そんな風に、夜刀神に触れていると、不思議と安心出来るのだ。母から託されたこの神刀に、母ミコトの心が宿っているような、そんな母から与えられたような安心感を、アマテラスはこの夜刀神に感じていた。

 

 そして、アマテラスは光の先へと足を踏み出す。視界の先に広がるのは、一面の砂の海。見渡す限り、草木は生えておらず、雪と見紛う真っ白な砂の世界が広がっていた。

 

「ん……」

 

 久方ぶりの日光に、思わず手をかざしてそれを遮る。眩しさのあまり、目が少しチカチカしていた。黄泉の階段には灯籠が設置されていたため、暗くは無かったのだが、やはり光源には乏しすぎる。目が暗さに慣れていたために、日光がいつもよりも眩しく感じたのだろう。

 

「うわ、眩し…!」

 

「ちょっと頭が痛いかも…」

 

 アマテラスに続き、続々と外へと出てくる仲間達。タクミもアマテラスと同じように手をかざして日光を遮り、カザハナは目を瞑り、眉間を押さえて苦い表情を浮かべていた。

 

「おやおや。みなさん、だらしがありませんねぇ。私は全く眩しくもないのですが」

 

「あはは、アサマはいつでも線みたいな目をしてるからねー。目に光の入ってくる量も普段から少ないから、そりゃ眩しくもないよー」

 

 朗らかに笑う毒舌僧の言葉に、ツバキが苦笑いを浮かべつつも、冷静な分析からのツッコミを入れるが、当の本人たるアサマはどこ吹く風である。

 

「…忍びは闇に生きるもの。闇の暗さには強いが、やはり光の眩しさには適わんな」

 

「でしたら兄さんも、たまには私やカゲロウさんのように、日中で余暇を過ごしてみてはどうです? 日の出ているうちから、太陽の暖かさを噛みしめるのも、良いものですよ」

 

「スズカゼの言う通りだ。サイゾウ、お主も気を休める事を覚えた方が良い。私などは、時間の空いた時は茶や絵を楽しんでいる。良ければ私が教えてやろうか?」

 

「…いや、それは…え、遠慮しておく……」

 

「ふむ…そうか、ならば仕方ない」

 

 忍び3人も、太陽を眩しそうに目を細めているが、特にサイゾウは2人に比べ、難儀そうに顔を下に向けている。そんなサイゾウに対してスズカゼから提案が入り、カゲロウも自分の余暇の過ごし方を勧めるが、何故か申し訳無さそうにサイゾウはそれを断った。少し言い淀んでいたのが気にかかるが…。

 

「ふわあ…見渡す限りの砂原ですよ~!」

 

「これは…砂漠とはいえ、土地の痩せている暗夜でも見れない美しさだな」

 

 遺跡の眼前に広がる、どこまでも続くかのような白く煌めく砂原の絶景に、フェリシアとサイラスが感嘆の息を漏らす。そんな2人の反応に、サクラは思わずといった風に柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「白夜でも、これほどの絶景を誇る砂漠はここだけだそうですよ。この砂漠は、白夜の名所の一つで、『白砂(しろすな)の大海』と呼ばれているんです。私も見た事はありませんが、特に朝方の日が昇る頃は、砂が日光を反射し始めてそれはもう美しく煌めくと言われていますっ」

 

 最後の方は少しだけ気合いの入ったようなサクラの言葉。本人も見た事が無いと言っている辺り、サクラもその光景を強く見てみたいと思っているのだろう。

 

「砂漠かぁ…沈む砂の上で走るのは良い鍛練になるからな。後でやるか!」

 

「私も沈む砂の上を走ってみたい…。ヒナタ、一緒に走っていい?」

 

「おうよ! 一緒に気持ち良く汗を掻こうぜ!」

 

「駄目だ。セツナは砂漠を走る事を禁止する。どうせ流砂に呑み込まれるのが目に見えているからな」

 

「ヒノカ様のケチ……」

 

 砂漠を前に、暗かったヒナタもようやく明るさを取り戻し、満面の笑みを浮かべて砂漠を見つめている。すぐにでも走りたいのを我慢しているのが丸分かりだ。セツナも、今にも砂漠に走り出しそうにしていたところを、ヒノカによって止められる。砂漠に罠は無くとも、自然の罠が存在する以上、セツナは確実に引っかかり、それをヒノカが救助する……それが分かっているから、ヒノカはセツナ砂漠走行禁止令を出したのだった。

 

「…みんなも、多少は気が晴れてくれたみたいですね」

 

 仲間達の暗い雰囲気が少しは晴れてくれたのを見て、アマテラスも自然と笑顔になる。この先には風の部族の村があり、まだどうなるのかは分からないが、仲間達を見ていると、どうにかなるような気がしてくるのだ。

 

「この先を進んだ所に風の部族の村が見えてくるはずよ。まだ少し時間が掛かるけど、何が起ころうとも心構えだけはしておいて」

 

「交渉には私もお供致します。戦闘にならない事が最も望ましいですが、交渉決裂の場合、アマテラス様は速やかに退避を。私がお守り致しますので」

 

 他の仲間達と比べて、アクアとジョーカーは既に地平線の先にあるであろう風の部族の村を見据えていた。ジョーカーの言う通り、最善は彼らと戦闘にならない事。なんとか話を聞いて貰えれば良いのだが。

 

「ありがとうございますアクアさん、ジョーカーさん。ですが、私は逃げませんよ。何があろうとも、私は退きません。折れたりしません。もし闘わざるを得なくなってしまっても、私は真っ直ぐ前だけを向いていたいんです」

 

 アマテラスの真っ直ぐな眼差しを受け、2人は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷きを返した。こう見えて、アマテラスは意外と頑固なところがあると理解していたからだ。

 

「仕方ありませんね。ですが、アマテラス様の命だけは私が何としてでもお守りしますので、ご理解を」

 

「はい! でも安心してくださいね。私は簡単には死にません。何と言っても私には竜の力と、このお母様から託された夜刀神があるんですから!」

 

 その屈託のない笑顔に、その場の全員が穏やかな気持ちを抱く。白夜の者達に至っては、『ああ、やはりミコト女王の御息女なのだ』と改めて認識させる程に、今のアマテラスの笑顔は、ミコトにとてもよく似ていたのだ。

 

「さて、それでは砂漠を行く準備じゃな」

 

「砂漠では水分補給が重要ですので、アマテラス様の星界で飲料水を用意してから出発しましょうか」

 

 オロチ、ユウギリがテキパキと砂漠への進行準備を皆に指示していく。やはり、ミコト女王直属の臣下であっただけあり、手際がかなり良い。

 アマテラスは再び星界の扉をリリスに開いてもらい、星界へと入る。星界内で部族の者達の容態を看ていたオボロにもある程度説明し、到着次第声を掛けるとだけ伝えておく。部族の者達は今は眠っており、ひとまずの命の危機は去ったようだ。

 

 ここで意外だったのは、仕度を整えるのが最も早かったのがモズメであった事か。モズメ曰わく、

 

「あたいは村に居った頃から、狩りで遠出したり山篭もりとかしてたからな。こんなん日常茶飯事や」

 

 との事で、砂漠を渡る際の装備や持ち物など、一通りの説明を受けただけだというのに、それこそとんとん拍子と言いたいくらい、モズメは即座に砂漠スタイルへと変身を遂げていた。しかも、手が空いたため、着替えに手間取っている者の手助けをしている程である。

 

「うぅ…うまく外套を羽織れません…!」

 

「エマは不器用やなぁ。ほら、ここの端っこと外套のここを持って…あと紐をこうして、こうや!」

 

「おぉ…! 早いですよモズメさん! すごい!」

 

「そ、そんな事ないよ…! エマもコツさえ掴めば簡単に出来ると思うで?」

 

 照れるモズメに、目を輝かせるエマ。それを見て、アマテラスはなんとも微笑ましい気分になったのだった。

 

 

 

 仕度を終え、アマテラス達は砂漠を進む。美しさとは裏腹に、砂に足を取られたり、肌を刺すような太陽光と、肌を灼くような熱は喉に渇きを与え…代わり映えしない景色には気分も滅入ってくる。

 この『白砂の大海』と称される砂漠は、美しさと危険の混じり合った魔境でもある。その美しさを保つのは、そこに生命の存在を許さないから。動物はここでは生きられず、長居すらしようともしない。自然でありながら、自然さえも拒絶する死の世界。生物による変化を受け付けない魔の砂漠。それがこの『白砂の大海』を絶景たらしめている理由である。

 

「……暑い」

 

 誰であったのか、そんな呟きがポツリと零れる。それは1人が発した言葉ではあったが、しかし全員の感じている事でもあった。

 暑い。そうだ、とにかく暑い。ジリジリと強い日差しが差し続け、日光に肌が灼かれないように全員がローブを纏っているのだが、如何せん、ローブなんてゴツいものをこんな炎天下で身に付けようものなら、熱気が籠もって仕方がないのだ。かといって、ローブを外す訳にもいかず、我慢するしか無かった。

 

「……馬を星界に置いてきたのは正解だったな」

 

 歩きながらサイラスは独り言のように言う。ちなみにであるが、サイラスの騎馬、ヒノカの天馬はオボロと共に星界で避暑を満喫している。流石にこんな砂漠を共に進ませるのは可哀想だったからだ。

 

「…こんな事なら、僕もオボロと一緒に星界に居れば良かった」

 

 頬を伝う汗を拭い、タクミがごちる。そんなタクミに、ヒノカも汗を拭いながら注意した。

 

「私達王族は皆に道を示す役割があるんだ。お前も王子なんだから、私達の責務と思って耐えてくれ。それに休憩が必要なら、アマテラスの星界で少し休めばいいしな」

 

「…分かってるさ。王族は臣下や民を導くのも責務の一つ…。リョウマ兄さんからも散々言われてるからね。それこそ、耳が痛いくらいにさ」

 

「そうか。分かっているならいいんだ。だが、無理はするなよタクミ。これはアマテラスやアクア、サクラにも言える事だが、私は弟や妹が無理をして倒れるのは嫌だからな」

 

 その言葉に、タクミは黙って頷く。アマテラスとサクラも、ヒノカの言葉に自身の王族としての立場を再確認する。まだまだ自覚の足りないアマテラスだが、自分も王家の血を引いている事を心に留めておく。これは決して変えられぬものだから。いつか、自分も王族としての責務を果たす事が求められるのだと、今から理解しておく必要があった。

 

「ところで……」

 

 と、ヒノカは途端にしかめっ面をして、部隊全体を見渡した。その突然の行動に、皆も何事かと不審に思うが、その答えはすぐに分かる事となる。

 

「セツナはどこに行った…?」

 

 眉間にシワを寄せて、ヒノカは辺りを何度も見回したが、セツナの姿はどこにも見当たらない。神隠しにでもあったかのように、影すら見つからない。

 

「えっと…さっきまであたいの後ろに居ったと思うんやけど…」

 

「居らんのう…」

 

「人口の罠など無いはずなのだがな…」

 

 呆れるように言うカゲロウの言葉を受け、ヒノカはこめかみに血管が浮き出るのではというくらい、怒りの叫びを上げた。

 

「セツナーーーーー!!!!! どこだーーーーー!!!!!」

 

 全員が耳を押さえてのヒノカの絶叫が、広い砂漠へと霧散するように消えていく。周囲は静かなもので、時折吹く風のヒューッという音が聞こえるのみ。

 

「………、」

 

 いや、違う。微かにではあるが、どこかから声らしきものが聞こえてくる。掠れたような、霞んだようなそれは、よく耳を澄ませてみれば、部隊より少し後方から聞こえてきているようだった。

 

『ヒノカ様…助けて』

 

 それはやはりというべきか、セツナのもので、ヒノカが血相を変えて後ろへと戻り始める。そしてその先で、

 

「蟻地獄に落ちた…このままだと私、埋まる」

 

「馬鹿者! これは流砂だ! ええい、今綱を投げるから受け取れ!」

 

「またヒノカ様に褒められた…嬉しい……」

 

「うう…頭が痛くなる…。どうしてお前はそうなんだ!?」

 

「……??」

 

 がっくりとうなだれたヒノカは、他の者にも綱を持ってもらい、踏ん張り難い砂の上でセツナの救助を開始する。どこに行っても、どこに居ても、セツナは変わらずセツナであるのだった。

 

 

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「ついにアタシ達の方でも子世代最後のげすとさんだね」

カムイ「ベロア達の方はもう2周目に入ってるけどね」

キヌ「意外と短かったような、長かったような…まあ、話数で言えばの話で、実際は長かったよね~」

カムイ「そ、そうだね~…リアル方面でも色々とあったからね…色々と」

キヌ「それじゃ、1周目最後の子世代げすとさん、どうぞー!」

ヒサメ「どうも、ヒサメです。私がトリを務めさせて頂けて、とても光栄に思います」

キヌ「お堅いよ~ヒサメ。もっと柔軟に話そうよ~」

ヒサメ「いいえ。これが私の素ですので、どうぞお構いなく」

カムイ「多分キヌはそういう意味で言ったんじゃないと思うよ?」

キヌ「そうそう! そんな畏まってたら、見てる人達だって疲れちゃうよ」

ヒサメ「そ、そうだったのですか…しかし、だからと言って、そう簡単に口調を変えられないのですが…」

カムイ「そっか…なら、無理はしない方が良いよね。その真面目なところがヒサメらしさって事なんだもんね」

キヌ「ん~……なら仕方ないね! いつものヒサメのままで良いよ!」

ヒサメ「ありがとうございます。では、普段通りで」

キヌ「さーて、今日のお題に行っちゃおう! 今日のお題はな~にかな~?」

ヒサメ「あ、母さん。なるほど、母さんの持つカンペを読めば良いのですね。ええと…『ファイアーエムブレムif サントラ発売目前!』…ですか」

カムイ「…宣伝?」

キヌ「だね~」

ヒサメ「ですが、お題として挙がってきている以上、話すしかないでしょう」

カムイ「うん。じゃあ、まず何から言おうか…」

キヌ「アタシ、もう予約しちゃった!」

ヒサメ「……私も、先月に予約してしまいました」

カムイ「僕は先週したよ」

キヌ「何と言っても、ifの音楽が全部詰まってるからね! 資料館だと聞けないようなのも、好きなだけ聞けるんだもん。アタシ、今から楽しみだな~! いやほん付けてずっと聞いちゃう!」

ヒサメ「…その耳で、ですか?」

カムイ「あのね、特注で狐の耳でも使えるキヌ専用イヤホンを持ってるらしいよ」

ヒサメ「と、特注……!」

キヌ「うん! アタシの耳でもピッタリふぃっとで、すっごく快適なんだ~!」

カムイ「ベロアにも、特注でベロア専用のイヤホンをプレゼントしてたよね」

ヒサメ「一体どこの業者が請け負っているのでしょうか…? それが気になりますね」

キヌ「話を戻すよ! それでさんとらなんだけど、なんと! 収録時間は14時間越えなんだって!」

カムイ「CDは7枚組でDVDが1枚。オープニングムービーやゲーム内でのムービーがテレビの大画面で楽しめるね!」

ヒサメ「そして何より嬉しいのが、『泡沫の記憶』で使用されたBGMも収録されているという事です。エンディングで流れた、シグレの歌う『if~ひとり思う~泡沫の記憶ver』もありますし、もちろん最終決戦で流れていた『在るべき路の果てに』も入っています」

キヌ「うぅ…こ、興奮して眠れないよ! 待ち遠しいよ~!」

カムイ「発売日は4月27日らしいよ」

ヒサメ「少々値段は張りますが、1万も越えなければそれほど高いという感じもしませんね」

キヌ「携帯げーむで課金して溶かすよりは現実的だよね~」

カムイ「…作者さん、最近やってるFGOでは初めて課金したらしいよ。イベント中だから、そっちも忙しくて最近書けてなかったみたいだけど」

ヒサメ「まあ、5回にも満たない回数で、目当てのものプラスアルファの収穫はあったみたいですので、上々だったのではないですか」

カムイ「他の携帯ゲームで、苦い経験してるから、あまり深入りしないように気をつけてはいるらしいけどね」

キヌ「とにかく、ファイアーエムブレムifのファンなら、さんとらを買うのはオススメだよ!」

ヒサメ「そのうち設定資料集に関しても発売されるでしょうし、その前哨戦としてサントラを楽しみましょう」

キヌ&カムイ「おおー!」

ヒサメ「ところで、予約したのは私達以外にも居るのでしょうか?」

キヌ「んっとね~…子世代はみんな予約したって言ってたよ?」

カムイ「お母さん達も、みんな予約したんだって」

ヒサメ「…何も全員が予約しなくとも、何人かで共有するという手もあったのでは……?」

キヌ&カムイ「………あ」

ヒサメ「私達の軍全員分のお小遣いが飛んでいくという訳ですか…」

キヌ「ア、アタシの少ないお小遣いがぁぁぁぁ………!!!!」

カムイ「お、お母さんと一緒に聞けば良かったんだ……」

ヒサメ「気づくのが遅かったみたいですね。2人は衝撃の事実から立ち直れないようなので、今日はこの辺で終了します。次回からは、ベロア達と同じく2周目に入っていくと思いますので。それでは、御視聴ありがとうございました」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 烈風の試練

 

 道中、何度かにわたるセツナ流砂事故と、地獄のような暑さを乗り越え、アマテラス達はようやく風の部族の村を視界に捉えた。熱さに揺らぐように、遠くに見えているそれは、岩で作られた城のようなもので、その周囲にはいくつかの大きな風車が、その羽根を風を受けて回転させていた。

 

「見えてきたわね…」

 

 目を細めて、アクアは遠くに見える城を眺めている。ようやく目的地である風の部族の村の姿を目にして、他の者達も安心したような、次の闘いが迫っているかもしれないといった、なんとも言えない顔になっていた。

 

「あれが風の部族の村、そしてその長が住むという城、『烈風城』よ」

 

「…」

 

 砂塵の舞う先に聳える岩の城、烈風城を前にアマテラスは夜刀神に手を添える。この刀を振るう事にならなければ良いのだが……。

 

「さあ、行きますよ。さっき言ったように、正面から堂々と……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 村のすぐそばまで来ると、改めて烈風城の大きさが分かる。白夜王城であるシラサギ城とまではいかないが、この烈風城もテンジン砦程には大きさを誇っており、切り立ったいくつもの岩山を四角く削り、それを建物、または通路として利用しており、それらの間には橋が掛けられている。遠目からでは詳しい事は分からないが、大きさもさる事ながら、広さもそれなりにあるようだ。

 

「…早速お迎えが来たようですよ」

 

 村に入ろうかという所で、スズカゼが立ち止まり、険しい目を向ける。その先には、先程闘った風の部族兵達と同じような装備を纏った戦士らしき者が数人、こちらへと走ってきているようだった。その様子は、これっぽっちも歓迎の雰囲気など無く、敵意を剥き出しにしているのが離れていてもありありと分かってくる程だ。

 

「やっぱり、さっきの一件は彼らにも伝わってたみたいだね。無事だった兵士が帰って伝えたとか、そんなところかな?」

 

 タクミが推測を口にするが、どちらにしろ風の部族は誤解が伝わってしまっている事に間違いない。これは誤解を解くのが難しいかもしれない。まあ、元より簡単にいく筈もないのだが。

 やがて部族兵達は声が届く所まで近付き、先頭を行くアマテラスを指差して怒鳴り声を上げた。

 

「あいつらだ! 仲間に攻撃を仕掛けた奴らは!」

 

「仲間はどこだ! まさか、捕らえて拷問に掛けた上に殺したのか!?」

 

 アマテラス達との戦闘があった事自体は知っているようだが、その後彼らを治療して星界に匿った事までは知らないようだ。だから、仲間の安否を心配しているのだろう。無論、アマテラスは彼らのそのありもしない言葉を否定する。むしろ拷問には程遠い、彼らの傷を治療したのだから。

 

「ま、待ってください…! みなさん、聞いてください。私達が風の部族の方と闘ったのは事実です…。それは申し訳ない事をしたと思っています! しかし、あれは暗夜王国の仕掛けた罠だったんです! それに、私達のせいで傷付けてしまった彼らは、既に治療を終えて安全な所で休んでもらっています!」

 

 必死に誤解を解こうと、アマテラスは半ば叫ぶように説明するが、頭に血の上った部族兵達にはほとんど効果が得られない。

 

「なんだと!? 信用出来るものか!」

 

 ついには刀を向けてくる部族兵。何を言ったところで、全く話を聞く様子が見られないのだ。

 

「これは…困りましたね。この様子では話すら聞いてもらえそうにありませんよ?」

 

「そのようですね。いったいどうしたら…」

 

 困り果てるアマテラスだが、しかし武器を構える訳にもいかず、スズカゼやジョーカーがそんな彼女を守るように前に出る。

 

 

 

「あの…! みなさん!」

 

 

 

 そんな時、突然サクラが前に歩み出た。震える両手をギュッと握り締め、怖いであろうに、我慢して部族兵の前に飛び出したのだ。

 

「サクラさん…!?」

 

「サ、サクラ様!?」

 

 アマテラスの驚きを勝るのは、カザハナの方だった。隣に居たサクラが、急に前に行ったかと思えば、アマテラスさえ素通りして、敵意を向ける風の部族兵の前に出て行ったのだから。臣下として、親友として、サクラの思わぬ行動を心配しない訳がない。

 当然、カザハナはサクラを追って飛び出そうとしたが、それをアクアが遮る。そして静かに、目で語っていたのだ。

 

『サクラを信じなさい』と。

 

 そして、サクラはありったけの勇気を振り絞って、言葉を紡ぐ。

 

「このたびは、みなさんの仲間を傷付けてしまい、ほんとうに、すみませんでした! でも、あれは本当に、罠だったんです…!」

 

 ぺこりと勢いよく頭を下げたサクラに、部族兵達の間で動揺が走った。その理由は明白だ。白夜の王女であるサクラを、風の部族が知らない訳がなかったから。そしてそのサクラ王女が、頭を下げて謝罪してきている。それを驚かないなんてあり得ない。

 

「さ、サクラ様…?」

 

「お、おい、どういう事だ…。サクラ様がいらっしゃるなど、聞いていないぞ…!」

 

 僅かどころでは済まない動揺が、部族兵達に広がり始める。そして、妹の頑張りを見届けて、アクアはサクラのそばまで寄り、その後押しをした。

 

「ごめんなさい…どうか私達を信じてください」

 

「アクア様まで!? では本当に、あの者達は罠に…?」

 

「ど、どうする!? フウガ様のご判断が無いと、俺達の一存では判断を下せないぞ…!?」

 

 アクアによる更なる追い打ちは、部族兵達を揺らがせる決定打となった。敵意は消えこそしないが、今すぐどうにかなる事は避けられたようだ。

 しかし、誤解を完全に解くまでには至っていない。どうするべきか? 次の一手は? それを考える時間はそう無い。僅かな間で、考えを巡らせようとするアマテラス。しかし、それは予想外の方向から崩される事となる。

 

 

 

「どうするも何もない。お前達がそれを判断する必要などないさ」

 

 

 

 それは、凛とした張りのある声だった。そして、聞いた事のある声でもある。

 初めて聞いたのは、まだ暗夜に居た頃。次に聞いたのは、無限渓谷での闘いの後。そしてその次は、白夜王国で過ごしていた時。そう、その声の持ち主を、アマテラスは知っていた。否、サイラスやモズメといった、最近仲間になったメンバーを除いたこの場の全ての者が、その声が誰のものであるかを知っていた。

 

「こいつらの身はあたしが預かる」

 

「り、リンカ…さん…!?」

 

 炎の部族の戦士であり、炎の部族の族長の娘でもある、アマテラス達の仲間の1人、リンカ。その彼女が、事もあろうに風の部族の村からやってきたのだ。驚かない訳が無い。そのまさかの登場に、リンカを知るほとんどの者がド肝を抜かれているが、そんな事はお構いなしに、リンカは話を進めていく。

 

「お前とは一度闘った仲だからな。お前が味方である風の部族を襲うとは思えない。それに、あたしはお前達を知ってるんだ。そんな奴らじゃないって事をな。まあ、新顔も居るみたいだが…」

 

 チラリとサイラス、モズメに視線を送るリンカ。もしかしたら暗夜の装備を身に付けたサイラスに突っかかるかとも思われたが、すんなりと視線を外して、アマテラスへと向き直る。

 

「ともかく、あたしに付いて来い。ここの族長に会わせてやる。あのオッサンがどう判断するかは、お前達次第だけどな」

 

「ま、待ってください!」

 

 アマテラスは呼び止めるが、リンカはズンズン先へと進んでいく。淀み無いその足取りは、アマテラス達を信頼しているが故なのか、それともリンカの生来の持ち合わせた気性故なのか…。どちらとも分からないアマテラスは、リンカの後を追いかける。仲間達も、ポカンとしていたが、すぐに我に帰ると、アマテラスやリンカを追って動き出す。

 それを、ただ呆然として見つめる風の部族兵達。結局のところ、わだかまりを解けずじまいに、アマテラス達は村へと入ったのだった。

 

 

 

 

 村に入ったアマテラス達。その姿を村の者達は警戒するように離れて見送っていた。やはり、誤解を解かなければ歓迎されるなど夢のまた夢という事か。部族の者達はアマテラス達を懐疑的に見つめているだけで、特に何かをしてくる事もない。

 リンカはそんな視線を気にも留めず、ただ前へと進んでいく。

 

「あの、リンカさん。どうしてここに…?」

 

 後ろからアマテラスは問いかけるが、リンカは背中を向けたままでその問いに答えた。

 

「お前達がどこで寄り道していたか知らないが、あたしは一足早くこの村に到着した、それだけの事だ」

 

「で、では、どうしてリンカさんは彼らに、その…拘束されていないのですか?」

 

 リンカはアマテラス達の仲間だ。ならば、リンカが捕らえられてもおかしくないはずだが……。

 

「その辺は、アレだ。あたしはお前達の仲間である以前に、炎の部族の戦士だ。そのあたしが、お前達が卑怯な事をすると知っていて共に闘うなどあり得ないだろう。ここの族長も、あたしら炎の部族の考え方を少しは知ってるからな。だからあたしは拘束されていない。まあ、本当にお前達が卑怯な手段を取るなら、こっちから仲間なんて願い下げだが」

 

「そ、そんな事するはずがありません!!」

 

「だろう? だからあたしがお前達の身を預かる事になった。それと、奴らが誤解しているのは仕方無いと諦めてやってくれ。なんせ、何が起きたかは抽象的にしか知らないからな。腕のいい呪い師がその様子を譜面の上で見ていただけだ。だから、詳しい様子までは知れなかったのさ」

 

 どうして風の部族に、あの戦闘が伝わっていたのかがようやく分かった。そして、何故誤解されたままであったのかを。詳細は分からないが、おそらく戦闘により生命反応が弱くなり、更に星界に彼らを匿った事で、突然仲間の反応が消えた事で、アマテラス達が襲ってきた上に殺したのだと勘違いしたのだろう。

 

 そして、リンカはとある門の前で立ち止まる。衛兵らしき者が薙刀を持って立つその後方には、遠くからでも分かったあの城があった。

 大きいという事は分かっていたが、こうして近くまで来るとその大きさが改めて分かる。部族というが、一国の城に匹敵するのではないだろうか。

 

「さあ行くぞ。この烈風城で風の部族の族長、『フウガ』が、アマテラス、お前を待っている」

 

「え? 私、ですか…?」

 

 名指しで呼ばれたアマテラスが目をぱちくりさせて自分を指差すが、リンカはニヤリと笑みを浮かべて頷くと、後は何も言わず門を抜けて行く。衛兵も、呼び止めないところを見るに、どうやら本当に城に進む事を認められているらしい。

 

「展開がまるで掴めないわね…。このまま何事も無ければ良いのだけど……」

 

 アクアの不安そうな言葉を聞きながら、アマテラスはリンカの後に続く。

 しばらく階段が続くが、黄泉の階段と比べれば、こちらはきちんと整えられているので、少し疲れる程度で済んでいる。階段を上り終えると、空の開けた建物の屋上に出た。ここから、後方の村を一望出来るようだ。そして前方には、少々入り組んだ通路と、いくつかの建物が見える。その一番奥には、一際大きな建物が。どうやらそこに族長は居るらしい。

 

「もう分かってるとは思うが、あの一番大きい所に族長は居る。多少入り組んでいるが、あたしに続けばすんなりとたどり着けるだろう。まあ、見通しは良いからな。もしあたしに追い付けなくとも、場所くらいは分かるだろうさ」

 

 それだけ言って、リンカは再び歩を進め始める。慌ててアマテラスも後を追うが、サクラといった歩みの遅い者はどんどん引き離されて行く。そして、そういった者達に付き添う形で、何人かも共に遅れる事となる。

 

 結局のところ、リンカのすぐ後に続けたのはアマテラス、アクア、ジョーカー、フェリシア、サイラス、スズカゼ、サイゾウ、カゲロウ、タクミ、ヒナタのみで、他のメンバーは、遅れている者と付き添っている者とに分かれる事となった。

 

 目的地に到着した時点で息を切らせているのはアマテラス、フェリシアのみで、他の者達はピンピンしている。その体力に羨ましそうな視線を一瞬だけ送ると、アマテラスは息を整えて前を向く。その先にはリンカと、屋上の中心で仁王立ちをしている、ノスフェラトゥ顔負けの筋骨隆々な坊主頭の男性が居た。

 見た目からして、それなりの年を召しているだろうに、今なお衰えぬ覇気と闘気は、ガロン王に近いものがある。つまりは、彼が現役であり、一流の戦士であるという事を示していた。

 

「よく来た…スメラギの忘れ形見よ」

 

 アマテラスの姿を捉えるなり、姿勢を崩す事無く口を開く彼は、微かではあるが、少しの笑顔を浮かべてアマテラスを見据えていた。

 

「…お父様を知っているのですか?」

 

「ああ、知っているとも。スメラギとは共に競い合い、分かち合った親友だった。そしてその妻であるミコト、前妻であるイコナも知っている」

 

 昔を懐かしむように、彼はその名を口にする。白夜王スメラギとその妻であったイコナ王妃、そしてアマテラスの母であり、スメラギの後妻ミコト女王…。彼もまた、スメラギ王やガロン王と時代を同じくした世代なのだ。

 

「さて、アマテラス王女よ。我が名はフウガ…先の我が部族兵との闘い、あれがお前達の望んだものではないと、そこのリンカから聞き及んでいる」

 

「それでは、お許し頂けるのですか…?」

 

 フウガの言葉に、アマテラスはたちまち疲れも吹き飛び、喜びに満ちた顔になる。しかし、

 

「残念だが、それは出来ぬ。どちらにせよ、起きてしまった結果が覆る事など無いのだ」

 

「そんな……」

 

 一転して暗い表情になるアマテラスだったが、それだけで終わる程、現実とは甘くない。フウガは更に言葉を続ける。それは、アマテラスにとって決して良い話ではなかった。

 

「部族の者達を攻撃した事は本意では無いのであろう。確かにそれも問題ではある。あるのだが…私には、他にもう一つ、看過出来ぬ事柄がある。それは……お主の持つ神刀、夜刀神だ」

 

「え…夜刀神…?」

 

 突如指摘された夜刀神。アマテラスは自身の腰に差したそれに目を向ける。太陽の光を反射して元より黄金だった刀身を、より黄金に輝かせる夜刀神。母から託された、世界を救うとされる神刀…。それが問題だと、フウガは言うのだ。

 

「何故ですか? この夜刀神のいったい何が問題なのですか……?」

 

「我々風の部族に伝わる伝承に関わってくる。時にアマテラスよ。スサノオ王子も夜刀神を持っているというのは本当なのか?」

 

「え? は、はい。そうですが…」

 

「…やはり、か。『奇跡は二つとして非ず。片や光となりて世界を照らし、片や闇となりて世界を覆う』……我ら風の部族に昔からある伝承だ」

 

「そして、あたし達炎の部族にも、とある伝承が記されている。『神の造りし刀が割れた時、その二振りを重ねてはならない。もし力が均衡した時、世界の鍵が完成し、災いは甦る』。これは、あたしらが受け継ぐ伝承の一つだよ」

 

 フウガとリンカの語る伝承。白き光の国、白夜王国。暗き闇の国、暗夜王国。そして光と闇に分かれたアマテラスとスサノオ、二振りの夜刀神…。それは不思議な事に、スサノオとアマテラスを指し示しているかのような内容だった。

 

「だからこそ、私は見極めねばならん。アマテラス、お主がその神刀を持つに相応しい者であるのかを。部族の者を攻撃した事を許して欲しいと言ったな。ならば、夜刀神の所有者である事も踏まえて、私に力を示すのだ!」

 

 闘って証明して見せろ。それはシンプルな答えの掲示方法だった。要するに、アマテラスに、闘いを通してその誠実さ、強さ、夜刀神に相応しいかを示せという事だ。

 

 

「さあ、その力を見せてみよ! 風の部族の族長、フウガ! 推して参る!!」

 

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「はあ…」

カムイ「あれ? キヌがため息なんて珍しいね?」

キヌ「だって、さんとらがもうすぐ発売だよ? 待ち遠しいよ~!」

カムイ「ああ~、もう2週間もないもんね」

キヌ「はあ…待ち遠しいなぁ…。待ち遠しすぎて、いつもは半日くらい遊んでるのに、今日は朝からお昼までしか遊んでないよ~」

カムイ「それでも、朝からずっとお昼まで遊んでたら、けっこうな長さだと思うけどね」

キヌ「はあ~…それじゃあげすとさんどうぞ~…」

カムイ「すごい投げやりだ…」

ミタマ「何ですの? とてもやる気が感じられませんが…」

キヌ「あ、ミタマだ~!」

ミタマ「ちょっと抱きつくのは止めてくださいまし!? まったく、急に元気になりましたわね…?」

カムイ「でも、その方がキヌらしくて良いよ」

キヌ「えへへ~! もっと褒めて~! 頭もなでなでしてよミタマ!」

ミタマ「それはアマテラスさんにお頼みなさいな。わたくしは、あなたの面倒を見るだなんて面倒は面倒ですわ」

キヌ「メンドーメンドー訳わかんないよー!」

ミタマ「はあ…。面倒だ キヌのお世話は 面倒だ……心からそう思ってしまいますわね」

カムイ「全然詩になってないよ、ミタマ…」

キヌ「ぶ~! もういいもん! 今日のお題に行っちゃうよ!」

ミタマ「騒がしい狐さんですこと。まあいいですわ。それでは、お題を読み上げてしまいましょう。『部族に伝わる伝承について』ですわ」

カムイ「今回出たのは、風の部族と炎の部族だね。でも、炎の部族にはまだ他にもあるみたいだよ」

キヌ「暗夜編でカタリナも集めて回ってるって言ってたよね。そんなの集めて楽しいのかな?」

ミタマ「楽しいかどうかはさておき、これらの伝承はこの『白光と黒闇の双竜』において、最も重要な情報であると言っても過言ではありません」

カムイ「それこそ、ストーリーの根幹にも関わってくるくらいには重要だね」

ミタマ「ええ。ですから、カタリナさん達はそれらを集めている訳ですし」

キヌ「へ~。今のところ、風、炎、氷、闇の部族が物語に登場してるけど、カタリナ達はどこまで伝承を集めたんだろうね?」

カムイ「多分、カタリナさん達が本格的に活躍する頃に、ある程度分かると思うよ」

キヌ「そっか。うーん、気になるよ~!」

ミタマ「まあ、まだまだ先の話ですわ。それに、作者さんが最近リアルにチェンジプルフでクラスチェンジされたそうで、兵種が変わって忙しくなってきているそうですので、あまり頻繁に更新出来ないのが口惜しいそうですわよ?」

カムイ「まあ、慣れるまでは仕方無いよね。時間や休みが取れた日はなるべく書いてくれるらしいから、気長に待とう?」

キヌ「泡沫の記憶編も、まだまだ長くなるだろうね~」

ミタマ「さて、そろそろお開きと致しましょう。それではここで一句。更新を したいと思うも 寝落ちかな。それでは、ごきげんよう」

キヌ&カムイ「またねー!!」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 猛き風、奮う炎、勇みし竜の御子

 

 フウガは刀を構えて、アマテラスへと対峙する。両の手で固く刀を握ったその立ち振る舞いには、まるで隙が見られない。その姿こそが、フウガが歴戦の戦士である事を何よりも如実に示していた。

 いや、姿だけでは収まらない。その背には、紐で括りつけられた薙刀が背負われ、刀の鞘の提げられた腰の反対側には、鉄製で大振りの鎚が提げられている。見ただけで確認出来た3種の得物は、フウガがそれらを使いこなしているという証拠。様々な武芸を身に付けた戦士程、恐ろしい敵は居ない。あらゆる闘いにおいて、相手や武器に合わせた戦闘スタイルの確立は、敵対者にとって不利を強いる。それが何を意味するかは、戦闘経験者なら説明しなくても分かるだろう。

 

 そして、幼い頃からスサノオと共に、マークスに鍛えられたアマテラスはそれを理解していた。今は刀を構えているフウガだが、一度(ひとたび)薙刀へと持ち替えられたら、リーチの差によってアマテラスは一気に不利となる。射程の短い刀である夜刀神では、フウガに刃が届く前にアマテラスが一閃されてしまうだろう。

 

「おい、フウガ」

 

 と、アマテラスが攻め倦ねていると、横合いからリンカが口を挟んだ。見ると、その手にはリンカ愛用の金棒が握り締められている。

 

「何用だ、リンカ?」

 

 フウガは突然の声掛けだったものの、構えは崩さず、視線だけをリンカに向けて問い返す。その間も、一切の隙をアマテラスは見出せないでいた。

 そして、リンカは持った金棒をフウガへと向けて言葉を続ける。

 

「アンタは前白夜王の親友であり、戦友だった。なら、その実力もそれ相応のものだろう。そんな奴を、つい最近まで実戦経験の無かったヒヨッコが相手取るには些か手厳しすぎやしないか?」

 

「……、何が言いたいのだ?」

 

「リンカさん……?」

 

 フウガの疑問は、アマテラスのものと同じだ。リンカが何を言いたいのか、何を言おうとしているのか、アマテラスには分からない。しかし、アマテラスとフウガでは、その疑問の捉え方が違っていた。

 アマテラスはリンカの言いたい事が分からなかった。だが、フウガは()()()()()()()()、リンカに言葉として疑問を投げ返した。この2人の疑問の違いは明確である。単純に分からないアマテラスと、分かっているが、そこからどうするのかを問い返すフウガ。明らかに、意味合いの異なる『疑問』だったのだ。

 

 リンカの言いたかった事、それはつまり、

 

「玄人が素人を潰すだけじゃ、意味が無いのさ。あたしは夜刀神の使い手として相応しいかどうか、アマテラスの心を見極めたいんだ。まあ、何が言いたかったかと言えば、あたしとアマテラス。2人でアンタを打ち負かしてやろうじゃないか」

 

 そうだ。彼女の言いたかった事、それはアマテラスとフウガの深すぎる実力差。それを埋めるためのハンデを寄越せという事だった。

 

「でも、リンカさん。これは私への試練で……」

 

 流石に想定外だったリンカの申し出に、アマテラスは困ったように断ろうとしたが、それはフウガによって遮られる。

 

「良いだろう。力を示せとは言ったが、何も個の力だけが力の全てではないのもまた事実。救世主ならば、それこそ他者の力も借り、個に囚われすぎてはならんからな」

 

「ふっ…。話が分かるじゃないか、風の部族族長よ」

 

 フウガの答えに、リンカは満足そうに笑みを浮かべると、戦闘の構えに入る。フウガも、相手が2人に増えたというのに、余裕の笑みを浮かべていた。

 

「暗夜風に言えば、ハンデ…だったか? ちょうど良いだろう。ただし、加勢はリンカのみとする。無駄に増やしたところで、それではアマテラスの力を測る事が出来ぬのでな」

 

「という事だ。残念だったな、そこの従者野郎」

 

 振り返り、後ろに声を掛けるリンカ。そこでは、暗器に手を掛け、今にもこちらに駆け出しそうなジョーカーの姿が。

 

「ちっ…! リンカとか言ったな。アマテラス様にもしもの事があれば、ただじゃおかないからな」

 

「フン。それはアマテラス次第だろうさ」

 

 納得しかねるといったジョーカーだったが、ここは大人しく引き下がる。従者である自分が、主の顔に泥を塗る訳にもいかないからだ。今なお息を整えているフェリシアを除いた他の者達は、静かに傍観に徹していた。これは、アマテラスにとっての闘いであり、試練である。故に、隊の長として、夜刀神の所有者としてアマテラスを見極めるというフウガとの決闘を、見守る事にしたのである。

 

「さて、そろそろ良いか? いつでも掛かってくるがいい」

 

 再び、闘気鋭く、戦意に満ち満ちて顔を引き締めるフウガに、アマテラスとリンカは固唾を飲んで各々の武器を握り直す。

 相手はかの白夜王スメラギと並び闘った歴戦の猛者。未熟以前の問題として、生半可な覚悟では、通用しないであろう事は明らかだ。それを、アマテラスはなんとなくではあるが、肌で感じ取っていた。ピリピリと空気の痺れるような錯覚。何度か感じた事のあるそれ。そう、マークスとの訓練の折に、時折発していたマークスの殺気、闘志といった、幾度の戦闘や死線を駆け抜けてきた者の放つオーラ。

 フウガにも、それに負けず劣らずのものをアマテラスは感じていたのだ。

 

「気を抜くなよアマテラス。一瞬たりとも、奴から意識を反らすな。油断すれば、それで終わる。あの男はそれほど強い戦士だ」

 

 こと闘いにおいて熱くなりやすいリンカが言うのだから、到底無視など出来ない忠告だ。その重大さを、アマテラスは理解する。

 

「分かりました…が、隙が無さすぎてどう攻めるべきか……」

 

「そうだな…、あたしがひとまず奴の注目を集める。お前は少しでも隙を見つければ、迷わず突っ込め。いいな、行くぞ!!」

 

 言うだけ言うと、リンカはアマテラスに了承も得ずにフウガへと向けて駆け出した。

 

「ああ、リンカさん! もう、熱くなりやすい人なんですから……」

 

 駆け出したリンカを止める事は叶わず、アマテラスは仕方ないと半ば諦め気味で様子見に回る。何故なら、リンカの戦略も理に適っているのもまた事実だったからだ。このリンカの案が吉と出るか凶と出るか、オロチがこの場に居たなら占いの結果は分かったかもしれない。しかし、彼女は今ここに居ないし、そもそもこれは戦闘だ。結果を知るのは、これから闘うアマテラスとリンカ、そしてフウガのみ。

 

 

 

 フウガはリンカの突進を見越していた。故に、驚きはほぼ無いに等しい。熱くなりやすいリンカをある程度知っていたという事もあるが、先程までのやりとりから、アマテラスが考えなしに突出してくるとも考えられない。更に、アマテラスはまだ隙を窺っているのが、フウガには見て取れていた。

 そして、この状況におけるアマテラス達の取れる行動も───。

 

「行くぞ! 炎の部族の力、見るがいい!!」

 

 リンカの勢いのある走り込みからの、金棒のよる横殴りを、フウガは刀を右手で持ち、腰に提げた鎚を左手で取って受け止める。金属と金属、金棒と鎚が火花を散らし、耳が痛くなる程の騒音を上げてぶつかり合う。

 

「ぐくくっ……!!」

 

「………、」

 

 何度かの打ち付け合いの後、金棒と鎚が鍔迫り合いの形になる。リンカとフウガによる力比べとなった訳だが、パワータイプであるはずのリンカだが、まるでフウガの鎚を押し返せない。()()()フウガを相手に、だ。見た目通りの怪力の持ち主である事は分かったが、両手のリンカですら互角に持っていくのがやっとで、力量差は歴然。

 

「むん!」

 

「なっ!?」

 

 場が動く。フウガがわざと力を抜いて、リンカは突然バランスを崩され、前のめりへとなってしまう。そこにすかさず、右手に持った刀の柄の(かしら)でリンカの背に一撃を打ち込む。

 

「ぐあっ!?」

 

 床へと叩きつけられたリンカ。気を失いはしないが、ダメージがそれなりに大きく、すぐには起き上がれそうもない。それを確認したフウガは、すぐに顔を上に上げ、

 

「せやあぁぁぁぁ!!!!」

 

「何!?」

 

 その瞬間、既にすぐ目前までアマテラスが夜刀神を掲げて迫っていた。

 歴戦の勇士であるフウガも、流石にそのスピードには驚きを禁じ得ない。フウガは咄嗟に刀を振るい、アマテラスの夜刀神を受け止めると、鎚を前に突き出してアマテラスを押し出そうとするが、

 

「ぐっ……も、貰いましたよ!」

 

 突き飛ばそうとしたはずのアマテラスは、後ろには吹き飛ばされず、どういう訳か鎚にピッタリと張り付いているかのように離れない。そのままアマテラスは夜刀神を、鎚を持つフウガの左手に裏返して叩き付けた。

 

「ぬぅ…!?」

 

 たまらずフウガは鎚を手放し、即座にアマテラスから距離を取る。十分に距離を取ったところで、左手の具合を確認して問題ないと分かると、アマテラスへと視線を戻す。

 アマテラスの腹には、未だフウガの鎚が張り付いていた。よく見れば、鎚が触れている腹の辺りに透明な何かが。そこは膜のようなものに覆われているようで、アマテラスが腹に張り付いた鎚を放す時にも、それは確認出来た。

 

「あれで衝撃を吸収したのか…?」

 

 そのフウガの推測は正しい。アマテラスは竜の力で生み出した水を腹へ膜状に張って、鎚による衝撃を和らげたのだ。それだけではなく、粘着性を持たせた事によって鎚を奪い、フウガにもダメージを与える事に成功した。アマテラスも咄嗟の判断だったが、上手くいったと安心し、リンカを助け起こす。

 

「チィ…またお前に助けられたか。…礼は言っておく。助かった」

 

「仲間なんですから、当然の事をしたまでですよ」

 

 金棒を握り直して、リンカが立ち上がったのを確認すると、アマテラスは再び魔力を手足へとたぎらせる。先程のフウガへの急速接近も、魔力を用いた爆速ダッシュだった。そうだ、アマテラスには実戦経験が足りていない。しかし、魔力を応用した戦闘スタイルの確立、その訓練を幼い頃から続けてきているのもアマテラスの内に蓄積された経験値である事に違いない。力や技術で及ばないのなら、他で工夫して闘えば良いのだ。

 

「鎚は奪えました。残るは刀と薙刀ですが……」

 

 フウガの右手には、未だ刀が残っている。しかし、

 

「いくらフウガと言えど、刀と薙刀をそれぞれ別々に片手で扱えるとは思えない。奴の武器の切り替えには注意が必要だな」

 

 リンカの視線の先では、フウガが薙刀を手に掛けているところだった。そして、リンカの予想通り、刀は腰へと直されている。

 

「魔力のブーストだけでは足りない…、竜の力も使わないと、フウガ様には届かない……!」

 

 アマテラスはリンカへと、先程フウガから奪った鎚を手渡すと、自身は夜刀神を持っていない左手、そして両足を竜化させる。竜化した左手と両足は魔力と竜の力が合わさって、力が増幅されていく。

 

「なんと……!? まさか、夜刀神に選ばれたのみならず、竜の力をその身に宿すのか……!!」

 

 半竜化したアマテラスの姿に、フウガは驚愕する。アマテラスの倍以上の人生を送ってきたフウガだが、そのフウガをして竜の力を持った人間を見たのはこれが初めてだった。

 

「くはは! なるほど、先程の鎚はそれで防いだのか。これはますます、お主の力を試さねばならぬというもの! どれ、少しばかり本気で行くぞ!!」

 

 驚愕から一変、豪快な笑い声を上げたフウガは、薙刀を手に突撃した。当然、アマテラスとリンカも身構え、フウガの薙刀による横凪ぎを2人で同時に受け止める。

 

「!!」

 

「何ぃ!?」

 

 2人で防いだにも関わらず、フウガの一撃を完全には止めきれない。2人は押し出される形で後方へと飛ぶと、地面を擦るように着地し、今度はこちらから仕掛ける。すぐにフウガへと向けて走り出すアマテラスとリンカだったが、アマテラスは魔力と竜化のブーストによって、先にフウガの元へとたどり着き、夜刀神を斜め下へと向けて勢いよく振り下ろした。

 

「甘い!」

 

 しかし、やはりと言うべきか、振り下ろした夜刀神は薙刀の一振りによって簡単に押し返され、同時にアマテラスも軽々と弾かれてしまう。

 だが、それにより生じたフウガの隙を、すかさず追い付いたリンカが逃さない。隙だらけのフウガの胴へと目掛けて金棒を打ち込むが、驚く事に素手で受け止められる。それを見たリンカは苦い顔をするも一瞬で、すぐ左手に持った鎚を振りかぶる。が、

 

「破ァッ!!」

 

 フウガが金棒を離した刹那、目にも留まらぬ速さでリンカの腹へと掌底が打ち込まれる。

 

「ぐぶっ!」

 

 それにより、ほんの少し浮いたリンカの体。そこへと更に蹴りがリンカを襲う。腕でどうにか蹴りをガードするが、先程のアマテラス同様、リンカも吹き飛ばされてしまう。

 

「リンカさん!!」

 

 しかし、いち早く体勢を整えて回り込んでいたアマテラスが、リンカの体を受け止めた。

 

「くそ、強すぎる…流石は族長ってところか」

 

「はい…。こちらの手が、悉く粉砕されてしまいます」

 

 どのように攻撃しても、ほとんどを力によってねじ伏せられてしまうのだ。まともに向かっていくだけでは、フウガ相手に通用しない。

 

「この試練、思っていた以上に困難らしい。とはいえ、あたしとお前で、こっちは2人。どうにか勝機は見出せるはずだ」

 

 その通り。確かに、フウガに攻撃をほとんど対応されてしまっているが、全く通らないという訳ではない。その証拠が、リンカが手にしている鎚なのだから。

 

 何か、キッカケとなる何かがあれば、フウガ攻略の糸口が掴めるのかもしれないのだが……。

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「はあ~、さんとらサイコーだよぉ~」

カムイ「あはは。キヌ、遊んでない時はずっとイヤホン付けてるもんね」

キヌ「アタシ、『汝、白の同胞よ』が一番好き! 和風な曲が奏でる臨場感っていうの? すっごくカッコいい!!」

カムイ「僕は『血の宿運』かな。避けられない悲しい闘い…それが曲に表れてるみたいで、切ないんだけど格好いいよね!」

キヌ「あ、分かる分かるー! 決闘の曲って、どれもカッコいいから、アタシ大好き!」

カムイ「だよね!」

リョウマ「それも一理あるが、俺は普段の城での生活や、支援会話で流れるような日常を感じさせる楽曲も良いと思う。戦争中ではあるが、そういった何気ない日常も、大切なものだからな」

カムイ「あ、リョウマさん!」

キヌ「あ、『白夜の伊勢エビ』のリョウマだ!」

リョウマ「……『侍』だ。その呼び名は辞めてくれると助かるんだが」

カムイ「…でも、色んな界隈で広がっちゃってるから、消すのは難しいと思うな……」

リョウマ「む…そうなのか? 俺の特徴と言えば、雷神刀が一番のはずなのだが」

キヌ「ないない。あっても、その面当てと同列だよ」

カムイ「ところで、リョウマさんが今日のゲストなんだね」

リョウマ「ああ。アマテラスに言われてな。本当は5月1日の間に更新したかったらしいが、ギリギリで間に合わなかったらしい」

キヌ「あ、誕生日か~! リョウマ誕生日おめでとー!!」

カムイ「おめでとう、リョウマさん!」

リョウマ「ああ、ありがとう。それより、俺は早速ゲストとしての務めを果たしたいのだが…」

キヌ「ん? このあと何か用事でもあるの?」

リョウマ「そうだ。ヒノカが食事会を催してくれてな。その後、アクアが歌を贈ってくれるらしい。だから、早めに会場に行っておきたくてな。遅刻など、俺のために集まってくれているというのに、申し訳ないだろう?」

カムイ「うん、それもそうだね。じゃあ、早速お題に行こっか」

キヌ「だね!」

リョウマ「では、『作者が今考えている事に関して』…だな。これは何を示しているんだ?」

キヌ「えっとね。最近、というよりけっこう前からなんだけど、ifのキャラで『人狼げーむ』をやったら面白いかな……って思ってるんだって」

カムイ「まあ、気が向けば程度の案件らしいけどね」

リョウマ「作者は人狼ゲームに関する動画が好きだからな。面白そうだと常々言っている。自分でもやってみたい、もしくは書いてみたいとも思っているそうだ」

キヌ「でも、お気に入りの動画はレベルが高すぎて、何回見ても理解がついて行けてないのが現実なんだよねー」

カムイ「これに関しては、もしやるとなっても高度なゲームは期待出来ないかもだから、なかなか踏み出せないでいるんだって」

リョウマ「ふむ…時に恐れず前に進む事も必要だが、蛮勇と勇気は別だからな。見極めは重要だろう」

キヌ「それで本編が疎かになるのもダメだしね。まあ、またあんけーとでも取るかもしれないから、その時はよろしく~!」

リョウマ「さて、頃合いだろう。俺はもう行こうと思う。また、機会があれば呼んでくれ」

カムイ「そうするね!」

キヌ「うん! ありがとねー! リョウマニキー!!」

リョウマ「あ、ああ……ニキ…?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 業炎修羅

 

 実力差の歴然としたフウガを相手に、アマテラスとリンカは手詰まりになりかけていた。

 

「どうします…単純に2人で突撃するだけでは、フウガ様に簡単にいなされてしまいますよ」

 

「……そうだな」

 

 アマテラスの考えに、リンカは少しの沈黙の後に答える。何か考え事でもしていたかのような、リンカのその素振りをアマテラスは疑問に感じた。

 

「もしかして……、リンカさん。何か策があるんですか?」

 

「…何故そう思う?」

 

「勘…ですかね? なんとなく、リンカさんの顔を見て、そう感じました」

 

 視界からフウガの姿は逃さずに、意識を少しだけ互いに向け合うアマテラスとリンカ。付き合いはまだ短い2人ではあったが、それなりにその人となりをお互い理解していた。その理由は語るまでもなく、

 

「ふん。あたしとお前は一度闘った仲…か。分かってるなら話は早い」

 

 そう言うと、リンカは口早に、アマテラスへとその策というものを話し始める。

 

「あたし…正確には、炎の部族には古くより受け継がれし秘伝の術がある」

 

「秘伝の術…?」

 

「あたしら炎の部族は、一般人と比べて体温が高く、温度の変化にも強い。そして同時に、力を操る事にも長けている。それらの応用で、炎の部族の者は熱量や筋力を操作し、一時的に身体能力を強制的に底上げする事が出来る……という術さ。肉体は運動する事で熱が発生するが、人間の体ってのは高すぎる熱には耐えきれない。だが、あたしらは例外的に耐えきれるからな」

 

 それが本当なら、一時的にでもあのフウガに迫る力を手にする事が可能となる。それはアマテラスにとって、勝機とも成り得るのだ。しかし、

 

「ただし、当然ながら限界はある。保って5分。それを過ぎれば、あたしの体は高すぎる熱の過負荷によって、しばらく身動きが取れなくなる。それこそ、指先一つすら動かせない程にな」

 

 つまりは、リスク有りきの賭けにも近い策という事。もちろん、その5分の間にフウガを倒し切れなければ、アマテラスとリンカの敗北は確定事項となる。残されたアマテラス1人で、かの白夜王と同等の力を持つフウガに勝てる筈もないからだ。

 

「……」

 

 そして、そのフウガはと言えば、薙刀を手に不敵な笑みを浮かべて、アマテラス達を静かに見つめていた。その目が語っているのだ。いくらでも待ってやるから、全力を以てぶつかって来い、と。

 こちらが策を講じる事を承知の上で、受けて立つと態度で示しているのだ。

 

「あたしにはもう、フウガに勝つにはこれしか思い付かない。だからアマテラス。やるからには覚悟を決めろ。この5分間で全てを出し切れ! あたしも今持てる全力で、お前と共に闘ってやる!!」

 

「リンカさん……」

 

 リンカの力強い言葉を受けて、少し考えた後にアマテラスは心を決めた。どちらにせよ、このまま闘っていても勝ち目が無いのなら、賭けに出るしかない。それによって勝つ確率が少しでも見えるのなら、喜んで賭けに打って出ようではないか。

 

「やりましょう。私も出せる力の全てをぶつけます。2人でフウガ様という高き壁を越えるんです!!」

 

「フッ…。善い返事だ!」

 

 2人は同時に、それぞれ全力の戦闘態勢へと移行の構えを取る。

 アマテラスは顔に手を翳し、竜の頭へと仮面を被るかのように変化させる。頭を含めた半竜化は、腕や脚のみの竜化だけよりも効率が遥かに上がるからだ。その分、体に掛かる負担は増すので、同じく長時間はこの状態では居られない。人型を留めての半竜化は、心身共に激しく消耗するのだ。

 しかし、かといって、完全な竜化では体が大きくなり細かな動きが取れず、敵の攻撃を受ける面積も増加する。よって、完全な竜化はノスフェラトゥのような大きな相手と闘う時など以外では扱いが難しいのである。

 

 そしてその隣では、顔の前で腕をクロスさせるように組んで、全身の筋肉に意識を集中するリンカ。徐々に彼女の体から、熱気が上がり始め、肌も少しだが赤みを帯びていく。

 

「我が魂の奔流、この身に示そう! 『業炎修羅』!!」

 

 組んでいた腕を外側へと振り切り、大きな叫びと共に術の名を口にするリンカ。体からは目に見える程の熱気が放たれ、肌には燃え盛る炎のような紋様が浮かび上がっている。もし今の彼女に触れようものなら、火傷してしまいそうなくらいの熱さだ。

 

 2人の変化した姿を前にして、フウガは、

 

「良かろう! それが全力であるならば、とくと見せてみよ!!」

 

 闘争を愉しまんとする武人の笑みを以て、堂々と待ち受けていた。

 

「見せてやるよ! 炎の部族の真髄を!!」

 

 グッと脚に力を込めるかのように屈み込んだリンカ。刹那、限界まで引き絞った弓から撃ち出された矢の如く、猛スピードでフウガへと小さく飛躍しながら突進する。

 リンカの電光石火の動きに、フウガの顔から笑みが消える。真剣そのものの顔付きで、真正面からリンカを迎え撃とうと言うのだ。フウガにしてみれば、リンカの秘策がどれほどのものか、武人として確かめてみたくなっただけであったが、

 

「ぬう…!?」

 

 直線で飛来したリンカの一撃は、思いの外、重く強いものだった。弾丸のように突進したが故に、リンカは武器を振りかぶらず、拳をフウガへと向けた訳だが、それを受け止めたフウガの手の平に、鈍く痺れが走る。今なら、力比べでリンカが勝るであろう事を悟ったフウガは、直線的すぎるその拳撃を、力を後ろへと逃がすように受け流す。

 

「ふん!」

 

 受け流し、リンカの背が自身の目の前に来た所で肘打ちを落とそうとするフウガだったが、

 

「させません!」

 

 リンカを追って、竜の力で爆発的なスタートダッシュを切ったアマテラス。ギリギリで届かなかった彼女は、水の飛沫を手から撃ち出す事で、フウガとリンカの間に水のクッションを作り出した。

 それにより、肘打ちは威力を殺され、すかさずリンカが受け流された体勢から逆にフウガの背へと肘打ちを打ち込んだ。

 

「ぐはぁ!?」

 

 増強されたリンカの一撃で、フウガは意図せず怯んでしまい、更に追い打ちとばかりに、追い付いたアマテラスが前のめりに傾いたフウガの胸部へと蹴りを叩き込んだ。

 

「まだまだぁ!」

 

 隙を逃さんと、リンカは金棒を左手に追撃を仕掛けるが、

 

「フン!」

 

 よろめきながらも、リンカの腕が振り切られる前にフウガの掌底が再度リンカの腹へと打ち込まれる。それにより、少しばかり吹き飛ばされるリンカだったが、今度は先程と違って掌底を打ったフウガ本人にも、予想外のダメージがあった。

 

「アツッ……!?」

 

 拳には熱湯にでも触れたかのような痛みが走り、思わず顔をしかめるフウガ。そこに再びアマテラスが攻撃を仕掛ける。夜刀神を裏向けて、峰打ちの形で振り下ろすアマテラスに、フウガは痛む手を堪えて両手で持った薙刀で受け止める。

 

「くっ…!」

 

 リンカと同じく、先程よりも力の増したアマテラス。手の痛みもあってか、夜刀神をなかなか押しのける事が出来ないフウガは、痛みを無視して腕力を引き出した。

 

「カアッ!!!!」

 

「きゃ!!?」

 

 万全では無いにも関わらず、アマテラスを強引に押し飛ばしたフウガ。その手からポタポタと、赤く血が滲み、薙刀を伝って滴り落ちている。

 

「フフフ……、良いぞ! 力と力のぶつかり合い、全力同士が闘い合う……それでこそ、闘いというものよ! ああ、思い出す…スメラギと共に競い合った日々を……! 久方ぶりに愉しいぞ、アマテラス、そしてリンカよ!!」

 

 もはや、試練を与える者としてではなく、一人の武人として、挑戦者との闘いを愉しんでいるフウガ。長らく、ここまで愉しいと感じた事が無かった彼は、この闘いに歓喜していた。武人としては、苦戦してこその闘いだ。ただ一方的に蹂躙するのではなく、力の拮抗する相手との競合程愉しいものはない。

 亡き親友、スメラギ以来の善戦ぶりを見せるアマテラスとリンカに、フウガは笑みを堪えきれずにいたのだ。風の部族の長として、戦士として、何より一人の男として、強者との闘いに愉しさを感じていた。

 

「せいぜい楽しめ! 行くぞ、アマテラス!!」

 

「合わせて行きますよ、リンカさん!!」

 

 笑うフウガを前に、アマテラスとリンカも怯まない。何故なら、あれが余裕からくる笑みではなく、闘いを愉しむ笑みであると、闘いを通して感じ取っていたから。

 自分達が闘うに足る相手であると認められているからこそ、臆してなんかいられない。

 

 アマテラス達は、2人同時にフウガへと走り出す。左右から挟むように回り込むと、アマテラスが上段に夜刀神を横払いに振り、リンカが下段へ向けて金棒を凪ぐように振るう。

 フウガはそれらの別々の方向、タイミングで襲い来る攻撃に対し、軽く跳びつつ、先に来たアマテラスの攻撃を薙刀で打ち上げ、リンカの金棒を踵落としで打ち落とす。

 

「まだです!」

 

 右手は打ち上げられたままに、アマテラスは左手から水弾を撃ち出す。着地したばかりのフウガは避ける事が出来ず、水弾は諸に胴へと直撃した。少し強めの衝撃を受け、フウガの体が軽く後ろに仰け反ったところへ、リンカがもう片方の手で持った鎚を突き出す形でフウガの背へと打ち込んだ。

 

「グフッ!?」

 

「せやあぁぁぁ!!!」

 

 リンカの突き出しにより、フウガはアマテラスの方へと押し出される。そしてその正面から、アマテラスが夜刀神の峰打ちを連撃で叩き込んでいく。

 

「グウゥゥ、ハァ!!!」

 

 しかし、連撃を受けて尚、フウガは強引にアマテラスを蹴り飛ばし、後ろから迫るリンカへと見ずに裏拳を繰り出した。

 

「ッ!」

 

 顔面へと迫る拳を寸前でかわしたリンカだったが、裏拳を繰り出した勢いでそのままフウガは回し蹴りを放つ。避けきれないと判断を下したリンカは鎚を前に差し出し、蹴りをガードする。だが、ガードは成功するも、それによって鎚が蹴り飛ばされ、離れた位置に落下してしまった。

 

「チィッ!!」

 

 蹴りの反動で、リンカは少し後方へと引くが、すぐに金棒を握り締めて高く跳び上がる。フウガの頭上高くまでジャンプしたリンカは、両手に金棒を持ち、全力で真下へと振り下ろした。

 

「隙が多いぞ!」

 

 しかし、大振りの攻撃程避けやすい。フウガは後方へと跳んで下がると、リンカの金棒が屋上の床に穴を開けるのではないかと思えるくらい、けたたましい破壊音を上げて地面を割った。

 

「くそっ……、!!」

 

 その直後、リンカの体から煙のような湯気が出始める。そろそろ活動限界が近付いている証である。肌に浮かび上がっていた炎のような紋様も、徐々にだが薄くなり始めていた。

 

「もう半分の時間も無いか…。さっさと決めないと拙いな……!!」

 

 勢いよく金棒を引き抜くリンカ。見据える先では、既にアマテラスがフウガに向かい、再三に渡る突撃を開始していた。

 

「……ッ!!」

 

 刀と薙刀を打ち合う最中、アマテラスは視界の端にリンカの姿を捉えていた。もちろん、その身に起きている変化にも。

 活動限界が5分と聞いていた事もあり、それがその予兆であると判断したアマテラスだったが、気付かない間にもうそれほどの時間が経っていた事に驚きつつも、攻撃の手は決して緩めない。

 手負いであるというのに、フウガはまるで武器を振るう腕に鈍りを見せない。一分の気の緩みも許されない攻防。しかし、それだけでは勝てはしない。

 フウガの強さに迫ったと言えど、()()()()()()()()()()()()のだ。まだまだ未熟故に、アマテラスとリンカは力を合わせなければ、全力を解放したとてフウガには未だ及ばない。

 

 そして、それを分かっているからこそ、リンカもまたアマテラスの加勢へと急ぎ駆けた。

 

「うおぉぉぉぉ!!!!!」

 

 残り少ないリミットに、リンカは死力を尽くして武器を振るう。もはや休む暇など全く無いのだ。

 アマテラスと並び、隙無く攻撃を加え続けるリンカ。フウガは防戦一方となり、ついに、

 

「!!」

 

 夜刀神を押し返した直後、横合いからの金棒の一撃により薙刀をへし折られてしまう。

 

「トドメ…!!」

 

 好機とばかりに、リンカは振り切った右手とは逆の、何も持たない左手でフウガの顎目掛けてアッパーを放とうとする。

 

「! リンカさん!!」

 

 弾かれたばかりですぐに動けないアマテラスの叫び。それは、

 

「甘い!!」

 

 逆に、リンカがフウガの拳をその身に喰らってしまったからだった。

 薙刀の柄が折れたとほぼ同時、折れたそれらを投げ捨てたフウガは、自由になった左手でリンカの拳を掴み取り、右手で正拳突きを放った。リンカは決着を焦ったがために、対応されるとは思いもしなかったのだ。

 

「がはっ…!?」

 

 そして、投げ飛ばすようにリンカを拳のままで押し出すフウガ。その瞬間、飛ばされたリンカの体から煙が吹き上がる。見えていた紋様もゆっくりと消え去って行き、とうとう時間切れとなったのだ。

 

「くっ…!」

 

 当然、残されたアマテラスは一人きりで闘わなくてはならない。ただ、それは勝ち目の無い闘いではあるが、分かっていても諦める訳にはいかない。諦めれば、これまでの事が無駄となってしまう。それでは、秘伝の術まで出してくれたリンカに申し訳が立たないのだから。

 

 アマテラスは再び夜刀神を構える。既にフウガは腰に差した最後の得物、刀を手にしていた。

 アマテラスは体力、精神共に、リンカと同じく限界が近付いてきている事を感じており、おそらく次の一撃が最後の攻撃となる。それ以降の攻撃は、フウガに届く事もなく、簡単に捌かれてしまうだろう。

 

 自然と、全てを懸けた一撃を放つ為の構えへとなるアマテラス。それが分かってか、フウガも同じく一撃必殺を繰り出さんと、居合いの構えを取る。

 

 そして、

 

「……!!!」

 

「!!」

 

 どちらからともなく、相手に向かって駆け出した。全身全霊を乗せた一撃と共に、獲物へと目掛けて一直線に。

 抜き出された刀と、夜刀神が今、ぶつかる───。

 

 

 

 

 キィン!!

 

 

 

 耳鳴りのような金属音を響かせ、無言のままに互いに刀を掲げて立ち尽くす2人。

 

「…………、」

 

 風の吹く音のみが耳に届く中、その勝敗がはっきりと現れていた。

 夜刀神を手にするアマテラス。そして、折れた刀を手にしたフウガ。

 

「……ふ」

 

 己へと向けられた夜刀神と、折れた刀を交互に見つめるフウガ。やがてその視線は、隣へと向かっていく。そこには、

 

「見事……。アマテラス、そしてリンカよ。この闘い…お主らの勝利だ」

 

 リンカの持っていた金棒が転がっていた。

 

 

 

 

 つまるところ、夜刀神と刀がぶつかる瞬間に響いた金属音は、二振りの刀から発せられたものでは無かった。ぶつかる寸前、肉体活性が完全に終わる前に、最後の援護としてリンカの投擲した金棒が、フウガの刀を叩き折ったのだ。

 走るフウガの刀が抜かれる位置と、アマテラスの夜刀神が振り切られる位置を、咄嗟ではあったが予測しての投擲は、見事に功を奏したのだ。

 

「ふっ……あたし達の…勝ち……だ…」

 

 そして、アマテラスが夜刀神をフウガに突き付けるのを見届けたリンカは、勝ち誇った笑みを浮かべて、死んだように眠りに落ちたのだった。

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「うーん…」

カムイ「どうしたの? 珍しく悩んだ顔してるけど…」

キヌ「この前さ、『このコーナー、要らなくね?』みたいなこめんとが届いたんだよね」

カムイ「あ~……、そういえば、そうだったね」

キヌ「改めて言っておくけど、このこーなーはオマケみたいなものだから、別に無理して読まなくてもいいからね?」

カムイ「うん…内容のほとんどが、原作知ってないと分からないものとかだしね」

キヌ「だから、本編を読み終えたら、要らないって人は、このこーなーを飛ばして次のお話に行ってくれてもいいからねー!」

カムイ「あくまでオマケだからね。読む人は読んで、読まない人はスルーしてくれても問題ないよ!」

キヌ「元はと言えば、作者さんが『本編終わってハイ次の話……じゃあ、何か寂しい。よし! あとがきの所にコーナー作ろう!』ってノリで書き始めたものだからね」

カムイ「さて、その話題は置いといて、それじゃあ本題に入るよ」

キヌ「今回は短めでいくよ! ズバリ、あんけーとの事だよ!」

カムイ「何人かの人がもうお答えしてくれてるけど、期限は白夜編、暗夜編が両方50話を突破した記念アンケートまでだからね」

キヌ「まあ、本格的なあんけーとはその時なんだけどね~」

カムイ「記念アンケートまではしばらく掛かるから、賛成派の人で『自分の考えたオリジナル兵種を出して欲しい』って人は、それまでの間は案を練ってみてね」

キヌ「届いた案は出来るだけ全部出せるように頑張るからね!」

キヌ&カムイ「それでは次回も、よろしくお願いしまーす!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 柔き風

 

「……」

 

 闘いの一部始終を見ていたアクア達は、その結末を静かに見届けていた。ある者は驚きに固まり、ある者は2人の勝利を喜び、ある者は達観したように目を細めていた。

 アマテラスを幼い頃から知るジョーカーやフェリシアに至っては、ついこの間まで彼女が暗夜王国の北の城塞から一歩も出た事のない、世間知らずの王女様だった事を知っていただけに、主が知らぬ間にここまで成長していた事に感動の涙を流していた程である。

 

「ふえぇ……アマテラス様があんなにお強くなられていたなんて……。私、自分の事のように嬉しいです……!!」

 

「アマテラス様、ご立派になられて……うう……」

 

「え、まさか泣いてるのか、ジョーカー?」

 

「う、うるさい! 目にゴミが入っただけだ!!」

 

 怒鳴って誤魔化すジョーカーに、少し引き気味のサイラス。こんなやり取りが出来るのも、先程とは一変して、穏やかな空気が流れている何よりの証拠だろう。

 

「おぉ~…まさか、ホントにアマテラス様が勝っちまうとはなぁ」

 

「それに関しては僕も同感だね。リンカと2人だったとはいえ、フウガ殿は父上と肩を並べた仲だと聞いてる。そのフウガ殿に勝てたんだ。アマテラス…姉さんは、試練を見事乗り越えたと言って良いんじゃないかな」

 

「ふむ。タクミ様がアマテラス様をお誉めになるとは、少々意外だな」

 

「だよなぁ! もしかして、アマテラス様の事を見直してたりとかですか!?」

 

「ふ、フン! 少しだけだ! 完全に認めた訳じゃない!」

 

 茶化すヒナタに、慌てたようにそっぽを向くタクミ。そしてそれを微笑ましく見つめるカゲロウ。普段のタクミとヒナタのやり取りに、カゲロウの姿が加わるだけで、なんとも珍しい光景となっていた。

 

「…暢気にしているが、問題はまだ解決していないだろうに」

 

「ええ…。アマテラス様は、フウガ様へ力を認めさせるという試練は乗り越えました。しかし、風の部族全体への誤解は未だに解けてはいません」

 

「そうね。フウガ様を倒してお終い…という訳にもいかないわ。それでは、(わだかま)りが残ったまま……。今後の事も考えるのなら、風の部族への私達の誤解を解消するべきだもの」

 

 浮かれる他の者とは違い、先を見据えたアクア、サイゾウ、スズカゼの3人。確かに、フウガは力を示せば部族の者へ攻撃した事を許すという旨の言葉を発していた。しかし、それで終わる程、簡単な話ではないだろう。今後とも風の部族との繋がりを保つのならば、部族全体に不信感を残したままでは、絆など成り立たない。信頼を取り戻さなければ、彼らとの仲は修復されないのだ。

 

「さて、ここからどう取りなすのか……。少々難題よ、アマテラス…」

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……ふう……」

 

「あとちょっとだよ、サクラ!」

 

「は、はいっ……!」

 

 ようやくアマテラス達の居る場所に辿り着くサクラ達残りのメンバー。一部の者は息を切らせ、汗だくになりながらも、目的地をやっとその目にする。

 

「またまたー。まただよー、カザハナ。君は曲がりなりにもサクラ様の臣下なんだから、主君であるサクラ様にはきちんと様付けしないとー」

 

「ぐぬぬ…! わ、分かってるよ!」

 

「わ、私は、別に気にしませんよ……ふう…」

 

 全く疲れを感じさせないツバキとカザハナに、サクラは疲れながらも笑顔を浮かべている。そして、そんな彼女らの和やかな雰囲気を横目に、ヒノカが羨ましそうな視線と共に溜め息を吐いていた。

 

「…サクラが羨ましい。善き臣下に恵まれ、姉として嬉しくは思うが、出来る事なら私の臣下達にも、カザハナやツバキを見習って欲しいものだ」

 

「おやおや。そもそもヒノカ様が私を臣下にと召し抱えたのではないですか。文句なら、自分自身に仰ってくださいね。私は文句を言われる筋合いなど、一切ありませんので」

 

 悪びれるどころか、責任など全く無いと言ってのけるアサマ。その反論に、ヒノカは頭を抱える。

 

「そんな事は百も承知だ。ただ、少しは私に対する敬意というものをだな…」

 

「ヒノカ様、疲れた……」

 

「お、お前!! 私におぶさっていただけなのに、何を疲れるんだ!?」

 

 ヒノカの背では、目を閉じておんぶされているセツナが。自分で歩いていた訳では無いにも関わらず、疲れたと(のたま)って見せたセツナに、ヒノカは青筋を立てて叱る。

 そして、そんなセツナの言い分はと言えば、

 

「おんぶされてるだけなのも、結構疲れます……」

 

「おっと、これはとんだ無駄足、お節介だった訳ですね、ヒノカ様」

 

「ぬ、ぬぬ………。ぬぅああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 とうとう、限度に達したヒノカは、噴火するかの如く雄叫びを上げた。ちなみに、この時の雄叫びは部族の村中に響いたという。曰わく、『猛獣が猛り狂っているのかと思いました』とはアマテラスの談。後日、それがヒノカの耳へと入ったために、アマテラスはしっかりと可愛がられました。それはもう、恐ろしいくらい目が笑っていない笑顔のヒノカに。

 

「…元気じゃのう。やはり武士というのは脳筋ばかりじゃな。わらわのような呪い師には、あそこまではしゃぐ気力も湧かぬて」

 

「あらあら。あなた方、呪い師の方達だって変わり者が多いではありませんか。オロチさん、あなただって妙な笑い上戸ですし」

 

「せ、戦闘狂のユウギリに言われとう無いわ!」

 

「あはは、どっちもどっちで、武士も呪い師もクセの有る人が多いと思います!」

 

「……あたい、こんな濃い面子の中で生きていけるんやろか…」

 

 軽く言い争うオロチとユウギリ。そんな2人を宥める?エマの隣では、モズメが遠い目をして、全員を見渡していた。

 

 

 そして、アマテラスは全員が揃った事を見計らい、フウガへと声を掛ける。

 

「フウガ様、折り入って頼みがあります」

 

「何だ? お前は勝者だ。ある程度なら聞いてやろう」

 

「では、風の部族の方々を集められるだけ集めて頂けませんか?」

 

「…確かに出来るが、どうするつもりだ?」

 

 アマテラスの考えが分からなかったフウガの問いに対し、真面目な表情を崩さずに、アマテラスは答える。

 

「謝罪を…したいと思います」

 

 

 

 

 

 

 それから間もなく、村で一番大きな広場へと到着したアマテラス達。既に広場の周囲には、部族の村人達が大勢集まっていた。好奇の視線を向ける子どもや、懐疑的な眼差しで見つめる大人、敵意の籠もった目で睨む部族兵……と、それこそ風の部族全員が集まったのではないかという程に、たくさんの人間がその場に密集していた。

 

 そんな、様々な視線を一身に集めるのは、村の外から来た部外者。白夜王国の第二王女、アマテラス。

 他の仲間達も、彼女の少し後ろに下がった位置で、静かにアマテラスを見守っている。気を失っていたリンカは、ヒナタが背に担いでいた。

 彼らには既に、アマテラスが何をしようとしているのかは伝わっていた。その動向を、静かに見ているのはアマテラス本人に頼まれたが故だ。自分に任せて欲しい、と。

 

「風の部族の皆さん」

 

 ざわめいていた広場は、アマテラスが言葉を発した事によって静けさに包まれる。声はオロチより渡された、声量を増幅させる呪符のおかげで、そこまで張らなくても広場全体へと充分過ぎる程伝わっていた。

 静かになったのを確認すると、アマテラスは再び口を開く。

 

「この度は、あなた方の仲間を傷付けてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げ、数十秒の後に頭を上げるアマテラス。

 

「起きてしまった事を無かった事には出来ません。ですが、皆さんに知っていて頂きたい事があるんです。私達があなた方の仲間を攻撃してしまったのは、故意ではありませんでした。暗夜王国の軍師、マクベスという男の謀略により、私達、そしてあなた方の仲間達は、互いの姿がノスフェラトゥに見えていたのです」

 

 その言葉に、広場を囲む部族の者達の間で、少しだが動揺が広がった。

 アマテラスが言った事は本当なのか。それとも嘘をついているのか。

 疑惑のざわめきが広がる中で、アマテラスは言葉を続けた。

 

「幻覚に踊らされていたとは言え、あなた方を攻撃してしまった事は変えようのない事実。ですから、謝罪させて頂きました。そして、せめてもの償いとして、私達が傷付けてしまった彼らの傷は、治療させて頂きました」

 

「なら、その仲間はどこだ! 仲間を返せ!!」

 

「そうだそうだ! 仲間を返してから言えー!!」

 

 乱暴な言葉遣いがアマテラスへと投げ掛けられる。もちろん、アマテラスとてその反応は想定していた。よって、彼らの言葉に従い、星界の門を開くように、リリスへと呼び掛ける。

 

「分かりました。あなた方の仲間をお返しします。リリスさん!!」

 

 アマテラスがリリスの名前を叫ぶように呼ぶ。すると、アマテラスの一歩手前に星界の門が現れる。輝き溢れるその光の先から、まず出て来たのはオボロだった。

 

「人が光の中から出て来たぞ…!?」

 

「よ、妖術か…!?」

 

 驚きに満ちていく部族の者達を気にせずに、オボロはアマテラスへと面と向かう。

 

「アマテラス様。部族兵の方々は全員、目を覚ましています。星界に居たからか、傷も順調に快復へと進んだおかげで、すっかり元気になってますよ」

 

「そうですか……良かった。それでは、彼らをこちらへと連れて来てください、リリスさん」

 

 安堵に気が緩み、一瞬だけ緊張感の抜けた顔になるが、すぐに引き締めてリリスに頼むアマテラス。すると、光の中から星界に匿っていた部族兵達が続々と姿を現した。

 

「おお…本当に村の中に出るとは……」

 

「あの小さい獣が言っていた事は本当だったのか…」

 

 彼らは、倒れた場所が黄泉の階段であり、目が覚めたのが星界の中だったが故に、光を潜った先が村であった事に驚愕していたらしかった。

 そして、仲間達が全員、元気で無事な姿を見せた事で、歓喜の声が方々で上がっていく。

 

「見ての通り、彼らは全員無事に、ここへお連れしました。これが私達に出来る、せめてもの償いです!」

 

 歓喜が湧き起こる中で、アマテラスは再び頭を下げた。更に、後ろで見守っていた仲間達も、アマテラス同様に頭を一斉に下げる。中には彼らも知る、白夜王国の王族であるヒノカ、タクミ、サクラ、そしてアクアの顔もあり、一国の王族が頭を下げているというこの状況に、風の部族達は驚きを禁じ得ないでいた。

 

 どよめく群集を前に、頭を下げたまま動かないアマテラス達。すると、その様子を見ていた、星界から出て来た部族兵の一人が、村の仲間達へと声を掛けた。

 

「おおよその事情は聞いている。皆の者! 彼らの言葉は真実である! 我らが敵と思い闘ったのはノスフェラトゥの姿をしていた。聞けば、それは暗夜の手の者による幻影だったそうだ。そして彼らもまた、敵の幻影に惑わされていた。我々は、互いにノスフェラトゥであると勘違いの末に闘ってしまったのだ! 故に、彼らだけに非がある訳ではない!」

 

 彼の言葉に、一緒に居た他の部族兵達も、頷いて見せる。情けは人の為ならず…とは言うが、奇しくもアマテラスの『部族兵を治療する』という判断は、当に正しき事だったのだ。それが巡り巡って、こうしてアマテラス達を助けようとしている。良い意味で因果応報、と言えるのかもしれない。

 

 そして、その者の言葉を聞き届け、今まで黙って見守っていたフウガが、広場の中心、つまりはアマテラスの前に出る。今度はフウガに、広場中の視線が集まった。

 

「聞いたか、皆の衆! この者らの罪は、我らも同罪である! ならばこそ、彼女らだけを罰するのはお門違いというものよ! そして何より、このフウガはこの者らの清廉さを身を以て知っておる! どうか、許してやってはくれぬだろうか!!」

 

 族長自らが、村の者達へ頭を下げて頼む姿に、場は静まり返る。彼らはそれを見て知ったのだ。アマテラス達が、族長に力を認めさせたのだという事を。フウガが力を試す性格であると、皆が承知している中で、そのフウガがアマテラス達を擁護しようとしている。それが何よりの証であった。

 

 しばらくの後、沈黙に支配されていた広場だったが、

 

「……お」

 

「……?」

 

 アマテラスの耳に、誰とも知れず漏れた言葉が入ってくる。それはやがて、

 

「「「おおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」

 

 大歓声へと変化した。蔑みや恨み、憎しみ、怨恨といった感情の一切混ざっていない歓声。つまり、アマテラス達の事を、風の部族は許し、そして受け入れたのだ。

 歓声に驚き頭を上げたアマテラス。周囲を見回して、唖然となり、呆然となって、愕然と、涙を浮かべた。真正面から、面と向かってぶつかれば、きっと信じてもらえると信じた結果が今、彼女の目の前に広がっていたから。

 

「う、うぅ……ありがとう、ございます……!!」

 

 涙と共に、再び頭を下げるアマテラス。こうして、風の部族との和解が、ここに成ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 和解が成立した後、アマテラス達はフウガにもてなされる事になった。もちろん、断る事も考えた。アマテラス達は遠征の旅の途中だ。急ぐ必要があるのに、呑気に宴会などしている場合ではない、と。

 しかし、せっかく互いに良い雰囲気になったのに、彼らの申し出を無碍にするのも心苦しいというもの。そこで、ヒノカやアクアの提案で、風の部族との友好を深める為、という名目を掲げる事で彼らのもてなしを受ける事になったのだ。

 

「皆さん、明日からはまた険しい旅が始まります。私達をもてなしてくれたフウガ様達への感謝を忘れず、明日に備えて今は英気を養って下さい! 今日だけは無礼講ですよ!!」

 

 アマテラスの音頭によって、宴会の会場である烈風城の大食堂が賑わい始める。そこかしこでドンチャン騒ぎが起こっていた。

 

 

「よっしゃー! 飲み比べやるぞ!!」

 

「いいね! やるからには負けないよ!!」

 

「ちょ、ちょっとねー。明日からまた遠征が始まるのに、二日酔いになんてなったら完璧じゃないよー」

 

 

 

 

「……カニ」

 

「む? カニがどうしたのだ、セツナ?」

 

「カゲロウ…。こんなに豪勢な料理なのに、カニが無い……食べたかった…」

 

「……そなた、料理人の前ではそれを決して言うてはならんぞ。もてなされる側であるというに、文句など口が裂けても言うべきでないからのう」

 

「分かった…………カニ…」

 

「お主、本当に分かっておるのか……!?」

 

「諦めが肝心とも言うのだ。諦めろ、オロチよ」

 

 

 

 

「スズカゼ……」

 

「な、何ですか兄さん…この山のような肉の量は…」

 

「肉は体を強くする優れた食料だが、忍びである俺達は、肉を口にする機会など少ないからな。またと無いこの機に、出来るだけ食っておくぞ。無論、お前もだ」

 

「これは……胃がもたれそうですね…。どなたか胃薬を持っていらっしゃると良いのですが……」

 

 

 

 

「タクミ様、サラダをお持ちしました」

 

「…アンタさ、さっきから何で野菜ばっかり僕に持ってくる訳?」

 

「それはもちろん、タクミ様は我が主君であるアマテラス様の弟君であらせられるので、ご健康に気を遣っての事でございますが」

 

「絶対に私怨が混ざってると思うんだけど。嫌なくらい緑系で苦いものばかりじゃないか」

 

「おや、これは失礼を。食事には色鮮やかさも大切で御座いましたね。では、こちらの赤い野菜を」

 

「これ唐辛子じゃないか! 絶対恨みあるだろ!!」

 

「ちょっとジョーカー! タクミ様に無礼を働くとは、良い度胸じゃないの!!」

 

「あ゛あ゛!? これのどこが無礼だコラ!? 魔王顔の女がいちいちケチ付けてんじゃねー!!」

 

「い、言ったわね…! この不良執事!! アンタこそ、怒った時なんて悪鬼のような顔でしょうが!!」

 

「喧嘩売ってんのか、テメェ!?」

 

「それはこっちの台詞よ!!」

 

「ちょ!? 2人共顔がすごい事になってるよ! ああ、僕らの席からだけ人が離れていく……!! どうしてこうなった!?」

 

 

 

 

「あっはっは」

 

「くっ…! おのれ、破戒僧め…!!」

 

「面白いですねぇ。確かリンカさん、明日の朝までは動けないんでしたか? なんともったいない事か。せっかくの料理を前に、自由に食べる事も出来ないなんて」

 

「ぬうぅぅうう!!! おい! もっと飯を口に運べ!!」

 

「あ、あたい…なんでこんな給仕係みたいな事させられとるんやろか……?」

 

 

 

 

「あたし、ユウギリ様に聞きたい事があったんです!」

 

「あら? 何でしょう…?」

 

「ユウギリ様は敵と闘っていて、どんな時に愉しいと感じますか?」

 

「それはもちろん、死の直前にあげる断末魔ですわね。他には、敵を切り裂いて血が宙を舞った時や、死に物狂いで向かって来る敵との闘いなど、普段では味わえない快感を得られますわ」

 

「そうなんですね! あたしは、敵と刃を交えている瞬間でしょうか? 相手との実力が拮抗すればするほど、長く楽しめるので最高ですよ!」

 

「なるほど……。これは鍛え甲斐がありそうな弟子を取ったものです。やっぱり、あなたには天性の才能がありますね、エマさん」

 

「ほ、ホントですか!? やったー!!」

 

「お、お前達はなんて物騒な話題で盛り上がるんだ…。暗夜の戦闘好きな奴でも、そんな輩は居なかったぞ…。白夜では、これが普通なのか……?」

 

 

 

 

「ふわぁ…独特な味ですが、どれもとっても美味しいですぅ!」

 

「はいっ。素朴な味の中に隠された、少し変わった旨味が口に広がるようです…!」

 

「私はなんだか、懐かしい気分になります。昔、まだ白夜王国に居た頃……スサノオ兄さんと一緒に、お父様とこの味を食べた事があるような気がします」

 

「そう……いつかまた、スサノオも一緒に食事が出来ると良いわね」

 

「アクアさん……。ええ…いつか、きっと……」

 

 

 

 

 

 

 皆が皆、騒がしく、または和やかに楽しむ中、1人食堂の外へと出て風に当たっている者が居た。その人物とは、

 

「……もう夜か。道理で少し冷え込む訳だ」

 

 少し肌寒そうに腕を組むヒノカだった。彼女が仲間達の輪に入らず、一人でここに来たのには理由がある。その理由というのが、フウガに呼び出されたからだ。()()()()()()()()

 

 砂漠を渡る時に纏った外套を軽く羽織るヒノカ。そのまましばらく待っていると、フウガがようやく現れる。

 

「すまぬ、少しばかり待たせてしまったな」

 

「いいえ。少し風に当たりたい気分でしたので、むしろ助かりました」

 

「……妹の成長を目にして、何か思うところでもあったのか?」

 

「………、」

 

 フウガの問い掛けに、ヒノカは黙って頷き、眼下へと目を向ける。民家に明かりがポツポツと灯っており、まるで星のように煌めいていた。

 

「私の知らない間に……暗夜で過ごしていた間に、あの子は強く育っていたのだと思うと…、成長は姉として嬉しい反面、寂しさも感じてしまうのです……」

 

「…そうか」

 

 姉として、妹の成長は嬉しいものだ。だが、それは自分の手の届かない所での事。それがどうしても、悲しい。寂しい。そして悔しい。家族として、アマテラスの側で共に過ごし、その成長を見守る事が出来なかった事が。どうしようもなく、哀しかった。

 

「ですが、これからはずっと、あの子と共に歩んでいく。もう、絶対に手放したりはしない」

 

「ふっ…それでこそ、白夜の第一王女よ…。お主のその気丈さ、亡きイコナ王妃によく似ている……」

 

 懐かしむように、柔らかな笑みを浮かべて空を見上げるフウガ。釣られて空を見上げたヒノカの視界に、いっぱいに広がる星空があった。

 

「イコナ母様…ですか?」

 

「うむ。女性としての強さを、お主はイコナから受け継いでいる。そして、彼女の燃えるように美しかった朱い髪の色も……。ヒノカ王女よ、少し聞きたい事があるのだ」

 

「ええ。何でしょうか?」

 

「お主は、母の事を覚えているか?」

 

 質問の意図は分からないが、ヒノカはその問いに正直に答えた。

 

「母様は、私がまだ幼き頃に亡くなられたので、思い出はそれほどたくさんではありません。ですが、私は母様の暖かい体温を、慈愛に満ちた声を、柔らかな眼差しをずっと忘れる事は無いでしょう」

 

「……そう、か。うむ……」

 

 ヒノカの答えを聞いたフウガは、少し黙り込んでしまう。遠くを見つめるように星空を見上げるフウガ。やがて、その口を開き、語り始める。

 

「ヒノカ王女よ……実は気になる事があったのだ。少し前に、旅の者から聞いた事なのだが───

 

 

 

 

 

 イコナ王妃によく似た女性を、ミューズ公国で見た……と」

 

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「ん~! 仲直り出来たねー!」

カムイ「一時はどうなるかと思ったけど、和解が成立して良かったよ!」

マトイ「流石はアマテラスさんね。当に完璧な結果だわ」

キヌ「マトイだ! 今日はマトイが遊びに来たの?」

マトイ「遊びじゃなくてゲストね」

カムイ「今日のゲストはマトイなんだね」

マトイ「ええ。それじゃ、早速お題を読み上げましょうか。『イズモ公国までの間の小休止について』よ」

キヌ「ああ、そういえば今回、色んな人達がお喋りしあってたよね」

カムイ「うん。でもあれは支援会話にあんまり関係ないよ。ちゃんとしたお話を、幕間として挟む予定だよ」

マトイ「ちなみに、宴会での会話は、意図的に誰が何を言っているかを説明する地の文を書いていないの」

キヌ「ちゃんと読んでれば、どれが誰の台詞かも分かるからね。分からない人は、ゲームやこの物語で、登場人物の口調や設定を見直しみてね」

カムイ「それにしても、仲間が多いと賑やかだよね!」

マトイ「その分、まとまりが無いと大変な事になるのよね……完璧に統率するのは骨が折れそうだわ」

キヌ「いいじゃーん! たくさん友達が居ると楽しいよ!!」

マトイ「キヌのそういうところ、少し羨ましいわね……まあ、少しだけど」

カムイ「あはは。キヌは前向きなところが魅力的なんだよ」

キヌ「え? アタシ、魅力的? でしょー!? 今日は尻尾の毛艶も良いしね!」

マトイ「こういう天然なところに、男の人はグッと来るのかしらね……?」

カムイ「まあ、人それぞれ好みがあるから、一概には言えないよ」

キヌ「??」

マトイ「分かってないって顔ね。キヌもお年頃の女の子だし、私がお勉強を教えてあげる」

ここから、マトイによる恋愛講座が始まったので、収録は中断します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 風と共に去りぬ

 

 宴が終わり、それぞれが満喫をした翌日の朝。アマテラス一行は風の部族の村のもう一つの入り口、つまりはイズモ公国へと向かう出口へと来ていた。

 

「フウガ様、大変お世話になり、ありがとうございました。それでは、そろそろ発とうと思います」

 

「うむ。今度来る時は、もっとゆっくりしていってくれ」

 

 見送りには、フウガ、アマテラス達と闘った部族兵達、そして何故か、フウガの隣で偉そうにふんぞり返りながら立っている少年が一人。

 

「ところで、この子どもは……?」

 

「子どもではない。私は村で一番の呪い師であるぞ」

 

 その子どもは、アマテラスの言葉に対して年不相応な言葉遣いで訂正してくる。その様は無理に大人ぶっているようにしか見えなくて、アマテラスのみならず、一部の女性陣は母性本能をくすぐられていた。

 それとはつゆ知らず、フウガは淡々と子どもの事を紹介していく。

 

「こやつの名は『ツクヨミ』。私が面倒を見ておるのだが、まだ村の外の世界を見た事が無くてな。お主らが旅をしておると聞いて、羨ましそうにしておったのだ。そこで、だ。これも良い機会。出来ればお主らの旅に同行させてやってはくれんだろうか?」

 

「ええ!? で、ですが私達の歩む道のりは死や危険と隣り合わせです。まだ子どもなのに、そんな危険な旅へ連れて行くなんて……」

 

 フウガの申し出は、アマテラスを驚かせるには十分な威力を持っていた。確かに、アマテラス達の中にはまだ幼い者や闘いとは程遠い世界を生きてきた者も居る。つい先日までただの村娘だったモズメや、エマのような兵士になったばかりの見習いだってそうだ。

 しかし、ツクヨミ程幼いという訳でもなく、ある程度自立している部分があるので、それほど問題ではない。

 だが、ツクヨミはどう見ても、まだまだ親の保護下で育つ年齢にしか見えない。自立とは程遠い年齢であろう事は一目瞭然だ。

 

「それは本人にも了承を得ている。私としても、私の手元を離れて世界を回り、次期族長として見聞を広げて欲しいと思っているのだ」

 

「その通りである。何も、私は好奇心に負けて旅に出たいという訳ではない。フウガ様の頼みだからこそ、お主らの旅路に同行するのだ」

 

 どうにも、ツクヨミは『羨ましい』という部分を否定しておきたいらしい。隠そうとすればするほど、子どもっぽいという事に気付いていないようだ。

 

「まあ、こういう者ではあるが、呪い師としての腕前は部族一。未熟ではあるが、戦列に加わるだけの実力は既に備えているのでな。必要が有れば助力してやってくれれば良い。どうだろうか、アマテラスよ?」

 

「うーん……」

 

 フウガの申し出は、アマテラスからしてみればありがたいとも言える。戦力は1人でも欲しいというのが、今のアマテラス遠征隊、及び白夜軍なのだから。だからといって、本人が乗り気とはいえ、子どもを危険な旅へと同行させても良いものかと考えれば、良いとも言い切れない。

 そんな、悩むアマテラスに、思わぬ所からツクヨミへの援護射撃が放たれる。

 

「良いんじゃないかしら。私は、幼い頃にお母様に連れられて旅をした事があるの。私はそこで、たくさんの事を知ったわ。今の私があるのも、それがあったからこそ……とも思えるの。世界を知るというのは、これからの世界を作っていく子ども達にとって、とても大きな意味がある。それに今の情勢、危険じゃない旅なんて無いわ」

 

「アクアさん…?」

 

「逆に考えてみて。今の私達は、王族とその直属の臣下の団体。暗夜王国との闘いはあるけれど、普通に旅をするよりも、まだ心強い仲間が一緒よ。それとも、彼を守りきれる自信は無い? アマテラス」

 

 アクアの言葉は、正しいとも間違っているとも断言は出来ない。しかし、不思議と頷きたくなってしまうような、何故か説得力のある意見。

 今のご時世、危険なんて誰にでも付いて回るというのは、確かにそうだ。旅商人なども、盗賊に襲われる事だってあるし、村を襲う山賊やノスフェラトゥだっている。街中で強盗や殺人だってあるのだ。

 それに、戦争はいつ終わるとも知れない。ガロン王が死ねば、それで戦争は終わるのか?

 答えは否だ。互いにいがみ合い、憎しみ合い、その溝はとても深く大きなものとなってしまっている。これを解消しない事には、完全なる終戦には至らない。

 ガロン王を倒すだけではなく、マークスやカミラ達、暗夜王家の人間を説得しない限り、和解は難しいだろう。事は単純ではないのだ。アマテラスが、白夜王国へと付いてしまった以上、マークスは簡単にはアマテラスの言葉に耳を傾けないだろうから。

 

 裏切り。それはガロン王によるアマテラスへの仕打ちだけではない。暗夜のきょうだい達にとっても、アマテラスの決断は裏切り以外の何でも無いのだから。

 

 

 ともあれ、どんな旅であろうと危険は付き物。アマテラス達の道は険しいものだが、人手が欲しいのもまた事実。せっかくの申し出だ。子どもであっても、闘う力があるのなら、ぜひとも仲間に加わってもらいたい。

 

「危険だと承知の上で同行すると言うのでしたら、私から断る理由も、もうありません。戦力の増加はこちらとしても嬉しいですからね。歓迎しますよ、ツクヨミさん!」

 

「ふっ…! よろしく頼むぞ、お主達」

 

「ツクヨミよ……くれぐれも、迷惑を掛けぬようにな」

 

 フウガは心配する言葉を掛けるが、その顔には親の暖かみが滲み出ていた。子が旅立つ寂しさもあれど、同時に嬉しさもあるのだろう。立派になって帰ってくる事に期待して、無事に戻ってきてくれる事を願って。親の愛情、それがその正体だ。

 

 こうして、遠征隊に新たな仲間が加わるのであった。

 

 

 

 

 

 部族の村を去りゆくアマテラス一行。しかし、その長であるアマテラスのみ、隊の最後尾に未だ動かずにいた。というのも、

 

「話とは、何ですか?」

 

「ああ。一つだけ、言っておきたい事があってな」

 

 フウガに呼び止められたアマテラスは、皆には先に進むように伝え、少し残っていたのだ。

 

「昨日、我が風の部族の伝承を語ったのを覚えているか?」

 

「確か……『奇跡は二つとして非ず。片や光となりて世界を照らし、片や闇となりて世界を覆う』……でしたか?」

 

「うむ。実は、これは夜刀神の事を言った訳ではないのだ。光と闇、つまりは白夜と暗夜……そしてアマテラスとスサノオ。まるでお前達の事を言い表したかのような伝承だとは思わぬか?」

 

 フウガの言葉は言い得て妙だ。アマテラスも、それを最初に聞いた時、不思議に思ったのだから。まるで、自分達の事を言っているかのようで、未来を予知したかのような内容である。

 

「はい。リンカさんの言っていた、炎の部族の伝承……あれはおそらく夜刀神を示した伝承。これらを合わせると、本当に私とスサノオ兄さんの事を指し示しているかのようです」

 

「だからこそ、私は試したかったのだ。昔、スメラギから聞いた夜刀神の伝説を鑑みてな」

 

「お父様が……?」

 

「お前の父、白夜王スメラギから聞いた伝説では、『夜刀神』は『炎の紋章』を『繋ぐ』鍵となるもの。もしそれが邪悪な者の手に渡ったら、世界を破滅させる力を与える事になる……と、奴は言っていた。故に、お前が夜刀神を操るに足る者か否か、見極めたかったのだ」

 

 鍵……。炎の部族の伝承でもあった、『鍵』という言葉。だが、どうにもこの二つの『鍵』という言葉は、意味合いが異なっているように思えてならない。

 片や、『夜刀神とは複数あるであろう紋章を繋ぐ鍵』。片や、『二振りの夜刀神がぶつかり合う事で世界の鍵へと至る』。

 普通に考えれば、前者は()()()()()()()()()()を前提としているが、後者は()()()()()()()()()()()()を示している。

 つまり、これらは似ているようで、別々の事を示しているのだと推測出来るのだ。

 

「まるで予言しているかのような伝承ですね…」

 

「ああ。だが、お前が夜刀神を持つに相応しいと分かった。それだけでも僥倖というものよ。それだけに、スサノオを見極められん事が気掛かりで仕方がないがな」

 

「……」

 

 伝承が本当に予言であるのだとしたら、暗夜に戻ったスサノオは、アマテラスと対を為す『闇』という事になる。どうにも、その不安がアマテラスの心に暗い影を落としていた。

 

「しかし、夜刀神に選ばれたという事実は変わらんのだ。お主とスサノオ、2人が伝説を覆せば良い。伝承も大切ではあるが、何より今を生きる者が新たな物語を紡いでいくのだからな。古きに囚われてばかりではならんという事よ」

 

「はい……!」

 

 フウガの言葉に、アマテラスは気を取り直す。くよくよしていても、どうにもならない。それならば、自分達の力で道を切り開いて行けば良い。運命を変えてしまえば良い。それは、今を生きる者の特権なのだから。

 改めて、アマテラスは笑顔を浮かべてフウガに礼をする。

 

「ありがとうございました、フウガ様。私はきっとこの戦争を終わらせてみせます。伝承にだって負けません。この夜刀神に懸けて、私は平和な世界を目指します」

 

 ───それが、私の選んだ道だから。

 

 そしてフウガは、決意に満ちたアマテラスの意思を聞き届けると、朗らかに笑い返すのだった。

 

「ふっ…頼もしいな。ならば信じてみるとしようか。お前の往く道の末に、明るい未来が待っていると…」

 

「はい!!」

 

「ではな。またいつか、必ず会おう。夜刀神に選ばれし、強き者よ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アマテラス達が風の部族の村を後にしてから少しした頃、とある3人組が風の部族の村へと向かっていた。

 

「はいよーラビットさん!」

 

『そ、そろそろ疲れてきたんだけど俺…』

 

「ええー!? 何のための変身ですか! そんなにデカいんですから、女の子2人くらい軽いものでしょう!?」

 

「それは…少し暴論ではありませんか…?」

 

 正確には、大きな兎と、その兎に騎乗している女性が2人。若干ウェーブがかったセミロングの黒髪で、少し小柄ではあるものの、絶賛成長中な体を隠すようにボロボロな黒コートを羽織った少女。もう1人は、主張の少ないスラッとした体つきをしており、紺色を基調とした、どこかの王子様が着るような衣装を纏っている。その長い銀髪を後ろで束ねており、風にたなびくその様は、聖銀の如き輝きを放っていた。

 

「チル……じゃなかった。カタリナ、流石に人を2人も乗せて走り続けるのは、ピーターがタグエルとはいえ辛いはずです。少しだけでも休憩させてあげませんか?」

 

「むぅ……仕方ないですね。それでは、砂漠に入る前に一休みしましょうか」

 

 カタリナと呼ばれた少女は、同伴者の女性の提案に少し考えた後、休息を取る事を決定する。その言葉に、彼女らの下からは歓喜の声が上がった。

 

『うおぉ……!! やっと休めるのか…』

 

 彼の喜びも当然である。何せ、彼は海を渡って以降、ほとんど走り通しだったのだから。それも、一直線に進むのではなく、様々な寄り道があったのだ。走行距離だけで言えば、暗夜から白夜へ直接向かうよりも遥かに多かった。

 

「それで、次は風の部族の村でしたね。これで今まで巡った部族の村は幾つになったんですか?」

 

「えっと……氷、闇、大地と行ったので、次で四カ所目ですね。まあ、闇と大地の部族は村自体が滅んでいましたが。今思えば、滅んだ部族の村から古い伝承が記された書物を発掘出来たのは幸運でした」

 

 ぽんぽん、と背負った荷袋を叩いてみせるカタリナ。そこには、ボロボロで今にも崩れ落ちてしまいそうな程風化した紙片が収められている。もちろん、崩れてしまわないように加工済みなので、軽く叩いても大丈夫なのである。

 

「確か、風の部族の次が炎の部族の村でしたね。こちらの地理に関しては、まだほとんど頭に入っていないので、カタリナとピーターに会えたのは私も幸運だったと言えるでしょうね」

 

「ルキ……エリスさんはまだこっちに来て日が浅いですからね。この世界の事をもっと知っていってもらわないと!」

 

『その割には、色んなとこで正義の味方をやってたよな。地理に詳しくないクセに、街から街へと渡り歩くなんてよくやったよなー』

 

「あ、正義のヒロインXでしたっけ? すごいですよね~。白夜側に来る前は、行く町行く町でその名前を聞きましたし。流石に海を渡ってからは聞かなくなりましたけど」

 

「うう……自分のやった事とは言え、こうして聞くと恥ずかしいものがありますね…」

 

 急に話が変わったと思いきや、自身の黒歴史が引き合いに出され、顔を赤くして俯いてしまうエリス。からかうようにはやし立てる2人に、エリスは眉間に皺を寄せて軽く睨み付ける。無論、下のピーターはそれに気付けないが、カタリナは舌をペロッと出して一言。

 

「ちょっと、からかいすぎましたね」

 

「まったく…! とにかく、こちらでも伝承を集め終えたら、()()虹の賢者様の元に行く事を忘れないように!」

 

「あはは、そんな大切な事を忘れる訳ないじゃないですか」

 

 呑気に笑うカタリナ。そんな彼女に、エリスとピーターはため息を吐く。彼女の軽い調子には、いつも振り回されているからだ。

 

 そんな折、3人は前方から集団がやってくる事に気が付く。けっこうな大所帯で、見たところ武器を持つ者がほとんどで、戦士の割合が高そうだ。白夜の着物が大半だが、一部の者は暗夜で見られる洋服を着ている。不思議な組み合わせである事は間違いない。

 そして、その集団の先を行く女性とすれ違う。こちらも向こうも道を譲り合うように、道の両端に寄って歩く。互いに気にも留めないように、淡々とすれ違う中で、1人だけ。すれ違い様に振り向く者がいた。それは、

 

「エリスさん? どうかしました?」

 

「あ、いいえ。今すれ違った集団の先頭の方に少し、懐かしさを感じたものですから。あの人を初めて見たはずなのに、何故か故郷が恋しくなるような、そんな雰囲気を……」

 

「へえ~……不思議な事もあるものですねぇ」

 

 変わらず呑気に返すカタリナだったが、エリスは少しの間、その集団の後ろ姿を見送っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「今すれ違った方達、白夜の方では無さそうでしたね。それにとても大きな兎でした」

 

「そうね。……それにしても、あのコートの女の子、誰かに似てるような……いいえ、違うわね。あのコートを、どこかで見たような気が……」

 

 アマテラスとアクアは、今し方すれ違った旅人らしき2人と1匹について話す。服装が暗夜寄りのものではあったが、どうにもコートの少女の方が人畜無害そうにしか見えなかったために、警戒心を抱けなかったのだ。

 

「あそこから先は風の部族の村だ。彼女らが暗夜の手の者ならば、問答無用で攻撃されそうなものだが、そうで無ければ特に問題も無いだろう」

 

「ヒノカ姉さん…。そうですね、何も無いのなら、彼女達が攻撃される事も無いでしょう。ですが、暗夜王国の手先では無いと証明出来るのか、という新たな心配も出てくるんですが……」

 

 今のアマテラス達は先を急いでいるため、戻っている暇など無い。彼女達が無事に風の部族の村に入れる事を密かに祈って、アマテラスは歩を進めるのだった。

 

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「とうとう出たね!」

カムイ「うん!」

キヌ「という訳で、正義のヒロインXさんの名前はエリスだよ!」

カムイ「カタリナやピーターも、とうとう台詞が付いたよ!」

キヌ「今日のげすとは、そこら辺詳しく教えてくれる人を呼んでるよ」

カムイ「それでは、ゲストさんどうぞ!」

アンナ「毎度あり! アンナ商会でお馴染みのアンナさんよ。出演料はアマテラス様にツケておけば良いかしら?」

キヌ「うん」

カムイ「即答!? なんか軽い感じでお母さんの自腹が決まっちゃった…」

アンナ「さて、今回は何が聞きたいの?」

カムイ「読者さんが不思議に思ったであろう点を、こちらでいくつか挙げてみるね」

①例の彼女の名前

②エリスの髪の色

③エリスはどうやって、こちらの世界に来た?

④夜刀神と伝承について

カムイ「とりあえず、こんなところかな?」

キヌ「例のあの人に関するのが多いね~」

アンナ「じゃあ、①から順番に答えていくわね。あと、予め言っておくけど、ネタバレに成りかねない事はお答え出来ないからあしからず」

アンナ「①例の彼女の名前、これは前作で彼女が騙った名前がマルスだったから…ね。今回は最初から女である事を隠していないし、マルスという名前は前回使っているから、マルスの姉のエリスの名前を採用したそうよ」

アンナ「それじゃ②エリスの髪の色について。感想の返信かどこかで書いたかもしれないんだけど、この作品の覚醒子世代の髪の色は全員、公式の髪色よ。本当なら父親の髪色だけど、ifの世界に来る時に髪色をとある人物から変えられたのは知ってるかしら?」

カムイ「えっと、血縁を少しでも隠すため…だっけ?」

アンナ「そう。だから本当は彼らの髪色は父親、カタリナに関しては母親準拠になるところを、魔法で色が変わっているの」

キヌ「じゃあ、どうしてエリスは銀髪なの?」

アンナ「彼女には公式の髪色しか存在しないから。だから、他の子世代と違って髪色のバリエーションが存在しないの。そこで、髪色を変える案として、お母さんの髪色、という案が採用されたって訳!」

カムイ「あ、じゃあアカツキさんもだね!?」

アンナ「そうよ。オリジナルキャラクターであるアカツキだけど、この作品では黒髪……つまり、それは本当の髪色ではないの。彼女の本当の髪色は、今のエリスと同じ銀髪。彼女のお父さんの髪色ね」

アンナ「さて、③エリスはどうやって、こちらの世界に来た? という質問だけど、これはまだ伏せておくわね。その内明らかになるとだけ言っておきましょうか」

アンナ「そして④夜刀神と伝承について。これは③よりも深く、この物語の根幹に関わってくる内容。今言える事は、今後出て来るであろう伝承の内容、それを心の片隅にでも留めておいて。いつか、全ての謎が明らかになった時……数々の謎に覆い隠された深奥が浮き彫りになる。それこそ、真の黒幕の存在もね」

カムイ「それって……」

キヌ「もしかして、アレかな? そもそも、スサノオとアマテラスが転生するキッカケって……」

アンナ「そこまでよ。真実を知るのは、まだ早いわ。然るべき時は必ず来る。その時まで、まだ待っていてちょうだい」

キヌ「…うん。楽しみを取っておく事も大事だもんね!」

カムイ「今はとにかく、物語が進む事が何より大切だからね!」

アンナ「そういう事で、今回はここまで。次回もよろしくね! あ、聴講料はお忘れなく!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 なにやってるの?

 

 イズモ公国へと向かうアマテラス一行。そしてこれから見せるのは、そんな彼女らのとある一幕を描いたものである。

 

 

 

 

 

「…よいしょ……よいしょ……、ふぅ…」

 

 とある少女の疲れたような吐息が、密やかに零れ落ちる。場所はアマテラスの星界の片隅。

 少女…サクラは1人、そこで女性陣の衣服を洗濯している最中だった。この部隊の女性全員分という事もあり、結構な総量ではあるが、これをサクラが1人でやっているのには理由がある。

 

 といってもその理由も至極単純なもので、サクラが洗濯当番だから、である。無論、王族にそんな事をさせるなんて…と、臣下達からは反対する声も上がったのだが、

 

「私は、みなさんより戦力として頼りないです。だからせめて、これくらいの事でもみなさんの負担が減れば……」

 

 非力な自分だからこそ、こうした生活面で仲間達をフォローしたい。それがサクラの心情だった。ただ、流石に洗濯係をサクラ1人に押し付けるなんて、仲間達が頷く筈もなく、

 

「サクラさんの気持ちは嬉しいです。でも、お洗濯も相当な力仕事……。それを可愛い妹に全て任せきりにするのは、お姉さんとして私は出来ません。せめて当番で代わりばんこにしましょう?」

 

 アマテラスの一声で、洗濯係は当番制となったのである。無論、他の者は誰一人として反対はしなかった。

 

 それと、サクラが洗濯当番ならば、当番に関わらずカザハナやツバキといった臣下達が一緒に手伝いそうなものだが……いや、当然ながら手伝うと申し出たが、サクラはそれを断ったのだ。ちょうどその時、軍議が始まろうとしていた事もあり、サクラは自分の代わりにしっかりと参加してきて欲しいと頼んで、洗濯の手伝いを断ったのだった。

 

「…………、」

 

 ちゃぷちゃぷと小さく水音を立てて、桶の中で洗料を混ぜた水に浸した衣服を擦るサクラ。着物などの色落ちするものは、専門家のオボロが監修する事になっているため、サクラは現在下着や手拭いといったものを洗っていた。だからといって、決して楽という事もなく、むしろその後にオボロの指導の下で着物も手掛けなければならないので、今は気休め程度の洗濯なのだ。

 ちなみに、オボロの実家は元々呉服屋を営んでいた事から、彼女は衣服に関する知識が白夜一と言っても過言ではないくらいに豊富である。

 

「……んしょっ……ふぅっ…ふぅっ…」

 

 力仕事と言うだけあり、かなりの力を求められる洗濯。これはこれで良い鍛練になる…と、一部の者達からは肯定的だ。しかし、サクラやオロチのように、力に自信の無い者からすれば、重労働でしかない。

 事実、サクラは息を切らせて、玉のような汗を額に浮かべていた。

 

「もう少し、でしょうか…」

 

 それでも、順調に仕事をこなしていくサクラ。疲れながらも、残りは少なくなってきていた。

 

「サクラ様~!!」

 

 と、そんな時に掛かる声。

 

「フェリシアさん…?」

 

 彼女の臣下ではなく、姉であるアマテラスの臣下のフェリシアが、飲み物をお盆に乗せてやってきたのだ。しかし、彼女も軍議に参加していたはずだが……?

 

「フェリシアさん、軍議はいかがされたのですか?」

 

「はい~。アマテラス様がサクラ様に飲み物でもと、私がお使いに出たんです」

 

 にこやかな表情で、お盆を持つフェリシア。彼女が姉から遣わされた事を聞き、サクラは嬉しい気持ちが湧き上がってくる。

 軍議の最中であろうに、自分の事にも気にかけてくれるその優しさに、サクラは心から喜んだのだ。

 

 ただし、忘れる無かれ───。

 

「お飲み物は私の手で冷やしてますから、冷たいですよ……って、きゃー!!?」

 

 それを運んでいるのが、ドジで定評のあるフェリシアであるという事に。

 ちょっとした出っ張りにつまずいたフェリシアは、前のめりに転んだ。それはもう、盛大に。その際、フェリシアの持っていたお茶が、弧を描くように洗濯桶にダイブしたのは言うまでもなく、もし競技であれば満点が与えられていたであろう程に、キレイに桶の中に中身と共に収まっていた。

 

「………、」

 

 ドジであるとアマテラスから聞いてはいたが、思っていた以上に、鮮やかなこけっぷりに、サクラは言葉を無くして、桶とフェリシアを交互に見つめていた。

 慌てて立ち上がるフェリシアは、

 

「す、すみませ~ん!! すぐに新しいお茶と、桶の水を入れ替えてきますから!!」

 

「……くすっ」

 

 慌てたように、あたふたと取り乱すフェリシア。そんな彼女を見て、サクラはくすりと笑みをこぼす。

 

「フェリシアさん、あなたは面白い方ですね。あんなキレイなこけ方、初めて見ました」

 

「はわわ!? そ、それって褒めて下さってるのか分かりませーん!?」

 

「姉様がフェリシアさんを臣下として近くにおいているのが、何となく分かる気がします…」

 

 本来なら、使用人としてフェリシアのドジは致命的だ。ほとんどの場合、役に立たないメイドはクビになるだろう。

 アマテラスが優しいにしても、周りが黙っていないだろうが、どうしてかフェリシアはアマテラスの側にずっと居る。それは何故か。おそらく、彼女の人柄がそうさせているのではないか?

 何というか、ドジを連発する彼女ではあるが、不思議と憎めないところがある。失敗続きではあるが、健気に頑張るその姿は、見ていて微笑ましい。

 彼女は見ているだけで癒される存在なのだ。むしろ、フェリシアはドジあってこそのフェリシア、という構図が形成されている。サクラはそれを、今までのフェリシア、そして先程の転倒から、何となくではあるが感じ取っていた。

 

「えー!? それってどういう意味ですか!? もしかして、私はメイドのクセに闘う事しか能のないダメイドって事ですかぁ!?」

 

「そ、そこまでは言ってませんっ」

 

 勘違いしたフェリシアからの反撃を受けて、同じくあたふたと慌てるサクラ。本人は気付いていないが、彼女もまた仲間達からは癒し系として認識されている。要は、お互い違う方面で似た者同士なサクラとフェリシアなのである。

 

 まあ、フェリシアはサクラをそういう風に認識してはいないが。

 

「とにかくですっ。フェリシアさんは、あなたという存在だけでアマテラス姉様を支えているんです。それはすごい事だと私は思います。そこに居る…ただそれだけで、姉様の力になれるなんて、羨ましいですから……」

 

 自分で口にしながら、しゅんとうなだれるサクラ。元はと言えば、サクラが洗濯当番を買って出た根底には、仲間の負担を減らす事、そしてアマテラスの力に少しでもなりたいという事があったから。

 だから、フェリシアのアマテラスとの関係は、サクラからすれば少々羨ましいものだったのだ。

 

「サクラ様……。私だって、サクラ様が羨ましいですよ? アマテラス様は私や姉さん……あ、私と同じくアマテラス様とスサノオ様に仕えていた姉です。それからジョーカーさんにギュンターさん……私達臣下を、お二方は家族のように接し、扱ってくださいました。でも、それは『ホンモノ』ではありません。『家族のような』域を越えられませんから。でも、サクラ様は違います。あなたはアマテラス様の『ホンモノ』の家族です。私では手の届かない、アマテラス様の『家族』……本当に、羨ましいです」

 

 フェリシアからしてみれば、サクラはアマテラスの血の繋がった妹。自身も姉のフローラを持つ事から、姉妹の関係が深いものであると自覚している。だから、それをアマテラスとの間に築けない事も分かっていた。あくまで、()()として()()を大切にするしか出来ないのだ。

 

「……」

 

「……、うふっ」

 

「ふふふっ…!」

 

 互いが、その胸中を吐露した事で、2人はおかしくなって笑い合う。実のところ、お互いに相手の事を羨ましいと感じていたのだ。

 

「私達…似た者同士ですね」 

 

「はい! でも、サクラ様と似た者同士なんて、光栄ですけど、恐れ多くてカザハナさんの前に出られません~……!!」

 

「大丈夫ですよっ。フェリシアさんなら、カザハナさんともきっとお友達になれます! だって、私達は似た者同士なんですから」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「はいっ。私が保証します。それでは、どうやってカザハナさんと仲良くなるか、作戦を立てるためにも、お洗濯を終わらせてしまいましょう!」

 

「では、私はもう一度お飲み物を持ってきます!」

 

 互いが目的のために、今目の前にある仕事へと再び向き合っていく。こうして軍の癒し系の間で、奇妙な絆が生まれたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、軍議もサクラの洗濯も終わった頃、オボロが星界内を何かを探すように練り歩いていた。キョロキョロと辺りを忙しなく見回して、しかし、なかなか目当てのものが見つからない。

 

「んー……居ないわね。今日こそは、と思ってたんだけど……」

 

 彼女が探しているのは『もの』はものでも『者』だった。軍議が終わり、サクラの着物洗濯の監修を終えたオボロだが、監修終了後すぐにその目的の人物を求めて、1人星界の城を歩き回っていたのである。

 

「それにしても、どうしてサクラ様の着物洗濯の監修してた時、フェリシアも居たのかしら? 仲良さそうにしてたみたいだから、問題は無いけど…」

 

 それよりも、オボロは軍議の時にアマテラスがフェリシアをお使いに出した事も疑問だった。内容は知っていたが、何故ジョーカーではなくフェリシアにしたのか。しかし、よく考えてみれば当然ではある。サクラが洗濯していたのは、()()()()下着類。ならば、同じ召使いであっても男性のジョーカーより、女性のフェリシアが行った方が適任と言える。

 そこにメイドとしてのドジ加減は考慮されていないのだが…。まあ、結果的に良かったのだと、サクラとフェリシアの様子を見れば分かるというものか。

 

「……そろそろ夕食時だし、食堂に行けば捕まえられるものね。まだ我慢しましょうか………、ん?」

 

 夕食後まで、と諦めかけたその時、とうとうオボロは探し求めていた人物の姿を視界に捉える。その人物は、どうやら星界内に存在する森の中に居たらしく、手には弓が握られていた。狩りをしていたようだ。

 

 蛇足だが、このアマテラスの星界内の城はその広さ故に、多様なものがある。例えば、今の森。ここには野生動物が居り、森の中にある動物が通れる程度の星界の門を通して、外から入ってきているらしい。外界程は外敵も居ないため、一種の野生動物パラダイスと化した森では、一部の者が狩りを嗜んだりしている他、癒やしを求めて森に入る者も居る。

 他には泉なども存在する。人が大勢泳いでも問題ない程には広い泉。そこでは、水底から鉱石が少量だが取れたりもする。

 ちなみに、それらは全てアマテラスが竜脈を用いて作り出したものであった。近々、他の施設や自然物も作り出そうと考えているそうだ。

 

 と、それはともあれ、オボロは獲物目掛けてズンズンと足を進めていく。獲物である当の本人は、何も知らずに仕留めた兎を地面に下ろして、毛皮を剥ぐ準備をしていた。

 

「ふふふ…見つけたわよ、モズメ」

 

「オ、オボロさん…? 突然何なん…?」

 

 嬉々として、モズメに声を掛けるオボロ。モズメはといえば、オボロのあまりに良い笑顔に、若干の戸惑いと共に、少し引いていた。

 そんな事にはお構い無しに、オボロはモズメが逃げないように肩を掴んで話を続ける。

 

「私、着物を見立てるのが大好きなのよ。ご存知かしら?」

 

「うん、知っとるけど…。軍の何人かも、オボロさんに見立ててもろうたって聞くし…」

 

「じゃあ決まりね。モズメ、私に着物を見立てさせてよ。あなた、いつも控えめな色味のものしか着ないから、印象を変えてみたいのよね」

 

 突然の申し出に、モズメは驚いてみせる。

 

「ええっ!? で、でも…この服、気に入っとるし…」

 

「いいじゃない、ちょっと着替えるだけよ。絶対に可愛くしてあげるから」

 

「い、嫌やわ…あたい田舎もんやし…」

 

 モズメの控えめな断りに、オボロは食い下がる気配を一切見せず。むしろ火が点いたようにモズメに語り始める。

 

「そんなの関係ないわ。女の子なんだから着飾る事はむしろ覚えておくべきよ。きちんと私が教えながらやってあげるから、安心して」

 

「でも着飾るなんて、きっと滑稽やわ…。可愛い衣装やお化粧なんて似合わへんわ…」

 

「そんな事無いって! モズメ、素材はいいんだから」

 

 グイグイと迫るオボロ。その勢いに、モズメは気圧されながらも反論する。

 

「そんな口八丁には乗らんもん!」

 

「………」

 

 少し言い過ぎてしまったかと、ハッとするモズメだったが、オボロは少しして再び口を開いた。

 

「モズメ…私の腕を信じてよ…仲間でしょう?」

 

「な、仲間って…オボロさん。あたいはそんな顔には騙されへんよ。あんたがただやりたいだけやのに、何かええ話にすり替えようとしてへん?」

 

「そ、そんな事…そんな事………ちょっとはあるけど」

 

「やっぱり!」

 

 図星を突かれたオボロは、勢いが急激に弱まっていく。逆に、モズメは心配して損したとばかりに、

 

「もうええから、あたいの事はもう放っておいてーな!」

 

 言うだけ言って、肩を掴むオボロの手を外すと、モズメは足元の兎を取ってサッサと行ってしまった。

 

「うーん…さすがはモズメ…。この辺の守りは硬いわねぇ…。でも私、諦めないんだから!」

 

 そして、かえってその闘志をメラメラと燃やすオボロ。モズメは甘く見ていたのだ。オボロが服に関しては並々ならぬ執念と情熱を注いでいるという事を知らぬばかりに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食後、アマテラスはオロチを泉に呼んでいた。静かに風がそよぎ、泉の水面を優しく撫でている。

 

「さて、わらわを呼び出した用件とは何じゃ、アマテラス様?」

 

 泉に体を向けるアマテラスに、背後から声を掛ける形となるオロチ。アマテラスは、揺れる水面を見つめながら、そのまま口を開く。

 

「今回の一件で分かりました。私は……弱い」

 

 それはフウガとの戦闘の事を指していた。リンカと2人がかりで何とか食らいつき、竜の力を解放してやっとの事で追いすがった。それもギリギリでの勝利と、褒められたものではない。この先、暗夜王国との闘いは苛烈を極める事は必然だ。このままでは、遠くない未来、死の危険が訪れるだろう。自分だけではなく、仲間の命をも脅かそうと……。

 それだけではない。暗夜王家は実力者揃いであり、既にカミラはヒノカの敗北を以て、それを証明している。いや、幼い頃から剣の師として、魔法の師として師事してきたマークス、レオンもまた同様に、いずれは越えねばならない壁として、今もアマテラスの内で高く聳え立っている。そして、共に育ち、磨き合ったスサノオも───。

 

「ほう……自らの弱さを認め、受け入れる事はそう容易い事ではない。自覚し、噛み締め、天を仰ぎ高みに目を向ける。偉大なる先人達のほとんどが、それを心に刻んでおったそうじゃ」

 

「そう、ですか……。なら、私も見習わないと、ですね」

 

 くるりと反転し、オロチへと向き直るアマテラス。それと同時に、ブワッと突風が突如吹き、アマテラスやオロチの髪を大きく揺らす。

 決意を込めた顔付きで、自身を見つめるアマテラスに、オロチも自然と顔が引き締まる。もはやふざけた事を言えるような雰囲気ではなかったから。

 

「オロチさん。お母様の臣下としてのあなたに頼みがあります」

 

「…何かのう?」

 

「私に………闘う為の呪いを教えて下さい」

 

「………」

 

 その頼みに、オロチは黙りアマテラスを見つめる。命令ではなく、頼んできた事の意味。ミコトの臣下として頼むという事の意味。

 それはアマテラスがオロチに判断を委ねたという事。母の部下として、主君の娘に呪いの知識、技術を託すべきかどうか、オロチに託したのだ。

 人を呪わば穴二つ。そういう言葉がある程に、呪いは使い方を誤れば自身に災いが降りかかる危険なもの。それを教える側として、アマテラスはオロチに『頼んだ』のだ。相応しくないのなら、教えなくても構わない、と。そんな気持ちを込めて…。

 

「ふふ…」

 

 そして、沈黙を破るオロチ。それはコケにした笑いではなく、思い出したような穏やかな笑い声。

 

「やはり、親子じゃのう。そういうところが、ミコト様とよう似とる。無理強いは決してせず、こちらには考慮する余地しか与えぬ…。仮にも国を背負う方が、命令する事を嫌うのじゃて、おかしな女王様じゃったわ」

 

 柔らか笑みに、偽りはなく、侮蔑もない。心の底から、ミコトに敬意を払う態度でしかなかった。

 

「しかし、そこがわらわは大好きじゃった。だからこそ、わらわはあの方の臣下である事を何より誇りに思っておった。それはわらわだけではなく、ユウギリやカゲロウも同じであろうて」

 

「カゲロウさんも……?」

 

「ん? 聞いておらなんだかえ? カゲロウは元々ミコト様の臣下じゃ。ミコト様の頼みで、リョウマ様の臣下になったがのう」

 

 思わぬ名前が出て来た事に、アマテラスは少し驚いた。それにより、引き締めていた緊張感が少しだけ緩んでしまう。それを見て、オロチは大きく笑った。

 

「あっははは! そこもミコト様そっくりじゃのう! ミコト様も、事あるごとに気が抜けておったわ! うむ、良かろう。わらわが呪いを教えてしんぜようぞ」

 

「!! 本当ですか!?」

 

「ただし、教えるからには厳しくゆくぞ? 呪いは一歩間違えば破滅の恐れもある。なに、飴と鞭は上手く使い分けてやるから、安心せい。それと、指導の際にわらわの事は師匠と呼ぶように」

 

「はい、師匠!!」

 

「うむうむ! 善いぞ! そのノリで修行を行うので、あまり気負いしすぎんようにな」

 

「はい、師匠!!」

 

 ここに、一組の師弟が誕生した瞬間だった。後に、同じく呪い師であるツクヨミも巻き込む事になろうとは、2人はまだ知らない……。

 




 
追記:他のメンバーは何をしていたのか。

・タクミ、ヒナタ、ツバキ、カザハナは剣術の訓練。タクミはヒナタとカザハナに付き合わされる形で。ツバキはタクミを気遣って、負担を半減するため。


・カゲロウ、ユウギリは生け花を。前衛的なカゲロウの腕前に、ユウギリは引きつった笑みを浮かべる。


・サイゾウ、スズカゼ、ジョーカー、サイラスは組み手による戦闘訓練。異文化の戦闘技術を持つ相手と闘い、刺激しあう。


・エマは自分の天馬の毛繕い。たまには相棒を労る事も大切と、ユウギリから教えられたが故。


・リンカ、ツクヨミは互いの部族について気になった事を語り合う。その際、ツクヨミが野菜嫌いなお子様であると判明。


・セツナ、アサマはヒノカにより臣下としての心構えについて説教を。しかし、いつもながらのようにセツナは右から左へと聞き流し、アサマは毒舌でヒノカに反撃。ヒノカは自分が余計に疲れる羽目に。







 誰もが寝静まった頃、アクアは独りで泉の縁に腰掛けて、足を水の中に浸けていた。流石に体を全身まで浸す程はしないものの、足から泉の冷たさが上へと伝わっていく。

「……ユラリ ユルレリ♪」

 水面に映る自分を、足を軽くばたつかせて掻き消すアクア。静かな泉に、アクアの囁く程のか細い歌声が広がり消えていく。
 観客は居ない。強いて言うなら、自分自身が聴衆か。
 この歌は、特別な力を秘めているが、意図して使わなければ、特に効力は発揮されない。

「……次はイズモ公国。永続的中立国の立場を取るあの国なら、戦闘は起こらないはず。少しは皆も羽休めが出来れば良いのだけど……」

 戦闘が続く仲間達、そしてアマテラスの身を案じて、密やかながらアクアは歌う。行く先に、平穏が待っている事を願って。

「その手が 拓く 明日は♪」

 声は静かに、月光に煌めく水面は、アクアを肯定しているかのようで、神秘性に満ち溢れていた。
 その祈りが届くかどうかは別として……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 神々の坐す国

 

 風の部族の村から数日掛けて、アマテラス達はようやくイズモ公国の手前へとたどり着く。道中、何度かの野生化したノスフェラトゥとの戦闘があったが、特に問題無くここまで来れた。

 

「ここがイズモ公国……」

 

 国の玄関口である鳥居の形をした門前で、そこから見える建ち並んだ家屋へと視線を向けるアマテラス。街並みは、白夜の城下町程の華やかさは無くとも、それ以上に荘厳さで満たされており、質素であっても白夜の城下町に負けず劣らずといった印象を受ける。

 街並みでさえそこはかとなく神秘性を感じるのだから、中心へと進む程、それも比例して強さを増していくのだろう。

 

「白夜とは違って、こちらは神々しさが主に前面に出て来ているように感じます」

 

「そうね。ここは古くから神々の居る国として知られているわ。それに、他の国々が対立をしている時も、常に中立を守り続けているの。ここなら戦闘は禁じられているから、暗夜からの手の者も迂闊な真似は出来ないはずよ」

 

 アマテラスの率直な感想に、アクアが補填するように説明をする。なるほど道理で頷けるというもの。神々の居る国、つまりは『神々の坐す国』という事なら、この神秘性に満ちた雰囲気も納得出来る。

 

「この国は古くから、我ら白夜王国とも友好があると聞く。こうして訪ねるのは初めてだが、特に心配要らずともイズモの公王と面会が適うだろう」

 

 そう言うや、ヒノカはズンズンと鳥居の門へと向けて直進していく。アマテラス、そして他の者達もその後を追い、門へと近付いて行く。

 しかし、ヒノカが丁度、門の真下付近にたどり着いた時、その行進は妨げられる事となる。

 

「何者だ。ここから先は神聖なるイズモの地。怪しき者は立ち入る事を許さぬぞ」

 

 鳥居の柱の根元に立っていたであろう2人の門番が、互いに手にした薙刀を交互にクロスさせるように、アマテラス達の行く手を阻んだのだ。

 

「あ…いえ、私達は怪しい者では……」

 

「む、イズモ公国の衛兵か。よし、ここはお姉ちゃんに任せろ、アマテラス」

 

 と、ヒノカがアマテラスを擁護するように前に立ち、衛兵達と向き合う。姉としての威厳を示したいのだろうか。何故か少しだけ得意気に見えるのは、気のせいではないだろう。

 

「我らは白夜王族直属軍の部隊だ。急な話で失礼ではあると承知しているが、此度はイズモ公国の公王であらせられる『イザナ公』に面会を希望するために馳せ参じた次第」

 

 そう言って、ヒノカは何かを手に、前へと突き出した。

 

「おお…これは確かに、白夜王家の者が持つと言われる紋章の彫られた『白銀刀』…! どうやら、ヒノカ様ご本人で間違いの無いようですね」

 

 ヒノカの手に握られていたのは、太陽光を反射して白銀に輝く小振りの刀。刃の部分には白夜王家の紋章が刻まれており、その下にヒノカの名が刻まれていた。それを見て、ヒノカが王族本人であると理解したらしい。

 

「アクアさん、あれは…?」

 

 しかし、そんな事はつゆ知らず、アマテラスは不思議に思いアクアへとこっそりと尋ねる。そんなアマテラスに、アクアもこっそりと内緒話でもするように耳打ちした。

 

「あれは白夜の王族が生まれた時に、祝いとして職人に打たせる『白銀刀』よ。銀自体は珍しくも無いけれど、白夜でも滅多に採れないとされている『白光銀(びゃくこうぎん)』を素材としているの。話では、暗闇の中であっても輝きを放つと言うわ」

 

「へえ~……。すごく希少な鉱石なんでしょうね」

 

「ええ。白光銀が採れる鉱山は、普段は出入り禁止にされているから。先代の白夜王が、神秘に満ちた白光銀を無闇に採掘しないように、王族が生まれた時のような祝いの時以外は入る事を禁じたそうよ」

 

 その話を聞き、アマテラスは今更ながらに、自分が白夜の事を全然知らないのだと、改めて思い知らされる。白夜の王家に生まれたはずなのに、自分の国の事もまともに知らないなんて……と、情けない気分になってくる。

 それを感じ取ったのか、アクアはアマテラスに励ましの言葉を掛けた。

 

「アマテラス、これからもっと、白夜王国の事を知っていけばいいの。あなたには、“これから”があるんだから」

 

「アクアさん……」

 

 そうだ。アマテラスには、“これから”がある。白夜を選んだからこその“これから”。だから、もっと知っていけばいい。知らない事も、忘れた事も全部含めて、“これから”取り戻していけばいいのだ。

 

 そして、その話が聞こえていたのだろう、ヒノカが口を挟んでくる。

 

「その通りだ。分からない事があれば、何でも私に聞け、アマテラス。私はやっと取り戻した妹に、愛する祖国の事をたくさん教えてあげたいと思っているんだからな」

 

「ヒノカ姉さんも……ありがとうございます」

 

「礼など要らないさ。私達は姉妹なんだ。当然の事なんだからな。それはそうと、衛兵達と話は済んだぞ。面通りの許しを正式に得るまで、街中を見て回っていてくれとの事らしい」

 

 いつの間にか話は終わっていたようで、衛兵の1人が町通りを走っていく姿が見える。遠くに見えるこれまた和風な城。しかし、やはり白夜とは違って神々しさを纏っているような気がする。

 

「日暮れまでには許しを貰えるそうだから、それまでに指定された食事処に来てくれれば良いそうだ。良し、ではしばらくはのんびりと姉妹で散策に出るとしよう。女子会というやつだ!」

 

 言うや否や、ヒノカはアマテラスとアクアの手を取り、サクラに声を掛けて国内へと歩き始める。引っ張られるアマテラスとアクアは戸惑いながらも、拒否するはずもなく、サクラは慌ててヒノカ達の後をトテトテと走って追いかける。

 

 アマテラスは去り際に、大きな声で部隊全員に聞こえるように叫ぶのだった。

 

「と、という訳で、少しの間は自由に過ごしてくださーい!!」

 

 

 

 

「……僕も王族の一員なのに、僕だけはぶられたんだけど」

 

「ヒノカ様は女子会って言ってましたし、別に仲間外れのつもりじゃないんじゃないですか? という事で、俺らも見て回りましょうよ!!」

 

「賛成よ!! タクミ様とお店を見て回るなんて、滅多に無い事だもの! …ヒナタは要らないけど」

 

「なんだよ! お前こそ、1人で布切れでも見に行けばいいだろ!?」

 

「行きませんー! 私はタクミ様と一緒に行きますー!」

 

「……何か前にもこんな事があったような気がする」

 

 ギャーギャーと言い争いながら歩く2人に挟まれ、タクミはとぼとぼと街中へと姿を消して行った。

 

 

 

 そんなタクミ達を見送ったエマ、ユウギリ。そしてポンと手を叩き、何かを閃いたような素振りをするユウギリに、エマは疑問符を浮かべていると、

 

「ちょうど良い機会です。エマさん、あなたに淑女としての嗜みを教えて差し上げますわ」

 

「え、淑女…ですか?」

 

「ええ。女武者たる者、勇ましさだけでなく、気品も兼ね備えておらねばなりません。かのイコナ王妃はもちろん、御息女であるヒノカ様も、昔は王女としての教養を受けておられましたもの。まあ、最近は武者修行ばかりのようですが」

 

「ふむ。それは良いのう。どれ、わらわも久しぶりにユウギリの淑女ぶりを見学するとしよう」

 

「ああ。私もユウギリのお手前には敬意を払っている。この前の生け花など、素晴らしいとしか言えなかったからな」

 

 ずいっと割り込むオロチとカゲロウ。

 

「……審美眼はそれなりですのに、どうしてあのような摩訶不思議な出来映えになるのでしょうか?」

 

「ん? 何か言ったか、ユウギリ?」

 

 ボソリと呟いたユウギリの言葉に、カゲロウがジッと見つめ返す。理解出来ていなかったのはカゲロウだけであり、ユウギリ、そしてオロチとエマでさえカゲロウから目を反らした。

 

「では、私達は淑女のお勉強会といたしましょう。リンカさん、モズメさんもそのおつもりで」

 

「な!? 何故あたしまで!」

 

「そ、そうや! なんであたいもなん!?」

 

 突然声を掛けられ、狼狽える2人。しかし、お構いなしにユウギリは2人の腕を掴んで逃さないとばかりに離す様子はない。

 

「お二方共に、そういった教養を身につけていないようですし。この機に伝授して差し上げますわ」

 

「い、要らん! あたしは誇り高き炎の部族だぞ! そんなもの無くとも、戦士として立派に闘えているじゃないか!」

 

「私は、1人の女としての話をしているのです。それに先程も言いましたが、炎の部族とはいえ今やあなたも白夜の女武者としてこの部隊に所属しています。ならば少しくらいは気品を持って欲しいと私は思うのです」

 

「ぐ…た、確かに、お袋も男勝りなところはあるが、女らしさもしっかりと持っている。なんとも耳が痛いぞ……!」

 

「じゃ、じゃあなんであたいもなん!? あたいはただの村娘やで? 別にそんな気品とか要らんのとちゃう?」

 

「女性として身につけておいて損はありません。村娘だとか、そんな事は関係ありませんわ。女としてより美しく在り、そして気品のある作法は周囲からも良く映るものです。それに、もしこれから先、意中の殿方が出来たのなら、その心を射止める役に立つかもしれませんよ?」

 

「うう…な、なんか妙に説得力があるわ。それに、あたいだけやないんやったら、ちょっとだけ気が楽やし……」

 

 流され気味のモズメと、頭を抱えて唸るリンカ。そしてユウギリは有無を言わさず、2人を言葉巧みに丸め込んでいく。

 

「なんでしたら、今回はお試しとして参加すれば良いのです。参加してみて気に入らなければ、次回からは参加しなければ良いだけの話ですし。どちらにせよ、あなた方にはこれっぽっちも損はありませんよ。本来なら、こういった講習会のようなものはお金が掛かるものですから、むしろ得ではありませんこと?」

 

「え…ほんまやったら、お金掛かんの!? そ、そしたらユウギリさんのお誘いって、むっちゃ得なんやろか……!?」

 

「ま、まあ確かに? 本来なら金が掛かるところを、金が掛からん上に、こちらには足ししか無いというならば、受けてみるのも一興かもしれないな!」

 

 ユウギリの口車に乗って参加表明を匂わせる2人を見て、当の本人達を除いた者達は皆一様にこう思っていた。

 

(チョロい………)

 

 

 

 

 

 

「あっちの女性陣は盛り上がってるねー」

 

 そのやりとりを遠目で眺めていたツバキが、のんびりとした口調で述べる感想に、カザハナは特に顔色を変えず、

 

「お作法ねぇ……あたしは小さい頃に習ってたけど、今は興味無いなぁ。それよりサクラ様よ! せっかくの御姉妹揃って遊びに行かれたんだし、出来ればあたしも一緒に行きたかったけど、ここは我慢するとしてだよ? あたしはあたしで、サクラ様に似合いそうな小物でも探してみようと思うわ」

 

「ああ~。そういえば、君は王族の親戚の一族だったね。なら、作法なんてもう知ってるよねー。よし、じゃあ俺もカザハナに付き合おうかなー。まあ俺はサクラ様だけじゃなくて、アマテラス様やアクア様、他のごきょうだいの分も見繕うけどねー。なんてったって俺って完璧だしー」

 

「へえ~。なら勝負しましょ。あたしも王族方に似合う物を見繕ってくるから、どっちがより気に入ってもらえるかを競うの」

 

「別に良いけどねー。どうせ俺が勝つだろうし」

 

 余裕のツバキと、特に挑発したつもりの無いツバキに食ってかかるカザハナ。そして、火花を散らすサクラの臣下達に、新たな参戦者が名乗りを上げた。

 

「私も、ヒノカ様に贈り物を買いたい……」

 

「んー? セツナも参加するのかい?」

 

 ぼんやりしながら、セツナがぬべーっと2人の間に顔を突っ込んできたのだ。

 

「私は声を掛けられなかった……」

 

「あー……、セツナも俺と同じ貴族層だから、そこら辺しっかり身に付いてると思われたんじゃないかなー?」

 

 目を反らしながら言うツバキ。何故なら、それは本音では無かったから。真実は、『セツナに何かを教えるのは自分より強い敵を倒す事よりも困難だから』であろう。だから、ユウギリも見るからに淑女としての心得が成っていないセツナを呼ばなかった。セツナとは1対1でドシリと構えて向かわなければ、とてもではないが教えるなど無理なのだ。

 

「じゃあ決まりだね! 制限時間は集合時刻まで。それまでにサクラ様達に似合う物を見つけてくるって事で! それじゃ、よーい……どん!!」

 

 カザハナは合図と共に、街中へと走り姿を消して行った。それに続き、セツナもスローモーションで街へと歩き始める。

 

「セツナを1人にするのも心配だし、俺も付いて行こっかなー。遅刻なんてしたら大変だからねー」

 

 ツバキはそう判断を下すと、すぐさまセツナの後を追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「おや? サイゾウさんもどこかへ行かれるのですか?」

 

「……アサマか」

 

 仲間達が続々と動き始める中、サイゾウもまた何処かへ行こうとするも、そんな彼に掛けられるのはアサマの声。

 

「俺は待ち合わせ場所の食事処に行く。観光気分でここに来ている訳ではないんでな。動き回るよりも、最初から目的地に居る方が早かろう」

 

「そうですか。では、私ももう食事処に行くとしますかねぇ。ゆっくりとお茶でも頂いて待つとしましょう。その方が何かと楽ですからねぇ」

 

「勝手にしろ。……おい、一つ聞かせろ。僧侶というのは、進んで苦労を被る輩ではなかったのか? そのように楽をしても良いものなのか?」

 

「はっはっは。何を仰いますか。僧侶とて人間。それにこんな言葉もあります。『苦も楽も同じ事』、どちらも甘んじて均等に貪ってこそ、『平等』というものでしょう。それに、私は戒律にはさほど縛られてはおりませんので」

 

「そんなものか……。まあいい。職、そして人それぞれに責務も思想も異なってくる。そういうものだと思っておいてやる、破戒僧」

 

「おやおや。破戒僧とは失敬な。そういうあなたこそ、王族であるアマテラス様に失礼な物言いばかりでしょうに。他の国なら首が飛んでもおかしくないですよ。文字通り、首は胴体とお別れする、という意味ですがね」

 

「貴様にだけは言われたくない。貴様こそ、主君であるヒノカ様を困らせてばかりではないか。臣下として、主君の心身を尊重出来ずしてどうする?」

 

「私を召し抱えたのはヒノカ様ご自身です。そんな事まで一々気を回すなんて面倒以外の何物でもありませんよ。そも、私は僧な訳ですし。私が真に仕えるべきは本来、神であるところをヒノカ様にお仕えしているのですから、少しは多目に見て頂いても罰は当たらないでしょう?」

 

 サイゾウの正論に対して、持論で反論するアサマ。ヒノカでさえ手こずるアサマに口で勝てる訳も無く、サイゾウは早々に諦める。言い合ったところで、無駄に疲れる事が目に見えているからだ。

 

「…もういい。そもそもヒノカ様ですら手に負えぬ貴様を、俺がどうこう出来る道理も無し。もう俺からは何も言わん。付いて来るなら好きにしろ」

 

「それではお言葉に甘えて、ご一緒させて頂きますかねぇ。なに、別にお邪魔はしませんので。存分に苦手な甘味の克服でも為さって下さい」

 

「甘味が苦手なのは認めるが、別に克服する為の特訓をするつもりは無いからな……!!」

 

 

 

 

 

 

「ふむ。初めての外の国がイズモの国とは面白い。呪い師にとって、神秘性に満ち溢れた土地は相性が良い。それもイズモ公国となれば別格よ。この地であれば、質の良い呪符や新たな呪術の開発も捗るであろう」

 

 風の部族の村を出て初めて訪れる他国。ツクヨミは平静を装ってはいるものの、滲み出る興奮が顔に隠しきれずに表れていた。具体的には、目が爛々と輝いており、口角が限界ギリギリまで引き上がってしまっている。

 

「なるほど、呪いとは暗夜で言うところの魔道…。やはり土地柄にも影響されるという事か」

 

 と、うずうずするツクヨミの肩に、サイラスがポンと手を置いて話しかける。

 

「俺は騎士としての修練しか積んでこなかったからな。魔道には疎いが、興味自体はそこそこある。この際、異国の呪いという技術に触れてみるのも良い経験になるかもしれない。ツクヨミ、良ければ俺にも付き合わせてくれないか?」

 

「ほう…? 良い。殊勝な心掛けではないか。特に、この私に頼んだところは良い視点である。お主も私同様、白夜の人間ではないようだし、共に異国情緒を堪能しつつ、呪いについて語ってやろうではないか!」

 

 頼まれた事に上機嫌になるツクヨミ。こういうところが子どもっぽいと言われる原因である事に、彼はまだ気付いていない。

 

 

 

 

 

 そして、

 

「か、完全に出遅れてしまいました~!!」

 

 他の者達がそれぞれ街へと消えていく中、オロオロとあちこちに視線を移すフェリシア。それを呆れた様子で見ているジョーカーと、困ったような笑みを浮かべるスズカゼ。

 

「せっかく姉妹お揃いでの観光だ。出来れば俺はアマテラス様のお邪魔はしたくない。だからお前も、アマテラス様に迷惑が掛からないようにあまり近付くなよ」

 

「ひ、ひどいですぅ~!?」

 

「ですが、お邪魔をしたくないというのは同感ですね。ヒノカ様は長年仰っていました。『いつかスサノオやアマテラスと共に、街へと繰り出したい』……と。異国の地ではありますが、ようやく叶ったその願い……スサノオ様は残念ながらいらっしゃりませんが、せめて今は楽しんで頂きたいものです」

 

 スズカゼから語られるヒノカの願い。それを聞き、フェリシアとジョーカーも、少ししんみりとした空気を纏う。

 彼らのもう1人の主であるスサノオ。彼は、付き人2人に妹を託した。今度会う時は、恐らく敵としてであろう。それが分かっていて尚、彼は決断を下し、そしてフェリシア、ジョーカーもその決断を受け入れた。全ては主を想ってこその事ではあるが、やはり遠く離れたとて主への気持ちが薄らぐ事など無い。

 

「……さて、俺は質の良い茶葉でも探すとしよう。どうせだ、お前らも手伝え」

 

 気を取り直すように、ジョーカーは首を振ると、フェリシアとスズカゼに同行を頼む(命令)。純粋に人手を確保するだけではなく、さりげないフェリシアへのフォローも含まれていた。だがしかし、それは当の本人に気付かれる事も無く、スズカゼにのみジョーカーの本心は伝わるのであった。

 

「よーし! 張り切って良い茶葉を見つけますよー!!」

 

「では、私はなるべく気配を消して茶葉を探しましょう。気が付いたら大勢の女性に取り囲まれていた……では、まともに動けそうもないですので」

 

「……なんだそれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

「ヒョーホッホッホ! 来てくれちゃいましたね、アマテラス様…! 万全を期してお待ちしちゃってますからねぇ~!!」

 

 アマテラス達の預かり知らぬ所で、密やかに陰謀が動き出そうとしていた……。

 

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「いや~……もうすぐ白夜編も50話に届くんだね……。感慨深いなぁ~」

カムイ「暗夜編も、次で50話だけど、まだトータル100話には届いてないんだよね」

キヌ「まあ、分岐したのが20話辺りからだったしね。それでも、100話まではもう近いんだけどねー」

カムイ「さて、それじゃあ今日の本題に入るよ」

キヌ「と言っても、今日は簡単に済ませちゃうけどね! 次回は50話記念! この前のあんけーとも、更新と同時に終了するからね」

カムイ「でも、アンケートのアンケートだから、そこまで重要じゃないんだよね。重要なのは、その次の特別企画だもん」

キヌ「そう! 『オリジナル兵種の募集』だよ! その時にまた改めて、それ用の活動報告を上げる予定だから、詳しくはまた今度!」

カムイ「それでは、次回もよろしくお願いします!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 侵食する悪意

 

 太陽は既に傾き、そろそろ日も暮れようかという頃合いで、散り散りだったアマテラス部隊が一斉に集まり始める。

 場所はイズモでも有数とされる食事処、『祭り神輿庵』である。夕食時という事もあり、店内店外を問わず人で埋め尽くされていた。

 

「ふう、回り尽くしたな!」

 

「あはは……足が疲れました」

 

「まさか本当に夕暮れまで街を回るなんてね……」

 

「あ、足が棒のようです……」

 

 店先では、満足げに笑うヒノカと、げんなりと脱力するアマテラス、疲れ果てた顔のアクア、そしてサクラは脚をプルプルと震わせて、祓串を杖代わりにやっとの事で立っていた。

 

 アマテラス達以外にも、既に到着しており、各々が過ごした自由時間の感想を言い合ったりしている。

 

「ふっふーん。ツバキ、この勝負、あたしの勝ちね! とっても素敵な物がたくさんあるお店を見つけ出したのよ! まとめて見繕ってきたわ!」

 

「まだ分からないよー? 俺は色んな店から、それぞれ買ってきたからねー。その人に合ったものを色んな店を回って買ってこそだよー」

 

「私も……饅頭をヒノカ様に買った。美味しい…」

 

「お、贈り物をつまみ食いするのはどうかなー……?」

 

 

 

「一通りお教えしましたが、今一度復習が必要ですわね」

 

「……なんかもう、くたくたやわ」

 

「あたしもさ…。作法ってのは心労が付き物なのか…?」

 

「ぷくく…!! リンカとモズメのあの姿と来たら……アハハハハ!!!」

 

「笑ってやるでない。最初なのだから、仕方の無い事だ。それにしても、2人もそうだが、エマも初めてであるにも関わらず、よく頑張ったな」

 

「えへへ…。少しでもユウギリ様に近付きたい一心で、頑張りました!」

 

 

 

「思った通り、良い呪符が作れたぞ。聞いて驚け、サイラス。なんと羞恥心が薄くなる呪符だ!」

 

「ほう…。戦闘で鎧や衣服がはだけてしまった時なんかに便利そうだな! 俺も呪いがどんなものか、なんとなくだが理解出来たし、良い結果尽くしだな」

 

 

 

「結局、甘味の克服はしませんでしたねぇ。意気地がない忍びが居たものですよ」

 

「き、貴様…っ! 甘味と忍びは関係ないだろうが!」

 

 

 

「はあ~……素敵な着物がたくさん見れて、タクミ様とも街を回れて……幸せね」

 

「美味いもんも食えたし、俺も文句ねぇな!」

 

「2人が落ち着いてくれて助かったよ……。まあ、僕も少し満足出来たかな?」

 

 

 

「手に入れたは良いが、異国の茶葉だからな…。淹れ方を学んでおかないと、アマテラス様にお出し出来る代物じゃないのが難点か」

 

「それでしたら、私がご教授出来るかと。簡単にですが、茶の淹れ方をお教えしますよ」

 

「あれ? 私、ジョーカーさんと並んでるのに、ど、どうしてスズカゼさんは私の方は一切見ないで仰るんですか~!?」

 

 

 

 こんな具合にそれぞれが言い合っていると、1人の衛兵らしき武装をした者が、ヒノカの方へと歩いてくる。おそらく、彼が使いの者なのだろう。

 

「白夜王国第一王女ヒノカ様ですね? イズモ公王イザナより、許可書を得て参りましたので、早速ですが王宮へとご招待させて頂きたく存じます。皆様お揃いでしょうか?」

 

「ああ。いつ出発してくれても構わない」

 

「それでは、皆様をお連れ致します」

 

 衛兵の先導で、ヒノカはアマテラス達を引き連れて先頭を行く。既に日は地平線へと沈む手前で、赤みがかった空には、夜の闇が広がり始めていた。

 

 

 

 連れられたイズモ公国の王宮は、入り口が大きな木々に覆われ、王宮自体はそれらの木々の上に立つように建っていた。やはり王宮内も質素を是としているらしく、華美な装飾はあまり見られない。

 中を進んで行き、やがて大広間へと通されるアマテラス一行。ここでしばらく待つように言われると、ここまで案内していた衛兵が、奥へと姿を消して行った。

 

「お城に案内されましたけど…ここで待っていて良いのですよね?」

 

「は、はいっ。もうすぐ公王様がいらっしゃると思いますので、その時にオロチさんの占いの事も分かるのだと思います」

 

「オロチさんの占い…、一体何を示していたのでしょう……」

 

 そして、言われた通り少しの間待っていると、衛兵が消えて行った方から、誰かがやってきた。白い長髪に、金の髪飾りを左右に付けて、陰陽師のような導師服に身を包んだ、全体的に白い格好をした、おそらくは男性。その印象は、

 

「わあ、すごく綺麗な方が来ましたよ…! あの方が公王様でしょうか?」

 

 その神々しくさえ映る姿、立ち振る舞い、足の運び方。あれが公王で無ければ、一体何だと言うのかと思える位、高貴そうな人物なのだ。

 アマテラスの言葉に、ヒノカがヒソヒソと返す。

 

「私は初めてお目にかかるので分からんが、恐らくそうだろう。この国の雰囲気に似合う、何とも神々しい御方ではないか」

 

「な、なんだか、緊張してきました、姉様…」

 

 いよいよイザナ公王であろう人物が近付いて来て、サクラがギュッとアマテラスの手を握る。人見知りする方なサクラは、その神々しさも相まって、臆してしまったのだろう。

 

 ついにアマテラス一行の目前にまでやってきた彼は、細めた目を静かに開け、彼女らの姿を目に映す。そして、その口がゆっくりと開かれた。

 

「キミたち…」

 

「は、はいっ!?」

 

 突然声を掛けられ、思わず変な声が出てしまうアマテラス。固唾を呑んで様子を窺っていると、

 

「はじめまして~! キミたちが白夜王国の使者サマかな~!?」

 

「えっ!?」

 

「思ってたのと違うぞ!?」

 

 無意識に叫んでしまうアマテラスとヒノカ。しかし、そんな彼女らにはお構い無しに、彼は変わらぬ調子で続ける。

 

「僕は公王イザナ! 以後、お見知りおき~! それにしても、よぉ~く来てくれちゃったねえ! ささ、ゆっくりしてっちゃいなよ!」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 ギャップの落差が天井知らずで激しすぎて、アマテラスは逆に萎縮してしまう。

 

「それでそれで~? 僕に何か用があったんだよね? 一体何の用なのかな~!?」

 

「そ、そうですね…」

 

 実際、特にこれといった用事など無いアマテラスはどうせならと、とある事について聞いてみる。

 

「虹の賢者様について、何かご存知でしょうか?」

 

「虹の賢者? ああ、ノートルディア公国に住むってされている賢者様だね~。多分だけど、実在するんじゃないかな~? 今まであそこで力を授かった人もいるからね~」

 

「そうなんですか?」

 

「そうそう! 例えば……白夜王国の亡き白夜王スメラギ、暗夜王国のガロン王や、マークス王子とかね」

 

「!!?」

 

 その思いがけない情報に、アマテラスは唖然となる。強い強いとは思っていたあのマークスも、虹の賢者から力を得ていたのだ。それだけではない、ガロン王でさえ力を授かっているというのなら、絶対に自分達も虹の賢者から力を授からなければならない。そうでなければ、対等になど闘えまい。

 

「マークス兄さん、ガロン王も……そしてお父様も…」

 

「私達の最終的な目標はガロン王の打倒……。そのガロン王が虹の賢者から力を授けられたのなら、私達も力を授からなければ勝てないわ。だって、前提から違っているのだから」

 

 アクアの言葉が、アマテラスの心に刺さる。ただでさえ強大な暗夜王国、それを束ねるガロン王の実力は、恐らくマークスをも越えるはず。同じ土俵に立てない時点で、話にならないのだ。

 

「でも、これで虹の賢者様が実在するという可能性が高くなりましたっ。私達も、賢者様にお会いして、力を授けられさえすれば……!」

 

「…そうだな。私達も力を得れば、白夜にとって大きな戦力に成りうる。ガロン王やマークス王子も力を得たならば、私達もその力を手に入れるだけだ」

 

「だね。それに、父上も通った道なんだったら、子である僕らもその道を辿ってやろうじゃないか」

 

 それぞれが前向きに捉える王子王女達。それを見習って、アマテラスも気を取り直す。悲観してばかりいられない。ガロンやマークスの強さの一端を担っている虹の賢者。その賢者から力を手にするチャンスが、実在していると分かっただけでも良いと言える。噂の真実味が増したのだから、この遠征は決して無駄足ではないのだ。

 

「そうですね…。噂という朧気な虚像でしかなかった虹の賢者様が、確かな形を持って私達の目標へと変わりました。ガロン王やマークス王子、スメラギ王…お父様も得たという賢者様の力。必ず私達も授かって帰りましょう!」

 

 志し新たに、気合いを入れ直すアマテラス。そんな彼女に釣られて他の仲間達も、一部を除きテンション高く声を上げる。

 そんな彼女らの姿を見ていたイザナ公は、にこやかな笑顔で見つめて、

 

「うんうん! 元気が良いのはタイヘンけっこう!! そんなキミたちに、豪華な食事を用意してあるよ~! せっかくだから宴を楽しんで行ってね~!! イズモ流のおもてなしをご堪能あれ~!」

 

 そう言って、紳士の如き礼の格好を執るイザナ。

 

「せっかくの申し出だ。受けねば無礼というものだろう」

 

「そうですね。……行く先々でもてなされてばかりで、なんだか申し訳ないですが」

 

「遠慮しないで、じゃんじゃん食べて行っちゃってね~!!」

 

 イザナの厚意に甘える事にしたアマテラス一行は、彼の後に続いて王宮の中を進む。進むに連れて、なんだか美味しそうな良い匂いが漂い始める。何人かは軽く食事をして来たが、そそる匂いに空腹感が刺激されてくる。

 やがてアマテラス達は、たくさんの膳が並べられた、先程よりは少し小さな広間へと通された。数えてみると、丁度アマテラス達の人数分が揃えられているようだ。膳の前には、これまた高級そうな座布団が敷かれている。

 

「そうそう。この広間は土足禁止だよ~! あの畳の前で靴は脱いでおいてね~」

 

 イザナの注意に、白夜出身の者は特に違和感を抱かずに続々と席に着き始める。しかし、暗夜には土足厳禁という習慣が浸透していない事もあり、アマテラスを除いた暗夜出身の者は戸惑っていた。

 

「靴を脱いで食事をするのは、テンジン砦でも経験しましたが、やはり慣れませんね…」

 

「は、はいぃ~…椅子に座って食べるのに慣れてしまってますから、変な気分です…」

 

「郷に入っては郷に従え……か。これもまた、良い経験だろう」

 

 しかし、彼らも観念して靴を脱ぐ。集団に属する以上、あまり規律を乱すべきではないが故に。たとえ小さな事でも、ともすれば大きな亀裂へと成りかねないのである。

 

「さあ、ゆっくりと召し上がれ~!! ゆっくりとね~。あ、そうそう! 思い出したんだけど、アマテラス王女には少し込み入った話があるんだよね~。ちょっと僕と一緒に来てくれるかな~?」

 

「え? あ、はい。分かりました」

 

 言われるがままに、アマテラスは歩くイザナの後を追い始める。少しの警戒心も見せる事なく。

 

 

 

 

「…………、」

 

 

 

 

 

 

 少し歩いて、なんだかよく分からない部屋に通されたアマテラス。その小さな一室は、古びた人形や置物がたくさん置いてあって、倉庫のように見える。一つ言えるのは、暗さも相まって人気が無いこの場所は、内密な話をするにはうってつけという事か。

 

「あの…それで、イザナ公王。込み入った話というのは…?」

 

 改めてイザナへと問うアマテラス。先程までは明るさもあって神々しく見えていたイザナだったが、今のアマテラスには部屋の雰囲気と暗さも手伝って、その笑みが何故か不気味にさえ映る。

 

「いや~。話というのはね……ちょっと拘束されてくれないかな~……ってね」

 

「え? ……あ゛!?」

 

 瞬間、アマテラスの体に異変が起きる。突然の頭痛、吐き気に襲われ、その場に立っていられなくなる程に、激痛がアマテラスを苦しめる。

 

「あ゙あ゙あ゙!! ぐ、こ、これは…どういう、こと、です……イザナ、公!?」

 

 頭を万力で締め付けられるような苦痛、胸に込み上げてくる異物を飲み込んだかのような激しい吐き気に必死に耐えて、アマテラスはイザナを睨み付ける。信じられないとでも言わんばかりに見開かれた目からは、涙が浮かんでいた。

 

「イザナ公…? ふふふ…、きひひひひ!! ひょーっほほほほ!!! 私はイザナ公なんかじゃありませんよ!」

 

 歪で醜悪な笑い声を上げる彼の顔が、どんどん霞が晴れていくように消えていく。そして、代わりに出て来たその顔は……、

 

「!!! あなた、は……『ゾーラ』!?」

 

 やせ細った体躯に、暗夜の邪術士の衣装を纏った男。垂れ目がちで、陰湿な笑みを浮かべるその男の名はゾーラ。暗夜王国の幻惑、幻影を映し出す事を得意とする魔道師だ。

 アマテラスは何度か、彼と会った事がある。北の城塞でのアマテラスとレオンの魔道訓練に使う魔道書の運び入れなど、雑用として使わされた彼と会った程度の顔見知りという程度。会話こそは無かったが、アマテラスは彼の名前くらいは知っていた。ギュンターは彼の事を嫌っている節があったので、それがアマテラスの印象に残っていたのだ。

 

「ここであなたを捕らえて手柄を上げれば、私はマクベス様よりも出世出来るに違いないんですよぉ!! もしかしたら、一気にガロン王様の側近にまで昇格出来るかも…! ひょーっほほほほ!!」

 

「ぐぅぅ…! こた、えなさい…! 本物の…イザナ公、は…どこに……!!」

 

「本物~? それなら、牢屋にぶち込んでやりましたよ! あ、そうそう。お仲間も、今頃毒入りの料理を食べて死んじゃってるでしょうから、助けを期待しても無駄ですよーっ!」

 

「なん、ですって……!?」

 

 アマテラスを捕らえる事が目的なら、他の仲間達は不要でしかない。良くて捕虜。最悪の場合は殺されるのは当然だ。そして、今回はその最悪のケースが選択されてしまったのだ。

 

「そん、な……あぐぅ!?」

 

 苦痛から来る涙と、自分の不甲斐無さの為に仲間を殺してしまったと、自身を叱責する涙が入り混じり、ポタポタと床を濡らしていく。自分のせいで、仲間が、家族が、親友が。皆、死んでしまった……と。

 悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。闘わずして、こんな所で終わってしまうのか。仲間を犠牲にして、自分は何もせずに終わってしまうのか。

 

「さあ~て、結界が効いているうちに捕縛しちゃいましょうかね~! みなさーん、ちゃっちゃとやっちゃってくださ~~い!」

 

 ゾーラの合図と共に、部屋の入口にゾロゾロと暗夜兵らしき者が入ってくる。アマテラスは抵抗を試みるも、頭痛と吐き気でまともに立つ事さえ不可能だった。

 

「こんな、ところで……終わりたく、ない……!!」

 

 

 

 

 

 

「安心して。あなたの道を、こんな所で終わらせたりなんてさせないわ」

 

 

 

 

 

 その時、吹き抜ける一陣の風。声と共に、アマテラスの前に佇む姿があった。

 水色の長い髪をたなびかせ、薙刀を手に、アマテラスを守るように佇む歌姫。

 

「な、ななな、なんで生きて!!?」

 

「ぎゃあ!?」

 

 当然ながら、取り乱し慌てふためくゾーラ。周囲に居た暗夜兵達も、後ろから来た他の仲間達によって次々と倒されていく。

 

「簡単な事だ。お前のような頭の軽い公王が居るか!」

 

 ヒノカが自身の得物である薙刀を、ゾーラの鼻先へと向けて叫ぶ。その顔には相当な怒りが露わになっており、妹であるアマテラスを苦しめたゾーラに、憤りを覚えていたのだ。

 

「まあ、わらわは最初からきな臭いと思っておったがの」

 

「ふん。私を甘く見てもらっては困る。私とて、こやつから怪しげな気配を感じておったわ」

 

 呪い師2人が、部屋の隅に設置された結界の要を破壊しながら得意気に語る。それにより、アマテラスを支配していた頭痛と吐き気が嘘のように消え去った。

 

「助かりました…みなさん」

 

「姉様っ、大丈夫ですか!?」

 

 ヒノカに睨まれて固まるゾーラを無視して、サクラはアマテラスへと駆け寄る。今にも泣き出しそうなその妹の顔に、アマテラスは情けない気持ちでいっぱいになる。妹に、こんな心配をさせて、あまつさえ、みんなが死んだと思い込み、信じていなかった事に。

 しかし、それと同時に、充足感にも満たされていた。自分には、こんなにも頼もしい仲間達が付いてくれているのだと。

 

「大丈夫ですよ、サクラさん……。さあ、ゾーラさん。これで形勢逆転しました。諦めて投降してください!」

 

 周囲を完全に包囲され、逃げ場の無いゾーラに投降を求めるアマテラス。だが、

 

「誰が投降なんてするもんですか~っ!! キエェェェェ!!!!」

 

「なに!?」

 

 突然奇声を発した彼は、一瞬で姿がその場から消え去る。目の前でゾーラの姿が消失した事に、ヒノカは驚きを隠せず、何度も目をパチクリさせて辺りを確認するが、どこにもその姿は見当たらない。あるのは仲間達の姿だけだ。

 ただ、

 

「姿を視認させぬ術か! となれば、私達が認識出来ぬ間に外に逃げおったな!?」

 

 ツクヨミが部屋の外へと目を向ける。呪い師としてフウガのお墨付きのある彼が言うのだ。恐らくそれが正解なのだろう。事実、

 

『出合え出合えーーい!! こうなれば、全軍突撃しちゃいなさ~~~い!!』

 

 部屋の外、それもそれなりに離れた所からであろうゾーラの声が、アマテラス達の耳に届いてくる。まだ部下の兵士が控えていたらしい。アマテラスはその場の全員に指示を飛ばす。

 

「総員、戦闘の準備を! イザナ公王は城の牢屋に閉じ込められています。暗夜兵を倒して、救出に向かいます!!」

 

「中立国を足蹴にするやり方、到底許せるものではない! 皆の者、必ず勝つぞ!!」

 

 アマテラスとヒノカの号令に、皆が志気を高く武器を取る。彼らとて、こんな卑怯なやり方を許せるものではないのだ。

 

 遠征隊として、テンジン砦周辺の森以来となる、暗夜兵との闘い。アマテラスは気を引き締め、夜刀神を手に取る。再び顔見知りとの戦闘となるが、サイラスの時とは話が違う。

 卑怯かつ卑劣なるゾーラを倒し、イザナ公王を救い出す。今度は防衛戦ではない、真っ向からの正面衝突で、入念な策など敷く間もない闘いが、アマテラスを待ち受けていた。

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「あと二日で一周年だね~」

カムイ「なんだかんだで、もうすぐ総計100話にも到達するね」

キヌ「そして今日はマトイの誕生日だよ!」

カムイ「こんなに短い期間にお祝い事が連発するなんて、おめでたいよね!」

マトイ「その分、作者であるキングフロストは苦悩するんだけどね」

キヌ「そうなんだよねー。色々記念にやりたくても、時間が無くて書けないって、若干泣き言言ってるし」

カムイ「まあ、初投降の日がまさかマトイの誕生日近くとか、白夜と暗夜の両方が50話到達と間近なんて、思いもしてなかったらしいからね」

マトイ「その上、仕事が変わって忙しくて書けないなんて、完璧じゃないわね」

キヌ「だよね~」

カムイ「サラッと会話を続けてたけど、マトイがあまりに自然に会話に交じっててビックリだよ…」

マトイ「あら? 今日は私の誕生日なんでしょう? なら別に私がゲストでおかしくないじゃない」

キヌ「うんうん! という事で……マトイ、お誕生日オメデトー!!」

カムイ「おめでとう!」

マトイ「うふふ…こう素直に祝われると、なんだか照れくさいわね」

キヌ「あとでお祝いに、マトイの天馬の毛繕いしてあげるね~!」

マトイ「…ありがたいけど、そこは私に何かしてくれるで良いんじゃ……?」

カムイ「マトイの誕生日もだけど、白夜編50話到達の記念として、少しサプライズもあるよ! 今日、明日と続けて、白夜編と暗夜編の50話を更新するんだ!」

キヌ「今日はこれで終わりだから、明日に日付が変わる頃に暗夜編も更新されるよ!」

マトイ「それだけじゃないわ。一周年当日には、以前のアンケートの結果から、『オリジナル兵種』の募集が決定したわ!」

キヌ「詳しくは当日の活動報告を見てね~」

マトイ「完璧なオリジナル兵種の案、あればで良いから、出来れば送ってくださいね。出来る限り、採用の方向で考えるらしいから」

カムイ「でも、ちょっと無理が有りすぎるものは難しいから、程々にね~……」

キヌ「それじゃ、また当日に……」

キヌ&カムイ&マトイ「次回の更新も、よろしくね!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 正義は此処に

 

 すぐさま部屋の外へと飛び出したアマテラス。まだ少し頭痛と吐き気が残っているが、そんな事は気にしていられない。廊下を出てすぐに、こちらへと走り迫る暗夜兵の一団の姿を視界に捉えたアマテラスは、

 

「『竜穿』!!」

 

 左手を肥大化し、大きな竜の顎へと姿を変化させて、そこから複数の水塊弾を発射した。水塊弾は勢い良く暗夜兵達の顔面目掛けて飛来し、何人かにはかわされるが、着弾したものの頭部に覆うようにへばり付き、呼吸の自由を奪い去る。

 

「死ねぇ!!」

 

 打ち漏らした残りが剣を掲げて押し寄せる。しかし、当然ながら仲間達も続々とアマテラスに続いて前へと勇み進んでいた。敵の攻撃をそれぞれが受け止め、アマテラスにその凶刃が届く事は無い。

 

「アマテラス! 指示を出せ!! お前がこの隊の長だ!!」

 

 敵と打ち合いながら叫ぶヒノカの言葉に、アマテラスは大きく頷いて、全力で仲間達に叫ぶ。

 

「近接戦闘を得意とする方はこのまま暗夜兵と戦闘を! 忍びの方々はイザナ公王が捕らわれている地下牢を探し出し、彼を救出して下さい! タクミさん、セツナさんは後衛にて弓による援護射撃を! オロチさん、ツクヨミさんも同じく呪術による遠距離攻撃! サクラさん、アサマさん、ジョーカーさん、フェリシアさんは回復による前衛の補助を! エマさん、モズメさんはユウギリさんと一緒に闘うように!」

 

 リーダーである彼女の言葉を皮切りに、各々が役割を認識して立ち回りを演じ始める。敵と交戦していたスズカゼ達忍びは、速やかに目の前の戦線を離脱。そして3人それぞれが別々に城内へと散って行く。

 彼らの抜けた穴を補うように、残った前衛は獅子奮迅の勢いで敵の攻勢を押し留める。

 

「ふん……さて、やるよ」

 

「ばいばーい……」

 

 タクミは得意気な笑みを浮かべて、風神弓から輝く矢を生み出し、確実に暗夜兵の急所を撃ち抜いていく。セツナも、その気の抜けた台詞とは裏腹に、鋭い眼光で敵の頭部を確実に射抜き仕留めていた。弓の腕だけなら、タクミにだって負けず劣らずだ。

 

「さあ、素敵な断末魔を聞かせて下さいまし…!!!」

 

「負けてられません! エマ、参ります!!」

 

 誰よりも楽しそうに武器を振るい、バッタバッタと暗夜兵を得物である薙刀で斬り捨てていくユウギリ。そんな彼女に倣い、弟子であるエマも嬉々として敵へと突進する中で、モズメは半ば泣きそうになりながら2人に続くのだった。

 実際は、見習い兵であるエマと戦闘経験が不足しているモズメを、この中で誰よりも豊富な経験を持つユウギリに付けて安全を確保する……という考えでアマテラスは指示を飛ばしたのだが、それが裏目に出たのかもしれない。

 

「ユウギリさん!? あまり無茶はしないで下さいね!? エマさんもですよ!!」

 

 その叫びも虚しく、ユウギリは自身による愉しそうな笑い声によって、アマテラスの言葉は彼女の耳には届いていなかった。当然のごとくエマも同様である。

 

 アマテラスはすぐに頭の中で状況を整理する。ユウギリ達はもはや彼女の突進によって呼び止める事も指示を変更する事も不可能。ならば、サポートを付けるしかない。あのぐんぐん突っ込んで行く猪突猛進ぶりを見るに、癒し手を同行させるにしても男性であるジョーカー、アサマでなければ難しい。更に言えば、来て日の浅いジョーカーよりも、まだ連携の取れるアサマの方が適任か。

 そう判断を下すと、アマテラスは今度はアサマに指示を飛ばした。

 

「アサマさん! ユウギリさん達の援護に回って下さい! なるべく傷は負ってもすぐに治療するように!!」

 

「仕方ありませんね。主君たるヒノカ様の妹君であらせられるアマテラス様に命令されては、逆らう訳にはいきません。面倒ではありますが、私が行くとしましょうか」

 

 いつものように一言も二言も多い彼ではあったが、素直にユウギリ達の方へと走って行く。既にユウギリによる嵐のような行進が通った跡には、暗夜兵の亡骸しか横たわっていないので、アサマが彼女らの元に辿り着くまでに危険が及ぶ事は無いだろう。

 アサマが走り去るのを見届けて、アマテラスは力の限りを尽くして新たに檄を飛ばす。自身も敵を見据えながら、怒号の飛び交う戦場へと足を向けて。

 

「彼らの卑怯な悪道を、私達で打ち砕きます! 臆する事はありません、白夜の王女アマテラスがこの闘いを正しき事であると保証します! だから、思う存分刃を振るいなさい……正義は此処にあるのだから!!」

 

 彼女の号令に、武者達は更に勇み奮う。癒し手達もまた、杖を、暗器を握る手に力がより込められる。

 そしてアマテラス自身も己を奮い立たせて、夜刀神と竜化させた腕を引っさげて敵へと突進していった。

 

 アマテラスはまだ気付いていない。この瞬間、彼女の持つ不思議な魅力が、一種のカリスマへと成長し、軍を率いる才能へと開花したという事を。

 しかし、それは確かな形を持って表れていた。仲間達の鼓舞、軍を率いる者として士気を高めるというのは才能でもある。それも、大将自らが前線で指揮を執るというのは、戦場で闘う者としてはこれ以上無い程に効率良く、そして安心感が生まれるというもの。

 

 逆に言えば、大将が激戦区で首をぶら下げているとも言えるが、故にこそ、そうはさせまいと仲間達は奮戦する。知らずのうちに、アマテラスは戦士として、指揮者として、両立の取れたスタイルを見出したのだ。

 

 そして、アマテラスの檄は事実彼らの心にもしっかりと刻み込まれていた。

 

「へっ! 美人の、それもタクミ様の姉君からのお達しときたんだ! こいつは遠慮なんてしてられねぇぜ!!」

 

「せいやっ! …今のアマテラス様の言葉、胸にグッときたわ。正義は此処に…私達にある! 非道を往く憎き暗夜の者め、楽に死ねると思わない事ね!!」

 

 笑顔で敵を押し退けるヒナタとは対照的に、悪鬼のような形相で敵を斬り伏せるオボロ。あの少しひねくれ者なところのあるタクミが臣下にしているだけあって、2人は流石としか言いようの無い実力を示して見せる。しかも、アマテラスの檄によって普段の三割増し程の力を発揮しているのだ。破竹の快進撃に、暗夜兵達は戸惑い、恐怖を隠せない。

 

 それを苦いものでも噛み潰したかのような顔で見ながら、サイラスは自身の祖国の兵へと剣を打ち合わせる。

 正義は此処に……確かにそうかもしれない。中立国を踏み台にするやり方は悪だろう。それを良しとしないアマテラス達こそは正義と言える。そして、そのアマテラスの下で剣を振るうサイラスも。

 だが、それでも暗夜王国は彼の生まれた国であり、その下で闘う暗夜兵達は彼と祖国を同じくする者なのだ。そんな彼らとの闘いに、何も思わない訳が無い。それが悪を挫く闘いであろうとも。

 

「けど、迷ってなんていられないよな。もう俺の命はアマテラスのものなんだ。たとえ同胞だろうとも、容赦はしない。それが俺の選んだ道だ」

 

 たとえ、裏切り者と罵られようと、アマテラスに拾われた命を彼女の為に使う。それがサイラスの騎士道であり、幼き頃よりの誓いなのだ。それで暗夜兵と闘う事になっても、もはや騎士の誓いを崩す事は無い。

 相手が、もう一人の親友でない限りは……。

 

 

 

 

 

 暗夜兵と鍔競り合う中、アマテラスが敵へと突っ込んで行く姿に、ツバキは頭を抱えたくなるのを我慢して、今は早くこの敵を押し退ける事に専念する。

 主君の姉君で、しかもこの部隊の隊長であるアマテラス。そんな彼女が、自ら敵陣真っ只中へと走って行くのだ。直属の臣下ではなくとも部下として、王城の一兵士として、王女の特攻に見えなくもない突撃を見過ごして良い訳が無い。

 

「せいっ! ヒュー、アマテラス様ってば勇敢じゃん。ちょっとは見直したかも?」

 

「無駄口叩いてる暇が有るなら、さっさと敵を片付けて援護に回るよー。サクラ様の姉君であるアマテラス様は俺達にとっても大切なお方なんだからねー。死なせるなんてもってのほかだよー。フッ!」

 

 呑気に敵と刃を打ち合うカザハナと、それを窘めるツバキ。会話をする余裕があるというだけで、彼らと向き合っている暗夜兵はナメられているのだと頭に血が上り、溢れ出る殺意を剥き出しに向かい来る。

 それを鬱陶しそうに受け流すツバキと、逆に待ってましたと言わんばかりに、自信溢れた顔付きで待ち受けるカザハナ。

 元より、強者と闘う事を好むカザハナは、それにより自身の武芸を更に高める事が出来ると考えている節があった。サクラに関わるような事でない限り、カザハナが切羽詰まるといった事は無いのだ。

 それを見越した上で、ツバキはカザハナに釘を刺す。

 

「あのねー、アマテラス様が亡くなられたら、きっとサクラ様も大層悲しまれるよー。君が強くなるのを求めるのはサクラ様の為だろうけど、それにこだわりすぎて他が疎かになってちゃ本末転倒だよねー」

 

「うぐっ…。わ、分かってるよ。目先の事より、もっと先を見据えろって事でしょ」

 

 口を尖らせるように拗ねるカザハナ。戦闘を長引かせるような闘い方を捨て、精神を研ぎ澄ますように、静かに、それでいて豪快に、剣を弾き上げたばかりの暗夜兵目掛けて刀を斜め一閃に振り上げる。

 

「ぐぎゃああぁぁ!!?」

 

 鮮血を撒き散らして、深い刀傷が暗夜兵の胴体に刻み込まれる。脇腹から肩へ掛けての傷跡からは、噴き上げるように血が噴出された。

 返り血を浴びたカザハナは嫌そうな顔で、刀に付いた血を振り払う。服に付いた血は後で洗い流すしかないだろう。

 

「よーし、バンバン倒すわよ!!」

 

「そうそう、その意気だよー。これは俺も負けてられないなー」

 

 カザハナの本気スイッチが入ったのを確認したツバキも、自らの本領発揮を為さんと、指笛を鳴らす。王宮に入る前に外で待機させていた天馬を呼ぶためだ。

 彼の合図を待っていたとばかりに、天馬が純白の翼を羽ばたかせ空を駆けて来る。

 

「そろそろ俺も本気出さないとねー!」

 

 白夜でも随一と言われる天馬武者、末妹姫が家臣の一人、ツバキ。天才と呼ばれるその彼が、暗夜兵を倒さんと、天馬と共に空を切る。それは天馬を落とすべく射る弓を持たない、地を往く暗夜兵達にとって、一方的な殲滅でしか無い。彼らにとって幸いと言えるのは、ここが王宮内という屋内であった事か。

 それでも、王宮というだけあって天馬でも悠々と飛べる広さと高さはあるのだが。どちらにせよ、彼らにしてみれば絶望的に変わりないだろう。

 そして自信に満ちた笑みを浮かべて、彼はさも何でもないかのように告げた。

 

「さーて、それじゃ行こうかー」

 

 

 

 

 

 

 

「そうらっ!!」

 

 何も、奮戦を見せるのは白夜兵のみではない。白夜と協力関係にある炎の部族の戦士、リンカも獅子奮迅の勢いで、敵のことごとくを手にした金棒で殴り伏せていた。

 

「フン! あたしを止められる者は居ないのか! お前達との闘いはぬるすぎるぞ!!」

 

 剣をへし折り、槍を叩き折り、暗夜兵を殴り倒す彼女の武勇を恐れて、リンカの正面の暗夜兵達は腰が引けてしまっている。

 それを目にしたリンカは額に青筋を浮かべて機嫌悪そうに、度胸無しと叱るかのように敵へと目掛けて突っ込んでいく。

 

「ひいっ!?」

 

「怪物女がぁぁ!?」

 

 半ば悲鳴に近い叫びを上げて、彼らはリンカから逃れようと背を向けて、後ろへ我先にと駆けて行く。こうなれば臆病風に吹かれた彼らでは、もはや勝てる可能性など一片も残されていない。

 

「……へぇ」

 

 そう、()()()()

 

 逃げていく暗夜兵達とは逆に、リンカに向けて重い足取りで歩み寄る一団の姿があった。重厚な鎧に身を包み、大きな盾と槍を装備した、暗夜が誇る重装騎士、またの名をアーマーナイト。守りに特化した彼らは、近接戦闘では無類の強さを発揮する。もちろん、それはその分厚い兵装により為し得た風評だが、重い鎧を纏って戦場に出られるという実力を侮ってはいけない。

 それ相応の実力を持つからこそ、彼らはアーマーナイトたるのだ。それが戦士としての経験上、嫌でも分かるリンカは、即座に集中状態へと切り替える。

 彼らは今しがた逃げ出した暗夜兵達とは違う。確固とした実力を有して、敵であるリンカを倒さんが為に進攻を開始したのだ。そうと分かっていて、油断するなど愚の骨頂であろう。

 

「良いじゃないか。ようやく骨のある奴らが出て来たか。闘い甲斐があるというものだ」

 

 ガチャンガチャンと、鎧の軋む音を響かせて迫る彼らに、リンカの口元がニヤリと綻ぶ。戦士として強者との闘いは、何より代え難い糧となる。根っからの戦士であるリンカにとって、アーマーナイトとの闘いはこの上ない褒美でもあった。

 

「だ、ダメです~!!」

 

 今にもアーマーナイトへと飛びかかりそうになっていたリンカを呼び止めるのは、少し場違い感の否めない間延びした声。その声の持ち主は、言うまでもなくフェリシアだった。既に踏み込んでいたリンカは、唐突な制止を受けて少しこけそうになるのを堪えると、勢い良く振り返って怒鳴る。

 

「なんだ!! 何が駄目なんだ!!」

 

「だ、だってアーマーナイトを相手に、生半可な武器では傷一つ付けられません! それなのに一人で突っ込むなんて無謀ですぅ!」

 

「やってみなければ分からんだろう。用はそれだけなら邪魔はするなよ!」

 

 フェリシアの警告を無視すると、すかさずアーマーナイトの軍団へと突進を開始するリンカ。結局止められなかったと、あわあわ慌てふためくフェリシアだったが、

 

「だから一人では危ないですよ~! もう、こうなったらお手伝いしますからね!!」

 

 杖を腰のリボンに引っ掛けると、フェリシアは暗器を片手に、そしてもう片方の手に冷気を生み出してリンカの後を追う。

 炎と氷、それぞれの部族の族長の娘であり、新たな世代を担う彼女達が、意図せずとも共闘する事が、まさか歴史的な出来事であろうとは思いもしないだろう。国を異とする二つの部族が共闘するなど、本来有り得ないのだから。

 

 

 

 闘いは始まったばかりだが、きっとアマテラスが目指す先にゾーラは居る。再び対面したその時こそ、非道なる策略を含めて彼を倒す。暗夜の、ガロンの策謀を挫く第一歩になると信じて、アマテラスは突き進む。その手に、神刀・夜刀神を携えて。

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「いや~、久しぶりの更新だね~!」

カムイ「仕事上がりで書くのは精神的にキツいらしいからね」

キヌ「それでも、墨の撃ち合い合戦とかはしたりしてたけどね~。アタシも妖狐じゃなくてイカに変身して遊んでたよ!」

カムイ「遊ぶのと考えるのとじゃ、やっぱり違うし仕方無いけど……出来ればもっと更新ペースは上げて欲しいかな」

キヌ「ところで、みんなはポケ○ンGOやってるー? アタシは山を駆け回って、たくさん捕まえたよ!!」

カムイ「僕はやってないから分かんないな。そもそもそれって、アンナさんが持ってきた板みたいなので出来る遊びでしょ?」

キヌ「すまほ…だっけ? アンナが少ししか持ってきてくれないから、アタシ達の中でも持ってる人は少ないんだよね。でも、これでベロアとも遠くに居てもお話出来るよ~!!」

※ケモッ娘達は愛されているので色々と優遇されています。

カムイ「どこかの異界で流通してる便利な道具って言ってたっけ」

キヌ「うん。それで話は戻るんだけど、ポケモンと言えばで思い出したんだけど、『ゼクロム』と『レシラム』っているじゃん?」

カムイ「えっと、ポケットモンスター・ブラック、ホワイトのパッケージを飾る伝説ポケモンだよね」

キヌ「そうそう! 黒い体を持つゼクロムがホワイトで、白い体のレシラムがブラックでゲット出来たんだったよ!」

カムイ「舞台となるイッシュ地方の神話に登場するポケモンだね。二匹は同じく神話に出て来る双子の英雄に従ったんだっけ」

キヌ「うんうん。レシラムはお兄ちゃんに、ゼクロムは弟にね」

カムイ「更に言えば、兄は真実を、弟は理想を求めたんだ」

キヌ「…もう気付いた? 実は第三章のタイトルはそれをモデルにしてるんだよね」

カムイ「残念なのは、レシラムが白くて、ゼクロムが黒いって事だね。言い換えれば、ゼクロムが真実、レシラムが理想を求めるなら良かったんだけど…。そうすれば、暗夜に付いたスサノオ叔父さんと白夜に付いたお母さんでちょうど色も合ってたのに」

キヌ「ちなみに、物語のタイトル自体は今言った事とは関係ないよ。たまたま、『あ、ゼクロムとレシラムの設定使えるかも』って後になって気付いたらしいからね」

カムイ「そもそも、白夜と暗夜、白と黒に分かれる事を想定したタイトルだったからね。まあ、たまたまってすごいって事かな?」

キヌ「というわけで! 今回はこの物語のちょっとした小話でしたー!」

カムイ「それでは次回もよろしくね!」

キヌ「それじゃ今回はこの辺で~。せーの…」

キヌ&カムイ「バリバリダー/モエルーワ!!(次回もよろしくね!)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 隊長としての自覚、氷血の誓い

 

 ただ闇雲に突進するだけでは戦術とは呼べない。戦場を、戦況を、持っている手札の全てを考慮し、把握に努める必要が軍を率いる者には求められるのだ。

 アマテラスは敵を回転切りでまとめて切り裂いた折に、後ろへと視界が僅かだが向く。そして後方でツバキが天馬を呼び寄せた事を確認すると、大声で新たに指示を飛ばした。

 

「ツバキさん、この王宮の間取りを大雑把で構わないので飛んで確認して下さい! 見える範囲での敵兵の配置も!」

 

 アマテラスの指示に、ツバキは敵を斬り捨てたと同時、薙刀を天高く掲げて了解の合図を見せる。一時戦線から離脱しようとする彼の後を暗夜兵達が追おうとするが、それをカザハナが許さない。意識が彼へと逸れていた暗夜兵に一気に肉迫すると、一刀、二刀と連続で敵の首筋へと刃を滑り込ませていく。その全てが一撃必殺であり、暗夜兵達は首から血を噴き出させて、膝を付き崩れ落ちていった。

 もちろん、彼女の攻撃を受けなかった者達が一斉にカザハナへと押し寄せようとするが、

 

「ぐわあぁ!?」

 

「な、なんだ、これは!?」

 

 世にも不可思議な姿をした、半透明な鼠、更には牛が暗夜兵達の体を貫くかのように突き抜けて行く。しかし、外傷といったものは一切残していないにも関わらず、貫かれた暗夜兵達は口から血を吐きこぼして、次から次へと倒れていった。

 

「なんじゃ、見た事が無かったか。ならば覚えておけ。これが白夜の『(まじな)い』じゃ」

 

 謎の現象を前に恐怖を露わにする敵、それらを不敵な笑みを以て呪符で打ち払いしは、白夜女王に仕えた女呪術師オロチだ。

 白夜の呪いは敵に外傷を与えるものばかりではない。『式神』と呼ばれる呪符から生み出した使い魔は、敵の体内を通過したと同時に、通過した箇所を内部から破壊する。どれだけ肉体を鍛えようと、その内側はどうあっても鍛える事など出来はしない。内部、つまりは内臓を直接攻撃する事が、呪いの強みとなっている。

 

 無論、直接相手を傷付ける式神も存在する。例えば龍の姿をした式神。ドラゴン、飛竜といった存在に対して生み出されたそれは、それら存在に対して特攻的な力を持つ。簡単に言えば、堅い竜鱗を食い破る事で、大ダメージを与えるという考え方だ。飛竜などは人間とは構造が全く異なるため、体内への呪いが効き辛いという事も外傷目的の要因の一つではあるが。

 

 ともあれ、力で劣る呪い師が身体的に勝る戦士達に対抗するには、内部への直接攻撃は最適であったのだ。だから、呪い師と魔道師との闘いは逆に相性が悪いとも言える。一般的には魔力に秀でた者は、耐魔力にも優れている。要は相手の魔力を打ち消したり、調和させる事が可能となるのだ。

 

「白夜だけではない。我ら風の部族とて、独自に呪いを持っておる」

 

 オロチの傍らで、ツクヨミが負けじと式神を撃ち放つ。呪符から飛び出してきたのは鳥型の式神。『鳥神・酉』という名のそれは、屋内でありながら何故か吹き抜けた一陣の風に乗り、猛烈な速度で暗夜兵へと襲いかかる。その様はまるで猛禽類が獲物を仕留めるかのようであり、一度で5人もの暗夜兵の胴体を貫きながら飛行した。

 子どもだからと侮る無かれ。呪いには年齢など関係無い。『呪い』という技術そのものが危険を伴ったものであり、それを扱える時点で年齢という概念を自ずと越えていくのだ。

 

「心強いですね…」

 

 背後の様子を詳しくは確認出来ないが、敵の悲鳴で分かる仲間達の善戦ぶりに、アマテラスは目の前へと何の心配も遠慮も無く集中出来る。安心して背中を預けられる味方が居れば、戦場での戦果にも大きく影響してくるものだ。

 頼もしい仲間達に感謝の気持ちを抱いて、アマテラスは刀を振るう。仲間の援護だけではなく、彼女自身の竜の力を用いた猛攻を、もはや並の兵士だけでは止めきれなかった。次第に暗夜兵達の士気も下がり始め、その顔には恐怖すら浮かんでいる。

 

「大まかですが間取りを把握しましたよー、アマテラス様ー」

 

 勢いに衰え知らずで敵を退けていたそこに、空へと駆けていたツバキが舞い戻ってくる。アマテラスは一旦後ろへ下がり、ヒナタ、オボロといった猛者へと戦列を引き継ぐと、すぐさま間取りについてツバキに確認を取った。

 ツバキも今が戦闘中という事もあり、口早に現在地とその近辺の間取りを伝達する。簡単にまとめると、アマテラス達が今闘っている建物は『士』という形を逆さにしたような造形で、その奥の付け根にあたる部分が他と比べて高さもある事から特別な部屋であろう事が推測される。そしてアマテラス達の現在位置は十字になっている所で、ちょうど高さのある部屋の反対側。

 敵兵の配置は室内、屋内までは見られなかったツバキだが、窓や渡り廊下から見えた範囲では、奥に行く程敵兵が多く配置されていた。やはり、確実に何かがあると見て間違いない。

 

「定石通りなら、大将は一番奥で安全に戦闘が終わるのを待ってるでしょうねー。だから敵将が居るならそこかなー?」

 

「他より高さがある点からして玉座か、それともイズモ公国ならではの神聖なる儀式の間か……。どちらにしても、そこにゾーラさんが居ると考えて良いでしょう。ありがとうございます、ツバキさん」

 

「いえいえー。さーて、俺もそろそろ戦列に戻るかなーっと!」

 

 報告をぱぱっと済ませると再びツバキは、自分の抜けた穴埋めをしていたカザハナの元へと駆けて行く。

 これで一つの指針が確定した。目的地であるゾーラが居るであろう最奥へ。彼さえ倒せば、頭の居なくなった軍隊は脆く瓦解するはず。そもそも、アマテラスの知る限りゾーラは軍を率いる器ではないのだ。ゾーラを押さえる事で、この暗夜軍の統率など簡単に乱れるのは目に見えている。

 

「うおぉぉぉ!!!」

 

「!!」

 

 しかし、アマテラスの行く手を阻まんと斧を振りかぶる暗夜兵が。すかさず、斧の凶刃が振り下ろされる前に、暗夜兵の懐へと入ると同時に夜刀神をその胸に突き刺すアマテラス。神刀の刃は暗夜兵の肺を食い破るように貫通し、突き出た先端からは深紅の鮮血が滴り落ちている。

 

「ぐぶっ…!」

 

 振り上げた腕、そして手に握られた斧は宙でプルプルと震えた後、ゆらりと下へと落ちるように下がっていく。口から吐血し、ゆっくりとその命が終わろうとするが、それを見届ける暇などありはしない。

 アマテラスは夜刀神を一息に引き抜くと、その拍子に床へと崩れ落ちた暗夜兵に一瞬だけ視線を送り、再び前を向く。

 今は戦闘中、命の奪い合いの真っ只中。油断も慈悲も自らの命取りとなる。いや、最悪の場合は仲間達にも危険が及ぶ可能性だってある。部隊を率いる者として、敵への情けは捨て切れずとも最低限は押し殺さねばならないのだ。

 

 情け無用。甘えなど邪魔でしかなく、優しさは時にお荷物となる。それが『戦争』。戦争相手を気遣う余裕など微塵も存在しないのだ。一歩間違えば、死ぬのはこちらなのだから。

 

「っ……。皆さん! 敵将は恐らくこの先にある玉座の間、あるいは相応の場所に居るはずです! 一気に畳み掛けますよ!!」

 

 夜刀神にべっとりとへばりついた血。それをどうにか無視し、アマテラスは声を張り上げる。目標の定まった物事程、やる気も気力も、意欲だって湧き上がってくるものだ。無意味にただ闘い続けるよりも、前に進む事こそが先決である。

 倒れた暗夜兵の屍を越えて、アマテラスは廊下を突き進む。後ろは振り返らない。その必要など無いから。

 

 

 

 

 

 

 所変わり、アマテラスから少し離れた廊下にて、リンカとフェリシアは現れたアーマーナイト達と対峙していた。

 

「だあぁぁぁぁぁ!!!」

 

「待って下さいぃ~!!」

 

 訂正しよう。特攻同然の突撃を仕掛けるリンカと、それを必死に追うフェリシアである。リンカの突撃を制止出来ないと悟ったフェリシアは、即座にアーマーナイトへの対策を講じた。

 迫るアーマーナイトは分かる範囲で3人。ただでさえ堅い守備を誇る彼らだが、その分素早さを犠牲にしている。となれば、フェリシアにとって亀の如き鈍重さで動く的など、動いていないのと同義。

 

「凍れーっ!」

 

 床に勢いよく手を付き、掌から発生させた冷気を即座に氷結へと変じさせる。氷の波はまるで道を筆で描くかのごとく、床をグングンと這いながらアーマーナイトの脚を氷付けにしてしまう。

 突如足下が動かなくなった彼らは当然戸惑いを隠せないが、その隙をリンカが見逃すべくもなく、

 

「もらった!!」

 

 兜割りの形で、宙に高く飛んだ彼女は落下の勢いに乗せて金棒を1人のアーマーナイトの脳天目掛けて振り下ろす。

 

「!!?」

 

 ただし、彼らとて素人ではない。アーマーナイトともなれば、練度もかなり積まれているもの。彼らは脚が凍りついた事に驚きはしたが、すぐにリンカが攻撃を仕掛けてくると気付くや、焦らずに重厚な盾を振り上げた。完璧なタイミングで金棒を弾き返すと、手にした槍を空中で身動きの取れないリンカへと叩き付けるように、()()()殴りつける。

 三方向からの槍の振り下ろしは、殺到するかの如くリンカへと襲い掛かるが、

 

「リンカさん!!」

 

 当然ながら、黙って見過ごすフェリシアではない。手にした暗器を既に、槍が振り下ろされる前に投擲しており、槍の軌道を予測して立て続けに投げられた暗器の三連投は、吸い込まれるように三つの槍へとそれぞれ命中する。

 もちろん、軽い暗器と重い槍では弾く事など叶わない。しかし、狙いはそこではなかった。弾く事は適わずとも、少しでも槍の軌道をずらせればそれで良いのだ。それを狙ったが故に、投げられた暗器は全て堅い氷で覆われていた。軌道をずらす可能性を少しでも上げる為だ。

 そして、それは思惑通りになる。運良く、槍は横へと反れてリンカへの直撃を免れる。

 

「…! くっ!」

 

 飛来した暗器から、フェリシアの意図を汲み取ったリンカは、無理矢理弾かれた腕を引き戻し、金棒をその弾いた元凶たる盾に押し付けるようにして、自らの体を後方へと押し出す。

 半ば強引な緊急脱出のために、受け身を取る余裕も無いが、リンカは転がるようにしてアーマーナイト達から距離を取る事に成功した。

 

「だ、大丈夫ですか~!?」

 

「…どうにかな。なるほど、確かに先程までの雑魚共とは違うらしい」

 

 完全に押し負けていたというのに、彼女は不敵にアーマーナイト達へと視線を送る。彼らはとうに、氷の呪縛から逃れていた。もはや同じ手は通じないだろう。

 

「笑ってる場合じゃないですよ! あの重装備への決定打になるものを考えないと、このままでは他の前線の皆さんにも危害が及びます!」

 

 しかし、リンカの攻撃は軽々と防がれ、かといってフェリシアの暗器ではまるで歯が立たない。魔法支援でもあれば話は別だが、あいにくオロチ、ツクヨミとは距離が離れてしまっている。援護を頼みに行こうにも、今ここで背を向けては彼らの進攻を許してしまうため、それも出来ない。

 

「ふん……あたしの『業炎修羅』は現実的に考えて使えない。使えば勝てるだろうが、その後あたしが全く動けなくなるからな。戦場でお荷物になるなんて御免だね」

 

「うう~…。ど、どうしましょ~!?」

 

 こうする間にも、アーマーナイト達はどんどん接近してくる。どう見ても、あまり猶予は残されていない。

 

「おい、お前も何か部族秘伝の力は無いのか? 氷を生み出す以外は無いのか?」

 

「え? えっとえっと~……、あ」

 

 リンカからの唐突な問いの投げかけに、フェリシアはふと思い出す。以前、姉と共に父から教わった、使用に制限を定められた秘術があった事を。

 

 『氷血晶』。氷の部族に伝わる秘伝の奥義。自らの血を触媒とし、氷を自在に操る力。血の量に応じて能力も比例して上昇するが、血を多く失う程に人間は心身共に疲弊しやすいものだ。更に、氷を操るのにも相応の集中力が必要となる。肉体的、精神的に摩耗する事は必至であるため、使いどころが決められているのである。

 

(氷血晶……あれなら、彼らを倒せるかもしれない。でも…)

 

 まだ使った事の無い力。ぶっつけ本番でものに出来るとも限らない。暴走してしまう危険だってある。それにより、味方にも危害を加えてしまうかもしれないという恐れが、フェリシアの胸中で渦巻いていた。

 

「その様子だと、何かしらあるようだな」

 

 フェリシアの様子から、何か感じるものがあったのだろうリンカ。彼女の不安が読み取れたからこそ、リンカはそれを口にする。彼女の為に。仲間の為に。何より勝利の為に。

 

「何を心配しているかはだいたい想像がつく。が…臆するな! 聞けばお前も族長の娘らしいじゃないか。失敗を恐れて今何もしなければ、後悔する事になるかもしれない。ならばこそ……己を信じろ! 後悔は先に立たんものだ! どうせなら、やらないよりやって後悔しろ! 部族の長の娘としての誇りを、何よりアマテラスの臣下としての誇りを持て! この家事より戦闘が得意な駄メイドが!!」

 

「リンカさん……!」

 

 罵倒や暴言混じりではあるが、リンカなりの励ましだったのだろう。彼女の言葉に後押しを受けてフェリシアは決意する。今こそ、氷血晶を使う時。大切な人を守る為、アマテラスの力となるために……。

 

「少し聞き逃せない部分もありましたけど、やってやりますよー! よーし!!」

 

 踏ん切りの付いたフェリシアは、自らの腕に暗器の切っ先を押し付ける。すると、白い肌からは真っ赤な血液が溢れ出し、流血となって彼女の腕からポタポタと零れ落ちていく。

 あらかじめ、アーマーナイトへと向けて生み出した氷の川へと垂れたそれは、白かった氷の川を全て赤く、紅く、朱く染め上げて、まるで生き物かのように脈打ちながら躍動を始めた。この瞬間、フェリシアと氷とが繋がったのだ。

 

「なんだっ…!?」

 

「氷が…!?」

 

 ここにきて、今まで冷静だったアーマーナイト達は初めて言葉を口にした。それも、驚愕に支配された声音で。さしもの彼らも、このような異様な光景は初めて目にするのだろう。人とは未知に恐怖を抱くもの。彼らの感情は人として当然のものである。

 

 そしてそれは、傍らで見ていたリンカとて同じ。しかし、彼女の場合は恐怖などとは無縁で、未知への武者震いが起きていたが。

 フェリシアの見せる氷の部族の本気を前にして、リンカは笑みを浮かべていたのだ。予想外のフェリシアの力の発露に、戦士としてその実力がいかほどのものかという好奇心、期待を堪えきれず、笑みとして顔に出てしまっていたのである。

 

「いいじゃないか。お前の本気、見せてもらおう!!」

 

「良いですけど、あまり射程圏に入りすぎないで下さいよ~…?」

 

 これで彼女らはアーマーナイト達に対する突破口を見出した。ようやくアーマーナイト達と渡り合う仕度が整ったのである。ここから先は、フェリシアとリンカが彼らを仕留めるのが先か、フェリシアの精神力が途切れてしまうのが先か。どちらにせよ、あまり戦闘を長引かせる事は出来ない。短期決戦こそが、彼女らに求められた課題であった。

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここから先は台本形式でお送りします。

キヌ「……ずいぶん久しぶりだね~」

カムイ「…そうだね」

キヌ「言い訳から始めさせてもらうとね、作者さんも仕事があったっていうのもあるけど、他にもやる事があったみたいでさ~」

カムイ「本当の事を言えば、FGOっていう携帯ゲームアプリをやってたんだよね」

キヌ「ちょうど夏のいべんと中だからね~。素材集めやら、いべんとしなりお回収やらでてんやわんやらしいんだ」

カムイ「ちなみに、ニックネームは作者名と同じキングフロストだよ。名前を見かけたら使ってやってね。それと、サポートメンバーの面子で引かないで上げてね…?」

キヌ「割りとガチ勢の部類だしね~。星4は新規めんばー以外はほとんど揃ってるし。まあ、がちゃ運があるかは別として~」

カムイ「それじゃ言い訳はこの辺にして、今日のゲストを呼んじゃうよ」

キヌ「げすとさん、いらっしゃ~い!」

ミドリコ「ミドリコだよっ! よろしくね!」

カムイ「ミドリコと言えば、さっきのガチャで思い出したけど、固有スキルの『幸運のおまじない』はすごいよね」

キヌ「『左団扇』付けてたら10回中7回は小判来るもんね!」

ミドリコ「そもそも『左うちわ』は10たーんも続かないんだけど…」

キヌ「まあまあ! そこはだいたいで良いんだよ!」

カムイ「ちなみに、マイキャッスルのくじ引き屋さんはお店番をしている人の幸運の高さは関係無いよ」

ミドリコ「そこはぷれいしてる人の運次第ね。まさに運もじつりょくのうちよ!」

キヌ「でも金の玉が出て来た時の『キター(・∀・)』からの『特効薬を手に入れました』はホントにガッカリだよね~」

ミドリコ「うーん…れべるあっぷした時に能力値がひとつしか上がらなかった時もそんな感じだよね」

カムイ「正直なところ、金の玉より銀の玉が出た時の方が嬉しいかな。キラー系や逆さ武器が出る時あるからね」

キヌ「くじ引きもだけど、みんなが拾い物してくれるのも嬉しいよね。素材とかの時は残念だけど、拾い物でしか手には入らない武器とかもあるもん」

ミドリコ「武器のはくぶつかんもあるけど、あれは追加こんてんつだものね」

カムイ「ところで、ゲームの話は置いといて、そろそろ100話に到達するね」

キヌ「100話到達記念に何かしたいけど、どうせなら時間掛けたいかな~」

ミドリコ「そもそも作者さんが他のげーむにうつつを抜かしてるのがげんいんで遅れてるものね」

カムイ「とにかく、100話記念に何かしたいとは思ってるから、楽しみにし過ぎないで楽しみに待っててね」

キヌ「以上! お狐通信でした~!!」

ミドリコ「また次回もよろしくね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 更に闘う者達

 

 アマテラス達が奮戦する一方で、実は圧倒的な戦果を上げている者が彼女らから離れた所に居た。

 

「そうれ!! もっと愉しませて下さいまし!!」

 

 言うまでもなく、歴戦の猛者であるユウギリである。彼女の闘いぶりたるや、凄絶極まるもので、彼女の通った跡には五体満足のままで死ねた屍がほとんど見られない。腕や下肢を斬り飛ばされていたり、首と胴体が繋がっていなかったり…、凄惨な殺人事件でもあったのかと思いたくなるような光景が、そこかしこで広がっていたのだ。

 しかし、幸いにもこれは猟奇的殺人ではない。戦争、または戦闘故の出来事である事だけは確かである。戦闘狂の気があるユウギリではあるが、無意味な蹂躙や殺戮といった事はしない。倒すべき『敵』だからこそ、ユウギリは戦闘に愉しみを見出し、そして『敵』を殺すのだ。『敵』という存在は()()()()()()……否、()()()()()()()()からこそ殺す。それがユウギリの中での敵という位置付けだった。

 

 殺しても問題無ければ、愉しませてもらっても良いというものだろう?

 

 ただ、当然ながらユウギリの価値観に共感出来る者は少なく、ユウギリの後ろで彼女の鬼神の如き闘いぶりに青ざめているのは、つい最近まで平凡な村娘で、闘いの“た”の字も知らなかったような少女モズメ。

 モズメは自分の左右前後に転がる暗夜兵の惨たらしい亡骸をなるたけ見ないように、必死に顔を上げて前だけを見るよう努めていた。

 しかし、哀しいかな、前方ではその地獄を作り出している張本人が、凄まじい勢いで薙刀を振るっては新たな死体を作り出していたのだが。

 

「な、なんで…あたいはこんな地獄みたいな所に居るんや……?」

 

 泣き言のようにぼそりと零れた独り言。目を閉じていれば良いだけの話かもしれない。だが、ここは戦場。ユウギリが快進撃を続けてはいるが、いつ何が起こるかも分からないのが戦場というものだ。

 急に敵の増援が現れるかもしれないし、自分の、それとも味方の攻撃が外れて窮地に陥るかもしれない。

 怖くても、目を閉じてなんていられない。自分の身を本当の意味で守れるのは、他ならぬ自分だけなのだから。

 

「地獄……はてさて、地獄とやらが本当にあるのなら、この光景は地獄と呼ぶべきなのですかねぇ?」

 

「ひっ!? へ、な、なんや!?」

 

 同じく、アマテラスの命令でユウギリ側へと来ていたアサマが、隣に居たモズメの独り言を拾うように疑問を口にする。

 独り言であったモズメは、急に隣から話しかけられてギョッとし、飛び上がる勢いで驚くが、彼はそれを気にも留めずに続ける。

 

「地獄とは、悪行を積んだ罪深き魂が罰を受ける、言わば魂の監獄です。故に罰を与え続ける為にも、決して殺したりはしないでしょう。しかし、ユウギリさんによるこの光景は、地獄のそれとは違うように思えますねぇ。例えるなら、これは“強者が弱者を蹂躙する”だけでしかないように思えてなりません」

 

「…坊さんがそう言うんやったら、そうなんやろうな。これが地獄じゃないとしたら、難しいもんなんやね」

 

 改めて死体を見回す事はしないけれど、モズメは少し考え直してみる。地獄なんて生きてるうちに分かるものではない。それに、とある昔の人はこんな事を言ったらしい。

 

『今生きているこの世こそが地獄である』

 

 確かに惨い光景ではあるけれど、自分の村を襲った悲劇に比べれば、まだマシと言えるだろう。本当に怖いのは、死んで無になってしまう事。モズメの母が、隣人だった者達が、突然物言わぬ死者へと変貌してしまったように。

 無になる、つまりは自分という意識の消失である。地獄や天国などと、死後に本当に行き着く先があるかなんて分からないもの。だからこそ、死は怖い。本当の意味で()()()()()()()のだから。

 

「…せや。死んでしもたらそれで終わりなんや。あたいはおっ母から貰うたこの命を、次へ繋いでいかなあかんもん! 闘うのは怖いけど、怖がってられへん!!」

 

 アサマは意図せずでの言葉であったが、結果的にモズメにプラスで働いたのだから、良しと言えるだろう。ただし、その彼本人がそう思うかはまた別として。

 

「おや? 随分と前向きな方ですね。まあ、私は持論を述べただけで、世間一般にはこの光景は地獄と呼んで差し支えないのでしょうが」

 

「どっちやねん!!?」

 

 決意新たにしたモズメであったが、それを台無しにするかのように、最初の一声がツッコミとなろうとは、誰も想像しなかった事だろう。

 

「これはまた見事なノリツッコミで。芸人でも目指してみてはどうでしょう?」

 

「なんで芸人にならなあかんねん! はあ……。なんか疲れるなぁ。エマちゃんは立派に闘ってるいうのに、なんで全然闘ってないあたいがこんなに疲れてんねやろか……」

 

 うなだれるモズメの僅か前方では、同じくユウギリへの同行を命じられていたエマが、師匠までとはいかないが、嬉々として敵をその手にした薙刀で屠っていた。

 

「あははははは!! 夢だったユウギリ様と肩を並べての共闘! 今、最高の気分です!! もっともっと愉しませて下さい!!!!」

 

 まるで小さなユウギリであるかの如く、エマは満面の笑顔に暗夜兵の返り血を貼り付けて、戦闘を興じていた。見る者が見れば、その様は小悪魔、いや小鬼にさえ見えるだろう。となれば、その師であるユウギリは、さながら悪鬼に見えるかもしれない。

 

 事実、愉しそうに笑いながら仲間の命を奪っていくユウギリとエマを前に暗夜兵達は、勇ましさなど完全に消え去り、恐怖に支配されていた。逃げたくても退けぬ闘い。この任務に失敗すれば、最悪死刑にされるかもしれない。国に帰っても無事で済むか分からないという恐怖、目の前の悪鬼が振り撒く死の恐怖。二重の退くに退けぬ恐怖が、彼らを絶望に染め上げていたのだ。

 残念ながら、彼らが状況を覆すのは相当に厳しい。元より、その武勲を認められ女王直属の臣下であったユウギリを、一般兵士が倒せる道理も無いのだ。しかも、戦闘狂である彼女は人数差など気にしない。いや、むしろ逆境すら悦んで受け入れるだろう。より、獰猛かつ苛烈に敵を穿たんが為に。

 

 倒す敵が、殺す敵が多ければ多い程、彼女は、()()()は悦ぶのだから。

 

 

 

 

 

 

 そしてユウギリ達とは別にアマテラスから離れた場所では、氷血晶を発動させたフェリシアと、隣で彼女の実力を拝見がてら合わせる為の様子見をするリンカが居た。

 アーマーナイト達は初めて目にする力を前に警戒を隠さない。その様子に氷血晶が彼らにとって初見であると推測したフェリシアは、先手必勝とばかりに攻撃を仕掛ける。

 

「行きますよ~!!」

 

 重騎士へと向けて、可憐なメイドの手が翳されると同時、氷の川は大蛇へと化し、周囲に冷気を撒き散らしながら、更には氷の領域を広げつつ彼らへと襲い掛かった。

 

「っ!!」

 

 その異様な光景を前に重騎士達は一瞬だけ固まってしまうが、すぐに再起動すると大蛇に対応すべく槍と盾を構え直す。

 しかし、その一瞬が命取りだった。氷の大蛇は瞬く間に一人の重騎士の足下へと滑り込み、その重厚な鎧を這って、彼の全身に巻き付き、血を絞り取ろうとでもするかのように締め上げる。鎧がギチギチと悲鳴を上げ始める中で、左右から無事だった重騎士が槍で大蛇を崩そうと殴りつけるも、砕けた氷はすぐに再生してしまう。砕けた表面からすぐに新たな氷が生み出され、締め付けが緩まる事を許しはしない。

 

「へえ…やるじゃないか」

 

「まだですよ!」

 

 容赦ない氷の大蛇の締め付けに感心するリンカであったが、フェリシアはまだ良しとせず、そこへ更に手を加える。

 氷の大蛇へと槍を振るっていた2人の重騎士目掛けて、その大蛇の体から突如として氷槍が突き出された。いきなりの不意打ちに、彼らは避ける事も叶わないが、しかしやはり重厚な鎧を纏っているだけあって、分厚い鎧を貫く事は出来ない。

 ただ、それだけでフェリシアには十分だった。氷槍で他の2人を押し出した瞬間、すぐに氷の大蛇の内側へも無数の小さな氷槍を生み出し、鎧の合間、隙間をすり抜けるように重騎士の全身を貫いたのだ。

 大蛇の間からはポタポタと血が溢れ流れ出る。元々朱い氷血晶を血でより紅く染め上げて、氷の大蛇はその血を吸って肥大化していく。流れた血液を凍らせて、更にその身を膨張させたのである。

 

「なんだ、あの暗夜兵は死んだのか?」

 

「はい~。暗夜の伝説に登場する、内側に棘がびっしりな拘束具兼拷問器具を参考にしてみました~」

 

 スサノオとアマテラスの前世で言うところの、『アイアンメイデン』の事であるが、当然リンカは知る由もない。聞いただけの想像ではあるが、閉じ込めた上に全身串刺しにするなど、どれほど残酷で恐ろしい拷問器具かとリンカは戦慄する。

 

 だが、忘れてはいけない。本当に恐ろしいのは、敵対者の血を糧としてより巨大かつ獰猛に成長していく、冷気を纏いし真紅の大蛇である事を。そして、高い戦闘センスを持つが故のフェリシアの技術と才能を。鋼鉄を溶かせるだけの火力で無い限り、氷の大蛇を止める術は無い。

 

「……お前、顔や普段の様子に似合わず、案外怖い奴なんだな」

 

 涼しい顔で氷の大蛇を操るフェリシアに、リンカは背筋に寒いものが走っていた。炎の部族である彼女が、族長の娘たる彼女が、僅かとはいえ恐れを抱いたのだ。

 もし、自身の体得した『業炎修羅』と『氷血晶』が闘った時、一体どちらが勝つのか。恐れながらも同時に、戦士としての闘争本能に駆られてもいたが。

 

「よし、あたしも出る! このまま押し切るぞ!!」

 

 負けじとリンカも足を踏み出す。一瞬で仲間を倒された重騎士2人は、氷の大蛇への対抗策が見つけられないのか、警戒しつつ後退の姿勢を取っていた。見れば、彼らの後方から敵の増援であろう新たなアーマーナイトと思しき重騎士が一人、こちらへと向かっているのが分かるが、それでも流れは完全にこちらへと傾いている。フェリシアの氷血晶がどれほど保つか分からない以上、決着は急いだ方が良いだろう。

 

「「さあ! 部族の力、見せてやる(あげます)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そう上手くゆくものか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、仲間の支援を受けながらようやくアマテラスは、ゾーラが待ち構えているであろう部屋の前まで辿り着いていた。

 ここに辿り着くまでに、一体どれだけの兵士に行く手を阻まれたか。どれほどの血を流してきたのか。もはや数えられる域を突破していた事に、アマテラス下唇を噛み締めて、夜刀神を握る手の力を強くする。

 戦争さえ無ければ、こんなに多くの血が流れる事も無かったかもしれない。多くの命が散る事も無かったかもしれない。彼らにだって家族が居たかもしれない。夢だってあっただろうに。

 それを、アマテラスは摘み取った。自分の命、仲間の命を守る為に。自分の目的を果たす為に。自分の夢を叶える為に。

 人を殺す事に正当な理由など、本来は存在しない。正当とは何か? 何を以て正当とするのか? 答えは単純明快だ。()()()()()()()()()()()()()()。人を殺すという行為そのものに正当性など有りはしないのならば、こちらの都合でそれを生み出すしかない。

 それが清廉な理由であろうと、傲慢な理由であろうとも、真の正解など無いのだから。

 

 ならばこそ、アマテラスは自分に正当だと言い聞かせる。罪無きイズモの民を、己の野心の為に利用する悪を討ち滅ぼす。そう自分に決定付けて。

 

「この先に、ゾーラさんは居る……」

 

 アマテラスは闘いながらも考える。ゾーラは魔道師だ。遠距離を得意とする彼を相手に、剣で闘う自分は近付けなければ痛手を負ってしまう。剣が届く前に倒されてしまっては本末転倒である。故に、仲間の誰かをサポートとして連れたいところだが、人員を割きすぎる訳にもいかない。必要最低限のメンバーで、この先の部屋へと突入するしかない。

 そうした点を考慮して、誰を連れて行くべきか……。

 

「……、ツクヨミさん! セツナさん! 私と一緒に将を穫りに行ってくれませんか!?」

 

 考えた末のメンバーの名を大声で呼ぶアマテラス。それに反応し、ツクヨミは鳥の式神を飛ばしたと同時に、その勢いを利用してアマテラスのすぐ背中まで跳んでくる。

 セツナはぼーっとした普段の顔付きではなく、鋭い眼光で、視線の先の獲物を射抜いていたが、呼ばれるとゆっくりではあるがアマテラスの方へと後ろ向きのまま、弓に矢をつがえたままで近寄ってくる。

 

「ほう? 私を将を落とす駒として使うのか。なかなか分かっておるではないか」

 

「アマテラス様からご指名された……嬉しい、頑張る」

 

 片や自信に満ちた笑みを浮かべ、片やにへらと緩んだ笑いが口元に出ている。どうやら2人共に乗り気であるようだ。

 

「他の皆さんは継続して戦闘を! 出来れば私達が闘っている間、中に敵を入れないで下さい!!」

 

 どういう意図でツクヨミとセツナを選んだのかは仲間達にも分からない。しかし、最善と考えてアマテラスが選んだのなら、それに従うのが部隊隊員というものだ。

 

「任せろ! 死んでもお姉ちゃんがお前達の闘いを邪魔させぬ!!」

 

「何が何でも侵入させないぞ! そしてアマテラス。暗夜の人間として、親友として頼む! 情けない真似をした暗夜軍に灸を据えてやってくれ!!」

 

「アマテラス、必ず無事に戻ってきて……」

 

 他の仲間達も、闘いながらも力強く頷いて返してみせる。それぞれの想いを受け取り、アマテラスはツクヨミとセツナを引き連れ、戦線を抜ける。戦線より更に奥、決戦の地へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アマテラス達が睨んだ通り、戦場の最奥ではゾーラが焦りを隠す事もせずに、玉座の前で行ったり来たりを繰り返していた。ブツブツと何事かを呟きながら、時に爪を噛む仕草をして、イラつきを募らせているばかり。

 

「くそっ、くそっ、くそっ!! こんなはずじゃなかったのに! 今頃はアマテラス様を捕らえて、こんな辛気臭い国とはおさらばしていたはずなのに!! きぃぃぃぃ!!!!」

 

 計画通りに進んでいれば、こんな窮地に立たされる事も無かった。ただ、彼はアマテラス達を侮りすぎていたのだ。簡単な話、彼女らの方が上手だったに過ぎない。

 だが、小心者のくせに尊大な彼にはその事実を受け入れられなかった。だからこそ、この状況にイラつきを禁じ得ないのだ。

 

「だいたい、あの方も勝手に付いて来ておいて、いつの間にか姿が消えていますし! 全責任が私に掛かるからって、遊び感覚でいてくれちゃって……あの女めぇ!!」

 

 ここには居ないとある人物へと怒りの矛先を向けるゾーラであったが、到底本人を前にそんな事を言えるはずもない。何故なら、その人物は軍を率いる将の一人であったから。

 

「暗夜が誇る将軍が一人、『城塞』の異名を持つ『スカアハ』!! せいぜい利用してやろうと思っていたのに、肝心な時に居ないなんて、なんと間の悪い…! これだから、将軍なんて嫌いなんですよぉ!」

 

 嘆いても意味は無い。無いものねだりしたところで、状況は変わらない。既に喧騒はこの王の間の近くにまで迫っている。アマテラス達が快進撃を繰り広げている何よりの証拠だろう。

 

「…こうなったら、やってやろうじゃありませんか~!! この作戦を成功させ、私はマクベス様なんかよりも上に行くんですからねぇ~!!!!」

 

 小心な卑怯者なりとも、野望はある。まだ、狡猾な男は諦めていない。幻惑を得意とする魔道師ゾーラ。その得意の幻惑魔法を以て、アマテラスを迎え撃つ。それしか、彼に残された道は無かったから。

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「こわっ! フェリシアこわっ!」

カムイ「いきなりそんな台詞から始めて良いの?」

キヌ「いくらアタシでも拷問の真似なんてしないよ! それを平然とやってのけちゃうフェリシア怖いけどカッコいい!」

カムイ「どっちなの…!?」

シャラ「どっちでも良いじゃない。私からしてみれば、その拷問器具を実際にこの目で見てみたいところだわ…」

キヌ「あっ! シャラだ!」

カムイ「ゲスト紹介の前にゲストが出てくる事が多くなってきたよね」

シャラ「そんなのはどうでもいいから、その拷問器具が見たいわ…。見れば呪術の開発に役立ちそうな気がするの…。暗夜風に言えば、インスピレーション、だったかしら…? ともかく案が湧いて来そうな気がするわ……」

カムイ「うわぁ……なんて恍惚な笑みを。絶対にロクな呪術にならないよ!」

シャラ「うふふ…こうなれば、神頼みするしかないかしら。ナンマンダブ、ナンマンダブ…」

キヌ「だからってアタシを拝まないでよー!? アタシ神様じゃないもんね!」

シャラ「キヌって御利益有りそうだし、このコーナーだって()()なんてわざわざ付けてるくらいなんだから、お稲荷様みたいな扱いでも良いんじゃないかしら…?」

カムイ「あ、じゃあ僕も拝もうっと」

キヌ「カムイも!? ぶーぶー! もういいもん! 今日のお題やっちゃうもんね!」

シャラ「あら、拗ねちゃったわね…」

キヌ「今日のお題は、『フェリシアの氷血晶』についてだよ!」

カムイ「フローラさんも暗夜編で使った氷血晶だけど、何というか、やっぱりフェリシアさんの方が使い方が器用だね」

シャラ「そうね…。フローラの場合は相手が強すぎた事もあったけど、印象的には守りが強い感じかしら。フェリシアは逆に攻めが全面的に表れてるわね…。ただ氷を操るのではなく、生き物かのように操るのは相当なセンスが必要のように感じるわ…」

キヌ「蛇の締め付けから咄嗟に『あいあんめいでん』への応用は器用だよね~」

カムイ「多分、フローラさんとフェリシアさんは思考の柔軟性が違うと思うんだ。フェリシアさんは普段からものほほんとした感じだけど、フローラさんは逆に、言い方が悪くなっちゃうけど、頭が堅い感じがするもん」

シャラ「だから、一人で抱え込んで、あんな道しか選べなくなったのだものね…」←白夜王国クリア済み

キヌ「ちょっとやめてよ! アレけっこうトラウマなんだからー!」

カムイ「とりあえず、お題はこんなところかな?」

シャラ「まだ一つ、気になるであろう点があるけど、それはまた次の機会にしておくわ…」

キヌ「お楽しみは後に取っておくってね!」

カムイ「それでは次回もよろしくね!」



※修正のお知らせ。

キヌ「えー。スカディってよく思い出してみれば、既出じゃん! しかも人じゃなくて武器の名前じゃん! という事が判明したから、同一人物説のあるスカアハに変更しました~! ゴメンナサイ!」

(素で忘れてました、ごめんなさいね)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 幻惑の魔道師ゾーラ

 

 仲間達の協力により、アマテラスはついに王の間へと辿り着く。中には、やはりといったように、護衛を数名付けたゾーラが魔道書を手に、侵入してきたアマテラス達を陰気に笑いながら出迎えていた。

 

「ほーっほっほ!! やっぱり来てしまいましたか! まあ、雑魚共で捕らえられるとも思いませんでしたが。こうなれば私が直々にあなたを捕らえるしかありませんねー!!」

 

 卑怯者が持つ特有の威勢良さで、高らかにアマテラスへと宣言するゾーラ。しかし、アマテラスが彼から感じたのは威勢というより、むしろ虚勢であるかのような、言い知れぬ焦りだった。

 

「ゾーラさん、あなたがあのような卑劣な手を使った時点で、私達に正面からぶつかって勝てないと言ったようなものです。あなたは私を捕らえると言いますが、そんなあなたに私を止められるとは思わない事ですよ」

 

 数の暴力すら物ともしないアマテラス隊。彼女の言葉は真実だ。事実、暗夜軍は少数を相手に、大軍にも関わらず苦戦を強いられている。

 騙し討ちを選んだ。それも飛びきり卑怯な手段で。それはつまり、正々堂々闘っても勝てない事を告白しているようなもの。

 核心を突かれ、ゾーラの顔から笑みが消え失せる。もはや彼に残されたのは計画を失敗する事への焦燥、失敗して処刑されるかもしれないという恐怖のみ。余裕なんてある訳もなく、彼は乱暴に魔道書を掲げて叫ぶ。

 

「……黙れ、黙れ黙れ黙れぇ!!! 私にはもう後がないんですよぉ!! あなたを捕らえて帰らないと、私は処刑されるに決まってる!! だけど!! この計画さえ上手く行けば私は地位を約束されるんですよー!!」

 

 目は大きく見開かれて血走り、唾が飛ぶ勢いで語るゾーラ。その姿はまさしく死に物狂いと表現するべきだろう。彼にはアマテラスを捕らえるという道しか、安泰を約束された道が残されていなかったのだから。

 

「さあ! 護衛の皆さーん!! ここでアマテラス様を捕らえられれば、あなた達も出世が約束されますよー!! さあさあ! 身を粉にして働きなさーい!!!!」

 

 護衛を煽り、その気にさせられた彼らも、目に闘志を宿してゾーラを隠すようにアマテラス達へと立ち塞がる。

 護衛はアーマーナイトとダークマージが2人ずつの計4人。ゾーラを加えれば5人。3対5で、ただでさえ分が悪いのに、壁役と遠距離攻撃役が揃っているという最悪のパターン。隙を作ろうにも、そう簡単にさせてはくれないだろう。生半可では彼らを崩せないのは必至だ。

 

「ふむ。ならば私の出番だな」

 

 そんな中で、ツクヨミが呪符を手に、アマテラスの前へと歩み出る。彼の突然の行動に困惑していると、

 

「違う……私“達”の出番…」

 

 セツナもツクヨミと同様に、アマテラスの前に出ると、その手にした弓を構え、戦闘態勢へと移行したのだ。

 

「な、何を」

 

 当然、疑問を口にするアマテラスだが、そんな彼女の疑問を一笑に伏すと、少年呪い師は気力に満ち溢れて答えを返す。

 

「決まっておろう。私…達があの護衛共を受け持ってやると言っておるのだ。お主はあの陰気な男と何やら因縁があるのだろう? ならば、それをきっちりと片付けてくるが良かろう。我ら風の部族は、悪しき因果は断ってしまうのを良しとしておるからな。なに、お主の邪魔はさせん」

 

「私も…ツクヨミと同じ。それに、一度言ってみたかった……。アマテラス様、別に、あれを倒してしまっても構わないでしょう……って」

 

「セツナさん、それはちょっと違うと思いますが……でも、2人の気持ちは分かりました。無理は絶対にしないでくださいね。ゾーラさんは私が倒します。だから……取り巻きはお任せしましたよ?」

 

 アマテラスが2人を選んだ理由は、速い呪いを持つツクヨミがゾーラの魔法をすかさず相殺し、弓の技術がタクミに匹敵するセツナの射撃で、牽制と攻撃を兼ねられると踏んだからだ。

 タクミではない理由を挙げるなら、『風神弓』が要因か。神器である『風神弓』は確かに凄まじい力を持っている。しかし、それ故にサポートに向いていないとも言える。その名に冠するように、風の力を持つ『風神弓』は矢が射出される時、矢が風を纏って飛来するのだ。

 風で勢いが更に増すのは一見良いと思えるが、それは周囲に味方が居ない時。ほんの僅かな風の誤差も、戦況では大きな影響と成り得かねない。だからこそ、同じ弓兵でも周囲に影響を及ぼさないセツナをアマテラスは選んだのだが。

 

 どちらにしても、アマテラスは仲間を連れて来た事は正解だっただろう。思惑通りとはいかなかったが、ツクヨミとセツナの申し出のおかげで、取り巻きを気にせずゾーラに集中出来るのだから。その分、援護を考慮した戦術は取り下げなければならないが。

 

「さて…風の部族の力、味わってみるが良い」

 

 ツクヨミは懐からありったけの呪符を取り出すと、それらを一斉に放り投げる。長方形のそれらはペラペラと宙を一瞬漂うと、急にピシッと敬礼するかのように、真っ直ぐに張り詰める。すると、札の中から何かが盛り上がるような形で、外へと出現した。

 それは燃え盛る馬で、外界へと現界した何頭もの馬がゾーラ達目掛けて突進を開始する。

 

「なんの~!! 打ち消しちゃってくださーい!!」

 

 突進する炎馬に、ゾーラと護衛のダークマージ2人が相殺させるためのファイアーを撃ち放つ。だが、それでも全てを消しきれる事は出来ず、打ち漏らした炎馬をそれぞれが紙一重でかわした。

 そして、それこそがツクヨミの狙いでもある。彼は敵に当たらずに通過した炎馬を即座にUターンさせると、そのままゾーラが中心となるように円を描いて走らせた。今の攻撃でゾーラ達は詰めていた距離がかなりバラけてしまい、炎馬の円の中にはゾーラのみが閉じ込められる形となっていた。

 

「それじゃあ、私も…」

 

 今度は、分断されたダークマージに向けてセツナが矢を射る。撃っては即座に撃つというスタンスで、ダークマージ達がアーマーナイトから離れていくように誘導すると、2人はそれぞれ、ツクヨミがアーマーナイトに、セツナがダークマージに全身を向けて戦闘態勢へと入った。

 

「馬神・午が三頭か……、ちと苦しい数ではあるが、あと3羽は鳥神・酉が使えるな。デカブツ2人相手であれば問題無かろう」

 

「あの敵……鎧じゃないからすぐ死んでくれそう。……楽ね」

 

 2人共に、1対2であるにも関わらず、余裕のある口振りで武器を構える姿はなんとも頼もしいものか。アマテラスは小さく笑みを零すと、すぐに顔を引き締めゾーラの方へと目を向ける。未だに炎馬が円を形作っているが、ツクヨミは振り返る事もせずにアマテラスへと声を掛けた。

 

「案ずるな。お主が入る瞬間に一瞬だけ馬神を止める。だから迷わずに走るのだ!」

 

「はい!」

 

 ツクヨミの言葉に、アマテラスは彼の言う通り迷わず円に目掛けて走り出す。2人も、アマテラスに護衛達の攻撃が及ばないように牽制し足止めの手を欠かさない。

 そして、アマテラスが円へと触れようかとした瞬間、炎馬はピタリと制止し、その僅かな間に中へと侵入したアマテラスはゾーラの前へと立った。

 

「ようやくここまで辿り着きましたよ、ゾーラさん!!」

 

 再びゾーラとの対峙を果たすアマテラス。止まっていた炎馬達は既に円を描く事を再開させており、こちらからも、外側からも互いに様子を窺い知る事すら困難となっていた。

 まさか1対1でのタイマンに持ち込まれるとは予想だにもしていなかったゾーラは、ギリギリと歯軋りをし、もはや余裕など失せ果てている。

 

「あの役立たず共めぇ……!」

 

「私もあなたも、これで味方からの助けはありません。さあ、正々堂々と実力勝負で決着をつけましょう! ゾーラさん!!」

 

 くるりと一回転しながら身を翻し、アマテラスは夜刀神を構えて戦闘態勢へと移行する。まだ呪いは教わり始めたばかりで、実戦段階ではない。故に、如何にゾーラの魔法をかい潜り、懐まで入り込むかがアマテラスには求められる。

 

 しかし、アマテラスにはそれを成し得る力がある。魔力のブーストによる脚力の強化、更に竜化での身体強化で、人間の常軌を逸した速度で動く事がアマテラスには許されるのだ。元々、スサノオよりも身軽であり速さも上回っていたアマテラスは、魔力と竜化という力によって、更に速度を向上させられる。

 生半可な動体視力ではアマテラスの姿はおろか、動きさえも捉えられないだろう。

 当然ながら、ゾーラは優れた動体視力はおろか、身体能力ですら女性であるアマテラスにも劣っている。日頃、努力し精進を続けてきたかの差は歴然であったのだ。

 

 アマテラスは早速脚を竜化させると、爆発的な走り出しでゾーラへの距離を詰める。

 

「ひ!?」

 

 突然の猛速突撃に、ゾーラは恐怖に顔を引きつらせて、慌てながらも魔道書に魔力を通す。狙いを定めずに、とにかくファイアーを乱発してアマテラスをどうにか止めようするが、その(ことごと)くをかわされる。直撃したかと思った一撃も、水塊を纏った彼女の腕によって弾かれてしまい、余計にゾーラの焦りは募っていくばかり。

 だが、彼とて簡単にやられる訳にはいかない。アマテラスを捕らえる以外は彼にとって死でしかないのだ。

 ゾーラは必死の魔法乱発の際に、自身が得意とする魔法の分野が何であったのかを思い出し、それを実行に移した。何も魔法とは魔道書が必要という訳ではない。元々仕込みさえしていれば、魔道書を介さずして魔法は発動出来る。魔道書は魔法発動を簡易化するためのものであり、故に兵器として運用されているのだ。

 

 ファイアーの嵐を潜り抜けたアマテラスは渾身の力を込めて、刃を裏向けた夜刀神をゾーラの胴へと目掛けて振り抜く。

 

「!!」

 

 振り抜かれた夜刀神は、ゾーラの体を真っ二つに分断した。まるで霞でも切り裂いたかのように、手応えは全く無く刀はゾーラを通り抜けたのだ。

 一瞬、アマテラスは何が起きたか分からずに気が動転する。しかし、すぐにある事を思い出した。ゾーラは幻惑を得意とする魔道師である、そういう認識だったではないか、と。

 

「どこに…」

 

 今切り裂いたのが幻影であったなら、ゾーラはどこへ行ったのか。その答えは簡単だ。何故なら、この炎馬のサークルの中からは出られないのだから、アマテラスの付近で姿を潜ませた以外考えられない。

 実のところ、アマテラスは気付いていなかったが、途中でゾーラは幻惑とすり替わっていた。だからファイアーの嵐も幻であると気付かずに、アマテラスは回避を優先させた事でゾーラとその行動全てが幻であるとは分からなかったのである。

 

 幻惑魔法とはそれ即ち、五感に訴えかける魔法だ。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚……。それらを対象者へと誤認させて惑わすが故に、受けた本人は気付く事が(きわ)めて困難である。今アマテラスが受けたのはファイアーの熱感とゾーラの姿、視覚と触覚で幻惑を受けたという訳だ。

 

 受けたと分かるのは、それが虚像であると実際に触れてみなくては難しい。幻惑を受けたアマテラスは、受けていると分かってはいても、ゾーラの姿を捉えられないでいた。当然、彼もその隙を逃すはずもなく、

 

「背中がガラ空きですよ~!!!」

 

 霧が晴れたかのように、ゾーラの姿がスーッとアマテラスの背後より出現し、その背へと目掛けてファイアーを撃ち放つ。

 

「くっ!」

 

 声と共に炎弾が発射された事に気がつくと、アマテラスは後ろに軽く視線を向けて距離を確認し、咄嗟に横へと転がり回避する。しかし、それでも避けきれないと判断したアマテラスは、ギリギリ直撃を受けるであろう脚部を竜化させてダメージ軽減を図った。

 

「……っ!」

 

 アマテラスはすぐに受け身を取って立ち上がり、態勢を整えるが、ファイアーを受けた左足にやはり違和感があった。

 軽減を狙い、確かにそれは成功した。が、それは飽くまでも()()であって、ダメージが全く無い訳ではないのだ。

 それでも、脚を焼かれて丸焦げになるよりは遙かにマシと言えるだろう。

 

「外しましたか……でも、幻惑の魔法さえあれば、私でも闘える事は分かりましたよ~!! ひょーっほほほ!!!」

 

 決定打こそ与えられなかったものの、ゾーラは自身の魔法がアマテラスに通用すると分かると、先程までの余裕の無さは影を潜め、むしろつけあがる勢いで高らかに笑っていた。

 しかし事実、アマテラスはゾーラを一瞬の間に見失ってしまったのだから、その高笑いする傲り高ぶった姿もあながち馬鹿には出来ない。

 

「幻惑の魔法、ですか……」

 

 軽い火傷に痛む左足の竜化は解かずに、アマテラスはゾーラへの警戒を怠らない。脚の竜化を解けばたちまち、動きが鈍ってしまう事は予想が付く。ならば、竜の脚のままで動いた方が機動力もまだ確保されたままであろう。

 しかし、常時部分的な竜化をせねばならず、純粋なる竜ではない半人半竜のような存在であるアマテラスにとって、肉体的にも精神的にも負荷はとても無視出来るものではない。決着を急がねば、アマテラスの勝機は時間が経つにつれてどんどん小さくなるばかりだった。

 

 それを知ってか知らずか、ゾーラは薄気味悪い笑みを浮かべて、再び幻惑魔法を行使する。今度は姿が消えるどころか、幾人ものゾーラが現れ、元々居たゾーラも幻に紛れてしまい、どれが本物か見分けも付かない状況になってしまう。

 幻惑魔法とは言わば不意打ちと時間稼ぎに特化した魔法と言える。そういう意味では、アマテラスにとっては相性の悪い相手と言えるだろう。特に、負傷する事によりそれは更に顕著に戦況へと表れる。

 

「一体どれが本物…!?」

 

 手当たり次第に夜刀神を振るい、幾人ものゾーラへと刀を叩き込むも、その全てが触れた瞬間に霧散していく。消しても消しても、次から次へと新たな幻影が現れて、次第にアマテラスから体力を削り取っていった。

 怪我は体力の消耗を激化させるものだ。それを狙って、ゾーラは卑怯にもわざと攻撃の素振りを見せども、実際には攻撃はしてこない。万が一攻撃して居場所がバレる事を警戒するが故に。

 狡猾に、アマテラスがジワジワと消耗して、そこを確実に仕留める為に、ゾーラは念入りな作戦を実行したのである。

 

 無論の事、アマテラスとてその答えには既に到っていた。ただ、どうしても起死回生の手を見出せないでいたのだ。

 いや、有るには有るが、それは更に消耗が激しい手段だった。それをしてしまえば、勝ちの目が出る可能性も上がるが、失敗、または立ち回りが上手く行かなければ敗北も濃厚なものとなる。

 ギリギリまで、他に手段が無いか模索し、それでも無ければ実行に移そうと考えていたアマテラスだったが、もはや他の手を考えている余裕などない。今すぐにでもこの状況を打開せねば、負けは確実。

 

「……行きます!」

 

 意を決し、アマテラスは左腕を竜化させる。竜化した腕の先端は大きな竜の顎となり、その口腔内へと大量の水塊を溜め込んでいく。

 それとは別で、変わらず夜刀神で幻影を叩き斬るが、水塊弾の準備の完了と共に、竜の顎から大きな水塊弾を目の前のゾーラ目掛けて盛大に発射した。

 しかし、やはり本物ではなく幻影であり、その幻影は水塊弾を受けると霧散し、水塊は地面へと虚しくへばりつく。それでも、アマテラスは再び水塊弾の準備をしながら、幻影を斬り捨てていく。

 

 水塊弾の準備と発射、そして夜刀神での剣舞…。それらは確実に、アマテラスから体力を奪い、凄まじい集中力も彼女の神経を徐々にすり減らしていく。

 だが、アマテラスは何度も何度も、水塊弾を発射しては、次の水塊弾を幻影へと撃ち出していた。端から見れば、まるで意味の無い策に違いない。余計に消耗が激しくなる分、愚かとさえ思えるだろう。

 事実、敵であるゾーラも、アマテラスのその行動を鼻で笑い、馬鹿にしていた。

 

 しかし、

 

「そろそろ倒れてもらいましょうかね~!!!」

 

 本当に意味が無いと言えるだろうか?

 

 ゾーラは幻影と共にアマテラスの四方を取り囲み、ファイアーを発射する。もちろん、幻影に紛れて本物の火炎弾もアマテラスへと向けて撃ち放ったのだ。

 今まで実際に攻撃を仕掛けなかったが、だからこそ、この攻撃は虚を伴う事が出来る。騙し討ちに騙し討ちを掛けたファイアーの包囲発射は、現実か幻かを一瞬でも惑わせる。その一瞬が命取りになるのだ。

 

「!!」

 

 4つの内3つは幻ではあるが、当にアマテラスの全身を焼かんとファイアーが直撃する寸前で、アマテラスは床に突き刺した夜刀神を足場にして、空中へとファイアーの猛攻から逃れた。

 

「ななな、なんですと~!!!???」

 

 アマテラスの咄嗟の機転に、ゾーラは驚きを隠せない。それにより、幻影以外のゾーラはそのままで、つまりは本物のゾーラのみが驚愕しているために、どれが本物であるかが浮き彫りとなっていた。

 

「! 見つけました!!」

 

 くるりと横に一回転するように跳んだおかげで、アマテラスは本物と幻影の見分けが付くと即座に、まだ跳ぶまでは撃たずにいた水塊弾を本物目掛けて射出する。水塊弾はギュンと加速しながらゾーラ目掛けて飛来していくが、恐れに駆られたゾーラは死に物狂いで、形振り構わず横に飛んで避けてしまう。まさしく本能的とも言える行動だった訳だが、そのお陰で助かったのだから、振る舞いなどに気にしてはいられまい。

 

「く、くそぉ……いい加減負けてくれませんかね~!!?」

 

 取り繕う事さえせず、唾を飛ばして叫ぶゾーラ。そんな彼に、アマテラスは冷静沈着な面持ちを崩さずに、竜の顎を向けて次の水塊弾を発射する。一切の躊躇無き水の砲弾が再びゾーラへと襲い掛かろうとし、当然ゾーラは取り乱して逃げ惑う。得意の幻惑魔法でまた幻影に紛れようとする彼だったが、ここでようやく異変に気が付いた。

 

 何故か脚が異様に重いのだ。いや、どういう訳か床にへばりついたような錯覚を覚えた。彼は戸惑い、足元に目を向けると、

 

「なぁ!?」

 

 べったりとした液体が、自身の足と床を接着させるように張り付いていたのだ。それこそ、糊でも塗られたかのように粘り気を持って纏わりついてくるように。

 

「ようやく掛かりましたね…」

 

 竜化させていた腕の竜化を解除し、ゆらりゆるりとアマテラスは歩を進める。自身もまた、ゾーラが足を捕らわれた水の上を歩いているというのに、何故か彼女はその前進を阻まれる事はない。

 それもそのはず、それらはアマテラスが作り出したものなのだから。先程までゾーラが嘲笑っていた水塊弾は全て、このための布石だった。攻撃が本来の目的ではなく、こうして罠を張り巡らせる事こそがアマテラスの狙いだったのだ。水塊弾は幻影を狙って当たればラッキー、その程度の心積もりで撃っていたに過ぎない。

 

 足を捕られてもはや逃れる術の無いゾーラの目の前までアマテラスは行くと、怯える彼が雑多に魔道書を構えたところを強引に夜刀神で弾き飛ばす。

 魔道書はゾーラの手を離れ、べちゃりと水の上へと落ちると紙はみるみる水を吸い上げていき、乾かさなければ完全に使い物にならない状態へとなってしまう。

 

「あ、あわ、あわわわ……!?」

 

 どうしようもなく、ゾーラは脱力しその場に腰を落としてへたり込んだ。アマテラスの竜化と、その水の力の本質を見抜けなかった事が、彼の敗因である。

 そして、アマテラスは座り込んだゾーラの喉元へと夜刀神の切っ先をギリギリの距離で向けると、皮肉にも、自らが捨てたもう一つの故郷の言葉で決着を告げたのだった。

 

「これでチェックメイトですよ。ゾーラさん」

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「いや~、半月ぶりの更新だね~」

カムイ「簡単に理由というか作者さんの言い訳を挙げると、魔法少女の戦争と変態紳士の討伐、怪盗になって世直し、あと単純に仕事で忙しかった事だね」

キヌ「仕事の合間の休憩時間くらいしか書いてなかったからね。ほとんどは仕事から帰って怪盗になってた事が要因だけど」

カムイ「次の日も仕事なのに、バカみたいに遊んでたよね…」

キヌ「でも、正義の怪盗団って響きはカッコイい! そういうのってなんて言うんだっけ? 義賊?」

エポ「呼んだ?」

カムイ「わっ! 急ににょきっと出てきた!?」

エポ「義賊と聞いて。そうね、イイわ。あたしが義賊についてイロイロレクチャーをシてあげる。そもそも、義賊って基本的には盗みをヤってもメリットが少ないの。根本が人助けだし、盗んだ金品や食べ物なんかは、貧しい人々に分け与えるしね」

キヌ「へえ~」

エポ「言ってみれば、好き好んで義賊であるのは自己満足のようなもの。弱い者から奪い肥えるブタどもをこらしめたい…弱きを助け強きを挫く事で感謝されたい…とか?」

カムイ「なんか意外だね。命懸けで悪人の根城に盗みに入るのに、それが自己満足の為だなんて」

エポ「そもそもよ。『盗み』という行為自体が本来は『悪』そのものなの。それでも、俗世の『正義』じゃどうしようもないから、あたし達は『悪』と知っていて盗みに入る。『悪』という行為じゃなきゃ、『正義』を成せないなら、誰かがヤるしかないのよ。でも、それを望んでヤる人なんて、そうそう居ないじゃない?」

キヌ「うん。確かにそうかも」

エポ「正義の為に『悪』を自ら行うの。得とか損とか、そんなのは関係無しに。ほらね? 自己満足そのものでしょう? けど、それでイイの。望まれようと、望まれずとも、あたし達義賊は自らが信じた正義の為に『悪』を成すんだから」

カムイ「そっか…。かっこいいね、エポニーヌ!」

キヌ「エポニーヌが(※)エポらずにこんなに良い話だけするなんて珍事だよ!」

※エポる……いわゆる腐腐腐な話題に浸りトリップしてしまう現象。

エポ「すっごく不服な説明があるわね…。なによ、エポるって!? 言っておくけどあたしは崇高で神聖な禁断の妄想をしているだけよ! 決して邪な気持ちなんて…抱いて…ぐふ…無いわ!」

キヌ「勢いが見事に減退してるよ~!」

エポ「そもそもよ。心の怪盗団? なんて素敵な響きなの!? あの男の子やあの男の子の心を盗んで上手いことチョメチョメしてくっつけたりとか…むふ……ムフフフフ( ´艸`)腐腐」

カムイ「いや、そういう趣旨のものじゃないと思うよ…」

エポ「…そうよ。盗まずとも、認知を書き換えてしまえばそれだけで万事解決…!? いいえ、むしろあたしが望む展開へと誘導さえも出来る…!!? ああ、あたしも心の怪盗団に入りたい…!!!!」

カムイ「聞いちゃいないね…」

キヌ「結局エポニーヌはこうなる運命なんだね~。まあ、そろそろお開きにしよっか」

カムイ「今更だけど、今回総計100話到達記念なのに、こんな締めなんて…はあ」

キヌ「あ、でも100話記念は何か考えてるから、期待しないで待っててね~!」

カムイ「次回もよろしくね!」

エポ「うふふ。ふふふふふ。むふ、ふひひ。フヘヘヘヘヘ。ジークベルトとシノノメ…互いに次期国王の息子であり、敵対する国どうしでありながら、2人は敵国の王子として許されざる禁断の気持ちを抱いてしまう…。あ、でも透魔ルートでしか出逢えない2人なのに、エンディング後は敵国という関係が無くなっちゃうじゃない…!? せっかくイイ設定なのに、なんてもったいない…! いや、別に平和になる事はイイ事だけど。だけど捨てがたいこのジレンマ……あ、あたしはどうしたらイイの!? アッーーーーー!!?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 予期せぬ再会

 

 夜刀神を突き付けられたゾーラは、もはや為す術もなく、青ざめた顔で魔道書を手放した。

 アマテラスはゾーラの動きに警戒しながら、床に落ちた魔道書を馬神の円陣に向けて蹴り飛ばす。魔道書はクルクルと床を回転しながら、勢いよく炎馬の円陣へとスライドし、触れたと同時に、瞬く間に燃え上がっていった。

 これで、ゾーラは簡易的な攻撃魔法を即座には使用出来ない。かといって、魔法自体は使えてもアマテラスがそれを許すはずもなく、完全にゾーラはアマテラスに従う他なくなったのである。

 

「……終わりだぁ。終わりだぁぁぁ~~!!!! 私はもう死ぬしかないんだぁぁ!!」

 

 目に涙を浮かべて、情けなく叫び声を上げるゾーラ。その様子に、アマテラスは同情せざるを得ない。

 たとえアマテラスがここでゾーラを逃がし、無事に暗夜王国に逃げ帰られたとしても、ガロン王は躊躇せずに彼を処刑するだろう。任務に失敗した彼は、王族のように特別扱いを受ける事はない。

 待っているのは、誇り高き暗夜の名誉を傷つけた存在としての死刑のみ。任務の失敗とはつまり、暗夜王国の誇りを汚す事に等しいのだ。

 それが、ガロン王の方針であり、統治であり、王政である。故に、失敗は許されない。許してはいけない。許す事などあって良いはずがない。

 

 アマテラスは知る由もないが、今までそうやって、幾人もの暗夜王国の臣民は殺されてきた。ゾーラも例に漏れず、処断を逃れる事は出来ない。

 唯一、彼がそれから逃れる道があるとするなら、それは暗夜王国を捨てて路傍をさまよう他にない。

 そして、故郷を捨てる事の痛みを、アマテラスは嫌というほどに知っている。生まれた国ではなくとも、自身のこれまで育った国を、長い時間を共に過ごし大好きだった家族を、アマテラスは選ばなかった。

 その胸を裂くような、言い知れぬ痛みを、アマテラスは知っていたのだ。

 

 しかし、亡命が簡単ではない事は明白でもあった。イズモ公国を陥れただけでなく、その公王たるイザナを監禁し、あまつさえ公王になりすまして、白夜の王族達を罠に掛けたゾーラ。

 イズモ公国の民と、白夜の仲間達が彼を許すとも思えない。どちらにしても敗北した彼に待つのは、過酷な運命のみなのだ。

 

「………」

 

 アマテラスとて、彼を許そうなどとは思っていない。ゾーラは卑劣で、卑怯な策を講じた、敵でしかない存在。罪無き人々を巻き込んだ悪党。許す道理があるはずもない。

 

 だが、待ち受ける未来が死しかないのは、あまりに哀れ過ぎる事には違いない。悪党と言えども、一方的に残酷な運命を押し付けるには、アマテラスは優しすぎたのだ。

 

「助けて……助けてぇぇ……!!!」

 

「………、」

 

 必死に手を合わせて、祈るように、縋るように命乞いをする惨めなその姿は、アマテラスの目にはどう映っただろう。

 いや、それを問うのは愚問かもしれない。彼女の人となりを知っているのなら、もう分かったはずだ。

 彼女が、どんな決断をするのかという事が───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、アマテラス達を囲んでいた炎馬の円陣は、その勢いを収束させていった。アマテラスが周囲を軽く確認すれば、それぞれ倒れ伏す重騎士と邪術士の前で、ツクヨミとセツナが座り込んでおり、ツクヨミは一息つくように汗を拭っていた。

 無理もない、式神を常時出し続けていた上に、戦闘もこなしていたのだから、その疲労の深さは計り知れないだろう。

 また、そんな彼とは対照的に、セツナは後ろに手をつき、足を投げ出す形でぼけーっと座っており、思い切り寛ぎスタイルであった。

 疲労困憊のツクヨミと、頭空っぽのセツナ。その両者の疲れ具合の差は、火を見るより明らかである。

 

「どうやら、そちらも片付いたようだな。やれやれ、式神の展開持続には、流石の私も疲れたものよ……」

 

 円陣が消え、中のアマテラス達も決着がついた事を確認すると、顔に疲れを滲ませてツクヨミは顔を伏せる。

 いつもの威勢もどこへやら。それだけ、疲れているという何よりの証拠なのだろう。

 

「アマテラス様……私、頑張って敵を屠った。褒めて……」

 

 とても戦場に身を置いているとは思えない、のほほんとした口調に、アマテラスは気が弛みそうになるのをグッと堪える。

 今、ゾーラから注意を逸らしてしまえば、ヤケを起こした彼が何をするか分かったものではないから。そうなった時に、すぐに対応出来なくては、目も当てられない。

 

「馬鹿者が。まだ戦闘の全てが終了した訳ではなかろう。そういう子どもじみた要求は、この戦闘が終わってからにするがいい」

 

 セツナの催促を、ツクヨミが大人びた言葉で窘める。いや、確かに彼の指摘は正しいのだが、如何せん、子どもの彼がそれを口にするのは、背伸びした子どもにしか見えないのは、決してアマテラスの気のせいではない。

 

「あはは……。そうですね、まずはこの戦闘を終結へと導きましょう。ゾーラさん」

 

「ヒィッ!!?」

 

 突然声を掛けられ、ゾーラは飛び上がる勢いで、怯えた目をアマテラスに向ける。もはや顔面蒼白の彼は、むしろ既に死んでいるのではないかとさえ思わせる。

 

「この闘い、軍を率いるあなたを倒した時点で、私達の勝利です。さあ、敗北の宣言を。それで、全てが終わります」

 

 戦というのは、普通は将を落とせばそこで終わりを迎える。残党駆逐などは、言ってしまえば単なる事後処理の延長線でしかないのだ。

 稀に、将を討ち取ったとしても闘いを続ける事があるが、それこそ稀なのだ。そう、当に死に物狂いで、後先を考えない特攻精神。そういった心持ちでもなければ、まず無い事象である。

 

「……分かりました、分かりましたから! どうか、命だけはぁぁぁ……!!!」

 

 軍に身を置く人間としての尊厳さえ捨て去った、その哀れな姿。どこまでも醜く、生き汚いその様。

 極限状態に追い込まれたゾーラの本性が、如実に浮き彫りとなっている。

 

「……」

 

 彼の命乞いを承認するには、この国、そして仲間達を説得する必要があるだろう。そしてそれは、とてつもなく難しい事であるのは疑いようもない。

 罠に嵌められ、更には命さえ奪おうとしてきた相手を許せる人間など、そうそう居ないのだから。

 

 静かにツクヨミとセツナが見守る中で、アマテラスはじっとゾーラの顔を見つめる。

 周りはまだ喧騒の真っ只中だというのに、この空間だけが静寂に支配されているような、不気味な感覚。あまりの重圧に、座っていたゾーラはへなへなと床に頭を伏せてしまう。

 彼のような気の弱い性格で、耐えきれるはずもなかったのだ。

 

「……あなたの処遇は、私が決めます。命は奪わない……約束しましょう。だから、敗北の宣言を」

 

 静かに、アマテラスは簡潔に言葉を紡いだ。ゾーラの命は奪わない。どれだけ困難であろうと、戦意喪失し助けを乞う相手を一方的に殺すのは、何か違う気がするから。

 それをしてしまえば、ガロン王と何も変わらないと思ったから。

 だから、ゾーラを殺さない。アマテラスはそう決めたのである。

 

 アマテラスの答えに、ツクヨミはやれやれといった具合に、軽く息をつき、セツナは──相変わらずぼんやりしたように、何も分かっていない顔で天井を眺めていた。

 そして、喜色満面の笑みを浮かべ、命が助かったという事に目から感涙の涙を溢れさせるゾーラ。

 彼に手を差し伸べようと、アマテラスは手を差しだし───

 

 

 

 

「それは無理な話だよ、アマテラス姉さん」

 

 

 

 

 瞬間、ゾーラの体が、アマテラスの目の前で、上空へと舞い上がっていた。

 

「………え」

 

 突然の出来事に、アマテラスの思考がほんのわずかな間だけ停止する。

 何が起きたのか、何故ゾーラは宙へと吹き飛ばされているのか、何が彼を空へと打ち出したのか。

 

 そして何より、今の声は───。

 

 

「やあ、久しぶりだね。アマテラス姉さん」

 

 

 アマテラスのはるか後方、そこから聞こえてくる、知っている男の声。

 何度も聞いた、その声。

 懐かしさすら覚える、その声の持ち主の名は……。

 

「レオン…さん……?」

 

 

 

 呆けたように、アマテラスは弟の方へと視線を向けて固まっていた。

 振り返った先に、暗夜王国に残してきた弟の姿が、今目の前にあるのだから、驚いても仕方ない。しかも、こんな暗夜からですら遠く離れた場所に、だ。

 

 しばし固まってしまっていたアマテラスだが、どしゃあ、というゾーラが床に落下した音によって、ふと我に戻る。

 気付けば、既にツクヨミとセツナもアマテラスの両隣で得物を手に、突如現れた敵への警戒態勢へと入っていた。

 

「何者だ……?」

 

「暗夜王国…第二王子レオン……」

 

 ツクヨミの問いに答えるは、セツナ。いつものぬらりとした空気は成りを潜め、その眼光は鋭く敵へと向けて光っている。弓に矢をつがえて、いつでも射出可能な状態だ。

 

「いや、その紹介は間違いだ。僕は暗夜王国の第()王子なんだからね。そこの女弓兵、スサノオ兄さんの事を忘れてないかい?」

 

 弓で狙われているというのに、レオンはどうという事もないと言わんばかりに、余裕を崩さない。それどころか、余裕の笑みでさえ浮かべている。

 

 いきなりのレオンの登場に、アマテラスは嬉しさと悲しさが入り混じったような複雑な感情を抱くが、油断だけはしないように気を張っていた。

 彼はアマテラスの魔法の師でもあるのだ。そして、剣術訓練も見学していた事が何度もある。

 だからこそ、レオンは暗夜のきょうだい達の中で、誰よりもアマテラスの手札を知っている。手の内が読めている。

 最も警戒が必要な存在、それがアマテラスにとってレオンなのだ。

 

「レオンさん、何故ここに…?」

 

「ふーん……そんな事も分からないのか。ちょっと僕から離れている間に、勉強をサボったのかな、姉さん?」

 

 アマテラスの問いかけに対し、レオンは小馬鹿にした態度を取り、呆れるように溜め息を吐く。少し失望した…とでも言いたいのだろうか。

 

「仕方ないから、答えを教えてあげるよ。簡単な話さ。そこのゾーラは勝手に作戦を実行し、独自の目的の為に軍を動かした。しかも、挙げ句の果てに失敗とまで来たんだ。暗夜の誇りを汚した罪を、償わせないとね」

 

 冷酷に、冷血に、冷徹に。レオンは淡々とそれを語った。ゾーラを処刑する為に、ここに自分は来たのだと。

 ありのままの事実、それゆえに慈悲も情けもない言葉に、アマテラスは知らずのうちに口の端を噛み締めていた。

 

「だからといって、殺す必要はないはずです! 彼は戦意を失っていました。闘う意思の無い者を、一方的に殺すなんて、あって良いはずがありません!!」

 

「だったら何? ゾーラを見逃せと? それこそ有り得ないよ。ソイツは暗夜の恥曝しだ。見過ごす訳にはいかない。暗夜の誇りに懸けてもね」

 

 処刑が当然の措置だと信じて疑わないレオン。ここまで頑なに言い張る以上、レオンを説得など出来る訳がない。

 だが、だとしても弟と闘いたいはずもない。

 

「ゾーラさんの処分は私が決めます! だからレオンさん、ここは退いて下さい! 私は、あなたと闘いたくはないのです!!」

 

「ハア? 何だい、まさか姉さんは僕に勝てるとでも思っているのか? だとしたら、僕も甘く見られたものだ。あなたの師が誰であったのか、もう忘れてしまったのかな……!?」

 

「ッ!?」

 

 気付いた時には既に遅い。瞬きの刹那程の一瞬のうち、レオンは即座に魔法を放ってみせた。

 暗夜王国が所有する神器が一つ、『ブリュンヒルデ』。

 生命や重力を操るとされるその魔道書を彼が開いた瞬間に、既に魔法は発動していた。神速とでも言うべきその早業は、アマテラスが知る頃のレオンよりも遥かに上回っていた。

 

「くあぁっ!?」

 

「きゃっ…!?」

 

「かふっ…!!」

 

 並んで立つ3人の真下から、ズズッと凄まじい勢いで飛び出した樹木は、先程のゾーラまでとはいかないが、宙へと3人を打ち上げる。

 

「そうら!!」

 

 しかし、それだけには止まらない。打ち上げられたアマテラス達を、今度は重力を用いてそれぞれ別々の方向に飛ばしたのである。ツクヨミ、セツナはそれぞれアマテラスからは左右に吹き飛ばされ、アマテラスは真下へと床に向けて打ち付けられる。

 

「あぐ……かはっ……」

 

 胸を強く打たれ、呼吸困難に陥ったアマテラスは、必死に空気を取り込もうと息を吸う。だが、息を吸うという行為自体に苦痛が伴い、軽いパニック状態となっていた。

 

 そんな姉の姿を、見下したような目つきで見つめるレオン。今の攻撃は、彼にしてみればたいした事のないものだ。単に目標3人を引き離すと同時に、1人を戦闘不能に追い込んだだけの事。

 ただし、相手は王族と王族臣下、優れた才覚を持つ呪術師という、並の兵では苦戦を強いられる事は必至の3人だったのだが。

 そんな3人を、一瞬で、それも同時に倒したのだから、レオンの力がどれほどのものかは、嫌でも理解出来ただろう。

 

「軽く本気を出しただけでコレだ。僕も大人気ないな…」

 

「…レオン、さん…」

 

 ひゅー、ひゅー、と苦しくも過呼吸を必死に堪え、倒れたままレオンに視線を送るアマテラス。だが、レオンはアマテラスの隣をスーッと通り抜けると、倒れたまま動かないゾーラの元へと歩いていってしまう。

 

「……まだ死んでないか」

 

 レオンはゾーラの首筋に手を触れ、まだ脈がある事を確認する。ゾーラは生きていたが、もはやここまで。レオンがすぐ傍に居るこの状況で、ゾーラを助ける者は傍には居ない。

 

「聞こえるか、オーディン! ゾーラを連れて行け! 僕らはこれより退却する!!」

 

 入り口へと向けて、レオンが声を張り上げる。すると、そこから間もなく中に入ってきたのは、邪術士の衣装を身に纏った若い男。

 

「え~、俺が担ぐんですか!? というか、ここで処刑しないんですね? いや、まあ命令なら従いますけど。でも、どうせなら殿(しんがり)とか、そういうカッコイい仕事をですね……」

 

「つべこべ言ってないで、早くしなよ。さっさと撤退して、僕らもスサノオ兄さん達に合流しなきゃならないんだし」

 

「! スサノオ、兄さん……!?」

 

 レオンの口から出た、最も大切な兄の名前に、アマテラスはどうにかレオンを引き留めようともがくが、無情にも彼は待ってはくれない。

 が、ピタリとアマテラスのすぐ隣で立ち止まると、レオンはアマテラスが望んだであろう事を口にした。

 

「そうさ。スサノオ兄さんは今、父上から任務を受けている。一つは教えられないけど、これは教えてあげてもいいかな。スサノオ兄さんが言い付けられた任務の一つに、アマテラス姉さん、貴方を捕らえるというものがあるんだ。だから、ここでは僕が貴方を捕まえる事はしない。だって、スサノオ兄さんが為さねば意味がないからね」

 

「……!!」

 

 それは、アマテラスにとっては覚悟していた内容ではあったが、やはり改めて聞かされると、心に重くのしかかるものがある。

 スサノオがアマテラスを連れ戻す任務を受けたという事は、ほぼ確実に遠からず、再びスサノオと闘わなくてはならないという事だ。

 最後に闘った、あの時。あれは、たまたまによるところが大きい。まだ、竜の力を互いに深く理解出来ていなかったが故に、運良くアマテラスの機転が上手く行っただけに過ぎない。

 だとすれば、今度会った時は、おそらくもっとスサノオは強くなっているだろうが、次こそアマテラスは負けるかもしれない。

 

 そのための、この遠征だ。ならば、それまでに虹の賢者から力を得ねばならない。

 

「それじゃあね、姉さん。今度会う時には、せめて僕と対等に闘えるレベルには仕上げておいておくれよ?」

 

 不敵に笑みを浮かべ、レオンはさっさと去っていく。ゾーラも既に、レオンの臣下らしき男に担がれて姿はもう見えない。

 

「くっ……そん、な……」

 

 後に残されたのは、連れて行かれるゾーラを、ただ見ているだけしか出来ず、自身の無力感を嫌というくらい思い知らされたアマテラス。そして、

 

「ぐぅ…あれが、王族の力か……」

 

「痛い……もう帰って寝たい」

 

 同じく無力感を植え付けられたツクヨミとセツナのみ。

 ゾーラとの闘いには勝利したものの、突如現れたレオン1人に惨敗を喫したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ……なんだ、あの女は!?」

 

 王の間への入り口を前に、苦戦を強いられているのは、白夜の第一王女ヒノカだ。

 そして、その彼女の鋭い視線の先には、重厚な鎧を身に纏った1人の女重騎士が。

 

「掛かってくるがいい、白夜の(つわもの)どもよ。我が護り、打ち崩してみせよ!!」

 

 いきなり乱入してきた彼女は、瞬く間にカザハナやヒナタといった剣士達を薙ぎ倒し、気付けば王の間入り口を陣取る形で、ヒノカ達へと立ちはだかっていたのである。

 

「これはキツいですねー……」

 

 負傷したカザハナとヒナタを、後方の治療部隊であるサクラ、そしてそのサポートをするジョーカーの元まで運び終え戻ってきたツバキだったが、果たして戻ってきたところで勝ち目があるのか。

 現在、この場で闘える近接兵と言えば、ヒノカ、ツバキ、オボロ、サイラス。そして遠距離攻撃要員としてはタクミ、オロチと、戦力的には十分な数だが、それでも女重騎士には届かない。

 圧倒的。そう言うに相応しい実力を、彼女は有していたのだ。

 

「ツバキ、2人の容態は?」

 

「ひとまず安心ってところですねー。けっこう深手でしたが、命に別状はないそうです。でも、問題はこっちなんですけどねー……」

 

 守りの堅い重騎士相手に、決定打に欠けるのが現状。唯一、可能性が有るとすれば、それはタクミだ。神器である風神弓ならば、あるいは───。

 

 だが、それでも勝てないからこそ、苦戦を強いられていたのである。

 

「なんじゃ、あの鎧女!? わらわの呪術がまるで効かん!! ええい、一体どんな妖術を使っておるのじゃ!?」

 

 オロチが若干の錯乱気味で怒鳴り散らすが、それも無理もない。本来、鎧など呪術を前に何の障害にもならないのだが、何故か、彼女にはそれが通用しないのだ。

 原理が分からず、攻撃がまるで通じない事に、オロチのイラつきはどんどん蓄積されていくばかり。

 

「どうすんだよ!? この女もそうだけど、さっき王の間に入って行ったのってレオン王子だろ!? このままじゃ……!!」

 

 タクミはイラつきだけでなく、焦りも募らせていた。彼女の登場から少しして、突然現れたレオン王子。彼はここを彼女と彼自身の臣下に任せると、自分は中に消えていった。

 もしかすると、中のアマテラス達が危険な状態かもしれないのに、自分達は助太刀にすら行く事が許されない歯がゆさ。力不足故の不甲斐なさに、彼ら全員が苛まれていたのだ。

 

 そんな中、ただ1人だけ、分厚い鎧を纏った彼女を前にして、強張った表情で武器を構えていたのが、サイラスだった。

 

「ハア…ハア……、ん? 何よ、戦闘に集中!」

 

 彼の異変に気付いたオボロが喝を入れるが、まるで効果は見られない。それを不審に思ったオボロであったが、その理由はすぐに明らかとなる。

 

「……絶対に勝とうなんて思っちゃいけないんだ。今の俺達が束になっても敵う相手じゃない、あの人は。だって、だってあの人は───」

 

 顔を青くし、決して自分からは仕掛けようとしないサイラス。戦士からして見れば、彼のその振る舞いは褒められたものではない。

 しかし、彼は知っていた。彼だからこそ、この中で知り得ていた。自分達の絶望的な状況を。

 

「ったく…! せめて隙さえ見出せれば……」

 

 魔王顔のままに、何か策はないものかと思案するオボロだが、まるでそれらしき隙が見つからない。

 完全無欠というに相応しい構えは、やはり彼女の強さを物語っている。佇まいすら一流のそれ。ただの暴力的なまでの強さだけではない、型に嵌まった、武道における真の強さ。

 彼女は武の極みを体現しているのではないかとさえ思わせる。

 

 そして、その当の本人はと言えば、

 

「何だ。つまらぬな……。せめて私に一太刀入れる事も出来ぬのか」

 

 白けた顔で、溜め息を零していた。

 

「白夜の王族とその臣下と闘えるからと、わざわざここまで出向いたというのに……。これならば、先程の小娘2人の方がまだやった方よ」

 

「2人…だと?」

 

 その言葉に、ヒノカが眉間にシワを寄せて、女重騎士を睨み付ける。それが当てはまるとするなら、その2人とは───。

 

「リンカとフェリシア……だったか? あやつらは中々に骨のある戦士だった。楽しい闘いを興じさせてもらったぞ」

 

「!!? なんだと……!!」

 

 リンカとフェリシア。この女重騎士がここに居るという事は、2人は彼女に敗北したに他ならない。

 

「ツバキ、急ぎ2人を見つけてサクラの所に連れて行け!!」

 

「了解です!!」

 

 ヒノカの命令に、ツバキが天馬で駆けてその場を離脱する。

 

「生きていてくれよ……」

 

「他人の心配をしている場合か? 貴様等、もっと死ぬ気で掛かってこい。私は飽きる闘いを何より嫌う。私が飽きれば、その時点で貴様等を皆殺しにするぞ」

 

「おのれ、暗夜の者め……!!」

 

 その上からの物言いに、オボロは敵意を剥き出しに薙刀を構える──が、やはり構えるしか出来ない。

 無闇やたらと攻撃したとて、逆にこちらが危険なだけだ。

 

「とは言っても、だ。そろそろレオン様の方も片が付いた頃合い。もっと楽しみたかったが、退き際といったところか」

 

「逃げるのか!!」

 

「いやさ、それは聞き捨てならん。やろうと思えば、私はいつでも貴様等を殺せる。だが、それでは面白くなかろう? なんせ、貴様等にはまだ伸びしろがある。最高まで育った貴様等を倒す事、それを今刈り取ってしまうのは惜しいに過ぎる。楽しみは後に取っておく、というやつよ」

 

 言うや、女は槍を木板に突き刺すと、鎧の隙間から中に手を突っ込み、何かを取り出した。

 それは古ぼけた一冊の魔道書。重騎士が扱うはずもない、魔道師の武器。それを、何故彼女は取り出したのか。

 答えは無慈悲にも、あまりに簡単なものだった。

 

「そら、我が力の一端、見るがいい。『ギンヌンガガプ』!!」

 

 

 

 それはまるで宇宙のようだった。小さな宇宙のようなエネルギー体を象ったそれは、収縮するや、爆発的に拡散し、周囲を巻き込みながら破壊を撒き散らした。

 それはヒノカ達も例外ではなく、否応無しに彼女らも爆発に飲み込まれたのである。

 

「……ぁ」

 

 それは誰のものだっただろう。か細い、絞り出したかのようなその声は、死屍累々としたこの惨状の全てを物語っている。

 結論から言おう。女重騎士が放った魔法は、城の造りすらも破壊してヒノカ達を吹き飛ばした。炎ではない、単なる魔力による奔流は、下手をすれば炎よりも威力を持つものとなる。

 直撃を受け、全員が散り散りに倒れ伏していた。魔力に高い抵抗力を持つオロチでさえ、瀕死とまではいかないが、立ち上がる事さえも出来ない状態だ。

 ならば、対魔力の低い他のメンバーはどうか、容易に想像がつくだろう。

 

「ふむ…これは、ちとやり過ぎたか?」

 

 この惨状を生み出した本人は、あれだけの魔法を近くで自分も受けていたはずなのに、傷一つ無くケロリとしていた。

 

 それもそのはず。彼女は暗夜をしてこう呼ばれているのだ───暗夜の誇る将軍が1人、『城塞』のスカアハ。

 サイラスが言おうとして、口に出来なかったその名前。そして、それに続くはずであった言葉とは───。

 

 

 

 

 

 

 マークスに次いで暗夜最強の重騎士、スカアハ。

 ジェネラルにして魔道をも扱う魔道重騎士、彼女こそは暗夜唯一の『ジェネラルマージ』である。

 

 

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「やあやあやあ! ついに白夜でも出て来たよ! 敵専用のおりじなる兵種!」

カムイ「ルナティック+並みの鬼畜難易度を目指す作者だけど、この敵専用兵種に関してはかなりエグい設定だね」

キヌ「じゃ、簡単に、超簡単にまとめておくよ!」



○スカアハ

暗夜王国の将軍の一人で、唯一の女将軍。
ユウギリとは違ったベクトルの戦闘狂で、ユウギリが敵を殺す事に快感を覚えているなら、彼女は強者との闘いにのみ興奮を覚える。生粋の武の心酔者である。

兵種は『ジェネラルマージ』。彼女の専用兵種となっている。

ジェネラルマージ…魔道を身に付けた重騎士。分厚い鎧を纏い、その下には自らの魔力で編まれた鎧と、二重で装備している。剣・槍・斧を極め、魔道にも精通したエリート騎士。



キヌ「うーん、とりあえずこんなトコかな?」

カムイ「能力値やスキルに関しては、またの機会に…だね。ちなみに、すごく有り得ないステータスとだけは言っておくよ」

キヌ「えっとね、今回は前々から考えてた作者自身のおりじなる兵種だったけど、頂いたおりじなる兵種の案は使おうと思ってるよ。多分、そのうち使わせてもらう事になるかな」

カムイ「なので、その時までお楽しみに!」

キヌ「あ、あとガルーを使ったノスフェラトゥはまだぷろと?たいぷ?だから兵種はノスフェラトゥだよ。そっちもそのうち固定されるかもね」

カムイ「それでは、次回もよろしくお願いします!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 イズモの乱、終結。そして──

 
※今回は本文の途中にて、サプライズがございます。活動報告を見ていた方ならお分かりになるかも…?

 


 

 壮絶極まる爆発の跡地で、一人悠然と佇むスカアハ。彼女を除き、この場で傷一つない人間は皆無だった。

 

「加減というのは難しいものよ。分かっていても、つい力が入りすぎてしまう。闘いにおいて手加減出来ぬが、我が悪癖か……」

 

 かといって、全員が死んだかといえば、そうでもなく、ヒノカ達は辛うじて一命は取り留めていた。

 百歩譲歩してやっと、彼女の場合は手加減と呼べるものとなる。なので、敵が死んでいない事それ即ち、スカアハにしては手加減という点においては上出来なのだ。

 まあ、彼女がそれに納得するかは別としてなのだが。

 

「これはまた、派手にやらかしましたね……」

 

 そこへ、王の間から一足先に出て来た邪術士、オーディンが眼前で広がる惨状を前に、少し引いたように感想を口にした。

 

「む、やはりそう見えるか? うーむ、やはりか、やはりそうなのか……。難しいな」

 

 真剣に悩んでみせる素振りから、彼女が如何に手加減が下手くそなのか、それが計り知れるというもの。

 だが、手加減が下手くそなだけであって、完成された武を持つ彼女の存在は、同じ軍に身を置く者としては頼もしい以外の何物でもない。

 

 そして、それは同時に、敵にとって絶望を与える力の塊でしかないとも言えるだろう。

 事実、サイラスは彼女を前にした時、手も足も出ないどころか、手も足も出そうとする事すら出来なかった。

 結果が見えていたから……といえば、そこまでの話だが、それでも彼の戦意を奪い去るだけの実力を有しているのは、脅威でしかないだろう。

 

「……少し暴れ過ぎやしないかい?」

 

 と、オーディンから遅れて出て来たレオンもまた、オーディン同様にボロボロに変わり果てた城内を見て、引きながら暗にスカアハを窘める。

 

「すみませぬ。どうにも、加減しようとしたのだが、それでこの様でしてな。やはり私には加減などとは無縁のようだ」

 

 レオンの言葉に、彼女は反省はしているが、改善は見込めないようである。器用ではないが、不器用でもないスカアハ。彼女にとっては手加減という行為は不得手に分類されるだけに過ぎない。

 人間、不得手な事を人並みにこなせるようにするには、それ相応の練習や訓練が必要だが、ここまで極まった武を持ってしまっては、それも困難なものとなるのに違いない。

 要は、遅過ぎるという訳だ。

 

「まあいい。お前も勝手にゾーラに同行したんだ。ある程度の処罰は覚悟するんだね……と、言いたいところだけど、今回はゾーラの独断によるところが大きい。だから『勝手に軍を動かしたゾーラを追う形で、奴を監視する為に同行した』って言い訳を与えてやるさ。それなら、失敗したゾーラにほとんどの責任が行くだろう」

 

「別に罰を恐れはしないが……そうなると、ゾーラは死刑という事でよろしいのか? 見たところ、ここで処刑はせずに生かして連れ帰るようだが。……ふむ、何やら企んでおられるな?」

 

 オーディンの背負うゾーラにチラリと視線を送り、含んだ笑みを浮かべてレオンへと訊ねるスカアハ。

 彼女の問い掛けに対して、レオンは表情に変化を見せず、むしろどうとでもないと言わんばかりの余裕すら滲ませて、淡々と答えてみせた。

 

「別に。企んでるなんて大層なものじゃない。ただ、手駒は多い方が良いだろう? それがどんなに使えなくても、どれほど無能であろうとも、役立たずには役立たずなりの使い道ってものがある。コイツには、コイツなりの役割を与えてやるのさ」

 

 無論、そのためにも彼にはここで死んでもらう必要がある。そう、()()()()死を与えねば、どのみちゾーラは帰ったところで、処刑される未来しか残されていないのだから。

 

「──さて、無駄話はここまでだ。そろそろ退却するよ。白夜の斥候……忍って言ったか、奴らも本物のイザナ公を見つけている頃合いだろう。忍はなかなかに手練れ揃いと聞くし、追撃されては軍を退かせた意味がない。彼らに鉢合わせる前に退くぞ」

 

 と、レオンは忍の姿がないうちに撤退するよう指示を出す。少数であっても、トラップや不意打ち、暗殺のエキスパートである彼ら忍を相手に、追撃されるのが手痛いのは必然。

 故に、余裕のあるうちにレオンはゾーラの指揮下にあった暗夜軍を、それよりも上の強制権を有する王族命令として速やかに撤退へ移行させていた。これ以上の損害は、レオンにとっては看過出来るものではなかったのである。

 

「出来れば忍とも一戦交えたかったが……仕方ない。ここは素直に下がるとしよう。帰ってルー辺りにでも組み手の相手をさせるか」

 

「うわぁ……ルーさんお気の毒に」

 

 さっぱりと忍との闘いを諦めて、帰るスカアハ。そんな彼女の言葉に、オーディンは合掌して冥福を祈るように、ゾーラを担いで追従する。

 

 レオンもまた、彼らの後を追おうと足を踏み出し───

 

 

 

「待、て」

 

 

 

 ───たところで、何者かに足を掴まれた。弱々しくも、必死の力が込められたその手の持ち主に視線を送る。

 

「なんだい? そんな瀕死の状態で、僕を止められるとでも思っているのかな───

 

 

 

 

 

 

 ───タクミ王子?」

 

 レオンの足を掴んだ人物──タクミは、血濡れの手で去ろうとする彼の行く手をどうにか阻もうと、醜聞すらかなぐり捨てて這ってまで手を伸ばしたのだ。

 

「なんで、お前が…ここに…居るんだ……っ!?」

 

 震える唇から紡がれる、同じく震えたその言葉。

 

 何故、レオン王子がここに居る?

 何の目的で?

 アマテラスは、他の2人はどうなった?

 

 それら全ての疑問が集約されたであろう、短くはあるが的を射た問いかけの言葉。レオンがアマテラス達の闘う王の間へと入って、そして彼がアマテラス達を残して出て来た事の意味。

 それは、彼にアマテラス達が倒された事に他ならない。安否の確認をしたいところだが、現状、タクミ達とて瀕死というギリギリの極限状態だ。せめて、敵だろうとも真実を知る者に確認をしたくなるのは、仕方のない事かもしれない。

 

「アマ、テラス…姉さん達、は……?」

 

 そんなタクミの心情を察してかは分からないが、その問いに対し、レオンは無感情に答える。

 

「安心しなよ。まだ生きてるさ。本当は僕がこのまま姉さんを連れて帰りたいところだけど、それは出来ないんでね。まあ、こちらにも色々と都合があるって事だよ」

 

「……っ」

 

 何でもないように言い放つレオン。彼の言葉がタクミに何を思わせたのか、その答えは単純かつ明快なものだ。

 

 アマテラス達の命に別状が無い事への安堵。そしてその気になれば簡単に自分達を倒し、アマテラスを連れ去る事など容易であると示すレオンへの劣等感。

 同じ王族きょうだいの4番目という立場に位置するというのに何故、彼との差がこんなにも大きいのか。何故、自分はこんなにも弱いのか。

 

 許せない。赦せない。ユルセナイ。

 

 何故、何故、何故、何故、何故、何故!!!

 

 そんな、自分やレオンへの怒りと憎悪にタクミの心が満たされていく。

 いっそのこと、このまま憤怒と憎悪に身を任せてしまいたくなる程に───

 

 

 

「タクミ!!」

 

 

 そんな時、今にも我を失いかけた瞬間に、彼の名を呼ぶ声があった。

 それは、幼い頃から何度も耳にした、透き通るような歌姫の声。

 その声に、タクミの心は引き戻されていく。

 

「チッ。無駄話が過ぎたか。それじゃあね、タクミ王子。せいぜい足掻いてみせなよ?」

 

「待て、よ……まだ、僕は……!!」

 

 これ以上の長居はレオンにとっても流石に拙い。そう判断した彼は、強引にタクミの手を振り払うと、タクミの元へと駆け寄るアクアには目もくれず、撤退したのだった。

 

 

 

 

 

「なんて酷い……」

 

 爆発が起きてすぐに、前線へと駆け付けたアクア。その目には、魔法によってもたらされた破壊の残滓が映される。城内は抉られ、爆発に巻き込まれた暗夜兵の死体からは大量の血が滴っている。

 そして、その中には仲間達の姿もあったのだ。

 

「兄様っ、姉様っ!!」

 

 遅れてやってきたサクラが、この惨状の中に沈むヒノカとタクミ、そして仲間達の姿に顔を青くして駆け寄る。

 彼女の後ろでは、互いに肩を貸し合いながら、たどたどしい足取りで歩くヒナタとカザハナの姿があった。

 

「ヒデェ……」

 

「まさか、これってあの女の仕業なの……!?」

 

 2人は身を以てスカアハの実力を知っていたが故に、この有り様には納得出来ていた。アレは暴力の塊だ。なればこそ、この状況にも頷ける。

 だが、納得出来るとはいえ、それを良しとするかはまた別の問題である。仲間を傷つけた彼女を、決して許して良いはずがないのだ。

 

「サク、ラ…か…?」

 

「…っ! 姉様!!」

 

 自身へと近寄る存在に、意識が少しずつではあるが、はっきりし始めたヒノカ。それが妹だった事に安心したのか、ヒノカは一気に緊張の糸が切れ、脱力してしまう。

 それを見て、ヒノカが事切れたと勘違いして慌て、涙を浮かべるサクラに、比較的ダメージの少なかったオロチが安心させるように声を掛けた。

 

「安心せい、サクラ様。ほれ、皆この通り瀕死の重体ではあるが、死んではおらぬ。まあ、立つのは無理そうじゃが……」

 

 うつ伏せに倒れたまま、顔だけを向けて語るオロチ。彼女の言葉に、少し冷静さを取り戻したサクラは、傷の深い者から順番に治療を始めていく。

 

 アクアは妹の奮闘する姿を確認し、タクミの傍から離れると、倒れたままのオロチの元へと歩み寄る。

 ここで何が起きたのか、それを聞くためだ。

 

「オロチ、一体何があったの?」

 

「うむ。ちと想定外の事が起きてのう。どこから話せばよいものか……」

 

 

 そうして、オロチが事のあらましを語り始める。アクアは彼女の言葉に、じっと耳を傾けて聞いていた。

 

 

「───とまあ、王の間へとアマテラス様らを送り出したまでは良かったのじゃが、その後で援軍が現れてのう。そやつ1人に、わらわ達はこの有り様という訳じゃ」

 

「……そう、暗夜の将軍が」

 

 その話を聞き、アクアは少し驚きはしたが、同時に得心もしていた。

 聞いた事があったのだ。暗夜にはマークス王子に勝るとも劣らない、極めて強力な将軍が4人居る、と。

 

 1人は、まるで城塞がごとし護りの固さと、攻め入る敵をことごとく討ち滅ぼさんとする力を持った、件の魔道重騎士スカアハ。通称『城塞のスカアハ』。

 

 他にも、かつて大地の部族が飼い慣らしていたとされる、世にも珍しい蛇竜を駆るワイバーンナイトのドレイク。その鋭い矛は、あらゆるものを抉り貫くとされており、槍の達人の中の達人と噂されている。通称『蛇矛ドレイク』。

 

 そして多彩な武器や暗器を使いこなす、遠・中・近距離のエキスパート、トリックスターのルー。その器用さと実力で、歴代最年少で将軍の地位にまで上り詰めたと言われている。通称『レンジマスター・ルー』。

 

 最後に、暗夜屈指の武勲者でもあるとされる、地走竜を駆るドラグーンのイスカル。通称『地走暗夜竜』と呼ばれている。

 地走竜とは、暗夜の火山地帯に少数住む、翼を持たずその足で駆けるのに特化した竜の事であり、その様はさながら戦車である。

 数が少なく獰猛なため捕獲も非常に困難、この獰猛な竜を乗りこなすのもまた非常に困難とされているため、この兵種につける者は仮に暗夜軍全体で見てもほとんどいない。

 その地走竜を暗夜で最も、そして唯一完璧に乗りこなすイスカルは、戦車の如き勢いを以てして、誰よりも戦場で戦果を上げているのである。

 

 つまり、要約するに暗夜の将軍達はそのほとんどが飛び抜けており、イスカルに至っては、マークスが暗夜最強の騎士ならば、彼は暗夜最強の竜騎士と言えるだろう。

 そして、そんな2人に騎兵ですらないにも関わらず、拮抗した力を持つのがスカアハだ。その彼女を相手に、この惨状は当然とも言えたのである。

 

「でも、本当にみんなの命に別状がなくて良かったわ」

 

 アクアは心底ホッとしていた。下手をすれば、ここに居た全員が死んでいた可能性もあったのだから。本当に運が良かった、と。

 が、今のアクアの反応に、オロチはやりきれない表情となる。

 

「いや、あやつは手加減したと言っておったのじゃ。これは当然にして必然の結果だったのやもしれん。わらわ達は、束になっても将軍たったの1人にこの様じゃと思い知らされたようなもの。結果的には助かったが、悔しいに決まっておる。特に──」

 

 そして、その視線の先には、

 

「ヒノカ様はな」

 

 治療を受け、ある程度傷の癒えたらしいヒノカが、片膝を抱えて俯き、地面に拳をぶつけていた。

 その顔には、苦悶が容易に見て取れる。

 

「ヒノカ……」

 

「無理もないわ。ヒノカ様は幼き頃より、ただひたすらに武芸を磨いておった。がむしゃらに強さを求めておった。奪われた弟妹を自らの手で救いたいが為に。しかし、必死で鍛えてきた武芸も、カミラ王女やあの女将軍にはまるで届かんかったのじゃ。同じ女戦士として、悔しくて悔しくて堪らんじゃろうて」

 

 オロチの言葉は的を射ていたが、その心の内までを計り知る事は不可能だろう。だってそれは、ヒノカだけの苦悶だ。彼女だけの気持ちなのだ。

 今までずっと培ってきて、それでもまだ届かなくて。

 弟に伸ばした手は届かなかった。そして今度はやっと帰ってきてくれた妹まで、自らの力量不足のせいで再び奪われるかもしれないという恐怖。

 今、彼女の中で渦巻く様々な感情は、決して明るいものではなかった。だけど、それに支配されてしまう程、彼女の心は弱くない。

 それこそ、これまでの鍛練の賜物と言っても過言ではないだろう。その芯の強さは、彼女が今まで培ってきた事の、紛れもない証なのだから。

 

 そんな彼女の強さを、幼い頃から妹としてずっと身近で見てきたアクアは知っている。だからこそ、ヒノカが挫けず、そこから更に上を行くであろう事も知っている。

 

「大丈夫。きっと、あなたは強くなる。カミラ王女よりも、スカアハよりも、イコナ様よりも……。誰よりも強い天馬武者になれる。私はそう信じているわ」

 

 故に、下手な励ましは不要だろう。ヒノカなら、放っておいても自分で立ち上がる事が出来るだろうから。

 それよりも、アクアが心配なのはタクミだった。アクアが駆け付けた際、一瞬だが、レオンを見つめるその瞳に、強い憎しみが籠もっていたように見えたのだ。

 ともすれば、恐ろしい何かに支配されかけていたかのような、恐ろしく鋭くて冷たい眼光。

 目を離せば、タクミが別人になっているのではないかとさえ思わせる程の不安を、アクアは心の奥底で感じていた。

 

「何もなければ良いのだけど……。そうだわ、アマテラス達の様子も見に行かないと…」

 

 後ろ向きな思考を追いやり、違う事を考えて切り替えるアクア。オロチの話を聞く限り、タクミとレオンのやりとりからアマテラス達も命に別状はないらしい。

 思い立ったら即座に王の間へと足を向けたアクアは、サクラの治療する姿を逐一確認しながら、アマテラス達の元へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、後方にて1人残って、ツバキに運ばれてきたフェリシアとリンカの治療をしているのはジョーカーだ。

 2人は全身傷だらけで、どれだけ激しい闘いを繰り広げたのかが一目で分かる。リンカのサラシは血で真っ赤に滲み、フェリシアのメイド服は至る所が裂けて、その白い肌に痛々しい切り傷が刻まれていた。

 

「無茶しやがって。お前らだけで将軍相手に勝てる訳ないだろうが」

 

 気絶している2人に向けて、無意味な説教をするジョーカーだが、その言葉に辛辣さは無い。むしろ、将軍相手によく健闘したと称えている声音に聞こえる。

 と、無意味に思われたその言葉は、

 

「…えへへ。負けちゃいましたぁ……」

 

 しかし、しっかりとフェリシアへと届いていた。変わらず気絶したままのリンカの隣で、儚げな笑顔をするフェリシア。ジョーカーの真意を読み取れたからこその、穏やかな微笑みだった。

 

「バカが。どうして他の連中に助けを求めなかった? 勝てないって分かってたろうに」

 

「だって……勝てなくても、足止めくらいにはなるじゃないですか。あんな危険な人と闘うのは、私達だけで十分だって、リンカさんと決めたんです。負けちゃいましたけど……」

 

「ユウギリが近くに居れば良かったんだがな。あいにく、アイツは全く違う方面に突っ走ってやがったから、どの道お前らだけで闘うしかなかったって事だ。まあ、足止めの役割自体は果たせただろうな」

 

 事実、フェリシアとリンカが彼女と長く戦闘を続けていたおかげで、アマテラスが王の間に突入する際に邪魔立てが入らなかったのだから、足止め自体は上出来と言えるだろう。

 

「そうだと…嬉しいですね」

 

「…ああ。さて、じきにユウギリ達を探しに行ったツバキも戻るだろう。あいつらが戻り次第、俺達もアマテラス様の元へ向かうぞ」

 

 それまでに、完璧に治療を終えてみせるとばかりに、ジョーカーの杖を握る手に力が入る。気合いでどうにかなるものでもないが、なんとなく作業が捗りそうな気がしたのだ。

 

「アマテラス様、どうかご無事で……」

 

 祈りにも似たその呟きは、ジョーカーとフェリシア、2人の従者どちらの漏らしたものであったのか───それを知るのは、この2人だけ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、アマテラスよりイザナ公救出を命じられた3人もまた、アマテラスの元へと急いでいた。

 

「さっきの爆発音…かなり大きいものだった。急ぐぞ!」

 

「いや、気持ちは分かるが、敵がどこに潜んでいるやも知れぬ。ここは慎重かつ迅速に動くべきだろう」

 

「そうですよ兄さん。私達はアマテラス様よりイザナ公の安全を任されているのです。彼の身の安全が何より重要なのですから、ここは慎重に行くべきかと」

 

 サイゾウの逸る気持ちも理解は出来る。仲間に何かあったと思うのは当然なのだから。

 だが、それを簡単に許してしまうのは駄目だ。イザナ公の身に何かあれば、白夜王国とイズモ公国の関係にも亀裂が入ってしまう恐れがある。

 忍として、時に優先させなければならない事は、命に代えても遂行する必要があった。

 国か、仲間の命か。

 

 それでも、任務を優先するのが忍だ。そうあらねばならぬのが、忍なのだ。

 

 ただ、彼らが無情な訳でもなく、

 

「心配せずとも、あれでなかなかにしぶといからな私達の仲間は。戻った頃には、全て終わった後かもしれんぞ?」

 

「ふっ……それもそうか」

 

 カゲロウに賛成するように、軽く笑ってみせるサイゾウ。そう、仲間達の強さを信じているからこそ、余裕を持てるのである。

 

「では、焦らず慎重に行きましょう。どうやら敵の気配は無いようですので、進みましょうか。ではイザナ公、こちらへ──」

 

「────」

 

 確実に、彼らの歩みは仲間の元へと近付いている。そこで何が待ち受けるのかは……もう分かるだろう?

 

 

 

 イズモ公国で起きた騒乱は、これにて終結した。後は、無事にイザナ公とアマテラスが、真の邂逅を果たすだけ。

 

 その時こそ、オロチの占いが示した、イズモ公国へと向かえという()()()意味が明らかとなる──。

 

 

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「コンにちわ~! 前書きに書いてあったコト、分かってくれたかな?」

カムイ「正解は、『活動報告で募集したオリジナル兵種の登場』でした!」

キヌ「いや~、やっと出せたよ~。出そう出そうとは思ってたみたいだけど、出すたいみんぐが全然無かったんだよね」

カムイ「こんな風に、頂いたアイデアは出来る限り形として使わせてもらいたいと思ってるからね」

キヌ「募集自体は半年も前だけど、恒久的に募集はしてるからね。案があったらドシドシどうぞー!」

カムイ「ところで、それ以外にも懐かしい兵種があったね」

キヌ「ワイバーンナイトに、トリックスターだね」

カムイ「聖魔の光石に登場したワイバーンナイトの固有スキル、『貫通』は怖かったよね」

キヌ「キングフロストも、それをぷれいしてた頃は小学生だったから、効果はイマイチ分かってなかったみたいだけど、とにかくだめーじがスゴくて怖かったんだって!」

カムイ「あとジェネラルが確率でダメージ無効化とかもあったよね。あれは難易度崩壊のチートスキルだったよ」

キヌ「うんうん。だから敵で出てきた時はとにかく厄介だったんだよね~」

カムイ「あの頃のジェネラルはアクションも見た目もかっこよかったから、聖魔のジェネラルが作者さんは一番好きなんだって」

キヌ「剣・斧・槍を装備出来て、全部のもーしょんがカッコイいんだよ! 特に必殺が出たときは最高だね!」

カムイ「話は戻すけど、今回のワイバーンナイトは聖魔のワイバーンナイトとは少し変えてあるよ。あと、トリックスターも覚醒の頃とは少し変えているみたい」

キヌ「具体的には装備出来る武器とかだね」

カムイ「まだ登場は先になるだろうけど、難易度ルナティック+を目指してるから強敵なのは間違いないね」

キヌ「ふーん。もっと更新頻度上げてほしいよね、最近遅いよ~。ぶーぶー!」

カムイ「あはは……。じゃあ、今回はここまで。また次回もよろしくね!」

キヌ「応募も気長に気楽にね~!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 イザナの神託

 

「姉様っ、具合はいかがですか?」

 

 一通りの治療を終えたサクラは現在、王の間において倒れていたアマテラスに、祓串をかざして癒やしの力を放っていた。

 

「……ええ。すごく楽になりましたよ。ありがとうございます、サクラさん」

 

 致命傷や重傷は負っていなかったアマテラスだが、蓄積されたダメージは確かにあった。それが完全に抜け去る事で、痛みによるストレスからは解放される。

 だが、その顔は晴れやかとは言い難いもので、苦虫を噛み潰したように、暗い陰が差していた。

 サクラを心配させまいと、無理に笑ってみせたのが逆に痛々しくさえ見える。サクラとて、そんな姉の気遣いや心境が読み取れぬ程は鈍くない。

 

「良かったですっ。…姉様、あまり気負いしないで。私は頼りない妹かもしれません。けどっ、私も姉様の力になりたい。姉様と苦難を共に乗り越えたい。姉様と一緒に笑っていたいんです。だから、その姉様が今抱いている苦悩も分け合いたい……。今まで一緒に過ごせなかった分、これからは私も、姉様の力になりたいんですっ」

 

 だけど、サクラは勇気を出して踏み込んだ。会いたかった、もう一人の姉は今、自分の目の前に居る。

 やっと紡いだ姉妹の繋がりを、もう手放さない為に。二度と失わないように。

 他のきょうだい達に比べれば、ちっぽけな勇気しか持たない末妹姫は、そのありったけの勇気を振り絞り、アマテラスの心へと手を伸ばしたのだ。

 

 サクラからの言葉を受けて、少し涙腺を刺激されたアマテラスだったが、グッと堪えて平静を保ち、どうにか作った笑顔で返した。

 

「ありがとう……妹に心配ばかりかけて、私はダメなお姉さんですね」

 

「そんなことっ……!!」

 

 言いかけたサクラを手で制するアマテラス。アマテラスだって分かっていた。妹が何を言わんとしていたかを。

 だからこそ、だ。それを妹の口から言わせるのは、姉として憚られた。今更帰ってきてお姉さん面するのはどうかと自分でも思う。

 だけど、お姉さんだからこそ、妹を心配させないように振る舞わなければなるまい。今まで共に過ごせなかった分、これ以上はもう心配を掛けないように。

 

「サクラさんのおかげで元気も出た事ですし、さあ、イザナ公王に会わないと! スズカゼさん達は無事に救出が出来たのでしょうか……?」

 

「姉様……、……きっと無事に助け出せたと思いますっ」

 

 サクラはまだ何か言いたげにしていたが、すぐに話題をアマテラスに合わせる。これ以上の追及は野暮だと理解したのだろう。

 そして、アマテラスは気を取り直して、今回の戦闘での、本来の目的の一つだったイザナ救出へと思いを馳せる。イザナの身に既に危害が及んでいない限りは、スズカゼ達が完璧に仕事をこなしてくれているはずだが……果たして?

 

 

 

 

 

 

 

「助かっちゃった~! キミ達は命の恩人だよ~! ほんっっっと、ありがとね~! ささ、お礼にどんどんご馳走食べちゃいなよ!」

 

 ───と、まるで心配の必要もなく、ピンピンとした姿で、ゾーラが化けていた時以上に軽いノリで話すのは、本物のイザナ公である。

 流石に意外過ぎて、アマテラスや仲間達も若干引いていた。

 

「に、偽物より軽い…」

 

「奴の変装は、かなりの再現度だったんだな…」

 

 姉妹揃って、頬を引きつらせるヒノカとサクラ。2人以外で驚いていないのは、実際に救出した忍の3人のみだった。

 後で聞いたところによると、

 

『いいえ、私達も最初は面食らってしまい、本物かどうか疑ってしまったものです。兄さんなんかは、偽物と怪しんで手裏剣を投げそうになっていましたから。カゲロウさんが止めてくれなければ、今頃イザナ公はどうなっていたか……』

 

 とスズカゼは語る。彼もだが、サイゾウとそれを止める羽目になったカゲロウは、誠にご愁傷様としか言いようがない。

 

「いや~、今日ばっかりは無礼講だよ~! いつもは質素な料理しか出ないんだけど、命の恩人な上に大切なお客人なんだし、今日は奮発して料理を作らせたからさ~! じゃんじゃん食べて、飲んで、騒いじゃってよ~!」

 

 見た目は神々しいイズモの公王が、陽気に手をパンパンと鳴らして侍女に給仕をさせ始める。その合図を皮切りに、大広間に大量の料理が運ばれ始めた。

 山菜や果実に肉、魚や貝に海老と、山の幸と海の幸がふんだんに使われた料理を前にして、戦闘直後だったアマテラス達の腹は否応無しに反応してしまう。

 ぐ~、と鳴った腹の音は一体誰のものであったのか。もしくは、誰というでもなく、全員のものであったのかもしれない。

 

「やべー! 闘った後で、目の前にこんなご馳走だらけだと俺もう我慢出来ねえよ!!」

 

「この海老……リョウマ様に似てる。ごくり」

 

 今にも料理にかぶりつきそうなヒナタと、大きな海老を前によだれが出始めるセツナ。そんな2人の姿に、数日の断食なら平気な忍達と、一部を除いた面々が思わずゴクリと唾を飲み込む。

 

「あ、食べていかないとかはナシだよ~。せっかくのご馳走がもったいないからさ。出されたら料理は遠慮せずに頂くのも礼儀だよね~!」

 

 と、理性が残った内に断ろうかと思っていたアマテラスだったが、それを読んでかイザナが先制攻撃として、逃げ道を封じてしまう。

 が、しかし、確かにイザナの言う事にも一理ある。出された食事に手をつけないのは失礼だからだ。向こうが礼儀の話を持ち出してきた以上は、おとなしく料理を頂くしかないだろう。

 

「……そうですね。では、お言葉に甘えさせて頂きます、イザナ公。皆さん、このご厚意に甘えて存分に楽しみましょう!」

 

 諦めて仲間達に許しを出すアマテラス。その宣言を受けて、歓声(主にヒナタ)が湧き起こる。

 こうして、イズモ公国にしては珍しい、少しばかり豪勢な宴が開催されたのだった。

 

 

 

 

「なんとも美味そうなものばかりだ……」

 

「ふわぁ……こんなん見た事ないわぁ」

 

 ヒナタに次いで、感嘆の息を漏らして感動しているのは、ツクヨミとモズメである。

 風の部族の村は砂漠に囲まれており、海鮮物には縁遠いため、ツクヨミは初めて目にした海の幸を前に、興奮気味。

 モズメも、小さな村の生まれであったため、山の幸には恵まれていても、海の幸は口にした事がなく、ツクヨミと同じく感動していた。

 しかし、自分がただの村娘という事が尾を引いてか、数々のご馳走を口にするのが恐れ多いらしく、箸を伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込め、を繰り返している。

 

「あらあら、子どもが遠慮をするものではありませんよ」

 

 そんなモズメを見かねたユウギリが、モズメが何度も箸を伸ばしては食べたそうにしていた料理を、何種類か小皿に取り分けて彼女へと手渡した。

 渡されたモズメの方は、本当に食べてよいのかと心配になるのだが、ユウギリが優しく諭す。

 

「良いですか? あなただってイザナ公救出に一役買っているのです。私やエマさんと一緒に、暗夜兵相手に勇敢に闘っていたではないですか」

 

「で、でも、あたいは全然敵を倒せへんかったし……」

 

「それでも、です。あなたが敵兵を負傷させたおかげで、私達も簡単に倒せた敵が少なくとも存在していました。戦闘経験の少ない身で、あれだけ出来れば上出来ですよ。だから、あなたも貢献者として胸を張りなさい。自分を卑下する事はありません。もっと自信を持って、自分自身を誇りなさい」

 

 ユウギリの言葉は真実だ。彼女やエマ程ではないが、確かにモズメも武器を持って闘った。倒せはしなかったが、手傷を負わせる事は出来た。

 それだけでも、ただの村娘だったモズメには、十分な成果と言える。

 

 暖かな微笑みを向けられたモズメは、少し恥ずかしそうにではあるが、褒められた事を心底喜んでいた。

 何故ならば、その相手が戦闘に関しては容赦ないユウギリだからだ。戦闘狂である彼女は、こと戦闘においては少々うるさい節があるのだが、その彼女に戦闘に関してで褒められるという事は、たいへん誉れ高い事でもある。

 実際、白夜王国においても彼女から戦闘関連で褒められた事のある者は少なく、彼女に褒められる事が、一種の武者として一人前であるという証明とも言われていた程なのだ。

 まあ、それも当然の帰結かもしれないが。なにせ彼女はその数多くの武勲を立てた栄誉のみならず、女王直属の臣下でもあり、王城においても有数の有力者であるのだから。

 

 が、モズメがそこまで知っているかはまた別の話である。ただ単純に、戦闘狂のユウギリに褒められたのが嬉しかっただけの話なのだ。

 

「……ありがとうな、ユウギリさん。あたい、もうちょっとだけ自分に自信持ってみるわ。だって、あたいが信じたらんと、誰があたいを信じるんやって話やろ?」

 

「ええ。まずは自分を信じてあげなさい。そうすれば、自ずと自信もついてくるでしょう。では、早速自信をつけるためにも、この料理を食べてしまいましょうか」

 

 小さくガッツポーズをするモズメと、それを見て朗らかに頬を弛ませるユウギリ。知らない者から見れば、まるで親子のように見えるくらい穏やかな空間がそこにはあった。

 

「よっしゃ! ほんならバンバン食べるで! 遠慮したら食材にも悪いもんな」

 

「はい。その意気ですわ」

 

 モズメの初めてのご馳走への挑戦が、密やかに始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴もたけなわといった頃の事だった。ひっそりと王の間へと向かうアマテラス。アマテラスは宴の途中ではあったが、イザナから呼び出されたのだ。

 最初のゾーラの時も呼び出されたので、少し疑いたくなってしまうが、今回は一人ではない。ヒノカやアクア、そしてジョーカーも傍で控えている。

 

「やあ~、よく来てくれちゃったね~!」

 

 王の間に入ると、玉座に腰掛けるイザナの姿が目に映る。どうやら、ここには彼だけのようだ。

 

「イザナ公、用件をお伺いさせて頂いても?」

 

 宴の途中でわざわざ呼び出したのだ。何か、あまり人に聞かれたくない話でもあるのかもしれない。

 ヒノカ達が見守る中、アマテラス単刀直入に切り込んだ。

 

「うーん、それなんだけどさ~……用件を言う前に、僕の話を聞いてもらえるかな?」

 

 先程までの陽気さは成りを潜め、改まって真面目な顔になるイザナ。こうしていると、本当に神々しいとアマテラス達は思わされる。

 

「僕の一族は代々公王を務めていてね~。というのも、先祖が神祖竜の血を引いている……つまりキミ達白夜王国や暗夜王国の王族と同じなんだよね~」

 

「え……!?」

 

 アマテラスにしてみれば、それは衝撃的な事実だ。神祖竜の血を継ぐ者が、白夜と暗夜以外にも存在していた。竜脈という強大な力を、中立国であるイズモ公国の公王も扱える、だからこそ、中立国で有り続けられるのか……。

 そんな風に思った矢先、出鼻を挫かれる台詞が、再びイザナの口から出たのだった。

 

「とは言っても、キミ達程に血は濃くないから、竜脈は操れないんだよね~。いや~、キミ達ホントスゴイと思うよ~!」

 

「ええ~……。さっきの私の驚きを返して下さいよ……。というか、ヒノカ姉さんとアクアさんは、その事について知っていたんですか?」

 

 普段からクールで、アマテラスの前では決して取り乱さないジョーカーはまだしも、ヒノカやアクアもあまり驚いた素振りを見せなかった事に、疑問を抱いたアマテラス。

 そして彼女の問いに対し、2人は肯定を返す。

 

「ああ。イザナ公にお会いした事はなかったが、イズモの公王が神祖竜の血を引いている事は、神祖竜のおとぎ話としてよく父上や母上からも聞いていたからな」

 

「私は、幼い頃にミコト女王が寝物語として聞かせてくれたわね。まあ、竜脈が扱えないというのは初耳だったのだけど」

 

 自分だけが驚いていた事に恥ずかしさが込み上げてくるが、それを知ってか知らずか、イザナは話を続ける。

 

「で、なんでそんな話をしたかって言うとね、竜脈は使えないんだけど、占いや神託には一家言あるんだよね~! 有り体に言えば、僅かに残された竜の力ってヤツさ」

 

 占い……というと、ここに訪れた理由は、オロチによる占いの結果だったはずだ。少し思うところのあったアマテラスは、直球でイザナへと質問をぶつけた。

 

「では、用件とは……占い、もしくは神託に関してなのでしょうか」

 

「その通り! 実は最近、とある夢をよく見ててさ~。ズバリ! キミ達がここにやってくるって内容だったんだ」

 

 それはつまり、予知夢ではないか?

 もしかしたら、オロチの占いも、元を辿れば彼の見た夢が影響を与えた結果だったのかもしれない。

 詳しい事はアマテラスには分からないが、呪いや占いといった神秘絡みの事柄は、見えない部分で人が知り得ない何らかの繋がりがあるのだろう。

 

「暗夜兵に捕らえられて、それが正夢なんだと確信してね~。アマテラス、キミに会えたら何かが分かるって予感がしてたんだ。僕の予感は7割当たる!! からさ~!」

 

 あはは~、と陽気に笑ってみせるイザナ。彼の言葉通りなら、それこそが、自分達がここへとやってきた事の理由なのかもしれない。

 つまり、ゾーラによって捕らえられたイザナを助け出したのは、偶然に過ぎなかったのだ。たまたま、イザナの予知夢とオロチの占いに重なる形で、ゾーラの介入があったのだろう。

 

「それでさ、実はキミの顔を見た瞬間、ビビッと神託が降りて来たんだ~! キミ達の行く末を占ってあげろってね」

 

「……神祖竜からの神託が!?」

 

「そうそう! いやいや、これだけハッキリと頭に響いたのは初めてだったね~。という訳で、早速だけどパパッと占っちゃうから!」

 

 アマテラスが驚くのよそに、軽いノリで玉座から立ち上がった彼は、その裏から何やらゴソゴソと探し物を始める。

 何をしているのかと疑問に思いながらも、しばらく待っていると、「あったあった~!」と呑気に振り返るイザナ。その両手には、人の頭より一回り程小さい水晶玉が抱えられていた。

 見た感じ、占い用の水晶玉であろうか?

 

「これを台座に設置して、と……。じゃあ、行くよ~!」

 

 イザナはせっせと占いの準備を進め、待つこと数分、ようやく準備完了したようで、目を閉じてムムム、と水晶玉に手を翳す。

 

「……」

 

「……」

 

 その間、必然的に手持ち無沙汰となるアマテラス達。イザナの占いが終わるまではする事がなく、ただ待つしか出来ない。

 

「こうして暇を弄ぶのもなんだし、アマテラスには神祖竜について色々とレクチャーしてあげるわ」

 

「ええ!? いきなりなんですか、アクアさん!?」

 

 唐突に静寂を打ち破ったアクアの声に、名指しされたアマテラスは急に呼ばれたために返事が裏返る。

 

「アマテラスは世界の始まりと神祖竜について、あまり知らないみたいだから、この機に教えてあげようと思ったの。王族として、自らの起源については知っておくべきだし」

 

「うむ。それは私も賛成だ。己が何を祖とするか、知っておいて損はない。王族ならば知っていなくては恥をかく可能性もあるからな」

 

「良い機会です、アマテラス様。北の城塞ではガロン王の意向もあり、アマテラス様やスサノオ様は学びの機会が少なかったのですし、この機にアクア様からご教授されるのが良いかと」

 

 味方は居らず、むしろ他の2人はアクア側についてしまったので、助け舟は期待出来ないだろう。

 唯一の頼みの綱であるイザナも、さっきまでの勢いはどこへやら、一向に占いが終わる気配もなし。ここは潔く諦めるほかない。

 

「はあ…分かりました。せっかくですので、教えてもらう事にします」

 

「そう。じゃあ、少し長くなるけど、寝ないでね」

 

 

 

 

 

 

 ───昔、この世界は虚無だった。

 

 いや、正確には、混沌とした渦が存在しているのみ。生物という概念はなく、あらゆる存在意義が欠落した、混沌のうねりが永遠に続くだけ。

 

 しかしある時、そこにとある変化が起きた。渦を形成していたエネルギーが、長きに渡り渦巻く間に一カ所に凝縮され、異変が生じたのである。

 凝り固まったエネルギーはやがて、何度となく変化を重ねていき、一個の生命体として形成された。

 

 その生命体は、まず最初に混沌の渦を利用し、自身が降り立つ土台を形成した。次に、渦を制御して流れを自らのものにすると、それらを取り込んで、自身を膨張させた。

 それは、孤独から解放されるための手段だったのだ。自らに取り込んだエネルギーを胎内で別の形に練り直し、自分とは異なるまったく別の命として、先に作っておいた土台へと産み落としたのである。

 

 産み落とされたのは十二の命。それらは後に『神祖竜』と呼ばれる存在である。彼らを産み落とした母なるもの──後の世では、神祖竜を産みし原初の神、『真祖神竜』と呼ばれる存在は、我が子である十二の竜に深い愛情を注いだ。

 我が子らの為に、土台の上には食糧となる他の生命を作り出し、そして子ども達の奴隷として、“ヒト”を作り出した。ヒトは時に神祖竜達の手足となり、食事の用意や寝所たる神殿など、あらゆる礼儀の限りを尽くしたのである。

 

 時は流れ、やがて神祖竜達はある事に執心するようになる。満足のいく暮らしを続けるうち、内に秘めていた野心が成長を遂げていたのだ。

 もっと敬われたい、もっと楽をしたい、もっと力を示したい……。

 そんな欲が、彼らの心に滲み出し始めたのである。それには、他のきょうだい、そして母たる真祖神竜が邪魔となる。彼らの生みの親である真祖神竜は、自分達への多大な影響力と支配力を持つからだ。

 

 そして、その時だけ結託した竜達は、母を罠に陥れ、永劫の封印に掛ける。その時になって原初の神はようやく気付いた。自身の分身としてではなく、一個の命として生み出したが故の離反だったのだと。

 故に、己の力を誇示したいという欲を抱いてしまった……と。

 

 母を封印した竜はみな野心にあふれ……今度は世界の覇権をめぐってきょうだい同士で争った……。

 その過程で、竜は自らの力をヒトに与え、時に血を注いだ事により、竜の血を継ぐ人間が現れたとされている。

 皮肉にも、自分達の為に母が作ったヒトを、自分達の世話をさせるのではなく、自分達の武器として使ったのである───

 

 

 

 

 

「───それが、私達王族という存在の成り立ちだとされているのよ」

 

 時間にして20分。この世界の誕生についての伝説を語ったアクア。その彼女の語りを静かに、アマテラスは心も耳もしっかりと傾けて聞いていた。

 

「私達の、起源……」

 

「ええ。でも、所詮は伝説。どこまでが本当で、どこまでが嘘なのかは誰にも分からない。当事者である竜がまだ存在しているなら話は別だけど、竜は遥か昔に滅んだか、肉体を捨てて精霊になったと言われているから、確かめようもないわ」

 

 伝説とは、そのほとんどが人間が作り出した物語だ。こうあってほしい、こうあったに違いない、と自分達で勝手に想像し、捏造する事で、如何にも神秘に溢れた存在は実在したのだと思い込ませる、ある種の自己暗示。

 だけど、全ての伝説が作り話かというと、それもまた違う。真実のみを語る伝説が本当にあるからこそ、どの伝説が本物で、偽物なのかを判断するのが難しいのだ。

 それこそ、真実かどうかを知るのは、それを経験した者か、直接見聞きした者に他ならないだろう。

 

「うーん、神祖竜に関しては、実際キミ達が竜脈を使えてる訳だし、まだ真実味があるよね~。かく言う僕だってその末裔なんだし」

 

 と、そこに割って入るのはイザナ公。玉座で暇そうにしていた彼は、アクア達の会話に乱入してきたのである。

 

「いえ、占いが終わっていたのなら声を掛けて下されば良かったのに」

 

 イザナの突然の乱入に、少し呆れ気味で返すアマテラス。少しずつ、この公王のクセが分かってきていた。

 

「え~? だって真剣に語ってからさ~。途中で止めるのもどうかと思っちゃってね~!」

 

 悪びれる様子もなく、見た目に似合わぬ快活な笑い声に、アマテラスはもはや動じない。最初のインパクトが強すぎて、既に驚く程の衝撃もさっぱり失せていたのである。

 

「ま、伝説は伝説。今を生きるキミ達に必要なのは、さっき出た占いの結果だよね~!」

 

「……!」

 

 いよいよ、イズモにまでやってきた理由、イザナの占いの結果が分かろうとしている。

 自ずと気が引き締まるアマテラス。キュッと手を握り締め、静かに聞く姿勢へと移行する。

 

 それを見て、イザナはニコリと穏やかな笑みを浮かべると、その占いの結果を口にした。

 

「占いで見えた言葉は二つ! それじゃ言っちゃうよ~!

 

 

 

 

『結ぶ血裔 亡骸 埋もれ狂い果てて』。そして───

 

 

 

 

 

 “光は闇に堕ち、闇は光となる。真実と理想を追う者達よ。決して油断だけはしない事だ。ゆめゆめ、それを忘れるなかれ”───ってね」

 

 










 
〈語られざる記録〉

 とある朽ち果てた王城にて。そこは生き物の気配はまるで感じ取れず、静寂に支配されていた。
 壁や床は崩れ、所々が風化した廃墟。かつての神聖さはもはや見る影もない。

 そこへ、足を踏み入れる影が一つ。
 その影は淀みなく歩を進め、かつてこの国の王が座っていたであろう玉座へと、グングンと歩いていく。

 そして、玉座の前に辿り着いた所で、ピタリとその動きは止まった。

「我らが王よ……。先日、黒竜砦へと派遣した臣下が帰還した。次の手は如何とするか?」

 影の主……外套を纏った男の声が、虚空に響く。しかし、その声に返す者が居た。

『──しばし時を待つ。当分の間、我は力を蓄える為に眠るとしよう。貴様は進行中である計画を指揮するのだ』

「計画……と言うと、ミューズ公国での企ての事であるか? 承った。アレはあやつに任せているが、機を見て適宜、指示を出すとしよう」

 おぞましい程に低く、腹の底まで響くような声音を受けてなお、外套の男は一切怯む様子もない。
 そして、用件の伝達も済んだ男は、さっさと去って行った。
 残されたのは、姿の見えない“王”のみ。愉悦に浸った笑い声を上げながら、彼は一人、誰にも向けていない言葉を漏らすのだった。

『くく……楽しみも見つけたのだ。まだ芽生えも小さく、夢の中ではあるが、せっかくの種子だ。せいぜい面白く、有効に使ってやるとも』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 歌姫の悩み事

 

 

 

 

 

 イズモ公国での闘いも終わり、その後の宴も終わり、そしてイザナ公からアマテラスと私達が聞かされた占い……その内容に、私はどういう意味があるのかをずっと考えていた。

 

 皆がイズモの王城で用意された部屋で寝静まる中、同室だったアマテラスを起こさないように、こっそりと部屋を抜け出した私は、静かな廊下を一人歩く。

 

 人の気配はするものの、耳に入ってくるのは虫の奏でる美しく涼やかな幻想曲だけ。この国の神秘性も手伝って、まるで私は御伽噺の世界にでも入ってしまったかのような気さえする。

 

 だけど、私の抱える悩みが、ここは夢幻の世界ではなく、どうしようもなく現実であるのだと無慈悲にも告げていた。今までの事が全て夢だったのなら───

 いや、それを思うのは止めよう。だって、その思考はこれまで私が経験した出会いも思い出も、全て否定するのと変わらないのだから。

 

 

 廊下を歩いていると、見回りをしているのだろう兵士と出会う。やはり王城なだけあり、見張りや見回りの兵士は常駐しているらしい。

 当然ながら、よそ者である私がこんな真夜中に他国の王城をうろつくのは怪しいのだろう。少し警戒心を持って、しかし、あまりそれと私に感じさせないように、

 

「確か白夜王国からの御客人であらせられるアクア様でしたか。このような夜更けにどうされましたか?」

 

 多少の気遣いも含まれた問いかけを、兵士は私に向けて投げかけた。

 ここではぐらかすのは、それこそ怪しいと認めるようなもの。なので、私は正直に答える事にした。

 

「少し眠れなくて。悩み事もあったから、散歩がてらに城内を見学させてもらっていたの。ところで、王城の外でも構わないのだけど、この近くに湖や泉はあるかしら?」

 

 私は問いかけに答えた後、すぐに兵士へと問いを返す。すると、兵士は納得したように、柔らかな笑みを見せて私の問いに答えた。

 

「ああ、それでしたら、王城を出てすぐの通りを左に進んでいくと森が見えてきますので、そのまま森に入って下さい。その森を少し奥まで進んだ所で、イズモ公国一美しいと評判の『仙水湖』という湖が見えてくるでしょう」

 

「仙水湖──確か、イズモ公国の奉る神祖竜の寝床に雨水が溜まって出来たとされる湖……だったわね」

 

 手近な湖が有名な湖というのは意外だったが、むしろありがたいか。神秘に満ちたそこならば、落ち着いて考え事も出来るだろう。

 

「ただ、野生の動物も居ますので、くれぐれもお気をつけ下さい。誰かお供に付けましょうか?」

 

「いいえ、それには及ばないわ。自衛の心得くらいはあるもの。いざとなれば、自分の身は自分で守るから。お心遣い、ありがとう……」

 

 確かにありがたい申し出だが、今はとにかく一人になりたかった。故に、その申し出は断った。

 

「そうですか…。では、どうぞお気をつけて。イズモは神聖なる国なれど、夜道は万国通して危ないものですので」

 

 深々とお辞儀をすると、その兵士は見回りへと戻っていく。少し仕事の邪魔をしたようで、若干の申し訳なさを胸に、私は城の出口へ向けて歩き出した。

 

 目的地は当然、今聞いた『仙水湖』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 言われた通りの道を辿り、間もなく森に入った私は、静寂に支配された闇夜の森を突き進む。

 時折聞こえるカサカサ、という草木の揺れる音は、野生の動物が立てた音だろうか。

 神聖な湖が近くにあるおかげなのか、驚いた事に私は一切の恐怖心を抱かずに、暗い森の中でもすらすらと歩けていた。

 

 森といっても、巡礼の地であるのだろう。少し人の手が加えられており、湖まで一直線の歩道が伸びている。

 道なりに歩いたところで、ようやく開けた場所に出られる。そこには、水の澄んだ湖が視界一面に広がっており、波風一つ立っていない湖面には、月をそのまま反射して投影されていた。

 

「白夜を出た以来かしらね。こうして一人で湖に来るのは……」

 

 思えば、遠征の旅に出てからというもの、色々な事があった。

 テンジン砦で雑務の手伝いに、暗夜兵への待ち伏せ、その後の姿の見えない兵士との連戦。

 次は黄泉の階段でのマクベスによる謀略、それを弁明するためとしてアマテラスとリンカが受けたフウガからの試練。

 そして今回のイズモでの暗夜兵との戦闘……。

 

 僅かな期間で、色濃い時間を過ごしたが、その間に習慣だった泉への足を運ぶ事は、一切していなかった。

 アマテラスの星界にも泉はあるが、流石にそれはしない。そもそも、私の本来の目的である()()は、間違っても誰かに見られる訳にはいかないのだ。

 だから、アマテラスの星界で、一人で泉に行くのは憚られた。時間の流れの違う星界から出て、近場の泉に行くのも論外だ。知らぬ間に、時間の流れの食い違いにより、私が居ない事がバレるのもよろしくないだろう。

 

 たとえ白夜のきょうだい達であろうと、アマテラスであろうとも、この秘密は共有出来ない。してはいけない。

 私の抱えるこの()()を、彼らにも押し付けるべきではないから。

 

 ──いいえ。それは違うわね。べき、ではなく、私がただ彼らを巻き込みたくないだけなの。

 そう、この呪いは、私だけが抱えればいい。私だけが知っていればいい。

 私だけが、覚えていればいいのだから。

 

 

 さあ、この湖までわざわざやってきたのだ。考え事に耽るとしよう。

 そもそもの悩みの発端、イザナ公から聞かされた占いについて。

 

 まず、私はそれを聞いた時、耳を疑った。

 

『結ぶ血裔 亡骸埋もれ狂い果てて』

 

 これは私の唄っている歌の歌詞だ。これを知っているのは、今や()()()()()()私だけのはず。

 それが何故、イザナ公の口から出てきたのか。そして、占いによって何故、その歌詞がアマテラスへと示されたのか。

 

 疑問はそれだけに尽きない。どうして()()()()()()なのだろう?

 私とて、この歌の意味を完全に理解してはいない。母から教えられたこの歌は、その母でさえ歌に込められた意味を知らなかった。

 

 だけど、私は最近になって思うのだ。この歌は、予言なのではないか、と。

 そして、その予言が示す人物こそがアマテラスなのだ。

 しかし、ここで問題があった。確かに、歌詞はアマテラスの事を指し示しているように思えるのだが、それはあくまでも一番の歌詞のみ。

 二番、三番の歌詞はアマテラスには全く当てはまらない。むしろ、他の可能性を示しているように思えてならない。

 そして、それが何を意味するか……。

 

 分からない。私には、分からない。歌の歌詞もそうだが、イザナ公の占いが一体何を意味するのか。

 何より、もう一つの占い結果の方が、私には嫌な予感しかない。

 

『光は闇に堕ち、闇は光となる。真実と理想を追う者達よ。決して油断だけはしない事だ。ゆめゆめ、それを忘れるなかれ』

 

 アマテラス、そしてもう一人の誰かに向けて告げられたであろうそれ──おそらくもう一人はスサノオだろう。

 だが、その言葉通りだとしたら、白夜へと戻ったアマテラスが光で、暗夜へと残ったスサノオが闇という事になる。真実と理想云々は何の事かは分からないが……。

 そしてこれは暗に、アマテラスが闇の手に堕ち、そしてスサノオが光の元へ行くと───そう捉えられるのではないか?

 それが本当ならば食い止める必要がある。アマテラスには何としても、光の側に居てもらわなければいけない。竜の力を闇に堕としてしまえば、アマテラスこそがこの世界を滅ぼさんとする災厄になりかねないからだ。

 

 スサノオの事も気がかりだが、離れている以上は手の打ちようがない。だけど、何か策は考えておくべきだろう。

 

 

 ああ…私は、ひとり思う。この世界の為に何が出来るのか。アマテラスの為に何が出来るのか。

 誰にも相談出来ぬもどかしさを抱いて、もしも、誰かに打ち明けられたなら、どれだけ楽か。

 そんなもしも(if)を、私はひとり思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んぅ、あれ?」

 

 ふと、唐突に私は目が覚めた。慣れない枕だったからだろうか、中途半端な時間に起きてしまったらしい。

 何気なしに、隣で寝ているであろうアクアに視線を送ろうとして、そこで気づく。

 アクアの寝ていた布団はもぬけの殻で、部屋を見渡してみてもその姿は見当たらない。

 

「アクアさん……?」

 

 どこに行ったのだろう。この静けさから、まだ起きるような時間ではないのは明らかだ。夜行性の虫の鳴き声がそれを証明している。

 厠にでも行った? それとも、寝付けずに散歩にでも行ったのだろうか。

 

 だとしても、だ。厠ならまだしも、女一人で夜の散歩に出かけるのは危険だろう。ここが神聖な国であるとされていても、女性が夜道の一人歩きは看過するべきではない。

 

「……よし」

 

 そうと思ったが最後、私は彼女を探しに行かずにはいられない。私がアクアの姿を確認して安心したいというのもあるが、何より彼女に何事も無ければとの思いの方が強かった。

 

 帰ってきた時にまたすぐ眠れるように、布団を軽く畳んでおくと、私は部屋を後にする。誰か……例えば見回りをしている兵士など、アクアを見ていない尋ねたいところだが。

 

 

 

 夜のイズモ王城は、それはもうひっそりと静まり返ったものだ。灯りは最低限の蝋燭が通路の角や分かれ道に置かれている程度で、困りはしないがやはり心細く感じる。

 暗夜での暗さに包まれた生活を経験していた身としては、暗闇に恐怖こそしないが、少しずつこの体は白夜の環境に馴染んでいるのだろう、私はこの暗さに、少しばかりの明るさへの寂しさを感じていた。

 

「……」

 

 私は黙々と城内を歩く。虫の鳴き声と、歩く度に軋む廊下の音だけが、私の耳に入ってくる音源だ。

 暗夜での夜とはまた違った、光ある国に訪れる夜。もう何度も体験しているが、まだ多少の違和感は拭えない。慣れた、とは言っても、暗夜で培われたこの感覚はそう簡単には抜けないのだろう。

 

 結局誰にも会う事なく厠へと辿り着いたのだが、そこにもアクアの姿は無かった。

 となると、後者の方だったのだろう。アクアの事だ、他の仲間達にも声を掛けていないはず。おそらく、一人でどこかへ出掛けている。

 これといった決まった目的地などはないだろうが、一体どこへ行ったのか。

 

 しばらく城内を歩いていると、ようやく見回りの兵士と遭遇した。

 

「あの、すみません。お尋ねしたい事があるのですが……」

 

「このような夜更けに誰だ……と、これはこれは、アマテラス様ですね。我ら臣下一同、あなたには本当に感謝しています。公王をお救いくださり、この恩は一生を懸けても報えますまい」

 

「いいえ、そのような……。私達は当然の事をしたまでですから」

 

 私がここまで感謝されるのには訳がある。というのも、彼らはイザナ公の命を守る為に、ゾーラから私達には知らんぷりをしていろと脅迫されていたのだ。

 本物のイザナ公が捕らわれているという事を、こっそりと私達に伝えようものなら、即座にイザナ公を処刑する、と。

 まあ、結局は彼らの口から真実が伝えられるまでもなく、ゾーラが偽物だったとバレた訳だが……。

 それもあり、臣官全てが、黒幕であるゾーラを倒した私を、深く感謝しているといった具合である。

 もどかしかっただろうに。自分達の主君を助ける事も叶わず、助けを求めたくても、求められないのだから。

 だからこそ、彼らには全く非はないのだ。私達だって、それについては十分承知している。

 だけど、私がいくら言っても彼らの、私への感謝の度合いが変わる事もなく……といった感じだ。

 

「ところで、何か用件があったのでは?」

 

「あ、はい。私達の仲間のアクアさんを探しているのですが。彼女を見かけませんでしたか?」

 

「ああ、アクア様でしたら、一刻程前にお会いしましたね。近くに湖か泉は無いかと聞かれましたので、すぐ近くの『仙水湖』の場所を伝えさせて頂きました」

 

 やっぱり……。そういえば、アクアと初めて会ったのも、湖の(ほとり)だったな。彼女は昔から、よく一人で湖や泉へと出掛けていたとスズカゼやカゲロウから聞いていたが、そんなに水辺が好きなのだろうか?

 ともあれ、私もそこへ向かうとしよう。

 

「道筋を教えてもらえますか? 私も行ってみようと思いますので」

 

「ええ。そのくらい、お安い御用です。ではまず、城を出てすぐの通りを───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵士に聞いた通りに進むと、やがて森の中で目的地である『仙水湖』らしき大きな湖が視界に入る。

 なるほど、確かにイズモらしい神聖な雰囲気で満たされている。

 

 さて、アクアはどこに───、

 

 

 

『ユラリ ユルレリ──』

 

 

 

「この歌声は……」

 

 アクアを探そうと思った矢先、どこからか透き通った旋律が耳に届いてくる。これは以前、白夜王国で聞いた事のある歌声だ。

 確かその時は、私は夜眠れなくて気晴らしに散歩に出たんだっけ……。

 

 懐かしいシチュエーションに、私の足は自然と歌声に惹かれて歩いていく。意識せずとも、体が勝手にそちらへと向かっているかのようだ。

 

 

『思い 巡る秤──』

 

 

 居た。湖に膝まで浸かって、彼女は歌を紡いでいた。この湖のように、どこまでも澄んだ歌声は、澄み切った湖を更に浄化しているかのような錯覚さえ起こさせる。

 それだけ、今のアクアからは聖なるオーラのようなものを感じるのだ。

 

 いつまでもこの歌を聞いていたい衝動に駆られるが、もう夜も遅い。戻って早く寝ないと、明日に響くのは確実だろう。

 名残惜しくはあるが、あえなく私はアクアに声を掛ける事にした。

 

「アクアさん」

 

「───っ! ……、アマテラス」

 

 一瞬、ピクリと肩を震わせたアクアだったが、私を見てすぐに警戒心を解く。

 

「探しましたよ。起きたら隣に居なくて、厠でもないし。見回りの兵に聞いたらここだって……眠れなかったんですか?」

 

 私の問いに対し、何故か、少し顔を横に逸らしてしまうアクア。私と顔を合わせようとしないまま、彼女はゆっくりと湖から上がってくる。

 私はアクアのその態度をおかしく思い、理由を聞こうと口を開きかけたところで、

 

「考え事をしていたの……、いいえ。悩み事があったのよ」

 

 アクアの方が先に口を開いた。今度はしっかりと私の目を見て、その美しい金の瞳には不安が滲んでいるようだった。

 

「イザナ公の占い……一つ目は私にも意味は分からない。けど、二つ目……。あれは、アマテラスとスサノオの事を言ってるんじゃないかって」

 

 ああ…だから、彼女はこんなにも不安そうにしているのか。

 光が──私が、闇に堕ちるのではないか、と……。

 

「アクアさん……」

 

「私は、白夜の家族から、たくさんのものを貰ったわ。親の愛、きょうだいの絆、暖かな思い出、優しい記憶……私が私のままで居られたのは、ミコト女王やリョウマ達が居たお陰。そう、あなたとスサノオの人生と引換に、私はあなた達が享受するはずだった時間を奪った」

 

 独白は続く。普段は見せない弱さを、包み隠さずに晒け出している。

 

「私は、彼らの温情に報いたい。こうして光差す世界へと帰ってきたあなたを、むざむざ闇の手になんか堕とさせはしない。なんとしても、あなたを闇から守ってみせる。たとえこの命と引き換えにしても。でも、私はリョウマやヒノカ、タクミみたいな力は無いのも事実……」

 

 故に、どうやって私を守ればいいのか。自分には何が出来るのか。それを悩んでいたのだろう。

 私の事をそこまで真剣に考えてくれるのは、正直なところ嬉しいし恥ずかしい。

 だからこそ、私は彼女にこう返すべきだろう。

 

「アクアさん、私は白夜王国の第二王女アマテラスです。もう、私が暗夜の王女に戻る事は決してありません。それに、私達はもう負けませんよ。そのために虹の賢者様の元へと向かっているのですから」

 

 ──私は負けない。闇に…ガロン王に屈するつもりはない。私達兄妹を使って母を殺したあの残虐な暗愚王を倒すまで、私は止まるつもりはない。

 ガロン王を倒した時こそ、きっと───きっと、マークス兄さんも、カミラ姉さんも、レオンさんも、エリーゼさんも……そしてスサノオ兄さんも。

 昔みたいに仲良く出来ると、私は信じている。それがたとえ理想でしかなくても、信じて、闘おう。

 

 そうじゃないと、私の心はきっと、砕けてしまうから。

 

 

「……そうね。私があなたを信じないで、どうしろというのよね。分かった。私が、私達があなたを守るし、闇に堕ちさせなんかしないわ。そしてあなたが闇に勝つと信じてる。だってあなたは白夜王国の第二王女、亡きミコト女王の残した忘れ形見、アマテラスなのだから……」

 

 そう言って、アクアは私へと小さく笑みを浮かべて手を差し出した。もちろん、私はその手を取り、彼女を湖の外へと引き上げる。

 そして笑顔を以て答えるのだ。彼女の想いに報いられるように──

 

「はい!!」

 

 

 そして、私達はアクアの服がある程度乾くのを待ち、城へと戻った。

 無論、夜更かししていたのに違いないので、結局は2人揃って少々寝坊したのはご愛嬌……?

 

 その後、ヒノカにこってりと絞られたのもまた、ご愛嬌……。

 

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「ついにFEヒーローが始まったね~」

カムイ「だね~」

キヌ「でも、これに関しては今のところ無課金を貫くつもりだから、たいして強いユニットが居ないんだよね~」

カムイ「そうだね~。せいぜい、☆5のシーダさんと、☆4の大人チキさんがいるくらいだもんね」

キヌ「あと、☆4のパオラとかね~」

カムイ「僕的にはルキナさんとか、ルフレさんが欲しいんだけど、まあいいかなって」

キヌ「まあ、☆が少なくても頑張ってるユニットもいるからね~」

カムイ「うん。それに、気が遠くなるけど、☆の繰り上げも出来るからね。気長にやっていくよ~」

キヌ「従来の命中と回避が無くなってたのには流石に驚きだったけどね」

カムイ「まあその分、戦略性が上がってるんだけどね。考えて配置しないと、すぐに削られちゃうからさ」

キヌ「だね~。さてと、じゃあ今日はやってみた感想だけだね。また次回もヨロシクー!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 忍の国へ

 

 イザナ公王が救出されて一夜が明けた。闘いの疲れと、宴でのハシャぎ疲れで一部の者は顔面蒼白だったが、いつまでもイズモに居座り続ける訳にはいかない。

 全員が起床の後、出立の仕度を整えて、城下町の門前へと集合していた。

 

「いや~、もう出発しちゃうなんて。僕としては、もっとゆっくりしていってくれても構わないんだけどね~」

 

「いいえ。お心遣いはありがたいのですが、私達も遠征中の身。あまり一カ所に長居する訳にもいきませんし、これ以上迷惑を掛ける訳にもいきませんから」

 

 見送りへと来ていたイザナ公の申し出を、アマテラスは頭を下げて丁重に断った。

 宴に招いてくれただけでもありがたいというのに、厄介になり続けるのは出過ぎた真似というものだろう。そう思ったからこそ、アマテラスはその申し出を受けなかったのである。

 

「そっか~……。じゃあ、またおいでよ! その時は昨日よりも盛大に歓迎させてもらうからね~!」

 

 心底残念そうにしていたイザナ公ではあるが、その持ち前の軽さで、別れの寂しさを感じさせないのだから、流石と言うべきか。

 

「はい! その時は、よろしくお願いしますね!」

 

「任せてね~! で、話は変わるんだけどさ」

 

 と、あまりに唐突な話の切り替えで、アマテラスは「え、これでお別れするのでは?」と少し面食らってしまったが、すぐに気を持ち直す。

 

「君達の目的はノートルディア公国に居る『虹の賢者』なんだよね? なら、あそこの公王を訪ねるといいよ。彼女は僕の古い友人でね、きっと君達の力になってくれるんじゃないかな~。式神の使いを出しておいてあげるから、行けばすぐに会えると思うよ!」

 

「ありがとうございます。何から何まで、色々とお世話になって……。きっと、この戦争を終わらせてみせると約束します」

 

 今度こそ、本当にアマテラス一行はイザナ公へと別れを告げて、イズモの国を出発した。目指すはノートルディア公国。そして、そこに居るであろう虹の賢者の元へ。

 

 

 

「行っちゃったか~。さーて、早速タマモに放つ式神の仕度しよっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノートルディア公国へと行くには、イズモ公国から南西に進んだ所にある港町へと向かう必要がある。

 そして、イズモ公国とその港町との間を隔てるように存在している国があった。

 

 その国の名は『フウマ公国』。領内の殆どが木々で覆われた、緑の生い茂る国で、優秀な忍びを多数抱えた、言わば『忍の国』である。

 

「そのフウマ公国を通らないと、港町へは遠回りする事になるんですね?」

 

「はい。フウマ公国は入り組んだ山林が多く、その広大さから迷いの森としても知られていますね。そこに住む彼らフウマの民でさえ、その全容を把握仕切れておらず、時折遭難する者が出るとか」

 

 アマテラスの問いかけに、十二分の答えをもって返すスズカゼ。その丁寧な説明で、フウマ公国がどのような地形が多い国であるかをなんとなくだが把握出来る。

 

 だが、アマテラスにはその他にも心配する事があった。というのも、

 

「フウマ公国の方々は、私達が通る事を許して下さるでしょうか?」

 

 一応は同盟国であるフウマ公国だが、曲がりなりにも忍が治める国だ。忍とは警戒心を常に持つもの。

 大国同士の戦争中で、しかも王族まで混ざった遠征軍を歓迎するかと言われれば、厄介事に巻き込まれたくないというのが本音だろう。

 白夜に良い顔をしたとして、暗夜王国から難癖どころか侵略を受ける危険さえあるのだから。

 

「どうだろうな。同盟国とはいえ、最近のフウマ公国は良い噂を聞かない。もしもという事は考えておいた方がいいかもしれないぞ」

 

「ですが、仮にフウマ公国が我々との同盟を裏切る事があったとして、いきなり襲い掛かってくるような愚直な真似をするでしょうか」

 

 アマテラスの疑問に、フウマ公国に対して否定的な意見を述べるヒノカと比べ、スズカゼはそれを踏まえた上での考えを口にする。

 確かに、もしフウマ公国が同盟を破棄するとして、白夜の遠征軍に急に攻撃してくるのは愚かにも程がある。

 定期的にリョウマへと向けて連絡を送っているので、どこでそれが途絶えたか分かれば、無論フウマ公国でという事になる。

 異変を察知すれば、軍に余力が無いとしても、リョウマなら少しくらいは兵を寄越す事だって考えられるのだ。

 

 まあ、フウマ公国がその事について知っているかと言われれば、どちらとも言えないのだが。

 

「とにかく、行ってみてどうなるかだ。ここで話していても何も変わりはしないしな」

 

 ヒノカはそう言うや、部隊の先頭へと舞い戻る。白夜王家の長姉として、弟妹の先を自らが率先して進んで、危険をなるべく排除しておきたいというのが、ヒノカの基本方針であるが故に。

 

「フウマ公国、忍の治める国……ですか。何事も無く通過出来れば良いのですが」

 

 やはりアマテラスの不安は、未だ脳裏に焼き付いたまま離れない。

 遠征が始まってからというもの、どういう訳かトラブルや厄介事にかなりの頻度で巻き込まれている。

 テンジン砦への襲撃から始まり、モズメの村での事件、風の部族との一悶着、イズモ公国での闘い……と、よくよく考えてみればほぼ全てで、直接でない事もあるが、暗夜王国の陰謀が影に潜んでいた。

 

 もうここまで来れば、フウマ公国へも既に何らかの手が回されていてもおかしくはないのだ。

 

 心配になってきたアマテラスの様子を、その顔色から読み取ったのだろうアクアは、アマテラスと歩調を合わせ、その隣で軽く手を触れて励まそうとする。

 

「安心して。もし何かあったとしても、私達がいる。それに、こちらにも忍が3人もいるのよ。同じ忍として、フウマの忍の手だって幾らかは見切れる筈よ」

 

 そう言って、アクアは前方、後方、そして中間でそれぞれ敵の気配が無いか警戒しているサイゾウ、カゲロウ、スズカゼへと視線を送る。

 アマテラスもそれに釣られて、忍達の方を見て、一つ小さく頷いた。

 

「そう、ですね。恐れる事なんてありません。何があろうと、全力で駆け抜けるだけです!」

 

 ガッツポーズで、笑顔を取り戻すアマテラスの姿に、アクアは微笑ましいとばかりに、柔らかな笑みを彼女へと向けるのだった。

 

 

 

「………フウマ公国、か。父上……」

 

 前にまで彼女らの声が聞こえていたサイゾウの、そんな呟きには誰も気付かぬままに。

 

 

 

 

 

 イズモ公国も木々の多い緑豊かに土地が多かったが、フウマ公国もまた土地のほとんどを緑で覆われた、自然溢れる国とされている。

 前者が森林の中でも神秘に包まれた、神々しさや神聖さを持つとするなら、後者は自然本来の荒々しさや猛々しさ、生い茂る森の生命力に溢れているといった違いが挙げられるだろうか。

 

 同じ緑豊かな国でも、その雰囲気だけで大きく印象が異なってくるのだから、不思議なものだ。

 

 実際、アマテラス達はフウマ公国の領内に足を踏み入れて、そのような感想を抱いていた。

 

「なんだか、イズモ公国とはまるで違いますね……」

 

「確かに、向こうが神々が宿る深緑とするなら、こちらは野生そのものの深緑と言えるでしょうか」

 

 アマテラスは零した感想を、ジョーカーはさり気なく同意しながらも補足を加える。

 そこで得意気にならずにアマテラスへと説明を付け足す辺り、流石はアマテラス命の忠実なる執事と言えるか。

 

「ふわあ~。これだけ緑が生い茂ってると、食べ物もたくさん採れそうですね~」

 

「バカが。どう見たって猪や熊、毒草に毒茸だって有りそうだろうが。そう簡単に食材が手に入るはずないだろう」

 

「ひ、ヒドいですよジョーカーさん! どうして私の時だけ当たりが強いんですか~!?」

 

 同じように、フェリシアが率直な意見を口にすると、即座に否定しに掛かるジョーカー。この通り、主と同僚では扱いの差が天と地程もある。

 それがジョーカーという男なのだ。

 

「アマテラス姉さんの従者二人組が馬鹿げた漫才をしているけど、ジョーカーの意見は概ね正しいよ。豊富に食材があるのは否定しないけど、その分、人にも牙を剥くのが山や森でもあるからね」

 

 タクミは普段から山へ狩りに出掛ける事があるため、ジョーカーの言葉に賛同するように頷いていた。

 いや、彼のみならず、そういった事に詳しいモズメやセツナ、忍はもちろんのこと、アサマまでもがうんうんと頷いている。

 

「はわわ!? わ、私の認識がおかしいんですかぁ!? アマテラス様~!!」

 

「えっと、その、別にフェリシアさんは間違ってるという訳じゃ……。あ、あはは……」

 

 自分の考え方がおかしいのだと言われているように感じ、アマテラスへと泣きつくフェリシア。

 それを、アマテラスは困ったように、頭を撫でて慰めながら抱く形となっていた。

 

「それにしても、これだけ森が深くては、街があるのかも分かりませんね」

 

「そもそも、忍の国なんだし街なんて無いんじゃないかな?」

 

 アマテラスに続く形でカザハナが意見を述べる。そしてその意見がまた、言い得て妙なのだ。

 忍とは普段から気配を殺す事に長けており、目立つ事を良しとしない。日常においても、自分が忍であると悟らせないようにさえ心掛けているのだ。

 サイゾウなどはその最たるもので、街や村にはまず滅多な事でも無い限り、普段の恰好(忍装束)のままでは入らないし、入っても人の眼に付かないように意識さえしている。

 

 そんな、目立つ事を好まない忍が、国であるからといって、街なんて作っているはずがない、カザハナはそう言いたかったのである。

 

 それに返答をするのは、やはり同じ忍でるサイゾウ達だった。

 

「確かに、俺達白夜に仕える忍も、街なんぞ持っていない。代わりにあるのは集落だけだ」

 

「左様。家屋も必要最低限のものが建っているだけだからな。おかげで、我ら忍は子どもの頃から遊び道具など無かったゆえ、自然と忍として学ぶ事が遊戯代わりになっていた」

 

「まあ、私やカゲロウさんは忍としての修行以外にも、趣味を見つける事が出来たのですが、それでも忍の里は娯楽には疎く、また外界からの接触もほとんど無いような辺境に存在していましたからね。そういった意味でも、国であろうと忍が街を持つという事はあまり考えられません」

 

 忍3名からの否定的な意見が目立つが、それならばと、また異なる考えを口にする者が1人。

 おずおずと周りに気を配りながら手を上げて、サクラはそれを語り始める。

 

「で、ですが、忍の国といっても、国民の全てが忍ではない事だって考えられますっ。農家の方だって、少なからずはいらっしゃるかもですし……」

 

 これもまた、なるほど、という意見だ。

 忍だけが国民であると誰が決められよう。この中にはフウマ公国出身の者は居らず、フウマにとても詳しいという者も居ない。

 忍社会が閉鎖的だと言うなら、忍の国であるフウマ公国の情報もまた、外に流れ難いと考えられる。ならば、国の内情などそう分かる筈もないのだ。

 

「俺はサクラ様と同じ意見かなー。よく知りもしないで、『こうだ!』って偏見だけで決め付けて掛かるのは美しくないしねー」

 

「そうね。美しい云々は別としても、私も行ってみて、己の目で確かめるしかないと思います」

 

 そしてサクラの言葉に賛同するはツバキとオボロ。あとは、あまり話の内容自体にさして興味のないヒナタとモズメ、ツクヨミくらいか。

 

「待たぬか、お主らの論点は少しズレておる」

 

 と、そもそも根本から話し合うべき内容が違うと主張するのはオロチだ。

 

「街があるかどうかなど、行ってみなければ分からぬ話。今わらわ達が話し合うべきは、フウマ公国が安全かどうかじゃろう?」

 

 そう、ヒノカもさっき言っていた。最近のフウマ公国には良い噂を聞かない、と。

 彼女はその点について思うところがあるらしい。

 

「フウマ公国がきな臭いのは、ずいぶんと前から王城でも言われておる。既にリョウマ様も、何人か草を放っておるそうじゃが、未だに報告が無いと聞く。これはどう見ても怪しいとしか思えん」

 

「つまり、スパイ──密偵が、フウマ公国で殺されている、と?」

 

 その可能性を問うアマテラスであったが、オロチが頷いて返した事で、いよいよフウマ公国に対する疑念が強まってくる。

 ならば、同盟など有って無いようなものではないか。

 

「今回の遠征における懸念の一つですわ。私やリョウマ様の臣下がこの部隊のお供に付けられたのも、それを考慮しての事ですから」

 

 ユウギリが語るのは自身を含めた、サイゾウ、カゲロウの3名。

 元ミコト女王直属の臣下であり、武勇に優れた将でもあるユウギリ。

 次期白夜王となるリョウマ直属の臣下で、忍としても極めて優秀なサイゾウ、カゲロウの2人。

 

 つまり、フウマ公国を通過する上で危険があると踏んで、リョウマは特に戦闘面で信頼の置けるこの3人を、今回の遠征に同行させたという事になる。

 

「スズカゼが居るといっても、忍が1人だけでは心許なかったのだろう。何せ相手は忍の集団だ。なら、少しでもこちらにも同業者は多い方がいいしな」

 

「なるほど、これでようやく納得出来ましたね。何故、兄さんやカゲロウさんが、リョウマ様の下を離れ、それも2人同時に遠征軍に加わったのかが」

 

 今まで胸の内でつっかえていたのだろう疑問が解消され、スズカゼの顔は幾分かの爽快感を感じさせる。

 

「だが、だからといってそれで話が簡単になったという訳じゃない。問題は敵の数だ」

 

「ああ。我らが精鋭揃いとはいえ、物量の差を覆すのは難しい。そこで、もし戦闘になった場合、アマテラス様を筆頭に王族方には竜脈を利用してもらいたい」

 

 どうやら、サイゾウやカゲロウの頭の中では、竜脈を用いた作戦があるらしく、カゲロウが改まってアマテラスの方へと頭を下げる。

 

「敵の攻撃は我らが防ぐ故に、竜脈を用いて敵を妨害して欲しいのです」

 

 それは懇願にも近い頼みだった。本来なら守るべき王族に、逆に危険な役回りを頼むのだから、忠誠心に篤いカゲロウなら尚の事だろう。

 

 それが分かっているからこそ、アマテラスはその意を汲んだ上で、カゲロウの顔を正面から見据えて返答した。

 

「もちろんです。事は私達の身の安全にも関わる話。協力しあってこその仲間なんですから!」

 

「無論だ。アマテラスだけではなく、私達だって闘う為にここに居る。頼まれなくてもそうしたさ」

 

 アマテラスの後押しをするように、ヒノカも力強い言葉で宣言する。それに倣うように、アクア、タクミ、そしてサクラもコクリと肯定の意を示した。

 

「皆様方……、かたじけない」

 

 感激、とまではいかないが、それでも、カゲロウはアマテラス達の意思に、申し訳なくも誇らしいとばかりに、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「よし、とりあえず方針は定まったみたいだな。もしフウマ公国が襲って来たとしても、俺達前衛が踏ん張ってやるさ!」

 

「なんでアンタが私達代表みたいに言ってるのよ!?」

 

 場を盛り上げようとしたのだろうサイラスだったが、盛大にオボロにツッコミを入れられる。

 が、それに皆も笑っていたので、結果オーライと言えるか。

 

「フウマ公国……何事も無ければ良いのだけど。…………、……?」

 

 笑顔の輪から外れ、1人憂う歌姫。

 そんなアクアだったが、ふと何かの気配を感じ、周囲に視線を凝らしてみるも、何も見えない。

 忍の3人も特に反応を示さないので、気のせいだと決めてアクアはまた、笑うアマテラス達を眺めているのだった。

 

 

 

 

「………………ゥゥ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッ。ノコノコとやってきたか」

 

 アマテラス達一行がフウマ公国の領内へと入った頃。

 そのフウマの公王へと、白夜の遠征軍が来たという報せが部下から入っていた。

 

 フウマ公王、『コタロウ』は、ニヤリと厭らしく醜悪な笑みを浮かべ、玉座へとふんぞり返る。

 

「おい。せっかくの客人だ。手厚く歓迎をしろと他の者共にも伝えておけ。なに、遠慮は要らん。派手にもてなせ、とな」

 

「ハッ!」

 

「それと、()()も用意させろ。せっかく大枚叩いて買ったんだ。この際だ、早速試してやろうじゃないか。チッ。あの暗夜の陰気な軍師め、こっちが下手に出てるからと、調子に乗りやがって……」

 

 コタロウは()()を暗夜から買った時の事を思い出し、青筋を浮かべて握った拳に力を込める。

 暗夜の軍師──マクベス。

 

「だが、金は掛かったが良い買い物をした。()()を暴走させれば、白夜軍だろうと怖くないからな。ここで奴らを殺せれば、俺が、フウマが! 新たな王国とその国王として君臨する第一歩となる!! クハハ、ハッハハハハハ!!!」

 

 忍の王を名乗る男は哂う。その手に、己の野望が成就せん事を見据えて。

 

 

「さあ! 殺してやろう、白夜の生温い王族共!! 新たな国王となるこの俺が!! 貴様らに引導を渡してやるぞ!!」

 

 




 
「キヌの『コンコン! お狐通信』~!」

※ここからは台本形式でお送りします。

キヌ「どうも、この度は大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした!」

カムイ「ですが、エタるつもりは一切ありませんので、ご容赦下さい!」

キヌ「とまあ、作者の代わりに謝ってみたんだけど、別にアタシ達って何も悪くないよね? 悪いのって全部作者だよね?」

カムイ「それは言っちゃダメだよ……。作者さんが僕らを使って罪悪感を半減させようとしているのがバレちゃうからさ」

キヌ「あ、そういう狙いがあったんだ。でも、更新されない間についに新作も出ちゃったよね~」

カムイ「ECHOESだっけ? でもまだ買ってないらしいよ?」

キヌ「買いたい、だけど何故か買う気になれない~……だっけ?」

カムイ「そのうち買おうとは思ってるらしいんだけど、そもそも買いに行くのが面倒なんだって。気が向いたら、多分いつの間にか買ってるんじゃないかな?」

キヌ「すいっちの新作も気になるよね~。でも、すいっち自体持ってないから、こっちは完全に買うか未定なんだって」

カムイ「最近仕事の疲れで背骨が痛いってよくボヤいてるし、出不精なんじゃないかな」

キヌ「携帯のげーむなら、買いに行かなくても簡単に遊べるから、新しいげーむを買わないってのもあるけどね~」

カムイ「ここら辺で作者さんの話は止めといて、今回は久しぶりの更新という事で、いくつか謎めいたキーワードを用意してみたよ」

キヌ「えっと、たしか……ノートルディアの公王と、コタロウが言ってた()()ってやつだっけ?」

カムイ「ちなみに、どちらもゲームでは登場しない、この物語だけのオリジナル要素だよ」

キヌ「そんだけ設定盛ってるなら、作者さんもこれで逃げられないよね~!」

カムイ「自分で首を絞めていくスタイルだね。疲れそう」

キヌ「なので! 次回もよろしくお願いします!!」

カムイ「更新がまたいつになるかは未定という、作者さんのだらしなさも大目に見てあげてくれれば……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 フウマの闇に潜むモノ

 

 暗い森をしばらく進むアマテラス一行。進んでも進んでも、生い茂った木々による日光の遮断が途絶える気配はまるでない。

 日が差さない事もあり、木漏れ日の微かな光ですら許さない森林の地面は、じめじめとした湿気に満たされ、陰鬱な気分へと道行く者を否応なく(いざな)ってくる。

 忍とは生来、影に潜む者達の事を指しているので、この国の在り方も忍としては当然なのかもしれない。

 だからといって、それを白夜王国で過ごしてきた者達が慣れられるかと言えば、また別の話ではあるのだが。

 

「陰気な場所だよね、ホント。こんな所で生活なんて、あたしには絶対にムリだなぁ。ね、サクラもそう思うでしょ?」

 

「えっと、そのっ……あのぅ……」

 

 嫌だ嫌だ、と延々に続く森の薄暗さに、カザハナは仲間を得ようとサクラに同意を求める。しかし、サクラはここが忍の国という事もあって、同じ忍であるサイゾウ達に遠慮して素直に同意出来ず、あわあわと困っている様子だった。

 

「あー、また自分の主君を呼び捨てにしてる! いつも言ってるでしょー? 臣下なら臣下らしく優雅に振る舞いなよってさー。それに忍の三人にも失礼だよー?」

 

 と、同僚に注意を促すツバキではあったが、やはり彼もこの暗さには辟易しているようで、その顔は晴れやかとは言い難いものだ。

 

「いや、そう思うのも仕方の無き事故、別に気にはせぬ。我々とて忍はそういうものだと認識しているのでな。だろう? スズカゼにサイゾウよ」

 

 カゲロウは本当に気にしていない様子で、同じ忍仲間の二人にも声を掛ける。スズカゼは「ええ」と、とても簡単に同意の返答をするが、サイゾウだけは聞こえていなかったのか、それとも敢えて無視したのかは分からないが、カゲロウの声に何の反応も示さなかった。

 

「……兄さん?」

 

「……ん? 何か言ったか?」

 

 スズカゼは兄であるサイゾウの様子が妙だと感じ、心配しながら彼に呼び掛けた。その呼び声に、ようやく自分が話題を振られていると気付いたサイゾウ。

 だが、やはり心ここに非ずといった具合で、すぐに鬱蒼とした森林へと視線を戻す。

 

「………、」

 

 やりとりを見ていたアマテラスだったが、そのサイゾウの様子に、流石に何かおかしいと感じ始めていた。

 顔の半分、口元をマスクで覆った彼の心を、容易に読み取る事は出来ない。そもそも忍は感情を隠し、伏せ、殺す事に長けている。

 そんな彼らの心情を計るのは困難極まるものだが、それでもアマテラスですらも分かるサイゾウの異変。堅物なところのある彼が、明らかに普段と違う様子を見せているのに、気にならない筈がない。

 

「スズカゼさん。何かサイゾウさんの様子が変な事に心当たりはありますか?」

 

 こっそりと、本人には聞こえないようにスズカゼの近くまで行って耳打ちをするアマテラス。アマテラスの問いに対し、スズカゼは少し考える素振りを見せたが、やがて首を横に振る。

 

「いいえ。私にも特に思い当たる点はありません。ただ、それはここ最近の兄さんの様子からであって、もしやと思う事なら、一つだけ」

 

 一瞬、何か言い淀むスズカゼだったが、僅かばかりの思案の後に、決心したのかそれを口にした。

 

「過去、もう何年も前の話ですが───先代のサイゾウ、つまり私と兄の父がここフウマ公国に向かったきり、行方知れずとなっているのです」

 

「行方不明……ですか?」

 

 それは、つまり……。

 彼らの父は、この地で命を落とした可能性もある、と?

 もしそうなら、フウマ公国は白夜の忍を手に掛けたという事になる。その意味するところは、この国が白夜王国にとっての敵という事に他ならない。

 

「ミコト女王や前王であるスメラギ様も、私達の父が来なかったかとフウマ公国に幾度となく通達を送ったのですが、返事は知らぬ存ぜぬの一点張り。真実を知る者もなく、フウマの言っている事が虚実である証拠も無し。もしかすると、本当にフウマ公国は無関係で、道中で何か不幸に見舞われた可能性もある。故に、あまり(おおやけ)に敵対宣言する訳にもいかずに現在に至っています」

 

「そんな……」

 

 フウマ公国が黒である確信を持てないから、仇討ちすらもままならない。

 話だけならフウマ公国は十二分に怪しい。だが、証拠が無ければ、彼らが先代サイゾウの失踪に関与していると証明出来ないし、罪を問い質すのは不可能。

 それにもし、フウマ公国が何も関係ないのに、罪を問うような真似をすれば、国交の断裂は避けられないだろう。

 

「兄さんはもしかしたら、この国に来た事によって、父の失踪の真実を知る事が出来るかもしれないと考え、心ここに非ずとなっているのかもしれません」

 

「ふむ、なるほど。道理で奴にしては珍しく気が抜けたような、はたまた張り詰めたような様子をしていた訳か」

 

「あひゃ!? カ、カゲロウさん、急に話に入って来られるとびっくりしちゃいますよ!」

 

 いきなり話題に割って入ってきたカゲロウに、アマテラスは素っ頓狂(かつ可愛らしい)な叫び声を上げる。

 何事かと周りの警戒心を引き上げてしまい、慌てて何もなかったと弁解するアマテラス。そんな様子を見て、カゲロウも少し申し訳無さそうに謝罪の言葉を述べる。

 

「相済みませぬ。事がフウマ公国を抜けるに当たり重要な役割を負った忍が一人、サイゾウの注意力が散漫になっておった故に、奴の話題と聞いて聞き耳を立ててしまったのだ。しかし、奴を責めなんでやってはくれぬだろうか? 先代の失踪後、若くして跡目を継ぐ事になり、個人の意思でフウマに乗り込む訳にもいかず、こうして今やっと好機に恵まれたのだ」

 

「我々はアマテラス様一行を御守りする任を受けた身ではありますが、これまで任務の為に兄は自分の望みさえも殺して生きてきたのです。せめて今だけは、兄の望むままにさせてやってはくれないでしょうか? それが忍として、白夜王国に仕える者として取るべき行動ではないと重々承知しています。ですが、もし兄が真実を知ろうと動く事があれば、どうか黙認して欲しいのです」

 

「そうなった時は、我らが奴の分まで働いてみせよう。無論、死力を尽くしてでも」

 

 忍と言えど、やはり白夜王国の民か。仲間を想う気持ちの強さが、言葉の端々から滲み出ている。

 確かに、王家に仕える立場でありながら、王族を守らず私情に走るのは愚かだと言えるだろう。だが、父の真実を知りたいという気持ちを、アマテラスはよく理解出来た。

 己もまた、何も知らずに生きてきた───否、生かされてきた身であるが故に。

 真実への糸口がすぐ目の前にまで迫っている。そして、その好機は次にいつ訪れるかも分からないのであるとすれば……。

 

 アマテラスは、二人の忍の嘆願を受け、しばし考える。もしも、サイゾウが真実を知る事を望み、そのように動きたいと願ったならば───。

 

「分かりました。サイゾウさんがそれを望んだ時は、一時的に任を解きましょう。それに大丈夫、私達には心強い仲間がたくさん居ます。サイゾウさんが少しのあいだ抜けた穴だって、きっとしっかり埋めてくれますよ」

 

 仲間の為とあらば、きっと皆も親身に力になってくれるだろう。それが白夜王国の人間なのだから。

 

「感謝する、アマテラス様。この身に代えても、貴方がた王族を御守りすると誓おう」

 

「ありがとうございます、アマテラス様。やはり、貴女は───、」

 

 カゲロウ、スズカゼが順に礼を言う途中、唐突にスズカゼの言葉が途切れる。

 先程までの穏やかな表情から一変、険しく鋭い視線で、周囲に目を向けていた。

 それは彼に限った話ではなく、カゲロウもまた木々を警戒するように凝視している。

 

「どうしましたか? 何か……、!!」

 

 何かあったのか、と言い掛けたところで、アマテラスもようやく異変に気が付く。

 

 

 

 見られている。

 

 

 

 何者かの視線。それも一人や二人どころではない。数十にも及ぶ、刺すような鋭利な視線が、アマテラス達を取り囲んでいた。

 目を凝らして見れば、森の暗闇に紛れるようにして、幾人もの人間が姿を潜ませているのが分かる。服装からして忍であると思われ、ならば彼らはフウマの忍という事になるか。

 

「知らないうちに囲まれていたようね」

 

 いつの間にかアマテラスの隣に並び立っていたアクアが、槍を片手に周囲へと視線を巡らせる。他の仲間達も、それぞれが得物に手を掛け、警戒態勢に入っていた。

 

「ですが、彼らは白夜王国の同盟国であると同時に、戦争に対しては中立国という立場であるはずです。まさか攻撃してくるなんて事は……」

 

 アマテラスは淡い希望を口にするも、数分と待たずしてそれは脆く崩れ去る事となる。

 忍の一人が前に出て来るや、アマテラス一行に向けて声を発した。それも、望まぬ内容を。

 

「侵入者に告ぐ。許可無く我らフウマ公国の領内に足を踏み入れ、そればかりか貴様らには斥候の疑いが掛かっている! 見たところ白夜王国の兵士のようだが、同盟国であろうと関係ない。命が惜しくば武器を捨て、投降せよ! 逆らうならばこの場で貴様らを処断する!」

 

「な……!? 断りなく通過するというだけで、命を奪うだと!? その上、勝手に斥候呼ばわりなど、失礼にも程がある! いつからフウマ公国は野蛮な国に成り果てた!!」

 

 忍の宣告に、ヒノカが激昂して声を荒げる。何の断りもなく領内に入ったこちらにも非はあるかもしれないが、だからといってそれを理由に脅迫して良い道理も無し。

 が、ヒノカの憤りに対し、忍は何ら怯む事もなく、むしろそれが逆に決定的となってしまう。

 

「今の言葉、フウマ公国への侮辱と見なすぞ。我らが王、コタロウ様より反抗の意思を見せるようならば即刻始末せよとの命がある。よって、これより侵入者を排除する! 総員、この者どもを生かして帰すな! だが、女どもは生け捕りにしろ。見目麗しい女は殺すには惜しい。暗夜の貴族であれば高値で売れるだろうからな」

 

「外道が……!! 今の汚い言葉で分かった。やはり、フウマは暗夜と通じていたか!」

 

 怒りのままに、ヒノカが隊長らしき忍へと向けて薙刀を構えて突進する。

 しかし、相手は腐っても忍。そう易々と攻撃が当たるはずもなく、ヒノカが薙刀を振るう前に、刃の射程から逃れてしまう。

 

「チィッ!」

 

 そのまま闇へと姿を隠した忍を追おうとするヒノカ。アマテラスは急ぎその無謀な突撃を窘める。

 

「ヒノカ姉さん、落ち着いてください。怒りに身を任せては、敵の思う壺です」

 

「ヒノカ様、カッコ悪い……」

 

「ぐ……わ、分かっている! くそ、セツナに馬鹿にされるとは……!!」

 

 アマテラスへのセツナの予想外な助太刀で、ヒノカが少しだけ落ち着きを取り戻す。……若干、さっきよりも怒っているような気がしないでもないが、まだマシだろう。

 

「さて、どうしたものですかねぇ? この森は敵にとっては独壇場とでも言うべき場所です。それに比べて私達には土地勘も無ければ、この暗闇にも慣れていない。まさか忍であるお三方はそうではないでしょうが、あいにく他は陰気さとはかけ離れた脳天気な王族と臣下ばかり。はてさてどう切り抜けたものか、まったく困ったものですよ」

 

「アサマの棘のある言葉はこの際置いておくにしてもだ。確かにこの森で戦うにはこちらが不利ではある。ユウギリ、手練れの将兵として、この地での戦いをどう対処すべきか考えはあるか?」

 

 自らの臣下の毒舌はスルーして、歴戦の勇士であるユウギリに教えを乞うヒノカ。しかして、女武者はさほど困った風もなく、にこやかに答えを返した。

 

「そうですわね……。忍とは模擬戦でしか手合わせした事は御座いませんが、まずは開けた場所を陣取るべきかと。普段の戦場ならば弓の格好の餌食となりましょうが、身を隠す事に特化した彼ら忍は、遮蔽物が多ければ多い程に有利に事を運びます。よって、正々堂々と打ち合える場を確保する事を優先したいところですわね」

 

 開けた場所……とは言うが、この果てしなく続くかに思われる程に鬱蒼とした森に、そんな場所を都合良く見つけられるとも思えない。

 

「! せいっ!!」

 

 こちらが話すのを待ってくれる程、敵も甘くはない。会話の最中であっても、森の闇の中から手裏剣やクナイがアマテラス達に目掛けて次々と投擲されてくる。

 カザハナやヒナタのような、侍として感覚を鋭く研ぎ澄ませる事に慣れた者は、いわゆる心眼で、暗闇の中であってもどうにか飛来する敵の攻撃を打ち落とせていたが、

 

「いつっ!?」

 

 オボロやサイラスといった、特殊な環境に慣れない者や、物理による戦闘を得意としない者達は攻撃を避ける事で精一杯。

 いや、この暗闇で完全に避けるなど不可能だ。その証拠に、何人かは致命傷とまではいかないが、傷を負う者も出てきている。

 

「アマテラス! このままじゃ拙いぞ!」

 

「分かっています! 分かっていますが……!!」

 

 非戦闘員であるサクラ、アサマを庇うように、サイラスは騎士の名に恥じぬ防衛を見せているが、やはり防戦一方では危険に変わりない。

 彼の意見はアマテラスとて分かっている。だが、活路が見出せないのだ。

 闇の中を戦う事に慣れているのは、暗夜で生きてきたアマテラスとその臣下達、サイラス、そして忍であるサイゾウ達三人のみ。

 せめて少しでも光差す所があれば、まだまともに戦えるというのに……。

 

「クソッ! 暗い上に気配が掴めない相手じゃ、狙いが定められない……!」

 

「……えいっ。それっ。せいっ」

 

「うぎゃあぁぁ!!?」

 

 なかなか矢を放てないタクミとは対照的に、同じく弓の使い手であるセツナは逆に、弓を構えてはバンバンと敵を射ていく。

 恐ろしい事に、百発百中とまではいかないものの、闇に紛れた忍を次々と射抜く様はさながら凄腕の殺し屋である。

 

「なんで当たるんだよ!?」

 

「なんとなく……?」

 

「なんだよそれ!!?」

 

「これ! 漫才しとる場合か! ここは敵の懐じゃ、何人倒したとて、幾らでも湧いて出て来るのじゃぞ!」

 

 弓兵二人のやりとりをすぐ後ろで窘めるオロチ。彼女は彼女で、ツクヨミと共に呪術を用いて作り出した火鼠を、木々へと向けて走らせていた。

 忍の隠れる木を燃やして少しでも減らそうという魂胆だ。大火事になる危険性もあるが、アマテラスは竜化により水を操れるので、大事になる前に消火が可能である。

 アマテラスもそれが分かっているからこそ、彼女らの行動を咎めなかった。

 そんな彼女らの行動を横目で見ていたアマテラスだったが、ふと、とある策が頭に思い浮かんでくる。

 

「……そうです。そうですよ! 開けた場所が無いのなら、作ってしまえば良いんです!」

 

「作るだって? 簡単に言ってるけど、木を焼き払ったりなんてしたら、僕らまで火事に巻き込まれるかもしれないんだぞ。無謀だとしか言えないね」

 

 アマテラスの意見に、タクミが反発を示すが、何も彼女の言葉はまだ最後まで紡がれてはいない。構わず、アマテラスは続きを口にしていく。

 

「大丈夫です。呪術で燃やすのではなく、竜脈を用いて一帯の木々を焼き払います。上手く竜脈を操れれば、炎を周囲に燃え広がらせる事もありませんから」

 

「なるほど、それならもしもに備えて二段構えで、もう一人が消火を担当するのも良いわね。ただ、その間は二人が無防備になってしまうという危険もあるけれど」

 

 きちんと言い終えたアマテラスの策に、アクアが便乗するように、更に追加の案も出す。

 これには流石のタクミも、文句の付けようのない意見だと口を噤んでしまう。ただ、この策で行くとすると、竜脈を扱う際に王族が二人も無防備になってしまうのはやはり問題である。

 だが、他に良い手が無いのも事実。ヒノカはこの場に居る王家の年長者として、アマテラスの策を採用する共に指示を出す。

 

「他に策も無し。それで戦況を打破するしかないか。よし、竜脈を利用するにも探知が必要だし時間も掛かる。アマテラス、アクア、サクラの三人で竜脈の気配を探り、作戦を実行するんだ。その間は私達がお前達を何としてでも死守する。他の者も良いな?」

 

 ヒノカの確認に対し、全員が頷いて返す。それを合図に、それぞれが己の役割に応じて立ち回りを演じ始める。

 

「フェリシアさん、氷の部族の力で、氷の壁は作れますか? 出来るだけ分厚くに」

 

「は、はい! 頑張れば、ドーム状くらいには完全防御の壁を張れると思います!」

 

「では、すぐにお願いします。アクアさん、サクラさんもその中で一緒に竜脈の気配を探知しましょう」

 

 フェリシアは言われるがままに、すぐさま丸みを帯びた氷のドームを作り出す。見た目は氷で出来たかまくらだが、雪よりも硬度がある分、まだ安心感がある。

 

 早速ドームの中で竜脈を探知し始める三人。外では敵の攻撃を仲間達が弾く音が絶え間なく聞こえてくるが、それは奮闘してくれている事に他ならない。

 

「急ぎますよ。前衛のかたはともかく、本来なら後衛の呪術組やアサマさんが最も危険ですから」

 

「はいっ。頑張ります!」

 

「…………、」

 

 意気込むサクラを余所に、既にアクアは意識を竜脈の感知へと向けている。それに倣うように、二人も意識を集中する。

 

 魔力により祓串を扱う巫女であるサクラ、泉で一人歌う事で集中力が誰よりも深く澄んだアクア、竜の力を持つ事により竜脈を王族としては並外れて感じ取りやすいアマテラス。

 図らずも、竜脈を探す事に特化した三人が、僅かな時間とはいえ戦闘から離れて、竜脈感知だけに集中出来る状況にあるのだ。余程離れた場所にあるならまだしも、そうそう時間が掛からずに竜脈の気配を感じ取る事のは容易だった。

 

「見つけましたっ! 少し距離が離れていますが、私の前方を進んだ辺りから竜脈の力を感じます、アマテラス姉様!」

 

「! 確かに、私にも感じ取れました。ありがとうございます、サクラさん」

 

 自身も竜脈の気配を感知したアマテラスは、フェリシアに命じて氷のドームを崩させる。見れば、仲間達は暗闇での攻防に相当の神経をすり減らしているようで、かなり消耗していた。

 これ以上の無駄な体力の浪費を避ける為にも、アマテラスは急ぎ竜脈の力が溢れ出す地点へと走り出す。脚を竜化させ、速度を極限にまで高めた彼女を、たとえ忍であっても容易には捉える事など不可能。

 高速で竜脈の真上にまで到達したアマテラスは、速度を殺す暇もなく、到達と同時に拳を地面へと勢いよく突き立てる。

 

「竜脈よ、炎を!!」

 

 大地を脈動する力の流れが、アマテラスを中心に変動を始める。地響きと共にボコボコと地面が小さな山を作るや、凄まじい威力を持って火柱が噴出される。

 火柱は地面に生えていた木ごと立ち上り、瞬く間にアマテラスの周辺が焼き払われていく。

 

「アクアさん、サクラさん!!」

 

「分かっているわ、アマテラス!」

 

 ある程度の範囲を焼き尽くしたところで、アマテラスが二人に向かって声を張り上げて呼びかける。呼ばれた二人は、アマテラス程ではないが既に全力で彼女の元へと向かっており、辿り着くや否やすぐさま竜脈へと干渉を開始する。

 

「竜脈と同じように、大地には水脈も流れている。なら、竜脈の力を使ってその水脈を地上へと向けさせれば……」

 

 地面についた手を通して、アクアとサクラが今度は水流を地上に出現させる。竜脈のコントロールから外れて無作為に燃え広がり始めていた炎を、水流によって消火していく。

 その一連の流れは、まるで水の竜でも見ているかの如し。

 

「皆さん! 陣地を確保しましたのでこちらへ!!」

 

 炎が完全に消えた事を確認し、なおかつ竜穿で敵を迎撃しながらアマテラスは仲間達にこちらへ来るように呼びかける。

 

「よっしゃあ! 久しぶりのお日様だぜ! 陽向の下でなら負けっこねぇぞ!!」

 

「やっと鬱屈とした空気から開放される! よーし、みんなまとめて成敗するよ!!」

 

 長らく待ち望んでいたとばかりに、日光を目にした侍コンビの士気が向上する。それに引っ張られるようにして、他の仲間達の顔にも活力が取り戻されていく。

 

「皆さん、これは殲滅戦ではありません。ですので、機を見て戦線を離脱します。深追いは禁物ですよ?」

 

 敵地にて多少の地の利を得たとはいえ、敵陣真っ只中に居るのに変わりない。ある意味で無尽蔵に湧いてくる敵を相手にしていては、こちらが消耗する一方だ。

 故に、少しでも突破出来そうな綻びを生み出せたなら、そこから一点突破を狙うしかない。

 

「よし、遠距離攻撃の出来る者は遠慮なく撃ち込んでいけ! 狙いを付けずとも牽制にもなるからな」

 

 ヒノカの指示に、タクミを筆頭とした弓兵、呪術組が無遠慮に攻撃を放つ。狙いは特に決めず、木々にそれらが当たるが、当たる危険から敵も迂闊には顔を出せない。

 特に、タクミの持つ風神弓は神器特有の凄まじい威力を誇り、木々でさえも貫き穿ち、凪払いながら、隠れた忍すらも討ち果たす。

 

「木に隠れて良い気にでもなったのか? だとすれば甘い考えだね。そんなものくらいで風神弓からは逃げられないよ!」

 

 得意気に風神弓に光の矢を装填するタクミ。その脅威的な威力を前に臆したのか、忍の攻勢が弱まりつつある。

 

「敵の勢いが無くなってきましたね……。今なら、牽制しつつ森を脱出するチャンスかもしれません」

 

 アマテラスはこれを好機と見て、どこか突破しやすそうな地点を探すが、

 

「………、攻撃が……止んだ?」

 

 飛来してきていたクナイや手裏剣が、それこそピタリと無くなった。いくら風神弓を警戒したと言えど、この静まり方は不気味にも過ぎる。

 

「僕に恐れを為して逃げたのか?」

 

「……いいえ、まだそうとは断定出来ないわ。油断は禁物よ」

 

 少し慢心を見せるタクミに、アクアは周囲に視線を向けながら注意を促す。

 

「どうにも嫌な予感がするわ……」

 

「奇遇ですね、私も同じですよアクアさん」

 

 この攻撃の止み方は不自然すぎる。何か裏があるのでは、と推測したところで、二人の予感は残念ながら的中する事となる。

 

 

 

 

『グオォォォオオオオアアア!!!!』

 

 

 

 

 静まりかえった森から、前触れも無く、体の芯まで凍え震え上がるような凄まじい咆哮が上がった。

 ───いいや。前触れなら有ったのだ。忍達の攻撃が急に止んだのは何故?

 その答えが、()()だ。

 

「獣……いや、違う! ただの獣の鳴き声じゃない。かなりの大きさのある猛獣のものか……!!」

 

「全員今すぐ警戒し、備えろ! フウマの忍どもが引いたのは、今の咆哮の主が理由かもしれんぞ!!」

 

 カゲロウ、サイゾウの目つきが変わる。単純に敵を警戒するだけではなく、それ以上の暴威が近付いている事を予感させる、二人の険しい視線は、今の咆哮が上がった方へと向いていた。

 

「……まさ、か」

 

「エマちゃん? どないしたん……?」

 

 そんな中で、一人様子がおかしいエマに、モズメが心配の声を掛ける。その顔に、有りっ丈の笑顔を張り付けて、嬉々として得物へと手を掛けるエマは、モズメの声など聞こえないとばかりに、視線を森の闇へと向ける。

 

 まるで、仇敵と再会したかのように、獰猛な笑みを浮かべながら。

 

「あれ、は……!!」

 

 それは誰の漏らした呟きであったのか。

 

 唸り声と共に、暗闇から出でる獣の姿が、白日の下に曝け出される。それは見知らぬ獣ではなく、かつてとある村で見たその姿は───。

 

 

 

「人狼、『ガルー』……!!」

 

 

 

 




 

お狐通信並びにガルー・アワーズは次くらいから再開しようと思います。


追伸

FEHのミルラかなり強くありません?
一撃が重い、堅いとウチのミルラちゃん魔防除いて軒並み高いのですが……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話 野望、そして希望

 

 光の下に姿を現したのは、モズメの村を襲ったノスフェラトゥの群れのボス、その素材として使われたとされるガルーと非常に酷似していた。

 違う点を挙げるなら、かつて見たものよりもサイズが一回りほど小さい事か。

 

「コイツは、前にモズメの村を襲った奴の同種ではないか……!?」

 

 あの村でノスフェラトゥを直接調べたオロチが、驚愕の声を上げる。その驚きは何も彼女だけのものではない。初めてガルーを見る者、あのノスフェラトゥと戦闘を行ったエマ、ユウギリも同様だ。

 あの村での戦闘終了後に、停止したノスフェラトゥしか見ていない者に至っては、どんな動きをするかも分からず、警戒心をフル稼働させる。

 

『ガルルルル……!!!』

 

 首、手足に太く大きな枷を装着され、そこから垂れ下がった鎖を見るに、このガルーは普段から動きを抑制されているように見える。

 

 敵意を剥き出し、今にもこちらへと飛びかかって来そうなガルーに、前衛陣が武器を構える。

 ノスフェラトゥであるならば、弱点となる頭部さえ潰してしまえば、いくら死体から作られた存在とはいえ、活動停止は免れない───が、

 

「こやつ、生きているぞ!」

 

 呪術にて生体感知を行っていたツクヨミが、このガルーがノスフェラトゥではない事を告げた。正真正銘、生きたガルーであるのだと。

 

「生きた、ガルー……!!」

 

 その言葉に、アマテラスの思考が鈍る。夜刀神を握る手の力が僅かに弱くなるのを実感する。

 

 倒さなければ、こちらが殺される。

 それは分かっている。なのに、アマテラスは戸惑いを禁じ得なかった。

 

 アマテラスの異変に気付いたのは、彼女の親友を自称するサイラスだ。

 彼はアマテラスがガルーとの戦闘を躊躇う事に叱咤する。

 

「アマテラス、戦わないと俺達が死ぬんだぞ! まさか暗夜を見限るなんてムチャをやったお前が、こんな所で怖じ気づいたってのか!?」

 

「分かって、ます。でも───このガルーは、()()()()()()()()! 死体を操るのではなくて、生きて無理やりに従わされて……」

 

 ノスフェラトゥであったのなら、まだ踏ん切りがつく。死者を愚弄した存在であるならば、機能停止させてやる事がまだ救いであると思えるから。

 けれど、このガルーはそうじゃない。手枷足枷、そこから伸びる鎖が物語るのは、強制的な服従。

 ガルーに思考する能力が有るか分からないけれど。戦闘こそが喜びである種族かもしれないけれど。

 それでも、アマテラスにはあのガルーが、不本意な戦闘を強いられているようにしか見えなかった。

 

 故に、本当にこのまま戦ってしまって良いのか、決めあぐねていたのである。

 

「でも、サイラスさんの言う通りです。戦わなければ私達が死ぬ。なら、私が選ぶ道は一つです」

 

 懐に手を入れ、取り出したるは竜石。竜石を胸に抱き、アマテラスは石に封じられた力を解き放つ。

 すなわち、竜の力を。

 

『戦います。そして、殺さずに勝ってみせます!』

 

 白銀の竜と化して、アマテラスは高らかに宣言する。殺し合いの為に戦うのではない。自分達が生きて、尚且つ相手をも生かす為に闘うのだと。

 

『ガルーは私が抑えます! 皆さんはフウマの忍を対処して下さい!』

 

「いいえ。わたしもお供しますよ、アマテラス様!」

 

 アマテラスの言葉に他の面々が頷く中、唯一エマだけがアマテラスの隣へと並び立つ。

 まだあどけなさの残る顔に、しかし嬉々として獰猛な笑みを貼り付けて。ガルーへとその視線は一点集中していた。

 

「ガルーと闘えるなんて、またとない良い機会です! あ。安心してください。アマテラス様が望むように、殺すつもりはないし、殺されるつもりもありませんので!」

 

 言うが早く、エマはアマテラスの許可を待たずしてガルーへと突進を仕掛けた。

 

『ああ、エマさん!? もう、仕方ありません。いいですか、私とエマさんがガルーを抑えているので、皆さんはどうにか退路の確保を。これは殲滅戦でも、徹底抗戦でもありません。誰一人欠ける事無く、フウマ公国を押し通りますよ!』

 

 早口で指示を飛ばすと、アマテラスもエマを追ってガルーへと駆ける。既にエマとガルーは互いが得物である薙刀と剛爪をぶつかり合わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

「だってよ。アマテラス様の命令だ。死んでも血路を開いてやらぁ!!」

 

 アマテラスとエマの雄姿を目に、自らも猛るヒナタ。襲い来る忍の刀を軽々と押し返し、即座に斬り捨てる。

 まるで、獲物が自ら斬られに来ているかのようにすら見える。

 

「バカなの? 誰一人欠けずにと仰ってたでしょう! せめて“死んでも”じゃなくて、“死に物狂いで”に訂正しなさいよ!!」

 

 ヒナタと背中合わせに戦うオボロが、危なげなく敵の攻撃を捌きながら彼を窘める。タクミの臣下同士、他の者よりも連携が上手い二人は、互いに後方へと流れた討ち損じを確実に処理していく。

 

「ハハッ! そりゃそうか! んじゃあ、死に物狂いで掛かって来なぁ!!」

 

「だから! そうじゃなくて!!」

 

 連携は凄まじいが、如何せん性格が噛み合わない。タクミへの忠誠と信頼という緩衝材が無ければ、絶対にこの連携は生まれなかっただろう。

 

「二人共、口より手を動かせ! 主君の僕のほうが臣下より仕事してるってなんだよ!?」

 

 次から次へと風神弓へと矢を装填し、目に映る忍ばかりか、姿を隠した忍さえも撃墜するタクミが、じゃれ合う二人に文句をぶつけた。

 狩りを嗜むタクミは、気配の察知は並みの兵よりも長けている。忍が気配を消すのが得意であってもここは戦場。そして周囲は開けた上に絶え間ない敵からの攻撃は、タクミに自身の位置を教えているようなもの。

 隠れていようと、風神弓を本気で引けば木くらいは容易く貫通するのだ。

 

 故に、隠れても意味などなく、タクミは察知した敵の居場所に矢を射るだけ。それだけでフウマ忍達は撃墜されていくのである。

 

 しかし、その活躍ぶりは敵からの目も引く。当然ながら、タクミの存在は無視出来るはずもなく、優先的に排除の対象とされる。

 

「お命頂戴!!」

 

「うわっ!?」

 

 弓兵は近接戦に弱い。それが戦争での定石だ。だからこそ、忍も有利に立ち回る為にタクミへ急襲を仕掛けた。

 

「……なんてね」

 

 だが、タクミに関しては、その常識は当てはまらない。

 忍の刀をスルリとかわすと、回避行動の流れのままに弓を構える。風神弓は、()()()()()()()()()()()()()

 敵に接近され、反撃の為に矢筒から矢を取り出すまでの時間こそが弓兵の弱点であるが、矢自体が風神弓から生み出される事で、その弱点を克服する一助となっているのだ。

 

 フウマの忍はあえなく光の矢に射抜かれ絶命する。勢いのあまり、死体さえも吹き飛ばしていく程に。

 

「風神弓の射手をナメるなよ。接近された時の対応なんて、散々訓練したに決まってるだろ」

 

 得意気に誇るタクミ。

 が、勝ち誇って油断を見せたタクミの後頭部目掛けて手裏剣が迫り来る。まだ、彼はそれに気付いていない───!!

 

「その弱点克服自慢は後ほどでお願いします。まだ戦闘中、気は抜きませんよう……」

 

 寸分の違いもなく、タクミを狙った手裏剣を暗器で撃ち落とすジョーカー。笑顔ではあったが、こめかみにうっすら血管が浮き出ていた。

 

「べ、別に自慢じゃない。それと、助けてもらわなくたって、あんな攻撃くらい避けられたし!」

 

「……フウ。アマテラス様の弟君でなければ、説教と折檻の二時間コースでしたよ。まあ、気を付けていただければ、それで良いのです」

 

 丁寧でありながらも棘のあるジョーカーの言葉。アマテラス以外には当たりの強い彼ではあるが、普段からアマテラスに辛く当たる事の多いタクミへは、一層強くその態度が表れていた。

 

 それでも彼がタクミを守るのは、タクミの死がアマテラスの悲しみへと直結するからだ。

 そうとは知らないタクミは、ジョーカーに対して苦手意識しかなかった。ともすれば、アマテラスのもう一人の臣下であるフェリシアのほうがまだ親しみを覚えるくらいに。彼女とて、暗夜の人間であるというのに、だ。

 

「……ふん。もう油断はしないさ。死ねば終わりなんだ。死ねば───スサノオを殺せなくなるからね」

 

 別の敵へと向かうジョーカーの背を見送りながら、誰に聞こえるでもない言葉をこぼすタクミ。

 その暗く冷たく燃える炎は、彼の心の内でくすぶり続ける。鬱憤を晴らすように、フウマの忍へと風神弓を向け、撃ち放った。

 その眼が見据えるのは既にフウマではなく、もっと先の───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗夜から買ったガルーを解き放ち、既に十数分は経過している。もうそろそろ白夜王国の遠征軍を討ち取れた頃合いか。

 忍にはおよそ不釣り合いな玉座にて、ほくそ笑んでいたコタロウであったが、一向に報告が上がって来ない。

 それを不審に思った彼は、部下を呼び寄せ現状の報告をさせた。

 

「どうなっている? あの人狼を使えば、連中など容易く葬れる手筈だったろう。まだ殺せていないのか」

 

「ハッ。人狼を投入直後、敵に竜のような怪物が現れ、応戦されています。こちらも適宜増援を送っていますが、白夜軍は思いのほか手強く……おそらく、部隊全員が王族や王族臣下に匹敵する猛者かと」

 

 その報告に、コタロウは絶句する。

 僅かばかりの人数での遠征など、取るに足らずと考えていた。数、そしてガルーを用いれば容易に皆殺しに出来ると思っていた。

 

 竜。それすなわち、世界を作ったとされる神。

 その血を色濃く引く者たちこそ、暗夜や白夜の王族たちとされている。竜脈と呼ばれる、大地に流れる力さえも操るという、王族だけに許された神の力の一端。

 

 そういえば、とコタロウはとある噂を思い出す。曰わく、“暗夜の第二王子と白夜の第二王女が、ヒトの身から竜へとその姿を変えた……”と。

 

「白夜の第二王女───アマテラス王女か! 育ちの国である暗夜を捨て、生まれの国の白夜へと戻ったという……。いや、待て。竜になれるだと? それは……」

 

 険しい顔付きから一転、コタロウの顔が卑しい笑みへと変貌する。彼は良からぬ企みを思いついたのだ。

 

「聞けば、アマテラス王女は見目麗しいとの事ではなかったか? その上、竜の力をその身に宿すとは……。くは、ハッハハハハ! ならば、その娘を捕らえ我が物とした時、我がフウマは王族の血ばかりか神そのものを手にしたも同然ではないか! アマテラスの血を取り込み子を生ませれば、フウマは永遠なる王国として歴史に名を残すだろう。俺は、偉大なるフウマ王国の祖となるワケだ!!」

 

 下品な笑い声を上げて、コタロウは己が野望を口にする。もはや躊躇も遠慮も無い。この機を逃せば、永遠に次の好機は巡って来ないかもしれない。

 

「全軍に告げろ! 我がフウマの総力を以て、アマテラス王女を何としても生け捕りにする! 必ず生かして捕らえ、俺の足元に跪かせるのだ!」

 

 報告のために呼び寄せていた忍に伝令を言い渡し、コタロウも戦仕度を整える。総力には無論、コタロウ自らも入っていた。

 

「フッフッフ。思いもよらぬ拾い物よ。天運はフウマに味方しているようだ。こうなれば、俺直々に躾をしておくか……!!」

 

 

 アマテラスの預かり知らぬ場所で、アマテラスを辱めんとする野望が動き始める。

 もはや敗北は許されない。アマテラスが助かる道は、生きてフウマを脱出するほかない。さもなければ、彼女は生きたまま絶望の未来を辿る事になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フウマの忍との戦闘を仲間に任せて、どれほどの時間が経っただろう。

 エマが先陣を切ってガルーと矛を重ね、なし崩し的に始まった戦闘は苛烈窮まるものだった。

 

 人間を優に越える図体と膂力、大きさに見合わない俊敏さで、爪を、牙を、剛腕を使って自在に襲い来る人狼。

 どの攻撃も、まともに受ければ重傷、いや。簡単に死に至る凶撃だ。

 

 竜化したアマテラスはともかく、華奢なエマの体型ではひとたまりもないのは明白。

 だというのに、彼女はむしろアマテラスよりも勇ましくガルーへと向かっている。勇猛果敢、とは彼女の為にこそある言葉だろう。

 攻撃を恐れず、怪我を恐れず、そして死さえも恐れず。もはや、死にたがりにすら見える程に、エマはガルーと演武を舞う。

 

 だが、人間とガルーではスタミナに差が有りすぎた。エマの動きに鈍りが見え始めているのをアマテラスは見逃さない。

 すぐさまエマとガルーの間に割って入り、少しでも体力の回復を言い渡し、今度はアマテラスが主体となって戦闘を続行する。

 

「はあ、はあ……!!」

 

 息切れは激しく、肩で息をするエマ。アマテラスとガルーの戦闘を第三者の視点で見つめ、彼女はようやく、ある小さな()()を自覚した。

 

(……違う。やっぱり、大きさが違うとかだけじゃなくて、もっと他に何かが……)

 

 違いとは、かつて戦ったガルー型のノスフェラトゥとの相違点だった。

 ガルーの特徴など、暗夜に住まう者でも全く知らない事がほとんどで、白夜の生まれであるエマはなおのこと知らなくて当然だ。

 けれど、このガルーとの闘いを通じて感じるものが、当人にはあった。言いようの無い、僅かばかりの違和感。それがハッキリとは理解出来なくて、エマの胸中を不快感で満たしていく。

 

(何が違うの? あの時のノスフェラトゥと、このガルー。違いは……何?)

 

 エマは戦いながらも思考する。アマテラスのサポートをしながら思案する。

 そんな折だった。機微を求めて天馬から降りて戦闘に臨んでいたエマだったが、彼女の愛馬である天馬、空助が嘶きを上げてエマへの羽ばたき寄ってくる。

 

「空助!? 危ないから空に避難しててって言ったのに……!」

 

 エマの心配をよそに、空助は鼻先でエマの尻を押し、自らの背に乗れと催促してきた。

 天馬は賢い生き物だ。その行動には何らかの意味があるのだろうが、果たしてそれが何を意味するのか。

 ただ、エマには何故か、空助の鳴き声がまさしく泣き声であるかのように聞こえてならなかった。

 

 そして、直感的に、空助の様子とさっきまで感じていた違和感とが結び付く。それはまるで稲妻に打たれたかのように頭に浮かび、また酷く残酷な結論だった。

 

「……あのガルーは、()()()()()()? まさか、子ども……!?」

 

 一回り小さく見えたのは、まだ成熟していなかったから。空助もまた、あのガルーが幼い存在だと認識したからこそ、悲しげに鳴いたのかもしれない。

 

 この推測が真実であったとしたら、余計に殺すべきではない。奴隷のように扱われる幼い命を、非道かつ不当に弄ばれたまま死なせて良いはずが無いのだ。

 

「アマテラス様! そのガルー、もしかしたらまだ幼体かもしれません!」

 

 憶測の域を出なくとも、エマはそれをアマテラスへと伝えた。元より殺すつもりは無いアマテラスだが、勢い余って殺してしまう事もあるかもしれない。

 相手がガルーとは言え、子どもであるなら尚更だ。手加減するな、とは言わないが、本気で戦えば向こうも無事では済まないだろう。

 

 アマテラスも、エマの言葉を受けて、改めてガルーを見る。言われてみれば、かつて見たノスフェラトゥ・ガルーよりも尻尾が短いかもしれない。牙も少しばかり小さい気がする。その肉体も、筋肉の付き方から、どことなく幼さを滲ませているように思えてきた。

 

 それが真実であるとして、フウマはそんな幼いガルーを兵器扱いしているのか。そして恐らくは暗夜から売られて来た可能性が高い。

 

 許せない。

 

 アマテラスの内で、怒りが爆発的に膨れ上がる。それと同時に、同じくらいの悲しみが押し寄せてきた。怒りで我を忘れそうになるも、悲しみがどうにか自我と理性を繋ぎ止める。

 今ここで怒りに身を任せて、竜の力を獣のように振るってしまえば、ガルーだけでなく仲間たちにまで危害を加えかねない。

 

 心を落ち着かせ、改めて目の前のガルーに臨むアマテラス。

 幼いとしても、このガルーは戦闘に慣れているらしく、闘いぶりからは微塵も幼さを感じさせる事はない。油断はしない。慢心もしない。けれど、全力は出さない。

 戦い方に工夫が求められる。殺さずに、出来るだけ手傷を負わせずに無力化させるには、どうすればいい?

 

 ───考えろ。きっと何かあるはずだ。何か忘れていないか。私には、それが出来る力があったはず!

 

『竜の力──水……。そう、そうです! 水を使えば……!!』

 

 水と言えども侮る無かれ。アマテラスが竜化した際に操る水は、ある程度アマテラスの意思の通りに操れる。更に、その水に弾力、粘着性を付加も出来るのだ。

 使い方さえ工夫すれば、水も強力な武器となる。

 

『エマさん、竜の水流を用いて、あのガルーの動きを拘束します』

 

 狙うはガルーの気絶。水塊で呼吸を妨害し、死なないギリギリのところで解放する。上手くいけば気絶、失敗してもかなり衰弱させられるかもしれない。

 

「了解です! なら、わたしは空からガルーを翻弄してみせましょう! 行くよ、空助!!」

 

 天馬の背に飛び乗るや、エマは勢いよく天へと駆けていく。もしかしたら、空助はこうなる事まで読んで、エマに騎乗を促したのかもしれない。

 

「待っててね。今から、あなたを助けてあげる……!!」

 

 もはや、戦闘を楽しもうとは思わない。今はただ、哀れなガルーをフウマの呪縛から救ってやりたい。それだけが、エマの心を埋めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「敵の数が多すぎる。幾ら何でも、少数相手にこれほどの戦力を投入するのは不自然だ」

 

 同じ忍として、忍の技で上回るサイゾウは、フウマの忍を易々と撃破していく。

 そんな中で、彼はこの過剰なまでの敵の増援に訝しみ始めていた。

 

 まるで、何が何でも倒そうという意思が見え隠れしているようである。

 

「もしくは、我々が王族とその直属の臣下である精鋭部隊と敵に感づかれたのやも知れぬ」

 

「カゲロウ……。いや、それが当たりかもしれん。明らかに忍として若造に過ぎる輩まで混じっている。戦力過多は敢えて、と見るべきだろうな」

 

 それが意味するところは、フウマの公王の何らかの企みによるものという事。

 フウマ公国の公王──コタロウ。彼は、何かを狙って呆れる程の戦力投入を行っていると推測される。

 それが何かまでは不明だが、ここでこちらを逃がすまいという魂胆なのは間違いない。

 

「フウマ公国は以前から良からぬ噂を耳にした。フウマによって『コウガ』が潰されたという話もある」

 

 サイゾウは思い出す。かつて、フウマと同じ忍の公国、『コウガ公国』が存在したが、それを滅ぼしたのがフウマ公国だという噂話を聞いた事がある、と。

 コウガ公国は白夜に仕える公国だった。故に、コウガが滅んだのは白夜王国としても、かなりの痛手となったのだ。

 

「コウガ、か……。それだけでないはずだ。サイゾウ、お前とスズカゼの……、」

 

 言いかけて、カゲロウの言葉は途切れた。サイゾウが、目で告げていたのだ。それ以上は、言わなくて良い、と。

 

「そうだ。フウマとの因縁なら、俺にもある。確証を得られる事はなかったが、俺は確信している。この古傷が、今でも疼き、そして俺に囁くのだ。先代サイゾウを───父を殺したのは、フウマ公国であると」

 

 サイゾウは片目を失っている。失った目には一閃の傷跡が残っていた。

 その傷跡こそが、このフウマ公国で付けられたものである。

 

 フウマに向かうと残して以来失踪した父。その真相を探るため、かつてフウマ公国に単独で潜入したサイゾウだったが、その際に重傷を負ってしまった。

 隻眼となったのは、サイゾウにとって未熟だった頃の自分の不甲斐なさの証明。それは忍として、サイゾウを継ぐ者として恥ずべき証として、刻まれたのである。

 

 だからこそ、サイゾウのクナイを握る手の力は、いつになく込められていた。フウマの忍を殺す手にも、一切の容赦はない。

 

「フウマ公王コタロウ。来るなら来い。俺の前に立った暁には、()()()()が殺してくれる……!!」

 

 眼光鋭く、フウマの忍を睨みだけで圧倒してしまう程の気迫。あるいは、悪鬼に見紛う怒気と殺気を放ち、サイゾウはフウマの忍を殺し尽くしていく。

 

 浅からぬ因縁、そしてサイゾウの抱く執念。彼を幼き頃から知り、そしてその事情も知っているカゲロウは、どうしても彼を諫める事など出来なかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 暗夜編 闇を進む者
第21話 闇へと堕ちていく


 

 アマテラスがマークス兄さんへと夜刀神を構える。俺は、それを黙って見ていた。

 

「マークス兄さん…兵を退いてください」

 

 アマテラスは選んだ。白夜を、本当の家族を。それが、アマテラスの答えなのだ。

 

「なに? アマテラス、まさか…白夜側につく気なのか?」

 

「はい…私は、白夜の側で闘います。そう決めたんです」

 

「アマテラス…。スサノオ、お前もそうだと、そう言うのか…?」

 

 マークス兄さんの悲しい顔に、俺は目を閉じてしまう。今は、アマテラスの答えを全て聞きたかったから。

 

「…確かにお前達は、元は白夜王国の王族だ。私とお前達に、血の繋がりは一滴もない。だが、お前達が暗夜王国に来たその日から、私にとってお前達は本当のきょうだいだった。誰が何と言おうとお前達は…スサノオとアマテラスは私の大切な家族だ」

 

 声だけでも分かる、マークス兄さんが今しているであろう表情。それでも、アマテラスの意思は変わらないようだった。

 

「カミラもレオンもエリーゼも、みんな同じ気持ちだ。父上だって、きっと。お前達は暗夜王国の人間だ…! 戻ってこい、スサノオ、アマテラス!」

 

「すみません、私達は戻れません。見たんです、ガロン王の卑劣なやり方を。町が破壊され、罪もない人達が死に、そして……白夜女王ミコト…お母様までも…」

 

 脳裏に蘇ってくる、母の最期の言葉。自分の命よりも、我が子を守れた事を喜んで逝った、母上の暖かい言葉。腕に蘇ってくる、暖かい感触。でも、それでも俺は…。

 

「あの…兄さんはさっき、お父様も同じ気持ちだと言いましたよね。ガロン王も、私達の事を家族だと思っていると。ですが、私達は白夜女王に庇われなかったら…ガロン王から渡された剣の爆発で死んでいました。本当に家族だと…そう思っているのなら、私にそんな事をするはずがありません…。ガロン王にもし人の心があるのなら、白夜王国にこんな真似をするはずがありません! ガロン王こそが悪なんです!」

 

 そして、アマテラスの言葉に、マークス兄さんは怒りを隠さず、

 

「何事を…! 父上が悪であるはずがない」

 

「兄さん…! ガロン王のしている事は、間違っています。兄さんも私達と…白夜王国と共に闘って……」

 

 

 

 

「いや、違うな」

 

 

 

 

「え…?」

 

 俺は、ようやく沈黙を破った。アマテラスの意思は、想いは、もう分かったから。

 

 ゆっくりと、マークス兄さんの元へと俺は歩き出す。アマテラスに背を向けて。アマテラスは俺を止めようと、手を伸ばすが、もう届かない。

 

「スサノオ…?」

 

 そして、俺は振り返った。笑えているかも分からない笑顔を浮かべて、涙を堪えて、

 

 

 

 俺は夜刀神をアマテラスに向けた。

 

 

 

「俺は、白夜王国には戻れない。俺の家族は、暗夜にいる。俺の家は、暗夜にある。俺は、もう白夜には帰れない」

 

 それが、俺の選んだ答え。俺の選んだ道。

 

「そん、な……だって、白夜であんなに楽しく過ごしたじゃないですか…! お母様とだって、昔話をいっぱいしたじゃないですか! ガロン王の卑劣な行いを、この目で見たじゃないですか!!」

 

「それでも、だ」

 

「!!」

 

 確かにガロン王の、父上の卑劣な策略は許しがたいものだ。でも、俺は譲れない。これだけは、何があっても譲れない。

 

「俺はな…アマテラス、昔ある事を誓ったんだ。とても遠い昔、今じゃはっきりと全部を思い出せないが、確かに誓った事がある。どんな事があろうと、『妹を守る』ってな」

 

「…! な、なら! 私と一緒に…」

 

「お前と一緒に行ってしまえば、エリーゼはどうなる? 俺にとって、お前と同様にエリーゼも大切な妹なんだ」

 

「でしたら、サクラさんだって…」

 

 アマテラスの言葉に、俺は首を振る。

 

「確かにそうかもしれない。だが、お前がそっちを選んだ時点で、俺とお前はもう同じ道を歩めない。絆で繋がった妹を、家族を、俺は置いてはいけない」

 

 俺にとって、暗夜のきょうだい達は、俺の心の支えだ。それを、裏切るなんて出来ない。たとえ、暗夜王国が、父上がどんなに卑劣であろうと、関係ない。

 

「お前が白夜につくと言うのなら、俺が、俺達が力ずくでもお前を連れて帰る」

 

「そうだな…帰ってから、説教をせねばならんだろう」

 

 俺の隣で、マークス兄さんが馬上から剣を構える。愛剣、暗黒剣『ジークフリート』を…。妹を取り戻すために。

 ただ、アマテラスは剣を向けられているというのに、動こうとはしなかった。

 

 

 

 

 アマテラスは剣を構える事が出来なかった。たとえ、白夜王国につくと決めても、暗夜のきょうだいを傷付ける事なんて出来なかったのだ。

 

 それでも、スサノオ達は止まってはくれない。

 

 

「何をボケッとしてる!」

 

「! リョウマ、兄さん…」

 

 立ち尽くすアマテラスの前に、雷神刀を携えてリョウマが踊り出た。その目に、強い怒りを宿しながら。

 

「どういう事だ。何故、そちら側についている、スサノオ!」

 

 リョウマの怒声を、スサノオは静かに受け止め、そして、

 

「俺は選んだ。暗夜につく事を」

 

「何故だ…! そいつらは、暗夜は母上を殺した奴らだぞ! それが分かっていながら、お前は暗夜に味方すると、そう言っているのか!?」

 

「…ああ」

 

「分かっているのなら何故、暗夜王国側につく理由がある!? お前は白夜王国の王子なんだぞ!? 本当ならお前は、俺達と共に白夜王国で育つはずだった! それなのにお前は、自分を連れ去った敵国のために闘うというのか!」

 

「…ああ」

 

 リョウマの顔が、苦痛に歪む。弟は、自分達を捨てたのだと。取り戻したかった繋がりは、もう戻ってこないのだと。

 

「よく言った、スサノオ。さあ、行こう! 白夜に誑かされたアマテラスを、連れ戻すのだ!」

 

「黙れ! 貴様らこそ、よくもスサノオを誑かしてくれたな…! 力ずくでも、スサノオは白夜に連れて帰る!」

 

 2人の王子が、互いに剣を構えて睨み合う。その殺気も闘志も、今までのどんな時よりも、とても濃厚で、立っているだけで頭が痛くなるような錯覚がするほどだった。

 

 そして、互いの他の家族も、こちらへとやってくる。

 

「暗夜を裏切るなんて、許さない。絶対に逃がさないよ、アマテラス姉さん…」

 

「暗夜は母上の仇…! 全員、僕が倒してやる…!!」

 

「やっと、やっときょうだいが元に戻ろうとしているんだ…。もう二度と、スサノオもアマテラスも貴様らなどに渡しはしない!」

 

「うふふ…。白夜は皆殺しよ…。そうすれば、アマテラスだって私達の元にきっと帰ってきてくれる…」

 

「わ、私もっ、頑張りますっ! それで、スサノオ兄様に帰ってきてもらうんですっ…!」

 

「よ~し! 頑張って、アマテラスおねえちゃんを取り返すからね!」

 

 きょうだい達が、互いにスサノオとアマテラスを奪い返そうと意気込んでいる。

 大切な人達が、殺し合おうとしているのだ。それを黙って見ているなんて、アマテラスには出来ない。

 

「や、止めてください! どうか、軍を退いてください!」

 

 アマテラスの叫びも、もはや皆には届いていない。

 

「…もう、闘うしか…道は無いのですか…」

 

 どうしてこうなってしまったのか。自分の選択がいけなかったのか。

 

 もはや、戦闘は避けられなかった。

 

 

 

「一度、貴様とは決着をつけなければならないと思っていた…。貴様を倒し、アマテラスは暗夜に連れ戻す!」

 

「ふん…それはこちらの台詞だ。俺が貴様に勝ち、スサノオの目を覚まさせる!」

 

 マークスとリョウマが、互いに剣と想いをぶつけ合い始める。

 それに続くように、他のきょうだい達も闘いを開始した。

 

「貴様らを打ち倒し、私の大切な弟と妹は何としてでも守る! 白夜第一王女ヒノカ! 参る!」

 

「何度言えば分かるのかしら…? スサノオもアマテラスも、私の弟と妹だというのに。あなたを殺せば、私の可愛いアマテラスもきっと、私の元へと帰ってきてくれる…」

 

 ヒノカが天馬に乗って天へと駆けて行き、その後をカミラが斧を肩に担いで、飛竜を駆って追いかけていく。

 

「いいよ、暗夜一の魔法を、特別に見せてやる。僕に挑んだ事をせいぜいあの世で後悔するんだね」

 

「黙れ! 死ぬのはお前だ! 僕が、お前を殺してやるんだ…!」

 

 レオンとタクミによる、魔法と矢の押収が辺りを破壊していく。

 

「さあ、俺達も始めよう。アマテラス」

 

 スサノオは、夜刀神を構え直してアマテラスへと宣告する。

 

「もう…戻れないんですね。スサノオ兄さん…」

 

 アマテラスも、夜刀神を構えてスサノオと対峙する。その眼には、涙が溢れていた。

 

 

「俺はお前を倒してでも

 

 

 

 

 暗夜へ連れて帰る」

 

 

 

 ───『光』…俺は、間違ってなんかいないよな…?

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 VS.アマテラス

 

 俺は魔竜石を高く掲げる。そして、魔竜石から湧き出た黒いエネルギーが体にオーラのようにまとわりついてく。

 

「!!」

 

 纏った黒きオーラを、投げるように振ると、腕の部分のオーラがアマテラス目掛けて勢いよく伸びていく。

 

「せやぁっ!」

 

 アマテラスは迫り来るオーラの手を夜刀神で弾こうとするも、

 

「っ!?」

 

 夜刀神はオーラをすり抜け、それを見たアマテラスはとっさに腕でガードの姿勢を取った。

 

 ゴガッ!!

 

 夜刀神をすり抜けた黒いオーラは、アマテラスをすり抜ける事なく、アマテラスのガードした腕に的中する。

 

「今のをよく防いだな」

 

 オーラが伸びた勢いと同じ勢いで俺の腕へと戻っていく。

 俺は腕をグルグルと軽く回して、不敵に笑みを浮かべた。

 

「何ですか…その力は?」

 

 アマテラスが腕を押さえながら尋ねてくる。

 

「俺も驚いている…、というのは嘘だな。魔竜石の力を何度も使っていた事で、俺は所有者として完全に認められたらしい。魔竜石から、俺の頭の中にコイツの使い方がはっきりと伝わってくる。それも、恐ろしいくらいに自然な感じでな」

 

 ズオォォ、と俺を包む黒いオーラが、より大きく空へと立ち上っていく。それにより、不思議な高揚感が胸の中に立ち込めていくのを感じた。

 

「不思議な気分だ…。最初から、俺と魔竜石は一つだったかのような……。ふふっ…、この力、もっと試してみたい…!」

 

 魔竜石から伝わってくる知識が、俺の好奇心を刺激してくるのだ。もっとこの力を試してみたい、と。

 俺はアマテラスより少しだけ横にズラして腕を向け、オーラを撃ち出す感覚で放つ。

 

 ズドン!!

 

「………な」

 

 アマテラスの頬を黒き砲弾が掠めていった。

 凄まじい速度を持った拳大のそれは、アマテラスの後方にある丘に着弾すると、大きな衝撃と土煙を生み出す。

 

「危ないな…、コントロールがまだ上手く利かないか。危うくアマテラスを殺すところだった……!」

 

 心底良かった、と俺は一息つく。一応はアマテラスに当たらないように狙いを付けたのに、掠った程度だが当たったのだ。もっと練習が必要だ。これでは誰だろうと、撃った相手を殺しかねない。

 

 アマテラスは今のオーラ弾にあからさまに警戒を示し、その懐から竜石を取り出した。

 

「行きますよ……!!」

 

 竜石に封じられたアマテラスの竜の力の一部を、脚へと集中しているらしく、見えはしないが感覚的に竜の力が伝わってくるのを感じる。ちょうど、アマテラスが魔力で身体能力にブーストを掛けるのと同じ感覚だ。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない力をアマテラスの脚に感じる。

 

「…! 竜の力か…」

 

 アマテラスが竜石を手にしたのを見て、俺も警戒を強め、夜刀神を構えようとする。

 が、アマテラスはその構えようとする俺の一瞬の隙を狙って、一気に竜の力を解放した。一時的にアマテラスの脚が竜化すると、一足跳びで俺の眼前へと躍り出る。

 

「!」

 

 俺はその速度もさることながら、初めてで竜化を使いこなしているアマテラスに驚きを隠せない。アマテラスは夜刀神の刃を裏返して思い切り叩きつけてくる。

 

 が、

 

「竜の力ともなると流石に速い…」

 

 俺は即座に竜化させた腕で、アマテラスの夜刀神を受け止めた。竜鱗で覆われた腕は硬質で、まるで刃が通りそうにないような硬さを持っていた。たとえ裏向けていない夜刀神であっても、俺に傷がつくかどうかも分からない程に。

 

 俺は黒い竜腕を乱暴に横に振って、受け止めた夜刀神ごとアマテラスを振り払う。

 アマテラスは即座に受け身を取って立ち上がり、竜石を高く掲げた。今度はその腕を竜化させると、アマテラスはいつの間にか手にした石を竜の手で握り締める。

 

「ッ!」

 

 更に竜石から力を引き出すと、アマテラスの竜化していた腕が膨れ上がり、やがて腕は手に持った石ごと、大きな竜の口へと変貌していく。

 その大きな口をグワッと開いて、

 

「ハッ!」

 

 俺に向けて、竜化した腕の口内から持っていた石を撃ち出した。

 撃ち出された石は水で覆われており、それはアマテラスが竜化してやった外套の男の刀と同じ状態であった。

 石に水を纏わせたのは、水単体で撃つよりも、石を核として撃ち出した方がスピードが出るためだろう。

 更に言えば、スピードを出して尚且つダメージがなるべく少なくなる方法がこれだったのか。

 竜化していた時の朧気な記憶だが、この水には攻撃と妨害の使い分けが出来ていた事を覚えている。

 

 狙いは、俺の動きを封じる事だろう。

 動きさえ止めてしまえば、リョウマ兄さん達の援護に行く事が出来る。マークス兄さん達を撤退させるには、あちらに有利な状況を作り上げる必要があるのだ。

 いくらマークス兄さん達が強くても、流石に多勢に無勢では退かざるを得ない。そのためにも、暗夜のきょうだいの誰かを戦闘続行不能にしなければならないのである。

 

「ちっ…!」

 

 水を纏った石の砲弾を、俺は身を反らして避ける。夜刀神で防ぐのはマズいという事は分かっているからだ。

 

 俺が夜刀神を使って弾かなかったのを見ると、アマテラスは残念そうな顔になる。やはり、狙いは武器を使えなくする事のようだ。直接俺の動きを止めるには、少しでも俺から攻撃力を削りたかったらしいが、甘んじて受ける訳にはいかない。

 

「お前、早速竜石を使いこなしてるじゃないか。体の一部だけを竜化させたか。流石は俺の妹だ…」

 

 妹の優秀さに、場違いながら嬉しくなるが、そうも言ってられない。俺は肩を回すように腕を大きく振ると、

 

「じゃあ、俺も見習わないとな」

 

 前傾姿勢になり、背中と魔竜石に意識を集中していく。すると、ぶちぶちぶち、と肉を破るような音と共に俺の背から鋭利で真っ黒な竜翼が飛び出してきた。

 

「これは考え物だな…。これの度に服が破けると面倒だ」

 

 言いながら翼をリハビリするかのようにバザバサと羽ばたかせると、体が地面から離れ、少しだけ宙に浮く。

 

「今はまだ高くは飛べないか…」

 

 ストンと地面に降りると、俺は今度こそ夜刀神を構えて、竜の力により猛スピードでアマテラスに向かって走り出す。

 

「くっ!」

 

 アマテラスも急ぎ応戦の体勢に入る。夜刀神を構えて間もなく、俺の振りかぶった一撃がアマテラスの夜刀神とぶつかり合い、2本の夜刀神が鍔迫り合いになる。

 

「ぐくっ…!!」

 

 俺の夜刀神を受け止めるアマテラスの腕が、徐々に押され始めていく。

 

「このまま押し切らせてもらうぞ!!」

 

 俺は更に押す力を強くする。このまま一気に押し切ってしまうために。

 

「させま、せん!」

 

 しかし、アマテラスは竜石から力を引き出し、腕を竜化させる。それにより、力で俺に勝る事が出来たアマテラスは、ゆっくりと、俺の夜刀神を押しのけていき、

 

 

 

「言い忘れてたが、俺の腕は今4本だ」

 

 

 

「がっ…!?」

 

 押し勝てると油断していたアマテラスを左右から竜翼により続けざまに2発打ち込む。それによってアマテラスは全身を強打される。

 そして更にもう1発、よろめくアマテラスの体に俺は腹を避けて蹴りを入れ、アマテラスの体は後方に大きく吹っ飛ばされる。

 ゴロゴロと何度も転がってようやくアマテラスの体は止まる。

 

「ケホッ、ゴホッ、…ハァ、ハァ、何、が…?」

 

 痛む体を何とか起こして、アマテラスは飛ばされた方を見る。俺はアマテラスに何が起きたのかを教えるために、翼を大きく開いていた。

 それを見て、アマテラスもすぐに何が起きたのかを理解したようだ。さっきの攻撃はこの強靭な翼膜を叩き付けたという事に。

 

 息を切らせて立ち上がると、苦痛に歪んだ顔でアマテラスは叫ぶ。

 

「…ハァ、遠近自在なんて、ハァ、反則じゃないですか……!」

 

 離れればオーラの攻撃が、近づけば竜の体を活かした攻撃が。

 これではアマテラスは迂闊な事が出来ない。今、この闘いは俺の独壇場となっているのだ。

 

「……」

 

「全身が痛むだろ? だから、もうこんな争いは止めて、俺達と一緒に暗夜王国に帰ろう! 俺達の家があるのはこっちなんだ!」

 

「…いいえ。私の家があるのは、そちらだけじゃありません。白夜にも、私達の帰るべき場所が、家があります! お母様が守り続けてきた家が! 国が! 白夜王国だって私達の大切な故郷なんです! だから、兄さんこそこっちに戻ってきてください!」

 

 もはや届かないと分かっていても、俺は叫ぶ。どうしても、諦めきれなかったから。

 ただ、それはアマテラスにしても同じ事。どうあっても、俺達の主張は片方しか認められないのだ。

 

「…もう話し合いで解決出来る段階はとっくに過ぎてるって事くらい分かってる。やっぱり、力ずくしかないみたいだな」

 

 俺は夜刀神を持つ腕を竜化させていく。これなら、たとえアマテラスも腕を竜化させたとて、パワーで負ける事はないだろう。

 アマテラスもそれに対応するため、腕だけではなく脚も竜のものへと変えていく。

 

「ふっ!」

 

 黒いオーラの腕をアマテラスへと勢いよく伸ばす。しかし、アマテラスはそれをしゃがんで避けると、頭上を素通りしたオーラを掴んだ。

 俺はまさかの事に驚き、そして掴まれたオーラにアマテラスの握力を感じた。

 アマテラスはすぐに起き上がり、掴んだオーラをそのまま手繰り寄せるように一気に引っ張る。

 

「うおっ!?」

 

 竜の腕で引っ張られた俺は急な事に驚き、オーラごとアマテラスへと吸い寄せられるように体が引っ張られていく。

 

「当たれーーー!!!」

 

 全力でオーラを引っ張った腕はそのまま後ろにして、そして引っ張られた俺に向けて、力を込めたその拳で思い切り殴りつけた。

 

「ぐぶっ!!?」

 

 アマテラスの竜の拳が俺の腹に綺麗に吸い込まれていき、その体がグンと吹き飛んでいく。

 何度もバウンドしながら転がっていく俺の体が、ようやく止まり、ゆっくりと立ち上がろうとするが、

 

「う、く」

 

 腕に上手く力が入らず、なかなか起き上がれない。そして倒れ伏す俺の元まで歩を進めてアマテラスは言う。

 

「これで決着はつきました、スサノオ兄さん! 私の勝ちです! だから、白夜王国に……」

 

 

 ───戻ってきて。

 

 と、言おうとしたのだろうが、俺にその言葉が届く事はなかった。

 

 

 

 ズシャア!!

 

 と、突如アマテラスのすぐ近くに、何かが大きな音を立てて空から落ちてきたのだ。

 

 土煙でよく見えないが、それによってアマテラスの意識が俺から離れてしまっていた。

 だから、気付くのに遅れてしまった。こちらの援軍に。

 

 

「ああ…私の可愛いスサノオ…。こんなに傷だらけになって、大丈夫…?」

 

 

 俺の頭上に、カミラ姉さんが空から急降下してきたのだ。

 

「アマテラス…あなたがやったの? お姉ちゃん、きょうだい喧嘩は嫌いなのよ…」

 

「…カミラ姉さん」

 

 悲しそうな顔をして、アマテラスと対峙するカミラ姉さんに、俺も少し心が痛む。

 本当なら、こんな争いをする事もなかったのに。あの無限渓谷での出来事のせいで、俺達の運命は狂ってしまったのだ。

 あれさえ無ければ、俺達はこれからもきょうだいとして今まで通りの生活を送っていけたのに。

 

 

「……!!」

 

 土煙がようやく晴れていき、アマテラスは落ちてきたものの正体に驚愕する。

 

 美しい白い毛並みに、鳥のような大きな翼。それは天馬。ヒノカ姉さんの愛馬である天馬が、空から降ってきたのだ。

 

 主人と共に。

 

 

「ヒ、ヒノカ姉さん!!」

 

 天馬のすぐ傍で倒れるヒノカ姉さんにアマテラスは駆け寄り、抱き起こす。

 どうやら命に別状はないらしく、意識も辛うじてあるようだった。

 

「く…済まない、アマテラス…。スサノオを連れ戻すと意気込んでいたというのに…このざまだ…。くそ…くそ、クソォ……!!」

 

 涙がヒノカ姉さんの頬を伝う。傷だらけの体で、涙を拭う事すらままならず、ヒノカ姉さんは俺を取り戻せなかった悔しさと、再び、しかも今度は目の前で連れていかれる悲しみに、悲壮な表情を浮かべていた。

 

「残念だけど、スサノオを連れて帰って治療しないといけないの。アマテラス…また、今度会いましょう? その時こそ、もう一度私の胸に飛び込んでいらっしゃい…。あなたが戻ってきてくれるのなら、お姉ちゃん、とても嬉しいわ」

 

 カミラ姉さんは俺を担いで自身の竜に乗せると、自分も竜へと跨がり、飛び立っていく。去り際の寂しそうなカミラ姉さんの横顔に、アマテラスは一層、悲しそうな顔で見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉さんの後ろで、俺は姉さんにもたれるようにして飛竜の羽ばたきに揺られていた。

 

「すまない…姉さん」

 

 俺の謝罪に、カミラ姉さんは静かに答える。その声音は、慈しみに満ちていた。

 

「…あなたは何も悪くない。悪いのは、私の可愛いあなた達を誑かした白夜王国なのよ。…ああ、私の可愛いスサノオ…お姉ちゃん、あなたが無事に帰ってきてくれただけでも嬉しいわ…」

 

 カミラ姉さんの腰に回すように飛竜に乗っていた俺の手に、カミラ姉さんの手が重ねられる。

 その柔らかな姉さんの手は、とても暖かく感じられた。

 

「スサノオ…あなた、アマテラスに手加減していたでしょう…?」

 

「……」

 

「別に怒っている訳ではないのよ? あなたのその優しいところが、私は大好きなんだから…。それに、アマテラスを殺さないでくれて、私も嬉しいの」

 

 カミラ姉さんの言葉に、俺は姉さんの背に頭を預けて言った。

 

「…すまない。本当に、すまない…カミラ姉さん。俺は、アマテラスと闘う事に、心のどこかで躊躇していた。心の迷いを捨てる事が出来ていたら、アマテラスを連れ戻せたかもしれないのに……!」

 

 俺の懺悔のような呟きを、カミラ姉さんの慈愛を込めた言葉が、優しく包み込んでくれる。

 

「もう…何度言わせるの? あなたは何も悪くないのよ。今度こそ、白夜の連中を皆殺しにして、私の可愛いアマテラスを取り戻す。今は私もあなたも、それだけを思っていればいいの」

 

「…ああ、そうだな」

 

 俺は再確認する。俺が選んだのは暗夜王国だ、暗夜の家族なのだと。

 アマテラスを取り戻す。たとえ白夜のきょうだい達に憎まれようと、恨まれようと、俺は俺の目的を果たすだけだ。

 

 俺とカミラ姉さんを乗せた飛竜を、夕日が赤く照らして、俺達は軍の後方へと退くのだった。

 

 

 




ちょっとアンケート的なものでもしようかな、と思います。アンケートと言っても、本編に関わるものではないのですが、まあ詳しくは活動報告にて、気が向いた方は見て頂けると良いかもです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 ───従者ですから

 

「ハアァ!」

 

「フン!」

 

 暗夜、白夜の第一王子の闘いは、どちらも一歩も引かず、ほとんど互角なものでなかなか決着がつかない。

 互いに剣と刀を打ち付け合い、その度に火花が散る。しかし、闘いは熾烈を極めるというのに、どちらも傷という傷を一つとして負ってはいなかった。

 

「…やはり、強い。白夜の第一王子リョウマ…」

 

「それはお互い様だ。卑劣な暗夜の王族にしてはやるではないか。暗夜の第一王子マークス…」

 

 距離を取り、再び睨み合いの状態へとなる2人。攻撃の機会を窺う2人だったが、そこに報せが入ってくる。それはマークスにであった。

 

「大変なのー!」

 

 水色の髪で先端の方がピンクがかった髪を、左右でおさげにして、鎧を着込んだ少女がこちらに馬で駆けてくる。

 

「何事だピエリ。今は一騎打ちの最中、邪魔をするな」

 

 マークスは振り返らず、視線はリョウマから離さない。一瞬の隙が命取りとなるからだ。

 しかし、ピエリと呼ばれた少女は遠慮もなしに暗夜軍の現状を伝える。

 

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないの! マークス様、軍がボロボロの状態なのよ!」

 

「なに!?」

 

 その言葉に、マークスは振り返りようやく気がつく。闘いに集中しすぎていて気がつかなかったが、遠く背後では暗夜軍がまばらに散ってしまっており、まともな陣形には程遠いものだったのだ。

 

「何があった?」

 

「白夜の策だと思うの。急にすごい量の水がどばーって流れてきて、みんな流されちゃったのよ! これだと敵の良い的なのよ!?」

 

「く…!」

 

 確かに、ピエリの言う通りこのままでは軍に多大な被害が出てしまう。騎士として、この一騎打ちは大切なものだが、それ以上に軍を預かる者として、兵を守る必要があった。

 

「クリスの策が功を奏したか…。退け、暗夜の第一王子よ! 間もなく我が軍が貴様らを殲滅せんと進軍を開始するだろう。この戦、我ら白夜王国の勝利だ! だが俺とて、無駄に命を奪いたくはない。だから退け、俺と同じく軍を率いる者よ」

 

 リョウマが刀を仕舞いながら、マークスに撤退するように言ってくる。それはまさしく正論で、マークスが取るべき行動であった。

 

「…仕方ない。ピエリ、全軍に通達だ。無駄な犠牲を出さぬ為にも、我ら暗夜軍はこれより全軍撤退する!」

 

「了解なの!」

 

 ビシッと敬礼をすると、ピエリは早馬で駆けていく。

 それを見送って、マークスはもう一度だけリョウマに視線を戻す。

 

「この勝負、次に持ち越すとしよう。だが、今度こそ私が勝ち、アマテラスは返してもらう」

 

「戯れ言を。俺達が勝ったんだ、スサノオを返せ!」

 

「そうしたくば、直接我が暗夜王国まで取り返しに来るがいい。その時こそ、決着をつけよう」

 

 手綱を引き、マークスは引き返していった。背後では、勝ったというのに、さほども嬉しそうになく、逆に悔しそうな顔をしたリョウマを残して…。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、少し離れた所でレオンとタクミの闘いが繰り広げられていた。

 

「はあ!」

 

 タクミが走りながら風神弓で矢を放つが、

 

「甘いね!」

 

 レオンが魔法により一瞬で生み出した大樹によりそれを防ぐ。大樹は矢を防ぐとすぐに消え去るため、互いに視界が奪われるのはほんの一瞬だけ。

 そして矢を放ったばかりのタクミにも足元からレオンの魔法が襲いかかるが、タクミはそれを紙一重で避けていく。

 

「へえ…なかなかやるね、タクミ王子?」

 

「うるさい! くそ…、どうして当たらないんだ!?」

 

 余裕を持つレオンとは違い、タクミには焦りがあった。母の仇を討ちたいのに、全く通用しない事に。

 

(このままいけば、勝手に自滅してくれるかな…?)

 

 焦りは戦闘においては禁物だ。油断や焦りが、手元を狂わせたり、判断を鈍らせたりする。

 今のタクミは、ドツボにハマりかけている。このまま闘い続ければ、そのうち隙が多数生じるようになるだろう。

 そこを狙おうとレオンはしていたのだが、予定が狂う出来事が起きた。

 

「レオンおにいちゃーん!」

 

 遠くから、エリーゼが馬上で手を振っていた。

 

「なに? 見ての通り、今戦闘中なんだけど」

 

「マークスおにいちゃんがー、撤退するってー!!」

 

 遠くなので、大声で間延びした声が戦場に響き渡る。

 エリーゼの報せに、レオンはタクミから注意は反らさずに、チラリとだけ自陣に目をやると、暗夜軍の陣形は総崩れとなっていた。

 

「ちっ…。ここまでのようだね。僕としてはまだ闘ってもいいけど、そうすると兄さん達がうるさそうだし、ここは退かせてもらうよ。命拾いしたね、タクミ王子?」

 

「黙れ! 逃がさない…! 暗夜の奴は、僕が殺してやる…!!」

 

 怒りの形相で光の矢をつがえるタクミだったが、レオンはため息を吐くと、

 

「めんどくさいね、君…」

 

 タクミが矢を放つ前に、巨大な大木がレオンとタクミの間に生み出され、視界が完全に遮られる。

 今度はすぐに消えず、タクミは急ぎ回り込んでレオンを狙おうとするが、既にレオンは馬で駆け出した後で、とてもではないが追いつけそうになく、矢を撃っても当たりそうになかった。

 

「くそ…くそ、くそぅ!!」

 

 風神弓を手が痛いくらい強く握り締め、タクミはレオンの去っていく姿を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撤退を済ませ、軍の最後尾まで戻ってきていた俺とカミラ姉さんだったが、

 

「待っていてねスサノオ…すぐに杖を使える者を連れてくるから。エリーゼが近くにいてくれれば良かったのだけど…」

 

 俺の傷を癒やすために、杖の使い手を探しに行ったため、今は1人だった。

 

「……イテテ」

 

 俺は腹を撫でながら、先程のアマテラスとの戦闘を思い出す。

 いつの間にか、アイツは強くなっていた。手を抜いていたとはいえ、まさか負けるとは思っていなかったのだ。

 それに、早速竜の力を使いこなしていた。魔法の才能もさることながら、やはりアマテラスは自慢の妹だ。

 それがたとえ敵に回る事になっていたとしても……。

 

「……はあ、アマテラス…お前は本当に『光』…なのか…?」

 

 自分が元々別の世界で生きていた事を、幼少の頃の記憶を取り戻した時に同時に思い出していた。と言っても、それは他人事のような記憶ではあるのだが。

 もはや、俺は『スサノオ』。『俺』の想いは受け継いでも、スサノオとして育った俺とは、完全に変わっている。

 そういう意味では、アマテラスの生前が『光』であったとしても、俺と同じだと言えるのかもしれない。

 

 そんな事をぼんやりと考えていたら、久しぶりに聞く声が俺に掛けられる。

 

「ご、ご無事でしたか~スサノオ様!」

 

「これはいけません! すぐに治療致しますので!」

 

「フェリシア…ジョーカー…」

 

 メイドと執事が、わたわたと慌ててこちらに駆け寄ってきた。フェリシアはともかく、ジョーカーまでそんな風に慌てる姿に、俺は可笑しくて笑ってしまう。

 

「何が可笑しいのです?」

 

 杖を翳すジョーカーが訝しげに尋ねてくる。見れば、フェリシアも同じく杖を翳しながら頭に?を浮かべていた。

 

「いや、何でもない。久しぶりにお前達に会えて嬉しかったからさ」

 

「はあ…そうですか…」

 

「あ、あのあの、ところでアマテラス様はどちらに?」

 

 フェリシアとっては何気ない言葉だったのだろう。従者からしてみれば、主の不在を心配してなんらおかしな事はないのだから。

 だが、俺はその言葉に黙り込んでしまう。

 

 そんな俺の様子を見て、ジョーカーは察したのだろう。

 

「…まさか、白夜王国に残ったのですか?」

 

「え…そんな…」

 

 ジョーカーの言葉に、フェリシアが泣きそうな顔になる。まあ、無理もないだろう。フェリシアはアマテラスに、こう言っては動物のようだが、懐いていた。

 大好きな主が、自分達と敵対関係となってしまったのだから、泣きそうになるのも仕方ない。

 

「………」

 

 でも、臣下にそんな顔をさせるのは主としていけないだろう。だから、俺はとある決断を口にする。

 

「スサノオ様…?」

 

「お前達に命じる。アマテラスの下に行け」

 

 固まったように、ピクリともしなくなる2人だったが、すぐに再起動すると、

 

「な、何を仰っているのですかスサノオ様!?」

 

「そ、そうですよー! スサノオ様を置いていくなんて私には出来ないです!」

 

「これは命令だ。アマテラスの下に行き、アイツの世話を見てやってくれないか?」

 

「ど、どうして…?」

 

 戸惑いを隠せない2人。当然の事と言えば当然だろう。もう1人の主君がいるとは言っても、そこは敵のただ中。それは、『俺を裏切れ』と言っているようなものなのだから。

 だが、俺は意思を曲げない。

 

「アマテラスは白夜につくと決めた。ただ、アイツは何としても俺達暗夜のきょうだいが取り戻す。だからそれまでの間、アイツの面倒を見てやって欲しいんだ。白夜での生活に不慣れだろうし、向こうでは本当にアイツを昔から知る者は白夜のきょうだいを除けば、ほとんどいない。だから、頼む。アイツを傍で支えてやってくれ」

 

 これは、アマテラスの為。アイツを取り戻すまでの間だけの話。

 それに……。

 

「それに俺にはまだ、フローラが居てくれるからな。アイツが1人いれば、俺は何も困る事なんてないさ」

 

 フェリシアとジョーカーは、苦い顔で俯いているが、やがて顔を上げると、そこには何かを決意したかのようなものがあった。

 

「…承りました、スサノオ様。私の主はあなたとアマテラス様です。主が言うのでしたら、それを聞かない訳には参りません。この身に代えましても、アマテラス様をお守りし、仕えさせて頂きます」

 

「…かしこまりました、スサノオ様。本当は寂しいですけど、主人の命に従うのがメイドです。スサノオ様が下さったこの新しい使命、頑張って務めさせて頂きますね」

 

 2人は俺の治療を終え、杖を腰に差し直す。そして、名残惜しそうに俺に背を向けて離れていく。

 自分で言ってなんだが、やはりこの2人と離れてしまうのは寂しいな…と思っていると、不意に2人は立ち止まり、振り返って言った。

 

「たとえ離れていても、」

 

「簡単には会えなくても、」

 

「私達は、」

 

「あなたの───」

 

 

 

 

 

 

 

「「───従者ですから」」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 リリスの涙

 

 フェリシアとジョーカーを見送った俺は、撤退していく軍の中に暗夜のきょうだいを探す。

 杖の使える者を探しに行ったカミラ姉さんはもちろん、マークス兄さんやレオン、エリーゼの姿も見当たらない。

 カミラ姉さんは杖騎士を探しているとして、他のみんなは既に帰還してしまったのだろうかと思い、兵達の退却に加わろうとする。

 

 

 グイッ。

 

 

 と、俺のマントを引っ張られ、何事かと思い振り向くと、

 

《………》

 

 リリスがジッと俺を見ながら、マントを咥えていた。

 

「どうした、リリス? あ…そういえば、ここじゃ話せないんだったな」

 

 リリスの星界でないと会話出来ない事を思い出し、俺はリリスに異界の門を開いてもらう。

 

 青白い光が俺達を包み、俺は再び星界へとやってきた。

 しかし、そこは以前訪れた時とは変わっており、まるで暗夜王国にいるかのような空気に満ちている。

 

「見た目が…変わったな」

 

《はい。この星界の主は今やスサノオ様です。スサノオ様のご決断により、この星界もまた、あなたの心が反映されたのでしょう》

 

 ようやくリリスと会話出来るようになり、俺は単刀直入にリリスに尋ねた。

 

「それで、俺に何か用があったんだろ?」

 

《…本当に、アマテラス様を置いていかれるのですか》

 

 リリスの悲しそうな声に、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 出来るなら、また昔みたいにみんなで穏やかな時間を過ごしたい。

 でも、アマテラスが白夜を、俺が暗夜を選んだ時点で、それはもう夢物語となってしまった。

 俺達が再び手を取り合える日が来るとしたら、それは奇跡のようなものだろう。

 

「リリス…お前はどうしたい?」

 

《私、は…》

 

 俺は自分が残酷な質問をしていると分かっていた。リリスは、俺達を心底慕ってくれている。そんなリリスに、俺は選択を迫っているのだ。

 

 俺か。アマテラスか。どちらを取るか…を。

 

《……私は》

 

「なあ、リリス」

 

《…はい》

 

「俺は家族が大切だ。マークス兄さん、カミラ姉さん、レオン、エリーゼ…アマテラスもだ」

 

《……》

 

「それと、俺の家族はきょうだいだけじゃない。フェリシアにフローラ、ジョーカー、ギュンター…そしてリリス。お前達も俺にとっては掛け替えのない『家族』なんだ」

 

《っ…!》

 

「そんな大切な家族に、俺はひどい選択を迫ろうとしてるよな。だから、お前はもっと優しい奴の所に行くべきだ。俺は、お前には幸せでいて欲しい」

 

 俺の言葉に、今まで俯いて目を閉じていたリリスだったが、その小さな体で精一杯に反論する。

 

《私だって、あなたやアマテラス様には幸せになってほしいのです…! あなた達は、私の命の恩人…。この命、あの時から私のものではなく、あなた達のもの。私には、どちらかなんて選べない…!》

 

「だから、リリスが選べないのなら、俺が決めてやる。お前は、アマテラスと共に歩め」

 

《…どうしてですか。先程のフェリシアさんとジョーカーさんとのやりとり、失礼ながら覗かせて頂いておりました。どうして、スサノオ様は私達を遠ざけるのですか…!?》

 

 あれを見られていたとは…。フェリシアやジョーカーには黙っていたが、リリスを納得させるにはもう言うしかない。

 

「見てたなら知ってるだろ? 俺達はアマテラスを取り戻しにいく。だからそれまでの間、あいつの世話を任せるって。でも、本当はそれだけじゃない。俺の進む道は闇だ。暗夜の、父上のあのやり方を目にした以上、暗夜に正義などありはしない事は分かってる。それでも、俺は暗夜の第二王子として、進むと決めた」

 

《…私達に、闇の道を歩ませたくはない、と……?》

 

 これを言ったら、フェリシアやジョーカーは頑なに俺の命令を拒んだだろう。

 これを今、リリスに言ったのは、リリスがまだ迷いを持っていたから。迷いを持ったまま、流れでこの道を進ませる訳にはいかない。

 辛い道のりになるであろうこの道に、来させる訳にはいかなかったのだ。

 

《…やっぱり、スサノオ様はお優しい方ですね》

 

 リリスは穏やかに言う。それはどこか寂しさ混じりではあったけど、清々しい声音だった。

 

《あなたが昔から頑固な事は知っています。…もう私が何を言っても無駄でしょう》

 

 そう言って、リリスは再び目を閉じた。すると、リリスの周りから不思議な力が漂い始める。この感覚からして、竜脈のようだが、それだけではない何かを感じる。

 

 やがて、リリスの目から大粒の涙が零れたと思うと、それは地面に落ちる事なく、宙で1つへと集まっていく。すぐに、涙は林檎程の大きさの球体になり、それはどこまでも透き通っていた。

 

《スサノオ様、これは私の竜の力の一部を固めたものです。それをスサノオ様の胸に抱き締めてください》

 

「…ああ」

 

 俺はリリスの指示通り、リリスの涙を胸に優しく抱き締める。瞬間、涙が俺の胸に吸い込まれるように消えていき、胸の内にリリスの力を感じた。

 それはとても暖かく、懐かしさを覚える。

 

《これで、スサノオ様はご自身の力で星界への門を開く事が出来ます。あなたの元を離れる私からの、せめてもの餞別です》

 

「ありがとう、リリス」

 

 ソッとリリスの頭を撫でる。もう当分は、こうして撫でる事も話す事も、会う事も出来ないから。せめて今だけは、この時間を大切にしたかった。

 

 

 

 しばらくして、俺は自分の力で異界の門を開き外に出る。青白い光と共に、俺達は再び夕暮れに染まった草原へと舞い戻ってきた。

 

「それじゃ…またな…」

 

《………》

 

 リリスはこちらに小さく一礼して、アマテラスの元へと飛んでいった。その時、キラリと光る何かが。それはリリスの涙だった。

 

 最後に見せた涙は、さっきとは違い、本当の涙だったのだろうか。

 

 

「ああ…心配したのよスサノオ。あなたの姿が見えないから、白夜に捕まったのかと思ったわ…」

 

 カミラ姉さんが飛竜でこちらに向かってやってくる。後ろにはエリーゼが乗っているようだった。

 

「あー良かったー! もう少しでカミラおねえちゃん、白夜に特攻掛けるところだったんだよ?」

 

「…あはは、は」

 

 カミラ姉さんなら確かにやりかねないので、その姿を想像した俺は思わず渇いた笑いが出る。

 

「…あら? スサノオ、傷はどうしたの?」

 

 飛竜から飛び降りるや、すぐに俺の体を触って傷の確認をし始めるカミラ姉さん。

 いくらきょうだい…血は繋がっていなかったが…だからといって、これは流石に恥ずかしいので止めてほしい。

 

「あー! おねえちゃんばっかりずるーい! あたしもするー!」

 

 更にエリーゼが背中に抱きついてくる。

 

「その辺にしてあげなよ。スサノオ兄さん苦しそうな顔してるよ?」

 

 いつから居たのか、馬の上ではレオンが頭を押さえながら、呆れた顔をしてその様子を見ていた。

 

「あら、私ったらちょっと見境を無くしていたみたい」

 

 そう言って俺から離れるカミラ姉さんだったが、エリーゼはそのまま背中にへばりついたままだった。

 

「さっさと帰るよ。今のマークス兄さん、機嫌が悪くてさ、僕1人だと胃が痛くなるんだよね。…アマテラス姉さんを取り戻すどころか、撤退させられた訳だし、これは父上からどんなお叱りを受ける事か…。今から頭が痛いよ」

 

 溜め息を吐くレオンだったが、なんとなく元気がない。彼なりに、アマテラスを取り戻せなかった事に負い目を感じているようだ。

 

 何もそれはレオンに限った話ではない。カミラ姉さんも、エリーゼも、それにレオンが言う通りならマークス兄さんも、アマテラスを取り戻せなかった事が辛いのだろう。姉と妹も今は明るく振る舞っているが、その顔は今にも泣き出しそうなものをしているのだから。

 エリーゼに至っては、背中からプルプルと震えているのが伝わってくる程だ。

 大好きな姉と離れ離れになってしまったのだから、仕方ない。しかも、エリーゼは甘えん坊で、アマテラスは同じ女という事もあって、とても懐いていた。

 エリーゼにとってはよっぽど辛い事なのだ。

 

「兄さん、分かってるとは思うけど…帰ってからが大変だと思うよ」

 

「ああ、分かってる。父上がアマテラスをどうするか…。そして俺をどうするか…だな」

 

「きっと、ただでは済ませないわ…。お父様がアマテラスを許すとは思えない…悲しい事だけど」

 

 憂いを帯びたカミラ姉さんの言葉が、俺に重くのしかかってくる。

 

「だろうね。それに、スサノオ兄さんにも何かしらの試練があるかもね。今まで白夜に居た兄さんを信用するために…ってさ」

 

 俺達の予想がどんどん暗いものへとなっていく中、エリーゼがどうにか場を明るくしようと声を張り上げる。

 

「だ、大丈夫だよ! きっとお父様も、スサノオおにいちゃんに無茶なことなんてさせないよ! それに、アマテラスおねえちゃんはあたし達が取り返すんだから、そうしたらお父様だってアマテラスおねえちゃんのことを許してくれるよ!」

 

 エリーゼの必死な叫びに、俺達は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

 

 俺達は父上がどういう人物であるかを分かっているから。

 

 

 そして、俺は父上が白夜王国に何をしたのかを知っているから…。

 

 

 

 重い空気の中、俺達は帰って行く。

 

 俺が選んだ、暗夜王国へと……。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 下される王命

 

 白夜との国境から、暗夜王都ウィンダムまで2日程で帰還してきたスサノオ達。帰って早々に、きょうだい達は報告の為に、父である暗夜王ガロンのいる王の間へと赴いていた。

 

 玉座にて、マークス達の帰還を待っていたガロンと傍で控えるマクベス。マークスはきょうだいを代表して口を開く。

 

「父上、ただ今戻りました」

 

 マークスの言葉に、ガロンはさほど関心を示さぬような声色で、

 

「…マークスか。此度の敗北、簡単に許されるものではない。それ相応の責がある事は分かっておろうな…?」

 

「…はい、父上。このマークス、どのような処罰であろうと、謹んで受け入れます」

 

 頭を垂れ、マークスは跪いた。その様子を、他のきょうだい達は心配して見ている。

 

 ガロンは肘をつき、マークスを見下してその罰の内容を口にする。

 

「良かろう…。本来ならば、敗軍の将は死罪としても良いが、お前は儂の子…儂とて、我が子を死刑に処すのはしたくない。よって、お前には任務を与える。その任務を遂行した時こそ、お前を許すとしよう」

 

「ありがとうございます。必ずや、任務を成功させてみせます」

 

「では、任務については追って報せる。それまで、待機しておれ…」

 

 ひとまずの安堵感に胸をホッと撫で下ろす他のきょうだい達。そしてマークスは立ち上がり、再び報告を続ける。

 

「父上…良い知らせと悪い知らせが御座います」

 

 ガロンは髭を撫でながら、マークスに続きを促す。

 

「まずは良い知らせを…行方不明になっていたスサノオが、無事に戻りました」

 

 ピタリと、ガロンの動きが止まり、後方に控えていたスサノオへとようやく目が移る。

 

「スサノオが…」

 

 スサノオは前へと歩み出て、ガロンへと見上げる形で対面する。

 

「…父上」

 

 スサノオが下までやってくると、ガロンは、

 

「何をしに戻ってきた」

 

「え…?」

 

 予想していなかった、ガロンの冷たき言葉に、スサノオは戸惑いを露わにする。それを見たマークス達も、父の怒りに疑問を感じずにはいられなかった。

 

「お、お父様…? どうしてそんな言い方…。せっかくスサノオおにいちゃんが帰ってきたのに…」

 

 幼いエリーゼは、その疑問を口にせずにはいられなかった。

 そんなエリーゼを見る事もなく、ガロンは怒りを顔へと滲ませて、スサノオを見下ろす。

 

「よいか…スサノオ。お前とアマテラスは行方不明になってから今まで、白夜王城に居たと聞く。そこで白夜女王より出自を聞かされたのであろう? 自分達が幼い頃に攫われた、白夜王国の王族だと。そして我が暗夜王国が、憎き敵国であると」

 

 歯をギリギリと噛み締めて、ガロンはスサノオを睨み付ける。それを、スサノオは静かに受けていた。

 

「その証拠がマークスの言う悪い知らせというのであろう? アマテラスはここには帰らず、白夜へ付いたというではないか。にも拘わらず、お前がこの城に戻ってきたのは何故だ?」

 

 ガロンの問いに、マクベスが被せるように続けてくる。

 

「もしや…敵側に取り込まれ、ガロン王様の暗殺を企てているのではないでしょうな?」

 

 あらぬ罪を掛けられそうになり、スサノオは慌てて反論をする。

 

「ま、まさか…! 俺はそんな事…」

 

「はい。それはあり得ません」

 

 と、マークスがマクベスの疑惑に対してはっきりと言い切った。

 それを、ガロンは訝しげな目で、マークスへと問いを投げ掛ける。

 

「なんだと…? 何故、そう言い切れる?」

 

「スサノオは白夜の手先ではありません。その証拠にスサノオは、アマテラスを力ずくで連れ戻そうと、負傷までして闘いました」

 

 マークスの言い分に、本人であるスサノオも黙って耳を傾けていた。ここで出しゃばるべきではないからだ。

 

「それにスサノオは、私達の目の前で、この暗夜王国に戻るという決意をしました。それがリョウマ王子の怒りを買うと分かっていてです。事実、私がリョウマ王子と闘わなければ、スサノオは実の兄に殺されていたかもしれません。自分の命も顧みずに、そのような危険な真似をするでしょうか?」

 

「……」

 

 黙っているガロンだったが、その横から、マクベスが更に疑いの言葉を口にしてくる。

 

「ふむ…。ですが、それが芝居であった事も考えられますな」

 

「黙れ、マクベス。あれは芝居などではなかった。その場に居なかったお前に何が分かる。実の妹に、刃を向けたスサノオの覚悟が、貴様ごときに…」

 

 熱が上がり始めたマークスであったが、ガロンがそれを止める。目を閉じ、そしてゆっくりと再び開き、マークスを見据えた。

 

「もうよい、マークス。お前の言い分は分かった」

 

 それから、今度はスサノオへと視線を移すと、

 

「スサノオよ…お前の件、咎めはなしとしておく。マークスに感謝するがいい…」

 

「…ありがとうございます、父上」

 

 スサノオはその場へと跪き、父へ礼の言葉を述べた。

 だが、これで完全に疑いが晴れたという訳ではなく、更に過酷な試練がスサノオを待っていたのである。

 

「では、スサノオよ…。お前には1つ、任務を与える」

 

「はっ!」

 

 そして、ガロン王がスサノオへと王命を下す。

 

「アマテラスを殺せ」

 

 

 

 

「……!」

 

 その任務の内容に、きょうだい達全員が驚愕する中、スサノオだけは冷静に父の言葉を受け止めていた。

 

 スサノオが驚かなかったのは、予想していたからだ。アマテラスへと与えられたあの魔剣…そして魔剣よりもたらされた爆発…。

 あれらがガロンの企てた事であったなら、当然、裏切ったアマテラスを始末するように命じてもおかしくはない。

 何故なら、自身の子として育ったスサノオやアマテラスが死んでしまっていたかもしれない計略を、ガロンは取っていたのだから。

 

 スサノオは覚悟はしていた。ただ、実際にそれを命じられると、やはり心に重くのしかかるものがあったのだ。

 

「そ、そんな…アマテラスおねえちゃんを殺せだなんて…ひどいよぉ…」

 

「どうか、お考え直しください…! あの子は、白夜王国に誑かされただけ…どうか、私の可愛いアマテラスの命は…!」

 

 暗夜の王女姉妹が涙を浮かべて、父に抗議の声を上げるが、それがガロンに届くはずもなく、

 

「どうした…? この任務を受けられぬというなら、お前はやはり白夜の手先として処刑せねばなるまい…」

 

「それが良いかと。白夜との戦端が切って下ろされた今、火種は早い内に消してしまわねば、いつ我ら暗夜王国への火の粉となるか分かりません故…」

 

 マクベスが深々と、ガロンへと頭を下げて提言する。その様子に、マークスが怒りを込めて睨み付け、ガロンへと反論する。

 

「父上、どうかその命をお取り下げ下さい。アマテラスは私達の家族…今はただ、道を間違えているだけなのです! アマテラスの考えは必ずや私が正し、この暗夜王国へと連れ帰ってみせましょう。だからどうか、その任務を取り消してくれないでしょうか」

 

「いかん…。これはスサノオが暗夜の王族として為さねばならぬ儀式も同然。それが出来ぬと言うのなら、暗夜の災厄となる前に消さねばなるまい…」

 

「くっ……」

 

 もはや聞く耳を持たないガロンに、スサノオは決意の言葉を口にする。それが、どういう意味を持つかを理解して…。

 

「分かりました…父上。ならば、その任務…放棄させて頂きます」

 

「スサノオ、何を…!?」

 

 スサノオの選んだ答えに、ガロンを除くその場の全員が驚きを隠せない。

 スサノオは、自分から死の道を選んだのだ。驚かない訳がない。

 ただ、ガロンだけは感心したように、息を漏らしてスサノオを見ていた。

 

「ほう…。自ら死を選ぶか。それほどまでに、妹であるアマテラスが大切か…」

 

「お待ちください! どうか、どうか私から、可愛いスサノオを奪わないでください…!」

 

 取り乱すかのように、カミラが必死の懇願で父にすがろうとするが、マークスがそれを抑える。

 無茶な真似をして、カミラにまで咎が及びかねないからだった。

 しかし、マークスもまた、スサノオの決断を受け入れる事が出来ずにいた。

 

「愚かなスサノオよ…ならば望み通り、お前を処刑し…………」

 

 急に、ガロンの動きが止まる。不自然な程までに、ガロンは天井へと見上げながら、口をパクパクと動かせて、声に出ない何かを呟いていた。

 それは、傍で控えていたマクベスですら聞こえない程で、むしろ何も言葉を発していないようだった。

 

「父上…?」

 

 突然の父の奇行に、スサノオも僅かばかりの動揺を覚える。

 その普通でない父の様子は、どこか寒気すら感じるくらい不気味なものだったのだ。

 

 そして、やがてガロンは天井からスサノオへと視線を戻すと、

 

「…たった今、異形神ハイドラより神託があった。その言葉に従い…スサノオ、お前への任務を変更する」

 

「!! 本当ですか、父上!」

 

 訳は分からないが、スサノオに下った命が違うものになる事に、興奮を抑えられないスサノオ。

 

「アマテラスは殺さずに、儂の元へと連れて来い…。必ず、生かして、だ」

 

「ありがとうございます! その任務、必ずや果たしてみせます!」

 

 突然降って沸いた好機に、飛び跳ねたくなる気持ちを抑えて、スサノオは頭を下げた。

 

「この任務に関しては、期限は求めん。そしてもう1つ、新たに任務を与える。ハイドラ神はお前に、氷の部族の反乱を平定せよと仰っている。暗夜王国の王族として見事その任を果たした暁には、お前を以前と同じように、我が子として迎え入れてやろう」

 

「反乱を平定…。分かりました。その任、必ず果たしましょう」

 

 新たな任務を受けた事で、多少の落ち着きを取り戻すスサノオ。他のきょうだい達も、スサノオとアマテラスの命が見逃してもらえた事に安堵していた。

 

「心配するな、スサノオ。反乱を平定するなら私が軍を出す。人手さえあればそれほど難しい任務ではないだろう」

 

「うんうん、もし怪我した時のために、あたしも付いて行ってあげるね」

 

 笑みを浮かべて提案してくる兄と妹に、スサノオは頼もしさを覚えるが、それはすぐさま否定される事となる。

 ガロンは、マークスとエリーゼの言葉を聞くや、

 

「それはならぬ」

 

 すぐさまこの提案を却下したのだ。

 

「ハイドラ神は、軍隊を連れずにたった1人で任を果たせと仰っている。スサノオには、1人で部族の村に向かわせる」

 

 そのあまりにも無謀な命令に当然、マークス達も反対する旨の弁を述べる。

 このままでは、せっかく助かったスサノオの命をむざむざ殺させにいかせるようなものだ。

 

「ええっ!? お父様、それは無茶よ!」

 

「まさか…反乱の平定をたった1人で行うなど、自殺行為です。それに、部族の村へ行くには、天蓋の森を越えなくてはなりません。城から出たばかりのスサノオに、それはあまりにも…」

 

「口答えは許さぬ」

 

 有無を言わせぬガロンの言葉に、マークスは渋々といったように従うほかなかった。

 

「……わかり…ました」

 

 目に見えて沈んでしまうマークスに、スサノオは、

 

「大丈夫だ。俺1人でも、何とかなるさ。前にレオンも言っていたが、どうやら俺は悪運が強いらしいからな。必ず、やり遂げてみせる」

 

 きょうだいを安心させる為の言葉は、しかしマークス達の不安を完全に払拭出来はしなかった。それが分かっているから、スサノオは引き止められる前に早速任務に赴く。

 

「それでは早速、準備をしてくるか」

 

「期待しているぞ、スサノオよ」

 

「はい、父上…」

 

 心配するきょうだい達をよそに、スサノオは王の間からそそくさと去っていった。

 

 

「心配ね…。スサノオ1人で天蓋の森を抜けるなんて…、ああ…あの子が寂しさで泣いてしまわないか、心配になってきたわ…」

 

「カミラ姉さんは大げさなんだよ。スサノオ兄さんだってもう子供じゃないんだ。そんな事くらいで泣いたりしないさ」

 

「んもー、そんなこと言ってレオンおにいちゃんも、心の底でスサノオおにいちゃんのこと心配してるくせにー!」

 

 バシバシとレオンの背中に連続ビンタをかますエリーゼ。

 

「いたっ!? 痛いって! そう何度も叩くなよ…」

 

「それにしても、本当に心配だわ…。天蓋の森には死霊の館と呼ばれる廃館があるのに…迷子になって入ってしまったら…ああ、私の可愛いスサノオ…」

 

 過保護な姉と、のうてんきな妹を前に、今日もレオンの心労は積み重なっていくのだった。

 

 

 

 

 そして、そんな弟妹達のいつものやりとりから少し離れて、マークスは未だに父を見つめていた。

 

 そんな事など気にも止めず、ガロンは愉悦の笑みを浮かべていた。

 

「ククク…。旅立ったようだな…。ハイドラ神の御告げ通り、たった1人で。…あやつは殺さぬ。生かしてやろう。その心が壊れ、死なせてくれと泣き叫んだとて…殺しはせぬ。生かし続けてやるわ…」

 

 一つとして聞き漏らさぬよう、マークスは父の言葉に細心の注意を払い、耳を傾ける。

 

「人に絶望し、人を憎み、苦しむがよい…。スサノオ…そしてアマテラス…。お前達の苦しみが、ハイドラ神の糧となるのだ…。ククク…ハハハハハハハハ…!!」

 

 

 

 

「……父上…。まさか、先程の任はスサノオを苦しめる為のものなのか? だとしたら…私にも、考えがある」

 

 父の計り知れぬ心の内に疑惑の念を抱き、マークスはその場を後にする。

 少々の仕込みを準備するために……。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 死霊の館

 

「とりあえず…携帯食料は欲しいよな」

 

 俺は今、暗夜王都の地下に広がっている市街地へと訪れていた。

 

 エリーゼから聞いたのだが、暗夜王国の城下町には今はもう誰も住んでいないらしい。

 なんでも、野生化したノスフェラトゥは自国の民をも見境無く襲い、そのため表の街からは難を逃れる為に住民は消え去り、こうして地下街で王城からはひっそりとして生活しているらしい。

 この地下街の存在を、王城の者達はほとんど知らないらしく、知っているのは極僅かな者だけで、エリーゼはその内の1人だという訳だ。

 曰わく、「城の人達は、街のみんなが国外に逃げていったと思ってるんだよー!」との事だ。

 

 地下街とは言っても、そこは陰気な雰囲気ではなく、活気に溢れた町人がたくさんいた。確かに、貧民街も存在しているらしいが、それでも地下でこれ程の活気を生み出せているのはすごい事だろう。

 

「すまない」

 

 俺は様々な店が立ち並ぶ商店エリアで、食料を求めて出店を訪ねていた。白夜王国で見たのには及ばないが、こちらも賑わいに満ちている。

 

「はいよ! 何がお求めだい兄ちゃん!」

 

 年配のおじさんが、景気良い快活な声で俺に聞いてくる。

 

「日持ちする食料が欲しいんだが…」

 

「そうだなぁ…これなんてどうだい? 牛の肉を干したもんだ。これなら日持ちする上に、味も染み込ませてあるから美味いぞー?」

 

 店のオヤジがぶら下げている干し肉を指差す。俺は特に迷いもなく、何枚か吊られているそれを、まとめて買う事にした。

 

「じゃあ、牛の干し肉を7つほどもらおうかな」

 

「はいよ! 牛の干し肉7つで350Gだ」

 

 俺は懐の財布から、ちょうどの代金を取り出してオヤジへと渡す。

 

「にしても、携帯食料を買うなんて、どこかに出かけるのかい?」

 

 店のオヤジが干し肉を紙に包みながら尋ねてくる。俺はその手際よい様子を見ながら、何となしに答えた。

 

「ああ。ちょっと氷の部族の村まで用事があってな」

 

「氷の部族…て事は、天蓋の森を抜けるってのかい!?」

 

 あからさまに驚いた素振りを見せるオヤジに、俺は疑問に思い、

 

「そうだが…天蓋の森とは、そんなに恐ろしい所なのか?」

 

「何だい、アンタ知らないのかい? あの森には昔から死霊が住み着いてるって話だよ。しかも、聞く話だとここ最近じゃあ、あの森を通ろうとする旅人は恐怖に顔を青くして引き返してくるって言うじゃないか」

 

「…どうして?」

 

「なんでも、森のどこかに死霊の館って古びた廃館があるらしいんだが、どういう訳か旅人はみんなそこに迷い着いちまうらしい。そしてそこで、黒くて髪の長い異国風の女が、剣を持って追いかけてくるって話だ。噂じゃ、昔あの館に連れて行かれた奴隷の女の悪霊だって言われてるよ」

 

 天蓋の森を俺1人で行く事にマークス兄さん達が反対していたのは、どうやら森が深い事だけが理由ではないらしい。

 

「…っと、待たせたな兄ちゃん。ほら、干し肉7つだよ」

 

「ああ、興味深い話をしてくれてありがとう」

 

「兄ちゃん良い人っぽいからな。くれぐれも気をつけて行くこった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下街を出て、無人となった表の街へと出てきた俺は、真っ直ぐに街門へと向かった。

 通りながら、無人と化した住居の数々を見ていると、先程までの賑わいが嘘だと思えてくるくらい、シーンと静まり返っている。まるで死の街を歩いているような薄気味悪さだ。

 早足で街を抜け、街門まで来ると、門番に声を掛ける。

 

「第二王子スサノオだ。これから任務に出る。見張りご苦労だな」

 

「はっ。城より報告を受けています。お気をつけて」

 

 背筋を伸ばして敬礼する兵士に、俺は頷き返して街の外へと出た。

 目指すは南の方角。目的地である氷の部族の村は、ここから大体3日は掛かるらしい。何故なら、真っ暗な森を越えても、次に待ち受けるのは雪の降りしきる氷の大地。どれも進行速度を奪う地形や天候ばかりなのである。

 

「飯は朝と夕方だけにして、あとは早く部族の村まで突っ走るとするか」

 

 軽く準備運動をして、俺は走る。最初の関門である、天蓋の森へと…。

 

 

 

 

 

 

 

 森の中は薄暗いどころの話ではなく、かなり暗かった。普段から日の光が届かない暗夜王国だが、この森の中は特にそれが顕著で、まるで闇の中なのかと錯覚してしまう程に、暗く不気味な空気が漂っている。

 

「まるで光が届かない…なるほど、確かに『天蓋』の森だ…」

 

 空を覆い隠すかのように、頭上には無数の枝葉が生い茂っており、それによって下には光が入ってこないのだ。

 

 

 しばらくの間、延々と森の中を歩いていたが、何かおかしい。どういう訳か、同じ所をずっとグルグルと回っているような気がしてならないのだ。

 

「……」

 

 ふと立ち止まって、目の前の大きな木を見る。この木を、もう何度も見ているような気がするのは、果たして気のせいなのだろうか?

 

「…………、うん。迷った」

 

 おかしい。普通に真っ直ぐ歩いているだけのはずなのに、一向に景色が変わらない。

 もしや、噂の悪霊の呪いか何かなのでは…と思い、頭を振って考え直す。

 

(一度ルートを大幅に変えてみるかな…)

 

 今まで真っ直ぐに進んでいたのを止め、今度は直感で左の方へと突き進んでみる。

 すると、少し行った所で今までとは違う景色が広がっていた事に、俺は歓喜して、

 

「よし! これでひとまず何処かしらに着け……る?」

 

 視線の先にあるものに、気付いてしまう。

 

 

 木々の隙間から覗くように立っている、古ぼけた大きな館。窓は所々割れており、雑草が生い茂っているようで、まさしく廃墟がそこに鎮座していた。

 

「…着いて…しまったな…」

 

 恐らく、これが店のオヤジが言っていた噂の死霊の館だろう。

 

「………、」

 

 入るべきではない。今は任務を帯びている身なのだ。だから、早く任務遂行の為に先を急ぐべき…。

 と、分かってはいても、好奇心があそこに行けと囁いてくる。

 仕方ないだろう。俺だって男だ。冒険したいという気持ちだって当然持っている。

 それに、今まで北の城塞から出た事すら無かったのだ。…いや、正確には1回だけあって、その後大変な事になったが。

 ともかく、男として廃墟の探索という冒険心を嗜虐してくる誘惑に勝てるかと聞かれれば、俺は勝てなかった。

 

「任務も大事だが、特に期限を求められてはいないし…少しくらいの寄り道は大目に見てもらえるだろう…うん」

 

 意を決し、俺は噂の真相を確かめるべく、廃墟目指してグングンと進んでいく。

 その途中、奇妙な感覚に襲われる。なんとなく、木が俺を避けているような、変な錯覚がする。実際にはそんな事などないのだが、不思議な感覚だった。

 

 門の前まで来ると、その大きさがようやく把握出来た。前にエリーゼの屋敷へと行った事があるが、あの時よりも二周りは大きい館だった。

 門の柱部分には、もはやどこの貴族の家紋かも分からないくらいにボロボロとなった標識らしきものが掛かっている。

 

「これだけの大きさだし、昔は名のある家の館だったんだろうな…」

 

 門をくぐり抜け、扉の方へと進み行く。扉は固く閉ざされ、少々開くか不安に思いながら、取っ手に手を掛け、引いてみる。そして、

 

 ギギギ…。

 

 音を立てながら、古びた扉がゆっくりと開かれていく。

 ソーッと中を覗き込んで見ると、中は薄暗く、そこかしこに蜘蛛の巣が掛かっており、長きに渡り人が住んでいない事が分かるようだった。

 

「……ん?」

 

 と、入ってすぐの2階へと続く階段の所で、ある事に気がつく。

 長い間放置されていたこの館は、埃が大量に積もっていた。しかし、階段部分の何カ所かは、足跡のように埃を踏んだような跡があった。

 気になって周囲を見回してみると、その足跡は階段だけではなく、どうやらあちこちに付いているらしい。

 

(他の旅人もここを訪ねて来たって事か…?)

 

 なんだか、一気に冒険心が薄れてしまったような気がして、しかし俺は館の探索を続ける。この程度の事で、わざわざ引き返しては男が廃るというものだ。

 

 階段を上っていき、廊下を進んでいくと、いくつかの部屋があるようだった。手前の部屋から1つずつ開けていく事にした俺は、早速最初の扉を開ける。

 

「………、ふうっ…」

 

 中は荒れ果てた椅子や机があるだけで、これといったものは特に無い。

 

 一息ついて、次は隣の部屋を開けるが、そこも先程と同じく、壊れた机に椅子、荒れ放題のベッドがあるだけ。

 残りの部屋は3つ。拍子抜けして、俺はテキパキと開けていく事にし、次の部屋もパッと開けた。やはり、同じような光景があるばかり。

 どうやら、ここらは客室といったところらしい。

 

「……なんか、白けた」

 

 不気味な廃館も、ただの廃墟。噂の悪霊など居るはずもない。

 そう思い、俺は残る2部屋は無視して1階の探索をしてみようと引き返し始めて

 

 

 

 

「……………す」

 

 

 

 

 何かが聞こえた。俺は立ち止まり、耳を澄ましてみると、

 

 

「…………です」

 

 

 やはり、何か聞こえる。どうやら声のようだ。それも、女の子のような…。

 途端、俺はとてつもない寒気に襲われる。全身に鳥肌が立ち、恐怖のあまり両腕で自分の体を抱き締める。

 

(嘘だろ…こんな森深くの廃墟で、女の子が1人で居るはずない…! そういえば、あの店のオヤジが言ってた…)

 

 

 ───黒くて髪の長い異国風の女が、剣を持って追いかけてくるって話だ。

 

 

「…!」

 

 思い出すべきではなかったかもしれない。思い出してしまったせいで、余計に恐怖心は大きくなってしまった。

 

 声はどんどんはっきりと聞こえてくるようになる。それはやはり、女の子のような声であった。

 

 

「……しいです。………これ………です」

 

 

 聞こえてくるのは、まだ見ていない部屋。それも、一番奥の。

 悪霊が、そこで何かを呟いているのだ……。

 

「…ゴクリ」

 

 たまらず喉を鳴らして、後ずさってしまう。そして──、

 

 

 ギシィ!

 

 

「!!」

 

 今までなるべく音を立てずに動いていたのに、恐怖のあまりそれも忘れて後ずさったため、木で出来た床が大きく軋む音を出してしまう。

 そして、それと同時に止まる少女の声。

 

 俺は呼吸するのも忘れて、ただただ奥の部屋の扉を見つめていた。

 開くな、開かないでくれ、何も起きるな。

 そんな事ばかりを念じて、頬を伝う汗が床に落ちるのにも気付かない。

 

 

 ガチャ。

 

 

 必死の祈りも虚しく、扉は無慈悲に、ゆっくりと開かれていく。そして、

 

 

 

 

「………で~す~」

 

 

 

 

 扉から、ひょこっと女の子の頭がこちらに顔を覗かせていた。

 

 

 

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!!!????」

 

「ですうぅぅぅぅぅぅ!?!?!?!?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 悪霊の正体

 

 互いに叫んだところでようやく、どちらも幽霊ではない事に気が付く2人。

 

 スサノオは落ち着いたところで、扉から顔を覗かせた少女をよく見てみる。

 おかっぱ頭に2つの長い三つ編みを前に流すようにした『金髪』の少女。そう、『金髪』なのだ。

 スサノオが噂で聞いた悪霊は、長い黒髪の女というものだった。つまり、彼女は噂の悪霊ではないという事になる。

 

 少女も落ち着きを取り戻したようで、扉に体を隠しながらおずおずと口を開いた。

 

「あ、あなたは誰ですか…?」

 

 警戒心を露わにして、少女は選別でもするかのように目を細めてスサノオを見ている。

 スサノオも、少女になるべく不安を与えないように言葉を選びながら答えた。

 

「あー、えっと、俺は怪しい者じゃない。天蓋の森を抜ける途中でこの館を見つけて、噂になってたのを思い出したから少し調査してみようと思って、ここに来たんだ」

 

「噂…ですか」

 

 少女は噂について知らないのか、どこか疑りの目をスサノオに向けている。もしかしたら、この少女は暗夜から来たのではないかもしれない。それならば、あの噂を知らないのにも頷ける。

 

「ところで、君こそこんな廃屋で何をしていたんだ?」

 

「あのですね、私は旅の途中でして…宿代がもったいないって旅の連れがケチった所為で、ここ最近はこの館で寝泊まりしているのです」

 

 少女の『連れ』という言葉に、彼女が1人ではない事を知ったスサノオ。しかし、人の気配はこの少女の分しか感じられず、やはり彼女は現在1人のようだった。

 

「そのお連れさんはどうしたんだ?」

 

「あの…その前に、お名前をお聞きしても良いですか? 誰だか分からない人とお話するにも、互いに名前くらい知っておいた方がいいですから」

 

 なかなかに物怖じしない少女の言葉に、スサノオもまた名乗るべきだと判断して、己の名前を告げた。

 

「そうだな、うん。俺はスサノオという。暗夜王都から来た者だ」

 

「へー、スサノオっていうですか……、…? あれ、どこかで聞いたような……」

 

 少女は唸るように考え込み、やがて顔を驚愕させていくと、

 

「お、思い出したです…! ス、スサノオって、あのスサノオ王子ですか!?」

 

「…そうなるな」

 

 少女が驚くのも無理はない。なんせ目の前に王子様が居るというのだから、驚かない方がおかしな話なのだ。

 ただ、少女はひとまずの間を置いた後、とある事に思い至る。

 

「…王子様がどうしてこんな所に1人で居るですか? お連れの従者や兵も、見たところ引き連れてはいないみたいですが…。本当に王子様なんですか?」

 

「うぐっ…」

 

 痛いところを突かれ、スサノオは何を言おうかと考えあぐねていると、少女はすかさず次の疑問を口にする。

 

「それに、スサノオ王子と言えば、双子の妹であるアマテラス王女と常に一緒だとも聞きましたです。あと、暗夜王国の北部にある城塞で半幽閉状態とも」

 

 ますます強くなる少女の疑念。何か決定的な証拠でも無ければ、信用してはもらえないだろう。

 

「…信じてもらえるかは分からないが、つい最近になって外に出てきたばかりなんだよ。それと、アマテラスについては…」

 

 アマテラスが暗夜を裏切った話は、遅かれ早かれ暗夜王国に伝わるだろう。いや、暗夜に限らず近隣諸国にさえも広がるはずだ。

 スサノオ達の決断は、本人達が思っている以上に周囲にも多大な影響を与え始めていたのだから。

 

 なので、言っても問題ないと判断したスサノオは、事実のみを簡潔に話す。

 

「アマテラスは白夜についた。俺達の袂は分かたれたって事さ」

 

「アマテラス様が…白夜に……!? そ、それは本当なのですか!?」

 

 扉から体を出すと、取り乱しながら少女がスサノオに詰め寄った。血相を変えた少女に、スサノオは訳が分からず宥めようとするが、

 

「落ち着け。いきなりどうしたんだ?」

 

「じゃ、じゃあ、ルーナ達はどうしたです!? アイシスは? オーディンは? ミシェイルは? みんなはどうしたですか!?」

 

「! お前、あいつらを知ってるのか?」

 

「…あ」

 

 自分が暴走気味だった事に気付いた少女は、スサノオから離れると、佇まいを正して元の平静さへと戻っていく。

 

「し、失礼しましたです。ちょっと、友達が暗夜の王城で勤めているもので…、あれ? ひょっとして、ルーナ達を知ってるです?」

 

「知ってるもなにも、アイシス、ミシェイル、ノルン、ライルは俺の臣下だし。そのルーナとオーディンは知らないけど」

 

 少女は息を呑んだ。自分が言っていないはずの仲間の名前まで、スサノオは答えた。それはつまり、スサノオが王城関係者である事はまず間違いないという事。

 そして、少女はスサノオをよくよく見て、その身なりが普通の兵よりも良いという事に気付き、いよいよスサノオが王子だという事に信憑性が出てきた。

 

「じゃあ、本当に…あなたはスサノオ様、なのですか…?」

 

「やっと信じてもらえたのか…」

 

 若干の疲れを顔に滲ませ、スサノオは溜め息をついた。

 

「さて、そろそろ君の名前を教えてもらっていいか? アイシス達の知り合いらしいけど」

 

「で、です! 私はネネというです。ちょっと前までは暗夜の王城で従事していたですが、仲間の1人が暗夜のやり方に反発したのを機に、私達も一緒に旅をする事になったです」

 

 暗夜の王城で仕えていたと聞き、スサノオは意外な事実に少し驚いた。そして、暗夜のやり方がそんなに酷いのかと思うと同時に、つい先日の白夜での一件が頭に蘇ってくる。

 なるほど、確かに暗夜の、ガロン王のやり方には全面的に賛成出来るものではない。反発して兵を辞めるというのも頷けるかもしれない。

 

「そうか…。まあ、俺も父上のやり方を肯定出来るかと聞かれれば、全面的にとは言えないからな。いや、むしろ否定的かもしれない」

 

「…スサノオ様は、暗夜のやり方を分かっていて、暗夜に居るのですか? アマテラス様は白夜についたと言いましたが、どうしてスサノオ様は残ったのですか?」

 

「俺は…家族を捨てられなかった。血はつながってなくても、暗夜のきょうだい達は俺にとっては本当の家族なんだ。今まで育んできた絆を、俺は捨てるなんて出来なかったのさ…」

 

 スサノオにとって、血のつながりよりも大切だったのが絆だった。血がつながっていれば本当の家族? 血のつながりが無ければ本当の家族ではない?

 そんな事、関係ない。大切なのは、血ではなく、心がつながっているかなのだ。

 暗夜に残ると決めたのは、遠い昔の誓いもあったけれど、今まで紡いできた絆が失われるのが恐かったという事もあった。

 

「…私はまだ、スサノオ様の事はよく知りませんし、暗夜王国の非道なやり方も容認出来ません。ただ、私個人としては、スサノオ様のその考え方はとても素敵だと思うです。私が独断で決める訳にはいかないですが、私はあなた自身にお仕えして、あなたの人となりを見定めたいと思うです」

 

「そうか…。ありがたい話だけど、今は任務の途中なんだ。しかも、俺1人でこなさなければならないから、今はまだそう思ってくれているだけでいい。気が向いたら、俺のところに訪ねてきてくれたらいいし」

 

「…ですか。私も、連れに相談しないとですので、その方がありがたいです」

 

 そう言って、ネネは穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「そう言えば、ネネはその部屋で何をしていたんだ?」

 

「え!? えっとですね…そのですね…」

 

 途端、何故か急に焦り始めるネネ。どういう訳か、やたら冷や汗をかいている。

 

「その…お腹が空いてて、森で採ってきたキノコや木の実を食べてたです…。その、連れの分まで食べちゃったのです…」

 

 そう言ってネネが差し出してきたのは、かじりかけのキノコだった。それも、生の。

 

「…生でキノコを食うのはどうかと」

 

「大丈夫です。私の胃袋の鉄の如しなので、そうそうお腹を壊したりしないです。なんなら、そこら辺の草や木の根っこだって食べられます。いいえ、食べました」

 

「……えっ」

 

 彼女の言葉に、スサノオは絶句した。まさか、人間がそんなものを食べるなんて考えられないからだ。しかも、嘘だとは思えない程にネネの目は真剣そのものだった。

 

「とにかく、スサノオ様、私がここでキノコと木の実を食べていた事はくれぐれもご内密にお願いするですよ」

 

「あ、ああ」

 

 とりあえず、謎の呟きの正体が判明したのだった。

 

「あれ? じゃあ、噂の悪霊って一体…?」

 

 と、その時だった。

 

 

 

「きゃーーー!!!?」

 

 

 

 館の外から、女の子の悲鳴が聞こえてきたのだ。それも、聞いた事のある声が。

 

「な、何事ですか!?」

 

「あの声…まさかエリーゼ!? どうして天蓋の森に…!?」

 

 とにもかくにも、スサノオはなりふり構わず一気に館を走り抜け、外へと飛び出す。

 

 そして、スサノオの目に映ったのは、

 

 

 

 無数のノスフェラトゥに取り囲まれるように、その中心に立つエリーゼと、エリーゼを守るようにして刀を構える、長い黒髪の女剣士だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 暁の刃

 

 時間は少し遡り、スサノオが天蓋の森をさ迷っている頃……。

 

「じゃあ、行ってくるよー!」

 

 街門にて、エリーゼ率いる臣下とスサノオの部下達が天蓋の森へと向けて出発しようとしていた。

 

「ああ。くれぐれも気をつけてな、エリーゼ」

 

 そして、その場にはマークスも見送りの為に来ていた。

 カミラ、レオンもエリーゼ達がスサノオを追って出発する事は知っていたが、この場には居ない。何故なら、王族が揃いもそろって城内から消え、街門に集まっていては、せっかくマークスがガロンの隙を見て作ったこの計画も失敗してしまうかもしれないからだ。

 

「お前達も、エリーゼを、そしてスサノオの事を頼む。本当ならばもっと戦力を割いてやりたいところだが、一個師団を動かせば流石に父上に感づかれてしまうからな」

 

 実のところ、エリーゼ達をガロンの目を盗んで送り出す事さえギリギリの駆け引きだった。それが分かっている事もあり、むしろこうしてスサノオを追う事が出来る事にエリーゼ達は感謝していた。

 

「いいえ、僕達だけでも十分ですよ。こうしてスサノオ様の後を追えるだけで、僕達にとってはありがたい事なんですから」

 

 皆を代表し、ライルがマークスに感謝の言葉の述べる。その言葉を受け、マークスは皆の顔を見回す。全員が、自信に満ちた顔付きをしている事を見たマークスは、自身も満足げに笑みを浮かべた。

 

「よし、では行ってこい!」

 

「はーい! みんなー、いっくよーー!!」

 

 エリーゼの元気な掛け声と共に、一同は天蓋の森へと向けて出発していった。

 

「……行った、か。何事も無ければいいが…」

 

 マークスは妹の後ろ姿が消えていったのを確認し、門番へ口止め料として少しの金を渡して自身も城へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 王都を出て少しすると、エリーゼ一行の前に薄暗い森への入り口が姿を見せる。

 深い闇へと誘うかのように、ぽっかりと口を開いたその入り口。

 それこそが、天蓋の森の入り口だった。

 

「これが天蓋の森かぁ…」

 

 興味津々といった様子で、アイシスは森の入り口に細めた目で視線を向ける。しかし、まるでその先は見通せるものではない。

 

「あたしも入るのは初めてだけど、カミラおねえちゃんから聞いた話だと、この森にはお化けが住んでるんだって!」

 

 元来、肝試しや怪談といった催しが大好きなエリーゼは、この森に対して恐怖心よりも好奇心が勝っているようで、その目を爛々と輝かせて語る。

 

「むーん…、怪物退治ならば私にも出来るが、実体が無ければ難しいだろう…」

 

 そう言って、腕を組んで唸るのは、エリーゼのもう1人の臣下、ハロルドだ。逞しい体格に割れた顎、紳士風な気性、そして何よりも正義を信ずる熱い男。街ではその性格もあり、何でも屋のような事をよくやっている。

 ただし、彼自身は何でも屋ではないと否定しているが。

 

「私も、実体があるのなら何が来ようと握り潰してあげるんだけど…」

 

 エルフィの手を握り開きする様を、一同は一部を除き顔を青くして見ていた。

 

「で、でも、本当に幽霊が出たら、ど、どうしようもないんじゃ…」

 

「…その時はその時だろう。いや、もしかしたらお前の御守りがあれば…」

 

 本気で怯えるノルンと、ノルンの持つ御守りに関心を示すミシェイル。

 

「コホン。ここで話していても時間がもったいないだけです。僕が指揮を執りますので」

 

 このままではまとまりが無いので、ライルがこの場を取り仕切っていく。

 

「まず、ミシェイル、アイシスには上空から森がどれほどの規模であるかを確認してもらいます。良いですね?」

 

「ああ。では、行ってくる」

 

「了解! アイシス、行ってきます!」

 

 飛竜とペガサスが力強い羽ばたきで、天空へと舞い上がっていく。そしてその時の羽ばたきが風圧となって、ライル達の全身に浴びせられる。各々が目を隠したり、腕で顔を覆ったりしている中で、ライルだけは間に合わず、メガネが風で飛ばされてしまうのだった。

 

「……計算外です」

 

 

 

 

 少しの間を置いて、アイシスとミシェイルが戻ってくる。

 そしてその顔は、決して明るいものではなかった。

 

「…結論から言えば、この森は相当な広さを持つ上に、かなり深いようだ」

 

「奥に行けば行くほど、深くなっていく感じかな~。下の様子も、木が多すぎて全然見えないよー!」

 

 2人が目にしたのは、見渡す限りの森、森、森。どこまでも続く果てしなさに、今からここに入るのかと思えば辟易とするのも当然だろう。

 

「スサノオ様、こんな所に1人で入っていったんだね。流石は王子様だよねー!」

 

 先程の暗い顔から一転、アイシスが晴れやかにスサノオを褒め称える。それに同意するかのように、「だよねだよね! いえーい!」とエリーゼがアイシスとハイタッチをしていた。

 

「上空からの道案内は不可能のようですね。となると、やはり暗中模索で森を進むしかありませんね」

 

 考えていた手が使えないと分かり、ライルは落ちたメガネの汚れを丁寧に拭うと、

 

「それでは行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

「そういえば、こんな噂知ってる?」

 

 誰が言い出したであろうか、街では最近こんな噂が流行っていた。

 

───曰わく、天蓋の森には悪霊が住んでいるらしい。

 

 その噂につい最近追加されたものがある。それが、

 

「天蓋の森には死霊の館っていう廃屋があって、そこに近づく者を斬り殺そうとする、長い髪をした女の霊がいるんだって」

 

「ひ、ひいぃぃ!! 怖いぃぃ!?」

 

 突然アイシスがそんな事を言い出すものだから、そういった話が苦手なノルンが異様なまでに怯え叫ぶ。

 

「と、突然何を言い出すのかね!?」

 

「あ、その噂、私も聞いたわ」

 

 訳が分からないと言わんばかりのハロルドとは違い、エルフィはアイシスが言う噂を知っているようで、たいして驚く様子はない。

 そして、ハロルド同様、その噂を知らなかったエリーゼは、目を輝かせて食いついた。

 

「そんな噂があるの? あたし、最近街には出てなかったから知らなかったよー!」

 

「ハロルドも街で人助けしているのに、知らなかったのね」

 

「し、仕方ないだろう。誰もそんな話は教えてくれなかったのだから…」

 

「…ハロルド、お前は不幸の星の下に生まれたような男だから、お前が厄介な目に合わぬよう誰も教えなかったんだろう」

 

「ぬぅ…それは喜ぶべきなのだろうか?」

 

 話が逸れ始めたのを感じ取ったエリーゼは、早く噂の続きを聞くために促す。

 

「それで続きは?」

 

「えっとね~…死霊の館から旅人を遠ざけるのは、その中に何か大事なものがあって、それを守るためだから…とか?」

 

 アイシスの声には自信が感じられず、どうやら彼女自身も、確固とした自信は持ち合わせていないようだった。

 

「待って。私が聞いた話では、悪霊は館から離れる事が出来ないから、自由に外を歩く人間に嫉妬と憎悪を持って殺しにくる…と聞いたわ」

 

 負けじとエルフィも自分が聞いた噂で張り合ってくるが、やはりこちらも自信は感じられない。

 

「うーん…どれもあいまいな感じだね」

 

 噂とは、尾ひれが付いて語られる事がほとんどだ。故に、どれが真実でどれが嘘かなんて自分の目と耳で確かめるしかない。

 エリーゼも、言葉では残念そうにしているが、自分で噂の正体を確かめたいという好奇心が湧き上がっていた。

 

「ふむ…ですが、興味深いですね。他に何か情報はありませんか?」

 

 ライルの問いにアイシスとエルフィは首を振るが、1名だけ、そろーっと手を上げていた。

 それは、誰よりもそういった話を嫌っているはずのノルンだ。

 

「えっと、私もその噂は知ってるの…」

 

「えー!? だったら、どうしてあたしが言い出した時にあんなに怯えてたの!?」

 

「い、いくら知ってるからって、怖い話を怖い所で言われたら怖くなるんだもの…」

 

「えー? そんなもんかなぁ…?」

 

 と、再び話が逸れ始めたので、再び軌道修正が入る。

 

「それで、ノルンが言いたかった事とは?」

 

「え、ええ…。私もその噂は2通り聞いたんだけど、どちらも一貫して同じ部分があるのよ…」

 

 ノルンが挙げた同じ部分とは、こうだ。

 

①死霊の館に近づくと襲われる

 

②長い髪の女の悪霊が襲ってくる

 

③髪は黒色

 

④女の悪霊が持つ得物は『刀』である

 

⑤白夜の民が着る、『着物』という衣服に似たものを纏っている

 

 以上が、噂の共通点である。

 

「…なるほど、噂をきちんとまとめて整理すれば、何かが見えてきますね」

 

「確かにな。ここまで共通する箇所が多いのは、それらが真実性が高いという事でもあるという事だ」

 

 メンバーの中で比較的頭の良いライルとミシェイルがまとめに入ろうとするが、エリーゼにとって重要なのはそこではない。

 

「もう! そんなろんり的に話してるよりも、実際に見た方が早いよー!」

 

 そう、彼女にとって重要なのは、噂の真相を自分の目で耳で感じ、知る事なのだ。

 彼女は言うや、馬を駆り皆を置いて一気に先へと進み始めてしまう。

 

「なっ!? エリーゼ様ー!!」

 

「待って! エリーゼ様!!」

 

 臣下が制止の声を掛けるも時既に遅し。エリーゼは闇の先へと姿を消した後だった。

 

「おぉ~…エリーゼ様って、案外お転婆お姫様?」

 

「そんな呑気な事言ってる場合か! 追うぞ!」

 

 そして、急ぎエリーゼを追跡する一行。薄暗い闇の先へと向けて、スサノオだけでなく、エリーゼの捜索という新たな任務を背負って、彼らの姿もまた闇へと溶けるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 エリーゼはというと、好奇心に負けて勢い任せに飛び出したはいいものの、目的のスサノオはおろか死霊の館とそれに付随するとされる女の悪霊が一体どこの話なのか、まるで見当がついていなかった。

 つまり、エリーゼは現在、絶賛迷子なのである。

 

「うーん、死霊の館ってどこにあるんだろ~?」

 

 かといって、落ち込んだ様子のないエリーゼ。そもそも彼女が1人飛び出したのも好奇心故なのだ。そしてその好奇心は未だ強い火を灯して、エリーゼの胸に宿っていた。

 

「あたしだって考えなしじゃないもんねー! スサノオおにいちゃんが噂を知ってるなら、絶対にあたしと同じ事するもん」

 

 スサノオが噂を知っているなら、その真相を確かめるべく死霊の館に寄るはず。そう確信するが故の行動だったのだ。

 更に、スサノオは任務を帯びた身だが、その任務に明確な期限が今回は定められていない。

 幼い頃から知っている兄の事、そして今回の任務の事、それらを踏まえた上で、エリーゼにはかなりの自信があったのである。

 そして事実、それは間違ってはいなかった。エリーゼが知る由もないが、スサノオは本当に死霊の館を現在進行形で探索中なのだから。

 

「ふーんふふふーんふふふーん♪ ふーふーふーふーんふふーんふふーん♪ ふーふーんふふふーん♪」

 

 鼻歌混じりに森を進むと、やがて大きな木の根元までやってくる。

 

「んー、こっち!」

 

 完全に勘に任せての方向選択だったが、奇しくも、その道はスサノオが辿ったものであった。

 そして、スサノオと同じく、やがて前方に古びた大きな館がエリーゼの視界へと入ってくる。

 

「あー! あれが死霊の館かなぁ!?」

 

 それらしきものを見つけ、少々興奮気味で馬を走らせるエリーゼ。

 徐々に近づいてくるそれに、エリーゼの胸はドキドキとワクワクで高鳴り続ける。

 

 そして、ようやく館の全景が見えようとした所で、

 

 

 

「止まれ」

 

 

 

 突然の声に驚き、エリーゼは急ブレーキを掛ける。声が聞こえてきたのは背後から。それも、女の声で。

 

 恐る恐る振り向くと、少し離れた所に、長い黒髪を艶やかになびかせて佇む1人の女が立っていた。

 腰に差された二振りの刀に、この間の白夜平原の際に見た、白夜王国で一般的に纏われる着物。

 

 間違いなく、この女が噂の悪霊の正体。

 

「や、やっぱり、噂は本当だったんだ!」

 

「…何を言っているかは知らぬが、用が無ければここから立ち去れ。その先に行く事は、私が許さぬ」

 

 鋭い眼差しは、それだけで人を殺せるのではないかと思わせる程に威圧感を放っていた。だが、エリーゼだって暗夜の王女。その程度の殺気で怯みはしない。

 

「ねえ、どうしてあの館に入ったらダメなの?」

 

「それは…あれだ。危ないからだ」

 

 エリーゼが怯えて立ち去らなかった事がよっぽど意外だったのか、少し言葉に詰まる女。それを見て、エリーゼは更に確信する。

 彼女は、霊などではなく、生きた人間である、と。

 

「いいよ別にー! あたしだって戦場に出た事があるもん。あれくらい、へっちゃらだよ!」

 

「なに? 戦場に出た事があるのか? 見たところ、まだ幼いようだが……」

 

 女の『幼い』発言に対してエリーゼはぷくーっと頬を膨らませて反論する。

 

「もーう! あたしだって暗夜の王女なんだから、街の女の子たちとはばかずが違うんだもん!」

 

「ん? 暗夜の王女…、!? あ、あなたは……!!」

 

 エリーゼの顔をまじまじと見るや、女は急に慌てるように膝をつき、

 

「失礼いたした! どこかで見た事があると思えば、あなた様は暗夜王国第三王女エリーゼ様とお見受けする。不躾な言葉の数々、誠に申し訳ない!」

 

 深々と下げられる頭に、エリーゼは今度は困り顔になってしまう。

 

「あれ? あたしのこと、知ってるの?」

 

「はい。少し前まで、暗夜の王城にて仕えておりましたので。その際、あなたの事も何度か拝見した事があります」

 

 意外な新事実にエリーゼは頭を捻って思い出そうとするが、どうしても彼女の事は思い出せない。

 

「ねえねえ、そういうことだから、あの館に入ってもいい?」

 

「…この際ですので言わせて頂きますが、その館は私と連れの者が寝泊まりに使っているだけで、これといって変わった事はありませぬ」

 

「そうなの? うーん、あそこで寝てて何か変わった事ってあった?」

 

「いいえ、特には…。…そういえば、食糧が何時の間にか減っていたような気がしますが、それも恐らく小動物の仕業ですので」

 

「そっか…なんかざんねん」

 

 見るからにショボンとしたエリーゼ。そしてそんなエリーゼにどう対応すれば分からずにいた女だったが、

 

「! 何奴!」

 

 突如、女が木々の生い茂る先に向かって怒声を飛ばす。

 そして、

 

 ガサガサッ!

 

 木々の葉を大きく揺らせて、そこから出てきたのは、

 

 

『グルルァ!!』

 

 

 黒い肌に、盛り上がった継ぎ接ぎだらけの筋肉、そして頭を覆う大きなヘルメット。

 暗夜の邪術師が作り出したとされる死した怪物、ノスフェラトゥだった。

 

「何故ここにノスフェラトゥがいる!? 先程まで、周囲にそんな気配は無かったはずだ!」

 

 女の叫びは当然だ。女は敵の影が無い事を確認しながらここに戻ってきた。その際も、怪しい気配は一切感じられなかったのだ。

 それなのに、このノスフェラトゥは突然として現れた。それこそ、何も無かった所からいきなり現れたように。

 

「まあいい。1体程度、私だけでどうとでも……、!?」

 

 女の顔から余裕が消える。何故なら、何時の間にか大量のノスフェラトゥに周囲を取り囲まれていたからだ。

 またしても、突然大量のノスフェラトゥが現れたのである。

 

「え? どうしてノスフェラトゥがこんなにいっぱい!?」

 

 流石に絶体絶命の危機に、エリーゼも恐怖と動揺を隠せない。

 そして、女はそんなエリーゼを守るように背を向けて、腰から二振りの刀を抜きはなった。

 白いオーラを纏った、その二振りの刀を構えるその様は、どこか神聖さに満ちていた。

 

「エリーゼ様、ご安心を。あなた様の命、必ずやお守りいたす。さあ、行くぞ化け物共! アカツキ、いざ参る!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 剣姫と黒竜

 

 2人を取り囲む大量のノスフェラトゥは、殺到するようにエリーゼ達へと向けてその拳を振り下ろしていく。

 無数に迫る暴力の塊を前に、為す術が無いように思われたが、

 

「……甘く見るな!」

 

 アカツキが両手に持った霊刀を前後同時に振り上げる。白く光る霊刀には、青白い炎が宿り、ノスフェラトゥの腕を切り裂くと同時にその切り口から、斬り飛ばされた腕とノスフェラトゥ本体に燃え移り、

 

「弾けろ!」

 

 アカツキの言葉と共に、青白い炎が爆発するかのように拡散した。

 その様は、まるで花びらが散るように美しく、それでいて敵を殲滅せんと燃え盛る猛々しさを帯びていた。

 そう、例えるなら、命を咲き散らす華のごとく。

 

「ギギギガゲ!!?」

 

 青白い炎はやがて完全なる青へと変化し、飛び散った炎の花びらを浴びたノスフェラトゥ達すらも完全に炎の内へと飲み込んでいく。

 

「す、すごい……!」

 

 敵が燃え尽きていくという、本来なら凄惨なはずの様子でありながら、そのあまりの美しさにエリーゼは目を奪われていた。

 

「まだだ!」

 

 アカツキは一瞬だけエリーゼから離れ、炎にもがくノスフェラトゥ達に近づくと微塵の躊躇もなく、手にした刃でノスフェラトゥ達の頭へと次々に斬り込んでいく。

 ズシンという衝撃を大地に響かせてノスフェラトゥ達が倒れ伏す。そして、それによってエリーゼはハッとして周囲を見回した。

 エリーゼが気が付いた時には、自分達へと拳を向けていたノスフェラトゥ達の頭部は全て、完全に真っ二つに切り裂かれていた。

 

「……数が多すぎる」

 

 刀に付いた黒い血を振り払うと、アカツキは再び刀を構え直す。その目が見据えるのは、まだまだ増殖を続けるノスフェラトゥの軍勢。その勢いは、未だに衰えを見せていない。

 

「!! ノスフェラトゥが!」

 

 エリーゼの叫びにアカツキは振り返る。アカツキの瞳に映ったのは、ノスフェラトゥの1体が巨大な倒木を持ち上げ、こちらに向けて今まさに投げつけられた光景だった。

 

「くそ! あれは流石に切り捨てられない…!!」

 

 細い刀では、あの倒木を斬るのは無理だ。いや、どんな剣であろうと不可能だろう、一部の例外を除けばではあるが……。

 しかし、今はその例外はこの場に存在しない。アカツキではどうあっても、あの巨大な倒木を防げない。

 エリーゼを連れて倒木の範囲内から逃れる事は、今からではもう無理。

 

「万事休すか……」

 

「そんな…誰か、助けて……おにいちゃん……」

 

 アカツキはせめてもの抵抗とばかりに、刀を十字に構えて倒木を待ち受ける。

 エリーゼはギュッと目を閉じ、縮こまるように両手で体を抱き締める。

 

 そして、投げられた倒木が2人の真上に───

 

 

 

 

 

『ガアアアァァァァァァァァッ!!!!』

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 突然、森に響く咆哮。そしてそれと同時に、真上で起こる変化。

 

「……ぁ」

 

 エリーゼは自然と声を漏らす。見上げた場所には、おとぎ話に出てくるような、大きな黒い竜がいた。

 

 

 

 

 アカツキは動揺していた。突如鳴り響いた獣のような咆哮と、そしてその咆哮の主が倒木を蹴り飛ばした事に。

 そして何より、それをやったのが竜であったという事に。

 

「ネネ…いや、カタリナ……なのか……?」

 

 しかし、自分の考えが見当違いだという事にすぐに気が付く。

 

(違う…。あの竜はネネでもカタリナでもない。形状も色も、大きさも、何から何まで違いすぎる…)

 

 自分の知っているものとは違いすぎるその黒き竜。ならば、この竜は一体何なのか。

 ここでは、『この世界』では竜は神であるとされている。白夜、暗夜それぞれの王族が引く血筋も、元を辿れば神祖竜。つまり『竜』。

 この世界において、竜という存在は特別な存在であり、普通に考えてこんな所に居るはずがないのだ。

 

 だからこそ、ネネ達は少々面倒な事になっているのだから。

 

「何故、竜が……」

 

 呆然とするアカツキをよそに、黒竜は倒木を蹴り返されて薙ぎ倒されたノスフェラトゥの群れに、その口から大きな黒炎球を撃ち出した。

 

『ガギギギ……』

 

 一瞬の間にノスフェラトゥの群れは黒炎に包まれ、呻き声もまた一瞬にして灰と共に消えていく。

 アカツキの青い炎とはケタ違いの黒い炎の威力に、またしてもアカツキに衝撃が走った。

 

「竜の力……これほどのものなのか…」

 

 思わず呟くアカツキ。そしてゆっくりと、黒竜はその鋭利な翼を羽ばたかせて降りてくる。

 

「か…」

 

 地面へと降り立った黒竜を前に、怖がる馬から下りて、エリーゼは恐る恐るといった感じに歩み寄る。

 そして、

 

 

 

「かっこいいーーーー!!!!」

 

 

 

 力いっぱい叫ぶと、エリーゼは黒竜の足元でぺたぺたとその竜鱗を触り始める。

 

「わー! ほんとに竜だー!! 飛竜よりも鱗がおっきい! それに手足と翼が別々だよー!!」

 

 嬉々として実況を始めたエリーゼ。しかし、忘れないで欲しい。彼女達は今、無数のノスフェラトゥに取り囲まれているという事を。

 

「エリーゼ様、危険です! いくら竜が神に等しいとはいえ、突如現れた謎の存在。それに、今はノスフェラトゥが大量に我らを取り囲んでいる。気を抜かれるな!」

 

 アカツキが注意を飛ばすが、エリーゼはどこ吹く風と全く耳を貸そうとしない。何故なら、エリーゼにはある自信があったから。

 

「大丈夫だよ! だって、この竜はあたしたちを守ってくれたんだもん。ぜったいに良い竜なんだよ、きっと!」

 

 ペタンと竜の脚にへばりついて言うエリーゼに、アカツキも、確かに竜に助けられなければ危なかったという事実に、納得出来ない訳でも無かった。

 

「まあ、確かに…」

 

「それにそれに、竜は神様なんだから、あたしたちの敵なんかじゃないって!!」

 

「…………全ての竜がそうとは限りませんが」

 

「え? なんて?」

 

 ボソボソととても小さい声だったので、エリーゼにはアカツキが何と言ったのかは分からなかった。

 アカツキも、話をはぐらかすように視線をノスフェラトゥへと戻してしまい、結局エリーゼは聞けずじまいとなった。

 

「??」

 

 怪訝な顔でアカツキの背中を見つめるエリーゼだったが、そこに更なる出来事が起こる。

 

「ま、待って下さいです! は、早すぎるですよ!!」

 

 黒竜が飛んできたであろう方向、死霊の館の方から聞こえてきた女の子の声。

 エリーゼはキョトンとして、アカツキはガバッと勢いよくそちらに振り向く。

 死霊の館から、金髪のおかっぱ頭の少女が息を切らせてこちらに走ってきていた。

 

「ネネ!」

 

 アカツキの知り合いらしく、金髪の少女も自分を呼んだアカツキの方へと駆け寄っていく。

 

「アカツキ…もしかしてピンチですか?」

 

「見ての通りだ。それより、お前はこの竜を知っていたのか?」

 

 ネネが黒竜を追ってきたような口振りだった事に、アカツキは問いかける。聞かれたネネはと言うと、どうにも困ったような顔をして、

 

「えーっとですね…、ネネもついさっき見てびっくりしたと言いますか、話には聞いていたので納得しちゃったと言いますか……」

 

「…煮え切らん! 結局この竜は何なんだ?」

 

 時折、近寄ってくるノスフェラトゥ達をその強靭な尻尾で凪払い、または黒炎のブレスで焼き払う黒竜を見上げて、アカツキは眉間にしわを寄せる。

 

「私達が暗夜の王城で仕えていた時、とある老兵の方から聞いた事があるです。王族はこの世界を作った神祖竜の一柱、白夜は光竜の血を、暗夜は闇竜の血を引く子孫である、と」

 

「…私も、それくらいは知っている。それが何だというんだ?」

 

「あー! それ、あたしも知ってるよ!」

 

 王族なので当然知っていてもおかしくはないエリーゼが、自信たっぷりの話に入ってくる。それにより、ネネは初めてエリーゼの存在に気が付く。

 

「……、っ!? エ、エリーゼ様ですぅ!?」

 

「…私も、こんな感じだったのだろうか……?」

 

 まさか王女がこんな所に居るとは思わなかったのか、ネネが盛大に驚いているが、アカツキは続きを促す。

 

「こほん、えっと、それでですね…。王族は神祖竜の血を引いているです。そして、稀にですが王族の中でも特に竜の血を色濃く受け継いで生まれてくる者もいるのです。その濃い竜の血は、竜脈を利用出来るだけでなく、自身を竜の姿へと変える事も可能にするです」

 

 そこまで聞き終えて、アカツキにはネネが何を言わんとしているかが分かった。

 

「まさか…」

 

「えー? あたしにも分かるように教えてよー!」

 

「そのまさかです。こちらにいらっしゃるのは……」

 

 エリーゼを華麗にスルーして、ネネは自分達を守りながらノスフェラトゥと闘う黒竜を指して言った。

 

 

 

「私達が本来仕えるべきである、幽閉されていた暗夜の第二王子、スサノオ様なのです」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 力の代償

 

「え…スサノオ…おにいちゃん…?」

 

 ネネの言葉に、エリーゼが信じられないというように、へばりついていた竜をおずおずと見上げる。

 その横顔は、到底人間の面影が感じられないが、不思議と怖さが感じられないのもまた事実。エリーゼは、見上げた竜の顔に、何故か安心感さえ覚えていた。

 

「…助けてくれたんだね、スサノオおにいちゃん」

 

 どこからどう見ても完全に竜であろうと、エリーゼは確信した。この優しい雰囲気や、側に居るだけで安心出来るこの感覚は、スサノオと一緒に居る時に感じるものと全く同質のものであるのだと。

 

「この竜がスサノオ様だと…?」

 

 聞いただけでは信じられないアカツキだったが、

 

「間違いないのです。私の目の前で、人間から竜に変わるのをはっきりと見ましたですから。それに、王族ならまだしも、普通の人間が竜の力を振るうなど、まずありえません」

 

 スサノオが竜になる瞬間を目撃したネネの言葉に、疑う余地はなかった。このタイミングでネネが嘘をつく必要など、微塵もないからだ。

 

「…まあいい。この竜がスサノオ様かどうかはこの際問題ではない。今はこの状況を打破する事が先決だから、な!」

 

 ブン! とアカツキが勢いよく刀を振る。

 

「グギャガ!?」

 

 スサノオの討ち漏らしたノスフェラトゥが、徐々に溢れ始めていた。その1体の頭部を、アカツキは一刀両断したのだ。

 頭を失ったノスフェラトゥの体が、膝からズシンと崩れ落ち、その体を青い炎が包んでいく。

 

「流石に数が多すぎる。私達も加勢するぞネネ!」

 

「です!」

 

 アカツキがノスフェラトゥの群れに突っ込んでいくと同時、ネネもその手に握りしめた杖を持って、別の群へと特攻をしかけた。

 

「私は強い子です!」

 

 本来は癒やしの力を行使する為の杖を、まるで鈍器でも扱うようにノスフェラトゥ目掛けて振り下ろしていくその姿は、およそその容姿に似つかわしくない攻撃方法ではあったが、確実にノスフェラトゥへとダメージを与えていた。

 

「グガガ!!」

 

 ノスフェラトゥの体に杖がめり込んだ部分が、ジワジワと白く変色していく。それを、苦悶の絶叫を上げながらノスフェラトゥはもがき苦しんでいた。

 杖の使い方としては間違っているが、元来、杖には聖なる力が宿っている。当然、死した怪物にそれをぶつければ、効果は絶大となる。

 ただし、これはあくまで例外的な攻撃方法であって、全てのロッドナイトやシスター、僧侶が出来る訳ではない。

 何故なら、杖を扱う者は本来非力であり、それを補う手段が仲間を癒やすという行為なのだ。だからこそ、ネネは例外中の例外だと言える。

 おそらく、今まで杖でノスフェラトゥを殴るという暴挙に出たのは、彼女を除けば皆無だろう。

 

 そんなネネの勇ましい姿に、同じく杖を扱う者としてエリーゼはキラキラとした視線を向けていた。

 

「か、かっこいい! よーし、あたしも…」

 

 と、エリーゼが要らぬ影響を受け、小さな手にギュッと握りしめた杖で特攻を仕掛けようとするが、

 

『流石にそれはお前には無理だ、エリーゼ』

 

 響くような声と共に、エリーゼの行く手を竜の尾が阻んだ。

 

「あー! その声、やっぱりスサノオおにいちゃんなのね?」

 

 ノスフェラトゥの頭を握り潰しながら、スサノオは竜になってからようやく言葉を発したのだ。

 

『ああ。まさかこんなに簡単に信じてもらえるとは思わなかったが…』

 

「もう、あたしがスサノオおにいちゃんを間違えたりするわけないじゃない! だって、スサノオおにいちゃんが大好きなんだよ?」

 

 よく分からない根拠ながらも、エリーゼの得意気に胸を張った姿に、竜の顔でスサノオは笑った。

 

『どうしてここに居るのか、それは後で聞くよ。今は彼女らの言う通り、この場を切り抜ける事が第一だ!』

 

「うん! 回復は任せて!」

 

 エリーゼが脚から離れて馬に乗るのを確認すると、スサノオはノスフェラトゥの群れの中心へと飛び込み、その大きな尻尾で円を描くように、一気にノスフェラトゥ達を凪払う。

 スサノオが回転した一帯が、まるでそこだけ暴風に晒されたかのようにキレイに吹き飛ばされていた。

 

『グルルルル!!』

 

 すかさず次の群れへと向かい、目前のノスフェラトゥの胸をその強靭な竜腕で貫いた。

 

「ゲゲ、ゴ」

 

 ズボッと一気に腕を引き抜かれ、胸に大きな風穴を開けられたノスフェラトゥはそのまま倒れ込み、活動停止する。

 

「ふむ、流石は竜の力…私も負けていられぬ」

 

 スサノオの快進撃を見て、アカツキも手にした二振りの霊刀を強く握りしめる。

 霊刀を包む青い炎が研ぎ澄まされていくように薄く小さくなっていき、やがて刀身をうっすらと包む程度になり、霊刀が青い光を帯びているように見える。

 

「参る!」

 

 殴りかかろうとするノスフェラトゥに対し、アカツキは攻撃される前に敵の懐に入ると、回転するように、神速の切り上げでその両腕を切断する。その両腕を上空へと蹴り上げ、更に間髪入れずにノスフェラトゥの両脚をいともたやすく切断し、同じく蹴り上げる。

 

「まだだ!」

 

 そして、四肢を切断されたノスフェラトゥの胴体を小間切れにすると、刀の腹で打ち上げていく。

 上空へと打ち上げられたノスフェラトゥの全ての部位が、青い炎を纏いながら次々と他のノスフェラトゥ目掛けて降り注ぎ、更に青い炎が周囲に広がった。

 

 青い炎が隕石のように降り注ぐその様は、まるで流れ星が落ちるようで、美しく、儚く、それでいて恐ろしささえ感じる。

 青い炎が周囲に広がっていく様子も、地獄の業火を連想させた。

 

「怪物共に有効な手段なら、いくらか心得ている。『流華炎星』…私だけの剣だ」

 

 蒼炎の中心で、もがく屍達を冷めた目で見つめるアカツキは、言葉を理解していないと分かっていながらもそう告げたのだった。

 

 一方で、流石にネネも杖で殴るだけでは辛く、徐々に後退を続けていた。

 

「ふう…ふう…やっぱり、杖で戦うのは慣れないですね」

 

 杖で戦う事が既におかしいのだが、彼女は全く気付いていない。

 

「ていっ!」

 

 近寄ってくるノスフェラトゥの脳天目掛けて、ジャンピングスマッシュで対応するが、

 

 ベキッ!

 

 と、杖が爽快な音と共に折れた。

 

「お、おお折れましたです!?」

 

 若干パニックになるネネにすかさず次のノスフェラトゥが迫るが、遠くからの黒炎がノスフェラトゥに襲いかかった。

 

『大丈夫か!?』

 

 スサノオが隙を見てネネを援護したのだ。ネネは目の前で燃える敵に、やっとの事で冷静さを取り戻す。

 

「あ、ありがとうございますです。助かりました」

 

『もう戦えないなら、エリーゼの所まで下がっているんだ』

 

 ネネの手元にはもう武器になりうるものがない。ネネは素直にスサノオの指示に従い、走ってエリーゼの元まで下がる。

 

「ねーねー、あなたってすごいんだね!」

 

 下がるや否や、エリーゼに嬉々として話し掛けられるネネ。

 

「へ? あの、何が…?」

 

 当の本人は、何故褒められているのかが分からず、キョトンとしていた。

 それを気にせず、エリーゼは続ける。

 

「だって、杖で攻撃するなんてあたし初めて見たよー!」

 

「…あー、言われてみれば、確かに…私も見たことないです…」

 

 言われて初めて、ネネは自分がしていた事が異常なのだと理解したのだった。

 

 

 

 

 

 

『ぐ……』

 

 次から次へと湧いてくるノスフェラトゥ。それらをスサノオとアカツキは確実に仕留めているが、いくらなんでも数が多すぎる。

 着実に溜まっていく疲労が2人の動きを鈍らせ始めていたのだ。

 そして、スサノオには疲労以外にも、とある異常が体に生じ始めていた。

 

(くそ…力が…抜けていく)

 

 体を襲い始める虚脱感。それは着々と撃退数にも影響が出始めていた。

 黒炎によるブレスでも敵を焼き尽くせなくなってきており、更に尾による凪払いでも完全に打ち払えなくなってきている。

 明らかなパワーダウンが、戦闘にもスサノオ自身にも感じ取れていたのだ。そしてそれは、戦いを見ていたエリーゼ達にも伝わっていた。

 

「スサノオおにいちゃん! 大丈夫?」

 

 心配するエリーゼの声に、安心させようと口を開くが、

 

『大丈夫…だ…』

 

 意思と反して、スサノオの声は力無いものだった。そして、すぐにそれは形として現れる。

 

「ギギ!!」

 

『!!?』

 

 死角からの攻撃に、スサノオはとっさに回避に移ろうとしたが、間に合わずノスフェラトゥの重い一撃を背に受けてしまったのだ。

 

『ぐお!?』

 

 竜の体と言えど、流石にノスフェラトゥ程の巨体から繰り出される拳の一撃を受ければ、無事では済まない。

 スサノオはそのまま前方に向かって投げ出され、地面に倒れ伏す。唸るスサノオに、更に異変が襲う。

 

『くっ…!?』

 

 体が光に包まれ、どんどん体が縮んでいったのだ。やがて、完全に竜の姿から、うつ伏せで倒れる人間の体へと戻ってしまう。

 しかも、事態はそれだけでは終わらなかった。

 

「くそ…力が、入らない……!」

 

 起き上がろうにも、思ったように腕が動かず、それどころか全身に重ささえ感じるのである。

 

「スサノオおにいちゃん!?」

 

 当然、異変はすぐにエリーゼ達にも知れており、それは少し離れた所で戦っていたアカツキにも伝わっていた。

 

「竜から戻ったのか…!? 何故このタイミングで…まさか!」

 

 倒れるスサノオの姿に、アカツキは思い当たる事があったのだ。

 

「竜の力の代償…? やはり、『あの時のカタリナ』と同じ…!」

 

 アカツキは反転し、即座にスサノオの援護に向かおうとするが、

 

「ガガガガグ!」

 

「ちぃっ!!」

 

 それをさせまいと、ノスフェラトゥ達が行く手を阻む。

 

「ぐくくっ…!」

 

 どうにか立ち上がろうするスサノオに、ノスフェラトゥが好機とばかりに押し寄せ始め、スサノオを取り囲むと、一斉にその拳を振り上げた。

 

「くそ、こんな所で…!!」

 

「スサノオおにいちゃん! スサノオおにいちゃん!!」

 

 エリーゼの必死の呼びかけも、スサノオの体に変化をもたらさない。スサノオは、ノスフェラトゥ越しに見える涙を浮かべて叫ぶ妹の姿に、なお抵抗の意思を示すが、ノスフェラトゥ達は見逃しはしなかった。

 振り上げられた拳は、獲物目掛けて一斉に振り下ろされ───

 

 

 

「させませんよ! 『ミョルニル』!!」

 

 

 

 男の叫び声が森に響き渡った瞬間、刹那、スサノオを避けるように周囲を大量の雷が降り注いだ。

 ノスフェラトゥ達は雷に貫かれ、黒い全身をより黒く焦がして、煙を上げて立ち尽くしていた。

 

「助けにきたよー! スサノオ様!」

 

 呆気に取られているスサノオの上で、聞き覚えのある少女の声。それは、

 

「ア、アイシス?」

 

 ペガサスに跨がったアイシスが、スサノオの真上に居た。

 

「よっと!」

 

 アイシスはペガサスから飛び降りると、スサノオの体を起こし、自身の肩を貸して立ち上がらせる。

 

「うーん、鍛えてるけど、やっぱり男の人を抱き起こすのはキツいな~」

 

「すまん、助かった…」

 

「いいよいいよ! あたしはスサノオ様の臣下だからね! 主を助けてこその臣下だもん!」

 

 アイシスはスサノオをペガサスの背にどうにか乗せると、自身も一足跳びで愛馬へと跨がる。

 

「しっかり掴まっててね~! はいよーカティア! エリーゼ様の所まで退くよー!」

 

 力強い羽ばたきと共に、アイシスの駆るペガサスがエリーゼ達の方へと飛んでいく。

 その時、スサノオはすれ違う一団の姿を目にした。

 

「後は僕らにお任せください、スサノオ様」

 

「ハーッハッハッハ! ハロルド参上だ!」

 

「貴様ら! よくもスサノオ様を痛めつけてくれたな! その身を以て、あがなうがいい!!」

 

「ノルンって、変わってるのね…」

 

「…怪物風情が、調子に乗るな」

 

 頼もしい戦士達が、ノスフェラトゥの群れに向かって勇ましく突進していった。

 

 しかしスサノオは、頼もしく思うと同時に、疑問に思わずにはいられなかった。

 

 

「どうして、みんながここに…?」

 

 




「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「……」

ベロア「…………」

ベロア「…………はあ、どうしてわたしが、こんな面倒な事をしなければならないのでしょう」

ベロア「まあ、パパの毛の毛玉という超レア物のお宝を頂いた分は、しっかり働くつもりですが…」

ベロア「…働くと言った手前ですが、一体何をすればいいのでしょう…? あ、ママ。どうしましたか? …その紙に書いてある事を読めばいいんですか?」

ベロア「『このコーナーでは、招いたゲストとわたしが本編の解説をしたり、取り留めのないトークをしたりします』…だそうです。ゲストは基本的に子世代から呼ぶらしいですよ」

ベロア「…非常に面倒な事この上ないですね。…えっ? このコーナーを終える度に、スサノオの部屋にある宝物が頂けるんですか? ふふ、これはやらない訳にはいきませんね」

ベロア「あっ…それから、今日は初回ですから、わたししか居ません。ゲストは次回からです」

ベロア「では、本日のお題を終わらせて、早速スサノオの部屋で宝探しをさせてもらいましょう」

ベロア「本日のお題は『スサノオが弱っていったのは何故?』です。まあ、ここでネタバレさせてしまうのはダメだそうですので、簡単に解説しますね」

ベロア「まず、スサノオは本来の竜の姿とは異なります。バハムート…とかいう竜をモチーフにしているそうですが、それとは別にスサノオがアマテラスとは異なる部分がもう一つ。それが魔竜石です」

ベロア「魔竜石とは名前の通り、普通の竜石とは異なり、禍々しい力を秘めています。また、ネネさんが元の世界でお母さんに言われたように、若いうちから竜石を使いすぎると体を悪くする事を踏まえると、『ただでさえ禍々しい力はまだ体に慣れない上に、体が竜の力を受け入れ切れていない』という結論に至ります」

ベロア「…ふう。こんなところでしょうか。まあ、わたしはママのカンペを読んでいただけなのですが。では…今日は報酬分働いたという事で、スサノオの部屋に行きますね」

ベロア「あそこはわたしにとって楽園です。宝物はたくさんあるし、モフモフしてくださいますし…うふふ。とっても楽しみです…」

ベロアがスサノオの部屋に行ったため、収録はこれで終了となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 臣下の礼

 

 増援が到着して間もなく、増殖し続けていたノスフェラトゥも次第に駆逐されていった。

 エリーゼの臣下であるエルフィ、ハロルドの2人は王族の臣下という立場に恥じぬ闘いぶりで、現れるノスフェラトゥの頭部をことごとくそれぞれがその手にした槍、斧で粉砕していく。

 たまにハロルドの手から斧がすっぽ抜けてこちらに飛んできたり、エルフィの力が強すぎて戦闘不能になったノスフェラトゥ自体が飛んできたりと、少々心配にもなったが、闘い自体は何ら危なげなくこなしていた。

 当に、流石、の一言に尽きる闘いぶりだった。

 

 だがライル達も負けず劣らずの活躍を見せていた。

 

「エルファイアー!」

 

 ライルが魔道書を掲げて魔法の名を叫ぶと、彼の目前に大きな火球が生み出され、猛スピードで撃ち出されたそれは着弾したノスフェラトゥを瞬く間に炎に包んでいく。

 

「グガルル!!」

 

「!」

 

 魔法を放って隙だらけのライルの背を狙って、ノスフェラトゥが猛突進を仕掛けるが、

 

「させん! ミネルヴァ!!」

 

「グオォォウゥゥ!!!」

 

 すぐさまミシェイルとミネルヴァが、ライルを狙うノスフェラトゥへと向けて飛翔する。

 

「せい!!」

 

 そして、振りかぶったノスフェラトゥの拳を、ミネルヴァが空中での尾の回転攻撃で弾き、生じた隙をミシェイルがノスフェラトゥの頭目掛けて斧を振り下ろした。

 頭を斧で完全に、文字通り割られたノスフェラトゥは、うなり声すら上げられずに地面へと倒れ伏す。

 

「助かりました、ミシェイル」

 

「まだ終わっていない。気を抜くなよ、ライル」

 

 友の無事を確認すると、ミシェイルは再び自らの戦場へとミネルヴァと共に飛び立って行った。

 

「ええ、分かっていますよミシェイル」

 

 ミシェイルから視線を前に戻し、ライルはメガネに手を置き一言、自信に満ちた顔で言った。

 

「カラクリの見当が付きましたので」

 

 

 

 

「ヒーローは! どんな悪にも屈しないよーーー!!!」

 

 元気良く、その宣誓と共にアイシスの槍がノスフェラトゥの体を滅多刺しにする。その体には大量の刺し傷が刻まれ、ノスフェラトゥの動きを阻害する。

 そこにトドメの一撃とばかりに、顔面へと同じく槍が突き刺され、ノスフェラトゥは完全に機能停止となった。

 

「まだまだ行くよー!!」

 

 ペガサスの手綱を引き、アイシスは次なる悪へと天を駆ける。その姿はさながら、絵本に出てくるヒーローのようだった。

 そしてそんなアイシスとは逆に、

 

「ふははははは!! まだまだ射足りんわ!! もっと勇み挑むがいい、この肉塊共が!!!」

 

 悪鬼のような形相で、ノルンが弓を引いていた。彼女の周辺には、頭を矢で針のむしろのようにしたノスフェラトゥで溢れ返っている。その中心で弓を引く彼女は、アイシスとは対照的にまるで邪悪そのもののようにも見える。

 実際は、ノルンの本質はそれとは正反対なものであるのだが、何も知らない者が見ればこう思うだろう。

 

『悪魔が恐怖の笑みを浮かべて矢を放っている』と。

 

「喜ぶがいい! この我が! 貴様らを殲滅し尽くしてくれるわ!!」

 

 そんな風に声高々と言い放つ彼女は、実のところノスフェラトゥの撃墜数が最も多いのだった。人は見かけによらないとはよく言ったものである。

 

 

 

「懐かしい顔がチラホラと見えるな…。この闘い、我らの勝ちは最早揺るがぬ」

 

 撃墜数第2位であるアカツキは、猛攻の勢いを次第に落としていく。何故なら、もう敵の数は数える程となっていたからだ。いつの間にか、ずっと増え続けていたノスフェラトゥも増えなくなっており、完全にこちらに戦局が傾いていた。

 

 そして間もなく、最後の1体が倒され、辺りには無数のノスフェラトゥが倒れ尽くしていた。

 

 

 

 その様子を座り込んで見ていたスサノオだったが、彼らの強さに魅入られていた。開いた口は開いたまま閉じず、まばたきをするのも忘れてポカンとする程にである。

 

「す、凄まじい快進撃だな…。数十分と掛からずに全滅させたぞ…」

 

 唖然とするスサノオを余所に、エリーゼとネネは平然としていた。

 

「ふっふーん! すごいでしょー! エルフィとハロルドはあたしの自慢の臣下なんだよ!!」

 

 鼻高々と嬉しそうに語るエリーゼ。それを隣のネネはなおも平然として、

 

「当然です。王族臣下ともなれば、王都の一般兵より桁外れの強さを持っているのが普通ですから。そんな人がこんなに居れば、それはもちろんノスフェラトゥ如きが多少束になって掛かったところで、返り討ちは間違いナシです」

 

 折れた杖を持って腕を組みながら、うんうんと頷くネネ。そんなネネも、その折れた杖が彼女自身も常軌を逸しているという事を物語っている事には気付いていない。

 

「…そんな臣下を4人も持てて、俺は恵まれてるな」

 

 そのありがたみが、今になってしみじみとスサノオへと浸透したのだった。

 

 しばらくして、何やら調べていたらしいライル達がスサノオ達の元へと寄ってくる。

 

「命に問題は無いようで安心しましたよ、スサノオ様」

 

 メガネを光らせて言うライル。他の面子も、スサノオの無事に安堵した様相をしている。

 

「ああ。間一髪のところだったよ。ありがとう、みんな」

 

「えっへへー。あたしのお手柄だよね!」

 

「えっと、ライルの魔法がスサノオ様を助けたんじゃないかしら…」

 

 照れるようにはにかむアイシスに、ノルンのおどおどとしたツッコミが入るが、彼女の耳には届かなかったようで、アイシスは未だニコニコとしていた。

 

「途中でハロルドが沼に落ちなければ、もっと早く援護に来れたんだがな…」

 

「むむ、その節は君とミネルヴァ君に助けてもらったおかげで、思ったよりも早く沼から脱出出来たぞ! ありがとう、ミシェイル君!!」

 

 ハッハッハ、と豪快かつ爽快に笑うハロルドと、その彼に背中をバシバシと叩かれて、下半分しか見えないが嫌そうな顔をしているミシェイル。

 

「良かった…エリーゼ様に怪我が無くて…」

 

「い、いたた…ちょっと痛いから、あんまりギュッてしないでエルフィ~…」

 

 エリーゼはエリーゼで、自分の無事に感激して自分を抱きしめるエルフィに苦笑いを浮かべていた。確かに、ゴツゴツした鎧姿で抱きしめられるのは少々痛そうである。

 

「………」

 

 そして、何も言わずにジッとスサノオを見つめる者がいた。その美しい顔は、どこか悩ましげにも見える。

 

「…自己紹介がまだだったな。俺はスサノオ…暗夜の第二王子だ」

 

 スサノオも、アカツキが自分を見ている事に気付いていた。周りが和気あいあいとしている中、スサノオとアカツキ、そしてネネだけは真剣な顔をしていたのだ。

 

「…お初にお目にかかる、私は名をアカツキ…以前、暗夜王城に仕えていた身。あなたの事は、王城にて話に聞いていました。お会い出来て光栄にございます…」

 

 膝を付き、礼の姿勢をとるアカツキに、ネネも同じくその隣で礼の姿勢をとった。

 その様子に、周りも自然と静かになっていく。

 

「先程のあのお姿…あれは、竜…ですね?」

 

「あ! そうだよ、おにいちゃん! すごいすごーいかっこよかったよー!!」

 

 エリーゼがぴょんぴょんとはしゃいでいるが、それを知らなかった他の者は、疑問符を浮かべる者、ぎょっとした顔をした者の二者に分かれた。

 そして、その後者であったライルが、重々しく口を開く。

 

「竜…すなわち、『神』…。スサノオ様が、その『神』の姿になれる、と?」

 

 先程まではしゃいでいたアイシスでさえ、ピタリと動きを止め、無表情でスサノオを見つめている。いや、それどころか、ノルンとミシェイルも同じように、ただただスサノオをジッと見つめていた。違うところがあるとすれば、2人は何かを悟ったような顔をしているところか。

 

「違いない。私はこの目で、スサノオ様が竜から人へと戻るのを見ている」

 

「私も、スサノオ様が人から竜になるところを見ましたです」

 

 それを聞き、ライルは考え込むように俯いた。事情を飲み込めないエルフィとハロルドが、心配そうにライル、スサノオと視線をせわしなく動かせるが、やがてライルが顔を上げる。その顔は、何かを決意したようだった。

 

「僕達は、あなたに仕えると決めたのは間違いではなかったようです。神に…いえ、竜へとなれるあなたに仕える事が出来て光栄です」

 

 ライルはその場に跪く。すると、それに倣うようにスサノオの臣下達も跪いていく。

 

「お、おいおい…そんなにいきなりかしこまられても…」

 

 スサノオは座ったままだったので、跪かれた事で余計に近距離に感じてしまい、若干尻込みしていた。

 

「そう言ってやらないで頂きたい。こやつらは、真に仕えるべきお方を見つけたのです。そして、それは私も同じ」

 

「です!」

 

 アカツキの言葉に、膝を付いている5人が頷く。その瞳に宿った強い意志は、語らずともスサノオへと伝えてきた。心の底からの言葉である、と。

 

「ここに、このアカツキ。暗夜王国ではなく、暗夜王子スサノオ様への忠誠を誓おう。あなたに仇なす災いを退ける刃となると」

 

「私もあなたにお仕えする事を、ここに宣誓するです!」

 

 その迷いない言葉に、スサノオは思う。ならば、こちらも迷いなく答えねば失礼であろうと。

 

「座りながらで格好がつかないが、分かった。アカツキ、ネネ。これからよろしく頼む。ライル達もな」

 

 天蓋の森の奥深く、今ここに場違いではあるが、確かな臣下の礼が執り行われたのであった。

 

 

 

「ところで、まだ彼の紹介がまだなんだが…」

 

 一段落ついたところで、スサノオはようやくもう1人の初対面の人物の事を尋ねた。

 

「おっとこれは失礼を。私はハロルド。エリーゼ様の臣下であり、暗夜王国の民を守る正義の味方だ! どうぞよろしくお願いするよ!」

 

 爽やかな挨拶と共にスサノオへと握手の手を伸ばすハロルド。しかし、スサノオは手を上げようとしない。

 

「?」

 

 ハロルドが不思議そうに手を差し出して止まっているが、それでもスサノオは手を差し出そうとしない。

 いや、

 

「はは…悪いな。今はちょっと…」

 

 上げられなかった。スサノオの腕は脱力しているように、だらんとしていた。

 

「体に力が入らないんだ…。今も、こうして座っているのがやっとでさ」

 

 申し訳なさそうに笑うスサノオに、ハロルドもそれなら仕方ないと笑って手を引っ込めた。

 

「もしや、竜の力の影響ではないだろうか?」

 

「あり得ますね。いくら王族が竜の血を引いているとは言え、本質は人間です。やはり、竜の力は人の身に余る力という事なのでしょう」

 

 アカツキの推測に、ライルが更に詳細を加えた。その説明を聞いてスサノオもまた頷く。

 

「自分の意思での完全な竜化は初めてだったからな。前は暴走してたみたいだったけど、多分あの時は竜が持つ獣の本能に引っ張られてただけだと思うし」

 

「これからは、竜になるのは避けた方がいいです。それは切り札として取っておくべきだと私は思うです」

 

「だな…。部分的な竜化はまだ後遺症は出ないし、竜化はここぞという時に取っておくか」

 

「うんうん! あたしも、おにいちゃんが元気なくなっちゃうのは嫌だもん! さんせいだよ!」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねるエリーゼに笑みをこぼすと、スサノオは目を閉じる。

 意識を、己の内側に眠る星竜の力へと傾けていき、そして───。

 

「ちょっと休息が必要だから、今から安全な所に皆を移すぞ」

 

 皆が疑問を口にする前に、スサノオは星界への門を開いた。全員が光に包まれて、やがて天蓋の森からその姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら? 消えちゃった…」

 

 スサノオ達が姿を消した後、1人の人間が姿を見せる。

 

「一体どんな力を使ったの…? ああ、気になる…気になって仕方がない…」

 

 唇に指を這わせて、熱っぽい息を漏らすのは、暗夜の邪術師の衣に身を包んだ妖艶な女。

 その頬を朱く染め、にたぁ、といやらしい笑みを浮かべて身をよじる彼女は、周囲に散乱したノスフェラトゥへと視線を移す。

 

「一応、マクベスの指示通りにノスフェラトゥをザッと100体は放ったのだけど…まさか犠牲もなく全滅させるなんて…」

 

 口を三日月のように歪ませて、女は歓喜に震えていた。

 

「スサノオ様…あなた、素敵よ…。マクベスはあなたを苦しめろと言ったけど、あんなツマラナい男の命令なんてもうどうでもいい。ああ…イイわ…その力も、その心も、その魂も…。何より竜の姿になれるなんて、タマらない…! 知りたい、識りたい、あなたを、竜を…あなたの全てを……!!」

 

 妖艶な女は、その美貌をより妖しく魅せる笑みを浮かべて、動かぬノスフェラトゥ達に囲まれて、魔女のごとく笑っていた。

 ただただ、笑っていた。

 

 




「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「……はあ」

ベロア「また始まってしまいましたね…面倒です…」

ベロア「報酬を頂くためにも、我慢しますが…。では、本日からゲストをお呼びしていますので、その方に丸投げしてしまいましょう。では、ゲストの方、どうぞ…」

ソレイユ「はーい! あたし、ソレイユさんが今回のゲスト&記念すべき初のゲストさんだよー!」

ベロア「…面倒そうな人が来ましたね」

ソレイユ「え~!? そんなツレナイ事言わないでよベロア~。うふふふふ、可愛いな~」

ベロア「止めてください。私の尻尾をもふもふしても良いのは、パパとママとスサノオだけです」

ソレイユ「よいではないかよいではないか~! ふへへ…本当に可愛いよね、ベロアってさー」

ベロア「よく臆面もなくそんな台詞が吐けますね…。甘ったるくて胸焼けしそうです」

ソレイユ「え~? でも、女の子が喜びそうな事しか言ってないよ? あたし」

ベロア「そうですか…価値観の違いですね。では、さっさとこのコーナーを終わらせ…」

ソレイユ「あー!? ちょっと待ってちょっと待って!? そんな適当に締めないで! もうちょっとマジメにやるからさ?」

ベロア「…はあ、疲れるのであまり厚かましく構ってこないで下さいね」

ソレイユ「うう、ベロアが冷たい…でも、そこがイイ…」

ベロア「……」

ソレイユ「ご、ごめんごめん! ちゃんとするから、そんな睨まないで!?」

ソレイユ「コホン! えー、それでは本日のお題はこちら! ずばり『作者さん、更新が遅れ気味だよ!』だね」

ベロア「作者…? ああ、キングフロストさんですか」

ソレイユ「いやいや、そこは即答してあげようよ!? 一応あたし達のお話を考えてくれてるんだよ!?」

ベロア「最近、戦場に駆り出される事が多いので、ちょっとした意趣返しですよ」

ソレイユ「そ、そうなんだ…。っとと、お題についてだったね。えっと、今ベロアが言った事が少しヒントだったんだよね~」

ベロア「…? 私がヒントを言いましたか?」

ソレイユ「言ったよ。ほら、『よく戦場に駆り出される』ってさ。その言葉通りの意味だよ」

ベロア「…それは、あれですか? 資金稼ぎついでの育成に遺跡まで付き合わされている事を言っているんですか?」

ソレイユ「そう! 作者さん、更新したいらしいんだけど、あたし達や父さん達の育成(ゲーム)が楽しくて仕方ないらしくてさ。そっちに熱がこもってるみたいなんだよね」

ベロア「私としては、面倒なだけなので、いい迷惑ですが…」

ソレイユ「まあまあ、ゲームしながらでもお話は考えてるみたいだからさ、どーんと胸を張って待ってあげようよ!」

ベロア「…まあ、私もよく部屋でもふもふして頂いてますから、大目に見ます」

ソレイユ「ところでさ、胸を張ってで思い出したんだけど、ベロアってけっこうおっぱい大きいよね。あたしとお風呂で比べっこしな…」

ソレイユが獣化したベロアにアッパーでノックアウトされた為に、収録はここで中断します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 氷の村へ

 

 光が収まると、俺達の目の前にはどこか寂しい雰囲気を持った風景が映ってきた。そうだ、ここは暗夜王国を模した星界。俺の心を反映させた、俺の城だ。

 

「これは…?」

 

「ほへ~…一瞬で場所が変わったよ!」

 

「ヒイィィィ!!?? 何!? 敵襲!?」

 

 疑問を抱く者、呆ける者、怯える者と三者三様の反応を見せる仲間達…というか、ノルンは俺がやったのに気付いてないのか。それにしたって驚きすぎだろうと思うが、何も言わないでおこう。

 

「まだ言ってなかったが、ここは星界と呼ばれる異界で、俺はこの世界への扉を開ける事が出来るんだ」

 

「星界…? ちょっと待って下さい」

 

 俺の言葉に、ライルが意見を述べる。

 

「書物で読んだ事があるのですが、星界とは星竜の力が無くしては行く事の出来ない世界のはず。そして、その星竜の系譜はもう絶えたともありました」

 

「…それが、星竜の力は途絶えていなかったのさ。それも、その人はずっと俺のすぐ近くに居たんだ」

 

 その人物とは誰なのか、昔から俺を知るエリーゼでも思い当たる者が居ないようで、目を閉じながらうんうんと唸っていた。

 

「そんな人いたっけ?」

 

 諦めたのか、エリーゼは率直に答えを求めてくる。別に隠す必要も意味も無いので、俺は包み隠さずリリスについて語り始めた。

 

「エリーゼもよく知ってる、リリスだよ」

 

「…リリス? あのリリス?」

 

「そう、あのリリスだ。ほら、カミラ姉さんが言ってただろう? 俺とアマテラスが昔、傷付いた小鳥を助けた事があるって。あれは小鳥じゃなくて、獣の姿をしたリリスだったんだ」

 

「リリスが…あれ? そのリリスはどこにいるの?」

 

「今はアマテラスの元にいる。この力は、別れ際にリリスからもらったんだよ」

 

「なるほど、だからスサノオ様が星竜の力を持っているのですね。それにしても、力を譲渡出来るとは興味深いですね…」

 

 ライルも納得したようで、今度は別の方向に思考が向いているようだった。

 

「ひとまず、ここなら安全だから俺の体が動くまで、皆には悪いが少し休ませてもらうよ。多分暇になると思うから、暇つぶしの出来る場所も用意しておく」

 

 俺はこの星界を満たしている竜脈に精神を集中していく。幸い、竜脈の力は体を使う必要もないので、今の俺でもこれくらいならどうという事もない。

 

「…………………っ!!」

 

 視線の先、何もない平坦な地面に、一点に集めた竜脈の力を、湧き水が湧き上がるイメージで一気に噴出させる。

 すると、地面からゴゴゴゴ!! と大きな音を立てながら、まるで地面から古代文明の地下遺跡さながら、大きめの建物が盛り上がってくる。

 

「うわー!? なにこれ!? すごいすごーい!!」

 

 エリーゼがはしゃぎながら、突如現れた建物へと突進していく。それをエルフィがすぐさま追い掛けて行った。

 

「…まるで魔法だな」

 

「ははっ。そんな大それたものじゃないさ、ミシェイル。これは竜脈の力だ。ここは竜脈の力で充満しているから、ある程度は都合がつくのさ。今建てたのは食堂で、材料なんかも自給自足出来るようになってるぞ」

 

「食堂!? そ、それは良いものを建てましたですよスサノオ様! 私は丁度お腹が空いていたですから!」

 

 食堂と聞いた途端、ネネがエリーゼ以上の猛スピードで走って行った。そういえば、初めてネネと会った時も、腹を空かせてアカツキから隠れて何か食べていた。そんなにお腹が空いていたのだろうか?

 

「んー、あたしもさっきの戦いでちょっと小腹が空いちゃったし…早速行ってくるね、スサノオ様!」

 

「そ、そうね…私も少しお腹が空いたかも…」

 

 アイシスとノルンも食堂へと歩き始め、ミシェイルとハロルドも肩を並べ、アイシス達の後に続くように食堂へと向かって行く。

 その時、ミネルヴァがハロルドを見ながら唸っていたが、気にしてはいけない。

 

 ほとんどが食堂へ行った中、アカツキとライルのみが俺の前に残っていた。何故、他の者に続かないのか気になって聞こうとすると、

 

「スサノオ様、お伝えしたい事があります」

 

 ライルが先に口を開いた。その顔は少し険しいもので、あまり良い内容ではないらしい。

 

「なんだ?」

 

「先程のノスフェラトゥの群れですが…あれは人為的に呼び出されたものでした」

 

「…なに?」

 

 それが事実なら、一体誰が? 一体何の目的で? しかも、俺があそこを通ると知っていた?

 

「ノスフェラトゥを殲滅した後、私達はライルの指示で周辺を調査した。すると、いくつかの魔法陣が確認出来たのだ」

 

 そういえば、ライル達が何かを探していたが、それだったのか…。

 

「はい。ですから、何者かが召還陣をあの場に刻み、ノスフェラトゥを送り込んでいたのでしょう。まあ、大体の見当はついていますが」

 

 もう見当がついているらしいライル。俺は全く心当たりすらないというのに、やはりライルは頭が切れて頼りになる。

 

「それは一体誰だ?」

 

「…あの召還陣の構成、あの恐ろしい程きめ細かい術式に、様々な方式を組み込んだ癖の強さは一度だけ見た事があります。恐らくあれは、マクベスの配下であるシェイドという女邪術師のものでしょう」

 

 ライルの言った名前に、アカツキが明らかに難色を示した。

 

「ぐ…あの女か。もうあの女とは二度と関わらずに済むと思っていたのだが…」

 

 このアカツキをして、そこまで言わせしめるシェイドとは、一体どんな人物なのだろうか…。嫌な予感しかしない。

 

「ともあれ、マクベスの差し向けたものであるのは間違いありません。恐らく、僕らがスサノオ様と合流した事もバレていると見て違いありませんね」

 

「マクベス…か。ん? そういえば、かなり今更なんだが…アカツキやネネはともかく、皆はどうしてここに?」

 

 ピンチの連続で、今まで完全に忘れていたが、氷の部族の反乱を平定するのは、俺1人でとの事だったはず。まあ、皆が来てくれたおかげで助かったので、それ自体は良かったのだが。

 そんな俺の疑問に、ライルが答えてくれた。無論、メガネを光らせて。

 

「マークス様が僕達を送り出してくれたのです。ガロン王の思惑に、陰ながら対抗してくれたのでしょう。しかし、相手が一枚上手でした。せっかくのマークス様の計らいでしたが、秘密裏の合流はマクベスにバレてしまいましたから」

 

 残念そうに語るライルは、「それでは」と告げると自身も食堂へと向かって行った。

 

 俺はその背中を見送りながら、何故か1人だけ残り、あまつさえ俺の隣に腰掛けたアカツキへと声を掛ける。

 

「…アカツキは、皆と一緒に食堂へ行かなくていいのか?」

 

 草の上に正座をして、目を閉じながら一言、彼女は呟くように言う。

 

「主を1人置いていく訳にもいきませぬ」

 

 その声音は、どこまでも澄んでいて、どこまでも穏やかなものだった。なんだか、『母さん』を思い出させるような、そんな安心感と懐かしさに似た気持ちになる。

 

「そうか…」

 

 それっきり、俺とアカツキは無言で座ったまま、ボーッと空を眺めていた。いや、アカツキは目を閉じたままなので、ボーッとしているのは俺だけか…。

 

 星界に広がる空は、外の世界とまるで変わらない。正確には、暗夜のどんよりとした光の届かない暗い空と同じだ。それでも、雲の流れだけは辛うじて分かる程度には明るさもある。

 

 流れる雲をぼんやりと眺めていると、時間の流れも忘れてしまいそうになる。

 

「ところで」

 

 と、口が半開きになったまま空を見上げていた俺に、アカツキが再び声を発した。

 

「ん?」

 

 変わらず、アカツキは目を閉じて、正座の姿勢のままで尋ねてくる。

 

「スサノオ様は何か任務の途中らしいが…それはどういった用向きなのだろうか?」

 

「ああ、父上からのお達しで、氷の部族の反乱を平定しろと。だから、氷の部族の村に向かう途中だったんだ」

 

「む? 氷の部族…」

 

 と、今まで閉ざされていたアカツキの目が、ゆっくりと開かれていく。

 

「ふむ、フリージアならば先日まで滞在していた。道案内くらいは私とネネで出来るだろう。よし、案内人は私達に任せていただこう」

 

「それは願ってもない申し出だ。よろしく頼むよ、アカツキ」

 

「あい分かった。……ただ、村に着いた時は覚悟なされよ、スサノオ様。彼らは暗夜王国への長年の不満でピリピリしている。くれぐれも無謀な事は考えなさるな」

 

「分かってる。ああ…分かっているさ」

 

 

 

 

 

 

 しばらく経った後、体もようやく自由が利くようになってきたので、俺は食堂で時間を潰していたメンバーに声を掛けると、再び星界の門を開く。

 

 意外だったのは、ミシェイルが料理を皆に振る舞っていた事だ。

 普段、仏頂面…といっても、顔の上半分は仮面で隠れて分からないのだが…そんなミシェイルが料理が上手とは思わなかったのだ。

 どうも、アイシスに無理矢理作らさせられたらしく、嫌々ながらも全員に手料理を振る舞ったらしい。

 そして結果は、

 

『すごいよ! あたしのコックが作る料理よりも美味しいよ! あたしの所に居た時、どうしてこんな特技隠してたのー!?』

 

『おお…! なんという美味! 不覚にも、お袋の味を思い出す優しさが味に出ている…! くっ、いかん、思わず涙が零れてしまいそうだ!』

 

『美味しい、美味しいわ…! これならわたし、無限にでも食べ続けられる自信があるわ…!! ミシェイル、おかわりをお願い』

 

『ミシェイルの料理はやっぱり美味しいです! まあ、ルフ…ごほんごほん! あの人が作ってくれた料理には負けますが…』

 

 と、軒並み良い意見ばかりで、ミシェイルは誉められる事が苦手なのか、若干不機嫌になっていた。アフターケアはミネルヴァがしてくれると信じたい。

 

 

 話は戻り、俺達は天蓋の森へと戻ってきた。さっきまでいた星界よりも、やはりここは暗い。ともすれば、こちらの方がより闇で覆われている。

 

「さて、フリージアへ行くのだったな。実のところ、この森は広さこそあるが、フリージアへ向かうだけならば存外すぐに着く」

 

「です! この森は道さえ間違えなければ、抜けるのはさほど問題ありません。人を迷わせる木々の乱立、人を惑わせるこの暗闇が、この森を突破困難にしているです」

 

 こっちです! と、ネネが元気良く皆を先導し始める。皆がネネの後ろに付いて行く中、俺はふと後ろを振り返った。

 そして、そこにあるはずの死霊の館は、

 

「………え?」

 

 何も無かった。館が建っていた場所、そこは木々が生い茂るばかり、館は最初から無かったかのように、その姿を消していた。

 

「おーい、スサノオ様ー! 置いてっちゃうよー!!」

 

「あ、ああ! すぐ行く!」

 

 アイシスの元気な呼び声に、俺は後ろ髪を引かれるように、後ろに目を向けながら皆の後を追う。

 結局、死霊の館とは何だったのか…。謎は謎のまま、天蓋の森の闇へと姿を消してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの噂には、まだ続きがあるんだよ。死霊の館と呼ばれる古びた館、そこは天蓋の森の闇に紛れて建っているの。誰が建てたのか、どうしてそこに建てたのかは誰にも分からない。でも、確かな事が1つだけ。あの洋館は、ずっと誰かを待ってるの。それが誰だかは分からない。いつ現れるのかも分からない。でも、待ち続けるよ。いつかきっと、洋館に染み付いた呪いを取り払ってくれる人が現れると信じて。ずっと、待ってるの。その呪いが解ける日が来るその時まで、館は旅人を中へと誘う…。ところで、

 

 

 

 

今話しているわたしはだーれ?

 

 

 

 

 

ふふ、ふふふふふふ。答えは噂、闇の中…」

 

 





「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「…面倒なこの時間も、慣れればどうという事もない気がしてきました」

ベロア「では、早速ゲストを呼び───」

「やっほー!」

ベロア「…なんですか? 今は、ガルーアワーズの収録中なのですが」

キヌ「遊びにきたよー!」

グレイ「よっ。お前に聞きたいんだけどさ、お前って生肉食うのか?」

ベロア「………食べませんが、何か?」

グレイ「いんや、ちょっと気になっただけだから、あんまり気にしなくていいぞ。ほれ、クッキーやるよ」

ベロア「頂けるものは頂きます。ありがとうございます」

キヌ「あ、ガルーアワーズしてるんだったね。じゃあ、アタシも手伝うよ!」

ベロア「え…いや、別に結構で…」

キヌ「げすとさんどうぞー!!」

ディーア「…なんでキヌが居るんだ? 俺、ベロアのゲストで呼ばれたと思ったんだけど」

ベロア「……もういいです。このまま行ってしまいましょう。本日のゲストはディーアです」

ディーア「え、このままやっちゃう感じ?」

グレイ「成り行きだよ、成り行き。つーか、俺もお前に用があったから丁度いいぜ」

ディーア「…俺に用?」

グレイ「ああ、実はな…」

ベロア「関係のない話は収録外でしてください」

グレイ「おっと、悪いな。じゃあまた後で言うわ」

キヌ「え? お茶会のこと今言わないの?」

ベロア「お茶会…それは美味しいものが出ますか?」

ディーア「ああ…そういう事か。グレイの俺への用事ってそのお茶会で俺に紅茶出して欲しいって事だろ?」

グレイ「そういう事だ。…なんだよ、ベロアも乗り気だな」

ベロア「食べる事は生きる上で大切ですので」

キヌ「じゃあ、ベロアも参加するんだね! 良かった~! アタシ誘おうと思ってたんだ!」

ベロア「そうですか。では、私も参加しますので安心してください」

ディーア「紅茶って事は…グレイはクッキーを焼くのか?」

グレイ「おう。色々と種類を作るが、新作もいくつか作ろうと思ってる。ちなみに、俺らの世代全員を呼ぶつもりだぜ」

ディーア「え…面倒だな…まあ、やりがいがあるって思うか。父さんに勝ちたいし、大人数でも余裕で紅茶を淹れてやるよ。当然、全員分を完璧にな」

キヌ「なんだかすごそうだね! アタシ、ワクワクしちゃうよー!」

ディーア「期待しないで待っててくれよ。まあ、俺とグレイで満足のいくお茶会にしてやるからさ」

グレイ「おっと、これはプレッシャー掛かるぜ。いっちょ張り切って準備しないとな」

ベロア「クッキー…楽しみです。では、本題に戻りましょう」

ディーア「本題…? …ガルーアワーズだったっけ、忘れてたな。……さっきから母さんがカンペ持ってるのは、そういう事か」

キヌ「えっと…『フリートークで』…って書いてあるね」

ベロア「…今まで散々していたような気がしますが」

グレイ「…だな。ま、それじゃ締まらないし、適当に話題見つけるか」

ディーア「適当な話題、ねぇ…面倒くさいし、この辺でお開きでいいんじゃないの?」

ベロア「私もそれで良いと思います。早く報酬とモフモフに行きたいですから」

キヌ「あ~、アタシもお腹空いてきちゃった…山で何か狩ってこようかな~」

グレイ「ダメだ…俺じゃ収拾つかねぇ…。これ、スサノオとかアマテラスに怒られるんじゃ…」


グダグダとなってしまったため、収録は終了となります。
後日、ベロア達はしっかりスサノオとアマテラスに叱られました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 氷の少女

 

 正しいルートを知っていれば森をすぐに抜けられるという話だったが、やはりそう簡単な話ではなく、結果的に森を抜ける頃にはすっかり深夜(暗夜王国内では判断が難しいが)になっていた。

 それでも、当初は2日程掛かると思っていた天蓋の森突破を、その半分の時間で成し遂げられたのだから充分な結果と言えるだろう。

 

「さて、ここからが本当の難関だ」

 

 星界で外の世界が朝になるのを待ち、そしていよいよ氷の大地が目に入る所までやってきた。

 

 ちなみに、外と星界では時間の流れに違いがあった。星界での1日が、外の世界では半日と、星界の方が時間の流れが早い。

 星界で半日程を過ごし、外に出る頃には朝になっていたという寸法である。

 時計で例えるなら、星界に入ったのが午前1時頃だったとして、そこで過ごした半日は12時間。それが外の世界では半分の時間の流れとなるので、実際に外で流れた時間は6時間。つまり、外には午前7時に出たという事になる。

 

 と、時間の流れに関してはこれくらいにして話を戻すと、スサノオ達は今まさに、氷の大地と森の境目に立っていた。

 不思議な事に、森から少し隔てただけなのに、すぐ先には一面の銀世界が広がっているのだから、当に不思議の一言に尽きる。

 魔法や飛竜、天馬などが存在するのだから、案外おかしな事でもないのだろうか。

 

「です。この先は、止むことのない吹雪が吹き荒れ、視界と共に体温も奪っていくです」

 

 ピシッと人差し指を立てて、アカツキの言葉に続け様に、ネネが子どもに注意を呼びかけるように話す。

 

「…視界を奪われる、か。それなら、はぐれないように固まって移動する必要があるな」

 

「ええ。それに、防寒対策も取る必要があります。氷の部族の村へ辿り着く前に永眠など、洒落になりませんので」

 

 と言うと、ライルが何やら自身の荷物の中から物を取り出した。それは魔道書のようだが、まさかファイアーで暖をとるつもりかと、全員が訝しげにライルを見守る。

 

「……そこまでジロジロ見られては集中しがたいのですが、まあ良いです」

 

 諦めたように、または見られている事を忘れようとするかのように、ライルは目を閉じて魔道書を開く。

 

「……………、」

 

 しばらくして、魔道書が仄かに光を放ち始め、次にライルを中心とした円状の魔法陣が地面に浮かび上がる。

 

「…ファイアー」

 

 ぼそっと呟くような詠唱と共に、ライルの魔道書を持っている手とは逆の手の平に小さな炎が浮かび上がる。

 それをギュッと握り潰すと、ライルの全身がうっすらとオレンジ色の光で覆われていった。

 

「ふむ。成功したようですね」

 

「何をしたんだ?」

 

 手の平を何度も開閉するライルに問いかけるスサノオ。ライルは何かの確認を終えると、視線をスサノオに向けて答えた。

 

「ファイアーの応用です。最低限の魔力でファイアーを放ち、それを全身へと熱のみを広げる事で、ある程度の防寒が出来ます」

 

「…そっか。ごく少量の魔力なら、小さな炎にもなるし、それを全身に広げるから熱量も分散されて自分が燃えちゃわないのね…」

 

 言いながら、ノルンはライルに両手を向けて暖を取っていた。それに釣られ、エリーゼやアイシス、エルフィもライルで暖を取り始めた。

 

「……そういう訳です。まあ、魔力のコントロールが難しいのがネックですが、一度コツを掴んでしまえば簡単なものですから。では、これを全員に施しますので、僕で暖を取るのは止めてください」

 

 ライルが皆をテキパキと整列させていく。どうやら暖房代わりにされるのが快くなかったらしく、ライルの顔には不機嫌さが垣間見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、1人残らず全身をファイアーの熱で耐寒して、スサノオ達は雪原へと足を踏み入れた。もちろん、ミネルヴァもしっかりコーティング済みである。特に、飛竜は爬虫類に近い種族のため、人間よりもファイアーのコーティングが厚めしかり熱めとなっている。飛竜=ドラゴンであるため、熱に対しての耐性が他の生物と比べて高いからこそ為せる事だった。

 しかし、それゆえに寒さに弱いとも言えるのだが…。

 

「うわぁ…ホントあったかいね~!」

 

 馬上では元気に声を上げているエリーゼが。他の者も寒さに震える事なく、足取り軽くとまではいかないが速度を落とす事なく前へと突き進んでいた。

 

「本当に暖かいわ。わたし、寒いと厚着してトレーニングするんだけど、いつも服がビショビショになっちゃうの。今度からは、寒い時はライルにこの魔法を掛けてもらってからトレーニングしたいわ」

 

「おお、それはいいね! 私も寒い時の仕事前にはライル君に一つ頼むとしよう。それなら、どんなに寒くてもコンディションを万全に整える事が出来るからね!」

 

 熱い視線をライルへと向けるエリーゼの臣下達。その当の本人はというと、ため息を吐いてうなだれていた。

 

「僕は便利な暖房器具ではないのですが。それと言っておきますが、この防寒対策は時間制限があります。効果の持続時間はせいぜい1時間といったところでしょうか。効果が切れる頃を見計らってスサノオ様の星界でかけ直すか、吹雪をしのげる場所でかけ直す事になるかと」

 

 部族の村まではアカツキいわく2日程掛かるらしく、歩ける内は行けるだけ進んで、休める時は星界で体力回復に努めるのが良いだろう。時間短縮にもなって効率が良い。

 

「ですね。あ、でも食事は星界でさせてもらえると嬉しいです!」

 

「そ、そうだな。ライルが料理上手で助かったよ。俺は料理出来ないから、干し肉買った訳だし」

 

「ほ、干し肉ですか? 良ければ、あとで私にも分けてもらえると…」

 

 期待に満ち満ちた目で訴えかけるネネに、スサノオは子どもにおやつを与える親の気分で了承したのだった。

 

「のんきなのは今はまだ別にいいが、まだここは吹雪の勢いが弱い所だ。村に近づく程にどんどん吹雪が強くなってくるという事を皆、心しておいてくれ」

 

「…アカツキがそこまで言うなんて、なんだか心配になってきたよあたし」

 

「…奇遇だな、俺も不安になってきたところだ。お前もそう思うか、ミネルヴァ…?」

 

 お気楽ムードが漂う中、心配そうに吹雪に目を細めるアイシスとミシェイルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

「~~~!!!」

 

 現在、スサノオ達は絶賛猛烈な吹雪に襲われていた。

 星界や道中見つけた洞窟での何度かの小休止を経て、着実に村へと近付いていた一行だったが、それに比例するかのように吹雪の勢いは次第に強くなっていた。そして、それはもはや視界すら奪い、互いが互いの位置を正確に把握する事すら困難にしていた。

 

「おい! みんな大丈夫か!?」

 

「なーにー!? 聞こえないよー!」

 

 視界どころか声さえ遮断してしまう吹雪に、スサノオやエリーゼの声はかき消されてしまう。

 目と耳に入ってくる情報は吹雪に完全に覆われ、闇雲に進んでいるような状態が少しの間続いていた。

 

「ふ、吹雪が強すぎて、何も見えないぃぃ!!?」

 

「くそ、仮面のせいで余計に視界が悪い…!」

 

 全員が四苦八苦しており、近くにいる者同士は手を繋いだりして離れないように進む事で、なんとかはぐれないようにしていた。

 

「やはり、何度経験してもこの吹雪の強さには驚かされる…!!」

 

「ですー!? 何か言いましたですかー!?」

 

 ビュービューと吹き荒れる風の音は、もう人の声すら置き去りにしてしまい、誰が何を叫んでいるかすら判断がつかない。いや、何を、どころか叫んでいるか自体分からない。

 

 足にまとわりつく雪、その深さは歩みを鈍らせる。飛竜とペガサスも空を飛べなくされ、雪を掻き分けて進まざるを得ない。

 ミネルヴァに関しては、頭部が必然的に雪に埋まる形になり、ミシェイル共々雪を掻き分けて進むのにかなり苦労していた。

 

(そろそろ、魔法が切れる頃合いか)

 

 もう何度かライルの防寒魔法を受けており、大体の感覚が分かってきていたスサノオ。

 前回の耐寒のための魔法を掛けてから、そろそろ1時間だと思い、振り返って皆を確認するが、

 

「…!?」

 

 分かる範囲には誰も存在していなかった。

 吹雪は自分に向かって吹いていたので、振り返れば多少は視界が確保されるはず。それは正しかったのだが、その視界に入ってくるのは一面の真っ白な雪の世界だけ。

 枯れ木はなく、岩もなく、ただただ白い世界が広がるばかり。

 

 要するに、スサノオはいつの間にかみんなとはぐれてしまっていた。

 

(くそ! いつからはぐれてたんだ!?)

 

 真っ直ぐ歩いていたつもりでも、視界が悪い上に吹雪で方向感覚が狂わされ、違う方向に歩いてしまったのかもしれない。

 そして、仲間とはぐれパニック状態のスサノオに更なる不幸が追い討ちを掛ける。

 

「…寒!!」

 

 スサノオの予想していた通り、ライルの魔法の効果が切れたのだ。

 

「まずい…早く…星界…に」

 

 急激に奪われる体温。それはスサノオの精神にも影響を及ぼした。星界への扉を開こうと集中しようにも、寒さで集中力が保たないのだ。

 それに加えて、仲間とはぐれたという焦りと、皆は大丈夫なのかという心配が、更にスサノオから集中力を削ぐ。

 

「くそ…手が…」

 

 震える手で、星界への扉に意識を傾けようにも、吹雪はスサノオから体力すら奪い始める。

 

「!!」

 

 そこに殊更猛烈な勢いの吹雪がスサノオを襲い、思わず倒れ込んでしまう。

 一度倒れてしまったが最後、立ち上がろうにも体が言うことを聞かず、あまつさえ眠気がスサノオに襲いかかり始めた。

 

 寝てはいけない。眠ってはいけない。意識を失ってはいけない。そうなれば、待っているのは凍死だ。

 それが分かっているのに、まぶたはどんどん落ちていく。スサノオの意思に反して、瞳が映すのは白い世界から暗い世界へと変わっていく。

 

 

───スサノオ様?

 

 

 必死の抵抗も虚しく、遠のく意識の中、スサノオは誰かの声を聞いた気がした。

 それは旅の仲間のものではなく、かといってここに居るはずのない声。

 幻聴のようなその声は、スサノオの昔からよく知る女の子の声だった。何故、彼女の声を聞いた気がしたのかは分からないけれど、今やスサノオは不思議と安心感に包まれていた。

 

 そして、その女の子とは、

 

 

 

 

「フロー…ラ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん」

 

 気が付いたら、知らない天井が目の前にあった。それがスサノオがまず起きて思った感想だった。

 意識は朦朧としていたが、次第に覚醒していく。

 

 自分はどうして寝ていたのだろう?

 

 次にスサノオが思ったのは、そんな疑問だった。寝ぼけた頭で、何があったのかを1つずつ思い出していく。

 

(確か、みんなとはぐれて…それから魔法が切れて…それから………それから?)

 

 そこで記憶が途切れたはず。そう、それは何もない雪原であったはずだ。

 しかし、自分の今居る場所は雪原どころか屋内だ。それも、どういう訳かベッドで寝かされているらしかった。どうりで暖かかったはずである。

 というか、現実味が無いのが現状だ。吹雪の中で倒れたはずなのに、暖かい部屋で寝ている…まさか、自分は死んでいて、ここは天国なんじゃないかと思いゾッとするスサノオだったが、ここである事に気が付く。

 

 手の平を通して何かひんやりしたものが伝わってきているのだ。

 感触的に、それは人間の手のようなもの。またしても、スサノオはゾッとする。自分が天国に居るのだとしたら、死後の世界である天国に住む者は、死者同様に冷たい体をしているのでは、と。

 

 恐る恐る、そーっと体を起こして、手の平から感じる冷たい感触の正体を確かめるスサノオ。そして、その冷たいものの正体が目に映った。

 

「…………え」

 

 驚かずにはいられなかった。それは、その正体がこの世の者ではないからとか、想像していたよりももっとおぞましいものだったからとかではなく、むしろよく知っているもの、いや者だったからこそ、その驚愕はより大きなものとなったのだ。

 

 スサノオの手を握っていたのは人間だった。

 

 それは昔からよく知っている人だった。

 

 その小さくて華奢で、強く握れば壊れてしまいそうな、柔らかい手は女の子のものだった。

 

 その女の子にしては冷たい手は、何度もスサノオの頬に触れた事があった。

 

 

 

 

 スサノオの手を掴んだまま、ベッドにもたれるように眠っている少女を、スサノオは知っている。

 

 彼女の名は………、

 

 

 

 

「……フローラ?」

 

 




「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「…正直に言って、今日はもうお腹いっぱいなので収録はしたくないのですが、スサノオがどうしてもと言うので仕方なく収録して上げようと思います」

ベロア「…別に、スサノオの部屋1日滞在券とかもらってません。私が寛大な心を持っているから、スサノオのお願いを聞いてあげただけですから」

ベロア「それでは、本日のゲストはこちらです」

オフェリア「ふふふ…ついに悠久の時を経て、選ばれし者である私、そう! 『宵闇のオフェリア』が満を持して降臨したわ!」

ベロア「…さっきのお茶会では、なんというか…ご愁傷様でした」

オフェリア「うっ…! ちょ、ちょっと今は言わないでよ…せっかく忘れるようにしてたのに…」

ベロア「すみません。あまりにも印象的だったので、私の記憶からは当分は消えそうにありませんでしたから…」

オフェリア「…そんなに?」

ベロア「………ご愁傷様でした」

オフェリア「止めて…そんなに生暖かい目で見られると、なんだか悲しくなってくるわ…」

ベロア「まあ、シャラも同じような感じだったので、印象としては半分半分という感じですから、良かったですね、仲間が居て」

オフェリア「あなた、それをシャラに直接言ったら呪われると思うわよ。まあ、その時はその時で、もし本当に呪われたらこの私が浄化して上げるから、大船に乗ったつもりでいると良いわ!」

ベロア「…泥船の間違いじゃ」

オフェリア「甘い…甘いわベロア。泥船…それはすなわち母なる大地の恩恵を大いに受けた土の化身…。大地の加護と、更に大いなる海の力たる水の加護の融合を果たして生まれた存在…それがマッドシップなのよ!」

ベロア「あ、今日のテーマをオフェリアのママが持ってきてくれましたよ」

オフェリア「ちょっとー! スルーしないでよー! 私が頭の残念な子みたいじゃない!」

ベロア「え…?」

オフェリア「うぅ…ベロアの目から、『え? 自分じゃ気付いてなかったの…?』っていうのがひしひしと伝わってくる…! しかも、母さんまで…。でも、へこたれたりしないわ、私!」

オフェリア「選ばれし者は、どんな苦境だろうと必ず乗り越えるの…! こんなところで、私はくじけたりしないわ! さあ、今日のテーマを発表するわよ! ずばり、『お茶会について』…って、うえぇ!?」

ベロア「自ら傷をえぐっていくその姿勢、潔いですね」

オフェリア「わ、私はカンペの通りに読んだだけよ」

ベロア「はいはい、そうですね」

オフェリア「…なんだか、今日のベロアはいつも以上に適当っぽいんだけど」

ベロア「だから、さっきのお茶会でお腹いっぱいになったので、早く終わらせて帰りたいだけです」

オフェリア「私の扱いがぞんざいなのはそのせいなのね…と、お茶会についてだったわね」

ベロア「お茶会もとい試食会なのですが、本当につい先程終わったばかりなので、映像の編集が追いついていないのが現状です」

オフェリア「あー、グレイの作ったクッキーおいしかったよね。あれはまさしく、恵みの神の施したる美味…名付けるならそう、『ギフト・ア・トリート』!」

ベロア「私も、ついつい食べ過ぎてしまいました」

オフェリア「というか、ベロアが1人で6割がた食べてた気がする…」

ベロア「まあ、シャラやオフェリアみたいに、ちょっとしたハプニングもあった訳ですが…」

オフェリア「…私としては、非常に不本意だけどお茶会の様子はまとまり次第お送りするらしいわ」

ベロア「ただ、それがいつになるか、そしてどういった形でお送りするのかは未定だそうですね」

オフェリア「作者さんとしては、通常の投稿で出すつもりはないそうよ。ふふ、つまり、『神々の記せし秘跡』という訳ね」

ベロア「要するに、限定的に表示するという事です」

オフェリア「乙女の秘密…そう簡単に衆目の場に出せないという事よ!」

ベロア「まあ、そんな訳ですので、期待しないで待って頂ければ良いと思いますので。…言うことも言いましたし、私はそろそろ帰ります。お疲れ様でした」

オフェリア「ええ!? もう帰っちゃうのー!? って、本当に帰っちゃったし! 仕方ない、ここは私の華麗なるシークレットメモリーの中から選抜した設定の数々を……」


以降、延々とオフェリアの熊本弁による選ばれし者講座が続いたので、カットさせて頂きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 私の想い

 

 それは、私が村の外の見回りをしていた時の事でした。

 

「……」

 

 私たち氷の部族が、暗夜王国への反乱を企てているという情報が暗夜王国へと漏れていたらしく、近頃暗夜の密偵と思わしき者を村の近辺で目撃する事が増えてきていました。

 そして部族の長の娘である私も、父から見回りを任され、何度か密偵を魔法で起こした吹雪によって遭難させもしました。

 ここで直接殺さなかったのは、もし密偵を殺してしまえば私たちの計画が真実であると教えるようなものだから。

 密偵を放つという事は、暗夜王国もまだ確信を持つまでには至っていないという証拠。ならば、村に入られる前に密偵にはお帰り願うのが良策である。それが父の考えでした。

 無論、村に侵入された場合は、暗夜王国との関係は決定的に絶たれる事になるでしょう。村に侵入した密偵の血によって。

 

 私は、スサノオ様とアマテラス様が留守にしているという好機を前に、以前から密かに連絡を取っていた父からの命令で、こっそりと北の要塞から抜け出し、こうして村に帰ってきたのです。

 城を出る時、ここで過ごした様々な思い出が私の脳裏を過ぎりました。

 

 私と妹であるフェリシアは、暗夜王国に子どもの頃、氷の部族から奉公に出されました。

 表向きは、氷の部族が暗夜王国の配下として加わる事で、忠誠の印という形で私達は暗夜王国に預けられたのです。

 ですが、実際には暗夜王国の強引なやり方による強制的な支配で、私達は人質として暗夜王国に連れて行かれたのです。

 

 初めの頃は、嫌で仕方ありませんでした。でも、おとなしく従わなければ、部族のみんなの命が危ない。私はそう思い、なるべく態度には出さずにメイドの仕事をこなしました。

 

 そして、私はある方に出会う事になります。メイドとしての仕事を一通り叩き込まれた私たち姉妹は、北の要塞に住むという第二王子、王女様の世話を言いつけられました。

 それが、スサノオ様とアマテラス様でした。

 

 フェリシアは出会い頭からドジをやらかしましたが、下の者であるメイドの失態を、お二方は笑って許して下さって、私の想像していた王族のイメージを粉々にされたのです。

 暗夜王国のやり方を知っていた私は、その中心にあるはずの王族が、こんなにも穏やかであるとは思いもしませんでした。

 

 それからというもの、私は自分が人質であると自覚すると共に、スサノオ様とアマテラス様の臣下として……いいえ、お二方は私の事を家族とおっしゃり、私もまた、スサノオ様とアマテラス様を身近に感じてお仕えしてきました。

 

 ただ、それは忠誠心からのものという訳ではなく、スサノオ様とアマテラス様の人間性を信じたが故の事でした。

 

 メイドとしての日々を過ごすうちに、私は次第に女として、人としても、王族としても立派なスサノオ様に、憧れに近い感情を抱くようになりました。

 

 私たちと同時期にスサノオ様とアマテラス様に仕え始めたジョーカーの事も、なんとなく私と似ているような気がして気になっていましたが、ジョーカーの心にあるのはスサノオ様とアマテラス様の事だけ。もしこの感情が恋なのだとしたら、きっと叶わぬ恋。

 そしてまた、私がスサノオ様に抱くこの感情も、身分違いの私では、絶対に叶わないと分かっていました。

 

 だから、私は自分の想いを隠す事にしました。私は氷の部族から人質として暗夜王国に連れて来られた。私は仕方なく、スサノオ様とアマテラス様に仕えているのだ、と。

 無理やりでも、私は自分の想いを隠すために、そう思い込もうと必死でした。必死に、クールに振る舞っていたのです。

 

 でも、それももう終わり。

 

 私は氷の部族、そしてその長の娘。妹を残して行く事は心苦しいけれど、スサノオ様とアマテラス様がきっと守って下さる。そう信じて、私は北の要塞を後にしました。

 

 もう二度と、この城に戻る事は無いと確信して…。

 

 

 

 そして、私は村に帰ってきて、長の娘としての務めを果たしていたのです。

 

 今でも時折、スサノオ様たちと過ごした日々を思い出し、こうして見回りで1人になる時はぼんやりする事が多くありました。

 

 この日も、そんな1日になるはず、でした。

 

 

「……人?」

 

 私は吹雪の中、雪の白とは正反対の、黒く染まった布があるのを見つけたのです。見た目からして、それはマント。風にたなびく黒いマントの下に、人が居る事はすぐに分かりました。

 でも、私はそれどころではありませんでした。

 

 そのマントを、何故か懐かしく感じて仕方がなかったのです。

 目を凝らし、雪に埋もれて倒れるその人影にゆっくりと近付いていき、もし密偵だったのならこのまま凍死されては、氷の部族が疑われる。そんな思いも抱きながら、私は倒れている人の側にたどり着きました。

 

「!!」

 

 そして私は、目を疑いました。

 

 何度も目にした軽くて丈夫な造りの鎧、その背にたなびくマントを、私は何度となく縫い直して……。

 

 懐かしく思ったのは、間違いではありませんでした。だってこの人は、私のよく知っているお方だったのですから。

 

 

「スサノオ様?」

 

 

 私の呼びかけに、スサノオ様は答えませんでした。

 私は急いでスサノオ様の体温を確認して、体が凍傷をお起し始めているのを確認すると、私とスサノオ様の一帯だけを魔法で吹雪を防ぎ、スサノオ様を仰向けにひっくり返しました。

 スサノオ様の体は、暖かい所から急に極寒の地に放り出されたようで、急激な温度変化のためか、意識は無いようでした。

 

「なぜ、スサノオ様がこんな所に…!」

 

 私は慌てる心を必死に落ち着かせると、どうすればスサノオ様を助けられるかを考え始めました。

 

 部族の村に助けを求めたくても、素性の知れないよそ者を村に招き入れるとは思えない。かといって、私だけではスサノオ様を助けるなんて到底不可能。

 どうすれば、どうすれば、どうすれば…!

 

 必死に考えていて、私はある事に気付いたのです。

 

 スサノオ様の腰に差された、黄金に輝く剣に。それはこの極寒の大地にあるにも関わらず、どこか暖かさを思わせたのです。

 

「! …そうよ。この剣と、私たちに伝わる伝承があれば、スサノオ様を助けられる!」

 

 私たち氷の部族に代々伝わる伝承。それはどこか予言めいたものだったけれど、部族の者はその伝承を信じている人ばかり。これは利用出来ると、私は魔法を固定し、すぐにその場を離れました。

 村までは少し離れているけれど、今は一刻を争う。スサノオ様を1人残していくのは心が痛んだけれど、この方の命を救えるのなら、このくらいの痛みはどうという事もないのですから。

 

 

 私は村に急ぎ帰ると、父に告げました。

 

 伝承に出てくるような、黄金の剣を持った人が倒れている。私だけでは助けられないから、人手を出して欲しい、と。

 

 そして、すぐに父と2、3人の男手を連れて、私はスサノオ様を見つけた場所まで案内しました。

 

 スサノオ様の姿が見えてくると、私は急ぎスサノオ様の状態を確認しに走りました。

 脈を確認すると、弱々しくではありましたが、まだ脈はありました。

 私はすぐに持ってきていた毛布でスサノオ様をくるむと、男性たちに担いでもらい、その場を後にしました。

 

 

「…あの腰に差した剣…確かにフローラの言う通り、我ら氷の部族の伝承に出てくる勇者の持つ黄金の剣に似ている」

 

 父はスサノオ様を運搬しているのを見ながら、目を細めていました。

 今の氷の部族にとって、まさしく伝承に出てくる勇者は求めしもの。だからこそ、父も見過ごせなかったのでしょう。

 そして私は思惑通り、スサノオ様の命を救う事が出来たのです。

 

 

 

 ですが、問題を後回しにしているという事は、私に暗い影を落としていました。

 

「…スサノオ様」

 

 ベッドに寝かされているスサノオ様の脇で、私はスサノオ様のお顔を眺めていました。

 

 スサノオ様を助けるという目的は果たせましたが、その後の事が問題でした。

 父がスサノオ様を助けたのは、スサノオ様を伝承の勇者と関連づけたから。

 もし、スサノオ様が暗夜王国の、それも王族であると知れたら、きっと生かして帰さない。

 そうなっては、せっかく助けられたのに、意味がない。

 

「………」

 

 スサノオ様が目を覚ましたら、誰にも気付かれないように村から出すしかない。吹雪を抜けるまで、私が守ればいい。

 私はそれしか、スサノオ様をここから逃がす方法が思いつきませんでした。

 

 

 スサノオ様がここにいる理由…なんとなくですが、察しはついています。

 部族の反乱、それが理由なのでしょう。どういった経緯であるのかは分かりませんが、ガロン王に命じられたのでしょう。

 

 氷の部族の反乱を平定せよ、と……。

 

 だったらなおの事、スサノオ様をここに居させる訳にはいきません。

 絶対に、父の怒りを買う事になるから。

 

 

「……、」

 

 私は膝を床に付け、そっとスサノオ様の眠るベッドにもたれかかりました。そして、眠るスサノオ様の手を握りしめます。

 体温は、どうやらもう問題ないくらいには戻っていました。

 

「スサノオ様、あなたを死なせたくない。死んでほしくない。あなたは本当なら辛い事しか無かったはずの暗夜での記憶に、暖かい思い出を下さったのです。だから、私があなたを助けます…だから、どうかあなたは、無事に帰って、フェリシアを守ってあげて……」

 

 妹への想いも乗せて、私はスサノオ様の手を、両手で包み込むように握りしめました。

 

 隠した想いは、私の胸の内に仕舞い込んだままに。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 黄金の剣持つ勇者

 

「どうして、フローラが…?」

 

 俺の手を握りしめて眠る、メイドの少女。そのひんやりとした柔らかな感触が、彼女の存在を確かなものであると実感させていた。

 

 いや、確かにフローラが何故ここに居るのかは気になるが、それ以前に『ここ』は何処だ?

 みんなとはぐれてすぐに、あまりの寒さと吹雪の強さに倒れて、そこから先の記憶がない…。

 何時の間にかベッドで寝かされていたようだが、もしかしてフローラが助けてくれたのか?

 というか、どうしてフローラがここに居るんだ?

 

 情報が無さすぎて、何度となく同じ疑問の渦をグルグルとループし続けていると、

 

「…ん、んんっ……」

 

 フローラが若干艶やかな声と共に顔を上げ、少し寝ぼけ目で俺に視線を送ってきた。

 どうやら俺があたふたと考え事をしていたために、フローラを起こしてしまったらしい。

 

 少しの間、フローラにしては珍しくボーッと俺を見つめていたが、しばらくしてハッとした顔になると、

 

「ス、スサノオ様!? お目覚めになられたのですね!?」

 

 身を乗り出し、俺の手を握る力も強くなるフローラ。

 

「あ、ああ。……フローラ、どうしてお前がここに? というより、ここはいったい何処なんだ? あと、その、近いぞ?」

 

「! し、失礼しました!」

 

 そそくさと、顔を真っ赤にして後ろへと引くフローラ。その際、握られていた手もソッと離される。なんとなく、寂しいような気がした。

 

「…その、スサノオ様。ここは氷の部族の村です。村より少し離れた場所でスサノオ様がお倒れになっているのを見つけたので、こちらまでお運びさせていただいたのです」

 

 まだ少し頬を赤くして、フローラは落ち着いた様子で俺がここにいる経緯を話す。

 しかしそれにより、俺は自分の状況を理解した事で、最初にフローラを見た時の疑問がより強くなった。

 

「そうか…俺は部族の村に着いたんだな。うん、それは分かった。じゃあ、ならフローラはどうしてここに居るんだ? 確か…北の城塞で留守番してたはずじゃなかったか?」

 

「…それは……」

 

 俺の質問に対し、フローラは言いよどむ。さっきまで顔を真っ赤にしていたのに、すぐさまいつもの色白な肌へと戻ってしまう程に、彼女は苦悩を顔へと浮かばせていた。

 

「フローラ」

 

「…はい」

 

「…お前がそんな顔をするんだ。よほどの事があるんだろう。お前が言いたくないのなら、俺は追及はしない。でも、お前が抱え込んでより苦しい思いをするというなら、どうか話してはくれないか。吐き出して楽になれるんなら、俺にぶつけてはくれないか」

 

「スサノオ様…」

 

 俺の言葉に、フローラは俯いてしまう。心なしか、その華奢な体がプルプルと小刻みに震えているように見えるが、完全に下を向いてしまっているため、その顔を見て様子を窺う事が出来ない。

 心配して、しかし声を掛けていいのか分からないでいると、

 

「……やっぱり、あなたはお優しいのですね」

 

 そう言って顔を上げたフローラの目許には、小さく涙が零れていた。

 

「お、おい、大丈夫か!?」

 

「はい。お心遣い、ありがとうございます。スサノオ様の優しさに触れて、嬉しくて、感激して…涙が溢れてしまいました」

 

 その綺麗な手で涙を拭うフローラ。少し目が赤くなってしまっていたが、その穏やかに微笑む彼女の様子は、どこか儚げな美しさを醸し出していた。

 

「そ、そうか。改まって言われると、なんか恥ずかしいな…」

 

「…私も、今になって恥ずかしくなってまいりました」

 

 互いに顔を赤くし合って、そしてその赤くなった顔を見て互いに笑い合う。

 こうしていると、今だけは、あの頃に……北の城塞で皆と仲良く過ごしていた頃に戻ったかのような気がして、その懐かしさに嬉しさが込み上げてくる。

 それが虚しい気持ちである事は分かっていても、心に嘘はつけなかった。

 

「……分かりました。お話します。私がここにいる理由を。そしてスサノオ様の現状を」

 

 フローラは佇まいを正すと、いつもの真面目な表情で話し始める。

 俺もベッドの上で姿勢を正し、静かに耳を傾ける。

 

「まずは私がここにいる理由からですね。これをお話しする前に、スサノオ様。スサノオ様がここに向かわれたのは、氷の部族の反乱が原因ですね?」

 

「…ああ、そうだ。色々あって、父上からの任務として、部族の反乱を平定するように言われている」

 

「やはり、そうでしたか…。実は私がここにいる理由も、部族の反乱に関してなのです。それも、スサノオ様とは逆の立場として…」

 

 そうだった。フローラとフェリシアは、氷の部族出身だ。なら、彼女がここにいる理由も容易に想像出来るではないか。

 

「…村から要請があったんだな。村に戻って、反乱に協力するように、と…」

 

「はい。そして、私は村に戻る事を選んだのです。…スサノオ様やアマテラス様、フェリシア、ジョーカー、リリス、そしてギュンターさん達との思い出がたくさん詰まった、あの北の城塞を捨てて…」

 

「……」

 

 その時のフローラは、いったいどんな思いで城を出たのだろうか。

 大切な人達との思い出に溢れた所を捨てる時、いったいどんな気持ちになるのだろうか。

 今の話しているフローラの顔を見れば、それがどれだけ辛い事であったのか、分かるような気がした。

 

 そしてアマテラスも、フローラと同じように、大切だった場所を捨てる苦しみに、今も苛まれているのだろうか…。

 

「…村に帰ってきた私は、族長の娘の責務として、周囲の見回りをしていました。暗夜から、私達の反乱に関する情報を得ようとよく密偵が放たれていましたから。そして、いつものように見回りをしていた時、私はスサノオ様が倒れているのを見つけたのです」

 

「そうか…。でも、どうして俺を助けてくれたんだ? 俺がここに来る目的が分かっていたなら、そのまま放置しても良かったんじゃないか?」

 

 知り合いとはいえ、俺とフローラでは立場が真逆なのだ。ならば、俺を見殺しにしてもおかしな話ではなかったはず。

 今は戦争の時代なのだから、顔見知り同士が殺し合う事だってある。白夜に知り合いのいる、当に今の俺のように。顔見知りであるとか、そういった事は戦時中では意味を為さない。それが敵同士であるならなおの事である。

 

 俺の疑問に、フローラはばつが悪そうに、

 

「…暗夜への人質として辛い記憶しか持てないと絶望していた私に、スサノオ様は暖かい思い出を、希望をたくさん与えて下さいました。私とフェリシアに、居場所をお与え下さいました。あなたとアマテラス様は、私達姉妹にとって大切な恩人なのです。たとえ立場が違えど、そんなお方を見殺しになんて、私には出来ませんでした…」

 

「…俺とアマテラスが…知らなかったな、フローラがそんな風に思ってくれていたなんて。俺なんて、お前達に迷惑ばかり掛けてすまないと思っていたのに」

 

「いいのです。私達はメイドとして、従者としてあなた方にお仕えしていたのですから。それに、存外私はメイドの仕事も性分に合っていましたので」

 

 言われてみれば、フローラはこまめ過ぎるくらいに俺やアマテラスの身の回りの世話を焼いたり、完璧に家事をこなしていた。フローラが食事を作る事も多々あったくらいだ。ちなみに、フェリシアは言わずもがなである。

 

「私がここにいる理由はこれでお分かりになられたと思います。では、次はスサノオ様の現在の状況についてお話しします」

 

「状況…と言えば、俺は部族の村まで来る事が出来た訳だが…」

 

「はい。問題はここからです」

 

 フローラの顔付きが一層険しいものへと変わる。

 

「スサノオ様は部族の反乱を平定するためにここに来た。しかし、村は暗夜への不満が募りに募った状態…そんな状態の村に、暗夜の者、それも王族が1人でなんて死にに来ているようなものです」

 

 最初、1人でここに向かおうとしていた自分がどれだけ脳天気だったのかと、フローラの話を聞いて思い知らされる。

 改めて応援に駆け付けてくれた皆に感謝すると同時に、やっとその存在を思い出した。

 

「そういえば俺、仲間とはぐれたんだった! あっちは大丈夫だといいんだが…」

 

「…お連れがいらっしゃったのですか。……、スサノオ様、今までのお話からあなたにお願いがございます」

 

「お願い…?」

 

 今までにない鬼気迫る迫力を持ってフローラは切り出した。

 

「どうか、このままお帰りになって下さいませんか?」

 

 そのお願いに、俺は少しの間固まってしまう。

 フローラの言い分は、恐らくこうだ。

 

 帰ってくれ。私達には暗夜に従う気はもう毛頭ない。ここに居れば、あなたの命の安全は保証出来ない。だから、今のうちに帰ってくれ……と。

 

「幸い、スサノオ様の事を知る者はこの村には居ません。あなたが暗夜の者…王族であると知っているのは、私だけ…。今なら、素性を知られる前に村の外に出て頂けるのです」

 

「………」

 

 フローラのお願いを、俺は聞けるかどうかで言えば、答えはノーだ。

 部族の平定は俺が父上に認められるための必要条件。アマテラスを連れ戻すためにも、それは絶対の前提でもある。

 今フローラの頼みを聞いて帰ってしまえば、俺は任務に失敗したとみなされ、処刑されるだろう。

 

 かといって、俺がこのまま反乱を平定出来るかと言えば、それも難しいだろう。

 竜の力があるといっても、出来ればそれは使いたくない。あれは、あの禍々しい力は、敵を殺す力だから。あれを使ってしまえば、この村の人達が俺に向かって来た時、俺は彼らを殺してしまう。きっと、殺す。

 俺はフローラの家族を、大切な人達を殺したくはない。だから、竜の力は使えない。

 

 ならば、人間の姿のまま、相手を殺さずに闘うしかない訳だが、それを1人でやるとなると、これまた無謀としか言えないのもまた事実ではある。

 

 つまるところ、帰っても地獄、残っても地獄と、八方塞がりなのである。

 

「……フローラ、俺…泣きたいくらいヤバい状況だ…」

 

「え、ええ!?」

 

 思わず両手で顔を覆ってしまう。はぐれた仲間達が居たなら、話はまた違っていただろうが、こうなってしまった以上そんな幻想にはいつまでもしがみついていられない。現実を見なければ…辛すぎるが。

 

「俺さ、父上から命じられたこの部族の平定という任務を達成出来ないと、処刑されるかもしれないんだ。だから、おめおめと帰る訳にもいかないし、かといって俺1人で反乱を平定なんて…」

 

「そんな…まさかそんな事が…それでは、もうどうする事も…せっかくスサノオ様をお助け出来ると…」

 

 目に見えて落ち込むフローラだったが、それは俺も同じ。この絶望的な状況に、現実逃避したくなる。

 

「くそ…俺1人で…部族の人達を説得なんて出来るのか…?」

 

「……………今、何と仰られましたか?」

 

 唖然として尋ねてくるフローラに、俺はおかしな事でも言ったかと思いながら答える。

 

「いや、俺だけで説得なんて出来るのかって…」

 

「説得、ですか…?」

 

「ああ。平定と言っても、武力で解決するだけじゃないはずだ。話し合えばなんとかなるかもしれないし、そもそも氷の部族の人達は何も悪くなんてないんだから。もし説得が失敗して闘う事になったとしても、それは最後の手段だ。死者の無いようにしたいとは思うが……俺1人だと、俺が死にそうだよな」

 

 今度は呆然とした顔になるフローラ。俺は本当に変な事は言っていないはずなのに、何故そんな顔をされるのだろうか。

 しばらく黙って見守っていると、フローラが小さく笑いを零した。

 

「ふふ。そうでした。あなたはそういうお人でしたね。やっぱりスサノオ様はお優しいお方です」

 

「?」

 

 優しい笑みを浮かべて、フローラは一つ頷く。俺は何がなんだか分からないでいると、

 

「あなたは、もしかしたら本当に、伝説の勇者なのかもしれませんね」

 

「勇者? 俺がか?」

 

 どうにも話が飲み込めない。というか、話が大きくなりすぎているような気がしてくる。

 

「はい。私達氷の部族の伝承に記述のある、世界を救うといわれる、伝説の勇者…スサノオ様の持つその黄金の剣も、その勇者が持つ剣とよく似ているのです」

 

 そう言って、ベッドのすぐ側に立て掛けられている夜刀神に目を向けるフローラ。

 

「本来なら、よそ者を村に招き入れる事はしないのですが、その黄金の剣のおかげで父はスサノオ様を見捨てる事なく、そして私はスサノオ様をここまでお連れする事が出来たのです」

 

 自分の知らないところでそんな事になっていたとは知らず、俺はまじまじと夜刀神を見つめた。

 

 

 『夜刀神』。白夜王国に、母上の元に保管されていたそれは、マークス兄さんの『ジークフリート』やレオンの持つ『ブリュンヒルデ』、リョウマ兄さんの『雷神刀』、タクミの『風神弓』と同じ、『神器』と呼ばれし特別な武器だ。

 その中でも、『夜刀神』は持ち主を自分で選ぶ特殊な刀で、夜刀神を扱えるのは夜刀神に選ばれた者だけ。

 本来なら、使い手は1人のはずだったそれは、不思議な事に俺とアマテラスの2人を同時に使い手として選んだ。

 それにより、夜刀神は2つに分かれ、使い手もまた2人となった訳だが…。

 

 氷の部族の伝承が本当なら、夜刀神に選ばれた者が勇者という事になる。つまり、俺とアマテラスが、世界を救う勇者なのである。

 ならば、その勇者たる俺とアマテラスが敵同士になった時、いったいどうなってしまうというのか。

 勇者と勇者の闘い、それぞれの掲げる正義のぶつかり合い…それがもたらすものとは、この世界の救いとなるのだろうか。

 もしかしたら、どちらかは救世主になれず、真逆の存在となってしまうのではないか。

 救世主同士のぶつかり合いとは、つまりそういう事なのだから。

 

 

「夜刀神…勇者、救世主…か」

 

 竜の力といい、夜刀神といい、俺達兄妹はまったく奇妙な運命を背負っているらしい。

 それを言うなら、転生している時点で奇妙な話だが。

 

「ともかく、話し合ってみない事にはどうしようもないな」

 

「…本当に説得するんですね」

 

「俺は後に引けないからな。こうなれば、成るようになると信じて突き進むだけだ」

 

「分かりました。ですが、私はこの件に関してはお力にはなれません。スサノオ様がご自身で、部族の皆を納得させなければならないでしょう」

 

 それもそうだろう。フローラが俺に味方するなら、裏切りとみなされるかもしれない。フローラにもしもの事があれば、俺はフェリシアに合わせる顔がない。

 ここは俺がやらねばならない。他ならぬ、この俺が。

 

「そうと決まれば、早速行動に移るとしよう。フローラ、お父上の元まで連れて行ってくれるか?」

 

 俺はベッドから降り、立て掛けられていた夜刀神を腰に差す。

 

「はい。かしこまりました、スサノオ様」

 

 

 さあ、ここからが正念場だ。




「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「またこの時間が来てしまいましたね…。わたしはこれから、宝探しに行きたいと思っていたのですが…」

ベロア「さっさと終わらせて、宝探しに行きましょう…。それではゲストの方、早く出てきてください」

エポニーヌ「投げやりすぎない? まあ、あたしもベロアの気持ちは分かるけど」

ベロア「あ、今日のゲストはエポニーヌでしたか」

エポニーヌ「ええ、スサノオさんに頼まれてね。あたしもベロアともっと仲良くなれると思ってたから、了承したわ」

ベロア「そうですか」

エポニーヌ「あら? 尻尾が揺れてる…喜んでくれてるのね。なんだか嬉しいわ、ベロアがそこまで喜んでくれるなんて」

ベロア「嬉しいですよ。ソレイユみたいな変態じゃなくて、お友達が来てくれましたから」

エポニーヌ「…ソレイユが何かやらかしてベロアにぶっ飛ばされたって聞いてたけど、あの子いったい何をやらかしたの?」

ベロア「わたしとお風呂で胸の大きさを比べようと言い出したので、お仕置きしました」

エポニーヌ「…仕方ないわ。うん、それはソレイユが悪いわね。あの女の子好きさえなければ、ソレイユも良い子なんだけどね~」

ベロア「無理だと思います。あれは直る事はないでしょうから」

エポニーヌ「尻尾の毛が逆立ってる…そんなに怒ってるの?」

ベロア「わたしの胸をいやらしい目で見てきました。わたしじゃなくても、女性なら不快ではないですか?」

エポニーヌ「…分かるような気がするわね。あたしも胸元開けた服装でいる事が多いんだけど、男どものイヤラシイ視線を感じる時があるし…ソレイユもそれはヤりすぎだわ」

ベロア「…話が逸れましたね」

エポニーヌ「そうね。じゃあ、そろそろイキましょうか」指ぱっちん

ベロア「あ、エポニーヌのママ…こんにちは」

エポニーヌ「ありがと、母さん。じゃ、今日のお題イくわよ~! 『カムイがスマブラ進出した件に関して』……え?」

ベロア「へぇ、異界のスサノオですか。そんな面倒な催しに参加するなんて、異界といってもやっぱりスサノオですね…」

エポニーヌ「え!? ちょ、え!? なにそれ!? あたし初めて聞いたんだけど!?」

ベロア「聞いてなかったんですか? なんでも、第四の選択肢らしいですよ」

エポニーヌ「そういった事に疎そうなベロアが知ってるのに、このあたしが知らなかったなんて…義賊としての情報収集力がナマってるのかしら」

ベロア「わたしがパッと見た感想だと、なんというかノリノリで、流石主人公という感じでしょうか」

エポニーヌ「ちょっと待って、今資料を確認してるから………、……こ、これは……!!」

ベロア「どうかしましたか?」

エポニーヌ「男の子達が、互いに研鑽し合ってるじゃない! 女の子も何人かいるけど、素晴らしいわ! 特にこのリ○クって剣士とマ○スって剣士…この組み合わせ、最高じゃない! どちらが攻め? 受け? なのかしら! 妄想が捗るわぁ~!」

ベロア「エポニーヌ…?」

エポニーヌ「このネ○って子とリ○カって子もイイわね…、!! ピ○トとブラックピ○ト!? 同じ顔をした2人が仲むつまじく…うふ、うふふふ! なんなの!? この闘技大会!? まさか楽園!? ああ、イキたい…あたしも直接その場で様子を眺めたい…観察したい…!! あーーー!!!」

ベロア「…エポニーヌも、この変な趣味が無ければ良い人なのですが。これはもう戻りそうにもないですね。さて、わたしは宝探しにでも出かけましょう。…結局、お題はわたしのちょっとした感想だけになりましたね。まあ、良いでしょう。それではみなさん、また次回お会いしましょう」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 謎の訪問者と末妹姫のテヘペロ

 

 話し合いという名の説得へと赴くために、俺はフローラに連れられ、長のいる部屋へと向かっていた。考えたくはないが、万が一のために夜刀神を腰に差したまま、フローラの父との対談に臨むつもりだ。

 本来なら、説得に武器を持ったままでというのはするべきではないのだろう。ただ、俺は今1人。もしも、という可能性を考慮すると、身を守るための物くらいは側に置いておきたかったという理由から、夜刀神を帯刀したままにすると決めた。

 

 だからといって、夜刀神はあくまで自衛のための手段としか考えてはいないのだが。

 俺は部族の者の命を奪うつもりは更々無い。

 

 少しして、俺はこの家のとある一室の前までやってきた。部族の長だけあって、家も少し大きめのようで、俺が寝ていたのは離れの部屋だったようだ。

 

「着きました、スサノオ様」

 

 フローラが扉の脇へと逸れ、俺に道を譲るように立ち止まる。

 

「ああ。ありがとう、フローラ」

 

「…本当に、よろしいのですね?」

 

 不安そうに再度尋ねるフローラに、俺は決意を込めて頷き返す。

 

「もし説得が失敗しようとも、俺は誰の命も奪わないから、安心してくれ」

 

「…私が心配しているのは、そちらではありません。私は、あなたの身を案じているのです」

 

 俺の言葉は的外れだったらしく、フローラはため息を吐いて俺の身を案じる言葉を口にする。

 

「…悪いが、それについては保障出来ないかもしれない。ただ、もし俺が死んでもそれは俺の責任だ。だから、フローラは俺の死を絶対に背負うなよ?」

 

「……、まったく、スサノオ様はどこまでもお優しいのだから。あなたのような主君を持てて、私はメイドとして誇らしい限りです」

 

 不安は拭えなかったようだが、少し笑顔を取り戻したフローラ。そして、フローラは扉へとノックする。ついに、運命の時が来たのだ。

 

「誰ですか」

 

 中から男性の返事が。フローラはその返事に対し、

 

「私です、父さん。倒れていた方が目を覚まされ、父さんとお話がしたいとおっしゃるので、お連れしました。部屋に入れてもよろしいでしょうか?」

 

「おお…目を覚まされたのですか。よし、ではお通ししなさい」

 

 了承を得、フローラが扉を開く。そして俺はフローラの招きに応じ、室内へと足を踏み入れた。

 

 ここは書斎のようで、奥の方に40代くらいの男性が机を前に腰掛けていた。

 彼は俺が入ってくると、立ち上がり笑顔で会釈をしてきた。一応は歓迎的であるようだ。

 

「これはこれは、無事お目覚めになられたようで何よりです」

 

「お陰様で、危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございます」

 

「いいえ、礼には及びませんよ。こちらとしても下心あっての事でしたので…」

 

 彼はフローラに椅子を用意させると、俺に腰掛けるように促してきた。俺はその厚意に素直に甘え、フローラが用意してくれた椅子に腰掛ける。

 

「おっと、まだ名乗っていませんでしたね。私はクーリアと申します。こちらは私の娘のフローラ。私はこれでも、この村の長をさせて頂いております」

 

「俺はスサノオと言います。…ところで、下心というのは?」

 

 俺の質問に対し、クーリアは視線を少し下に下げた。正確には、俺の腰に差した夜刀神に。

 

「ええ…。この村にはとある伝承があるのです。それがあまりにスサノオ殿と似ていたため、あなたを助けたのですよ」

 

「その伝承なら、娘さんからお聞きしました。確か…黄金の剣を持った勇者が世界を救うとか」

 

「はい。それ故に、私達はあなたを見殺しに出来なかったのです。本来なら、部外者を村に招き入れるような真似はしないのですが…あなたは例外です。もしあなたが伝説の勇者だった時、それを死なせてしまったとあれば、末代までの恥となりましょう」

 

 クーリアの言い方から察するに、それだけ氷の部族にとって伝承は重要なものであるのだろう。

 

「それにしても、最近は訪問者が多い。招かれざる客人の方が多いのですが、正式に村に招き入れたのは、あなたを含めれば5人目でしょうか」

 

 招かれざる客人というのは、多分暗夜の密偵だろう。ならば、俺の他にこの村を尋ねてきた4人とは…?

 その内の2人はアカツキとネネだろう。じゃあ、あとの2人は…?

 

「一つお聞きしても?」

 

「どうぞ、何かありましたか?」

 

「俺はその勇者になぞらえられて助けられたのなら、他の4人はどうしてなのかと思いまして…」

 

 俺の言葉にクーリアは少し考え込むように、顎に手を置いて黙り込む。その様子に、俺はチラリとフローラを見ると、フローラはギュッと口を閉じて父親へと一心に視線を向けていた。かなり不安なようだ。

 

「そうですね…」

 

 と、クーリアが口を開く。感じからして、考え込んでいたのではなく、何かを思い出しているようだった。

 

「この前の客人は2人組で…村の子どもが狼に襲われているところを助けて頂いたのです。その礼に、村に招待させて頂いたのだったと…」

 

 期間からして、その2人はアカツキとネネだろう。なんというか、出会いからしてあの2人らしいとは思える。

 

「そしてその前も同じく2人組でしたが…こちらは、何と言いますか…信じてはもらえないような話でしたので」

 

 言いよどむクーリアに、俺はより疑問が深まる。この魔法や幻想的な生物が存在する世界で、信じられないようなものとは一体何だというのか。

 

「一応聞かせて頂いても?」

 

「…まあ良いでしょう。おとぎ話でも聞いていると思ってお聞きください」

 

 咳払いをして、彼は話し始める。

 

「先程申し上げた2人にも共通する話なのですが、彼らは各地の伝承を集めて回っているようでした。その一環として、我が氷の部族の村にも訪れたようなのですが、先程述べた2人の前にこの村に訪れた2人も同じく伝承を求めていました」

 

 俯き目を閉じて、思い出しながら語るクーリア。再びフローラに視線を向けると、フローラも怪訝そうで、初めて聞いたという顔をしていた。

 

「そして、その2人は不思議な力を持っていました。その者達は、大群で村を襲おうとしたノスフェラトゥの群れを、たった2人で殲滅してしまったのです。およそ50は居たでしょうか」

 

 俺達は10人近くで100体を倒したのに、2人だけで50体も…。相当な実力者であるのは間違いないだろう。

 

「その時はまだ不審者として村に入れていなかったのですが、そこにたまたまノスフェラトゥの群れが押し掛けてきたようでした。私達がそれに気付き、村の外へと向かった時には既に、その半数以上を倒していたのです」

 

「どれくらいで襲撃に気付かれたのですか?」

 

「おそらく襲撃が始まったその時でしょう。何かが爆発するような音が聞こえ、すぐに向かいましたので。そこでは、大きな兎と魔道書を持った少女が、村を背に守るようにして闘っていました。私は大きな兎がもう1人の旅人であるとはすぐに気が付きました。彼は見たところ、獣人のようでしたので。そして、ここからが問題なのですが…少女が竜脈と呼ばれる特別な力を使用したのです」

 

「竜脈…!? では、その少女は王族だったのですか!?」

 

「分かりません。後で聞いたのですが、自分は遠く離れた国の、既に滅んだ王家の末裔だと言っておりました。実際、彼女の名は暗夜王家にはありませんでしたし、北の城塞に幽閉されているという王族も、その頃はまだ外に出ていないという話でしたので」

 

 幽閉云々は俺とアマテラスの事だろう。という事は、フローラもまだその頃は一緒に居たので、その話を知らなくても無理はない。

 

「竜脈を使えた事自体が不思議であるのに、彼女はそれだけに収まりませんでした。……少女は、なんと人間から竜の姿へと変身したのです」

 

「竜に…なった…!?」

 

 俺は耳を疑わずにはいられなかった。俺とアマテラスが竜になれるのなら、確かに他の王族の誰かがなれてもおかしな話ではない。

 しかし、それが暗夜の王族でも白夜の王族でもなく、得体の知れない人間が竜になったというなら話は別だ。そんな人間が居たのなら、知られていない訳がない。マークス兄さんだって知っていたはずだ。そしてエリーゼも。しかし、エリーゼは俺が竜化した時の反応からして、初めて竜化の事を知った風だった。

 その少女は一体何者であるのか、味方であるならそれで良い。だが、もし敵であった場合、実力の事も考えると、恐ろしくて仕方がない。

 

 クーリアは、そんな俺の驚きに気付いた様子もなく、淡々と語り続ける。

 

「当に圧倒的の一言でした。瞬く間にノスフェラトゥを殲滅し尽くすと、彼女は元の姿に戻り、私に向かってこう言ったのです。『村に被害が出なくて、本当に良かった』と…。あの時の満面の笑顔…私は忘れる事が出来ません」

 

「そんな事が…どうして話してくれなかったんですか、父さん?」

 

 今まで黙っていたフローラだったが、そのあまりに衝撃的な内容に、思わず口を出したようだ。

 

「さっきも言ったように、とてもじゃないが信じてもらえないと思ったからです。私だって、この目で見なければ信じられなかったでしょう」

 

「…それは、そうかもしれませんが…」

 

 彼らの言葉は、どちらも正しい。俺だって、実際自分が竜になれるからこそ、今の話を真剣に聞く事が出来た。何も知らなければ、到底信じられないような話であるのは間違いないのだ。

 

「…俺は、信じますよ。クーリア殿」

 

 信じる事から、信頼関係は始まり、築かれていく。ならば、俺が信じないでどうするというのか。

 

「あのような話を…?」

 

「命の恩人の話です。それが不思議な内容であろうと、信じる。それが俺の意思ですから」

 

「そうですか…あの2人といい、あなたといい…不思議な方々だ」

 

 そう言って、クーリアは穏やかな笑みを浮かべた。やはり、フローラとフェリシアの父親だけあって、2人の笑顔とどこか通じるものがある。

 

 話を切り出すなら、今しかないかもしれない。

 

「クーリア殿、あなたにお伝えしたい事があるんですが…」

 

「ほう、それは何でしょうか?」

 

「実は…」

 

 俺が反乱について切り出そうとした、その時だった。

 

 コンコン。

 

「? 誰でしょうか…」

 

 突然のノックに、俺は言葉を止め、フローラが扉を開ける。すると、

 

「クーリア様、アカツキ殿とネネ殿が参られております。どうも、他にも連れがいるようですが…」

 

 中年くらいの男性が扉の所から、クーリアに声を掛けた。突然の報告に、俺は全員無事だったのかと安堵した。しかし、同時に話を切り出すタイミングも失ってしまった。

 

「ふむ…また何かご用でもあるのかもしれませんね。スサノオ殿、すみませんがお客人のようですので、話はまた後でよろしいでしょうか?」

 

「…あー、そう、ですね。分かりました、また後で」

 

 仕方ないが、俺も今はみんなの顔を早く見たい気持ちが強い。クーリアの後に続き、俺も部屋を出ようとした時、手をグッと掴まれた。フローラだった。

 

「…話さなくて良かったのですか」

 

「まあ、後で時間を取ってくれるようだし、まだ大丈夫だろう」

 

「…そうだと良いのですが」

 

 

 

 

 

 

 

 俺はクーリアの後に付いて行き、村の入り口にまでやってきた。村の中は、不思議な事に村周辺に比べて吹雪が吹いておらず、寒さこそ強いが、あの猛吹雪に比べれば天と地の差である。

 

「…!」

 

 門のようになっている所では、仲間達の姿があった。全員の姿を確認出来た俺は、ほっと息を漏らす。

 

 向こうもこちら気付いたようで、

 

 

「おにいちゃーーーん!!!」

 

 

 馬から下りたエリーゼが笑顔全開で猛ダッシュで俺目掛けて走ってきた。

 

「無事だったんだね、良かったよー! …安心したら腹立ってきちゃった…もーう! 心配したんだよー!!」

 

 突進からの抱き付きで、腹に結構な衝撃を受けるが、伊達に鍛えてはいない。これくらいなら、兄としては笑って受け止めて当然だ。断じて、受け慣れすぎて鍛えたのではない。

 

「あ、ああ。悪いな、心配かけて」

 

「ほんとだよ! あたし、おにいちゃんが死んじゃったかもって、とっても心配だったんだからね!!」

 

「本当にすまない…」

 

 エリーゼを抱きしめ返し、その暖かさを感じて、これが夢じゃないと実感する。みんなの方を見てみると、遠目でも安堵した表情が見て取れた。

 

「すぐに探したのに、おにいちゃん見つからないんだもん。ほんとはもっと探したかったんだけど、アカツキとライルが、おにいちゃんなら1人でも村に向かうから、あたしたちも村に行くべきだって。でも、ほんとにおにいちゃんが居て良かったー!!」

 

 アカツキとライルの判断は、ある意味で正しかったかもしれない。実際、俺は1人でも村に向かおうとしたはずだ。まあ、フローラに助けられた形で村に到着したという、なんとも情けない事実は隠しようもないのだが。

 

 

 

 そして、スサノオ達とは別に、アカツキ達の方でも話が進んでいた。

 

「アカツキ殿、ネネ殿、何か忘れ物でもありましたか? …どうやら、あなた達はスサノオ殿とも知り合いであるらしいですが」

 

「そうだな。スサノオ…殿がこの村に用があるというので、途中まで私とネネが案内を買って出たのだ。途中ではぐれてしまったが…」

 

「スサノオ殿は、倒れているところを私の娘が見つけ、こちらで保護したのです。何はともあれ、命に別状が無いようで一安心しましたよ」

 

 アカツキは今の会話である事に気付いていた。クーリアは、スサノオが暗夜王子であると気付いていない。騒ぎになる前に、反乱を平定するという目的も果たせるかもしれない。

 

「こちらとしても、連れが無事で安心した。誠に感謝いたす、クーリア殿」

 

「礼には及びません。こちらとしても、スサノオ殿は捨て置けぬ方でしたので」

 

「…何故?」

 

「お忘れですか? 我が村の伝承を」

 

 言われて、アカツキは思い出す。氷の部族の伝承、そしてスサノオの持つ黄金の刀を。

 なるほど確かに、彼らがスサノオを助けた訳だ。

 

「あ~、なるほどです。そういえば、スサノオ…さんが持っている刀は、伝説の勇者の持つ剣と似てますですね」

 

「なるほど、理解した。さて、用があるのはスサノオ殿だ。何か話を聞いては?」

 

「いいえ。ですが、話があるとはおっしゃっておられましたね。恐らく、それがそうなのでしょう」

 

 ならばと、アカツキはクーリアと共にスサノオの元へ歩き始めるが、この時彼女は気付いていなかった。

 ただ単純に、アカツキでは知り得なかったというべきだろう。『彼女』の存在を。スサノオやエリーゼとの関係を。

 

 アカツキがスサノオ達に近付いた時、エリーゼが話している声が届いた。

 

 

 

「あれ? そういえば、どうしてフローラがここにいるの?」

 

 

 

 その言葉に、アカツキは違和感を抱いた。何故、エリーゼはスサノオの後ろに控えているフローラの事を知っている?

 

 違和感が疑念へと変わった時、アカツキはハッとして隣のクーリアを見た。

 クーリアもまた、ハッとした顔で、急ぎフローラの元へと走り出す。

 アカツキも遅れてクーリアの後を追い走り出した。

 

 違和感は当然だったのだ。今この時、初対面でなければならないエリーゼとフローラが、互いを知っている状況…それはつまり、2人が別の場で会った事があるという事。それも、フローラがこの村に居ない間に。つまりは暗夜で。

 

 となれば、エリーゼに兄と慕われるスサノオは、同じく暗夜の者であり、それも王城関係者となる。

 何故なら、フローラは暗夜王国に人質として、メイドとして仕えてきたのだから。

 

 そして、トドメの一撃ならぬ一言を、エリーゼは発してしまったのだった。

 

 

「よく分かんないけど、フローラもいるなら心強いね! じゃあ張り切って、反乱を平定しよー!!!」

 

 

 瞬間、雪の降り続ける中で、空気が凍ったのを、その場の全員が感じ取っていた。

 

「エ、エリーゼ…!?」

 

 焦るようにスサノオがエリーゼの口を手で塞ぐが、時すでに遅く、すぐ側まで来ていたクーリアに、ハッキリと、聞かれてしまったのである。『反乱を平定』と。

 

「反乱…平定…? それに、エリーゼというその名前…、まさか暗夜王女……!!」

 

 やはり、スサノオと違いエリーゼの名前は流石に知られていた。それにより、クーリアは確信した。エリーゼ王女に兄と呼ばれる彼は、確実に王家と関連する位置にいる人物であると。

 

「まさか、暗夜の手の者だったとは…! こんな事なら、助けなければ良かった。騙すとは、やはり暗夜王国は卑劣なやり方を好むようですね!」

 

 クーリアの溢れ出る怒りに、エリーゼもようやく自分が何かやらかしてしまったと気付き、そして───

 

 

「あ、あれ? あたし、もしかしてやっちゃった?」

 

 片目を閉じて頭をコツンと、可愛らしく舌を出して…俗に言う、テヘペロをやってみせたのだった。

 




「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「……この面倒な企画も、慣れてしまえば何とも思わなくなってきましたね」

ベロア「かといって、このコーナーが好きかと聞かれれば、別に好きではありませんが」

ベロア「さて、本日のゲストはこちらです」

イグニス「…イグニスだ」

ベロア「……、それだけですか?」

イグニス「…別にいいだろう。俺はスサノオに言われてここに来ただけだ」

ベロア「そうですか」

イグニス「……」

ベロア「……」

イグニス「…なあ、ベロア」

ベロア「なんですか?」

イグニス「どうして俺は呼ばれたんだ? 正直言って、俺もお前も基本的には寡黙組だろう。この組み合わせでこういったコーナーは不向きだと思うんだが…」

ベロア「そんな事、わたしだって知りません。ただ、イグニスがゲストである事は嬉しいですね」

イグニス「え…!? そ、それは、どういう…!?」

ベロア「ソレイユみたいな変態や、オフェリアみたいな騒がしい人じゃなくて、とても助かるからです。わたしは静かな方が好きなので」

イグニス「…理解した」

ベロア「とは言っても、流石に黙ったままでは、わたしはスサノオからご褒美をもらえません。イグニス、何か話題はありませんか?」

イグニス「…急に言われてもな。…そうだな、この前ベロアにあげたお守りは今どうだ?」

ベロア「ああ、あれなら大切にしていますよ。今も肌身離さず持ち歩いています。それこそ、お風呂に入る時も眠る時も欠かさずに」

イグニス「…いや、流石にそれは離してなさすぎないか?」

ベロア「分かってませんね、イグニス。わたしにとって、使い古されていくほどにお守りは宝物へと進化を遂げていくんです。ほら、見てください。このほつれた袋、しなびれた布地…。そしてこの黒ずんだシミ…、はあ…どこをとっても素晴らしいと思いませんか?」

イグニス「すまない、分かりそうにない」

ベロア「即答されると、少し複雑な気分になりますが、まあ良いでしょう。ところで、わたしがあげたお守りはどうですか?」

イグニス「…俺も、大切にしている。あれをもらってから、俺の周りで怪奇現象が起き始めたが、概ね大事にはしているぞ」

ベロア「そうですか。具体的にどう大事にしているのですか?」

イグニス「え!? えっと、その、シャラに相談して、より大事にするにはどうしたらいいか聞いたら、白夜式のやり方を教えてもらえた。神棚といって、俺の天幕や個室の天井近くの角に、小さな棚を作るんだ。そこに、お守りと共に供え物を置いて祈ると、すごく効果が出た…」

ベロア「…効果が出た事は良いですが、わたしのあげたお守りが宝物へと昇華しないのは少し残念です」

イグニス「…そうか、すまないな。(言える訳がない。幽霊が頻繁に出るようになって、シャラに相談したら解決したけど、ずっとそれを続けないといけないなんて)」

ベロア「さて、尺はある程度稼げたでしょうから、さっさと本題に入って終わらせましょう」

イグニス「…メタいな。別に俺は構わないが」

ベロア「では、イグニス、読み上げてください」

イグニス「え、俺が? 何を…?」

ベロア「後ろです」

イグニス「…後ろ? !!!? な、ななななな!? か、母さん!? び、びっくりさせないでくれ…! …それを読めばいいのか」

イグニス「…『謎の訪問者とは』…らしいな」

ベロア「アカツキ、ネネの前に部族の村を訪問した2人組ですね。まあ、わたしとは違う種族の獣人…兎ですが、知っている方は誰だか丸分かりでしょう。ちなみに、兎さんもノスフェラトゥとは闘いましたが、ほとんど囮として機能していて、もう1人の方が7割方倒したそうですよ」

イグニス「…何故だろう、その兎に親近感を覚えるな」

ベロア「では、もう1人の少女に関して、大ヒントを差し上げましょう。彼女に関しても、察しのついている方はいると思いますが…。彼女は『覚醒』でいうところのマムクートです。しかし、この世界においては普通の『マムクートというクラス』ではありません。そして、彼女には姉がいます。ただし、皆さんが想像する人の妹では確実にありません。更に言うなら、その名前は既に皆さんご存知のはずですよ」

イグニス「…そんなに言ってしまって大丈夫なのか?」

ベロア「大丈夫です。彼女が誰かは分かっても、どうせ誰の血縁者かまではバレません。というか、それを見事的中させた人はすごいと褒めてあげます。素晴らしい野生の勘の持ち主ですね、と」

イグニス「…バカにしているようにしか聞こえないぞ」

ベロア「別にバカにはしてませんよ。素直に誉め言葉として受け取って欲しいです。…さて、今日はもう良いでしょう。お開きです」

イグニス「…なんだかんだで、2000字近くまで行ったな」

ベロア「…イグニスだってメタ発言してますよ。では、本当に今日はこれでお終いです。また次回、お会いしましょう。ありがとうございました」

イグニス「…ありがとう」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 反乱の狼煙

 

 エリーゼの無意識な失言は、完全にスサノオとクーリアとの間に決定的な溝を作ってしまった。

 それは確かに、意図せずの事だっただろう。しかし、幼いエリーゼには自身の発言が持つ効力というものがまだよく分からないのも事実。仕方の無い事と言えばそればまでだが、いかんせん今回はタイミングも悪ければ間も悪かった。

 要は巡り合わせが悪かったという事に他ならない。

 

 けれど、事態は、物語は待ってはくれない。

 

「なんという失態…! まさか暗夜の手先を自ら村に招き入れてしまうとは!!」

 

 先程までとは打って変わって、クーリアは険しい顔付きでスサノオとエリーゼを睨み付ける。

 それはその隣で、驚きで固まってしまっているフローラにもゆっくりと向けられた。

 

「…フローラ。あなたは知っていた…ようですね。まさか娘に裏切られるとは思ってもいませんでした」

 

 その冷たい言葉には、家族に裏切られた悲しみと、仲間に裏切られた怒りが入り混じり、形容しがたい憤りに満ちていた。

 それは、その負の感情を向けられているフローラには刺さるように感じられ、彼女もまた苦痛な表情を浮かべて反論する。

 

「ま、待ってください! この方達は父さんが思っているような人達じゃない…! 確かに、私は知っていて黙っていました。でも、それは決して父さんを騙すためでは……!!」

 

 フローラの必死な訴えも、しかし怒りに支配されたクーリアには届かない。

 

「もういい。お前は暗夜に居る間に毒されてしまったのです。彼らを始末したら、お前に掛けられた洗脳を治してあげましょう」

 

 クーリアはフローラから視線をスサノオへ移した。より一層鋭く冷たい視線で。

 

 スサノオは、親子のやりとりを黙って見ていた。今、自分が余計な口を挟めば、もっとややこしくなるかもしれなかったからだ。

 でも、そんな事は最早関係ない。どちらにせよ、クーリアの心にこちら側の言葉は届かないのだから。

 

 今はまだ。

 

「こうなった以上、あなた方を生かして帰す訳にはいきません。…あなたを伝説の勇者と信じた私の目は節穴だったようです」

 

「…俺達に争う意思などありません。ただ、話し合いがしたかっただけだ」

 

「そう言って、騙し討ちをするのでしょう? 白夜王を討った時のように」

 

 白夜王を討った…。今一度、その言葉はスサノオへと重くのしかかってきた。

 暗夜王ガロンは…育ての父である彼は、スサノオの実の父である白夜王を騙し討ちで殺した。それは変えようがない事。そしてそれを否定など出来はしない。

 それでも、スサノオはガロン王を、暗夜王国を、暗夜の家族を選んだ。選んだ以上、それがたとえどれだけの重圧を伴おうとも、逃げられはしない。

 茨の道と分かった上で、スサノオはこの道を歩むと決めたのだから。

 

「…確かに、父上は白夜王を騙し討ちで殺した。だが、だからといって俺は父上と同じ道を歩もうとは思わないし、選ぶ気もさらさら無い!」

 

 改めて、スサノオはガロン側に付いて自分がどうあるべきかを再確認すると共に、決意の叫びを上げた。

 

 だが、それでも一度崩れた関係を簡単には修復出来るはずもなく、

 

「口では何とでも言えるでしょう。暗夜の者の言葉など、信用出来ません」

 

 そう言うや、クーリアは地面に手をかざすと、彼を中心にして周りを吹雪が吹き荒れ始める。

 たまらず、スサノオとエリーゼ、クーリアの後ろに居たアカツキは腕で顔を守る。

 

「きゃ!?」

 

 と、視界が奪われた中で響く女性の甲高い叫び声。

 

「! フローラ!?」

 

 それはフローラのものだった。スサノオは吹雪の中で闇雲にフローラが居たであろう場所に手を伸ばすが、何もその手に触れはしない。

 

 やがて、吹雪が弱くなっていくのを肌で実感したスサノオは、すぐに目を開け振り向くが、そこには誰も立ってはいなかった。

 

「くっ…!」

 

 視線を戻せば、クーリアも同じく居なくなっており、アカツキも辺りに目を走らせていた。

 

「…厄介な事になったようだ、スサノオ様よ」

 

 鋭い視線で周囲に目をやる彼女。しかし、その視界には村の家々以外何も捉えられない。

 

「ああ。フローラはクーリア殿が連れて行ったに違いない。娘を殺したりはしないだろうが…くそ、話し合いに持ち込めなかったのは痛いな」

 

 スサノオは地面の雪を蹴った。自分自身の至ら無さを怒っての事だ。さっさと和平を切り出していれば、もっと穏やかに事が済んだかもしれなかった。

 悔しそうに地面を見つめる兄を前に、流石にエリーゼも自分のしてしまったミスの重大さに気が付く。

 

「ごめんね、おにいちゃん…。あたしのせい、だよね…」

 

 しゅんとうなだれるエリーゼ。その瞳には涙が浮かんでいた。

 

「いや、エリーゼは悪くない。俺がもっと早く話を通していれば、エリーゼに責任が行くような事もなかった。だから、俺が悪い」

 

 落ち込むエリーゼの頭を優しく撫でるスサノオ。兄の気遣いに、エリーゼは申し訳無さそうにこくりと頷き返した。

 

「…ううん。あたしも悪かったんだよ。だから、あたしがんばる! がんばって、氷の部族の人たちと仲直りする! そうすれば、誰が悪いとかなんて関係なくなるもん!」

 

 エリーゼなりに、しっかりとした目標を持ったらしく、気合いに満ちてガッツポーズを取っていた。

 

「さて、ご兄妹での話し合いは済んだところで、これからどういった方針で行かれる?」

 

 静かに刀に手を伸ばし、アカツキは主であるスサノオへと問う。力任せに制圧するのか、それとも───

 

 そんなアカツキの問い掛けに、スサノオはこちらへと走ってくる仲間達へも視線を向けながら、力強く言い放った。

 

「決まってるさ。俺が執るべき指揮は───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、父クーリアによりフローラは家まで連れ戻されていた。

 

「いた…!?」

 

 ドン、ととある一室の扉が乱暴に開かれると同時、フローラも投げ込むように室内へと押し込められる。その拍子に、フローラは膝をついて倒れ込んだ。

 

「彼らを始末するまで、お前はそこにいなさい」

 

 クーリアはそれだけ言い放つと、外側から鍵を掛けてしまう。

 

「待って父さん! お願いだから話を聞いて…!!」

 

 すぐに立ち上がり、扉に手を付いて父を呼び止めようとするフローラ。しかし、その悲痛な叫びは、クーリアの去っていく足音を消すのみだった。

 

 フローラが閉じこめられたのは、自分の家の地下室だ。ここは、保存食を置いておくための部屋で、他の部屋より比較的冷えていた。

 普通の人間なら、こんな寒い部屋に監禁されれば、数時間と保たず体力を奪われていくが、彼女ら氷の部族は違う。元より寒さを好む彼女らの部族は、この程度の寒さなら何という事もない。

 だからこそ、それが分かっているからクーリアは娘をこんな場所に閉じ込めた訳である。

 

「とにかく、ここから出ないと…」

 

 彼女には分かっていた。父は本気でスサノオ達を殺しにかかると。そして、スサノオ達も生きる為に抗うはずだと。

 普通に考えればスサノオ達よりも、地の利や数で勝る部族の方が有利である。それは間違えようのない事実だ。

 しかし、それをも覆しうるのがスサノオ並びに王族臣下達である事も彼女には分かっていた。王族の直属の臣下ともなれば、その実力は文句無しの一流のそれだ。

 フローラが知っているだけでも、あの場に居たのはエリーゼの臣下の3人の他、マークス、カミラ、レオンの臣下が1人ずつ。そしてアカツキ、ネネ、とそうそうたる面々が揃っていた。

 何より、フローラは今までずっと側で見てきた。たゆまぬ努力を日々続けてきたスサノオの力を、その成長ぶりを。だからこそ分かるのだ。このままいけば、最悪の事態が起こってしまう。

 

 部族とスサノオ達の双方に、死という形で甚大な被害が出る、と…。

 

 そうなる前に、どうにかこの争いを止める必要がフローラにはあった。スサノオも、部族の皆も、彼女にとってはかけがえのない大切な『家族』だから。

 

「何か…何か手は…、ここから出ないと…!」

 

 目を閉じて、必死に思考を巡らせるフローラ。この地下室に入ったのは、子どもの時以来だからあまりよくは覚えていないけれど、何か少しでもここから出られるヒントは無いかと、幼き頃の記憶を手繰り寄せる。

 

「………」

 

 彼女は思い出していた。幼い頃、ここにフェリシアと共に罰として閉じこめられた時の事を。

 勝手に村を抜け出しては、子どもだけで入る事を禁じられていた天蓋の森を、フェリシアと2人して遊び場にしてはバレて怒られていた事を。

 子どもの頃の話とはいえ、今のフローラからでは考えられない事をしていたものだ。

 

 そしてその度に、フローラとフェリシアはこの地下室に入れられていた。

 子どもというのは目ざといもので、何か気になる点が少しでもあれば、確かめたくて仕方ないもの。それは子どもの頃の彼女らも違いはなく、そしてそれが今、フローラの光明となろうとしていた。

 

「…そういえば、確かあそこに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 決して大きいとは言えないこの村も、しかしだからといって極端に小さいという訳でもなく、村の入り口からクーリアが居るであろう屋敷までは随分と距離があった。

 この諍いを終わらせるには、どちらかの指導者が負けを認めるしかない。

 しかし、それはスサノオ側にとってはただ単に負けを認めるのではなく、明確な死という形で表れる。それだけは、スサノオには回避しなければならない理由が今はある。

 自分だけならまだいい。その命をいつでも投げ打つ覚悟はとうの昔に出来ている。

 だが、仲間の命は別だ。彼らはスサノオの為にわざわざここまでついて来てくれた。そんな彼らにまで、死という責任を押し付ける訳にはいかなかったのだ。

 

「……向こうの仕度は整っているようだな」

 

 ミシェイルが仮面越しに、その鋭い眼光を走らせる。そこには、周囲から続々と集まる影があった。その手に、各々が凶器足り得る物を持って。

 

「やはり、早いな。元々、いつ敵襲があっても良いように準備はしていたのだ。当然と言えば当然か…」

 

 刀を鞘から抜き、アカツキは戦闘の構えを取る。それを合図にしていたかのように、他の面々も自身の得物に手を掛けていた。

 

「いいか、さっき言った通り、たとえ何があろうと彼らを殺すな! 俺達はここに殺し合いをしに来た訳じゃないんだからな」

 

 スサノオも、夜刀神を構え遠くに見える屋敷に目を向ける。

 あそこが決戦の場所となる…そう直感したが故に。

 

「怪我したらあたしが治すよ! もちろん、部族の人たちもね!」

 

 エリーゼは馬に乗ると、杖を頭上に掲げて高らかに言った。どうやら吹っ切れたようだ。

 

「エリーゼ様、それは良い心掛けですが、部族の方々を治療するのは出来ればすべて終えてからでお願いします」

 

 ライルが眼鏡をクイッと、いつもの仕草で注意を呼びかける。無力化した相手に再び襲われては堪らないという考えからだ。

 

「ハッハッハ! 私は正義の味方! 罪無き人々の命を守るのは当然だ。たとえ敵対していようとも、彼らもまた私の守るべき市民なのだ。それは変わらないよ!」

 

「おぉぉ……ヒーローだ…本物のヒーローだよぉ! ハロルドかっこいいよ! あたしの理想のヒーロー像に限りなく近いよ!」

 

「ふむ、声援感謝するよ!」

 

「…近いだけで、理想ではないのね」

 

 ハロルドを尊敬の眼差しで見るアイシスに、ノルンのみが弱々しいツッコミを入れていた。

 

「興奮しているアイシスはほっといて、私達もそろそろやるですよ」

 

「ふん、幸いと言うべきか分からんが、ミネルヴァが本調子でなくて助かったな。ここが氷の大地でなかったら、ミネルヴァは手加減など出来んぞ」

 

「私は力が強すぎて、いつでも手加減が難しいけど…」

 

 そう言って、手近に落ちていた拳大の石を握り砕いたエルフィに、ミシェイルとネネは顔をサッと逸らしたのだった。

 

「ま、間違っても殺すなよ…エルフィ」

 

 今更ながらに、一抹の不安を感じながら、スサノオは夜刀神を手に走り出した。

 それに続いて、エリーゼとエルフィを最後尾に残し、他のメンバーもそれぞれバラけていく。

 ついに、氷の部族との闘いが始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ…主役は遅れて登場するものだ。さあ、今行くぞ我が闇の同胞達よ! 選ばれし闇の戦士の力、とくと見せてやろう! ……決まったな、これで行こう。へへっ、スサノオ様達のびっくりする顔が楽しみだぜ」

 

 

 





「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「みなさん、今回は大事なお知らせがあります」

ベロア「ガルーアワーズなのですが…正直、疲れました」

ベロア「なので今回を機に










アシスタントを導入します」

ベロア「マンツーマンでのトークは正直言って疲れますし面倒です。私は別にベロアの部屋をやりたい訳ではないので。だから私はアシスタントを要望しました。そして私の要望は通ったという訳です」

ベロア「では、本日付けで私のアシスタントに就任したこちら」

ベロア「私の妹のカンナです」

カンナ♀(仮)「違うよ!? あたし、ベロアの妹じゃないよ!?」

ベロア「すみません、間違えました。娘のカンナです」

カンナ♀(仮)「それも違う! あたし、ベロアの娘じゃないよ!?」

ベロア「…………」

カンナ♀(仮)「え…? ど、どうしてだまりこむの? え、ホントにベロアがあたしのお母さん?!」

ベロア「ウソです。カンナの可愛さのあまり、からかってしまいました」

カンナ♀(仮)「なーんだ、よかった~。あたし、知らない間に親が決まったと思って焦っちゃった。あ! よく見たら、ベロアの尻尾すっごく揺れてる!」

ベロア「ウソをつきましたが、私はガチでカンナを娘にしたいと思っていますので」

カンナ♀(仮)「…お父さんのていそうが危ない気がする…」

ベロア「心配しなくても、同意が無ければスサノオを襲ったりしませんよ」

カンナ♀(仮)「安心していいのかわかんないよ…」

ベロア「さて、本日はアシスタント就任祝いを兼ねてゲストは呼びません」

カンナ♀(仮)「え? お祝いなのに、げすとさん呼ばないの?」

ベロア「良いじゃないですか。今回はカンナがアシスタント兼ゲストで」

カンナ♀(仮)「そっか…ちょっとだけざんねんだな…」

カンナ♀(仮)「あのね? ところで気になってることがあるんだけど…」

ベロア「どうしましたか? ママが何でも答えてあげますよ」

カンナ♀(仮)「もうツッコまないよ…えっと、どうしてあたしの名前表記に♀とか(仮)が付いてるのかなーって」

ベロア「ああ、それですか。それについてはコーナーの最後で触れますので、とりあえず本日のテーマを終えてしまいましょう」

カンナ♀(仮)「うん。じゃあ読んじゃうね? えっと…『エリーゼの臣下が3人って?』だよ!」

ベロア「本編においてフローラから見た王族臣下達に関してですね」

カンナ♀(仮)「えっと、お父さんの臣下が4人と、アカツキさん、ネネさん、エリーゼさんの臣下が2人…あれ? 数えまちがえたのかな?」

ベロア「いいえ。間違っていません。フローラから見た視点だからこその話なんですよ」

カンナ♀(仮)「???」

ベロア「…可愛い。…こほん、つまりフローラはスサノオ臣下、またはアカツキとネネがスサノオの臣下になる前を知っていたという事になるんですよ」

カンナ♀(仮)「そうなの?」

ベロア「更に言えば、王城に仕えていたアカツキとネネをフローラは知りません。フローラは北の城塞に配属されたのですから、会う機会は限りなく無に等しかったでしょう」

カンナ♀(仮)「ということは…お父さんの臣下の4人?」

ベロア「そうです。カンナは覚えていますか? あの4人が誰の紹介だったかを」

カンナ♀(仮)「えっと…うーんと…あ! カミラさん!」

ベロア「正解です。あの4人はカミラを通してスサノオの臣下になりました。この事と今までの話を照らし合わせると、『スサノオ臣下の4人は暗夜王族きょうだいの元臣下』という事が分かります」

ベロア「言ってしまえば、このヒントはずいぶん前にありましたよ。エリーゼの『あたしの所に居た時』というマイキャッスル内の食堂での言葉がそうですね」

カンナ♀(仮)「あれっていちおう伏線だったんだ…」

ベロア「もう分かりましたね。エリーゼの元臣下…それはミシェイルです。そして同時に、4人それぞれが4人の王子王女にそれぞれ仕えていたという推測も立てられます」

カンナ♀(仮)「うーん、ほかは誰が誰に仕えていたのかな?」

ベロア「そこはまだ秘密です。でも、そこら辺はもう決まっているみたいですよ」

カンナ♀(仮)「そうなんだ。じゃあ、そろそろお題は終わりでいいの?」

ベロア「そうですね。では、カンナの疑問に答えるとしましょう」

カンナ♀(仮)「やっと聞けるよ~…」

ベロア「カンナの名前表記に関してですが……ずばりアンケートを実施します」

カンナ♀(仮)「ええ!? なんかとうとつに始まったよ!?」

ベロア「皆さんお気づきでしょうが、主人公が男女共に出ている以上、その子どもであるカンナも男女両方が登場する予定です」

ベロア「どちらかをカンナの名前で行こうとは思っていますが、そうなるともう片方の名前をどうするか、という話になります」

ベロア「そこで、カンナの名前と性別の組み合わせについてアンケートを取りたい訳です。ちなみに、もう片方の名前の候補は一応ですがありますので、次の中から選んでください」

①男カンナ、女カグラ

②男カグラ、女カンナ

③男カムイ、女カンナ

ベロア「ちなみに、③の場合はカグラという名前は別の形で使う事になると思います」

カンナ♀(仮)「だから(仮)だったんだね…」

ベロア「作者がカムイという名前を使わなかったのは、この時の為という意図もあった訳ですが…まあ、③は可能性として取っておいただけでもありますね」

カンナ♀(仮)「ちなみに、アンケートが全然集まらなかったらどうするの?」

ベロア「その時は、私の独断と偏見で勝手にカンナの名前を決めます。その時は私が名付け親ですね。カンナ、私があなたのママになるんですよ」

カンナ♀(仮)「そこはかとなく現実になりそうな気がしてこわい…」

ベロア「アンケートに関しては、今日中に活動報告の方に上げますので、そちらにお願いします。それでは、次回のガルーアワーズでお会いしましょう」

カンナ♀(仮)「その時までにあたしの名前決まってるといいなぁ…」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 悦ばせにきたんだぜ…?

 

「凍えろ!!」

 

「くっ!」

 

 勢いよく走り出したスサノオだが、その行く手を複数の部族の者達が吹雪によって阻む。その猛烈な勢いに、スサノオの体は前へとなかなか進む事が出来ず、それどころか強すぎる吹雪で徐々に後退させられていた。

 

「氷の大地に、氷の部族特有の力か…思った以上に厄介だな!」

 

 叩きつけてくるように顔を襲う吹雪に、スサノオは腕でガードしながら対抗策を考える。流石は氷の部族というだけあって、地の利と部族特有の能力が恐ろしい程に相乗効果を生み出しているようだ。これを切り崩すには、相手にとってのどちらかの有利性を打開しなければならない。

 

「氷には炎を、ですよ…!」

 

 と、轟々と燃え盛る火炎弾がスサノオの正面を走っていき、部族の者達にぶつかる直前で勢いよく弾ける。その凄まじい熱量の余波で火炎弾の通った跡は痩せた地面が肌を露出させていた。

 

「ライル!」

 

「ご安心を。彼らに直撃する前に爆散させましたので。まあ、少しばかりの火傷は負うでしょうが」

 

 もはやライルの専売特許になりつつある、そのメガネをクイッと上げる仕草をしながら、彼はスサノオの隣へと並び立つ。

 共に己が得物を手に、どんどん増え始める部族の兵を前にして力を入れる。

 

「これで彼らの能力は相殺出来ます。しかし、地の利までは奪えませんよ」

 

「分かってる。ただ、俺に少し考えがあるんだ」

 

 牽制のファイアーを放つライルの隣で、これを好機とばかりにスサノオは辺りを見回していた。それは目には見えない、感覚的に分かるあるものを探すためだ。

 

「やっぱり、この感じ…うっすらとだが感じる。どこかにあるのは間違いない」

 

 それはスサノオの内に流れる血が、確かにあると彼に告げていた。目には見えない大地を走る力の奔流。そしてその漏れ出した欠片、すなわち『竜脈』の力を。

 部族特有の力は奪えないが、地の利ならば神の所業とまで言われる竜脈を使う事によって、完全に奪ってしまえるかもしれない。

 

「なるほど、竜脈ですか。なら僕らで時間稼ぎをしましょう。スサノオ様とエリーゼ様は竜脈の感知を急ぎお願いします」

 

「ああ、じゃあ俺は一旦下がるぞ。ネネ! ライルのガードを頼む!」

 

「了解です! 仕方ないからネネがライルを守ってあげるです」

 

 ライルはスサノオの意図を理解し、他の者達にも指示を飛ばす。その通達を全員がしっかりと受け取り、ネネと入れ替わりスサノオも、エリーゼと話すために一旦後方に下がる。

 

「エリーゼ、やる事は分かったか?」

 

「えっと、竜脈で何かすればいいのね? よーし、あたしがんばっちゃうよ~!」

 

 気合いの入れようが微笑ましくも熱意に溢れるエリーゼに、傍で護衛に付いていたエルフィ共々、スサノオは後押しされるように戦意を高揚させる。

 

「よし! じゃあ竜脈を見つけ次第、炎柱を発生させるんだ。いいか?」

 

「まかせといて!」

 

 力強く了承すると、エリーゼは馬を走らせ竜脈を探し始める。そして無論、

 

「待ってエリーゼ様! 1人で行ってはダメよ!」

 

 例によって例のごとく、エルフィを置いて1人で。どうにもエリーゼは、1人で行動を起こすところがあるらしい。良くも悪くも、やんちゃで元気なおてんば姫なのであった。

 

「少し心配だけど、俺も竜脈を探さないと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、敵を殺さない上に、スサノオ達の邪魔をさせないように立ち回る必要も求められた臣下達は、苦労しながらもどうにかそれを両立させていた。

 

「ヒーロー…ナッコーゥ!!」

 

 敵の武器による攻撃を斧で防ぎつつ、隙を突いてのハロルドの正拳突きが部族兵の腹へと吸い込まれるように刺さる。

 

「ぐへぁ!?」

 

 短い悲鳴とともに、部族兵が地面を転がって吹き飛んでいく。ちょっぴり、出してはいけないような声が出ていたような気はするが、彼はしっかり存命である。

 

「さあ、掛かってきたまえ! この私が正義の何たるかを教えてあげよう!!」

 

 仁王立ちで部族兵の行く手を阻む彼の姿に、彼らもまた、なかなかに攻め崩せないでいた。

 運が悪いと有名なハロルドではあるが、その不運を受けてなお、前向きに生きてきた彼は強い。不運によって肉体と精神は人一倍頑強に鍛えられ、不運にも挫けぬ屈強な心を以て正義を信じる彼を、生半可な実力では倒せはしない。

 そして何よりも、部族兵が攻め倦ねていたのは、ハロルドの暑苦しいまでの正義論が、何故か本能的に近づき難いものだったからという事を、ハロルドは気付いていない。

 

「どうしたのかね? 来ないならば、こちらから行かせてもらうよ!」

 

「うわ、き、来たぞ!?」

 

「ひぃ!?」

 

「ハーッハッハッハ!!」

 

 爽やかな性格ではあるが、生まれ持ったその暑苦しさは敵をも忌避させるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ」

 

 そんなハロルドの姿を遠目に、ミシェイルはため息を吐いていた。あれが元同僚というのだから、頭が痛くもなる…かもしれない。

 

「おお~! やってるねー!!」

 

 その隣でペガサスを羽ばたかせるアイシスは、ハロルドの雄姿(?)を前にして、鼻息を荒く目を輝かせていた。

 

「あれがお前の理想像に近いと、まだ言えるのか?」

 

「え? なんで? カッコいいじゃん」

 

 何言ってるの? と言わんばかりに、キョトンとした様子でミシェイルへと視線を戻すアイシスに、彼は先程よりも更に深いため息を吐く。

 

「…もういい。それより、こっちもさっさとやるぞ」

 

「あいよっと。殺さないようにするなら、これが一番てっとりばやいよねー」

 

 と、アイシスは手にロープを持って空へと舞い上がる。そのままぐんぐんと、こちらへと押し寄せていた部族兵達の頭上を通り過ぎ、ミシェイルと向かいになるくらいの地点で高度を地面すれすれまで落とした。

 ちょうど、部族兵達が2人の中間になる辺りで、アイシスは持っていたロープをグイッと引っ張る。

 

「いくよー!」

 

「ふん…行くぞミネルヴァ」

 

 座り込んでいたミネルヴァを立ち上がらせる彼の手にもまたロープが。彼は纏めてあったロープから、もう少し長さに余裕を持たせて斧で切ると、アイシスと同じくロープを引いた。そしてグイッと引き返されるロープ。つまりその先は、アイシスの手元へと繋がっているのだ。

 

「はいよー!」

 

 手綱を勢いよく引き、ペガサスと飛竜が猛烈な速度で飛行を始める。互いが左右反対の動きをし、接触する距離まで来るとぶつからない高さに調整しあう。ここにきて初めて、部族兵達は敵であるアイシス達の狙いに気付いた。

 自分達の体にグルグルと巻き付くこれは、動きを封じるためのものである、と。

 挟み撃ちが狙いだと勘違いしていた事もあり、気付くのが遅れ、気付いた時には既に遅く、彼らは身動きが取れないくらい何重にもロープでグルグル巻きにされていた。

 

「うーん! 相手が無傷で、こっちが勝つならやっぱり拘束しちゃうに限るよね!」

 

 イエイ! とVピースでミシェイルに笑顔を向けるアイシスに、彼は再びため息を吐くと、

 

「分かったから、次に行くぞ。言っておくが、同じ手はそう何度も使えんからな?」

 

 さっさとミネルヴァと共に次の敵へと向けて飛び立ってしまった。

 その後を慌ててアイシスは追いかける。

 

「あわわ、ま、待ってよー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 アカツキとノルンは皆の闘いを見ながらも、落ち着いて敵の対処をしていた。

 向かいくる部族兵にはノルンが弓で牽制、または足や腕などでなるべく後遺症が残らない箇所を確実に射抜いていく。

 アカツキは、ノルンが撃ち漏らし接近してきた部族兵をその両手に持つ逆向けた霊刀で、1人、また1人と確実かつ堅実に、即座に意識を刈り取っていく。

 

「皆もよくやるが、お主の弓の腕も流石だな」

 

「わ、私なんて…お守りが無いとまともに闘えないもの…。みんなの方がよっぽどすごいわ…」

 

 アカツキは強い。アイシスやライル達、馴染みの顔が揃う中で、彼女は最も高い実力を持っている。それは彼女がそれだけ死に物狂いで強さを求めた結果で、それは他の幼なじみ達も知っているし認めている。

 そんな、皆から認められる強さを持つアカツキが言うのだから、ノルンの弓の腕前は事実、誰よりも優れたものであると、誰が見ても分かるだろう。

 それでも、生来の臆病さと自信の無さ故に、ノルンは自分自身を過小評価しがちになるのである。自分にはみんなほどの強さは無い。自分が強いと言うならば、それはお守りの力で、紛い物だ、と。

 ノルン自身が、自らを否定してしまうから、周りの評価がいくら良かろうと、彼女の自信に繋がらないのである。

 

「そう言うな。お主にはしっかり強さがある。でなければ、王族の臣下になどなれはしないからな」

 

 事実、ノルンは他の者と同様、王族の臣下だ。それは彼女がその地位に見合う実力を持っているという他ならぬ証拠。

 それがたとえお守りの後押しによるものだとしても、紛い物だったとしても、彼女はそれだけの力を有している。それは変わらない事実なのだ。

 

「でも…」

 

 それでも、やはりノルンは自信を持てない。まあ、ネガティブではあるが、そこが彼女の魅力とも言えなくもない。

 

「…まあ、お主くらい華奢で、女々しい性格の方が男には好かれるのだろうな。うむ。やはり自信を持て。少なくとも、私よりは女らしいぞ」

 

「女らしい…? ………、!!?」

 

 アカツキの視線が、ノルンのとある一部分に向いている事に気付くと、途端に彼女は赤面し、腕でそこを隠す。

 

「な、な、何を言ってるの!? わわ、私だって好きで大きくなったんじゃ……、ハッ!?」

 

 取り乱すノルンだったが、ふと視線を部族兵達に移して、とある事に思い至る。

 

 

 

 男共の視線も、私の胸に向いている?

 

 

 

 あの男達(中にはもちろん女戦士だっているが)は、私の体にその汚らわしい醜い欲望の視線を送っている?

 あまつさえ、隙あらば私の体を欲望のままに蹂躙し、汚し尽くそうとしている?

 もし捕まっても私は殺されずに、死ぬまで延々と凌辱の限りを尽くされて、哀れで醜く生きて男の欲望を全身で受け止め……………。

 

 

「き、さまらあぁぁぁ!!! 私を下卑た目で見ていたのかあぁぁぁ!!! させん、させんぞぉぉ!! そのような不埒な輩はこの私が! 天誅を下してくれるわぁぁぁァァァ!!!!!!」

 

「な、何を…!?」

 

 戸惑う部族兵達を置いて、ノルンが当に鬼の形相で照準を当てる。その狙いは、敵の股間に向けられていた。

 その迫真さと恐ろしさに、彼らは顔を青くして、思わず手で股間をガードしてしまう程に、ノルンは鬼気迫ったオーラを全身から放っていたのである。

 それは、すぐ近くにいるアカツキでさえも冷や汗が落ちる程で、とんでもない濡れ衣を掛けられた部族兵達には同情せざるを得なかった。

 

「頼むから、スサノオ様の命令は守るのだぞ、ノルン…」

 

 

 

 

 

 

 そして、そのスサノオはと言うと、

 

「…よし、見つけた! これで2つ…!」

 

 順調に、竜脈を見つけてその力を解放していた。意識を竜脈に傾け、一気に溢れ出させるイメージで解き放つ。すると、竜脈が漂っていた地面から、エネルギーが火柱へと変換されて高々と立ち上がる。

 

「よし、次だ」

 

 遠くでは、エリーゼの起こした炎柱がいくつか見えており、それはスサノオの発生させたものよりも多かった。どうやら、エリーゼは竜脈の感知に長けているらしい。子どもは感受性豊かと言うが、そこら辺が関係しているのだろうか。

 

 地面に付けていた手を離し、次の竜脈を探すために立ち上がる。スサノオの所にもいくらか部族兵達が押し寄せてはいたが、やはり殺到するという程でもなく、皆が上手く引きつけている成果が出ているようだ。

 スサノオはすぐに意識を集中し、微かに感じる竜脈の力を探るが、

 

「くらえぇ!!」

 

「ちぃっ!」

 

 再び部族兵が数人、スサノオの元へと集まってきた。逐一闘いながらでは、竜脈を発動させるのが随分遅れてしまう。

 しかし、だからといって闘わない訳にはいかない。

 

「くそ、やるしかないか…!」

 

 夜刀神を構え、ジリジリと間合いを詰める部族兵達に注意を払う。

 だが、多勢に無勢と判断したのか、数で勝る彼らは一斉に攻撃を仕掛けようとし、スサノオも身構える。

 

 

 

 

「闇が囁いている…守るべき者達の身が危ないと」

 

 

 

 突如響いた男の声と共に、威嚇射撃であるかのような矢が、スサノオと部族兵達の間へと撃ち込まれる。それにより、部族兵は警戒を露わに一旦下がり、態勢を立て直す。

 

「仕方ない…たぎる闇の奔流を行使し、勝利という名の輝きを俺達が見せてやろう…」

 

「はあ…勝手に一括りにするな。俺は1人でも、奴らを天国にイかせてやれる…」

 

 緊張感の張り詰める戦場で、木の影から、まるで闇から現れたかのように出て来た2人の男。彼らは、まるでここが死地ではないと言うように、余裕しゃくしゃくといった様子だ。

 

「…? なんだ? 新手か?」

 

 そのヤバそう…というか、ちょっと危ない発言に、スサノオも自然と警戒するが、

 

「よく聞いてくれたな…!」

 

 片方がスサノオの言葉に嬉しそうに反応し、高らかと名乗りを上げた。

 

「…俺は漆黒のオーディン! 暗夜王国王子レオン直属の、選ばれし闇の近衛騎士だ…!」

 

「レオンの…!? ではレオンがお前達をここに?」

 

 まさかの弟の名前が出た事に、スサノオは驚くと同時にホッとした。今の登場の仕方や言動から、明らかに変わり者なのは間違いない。変人が敵ではなくて安心したのである。

 

「ああ。…俺の名はゼロ。主君よりの命令で、スサノオ様を悦ばせにきたんだぜ…?」

 

 もう1人の、少し色黒…というより浅黒い肌で不健康に見える男も名乗る。そして、やはり言動に少し難があり、眼帯で片目しか見えないが、その目は獲物を見つけたと言わんばかりにギラギラしていた。

 

「よろこばせる?」

 

 しかし、その意味までは伝わらなかったようで、スサノオが聞き返すが、オーディンが慌てて遮る。

 

「あわわ…気にしないでください。こいつ、いつもこんな感じなんで!」

 

 喋り方が普通になっていたが、ゴホンと咳払いを一つ、オーディンは再び仰々しい口調に戻り、

 

「と、とにかく安心しろ、スサノオよ。ここからは俺の秘められし力で、貴様に仇なす者を排除してやろう…。くっ…! 血が騒ぐ…! 早く奴らを倒さないとこの呪いは、」

 

 と、何やら腕を押さえながら部族兵達に視線を送るオーディンに、スサノオは焦り声を掛ける。このままでは、部族兵が殺されてしまうかもしれないからだ。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

「ん?」

 

「?」

 

 オーディンだけでなく、意気揚々と弓に矢をつがえていたゼロもポカンとして止まる。

 やはり、普通に殺し合いをしようとしていたらしい。

 

「えっと、来てくれたのは嬉しいが…あんまり妙な真似はしないでくれるか。俺達は絶対に彼らを殺さずにこの場を収めたい」

 

 スサノオの言葉に、唖然として固まる2人。そして、様子を窺っていた部族兵達も、その言葉に動揺していた。

 

「へぇ…つまり、真面目にヤれって事ですか? 今日は何人天国イきにしてやれるか、楽しみにしてきたのに…?」

 

「せっかく必殺技を100個も用意してきたのに?」

 

「あ、ああ…すまないが…」

 

 この短いやりとりだけでスサノオは分かってしまった。この2人、話すだけでも相当疲れる、と。

 片や、生前の世界でも話には聞いていた中二病。片や、明らかにソッチ系を匂わせる、ちょっとアブナいっぽい人…。

 

(レオン…お前、よくこんなの2人が臣下で、胃が保つな。俺はお前を尊敬する…)

 

 こっそりと、心の中で弟を労るスサノオを余所に、ゼロとオーディンはため息を吐いて、

 

「…ご命令とあらば、従わない訳にはいかないな。俺はこう見えて従順なので、ナニをされても、文句は言いませんよ…?」

 

「はーい…俺もこう見えて素直なので、言う事聞きます。真の力が出せぬのは残念だが、必ず力になってやろう」

 

「あ、ありがとう…ははは、頼りにさせてもらうぞ。

ははは……はあ」

 

 案外あっさりと言う事を聞いてくれたので、ホッと一息吐くスサノオだった。

 

「よし、じゃあ彼らを頼む。俺は引き続き竜脈を探す!」

 

「了解。イイゼ…お前ら全員、天国とまではイかないが、気持ちよくシてヤるよ…」

 

「ふっ…俺の『ブラック・ヴェル・ファイア』が火を吹くぜ…! あ、安心してくれ、ちゃんと峰打ちするから!」

 

 頼もしい? 増援を背に、スサノオは更なる心配事が増えるのだった。

 




「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「なんだか、ずいぶんと久しぶりのような気がしますね、このコーナー」

カンナ「仕方ないよ。だって、白夜編の方が少し更新続いてたもん」

ベロア「なんとメタな発言をする子でしょう。ですが、そこが可愛いですよカンナ」(←注:ここのベロアはカンナを溺愛しています。しかし、親子ではありません)

カンナ「あはは…ありがとう。…はあ。あ、今回から“正式に”、“名前も決まって”アシスタントになったカンナだよ。詳しくは活動報告にあるから、気になった人はそっちを見てね!」

ベロア「そういえば、キヌのお狐通信に電波障害があったらしいですね」

カンナ「うん。そのせいで、放送が一回分ダメになっちゃったってカムイが言ってたよ?」

ベロア「なんと無駄働きな事か…。こちらでは、そのような事が起こらない事を願うばかりです」

ニュクス「それをフラグ、と呼ぶのよ。お姉さんからの忠告よ。覚えておくといいわ」

カンナ「あれ? ニュクスさんだー!」

ベロア「どうかしましたか? わたしは何も聞いていませんが…」

ニュクス「いえ。今日は私の…その、誕生日…だから、ここにゲストとして呼ばれたのだけど…」

ベロア「え、そうなんですか? ……確かに、スサノオのカンペに書かれていますね」

カンナ「お父さん、あたしたちにも教えてくれたら良かったのに~!」

ニュクス「いわゆるマル秘ゲストというもののつもりだったのかしら。考える事が子どもっぽいわね、スサノオも」

ベロア「皆さん忘れているかもしれませんが、スサノオはいたずら好きな性格ですよ。主にレオンにその矛先が向くようですが」

カンナ「お母さんもね、お父さんのそういうところ、大好きだって言ってたよ!」

ニュクス「あら、スサノオったら顔を赤くして、可愛らしいところもあるじゃない」

ベロア「そそりますね」

ニュクス「あなた達に教えておいてあげる。男が恥ずかしがっていたら、否定せずに受け入れてあげなさい。大概の男はそれで落ちるわ。まあ、シャーロッテの受け売りだけど」

カンナ「??」

ベロア「カンナには早かったようですね。ですが、カンナはそれでいいんです。カンナに悪い虫が付こうものなら、私が潰しますから(物理的に)」

ニュクス「そういう物騒な話は無しよ。女なら、少しはお淑やかさを学びなさい。…さて、そろそろ本題に入りましょう」

カンナ「ニュクスさんが来たって事は、今日のお題はニュクスさんのこと?」

ベロア「キヌの時は、タクミの誕生日に本人が来て、本人の話題をテーマにしたらしいので、今回もそうでしょう」

ニュクス「本当、作者の気まぐれに付き合わされて疲れるわね。……でも、誕生日に特別扱いされるなんて、少し嬉しかったけど」

ベロア「では、テーマをカンナ、どうぞ」

カンナ「はーい。えっとね、『ニュクスマジ夜の女神』…、…???」

ニュクス「……聞かされる側が、とてつもなく恥ずかしいというのは、企画として如何なものかしら…?」

ベロア「では、解説を始めましょう。基本的にファイアーエムブレムのキャラの名前には、由来となるものが数多く存在しています」

カンナ「そうそう。たとえば、『マルス』。この名前も、どこかの神様の名前に同じものがあるんだって!」

ニュクス「フランネルやベロアという名前も、生地などから来ているわ。ニシキ、キヌも言わずもがなね。前作の『覚醒』、タグエルであるベルベットもそうね」

ベロア「『if』でも同じように、名前に何かの由来がある人も居ます。それこそ、先程ニュクスが仰ったように、わたしやパパ、キヌにニシキ、そしてニュクス…」

カンナ「白夜で言うと、オボロさん、カゲロウさん、オロチさん、ツクヨミさん…とかかな?」

ニュクス「今回のお話に出て来たゼロなら数字、オーディンは実在する神の名から来ているわね。ちなみに、私の『ニュクス』という名は、夜の女神と呼ばれているそうよ。他のゲーム(ペル○ナ3)では、私の名を冠するラスボスも登場したりしているわ」

ベロア「もちろん、全てが全て、由来となるものがある訳ではありませんが、そういった遊び心をゲームの中から探してみるのも良いかもしれません」

カンナ「うん! お父さんのスサノオって名前は『スサノオ長城』って形であったり、アマテラスおばさんの名前も、『天照らす』ってスキルで名前があるもんね」

ベロア「話は変わりますが、ニュクスの魔女コスチュームは似合いすぎではないでしょうか。オフェリアも似合っていますが、ニュクスも負けていないとわたしは思います」

ニュクス「また唐突と話が変わるわね…。でも、言われて嫌な気分ではないわ」

カンナ「ニュクスさん、ステータス的には守備が紙だけど、魔力はずば抜けてるから、余計に魔女がお似合いだもんね」

ベロア「まあ、確かに紙装甲で、“お前はどこのキャ○狐”だよ、と言いたくはなりますが、子どもの姿にしては攻撃力が刺々しいですから、それなりに作者のキングフロストはあなたの事を気に入ってるそうですよ」

ニュクス「それは言われてもあまり嬉しくない情報ね。なに? キングフロストってロリコンなの? なら良かったわね。今作は私以外にもロリ枠がたくさんよ。エリーゼにミドリコにカンナに…」

ベロア「わたしやオフェリアはどちらかと言えば童顔なので、胸の大きなロリと言えなくもないですね。実際、わたし達は子世代と言われる世代な訳ですし」

カンナ「キヌも子どもっぽいし、ミタマも大人には全然見えないよ?」

ニュクス「そもそも、主人公の見た目もロリに出来るわね。更に言えば、ツクヨミやキサラギ、ルッツといったショタ枠もあり…フウガやギュンターみたいなタイプまで揃っている…。あらゆるfetishismを取り揃えたのが、この『ファイアーエムブレムifというゲーム』なのよ」(←注:作者の偏見です)

ベロア「タッチで触れ合ったり、結婚したらキスしたり…ifはまさしく未来に生きていますね」

カンナ「そういえば、同性こ…」

スサノオがこれ以上は良くないと判断したため、収録は中断します。

最後にニュクスさん、誕生日おめでとう!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝 それは優しくて暖かで、大切な───

※それほど重要という訳ではないお話です。
ただただ、ささやかな祝福を。


 

 2の月19日。それは私や妹にとって特別な日。一年に一度、それは誰にも必ずやってくる。

 そう、誕生日だ。私と妹がこの世に生まれた日。私達が、両親に祝福されて生まれてきた、とても、とても大切な日。

 毎年、盛大に行われる誕生パーティーを、私と妹はやはり子どもらしく大いに浮かれ、喜び、楽しみ、笑い…それはもう、嬉しいイベントだ。

 その日だけは、少しくらいのワガママも許して貰えて、欲しいもの、したい事がある程度は許容してもらえる。子どもにとって、いや、それは大人になっても変わらない、大切な日なのだ。

 

 

 けれど、今年は違った。

 

 ある日の事だった。私達の村に、突然暗夜王国からの使者が訪れた。それは、暗夜王国に私達『氷の部族』は従えという要求で、これを拒否するなら実力行使を取るという、事実上の脅迫だった。

 もちろん、村の者達も難色を示した。しかし、暗夜王国の強大さも理解していた。それゆえに、無駄な血を流さないため、無駄な犠牲を払わないために、氷の部族の族長である父は、その一方的な命令を受け入れざるを得なかったのだ。

 

 それだけなら、まだ良かった。

 

 暗夜王国はその証として、部族の者を国に奉公に出させるよう要求もしてきたのだ。そして、その役目に私と妹が選ばれた。暗夜王国と氷の部族の友好のため…などという名目だが、ものは言いようで、要するに私達を暗夜王国への人質として差し出せ、という事を意味していた。

 父はずいぶんと渋ったようだが、向こうからしてみれば、私達は族長の娘という人質としては最高のカード。暗夜王国は私達以外の奉公は認めない、その一点張りで、結局のところ、私達は暗夜王国へと連れて行かれるしかなかった。

 

 暗夜王国に連れて来られてすぐに、私達は王族のメイドとして働く事になった。勤める先は暗夜王国でも北の端で、そんなヘンピな土地に建っている城塞だった。そこに住む王族の世話係、それが私達に与えられた仕事だったのだ。

 

 働き始めてすぐに、私はここに住んでいる2人の王子、王女殿下がこの北の城塞に幽閉されているのだと気付いた。

 それもそうだろう。なんせ、支給される日用品や食料は質素なものばかりで、世話係も最低限の人数だけ。極めつけは、お二方の外出を禁ずるというもの。

 これだけの材料が揃っていれば、殿下方がここに閉じこめられている事くらいすぐに分かった。

 妹は呑気なもので、本当に友好目的でメイドになったと思い込んでいるらしく、殿下方がここに幽閉されている事には気付いていないようだった。

 

 つまり、私が何を言いたかったかというと、私達はこんな辺境の地で、今までとは打って変わって寂しい誕生日を迎えなければならなかったという事だ。

 初めて迎える、質素な誕生日。それは私達が人質であるという事を嫌という程に突き付けてきているようで、私は誕生日を迎えるのが悲しくて、寂しくて、辛くて、どうしようもない気持ちでいっぱいになっていた。

 

 

 

 

「はあ……」

 

 朝から憂鬱で、それでもメイドの仕事はきちんと全うしなければならず、自然とため息が零れる。

 でも、いくら嘆いたところで、現実は変わらない。こうして気分が沈んでいる以上、これは現実。朝食の食器を並べる手に伝わる食器の感触が、それを物語っている。

 

 ここで働き始めて少し経つが、スサノオ様とアマテラス様は悪い方ではないのはすぐに分かった。それだけが、私やフェリシアには救いだったかもしれない。もし性悪な人の下で働いていたなら、もっと酷い目に遭っていたのかもしれないのだから。

 

「………」

 

 黙々とお皿をテーブルの上に並べ、次にフォークとナイフを用意する。そういえば、今日の朝食の献立にジャガイモのスープがあったので、スプーンも用意しておかなければ。

 メイドの仕事にも慣れたもので、私はテキパキと準備を済ませていく。案外、メイドの仕事は私の性に合っていたらしい。少し意外な発見で、元来、家事は得意だった事もあり、メイドという職業は私にとって天職であるらしい。あまり嬉しくはないが。

 ひとまずの仕度を終え、洗濯物の回収に行こうと部屋を出るところで、

 

 

『ひゃ~~!!!??』

 

 

 と、遠くから可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。おそらく、またフェリシアがドジをやらかしたのだろう。

 遅れてジョーカーの怒る声が聞こえてくる。巻き込まれたジョーカーには、フェリシアの姉として、心の中で謝罪しておく。

 

 ジョーカーというのは、私達より少し前にここに仕えている執事見習いだ。そういう意味では、私達はメイド見習いという事になる。

 彼は元々、貴族の家の出らしいが、親に奉公に出されたらしい。本人が言うには、親に捨てられたという事だが、それもそれで、私達とはまた違った意味で辛い現実だ。

 それこそ、居場所はもうここしか残っていないのと同義なのだから。

 

 私は、ジョーカーには、何か近しいものを感じている。信じられるものは自分だけ…周りは自分を利用しても、必要とはしていない…。

 

 孤独。

 

 私にはフェリシアが居るが、それでも疎外感を感じていた。妹は、スサノオ様やアマテラス様とすごく仲が良い。あの底抜けの明るさと天然さで、すぐに親しい関係を築き上げたのだ。

 メイドとしてはフェリシアの、主を相手に必要以上に親しく接する態度はあまり褒められたものではないだろう。実際、フェリシアはギュンターさんにもよく『主に対して距離感が無さ過ぎる!』と叱られてはしょぼくれていた。まあ、その度にスサノオ様とアマテラス様に慰められ…そうしてループに陥っていくのだが。

 でも、私は正直、フェリシアの事が羨ましかった。私だって、いつ帰れるかも分からないのだから、ここで働く以上は主であるお二方と良好な関係を築きたい。

 しかし、どうしても『人質』という単語が頭の隅をかすめ、遠慮してしまう。いや、それは正しくない。結局のところ、私は怖いのだろう。もし、スサノオ様とアマテラス様と仲良くなってしまえば、私はいつか“氷の部族と暗夜王国”の間で板挟みになってしまうのではないか。もしそうなった時、私はどうなってしまうのか。

 そんな事は分かっている。私は氷の部族を選ぶだろう。部族の皆は、私にとって全員が家族のようなものなのだ。だから、私は部族を裏切れない。

 

 私は怖い。親しいスサノオ様やアマテラス様を裏切ってしまう事が。故に、私は心のどこかで、スサノオ様方と仲良くするのを拒否してしまうのだろう。そんな未来が来ないように。何の後腐れも残らぬように。

 

 何も後悔しないように……。

 

 ああ、だからこそ、私はフェリシアが羨ましい。何も思い悩む事もなく、2人と仲良く接する事が出来て。私には、簡単な事ではないから。きっと、フェリシアはスサノオ様やアマテラス様を信頼しているだろう。そして、心の底から、お二方に仕えているつもりなのだろう。本当にそうなら、いつか私達は別れなければならない。どうなろうと、それだけは避けられない。そんな予感がしていた。

 

 

 

 それから何事もなく、いつも通りの仕事を終え、夕方に差し掛かろうとしていた。

 いや、少し気になった事があった。なんというか、今日はフェリシア以外の人達が皆、どことなくよそよそしかった気がする。ジョーカーは普段から素っ気ない態度だが、今日はあのスサノオ様やアマテラス様まで私を遠ざけていた。何か、私に至らぬ点があったのだろうか。そう思ってギュンターさんにも尋ねてみたが、特に何も言われなかった。

 不思議な事もあったものだ。

 

「…夕食の仕度をしないと」

 

 一息つくと、私は自室から食堂へと向かう。下準備は昼に済ませてあるので、あとは簡単に調理するだけだ。

 

「……、あ」

 

 一通りの工程を考えて、食堂に差し掛かったところで、フェリシアが扉の前に立っているのが見えた。それにしても、何故フェリシアが?

 フェリシアはそのドジっぷりから、家事がまるっきり下手で、皿を運べば落として割り、洗濯すれば干しても地面に落とし、お茶を淹れれば零し、焼き菓子を作れば焦がし…と、あまりにも家事をすればマイナスしか生み出さない様から、別名『破壊神』と呼ばれている。

 そんなフェリシアがどうして食堂前に…というか、何故中に入らないのだろうか。

 

「あ、姉さん!」

 

 私がしげしげと観察していると、フェリシアも私に気付いたようで、パタパタとこちらに駆けてくる。

 ああもう…そんなに慌てて走るとスカートが捲れて…いや、フェリシアの場合は転ぶ事を心配した方が良いか。

 

「どうしたの? あなたは食事当番ではないはずじゃなかった?」

 

「それが聞いてくださいよ! スサノオ様が呼んだから来たのに、中に入れてくれないんですよ~!!」

 

 プンプン、と可愛らしく頬を膨らませて怒るフェリシア。それにしても、スサノオ様が食堂に…?

 これはまた、どういう事なのか。何か用事があったはずのフェリシアも閉め出されているし…。

 

「理由を聞いても、ちょっと待ってくれってばっかりでぇ。そりゃあ、私は家事がだめだめですけど、いくらなんでもメイドの仕事をさせようともしてくれないなんて、あんまりですよ~!」

 

 しょんぼりとうなだれるフェリシア。いや、確かに食堂に入れないというスサノオ様の判断は正しいのだが、呼び出しておいてそれはヒドいのではないだろうか。

 

「私も聞いてみるわ。もしかしたら何かしているのかもしれないし」

 

 落ち込むフェリシアを置いて、私は扉の前に立つ。中で何をしているのかは知らないが、私だって夕食の用意があるのだ。このまま立てこもっていられる訳にはいかない。意を決し、扉をノックする。

 

「スサノオ様、フローラです。夕食の仕度をしたく、どうか開けて頂けませんか?」

 

 中からガタッという音が聞こえてくる。どうやら私だとは思わなかったようだ。

 

(に、兄さん! フローラさんももう来ちゃいましたよ!?)

 

(お、落ち着けアマテラス! まだ終わってないんだからダメだ!)

 

 アマテラス様も一緒らしい。兄妹揃って何をしているというのか。仮にも王族であるというのに、いたずらにしては子どもっぽすぎる。

 

「アマテラス様もご一緒でしたか。とにかく、お二人共、早く出てきて下さい。夕食が遅くなってしまいます」

 

 しばらくの沈黙が続き、自然と私も無言になる。後ろではフェリシアがオロオロと扉と私を交互に見ているのが不思議と分かった。

 

(……分かった。どっちにしろ間に合わないし、諦めるか)

 

 扉越しでも分かる、スサノオ様の落胆したかのような声音に、私は少しの申し訳なさを感じた。でも、夕食の用意を考えればこそだ。私はスサノオ様とアマテラス様のために夕食を作ろうとしているのだから。中で何をしているかは知らないが、諦めてもらうほかない。

 

 ガチャリ、と食堂の扉がゆっくりと開かれる。扉の隙間からは、フェリシアみたいにしょんぼり顔のアマテラス様が、顔を覗かせていた。さながら、悪さをした子どもが母親に叱られる時の顔のようだ。

 

「何をしていらしたかは知りませんが、中に入らせて頂きますよ」

 

「はい…。出来れば、内緒にしておきたかったんですが…」

 

 観念したのか、アマテラス様は扉を完全に開けきった。そして、そこに広がっていた光景に、私や、私の肩からひょっこりと顔を覗かせていたフェリシアは、思わず声を失ってしまった。

 

 

 壁やテーブル、椅子と、色とりどりに飾りつけられた食堂。一体どこにこんな材料があったというのかを疑いたくなる程に、それは多種多様で、よく見てみれば、素材はどれも統一されていないという事が分かる。

 

「昼から用意してたんだけどな…」

 

 頭を掻きながら、スサノオ様は残念そうに笑みを浮かべていた。

 

「飾りは終わって、あとはケーキを焼いて終わりだったんですが…」

 

 えへへ、とアマテラス様もまた、残念そうに微笑んでいた。

 

「えっと、その、これはどういう…?」

 

「ほら、今日ってさ、フローラとフェリシアの誕生日なんだろう? だから、日頃の感謝を込めて、俺とアマテラスで2人を祝おうってな」

 

「まあ、結局間に合いませんでしたけどね」

 

 そう言って、キッチンの方を見るアマテラス様。そこには、小麦粉や卵、ボウルなどが散乱していた。

 

「いや~、家事ってのは大変だな! 俺やアマテラスじゃ、ケーキ一つ作るのも満足に出来やしない」

 

「はい。改めて、フローラさん…とフェリシアさんには感謝しなければいけませんね。こんな大変な事を毎日してくれているのですから」

 

「……!」

 

「は、はわわ!?」

 

 お二方のその眩しさに、私は思わず俯いてしまう。後ろで慌てふためくフェリシアがいてくれて助かった。私は……嬉しさのあまり、泣いてしまうところだったから。

 

 期待はしていなかった。ここに来て初めて迎える誕生日。どうせフェリシアと2人、寂しく迎える事になるだろうと思っていた。

 でも、実際は違った。スサノオ様とアマテラス様は、私達の事を本当に大切に思って下さっている。私は必要以上に親しくしようとしていないのに、この方達はそんな私にも、仲良くしようとしていらっしゃる。

 

 部族の村での誕生パーティーは確かに恋しい。それでも、こんなに暖かな気持ちになったのは、きっとこれが初めてだ。

 ああ、こんなにも暖かな気持ちを知ってしまったら、触れてしまったら、もう私は戻れない。スサノオ様とアマテラス様のお気持ちを、無碍になんて出来ない。

 

「あ、この計画自体はスサノオ兄さんの考案ですよ。兄さんが、普段からお世話してくれるフローラさんとフェリシアさんを少しでも労れたら…って」

 

「それを言うなら、材料の諸々を集めてくれたギュンターやジョーカーにも感謝しなきゃだな。あと、材料を集めるのに協力してくれたカミラ姉さん達も」

 

「もう…男がねだるのは恥ずかしいからって、私がカミラ姉さんにおねだりしたんですよ? 私だって恥ずかしかったんですから」

 

 顔を赤く染めて怒るアマテラス様に、誤魔化すように顔を反らし、口笛を吹くスサノオ様。

 そんなお二方の様子に、私は思わず吹き出してしまう。後ろでは、フェリシアが涙を浮かべて私に抱きついている。

 なんと暖かな時間だろう。人質という立場ではあるが、少なくとも、今の私は幸福感で胸が満たされていた。これはもう、手遅れだろう。私はきっとこの先、苦しむ事になる。きっと後悔するかもしれない。

 それでも、今だけは、この方達と離れる事になる時までは

 

 

 

 

 この幸せを享受していたい。

 

 

 

 

 今日は私の、私達の誕生日。ここに来て、初めて迎える、予想外に暖かい誕生日。少しくらい、甘えてしまってもいい、特別な日。

 

 

「さあ、夕食の仕度をしますよ。それと、作りかけのケーキも完成させてしまいましょう!」

 

 絡みつくフェリシアの腕を解き、パンパンと両手を叩いて作業を促す。本来ならメイドの私がするべき事だが、今日だけは無礼講といこう。なにせスサノオ様とアマテラス様自らが率先して企画して下さったのだ。最後まで、やりとげさせてあげたいと思うのは当然だろう。

 

「よし、本人達にはバレたけど、やるか!」

 

「私も頑張りますよ~!!」

 

「「あ、フェリシア(さん)は座って待機で」」

 

 そんなー!? と大袈裟に叫ぶフェリシアと、それを笑ってキッチンに逃げていくスサノオ様にアマテラス様。そして2人はふと立ち止まって振り返り、満面の笑顔で、

 

 

 

「誕生日おめでとう! フローラ! フェリシア!」

 

 




 
 という訳で、フローラとフェリシアのダブル誕生日回でした。
時期的には本編よりも少し過去に遡るくらいですね。
フローラ達が北の城塞に来て間もなくくらいの想定ですね。そして完全にオリジナルな内容です。
そして、完全なオマケ回です。

それでは一つ、お祝いの言葉を。

フローラ、フェリシア、誕生日おめでとう!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 氷結の統率者

 

「………、」

 

 氷の部族の長であるクーリアは、現在の戦況を前に顔をしかめていた。

 というのも、最初こそはこちらが優勢だった。向こうが戦闘の手練れ揃いであっても、数の差から見ればこちらが完全に勝っていた。戦闘経験こそ少ない部族兵だが、その欠点を補うように、むしろ上回る程に氷の部族特有の力と、この氷の大地は相性抜群だったのだ。相手が大軍でない限り、こちら側が不利になる事などそうそうない、はずだった。

 

 それがどうだ。強味であった地の利は、たった2人によって崩された。あちらこちらで立ち上る炎の柱は、みるみるうちに氷や雪を溶かし、吹雪さえもせき止めてしまう。それは自然発生のものばかりか、能力によって生み出した吹雪をも消し去ってしまうのだ。

 それにより、こちら側は一度に二つ、圧倒的だったはずの有利性を簡単に奪われてしまったのである。そして、徐々にではあるが、形勢は既に劣勢へと向けて傾きつつある。

 

 たった2人。されど、やはりは王族というべきか。神にも等しきと呼ばれる、その竜脈を自在に操る力を前には、何人でさえも霞んでしまう。どんなに強かろうと、多かろうと、優勢であろうと、関係ない。

 1人いれば一個師団とも渡り合えるというその力は、紛れもない本物だった。1人で戦況を変えてしまうという噂は、真実なのだと身を以て知らされた。

 これが王族。竜の血を引きし者。こんな天と地程の差を見せつけられて、どうしろというのか。その傲慢とも言える力で、なおも従えというのか。であっても、それは是が非でも拒否する。

 

 部族の意志は既に決まっている。暗夜王国のやり方はとてもではないが賛同出来たものではない。となれば、最悪の場合、氷の部族は滅びる定めにあるのかもしれない。

 願わくば、闘う力を持たぬ者達に救済を与えてもらえる事を。この闘いで、氷の部族は敗北する。部族の長として、クーリアは負けると分かっていても、闘う事を辞めない。辞めてはいけない。これは、部族を率いる者としての義務なのだ。

 

「…来たようですね、スサノオ殿」

 

 そして、彼の前には、仲間の力を借り、襲い来る部族兵達の猛攻を切り抜けて来た暗夜王子が立っていた。その手に、氷の部族の伝承に登場する“勇者が持つとされる黄金の剣”によく似た剣を持って。

 

 

 

 

 

 俺は何度かの部族兵との戦闘を受け、時にはかわし、時には倒し、そして時には仲間の援護を受けて、ようやくクーリアの前へとたどり着いた。

 竜脈による炎柱の発生は、数にして20といったところか。それにより、氷の部族が放つ吹雪の猛攻は打ち消され、更には炎の熱で寒さを気にせずに闘う事が出来るようになり、ライルの防寒魔法も今は気にする必要がなくなった。

 こうなれば、エリート揃いの彼らを相手に、部族兵達は勝てないだろう。それだけの実力差で、数の利でさえも埋めてしまうのだから。

 あとは、俺がこの闘いに決着をつけるだけだ。

 

「クーリア殿、改めて言おう。俺達はあなた方と闘う為にここに来たのではない」

 

「何を言っているのです。現に今、こうして闘っているではないですか」

 

「それはあなたが俺の話を聞いてくれなかったからだ。俺達はあくまで、自衛の為に闘っているに過ぎない」

 

「……、だからといって、そうおいそれと暗夜の者の言葉を信じられるとお思いか?」

 

 その言葉は、俺にとって重くのしかかるものだ。たとえ俺にその意思が無くとも、『暗夜王国』という肩書きがあるだけで、そこに敵意や不満を持つ者達からは信用されない。

 だが、それは当然の事なのだろう。それだけの事を、暗夜王国はやってきた。父上は命じてきたのだから。不満どころか、憎悪さえ芽生えても当然かもしれない。憎しみは、憎しみや悲しみ、絶望といった負の感情しか生み出さない。

 

「確かに、俺達は、暗夜王国はそれだけの事をしてきた。そんな国の人間の言葉を信じてくれ、なんて虫のいい話だ」

 

「分かっているのなら、もはや話など──」

 

「だけど!!」

 

 俺はクーリアの言葉を遮ってでも叫ぶ。これだけは、どうしても伝えなければならない事だから。

 

「暗夜王国に住む全ての人間が、そうであるなんて事はない! 確かに、悪い人間だってたくさんいる。犯罪だってある。暗夜王国は他国を侵略する。でも、それと同じくらい、良い人達だってたくさんいるんだ!」

 

 俺は知っている。マークス兄さん達きょうだいの暖かさ、優しさを。

 俺はこの目で見ている。暗夜王国地下街での笑顔に溢れた賑わいを。

 臣下達だって、こんな俺の為に危険を承知で付いて来てくれている。

 そうだ。暗夜王国にだって、暖かい人達が確かにいるんだ。

 

「それを証明するためにも、これだけは言っておきましょう。俺達は、この闘いであなた方を誰一人殺さない。この闘いにおいて、一切の死者を出しはしないと」

 

「……何ですと?」

 

 俺のその宣言に、クーリアは俺の背後へと目を向けた。それは驚くだろう。遠目では、倒れた部族兵の生死を判断するのは難しいはずだ。そして、その倒れた仲間は死んでいないと、目の前の“敵”が言っているのだから、驚かない訳がない。

 だが、俺は断言しよう。俺のはるか後ろでは、仲間達が部族兵を殺さないように闘っている。俺は、仲間達を信頼している。絶対に約束を守ってくれている、と。

 

「……だが、だからといって、我々は暗夜に従う気はありません。あなたの要求を呑むという事は、今までと何も変わらないのと同じです」

 

「それは……、」

 

 クーリアの意見は正しい。そもそも、彼らは暗夜王国に不満を持ったからこそ反乱を企てた。それを今抑えたところで、いずれ再び不満が募り、また同じ事が起こるのは目に見えて分かる。

 

「あなたに、それを覆す意思があるというのなら、私は喜んで反乱を中止しましょう。我々の望みはただ一つ。暗夜王国による支配ではなく、我々による自治を認めてほしいだけなのです。それが叶わないのならば、やはり今ここで闘うしかありません」

 

 言って、クーリアは手にした魔道書を開く。それは、彼が戦闘態勢に入ったという何よりの証だった。

 

「くそ、やはり一度場を治めるしかないか…!」

 

 戦闘は避けられない。今は説得を諦め、ひとまずはこの闘いに勝ち、クーリアに話を聞いてもらい、部族兵達にも闘いを止めてもらわねば。

 

「私とて、部族の長。簡単にはやられはしません。『フィンブル』!!」

 

 クーリアの開いた魔道書を持つ手とは反対の手から、人の頭程ある大きさの氷塊が撃ち出される。それを夜刀神で弾こうと後ろ手に構えたところで、急に氷塊の飛来速度がグンと上がった。

 

「!!?」

 

 今から夜刀神を振っては間に合わない。とっさに腕を竜化させて、硬質化した竜腕でそれを受け止める。

 

「ぐぅ…!」

 

 先端が尖ったそれは、速度と大きさも相まって、硬質化した竜腕をも削り抉っていた。腕からは、少量だが血がポタポタと垂れ落ちて、真っ白な雪を点々と赤く染める。

 

「どうして急に速度が…?」

 

 突然の氷塊の変化に疑問を持つが、クーリアはそれに構う事なく、次の氷塊を作り出していた。

 

「チッ! またか!」

 

 先程と同じく、勢いよく射出される氷塊。それを今度はあらかじめ、その軌道から外れておく。さっきのあれには何か仕掛けがあるはずだ。それを横から見て、少しでもヒントを得たかった。

 すると、やはり横から見た限りでも、さっきと同じように急に氷塊の速度が段違いに上がり、先程まで俺が立っていた所を素通りしていく。

 

「そうか…!」

 

 そして、俺はその一連の動きを見て、仕掛けが何かを理解した。答えは、クーリアの手にある。氷塊が放たれたその手は、放った時と変わらず前に突き出されたまま。そこから、吹雪を起こして氷塊の速度を高めたのだ。

 

「仕掛けに気付いたところで、何も変わりはしません!」

 

 そして、クーリアは種がバレたのを気にする素振りすら見せず、それどころか問題ないとまでに吠える。

 その自信はまぎれもなく本物で、彼は手のひらを上に向けると、今度は先程の氷塊を同時に4つ生み出し、それを間髪入れずに連続で撃ち出してくる。

 

「うおぉ!?」

 

 避ければ今度はその避けた先に次の氷塊が飛んでくる。それを紙一重でかわし、または夜刀神で叩き落としていく。無論、やはり速度が急に上がるため、完全には回避しきれず、いくらか体を掠めていた。

 

「まだまだ!」

 

 再び、クーリアの手の上に大きな氷塊が数個生み出される。氷の部族と氷魔法がこれほど相性が良いとは想定外だった。いや、予想出来たはずなのに、しなかった。完全に油断だ。

 このまま同じ事を繰り返していても、ジリ貧になるだけだ。ただでさえ、さっきまでの攻撃でこちらも少し痛いのを喰らっている。何か対策を取らなければマズい状況だ。

 

 クーリアは氷塊を連射しながら、即座に氷塊を生み出し、そしてまた連射していく。それを繰り返し、俺もまた、避けては弾いて、そして少しダメージを受けてを少しの間繰り返す。

 既に、俺の体はあちこちが痛んで、血が滲んでいた。だというのに、こちらはまだ攻撃一つ出来ていない。

 

(多少の傷は覚悟してくれよ…)

 

 こうなれば、魔竜石の力を使うしかない。懐に仕舞った魔竜石に手を当てる。ただ、今は意識を集中する暇はない。全身ではなく、手足のみにオーラを纏い、回避性能の底上げと同時に身体能力強化により攻撃の機会を作る。

 

「! やはり王族は不可思議な力を使うようですね」

 

「それはお互い様だろう。何だよ氷の力って。すごくカッコイいじゃないか!」

 

 俺の姿にクーリアも流石に驚いたようだが、だからといって怯むような様子もなく、なおも冷静に氷塊を生成している。

 

「ならば、これでどうです!」

 

 そして、また氷塊を連続で射出していくが、今度は速さだけでなく、飛ぶ最中で氷塊は大きくなっていく。それは着弾範囲を大きくするどころか、殺傷能力すらも強化された、それぞれが直撃すれば必殺の一撃だ。

 

「ふっ!」

 

 だが、俺はこれら全てを完全に避けきる。強化された脚力があれば、多少の大きさが変わった程度は問題なく回避出来る。

 

「なに…!?」

 

 流石に全てを難なく避けられるとは思わなかったのか、先程よりも濃い驚愕の色を浮かべるクーリア。そこには、焦りの色すら伺える。もしかしたら、さっきの連続大氷塊発射は、彼にとってとっておきだったのかもしれない。

 それをかわされたという事は、切り札が通用しないのと同義。それはもう、焦りもするだろう。

 これを皮切りに、クーリアの作り出す氷塊にブレが生じ始める。大きさがバラけたり、照準が上手く合わなくなったりと、確実に動揺しているようだ。

 

「行ける…!!」

 

 少しずつ、着実に、俺はクーリアに近付きつつ、飛来する氷塊をかわし、夜刀神で打ち落とし、手足で直接砕いたり、と一手一手を潰しながら前へと進む。

 

「く…っ!」

 

 そしてとうとう、クーリアの額に浮かぶ汗が目で分かる距離にまで達し、クーリアが俺へと向ける手を、氷塊が生み出される前にオーラを伸ばした手で掴む。

 その怯んだ一瞬の隙を突き、俺は夜刀神でクーリアのもう片方の手、そこにある魔道書を斬り捨てる。魔道書は夜刀神による斬り上げを受けてクーリアの手から離れ、真っ二つになりながら地面へと落ちた。

 

「これで終わりだ、クーリア殿」

 

「無念ですね…私の、負けだ」

 

 そして、彼は膝を付き、目を閉じて俯いた。その唇を悔しげに噛み締めて。

 ここに、氷の部族との戦闘は終結を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 間もなく、クーリアによって村全体の投降の宣言が為され、まだ闘える余力のある部族兵達も、縄で手を縛っている。

 考えたくはないが、もしもの事を考慮した上での措置だ。最後の抵抗で、全力で襲い掛かってこられては話し合いも何もない。

 

「さて、ようやく落ち着いて話が出来るな」

 

 仲間の皆が固唾を飲んで見守る中、俺は、正座をして覚悟を決めたような顔のクーリアに向けて、俺も地面に膝を付き話しかける。

 俺の言葉に、しぶしぶと顔を上げて、クーリアはその重々しい口を開いた。

 

「語る事など、もはや無いでしょう。我々は負けた。それでも、暗夜に従う気はもう更々ありません。かくなる上は、我ら氷の部族の誇りを懸けて、死を選びましょう。ここにいる戦士達も皆、私と同じ覚悟です。ただ、どうか力無き者達だけでも命を奪わないで頂きたい」

 

 彼の言葉に続くように、部族兵達は俺へと一斉にその力強き視線を向けてくる。死を覚悟した、勇士の眼だ。彼らをここで失うにはかなり惜しい事。それだけは防ぐべきだと実感させる意志の強さが伝わってくる。もちろん、最初からそのつもりだったのだが。

 

「クーリア殿。あなたはさっき俺に、“暗夜王国のやり方を覆す意思があるか”と問いを投げた。その答えを、俺は答えられなかったが、あなたと闘い、その真意を知り、俺はやっと答えを導き出した」

 

「………」

 

「俺は決めた。この国を、暗夜王国を内側から変えていく。今の父上…ガロン王のやり方は、認めるべきじゃない。侵略や支配以外にも、もっと良い方法はいくらでもある。傷つけ合うのではなく、手を取り合って生きていく道が」

 

 その場の誰もが静まり返って、その中心には俺が居た。今この場は、俺の舞台なのだ。役者、それも主演が下手を打つ訳にはいかない。

 

「あなたの言葉は、確かに聞こえは良いでしょう。しかし、それを証明するという目的の為に、死者を出さなかったのかもしれない。少しの疑念でも、私はあなたを信用は出来ないのですよ」

 

「…どうあっても、俺では信用に足らないと……」

 

 申し訳なさそうに、クーリアは俺から目を反らし、黙ってしまう。これ以上の議論は無駄だと言わんばかりに。

 どうする、どうすればいい、どうしたら彼らと和解出来る?

 このままでは、いずれ舌を噛んで自害しようとまでするかもしれない。何か、何か方法は無いのか?

 

 そうやって、考えあぐねていた俺の耳に、

 

 

 

「そんな事はありません!!!」

 

 

 

 ある叫びが届いた。喉が張り裂けるのではないかと思ってしまう程に必死な叫びは、しかしどこか可憐で柔らかな声音を内包し、それがどれほど無理をして叫んだのかが分かる程に。

 

「…フローラ?」

 

 それはメイドの少女の声だった。メイド服はしわくちゃで、所々破け、全身を埃や泥で汚し、その手は痛々しいまでに裂けて血が滲んでいた。

 彼女が必死で、閉じ込められていたどこかから抜け出してきたのだという事が、一目で分かるその姿。

 

「フローラ、どうしてお前が外に……!?」

 

 閉じ込めていた張本人なのだろう、クーリアは今日一番の驚きの顔を浮かべ、娘の姿に目を見開いていた。

 

 フローラは、全身をボロボロにしながらも、それでもなお力の限り叫び続ける。

 

「スサノオ様は決して、信用に足らないお方ではありません! 私の暗夜での日々に、暖かな心を向けてくれた! たかが使用人の私やフェリシアにも、親しく接してくれた! その優しさを、私は毎日目にしていた! ひたむきに努力する姿をずっと見てきた! だからこそ、私は自信を持って言えます! スサノオ様は信頼に値するお方であると!!」

 

 ボロボロの姿で、今にも倒れそうな足付きで、フローラは必死に叫んだ。俺は、フローラがそんな風に思ってくれていたなんて、ちっとも知らなかった。俺にとっての普通は、彼女にとっては特別で、大切なものだったのだと、今初めて知った。

 

 フローラの心を、初めて直に見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 娘のその姿に、クーリアはやっと分かった。娘は最初から、嘘なんてついていないし、洗脳されてもいなかった。これは、娘が本心から、スサノオという1人の人間を信頼していたというだけの話だったのだ。

 親として、娘の気持ちを汲んでやれないとは、なんと情けない事か。焼きが回ったという事なのかもしれない。村の事ばかりを考えていた自分には、娘の事が何も見えていなかった。村を、部族の行く末を案じるばかり、目が曇ってしまっていた。

 でも、ようやく目が覚めた。他ならぬ、大切な娘によって。娘を信じずして何が親か。ならばこそ、既に答えは決まっている。

 

「……私の負けです、スサノオ殿。あなたの事を信じてみましょう。娘からのお墨付きとあらば、安心出来るというものですからね」

 

「じゃあ…!」

 

「ええ。我ら氷の部族は、反乱を中止いたしましょう。そして、あなたを信じて待ちましょう。いつか、あなたが暗夜王国を変えてくれると信じて、氷の部族に自由を取り戻してくれると信じて」

 

 そしていつか、世界に平和が訪れると信じて。

 

 ここに、氷の部族の反乱は完全に終結した。

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「終わりましたね…」

カンナ「終わったねぇ…」

ベロア「終わってみれば、氷の部族の反乱も、案外あっさりしたものでしたね」

カンナ「そうだねぇ…」

ベロア「フローラの叫びは、聞きようによっては、愛の告白にも取れますよね…」

カンナ「だねぇ…」

ベロア「……」

カンナ「……」

ベロア「カンナ、今日はずいぶんとテンションが低いですね」

カンナ「え? 別にそんなことないよ~……」

ベロア「そうですか? それなら、別にいいのですが…」

カンナ「安心して? あしすたんとの仕事もちゃんとするから。それじゃあ、今日のげすとさん、どうぞ~」

ベロア「気の抜けた掛け声ですね」

ジークベルト「やあ! 今日は私がゲストを務めさせてもらうよ」

カンナ「あ、ジークベルトだ。今日はよろしくね」

ベロア「いつも思うのですが、ジークベルトとジークフリートって紛らわしくないですか?」

カンナ「あ、あたしもわかる! 似てるよね、名前」

ジーク「それは私にも言われても困るけどね…。まあ確かに、紛らわしくはあるかもしれない」

ベロア「将来的に、ジークベルトはパパの神器を受け継ぐんですよね。そうなった時、ジークベルトがジークフリートの所有者となる訳ですが、ややこしいのではないかと思います」

ジーク「うーん…痛いところを突かれてしまったな。私の名前とジークフリートを勘違いする人も居るそうだし、悩みの種と言えるかもしれない」

カンナ「ところで、それって今日のテーマじゃないよね?」

ベロア「そうです。では、さっさと本題に入りましょう」

ジーク「おや、あれは母上…何か持っているね。えっと、『フローラはどうやって倉庫から抜け出したのか?』…だね。確かに、気になる点ではあるな」

ベロア「それに関しては、本編に載せようかと思ったらしいですが、そこまで重要でもないかとの判断で、ここに掲載する事になったそうですよ」

カンナ「それじゃあ説明始めるね~。えっと、倉庫に閉じこめられた時に気になるところがあったよね?」

ジーク「ああ、フローラさんが何かを探していたね。たしか…子どもの頃の思い出から、それを探していたかな?」

ベロア「率直に言ってしまえば、亀裂です。フローラは、子どもの頃に見た亀裂を思い出して、そこを掘ったんです」

カンナ「でも、地下にあるよ?」

ジーク「その通り。でも、それが通路側にあったとしたら話は別だ」

ベロア「その壁さえ崩してしまえば、外に出られますからね。扉を壊すという手も考えられますが、地下の倉庫な訳ですから、木製では腐る可能性もあるので、扉は木材で作られたものではないとお考えください」

ジーク「そして、亀裂があるのなら、そこを削った方が早いだろうからね。それでも、人が1人通り抜けられる穴を掘るのは大変な作業だったはずだ」

カンナ「あ! だからあんなにボロボロだったんだね!」

ベロア「そうですね。フェリシアが氷像を作れるという事は、それなりに大きな氷を作れるという事です。なら、先端の尖った棒状の氷もたやすく作れるでしょう」

ジーク「だが、やはり所詮の氷だ。石壁をそう容易くは崩せない。だから、彼女は何度も氷の棒を作っては砕け、作っては砕け…それを繰り返していたんだろう。当然、壁を削る訳だから手にも相当の負荷が掛かる」

ベロア「だから、フローラは手から血を流していた訳です。服に関しては、小さな穴を無理矢理通ろうすれば、破けたり汚れたりして当然でしょう」

ジーク「そうして、彼女は満身創痍でスサノオさんの元に駆け付けたんだ。だから、ベロアが最初に言っていたように、彼女の愛の力がそれを成し得たとも言えるのかもしれないね」

ベロア「盗み聞きですか? 仮にも次期国王ともあろう者が、はしたないですよ」

ジーク「す、すまない! たまたま聞こえただけなんだ。悪気はなかったんだよ」

カンナ「ジークベルトはそんな事しないって知ってるから、大丈夫だよ!」

ベロア「まあ、わたしも本気で言った訳ではないので、あまり気にしないでください」

ジーク「あはは…ベロアのは、冗談に聞こえないからね…まあ、良かったよ」

ベロア「それでは、そろそろお開きとしましょう」

カンナ「ねえねえ。どうして『お開き』で終わりって意味なの?」

ベロア「…ジークベルト」

ジーク「無垢なる子ども程、恐ろしいものは無いというからね。さしものベロアでも、純粋さには勝てなかったか」

カンナ「それでそれで? どうしてなの?」

ジーク「後で教えてあげるから、とりあえずこの収録を終えてしまおうか」

カンナ「そうだね。それではみなさん」

ベロア「次回もよろしくお願いします」

ジーク「ありがとうございました!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 カタリナという少女

 

 氷の部族との和平が成り、現在、エリーゼを中心に負傷者の治療に当たっている。死者は出さなかったが、それでも怪我人は出てしまうもので、命に関わるような重傷とまではいかなかったのが幸いか。

 

「イタいのイタいの、飛んでけー!」

 

 という掛け声を出したりしながら杖を振るうエリーゼ。ニコニコと、輝かんばかりの笑顔で負傷者を治療するその姿は、まさしく天使のようで、暗夜を快く思っていなかったはずの氷の部族の者達にエリーゼは、

 

「フヒヒ☆エリーゼ様ちっちゃくてかわいい~!」

 

「エリーゼたんマジ天使」

 

「萌える~エリーゼ様ヤバい萌えるわ~」

 

 と、男女を問わず一部の部族の者達の間でファンを作っていた。本人にその気が無くてファンを作ってしまうエリーゼは、天性のアイドル気質を持っているのだろう。いや、本気でエリーゼならアイドルとして大成するのではと思ってしまうのは、俺がシスコンだからなのであろうか。だが、決してシスコンという訳ではないと思いたい。

 

 そんな事もあり、俺達はこの村で一泊していく流れとなった。さっきまで闘っていた相手ではあるが、仲間達はそういった事を気にする性格ではないようで、彼らに気を遣いながらも、気さくに接していく程だ。主にエリーゼやアイシスといった天真爛漫な面々が。

 ミシェイルは言わずもがなであったが、村の子ども達は初めて目にする飛竜に爛々と目を輝かせ、その対応に口元をひきつらせていた。

 

 

 夕食は、星界の城から取ってきた食材を使い、部族の者達にも豪勢に料理を振る舞った。

 基本的にミシェイルとフローラが料理を作り、俺達はその手伝いに回る。料理が得意ではないメンバーが運び、運べば不運で落としてしまうハロルドや、食べる事が大好きなエルフィは最初から手伝わせずに食卓に着かせた。

 エルフィは一度食事を始めてしまえば、黙々とひたすらに食べ続けてしまうため、ハロルドが部族の者達との会話を引き受け、それによりハロルドは氷の部族と完全に打ち解けていた。

 

 夕食を経て、色々あった為に彼らの俺達に対する態度はほぼ完全に軟化したようだ。しかし、それは俺達にであって、暗夜王国へのわだかまりは無くなった訳ではない。それを変えていくのが、俺の新しい目標なのだ。

 

 

 

 夜は、それぞれ用意された部屋で就寝する事となった。明日までは自由に過ごすように皆には言っており、俺は今、クーリアとアカツキ、ライル、フローラを含めた面々で、クーリア家のリビングに居た。

 

「…それで、話とは何です、スサノオ殿?」

 

「いや、話があるのは俺ではなく、臣下のライルです」

 

 俺が手で示すと、ライルが改めて頭を下げ、自ら名乗る。

 

「はい。実はあなたにお聞きしたい事がありまして」

 

「というと?」

 

「スサノオ様から聞かせて頂いたのですが、僕らや、ここにいるアカツキ以外にも訪問者が居たようですね」

 

 ライルには食事の時にその話を伝えていた。すると、その話を聞いたライルは神妙な顔をして、食後すぐにアカツキとネネに話を聞きに行ったらしかった。

 そして、改めてクーリアに直接話を聞きたいという申し出をしてきたのだ。

 

「ふむ。確かに、アカツキ殿達の前にも、旅の者が訪ねて参りましたが…それはアカツキ殿やスサノオ殿にも申し上げた筈ですが?」

 

「私もそう言ったのだが、どうしてもと言うのでな。まあ、私としてももう一度聞いても良いかと思ったのだ。もしやすると、あれから何か他の事を思い出したやもしれぬしな」

 

 腕を組み、背筋を伸ばして、椅子に浅く腰掛けるアカツキ。その姿勢の良さは、育ちの良さを醸し出しているようにも見える。

 

「そうですか…。まあ良いでしょう。ほとんど変わり映えしないとは思いますが、それでも良ければお話ししましょう」

 

 そして語りだすクーリア。それは俺が聞いた話と変わりなく、旅人が伝承を求めていた事、旅人が不思議な力で村を守った事…と、やはり特に変わった点はない。

 ライルも、俺と同じく旅人が竜脈を使用した事や竜の姿になった事に関しては驚いているようだったが、しかしどこか違った感じがして、むしろ最初からその旅人の事を知っていてそんな驚き方をしているように見えた。

 要は、同じ部分に関してなのに、俺とは驚き方や驚く箇所が違うというか…。

 

「…はあ。気苦労が絶えませんね」

 

 ため息を吐くライルと、何故か釣られて同じくため息を吐くアカツキ。

 

「それでクーリア殿。やはり、何か他に思い出したりはないだろうか?」

 

「うーむ…いや、これといってありませんね」

 

 少しの間考え込んで、それでも何も思い当たる節はないようで、そのクーリアの返事にアカツキは仕方ないという風に、眼を閉じて頷きを返す。

 どうやら最初から、そこまで期待はしていなかったらしい。

 

「そういえば、アカツキさんもその方々を探していらしたんでしたね」

 

「ん? ああ、フローラ殿。いや、知り合い…というか、そやつらの片方がその、身内でな。少々心配なのだ」

 

 フローラの言葉に、アカツキはどこか言葉を濁して答える。なんというか、ばつが悪そうに見えるのは気のせいか?

 

「確か…カタリナとピーター…でしたかな。そんな名前であったと記憶していますが」

 

 クーリアが顎に手を置き、思い出す素振りでその名前を口にした。その名前を聞いた瞬間、一瞬だけアカツキはピクッと肩を震わせる。

 

「やはり、カタリナ達でしたか。アカツキとネネがあの2人と居ない時点で、妙だとは思いましたが」

 

 ライルもその2人に関しては知っているらしく、話がいまいち分かっていないのは俺とフローラだけだった。

 

「…私が目を離した隙に逃げられたのだ。久々の猪肉を前に躍起になっていたとはいえ、迂闊だった…」

 

「あれだけ過保護にしていれば、それは逃げられても仕方ないと思いますが」

 

 がっくりとうなだれるアカツキに、これまた深くため息を吐くライル。何故か、ご愁傷様と言いたくなってくるのをグッと堪え、そのカタリナとピーターという2人について聞いてみる。

 

「そのカタリナとピーターってどんな奴なんだ? 聞いてる感じだと、けっこう古い付き合いっぽいんだが…」

 

「カタリナとピーターは僕らの幼なじみでして、アカツキ達と一緒に暗夜王国を出たはずでしたが、先程聞いた通りです」

 

「うう…」

 

「そ、そうか…」

 

 どんどん落ち込んでいくアカツキに、俺は少し悪い気がしてきたが、その人となりだけは知っておきたい。

 

「カタリナが言ったように、僕らは暗夜王国の出身ではありません。ここよりはるか遠くの大陸から、滅んだ故郷を出てきました。そうしてたどり着いた先が、この暗夜王国だった訳です」

 

「そういえば、滅んだ王家の末裔…とか言ってたらしいな」

 

「そんなところです。そして…そうですね、まずはピーターからにしましょう。ピーターは『タグエル』と呼ばれる獣人の血筋で、体格が良い割に臆病で頼りない青年です。戦闘になると真っ先に逃げようとしますね」

 

 獣人…そういえば、暗夜には古くからカイエン峰に『ガルー』と呼ばれる狼人間が存在するという話だが、そういった感じの種族という事なのだろうか。ライルが嘘を言っているとは思えないし、クーリアも獣人が居たと言っていたから、ピーターという青年は本当に獣人なのだろう。

 それにしても、聞いてる限りでは、かなりなチキンぶりである。ノルンとどっこいどっこいではないだろうか。まあ、ノルンはキレたら最強なのだが…。

 

「次にカタリナは…なんというか、その…残念、と言いますか…」

 

 途端、歯切れの悪くなるライル。彼女の説明を後回しにした事に関係するのだろうか。

 そこからは引き継いだようにアカツキが説明を続ける。

 

「最初はそんな事はなかったのだ。可愛い妹で、目に入れても痛くはない程に愛らしかったのだが、いや、今でも十分に愛らしいぞ! だが、ある時から変わってしまい…」

 

「いや、ちょっと待て!? え、妹なのか!? じゃあアカツキもその滅んだ王家の末裔って事か!?」

 

 唐突なカミングアウトをサラッと言われ、ちょっとばかし混乱したが、アカツキはしれっとした様子で、

 

「え…? ああ、いや、私は違う。私とカタリナは母親が違ってな。カタリナの母親がその血筋なのだ。腹違いの妹になるな」

 

 なんともあっさりと言ってのけるアカツキに、俺は開いた口が塞がらない。いや、確かに暗夜王家も、マークス兄さん達きょうだいはみんな母親が違うと聞いたが、それは父親が王という事もあっての話だ。

 母親が王家の末裔って…じゃあ父親は?

 

「察してくれスサノオ様よ。私の家族は色々と複雑なのだ。あと言っておくが、父上は決して不貞を働いた訳ではないからな」

 

 顔に出ていたようで、今までにない良い笑顔で、アカツキが諭してくる。あまり触れるな、詮索するな、と暗に言われているようで、ひとまずこれ以上は聞かないでおこう。後が怖い。

 

「こほん。話を戻そう。それで、旅の際にとある異界に迷い込んだ事があってな、そこから帰ってきたカタリナは、言動や行動がおかしくなってしまったのだ」

 

「おかしいというのは、性格が変わったのではなく、趣味嗜好が変わった事が原因で不審な挙動が多くなったという事ですね」

 

「…村の者でも何人かが、その影響を受けております」

 

 そういえば、エリーゼの治療中に出来たファンが、少し変なしゃべり方をしていたような…。なんだか既視感のある台詞だったが…?

 

「よく分かりませんが、何かの本を頂いたらしく、四六時中読みふけっていると聞きました」

 

「へ、へ~…そうなんですか…」

 

 なんとなく、察しがついてしまった。これはアレだ。オーディンと近しい人種なのだろう、そのカタリナという少女は。絶対にそっち系なはずだ。

 

「なんというか…個性的だよな、ライル達ってさ…」

 

「…否定出来ないのが、痛いところですね」

 

 自覚があったのか、ライルよ…。

 

「さて、やはりと言うべきか、結局は情報は得られずじまいだったな」

 

「力になれず、申し訳ありません」

 

「いや、すでに情報は出尽くしているのだろう。仕方のない事ゆえ、クーリア殿に責はない」

 

 これでライルの聞きたかった事を含めて、用は済んだ。後は明日に備えて早めに就寝するべきか…。などと考えていると、「失礼します」という声がした。そしてリビングに、ポットとカップを載せたお盆を持った、妙齢の女性が入ってくる。どことなく、フローラやフェリシアに似ているので、おそらくは2人のお母さんだろう。

 

「暖かい紅茶を淹れましたので、どうぞ」

 

「母さん、言ってくれれば私がしたのに…」

 

 フローラは立ち上がると、母親の手伝いを始めた。ここでもメイド気質が働いたようで、テキパキと紅茶を皆の前に配膳していく。その姿に、彼女の母親も感心を示していた。娘の成長が嬉しかったのだろうか。

 紅茶を配り終え、クーリアの座る席の隣へと移動するフローラの母は、ペコリと一礼して、

 

「どうも初めまして、クーリアの妻のミストと申します。先刻は夫や村の者どもがご迷惑をおかけしたようで…」

 

「いや、クーリア殿や村の人達は何も悪くありませんから、頭を下げて頂かなくとも…。暗夜王国の印象が悪かったのがいけないんですし、むしろ俺達が迷惑を掛けたようなものですよ」

 

「あらあら、王族様にそう言って頂けるなんて…良かったわね、あなた」

 

「いやはや、私の人を見る目も衰えたものです」

 

 そうして笑い合う夫婦と、少し恥ずかしそうにそれを見るフローラ。家族の仲はそれはもう、とても良好なものだと物語っているようで、心がホコホコした気分になる。ここにフェリシアが居れば、この家族の完成形が見れたのに…と、今は遠く離れたアマテラスとそのお付き2人を思い出し、少し感傷的になった。

 

「ああ、そうでした!」

 

 と、なにやらエプロンのポケットに手を入れてゴソゴソと何かを取り出すミスト。しばらくして、スポンと抜けたその手には、くしゃくしゃにくたびれた一枚の紙片が握られていた。

 

「この前、カタリナちゃんが泊まった部屋を掃除してたらこれを見つけたんですよ。部屋の隅も隅にあったものだから、最初の掃除で見落としてたのね。走り書きがあったから、捨てずに取っておいたのだけど…アカツキちゃんがまた来てくれて良かったわ」

 

「…!! ミスト殿、感謝する!」

 

 アカツキは人が変わったかのように、ひったくる勢いで受け取った紙切れに目を通し、しばらくの後、とても深いため息を吐いた。

 

「やっと掴んだぞ……。足取りを追うだけで一苦労とは、手間の掛かる妹だ」

 

 そう言ってアカツキから差し出された紙切れを受け取った俺は、そこに書かれていたものが何かを知った。そこには、こう書かれていた。

 

 

 

『旅の目的。①伝承集め。②世界の状況を見て回る。③戦争の状態を知る。④竜と人間の関係を調べる。

 

 

 

 ⑤虹の賢者に会う』

 

 

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「はあ…最近仕事が続いてないですか? 早くキヌのコーナーと交代したいのですが」

カンナ「まあまあ。それだけ更新できてるってことなんだから、良いことじゃないの?」

ベロア「それはスサノオにとっての話で、私は全然良くありません。いくら報酬が貰えるとはいえ、こうしてこのコーナーに拘束されるのは窮屈なものです」

カンナ「それじゃあ、早く終わらせちゃうとか? そうすればベロアもお宝さがしに行けるよね」

ベロア「ですね。それに限ります。では、本日のゲストの方、どうぞ」

カンナ「……」

ベロア「……」

カンナ「………?」

ベロア「……、来ませんね」

カンナ「うん」

ベロア「もしかして、今日はゲスト無し…ではなさそうですね」

カンナ「え? …あ、ほんとだ。部屋の外から何か声が聞こえるね」

『もう…この子ったら、わがままなんだから』

『せっかく今日はアンタの誕生日なんだから、潔く招待されときなさいよね!』

『…私は別に招待されたくなんてないわ』

『ダメよ。スサノオの頼みだもの。あなたには出て貰わないと困るわ。それに、お誕生日なんだから、少しは羽目を外しても良いんじゃないかしら?』

『別に羽目を外す必要は…』

『あーもう! 面倒くさいわね! いいからとっとと行きなさいってのよ!!』ドン! ガチャ。

ベルカ「イタい……あ」

カンナ「あー! ベルカさんだ!」

ベロア「ずいぶんと揉めていたようですね」

ベルカ「…私みたいな日陰の人間が、こんな所に来るなんて場違いにも程があるからよ」

ベロア「…それは私も言いたいです」

カンナ「ほ、ほらほら! 今日はベルカさんのお誕生日だから、もっと明るくしようよ!」

ベルカ「…誕生日なんてどうでもいいわ。本当に今日が私の誕生日かも分からないのに」

ベロア「…そういえば、捨て子だったんでしたね」

ベルカ「私が初めて人から誕生日に貰ったのは、ボロボロに錆びたナイフだった。それでターゲットを殺して、報酬で新しいナイフを買おうにも、生きるためには食べ物の方が必要で…」

カンナ「……」

ベルカ「ナイフが壊れれば、時には錆びたナイフを手にする為だけに誰かを殺した事もあった。……私は殺しに生き、生きるために殺す人間。そんな私が生まれてきた事を祝うなんて、バカバカしいわ。だって私の生業は、それとは正反対なんだから」

ベロア「…確かに重い人生だとは思いますが、今のベルカはカミラやルーナ、スサノオ達、多くの仲間に囲まれて生きています。業に入っては業に従え、とも言いますし、ここは素直に祝福されても良いのではないでしょうか」

カンナ「そうだよ! ベルカさん、よくあたしにベルカさんの飛竜と遊ばせてくれるもん。ベルカさんは根っからの悪い人なんかじゃないよ!」

ベルカ「…やっぱり、あの人の子ね。そういうところ、よく似ているわ」

カンナ「え? お父さんに似てるかな、あたし?」

ベロア「まあ、スサノオやその血筋と深く関われば、ほとんどの人は丸くなるという事ですね」

ベルカ「…そうかもしれないわ」

カンナ「よく分かんないけど、ベルカさんが祝ってもらう気になったみたいでよかった!」

ベロア「さて、それでは今日のお題に入りましょう」

ベルカ「そうね…。『ベルカの上忍完全アサシン』と『カタリナの趣味嗜好』…前者は少し小馬鹿にされているようで、少し腹立たしいわ」

ベロア「では前者から。これは作者の個人的な感想なのですが、ベルカの上忍の姿と、その殺し屋という本業…完全にアサシンじゃないか。と思ったらしいです」

カンナ「そうそう。“任務完了”とか、“…仕留めた”ってセリフ! ベルカさんが上忍の格好で言うとすごくカッコイいよね! なんか、超スゴ腕の暗殺者って感じがして!」

ベルカ「……、面と向かって言われると恥ずかしいわね」

ベロア「さて、後者に関してですね。もう説明する必要すら無いのではと思いますが…」

ベルカ「…まあ、簡単に言えばオーディンやオフェリア、エポニーヌの同類で、その更に上位種ってところね」

カンナ「守備範囲が広いとも言えるよね」

ベロア「もしかしたら、勘の鋭い人なんかは気付いているかもしれないですね。まあ、何が、とは言いませんが」

ベルカ「…ちなみに、作者は『新・紋章の謎 光と影の英雄』に登場したカタリナという少女の真実を知った時、感心したそうよ」

ベロア「カタリナの本名はアイネでした。『カタリナ』、これを漢字にしてみると、『騙り名』。カタリナという名前自体はおかしくもない名前ですが、それを偽名に持ってくるあたり、上手いですよね。まあ、製作側の意図であったかは知りませんが」

カンナ「子どもだと分からないかもしれないよね。実際、作者さんもこれに気付いたのはけっこう経ってからだったし」

ベルカ「カタリナが育ったという、孤児院に偽装した暗殺者養成組織…少し興味があるわね…」

ベロア「…私は色んな所に店を構えている『秘密の店』に興味があります。どこにあるか、見ただけでは分からない…上手に偽装された入り口…ふふふ、素敵です」

カンナ「秘密のお店の一つに、色んな竜石を売ってるお店があるらしいよ! あたし、すごく興味あるんだ! 飛竜石とか氷竜石、あと魔竜石…、魔竜石?」

ベルカ「そういえば、敵ユニットに魔竜がいたわね。魔防の高い奴が…」

ベロア「敵専用兵種とは何故、あんなにも羨ましいものなのか…永遠の命題でしょう」

カンナ「『皇帝』って兵種もあったよね。グラディウスが怖くて、見た目がジェネラルみたいで、周りに上級職の兵士もたくさんいるから、攻略も大変で……」


※話がどんどん脱線していったので、ここで収録は中断します。


ベルカ、誕生日おめでとう!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 一難去りて、訪れし休息の一幕

 

 翌日、スサノオ一行は村の入り口に集まっていた。反乱は治まり、暗夜王城へと帰還する時が来たからだ。

 

「みんな、忘れ物は無いなー?」

 

 スサノオによる、まるで遠足の引率の先生がするような確認に、一同はコクリと頷きを返す。

 

「よし…では、これより帰還する。クーリア殿」

 

 クルリと反転し、見送りに出向いていたクーリア夫妻へと向き直る。

 

「部族の自治の事、確約が出来ないのが心苦しいですが、父上をどうにか説得してみせます。ただ、この戦争が終わるまでは待って頂きたい」

 

「…あなたを信じると言ったのです。我々はただあなたを信じて待ちましょう。いつかきっと、我ら氷の部族は再び自由を手にすると…期待していますよ、黄金の剣持つ『勇者』殿?」

 

 にやりと笑みを浮かべて、手を差し出してくるクーリアに、スサノオも同じように笑みで返し、その手を握り締める。

 暗夜の王子と氷の部族の族長、その両名の握手は、彼らの友好を確固なものとして、そこにいる全員に明確な形として示されたのだった。

 

「さて、行くか」

 

 最後に、クーリア達に向かってスサノオは深くお辞儀をすると、氷の村を後にした。

 そして、その後に続こうとするフローラの背に、両親から声が掛かる。

 

「フローラ…スサノオ殿にも、お前の事は頼んでいます。きっと、また元気な顔を私達に見せなさい。今度は、フェリシアも一緒に」

 

「父さん…」

 

「フローラ、母さんも父さんも、あなたの無事を心から祈っています。私達の可愛い子…いつでもまた、帰ってきなさいね? あ、今度は朗報にも期待してますからね?」

 

 と、娘からチラリと、村を後にする隊の先頭にいるスサノオへと視線を逸らすミスト。その言葉に、フローラは少しの間訳の分からないと言わんばかりだったが、母の視線の先を辿って、ようやくその意味を理解し、即座に赤面する。

 

「か、かか母さん! な、何を…ッ!?」

 

「あらあら? 私の勘違いだったかしら?」

 

「……はあ」

 

「~~~ッ!!」

 

 含み笑いで娘を手玉に取るミストと、複雑そうにため息を吐くクーリア。

 それを見て、更に顔を赤くしたフローラは、そそくさと両親に頭を下げて帰還する隊の末尾に付いた。

 そして、ある程度距離が離れ、最後にフローラは振り返り、未だ一行を見送る両親に向けて一言。届かないと知りながらも、ボソリと呟いた。

 

「私、頑張るから…。行ってきます、父さん、母さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 はてさて、ここから先は少し時間が掛かるという事で、一行は星界での休息を何度か摂りながら、暗夜王城を目指す事となった。

 

「ふう…」

 

 ちょうど、現在は休息中であり、各々が気ままに時間を過ごす中、彼女もまた、一人鍛練に励んでいた。

 休息中に鍛練とはいかがなものか、とも思えなくもないが、それが彼女の日課であるのだから仕方ない。

 

「精が出るな、エルフィ」

 

 と、そんな彼女に掛けられる声。それは、

 

「アカツキ。どうかしたの?」

 

 大岩を何度も上下に持ち上げるトレーニングを続けながら、エルフィは来客に応じる。応じると言っても、意識をそちらにも割く程度ではあるが。

 

「いや、こうしてゆったりと話すのは初めてだろう? 私が城に居た頃も、そこまで互いに顔を合わせなかったしな。これも良い機会…と思い立ってな」

 

「…そうね。私も、あなたとはお話してみたいと思っていたの」

 

 ズシン、と抱えていた大岩を地面に下ろすと、エルフィは一息つき、今度はその場に寝転がって腹筋を始める。

 アカツキも、エルフィが上体を起こした時にちょうど正面になる場所に腰を下ろし、話を続ける。

 

「…私もお主も、共に強さを…力を求める女だ。それに、その力は自分の為のものではない。我らはどこか似ていると感じていた」

 

「…そうね。私が力を求めるのは、主君であるエリーゼ様のためだし…。じゃあ、あなたは? あなたは誰のために力を求めるの?」

 

 エルフィの問いに、アカツキは眼を閉じ、優しい笑みを浮かべて答える。

 

「私は……妹のために」

 

「妹?」

 

「ああ。今は離れているが、あの子は私にとって、唯一残された家族だ。私はあの子を守るためなら、この命だって捨てても構わぬ」

 

 腹筋を一時止め、エルフィは空を眺めて、アカツキの言葉を頭の中で反芻させていた。

 誰かのために、己の命ですら投げ打ってみせる覚悟。それはまさしく、自分がエリーゼに対する想いとほぼ同じもの。

 

「私も…エリーゼ様は…いいえ、エリーゼは、私にとってかけがえのない親友。私の最初の、大切なお友達。私にたくさんのものをくれたあの子を、私は何が何でも守ってみせるわ。それこそ、命を懸けて」

 

 見つめる空はどこまでも青く、エルフィの心もあの空と同じように、どこまでも澄んでいた。その誓いを、心に深く刻み込んで今一度、自分の気持ちを再確認する。

 

「ふむ…やはり、我らは似た者同士だな。お主のような輩は人として好ましいと感じる。…ん? それだと、私は自画自賛をしている事になるのか?」

 

「…そうね。似た者同士で、自分に似ている人を褒めるのだから、そうとも言えるかも」

 

 途端に、アカツキは珍しく頬を染めると、そっぽを向いてしまう。その様子を、上体を起こして見たエルフィは、自然と笑っていた。

 

「そうだわ。アカツキ、あなたは技。私は力。それぞれが互いに刺激し合えば、良い訓練にもなると思うんだけど…」

 

「ほう…面白いな。白夜には、こういう言葉があるらしいぞ。『切磋琢磨』。互いに競い合い、磨き合う事によって、共に高みを目指していくという言葉だ」

 

「切磋琢磨…。良いわね、それ。私、そういう関係を築ける相手がずっと欲しかったの。エリーゼは私の守るべき存在だし、ハロルドじゃ、私の訓練には付いて来れないし…。ミシェイルは絶対に付き合ってくれそうにないし…」

 

「そうか。私で良ければ、お主の良き訓練仲間になろう。今度、それぞれの訓練内容について話してみるか」

 

「ねえ、それなら今からでも良いわよ」

 

 こうして、訓練好きな女子2名による、女子会とは程遠い何かが始まるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 所変わり、場所は食堂。ここでは、ライル、ネネ、ミシェイル、そしてゼロが時間を過ごしていた。

 とは言っても、ミシェイルはネネにせがまれて料理をひっきりなしに作り続けており、ネネもひたすらに料理を食べ続けている。

 ならば、ライルとゼロは何をしているかと言えば、ライルは資料の整理、ゼロはライルが必要な資料のピックアップをしていた。

 

「まったく…俺にナニをしてほしいのかと思ってみれば、まさかこんな事を手伝わされるとはねぇ…」

 

 ぶつくさと文句は言うものの、仕事を確実にこなしている辺り、流石はレオンの臣下といったところか。

 

「仕方ないでしょう。今居るメンバーで、こういった事をこなせるのはゼロ以外にフローラとスサノオ様、ミシェイルくらいなものです。ですが、ミシェイルはあの通り手が離せないですし、フローラはスサノオ様の身の回りの世話に熱心ですし、こんな雑用をスサノオ様に手伝わせる訳にもいきません。なので、必然的にあなたに白羽の矢が立ったんですよ」

 

 テキパキと、不要な資料をまとめていきながらも、適宜メガネに手を伸ばす辺り、彼はメガネにどれだけこだわっているのかがよく分かる。

 

「他の連中はどうなんだ? オーディンにアイシス、ノルンとハロルドは? エルフィとアカツキはさっき二人っきりで熱く語らってたから除外するとしてだ。…一体ナニを二人っきりでシているのやら」

 

「オーディンはすぐに変な病気が出るので却下です。その度に作業が遅れるのは面倒ですので。アイシスは論外です。あれでドジなところが多々見られるので、作業に集中出来る自信がありません」

 

「ハロルドは…アレだな。アイツの不運で、仕事が捗らんか。ならノルンはどうだ? それこそ、アイツには適任だと思うが」

 

「ノルンは“今は”無理です。さっき頼みに行ったのですが、お守りを使っての訓練をしていましたので、当分は近寄らない方が良いでしょう」

 

「ああ、アレか。あの魔神顔になる人格の切り替え…を訓練してるんだったか? あんなもんで訓練になるのかは知らないが、確かにアイツのアレは強いからな」

 

 手だけは止めずに、ゼロはノルンの魔神顔を思い出す。初めてアレを見た時、不覚にも彼は息を呑んで驚愕したのだ。ちなみに、ノルンの豹変を見て驚かなかったのは、ライル達を除けばマークスの臣下であるピエリという女騎士だけだった。

 

「はあ…。まあ、イイさ。同じ主君を持っていたよしみだ。少しは手伝ってヤるよ」

 

「恩に着ますよ、元同僚さん。…その妙な話し方さえ無ければ普通に優秀な人材なのですが」

 

「おいおい。別に俺は変なつもりはないぜ? そう感じるのはお前たちの勝手だろ」

 

 悪びれる素振りは全く無く、むしろ開き直っているゼロの様子に、ライルは思わず眉間に指をつき、

 

「はあ…、あなたのそれは諦める方が賢明ですね。さあ、さっさと資料を探して下さいね」

 

「はいはい…。ところでこんなもの集めて、どうするつもりだ」

 

 と、ゼロはある程度の資料をまとめて、ライルに手渡す前にその手にした資料に目を通して尋ねる。

 ライルもまた、作業を止めずに、資料に目を通しながら答える。

 

「いえ、帰ってからの心配事に、今の内にある程度対策を立てておこうと思いまして」

 

「対策、ねぇ…。何したかは知らんが、面倒事に巻き込むなよ」

 

 そう言って、ゼロは資料をライルの前に投げ渡した。バラバラと一纏めにされたそれはページが捲れ、開けた部分には断片的にではあるが、こう書かれていた。

 

 

『──の部族の末裔、シェイド女史のノスフェラトゥ研究の成果に関して。死者を用い──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び場所は変わり、星界内に作られた厩舎において、アイシスは天馬と共にオーディン、ハロルドととある話し合いをしていた。と言うのも…、

 

「いやいやいや! 決めポーズはやっぱりこうだよ!」

 

「ふっ…甘いな、アイシス。そうではなく、こうだ!」

 

「ふむ。それよりもこちらの方が良くないだろうか」

 

 それぞれが奇妙なポージングをしながら、議論をしているのだ。

 どれもが奇妙かつ珍妙なポージングでありながら、自分ではそれが格好良いと思っているのだから、まるで終わりの見えない討論会のようである。

 

「え~? やっぱり勝利のポーズなんだから、空の王者な鷹のポーズが格好良いよ!」

 

「いや、甘美なる勝利の美酒に酔いしれるポーズの方がカッコいいに決まってる! ほら、こう顔に手を当てて、『ふっ…』ってクールに決める感じで」

 

「うーむ…オーディン君のは、少しキザすぎやしないかい? やはり、ここはシンプルに筋肉と勝利の栄光をイメージした、両腕を上に掲げるポーズの方が…」

 

「ないない。あたし女の子なのに、そんなマッチョなポーズは似合わないよ。ここはやっぱり、大空の覇者である鷹のポーズを…」

 

「…いいや。やはり俺のポーズが一番カッコいい。キザで結構。むしろ上等だ。勝者なんだから、余裕を醸し出してる方がそれっぽいだろ」

 

「そんな事はない。万人に理解される私のポーズの方が、より印象も良いし、何より覚えて貰いやすいと思うぞ」

 

「分かってない! 全然分かってないよ2人共! 第一、あたしは天馬騎士なんだから、空をイメージしたポーズが良いに決まってるじゃん!」

 

「それを言ったら、俺は孤高なる闇の戦士なんだし、やっぱり闇の戦士っぽく、カッコつけたポーズが良いに決まってるだろ!」

 

「私は正義の味方として、皆から親しみを持たれるこのマッスルポーズこそが相応しいのだよ!」

 

「と言うか、あたし達はそれぞれが好きなポーズをしたら良いだけ…って事?」

 

「それもそうだな…。何も、無理して他人に合わせる事はないし…」

 

「まあ、そうなるね…。そもそも、アイシス君が格好良いポージングの研究と称して私達を誘ったのだから、別に自分のポージングが一番であるかを競う必要もなかったような…」

 

「…それもそっか。よーし! じゃあ、今からは互いに格好良いと思うポージングを教え合おうよ。主観的な意見だけじゃなくて、客観的な意見も欲しかったんだよね」

 

「よし、そうするか! なら、まずはハロルドのポージングは…」

 

 

 結果的に、収まるところに収まった3人なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、スサノオとエリーゼ、フローラは現在、スサノオが竜脈により建てたスサノオの部屋に居た。

 

「これから大変だな…」

 

 フローラの淹れた紅茶を手に、スサノオは先を見据えてボソリと呟く。その顔には、明らかな憂鬱が見て取れた。

 

「お父様は頑固だもんね。説得するのはたいへんそう…」

 

 同じく、スサノオの対面で、ソファに腰掛けながら紅茶をすするエリーゼは、父の性格を思い出して苦笑いを浮かべる。

 スサノオの背後に控えるフローラの顔にも、2人に対する同意が浮かんでおり、あまり顔色も優れないように見える。

 

「昔はガロン王も、今のようではなかったと父から聞きましたが…」

 

「うん。あたしも、レオンおにいちゃんから聞いたんだけど、昔のお父様は自分で戦場の最前線に立ってたくらい勇猛果敢で、それでいて子煩悩で、レオンおにいちゃんを肩に乗せたこともあったんだって」

 

「あの父上がか…? 今の父上からでは、想像もつかないな」

 

 スサノオの知るガロンは、出会った時から今に至るまで、まるで変わったところは見られない。となると、ガロンはスサノオをさらうより以前に、今のように変わったという事になる。

 

「うん。あたしが生まれた時には、もうお父様は今みたいな感じだったんだって」

 

「つまり、ガロン王に何かがあって、それがきっかけで今のようになった、と?」

 

「だな。それも、ずいぶんと前に。この辺に関しては、帰ってからマークス兄さん達に聞いてみよう。レオンが昔の父上を知ってるって事は、当然マークス兄さんとカミラ姉さんも知ってるはずだ。そして、父上が変わってしまった原因にも心当たりがあるかもしれない」

 

 きっかけさえ分かれば、ガロンを昔のように戻せる方法も分かるかもしれない。そんな淡い希望を胸に、スサノオは紅茶を一気に飲み干す。

 無駄かもしれなくとも、少しでも可能性があるのなら、それに縋らない訳にはいかない。暗夜王国を内側から変えるという、壮絶なる難題を前に、使える手段は全て使う。それくらいの心持ちでなければ、到底叶わぬ夢──否、目標であろう。

 

「とにもかくにも、まずは帰還、そして報告だ。何事もなく済めばいいけどな…」

 

 一縷の不安を抱いて、スサノオは紅茶のおかわりをフローラへと頼むのだった。

 

 






 一方その頃、ノルンはというと……、


「はあ…、……………ふ、ふは、フハハハハハ!! 我は最強なり! 邪魔をする者は全て屠る! フハハハハハハハハハハハ!!!!! ………ふう。疲れるわ…」

 1人、星界の片隅にて、人格を即座に、自由に切り替える訓練をしているのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝 暗夜王国第三王女観察記録

 
※時間軸に関しては、今より少し進んだ時期を想定しています。


 

 

 私は暗夜王国第三王女エリーゼ様の臣下エルフィ。今日はここに、エリーゼ様の最近の行動、言動について記そうと思う。

 というのも、ここ最近のエリーゼ様の様子がどこか少しおかしいからだ。休日、私がどこかへ出かけないかと誘っても、曖昧に言葉を濁して遠回しに断る事が増えたり、私が一緒に夕食を摂ろうと言っても、今日はアイシス達と食べるからと断られる事があったり、私のトレーニングを見ていて欲しいと頼んでも、用があるから出来ないと断られる事もあったり…。

 とにかく、今までよりもエリーゼ様に断られる頻度が多くなったのだ。それに、なんとなく、私の事を避けている節も見られる。これは由々しき事態に他ならない。エリーゼ様の臣下であり、エリーゼの親友であるこの私が、当の本人に避けられるなんて、何かの間違いだと信じたい。

 だからこそ、私は原因究明の為に、エリーゼ様の観察記録を付ける事にした。

 

 これは、私による、私の為の、私のエリーゼ観察記録である。

 

 

 

 一日目。

 

 今日は朝から訓練をしていたため、エリーゼ様と会えたのは昼を回ったところだった。今日の昼食は一緒に摂れたが、午後からは何か用事があるらしく、野営地を出て行ってしまった。お供に付いて行くと申し出たが、「あー、だいじょうぶだよ! アイシスが付いて来てくれるから」と断られた。怪しい…。

 結局、エリーゼ様とアイシスが帰ってきたのは、夜になるかという時間だった。

 

 

 二日目。

 

 今日は、午前中は軍議に参加せねばならなかった。エリーゼ様は軍議にはほとんど参加していないので、午前中はネネと時間を共にしていたようだ。

 午後は軍での合同訓練で、これにはエリーゼ様も参加しており、特に変わった様子は見られなかった。必死に魔法の練習をする姿は、どこか微笑ましく、愛らしかった。眼福である。

 この日は疲れてしまったのか、夕食後、少し私やスサノオ様と談話を楽しんだ後、エリーゼ様は少し早めの就寝をされた。今日は特段、変わった様子は見られなかったように思う。

 

 

 三日目。

 

 この日は朝から、野営地にエリーゼ様の姿が無かった。前日、就寝が早かったためか、朝一番に起きてどこかへ出掛けてしまったらしい。その様子を目撃した見張り番によると、どことなくこそこそしているように見えたそうだ。

 お昼を過ぎて、いつの間にか帰っていたエリーゼ様は、ミシェイルに何かを自慢しているようだった。ミシェイルは半ば呆れたように、疲れた顔でエリーゼ様とやりとりしていたが、エリーゼ様のはしゃぐ姿には見ていて癒された。

 

 

 四日目。

 

 今日はエリーゼ様と約束があったので、2人で街に繰り出した。目に付く出店のアクセサリーを眺めて、時には手に取ったりして楽しく回った。お揃いの花の髪飾りも買ったり、素敵な一日だった。昼食に立ち寄った定食屋では、少ししか食べなかったが、何故か値段が張ってしまった。おかしい。ご飯は大盛を7杯で、定食も4人前しか頼んでいなかったというのに。

 ともあれ、この日はエリーゼ様に変なところはなく、充実した一日を過ごせた。

 

 

 

 

 

 八日目。

 

 ここ最近、近隣の街で妙な噂が流れているらしい。なんでも、正義の味方を自称する、仮面で顔を隠した変質者が現れるというものだ。そんな変態……いや、似たような見た目のミシェイルに悪いので、ここは正義の変質者と呼ぼう。そんな正義の変質者など、エリーゼ様の教育上、まことによろしくないので、極力接触させないようにしなければ…。

 ちなみに、今日もエリーゼ様はアイシス、ネネと連れ立って街へと繰り出していた。変質者と遭遇していなければいいが……。

 

 

 

 

 

 

 十二日目。

 

 今日は一日自由だったので、かねてより懸念していた変質者の情報集めを街で行う事にした。連れ添いとして、ノルンとアカツキが同行してくれた。エリーゼ様と一緒ではないのは、もし情報収集中に変質者と出くわしでもしたら、意味が無いからだ。それに、変質者により興味を抱いてしまうかもしれない。それはあってはならない事案だ。

 アイシス、ネネは最近エリーゼ様と怪しい動きを見せているので、私がエリーゼ様を観察している事がバレる危険があり、声は掛けないでおいた。

 フローラは、スサノオ様のお世話をしているので、遠慮しておいた。あの子は、スサノオ様の世話を焼いている時が一番キラキラしている。それを邪魔しては悪いだろう。

 男性陣には街に行くとだけ言っておいた。私としても、気の知れた女友達と街に行く方が、気楽で良かったからだ。一応、私達の軍の参謀役であるライルにはそれとなく目的を伝えておいた。彼も正義の変質者を不審者として目を光らせていたので、彼にしても悪くない話だろう。それと、ライルには聞き込み調査に関してはエリーゼ様達への口止めをしておいたので、大丈夫だと思う。

 

 

 朝から夕方に掛けて行った聞き込みによれば、正義の変質者はそこまで嫌われてはいないという事が分かった。他にも、正義の変質者に関する情報をいくつか得る事が出来た。街で得られた情報を纏めると、

 

・正義の変質者は複数確認されている。

 

・単独のもの、グループのものがある。

 

・いずれも小柄ではあるが、腕は確からしい。

 

・全員の名前(自称であるが)が割れている。

 

 どうやら、正義の変質者は1人ではなかったようだ。街の人達から嫌われていないのは、それなりに功績も上げており、なおかつ無償で人助けをしているかららしい。

 ここで気になったのは、変質者はグループも複数あるという事か。これは厄介だ。その分、エリーゼ様が街に出た時に遭遇する可能性も上がってしまう。何より厄介であるのは、その変質者達が悪人では無いという事。これでは退治などする訳にはいかないし、注意しようにも、向こうは善行しかしていない。どう対処すべきか悩みどころである。

 

 ここで、聞き込みで判明した正義の変質者の名前を挙げておこうと思う。

 

『エアリー・スカイ』

 

『マムクルート』

 

『プラチナブロンドリル』

 

 どうやらこの3名は仲間であるらしい。そして、単独で活動しているらしきもう1人の変質者の名は、

 

 

『正義のヒロインX(エックス)

 

 

 彼女(?)だけはあやふやな情報しかなく、私達が聞き込みをした街以外でも目撃証言が多数あるらしい。彼女が目撃された街だけでも、およそ20を越えており、街から街へと渡り歩く正真正銘『正義の味方』とされているそうだ。

 ただ一つ、確かなのは彼女が持つ剣の名前は、『封魔剣エクスブレード』という事らしい。オーディンあたりが聞いたら喜びそうな名前の剣だ。

 

 

 帰投の後、エリーゼ様から街に行った事だけを伝えると、「もーう! どうしてあたしも誘ってくれなかったの~!!」と、怒られてしまった。頬を膨らませてぷんぷん怒る姿は、とても可愛らしかった。眼福眼福…。

 

 蛇足ではあるが、この日もご飯にお金が消えていった。もう少し値下げしてくれてもバチは当たらないと思う。

 

 

 

 

 十五日目。

 

 スサノオ様の星界で休息中の事だった。エリーゼ様とアイシス、ネネが食堂で何やらこそこそと密談していたのだ。私は、エリーゼ様が最近怪しい動きをしている原因が突き止められると思い、こっそりと、3人に気付かれないように聞き耳を立てる事にした。

 

「………じゃあ、明日に……」

 

「うん……、………がんばろうね」

 

「………です」

 

 ほぼ断片的にしか聞こえなかったが、何かを明日、実行しようとしているらしい事が分かった。これは、明日は無理に休みを貰ってでも、エリーゼ様を追跡しなければならない。

 スサノオ様に『DOGEZA』なるものをして、なんとか休みを貰う事が出来た。もしもの事を考えて、アカツキにも協力を要請してあったので、アカツキも一緒に『DOGEZA』をしたのだが、スサノオ様は困惑した様子だった。そういえば、

 

「な、なんで土下座なんだ…?」

 

 と、不思議そうに首を捻っていたが、何かおかしかったのだろうか。ちなみに、『DOGEZA』はアカツキに教えてもらった。なんでも、誠心誠意謝罪する時、もしくはお願いする時にするのだそうだ。

 

 明日に備え、今日は早めに休む事にした。エリーゼ様達も、今日は夕食後すぐに自室に戻ったようなので、やはり明日に何かあるのだろう。何事も無ければ良いが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして当日。まだ暗い内からエリーゼ様の部屋を死角から見張っていると、周囲を窺うようにエリーゼ様が部屋から顔を出した。そして警戒するように星界の入り口まで行くと、そこにアイシスとネネも合流し、朝の早くからエリーゼ様とアイシス、ネネは星界の外に出て行った。私とアカツキも、3人を追って外へと出る。

 

 しかし、

 

「見失ったわ…」

 

 星界と外の世界では時間の流れが違うらしいが、どうやら外もまだ完全に夜が明けていないらしく、空はまだ少し暗く、その上3人は何故か薄暗い森の獣道を通って街へ向かったようで、途中で見失ってしまった。あの難なく進んでいった様子を見るに、この獣道にも通り慣れているようだ。

 

 ともかく、方向的に街へと向かったのは間違いないので、私達も街へ向かおう。ただし、こんな獣道ではなく、ちゃんとした街道で。

 

 

 

 街に到着したは良いが、まだまだ早朝という事もあり、静けさに包まれていた。ちらほらと見える、店の開店支度をしている人に女の3人組を見なかったかと聞いて回るが、誰一人としてそんな3人組は見ていないそうだ。

 

「ふむ…、まだエリーゼ様達は街に到着しておらぬのか?」

 

「そうね…ここから他の街へは2、3日は掛かるし、この街が目的地だとは思うんだけど…」

 

 街を一回りしてみたが、やはりエリーゼ様達の姿はおろか影すら掴めなかった。そしてその頃には、すっかり夜も明け、街も活気づいてくる。

 人通りが多くなれば、余計にエリーゼ様達を発見し辛くなってしまう事が懸念されたが、

 

 

「強盗だー!!」

 

 

 とある店を通り過ぎた際に、ちょうどその店から物盗りが発生したようで、エリーゼ様の捜索どころではなくなってしまった。

 

「アカツキ!」

 

「ああ!」

 

 私達は互いに得物をすぐにでも構えられるように手を掛け、私達とは反対方向に逃げていく犯人を追い始める。見たところ、犯人は男で単独犯のようだ。

 この街は賑やかな市場があるが、治安は決して良いとは言えず、先日の聞き込み調査の際もどこかの店で盗みがあったと聞いた。その際は、例の正義の変質者3人組の内の2人が捕まえたそうで、私達が向かった時には既に消えてしまっていた。

 もしかしたら、この犯人を追っている、ないし捕まえた時には、その変質者達も現れるかもしれない。

 

「くそ…案外足が速いな、あやつ…!」

 

 今日は私も、エリーゼ様を尾行するためにいつも着ているアーマーは邪魔だったので脱いでいるが、アカツキの言う通り、あの強盗犯はとても足が早く、全く追いつけない。それどころか、少しずつ距離を離されつつあるくらいだ。おそらく、盗みに慣れているのだろう。あの男の走る逃走ルートには迷いが全くと言っていいほど見られない。

 

「このままじゃ逃げられるわ…!」

 

「むぅ…こうも人混みを行かれては、走り難くて仕方がない!」

 

 道行く人々を避けながらの追跡劇は、こういった状況での追跡に慣れていない私達にとってかなり不利だ。その点、犯人は人と人との合間をすいすいと縫うように走り抜けていき、経験値の差がこれでもかというくらいに分かってしまう。

 

 そうこうしている内に、犯人は街の出口付近までたどり着こうとしており、このままでは逃げられてしまう。

 

 

 

 

「ちょっと待ったーー!!!」

 

 

 

 

 

 そんな時だった。威勢の良い張り声が聞こえてきたのは。

 見れば、街の出口の影から、1人の少女が現れた。上半分を仮面で覆い、見えている口元には不敵な笑み浮かべて、彼女よりも遥かに長いであろう槍を手にしている。

 

「な、なんだ!?」

 

「ふっふっふ。その焦りようと逃げる様、そして小脇に抱えられた麻袋…。どうやら盗みを働いたみたいね…」

 

 犯人の男も、その急な仮面少女の登場に、足を止めて驚いている。まあ、当然だろう。なんせ、自分の道を塞ぐ存在が突如現れたのだから、足を止めない方がおかしな話だ。

 

「誰が呼んだか……蒼空より舞い降りし、天の御使い。我こそは空を衝く正義の乙女! 『エアリー・スカイ』とはあたしの事よ! 正義の名の下に、このあたしが成敗するわ!!」

 

 ババーン! という効果音が聞こえそうなくらいに、名乗りと共に決めポーズをしながら槍を構えた仮面少女。端から見ればアホにしか見えないが、私達と戦闘のプロから見れば違う。その構えは大胆不敵ではあるが、ほとんど隙が伺えない。かなり戦闘慣れしているという、何よりの証だ。

 それが分かっていないのか、犯人の男は仮面少女を頭のおかしな、可哀想な娘だと判断したらしく、

 

「へっ! 頭の沸いた小娘が! 大人をナメてんじゃねーぞぉ!」

 

 脚に装着していたらしいホルダーから大振りのナイフを取り出し、仮面の少女に向かって無謀にも突進していく。

 しかし、やはり仮面少女は余裕の笑みを以てそれを迎え撃つ。男がナイフを雑に振り回す中、仮面少女は悠々と、蝶が舞うかのごとくヒラリヒラリと全て紙一重で避けていく。仮面少女が紙一重で避けるのは、おそらくワザとだろう。現に、犯人の男は当たると思った攻撃を全て完璧に避けられて、焦りを隠せないでいた。

 

「くそ、くそ! クソ!!」

 

「ふっ! よっ! ほっ!」

 

 元々雑だった男のナイフ捌きが、更に雑になっていく。それに伴って、無駄に力の入ったその動きは男からどんどんとスタミナも削っていき、目に見えて動きに鈍りが表れ始めた。

 これはチャンスだ。下手に動いて危険な事にならないよう、様子を見ていたが、犯人がへばった今の内に取り押さえてしまおう。

 

「突撃するわ!」

 

「!? ぐべへ?!!」

 

 すぐさま背後からタックルをかまし、犯人の男をうつ伏せに倒し取り押さえる。

 

「武器は取り上げさせてもらうぞ。…それにしても、突撃した後で『突撃するわ』、は無いだろうエルフィ?」

 

 アカツキは倒れ伏す男の手からナイフを奪うと、軽口を言って笑いかけてきた。私は男が完全に伸びているのを確認して、身動きが取れないよう腕を持っていたロープ(訓練用)で拘束してから、立ち上がり埃を払うと、

 

「さてと……そこ」

 

「は、はひ!?」

 

 そろーりと、それこそ泥棒のように抜き足差し足で逃亡を図ろうとしている仮面の少女を呼び止める。ピタリと止まった彼女は、裏返った声で素っ頓狂な返事をして、壊れたオモチャのようにギギギと振り返る。顔の上半分は仮面で分からないが、口の端はヒクヒクと痙攣していた。

 

「な、何で御座いましょう~……」

 

「一体何をしているの?」

 

「何をしていると言われましても…正義の味方です、としか~……」

 

 心なしか、仮面の上からも冷や汗が伝っているような錯覚がする少女に、いや、()()()()に、私は更に問い掛ける。

 

「そう…。なら、エリーゼ様は今、一体何処にいるの? アイシス?」

 

「え゛!? なんでバレて…!?」

 

「いいから、答えなさい」

 

 私はおもむろに、袋からリンゴを取り出し、アイシスの目の前で持って見せる。

 

「な、何? 急にリンゴなんて取り出して…」

 

「ふん!!」

 

 私は、手に持っていたリンゴを一息に握り締め、粉砕した。手からはリンゴの果汁が溢れ、果肉はグシャグシャになり、ポタポタと地面へこぼれ落ちていく。

 それを見ていたアイシスは途端に顔を青くして、

 

「ひ、ひいぃぃぃ!!??」

 

「教えてくれたら、こうならないで済むわ」

 

「教える! 教えます! 教えますからどうかお慈悲をーー!!!」

 

 うん。素直で大変よろしい。最初から承諾してくれれば、私もリンゴを無駄にせずに済んだのに……。ああ…もったいないわ……。

 

「お主…たまに豹変したノルンよりも怖い時があるぞ」

 

 アカツキが何か言っていたが、聞き返してもはぐらかされてしまった。まあ、ともかく今はエリーゼ様だ。

 

「さあ、エリーゼ様はどこに居るの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイシスからエリーゼ様の居場所を吐かせた私達は、エリーゼ様が居るという街の中心地、いわゆる商業エリアへと向かった。アイシスが言うには、エリーゼ様はネネと一緒に、三階建てで一番大きな店の屋根の上から街中を見張っているらしい。どうやって登ったのかと尋ねれば、天馬に乗って登ったそうだ。それも、まだ陽が昇る前に。人々が起き出す頃では目立ってしまうからとの事。

 

 そして、到着して早々に、またしても事件に出くわす事となった。犯人は男の2人組で、どうやら夜通し酒を飲んでいて些細な事から喧嘩になり、やがて殴り合いへと発展、更には周囲を巻き込みながらの大喧嘩となったらしい。

 それだけならまだ良かったものを、彼らの争いに巻き込まれ、突き飛ばされた人が何人もいるようで、中には怪我人も出てしまっている。これは仲裁に入らなければ、もっとひどい事になるだろう。

 

「はあ…次から次へと…。止めるぞ、エルフィ、アイシス」

 

「イエス、マム!」

 

「急に従順になったわね、アイシス……、って、ちょっと待って! あれは…!?」

 

 さあ、止めに入ろうとした時、喧嘩に近づいて行く影があった。それは小柄な少女2人分。片や赤を基調として、リボンをたっぷりとあしらったメルヘンチックな衣装に身を包み、その手には先がヘコんだ杖が握り締められている。

 片や黒と白をベースに、ところどころにハート型の意匠を施した、動きやすさと可愛らしさを両立した洋服で、その手にはいかにも新品そうなピカピカの魔道書が。

 そして、両者共に共通しているのは、顔の上半分を仮面で隠しているという事だった。

 

 そのどこか面妖な姿に、周囲の人々も驚きを隠せないでいたが、少女達は臆せずに喧嘩をする2人へと歩いていく。そうして喧嘩する2人のすぐ傍まで来た少女達は、その手にした杖と魔道書をそれぞれ構えて、名乗りを上げた。

 

「わるい心あるところ、正義のおとめが舞い降りて、悪をくじけと声が轟く! その名を呼べば、平和をもたらす正義の光! そう、あたしこそが、闇夜を照らす光の聖女、『プラチナブロンドリル』よ!!」

 

「良い子を守れと天が言う。悪を滅せと神が言う。さあ、我らが神の御旗の下に、正義の鉄槌を下しましょう! 悪事撲滅撲殺シスター、『マムクルート』参上! です!」

 

 先程のアイシスと同じように、各々が決めポーズで、決めゼリフを叫んだ。

 そして、その名乗りに周りの人々がざわめき始める。

 

「おい、今の……」

 

「ええ! 最近噂の……」

 

「ぼくしってるよ! せいぎのみかたのおねえちゃんたちだ!!」

 

「あの人助けして回ってるってヤツか!」

 

「いいぞー! 成敗しちまえー!」

 

 ひそひそだった話し声も、次第にヤジ混じりの声援へと変わっていき、まるで歓声の中に居るかのようになっていく。それに応えるかのように、2人の少女も手を振って、口元に微笑みを浮かべて返した。

 

「あーん? なんだテメーラ!!」

 

「ジャマすんじゃねー! ガキは引っ込んでろ!!」

 

 流石に周囲の喧しさで、異変に気付いた酔っ払い共は、仮面の少女達が自分達の近くに居る事に気付いた。まるで悪びれる様子もなく、反省などはさらさらしていないようだ。

 その高圧的な態度に、少女達の口元からも微笑みが消え、場もシーンと静まり返る。当事者以外の、その場の全員が息を呑んで見守っているのだ。

 やがて、片方の少女が口を開く。

 

「ガキ、ですか? 私が一番気にしている事を、言ってしまいましたね……」

 

 ゴゴゴ、という轟音が聞こえてきそうな程に、どんどん気迫に満ちていくメルヘン仮面に、隣のキューティー仮面が呆れた風にため息を吐いた。

 

「あーあ。怒らせちゃったー。あたし、知ーらないっと。あ、でもオシオキはあたしも参加するからね?」

 

「は? 何言って…」

 

 男の1人が詰め寄ろうとした瞬間、メルヘン仮面がその男に飛びかかり、ジャンピングからの大きく振りかぶった杖の叩き落としが放たれた。

 ゴッ、という鈍い音を響かせて、男は沈黙と共に大地へと沈み伏していく。

 

「なっ…!? て、テメェ何、をォォオオ?!!」

 

 突然の喧嘩相手の退場に、もう1人の男も咄嗟に反撃しようとするが、

 

「はいはーい、あなたも寝ててくださいねー」

 

 キューティー仮面が手にした魔道書から放ったギガウィンドにより、クルクルと高速回転しながら上空へと舞っていき、数分の後、ゆっくりと地面へと降り立った時には目を回して気絶していた。口からは泡を吹いて倒れている。

 

「いっちょあがり~! みんなー、もう大丈夫だよー!!」

 

 キューティー仮面もといプラチナブロンドリルが大きく手を振って、民衆に呼びかけると、

 

「おおおおお!!! すげえーーー!!!」

 

「かっこいいー!!」

 

「ヤバい、好きになりそうだぜ……」

 

「プラチナブロンドリルたん、マジかわゆす」

 

「マムクルートちゃん可愛い~!! なでなでしたーい!!」

 

「わたし、あんな妹が欲しかった……」

 

 老若男女問わず、大歓声が湧き起こる。その中心では、怒りから我に帰ったマムクルートが恥ずかしそうに小さく手を振り返し、プラチナブロンドリルは元気いっぱいに手を振り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、エリーゼ様はどうしてあんな事を為さっておられたのですか?」

 

 あたしはエリーゼ。暗夜王国の第三王女だよ。実は今、現在進行形で怒られてるの。というのも、アイシスに誘われて始めたヒーロー活動だったんだけど、思いのほかハマっちゃって…。危ないからって理由で止められると思ってエルフィには秘密にしてたんだけど、とうとうバレちゃったの。てへぺろ!

 

 ……なーんて、ふざけてみたものの、エルフィは許してくれそうにはないし、どうしよう?

 

「あの、ね? アイシスに誘われて、ちょっとおもしろそうかなーって、最初は気軽にやってたんだけど、人助けをしてるうちに、ありがとうって言ってくれるのがすごく嬉しくて…つい、のめり込んじゃって…。エルフィ…ほんとうはエルフィとも一緒に正義の味方をしたかったんだけど、エルフィはあたしに過保護だから、許してくれないと思ったの。だから、エルフィには内緒だったんだ…」

 

「だから、最近私の事を避けてたのね…。……はあ」

 

 うんと深いため息を吐くエルフィ。どうしよう、エルフィに嫌われちゃったかもしれない。そんなの嫌だ…エルフィはあたしにとって、一番大切な親友なのに…。エルフィに嫌われるなんて、絶対に嫌!

 

「ごめん、ごめんねエルフィ! あたし、もう勝手なことしないから! 危ないこともしない! エルフィの言うこともちゃんと聞くから! だから、だからあたしを嫌いにならないで! あたしとずっと、ずーーっと親友でいて!! お願い……!!」

 

 このあいだアカツキから教えてもらった『DOGEZA』をしながら、あたしは必死に謝った。「心の底から謝る時にするといい」…って言っていたから、あたしの今できる精一杯で、エルフィに謝るしかなかった。

 

「………」

 

「………」

 

 少しの間、沈黙が続く。エルフィに許してもらえないかもっていう不安と恐怖で、あたしの心臓はすごくバクバクと音を立ててる。今にも涙がこぼれてきそうで、必死に目をギュッと閉じて我慢する。

 

「……ふふっ」

 

 あたしは顔を下に向けているから、エルフィの様子は見えないけど、でも確かにエルフィの笑った声がした。思わず反射的に顔を上げると、そこには、

 

「おバカさんね、エリーゼは」

 

 いつもの、穏やかな笑みを浮かべたエルフィがいた。

 

「私がそんな事くらいでエリーゼを嫌いになる訳ないでしょう?」

 

「で、でも、エルフィすっごく怒って……」

 

「そうね…。確かに怒っていたわ、私。でもね…私が怒っていたのは…」

 

 エルフィはしゃがみこむと、あたしと同じ目線の高さで、優しく微笑みかけてくれながら、

 

「私を誘ってくれなかったからよ。エリーゼが危険な事をしているのは、私も見過ごせないけれど、でもエリーゼは何も悪い事はしてないわ。むしろ、誰かの為になる事をしていたんだもの。だから、私が怒っているのは、エリーゼが私に内緒でヒーローになっていた事。私が一緒なら、何があってもエリーゼを守ってみせるのに……っていう、私のワガママも少し含まれているけれど」

 

「エルフィ…」

 

「いい? 今度はきっと私も誘ってね? 親友なんだもの、隠し事なんて無しよ」

 

「うん! エルフィ、だーいすき!!」

 

 あたしは『DOGEZA』の姿勢から、ムリにエルフィに抱きつく。エルフィも、あたしを優しく抱き止めてくれて、なんだか胸がぽかぽかした気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、私とエリーゼは、今度のヒーロー活動を一緒にすると約束したのだった。ちなみに、仮面はミシェイルから貰ったもので、先日エリーゼがミシェイルに自慢していたのは、その日の活動成果についてだったのだそうだ。となると、ミシェイルはこのヒーロー活動について知っていた事になるが、多分私が聞いても教えてはくれなかっただろう。なんだかんだ言いつつ、ミシェイルはけっこう義理堅いところがあるのだ。

 

「うんうん、良い話だね。思わずあたしもホロリときちゃったよ!」

 

「ですね…」

 

 さてと、私達のやりとりを遠くで眺めて勝手に感動しているアイシスとネネには、少しキツーイお仕置きが必要だろう。

 

「何を勝手に良い感じに終わらせようとしているの? まだ、あなた達へのお話は終わっていないわよ」

 

「ぴいぃぃ!!?」

 

「ア、アイシスが飢えた狼に怯えるウサギのようになっているです!?」

 

「お、お助けくださいエルフィ様! もう黙ってエリーゼ様を連れ出したりしませんからぁ!!」

 

「安心なさい。

 

 

 

 

お説教1時間プラスお尻ペンペン30発で許してあげる」

 

 

 

 

「いやあぁぁぁあああ!!!!????」

 

「エルフィの怪力でお尻ペンペンなんて、お尻がおかしくなるですよ!? そ、そうです! 私も、アイシスに無理やり誘われて、仕方なく…」

 

「その割りには、ノリノリで名乗りを上げていたみたいだけど?」

 

「そ、それは、その、何事も本気でやらないと失礼と言いますか……」

 

「そう。なら、潔く最後まで本気で、お尻を叩かれなさい」

 

「ひ…!? で、でえぇぇぇぇすうぅぅぅぅ!!!!????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ…因果応報、か。正義を為したはずなのに、皮肉なものだな、アイシス、ネネよ……」

 

「うん…なんか、ごめんね。アイシス、ネネ……」

 

 お尻をペンペンされて、まるで屍のように倒れ伏すアイシスと、未だ絶叫混じりに泣き叫びながらお尻を叩かれているネネを眺めながら、アカツキとエリーゼは並んで合掌するのだった。

 

 

 

 

 




 


アイシス…(ヤ)ムチャしやがって…。


という訳で、エリーゼ誕生日回の特別編でした。
気が付けば、UA50000超えという事もあり、エリーゼと自分へのちょっとしたお祝いのノリで書いていたら、何故か日頃の更新よりも濃厚で、文字数もかなり多くなってしまい(軽く1万字超え。しかも、途中で辞めないともっと長くなる恐れがありました)、一種の短編に匹敵する内容になってしまった気がします(笑)

さてさて、自分へのお祝いだけではアレですので、私の拙い文章、物語をご愛読してくださっている読者様方の為にも、感謝と祝福を込めて少しばかりサプライズを挟ませていただきました。それはずばり、


“ファイアーエムブレム覚醒、スマブラfor 3DS/WiiUをプレイした方ならばご存知のあの方の存在の示唆”


でございます。
あの方のファンには、少し嬉しいサプライズかも?
ちなみに、彼女の肩書きに関しては、彼女の持つ武器の別名(正式名称ではありませんが)と、ちょうどFGOがスターウォーズとコラボってた時にこれを思いついたが故です。あまり深い意味や他意はございませんので。


最後に、今回の反省としては、エリーゼ誕生日回のはずがエリーゼとエルフィの2人がメインとなるという始末…。あれ? どうしてこうなった?
まあ、エリーゼとエルフィは大親友ですので、そこら辺は大目にみてほしいですね、はい。

ともあれ、エリーゼ誕生日おめでとう!!
至高の幼女に幸福のあらん事を…!

そして、聖王の末裔に(早期登場の)ご加護があらん事を……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 再びの試練

 

 氷の部族の村、『フリージア』を出て2日。道中何度か星界での休息を挟み、俺達は暗夜王都ウィンダムへと帰ってきた。相変わらず、人っ子一人いない地上の街並みは、まるでゴーストタウンのような静けさで包まれている。いや、まるで、ではないだろう。実際、地上には誰一人として住んでいない。街の人々は、ノスフェラトゥを恐れてほぼ全員が地下街へと逃れてしまったのだから。この地上の街は当にゴーストタウンと呼ぶべきなのだろう。

 

 静寂の街を抜け、王城へと続く道を歩く事十数分。暗い街の中心に、大きな穴が開いたような形で鎮座するクラーケンシュタイン城がようやく見えてくる。

 

「ようやく帰還しましたね」

 

「わーい! 帰ってきたんだねー!」

 

「……」

 

 疲れたように言うライルに、少しぶりの帰宅にはしゃぐエリーゼ、重苦しい面持ちで城を見つめるフローラ。まさしく三者三様の反応を見せる彼ら彼女らに、スサノオは何とも言えない顔になる。無事に帰ってこれた事は喜ぶべきだが、スサノオはそもそも“1人で反乱を平定しろ”という指示を果たしていないし、その反乱の渦中に居たフローラは、良い扱いは受けないであろう。

 

 もう一つ、少しの気掛かりもある。それは天蓋の森での一件だ。ライルによれば、あれはマクベスからの差し金だった。下手をすれば、スサノオはあの場で、あの時死んでいた。仲間が助けに来てくれたからこそ、全員が無事だった訳だが、これによってマクベスに『スサノオは1人ではない』という事がバレてしまったはず。しかし、それは別にいい。今考えるべきは、“何故そのような事をしたのか”だ。

 ガロンがそう指示を出したのか、それともマクベスが勝手にやったのか、あるいは『シェイド』という女邪術士が暴走したのか……。真偽の程は確かではないが、何かしらの思惑は確実に潜んでいる。

 

 今後の事を考えながら、スサノオ達は城内へと入っていく。城を出る前と変わらず、城内はひっそりとしたもので、たまに王城兵やメイドとすれ違うくらいだ。この静けさは、暗夜の地下街では無かったもので、城で生きている人間より、地下街で生きている民達の方がどれだけ生きる活力に満ちているのかが、ありありと分かる。

 

 しばらく城内を進んで行くと、王の間の前にある長い階段前で、マークス達きょうだいの姿があった。3人は、スサノオ達の姿を見て、ホッとしたのか笑みをこぼしている。カミラなどは、満面の笑みを浮かべてスサノオに歩み寄るや、その豊満な胸に抱き締めに掛かる程だ。

 

「ああ…私の可愛いスサノオ…。無事に帰ってきてくれて、とても嬉しいわ…」

 

「く、苦しい……」

 

「カミラ様、スサノオ様が息苦しそうにしておられます」

 

 ジタバタと両腕をせわしなく動かせてもがくスサノオ。そんな主の姿を、少しばかりの冷ややかな視線で、フローラは助け舟を出す。どことなく、ツンとした意思が言葉に滲み出ていた。

 

「あら? ごめんなさい。私ったら、嬉しさのあまり、我を忘れてしまっていたみたい」

 

「ぶはっ! ……いや、いつも我を忘れてないか、カミラ姉さん?」

 

 姉の愛ある拘束から抜け出したスサノオに、呆れるようにその光景を見ていたレオンから声が掛かる。

 

「お疲れ様、スサノオ兄さん。どうやら無事に任務を終えたみたいだね」

 

「ああ。ありがとうレオン。お前も自分の臣下を応援に送ってくれてさ。助かったよ」

 

「いいよ、別に。スサノオ兄さんやエリーゼ達だけじゃ頼りなかったからね。それに、少し不穏な動きも城内であったからね。僕が勝手にやっただけだよ」

 

「もーう! レオンおにいちゃんったら照れちゃってー!」

 

 すかしたように言ったレオンに、エリーゼがトタタタタ、と駆け寄り、その背後からいつものようにバチンと一発。

 

「いたっ!? エリーゼ、だから別に照れてなんかないって!」

 

「またまたー!」

 

 ふてくされたように、少し機嫌が悪くなるレオンと、にこにこと柔らかい笑みを浮かべてその様子を眺めるエリーゼ。その光景に、スサノオは帰ってきたのだという実感をようやく得られた。

 

「まったく…」

 

「おい、レオン」

 

「ん? 何だい、スサノオ兄さん?」

 

「法衣がまた、裏返ってるぞ」

 

「な!? またか! どうして誰も教えてくれなかったんだよ!」

 

 慌てて柱の影に走り出すレオン。その姿に、きょうだい全員が笑い声を漏らす。抜け目ないようでいて、少し抜けたところがある、あれでこそレオンだと。

 

「だって、それが最近の流行なのかと思ったのだもの」

 

「それは前にも聞いたよ!!」

 

 カミラとレオンのやりとりに、スサノオは以前はあの場にアマテラスも居た事を思い出す。あの時と違うのは、もうスサノオは北の城塞から自由になっている事。そして、アマテラスはもう隣には居ないという事だった。

 

「どこかで見たような光景だな」

 

 それは何も、スサノオだけに限った事ではない。今まで、きょうだい達のやりとりを一歩下がった場所から見ていたマークスが、それを口に出したのだ。

 

「あの時は、アマテラスも私達の傍に居たな…」

 

「マークス兄さん…」

 

「いや、今は感傷に浸っている訳にもいかないな。すまない、スサノオ。お前が一番あの子と長く共に過ごしたんだ。私より、お前の方が辛かっただろう」

 

 そう言って、マークスは顔を引き締めると、いつもの威厳ある顔付きに戻り、本題へと入る。

 

「それにしても、よく反乱を平定して戻ってきた。これで父上も、お前の事をお認め下さるだろう」

 

 マークスの言う通り、スサノオは無事に反乱を鎮めて帰ってきた訳だが、スサノオには懸念すべき事があるため、素直には喜べなかった。

 

「いや、まだ分からないよ。俺は父上の“1人で平定しろ”という命令には背いたからな」

 

「何? しかし、父上はそれを知らないはずだぞ。ならば、心配は要らんはずだが」

 

 そうだ。マークスは、天蓋の森でのノスフェラトゥ襲撃に関しては知らない。だから、それを仕組んだであろうマクベスに、仲間が居たと知られている事も知らないのだ。

 

「失礼ながら、マークス様。僕達はスサノオ様を追って、追い付いた時には既に、スサノオ様がノスフェラトゥの軍隊と闘っているところでした」

 

「何だと…それは本当か、ライル?」

 

「はい。しかも、あれは差し向けられたものでした。僕達は召還陣を見つけたので、間違いありません」

 

 ライルの証言に、マークスは渋い顔をして考え込んでしまう。普段でさえ、少し威圧感のある顔なのに、なおさら威圧感が増していた。

 

「他に何か気になる点はあったか?」

 

 そのマークスの問いかけに、ライルはいつものように眼鏡をくいっとして答える。しかし、少しだけ表情は暗いものだった。

 

「確認した召還陣には、シェイドのものと思わしき魔術式が見られました。おそらく、マクベスの策略でしょう。ですので、僕達がスサノオ様の援軍に行った事はバレているはずです」

 

「そうか…。これは厄介だな。まさかバレる事になろうとは…不覚だった」

 

「いや、マークス兄さんのせいじゃない。あれは俺を狙っての罠だったはずなのに、俺より先にエリーゼが襲われていたんだ。多分、マクベスは最初から、俺にノスフェラトゥをけしかけるつもりだったんだと思う」

 

 そうでなければ、エリーゼがあんな危険な目に遭うはずがない。スサノオを狙った罠であると仮定して、エリーゼ達がスサノオを追っていると知ってからでは、あの罠を仕掛けるのは難しい。召還陣1つを用意するにも、相当な時間と魔力を込める必要があるからだ。それに、スサノオを狙ったはずなのに、エリーゼで罠が発動したのもおかしい。だから、あれは最初から、スサノオが城を発つより前から仕掛けられていた事になる。

 

「何にせよ、マクベスから父上に報告が行っている、か…。見通しが甘かったな。マクベスの動きにも目を配っておくべきだった。すまない、スサノオ」

 

 謝罪と共に頭を下げようとするマークス。それをスサノオは慌てて止める。マークスが悪い訳ではないし、次期国王であるマークスに、そんな事で頭を下げさせる訳にはいかないからだ。何より、スサノオが尊敬する兄に、頭を下げさせたくはなかったのである。

 

「そんな、頭なんて下げないでくれ、マークス兄さん! 兄さんは次期国王で、俺の兄なんだ。そんな姿を俺は見たくないよ。謝罪の言葉だけで俺は嬉しいから…だから、頭を下げなくてもいいから」

 

「……そうか。お前の言葉に甘えよう。さて、ではそろそろ謁見の間に向かうぞ。父上をあまりお待たせする訳にはいかないからな」

 

 マークスの言葉に従い、きょうだい達は臣下を待機させて父のいる王の間、更にその奥の、玉座のある謁見の間へと向かう。

 

 未だ着替えていた、レオンを置いて。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ皆!? 僕もう着替え終わるんだけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 玉座には既に、ガロン王が腰を掛けていた。いつものように、厳めしい空気を纏い、訪れたスサノオ達を見下ろしている。すぐ傍には、マクベスが控えていた。

 スサノオ達が下まで来ても、ガロン王は何ら表情を変えもしない。重々しい空気が漂う中、スサノオはきょうだい達から一歩前に出て、帰還の報告を始めた。

 

「ただいま戻りました、父上」

 

「よく帰った、スサノオ。その分では、反乱の平定には成功したようだな」

 

「はい。1人の犠牲者もなく、氷の部族と和平を為しました」

 

 その結果の報告に、ガロンは珍しく感心したように息を漏らす。その茂った髭を撫でながら、ガロンはスサノオへと言葉を続けた。

 

「ほう……。並みの実力の者が出来る事ではない。よくやったぞ。約束通り、お前を再び我が子として受け入れよう…」

 

「ありがとうございます。 勿体ないお言葉です…!」

 

 スサノオ達の予想外にも、ここまですんなりと話は進み、ついに念願であったガロンからのお認めも貰え、スサノオは思わず笑みを浮かべていた。

 

「良かったな、スサノオ」

 

「ああ、マークス兄さん!」

 

 しかし、やはり簡単には物事は進まない。喜び、浮かれているのも束の間、すぐにガロンの傍で控えていたマクベスが、予想通りの提言をしたのだ。

 

「…ですが、ガロン王様、スサノオ様はどうやらお1人で向かわれたのではないようですよ」

 

「…!」

 

「マクベスめ、余計な事を…」

 

 ライルの危惧していた通り、やはりマクベスにはバレていた。しかも、今このタイミングでガロンに告げ口をする形でだ。嫌らしい、姑息なマクベスがしそうな事ではある。

 

「なんだと…? 1人で部族の村に向かったのではない? それは本当か、スサノオ?」

 

 ここで嘘をつくのは逆効果。かといって、何も言わないのは非を認めるようなもの。ならば、とスサノオはあえて本当の事を、ありのままに口にした。

 

「…はい。父上から仰せつかった任務は、俺1人で反乱を平定する事でした。ですがその過程で、ライルやアイシス達臣下、エリーゼやその臣下の者達…。彼らの助けを借りたのは事実です」

 

「そうか…お前はこの父の命を破り、妹や臣下達の力を借りた、と」

 

「はぁ…これは許せませんなあ、ガロン王様? スサノオ様はハイドラ神の神託に背かれた。神の怒りを買ってもおかしくない所業ですぞ。やはりスサノオ様はここで始末しておくべきかと…」

 

 その心無いマクベスによる進言に、きょうだい達は知らずの内に身構えてしまう。

 

「やめて! そんなのだめよ、絶対ダメ! あたしたちが勝手について行っただけなの! スサノオおにいちゃんは悪くないわ! だから…だから、もし処刑するなら、あたしを…!」

 

「エリーゼ、それは…!」

 

 自分を庇うように声を荒げてガロンに申し出るエリーゼに、スサノオが制止の声を掛けようとするが、その前にマークスが声を発した。

 

「いいえ、父上。罰を与えるなら私に。皆にスサノオを助けに向かうよう手引きしたのは私です。ですから、全ての罪は私にあります。処刑をするのなら、私1人を」

 

「マークスか…」

 

 長兄であるマークスの申し出に、ガロンは少しの間、黙り込んでしまう。その間、マークスとガロンは、親子というには空寒い見つめ合いをしていた。いや、見つめ合いというより、ほぼ睨み合いに近いものだったが。

 

「………」

 

「………」

 

 沈黙が痛いとは、こういう事を言うのだろう。重苦しい雰囲気が場を支配し、今この空間を支配しているガロンの言葉一つで、全てが変わり、動き出す。そのガロンが言葉を発さないのだから、重圧は凄まじいものだ。

 

「…もう良い」

 

 そして、ようやくガロンは口を開いた。

 

「わしとて、可愛い我が子に罰を与える事は本意ではない。御告げ通りではないが、任を果たしたのは事実。ハイドラ神も許して下さるであろう」

 

「ガ、ガロン王様…?」

 

 まさかの許しに、マクベスは戸惑いを隠せない。何しろ、許すはずがないと高をくくっていたのだから、驚いて当然か。そしてそれは、マクベスのみならず、スサノオ達きょうだいにとっても同じ事。

 

「! ありがとうございます、父上! それに、マークス兄さん達も……、…ありがとう」

 

「…ああ」

 

 さっきまで険しい表情をしていたマークスも、口元に小さく笑みを浮かべて、スサノオを祝福していた。

 

「だが、お前達がこんなに良い働きをしてくれるとは思わなかったぞ。その実力を買って…早速、次の任を下そう」

 

「次の任、ですか?」

 

 唐突なガロンの指令に、スサノオは尋ね返す。これで認められて、一段落と思っていただけに、想定外だったのだ。

 

「ああ。次はお前達を、ノートルディア公国に向かわせる。その地を制圧し、暗夜王国の支配下に置いてきてもらいたい」

 

「ノートルディア公国を…?」

 

「良いか…戦端が開いた後、あの地に向けて白夜の将兵が赴いたと聞く。そこで白夜の者達が暗夜王国に仇為す策を講じようとしているらしいが、悪い芽を摘むのは早い方が良い。一刻も早く公国に向かい、白夜王国軍よりも早く制圧するのだ」

 

 白夜王国軍…、それは、スサノオがつながりを断ち切った、故郷の兵達と闘う事を意味していた。

 

「白夜王国軍と…闘うのですか…」

 

「ほう…やはり、不本意か? 生まれた国に刃を向けるのは」

 

 しかし、暗夜に付くと決めた時から、スサノオとて覚悟の上だ。それが、スサノオの選んだ道だ。避けては通れない、茨の道なのだ…。

 

「…まさか。俺はもう、暗夜王国の人間です。その任、必ずや果たしてみせましょう」

 

「そうか。期待しているぞ、我が子よ…。その言葉通り、良い成果を挙げてくるが良い」

 

「はい…父上」

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たに任を受け、王の間から出てきたスサノオは早速、その任に赴くためにきょうだい達に挨拶を告げる。

 

「それじゃあ、行ってくる。兄さん達」

 

「ああ。気をつけてな、スサノオ」

 

「可哀想に…こんな少数の兵で出発だなんて」

 

 カミラの言う通り、スサノオ、そしてその臣下達と、エリーゼやその臣下達…つまり反乱を平定したメンバーで再び任務に向かう事になっていたのだ。

 

「…本当は私達も力になってあげたいのだけれど、お父様ったら、私達にも別の任務を下されるものだから…」

 

「大丈夫だ、カミラ姉さん。俺達だけでもやり遂げてみせるさ。俺には、頼もしい仲間が何人も付いてくれているからな」

 

「うん! 絶対だいじょーぶっ! スサノオおにいちゃんにはあたしがついてるから、平気だよ!」

 

 元気に跳ねるエリーゼに、レオンは頭を押さえてため息を吐いた。

 

「それが一番心配なんだけどな…」

 

「もー! レオンおにいちゃん、ひっどーい!」

 

「まあまあ」

 

 ぷんすか怒るエリーゼをたしなめ、スサノオは、

 

「俺はお前を頼りにしているぞ、エリーゼ」

 

「ありがとう、スサノオおにいちゃんっ! あたしやっぱり、スサノオおにいちゃんが一番好きーっ」

 

「全く…戦場に出ても、やっぱりガキのままだな。お前は」

 

「えー。レオンおにいちゃんだって子どもの頃からずーっと、法衣を裏返しに着てるくせにーっ!」

 

「な!? そ、それとこれとは関係ないだろ!?」

 

「あはは…。そういえば、フローラの事は何もなかったようで安心したよ」

 

「ああ、確か…フローラも部族の村に居たんだってね? それについては、僕とマークス兄さんで上手く誤魔化しといたよ」

 

「そして代わりの者を私が用意したわ。フローラが居なくなっていたのは、あなたとアマテラスのベッd……こほん、北の城塞に用があった時に気付いていたから、お父様には隠しておいたの。ちょうど、私の可愛がっている子達にフローラに似た子も居た事だし…。フローラに何かあれば、スサノオが悲しむでしょうから。そう思うと、少し妬けちゃうわね…」

 

「そうか。ありがとう、カミラ姉さん。そして何を言い直したのか教えてくれないか。何か不穏な単語が出かけていなかったか?」

 

「何もないわ。私は何もしていないもの。別に、昔からスサノオとアマテラスの目を盗んでベッドの匂いなんて嗅いでいないわ」

 

「思い切りしてるじゃないか!」

 

 

 

 その微笑ましいやりとりを、遠目で眺めていたマークスは、スサノオの臣下達に弟の事を頼んでいた。

 

「では、スサノオの事、任せたぞ皆」

 

「はい。お任せ下さい」

 

「ふふーん。あたしに任せて下さいよ、マークス様!」

 

「…お前は逆に心配だがな、俺は」

 

「な、なによー! ミシェイルだって、ストレスでハゲても知らないからね~」

 

 ギャーギャーと騒がしいアイシス達に、マークスは少しため息を吐く。本当に大丈夫なのか、と。

 

「心配めさるな、マークス様。我らが監督している故、こやつらの制御は任されよ」

 

「お前は…アカツキか。確か、城を出たはずでは…?」

 

「うむ。しかし、縁有って、私とネネもスサノオ様の臣下となった。だから、我が刀に懸けて、スサノオ様は御守りしてせよう」

 

「です!」

 

 エリーゼと同じようにぴょんぴょんしているネネに、一抹の不安は残るが、マークスはひとまず安心した。強い彼女らもスサノオと共に居てくれるのだ。滅多な事が無い限り、大丈夫だろう。

 

「ところで、カタリナとピーターはどうした? 2人の姿は無いようだが」

 

「それが…はぐれてしまったのだ。しかし、行き先の手掛かりは掴んだ。あやつらはおそらく、ノートルディア公国に居るか、向かっているところだろう」

 

「そうか…。なら、ちょうど良い。今回の任務、ノートルディア公国の制圧だ。向かう先が同じなら、カタリナとピーターにも会えるだろう」

 

「ほう…それは良い報せ。上手く合流、もとい捕まえられれば良いのだが…」

 

 そう言って、アカツキはネネと連れ立って、他のきょうだい達の元へと向かった。これからスサノオの臣下としてやっていく事と、これからよろしく頼むと挨拶をするためらしい。

 

 と、そこにアカツキ達とすれ違う形で、スサノオがやってくる。

 

「それじゃ、そろそろ行くよ」

 

「ああ。いいか、スサノオ。ノートルディア公国には、戦士に聖なる力を与えると言われる『虹の賢者』が居る。上手く行けば、お前も彼から力を授かる事が出来るかもしれん」

 

「ほお、ノートルディアにはそんな者が居るのか。だが…お前も、という事は、他にも力を授かった人間が居るのか?」

 

 そんなスサノオの何気ない問いかけに、マークスはさも当然とばかりに、何気ない風に答えた。

 

「そうだな。私と…それから父上も、賢者殿から力を授かった者だ」

 

「ええっ!? そうだったのか? ……父上が聖なる力を持ってるようには見えないんだが」

 

「…くれぐれも、父上の前では言うなよ。…だが…賢者殿から力を得るためには、厳しい試練に挑まねばならん。もし挑戦するのなら、相応の覚悟をするんだな」

 

「分かった。俺は、この戦争を終わらせる為に少しでも強くならなくてはいけない。賢者様の事もぜひ探してみる事にしよう」

 

「そうか。お前が成長して帰るのを楽しみにしているぞ」

 

「ありがとう、マークス兄さん。…では、そろそろ行くか。行くぞ、みんな!」

 

 スサノオのかけ声に、皆も会話を止めて、スサノオの元に集まってくる。

 

「…武運を。スサノオ兄さん。オーディンは僕の任務に付き合ってもらうけど、ゼロには引き続きスサノオ兄さんの手助けをさせるよ。ゼロは優秀な斥候だから、きっと役に立つと思うよ」

 

「気をつけてね、スサノオ。任務が終わり次第、私もすぐに駆け付けるからね」

 

「ああ。ありがとう、みんな」

 

 お礼を告げて、スサノオはエリーゼ、そして臣下達と共に出口へと向かい始めた。次に帰ってくるのは、一体いつになるのか、それは誰にも分からない。

 

 

 

 

「ノルン」

 

 階段を降りていく一行で、最後尾に居たノルンに声が掛けられる。

 

「…マークス様?」

 

「お前は私達王族の臣下の中で群を抜いて強い。だから、しっかりと自信を持て。お前の強さは、誰もが認めているのだからな」

 

「…あ、ありがとうございます。でも、私…やっぱり自信を持てなくて…」

 

 俯いて、相変わらずマイナス思考のノルンに、マークスは不敵に笑みを浮かべて告げた。

 

「ならば、主君として命じよう。ノルン、私の弟と妹を、頼んだぞ」

 

「! …分かり、ました。自信は無いけれど、頑張ってみようと思います…」

 

 そう言って、彼女にしては珍しく、不器用ではあるが笑みを浮かべて頭を下げると、進む一行を慌てて追って行った。

 

「何も心配する事はない。お前は私の臣下の中でも、最も強かった。私が保証する。お前は、強い…。信じているぞ、ノルン…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふ…。うふふ…。うふふふふ…。行ったのね、スサノオ様…。私もマクベスをどうにかしたら、すぐに追いかけるから…待っていて下さいね…。うふふ、うふふふふふ…『竜』の王子様……」

 

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「………わたし、感動しています」

カンナ「い、いきなりどうしたの?」

ベロア「わたしの娘と弟が、『泡沫の記憶編』で大活躍していたんですよ…? これで、感動しない訳がありますか?」

カンナ「感動には同意するけど、あたしとカムイを勝手に娘と弟にしないでね」

ベロア「ああ…これが反抗期ですか。わたしに似て、宝物を見る目がある可愛いカンナが…ママは悲しいです」

カンナ「うわ、絆の白夜祭の事まで持ち出してきた!」

ベロア「まあ、冗談ですよ。でも、感動したというのは本当です」

カンナ「うん! 泡沫の記憶編のシナリオは感動する内容で、5つ目と最後のマップは壮観だったよね」

ベロア「しかも、キングフロストの嫌な予感が的中したそうで、闘っていてうるっときたそうですよ」

カンナ「正直、終章よりも難易度がすごく高かったよね。あたし、最初にバッドエンドを見ちゃって、だからグッドエンドで流れたエンディングが余計に感動しちゃったよ!」

ベロア「あれは苦難を乗り越えた価値の有るものでした。わたしの宝物に入れてあげても良いと言えますね」

カンナ「はあ~、第四弾も出ないかなぁ…」

ベロア「確かに、超高難易度のマップも来てほしいところではありますね」

カンナ「うんうん。前作の覚醒の最難関マップの表と裏側両方をルナティッククラシックでクリアしたのが相当嬉しかったからまたあの達成感を味わいたいってキングフロストさんも言ってたよ!」

ベロア「よく噛まずに今のを言い切りましたね…」

カンナ「え? ああ、うん。練習したからね」

ベロア「そうですか…まあ、何はともあれ、今回の追加ダウンロードコンテンツは、わたしとしては最高の出来でした」

カンナ「そろそろ設定資料集も出るかな?」

ベロア「頃合いとしては、1年くらいでしょうから、まあ、もうそろそろ出そうな気はしますね。絶対とは言いませんが」

カンナ「…うーん、何か忘れてるような…」

ベロア「忘れてしまったのですか? なら、『はじめまして』と言いましょうか」

カンナ「それ、分かる人にしか分からないよ…」

ベロア「忘れるくらいの事なんですから、別に気にする事もないでしょう。では、本日はこれでお別れです。ありがとうございました」

カンナ「うーん…何かすっきりしないなぁ~…」







ブノワ「今日は、俺の誕生日でゲストとして呼ばれて来たんだが…忘れられてしまったようだ…。まあ、いいか…」


ブノワ誕生日おめでとう!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 暗夜編 闇の中の真実
第41話 知識を渇望せし者の名は──


 

 スサノオ達は城を出ると、すぐにノートルディア公国を目指して暗夜王都を後にした。ここからノートルディア公国に行くには、まずは歩いて半月程掛かる船着き場のある街に行かなければならない。というのも、ノートルディア公国は白夜と暗夜を隔てる無限渓谷とは別のもう一つの国境である海、そこに浮かぶ陸から切り離された島国なのだ。だから、ノートルディア公国に行くには海を渡る必要があり、それは暗夜からはるか南にある船着き場に行かなければならなかった。

 そこに至るまでの間には、シュヴァリエ公国があり、昔から優れた兵士を輩出する事で有名で、暗夜王国にもシュヴァリエ出身の騎士が多く居る。また、独自の騎士団を所有しており、公国としては他の公国よりも戦力に充実しているのが特徴だ。

 しかし、近年ガロン王の強引なやり方に騎士団は反発する意思を示しており、氷の部族の反乱が可愛く見えてしまうほどに、少しばかり過激とも取れる反抗の意を示していた。実際、レジスタンスも存在しており、暗夜への対応もあまり良いものではない。

 

 しかし、目に見えての反乱の兆しは無く、今のところ暗夜王国にも実害は出ていないので、制圧は見送りにされている。今は、目前の脅威である白夜王国に注意を払う必要があったからだ。

 ただ、遠からずシュヴァリエ公国への制圧の命が下るだろう。いずれにせよ、ガロンの言葉を借りるなら、余裕のある間に災いの芽を摘むのは確かだ。

 

 

 

「おい、ちょっといいか?」

 

 スサノオ達がノートルディア遠征を始めて、2日が経った頃の事だった。小休止のための星界で、ゼロがスサノオに話しかけたのは。

 

「ん、何か用事か?」

 

 たまにしか自分から話しかけてこないゼロに、スサノオは何かあったのかと思い、対応しようと起き上がる。ちなみに、スサノオは現在、星界内の庭園に生えた木の下で少し昼寝をしていたところだ。他のメンバーも、各々自由に休憩時間を過ごしていた。

 

「いや、そういえばと思った事があってな」

 

 ゼロはそう言って、スサノオの寝ていた木に背を預け、話し込む体勢に入る。どうやら、少し長くなる話であるようだ。

 

「それで、話って?」

 

「ああ…今いる場所から、少し進んだ所に、黒竜砦ってのがあるんだが…そこは今、ちょいと厄介な事になっていてな…」

 

 黒竜砦…それは暗夜が誇る大きな砦で、白夜のテンジン砦には勝るとも劣らない頑強さを持っている。

 

「厄介って?」

 

「城を出る前に仕入れた情報だと、あそこは今マクベス派の連中が防衛の任に就いているらしい。確か、天蓋の森でマクベスの野郎に大きくて太いヤツを突っ込まれたんだろ?」

 

「そ、その言い方は誤解されるかもしれないから、ちょっと…。まあ、確かにノスフェラトゥを差し向けられはしたが…」

 

「どっちでもイイだろ、そんな事。まあ、とにかくあそこはマクベスの息の掛かった連中が居るってこったな。気をつけておいた方がイイんじゃないか?」

 

 ゼロの忠告は一理ある。マクベスは、天蓋の森の一件や度重なるガロンへの進言を考えると注意した方が良い人物なのは確かだ。

 

「それもそうだな…。教えてくれて助かる、ゼロ」

 

「気にするな。アンタは俺の主君であるレオン様の兄貴なんだ。アンタにナニかあっちゃ、レオン様の面目が立たないんでね。それに、レオン様からよろしく頼まれてるしな。せっかくだ、頼りにしてもイイんだぜ…?」

 

 用件は済んだのか、ゼロはもたれていた木から離れると、振り返る事なく、手を軽く振って去って行った。

 

「色々と大変そうだな…」

 

 1人、これから先の事を考えて、スサノオは独り言を呟く。暗夜王国を変えていくには、障害があまりにも多く、大きい。ガロンに、マクベス、更にその配下達…、ガンズなんかも居る。どれもこれも、スサノオの道を困難なものへと変えていて、やはり自身の選んだ道は容易ではない事を、改めて実感していた。

 

「おーい、スサノオおにいちゃーん!!」

 

 と、再び仰向けに寝転がって黄昏ていたスサノオに、遠くからエリーゼの呼ぶ声が届く。いつもの甘えてくる時の感じではないので、何か用事があるのだろう。

 

「なんだー?」

 

「ライルがー、軍議を開きたいってー!」

 

「軍議…? また唐突だな」

 

 スサノオは不思議に思いながらも、立ち上がるとエリーゼの方へと向けて歩き出す。軍議を開くとなると、相応の場を用意しなければならないだろう。

 

 

 

 

 

 

「これで良いか?」

 

 星界の城の中央、少し開けた空き地に、スサノオは竜脈を用いて少しばかり大きめの小屋を建てた。軍議はこれからもするだろうとの判断で、比較的どの位置に居ても集まりやすい星界の中央に建てる事にしたのだ。

 

「はい。充分すぎる程ですよ。ありがとうございます、スサノオ様」

 

 礼を述べるライルは、集まった者達に着席を促した。参加する者達も、素直に用意された席につく。ちなみに、スサノオの生前のイメージから、円卓会議を意識した構図となっている。

 

「では、始めましょうか」

 

 ライルの言葉に、その場の全員が顔を引き締める。今回、軍議に参加するのは、スサノオ、フローラ、ライル、ミシェイル、ノルン、ハロルド、ゼロ、アカツキの8名。

 エリーゼ、アイシスは難しい話は苦手らしく、外でヒーロー研究という名のヒーローごっこに興じている。ネネはアイシスに無理矢理付き合わされる形で、軍議には参加していない。エルフィは今回はエリーゼに付き添うので、ハロルドのみが参加する事となったらしい。

 

「今回話したい事としまして、以前の天蓋の森でのノスフェラトゥに関してです」

 

「ああ、アレか。スサノオ様とエリーゼ様が黒くて大きいヤツらにヤられかけたって話だろ?」

 

 先程のスサノオとの会話の時とほとんど変わらないゼロの話し方には、ライルは無反応で続ける。

 

「あれは僕の見立てでは、マクベスの配下であるシェイドの仕掛けだと推測されます」

 

「そういえば、そんな事を言ってたな」

 

 あの時は、あまりその存在に触れる事がなかったので、スサノオはすっかり忘れていたが、改めてそのシェイドという女性について気になってくる。

 

「それで、そのシェイドってどんな人なんだ?」

 

「私も、名前程度しか聞いた事がありませんので…」

 

 スサノオの後ろで控えるフローラも、同じくその人となりについて尋ねる。2人の問い掛けに対し、一同は渋い顔をして、

 

「うーむ…一言で言えば、美人だろうか」

 

「おいおいハロルド、それはあの女を言い表すのには足りなさすぎるだろうよ。まあ、俺もあのヤらしい体つきには否定しかねるが」

 

「ふん! いくら体つきが良かろうと、内面があれでは負債は取り返せておらん!」

 

 アカツキがあからさまに怒りを露見させる。胸が控えめなのを気にしているからだろうか。

 

「えっと…、確かシェイドって、レオン様やエリーゼ様の教育係だったと思うけど…」

 

「僕もそう聞いています。彼女は王族の教育係を代々務める一族出身らしいので」

 

「…アイツが教師として優秀なのは頷ける。あの女の本質は、知識欲の塊だ。あらゆる未知を貪欲に欲するからこそ、あの女自身が生きた図書館のようになっている。それに、王族の教育係の一族なら、教鞭を執るのも祖先からの伝統として受け継がれているはずだ。アイツは当に、王族の教育係としては最適だろうな」

 

 ミシェイルがここまで褒めるのは珍しい。ただ、気になる点は、『知識欲の塊』という部分だけ。スサノオやフローラも、その点を除けばシェイドという女性は問題があるように思えなかった。

 

「聞いてる限り、彼女自身にそこまで問題があるように思えないな」

 

「ですが、どうしてアカツキさんはそこまでシェイドという方を酷評なさるのでしょう…?」

 

 そんな疑問に、他ならぬアカツキが答える。

 

「さっきミシェイルが言ったように、あの女は知識を求める事に貪欲なのだ。それはもう、人としてどうかと思えるくらいにな」

 

「はい…。彼女は、知識を得るためなら、手段を選ばない節があります。実際、ノルンが被害に遭いかけました」

 

「ああ…、あの時は本当に助かって良かった…」

 

 ノルンが遠い目をしながら、どこか虚空を見つめ始める。少しその様子が怖い。

 

「何かあったのか?」

 

「スサノオ様も知っているだろうが、ノルンは人格が変わると戦闘力が向上する。あの女はそれを不思議に思ったらしく、事あるごとにノルンに執拗に迫っていた」

 

「そうだったね。その度に、私やアカツキ君、ライル君にミシェイル君と、皆で止めていたのだよ」

 

「果ては見かねたマークス様が直々に止める程だからな。まあ、責めるのが好きな俺からしてみれば、シェイドはなかなかのヤり手だろうぜ」

 

「そんな事があったのですか…」

 

 その衝撃の内容に、スサノオとフローラは絶句して、思わず彼方へと意識が旅立っているノルンに憐れみの視線を送る。自分達も大概の境遇だが、流石にそれには同情せざるを得なかったのだ。

 

「まだ終わってはおらぬぞ。あの女、それからもノルンを隙あらば付け狙っておったのだ。終いには、ノルンを自室に連れ込もうとした程だった。幸い、ノルンに何かある前に私とルーナで救出したが、服を脱がされどうなるところであったか…」

 

「……よくトラウマにならなかったな、ノルン」

 

「…ええ。近い事は子どもの頃から、母さんにやられていたし……母さんのは普通に実験だったけど」

 

 ここまで不憫なノルンに、スサノオは優しく笑いかけるしか出来なかった。せめて、これからは彼女には無茶や負担はあまり掛けないようにしようと、心から思うのだった。

 

「それで終われば良かったのだが、今度はアカツキ君に興味を示してね…」

 

 ハロルドの言葉に、今度はアカツキがピクンと肩を震わせる。次第にその端正な顔を険しいものへと変えていき、豹変したノルンに近い、怖い顔になる。

 

「迂闊だったのだ……まさか、私の『華炎』にまで興味を持つとは思わず、躊躇せずに賊相手に使ったところを見せてしまった…」

 

「…アカツキには、私の時より酷い付きまとい具合だったものね…。訓練を間近で観察されて、食事は必ず対面で、湯浴みにも付いて来て…お泊まりと称して一緒に寝ようとさえしてたもの…」

 

「マークス様で懲りたのでしょうか、決まった主君を持たなかったアカツキはノルンと比べて、格好の獲物だったのでしょう。しかも、マークス様やレオン様に注意されない程度には抑えていましたので、やはり機転も頭の回転も早い上に計算高いですね」

 

「言っちまえば、マークス様とレオン様さえ何も言わなければ、アイツを止めるヤツなんて居なかったからな。カミラ様はどちらかと言えば、シェイドの行動は同類だから文句どころか共感さえしただろうさ」

 

「エリーゼ様も、女同士で仲良くていい、と笑って認めていらしたよ。流石にエルフィ君には行き過ぎだとは思われていたようだが…」

 

「…私やカタリナ、ネネ達が城を出たのは、それも要因の一つだ。ピーターは特に、獣人という事もあり、いつも舐めるように見つめられては、怯えていたからな」

 

 スサノオとフローラを除くその場の全員が、深くため息を吐いた。かく言うスサノオとフローラも、皆の心中を察するくらいには、シェイドが問題ありな人物であると認識したのだ。

 

「さて、話を戻しましょう。天蓋の森での一件から、またマクベスによる妨害、もしくは策略を仕掛けてくる事が危険視されます」

 

 と、ライルが話題を元に戻す。皆も再び、顔を引き締めて軍議に意識を戻していく。

 

「結局、何の目的があるのか分からないんだよな」

 

「お聞きした謁見の間でのマクベスの言動から察するに、スサノオ様を排除する意思は見えますが…」

 

「いくら何でも、そこまであからさまな事はしないだろう…。あれでも、狡猾で知恵も働く男だ。また汚いやり口を使ってくるとは思うがな…」

 

 あの胡散臭い顔を思い出し、スサノオは鬱屈となる。ガロンだけではない、マクベスも暗夜を歪める大きな要因だ。あれは説得しようにも、根本から腐っているため、手の打ちようがないだろう。

 

「ノートルディアまで最短で行くなら、シュヴァリエ公国を経由するのが手っ取り早い。そのために黒竜砦は、シュヴァリエ公国へ入るためには通らなければならない要所だ。アソコを通過しない事には、遠回りしなきゃならない。だが、さっきもスサノオ様に言ったように、あそこは今マクベスの息が掛かった連中が居る」

 

「ああ。ゼロの言う通りなら、黒竜砦を通る時は警戒した方が良いだろう。流石に兵士が露骨な動きを見せたりはしないだろうけど、みんなも頭の片隅にでも置いてはいてくれ」

 

「「「はっ!」」」

 

 スサノオの言葉に、一同は御意を示す。この軍議の議長はライルだが、軍の長はスサノオだから、意見の採用も、促すのも、主にスサノオが行う事になっている。軍と言える規模でないのが玉に瑕ではあるが。

 後でエリーゼ達にも今回の事を簡単にまとめて伝える必要があり、スサノオはフローラに頼んで、簡単に伝達事項を書き出してもらう。

 

「それでは、軍を通しての話し合いは、僕からは以上です」

 

「他に何か用件のある者は?」

 

 スサノオの問い掛けに対し、誰も言葉を発しない。他に特段用は無いようだ。

 

「うん、じゃあ解散するか」

 

「さて、出発まで私は鍛練に励むとするか…どれ、ノルンも付き合え」

 

「え…アカツキのトレーニング…? いえ、ちょっと私は遠慮し、たいのにぃぃぃ………!!!」

 

「おお! アカツキ君もノルン君も熱心だな!」

 

 それぞれが出発までの時間潰しを、口々にしながら退出していく。

 

「ところで…」

 

 そんな、皆が退席していく中で、ライルはスサノオのみを呼び止める。スサノオはもちろん、まとめた要項を書き留めていたフローラも、不思議に思い退出をしないでいると、

 

「スサノオ様への注意事項を伝えようと思ったのですが…そうですね、フローラにも聞いて貰っておきましょうか」

 

「なんだ? 何かあったのなら、さっき言えば良かったんじゃ…?」

 

「内密な用件なのでしょうか?」

 

「内密という程でもありません。が…」

 

 歯切れの悪いその口調に、スサノオとフローラはますます疑問が深まっていく。

 

「先程のシェイドに関してなのですが」

 

「?」

 

「いいですか? シェイドの前では、絶対に竜の力を見せないようにして下さい」

 

 ライルが言いたかった事は、つまりはスサノオがシェイドの興味の対象になる可能性があり、それを避けよという忠告だった。

 少し大げさ過ぎないかとも思えるが、先程の話を踏まえた上で考えると、そうでもないと思えるあたり、シェイドの異常な探求心には恐れ入る。

 

「フローラも、スサノオ様がシェイドの前で竜の力を使わないように見張りをお願いします。なんだかんだで、スサノオ様は誰かの危機には躊躇せず、竜の力を使いそうですので。まあ、シェイドがそんな場面に居合わせる場合の話ですが」

 

「任せて下さい。スサノオ様が竜の力をシェイドさんの前で使わないように、責任を持って管理させて頂きますので」

 

「…俺、主君だからな……?」

 

 良い意味で信頼されていると理解しながらも、2人に心配されるように、そんな場面でスサノオは竜の力を使わない自信が無いのであった。

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「さて、次は黒竜砦ですね」

カンナ「シェイドさん、ちょっと変な人になってるね」

ベロア「エマも性癖がアレな事になっていますし、別に良いのでは?」

カンナ「そっか。それもそうだね」

ベロア「さて、今日のゲストを呼びましょうか。前回は不覚にも、ゲストだったブノワさんを呼び忘れてしまいましたし。早めに登場願いましょう」

カンナ「ああ…そういえば、あたしのお父さんからのご褒美、その分引かれちゃったんだっけ」

ベロア「もうあんな悲しいミスは犯さないと誓います。それでは、どうぞ」

フォレオ「初めまして、僕の名前はフォレオと申します。よろしくお願いしますね?」

ベロア「フォレオ、今日もこれが終わったら、お裁縫して下さいね…。わたしも見守っていますから」

カンナ「フォレオがお裁縫してたら、高確率でベロアも一緒に居るよね」

フォレオ「僕は、ベロアにもお裁縫を楽しんで貰いたいのですが…」

ベロア「別にいいです。わたしは、終わってからが楽しみなので」

フォレオ「相変わらずつれませんね、ベロアは…」

カンナ「それじゃ、今日のお題を発表しよっか」

ベロア「それではフォレオ、お願いします」

フォレオ「あ、お母様…。その手に持っているものを読めばいいのですか? えっと、『黒竜砦に集まっているマクベス派の兵士について』…ですね」

カンナ「うーんとね…何人かオリジナルキャラを出すみたいだよ」

ベロア「はい。案としていくつか考えが纏まっているそうです」

フォレオ「前作の覚醒に比べて、固有名のあるユニットは居るには居ますが、外伝がほとんどでしたから…。暗夜で固有名のあるモブのボスは、1人だけでしたか?」

ベロア「ガンズやマクベスはモブというには、登場シーンが多いですからね。本筋のストーリーで出てくるモブ暗夜将はあの変な人だけですよ」

カンナ「あのマップ、残念だったよね。手応えが全然なかったもん。シャーロッテさんとブノワさんも、オマケみたいな登場だったし…」

フォレオ「今思えば、有力な将が全然出てこないのに、よく暗夜軍を運営出来ていましたね…」

ベロア「それこそ、ご都合主義ですよ。仕方ないと思うしかないでしょう」

カンナ「ガンズやマクベスより、汎用モブ敵の方が強いなんてザラにあるもんね。あたし、なんか納得しちゃった」

ベロア「それだけ一般兵士が有能だったのでしょう。実際、ガンズやマクベスよりも煮え湯を飲まされた回数は断然上でしたし」

フォレオ「そ、そうですね…(なんだか最近、カンナの言葉にベロアのトゲトゲしさが写ってきたような…)」

カンナ「それじゃ、そろそろ終わろっか」

ベロア「そうですね…フォレオ、後でよろしくお願いしますね」

フォレオ「はい。それでは皆さん、ありがとうございました」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 暗き夜の少女

 

 星界での軍議を終え、俺達は再び黒竜砦へと向けて歩を進めていた。黒竜砦は暗夜王都の南東に位置しており、その大きさ自体は暗夜王城であるクラーケンシュタイン城よりも大きいらしい。かといって、王城に比べてその生活環境は最悪らしく、あまりその防衛の任は好まれていないのだそうだ。

 

 

「えっと…大きな砦が見えてきたな」

 

 そして今、俺達の目前には大きな砦がその姿を見せていた。砦の外壁や内装に至るまで、その全てが少しだけ紺色気味の黒塗りで、まるで暗夜の暗き空と一体化しているかのような錯覚に陥りそうな程だ。

 

「あそこを通るのか? ライル」

 

「ええ。あの砦を抜ければ、シュヴァリエ公国を一貫した、港まで続く街道に出られるようです」

 

「そうか……それにしても、立派な砦だな。なんだか、大きな竜のようだ」

 

 改めて、俺はどんどん近づいてくるごとにその姿が露わになってくる黒竜砦に、感嘆の息を漏らす。ただ大きいだけではなく、その大きさに見合った威厳のようなものが伝わってくるのだ。

 そして、俺の率直な感想に、エリーゼが得意げに答える。

 

「さっすが、スサノオおにいちゃん! 竜みたいだっていうのは正解よ。実はあの砦、竜そのもので出来てて、だから黒()砦って呼ばれてるの!」

 

 ことさら、竜という部分を強調して言うエリーゼに、俺はまさか本物の竜が砦として使われている事に少し驚く。

 

「ちなみに黒竜っていうのは、大昔に死んじゃった竜の名前よ。生きていた頃は、そりゃーもうおっきくて立派な黒竜だったらしいけど、その竜が死んでからはこうやって、体を砦として使ってるんだって!」

 

「そうか。大昔の竜だったんだな…」

 

 あの黒竜砦の元となった竜も、神祖竜の一柱であったのだろうか。しかし、それとは別にしても、やはり竜とは大きなものだという事が分かった。俺が竜になった時よりも、遥かに大きさに差があるため、やはり純粋な竜には遠く及ばないという事か…。

 

「ふわぁ…大きな竜だったのですね…。生きている姿を見てみたかったです」

 

「きっと、もっと黒くて大きかったんだろうな。生きていれば、俺の熱いモノをぶち込んでヤりたかったが……。ああ、この話し方はお子様のネネには少し早かったか?」

 

「ちょ、止めなよー! ネネの教育に悪いってば!」

 

 ネネがポカンと口を開けて黒竜砦を見上げていたが、ゼロはいつもの調子でネネの感想に茶々を入れていた。そして、アイシスはネネの保護者のつもりか、ゼロの言葉がこれ以上ネネの耳に入らないように、ネネの後ろに立ってその両耳を塞ぐ。その際、アイシスの胸当てがネネの後頭部に当たっており、ネネはとても不服そうな顔をしていた。

 

「私だって、すぐに大きくなってやるです……!」

 

「…大きくなれるといいな」

 

「ミシェイル…ネネが不憫だから、それ以上は言わないであげて…」

 

「あなたが言うと、違った意味でネネが不憫ですよ、ノルン…」

 

「さて…何事もなく、あそこを通過出来れば良いのだがな」

 

 仲間達が和気藹々(あいあい)(?)と語らう中で、俺はアカツキの心配する声が、頭から離れなかったのだった…。

 

 

 

 そして、そのアカツキの心配は、見事的中する事となる。

 

「なんだ…? やけに騒がしいな…」

 

 黒竜砦の近くまでたどり着いた俺達の耳に、砦の中からと思わしき喧騒が聞こえてきたのだ。それも、どんちゃん騒ぎでは決してなく、怒号が飛び交っているようだった。時折、金属音のようなものも聞こえてきて、剣と剣を打ち付け合った時の音によく似ている。

 

「ゼロ、様子を探ってきてもらえるか?」

 

「ああ、御命令とあらば。それじゃ、少しばかりイってくる」

 

 ゼロはススッと砦までまるで気配を感じさせない動きで進んでいき、ゆっくりと中を窺って、そのまま砦内へと入っていった。

 それから少しして、ゼロが砦内から出てくるが、その表情は優れたものではなかった。

 

「おいおい、もっと面倒な事になってやがるぜ」

 

「中で何が起きてるんだ?」

 

「ここの衛兵と白夜らしき兵士が交戦中だ。しかも、こっちが押されてやがる。これは制圧されるのも時間の問題だな」

 

「何!?」

 

 まさか白夜軍がここまで押し寄せて来ているとは思わず、俺は耳を疑った。父上からそんな報告は受けていないし、マークス兄さん達もそんな事は何も言っていなかった。となると、王城はまだ白夜軍がここまで迫っている事を知らない可能性が高い。

 何事もなければ良いとは思っていたが、流石にこれは見過ごす訳にはいかないだろう。助太刀しなければ、後で揚げ足を取られるのが容易に想像出来るというものだ。

 

「スサノオおにいちゃん、どうするの?」

 

「そうだな。みんな、俺達は黒竜砦の衛兵に加勢する! 戦闘の準備を早急に整えて突撃するぞ!」

 

「「はっ!」」

 

 俺の号令の下で、それぞれが軽鎧のみといった少々ラフな格好から、鎧や武器をしっかりと装備していく中、ライルが俺の方へと来る。魔道書さえ持っていれば十分である魔道士ゆえに、戦闘準備も他の面々より格段に早いのだろう。

 

「スサノオ様、一つよろしいでしょうか」

 

「どうした、ライル」

 

「黒竜砦内での様子を僕らは把握しきれてはいません。ですので、様子見を兼ねて、守りの固い者達を第一陣として送り、中の様子を確認してから、残りの者も進撃しませんか?」

 

 慎重に慎重を期したライルらしい策と言える。マクベス派の暗夜兵が闘っているのなら、全滅さえさせなければいい。俺達はたまたま通りがかりで助けに入ったのだ。助けに入りこそしたものの、多少の犠牲は免れなかった、そうしておけば後々俺達の障害となりうるマクベスの兵力を削っておけるし、そればかりか貸しさえ作れる。

 

「そうだな。至急突撃する必要もないか。マクベスには天蓋の森での件もあるし、ここの兵には悪いが、マクベス派の者なら俺達が危険を冒してまで助ける義理も無い。全滅さえさせなければ良いだけだしな」

 

 冷たいかもしれない。人として、助けるべきかもしれない。だが、俺が進むは茨の道。俺が守るべきは、俺が守りたいのは俺にとって大切な人達や、暗夜の地下街へと追いやられたような罪無き人達だ。敵となりうるかもしれない者を全て救っている余裕など、俺には無い。

 

「よし、じゃあ耐久力の高いエルフィ、ミシェイルを相手に合わせて動けるハロルド、アカツキがサポートする形で先行し、その後に俺達も続くか」

 

「はい。では、そのように」

 

 それだけ言って、ライルは他の面々に伝達しに行った。そして、全員が支度を整え、第一陣のメンバーが武器を手に、砦入り口を目指して進撃を開始する。

 

「では、行ってまいる」

 

「エリーゼ様、行ってきます」

 

「行くぞミシェイル君! 我々のチームワークを見せてやろうじゃないか!」

 

「暑苦しいぞ、ハロルド…」

 

「4人共、気をつけてな」

 

 アカツキ達が出撃するのを見送って、俺達は内部に入ってからの細かな作戦の最終確認をする。

 

「いいですか。僕達後続隊は、先発隊を援護しつつ、負傷者の治療に当たります。無理をして白夜軍を殲滅するよりも、撤退させる事を視野に闘いましょう。こんな所で命を投げ打つ必要はありませんので」

 

「では、私は戦闘員の皆さんを主にサポート致しますね」

 

 フローラが暗器と杖の両方を取り出して言う。戦闘はあまり得意ではないらしいが、フローラはそこらの兵士よりはよっぽど腕が立つので信頼出来る。

 

「治療ならロッドナイトのあたしだね! よーし、頑張っちゃうよー!!」

 

「むむむ…私は一応シスターですが、()()なので、あまり期待しないで下さいです…」

 

 一方で、なんとも気負いの違う2人であろうか。エリーゼは元気いっぱいに、馬上にも関わらず飛び跳ねる勢いで杖を振り回している。それに比べてネネは、全く自信が無さそうに縮こまるように杖で地面をつついていた。

 

「ネネは、どちらかと言えば…杖で癒やすんじゃなくて、殴る方が得意だものね……」

 

 ノルンはフォローのつもりで言ったのだろうが、それはむしろ逆効果のようで、ネネは更に「うぐっ!?」と精神的ダメージを負っていた。ノルンの指摘はネネにとって、どうやら図星らしかった。

 

「エリーゼ様は馬が居るから…あたしがネネを運ぶね。その方が効率も良さそうだし」

 

「そうですね。幸い、黒竜砦は外見に違わぬ大きさを持っています。なので、砦内を天馬や飛竜に騎乗出来るので、飛行隊を含む僕らの部隊には助かりますね」

 

「そうか? 俺はむしろ、広いとはいえ屋内での飛行隊はイカせやすいと思うがな。結局は外と比べれば自由が制限されるんだ。下手をすれば、敵の弓兵隊のイイ的になるんじゃないか?」

 

「ひえっ!? ちょっと怖いこと言わないでよね、ゼロ!」

 

「俺は事実を口にシたまでだ。別に、ナニもおかしなコトは言っちゃいない」

 

「もう! またネネの前でそんな口調を使って!」

 

「あはは…程々にな、ゼロ……、うん?」

 

 先程も見たやりとりが俺の前で展開される中、俺はふと視線を感じ、周囲を確認する。なんだろうか、値踏みされているような、見定められているかのような、そんな視線だったような気がする。

 

「……あ」

 

 キョロキョロと見渡した事で、俺は黒竜砦の入り口付近から、外に逸れて行くように走っていく影に気付く。しかも、それはどうやら人のようで、こんな戦場には似つかわしくない者のようだった。

 

「ライル、少し場を離れる! すぐに戻るから、先に突入してくれて構わない!」

 

「スサノオ様!?」

 

「え…何をおっしゃるのですか、スサノオ様!? ちょっと待ってくだ……!」

 

 俺はフローラやライルの呼び止める声も聞かず、走り去った影を追い始める。あれは放っておくわけにはいかないだろう。だって、先程の誰かは、

 

 

 

 明らかに子どもの大きさだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒竜砦の脇に群生する小さな雑木林を、小さな影が一つ走り抜けていた。早いとは言えない速度で、枝葉をかわしながらの進行は、決して良好と言えるものではないだろう。

 けれど、小さな体を懸命に動かせて、子どもの姿をした『彼女』は闇を突き進む。一刻も早くこの場から、速やかに脱する為に。

 

「煩わしいわね…」

 

 ある程度黒竜砦の入り口から離れたので、彼女は立ち止まり、砦の外壁へともたれかかって一息つく。

 

「まさかここに白夜の者達が攻めてきているだなんて、迂闊だったわ。これじゃ、あの大きな黒竜砦をこっそり通り抜けようにも、どこかで見つかってしまう…」

 

 本来、彼女は決して多くない暗夜兵の目をごまかして通り抜けようと考えていたのだ。しかし、戦闘中ではせわしなく行き来があり、下手をすれば捕まり、最悪の場合、斥候と疑われて殺されるだろう。子どもに斥候をさせるのは、案外広く使われる手であるがゆえに、彼女は恰好の『斥候』と映る可能性もあるのだ。

 しかも、()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「さっきから子どもが居るだの、捕まえろだの、どっちも戦闘中のくせに、五月蠅いのよ…。年端のいかない若造が私を子ども扱いするだなんて百年早い…」

 

 その姿からは想像も出来ない貫禄を醸し出す少女は、鬱陶しそうにもたれた壁を軽く小突く。言い切れぬ怒りを発散させたかったから。

 

「これだから…この姿を、他人には見せたくなかったのに…」

 

 誰にも向けられぬ呟きは、彼女の感情の全てが表れており、その悲観的な声音は雑木林の闇へと消えていく…、

 

「居た! やっぱり子どもだったか…」

 

 はずだった。現れた男は、少女の声を聞き、居場所を特定出来たのだから。誰にも聞かれるはずもなかった声は、しかし、彼へとしかと伝わっていた。

 

「どうして子どもがこんな所に居るのかは分からないが、ここに居たら危ないだろう。俺達が保護するから、こっちに…」

 

「要らないわ、保護なんて。私は子どもではないもの」

 

 突然現れたその男。その申し出を、彼女は素っ気なく断った。

 先程、暗夜、白夜の両軍から隠れていた時に、砦の外に到着したであろうその姿を、彼女は見ていた。その時は驚いたものだ。なんせ、その中には暗夜に住む者なら知らぬ者は居ないであろう、暗夜の第三王女の姿があったのだから。

 そして、それを率いていると見られる1人の男。見たところ、それなりに上質な装備を纏っている事から、上位に位置する立場の人物だと推測出来る。

 更に、あの『エリーゼ王女』を従えているという、普通はありえない事から、彼が王家の関係者であろう事は容易に想像出来た。

 それを踏まえた上で、彼女は彼らを避けたのだ。だから、保護なんて全くもって必要ではなかった。

 

「え? だが…」

 

「坊や、耳が遠いの…? 必要ないと言っているでしょう」

 

「ぼ、ぼうや!?」

 

 彼女の物言いに、男はかなり驚いた様子だった。それもそうか、どう見たって彼の方が年上に見えるのに、少女からは坊や呼ばわりされたのだから。

 

「どう見ても俺の方が年上だろう!?」

 

 しかし、そんな男の反応は、彼女はとうの昔に見飽きている。呆れたように息を吐くと、少女は邪魔だと言わんばかりに、手で払う素振りを見せて言う。

 

「面倒事はごめんだわ…。私にもう関わらないで。私はただ、誰の目にも触れず1人で生きていきたいだけなの…」

 

「1人? お前、1人なのか? 家族はどうした?」

 

 ただ、男も簡単には引かない。少女の言葉に引っかかりを覚えた彼は、彼女へと問いかける。

 

「ええ。そんなもの…とっくの昔に居なくなったわ。みんな、私の事を気味悪がって離れていった…」

 

 問われたから答えた少女だったが、それは独白めいており、自分を呪う言葉であるかのように、自分自身を締め付けているかのようだ。事実、それは真実なのだ。彼女は、自身を戒めていた。

 

「だから、私は1人よ。今までも、これからも、ずっと…」

 

 彼女の過去を知り尽くしているのは彼女だけ。彼女の罪を本当の意味で理解しているのも彼女だけ。だからこそ、彼女は孤独を選択し続けてきて、これからもし続ける。

 でも、

 

「そうか。では、俺達と一緒に来ないか?」

 

 彼女の都合などお構いなしであるように、男はそれでも手を差し伸べる。そんな男に、流石の彼女も呆れを隠せずに、

 

「はあ? 何を言っているの? 人の事情も知らないくせに…」

 

「ああ。確かにお前の事情は分からないが…1人ではここを切り抜けられないだろう。俺も1人で使命を全う出来ると思っていた事があるが、仲間や家族が助けにきてくれなかったら、きっと死んでしまっていた。お前にも、そういう人間が必要だ」

 

「………」

 

 呆れを通り越して、呆然となって男を見つめる少女。どれだけ否定しても、拒んでも手を差し伸べてくるなんて、どれだけお人好しなんだろうか。

 

「それに…やはり子どもを放ってはおけないだろう」

 

 そう言って、穏やかに笑みを向けてくる男に、彼女は再びため息を吐く。ただし、少しの笑みを浮かべて。

 

「もう…だから私は、子どもではないと………でも、そうね…。考えてみてもいいのかもしれないわ。他人に興味が湧いたのなんて、随分久しぶりの事だもの。私に手を差し伸べる物好きの事を、知ってみるのも悪くない…。…いいわ。貴方に付いて行く。この力、好きに使うといいわ」

 

 彼女は差し伸べられた手を掴む。もしかしたら、知らず知らずの内に、許しを求めていたのかもしれないと、自分の馬鹿さ加減にすら呆れて。新しい未来に向けて、手を伸ばしたのだ。

 

「そういえば、まだ名乗っていなかったわね。私の名は『ニュクス』…」

 

「そうか。俺はスサノオという。これからよろしくな、ニュクス」

 

 その名を聞いて、ニュクスは少し驚いた。先程の彼女の推測は当たっていた訳だが、まさか本当に王家の関係者、それも暗夜の第二王子本人だとは想定外だったのだ。

 

「貴方…スサノオ王子だったのね。噂の第二王子がこんなにお人好しだったなんて、意外だわ」

 

「…そんなにか?」

 

「ええ。そんなによ」

 

 別に悪い事でもなかろうに、スサノオはガクッと力なくうなだれる。

 

 

 

「ええ。本当に、スサノオ様はお人好しです」

 

 

 

 と、そんなスサノオの腕にガシッと組み付く2本の腕。その声は少し不機嫌そうで、スサノオのすぐ後ろから聞こえていた。

 

「フローラ!? なんでここに!?」

 

「スサノオ様がお呼び止めしたにも関わらず、さっさと行ってしまわれたからです」

 

「俺も居るぞ」

 

 更に雑木林の影から男が姿を現す。眼帯で片方の目は隠れているが、舐めるようなその視線に、ニュクスは少しの悪寒を感じた。

 

「まったく…いきなりイっちまうから、ナニかあったのかと思って来てみれば……こんなトコロでガキとよろしくヤってるとはねぇ…」

 

「ガキ、とは大した言い草ね。少し躾が成っていないのかしら?」

 

 ゼロのいつもの話し方が気に障ったのか、ニュクスは睨みを利かせてゼロへと言い返す。あまり相性が良さそうではないようだ。

 

「そんなコトより、ライル達はもう砦内に進軍シたぞ。スサノオ様の言いつけ通りにな」

 

「そうか。なら、俺達も早く後を追わないと…」

 

 ゼロの報告を聞き、ライル達に合流するために急ぎ入り口へと戻ろうとするスサノオだったが、ニュクスがその腕を引っ張って止める。

 

「待って。ここから少し行った先に、脆くなっている壁があるわ。そこを崩して入った方が早いし、中の敵への奇襲にもなると思うのだけど」

 

「…よし、ならその壁は俺が壊す。そこなら、まだ先行したエルフィ達も行けてないだろうしな。巻き込む事もないだろう」

 

 スサノオは魔竜石を懐から取り出す。竜の力なら、脆くなった壁など即座に破壊出来るだろう。

 

「よし、なら挟み撃ちだな。天国にイかせてやろうじゃないか」

 

「あくまで撤退をさせるのだという事を忘れないで下さいね」

 

 ニヤリと愉しそうに笑みを浮かべて弓に手を掛けるゼロ。そんな彼をたしなめるように、フローラは釘を刺すのだった。

 

「あまり甘く見ない事ね。あの白夜兵達、一部の様子が妙だったわ。何か、催眠や洗脳に近い手法で、精神を狂気に支配されているようだったもの」

 

「……何者かの思惑が働いている事も念頭に入れておいた方が良さそうだな」

 

 ニュクスの言葉は気掛かりではあるが、スサノオはひとまず目前の闘いに集中しようと心を研ぎ澄ませる。まずは壁の破壊からだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、黒竜砦内のとある一角で、暗夜兵と白夜兵が争う姿を嬉々として眺める者の姿があった。

 

「さあ、殺せコロセ! 暗夜モ白夜も、血二マみレて殺シあえ!! キヒヒ、命ヲ潰せ! 壊セ! 滅ボせ! 貴様ラに価値ナド存在しなイのだ! ヒヒ、ふヒャハ!」

 

 否、その姿は()()()()。正しくは、不可視であった。歪で醜悪な嗤い声だけが、かつての竜の腹の中で虚無へと向けて響く。

 誰に聞かれるでもなく、誰に聞かせるでもないそれは、不吉を孕んでいた…。

 

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「さて、このガルーアワーズも今回で子世代をようやく1周出来ますね」

カンナ「長かったね~」

ベロア「間に特別ゲストを挟んだりもしましたから、放送回が子世代ゲストの数を普通にオーバーしています」

カンナ「まあ、誕生日ゲストは仕方ないとして、このコーナーが始まってから随分経つね」

ベロア「最初はわたしだけでしたから、アシスタントが居るとどれだけ楽か、最近はよく実感していますよ」

カンナ「うふふ。ベロアの力になれてるなら、よかったー!」

ベロア「それでは、そろそろ今日のゲストを呼びましょうか」

カンナ「そうだね。それじゃ、ゲストさんどうぞー!」

ルッツ「ルッツ参上! 今日のゲストはこの僕、正義の味方を志すルッツだよ!」

ベロア「ちなみに、ミシェルはこのスタジオに入りきらないので、お留守番をしています」

ルッツ「本当は一緒に出たかったんだけどね」

カンナ「あたし、ミシェルにはよく遊んでもらってるよ! 竜に変身してお相撲さんごっこするの」

ベロア「そういえば、たまにカンナとミシェルがじゃれ合ってるのを見かけますね」

ルッツ「ミシェルは人見知りするけど、カンナは特に最近お気に入りみたいだよ」

カンナ「ほんと? なんだか嬉しいな…」

ベロア「さて、ほんわかとしてきたところで、今日のテーマに入りましょう」

ルッツ「そうだね。えっと…お母さんが持ってるあれを読めばいいんだよね。『最後に登場した謎の人物は?』だね」

ベロア「あの狂った人ですね」

カンナ「あの人がどこの陣営かは、書いてある事を読めば分かるよね」

ルッツ「ちなみにだけど、今回は原作のキャラじゃないよ。しかも、兵種もifには無かったものだね」

ベロア「次回、その人物ともう1人、黒竜砦と言えばあの人も登場するかと思います」

カンナ「あ! 捕獲出来るモブボスにしては優秀なあの人だよね!」

ルッツ「というより、他があまり使い易くないんだけどね。彼も、優秀ではあるけど、使い勝手は支援が無い分、正式な味方ユニットよりは扱いが難しいから」

ベロア「変態マッチョ2人組も、見た目の割にHPの成長率が全ユニット中でもトップクラスと、優遇されている割に支援や兵種の関係で、使い辛いですからね。モブボスの宿命なのでしょう」

カンナ「きちんと使いこなしている人は、すごく愛情深いんだろうね」

ベロア「それでは、今日はこの辺で終わりましょう」

ルッツ「子世代1周目のラストが僕なんて、ついてるよ。今日は良いことありそうな気がする!」

カンナ「次からは、適当にゲストさんを呼ぶ感じだよ」

ルッツ「だから、何回かは同じゲストの顔を見る事になるかもね」

ベロア「ソレイユなんて、第一回ゲストとして登場したせいか、早く二回目に出させろと鬱陶しいくらいです」

ルッツ「あはは…カンナがアシスタントになったからね。『可愛い女の子が2人もあたしに付きっきりなんて、天国だよ!』って言ってたね」

カンナ「あたし、ソレイユに会う度に頬ずりされるんだ。それで昨日も、『カンナは可愛いなぁ。あたしの部屋で2人っきりで楽しまない?』って誘われちゃった」

ベロア「……………処すべし」←静かに退出

カンナ「本当に楽しかったな~! ソレイユと2人でいっぱいお話したよ! それに、いっぱい遊んでくれたんだ~!」

ルッツ「ソレイユってけっこう面倒見が良いからね。…早くベロアに今言った事教えた方が良いんじゃないかな?」

カンナ「え? そういえばベロアが居ない…」

『ちょっと待ってよ!? あたし、まだ変な事なんて何もしてないよ!?』←遠くから、ソレイユの叫び声

ベロア『問答無用です。あなたにはオシオキが必要のようですからね』

ソレイユ『いやーーーー!!??』

ルッツ「…間に合わなかったか」

カンナ「あ、あはは…あたし、止めてくるね…」

ルッツ「僕も手伝うよ。それでは皆さん、また次回!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 黒竜砦に渦巻くモノ

 

 一方、スサノオ達が砦の壁を破壊しようとしている中で、先に砦内に進軍していたエルフィ達は白夜兵との接戦を繰り広げていた。

 

「きえぇぇ!!」

 

「せやぁ!!」

 

 刀を掲げて飛びかかろうとする白夜兵を、エルフィは力任せに槍で横に薙いで押し退ける。槍の柄とはいえ、怪力であるエルフィ愛用の頑丈なそれは白夜兵を粉砕するには十分すぎる硬度を持ち、吹き飛ばされた白夜兵は確実に無事では済まないだろう。

 

「敵が思ったよりも多いわね…」

 

 今の白夜兵を倒しても、またすぐに次の白夜兵が迫り来る。闘い始めてからこれの繰り返しで、まるで息つく暇もないとは、当にこの事だ。

 

「死ねぇ!! 暗夜の悪賊がぁぁ!!!」

 

「! しまっ…!!」

 

 まとめて凪ぎ払おうと槍を大振りに振ったエルフィだったが、その分隙が大きくなり、守りの消えたその体に白夜の凶刃が襲うが、

 

「させぬ!」

 

 アカツキがとっさにその間に滑り込み、刀を突きの構えで突進してくる白夜兵を下から一気に斬り上げた。白夜兵は血を大量に傷口から吹き上げながら、絶命間際にアカツキを睨みつけ、呪いの言葉を吐いて絶命する。

 

「な、ぜ…侍、が……暗夜な、どに…」

 

「……」

 

 アカツキはその最期の言葉には答えず、すぐに刀を力強く振って付着した血液を吹き飛ばす。その顔に、一切の慈悲はなかった。

 

「エルフィ、あまり力みすぎるな。敵の数を考えて槍を振るうのだ」

 

「ごめんなさい。少し張り切りすぎちゃったわ」

 

 エルフィは謝ると、これからはあまり大きいモーションの攻撃は控えようと反省する。敵を倒すのではなく、退かせる。この闘いの目的はそこにあるのだ。だから、無理に倒そうとする必要はない。

 

「でも、この白夜兵…様子がおかしいわ」

 

 だが、敵が退いてくれなければ意味がないのもまた事実。エルフィは数度の戦闘を経て、白夜兵が少しおかしいと気付いていた。全てが、という訳ではないが、向かってくる白夜兵の一部がまるで狂気にでも取り憑かれているかのようで、正気を保っているとは思えない。

 

「確かに……まるで一心不乱に敵を殺そうとだけしているようで、気味が悪いな」

 

 血濡れの刀を掲げて、迫る白夜兵を威嚇するアカツキ。その姿に恐れを為して怯む白夜兵達だが、やはり一部の白夜兵は恐れを忘れてしまったかのように、我関せずとばかりに特攻してくる。血走った眼に込められた殺意は、常人の比ではない。

 

「死ね、死ね、死ねぇぇぇぇええ!!!!!」

 

 その姿はまるで『鬼』。血に飢え、肉に飢え、闘う事を欲する理性無き怪物。今アカツキ達の目の前に居る狂気の白夜兵が、当にそれだった。

 

「くっ…!」

 

 その気迫は、歴戦の戦士にも劣らない。数々の修羅場を潜り抜けてきたアカツキを以てさえ、少し気圧されてしまうほどだ。

 アカツキは突出してきた白夜兵が居合い切りを放つと読み、エルフィもそれを察してその手の槍をアカツキの前に勢いよく突き立てた。

 

「させないわ…!」

 

 ガギィン!! と、けたたましい金属と金属のぶつかり合う音が炸裂し、その轟音にエルフィは顔をしかめるが、彼女によって与えられたチャンスをアカツキは逃さない。アカツキは鳴り響いた金属音に苦い顔をしながらも、動きの止まった白夜兵に切迫する。白夜兵はアカツキを止めようにも、刀を思い切り槍に叩きつけた反動で、手が痺れて動かせない。

 

「斬り捨て御免!!」

 

「うぐあぁぁぁ!!??」

 

 首筋を切り裂かれた白夜兵の絶叫が砦内に響き渡る。断末魔が、生者の耳にこびりつくように残り、不快感を煽る。

 

「貴様、よくも同胞を!」

 

 仲間が死に、それを見て更に白夜兵達の頭に血が上る。元々正常だった白夜兵も、仲間を殺された事で怒り、士気が向上していた。

 

「ちぃ、厄介だな…!」

 

「ボルガノン!」

 

 と、巨大な炎の渦がアカツキの前で燃え上がり、敵の行く手を阻む。炎の壁を前に、白夜兵は手を出す事が出来ないでいた。

 

「ライルか!」

 

「ええ。遅れてすみませんね」

 

 魔道書を携えて、ライルが眼鏡に片手を掛けてアカツキの隣へと並び立つ。彼の後ろでは、エリーゼとネネが負傷した暗夜兵を治療しており、ノルン、アイシスが敵の攻撃に備えていた。

 

「ハロルドとミシェイルの姿が見えませんが」

 

「2人は奥よ。暗夜兵が取り囲まれていたのをハロルドが助けに行って、ミシェイルが仕方なく付き添っていったわ」

 

 ここから少し先で、大量の白夜兵に包囲された暗夜兵が居たのだ。正義の味方を自称しているハロルドにとって、袋の鼠となっている仲間を見捨てる訳にもいかず、無理矢理この白夜兵の陣形を振り払って行ったのである。そんな彼を、ミシェイルは呆れ半分、諦め半分で追って行ったという訳だ。

 

「負傷者はどうだ?」

 

 アカツキは炎の壁が保たれている間に、一度後ろを確認する。ここに来るまでに、そこかしこで暗夜兵が倒れており、中には大量の血だまりを作っている者もいた。

 

「倒れている者はほとんどが死んでいます。まだ息のある者も、それは辛うじてで、傷は深いようです」

 

「まさかここまで酷い事になっているとはな…」

 

 想像以上に、白夜の攻勢は強かった。ほとんどの白夜兵がそれこそ死に物狂いで向かってきており、本来の力以上の能力が引き出されているようで、火事場のクソ力とはあのような事を言うのだろう。

 暗夜兵は元々少数な事もあってか、白夜の勢いに完全に押され、加勢しなければ一刻と保たず壊滅していたに違いない。

 

「スサノオ様はどうした? フローラ殿やゼロも居ないようだが…」

 

 そして、アカツキはスサノオ達が居ない事に気がつく。そんなアカツキの問いに、ライルは困ったように眼鏡をかけ直し、一言。

 

「後で合流するとの事です」

 

「はあ? どういう意味だ!」

 

 その言葉の意味は理解出来るが、どうしてそうなったのが理解出来ないアカツキ。それはライルにだって言える事だ。なんせ、いきなりスサノオはどこかへ走って行ってしまい、それを追ってフローラと、念のためゼロもスサノオの後に続いたのだ。彼だって言わば被害者のようなものである。

 

「とにかく、もうボルガノンによる炎の障壁は消えます。再戦の用意を」

 

「アカツキ、来るわよ…! ハロルド達も無事だと良いけど…」

 

「チィ! 考える余裕もくれないか!」

 

 次第に炎の壁は小さくなり、同時に炎の向こうで手ぐすね引いていた白夜兵が一気に雪崩れ込んでくる。

 

「来るがいい、白夜の修羅共よ。我が『華炎』…受けてみよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウオォォォ!!!』

 

 竜化したスサノオの強靭な竜腕が、脆くなってひび割れのある砦の外壁に叩きつけられる。ズシンという重い一撃は、砦全体を揺らすようで、一撃でひび割れは大きな亀裂へと変わる。

 

「……これは、まさか、竜…?」

 

「は、初めて拝見しましたが、とても大きいのですね……!」

 

「ああ…大きいな。それでいて、黒くゴツゴツしていて、ツヤツヤしてやがる。こんなヤツにヤられたら、簡単にイっちまうだろうな…」

 

 それぞれが初めて目にするスサノオの竜の姿。ニュクスは、人から竜へと変じるその光景に目を奪われ、フローラは畏敬の念を持ってスサノオを見上げ、ゼロは何故か恍惚とした表情を浮かべて、スサノオを見つめていた。

 

『もう一撃!』

 

 再び腕に力を込め、スサノオは後ろに引いた腕を一気に前へと打ち出す。亀裂の中心へと叩き込まれた拳は、今度こそ壁を完全に瓦解させ、勢い余って瓦礫が中へと飛び散っていく。幸い、味方を巻き込んではいなかったようだが、一撃目で警戒したらしい白夜兵は、壁から離れていたらしかった。

 ただし、壁が破壊され、そしてそれをやったスサノオの姿を見て茫然自失となっていたが。

 

『行くぞ!!』

 

「ふっ…何人天国にイかせてやれるかな?」

 

 スサノオは竜化を解くと同時に、オーラの腕を発現し、無機物を透過するオーラで、壁ごと通路内にいる白夜兵を凪ぎ払う。スサノオの後に続き、ゼロ、フローラ、ニュクスも通路内へと侵入する。今のスサノオの攻撃で、この場に居た白夜兵は軒並み倒したようだ。

 

「すごいです…! スサノオ様にこのような力があったなんて…!!」

 

「あなたも、私に似た何かを抱えているようね」

 

 まだ意識のある白夜兵が居ないかを確認する中で、フローラとニュクスはスサノオへの竜の力の感想を口にした。

 

「そんなたいそうなものじゃないさ。竜化はしすぎると体が動かせなくなるし、竜の力は暴走の可能性もある。まあ、今は竜石のおかげで心配要らないが」

 

「では、もしスサノオ様が動けなくなってしまわれても、私がこの身に代えてもお守り致します。お世話もお任せ下さい」

 

「そ、そうだな…。頼りにしてるぞ…」

 

 やたら気合いの入ったフローラに、スサノオは少し申し訳なさを感じていたが、それと同時に感謝もしていた。

 

「それで、どちらに進むの?」

 

 ニュクスは尋ねる。左と右、どちらに進むのかを。仲間達が闘っているであろう左側か、敵が大勢残っているであろう右側か。

 そして、スサノオは判断を下した。

 

「よし、ひとまずは皆と合流する。左に進むぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、アカツキ達、スサノオ達のちょうど中間地点には、ミシェイル、ハロルドが数人の暗夜兵と共に、周囲を囲まれながらも奮戦を見せていた。

 

「そおりゃぁ!」

 

 渾身の力を込めて振り下ろしたハロルドの斧での一撃を、白夜兵は刀で受け止めようとするが、その力の全てを受けきれずに刀は真っ二つに折れ、白夜兵の肩に深く斧の刃が食い込む。

 

「うが、ごぉぉ!?」

 

「そおい!!」

 

 もがき苦しむ白夜兵の胴へと蹴りを放つと同時、ハロルドは蹴り飛ばされた白夜兵のその肩に刺さった斧も抜き取る。斧にはべっとりと、白夜兵の血が大量に付いて、果実を絞ったかのように血が滴り落ちていた。

 

「それにしても、敵が多いね!」

 

「無駄口を叩く暇があるなら、もっと手を動かせ!」

 

 ミシェイルが珍しく怒鳴りつける。それに呼応するかのように、ミネルヴァが猛り牙を剥いて白夜兵に噛み付き、その鞭のようにしなる尾を振って敵を凪ぎ払う。

 ミシェイルは現在、ミネルヴァから降りてそれぞれが敵を倒していたが、騎乗していないのに息のあった彼らは、当に一心同体のパートナーと言えるだろう。

 

『グウゥゥォォオオ!!!!』

 

「おっと、すまないねミシェイル君、ミネルヴァ君!」

 

 怒ったようにハロルドへと吠えるミネルヴァ。その怒り狂うようにも見える様は、白夜兵を怯ませるには十分すぎる威圧感を放っていた。

 

「ひ、ひぃぃ!」

 

 しかし、白夜兵のみならず、一緒に闘っている暗夜兵ですらその咆哮に萎縮してしまっていた。

 

「怯むな! 俺達は味方だ、お前達をミネルヴァが襲う事はない!」

 

「く、くそぉ…! でも、こんなに敵が居たんじゃ…」

 

「そ、そうよ…! もうお終いだわ、私達はここで死ぬのよ!」

 

 卑屈になる暗夜兵達。仲間が大勢殺された上に、援軍が来たとはいえ少数で、更には敵に取り囲まれている現状。そうなってしまうのも、仕方ないと言えるだろう。

 しかし、ハロルド、ミシェイル達は全く諦めていない。彼らはもっと、これ以上の修羅場を経験しているからだ。

 

「戦場では死ぬまで闘え! そうでなければ、死んでいった者達が浮かばれん! 生きているのなら、最後まで抗え、この馬鹿共が!!」 

 

 諦めムードの漂う暗夜兵達を一喝するミシェイル。その声には、多大な怒りが込められていた。それが何故だかは、語るまでもない。

 

「腑抜け共が…俺はたとえ1人だろうと闘うぞ」

 

「いいや、それは違うね。君には()()()()()()や、()()()()!」

 

 そう言って、各々敵を倒してミシェイルに視線を送るハロルド達。そう、彼は決して1人などではないのだ。

 

「ふっ…そうだな。まあ、元はと言えば、ハロルドが勝手に突出していったから、今こうなっている訳だが」

 

『フシュルル…!!』

 

「ぐぬ、すまない…。しかし、彼らを見殺しには出来なかったのだ! 体が勝手に動いていた!」

 

 迫り来る白夜兵を倒しながら快活に言ってのけるハロルド。なるほど、彼もまた、お人好しという訳らしい。

 

「…こうなりゃヤケだ! 死に物狂いで闘ってやる!」

 

「私はまだ死にたくない! 結婚だってまだなのに!」

 

「やってやる! やってやるぞ!!」

 

 暗夜兵達も少しではあるが士気が戻ってきている。それを見て、ミシェイルは口元に小さく笑みを浮かべた。まったく世話の焼ける連中だ、と。

 

「よし、ここからだ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暗夜軍め…しぶといものだ」

 

 砦の後方において、この白夜兵達の将である男、白夜王国の槍術士『ハイタカ』が1人呟く。白夜でも王族臣下に引けを取らない実力を持つ彼は、それ故に多くの部下から信頼を得ていた。この黒竜砦の侵攻は、彼の独断であったが、彼を慕って多くの兵が募ったのだ。

 

「しかし、それももう終わる。我々には、亡きミコト女王陛下が付いて下さっている! ミコト様からの天啓、見事成し遂げてみせようぞ!」

 

 ハイタカは強く薙刀を握り締め、自身も戦場へと向かう。ここで勝ち、白夜王国に勝利を、ミコト女王への忠誠を示さんが為に。彼は白夜兵達を鼓舞する。我らこそが正義であり、暗夜こそは滅ぼすべき悪なのだと。

 

「我が同士達よ、怯むな! 臆するな! 我らには、ミコト様の御加護がある! ミコト様が見守って下さっている! ミコト様に無様な姿をお見せするな!」

 

 彼の檄により、白夜兵達は更に勢い勇んで砦内を奥へ、我先にと駆けていく。それを見て、ハイタカは満足そうに鼻を鳴らすと、自身もその後に続く。

 

「このハイタカには、先日ミコト様からの天啓が届いた! 故に、ミコト様の御言葉通り、我ら正義の白夜王国は、一刻も早く悪しき暗夜王国を駆逐する! 倒せ、悪を! 滅ぼせ、暗夜を! そして、裏切り者であるスサノオを、処刑するのだ!!」

 

 勢いは止まらない。むしろどんどん強くなっていき、熱はハイタカを中心に、白夜軍全体へと広まっていく。もはや狂信的とまで言えるその光景は、常軌を逸していた。血気盛んを過ぎて、その双眸を血眼にし、狂気に満ち満ちている。まさしく『鬼』と呼ぶべきか。

 

『そうです。悪の権化である暗夜王国を…早急に討ち滅ぼすのです。大丈夫、あなた達なら成し遂げられるでしょう。私が見守っているのですから…』

 

「おお…聞こえた、俺にも聞こえたぞ!」

 

「俺もだ! 俺達には、ミコト様が付いて下さっている!」

 

 そんな『鬼』達に、どこからともなく聞こえてきた女性の声。それは紛れもなく、亡くなったミコト女王の声そのものだった。皆が、聞こえた、自分も聞こえたと、より士気を上げていく。

 

「いざ行かん! この黒竜砦を制圧し、暗夜王城への足掛かりとするのだ!!」

 

 白夜兵達は侵攻を更に過激なものにせんと奥へと進む。自分達には本当にミコト女王の加護があると信じて。

 

 

 

 

 

『サーて、俺モ出てヤルか。ケけケ、ひっそリと殺しテヤルさ…。それガ、俺の仕事ダカラな……!』

 

『あまり暗夜ばかりを殺してはダメですよ。程よく白夜も殺し、互いの憎しみを煽るのです』

 

『分かっテらァ。ッたク、うるセぇ女ダゼ』

 

 そして動き出す。姿の見えぬ尖兵が、闇に紛れて獲物を殺すために。その男の得意とする、暗殺を以て暗夜、白夜もろとも葬らんがために。

 

 

 見えざる狂気の『アサシン』が、砦内を闊歩する。死という概念を引き連れて。

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは、台本形式でお送りします。

ベロア「なんだか、頭がちょっとアレそうな方が出てきましたね」

カンナ「最後の人?」

ベロア「はい。確実に目がイっちゃってますよ。あんなのと、出来るだけ関わりたくないですね」

カンナ「でも、お父さんは闘わなくちゃいけないから、かわいそう…」

ベロア「ご愁傷様としか言えませんね」

カンナ「さ、気を取り直してゲストさんを呼ぶよ!」

ベロア「それではどう……、この匂いは……!」

ソレイユ「んっふふふふふふ!!!! あたしは帰ってきた! このパラダイスに!!」

ベロア「チェンジで」

ソレイユ「エー!? なんかすごく素っ気ない!」

ベロア「あなたには前科がありますので」

ソレイユ「なにをー! それなら、この前いきなりあたしをぶっ飛ばしたベロアだって人の事言えないじゃんか!」

カンナ「あ…この前の…」

ベロア「…それは、不幸な事故です」

ソレイユ「ずるいよ! そんなの横暴だー! 後で聞いたら、あたしがカンナと部屋で2人っきりで遊んでた事を、変な事してたって勘違いしてたんでしょ?」

ベロア「……………はい」

ソレイユ「じゃあ、その借りを返してあげるから、今回はあたしがゲストで良いよね?」

ベロア「…仕方、ありませんね」

ソレイユ「やったーー!! やったよカンナー!」

カンナ「あはは、良かったね! ソレイユ!」

ベロア「これ見よがしにカンナを抱っこしないでください。わたしに対する当てつけですか?」

ソレイユ「え? いやぁ、そんなつもりはこれっぽっちも無かったんだけどなぁ…」

カンナ「うん。だって、ソレイユはいっつもあたしを抱っこしてくれるよ?」

ベロア「な…!? いつも、ですか……!? ……羨ましい……!!!」

ソレイユ「そんな怖い顔しないでよ~。可愛い顔が台無しだよ?」

ベロア「くっ…かくなる上は、さっさとコーナーを終わらせてしまうに限ります。それでは、今日のお題に入りましょう」

ソレイユ「うわ~…なんと横暴な…でも、嫉妬するベロアも可愛いよ……ハァ、ハァ…」

カンナ「さすがにそれはちょっと気持ち悪いよ、ソレイユ…」

ベロア「同じ変態でも、どうしてエポニーヌが来てくれなかったのか…。まあ、いいです」

ソレイユ「ひどっ!? はあ、それじゃ読むよ。えーっと、『謎の男の兵種は?』だね」

カンナ「最後の方に書いてあったけど、あれは揶揄とかじゃなくて、本当に『アサシン』だって事を間違えないでね?」

ベロア「前作にも登場した、ファイアーエムブレムシリーズお馴染みの『アサシン』と考えて下さって構いません」

ソレイユ「ifで言う、白夜の上級職、『上忍』だね。あたしも父さんも、パラレルプルフでクラスチェンジ出来るよ」

カンナ「暗夜の人で白夜の兵種になれるのは、ラズワルドさん、オーディンさん、ルーナさんだね。それぞれ、上忍、剣聖、聖天馬武者の姿がけっこう似合ってるよね」

ベロア「そこは、前作が覆いに影響しているのでしょう」

ソレイユ「ところで、覚醒ならアサシンの装備武器は剣と弓、ifの上忍なら刀と手裏剣だけど、今回登場したアサシンに関しては違うとだけ言っておこうか」

カンナ「そこは戦闘に入るまでのお楽しみって事で」

ベロア「そうですね。まだ、明かす必要はありませんので。まあ、想像はつくでしょう」

ソレイユ「えっと…お題はこれで終わり?」

ベロア「そうですね。ですので、お帰りください。早急に」

ソレイユ「あはは…地味に傷つくなぁ。よーし! 傷ついた心は、お風呂で癒しちゃおう! カンナ、一緒にお風呂行こっか!」

カンナ「いいよ! 流しっこしようよ!」

ベロア「なっ…!」

ソレイユ「いいね~! そーれ、レッツゴー!!」

カンナ「れっつごー!」

ベロア「ちょ、ちょっと待ってください。わたしも行きます。カンナを放ってはおけません。というか、ずるいですよ、ソレイユ!」


3人揃って温泉へ向かったため、収録は終了です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 見えざる暗殺者

 

「邪魔をするな!!」

 

 行く手を阻む白夜兵を、その手にした夜刀神で次々と斬り伏せていくスサノオ。その刀を振るう腕には、一切の躊躇いはなかった。たとえ生まれた国の兵が相手であろうと、大切な仲間を襲う者は倒すべき敵だから。

 

 ゼロやフローラも、それぞれ得意とする弓と暗器で、確実に敵の急所を一撃で貫き、着実に道を確保していく。

 

「どんどん増えていくなんて、煩わしいわね。まとめて片付けましょうか。『ライナロック』」

 

 目前にうじゃうじゃと、次から次へと迫り来る白夜兵を相手に、ニュクスは手にした魔道書を掲げて、魔法を放つ。ニュクスの翳した手の先から、巨大な炎塊が生み出され、密集する敵地のど真ん中へと撃ち出した。

 

「熱いぃぃ痛いぃぃぃ!!??」

 

「ぎゃあぁぁぁァァ!!??」

 

 砦内が広いといえども、密集していれば全員がそれを避けられる訳もなく、多くの白夜兵が全身を炎に包まれていく。燃え盛る炎は白夜兵の皮膚を焼き、爛れ、骨までも焼き尽くしていった。

 

 しかし、

 

「白夜兵士の本懐、見せてやる!」

 

 スサノオ達の猛攻を受けてなお、白夜兵達は恐れを為すどころか、更に勢いを増して襲いかかってくる。その猛烈な勢いに、スサノオ達は困惑をせざるを得ない。何故、ここまで狂気的になれるのだろうか、と。

 

「くそ…前に進めてはいるが、後ろからも敵が来ていては、挟み撃ちだぞ!」

 

 そう。スサノオ達は左へと進軍したのだが、元々多かったであろう右側の通路から、次々に白夜兵が押し寄せていたのだ。なので、後ろに警戒しつつ前の白夜兵とも闘っていた訳だが、あまりに敵の増加が激しく、次第に背後の白夜兵達の攻勢が抑えきれなくなってきていた。

 

「ここは二手に分かれるか、スサノオ様?」

 

「どういう事だ、ゼロ」

 

 弓を引きながら、ゼロは振り返らずに敵を見据えたままで続ける。

 

「このままじゃ、敵を捌ききれなくなるのは目に見えている。なら、前後の敵で担当を分けた方が賢いだろう。前に進み仲間を連れて戻る者と、後ろの敵を残って足止めする者とにな。2人組でヤるべきだろうが、足止めの方は負担が大きい事になる。2人で凌ぐのは困難だろうがな」

 

「なら、俺とフローラ、ゼロとニュクスのペアに分かれよう。俺が竜化で敵を押し止め、フローラは杖でサポートをメインに。そっちはニュクスの高火力で敵を殲滅しつつ、ゼロが細かな敵を駆逐しながら先へ進むんだ!」

 

「承りました、スサノオ様!」

 

「自ら負担の大きい方を選ぶだなんて、坊やにしては偉いわねスサノオ」

 

「よし、ならさっさとイくか」

 

 スサノオは一度敵を威嚇するようにオーラで攻撃を放つ。その一瞬の隙に、即座に黒竜へと化し、敵の群れ目掛けて口から火炎球を放った。

 ゼロ達も、ニュクスがライナロックを敵陣へと確実に命中させ、討ち漏らした白夜兵をゼロが弓矢で1人ずつ討ち取っていく。

 

『任せたぞ、ゼロ、ニュクス!』

 

「ああ。期待シて待っていな」

 

「やれるだけやってあげるわ」

 

 そして2人は走り出す。あちらの敵はエルフィ達も倒しているはずだ。おそらく、もうそこまで大量には残っていないだろう。問題は、仲間が駆け付けるまでスサノオとフローラが持ちこたえられるかだ。

 

「スサノオ様、傷を負ったら申して下さい。すぐに治療致します!」

 

『ははっ。頼もしいな、フローラ。頼りにしてるぞ! ハア!!』

 

 竜の姿を前に、怯える者もいたが、やはり無謀にも突進してくる白夜兵が居り、スサノオは近づく白夜兵をその槍のように鋭い手で串刺しにする。

 そのまま敵を腕を振るって白夜兵の群れへと火球と共に投げ捨てる。既に絶命した白夜兵を火球が呑み込みながら放たれ、周りにいた白夜兵にもその火が燃え移っていく。

 

「化け物め!!」

 

 人から竜へと転じたスサノオを、怪物でも見るかのように睨み付ける白夜兵達は、刀や槍を手に、果敢にも突撃を開始した。彼らにも、引けぬ理由があるのだろう。化け物と称した相手に自ら突っ込んでいくのだから、大した度胸と言える。

 

『フローラ、少し下がっていろ!』

 

「は、はい!」

 

 スサノオはすぐ傍で杖を構えながら、脚の付け根に備えた暗器に手を掛け、いつでも攻撃に移れるよう構えていたフローラを下がるように命じる。フローラも、スサノオが何かをするのだと感じ取り、速やかにスサノオから距離を取った。

 

『「邪竜穿」!!』

 

 その叫びと共に、スサノオの手から大きな水塊が発射され、突進してくる白夜兵に着弾すると同時、

 

「な、ぐぶぁ!?」

 

 着弾した胴の反対側、つまりは背中一面から、透明な水晶のようなものが突き出すように生えた。白夜兵は体内を水晶に貫かれ、その血が背に生えた水晶から滴り落ちていく。

 そして、その突如現れた水晶の槍により、その白夜兵の後ろに続いていた他の白夜兵達も数人がその槍に貫かれていた。水晶の槍は血を吸い、更に肥大化していく。血により成長を続ける水晶は、少し経つと柔く崩れ落ちて、水晶が寄生していた白夜兵の背にはぽっかりと大きな穴が開いていた。

 

「ひ…!?」

 

「な、なんだあれは!?」

 

 流石にその異様な光景を前に、白夜兵達の戦意も削がれており、恐怖心が狂気を押しのけたようだ。なおも、スサノオの手の先で浮かぶ水塊に、いつ自分も惨く殺されるのかと白夜兵達は恐れを為して、尻込みしていた。

 

『………む?』

 

 そんな中で、スサノオは奇怪なものを目にする。後ずさりをしていく白夜兵の更に後ろから、他の白夜兵に紛れてこちらへと来る者が居た。それは、本来ならあるはずもない存在で、その男は、“着物ではなく、暗夜で見られる洋服”を纏っていたのだ。それなのに、白夜兵達は誰一人として、その男に目もくれない。いや、()()()()()()()()

 初めから、()()()()()()かのように、男はすいすいと白夜兵の間を抜けてくる。

 

 そして、

 

『なに!?』

 

 その男は、戦意を喪失しかけていた白夜兵を殺し始めたのだ。ナイフによる心臓を一突き。首筋を目にも留まらぬ速さで切り裂き。どれも手慣れたように、スマートに殺していく。まるでそれが日常とでも言うように、男はすらすらと殺していた。

 

「な、なんだ!? 急に…! どうした!?」

 

 当然、その男に気付いていない白夜兵達は、目の前で崩れ落ちていく仲間の姿に戸惑いを隠せない。その姿を目にした男はニヤリと笑みを浮かべて、

 

「暗夜は卑怯ニモ、戦意を削ガれた者ヲも殺スノか! 許せン非道ナル行為だ!!」

 

 と、白夜兵達を煽るかのような言葉を大きな声で発した。

 

「そうだ! やはり、暗夜は卑怯な連中ばかりだ!」

 

「行くぞ! 仲間の無念を晴らすんだ!」

 

 その勇ましい姿とは裏腹に、白夜兵達の目には真実が見えていない。突如倒れた白夜兵達を殺したのは、目の前の竜がやった事ではないというのに。それが分からず、全て暗夜の仕業だと信じて止まないのだ。少なくとも、全てではないがスサノオには真実が見えていた。あの謎の男は、決して暗夜の陣営の人間ではないと。

 理由は簡単だ。それは、暗夜の者が敵を煽る必要など無いからだ。以前のマクベスによるノスフェラトゥ襲撃は、結果的にはエリーゼに危険が及んだものの、本来はスサノオを狙ったものであったため、暗夜に直接の損害を与える事はなかった。しかし、今回は違う。この黒竜砦が落とされれば、王都ウィンダムへの道が開かれ、白夜からの侵攻を容易にする可能性がある。王付きの軍師であるマクベスが、このような愚行を取るとも思えないし、ここを守るのがマクベス派の兵士達である以上、自分に不利益な事はしないだろう。

 

 なら、あの謎の男は何者なのか。見たところ、暗夜の装備に身を包んでいるが、明らかに暗夜への敵対の意思がさっきの行動から分かる。しかし、その姿が白夜兵達に認識されていないというのはどういう事か。それこそ、透明人間のように、誰にもその存在を知られていないようで───。

 

『………! まさか…』

 

 そして、スサノオは思い当たる節がある事を思い出す。うろ覚えではあったが、以前の竜化による暴走時、姿の見えない敵とリョウマやヒノカ達が闘っていた事に。自分には姿が見えていたため、特に気にもならなかったが、アマテラスとスサノオを除いて、他の者達は確かに苦戦していたのだ。姿の見えない兵士を相手に、とても闘い辛そうにしていた事に。

 

 その姿の見えない敵こそが、今ここに居る謎の男なのだ。それを裏付けるように、フローラも、突然白夜兵が死んだ事に驚き、戸惑っていた。

 

「スサノオ様、一体何が…!? いいえ、そんな事よりも、敵が向かってきます!」

 

 フローラも、再びスサノオの傍へと戻り、杖を片手に、暗器を取り出す。

 

『ちぃ…! フローラ、多分捌ききれない! 討ち漏らしを頼む!』

 

「はい!」

 

『……くそ、逃げられたか』

 

 謎の男は白夜兵の突進に乗じて、その姿を眩ませていた。スサノオの目に映るのは、大量に押し寄せる白夜兵達の姿のみ。

 

(嫌な予感がする……皆無事だと良いが…)

 

 一抹の不安を胸に、スサノオは竜の体を存分に使う。せめてフローラへの負担を少しでも減らすべく、白夜兵を出来る限り多く倒すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロ、ニュクスはというと、ニュクスの火力により、難無く順調に歩を進めていた。彼らの通った後には、白夜兵の焼け焦げた姿や、額や心臓から矢を生やすようにして死んでいる白夜兵の姿が散見出来る。

 

「ヒュー…ヤるじゃないか。ガキの割に、結構な場数を踏んでやがるな」

 

「…貴方も、私を子どもだと思って侮らない事ね。人は見掛けにはよらないものよ」

 

 軽口を叩きながらも、敵を矢で射つつ走るゼロに、ニュクスはもう少し真面目な口調で話せないものかと呆れるばかり。そうこうしているうちに、2人はやたらと白夜兵が密集している地点へと出た。しかし、白夜兵達はこちらに気付く事もなく、背を向けて誰かと闘っているようだ。

 

「ほう…味方が居るみたいだな。おい、ニュクスとか言ったか?」

 

「何よ…?」

 

「ヤツらが囲ってる中心より少しズラして、一発熱くてデカいのをぶち込んでヤってくれ」

 

「……誠に不本意だけど、そうしてあげる。いいえ、もっと良いやり方を見せてあげるわ」

 

 ニュクスは不満そうに魔道書を開くと、敵に気付かれる前に魔力を練り始める。ズラして撃つのがゼロからのオーダーではあったが、もっと手っ取り早い方法がある。それは中心だけを避けて炎の渦を描くという事だ。しかし、細かい魔法の操作程、必要な魔力量も増え、コントロールも難しくなり、時間も掛かる。当然のデメリットではあるが、今はそれをまとめて消化出来るチャンスでもあった。ゆえに、ニュクスはそちらを選択したのだ。

 

「ライナロック……!!」

 

 少しばかりの気合いが籠もった呟きと共に、円を描くような業炎が白夜兵達に降り注ぐ。突如頭上から降った炎の渦は、一瞬で白夜兵を燃やし、もがき苦しみながら、または炎から逃れようと走って渦から出る白夜兵達であったが、もはや助からない。全身を焼き尽くされるのみだ。

 

「…これには驚いた。お前、レオン様にも負けない魔法の技術だな」

 

 その見事なまでの魔法捌きに、ゼロは珍しく、普通の口調で素直な感嘆の言葉をニュクスに贈る。しかし、ニュクスはさして喜ぶ事もなく、淡々と返事をした。

 

「別に嬉しくないわね。私のこれは、私の罪の証…。それだけ、私が罪深い事に他ならないのだから…」

 

 何が彼女をそう卑屈にさせるのかは、彼女しか分からない。ただ、だとしてもその実力は味方からすれば喜ばしい事に間違いないのだ。

 

「まあ、お前がそう思うんなら別に良い。お前の勝手だからな。だが、その魔法の腕には感謝と感心だけはしといてやる。俺の勝手でな」

 

「そう…」

 

 ニュクスは相も変わらず仏頂面ではあったが、どことなく纏う雰囲気は和らいだ気がしたゼロだった。

 

 ゼロは敵が倒れたのを確認すると、先程まで白夜兵に取り囲まれていた味方に声を掛ける。

 

「おい…今ので誰もイってやしないか?」

 

「…その下品な口調…ゼロか」

 

 ゼロの言葉に応じたのは、仮面の竜騎士。彼の周りには、同じく生き残っている暗夜兵の姿がちらほらと、そして見知った顔があった。

 

「ナンだ、ピンピンしてるじゃないか。余計な心配だったか?」

 

「いや、援助感謝するよゼロ君!」

 

 ハロルドのグッドスマイルを受け、ゼロは口の端をひくつかせる。どうにも、ゼロはこの他意の無い笑顔が苦手なのだ。それも、自分に対してのそれが。

 

「た、助かった…のか…?」

 

「し、死ぬかと思ったぁ~……」

 

「やった、やったんだ…! 俺達は助かったんだ!」

 

 気が抜けて、へたり込むようにその場に膝をつく暗夜兵達。ひとまずの命の危機を越え、安心したのだろう。

 ミシェイルも窮地を脱し、ミネルヴァにもたれて一息ついていた。そして、ゼロの隣に立つ少女が知らぬ顔である事に気がつく。

 

「ゼロ、その子どもは誰だ?」

 

「ん? ああ、こいつは…」

 

「私は子どもではないわ。開口一番で初対面の女に向かって失礼な男ね。……今日だけで、何度『子どもじゃない』と言わないといけないのかしら」

 

 ニュクスはミシェイルを軽く睨み付ける。その反応を見て、ミシェイルは得心した。この手合いには仲間のとある少女で慣れている。

 

「…ネネと同じタイプか。すまなかった。悪意があっての発言ではない」

 

「分かればいいのよ。まあ、仕方ないと言えない事もないし…」

 

 とりあえず納得したニュクスに、ミシェイルは疲れたようにため息を吐いて、ゼロに視線を変える。説明しろという意思が仮面越しでも伝わったのか、ゼロもミシェイルの言いたい事を察したようで、ニュクスの事を掻い摘まんでだが説明する。

 

「こいつはニュクス。スサノオ様が砦の外で見つけてな。俺達と同行する事になった。実力の方は安心しろ。さっきの魔法はこいつがヤった、と言えば分かるな?」

 

「ほう! それはすごいね! 頼もしい仲間が増えて、私は嬉しいよ!!」

 

 と、ハロルドが割り込んで、ニュクスの手をとり大袈裟に腕を振って握手する。されているニュクスは、かなり嫌そうな顔をしていたが、ハロルドはまるで気がついていない。

 

「それで、どうしてお前達が前から来たんだ?」

 

 ミシェイルの疑問はもっともだ。最初の手筈では、ミシェイル達4人が先に砦に入るというものだった。なのに、自分達より先の方からゼロ達が現れたのだから、不思議に思うのは当然である。

 

「それこそ、色々あったのさ。そんなコトより、お前達も俺達と一緒にイってくれ。スサノオ様とフローラがこの先で敵の進軍を食い止めてるから、助けにイくぞ」

 

「ふん…どういう事かは知らんが、ならばさっさと行くぞ。主君に死なれるのは困るからな」

 

 手足を軽くほぐして、ミシェイルは立ち上がる。理由はどうあれ、主君を助ける事が何より優先すべき事であるからだ。

 しかし、

 

「ちょっと待って」

 

 ニュクスがそれを止めた。その唐突な言葉に、全員が不可解な顔をしてニュクスを見つめるが、彼女はそれを気にも留めず、自分達が来た方を鋭く睨み付ける。

 

「そこの貴方。何者?」

 

「何を言って…?」

 

 誰も居ない通路、正確には白夜兵の死体が転がるだけの通路に向かって、ニュクスは誰かに問い掛ける。誰も居ない場所に話しかける彼女に、違和感を覚えたミシェイル達だったが、それがニュクスの勘違いでは無い事を知る事になる。

 

「黙っていても無駄よ。呪いの気配がするもの。それも、とびきり強力な呪い…今まで感じた事も無いくらい、邪悪で歪な呪い…」

 

 

 

「ほウ…まサカばレるとハな」

 

 

 

 誰も居ないはずの通路から、少しノイズの掛かったような男の声が響く。その異常にニュクス以外の者が軒並み驚く中で、特に取り乱す者が1人だけ居た。

 

「そ、その声……嘘だ、ありえない…! そんな事、あるわけが……!」

 

 何かに怯えるように、うずくまり震えだす1人の暗夜兵。その怯え方は尋常ではなく、恐怖に顔を歪ませ、譫言(うわごと)のように同じ言葉を何度も繰り返している。

 

「何者だ…! 姿を見せろ…!」

 

 ミシェイルが身構えるが、姿の見えない男の声は嘲笑する。

 

「はっ。出来ルもンナらやッてルトコろだガ、あいにく俺はまダ出来ンモノでな」

 

「恐らく、呪いによって姿が消えているわ。だから、視認は出来ないと思って」

 

 警戒しながら魔道書を広げるニュクス。その言葉に、ミシェイルはようやく得心したとばかりに斧を構えた。

 

「なるほど、()()()()()()という訳か…」

 

「ナンだ? ミシェイルは知ってるのか?」

 

「少しだがな。気をつけろ、こいつは目では簡単には捉えられん。気配を察知しろ…というのは難しいだろうから、目をよく凝らせ。少しぼやけている所に、そいつが居る」

 

 その言葉にゼロもハロルドも、よく目を凝らしてみると、確かに何かが通路の先にぼやけて立っているようだった。

 

「なるほど…確かに、ナニかが居るな。まあ、それ以前に、熱い殺気がビンビン伝わってきやがるがな」

 

「ふむ…しかし、変な声ではあったが、どこかで聞いたような気がするぞ…」

 

 ハロルドの悩むような素振りに、ミシェイルが注意を喚起する。

 

「悩むのは後にしろ! 油断するなよ、お前達。気を抜けば一瞬で死ぬぞ!」

 

 それはハロルドのみならず、へたり込んでいた暗夜兵達にも向けられたものだった。いきなり訳の分からない敵の出現に、暗夜兵達は混乱しながらも武器を手に立ち上がるが、先程の1人のみ、立ち上がれずにうずくまっている。

 

「けひ、キひヒ。ココでオ前らヲ殺せバ、褒美がもラエるカモなァ」

 

「来るぞ…!!」

 

 はっきりとは目視出来ないが、気配が動くのは感じ取れる。透明な男は、一気に駆け出すと、真っ先に自分を感知したニュクスに向かう。

 

「…!」

 

 自分に猛スピードで接近してくる事に気付いたニュクスは、その歩みを止めるために魔法を放つが、男は炎の渦をするりと避けてしまう。

 

「させん!」

 

 咄嗟にミネルヴァを飛ばせていたミシェイルが、ニュクスに接近する透明な男に向けて軽い斧を投げつける。だが男は斧が当たる直前で後ろへ飛び退き、ミシェイル目掛けて手にしたナイフを投擲した。

 それを、直感的にハロルドが自身の持つ大きな斧で弾く。それらの見事なまでの対応に、男はハロルドやミシェイルの動きに対して、賞賛の言葉を発した。

 

「いヤはヤ、恐レイッた。ハッキりと見えテイなイハずなの二、よク防いダナ」

 

「お前のような奴とは闘った事があるというだけの話だ」

 

「私は勘だがね!」

 

 ミシェイルはともかく、ハロルドのそれはどうなのかと問いたいが、実際出来ているのだから、文句の付けようがない。

 

「おいおい。俺にもイヤらしい褒め言葉を投げかけてくれよ」

 

 不意打ちのようなゼロの矢を、男は腰に差した剣を抜いて叩き落とす。落ちた矢は、真ん中から真っ二つに折れていた。

 

「弾かれたか…」

 

「甘い甘イ。矢デ殺るナラ、口は閉ジときナ」

 

 いかにも余裕そうに、男はゼロに言い返す。それだけではなく、意趣返しと言わんばかりに、背に掛けていた弓を構えると、ゼロに目掛けて矢を放った。

 

「!!」

 

 それを、ニュクスの魔法による炎が焼き払い、ゼロに届く前に矢は炎で凪ぎ払われる。

 

「ナイフに剣、そして弓矢…多彩な攻撃手段を持つのね。近・中・遠距離全てに対応した戦闘スタイル…厄介ね」

 

 剣、ナイフによる近距離での戦闘。ナイフの投擲による中距離への対応。弓での遠距離からの攻撃。非常にバランスの取れた戦闘スタイルと言える。相手がアーマーナイトのような分厚い守備を誇る者でない限り、有利に立ち回れるだろう。

 だからこそ、エルフィの居ない今、この敵は厄介なのだ。

 

「キヒ。やッパりオ前、邪魔だなァ。先二殺しテやるヨ!」

 

「そう簡単にいくかしら」

 

 この中では誰よりも、その男の気配を感じ取れるニュクス。彼女は、透明な男の攻略に重要な存在となる。それを分かっている仲間達も、ニュクスの守りに重点を置いた配置に付いていた。

 

「チッ…暗殺者をアンまリ舐メるなよ」

 

 見えはしなくとも、ミシェイル達には伝わっていた。透明な男が、邪悪な笑みを浮かべて舌なめずりしているであろう事が。

 

 そんな中で、未だに怯えている暗夜兵に、仲間の暗夜兵が声を掛ける。いつまでもうずくまっていては、敵の良い的であるからだ。

 

「おい、いつまでそうしてるんだよ! 俺達も注意しないと、殺されるんだぞ!」

 

「そ、そうよ! 早く立って、あなたも闘いなさいよ!」

 

「お、お前らは知らないんだ! ()()()の怖さを…! それに、あいつがここに居る訳がないんだ! なのに、どうして……!?」

 

 しかし、その暗夜兵はまるで立ち上がる気配がない。それどころか、より一層恐怖に支配されている。

 

「だって、あいつは……あいつは!!

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()!!!!」

 

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「…疲れました」

カンナ「ソレイユとお風呂楽しかった~」

ベロア「カンナとソレイユは相性が良いのですね…ああ、羨ましい、妬ましいソレイユ…」

カンナ「? まあいいや。それじゃ今日のゲストさんどうぞー!」

エポニーヌ「また来たわよー」

ベロア「あ、エポニーヌ。よろしくお願いしますね」

カンナ「うわー…ソレイユの時とは大違いだね」

エポ「色々世話してあげてるうちに、懐かれちゃって…ほら、今も尻尾がすごく揺れて喜んでる」

カンナ「うわ、ホントだ! この前のソレイユの時なんて、揺れるどころかしなだれてたのに!」

ベロア「当然です。わたしはエポニーヌの事は子世代の中ではトップクラスに好きなお友達です。ソレイユはその逆ですから」

エポ「あたしはソレイユの趣味にも理解してるし、ソレイユもあたしの趣味を理解してくれてるから、普通に仲が良いんだけどね」

カンナ「あ~、あれかな? 『あなたと私は友達じゃないけど、私の友達とあなたは友達』みたいな?」

ベロア「そんな感じです」

エポ「どこの、排球に懸けた青春よ、それ」

ベロア「でもみんな目が死んでますよ」

カンナ「だいたいそんな感じだよ~」

ベロア「ここは本編程真面目である必要がありませんからね。多少はネタに走っても良いんですよ」

エポ「…カンナがアシスタントになってから、更にメタになったわね。このコーナー…」

カンナ「え!? あたしのせい!?」

ベロア「いいえ。カンナが悪いのではありません。この空間が悪いのですよ」

エポ「ついにはコーナー自体を否定し始めた…?」

ベロア「このコーナーの存在意義は、わたしがカンナとふれ合える事、スサノオからご褒美が貰える事だけですから」

カンナ「え、そんな下心があったのベロア!?」

エポ「そうじゃないと、あのベロアがこのコーナーを続ける意味が分からないものね」

ベロア「さて、ではご褒美のためにも今日のお題に入ってしまいましょう」

カンナ「うん」

エポ「また母さんが持ってるのね。えーナニナニ…『アサシンについて』だって」

ベロア「ああ、それですか。面倒ですし、簡単に説明を読みましょうか」


???

姿の見えない暗殺者。暗夜の装備に身を包んでいるが、その詳細は不明。

武器は剣、暗器、弓を扱い、オールラウンドな戦闘スタイルを得意としている。

暗夜兵の1人がその声に心当たりがあるようだが、曰わく、『生きている筈のない人物』であるらしい。


ベロア「…これくらいですかね」

カンナ「ざっくばらんだね」

エポ「これくらいがちょうどイイんじゃない? ほら、あんまりイきすぎると、後がツマラナイじゃない。ナニ事も、引き際が肝心なの」

ベロア「それでは、カンナ、エポニーヌ。一緒に温泉にゆっくり浸かりましょう」

エポ「イイわね~! あわよくば、事故に見せかけて男の子達が仲睦まじく肌と肌を重ね合わせている現場を覗けるかも……ぐふ、グフフ…」

カンナ「うわ~、またエポニーヌが妄想しちゃってるよ…」

ベロア「一度こうなると、なかなか治りませんから、このまま連行だけしちゃいましょう」

カンナ「りょうか~い!」

エポ「ああ…ダメよ、いいえ、イイのよ! 可愛いフォレオの華奢な体を、ジークベルトの逞しくも繊細な腕が優しく抱き締めて、従兄弟というどことなく禁断の匂いが香る関係でありながら、それでも2人は溢れ出る衝動を止められず……ぐへへ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 狂いしストレルカ

 

 かつて、暗夜には王国一と呼ばれた暗殺者が居た。どんなに困難な依頼であろうと、ほぼ成し遂げてしまうその男の名を、業界内はおろか市井で知らぬ者は居ないとまで言われていた。

 高額な依頼料金ではあるが、仕事を完璧にこなすその腕前には、あのガロン王ですら感心を示しており、何度も自らの配下に加えようとした話は有名だ。

 

 そんな彼だが、有名である割にその顔を知る者はほとんど居なかった。それもそうだろう。彼は依頼を受ける時は人前には決して顔を出さず、声も発さずに筆談を小さな穴がある壁越しに行っていたのだ。取引現場も暗夜王国に無数に存在し、依頼がある時はそこにそれとなく依頼の申し込み用紙を置いておき、再びそこに訪れた時に、自分の書いたものでないものがあれば、取引が進行するという形だ。指定された日時に指定の場所へと行き、そこで直に筆談を交わして話を進めていくという寸法である。一度誰かがその顔を突き止めようと試みた事があるが、取引現場は全て彼の逃げやすい位置取り、地形であるため、彼を捕まえられる事は無かった。

 

 そんな事もあり、名前だけが一人歩きしているような暗殺者であったため、“一体どこの誰だか分からない”、得体の知れない殺し屋として、主にターゲットと成りうる富裕層、貴族達には大いに恐れられていた。

 暗夜の殺し屋『ベルカ』と並ぶ、凄腕の暗殺者。恐らくは偽名であろうが、その男の名は───。

 

 

 

 

 

 

 

「───ストレルカ。それが奴の名だ……!!」

 

 ガチガチと歯を鳴らして語り終える暗夜兵。そして、その語られた当人である透明な暗殺者は、未だミシェイル達と刃を交えていた。

 

「ストレルカ………、そうか! 思い出したぞ!!」

 

 闘いの最中、ハロルドは暗夜兵の言葉、そしてその暗殺者の名を聞き、頭の中で引っかかっていた何かをようやく思い出す。どうしてその声に聞き覚えがあったのか、どこでそれを聞いたのか、何故その声を知っていたのかを。知っていて当然だったのだ。何故なら、

 

「確か…私が捕まえた暗殺者ではないか!」

 

「ああ…ストレルカと言えば、ガロン王の暗殺をハロルドに阻止され、雇い主諸共牢獄送りになった刺客だったな」

 

 ゼロも、そういえば…という風に、その名を思い出した。ガロン王の強行があまりにすぎる統治の姿勢に、暗夜の未来を憂いたとある文官が、ストレルカをガロン王へと差し向けたのだ。しかし、折り悪くエリーゼがガロン王に謁見しており、エリーゼの臣下としてその場に同行していたハロルドとエルフィによって取り押さえられたのである。

 

「ストレルカ…? 知ラネえよ、そンな奴。俺にハ名前ナンてありャシネエ。あるノハ敵ヲ殺す事、ソンだケだ!」

 

 一度大きく距離を取ったアサシンは、空中ですかさず弓矢を引き、ハロルドへと照準を合わせる。そして地面に着地するよりも早く、限界まで引き絞った弦を離した。撃ち出された矢は空を切り、ハロルドの脳天を穿たんと一直線に突き進む。

 

「無駄よ」

 

 しかし、やはりそれは事前に察知していたニュクスにより、炎の障壁を以て弾かれる。ニュクスにはこの場で誰よりもアサシンの行動が把握出来ていた。だから、彼女はいつでも遠距離攻撃に対応出来るように、アサシンの動きを過剰すぎる程に注意して感知に努めていたのだ。神経をすり減らしてまで気を張らなければ、アサシンの動きは捉えきれないのである。

 

「チッ! やっパリオ前邪魔だなァ!!」

 

 苛つきを隠さず、ともすれば愉しげにニュクスへと怒鳴り散らすアサシン。そう、彼はこの殺し合いを誰よりも愉しんでいる。命を奪い、奪われ…それこそが死合(しあい)たりうるのだと。だからこそ、彼は愉しくもあり、同時に苛ついてもいたのだ。命のやり取りは愉しいものだが、こうも一向に殺せないのは、どうにもツマラナイ。殺せなければ、死合の意味がない、と。

 

「助かったよ、ニュクス君! …しかし、それにしてもだね、どうして彼がここに居るんだ? それに、あの透明な姿は一体どうした事なんだね?」

 

 渋い顔をして、ハロルドはぼやけた虚空に目を向ける。声は雑音が混じり、姿はうっすらと何かが居る程度にしか見えない、不可思議かつ不可視の敵。以前ハロルドが取り押さえた時は、普通の人間の姿であったというのに。何故、彼はあのような亡霊じみた姿になってしまったのか。

 そして、暗夜兵の言葉にあった、“生きている筈がない”とは、一体どういう事なのか。

 

「そ、そんなの俺が聞きてえよ!! あいつは、牢獄で病死したんだ! なのに、どうして生きてる!? しかも透明になって! これじゃ、本当に亡霊みたいじゃないか!?」

 

 暗夜兵は怯えた目で、姿の見えぬアサシンへと視線を送る。この暗夜兵は、その男の死体を目にしていたのだ。それも、死後間もなく、という死んだばかりのその男の亡骸を。暗夜兵が王城で牢の見張り番を担当していた、その当時に。

 

 ストレルカという男は、ガロン王の暗殺に失敗した後、牢へと繋がれた。どうしてすぐに処刑されなかったのか。それはガロン王がその男の腕を相当買っていたからというのもある。物怖じせず、それどころか勇み己を討とうとした暗殺者のその度胸。ガロン王は元々その男の事を買っていた事から、殺さず配下として従えようとしていた。支配下に置き、白夜の重鎮の暗殺に用いようと考えたのだ。

 

 しかし、彼はガロン王には一切靡こうとはしなかった。雇い主が誰かを吐かせるための拷問も受けたが、それでも一切白状しなかった。雇い主がバレたのは、その雇い主本人の不注意によるものだったのだ。マクベスの口添えにより行われた犯人捜しにより、証拠である依頼書を処分しようとしたところを押さえられ、その文官は牢獄送りとなり、数日の後に処刑された。

 ストレルカに一切の非は無く、文官が死んだのは本人の自業自得でもあるのだ。雇い主は裏切らない、それがストレルカの方針であり、仕事の上で自らに誓った心構えでもあった。

 依頼人が死んだ後も、彼は牢獄に居続けた。長らくガロン王の誘いを拒み続けたストレルカに、痺れを切らしたガロン王は無理矢理にでも配下にしようと、邪術士を用いて洗脳しようとしたのだが、既に手遅れだった。拷問による傷はガロン王の配下にならぬ限り治療しない、とのお達しがあったため治療されず、その傷が悪化し、病に冒されたのである。

 それから、僅か数週間と保たず、ストレルカは牢獄で息を引き取った。その死亡を確認したのが、この暗夜兵だったのだ。

 

「ならナンだ? 死んだ人間が生き返ったってか? はっ。笑えない冗談だな、コイツは」

 

 ゼロは嘲笑うかのように、目の前のアサシンが既に死んでいる事を否定した。ストレルカが既に死んでいるならば、この透明な暗殺者は一体何だというのか?

 姿は見えずとも、この敵は言葉を発している。意思を持っている。知恵を持っている。死者を用いて作り出すノスフェラトゥとは全くの別物だ。まさか、これが死者であるとは思えなかったのだ。

 

「コイツはストレルカとは別モンだろう。そもそも本人が否定シてるんだ。なら、声のよく似た別人と思ったらイイだろ」

 

「とは言っても、コイツがそれに違わぬ腕を持っているのもまた事実だがな…」

 

 ミシェイルは口を歪ませてアサシンの攻撃を警戒する。透明とはいえ相手は1人。姿が捉えにくいだけであって位置はなんとか捕捉出来るのだが、そこに敵の実力が伴ってくるため、苦戦を強いられていた。

 

「あア~、うるセぇナ!! 俺は俺ダ、ストレルカだカなんダか知らネえが、早ク殺シたいンダよ!! 特二、そコノガチむチ野郎だ。てメエを見てルト頭ガいてェンだヨ!!」

 

 喚き散らすアサシンは、ハロルドに向けて巨大な殺気を剥き出しにして放つ。肥大化を続けるソレは、止まる事を知らず、空間を濃厚な殺意で満たしていく。息をするのも苦しく感じるような錯覚がするほどに、とても濃い殺気。一体どれだけの人を殺せば、これほどまでに濃い殺気を放てるようになるというのか。

 彼らは、今までに感じた事の無い程の殺気を浴び、自然と体は強張り、知らず知らずの内に手に汗握っていた。気を抜けば簡単に殺される、それがこの場の全員が分かっていたのだ。

 

「……アガ!?」

 

 全員が身構える中、アサシンは突如苦悶の唸りをあげる。膝をつき、頭を押さえ、息も荒く。まるで、ひどい頭痛に見舞われて、いてもたってもいられないといったように。

 

「クそが…! 催促しテきやガッてあノ女ァ!!」

 

 虚空に向かって吠えるアサシンは、息の荒いままナイフを構える。理由は分からないが、焦っている気配をニュクスは感じ取っていた。

 

「なんだか知らないけれど、あの男、さっきまでとは感じが違う…。気をつけて」

 

「……!」

 

 ニュクスが注意を呼びかけた瞬間、ほぼ同時にアサシンはナイフを投擲する。両手から放たれたそれらは、それぞれ暗夜兵を狙ったものだった。狙われた男性兵と女性兵は警戒こそしていたが、王族臣下達やニュクスに比べればその反応速度はかなり遅い。気付いた時には既に避けきれない位置までナイフは迫っている。

 

「ちっ!」

 

 しかし、それらをミシェイル、ハロルドが斧を投げる事でナイフを弾くが、アサシンはナイフの投擲と同時に守りの薄くなったニュクスへと切迫していた。

 剣による刺突をニュクスは魔道書を盾にする形でギリギリ逸らすが、魔道書に裂け目が刻まれ、深く切り込みが入ってしまい、これでは使い物にならない。

 

「くっ…! きゃ!?」

 

 魔道書が駄目になったと見るや、ニュクスは魔道書をアサシンに向けて投げつけようとするが、アサシンは剣を突き出したまま、引かずにそのまま蹴りをニュクスの腹へ打ち込んだ。軽く吹っ飛んだところをゼロが受け止めるが、ダメージは少し大きいようで、ニュクスは口から血を吐き出す。

 

「ケホッゴホッ! …女のお腹を蹴るなんて、男の風上にもおけないわね」

 

 強がるニュクスだが、予備の魔道書は持っておらず、事実上の攻撃手段を奪われた形になる。アサシンにとっては厄介な炎の障壁も、これで使用不可能となった訳だ。

 

「出来レば、アと数人は殺シタいとこロだガ、時間切レが近イものデな。簡単ナ奴だケデモ殺しテおくカ」

 

 アサシンは再びナイフを両手に構えると、それぞれ角度と力加減を変えて、更にタイミングをズラして投擲する。一つ砦の天井に。そしてもう一つは、天井に当たって落ちてきたナイフへ。ナイフによって弾かれたナイフは、ミシェイル達の頭上を越え、一番後ろで怯えていた暗夜兵へと飛んでいく。

 

「あ゛が…」

 

 それは恐ろしいまでに綺麗にその暗夜兵の喉へとズブリと刺し込まれ、声にならない声が、その口から漏れ出していた。

 

「ひ…!?」

 

「な、な……!?」

 

 生き残った仲間の首にナイフが生えた様に、他の2人の暗夜兵は顔を青くして目を反らす。グロテスクでショッキング。そうとしか言い表せないその姿。口からは泡と血が混ざりながら吹き出され、ビクビクと痙攣しているせいで、それらが地面へとポタポタと飛び散っている。

 

「ひ、ヒヒひ。きひヒ!」

 

 ノーガードだった暗夜兵をまんまと殺し、アサシンは歓喜の笑いを零す。それとは対照的に、ミシェイルやハロルドは、せっかく共に闘い抜いた暗夜兵をアッサリと殺され、言い知れぬ感情に支配されていた。元々は、見殺しも視野に入れたこの加勢であったが、それでも助けた者を目の前で殺されるのは、堪えるものがあった。

 

「くそ!!!!」

 

 ミシェイルは投げる事に重点をおいた手斧ではない、本来の得物である大きな鋼の斧を担いでアサシンへと突進するが、アサシンはミシェイルの攻撃をすらりとかわし、

 

「そろソロお役目終了ダ。今度会っタら、存分に殺シ合おウや」

 

 それだけを言い残して、アサシンは泡が弾けるごとく、その気配が一瞬にして消え去った。殺気は完全に霧散し、重苦しい空気も消えている。

 

「…どうやら逃げたようね。どうやったのかは知らないけど、呪いの気配が瞬く間に消え去ったわ。それこそ、“最初から何も無かったように”消えてしまった」

 

 ニュクスが周囲を確認しながら呟くように言う。生き延びれた。しかし、アサシンを逃がし、せっかくの助けた暗夜兵を1人殺されてしまった。どうしようもない敗北感が、その場に漂っていた。結局のところ、アサシンに良いようにかき回されて、ニュクスは魔道書を、ミシェイル達は仲間を1人殺されるという、決して良いとは言えない結果が残ったのである。

 

 ただただ重い空気が充満する。ハロルドなどは、殺された暗夜兵を前に、涙を流して跪いていた。救えたと思ったのに、最後の最後で救えなかった。正義の味方であるハロルドにとって、それはとても辛い現実だろう。そして、決して浅くない傷を、ハロルドのみならず、その場の全員が心に刻み込まれたのである。

 

 

 謎を残して、アサシンは消え去った。再びの邂逅と闘いを匂わせて、闇へと紛れて、暗殺者は姿を消した。

 

 




 
「ベロアの『くん…ジジ……ルーアワ…ジジジ……」







《知られざる記録》

 アサシンは黒竜砦を見下ろせる崖の上、もう1人の元へと戻っていた。そもそも、彼を呼び戻したのも彼女であったからだ。

「オイ、どウして止メやガッタ。イイとコロだッタッてのニヨ」

 帰還早々、ぶつくさと文句を垂れるアサシンに、『女』は笑顔を崩す事なく答える。

「あのまま闘っていれば、後続の王族臣下達が合流していました。流石にあなた1人では勝ち目は無かったでしょうから」

「チッ…そリャどーモ」

「そろそろ頃合いでしょう。白夜と暗夜、双方の憎しみは十分煽る事も出来たのですから。まあ、王族臣下達と一戦交えた事はあまりよろしくはありませんが」

 それでも、彼女は笑顔を崩さない。本来なら、王族臣下達との闘いは避けるべきだった。しかし、それを推してでも彼を闘わせたのは、現状での王族臣下の実力を計るため。だから、彼女は笑顔を崩さない。それなりの結果は得られたからだ。

「あンタが直接出れバ早いノニな。自分よリ弱い俺ヲ行カせる辺リ、アんたモ人ガ悪いゼ。『竜の血』を賜っタ連中ハこれダカら困ルンだ。いつモ下ノ連中をこき使ウカらな」

「あらあら。それなら、あなたも早くそれに見合う働きを『あの方』にお見せするのですね」

 女のからかうような言葉に、アサシンは拗ねるようにさっさと帰還を開始する。女もその後に続こうとするが、一度だけ振り返り、下に見える黒竜砦を見つめる。

「うふふ…やっぱり、スサノオは『あの方』にそっくり…また、会いましょう。今度は、直接……」

 名残惜しそうに、女は崖を後にする。黒竜砦に混乱だけを残して、姿の見えざる彼女らは、城へと帰還するのだった。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 白夜の槍兵

 

 ミシェイル達が暗殺者を退けた頃、スサノオとフローラは未だに白夜兵との交戦を続けていた。倒しても倒しても、次から次へと白夜兵は溢れるかのごとく現れる。これでは、いくら倒したところでキリがない。

 

「ハアァッ!!」

 

 夜刀神を振るうスサノオの腕も、疲労で随分と鈍ってきていた。

 現在、スサノオは既に竜化を解いていた。思った以上に時間が掛かっているため、竜化の使用のし過ぎでへばる事を避けるためだ。今ここでへばってしまえば、スサノオもフローラも命は無いだろう。スサノオ1人ならば、まだ諦めがつくが、フローラが居るとなれば話は別。彼女をこんな所で死なせるなんて、スサノオ自身が許せないから。

 だから、スサノオは人の姿に戻ってなお、フローラの前に出て闘い続けていた。

 

「死ねっ!!」

 

「ぐっ!? せい!!」

 

 1人で大軍を捌ききるのにも限度というものがある。何度もその身に傷を負いながらも、スサノオは敵を退ける。傷を負う度に体力も削られて、スタミナは奪われる一方。それでも、スサノオはフローラを守るために、剣を手に立ち続ける。もうすぐミシェイルやアカツキ達が助けに駆け付けてくれると信じて。

 

「スサノオ様、すぐに治療を!」

 

 スサノオが傷を負う度に、フローラが暗器での攻撃の合間に、都度杖を用いて回復を計るが、失った体力までが戻る訳ではない。傷は消えども、スタミナがどんどん減っていく。そしてそれはフローラとて同じ事。スサノオの体に気を遣いつつ、自身も敵を暗器で倒しているのだ。それがどれだけ神経をすり減らしているのかは、想像に難くない。

 しかし、フローラのサポートは確実にスサノオの助けになっている。その成果こそが、スサノオとフローラが未だ善戦を続けていられる証拠でもあるのだ。自分のサポートで、スサノオを助けられている。それに勝る喜びを、今のフローラには感じられないだろう。

 彼を助ける力になれている、それはフローラにとって特別な事だから。だって、フローラは───。

 

 

 そしてしばらくの同じ事の繰り返しに、変化が生じた。スサノオの目の前に、1人の男が現れたのだ。その男の纏う空気が、他の白夜兵のそれとはまるで違う。だからこそ、彼がただ者ではないと、スサノオは一目見て分かった。

 

「我こそは、白夜王国の将が1人!! 名をハイタカ!! 貴様がスサノオだな!!」

 

 薙刀の柄尻をガン! と地面に叩き付け、男、ハイタカは名乗りを上げた。そしてスサノオも、彼の言葉に応じる。

 

「そうだ! 俺がスサノオだ!」

 

 その言葉を確認するようにしっかりと聞き届けると、ハイタカは高笑いをして、すぐさまスサノオへと鋭い睨みをぶつける。

 

「そうか、裏切り者のスサノオで間違いはないか。貴様は白夜の王子でありながら、我ら白夜王国を裏切り、敵である暗夜王国へと靡いた! そしてミコト様はそれを大層嘆いておられる! 故に、私が貴様を処刑する!!」

 

「母上が…? しかし、もう母上は……」

 

 死んだはずのミコトが嘆いている? 確かにミコトがそれを知れば、そうなるだろうが、しかしスサノオにはハイタカの言葉に引っかかるものがあった。

 

「そうだ、ミコト様は貴様ら暗夜王国の卑劣なる罠によって亡くなられた。しかし! このハイタカにミコト様の天啓が届いた! 暗夜を滅ぼせ、裏切り者のスサノオを殺せと!! だから私は、そのお言葉に従うのみ!!」

 

「何を世迷い言を……。母上は亡くなった! 天啓などと言うが、それはお前の妄言だろう!! それこそ、母上の思想を汚しているのはお前だ!!」

 

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!! 私は聞いた! 確かにミコト様のお声を耳にしたのだ!! 貴様の戯れ言など、ミコト様のお言葉と比べれば雑音でしかない!!」

 

 もはや、聞く耳持たずといったように、ハイタカは唾を飛ばす勢いで怒鳴り散らす。もう、まともに会話も出来そうにないと判断したスサノオは、夜刀神を構え直す。そのスサノオの行動に、ハイタカは更に語気を荒げて、夜刀神を指差し叫んだ。

 

「知っているぞ。貴様、そしてアマテラス様は神刀に選ばれたと! 何故だ!? 白夜王国に戻り、ミコト様の意志を引き継ごうとなされているアマテラス様なら分かる。なのに何故、裏切り者である貴様もその神刀を手にしている!? それは世界を救う者が持つとされる神器……なればこそ!! アマテラス様へとその割れた神刀をお返しせねばなるまい!!」

 

 血気盛んと言えば聞こえは良い。だが、これは度が過ぎている。狂気的……。いや、狂信的と言うのが正しいか。

 ハイタカは異常なまでにミコトを崇拝している。そしてその娘であるアマテラスを、ミコトを継ぐ者として次の崇拝対象にしようとしている。いや、もうしているだろう。

 アマテラスという新たなる偶像を得た彼は、スサノオから夜刀神を奪う事、スサノオを処刑する事で、ミコトひいてはアマテラスへの捧げ物とするのだろう。

 

 しかし、スサノオとてこのまま倒される訳にはいかない。仲間を残して死ぬ訳にはいかない。このままアマテラスと会わずして、終わる訳にはいかないのだ。

 

「悪いが、この夜刀神を渡す気も、殺される気も更々無い。お前の母上への妄執、ここで断たせてもらうぞ!!」

 

 もう語る事など無い。スサノオは夜刀神を固く握り締め、ハイタカへ突進する。ハイタカの周囲を取り巻く白夜兵を全て一太刀で斬り伏せ、ハイタカへと意識を切り替えるが、既にスサノオの頭上ではハイタカの薙刀による振り下ろしが迫っていた。

 

「せいやぁッ!!」

 

「ッ…!!」

 

 掛け声と共に放たれる斬撃。それをスサノオは、夜刀神を頭上に即座に運んで受け止める。滑るようにして薙刀の刃を流すと、そのまましゃがんで足払いを仕掛ける。しかしそれは読まれており、ハイタカは蹴りを高く跳んでかわした。そしてそのままの高さから、薙刀を少し短く持ち直したハイタカが、スサノオを串刺しにせんと刃を下に向けて落下していく。

 

「喰らえ!!」

 

「喰らうか!」

 

 モーションの大きな動き程、避けるのは容易。スサノオは後ろに飛び退いてそれを回避する。ズガッ、という石床を削る音が通路に響き、後ろに下がっていくスサノオへと、ハイタカの恨めしそうな睨みが送られていた。

 

「まだだ!!」

 

 スサノオは下がった瞬間、すぐに再びハイタカへと一足跳びで肉迫する。足を竜化させてのそれは、爆発的な脚力を以て、一気にハイタカへの急接近を可能とした。

 

「!!?」

 

 いきなりすぎる急接近に、ハイタカは驚愕を露わにするも、冷静に待ち受ける。スサノオの足が人間のそれではないのを目にしてなお、ハイタカは怯まない。もとより、スサノオが竜の力を持っていると知っていたという事もあるが、その神の力と等しき竜の力を、スサノオが持っているという事への怒りの方が勝っていたに過ぎない。

 

 予想外にも、ハイタカの冷静な反応に、スサノオは途中では止まれないため攻撃を続行する。高速の斬撃にも関わらず、ハイタカはそれを涼しい顔で受け流し、夜刀神は薙刀の柄を滑らされる。

 すかさず空いた左拳をハイタカの腹へ目掛けて打ち込もうとするも、肘で受け止められ、逆にハイタカの膝蹴りがスサノオの腹へと沈むように打ち込まれる。

 

「ぐぶっ……!?」

 

 それにより少し浮いたスサノオの体に、薙刀の柄での打ち払いが襲う。当にクリーンヒットとも言うべきその一撃を受け、勢いよく後方へと吹き飛ばされるスサノオ。

 雑兵の攻撃を牽制、捌いていたフローラは主人が飛ばされたのを見ると、軌道上に居た自分の体を使ってスサノオを抱き止めた。しかし、華奢なフローラの体型では勢いを殺しきれず、スサノオと共に少し後ろへと転がる。スサノオの頭をその胸に抱えて、頭を守るように抱き締めるフローラ。服は擦れ、擦り傷が白い肌に赤く血を滲ませる。

 

「だ、大丈夫…ですか、スサノオ様……?」

 

「ゲホッ……、ああ。ありがとう、フローラ」

 

 ようやく止まったところで、フローラは主人へと無事の確認をとる。労るようなその声に、スサノオは咳混じりに返答した。

 すぐに立ち上がり、スサノオはフローラの体に腕を回して抱き起こす。見れば、フローラの足はガクガクと少し震えていた。今の衝撃で、調子を悪くしてしまったのだ。

 

「俺のせいで怪我を……すまない、フローラ……」

 

「いいえ。私の事は良いのです。私などに構わず、スサノオ様は敵を倒す事に集中してください」

 

 フローラの示す先、スサノオはそちらに再び目を向ける。スサノオをぶっ飛ばした張本人である白夜の槍兵ハイタカは、失望と共に嘆息を吐きスサノオを見ていた。

 

「これはどうした事か。裏切り者のスサノオ王子よ、貴様の剣にはまるで重みが感じられない。その程度の想いの程で、貴様は白夜を裏切ったというのか? 得物を振るう武人の手には、その者の内面が表れるというが、貴様のそれは軽すぎる。私が討とうと意気込んでいたスサノオ王子が、よもやこのような弱き者であったとは……神、竜の力に縋っただけの貴様に、私を倒す事など到底叶わぬ!!」

 

 それは武人としての失望。それは白夜の民としての怒り。それは白夜の将としての憤り。

 ハイタカは憤りを覚えたのだ。スサノオの攻撃に、相応の重みが無かった事に。戦闘経験の少なさ、それも一重に要因の一つであろう。しかし、何よりも足りないと感じられたのは、想いの強さ。敵を、白夜の将を倒すには、それが足りていない。それをハイタカは刃を交える間に読み取った。だからこそ、怒るのだ。半端な感情、気持ちで同胞を裏切ったのか、と。

 

「何を……!! 取り消しなさい! スサノオ様が弱き者であるはずがありません。この方は誰よりも強きお方、誰よりも優しきお方。きっとスサノオ様はあなたのような者の言葉でさえ、許されてしまうでしょうが、私は見過ごせません! 我が主を愚弄した事、悔い改めなさい!」

 

 フローラにしては珍しく、熱く反論の叫びを上げた。それこそ、嘆いていたハイタカなどとは比べものにならないその憤り。スサノオを馬鹿にされた事で、フローラの内側が憤怒の感情で満たされる。

 許せない。赦せない。許せる訳がない。大切な人をコケにされて、黙っていられる訳がないのだ。

 

 だけど、

 

「いいんだ、フローラ」

 

 スサノオは怒りで興奮したフローラを諫めるように、優しく宥める言葉を投げかける。

 

「分かっているさ。俺の剣に、想いが籠もっていないなんて事。誰よりも、俺自身が分かっている。そうだ、ハイタカ。お前の言う通り、俺には想いの強さも、経験も足りていない。白夜という、生まれ故郷に属するお前達白夜兵を、この母上から託された夜刀神で斬っても良いものかと、未だに迷う」

 

 そう、だからこそ、スサノオはこの黒竜砦において、最初の戦闘でも竜化したままだった。竜化にはリスクがあると分かっていても、夜刀神を白夜兵の血で汚して良いものかと、知らずの内に拒否していたのだ。それを改めて指摘されて、それも敵に指摘されたというのに、スサノオの心は穏やかだった。

 もしかしたらそれは、先にフローラが怒ったからかもしれない。他者が先に怒った時程、かえって自分は冷静でいられると言うからだ。

 だが、やはりそれもどこか違う。なんだかんだと、夜刀神に白夜兵の血を吸わせたスサノオは、迷いながらも白夜兵を殺した。

 この道を選んだ時点で、割り切らなければならなかった事。未だに割り切れずにいながらも、白夜兵を斬る自分に、スサノオ自身が分からなくなっていた。

 ただ、板挟みになりながら剣を振るっても、想いなど宿らないという事は分かっていたのだ。それが分かっていたからこそ、スサノオはそれを指摘されても怒らなかったのかもしれない。

 

「だけど、お前のおかげで分かったよ。もう迷いは捨てる。仲間を、友を、家族を守るためなら、俺は故郷の人間だろうと斬り捨てる。この夜刀神を以てでも、俺の道を邪魔する者は排除する。それがたとえ……白夜の兵であろうとも」

 

 そうしなければ、勝てないというのなら、迷いなど捨ててしまおう。自らの選んだ家族を守るために、家族に害為す敵は打ち払う。白夜だ暗夜など関係ない。大切な者を傷付けるなら、誰であろうと容赦など要らない。

 

「喜べハイタカ。俺の持てる全力を以て、貴様を超えて行こう」

 

 スサノオは宣言すると共に、全身から黒きオーラを噴出させる。それは今までのただ全身を包んでいた形状とは異なり、全身を包んだ上で、スサノオの姿そのものを完全に飲み込んでいた。まるで化け物のようなその姿は、目の部分のみが紅く揺らめき、頭部にはオーラが竜の角を模したような形状を取り、手足には鉤爪のように。

 言ってしまえば、小規模な竜化のごとき姿をしていたのだ。その身に先程の何倍もの殺意と敵意を秘めて、スサノオはハイタカへと夜刀神を向ける。決意を込めて、母に託された神刀を。

 

「さっきお前は、想いに重みが無いと言ったな。なら、思い知ると良い。今の俺は、さっきまでの俺とは違うって事を」

 

 黒き獣が、神刀を白夜の槍兵へと向ける。刀身すら黒きオーラに包まれた、まるで汚染されてしまったかのような神刀・夜刀神。それを前にして、ハイタカは畏怖どころか、鼻で笑って返した。

 

「もはや神と呼ぶにも烏滸がましき姿よ。まるで妖怪や悪鬼のようではないか。穢れに満ちてしまった夜刀神をアマテラス様に献上するのも憚られるが、それを貴様が持っている事が腹立たしいのもまた事実。良いだろう、掛かってくるがいい悪竜よ。我が白夜の魂、砕けるものなら砕いてみよ!!!!」

 

 闇に身を堕とした竜の御子と、亡き白夜女王を狂信的に盲信する白夜の槍兵が、互いの誇りを懸けて、再び闘争をぶつけ合う。もはや、止められはしない。負けた方が死ぬのではなく、死んだ方が負けの闘いに他ならない。逃げ場など存在しない死闘が、始まろうとしていた。

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「なんだか久しぶりにこのコーナーをする気がします」

カンナ「だね~。最近は白夜編が更新されてたし、作者さんもお仕事が変わって忙しいから、なかなか書くタイミングが掴めなかったらしいからね」

ベロア「まあ、その分わたしが仕事をせずに済みますので、助かりますが……」

カンナ「そんなこと言わずにもっと前向きにしようよ!」

ベロア「カンナが言うなら仕方ありませんね。さあ、今日のゲストを招きましょうか」

カンナ「なんというチョロさ……。まあ、いいや。それじゃあゲストさんどうぞー!」

ジーク「やあ、また来させてもらったよ」

ベロア「おや、ジークベルトですか。今回は真面目回になりそうですね」

ジーク「ゲストによって回の趣向が変わるのかい?」

カンナ「その時々に寄るよ」

ベロア「基本的に、ソレイユのような軟派者ならぬナンパ者がゲストの時は、ギャグに走る割合が高いですが」

ジーク「ソレイユ…君は一体ゲスト時に何をしてるんだ……?」

カンナ「その時の話題やテーマも関係するから、別にソレイユが悪い訳じゃないんだけどね」

ベロア「さて、今日のテーマに入ってしまいましょうか」

ジーク「…そうだね。ソレイユの素行は、将来の主君として、気になるところではあるけれど、ひとまず置いておこう。では、読み上げるとしようか。『スサノオの黒いオーラについて』だね」

ベロア「本編でも軽く説明がありましたが、それでも分かり辛いという方も居るかもしれません」

カンナ「だから、イメージの手助けになりそうな例を言うね!」

ジーク「それはズバリ、『NARUTO』の人柱力達がなる事の出来る『尾獣のチャクラの衣ver.2』だ」

ベロア「あちらは真っ黒ではありませんが、スサノオはそれの真っ黒バージョンという訳です」

カンナ「あたしは使えないんだよね……」

ジーク「もちろん、普通の竜化ではないから、リスクは軽い。だが、“リスク自体は存在する”という事を忘れてはいけないよ」

ベロア「強すぎる力には、それ相応の危険が伴うものです。それこそ、ゲームの高性能の武器のように。わたしの超獣石だって、デメリットがとても大きいですから」

カンナ「あたしの真竜石だってそうだよ!」

ジーク「だからこそ、父上のジークフリートやリョウマ王子の雷神刀によって、扱う者と神器共に性能の良さから、チートと称されているんだろうね」

ベロア「神器持ちはズルいです。デメリット無しで強力な武器を思う存分振るえるのですから」

カンナ「あたしも専用武器が欲しいなぁ…」

ジーク「泡沫の記憶編で夜刀神が使えたじゃないか。私もジークフリートを使っていたし、それで妥協しよう」

カンナ「ジークフリートがジークベルトを使用、っていうややこしいのが現実になったよね」

ジーク「…カンナ、逆だよ? それだと、意味がおかしくなってしまう」

ベロア「別にいいじゃないですか。わたしは専用武器すらありませんでしたが」

ジーク「あ…あはは……、この物語の『泡沫の記憶編』に期待しようか……うん」

ベロア「……期待しないで待っています」

カンナ「それじゃ、そろそろ終わろっか」

ジーク「そうだね。いつの間にか1000文字を超えていたようだし、頃合いだろう」

ベロア「おおっ……ジークベルトがそんなメタな発言をするなんて、意外です」

ジーク「ハハッ。何て言ったって、私は父上の事をパパ上と呼んだ事があるからね。メタ発言なんて、それに比べたら軽いものさ」

カンナ「このままじゃ、あとがきだけで2000文字になっちゃうから、もう本当に終わろうね?」

ベロア「そうですね。すぐに終わりましょうカンナ」

ジーク「すごくチョロいね、ベロア……ゴホン! それでは、また次回も見てくれると嬉しいよ」

ベロア&カンナ「次回もよろしくお願いします(!!)」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 黒闇を纏いし竜の御子

 

 対峙するスサノオとハイタカ。どちらも、互いにどう動くのかを見てから動こうというのか、固まってしまったように微動だにしない。ただ、スサノオの揺らめく漆黒のオーラのみが、時間が止まっているのではないという証明であるかのように、スサノオとハイタカの2人だけは静寂に包まれていた。

 

「………」

 

「………」

 

 周囲でフローラが白夜兵を押し止めている声や音ですら、聞こえていないのではと錯覚させる静けさ。それだけ、彼らの集中力が研ぎ澄まされているのである。

 そして、

 

「……!!」

 

 場は動き出す。スサノオへと絶えず意識を傾けていたハイタカの眼前から、突如としてその姿が消え去った。否、消え去ったのではなく、黒き閃光のごとく、オーラによる軌跡を残しながらハイタカの背後へと瞬時に回り込んだのだ。まさしく、神速、瞬間移動とでも言うべき超スピードでの移動を可能としたスサノオ。突然上がったスサノオの速度に、ハイタカは急ぎ背後へと振り返る。

 

「ぎゃあ!?」

 

「うが!?」

 

 そこには、超スピードによって鞭と化した尾で白夜兵達を巻き込みながら、ハイタカへと黒く染まった夜刀神を振り下ろすスサノオの姿があった。

 咄嗟に薙刀の柄でそれを受け止めるハイタカだったが、

 

「!!?」

 

 夜刀神は薙刀の柄をいとも簡単に、スパッと切り裂き、その勢いのままハイタカの左肩へと夜刀神の刃が食い込んでいく。

 

「ぐうぅ……ヌン!!」

 

 左肩に食い込んだ夜刀神を、ハイタカは後ろへと体を反らす事によって抜き取る。その際、ノコギリで身を削られるような痛みに襲われる。その痛みは壮絶なものであろうに、ハイタカは悲鳴すら上げず、歯を食いしばって切れた薙刀を持ち直した。刃の付いていないもう半分を投げ捨て、すぐに次に対応するべく、同士が落としたであろう下に転がる刀を手に取り、スサノオへと視線を戻す。

 

「あの速度を凌いだか。流石は白夜の将兵だけはある」

 

 感心したように言ってのけるスサノオ。その言葉には一切の嘲笑や侮蔑は込められてはいない。ただ純粋に、心の底からハイタカへの敬意を以ての言葉だった。しかし、ハイタカ当人には皮肉に聞こえてしまうのも仕方のない事。

 

「黙れ! 貴様、今まで手を抜いていたのか! それだけの力を持って、何故最初からそれを出さなんだ!」

 

「別に最初から使えた訳じゃない。さっき初めて、これを使えるようになったんだ。だから、お前を侮ってなどいないさ」

 

 敵が想定を越えた強さを持ち、焦りを隠せないハイタカと比べて、余裕を持って受け答えをするスサノオ。ここにきて、2人の実力の優位性が変化を迎えたのだ。

 特別な力なんて持たないハイタカと、その身に神の力を宿したスサノオ。絶え間なく努力を積み重ねて将にまで上り詰めたハイタカであったが、スサノオはそれを簡単に乗り越えてしまった。無論、それにはリスクが伴うのだが、それでも、スサノオがハイタカを越えたという事実は変わらない。

 選ばれた者、そうでない者。この差はとても大きい。そして、選ばれた者であっても上を目指す事を蔑ろにしないスサノオを相手に、ミコトへの盲信の徒であるハイタカでは届くべくもない。

 亡き者の為だけではなく、今を生きる者の為に───。それがスサノオとハイタカの決定的な差となって表れたのである。

 

 左肩から血を滴らせながらも、ハイタカは二刀の構えを取る。油断や慢心は無く、敵への最大限発揮しうる戦意をたぎらせ、スサノオを迎え撃つ。

 余計な思考は今は要らない。ミコトへの信仰心でさえ、スサノオの動きを捉える為に今は邪魔だ。ただ無心に、一人の武士(もののふ)として、取るべき行動のみを体の隅々にまで浸透させる。そうでもしなければ、スサノオの神速を追うなど到底不可能だったから。

 

「……!!!」

 

 再び、スサノオがハイタカの視界から姿を消す。しかし、今度はその軌跡をはっきりとその目で捉えていた。

 今度は真後ろからではなく、真横から。スサノオが夜刀神を刺突の構えで打ち放つが、動きを把握したハイタカが後ろに軽く飛び退いて、その攻撃をかわした。

 

「!!?」

 

 当然ながら、ハイタカが神速の動きに対応出来た事に驚きを隠せないスサノオ。そして、少しの混乱によって生じたその隙を、ハイタカは逃がさない。

 何も考えないが故に、ただ目前の敵を倒す事だけに傾倒したが故に、回避直後からの無理な攻撃への姿勢変換も、難なく移してしまえる。

 軽く飛び退いただけだったハイタカは、着地したと同時、脚のバネを限界ギリギリまで使って、全力でスサノオへと飛びかかる。右手に持った半分に切断された薙刀と、左手に持った同士の落とした刀で、獲物の首を穿たんと、クロスさせるように左右同時に二つの刃が振り抜かれる。

 

「スサノオ様!!!」

 

 主の首が切り裂かれようとする光景を前に、フローラの必死な叫びが。叫んだとて、フローラではどうしようもないと分かっているというのに。

 だけど、

 

「……、」

 

 そんな悲痛な叫びも虚しく、二つの凶刃はスサノオの首へと触れた。

 

 

 

「………、」

 

 

 

 呆然と立ち尽くす獣と武士(もののふ)。スサノオの首の左右では、欠けた刃が二つ。一気に切断しようと迫っていたはずの刃は、触れたと同時にそこで止まっていた。その首筋に一切の傷を刻めずに。

 

 そう。フローラの悲痛な叫びは、()()()()()虚しく霧消したのだ。

 

 無論、ハイタカとてこの結果を、信じられないとでも言わんばかりに、眼前の獣の紅く光る双眸を見つめて呆然としていた。

 驚愕に満ち、そして諦念を抱き、静かにその結果を見つめていた。がら空きの胴体、隙だらけの体。それに引き換え、スサノオはまだ未行動で敵が目前間近に居るというこの状況。次のスサノオの一手が、ハイタカにとって致命的なものとなる。それは目に見えた現実だった。

 

「白夜の将、ハイタカ」

 

 そして無慈悲にも、スサノオからの宣告が下される。

 

「お前の負けだ」

 

 言葉と共に、スサノオは夜刀神をハイタカの腹へと突き刺した。ズブズブ、という肉を抉る感触、ブチブチ、という肉を裂く感触。どちらも不快感を煽るものだが、スサノオはオーラに下に隠した顔色を、いっぺんたりとも変えていない。

 闘う道を生きる以上、命を奪う上でそれらはずっとつきまとってくる。それを嫌悪するなど、命を奪う者として奪われる者に無礼であるだろう。それも、武人が相手ならば尚更に。

 

「ガハッ……!」

 

 傷口だけでなく、口からも吐血するハイタカ。ドクドクと絶え間なく流れ落ちる血液は、今はまだ夜刀神が刺さっている事で少ない量ではあるが、抜いた途端に大量に流血するのは必至だ。

 しかし、それをすぐにしないのには、理由があった。

 

「お前に聴きたい事がある。母上の天啓と言ったな。あれはどういう意味だ?」

 

「ぐ……貴様に…言う事、など……無い……!!」

 

 スサノオの問いに対し、やはりと言うべきか、ハイタカは答えようとはしない。意地でも吐くつもりはないらしい。

 

「……そうか。なら、もう話す事も無いな」

 

「ウグオォォォ………!!?」

 

 スサノオが一息で夜刀神を抜き取ると、ハイタカの傷口から大量の血が溢れ飛び散る。このまま放っておいても、やがて出血多量で死ぬに違いない。だが、別にそんな苦しみを与えてやる事もないだろう。ならば、一思いに討ってやった方が良い。

 スサノオはオーラを消すと、もはや武器を持つ事もままならず、震える手で傷口を押さえるハイタカに、夜刀神を静かに向ける。

 

「じゃあな。妄念に取り憑かれた白夜の槍兵よ」

 

「ぐ……無念……」

 

 そして、ハイタカの心臓に向けた夜刀神を、スサノオは突き刺し───

 

 

 

 

 

「『レクスカリバー』!!」

 

 

 

 

 

「!!!」

 

 その瞬間、突如として響いた若い男の声。スサノオは咄嗟に夜刀神を引き、後方へと大きく回避行動を取る。すると、寸前までスサノオの立っていた所に大きな風の刃が発生し、それだけでなく地面を削りながらスサノオへと追尾を開始した。

 

「チィ!!」

 

 追尾する風の刃を、部分的竜化で飛び出させた竜翼の風圧で相殺するスサノオ。しかし、勢いを殺し切れず風圧だけとなったレクスカリバーの煽りを受けて、フローラの控える地点まで押し戻される。

 

「スサノオ様! お怪我は!?」

 

「ああ、大丈夫だフローラ……。それよりも、何者だ……?」

 

 自身を襲った風の刃が来た方向へと視線を送るスサノオ。そこでは、今にも倒れそうなハイタカの腕を取って支える一人の男が居た。

 黒いボロボロのローブを纏ったその姿。どこか暗夜の衣装と似ているそれを着た人物は、空いた片手に一冊の魔道書を持って、スサノオ達の動きに警戒する様子を見せる。そして───

 

 

 

 その顔は、スサノオの見知ったものだった。

 

「さて、僕が来た以上、これより先は軍の犠牲を無くしてみせますよ。さあ、戦局を変えます!!」

 

 その人物とは、白夜王国の客将の一人。立派な軍師を目指す少年。クリスその人だった。

 

「クリス……」

 

「こんな形で再会するなんて、皮肉なものですね、スサノオ様」

 

 スサノオとクリス、彼らが最後に会ったのは、スサノオが暗夜へと戻る少し前。白夜王都の城下町を襲ったあの惨劇のすぐ後だった。あの時は話す暇も無かったが、今のスサノオにとってクリスは無視出来ない存在だ。何故なら、

 

「お前には感謝してる。白夜と暗夜、どちらに与するか悩んでいた俺に、お前の言葉が荷を軽くしてくれたからな」

 

「ハイタカさんを急ぎ後方へ! すぐにブレモンドに治療してもらって下さい! さてと……スサノオ様。僕としては、こちらに残って頂きたかったですよ」

 

 ハイタカを部下に託して、クリスはスサノオへと体ごと対面する。その声が悲しげなものであるのは、決して気のせいなどではない。

 

「それは無理な話だ。どちらにせよ、俺は暗夜を選んでいただろうしな。お前に感謝しているのは、心の荷が降りたという意味だ」

 

「……やっぱり、兄妹なんですね。アマテラス様も同じ事を言ってました。スサノオ様なら、僕の言葉が無くとも暗夜を選んでたって」

 

 クリスの口から出た、『アマテラス』という名前。そして、妹が何をクリスに言ったのか。それを聞いたスサノオは、自然と笑みを浮かべていた。どうあっても、袂を分かつ事になろうとも、やはり双子なのだ。どこかで通じ合っている部分があるのだろう。運命ですら引き裂けない絆が。もしくは、因縁がスサノオとアマテラスの間には存在しているとしか思えなかったのだ。

 

「そうか…アマテラスがそんな事を言ったのか……」

 

「感傷に浸っているところ申し訳ありませんが、僕はスサノオ様を倒しにきた訳ではありません。今から僕らは撤退戦に移行しますので」

 

「そう簡単に逃がすと思うか?」

 

「あはは、もちろん思いませんよー! ()()()()()ね」

 

「何を……」

 

 その言葉の意味を尋ねるまでもなく、答えはすぐに分かる事となる。

 

「また会ったわね、スサノオ様。ここから先は、一歩たりとも通しはしないわ」

 

「ルディアか…!」

 

 重厚な鎧を着込んだ小柄な女性が、大きな槍を手にクリスの隣へと並び立つ。思えば、ルディアやクリスが得物を持っている姿を見るのは、これが初めてだった。

 魔道書を携えた軍師と、自身を優に越える大きな槍を手にする重騎士が、黒き竜の御子の行く手を阻む。久方ぶりの再会だというのに、和やかさなど欠片も無く、あるのはただ闘争のみ。馴れ合いは不要。勝つか負けるか、闘って決めるというシンプルなもの。

 この場合、スサノオにとっての勝ちは敗走する白夜軍への追撃を為し得る事。そして負けは当然、白夜軍の撤退が成功する事だ。

 当初の目的としては、マクベスの勢力を削る事だったが、それも成功したであろう今、白夜軍へのダメージを与えるチャンスを逃す手はない。

 

「やるしかないか…、フローラ! 俺は彼女と闘う! お前はローブの男を頼む!」

 

「かしこまりました!」

 

 ルディアは見るからに武人然とした実力主義者。同じ女とは言え、ルディアはフローラの手に余る。ならば、近・中距離の攻撃を得意とする魔法、暗器を扱うクリスとフローラが闘った方がまだ良いだろう。

 そして、それは互いに後方支援をさせないというメリット、逆に後方支援に期待出来ないというデメリットでもある。しかし、そうでなければ目の前の相手に集中出来ないであろう事もまた事実だった。

 

「さあ、掛かって来るのねスサノオ様! 一度手合わせしたいと思っていたのよ。でも、女と思って侮れば、勝ち目は無いわよ」

 

「侮る気なんて無いさ。何せお前たちは母上のお墨付きだからな」

 

 夜刀神を構え、ルディアへと意識を傾けるスサノオ。ルディアもまた、槍とこれまた大きな盾を手に、スサノオへと対峙する。ハイタカとは違った武士(もののふ)が、再びスサノオへと立ちはだかるのだった。

 

 

 

 そして、フローラも……。

 

「あれ? よく見れば、なんだかフェリシアさんに似ているような……?」

 

「!! あなた、妹を知っているの?」

 

「知ってますよ。アマテラス様の従者さんでしたよね。と言いますか、お姉さんですか!? なるほど道理でフェリシアさんに似ている訳ですね!」

 

 朗らかに笑う顔とは裏腹に、クリスは魔道書に手をかける。ペラペラと、魔道書のページが勝手に捲られいくのは、魔道書に魔力が通っている証拠。

 フローラも、妹の名前が出たとて油断は一切せずにクリスを警戒する。いつ魔法を放ってきてもおかしくないのが現状だから。

 

「まあ、だからって手加減なんてしませんけどね!」

 

「それはこちらとて同じ事。スサノオ様の道を阻むというなら、排除します」

 

 従者と軍師、本来は戦闘に適したはずのない彼らが、得物を手に取り敵へと向かう。

 

 戦況の変わった二組の第二ラウンドが、今まさに始まる。

 




 
「ベロアの『くんくん、がルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「うおぉぉぉ…」

カンナ「…どうしたのベロア? 急にガッツポーズして唸りだして」

ベロア「なんとなく、言いたい気分になりましたので」

カンナ「ねえ、それって絆の白夜祭で特定のお母さんじゃないと通じないネタだから、分かるようにしないと分かり辛いよ?」

ベロア「……なかなか痛いところを突いてきますね、カンナ」

カンナ「あのねー、ひさしぶりのお仕事なんだよ? 待たせすぎだよ! あたし、いつだろういつだろうって、ずっと待ってたのに!!」

ベロア「それは…忙しいんですから、仕方無いと思いますが。わたしは逆にありがたいですし」

カンナ「む~! ベロアはノリが悪いよー!」

ベロア「うぅ…わたしだけでは今日のカンナは手に負えません。ゲストに助けを求めましょう。それではゲストさん、どうぞ」

オフェリア「うふふ…再び降臨したわ。私は宵闇のオフェリア……時は満ち、悠久を経てこの地に舞い降りたの!」

ベロア「あ、そういう御託はいいので、早く本題に入って下さい」

オフェリア「冷たい!? もっと構って!?」

カンナ「オフェリアってエッチな格好してるよね」

オフェリア「え!? 今関係なくない!? というか、ニュクスさんだって同じような格好だし、シャラだって黒タイツで美脚で胸も大きくてエッチな格好してるよね!?」

カンナ「軍の男の人はみんな言ってるよ。オフェリアは露出強の変わった子だって」

ベロア「はい。完全な露出ではないので、露出狂ではなく、露出『強』ですが」

オフェリア「こ、この姿はダークマージの正装なんだから、仕方無いじゃない! なんか私への当たりが強い気がするよ今日!!」

カンナ「ふぃー。スッキリしたし、お題を読んじゃおう!」

オフェリア「ぐぬぬ…し、釈然としないけど、仕方無いわね。コホン! しかと聞きなさい、我が言霊を! 『クリスとルディアが来たのは何故?』よ!」

ベロア「本編でも触れるかもしれませんが、先に言ってしまいましょうか。簡単な事です。暴走したハイタカを止めに来たんです」

カンナ「来たは良いけど、ハイタカさんは負けて白夜軍も押され始めてたからね。だからクリスさんとルディアさんが足止めを買って出たんだよー!」

オフェリア「カッコいい……! 仲間を逃がすために、自分達が敵を引き受けて闘うなんて! 乙女心が躍動するわ!!」

ベロア「……。(オフェリアのパパも前作で似たような事をしたというのは、黙っておきましょう)」

カンナ「でも、実力あってこその事だよね。まあ、そこは心配要らないか。だって、アカツキさんやライルさん達の幼なじみだし」

ベロア「それだけ潜ってきた修羅場の数が違うという事ですね」

オフェリア「私もいつか、伝説のサーガに語り継がれるような存在になってみせるわ! 選ばれし者、宵闇のオフェリアとして!!」

ベロア「熱くなっているオフェリアは置いておいて、そろそろお別れと致しましょう。それでは次回もよろしくお願いします」

カンナ「ばいば~い!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 白き憐みの手に

 
 ※今回のタイトルは、ゲームの通りの名前を引用しております。


 

 スサノオは対峙してすぐにルディアへと攻撃を仕掛ける。実力が未知数である以上、本来なら様子見をすべきだろうが、時間を掛けてしまえばそれだけ白夜軍の撤退を許してしまう事になる。向こうが撤退戦ならば、こちらは追撃戦なのだ。早めに追撃せねば逃げられてしまう。

 

「やっぱり、そう来るわよね!!」

 

 スサノオが振りかぶった夜刀神を、左手に持った大盾で弾き返すルディア。その勢いのままに、大盾でスサノオへと叩きつけを喰らわせようとするも、それをスサノオは足の裏を使った蹴りを放つ事で防ぎ、逆にそれを利用して後方へとくるっと一回転して着地する。

 

「ハッ!」

 

 スサノオの着地とほぼ同時、ルディアは大槍での突きを放つ。その大きさと長さ故に、間をおく事無くスサノオへと一瞬で槍先は到達するも、スサノオは槍の穂先に夜刀神の刃を這わせるように受け流してそれを回避する。

 

「シッ!!」

 

 槍を突き出した体勢のルディアに向けてすかさず夜刀神による連続での刺突を繰り出すが、ルディアの大盾が大きな金属音を立てながら、それらを完全に防ぎきる。攻撃を防ぐ間に引き戻した大槍で、今度は凪ぎ払いがスサノオへと襲いかかる。

 

「……!!」

 

 これを受け止めるのはマズいと直感的に判断を下したスサノオは、スライディングでかわし、立ち上がり様に同じく夜刀神による凪ぎ払いをやり返す。

 

「甘い!」

 

 だが、やはり即座に振り向いたルディアの大盾によって阻まれ、今度は大きく掲げた槍を振り下ろしてくる。流石に弾かれた直後では上手く回避行動には移れない。よって、スサノオはとっさに転がり込むようにして、槍の軌道上から逸れる。

 

 ズガガガ!!!

 

 激しい騒音を上げながら叩きつけられた大槍は、石床を砕くどころか完全に窪みを作ってしまっていた。先程の凪ぎ払いでも、近くの通路の壁を削りながら破壊していた事から、ルディアは恐らくエルフィに匹敵する力を持ち、そして無茶な攻撃にも耐えうる優れた槍を所持しているのが分かる。

 

「武芸だけじゃないな。お前の筋力には恐ろしいものを感じる。それに……その槍、かなりの代物と見受けるぞ」

 

 埃を払って立ち上がるスサノオ。少し距離が離れたルディアに、改めて言葉を掛ける。彼女の手にした槍、穂先から柄への接続部分に掛けて銀の意匠が施され、意匠の中心部には翠色に輝く宝石が埋め込まれている。豪華過ぎず、かといって安っぽさはまるで無く、不思議と歴史を感じさせるその槍。

 

「お誉めの言葉と取っておくわ。私は強さを求める事に貪欲でね。今までひたすら訓練に明け暮れたわ。だから、女の子らしい事なんて全然知らないけど、むしろ私にとっては誇りも同然」

 

 スサノオの言葉に、自信を持って答えるルディア。それが嘘でない事は、確認せずとも分かっている。

 

「それにしても、神刀に選ばれただけあるわねスサノオ様。この槍は名を『地槍ゲイボルグ』。私が知る槍の中でも相当優れた業物よ。そうそう簡単には壊れたりはしないから、安心して私の力を以て振り回せるのよ」

 

「なるほど、そいつは困ったな。あれだけの無茶な衝撃を受けて傷一つ付いていないときた。この分じゃ、武器破壊は出来そうもないか」

 

 武器の破壊が無理な以上、倒すしかルディアを戦闘不能には出来ないという事だ。それも、恐らくスサノオと同等、もしくはそれ以上の実力者であるルディアを相手に。

 

「はっ…笑えないぜ、まったく。どんな難易度だって話だよ」

 

 魔竜石に意識を傾けるが、黒いオーラは欠片すらも生み出せない。先程の戦闘が尾を引いているようだった。これであの形態のデメリットがハッキリした。

 完全な竜化では、力を使いすぎると体の自由が利かなくなり、オーラの二段階目の形態では一度使うと、しばらくの間オーラを一切使用出来なくなるのだ。

 その代わり、部分的な竜化は辛うじて可能のようで、手足や翼は問題ないようだった。つまりは、オーラによる遠中距離攻撃が使用不可という事か。

 

「私達の役目は時間を稼ぐ事。つまり、スサノオ様を倒す必要は無いのよね。何が言いたいかって言うなら、来るなら来なさい? 私は全てをねじ伏せ、仲間の退路を守り抜くだけだから」

 

 柄尻で地面をガン! と叩くルディア。重騎士の本来の役目は、仲間の壁となり闘う事だ。要は防衛戦を重視した戦法を得意とする。それが何を意味するか。スサノオは、ルディアという強固な壁を突破しなければならない。それも、ただの壁ではない、闘う力を持った鉄壁を。

 

「くそ…! ハードどころじゃないぞこれは! どう考えてもルナティックだろ!?」

 

 スサノオの小手先の剣術では、彼女には届かない。竜化がルディアにどこまで通用するのか、それがこの闘いの肝となるのは明白だった。

 苦渋の表情を浮かべて夜刀神を構えるスサノオに、ルディアは無慈悲な現実を口にする。それがスサノオにとって、どれだけ残酷であるかを知った上で。

 

「さあてと、そろそろ本腰を入れて闘うわよ。まだまだへばらないでねスサノオ様!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 スサノオがルディアに苦戦する一方、フローラもまたクリス相手に苦戦を強いられていた。

 

「くっ……!!」

 

「そうれ! 『レクスカリバー』!!」

 

 先程スサノオへと飛来した風の刃が、フローラへと放たれる。それをフローラは走って避け続けるしかなかった。暗器を投擲しても、風刃によって弾かれ、または押し返される。風と暗器、敵にするにはとても相性が悪いのだ。追い風ならまだしも、向かい風では投擲する武器には不利となる。

 

「そこです!」

 

 しかし、フローラとてただ逃げ回るだけではない。走りながら、風の刃の合間を縫うように暗器を投擲する。

 

「よっと!」

 

 ただし、クリスは常にフローラを注視しながら魔法を操っているため、フローラの暗器による攻撃も簡単に回避してしまう。

 形勢はクリスに傾いている事は、火を見るよりも明らかだった。

 

「はあ、はあ…くっ……!!」

 

 ずっと走っていれば、当然スタミナの消費も激しいものとなる。体力に自信がある訳でもないフローラにとって、この流れ作業のような悪循環は苦痛でしかない。だが、負ける訳にはいかなかった。スサノオの為に、ここで膝を付く訳にはいかないのだ。

 

「うーん、流石は王族付きのメイドさんですね。僕の攻撃が全然当たりません! あははー! 参りましたね!!」

 

 それに引き替え、言葉とは裏腹に、クリスは至って余裕を崩さない。むしろ良い笑顔である。その様子に、フローラは知らずのうちにイラつきが募っていっているというのに、クリスはまるで気付いていない。まったくもって能天気そのものであった。

 

「馬鹿にするのも大概にしてください。時間稼ぎのつもりでしょうが、こちらはあなたの遊びに付き合っている場合ではありませんので」

 

「いやいや、馬鹿にしてませんし、遊んでも居ませんよ。僕らにしてみれば、この闘いは勝つのが目的ではありません。あなた達をここで押し留める事、それが僕らの勝利条件なんですから、精一杯時間稼ぎしちゃいますよ! それが遊びだと感じてしまわれたのなら、申し訳ありません。けど、もうしばらくのお付き合いをお願いしますね?」

 

「……」

 

 どこかおちゃらけた感の否めないクリスに、フローラは無表情かつ無言で暗器を投げつける。無論、当たり前のように避けられるのだが。

 

「うわ!? ちょっと止めてくださいよ!? そんな無表情で攻撃されるの、すごく怖いんですけど!?」

 

「知りませんか? ポーカーフェイスと言って、相手にこちらの感情を読ませない手法です」

 

「いやいや! 明らかに意味合いが違うと思いますよ、さっきのあなたの顔は!?」

 

 闘いでは劣勢ではあるが、言葉での闘いはフローラが優勢のようだ。とは言っても、クリスの攻勢は一向に衰えない。

 

「ふう……。それにしても、なかなかどうして粘りますね。では、もう一手。新たに加えるとしましょうか」

 

 そう言って、クリスは手に持った魔道書を放り投げた。すると、魔道書は不思議な事に落下せずに宙にフワフワと浮くように漂っている。そして、自分は懐から新たな魔道書を取り出すと、魔道書へと魔力を通していく。やがて魔力の補填が終わり、クリスはその魔法の名を口にした。

 

「行きますよー! 『ファラフレイム』!!」

 

「!!?」

 

 その瞬間、巨大な爆発が巻き起こる。それはフローラを追っていた風の刃さえ飲み込んで収束し、一気に膨れ上がり、取り込んだ風の勢いによって肥大化し、爆炎が砦内を破壊しながらフローラに襲いかかる。

 瞬発的に氷の部族特有の力を用いて吹雪を起こしたフローラは、爆炎へと差し向ける。しかし、それでクリスの魔法を打ち消せるはずも無く、

 

「きゃ!?」

 

 爆風の煽りを受けて押し飛ばされてしまう。だが、直前に吹雪を出していた事が功を奏したのか、ある程度の勢いを消す事は成功した。

 

「くっ……」

 

 ただ、ダメージはそれでも防げはしない。ただでさえ、スサノオを受け止めた時の負担が脚に残っているのを、氷の力で騙し騙しごまかしていたが、それも限界に近付いてきた。今の爆風を受けた事で、痛みがぶり返してきたのだ。

 

「イタタ…うーん、威力が高すぎるのが難点ですかねー。手加減が難しいし、開けた場所でないと自分にも火の粉が飛んできちゃいますから」

 

 そして、本人の言う通り、クリスも自分の爆風によって吹き飛ばされていた。それにしても、辺りは瓦礫の山が至る所で築かれており、爆心地などは大穴が開いている。さっきの魔法がどれだけ高威力だったのかが計り知れるというものだ。

 

「ちょっとアホクリス!! 私まで殺す気!?」

 

「なんだ、あの爆発は!? 無事かフローラ!!」

 

 少し離れた所から、スサノオとルディアの大声がフローラ達の耳へと届く。どうやら、彼らの闘いにも少なからずの影響を与えたらしかった。

 

「私は、なんとか無事です…!」

 

「すみませんルディア! ちょっとやりすぎちゃいました!!」

 

 反省しているのか、よく分からないクリスのお気楽な声音に、ルディアは更に激怒する。

 スサノオも、とりあえずフローラの無事が分かり、安堵の息を漏らした。

 

「それにしても……」

 

 改めて、フローラはクリスの魔法を分析する。追尾する風の刃、巨大な爆発を引き起こす炎の魔法。あの二つだけでも脅威的だが、もしかするとまだ他に隠し玉を持っている可能性も考えられる。

 あの『ファラフレイム』という魔法、今回はクリス自身も巻き込んでいたが、あれが平原のような開けた場所で放たれるのを考えると、恐ろしくて堪らない。屋内戦闘で運が良かったと思うべきだろう。

 

「ちょっとやり過ぎましたので、もう少し抑えていきましょうか」

 

 クリスは立ち上がると、ファラフレイムの魔道書を再び懐へと仕舞い、新たに魔道書を取り出した。一体その懐からは何冊の魔道書が出てくるというのか。

 

「えへへ。特別に僕お手製の魔道書を披露しちゃいましょう! まだ調整中なので、そこまで高火力にはならないはず! 行きますよ、『トロン改』!!」

 

「!!!」

 

 そして放たれる次の魔法。クリスの正面から、極太のレーザー状の雷撃が撃ち放たれる。

 

「あぐ!?」

 

 震える足で、なんとか転がるように回避するフローラだったが、万全での回避行動では無かったためか、足を雷撃が掠めていった。その部分は火傷したように赤くなり、血が滲み出ている。完全に、足を負傷してしまったのだ。

 痛む足を氷で応急処置をしながら、フローラはちらりと後ろを見やった。雷撃が通ったと思われる箇所、そこには円上の穴が壁に刻まれていた。もしまともに直撃すれば、人間の体などいとも簡単に風穴が開くだろう。

 

「……、」

 

 立たなければ、そう分かってはいても、足が痛んで立つ事が出来ない。このままでは、敵の良い的であるというのに、体が言う事を聞かないのだ。

 しかし、フローラが焦る一方で、クリスは何故か追撃をしてこない。疑問に思ったフローラだったが、すぐにその答えは彼の口から知る事となる。

 

「どうやら、もう戦闘続行は出来ないようですね。後はこのまま時間まで待つだけです」

 

 もはや、フローラが闘えないと見抜いたクリス。持っていた魔道書を仕舞い、離れた所で未だ浮いていた風の魔道書に手をかざすと、まるで吸い寄せられるかのようにクリスの手元へと帰っていく。

 

「……すみません、スサノオ様。私では力及ばず……」

 

 勝てなかった悔しさ、見逃された情けなさ、スサノオの助けとなれなかった申し訳無さが、フローラの中でグルグルと溢れんばかりと渦を巻く。未熟であるがゆえの敗北。妹ほど得意ではない戦闘ではあったが、この結果は今のフローラにとって受け入れがたい現実であると同時に、受け入れなければならない現実でもあった。

 そして、そんな俯くフローラの耳に、更なる追い打ちが掛けられる。

 

「よーし! それじゃ、ルディアの援護に回るとしましょうか。よく考えてみれば、これはスサノオ様を白夜へと連れ戻すまたとない好機ですし!」

 

「な……!?」

 

 自分が負けたために、スサノオに負担を掛けてしまうどころか、自分の手からスサノオが奪われてしまうかもしれないという恐怖。それだけは、何が何でも止めなければならない。

 だって、そうなればエリーゼやカミラ、マークス、レオンが悲しんでしまう。暗夜の仲間達も同様だ。仲間が奪われて嬉しい訳がない。

 しかし、それは建て前であり、本当はフローラがそれを拒んでいるだけという話でもある。

 

 恋する人を奪われて良いなんてあるはずが無いのだ。

 

「させません…! 絶対に!!!!」

 

 今なお続く足の痛みを、傷ごと凍らせて、無理矢理にも立ち上がるフローラ。今、クリスを行かせてしまえば、本当にスサノオが連れ去られてしまうかもしれないから。だから、あちらの援護には意地でも行かせない。行かせてなんてやらない。

 

「……まだ、立ち上がるんですね。参ったな…」

 

 頭を掻きながら、先程までの能天気さは成りを潜め、残念そうにフローラへと視線を送るクリス。彼女の執念には、驚かされるばかりだ。

 

 そして、クリスは知らない。恋する乙女がそれをハッキリと自覚した時、女はもっと強くなるという事を。恋は盲目と言うが、果たして……。

 

 

 まもなく、黒竜砦における全ての戦闘が終結しようとしている。それがどんな結果となるのか、全てはこの二組の闘いに委ねられていた。

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「ふふ……フローラがすごく乙女チックでありながら、ガッツ溢れる意思の強さを醸し出していますね」

カンナ「うん! あたしのお母さん候補に一歩前進かな?」

ベロア「残念ですが、そうなりますね。スサノオ本人へのアプローチではありませんが、恋心をハッキリと自覚したのは、大きな一歩と言えるでしょう」

アンナ「ええ! 『恋は一獲千金』とも言うし、これは儲けどころかも!」

カンナ「うわ!? び、びっくりした~!」

ベロア「何ですか、その安っぽい標語は。恋愛ごとで金儲けなんて、同じ女性として引きますよ」

アンナ「いやーねー! 私だってそこまでガメツくないわよ! ほら、私の姉妹だってスサノオ様やアマテラス様にお祭りの屋台代を無料で提供してたでしょ? 私達アンナ商会は懐が深いんだから!」

カンナ「…怪しいなぁ」

アンナ「べ、別にそれすらも金儲けのための一環という訳じゃないんだからね!?」

ベロア「何ですかその中の人的なネタは。それは本当に知ってる人にしか通用しないネタじゃないですか」

アンナ「気になる人はif及び絆の暗夜祭をぜひプレイしてみてね! カミラ様と私の姉妹の会話は必見よ! それと、その時のカミラ様の色っぽい衣装も、是非見て行ってね!」

カンナ「ちゃっかり宣伝してるよ~……」

アンナ「さて、そろそろ本題に入ろうかしら。今回のゲストな訳だし?」

ベロア「あなたが話を逸らしたのですが……まあ、良いでしょう。それでは読み上げお願いします」

アンナ「ええ。『ルディアとクリスの持っていた武器について』……これが今回のお題よ」

カンナ「ゲイボルグとファラフレイム、それとトロン改だね」

ベロア「どれも、本来この世界には無いはずのものです。だって、そのほとんどがかつての英雄が使っていたとされるものですから」

アンナ「そうなのよ。この世界、つまりifの舞台となる世界は、ファイアーエムブレムで最も古い時代の物語。マルスどころか、チキでさえ生まれていない神話の世界なのよ。だから、英雄が使ったとされる武器は本来は存在していないわ」

カンナ「でも、そんなすごい武器をその時代で使って大丈夫なの?」

ベロア「そうですね。オーディン達も、こちらに来るために名前や髪の色を変えていますし、後に残るようなものはあまり良いとは思えません」

アンナ「大丈夫大丈夫! だって使い手の名前がまず違うし、同じような名前の武器は無数に存在してるもの。それに、そこから名前が派生していったりとかする武器もあるくらいだから、せいぜいその内の一つとしか思われないんじゃないかしら?」

ベロア「そうだと良いですね……」

カンナ「お父さん達の神器が有名だし、この時代ではあまり目立たないかもしれないね」

アンナ「そういう事! そんな細かい事を逐一考えてたらキリがないしね!」

ベロア「ちなみに、あくまでこれらのような武器は『覚醒』で入手する機会のあったものだけですので」

アンナ「本来手にする機会の無いものを、わざわざ登場させる必要もないからね」

カンナ「なんというか、最初以外は普通にお題を真面目にこなしてたね…」

アンナ「あら? 報酬分はきっちり働くわよ。それが商人としての心がけでもあるもの」

ベロア「つまりは金で動く女、という事ですか」

アンナ「当然シャカリキよ! 私の中に流れる血が、お金を稼げと騒ぐのよ!」

カンナ「自力で覚えられるスキルも、お金稼ぎ系はほとんど持ってるもんね…」

ベロア「金の亡者……とまでは言いませんが、凄まじい執念を感じます」

アンナ「うふふ。褒め言葉として受け取っておいてあげる。それじゃあ皆さーん! 次回もよろしくねー!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 強者との闘い、氷血の誓い

 

 決死の覚悟で立ち上がったフローラ。痛む脚を氷で覆い、無理矢理にでも直立の姿勢を取る。フローラの生み出した氷の具足を目にしたクリスは、場違いにも目を爛々と輝かせて、食い入るように見つめていた。

 

「うわー!? 何ですかそれ!? すごくカッコイいじゃないですか!!」

 

「……、」

 

 どうにも掴みどころの見えないクリスを相手に、フローラは理解する事を諦める。彼はそういった人種であるのだろう。そう思わなければ、こちらは疲れる一方なのだ。

 

「カッコイいなぁ~……。よし! お礼に僕もカッコイい技を見せてあげますね!」

 

 と、おもむろにクリスはコートの内側に手を突っ込む。すると、コートに隠れるようにして背負われていたであろう袋が現れた。中の物でパンパンになり、表面が角張りゴテゴテとしたその袋。彼は縛っていた袋の紐を緩めると、中から数冊の魔道書を取り出した。

 

「よっ、ほっ」

 

 それらを、先程レクスカリバーの魔道書を投げたのと同様に、宙へと浮かばせるクリス。そして、

 

「これは……!?」

 

 手に持たれた魔道書と浮いた魔道書、計4冊の魔道書が一斉に魔力を帯びて、そのページを自動的に捲っていった。

 

「僕、剣の才能はほとんど姉さんに取られちゃったようで、まるっきしなんです。でも、代わりと言っては何ですが、魔法の才能には恵まれたんですよね~」

 

 軽く言うクリスであるが、その異様な光景にフローラは目を見開き驚愕していた。1人で4冊同時に魔法を放とうとするなど、そうそう出来る芸当ではない。それは、普通ではないと言うしかないくらい、おかしな光景だった。

 

「さあ、行きますよ!」

 

 そして放たれる四種の魔法。炎、氷、雷、風の全て違う属性を持った魔法が、一気にフローラへと密集するかのごとく、撃ち出されていく。

 

「……っ!!」

 

 あらゆる方向から襲い来る敵の攻撃、それらを全て捌くのは不可能だとすぐさま判断したフローラは、飛んでくる一つの魔法のみに照準を定め、自らも氷の力を用いて吹雪を放つ。狙うは氷の魔法。吹雪を氷の魔法にぶつけたフローラは、それによって自分の力と繋がった氷魔法を一気に巨大化させ、爆散させるように砕き割る。大きな氷塊と化したそれらが、他の三種の魔法へとぶつかり、氷塊は妨害の役割を果たして魔法共々炸裂しながら霧散した。

 

「なんてデタラメな強さ……!」

 

「場数だけは踏んでますからね。そう言うあなたも、僕のとっておきにあっさり対応したじゃないですか。流石は王族付きのメイド……っと、これはさっきも言いましたね?」

 

 凌いだものの、フローラは変わらず窮地に立たされたまま。クリスは未だ余裕を持ち、フローラは逆に限界が近付いている。何か策を講じなければ、負けは絶対なものとなってしまうだろう。

 しかし、現状フローラにはそれが無い。このままジリジリと追い詰められていくのを待つしかないのか。そうなれば、スサノオが彼らに連れて行かれてしまう。それは絶対にさせないと、先程誓ったばかりというのに。

 

(………、誓い…?)

 

 ふと、自らの思考に引っ掛かる何かを感じたフローラ。昔、幼い頃に父から聞かされたはずの、その()()を、フローラは必死に思い出す。

 思い出の一つとして、心の奥底に沈んだその記憶。誓いという言葉がキーワードだったような、朧気なる記憶。

 

「スサノオ様を連れて帰るついでに、あなたも一緒に連れて行けば、アマテラス様やフェリシアさんも喜ぶかもですね。よーし! そうと決まれば、こちらの都合ですみませんが、あなたも捕縛させて頂きます!!」

 

「…フェリシア……、そうよ…」

 

 妹の名前を聞いて、フローラは誓いという言葉とそれを結び付ける。本当に幼い頃、まだ部族の村に居た頃の話。

 かつて、父から教えられた氷の部族についての説明の中に、それはあった。

 氷の部族には特有の能力がある。もはや言わずと知れた、氷を司る力だ。魔力を用いる事で、強力な吹雪や大きな氷塊を生み出す事が可能な他、日常においても魔力を使わずに冷気を発生させたり、物を冷やしたりと、冷凍人間のような事が出来る。

 しかし、それらは一般的な力の使い方。氷の部族にはまだ、外部の人間はおろか部族内ですら、あまり知られていない力の使い方がある。それは氷を発生させるのではなく、生み出した氷を操るという事。既に固まった氷に自らの血を吸わせる事によって、その氷が溶けるまでの間、まるで水を操るかのごとく自由自在に動かせる事が可能となるのだ。

 ただし、既に固まった氷を動くようにするという離れ業を為すには、それなりの血が必要となる。だからこそ、フェリシアと共に父に誓わされたのだ。自らを削ってまでその力を行使する条件、自分よりも大切な者が出来た時、その者を守る時のみに、その力を使っても良い、と。

 

 その当時は、フローラはフェリシアと互いに互いを守り合う時に使おうと語り合ったものだが、今がその条件を満たす時。フローラにとって大切な人、スサノオを守る為に、今こそ力を使う時。

 

「……ッ!!」

 

 フローラは迷いなく、自身の腕に氷で作ったナイフで傷を付ける。少し大きめに刻まれた切り口からは、紅い血液が溢れ出す。フローラの白い腕を伝って、真っ赤な血は彼女の足下に広がる氷の地面へと滴り落ち、透明な氷を紅く染めて広がっていく。紅水晶のような、妖しい輝きを放つそれに名前を付けるとするならば、それは───

 

「『氷血晶』!!」

 

 まるで生きているように波打ちながら、フローラの足下の氷が紅く蠢く。何かが胎動するような、そんな錯覚さえ起きる。実際、クリスでさえその異様な光景を目にして、不気味さを感じずにはいられなかった。

 

「…………、」

 

 今までのおちゃらけた顔を潜ませ、フローラに対して初めて見せる真剣そのものな表情。闘う者の顔を、彼はフローラへと向けたのだ。真に闘うに値する敵として。

 

「行きます…!!」

 

 傷口を氷で塞ぐと、フローラは負傷していない方の脚で、地面をダン! と強く踏みしめる。すると、フローラを中心として波紋が広がるように、氷が津波となってクリスへと襲い掛かる。

 クリスはそれを見てすぐに、ファイアーで氷を溶かそうとするが、

 

「何だって……!?」

 

 撃ち出された炎の塊を、氷の津波は幾重にも覆い被さって飲み込んでしまう。それにより、炎熱を上回った冷気のために少ししか氷は溶けずに済む。

 ほとんど勢いを殺せなかった氷の津波に、クリスは風の魔法、『エルウィンド』を地面に向かって撃ち出し、その勢いを利用して空中へと脱出する。そして浮いた状態でフローラへと向けて『サンダー』を放つが、瞬時にフローラの周りを紅い氷の波が覆い尽くして防いでしまう。その見た目はさながら、中身を守る卵の殻のようであり、はたまた閉ざされた氷結の牢獄のようだ。

 

「これでどうです!」

 

 フローラの叫びと共に、クリスの着地点から、腹を空かした獣のように大きな口を開け、氷の波が渦巻きながらクリスへと迫っていく。 

 

「『ファイアー』!!」

 

 先程も放ったファイアーを渦へと向けて撃ち込むクリス。しかし、今度はただ撃ったのではなく、渦に沿うようにして炎を這わせていく。炎の渦が氷の渦を溶かし、やがて地面へとたどり着くと、炎を纏った蛇のように、地面の氷を溶かしつつも標的であるフローラへと這って行き、その炎の牙を剥く。

 だが、その行く手を阻まんと氷の波が炎の蛇に何重にも覆い被さっていき、先程の火炎弾同様、その内に飲み込んで消火してしまった。

 

「その氷、攻防一体のようですね。これは厄介だなぁ……」

 

「はあ、はあ……」

 

 さっきまでとは打って変わって、フローラ優勢へと形勢逆転を遂げていたが、それとは反比例するかのように、攻めているはずのフローラの方が、防勢一方になりつつあるクリスよりも疲弊が色濃かった。そして、クリスはその要因に既に気が付き始めていた。

 

「どうやらその力、多量の血を必要とする他にも、何らかのリスクがあるようですね」

 

「……」

 

「ふーむ、コントロールに相当集中しないといけないんじゃないですか? それこそ、全神経を集中させるくらい」

 

 ずばり核心を突かれるも、フローラは黙ったままで手をかざす。この力の短所を見抜かれようと、それが直接的な弱点でないのなら、早期に決着をつけてしまえば関係ない話だからだ。

 しかし、フローラ自身も気付いていない欠点を、クリスは見抜いていた。

 

「しかも、もしかしてですが……それを使うの、今日が初めてでしょう? 分かりますよ。僕も新技の練習や開発する時、コントロールに必死で神経をすり減らしますから。初めて使う技って、慣れてないから扱い辛くて疲れるんですよね」

 

 経験則からの指摘。それをよく知るクリスだからこそ、見抜けた欠点。逆に、フローラは必死すぎたが故に、スタミナ消費量の激しさを見落としていた。まさか、思っていた以上に体力、精神力共に削られる事になるなど、想像もしていなかったのだ。

 

「そんな初めてさんに負ける程、僕も弱くはありません。僕には手数が多くありますから、あなたの限界まで防がせてもらいますよ」

 

「くっ……!!」

 

 荒れ狂う氷の津波から、クリスに目掛けて氷の棘がいくつも飛び出してくる。発射される氷柱群を、クリスは『トロン改』を用いた凪ぎ払いで全て打ち砕く。しかし、氷柱の群勢はまるで無尽蔵のごとく、次から次へと射出される。しかし、このままでは終わらないループに陥ると判断したフローラは、撃ち出す氷柱群の中に大きな氷塊を混ぜた。

 その氷塊を雷閃が切り裂いた瞬間、バラバラと拳大に砕けて、それらの一つ一つが鋭く尖った氷の飛礫(つぶて)となって、トロンを放ったばかりのクリスへと襲い掛かる。

 

「『レクスファイアー』!!」

 

 しかし、クリスは宙に浮いたレクスカリバーとファイアーの魔道書を同時に用いた混成魔法により、風の力で勢いの増した炎を以て、氷の飛礫を蒸発させた。

 

「はあ……はあ……ッ!」

 

 あらゆる手段で当たっても、クリスは対抗策をすぐさま、それもいとも簡単に割り出してくる。そして指摘された通り、フローラはもはや立っているだけでもやっとになりつつある。それでもどうにか立って持ちこたえているのは、ひとえにその強い恋心が故だろう。つまりは、恋心という名の根性で、フローラはクリスと相対し続けているのである。

 

「如実に疲れが見えますね。それ!」

 

 対して、さほど疲れの色すら見せぬクリスは、フローラへと向けて再びトロンを撃ち放つ。とっさに分厚い氷の防壁を作り出すが、それを物ともせずに雷閃は貫いた。

 

「イツッ!!?」

 

 ほとんど直感的ではあるが、フローラは氷壁に雷閃がぶつかる瞬間、横に体を逸らしていた事でどうにか直撃は避けるが、今度は腕を掠めてしまう。それも、先程自ら傷を付けた腕を。傷を覆っていた氷は無残に砕かれ、再び血が流れ落ちていく。すぐさま、その傷を氷で覆うが、氷血晶はもはや限界だった。紅い氷の海は脆くも、ボロボロと崩れていき、氷からは鮮血の紅が消えていく。

 

「どうやら、時間切れのようですね」

 

 その様子を見て、クリスは浮いた魔道書を回収していく。と言っても、魔道書が勝手にクリスの手元へと戻っていくだけであるが。

 そして、クリスはそれらを荷袋へと直して、手元に残ったのはトロン改の魔道書一冊だけとなる。

 

「勝負あり、です。投降するなら、これ以上の攻撃はしませんが、どうします?」

 

 負けを認めるなら、もう手傷は負わせない。クリスの申し出は、戦争という過酷な戦場を生きる者にしてみれば、この上ない救いの手であるのかもしれない。

 だが、フローラにはそれを認める事など出来ない。

 

「お断り、します……」

 

 既に疲弊困憊であるというのに、彼女は未だ諦めていなかった。闘う力はもう無くとも、その瞳はまだ燃え尽きてはいなかった。皮肉なもので、彼女は氷の部族の者でありながら、心は熱く燃えたままであったのだ。

 

 そんなフローラの意思を目で、耳で、心で感じたクリスは、困ったように笑みを浮かべた。

 

「頑固ですね…。まるで姉さんのようです。あなたを見ていると、母さんや姉さんを思い出してしまいます」

 

 ぽつりと、懐かしむように言葉を紡ぐクリス。生まれ故郷への哀愁を思わせるその口振りに、フローラは訝しく感じるも、口を挟まなかった。

 

「僕の姉さんや母さん、それと父さんも。僕の一家はみんな諦めが悪かったり、頑固なところがありましてね。息子の僕は誰に似たのか、飄々とした変わり者ですよ。まあ、頑固という点では立派に両親から遺伝していますが」

 

「変わり者と、自分で言うのですか? それと言っておきますが、今の私はスサノオ様やアマテラス様あっての私です。お二方からの影響は大きなものでしょうから、似ているというのなら、スサノオ様方でしょうね」

 

 2人共に頑固なところがある。そんな事を思い浮かべて、フローラはクリスへと言葉を返す。馴れ合いではないが、今までのやりとりから、クリス本人に悪意を感じなかったからこそ、フローラは会話を是としたのである。しかし、だからと言って、下るつもりは一切ないが。

 

「確かに、そうかもですね。スサノオ様とアマテラス様。僕の母さんに似た雰囲気を感じますから。それから僕の叔父さんにも」

 

 ぼそりと呟いた最後の言葉。それはフローラの耳には届かない。何故なら、呟きと共にクリスの手の先から雷光が迸ったから。

 

 『バチチチチ』、と鳥の(さえず)りのような音を鳴らして、黄金の輝きを放つ魔道書と、雷閃を放たんと構えるクリスの右手。高まる魔力の濃さが、目視で分かる程に濃厚になっていく。もしも、あれを放たれれば、きっと無事では済まないだろう。

 

「これで終わりです。あ、ご安心を! 命までは奪いませんから!」

 

 決定的だった。強者たるが故の自信、そして余裕。圧倒的なまでの実力差。これを埋めるには、付け焼き刃や小手先だけでは全く足りないのだ。相応の経験値を積まねば、彼やルディアのような域には届きすらしない。

 

 だが、それでも。せめて最後まで抵抗しようと、フローラは暗器に手を掛ける。今更通用しないと分かった上で、まだ武器を手にする。執念にも近い意思の強さに、クリスは苦笑した。

 

「やれやれ。本当に……諦めが悪いですね」

 

 そして、雷閃が空を走る。フローラを殺さぬように、なおかつ、完全なる無力化を狙って、フローラの四肢を穿たんと四つに枝分かれして、それらは走る。

 思わず目を瞑り、フローラは来るであろう痛みと衝撃に体を強ばらせる。

 

 

 

 その刹那。

 

 

 フローラは何故か風を感じた。雷による痺れではなく、()()

 

 

 

「はてさて、どうにか間に合ったか」

 

 ふと耳に入る凛とした女の声。その声をフローラは知っている。そしてクリスも───。

 

「何故お主がそちらに居るのか、じっくりと聞かせてもらおうか? クリス」

 

「ありゃりゃ……。どうやら時間切れはこちらのようですね、

 

 

 

アカツキさん」

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「さて、今日は皆さんにお知らせがあります」

カンナ「お知らせ?」

ベロア「次で暗夜編も50話に到達するという事で、ちょっとしたアンケートをしたいと思います」

カンナ「おお! アンケート! 久しぶりだね?」

ベロア「なんだかんだで、もうすぐ投稿から1年も経ちますし、キヌの方でも白夜編50話記念があるらしいので、記念にアンケート…なんて事が多くなるかもしれませんが」

カンナ「それで? どんなアンケートをするの?」

ベロア「アンケートは二つです。一つは、『今後もアンケートを行う時は、キヌとベロアが担当するかどうか』。もう一つは、『オリジナル兵種の募集をしてみるかどうか』ですね」

カンナ「最初のやつはアンケートのアンケートみたいだね」

ベロア「まあ、最近いろいろあって、活動報告の場が荒れてましたからね。わたしやキヌがアンケートを担当するという台本形式も怪しいところです。ですので、それについてのアンケートを取りたいというのが本音です」

カンナ「ふーん。じゃあ、二つ目は?」

ベロア「それに関しては、前から考えていたらしいのですが、アンケートの結果がよろしいようなら、採用してみようと思い立って、アンケートを決断したらしいですよ」

カンナ「そっか。それじゃ、アンケートは改めて活動報告の方に書くから、良ければ見てね!」

ベロア「ちなみに、アンケートが集まらなくても、オリジナル兵種の方はこちらでも案がありますので、出す予定ではありますので」

カンナ「それでは、次回もよろしくね! あと、アンケートの方もね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 赤き果実の誘惑

 
レオン様誕生日記念回。しかし、内容は少々短め。
ちょっとしたオマケ回でございます。

 


 

 とある日の事。その日、彼は初めて目にする食材に興味を引かれていた。

 

 

 今日は暗夜王国第三王子、レオンの生誕祭。王子の誕生日という事もあり、王城では盛大にレオンを祝うための催しが為されていた。

 曲芸、大道芸、宴会芸……と、様々な芸人を呼び寄せて、レオンを含む王族達の前で一組ずつ芸が披露されていく。

 しかし、それらを見て笑っているのはエリーゼただ1人。マークスはいつもながらに眉間に皺を寄せ、

 

「何が可笑しいのだ…?」

 

 とでも言わんばかりの顔で彼らを眺め、カミラはカミラで、

 

「ああ……ご馳走がたくさん…。どれを持って行ってあげればスサノオとアマテラスは喜んでくれるのかしら? いいえ、出来る事なら全て持って行ってあげたいわ……。でも、お父様からは5品までと言い付けられているし…。悩ましい……とても悩ましいわ…」

 

 芸には目もくれず、遠くに見える料理の軍勢を眺めて、北の城塞で過ごす弟と妹の事で頭がいっぱいだった。

 無論、ガロン王は表情一つ変えずにただただ入れ替わりやってくる芸人達を、つまらなそうに見つめているだけ。その冷たい視線を浴びて芸を披露する彼らが、哀れに思えてならないのは決して気のせいではないだろう。

 

 そして、祝われている当の本人であるレオンはといえば、

 

「……………」

 

 これまた面白くも無さそうに、むしろ眠たそうにすらしている程である。もはや、芸人達が滑稽でしかなかった。まさしく『道化師』とでも呼ぶべきか。

 しかし、そんな彼らにも救いはある。エリーゼだけでも笑ってくれているだけ、まだ良いというもの。彼らにとって、唯一ウケているエリーゼがまるで天使かのように見えていたのだった。

 

 

 

 

 一通りの出し物も終わり、さあ食事に移ろうという時、レオンは食卓のとある一角に奇妙なものがある事に気が付く。

 全体が真っ赤で、丸々と肥えた何かの果実らしきもの。その赤い果実が山のように銀のボウルに積まれていた。不思議と魅力を感じてしまうその果実に、レオンの足は自然とそちらへと向かい始める。

 そして目前まで辿り着いた彼の目に映ったのは、珠のような水滴を表面に浮かべた、とても瑞々しい果実。

 

「これは……?」

 

 一つを手に取り、しげしげと眺め回すレオン。正面から、上から、下から……と、様々な方面から観察していた彼だったが、

 

「あら? そのトマトがどうかしたの?」

 

「カミラ姉さん…」

 

 ずっと果実…『トマト』を見つめていたレオンの横から、カミラが声を掛けてきたのだ。

 

「ああ…。初めて見たから、少し興味深くて。これはトマトと言うんだね? 何というか…色合いが良いね。真っ赤なところとか、気に入ったよ」

 

「あら、レオンはまだ食べた事が無かったのね。それはシュヴァリエ公国近くの農村で作られている作物で、果物のように見えるけど、野菜の一種だそうよ。私も、その赤い色が好きね。だって敵が血飛沫を上げた時の鮮血みたいで綺麗でしょう?」

 

 簡単な説明に、自身の嗜好を交えてくる姉に、苦笑いを浮かべて、なんとなく頷きを返すレオン。カミラからの説明を聞いて、レオンは改めて手に持ったトマトと、山積みのトマトに視線を送る。

 

「うん……確かに、血のように赤い。カミラ姉さんの表現は少し物騒だけど、僕も鮮血の赤は嫌いじゃない。となると、今度は味わいがどうかなんだけど…」

 

 血のような赤さから、刺激的な味がするのかと想像を巡らせるレオン。そんな彼に、姉は自分もトマトを手に持って見せる。

 

「トマトは少し酸味があって美味しいわ。中は黄色っぽい色合いで、種がたくさん入っているのだけど、食べても大丈夫だそうよ。瑞々しさで言えば、野菜の中ではかなり上位に入るんじゃないかしら?」

 

 言うと、カミラは近くに待機していたシェフにトマトを手渡し、一口大に斬り揃えさせる。包丁を入れた瞬間、トマトの中から汁が溢れ出す。なるほど確かに、中は相当水っぽいようだと、レオンは密かに、それでいてガッツリと観察していた。

 

 シェフに斬らせたトマトをフォークで器用に掬うカミラ。それをレオンの目の前に持って行き、トマトがどのようなものかを教える。

 

「酸味があるって言ったけれど、甘酸っぱさもあって、シュヴァリエの女性にも人気があるんですって。騎士達の間でも、トマトを食べれば力が出るっていう話もあるらしいわ」

 

「へえ……。それは益々、」

 

「興味深いな」

 

 と、レオンの言葉に被せるように台詞を放ったのはマークス。レオンは自分の台詞が奪われて、恥ずかしいような悔しいような気持ちになる。

 

「私は父上の為にも、暗夜王国の為にも、強くあらねばならない。食べる事で力が付くというのなら、食べん道理も無いからな。古より、人は食事から力を得ていたという話もある。下らない伝説や真実かも分からん噂を信じるよりも、よっぽど価値があるだろう」

 

 マークスはトマトを手に取ると、そのままガブリと口に含んだ。もちろん、汁が零れないように受け皿を片手に。

 

「うん…。やはり旨いな。普段から食事に取り入れるように父上にも打診してみるか……?」

 

「さ、流石に私は毎日トマトが出るのは辛いわ、マークスお兄様……」

 

 本気で言っているのか分からない兄に、カミラは困ったようにトマトを口に運んだ。

 

 

 兄と姉のやりとりを横目で見ながら、レオンは手に持っていたトマトを、自らもマークスと同じようにかぶりついた。

 

「……これは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが、僕とトマトの出会いだったんだよ」

 

「そ、そうだったんですね……。い、良い話ですね~……」

 

 そんな話を、ふと思い出したように語るレオンから聞かされたオーディン。というのも、レオンが食べようと持っていたトマトを、オーディンがジッと見つめていたからである。

 まさか、「いつもトマト食べてるけど、好きなんだな~」などと考えて眺めていただけなのに、こんな話を聞かされる事になるとは思ってもみなかったオーディン。多少なりとも長い昔話に、どう反応すべきか悩んだ末の結論が、さっきのアレである。

 もはやいつもの『自称カッコいい話し方』ですらないところを見るに、よっぽど答えに苦労したのだろう。

 

「トマトは僕の一番の好物さ。あの甘酸っぱさ、食べた時に口の中に広がる酸味……。そこに水っぽさが無ければ、ただのすっぱい果実でしか無かっただろう。だが、全てが揃っているからこそ、トマトを完璧たらしめているんだろうね」

 

「あ、あはは…そ、そうっすね~……」

 

 どうにか話題をトマトから変えたいオーディンは、何か新たなネタは無いかと思案する。しかし、わざわざ話題のネタを探すまでも無かったらしい。

 

「! レオン様! 見えてきましたよ!」

 

 彼らの正面、少し離れた所に、彼らの目的地が目に映ってきた。

 

「ああ。暗夜王国を出てから数日。距離を短縮するために無限渓谷も渡ったけど、ようやく到着だ。さて、父上からの任務も大事だが、きちんと始末は付けないとね」

 

「ゼロの奴もしっかり働いてると良いですけどね」

 

「そこは心配要らないさ。仕事に関してはゼロに心配なんて必要ない。毎回、きちんとこなしてくれるからね。さあ、気を引き締めておけよオーディン。僕らが何のためにここに来たのかを忘れるな」

 

「ふっ…! 俺は闇の戦士オーディンですよ? 油断はすれども慢心はしませんよ!」

 

「なんだか心配だね…。出来れば油断もしないで欲しいところだけど」

 

 

 彼らの行く先、そこは神秘に満ち溢れた国。神々が住まうとされている土地。そう、そこは───

 

 

 

 

 神々の坐す国、『イズモ公国』である。

 

 

 

 




 
前書きで述べた通り、ただのオマケ回です。17時にレオンの誕生日と知り、急ピッチでとりあえず2時間で仕上げたものなので、内容は薄いです。
現在、白夜編と暗夜編の50話を両方書いているところなので、オマケ回は手抜きとなってしまい申し訳ない限りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 蒼き双炎、竜の叫び

 

 睨み合うアカツキとクリス。片や敵意を剥き出し、片や冷や汗を浮かべている。当然ながら、後者はクリスの事を指していた。理由は簡単。

 

「僕らの中で最強に位置するアカツキさんが相手となると、流石に僕だけで勝つのは厳しいですね……」

 

「勝つなどと、戯言を。むしろお前は逃がさん。そこのルディア共々捕まえるに決まっておろう。それより、質問に答えるのが先だろう? 私は、何故お前達がここに居るのかを聞いている。何故、白夜の味方に回っている? お前はあの方の言葉を忘れたか?」

 

 静かな怒りを滲ませて、アカツキの声は恐ろしい程に冷たさを伴っていた。それは、傍らで話を聞いている、氷の部族のフローラを以てして、背筋をゾッとさせるには充分すぎる迫力を出している。

 

 しかし、そんなアカツキの怒気を一身に浴びてなお、クリスは冷や汗を浮かべる程度なのだから、どれほど肝が据わっているのかが伺い知れるというものか。

 

「忘れてませんよ。ですが、僕らは暗夜のやり方には賛同出来ません。戦争を終わらせる事を先決とするなら、僕は白夜に味方したい。それに、あの人のお子さんを見つけるのは、戦争が終わってからでも遅くはありません。そう思ったからこそ、こちら側で闘う道を選びました。たとえそれが、あなた達と闘う道であったとしても…」

 

 クリスにしては珍しく、おちゃらけた態度は成りを潜めて、冷静かつ真剣そのものな表情で語るクリス。それが軽い決意の上で放たれた言葉では無い事は、彼の表情からも明らかだ。

 その彼の言葉を静かに受け止め、目を閉じて聞いていたアカツキは、ゆっくりと息を吐いた後に答える。

 

「……お前の言い分は理解した。となれば、ルディアも同じ意思なのだろう。そして、後方に居るらしいブレモンドも。だが、だからといってお前達を捕まえる事には変わりない。それにだ。私はあの方のご子息であろう方に見当はついている。故に、お前達はこちらで闘うべきだ」

 

「……へえ。そうだとしても、断ると言ったら?」

 

「その時は仕方無し。力ずくで従わせるのみ!」

 

 ゆらりと刀を構えるアカツキ。薄く白い光を放つ二振りの霊刀は、刀身が蒼い炎に包まれていく。以前、天蓋の森でノスフェラトゥを灼き尽くした蒼き炎。

 

「ちょっと! いきなり『華炎』とか手加減無しですか!?」

 

 臨戦態勢へと移行したアカツキの姿に、慌てて魔道書を開くクリス。その刹那、寸分の隙も逃さぬとばかりにアカツキが高速で刀を一閃に放つ。斬撃に乗った蒼き炎は、弧を描くように飛び出すと、クリス目掛けて飛躍していく。

 ここで忘れてはいけない。彼女は手数を善しとする二刀流の使い手だ。当然ながら、その手数を以て、数多の蒼炎が弧を描きながらクリスへと集中する。

 

「『エルウィンド』!!」

 

 それらを、フローラとの闘いでも見せた風魔法での緊急脱出で回避するクリス。しかし、それすらも先読みしていたアカツキは、既に自身も、フローラが先程の闘いで生み出していた氷塊を利用して高く跳んでおり、クリスの正面へと到達していた。

 その勢いのままに、クリスよりも高度が上になったアカツキは、彼へ目掛けて踵落としを打ち込む。

 

「くっ!」

 

 クリスは咄嗟に手にしていた風の魔道書を、自分とアカツキの踵落としの間に挟み込み、直撃を避けるが、勢いを殺せる筈もなく、一気に地面へと叩き落とされようとする。

 

「レクス……カリバー!!!」

 

 地面に落下する寸前で、彼は必死の思いでレクスカリバーの風を右手から現出させる。それを後ろ手に背中へと回し込み、思い切り噴出させる事で勢いを殺し、フワリと後方へ回転しながら着地した。

 

「っふぅ! 相変わらず手が早いですね。息つく暇もありませんよ!」

 

「ふん…。お前こそ、妙手で難を切り抜けるのは相変わらずだな。決定打がまるで入らん」

 

 クリスの文句に、ストンと綺麗に着地してから答えるアカツキ。結構な立ち回りであったというのに、彼女は息一つ切らしていない。

 

「だいたい、あなたも女性なんですよ? なんですか、踵落としって!? 改造したからって着物だとパンツ丸見えなんですよ!!」

 

 だが、クリスとて負けていない。ちゃっかりと、アカツキの攻撃の際に見えた下着について言及する余裕が彼にもあるのだから。

 そんなクリスの軽口に、アカツキは顔色一つ変えず、

 

「全裸を見られた訳でも無し、高々下着を見られたくらいで恥じらいなど感じぬ」

 

 それこそ堂々と、きっぱりと言い放つアカツキ。およそ年頃の女性の発言とは思えないその物言いに、後ろで聞いていたフローラは顔を赤くして全力で首を横に振っていた。

 

「……ぶっ飛んでますねぇ。これが仲間同士での会話なら、どれだけ嬉しかったでしょうね」

 

 しかし、それは叶わぬ思い。クリスの考えは変わらない以上、彼はアカツキと敵対するしかないのだから。

 

「…では、その思いを振り切るためにも、僕も使わせて頂きますよ。その───」

 

 レクスカリバーの魔道書を開き、右手をアカツキの方へと翳してクリスは告げる。

 

「───『華炎』をね」

 

 途端、クリスの全身を淡く包むように、蒼い炎が彼の体から立ち上る。それはアカツキの刀を覆った炎とまるで同じに見えるのは、彼の言葉が真実なら当然であろう。

 クリスを包む蒼い炎を目にし、アカツキはより険しい目つきで彼と対峙する。

 

「フローラ殿、少し離れているのだ。近くに居ては巻き込まれるぞ」

 

「は、はい!」

 

 アカツキの指示に素直に従うフローラ。深く考えずとも彼女には分かったのだ。自分が居ては迷惑になる、と。

 

 フローラが下がった事を確認したアカツキは、クリスへと意識を集中する。クリスはと言うと、フローラが離れるのを律儀に待っていたが、それももはや必要無くなった。

 

「安心しろ、絶対に殺しはせん。お前を殺すなど、叔母上に申し訳が立たんからな」

 

「なら僕も。アカツキさんを殺したりしたら、僕が叔父さんに殺されますから」

 

「はっ…! お前が殺せる程弱くないと何度言わせる!」

 

 次の瞬間、アカツキは刀を両手に、勢い良く駆け出した。迫るアカツキに、クリスもレクスカリバーで応戦する。

 風の刃は、クリス自身から燃え上がる蒼い炎を吸収すると、肥大化し蒼炎の風刃となってアカツキに降り注ぐ。風に乗って勢いの増した巨大な蒼炎の塊は、切れ味すらも伴っていた。

 

 しかし、迫る脅威を前にしているというのに、アカツキはむしろ笑みを零すと、自ら蒼炎へと突っ込んで行く。

 何も理由無くそんな無謀な真似をしたのではない。算段があったからこそ、そんな真似が出来たのだ。彼女は炎にぶつかる直前で、両手にした霊刀を同時に、“X”の形となるように振り下ろした。すると、霊刀は炎塊を両断し、それどころか刀に纏っていた()()()()()華炎に()()()()華炎が取り込まれていく。

 

「やっぱり…! さっきのトロンも、それで切り裂いたんですね!」

 

 フローラを助けに入った時、彼女は颯爽と現れただけではなかった。フローラを狙った4本の雷閃を、全て切り払ったのだ。魔法を斬るという人間には離れ業である所業。流石のクリスも、それには驚きを禁じ得ない。当の本人たるアカツキは何という事もなく、

 

「相当訓練したぞ。何度も何度も、カタリナに私に向けて魔法を撃たせて会得したからな。何度死にかけた事か」

 

 と、平然と言ってのける。よほどの命知らずか、鍛練バカでなければまず不可能なその修行法。改めて、クリスはアカツキという女剣士の恐ろしさを思い知った。

 

「でも、どうして僕の華炎が…」

 

「炎はより大きな炎に呑み込まれる……。今の華炎は、お前の炎が私の炎に劣っただけに過ぎぬ」

 

 刀から、轟々と燃え盛る蒼い炎を振り払うアカツキ。大きすぎる炎は、扱いきれないが故、最低限の華炎を刀に留めたのだ。

 

「お前が剣士なら、もう少し骨のある闘いになっただろうに。生半可な魔法では、もはや私には効かぬ!!」

 

 それが驕りでも冗談でも無い事は、既に実証されている。クリスは少々泣きたくなる気持ちを堪えて、魔道書に手を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、アカツキが到着してからも、未だルディアと打ち合いを演じていたスサノオ。その形勢は少し前、つまりルディアが本気を出し始めた頃から、スサノオの不利へと傾き始めていた。

 

「フローラの方は、どうにか無事だったか…!」

 

「他人の心配してる暇なんてあるの!?」

 

 フローラの奮戦、そしてその顛末を何度か伺っていたので把握しているスサノオ。アカツキが援助に駆け付けてくれてホッとしたのも束の間、スサノオ自身は劣勢を覆す余裕など無かった。

 

 力強い槍の一撃一撃。その全てが剛撃、重撃と言っても差し支えのない重みを持って、スサノオへと襲い掛かり続けていたのだ。ともすれば、夜刀神が折れてしまうのではないかという程の、重圧のある槍の凪払い。それを何度も受けて耐えている夜刀神には頭が下がる一方だ。

 

「ハアッ!!」

 

 そして時折、槍の攻撃に織り交ぜて放ってくる盾の突き出し。その度にバランスを崩され、すぐさま襲い来る槍撃を必死の思いで回避するスサノオ。しかし、その全てを完全に回避出来る事は無く、何度か槍がスサノオの体を掠めていた。

 ただでさえ体力の消耗が激しい立ち回りだというのに、負傷する度に体だけでなくスタミナも削り取られていく。むしろ、今までよく持ちこたえていられたと言えるだろう。

 

「ぐっ……!!」

 

 息絶え絶えに、ルディアの槍から逃れるために、脚を竜化させて後ろへと跳ぶスサノオ。しかし、ルディアがそれを簡単に許すはずもない。

 

「まだよ!!」

 

「ガッ!!?」

 

 スサノオが跳ぶと見越した彼女は、彼が脚を竜化させたのを見た瞬間に、槍をスサノオの頭上から思いきり振り下ろしていた。後方へとジャンプするために背を丸めていたスサノオは、その背に槍の刃の腹での一撃を諸に受けてしまい、うつ伏せになる形で地面へと叩き落とされてしまう。

 背と胸に強い衝撃を受け、肺から空気が一気に奪われる。若干の呼吸困難に陥ったスサノオは、訳が分からなくなりかけるも、本能的に背中から竜翼を飛び出させた。

 

「!!!」

 

 その行動は功を奏し、倒れるスサノオへと追撃を掛けようとしていたルディアの攻撃は、勢いよく飛び出してきた翼によって弾かれる。同時に、ルディアの体も後ろへと弾かれ、結果的にスサノオは図らずも距離を取る事に成功した。

 

「ゲホッ、ゴホッ! っ……!! ハア、ハア…」

 

 混乱しながらも、立ち上がらなければ次が来ると理解はしていたので、苦しいのを我慢して無理矢理にでも立ち上がるスサノオ。

 しっかりと立つと、すぐに呼吸を整える。整えながらも、ルディアの事から目を離さないスサノオであったが、ルディアは竜翼に警戒してか、様子見をしているようだ。

 

「……本当に残念ね。その竜の力、もしかしたら、あなたとアマテラス様があの人の……、いいえ。今はそれは関係ない。今はアマテラス様の兄君として、白夜王家の一員として、あなたを白夜に連れ帰る!」

 

「それは…出来ない。俺は暗夜の家族を選んだ。俺は暗夜の第二王子スサノオとしての道を選んだ!! 今更、白夜の王子としてなんて振る舞えないし、そのつもりも毛頭無い!!」

 

 叫びは痛烈で、それでいてどこか悲痛なものを感じさせる。スサノオの決断は、それすなわち白夜の家族との決別なのだ。リョウマやアマテラス達が望んだとて、スサノオが素直に受け入れられないだろう。

 

 

 

 

「その言葉、信じるぞ」

 

 

 

 

 不意に聞こえる男の声。風圧と共に、一匹の飛竜がスサノオの前に舞い降りる。その背に、仮面で顔を隠した青年を乗せて。

 

「ミシェイル!」

 

「俺はスサノオ様に仕えると決めたんだ。それがどんな決断であろうと、臣下として付き従うのみ。まあ、暗夜王国から離れないと、元々信じていたがな」

 

 ようやく増援に駆け付けた臣下に、スサノオは思わず笑みを零す。ルディアが強いとはいえ、1対2では分が悪いだろう。

 そして、増援は彼1人には留まらない。

 

「おにいちゃーん! 助けに来たよー!!」

 

「わたしと同じアーマーナイト…是非とも手合わせ願いたいわ」

 

「ま、待って下さいエリーゼ様…! 先程、瓦礫に躓いて転んだダメージが抜けきっていないのです……!」

 

 馬上で杖をブンブンと振り回して駆けるエリーゼと、その後を追うエルフィにハロルド。

 

「やっと追い付いた! ……って、ルディア!? あっちにはクリスも居るし!?」

 

「なるほど……白夜兵の数が減ったと思えば、撤退しているようですね。そして、その殿をあなたとクリスが務めている、と」

 

「フハハハハハ!! 幼なじみと言えど、敵であるなら容赦はせんぞ!! 殺さない程度にいたぶってやろう!!」

 

「私も死なない程度に杖でボコボコにしてあげます! 覚悟するです、ルディア!」

 

 続いてスサノオの臣下達が、続々とこの場に駆け付ける。何故かノルンは魔神トリップしたままだが、この状態は、それはそれで心強いのでありがたくさえある。

 

「どうやらまだイっちまってなかったようだな、スサノオ様。いや、俺達が来なければ、危うく昇天するところだったか?」

 

「私はあなたに付いて行くと言ったでしょう? それなのに、そんなにすぐに死なれたら目覚めが悪いじゃない」

 

 ミシェイルやミネルヴァと並び立つように、ゼロ、ニュクスもスサノオの前に庇うように立つ。これで、この場にスサノオの部隊が総員勢揃いした。

 

「みんな……!」

 

「おにいちゃん、怪我してる! あたしが治すよ!!」

 

 馬から飛び降りると、エリーゼはスサノオへと駆け寄り、杖を翳して傷を治療し始める。光を帯びる杖の先から、暖かな温もりがスサノオの全身を覆っていき、傷もみるみるうちに塞がっていった。

 全身を触診して具合を確認するスサノオ。どうやら傷は全て消えたらしい。しかし、やはりオーラはまだ出せないようだ。体力や傷とは無関係なのだろう。

 どちらにせよ、形勢逆転に変わりない。スサノオは夜刀神をルディアへと向けて宣告する。

 

「もう白夜軍には追い付けないだろうから、撤退戦はお前達の勝ちだ。でも、これで逆にお前達を捕縛出来るぞ!」

 

「……口惜しいわね。目的は達成出来たけど、スサノオ様を連れ戻すっていうのは、どうやら絶望的らしいし。多勢に無勢、これ以上は無意味かしらね。それに出来る事なら、1対1で決着をつけたいから」

 

 言葉こそは諦めているように聞こえるが、その声音も、表情も、負けを認めるものではない。このままおとなしく捕まるつもりは一切ないのだ。

 

「クリス!! 退くわよ! 仕掛けは万端なんでしょうね!?」

 

 スサノオ達へと警戒を怠らず、ルディアは離れて闘っているクリスへと呼び掛ける。

 クリスはと言えば、アカツキの猛攻をなんとか凌いでいたが、ルディアの呼び掛けに対し顔を向けずに、

 

「やっぱりそうなりますよね! 大丈夫です! しっかりと仕込んでありますから!!」

 

「何か仕掛けたか…!!」

 

 一度、大きな烈風を発生させると、自分を風で押し出してルディアの元へと吹っ飛ぶクリス。それをルディアは難なく受け止めた。

 

「それでは皆さん、これにて失礼しますね。『ファラフレイム』!!」

 

 会釈の直後、クリスは再びあの巨大な爆炎魔法を放つ。今度は敵を狙ったものではなく、天井や壁、柱をデタラメに、いや、正確には一定の距離を開けてバラバラに撃ち放った。

 

「!! 不味い! 皆、下がれ!!」

 

 その行動の意味を理解したスサノオ、アカツキがほぼ同時に叫ぶ。先程まで闘っていたアカツキと、フローラとの闘いを見ていたスサノオだからこそ分かったクリスの狙い。

 それは砦の崩壊だ。クリスが今攻撃した箇所は全て、今までの戦闘を経て亀裂が入って崩れかけた所ばかり。彼は戦闘中にも関わらず、これをやる為に計算して魔法を放っていたのだ。

 

 ガラガラと崩れ落ちていく砦内部。次から次へと瓦礫が通路へと降り注ぎ、スサノオ達とクリス達の間を次第に埋め尽くしていく。

 

「くそっ……!!」

 

 瓦礫の山が築かれていく中で、スサノオはチラリとだけ、去っていくクリス達の背が見えた。一瞬、クリスが振り向いたような気がしたが、その姿は瓦礫に隠れて完全に視界から外れてしまう。

 

 気のせいなのだろうか。その時のクリスの顔は、とても悲しそうにスサノオには見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! 遅いだろーが!! 心配しちまったじゃねーか!!」

 

 後方、黒竜砦の外部へと脱出してすぐに、クリスとルディアは怒鳴られる。その怒鳴り主はもちろん、厳つい強面神父ブレモンドだ。

 

「馬鹿ね。殿を務めて無事に帰ってきたんだから、普通は褒めるところじゃないの?」

 

「馬鹿だァ!? 心配してやってるんだぞ! ありがたく思うってのが筋だろ!!」

 

「はあー、うっさいわね。そんなだから、山賊山賊って言われるのよ。口の悪い神父なんて聞いた事もない」

 

「ンだとコラ!?!?!?」

 

 口汚い言葉である事も忘れ、ブレモンドはルディアにメンチを切る。ただし、その強面を以てしても、彼女が怯む事は無いのだが。

 

「…チッ。ハイタカならどうにか一命を取り留めた。刺しどころが良かったんだろうな。急所を綺麗に外れてやがった」

 

「……そうですか。彼には聞きたい事がありますから、無事で何よりです」

 

 静かに答えるクリスに、ブレモンドは不思議に思うも、あえて口にはせずに続ける。

 

「まったく、ハイタカも馬鹿な真似をしてくれたもんだぜ。特攻精神は誉められるもんじゃねぇ。命を粗末にするやり方は許していいはずがないからな。リョウマ様も、きっとお許しにはならないはずだろ」

 

「そうね。自分だけでなく、部下の命まで省みない進軍……だからこそ、よ」

 

「はい。だからこそ……僕らは彼らを助けに来たんです。この無謀すぎる特攻───

 

 

 

 

誰に唆されたのか、それを聞き出すために」

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「今日は白夜で言う七夕という日だそうですね」

カンナ「時間的には、今日の19時以降が正確なんだけどね。夜空に星の川が浮かび上がるんだって!」

ベロア「星界で育ったわたし達には、まだ見れていないので、実は少し楽しみです」

カンナ「あ、ホントだ! ベロアの尻尾がパタパタ揺れてる!!」

ベロア「それだけ楽しみという事ですよ」

カンナ「でも珍しいね。ベロアがガラクタ以外に興味を示すなんて。オフェリアとかなら分かるけど…」

ベロア「わたしだって女の子です。別にそういったものは嫌いではありません。それに、ガルーにも流れる血筋である狼は夜行性ですから、星を見る機会はよくありました。具体的には、夜中に宝物探しに出掛けた時などです」

カンナ「へえ~。なんか意外だよ。でも、親近感も湧いたかな?」

ベロア「そうですか…それは嬉しいですね。これでカンナとより親しくなれました。これからの為に、もっと仲良くなりましょうね、わたしの未来の娘……」

カンナ「だからやめて!? まだ決まってないよ!?」

ベロア「それはそうと、明日…ついにこの『ファイアーエムブレムif 白光と黒闇の双竜』も一周年を迎える訳です」

カンナ「流された!?」

ベロア「当日に向けて色々準備をしていますが、あまり期待しすぎないように。妙に期待されすぎて、その期待を裏切ってしまうのもどうかと思いますので」

カンナ「当日は、活動報告で前に話した『オリジナル兵種』の募集を始めるよ! 詳しい事は、その時にね?」

ベロア「それでは、そろそろ失礼しますね」

カンナ「今度は目前の100話到達! だよ!」





ベロア「ちなみに、今日は覚醒のティアモの誕生日でもあります。めでたいですね」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 死と瓦礫に囲われて

 

 クリスの放った爆炎による、黒竜砦の崩壊。そこからなんとか脱出したスサノオ達だったが、現在、戦禍が残していった傷痕の確認に追われていた。

 

 死者は黒竜砦に詰めていた暗夜兵の総数、その9割を占めており、100にも満たなかった砦の警備兵達はたったの数人しか生き残っていない。

 あらゆる所で、暗夜兵と思しき鎧を纏った人間の死体が転がっており、そしてところどころで白夜兵士の死体が倒れている。それらのほとんどは、後から増援に駆け付けたスサノオの部隊が作り出したものだ。

 数の差に押されて、また奇襲であったのだろう白夜兵の攻撃に、暗夜兵達は為す術も無く殺されていった。マクベスの配下であるとは言えど、同じ陣営の仲間の屍を見るのは辛いもの。

 そのあまりに凄惨な光景に、エリーゼは顔を青くして、暗夜兵の死体から目を反らしていた。ともすれば、その大きな瞳に涙を浮かべて。

 

「酷いな……」

 

 スサノオも、その惨たらしい有り様に顔をしかめて、しかし目は反らさずに、その暗夜兵達の死に様を目に焼き付けていた。

 

 スサノオがこの凄惨な光景を知らなかったのも無理はない。暗夜兵の死体が特に多かったのはライル達が進んだ通路と、その反対に当たる逆の入り口付近の通路だ。攻撃のあった外側の出入り口は当然ながら激戦区となり、最初に死体の山が築かれた地点でもある。

 そして暗夜王国側の出入り口へと向かう通路。そこは後ろへと傷を負いながらも引いて行った暗夜兵達が、その途中で追い付いた白夜兵に倒され、もしくは重傷に力尽きたが故に死体が多くなっていた。

 その点、スサノオはライルやアカツキ達とは違う。正面からではなく横合いから砦内へと侵入した事もあり、そこから後退したニュクスとゼロは暗夜兵の死体をいくつも目撃していたが、侵入地点より少ししか後退出来なかったスサノオとフローラは、必然的にほとんど暗夜兵の亡骸を見る事はない。

 

 スサノオと同じく、フローラも後退してようやく見た暗夜兵達の死体の山に、気分を悪そうに目を閉じていた。

 

「大丈夫か、フローラ?」

 

 その様子に、スサノオが心配する声を掛ける。フローラはスサノオの気遣いに、無理に笑顔を作って答えた。

 

「…少し、気分が優れませんが、大丈夫です」

 

「そうか……無理はするなよ。クリスとの戦闘で消耗もしてるんだ。少し休んでも構わないからな」

 

「ありがとうございます…。それでは、お言葉に甘えさせて頂きますね…?」

 

 ぺこりと一礼をすると、フローラは面が平らになっている手頃な瓦礫に腰掛けた。座った途端に、今まで張り詰めていたものが解けたのか、膝に肘をついて顔を両手で覆い、うなだれるフローラ。その姿からは戦闘への深い疲労と、死体への強い嫌悪感が見て取れる。

 

 フローラが休む姿を確認したスサノオは、改めて周囲を見渡した。ここは通路を出て少し開けた空間となっており、暗夜兵の死体だけでなく白夜兵の死体もチラホラと転がっている。

 先程、ミシェイルやハロルド達が闘っていた場所が当にここだった。

 

「スサノオ様、少し良いでしょうか?」

 

 と、黒く焦げた白夜兵の死体を見ていたところで掛かる声。それはライルからのもので、隣にはミシェイルが立っていた。仮面で上半分は分からないものの、重い空気を纏っている事はありありと伝わってくる。

 

「どうした、何かあったのか?」

 

「ミシェイルが話があるとの事です。少し気になるので、僕も同席させて頂きますが、よろしいですか?」

 

「ああ、構わない。それでミシェイル、話って?」

 

 スサノオに促され、ミシェイルはゆっくりと口を開いた。

 

「先程、この広場で俺とハロルドは交戦状態にあった。相手は無論、白夜兵だ。取り囲まれた暗夜兵達を救うための闘いで、劣勢にあったがゼロ達の援軍により事なきを得た」

 

「…? それなら良かったじゃないか。助けられたし、こっちも被害は無かったんだろう?」

 

 だというのに、何故ミシェイルが暗い雰囲気を醸し出しているのか。当然ながら疑問に感じるスサノオだったが、その後に続いたミシェイルの言葉で、驚愕せざるを得なくなる。

 

「問題はその後だ。暗夜兵達を救出し、一息ついた瞬間に新手が来た。そいつは白夜の人間じゃなく、そして暗夜の兵士とも考えられない男だった。何より、()()()()()()はずの人間だったんだ」

 

「……死んでる、はず?」

 

「ああ。奴の事を知ってる暗夜兵が助けた中に居たんだが、そいつに殺されてしまった。俺の目の前でだ」

 

「だからこそ、その人物が既に死んでいるという事が分かったんですね」

 

 ライルの言葉に頷きを返すミシェイル。彼はゆらりと腕を上げると、とある方向を指さした。そこには、仰向けに倒れている暗夜兵の姿が。その喉には、ナイフがずっぽりと深く刺さっていた。

 

「不可解なのはそれだけじゃない。その男…ストレルカは、姿が透明だった。微かに捉えられるその姿は、まるで水そのものが人の形を取っているかのような、化け物のようだった」

 

「透明な…敵……、!!」

 

 思い当たる節がある。かつて白夜城下町の炎の広場で起きた事件。母ミコト女王がスサノオとアマテラスを庇って亡くなった、姿無き怪物達による襲撃。ミシェイルの言葉は、それをスサノオに思い起こさせたのだ。

 あの時、暴走はしていたが、意識は微かに残っていたスサノオ。だから、その時に闘った透明な兵士の事は知っている。自分とアマテラスだけには、何故かハッキリと捉えられた姿。周りが透明である事に苦戦していた事をなんとなく覚えていたのだ。

 

 そして、ハイタカと交戦する直前に見た、暗夜の衣装に身を包んだ謎の男。彼も、周りの人間からは認識されていないようだった。フローラでさえも、その姿に気付いていなかったのだ。

 

「なら、あの時のアイツが……!? だが、何故だ? あの透明な兵士は暗夜の手の者だったはずだ。それがどうして、同じ暗夜の兵を殺す…? 何より、そいつは死んだ人間なんじゃないのか?」

 

「そこが分からない…。ストレルカの死を、あそこで死んでいる暗夜兵は直に目にしたと言っていた。それがどうして、怪物のような姿に変わり果てて現れたのか…」

 

「第一に、暗夜王国に透明な怪物を兵士として登用しているという話を聞いた事がありません。本当に、その透明な兵士が暗夜の手の者なのかは分かりませんね」

 

「興味深い話をしているわね、坊や達」

 

 話し合いの最中、唐突に横から割って入ってくるニュクス。魔道師として放っておけないと感じたのだろう、彼女はズズイッと男性3人の会話に臆する事無く参加した。

 

「坊や達……、え? まさか僕も入っているんですか?」

 

「私も長く生きているけれど、姿の見えない兵士なんて聞いた事もないわ。出来て、少しの間だけ姿を見えないようにする幻惑魔法とかならあるわね。でも、あの透明な暗殺者みたいにずっと、それもそのまま闘い続けるなんてまず有り得ない。本来なら不可能な芸当かしら」

 

「あ、スルーですか……。コホン、とにかく彼女の言う通りです。魔法を使っても良くて数分、そしてその状態での激しい動きは魔法が剥がれてしまい、まず無理です」

 

「つまり……?」

 

 つまりは何が言いたいのか。スサノオの意図を汲み取ると、ライルは眼鏡に手を掛けて答えた。

 

「暗夜でそんな技術が開発されたという話が無い……となると、暗夜王国以外の勢力、あるいはガロン王が秘匿している力……という可能性がありますね」

 

 考えたくはない可能性。ガロンはまだ、スサノオの想像を超えた何かを隠しているかもしれないという事。また仮に他の勢力だとしても、あの炎の広場への襲撃を考えると、ほぼ確実にガロンと通じているはず。でなければ、ガングレリの爆発を起こすなど出来る訳がない。

 

「現状、その姿の見えない兵の情報が少なすぎるな。これじゃ探りようが無い」

 

「……そう、ですね」

 

「?」

 

「話し合いはこれくらいで良いだろう。そろそろ俺達も動かなければならん」

 

 どことなく、何かを言い淀んでいるようなライルに訝しむ視線を送るスサノオだったが、ひとまずの議論を終えたからか、ミシェイルがその場を離れたのをキッカケに、話し合いも自然と終了していた。

 

 煮え切らない謎を新たに抱えて、スサノオは破壊された黒竜砦を眺める。瀕死の暗夜兵を治療するエリーゼとネネの後ろ姿、軽傷で済んだ暗夜兵に肩を貸すハロルド、通路の邪魔になっている瓦礫を撤去するエルフィとアカツキ、重傷者をミネルヴァの背に乗せて運ぶミシェイルと全体の指揮を執るライル。

 正気を取り戻し、周囲の悲惨な現状を目の当たりにしたノルンは気絶。それを看ているアイシスは、ペガサスに羽ばたかせてノルンを扇いでいた。

 ゼロとニュクスはそれぞれ、自分の得意な方法で残敵確認を行っている。ゼロは自身の足と目で偵察に、ニュクスは呪術による索敵感知を。しばらくして、2人は結果を報告してくれるも、白夜兵は全軍撤退。姿の見えない兵の気配も察知出来なかったそうだ。

 

「ちょっと良いかしら」

 

 報告の折に、ニュクスが時間を取れるか尋ねてくる。スサノオは特にする事も無かったので、問題無いだろうと了承した。

 

「ちょっと思ったのだけど…この黒竜砦への白夜軍の進攻……。私は何かの作為があると見ているわ」

 

「何かの作為…?」

 

「ええ。白夜軍の全てとはいかなかったけど、狂乱している白夜兵が大勢居た。白夜王国は元来、平和を重んじる王国のはず……、なら今回の進攻はおかしい。白夜の第一王子リョウマが今の白夜軍の総大将なのに、風聞に聞く彼の人格からして、部下を犠牲にさせるような進軍は許さないはずよ」

 

 ニュクスの指摘は的を射ている。あのリョウマが、自分自身による自己犠牲ならまだしも、配下に死を覚悟の上での特攻をさせるなど、考えられない。

 だが、スサノオ達が剣を交えた白夜軍の一部は、平和とは程遠い、狂気に満ち満ちた瞳をギラつかせていた。何か、リョウマでさえも計り知らぬ所で、良くないモノが渦巻いているような、そんな嫌な予感がスサノオの胸中に湧き上がってきたのだ。

 

「確かに、リョウマ兄さんがそんな事をさせるとは思えない……」

 

「…兄さん?」

 

 ふと口をついて出た『兄さん』との言葉。暗夜王子である自分が、白夜の第一王子を兄と呼ぶのは、事情を知らぬ者からすれば良いとは言えない事柄だ。

 無意識故の失敗だったが、今更訂正を許してくれそうもないニュクスの追及する視線に、スサノオは素直に教える事にした。

 

「あまり口外しないでくれると助かるんだが……俺は暗夜王家の出じゃないんだ」

 

「…まさか」

 

「そのまさかだ。俺は、俺とアマテラスは元々、白夜王国の王族…()()()。小さい頃に暗夜王国に攫われて、そのまま暗夜の王族として育てられた」

 

 ニュクスはその事実に目を見開いて驚く。彼女にしては珍しいその驚きぶりに、彼女自身でさえ驚いていた。それだけ、スサノオの身の上は特殊だと言えるだろう。

 

「……なるほど。アマテラス王女とあなたは確か双子だったわね。道理で、アマテラス王女が白夜王国に寝返った…なんて噂が流れる訳ね。だって、アマテラス王女の生まれは白夜王国なんだから。寝返ったという表現は間違い。故郷に帰った、と言った方が正しいわ」

 

「まあ、そうなるな…」

 

 改めて、他人からその事実を聞かされると、何とも言えない気分になるスサノオ。アマテラスは何も間違った事をしていない。なのに、どうして2人の道はこうも違えてしまったのか。

 

「なら、どうしてスサノオはこちらに残ったの? あなたにとっても、白夜王国は祖国。なのに、どうして祖国と敵対しているの?」

 

 当然の疑問。ニュクスのみならず、その話を聞いた全ての者が、同じ疑問を抱くだろう。だけど、答えは決まっている。スサノオが言うべき答えは一つだけ。

 

「俺は……たとえ、俺が暗夜王家の人間でなくとも、本当のきょうだいのように、家族のように接し、愛してくれたマークス兄さん達と別れるなんて、出来ない。今の俺があるのは、暗夜王家のきょうだい達のおかげだから。父上の…ガロン王のやり方は強引が過ぎるのは分かっている。現に、アマテラスは白夜に戻る際に、父上の意思に反発を示していた。だが、それでも俺はマークス兄さん、カミラ姉さん、レオン、エリーゼ達との絆を捨てられなかった。結局のところ、俺は弱い心の持ち主だったのさ。変化する事を恐れて、大切に築き上げてきたものを捨てられなくて……」

 

 ただ説明するだけであったのに、何故か心の中に沈んでいた弱音を吐き出していたスサノオ。不思議と、ニュクスを相手に話していると、ずいぶんと年上の女性に話を聞いてもらっているようで、想像以上に心を開いてしまっていたのだ。

 ニュクスも、スサノオが弱音を吐露している事を理解しており、慈悲深い笑みを以て、彼の言葉を受け止めていた。

 

「あなたは弱くなんてないわ。絆…つながりを守る事も一つの強さ。あなたは、本当のきょうだいじゃないと知っての上で、血の繋がった家族より、絆で繋がった家族を選んだ。ただそれだけの事よ。ああ…なんだか羨ましいわね。私にも、あなたのような人が居てくれれば……怪物に成り果てた私を受け入れてくれる人が居れば、私も変われていたかもしれないのに」

 

「ははっ…ニュクスのどこが怪物なんだ? どう見たって可愛い女の子だろ。それに比べて、俺の方がよっぽど怪物だろう。なんといっても、竜になれるんだし」

 

「…竜になれる事に関しては否定しないけど…。あなた、そのうち刺されても知らないわよ?」

 

「へ?」

 

「その顔、分かっていないのね。まあ良いわ。とにかく、あなたは弱くなんてない。アマテラス王女が選んだ道も正しい道。あなたの選んだ道も正しい道。どちらも間違っていないけれど、違う方向を目指す道が再び交わるのは、あなた達次第。それを忘れない事ね」

 

 それじゃ。と、言うだけ言ってニュクスはサッサと退散してしまう。どうやら、倒れたノルンの様子を見に行ったらしい。

 

「俺の選んだ道も正しい…か」

 

 少しだけ、その言葉に心が軽くなったのを感じたスサノオ。激しい戦闘を経て、ボロボロに成り果てた黒竜砦の様子を見ながらも、スサノオの心は穏やかさを取り戻していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…少し目を離した隙に、スサノオ様は本当にもう……!!」

 

 少し落ち着きを取り戻したフローラは、こっそりとスサノオとニュクスのやりとりを遠目に見つめていた。

 なんだかんだで、スサノオは魅力的な人物なのだ。男女問わず、その不思議な魅力を発揮するのだから、女性相手だと余計に質が悪い。だって、それはフローラにとって恋敵に成り得る女性が増える危惧もあるのだから。

 

「やきもきしてるなら、さっさと押し倒してしまいなさい。男なんて簡単なものよ?」

 

「!!?」

 

 爪を噛む仕草をしているフローラの頭上からする女の声。それは先程まで見ていたはずのニュクスのものだった。ノルンの所に行ったはずなのに、急に自分の真正面に現れたニュクスに、フローラは多大な衝撃を受けずにはいられない。

 

「お、おし、押し倒すなんて、そんな……まだ、そんな関係じゃ…!!」

 

「まだ…という事は、そうなれば、とは思っているのね」

 

「あ、いえ、その、そんなつもりでは……っ!!」

 

「お姉さんからのアドバイス。あの男は結構な鈍さよ。気付いて貰おうと思っているだけじゃ、そうそう簡単には進展しないわ。時には大胆不敵さも、女には必要なの。いっそのこと、告白してしまうとかね」

 

「こここ、ここ、こく、告白!!? そ、そんな畏れ多い事を、私ごときが……!」

 

「……あなたも大概、自分に自信が無いのかしら? 整った顔つきなのだから、並みの男なら簡単に靡くでしょうに。これは大変な恋路になりそうね……」

 

 未だ顔を赤くさせてオーバーヒート気味のフローラに、ニュクスはため息を吐くのであった。これから先が思いやられる…と。

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「一周年を迎えて早くも5日。実施したオリジナル兵種の募集に関しても、面白い案がいくつも送られてきてありがたいですね」

カンナ「うん! 作者さんじゃ思い付かないような案がたくさんあって、参考にもなるよ!」

ベロア「頂いた案は、出来る限り登場させたいと思っています。登場させるタイミングに関しては、今後考えていこうと思いますので」

カンナ「募集は無期限に行ってるからね。思い付いたらいつでも送ってくれると嬉しいな」

ベロア「興味のある方は、作者の活動報告に目を通していただければと思います」

カンナ「さてと、こんなところかな? それじゃ、今日のゲストさんを呼ぶね」

ベロア「そうですね。では、ゲストの方、どうぞ…」

ディーア「今日のゲストは俺だぜ……。面倒だったけど、ゲストやれば明日の仕事は休んで良いって言われたからな。これも仕事だと思って、きっちりとこなしてやるよ」

カンナ「今日も無気力だね~…。でも、休む事に関しては活き活きとしだすよね、ディーアって」

ベロア「それで、今日はどんな食べ物を持って来てくれたのですか?」

ディーア「俺=食い物っての止めてくんない? 確かに焼き菓子とか結構な頻度で焼いてるから、基本的に常備してるけどさ」

カンナ「そ、それがデフォルトなんだね……」

ベロア「何も間違いないと思いますが」

ディーア「ああ~……もういいや。説明すんのも面倒くさいし。それよりさ、ぱぱっと今日のお題発表してくれないか? 早く終わらせれば、その分俺が休める時間も増えるって事だしな」

カンナ「すごい休みたがりだなぁ、もう! 仕方ないから読むよ。えっと…『黒竜砦の闘い終了』だね」

ベロア「今回で完全に黒竜砦での戦闘は決着です。次は、再びノートルディア公国を目指す事になりますね」

ディーア「ゲームなら、次は港街ディアでの戦闘だな。でも、そこで闘うはずのタクミさんはアマテラス様と一緒に居るから、完全に展開が異なってくるぜ」

ベロア「はい。なので、ノートルディアに入るまでは、しばらくオリジナル展開になるかと思います。まあ、原作も織り交ぜるつもりではありますが」

カンナ「どうなるのかはまだ秘密だよ! その時まで待っててね」

ディーア「んー、こんなもんか? それじゃあ、お疲れって事で。俺は少し昼寝でもしてくるわ」

ベロア「では、わたしはお宝探しにでも出掛けましょう」

カンナ「ああ…2人共行っちゃった…。という事で、今日はここまで! それじゃあまたね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 予期せぬ出会い

 

 黒竜砦での後始末を一通り終えたスサノオ達。主に働いていたのはハロルドで、暗夜兵の亡骸に一人ずつ涙を落としながら埋葬していっていた。

 スサノオにとっては、マクベスの息の掛かった暗夜兵達。だが、ハロルドにとってはそんな事は関係なく、ただ同じ軍に身を置く同朋として、彼らの遺体を埋葬していたのだ。初対面の仲間であっても涙を流して葬送する彼は、間違いなく誰よりも熱い心を持っているだろう。

 

 あらかたの埋葬が終わると、ネネが彼らの墓前にて祈りを捧げる。傷を癒やす為の杖で敵を殴るといった野蛮なシスターではあるが、それでもれっきとしたシスターなのだろう。

 彼女に倣い、仲間達と生き残った暗夜兵達で動ける者が、死者へと黙祷をする。この黒竜砦の闘いは、あまりに被害が大きく、そして一方的すぎた。本来、侵略する側である暗夜王国が、逆に白夜王国からの侵略を受けたのではないかと思えるくらい、被害は甚大だったのだ。

 今回の一件で、黒竜砦は砦としても大打撃を受け、もはやまともに砦としての機能を果たせない。修復が必要なのは火を見るより明らかだった。元々、大昔の巨大な黒竜をそのまま素材として砦を建造しており、砦としてだけではなく歴史的価値も内包していたが、修復による竜部分は大幅に減少せざるを得ない。

 

 砦として、歴史的建造物として、“黒竜から建てられた黒竜砦”は終わりを告げたのである。

 

 

 

 

 祈りも終わり、スサノオ達はいよいよこの地を出発する。黒竜砦への被害に関しては、生き残った暗夜兵で報告するとの事で、彼らはスサノオ達に感謝の気持ちを示していた。

 

「それでは、ウィンダムへの報告は任せたからな」

 

「ハッ! 畏まりました! スサノオ様方の援軍が無ければ我々の命は今、こうして有りませんでした。奴らを撤退にまで追い込んだ事といい……あなた方は我ら暗夜王国の誇りです!」

 

「感謝の気持ちと共に、スサノオ様方の事を色好く報告させて頂きますので……」

 

 およそマクベスの配下とは思えないその口振りに、信用して良いものかと少し不審に思うも、スサノオは迷いを振り払う。命懸けの後で、わざわざ嘘をつくとも思えない。ここは素直に信じても良いのだろう。

 

「そうか。おそらく、しばらく白夜からの進軍は来ないだろう。今回の侵攻は、彼らにとっても規模が決して小さいとは言えないだろうからな。少しの間、休んで傷を癒やすと良い」

 

「ハッ!」

 

 気持ちの良い返事を受け、スサノオは彼らがマクベス配下である事すら忘れて、黒竜砦を発ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スサノオ一行は次の目的地を目指す。最終目的地としてのノートルディアに渡るには、シュヴァリエ公国を通過しなければならない。そこから更に南下して、ようやくノートルディアへと最短で渡れる港街に辿り着けるのだ。

 

 数日掛かりで黒竜砦からシュヴァリエへとやってきたスサノオ達。彼らは今、暗夜王国とシュヴァリエ公国を隔てる国境である高き壁の前に居た。

 

「この先がシュヴァリエ公国か……」

 

「はい。シュヴァリエは優秀な騎士を輩出する事で有名であり、独自に騎士団を複数有していると聞きます」

 

「だが、近頃では暗夜の支配が強まったせいで、自由に国の出入りですら制限されているそうだ。俺ならそんな責め苦を受け続ければ、頭がどこかにイっちまいそうになるな。それこそ、昇天しちまうだろうさ」

 

 ライル、ゼロの説明に「へ~」と関心を示す返事をするスサノオ。もちろん、ゼロの変な言葉は全くのスルーである。

 辿り着いたは良いが、時刻は既に夜を回っており、衛兵も必要最低限の人数が配置されているのみで、静かなものだ。パチパチと松明の弾ける音がヤケに鮮明に耳に入ってくるのは、決して気のせいではないだろう。静寂に包まれた国境で、スサノオは高く聳える壁を仰ぐように見上げる。

 

「…高い。これを崩すのは生半可な事じゃないだろうな」

 

「です。それこそ、スサノオ様が竜になっても簡単には壊せませんですよ」

 

「聞けば、白夜の『スサノオ長城』と比べても遜色ない鉄壁さを誇るらしい。ここを崩すとなると、骨が折れるだろうな。そして黒竜砦があのように半壊してしまった以上、最終的な防衛砦はこの国境の壁と、国境を守るもう一つの城塞となるだろう」

 

 ネネ、アカツキの説明は的を射ている。高さもさることながら、分厚さも相当なもので、これを破壊しようものなら一朝一夕では到底無理だ。竜の力を用いたとて、何日掛かりになるかも分からない。

 まあ、スサノオにこれを破壊する気は更々無いのだが。

 

「シュヴァリエに入るのなら、き、気を付けた方が良いと思います…」

 

 壁を見上げていたスサノオの背後から声が掛けられる。そのおずおずとした声音に口調は、先の黒竜砦戦で大活躍を見せたノルンのものだ。

 それにしても、豹変した時とはまるで違う性格には、やはり知っていても驚かされる。

 

「気を付けるって、何がだ?」

 

「は、はい……マークス様から以前お聞きしたんですが、シュヴァリエ公国内部で反乱を目論む者が居る…かもしれないと」

 

「あー! あたしも聞いた聞いた! それでカミラ様と一緒に何度か任務でも確認に出たんだけどねー。結局それらしい情報は掴めなくて、噂は噂だろうって事になったんだよね~」

 

「俺もレオン様の指示で探りを挿れたが、ナニ一つ掴めなかった。だが、噂でも懸念材料としては申し分ないからな。警戒だけは怠らない方がイイ。油断してイっちまうなんて、目も当てられないぜ」

 

 アイシスはともかく、諜報に長けたゼロでさえ噂の真相を掴めなかったのは驚きだろう。それだけ上手く秘匿されいるのか、もしくは本当に単なる噂であるのか……。どちらにせよ、気を付けるに越した事はないという事だろう。

 気を引き締め、スサノオは門へとその歩を進める。ここから先は暗夜領であって暗夜王国にあらず。騎士の名門、名家が並び立つ、騎士の騎士による騎士の為の『騎士の国』、シュヴァリエ公国である。噂がどうあれ、彼らは暗夜王国の人間に良い感情を持ちはしないだろう。無理矢理に従わせた暗夜に、むしろ嫌悪感を示す方が正しいのだから。

 

「行くぞ……!」

 

 

 

 

 

 衛兵に、城を出る際に預かった通行許可証を見せ、難なく門を通過したスサノオ一行。門の先にはすぐ見える範囲に民家などの家屋が数多く建っており、国境の防壁は街のすぐ側に建てられたらしい。

 やはり夜という事もあってか、街はひっそりと静まり返っており、酒場や食事処と思しき店の周囲以外は灯りがほとんど灯っていない。その酒場でさえも、賑やかではないのだろう。酒場特有の騒がしさは通常、外まで聞こえてくるというもの。しかし、ほとんどそれらしきものは聞こえてこないのだ。

 

 静寂に包まれた街を進むが、かえって都合が良いかもしれない。反乱の噂が立つ程に、シュヴァリエの民は暗夜を嫌っているのだとしたら、あまり堂々と人目に付いて歩くのはよろしくないと言える。ただ目に付くだけで不快にさせるかもしれないし、それによって反乱の意思を煽る可能性だってあるだから。

 ……噂が真実であれば、の話ではあるが。

 

 

 夜の街を歩く一行から少し遅れて、アカツキはゆっくりと夜空を見上げながら歩いていた。空一面に…とは雲もあるために言い難いが、それでも星が無数に夜空で輝いている。

 

「……綺麗だな」

 

 普段の彼女を知らない者からすれば、物憂げな表情とその容姿も相まって、絶世の美女に見える事に違いない。いや、仲間達でさえ、いつも見る彼女の凛々しいその顔からは想像もつかないだろう。

 その様子から、何者も近寄り難い雰囲気がするが、恐れ知らずのように歩み寄る者が居た。

 

「驚いた…そんな顔も出来るんだな」

 

「……スサノオ様。それは嫌味か?」

 

 とたん、今度はニヤリといやらしく笑みを浮かべてスサノオへと返事をする彼女に、彼は焦ったようにしどろもどろになる。その様子を見て、アカツキは可笑しそうに笑い声を零した。それはもう、綺麗な笑い方で。

 

「ふふふ……。これは失礼を。だが、私とて女なのだ。星を見て憂う事もある」

 

「いや、なんというか、その…すまない。悪気があるとかじゃなくてだな。アカツキはいつもキリッとしてる感じだから、そんな風に物憂げな顔もするんだなと思って。意外だったというか……」

 

 申し訳無さそうな彼の言葉に、アカツキは自信ありげにフフンと軽く笑ってみせる。

 

「分かったか、スサノオ様よ。私も一端の女であると。これでも、幼い頃は蝶よ花よと可愛がられたものでな。女としての立ち振る舞いや所作など、たんと教え込まれたものよ」

 

 懐かしむように、口元を綻ばせて語る彼女。だが、今の彼女は武芸に生きる戦士としての側面しか、仲間にですら見せていない。一体何が彼女を変えたのか。かつて聞いた妹の存在が関係するのだろうか…。

 考え込むスサノオをよそに、アカツキはいつもの凛とした顔付きに戻ると、

 

「して、スサノオ様。私に何か用でもあったのではないか? もしや、口説くために声を掛けた訳でもあるまいに」

 

「口説くなんて、そんな…。ただ、アカツキの歩く速度がちょっと遅れてるみたいだったからさ。気になって、そしたら……って事だよ」

 

 先程までの事を思い出してか、照れ臭そうに話すスサノオを見て、アカツキはいたずらな笑みを浮かべて、彼の反対側を指差した。その指先を辿るように、スサノオが振り返った先では、

 

「……………」

 

 後ろに振り返りながらジーッとスサノオとアカツキを見つめるフローラの姿が。なんとも器用なものだが、なんとなく責められているような気がしないでもないスサノオ。別に悪い事はしていないはずなのに、何故だか悪い気がしてくるのは、どういう訳か?

 そして、バツが悪そうなスサノオの姿に、アカツキは再び笑うのだった。彼女にしては珍しく、何度目かの笑顔を、こうも連続で見せる事に、こっそり様子を窺っていた幼なじみ達は驚くと共にほくそ笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らが和んでいる裏で、密かに闇夜に紛れて動く影があった。民家の陰から陰へと、まるで機会を探る暗殺者のように、それでいて、獲物を舌なめずりする野獣のごとく。その人物は、一団のとある一点に熱く視線を送っていた。

 

「はあっ……」

 

 無意識に漏れる吐息の、なんと艶やかな事か。実のところ、その人物はスサノオ達が黒竜砦を出てから少しして、ずっと後を付けていた。無論、べったりと張り付くように、休息する彼らに合わせて休息し、食事も同じタイミングで、進む速度も全く同じ。まるでストーカーのようなその行動。しかし、姿は決して見せず、その存在も悟らせない。完璧なストーキングに、気配の察知に優れたゼロやニュクスでさえ気付いていない。

 

 そっと陰から顔を出して見てみれば、目当ての人物は一人の女剣士と何やら談笑しているではないか。

 ああ───

 

「羨ましい、本当に羨ましい……。私もあの方とお話したい…でも、またあなたとも逢えるなんて、私は運が良いわ……」

 

 とある民家の前に設置されたタルの側面からは、顔と共にゆらりと長い銀の髪が揺れ落ちる。彼女……シェイドが見つめるは、スサノオとその隣に居るアカツキ。つい先日、スサノオに強烈に興味を引かれたシェイドだったが、その隣では突然去ってしまった、これまた興味の対象だったアカツキが居るではないか。これはどんな巡り合わせか……またとない好機だろう。

 識りたいと思った対象が同時に存在し、そして厳しい監視の目も今や無し。ペロリと唇に舌を這わせて、彼女は眼光を静かにギラつかせて、妖しい笑みを浮かべていた。

 

「ああ……またアカツキを識るチャンス。そしてスサノオ様も……。あらあら、あそこに見えるのはノルンじゃない。うふふふふ。美味しそうな取り合わせね……」

 

 その言葉は聞こえていないはずなのに、何故かノルンとアカツキは同時に、キョロキョロと辺りを警戒するような素振りを見せる。アカツキは険しい顔で、ノルンは怯えた表情で。余計にシェイドを喜ばせるとは知らずに、彼女が喜ぶ反応を見せていたのだ。

 

 彼女を縛る枷は今や無い。ノルンへの接近を禁じていたマークスも、注意を促していたレオンも、何故かライバル視されていたカミラも、上司たるマクベスですら、今のシェイドを縛れはしない。

 

「今頃王城は……というよりマクベスはてんやわんやでしょうね」

 

 それもそのはず、彼女は城を出る前に、とある仕掛けを仕込んでいた。これも全ては、マクベスの下から離れ、スサノオに近付く為。

 しかし、彼らに声を掛ける機会がなかなか無いのもまた事実。だから彼女は、こうしてコソコソと付け回っている訳だし。

 何かキッカケがあれば良いのだが、それを掴めずにいるが故の現状であった。

 

「何か手土産でもあれば良いんだけど………あら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは突然だった。街の出口へと向かう一行の前に、何か袋を担いだ男が走ってきたのだ。フードで顔を隠し、如何にも不審者ですと言わんばかりの風貌に、息は荒く、慌てるように必死に町通りを走るその姿は、まるで何かから逃げているようにも見える。

 

 そしてその男はすぐにスサノオ一行の存在に気が付く。スサノオ達の姿を見た途端、彼はあからさまに嫌そうな顔を見せて、

 

「クソッ! 騎士共が!! もう応援に駆け付けやがったか!」

 

 何人かが身に着けていた鎧を見て、その男はスサノオ達を何かと勘違いしているらしい。おそらくは、シュヴァリエ公国が有するという騎士団と間違われたのだろう。

 

「待て!!」

 

 男の更に後方から、女と思われる声が、彼を追い掛けてくる。月明かりに照らされて、全身を真っ赤な鎧で武装した一人の女騎士。男が必死に逃げているのは、彼女に追われているからだったのだ。

 

「おい、そこのアンタら! そいつは盗っ人だ! 捕まえるのを手伝っておくれ!」

 

 女騎士の叫びに、スサノオ達は男が盗っ人だとようやく気付く。しかし、いきなりの事すぎて取り押さえようと構える間に、盗っ人はスサノオ達の手前でターンするようにクルッと急激に方向転換をしてみせた。

 その身のこなしから、普段からこういった場面には慣れているだろう事が分かる。場数を積んだ盗っ人程、捕まえるのは容易ではない。

 

「しまった……!!」

 

 今の変則的な動きに怯んだスサノオ達を尻目に、男はどんどん彼らから距離を広げていく。今から走って追い付くのは至難の技だろう。ミシェイルとアイシスなら、走るよりも早く空を駆けて追い付けるかもしれないが、あいにく街中は隠れる場所に恵まれている。追い付く前に隠れられ、探すうちに逃げられてしまう可能性がある。

 

「くそ、足運びが軽いじゃないか! 相当な場数を踏んでるってかい!」

 

 女騎士は構わず、スサノオの前を走り抜けて盗っ人を追い掛けて行く。このままみすみす盗っ人に逃げられてしまうのは良いはずもなく、スサノオは全員に向けて指示を出した。もはや可能性がどうこうと考えている場合ではない。

 

「全員! ただちにあの男を捕らえるぞ!!」

 

 そして、スサノオ達も女騎士の後ろに続いて、男を追い始める。追い始める、のだが……。

 

「ぶげひゃ!!?」

 

 はるか前方から聞こえてきたのは、潰したような叫び声。すぐに、それが先程の盗っ人のものだという事が明らかになる。辿り着いたその先では、男が涎を垂らし、だらしなく四肢を伸ばして失神していたからだ。

 

 突然の事に茫然と立ち尽くすスサノオ達と女騎士だったが、その時、民家の陰から幽霊が如く、ぬらりと現れる影があった。

 妖艶なスタイルに、肌を多く露出させた邪術士の衣装。流れるような銀の髪をたなびかせて、その人物はとてもいい笑顔でこう言った。

 

「御命令通り、捕まえてご覧にいれましたわ。スサノオ様…?」

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「まずは前回に続き、オリジナル兵種の案を投稿頂き、ありがとうございます」

カンナ「出しやすそうなものもあるから、その内出せるものもあると思うよ!」

ベロア「出来る限り出せればとは思いますが、設定に合わせたりと調節も必要ですので、もし出て来た時は『あ、出た!』と思いながら見て下さいね」

カンナ「それじゃ、今日のゲストさんどうぞ~!」

イグニス「…俺が今日のゲストだ。よろしく頼む…」

ベロア「イグニス……カンナとイグニスの3人でこのコーナーをやるのは初めてですね」

カンナ「うん! よろしくね!」

イグニス「あ、ああ…。カンナとは霊山での肝試しから親近感が湧いているから、仲良く出来たらと思う」

ベロア「そういえば、イグニスやあなたのパパも、怖いものが苦手なんでしたね…。カンナも、霊山では怯えて涙を浮かべて…可愛かったです」

カンナ「うう……もう何度も肝試しに連れて行かれてるけど、未だに怖いんだ…」

イグニス「その気持ち、分かるぞ…。幽霊に慣れるなんて、一生無理だろう…。俺も未だに、ベロアから貰ったあれが…」

ベロア「わたしから……、ああ、あれですか。わたしがプレゼントした宝物が何か?」

イグニス「い、いや…やっぱり何でもない。大切に神棚に備えている……(祟られるのは怖いから、お祈りも欠かしてはいないぞ)」

カンナ「え? なにそれ?」

ベロア「わたしが以前に、イグニスにプレゼントとした宝物もとい御守りです。わたしが作ったお手製ですよ」

カンナ「へぇ! すごいね!」

イグニス「ああ…あらゆる意味で凄いぞ。主に効果が…」

カンナ「どんな効果があるの?」

イグニス「そ、そうだな……敵兵が俺と闘っている時に、怯んでくれたりする……」

ベロア「おお…わたしが作っておいて何ですが、すごく効力を発揮しているようで、驚きです」

カンナ「すごいすごい! お守り効果すごいよ~!」

イグニス「そうだな……(言えない…敵兵が怯む時、何も無いはずの俺の背後を見て怯えるなんて……。それより俺が怖い……!! 一体、俺の背後に何があるんだ……!?)」

ベロア「御守り効果が抜群だと分かったところで、今日のお題に入りましょうか」

イグニス「ああ…。『シェイドの登場について』…だな」

カンナ「あの色っぽいお姉さんだね。あたしもあんな風になりたいな」

ベロア「出来れば、体型の話だけにしてくださいね…。あの人、この作品ではすごくアレな人ですし」

イグニス「たしか、闇の部族の末裔…だったか?」

ベロア「はい。村は滅びましたが、部族自体は少数ですが生き延びています。彼女はその中の一人という事になりますね」

カンナ「お城で何かしてきたって言ってたよね?」

ベロア「明言は出来ませんが、とりあえずマクベスが困るという事だけは確かです」

イグニス「…スサノオ以外にも、アカツキとノルンがヒドい目に遭いそうな気がするんだが、無事を祈っておこう。……あの御守りに」

カンナ「あ、あたしもお祈りしに行きたい!」

ベロア「わたしも、イグニスが本当にあの御守りを大切にしているか確認ついでに行きましょう。みんなで祈った方がご利益もあるでしょうし」

イグニス「わ、分かった……(ご利益どころか呪われそうというのは、黙っておこう……)」

ベロア「それでは、次回もよろしくお願いします」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 叡智への遠謀

 

「御命令通り、捕まえてご覧にいれましたわ。スサノオ様…?」

 

 一軒家の前に置かれたタルの影から現れたのは、長い銀の髪が映える妖艶な衣装に身を包んだ一人の女。その格好からして、ニュクスと同じく邪術士であろう事が分かるが、彼女と比べると凹凸の差が天地の差である。露出の多い2人だが、ニュクスが幼い容姿故に一歩間違えば犯罪的な格好であるのに対し、彼女は年相応の色香がプンプンと漂った、違う意味で犯罪的な格好になっている。

 

 突然の謎の女性の登場に、スサノオや女騎士は唖然として彼女を見つめていたが、スサノオはすぐに違和感に気付く。彼女は、()()()()()と名指しで呼んだのだ。

 しかし、スサノオには彼女に対して心当たりがまるで無い。一方的に相手に自分の事が知られている事のなんと気持ちの悪いものか。

 王族ならば、顔を知られていても当然であっても、スサノオはその姿を知る者がほとんど居ない例外的存在。故に、他の王族達と違ってそういった事にまだ慣れていなかった。

 

「何者かは知らないが、これで盗っ人を捕まえられる! 助かったよ、エロい格好の姉さん!」

 

 我に戻った女騎士は、快活な笑みを浮かべてテキパキと倒れた盗っ人を、持っていた縄で縛り上げていく。完全に伸びてしまっているらしく、捕縛される間も意識が戻る事はなく、あっという間に縛られ盗っ人の完成だ。

 

「……、」

 

 女騎士は幸運とばかりに喜んでいたが、スサノオはそういう訳にはいかない。自分を知っているこの女は、恐らく暗夜王国の人間だろう。様付けで呼ぶなんて、限られてくるものだ。もしかすると、ガロン、それかマクベス辺りの配下である可能性も視野に、彼女への警戒は怠らない。

 もしかしたら、仲間達なら彼女が誰かを知っているかもと、期待を込めて後ろを振り返ると、

 

「……何故、ここに」

 

「貴様……!」

 

 フローラ、ニュクスを除いた全員が、驚愕、憤怒、恐怖をそれぞれ浮かべて、女を見つめていた。

 女は様々な視線を受けて、それもほとんどが負の感情を含んでいるにも関わらず、平然として変わらぬ笑みを浮かべている。

 

「あら、ずいぶんと嫌われたものね。別に害を為そうなんて思っていないのに」

 

「ひ、ひぃぃぃぃ?!!」

 

 ずいっと一歩、前に歩み寄る彼女に、ノルンが悲鳴を上げてミネルヴァの後ろへと姿を隠す。それだけで、彼女がノルンにとっては恐怖の対象であるという事が一目瞭然だ。

 怯えるノルンを庇うように、他の仲間達も彼女の視界を遮る。その様子を心外とばかりに、しかし明らかに作った不機嫌顔で女邪術士は口を曲げる。彼女の不機嫌そうな顔は無視して、険しい目つきのままライルは告げる。

 

「何故あなたがここに居るのか、きちんと説明してもらいますよ、シェイド。場合によっては、あなたを捕縛する事も辞さないという事をお忘れなく」

 

「ふふ、物騒な話。安心なさい、()()()妨害も邪魔も危害も加えないわ」

 

 女……シェイドの含みのある言葉に、ライルは警戒を崩さない。そして、彼女が件のシェイドであるとようやく分かったスサノオも、天蓋の森での一件から、疑念を露わにシェイドから距離を取る。

 

「認めるんだな。天蓋の森での事を」

 

 彼女の言葉から、スサノオはあの一件を肯定したとして受け止め、問い返す。そんな棘のある彼の台詞に対し、彼女はコクリと頷いて返した。本人からの認定、これにより、あれが作為的なものであった事が確定となる。

 

「マクベスの指示でしたの。私は乗り気では無かったけれど……おかげで私は素晴らしい発見があったから、結果的には最高かしら?」

 

 一歩間違えば死んでいた…いや、仲間達が助けに来なければ確実に死んでいたであろうアレを、最高だったと言い切る彼女。スサノオは彼女の事を聞いた話でしか知らないが、このやりとりだけで彼女が如何におかしいのかは感じ取れた。

 要は、彼女は自分さえ良ければそれでいいのだ。自分の目的の為なら、他はどうだっていいし、どうなろうと構わない。そこに思いやりなど存在しない。王族だろうと、上司だろうと、同僚だろうと、部下だろうと、部外者だろうと、全て関係ない。

 自分の知的欲求を満たす為だけに、彼女は人に仕え、人を使う。そこに善意悪意があるか、それが善行悪行であるかは、他人が見た感想や印象の中にしかないのだろう。だって、彼女はそんなものは関係無しに、ただ()()()()()()なのだから。

 

 少し話しただけでシェイドの異常性は十分過ぎる程に伝わり、しばらくの間彼女を睨んでいたスサノオと仲間達であったが、その均衡は意外な所から崩される事となる。

 

「アンタらの間に何があったかは知らないけど、こうして盗っ人の捕縛に協力してくれたんだし、ここはそれに免じて許してやってくれないかい?」

 

 赤い鎧の女騎士が、スサノオ達とシェイドの間に入り、仲裁しようとしたのだ。事情を知らないからこそ、彼女のみがそう動く事が出来た。互いに初めて顔を合わせたとか、そんなものよりも目の前の険悪な雰囲気を壊したかったというのが、彼女の気持ちでもあったが。

 それでも、相当な度胸が無ければ出来ない芸当であるのは間違いないだろう。

 

 女騎士の申し出を素直に受けるのは中々に難しい事ではあるけれど、今ここでいがみ合うだけでは無為な時間を過ごす事になる。とりあえず、シェイドがここに居る理由だけでも知りたかったスサノオは、その事を問いただそうとするが、それを制するかのように、ライルが小声で耳打ちをしてきた。

 

(スサノオ様、この場でシェイドと込み入った話をするのは駄目です)

 

(何故だ? 何か問題があるのか…?)

 

(赤い鎧の女騎士、彼女はどう考えてもこの街の騎士です。シュヴァリエで反乱の噂があった以上、この国の人間の前で暗夜王国に関する話題や素性を明かすのは危険な可能性があります)

 

 噂が嘘であると信じたいが、そうとは言い切れないのもまた事実。実力者揃いの仲間達が居るとは言えど、この少数で取り囲まれれば無事では済まない。幸いにも、彼女はスサノオはもちろんの事、シェイドやマクベスという名前を知らないようだし、仲間達も彼女に顔を知られている者は居ないらしい。エリーゼはグレーだろう。顔は知られていなくても、王女であるが故に名前は知られている可能性があまりに高いのだから、名乗らせるのは得策とは言えないか。

 

 スサノオはライルの進言を取り入れると同時に、ひとまずは賊を捕らえるのに協力した功績という形を取って、女騎士の頼みを叶える事にした。

 

「シェイド…お前がマクベスの指示に従っただけで、他意があった訳ではない……という事にしておく。こうして盗っ人を捕まえるのに手を貸してくれた訳だし、恩を仇で返すというのも何だからな」

 

「ああ…ありがとうございます。せめてものお詫びを込めて、マクベスには仕掛けを用意しておきましたので……」

 

「仕掛け…? いや、込み入った話は場所を変えてからにしよう。そこのあなた……えっと…」

 

 気になるシェイドの言葉は後回しにして、まずは場所を変える事を優先しようと決めたスサノオは、仲直り?の様子を気持ちのいい笑顔で見つめる女騎士へと視線を移す。だが、名前を知らない彼女をどう呼んだものかと悩んでいる事に気付いた女騎士は、

 

「ん? ああ、私の名はクリムゾン。さっきから聞いてたから、アンタの名前は分かってるよ。スサノオ……だっけか?」

 

 快活に笑って見せるクリムゾン。彼女は改めてスサノオ達へと頭を下げて礼を言う。

 

「何はともあれ、アンタらのおかげで盗っ人を捕まえられた! ちょいと厄介な代物を盗みやがってね、コイツ。まあ、狙いは金品だったんだろうけど、外に持ち出されると面倒だったから本当に助かったよ!」

 

「そうか。それなら良かった」

 

 盗まれたものが何であったのか、少し気になるけれど、深く聞くのも失礼であろう。そう思ったスサノオは、クリムゾンの礼を素直に受け取るだけに留めた。

 

「本当なら礼にご馳走でも…って言いたいところなんだけどね。今はそんな余裕も暇も無いんだよ。それに、アンタらだって急ぎなんだろう? こんな夜中に街中を集団で抜けようとしてるんだ。それなら邪魔しちゃ悪いからね、感謝の言葉でどうか許しておくれよ」

 

 クリムゾンは苦々しく笑うと、深く頭を下げて言った。彼女の言葉通り、本当はきちんと謝礼したいのだろう。騎士とは義理堅いものだ。兄であるマークスも騎士であるが故に、スサノオは騎士がどういったものであるかを、ある程度は知っていた。だから、彼女の心情も分かるのだ。彼女の都合がどうであるかは別として。

 

「その言葉だけで十分だ。それに、クリムゾンの言う通り、俺達は先を急いでいるからな。気にしないでくれていいさ」

 

 スサノオの言葉にクリムゾンは顔を上げるが、それでも申し訳なさは滲み出ているようで、彼女の性分としては完全には納得しきれないのだろう。

 それが分かっているからこそ、彼女は無理にでも話題を変えようとした。

 

「そうかい…ありがとうよ。ところで、アンタらはまたどういった連中なんだい? 身形の良いヤツばっかだけど。そういえば“様”呼ばわりされてたね、アンタ。まさか…暗夜王国の貴族とかか?」

 

 最後の方は露骨に、口にするのも嫌そうに勘ぐりの言葉を口にした彼女だったが、やはり暗夜王国の人間は良く思われていないのだろう。

 それが分かっていて、素直に身分を明かすのもどうかと思い、スサノオは嘘をついた。何度も言うように、シュヴァリエで反乱の噂がある以上は、迂闊な事を口にするべきではないのだ。目の前のクリムゾンがこの国の騎士であるなら尚更に。

 

「えっと、貴族とかじゃなくてだな…ちょっと訳ありなんだが…」

 

 とは言うものの、上手い言い訳を思い付かないスサノオ。困ったような彼の言い草にクリムゾンが疑念を感じる前に、先手を打たんとばかりに横合いから援護射撃が入る。

 

「そうよ。私達は暗夜王国から逃げて来たの。抑圧の強すぎるガロン王の統治に嫌気がさしてね。だから私達のような子どもだって居るのよ」

 

 言って、当の本人であるニュクスは、エリーゼやネネをも巻き込んで嘘を並び立てる。あれだけ子ども扱いされるのを嫌がっていたのに、演技とは言え自称する事すら辞さない辺り潔いと言える。

 

「それと、スサノオ“様”と呼ばれていたのは、彼が暗夜王国の騎士の中でも上位に就いていたからよ。だから、そこの国境だって難なく通り抜けられたの。まあ、逃げ出したのがバレていれば上手くは行かなかっただろうけど。どうやらまだ大丈夫みたいね」

 

 完璧に近いレベルでの『設定』に、スサノオのみならず仲間達全員がニュクスに感心の視線を送る。大人びた子どもだとは思っていたが、ここまで頭が回るとは、中々に侮れない…と。

 クリムゾンもクリムゾンで、ニュクスの言葉に「子どもなのにえらく大人びてるねぇ」と、あっさりと信じ込んでいる。少し簡単過ぎて心配になるレベルである。

 

「そうかいそうかい。アンタらが暗夜の人間ね……。でも、あそこから逃げて来たんなら、早く行きな。脱走兵を許す程、今の暗夜王は甘くはないだろうさ。全く、昔は暗夜王国もそれほど圧政を敷かない国だったってのに、どうしてああなっちまったんだろうね…」

 

「……」

 

 遠く見つめるように、クリムゾンは国境の壁へと顔を向ける。正確には、壁で見えないその遥か向こうの暗夜王城へと…。やはり、今の暗夜王国はおかしくなってしまっているのは間違いない。フリージアで聞いた話といい、クリムゾンの言葉といい、昔と今では違ってしまっているのだ。

 

「さあ行きな! 縁があったらまた会おうじゃないか。その時こそ、今回の礼を返してやるよ」

 

 憂いた顔を笑顔に変えて、クリムゾンは倒れていた盗っ人を無理矢理に引きずって、街の方へと歩き出す。その後ろ姿を見送り、スサノオ達もシェイドの話を聞くために移動を開始した。どうせ街の外に出るのだから、話も外で聞いた方が早いだろう。

 

 

 赤い鎧の女騎士、クリムゾンとの出会いが何を意味するか。そしてどのような形で再会するのかを、スサノオはまだ知らない。皮肉にも、今回彼女が取り戻した『もの』がそれに関わっている事をまだ、彼は知らないのだった。

 

 

 

 

 

 

 スサノオ達が街の出口付近まで辿り着く頃には、街はすっかり夜の闇で包まれていた。既に街の灯りもチラホラと数える程しか無く、静寂が街を支配している。人々は寝静まり、起きているとしたら衛兵くらいなものだろう。

 しかし、シュヴァリエ公国には衛兵はほとんど存在しない。理由は明白で、それはここが騎士の国であるから。わざわざ強者揃いの騎士だらけの所に攻め入る物好きなど、そうそう居ない。居るとすれば、命知らずか、それとも余程の力を持つ国か。

 何にせよ、シュヴァリエに手を出して、シュヴァリエの擁する三大騎士団に報復される事が分かっているのだから、誰も手出しはしないのが常識となっている。

 先程の盗っ人は命知らずのバカの類だろう。

 

 ともあれ、スサノオ達は完全に人気の無い場所までやってきたのだ。それも全ては、何故かずっとスサノオに熱い視線を送りながら歩くシェイドから話を聞くためだった。

 見通しが良く、誰か人が近づけばすぐに分かる通りで立ち止まると、スサノオは改めてシェイドへと向き直る。他の仲間達が張り詰めた空気を纏う中で、予期せぬ来訪者であるシェイドのみが、まるで彼女だけ異質であるかのごとく陽気に妖艶に、自信に満ち足りた笑顔で周囲の視線を受け止めていた。

 

「それで、お前はどうしてここに居るんだ? マクベスの配下だと聞いているが、今回の遠征は俺達だけのはずだろう?」

 

「それに関してはまず前提が既に違いますわ。私は()マクベスの配下。マクベスの指示とは言え、スサノオ様に危害を加えてしまった事への償いが出来ればと参上しました。まあ、元なだけあってマクベスがガロン王にさえ知られては困る裏の情報も握っているので、置き土産と共に置き手紙に脅しを記して残して出て来ただけですが、恐らく深く追及はして来ないでしょう」

 

 サラッと言ってのける彼女ではあるが、マクベスは追及して来ないのではなく、出来ないの間違いであろう。彼女の性格を知るライル達は、それが深く考えずとも分かっていた。スサノオも、詳しくは知らないにも関わらず、ライル達と同じような考えに至っていたのだから、短い間にずいぶんとシェイドを理解したものである。

 

「ところで、スサノオ様にお願いがあるのですが……」

 

 途端に、もじもじと内股になり両手の人差し指を摺り合わせるシェイド。正直なところ、エロさが前面に押し出された格好で、急に乙女のような態度をされると反応に困ってしまうが、スサノオは若干どもりながらお願いとやらが何であるのかを問い返す。すると、まさかの想定外なお願いが飛んできた。

 

「天蓋の森での一件、実はずっと拝見させて頂いていたのですが、あなた様のその竜のお姿、お力を間近で感じさせて頂きたいのです」

 

「!!」

 

 スサノオは驚きのあまり、顔を引きつらせて固まってしまう。あの一部始終を見られていたのだ。それも、竜の姿を見せるべきではないとライルから忠告を受けていたシェイド本人に。

 

「危惧していた事が、まさか既に手遅れだったとは…不覚でした」

 

「そんな過ぎた事は今はどうでもいい。それよりもシェイド貴様、何を考えている! 夜で人気が無い場所とはいえ、まだシュヴァリエ公国内だ。竜化したスサノオ様の姿をもし見られでもしたら厄介でしかないぞ! 飛竜などといったドラゴンとは訳が違うのだ。騒ぎになる危険もある!」

 

 シェイドの頼みに返答する間も無く、アカツキが彼女に対して怒鳴り声を上げた。それに同意するように、スサノオ臣下達も大きく頷いて見せている。

 

「だいたいさー、姿はともかくとして力なんてこんな場所でどうやって見せるの? 反乱する騎士も居ないし、街を襲う賊も居ないよ? 敵が居ないとこんな街中で力なんて見せられないよ」

 

 アイシスの意見は当に正論である。竜化だけならまだしも、その姿での力を示すなんて、街中で出来るはずもない。しかし、余裕を崩さぬ顔でシェイドは反論する。

 

「それもそうでした。なら、場所を用意しないといけないわ。街を出て少しした所で、森に入りましょう。そこなら姿も人目から隠せますし、迷惑にもならないでしょうから」

 

 そうと決まればとばかりに、シェイドは早速街の外を目指して歩いていく。無論の事、放っておく訳にもいかず、仲間達は仕方なくといった様子で彼女を追い始めた。

 

 そして、驚きからようやく立ち直り、彼らの背を見つめてポツンと立ち尽くすスサノオは、

 

「いや、俺まだ承諾してないんだけど…」

 

 呟きも虚しく、溜め息を吐いて自身もトボトボと歩き始めるのだった。

 




 
「ジークベルトの『身に付く豆知識コーナー』を始めるよ」

※ここからは台本形式でお送りします。

ジーク「やあ。今日で7月も終わりだね。暑い夏はまだまだ続くけど、暑さに負けずに頑張ろう!」

カンナ「今日はベロアが夏バテで、いつものコーナーはお休みだよ」

ジーク「獣人にとっては辛い季節だね。ベロアは耳や尻尾が毛深くてモフモフしている分、蒸れて大変そうだからね」

カンナ「それで、このコーナーでは何をするの?」

ジーク「うん。ちょっとしたファイアーエムブレムに関する豆知識を掲載しようと思うよ。これからも、たまにこういった場を設けるかもしれないから、その時はよろしくお願いするよ」

カンナ「ベロアは休めるって言って喜びそうだけどね」

ジーク「さて、初回という事もあるし、今日はサクッと進めてしまおうか」

カンナ「今日の豆知識はこちらだよ! 『ファイアーエムブレムifの遭遇戦について』」

ジーク「ほとんどの既プレイヤーは知っていると思うけど、遭遇戦の時に表示されているボスユニットの兵種が『シーフ』、『忍び』の時は少しレアな戦利品が貰えるんだ」

カンナ「例えば、買える数に限りのある杖とか、能力値を底上げする道具だね」

ジーク「しかし、たまにマスタープルフなどといった外れも存在しているからね。そもそも、シーフと忍びが出るのも運によるところが大きいから、遭遇戦で見かけたらなるべく挑戦する、といった心持ちで良いと思うよ」

カンナ「初心者には嬉しい情報だったかな? もっと役立ちそうな豆知識を仕入れるから、お楽しみにね!」

ジーク「それでは、また次回もよろしく頼むよ。次回がいつになるかは、未定だけどね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 闇の知恵者

 

「この辺りで良いかしら……」

 

 シュヴァリエ公国の市街地から外れた森の奥深く。そこでようやくシェイドは足を止めた。

 木々は鬱蒼とした葉を垂らし、それより下は夜の闇よりなお濃い漆黒の闇に包まれ、月明かりですら届かぬ人の未踏の土地。

 これだけ離れ、生い茂った場所なら、音や明かりですら市街地にも届かないだろう。

 

「……何をするつもりだ?」

 

 スサノオ一行はシェイドと同じく立ち止まり、彼女を訝しむように見つめる。その呟きは誰のものであっただろうか。しかし、その場の全員の気持ちを物語るものでもあった。

 

「うふふ……」

 

 疑念の視線を受けているのに、シェイドはちっとも気にする様子はない。彼女の視点はただ一点のみ。そう、スサノオだけにしか向けられていなかったからだ。

 

「ところで、皆さんは私が暗夜王城でどのような立場にあったか、覚えていますか?」

 

 相変わらず、スサノオから目を離さないシェイドであったが、その言葉はスサノオ以外へと向くものだ。

 そして無論、彼女の問いはライル達にとっては愚問でしかない。

 

「覚えているとも。貴様は王族の教育係を務めながらも、ノスフェラトゥの研究における一任者という役職でもある邪術士だ」

 

「正解です。でも、その答えじゃ100点満点中、70点よミシェイル」

 

 チラリと、答えたミシェイルに対し一瞬だけ目を向けるシェイド。妖艶に微笑み、すぐにミシェイルの答えに詳細を付け加えていく。

 

「私がノスフェラトゥ研究に秀でている理由も付け加えないと。その理由とは、私の生まれ───闇の部族が死霊、屍霊、霊魂といったジャンルで抜きん出ているからよ」

 

「あっ! そういえばシェイド、闇の部族の末裔って言ってたっけ」

 

 王族教育系だったのなら、エリーゼにその事を話した事もあるのだろう。エリーゼはピシッと手を真上に上げて、ハツラツとそれを口にした。

 

「その通りです、エリーゼ様。つまり、私を語る際に『闇の部族』というキーワードは外せないの」

 

「闇の……部族……?」

 

 当然ながら、スサノオはそんな事を知り得ず、初めて耳にしたその単語に、疑問符を浮かばせる。フローラとフェリシアの出身である氷の部族、白夜王国のリンカの出身は炎の部族だったはず。

 そして、シェイドが闇の部族……。これらを基に、スサノオが行き着いた思考の末とは、

 

「部族は氷や炎、闇の他にもあったりするのか?」

 

 氷、炎、闇と様々な部族があるのなら、自分が知らないだけで、他にも部族は居るのではないかという思考の帰結だった。

 

「そうですね…、僕が知る限り、暗夜王国では闇、氷、大地の部族が。白夜王国では炎、風、雷、光の部族が存在するとされています。ですが、大地と雷の部族に関しては既に滅んだとされていますね。あとは、伝説上の存在として『水の部族』という謎に包まれた───」

 

 淡々と、それでいて話し出したら止まらないライルが、いつものように眼鏡に手を掛けて説明していく。

 まさか白夜王国の方まで網羅しているとは思わなかったスサノオは、関心を示して聞いていた。

 だが、話の本題はそこではない。今はシェイドの話だった事もあり、その本人が直々に流れを戻すために、他の部族の話題を中断する。

 

「それについては、また後で追々話すとしましょう。スサノオ様が寝所で御就寝される頃にでも共に……」

 

「な…!? あ、あなた、何を言って……!!?」

 

 シェイドの言葉に突然取り乱すフローラ。しかし、悲しいかな、スサノオはその理由がフローラの恋故であるとは気付かない。

 一目で、フローラの気持ちを見抜いていた彼女のちょっとしたイタズラだが、フローラには効果覿面(てきめん)だったようである。

 その反応に笑みを零すと、ようやくシェイドは本題へと戻っていく。

 

「さて、話を戻しますと、私たち闇の部族は死者と密接な関係にあり、私はノスフェラトゥの研究という形で暗夜王国に貢献しています。ノスフェラトゥの管理なども、一部は私の管轄であり、私営兵としても所持しています」

 

 ここまで聞いて、既に何名かは嫌な予感がしていたが、そんな彼らをよそにシェイドの語りは終わらない。

 

「なので、少しくらい数が減ってしまっても、私の所有するものであれば問題はありません。それに、ノスフェラトゥは死体さえあれば、いくらでも新しく調達も出来ますし」

 

 ノスフェラトゥを調達する。それはつまり───死体を弄くるという事に他ならない。死者を冒涜するような存在であるノスフェラトゥ。それを作ると、平然と口にするシェイドという女性に、スサノオは少しの悪寒を感じ得ずにはいられなかった。

 流石にここまで聞けば、今から彼女が何をしようとしているのか、どうやってスサノオの力を測ろうとしているのかが、どれだけ鈍かろうと察しがつくだろう。

 

 にんまりと、にこやかに笑う彼女は、急にしゃがみ込み、地面に手をつくと、

 

「さあ、おいでなさい……私の可愛いノスフェラトゥ達……」

 

 地面についた手を中心に、シェイドの足元から円形の魔法陣が現れ、一気に巨大化して森の中を拡散していく。

 

「これは、もしやノスフェラトゥの召還陣…!!」

 

「見せて下さい、あなたの力を……その身に秘めた『竜』の力を……!!」

 

 直径100メートル程もある魔法陣のサークル内に、更に細かな魔法陣がいくつも生み出される。そこから生えてくるように上へと這い出てきたノスフェラトゥに、全員がギョッとし身構えた。

 

「やるしかないか…! 総員、戦闘態勢を取れ!! さっさと終わらせるぞ!!」

 

 夜刀神を抜き、スサノオは声を張り上げて叫ぶ。話に聞いていた通りなら、シェイドはスサノオの竜の力を知るためなら、一切の躊躇いなく掛かってくるはず。

 手加減に期待していたら、こっちが死んでしまう事になりかねない。故に、本気で敵と闘うつもりで向かわねばならないだろう。

 

「ひいぃぃぃ!!? な、なんでこんな事にぃぃぃぃ!!?」

 

「へっ……イイぜ。俺のこの太いのを、お前らの中にぶち込んでヤる。死人なら死人らしく、さっさと昇天しちまいな……?」

 

「エリーゼ様は私が守る……」

 

 まさしく、この状況に三者三様の反応を見せる仲間達。エリーゼやネネといった武器を持たない者達を庇うように、重騎士であるエルフィがその背に隠すが、

 

「非戦闘員はこちらにどうぞ」

 

 その声にハッとして顔を向けると、エルフィの目には召還陣を発動した地面にズブズブと沈んでいくシェイドの姿が。見れば、彼女の足元には黒い水溜まりのようなものが広がっていた。まるで底なし沼に沈むような姿の彼女に奇っ怪なものでも見たように固まっていると、すぐ背後で二つの悲鳴が上がる。

 守るべき存在であるエリーゼの声に、エルフィはすぐに我に戻り振り向くが、

 

「な、なにこれ……!?」

 

「沈むですー!?」

 

 既に遅く、エリーゼとネネはシェイド同様に闇へと飲み込まれ始めていた。

 

「エリーゼ!?」

 

 主君のピンチに、エルフィは思わず素が出てしまう。様付けではなく、親友としての顔が、咄嗟に表出してしまったのだ。

 その手を伸ばし、エリーゼの手を掴もうと必死で差し出すも、掴んだ腕は止まる事なく、黒沼へと落ちていく。

 

「どうした!?」

 

 やっと事態に気付いたスサノオも、エルフィの手助けに入るが、2人掛かりでも沈むのは止まらない。

 腕を竜化させようにも、鋭い鉤爪の生えた手ではエリーゼを傷付けてしまう。そして、

 

「私も助けてですよー!! もがが……!」

 

 そうこうしているうちに、ネネが完全に沈んでしまう。仲間達はノスフェラトゥと戦闘中、これ以上の助力は望めない。せめてエリーゼだけでも、と必死にエリーゼを引っ張り上げようとするが、

 

「おにいちゃん、エルフィ……!!」

 

 努力は空しく、エリーゼの体だけが闇へと呑まれ、スサノオとエルフィは地面に手をついて取り残される形になった。

 

「エリーゼ! エリーゼ!!」

 

「くそ…!!」

 

 2人の消えていった地面に、何度も何度も拳を打ち付けるエルフィ。そんな彼女に、スサノオは掛ける声が見つからない。

 シェイドも既に消えてしまっており、怒りをぶつけようにも、ぶつける相手はもはや存在しない。

 

 と、思いきや、

 

『心配なさらずとも、エリーゼ様とネネは無事ですわ』

 

 何処からともなく、響くようなシェイドの声が耳へと入ってきた。辺りを見回してみても、シェイドはおろかエリーゼとネネの姿は見当たらないが、

 

「2人は何処だ!」

 

『闘う力の無い方は安全な所で控えています。ですので、存分に力をお見せ下さいね?』

 

『ごめんね、みんな。一緒に闘えないけど、ここから応援してるよ! それとエルフィ、あたしはだいじょうぶだから、心配しないでね』

 

 エリーゼの声が同じように聞こえてきた事で、エルフィは安堵したようにホッと息を撫で下ろす。声の向こうではネネの騒ぐ声も聞こえてきたので、どうやら2人は無事らしい。

 

「安心している場合か!」

 

 状況は分かっていても、ノスフェラトゥから手を離せないでいたアカツキが、安心のあまりへたり込んでいたエルフィを叱責する。

 

「エリーゼ様とネネの無事が分かったのなら、早く戦列に加われ! あの2人が居ないという事は、回復役が減ったという事だぞ!」

 

 杖使いである彼女達が抜けた分、杖の心得があるのは……。

 

「フローラは後方で援護と回復の支援に回れ! あと他に杖を使える者は……」

 

 すぐさま戦列へと戻ると、竜腕に変じた左腕をノスフェラトゥの頭部に突き立てて、攻撃の手を休めずにスサノオは指示を出す。

 フローラは速やかに陣の中心へと下がり、そしてスサノオの問いに答えたのは、

 

「はいはーい! あたし、杖使えるよ!」

 

 森の中で飛び辛そうにしている天馬騎士、アイシスだ。手綱を放して、槍を持つ方と反対の手に、高く杖を翳してアピールしている。

 

「ならアイシスは遊撃しながら、負傷した者の回復に向かうようにしてくれ!」

 

「了解だよ!」

 

 幸い、この森の木が低くなかったので、ペガサスでも飛行可能だ。そして、それは飛竜についても同じ事が言える。

 今度はミシェイルに向けて、スサノオは指示を出した。

 

「ミシェイルは劣勢の所があれば、都度そちらの援護に向かうようにしてくれ!」

 

「臨機応変という奴か…。了解」

 

 ミシェイルは手綱を軽く引き、相棒へと飛行する合図を送る。それに応えるようにミネルヴァのけたたましい咆哮が、ノスフェラトゥを威嚇するかのごとく森に木霊(こだま)した。

 

「ライル、俺は竜化で敵を引き付けるから、後の細かい指示はお前に任せる!」

 

「了解しました。ですが、くれぐれも力を使いすぎないように。戦闘中に倒れられては困りますので」

 

 ライルの忠告に、スサノオはニヤリと不敵に笑みを返すと、魔竜石を取り出し黒竜へと転じる。

 目立つ暴れ方をすれば、それだけノスフェラトゥ達の注意も引ける事だろう。竜化状態のスサノオは戦闘能力もさることながら、その肉体の耐久力も倍以上に跳ね上がる。

 いくらノスフェラトゥといえど、生半可な攻撃ではスサノオを殺しきる事は出来ないだろう。

 

 黒き竜の咆哮が、暗黒の森へと轟き響く。木々に隠れていた小動物達も、災害から逃れるように、我先にとその場から離れ始めていた。

 

『望み通り、この竜の力を見せてやる。シェイド!』

 

 今の咆哮で、ノスフェラトゥ達の注目を思惑通り集めたスサノオは、その刃の如き両翼を大きく開き、戦闘の構えを取る。

 暗闇の中でさえ黒き輝きを放つ、その漆黒の竜鱗は堅牢なる鎧が如し。その全身が剣であり、鎧であり、また仲間を護る盾である。

 黒き闇の竜は、その容貌に似合わず仲間を護る為に牙を剥く。敵が人間だろうと怪物だろうと一切の関係もなく、躊躇もなく。ただ護るという目的の為だけに。

 

 

 

 

 

 

 

「……はあぁ…」

 

 喧騒から離れ、森を覆う闇に紛れるように、女───シェイドは熱い吐息を漏らす。片目を隠すように手を当てて、閉ざされた瞳で、離れた戦闘をここから見物しているのだ。

 黒竜の闘う姿をようやく自身で観察出来た彼女は、彼女の人生で最も恍惚とした顔をしていたに違いない。

 

「……」

 

 そんな彼女を、汚いものでも見るように、少し離れた場所で様子を見ている金髪おかっぱおさげのシスターと、親友や兄、仲間達の無事を祈って手を組んでいる末妹王女の姿があった。

 

 癒し手であっても、乱戦極まる戦場では武器が無ければ足手まとい。そこが隠れる場所も無ければ、身を守る障害物もない敵地の真っ只中では、逆に自分達を守る為に戦力を割かねばならない事になる。

 仲間を助ける癒し手ではあるが、自分の身を守れない上に、かえって仲間に負担を掛けてしまうような戦場では、活躍どころか迷惑になるのが関の山である。

 

「あまり心配はいらないと思うです」

 

 祈るエリーゼに、ネネは呑気にも背を木に預けて言う。その口振りには、彼女のエリーゼへの言葉通り、心配する気配がほとんど見られない。

 

「え? でも、ノスフェラトゥに囲まれてるんだよ?」

 

「いいですか。あそこには竜になれるスサノオ様を含め、強さだけは誰にも引けを取らないアカツキに、眼鏡が光るだけが能じゃない頭の回るガリ勉ライル、臆病だけどある意味最強のノルン……他にも、王族直属の臣下がたくさん居るです。それに、私達は一度ノスフェラトゥの群れを退けたですよ? むしろ心配する要素が見当たらないです」

 

 無論、ネネの意見は根拠のあるものとは到底言えたものではない。だがしかし、何故か不思議と説得力があるのもまた事実。

 エリーゼとて、彼らの実力を疑っている訳ではない。天蓋の森でのノスフェラトゥ襲撃の際、その光景を直で目にしているのだから、むしろよく知っている程だ。

 

「それはそうだけど……でも、心配になるんだもん」

 

「…そこら辺、私とは育った環境も、経験も違うので仕方ないですか。そうですね…スサノオ様にエルフィやハロルド、ゼロも実力に疑いはないですが、アカツキやライルといった私の昔馴染みの面子も生きる事には誰よりも図太いですからね。そうそう簡単には死にません。それは私が保証するです」

 

「すごいね。ネネは心の底から、みんなの事を信じてるんだね。……うん。あたしも、ネネを見習わなくちゃ!」

 

 ネネの考え方自体は、彼女の生きてきた人生が根底に存在するので、同じ考え方をしろと言われても不可能だ。でも、全てではなくても、少し、ほんの一部でも真似をする事くらい出来るはず。

 ただただ仲間を信じる事。それくらい、誰にだってやろうと思えば出来る事だ。

 なら、エリーゼにだって出来る。闘う力が無くても、仲間が無事に戻ってくると信じる事くらいは。

 

「別にネネを見習わなくてもいいですよ? 私よりもっと見習うべき人はたくさん居るですから。あ、でも…」

 

 と、ネネはエリーゼから視線を外し、再びニヤニヤと笑いながら頬を紅潮させているシェイドに侮蔑の視線を送り、一言。

 

「あれだけは見習ったらダメですからね」

 

 戦士のように力強い口調で、かつ迷える子羊を諭すシスターのように、エリーゼに釘を刺した。

 

「あ、あはは……」

 

 それには、エリーゼも渇いた笑いしか返せなかったのだった。

 

 




 
 
お久しぶりです。キンフロです。
忙しいというのもありましたが、若干スランプ気味であまり話が浮かんで来ない事もあり、1ヶ月ぶりの投稿となってしまいました。この拙い作品を読んでくださっている読者様方には申し訳ない限りです。

この投稿を以て、生存報告とさせていただきますので……。今回のガルーアワーズはお休みさせていただきます。
それでは次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 屍との演武

 

 天蓋の森と似たような状況ではあるが、今回はあの時とは決定的に違う。今回は最初からフルメンバーで、全員のコンディションも整っていた。不意打ちでもなければ、待ち伏せですらない、単なる遭遇戦と何ら変わりないノスフェラトゥとの戦闘。

 ただ、あの時と決定的に違うとするなら、守らなければならない存在───闘う力を持たないエリーゼなどといった非戦闘員がこの場に居ない事、そしてスサノオが竜の力の扱いに慣れ始めてきていた事だろう。

 スサノオがその身に宿す竜の力。それは白夜の手練れの将兵であったハイタカとの戦闘を経て、更に上の段階へと昇華された。

 

 ───この力は、仲間の為に。

 

 祖国の兵であろうとも、()()()()()()仲間達を守る為なら容赦なく斬り捨てる。慈悲もなく焼き尽くす。遠慮なく討ち滅ぼす。

 

 ───この力は、その為に。

 

 ならばこそ、ノスフェラトゥ如きに遅れを取る訳にはいかない。こんなところで、足踏みしている訳にはいかない。

 意思もない怪物を相手に、その手を緩めなどしない。むしろ、機能停止(殺す事)こそが、怪物へと変えられてしまった彼らへの救いであるだろう。

 

 ───この力は、何かを、誰かを救う為にこそ、振るうべきなんだ。

 

『グウゥゥゥゥウウウオォォォォォォォオオオオ!!!!!!』

 

 咆哮は木霊する。山でもなく、峠でもなく、峰でもない、平坦な森の中であっても、その轟きは大地の彼方にまで届く勢いで、世界に浸透するように響き渡る。

 哀れなる屍の兵。彼らに救いを与えんと、それはどこか悲しい竜の叫びでもあった。

 

 

 

 

 黒竜の咆哮は敵に対し、威嚇と注目を集める効果だけには留まらない。敵への威嚇だけではなく、それは同時に味方への鼓舞にもなっていた。

 

「やれやれ…僕達の主君があそこまで張り切っていては、臣下たる僕達も負けてはいられませんね。では、屍の兵達よ…焼き尽くしてあげましょう。『ボルガノン』!!」

 

「グルルグァ!!?」

 

 ライルは若干の苦笑を自身の主たる黒竜に一瞬だけ向けると、すぐに正面へと振り返り様に爆炎の魔法を撃ち放つ。今にもライルに殴りかかろうとしていたノスフェラトゥは、訳も分からないといったように短い悲鳴を上げて、その悲鳴ごと炎の渦へと呑み込まれた。

 炎の渦は隕石が如く勢いを以て、周りのノスフェラトゥすらも巻き込み、そして飲み込んでいく。その炎の渦が通った跡は、文字通り、焼け野原となっていた。

 

「おいおい、アブナいねぇ。俺までノスフェラトゥと一緒にアツイのでイッちまうところだったじゃないか」

 

 と。そんな炎の渦に、闘っていたノスフェラトゥごと巻き込まれそうになったゼロが、わざとらしい文句を口にする。わざとらしいだけあって、その口振りには怒りの感情はまるで込められてはいなかったが。

 

「何を今さら。貴方なら避けると計算込みで放ってますので、言うならば“知れた仲故の信頼”ですよ」

 

 ゼロの言葉に乗るように、ライルも軽口を返してみせる。互いにどういう性分か知れているからこそ、こんな軽いやりとりが出来るのだが、無論ながら彼らもそれを理解していた。

 

「へぇ…言ってくれるねぇ。だが、信頼してくれてるってのは素直に嬉しいぞ。色々シ甲斐があるってもんだ」

 

「僕に対して何をしようとしているのかは追及しないでおきましょう。藪をツツいて蛇が出るのは勘弁ですから」

 

 2人は他愛ない会話を続けていたが、互いにその手を休める事はない。絶え間なくノスフェラトゥに攻撃を続けながらも、互いに顔を合わせる事もなくただ敵を倒す。それは相応の実力が伴わなければ不可能な芸当だ。

 そして、それはこの2人に限った話ではない。

 

「フハハハハハ!!!! もっとだ! もっとその脳天から血をぶちまけるがいい!! もしくは脳に直接火矢を射てやるわ!!! ライル、もっと派手に炎を放てェェ!!」

 

 もはや狂気じみた恐ろしい顔付きで、ノルンはノスフェラトゥの頭部へと正確に矢を射ていた。ノスフェラトゥの頭部に装着されたメットの付け根を狙っては、見事にその頭部からメットを外させて、露出したノスフェラトゥの眉間を矢が撃ち抜く。

 時には、ライルが放った炎の魔法の側面から、燃えにくい材質で作られた、先端に油を塗った矢を放って火矢へと変えるなど、器用に攻撃の種類を増やしたりもしていた。

 

「さあ、遊んでやろうノスフェラトゥども!! 潔くあの世に逝くがいい!!!!」

 

 戦闘が始まる前とは打って変わって、ノルンは率先してノスフェラトゥを次から次へと討伐していく。その見慣れた変貌ぶりに、しかしそれでもゼロは納得のいかない顔で、

 

「……相っ変わらず頭がイッちまってる女だぜ、全くよ」

 

「…それがノルンの良さであり、魅力ですからね。……恐らくはですが」

 

 ライルもまた、自信無く口にする。確かにそこがノルンの個性なのだが、果たして本当に良さ、ひいては魅力と言えるのかは、それを見た個々人で違ってくるのだろう。

 

「ともあれ、彼女の奮戦は嬉しいものですね。そろそろこのノスフェラトゥとの戦闘にも興味が失せてきましたので。では、一気に片を付けます!」

 

 ライルの魔道書を開く手に力が籠もる。ノルンに負けてばかりはいられない。この軍の参謀的存在として、自分が知能に長けただけの存在ではないという事を証明しようとばかりに、盛大かつ確実に炎塊を以て、屍より作られし怪物達を駆逐していく。

 

 プライドなんて大層なものでもないが、それでも、仲間の活躍ぶりを前に、自分も頑張らないのはどことなく悔しかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はえ~……ノルンすごいなぁ…」

 

 手綱を引く手を緩めずに気の抜けた声を出すアイシス。遊撃手と癒し手を兼任している彼女は、戦闘のみに集中する他の者とは違い、戦場全体を視野に入れやすい。故に、必然的に『どこで、誰が、どんな状況』かを把握出来ていたのだ。

 

「……今思ったけど、変身するヒーローってカッコいいよねぇ。前にカタリナから見せてもらった絵本(?)にもあったけど、ヒーローとして活躍する時だけ変身して、普段は正体を隠して一般人を装う…。ん~! 世を忍ぶ仮の姿…!! ちょ~カッコいい!!」

 

 戦闘中でありながら、理想のヒーロー像を夢想するアイシス。普通、そんな状態でまともに闘えるはずがないのだが、アイシスは特例と言うべきだろう。

 ニマニマと気の抜けるような笑みを浮かべながらも、彼女の手から力が抜ける事はなく、むしろ正確無比に救援の必要な所へは文字通り空を駆けて飛んで行き、現れたばかりのノスフェラトゥには率先して攻撃、即座に後退するというヒット&アウェイ戦法を繰り返していた。

 

「でも、ヒーローたる者、仲間と協力出来ないとヒーロー失格だもんね! ……、」

 

 仲間の状況を把握し、如何に彼ら彼女らを援護するのか。つまりは、どうすれば“仲間を守れる闘い方”が出来るのか。それがアイシスの戦闘を行う上での基本的な方針だった。

 どんな戦場でも、どんな戦況でも、どんな戦闘でも、その方針が変わる事は決してない。

 

 だって、そう教わったから。父や母に次いで、自分にとってのヒーローであり、憧れであった人から。

 

 

 

『ひとりで戦うだけじゃなく、みんなと協力していくことも…君には必要なんじゃないかな? その方が結果的にみんなを守れることに繋がるはずさ。そうなれば○○○○だって、みんなに、もっと認めてもらえる。みんな「○○○○は更に格好いい」って思ってくれるはずだよ!』

 

 

 

 かつて貰ったその言葉。それは、今もアイシスの心の中で爛々と太陽よりも熱く、眩く、激しく輝いている。彼女を構成する、欠けてはならない柱として、根強く息づいている。

 

「見てて……って、いうのは変だけど。でも、あたし頑張るよ。仲間はあたしが守ってみせるから!!」

 

 ──往くよ、カティア!!

 

 思い出を胸に、決意を込めて手綱を握る手に力が入る。愛馬と共に、天の騎士は空を舞う。その姿こそが、既に正義の味方(ヒーロー)の風格を持っている事を彼女自身はまだ知らない───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆が奮戦ぶりを見せる中で、殊更変わった奮戦ぶりを見せている者が一人いた。その人物とは───

 

「ハーッハッハッハ!! さあ来たまえ、ノスフェラトゥよ! この私が相手だ!!」

 

 スサノオ軍一の暑苦しくも爽やかである、庶民のヒーロー。そう、エリーゼの臣下でもあるハロルドだ。

 

「正義の鉄槌を下そう!」

 

 と言っては手から得物である斧はすっぽ抜け、

 

「その程度では私は倒せないぞ!」

 

 と言っては攻撃を受ける瞬間に図らずも泥濘に足をとられて転倒、頭部にダメージを蓄積させ、

 

「まだまだ! どんどん来るのだ!!」

 

 と言っては眼前のノスフェラトゥだけでなく、周囲のノスフェラトゥまで寄ってきて。

 とまあ、このようにハロルドの気合いは空回り気味であったのだが、それが何故、奮戦ぶりを見せているのかと言えば、不運も廻り廻って敵にすら襲い掛かっていたのである。

 例えば、すっぽ抜けた斧はたまたま隣でアカツキの闘っていたノスフェラトゥの頭にザックリと刺さって倒したり。

 例えば、転倒の際に倒れる上体に引っ張られる形で振り上げられた腕と、手にしていた斧が眼前のノスフェラトゥに深々と傷を与えながら振り上げられたり。

 例えば、自身の周りに集まってきたノスフェラトゥの円陣を、見かねたニュクスが炎の魔法によるサークル状の火柱でまとめて焼き払ったり。

 

 彼の不運は意図せずに敵に影響すら与えていたのだ。不幸中の幸いとはよく言ったものである。

 だが、それも実力が伴ってこその活躍だ。不運だけで生き残ってこられる程、この世界、ひいては戦争とは甘くはない。そして、その実力もさることながら、不運にめげないその精神力こそが、彼の長所と言えるだろう。

 だからこそのヒーロー。前向きな彼の姿は、不運に見舞われようとも、その姿を見た者に負の感情すら与えないのだ。むしろ、笑い物になる時があるくらいである。

 自分の不運が誰かの為になるのなら。自分が不運を被る事で誰かが笑顔になるのなら。喜んで不運を受け入れてみせよう───。

 

 それが、ハロルドという男の在り方なのだ。

 

 

 

「本当に、どんな星の下に生まれてきたのかしらね」

 

 そして、そんな男の闘う姿を見ていたニュクスは、呆れながらも感心せざるを得ない。

 普通、あれだけ不運が続けば卑屈な人間になってもおかしくはない。いや、むしろそういう人間になりやすいだろう。

 だがしかし、ハロルドはそれとはまるで真逆の、素晴らしい程に良い人格者なのだ。でなければ、不運にまみれた人生を送ってきて、その上で正義の味方を名乗るなんて、しかも体現出来ているなんて、彼以外では不可能ではないのかとさえ思えてしまう。

 

「……いいえ。そんな星の下に生まれた()()だったからこそ、皆から慕われる『庶民のヒーロー』なのね」

 

 少し前の事だ。とある街に滞在───否、隠れ住んでいた頃、ニュクスは風の噂に聞いた事があった。

 曰わく、暗夜の軍には、軍内でただ一人の正義のヒーローが居る、と。(後日、新たに加わった女ヒーローについては、この時はまだ噂になっていなかった)

 最初は何の冗談かと思った、いや、今まで思っていた。暗夜王国と言えば、力で支配する事を是とする実力主義の治世を敷いている。そんな、正義など力の前では淘汰されるのだと証明しているような王国なのに、ヒーローなんて存在する訳がない……と。

 

 しかし、実際に噂の当人であると推測されるハロルドを目にして、その噂は真実なのだと信じざるを得なかったのだ。こんなにも正義感に溢れ、あまつさえ実行に移してしまえる彼をヒーローと呼ばずして何と呼ぶ。

 

 不運にめげず、そればかりか笑って受け止めてみせる彼だからこそ、暗い影の差す暗夜王国であってもヒーローで居続けられるのだろう。

 

 そして、その彼が仕えるエリーゼ王女の人柄も、ニュクスは短い間であるがある程度は理解している。天真爛漫で人懐っこい、ガロン王の娘とはとても思えない程に心優しく暖かな王女。

 彼女や、そして自らを仲間に招き入れたお人好しのスサノオのような王族が居るのなら、暗夜王国もまだ捨てたものではないかもしれない。

 

「もしかしたら、ここで彼らの力になる事で、暗夜王国の未来が変わるところを、この目で見る事が叶うかもしれない……。そう思うと、こうして誰かと一緒に居るなんて私には許されない罪も、帳消しに出来るのかもしれないわね」

 

 罪を犯した自分でも、闘う事で償いが出来るのなら。誰かの為になれるのなら。

 人と交わる事を避けてきた彼女の心にも、スサノオ達と関わる事で変化が生じ始めていた。

 

「ぬあ!? しまった、斧がどこかへ飛んでいってしまった!! 仕方ない、素手であろうと私は闘い続けてみせる!!」

 

 感傷に浸る余裕もなく、ハロルドが再び斧をどこかへすっぽ抜かせて飛ばしてしまう。呆れた事に、本当にそのまま素手で闘おうとしているのだから、無謀というか勇敢というか。この場合、蛮勇とでも言うべきか。

 

「まったくもう……。手の掛かるヒーローが居たものね。ハロルド、私が魔法でノスフェラトゥを止めている間に斧を拾ってきなさい!」

 

「ん? おお! 恩に着るぞニュクス君!!」

 

 ダッシュで斧を取りに行くハロルドと入れ替わりに、ニュクスが彼を追おうとしているノスフェラトゥの前に立ちはだかる。仲間を守るなんて、今まで柄でもなかったけれど、スサノオ達に影響されてしまったのだろう。それを理解している自分が居る事に、内心では小さく笑っていた。

 

「グギギィイアア!!!」

 

「さあ、掛かってらっしゃい。同じ怪物が相手になってあげるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 実を言えば、今まで述べてきた誰よりも戦果をあげているのは、最初こそへたり込んでいたエルフィその人だった。

 こう言っては何だが、守るべき存在とは、ある意味で足手まといだ。守らなくてはならないために、防衛に集中しなくてはならず、防戦一方で打って出る事が叶わないから。

 だが、それが無ければその分エルフィは敵に向かう事だけに集中出来る。そうなったエルフィが如何に敵を蹂躙してみせるか、云うに語らずとも簡単に理解、想像出来る事だろう。

 

「……っせい!!!」

 

 その手にした槍を、エルフィは遠慮なく横に殴りつけるように振り回す。それこそ、暴風のごとく。怪力の持ち主であるエルフィ用にあしらえられた大槍は、根こそぎノスフェラトゥ達の胴体を引きずりながら一閃された。

 

「ゴグルグァ!!」

 

 大きなモーションにより隙が生じた彼女に、好機とばかりに一体のノスフェラトゥが拳を振り下ろすが、彼女は動じる事なくその場で動かない。

 

 それも当然である。何故なら、それはわざと見せた隙だったから。

 大きな盾を地面に刺すように突き立てると、エルフィは真正面から迫るノスフェラトゥの大きな拳を、その女性らしく小さな手で受け止めた。

 そう、()()()()()()()()。人間が、改造されて筋力の強化されているであろう死したる兵士の剛撃を、片手でだ。もはや人間離れしたその力。一体彼女の華奢な身体の何処に、そんな力が秘められているというのか。

 だが、それは紛れもなく彼女が長年掛けて培った、彼女の実力に他ならない。紛う事なきエルフィの努力の現れだ。

 

「流石はノスフェラトゥ……でも、軽いわ!!」

 

「ギギギャ!!?」

 

 エルフィのノスフェラトゥの拳を掴む手に力が入る。メキメキと骨の軋む音は、明らかにノスフェラトゥからのものだった。痛みを感じないノスフェラトゥではあるが、理性ではなく本能に近しいものによって動くノスフェラトゥではあるが、今の状況を正しく処理出来ていないのだろう。

 自分よりも遥かに小さき人間が、自らの拳を受け止めたどころか、逆に自身の身動きすら封じられ、掴まれた拳はうんともすんとも動かない。

 

「ハアアァ! せやぁ!!」

 

 エルフィは掴んでいた拳ごと、ノスフェラトゥの巨体を砲丸投げの要領で振り回すと、最大限の回転力へと到達した瞬間に手放した。

 砲丸ならぬ砲弾の如き勢いで解き放たれたノスフェラトゥは、その巨体に違わぬ物理的な威力を持って、他のノスフェラトゥの集団へと投げ放たれる。

 まさしく肉弾とでも言うべき暴威が、同じ死者達へと襲い掛かる。エルフィは知る由もないが、ボウリングと呼ばれるスポーツ競技のピンのように、ノスフェラトゥ達は四方八方へと散らされる。もしくは、泉に投じた一石により生じた波紋が波打つように。

 

 エルフィの快進撃はそれだけに止まらない。彼女は自分や仲間が倒したノスフェラトゥの残骸に手を伸ばすと、同じように肉塊砲弾と化したノスフェラトゥによる砲撃を行ったのだ。

 近寄るノスフェラトゥは、回転する彼女の持つノスフェラトゥによって軒並み蹴散らされ、止める事すら叶わない。遠距離攻撃や知恵を持たないノスフェラトゥの軍隊には、エルフィによる猛威を止める術は存在しなかった。

 

「おい、エルフィ! お前は加減というものを考えろ!!」

 

 しかして、その活躍ぶりに苦言を呈するのは、ミネルヴァと共にあちこちを飛び回るミシェイルだ。押されている仲間を助けるという都合上、せわしなく動く彼らにとっては、エルフィの砲撃のような攻撃は、窮めて危険かつ迷惑他ならないのである。

 

「ごめんなさい…。でも、早く片付けてエリーゼ様の所に行きたいし、それにアカツキにも叱られたし……」

 

 謝るものの、あまり反省の色の見られないエルフィに、ミシェイルは頭が痛むのを堪えて溜め息を吐く。彼女のこういう一直線な部分を変えられないという事を、彼はすっかり忘れていた。

 

「むう。これは少し発破をかけすぎたやも知れぬ」

 

 と、一旦ノスフェラトゥから距離を取るべく下がってきたアカツキが、ミシェイルへと申し訳なさげに視線を送る。

 

「…まあいい。早く片付けたいというのは、こちらとしても同じだからな。こちらが気を配れば良いのなら、さっさとこの下らない戦闘を終わらせられて楽だろう」

 

「それもそうか。さて、私ももう一踏ん張りするとしよう。こんな所で無駄な時間を費やしてはおれぬのだ。ああ…今頃カタリナはどうしているのか。お腹を空かせていないか? 私と離れて寂しい思いをしていないだろうか? もしや危険な目に遭っていないだろうか? ああ……ああ……ああ! 心配でならぬ!!」

 

「…………」

 

 ミシェイルは頭が更に痛くなるのを我慢する。そういえば、忘れていた。アカツキが極度の妹過保護であったという事を。普段の凛々しい彼女からは想像も出来ないシスコンに振り切ったその姿。彼女をよく知らぬ者からすれば、恐ろしい程の変貌ぶりだが、昔から彼女を知るミシェイルとしては、見慣れてはいるものの、面倒な状態であるのに変わりない。

 何せ、この状態の彼女はエルフィ並みに周りが見えなくなりがちだから。

 

「俺は何故、こう疲れる役回りばかりなんだ……」

 

 そして、口にはしないが心の中でアカツキの言葉に反論を述べる。

 

 ───多分、その心配の全ては無駄だろう。

 

 決して口には出さない。だって、後が面倒だったから。無理矢理に気を取り直し、再び彼らは飛翔する。今度はエルフィという暴風が如きノスフェラトゥ大車輪に注意して、自らに与えられた役割を果たさんが為に……。

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「このコーナーもずいぶんと久しぶりですね」

カンナ「だね~。若干作者さんが失踪疑惑すらあったけど、ちゃんと更新されて良かったよ」

ベロア「そうですね。わたしとしても、報酬が貰えないのは困るので、安心しました」

カンナ「さてと、それじゃ今日のゲストを早速呼ぶよ!」

ベロア「はい。では、ゲストさんどうぞ」

シグレ「どうも皆さん。今日は俺が来させてもらいました」

カンナ「あ! シグレだ!」

シグレ「どうにも、今日のお題に関連して俺が呼ばれたみたいですね」

ベロア「えっ…もう今回のお題を知ってるんですか?」

シグレ「えっと、逆にベロアやカンナは知らないんですか?」

カンナ「うん。あたし、なんにも聞いてないよ?」

ベロア「わたしもです」

シグレ「そうですか…。じゃあ、俺からさっくりとお題について話しますね。今日のお題は『「笑顔の影」という楽曲について』です」

ベロア「それは、確か……『if~ひとり思う~』のシングルに収録されている曲でしたか?」

カンナ「あ、あたしも知ってるよ。お父さんも良い歌だっていつも言ってるもん」

シグレ「はい。その曲です。今回は、作者がそれを聴いていて、ふと感じた事があったらしく、お題として取り上げられたんですよ」

ベロア「なんという作者の勝手な都合でしょう…。それはそれとして、その感じた事とは何でしょう?」

カンナ「感想…とか?」

シグレ「カンナの答えが正解に近いですね。あの歌を聞いて、歌詞を改めて読んでみれば、ふと思えてくるんです。あの歌詞は、母さん……いいえ、『アクアから主人公へ向けてのもの。または主人公からアクアへ向けてのもの』としても当てはめられる、と」

カンナ「…言われてみれば、なんとなく、そんな気がするね」

ベロア「曲自体はファイアーエムブレムifと全く関係ないですが、確かになんとなく当てはまる気はしますね」

シグレ「歌詞の細かな箇所すべてがそうであるとは言いません。ですが、ところどころで母さんとスサノオさん、この場合は主人公ですね。2人のどちらか一方が相手に贈る歌のようにも聞こえるんです」

カンナ「アクアさんとしての立場でも、お父さんやアマテラス叔母さんとしての立場でも、それぞれが互いの事を歌っているようにも聞こえるんだね。不思議だなぁ…」

ベロア「ですが、これはあくまでも作者が感じた単なる感想です。人の見方によっては、そう思えない、そう聞こえない人も当然いるでしょう」

シグレ「ですので、これは作者が勝手に決めた事だとお思い下さい。『笑顔の影』という歌は、アクアが主人公の事を歌っている、もしくは主人公がアクアの事を歌っているかのような歌詞である事から、互いへと贈る歌と見ても良いのだ、と」

カンナ「みんなも一度聞いてみてね。歌詞をよく踏まえた上で、アクアさんやお父さん、アマテラス叔母さん…主人公達の境遇を考えると、そう聞こえてくるかもしれないよ」

ベロア「まあ、作者にとっての『アクアと主人公のアンサーとなる歌』なのでしょうね」

シグレ「それを抜きにしても素晴らしい楽曲なので、是非聴いてみてくれると嬉しいです」

カンナ「それじゃ、今日はこの辺でお別れだよ! 次回もよろしくね!」

ベロア「まあ、その次回が何時になるかは不明なのですが……。次回もよろしくお願いします」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 シェイドとの決着

 

 スサノオ隊の各々の活躍もあり、ノスフェラトゥの掃討は順調に進んでいる。

 手練れ揃いなだけあり、目立った外傷もないままに、その討伐数は全員で150を越えようとさえしていた。

 人数、実力、体調の全てがベストで揃った状態で、ノスフェラトゥのように単純な思考能力──いや、思考する事さえ叶わぬ化け物風情が、彼らを相手によく闘っていると逆に褒めたくなってくる程に、戦力差は明らかだったのだ。

 物量差は、圧倒的な実力差によって完全に埋められる形となっていたのである。

 

「『エルサンダー』!! ふう…そろそろ敵の数も減り始めてきたようですね」

 

 ライルは魔法で大きな雷を、ノスフェラトゥの集団へと向けて撃ち放つと同時、全体を見通してその戦況に軽く息をつく。

 闘い始めて早50分、そろそろこの戦闘にも終わりが見えてきた頃だと判断したのだ。その証拠に、ノスフェラトゥの数は目に見えて減少しており、皆も戦闘に余裕を持ち始めていた。

 

「総員、最後まで油断はせずに。敵の戦力は低下の一途を辿っていますが、気を抜かないでください!」

 

 人間というのは、物事に終わりが見え始めてくると気が抜けてきてしまう悪癖が備わっている。もちろん、個人差もあるだろうが、こと戦闘ともなると、命に関わる以上、その集中力も凄まじいもの。

 ここで、最後まで気を張り続ける者と、終わりかけに気の抜けてくる者とが出てくる。それも、裏打ちされた実力を持つ者は後者であるのが顕著だ。

 

 故に、ライルは仲間達に向けて忠告したのだが───それがあまり意味の無い事だとも、分かっていた。

 

「言われるまでもない。敵を前に最後まで気を抜くものか」

 

『フシャアアアァァァァァァ!!!!!』

 

 ライルの頭上を滑空しながら、ミシェイルが当然とばかりに口にする。それに答えるかのごとく、ミネルヴァが猛々しく吠えた。

 

 それは何も、彼らに限った事ではない。他のメンバーも全員、一片たりとも油断する様子を見せていなかった。

 だからこそ、彼らは一流の戦士と言える。全ての戦闘が終わるその時まで、決して油断なく闘い抜く。それが出来てようやく、一流の戦士と呼べるのだ。

 いくら実力が備わっていようとも、心構えのなっていない戦士は所詮は二流止まり。油断大敵という言葉があるが、当に言葉通りなのである。戦士にとって、最大にして常駐する敵こそが、『油断』に他ならないのだから。

 

「最後まで本気よ、絶対に手は抜かないわ。だって、私は仲間を守る盾であり、敵を倒す槍なんだから」

 

 並み居る敵を薙ぎ倒しながら、重騎士の少女は自負する。自身が皆の盾であり、矛であると。

 エルフィの根底にあるもの、それは仲間を命に代えても守るという強い意思。彼女がアーマーナイトとしての道を選んだのは、大切な人を死んでも守り抜く為だ。

 誰よりも優しく暖かな人格を有するが故に、自己犠牲も厭わない彼女ではあるが、そんな彼女の鉄壁が如き守備を破れる者はそう居らず、かつ彼女の怪力から放たれる一撃は全てが岩をも柔く砕く剛撃。まともに受けて無事で済む者はまず居ない。

 

 白兵戦で言えば、無類の強さを誇る。それがエルフィという女重騎士だ。

 ノスフェラトゥに魔導師のような魔法攻撃でも使えない限り、彼女相手に苦戦を強いられる事は必至であった。

 

 

 

 

 

 

『邪竜穿!!』

 

 

 ノスフェラトゥ掃討戦も終盤に差し掛かり、スサノオはもはや出し惜しみせずに、今持てる全力を以て、事に当たっていた。

 

 竜の口から撃ち出された大きな水塊弾は、獲物に当たる少し前で分裂し、3つに分かれたそれらが、それぞれ3体のノスフェラトゥの胸へと直撃する。

 被弾箇所からは、ノスフェラトゥの肉を喰らって巨大化した水晶が、その大きな背中へと貫通し、周囲のノスフェラトゥをも貫いていく。

 死体故か、貫かれた傷跡からはどす黒く濁った血が、粘着性を持ってドロドロとその体を伝って、地面へと滴り落ちていた。

 

 怪物と、それらを抉り喰らうようにして伸びる水晶の槍。それを黒く彩るのはノスフェラトゥから流れ出た真っ黒な血液。

 ここに、世にも奇妙で、(いびつ)かつ不気味なオブジェが誕生した瞬間である。果たして、これを美しいと思う者は居るのだろうか……?

 

『……なんて、素敵……!!』

 

 訂正しよう。この歪んで醜悪なオブジェに美意識を感じている者がただ一人。それは、この戦闘を離れて観察している元凶とも言うべき女邪術士、シェイドだった。

 森に響くように、恍惚とした雰囲気漂う嬌声が、スサノオ達にだだ漏れである。ちなみに、本人は心底陶酔しきっていたので、その事にはまるで気付いていなかった。

 

『……うわぁ』

 

 戦闘中ではありながらも、スサノオは引かざるを得ない。自分でやっておいてなんだが、ノスフェラトゥを水晶で貫いたオブジェは、あまり気持ちの良いものではなかった。むしろ、嫌悪感さえ抱く程だ。

 でも、邪竜穿は戦闘時には有用なのだから、見た目にさえ拘らなければ何とか使える技なのである。

 

 そんな、本人でさえあまり気に入っていないそれを、シェイドは絶賛しているのだから、スサノオの心中察するところであった。

 

「スサノオ様、今は戦闘に集中を。お気持ちは痛い程にお察ししますが、気にしては負けです」

 

 スサノオより一歩二歩と下がった所で、フローラが忠告する。彼女の声音には、若干の棘こそあったが、スサノオへの気遣いも十二分に含まれている。

 要は、先程のシェイドとのやりとり(寝る時にでも云々の話)にやきもちを焼いているフローラだが、スサノオが完全に被害者であるという事も理解しているが故の、複雑な心持ちだったのである。

 乙女心は複雑、とはよく言ったものだ。

 

 しかし、悲しいかな。フローラの複雑な心境も、スサノオにはまるで伝わらない。

 いや、フローラにしてみれば、スサノオ本人に対しては秘めたる恋心のつもりなので、それで良いのだが、なんとも報われない。

 この男、いくらなんでも鈍すぎる……と、軍内で一部を除きほぼ全員から思われている事を、スサノオは知る由も無いのであった。

 

『す、すまん。ついドン引きしてしまったんだ……』

 

 何故、フローラが少し不機嫌そうなのか、理由の分からないスサノオは若干しどろもどろに返答した。やはり、鈍い。

 

「スサノオ様、じきにこの戦闘も終了します。その折までに、あのシェイドという邪術士の処遇を、どうかお考えおきくださいませ……」

 

 フローラの言い分はもっともだ。自分の欲望のために、同じ軍に所属する仲間、それもスサノオやエリーゼといった王族までをも巻き込んでの騒ぎ。

 彼らの実力からして、無い話ではあるが、一歩間違えば命を落とす危険だってあった。彼女の自己満足は同時に、暗夜王国への背信行為にも成りかねない行いだ。いや、普通に考えて間違いなくクロである。

 

『そうだな。シェイドをどうするのか、考えておかなきゃな……』

 

 一難去る前に、また一難。スサノオは厄介事の神に愛されているのではないかと思いたくなるくらいには、次から次へとトラブルが舞い込んできていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして───。

 

「ふぅ……これで全員、イかせてヤれたか?」

 

 一息つきながら、倒れたノスフェラトゥに足を掛けて休息するゼロ。彼の眼下には、無数のノスフェラトゥが地面を覆い尽くすように、折り重なって倒れ伏していた。

 

「その言い方に賛同するのは非常に癪ですが、そのようですね」

 

 同じく、三角帽子をポンポンと叩き、埃を落として休憩していたライルが、嫌そうにではあるが、ゼロに同意の言葉を送る。

 

 彼ら同様、他の仲間達もそれぞれが戦闘終了に従って、各自気ままに休んでいた。中でも、特に立ち回りの激しかったアイシスとミシェイルは、それぞれ二人の相棒を座らせて、その背を預けている。

 ハロルドなどは、戦闘中も不運に見舞われた事もあり、余分に疲労とダメージが蓄積されていたので、大の字になって寝転んでいた。

 

「スサノオ様、肩を」

 

「ああ、すまない。助かるよ、フローラ」

 

 長時間でもなかったが、竜化の影響で体に重さを感じてフラついたスサノオを、フローラが腰に手を回し、肩を支えて地面にゆっくりと腰掛ける。

 流石はメイド。主人の機微によく気が付くものだ。いや、彼女だからこそ、とも言えるか?

 

 ともあれ、スサノオは竜化の後遺症はあれど、それもすぐに治まる軽いもの。少し休んだら、今度はノスフェラトゥ掃討戦よりも面倒そうな厄介事が待っている。

 むしろ、こっちの方がスサノオの頭を痛ませるものであったのだが……。彼にとって、シェイドの処分をどうするかを考えるよりも、敵と闘っている方がまだ気楽ではあったのである。

 

「さて、どうしたものかな……」

 

「私は──スサノオ様のご意志に従うまでです。どのような選択をされようとも、私はそれを支持致しますので……」

 

 主に一歩控えて意見を述べる辺り、フローラは一人前の従者だろう。もちろん、スサノオの為なら間違いを正す事も厭わない覚悟すら持つが、今回に限っては、スサノオの意思を尊重する構えを取っていた。

 フローラは、なんとなくではあるが、スサノオがどのような処遇を選ぶのか、察しはついていたから。

 

「……本当に、俺は良い臣下を持ったな」

 

「───ッ! いえ、その……あり、がとう、ございます……」

 

 感謝と共に、間近でスサノオから柔和な笑顔を向けられたフローラは、顔を真っ赤にして、隠すように俯いてしまう。今出来る限りの照れ隠しなのだが、スサノオはそれがただ恥ずかしいだけなのだと勘違いする。

 恋する乙女心を彼に理解しろというのは、そう容易ではないのだ。ここだけの話、生まれ変わる前も彼女なんて居た事がなかったし。身近な異性は母親、妹、家政婦さんだけという、年齢=彼女居なかった歴だった彼に、恋心を理解するのは至難の業である。

 

 

(にぶちんだなぁ~、スサノオ様って)

 

(それは言わぬが花だろう…)

 

(グルルルル……)

 

(あ、あの人を、思い出すわね、スサノオ様を見ていると……)

 

 

 二人からは遠目に、アイシス達がコソコソと内緒話でもするように、身を寄せ合って話していた。ノルンの言葉に、ちらりと視線を移す3人と1匹。そこに居たのは、刀の手入れをしているアカツキだ。

 

「………む?」

 

 アカツキも視線に気付きはしたが、生暖かい視線であったため、声を掛けるのは止めておいた。実際のところアイシス達が考えている人物は彼女ではなく、彼女の父親の事ではあったのだが……それこそ、言わぬが花、であろう。

 父親が鈍感とか、知りたくもない事実だろうから。

 

 蛇足だが、アカツキは父親の鈍感具合にまるで気付いておらず、自分が生まれた事実がどれだけ幸運であったのかを知らない。

 つまりは、彼女の母親は若くして命を落としはしたが、見目麗しい女性達から一身に人気を集めていた男性を落とした上に、娘にまで恵まれたのだから、幸運であったのだろう。

 ちなみに、アカツキの妹であるカタリナは父の鈍感具合は承知済みである。そしてその事に頭を悩ませた事もあったのは、やはりアカツキは知らないのであった。

 

(なんというか、先が思いやられるよね~)

 

(そうね……。でも、見守るしか出来ないし、陰ながら応援しましょう……)

 

(フン。そもそも、他人の恋路に茶々を入れるものではないからな。それに、よく言うだろう。馬に蹴られろ、と。まあ、そういう事だ)

 

(フシュルルル…)

 

 ヒソヒソと、溜め息混じりにフローラの恋を見守ると決めた3人と1匹であった。

 

 

 

 

 

 

 

 一時の休息を経て、さあシェイドとエリーゼ達を探そうかという時の事だった。

 その必要はなく、向こうから、スサノオ達が居る所へとやってきたのである。

 

「おにいちゃん! みんなー!」

 

 よっぽど心配だったのか、エリーゼは仲間達の姿が見えるなり、勢いよく駆け出した。そして、迷う事なくスサノオの胸へと飛び込んだ。

 スサノオも咄嗟の事ではあったが、妹を優しく抱き止め、その頭を慣れた手付きで撫でる。

 

「はあ~……エリーゼ様はお子様ですか? だから言ったです。心配しなくても大丈夫だって」

 

 遅れて、ネネが呆れたように溜め息を吐きながらやってくる。

 

「ほう……お前は、俺達の事は心配ではなかったと?」

 

「そりゃあそうですよ。だって、あの程度の事は、昔から慣れっこでしょう、ミシェイル?」

 

 ミシェイルのからかうような態度に、見た目にそぐわぬ大人びた返事をよこすネネ。しかし、不思議と違和感がそれほどもなく、むしろ自然な感じさえした。

 

「ん~! あたし達の事、そんなに信頼してくれてるんだね! 嬉しいよ~!!」

 

 が、それには意も介さず、アイシスがネネに飛び付き、自らの胸に抱き締める。言わずもがな、ネネは顔を圧迫されて若干の呼吸困難になりかけていたのだが……。

 

 

 

「感動の再会はここまで、でしてよ」

 

 

 

 女の声。全員が自然と身構える。

 先程までとは違い、魔法を介さずに、直に耳へと届けられるその声は、今回の一件の元凶とも言える人物のものだ。

 

 木々の闇から、幽鬼のようにゆらりとその姿が現れる。豊満な肢体を隠そうともしない、妖艶な腰つきに、淫靡な服装で、艶やかに足を運ぶ女邪術士───シェイド。

 

 暗闇で分かり難いが、それでもまだその顔が紅潮している事が分かるまでには、彼女の興奮はまだ冷めやらぬようだった。

 

「スサノオ様、それに皆さん…お疲れ様でございましたわ。おかげさまで、随分と知的好奇心および欲求が満たされました。まあ、満足はしておりませんが……」

 

「まだ満足していないと? こちらはもう勘弁してほしいがな」

 

 警戒感を緩めないスサノオに、シェイドはにこりと、美しく笑って返す。彼の態度を、まるで気にしていないと言わんばかりの、善い笑顔であった。

 

「ええ。ノスフェラトゥは打ち止めですもの。これ以上は私自身がこの身を差し出すくらいでなければ、とてもとても……。ですが、ええ……それも良いですわね」

 

「……!」

 

 彼女の言葉に、場の空気が極度の緊張感に支配される。この上、まだ闘おうというのか。しかも、暗夜王国でも有数の実力ある魔導師と───そんな、言い知れぬ不安に駆られたのだ。その場の全員が。

 数の差はあれど、被害は確実に出る。それだけ、シェイドは魔導師としての腕があると、彼女を知る者達は警戒心を最大限までに、いつでも動けるように身構えていた。

 

「ではスサノオ様───」

 

 彼女が口を開いただけで、限界まで張り詰めた空気が、更に許容範囲を越えて張り詰めんとする。

 第二ラウンドが始まってしまうのか、手に汗握って、彼女の次の動きを注視するスサノオ達。

 そして───

 

 

「私と───

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───子を為して下さいまし」

 

 

 

 

 

 

 場の空気が瞬間、錯覚ではなく本当に凍り付く。

 しかし、我関せずというか、気付いた素振りすらないようで、シェイドは顔に手を当てて、恥ずかしいとばかりに頬を染めていた。

 

「は……?」

 

「な…な、なな、なっ!?」

 

 あまりの衝撃に、唖然と、開いた口も閉じられないスサノオと、衝撃のあまり動揺を隠しきれないフローラ。

 

「私、初めてでしたのよ? 殿方にここまで興味を持てたのは。マークス様やレオン様も王族で竜脈という力を扱えますが、それでも私が興味を引かれるまでには及びませんでした。ですが、あなたはそれだけでなく、竜そのものに姿を変えられる。そればかりか、持ち主を選ぶと言われるその剣──『夜刀神』をも持っていらっしゃりますわ。そんなお方に惹かれずして、何が研究者と呼べましょうか」

 

「!! 夜刀神の事を……!?」

 

 彼女が夜刀神を知っていた事に、更なる驚きを隠せないスサノオ。だが、よく考えてみればそれも当然かもしれない。知識欲の塊ならば、あらゆる書物にも手を伸ばしているだろう。その中に、夜刀神に関する事が記されたものがあっても、何ら不思議ではない。

 

 しかし、それにしてもだ。

 

「いや、いくらなんでも、いきなり子どもをつくってくれとは、突飛すぎやしないか?」

 

 まだ混乱は続いているが、どうにか収まりつつある意識の乱れの中で、至極真っ当な意見を返すスサノオ。それに便乗する形で、フローラも慌て気味にだが反論する。

 

「そ、そうです! 会って間もない男女が、その、いきなりこ、ここ子作りなどと……!! 破廉恥です! 破廉恥過ぎます!!」

 

「あら? それも同意の上でなら何も問題ないのではなくて?」

 

「いや、同意してないぞ」

 

 2人の言葉など、どこ吹く風と聞き流すシェイド。だが、彼女の言い分は明らかな暴論である。

 当然、臣下としても無視して良い内容ではなかったのだ。

 

「結婚ならまだしも、何故いきなり子どもの話へと飛躍したのですか? 不躾過ぎるのではと思いますが」

 

「あらライル、そんな事決まっているじゃない。自分の子どもなら、色々研究がしやすいし捗るでしょう? 当然の帰結じゃないかしら」

 

 平然と、我が子を研究対象と言ってのけた彼女に、全員がゾッと背筋に冷たいものが走った。彼女には、人として大切な何かが欠けているのではないか。もしくは、人が持つべき道徳心を持ち合わせていないのか。

 

「もちろん、人体実験などはしませんわ。私とて、人並みに愛情が備わっているでしょうし、殺してしまったり、精神が壊れてしまっては、つまらないですもの。しっかりと愛情を注いで、成長していく過程を観察しますとも」

 

 当たり前のように語る彼女だが、それが普通の思考回路ではないと、本人は分かっていない。子どもを、そんな風に考えてしまう時点で、おかしいという事を理解出来ないのだ。

 それが、ノスフェラトゥ研究の第一人者であり、死霊術のエキスパートであり、知識欲の権化とでも揶揄出来る女性───シェイドなのである。

 

 ここに、彼女への認識を改める必要があるだろう。目的のためならば、手段を問わないと述べたが、それは一般道徳や倫理すら気にしない、人道から外れた思考すらも良しとする。

 人の形をした何かとも捉えるべきが、彼女という存在なのだ。

 

「子ども云々はこの際無視する。それよりもシェイド、お前の処遇についてだが……」

 

 いつまでも話が進まないのだけは勘弁願いたいスサノオが、無理やりに話を進める。というより、子どもの話とか、気恥ずかしいだけでしかないのだ。

 

「………」

 

 ようやく話が進展しようとする事で、自然と皆も表情が強張ったものへとなる。フローラとて例外ではなく、先程は誰よりも取り乱していた彼女だが、逆に今では誰よりも落ち着き払っていた。

 スサノオがどのような決断を下すのか、それを支える立場として、冷静であらねばならないから。

 

 

「どうするか、戦闘中ずっと考えてた。そして、答えを出した。シェイド、俺はお前を───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───罰する事とする」

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「果たして、この作品を楽しみにしてくれている方は居るのでしょうか……などと、ネガティブに入ってみました。どうも、お久しぶりです」

カンナ「更新久しぶりだね~。実は、作者さんスランプ気味で、気分転換に他の作品書いてみたんだけど……」

ベロア「それが、思いのほか読者が多く、手放しにするには申し訳ない事になってしまったようで」

カンナ「エタりはしないけど、前よりもっと気ままな投稿ペースになるかもしれないんだって。ごめんなさい」

ベロア「オリジナル展開になるほど、その先の展開を考えるのが難しくなりますから、仕方ないといえば仕方ない事ですが。作者情けないですね」

カンナ「もうすぐ今年も終わるけど、読者さん達も最後まで気を抜かずに年を明かそうね!」

ベロア「そうですね。それによく言いますし。『年が明けるまでが年末』と」

カンナ「うん、それは当たり前だよね…」

ベロア「ともかく、息災にお過ごし下さい。それと、今日はイブですね。わたしもスサノオ達の主催するパーティーにキヌから誘われているので、そろそろ──」

キヌ「ベロアーー!! おっそーい! 遅いから迎えにきちゃったよ!!」

ベロア「噂をすれば、ですね。それではわたしはこれで失礼します。どうか、皆さんもよい聖夜を……。さて、ごちそうを漁りに行きますか、キヌ」

キヌ「おおー!! 焼き鳥食べまくっちゃうぞー!!」

ベロア「いいえ、多分それ焼き鳥じゃないですよ…」



カンナ「行っちゃった……。うーん、あたしもお母さんの所に行こっと。お父さん達が主催だから、お母さんもお手伝いに駆り出されてるだろうし。給仕のお手伝いしなくちゃ! それじゃ読者さん、メリークリスマス!! また次回もよろしくね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 真実を知ろうとする者達

 

 スサノオの放った言葉に、場は多大な緊張感に支配される。

 あの温厚なスサノオが、シェイドを罰すると言った。断言した。

 彼の人となりを幼い頃から知るエリーゼなどに至っては、その決断に衝撃を禁じ得ず、自分にとっての教師でもあったシェイドが罰を受けるという事に、愕然とその事実を受け止めていた。

 いや、受け止めざるを得ない。それだけの事をシェイドはしでかしたのだから、当然の報いだろう。エリーゼとて王族の一員、王族に仇なす者の末路など、嫌という程これまで目にしてきた。

 

 だから、然るべき結末なのだ。それがたとえ、先生として憎からず思っていた相手だったとしても……。

 

 

 そして、当の本人であるシェイドはといえば、

 

「………、」

 

 穏やかに笑顔を浮かべて、悠然と佇んでいた。

 それはもう、場違いなまでの穏やかさで。たった今、処罰を下された人間のする顔とは思えない、素晴らしく良い笑顔。

 

 かえって、異常にさえ映るその笑顔に、スサノオはその不気味さに悪寒が走る。罰すると言ったが、それは間違いだったのではないかと思えてくる程だ。

 だけど、一度言ってしまった手前、今更それを取り消すつもりも、彼には毛頭なかった。

 

「……罰の内容を言うぞ」

 

「はい、なんなりと。スサノオ様のご意志のままに……」

 

 俯き、静かにスサノオの言葉を待つシェイド。その様はむしろ、罰を喜んで待っているようだ。

 彼女の異様さに息を呑んで、それでも意を決したスサノオは、静かに罰の内容を口にした。

 

「シェイド、今後一切ノスフェラトゥの研究に関わるな。これは俺より上位の王族──父上かマークス兄さん、カミラ姉さん、そしてレオンの許しが無い限りは解ける事のない禁罰だと心得ろ」

 

 下された罰。それは、今までのシェイドの功績を否定するものに他ならない。死したる怪物──ノスフェラトゥが何故、見境なく自国の民すら襲うというのに、こうも重宝されているのか。それは簡単な話、“コストがかからない”から。

 そもそも、死体を使っている事から、死んだ兵士すらも再利用するという、エコロジーかつ非道徳的なノスフェラトゥの生成。確かに、道徳を無視している点を除けば非常に効率は良いだろう。

 ある程度の操作も可能なので、制御下にある間は自国の民を傷付けるといった欠点もカバー出来る。

 まあ、それでも制御しきれずに野生化や暴走といった事が起こるのだが。

 

 効率的、故にガロン王はノスフェラトゥを放ち白夜に害を為そうとした。それだけで、ノスフェラトゥは有用であるという事が証明出来るというもの。

 そんな、ガロン王さえ許し認めたノスフェラトゥの研究、そして生成をスサノオは禁じたのだ。それがシェイドにとって何を意味するのか。言うまでもなく、先に述べたように、これまでのシェイドのしてきた事を否定する事に他ならないのである。

 

 だがまあ、それもシェイドがスサノオの近くにいる間だけの話ではあるのだが。どう考えても、マークスやカミラ、レオンはともかく、ガロン王がスサノオのシェイドへの罰を許すとは思えない。

 これは、スサノオへの同行を望んだシェイドへの、この遠征の間だけの期間限定の罰とも言える。

 けれど、それでもシェイドには十分だろう。知識欲の塊であり、ノスフェラトゥ研究の一任者である彼女が、一時的とはいえそれを禁じられるのは相当堪える事に違いない。

 

 そう、踏んだスサノオだったのだが───

 

 

「承りました。あなた様がそう仰るのであれば、このシェイド、謹んでその罰をお受けいたしますとも」

 

 

 と、むしろシェイドはグイグイとスサノオに迫り、その両手を掴んで自ら率先して罰を受け入れたのである。

 流石にこれにはスサノオも面食らってしまい、仲間に助けを求めるように視線を送るも、

 

「……」

 

「ぴゅひゅ~、ぷふ~……」

 

 皆一様に顔を逸らし、誰一人として、スサノオと視線を合わせようとする者は居なかった。一人、下手な口笛を吹いているアイシスが、仲間達の『うわ、これは手遅れだ。関わり合いにならない方がいい』という心情を代弁しているようにさえ映る。

 

「いつまで手をお握りなさっているのですか?」

 

 唯一助け舟になりそうなフローラも、すごくイイ笑顔で、しかし何故か絶対零度を思わせる笑顔で、にこやかにシェイドとスサノオの握られた手を見据えていた。

 当然、鈍感なスサノオには、フローラが何故こんなにも冷たく、なおかつ静かな怒りを滲ませているのかは分からない。哀れなり、恋する乙女よ……。

 

「あら、これは失礼を致しましたわ。申し訳ありません、嬉しさのあまり、つい……」

 

 フローラからの極寒の視線もどこ吹く風、シェイドは気にも留めずにスサノオから離れると、今度は少しばかりの恥じらいを持って、謝罪の言葉を口にした。

 

「いや、別にそれくらいはいいんだが……。それよりも、何故嬉しいんだ? 俺はむしろ、お前が軽く絶望しそうな気がしてたのに」

 

 この結果、この彼女の反応は想定外にも程があったのだ。もっと落ち込むか、へこむくらいはするだろうと思っていただけに、期待を裏切られた衝撃も一際大きなものとなっている。

 

 スサノオの率直な疑問は、はたまたその場の全員が抱いた疑問を背負い、代表のような形でシェイドへと投げられる。それを、彼女は悠然とした態度で受け止め、答えを返した。

 

「確かに残念ではありますが、今はそれよりも心惹かれる事がありますもの。そう……あなたの秘めたる竜の力が、今の私には他の何よりも重要な案件ですわ」

 

 そう言って、スサノオに熱い視線を送り、頬を上気させるシェイド。言い知れぬ身の危険を感じたスサノオは、知らずの間に足が一歩、条件反射的に彼女から引いていた。

 

「……ま、まあいい。とにかく、罰はいま伝えた通りだ。そしてお前が俺達に同行するのは認めてもいいが、その代わり、くれぐれも部隊の和を乱すような行為はしないように! それが約束出来ないなら、おとなしく帰ってもらうぞ」

 

「はい。このシェイド、暗夜竜に誓って約束は違えませんとも。些末な事で、得難いスサノオ様との時間を無為になど出来ませんので」

 

 暗夜竜を引き合いに出してくる辺り、やはり彼女も闇の部族の末裔……なのだろうか?

 いや、部族云々はこの際、彼女にとってはどうでも良い事なのかもしれない。彼女の性格からして、闇の部族の特性もノスフェラトゥ研究に便利程度にしか捉えていないだろうし、そもそも彼女は自分本位な部分が強く見られる。

 知識欲を満たすためなら、王家への忠誠もなんのその……を、地で行くのがシェイドという女性だろう。

 あえて暗夜竜と口にしたのは、竜の化身たるスサノオに合わせた、彼女なりのシャレのつもりだったのかもしれない。

 

「さて皆様方、私の加入も無事に済みました事ですし、早速目的地へと向けて出発するとしましょう」

 

 もはや先程までの事は忘却の彼方とばかりに、全員へとすぐさま出発を勧めるシェイドに、スサノオは頭を痛ませる。

 この先、大丈夫だろうか……と。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? 私に聞きたい事とは何かしら?」

 

 それはシェイドの一件から少ししての事。彼女がスサノオ一行に加わり、星界の城で全員が行軍の休息をとっている時だった。

 

 呼び出されたシェイドはと言えば、そわそわと落ち着かない様子で、庭園の一角に鎮座する兵舎──正確には、そのうちの一つであるスサノオの部屋へと、チラチラと視線を送っている。

 よっぽど、スサノオの観察に行きたい模様である。

 

「何か疑問があるのでしょう? なら早く訊ねてきなさいな。こうしている時間が既にもったいないというのに」

 

 じれったいと言わんばかりに、鋭く睨みを利かせるシェイド。普段の妖艶ぶりも相まって、より威圧感を感じさせる。

 

「……率直に聞くぞ。お前、ストレルカって覚えてるか?」

 

 そして彼女を呼び出した当の本人──ゼロは、それこそ彼女の要求に応えるように、直球まっしぐらで話を切り出した。

 

「ストレルカ……? これはまた、ずいぶんと懐かしい名前を出してきたものね。もちろん覚えていますとも。あの男を洗脳するように命令された邪術士が誰だったのか、お忘れになって?」

 

 指先を唇に触れながら、挑発的な笑みと共に返すシェイド。実を言えば、ストレルカが死ぬ少し前に、ガロンが彼を洗脳させようとしていた邪術士というのがシェイドだったのだ。

 

「覚えてるのなら話は早い。お前が覚えてるという前提でしないと、今からシてやる質問は無意味だからな」

 

「…? 何かしら。気になる言い方をするじゃない」

 

 ゼロの言い回しも大概だが、それに嫌そうな顔をしない彼女も大概だろうか。本人達は特に何もおかしいと感じていない分、まともな感性の者からすれば余計にたちが悪い。

 

「シンプルに聞こう。お前、ストレルカの死体をどうした? いや、その死体を使ってナニをシた?」

 

 言葉使いはアレだが、その質問内容は至極真っ当なものだった。ゼロのコレはもはや癖になっている部分もあるが、その顔は真剣そのもの。

 彼のその様子に、シェイドもまた、茶化すような場面ではないと判断したのだろう。軽く溜め息を吐くと、素直に彼の問いに答える。

 

「別に。ノスフェラトゥの素体にしたいとは思ったけれど、病に冒された肉体ではね……。体の内も外もボロボロだもの、まるで使えないから普通に埋葬したわ」

 

「……本当か?」

 

 ゼロは、ノスフェラトゥに関してはそこまで詳しくない事もあり、シェイドの言葉が真実であるのかを確かめる術はない。

 だけど、病死した死体が使えない、というのは理に適っているような気もしないでもない。

 そして、それはシェイドとて分かっていたようで、自分の胸元を何やらゴソゴソと探ると、そこから何やら丸められた紙束を取り出した。

 

「信じられないのなら、これをご覧なさいな。私が直属でまとめたノスフェラトゥ研究の資料よ。これなら、嘘はつけないでしょう?」

 

「ふーん……王家の紋章入り、か。確かに、これなら王家を欺くような真似は出来ないようだな。ヤれば即あの世イキだ」

 

 資料を受け取ったゼロは、内容に目を通し、王家の紋章の判がある事を認めた。つまり、ガロン王が直々に承認したという何よりの証があったのである。

 もしここで嘘を書いていようものなら、ソレが発覚した時点でシェイドの首は無いも同然。流石にそんな馬鹿な真似は、彼女であってもしないだろう。

 

 真偽の程は分からない。けれど、王家の紋章の判を偽造するのは、それだけで処刑レベルの大罪だ。そんなリスクを犯す程、シェイドという女は浅はかではない。

 それを知っていたゼロは、ひとまずは彼女の言葉を信じる事にした。()()

 

「ストレルカの死体を弄ってナニかをシた訳じゃないならイイ。この話はこれで終わりだ。じゃあな」

 

 要件も済んだ、とゼロはすぐに退散しようとするが、それを問屋が許さない。よく考えてみてほしい。知識欲の塊のような彼女が、何故こんな質問をされたのか、気にならないはずもないのだから。

 

「ちょっと待ちなさい。理由くらい言ってから去っても良いのではなくて? 流石の私も、訳の分からないまま話を終わらせる程、間抜けではないわよ」

 

 去ろうとするゼロのマントを掴んで離さないシェイド。このまま強引に行こうかとも考えたが、ここで上手くあしらったところで、今後付きまとわれる可能性がある。

 ノルンやアカツキの件を見て知っていただけあり、シェイドのしつこさと実行力は信頼を置けるレベルで知っていたゼロは、諦めて理由を語る事にした。

 

「本人かどうかは知らんが、黒竜砦での戦闘の際、ソイツらしき敵兵が居た。どんな仕組みか、姿は透明という奇天烈な格好でな」

 

「姿が透明……? 魔法や呪術での透明化かしら」

 

「いや、それがどうにも違うらしい。そういうのに詳しいチビが断言シたからな。そもそも、ヤツはもう死んでて、お前のさっきの言葉が本当なら、別人だろうさ」

 

「……透明な兵士、ねぇ。気になるわ、とても」

 

 マントから手を放すと、ぶつぶつと何やら呟き始めたシェイド。好機とばかりに、ゼロは彼女から距離を取り、話を切り上げようする。

 

「ともあれ、だ。お前がナニか知ってたなら良かったんだが、知らんのならもう用はない。スサノオ様の為に情報を集めるのは、レオン様の為にもなるからだったんだが……地道に当たるしかないか」

 

「姿が見えないのに動けるのは何故? 透明化を維持したままで機敏に動ける? いいえ、まず死者が再び意思を持ち動くという事も謎だわ。魔法でもなく、呪術でもないのなら、何が原因で……」

 

 もはやゼロの声など届いてはおらず。完全に自分の世界に入り込んでしまったシェイドに、ゼロはここぞとばかりに退散したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そのやりとりを見ていた者が居た。

 

「なるほど、シェイドも透明な兵士については知らない、と……」

 

 一言一句、逃さず聞き取っていた内容をメモするのは、眼鏡がキラリと光るライルだ。

 そしてもう一人、

 

「……まだ終わらないの?」

 

 ライルの陰に隠れるようにして縮こまっていたのは、その豊満な肢体を隠しきれずにいるノルン。ビクビクと、いつシェイドにバレるかと心配しながら、息を潜めてしゃがみ込んでいた。

 

「いいえ、もう終わります。おかげで情報収集が捗りましたよ、ノルン……、ッ!!」

 

 最後の一行を書き終えると、ライルはシェイドから視線を外し、自分の足下に居たノルンへと視線を移す。その時、彼の目に何が映ったのかは、まあお察しといったところか。

 

「…? どうしたの、ライル? 顔が赤いけど……」

 

 何故か顔を赤くして顔を反らしているライルに、当然のごとくノルンは頭に疑問符を浮かべるが、知らぬが花である。

 ライルも、ノルンがその理由に気付かないうちに話を逸らそうと、無理やり話を続けた。

 

「…コホン。ともかく、図らずもゼロのおかげでシェイドが()()知らないという事が分かりました。彼女のあの様子では、間違いなく真実、何も知らない事でしょう」

 

「なら、もういいわよね……? 見つかる前に帰りたいわ……」

 

 そわそわと落ち着かないノルンに、ライルは申し訳なくも感謝の気持ちでいっぱいになる。

 というのも、2人がゼロ達に聞き耳していた事がバレないで済んだのは、ノルンの存在あってこそだったのだ。

 

 弓の名手であるノルンだが、実は魔道の心得もあり、少しくらいなら魔法や呪術も使えるのである。

 しかも、普段のノルンはネガティブかつ逃げ腰な性格をしている事もあるため、気配殺しや音消しなど、敵からの逃走や、やり過ごすといった事に特化した呪術を得意としていた。

 今回はそれの応用で、気配を殺して、息を潜めて隠れていたという訳だ。そこにライルの技術で即席だが補強が加えられ、気配に敏感なゼロと、魔道に明るいシェイドの目を欺けたといった具合である。

 

「そうですね。速やかに退去しましょうか」

 

 2人は息を潜めたまま、一人残されたシェイドから離れていく。彼女の姿が見えなくなったところで、ノルンは気配遮断の呪術を解除した。

 

「……ハア。やっと解放されたのね。なんだかとても疲れたわ……。まるで生きた心地がしなかったもの……」

 

 一息つくと、ノルンが脱力して地面へとへたり込む。極度の緊張感から解放され、気が抜けてしまったようだ。

 

「ありがとうございました。シェイドが苦手であるノルンに辛い役目を押し付けてしまいましたし、お詫びに今度の街に着いた時に、何かご馳走しますね」

 

「あ、ありがとう……。でも、別にお礼なんていいからね? これだって、ライルが必要だと思ったからの事だったんでしょう……? なら、私は当然の事をしたまでだから……。……確かに、寿命が縮まる思いだったけど」

 

 ホッと安堵する彼女の姿に、ライルは苦笑いを返すしかない。いや、あのノルンがよくここまで耐えてくれたと褒めるべきかもしれないが。

 

「それで、どうして盗み聞きなんてしたの? 普通に混ざって聞けば良かったんじゃ……」

 

「それが出来ていれば、僕だってこんなコソコソした真似はしませんよ」

 

 口にして、ライルの顔に苦々しいものが浮かんでくる。その理由こそが、最も彼を悩ませているのだが、ノルンにはそれが何か分からなかった。

 

「いいですか、彼女が透明な兵士について知っているという事は、つまりある程度ガロン王に近しい立場であるという事です。僕らはまだ、どういう訳か奴の刺客を送られていませんが、探っている事が奴の息の掛かった者にバレれば、安全は保障出来なくなる可能性もあった」

 

「……そっか。もしバレて、刺客が襲ってきても、私達にはスサノオ様達に真実を証明する術が無いのね。だから、シェイドがアイツと繋がりがあるかもしれない内は、悟られてはいけなかった……という事なの?」

 

 ノルンの言葉に頷いて、肯定の意を示すライル。彼が危惧していた事が何か、ノルンもこれでようやく理解出来た。多分、これがアイシスだったらノルン程すぐに理解するのは難しかっただろう。

 

「ですが、もうその心配は無用ですね。シェイドはシロで確定的でしょう。それに、今のスサノオ隊には、怪しい者も居ないと考えて良いですね」

 

「怪しい……、あのニュクスって子は?」

 

 つい先日、スサノオが仲間に迎えたニュクスの名を出すノルンだが、ライルはその考えをすぐさま否定した。

 

「彼女も関係者とは考えがたいですよ。彼女が仲間になったのは、偶然が重なっただけでしょう。スサノオ様が見つけていなければ、彼女は姿を眩ませていた可能性もあった訳ですし」

 

「…それもそうね。あそこであの子が立ち往生してたのは、暗夜軍と白夜軍の戦闘が原因だし、彼女もスサノオ様の誘いを一度は断ったそうだし。それに、あの子には親近感が湧くというか……。なんて言うのかしら、こう、呪術で酷い目に遭った事がある的な……?」

 

 うんうん、と一人ニュクスに親近感を覚えているノルンをよそに、ライルは考えていた。

 今はまだ、大々的に怪物達は襲って来ていないが、真実へ近付こうとする程に、彼らは牙を剥くだろう。

 そして、真実へ迫るだけではまだ足りない。自分達には決定的に足りないものがある。そう───

 

 

 ───証明する為の手段、だ。

 

 

 だが、鍵を握るのはスサノオ。そしてここには居ないアマテラスであるのは間違いない。出来れば、2人が揃って共に居てくれたら良かったのだが、それは無理な話。

 

 どうにか、打開策を見つけなくてはならない。

 

 当面の目標も定まり、ライルは考えるのをそこで止めた。今は考え事ばかりしていても仕方ない。情報が少ない以上、単なる空想でしかないのだ。

 なら、今はただ、前へ進むだけ。そうすれば、自ずと真実への足掛かりも見つかる事だろう。

 

「……さて、腹ごしらえにでも行きましょう、ノルン」

 

「え? え、ええ。確か今日の食事当番は……フローラだったわね。…羨ましいわ、料理上手で、気配り上手で、それにあんなに器量もあるなんて……。私の理想のお嫁さん像よ……」

 

 どんよりとした空気を纏い始めるノルンに、ライルは乾いた笑いを零すのだった。

 

 ──ごめんなさい、僕では理想の女性像へなる手助けは出来ません。どうにも、そういった事には疎いもので……。

 

 それがその時、彼が思った事だったらしい。

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「皆さん、やっていますか『ファイアーエムブレム ヒーローズ』」

カンナ「あたしはやってるよ! 無課金で!」

ベロア「課金しなくても、ある程度は当たりやすいですからね。キングフロストも、無課金で☆5は2人出ましたし」

カンナ「シーダさんとユリアさんだっけ?」

ベロア「☆4もそこそこ出るには出ますが、覚醒の必要素材が鬼畜です。もっと軽くしてほしいですね」

カンナ「そして何故かピックアップだったのに☆4で来たカミラさんとルフレ(♂)さんね。それなのに演出あったのは驚いたけど」

ベロア「逆に☆5で演出なかった事に驚きですが。特にユリア」

カンナ「あと、ノーマルなのに難易度高いよ、9章5節」

ベロア「まあ、修練の塔に関しては消費スタミナが良心的ですし、スタミナ回復も早いので、比較的レベルは上げやすいと言えるでしょう」

カンナ「あ、フルボイスでギュンターさんにも声があったのは嬉しかったなぁ!」

ベロア「まあ、流石に新規のボイスは無理のようでしたが。あと、わたしが実装されれば神ゲー認定ですね。あとカンナ」

カンナ「うわ~……すごい自画自賛だぁ」

ベロア「そんな訳で、幼女に惹かれたマークスも登場する『ファイアーエムブレム ヒーローズ』。無理のない範囲で楽しみましょう」

カンナ「それじゃあ、次回もよろしくね!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 海を目指して~休息編~

 

 シェイドがスサノオ一行に加わり、既に幾日もの時間が過ぎていた。それだけの時が経てば、その行軍距離も比例して伸びるというもの。

 一行はそのまま南下し、現在は港のある街の一つ前の街に滞在していた。というのも、

 

「たまには息抜きも必要だろう」

 

 とのスサノオからのお達しがあったからだ。いくら休息を取っているとは言っても、ずっと行軍続きでは士気は下がるもの。それは少数だろうと大軍での行進だろうと何ら変わりない。

 故に、特に規制している訳でもなかったので、スサノオは皆を気遣い、少しの間だけこの街での滞在を決定したのである。

 

 そんな事もあり、そのお触れが出てすぐに各々が自由に過ごし始めた。たとえば、エリーゼやアイシスなどを筆頭に、活発な者達は早速街へと繰り出し、アカツキやエルフィといった鍛練好きは、街へはあまり出ずに星界でトレーニングに勤しみ(エルフィはたまにエリーゼに同行するが)、ライルやゼロのように情報を集めに街へと向かう者など。

 それぞれが様々な目的を持って、己のしたい事に時間を当てていたのである。

 

 そして、事の発端であるスサノオもまた、例に漏れず街を探索しに出掛けていた───。

 

 

 

 

 

 特にこれといった用事も目的もなく、スサノオは街を気ままに歩き回っていた。街を行き交う人々からは満ち足りた活気が伝わってきて、こちらまで元気になってきそうだ。

 

「暗夜の地下街程じゃないが、ここも中々に賑わっているな」

 

 港町からそう遠く離れていないためか、この街を足掛かりとして活用する者も少なくないのだろう。そういった行商人や旅人をターゲットに、宿や食事処も気持ち多めに点在しているように見える。

 

「はい。この分だと、市場の方にも期待出来そうです」

 

 と、柔らかい微笑みでスサノオの少し後ろを歩くのはフローラだ。

 彼女はスサノオが街に行くのなら、と自分も同行を申し出た。名目としては食材や備品の買い出しだったが、実質はスサノオとの逢い引き気分を楽しみたい……というのがフローラの本音である。

 

「ああ、そうだな。どうせ暇だし、俺もフローラの買い出しの手伝いでもしようかな?」

 

「そ、そんな! 主君に荷物持ちをさせるなど、臣下にあるまじき行為です! どうかお気になさらず、スサノオ様は自由にお過ごし下さい。私は帰り掛けにでも市場に寄れれば、それで良いのですし」

 

 スサノオの申し出に、フローラは慌てふためいて、どうにか言い分を捻り出してやんわりと断った。

 彼女の意見は正論は正論なのだが、実際のところ、いきなり市場に向かって一応の目的達成をしてしまっては、こうして逢い引き気分を味わう時間が減ってしまうから、という部分も大きく占めていた。

 

「そうか? なら、別に俺に付き合わなくても、フローラは買い出しを済ませて帰ってもいいんだぞ」

 

 無論、乙女心など露知らずなスサノオは、フローラの真意など到底分かるはずもなく、同行を止めても良いと口にする。

 彼にしてみれば、彼女を無為に付き合わせるのは悪い、という気遣いだったのだが、フローラにとっては余計なお世話にも程がある。当然、それを彼女はスサノオにバレないようにそれとなく拒んだ。

 

「いいえ。従者として、メイドとして、主君の行く所にお供するのが当然の務め。ですので、私の事はお構いなく。スサノオ様がお帰りになられた後ででも、市場に行けば良いだけですから」

 

「あ、ああ……」

 

 フローラの有無を言わさぬ迫力に、思わず気圧されるスサノオ。しかし、それ故に彼は彼女の言葉の矛盾に気付けない。

 “何故、彼女がスサノオに同行したのか”という事を。フローラがスサノオに伝えていた、彼女の元々の目的とは買い出しである。この同行とはつまり、本来なら買い出しがメインであって、スサノオと共に街を回る事ではなく、買い出しまでの間だけなのだ。

 そこを彼が指摘さえ出来ていたのなら、フローラの恋路は飛躍的に発展したであろうが、やはり恋とはそう上手く行かないのが世の常である。

 

「さあ、どうぞ気の向くままに街巡りを。私は僭越ながら、そのお供をさせていただきますので……」

 

 ただ、スサノオにのみ問題があるかと言えば、そうではない。フローラもまた、憧れてはいるものの男女の色恋には疎く、あくまで主君と臣下としての関係として同行しようとしていた。

 ホンモノとは程遠い。だけど、それだけで逢い引き気分を味わえると感じているのだから、初々し過ぎるにも程がある。

 

「そこまで言うなら、俺はもう何も言わないさ。フローラがしたいようにするといい」

 

 鈍い。その一言に尽きる、この男は……。と思いきや、スサノオはいきなりフローラの手を勢いよく掴んだ。何が何だか分からないというように、フローラが顔を赤く目をぱちくりさせていると、

 

「だけど、混雑とまではいかないが、それならはぐれない方がフローラには都合が良いだろう? それに、俺としても後ろを歩かれるより隣で歩いてくれてた方が、街巡りのし甲斐もあるってもんだ」

 

「………!! えっと、その、は、はい……

 

 もちろん、スサノオが彼女の気持ちを察したとか、そんな甘い話ではない。ただ、彼女の目的をこそ想ったが故の気遣いである。

 それでも、フローラにしてみれば、彼の突然の行動は、思わぬ出来事というか、嬉しいハプニングだったりする。なので、顔は赤いままで、語尾は小さくなったけれど、拒絶の意を示す事はしなかった。

 

「? 顔が赤いようだけど、体調でも悪くなったか?」

 

 フローラの変化に気付きはするが、その理由までは及びつかないスサノオ。やはり、鈍い。

 

「い、いいえ! あの、そう! 少し暑くて! やっぱり暗夜の国境近くだと、太陽の暖かさを実感出来ますね!」

 

「確かにそうだな……。…うん、太陽が出ているとは言え、海の上は寒いと聞くし、防寒具もついでに買っていくとするか」

 

 到底カップルの会話とは思えない内容が続くが、2人の様子を見守っていた周囲の視線は、それはもう暖かいものであったそうだ───。

 

 

 

 

 

 

 

 スサノオ達が街を巡っている同じ頃、とある2人組の姿が街にあった。

 一人は仮面で顔の上半分を隠した背の高い青年。もう一人は彼とは対照的に背は低く、まだ幼さの残る容姿をした少女。

 つまるところ、ミシェイルとネネの事だ。

 

「さーて! 元気に買い出し、もとい食べ歩きに行くですよ!!」

 

「……おい、本音を隠すつもりすら無いのか」

 

 元気溌剌に財布片手に勢い勇むネネ。そんなネネの事を溜め息を吐いてミシェイルは痛む頭を手で支えていた。

 フローラが日用品を目的とした買い出しなら、こちらは軍事的な買い出しを目的としている。簡単に言えば、フローラの方はスサノオや軍の皆に出すお茶や茶菓子、タオルや洗剤など身近なものであるのに対し、ミシェイルは部隊全体の朝昼晩の全ての食事用の食材といった具合である。

 必然的に、日々の食材の方が重量がとてつもない事になるので、ミシェイルが買って出たという訳だ。

 決して、頑張るフローラへのお節介ではないとだけ言っておく。

 

「どのみち、食材選びで品定めするですから、同じ事ですよ」

 

 そして、ミシェイルが食材の買い出しに出るという事で、ネネが同行に手を上げたのだ。

 というのも、ミシェイルは食材選びには煩く、こだわる事で知られており、まずは少量を買って軽く調理してみて美味しかったら採用、という少し変わった買い物の仕方をしている。

 なので、彼が買い物に出る際は、その背にはいつも簡易調理キットが常備されていた。

 

 ちなみに、星界でも幾らかは食材を得られるのだが、やはりそれだけでは足りないので、こうして買い出しに来ているのだった。

 

「簡単な調理とはいえ、ミシェイルの作るご飯は絶品ですからね。下手な料理店に入るよりも確実性があって、なおかつお得です!」

 

 声高々に断言するネネ。彼女がミシェイルに同行した真の目的とは、彼がお試しで調理してみた食材を食べまくる事だったのだ……!!

 

「お前、一体いつからそんな食いしん坊キャラに成り果てたんだ……?」

 

 そんなネネの姿に、より頭が痛くなってくるミシェイル。頭痛と徐々に胃痛まで感じ始めた彼は、何故ネネに食材調達を知られてしまったのかと、若干後悔し始めていた。

 

「私はいつだって食べる事には真剣です。なんなら、木の根っこだって食べた事のある私は、こと食事に関しては口うるさくなってしまうのも仕方ありませんですよ」

 

「……なんか、すまん」

 

 ネネのかつての食事事情を聞いていた分、あまり突っ込んだ事は聞けないため、ミシェイルは諦めてネネの同行を受け入れる事にした。

 こうなってしまった以上、仕方ない。どうせ自分だけではすぐに満腹になり、食材選びも満足に出来ないだろうし、ネネの無尽蔵の胃袋──ネネ曰わく、鉄の胃袋は、この際便利と考えた方がいい。

 

「では、気を取り直して、食材選びを始めるとするですか」

 

 気にした素振りを見せる事もなく、ネネは元気に市場を物色し始める。出店に顔を覗かしては、品定めするように果物や肉、魚や野菜を眺めていた。

 これでは、一体どちらが食材選びに来たのやら。ミシェイルも渋々といった様子で、ネネの後に続く。

 

「少しの間、海上での生活になると想定するなら、あまり腹に溜まりすぎないものがいいか」

 

「です。前に、ブレモンドが船旅でゲロゲロしてたですから。吐く前に何を食べていたか分かるとか、軽くトラウマものだったです」

 

 今は遠く、敵国に居るであろう顔馴染みを思い出す2人。あの大惨事を忘れてはいけないと、そしてあのような大惨事を再び起こしてはなるまいと、堅く決意する。

 

「……消化に良いものを主に見立てていくか」

 

「それなら、野菜はどうです? 緑は体に良いと言いますし、細かく刻めば消化の面でも解決です」

 

「ふむ、米をメインにした料理も良いな。刻んだトマトや芋を溶かしたチーズで覆ったものなんかは相性が良いからな」

 

「炊いたお米を丸めてボール状にするのも良いですよ。白夜では『オニギリ』と言うらしいです」

 

「ああ、聞いた事がある。丸めた米の塊の中に、具材として梅や鮭などが抜群に合うらしい」

 

「船酔いした人には、お粥も良いかもですね。あれなら、お腹に優しいですから」

 

「だが、粥だけでは味気ないからな、何か味付けをすれば、より美味しく食べられるはずだ……」

 

 2人の料理談議は終わる事を知らず、どんどんヒートアップしていく。ネネに至っては、話す毎に口からよだれが止めどなく溢れていた。

 

「きったないわね。ほら、これで口を拭きなさい」

 

「あ、ありがとうです」

 

「構想はある程度固まったし、材料探しを始めるか……、」

 

「…………、」

 

 ネネが口元を拭いている間、少しの沈黙が一同に訪れる。周りの街行く人々の声があるので、静寂からは程遠いが、今の彼らにとってそれらの雑音は些末な事。ほとんど耳には入っていなかった。

 そして、その沈黙は数秒の後に破られる事となる。

 

 

「「って、ルーナ!!?」」

 

 

 2人揃って、またミシェイルにしては珍しく、かなり驚いた様子で叫び声を上げてしまう。周りから奇怪な目で見られるが、もはや周りの事など意識が向かないので気にも留めない。

 

「うっさいわねー。そんな叫ばなくても聞こえてるってのよ」

 

 名を叫ばれた当人である、長い赤髪を二つに括ってツインテールにし、つり上がった目元は勝ち気な性格を思わせ、傭兵の意匠に身を包んだ女性───ルーナが、耳を押さえながらしかめっ面で答える。

 

「いや待て。何故、お前がここに居る? お前、カミラ様はどうしたんだ……?」

 

 ミシェイルの疑問はもっともだ。このルーナは、カミラ直属の臣下であり、常に行動を共にしていると言っても過言ではないのである。

 そのルーナが、何故一人でここに居るのか。それを疑問に思わない訳がない。

 

 当の本人はと言えば、彼の問い掛けに対し、目を逸らして言い辛そうにしながら答えた。

 

「その…あれよ。お買い物に夢中になってるうちに、はぐれたのよ……」

 

 歯切れ悪く、ルーナは唇を尖らせて不機嫌になる。自分の非を認めてはしたが、その理由が実に下らない事によるものだったからだ。

 

「という事は、カミラ様もこの街にいらっしゃるという事ですか?」

 

「…そうよ。カミラ様がガロン王から任された任務を、マークス様が内緒でこっそり引き受けてくれたの。レオン様も任務で遠方に出てたから、マークス様一人に負担を掛けちゃう形でね。で、私達はスサノオ様を追って、ここまで来たってワケ」

 

 ルーナがここに居る理由は、これで説明がついた。そして、カミラとはぐれてしまったという事も理解したミシェイルとネネ。

 それにしても、ルーナがこの2人を見つけられたのは運が良かったと言えるだろう。このままだと、延々とカミラを探してさまよっていたかもしれなかった。

 

「ま、これで一安心ね。アンタらと合流すれば、カミラ様とも合流出来るだろうし。憂いも無くなった事だし、あたしもアンタ達の買い物に付き合ってあげるわよ」

 

「え? あ、お財布!?」

 

 途端、機嫌の戻ったルーナはネネの手から財布をかっさらうと、スキップしながら露店へと向けて突撃を開始した。

 浪費癖のあるルーナが加わった事で、ミシェイルの頭痛の種がまた一つ増える事になったのは言うまでもないだろう。

 

「何故、俺ばかりこんな目に……」

 

「待つですよー! ルーナーー!!」

 

「よーっし! じゃんじゃん買って買って買いまくるわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ミシェイル達がルーナに振り回されているのとほぼ同じ頃。とある食堂にて、探索の休憩をしているのは、

 

「うーん、あたしはパスタにしようかな」

 

「じゃあ、あたしはサラダの盛り合わせを頼もっと」

 

「ふーん……では、私は肉野菜炒めを注文しよう!」

 

「わ、私はスープだけでいいわ……」

 

 エリーゼ、アイシス、ハロルド、そしてノルンの4人だった。3人は別に珍しくない組み合わせだが、そこにノルンが加わるのは珍しいと言える。

 

「じゃ、お店の人呼んじゃうね。おーい! 店員さーん!」

 

 エリーゼの元気な声が店内に響き渡る。けっこう賑わっている事もあり、大きめの声でなければ届かない故に、エリーゼは元気一杯に声を上げたのである。なので、周りに迷惑などは一切ない。

 エリーゼの呼び声に応じ、店員がやってくると、それぞれ自身の注文を手早く済ませていく。店員も流すように注文を全て聞き取ると、一礼して店の奥へと戻っていった。忙しいのだろう事がよく分かる。人手不足なのだろうか?

 

「しかし、こうして暗夜を離れてみると分かるのだが、この街を見ていると、とても二国が戦争をしているとは思えないね」

 

「ホントだよね。ここの人達を見てると、闘いとは無縁な感じだし。ヒーローとしては喜ぶべきなんだろうけど、やっぱり違和感はあるかな」

 

 料理が来るのを待っている間、おもむろに口を開いたハロルドと、彼の言葉にアイシスは同意する。

 今日、街を見て回って思った事が、2人に共通した感想だった。

 

「戦争戦争って言うけど、あたしはおにいちゃん達の闘いに付いて行った事がないから、やっぱり実感が湧かないなぁ。でも、お城がいつもピリピリしてるのは、なんとなく分かるんだよね」

 

 エリーゼは2人の意見に、自分の思っている事を素直に口にした。実戦経験がなく、また、戦場に出た事もない。唯一、スサノオとアマテラスを無限渓谷で助けに行った事のみが、エリーゼにとっての初の戦場だった。

 だが、それも戦闘はほとんど終了していて、増援を相手にしていたのはマークス、カミラ、レオンの部隊のみで、エリーゼはすぐに後方へと下がったのだが。

 

「そういえば、エリーゼ様はよく城下に出ておられたようですが、それが原因でしたか。しかし、地下街にも危険な地域は存在します。なるべく一人での外出は避けて下さい! なんなら、このハロルド、エリーゼ様の命とあらば、いつでもお供致しますよ!」

 

「あ、うん、考えとくね」

 

 爽やかなハロルドの笑顔を前に、エリーゼは乾いた笑みを浮かべる。ハロルドと一緒に街へ出ようものなら、どんな不幸が彼を襲うか。

 そう、不幸に襲われるのは()()()()()、なのだ。彼と外出した先で、エリーゼは必ずと言って良い程に、その場面を間近で目撃させられ、時には命にすら関わるのではないかと思えるような事も起こるので、心労がマッハで溜まるのである。

 故に、エリーゼはハロルドと2人きりでの外出はなるべく避けている。ハロルドと出掛ける時は、必ず他に誰かを付けるようにして、エリーゼへの心労の一局集中を回避していたのだ。

 

「さっきの言葉に返すようだけど、本当に賑わってるわよね。戦時中にこれだけ繁盛してるのって珍しいと思うわ……」

 

 周囲を軽く見ながら言うノルン。疑問に思うのは、何故こんなに賑わえるのか──という事だ。

 

「多分、自分達には関係ないって思っているのよ」

 

「はひいぃぃ!!?」

 

 彼女の疑問に答えるのは、いつの間にかエリーゼ達が座っていたテーブルの脇に立っていたニュクスだ。

 音もなく──というか、音はこの喧騒で紛れてしまうのだが、ともあれ急に現れた彼女に、ノルンが素っ頓狂な悲鳴を上げて勢いよく立ち上がる。

 そんな彼女の反応に、渋い顔をしてニュクスは立ち尽くしていた。

 

「ありゃ? ニュクスじゃん。どうしたの?」

 

「ちょっと本を買いに来ただけよ。その帰りに、たまたま貴方達の姿がこの店の中に見えたから、少し寄ってみたの」

 

 アイシスはノルン程に驚いた風でもなく、「奇遇だねぇ~」程度にしか捉えていないようである。

 咳払い一つして、ニュクスは話をさっきのものへと戻す。

 

「国と国との争いは確かに大きいわ。だけど、当事者でない者からしてみれば、自分の住む土地が戦地にでもならない限り、あくまで余所事でしかない。流通の面での影響もあるにはあるでしょうけど、命に関わる程ではないし、関心を持たないのも無理はないわね」

 

 要は、自分とは関係ない。勝手に戦争をしているのはお前達だ。だから興味も無ければ関心もしない。

 どちらが勝とうが、負けようが、自分達の生活が何も変わらないのなら、それでいい───。

 

 それが彼らの立ち位置であると、ニュクスは言う。彼女もまた、つい先日までその内の一人だっただけあり、その言葉には強い説得力が宿っていた。

 

「戦争って……何なんだろうね?」

 

 その渦中真っ只中に居る王族であるエリーゼは、たまらずそれを口に出していた。

 

 何故? 何の為に? 何か意味があるのか?

 

「どうして、お父様は戦争なんてするんだろう……。仲良く手を取り合う事だって、出来たかもしれなかったのに」

 

「そうね。でも、もう戦争は起きてしまった。それを始めたのは他でもないガロン王。いくら悔いたところで、これは覆しようのない事実なのだから、貴方や私達は今出来る事を全力でしましょう?」

 

 起きてしまった事はもう変えられない。ならば、これから先の未来を、自分達の手で変えていく……。それこそが、自分達に出来る事。自分達にしか出来ない事なのだ。

 ニュクスの言わんとしている事を、朧気ではあるが理解したエリーゼは、頭を軽く横に振ると、華やかな笑顔を取り戻す。

 

「そうだよね! あたしに出来る事をせいいっぱい頑張る! 未来はあたし達が作っていくんだから!! さーて、そうと決まれば、まずはお腹いっぱいになって力を付けるぞー!!」

 

 暗き夜の続く国で、エリーゼがこのような天真爛漫な王女へと成長した事は奇跡に近い。この奇跡のような存在が、これからの暗夜を暖かな光で照らすのだと、この場に居合わせた者達は揃って感じていた。

 

「それじゃ、私は帰るわね」

 

「えー!? せっかく来たのに、もう帰っちゃうの!? どうせだし一緒に食べていこうよー!!」

 

 用事は済んだとばかりに帰ろうとしたニュクスを止めに掛かるアイシス。腕を掴まれ、困ったように眉を八の字にして、エリーゼ達に助けを乞うような視線を送るが、

 

「そうだよー! お食事は人数が多い方が楽しいもん。ニュクスも一緒にご飯食べようよ!」

 

 むしろエリーゼはアイシス派であり、ハロルドはうんうん、と頷くばかりで、ノルンは申し訳無さそうに俯いている。これでは、ニュクスを助ける者は居ないだろう。

 

「……分かったわ。でも、食事が済んだら帰らせてもらうわよ?」

 

「うん。あたし達も食べ終わったら帰るつもりだったし、問題ないね」

 

 変に粘るより、あっさり折れてしまう方がまだ楽だと判断したニュクスは、諦めて彼女達の提案を受け入れる事にした。

 テーブルは4人掛けだったので、手近な所に居た店員に声を掛け、追加で椅子を用意してもらう。

 

「はい、どうぞお嬢さん。子ども用の椅子ね」

 

 とても良い屈託のない笑顔で、店員のお姉さんが持ってきた椅子を前に、神妙な顔付きで固まってしまうニュクス。彼女用に用意された椅子は、どう見ても子ども用に高さや大きさが調整された、言うならば『お子様用チェア』であった。

 ヒクヒクと頬を痙攣させて、だけど店の忙しさを見るに、余計な手間は迷惑だろうと仕方なくその椅子に座らざるを得ない。

 周囲からすれば、別におかしな光景ではないが、本人からすれば恥ずかしい以外の何物でもない。

 

「……やっぱり、私はどこへ行っても子ども扱いされるのね。でも、それも仕方ない事。それこそが、私の罪の証なのだから……」

 

「むむ? ニュクス君が何故か落ち込んでしまったのだが、誰か理由が分かる者は居るかな?」

 

「……踏み込んだ話になるだろうから、あまり深く追及してあげないでね」

 

「ん? あ、ああ」

 

 疑問符を浮かべるエリーゼとアイシスを除き、ノルンだけは何か察しているらしいが、彼女なりに気を遣ってその話題は打ち切る。が、ニュクスはすぐに真顔に戻り、

 

「それはそうと、さっきの話なのだけど……。私の理想像とも言える容姿をした大人の女性から声を掛けられたわ」

 

 と、いきなり話題を切り替えた。そして、それに過剰に反応を示すのは、末妹王女ことエリーゼだ。

 

「大人の女の人!? 聞きたい聞きたい!! あたし、カミラおねえちゃんみたいな立派なレディを目指してるから、そういうのすっごく聞きたいよー!!」

 

「うーん……あたしはそういうのパスで。ヒーローに女の子らしさとかは要らないしね~」

 

「まあまあ、そう言わずにニュクス君の話を聞こうではないか! それで、一体どんな用件だったのかな? 何か困り事なら、場合によっては私も力を貸そう!」

 

 エリーゼのテンションに圧されて萎縮しているノルン以外が、それぞれに違う反応を返してみせる。

 片や、興味深々といった具合に身を乗り出し、片や、それとは真逆の反応を示し、片や、少しベクトルの違う方向に興味を示して。

 そして見事に、その内の一つが当てはまったのだった。そう───ハロルドだ。

 

「そうね。人探しをしていたみたいだから、人助けになれるかもしれないわね。女性の特徴は、長いウェーブの掛かった髪で、胸が大きいのにそこが開けた鎧を着てて、余裕のある女性って感じだったかしら」

 

「ふーん(なんかカミラ様の特徴に似てるなぁ~)。それで? その女の人が探してるっていう人の特徴は?」

 

「何でも、弟を探しているそうで、全体的に白い格好をしていて、美形で、格好良いのに可愛らしい顔付きで、それでいて凛々しく優しい性格の男性………、だったかしらね?」

 

「「「……あ」」」

 

 その説明に、3人はなんとなく察しがついてしまった。どうしてこの街に居るのかという理由は、はっきりとではないが分かるのだが、どうやって来る事が出来たのだろうという疑問。

 

 その女性が誰で、誰を探しているのか。もう答えは出ているだろうが、敢えてそれを明記しよう。

 そう、答えはズバリ───

 

 

 

『カミラがスサノオを探している』のであった。

 

 




 
「ベロアの『くんくん、ガルーアワーズ』…」

※ここからは台本形式でお送りします。

ベロア「……ハァ」

カンナ「どうしたの? 溜め息なんてついちゃって」

ベロア「え? ああ、別に溜め息じゃありません。感嘆の息ですよ」

カンナ「何でまた、そんな……」

ベロア「ふと気付いてみれば、この作品もUAが10万を超えていたので、つい。なんというか、感慨深いですね」

カンナ「メジャーかマイナーかで聞かれたら、間違いなくマイナーの部類に入る作品なのに、それだけ見てくれてる人も居るってことだもんね」

ベロア「作者がヒーローズにかまけている間に、そんな事になっていようとは、当に驚きだったそうですよ」

カンナ「嬉しいよね~。総数100話越えて、読むのもしんどくなってきてるはずなのに、付き合ってくれてるんだもん。よーし! あたしも頑張ってこのコーナーを盛り上げていくぞー!!」

ベロア「わたし達が頑張ったところで、特に何も変わりませんが……まあ、言わぬが花、とかいうやつですね。とにかく、次回もよろしくお願いしますね」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 海を目指して~邂逅編~

 

 さて、(くだん)のカミラ王女───の、直属の臣下であるルーナはミシェイル、ネネと無事に合流出来ていたワケだが、その相方であるベルカはと言えば、飛竜に騎乗して空中からはぐれたルーナ及び、ここに居るであろうスサノオやその一行を捜索していた。

 

「……………、」

 

 普段から寡黙な彼女は、傍らに話しかけてくる相手が居ない今、黙々とターゲットを見つける事に集中している。

 と言うのも、カミラは地上で聞き込みをし、ベルカはカミラの指示で上空から街中を見て回っていた。故に今は単独行動なのである。

 

「……………フゥ」

 

 空から探し始めてどれほど経ったか、集中しきっていた故にベルカはそれを把握してはいなかったが、その捜索時間は実に1時間。

 殺し屋として、暗殺者として、長時間にわたる獲物の追跡には仕事柄慣れていたが、殺害対象以外をこうして探し出すというのは彼女にとっても初めての事。

 まして、この広い街中に居るであろう人物を空から探し出すのはかなりの重労働であるのは想像に難くない。

 

 暗殺には程遠い作業に、さしものベルカも疲労の溜まり具合が比較的大きく、意図せず溜め息が零れ落ちる。

 が、彼女は自分が息を漏らした事にさえ気付いていないだろう。それだけ凄まじい集中力とも言い換えられるが、果たしてそれは殺し屋に必要なものであろうか……?

 

「……ん。あれは……」

 

 長らく進展の無かった捜索に、ようやく変化の兆しが表れる。見た事のあるような格好に目を付け、彼女はじっと観察する。

 すると、やはり見知った顔が二つ。そのまま見ていると、彼らはとある建物に入って行った。

 何かの店だろうか。せっかく見つけた知り合いだが、飛竜を街の往来の中に着陸させる訳にもいかない。

 

「面倒だけど、一度戻るべきね……」

 

 手綱を引き、飛竜に旋回の指示を送る。主人の合図に、飛竜も軽やかに身を翻えし、街の郊外へと飛んでいく。

 カミラの魔竜──飛竜とは似て非なる、死した飛竜に死霊術を用いて強化、作り出した擬似的生命体──もそこに待機させているので、ベルカもまたそれに倣う事にしたのだ。

 場所については記憶している。あとは、彼らがその何らかの店から出て来る前に辿り着ければ問題ない。

 

「スサノオ様の居所、掴めるとカミラ様も喜ぶ。依頼主の要望は、可能な限り希望される形に沿って任務を遂行する」

 

 無事に飛竜を待機場所に降ろさせ、待ての命令を告げてその頭を撫でるベルカ。

 仕事人間なところのある彼女らしいと言えば彼女らしい台詞を呟きながら、彼女は再度街へと、今度は自らの足で進み行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? オレと一緒にイく理由は何だったんだ?」

 

 とある酒場にて、意地の悪い笑みを浮かべながら問い掛ける一人の男。その熱い視線は、彼と共にこの店にやってきた者へと一身に注がれていた。

 

「やめてください。慣れてはいますが、2人だけでその言葉遣いは未だに背筋がゾッとしますから。別に知らぬ仲でも無いのです。その貴方の線引きの外への人間への接し方を、わざわざ僕にもする必要はないでしょう」

 

 男の視線と言葉を手で遮るように否定した、彼の連れ───ライルはわざとらしく疲れたようにため息をつく。

 男───もはや語るまでもなく、ゼロその人であったのだが、彼は余裕を崩す事なく笑ってみせた。

 

「フッ。別にそんなつもりは無いんだがな。お前やオーディンは身元不明ではあるが、オレと同じくレオン様の臣下。それにお前らの事はオレも認めているぜ? その実力と人間性を、な……」

 

「その含みのある笑い、もはや癖になっているようですね。せめてこれからする事の邪魔にはならないように頼みますよ」

 

「ソレだ。結局お前はナニが目的だったんだ? わざわざオレを酒場まで連れ出したんだ。十中八九は情報収集が目当てなんだろうが……」

 

 席に腰掛けながら、ゼロはチラリと周囲の様子を窺う。昼間の酒場であるため、やはり客も(まば)らだ。というか、むしろ昼間から酒場に来ている者は何なんだろうか。

 ニート、という言葉をライルは思い出す。かつて昔馴染みのカタリナが行ったらしいとある異界で覚えた言葉であるらしく、『成人してるのに働かずに家で引き籠もってる人の事をそう呼ぶらしいですよ?』と笑顔で言っていたのだ。

 実際のところ、カタリナも少し間違えて覚えていたのだが、それを指摘出来る者が居るはずもなく、ライルもうろ覚え程度のもの。

 果てしなくどうでもいい記憶を、再び脳裏の奥底へと沈めて本題を切り出す。

 

「御名答。付け加えるなら、今回は白夜王国の動向について何か情報を得られたらと考えています。あとは暗夜王国がどれほど戦火を広げているのか、もでしょうか」

 

 酒場と言えば情報の集まる場というのがお決まりだ。遠征に出てからというもの、暗夜王国と白夜王国共に戦況がどのように変動しているのかがスサノオ遠征軍にはほとんど届いていなかった。

 また、遠征の目的である、ノートルディア公国への白夜王国出兵に関しても、最初のガロン王の言葉以上の情報が入って来ていない。

 

 戦争はどうなっているのか? 白夜側の遠征軍の動きはどうなのか?

 

 何も知らないのと、知っているのでは話がまるで違ってくる。

 

「なるほどな。戦争ってのは何も力だけが全てじゃあない。確かに数の暴力ってのはあるが、それも情報の有無で簡単にひっくり返す事だって出来るモンだからな。まあ、仕入れるに越した事はない点に関してはオレも賛成するぜ?」

 

「戦争においての情報戦は重要ですからね。それを理解してもらえる人が仲間内に居るのは助かります。以前、エルフィやアイシスに説明してもあまり理解してもらえなかったのは苦い思い出ですよ」

 

「あ~……アイツらか。筋トレ馬鹿とヒーロー馬鹿だからな。そういうのには疎いだろうよ」

 

 思い出しながら彼女らへの毒を吐くゼロ。一応の弁解をすると、別にゼロはエルフィとアイシスを貶しているのではない。彼女らの個性であると認めている上での発言である。

 彼自身も少しアレな発言が目立つばかりか、同僚がもっと残念な趣味をしている事もあり、さっきの毒舌もまだマシな方だろう。

 

「ふーむ……さて、どいつから聞き出そうか?」

 

 周りに悟られぬよう、ゼロは密やかに酒場の客を観察する。

 そういった彼の目利きは、ライルも信用していたので自分は邪魔にならない且つ怪しまれないように、普通の客のようにメニューに目を通していく。

 目を凝らし、耳を澄ますゼロには、客たちの声がはっきりと聞こえてきた。

 

 

「昼間に飲む酒ってのはまた格別だな。休み様々ってもんだ」

 

「はっはぁ? さてはお前、嫁さんも出掛けて居ないな? でなけりゃ、そんな贅沢許しちゃくれねぇだろ」

 

「そりゃそうさ! たまの息抜きくらいしたって良いだろう? なぁに、神祖竜様だって許してくれるさ!」

 

 

 勢いよく酒とつまみをかっ喰らう二人組の男。どうやら彼らは休日を利用してここに来ているらしい。

 聞いていても内容は妻や仕事の愚痴の言い合いばかり。ゼロはこの客達からは早々に見切りを付ける。

 

(さて、次は……と)

 

 

「暇だなぁ。商人共が海に出れねぇせいで、商売もままならねぇ」

 

「そう言うなって。海が荒れてるんなら仕方ねぇよ。ま、向こうからの積み荷が無けりゃ、俺達だって仕事になりゃしないのは確かだけどよ」

 

「な、なぁ。海が荒れてるのもだけど、なんだか妙な噂を聞いたぞ俺は。なんでも、化け物が海を渡る船を襲うって話じゃねぇか。俺はそっちの方が困るぜ。怖くて港に近付けやしない」

 

「ああ? んな戯れ言を信じてんのか? 大の男が情けねぇぜ! ハッハハ!!」

 

 

 

 体格の良い三人組は話の内容からして、商人か物資の運搬をする仕事をしているらしい。こちらも愚痴が多いが、戦争に関しては特に何も話さない様子から、それほど関心は低いようだ。

 

 

(……アレは)

 

 と、酒場の一角にて、武装解除してはいるが明らかに一般人らしからぬ者が一人、疲れたようにひっそりと酒を飲んでいるのをゼロは発見する。

 

「おい、ライル。あの隅で飲んでる男を見てみろ」

 

「ん……、あの服装。後ろ姿ではありますが、街に入る際に見た衛兵のものだったように見受けられますね」

 

 衛兵、ならばそれなりに戦争に関して知っているかもしれない。彼に狙いを決めたゼロは、ライルに頷いて合図をし、静かに席を立った。

 ライルも頷いて返し、ゼロを目だけで見送る。

 

 そして、

 

「ちょっとイイかい、そこの兄さん? 昼間に酒場で一人寂しく酒を飲んでるもんだから、少し気になって声を掛けちまった」

 

 いきなり声を掛ける事が既に怪しいが、そこはそれ。ゼロとて情報収集には長けている。下手な真似をして騒ぎになるのは本末転倒なので、ひとまず当たり障りの無いきっかけを口にして、衛兵へと近付いた。

 

「ん? 別に。今日は夜の番を明けたところだ。さっきまで寝てて、気分転換にこうして軽く飲んでるのさ。この年になって良い女の一人も居ない、寂しい男だがね」

 

「なるほどねぇ……。服はそのままなのかい? その格好からして衛兵のようだが。まさか着替えずに寝たと?」

 

「まあ、な。それだけ疲れてるのさ。どうせ今日もまた夜の番をしなきゃならないんだし、着替えるのはそれが終わってからってね。ところで、アンタは見かけない顔だが、旅人か何かか? 見た目からして、商人って感じはしないが」

 

 疑うような目ではないが、衛兵も話を聞いてくるゼロに興味が出たらしい。これを好機と捉え、ゼロもまた気安く話を続ける。

 

「オレは用心棒ってところかね。街に来た行商人の護衛さ。それで、だ。次はこの街の少し先にある港町までの仕事を請け負ってるんだが……」

 

 ここまでは自然な流れ。嘘の私情を語り、自らを護衛と騙る事で、違和感を与えずに核心へと話を進ませる。

 

「なにぶん、この仕事柄、依頼主の身の安全が第一の商売だ。なモンで、暗夜王国や白夜王国の戦争は今どうなってるのかが気になってな。厄介事に自分から首を突っ込まないように、状勢についての情報を仕入れときたいんだが……衛兵の兄さん、何か知らないかい?」

 

「ほう、それは確かに困るだろうな。何も知らないで戦いの場に巻き込まれたりしたら大変だ。だが、それほど詳しいというワケでもないからなぁ……」

 

「いや、少しでもイイんだ。それだけでもオレにとっちゃあ助かるからな」

 

 なら、と衛兵はポツポツと語り出す。衛兵という仕事の都合上、街に危険が及びそうな情報はそれなりに仕入れているのだろう。彼は言葉とは裏腹に、ゼロの想像以上の量の情報を口にし始める。

 

「この前、白夜王国が暗夜王国の黒竜砦まで攻め込んだらしいが、その後、暗夜王国は報復とばかりに戦線を押し広げているらしい。今じゃ国境辺りなんて一般人でも迂闊に近寄れないそうで、白夜の第一王子も最前線で指揮を執っているという話だ」

 

「へぇ~……。なら、あちら側へ行く場合は、国境は避けて海路を進むのが得策か」

 

「他には……そうだな。つい先日に北の街から来た行商人から聞いたんだが、暗夜王国の遠征軍がノートルディア公国に向かっているとか。この街を経由して港町に入るのだろうが……通るだけならまだ良いがね、厄介事を持ち込んでくれないように祈るばかりだよ。何しろ、連中は侵略にしか興味が無い。いずれこの街も暗夜王国の直接の支配下になると思うと、今から気が重い」

 

 溜め息を吐き、衛兵はグラスに残った酒を一気に飲み干した。今の口振りからして、彼は暗夜王国に良い感情は抱いていないだろう。かといって、明確な敵意が有るという事もない。

 やはり、暗夜王国の者であると明かさないでおいたのは正解だったと、ゼロは内心でほくそ笑んでいた。もし知られていれば、ここまで情報を喋ってくれなかったかもしれない。

 誰だって、良く思わない相手には、得をする情報は伝えたいものではないものだ。最悪、力ずくで聞き出すなんて事になれば、それこそ大騒ぎになってスサノオに迷惑が掛かるのだから。

 

「暗夜王国ねぇ……。ところで白夜王国はどうなんだい? いくら平和を愛する国とはいえ、今は戦争中だ。頭に血が上って暗夜軍と間違えて襲って来ないとも限らない。ついこの前の黒竜砦の一件もあるしな」

 

「白夜王国か……。うーん、さっき言った以外の事は分からないな。ただ、これは白夜王国側からの商人に聞いた話だが、イズモ公国でも暗夜と白夜の軍同士の衝突があったとか。どうにも暗夜が罠を仕掛けていたらしい。中立国を戦地にするばかりか、罠として利用するなど信じられないな。つくづく暗夜王国は野蛮としか言いようがないよ」

 

 淡々と語る衛兵ではあるが、ゼロにしてみれば本当に予想を上回る収穫だ。白夜の遠征軍に関してはあまり詳しい情報は得られなかったが、それでも上々の結果と言える。

 

 

『な!? 何故ここに……!!?』

 

 

 と、遠くからライルの声が聞こえてくる。というか、驚いている様子だが、何かあったのかとゼロがそちらを向くよりも早く、()()は向こうから先にやってきた。

 

 

 

「見つけた」

 

 

 

 それは女の声だった。

 

 冷たく、鋭く、感情の起伏がまるで感じられない冷淡な声音。ゼロは知っている。これは闇に潜む事を生業(なりわい)としている人間がよく発するものだ。

 具体的に言えば、暗殺など、汚れ仕事を被るような───。

 

「……ベルカ、だと!?」

 

 振り向いた先に立っていたのは、鎧に身を包んだ小柄な女性。ともすれば、少女に見紛う容姿をした彼女の名はベルカ。

 カミラの部下にして、ミシェイルが先日仲間達と共に死闘を繰り広げたストレルカと並び称される凄腕の殺し屋だ。

 

 その姿を目でしかと見ていなければ、彼女がそこに存在していると認識出来ないのではないかとさえ感じる程に存在感が薄い。

 闇から闇へとターゲットを殺そうと渡り歩くが故に、ベルカは普段から気配を殺す事に長けているのだ。それが日中であっても、市井の中であっても変わりなく、武術の心得が無い者なら簡単に息の根を止めるくらい、ベルカには容易い作業なのである。

 

「ゼロ、それとライルも居るのね。これで任務も達成出来る。早くスサノオ様の所に案内して」

 

 言うや、ゼロのマントを引っ掴んだベルカは、女性とは思えない腕力を以て彼を席から引き剥がす。

 

「うおっ!? 待て、分かったから引っ張るな! スマンな兄さん、連れが来ちまった。また縁が有れば飲もうぜ?」

 

「え? あ、ああ……」

 

 構わずゼロを半ば引きずるようにして酒場から出て行くベルカに、衛兵は呆気に取られて見つめるだけしか出来ない。

 ライルもまた、出て行く二人を慌てて追いかけ、酒場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、何でお前がここに居るんだ?」

 

「カミラ様やルーナはどうしたんですか? 貴方一人だけでここに?」

 

 酒場からかなりの距離を歩いた所でようやく解放───もとい、抜け出せたゼロ。そして二人にどうにか追い付いたライルは、カミラと一緒に居るはずのベルカに問い詰める。

 

「二人もこの街に来ているわ。ルーナだけはぐれたけど、私はカミラ様の命令でスサノオ様とその一行を捜索していた。それと、何故カミラ様がここに来れたのかは、マークス様が代わりに任務を引き受けたから」

 

 淡々と質問に答えるベルカ。それにしても受け答えすら義務的というか機械的な感じがして、人間味に欠けている。

 

「では何故、スサノオ様がこの街に滞在中であると知っていたのですか?」

 

 カミラが任されていた任務をマークスが代行したという事は分かったが、どうしてスサノオ達の居場所を特定出来たのかは謎のまま。

 目的地は知っていても、現在地まで知っているというのはどうにも不自然な話だ。もしや、こちらの動きが筒抜けになっているのでは、と危惧したライル。

 もしそうなら、ガロン王やマクベスに自分達の動向が事細かに伝わっているのは面倒かつ厄介であろう。迂闊な真似が出来ないどころか、スサノオの揚げ足を取られかねない。

 

「理由………。カミラ様は特別な伝手を使ったと言っていた。それ以上は私も詳しくは知らない」

 

「特別な伝手ねぇ……?」

 

 ならば、あまり危うく捉えずとも良いか。カミラは完全にスサノオ派であり、ガロン王の命令には背けずとも、自らスサノオが不利なるような振る舞いはしないに決まっている。

 そんなスサノオを溺愛しているカミラが使う伝手なのだから、その点に関しては信用してもいいだろう。

 

 だが、その特別な伝手とは一体……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 とある呉服屋内にて、一息もとい、溜め息を吐くのはスサノオのメイド、フローラだ。

 

 彼女は現在、スサノオと共に仲間達の防寒具を買いにこの店へと入っていた。ちなみにスサノオは男性陣、フローラは女性陣の分と、それぞれ分担して選んでいる。

 防寒具だし、別にピッタリサイズフィットする必要もないので、頭の中でだいたいの目測をイメージし、だぼつかない程度のものを選んでいく。

 

 ただ、スサノオならともかく、優秀なメイドであるフローラがそれだけの作業で苦労するはずもなく、溜め息は別の理由からによるものだ。

 

「せっかく二人きりで出掛けているのに、何も進展がないなんて……」

 

 と、あまりの何も無さに落胆を露わにするフローラ。というか、彼女自身が萎縮してしまいがちな事もあり、大胆な行動に移せないのも要因の一つである。

 もう一つ要因を挙げるとするなら、それはスサノオの鈍感さだろうか。

 フローラは道中、手を繋いできたスサノオに何度もチラチラと視線を送っていたのだが、それに一切全く気付かない。

 故に、手を繋ぐ以上の進展は望めず。そしてそのままここに至るのであった。

 

「せめて……せめて、帰るまでに何か行動を起こす? いいえ、それはムリ。とてもじゃないけど、私からなんて絶対にムリね……。ハア、奥手な自分が憎い……」

 

 彼女の性格からして、アプローチも表立ってはしない。良くて、スサノオの食事に彼の好物を他の人より多めに入れるなどくらいの、気付いてもらえるかも分からない囁かなものだ。

 スサノオへの恋心をはっきりと自覚してからというもの、幾度となくアプローチをしてはみたものの、程度が小さいばかりに意味を為さないのが結果の全てだった。

 好きな人を相手に自分全開で接する事の出来るカミラやエリーゼを密かに羨ましく思っているのは、ここだけの秘密。

 

「とにかく、買い物を手早く済ませてしまわないと……」

 

 スサノオ一色だった思考を振り払い、フローラは目の前の仕事に取り掛かろうと思考を切り替える。

 さて、エリーゼやネネ、ニュクスは小柄なので小さめで構わない。エルフィは相当鍛えているが、体格は意外にもゴツくないため、普通くらいのサイズでも問題ない。それは入浴の際にも視認していたので確実だ。

 アカツキとノルン、シェイドは女性陣でもそれなりに身長が高く、少し大きめのものを買うべきか。

 特筆して語る身体的特徴の無い者、例えばフローラ自身やアイシスなどの女性の平均的身長メンバーは、フローラを基準として選べば良いのでまだ楽か。

 

 

 などと、真面目に選んでいたからか。思わぬハプニングがフローラを襲う。

 

 

 

 

『ああ……私の可愛いスサノオ! こんな所に居たのね……!!』

 

『え、姉さん!? なんで!? え、本当になんで!!?』

 

 

 

 

 ───否。ハプニングが襲ったのはフローラではなく、スサノオである。

 まあ、二人きりの状況を破壊されたというハプニングに襲われたというなら、まさしくフローラにも当てはまるのだが。

 

「……カミラ様? 何故、ここに……。とにかく私も向こうに行かないと」

 

 突如現れたらしきカミラ。何故、どうして───そんな疑問が尽きないが、まずは合流すべきだろう。

 何より、スサノオとカミラを二人きりにする状況こそフローラは早く阻止したかった。歯止めの利かないカミラ程に危険な存在は居ない。血縁が無いと判明した今となっては、カミラはフローラにとって最大の恋のライバルであるのだから……。

 

 

 





まずは謝罪を。
かなりもの間、更新がなくて本当にすみませんでした。
一年も放置……なんて事だけはどうにか阻止出来ました。待ってくれている読者がどれだけ居るのかは分かりませんが、少しでも居てくれたのなら、本当に申し訳ない限りです。

浅ましくも言い訳をさせて頂くなら、頭を休めようと気まぐれで書いた物が想像以上に評判が良く、退くに退けない所まで行ってしまったというのが一番の要因でしょうか。

なので、これからもチマチマと書いていくつもりですが、頻繁に更新するのは厳しいと思います。それでも良ければ、今週からまた連載再開したハンター×ハンターのように気長に見てもらえたらと思いますので……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。