デス・ア・ライブ (月牙虚閃)
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The bigining
To spirits world


今回はまだデート・ア・ライブメンバーは出てきません。


かつてソウル・ソサエティを救った死神代行がいた。その死神は仲間を護ることを信念にして刀を振るってきた。彼の名は黒崎一護。今も死神代行として活躍している人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現世・空座町

 

 

「だあーーーー!重霊地ていうことはわかってるけど、何でここは虚がこんなにも多いんだ!」

 

 

一護は虚の大量発生に嘆いていた。それもその筈、一護は人間で日常生活を営まなければいけないのだ。要するに、大学の講義の途中で呼び出されて少々いらついていたのだ。だがこの町にも死神業を本職とする死神はいる。ただ、その死神が予想以上に使えなかったので一護が呼び出されている。

 

 

こんなにも呼び出されて大学の単位をとれるか心配しながら続々と出てくる虚を斬り伏せていく。もう日常と化しているので、虚退治の無い日の生活を諦めていた。

 

 

虚退治に来てから数分後、ほとんどの虚を消滅させていた。やはり、これは一護の実力が凄まじいことを示している。

 

 

「もう、こんなところだろ。あとは、あいつらに任せても大丈夫だよな?」

 

 

この町の担当である死神2人を思い浮かべると、一護は少し不安だった。結局、任せてられないと思い最後までやることにした。

 

 

悲しいかな、その決断が悪い方向へと進んでいく。

 

 

「何でこうなるんだよ…俺が何か悪いことでもしたのか。」

 

 

一護がそう漏らす原因となったのは、空に黒い亀裂が入り、そして割れた。その割れた空間からは巨大な体躯の奇怪な仮面を着けた化け物が現れた。愚鈍で大きな虚は巨虚という。今回のそれはその中でも最下級のギリアンクラスだ。それでも、通常の虚とは比較にもならないほどの霊圧を持っている。

 

 

「はあ、めんどくせえ…一撃で終わらせるか。」

 

 

一護はやれやれという感じで正面に向かい合った。そして自らの得物である斬月をただ片手で振り下ろすのみである。それに気づいた巨虚は襲いかかろうとしたが、それよりも早く体を真っ二つにされていた。

 

 

「一丁あがりっと。」

 

 

巨虚を倒した当の本人は何もなかったかのように残りの虚を倒し始めた。それもそうだ、かつて彼はその最上級を倒しているのだから。しかし、今回はいつもと様子が違った。一護は割れた空間の中のから何か光った気がした。気になって見てみると…

 

 

「崩玉…なのか、あれは。」

空間の中にあったのは不気味な光を出す玉、正しく崩玉だった。しかし、ここで一護は疑問に思った。崩玉とは、周囲の人の心を取り込みそれを具現化させるもので、とても危険なものだ。だが、かつてソウル・ソサエティを裏切った人物が持っているはずだ。なら、ここにある崩玉のようなものは一体なんなのであろうか?

 

 

どうも気になってしまって空間の中を覗こうとしたのが運のつきだった。次の瞬間、その崩玉がいきなり強く輝きだした。それと同時に一護が空間の中へと吸い込まれていく。

 

 

「くっそ、逃げらんねえ!こうなったら、卍…」

 

 

しかし、一護が力の解放を行う前に空間に飲み込まれてしまった。これ以降、死神代行黒崎一護の姿を彼のいた世界で見た者はいなかった。




中々いいアイデアが出てこなくて申し訳ございません。しかし、このような展開にしないとこれからのストーリー的に詰まってしまう可能性がありました。ご了承ください。


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absorb boy

「どこだよ、ここ…ってか、俺の体が縮んでる!?」

 

 

空間に飲み込まれ、どこだかわからない場所に放りだされた一護の体は小学生の高学年くらいまでのサイズまで体が縮んでいた。しかも、霊体だった体がいつの間にか肉体の姿に戻っていた。

 

 

「ここが森に囲まれているような場所じゃないだけマシだな。とりあえず、ここがどこなのか誰かに聞いてみるか。」

 

 

ビルとビルの間の薄暗い細い路地から脱出した一護は表の大通りに出た。そこで通行人に聞いた結果、ここは天宮市という大きな町だということがわかった。ただ、今の姿が小学生ぐらいの体の大きさっていうこともあり、そんなことを聞く一護を迷子だと思われたかもしれない。

 

 

「ここが天宮市だということはわかったけど、ここから空座町までどうやって帰ればいいんだ?それに天宮市っていう場所、俺は来るまで聞いたことがないんだけどな。」

 

 

ちなみに、空座町までの道のりも何人かの通行人に聞いたが、収穫も無いうえに空座町という名を聞いたことが無いと全員が言った。

 

 

(こんなに聞いても手掛かりなしかよ…俺帰れるのか?)

 

 

そんな一護に見かねたのか近くにいた警官に保護され、交番に連れていかれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交番にて…

 

 

「まず君のお名前を聞いてもいいかな?」

 

 

今は体が縮んでいるので、そういう風に聞かれるのは覚悟していたが、このように子供扱いされるのは一護にとって非常に恥ずかしかった。それでも、答えないわけにもいかないので…

 

 

「黒崎一護です。」

 

 

「苺君でいいんだね。ずいぶんかわいらしい名前だね。」

 

 

「…苺じゃなくて、一等賞の一に守護神の護で一護です。」

 

 

一瞬、苺と言われてツッコミをしようと思ったのだが、年上の人間にそんなことをするわけにもいかないので普通に言った。

 

 

「ごめん、ごめん。一護くんだね。」

 

 

「はい。」

 

 

「それで一護くんはどこから来たのかな。」

 

 

「空座町という場所なんですけど…」

 

 

一護は町名だけでなく、詳しい地理についても説明した。それを踏まえて警官は地図帳を広げて空座町を探した。しかし、その地図帳の後ろのページにある索引には空座町は無かった。何度も見返したが、やはり、空座町はなかった。

 

 

「君が来た場所は空座町でいいんだね。」

 

 

「はい、そうです。」

 

 

それを聞いた警官は頭をかいて、困ったような顔をしながら一護に真実を伝えた。それを知った一護は、薄々思っていたことが今起きていると確信した。自分は恐らく空座町のある世界から違う世界へと飛ばされたということを。

 

 

「そうですか…。」

 

 

「ちょっと待っててくれないかな。僕の調べ方が悪かっただけかもしれないから、他のお巡りさんに聞いてくるから。」

 

 

一護の顔が非常に暗くなってしまったのであわてて付け加え、奥の部屋に入っていった。それを見計らって、この世界に帰る場所のない一護はこれ以上迷惑を掛けたくないと思いここから出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交番から出て行ったのはいいものの、これからどうすればいいのかわからなかった。しかも、いま差しあたって一番の問題になっているのは空腹だ。大学の授業抜け出したのは昼食前の最後の授業だったので、一護の腹の中は何も無い状態だ。

 

 

「腹へった~。やっぱ、さっきの交番で飯を頼んでおいた方がよかったな。」

 

 

一瞬そう思ったが、やはり交番でご飯を要求するのはおかしいと思い空腹を振るい落そうとした。だが、いくら強大な力を持つ人間でも空腹に抗える筈もなく…

 

 

「ああ、無理だ。もう歩けねえ。」

 

 

一護はついにへたり込んでしまった。まだ、意識を失う状態にはさすがにならないが、いろいろありすぎて大分体力を消費させてしまった。

 

 

「ん?」

 

 

車の行きかう大通りの中で、そこに似つかわしくない音を聞こえた気がした一護は空腹の体に鞭打って音のする場所へと向かった。

 

 

「おらぁ!」

 

 

向かってみると、一人の少年が数人のチンピラに殴る蹴るの暴行を受けていた。少年は無抵抗にただただそれを受けるだけ。周囲の大人は同じ目に遭いたくないので無視する。一護が助けなければ少年はこのまま死んでしまうかもしれない。

 

 

一護は何も考えずにもうすでにチンピラの一人を蹴り飛ばしていた。

 

 

「よって集って1人と喧嘩とは物騒だな。」

 

 

「何してくれてるのかな、お兄ちゃん。正義の味方気取りか?何にしても、俺の仲間に手を出したんだ。ただで帰れるとは思うなよ、ガキがッ。」

 

 

一護は空座町にいたときと変わらずこういう輩に関わってしまうことにうんざりしつつ、チンピラどもの中へ飛び込んだ。

 

 

結果だけを言えば一護の圧勝だった。ただのチンピラにさっきまで化け物退治をしていた一護に敵うはずもない。いくら一護の体が小学校高学年相当の体だったとしても、これまでの死闘で培われた並外れた動体視力と戦いの為の頭脳を以てすれば赤子の手を捻るようなものだ。

 

 

「もう大丈夫だぜ。」

 

 

「……。」

 

 

声を掛けた一護だったが、件の少年は無言でふらふらとどこかへと行こうとした。

 

 

「おい、待てよ!」

 

 

すぐに少年を掴んで、そのときに初めて少年の顔をはっきりと見た。あどけなさが残る女の要素がある顔だった。一護はその顔に見覚えがあった。

 

 

(会ったのは初めてなんだけど、なんだか何かで見た顔だったな。)

 

 

その次に一護と少年の瞳が合ったとき、この少年に言い知れぬ不安を感じた。なぜなら、少年の瞳は同年代のそれより黒く淀んで生きる目的を見失っているような人間がするような瞳だったからだ。一護はこのまま放っておいたら近いうちに最悪な形で死んでしまうとそう直感した。

 

 

「俺について来てくれ。」

 

 

そんなことを言われて、少年は目を点にして見つめてきた。何も考えずに完全に見切り発車で言ってしまったので、次に何て言えばいいのか分からず焦ったが自分らしく言うことにした。

 

 

「お前がついて来るか来ないかは聞いてない。ただ俺は…目の前で消えそうな命を見捨てるような屑じゃねんだよ。別に俺を信用しなくてもいい、変な人間だと思っていてもいい…俺はたった今お前を護ることに決めた。」

 

 

少年はそんなことを言われ慣れていないのか、完璧にオドオドしていた。そんな少年を見かねてか一護は手を引っ張った。

 

 

「俺の名前は一護だ。お前の名前は?」

 

 

見ず知らずの人間である一護に自分の名前を言おうか迷ったが、初めて会った人間にそんなことを言える人なら何か変えてくれると思い意を決して言った。

 

「…士道、それが僕の名前。」

 

そのときの士道の瞳は晴れているように一護は感じた。そして2人は町に消えて行った。



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clear shadows

更新遅れてすみませんでしたッorz

今回はあのおにーちゃん大好きな人が出てきます。では、どうぞ。


「ここは…」

 

 

一護は瞼を開けたとき、見知らぬベットの上で寝かされていた。周りの状況を把握するため上体を起こしてみるが、やはり見覚えのない部屋にいた。なんだか体が重いような気がしたので原因を探ってみることにした、横で先ほど出会ったばかりの少年の士道が一護の腕を掴んでいた。

 

 

そんな姿を見て微笑ましいなと思う一護だが、士道には少し申し訳ないが腕から引きはがした。ベットから抜け出し外の様子を見ようとドアノブに手を掛けようとしたところで、かなりの勢いで扉が開けられた。

 

 

「~ッ!」

 

 

それによってドアが顔に強打してその場で床に転がりながら悶絶した。一護の痛覚に深刻な被害をもたらした闖入者はとても活発そうな可愛らしい幼い少女だった。

 

 

「あ…起きたよ~、お父さんお母さん、倒れてた人が起きたよ!」

 

 

少女はこのことを両親に伝えようと慌てて部屋から飛び出した。

 

 

「一体、何だったんだ?」

 

 

あまりに急だったので少し茫然としていたのだが、嵐の如く去って行った少女から察するに一護と士道は行き倒れていたところを拾われたらしい。さっきの少女が両親を呼んでくれるような様子だったのでここで大人しく待つことにした。

 

 

少女が出て行ってから数分も経たないうちに、父親らしき男性が部屋に入ってきた。その男性はこちらの世界に来る前の一護の年齢より少し上くらいの見た目だった。

 

 

「おはよう、体は大丈夫かい?」

 

 

「はい、大丈夫です。いきなりで申し訳ないですけど、俺は何でここにいるのですか?それとここはどこなんですか?」

 

 

男性は少し驚いたようなリアクションをとったが、ここまでの経緯を簡潔に話した。その内容をまとめてみると、一護と士道の2人はこの家、五河家の近くの道で倒れていたのを先ほどの少女の五河琴里が見つけて2人を連れてきたということである。

 

「今度はこっちから質問するけど、君たちは何であんなところで倒れてしまうまでになってしまったんだい?少し言いにくいこともあるかもしれないけど、わたしは琴里が放っておけないって思う君たちを手助けしたいんだ。」

 

 

(俺についてのことは出来るだけこっちでの情報がほしいから、いつかは誰かに俺の事情を言わないといけないけど、士道はそう簡単にはいかないよな…っていうか、俺は会ったばかりだから士道の事情について知らないし。)

 

 

一護は自分の身の上のことについて伝えた。自分は確かな証拠というものは無いが恐らく異世界からワームホールを通ってこちらの世界に来てしまったことと、こちらの世界に来た途端に体が縮んで小学生のような体になってしまったことを伝えた。これを聞いたこの家の主は終始驚きっぱなしだったが、子供の戯言とは思わず真剣に聞いていた。

 

 

「ということは、君は異世界に飛ばされた無一文で大学生の19才ということ?」

 

 

「そうっすね。」

 

 

「それで、君と一緒にいた男の子は弟?」

 

 

背中に背負ったまま行き倒れていたのを見られたのだからそう思われるのは当たり前だが、実際は捨てられていたのを見つけただけなのでどうしようとも話せない。そういう風に一護は伝えるしかなかった。

 

 

それを聞いて家の主は迷いなく決断した。

 

 

「今から君とあの子は俺の家族だ。」

 

 

「はい?」

 

 

いきなりの衝撃発言に一護は耳を疑った。もう一度聞いてみたら単なる聞き間違いではなく本気で言ってるらしい。

 

 

「君たち2人は行くあてがないのだろう?それなら俺の養子になってほしいんだ。もちろんちゃんと自立するまで育てるつもりだ。絶対に君たちに路上の上で死なせる前にはいかない。」

 

 

「でも、悪いです。この子、士道って言うんですけど養子になるのは士道だけでいいです。俺までも厄介になることはできません。」

 

 

一護は立ち上がって出て行こうとした。しかし、それは腕を掴まれて止められた。そのときの顔はまるで本当の親と違わないほどに子供のことを思っていてくれてる表情だった。

 

 

 

「君もだよ。異世界から来たのなら君はこの世界での記録がないはずだ。このまま出て行っても今の君は10歳ぐらいの体で、きっと誰も雇ってはくれないし、これからの生活に困るに違いない。俺はちょっと顔が利くから戸籍だってつくることができる。」

 

 

「気持ちは有難いですけど…」

 

 

偽の戸籍も作れるとか何者だよって突っ込みたくなるが、今の立場上言うことができない。しかしそれを受け入れれば、一護は食事と風雨を防げる家を手に入れられるだけではなくこの世界の情報を得ることができる。だが、そうしてしまうと多大な負担を掛けてしまうことは避けられない。やはり迷惑はかけられない。一護が思い悩む中、五河家の主はさっきの少女の気持ちを代弁した。

 

 

「さっき君が起きたって俺の娘の琴里が俺に伝えてくれたんだ。琴里は一人っ子で俺と奥さんがいないときはいつも寂しい思いをさせてしまっている。琴里も君たちが来てくれてとても喜んでいるんだ。実の兄妹みたいに。」

 

 

「でも、俺たちは今さっきここに来た身元不明な人間ですよ。」

 

 

なかなか首を縦に振らない一護に痺れを切らしたのか、琴里の父は最後の訴えに出た。

 

 

「君たちは家の琴里を泣かせるつもりか?せっかく出会えた兄妹と思えるような人は君たちにしかいない。琴里のためにも一緒に暮らしてもらえないかい?」

 

 

琴里の父は必死懇願して土下座までして頼み込んだ。目上の人からこんなにされたらさすがに断るわけにもいかなかった。しかし、一護がそれを受け入れたのは頼み込まれた以外にも理由があった。

 

 

(妹か…)

 

 

一護の暮らしていた世界では2人の妹がいた。母親が死んでから妹たちを護れるように力を手に入れてきた。それでここまでやってきた。まさか異世界に飛ばされるとは思わなかったが、自分を兄だと思ってくれる妹がいるならやることは元いた世界にいたことと変わらない。

 

 

「わかりました。俺、黒崎一護と士道は養子になります。護れる人がいるのなら俺はその人を護るために一緒にいまグボァ」

 

 

一護のその宣言を外で聞いていたのか、閉まっていた扉が開け放たれ一護の腹部に強烈な衝撃が走った。腹部の衝撃の元凶は件の琴里だった。

 

 

「おにーちゃん、これからよろしくね。」

 

 

一護には琴里のタックルに色々と言いたいことがあったが、琴里の笑顔を見ているとそんなことは吹っ飛んでどうでもよくなってしまった。

 

 

一護は心の中でこう誓った。絶対にこの笑顔を失わないようにこの世界で護っていこうと。

 

 

「なんだ?」

 

 

一護は一瞬だけ感じ慣れている力、霊圧を感じていたが、こちらの世界には虚や死神がいるはずがないので、また自分の霊力探査は苦手な方なのできっと気のせいだと思った。だが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しみだよ。君たち2人は僕の為に利用させてもらうよ。でも、残りの一人が僕の存在に気づくなんてね。君が一体何者なのか気になっちゃったよ。」

 

 

そう言い残して謎の影は面白いおもちゃを見つけたというような表情で一護・士道・琴里のいる家を外で見つめながら闇へと消えて行った。



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black strength or white weekness

更新が大分遅れてしまいました、すみません。

最近、バイトとか色々なことでなかなか執筆できませんでした。

これが原作前の話としては最後となりますので、次からは原作突入となります。どうぞご期待ください。


黒崎一護が新たに護るべきものが出来てから2年が経った。こちらの世界には虚がいない為に、未だ死神の力を解放していない。これは誰にとっても喜ばしいことなのだが、その代わりにこの世界特有と思われる突発性災害がある。それは空間震と言われるものである。

 

 

空間震…原因不明の突発性災害。その名の通り空間の地震である。その空間震が起きると町が隕石が衝突したかのようなクレーターが出来、町がくっきりと跡形もなく消えてしまう。その被害の大きさは大小様々だが、最大のものだとユーラシア大陸に大穴を空けてしまう規模だ。

 

 

一護は士道と伴に五河家の養子になったのだが、士道の本物の両親によって捨てられたショックで心に大きな傷を負っていた。養子になってすぐの時の士道はいつ死んでもおかしくない状況だった。一護が目の前にいない時は、突然眼から涙を流して泣き止まずにそれに吊られて琴里も泣いてしまうこともあった。

 

 

それでも一護や琴里に両親の必死の献身的なケアの甲斐もあって1年ほど前に何とか士道は立ち直ることに成功した。その際に、その当時に自分でも死んでもいいとも思っていた士道はその暗い経験を乗り越えたことにより、他人の絶望を敏感に感じ取るようになった。それをきっかけとして士道は自ら外へ積極的に関わっていき、それを傍で見ていた一護は士道を救って良かったと心から思った。

 

 

そしてこの日は8月3日。琴里の誕生日である。しかし、両親は世界的に有名な会社に勤めており今日も家にはいなかった。本当は一緒にいたかったのだがどうしても外せない仕事があり休暇を取れなかった。それを琴里は承知していたが、やはり自分の誕生日に親がいないのはどんな子供でも寂しいものである。そこで一護と士道は琴里に何かプレゼントをしようということになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プレゼントどうすりゃいいんだ?」

 

 

一護は琴里へのプレゼントを何にするか迷っていた。実は一護は両親からプレゼントを渡されてそれを琴里に渡してもいいとも言われていたが、それを自分のプレゼントとして渡すのは心が籠っていないと思い必死に集めたお小遣いでプレゼントを買うことにしたのだ。それは士道も同様である。それで20日30日は5%オフの某ショッピングモールに来ている。

 

 

「お兄さん、これ琴里に合うと思う?」

 

 

士道が駆け寄って一護にプレゼント候補を見せびらかしてきた。それはどうみても子供に合わなそうなブランド物の黒鞄だった。

 

 

「それ、どうみても琴里には大人過ぎないか。その前に今持ってる予算じゃ収まりきれねえだろ。」

 

 

鞄の値札には800000円の値札がついていた。その値札を見つけた士道は目を白黒させたのだが、一護はこんな高価なものを子供の手が届くところに乱雑に置いてあっていいのかと思っていた。他にも、通常のショッピングモールには置いてあるはずのない高価な商品が大量に陳列されていた。

 

 

どうやらここらへんにあるもののほとんどは高級品らしい。とりあえず、ここには子供が買えそうなものが無さそうなので今いるコーナーから離れることにした。その際に一護と士道ははぐれてしまったのだが、2人とも携帯を持っているので後で連絡して集合しようと2人は思っていた。

 

 

はぐれた後、士道は女性モノのグッズが多く置かれているコーナーに差し掛かった。ハッキリいえば、ここにある品物は琴里にはまだ早いと思えるようなグッズばっかりだった。しかし、そこにある品物のなかで士道の目を釘付けしたものがあった。

 

 

(あれを着けている琴里が見てみたいな。いつも泣いているけど、琴里がこれ着けている間だったら強く頑張っていてくれそう。)

 

 

士道が見つけたのは髪留め用の大人びた黒いリボンだった。最初の印象としては琴里には合わないと思えたのだが、なぜかわからないがそのリボンに魅入られていた。結局、プレゼントとしてその黒いリボンを買うことにした。

 

 

一方、一護は先ほどからずっとショッピングモール内を歩き回っていたが未だに琴里のプレゼントに見合うものに巡り合っていなかった。携帯の画面を見てみると時間はもうすぐ5時を過ぎようとしていた。体だけ小学生なのだが、その小学生にとってはそろそろ家に帰る時間だ。それ以上に家で待っている琴里が寂しがって泣いているのではないかと心配をしていた。そのためにも早くプレゼントを見つけなければいけないわけだが…

 

 

 

「琴里の好きなものといえばチュッパチャップスだけどよ、それじゃありきたりすぎるよな。」

 

 

好きすぎてご飯のときまでなめるのはどうか、と一護は付け加えとく。

 

 

歩き回って最後に一護が行き着いたのは士道が買った黒いリボンのあるエリアとは真逆の雰囲気を持つエリアだった。そこには琴里の年相応の子供用パジャマなどがあった。どれも琴里に似合いそうなものばかりのだが、一護が良いと思うものがなかった。だが、ここで琴里が最近気になっているというものがあると独り言で言ったのをぼんやりと思い出してきた。

 

 

「確か…テレビを見ててああいう可愛いの着けてみたいとか言ってたような、言ってなかったような。」

 

 

思い出せなくて少しイライラし始めてきたのだが、あるものを見つけてこれだと思い速攻で購入を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレゼントを決定したころには、もう日が暮れかかって空は暗闇に包まれつつあった。これは本格的に琴里が泣きじゃくっているんじゃないかと思い、士道と合流して帰るために電話を掛けた。しかし、士道が電話口に出ることはなかった。何度か試してみたのだが、やはり繋がらない。

 

 

 

一護はすぐに電話に繋がらないことに不安を覚え、士道が何か危機的状況に陥ったのではないかとますますその思いが加速させていく。

 

 

 

そんな一護を絶望のどん底に陥らせるような出来事が起こってしまう。ガラス張りの店内から遠くの方から小さな紅い光が見えたかと思ったら、それが急速に広がり四方八方膨張して炎を撒き散らした。それだけでも十分に絶望的な状況なのだが、その炎を撒き散らした元凶が家の方角にあった。

 

 

「ッ!」

 

 

考えるよりも先にもう体が動いていた。一護がいるのは建物の3階で人間が飛び降りたらただでは済まない高さなのだが、迷わずガラスを突き破り跳躍して地面へと着地した。着地の際に衝撃を和らげるために完現術(フルブリング)を使って地面にある魂を使役させたのだが、傍から見ればビックリ超人と思われるに違いない。しかし、状況が状況なので来店者はそれを見ている余裕がなく目撃した人はいなかった。

 

 

全力疾走で燃えゆく街を駆けぬく一護。彼の頭には琴里と士道の安否しかない。炎は加速度的に広がり、刻々と状況は悪化の一途辿っていく。

 

 

 

「琴里、士道、いたら返事しろ!」

 

 

 

一護の叫びも虚しく返ってくる声はない。炎が燃え盛るだけで何もない。このときから最悪の事態が一護の頭によぎる。だが、それを振り払い懸命に琴里と士道をさがす。そして燃える炎と同系髪が揺れ動くのが見えた。

 

 

 

「琴里いいいいい!」

 

 

 

一護の声に反応した琴里が振り向いて駆け寄ろうとしたが、琴里が立ち止って叫んだ。

 

 

 

「来ないでえええ!」

 

 

その琴里の叫びに反するかのように琴里の周りを爆炎が包み込む。この炎は琴里のものらしいがコントロールが出来ないことを一護は把握した。しかし、あの琴里が自分から望んでこんなことをするはずがない。2年間だけなのだが、琴里の兄をやっている一護はそれをよくわかっている。他に琴里にこんなことをさせた張本人がいると思っていた。その一護の背後に影が…

 

 

 

「てめえ、そこで隠れていないで出てきやがれ。」

 

 

 

後ろにいたのは輪郭がはっきりとしない何かであったが、それからはとても良くない雰囲気を感じて一護はそれを敵だと判断した。

 

 

 

「ふーん、僕に気づくんだ。だから、君から君の弟と妹を離したんだ。」

 

 

 

「琴里だけじゃなくて士道もてめえが…俺の家族に一体何をしやがった。」

 

 

 

非常に切迫した状況のなか、その何かがその質問を待っていたかのような口調で一護の質問に反した。

 

 

 

「そうだね、その質問には答えてもいいかな。精霊って知ってる?実は琴里ちゃんを精霊にしたからこんなことになったんだ。」

 

 

 

「精霊…だと。」

 

 

精霊という言葉を聞いた一護は一つの記憶を引っ張りだされた。それは前の世界で力を取り戻してすぐの頃、学校での出来事であった。

 

 

(なあ、一護これ知ってるか?)

 

 

いつもどうでもいいことにハマってしまう浅野啓吾が見せたのは数冊の本で、所謂ライトノベルと言われるものであった。それらの本の表紙には美少女キャラが描かれていた

 

 

(お前、よくこういうモンによく食いつくよな。)

 

 

(偏見だ!内容もよく知らない癖にこのデート・ア・ライブにそんなことを言うなんて偏見だ!)

 

 

確かによく知りもしないのにそう言うのはこの本の著者に失礼だ。珍しく啓吾の意見に同意して読んでみることにした。読書は嫌いなほうではなくむしろ好きな方なので特に苦もせず1巻を読み終えた。

 

 

(悪かった。確かにこれは面白いぜ。)

 

 

(だろ。)

 

 

そういえば挿絵に琴里と士道の描いてあったなと思う一護だったが、今となってみればその小説の大まかなあらすじと設定しか覚えていない。しかも、それでさえあやふやだ。だからって、琴里と士道がそれに沿って生きているわけではない。2人は実在している、一護のやることはひとつ。

 

 

「てめえが何しようしているのかはわかんねえ。琴里を精霊にするって言ったよな。もしそいつが俺の家族をめちゃくちゃにさせるものだったら、俺はてめえを斬る!」

 

 

(ホロウ)はこちらの世界にはいないが、いざというときの為にお世辞でも趣味が良いとは言えない髑髏が描かれている板をポケットから取り出した。その板の正式名称は死神代行戦闘許可証で通称代行証と言われているものだ。これは一護の霊力を制御し監視するもので、これにより一護の真の力を解放させることができる。

 

 

 

それを迷いもなく胸に押し当てると、一護の周りから旋風が巻き起こり燃え盛る爆炎を消し去っていった。旋風の中から出てきた一護は黒い和装の装いで両腕に×の形の刺青のようなものがあり、その中ね最も目を引くものは背中に携えている柄の尻に途切れた鎖の付いた出刃包丁のような身の丈ほどの大きさの刀だ。謎の影はそれから繰り出される攻撃に警戒していたが、一護は自分の容姿に確かめた上で自分の胸にある玉に触れた。

 

 

 

(なんで崩玉が俺の胸に…一体どういうことなんだよ?こいつは藍染と融合してたんじゃないのか?)

 

 

 

一護は自分の変化に戸惑っていたが、今は目の前にある問題を解決するのが先決だ。ずっと警戒し続けていた謎の影に目を向けた。

 

 

 

「返してもらうぜ、俺の家族を。」

 

 

 

琴里と士道を奪還すべく一気に加速して謎の影を通り抜けようとしたところで影から驚くべき言葉を発さられた。

 

 

「琴里ちゃんと士道くんならすぐにでも返してあげるよ。」

 

 

その言葉が耳に届いた一護は動きを止めた。その発言の信憑性を確かめたく影に質問したのだが、言葉の通りの意味だと返された。

 

 

「返してあげるよ、用が終わるまでね。君にだけは忘れさせないでおいてあげるよ。見てごらん周りを。」

 

 

 

今まで撒き散らされた爆炎がすっかり消えていた。先ほど一護が消した炎は全体3分の1程度だったので、いま完全に炎が消えているのは何かが起きたということだ。

 

 

「炎が消えてるでしょ、この炎は僕が琴里ちゃんにあげた精霊の力が原因。この炎が消えたということは、僕が士道君にあげた精霊の力を吸収する能力が発動したみたいだね。」

 

 

「精霊の力を吸収?士道と琴里にそんな力を与えやがって、一体何が目的なんだよ!」

 

 

謎の影はそのことに関しては答えなかった。そのまま何も言わずに空間に溶け込んで消えていってしまった。

 

 

「おい、待てよ。俺の話は終わってねえ!」

 

 

一護が叫ぶも、影からの返事はそれ以降返ってこなかった。すこし時間が経って落ち着いてきたころに、一護は士道と琴里の捜索を始めて、程なくして2人は見つかった。琴里も士道も無事だったのだが、不思議な状態で見つけたのだ。琴里は素っ裸で、士道は服は着ていたが服が破けていて服には血がべっとりとついていた。気になることは多いが、いまはひとまず病院に連れて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…」

 

 

精霊となってしまった少女、琴里は白いカーテンに囲まれたベットの上で横になっていた。どう見ても病院の病室である。

 

 

「もう起きても大丈夫か?」

 

 

ベットの上から見える琴里の視界に心配そうに見てくる一護が入ってきた。無事な一護の姿が見えて急に気持ちが高ぶって一護の胸へと飛び込んだ。

 

 

「お、おい!ちゃんと安静にしてなきゃダメだろ。」

 

 

「だって…一護おにいちゃんを見れてすごい嬉しかったもん。わたしの力のせいで死んだかもと思ったんだもん。」

 

 

琴里はそう言って思い出した。確か自分は謎の影のせいでとんでもない多くの人々を犠牲にしてしまった力を持ってしまった。それで、士道おにいちゃんに大怪我させてしまったはず。急に焦ってきて一護に士道の容態について尋ねた。一護が成程な、っていう風に頷いてから答えた。

 

 

「士道なら無事だぜ。今、隣の部屋にいるんだけど…」

 

 

それを聞いた琴里はベットの上から飛び降りて急いで病室のドアへと向かおうとした。しかし、一護に首根っこを掴まれ動き止められた。勢いが結構強かったのでお腹の中に何もないはずなのに胃液を吐き出しそうになった。

 

 

「ひどいよぉ、おにいちゃん。」

 

 

「わりぃ。けど、士道はいまは疲れて寝てんだ。だから起こしにいかないでくれ。」

 

 

「うーん、しょうがないなあ。」

 

 

一護の説得により士道の病室に行くのは諦めてくれた。琴里をベットの上に寝かせて、近くにある椅子に座ろうとしてズボンの後ろポケットに入れてあった誕生日プレゼントに気づき、いまこの場で渡すことにした。昨日からずっと眠っていて、さっき起きたばかりだから1日過ぎてしまったのだけれども。

 

 

「琴里、これ1日遅れだけど誕生日プレゼントだ。」

 

 

「ほんとに!ありがとうおにいちゃん。今、開けていい?」

 

 

「ああ、いいぜ。」

 

 

プレゼントの包装を破り、箱を開けるとそこには白いリボンが2つあった。

 

 

「わあ、一護おにいちゃんもリボンだ!」

 

 

「え!?もしかして士道のプレゼントと被っちまった?」

 

 

琴里は「ううん。」と首を横に振り、士道のプレゼントが黒いリボンだということを伝えて、一護は丸被りしなくて良かったと一安心した。

 

 

「そのリボンを着けているときでも着けていないときでも俺に頼っていいから。」

 

 

「どうしたのいきなり?」

 

 

「琴里、いつも俺とか士道がいないときとかそれで困っているときもあると思う。そのときはこのリボンこう願っていてくれ。『助けておにいちゃん』って。別に辛くて泣いていたって、このリボンにお願いしたときはおにいちゃんがいつでも護るから、必ず。だから、いつでも俺を頼ってくれ。」

 

 

「ありがとう、おにいちゃん!」

 

 

この出来事が後の琴里の運命を決定づけていく。



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deathberry meets sprits
April,10


更新大幅に申し訳ございませんでしたっ!これには理由がありまして、バイトだとか車の教習だとか複雑な事情あって、それで何が言いたいのかというとBASARAな武田信玄に殴り飛ばされて反省してきます。兎にも角にも、今回からは本編に突入します。まだ精霊は登場しませんが、あのチンプンカンプンな行為をしてしまうあの方が登場します。


あの天宮市の謎の大火災から5年が経った。街のそのときの被害を象徴とするものは今はほとんどない。一護も士道も琴里もあれ以降何事もなく暮らしている。しかし、それは表側の世界でのことで実際は精霊のことを深く知るために様々な行動を一護と琴里は起こしている。ただ、お互いそれぞれで動いていることは知らない。士道はどちらの動きも知らない。だが、それもあともう少しで新たな局面に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~、ねみい。」

 

 

黒崎一護はつい昨日まで精霊を探すために街中を歩き回っていた。昨日は何も収穫は無かったが、この5年間の独自の調査で多くのことがわかった。例えば、この世界特有の災害の空間震が発生したときは必ず精霊が出現していること、空間震が発生しなくとも精霊が出現することなど。詳しく精霊を知るため精霊との対話を試みたこともあるが、前者の場合だと自衛隊の対策チーム出てきて自分の正体が露見してしまうことや他の理由もあり、空間震が発生していないときを狙うしかないので歩き回っているのだ。そのため一護はかなり疲れているのだが…

 

 

 

「あははは、ぐふだって陸戦用だー!あははは!」

 

 

「実は俺は『とりあえずあと10分寝ていないと妹をくすぐり地獄の刑に処してしまうウィルス』略してT-ウィルスに感染しているんだ…」

 

 

「ギャアアアアアア!」

 

 

というような意味不明な家族の日常会話(?)が一護の隣の部屋の士道の部屋で繰り広げられたおかげで一護の眠気は徐々に覚めていった。本当は二度寝を貪りたかったが、どうにもこうにもすっかり眠気が覚めた状態でまた寝るのも癪だったのでベットから身を起こして洗面所へと向かった。

 

 

洗面所で顔を洗った一護はリビングに向かうとそこには奇妙な光景があった。それは、木製のテーブルを誰かを近づけさせないようにするためのバリケードとして横に倒して活用している琴里がいた。しかも、その琴里がブルブルと震えていた。

 

 

「一体何があったんだ?」

 

 

琴里は無い力を振り絞るかのように応えたのだが、それははっきりいって内容が滅茶苦茶だった。

 

 

「一護おにいちゃん、お願い!士道おにいちゃんを助けてあげて―――――T-ウィルスから助けて!」

 

 

「は?」

 

 

全くもって状況を掴めていない一護なのだが、この騒ぎを引き起こした当事者だと思われる士道がリビングに来たので直接聞くことにした。

 

 

「実は、まだ寝ていたかったのに琴里が6時前に起こしに来たから適当にからかって、こうなっちまった。本当は朝食当番の俺を起こしに来てくれただけなのに。」

 

 

完全に士道のせいであった。一護は士道に謝らせこの騒ぎの終結を図らせて、無事に謎のT-ウィルスに感染しているという誤解を解いていつものように士道が料理を作り、一護と琴里は朝のニュースを見ていた。基本的には家事に関しては士道がやるが、士道が忙しければ一護がやることになっている。いつもはただのBGMとしてしか役割を持たない朝のニュースだが、今日はそれが少し違った。

 

 

「今日未明、天宮市近郊の―――――」

 

 

一護、それと食事の支度をしている士道もテレビか流れ出た言葉に眉を潜めた。それもそのはず、3人が今暮らしている地域がその天宮市であるからだ。少しテレビの画面を見続けていくと、映っていた映像が切り替わりまるで隕石が地上に落ちてきたかのように地面が抉れ、建物が無残にも破壊されている光景が映し出された。

 

 

「空間震か…」

 

 

士道がそれを見てそう呟いた。何度も空間震が()()()()()()の映像を見ているが、どうもそれが実際に現実で起こっているとはこのときの士道は思えなかった。出来上がった食事をテーブルに運びながら、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。

 

 

「なあ、なんかここら辺一帯って空間震が多くないか?特に去年から。」

 

 

士道の言うとおり、3人の住む天宮市周辺は5年前から空間震が頻発している。そして最近になってさらにその頻度が増えたと一護も感じていた。一護はその事象が何かこの町に目的があるのではないかとも若干感じているのだが、考えすぎだとすぐにそれを否定した。ただ、空間震の発生が5年前に起きているというところに引っ掛かりを覚えている。

 

 

「…んー、そーだねー。ちょっと予定より早いかな。」

 

 

「早い?何がだ?」

 

 

「んー、あんでもあーい。」

 

 

琴里の意味深な発言に一護と士道は気になったのだが、士道はそれ以上に琴里の声が口ごもったことに関してより気になった。ゆっくりと琴里の頭の上に手を置き首を回した。その際、「ぐぎゅ」とかいう可愛らしい声が漏れた気がするが、それよりも琴里がチュッパチャップスを朝ごはんの時間帯に舐めている方が問題だった。

 

 

「こら、飯の前にお菓子を食べるなって言ってるだろ。」

 

 

「ん~ん~」

 

 

士道が飴を取り上げようと口から出ている棒を引っ張っているが、そのせいで琴里の顔がなんかすごい顔に変形してせっかくの可愛い顔がぶちゃいくになってしまっている。

 

 

しかしそんなことなど構わず士道は棒を引っ張り、対する琴里もチュッパチャップス愛が強く一歩も譲らずに対抗している。その必死な闘争を仲裁すべく一護が戦火の中へと飛び込んだ。

 

 

「はい、そこまで。舐めたもんはしょうがねえからそのまま舐めさせてやれよ。確かに朝っぱらから飴を舐めるのはどうかと思うけどな。」

 

 

「ったく、兄貴が許してくれたから今回だけだぞ。あとちゃんとご飯も食べろよ。」

 

 

「おー!愛してるぞ、士道おにいちゃん、一護おにいちゃん。」

 

 

ここで士道はふと思い出して琴里に尋ねた。

 

 

「今日は琴里も始業式なんだよな?」

 

 

「そうだよ。」

 

 

今日は琴里の言うとおり中学校の始業式。さらに言うと、士道と一護の通っている高校も始業式である。なので、どちらも午前授業なので昼ごろには帰宅できる。そういうわけなので、帰宅してからの昼食を琴里にリクエストしてもらったのだが…

 

 

「デラックスキッズプレート!」

 

 

琴里のリクエストは近所のファミレスのお子様ランチメニューだった。士道は中学生ってお子様メニューを頼めるのかと思いながら、ウェイターよろしくな礼をした。

 

 

「当店ではご用意しかねます。」

 

 

「えー」

 

 

士道の答えに不満を漏らす琴里を見かねて一護がそのファミレスでの外食を提案した。琴里はそれにパチパチと拍手をして、もうこの流れは止められないようなので士道もこの案に乗った。

 

 

「昼飯代は全部俺の奢りだから、士道は気にするな。」

 

 

士道は他の同年代の人と比べて家庭的な部分があるので支出を心配していると思い一護は自らのバイト代から出すことに決めた。

 

 

「いや、悪いよ。いつも兄貴に負担させてばっかで。」

 

 

「大丈夫だって。兄貴っていうのは下の弟や妹達のためにいるんだから。」

 

 

それを聞いた琴里は喜びを爆発させて、「地震が起きても火事が起きても空間震が起きても、ファミレスがテロリストに占領されても絶対だぞ!」と無茶な約束してくるのに一護と士道は苦笑しながらも今日だけはこういうのもいいかもしれないなと思った。

 

 

最後には一護に押し切られて昼食はファミレスで、ということになった。そうこう話し合っている内に登校時間を迎えて家を出て学校へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士道と一護の通う来禅高校のある地域は30年前に起きた東京の一部と神奈川の一部を襲った空間震の被害を受けた地域である。なので、ここ天宮市は空間震の被害軽減の拠点として様々な対策をとってきた。例えば、この来禅高校だって地下に避難するためのシェルターがある。士道と一護が登校して真っ先に向かったのは昇降口に掲示されているクラス分けの表。

 

 

「2年4組か。」

 

 

「俺も士道と同じみたいだな。」

 

 

士道と一護は学校の昇降口に貼り付けられているクラス分けの表を見てそれぞれ自分の名前があるのを確認し終えて、目的の教室へと向かった。まだ始業時間には早かったが、新学年・新学期ということで時間に余裕を持って登校する人が多く教室の中は賑わっていた。

 

 

「五河士道・五河一護。」

 

 

2人は見知らぬ少女に呼び止められ一瞬自分以外の同姓同名の人間がいるのではないかと疑ったのだが、それは間違いで自分たちに言っているのだとすぐに気づいた。

 

 

「俺たちに何か用か?」

 

 

一護がそう応えると、少女は微動だにせずに思案して言葉を返した。

 

 

「覚えてないの?」

 

 

一護はこちらの世界に来てからの記憶を遡って手繰り寄せてみたのだが、やはり記憶になかった。どうやらそれは士道も同じく思い出せないらしく「むう…」とうなっている。その少女は思い出せない2人の様子を確認して「そう…」と呟いて、手に持っていた参考書の方に目を移した。一護は少し悪いことをしたなあ、と思っていると…

 

 

「ぐぼあ!」

 

 

「うわっ!」

 

 

士道の狼狽に満ちた声と共に何かが潰れたようなときに人の発するような声が聞こえてきた。その声の主は一応士道と一護の友人の殿町宏人のものだった。

 

 

「助かったよ。でも、兄貴のせいで殿町の鼻が言葉にするには恐ろしい状態になってるんだけど。」

 

 

一護の裏拳を食らった殿町はそれが鼻に直撃したみたいで、床の上で体を左右に動かして悶絶をしている。その直撃を受けた鼻に関してだが、血のバーゲンセールだとだけ言っておく。それでもなんとか激痛地獄から抜け出した殿町が起き上がった。

 

 

「やるな、一護。だけど、お前ら2人セクシャルビーストブラザーズめ!」

 

 

「セク…なんだって?」

 

 

耳慣れない言葉にもう殿町に置いてけぼりの士道と一護なのだが、そんな様子を気にせずテンションが高い状態で言葉を続けた。

 

 

「セクシャルビーストブラザーズだ、この淫獣兄弟め。ちょっと見ない間に色づきやがって。いつの間にどうやって鳶一と仲良くなりやがったんだ?」

 

 

「「…はい?」」

 

 

「鳶一だよ、鳶一折紙。もしかして知らないのか!?」

 

 

「誰だそれ…兄貴は知ってる?」

 

 

「そういえば…定期テストの結果が張り出される紙でいつも俺の名前の一つ上にある名前だったような…」

 

 

士道と一護の反応が予想外だというように目を見開き、2人に体を寄せて距離を急激に近づけて鬼気迫る様子で迫ってきた。

 

 

「本当に知らないのかよ?」

 

 

「「お、おう。」」

 

 

殿町は「ハア…」とため息をついてから鳶一折紙について語りだした。かなり細かいことまで語っていたのだが、要約すると…

 

 

・定期テスト1位(ちなみに一護は2位、士道は100位前後)

・体育では一護に次ぐ成績

・『恋人にしたい女子ベスト13』では3位

 

 

上の2つの点はまだわかるが、『恋人にしたい女子ベスト13』なるものが行われていたことに突っ込みたいと思う士道と一護なのだが、ベスト13という中途半端な数字になった理由(ランキングの主催者が13位だから)を聞いて女子の恐ろしさを感じて身震いした。実はそのランキングは男子版も発表されているらしく、こちらの方がもっと執念深かった。

 

 

「『恋人にしたい男子ランキング』はベスト358まで発表されたぞ。」

 

 

「多っ!最後の方はワーストランキングに近いじゃねえかよ。」

 

 

思わず士道は叫んだ。確かこの来禅高校の男子の人数が358人だった気がするので、この学校の男子全員を網羅していることになる。そう思うと、結果というものは必ずしも優しいものではないので途中でやめた方がいいのにと心の中で思う一護なのだが、誰がこのランキングを作ったのか薄々気づいていたので諦めていた。

 

 

「そのランキング知ってるんだったら、自分の順位を知ってるだろ。何位だったんだ?」

 

 

士道の問いに殿町は眼を白黒させて動揺して何も応答できずに黙ったままだった。殿町のその様子を士道が訝しげに見ていたが、何やら殿町の胸元からメモ用紙のようなものがヒラヒラと落ちていったのを一護が拾い、自分の予想が当たっていたということを確信した。

 

 

「殿町…その……悪かったな…士道が変なことを聞いちまって。」

 

 

「そんなことを言わないでっ!余計に俺が惨めになるからっ!」

 

 

殿町はどこぞの好きな男性にフラれた昔ながらの女子のように頬に涙を伝わせながら教室を飛び出していった。未だに状況が飲み込めていない士道に例のメモ用紙を渡した。それを見た士道は殿町が走り去っていった方向に手を合わせた。メモ用紙に書いてあった内容とは…

 

 

 

・一護 5位

・士道 52位

・俺 358位

 

 

どうやってこのあと殿町に声を掛けていいか分からないような内容だった。

 

 

とりあえず、他にすることがないので指定された自分の席に座ることにした。ところがどっこい、その席というのが士道が折紙の左に、一護がその後ろの席だったのだ。士道が気になってさりげなく横目で折紙を見たら、逆に見返されてしまったので視線を逸らし脂汗を滲ませた。

 

 

間もなくして始業の鐘が鳴り(そのときにはもう殿町が教室の中に戻ってきていた)、これから1年間お世話になる担任が教室に入ってきた。その担任は教師というには少し幼く、教壇に立っているというイメージよりも自分たちと一緒に席に座っていそうなメガネを掛けた女性教師だった。

 

 

「はい、皆さんおはよぉございます。これから1年、皆さんのの担任を務めさせていただく、岡峰珠恵です。」

 

 

生徒の反応は概ね良好的なものが多く、特に女子生徒からは「タマちゃんだ。」という声が挙がっている。当の本人はその愛称で呼ばれるのを少々嫌っているのだが、1度染みついてしまったものを取り除くことは不可能―――――もう諦めるしかない。

 

 

ひとしきり自己紹介を終えたところで朝のSHRに突入した。一護は適当にそれを聞き流してあっという間に3時間経ち下校時刻となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「五河兄弟、どうせ暇なんだろ、飯いかねー?」

 

 

今日の日程を終えて他の生徒が教室から出ていくなか、ツンツンと整髪料で髪を逆立ている殿町は士道と一護に誘いを掛けた。士道は思わずそれに頷こうとする前に一護が応えた。

 

 

「わりいな、今日は琴里と外で昼飯だ。」

 

 

「やばっ、約束すっかり忘れてた。」

 

 

「おい。」

 

 

士道が琴里との約束を忘れていたことに一護はジト目で見つめて、士道は苦笑いしながら冷や汗をかいた。その最中、殿町はこのまま1人で孤独感を醸し出して途中まで一護と士道と帰ろうとしたが、琴里がいるということである画期的なアイデアを思いつき提案した。

 

 

「俺もそれに付いて行っていいか?」

 

 

「いいぜ。」

 

 

一護がそう答えた瞬間、殿町の眼が妖しく輝いた―――――気がした。

 

 

「なあなあ、琴里ちゃんって中二だよな。もう彼氏とかいるの?」

 

 

「「は?」」

 

 

いきなり妹の恋愛事情を聞こうとしたので2人の兄は怪訝な顔をした。全くもってこれから殿町の口から発される言葉というものが嫌な予感しかしない。

 

 

「別に他意はねえんだが、琴里ちゃん、3つくらい上の男はどうぐはっ」

 

 

一護は殿町が全て言い終える前に顔面への前蹴りで地に伏せさせた。それによって殿町の意識は一度三途の川を渡りかけたが何とか引き返すことができた。

 

 

「兄貴それはいくらなんでもそれはやりすぎだって。」

 

 

このあとの出来事は士道にとっては地獄だった。士道は何とか一護の妹への愛が為の暴走を必死に宥めて殿町に紅色の花は咲かなかったが、代わりに大量の鏡餅が出来る程度で済んだ。ついでに、士道がその場を治めるのに使った労力は大変なものだった。

 

 

意識は戻っているが、未だ体は地面に伸びている殿町を見ながら一護に物言いをした。

 

 

「こいつは家の琴里に手を出そうとしたんだぞ。この変態の魔の手から遠ざけるのは当然だろ。」

 

 

「確かにそうだけど…」

 

 

士道が一護に抑えるように説得している途中、突如として殿町は身を起こして余計に油を注ぐようなことを言ってしまった。

 

 

「いい蹴りだったぜ、お義兄様(にいさま)。」

 

 

一護は再び鉄拳を振るうことは無かったが、一護の纏っている雰囲気が荒々しく非常に危険な状態になっているのを感じて殿町はその場で見事なDO★GE★ZAをせざるを得なかった。何とかそれによって最悪の事態は免れた。

 

 

ただ、そのなかでも一護はこういうのでも自分の求めていた日常を感じていた。学校で勉強して、友人とバカなことをやって―――――これが自分が求めていた日常。だけど、何かが足りない。

 

 

「ウゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウ――――――――――――――」

 

 

そんな思いに世界が反応したかのように日常は引き裂かれ、非日常へと姿を変えた。



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First contact

非常に申し訳ありません。また投稿するのに1か月程掛かってしまいました。しかし、今回はようやく精霊を出すことができました。すこしその精霊の口調と少しずれているかもしれないのでご了承ください。それと今回の話は予想以上に長くなってしまいましたが、是非楽しんでいってください。


「ウゥゥウウウウウウウウウウウウウウウ――――――これは訓練では、ありません。これは訓練では、ありません。前震が、観測されました。空間震の、発生が、予想されます。近隣住民の皆さんは、速やかに最寄りのシェルターに、避難してください。繰り返します――――――――――――」

 

 

地方自治体の防災無線から避難の勧告が流れてくる。聞き取りやすいように言葉を分けて流れてくる。これから間もなく空間震が発生することを意味する。

 

 

だが、この世界で生きている現代の人間はそれを聞いて狂乱状態に陥る者はいない。なぜなら、ここ天宮市は空間震の被害を受けたのを踏まえて、対策の一環としてこの町に住む者は小さい頃から空間震の発生に備えた避難訓練を地震の訓練と同様に行っているからだ。そのため士道、一護、殿町の3人は一瞬呆けてしまったが、すぐに避難行動に移れた。

 

 

「早く地下のシェルターに避難するぞ。」

 

 

「「お、おう」」

 

 

一護の声に応える士道と殿町なのだが、士道は少し気になることがあった。避難しながらそのことに頭の容量を使っていた。それで前を歩いていた一護に止まったのに気付かなくてぶつかってしまった。

 

 

「った!いきなり止まってどうしたんだよ?」

 

 

「あいつ、なんでシェルターと逆の方向に走ってるんだ?」

 

 

「あいつ?」

 

 

一護の示した方向を見てみると、シェルターへと繋がる廊下が避難している大量の生徒で満たされているなかでその中をかき分けて逆走している折紙の姿があった。士道が声を掛けるが「大丈夫」と返されてしまった。

 

 

「大丈夫って、何が…」

 

 

折紙がどこかへ行ってしまったことに気になりはしたが、シェルターに徐々に近づいてきて間延びした声で焦りながら避難の指示しているタマちゃん先生に促され中へと入った。

 

 

「お、落ち着いてくださあーい。だ、大丈夫ですから、ゆっくりぃ!おかしですよ、おーかーしー!おさない・かけない・しゃれこうべーっ!」

 

 

他の一般の生徒よりも断然焦っていた。そんな可愛らしい部分に周りからは若干の笑いがあふれ出した。

 

 

「自分よりも焦ってる人を見ているとなんだか落ち着くよな。」

 

 

「ああ、それわかるかも。」

 

 

士道の少々失礼な発言に殿町が納得した。しかし、それは致し方ないことでタマちゃん先生は天然な部分が多いので生徒からそういう風に思われるのも自然である。

 

 

士道もタマちゃん先生の様子を見て少し和んだが、先ほどから気になっていること―――――――琴里がちゃんと避難をしているのかなんだが、普通なら先生に連れられてシェルターに避難しているはずだし、仮に学校からもうすでに下校していたとしても町の至る所に公共のシェルターがあるので心配する必要はないはず。だが、琴里のことを考えてみると不安が拭えないのだった。最悪の場合を考えてスマホで地図アプリを開いてGPS機能を使って琴里の居場所を調べた。

 

 

「ッ!」

 

 

士道の予測した最悪のシナリオが現実に起こってしまった。琴里の居場所を示すアイコンが件の約束したレストランを指し示していた。

 

 

「あんにゃろ、普通こうなったら避難するだろうがッ!」

 

 

士道はそのことに毒づきながらシェルターを飛び出していった。それに気づいた一護も人垣をかき分けて士道に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!どこに行くんだよ?」

 

 

「兄貴も来てたのか…」

 

 

 

士道は琴里がまだ避難していない可能性が高いということを伝えた。それを聞いて士道をシェルターに戻させて自分が探しに行くと1度一護は考えたが、謎の正体からもたらされた情報―――――――――士道には精霊の力を吸収する――――――――を思い出し、本当は危険な現場に近づかないようにさせたいが今の精霊がどういうものなのか精霊のことを理解してもらおうということで警報が鳴り響く街中を一緒に琴里を捜索することになった。

 

 

GPSで示されていたファミレス前へ向けて2人は全力で疾走した。そこそこ距離が離れているので全力疾走した士道は足を前に進めるのも辛いのだが泣いている琴里の姿を思い浮かべると足を止めるわけにはいかなかった。

 

 

「琴里がここにいるんだな。」

 

 

「携帯を落としただけだということもあり得るけど、琴里がまだここにいるかもしれない。ここは手分けして探そう。」

 

 

「そうだな。」

 

 

一護は士道の考えに応じたものの気になることがあった。一護は霊圧の細かい操作をするのが苦手だ。それでもこの霊圧が誰のものなのか識別するくらいのことはできる。五河家に養子に入って数年、こんなに近くで一緒に暮らしてれば士道と琴里の霊圧が自然とわかる。その肝心な琴里の霊圧なのだが確かにファミレスの前にあるのだが、その霊圧のある高度がおかしい。琴里の霊圧が地上にあるのではなく上空にある。普通の人間ならば遥か上空にいるという馬鹿げた話はないのだが、琴里に限っては精霊の力を宿しているので上空にいられるという可能性を否定できない。ただわからないのが、現在琴里の精霊の力は本人が知っているかわからないが士道によって封印されている。なので今の状況はありえないはずである。

 

 

そしてもうひとつ――――――何もない空間から霊力がどんどんあふれ出す。そして空間が歪み出しゆらゆらと揺れている。次の瞬間、2人の視界を塗りつぶすほどの真っ白な光に包まれ猛烈な爆風が発生し災厄を振りまかれた。士道は吹き飛ばされそうになったがなんとか踏みとどまった。対して一護は「来たか」と思い、憮然として立ったままであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士道はもう何がなんだかわからなかった。妹の琴里を探しに来ていきなり目に映ったのは空を縦横無尽に動き回っている機械を纏った人影。何なのか気になって近づこうとしたのだが、それは猛烈な謎の爆風によって妨げられた。視界がクリアになって目の前にあった文明の象徴である町が消えていた。

 

 

「ひッ!」

 

 

何の比喩もなく目の前にあったはずの街が丸ごとクッキリ消失していた。もう思考が追いつかない、処理できない。明らかに普段の日常生活では起きることがまずない現実が今起きている。今の状況をまだ全然理解できていないのだが、先ほどの異常な爆発よりも目を奪われる人がいた。その人は絶世の美女だった。少女は神秘的に光るドレスのようなものを着ているのだが、そんなものが霞むほどの美しさを持つ少女だった。この少女を一言で表すならば、暴力的にまで美しい。そんな少女が後ろに聳えていた玉座から長大な剣を抜きだした。

 

 

「なんだ…」

 

 

確かにその剣は光り輝き幻想的なものだと思わせたが、なぜ今その剣を抜いたのか分からなかった。少女は剣の切っ先の方向を士道の方に向けて振り上げた。そして一息ついた後にはもう剣は振り下ろされていた。振り下ろされた剣の軌跡が士道の方へと迫ってくる。それに触れた者は人体を真っ二つにされることは理解できた。だが、体は動かなかった。今ここで己の命は鎖すであろうと士道は覚悟した。琴里に会える前に死んでしまうのが心残りだったのだけれど。

 

 

「させるかよ!」

 

 

一護の叫びと共に剣の軌跡が完全に消滅させるほどの暴風が荒れ狂った。暴風が止むと士道の目に飛び込んできたものとは、漆黒の和装に体の至る所にあるX字の刺青のようなもの、そして圧倒的な破壊をもたらすと予想される身の丈程もある出刃包丁の形をした柄に鎖が繋がっている巨大な刀。どれも士道は見たことがないものだったが、唯一つだけ見覚えあるものがあった。今しがた少女の急襲を防いでみせた人はオレンジ髪の人間で、士道の身の回りに1人だけいた。

 

 

「兄貴…だよな。」

 

 

「ああ、そうだ。気になることがいろいろあると思うけど、全部俺が説明する。いつかはこんなときが来るに違いないと思ってたからな。ただ今は、そこにじっとしてあの女子のことを見ていてくれ。」

 

 

「それって…どういう…」

 

 

士道が全て言い終える前に一護は先ほど士道の命を刈り取ろうとした少女の元へと向かった。そんな少女相手に一護は驚くべきことに自らの得物の刀を地面に突き刺して手放した。これには士道も先ほどのように命を刈り取られしまうんじゃないかと思われたが、その一方で先ほどからずっと少女の美貌は憂鬱に穢されていて気にかかっているのだ。あの少女は本当はこんなことを望んでないないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一護は何も武器を持たずに少女の元へと歩み寄っていく。一護を殺すべき敵だと認識して少女は剣を強く握り直し再び剣を振り剣圧を飛ばしてきた。

 

 

一護はそれに動じることなく少しの動作で避けていくのだが、このままでは目的を達することはできない。一護の目的は精霊を力で倒すことではない。攻撃を受けたままでは少女と話すことができない。なので話を聞いてもらうべく次なる行動を起こした。

 

 

「なにッ!?」

 

 

少女はあまりの常軌を逸した状況に目を見開いて驚愕した。それは普通の人間がやろうとしたら体のパーツが飛ばされてしまうだろうし、それ以前に一般的な常識を持った人なら決してやろうとはしないはずだ。

 

 

「痛え…久しぶりに素手で剣を受け止めたけど、こいつはやるもんじゃねえな。」

 

 

そうは言いつつも全くの無傷で少女の剣を受け止めた一護。そんな彼に己の最強の矛―――――――――天使を素手で受け止められた少女は手足が震えるほどの恐怖を感じた。そんな少女の様子を見た一護は剣から手を放して、落ち着かせるように言った。

 

 

「わりい、怖かったよな。けど、話をするにはこれしかなかったんだ、許してくれ。」

 

 

「話…だと。」

 

 

手足の震えは小さくなったものの、少女は未だに一護を警戒していた。一護は武器を持っていなくて、対して少女は長大な剣が自分の手の中にある。しかし、先ほどのこともあり決して少女の方の有利とは言えなく警戒するのは当たり前だ。その状況の中で少女は話をすることに応じるしかなかった。

 

 

「話の要件はなんだ?もしつまらぬことだったらこの場で斬り捨てる。」

 

 

少女は一護に向けて剣の切っ先を向け、頭上に黒い球体を5つほど発生させ臨戦態勢で一護の話に臨んだ。それに一護は一瞬自分が話した後にボロ雑巾になってないか心配したが、そんな思いを捨てて少女に向けて話を始めた。

 

 

「まずは名前はなんて言うんだ?」

 

 

「名か……そんなものはない。」

 

 

「そうか…」

 

 

名もなき少女は淡々と答えた。物憂げの様子だった少女はその質問を答えるときに顔を歪ませて今すぐにでも泣き出しそうな顔で答えた。それが一護に伝わったのか目をつぶって先ほど剣を受け止めたときの心を感じ取ったのと照らし合わせてそれに対する自分の思いを率直に少女に伝えた。

 

 

「なんでそんなに諦めているんだ?」

 

 

一護の言ったことに少女は若干反応して眉を寄せて何も言わずに顔を下に向けた。どうやら何か少女の心に掛かることがあるらしい。

 

 

「俺は刀を交えたり、直接刀に触れたりすると相手の考えてることがわかるんだけど、お前の剣からはどこか危うげで絶望して孤独で諦めているんじゃないか?さすがに何を諦めているのかまではわからなかったけど。」

 

 

「貴様に何がわかるッ!」

 

 

少女は思わず語気を強めて叫んだ。その叫びは少女の中にずっと閉じ込められていた様々な感情が籠っている心からの叫び。だが、一護は少女に対して予想外な答えを返した。

 

 

「そんなの俺にはしらねえよ。」

 

 

「貴様あああああああああああああああああああああ!」

 

 

一護の言葉に少女は怒り狂い、頭の上に浮かばさせてあった黒い球を飛ばした。一護はそれを素手でかき消すのだが、少女は最初からそんなことは分かっていた。この男は確実に自分よりも格上ということは剣を止められたことで証明済みだ。ならば、避けられない速度で渾身の力で振り下ろせばいい。倒すことは出来ないかもしれないけど、傷ぐらいつけられる。

 

 

だが、少女が大振りになっている分動きに大きな隙ができる。今の一護ならば斬魄刀を持っていなくても少女に霊圧の籠った拳を振りぬけば少女の堅固な鎧は意味成すことなく崩れてしまうだろう。しかし、一護はそういう人間ではない。一護は何もせずに目を閉じて少女の刃を受け入れた。刃は皮を裂き、一護の胸から一筋の血が滴り落ちた。

 

 

「どういうつもりだ、なぜ避けない。貴様ならば私がこの一撃を浴びる前に完全に避けられたはずだ。」

 

 

一護が避けなかったことで、少女の怒りが少し落ち着いて一護に興味持ち始めた。それに一護は少し前に言ったことと同じことを繰り返した。

 

 

「さっき言ったろ、俺はお前に話があるって。俺が言い終わる前に攻撃されたから本当に言いたいことを言えてねえ。」

 

 

「ならば、貴様は何を言いたかったのだ?」

 

 

「さっき言った通り、俺はお前のことは知らねえ。」

 

 

少女は先ほど自らを怒らせた言葉に不快感を感じたのだが、これでまた剣を振ってしまえばまた同じことになる。それに、全力ではないとはいえ刃を素手で止めた。実際の力はこんなものではなく少女の力を遥かに超えているのかもしれない。そうなれば、今度は少女自身が追いつめられることに成りかねないと予想して我慢した。

 

 

「ただ、今わかったことがある。1回目はお前は諦めていた。そして2回目は誰も受け入れられずにずっと孤独だという状況を諦めてたのを感じた。ただその上で、俺はお前がこれまでどんな辛い経験や思いをしてきたのか一緒にいた訳じゃねえから分からねえ。それで俺にはその思いを踏みいじらずに上手く話を聞いてお前に信じてもらう方法を知らねえ。だから、俺は1番最初にお前を受け入れる。いきなりそんなことを言われて信じろというのは難しいかもしれねえ、けど俺はいつか信じてくれるのを信じてぜってえお前を否定しない!」

 

 

少女は一護の言ったことに驚いて固まったが、いきなり笑い出した。

 

 

「ははははは、今まで私は何だったのであろう。私の刃まで受け入れて信じろと言うやつこれまでにいただろか?貴様に聞く、その言葉に嘘偽りは無いな。」

 

 

「ああ、もちろんだ。」

 

 

「わたしは貴様を本当に信じてもいいのか。」

 

 

「ああ。」

 

 

「絶対だな?」

 

 

「絶対だ。」

 

 

少女がひとしきり確かめ終わると、今までにない笑顔を一護に見せた。まるで自分の存在を認めてくれたことに対し感謝しているようだった。

 

 

一護はこの少女を存在を知り、尚且つこの世界から排除される理由を知っていたためこんな対応ができたのは否定しない。それでも、こんなことを知らなくても護るべき絶望した人がいるならば一護は迷わずに救ってみせただろう。

 

 

少女はその闇色の髪を掻き毟って自分を受け入れてくれるかもしれない一護に言った。信じるべき存在はここにあってほしいと思いながら言った。

 

 

「ふん、そんなの信じるかバーカ、バーカ。でも、こんなこと言われたのは初めてだ、少し嬉しかったぞ。少しだが、貴様のことを信じてやってもいいぞ。」

 

 

今までにない少女の笑顔に思わず顔を赤くしてしまった一護なのだが、ひとまずは少しは気を許してもらったのかな、と思ったのだった。ここで一護は士道を呼ぶことにした。瓦礫に紛れて隠れていた士道は恐る恐る近づいていったのだが…

 

 

「む、敵か!?やはり貴様謀ったな!」

 

 

急に出てきた士道を敵だと勘違いして剣を振りかざそうとした。これでは剣に斬られて2人揃って切り身になってしまう。

 

 

「待て!こいつは敵じゃねえ。っていうより、俺の弟だからその剣を降ろしてくれ。」

 

 

「そうなのか?」

 

 

少女は怪しげに士道を見た。一護の言っていることをまだ疑っているようだった。士道本人から本当の弟だと言ってもらわないと信じてくれなそうだ。それを察したのか士道は少女に一護の弟だと必死に訴えた。

 

 

「ほ、本当だ。だから、その剣を降ろして!」

 

 

まだ納得しきれない様子だったが、なんとか少女に剣を降ろしてもらうことに成功した。

 

 

「とりあえず、弟ということにしてやるぞ。何か変なことをしたら命がないと思え。」

 

 

「ああ、わかった。でも、俺と士道は本当に兄弟だ。それと、お前をどうこうするつもりもないし、士道もそう思っている筈だ。そうだよな、士道。」

 

 

まさか自分にフラれると思っていなかった士道だったのだが、最初にしていた少女の顔のことを思い出したら自然と言葉を発せられた。

 

 

「もちろんだよ。俺は誰にだって悲しい顔をしてもらいたくない。君の顔を見ていてなんでそんな悲しそうな顔をしていたのか分からなかった。兄貴と話していたときの会話を聞いてて、俺は絶対に君を…」

 

 

士道が全て言い終わる前に上空からミサイルが飛んできた。この兵器には一護は覚えがあった。精霊を武力で以て殲滅を目的とする組織。

 

 

「ASTか…」



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Existence

かなり投稿が遅くなってしまって申し訳ありません。

今回の内容は前回からの続きで、ついに一護は力の一端を見せつけます。

では、どうぞお楽しみください。


上空からミサイルがこちらに目がけて飛んできている。一護と少女はともかくこれが直撃しなくとも爆風だけで士道に深刻なダメージを食らうのは必至だ。

 

 

「こちとら一般人がいんのにそんなもん打ち込むなんて正気かよ。」

 

 

一護はどんな理由でミサイルを打ち込んできたことに悪態をつきながらも、士道と少女を護るために行動を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうこと…」

 

 

鳶一折紙は精霊が出現しこれを殲滅するために出撃をした。今回現れる精霊は識別名『プリンセス』――――――紫色の鎧を着た闇色の長髪の少女の精霊のことだ。その場にいるのは空間震警報で一般の人々は今地上にいないはずでこの地上にいるのは精霊しかいないはずなのだが、そこにはプリンセスの他に一護と士道がいた。

 

 

「待ちなさい!」

 

 

折紙の所属している部隊の隊長である日下部燎子が叫んだ。他の隊員が早まってミサイルを発射してしまったのだ。プリンセス、士道そして一護のいる場所に向けて。それに気づいた折紙はCR-ユニットを頭で命令して高速でミサイルの着弾地点に先回りしようとした。だが、ミサイルの速度はそんな生半可なものではない。折紙が動き出して間もなくミサイルは士道と一護のいた場所に着弾し爆発した。

 

 

「嘘…」

 

 

爆発により着弾地点は粉塵が巻き上げられ一護達の姿を閉じ込めるかのように立ち上った。だが、隊員が発射したミサイルは確実に命中した。やっと逢えたと思っていたのにこんな形で終わりを迎えてしまった。今まで自分のやってきたことは間違っていたのかと折紙は自分を責めた。だが、舞い上がった粉塵が晴れていくとそこには全く何も存在していなかった。もし、直撃していれば体がバラバラになることもあるかもしれないが、全く何も痕跡が無いということは無いのだ。これは、どういうことだろうか。

 

 

「まだ精霊の反応は消失(ロスト)してないわ。可能性は高くは無いけど精霊に襲われていた一般人がまだ生きている可能性もある。ここは私と作戦成功率の高い折紙で一般人の保護を優先にして精霊の捜索をするから、他は私の合図があるまで待機。」

 

 

燎子が今起きた出来事による隊員達の動揺を取り除くべくすぐさま新たな指示をした。折紙もなんとか心を持ち直し、燎子の指示に従い精霊の捜索にあたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に何してくれたんだよ!AST(あいつら)は…」

 

 

一護と士道と精霊の少女はミサイルの着弾地点から死神の歩法―――――――――瞬歩で少し離れた瓦礫で影になる場所へと移動していた。士道と少女はいつの間にか移動してしまったので訳も分からず混乱している様子だった。

 

 

「何だ今のは!?ギューーンとしたらと思ったらいつの間にかここにいたぞ。なんという恐ろしいやつだ。」

 

 

少女は自分の存在よりも圧倒的な力を持つと予測される一護の力の一端に戦き、もしも裏切られた時を考えると死という現実に直面することは想像に難くなかった。

 

 

「もうなんなんだよ!いきなり攻撃されるし、それで兄貴はなんかすげえ超人だし。」

 

 

先ほどまで起こっていたことが本当に平和な日本で起こっている出来事なのか、もしこれが夢ならば早く覚めてほしい士道だが生憎これは現実だ。少女みたいに特殊な存在でもないし、一護みたいに力を持っていて特殊な状況に適応できる力を持っているわけではない士道のこのような反応は当然だ。

 

 

そんな中一護はASTの様子を確認していた。どうやら隊長と思しき人が隊員を1人引き連れて精霊を探してるような様子だった。少女にこれ以上人間の世界に絶望してほしくないので、どうやらここは一護自身が表へ出るしかなかった。

 

 

「2人はそこで隠れて適当に話でもしてくれ。」

 

 

「適当に話って…というより、兄貴は何をすんだよ?」

 

 

「ちょっとあいつらを追い返してくる。どうやら俺は士道と違って力でしか他の人に解ってもらえないのかもな。」

 

 

一護は自らの()()()()に自嘲しながらも誰も傷つかないように願い戦場へと繰り出した。

 

 

影から飛び出した一護はすぐに空飛ぶ人影に接近された。どうやらこちらを攻撃するつもりは無いというような様子だ。こちらに来た人影は2人だったのだがその内の1人はあの鳶一折紙だった。

 

 

「鳶一…お前ASTだったのか。」

 

 

一護の質問に折紙はこくりと頷いた。その様子に折紙の上司と思しき人物が折紙に尋ねた。

 

 

「なに?折紙、あんたこの人知り合いなの?」

 

 

「五河一護は私のクラスメート。」

 

 

折紙の話を聞いて上司の女性は一護に目線を向け正式な言葉で尋ねた。一護に向けた目線は先ほどまで違い警戒の色を帯びていた。

 

 

「私は陸上自衛隊のAST部隊をしている日下部燎子よ。早速質問だけど五河…一護だったかしら、あなたは今何をしていた?」

 

 

一護は別に嘘をつくつもりなんて毛頭無いので、ただ空間震でシェルターに逃げ遅れた妹を探しているということを素直に伝えた。それを燎子は聞いていたが、妹の捜索は自分たちに任せて近くのシェルターに避難してほしいと士道と一緒に避難してほしいと一護に要請した。だが…

 

 

「それはできねえよ。俺には護らなければならない人がいるんだよ。」

 

 

「あなたが護らなければならない人っていうのは精霊のことよね。」

 

 

燎子の言い出したことに折紙は衝撃を受けた。もし燎子の言うことが本当ならば一護は折紙の仇敵である精霊を守ろうとしているのだ。これは精霊によって全てを失った折紙にとってこれ以上苦しいことは無かった。

 

 

「ああ、そうだぜ。」

 

 

燎子は何かの確認を取った。それは今までの精霊の認定史上異例な事態であった。

 

 

「あなたの霊力の計測をしました。少々他の精霊のものと違うようですがあなたを精霊と見なします。」

 

 

これには折紙だけでなく一護も衝撃を受けた。いや、一護は少なからず自分がそういう認定を受けるかもしれないと頭の片隅にはあった。なぜなら、一護には精霊の霊力と同じのように霊力とこちらの世界にはない霊圧があるからだ。

 

 

燎子はまたどこかと通信を取るとすぐに少し離れているところにいた同じような装置を身に着けた十数人の人間がこちらへと飛んできた。

 

 

「俺には戦うつもりはねえけど、やるなら受けて立つぜ。」

 

 

「これより『デスサイズ』の殲滅を開始する。総員攻撃。」

 

 

折紙は動けなかった。もし燎子の言葉を聞いていなければ一護の正面に立って、攻撃をしないように燎子に働きかけたのであろう。しかし、精霊に認定されたと聞いて動けなかった。

 

 

死神の大鎌(デスサイズ)か…確かに俺は死神だけどそっちの死神じゃないんだけどな…)

 

 

折紙は一護の周囲から重圧のようなものが外へと広がっていき押しつぶされるような感覚を覚えた途端、AST全員が地面に這いつくばされた。しかも、隊の半数以上が気を失っていた。

 

 

「あなた、何したの?」

 

 

「こいつは俺の霊力を重圧として発せられるもので、霊圧と俺らは言ってる。その霊圧っていうの使ってお前らに当ててるんだけど、これで退いてくれないか。」

 

 

一護はこれで帰ってくれればありがたいと思っているのだが、精霊の脅威から国民を守るのが使命のASTが退いてくれるわけがなかった。

 

 

「こっちには全世界の命が掛かってんのよ!こんなことで帰還するわけにはいかないのよ。」

 

 

燎子を始め、一護の霊圧による威嚇に耐えた隊員が顕現装置(リアライザ)で自分の絶対防衛領域である随意領域(テリトリー)の面積を狭めて密度を濃くして何とか立ち上がった。折紙も燎子の言葉で自分が何でASTに入ったのか思い出し立ち上がり覚悟を決めた。

 

 

燎子たちが向かってくるのを確認して一護は自然体のままでASTを迎え撃った。先に攻撃したのは燎子だった。他の隊員は滅多に使わない超近接武器のグローブを一護に目がけて振りかぶった。しかし、その動きは一護にとっては緩慢過ぎた。僅かな動きで燎子の拳を避けて続いて寸前に迫ってきた他の隊員の剣――――――『レイザーブレイド(ノーペイン)』を素手で掴み地面に叩き落とした。あまりの力の大きさに追撃をすることができなかった。

 

 

「ハア…ハア…、化け物ね。」

 

 

燎子は思わずそのような感想もらした。これには一護も我慢できなかった。これまで精霊たちがこんな憎悪の刃を向けられていたのかと思うと余計に嫌だった。

 

 

「化け物だと…ふざけんな!精霊たちにも力があるだけなのにそんな風に判断しやがって。精霊と話し合えば本当に精霊がこの世界から締め出される存在じゃないとわかるはずだ。なんでそれをしねえんだ。」

 

 

「それは力を持っているために我々は日本国民からその脅威から守るためよ。」

 

 

これは国民を防衛する立場にある自衛隊ひいては国の当然な方針。彼らにしてみれば世界の中に居るだけで世界を壊してしまう精霊と救うと言っている一護の方がおかしいと思われるが普通だ。だが、一護は精霊がこの世界に暮らせるような鍵を知っている。そのようなことを知っていなくとも理不尽な暴力に曝されている精霊を一護は救うはずだ。

 

 

「力を持っているから殺していいという言い訳にはなんねえ。力を持っているということは、それを使う目的がある。あんたらだって国民を守るという目的がある。俺だって誰もが苦しまないように全員護るっていう目的があるんだ。俺はあんたらの目的はわかるけどやり方は納得できねえ。だから俺は精霊をあんたらに殺させねえ。」

 

 

「子供みたいな論理ね…」

 

 

燎子が一護の思いを子供だと斬り捨てて、今度は剣を出現させて一護に突っ込んでくる。それを一護は迎え撃つ一護だが何かがおかしいと思った。なぜならば力の差があるのに集団ではなく1人で挑んできているのだ。不審に思うのだがまずは突っ込んできた燎子の剣を素手で掴み遠くに投げ飛ばした。ただそのときに燎子は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「何が可笑しい…」

 

 

何を企んでいるのか解らなかった一護だったが、燎子が答えずともその笑みの理由はすぐ知れた。燎子の後ろにいた隊員たちの姿を消えていた。それを確認したと同時に空を飛ぶ人影がもう既に士道と少女の隠れている場所へと真っ直ぐ向かっていた。その中には折紙の姿も交じっていた。

 

 

「ッ…、させるかよ!」

 

 

一護は中指を軽く曲げると、手に取れる範囲にない地点の地面に刺さっている斬月が空中に浮き一護の手の元に手繰り寄せられた。そして。そのまま振りぬこうとしたが…

 

 

「こいつは…虚閃(セロ)。」

 

 

一護は今起きていることを受容出来なかった。なぜならば、一護の見たものはかつていた世界で見慣れていた技―――――――――虚閃(セロ)そのものだったのだ。しかも、その虚閃(セロ)は通常の(ホロウ)のものとは比較にならないほどの巨大で、青かった空を全て緑に染めてしまうほどのものだった。それによって折紙以外の隊員は全て落とされた。

 

 

「一体何が起きているの!?」

 

 

燎子は今まで見たことのない威力の光線――――――虚閃(セロ)を目の当たりにして咄嗟の反応で逃げようとしたが、体が動けなかった。一護はこれがこちらの世界には無いはずの虚閃(セロ)だと分かっただけでも驚くに値するのだが、それ以上に今放たれたもの自体に1番の衝撃を受けた。

 

 

「ありえねえ…何で俺が殺した筈のあいつがいるんだよ!?」

 

 

虚閃(セロ)を放った人物は嘗ての姿から若干の変化が生じていたが、死に追いやった人物を見誤る筈がない。その体は人間とは思えないほど白く痩身で(ホロウ)の特徴である仮面は消えた為黒髪が晒されているのだが、瞳の色は緑で先ほどの虚閃(セロ)と同じだった。そう、この場に現れた人物は…

 

 

「黒崎一護か…」

 

 

「ウルキオラ…何で…ここに」

 

 

そう、一護の前に現れたのはかつての敵であるウルキオラだった。未だに一護が目の前にいるウルキオラが本当にこの世界にいるのか信じていない様子に構わず、ウルキオラは何かが書かれたカードを一護に投げ渡した。そのカードには『喫茶店 十刃(エスパーダ)』と書かれていた。

 

 

「一度そこに来い。お前の聞きたいことを答えてやる。」

 

 

そう言うと、ウルキオラは何処かに歩き出してしまった。どうやらウルキオラの用事はこれだけだったらしいが、一護はまだ急転直下の状況に理解が追いついていない。

 

 

「お、おい、待てよ。」

 

 

そのまま本当にウルキオラはこの場から姿を消してしまった。だが、一護は今どんな状況に置かれているのかすぐに思い出した。精霊の少女の危機はASTが撤退していない以上残っているのだ。気を取り直して、一瞬で精霊の少女とそれを殲滅しようとしていた折紙の間に立った。

 

 

「五河一護…何で精霊を庇うように立っているの?」

 

 

燎子の口から一護が精霊だと認定されたという情報をもたらされてから少し時間が経ち、なんとか心を落ち着かせた折紙だが再び一護が現れたことで何もかもをかき乱されて、唯一この質問だけを一護に言うことが出来た。

 

 

「それは鳶一にこいつに殺させたくないに決まってるだろ。」

 

 

「それは精霊、この世界に災厄をもたらす存在。私が絶対に殺さなければならない存在。」

 

 

一護は折紙の言ったことに何か引っ掛かりを覚えた。それはまるで地獄の地下深くに封印された兄のように言葉では表せないほどの恨みのようなものだった。

 

 

「前に鳶一に何が起きたか知らねえけど、お前にこんなことをさせたくねえ。こいつは俺の単なる我儘かもおしれないけど、誰も傷ついてほしくないんだ。俺は何度も仲間を失ったし、敵だった奴も倒してきた。俺は仲間を護る為なら戦える。だけど、本当は誰も殺したくはなかった。殺すっていうのは、相手の何もかもを奪ってしまう罪を一生かけて償わなければいけねえんだ。そんな思いを鳶一に味わせたくない。」

 

 

自分の全ての思いを鳶一にぶつけた一護。これを聞いて帰ってくれればそれで良し、もしこちらに突っ込もうとするにしても精霊の消失(ロスト)まで持ちこたえられればそれでも良し、と一護は思っていた。そして、運命を揺るがしかねない選択で折紙が選択したのは…

 

 

「それでも私はッ!」

 

 

折紙は自分に架した義務を優先させた。それを見た一護は迎え撃つ態勢をもう整えていた。その際に折紙の持つ剣が微かに震えていたのを一護は見逃さなかった。そして折紙が攻め込もうとしたそのとき、もう一つの殺気を感じてそちらの方の処理へシフトさせた。次の瞬間、一護の右側から燎子が迫り、残りは拳を放つだけという状態まで来ていた。

 

 

折紙は一護の盾になろうとした。しかし、自らに課した義務が足枷となって体は動かなかった。このときから折紙は自分に無力感を感じ始めた。

 

 

折紙の葛藤を知る由もない一護は冷静に燎子の動きを見ていた。戦いの場数でいえば短い期間にも関わらず一護の方が圧倒的に多い。つまり、戦いの中の時間の濃さの違いによって一護は的確に態と急所を外した蹴りを拳が届くよりも早く叩き込んだ。その蹴りは随意領域(テリトリー)を展開しているにも拘らず、燎子の肺の中にあった空気は吐き出され、さらには体の至るところの感覚が痺れていた。

 

 

「あなたは何者?いくらなんでも精霊でもここまでの力は無かったはず。」

 

 

燎子は今の一撃で倒れることはないにしても一発はいれられると思っていたのだ。それが防がれ逆に追い込まれてしまった。

 

 

「そういえばまだ言ってなかったな。さっき俺が精霊だと言われたけど、俺は精霊じゃねえ。お前らが精霊を脅威と呼ぶんだったら、俺は何て呼ばれるんだろうな。」

 

 

一護にしてみれば、元いた世界とこちらの世界とを比べてみれば断然こちらの世界が安全といえる。そう思った一護は素直に自分の力の出鱈目さに苦笑してしまった。そして一護はこちらの世界に来て以来初めて本当の自分の存在を世に知らしめる時が来た。

 

 

「俺の名は五河一護じゃねえし、死神の大鎌(デスサイズ)でもねえ。俺の本当の名前は黒崎一護だ。職業は高校生兼死神代行。」

 

 

「死神…物騒な職業ね。まあ、いいわ。デスサイズもとい黒崎一護君が名乗ったわけだし、私も名乗らなきゃ不平等よね。わたしは陸自のASTの部隊長をしている日下部燎子よ。あなたには沢山聞きたいことがある、だから抵抗はお勧めしないわ。」

 

 

だが、一護は強い眼で燎子を見返した。その瞳には様々な思いが折り重なっており色々なものを背負っているが燎子と折紙にも分かった。精霊との実戦でもこんな強い覚悟の籠った瞳は見たことは無かった。

 

 

「わりいけど、そいつに俺は従うことはできねえ。だから、一瞬で終わらせてやる。もうこれ以上戦わせないように…」

 

 

一護は斬月を軽くテイクバックした。その動きで何か来ると折紙と燎子は察知してこれから来るであろう攻撃に備えた。そして、一護は斬月を真横に振り抜いた。

 

 

「くッ、何なのこの力!力が違い――――」

 

 

一護は斬月を振り抜いたことによって生じた剣圧は世界にあらゆるものに牙を剥いた。それは折紙と燎子も例外ではない。2人は剣圧に飲み込まれこの場から遥か彼方へと飛ばされた。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

一護は後ろに振り返り士道と精霊の少女に向けて言った。

 

 

「ああ、俺は大丈夫。…って、あれ?あの子消えちゃったんだけど。」

 

 

消失(ロスト)か…」

 

 

消失(ロスト)?」

 

 

士道は単語の意味は分かるが、なぜこのタイミングで言ったのか分からなかった。その様子を見た一護は単語の説明をした。

 

 

「そうだな…消失(ロスト)っていうのはさっきの女の子のような精霊がこちらの世界から消えて隣の世界に戻ることだ。」

 

 

ここで一護は一息ついて戦闘中に考えていたことを士道に精霊の少女について尋ねてみた。そうすると、士道から期待通りの答えが返ってきた。

 

 

「あの女の子はあんなにも強いのに、俺が見つけた時からずっと悲しそう眼をしてた。あの子があんな顔をさせるのは無性にやだった。出来ることなら、俺はあの子を助け出したい。」

 

 

「なら、俺たちで助け出そうぜ。」

 

 

「え?」

 

 

突然の一護の宣言に士道はただただ戸惑っていた。一護はそれを無視して言った。

 

 

「俺たちがあいつを助けるんだよ。俺だけじゃダメなんだ。俺と士道の2人じゃねえとあいつを助けることができねえ。お願いだ、あの子を助けるために俺に力を貸してくれ。」

 

 

一護は深々と頭を下げた。それには士道に多大な命の危険がつきまとうかもしれないという意味が込められているということが士道にも分かった。それに士道が答えようとしたところで2人の体が浮遊感に包まれその場から消えた。




ここでミニコーナーをやってみたいと思う今日この頃…


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build to sky

更新がかなり遅れてしまいました、ごめんなさい。
それともう一つ謝らなければならないことが――――それはコミックを読んでいる方は若干のネタバレになってしまうのでご了承ください。

それでは今回お楽しみにしてください。


ここは地面の無い重力感覚を疑わせるような場所、建ち並ぶのは永遠の空へと延びる摩天楼。その中に一護はただ一人いた。

 

 

「久しぶりだな、ここに来るのは。」

 

 

そう、今一護が居る場所は自らの精神世界の中。ここは力が目覚めてから今に至るまで一護の力の成長に切っても切れない場所になっている。しかし、こちらの世界に来てからまだここには来ていないのだった。

 

 

「おーい、斬月のオッサン。いるんだろ、俺をこっちに呼び出したっていうことは。」

 

 

一護の呼びかけに応えるように、何もない空間から黒い霊圧が集まりだして無精髭のサングラスの掛けたオッサンを形成した。

 

 

「一護、しばらく見ない間に…」

 

 

斬月は一護の体を見て、言おうとしていたことを止めてしまった。どうやらこちらの世

界に来る前に会ったときとあまりにも容姿が変わっていないことに驚いているようだった。

 

 

「ああ、何でこの体が成長していないってことか?それだったら、俺にもわからねえ。」

 

 

「そうか…それと、まだ私のことを斬月と呼んでくれるのか。」

 

 

「あたりめーだろ。俺にとっての斬月はアイツだけの力じゃねえんだ。オッサンの力も俺にとっては斬月の一部だ。あの話を聞いたときはどうしようもないくらい悲しかったけど、俺を護ってくれた力なんだ。あいつも俺を護ってくれた。だから、オッサンの力もアイツの力も俺の力だ。」

 

 

一護は斬月が消えて以来、本当の自分の力を使役することが出来た。しかし、消えてなくなった斬月は同時に一護の中にも大きな穴を空けた。胸中をようやく曝け出せてこれ以上喜悦を感じたひと時はなかった。ただ、精神世界の中に入り込むときは必ず一護にとってはターニングポイントとなる時だ。

 

 

「何かあるんだろ。俺がアレ(・・)を訊きだしに来たとき以来、俺をこっちに呼ぶっていうことは。」

 

 

斬月は一護の言ったことに頷いて、今回呼び出した目的について話し出した。まず、この話の前提として今いる世界について説明をした。

 

 

「もうわかっているだろうが、ここは私たちのいた世界とは違う。この世界には(ホロウ)の代わりに精霊という存在がいる。」

 

 

「ああ、知ってる。」

 

 

「私たちはここに来るのに謎の空間を使った。いや、巻き込まれたといった方が正しいか。」

 

 

「確かにそうだな。」

 

 

「一護、そのときにお前自身に埋め込まれたモノを見たはずだ。」

 

 

一護は視線を落とし自分の胸に向けた。そこには、こちらの世界に来た以来変わらずにそれは一護の胸に埋め込まれている。そのままの状態でなぜこれが自分に埋め込まれているのか思案した。今まで何度かそのことについて考えてはみたが、いくら考えてみてもその理由は見つからなかった。

 

 

「お前に会わせたい奴がいる。」

 

 

いきなり斬月に言われたので、このタイミングでかよ、と突っ込みたくなったがそれはいつものことなので何も言わなかった。それよりも、会わせたい奴というのは一護が思い浮かべたのはあの()だと思っていた。だが、その予想を遥かに上回る形で裏切られた。

 

 

「なっ…何で、なんでお前がここにいるんだよ!?俺に何をしたんだ?」

 

 

「黒崎一護だね。私と直接会うのは初めてだったかな。」

 

 

一護の前に現れたのは、かつてソウル・ソサイティを壊滅まであと1歩のところまで追い込み新たな世界の支配者になろうとした人物の姿と全く同じだったのだ。ただ、その人物は一護が自分の死神の力を代償として倒して地下の牢獄『無間』に投獄されているはずである。一護の思いを読み取ったのかその人物は一護に今の姿に関することを説明した。

 

 

「今のきみにはわたしのことを藍染惣右介のように見えているのだろう。わたしの性質は以前きみの父親の黒崎一心から聞いていると思うが、わたしは周囲の心を取り込みそれが実現可能なものであれば具現化する能力を持っている。」

 

 

「あんた、まさか崩玉なのか?」

 

 

「そうだ。きみの中にあるわたしに対するイメージを具現化した影響で、きみにはそう見えているだけでわたしはきみの言うとおり崩玉だ。」

 

 

まさか崩玉が藍染惣右介の姿で目の前に現れるとは思ってなかった一護だったが、これまでずっと疑問に思っていた崩玉が自分の胸に埋め込まれているのか尋ねてみた。対して崩玉はその質問がされるのを予想していたのかすぐさま一護に自身の推測で答えた。

 

 

「先ほどわたしは周囲の心を具現化させる能力を持つと言ったが、わたしが心を取り込める能力は藍染惣右介はわたしの周囲のみと結論づけていたがそれは違う。わたしの心を取り込める範囲は実質無制限だ。」

 

 

「なんだよ…それ。」

 

 

もしそれが事実だとすれば、全ての世界の願いは崩玉によって叶えられる可能性があるということになる。その願いが破滅を導くものだったとしても。崩玉は一護の反応を見て、話を続けた。

 

 

「わたしは遥か彼方離れた願い聞き届け、その願い応じる為に願いを叶えられる可能性を持つ黒崎一護を力の拠り所としてこちらの世界へと誘った。」

 

 

「ということは、誰か分からない願いの為に俺は呼び出されたということなのか。」

 

 

「そうだ。」

 

 

ここで崩玉は態々嘘をつく必要はないので正直に答えた。崩玉は自分自身の勝手な意思によって巻き込まれた一護が憤慨して掴みかかってくると思っていたが予想に反して一護は冷静に話を受け止めていた。一度時間を巻き戻された体とは違って、多くの時間を費やして精神的に成長したということであろうか。

 

 

「なぜ、平然としていられる?」

 

 

「別に平然といれてるというわけじゃねえよ。俺はあっちに夏梨と遊子、ついでに髭親父を置いて来てるんだ。出来るなら今すぐにでも帰りてえ。けど、お前の言ってたことがもし本当なら俺はまだこっちの世界から戻るわけにはいかねえ。助けを求める声を見捨てるぐらいなら俺は帰れなくてもいい。困っている奴が居るなら、俺は迷わず手を差し伸べる。」

 

 

崩玉は一護の言ったことを聞いて、やはり黒崎一護に任せて良かったと感じていた。もし選ばれた願いが破滅をもたらすものだったとしても、彼ならそれでさえ覆してくれるだろうと。

 

 

「ところで、その肝心の願いって何なんだ?お前は願いを聞き取ったんだろ。」

 

 

「それはわたしにも知らない。」

 

 

「はぁ!?知らないってどういうことだよ。」

 

 

崩玉のあまりにも無責任な受け答えに一護は思わず叫んだ。願いを読み取っていると自分で言っていた癖に知らないというのは矛盾してるのではないか。

 

 

「きみがそう思うのは当然だろう。ただこれだけは分かっててほしい。わたしの意思は力によって支配される。これはどんな願いにもわたしの意思は断絶される。今回も同じだ。」

 

 

「つまり、どんな願いが叶えられようとしてもお前の意思は無視されるということなのか。」

 

 

「そうだ。わたしだって藍染との最後の戦いで好きで力を貸していたのではない。きみが力を賭しては止めてくれたことに感謝する。」

 

 

崩玉は頭を下げて一護に対して心から感謝した。一護は崩玉に頭を上げさせて、必ずその願いを叶えられるようにすると約束した。

 

 

「そろそろ時間のようだ一護。お前の弟がもうすぐ戻ってくる。」

 

 

今まで崩玉と一護のやり取りをずっと見ていた斬月が元の世界に戻るよう促した。すると、今まで青かった空が徐々に白くなっていく。

 

 

「本当はまだ聞きたいことがあったけどな。例えばウルキオラのこととか。」

 

 

崩玉は一護が小さな声で言ったのだが、それを聞き取っていたのか崩玉は一護の胸に指差した。

 

 

「それはきみが一番わかっているはずだ。その答えはもうとっくに知っている。あとはそれにきみが気づくかどうか、それだけだ。」

 

 

「俺の中に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一護が目覚めたら目の前に見ず知らずの目に隈を蓄えた眠たげな女性が一護の体に乗っかれていた。しかも、かなり顔を近づけられていた。

 

 

「ふむ、起きたかね。」

 

 

「起きたかね…じゃねえよ!ってか、あんた誰だよ。」

 

 

一護に指摘されて女性は今気が付いたかのようにして自己紹介をした。ここで一護は耳慣れないワードを聞くことになる。

 

 

「ここ『ラタトスク』の船の『フラクシナス』で解析官をやっている村雨令音だ。」

 

 

「ラタトスク?フラクシナス?」

 

 

一護と士道が謎の浮遊感を感じた瞬間、目の前の視界が破壊された町並みから無機質な鉄の壁へと変化した。どこかへと飛ばされたと瞬間考えた一護だが、いきなり士道の体が地へと崩れ落ちた。なので、考えるよりも先に体を休められる医務室であろう部屋を探して見つけて2人は体を横にして今に至る。

 

 

そういうことなので、一護はこの場所がどこだか分かっていなかった。

 

 

「私はどうも説明下手でね、君の弟ももう起きているようなので丁度良い。君たちに会わせたい人がいる。気になることは多くあると思うが、詳しい話はその人から聞くといい。」

 

 

隣のベットに寝ていた士道と共に令音の後に付いていき、その会わせたいという人の元へ向かうことになった。その道中、令音が30年寝ていないだとか睡眠導入剤をラムネを飲むが如くがぶ飲みしていた。士道は普通に命の心配をしていたが、逆に一護はある意味超人ではないかと思っていた。

 

 

令音に連れられた一護と士道はある扉の前で立ち止った。するとすぐに、扉は自動で左右に分かれ中には軍艦のような大部屋があった。中に入るととても日本人とは思えない人物が待ち構えていた。

 

 

「…連れてきたよ。」

 

 

「初めまして。私はここの副司令官、神無月恭平と申します。以後お見知りおきを。」

 

 

「は、はあ…」

 

いきなり知らない人物からあいさつされたのもあるのだが、士道はなんで今自分はこんな本格的な軍事施設のような場所にいるのか戸惑っていた。一護も同じように戸惑っていたが、こういう類のものは多少の耐性があるので士道よりかは落ち着いていた。

 

 

「ようやく来たわね。待っていたわ。」

 

 

不意にそのような声が聞こえた。その声は目の前のこの艦の艦長席のような場所に座っていた人物のものだった。その人物はいつもは可愛らしい雰囲気なのに、今いるその人物はそれとは違って凛々しかった。そして、2人にとってはとても身近な人物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歓迎するわ。ようこそ、『ラタトスク』へ」

 

 

そう、その声の主は2人の妹の琴里のものだった。

 

 

「なんでそこにいるんだよ?」

 

 

士道は琴里に尋ねるが、それはそのままスルーされた。その理由は琴里が一護と士道に説明するよりも先に聞かなければいけないことがあったのだ。

 

 

「―――――で、これはどういうことよ!?一護、答えなさい。」

 

 

琴里が指し示した先にあったのは、先ほどまでASTと精霊でさえ圧倒してしまう一護の姿が映し出されていた。そして仕舞いには剣圧で折紙と燎子を吹き飛ばすという荒業でさえ成し遂げた。そのときになるべく街への被害を出さないように斜め上に飛ばしているが、それでも延長線上建っていた建物は全て切断されていた。

 

 

「あ、それなんだけどな…」

 

 

一護が本当のことを話そうか話すまいかと迷ってしどろもどろになっていると、琴里を援護するように言った。

 

 

「兄貴さっき全部説明するって言ってたじゃねえかよ。とりあえず、俺が知らないところで何が起きてんだよ。」

 

 

士道の言葉でいよいよ自分自身のことを言う覚悟を決めた。一護は心のどこかでこのときをいつか迎えるのだろうと分かっていた。ただ、それでも元居た世界のことをこちらの世界に持ち込むのは余計に士道と琴里を苦しめてしまう。だから、別の世界からこちらの世界に来たという事実は伏せて自分の力のことだけを話すことにした。

 

 

「そうだな。話すの約束したんだし、それに俺のあの姿を見られた訳だしこれ以上隠す必要もねえな。まずは、言っておく。俺は精霊じゃねえ。」

 

 

一瞬、艦内の中の全ての音が止まった。あれだけの出来事を見せられて琴里は恐らく一護が精霊だという風に思っていたのだろう。士道はそれすらも分かっていないのだろう。そこで士道は最も初歩的な質問をした。

 

 

「そもそも精霊って何だよ?」

 

 

何も知らない士道にとっては当然の疑問なのだが、琴里はやれやれというような仕草を見せた。説明をしないと前に進みそうになかったため、一護がその説明も行った。

 

 

「精霊ってのはさっきの女の子のことだ。それで士道は精霊はどんな風に思ったんだ?」

 

 

士道は先ほどまで繰り広げられた戦闘のことを思い出して恐ろしくて受け入れられなかった。しかし、精霊といわれる女の子に士道は惹かれていた。好きとかそういう感情ではなくて、女の子が危うげでいずれ全てを無くしてしまうではないかと思った。そう思ったのは、士道が1度同じような経験しているのかもしれない。

 

 

「何であの子はあんなに心をすり減らしてるんだ。兄貴のおかげであの子とかなり話すことが出来たけど、話の内容よりもその女の子の眼がどうなったらあんなすべてを諦めたかのような眼になるんだ?俺はあのままにしておくのは絶対に嫌だ!」

 

 

「そう言ってくれるのなら、俺のことを話しても良いな。」

 

 

「勿体つけてないで早く言いなさいよ。」

 

 

琴里はいよいよ我慢できないというような様子で一護に早くするように促した。一護はいつもと全然違う琴里の様子に気圧されしながらも言った。

 

 

「俺は精霊じゃねえ、死神だ。」

 

 

「「「死神いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」」」

 

 

艦内にいた者全てが絶叫した。琴里もある程度の予想を立てていたが、それを斜め上どころか真上の宇宙空間を通り過ぎた。

 

 

「死神…って、あの鎌を持った死神?おにいちゃん。」

 

 

何故、琴里がこんなにも性格が変わっているのかは分からないが、それでも怖いものが苦手というのは同じで根っこの部分では琴里だった。

 

 

「死神って聞いたら、そういうイメージを想像するのが普通だよな。でも、俺はそっち死神じゃねえよ。俺のいう死神っていうのは魂を刈り取る死神じゃなくて、世界中にいる霊を管理する存在のことを言うんだ。」

 

 

「霊、って幽霊のこと…よね。」

 

 

琴里は少し時間経って落ちつきを取り戻しものの、霊というオカルト的ワードが出てきたことで再び琴里は恐怖に襲われた。

 

 

「確かに幽霊は琴里にとっては怖いかもしれないけど、多分想像しているのと違うと思うぜ。これ以上姿については何も言わねえけど、俺の仕事はその幽霊を成仏させるというのが俺の仕事だ。」

 

 

琴里と士道は一護のあまりにも常識から外れた話に信じられなかったが、一護の力を見たからこそ一護のその話に現実味が増している。それでも士道はまだ気になることがあった。

 

 

「ちょっと待ってって、何で幽霊を成仏するのにそんな出鱈目な力が必要なんだよ?」

 

 

士道が思っている幽霊の成仏に関するイメージは幽霊の前に立って霊媒師が儀式をやるというようなものだった。これが成仏に関する一般的なイメージだ。

 

 

「多分、士道がイメージしている霊じゃねえと思う。確かに士道の言ってる霊は(プラス)に当てはまるのかもしれねえけど、俺の言ってる霊は本当の化け物だ。そいつを俺は(ホロウ)と呼んでる。つまりは悪霊だ。(ホロウ)は自分の喉の渇きを潤すために人を喰う。」

 

 

「「…ッ!」」

 

 

人を喰うと一護が言った瞬間、琴里はこれまでにない程の恐怖に襲われた、泣き出しそうな状態になるまでに。士道までも一護の言ったことを胸を締め付けられるほど恐怖した。

 

 

「俺はそいつらの罪を洗い流して襲われる人が誰もいなくなるようにこの死神の力を手に入れたんだ。っつても、俺は死神代行だけどな。」

 

 

一護は話を締めくくったが、あまりに想像を越えた話に士道も琴里もフリーズしてしまった。それでも、この艦の司令官である琴里は誰よりも早くフリーズ状態から抜け出した。

 

 

「わ、わかったわ。一護の力はそこから来ているのは。」

 

 

「わりい、一気に俺のことを言いすぎた。俺の力は怖いかもしれないけど、これだけは言わせてくれ。俺はどんなことになっても必ず琴里と士道は護る。そして親父もお袋も。」

 

 

この世界での自分の力について自嘲しながらも護ると2人の前で改めて宣言し、琴里と士道は先ほどまでの恐怖感が薄れ一護はやっぱり一護だということに気づいた。琴里も少し照れながらも宣言した。

 

 

「…そう言ってくれて、ありがとう。でも、一護はいつも頑張りすぎなのよ。少しは休みなさい、今度は私と士道が前に立つ番だから。」

 

 

とても感動的な雰囲気になっている今の状況だが、すぐにぶち壊された。

 

 

「というわけで、士道、そして一護も精霊とデートしてもらうわよ。」

 

 

「「待ていッ!」」

 

 

琴里が何の脈絡もなく精霊とのデートを勝手に決められたことに思わず2人は声を挙げた。一体どうなったらデートという単語がでてくるのであろうか。

 

 

「それじゃあ、こっちのやり方が良いっていうの?」

 

 

琴里は画面にリモコンを向けてボタンを押すと一護の映像からそれ以前に精霊が顕現したときだと思われる映像へと変わった。その映像はたった一人の精霊に機械を纏った人の兵団が集中的に攻撃しているものだった。

 

 

「な…なんだよ、これ。」

 

 

今回は一護が介入して精霊が攻撃されずに済んだが、いつもこんな憎悪に晒されていることに愕然とした。

 

 

「これがASTのやり方よ。士道、あなたはこのやり方でいいの?」

 

 

「そんな訳ねえだろ!」

 

 

「そうよね、ならもう一つのやり方――――――対話によるはどう?」

 

 

「もちろん、そっちの方が良いに決まってるじゃねえか。」

 

 

「ならデートしなさい。私たちも全力でサポートするわ。」

 

 

「だから、何で俺がデートすることになるんだよ。」

 

 

「黙りなさい、このフライドチキン。」

 

 

結局デートをするという話にもどってしまって士道は自分の髪の毛をワシャワシャとした。しかも、なぜか可愛い妹に罵倒されてしまった。

 

 

「この方法以外に何か良い方法があるっていうの?」

 

 

実際、士道にはASTのようなやり方以外で良い方法を思いつけなかった。これはもう琴里の言葉を信じるしかなさそうだ。

 

 

「…わかったよ、精霊とかASTとかわからないけどあんな絶望してる子を放ってはおけない。手を貸してくれ、琴里。」

 

 

その士道の答えを聞いた琴里は少し嬉しそうだった。

 

 

「それでこそ、私のおにいちゃんだわ。さっそくだけど、明日から訓練を始めるわよ。もちろん一護もね。」



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The game

更新が遅れてすみません。

内容も少し酷いかな。


一護と士道は来禅高校の屋上にいた。しかし、屋上にいたのは2人だけではなかった。2人が屋上にいるのはある人物に呼び出されたからであった。

 

 

「鳶一、俺らを呼び出したのは昨日のことでだよな。」

 

 

一護は2人を呼び出した張本人である銀髪の少女―――――鳶一折紙に問いかけた。折紙は一護のその問いに頷いて肯定の意を示した。

 

 

「誰にも口外しないで。私のことも、それ以外のことも。」

 

 

「誰にも言わねえよ。逆に言ったとしても信じてもらえるとは思えねえしよ。」

 

 

一護は折紙に誰にも漏らさないと約束したが士道も同様に誰にも言わないと約束した。この後誰も話そうとしなかったので少しの間沈黙が場を支配した。それに耐えきれず士道は自分から話を切り出した。

 

 

「あのさ、何で鳶一はあの女の子と戦ってんだ?」

 

 

士道は紫の鎧を纏い長大な剣を持つ女の子―――――精霊を直接目にして、精霊としての力を持つ以外普通の女の子と感じていた。精霊をもたらす災厄から国民を守る為という大義名分はあるが、それだけであればあんなに身をすり減らすような戦い方をしないと素人目の士道でも分かった。何が原因であるか探る意味も込めて尋ねた。

 

 

「私の両親は5年前、精霊に殺された。」

 

 

「「ッ!」」

 

 

折紙にそう言われて士道と一護は息を詰まらせた。折紙のその言葉にはいつもの淡々とした様子が消え失せ、憎悪だけが言葉に載せられていた。

 

 

「そうか…」

 

 

士道は折紙の話したことを受け入れつつ心を落ち着けさせた。これ以上折紙の当時起こったことを踏みにじるわけにもいかないので士道はこれ以上追及しなかった。今度は逆に折紙の方から一護に質問をした。

 

 

「あなたは精霊?」

 

 

一護にとっては十分に予想できた質問だった。一護は昨日と同様の受け答えをした。

 

 

「昨日も言ったけど、俺は精霊じゃねえ。死神だ。」

 

 

折紙は一護が死神と宣言したとき、思わず後ずさった。だが、ここで怯んでいては一護の事情について知ることはできない。折紙は心に踏ん切りをつけて口を開いた。

 

 

「精霊じゃない。だったら、何で精霊を助けるの?」

 

 

一護は先ほど折紙の話した両親が精霊に殺されたという話を踏まえた上で精霊に対する思いを伝えた。

 

 

「鳶一にこんなことを言うのは不謹慎だと思う。けど、わかってほしい。精霊だって一人の人間なんだ、誰にも受け入れられなかったら人と同じように悲しむ。前に、俺はデカい力を持ったやつと戦ったことがあるんだけど、そいつは自分が神となって世界を創り変えようとしたんだ。」

 

 

ここで一拍置いて、過去に自分の死神の力を賭して戦った相手についての推測を話した。あくまで推測に過ぎないと断りをいれた上で自ら力を失ったという推測を…

 

 

「けど、俺がなんとか止めたけど本当は自分から力を捨てたから勝てたんじゃないかと思ってる。それは自分と同じ立場でいてくれる奴がいなかったんだと思う。精霊も同じように今は誰も同じ立場にいなくて苦しんでる。だから俺と士道が手を差し伸べて同じ場所に立つしかないんだ。鳶一も一回でもいいから精霊と話してくれないか?きっと、精霊のことが本当にわかると思う。」

 

 

折紙は実は自分と協力して精霊を倒してもらいたいと思っていた。一護には精霊を倒し全てを終わらせる力を持っている。が、一護には精霊を打ち倒す気はなかった。むしろ、それとは逆の方向へと進んでいる。さらには、自衛隊、そしてそれを統率している国は精霊の持っている力とは違うものの強大な力を持っている一護を精霊認定されている。折紙に残された道は一護と士道を精霊から遠ざけるしかなかった。

 

 

「ごめんなさい、あなたの思いに応えられない。でも、精霊と関わったら不幸になる。精霊と会おうとするならやめるべき。」

 

 

折紙は2人の前でペコリと頭を下げ、屋上から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「なんじゃこりゃーーーー!」」

 

 

一護と士道は思わず叫んだ。それも無理からぬことだろう。折紙が屋上から離れた後すぐに校庭の方から女子の悲鳴が聞こえたので見てみたら、昨日フラクシナスで出会ったいつも眠たそうにしている令音が倒れていたのである。その後、校内で琴里と合流し物理準備室に向かったのだが、かなり魔改造されていた。部屋の中は多くの液晶画面が置かれ、物理準備室の面影がもはやなかった。

 

 

「何ですか、この部屋?」

 

 

士道が令音に恐る恐る尋ねると、明らかに考えたフリをしてから答えた。

 

 

「…部屋の備品さ?」

 

 

「なんで疑問形なんですか!ついでに、嘘が下手すぎるでしょ!それと、この部屋にいた人はどうなったんですか?」

 

 

確かに物理準備室に名前までは覚えてないが先生が住んでいるという噂を一護は思い出した。本人の弁によると自宅の便所以外で唯一安らげる場所だったはずだが。

 

 

「うむ…」

 

 

再び令音は考える仕草をしたのだが、案の定…

 

 

「そこで立っていてもしょうがない、とりあえず座りたまえ。」

 

 

「うむ、の次は!?」

 

 

見事にスルーされた。これはこれ以上このことについて言及するなということであろう。どうせ話を蒸し返らせたとしても、きっと無視されるだろう。

 

 

そんなやり取りがあった間、琴里は今まで髪を結んでいた白いリボンを解き、代わりに黒いリボンで髪を止めた。そして、気だるそうに首元のリボン緩めた。

 

 

「さっそく始めるわよ。」

 

 

琴里のそのセリフに士道は「何をだよ?」と返すのだが、琴里はため息ついた。

 

 

「昨日、訓練をするって言ったじゃない。もしかして、もう忘れたのかしら。今後の為に老人ホームの申し込みをしておこうかしら。」

 

 

いつもとかなり違う様子の琴里に一護と士道が辟易した。昨日1度見ていた2人だが、まだ琴里の高圧的なモード―――――司令官モードに慣れていなかった。ただ、いつもの無邪気な琴里―――――妹モードから司令官モードに変換するときのマインドコントロールはリボンの付け替えで行ってるらしかった。

 

 

「令音、今日の訓練について説明してちょうだい。」

 

 

「シンと苺、今回2人でやってもらいたいことがある。」

 

 

そう言うと、令音が液晶ディスプレイに電源を点けると画面には『恋してマイ・リトル・シドー』というロゴが躍った。所謂ギャルゲーだった。ついでにいうと、令音から士道は『しんたろう』を略した『シン』と、一護は『苺』となぜか呼ばれている。2人は散々そのことについて指摘したが、諦めた。

 

 

「デートを行うにあたって、クリアしてもらわなければいけない課題がある。それは女性の接し方さ。」

 

 

「女性の接し方ですか…」

 

 

それぐらい出来ないわけがないという雰囲気を士道は醸し出していたが、琴里に後ろから蹴られ令音の左バストに飛び込んだ。それに続いて、完璧に油断していた一護も蹴られ右バストに飛び込んだ。

 

 

「「何しやがるッ!」」

 

 

士道も一護も顔を紅くしながらこのような事態を引き起こした張本人の琴里を糾弾した。

 

 

「士道はまだしも何で俺までこんなことをされななきゃいけねえんだよ!」

 

 

一護の言ったことに士道は批難しているが、それは無視して琴里に尋ねる。琴里は『分かんないの?』というような様子で答えた。

 

 

「精霊をデレさせて解決しようというのに、武器を持ってデートに行くわけ?この世紀末脳筋!もうちょっと脳みその無い頭で考えなさいよ。」

 

 

「脳筋って…」

 

 

士道は一護がこの間の定期テストで上位に食い込んでいるのにその一護が脳筋と呼ばれるのなら、自分はなんと呼ばれるのだろうかと少し落ち込んだ。一方、一護は琴里の返答を聞いてとりあえず納得した。令音の胸にダイブしたことには腑に落ちなかったけれど…

 

 

「話は纏まったみたいだね。女性の接し方を学んでもらう為に、今回2人にやってもらうことはこれだ。」

 

 

今までのやり取り傍観していた令音は液晶画面の電源をつけた。画面が立ち上がるとやけにピンクな色彩を基調とした映像が映った。

 

 

「「ギャルゲーかよ!」」

 

 

今日何度目と思える一護と士道の声がハモッた。それは無理からぬことで、どうみてもエロゲーだった。しかもご丁寧に士道の方の画面には『恋してマイ・リトル・シドー』、一護の方には『恋してマイ・リトル・イチゴ』というタイトルが映っていた。

 

 

『やってられるか!』と思った2人だが、琴里から破滅的な一言が発せられた。

 

 

「もし選択肢に間違えたり、途中で逃げ出したりしたらこれを誰かの下駄箱の中に入れるから。」

 

 

「いやああああああああああああああああああああ!」

 

 

耳をつんざくような断末魔の声を発したのは士道だった。なぜならば、琴里の持っていたものは士道の黒歴史時代に作ったオリジナルキャラの設定集だった。

 

 

「うん…まあ、頑張れ。」

 

 

まだ罰が実行されるわけでもないのに、一護はもう既に罰が実行されることを前提で士道を憐れんでいた。士道は士道で葬ったはずの黒歴史が再び顕現するとは思わず放心するばかりであった。

 

 

そんな士道を無視するかのように令音に勝手にコントローラのボタンを押されゲームを始められた。それを見ていた一護は無駄な努力だと知りつつ影を薄くするが、琴里に強制的にボタンを押されこちらもスタートさせられた。

 

 

『おはよう、おにいちゃん!今日もいい天気だね!』

 

 

2人の真ん前にある画面が暗転したかと思えば、いきなり妹キャラと思われる琴里と同じような歳の女の子が主人公の腹の上でパンツ丸見えで踊っていた。

 

 

「「ねえええええええええええええええええよ!」」

 

 

一護と士道はこんなギャルゲーでしかありえない、いや、ギャルゲーの世界でもないかもしれないシチュエーションに批判の声を挙げた。士道が何か言葉を続けようとしたが、何かを思い出し言葉を発するのを止めた。

何があったのか不審には思ったが、気にしないことにした。

 

 

そうこうしている内に、2人の画面に選択肢を映し出された。そこには…

 

 

①『おはよう!愛してるよリリコ』と抱きながら言う

②『起きたよ。ていうか、思わずおっきしたよ』妹をベットに引きずり込む

③『かかったな、アホが!』妹にアキレス健固めを決める

 

 

どれも正気じゃない。どれを選んでも罰を決行されるではないだろうか?

 

 

「さあ選びなさい。言っとくけど、もうすく制限時間が切れるわ。」

 

 

琴里の言うとおり制限時間が残り3秒と画面で示されていた。士道は慌てて1番を選択し、一護はコントローラーを見ずに適当にボタンを押した。

 

 

すると士道の画面では主人公が選択された台詞を言うと、リリコに本気で引かれた。一方で、一護が適当に選択した行動は…

 

 

『かかったな、アホが!』

 

 

主人公はリリコの足を掴んでアキレス健固めを決めた。すると、リリコは悲鳴を挙げることなく体の動きを止めた。そして、次に映し出された画面は両親が部屋に入室し父に殴られ牢屋閉じ込められた。最後にエンドロールが流れゲームオーバーとなった。

 

 

「「「……」」」

 

 

何とも重たい空気だ。士道が出してはいけない結果を出してしまった一護をジト目で見て、琴里は涙目で一護を見ていた。なぜか髪を結んでいた黒いリボン解けていたが…

 

 

コントローラーを見ずに最悪な選択肢を選んでしまったのは一護自身なのだが、あの選択肢を選んで妹の死という結末を作ったのはそちら側ではないかと理不尽さを感じる。だが、琴里を涙目にしてしまった以上謝らなければいけない。一護は膝をつき、頭を下げた。

 

 

「こんな乱暴なやつ選んでしまってすいませんでした。今度からコントローラーをちゃんと見てやります。」

 

 

一護が必死に頭を下げた甲斐があって、琴里の涙のダムが決壊することはなかった。涙を抑えた琴里は顔をぺちぺちと叩いて、解けた黒いリボンを結びなおした。

 

 

「次はチャンスは無いわよ。でも、失敗は失敗だからやってちょうだい。」

 

 

ゲームの画面とは別のテレビ画面に来禅高校の下駄箱がある場所にラタトスクの機関員と思われる人物がいた。そしてその人物の手に持っていたのは例の士道製作の設定集だった。

 

 

「なんであれが…」

 

 

士道が体をわなわなさせながら琴里に目を向けた。琴里は先ほどまで泣きそうになっていたことが嘘だったかのように、妖しい笑みを見せた。

 

 

「さっき言ったわよねえ、ぺナルティがあるって。一護か士道のどちらかが失敗したら、士道の黒歴史を公共の場を流す。」

 

 

 

「いやああああああああああああああ!」

 

 

再び士道の悲鳴が響く。さすがに一護にもこの仕打ちは酷いように思えた。

 

 

「それはやりすぎなんじゃねえか。」

 

 

「あら、もしかして同情?それならやめておきなさい。実はさっきの土下座、令音に撮ってもらったのよ。もし、邪魔したのならわかるわよね。」

 

 

 

一護は本能的に琴里には逆らってはいけないことを身を以て感じた。少し思考して、体を窓の方へと向けた。

 

 

 

「わりい、俺がいたら士道の古傷を余計に広げちまうから、じゃあな。」

 

 

一護はやや焦った様子で窓から合法的に逃げ出した。琴里は額に手を当てて、『やられた』というポーズを取るが、すぐに一護を追うことを諦めた。

 

 

このあとも士道には訓練を課されたらしいが、それが原因で高校で『ダーク・フレイムマスター』と呼ばれるのは、また別のお話。



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1 and 4 with cafe

またまた更新が遅れてしまいました。本当に申し訳ありません。
今回は完全オリジナル回です。私が書いた駄文ですが、楽しんでもらえたら幸いです。
それでは本編をお楽しみください。


あの散々たる結果をもたらした物理準備室を抜け出し、一護はある場所へと向かっていた。今、一護の手に持っていたのは、ウルキオラから渡された名刺だった。

 

 

(聞きてえことは沢山あっけど、とりあえず地図の場所に行かねえと。)

 

 

目的の場所はいつも登下校に使っている道の外れの住宅街にあった。学校と家、どちらが近いといえば、やや家の方が近いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少々走ったので、数分で目的の場所に着いた。ウルキオラが渡した名刺と同じように『喫茶店 十刃(エスパーダ)』と扉の横に立て掛けてある看板に書いてあった。ここでようやく、ウルキオラが出てきてからここまでの出来事が夢ではないことを実感した。

 

 

その思考が読まれていたかのようにドアが開かれ、中からウルキオラ本人が出てきた。

 

 

「待っていた、黒崎一護。中に入れ。」

 

 

ウルキオラが中に入っていったので、一護もそれに付いて行った。中に入ると、他の喫茶店と同じような雰囲気で美味しそうなコーヒー匂いが立ち込めていた。

 

 

「好きなところに座れ。」

 

 

一護はカウンターの1番左の席に座った。ウルキオラはその端からカウンターの中へと入って、コーヒーを淹れ始めた。

 

 

「紅茶だけじゃなくて、コーヒーも好きなのか?」

 

 

「まあな。お前はどうだ?」

 

 

「人並みには飲むぐらいだけど。」

 

 

「そうか。」

 

 

ウルキオラが戦闘を中断までして、紅茶を飲んでいたことをこの光景を見て思い出した一護であった。少しして、出来上がったコーヒーを差し出した。出てきたコーヒーを一口飲むと、くど過ぎない程良い苦みが口の中で広がっていく。

 

 

「美味いな。」

 

 

「当然だ。」

 

 

一護はしばらくの間ウルキオラの淹れたコーヒーを楽しんでいた。だが、一護がここに来た目的はコーヒーを飲みに来たわけではない。なぜ、ウルキオラがこの世界にいるのかを聞きに来たのだ。

 

 

「なあ、なんでウルキオラがここにいるんだ?」

 

 

一護の飲み終わったコーヒーが入っていたカップを片付けていたウルキオラの動きが止まった。そして、カップを片付けてから『staff only』の表示がある扉を開けた。

 

 

「スターク、起きろぉぉ。スタークってば…」

 

 

部屋の奥の方に寝ていたオッサンが今、緑髪の少女にゆすり起こされている。しかし、全く起きる気配というより起きようという気配がない。客が来ているにもかかわらずにもだ。

 

 

「もしかして、忙しい時間に来ちまったか?そうだったら、出直してくるけど。」

 

 

「構わない。あれはいつものことだ。」

 

 

ウルキオラが小さく嘆息すると、人差し指を少女にスタークと呼ばれたオッサンに向けた。そして、その指先に緑色の閃光が収束していく。

 

 

「ちょっと待て!虚閃(セロ)なんか使って、何するつもりだ!?」

 

 

こんなところでウルキオラが虚閃(セロ)を使ってしまったら、ここにいる場所を中心に小さく見積もっても半径数キロは廃墟と化してしまう。

 

 

「問題ない。ここには顕現装置(リアライザ)が展開してある。俺が虚閃(セロ)を使ったとしても被害はここだけで収まるはずだ?」

 

 

「そこのオッサンが消し炭なるから!ついでに疑問形っていうことは、顕現装置(リアライザ)で止められる自信がないじゃねえかよ!」

 

 

一護が必死にウルキオラ虚閃(セロ)を放つのをやめさせるよう努力したものの全く意味を成さない。ついに、虚閃(セロ)が臨界状態に達したそのとき…

 

 

「ふぁ~、よく寝た。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタークが起きたことにより、ウルキオラによるこの地域の壊滅の危機が回避された。少しの間でも世界を危機に陥らせたその代償としてスタークは緑髪の少女に猫のように引っ掛けられた。

 

 

「悪いな。俺のせいで軽く騒がせちまって。」

 

 

本当は軽くどころではないと突っ込みたい一護なのだが、それは胸の中で封印するとした。

 

 

「俺はコヨーテ・スタークだ。それでうるさくてちっこいのがリリネット・ジンジャーバック。」

 

 

「ちっこい、とか言うな!」

 

 

スタークがちっこいと言ったのに対してリリネットが抗議の声を挙げるが、どうでもいいといった様子で自己紹介を続けた。

 

 

「もうとっくにわかっていると思うが俺とリリネットは元は人間じゃない。」

 

 

「知ってる。1度虚圏(ウェコムンド)で会ったからな。」

 

 

一護とスタークの関係はウルキオラとの関係のように深くはないが、一護が一度助け出した井上織姫を目の前で連れ去ったのである。もう藍染の時の出来事は解決したものの、やはり気まずさは拭えなかった。

 

 

「あのときはすまなかったな。謝って済む問題とは思ってねえが、本当にあの女の子を連れ去ってしまってすまなかった。」

 

 

「こっちの世界にはいねえけど、謝るんだったら俺じゃなくて井上にしてくれ。怖い思いをしたのは井上なんだから。」

 

 

「そうだな。」と、スタークが一護に反応を返して、織姫を連れ去った件は一応の和解は出来た。しかし、ここで気になることがひとつ。

 

 

「スタークさん、あんた何番なんだ?」

 

 

ウルキオラと戦いでは、一護自身ウルキオラと戦うことができることが不思議なくらいの強さだった。まだ本当の力(・・・・)には覚醒していなかったものの、まるで石造か何かと戦っているような感覚であった。その上で、目の前のスタークという男は先述した場面で一護が消えたという感覚に陥れさせられた。このことから、スタークの実力はウルキオラと同等以上という推測が建てられる。

 

 

スタークは手に着けていた白い手袋を外した。そこから肌色の肌の手が露出した。その手の甲に黒で序列が示されていた。

 

 

「悪いな。俺が♯1(プリメーラ)だ。」

 

 

「あんたが…」

 

 

目の前にいる男は(ホロウ)の力を借りて何とか勝つことができたグリムジョーや、(ホロウ)の力を使っても勝てなかったウルキオラよりも上ということになる。

 

 

「俺は、いや俺たち(・・・)は他の破面(アランカル)とはなった成り立ちが違う。」

 

 

一護はスタークの言ったことを理解出来なかった。大虚(メノスグランデ)は幾つもの(ホロウ)の魂が折り重なって生み出されたモノなのだが、スタークが言いたいことはそういうことではないらしい。

 

 

「おそらくほとんど破面(アランカル)(ホロウ)から進化したときに己の魂を体と斬魄刀に分ける。」

 

 

このことは一護も知っていた。以前朽木ルキアから聞かされ、浦原喜助にもそのことを敵を打ち倒すには敵をよく知ることが1番というような理由から詳しく説明された。おかげで、話についていけているわけなのだが…

 

 

「本当の意味でスタークという存在を指し示すのは、俺だけじゃない。リリネットもスタークの一部だ。俺たちは本来肉体と刀に分けるべき魂を2つ肉体に分けた。」

 

 

「そうなのか。」

 

 

ウルキオラもこの起源を知らなかったようで、そんな声を漏らす。わざわざ自らの生い立ちを他人の目の前で話すということは、崩玉によって呼び出されたことと関係しているからであろう。

 

 

「俺たちが2つの肉体に魂に分けたのは単純なことだ。元々俺たちが持っていた力が大き過ぎる為に魂の力を肉体と刀という入れ物だけじゃ足りなかった。だから、俺たちは己の魂を肉体と肉体という形で力を分散させながら分けた。そうしなければ、俺たちの力はその場に居るだけで周りに居る霊圧の小さい(ホロウ)を死に至らしめてしまう。」

 

 

一護は魂を2つの肉体を分けた理由をそれだけではないと思った。なぜならば、話をしている最中ずっと顔を俯かせていた。まるで1度失ったものは取り戻すことができないということを味わったかの様子であった。

 

 

十刃(エスパーダ)には司る死の形があるということは知っているか。」

 

 

「…知らねえ。」

 

 

この事実を一護は知らなかった。誰からも教えてもらえなかったから知らないというのは当然であるが。これを聞いて7つの大罪のようなものを一護は思い浮かべた。司る死の形についての説明をスタークの代わりにした。

 

 

「司る死の形は各々の十刃(エスパーダ)の性格・能力・戦闘方法に関わってくる。因みに俺の司る死の形は『虚無』だ。それ故に俺は何もないところから傷ついた体を造り直す『超速再生』を成体の破面(アランカル)となってしまっても失うことはなかった。そして、その能力の根源となったものは何もない場所で死に、何もない虚圏(ウェコムンド)(ホロウ)として生み出された。」

 

 

ウルキオラが司る死の形を説明したついでに、自分のことに関しても話した。軽く説明されたのでまだ深くは理解出来ていなかったが、大体のイメージを掴むことができた。続いてスタークが再び身の上話を引き継いだ。

 

 

「俺の司る死の形は『孤独』だ。さっき話したことから分かると思うが、俺たちは居るだけで周囲に死をばら撒いてしまう。だから、‘孤独‘を紛らわす為に2つの体を生み出した。」

 

 

この話を聞いて一護はスタークと藍染の置かれていた状況に似ていたのではないかと思う。藍染に関しては自分の勝手な想像なのだが。それに、一護自身も見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)との戦いで強くなり過ぎた故に隔離されそうになった。だが、なんとか自分の力を抑える術を見つけることができたので今ここに居る。その方法が見つからなければ孤独になってしまうところだったのかもしれない。

 

 

「それで俺たちは虚圏(ウェコムンド)で意味もなく放浪していたところで藍染サマに見出されて、俺たちは十刃(エスパーダ)となった。2つに体を分けて自我に目覚めた瞬間から俺たちは孤独だった。俺たちは共に居てくれる奴だったら誰でもよかった。俺たちが弱くなれないのなら、俺たちと同じぐらい強い奴らのそばで居たかった。だから、藍染サマについていったけど、最後は斬り捨てられたけどな。」

 

 

スタークは最後に憂うような顔をして、藍染について行ったのが本当に良かったのか悩んでいた。

 

 

「そういうことだから、俺たちが仕出かした間違いを償いたいという気持ちが俺たちをここに呼び出されたのかもな。まあ、それでも俺たちを拾ってくれた藍染サマには感謝してる。」

 

 

恐らく未だ崩玉を従えた頃の藍染の元に就いていた頃の忠誠心が残っている。崩玉の特性によって死んでもなお藍染に対しての忠誠心が強いが為、今一護が従えている崩玉の元に生き返ったのだろう。そう思った一護はスタークに対して確認の為に質問をした。

 

 

「スタークさんが今まで潜ってきた過去は気の毒だと思うし、藍染の下で従っていたのも分かる。けど、今は俺と家族に敵対して危害を加えるということは無いんだよな?」

 

 

「もちろんだ。それに俺たちが戻ってくる対価として崩玉にお前の下で動くことを誓約したからな。それはウルキオラも同じだろうな。」

 

 

スタークの口から出たウルキオラは頷いた。どうやらスタークが言ったことは間違ってはいないみたいだ。それで一護はスタークが敵対する意思がないということに安堵した。

 

 

「それが聞けて良かった。それで、俺のことは自由に呼んでもいいぜ。ウルキオラもな。」

 

 

そういうことでスタークは五河、ウルキオラは一護と呼ぶこととなった。スタークの話はこれで終わったらしくそそくさとその場から離れた。リリネットも連れて外に出掛けたようだが、ウルキオラ曰くあの2人が何処かに行っても問題ないらしい。「よくウルキオラ独りで店を回すことができるな。」と思った一護なのだが、今度はウルキオラ自身の話を始めた。

 

 

「俺が話すことはお前が暴走して消える前の話だ。」

 

 

その当時のことはよく覚えている。何せウルキオラを消し飛ばしたのは一護なのだから。この出来事は一護がこれまでの戦いの中で最も悔いが残った戦いだと言っていい。

 

 

「俺は藍染様の命を受けお前の前に立ちはだかり、そして敗北した。俺があの世界から消え去ろうしていたとき…女――――――井上織姫を見ていた。」

 

 

織姫がウルキオラにどのようなことを伝えたのだろうか。最後の最後でウルキオラは何を思ったのであろうか。それはウルキオラ本人から打ち明けられる。

 

 

「そのときまで心が必要なものだと思えなかった。むしろ、心があるが故に傷つき、命を落とす、無用なものだとしか考えていなかった。だが、女が最後に俺に残した言葉が心とはどういうものであるか少しだけ知った気がした。」

 

 

あれだけ一護がしてきた行動を否定し続けたウルキオラがこのようなを論じるとは、一護にとっては意外だった。しかし、これは一護が何故戦うのかという理解不能な心持をウルキオラに解ってもらう良い機会なのかもしれない。

 

 

「藍染様はお前に敗けた俺をもう必要とするまい。それならばお前たちのことを知り、心というもの解りたかった―――――と願った。恐らく俺がここに呼ばれたのはそう願ったかもしれない。」

 

 

ウルキオラがこの世界に呼ばれた心当たりを話していたときにも、一護はあの戦いで犯した罪に苛まれいた。ウルキオラがこの世界に呼ばれたのはああいう理由だと言っていたが、精神世界に潜っていたときに崩玉に自分自身に理由があると指差された。

 

 

ウルキオラと対面した今ならば解るかもしれない。あの戦いを無かったことにしようと心の片隅に追いやろうとした。それが逆に余計にウルキオラに対しての罪の意識を増幅させた。そして、自分の意思に反して消し飛ばしたウルキオラとの決着を着けたい―――とそう願ってしまった(・・・・・・・)。一護は自分の都合で消し飛ばし、自分の都合によって呼んだという答えに至ってしまった。これ以上ウルキオラに隠し続ける訳にはいかない、もう気づいてしまったのだから。ついに、一護は自らの罪をウルキオラに告白した。

 

 

だが、決意して告白した一護にウルキオラが返した答えは予想していたものから外れていた。

 

 

「意外だな。てっきり俺は女を護るために戦い、助け出したのだからもう気にしていないかと思ったが。」

 

 

「そんなワケねえだろ!確かに井上は助け出した。けど、そんな理由を振りかざして誰かを殺していいということはならねえよ。だから、俺は全てを護りきれなかった。」

 

 

そんな一護を見ながらウルキオラは表情を変えずに言い放った。

 

 

「やはり思い通りにならん男だ。だが、これも心というものだろうか。もしそうならば、こういうのもいいかもしれない。」

 

 

「ウルキオラ…」

 

 

今まで心の片隅に追い込んで見ないようにしてきた事実にウルキオラは何も変えず接してきた。もう気にしていないというわけではないだろうが、一護は少し気持ちが楽になった。

 

 

「今日はもう閉店だ。帰れ。」

 

 

一護は時計を見ると7時を指していた。もう日もとっくに沈んでいる。訓練をしている士道の為にも今日は食事の準備しなくてはと思い、家路を急いだ。



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Promise

大分更新が遅れて申し訳ありませんでした。今回の話は過去最長の10000字越えです。ただ、ネタに走ってしまった部分も多々あるのでご了承ください。
では、作品をお楽しみください。


一護と士道が無理やりギャルゲー訓練をやらされ、更に一護が例の喫茶店を訪れた日から数日後――――――士道のギャルゲー訓練を無事終了させた。だが、士道が選択に失敗の代償として幾つもの昔の黒歴史が公に流出したことか。ちなみに、一護は琴里が率いるフラクシナスの工作員が訓練に連れ戻そうとしているが、どれも人間業とは思えない動きで工作員を躱して逆に工作員を打ちのめしていた。それでも、一護が逃げ回れる1番の理由は、こちらの世界に来てから士道のような黒歴史を残していないからだ。まあ、精神年齢としては一護は20代なのだから当たり前なのだが。

 

 

それで訓練が一区切りついたので、新たなステージに入ることになった。今回の訓練は琴里の策略(士道が某龍の玉を集める話の主人公の真似をしている画像を合成して、まるで一護がしているような写真)によって強制的に訓練に参加させられているのだが…

 

 

「なんだよ…この状況。」

 

 

現在、士道は折紙と廊下の角で衝突して地面に倒れている。そこまでは良い、実際に起こりうる出来事だ。だが問題なのは折紙の白いパンツが丸見えで、所謂M字開脚のような体勢を取っている。しかも、折紙がその体勢となって倒れる際に士道と揉みあって、運悪く一護も巻き込まれ倒れてしまった。何故か一護の股の上に折紙の顔があった。

 

 

元々このような事態を引き起こした要因は一護と士道のあるのだが、あれは致し方ないような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間を少し遡って…

 

 

精霊を口説き落とす訓練として、最初に選ばれたターゲットが岡峰珠恵―――――通称タマちゃん先生であった。精霊を口説き落とすのは主に士道なので、例の物理準備室から出て行った士道を見送って一護は別に付いていかなくてもいいだろうと教室で待機しようとしたのだが…

 

 

「何してるのよ。一護も行きなさい。」

 

 

「何で俺も行かなくちゃいけねえんだよ。士道と精霊の二人きりの方が上手くやれるだろ。」

 

 

「甘いわね、タンドリーチキンに蜂蜜をつけてから黒砂糖をまぶしたぐらい甘いわよ。」

 

 

琴里の言った表現を思い浮かべると胃液がせりあがるぐらいの味を一護は想像してしまった。それを何とか堪えて何故行かなくてはならないのか尋ねたところ。

 

 

「よく考えてみなさい。士道は女性の経験が無いのよ。そのうえ女性から好意を寄せられていたとしても全く気付かない朴念仁だわ。そんな士道に精霊を口説き落とせるとでも。…だから、私のことも気づいてくれないんだから。」

 

 

かなり酷い言われように苦笑した。琴里が最後の方に言ったことは声が小さくて聞き取れなかったが、一護も琴里の挙げた意見に士道が当て嵌まるのは納得できた。

 

 

「だから、俺も一緒に付いて士道をフォローしろ、っていうことか。けど、俺も生憎ながら女性経験はねえよ。俺ってそういうのって柄じゃないし。」

 

 

「そんなワケ無いでしょ。女子から人気は5位っていう情報も入っているのよ。でも、正直言うと士道だけじゃ心配なのよ。いつも自分のことを考えないで突っ込んでいくんだから。私も精霊を助けたいと思ってるけど、士道おにいちゃんだけを危険なところに送り込んで私は安全なところで指示、というのは嫌なの!」

 

 

琴里の士道を大切に思う気持ちを聞き届けて、物理準備室の扉を開けた。

 

 

「一護おにいちゃん…」

 

 

「俺に任せろ。士道も琴里も精霊も全部俺が護ってやる。だから、安心して俺と士道に指示してくれ。俺はそれに従うし、多分士道もそれに従うと思う。危なくなったら、俺が必ず助ける。」

 

 

そういうわけで、一護はタマちゃん先生と士道がエンカウントしている場所に向かったのだが…

 

 

「本気で先生と、結婚したいと思っているんです。」

 

 

は…、何を言ってんだこいつ。

 

 

これが士道の言った結婚宣言に対しての一護の最初の反応であった。だがその反応はタマちゃん先生のリアクションによってすぐに塗りつぶされた。

 

 

「本気ですか…」

 

 

いつものタマちゃん先生からでは考えられない雰囲気にたじろぐ士道。一護もこの圧倒的なタマちゃん先生の雰囲気に後ずさりそうになった。

 

 

「!…一護くんも本気ですか。」

 

 

タマちゃん先生が一護の存在に気づいて尋ねた。まさか、自分にフラれるとは思わなかった一護はすぐには返事を返せずしどろもどろとなった。そして、ついにタマちゃん先生の封印は破られる。

 

 

「結婚するとなると両親のところに婿入りして実家の仕事を継いでもらったり、両親の世話をしたりとかいいんですか!?」

 

 

「いいんですか?」とか言うわりには、一護と士道のブレザーを掴んでかなり必死でこのままタマちゃんによって強制的にゴールインされてしまいそうだった。それと、目が血走っていてなんというか怖かった。

 

 

「そうだ、まだ俺16歳なんで結婚は…」

 

 

士道がなんとか逃げ道を探ろうとまだ結婚できる年齢ではないということを挙げたが、それはタマちゃんには意味がなかった。むしろ、結婚へと突き進むタマちゃんの思考を更に加速させた。

 

 

「心配しないでください。血判書を作りますから、痛くしませんから安心してください。あ、日本って多夫一妻制が認められてないんですよね。」

 

 

「そ、そうですよ。ああ残念だったなぁ、一夫多妻制じゃない日本じゃ1人しか結婚できませんよね。結婚するんだったら、俺よりも士道の方がいいですよ。俺、士道との結婚を期待してます。」

 

 

琴里に士道を護ると言っておきながらこれは酷い選択だった。裏切られた士道は逃れる道を絶たれたということで汗をダラダラと頬を伝って、一護を睨むことしかできなかった。だが、タマちゃんはその定められている法でさえ乗り越えようとした。

 

 

「それなら私のツテを使って国会で法を…」

 

 

「「ごめんなさい!」」

 

 

想像を越えたタマちゃんの行動力に一護と士道は謝りながら走り去っていった。2人で全力で走って廊下の曲がり角に差し掛かったところで現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「そ、その、すまん!」」

 

 

一護と士道の位置が絶望的だ。一護には往復ビンタ若しくは顔面パンチを、士道は回し蹴りを喰らっても可笑しくないレベルのことをしでかしてしまった。だが、被害を受けた女子生徒―――――折紙は一般の女子生徒と異なった対応をした。

 

 

「問題ない。むしろ、嬉しかった。」

 

 

「え?」

 

 

思わず一護はそんな声を漏らしていた。士道の方も同じような様子だろう。折紙がそれを気に留めず無表情で言葉を続けた。

 

 

「五河士道は私の下着を見た。五河一護は私に膝枕をした。これは事実。」

 

 

一回「嬉しかった。」と持ち上げてから、事実を並び立てて脅して奴隷にされるのではないかという予感がよぎったものの、さすがにそこまではしないだろうと思い直す一護。やはり、何か男の尊厳を踏みにじるような制裁を実行するのではないかと思う士道。だが、そんな一護と士道の思考なんて比べてぶっ飛んだ考えを折紙の脳内で展開されていた。

 

 

「このような行為は恋人以上の関係を持つ人間同士なら許せるもの。ということは、私と五河士道、そして五河一護は恋人である。」

 

 

論理が飛躍し過ぎている。ただの事故から思考を膨らしてここまでの結論を導き出せるに折紙に脱帽である。タマちゃん先生といい、折紙といい、2人が通っている学校の人々は個性的だ。

 

 

折紙は恋人判定してすぐ一護と士道のそれぞれの腕を掴んだ。折紙がこのような行動をしたのか2人にはわからなかった。その疑問を見通したかの如く折紙が答えた。

 

 

「私たちは恋人。デートするのは当然。」

 

 

折紙は完全にデートをする気である。しかも、堂々と二股で。デートと恋人であることを誤解だと認識させるために「恋人になったつもりがない。」と言うのは恋人認定をした折紙のことを思うと至難のことだと思えた。したがって、一護と士道は折紙のデートを受けることにした。

 

 

それに、一護は精霊に対して並々ならぬ憎しみを持つ折紙の本心が聞きたかったということもある。士道の方は分からないが少なくともそのことは心の隅にはあるだろう。

 

 

―――――――ウゥゥウゥゥウゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウ―――――――――――

 

 

唐突にけたたましいサイレンが鳴る。これは始業式のときと同じサイレンの空間震警報だ。

 

 

「急用ができた。また。」

 

 

折紙が短くそう言うと、軽やかに昇降口の方へ駆けていった。おそらく精霊が出現したため出撃要請が出たのだろう。ASTが動いたということは、こちらも動くことになるだろう。そう一護が思った通り、士道を通じて精霊との接触を行うという情報が伝えられた。ちなみに、士道はインカムを装着しているためフラクシナスに移動した琴里も指示を受けているが、一護はインカムを装着する前に出ていってしまったため琴里の指示を受けられない。したがって、琴里からの誘導で士道が先導して精霊の出現予想地点へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精霊の出現予想地点は教室だった。しかも、まだ進級して間もないものの自分たちの教室だった。今、一護と士道はその教室前にいる。もう既に精霊は中にいるようだが、まだ士道の中に入る心の準備ができていなかった。

 

 

「とりあえず中に入ってみようぜ。もし何かあったらなんとかするから。」

 

 

「さっきタマちゃん先生に詰め寄られたときに見捨てたくせに。」

 

 

「ぐ…」

 

 

士道がジト目で一護を見た。さっきの出来事を根に持っているようだ。だが、このままじっとしているわけにはいかない。ようやく士道が覚悟を決めて教室の中へと入った。

 

 

中に入ると教室は見るも無惨に破壊されていた。もし今日に限って置き勉をしていたら普通に笑えない状況になるだろうな、と場違いなことを考える一護だが、すぐに中に件の精霊がいることに気づいた。先方もこちらの存在を認識したようで、一護と士道がいる方向に振り返った。そして、掌を2人に向けた。

 

 

ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ―――――――――――

 

 

危なかった…

 

 

精霊の少女が頭上に浮かべていた破壊力抜群の黒い球体を一護と士道に向けて放った。幸い一護が反応が遅れた士道を掴みながら回避したので事なきを得た。黒い球体が襲った場所は抉れて所々に穴が空いていた。もし回避が遅れていたら、士道の体に幾つもの穴が空いてしまうところだった。

 

 

「む?お前たちはこの間の…」

 

 

「そうだ。」と一護が応えようとしたところ士道がいきなり口を押えてきた。いったいどういうつもりだ、と言おうとしたが、精霊の少女を刺激しないように小さな声で話しかけた。

 

 

「いきなり俺の口を押えやがって…何かあったのか?」

 

 

「ごめん兄貴。でも、琴里から通信が入ってあの子にどう話しかけるのか検討してるみたいだから。ちょっと待って。」

 

 

士道と一護がなかなか返答してこなかったので精霊の少女がいらいらし始めた。そろそろ返答しなければ、斬撃の一つや二つは襲ってきそうだった。

 

 

ここでようやく作戦が纏まったのか、士道がインカムを押えて琴里からの通信を受けた。これで緊張は和らぐだろうと思っていた一護だったのだが、作戦の内容が余程おかしいのか士道の顔が脂汗をかきながら青ざめていた。正直言って、一護もこんな士道の顔を見たこと無かった。インカムを通して琴里に諭されたのかわからないが意を決して士道は作戦を実行した。

 

 

「我が名は『ダーク・オーバーブレイカ―』。貴様を我が眷属に…」

 

 

今度は剣を振って霊力の篭った斬撃が襲った。今回はただの威嚇の為だったのか敢えて士道と一護の目の前の地面に当たり床が破壊された。こんな当てるつもりのない威嚇でも士道には十分な恐怖を植え付けた。一方、一護は士道が中学生のときにそういう類のアニメ等々を見ていて全力でやってたな、と士道の中二病ぶりかなり引いた。あとから聞いた話だと、もしあれを実行しなければ動画配信サイトで士道の黒歴史を公開すると琴里から脅されいたようである。哀れ、士道。

 

 

「何だそのしゃべり方は?驚いて思わず貴様の首を刎ねてしまうところだったぞ。」

 

 

本当に士道の首が刎ねられてしまったら精霊の力の封印どころではない。人生がゲームオーバーだ。士道は再び黒歴史に刻まれるようなことを命が掛かっている状態でさせた琴里に心中で愚痴りながらも気を取り直した。

 

 

「さっきはごめん。脅かすつもりは無かったんだ。今日は君と話をしにきたんだ。」

 

 

士道はそう言うと精霊の少女は臨戦態勢を解いた。これは以前に出会ったときに話をしたから警戒を弱めているのだろう。

 

 

「シドーとか言ったな。私と話し合いたいとは、一体何が目的だ。」

 

 

士道が答えを返そうとしたら、再びインカムを通して新たな指示が与えられた。また突拍子のない指示をされなければいいのだが…

 

 

「実は…君を…抱きに来たんだ!」

 

 

精霊の少女が士道の告白を理解した瞬間、顔が完熟トマトのように赤くなった。さらに訳が分かんなくなって剣を出鱈目に振り回し―――――霊力の篭った剣圧が無差別に襲う。

 

 

「何を言っているのだ馬鹿者めッ!?」

 

 

尚も精霊の少女の熱暴走は続いている。このまま何もしなければ力を解放していない一護と士道は塵も残らない程切り刻まれるだろう。そこで、チンプンカンプンな指示を出す琴里を後で説教してやろうかと心の内で決めながらも、士道を抱えながら空気を完現術(フルブリング)してその場に残像を残すような速度で避けていく。

 

 

数分後―――精霊の少女の熱暴走は治まった。だが代わりに、士道が部屋の片隅で絶賛現実逃避中だ。それもそのはず、琴里に黒歴史レベルのことをさせられ、その上精霊の攻撃を避ける為とはいえ一護にお姫様抱っこをされた。もう男のプライドがズタズタである。

 

 

「うん、そのごめん。」

 

 

「もうやめて!もう俺のもうとっくに壊れてるガラスの心を粉々にしないでッ!」

 

 

一護の同情が余計に士道を苦しめていた。その一部始終を見ていた精霊の少女は若干顔を紅く染めながら不機嫌そうに見ていた。そんな表情をしているのを士道と一護は気づき、不愉快の思いをした精霊の少女が斬りかかると思っていた。その予想通り、精霊の少女は2人の元に向かっていた。一護は死神化する為に代行証を胸に当てようとした。

 

 

「へ?」

 

 

一護は自分からそのような声が漏れているのに気付いた。士道は精霊の少女の動きが速すぎて何が起きているのか理解出来ていなかったが、一護は精霊の少女が剣を霧散させているのを認識した。そして、少女はそのまま一護と士道に抱き着くかのように突っ込んだ。

 

 

 

「げほっ、げほっ。一体何なんだよ?」

 

 

一護はまだ死神化していなかったので体にそこそこのダメージを負ってしまった。ただの人間の士道に至っては一瞬三途の川を渡りかけた。士道は何とか意識を取り戻してはっきりと周囲の状況を確認できるレベルにまで達した。そこで士道は戦慄した。何せ目の前に精霊の少女がいるのだから。

 

 

士道は同じ状況下にある自分よりかなり頑丈な筈の一護を見てみると、驚いていない代わりに顔を紅く染めていた。その理由はすぐ知れた。精霊の少女の豊満な胸が一護の胸板に当たっていたのだ。それを指摘しようと思ったのだが、また暴走を起こしては困るということで何も言わないことにした。それは一護も分かっているらしい。

 

 

「二人だけでずるいぞ。私も話に混ぜてくれ。」

 

 

予想外すぎる精霊の少女の言葉に士道と一護は耳を疑った。だが、すぐに答えた。

 

 

「そうだな。皆で話した方が楽しいに決まってる。」

 

 

一護の言葉に士道が同調して首を縦に振る。それを見た精霊の少女はパアっと表情を柔らかくした。自分が受け入れられて相当嬉しかったようだ。

 

 

「なんで俺たちと話したいと思ったんだよ?」

 

 

はっきり言って士道はこの間会ったばかりのこの少女を心を開くことが出来ているのか心配だった。だから、少女にこのような質問をした。

 

 

「これまでの人間たちは私に見向きもしなかった。だが、シドーとイチゴは初めて私のことを見てくれた。それだけでも嬉しかったのだ。そして二人は私を救ってくれるといったのだ。信じたくなったのだ、2人を。」

 

 

士道の心配は杞憂に終わった。氷の心を溶かした、さらに好感度を上げるためにこれから本格的対話を始めることになる。その前に一つ問題があった。

 

 

「私と話をするには名前が必要だな。これまでは誰もいなかったから必要なかったが。そうだ、シドーとイチゴで名前を付けてくれ。」

 

 

これは何とも責任重大な役目だ。こんな経験は他の者にはいないであろう。というよりも、一護は前世と合わせると実年齢は30代半ばであるが、結婚して子供をつくる日を迎える前に名づけ役がやってくるとは非常に複雑な心情だ。

 

 

というわけで2人は精霊の少女の名前を決めることになった。名前というものは両親の願いを表したものだったり、名前の総画数で名づけられた者の運命が変わってきたり―――――――――――何が言いたいのかというと、名付け親の責任は重大だよね。その重大さを解っている士道と一護は名前を決めあぐねていた。精霊の少女はキラキラとした瞳で待っているので、あまり変な名前は付けられない。

 

 

ここで士道がインカムを押える仕草をした。どうやら琴里が名前を考えてきたようだ。今回はこれから行う行動の指示ではなく名前の決定なので、余程センスがないということが無い限り変な名前が付けられることはないだろう。そして、士道の口から精霊の名前を告げられた。

 

 

「君の名前はトメだ。」

 

 

床が崩れ落ちた。士道から告げられた名前は相当に嫌だったらしく地団駄を踏んだ結果がこれだ。一護が再び完現術(フルブリング)を駆使して無事に下の階に着地した。士道をお姫様抱っこした状態で、だが。それにしても、いくら琴里が考えた名前でもトメは酷過ぎる、と思う一護であった。

 

 

「なぜかわからんが、バカにされたような感じがした。」

 

 

この通り精霊の少女も一気に不機嫌になった。こんな調子では先が思いやられる。このままではいけないと思い、今度は一護から考えた名前を告げた。

 

 

「そうだな、夜空だったらどうだ?」

 

 

う~ん、と悩んでいるような仕草を見せてから首を横に振った。

 

 

「確かにその名前は悪くないのだが、何だかその名前にしては残念になってしまうような気がするのだ。別にエア友達はいないはずなのに。」

 

 

何を言っているのか分からないが、精霊の少女の期待には添えることができなかった。一護は決して隣人部のことを意識して名前を考えたわけではない。夜色の髪に合っていると思っていたのだが。

 

 

今度は士道が自分自身で考えた名前を告げた。そしてその名前にはかなりの自信があった。

 

 

「それじゃ、君の名前は月海だ。」

 

 

「私は水を操れないし…その…パンツ丸見えちゃんでもないぞ。」

 

 

今度は精霊の少女が顔を若干赤く染めて恥ずかしいという気持ちに堪えながら、拒否した。この名前にしたのは、決して典型的なツンデレ少女を思い出したわけではない。

 

 

これでは永遠に名前が決まらない。一護と士道がそれぞれで考えた名前は採用される可能性は低いので、次は2人で一緒に考えることにした。精霊の少女の男性なら必ず魅了される容姿から名前を考えると先ほどの一護が考え出した名前に辿りついてしまったので容姿から考えるのは止めた。

 

 

「夜空がダメなら、どんな名前にすればいいんだよ。」

 

 

一護は自分たちのアイデアの無さを嘆きつつも引き続き真剣に考えた。士道も唸りながらも一つの名前を捻りだした。

 

 

「十香…とか、どう?」

 

 

「いいと思うぜ。それで、その名前どこから持ってきたんだ?」

 

 

一護がそう尋ねると士道はやや気まずそうにした。それで、精霊の少女には聞こえないような声で一護に耳打ちした。

 

 

「俺たちが初めてあの子と会ったのは4月10日だろ。そこから名前をつけたんだ。」

 

 

確かにこれはあの子に明かさない方がいいよな、と一護も思った。その当事者である精霊の少女は一護と士道がひそひそとしているのを見て頬を膨らました。

 

 

「また私を仲間外れにしたな。私にも話に入れさせろ。」

 

 

「分かったって、その前に俺たちで決めた君の名前を言っていいか。」

 

 

頬を膨らましていた精霊の少女は一気に顔を綻ばせ、明るい笑顔となった。名前の発表は思いついた士道からすることにした。今度こそ受け入れられると信じて精霊の少女に発表した。

 

 

「君の名前は…十香だ。」

 

 

精霊の少女に名前を告げた後、一瞬の静寂が訪れた。士道と一護が少女の顔色を窺った。すると、少女の瞳が徐々にキラキラと輝いていって…

 

 

「うん、いいと思うぞ!」

 

 

これで一安心だ。こんなに喜んでもらえたのならば名前を付けた甲斐があったというものだ。ここで精霊の少女―――――――――――十香が士道に体を向けた。

 

 

「シドー、私の名前を呼んでくれ。」

 

 

「十香…」

 

 

名前を呼ばれて満足そうしている十香は次に一護の方に体を向けた。

 

 

「イチゴ―――」

 

 

「―――――ああ、解ってる。十香…」

 

 

一護からも自分の名前を呼ばれて相当に嬉しかった。こちらの世界に引き寄せられた(・・・・・・・)中で今が1番嬉しかったのかもしれない。今までは敵意を向けられてこんなことは無かった。

 

 

「トーカ、とはどうやって書くのだ?」

 

 

「それはな…」

 

 

士道がチョークの入っている箱からチョークを取り出し『十香』と書いた。十香もそれを真似てビームらしきもので黒板を削って書いた。下手くそな字だったが『十香』と書けていた。

 

 

ここでまた士道に琴里からの通信が入った。現在の十香の状態は士道と一護に対して非常に好感を持っている。これに水を差すような指示はやめてほしい。

 

 

「そのだな…デートしてくれないか?」

 

 

――――――デート?―――――士道の言った言葉に一護は首を傾げる。別に言葉の意味が解らないというわけではない。なぜにこのタイミングで誘ったのか、と疑念を浮かべた瞬間、前方の壁が爆発したかのように破壊された。おそらくASTの仕業であろう。

 

 

それを頭の中で理解したところで一護はすぐに死神化した。

 

 

「士道、俺があいつらの攻撃を全部止める。お前は十香と対話を続けてくれ。」

 

 

「分かった。死ぬなよ。」

 

 

「誰にモノを言っているんだよ。」

 

 

互いに信頼があるが故の士道と一護の選択である。だから士道はASTの猛攻を気にせずに対話を続けることにした。

 

 

「いいのか?イチゴには凄まじい戦闘力を持っていると思うが、あの数のメカメカ団を裁ききれるだろうか?」

 

 

 

十香は心配そうに士道に尋ねる。士道は眼前にただ立っているだけの一護に目を向けるように促した。そこには、ASTの集団からミサイルや弾丸やら殺意が籠った兵器が飛んでくる。だが、その前に一護に届く直前でそれらの兵器は全て灰となった。

 

 

「ほら、兄貴の言った通りだろ。」

 

 

実は何かしらがこちらに飛んでくるのではないか、とハラハラしていたのはここだけの秘密だ。一護が本当に止めてくれたので十香の不安が払拭できた。ここからしばらくの間、銃弾やらミサイルなどが飛んできている中で士道は十香と対話した。内容としては、十香の目に入っているモノの中に疑問を浮かべたことに対して士道が答えるというシンプルなものであった。それでも会話が楽しかった。どれもなんてことがないような話だが、十香が大きく反応してくれる。それを見ているとよりいっそうに十香を救い出したいと思った。

 

 

「ところで、デェトとは何なのだ?」

 

 

士道は思わず声を詰まらせてしまった。琴里やフラクシナスのクルー達には急かされたものの、十香にその単語を教えたのは士道自身である。変に単語に伝えてしまったら取り返しのつかないことになってしまうので、どう伝えようか悩んでいると…

 

 

「そんな悩むことはねえだろ。普通にデートの意味を教えろよ。」

 

 

「んなッ!それなら兄貴が教えろよ。」

 

 

「いや、俺、士道と十香を護るのでせいいっぱいなんだけど。」

 

 

見るからに全然余裕そうだろ、と士道が叫びそうになったが、この銃弾とミサイルの攻撃を防ぐ一護にそんなことは言えず何だか負けた気分になった。十香も早く言えと、目で促しているので諦めてデートという単語の意味を教えようとした。

 

 

だが、それは教えられることはなかった。なぜなら、ある1人のAST隊員が突貫してきたからだ。しかも、その人物はクラスメイトの折紙だった。

 

 

「はああああああああああああああああッ!」

 

 

折紙は十香の目の前で裂帛の声を響かせ剣を振り降ろそうとした。十香もそれに応じて自らの天使を召喚した。

 

 

鏖殺公(サンダルフォン)!」

 

 

十香と折紙はお互いの命を刈り取るべく全力で剣を振り降ろした。だが、お互いの体が傷つくことはない。その前に一護が十香と折紙の間に入り、腕で両方の剣を受け止めた。

 

 

「「ッ!」」

 

 

「どっちもこういうのは止めねえか。俺はお前らが生きている限り(・・・・・・・)誰も殺したくはねえ。」

 

 

折紙は一護の言っていることは理解している。このようなことは本当はやりたくないと思っている。だが、自分の両親を殺した精霊を決して許すことはできないし、精霊を根絶させないと一護が望む世界は達成できないと思っている。あと、一護の言い回しが気になった。まるで死んだ人間を殺せるというような…

 

 

「それに、お前らはよく周りが見えてねえよ。士道が倒れているっていうのに、まだドンパチやろうとするのか。」

 

 

「「ッ!」」

 

 

十香と折紙は一護の言葉にハッとした。いくら相手が憎くて戦っていたとしても、大切なものを失ってしまえばそれで自分の世界に終わりが訪れるのだから。十香と折紙はお互いに得物を降ろした。

 

 

一護はそんな十香と折紙の様子を見て安心した。これ以上2人が動けば自分自身も実力行使をしなければならない。そうなれば、2人を傷つけない保証はない。それと、士道が今まで積み上げてきた十香との関係を壊しかねない。だから、一護の言葉に従ってくれた2人を安心させる。

 

 

「大事はねえよ。ただ気を失ってるだけだ。それと剣を降ろしてくれてありがとな。」

 

 

現界から大分時間が経ったからであろうか、十香の体が徐々に透き通っていく。これは消失(ロスト)の兆候だ。

 

 

「もう時間のようだ。また会おう、イチゴ。士道にも言っておいてくれ。」

 

 

「分かった。また会おうぜ。」

 

 

最後の言葉残してすぐに十香の姿は一護と折紙が見守る中、虚空へと消えていった。十香を見送った一護は死神化を解いて士道を抱えながら折紙に言葉を掛ける。

 

 

「わりい。俺、あの話を聞いて精霊を憎んでいるのを知っている筈なのに、それを踏みにじるようなことを言っちまって。」

 

 

「私の方こそ、謝らなければならない。もしあなたが私を止めなければ五河士道を失ってしまうところだった。そしてあなたにも顔向けできなかった。」

 

 

「そんなに気にするなよ。結局誰も傷つかなかったわけだし。あと、フルネームだと言い辛いだろ。俺と士道のことはどんな風にも呼んでくれても構わねえぜ。」

 

 

「わかった。考えておく。」

 

 

呼び名でそんなに悩むものなのかと思う一護だが、態々言う必要はないだろう。ここで折紙に通信が入った。

 

 

「精霊の霊力が観測されない為、帰投命令が出た。」

 

 

折紙はそう言って一護に頭を下げるとASTの集団の中に戻っていった。そして、最後に残った一護は…

 

 

「いつまでもこんなところにいてもしょうがねえし、帰るか。」



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let`s try a usual day (mixed mission)

更新はいつもよりは早いですが、遅いですね。
今回は若干十香が可愛そうです。やりすぎたかも…
それを踏まえて楽しんでいってください。


十香が現界した日の翌日、一護はベットの上で寝ていた。今日は平日で普段ならばもう家から出なければ遅刻確定の時間だ。しかし、今日だけは特別である。なぜならば、ただでさえ十香が現界した際の余波である空間震により校舎がめちゃくちゃに破壊されているはずである。おまけに、自衛隊のAST部隊にも破壊されている。よって、休校になっている筈である。

 

 

「……」

 

 

一護は体を起こして徐々に頭が覚醒しつつある中、家中がしんと静まり返っているということをなんとなく認識した。起床直後の回らない頭でしばらく考える。だが、思いつかないので考えるのをやめる。と、ここで枕元にあった携帯から軽快な着信音が鳴る。一護は通話ボタンを押して電話に出る。

 

 

『黒崎一護の携帯で合ってるか?』

 

 

スピーカ―から耳慣れた青年の声が聞こえる。「ああ。」と、自分が黒崎一護であることに肯定の意を示してから相手方の用を聞いた。

 

 

「それでウルキオラ、何か用があるのか?」

 

 

『今日はいつもより多く客が入ってな、俺だけでは店を回しきれん。』

 

 

何でも屋としてウルキオラから依頼を受ければ一護は手伝うつもりなのだが、今は本来なら学校にいなければならない時間。そのような時間に依頼をしてくるのはどうであろうか。

 

 

「まあ、報酬をもらえればそっち行くけどよ…スタークさんはどうしたんだよ?」

 

 

『あいつは自由過ぎて役に立たん。』

 

 

スッパリと一刀両断された。仮にも自分の店の店主にそんなことを言ってしまっていいのだろうか。スタークが非常に怠惰な性格なのは事実なのだが。

 

 

『それに昨日の空間震の影響で学校は休校になっている筈だ。どうせ暇を持て余してるだろ。』

 

 

「確かにそうなんだけど。ま、とりあえずそっちに行くわ。」

 

 

一護は電話を切り、喫茶『十刃(エスパーダ)』へと向かうため家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、士道は学校からの帰路に着いていた。やはり、一護の言う通り学校が休校になっていた。偶に思うのだが、一護はこういう特殊な事態に対しての対応に慣れていると思う。

 

 

「…ドー。」

 

 

幾ら裏の事情を知っていたとしても少しぐらいは自分のような反応をするのではないか。今回のこと以外でも、5年前の大火災の時に助けてもらったのもあるし。

 

 

「…い、…ドー。」

 

 

それ以前に自分と同じく捨てられた聞かされたというのだけど、何だかそれとは違うような気がする。もしかして一護は…

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン

 

 

一瞬、何が起きたのか分からなかった。気づいたら士道は地面を背にして寝そべっていた。別に士道は地面に寝そべっていたいというわけではない。なら、なぜ寝そべっているのか。その答えはすぐに知れた。

 

 

「なぜ気づかんのだ!ばーか、ばーか。」

 

 

「十香!」

 

 

よく自分の周囲を見てみると、士道が寝そべっている地面は凹んでいた。出会ってすぐこれとは、軽く寿命が縮まる。いつまでも地面に寝転がるワケにはいかないので制服に付いた汚れを払い落しながら立ち上がった。

 

 

「何で十香がここに居るんだよ。空間震も起きてないし。」

 

 

「私にも分からん。」

 

 

「はあ!?」

 

 

自分がここにいることが分からないとはどういうことであろうか。自分の意思でここに居るわけではないのか。士道の訝しげな表情を見た十香は少し拗ねたかのような表情で答えた。

 

 

「しょうがないではないか、いつもこの世界に来るときはもう一つの世界で叩き起こされて引き寄せられてしまうのだから。」

 

 

士道はそれを聞いて戦慄した。十香がこちらの世界に現れたとき、十香の意思は関係ないということである。気づいたらもうこの世界にいて、ASTの攻撃に晒されているということなのだ。このことに気づいた士道は拳を握りしめた。

 

 

「ところで、でぇと、とは何なのだ?」

 

 

このデートを成功させようと思ったところ、十香にそんなことを言われたのでどうやって説明をしようか本気で焦っている士道であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一護が喫茶 十刃(エスパーダ)辿りつくと、店先からとても美味しそうな匂いが漂ってきた。一体何の匂いだと思って店の中に入ると、客席が女性で埋め尽くされている中ウルキオラがオーブンにあるものを注視していた。

 

 

「何、作ってるんだ?」

 

 

「新しいパンを作っている。今のこの店のメニューの数が少ないと思って、こいつを作ってみたのだが。」

 

 

ウルキオラは現況で焼かれているパンではいまひとつ満足できないというものだと判断していた。一護から見てみると、自分自身とあれだけの激戦をしていた相手が真面目にパンを焼いているという光景はどんな者でも大きな変化が起こるものだと実感した。

 

 

「俺はこいつの様子を見なければならない。一護はそこに置いてあるエプロンを着けて、客の対応をやってもらう。あと、メニューにあるものの作り方はカウンターの下にあるメモに書いておいた。それを参考にすれば問題ない。」

 

 

一護はウルキオラの指示通りこげ茶色のエプロンを身に着ける。次にカウンター下にあるメモを取り出して目を通した。

 

 

「マジかよ…全部これの通りやらなきゃいけねえのかよ。」

 

 

「当然だ。これぐらいのこだわりを持たなければ最高の味を出せん。」

 

 

一護の言う通り、メモにはコーヒーの挽き方から始まりコーヒーカップの置き方までの手順が細々と記されいた。正直言って、ここに書いている通り動ける自信がなかった。しかし、頼まれて了承した以上ここで断るわけにはいかない。

 

 

カランカラン

 

 

「ねえ、令音ぇ。ここのオムライスおいしいんだよ。出来たばっかりのこの店なんだけど、いつも満席で…」

 

 

聞いたことのある声が聞こえてきた、と思い声がする方を向くと、中学の制服姿の琴里が令音を引き連れてやってきた。まさか、琴里がやってくるとは、と驚きながらも店員らしく対応する。

 

 

「いらっしゃいませ。お席はあちらの方にお願いします。」

 

 

「お、おにいちゃん!?」

 

 

琴里が一護のエプロン姿を見た瞬間、括り付けてあったツインテールがピーンと伸びた(気がした)。相変わらず多彩なリアクションを持つ妹である。

 

 

「苺、君は学生だ。こんな時間からアルバイトをするべきではない。」

 

 

やっぱり聞かれたか――――――と思い、一護は申し訳なく令音に弁明した。

 

 

「そりゃ、そうなんですけど。ここの店主とカウンターの中に居るやつと昔からの知り合いで手伝ってるんです。今回は見逃してくれませんか。」

 

 

「教育者ならここで見逃すわけにはいかないが、寄り道をしている琴里を私は了承している。こちら側だけでは不平等だろう。今日のところは見逃してあげよう。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

無事に令音からバイトの許しを貰うことができた。その令音と琴里をまだ席に案内し終えてなかったので、1番奥のテーブル席へと案内をした。2人が席に着くと、令音が周りを見回して一護に言った。

 

 

「君は気にならないのかね?」

 

 

「何がですか?」

 

 

「いや、それならいいのだが。」

 

 

元々この店はメニューにある料理の味が絶品ということもあるが、店員のルックスの良さで女性客が大変多いのだ。今日が初見でも、来禅高校内屈指の人気を誇る一護ならば当然の如く女性の注目を浴びている。当の本人は全く気付いていないのだが…

 

 

「すみません。」

 

 

「はい、ご注文はなんでしょうか?」

 

 

一護を呼んだ女性客はメニュー表にある『完熟とまとの特製オムライス』を指差した。注文を受けた一護は料理名からして非常に素材にこだわったオムライスということを窺える。何とも作るのがめんどくさそうなメニューである。だが、客の注文を断るわけにはいかない。

 

 

「かしこまりました。少々お待ちください。」

 

 

一護が営業スマイルで返すと目の前の客は顔を赤くして机に伏せた。いきなり顔を隠すということは自分の顔が怖かったのであろうか。それにしても目の前にやられるのはかなりショックである。しかし、いつまでもそのことばかりを気にしているわけにもいかない。若干気持ちを落としながらもいそいそと注文されたメニューを作る一護なのであった。

 

 

1時間後、喫茶十刃(エスパーダ)にとっての朝のラッシュ時間帯を抜けた。たった1時間の労働でさえヘトヘトである。この1時間は常に席が満席なのである。休みなしで手間の掛かるメニューを作りながら客を対応するのは少し無理がある。いつもこの混雑を1人で回しているウルキオラに尊敬である。ちなみに、琴里と令音は未だに店内にいる。今、この店内にいる客で誰も注文をする気配はない。しばらくは、休憩を取れそうだ。だが、嵐は忽然と現れるものである。

 

 

カランカラン

 

 

「ぶっふううううううううううううううう!」

 

 

今のは琴里が口に含んでいたジュースを吹き出した音だ。吹き出したモノが一護に向かって飛んで行ったが、手に持っていたお盆を盾にして防いだ。まあ、床がびちょびちょになったのだけれども。

 

 

「いきなり何すんだ!」

 

 

「だ、だってあれ…」

 

 

一護がジュースを噴き出した琴里に批難の声を挙げると、琴里はそれに至らせた原因を指差した。指差したのに従って一護と琴里に向かい合って座っていた令音が見る。

 

 

ドシャン

 

 

「ぶっふううううううううううううううう」

 

 

「なあに、これぇ…」

 

 

まずあるものを見た一護がお盆を落とし、続いて令音が口に含んでいたぶどうジュースを琴里に向けて発射した。そして、ぶどうジュース攻撃を受けた琴里は体がベトベトして軽く涙目だ。一護は床がジュースまみれになっているのを掃除しないといけないなぁ、と思う隙もなくあるものに釘づけなっていた。

 

 

「ここではどんなものを食べられるのだ?」

 

 

「基本的にはコーヒーとかを飲める場所なんだけど…」

 

 

そう、店内に入店したのは来禅高校の制服を着た男女2人――――――――――士道と十香だった。周囲から見れば何の変哲のないカップルなのだが、琴里・令音・一護からしてみれば緊急事態だ。

 

 

琴里はバックの中から黒いリボンを取り出して、現在括り付けてある白いリボンに取り替えた。取り替えると同時に弱い自分から強い自分にマインドシフトする。

 

 

「さて、一護、協力してもらえるかしら。」

 

 

ぶどうジュースまみれの司令官様に言われても反応に困るわけだが、「何よ。」と言われ琴里の言う通りにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、ご注文はいかが致しましょうか?」

 

 

「えーと…って、兄貴なにしてんだよ!?」

 

 

「気にすんな。」

 

 

士道に当然聞かれる質問だと思ったので、その質問に関してはスルーする。スルーしたのは単純に答えるのがめんどくさかっただけなのだが。再び「ご注文はいかが致しましょうか?」と一護が繰り返した為に諦めて士道はこの店では廉価なコーヒーを注文した。

 

 

対して十香の方はまだ何を注文するのか決めかねていた。というよりも、メニューに載っている料理がどれも美味しくて涎を垂らしまくっている。これでまた床が汚れて掃除をしなくてはならない場所が増える、ということは今は気にしないようにしよう。

 

 

「ん?何だこの美味しそうな匂いは。この匂いがするものが欲しいぞ。」

 

 

十香が反応した匂いは、現在ウルキオラが製作中のパンであった。十香にまだ試作中ということを伝えようとしたのだが、ちょうどパンが完成したらしくウルキオラがテーブルの上に置いた。完成したパンは先ほどまでオーブンの中に入っていた素材の小麦にこだわったパンにきな粉をまぶしたものであった。

 

 

十香はいつの間にか匂いがする方に顔を向けていた。しかも、瞳を爛々と輝かせながらだ。それに気づいたウルキオラは完成したパンを十香達が座っている机に置いた。

 

 

「あの、俺たちそのパンを頼んで無いんですけど。」

 

 

士道は困り顔をしながら言った。このパンが高価なコーヒーのようなものだったらそれだけで士道の財布の中身がすっからかんになってしまう。

 

 

「サービスだ。金はいらん。その代わりに感想をくれ。」

 

 

ウルキオラの計らいにより無料でパンを食べれることになった。見ているだけでも惹きつけられる魅力がパンに秘められている。士道が手を伸ばそうとしたとき、もう既に皿の上に置かれたパンは無くなっていた。顔を上げてみると、十香が涙線が崩壊しながらも無我夢中でパンに食らいついている。

 

 

「こ、これが、デェトか?」

 

 

十香が士道にそんなことを尋ねてくる。士道はパンを食べることが出来ずに軽く項垂れていたが、パンを食べている十香を見ればそんなことはどうでもよくなった。

 

 

「デートっちゃデートなんだけど、違うかな。」

 

 

「これも違うのか?デェトとは奥深いものだな。」

 

 

「えッ、もう食い終ったのかよ。」

 

 

気づいたらもう平らげていた。十香が食べ始めてからまだ30秒も経っていない。全然時間が経っていないので一護もまだ他の仕事をし始めようとしたところである。士道はもうちょっと丁寧に食べてほしかったなとも思った。

 

 

「あ!」

 

 

士道はあることに気づいて声を挙げた。パンを無料で提供されることの代わりに感想を言わなければいけないのだ。だが、士道はその肝心パンを食べていない。要するに、感想が言えない。

 

 

そんな思考がお見通しだと言うかのように士道にウルキオラがパンを渡した。

 

 

「いいんですか?」

 

 

「構わん。出来るだけのデータが欲しいからな。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

まだ出来たてのきなこパンを口に入れる。そこから広がったのは…

 

 

(これは…口の中にきなこの甘さとパン自体の絶妙なふわふわ感がマッチして、口の中を至高の世界に誘ってくれるッ!)

 

 

士道はあまりのおいしさに一瞬意識を手放しそうになった。五河家で最も料理が上手い士道でも競っているわけではないが、負けを認めてしまう。

 

 

「美味いです。」

 

 

正直にその一言しか言えなかった。それは形容できる言葉は本当にそれしか無かったのだ。この味ならば十香が涙を流すのも頷ける。

 

 

「そうか。」

 

 

ウルキオラは士道のそれだけの感想から様々なものを感じ取ったのか、カウンターの中に戻っていった。

 

 

ここまでの士道と十香の一連の流れを見て、客のおばさんたちがチラチラと見ながら新たな話の種にしている。そのような周囲の状況に十香が顔を険しくさせた。

 

 

「やはり、また捕食者のような猛獣の目…生かしておいたら何をされるか分からん。」

 

 

十香の手が輝きだしたかと思うと、その手に鏖殺公(サンダルフォン)を顕現させた。士道がそれに泡食って止めようとしたが、それよりも先に刺激的な手法で十香は止められた。

 

 

「お客様、他のお客様の迷惑になっている。その剣を収めろ。」

 

 

そう、ウルキオラが刀をいつの間にか十香の首元に置かれていた。一応一護もそれに気づいてウルキオラの刀を防ぐように斬月を具現化して止めている。だが、傍から見れば2人が十香の首元に刀を当てているかのように見える。

 

 

「おい、いくら何でもそれを出す必要はねえだろ!」

 

 

一護がウルキオラの行き過ぎた行動に批難する。なぜならば、以前に一護とウルキオラが戦っていたときに一護は何度か負けている。その際、一護は素手で胸に孔を空けられている。ウルキオラが武器を手にしてしまえばオーバーキルだからだ。

 

 

「今の俺のやるべきことはこの店を護ることだ。ならば、危険は排除しなければならない。」

 

 

「だからって、やりすぎだ!」

 

 

一護はこんなことが今後も起きるんであればここでバイトをして見守ろうかと思ってしまった。こんな非日常な状況に対しての士道の反応は…

 

 

「に、日本刀って、ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」

 

 

当然の反応である。ちなみに、他の客にこの状況を見せないようにするために一護とウルキオラは霊圧で気絶させてある。これでは本末転倒な気はするが、今の状況を見られるよりはマシだろう。

 

 

一方で、当のこの制裁を受けた十香は本日2度目の涙線崩壊である。特にウルキオラの持つ濃密な霊力と無機質で黒く染まったように見えた瞳が十香の生存本能に危険だと教えていた。

 

 

「ご、ごめんなふぁい。」

 

 

「それでいい。」

 

 

全然良くはないが、何とか今の戦慄の状況からは脱することが出来た。後に琴里曰く『生きた心地がしなかったわ。生命と精霊の救済の二重の意味で。』と当時のことを思い出して顔を青くして体をワナワナさせながら語った。

 

 

およそ30分後、士道は会計をしていた。そのときにレジを担当していたのは一護であった。レジを挟んで兄弟が立っているという奇妙な状況だ。

 

 

「600円になります。」

 

 

「安すぎない、それ!?」

 

 

ひとしきり泣いた後も十香はあのパンの味が忘れられなかったのか大量消費をしていたのである。食べた量の割に値段が釣り合っていないのだ。

 

 

「ウルキオラが言ったろ、あれはサービスだって。」

 

 

「よかった…あんな量の金額が払わせられたら、お先真っ暗だよ。」

 

 

士道は財布から硬貨を取り出し支払った。支払った金額がちょうどだったのでお釣りはない。一護はレシートと琴里に託されたものを渡す。

 

 

「福引券?」

 

 

士道が疑問形で言った。一護は士道にデートの作戦だということを耳打ちで伝えた。士道は明らかに嫌そうな顔をするが了承した。

 

 

会計も終わったので士道が店から出ていこうとしたが、後ろに隠れていた十香が申し訳そうに言う。

 

 

「その、すまんな。私が迷惑を掛けて。」

 

 

「いや、こっちが悪かったよ。本当はあいつもああいうわけじゃないから。でも、十香が困ったときはすぐに駆けつけるからな。」

 

 

「うむ、ありがとうなのだ。」

 

 

2人は店を出ていった。少しして、ウルキオラが一護に話しかけた。

 

 

「あの2人が気になるんであれば、上がれ。」

 

 

「そんなことをしたらお前が…」

 

 

「問題ない。今日は売り上げがもうノルマに達した。もうすぐ店を閉めるつもりだ。」

 

 

「サンキュー、ちょっと行ってくる。」

 

 

一護は士道と十香のあと追って店を出て行った。一護はその目で2人の何を目撃をするのだろうか。



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death and death and death

今回の話でようやく1巻が終了です。予想以上に長かった…
今回は書きたいことをどんどん入れてしまったために予想以上に長くなってしまいした。
では、ご覧ください。


喫茶 十刃(エスパーダ)を士道と十香が出てから大分時間が経ち、もう夕暮れ時である。士道たちはあの後一護に渡された福引券の引換所に赴き、くじ引きを行った。特賞の『ドリームランドの完全無料のペアチケット』が当たった――――――というよりも、当てさせられた――――――ので向かってみたが、そこは大人の休憩所であった。当然、士道はそのような場所には耐性が無いので引き返そうとした。ところが、純粋な十香が興味をもってしまい諦めてもらうのに、それは丁重に土下座をした。

 

 

次に気を取り直して、デート場所としては定番のゲームセンターに入店してみた。最初は十香が聞き慣れていないゲームセンター特有の爆音に驚いてマシンを破壊させてしまうところだったが説得して何とか抑えてもらった。士道が何をやろうかと悩んでいたところ、十香がある物に釘付けになっていた。それはクレーンゲームで中の景品にはパンのような抱き枕が入っていた。それを十香が欲しそうにしていたので挑戦してみたが取れなかった。十香も自分でやってみたいと言って挑戦し、ラストチャンスでギリギリのところで獲得することが出来た。

 

 

そして、士道は十香と手を結びながら思い出の場所に向かい、今その場所に立っている。思い出の場所とは、丘の上にある高台の公園である。士道が小学生だった頃、一護と琴里と共にここでよく遊んだものである。恐らく琴里の日常風景に紛れた誘導(?)によってここに辿り着いたのだが、デートの締めとしては申し分のない場所であろう。

 

 

今、士道と十香は落下防止用フェンス越しに天宮市の姿を一望している。夕暮れ時だからか、昼間とはまた違う美しさを醸し出している。十香はその夕暮れのキャンバスの中にあるものに興味をそそられた。

 

 

「あれは何だ?合体するのか?」

 

 

十香が指差したのは、どこにでもあるような何の変哲もない電車であった。それでも、現界するときはいつもASTと戦闘する場面しか経験していないのだからどんなものにでも興味をもつのは当然だ。士道はそんな十香の興味を持つものに改めて人間と精霊との境遇の違いに内心悩みながらも言葉を返した。

 

 

「あれは合体はしないけども、連結ぐらいはするな。」

 

 

「おぉ!」

 

 

電車の連結のことでこんな大きなリアクションをしてくれるとは…それだけ士道の住む世界を好きになっているということだろう。非常に嬉しい限りである。

 

 

「イチゴも一緒に来てほしかったぞ。この景色を見せたかった。」

 

 

「しょうがないよ、兄貴はバイトの仕事があるんだから。俺もこの景色をしばらく振りに見たからそう見えるかもしれないけど、確かに兄貴にも見せたいな。」

 

 

十香と士道は感傷に浸り、しばらくの間景色を見続けていた。何気ない日常の景色を改めて眺めてみるということは案外いいものなのかもしれない。

 

 

「それにしても、デェトはその、楽しいな。」

 

 

不意にそんなことを言われ、士道は思わずドキッとしてしまった。こんな絶世美少女にそんなことを言われて顔を紅くしないやついるであろうか。

 

 

「どうしたのだ、顔が紅いぞ。」

 

 

十香は純粋に顔が紅い士道に気づいて、体調を気遣うように尋ねてくる。士道はそんなことを理由に顔を紅くしているではなく、十香本人には本当の理由を言えるわけがない。

 

 

「…夕日だ。」

 

 

十香は言っていることが本当なのかと、じっと士道を見続けているせいでさらに顔を赤くさせた。これ以上十香に見つめられたらオーバーヒートしてしまう。それを何とかして防ぐため顔を背けた。十香は士道の行動に若干怪しみもしたが、取るに足らないことだと思ってこれ以上追及しなかった。

 

 

士道はここで会話が途切れないように新たな話題を切り出した。

 

 

「どうだ、今日1日町を歩いてみて。誰も十香に攻撃をしてこなかっただろ。」

 

 

「シドーの言うとおり誰も襲ってこなかった。むしろ、こんな私を受け入れてくれた。本当は世界がこんなにも優しいものだとは思わなかった。」

 

 

十香が今日1日の出来事を思い出しながら言葉を綴った。だがその直後、今までの快活そうな顔から何かを思いつめているような顔に変えてしまった。

 

 

「私は壊していたのだな、こんなにも美しく優しい世界を。AST(あやつら)が私を討ち倒そうとする理由が知れた。」

 

 

「ッ!」

 

 

十香の言葉に士道はハッとした。それは十香がこの世界に存在にするための最大のハードルとなる。精霊の力が無くなりもしない限り、世界の排除の対象となることを理解していた。

 

 

「私が現界する度にこの素晴らしい世界を破壊するのならば、いっそのこと…」

 

 

「そんなことはさせない!」

 

 

十香が諦めたかのような声質で言葉を綴ろうとしたが、その前に士道が遮った。俯いていた十香が顔を上げる。

 

 

「今日は空間震が起きなかったじゃねえか。もしかしたら、空間震起こさずにこっちに来たり、この世界に留まっていける方法だってあるかもしれないし。」

 

 

「で、でも、あれだぞ。私は知らないことが多すぎるぞ。」

 

 

「そんなもん俺が教えてやる。」

 

 

「あと、私が住む場所とかだって必要になる。」

 

 

「それも俺が何とかする。」

 

 

「それでも「本当はもっとこの世界にいたいんだろ。なら、俺の手を握れ。今はそれだけでいい。俺が必ず護ってやる。」」

 

 

士道は十香の言葉を遮ってまでも、この力を持つだけで他の人間と何ら変わりのない少女を殺されるのは堪らなく嫌だった。目の前で苦しんでいるのに、それを助けないということなんてない。きっと一護であっても同じことをする筈だ。

 

 

十香はこれまでの出来事をもう1度思いだし、意を決し士道の手を握ろうと…

 

 

――――ドオオオオオオンンンンン

 

 

「な、何だ!?」

 

 

士道と十香が音がした方を見てみると、先ほどまで木々が生い茂っていたはずの公園の一部の敷地が根絶やしにされていた。何が起きているのかわからない。

 

 

「シドー、ここは危ない。私のうしろに…」

 

 

十香がそう言って後ろを振り返るとそこには士道ではなく、銀髪のAST隊員――――折紙がいた。無論、折紙がいるのは十香を討ち滅ぼす為だ。現在の十香の装いは来禅高校の制服で霊装は身に纏っていない。つまり、今の十香は全く無防備の状態で折紙の持っているレイザーブレード〈ノーペイン〉という魔力剣に貫けられたら、待ち受けるは死だ。しかし、懐にまで潜られ回避する手段はもうない。

 

 

(私はここで死ぬのか…この世界を破壊せずに死ぬのならばそれでいい。結局、私はこの世界に受け入れられなかったのだ。)

 

 

ザシュ

 

 

体の肉が裂けたかのような音が聞こえた。しかし、剣に刺される鋭い痛みは不思議と感じなかった。意識もはっきりとしている。刺されたと思しき自分の腹を見てみると何も刺さっていなかった。ならば、誰が刺されたのか。

 

 

「あ…あぁ…あああ」

 

 

折紙から目の前に起きていることが信じられないというような狼狽の声をもらした。十香はその声に反応して真実を知った。そう、刺されていたのは士道であった。

 

 

十香は心の中にある糸が切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時間を遡り、士道と十香が公園に入る前まで戻る。

 

 

一護は喫茶十刃(エスパーダ)を出てから二人の後を追っていた。デートしてデレさせる役目は士道のため、一護は一緒にデートをするということはしない。ただ、後ろから士道が命の危機に瀕さないようにいざという時に出ていけるようにしている。

 

 

ここまで二人の後を追ってきたのだが、琴里率いるラタトスクの機関員が様々な工作をしていたが、やややり過ぎ感が否めない。特に、ご休憩のあるホテルに誘導されたときは目を当てられなかった。ちょうどそのときに折紙が一護の後を追っていたことに気付いたが、誰かに連絡してどこかに行ってしまった。そのあとも二人の後を追って公園前の場所に至った。

 

 

「…にしても、ほんと過保護だな。」

 

 

ここまで来たのだからデートの締めとして自分と士道と琴里が昔よく遊んでいた公園を琴里が選んだことに一護は気づいていたのだが、工事現場の作業員に扮したラタトスクの機関員が公園へ行ける道以外を封鎖するという相変わらずの誘導をしていた。それに士道は諦めて誘導された通りに公園を目指す。本当なら最後まで二人の様子を見守っていたかった一護であるが。

 

 

「ッ!…そうか。確かにASTの鳶一が精霊を見逃すわけないか。それなら、俺はASTが動く前に止めるとするか。」

 

 

一護は人目の無い物陰に隠れ死神化をした。ASTが待機していると思われる十数個の魔力を感知した場所へと向かう、士道と十香が辿りつく前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、部隊長の燎子も含むAST隊員は丘の上の木々が生い茂っている絶好の狙撃ポイントに待機していた。燎子は今の状況にはため息するしかなかった。

 

 

「なんで空間震も起きてもないのに精霊がいるのよ。しかも、一般人と一緒だし。」

 

 

思ったことを自分の声に出すと、ますます気持ちが重くなった。それでも精霊がこちらの世界に来てしまったのだから処理するほかにない。

 

 

「任せたわよ。せっかく精霊が無防備の状態でいるんだから。失敗は許されないわ。」

 

 

燎子から精霊の処理を任されたのは部隊内で屈指の作戦成功率を誇る隊員だ。その隊員が携えているのはCCC(クライ・クライ・クライ)――――――顕現装置(リアライザ)を用いらなければその反動で使用者の体を破壊しつくすような兵装である。それぐらい兵装を用いなければ精霊を討つことはできない。

 

 

超火力を持つCCC(クライ・クライ・クライ)の魔力弾を1撃で当てることが出来れば現在遂行している作戦が成功に向けて大きな1歩になるのだが、もし外した場合状況は最悪になる。それを見越して燎子は射殺に失敗した場合の保険を掛けてある。それが、精霊に気付かれないギリギリの場所で霊装を纏わせる前に斬るというものだ。かなりシンプルな作戦なだけに行動を起こすタイミングを的確に判断できる人物でなければならない。

 

 

そこで白羽の矢が立ったのは、常に冷静沈着でいられる折紙であった。また、現在の隊の構成員の中でも上位に食い込む程の作戦成功率を誇っている。それでも、燎子には一抹の不安があった。他の隊員比べ折紙は精霊への憎しみが強いと感じられる。それに起因しているのかは解らないが、燎子の命令から逸脱する行為が散見しているのである。いずれも軽微のものだが、不安は拭いきれなかった。それでも燎子は射殺を任せた隊員と折紙を信用することしかできなかった。

 

 

燎子がこの2つの作戦が失敗したときの隊員達の身の安全確保の為の指揮の最終確認を終えたところで、今まで待機命令を出していた円卓の重役の長(ジェネラル)からGOサインが出た。実のところ、燎子は自分の保身の為にしか動かない重役共から作戦を遂行させてくれる許可を出すとは思わなかったのだが、これは好機である。この作戦を成功させれば、今回以降の作戦の許可も取りやすくなる。

 

 

「射撃許可が下りたわ。必ず成功させなさい。」

 

 

部隊全体の空気が緊張に染まっていく。ここで成功するか失敗するかで、自分たちの生死に大きく関わってくる。

 

 

ゴクン

 

 

射撃手は息を飲んだ。CCC(クライ・クライ・クライ)に装着されてあるスコープから精霊に照準を合わせる。大きく息を吸い、そして吐く。それを何度か繰り返す。繰り返す度にその息遣いの大きさが小さくなっていく。それと同時に集中力も高まっていく。完全に心が静まったところで引き金に指を当てる。最後に指に徐々に力を入れ、引き金をひいていく。

 

 

ドガガガガガガガガガガガガガガアアアアアアアアアアアア――――――――

 

 

これは超火力兵装の発射音ではない。何かによって鉄がひしゃげた時に生じる音だ。燎子はこの事態を予見はできていた、最も最悪なシナリオとして。そう、自らの得物を遣ってCCC(クライ・クライ・クライ)を破壊したのは一護である。

 

 

「やっぱりな。」

 

 

「どうして私たちがいることに気づいた?」

 

 

「いつもなら話すところだけど、士道と十香には気づかれたくないからな。すぐに終わらせる。」

 

 

そこからの一護の行動は早かった。一気に距離を詰めて頭の撃破を狙う。集団の統率者を叩けば相手の統率が乱れ、各個の撃破を容易にする。相手が集団ならばこれが定石だ。だが、そんな解りきっているやり方では相手に予測される。案の定、一護が完全に距離を詰めきってしまう前に数人が一護の前に立ちはだかる。突然現れた一護の行動に瞬時に対応できたことは一護には予想外だった。それでも一護はそのまま突き進む。

 

 

 

「戦う意思があるなら容赦はしねえぜ。」

 

 

これは戦いの為の覚悟だ。一護は護りたいものあるのならば、たとえこの世界の掟であっても覆すし、それを非難されても貫き続ける。これこそ一護が何者とでも戦える力の根源にあるものだ。だから、一護は刃を振り下ろすことができる。

 

 

刀を振りおろす――――――そうすると、目の前にあったものが一切合切消し飛んでいく。手加減はした。その証拠に立ちはだかった数名は地に伏せ、体が傷だらけになったものの息はしている。今、地面に倒れている隊員以外は一護が大振りしたこともあって恐らく回避しているのだろう。

 

 

非常に大きな損害を被ったASTは態勢を整えるため現場から離れた。そう思ったのがいけなかった。

 

 

「あなたは確かに強いわ。だけど、集団には集団の戦い方があるのよ。」

 

 

「ツ!」

 

 

 

背後を燎子に取られてしまった。そう、一護は燎子の術中に嵌ってしまった。瞬時にまとめて倒そうとした故の大きな隙。燎子はその隙を利用して背後に回った。ここでひとつ疑問が残る、霊力・魔力で相手の位置を特定することができる一護がなぜ気づかなかったのか。それは、燎子がその一護の特性を逆手に取ったからである。一護の攻撃を回避した燎子以外の隊員が顕現装置(リアライザ)の出力を最大にし、生成される魔力を放出しながら遠ざかる。その間燎子は顕現装置(リアライザ)の稼動を止め、自由落下の速度で一護の背後を取った。

 

 

燎子はスペアとして用意していたもう一つのCCC(クライ・クライ・クライ)を構えた。もう既に砲身にはエネルギーが充填されている。臨界点まで達したエネルギーを一護に向けて一気に発射させた。

 

 

ここまでの燎子の作戦は良かった。実際、霊力・魔力を感じ取ることのできる一護に対して魔力のオン・オフで攪乱することができた。しかし、そこには重大な誤算が一つだけあった。

 

 

一護は無言で発射されたものに向けて左手を突き出した。そして、発射されたエネルギー弾が一護の手に触れた瞬間、バリバリ、と高密度のエネルギーがぶつかり合うような音が生じた。だが、一護は特に何かをしているわけではなくただの素手で受け止めているのである。

 

 

「嘘でしょ!?理論値じゃ、精霊を倒せるはずのものよ。」

 

 

エネルギーの奔流の最中にある一護はそんな燎子の驚愕に気づいていない。士道と十香のデートが終わるまででいい。こんなド派手な戦闘をしてしまえばデートどころではないかもしれないが、士道が完全に十香の力を封印できるまで持ちこたえることができればASTは帰還し被害を最低限に抑えられるはずだ。

 

 

一護のその期待は裏切られる。突如として士道と十香の近くに魔力の反応が認められたのだ。恐らく、|顕現装置≪リアライザ≫を駆動させずに隠れて襲撃の機会を伺っていたにちがいはなかった。これでは十香と士道を危険にさらしてしまう。一護は手から濃密な霊圧放ち、残ったエネルギーの奔流を吹き飛ばした。そして、急いで二人の元へと向かう。

 

 

しかし、一護が二人の元へと辿りついたころには、士道は胸には孔が空き血が流れ出ていた。その近くには何が起きたのかまだ認識しきれていない茫然とした十香と血塗れの剣をもっている折紙がいる。これは自分の責任だ。この事態を防げなかったのは自分の力を過信して、一人で解決しようとした自分のせいだ。ウルキオラまたはスタークを呼んでいればこの事態防げたかもしれない。折紙はこの世界を護るためにASTとして戦い、十香はただ特異な力を持っただけの少女。そして、士道はこの二人が戦わなくても済む世界を作ろうとしていた。誰も悪くない。非があるとすれば、目の前の出来事でさえ護れなかった自分自身だ。

 

 

 

「―――――神威霊装・十番(アドナイ・メレク)鏖殺公(サンダルフォン)…」

 

 

この目の前の出来事についてようやく理解した十香は慟哭し、霊装を纏い、次いで天使を顕現させた。

 

 

「よくもシドーを、よくも我が友を…よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも!」

 

 

十香は尚も獣のように叫び、鏖殺公(サンダルフォン)を漆黒に染めて、その瞳には折紙への憎悪、殺意、この世界への憎しみしかなかった。一方、折紙は士道を刺したその感触がまだ残っているのか、手がガタガタと震え、燎子の声も届かずその場で動くことができなかった。

 

 

状況は最悪。上空には琴里達がいるもののすぐには士道を助けられる手段はない。さらには、十香は折紙を殺そうとしている。もしこの場に織姫がいれば三天結盾で取り返しのつかない傷を負ったという事実を拒絶して蘇生できる。と、一護は一瞬思いそれを振り払った。今さらそんなことを思うなんて罰当たりだ。だが、それでも可能性が一縷でもあるのなら行動に起こす他にない。

 

 

「最後の剣――ハルヴァンレイブ――」

 

 

完全に漆黒に染まった天使はまるで十香の心情を体現しているかのようだった。いくら|顕現装置≪リアライザ≫によって生み出された随意領域(テリトリー)でもあれの前では無意味であることを見ただけで折紙は理解した。かくして刃は振り下ろされる。

 

 

「なんで?」

 

 

十香は剣を確かに振り下ろした。しかし、その刃は折紙には届いていない。折紙はその刃を出刃包丁のような刀で受け止めている人物に尋ねる。

 

 

「そりゃ決まってるだろ。士道を助けるため、そして、この場にいる誰も死なせないためだ。」

 

 

我を忘れている十香の上下左右縦横無尽に振るう絶大な威力を持つ剣を一護はなるべく周囲に被害が出ないように受け流していきながら折紙の問いに答えた。

 

 

「なんで…士道を刺した私を助けるの?私に対して何か思わないの?」

 

 

滅多に表情に出さない折紙が一護にも分かるような苦しげな表情で言った。一護は振り替えずに十香に相対したまま答えた。

 

 

「別に何も思ってないというわけじゃねえよ。俺だって家族や仲間を奪われればキレるし憎みたくもなる。」

 

 

実際、以前に家族や仲間にとある能力者によって過去を変えられ奪われたときには、その能力者を憎み、復讐に走った。一護はその過去の経験を踏まえて言葉を続ける。

 

 

「だけどな、これだけは言える。復讐の連鎖は復讐じゃ止められねえ。今、目の前で起きていることに立ち向かなきゃ止めらねえんだ。だから、俺は目の前のことを受け止めて士道を助けるために動くんだよ。」

 

 

折紙はそのような言葉を一護に憧れた。どうしたらそんな強い言葉を言えるのだろうか。少なくとも復讐に絡めとられている折紙自身には精霊に両親を殺されたという事実を受け止めることができなかった。

 

 

「あなたは何でそんなに強いの?」

 

 

折紙からそのような質問が出るのは一護は意外だと思った。少し間を置いて、十香の猛攻を防ぎながら答えた。

 

 

「俺は強くなんかないさ。何度も何度も俺は仲間を救うことができなかった。それでまた同じ間違いをしないように動いているだけだ。」

 

 

一護は過去に何かがあったという口ぶりで言った。折紙は一護の過去に一体どんなことがあったのかわからない。ただ尋常ではない過去であることは折紙と同年代のはずの一護の発言が証明している。

 

 

「そうだ、その|顕現装置≪リアライザ≫を使って士道を治せないか。」

 

 

折紙は一護の言ったことに驚きを示していた。なんで秘匿技術のはずの|顕現装置≪リアライザ≫を知っていることに関してではない。このような精霊との力のぶつかり合いという極限の状況下でそのような提案がしてきたことに関してだ。|顕現装置≪リアライザ≫の知識があったとしても常人では極限の状態であのような提案をすることは到底不可能だ。

 

 

「医療用ではないけど、やってみる。」

 

 

「頼む。」

 

 

一護と話していたら折紙は狂乱で動かなかった体が先ほどと違って、まだ体が固まっている感覚が残っているものの動かせないわけではなかった。一護の言葉に含まれている思いが動かない体を溶かしているのかもしれない。とにかく、今は士道の治療を行うことが先決である。

 

 

折紙は治療を開始しようとして士道に近づいた。ところが、士道の体が淡いオレンジに輝いたかと思うと折紙は吹き飛ばされていた。

 

 

「鳶一!」

 

 

それに気づいた一護が叫ぶものの折紙からの反応はない。あの一瞬の爆発は小規模のものだったので、随意領域(テリトリー)纏っているはずの折紙は恐らく気を失っただけで済んだだろう。

 

 

そう判断した一護は未だ暴虐の限りを尽くしていた十香の振るう鏖殺公(サンダルフォン)を受け止めながら士道の身に起こっている異変を把握しようと努めようとした。十香を傷つけないように力の出力を抑えながら莫大な霊力を纏った剣を受け止めながら士道の様子を確認するのはいくら一護でも至難の業であったが、何とか無理やり押し通すことができた。

 

 

 

一護に目にしたものによって、今まで記憶の中の点でバラバラだったものが線で繋がった。一護の目にしたものは士道の体が空けられた孔を炎が覆い、肉体を再生させていった。この炎と霊力には身に覚えがあった。そう、5年前に封印された精霊―――琴里の力だ。封印された当初から士道から琴里の霊力は感じ取れていた。ただ、その力を行使できるとは思いもしなかった。

 

 

士道の体の回復作業の最中、いきなり士道の体が忽然と消えた。そのことに関して一護はほんの一瞬だけ焦ったが、霊力の反応が上空に感じられたため琴里が回収したということを理解した。士道が回復し、琴里に回収されたのならば一護はもう十香に立ち向かうだけである。

 

 

「十香!もうこんなこと止めてくれ。」

 

 

「イチ…ゴ?」

 

 

一護の呼びかけに暴れ続けていた十香は落ち着きを取り戻しつつあった。だが、士道を殺した折紙に対しての殺意はまだ消えていない。鏖殺公(サンダルフォン)を包む漆黒の輝きがそれを象徴しているかのようだった。

 

 

「私は大罪を犯した彼奴を追わなければならない、退いてくれイチゴ。」

 

 

「その願いは聞いてやれねえよ。」

 

 

「なぜなのだ!彼奴は我が友、イチゴの弟の士道が殺されたのだぞ。」

 

 

十香は感情が昂ぶり思わず一護に向けて振り下ろしてしまった。十香がその事実に気づくももう遅い。

 

 

「あぁ…私はなんてことを…」

 

 

「勝手に俺を殺すな!」

 

 

一護は十香の渾身の一撃を斬月の腹を使って受け止めた。その際、両手で斬月を持って受け止めたのだが、その一護でもこれを受け続けることに危険を感じた。この一撃を受け止めただけで地面が沈んでいる。一護は出力を抑えているのだからそれを解放することができればいいのだが、つい先ほど空間震警報が発表されたばかりで、今、出力上げれば確実に犠牲者が出る。したがって、十香に攻撃をさせずに説得するということが重要だ。

 

 

「なあ、十香…本当にあいつ―――鳶一を殺したいのか?」

 

 

「当然だ。私とイチゴからシドーを奪ったのだ。私は彼奴の命を奪い殺し尽くさなければならない。」

 

 

今の十香の言葉には士道の死をきっかけにして最悪な形で拒絶された十香のこの世界への憎悪が伝わってくる。言葉のひとつひとつが一護の皮膚を突き刺すかのようであった。そんな十香に諭すように一護が言う。

 

 

「十香がしていることをもし士道が見たら、悲しむと俺は思う。」

 

 

「私はシドーのことを思って「思っていたらこんなことはしないはずだ。」」

 

 

十香が反論しようかとしたところ、言い終える前に確信を持って一護は反論を否定した。

 

 

「今日、一日士道とデートをしてわかっただろ、この世界がどんなに優しいか。」

 

 

「確かに私がシドーとデェトをしてみてこれ以上なく楽しかった。他の人間たちも私に襲い掛かってこなかった。しかし、最後の最後に裏切られた。ならば…」

 

 

「それで士道が喜ぶのかよ。少なくとも俺はそう思わない。十香にこの世界で生活していけるようにしたかった士道は十香にこの世界を破壊させてほしくないはずだ。それと、十香がこの世界で生きていくことを望むはずだ。」

 

 

士道の思いを代弁する一護に、十香は今していることの愚かさをようやく知れた。

 

 

「士道のことを思うんだったら、もうこんなことは止めてくれ。」

 

 

「そうであったな。本当に私は愚かなことをしようとしていた。」

 

 

十香は鏖殺公(サンダルフォン)の具現化を解こうとした。だがしかし…

 

 

「最後の剣―――ハルヴァンレイブ―――の制御を誤ったッ!」

 

 

剣に纏っていた漆黒の力の奔流が今までと段違いに成長していっている。このまま放置してしまえば、この場にいる者だけでなく、眼下に広がっている町ににも再起不能な深刻な被害を生み出すことは想像に難くない。よって、一護は決断する。

 

 

「俺にその剣を振り下ろせ。俺が全部吹き飛ばす。」

 

 

十香は一護のその危険な提案には賛成することは難しい。いくらなんでも今回ばかり無謀すぎると思う十香だが。

 

 

「俺を信じろ。」

 

 

一護のその真っ直ぐな一言で振り下ろすことを決めた。一護は十香が了承したことを認めると集中を始めた。

 

 

「はあああああああ―――」

 

 

一護はこちらの世界に来てから出したことのないレベルにまで霊圧を放出させた。一護の体からは天高く上る霊圧の柱が見える。それを斬月に流し込もうとした瞬間に事態は急展開を見せた。

 

 

「十香ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 

そう、上空から士道の声が聞こえてきたのである。それを聞き届けた一護は霊圧の放出を止める。

 

 

落ちてきた士道は十香によって抱きかかえられた。男子が女子に抱えられるのは何だか複雑な気分なのだが致し方ない。士道は早速本題に入る。

 

 

「キスをしてくれ。」

 

 

ここでまさかのキスの強要である。それに対して十香は…

 

 

「キスとは何なのだ?」

 

 

言葉の意味を理解していなかった。これには困り顔をする士道。キスについて説明を女子の前でしなくてはならない士道の心境を察するのには余りある。だが、うじうじしていても始まらない。意を決して説明を始めた。

 

 

「キスというのはだな、えっと、唇と唇を合わせて…むにゅ」

 

 

変な声を士道は発してしまったが、それは無理からぬことであった。言葉の途中で十香から唇を突き出しキスをしてしまったからだ。そのキスの数瞬もしない内に十香の霊装、天使が淡く消失した。

 

 

「「一緒に帰ろう(ぜ)」」

 

 

士道と一護のその言葉に十香は「うむ!」と元気に返した。



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Spirit loves
Deathberry in the rain, and a little thing


今回から2巻からの内容に入ります。もちろん、あのロリッ娘が出てきます。
次回は年末・新年特別企画をやるかもしれません。
ではお楽しみにしてください。


5月上旬の特に何てことのない日――――いつもは別段用事の無い日には士道と共に下校するのだが、今日は一護が先に下校している。その理由は先月に士道が力を封印した精霊の十香とクラスメイトの折紙にあった。

 

 

士道が十香の精霊の力を封印をした数日後に同じクラスに転校という形で編入された。同じクラスということは折紙の目に触れるワケで、編入初日からちょっとしたいざこざがあった。その日から毎日のように口喧嘩(十香が純粋なために折紙に弄ばれている)が絶えない。それを止めるのは士道か一護の役目である。

 

 

(はあ…あいつら、もうちょっと仲良くできねえのかよ。まあ、今日は士道に全任せにしたけど。)

 

 

毎回喧嘩を止めるのに随分と労力(主に精神面)を費やしてしまう。まだ自分はいいが、超人の2人相手に一般人の士道が仲裁に入っていると思うと南無~と一護は手を合わせて天を仰いでしまう。実は今日も女子が調理実習でクッキーを製作したことをきっかけにちょっとしたクッキー戦争が起きてしまった。

 

 

具体的に言うと、十香が士道と一護にクッキーをプレゼントしたところ折紙と口喧嘩になりその中の折紙の一言で周囲の男子が獣と化した。つまり、十香のクッキーを渡された士道と一護にそれを奪おうとした学校内の男子が襲ってきたのである。一護は可及的に速やかに窓から脱出したのだが、取り残された士道は…

 

 

家に帰る前に薬局に寄って、包帯を買ってきてやろうと思ったところで、ふと気づく。

 

 

(雨か…最近天気予報がよくはずれるな。)

 

 

どうせただの通り雨ですぐに晴れるだろうと思っていた一護なのだが、それに反して次第に強くなっていく。

 

 

「マジかよ…」

 

 

本降りとなった雨にうんざりとしつつも、周囲に誰もいないことを確認した。そして、自らを取り囲む空気を完現術(フルブリング)して雨を弾く。紛うことなく完全な能力の無駄遣いなのだが、一護であっても雨に濡れるのは嫌なのである。

 

 

雨に濡れないために能力を使用しているのを極力他の人の目に触れさせないために、これまた完現術(フルブリング)を遣い高速で移動する。

 

 

1分も経たない内に一護は道程の9割を踏破した。だがここで忘れていたことが1つ。

 

 

(やべえ。包帯を買いに行くの忘れた。)

 

 

そう、そのことに気づいた時にはドラッグストアを既に通り過ぎて大分離れてしまった。しょうがないので、士道が保管しているらしい湿布を探そうと決めた一護。そんなことを思っている間に自宅にまで至る道の最後の曲がり角に差し掛かろうしていた。

 

 

―――――ずるべったあああああああああああああああんんんんん

 

 

いきなりその曲がり角から誰かが飛び出してきて転んだ。高速移動中の一護は突然の転倒者に慌てたものの、倒れてきた人を飛び越えて高速移動の勢いを殺すために受け身を取った。そして受け身を取って気づく、結局地面に体が接して全身がビチョビチョになったことを。本格的に気分が沈んでいきそうになったところで、受け身の原因を作った人物を見る。

 

 

「大丈夫か…って、四糸乃!?」

 

 

突然飛び出して転んでしまったのは緑のウサギ型のコート着ている幼い少女―――――四糸乃だった。

 

 

ここで疑問に思う方もいるだろう、何故一護は四糸乃のことを知っているのか。それは、四糸乃は通常の現界よりも静粛現界の方が多いこと。それに加えて、一護が精霊の調査の為に霊力を探索していたからである。その探索の中で一護が出会った精霊の一人である。

 

 

「ッ!!」

 

 

転んだ四糸乃に一護は手を差し伸べたのだが、四糸乃はそれに気づくとすぐに距離をとって後ずさった。そんな反応に数度接触を試みた一護にしてみれば、少なからず目から汗を流したくなる。それでも一護は諦めない。

 

 

「驚かしてすまねえ…今日も一緒に付き合ってくれねえか。」

 

 

「…一護…さん…おねがい…ッ!」

 

 

四糸乃が応答をしている際に何か気づいて目を見開いた。次いで、何かを探すように動き出した。それと同時に、四糸乃が動揺してしまったからか降り続いていた雨が豪雨と言ってもいいほどに降り方が強くなった。よく見ると、いつもは左手に装備されているパペット―-――『よしのん』がいない。先ほど転んでしまった際に左手から外れてしまったようだ。

 

 

「ええええええええええんんんんんん!」

 

 

四糸乃の精神状態は時とともに比例して悪化していく。精神状態が悪化すればそれに連動して世界も荒れる。豪雨の次にやってきたのは寒波で急激に気温が下がり、まだ夏服に制服が移行していないためにブレザーを着用していた一護なのだが体があまりの寒さのため自由が利かない。もし夏服であればカチンコチンみ凍らされていただろう。

 

 

早くよしのんを見つけなければ本格的に生命活動が危うくなる。死神化すれば問題ないだろうが、その姿で四糸乃の前に姿を現れれば余計に四糸乃を怖がってしまうにちがいない。なるべく、早く見つけなければ。

 

 

プップウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ――――――――

 

 

「「!」」

 

 

けたたましいクラクションが耳をつんざく。一護は嫌な悪寒を感じた。クラクションが鳴った方に顔を向ける。そして、一護の目に飛び込んだものは動く巨大な鉄塊―――――――トラックが四糸乃に目掛けて迫る。

 

 

「四糸乃ッ!」

 

 

このままトラックが進行してしまえば最悪の結末を迎える。一護は咄嗟に四糸乃を庇うように体で覆った。一護はふと思った――――――前の世界で小学生だったとき(ホロウ)から護ってくれたお袋と同じような状態だな――――と。

 

 

一護と四糸乃は迫ってきているトラックが止まることを信じて目を閉じる。その直後にトラックは発せられたブレーキ音を周囲にまき散らす。そして――――

 

 

「助かったのか…」

 

 

何も衝撃が感じない。今、一体どうなっているのかを知るために閉じた目を開き、後ろを振り返る。振り返った一護の瞳に映したのは、今し方突っ込んできたトラックの前面。トラックは一護の目鼻10センチというところで止まっていた。

 

 

「あれは…」

 

 

一護はそのトラックの下に落ちていたモノに気づき拾った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、運転席からトラックを運転していた男性が降りてきて涙を流しながら必死に謝罪してきた。運転手の弁によれば、突然の豪雨の中で運転していたのだが、あまりの雨によって前方の数メートルの状況さえわからない程の視界不良に陥っていた。一護たちがいる場所に差し掛かる前にいきなり視界に入った歩行者を避けるために急ハンドルを切ったのだが、その進んだ先に一護たちがいたというところだ。幸いにして、こういう事態を見越して速度を抑えていたため大惨事にはならなかった。一護は特にこちら側に被害が無かったので何も問い詰めるようなことはしなかった。

 

 

「ありが…とう…ございます。」

 

 

「どういたしまして。」

 

 

四糸乃が助けてくれた一護に対して懸命に感謝の言葉を口にした。今まで会う度に怖がられていた一護にしてみれば心を開いてくれたことに感動も一塩である。四糸乃も四糸乃で感謝の言葉に返してくれたことに若干頬を赤く染めた。

 

 

「あ、そうだ、これ。」

 

 

「!」

 

 

一護はスラックスのポケットに詰め込んでいたパペット―――――よしのんを取り出して差し出した。それに四糸乃は引っ手繰るようなスピードで手に取り左に嵌めた。それと合わせて凄まじい勢いで降っていた雨が小雨となった。

 

 

『やっはー、助かったよー。』

 

 

左手を器用に動かしてよしのんが感情豊かに動く。傍から見れば、四糸乃がパペットを動かして腹話術で声を発しているように見えるだろう。実際その通りであるが、ただの腹話術ではない。このよしのんというのは四糸乃が生み出したもう一つの人格であり、四糸乃が主に対外的な部門を任せてある。

 

 

『それにしてもー、いろいろとよしのんの体をさわってくれちゃったんだよね。正直、どーだった?どーだった?』

 

 

「は…はあ。」

 

 

どうにも反応に困る質問である。人格が違えば同一人物だとしても性格が変わってくる。それは当たり前のことであるが、先ほどまでの内気な四糸乃と比べると大違いだ。非常に陽気でフレンドリーであるのだが、時たまこういうどう返せばいいかわからない質問をしてくる。

 

 

『ぶー、ノリがわるいなぁ。でも、まあいいや。じゃあね、四糸乃を助けてくれてありがとさん。』

 

 

「おう、じゃあな」

 

 

よしのんが一護に別れを告げると、四糸乃自身の足で走って一護の視界から消えた。「はあ…」と、とりあえずため息をしたところで今の一護自身の装いに気づく。全身ずぶ濡れでおまけに泥だらけ、帰ったらどうやって士道に言い訳しようか。

 

 

「ん?なんだこれ?」

 

 

ほんの一瞬で消えたのだが空間が歪んで見えた。空間で歪むといえば空間震なのだが、それとは異なり前の世界で見たことのある歪み方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

 

 

重い足取りで家の中に入っていく。家の奥から何も返ってこないということは誰もいないということであろうか?とりあえず全身ずぶ濡れの状態から脱しようと着ていた衣服の全てを洗濯籠に放り込んだ。そして浴室に入りシャワーを浴びる。本当は湯船に入りたかったのだが、まだ湯も沸かしていなかったので致し方なかった。

 

 

数分でシャワーを浴び終えて浴室から出ると、家の状況が先ほどまでと違っていた。

 

 

「ふぅ。お、リビングの明かりが点いてる。誰か帰ってきたのか。」

 

 

さっさと着替えを終わらせてリビングへと向かう。そしてリビングに続く扉を開けるとソファーでテレビを見て寛いでいる琴里とキッチンでコーヒーに角砂糖を糖尿病になるんではないかと思うほど入れている令音がいた。

 

 

「おかえり、琴里。それと令音さん、どうもっす。」

 

 

「ただいま、おにーちゃん。」

 

 

「邪魔してるよ。ところで、いきなり私が家に上がっているのに抵抗はないのかね?」

 

 

普通であれば少し知り合ったぐらいの人が自分の知らない間に家の中にいたのなら多少なりとも反応するものである。それがそんなに気にしないとは肝が余程据わっているのか、単純に警戒心がないだけなのか。

 

 

「誰かが勝手に入ることなんて(前の世界じゃ)よくあることだし。」

 

 

「えっ!?」

 

 

「なまらびっくり。」

 

 

確かに前の世界では織姫やチャド、そして石田が一護の許可なしで入ることは当たり前。その他に死神のルキアと恋次などの死神勢も勝手に一護の自室で会議を始めたこともある。さらには、滅却師(クインシー)の力を使用した破面(アランカル)が急襲してきたこともあった。だが、こちらの世界ではよっぽどのことが無ければそんなことは起こりえない。

 

 

「あれだよ、あれ。よく蚊とか窓とかから入ってくるだろ。」

 

 

全くもってかなり苦しい言い訳である。もちろん、そんな言い訳に琴里と令音が信じるわけもなくジーっと半眼で見つめてくる。

 

 

ピンポーン

 

 

まさに救いの鐘―――――玄関のチャイムが鳴った。未だに疑いの視線は消えないが、一護はそれを気にせずに出る。

 

 

「イチゴではないか。学校にいないと思っていたのだが、先に帰っていたのか。」

 

 

訪問者はなんと十香であった。確か十香は学校以外のときは検査と人間界の勉強のためにフラクシナスで保護されていると琴里から聞いているのだが。

 

 

「待っていたよ、無事に辿りついたみたいだね。」

 

 

「令音さん、これは一体…」

 

 

「我々で検査と人間界に慣れるための学習をさせていることは聞いているかい?」

 

 

「はい、琴里から。」

 

 

「一通りそれらが終わって、十香を学校以外の外の世界に出してみた。」

 

 

「それで、家に来ることに何か関係は?」

 

 

「外の世界で住むには家が必要だろう。」

 

 

「ああ、なるほど。」

 

 

令音が最後まで言わずともどういう事情であるかを察した。つまり、今後必要となる家の完成までの間、この家で預かってほしいということだ。2階奥の父母の部屋が空いているのでそこ使わせよう。

 

 

「とりあえず中に入れよ。家の中にあるものだったら何でも使っていいからな。」

 

 

「うむ。」

 

 

一護はまず十香に使わせる部屋に案内した。久しぶりに中に入るので散らかっていると思っていたのだが、きれいに整理整頓されていた。しかも、十香の生活の為に必要と思われるものはもう既に中に持ち込まれていた。さすがにこれには先に話を通してもらいたかった。

 

 

案内し終えて一護が下に降りた数分後、十香がバスタオルを持って下に降りてきた。そのままリビングの扉を開け浴室へと向かった。浴室の場所を教えていないのになんでわかるんだ―――――と思ったのだが、持ち物を事前に持ち込まれているのだから、どうせ琴里に教えられているのだろう。

 

 

少しして、士道の帰りが遅いと一護は思う。たまにこういうことがあるので一護が料理を作ることもあるのだが、どうやら今日はそういうことになりそうだ。一護がソファーから立ち上がろうとしたとき、家全体に鈍い音がした。

 

 

一体何事かと思い、音のした浴室の方へと向かうと士道が床の上で伸びていた。

 

 

「どうした、何があったんだ!?」

 

 

一護が士道の体を動かすと「ぐふっ…」と声を漏らすだけであった。何が原因なのか周囲に視線を向けるとバスタオル巻いた十香が立っていた。これで士道はラッキースケベだということを察した。



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2013年、年末番外編

今回は番外編ということで本編とは全く関係ありません。
そういうことなので、未登場キャラが出てきます。ご了承ください。
短編として別に出そうとも思いましたが、とりあえずこっちの中で投稿させていただきました。

では、お楽しみください。


皆さんは年末年始をいかがお過ごしでしょうか。きっと師走の最後だけあって忙しくしている人もいるでしょう。そんな年末年始の五河家の様子をご覧頂こう。

 

 

「シドー、年越しそばはまだなのか?」

 

 

リビングの中心にあるこたつでテレビを見ながらゴロゴロしているのは『絶世の』という形容詞を幾つ付けても足りない美少女――――――十香だ。

 

 

「ちょっと待ってくれ。あともう少しで出来るから。とりあえず他のやつら呼んできてくれ。呼び終わったら、多分完成していると思うから。」

 

 

「もうみんないるぞ。」

 

 

「え!?」

 

 

十香の言う通り他の面々―――――四糸乃、よしのん、琴里、耶具矢、夕弦、美九、七罪、更には狂三と折紙―――――がこたつの中にもう既に入っていた。

 

 

「まだ呼んでないのに何でいるんだよ?」

 

 

「どうせ呼ぶんなら早く集めた方がいいだろ。」

 

 

士道の疑問に答えたのは一護であった。どうやら一護が先に呼びにいったらしい。こんな大人数に不法侵入されるのはたまったものではない。

 

 

「まだ出来てないなら俺が手伝ってやろうか。」

 

 

「いや大丈夫だよ。あと、蕎麦をどんぶりに入れて盛り付けるだけだから。」

 

 

士道の言う通り、1分ほどでこの家にいる人数分の年越し蕎麦が完成した。そしてそれを一護と士道がこたつで寛いでいるメンバーの元へと運ぶ。そんな二人がこたつで寛いでいるはずの面々の様子を一言で表すのならば戦争だ。

 

 

「年末の番組といえば紅白ですよー。私にもオファーが来てたんですけどぉ、だーりんとみんなで紅白を見てた方がいいですー。」

 

 

「年末はドラ○もんではないのか。大切なことを学べるぞ。」

 

 

「くくく、甘いぞ。年末といえば海賊の秘宝(ワ○ピース)に決まっておろう。」

 

 

「同意。年末は熱血です。」

 

 

「何を言っているのかしら。年末はガキ○の『笑って○いけないシリーズ』でしょ。そんなのこともわからないの。」

 

 

「全く分かっていない。年末は格闘技。士道と一護を寝技で…」

 

 

というように、美九、十香、八舞姉妹、琴里、折紙が(テレビの)覇権を得るためにリモコンを奪い合っていた。それに四糸乃はあたふたしていたが、よしのんは面白そうなので参入してきた。このままでは年越し蕎麦を食べる前にこたつが破壊されてしまう。とりあえず、一護はリモコン争奪戦を止めることにした。

 

 

「おい、やめろって。」

 

 

一護がそう言った瞬間、争っていた面々は一護の方を見てきた。

 

 

「「「「「なら、どの番組がいいの?」」」」」

 

 

どんな答えを言っても悲劇が待ち構えているとしか思えなかった。と、ここで助け舟的なやつを出したのはノートPCを黙々と弄っていた七罪だった。

 

 

「どちくしょおおおおおおおおおおおおう!何でわたしだけを狙ってくるのよ。お前にはゲームの中でも生きている価値がないとでも言いたいのか!あとでブログで炎上させてやるうううううううう!」

 

 

七罪の叫びで五河家は一気に静まり返った。助かったといえば助かったのだが、これからどう七罪に声を掛ければいいだろうか。ちなみに、七罪は所謂FPSというジャンルのゲームで遊んでいた。

 

 

「とりあえず、士道の作った年越し蕎麦でも食おうぜ。冷めるたり麺が伸びたりしたらもったいないし。」

 

 

これで何とか事態の収束を試みた一護であったが、聞く耳を持たずに再びリモコン争奪戦を執り行おうとしていた。そのような様子を傍観していた狂三は口元を歪めて争奪戦を繰り広げている者たちに提案した。

 

 

「ここはひとつ勝負をしてはいかが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で私まで…」

 

 

「いいでありませんの。皆でやった方が面白いですよ。」

 

 

七罪は文句を言いながらも渋々参加していた。リモコン争奪戦から端を発した闘争はついにフラクシナス協賛の忘年会風の一発ギャグ大会にまで発展した。

 

 

「あのさ、これって俺が作った年越し蕎麦が汁なし蕎麦になるパターンだよね。」

 

 

士道はせっかく作った年越し蕎麦が伸びてしまうことをかなり気にしていた。ウルキオラに感化されて素材とかを厳選したのに一番美味しい状態で提供できないというのは心苦しいものがある。

 

 

「安心したまえ。シンの作った年越し蕎麦は顕現装置(リアライザ)で食べ頃をキープしてある。放置していても問題ない。」

 

 

それは安心していいことなのか。秘匿技術であるはずの|顕現装置≪リアライザ≫をこんな使い方で使っていいのか。この疑問に関しては永遠に答えが出ることはないので忘れ去るとしよう。

 

 

それで一体全体何をやるのであろうか。実際狂三が見切り発車で提案したのであったのだが、そこはラタトスクの安心のサポート力で企画が決定した。

 

 

それが『チキチキ 年末だから忘年会的なノリでいいよね、一発ギャグ大会』である。

 

 

ネタ披露の順番は令音の西部劇に出てきそうなキャラの札によって決められたのだが、何だかパッとしなかった。ともあれ順番は無事に決定した。まず、最初にネタ披露をするのは八舞姉妹だ。

 

 

2人は急造で作られたセットに登り、互いに妙にかっこいいポーズで構えた。最初に口を開いたのは耶具矢であった。

 

 

「爆ぜろリアル!弾けろシナプス!パニッシュメント・ディス・ワールド!」

 

 

耶具矢の高い声を響かせて如何にもそういう病を患っているというようなセリフを言った。すごい清々しい顔をしているが、このままでは何だかいたたまれない気持ちにこの場にいる十香を除く全員がなってしまう。そんな相方を夕弦が放置するはずもない。

 

 

「描写。ズン、ズンズンズン、ズン、ズンズンズン―――――」

 

 

夕弦の咄嗟の機転でBGMを挿入した。ただ、これは一時の救済でしかない。百戦錬磨の八舞姉妹と言えども、第三者の評価が入る戦いに関してはほとんど経験がない。はたして一体これからどう巻き返す。

 

 

「憑依。鳥よ、あいつを捕らえなさい。」

 

 

「フッ、小賢しいわ。いいだろう、我を狙う度胸だけを認めてやる。ならば、これを喰ろうてみろ。」

 

 

事前準備で左目を眼帯で隠していたのだが、耶具矢がそれを取り払う。

 

 

「我が邪王真眼の糧となるがいい。」

 

 

眼帯を取り払った左目が黄金に輝いて―――――の前に目の前に隔壁が降りた。

 

 

「え?これ、何!?」

 

 

「動揺。一体何事ですか?」

 

 

突然の事態に驚き隠せない八舞姉妹。この状況について説明したのは琴里であった。

 

 

「申し訳ないけど、これ以上は見るに堪えないから強制終了よ。」

 

 

あまりのドストレートの言い分に二人は隔壁越しからでも伝わるほど落ち込んでいるのが分かる。ついでに言うと、耶具矢の啜り泣く声が聞こえてきたので一護は琴里に謝りに行かせた。

 

 

次に舞台に立ったのは四糸乃とよしのんだ。確か四糸乃たちはリモコン争奪戦には参加していなかったはずなのだが、なぜかステージに立っていた。というよりも、よしのんが超ノリノリで参加してきているだけなのだが。

 

 

「四糸乃、準備はできたかしら。」

 

 

「!…ちょっと待ってください。」

 

 

四糸乃が琴里に頬を赤く染めながら言う。少し前までよしのんから耳打ちされていたので、先ほどの悲劇のようなことが起きそうな嫌な予感が一護と士道に走る。

 

 

少しして、四糸乃の準備というか心の準備が整った。よしのんがラタトスクの機関員に合図をすると照明が暗転した。一体何が始まるのだろうか。

 

 

次の瞬間、照明が明転した。ステージ上にいた四糸乃の出で立ちを見てその場にいる全員が目を剥いた。四糸乃の服装が胸にリボンがついてピンクの可愛らしい服―――――所謂、魔法少女スタイルだった。ただ、その魔法少女スタイルには不釣り合いなチェーンソーをよしのんがくわえていた。四糸乃の顔はもう真っ赤になっていて、恥ずかしさが最高潮に達している。無理しているのは明らかだった。そしてトドメの一言。

 

 

「私が…魔装少女ハルナちゃんだ…ッ!」

 

 

この幼い少女の頑張りにこの場にいる者たちは途轍もない衝撃を受けた。一護には色々と突っ込みたいところあるのだが、とりあえず最初に突っ込むべきことがあった。

 

 

「お前はロリコンかっ!っていうか、それ怖えええよ!」

 

 

士道は魔法少女もとい魔装少女スタイルの猟奇的な四糸乃の容姿に対して『俺の四糸乃が…四糸乃が…』というような絶望感を味わっていた。そのような反応を見れば、誰もが一護ような突っ込みをしてしまうだろう。

 

 

「年越し蕎麦を贈呈だ。」

 

 

「はい…ありがとうございます。」

 

 

『やっはー、やったね四糸乃。』

 

 

「え、そういうシステムなのかよ。」

 

 

この衝撃的なステージに対してのご褒美に令音から年越し蕎麦が贈呈された。元々リモコン争奪戦の為の一発ギャグ大会のはずなのだが、そのご褒美が年越し蕎麦になってしまっている。もはや何のためにやっているのか解らない。

 

 

続いて誰がやるのか…四糸乃の衝撃的なステージの後は誰もやりたくないはずである。そんな中元気よくを手を挙げたのは十香だった。

 

 

「ちょっと待ちなさい。今はその時じゃないわ。」

 

 

「む?そうなのか?」

 

 

その十香を止めたのは意外にも琴里であった。どうやら十香と琴里は協力関係を結んでいたらしい。2人ともリモコン争奪戦に参加していたはずでは。

 

 

「ちょっと待ってくださいまし。これでは勝負が成り立ちませんわ。」

 

 

「その通り、こんな勝負は無効。夜刀神十香と五河琴里は協力したことにより失格。時崎狂三はそもそもこの戦いに参加していない。他の者たちは取るに足らない。これらのことから私が士道と一護と格闘技番組を見る権利がある。」

 

 

「それはおかしいんじゃないですかぁ。私がダーリンと一緒に見るんですう。」

 

 

「応戦。それは私たちの権利です。」

 

 

「我と夕弦を差し置いて士道と一護と共に過ごすなど万死に値する。者共退くがよい。」

 

 

「私がシドーとイチゴと見るのだ!絶対に譲らんぞ!」

 

 

「ずるいじゃない…私だっておにーちゃんたちとテレビを見たいのに。」

 

 

結局何も決まらなかった一発ギャグ大会、一体何であったであろうか。四糸乃はまた争い始めた皆を治めようと魔装少女スタイルのまま必死に奮闘している。

 

 

「結局何だっただろう、これ。」

 

 

四糸乃ショックから抜け出した士道の第一声がこれだ。それを同意するように一護も頷く。

 

 

「でも、なんだかんだいっても楽しかったけどな、俺は。」

 

 

一護は苦笑しながらも言う。実際に一発ギャグ大会を行ってみて、もう年を超える10分前である。そう考えると、やっぱり皆楽しんでいたのである。

 

 

と、ここで――――ズルズルズルズル――――という麺を啜るような音が聞こえてきた。

 

 

「士道が作っただけあって、この年越し蕎麦美味いわね。」

 

 

「七罪、お前先に食ってたのか。」

 

 

一護が七罪に尋ねると、食べている途中だからか口の中に麺を詰め込んだまま答えた。

 

 

「ふぉくししょばなんばかふぁふぇんふぁいにふぁべるのふぁふぉうぜんでふぉ。」

 

 

「うん、何を言っているのか全くわかんねえ。」

 

 

そんな何を言っているのかわからない言葉に対して意外な才能を見せたのは士道だった。

 

 

「多分だけど、『年越し蕎麦なんだから年内に食べるのは当然でしょ。』っていっているんじゃないかな。」

 

 

「すげえな。何でわかるんだよ。」

 

 

一護は士道の意外な才能に驚いた。それと同時に確かに年越し蕎麦は年内に食べるものだという七罪の意見も理解した。ということなので、一護は争っている皆に呼びかけた。

 

 

「おーい、今のうちに蕎麦を食べないと年越し蕎麦をじゃなくなるぞ。」

 

 

「「「「「「「はーい!」」」」」」」

 

 

さっきまで争っていたとは思えない程の声の揃い具合だった。でも、年末は皆で揃って年越し蕎麦を食べるものである。皆がどんぶりを持ったところで、一護が号令を掛ける。

 

 

「いただきます。」

 

 

「「「「「「「「「「いただきます。」」」」」」」」」



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Decision

どうも月牙虚閃です。

今回は年初めの更新です。再び本編に戻って先に進みます。

今回はやや話が動き始めます。

では、お楽しみください。


士道が十香に気絶されてから少しして、一護・士道・琴里・令音はリビングに集まっていた。十香のときは急だった為に精霊についての説明をし切れていない部分があったので、改めて説明をすることになった。それで一通りの説明が終えたのだが。

 

 

「精霊がどういう存在かということはわかったし、十香がこれからしばらくの間住むことになることも兄貴が了承したから、それもわかった。だけど、なんで俺がまた訓練をしなきゃいけないんだよ。」

 

 

士道は説明を聞いた上で疑問を琴里にぶつける。精霊とは十香のことであり、その精霊の力をある方法を以て封印した。このことから、精霊の存在がこの世からいなくなり2度と不幸が起きなくなるはずである。だが、琴里はそれを否定した。

 

 

「誰が精霊が十香だけだと言ったのかしら。」

 

 

「ッ!」

 

 

その事実に驚いていたのは士道だけであった。他の者は誰も驚いていない。

 

 

「兄貴も知っていたのかよ…」

 

 

「ああ。」

 

 

「俺は兄貴と違ってそんなに強くはない。だから、もう出来ない。」

 

 

「随分と腑抜けた答えを口にするんじゃないの。」

 

 

琴里がそのように言う。士道は気づいていなかったらしいが、一護は琴里がその言葉を言った際に微かに握っていた右の拳を揺らしていた。明らかに士道の答えに対して怒りの感情を持っていた。

 

 

「そんなこと言ったって俺はもうあんな危ない目に…」

 

 

ビシッ

 

 

士道の言葉は言い終える前に遮られた。それは琴里が士道の頬を引っ張叩いたからだ。これには一護は黙っていることができなかった。

 

 

「琴里、やりすぎだ。」

 

 

一護は琴里がもう片方の手でもう一度反対側の頬を引っ張叩こうとしていたのを手首を掴んで止めた。

 

 

「離して!そうしなきゃ精霊が救われないのよ。昔の士道なら絶対に賛同するはずよ。」

 

 

「うるせえ!」

 

 

士道と琴里はこんなにも声を荒げた一護をこれまで見たことが無かった。一護自身も本来はこんなに声を荒げるつもりはなかった。だが、感情の昂ぶりを止めることができなかった。

 

 

「琴里、士道の気持ちを勝手に決めつけるんじゃねえよ。士道はいきなりこっちの世界に投げ込まれたんだ。まだ心の整理がついてないのかもしれない。そんな状態じゃ覚悟もできりゃしない。少し考える時間を与えてやってもいいんじゃねえか。よく考えた結果として、士道が作戦に参加しないと言っても納得出来るだろ。」

 

 

今まで黙って見ていた令音も一護の意見に同調した。琴里よりも多くの人生経験をしている令音であるから冷静に物事を判断して一護と同じ意見に至った。

 

 

自分の右腕の令音までもそんなことを言われてしまれば自分の気持ちと照らしあわせて考え直す。

 

 

「令音と一護の言う通りね。少し焦り過ぎてたかも。時間をあげるわ、その中でしっかりと考えてごらんなさい。」

 

 

「すまん。」

 

 

「何、謝ってるのよ。そんなことを言われたら、私、悪役になっちゃうじゃない。」

 

 

琴里は顔を俯かせて士道に見えないようにしながら言った。士道と琴里には心の落ち着かせる時間が必要だと一護は思った。そして、琴里は少なくとも5年前に精霊になった日についての出来事の一部を知っているのかもしれないと、琴里自身の言動から感じ取れた。しかし、今はまだだ。

 

 

「というわけで、士道と一護に訓練を受けてもらうわよ。」

 

 

「考える時間をくれるんじゃなかったのかよ。」

 

 

「あんなヘンテコ訓練を受けてたまるかよ。」

 

 

琴里のいきなりの訓練予告に士道と一護が非難の声を挙げる。まさか、この状況で訓練のことを切り出すとは。どっちにしろラタトスク監修の訓練はどうせ禄でもないので非常にやりたくない。

 

 

「訓練といっても、今回は日常生活の中で起きる不測な事態に対してどれぐらい対応できるのかを試すものだから別に普通にしていて構わないわ。」

 

 

普通に生活していても構わない、と言われても事前にこんなことを言われてしまえば嫌でも気になってしまう。だが、琴里にどんな内容なのかを聞いてもそれに答えるどころか問答無用で参加させられるだろう。

 

 

「しょうがねえ。その訓練というやつに今回は付き合ってやるよ。」

 

 

まずは一護が先に答える。次いで、士道も答えようとしたが…

 

 

「士道は訓練の拒否権は無いから。」

 

 

「なに、その扱いの違い!?」

 

 

一護に対する扱いと士道に対する扱いが違いすぎる。これは毎朝の食事の時間にチュッパチャップスを舐めさせないようにしていた報いなのかと士道は頭を抱える。そんな士道の心境に関わらず訓練が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練の開始から2時間も経たない内に最初の試練が士道に降りかかった―――――それは士道がトイレの電球を取り換えに行ったときのこと。琴里に頼まれて取り換えに行ったのだが、トイレの扉を開けるとそれはなんていうことでしょう。十香が中で泄を足していたのである。瞬間、何が起きたのか解らなかった。その直後意識が飛んだ。

 

 

後の一護の話によると、士道の頬にそれはきれいな紅葉が刻まれた。それも意識を飛ばすほどの威力のビンタは非常に見事だったと。

 

 

それから数時間後―――――そのため士道がダウンしたことで代わりに一護が家事を行うことになった。元いた世界でも妹が小さいころから家事はしていたのでそれなりに手馴れている。

 

 

「一護、そろそろお風呂に入ってきたら、どう?」

 

 

 

琴里がそんなことを言ってくる。普通ならば厚意を受け取って浴室に向かうところなのだが、今日は一護に対しても訓練を行うとも言っていた。さらに、お風呂はそんなウフフイベントが起こる定番のスポット。如何にも怪しい。そこで一護は琴里に揺さぶりを掛けることにした。

 

 

「俺は後でいいよ。まだ食器を洗い終わってないからさ。それよりも琴里が先に入ってきたらどうだ?」

 

 

一護の返答に琴里はピクッとほんの少し肩を揺らした。どうやら何かされるという予想は間違ってはいないようだ。それを見て一護は更に攻勢を強める。

 

 

「そうだ、今日はバブを使ってもいいぜ。最近使ってなかったからな。」

 

 

琴里は体に雷が落ちたかのように衝撃を受けた。そう、琴里はバブの炭酸によるシュワシュワが大好きなのだ。それは司令官モードの琴里にも通用するはずだ。その証拠に歯をガチガチさせている。

 

 

「へ…へぇ…私は…いいわよ…いいから…入ってきなさいよ」

 

 

今度は一護が衝撃を受ける番であった。まさかバブの魔力に抗ってしまうとは…もうそうなってしまえば琴里に乗ってやろう。

 

 

「分かった。俺が先に入るよ。」

 

 

というわけで、一護は浴室に入り湯船に浸かった。

 

 

(やっぱり、シャワーだけじゃなくて湯船にも入ってた方が疲れが取れるな。)

 

 

十数分後――――ちょうどいい具合に気持ちが良くなってきて眠気が襲ってきた。そろそろ上がろうかなと思っていたところだった。

 

 

ガラガラガラ…ドッシャン

 

 

「な、何だ?」

 

 

ウトウトしていた一護はいきなり扉が開いて何かが入ってきたことに水しぶきを飛ばされた時点でようやく気付いた。それでいきなり入ってきたものは…

 

 

「十香か…と、十香!?」

 

 

「イ、イチゴ!?」

 

 

異性同士がお風呂に入っている事態にお互いが顔を赤くする。とにかく十香を落ち着かせるのが先決だ。こんなところで暴れられたら悲惨な結果に至ってしまう。

 

 

「お、落ち着け。とりあえず、俺も見ないようにするからそっちも見ないようにしてくれ。」

 

 

「見ないように…な、何を言っているのだー!!」

 

 

見ないでくれと言われたら、気になって見てしまうのがそれが人間。それは精霊であっても変わらない。そしてどちらも再び混乱して浴槽の中で暴れた結果がこれだ。

 

 

「「…プカー」」

 

 

「はい、アウト。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――深夜3時

 

 

「悪いわね、令音。」

 

 

「構わないよ。」

 

 

通常ならば琴里はぐっすり夢の中の時間なのだが、更なる訓練を士道と一護に課すために令音に起こしてもらったのである。

 

 

「人員は用意できたかしら。」

 

 

「用意出来てるよ。ただ、ひとつ問題がある。」

 

 

「問題って、神無月が十香の寝てる部屋で縛りプレイを受けてるとかじゃないわよね。」

 

 

「いや、それよりも深刻だ。寝ているはずの苺が寝室にいない。」

 

 

「なんですって!?」

 

 

こんな時間に外に出て行ったということであろうか。琴里は一護に関しては死神の力を持っているので、何かトラブルに巻き込まれたとしても無事の可能性が高い。だが、いきなりの家族の消失ということで不安が大きくのしかかる。

 

 

「別の人員を一護の捜索に回してもらってもいい?」

 

 

「わかった。手配しよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琴里が目覚める30分ほど前、一護は寝室で眠りについていた。十香との事故があったために普段よりも早く眠気が襲い、そのまま深い眠りに入っていた。

 

 

 

――――――ホロウホロウホロウホロウホロウホロウ―――――

 

 

しかし、その眠りを切り裂き、一護を戦いに引きずり出す号令が鳴り響いた。久しくこの音を聞いていなかったのだが、耳に染みついたこの音ですぐに目覚める。

 

 

「代行証が鳴ってる。ありえねえ、こっちにはウルキオラとスタークさん以外は(ホロウ)はいないはず。」

 

 

だが、その一護の思考を否定するように(ホロウ)の霊圧を感じ取れてしまう。本当に(ホロウ)なのかはこの目で実際に見なければわからないが、このまま放置するわけにはいかない。代行証と自分の感覚の鈍化を信じて死神化をして現場へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

やはり(ホロウ)であった。こうして実際に目にしてしまった以上、この世界に(ホロウ)が存在しているということは認めざるを得ない。相手の(ホロウ)は体自体は蛇のような様相をしているが胴体に腕が生えている。そして体格差は5倍ほどあり、通常のそれよりも大きい。

 

 

「出てきたもんはしょうがねえ。俺が消す。」

 

 

「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

どうやらこの(ホロウ)にはもう既に言葉を理解する力は失ってしまっているらしい。それでも霊圧の変化から一護が戦闘モードに入ったことを感じて先に攻めにいった。胴体から生えたその腕で拳を振り下ろす。(ホロウ)はそれで終わると思っていた。

 

 

「悪いな。この世界にはお前がいたらダメなんだよ。」

 

 

一護は(ホロウ)の拳を人差し指で軽く止めていた。それに茫然としていた(ホロウ)の腕を引っ張り、仮面を被った顔面を手繰り寄せる。そして、出力を調節して殴り飛ばす。

 

 

「ギ…ガァ…ガァ…」

 

 

一護の拳により仮面は打ち砕かれた。(ホロウ)が被っている仮面はその進化体を除けば原則的には弱点だ。そこを狙われた(ホロウ)は為す術もなく消滅していく。

 

 

「ソウル・ソサイティで安心して眠ってくれ。」

 

 

この世界に(ホロウ)がいるということは、他の(ホロウ)が存在しているのかもしれない。何でこの世界に存在しているのかは、またあとで考えるとしよう。

 

 

一護は霊圧をほんの少し放出させる。ほんの少しといっても並の死神にしてみればかなりのものである。

 

 

「「「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」」

 

 

一護の狙い通り複数体の(ホロウ)がこの世界へと侵入した。(ホロウ)というものは霊圧濃度の濃い魂を狙ってくる。

 

 

そんな状況の最中、ゆっくりと背中に背負っている斬月を掴みとる。そして、最初に腕を振り下ろした(ホロウ)へと斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…もう…朝ぁ?」

 

 

日差しが部屋の中に流れ込んで琴里は目をこすりながら瞼を開いた。確か夜中に一護おにいちゃんがいなかったから探しててそのまま寝ちゃったんだっけ―――――と思ったところでぼんやりとしていた頭が覚醒した。

 

 

「令音、おにいちゃんはッ!」

 

 

令音に一護の行方が知れたかと尋ねたのだが何も返ってこない。もしかしてフラクシナスでまだ一護の行方を捜しているのかもしれない。

 

 

今になって気づいたのだがソファーで寝ている間にリボンが解けてしまったらしい。どおりで今にも泣きたい気分になっている。琴里はグシャグシャになったリボンを掴んで、髪を括ろうとした。

 

 

ガシャリ

 

 

玄関の扉が開いた音がした。もしかして一護おにいちゃんが―――――と思い、玄関の方へと駆け出した。

 

 

リビングと玄関へと続く廊下とを隔てる扉を開くと―――――目の前にずっと探し求めていた一護がいた。

 

 

「琴里?」

 

 

まさか琴里に出迎えられるとは思っていなかった一護は驚いた。琴里はそんなの構わずに一護の胸へと飛び込んでいった。

 

 

「おにいぢゃあああああああああああああんんん!」

 

 

今まで瞳に溜め込んでいだものが一気に溢れた。それと同時に感情も際限なく溢れていく。

 

 

これを見た一護は全てを悟った。自分が夜中に抜け出していたのに気づいて、夜中にずっと探してくれたことを。

 

 

「ごめんな。心配掛けちまって。」

 

 

「うわあああああああああああああんんんんんんん」

 

 

どうやら、しばらくはこの状態から身動きが出来ないみたいだ。思い切り感情をぶつけている琴里を一護は抱きしめていた。

 

 

(けど、俺の世界の都合をこっちに持ち込むわけにはいかねえ。(ホロウ)は俺が斬る。最悪、俺の最後の力(・・・・)を使っても構わねえ。)

 

 

『一護、私は…』

 

 

(わかってる。おっさんは俺を護りたいんだろ。あれは俺も使いたくねえよ。あくまで最悪の場合だ。俺もおっさんを護りたいんだよ)

 

 

『一護…』



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Decision2

ようやく更新することができました。
今回は少し長めです。話を前半と後半で分けることも考えましたが、1話で投稿しました。
では、お楽しみください。


一護が自宅へと戻った後に無事に士道への訓練は執行された。当然のごとく、いきなり異性が寝ている寝室に投げ込まれれば寝室に寝ている者と投げ込まれた者の双方は混乱する。結果的に士道は十香に投げられた赤ベコが頭に直撃して昏倒した。さらに、黒歴史を公共の電波に晒されたとか。憐れである。

 

 

「あれ?何で制服着てないんだよ、兄貴」

 

 

玄関の扉を開けて学校に向かおうとした士道が足を止めて一護に尋ねる。そう、一護は未だ普段服姿である。ちなみに、先ほどの十香の暴走による負傷は体中に貼ってある湿布が見て取れた。

 

 

「ああ、ちょっとな」

 

 

一護は昨日あったことを隠すのに言葉を濁して答えた。そうすると、十香が寂しそうな眼を向けてきた。

 

 

「今日は…学校に来ないのか…」

 

 

そんな十香の様子に思わず顔を赤くする一護なのだが、今日は最優先で寄らなければならない場所がある。そのため心苦しいが学校を諦めざるを得ない。

 

 

「ちょっと行く場所があってな、すまん」

 

 

一瞬、十香が落ち込んだかに見えたが、「うむ、わかったぞ」と言って明るく振る舞った。そして、十香は士道と共に高校へと向かった。それを見送っていた琴里が一護の後ろで仁王立ちしていた。

 

 

「十香を不安させないで言ったでしょ」

 

 

「わかってる。十香の精神が不安定になれば、精霊の力に逆流するんだろ」

 

 

「そうよ。なんでそれが分かっているのに一緒に行ってあげないの?―――――って、聞かないでおいてあげる。一護には私たちにまだ言えないことがあるんでしょ。私にも言えないことがあるから、これでお互い様」

 

 

「ありがとな、琴里」

 

 

琴里の言葉が一護の心に染み込んでいる内に家を出た。(ホロウ)が出てきたことで、もう悠長にこの生活を楽しんでいくわけにはいかなくなった。はっきり言ってしまえば、一護一人だけではこの世界全員を護れない。だから、仲間に頼る。これは以前の自分には出来なかったことだ。

 

 

 

「ちょっといってくる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一護が学校を休んでまで向かったのは『喫茶 十刃(エスパーダ)』。同じく以前の世界の出身者であるウルキオラとスタークには話を通しておいたほうがいいだろう。

 

 

店内に入ると、ウルキオラはいつもの如くカウンターの内側で新メニューの開発に勤しんでいる。一方、スタークはカウンター席でコーヒーを飲みながら寛いでいた。

 

 

「今は学校にいなければならない筈だが」

 

 

「冗談は止せよ。俺が来た理由、とっくに分かってんだろ」

 

 

「無論だ」

 

 

ウルキオラが素っ気なく答えながら一護にコーヒーを差し出す。スタークはコーヒーを一気に飲み干して、カップを片付けてから一護の隣の席に座った。と、ここで一護はスタークに違和感を感じた。

 

 

「あの子…リリネットさんはいないんすか?」

 

 

「ああ、あいつな。あいつさ、誰から見ても子供だろ。あと、あいつのことはリリネットでいいから。」

 

 

「ま、まあ、そうっすね。」

 

 

リリネット自身は自分のことをガキじゃないと言い張っているので肯定するのには躊躇いがあった。スタークはそんな歯切れの悪い一護の反応に苦笑して、リリネットがいない理由を明かした。

 

 

「あの体型で今の時間にここにいると色々とまずいんでな。それと、現世の知識を身に着けさせるために近くの中学校に通わせてる」

 

 

「なるほど」と、一護は納得した。前にウルキオラから聞いた話によれば、戸籍上は親子として記録されているらしい。だから、警察に補導されるようなことは無いのだが、到底大人には見えないリリネットを学校に通わせないとなると様々な問題が巻き起こされることは容易に想像はできた。

 

 

気になったことも解消でき、店内で客はいないのでいよいよ本題を切り出す。

 

 

「多分探査神経(ぺスキス)で感じ取れてると思うけど、この世界にウルキオラとスタークさん以外に(ホロウ)が出た」

 

 

無言が場を支配する。新たな世界でも再び戦禍が巻き起こる可能性。このことに関して全員が予想していなかったわけではなかった。

 

 

「かつて藍染様が従えていた崩玉を従えている今の一護ならばこの原因を知らないわけないだろ」

 

 

「まあな。だけど、情報共有はしておいた方がいいだろ」

 

 

全員と情報共有を行えば1人で対策を考えるよりも多くの知恵を集めて対策を考えたほうがいいだろう。それを含めて昨日のことを話すために一護はここに来た。

 

 

「で、その崩玉を従えた一護くんの考える理由っていうのはなんだ?」

 

 

少し焦れたかのようにスタークが言った。それに促されて一護は問題の起因されると思われる原因について語り出した。

 

 

「まずは、俺たちの霊圧だ。2人は(ホロウ)だから知ってると思うけど、(ホロウ)は霊圧濃度の濃い魂に引き寄せられる」

 

 

「なるほどな。俺たち3人の莫迦でかい霊圧に引き寄せられてるってワケか」

 

 

とても単純な理由だが、それ故説得力の強い根拠でもあった。だからスタークは納得したのだったが、ウルキオラがその説の穴を指摘した。

 

 

「それはおかしい。この世界は精霊はいるが、元々(ホロウ)はいない世界だ。そして、俺たちがいた世界とこの世界は全く別物で隔絶している」

 

 

ウルキオラが言うように、世界は隔絶している。そうでなければ、この世界に一護たちが訪れる前に(ホロウ)がいるし、逆に一護たちがいる世界に精霊がいるはずだ。だが、一護たちの記憶にはかつて精霊いたという記憶はない。

 

 

「崩玉からの受け売りだからよくはわかんねえけど、俺がこの世界にいる誰かに呼ばれたときにワームホールみたいなところを通ったんだ。それで本当に一瞬だけど、俺たちがいた世界とこの世界とが繋がったんだ」

 

 

「確かにそれなら話のつじつまが合うな。一瞬だけならこちらの世界に流入した(ホロウ)の絶対量は少ない筈だ。こっちからおびき出して、全て殲滅してしまえば問題ないか」

 

 

ウルキオラは現時点で一護からもたらされた情報から解を導き出した。だが、一護の持っている情報はそれで全てではない。

 

 

「本当はそうやって(ホロウ)をおびき出してソウル・ソサイティに送っていければいいんだけど、俺の通ってきたワームホールの影響でこの世界と向こうの世界との距離が近くなってる上に世界の境界が緩くなってるらしい。だから、俺たちが霊圧を解放してしまえば向こうの世界から(ホロウ)がどんどん入ってくるみてぇだ」

 

 

「チッ、打つ手無しかよ」

 

 

スタークが忌々しげに言った。これだけでも相当深刻な問題なのだが、(ホロウ)流入における原因はこれだけではない。

 

 

「お前はさっき『まずは』と言って話をし始めた。つまり、原因がそれ1つではないということだろ」

 

 

「ああ。むしろ、こっちの方がやばい」

 

 

「マジか…」

 

 

これから一護が話そうとしている原因の方がより深刻だということを聞いた二人は顔をしかめた。一つ目の原因よりも酷いということは一体どれだけの原因だろうか。

 

 

「さっき話したことはあくまでも現在いる(ホロウ)を引き寄せるだけなんだ。はっきり言って、これから話す二つ目の原因の余波が一つ目の原因って言ってもいいかもな」

 

 

「全く話が見えねぇけど」

 

 

話の中身が分からないといった様子のスタークなのだが、次の一護の言葉に息を飲むことになる。

 

 

「俺の胸に埋め込まれてる崩玉の能力を知ってるか?自分で達成できる能力さえ持ってれば夢を現実にすることだってできる。そして、その範囲は無限だ。」

 

 

「「なっ!!」」

 

 

ウルキオラとスタークが以前に藍染の元で下っていたときに崩玉に関してのことは聞いていた。概ね一護と言っていたことと同じなのだが、対象となる範囲は周囲だと説明されていた。ところが、崩玉の効果の適用範囲が周囲だけではなく無限である。自分たち大虚(メノスグランデ)から破面(アランカル)に進化させるような能力の適用範囲が無限だということは如何に恐ろしいか想像に難くない。これに加えて一護は一言付け足した。

 

 

「多分、範囲が無限ということに誤解してると思う。無限という意味は過去から未来に掛けて全員(・・・・・・・・・・・・)という意味だ。」

 

 

「過去から未来掛けて全員…そんなことってありえるのかよ!」

 

 

スタークが悲鳴のような声を挙げる。どうやら一護の真意に気づいたらしい。ウルキオラも同様に気づき、一護が見たことがある中で一番驚いているように見えた。

 

 

「そう、この世界に入ってくる(ホロウ)は過去に斬られた奴とか、これから俺らの世界で生まれてくる奴がこの世界に来ても可笑しくはないんだ。」

 

 

一護がそう言ったのと同時に思う。もしも、あのときに不用意に崩玉に近づかなければこのような事態を招くことはなかったではないのかと。

 

 

それとは反対に、もしも一護がこの世界に来なかったら、人々は対抗策を生み出せずにこのまま滅ばせてしまうところだったではないか。

 

 

せめぎ合うふたつの思いに今の一護には答えを出せない。だけれども、このような事態を招いた以上、責任を持って自分ができることをやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一護、ウルキオラ、スタークが(ホロウ)の出現に対する対応策を議論していたら、すっかり太陽が真上に登っていた。

 

 

「そろそろ昼か…飯を食っていくか?」

 

 

一応の結論が出たので議論を打ち止めにして、ウルキオラが昼食を提案した。ちょうど一護はお腹が減っていたので昼食をここで済ますことにした。それで出てきたのは喫茶店の定番メニューのナポリタンであった。

 

 

「相変わらず美味そうだな」

 

 

「当然だ。自分の料理に自信が無ければ店のメニューには載せない」

 

 

この店には店員のルックスの良さに惹かれて女性客もやってくるのだが、ウルキオラの提供する料理の研究に対してストイックな態度で臨んでいることもあって著名な料理研究家や雑誌の取材などが頻繁に来る。だが、取材に対しては拒否している。理由は新メニューを研究する時間が取れなくなるだそうだ。

 

 

「ハア、お前の食材へのこだわりのせいで日本中に駆り出される俺の身にもなれよ」

 

 

目の前に輝いているようにみえるナポリタンを頬張りながら、隣に座っているスタークの愚痴が耳に入る。てっきり、食材の選別もウルキオラがやっていると思っていた一護には意外に感じた。

 

 

「働かない者には飯を出さん。それに、お前の眼は不愉快なことにも俺よりも食材を見極めることに対して優れている」

 

 

「俺を貶してるのか、それとも褒めているのかわかんねえな」

 

 

ウルキオラにそんなことを言われてもスタークは気怠そうに返すだけであった。一護の知っている他の十刃(エスパーダ)であれば絶対に食って掛かりそうなものである。それにしぶしぶながらも従っているスタークは器がでかいのか、それともただ反抗すること自体が面倒なだけなのか。

 

 

それでも一護はナポリタンを口に運ぶ。できることなら、このタイミングに空間震警報が鳴ってほしくないと思うほどである。

 

 

―――――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンンンンンンン――――

 

 

何というタイミングなのか。鳴らないでほしかったと思っていた一護はさっきのが完全にフラグだったことにうんざりしつつ、皿に残っていたナポリタンを一気に口に入れて飲み込んだ。

 

 

「行くのか?」

 

 

「ああ」

 

 

「さっき話し合ったことを護れ」

 

 

「加減は苦手だけど、出来るだけ霊圧を出さないように努力するさ」

 

 

ウルキオラが念を押すように先ほどの結論――――とりあえず霊圧は抑える――――を一護に確認させた。そして一護は人々が避難している町へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一護は精霊から放たれている霊力を感知しそれを辿った結果、市内の大型デパートに辿りついた。まあ、空間震の影響でもう既にデパートは崩れているのだが。

 

 

ASTの隊員は既に空中に待機している。何かしらのアクションを起こしていないということは、精霊の姿を発見できていないということだろう。また、こちらは死神化はしていないので霊力を感知される心配はないから、ASTがまだ手を出さない内に精霊と出会って士道にたくしたい。そう思ってポケットから電話を取り出そうとしたところ後ろから足音が聞こえてきた。

 

 

「兄貴も来てたんだ。ってか、何で精霊が出てくる場所が分かるんだよ?」

 

 

「俺が精霊とかの居場所が分かるのは体質だと思っていてくれ。説明すると少し長くなるからな」

 

 

聞こえてきた足音の主は士道であった。精霊が出現しているときに表に出てきたということは士道の決心が決まったということなのか。そんな一護の思考に気づいているかは不明だが、自分の答えを言葉にした。

 

 

「前にも言ったけど俺は兄貴と違って普通の人間だからこういう場所にいること自体がおかしいし、俺も出来ることなら早くここから逃げたい。だけど、俺は見たんだ。何も抵抗していない精霊が理不尽な暴力に晒されてるということに。俺にはそれを解決できるような力を持っているらしい。そうだったら、俺は救いたい」

 

 

これが精霊が置かれている現状を自分の眼でしっかりと見た上での士道の出した答え。一護はビンタしようとした琴里を止めたものの、実際のところ最終的にはこの答えに至ることをわかっていた。そして、予想通りの答えに一護は不敵に笑いながら言った。

 

 

「精霊は俺たちが傷つけさせない。俺たちの戦争(デート)を始めよう」

 

 

「おう」

 

 

一護と士道はASTに気づかれないように崩壊したショッピングモールに入っていった。中は完全に崩壊はしていなく、まだところどころ被害がほとんど出ていない専門店もあった。瓦礫を避けながら通路を進んだ。程なくして、少女が天井から降りて一護たちの目の前に現れた。

 

 

『君も、よしのんをいじめにきたのかなあ…?』

 

 

目の前に現れたのは緑のコート着た少女。そして何よりも目を奪われるものといえば少女の左手に装着されているウサギのパペット。そう、この姿に一護は見覚えがある。

 

 

「四糸乃…いや、よしのん」

 

 

『やあ、一護くんよく会うねー』

 

 

よしのんは体をくねらせながら言ってくる。今日もよくわかんないリアクションが全開である。そんなよしのんがとあることに気づいた。

 

 

『う?一護くんの隣にいるのは誰なのかなー?』

 

 

「俺は五河士道。一応兄貴の弟なんだけど」

 

 

『弟の士道くんねえ。オーケイ、オーケイ』

 

 

よしのんは一人で頷きながら士道を品定めをするように見てくる。士道もこんなにまじまじと見られるのは初めてだったので少し気押されてしまった。一護は士道の言った『一応』という部分に少し気がかりに感じた。実際に本当の兄弟ではないから『一応』という表現は合っているのだが、今はよしのんのことに集中しなければならない。

 

 

「まあ、そういうことだ。別に士道は怪しいやつじゃないからな」

 

 

「怪しいやつ、って何だよ」

 

 

一護が言ってきたことに関して士道はジト目で見てくるが、一護もさっき『一応』と言ってきたことに抗議するという意味で睨み返してやった。そうしたら、士道はその場で正座をした。

 

 

「申し訳ありませんでしたッ!」

 

 

『あははは!二人ともよしのんを和ませようとしてコントしてくれたのー?だとしたら、面白かったよ』

 

 

よしのんが腹を抱えて笑っている。余程面白かったのかパペットの胴体が捩れている。だが、そのパペットを操っている少女―――――四糸乃は全くの無表情だった。そのことに士道は気になったこともあり、ある質問をしてみた。

 

 

「『よしのん』って、そのパペットの名前じゃなくて君の名前でいいんだよな?それなら何でパペットを通して喋ってんだ?」

 

 

『士道くん、何を言っているのかなぁ…』

 

 

周囲の空間の風の流れが変わった。それと同時に体感気温が急速に低下していく。そして、今までの陽気なよしのんの様子も黒く濃いオーラが発せられているように見えるぐらいの威圧感が感じられた。

 

 

『一体どんなことをやったのよ!このウスバカゲロウ』

 

 

士道の装着しているインカムから琴里の罵りと非難が聞こえてくる。自分自身でも一体何が起きているのかわからない。

 

 

「士道、それはダメだ。実はよしのんは…いや、今はよしのんの機嫌を直すぞ」

 

 

一護は四糸乃の二重人格について話そうとしたが思いとどまり、士道に機嫌を取り直させるように促した。士道はそれに従い何とかよしのんを普段の陽気に戻すことができた。

 

 

「で、さっき何を言おうしたんだよ?」

 

 

「いや、何でもない。さっきのは忘れてくれ」

 

 

一護が「忘れてくれ」と、言ってきたので、士道は問いただすのをやめた。一護がそう言ったのならば、自分は知らない方がいいだろう。

 

 

実際その通りだった。四糸乃が二重人格だということはある思いから来ている。それを一護は簡単に他の人に伝えることはできない。だから、一護はそのことを士道には伝えなかった。

 

 

気を取り直して再びよしのんの攻略をしよう。崩壊しているショッピングモールの中で崩れている部分を避けながら真っ直ぐ続く通路を3人で談笑しながら歩いていく。先ほどのよしのんの様子が嘘だったかのようにとても話が弾んでいた士道は思えた。

 

 

よしのんは十香とは違ってこちらの世界の社会常識を多く知っていたが、専門店内の実物の商品を見ると興奮していた。それで、3人はおもちゃを売っている専門店に差し掛かったときによしのんはその店に駆け出した。

 

 

「おーい、そんなに急いだら危ないぞ」

 

 

士道が気を付けるように注意するもののよしのんは聞く耳を持たなかった。尚もよしのんはすべりだいの階段を上り頂上に立った。

 

 

『わーはは、士道くん、一護くん、よしのんかっこいい?』

 

 

よしのんがそんなことを聞いてくるが、一護は気が気でなかった。それは先日の『ずるべったああああああああああああああああんんんんんんん』のイメージが払拭できなかったのである。

 

 

よしのんはそんな一護の対応に不満に思った。かっこいい、かっこよくないかを聞いているのにそれはおもしろくない。

 

 

『ぶー、もう一護くんったら。もうこうなったらよしのんのスペシャルドリーム、って、う、うわ、うわぁ!』

 

 

一護の懸念の通りに滑り台の頂上からすっ飛んだ。しかも、一護が落ちると予想していた場所の反対側に。

 

 

「くそっ!」

 

 

一護は瞬間的にボディーガード顔負けの跳びっぷりでよしのんを受け止めようとした。士道も必死に駆け寄って助けようとした。

 

 

「「ぐはっ…」」

 

 

一護と士道の両名ともによしのんに潰されたが、四糸乃もよしのんも無事であった。だが、問題がひとつ。

 

 

((唇…だと))

 

 

そう、一護は四糸乃に、よしのんは士道に接吻、つまりキスをしていた。しかも最悪なことに…

 

 

「…女とイチャコラしているとは何事かああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 

「「十香!?」」

 

 

そこには十香がいた。しかもばっちりとキスの瞬間を見ていた。最悪だ。

 

 

「…シドー、大事な用とはこの事か…」

 

 

十香は妙にゆったりとした動きで士道に近づきながら問う。どうやら怒りの矛先は士道に向かっているようだ。これを見て、一護は傍観に徹しようと思った。

 

 

「い、いや、そうだな…」

 

 

困り顔の士道と十香の様子を見たよしのんが立ち上がりながら言った。

 

 

『おねーさん、えっと――――』

 

 

「十香だ…」

 

 

『十香ちゃん、もしかしてきっと士道くんに飽きられちゃったんじゃないのぉ?』

 

 

「なッ…!」

 

 

火に油を注ぎやがった、と思う一護と士道。しかし、尚もよしのんは攻勢を強めていく。その結果、十香は本当に泣く寸前まで至ってしまった。もう感情のやり場のない十香は暴挙に出る。

 

 

十香が地団駄を踏むと地を砕き、地を揺らした。一護と士道が声を挙げようとしてもできなかった。そして、パペットが喋っていると思った十香は四糸乃の着けたよしのんを奪い取った。

 

 

「わ…私は!いらない子では…ない!し…シドーは…ここにいてもいいと…言ったのだ」

 

 

「!…か…かえしてください」

 

 

いきなりよしのんを奪われた四糸乃は十香の制服の端を引っ張り訴えるが、とても小さな声で伝わらない。さすがに、このままでは四糸乃が可哀そうなので一護が返すように訴えた。

 

 

「十香、それをその子に返してやってくれねえか」

 

 

「な…ッ!シドーはどうなのだ?」

 

 

「返してあげた方がいいかな」

 

 

十香は愕然とした。もしかして私は本当に要らない子かもしれない――――そう思うと十香は叫びたくなった。

 

 

「「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」

 

 

十香が叫ぶと何処かに走り去ってしまった。その叫びに釣られて叫んだ四糸乃も消失(ロスト)してしまった。一護と士道は作戦を中止せざるを得なかった。



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Lost my hero

結構更新をするのに時間が掛かってしまって、申し訳ありません。
なんだが最近、この作品での十香がギャグキャラのように思えてきました。
それでも更新はし続けるつもりなので、お楽しみください。


あの後、士道と一護のキスシーン(特に士道の方)を見た十香は自室に閉じこもってしまった。まあ、一護から見れば当然の行動だと思うが、あの唐変木の士道ならば何でこんなことをするのか分かっていないかもしれない。

 

 

それを含めて四糸乃との出会いを昨日の内に反省会をしていた。シェルターに避難していた筈の十香が現場に来たというイレギュラーがあったものの、あそこで上手く対応できなければ今回のような出来事が起こり精神が不安定となって精霊の力が逆流する。その精神の不安定を引き起こさないことが今後の課題のひとつとなった。

 

 

四糸乃に関しては一護は四糸乃の人格とよしのんの人格があることは言わないことにした。いずれは令音が解析してわかるだろうが、一護にしてみれば士道に自分でそれに気づいてもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その会議のあとに一睡した一護は何でも屋の依頼を受けて学校に赴いた。ちなみに空間震の影響で学校が休校となっているため私服で来ている。

 

 

「そういや、育実さん元気にしてるかな?」

 

 

前の世界では同じく何でも屋のバイトしていたのだが、うなぎ屋という何でも屋の元でバイトをしていた。その何でも屋の店主というのが鰻屋育実だ。物凄く強烈なキャラを持っているが、一護が悩んでいた時は相談に乗ってくれたこともあり信頼している。ちなみに、店名が『うなぎ屋』という名前なので本物の鰻屋と間違えられてうな重の注文を発注されたこともある。

 

 

思いに耽っていたら依頼主がやって来た。その依頼主は学校に待ち合わせ場所を指定したこともあり、案の定来禅高校の生徒であった。

 

 

「五河一護さんですか?」

 

 

「ああ。で、依頼の内容は何だ?」

 

 

「あの…わたしと一緒に…この子の散歩をしてもらってもいいですかッ!」

 

 

「お、おう」

 

 

依頼主は頬を染めながら語気を強めて依頼内容を言った。一護がこの世界の女性に会う度にこのような反応をされる。嫌われているだろうか。まあ、この外見から不良だということを理由にしてレッテルを貼るような人間はいないので問題がないのだが。ところで、気になることがひとつ。

 

 

「犬の散歩っていうのはいいんだけど、依頼主さんが一緒に散歩するというのは何でも屋の俺が言うのもあれなんだけどさ、俺に頼む意味無くねえか?」

 

 

至極当然に思うことだ。何でも屋に頼むということは何かしら依頼主が忙しいから頼むということではないのか。一緒に散歩していたら、別のことをやれないのではないか。

 

 

「私が…ついていっちゃダメですか?」

 

 

「いや、依頼主さんがそれでいいんなら問題ないけど」

 

 

そんな潤んだ眼で見ないでほしい。何だか悪いことを言ってしまって罪悪感が芽生えてしまう。

 

 

結局のところ、報酬の話も簡単に折り合えて契約の成立をした。一護自身も提示してきた報酬に幻聴かと思うほどによかった。確かに報酬は高い方がいいが、予想していたよりも1ケタ違った。

 

 

ということで、一護は依頼主と一緒に犬の散歩をすることになった。一護が空を見上げると青空が広がっていた。絶好の散歩日和であるが、遠くの方に黒い雲があることから雨がそこで降っていそうだ。そこには近づかないようにしようと思う一護であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――数時間後、犬の散歩の他に、悩み相談、壁の補修などの幾つかの依頼を終えたが、もうその頃には日が傾き始めていた。今日の依頼はこれで終わりなのでこのまま帰ろうとしたところ、ポツポツと水滴が顔を叩いた。

 

 

「最近、よく雨に降られるなあ」と自身の運の無さにため息をつくが、この後特に急ぐこともないので近くのコンビニに雨宿りで寄ることにした。

 

 

よく見ると、ここは昨日四糸乃が現れた場所であった。このコンビニがもう営業を始めていることから察すると、運良く空間震の影響を受けなかったようだ。

 

 

コンビニの窓ガラス越しに外を見ているとますます雨が強くなった。まるで一護が下校している最中に四糸乃に出会ったときのように。まさか、本当に四糸乃が現界しているのではないかと思ってしまうほどに。

 

 

「一応見てみるか…」

 

 

一護はコンビニでビニール傘を買って雨の降っている外へと出た。ビニール傘が雨粒を弾いて、身を濡らすことを防いでくれる。

 

 

周囲は雨音が鳴り響き、視界の見通しは悪い。人間状態の一護では敵意や殺意を向けらなければ遠くにいる者の存在に気づかない。それでも、昨日四糸乃の現れた場所を考えれば自ずと予想は着く。

 

 

「一護…さんッ!」

 

 

一護の予想通り、昨日消失(ロスト)したショッピングモールの専門店内に四糸乃がいた。その四糸乃だが、泣きながら一護に抱きついた。

 

 

「どうした?何があったんだ?」

 

 

「実は…よしのんが…いないんです」

 

 

四糸乃がしゃくり上げながらも何とか事の次第を一護に伝えられた。昨日の現界のときに十香が現れて、そこでよしのんが奪われたときに動転してそのまま消失(ロスト)してしまった。なので、よしのんが十香に奪われたまま――――ということであるが、一護が見た感じであるが走り去ったときにはもう持っていなかったような気がする。ということは、ここで落とした可能性が高そうだ。

 

 

「俺も一緒に探すぜ」

 

 

「あり…が…とぅ…ござい…ます」

 

 

「とその前に、これを使ってくれ」

 

 

一護は先ほどコンビニで買ったビニール傘を四糸乃を渡した。傘が無くとも精霊の力を以てすれば雨をしのぐぐらいのことをできるが、少女をそのまま雨の中に放置しておくのは忍びなかった。

 

 

傘を受け取った四糸乃は迷いなく自分の頭上に開いた傘を持っていき雨を弾いてみせた。今まで、雨の中では傘を使ってこなかったので、傘を翳している四糸乃を見るのは少し新鮮だった。

 

 

それから30分ほどよしのんを探してみてみたものの、瓦礫が散乱しているこの場所で見つけるのは困難を極めた。

 

 

「よしのん…うえッ…うえッ…」

 

 

一度壊れたものは中々元には戻らない。よしのんを探していた最中は止まっていた涙も、ついにこぼれてしまった。止め処なく泣いている四糸乃にこれ以上探させるのは酷だと判断した一護は提案した。

 

 

「この雨の中でずっと探してたら風邪を引いちまう。少し休まないか?」

 

 

四糸乃は首を横に振って提案を断るが、空腹を訴える音が鳴った。

 

 

「えっと、腹が減ってるのか?」

 

 

四糸乃が再び首を横に振るがそれとは裏腹に可愛らしい音が再び鳴る。これで余計に休憩をさせなければならなくなった。それを見た一護は携帯を取り出してある人物に掛けた。

 

 

『もしもし、一護おにいちゃん?』

 

 

そう、一護が電話を掛けた相手とは琴里であった。今日は士道が買いだしにいくと言っていたので家に確実にいるのは琴里だけであった。ちなみに、機嫌を損ねている十香は令音に連れられて外食に行っている。だから、十香とエンカウントする可能性をなくす為に家に招待したいと思っている一護だが。

 

 

「ちょっと頼みがある」

 

 

『なに~?』

 

 

「四糸乃を家に連れてきたいんだけど」

 

 

一護がそう言うと電話口の奥から衣擦れの音が聞こえてきた。そして、そんな琴里から一言。

 

 

『バカじゃないの!?』

 

 

「いきなりそれとか酷くね!?」

 

 

いきなりの暴言にさすがの一護もたじろいでしまう。だが、電話越しの司令官モードの琴里が続けざまに説教を続ける。

 

 

『大体ねぇ、精霊と接触する前には連絡しなさいと言ったわよね。それなのに何で勝手に接触しちゃうの。カニみそ程度の脳の士道でさえ事前に連絡してきたのよ』

 

 

地味に士道を貶してることに内心少し苦笑した。ただ、何だかこれ以上会話を続けると面倒になりそうなので一護とりあえず話をまとめることにした。

 

 

「わーったよ、今度から連絡するから」

 

 

『何よその態度。ちゃんと作戦を練ってからでないと危ないのよ。ちゃんと、分かってるの?』

 

 

「そんなことを言ってもなあ…」

 

 

勿論一護も精霊と接触しているのでその危険性については重々承知しているのだが、十香のデート作戦の指示を思い出すと正直連絡しない方が良かったと思う。

 

 

『フラクシナスのクルーを信用してないわけ?』

 

 

「どう考えても不安しかねえよ!」

 

 

以前にフラクシナスのクルーを紹介されたが、早すぎる倦怠期(バッド・マリッジ)だとか藁人形(ネイルノッカー)などという非常に怖すぎる二つ名が付けられているクルーに任せられるだろうか。いや、任せられない。

 

 

『なっ!あなた言ったわよね。わたしの指示を聞くって!』

 

 

「それはなぁ、ちゃんとした指示だったらの話で「あああああああああああああああああああああ!!!」」

 

 

ヒートアップしていた会話の途中で四糸乃の叫びが響き渡る。一体何事かと思った一護だが、それと同時に代行証が鳴る。「もしかして…」と嫌な予感が走る。

 

 

「っ!」

 

 

そこには(ホロウ)がいた。しかも、悪態などつく暇もない、(ホロウ)はもう既に殴り飛ばす態勢に入っていた。四糸乃もあまりの精霊の力を暴走させて周囲を凍結させていく。無論、(ホロウ)も足元から凍らせているのだが、全てを凍らせる前に四糸乃は殴り飛ばされる。

 

 

この場でこの事態を対処できるのは一護だけであった。対処をするための死神化のためには代行証を胸に当てるというワンアクションが必要だ。しかし、もう殴り飛ばされる直前でそれをしては間に合わない。

 

 

それでも一護には四糸乃を助けられる方法がひとつだけあった。一護は一切の躊躇なく(ホロウ)の方へと走っていく。そして、代行証を胸に当てることはせずに刀で斬るように振るう。

 

 

「おおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

裂帛の気合いと共に代行証を完現術(フルブリング)をし、刃を顕現させて(ホロウ)の腕を両断した。腕を両断し終えたところでちょうど完現術(フルブリング)が完全に展開されたらしく、一護の姿が自分の身を護るように骸が体を覆っていた。

 

 

「四糸乃、大丈夫か?」

 

 

一護は四糸乃の前に立ち、尋ねる。四糸乃は涙ぐみながらもコクリと首を前に倒した。

 

 

「すぐ片付けるからな。こっから先は一縷でも攻撃は通さない」

 

 

片腕を両断されたことで苦悶の叫び声を挙げる姿は正しく化物。もはや倒す他にこの場を切り抜ける方法はない。一護は構えた刀を握りなおす。

 

 

「いくぜ」

 

 

地面を完現術(フルブリング)して一気に(ホロウ)の仮面の辺りに移動した。そして、刀を横に傾けて紅に縁どられた一転に黒い霊圧が収束していく。ようやく、一護がどこにいるか把握した(ホロウ)が腕で防ごうとする。

 

 

「遅せえ」

 

 

今の状態の速力は死神化の時と遠く及ばないが、それでも相手を倒せる程度の力を溜めることはできた。一護は霊圧が収束していた刀を横に降り抜いた。そうすると、黒い霊圧で作られた回転翼が仮面を砕いた。

 

 

「怖かったか?」

 

 

「怖く…ない…です」

 

 

四糸乃は両手で被っていたフードを更に目深にしてしまった。言葉ではそう言ったものの、今の見られて四糸乃に怖がられたかな、と一護は思い悩むことになった。

 

 

 

「ッ!」

 

 

そんな一護の様子に真意が伝わっていないということに気づいた四糸乃は慌てて言葉を補った。

 

 

「そう…じゃなくて…助けてくれて…ありがとう…ございます!」

 

 

「どういたしまして」

 

 

怖がられていたと思っていた一護はそれを聞いて安堵感を得た。四糸乃は一護に助けられた時を振り返り言葉を紡いだ。

 

 

 

「よしのんは…ヒーローです…私の理想です…強くてかっこいい」

 

 

「強くてかっこいい…か」

 

 

四糸乃ともよしのんとも対話したことのある一護にとってはそれぞれが個性があってどっちもかけがえのない存在だと思っている。四糸乃がよしのんに憧れることも自由だし、それになろうとするのも自由である。ただ…

 

 

「別によしのんみたく無理してなろうとしなくてもいいじゃねえか」

 

 

「でも…私は弱くて…よしのんがいないと…傷つけて…人を…傷つけてしまいます。だから…」

 

 

「それなら、よしのんがいないときは俺が全部受けとめる。四糸乃に誰も傷つけさせない」

 

 

「え…」

 

 

四糸乃は一護の言葉に驚いた。一護は四糸乃がもたらすであろう全て理不尽な不幸を全てこの身ひとつで受け止めると言っているのだ。だが、そんなことを他者が傷つくことを嫌う四糸乃が許容できるはずもない。

 

 

「それじゃ…一護さんが…」

 

 

「俺は傷つかない」

 

 

たった一言、誓うように言った。四糸乃を安心させたいというのもあったが、それ以上にこの絶望の連鎖のから四糸乃を助けたい。そのためであったら、この身は決して傷つかないということを一護は知っている。別に一護はよしのんではないからよしのんみたく支えることはできないかもしれない。それでも、一護には一護のやり方がある。

 

 

「俺が言うのもあれなんだけれども、四糸乃はもう少し誰かに甘えるっていうことをしてもいいんじゃねえか。もし、甘える相手がいないっていうなら俺がなってやる」

 

 

「一護さんは…うぇ…英雄(ヒーロー)…うぇっ…うぇ…です…うぇっ…」

 

 

「お、おい!?なんで泣くんだよ。俺、何か変なことでもいったのか?」

 

 

「ち…ちがいます…今まで…だれにも…そんなこと言われたことがないから…」

 

 

四糸乃は泣きながらも嬉しさを爆発させた。一護は最初はいきなりの涙に戸惑っていたが四糸乃の言葉を聞いて四糸乃とそして自分が手の届き得る範囲の全てを護ることを改めて心に刻んだ。

 

 

その後も泣き続けた四糸乃は徐々に意識を薄れさせていった。つまり、今までにないくらいに泣いてしまい泣き疲れでそのまま眠ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠りが覚めて、まず視界に飛び込んできたのは天井だった。ということは屋内にいるということになるが、それにしてもこの天井は最近…というよりもほんの数時間前に見たような気がする。

 

 

状況を把握するために上体を起こし瞼を擦りながら周囲を見回した。その周囲には確かテレビというものがある。ちなみに画面は破壊されて水浸しだ。

 

 

ここまでで四糸乃が目にしてきたものは全て既視感があることに首を傾げる。もっと視界を広げてみるとやはりどれもこれも既視感があるものばかり。と、ここで一護と出会う前のことを振り返ってみた。

 

 

(確か最初は…よしのんを探してて…士道さんと会って…士道さんが一緒に探してくれて…おなか減って…士道さんの家に入って…テレビを壊しちゃって…)

 

 

四糸乃は再びテレビが置いてある方を見る。そのテレビは画面が壊れていて、しかも水浸しである。ということは…

 

 

「士道さんの家…ッ!」

 

 

「四糸乃、起きたのか」

 

 

その四糸乃の大きな声に反応したのか男性の声が聞こえてくる。

 

 

「一護さん…でも…ここ…士道さんの家…」

 

 

「あれ、言ってなかったっけ。士道は俺の弟だって」

 

 

一護は顎をさすりながら自分がその事実を言ったような時のことを思い出してみる。そうすると、よしのんの前では言ったが四糸乃の前では言っていなかったことに気がついた。

 

 

「そうだったな。四糸乃にはまだ言ってなかった。まあ、そういうことだから俺が士道の家というか俺の家でもあるんだけど、ここに住んでる」

 

 

ひとまず一護がここにいる理由がわかり納得した。と、ここで再び四糸乃のお腹から『コロコロコロ…』と可愛らしい音が鳴る。その音に四糸乃は近くにあったクッションに紅くなった顔を埋めた。

 

 

「ちょうどよかった。今、カレーが出来たからこっち来いよ」

 

 

一護に言われた通りに椅子を引いて座る。机上に鎮座していたのは白いご飯と焦げ茶色の液体に肉やら野菜が入っていた。これを初めて見た四糸乃にしてみればこの焦げ茶色の液体に生命の危機を感じた。

 

 

「…えっと…これ…」

 

 

「見た目はアレだけどかなりうまいぜ」

 

 

一護にこう言われてしまえば食べないわけにはいかない。スプーンを手に持つがガクガクと震える。その震える手で白いご飯を多め、ルー少なめですくう。口のある位置まで持ち上げるが、そこから先に行程の口に運ぶことができない。

 

 

「もしかしてカレーダメだったか?だったら、別の作り直すけど」

 

 

「ッ!」

 

 

一護が皿を取り下げようとしたところ四糸乃は空いている方の手でガッシリと掴み、スプーンを一気に口の中に放り込んだ。

 

 

四糸乃は目を見開いた。少量ながらも口の中に入れたルーが舌に触れた瞬間に凝縮された旨味が解放される。肉や野菜の成分が溶け込んだルーは見事に米粒にコーティングして米の一粒一粒がしっかりとした美味さを感じる。こんな美味い食べ物食べたことが無い。

 

 

ペチペチペチペチ…

 

 

あまりの美味さに四糸乃は机の端を叩いていた。それを見た一護は作った甲斐があるというものだ。まあ、これで冷蔵庫にあるものは大体無くなってしまったのだが。

 

 

その四糸乃の感じた美味さにより、ますますスプーンを動かすスピードが増していった。ついにはカレーが入っていた皿がきれいになってしまった。

 

 

「ごちそう…さま…です」

 

 

「お粗末様でした」

 

 

「士道さんの親子丼も美味しかったですけど…一護さんのカレーも美味しかったです」

 

 

「ありがとな」

 

 

感謝の言葉をもらえれば誰もが嬉しくなる。とはいっても、ここまで美味しくできるのはこのカレーだけなので士道には遠く及ばないと一護は思っている。少し複雑な気分になってしまった。と、ここで四糸乃の言ったことに引っかかることがあった。

 

 

「さっきはスルーしたけど前に家にきたことがあるのか?」

 

 

「はい…そのときは…士道さんに親子丼を作ってもらいました。美味しかったです」

 

 

「士道の作るやつはホントにうめえからな。別に将来、主夫になっちまってもいいんじゃねえか」

 

 

まあ、四糸乃は主夫と聞いて頭の上にクエスチョンマークが浮かんだだけであったが。

 

 

「「……」」

 

 

四糸乃の食事が終わった後、沈黙が生じた。一護は食器を洗っているにしても、このまま沈黙が続くのはまずい。とりあえず、何か話題を切り出そうした結果…

 

 

「あー、さっき見たアレだけどさ…」

 

 

「ッ!」

 

 

やはりこの話を振るのはまずかった。それを示すように四糸乃の肩がビクッと揺らした。誰もがあんな体験すればそのときのことを思い出したくないはずだ。だが、自分からその話題を振った手前、この話を最初から無かったことにすることはできない。

 

 

「大丈夫か?もしアレならこの話やめるけど」

 

 

「大丈夫…です。一護さんが…護ってくれましたから」

 

 

「…わかった。あれは(ホロウ)って言うんだ。そいつを説明しようとするとかなり長くなるんだけど、っていうか士道と琴里にもかなり軽くしか説明してないんだよなあ」

 

 

「…ほろ…う?」

 

 

「そう。かなり簡単に説明すると、生きている人間とかを襲うめちゃくちゃ怖い化物ってことかな」

 

 

「う…」

 

 

誰にも傷ついて欲しくないと願う四糸乃にとっては辛いものである。これでもかなりのアバウトな説明なのだが、(ホロウ)が霊力の高い人を襲って捕食するなんてことを言ってしまったら町中が凍結してしまいかねない。だが、四糸乃にはひとつだけ伝えなければならないことがあった。

 

 

「もし、またアレに会ったら全力で逃げてくれ。どこにいたって俺が必ず護る」

 

 

「はい!」

 

 

今まで聞いたことのない大きさで返事をしてくれた。しかし、やはり伝えなければならないこと――――霊力の高い精霊は一般の人よりも狙われやすい――――を声にすることはできなかった。

 

 

「一護さん…少し聞きたいことがあって…いいですか?」

 

 

「あ、あぁ」

 

 

本当に言わないことが正解だったのか思い悩んでいた一護が尋ねられた反射的に返した。そのいつもとは違う一護の様子に四糸乃は気になりながらもあることを尋ねた。

 

 

「キス…って…何ですか?」

 

 

「……へ?」

 

 

いきなり四糸乃からそんなワードが飛び出すとは思わなかった一護は思わず素っ頓狂な声を発した。「キスって、接吻のキスでいいんだよな」と頭の中で整理する。そんな一護を尻目に四糸乃が言葉を続けた。

 

 

「確か…士道さんは…唇を近づけてするものだ…っていってました」

 

 

四糸乃が何故キスのことを知っているのか一護は納得した。精霊の力を封印するためにはキスは欠かすことのできないプロセスだ。そのことを士道が言うということもあり得る話だ。

 

 

「このキス…普通の人にはしたくありません……でも…なぜかわからないですけど…一護さんになら…キス…したいです」

 

 

「な…!」

 

 

四糸乃は自分の言っていることがわかっているだろうか、と疑いたくなるほど一護は衝撃を受けた。このかた2度の人生に恋愛遍歴などの無い一護。このことから一護の受けた衝撃は相当なモノであることがわかるはずだ。そんな一護に更なる一撃。

 

 

「キス…いいですか?」

 

 

一護と四糸乃の身長差からか上目遣いで一護を見上げながらその一言を言う四糸乃。如何に戦闘面でメンタルが鍛えられていようとも、このように見つめられたならば顔が熱くなって申し出を拒むことができない。

 

 

「わ、わかった」

 

 

動揺しながらも一護は唾液をゴクリと飲み干すと顔を四糸乃の顔が位置がある場所にまで下した。だが、ここから先に一護が進むことができなかった。鼓動が速くなり息も浅くなっている。このまま何をすればわからない一護の代わりに四糸乃から唇を近づけてきた。

 

 

「……」

 

 

一護は何も言葉にできなかった。その間にも四糸乃の唇が近づいていき距離を縮める。その距離はみるみると詰まっていき…30cm……20cm……10cm………5cm…もう唇はすぐ目の前にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドンッ

 

 

「何をしているのだ…」

 

 

リビング前の扉を開けた者がそんなことを言う。一護は石像のように固くなった首を声の主の方に向けてみると、案の定、そこには般若のような顔をした十香がいた。それに釣られて見た四糸乃は「ひっ!」と、顔を蒼くした。

 

 

「ち、違うんだ、これは!」

 

 

別に何も違くはないのだが必死に弁明をしない体が粉砕されてしまいかねない。しかし、一護の努力の甲斐もなく…

 

 

「イチゴもかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

もうそれは家の基盤自体がダメになってしまうぐらいの振動で階上にある仮の自室へと駆けて行った。それと同時に精神が大きく揺らいだ四糸乃は隣界へと消失(ロスト)してしまった。リビングにはただ一人一護が残されるだけであった。



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Absolute zero

今回の更新は前回からかなり経ってしまいました。申し訳ありません。
その代わりに今回は過去最長の約18000文字です。二つに分けるには中途半端だったので纏めて一つにしました。今回で四糸乃篇は終わりです。
ではお楽しみください。


現在一護はフラクシナスの艦長室にいる。艦長室にいるということはフラクシナスの中にいる最高責任者がいるということになる。要するに、今艦長室は琴里と一護の2人きりだということである。

 

 

「で、この間のことはどういうつもりだったわけ?」

 

 

「この間のことは悪かったって。っていうか、この話何回蒸し返すんだよ」

 

 

ここでいうこの間のこととは、勿論琴里への連絡なしで勝手に四糸乃に接触したことである。琴里とフラクシナスのクルーは精霊が現れたことということで四糸乃が現界しているその間は霊力阻害などの協力してもらったが、その後フラクシナスのクルーに白い眼で見られることになった。

 

 

そういうことなので琴里は一護に説教をしている。しかも3回目である。

 

 

「本当にあなたがやったことをわかっているの?わたしたちを裏切っただけじゃなくて、下手をすれば命を失うかもしれないのよ」

 

 

いくら一護が強いということが分かっているといっても万が一ということがある。琴里はそんなことになってほしくなくて何回も説教をしているのだが一護に気づいてもらえない。

 

 

「だから、悪かったって言ってるだろ。けど…」

 

 

「けど…の次は何なのよ?」

 

 

前回と同じような言い訳。琴里は本当に頭を抱えたい気分になったが、一応続く一護の言葉を聞くことにした。

 

 

「俺は絶対に死なねえ。これだけは約束できる」

 

 

真顔で琴里の眼を見つめてそんなことを言う。もし他人ならば全くもってそんなことを言っても冗談じゃないと言いたくなるが、不思議と一護が言うとその言葉を護ってくれると思えてくる。別に一護が力を持っているからではない。ただ単純に琴里は一護が5年前に助けてくれた時から1度言った言葉を違えないということを知っているからだ。

 

 

「はあ…わかったわよ。この問題は今後蒸し返さないわ。だけど、これからはちゃんと私に連絡しなさいよ。そうしなかったら、絶対に許さないから」

 

 

「わかった。今度から連絡する」

 

 

一護も琴里がどれだけ心配だったのかようやく知ることになり自らの行動を反省した。琴里や士道を護ると約束しておきながらこれでは不甲斐ない。これから琴里と士道をこれ以上悲しませないようにすると心の中で誓った。

 

 

「それで、士道はどこに行ったんだ?朝から顔を見てねえけど」

 

 

「シンならば、ASTの鳶一折紙の家に行ってもらった」

 

 

士道の行方について語ったのは令音だった。いつの間にかに入ってきたのであろうか。と、思う一護を気にせずに話を続けた。

 

 

「本当ならば実際に精霊の力を封印をするシンにはここを離れてもらいたくないのだが、現状、シンよりも苺の方が四糸乃に好かれている。一旦、君で四糸乃の様子を見たい。だから、苺にはここに待機してもらっている」

 

 

「わかりました。けど、何で士道を鳶一の家に行かせたんですか?別に、俺も一緒に付いて行ってよしのんを探したほうが早く見つけられると思うんっすけど」

 

 

1人でよしのんを捜索するよりも2人で探した方が効率が高いし、もしも折紙に怪しまれた場合でも上手く2人で役割を分担して気づかれずによしのんを確実に奪取できるかもしれないのだ。

 

 

「残念ながらそれは無理よ」

 

 

琴里がそれを否定した。何やら諦めにというか呆れたというような表情をしながら応えた。

 

 

「どういうことだよ?」

 

 

「本当まったくありえないわよ!褒められた方法でないけれども、士道を鳶一折紙の家に送り込む前にうちの機関員を送ったわ」

 

 

「それで、どうなったんだ?」

 

 

「その機関員全員病院送りになったわよ。家全体に赤外線を張り巡らせていたり、その赤外線に触れたら神経毒系の矢が家中から発射されるなんて意味がわからないわ。一体彼女は何を目指しているのかしら?女版ラ○ボーよ」

 

 

「そ…そうか……って、士道をそんなところに送り込んだのかよ!?」

 

 

「安心しなさい。さすがに自分の好きな相手にセキュリティをつけたまま家に上げさせないでしょう…たぶん」

 

 

そんな他人事のように言う琴里に一護は頭を抱えた。今の話を聞いている限り士道が天に召されそうな気がする。

 

 

「なら、余計に俺が行った方がいいだろ」

 

 

「それはダメよ」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「鳶一折紙の家には妨害電波があるの。だから、2人とも行ったら私たちと連絡が取れなくなる。鳶一折紙のことだから精霊に接触させないように何かしらの仕掛けがあるはずよ」

 

 

「くそっ!」

 

 

今、何もできない状態の一護は悪態をつく。琴里は一護には見えない位置で拳を血管が浮き出る程の力で握った。

 

 

「それに一護の方が四糸乃のことを知っているんでしょ。士道に頼まれていたことなんだけど、四糸乃とパペットのよしのんが別の人格――――つまり、二重人格ってことを私たちと士道が知るよりもずっと前から知ってたんでしょ。それで、よしのんが生まれた理由も知っているあなたが救わなくて誰が救うのよ!」

 

 

琴里の精霊を救いたい一心で語った言葉。それは一護自身も分かっていたはずだったのだ。だけど、いつの間にか自分が救えられる範囲で救うことと巻き込んだくせに士道を危険な目に合わせたくないことをすり替えていた。

 

 

「ごめん、忘れてた。俺が助ける」

 

 

「まったく世話が掛かるわね。一護、これを持っていきなさい」

 

 

「これは…」

 

 

「士道と同じインカムよ。情報が伝わらないのは不便だわ」

 

 

「そうだな」

 

 

「さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、士道はよしのん奪還作戦を遂行している途中であった。といっても、もう既によしのんは手に入れて腹の辺りに隠してある。あとは、ここから脱出するだけなのだが…

 

 

 

「今日は泊まってほしい」

 

 

「な、何でまたそんなことを…」

 

 

「ダメなの?」

 

 

「う…」

 

 

ダメというよりもむしろ容姿端麗の折紙にそんなことを言われてしまえば是非とも泊まりたい。だが、今はよしのんをできるだけ早く四糸乃にわたさなければならない。

 

 

「べ、別にそういうわけじゃないけど、そろそろ夕食の準備をしないと」

 

 

「まだ13時52分34秒。こんな時間に夕食の準備をするはずがない」

 

 

「ですよねー」

 

 

自分の嘘の下手さ具合に少し悲しくなった。せっかくお呼ばれされたのに脱出しようとしている自分に気が滅入る。

 

 

「士道」

 

 

「はい、何でしょうか?」

 

 

いきなり名前で呼ばれ思わず敬語になってしまった。だが、折紙は真剣な面持ちで尋ねる。

 

 

「何であなたは精霊を庇うの?」

 

 

一切の躊躇なしに言った。この質問は一度一護に尋ねたものだ。一護ははっきりと精霊を救いたいからだと答えた。果たして士道はどのような答えを返すのだろうか。

 

 

「俺は……精霊とか人間とか関係ないと思う。精霊がどうとかASTがどうとか込み入った事情は全くわかんない。でも、これだけは言える」

 

 

士道は一拍空けてから自分自身の根源にあるものを言葉にして続けた。

 

 

「目の前に困っていたり、悩んで辛そうにしているやつがいたら助けたい。そいつがどんなに世界に否定されたとしても」

 

 

「…そう」

 

 

士道は折紙の表情と声の調子からは感情をあまり読み取ることは出来なかったが、それでも僅かながら折紙から滲み出ている空気が教えてくれる。

 

 

「ごめん、こういうこと折紙に言うのは無責任だったかもしれない。でも、もしさ折紙が何か困ったりしたりしたら俺が相談に乗るよ」

 

 

「私が精霊に殺されそうになったとしても?」

 

 

「え…」

 

 

「いや、何でもない」

 

 

「勿論、助けるよ。俺が何とかして精霊を止める」

 

 

「ぁ…」

 

 

士道は質問に少し戸惑ったものの内容を理解してすぐさま助けると答えた。折紙は理解したら思わず声を漏らしていた。以前に士道が折紙を助けてくれたように誰であっても苦しみを受けている人がいたら自分のことを捨ててでも助けてくれるような聖女のような人間であることに気づいた。

 

 

「どうしたんだ?」

 

 

何となくなのだが呆けていたように見えた折紙に何か変なことでも言ってしまったのかと少し心配になって尋ねた。

 

 

「ありがとう」

 

 

「おう」

 

 

ふと外を見てみると先ほどまで晴れ渡っていた空がどんよりと曇っていた。そういえば洗濯物を外に干したままであることを思い出し立ち上がった。

 

 

「あー、洗濯物を取り込まなきゃいけないからそろそろお暇するよ」

 

 

折紙も外の様子をちら見で見ると少し逡巡する様子をみせたが士道の足をガッシリと掴んだ。

 

 

「え、えっと、これは」

 

 

「ダメ」

 

 

名残惜しそうな眼で士道のことを見つめながらも、ちゃっかりと士道の足を掴む力は増していっている。っていうよりも、引きずり込まれている。

 

 

「な、何をするのですかオリガミさん!?」

 

 

尚も引きずり込まれている士道はもう諦めて目を瞑った。これから何をされるだろうと怯えていたが、突然引きずりこまれていた力が無くなった。それに続いて強烈な寒気を感じて目を開けた。

 

 

「なんだよ、これ…」

 

 

そこには氷漬けにされた折紙の部屋があった。部屋にあるもの一切合切の全てだ。しかし、これだけではない。

 

 

「ッ!」

 

 

ついさっきまで空を雲が覆っているだけであった外がどこまでも氷の世界に閉ざされていた。そう、この天宮市は町ごと氷漬けにされたのである。このようなことが出来る人物は1人しか士道は思い浮かばなかった。

 

 

「もしかして四糸乃…」

 

 

それを示すように折紙に精霊の出現を告げる通信と空間震警報が鳴り響いた。

 

 

「私は出撃をする。氷漬けにされたここは危険。士道は早くシェルターへ」

 

 

「…わかった」

 

 

折紙はそれだけ言うと外へ駆け出していった。士道もぼんやりとするわけにもいかない。折紙には便宜上ああ言ってしまったが、一刻でも早く四糸乃の元へ駆けつけなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「町が…全部凍ってる」

 

 

折紙の家からではほんの一部しか見えなかったのだが、下に降りてみると本当に町の全てが氷漬けされているということを実感できる。氷漬けにされてから空間震警報が鳴ってしまったためまだ町にはシェルターに避難する人に溢れていた。

 

 

『士道、聞こえる』

 

 

折紙の家に入室してからインカムからはノイズしか聞こえてこなかったが、部屋から出たことでラタトスクとの通信が復活したらしい。

 

 

「琴里」

 

 

『ようやく繋がった。何ちんたらしてるのよ。一体、鳶一折紙の部屋で何かあったわけ?』

 

 

「…ちょっと折紙に引き止められてな」

 

 

本当はそんなレベルではなく、まじで自分の貞操に危機が訪れそうになったが。

 

 

『まあ、いいわ。今、天宮市で起こっていることはもうわかっているわよね』

 

 

「ああ」

 

 

『あと士道が気になっていたことを調べておいたわ。令音おねがい』

 

 

士道はこれまでに2回四糸乃に出会っているが、その1回目と2回目で受けた印象が全然違った。そこから一つの仮説が立ったのでその裏付け琴里達に頼んだのだが、それは士道の予想通りだった。

 

 

「やっぱり四糸乃とよしのんは別の人格だったのか」

 

 

『その通りだ、シン』

 

 

「でも、何で二重人格になったんですか?やっぱりASTにいつも攻撃されるとか」

 

 

士道が思い浮かべる二重人格になる原因といえば外部から何かしらの精神的ダメージを与えられることによって自己防衛のために新たな人格を生み出すというものである。だが、よしのんを生み出した原因はそんなものではなかった。

 

 

『シン、これを聞いたら必ず四糸乃を助けてくれ給え』

 

 

令音は今まで士道が見てきた中でも見たことがないような真面目な声の調子で真実を語った。

 

 

『シンの言う通り二重人格は外傷性のショックが原因になることが多い。しかし、四糸乃の場合は違う』

 

 

「それなら何が原因なんですか?」

 

 

『一度四糸乃と接触したことのあるシンならば自分以外の誰かが傷つくことを嫌っていることを知っているだろう』

 

 

「はい。四糸乃は優しくて決して自分から他人を傷つけるような子じゃないです」

 

 

『そう、四糸乃は他人が傷つくことを極端に嫌う精霊だ。しかし、彼女が精霊である故にASTから狙われることは避けられない。そして、狙われ続けた四糸乃はASTに反撃することも出来ず、ついに耐えられなくなった。このままでは誰かを傷つけてしまう。その結果、自分の理想の姿である強い人格を生み出した。』

 

 

「それがよしのんなのか…」

 

 

想像を超えた四糸乃の境遇に絶句した。こんなにも優しい四糸乃がこの世界の理不尽な面しか享受できないなんて間違っている。これがこの世界で起こるべき運命(さだめ)ならば、士道はそれに四糸乃が救えるまであがき続ける。

 

 

「琴里、手を貸してくれ」

 

 

『もちろんよ。そのためのラタトスクなんだから』

 

 

もう士道には十香が家に来た時の迷いはもうない。琴里はその吹っ切れた士道がようやく昔の強い士道を取り戻しつつあることに嬉しく思った。だが、ここで問題が1つ。

 

 

『本当は士道と一緒に一護にも攻略に参加してもらいたいけど、生憎ながらこの吹雪で転送装置がやられてしまったの。しかも、凍りついてるから復活するまでには時間が掛かるみたい。通信はやられてないからこちらからは指示は出来るけど、今の状況でASTが黙っているはずがないわ』

 

 

「つまり、兄貴の助けなしで四糸乃の精霊の力を封印しろ、っていうことだろ」

 

 

『そうよ』

 

 

「なら、教えてくれ。今、四糸乃がいる場所を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琴里の指示通り進むと、そこにはASTから猛烈な攻撃を受けている四糸乃がいた。そんな中でも四糸乃は一度も反撃することをせずに飛んでくるミサイルやらビームを何とか躱していく。それでもASTの部隊を構成する隊員の数は20人近くおり全ての攻撃をよけることは四糸乃には無理があった。

 

 

「う…!」

 

 

1つのミサイルが四糸乃に直撃し小さな悲鳴を挙げる。しかし、これだけでは終わらない。一旦動きを止めてしまえば恰好の標的となる。小さな体に続々とミサイルが直撃していき死の世界へと葬りこもうとする。

 

 

そんな四糸乃の置かれている状況に士道が黙っていられるはずもない。インカムからは何か声が聞こえてきたがそんなものは雑音にもならなかった。破壊の限りをし尽すミサイルの雨の中へと突き進んでいく。その最中、四糸乃と思われる影が地上へと堕ちていく。

 

 

「四糸乃おおおおおおおお」

 

 

ギリギリのところで四糸乃を受け止めることができた。堕ちてきたところに体を滑らせて受け止めたので背中が擦り切れて痛むが、今は些末なことだ。

 

 

「士道…さん?」

 

 

目を瞑っていた四糸乃は開くとまさか士道がそこにいるとは思わなかったので少しの間固まってしまったが、自分の瞳に映るのは士道で間違いない。

 

 

「なんで…?」

 

 

四糸乃のたった一言しか言っていないのだが言おうとしていることははっきりと士道に伝わった。何でこんな危険な場所に来たのかと――――

 

 

「そんなの決まってるよ。よしのんと俺と一緒に暮らさないか?」

 

 

「ッ!」

 

 

いきなりそんなこと言われて四糸乃は茫然としてしまった。その一瞬後に士道が言ったことの意味を理解し、嬉しさが止めどなく溢れだしてきた。

 

 

「あっ、そうだ」

 

 

士道は自分の言った言葉で思いだし服の中に隠してあったよしのんを四糸乃を渡そうとした。だが、今はASTによる集中砲火が先ほどから続いている。そのような環境の下では命を失うのと隣り合わせだ。しかも、士道は精霊の力を吸収することができる以外は一般人である。士道が渡すよりも先に魔力弾という名の凶弾が迫る。だが、唯の人間が高速で動いている弾丸を知覚することなんて不可能だ。

 

 

「だめええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」

 

 

急な暴風が吹き荒れたかと思うと士道は大きく吹き飛ばされてしまった。地面に叩きつけられた体を起こした士道の眼に映ったものは寒色のドームと氷に閉じ込められた数人のASTの隊員だった。

 

 

『まずいわね。』

 

 

「琴里、何かあったのか?」

 

 

『ええ、かなり状況が悪いわ。ドームみたいのは見えるわよね』

 

 

「ああ、少し離れてるけど見える」

 

 

『あの中に四糸乃がいるわ』

 

 

「だったら、早く行かないと」

 

 

『待ちなさい』

 

 

士道が駆け出そうとしたところで琴里が制するように止めた。愚直にまで突き進む兄の姿に思わずため息をついた。

 

 

『だから、状況が悪いって言ってるの分からないの。四糸乃を助けたい気持ちは分かるけど少しは落ち着きなさい。そうしないと死ぬわよ』

 

 

死ぬ――――という単語を聞いて少し落ち着きを取り戻した。琴里の言っていた通りこのまま考えなしに突っ込んでしまうところだった。

 

 

『まず、差しあたっての問題はASTね。多分、さっき士道が四糸乃に会ったときに探知範囲に入ったからもう士道の存在は気づいてる可能性が高いわ』

 

 

「なら、どうすれば…」

 

 

「シドー」

 

 

後ろから不意に聞こえてきたと思って振り返ってみると十香がいた。その十香だがいつもの様相と違っていた。来禅高校の制服の上に光の膜が包みその手には幅広の剣―――鏖殺公(サンダルフォン)を握っていた。今の十香の状態は士道が力を封印する前のそれと似ていた。

 

 

「シドー、大丈夫か?」

 

 

「ああ、大丈夫。っていうか、何だよその姿」

 

 

「うーむ…なぜこの姿に私にもわからん」

 

 

士道の生じた疑問に十香の代わりに琴里が答えた。

 

 

『十香が精霊の力を使えるようになったのは士道から封印されてた力が逆流したのよ』

 

 

「は?何で逆流するんだ?」

 

 

『前に言ったでしょ。十香の精神状態が不安定になったときにそうなるって』

 

 

「そうなのか」

 

 

本当は何で十香の精神状態が不安定になってしまったのかを知りたかったのだが、今は一刻を争う時なのでこれが終わった時に聞くとしよう。

 

 

「シドー、早く避難するぞ」

 

 

手を差し伸べてきた十香は今までずっと士道を探していたのか制服には所々汚れが付いていた。また、十香の目も赤く充血していた。だが、士道は避難するわけにはいかなかった。

 

 

「ごめん。それはできない」

 

 

「何故なのだ?ここにいては危険だぞ」

 

 

士道は一瞬次に言いたい言葉を声にすることを少し躊躇ったが必死に声にして言葉にした。

 

 

「俺はこれから四糸乃を助けなきゃいかないんだ。多分、俺だけの力だけじゃ助けられない。頼む、手を貸してくれ」

 

 

「四糸乃という者は――――前に会った娘のことか?」

 

 

「ああ」

 

 

士道から肯定の意を読み取ると十香は顔を下に向けた。四糸乃と士道が雰囲気よく話していたのを見ると心の中の蟠りがモクモクと膨らみ負の感情が沸き立ってしまう。そのように思ってしまうのは悪いことだということはわかっているのだけれども、どうしても止められない。

 

 

「シドーは私よりもその娘の方が大事なのか」

 

 

口には出してはいけない質問をしてしまった。この質問が士道を困らせることは分かりきっているはずなのに尋ねてしまった。自己嫌悪に陥りそうだった。対して士道は一息をついて十香の両肩を掴んで言った。

 

 

「誰が一番大事とかじゃねえよ。俺はただ助けたいだけなんだ。十香も四糸乃も誰も傷つくのを俺は見逃すことができない。それに四糸乃は十香と同じなんだ」

 

 

「私と…同じ?」

 

 

『士道、これ以上は危険よ―――』

 

 

士道はインカムから流れ込む琴里の声が煩しく思えて外した。後でどんな仕打ちをされるかは分からないが、今は自分自身の言葉で伝えたい。

 

 

「ああ。四糸乃は十香と同じ精霊なんだ。今は四糸乃も力を持っているだけでASTに狙われて、このままにしてたら俺が封印する前の十香みたくなってるかもしれない。だから…だから…手を貸してくれ」

 

 

士道は必死に懇願した。助けた十香をまた巻き込むことにも勿論抵抗はある。だけれども、士道だけの力では助けることができない。一護がいない今、頼れるのは十香だけだった。

 

 

「…はは」

 

 

「十香?」

 

 

いきなり十香が笑ったのでどうしたのか思った。次に十香は後ろにあった鏖殺公(サンダルフォン)を収める玉座を前に倒した。

 

 

「何をしているのだ?あの中にいる娘を助けるのだろ」

 

 

「いいのか、十香」

 

 

「助けたいと言ったのはシドーではないか。それと…今まで何かワケのわからない理由で苛ついてしまってすまん」

 

 

十香は玉座に乗るように促しながら言った。士道は十香の乗った後ろの部分に乗りながら十香に返した。

 

 

「いや、あれは俺が悪かったし。でも、これだけは誤解しないでくれ。俺は十香を大切じゃないって思ったこともないし、それに大切に思ってなかったらデートには誘わねえよ」

 

 

「そうか…」

 

 

十香はそんなことを士道に真面目に言われてしまったら照れてしまう。士道からは十香の後ろ姿しか見えてないので顔を紅くなっているのは見えていないはずだと言い聞かせて心を落ち着かせた。

 

 

「それでは、いくぞ」

 

 

「おう」

 

 

ダンッ――――という爆音が聞こえたかと思ったら士道は後ろに吹き飛ばれそうになった。玉座に抱きつくように掴んでいなければもう既に下に落ちていたのかもしれない。だが、これならばものの数秒で四糸乃の元へと辿りつくだろう。

 

 

「どうやら私はここを離れなければならないらしい」

 

 

どういうことなのかと一瞬思ったが、高速で動いているため視界がぐにゃりと歪んでいる中でもその理由を知ることができた。それはASTが十香の精霊の力を探知して構成員の一部がこちらに向かっているのである。その中には折紙の姿もいた。

 

 

「シドーはこのまま掴んでいればあそこに着く。後は任せたぞ」

 

 

それだけ言うと十香は近くの建物へ飛び移った。これで十香の制御から離れたことになるが前へと進む勢いは無くならない。

 

 

「うおっ!」

 

 

十香が離れてからものの数秒で氷のドームの外壁へと到着した。玉座は尚も前に進もうとする勢いはあったものの瞬間的に凍らされ自分自身も氷漬けになりそうになり飛び降りなければならなかった。

 

 

「さてと、これからどうしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(シドーにはあんなことを言ってしまったが、今の状態での私ではメカメカ団もといAST共を相手にするのは厳しい)

 

 

そう、十香は士道と別れた途端にASTに囲まれた。さっきまでは何の力を持っていない一般人の士道がいたから手出しが出来なかったが、士道がいなくなれば被害を考えることもない。

 

 

 

十香は鏖殺公(サンダルフォン)を正面に構えた。この態勢が一番どこからの攻撃に対応もできる。

 

 

「打て!」

 

 

先に動いたのはASTだった。いや、先に動かざるを得なかったと言った方が正しいか。仮にAST側から動かなければ沈着状態に陥ることになり、<ハーミット>の対処が余計遅れることになる。ならば瞬間的に物量で押し通す。

 

 

各々がアサルトライフルのようなものを構えて十香目掛けて魔力の篭った弾丸を打ち出す。

 

 

「ッ!」

 

 

本調子ならば態々避ける必要もなく手を翳すだけで弾丸を弾くことができる。だが、今の状態の十香では一発喰らうだけで致命傷になる可能性はほとんどないが、それでも一発だけで手負いになるのは必至だ。

 

 

そのため無理に鏖殺公で弾くことをせずに足を動かして避けた。部隊が分割されているといわれても基本的には一対多の戦いなので自然と避けるだけでは躱すことができない弾丸もある。それは鏖殺公を振るうことで躱した。

 

 

ここで整理をしよう。十香の勝利条件とは士道が四糸乃の精霊の力を封印するまで自分に注目させて士道の邪魔させないようにする。そして、封印後に安全に離脱することである。したがって、十香は自ら攻撃をする必要はない。ただ、単に躱しているだけでいいのである。しかし、それだけではASTからの攻撃をとめることはできない。

 

 

「小癪な」

 

 

如何に超人的な身体能力を持っている十香いえども長時間攻撃に晒されていれば集中力が低下してしまう。その証拠に肩に一発の弾丸が掠めていった。このままでは士道が封印する前にやられてしまうと思い十香は鏖殺公を振るい剣圧を飛ばした。

 

 

全開状態の十香ならば回避不可能の絶大な一撃になっていただろうものが、ASTの超人レベルでも殺傷能力はあるものの回避可能のレベルにまで剣圧が飛んでいく速度が落ちていた。十香の大振りの隙を突いて折紙が脇腹狙って突貫してきた。

 

 

「くっ、貴様…」

 

 

十香は鏖殺公の腹を自分の脇腹を覆い隠すように動かし何とか防ぐことができた。ASTのレベルにまで力の落ちた十香では戦闘の訓練を受けているASTの隊員との実力の差が縮まる。さらに、複数人との戦闘なので十香にとって徐々に劣性に戦局が傾いていった。

 

 

(シドーはまだか…)

 

 

士道の方に目を見やると氷のドームの前に立ち尽くしており、解決するにはまだ時間が掛かることが伺える。

 

 

どうにか1対多の状況から各個撃破が出来るような状態に持ち込みたい。だが、そんな都合のいい方法なんてあるだろうか。何か手がかりとなるものがないかと周囲を見渡す。十香の目に映るのは士道の姿とドームを挟んで反対側に陣取っているASTのもうひとつの分隊だった。

 

 

 

その分隊はドームを無理やり破壊するべく近くの倒壊しかけた高層ビルを持ち上げてドームを押し潰そうとしている。あの程度では破壊できないと断じたところで、十香は気づく。

 

 

「そうか…これならば」

 

 

今まで力のごり押しであまり気にしたことはなかったが、魔術師は顕現装置で生成された魔力を脳で指示して攻撃や防御に応用している。その生成された魔力を使ってビルを持ち上げたりすることもできるが、先ほど見ていた限り数人が意識集中させなければ出来ないらしい。ならば、別の何かで脳と意識を使わせればいい。

 

 

「はああああ!」

 

 

十香は今いたビルから飛び降り剣を真横に振るった。そうすると、ビルはバターのように切れて横にスライドをし倒壊していく。完全に倒壊する前に十香は蹴りあげてASTの方へと亜音速の速度で飛んでいく。

 

 

「グアッ」

 

 

「がはっ」

 

 

「ウッ」

 

 

これで3分の2の戦力は消えた。超近距離で亜音速の速さを出してしまえばいくら魔術師といえども回避することは不可能。また、随意領域で止めたとしても大きな隙ができる。

 

 

十香はビルの一部を蹴りあげた後、空気を踏み場にしてASTのいる場所を目指した。そして、一番最初に視界に入った魔術師に剣を振りかぶる。

 

 

「覚悟!」

 

 

ビルを随意領域で受け止めていた魔術師は為す術もなく斬られて地に伏した。

 

 

十香はそれだけでは止まらず次の標的を定めて迫る。その次に狙われた魔術師は折紙だ。

 

 

「甘く見ないで」

 

 

折紙はビルを受け止めることを止め、自らの随意領域を狭め防御を固めた。それを十香の刃が辿り着く前に為し遂げた。その結果、十香の刃はあともう少しのところで届かなかった。今度は逆袈裟で斬り上げようとした。

 

 

「な…ッ!」

 

 

体から霊力が一気に抜けて十香は体に力を入れることが出来ずその場にへたりこんだ。これは、ビルを吹き飛ばすのに相当な霊力を使った代償だろう。

 

 

「こんなところで…」

 

 

折紙はこの状況に少し戸惑ったが、これは精霊を仕留めるチャンスである。魔力出来ている剣ーーーー<ノーペイン>を顕現させて、それを振り上げる。対して十香はそれを防ごうと鏖殺公を持ち上げようとするが上手く持てない。

 

 

(すまぬ、シドー。どうやら私はここまでのようだ)

 

 

十香は諦めて目を瞑り、折紙の剣が体の中に食い込む感覚を待った。だが、それはいつまでも来なかった。

 

 

「女、無事か」

 

 

「だ、大丈夫だ」

 

 

十香の前に立っていたのは体の全てが白く翠の瞳を持つ男ーーーーウルキオラである。しかも、折紙の振り降ろした剣を見ずに素手で止めている。ちなみに、十香は喫茶 十刃(エスパーダ)での事件がフラッシュバックして足が震えている。

 

 

「あなたは何者?」

 

 

内心焦っているのを悟らせないようにしつつ折紙は尋ねた。これに返したウルキオラの答えは事務的なものであった。

 

 

「俺は契約で精霊を護るよう頼まれただけだ」

 

 

「誰に頼まれたの?」

 

 

「それは貴様に言う必要はない」

 

 

「ならば、力づくでも聞きだす」

 

 

折紙は掴まれている剣に自身で生み出した魔力の全てを注いだ。刀身は青く耀き今までにない程の高熱を生み出しウルキオラの手を焼く。この方法ならば通常の精霊にでもダメージを与えることができる。

 

 

「やはり、所詮は人間のレベルか」

 

 

「!!」

 

 

剣を掴んでいるところからは煙が上がっていたが裂傷どころか皮膚でさえ焦げてもいない。全くの無傷である。これは破面(アランカル)の特性である鋼皮(イエロ)の恩恵によるものだ。自身の霊力に比例して皮膚の硬度が上昇していくのだが、ウルキオラの場合は以前に力の完全覚醒をしていないものの一護の斬撃でさえ胸に一筋の裂傷しか与えることができない程のものだ。ウルキオラからしてみれば当然の結果だった。

 

 

(俺達)と人間との間の差はほんの一握りの例外を除いて決して覆えることはない。」

 

 

あまりの傍若無人の物言いに折紙はそれを否定しようと<ノーペイン>を押し込もうとするが全く動かすことができない。対してウルキオラは涼しい顔で平然としている。少しして折紙の力を測り終えたのか掴んでいた刃を折紙ごと投げ飛ばす。

 

 

「がはっ」

 

 

投げ飛ばされた折紙はビルの壁に打ち付けられ肺の中に収められた空気を全て吐き出され血反吐もせりあがりそうになったが飲み込んだ。そして一拍置いた後に自分の打ち付けられたビルからコンクリ―トが粉々になっていく音が聞こえてくる。そして数秒後にビルが崩壊していく現実を見て愕然とした。

 

 

「わかったか」

 

 

「!」

 

 

折紙は再び驚愕に染められた。戦闘中に気を抜くことは命を落とすことに直結している。折紙はそのことを理解しているし、今だって気を抜いたつもりはない。その集中している状態でウルキオラは気づかれずに一瞬で近づいてみせたのだ。

 

 

これが力の差。だが、折紙とてこのまま黙って精霊を見逃すことはできない。自分を奮い立たせるかのように咆哮した。

 

 

「私は認めない。精霊が闊歩する世界を」

 

 

「そうしたいのなら力づくで俺を倒してみろ」

 

 

折紙は<ノーペイン>を正面に構え、ウルキオラは自然体のまま動かない。現在動ける隊員でもウルキオラから放たれている異様なプレッシャーで自分から仕掛けることないし不用意に近づくこともできない。一歩でも間違えれば一撃で即死ということもあり得る。

 

 

(一護から頼まれた時間稼ぎならば、こちらは問題はないか。籠城している精霊に対処する部隊もスタークならば問題ないだろう)

 

 

念のために横目でスタークの様子を見るが、欠伸をしながらも敵を無力化していっている。それだけでなく、基本的に争うことが嫌う彼なりの配慮で相手全員を斬り伏せることなく柄や峰で意識を刈り取っていく。スタークを外に引きづり出すのに少々乱暴な手を使ったが、実力は本物であるとウルキオラも認める。

 

 

ついつい気になってしまってスタークの方に少し意識を向けていたウルキオラだったが、その間に折紙もその他の誰もこの膠着状態を破ることをしなかった。

 

 

(実力の差ぐらいは理解しているということか…)

 

 

だが、それは長くは続かなかった。痺れを切らしたのかウルキオラが意識を逸らしていたときに何か作戦を建てたからかはわからないが折紙は真っ直ぐウルキオラの胸を貫くつもりで向かってきた。それにウルキオラは右手を折紙に向けることしかしなかった。そして一瞬という時間が過ぎ去って、ついに折紙とウルキオラが激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四糸乃が籠城しているドームの目の前にいる士道は自分が持っている精霊の関しての知識では明らかに四糸乃の元へと辿りつけないことをわかっていた。そこで琴里に知恵を借りるためにインカムを付け直したのだが、いきなり罵詈雑言の嵐だった。

 

 

『本当にあなたたち何なの!?十香が機嫌を崩さなかったからいいものの、士道は一護みたいに通信を自分から切ってあんなことを言うなんて軽率よ。バカなの、死ぬの』

 

 

「悪かったって、説教は後で必ず聞くから今は…」

 

 

『わかってるわよ。今は四糸乃を助け出すことが先決だということぐらい。全力でサポートするから必ず助け出しなさい』

 

 

「おう」

 

 

士道が返事したことを確認すると琴里は四糸乃が籠城しているドームについて説明を始めた。

 

 

この周囲を囲んでいる氷のドームはただの雪の結晶が飛んでいるわけではない。氷の塊が音速に近い速度で吹き荒れているのである。要するに、ドームの中に入ればガトリングガンのように夥しい量の弾丸に晒される。さらに、その氷の塊には霊力が込められており他の霊力や魔力を帯びているものが触れると氷漬けにされてしまう。

 

 

『しかも時間もないわ』

 

 

「具体的にはあとどれくらいなんだ?」

 

 

『四糸乃がドームを展開してからこの辺りの気温が物凄い勢いで下がっているのよ。ちなみに、今の気温は-5℃。フラクシナスのAIの予測だと、ここから先は加速度的に気温が下がる速度が速まっていくわ。人間の活動限界まであと10分よ。そのあとは絶対零度へ一直線』

 

 

 

士道の今の服装は半袖で直に寒さを体に伝えてくる。琴里は人間の活動限界まで10分と言っていたが、実際はもっと短いと士道は予想した。それを証明するように手から先の感覚がもう既に無い。

 

 

「そうか。なら、四糸乃を助けられるのは俺しかいないな」

 

 

『そうよ。いま、中に入る方法を計算するから』

 

 

「どうやら、そうは言ってられないみたいだ」

 

 

『え?』

 

 

ドームの中から地鳴り声が聞こえてきたと思ったら、更に周囲の外気の温度が一段と下がった。いきなりの出来事にインカムを通してフラクシナスのクルーの慌て具合が伝わってきた。どうやら、この急激な外気温の低下は先ほどのAIが導き出した結果よりも更に悪化しているらしい。

 

 

「ひとつ聞きたいことがある?」

 

 

『なに?』

 

 

士道は十香との精霊の力を封印するためのデートでのことを思い出し琴里に尋ねた。

 

 

「十香の精霊の力を封印したとき――――俺は撃たれた(・・・・)よな」

 

 

『ええ』

 

 

琴里は特に大きな反応もせず士道の言葉に肯定の意を示す。それに続いて、簡単に力の解説をする。

 

 

『士道に備わっている力はアンテットモンスターもびっくりのチート蘇生能力よ。だから、あなたは今生きているのよ』

 

 

これで士道の腹は決まった。現在進行形で悪化している状況からみても四糸乃を助けられるのは士道しかいないことを認識させられた。自分で決めた行動に移す前に琴里にひとつ聞いた。

 

 

「なあ、その蘇生能力も封印する力も原因不明で俺に備わっている力でいいんだよな?」

 

 

『封印の方はそうだけど、蘇生能力の方は少し違うわ』

 

 

「少し違うって?」

 

 

『それは…』

 

 

今までの司令官モードでは考えられないくらい琴里は言葉に詰まった。インカム越しの息遣いからこのことを言おうか言わざるべきか迷っていることが伺えた。

 

 

「もし言えないんだったらもう言わなくていいよ。俺の可愛い妹が伝えない方がいいと判断したんなら、きっとそうなんだろ」

 

 

『…一端の口を利くようになったじゃない』

 

 

「それはどうも。それじゃ、俺はもう行く」

 

 

士道は前に歩き出した。しかし、目の前には氷のドームがある。それでも士道は歩みを止めなかった。

 

 

『もしかしてあなた…ダメよ!認められないわ!』

 

 

司令官モードの琴里のただならぬ様子に士道は苦笑した。

 

 

「おいおい、俺には蘇生能力があるんだろ。十香のときには俺が撃たれたっていうのに平然としてたそうじゃないかよ」

 

 

『そのときとは状況が違うわ。あなたのやろうとしていることは5メートルの距離を撃たれながら進むということよ。それに、あのドームの中では魔力に反応して凍らせられるわ。』

 

 

「でも、やるしかねえよ」

 

 

決して自分の意思を曲げない士道にたまらずという感じで琴里が叫ぶように言う。

 

 

『わからないの!?あのドームが魔力・霊力に反応するということは、体が損傷してそれが回復する前に氷漬けになるかもしれないのよ』

 

 

「そうか…俺の力ってのは精霊の力なんだな」

 

 

『っ!』

 

 

士道の指摘で失言してしまったと気づいた琴里。本当はまだそのことを言うのにまだ心の準備ができていない。だけど、今は士道を止めなければならない。

 

 

『止まりなさい、士道。おねがい、止まっておにいちゃん』

 

 

今の琴里は司令官としてでなくひとりの兄を持つ妹として士道を止めようとした。しかし、それでも士道の歩む足は止まらない。

 

 

「ありがとう」

 

 

その一言を伝えられた後、琴里のいるフラクシナスと士道の装着しているインカムとの通信は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、琴里を心配させやがって」

 

 

今、ドームの前には漆黒の衣を身に纏った派手なオレンジ頭の男―――、一護がいた。そして一護の視界で捉えられているの中でドームからほんの少しだけ士道のものだと思われる足が伸びていた。

 

 

一護は内心ではきっと自分も士道と同じことをするんだろうな、と思ってしまったので士道のことを言えない。

 

 

「必ず戻ってこいよ」

 

 

一護はドームから伸びていた足の足首の部分を掴んで引き抜いた。士道の体は血まみれで体組織はズタズタに引き裂かれ、そして所々氷に覆われた部分もあった。生きている可能性なんて全く皆無の士道なのだが一護は目を反らすことはしなかった。

 

 

「戻ってこい、俺が必ず現実にしてやる」

 

 

一護は胸にあるものを見てから士道を見る。しかし、未だ士道の体には変化がない。だけれども、一護は必ず戻ってくると信じ士道の額にそっと手を置く。

 

 

すると、士道の体から紅い火が燻りだした。そしてその火は大きくなり炎となりて体組織を再構成していく。それは氷漬けにされている部分も例外ではない。最終的に士道の体は全て焼き尽くされ完全に癒された。

 

 

「俺は…」

 

 

「よう、起きたか」

 

 

「兄貴…」

 

 

目覚めたばかりの士道は周囲を見渡して目の前にドームがあることを認識して自分がドームの中に辿りつけなかったということを悟った。

 

 

「俺は辿りつけなかったんだよな」

 

 

「そうだな。しかも、俺が助けなかったら完璧に死んでた。けど、俺がいる限り誰も死なせねえ」

 

 

一度救われた命、こんなことを言ってしまえば一護は憤慨するだろう。だが、士道はそれを覚悟の上で言った。

 

 

「四糸乃を助けにいく。兄貴が止めたって俺は進むから」

 

 

一護はフッと少し笑うと士道の背中に向けて言い返す。

 

 

「助けるのに誰が止めるかよ」

 

 

瞬歩で刹那の間に士道の横に移動した。そして、士道の肩を抱えながら言い放った。

 

 

「ただ、違うやり方で俺たちの戦争(デート)を終わらせてやる」

 

 

一護は士道の肩を抱えながら後方に移動した。士道はわざわざ距離を取る意味を図りかねたが、一護のやることならば勝算があるだろう。

 

 

「士道、危ないから少し離れていてくれ」

 

 

「おう」

 

 

士道が一護から離れたことを確認すると斬月を両手で握り、真上に突き上げる。一護が一息吐いた次の瞬間、一護の体から猛烈と表現しても足りないような暴風が発せられた。

 

 

「おわっ」

 

 

あまりの暴風に士道は吹き飛ばされたが電柱を掴んで何とか態勢を整えることができた。士道は吹き飛ばされたことから一護に風が集まっていっていると思ったが実際はそうではなかった。その風の正体は一護の持つ特殊な力――――霊力が集まっていく余波が風なのである。その証拠に一護の持つ斬月の刀身は蒼く輝き、空間に絶対の威力を持つことを示している。そして斬月に迸る霊力は天高く立ち昇る。

 

 

「なんだよ…それ」

 

 

「俺のとっておきだ」

 

 

今から使おうとするものは現在の一護(・・・・・)の持つ最強にして唯一の技。そして、何度も使い慣れ親しんだ技の名前を叫ぶ。

 

 

「――月牙天衝」

 

 

ついに荒れ狂う膨大な霊力が一瞬にして解放された。斬月から放たれたそれは正に極光。それの前に立ちはだかること自体が愚かだと思える程一切を無に帰していく。それは四糸乃の生み出した氷のドームも例外ではない。如何に魔力・霊力の込められた攻撃は氷漬けする効果があるとしても、この圧倒的な霊力の奔流には無意味であった。そしてドームを崩壊させた後、その霊力の奔流は空に向かっていき彼方へと消えて行った。町全体に雪を降らせていた永遠に続いているように見えた雪雲を完全に消滅させるという置き土産を残して。

 

 

 

「すげえ」

 

 

士道は思わずそのような言葉を漏らした。自分が蘇生能力を駆使してでも辿りつけなかったものを跡形もなく壊した。士道の持つ語彙では今の状況から言えるのはそれしかなかった。

 

 

「なに、そこで突っ立ってるんだ」

 

 

「え?」

 

 

「え?じゃねえよ。今が精霊の力を封印する絶好のチャンスだろ」

 

 

「あ…」

 

 

一護が先ほど使用した技――――月牙天衝が頭に残り過ぎて精霊の力の封印のことなんて一欠片も士道の頭に残っていなかった。

 

 

「そのためにこいつを撃ったんだから。早く行け」

 

 

一護は早く四糸乃の元に行くようにと士道に促した。しかし、士道はその場を動こうとはしなかった。

 

 

「まじで、どうしたんだよ?別に俺の言葉が聞こえてないわけはないだろ」

 

 

「今回は兄貴が行った方がいいと思う」

 

 

「は、何でだよ?お前がいないと精霊の力を封印できないだろ」

 

 

「それはそうだけど…今回は俺が兄貴に助けてもらった、というよりも兄貴が四糸乃を救ったと思うんだ。だから、四糸乃に最初に会うのは兄貴のほうがいい」

 

 

士道はそう言いながらうさぎのパペット―――よしのんを一護に手渡した。

 

 

一護は手渡されたよしのんを見てから士道を見た。一護の目に映る士道の顔は四糸乃のことを第一に考えた結果として頼まれてほしいということを読み取れた。

 

 

「わかった。俺が行く。だが、お前も来い」

 

 

一護は士道の襟首を掴んで強制的に四糸乃の元へと連れて行った。一護も四糸乃を助けるのに自分だけの力だけでなく士道の対話も大きな要因にあったということが解っている。そうでなければ、四糸乃がASTの攻撃を当てられて堕ちて行った際に受け止めに言った士道を護ろうとしなかったのかもしれなかったのだから。

 

 

「っ!一護さん…士道さん」

 

 

「よう、四糸乃」

 

 

「やあ」

 

 

四糸乃の反応に一護、士道という順で返していく。すると、四糸乃の瞳にじわじわと液体が満ちて零れた。

 

 

「「お、おい」」

 

 

いきなりの四糸乃の涙にどうすればいいかわからない2人。それを見た四糸乃は止まらない涙を拭いながら今の自分の気持ちを語った。

 

 

「中から…見ていて…色んな人が倒れて…つらかったです。一護さんと士道さんが…その中に入っていたらと思うと…苦しかったです。でも…一護さんと士道さんが無事で…」

 

 

話している途中で申し訳ない気持ちと無事で嬉しいという気持ちになってさらに涙が流れていった。その四糸乃に一護は同じ目線になるように座って頭に手を置いた。

 

 

「ごめん、俺が四糸乃にこんな思いになる前に助けることができなくて」

 

 

実際、一護は氷漬けにされた影響でフラクシナスの転送装置が使えない上に緊急脱出用の非常ドアも開かなかったことから外に出る手段がなかった。それは今も続いているのだが、一護は自身で外に出られることに胸にある崩玉を見るまで気づけなかった。だから、四糸乃に怖い思いをさせたり士道にあんな目に合わせることになってしまって全ては自分の責任である。

 

 

それを踏まえて一護は手に持っていたよしのんを装着して四糸乃に誓った。

 

 

「だから、これからは四糸乃を俺と士道が護る。もう絶対に痛い思いはさせねえ、約束だ」

 

 

『よしのんも護るからねー』

 

 

「一護さん…士道さん…よしのん!」

 

 

一護は自分から見てもかなり下手くそな腹話術だったが、それでも四糸乃には痛みを分かち合ってくれる仲間がいることを教えたかった。そして、装着していたよしのんを四糸乃に渡した。

 

 

「ありが…とう…ございます」

 

 

「礼なら士道に言ってくれ。よしのんを見つけたのは士道なんだから」

 

 

四糸乃は士道に向けて感謝の意を込めてお辞儀をした。そして一歩下がった状態で一護と四糸乃を見ていた士道を呼んだ。

 

 

「これだけは…一護さんと士道さんにしか…したくありません」

 

 

「何だ?」と尋ねたかった一護だが唇が押さえつけられた―――四糸乃の唇によって。それに続いて士道の方からも唇が触れた音が聞こえた。

 

 

一瞬何が起きたか分からなかった一護と士道だがすぐに変化は訪れた。突如として崩玉が輝き、その光が四糸乃の霊装と天使を奪い去った。それに次いで一護の中で熱い何かが通り抜けて出ていく。

 

 

(何だ、今のは?こいつは精霊の霊力なのか?)

 

 

そして一護はもうひとつ気づく。一護の体を通り抜けて出て行った四糸乃の霊力は何か細い糸を通り士道の方へ向かっていた。最初は驚きはしたが崩玉を従えている一護はこの現象を理解した。どちらにしても、四糸乃の精霊の力は封印されたと。

 

 

「!?」

 

 

いきなり霊装が消えたことに驚く四糸乃。だけど、四糸乃が一護と士道に見せた表情はこれまで以上に晴れやかだった。そして一護が斬り開いた陽は四糸乃の新たな門出を祝福しているようだった。



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四糸乃ゲームセンター

更新が滞ってしまって誠に申し訳ありません。
前回の更新以来大学の課題とか風邪とかバイトとかが重なって中々更新をすることができませんでした。次は体調管理を気を付けますorz
では、今回の内容は狂三編…ではなく四糸乃の番外編です。
それではお楽しみください。


四糸乃の精霊の力を封印後、フラクシナスの転送装置の機能が回復しすぐさま一護達は回収された。結局のところ誰も大きなダメージを受けた者はいなかったものの一人突っ込んでいった士道に琴里が抱き着き胸に抑え込んだ思いを爆発させた。その光景を少し離れて見つめていたが、その途中で令音に月牙天衝の破壊規模が隣町まで及びそうになったと報告され呆れられた。

 

 

これはその日から数日後の話である。

 

 

ゲームセンターに入場した一護は周囲から多くの視線を集めていた。髪の色が派手だといってもそれだけでは視線を集める要因にはならない。あくまでも、一護が一人であれば―――という話である。だが、今回はひとりではない。

 

 

「一護さん…っ!」

 

 

そう、一護は一人ではなく四糸乃も一緒にいるのである。傍から見れば不良と幼女―――混ぜるな危険と言われてもおかしくない。四糸乃は周囲の視線が増加していく度に怯え、それが一護に怯えてるように見えるから視線を集めるという悪循環を生み出しているのである。一護は藁にもすがる思いで装着しているインカムの向こう側にいる人たちに助けを求めた。

 

 

「琴里、こんな状況でデートするのは無理だ」

 

 

『確かにこれは上手くない状況だわ。本当はラタトスクの存在を表に出したくないけど背に腹は代えられないわ。それに四糸乃から希望したデートを邪魔させるわけにはいかないしね』

 

 

インカムから琴里が何やらクルーに指示しているような声が聞こえて1分もしないうちに一護と四糸乃の周囲にいた人たちは機関員と思しき黒服の男たちに追い払われた。というよりも脅迫されたのが正しいのかもしれなかった。

 

 

『いやー、四糸乃と一護くんのデートの邪魔をしようなんて無粋だね。それとも、ラブラブぶりを見せつけたかったかなー?』

 

 

「よしのん…!」

 

 

四糸乃は顔を紅くしながらよしのんの口を押え、一護は頬をぽりぽりと掻いた。余計なひと言である。

 

 

『ここの施設は私たちが貸切にしたわ。だから、もう人が寄ってこないはずよ』

 

 

「相変わらず、すげえことするなぁ」

 

 

『これぐらい出来なきゃ、精霊の面倒なんて見られないわよ』

 

 

一護と四糸乃の為だけにこれだけのことをできるラタトスクに脱帽である。まあ、ソウルソサイティにいる護廷十三隊の隊長の朽木白夜でも同じことが出来そうな気がするが。

 

 

「これで邪魔なやつはいなくなったし、遊ぶか」

 

 

「はい…っ!」

 

 

せっかく琴里が人払いをしてくれたのだから四糸乃と共に思う存分楽しまなければ。最初に何で遊ぼうかと悩みどころだが四糸乃でも遊べる難易度のものがいい。

 

 

「あれ…何ですか?」

 

 

四糸乃が指差したのは二つの太鼓とその前に大型の画面がついている筐体――――太鼓○達人である。それを置いていないゲームセンターがないほどの大人気の音楽ゲームだ。

 

 

「あれは音楽に合わせてバチで画面に出てくるマークに従って太鼓をタイミングよく叩いていくゲームなんだけど…やってみるか?」

 

 

「いいんですか!?」

 

 

「ゲーセンに来たんなら遊ばねえと」

 

 

『一護くんもこういってるんだし遊んでみなよ』

 

 

「やって…みます」

 

 

ということで、四糸乃が太鼓○達人に挑戦することになったのだがひとつ問題が起きた。

 

 

「…届きません」

 

 

「あー」

 

 

精一杯背伸びをしても四糸乃の身長ではゲームする上で肝心となるゲーム画面が見えない。これではゲームができない。

 

 

『どうするの一護クン。このまま四糸乃がゲームできなかったら、どう責任を取ってくれるのかなー?』

 

 

よしのんが一護に迫ってそんなことを言ってくる。四糸乃はそんな態度を取るよしのんを窘めようとした。

 

 

「大丈夫だ。そういうときにはこれがある」

 

 

ゲームセンターというのはゲームを楽しむところである。日中ならば全年齢の人がそこでゲームを楽しむことができる。そんな場所で子供に配慮していないはずはない。こういう時の為に踏み台が用意されてある。

 

 

「これであそべます」

 

 

踏み台の上に乗ってみるとゲーム画面全体を四糸乃の視界で捉えることができた。一護にはなぜかよしのんが少し残念そうな感じに見えたのだがあまり気にしなくてもいいだろう。

 

 

無事に問題が解決したところで一護はコインを投入口にいれる。そうするとデモプレイの画面からすぐにタイトル画面になった。その画面で太鼓を叩き楽曲と難易度を決定してチュートリアルに突入した。そのチュートリアルで一護は流れてくる説明を補足して四糸乃に教えた。チュートリアルも終わりいよいよ演奏が始まるということで四糸乃は緊張した面持ちでゲーム画面を見つめた。

 

 

「そんなに気を張らなくても大丈夫だぜ。自分が楽しめればいいからな」

 

 

「はい!」

 

 

一護は緊張を和らげるために四糸乃に声を掛けたのだが、それが一護が期待していると思えて四糸乃は余計に緊張してしまった。若干手が震えている中で演奏が始まった。

 

 

ゲームを体験したことのない四糸乃が選んだ難易度は勿論『かんたん』。子供が初見でも充分にクリアできる程度のものだ。そして選曲した楽曲はとある声優が歌っているアニメのエンディングになった楽曲らしい。確か名前が『s○ve the world』だったような気がすると一護は思い出す。

 

 

伴奏が流れて少しすると最初に赤いマークが流れてきた。これは太鼓の面を叩くという符号である。四糸乃は近づいてくる符号をタイミングを見計らって太鼓を叩き見事に良判定を出した。

 

 

それに続いて一定間隔のリズムで赤い符号が流れてくるが、完璧とまでは言わないものの確実に得点にしていった。

 

 

「ッ!」

 

 

ところが赤い符号の途中で太鼓の縁を叩くように示す青い符号が出現してそれに対応しきれず叩くタイミングがずれてしまった。それが引き金になって続いてくる符号も打ち漏らしてしまった。

 

 

「あわわ、どうしよう…」

 

 

『むーむー』

 

 

よしのんはテンパっている四糸乃を落ち着かせようとするがバチを銜えているため言葉にして伝えられない。尚もゲーム画面では符号が流れていく。このままではゲームをクリアできない。

 

 

「え?」

 

 

「大丈夫だ。俺が一緒に後ろから手伝う」

 

 

一護はそっと四糸乃の後ろから両手の手首の辺りを掴みゲーム画面で示されている通りに四糸乃の腕を動かす。いきなりのことに思わず顔から火を吹き出しそうになったが、腕を一護に支えられながらも太鼓を叩いた。やがて曲が終わり結果発表の画面に移り変わった。

 

 

「…」

 

 

四糸乃は固唾を飲んで結果を待った。得点欄に次々に数が埋め尽くし続いて達成率の欄の発表となった。初心者にとっては達成率がノルマに達したかどうかで成功・失敗となる。

 

 

ついに達成率の欄のゲージが色に染められ、それはノルマを少し越えて止まった。

 

 

「やった!」

 

 

「クリア出来てよかったな、四糸乃」

 

 

ゲームをクリアできた四糸乃に祝福する一護。四糸乃は筐体に向けていた体を一護の方に向けて頭を下げた。

 

 

「一護さんありがとうございます。一護さんがいなかったら成功してませんでした。それと…後ろから支えてくれたときに」

 

 

四糸乃がそのときのことを思い出すと咄嗟に顔を隠してしまった。一護はその様子に少し不思議に思うも言葉を返した。

 

 

「いや、これは四糸乃が頑張ってやった結果だよ。俺はほんの少しだけ手伝っただけだ」

 

 

とここで、よしのんがひと言。

 

 

『一護くん、相変わらず鈍いねぇ』

 

 

「鈍いって、何がだ?」

 

 

『それは…むぐっ』

 

 

よしのんが何かを言おうとしたところで四糸乃によって口を塞がれた。よしのんは抵抗するものの四糸乃は全力で阻止する。

 

 

「よしのんがすげえ苦しそうなんだけど」

 

 

「!大丈夫です」

 

 

「でも「大丈夫です」」

 

 

四糸乃がこんなに言うのだから大丈夫だろう、多分。一悶着が終わったところで今度は四糸乃が一護のプレイが見たいというふうに頼んだ。一護は快く引き受けて鞄からmyバチを取り出した。

 

 

「一護さんこれは?」

 

 

「俺の手に合った専用のバチみたいなもんだ」

 

 

「そうなんですか」

 

 

四糸乃は興味深々に瞳を輝かせながらまじまじと見つめてくる。正直にいえば非常にやりにくい。

 

 

「むずかしいをやるんですか?」

 

 

現在のゲーム画面でカーソルはむずかしいに合わせられている。だが一護が挑む難易度はこれではない。

 

 

「むずかしいじゃ少し物足りないんだよなぁ。いつも俺がやってるのはこいつなんだけれど」

 

 

カーソルがむずかしいに合った状態で太鼓の縁を素早く数回叩く。そうすると、新たな難易度のおにが出現した。おに出現の演出に四糸乃は一護の後ろに隠れた。

 

 

「ひっ、なんですか…これ?」

 

 

「ああ、これはむずかしいよりも難しい難易度なんだけれど難しさは比べものにならないぐらいやばい」

 

 

一護はそう言いながらもまた新たな操作を行い3倍速の設定にした。自分で難しいと言っている癖にとんでもない設定にしていることに一護は気づいてるのだろうか。続いて演奏する楽曲を『さ○たま2000』に決定した。

 

 

楽曲のロードが終わり、曲が始まると同時に超高速で符号が流れていく。それでも一護はひとつも打ち漏らすこともなく全て良判定を叩きだした。

 

 

「え…」

 

 

『なんなのよさー!?これは』

 

 

あまりの一瞬の出来事に四糸乃は茫然、四糸乃から解放されたよしのんは口をあんぐりと開けた。だが、ゲームはまだ始まったばかりである。難易度おにの3倍速の脅威はこれから始まる。

 

 

「フッ…」

 

 

超高速で流れる符号の流れが途切れたところで一息吐く。体が楽曲のリズムに乗り始めたその後にゲーム画面の譜面を一点に見つめる。

 

 

ドドドドドドガガガガガガドガドドガ―――――再び譜面に滅茶苦茶の数の符号が超高速で流れている。そんな中で一護は次々と良判定を量産していく。太鼓を叩いているその腕はもはや残像が見える程の速度で動かしている。

 

 

「す…すごいです…でも…うぅ」

 

 

ゲーム画面で符号が超高速で流れている譜面と一護の動かしている腕を注視していた四糸乃は目がそれらについていくことができずにややめまいのような症状がでてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ、これで終わりだ…って四糸乃、どうしたんだよ!?」

 

 

ゲームを終えた一護が驚くのも当然で現在の四糸乃は床に横になっていた。しかも、少し顔色が悪い。一体何が原因なのかと思案しようとしたところでフラクシナスからの通信が入った。

 

 

『なにひとりでゲームに夢中になっているのよ、このダイオウグソクムシ』

 

 

「これって俺のせいなのか?」

 

 

『誰のせいというよりも、この場にはあなたしかいないでしょ』

 

 

ゲームセンターの店内には一護と四糸乃のみで他には誰もいないという状況だ。何にしても四糸乃に何かあれば対応できるのは一護だけだ。しかし、なぜこうなってしまったのかと状況が掴めない一護。

 

 

『一護の選んだ難易度設定が異常なのよ。おにの3倍速なんて誰が出来るのよ。ゲーム画面が目まぐるしく変化してたのとあなたの残像が残るほどの腕の動きに酔って気分を悪くしたの』

 

 

「そ、そうなのか」

 

 

琴里の怒涛の言葉のマシンガンに怯んでしまった。確かにあれだけのものをゲームに慣れていない者が画面を見れば酔ってしまうかもしれない。もしそうであれば謝罪しなくては、と床に寝転んでいる四糸乃を抱える。

 

 

「ッ!」

 

 

四糸乃が一護に抱えられると顔を紅くして体温が上昇した。四糸乃がそういう反応を見せたのはその一護の抱え方に問題があった。そう、一護は所謂お姫様抱っこをしていたのである。

 

 

「熱があるのか、四糸乃がこんなに無理してたのに気づけなくてすまん」

 

 

一護が謝罪すると猛烈な勢いで四糸乃が顔を横に振って必死に否定した。そこでなぜかよしのんが『ヒューヒュー』と言っていた。本当に何故だろうか。

 

 

「大丈夫です。デートを続けてくださぁい…」

 

 

『よしのんからもお願いするよー』

 

 

四糸乃はこのままデートを続けたいということを一護に伝えた。体調が悪いせいなのか言葉の最後の方は声が消え入りそうになっていた。それに重ねてよしのんからもお願いをされた。

 

 

「いや、あまり無理をして体を壊したら元も子もないだろ。デートはまた今度でもやれるからそのときにしねえか」

 

 

一護は具合が悪そうに見える四糸乃を考慮してデートの延期を提案したのだが四糸乃は首を横に振った。純粋で健気な四糸乃であるからせっかくの一護が受けてくれたデートを途中で止めさせたくないのだろう。

 

 

恐らく一護がこれ以上説得したとしても四糸乃はデートを続けようとするだろう。一護は琴里から知恵を借りようとしたところ、琴里から話しかけてきた。

 

 

『お姫様抱っことかやるわね…確かに四糸乃の体調を考えるとこのままデートを続けさせたくないけれども致し方ないわね。このままデートを続けなさい』

 

 

「本当に大丈夫なのか」

 

 

先ほどまでの四糸乃の苦しそうな様子を見ると心配になってしまう。

 

 

『デートが終わったらすぐに医療用顕現装置(メディカルリアライザ)が使えるように手配しておくわ。それと、万が一四糸乃の体調が更に悪化したらこちらからドクターストップをかけて機関員に連れてきてもらうから、そこは心配しないでいいわよ』

 

 

「そうか。なら、もしもの時は頼むぜ」

 

 

これまで懇願するように一護を真っ直ぐ見ていた四糸乃デートの再開をすることを伝えた。

 

 

「わかった、デートを続けよう。だけど、これ以上悪化したら家に帰すけどいいか?」

 

 

「はい!ありがとうございます」

 

 

とりあえずデートは続行することになった。そう、続行することになったが次は何で遊ぶのかを決めかねていた。

 

 

『一護、選択肢よ』

 

 

一護は一瞬選択肢とは何の選択肢なのかが解らなかった。だが、士道からこのインカムを通してフラクシナスのAIが提示した選択肢の中の1つをクルーで選び、その決定したものを実行するということを士道から聞いたのを思い出しすぐに言葉の意味を理解した。それで提示された選択肢は…

 

 

1.クイズゲーム、2人で協力プレイ

2.相性診断で2人の絆を再確認

3.プリクラで思い出を残そう

 

 

フラクシナスのクルーの投票の結果、3番のプリクラが選ばれた。その投票の最中に神無月がプリクラで床に寝て下着の覗きをすればご褒美という名の蹴りと足を振り上げる際に写真に下着が映る的なことを言ってパラシュート無しのスカイダイビングの刑が執行されたことは一護は知らない。

 

 

「なあ、次はプリクラをやってみないか?」

 

 

「プリクラ…ですか」

 

 

『なにそれ?なにそれ?』

 

 

プリクラとはどういものか分からず首を傾げる四糸乃と興味津々のよしのん。一護はそんな二人に筐体を示してざっくりとした説明をした。

 

 

「すっげえ簡単な説明だけど、可愛い写真撮れる機械って感じ」

 

 

「しゃ…写真!!」

 

 

『ナ、ナンダッテー!』

 

 

写真と聞いて四糸乃とよしのんの2人は愕然とした。確かに写真に映ることを嫌う人もいるがそういった反応と違っていた。ただ今の姿を映すだけの写真に何か他の要素があると一護は思えなかった。

 

 

「写真…というのは…ぬ…ぬが…」

 

 

何かを言おうとしていた四糸乃は顔をボンッと爆発させた。そして、それを隠すようにしゃがんで顔を埋めた。このような事態に陥った原因が分からずこれには一護は動揺するしかない。

 

 

「お、おい!?一体どういうことだよ」

 

 

『一護くん…よしのんもさすがにこれはフォローできないよ』

 

 

いつも陽気なよしのんにも呆れられる始末、これには一護は手を床につけるしかなかった。

 

 

とここで、インカムから眠たそうな令音の声が聞こえてきた。

 

 

『ふむ…これは……なるほど』

 

 

「令音さん、何かわかったんですか?」

 

 

一護は床に手をついたままどうにかこの状況を打開したいと藁にも縋る思いで令音に頼るしかなかった。

 

 

『十香のときも同じだったが、四糸乃を検査する際に写真を撮らせてもらった。詳細なデータを得るため為に四糸乃にも裸になってもらった』

 

 

「裸って…」

 

 

一護とて健全な男子(実際は成人男性)なのだから裸というワードに反応しないわけがない。裸というワードを聞いて、今四糸乃が着ている服が透けて未成熟な裸体が見えてきてしまい色々な意味で半狂乱状態になりかけた。

 

 

『エロいこと想像してんじゃないわよ!』

 

 

琴里の一喝により何とか妄想が止められた。その当の琴里は野獣を解放した一護が四糸乃を襲い掛かるところまで想像が至って息が上がっていることは悟られてはならない。

 

 

「助かった、琴里」

 

 

『別にいいわよ…とりあえずイメージを切り替えるために別のゲームを選びなさい』

 

 

「ああ…わかった」

 

 

上がった息を整えて琴里の言う通りに兎に角四糸乃の注目をプリクラから別のもの移しかえすために行動を起こした。

 

 

「とりあえずプリクラはやめにしよう。代わりにというのも少しおかしいけど、あれならどうだ?」

 

 

そんなに恋愛に関する知識を持たない一護は完璧に自分の勝手なイメージだがデートの締め括りといえばクレーンゲームという感じで時間もそろそろ頃合いでもあったので四糸乃に勧めてみた。

 

 

『!?』

 

 

「ま…待って…よしのん」

 

 

「お、おい。いきなり走ると転ぶぞ」

 

 

いきなり駆け出した四糸乃に一護は後ろからついていった。最初はなぜいきなり駆け出したのか解らなかったものの四糸乃が釘付けになっていたものを見て駆け出した理由を理解した。

 

 

筐体の中に陳列されていたのは各種動物を模した人形である。しかしその中には放送に包まれているよしのんと瓜そっくりな黒のウサギのパペットが鎮座していた。

 

 

『よしみん…』

 

 

「え、えーと、どういうことだ、これ?」

 

 

よしのんに似ているパペットであるから駆け寄ったことは理解できたが、一体どういう関係なのかが分からない一護。唯一知っているかもしれない四糸乃にも尋ねてみたがわからないらしい。四糸乃は最初からよしのんしか持っていないので、よしのんがなぜこういう反応をしたのかはわからない。

 

 

「お願いです…一護さん、あれを取ってください」

 

 

「ああ」

 

 

『一護くん、いいの…』

 

 

「任せろ。それに四糸乃もあいつを助け出したいみたいだしな」

 

 

「いつもよしのんには助けてもらってるから…今度は私がよしのんを助ける番だよ。私も『よしみん』さんと話してみたいです」

 

 

『四糸乃まで…それじゃあ、お願いしようかな』

 

 

今、ここによしみん救出作戦が実施することになった。まず、一護がコインを投入する。続いて、四糸乃とよしのんがクレーンを操作する。ちなみに、最初は一護が操作するつもりだったが、四糸乃とよしのんは自分たちで助け出したいということで簡単にクレーンの操作方法を教えてある。

 

 

「「……」」

 

『……』

 

 

四糸乃とよしのんは1番のボタンを押してクレーンを奥へと動かした。一護は筐体の真横からクレーンの動きとよしみんがある奥行きを見計らう。ゆっくりと動くクレーンの動きは非常に緩慢だと思えた。それでも着実に進んでいく。

 

 

「よし、今だ」

 

 

一護の言葉と同時に四糸乃とよしのんはボタンから手を離す。そうするとクレーンの動きも止まる。クレーンが止まった場所は一護が予定していた場所とほぼ同位置だった。とりあえず一段落ということで息を吐く3人。

 

 

「そろそろやるか?」

 

 

四糸乃とよしのんは頷いて一護に返した。そして二人は2番のボタンを押そうとしたが、あともう少しというところで手を先に進めて押すということができない。頭の中でよしみんを救うことができないイメージ映像が流れて勇気が出ない。だが、その映像を打ち消すような暖かさを手の甲に感じた。

 

 

「大丈夫だ、絶対に助けられる」

 

 

その強い一護の言葉と手の甲にある温もりで四糸乃とよしのんはすべてを吹っ切ることができた。ついにボタンは押され、賽は投げられた。

 

 

今度はボタンを押し続けている間は奥ではなく右方向へとクレーンは動いていく。その動きは最初のボタンを押したときよりも更に遅く感じた。だが、ここで集中を切らすわけにはいかない。

 

 

そして徐々によしみん近づいていくクレーンはその視界に捉えた。よしみんの真上を陣取るまであともう少し…

 

 

グラグラ―――

 

 

「こんなときに地震かよ!」

 

 

「ああ!」

 

 

地震が一護たちの体と筐体を揺らした。揺れ自体はそこまで大きなものではなかったが不運なことによしみんが横に傾き、クレーン自体も振り子のように揺れてしまっている。だが、もうボタンから手を離さなければよしみんがいる場所を通り過ぎてしまう。

 

 

「しょうがねえ、手を離すぞ」

 

 

全員がボタンの上から手を離すと横方向への移動が止まり、クレーンは降下を始めた。正直いって場所取りはよしみんが倒れたことによって微妙である。それでも、よしみんが包装されている袋についている紐にクレーンを引っ掛けなければならない。

 

 

よしみんへと近づいて行っているクレーン。全ての操作を終えた一護たちはただ願うことしかできない。そして運命のとき…

 

 

「「『掴めええええええええええええええええええええええええ』」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に…ありがとうございます」

 

 

よしのんがよしみんを抱き合っている代わりにお礼を言った。よしみんはクレーンの腕のギリギリのところで引っかかりそのまま取り出し口のところまで落ちずに済んだのである。

 

 

「いや、これは俺じゃなくて四糸乃とよしのんが頑張った結果だ。俺はただ手伝っただけだよ」

 

 

一護は今日は感謝されるよりも反省しなけれなならない点があるということを感じていた。だから、一護は四糸乃に頭を下げた。

 

 

「ごめん。今日は四糸乃とデートだったのにあまりデートらしいことをしてやれなくて。今日の俺とのデートは楽しくなかったか?」

 

 

四糸乃は一瞬呆気にとられてしまったが、一護の胸に飛び込んだ。

 

 

「そんなことはないです。一護さんがいなかったらゲームセンターに来れませんでしたし、そして何よりも一護さんと話したり、こうやって抱き着くことなんてできませんでした。私は一護さんと遊べて本当に楽しかったです」

 

 

「そうか、ありがとな。俺も四糸乃と遊べて楽しかった」

 

 

2人は夕日に隠されお互いの紅の顔を知ることはなかった。そして一護はいつかまたデートをする機会があるのならば四糸乃が満足するようなデートをすると誓った。



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Time is pain ,and Fire reminds us
The trap of school road


皆さんお待たせ致しました。ついにあの人の登場です。
では、早速お楽しみください。


今日は6月でまだ梅雨明けの宣言がされていないというのに空は快晴、気温は真夏日といわれる基準まであともう一歩の暑さである。こんなうだるような天気の日でも学校は休校にはしてくれない。学校側の決まりで先月から制服は夏服を着用している一護と士道なのだが、やはり暑いものは暑い。

 

 

五河家では登校の際、基本的に琴里が家を出てから一護と士道が一緒に家を出る。今日も例に漏れず一緒に家を出た。但し、いつも違うのはゲストがいるということだ。

 

 

「ったく、琴里のやつ跳び蹴りする必要はなかっただろ」

 

 

士道は尻をさすりながら先刻強襲してきた妹様に対して愚痴を言った。そんな様子の士道に一護は苦笑した。

 

 

『無駄口はその辺にしておきなさい。そろそろ、十香とゲストが来るわよ』

 

 

琴里が若干不機嫌そうな声でそんなことをインカムを通して言ってくる。新たな精霊が出ているというわけでもないのに何故インカムを装着しているのかといえば、また訓練をさせられるらしい。インカムは一護も装着しているので、勿論一護も強制参加だ。

 

 

「おーい、シドー」

 

 

「おはよう、十香」

 

 

「うむ、おはようだ。一護もおはようなのだ」

 

 

「十香、おはよう」

 

 

「ところで、シドーとイチゴをこの時間に見かけるとは珍しいではないか」

 

 

十香は一時期、五河家に宿泊していたのだが、そのときに一緒に登校してしまうと好からぬ噂を建てられてしまうため士道と一護が登校する時間とずらして登校していたのである。しかし、現在十香はお隣の精霊専用のマンションに越していったので態々時間をずらす必要はなくなり琴里の助言で一緒登校することになった。

 

 

「偶には一緒に学校に行ってもいいな…って感じかな」

 

 

「うん…それは…その…いいと思うぞ」

 

 

そんな青春の甘酸っぱい雰囲気を見せつけてくれる士道と十香に、精神年齢30オーバーの一護は微笑ましいと思えた。それと同時に、1度目の青春時代に大した恋愛をしてこなかったので士道に先に越されたと思えて少々複雑な気分だった。

 

 

「そうだ、2人は先に学校に行って来い。どうやら俺は邪魔ものみたいだしな」

 

 

士道と十香は一護が完全に空気なっていることに気づいた。

 

 

「そ、その悪い、つい話し込んじゃって」

 

 

「す…すまない。イチゴがそこにいるのにその…」

 

 

「大丈夫だ。出番が何週もないことなんてザラだし慣れてる」

 

 

遠い目をしてどんよりとした空気を纏わせているその姿は哀愁を漂わせてくれる。主人公なのに主人公していないということはあまり触れてはいけない。

 

 

『おっはよー…って一護くんどしたの?』

 

 

十香の出てきたマンションから出てきたのは同じく精霊の四糸乃だ。但し、今一護に話しかけているのは四糸乃の手に装着されているパペットのよしのんだ。

 

 

「大丈夫だ、なんでもない」

 

 

「一護さん、本当に大丈夫ですか」

 

 

四糸乃のそんな純粋な眼で見つめられてそんなこと言われてしまえば一護とて心の内のものを吐露したくなる。そんな思いを飲み込んで、これ以上この話題に触れさせないために一護は話題を変えた。

 

 

「まあ、俺のことは大丈夫だ。それよりもまだ挨拶をしてなかったな。おはよう、四糸乃、よしのん」

 

 

「おはようございますっ!」

 

 

「おお」

 

 

今までの内気な四糸乃とは思えない大きな声に一護は感嘆の声を漏らした。霊力を封印したことで他人を傷つける可能性がずっと低くなったので考え方が少しずつ前向き変わったのかもしれない。

 

 

それに続いて士道にも元気な声であいさつをして士道もそれに返した。最後に十香なのだが…

 

 

「あぁ…うぅ…」

 

 

十香によしのんを取り上げられた経験がある四糸乃はあいさつをするのを尻込みしてしまうのだった。その当の十香は全くそのことを気にしていないようだが。

 

 

『四糸乃!ファイト!』

 

 

よしのんが励ましてくれた四糸乃は勇気を振り絞ってこう言った。

 

 

「あめんぼあかいなあいうえお…!」

 

 

「発声練習…だと」

 

 

勢い余って発声練習をしてしまった四糸乃はあまりの恥ずかしさ顔を隠した。いきなり発声練習された十香は頭の上にクエスチョンマーク浮かび反応に困った。

 

 

再びよしのんに励まされ改めて挨拶をすることになった。

 

 

「おはよう…ござい…ます」

 

 

「うむ、おはようなのだ」

 

 

「はい!」

 

 

一護と士道のときのような大きな声ではなかったが、確実に自分の言葉で十香に挨拶をした。十香もそれに元気よく返した。

 

 

「この服、似合っていますか?」

 

 

四糸乃が着ている服はかつて水兵が着ていたとされているもので、半袖の白の上着に胸にリボンとスカート―――――所謂、セーラー服といわれる服である。しかも、それは琴里と同じ中学校の夏の制服だった。

 

 

『なんで何も言わないのよ。四糸乃が不安がっているじゃない』

 

 

一護は思わず見惚れていた。琴里がこうやって言ってこなければこのままじっと見つめていたのかもしれない。

 

 

「ああ、めっちゃ可愛いぜ」

 

 

「ッ…ありがとうございます」

 

 

可愛いと言われた四糸乃は耳から湯気が出そうなぐらい顔を紅潮させた。そしてよしのんはその横でガッツポーズを取っていた。

 

 

「うぅ…シドー、私のほうはどうだろうか?今までの制服とは違うのだが」

 

 

十香は四糸乃に触発されてか士道の目の前でくるりと回ってみせる。十香から溢れ出る甘い香りが士道の鼻をくすぐる。なんというか、いい香りだった。

 

 

「おう、似合ってるぞ」

 

 

「うむ、そうか…そうなのか」

 

 

『はい、駄目ー。これじゃあ、十香が嫉妬してしまうわよ』

 

 

琴里は兄のあまりの女性に対しての不配慮振りに呆れの声を漏らした。そう、琴里の言葉から分かるように一護と士道に課された訓練とは女性を嫉妬させないというものだった。精神状態が不安定になると精霊の力が逆流しやすくなるのだが、その逆流しやすい感情のひとつというのが嫉妬であるらしい。したがって、琴里は十香を嫉妬させないように訓練を課しているのだがこれでは前途多難のようだ。

 

 

「これじゃ、駄目なのか。十香はそんな気にしてないように思えるけど」

 

 

『全く、士道といい一護といい全然女心が解ってないわ。一護が四糸乃に『可愛い』って言ったのに、士道はそう言わなかったじゃない。そのせいでご機嫌メーターが下がっているのよ。いい、表面上はそのように見えなくても、心の中では少しは期待しているものなの』

 

 

「そうなのか…」

 

 

『とりあえず十香を褒めてみなさい』

 

 

その『可愛い』という一言が抜け落ちるだけで女性の受け止める印象がこんなにも違うのか、と士道は反省せざるを得ない。ここはとにかく機嫌を直させなければ。

 

 

「十香!」

 

 

「なんだ、シドー」

 

 

「その制服似合ってて、可愛いよ。本当、めっちゃ可愛い。可愛いって何度言っても足りないくらい…」

 

 

「もう…そのいいから黙らんか!」

 

 

さすがにこれはやり過ぎたと思う士道。その様子を見ていた一護は「やっちまったなぁ」と言いたげの表情をし、そんな士道をあざ笑っているように聞こえる琴里の笑い声が聞こえてきた。

 

 

「やっぱ、やりすぎて駄目だったのか」

 

 

『ぶははっははははっははは、最高よ。成功したかどうか知りたかったなら試しに十香の顔を覗いてみなさい。かなり面白いことになっているはずよ』

 

 

琴里に言われた通りに十香の顔を覗いてみると茹蛸のように真っ赤だった、全身が。そんな士道の視線に気づいたのか十香は慌てて取り繕った。

 

 

「な、何でもないぞ。士道に可愛いって言われたから嬉しいわけではないぞ!」

 

 

「なッ!」

 

 

これには士道は顔を紅くした。恥ずかしいというのもあるが、こんなにもストレートに言われてしまえば何というか照れる。

 

 

「ラブラブだな」

 

 

一護のその言葉に同意するように四糸乃とよしのんは首を縦に振った。こんなにも甘酸っぱい成分をばら撒かれたら周囲の人間はどう対処すればいいのだおろうか。

 

 

「とりあえず、先に行くか」

 

 

「そうですね」

 

 

『レッツ・ゴー』

 

 

というわけで、甘い雰囲気の士道と十香をその場に放置して学校に向かうことにした。そして、四糸乃がマンションから出てきてからずっと気になっていることを一護は尋ねてみる。

 

 

「その服って中学の制服だろ。しかも、琴里の中学のやつ」

 

 

「はい。実は私も中学校という場所に通うことになりました」

 

 

『四糸乃、たくさん友達つくろうね』

 

 

「うん」

 

 

「そうなのか」

 

 

てっきり、四糸乃には悪いが性格上自宅で待機という形をとるのかと思っていた一護にとってその琴里の判断は意外だった。一応理由聞いてみるために装着しているインカムを軽く叩く。

 

 

『最初は少し内気な性格だったから様子を見ようと思ってたけど、意外にもゲームセンターでのデートがきっかけで自分の内気な性格を直さないいけないと思ったらしくて、それで私と同じ中学校に通わせることになったのよ』

 

 

「中学の方は大丈夫なのかよ」

 

 

『編入させるのは問題ないわよ。それに、私と同じクラスだからいつでもラタトスクのサポートを受けられるし、私が頼れる女の子もいるわよ』

 

 

「そうか、それなら安心した」

 

 

『そんなことよりも、さっさと会話を続けなさい』

 

 

「わーったよ」

 

 

四糸乃が通う中学校が琴里と同じならば通学路は途中までは同じでしばらくは四糸乃と話せる。最初に何を話そうかと悩んだ一護だが、四糸乃が先に話しかけてきた。

 

 

「あの…『プリキ○ア』と『ワルキューレ・ミスティ』って知ってますか?」

 

 

「確か…どっちも日曜の朝にいつもやってる美少女戦闘モノのアニメだっけ。見たことはないけど、一応名前は知ってる。四糸乃はその2つアニメが好きなのか?」

 

 

「はい、どっちも好きです」

 

 

『四糸乃はその2つのアニメのために早起きしてるからね』

 

 

「もう…よしのんっ」

 

 

「おいおい、四糸乃をあまりいじめるのはダメだろ」

 

 

『ぶー』

 

 

四糸乃を弄っていたよしのんを注意するとよしのんは若干不満そうであった。まあ、四糸乃はあまり弄られることには慣れていないのだからそこら辺は節度をもって接してもらわないと。

 

 

「それで、その2つのアニメっていうのはどんな話なんだ?」

 

 

「まずは『ワルキューレ・ミスティ』の方なんですけど…」

 

 

登校中、一護と四糸乃は『ワルキューレ・ミスティ』と『プリキ○ア』の話で盛り上がった。この2つのアニメを語っていた時の四糸乃は非常に細かい設定まで話してくれた。特に、『ワルキューレ・ミスティ』の登場人物の月島カノンについて話していたときは、ドン・観音寺のことを話している遊子のことを思い浮かべるぐらい熱く語っていた。一護は四糸乃が自分に話してくれることだけでも楽しいと感じていた。

 

 

その他にもテレビの話題を中心にして話していたらあっという間に時間は過ぎていき、もうすぐで高校と中学校へとそれぞれ続く分かれ道に差し掛かろうとしていた。

 

 

「もうこんなところまで来ちまったか。次の角で右に行けば中学だ。俺は左だから放課後に会おうな」

 

 

「はい!また『ワルキューレ・ミスティ』と『プリキュア』の話をしたいです」

 

 

「楽しみにしてるぜ」

 

 

その2人が別れる角に差し掛かった矢先に一護の高校がある方の道から爆音を伴わせながら爆走してくる人がいた。

 

 

「ぶつかっちゃう!?どいて、どいて!!」

 

 

幼女が食パンをくわえながら走ってきていた、しかも一護目掛けて。このままぶつかってしまえば恋愛ゲームでよくあるシチュエーションになることは分かりきっている。だが、その幼女はもう既に常人では避けることが不可能な距離にまで迫りきっていた。

 

 

「しょうがねぇ」

 

 

避けれないのはあくまで常人だった場合だ。一護は人であって人外たる存在。この程度の事象で回避することは容易い。一護はその場で軽く(・・)跳躍する。そうすると、幼女は見事に一護の下を通りそのまま突っ走り石塀に激突した。

 

 

「うへへ…」

 

 

「大丈夫か、…って何てもん見せてんだよ!」

 

 

幼女は完全に伸びているはずなのに一護に向けて下着を見せつけてきた。おかげで、一護は羞恥心で一杯である。

 

 

「一護さん、どうしたの…で…す…か?」

 

 

一護がいきなり幼女に対して大きな声を挙げたので駆け寄ってみたらご覧の有り様である。これには言葉を失ってしまう。そして、よしのんがトドメの一言。

 

 

『一護くーん、いくら浮気でも幼女はいけないよ?』

 

 

四糸乃は目の前が真っ白になった。浮気――――確かお昼にやっていたドラマでは結婚している人とは別に他の女性と付き合うことだ。もしかして一護は自分のことなんかよりもこの幼女の方が好きなんだろうか。そう思うと徐々に自分が真っ白になっていくことを自覚した。

 

 

「おい、四糸乃!大丈夫か!?」

 

 

真っ白な思考から呼び戻されたのは一護の声を聞いたからであった。だが、一護は四糸乃のことなんかよりもあの幼女の方が好んでいるように思えた。

 

 

「一護さんは私なんかよりもあの女の人の方が好きなんですよね」

 

 

「へ?」

 

 

一護は何のことを言っているのか解らなかった。あの女っていうのは突っ込んできた幼女のことであろうか。

 

 

『はい、駄目―』

 

 

「まさか、これで四糸乃が嫉妬したっていうことか?」

 

 

『その通りよ。例え突っ込んできた女性が壁に激突してパンツ丸見えになったとしても女性に対して紳士的に振る舞わなければならないわ』

 

 

「そんなの無茶だろ!」

 

 

『無茶でも何でも対処しなければ、いざという時に精霊の力が逆流するわよ』

 

 

「確かにそうなんだけどさ…俺、女心とかよくわかんねえし」

 

 

『だから、それに慣れさせようとする為に訓練をさせてあげてるでしょ。まあ、いいわ。とにかく四糸乃の機嫌を直しなさい』

 

 

「へいへい」

 

 

『む、その返事は気に入らないけど、今は許してあげるわ。とりあえず、私の言った台詞をそのまま直接四糸乃に言ってみて。』

 

 

「断る」

 

 

『なっ!なんでよ』

 

 

琴里は驚きと同時に四糸乃の対応で四苦八苦している今の状況でよくそんなことを言えるものだと非難の声を挙げる。だが、一護はそんな琴里の非難さえも意に介さず我が道を進む。

 

 

「こういう言葉っていうのは、誰かが考えた言葉をただ言うよりも自分の言葉で伝えた方が良いに決まってる」

 

 

『そんなことを言うのは女心を理解してからしておきなさい。データから見ても今のあなたが何を言っても悲惨なことになるわよ』

 

 

「相変わらずひでぇこと言うじゃねぇかよ。確かに琴里が言ってることは正論なんだけどよ、四糸乃の心を乱しちまった責任が俺にあるんだったら、落ち着かせるのも俺の役目だ」

 

 

それだけを言うと、一護は四糸乃の目の前でしゃがんで四糸乃の瞳をじっと見つめた。四糸乃は先ほどの出来事がかなりショックで一護に目を合わせられず視線を逸らした。

 

 

「ごめんな、四糸乃。いくら事故だといっても、あの状況で見られたらいろいろと思うことがあると思う。でも、違うんだ」

 

 

「違う…?」

 

 

「ああ、四糸乃が考えているような疾しい関係じゃなくて、そもそもあの子と一切関係がないし」

 

 

「そうなんですか?」

 

 

「嘘偽りなく、本当だ」

 

 

一護の真剣な言葉に四糸乃は自分の早とちりだったなのかもしれないと認識を改めていく。そのおかげで一護の顔を直視できるようになった。それに気づいて、四糸乃の気持ちが上向きになってきていることがわかった一護は頭をかいて照れくさそうに四糸乃に対する思いを伝えた。

 

 

「それにさ、俺は四糸乃のことを1度も大事じゃないって思ったことなんてねえよ。今の四糸乃がいなかったら、こうやって話すこともできねえし今日みたいな経験も出来なかった。だから、四糸乃が俺の側にいるだけで嬉しいんだぜ。これ以上の幸せなんてねえよ」

 

 

「一護さん…」

 

 

四糸乃はまさかそんな言葉を掛けられるとは思っておらず、あまりの感情の昂ぶりに一護の胸に飛び込んだ。一瞬何が起きたのか解らなかったのだが、その四糸乃に一護は頭を撫でてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたぞ――――黒崎一護…必ず儂の手で貴様の全てを殺してやろう」

 

 

少し離れた民家の屋根の上で怪物はそう呟いた。だが、目立つ場所にいるはずの怪物のその姿は誰も拝むことはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、一護は四糸乃と別れて高校へと続く道へと歩を進めた。それで、学校の下駄箱がある場所に辿りついたときにはもう既に士道と十香は一護に追いついている。その下駄箱で一護の下駄箱に大量に入っているラブレターという現実に人生この方十数年でもらったことのない士道はこの格差に打ちのめされることと琴里の仕掛けたトラップだと思い込み初めてのラブレターを拒否して士道が絶望したこと以外はいつもの日常だ。

 

 

――――ズーン

 

 

前の席に座っている士道から暗黒物質のようなオーラを撒き散らせてくれる。まあ、あんなことがあれば当然そうなる心地はわかるが。

 

 

「大丈夫か、シドー。もしかしてお腹が痛いのか?」

 

 

士道の右に座っている十香が心配してくれるのだが、士道が落ち込んでいる理由とは違うけれども実に十香らしい心配の仕方だ。

 

 

「――大丈夫だ、十香。少し時間をもらえれば治るから」

 

 

それに十香に手を挙げて返す士道。士道の言葉と裏腹にどう考えてもすぐに立ち直りそうにないことが一護にはわかる。心の中で合掌する他になかった。

 

 

「大丈夫。士道と一護は私が癒す」

 

 

士道の左の席に座っている折紙が何かを取り出しながらそんなことを言ってくる。取り出したものは瓶のようであった。

 

 

「私特製の精力……ゲフンゲフン……ジュースを飲んで」

 

 

「鳶一折紙ッ!またワケのわからぬものを」

 

 

一護と士道が――――完璧に精力剤を飲ませようとしてんじゃねぇか――――とツッコミをする暇もなく十香と折紙はいつもの如く口喧嘩を始めた。

 

 

それから少しして、タマちゃん先生が教室に入ってきた。いつもと変わらぬ朝のSHRが始まろうとしていた。それと同時に十香と折紙は矛を収めた。

 

 

「おはよぅございますぅ。今日はみんなにお知らせがあるんですぅ」

 

 

タマちゃん先生は外にいる誰かに話しかけて中に入るように指示した。そして、教室の中に入ってきたのは女子。それがわかった途端、クラスの男子が歓声を挙げてしまう、これぞ男の本能。但し、一護は無関心を貫き、士道は苦笑していた。

 

 

しかし、男どもが叫びを挙げるのも分からなくはなかった。恐らく転校生だと思われる冬服を着ている女子生徒には人々を惹きつけるような妖艶な魅力で溢れていた。だが、そんな中でも一護は長い髪で隠している左眼に何か違和感を感じていた。言葉では上手く表現しきれないが、霊力に生気のようなものをそこから一護は感じた。もしかしたら、もしかしかするのかもしれない。

 

 

そして、タマちゃん先生に自己紹介を促されて少女は黒板に『時崎 狂三』と縦に書く。そして、黒板に名前を書き終えた狂三は皆の前へと立つ。

 

 

「わたくしは時崎狂三と申しますわ」

 

 

ここで一護は狂三という少女が完全に自分と士道に目を向けているということを自覚する。まるで最初から狙っているかのように。

 

 

「実はわたくし、精霊ですのよ」



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Honey sweet

更新がいつもより遅れてしまって申し訳ありませんでしたっ!
大学の課題であったりバイトであったり某遊戯王であったり某ラブライブのゲームであったりで忙しくて更新できませんでした。後半は…とりあえず切腹してきます(狂乱
それと、デアラ劇場版決定しましたね。狂喜乱舞です。出来れば七罪篇を見たいですけど難しいかな。
それでは、作品をお楽しみください


午後2時ーーーー琴里は中学の制服を着たまま『喫茶 十刄』に来ていた。いくら一つの艦の司令官だといえ琴里は女子中学生である。甘いものには目がないのだ。

 

 

これが『喫茶 十刄』に来た理由の一つなのだが、それとは他にここに来た方が都合がいいことが多くあった。

 

 

「ここが喫茶店といわれるところなんですか?」

 

 

テーブル型の向かい合う席で琴里の目の前の席に座っているのは前に一緒に来た令音ではなく今日中学校に編入した四糸乃。もちろん、よしのんも一緒についてきている。

 

 

「そーだよ。私が最近見つけた美味しいお菓子とか飴ちゃんとかを頼めるのだ!」

 

 

『楽しみだねぇ』

 

 

「うん!」

 

 

この店で出てくるものは琴里曰く全てが相当な美味らしいので四糸乃とよしのんは楽しみに心を躍らせた。そろそろ何かしらを注文しようかとメニューを探そうとしたところで、いつものお兄さん店員ではなくて偶にしか出てこないおじさん店員のいるカウンターからドカドカと足音を立てながら自分たちの席にやってきた。

 

 

「琴里ー、メニューを持ってきてやったんだからな」

 

 

「おー、リリネットちゃんではないか」

 

 

「そんなに驚くことなんてないじゃん。あたし達さっきまで一緒に帰ってただろ」

 

 

琴里のかましたボケにすかさずツッコミを返すメニューを持った緑髪の少女。その少女はスタークの娘ということになっているリリネットだった。実は今朝、一護に言った『頼れる女の子』はリリネットのことである。実際琴里の言ったことは本当で、中学校でのリリネットはクラスの学級委員となり、しかも在籍している学年の学級委員長にもなってしまったのである。これもグータラ店主を毎度叩き起こしている結果なのだろうか。

 

 

「ごめんごめん、一緒に帰ったからそんなに怒らないで。でも、メニューならここにあるよ?」

 

 

「うにゃあああぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁ!」

 

 

あまりの羞恥に顔を紅潮させ訳のわからない珍妙な叫び声を上げながら琴里に猫のような引っかき攻撃を仕掛けてきた。

 

 

「痛い、痛いよ!謝るから、今ここですぐに頭を下げて謝るからゆるしてぇぇぇ!」

 

 

琴里が謝罪の意思を見せるがリリネットは尚も止まらない。そんなリリネットの暴走ぶりに四糸乃は戸惑い、よしのんは面白そうに見ているだけであった。琴里もいよいよ自身の涙を抑えて切れなくってきた。

 

 

 

「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーーーーベプッ」

 

 

今まで暴走していたリリネットの暴走が突如として途切れた。その理由はカウンターの方から鉄製のトレイが高速回転をしながらリリネット目掛けて飛んできたのである。その結果、それの直撃を受けたリリネットは昏倒したのだった。

 

 

「ったく、お前の友達に何してんだ。ついでに、俺の労力を返せ」

 

 

最後の言葉でせっかくの台詞が台無しなのだが、琴里の危機を救ってくれたのは事実。いろいろと言いたいことがあるが、とりあえずお礼をする。

 

 

「助けてくれてありがとうございます」

 

 

「別にいいぜ。うちのリリネットが面倒を掛けたな」

 

 

「うちのリリネット……というのはどういうことですか?」

 

 

鉄製のトレイを飛ばしたスタークの言葉に引っ掛かって四糸乃が尋ねてくる。少なくとも、鉄製のトレイを飛ばして昏倒させても問題がないぐらいの関係性はあるのだろうがどんな関係性なのだろうか。

 

 

「一応、俺がこいつの親ということになるな」

 

 

「……」

 

 

「?」

 

 

琴里は言われたことを理解出来なかった。四糸乃は何故琴里がこんな天文学的確率の出来事が目の前で起きて放心しているような様子に首を傾げた。

 

 

「う、嘘ぉぉ!」

 

 

「なんで俺が嘘をつかないといかねぇんだ」

 

 

「え、本当に本当?」

 

 

こんなに疑われて誠に心外なのだが、実際は親子ではない。というよりも、むしろスタークがリリネットで、リリネットがスタークなのだから、スタークとリリネットはもっと緊密な関係のはずであろう。まあ、こんなことを言う必要性は全くないのだが。

 

 

「で、注文はどうするんだ」

 

 

「スルーした!?」

 

 

もう本当にめんどくさくなってきたので、さっさと注文を受けて早く提供して休もうと手帳を開く。その態度に対して有無とも言わせない空気も漂わせてきたので琴里はしぶしぶ注文をして、四糸乃は琴里と同じものを頼んだ。

 

 

――――数分後。琴里の横の席でダウンしていたリリネットが意識を取り戻した頃、2つのショートケーキとオレンジジュースが運ばれてきた。

 

 

「うわぁ!」

 

 

「すごい……です」

 

 

『おわぁ、美味しそうだねー。…はっ、もしかしてケーキの上にちょっこんと乗っているのは苺は小っちゃい時の一護くんでその苺を大事そうに抱えているのは四糸乃なのかな?』

 

 

「ッ! もう、よしのん……そんなこと言っちゃって」

 

 

『……』

 

 

四糸乃は体を火照らせながらクネクネさせた。予想以上の反応にさすがのよしのんも(足はないのだが)後ずさった。

 

 

そんな四糸乃の様相にフォークにケーキを乗せたまま口をあんぐりと開けていたこのときの琴里は知らなかったことだったが、四糸乃の霊力が封印される前に幾度目かの逢瀬で一護が話してくれたことがある。それは、一護自身がかつては四糸乃以上の泣き虫だったことであった。今の一護からは俄かにも信じられないことであったが、母親にかなり依存していたとのことらしい。実は四糸乃は密かにその頃の一護を想像しては脳内で仲良くしてもらっていたとか。

 

 

「四糸乃ちゃんはどうだった、学校は?」

 

 

若干夢の世界へのトリップを果たそうとした四糸乃はリリネットに呼び戻された。少し混沌に傾きかけた空気の中でリリネットがそんなことを言えることに琴里はすごい度胸を持っていると改めて認識させられた。

 

 

「学校……ですか?」

 

 

「そう、学校。楽しかったかな、って」

 

 

「私もそれが気になるかな。もし、何かあったら私が出来る範囲で助けちゃうよ」

 

 

リリネットは学級委員長として、琴里はラタトスクの司令官としての責任感を以て四糸乃に尋ねる。もし、四糸乃に何かしらの不安があるのならば2人は少しばかり無茶をするつもりだった。

 

 

「えっと……学校は楽しいです。勉強とかは難しいですけど……クラスのみんなが優しくしてくれて楽しいです。明日になったらまた行きたいです」

 

 

『今日はクラスのみんなに質問攻めにされてたね』

 

 

あんな楽しそうな笑顔で言ってくる四糸乃にリリネットと琴里は思わずドキッとしてしまった。それと、学校が楽しいという言葉を聞けて琴里は学校に通わせて本当に良かったと思えた。

 

 

その後の3人は、四糸乃が今ハマっている『プリキ○ア』と『ワルキューレ・ミスティ』の話で盛り上がった。リリネットと琴里は一護よりもこの2つのタイトルについて精通しているのでより深いところまで話した。『プ○キュア』に関しては今放送されているシリーズ以外にも沢山のシリーズがあるということに四糸乃の好奇心がマックス・ハートである。

 

 

――――ピロロロロロロピロロロロロロ――――

 

 

とここで、琴里の携帯から着信音が聞こえてきた。画面で示されている電話を掛けてきた相手は士道だった。確か士道が通っている高校は今日も通常の時間割なのでまだ学校は終わっていないはずである。琴里は2人に断りを入れてから電話に出る。

 

 

「どうしたの?士道おにーちゃん」

 

 

『頼む、琴里。知恵を貸してくれ』

 

 

「どゆこと?」

 

 

『今日、クラスに転入生が来て言ったんだ。わたしは精霊だって』

 

 

『精霊』というワードが通話口から聞こえてきた瞬間、琴里は無意識に黒いリボンを通学カバンから取り出して今つけている白いリボンと取り替えた。

 

 

「詳しく聞かせてちょうだい」

 

 

『詳しくといわれてもなぁ……今俺が言ったとおりとしか言いようがないけど、何だか俺と兄貴のことを知ってそうな雰囲気だった』

 

 

「私たちのサポートなしで精霊が高校にいるというのは俄かには考えられないけど、少し調べてみるわ」

 

 

『ああ、頼む』

 

 

件の精霊の恐れのある女子生徒について調査するためにフラクシナスに戻ろうと席を立ちあがった。それから店の出口の方へと行こうとしたのを四糸乃が見て何かあったのではないかと思い尋ねる。

 

 

「琴里さん、どこにいくんですか?」

 

 

「ごめん! ちょっと急用を思い出して。もう行かなきゃいけないから本当にごめん。四糸乃はリリネットちゃんと話してていいよ。それじゃ」

 

 

琴里はそのまま店を出ていった。その琴里の慌てように四糸乃とリリネットは不思議に思い互いに顔を見合った。

 

 

「どこにいったんでしょう…」

 

 

「たまに琴里が学校を抜け出してどっか行っちゃうこともあるから結構そういうの慣れたけど、やっぱりどこに行ってるのか気になる……あ、そうだ」

 

 

何かを思いついたらしいリリネットなのだが、このときの四糸乃はただのリーダーシップのある明朗な女の子だとしか思っていなかった。だが、実際はかなり肝の据わった人物であり、四糸乃はそのリリネットの性格故に様々なことに巻き込まれるようになる。

 

 

「行こう!」

 

 

「……どこにですか?」

 

 

「それは決まってるでしょ」

 

 

四糸乃が何かしらのリアクションを起こす前にもう既にリリネットは制服の後ろを掴んでいた。そしてそのまま引きずって外に出ていく。

 

 

「『あーれー』」

 

 

最終的に誰もいなくなった店内で唯一人残ったスタークは一人呟いた。

 

 

「よし、店を閉めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――午後3時30分

 

 

もうこの時間になれば来禅高校の授業も終わり下校時間になっている。5分ほど前にSHRがあったがそのときに謎の失踪事件が相次いでいるということが伝えられ士道は気をつけるように言わなければと思ったが、黒琴里ならばすぐに返り討ちしそうなものだ。だが今はそれよりも心配すべきことがある。

 

 

「兄貴が一人で大丈夫かよ」

 

 

「……まぁ、なんとかなるだろ。一応インカムも着けてるし」

 

 

実はあの後に転校生の時崎狂三が学校内を案内してもらうという形でアプローチしてきたのである。最初は士道がそれを受けて、一護に何かあったらのサポートをしてもらおうと思っていたのだが一護が先にその申込みを受けた。どうやら家庭のこと(特に十香と琴里の夕食)を思いやって判断したのだが、昔からそういう甘い感情に関してはかなりのものの鈍感であるから士道は少しの不安を覚えた。

 

 

「俺の心配なんかするよりも、十香とイチャイチャしながら一緒に買い出し行ってこい」

 

 

 

「イチャイチャは余計だ」

 

 

士道が一護に軽く抗議しながらも、そのまま十香を連れて学校を出ていった。それとすれ違うように狂三が声を掛けけてくる。

 

 

「一護さん、今日はよろしくお願いしますわ」

 

 

「こちらこそよろしくな、時崎」

 

 

「わたくしあまり名字で呼ばれることがありませんので、狂三で構いませんわ」

 

 

「それじゃあ、狂三。まずはどこから行きたい?」

 

 

「それは一護さんに全て任せますわ」

 

 

行き場所を任されるということは一見して取り得る選択肢が多くその場の主導権を握れるように思えるが、実はこういう風に任せられる方が困ったりする。実際のところ一護も狂三が行きたいと言った場所に連れていこうと思っていたのである。

 

 

『一護、選択肢よ』

 

 

ちょうどいいところで琴里の声が聞こえてくる。どうやら行き場所を決めてくれるらしい。

 

 

「あまり変な場所に行かせるなよ。何か変な指示したら……わかってるよな」

 

 

『……』

 

 

琴里率いるラタトスクの面々にあまり変な指示しないように声を低くしプレッシャーを掛けて釘を刺しておく。それが伝わったのかインカムを通してクルーの面々が緊張しているということがわかった。

 

 

「いかがなさいまして?そんな怖い顔をしていらっしゃって」

 

 

「いや、特になんでもねぇよ」

 

 

「そうですの?」

 

 

狂三が不思議そうに首を横に傾げてくる。その素振りに一護は不覚にも可愛いと思い見惚れてしまった。

 

 

『デートが始まってもいないのに、何であなたが落ちているのよ』

 

 

「ッ!」

 

 

正しく琴里の言う通りだった。もしこのまま琴里が何もしなければ、一護は狂三のペースに飲み込まれて霊力を封印するという目的を忘れてしまうところであった。

 

 

「何だかさっきから調子が悪そうですわよ」

 

 

「べ、別にそんなことはないぜ。まぁ…ちょっと俺のことを心配してくれた狂三に見惚れたけどな」

 

 

「まぁ!」

 

 

一護にそんなことを言われるとは露とは思わなかった狂三はポッと頬を赤らめた。そんなことをさり気なく言ってくる一護に少しの間目を合わせることができなかった。

 

 

『やるわね、一護。おかげで狂三の好感度が急上昇してるわ』

 

 

「それは、どうも」

 

 

一護は平静なフリをしているが、実は女子にこんなに親しくされるのに慣れていないせいでテンパって心の内側に押しとどめたいものを言葉にしてしまっただけである。本当のことをいえば、恥ずかしくて逃げたい。そんな気持ちを紛らわせるために、早く指示をしてくれとインカムをつつく。

 

 

『そうね、最初は食堂・購買部に行きなさい』

 

 

「案外普通な指示だな」

 

 

『私たちはいつも真面目にデートに臨んでいるわ』

 

 

「ま、そういうことにしておいてやるよ」

 

 

インカム越しから琴里の不機嫌そうな顔が思い浮かんでしまうが、まぁ、それは気にしないようにしよう。

 

 

「?」

 

 

琴里の指示通りに購買部に行こうとしたところで、一護はクラスの窓から何やら見たことのある姿を見た気がした。ついでにいえば、小っちゃかった。

 

 

「今度はどうしましたの?」

 

 

「いや、何でもない」

 

 

ここで何かを見たと認めてしまえば、これから面倒なことになるということも認めてしまうことになるのでとりあえず見なかったと自己完結した。

 

 

教室を出て一番近い階段を下りてから渡り廊下を挟んでそこに食堂と購買部がある。昼休みの時間には生徒たちの怒号が響く戦場になるが、今は放課後で生徒が一人もおらず昼休みのころの面影はない。

 

 

「ここが食堂と購買部だ」

 

 

「ここですの。随分とスペースが広いですわね」

 

 

「ここの生徒って結構人数がいて、広めにしないと全員が席に座れないからな。とはいっても、大学の学食に比べりゃ全然小さいけど」

 

 

「そうなんですの。でも一護さん、ここにいるということは高校生ですわよね。それなのに何で大学の学食のことを知っておられるのですか?」

 

 

「えっと…それはな…」

 

 

一護は自分の油断を呪った。こちらの世界に来る前は死神業を兼業しているものの基本的には大学生なのである。あまりに自然な流れで尋ねられたので、ついつい大学の食堂を引き合いに出してしまった。

 

 

「俺って結構食べるのが好きでさ、よくネットとかでどこの大学の学食が美味しいか調べて食べに行ってるけど、やっぱり規模が違うぜ」

 

 

どう考えても柄にもないことを言っている一護に狂三は口元を隠してクスクスと笑った。

 

 

「嘘がお下手ですのね。でも、そういうことにしておいてあげますわ」

 

 

「そ、そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなやり取りをしている一護と狂三を遠目から見ているのは亜衣・麻衣・美衣の名物トリオであった。

 

 

「ア…アレ……ナンナノカナ?」

 

 

「亜衣ぃぃぃ、しっかりしてぇぇぇぇ! 一護くんが転校生と一緒にいたとしてもデートじゃないかもしれないよぉぉぉぉぉ!」

 

 

「マジひくわー…って、私は本当は普通に話せるけどね」

 

 

現在一護と転校生とのデートらしきものを目撃した亜衣はアキレス健にに弓矢が何本も刺さっているぐらいの精神的ショックを受けている。実は、亜衣は一護に対して密かに恋愛感情を抱いたりするのだ。

 

 

 

「転校生とデート転校生とデート転校生とデート転校生とデート転校生とデート転校生とデート転校生とデート転校生とデート転校生とデート転校生とデート転校生とデート転校生とデート転校生とデート―――――」

 

 

 

「亜衣が壊れたぁぁぁぁぁ!」

 

 

「傷は浅……いや、傷が深すぎるわ」

 

 

何か言った一護に対して微笑んだ狂三を見たときは、傍からは完璧にデートにしか見えないその事実に亜衣は完全に心を折られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが何かを嘆いているような叫び声が聞こえてきたのだがどうせ外で練習している部活の部員達の掛け声だろう。

 

 

とりあえず食堂は案内した一護は続いて琴里の指示通りに今度は保健室に案内することになった。

 

 

『いいわよ、一護。このままいけば順調に好感度を上げることができるわ。大分打ち解けたみたいだし、こちらから質問したら』

 

 

「確かにそうだな」

 

 

まずは、ありきたりなのだが転校生が来たということになれば必ずといってもいいほどの質問をしてみた。

 

 

「あのさ、狂三ってどこから来たんだ?」

 

 

精霊というのは琴里のような例外もあるが隣界といわれる世界にいつもは眠っているはずである。本当に狂三が精霊なのかを遠回しに尋ねることになる。それでも狂三はそれを見透かしているような不適な笑みを浮かべながら言う。

 

 

 

「自己紹介のときにも言いましたけれど、わたくしは精霊ですわ。一護さんになら、わたくしがどこから来たのかはもうすでに知っていらっしゃってるのではございませんか?」

 

 

『何よこいつ……もしかして一護のことを前から知っているっていうの……まだ相手の手の内がわからないのにこちらの情報を晒すのはうまくないし、とりあえず惚けなさい』

 

 

今日出会ったばかりの相手に嘘をつくのは少々躊躇われたが、致し方ない。これも精霊の霊力を封印するためだと割り切る。

 

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 

「ふふふ……やっぱり嘘がお下手の方」

 

 

「うるせ」

 

 

どうもこちらの嘘は見事に見破られているようだ。今回は嘘だと気づかれない自信はあったのだが、と思った一護。狂三を見ていると身に纏っている空気というのだろうか、それが年相応に見せてくれることを妨げる。精霊という人智を超えた存在ならば目に見える外見以上に何某かの経験(モノ)を持っているのかもしれない。

 

 

 

『選択肢がまた出たわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、フラクシナスの艦橋のスクリーンに映し出されているのは…

 

 

1.「狂三は、休みの日とかは何をしてるんだ?」

2.「狂三は、前はどこの学校にいたんだ?」

3.「パンツをよこしやがれ」

 

 

「……」

 

 

1と2の選択肢は問題はない。ただ3は限りなくギルティーだった。ただし、3の選択肢が出た瞬間に歓喜乱舞していた神無月にキャンディーの棒を手裏剣の要用で投げて目玉に当てることを琴里は忘れなかった。

 

 

「何なのよ?この『パンツをよこしやがれ』っていう選択肢は…」

 

 

「まぁ…下ネタで場が和まないこともないですし…」

 

 

なんてことをコンソールを操作しながら中津川が言ってくる。

 

 

「そんなものかしらねぇ…あっ」

 

 

琴里は映し出されているギャルゲー画面のテキストを見て、サーッと血の気が引いた。なぜなのかといえば、一護がその3の科白を口走っていたのである。よくみると、自分の肘でマイクの回線をonにするボタンを押されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パンツよこしやがれ」

 

 

「パンツ……ですの?」

 

 

体の熱が物凄い速さで逃げていっている。少し考えれば絶対に可笑しい指示である。そういう指示には従わないと言っておきながら脊髄反射的にそのまま口にしてしまうとは。

 

 

『今のは指示じゃないわ、どうにかして状況を建て直しなさい』

 

 

いきなり立て直せといわれても、一護に今の状況を帳消しにできるようなハイレベルのトークセンスはない。だが、そのままにしておけば狂三に変質者という印象が定着してしまう。とにかく、誤解は解かなければならない。

 

 

「今のはあれだ。ここでいうパンツってのはな、下着のパンツのことじゃなくて…」

 

 

 

「……いいですわよ、一護さんになら」

 

 

「へ…?」

 

 

狂三はもじもじしながら恥ずかしそうにそう言う。まさか、本当に了承するとは思わなかった一護は変な声を上げてしまう。狂三はそんな一護の反応に構わずスカートの中に手を掛ける。

 

 

「お、おい!?」

 

 

狂三は本気だ。このまま止めなければ本当に脱いでしまう。パンツを脱ごうとする狂三を止めるべく手を掴もうとするが、ちょうどそのときにスカートで隠されたゾーンから這い出た黒い生地が一護の視界を支配する。

 

 

「…あらま?」

 

 

スカートを脱ごうとしていた狂三はそのスカートが足で引っかかってバランスを崩してしまう。しかも、運が悪いことにバランスを崩した場所は階段の近くであったのでそのまま階下に落下をし始めた。

 

 

(まあ…これぐらいではこのわたくし(・・・・・・)なら問題ないですわ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 

狂三はこのまま自分で着地しようと思っていたら一護に抱えられていた。それもお姫様抱っこで。瞬間、狂三は素直に一護のことをかっこいいと思ってしまった。見つめられた瞳には一護しか映らない。

 

 

「えっと、もしかして頭とか打っちまったか?そしたら、保健室よりも病院に連れて行くけど」

 

 

「大丈夫ですわ…わたくしは精霊ですのよ。これぐらいで怪我をすると思いまして?」

 

 

「確かにそうかもしれねぇけど、そういうことじゃねぇよ。俺は誰かが傷つくのを見るのは嫌なんだ。だから、少しでも怪我をする可能性があるんだったら助けるよ、俺は」

 

 

狂三はこの五河一護という人間がどういう人間なのか少しだけ分かったような気がした。誰かが傷つくことを嫌う少年は狂三の闇に気づいている。そうでなければ、そんな確かな強い瞳で見てこない。だけど、狂三には目的があり、それを達成するには神を欺く力を孤独で得るしかない。それでも…

 

 

「一護さんは本当に不思議な方ですわね」

 

 

「そうなのか?」

 

 

「自覚が無いのですのね」

 

 

「だから何だってんだよ」

 

 

「ふふふ、教えませんわ」

 

 

(このわたくし(・・・・)自体を動かすなんて、本当に不思議ですわね。もし、一護さんがわたくしの側にいてくれたなら……いや、実現もしないことを考えるのは意味がないですわ)

 

 

「「……」」

 

 

一護と狂三が無言で見つめあう。色々とあれこれを考えていた狂三はようやく今もお姫様抱っこされているという事実に気づく。完璧に降ろしてもらうタイミングを逃していた。かといって、このままというのも若干恥ずかしい。

 

 

――――カタカタカタ……ドッシャン

 

 

2人の目の前の掃除用具箱がそのような音をたてて揺れたかと思ったら何かが飛び出してきた。

 

 

「こらぁぁぁぁあ一護ぉぉぉぉ!四糸乃がいるのに浮気してるってどういうことだぁぁぁ!」

 

 

「一護…さん…」

 

 

『これは修羅場だねぇ』

 

 

その用具箱から飛び出してきたのは中学生の制服姿のリリネットと四糸乃、そしてよしのんであった。この現状でリリネットは怒り、四糸乃は信じがたいものを見たかのような顔を作り、よしのんはニヤニヤと笑う。

 

 

「なんでリリネットと四糸乃とよしのんがいるんだよ」

 

 

「ごめんなさい…迷惑でしたか?」

 

 

「いや、迷惑とかじゃなくて普通にびっくりしただけなんだけど。ここに来たっていうことは何か俺に用があるのか?」

 

 

「それは…その…」

 

 

一護に尋ねられて心の中で思ったことを言いよどむ四糸乃。その様子を見た狂三はここぞとばかりに一護の首を掴んで顔を近づける。

 

 

「な、何すんだ、狂三!」

 

 

「一護さんを愛してくれる人がいるなんて妬いちゃいますわ。でも、一護さんはわたくしの「虚r――――うーうーうー」」

 

 

いち早く危険を察知した一護はリリネットが学校という公共の場で虚閃(セロ)を出そうとしたので狂三が着地できるように自分の抱えている腕から離して、そしてその手で口を抑えた。

 

 

「馬鹿野郎!こんなところで虚閃(セロ)なんて使っちまったら学校崩壊すんだろうが」

 

 

ウルキオラといいリリネットといい、何か気に入らないことがあれば虚閃(セロ)をぶっ放そうとするのはやめてほしいと本当に切に願う一護。こんなことが日常的に起きているとすると、いずれは精霊よりも早く国を落としてしまうのではないか。

 

 

いきなり学校が崩壊するという物騒な言葉が一護から出たことにより、四糸乃は目を見開き、よしのんは口をパクパクとさせていた。一方で狂三は特に大きなリアクションを取ることはなかった。むしろ、リリネットの口を抑えたということに対して自分で分からないぐらいに対抗心を燃やしていた。

 

 

 

「一護さん……わたくし…」

 

 

狂三はもたれ掛るようにして一護の腕を掴んだ。しかも、それをリリネットと四糸乃を見せつけるようにわざとらしかった。一護からみても不自然だった。

 

 

「えーと、これはどういうことだ」

 

 

「貧血で・す・の」

 

 

「そ、そうなのか?」

 

 

貧血のわりには狂三の顔は赤かった。いきなりの大胆なボディタッチに四糸乃は狂三に釣られたかのように顔を紅潮させる。リリネットとよしのんはこれを見て同じ思考回路で同じ答えに辿りついた。そして、2人は四糸乃に何かを耳打ちすると今まで以上に赤くして、誰からでも分かるようなオーバーヒート状態に陥り、体がフラフラである。

 

 

「四糸乃ちゃん…」

 

 

『まったくしょうがないなぁ、四糸乃は』

 

 

そのオーバーヒート状態を見て、2人は再び四糸乃に耳打ちをする。そうすると、オーバーヒート状態だった四糸乃はフラフラとした状態から回復して、狂三がもたれ掛っている腕とは反対の腕をロックオンした。

 

 

「一護さん…私が守りますから…腕を掴ませてくださいッ!」

 

 

「四糸乃、全くどういうことなのかわかんねぇんだけど」

 

 

いきなりそんなことを言われても一護にしてみれば全く話がわからない。状況が掴めていない一護であるが、四糸乃は粛々と腕を掴んでくる。

 

 

 

「一護さん、わたくしだけを見てくださいまし」

 

 

「一護さん…私のことをみてください」

 

 

もうどうすればいいのだろうか。女性対応検定初級(非公式)の一護の手には負えない。こんな状況の中で最後の望みを託したのは…

 

 

 

『さすがの女垂らしね。頑張ってね、おにーちゃん…うぅっ』

 

 

最後の希望にも見離された。しかも、最後に何故か涙ぐんでいる。これからこの修羅場の中で学校の案内をしなければならないと思うとむしろ自分が泣きたくなる。それでも一護には『はい』と『yes』という選択肢しか無かった。



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sisters emerge with nightmare

大変申し訳ありません。早く更新すると言いながらこの体たらく誠に申し訳ないです。
バイトと大学で2週間休みがないという鬼畜じみた日程のせいで更新が遅れてしまいました。
今回のお話はようやくあのキャラ出てきます。ここまで長かったなぁ。
ということで、今回もお楽しみください。


一護が狂三とデートをしていたころ、士道は自宅に帰宅してから十香と一緒にいつも利用している近くのスーパーに向かっていた。ちなみに、2人は私服に着替えてから出発している。

 

 

「なぁ、十香。今日の夕飯は何か食べたいものはないか?」

 

 

「ハンバーグがいいぞ」

 

 

即答で答えた。しかも、目を閉じながらシャドーナイフとシャドーフォーク使役してエアハンバーグを食べていた。見るからに幸せそうである。

 

 

「ハンバーグか…一昨日から肉料理が続いていたし、今日は魚料理にしようと思ってたけどな…」

 

 

「魚料理もいいと思うが、今宵だけハンバーグというのは…ダメか?」

 

 

十香の上目遣いに士道の心の内では今日の夕食戦争が激化した。十香に美味しいものをたらふく食べてもらいたい思いと食事の栄養管理をして十香に健康にいてもらいたいという思いが五分五分でぶつかっている。それも今の上目遣いで前者の方に傾き始めたが、完全決着というわけにはいかなかった。

 

 

「そうだな…今日のタイムセールで挽肉が安売りしてたらハンバーグしようかな」

 

 

「うむ、わかったのだ」

 

 

十香はそう言うと手を合わせて挽肉のタイムセールが開催されるように祈り始めた。どうしてもハンバーグを食べたいらしい。士道はそんな十香の様子に微笑ましく思っていると、目的のスーパーに辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、ここには食べ物がいっぱいあるのだな!」

 

 

「まぁ、ここは食品を売ってる店だしな」

 

 

入口からずっしりと野菜や精肉などの生鮮食品が陳列されている光景に十香は圧倒されていた。序でにいえば、ヨダレを垂らしそうにもなっていた。

 

 

「十香、涎を垂らすのは店の人に迷惑を掛けるから……って、どこに行った!?」

 

 

士道ほんの少しの間に目を離しただけにも関わらず、十香は忽然と姿を消していた。初めて十香が訪れる場所なのでエスコートしながら買い物しようと思っていたらこれである。案外店内は広く、十香を見つけるのは骨が折れそうだ。

 

 

――――と思っていた士道だったが、「あぁ、やっぱりここだったのか」といった場所ですぐに見つかった。

 

 

「すごいぞ、シドー!ここにあるもの全部肉だぞ」

 

 

「言っとくけど、その手に持っているA5ランクの国産黒毛和牛をハンバーグには使わないからな」

 

 

「なん…だと」

 

 

十香はこの肉の希少さを知っているのであろうか。幻の牛肉といわれる100g数千円はくだらない肉など購入してしまえば、次の両親の送金日まで素麺生活になる可能性がある。

 

 

「とりあえず、そのフィレ肉を元の場所に戻そうか…え、フィレ肉!?」

 

 

フィレ肉といえば牛の中でも僅か数百gしか取れない部位。100gあたりの値段だと1万円を越える代物だ。そんな幻の牛肉の幻の部位が、今十香の手にある。幻の牛肉の幻といわれる部位、誰もが欲しがらないということはあるのだろうか。少なくとも料理に精通している士道にとっては1度食したいものだ。

 

 

「シドーがこんなに驚いているということは、それはすごい肉なのだな。これは人々がこの肉を巡って核戦争を行う前に確保しなくては」

 

 

十香のテンションが最高潮に達して件の肉を士道の持っている買い物籠に投入しようとしたところで、それはそれは断腸の思いで十香のその手を止めさせた。

 

 

「なぜ止めるのだ?私たちが食べなくては人々は核戦争を始めてしまうではないか」

 

 

「十香……そこにある値札にある数字を見てくれ」

 

 

「38950円……私が毎月令音からもらっているお小遣いの4倍近くあるのではないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

自分が買おうとしていた代物が毎月貰っている小遣いを軽く越えていくという高価なものであることをようやく理解した十香。何故士道が購入するのを躊躇うのかを知れた。

 

 

「済まぬ、シドー。確かにこれを買ってしまえば金子が無くなってしまう。これでは毎日シドーの料理を食べられないから、我慢するぞ」

 

 

「ありがとな、十香」

 

 

2人は幻の牛肉に後ろ髪を引かれながらもその思いを振りきってその場を離れた。そのまま別の精肉が置いてあるところに足を運ぶ。今度の精肉はお手ごろな値段の外国産の牛肉だ。

 

 

「おぉ、この値段ならば買えるのではないか。では、早速…」

 

 

「待てって、十香。その牛肉でどうやってハンバーグを作るんだ?」

 

 

「無論、このままフライパンで焼く」

 

 

士道はいろいろと間違っている十香に頭を抑えた。確かに某ファストフード店のようにハンバーガに挟む肉は牛肉を使う場合もあるが一般的には豚肉を使う。仮に牛肉を使うにしても、ミンチにせずにこのまま調理をしてしまえばただのステーキになってしまう。まぁ、それはそれで十香は喜びそうな感じはするが、ハンバーグとは確実に違う。

 

 

 

「いいか、ハンバーグに使うのは豚肉で今持っている牛肉じゃないからな。あともうひとつ言うと、ハンバーグはミンチにしないといけないんだ」

 

 

「う…ということは、これはダメなのか…」

 

 

十香はしょんぼりとしてその間違った品物を元の場所へと戻す。不覚にもその落ち込んだ仕草が士道は可愛いと思えてしまった。もし今の状況でインカムを付けていたら琴里から『何そこで突っ立てるのよ。もしかしてミイラにでもなりたいの?だったら私が直々に巻いてあげるわ』なんてことを言われそうである。

 

 

「そうだな、ハンバーグに使うんだったらこっちだ」

 

 

十香に見せるように手に取ったのは100g98円の豚のひき肉。普段とそこまで変わらない値段で五河家の財布を握る士道にしてみれば、ギリギリ購入しないと決めていた値段だった。それを見た十香はハンバーグにいつも使われている肉だとようやく分かった。

 

 

「ハンバーグにはひき肉をつかうのだな」

 

 

「牛肉でも作ろうと思えば作れると思うけど、普通は豚肉を使うな。けど、今日は値引きされていないみたいだから、悪いけどハンバーグは…」

 

 

「そんな…」

 

 

「うっ…」

 

 

ハンバーグがお預けになりそうということで十香は潤んだ目でこちらを見てくる。再び士道の心を揺らしてくる。毎回この潤んだ目で押しきられてしまう。しょうがない、今日だけだと思ったところで店内放送を知らせるチャイムが鳴った 。

 

 

『只今からタイムセールを開催させていただきます。対象商品は精肉コーナーの全ての商品で、その割引額は半額です』

 

 

「シドー、半額なのだ。お肉が半額なのだ!」

 

 

「そうだな。じゃ、約束通り今日はハンバーグにするか」

 

 

「うむ!」

 

 

十香が満面の笑みを見せてくれる。食べられないと思われていたハンバーグが食べられるということになったことで相当テンションが上がっているのであろう。そして、士道が豚の挽肉を買い物かごを入れたところで何やら叫び声が聞こえてきた。

 

 

「まずいっ!」

 

 

「まずいとは、なんな…うわぁ!この人だかりは一体全体なんなのだぁ」

 

 

タイムセールが好きなのは士道だけではない。品物を定価よりも安く買えるということは他の品物を買えるということだ。そんな機会を主婦が見逃すはずがない。つまるところ、大安売りされていたら人々は獣のように狙いの品物に殺到する。

 

 

「シ、シドー、助けてくれー」

 

 

「十香、とにかく俺の手を握れ」

 

 

人混みに巻き込まれて助けを求める十香に手を伸ばした。しかし、お互いに手を掴もうとするのだが人が邪魔で中々掴むことができない。むしろ、圧倒的な数で2人は引き離されてしまった。

 

 

「うわあああああああああああああ!」

 

 

これで十香の思い出に人混みの中の恐ろしさというトラウマが刻み込まれた……ということはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十香とははぐれたけど、とりあえず挽肉は確保したからよかった。これで挽肉が売り切れとかいったら、この地域が大変なことなりそうな気がする」

 

 

何とも大げさに聞こえることの言う士道。それもあの非日常の光景を見たら冗談とは笑い飛ばすことはできない。

 

 

「もしかして、士道さんですの?」

 

 

「え?」

 

 

後ろから声を掛けられたので振り返ってみると、来禅高校の制服を着た少女が立っていた。しかも、その少女は今朝に教室で出会ったばかりの転校生である。

 

 

「時崎か」

 

 

「ええ、そうですわ。でも、わたくしのことは狂三と呼んでくださってもいいですわよ」

 

 

「それじゃあ…狂三」

 

 

「それでいいですわ。ところで士道さんはなぜここに?」

 

 

「お隣さんの分も含めて夕食の買い出しをしに来たんだけど、もしかして狂三も夕食の買い出しに来たのか?」

 

 

「それもありますけれど、一番は士道さんに会いに来たのですのよ」

 

 

「お、俺にか?」

 

 

まさか、自分に会いにきたとは露とも思わなかった士道。十香並の美貌を持つ少女にそんなことを言われてしまえば胸がときめいてしまう。この狂三という少女は琴里曰く精霊らしいので士道又は一護が恋に落とさなければならないが、逆に取って喰われそうだった。

 

 

「あれ?でも、狂三って兄貴に学校の案内してもらってるんじゃなかったか」

 

 

確かに今は午後5時前なので普通にスムーズに校内の案内が進めば狂三がここにいるということに不思議はないが、あの<ラタトスク>の面々からの指示の元に一護は行動しているので途中で狂三の機嫌を悪くさせて帰ってしまったということも考えられた。

 

 

「士道さんのお兄様…一護さんのことですわね。そうですわね、わたくし(・・・・)は一護さんに学校に案内されてませんわよ」

 

 

「え!?でも、俺はちゃんと兄貴が狂三と教室から出ていったところを見たし…」

 

 

「ふふふ、それは他人の空似かもしれないですわね」

 

 

全くわからない。もしも狂三が言うことが本当ならば一護は精霊ではない誰かを案内したことになる。しかし、<フラクシナス>にある観測装置が精霊だと判断したと琴里が言っていたのでそんなことは無い筈。考えてみても益々分からないので、それらは全て琴里にあとで報告するとしよう。

 

 

「このひき肉は何に使いますの?もしかして今日の夕食はハンバーグでございまし?」

 

 

「ご名答。まぁ、ひき肉がメインの料理でハンバーグが真っ先に思うよな。でも、しくじったなぁ。十香のことを考えるとこれだけじゃ全然足りないな」

 

 

「それでしたらこれをどうぞ。ついつい半額という言葉に引き寄せられてしまってかなりの量を買ってしまいましたの。一人で食べるには多すぎて、おひとつ如何でしょう」

 

 

「すまん、助かった。さすがにまたあの人混みの中に入るのはきつい」

 

 

差し出されたひき肉を受け取ろうとしたところ、うっかり狂三の手に触れてしまった。『狂三の手って、とても柔らかかったなぁ』という感想が頭の中で蹂躙していく。そして次に羞恥の感情が襲い掛かってきて、急いでひき肉を受け取り手を離した。

 

 

「その、ごめん!つい」

 

 

「あらあら、もうその手を離してしまうのですの?わたくし、士道さんにならずっと手を掴まれても構いませんのよ」

 

 

「ッ!?」

 

 

狂三が悪戯っぽく微笑んでくる。それは甘い蜜のように士道の全てを引き込んでくる。狂三の美しさ、愛しさ、可愛さ、妖艶さ―――――数え切れない魅惑の要素が士道の五感を支配していく。意識が揺らいで、このまま狂三のものになってもいいという風にさえ思えてきた。

 

 

「さぁ士道さん、こちらへ」

 

 

目の前にはただただ漆黒の影しかなかった。いつもの士道ならばこの闇の影に恐怖し中に入ることを拒絶していたのかもしれない。しかし、現在士道は狂三の掌の上であり、その影に恐怖しようもなかった。そして、士道は狂三に導かれて歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、シドーォ!今、どこにいるのだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士道はハッと自分を取り戻した。今の独特なイントネーションで士道の名前を呼んだのは十香。これによって全て抜け落ちていた思考を取り戻すことができた。

 

 

 

「わるい、狂三。今、十香と一緒に来てるんだった。それじゃ、狂三また学校でな」

 

 

士道は十香の声が聞こえた方へ急いで向かった。狂三は「うふふふふ」と含み笑いしながら士道の後姿を見つめていた。

 

 

 

「士道さんったら、忙しい方ですわね。あともう少しというところで逃げられてしまいましたわ。でも、まぁいいですわ。お楽しみの食事(・・)は後の方にとって置くものですから特に問題ないですわね。それでも、いずれはきっとあなたのことをわたくしたち(・・・・・・)が頂きますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十香、大丈夫か?」

 

 

「うむ…なんとか大丈夫だ」

 

 

安売り戦争に巻き込まれた十香は士道に気丈そうに振舞おうとするが、やはり多大なるダメージによりもうフラフラだった。

 

 

「タイムセールとは過酷なものだな。限られた肉を皆が百虎の如く奪い合う。何て恐ろしいのだ。今度はしっかりと霊装と天使を持ってこなくては」

 

 

「いや、ダメだからな!そんなことしたら、買い物どころじゃなくなるからな」

 

 

精霊の力を完全に解放してしまえばスーパーだけでなく、その周囲に住んでいる人々にも迷惑を掛けてしまうということを2人の頭の中から抜け落ちている。これも士道がやや非日常な慣れ始めた現れなのかもしれない。

 

 

「ん?」

 

 

誰かの視線を感じた士道は反対側の歩道に目を向けると、パーカーにジーパンといったボーイッシュな格好でポニーテールの女の子が士道を凝視していた。あまりにも見つめられていたので気になって足を止めた。それとは他に、足元のスニーカーに付いて間もないと思われる血があったことにも気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「に…兄様!」

 

 

「は、はい!?」

 

 

「おぉ、あの女子はシドーの妹2号なのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狂三を学校の案内をし終えた一護は例の失踪事件のこともあって狂三の自宅まで送ろうとしたのだが丁重に断られた。恐らく、あの後四糸乃とリリネットが一緒に付いてきたということでそちらを優先してもらったのだろう。確かに、四糸乃とリリネットだけで帰らせるのは不安であった。

 

 

ということで、一護は途中で『喫茶 十刃(エスパーダ)に寄ってリリネットを送ってから家に戻った。その際に地響きが鳴ったかと思うと突如として地面が陥没したり、地震のような揺れが数分間続いた。一護は中でどのようなことが起こっているか何となく分かったので、とりあえずは今は2人に関わらないようにした。後の話によれば、その地震と思われる揺れはマグニチュード6クラスだという。さすが十刃(エスパーダ)、やりすぎです。

 

 

四糸乃を隣の精霊用マンションに送ってから家に着いた。一先ずシャワーを浴びてから何かしようと思っていたけれども、今日の狂三のことが頭から離れなかった。

 

 

(どういうことだ…狂三は俺と士道のことを事前に知っていた。俺はともかくにしても士道はそこまで目立つようなしていない。あいつはどうやって俺たちのことを知ったんだ?)

 

 

まずは、どんなことよりも疑問に思ったのはその事だった。最初から一護と士道に会うつもりなら、一護と士道をキーとして活用する何かしらの目的を持っているということになる。何が目的なのか分からなかったが、ヒントに成り得るようなことが今日の学校案内の中にあった。とは言いつつも、これは一護の感覚的なものでしかないが。

 

 

「狂三は本当に俺を見ていたのか?」

 

 

琴里からは順調に一護に対しての好感度が順調に上がっていたと言っていたが、それは表面的な部分に関してだけだと思えた。少なくとも階段での出来事よりも前まで、市丸ギンのようにはいわないが本心がどこか別の場所に向いていたと思える。その市丸ギンとは違うところは、もう狂三の精神が限界を迎えているのかもしれなかった。

 

 

どんなに隠そうとしていても、一般の人との抱えているものが絶対的に重くて疲れ果てているように見えた。それは石田雨竜の滅却師(クインシー)としての誇りを背負っているのとある意味では似ているのかもしれない。

 

 

 

――――バタン

 

 

呼び鈴も無しに玄関の扉の開閉音が聞こえてきたということは、恐らく買い出しに行っていた士道が戻ってきたのであろう。そこで、一護は狂三に関して考えるのを打ち切って下に降りた。

 

 

「士道戻っ…た…か」

 

 

言葉が途切れてしまうほどの一護の見た光景は士道が両脇に美少女を挟み込んでいるのだ。片方は十香でそれはまあいいのだが、もう片方が見知らぬ琴里と同じくらいの年齢の女の子。そこから導かれる一護の結論は…

 

 

「もしもし、警察ですか――」

 

 

「待って兄貴、誤解だ!?」

 

 

士道は必死に携帯を奪おうとするが、一護は士道の頭を押さえつけて近づけさせなかった。このままでは、本当に逮捕されてしまう。

 

 

「実は家の弟が―――って危なっ」

 

 

一護はこのまま通報を続けようとしたところ、件の少女が一護の意識を刈り取ろうとジャブからフックで顔面を狙うも寸前のところで外した。

 

 

「一発で()るつもりだったのに、何者でやがるのですか?」

 

 

()るって、もし今の俺じゃなかったら確実にノックダウンされてるじゃねぇか」

 

 

「だから、あなたは何者でいやがりますか!」

 

 

「お前こそ誰だよ」

 

 

こうやってみると普通に会話しているように見えるが、少女が的確に一護の急所を狙い、一護は体を捻って回避したり腕でガードしたりで少女の攻撃を完全に防いでいる。そして、このままでは埒が空かないと思い互いに名乗りを挙げた。

 

 

―――「俺は五河一護。士道の兄だ」

 

 

―――「私は崇宮真那。兄様の妹でやがります」

 

 

「「え?」」

 

 

これが奇妙な義兄妹の初ハモりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に驚いたのだ。シドーにはもう一人妹がいたのだ」

 

 

「本当にそうらしいな」

 

 

最初は本物の兄妹なのか半信半疑なのだったのだが、真那の持っていたロケット型のペンダントのようなものの中にあった写真を見て一護は確信した。その写真とは小学生サイズの真那がこれまた小学生サイズの士道が一緒に映っていたのだ。十香の言うように真那が士道の妹であることが解ったが、十香にはそのことを早めに言ってほしかった。先ほどまで警察に電話を掛けていたため誤解を解いていた。

 

 

「申し訳ねーです。ついつい頭に血が上ってしまいして」

 

 

「こちらこそ悪かった。ちゃんと確認もせずに疑っちまったからな」

 

 

と、ここで士道が神妙な顔をしながら言った。

 

 

「でも、俺が昔、真那と一緒にいた記憶が無いんだけど。その写真に俺が写っているから多分真那が俺の妹なのかもしれないけど」

 

 

「絶対にそうでいやがります」

 

 

「……」

 

 

多分士道が真那の兄なのであろうが、わからないことがある。もし、本当の兄妹ならば小学生まで士道が真那と一緒にいたことを忘れていたとは考えにくい。でも、辻褄は合ってしまうのだ。何故なら、士道が一護と初めて出会った時点で心をすり減らしていたことのショックで過去のことを名前以外の全てを失っていた。ということは、やはり…

 

 

「へぇ、あなたが士道の妹ね…」

 

 

「琴里ではないか。今、シドーの妹2号が来ているぞ」

 

 

「分かっているわ――――私は五河琴里。実は私も士道の妹なんだけれど、これは一体どういうことかしら」

 

 

士道と真那の間で仁王立ちしている琴里が尋ねる。その姿は一種の阿修羅のようにも見える。そんな中、真那はふむふむと現状を把握して、琴里の手を握った。

 

 

「もしかして、姉様!?」

 

 

「違うわよ!?」

 

 

今度は琴里の頭の上に手を置く。

 

 

「ごめんね。お姉さん、てっきり自分が妹かと思っちゃった」

 

 

「そうでもないわよ!?」

 

 

終始引き回されっぱなしの琴里は現在のイライラを表現しているかのように髪を掻き毟る。そんな琴里の様子に真那は笑って誤魔化した。

 

 

「いやぁ、てっきり兄様の他に私の知らねー姉様がいやがると思って。ということは、琴里さんと一護さんは本当に兄妹でいやがりますか?」

 

 

あまり言いたくないことをズバズバと質問してくる真那に琴里は琴里は苦虫を噛み潰した顔をする。対して一護はこの特徴的なオレンジの髪と琴里のを比べてみればそう思う人も少なくはないと思っていた。

 

 

「何でそう思うの?」

 

 

「ちゃんとした証拠とかはねーですが、琴里さんと一護さんがお互い全てを教えてねー気がして」

 

 

「「……」」

 

 

実際その通りだった。2人は余計な心配を掛けさせまいとして、琴里は自身が炎の精霊だということを、一護はこの世界の住人ではなく本当の家族を知っていることを隠している。しかし、琴里が精霊だという事実は一護が5年前の真実を知っている時点で分かっていた。それを踏まえて一護は知らないフリをしている。

 

 

「確かに俺と琴里は血の繋がった兄妹じゃねぇ。勿論、士道とも血がつながってねぇ」

 

 

言葉の詰まっている琴里の代わりに一護が答える。その言葉に反応して琴里が一護のことを見つめる。

 

 

「けどな、血が繋がってないからって家族の愛情までも偽物なわけないだろ。琴里と士道は俺のれっきとした妹と弟だ。楽しいことがあれば一緒に笑って、悲しいことがあれば一緒に泣いて、苦しいことがあれば苦しみを分かち合う。そういうのって、普通の家族と同じだと思うぜ」

 

 

「一護おにーちゃん…」

 

 

「兄貴の言う通りだ。家族の形は色々あるかもしれないけど、お互いのことを思いやってるんだったら、それは普通の家族と変わらねぇよ」

 

 

「士道おにーちゃん…」

 

 

これには司令官モードの琴里でもその鋭い瞳から涙が流れそうになるが、今は司令官モードの強い自分。だから涙はぐっと堪えた。

 

 

「羨ましいです。兄様の今の家族がこんなにも暖かいなんて。もし、兄様と一緒に暮らしていたときがこういう暖かい家族でやがったら…」

 

 

「ちょっと、待ってくれ!俺と真那の両親はそんなに酷かったのか?」

 

 

真那の言葉を素直に受け取れば士道と真那の両親は2人に対して酷い扱いしていたかのように聞こえる。しかし、真那はそれに急いで首を横に振る。

 

 

「それは違げーです。実は両親に関する記憶というか昔の記憶がスッパリねーです」

 

 

「それって、まさか記憶喪失?」

 

 

「まあ、有り体でいえばそうでやがるでしょうけど。でも、ここ数年の記憶は残ってるんですがね」

 

 

記憶がない。何も覚えていない。――――そういう状態に成り得るのは外部からの何かしらの強いショックがなければ記憶喪失という状態には陥らない。だけど、記憶が無いというならばそれを問い質しても意味はない。それでも、真那が実際の家族だというならば少なくともどこに住んでいるのかを士道は聞かなくてはならない。

 

 

「あの真那、今どこに「兄様が琴里さんと一護さんのところにいて安心しました。兄様を預かってくれたことに感謝しています」」

 

 

そんな屈託の無い笑顔を見せてくれた真那に士道は何も言えなくなってしまった。ちゃんと生活しているのだからきっと引き取り手はいるのだろう。だから、士道は真那がどこで生活しているのかはまた今度会ったときに尋ねることにした。

 

 

「真那にも色々苦労があると思うけど、そういうときは俺に頼ってもいいからな。結構経験があるから大体のことは解決できると思う」

 

 

「ありがてーです、一護さん」

 

 

「ふん、私を士道の妹ということをわかってるじゃないの」

 

 

「琴里さんには兄様を救ってくれた恩がありますからね。でも、本当の妹は血の繋がった妹に違いねーです」

 

 

ブチッ―――琴里から血管が突き破れたかのような音がする。これには一護と士道でもこれからやばいことが起こるということがわかる。

 

 

「へぇ…でも、遠い親戚よりも近くの他人とも言うわ」

 

 

今度は真那から不吉なオーラが湧き出してくる。一護と士道は顔を見合わせて頷いた。

 

 

――――ガシッ

 

 

その場から抜け出しそうとしたところで琴里と真那はそれぞれ2本の腕を使って一護と士道の肩を掴む。

 

 

「「2人は実妹と義妹どっちがいいの?」」

 

 

「「えっと…」」

 

 

どちらを選んでも悪い結果しか起こらないような気がすると悟る一護と士道。必死に逃げ道を探す中…

 

 

じつまい(実妹)ぎまい(義妹)は新種のお米なのか?」

 

 

十香はやはり十香であった。



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Preparing

夏休みに突入したということで短めの間隔で投稿することが出来ました。
今回の話はタイトルにもある通り『準備』です。どんなことにでも下ごしらえは必要なんです。
それと、この話で一護を狙っている奴がだれであるかbleachを読んでいる人ならわかるんじゃないでしょうか。
というわけ、今回もお楽しみください。


真那が来襲してきた翌日の昼ごろ――――士道と一護は来禅高校の改造された物理準備室にいた。本来のこの時間は昼休みであり2人は弁当を頬張っているはずだった。

 

 

「こんな時間に集まってもらって悪いね。シン、苺」

 

 

「別にいいわよ。どうせ、2人ともぼっちで弁当を食べてるだけだし」

 

 

「お前が言うなよ!ついでに、兄貴と十香がいるから別にぼっちじゃねぇ」

 

 

相変わらずの琴里の毒舌だ。司令官モードの琴里に何を言っても無駄なのだが、士道は少なくともぼっちではないことは主張したかった。

 

 

「十香にも友達が出来たんだから、もう士道がぼっちでもいいでしょ。そう思うでしょ、一護」

 

 

「……」

 

 

「一護!」

 

 

「ッ!……わりぃ、聞いてなかった」

 

 

「どうしたのよ?いつもは気の利いたツッコミが来るのに今日はそれがないって」

 

 

「別に何でもねぇよ。ちょっと考え事をしてただけだ」

 

 

「そう…それならいいけど」

 

 

琴里は軽く流してしまったが、士道にしてみれば明らかにいつもの一護の様子と違うと感じられた。ここ最近、一護の憂鬱とした気持ちを感じ取れることが多くなってきた。それで、今のようにうわの空になることもよく見かける。ずっと誰かのことを考えているようだった。

 

 

(そういえば…)

 

 

士道は前にも同じようなことがあったのを思い出し、携帯を取り出して今日の日付を確認してみると6月○日だった。

 

 

(もう6月か…)

 

 

士道が五河家に招かれて以来ずっと6月の一護は毎年こうだった。士道が小さかったときは、梅雨で気分が憂鬱だと思っていたのだがそうではなさそうだった。結局、一護は何も話してくれなかったから何が原因でそうなっているのかは今でもわからない。ただ、毎年の6月17日には一護は誰にも言わずに何処かに行ってしまうことと関係はあるらしい、というぐらいしかわからない。

 

 

「このまま話していても時間の無駄だから、さっさとやることやっちゃいましょう。令音、お願い」

 

 

「ああ…」

 

 

一護と士道の目の前のメインディスプレイに光が灯る。そこに映し出されたのは、どこかで見たような紅髪の美少女――――というよりも、つい先々月ぐらいに画面の中で見かけた少女達だった。

 

 

――――マイ・リトル・シドー2 ~愛、恐れていますか~

 

 

「続編!?」

 

 

まさかの続編にSAN値がガリガリと現在進行形で削られていっている士道。以前の攻略難易度ナイトメアのギャルゲー訓練では大量の黒歴史を公に公開された。もちろん、士道は伝説の中二病(ダーク・フレイムマスター)と呼ばれ、恥ずかしくて悶えた。それでも、公開されたものは士道が生み出した黒歴史のほんの一部である。そのギャルゲー訓練がパワーアップして帰ってくるとなればたまったものではない。

 

 

「間違えた…見せたいのは、こっちだ」

 

 

「ちょっと、待ってください! 今さっき、非常に気になるものを見たんですけど」

 

 

「ふむ…」

 

 

「堂々としたスルーですか…」

 

 

「細かいことを気にしてたら、禿げるわよ」

 

 

はふぅ、と琴里はどうしようもない愚兄を見たかのようにため息をつく。士道にとっては社会的な評価がガタ落ちになるということもあって絶対にあのギャルゲーを破棄させたいところ。最後の望みを託して、一護に救いを求めるが…

 

 

「士道、諦めろ」

 

 

妙に穏やか顔で死刑宣告をされた。本当に地球の裏側に逃げたい気分だった。

 

 

「そろそろおふざけは終わりにしなさい。ここからが本題よ」

 

 

これから起こると思われる地獄に目を向けたくないが、このまま現実逃避をしていても先に進まないので、士道は再びメインディスプレイに目を向けた。そこに映っていたのはギャルゲーの画面ではなく、どこかの建物が立ち並ぶ路地裏だった。

 

 

「この映像は昨日撮影したものよ。精霊の反応を感知したから観測用のカメラを飛ばしたわ。その撮影した映像がこれ」

 

 

「…狂三?」

 

 

その路地裏に走りこんだのは赤と黒のゴスロリ風の霊装の狂三。それに続いて大人数の影が狂三を取り囲むようにしている。恐らく、狂三を追い詰めているのはASTだろう。

 

 

「つまり、昨日狂三とASTが戦ったのか?」

 

 

「いいから、黙って見なさい」

 

 

琴里がこの映像を見せた真意について尋ねた士道に続きを見るように促す。今、映っている映像の先に答えがあるのだろうと士道は琴里に従った。そうすると、ASTと思われる影達から出てきた1人の少女がカメラの撮影範囲内に入った。

 

 

「あれって…真那だよな…」

 

 

「そうよ」

 

 

士道の疑問にあっさりと肯定する琴里。その少女は五河家に訪ねた崇宮真那で間違いない。その真那が身に纏っていたのは出会った時の服装ではなく、少々デザインは違うがASTのそれと同じCR-ユニットだった。

 

 

「真那がAST…」

 

 

「…」

 

 

真那がASTに所属していたことに士道が衝撃を受けていた中、一護はずっと静かに真那の眼を見ていた。その眼は一護が戦ってきた相手の中にはいなかった。その眼は戦いに臨む戦士の眼ではない。己の信念を通す為に戦う守護者の眼でもない。ただ、相手を殺すだけの人形の眼だった。

 

 

画面に映っている映像は更に先に進む。狂三は余裕のつもりなのか真那に対して口を歪めて笑う。一方で、真那は無表情で相対する。

 

 

先に動いたのは狂三だった。弾丸のように直接真那に迫る。狂三が何かを仕掛けてこようにも関わらず、真那は動かなかった。そして、狂三がその手に黒い影を収束させようとしたところで真那は一閃した。

 

 

「え…」

 

 

画面越しに見ていた士道は何が起きたか分からなかった。ただ、真那が一閃した瞬間に狂三の首がはね跳び、辺りに赤黒い生々しいを撒き散らしただけだ。

 

 

「うっ」

 

 

「士道!」

 

 

壮絶なもの見て、胃の中から不快感がせりあがってきた士道から一護はその殺されたというイメージから早く抜け出させる為に視覚を奪った。

 

 

「いきなり士道にその映像はまずいだろ、琴里」

 

 

「士道には酷だということは分かってるわ。でも、これを見てくれなきゃ先の話に進めないの」

 

 

「確かに琴里の言う通りかもな。今朝、狂三が学校に来れたことと関係があるんだろ。あと、士道のことももう少し考えてくれ」

 

 

「ええ、恐らく。士道のことは確かに私が少し焦っていたのかもしれない」

 

 

そう、画面の中で殺された狂三が今朝何事も無かったかのように登校してきたのである。普通に考えて、狂三自身に何か特殊な能力で蘇生した可能性が大きい。とはいえ、死亡シーンを見せつけられた士道へのショックは計りしれない。

 

 

「兄貴、ありがとう。少し、落ち着いてきた」

 

 

「本当に大丈夫か」

 

 

「何とか…大丈夫だと思う…」

 

 

一護は今の士道の状態に心配ながらも、士道の望み通り目を覆っていた手を退かす。

 

 

「士道、落ち着いてきたかしら」

 

 

「ああ、兄貴のおかげで」

 

 

「それで、さっき一護と私が話してたことは聞こえてた?」

 

 

「所々分かんなかったところもあるけど、狂三が何で生きているのか、って話か」

 

 

「そうよ。だから、2人とも狂三とデートなさい」

 

 

「待て待て、あんなもん見せられていきなりデートとか―――」

 

 

「シャラップ!」

 

 

士道の言葉は最後まで続くことなく琴里に遮られた。一護は琴里の真意を読み取れた為に口出しはしなかった。

 

 

「今回は狂三は生き返った。でも、この生き返ったというのがあの時だけの奇跡だったかもしれないのよ。今度こそ、本当に死ぬのかもしれない」

 

 

「うっ…」

 

 

確かにそうだ。狂三が生き返ったのは今回だけの奇跡だったのかもしれない。だけど、まだ心の整理がついていない。

 

 

「今の士道には結構きついと思うけど…」

 

 

一護が琴里の説明を付け加えた。最も最悪な状況を仮定した場合の。

 

 

「もう真那と折紙には狂三が生きていることを知ってる。だったら、また殺しに来るはずだ。今度は生き返る可能性が全くないほどに。そんなのは嫌だろ」

 

 

「兄貴の言う通りだ。俺と兄貴が狂三を救える可能性があるんだな」

 

 

「そうよ」

 

 

「わかった。俺は狂三をデレさせる」

 

 

「一護は?」

 

 

「勿論、士道と同じだ」

 

 

一護と士道は必ず狂三を救ってみせると物理準備室で誓った。まあ、その方法は殺伐とした状況とかけ離れているものだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうどその頃、教室にいる十香は昼休みが始まってから昼食を全くとっていなかった。士道と一護と一緒に昼食をとろうと計画していたのだが、その肝心な2人が昼休みが始まった途端にどこかに行ってしまったのである。

 

 

「あれ? どうしたの、十香ちゃん」

 

 

「何? まだお昼食べてないの?」

 

 

「もう授業が始まっちゃうよー」

 

 

いつもは大飯食らいの十香が全く昼食をとっていないということで、クラスで知らぬ者はいない亜衣・麻衣・美衣トリオが心配そうに声を掛けてきた。それに次いで十香は瞳を潤ました。

 

 

「本当にどうしたの!? 十香ちゃん」

 

 

「もしかして、誰かに嫌な思いをさせられたとか?」

 

 

「十香ちゃんを泣かしたやつ出てこいや! それと、私に泣かした野郎を斬滅する許可を!」

 

 

亜衣・麻衣・美衣トリオの猛獣の如き圧倒的な圧力に、クラスの中にいた男子は特に何かをしたわけではないのに何故か出来るだけ彼女ら目を合わさないように自然としていた。その男子の中には教室から逃げ出す男子もいた。十香は彼女らが敵意剥き出しにした男子が原因ではないこと、士道と一護と昼食を取れないことが寂しいだということを説明した。

 

 

「一護くんはいいとして、五河士道ぉぉぉぉ! 貴様は十香ちゃんを泣かしておいて何様のつもりじゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

((あ、一護くんはいいんだ))

 

 

亜衣の叫びに、相変わらず一護のことが大好きなのだと察する麻衣と美衣。本人には自覚はないようだが、確実に自分で自分の墓穴を掘っていた。だが、十香は周囲をそんなことを思っていることに気づかずに必死に士道のフォローをしようとした。

 

 

「別に士道は悪くないのだ。私が単にわがままなだけなのだ」

 

 

「いいよいいよ、十香ちゃん」

 

 

「そうそう、十香ちゃんは何も悪くない。女の子というのは誰だってわがままなものなのよ」

 

 

「五河士道――――貴様の罪を数えろ!」

 

 

結果的に亜衣・麻衣・美衣トリオをよりエキサイトさせてしまった。周囲の人間は、今後士道に訪れるであろうと思いこの場にはいない士道に対して合掌した。

 

 

亜衣は十香が満足させることができるようなものを探した。すると、自分の制服の胸ポケットにあるもののことを思い出した。もし、これを渡せば十香はきっと士道を手に入れることが出来る。しかし、これを渡せば自分の千載一遇のチャンスを逃すことになる。

 

 

「亜衣、どうしたのだ?胸を抑えて…もしかして胸が痛いのか」

 

 

十香の言葉にいつの間にか苦しんでいたのかと自覚する亜衣。このまま純粋な十香を亜衣は見ていることが出来なかった。そして、亜衣は覚悟する。胸ポケットにしまっているものを伝説の宝刀を抜くが如く十香に突き出す。

 

 

「亜衣それは…」

 

 

「それはずっと自分のためにと、取っておいた…」

 

 

麻衣と美衣は亜衣が取った行動に驚愕した。2人は亜衣がそれを手に入れるのにどれだけの苦労をしたのか知っている故に驚愕した。だが、事情の知らない十香はそれが亜衣にとってどれだけの価値があるのかはわからない。

 

 

「これは天宮クインテットの水族館入場チケットよ。これで士道くんと一緒にデートしてきなんさい」

 

 

「!?」

 

 

デートという言葉に大きく反応した十香。その反応に笑顔を浮かべる亜衣。このまま十香がチケットを受け取ってくれれば万事解決だ。しかし、砲撃は思わぬところからやってくる。

 

 

「それって、一護くんと水族館デートするために手に入れたチケットじゃないの」

 

 

「ちょっと、麻衣!?」

 

 

「それは本当なのか?」

 

 

「ついで言うと、このチケットを手に入れるために一護くんみたいに何でも屋のバイトをしてたのよ。でも、亜衣って不器用だから一護くんみたく稼ぐことが出来なくて、ようやくついこの間に手に入れたチケットなの」

 

 

「美衣まで、そんなことを言わないでぇぇぇぇぇ!」

 

 

その強烈なダブルパンチに亜衣はその場でへたり込んで、十香と同様に瞳を潤ませた。しかし、手に持っているチケットはしっかりと十香に向けたままだ。さすがにこれだけのことが起こったのだ。今さら十香がチケットを受け取るのには躊躇いがある。

 

 

「何だかわからないのだが、わたしはチケットとやらを受け取らない方がいいのだろうか」

 

 

それでも亜衣は止まらなかった。自分の幸せよりも十香の幸せのほうが亜衣にとっての本望なのだ。

 

 

「十香ちゃん、これは士道くんとの関係を一歩先に進むのに必要だから。私は十香ちゃんが喜ぶ顔をみることが一番の幸せだから」

 

 

十香は亜衣の猛烈プッシュに押され、ついにチケットを受け取った。それで燃え尽きたのか亜衣はその場で後ろに倒れた。

 

 

「「亜衣ぃぃぃぃぃ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は流れ、HR終了直後の放課後――――先に動いたのは一護だった。

 

 

「狂三、ちょっといいか」

 

 

「あら、一護さんから声を掛けてくださるなんて嬉しいですわ」

 

 

「そりゃ、どうも」

 

 

一護にとっても映像の中で殺されたとは思えないほどの様子だった。あまりにも狂三がケロッとしすぎている。ただ、狂三が全く何も感じていなかったはずはないと一護は考える。

 

 

「それで一護さん、何か用がありますの?」

 

 

「ああ、この学校に転校してきたということは、最近ここら辺に越してきたということだろ。だったら、町を案内した方がいいと思うんだけどさ、どうだ」

 

 

一護のいきなりのお誘いに狂三はパァっと笑顔になった。

 

 

「まぁ、それはありがたいですわ。是非ともお願いしますわ」

 

 

「なら、良かった。明日の10時半にパチ公前でいいか」

 

 

「はい、承りましたわ」

 

 

狂三は制服のスカートを捲くって高貴なお嬢様のようにお辞儀をする。そして、一言。

 

 

「それにしても、2人でお出かけというのは何だか…デートみたいですわね」

 

 

「ぶふっ!…俺が敢えて言わなかった言葉を言いやがったな」

 

 

「いいではございませんの、何か減るものではございませんし。やはり、一護さん初心なのですね」

 

 

「うるせぇ」

 

 

「それでは、明日楽しみにしてますわ」

 

 

「ああ、じゃあな」

 

 

終始狂三に振り回されっぱなしだったが、取り敢えずはデートの約束を取り付けることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ふふ、いいですわね。まさか、一護さんから誘ってくるとは。こちらから誘う手間が無くなりましたわ。ということは、次は士道さんですわね。任せましたよ、わたくし(・・・・)

 

 

狂三はきひひ、と狂ったようにわらいながら狙いを定める。その様相は弱者を頂くために準備している強者さながらだった。そして影から這い出した狂三(・・)が狂三の思惑を実行する。

 

 

「士道さん、ちょっとよろしくて?」

 

 

「あ、ああ、大丈夫だけど」

 

 

狂三に声を掛けられた士道は懇ろ自分から声を掛けようと思っていたのでそういう意味では助かったのだが、主導権を握られてデートに誘う心の準備が整っていなかった。

 

 

『わーお、一護からデートの誘いを受けたのに自分から士道に声を掛けるなんて大胆ね』

 

 

「関心してないで、俺に知恵を貸してくれ」

 

 

内心物凄いテンパっている士道に狂三は自分の目的を告げる。それも、若干照れながら。

 

 

「明日、わたくしを町に連れ出してくれませんこと。何分、まだこの天宮市に慣れていませんので」

 

 

「え…えっと、それって平たくいえばデートしたいということでいいのか?」

 

 

「ええ、その通りですわ」

 

 

「!?」

 

 

恥らいながらそれがデートだということを認める狂三にもう士道は頭の中の全てがシェイクされてノックアウト寸前になっている。

 

 

『戻ってきなさい、士道。意識が戻ってこなかったら、一護が前に使った'月牙天衝'に影響されてまた自分だけの必殺技を考えてたのクラス全員の机の中に入れておくわよ』

 

 

「!? それだけを勘弁をぉぉぉ!」

 

 

「いきなりどうしましたの?」

 

 

さすがの狂三でも会話の途中でいきなり奇声を上げるのには困惑する。何かを懇願するような感じであることしか狂三は奇声から読み取れなかった。

 

 

「いや、なんでもない。ただ、嫌なことを少し思い出しただけだからッ!」

 

 

「は、はぁ」

 

 

社会的な信用が失墜してしまうんじゃないかという危機に必死になっている士道は余計に頭の中が真っ白になっている。それでも、その鬼気迫る士道の様子には狂三もどうすればいいか分からなかった。

 

 

「ごめん。今、ようやく落ち着いてきた」

 

 

「大丈夫ですわよ。今の出来事、誰にも言いませんわ」

 

 

「すまない」

 

 

気を取り直して、脱線してしまった話を元に戻した。

 

 

「さっきの話ですけど、パチ公前と云われる場所で11時でよろしくて」

 

 

『…一護が誘った時刻に近いわね。しかも、場所は全く一緒だし。一体どういうつもりかしら。でもまあ、狂三から提案してきてるのだから何か考えがあるんでしょうね。それなら、その考えとやらに乗ってみましょ』

 

 

「わかった、その時間にいくよ。何かわからないことがあれば、遠慮しないでいってくれ」

 

 

「ありがたいですわ。それでは、また明日」

 

 

「また明日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――更に1時間後、一護は自分の部屋に十香を招いていた。

 

 

「イチゴ、これは一体どういうものなのだ?」

 

 

十香が見せてきたものは亜衣から貰った件のチケットであった。亜衣が実は一護とデートをしたかったために手に入れた物であったが、一護はそんなことを知る由もない。そんなチケットが今一護の前にあるということはある意味奇跡なのかもしれない。

 

 

「こいつは天宮クインテットの水族館チケットだな。しかも、ペアだな」

 

 

「???」

 

 

現実世界での生活が短い十香には施設の名称を言われただけではどういう場所か理解できなかった。よって、一護はもう少し噛み砕いた説明をした。

 

 

「このチケットというのは、天宮クインテットというところの中の色んな種類の魚を見れる場所に入れるもので、ペアチケットだから十香自身の他に好きな人と一緒に入れるものだ」

 

 

「魚を食べるのではないのだな」

 

 

「食べるじゃなくて観るだな」

 

 

十香らしい言葉に一護は苦笑いしながらも、あの絶望しかけていた十香がこんなにこの世界を楽しんでくれていることを嬉しく思った。それならば、十香をより楽しませてあげよう。

 

 

「もう一人十香と一緒に水族館行けるんだったら、士道を誘ってこい。あいつも絶対喜ぶから」

 

 

「うむ。亜衣もそう言っていったぞ。今から誘ってくる」

 

 

そう言って、十香は一護の部屋から駆け出していった。十香の言葉からあのチケットは亜衣から貰ったみたいだが、亜衣・麻衣・美衣トリオがいつも十香を気にかけていることを一護は思い出しいつか感謝の言葉を言っておこうと決めた。

 

 

―――コンコン

 

 

十香と入れ替わるように新たな来客者がやってきた。一護が入るように促すと、扉を開けたのは四糸乃とよしのんだった。

 

 

「四糸乃とよしのんじゃねぇか。何か用か?」

 

 

「は…はい…えと…その…」

 

 

四糸乃はいつもは十香のようにハキハキとした少女ではないが、今の四糸乃はいつもよりも歯切れが悪かった。

 

 

『四糸乃、言っちゃいなよ。折角のチャンスなんだからさぁ』

 

 

「でも…」

 

 

『もぉ~ 、四糸乃ったら恥ずかしやがり屋さんなんだからぁ。こうなったらよしのんに任せて』

 

 

2人で何やら話した後、よしのんが四糸乃が抱えているバッグを開けて何やら紙片を取り出して一護に突き出す。

 

 

「えっと…これを受け取れと」

 

 

一護の言葉によしのんが頷く。それを受け取り詳細を見ると、それは先程十香が見せてくれたものと全く同一なものだった。こんな奇跡がよく起こるものだと内心は普通に驚いていた。

 

 

「あの…その…一緒に行ってくれませんか」

 

 

せっかく四糸乃が勇気を出して誘ってきたお誘いだ。特に断る理由もない。

 

 

「あぁ、いいぜ」

 

 

『やったね、四ー糸乃』

 

 

「うん!」

 

 

一緒に遊びたいというだけで、こんなにも喜んでいる四糸乃を見ると何だか心が穏やかになってくる。しっかりと楽しませる為にも準備はしておかないといけないな、と友達として思う一護。若干の認識違いが起こった瞬間だった。

 

 

「明日の10時にパチ公前で待ってます!」

 

 

四糸乃は慌てて言うとそのまま急いで部屋を出ていった。

 

 

(明日の10時か…ってか明日かよッ!)

 

 

このままでは狂三との予定と被ってしまう。急いで追いかけて日程を替えてもらおうとしたのだが、もう既に家の中にはいなかった。それに、今さらそんなことをすれば四糸乃が悲しむことが分かる。いずれにしても一護自身が2つの予定をどうにかする他なかった。

 

 

ーーーードタドタ

 

 

全くもって嫌な予感がする。その一護の嫌な予感が示す通りに士道が汗を垂らしまくりながら部屋に入ってきた。

 

 

「ごめん、俺と兄貴が折紙にデートしてほしいって誘われた」

 

 

「まさか、明日とか言わないだろうな」

 

 

「…そのまさかです」

 

 

士道が申し訳そうに敬語で言う。これで2対4の変則デートを行われることが決定した。



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Two by Four

更新がかなり遅れてしまい申し訳ありませんでしたorz
8月は大学のオープンキャンパスのバイトをやっていたり、いつもの長期のバイトをやっていたり、ゼミ合宿があったり、簿記の勉強をしていたり、ディバインゲートをやっていたり(ェ、なんてことがあったりしたので更新が遅れてしまいした。
作品はちゃんと作りましたのでお楽しみください。


『全くどうしたらこんな複雑なデートをしようと思ったのよ、このバカ兄達は』

 

 

「「返す言葉もございません」」

 

 

一護は四糸乃と狂三と折紙で、士道は十香と狂三と折紙とのダブルトリプルブッキングデートという一種の世界記録を目指すようなデートの仕方を昨日生み出した2人のために琴里達ラタトスクはフル稼働でデートをサポートすることになってしまった。前代未聞のデートなのでラタトスク機関員は前日の夜から徹夜で入念なシミュレーションを行っていたらしい。それで、一護と士道は琴里に頭が上がらなかった。

 

 

『受けてしまったものはしょうがないわ。私たちが全力でサポートするから指示通りに動きなさい。タイムスケジュールはこっちで管理するから安心なさい』

 

 

「わかった」

 

 

「ああ、頼む」

 

 

士道・一護という順で言葉を返していく。その返事確認した琴里は2人の最初の予定を伝える。

 

 

『今、天宮駅を挟んで一護は西口にあるパチ公、士道は東口にあるパチ公に最初の相手が来るわ。それぞれ相手は四糸乃と十香よ。その30分後に2人とも次の相手のところまでフラクシナスで回収して転送するわ。この流れ頭に入っている?』

 

 

「「…大丈夫だ」」

 

 

『2人とも若干の間があったわね。まあ、いいわ。時間になったら自動で知らせるから。それよりも2人とも相手が来たわよ』

 

 

琴里の座っている艦長席の前にあるディスプレイが真ん中を境にして左側では十香が右側では四糸乃が各々の相手に手を振っている。この映像はいよいよデートが始まることを示唆している。

 

 

『さあ、私達の戦争(デート)を始めましょう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すげぇな」

 

 

「何がすごいのだ?」

 

 

今の十香の姿はチュニックにショートズボン姿である。いつもは制服姿や部屋着姿しか見ていない士道にとっては新鮮だった。特にショートズボンで生足が強調されて十香の魅力を増幅されている。

 

 

「その服と十香が合っていて可愛いなって」

 

 

「な、何を言っているのだ!…そんなことを言われたらシドーのことをまとも見られないのではないか」

 

 

士道には十香が後半の言葉を小さな声で呟くように言ったので聞こえなかった。十香は不機嫌になってしまったのであろうか。つい最近にも、同じようなシチュエーションがあった気がしないでもなかった。

 

 

『ちゃんと、私のしたアドバイスを実行してくれたわね。おかげで、今の十香の好感度がスタートから上昇しまくっているわよ。このままの調子でデートを続けなさい』

 

 

「はいよ」

 

 

琴里が好感度が上昇していると言っているならその通りだろう。士道には女心を完全に理解しているわけでもないので、そう信じることにした。

 

 

「…それよりも、水族館とやらという場所に行くぞ」

 

 

「わかったって。だから、そんな手を強く引っ張らなくていいから」

 

 

「早く行かなければ、私とシドーがデートする時間が無くなってしまうではないか」

 

 

堂々と士道とデートをしたいと言うあたり、先ほどまでの恥らう姿と同一人物なのか疑ってしまう。いきなりそんなことを言われた士道はそんな風に疑うこともなく気恥ずかしい感じがした。そんな士道が気恥ずかしさを感じていた最中、十香は立ち止った。

 

 

「水族館とやらはどこにあるのだ?」

 

 

「十香、お前場所が分からずに歩いていたのかよ」

 

 

「…すまない。亜衣からは説明を受けていたのだが、水族館がどこにあるのかは聞きそびれてしまったのだ」

 

 

「そうか…なら、チケットを貸してくれ……なるほど、天宮クインテットか」

 

 

士道自身も昨日誘われた時点で場所を聞いとくべきであったな、と反省しながら行くべき場所がはっきりとした。幸いにも、十香が分からずに進んでいた道が天宮クインテットへ進む道であった。

 

 

 

「よし、このまま真っ直ぐだ」

 

 

「うむ!」

 

 

しばらく道なりに進みながら十香とはこれから行く水族館について話していた。昨日、一護に水族館は魚類の料理に出てくるのではなく魚を鑑賞できる場所であると教えられていたはずなのだが…

 

 

「そのような珍しい魚を見られるのなら、その魚を使ってアクアパッツァや清蒸(チンジョン)も食べられるのだな!」

 

 

「いや、水族館は生簀捕り出来ないからな。あと、そのマイナーな料理はどこで知ったんだよ」

 

 

「魚は見るだけで食べられないのか…それは…なんというか残念だ」

 

 

目に見えて落ち込む十香。以前、フラクシナスの艦内にいるある機関員が『さすがハングリーモンスター』と言ったのも頷ける。そんなことをとても本人に直接言えないが、このまま機嫌を損ねては困る。

 

 

 

「天宮クインテットの中にもフードコートがあるから、水族館にある魚使って調理してもらうとかは無理だけど色んな料理は食べられるから腹が減ったらそこに行こう」

 

 

「おぉ、それはいいな。すごい楽しみだぞ」

 

 

もう既に花より団子状態な気がしないでもないが、本人が喜んでいるのならばそれを害する必要はないだろう。

 

 

そうこうしている内に、2人は件の天宮クインテットを目で確認できるほどに近づいていた。ここまで何事もなく進んでいることに士道は安堵したものの、やはりある人物のことを考えればこの事態も頭に入れておくべきだった。

 

 

 

(折紙か!?)

 

 

車道を挟んで反対側にある公園には白のノースリーブにミニスカートという出で立ちの折紙がどこか遠くを見つめながら佇んでいた。あまりに折紙が動かないので両肩と頭には鳩が乗っていた。

 

 

(まずい…このまま十香と折紙が鉢合わせしたら、俺がやばい)

 

 

だからといって2人が鉢合わせるのを防ぐためにおかしなことはできない。そこで、少しでも2人の視界にお互いの姿を映さないため、今までの十香との立ち位置を逆にした。その直後、警笛を鳴らしてきた車が通りすぎていった。

 

 

「助かったぞ、シドー。危うく他の人の車を壊してしまうところだった」

 

 

『やるじゃない、彼女の危機から救い出すのはなかなかできないから好感度は大きく上がるわ。この調子でデートを続けなさい』

 

 

本来の目的とは違うのだが、実際に危ないところだったのでこれはこれでいい気がすると思う士道。とりあえず、ここはそそくさと折紙の視界(オリガミゾーン)から脱出してデートを続けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――少し時間を遡って士道が十香とちょうど出会った頃、一護のところには四糸乃とよしのんが来ていた。

 

 

『やっはー、今日は一護くんとの待望のデートだよ』

 

 

「もう、よしのんッ!」

 

 

「俺とのデート、そんなに楽しみにしてくれたのか、ありがとな。その期待を裏切らないようにデートを楽しもうぜ」

 

 

「はいッ!」

 

 

よしのんにからかわれてもじもじしていた四糸乃だったが、やはりそこは一護。無自覚なイケメン台詞で早くも四糸乃を魅了してきた。

 

 

『やるねー、一護くん』

 

 

「へ?何が?」

 

 

『こっちの話だから気にしないで』

 

 

「それならいいけどさ…四糸乃、おしゃれしてくれたんだな」

 

 

「はい!令音さんに手伝ってもらいました」

 

 

ゲームセンターに遊びに行ったときは白のワンピースを着ていたが、今日はまた違う装いであった。ピンクのカットソーにスカート、それにキャスケット帽。この前の姿は純粋な可愛さと言うなら、今日の姿は魅せる可愛さというべきか。

 

 

「とても似合ってるぜ」

 

 

「!! …ありがとう…ございます」

 

 

そんなことをストレートに言われ、動揺に動揺を重ねた四糸乃は結局キャスケット帽で赤くなった顔を隠すことしかできなかった。その照れまくっている四糸乃に代わって声を上げたのはよしのん。

 

 

『早く水族館に行こうよー。デートする時間が無くなっちゃうよ』

 

 

「そうだな。じゃ、行くか」

 

 

「え?」

 

 

いきなりの感触に驚く四糸乃。これは何なのか一瞬思ったがすぐにそれが手の感触だと分かり、そしてそれが一護のものである。

 

 

「!!」

 

 

「もしかして迷惑だったか?」

 

 

一護の不安そうな声に、もうそれは首が取れるんじゃないかというぐらい横に振った。

 

 

「そんなこと…ないです。初めて手を握られたから…びっくりしましたけど…一護さんの手…暖かくて優しくて…ずっと握っていたいです」

 

 

「そうか…それはありがたいな」

 

 

今度は一護が照れる番だった。これまでの人生で手を握ったのは母親ぐらいだったので、こういうのには全然慣れていない。とりあえず熱を冷ます為に天宮クインテットに向けて歩き出すことにした。少し歩くと折紙のいた公園とはまた違う公園が見えてきた。その公園には見覚えのあるシルエットが3つ。

 

 

 

「いきなり出てきて、お前ら3人は誰なんだよ」

 

 

「いいわよ。名乗りを上げるのは世の情け」

 

 

「世の中の悪を絶対に許さない」

 

 

「か弱き乙女の味方こそ我ら―――」

 

 

「「「亜衣・麻衣・美衣トリオ!!!」」」

 

 

亜衣・麻衣・美衣の3人は少年たち5人と相対していた。3人の後ろには少年たちと同じ年齢ぐらいの少女3人がいる。

 

 

「何してるんだ、あいつら」

 

 

一護までの距離はかなりあったので3人が何を言っているのかははっきりと分からなかった。ただ、3人が少年たちに向けて戦隊ものっぽいポーズしていたので余計に何をしようとしているのか分からなかった。

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

「いや、別に何もないぜ」

 

 

一護がどこか別のところに視線を向けていたので四糸乃は何を見ていたのか少し気になっていたのを誤魔化したのだが、確か琴里にはデートをしている相手以外に気を逸らすのは不機嫌の元ということを思い出し心の中で反省をした。

 

 

「あの…水族館にはどんなお魚さんがいるんですか?」

 

 

「そうだな…俺もよく行ってるわけでもないからよくは分からないけど、天宮クインテットの水族館には小さいのはイワシから、大きいのはイルカとかラッコとかがいるみたいだな」

 

 

「イルカさんはうさぎさんの次に大好きです。テレビで見ていて、海でイルカさんが飛んでいたのがすごくきれいでした」

 

 

『四糸乃ったら、イルカが出てくるとテレビにかじりつくぐらい大好きだからね』

 

 

「じゃ、それなら最初はイルカを見に行こうぜ」

 

 

「はい!」

 

 

四糸乃は一護と一緒に大好きなイルカを見ることができるということもあって、水族館に向ける足取りは非常に軽やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5分もしない内に件の天宮クインテットの水族館の入場口に着いた。入場口の係員に3人はチケットを見せて(よしのんは除く)中に入ると、早速目当てのイルカのいる水槽を探した。しかし、その探索は難航した。

 

 

「イルカさんのいる水槽はどこでなんでしょう?」

 

 

「水族館の中でも結構人気があると思うし、すぐに見つかると思ったんだけど…ん?」

 

 

一護が気になったのは、他の水槽とは一際異彩を放つ水槽。異彩とはいっても色彩のことではなくその形状のことだ。通常の水槽は横長のガラス張りのものなのだが、例の水槽は円柱であり360°周囲から中の様子が見える。

 

 

 

「丸いです」

 

 

『丸いねー』

 

 

「丸いな」

 

 

3人とも滅多に見たことのない水槽に正直な感想を言う。皆が水槽に食いつくのはその水槽の中に未だ生物の存在が確認できていないからだ。とはいっても、完全に何もいないというわけではなく水槽も上部にぼやけた何かだけは見て取れた。

 

 

「イルカさんいないです…」

 

 

「いや、ここで合ってるみたいだ…ほら、これ」

 

 

一護が指し示したのは水槽の脇にある説明文であり、この円柱の水槽にはイルカが通り過ぎることがあると書かれている。

 

 

『でも、イルカさんがいないじゃないのー』

 

 

「そうなんだよなぁ…」

 

 

この円柱の水槽を通過することがあるということは、ここからイルカを見ることが出来るのは運次第ということになる。しかし、折角水族館に来たのだからこのまま見られないということにはしたくない。

 

 

「そうだ! 2人とも少しここで待っててくれ」

 

 

「い、一護さん!?」

 

 

『どこにいくのさー』

 

 

思い立ったら即行動を具現化したかのように一護は駆け足で何処かに行ってしまった。いきなりの置いてけぼりを喰らった四糸乃とよしのんは初めてこの天宮クインテットに訪れたこともあり、2人だけでどこかに移動することもできない。

 

 

「どうしよう、よしのん」

 

 

『んー、一護くんはここで待ってって言ってたからまた戻ってきてくれると思うけどー…』

 

 

「よしのん、どうしたの?」

 

 

『四糸乃ー、あれ見て! アレアレ』

 

 

「わぁ、すごい!」

 

 

四糸乃とよしのんが釘付けされた光景とは、水槽の中で上から落ちてきた青魚に目掛けて白い巨影が降下してきた。だが、それは荒々しいものではなく一種の優雅さを兼ね備えていた。

 

 

『イルカさんだよー、イルカさん』

 

 

「うん! とてもきれいだったよ。でも、一緒に一護さんとイルカさんを見たかったなぁ」

 

 

『そうだねー、全くこんなときに一護くんはダメだなー』

 

 

「そんなこと言っちゃ、めッ」

 

 

いつもは大人しくて慕ってくれている四糸乃がこんなに強く言ってくることなんてあまりなかった。それだけ四糸乃にとって一護の存在が大きくなっているということだ。まあ、当の本人は今まで見ている限りそんなことを気づいてはいないように思える。

 

 

『冗談だよー、冗談。よしのんもそんなこと全然思ってないから。それよりも、何でいきなりイルカさんが来たんだろー?』

 

 

「良かった…ちゃんと見れたんだな」

 

 

「一護さん!」

 

 

『遅いよー、一護くん』

 

 

ようやく2人の元に戻ってきた一護。何故か少し呼吸が乱れていた。

 

 

「すまん。ちょっと準備をするのに時間が掛かってな」

 

 

『準備?もしかして今のは!?』

 

 

「イルカのエサを上から円柱の水槽があるところ投げ入れてくれたんだけど上手く行って良かったぜ」

 

 

「すごいです! それと、ありがとうございます。イルカさん…とてもきれいでした」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

実は一護が少しの間2人の元を離れていた理由とは、現在いる場所には飼育員がイルカを管理する部屋があるのだが、その中にいる飼育員にお願いして円柱の水槽の中に餌となる魚を入れてもらったのである。イルカのエサの時間にはまだ早かったのだが、快くやってもらえたことに心の中で飼育員さんに感謝する。

 

 

「イルカさん…輪っかを出しました。何だか…天使みたいです」

 

 

「確か…これって、バブルリングとかいうやつか」

 

 

バブルリング―――イルカが他のイルカと遊ぶ際に噴気孔から空気を吹き出して作る水中のリング。自然の中では人間の眼ではめったに見られないもの。今、ここでそれを見られるということは僥倖といえるだろう。

 

 

そのイルカが息を吐き出して作ったバブルリングは上に上がっていく度に直径が増していき大きくなっていく。それと同時に水槽の中にいたイルカも上昇していく。その姿が上から照らされた陽光で天に昇る幻想を創り出した。3人はあまりの美しさに言葉を失ってしまった。

 

 

 

「お、イチゴと四糸乃によしのんではないか」

 

 

「十香か。ここで士道とデートするとか言ってたな。まあ、ばったり会うということもあるか。それで士道は一緒にいないみたいだけど、どうしたんだ」

 

 

一護に尋ねられて、十香は思い出したかのように困惑した顔になった。

 

 

「それがだな、突然シドーのお腹を壊してしまってトイレに行ってしまったのだ。やはり、琴里に伝えた方がいいだろうか」

 

 

「私も…心配です」

 

 

『もう、十香ちゃんとのデートなのに不用心だなぁ』

 

 

ついさっきまでフラクシナスの艦内で元気な士道の様子を見たんだけど…、と一護が思ったところで気づく。館内の時計で時刻を確認するともう間もなくデート開始から30分が経とうしていた。そして装着していたインカムから久方振りの通信が届いた。

 

 

『一護、時間よ。フラクシナスで回収するわ。四糸乃は十香と一緒に行動させなさい。その方が2人の不安が和らぐでしょうから』

 

 

本当はまだ四糸乃とのデートを続けたいところだが致し方ない。今回の最重要攻略対象である狂三を放置するわけにはいかない。

 

 

「あ、やべぇ…俺もだ」

 

 

「まさか、イチゴのお腹も痛くなったというのか!?」

 

 

全くもって一護自身でも士道に乗っかった上に酷いと思う演技なのだが純粋な十香はそれでも信じて心配そうに見てくる。四糸乃に至ってはウルウルと瞳を潤まして心配している。それとよしのんは涙ぐみそうな四糸乃を窘めている。すごい罪悪感だ。それでもやらなければならない。

 

 

「俺もトイレに行ってくるから、みんなで水族館を回ってきてくれ」

 

 

「…うむ、わかったぞ」

 

 

「はい、わかりました」

 

 

一護は罪悪感を置き去りにするかのようにその場から駆け出して、人目が無くフラクシナスが回収できる場所へと移動した。ただ、子犬のように心配そうに見つめてくる2人に心の内でそれは丁寧に土下座をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、何で俺はこんなところにいるんだ」

 

 

フラクシナスの転送装置を使って狂三が待っているパチ公前に移動した後、狂三が行きたいところがあるということなのでそこに行こうとおいうことになったのだが、それがまさかランジェリーショップだとは。

 

 

「いいではございませんか。女性の下着は神聖な聖域。その下着を一緒に選べるということは男性にとって素晴らしいものではありませんか」

 

 

「お前は、男性全員を獣だと思ってんのか」

 

 

狂三の男性に対するかなり偏ったイメージに呆れた一護。だが、そのような発言をする辺り、一護が女性に臆病であるイメージを与えているのは理解していないようだ。

 

 

『何を言っているのよ、彼女から積極的になっているのに、とんだチキンね。少しは男気を見せなさいよ』

 

 

妹様にも男気がないと言われる始末。だが、これは会って間もない相手ではハードルが高すぎるのではないか。そういう抗議の意味を込めてインカムを小突く。

 

 

「ほら、そこに立ち止っていませんで中に入りましょ、入りましょ」

 

 

全く一護には気が進まないことだが、嬉々とした表情をした狂三に後ろから押されてランジェリーショップの中に押し込められた。

 

 

店内はやはりというか、一護以外は全員女性だった。狂三がいなければ即通報されそうと店内にいる女性が一護の方へと顔を向けてくれないことからそう感じてしまう。しかし、実際はランジェリーショップという名の乙女の宮殿の中にただ一人イケメンがいるということはそれは歓喜という感情と本能に置き換えられている。要するに、メロメロである。

 

 

「せっかくですので、一護さんに選んでもらいたいですわ」

 

 

「何で俺なんだよ。っていうか、そういう下着とか男性が選んでいいのかよ」

 

 

「殿方が女性の下着を選んではいけない決まりはどこにありまして」

 

 

どうやら逃げ道はどこにもないみたいだ。確かにこんな乗り気な狂三の気分を害するのは得策ではない。とりあえず、ここは無難に乗り越えようと決める。

 

 

「一護さん、この2つ下着のどちらがよろしくて?」

 

 

「そうだな――」

 

 

『ちょっと待ちなさい。選択肢が出たわ』

 

 

タイミングを計ったかのようにフラクシナスのAIから選択肢が提示された。

 

 

1.右手側。ピンク地に黒レースの妖艶なデザインの下着。

2.左手側。淡いブルーの爽やかなデザインの下着。

3.「俺はもっと露出度が高い方が…」後ろに掛かっている下着。

 

 

『一護、後ろに掛かっている下着を選びなさい』

 

 

「俺は後ろ掛かっている…って、こんなの選べるかっ!」

 

 

一護はAIから提示された選択肢を知っている訳ではないので、琴里から指示が来て初めて措定された下着がどういうものなのか知った。指示された下着はシースルー素材で狂三が着たら色々と食い込みそうだった。

 

 

「これがいいですの…」

 

 

さすがの狂三も動揺した。一護の言った下着の()を手に取って。

 

 

「なん…だと」

 

 

『なんですって!?』

 

 

一護と琴里が驚嘆したのは、狂三が選んだ下着が指定したものよりも更に布面積が少なく本当に大事な部分しか隠していない下着であり、もはや紐の下着としか言いようがなかった。

 

 

「いや、そのだな…」

 

 

「一護さんだけなら…このことは他の人には言わないでくださいまし」

 

 

何とか狂三が手に持っている下着から選ばせようとしていた下着に注意を向けさせようとした一護だが、もう手遅れだった。そして、こんなことを他人に言おうとすものだったら、色んな意味で何回も殺されるのではないかと思う。

 

 

「早速着替えてみますわ。少々お待ちくださいませ」

 

 

「お、おう」

 

 

狂三はそう言って、試着室の中へと入っていった。こんなところを知り合いの誰かに見られようならば、一生治らない心の傷を負うかもしれない。

 

 

「え!? 嘘!! 本当に一護くんなの」

 

 

「ん? 山吹に葉桜と藤袴か」

 

 

亜衣がいるところには麻衣と美衣もいる。一護ははっきり言えばあまり人の名前と顔を覚えるのはあまり得意ではないが、この3人のインパクトの強さは半端ではなく一護の脳内にしっかり記憶されている。

 

 

「こんなところで会うなんて奇遇だね」

 

 

「というよりも、こんなところに男子がいるって何かおかしくない? どうしてこんなところにいるの」

 

 

麻衣は普通に話しかけてきたが、美衣はやはりランジェリーショップに一護が1人でいる(ように見える)ことを怪しんでいる。しかし、ここで3人に素直に事実のみを言ってしまえば後々ロクでもないことになると知っているので、ここはすこしぼかすことにした。

 

 

「連れと一緒に来たんだけど、途中ではぐれちまって探してる途中で偶然お前らに会っちまったという感じだな」

 

 

「なるほどね。それじゃ呼び止めちゃってごめんね。わたしたちは買い物が終わったからもう行くね」

 

 

その連れを探すのを邪魔するのは悪いと思い、亜衣は麻衣と美衣を連れてその場を離れようとした。

 

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 

「!?」

 

 

亜衣は一護に呼び止められて脳内が高速に回転していた。亜衣の脳内では――――

 

 

『ちょっと待ってくれ』

 

 

『え?どうしたの、一護く―――』

 

 

『実は俺、前から亜衣のことが好きだ。だから、これを受け取ってくれ。俺の初めてだ』

 

 

『…うん』

 

 

――――という妄想が沸き立っていた。そして、実際にはどうなったかというと…

 

 

「え?どうしたの、一護く―――」

 

 

「さっきまで公園に居たろ。何してたんだ?」

 

 

「…うん…う?」

 

 

返ってきた言葉は妄想と全然違っていた。しかも、あまり見られたくないやつが。

 

 

「えっと…それは…その」

 

 

亜衣が一護を真似てやっている何でも屋のバイトで公園にいた男子5人と女子3人に依頼されて麻衣と美衣と戦隊ものごっこしていたなんてことを言えるわけがない。そんなことを言ったら子供から金を毟り取っている思われて軽蔑される。何としてもそのような事態は避けたかった。

 

 

助けを求めたく麻衣と美衣に目配せをするが、逆に目配せされた。打つ手なし、絶体絶命。と、ここで…

 

 

「一護さん、やはり恥ずかしいですけれどいかがでしょうか」

 

 

「「「「!!」」」」

 

 

そのときこの場にいる4人は時が止まったような気がした。もう色々とアウトである。

 

 

「そんな…一護くんが…転校生さんとそんなR‐18指定に入るような下着を選ぶような関係だったなんてッ!」

 

 

「「あ、ちょっと、亜衣ぃぃぃ!」」

 

 

亜衣は乙女の涙を流しながら何処かへ走り去っていった。それを追うように麻衣と美衣も駆けていった。

 

 

『一護、時間よ。それにしても派手にやったわね』

 

 

一護の装着しているインカムから移動を告げる琴里の声が聞こえてきた。しかも、大爆笑された。これからの社会的信用どうしよ、と真面目に悩む一護を差し置いて。

 

 

「こういうときは―――イヤン(はぁと)―――でよろしくて?」

 

 

「うん、そのポーズとその下着はすげぇ可愛い。だから、色々な意味で痛いからトイレに行かせてくれ」

 

 

変則デートはまだまだ続く…




精霊図鑑デート・ア・ゴールデン
※本編未登場キャラが出てくる可能性有


「士道、何やってるんだ?」


「ディバインゲートだよ、兄貴」


「ディバインゲート?」


「ほら、これ」


士道が見せてくれたのはスマホ。その中の画面には普通の人型のようなキャラクターから、それこそドラゴンの姿をしたキャラクターもいた。


「スマホのゲームか…俺には縁のない代物だな」


「あれ、兄貴やってないんだ…殿町からP○3の格闘ゲームのソフトとか借りてたから、てっきりやってるかと思ったんだけどな」


「スマホでゲームやるよりは、ゲームを大画面でやりたい派だからな。それで、気になったんだけど結構キャラクターを集めてるみたいだけど課金とかしてんのか」


「いや、俺は無課金でやってる。条件を満たせば課金スクラッチをやるためのチップを貰えるから、それで何とかやってる」


「そうなのか。まぁ課金とかしてたら親父とお袋とかに申し訳ないしな」


士道は苦笑いで返しているけれども、きっと課金していないだろう、多分。


「そうだ。今、限定スクラッチがあってさ、ちょっとやってみる」


画面を操作して、どれを選ぶか品定めした後1つ選ぶと…


「十香?」


士道が訳が分からないという様子であったので画面を覗いてみると、そこには十香の姿があった。


「シドー!」


「十香!」


「シドー、でぃばいんげぇとをやっているのか」


「ああ、やってるけど…って、なんで十香がスクラッチから出てきてるんだよ」


「それはだな、でぃれくたーとかいう人からモデルをやってみないかと頼まれたのだ」


確かに十香は誰もが羨むような美貌の持ち主なのだが、以前にも同じようなことがあった気がする。


「いいか?今回は良かったけれど、知らない人にそんなことを言われたらついて行っちゃダメだ。危ないからな。分かったか?」


「うむ…わかった」


若干しょんぼりとした顔をした十香だが、間もなくいつも通りの様子に戻りスマホの画面を一護と士道に見せてきた。


「どうだ、すごいだろう」


画面に映し出されたのは、十香・四糸乃・狂三・琴里・八舞姉妹・美九・折紙だった。一護と士道が最初に思ったことは『何してんだよ、こいつら』だった。とここで、嫌な予感が一護を走った。


「十香、お金いくら使った?」


「ゆきちが2人だ」


一護と士道が同時に頭を抱えた。十香はどうしてそんな反応しているか分からなかったが、その間にもう一人やってきた」


「甘いわね、私は月に10万円よ」


そんなことを堂々というのは七罪。これにはもう『こいつ早く何とかしないと』と一護と士道は思うしかなかった。


「私だけ出られなかったんだから、この借りは課金して返すんだから」


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Two by Four X2

更新が大変遅れてしまい申し訳ありません。最近、なかなか執筆する時間とれなくて更新が遅れてしまいました。
本来なら今回更新したものをもう少し勧めたかったのですが、時間と文字数的に少し抑えさせていただきました。
しかし、皆さんに楽しめるように執筆をしたので、是非ご覧ください。


狂三とのデートの後、一護は折紙とのデートに臨もうしていた。先ほどの悲劇から少し間を空けることが出来たので少々心を落ち着けることが出来た。ただ、次の相手が折紙だと思うととって喰われそうだった。まぁ、そう思うのは失礼なのだけど。

 

 

『鳶一折紙はフードコート内にいるわ。士道からこれから一護が来ることを伝えてあるから、自然にデートできるわよ』

 

 

「了解」

 

 

一先ず息を吐いて気合いを入れ直す。折紙とのデートに臨む気持ちを作れたところで後ろから肩を叩かれた。せっかく、これからデートに臨もうとしていたのにと思いながら振り返ってみると…

 

 

「来てくれてよかった。少しして来なかったら、探しにいくところだった」

 

 

「お、おう」

 

 

肩を突いてきたのは今回のデートの相手である折紙だったのだ。予想だにしない登場で完全に不意を突かれた一護だが、折紙が手に持っている袋が気になった。

 

 

「なあ鳶一、その袋の中には何があるんだ?」

 

 

「下痢止め」

 

 

デートに下剤を買ってくるとは一体どういうデートなのだろうか。まさか、食品に混ぜて一護がトイレに篭っている間に何かをするということなのか。

 

 

「これは士道がお腹を下していると思い、買ったもの」

 

 

それを聞いて一護は安心した。四糸乃を精霊の力を封印した日に折紙の部屋に行った士道から聞いた話だと、まさに野獣というイメージしか湧いて戦々恐々していたのだが、士道がかなり話を盛っていただけみたいだ。

 

 

「それよりも、これはデート」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

「あなたは夜刀神十香のことを十香と呼ぶ。これは、非常に不公平」

 

 

「えっと、鳶一のことを下の名前で呼んでほしいということか?」

 

 

折紙はこくりと頷いた。自分と近しい男性ならば下の名前で呼んでいたが、かなりの付き合いのある井上織姫でさえ下の名前で呼ばなかった一護にはなかなか難しい課題に思えた。

 

 

「ダメ?」

 

 

首を横に傾けながらそう言ってくる。全体的な表情には特段変化はないが、瞳には少しさびしそうな感情が乗っていた。さすがに、これを断る一護ではなかった。それともうひとつ、普通に可愛い。

 

 

「別に駄目じゃねぇ…折紙…これでいいか」

 

 

折紙は再び頷いた。どうやら、満足してくれたらしい。

 

 

「あなただけ私のことを下の名前で呼ぶのは不平等。私も『一護』と呼ぶ」

 

 

「ああ、わかったぜ」

 

 

もういきなり折紙から下の名前で呼ばれて心臓がバクバクなのだが、このまま立ち話というのも味気ないので士道と折紙のいたフードコート内の席へと移動した。一護は先に料理を注文してから折紙に尋ねた。

 

 

 

「なあ、今日は何で士道だけじゃなくて俺も誘ったんだ?」

 

 

「今日は一護も士道も一人にしたくなかったから」

 

 

「それって、どういうことだ」

 

 

ASTの隊員である折紙だが、彼女が一護と士道を1人させたくないという判断に至ったのは恐らく2人に危険が迫ってきているということだろう。しかし、そういう類の話なら折紙がこんなオープンスペースで話すとは思えないが。

 

 

「しばらくの間、士道と一緒に私の家に泊まってほしい」

 

 

「はい?」

 

 

自分で言っていることが解っているのだろうか。ひとつ屋根の下に男子2人に女子1人、一護と士道はもちろんそういうこと(・・・・・・)する気もないし、する勇気もない。ただ、一夜を過ごせばひょっとすると間違いが起こるかもしれないのだ。

 

 

「大丈夫。準備はもう出来ている」

 

 

「準備って何だよ! 詳しくは聞かないけどさ」

 

 

「それは夜の「だから、聞かないって言ってるのに言おうとしてんだよ」…わかった」

 

 

こんなところでアブナイ発言してもらっては、周囲にいる人々に奇異な目で見られてしまう。対して、折紙は途中で止められたことに少し不満そうである。あまり耐性のない一護にしてみればそういう発言は勘弁してほしい。

 

 

「お待たせしました。ミートスパゲティです」

 

 

これまでの流れを断ち切るかのようにウェイトレスが一護が頼んだ料理を運び込んだ。正直、これ以上会話を続けるのはきつい。気持ちを紛らわす為にミートスパゲッティを口に運ぶ。

 

 

(…確かに店で出せるぐらいには美味いけど全然物足りねぇ)

 

 

いつも喫茶十刃(エスパーダ)でウルキオラの作った料理と士道の作った料理を食べているからか今出されているスパゲッティが微妙に感じてしまう。少し贅沢な悩みなのだが。

 

 

 

カサカサカサカサ―――

 

 

ここで折紙が携えている鞄の中から水筒を取り出した。特に何も変哲のない水筒だ。

 

 

「味噌汁を作ってきた、飲んで」

 

 

水筒のキャップを取り外して中身を外したキャップの中に注ぐ。その中身には、舌が肥えている一護でも美味しそうに見えるキラキラと光る味噌汁があった。

 

 

「それじゃ、ありがたくいただくぜ」

 

 

洋風のミートスパゲッティを注文したのに和風の味噌汁が合うのかは別にして、せっかくの折紙の好意である。いただかないわけにはいかないだろう。味噌汁が注がれたキャップを受け取って飲もうとしたところだった。

 

 

「ちょっと待って」

 

 

「ん? どうしたんだ」

 

 

カサカサカサカサ――――

 

 

再び鞄から何やら探しているような物音が聞こえてきたのだが、実際に取り出したのは瓶だった。恐らく士道の為に買ってきてくれた下痢止めなのだろう。でも、なぜ今のタイミングでそれを出してきたのか一護にはわからなかったが。

 

 

「少し貸して」

 

 

「あ、ああ」

 

 

折紙が一護の手から受け取ったとき、一護は何となく悟ってしまった、折紙が何をしようとしていたかということを。

 

 

「折紙、それはまずい。そこまで料理とかに詳しくはない俺でもわかる」

 

 

「大丈夫。私に任せて」

 

 

「それが大丈夫じゃないんだって」と一護が言おうとする前にそれをドバドバと入れた。それは液体だった。

 

 

「液体? 下痢止めじゃなかったのか」

 

 

「そんなモノを入れてしまったら、一護のお腹が壊れる」

 

 

「そうだな、普通だったら食べ物の中にそんなモノを入れるワケがねぇ。ちょっと混乱してたみてぇだ。でも、何を入れてるんだ?」

 

 

「こちらこそ誤解を与えてしまってごめんなさい。これはスパイス」

 

 

味噌汁の中にスパイス、要するに香辛料を入れるのだろうかという疑問はあるのだが、きっとプロの料理家とかは使うのだろうと納得した一護。

 

 

「完成した」

 

 

「お、でき…た…か…」

 

 

一護が中身を確認してみたら顔を曇らせた。それも無理はない。なぜなら、あれだけ美しかった味噌汁がどす黒くなっていたのである。一体何を入れたのかと折紙に気づかれないように横目で瓶を改めて見てみると…

 

 

―――『ア○マムシ』

 

 

紛うことなき精力剤だった。きっとこれを飲んでしまったなら、もうそれは体が黄金に輝いて理性が保つことが難しくなるだろう。

 

 

「えっと、これは…」

 

 

「飲んで」

 

 

「いや、これ飲んだら危ないことなるんだけど…」

 

 

「構わない」

 

 

一護にしてみれば構わなくはないのだが、それでも折紙が勧めてくる。というよりも、追加生産している。現在折紙は某英語を喋る独眼竜さんの如く指と指の間に計6本の瓶を挟んで中身を味噌汁の入っている水筒に投入している。そんな光景を見ていた一護は少し胸やけがしてきた。

 

 

「これ「大丈夫。私も飲んだことがある」」

 

 

退路が塞がれた。もう覚悟を決めるしかないようだ。

 

 

「いただきます」

 

 

(お袋…今からそっちにいくかもしんない)

 

 

そして一護は味噌汁という名のブラックマターを口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は遡り、ちょうど一護が折紙とのデートを始めようとしていたとき、士道は目の前で「うふふ…」と微笑んでいる狂三とのデートに臨もうとしていた。

 

 

『妙ね…』

 

 

「妙って、何が妙なんだ?」

 

 

『どう考えても可笑しいのよ。一護とデートをしてた場所からそこそこ距離があるのに時間を空けずに士道とデートするなんて…よっぽど男に飢えてるみたいね』

 

 

「おいおい」

 

 

さすがに男に飢えているという表現は言い過ぎなんではないかと思う士道。しかし、琴里の言う通り確かに可笑しい。二股をかけている時点でも可笑しいし、そもそもこんなに短い時間で一護とデートしていた場所からここまで来るなんて物理的に不可能なのではないか。

 

 

『精霊を常識の範囲で考えないでちょうだい。人間では不可能なことでも、精霊なら不思議パワーでなんとかなっちゃうことなんてあるんだから。それよりも今は、狂三が目の前にいるんだからそっちに集中しなさい』

 

 

「そうだな。いろいろ考えても俺には詳しいことはわかんないから、あとは任せたぞ」

 

 

『ふん…自分の役目をわかってるじゃない』

 

 

一しきり通信を終えて、士道は狂三に声を掛けた。

 

 

「ごめん、少し遅れた」

 

 

「いいえ、それほど待ってはいませんわ」

 

 

「そうか、それは良かった」

 

 

「ところで士道さん。今日はわたしをどこに連れていってくださります?」

 

 

「そうだな…」

 

 

今日のデートは狂三から誘われてきたものなのだが、町を案内するというお題目が付いているので士道が行き場所を決めるのが自然である。とはいっても、一護と行った場所は覗かなければならないから大分選択は難しい。

 

 

『士道、選択肢よ』

 

 

フラクシナスのAIから導きだされた選択肢とは…

 

 

1.喫茶 十刃(エスパーダ)に行く

2.喫茶 十刃(エスパーダ)に行く

3.喫茶 十刃(エスパーダ)に行く

 

 

実質一択だった。でも、デートに喫茶店は悪くない選択だとは思う。しかも喫茶 十刃(エスパーダ)に出てくるメニューかなりのものなので十分に狂三を満足させることが出来るだろう。ただ、あそこの従業員は精霊の首を獲りかねないので、それは注意しなければならない。

 

 

「行きつけの喫茶店があるんだけど、そこでいいか?」

 

 

「いいですわね。士道さんの行きつけの喫茶店…楽しみですわ」

 

 

「それじゃ決まりだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶 十刃(エスパーダ)にデートしにいくことを決めた2人。待ち合わせをした場所からそこまで離れていなかったのでものの数分で辿り着いた。そして店内に入ると、いつもと同じようにウルキオラがカウンターの中で新メニュー開発をしていた。

 

 

「来たか、一護の弟」

 

 

「こんにちは、いつも兄貴がお世話になっています」

 

 

一護がここでバイトをしていない時でも、士道は個人的に料理のレパートリーを増やすために通っている為にウルキオラに顔を覚えてもらっている。ただ、ウルキオラは一護のことを下の名前で呼んでいるのに対し、士道のことを「一護の弟」としか呼ばれていない。一護とウルキオラは昔からの仲のようなのでこの差は分からなくもないのだが、なんだか自分が認められていないようで悔しい。

 

 

「今日は2人か…」

 

 

「はい、どこか2人でゆっくり話せるところ探していてここに来ました」

 

 

「そうか。それなら奥にある個室を使え」

 

 

2人でゆっくり話せる場所という要望に配慮してか個室を勧めてきた。別にそこまでの意図があって言ったわけではないのだが、せっかくなので使わせてもらおう。

 

 

「あらあら、ここは本当にいい(・・)ですわね。とても美味しそう(・・・・・)ですわ」

 

 

「ここで出てくる料理は本当に絶品だから、楽しみにしててくれ」

 

 

「そうですわね。本当に本当に楽しみ(・・・)ですわ」

 

 

「…」

 

 

そこまで期待してくれているとは、ここに連れてきて正解だったか、と思う士道。それにしては壮絶な笑みをこぼしているが。そんな狂三の姿をウルキオラが視界に収めていたことには士道と狂三本人も気づくことはなかった。

 

 

「何でも好きなものを頼んでいいよ。俺が奢るから」

 

 

「それはありがたいですわ」

 

 

個室スペースにある席に座った2人は早速テーブルの上に置いてあるメニュー表に目を通した。

 

 

「やっぱすげぇな」

 

 

「何がすごいんですの?」

 

 

「実は1週間前にもここに来てたんだけど、そのときよりもメニューが3つ新しいメニューが出来てるんだ。いつも妹に料理を作ってる俺でも1週間に1つ新しいレパートリーが出来ればいい方なんだよな」

 

 

「それはすごいですわよね。1週間で1つの新しい料理を作れる士道さんもすごいですけれど、あの店員さんスペックが非常に高すぎますわ。これでは、わたくしがこの中で一番女子力が無いということになりませんの」

 

 

冗談めかしてそんなことを言ってくる狂三。この世界に馴染んで暮らしている精霊だということなのだから、狂三も一人暮らしが出来るぐらいには料理の腕やその他の家事スキルは身に着けているはずなのだが。

 

 

「それにしても、こんなにメニューが多いとどれを頼んだら迷ってしまいますわ」

 

 

「そうだな…俺だったら「ちょっと士道さん、あの人を見てくださいまし」」

 

 

狂三が指差した先には成人男性だった。士道はその男性には見覚えがあった。この喫茶店の店主である気怠そうな男性だ。狂三が気になった何かが分からない内にその男性が喫茶店の店内に入ってきた。そしてここでようやく士道は狂三が何に目を奪われていたのか知ることになる。

 

 

「え!? マグロ? しかも、丸々一本!?」

 

 

当の本人は何事もなさげに歩いているが、その肩には丸々太ったマグロを乗せていた。これは一体どういう状況なのか理解できない。そもそもマグロを常温で持ち運んでいれば鮮度が落ちてしまうことは確実。ならば、常温のままで運んだのか。

 

 

「ようやく帰って来たか」

 

 

「ようやく帰って来たか…じゃねえからな。お前のこだわりの全部に付き合ってたら普通の奴だったらもっと時間が掛かるに決まってんだろ」

 

 

「釧路沖でマグロを一本釣りしてここまで戻ってくるのにお前なら1時間程度で充分ではないのか」

 

 

ウルキオラが滅茶苦茶なことを言っているということは士道や狂三だけでなく一般の人々にも分かるだろう。しかし、ウルキオラが当然のように言っていることから、実際にそのようなことが出来るというのか。

 

 

「お前の立てたノルマ厳しすぎんだよ。俺の睡眠時間いくら減ったと思ってんだ」

 

 

「だが、58分で届けてきた。それについては感謝する。ゆっくり休め」

 

 

ウルキオラはスタークの抗議に聞く耳を持たず労いの言葉を一言掛けただけで、あとは黙々とマグロの解体に勤しんでいた。

 

 

「あの人たち本当に人間ですわよね…」

 

 

「俺もそうだとは思うけど…」

 

 

正直いえばこの間の十香の一件のことだったり、今回の一件であったりどう考えても人間業とは思えない。士道は一護が死神であるように、ここにいるウルキオラやスタークが死神に似たような存在ではないかと思えてきた。

 

 

「すたぁぁぁぁぁぁぁくぅぅぅぅ! おそいぃぃぃぃ!!」

 

 

「うるせぇよ。俺は疲れてんだ」

 

 

スタークは向かって突っ込んでくるリリネットに口を開けて大きなあくびをして、ただ一歩横に移動しただけである。その結果、何がもたらされたかというと…

 

 

――――ドンガラガッシャン

 

 

「べぶし!」

 

 

そう、霊力が集まる場所にトラブルも集まるのかというぐらいの確率でリリネットが士道と狂三の居る個室に頭から突入し、机の上で逆立ちの状態で止まった。ついでに、リリネットがスカートではなくてズボンを履いていたことから士道の精神衛生上非常に助かった。

 

 

「大丈夫ですかっ!」

 

 

「全然大丈夫。ほら、こんなに動くでしょ」

 

 

逆さまの状態で中学生の女子が股を開閉させているのは何ともシュールというか見ているこちらが恥ずかしくなってしまう。それよりも、それを首を捻らせている状態でそれをやっているので全然大丈夫そうには見えない。

 

 

「なかなか個性的な方ですわね」

 

 

「はは…そうだな」

 

 

「そうでしょ、そうでしょ」

 

 

リリネットは狂三の言葉を良い意味で捉えたようだが、少なくとも士道はどう対処すればいいか分からない故にその言葉に同意したのだが。まあ、狂三はニコニコしながら言っているので本当に士道と同じように考えているかはわからない。

 

 

「序でだ、注文を取ってこい」

 

 

「ちぇ、ウルキオラに指図されんのはやだ」

 

 

「ほう、それならば今日の夕飯は無しでいいのか」

 

 

「是非やらせていただきます」

 

 

ウルキオラの持つ家計の裁量権に屈し、渋々といった様子で机から降りてから注文を取ろうとするリリネット。そこで初めて顔を見てようやく気付いた。

 

 

「あんた、一護と一緒にいた!」

 

 

「あらあら、気づかれてしまいましたわ」

 

 

「2人は会ったことがあるのか?」

 

 

「ええ、学校の方で少々」

 

 

接点が無いと勝手に思っていた2人が以前に出会ったことがあるということには士道には意外だった。そもそも、身長からして恐らく中学生ぐらいのリリネットがどうして高校に来たのであろうか。

 

 

「もしかして、今日は2人でデートでもしてるの?」

 

 

男女二人きりで楽しく会話しているのとなれば誰でもそう思うのが当然だ。実際にもデートという形で町を散策している。だけれども、リリネットの士道と狂三を見る眼が怖すぎてどうにもその事実を言いにくい。

 

 

「そうですわ、今わたくしは士道さんとデートをしていますの」

 

 

「ちょっと、狂三さん!?」

 

 

もう既に遅かった。狂三がストレートにデートをしていると宣言したところリリネットは…

 

 

「一護にもデートしてたくせに、この浮気者っ!」

 

 

そう言いながら、リリネットは狂三に指差した。そこで士道は全てを察した。以前、一護と狂三が学校案内という名のデートをしていたときに、何かが原因で高校に来てしまったリリネットが偶然にもデート現場を目撃したに違いない。

 

 

「もしかして、妬いていますの?」

 

 

狂三がリリネットを煽るように顔を近づけて言ってくる。そんなことを言われて、感情的なリリネットが黙っているはずがない。

 

 

「男をたぶらかしてるあんたが許せないんだよ。あと、私は誰にも妬いてないわっ!」

 

 

グルルルルル、と肉食獣のように唸りながら睨むリリネット。しかし、その背後にはウルキオラの姿が。

 

 

――――ゴツッ

 

 

鈍い音がしたかと思うと、士道の目にはウルキオラが刀の柄でリリネットの脳天に振り下ろされた一連の状況が写った。

 

 

「また刀ぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

まさかの2回目の刀の登場にまた同じようなリアクションを取ってしまう士道。一方の狂三は平静に装っているが、実際は足がガクガクしている。遠くからは高濃度の霊力の集まりとしか認識できなかったのだが、こうして近づかれると異様な空気が漂ってくる。一言で表すとするならば、日常の中の異物感。若しくは、ぽっかりと空いた空虚。

 

 

狂三を恐恐させていることを全く知らないウルキオラはそれこそ塵を見るような眼でリリネットを見てくる。

 

 

「何をしている。俺は注文を取ってこいと言ったはずだが」

 

 

「…」

 

 

刀の柄を振り下ろして完全に意識を刈り取れた状態のリリネットにそんなことを言っても意味はないが。今度は士道と狂三の方に向き直って腰を曲げた。

 

 

「申し訳ない。馬鹿が迷惑を掛けてしまった。ちゃんと教育しておく」

 

 

「いえ、少しびっくりしましたけれど大丈夫です」

 

 

「謝らないでございまし。あの小さな女子さんは活発な子で、むしろあのままでいいですわ」

 

 

「そうか。しかし、このまま詫びないというのは忍びない」

 

 

そこで取り出したのは大きなグラスに入った南国風の青い色のドリンク。そして、それに挿してあったのが飲み口が2つあるストローで、途中にハートのようにストローが折れ曲がっていた。士道は何となく察してしまったが、お詫びとしてこれがプレゼントされるということなのだろう。

 

 

「えーと、これは」

 

 

「これを、2人で飲むといい」

 

 

「ですよねー」

 

 

全くもって士道の予想していたとおりだった。別に狂三ような美人と同じストローで飲みたくないといえば嘘になるが、こんな表立ってそういう行為をするのはかなり恥ずかしい。

 

 

「わたくしと一緒に飲むのは嫌ですの?」

 

 

「いや…そうじゃないんだけど「それとも、あちらのホテルでもよろしいですのよ」こっちの方がいいです、全然!」

 

 

狂三が指差したのは、以前琴里たちに騙されて入らされたラブホテルだった。いくら何でも過程を飛ばし過ぎだし、士道には大人の雰囲気の狂三を喰うなんて勇者すぎた。すぐにお断りをしたので、狂三は若干残念そうにしていた。

 

 

「「…」」

 

 

早速両人が両端にあるそれぞれのストローの飲み口に口をつけた。もうその時点で顔がかなり接近していて、士道の心臓の鼓動が速くなっていた。士道自身、狂三を意識していることはわかっていた。狂三がそんな状態に陥っているということをわかっているかどうかは分からないが、頬をほんのり熱くさせて微笑んでくる。

 

 

「ッ!」

 

 

もう士道の心臓はバクバクだ。それと同時に体も火照ってくる。一刻も早く体をクールダウンするためにドリンクを吸い上げた。ストロー内のドリンクは底から昇って行って、ハートの形の道を通り士道の口へと運ばれた。

 

 

「美味しい」

 

 

―――と思えたのは一瞬だった。士道の口に運ばれているということは、狂三の元にも運ばれているということだ。士道がその姿を捉えたときには、士道にはただただ甘い感覚しか残っていなかった。こんな姿、誰かに見られたのなら色々と恥辱に塗れそうだった。

 

 

『士道、時間よ。あと、今の情けなくて気持ち悪いデレ顔を撮影しておいたから、楽しみにしておきなさい』

 

 

それを聞いた士道は逃げるようにその場から離れた。




精霊図鑑ゴールデン
※おまけは台本書きでいきます。

コン「レデイ・エーン・ジェントルメーン! プリティな俺様ことコン様だ!」


?「ククク、人形が喋るとは、世界は不可思議なもので構成されておるなぁ、我が半身よ」


?「同意。まったくです」


コン「コラァァァ、人が紹介する前に出て来てんじゃねぇええ! 耶具矢、夕弦」


耶具矢「ふん、我が道を進むのが颶風の御子たる八舞。これしきのことで狼狽えるでない」


夕弦「侮蔑。耶具矢にダメだしするとはいい度胸です」


コン「段取りとかいっても、聞いてくれそうにないからまあいいや。今日来てもらったのはお前らに見てもらいたいものがあるからだ」


耶具矢「ほう、そのようなものこの地上にあるとな。もしも、つまらぬものであるならば、我が『颶風を司りし漆黒の魔槍(シュトゥルム・ランツェ)』が黙らんぞ」


夕弦「辟易。作者も言ってました。耶具矢は一番好きだし、その無理してる中二病も好きだけど技名が長すぎて原作が手放せないと」


耶具矢「味方から裏切りがッ! ってか、それホントなの? 嘘だよね、絶対嘘だよね」


コン「おまえらがラブラブなのは分かったから本題いくぜ。今日見てもらいたのは全然納得できねぇけど、これまでの一護の活躍だ」


耶具矢「ほう、それは楽しみだ」


夕弦「期待。早く見せてください」















『兄貴ってのが…どうして一番最初に生まれてくるか知ってるか…?後から生まれてくる弟や妹を護るためだ』


『俺はスーパーマンじゃないから世界中のひとを護るなんてデケーことは言えねぇけど、両手で抱えられるだけの人を護れればいいなんて言えるほど控えめな人間でもねぇんだ。俺は山ほどの護りてぇんだ』


『恐怖を捨てろ、前を見ろ、進め決して立ち止るな! 退けば老いるぞ 臆せば死ぬぞ 我が名は 斬月』


『あたりめーだろ! 誓ったんだよ…絶対助けるってな…誰でもねぇよ、ただの俺の…魂にだ!』











コン「…とまぁ、こんな感じだ。どうだ感想は」


――――キラキラ(眼が輝いてる)


コン「完璧に魅了されてんな」


耶具矢「やっぱ、一護かっこよすぎ。私も参考にしなきゃ。特に月牙天衝っていうのを使ってみたい」


一護「わりぃな、それは俺専用の技だから全く同じことはできないと思う。でも、似たようなことは出来るかもな」


耶具矢「ふーん、そうなんだ… って、一護!」


コン「って、勢いで俺様を掴んで投げふもっ」


夕弦「驚嘆。私の二つの球にストライクです」


耶具矢「うわあああんんん!それは胸の無い私に対しての当てつけかぁぁぁ」


一護「…」


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absorber in the darkness ,deathberry in the rainy blood

今回の更新が前回よりも掛かってしまい申し訳ありません。
1か月間隔で更新するつもりでしたが、色々と立て込んでしまった結果前回から2か月も掛かってしまいました。本当に申し訳ありません。
さて、今回のテーマは士道は恐怖と目的、一護は過去との訣別となります。
それではお楽しみください。


折紙と狂三各々のデートから30回以上転送装置で移動してきた一護と士道はこれまでにないくらいに疲弊していた。30回以上移動して体力的に厳しいというのもある。それだけでなく、デートの相手が皆個性が強い子(それが全員の良いところであるが)なので、精神的にも2人は大きな負担を強いられていた。

 

 

そして、前のデートの相手がいた場所から次の相手のいる場所へ琴里の誘導の元、士道は移動していた。

 

 

「ここで本当に合ってるのか?」

 

 

『間違いないわ。学校にいたときの霊力と99.999%一致してるから、確実に狂三が近くにいるわよ』

 

 

「わかった。少し探してみる」

 

 

デートが上手くいっているかどうかは士道自身にはわからないが、狂三の好感度を監視しているはずの琴里たちからは、特に好感度が下がったという情報は入っていないので愛想を尽かされて、ご帰宅という可能性は小さい。とにかく、今は狂三を探す。

 

 

「どこに行ったんだ?」

 

 

「あらあら、士道さんが来てしまいましたわね」

 

 

「うおっ!」

 

 

いきなり声が聞こえて驚いた士道の視界に、数瞬前まで何もなかった空間に狂三が存在していた。これも精霊の力なのかと頭によぎったが、すぐにそれを捨て置いた。それよりも、今の狂三は…

 

 

「何で…こんなところで霊装を纏ってるんだ?」

 

 

士道の問いに狂三は言葉では返さない。その代わりとして、首をクイッと振って士道に顔を向けた方を見るように促した。すると、視線の先には柄の悪そうな見知らぬ男が腰を抜かして動けないでいた。そして、狂三は手に持っていた古式の歩兵銃でゆっくりとその男に銃口を向ける。

 

 

「や、やめ、ややっやめてくれ! 俺はまだ死にたくないぃぃ!」

 

 

「あなたがそんなことをおっしゃるなんて些かお門違いでございまして」

 

 

必死に助けを請う男に対して、狂三は何の躊躇もなく引き金を引いた。瞬間、男は一切の抵抗を出来ずに弾丸により脳漿が周囲の叢にぶち撒かれた。それは赤黒くとても見ていられるようなものではないことを士道が認識してから胃袋の中身がせり出してくる。

 

 

「おぁぁぁぁあああああああ!?」

 

 

精霊によって人がいとも簡単に殺された。頭蓋を突き破って死んだ。血飛沫をあげて死んだ。その場で倒れて死んだ。死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ―――

 

 

「うふふ、もう少しこの甘い学校生活を楽しみたくもありましたけれど致し方ありませんわね。士道さん、あなたを頂きましょう」

 

 

恐怖―――忘れていたこの感覚。十香と初めて会ったとき、ほんの一瞬だけ感じた感情(モノ)。ソレが全ての方向から士道を襲ってくる。

 

 

「あぁ…ああ」

 

 

狂三に今起きていることに対して何故だと問いたいのだが、恐怖で声を出すことがままならない。その中、狂三から正しく()が迫ってくる。アレが何なのかは分からないが、本能的に飲み込まれてはいけないということだけはわかる。士道は恐怖で凝り固まっている体に鞭を打って走り出す。

 

 

「待て、狂三!」

 

 

そんな制止を求める士道の言葉を無視して影は迫りくる。士道は分かっていた。動き出しの初動が遅れたため、どうやってでも逃げ切れない。そして…

 

 

―――ズサッ

 

 

何かが貫かれたような音がする。但し、士道が貫かれたというわけではない。それならば、誰が貫かれたのか。

 

 

「ふふふ…流石…ですわね……真那さん」

 

 

真那に貫かれた狂三は口元からドクドクと血を流す。だが、狂三の貌には不敵な笑みを浮かべ真那を挑発しているかのように思えた。

 

 

「でぇもぉ…こんなものでは…わたくしを殺し尽くせませんわよ」

 

 

「そんなことは、何度も聞きあきてやがります」

 

 

狂三はその科白だけを残して、今度こそ士道の目の前で絶命した。狂三を絶命させた張本人である真那は無感情に剣に串刺しにされている死体を乱暴に投げ捨てる。その行為がきっかけとなって止め処なく襲ってくる昂る感情に従い士道は詰問した。

 

 

「真那…何でだよ」

 

 

「お兄様には嫌なところを見せちまいましたね。けれど、何よりもお兄様が無事で良かったです。それと悪いことは言いません。今起こったことは全て忘れちまってください」

 

 

「忘れろって…今のこと全部忘れろってか…忘れられるわけねぇだろ!」

 

 

人が死んだ瞬間を見て、平静に保っていられる人間はそうはいない。尚且つ、その事実に目を瞑ってほしいといわれ、士道はそんなこと決して受け入れられる人間ではない。

 

 

「真那たちのASTの立場はわかる。けど、戦うだけが解決する方法じゃねぇだろ! 絶対に人間と精霊が手を取れる方法、お互いに今みたいに殺しあわなくて済む方法があるはずだ!」

 

 

「陸自の対精霊部隊を知っているとは…なるほど、折紙さんが話したんですね。こうやって話してる私が言えたことではないですけど、全くお兄様に甘いですわね。でも、それは無理でやがります」

 

 

武装を解除した真那の血塗られた手でそう言われ、士道は一瞬周囲が血まみれの狂三に闇に引きずり込まれるような幻覚を見てしまった。同じ殺害者の立場である狂三と真那だから見えてしまった、後に士道は考える。

 

 

人間(私たち)精霊()が分かりあえることなんてねぇです。お兄様も見ましたでしょ。最悪の精霊(ナイトメア)はその手で人を殺しやがるんです。だから、私は最悪の精霊(ナイトメア)が生まれ続ける限り殺し尽くす」

 

 

人の心の闇に敏い士道は分かってしまった。これは絶望と絶望の殺し合いだ。お互いに何かを失ってしまった者同士の死闘。心のタゲが外れしまった者の決して終わらぬ永劫の地獄が真実。士道はそんな夢も希望もない現実に真那が晒されているのが堪らなく嫌だった。

 

 

「俺は…!!」

 

 

「理解しやがったみたいですね、これが私の宿命です」

 

 

遥か彼方の過去に真の目的を消失させられた真那の瞳には狂三の亡骸しか映っておらず、ただの壊れた殺戮マシンにしかみえない。

 

 

「俺はこんなの認めねえぞ! こんな終わり方を」

 

 

「もうお兄様では私を止められません。いや、止められたとしても止まんねぇです。それが、私のたった一つの存在理由でやがります」

 

 

過去に何が起きたのかを推し量るには情報が無さ過ぎた。士道には空虚な真那にこれ以上何も声を掛けることができなかった。それは、経験してきたであろう凄惨な過去を潜り抜けてきた真那に理解もしないで軽々しい言葉を掛けるのは憚られた。今の士道にはそのような言葉しか持ち合わせていないからだ。

 

 

「本当だったらこんなことを見せたり、言ったりするつもりはねえんですが…っと」

 

 

「…ッ!」

 

 

士道に視界から真那の姿が消滅したかと思うと、その次の瞬間には視界が暗闇に包まれて最後にエコーかかった声で聞こえて意識が刈り取られた。

 

 

「今まで心配させてごめんなさい。そして今も…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士道が意識を取り戻したのは屋外なのではなく、フラクシナスの中で最初に入った部屋―――医務室のベッドに寝かされていた。真那に意識を刈り取られてその後どうなったのか全くわからないが、どうやら琴里達が拾ってくれたらしい。

 

 

「シドー!?」

 

 

目覚めたばかりで視界のピントがまだ合っていない中で、心配に彩られた可憐な声が聞こえてくる。その声でようやくピントが合ってきた目に映っているのは涙を目尻に溜めている十香だ。

 

 

「十香…」

 

 

「シドー、目覚めてくれて良かったのだ。体も大事ないか?」

 

 

「狂三には攻撃を当てられてないし、真那には当て身を食らっただけで…」

 

 

自分で言葉にしてみて気づいた。覚醒してきた頭に先ほどの戦闘の映像がフラッシュバックする。何もできなかった…ただただ、恐怖に身を震わすことしかできなかった。

 

 

「どうしたのだ、シドー? もしかして、本当はどこか体が痛むのか?」

 

 

士道の体を確かめるために十香が手の甲に触れようとしたところ――

 

 

「ッ!?」

 

 

――手を払いのけてしまった。いつもの十香、そう普段と変わりのない十香なのに根源的な部分で刻まれた恐怖に苛まれる。

 

 

「何してるのよ! そんなことを女性に対してやるものじゃないわ」

 

 

「別にいいのだ。私は別に気にしてない」

 

 

最初から十香と一緒にいた琴里が抗議する。十香は気にしないといっているが、どんな精神状況でも女性に対する扱いを怠ればいつでも悲劇的な状況を引き起こされる。だから、あえて厳しく言った。

 

 

「俺たちのしてることは…正しいんだよな?」

 

 

「今更になって何言ってるのよ。精霊と平和的に対話して霊力を封印してそれでハッピーエンド。それの何に悪いことがあるの?」

 

 

「なら、俺は狂三の精霊の力を封印できない」

 

 

琴里は一瞬、自分の兄がそんなことを言うと思えなかった。何かの空耳なのかと思った方が自然だと思えた、5年前(・・・)の兄を思い出せば。

 

 

「自分が何を言っているのか解っているのかしら? 冗談でも言ってもいいことと悪いことがあるわ」

 

 

「俺にあんなの止められるわけがない。人を殺しているときの狂三は全然俺なんかに興味がなかった。あの眼は何を見ていたのか全くわからなかった。けど、俺なんかにできることは無かったんだ」

 

 

「黙りなさい! 士道、あなたがここまで腑抜けているとは思わなかったわ。5年前のあなたなら「5年前、5年前ってうるせぇっ!」…」

 

 

怒鳴って初めて気づく。今まで琴里にこういう風に感情を露わにしたことはなかった。その当の琴里もその衝撃に少し目を見開いて、すぐに俯きながら外へと出ていった。

 

 

「今のシドーは、シドーらしくないぞ。琴里が出ていくのも当然だ」

 

 

「そうだな…俺は最低だ。大事な妹にあんなことをいうなんて。十香、俺の代わり謝ってくれないか」

 

 

「シドーの願いでもそれは無理だぞ。シドーが直接行かなくては意味がない」

 

 

他人は誰も本人の気持ちに気づくことはない。その他人が親友や家族に置き換われたとしても、本人の思いというのはそれを生み出した本人にしかわからないのだから、十香に頼むのはお門違いもいいところである。だけれども、それほど狂三と真那の関係というものが永遠と過去から未来へと続いていくことは到底士道には想像することができなかった。

 

 

「ごめん、十香、俺を1人にさせてくれないか」

 

 

「…うむ。でも、調子が悪くなったらすぐにいうのだぞ」

 

 

「わかった。ありがとな、十香」

 

 

十香は声を荒げた士道のことを気になりはしたが、これ以上迷惑を掛けまいと素直に医務室から出ていってくれた。

 

 

はっきりいえば、今は十香や四糸乃の前にいられる状況ではなかった。特に、十香の前では視線を逸らして話すのがやっとだった。十香と折紙の関係は現在が崩れてしまったら、互いに相手を滅し尽くす狂三と真那と同じ関係になるに違いない。

 

 

そして、今の自分には霊力を封印した精霊たちを滅し合いから護れる自信なんてない。それでも、今のままではいけないというのはわかっている。

 

 

―――考える、考えろ、考えてる

 

 

だけど、何もわからない。自分のやれることが解らない。いや、そもそも自分自身がやれること自体そもそもないのかもしれない。

 

 

今の士道は駄々をこねる子供でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「体の調子はどうだ?」

 

 

「十香から1人にしてくれって言われなかったのかよ、兄貴」

 

 

「その分だと体の調子はいいみたいだな。けど、十香と琴里がロビーで士道のことを話してた通りか」

 

 

士道のいる医務室に入ってきたのは一護だ。十香と琴里が話しているのを聞いた一護は(十香と琴里に気づかさせずに)ここに来たというわけだ。1人でいたかった士道にとっては、今はバッドタイミングである。

 

 

「で、何しに来たんだ?」

 

 

「俺は内容とかをオブラートに包むのはあんまし得意じゃねぇからストレートにいうぜ」

 

 

回りくどいことが苦手な一護ははぐらかしたりするのは出来ないし、むしろこうした真剣な話では余計な配慮をしてしまっていると思えて逆に相手に失礼であると考えている。人は相手の心に土をつけずに尋ねることなんてできない。だから、何も装飾をつけずに聞く。

 

 

「士道、お前は何を見たんだ」

 

 

これは琴里と十香に言ったように表面的なことを聞いているのではない。人の絶望に敏い士道の心に刻まれたモノを尋ねている。

 

 

「俺にあんなのをどうしろっていうんだよ! あいつらは本当に殺し合ってた。命のやり取りを平気でやってた。何の力もない俺に何が出来るんだ」

 

 

精神を根元からへし折られて己の無力感に打ちひしがれている。一般の人から見れば、尋常ならざる状況にあった士道を責める者はいないだろう。なのに、士道は自責の念に刈られている。それを理解した一護は問いただす。

 

 

「結局、お前自身は何がしたいんだよ」

 

 

「え?」

 

 

「『え?』じゃねぇよ。士道は狂三と真那を助けたいのか、助けたくないのか訊いてんだよ」

 

 

「…そりゃ、助けたいよ。2人が苦しんでる姿はもう見たくない。だけど無理なんだ。あいつらは俺のことなんて見てない。それに、俺の力じゃあいつらを助けられない」

 

 

本当の思いの根っこまでの部分は折れていなかった。一護としても、思いを完全に失ってしまっていたら諦めていた。でも、思いは残っていた。たとえ燃料が残り滓程度にしか残っていなかったとしても、火種さえあれば再び燃え上がる。

 

 

「助けたい気持ちがあるなら何を迷う必要があるんだ」

 

 

「さっきの話、聞いてなかったのかよ。俺には「戦う力がないっていうことをわからないってぐらい馬鹿じゃねぇ」」

 

 

精霊の霊力をその体に封印してその力を行使できる以外は戦闘経験のない至って普通の人間というのはとうに前から知っている。だから、今の状態(・・・・)の士道が人の領域を遥かに超えた世界の戦闘に対応できるなんて思っていない。だけど、士道の闘う舞台はそこではない。

 

 

「助けられないって思うだけで、何が出来るんだ。そんな暇があるなら助ける方法を考えた方がいいだろう」

 

 

「…だけど、俺は強くない」

 

 

「それなら強くなれ。相手が分かってくれないなら、解ってくれるまで強くなればいい」

 

 

ものすごいシンプルな(こたえ)に士道は呆気にとられた。確かに一護の言う通りだ。士道は自分自身で机上での理論だけを並べていただけで、自分自身で行動に移そうともしなかった。なんで、こんなにも単純なことに気づかなかったのだろうか。

 

 

「それに、勝手に1人で戦ってるんじゃねぇよ。お前には、俺と琴里と十香と四糸乃だっているんだ。士道には士道の役目があるし、俺には俺の役目がある。全員が上手くやれば、大抵はなんとかなる。生意気に1人で考え込むなよ」

 

 

「ありがとう、兄貴」

 

 

「礼なんて必要ねぇよ。弟が道に迷ってるなら、それを導いてやるのが兄貴の役目だ。俺も昔似たような経験が何度かあったしな」

 

 

己が精神世界に棲む内なる(ホロウ)に自我を喰われそうになったとき、崩玉と完全融合した藍染の前に立ったとき、正しく今の士道と同じだった。それを乗り越えられたのは、可能性を与えてくれたルキアと本当の父親である一心だった。今度は一護が士道に可能性を指し示す番であった。

 

 

「俺は狂三と真那を助けたい。だから、2人を引きずってでも助ける」

 

 

「そうだな。外で琴里と十香が心配してるはずだから早くいってこい」

 

 

「おう」

 

 

士道は今まで身を預けていたベットから離れて立ち上がり部屋の外へと向かう。そして、自動扉の前でふと思ったことを一護に尋ねた。

 

 

「兄貴、今度その昔似たような経験っていうのを聞いていい?」

 

 

「…わかった。今回のこれが終わったら話す」

 

 

今までは士道をかつていた世界の事情に巻き込みたくはなかったのでずっと黙っていた。だけれども、一護自身は隠し事をするというのは苦手だ。一護の戦い(経験)が士道のデート(経験)に必要だとしたら喜んで話そう。

 

 

「ありがとう。楽しみにしてるよ」

 

 

自分のやるべきことを見つけることができた士道は部屋を飛び出していった。一護はその後ろ姿を見て、そろそろ自分自身のケジメをつけること決める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日―――6月17日

 

 

「あら、これはこれは士道さんでございまして」

 

 

「よう、狂三」

 

 

「今日はてっきり恐怖に震えて士道さんは学校に来ないかと思いましたわ。逆に、一護さんが来ると思ってましたのに」

 

 

本人を前にして中々に酷いことを言ってくれるが、それは事実であったのでスルーしておく。狂三から話しかけてくるとは余裕のつもりかわからないが、士道はもう覚悟を決めている。

 

 

「そうかい。でも、ちょうどよかった。俺も狂三に伝えたいことがある」

 

 

「それは何ですの?」

 

 

「俺に狂三を助けさせてほしい」

 

 

その科白を口にした瞬間、日常に流れている空気が急変した。日常に溶け込んでいる狂三から悪意のある精霊へと変貌する。

 

 

「…おかしなことを仰いますのね、士道さん」

 

 

「もうそういうのはいいだろう。狂三がどんなことを考えているのかは兄貴みたいに剣や刀から思いを読み取れるわけじゃないからわからないけど、俺は誰かを殺させたり死なせたりもうさせない」

 

 

「価値観を押し付けないでくださいます? わたくし、そんな甘っちょろい理想論は嫌いですの」

 

 

「そうかよ。でも、生憎俺は本気だ。その甘っちょろい理想論というのでも、それで誰かが助けられるというなら俺は救うよ」

 

 

「それなら試させていただきますわ。放課後に屋上に来てくださいませ。そこで絶望(・・)を教えてあげますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もあのときと同じように雨が降っていた。この日の雨は嫌いだ。それは自分自身も含めて家族を引き合わせてくれた燦々と輝くお袋の姿を見られないからだ。だから、今日だけは雨は降ってほしくない。それと今日は訣別の日でもあるから。

 

 

「お久しぶりだね、一護くん」

 

 

「お久しぶりです、和尚さん」

 

 

訪れたのは寺院。ここにはお袋の御骨はない。だけれども、墓地はある。1年の内のこの日だけはお袋に近づきたかった。だから、無理を承知でここの和尚に墓地を建てさせてほしいとお願いした。今の自分からすればそのときの自分はまだお袋に依存している部分もあったに違いなかった。お袋の望み、今の自分自身の考える『一護』からは離れていた。墓地を建てさせてほしいと頼んで当然の如く拒否されると思っていたけれども、少しの間幼かった俺の顔を見て快く許可してもらった。和尚が何を読み取ったのかはわからないのだけれども、どういう事情なのかを詳しくは知らない和尚が許可してもらったことには返すべき恩が見つからない程に感謝している。

 

 

「今年もお世話になります」

 

 

「そんな畏まらなくともいいですよ。この寺院は西洋の教会と同じように迷える方がいるのならば、その人たちを受け入れる場です。ここで迷いが消えたならば、それで良し。来ても消えなかったのなら、また来るのも良し。とにかく、ここはそういう場所です」

 

 

「ありがとうございます。おかげで、今年で区切りを付けられそうです」

 

 

「そうなるとしたら、それは良かった。時間は十分ありますから最後のお墓参りは思う存分してきてください」

 

 

境内の左奥へと進むと墓地の立ち並ぶ地帯がある。その地帯の奥にお袋の墓地がある。その墓地の石で出来た仕切りの向こう側には川と河川敷がある。ここの寺院に頼み込んだのも、お袋が河川敷で殺されたということと重ねていたかもしれない。俺はしゃがんで線香に火をつけて手を合わせる。

 

 

「また来たぜ、お袋」

 

 

もしお袋が今の自分の姿を見ていたのなら、微笑みながらその身を貸していたのかもしれない。それで、自分のことを気にさせずに心を前に向けさせるに違いない。だから…

 

 

「今日は大事な話があるんだ。これで俺なりのケジメをつけようって思う。俺が言いたいことってのが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一護』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

この声は覚えがあるっていうものじゃない。子供の頃の俺と遊子と夏凛をずっと護ってくれたその人―――黒崎真咲の声。俺はとっさに境内の隣にある河川敷を見ていた。

 

 

「…お袋か」

 

 

河川敷にいるその存在を追いかけて、仕切りを乗り越えそこへと降り立った。やはり、そこにいるのはお袋の姿だった。

 

 

『一護』

 

 

「…」

 

 

河川敷に降りて、はっきりとその姿がわかる。その体のシルエットとその声、そして何よりも自分自身と同じオレンジの髪、どれをとっても同じだ。

 

 

『一護、こっちに来て』

 

 

目の前には待ちに焦がれていたお袋がいる。当の昔に死んでいたはずのお袋がいる。

 

 

『お願い、成長した一護の姿をよく見せてほしいの』

 

 

お袋からの言葉―――体が引き込まれる。母に対しての謝罪の気持ちと再び出会えた感謝の念で。俺は歩いていた、その手に代行証を握りしめて。

 

 

「さあ、こっちにおいで。いつまでも一緒にいよう」

 

 

失われたお袋と永遠に一緒にいることができる。この世界いた頃だけじゃなくて前の世界からずっと思っていた。お袋が生きていたときには俺が空手の練習試合でたつきに負けたときにいつも俺を包み込んでくれる。それだけでどれだけ前に進もうと思ったのだろうか。あのときは、お袋が一緒にいてくれるだけで幸せだった。だから、ここからはその恩返し。

 

 

現世で死んだ者は肉体は滅び、その魂魄はそのままの形で現世に留まることはできない。つまり、1度死んだ者は現世で生き返ることなんてできない。だから、お袋が生き返ることなんてないし、ここにいるはずがない。それで、その死んだ魂魄の罪と業を洗い流して成仏させることが今できる最大の恩返しだ。だから―――

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

―――死神として俺は斬月でお袋の体を貫いた。




精霊図鑑ゴールデン


―――12月30日


七罪「四糸乃、こっちこっち」


四糸乃「ちょっと待ってください。まだスタークさんが来てません」


七罪「何してんのよ、あのグータラ親父」


よしのん『おお、七罪ちゃん黒いねぇ』


四糸乃「七罪さん、落ち着いてください。大丈夫です、本は逃げませんから」


七罪「なにいってるの? コミケは戦士たちが集う戦争なのよ。そんな悠長なことを言ってらんないわよ。ほら」


よしのん『すごいねぇ、人がごみのようだ』


四糸乃「本当だ、いっぱい人がいます。…って、七罪さんどうしたんですか?」


七罪「おぇぇ…私…人混みの中…ダメだった…うぇっぷ」


四糸乃「七罪さん!?」


スターク「なんか面倒なことになってんなぁ」


四糸乃「大変です! 七罪さんが体調が悪くなったみたいです」


スターク「そうだな。医務室に連れてくか」


七罪「ダメよ。せっかくここまで並んだのに、ここまできて薬○石鹸が手に入らないなんて嘘よ」


四糸乃「でも…」


スターク「しょうがねぇな。さっさと行って、さっさと帰るか。七罪と四糸乃、俺に掴まれ」


「「ふぇ?」」


スターク「一番最初に並ぶぞ。よいしょっと」


「「響転はだめぇぇぇぇぇぇぇえええ!」」


※コミケでの響転と割り込みはいけません


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Good bye my blood,good bye your soul

「なんで? 私は…あなたの…母親なのよ」

 

 

未だ斬月に貫かれている真咲が苦しげな顔をしながら言う。

 

 

すると、一護は突き刺した斬月を真咲の体から引き抜いた。引き抜いた後には体に大きな裂け目が走っており、そこから大量の血が流失している。普通の人間ならば、もうとっくに死んでいても可笑しくはない量だった。

 

 

「そうだな、あんたは確かに俺のお袋だ。けどな…」

 

 

真咲は気づいた。一護の向けている瞳には、唯々自分の姿しか映し出されていなかったということに。それは相手を斃すことに何の躊躇もない瞳。

 

 

「一度死んだ人間が生き返ることなんてねぇよ。現世から離れる魂魄はソウル・ソサイティに送られるか、因果の鎖が完全に侵食されて(ホロウ)に堕ちるしかない。あんたも(ホロウ)として長い間人の魂魄を喰ってきてるんだからわかってるだろ、グランドフィッシャー」

 

 

次に発した声は真咲のモノなどではなく、正しく(ホロウ)―――グランドフィッシャーらしいこの世の者とは思えない叫び声だった。それに続いて、苦悶に染められていたその顔も狂気に塗り替えられていた。

 

 

「先に尋ねるぞ、小僧。いくら母親ではないとわかっていたとはいえ、何故あの女を躊躇もせずに斬った?」

 

 

今までの経験則、そして過去の一護ならば、生きている限り誰か一人は刃を鈍らせる相手がいるはずである。それが一護にとっては母親の真咲だった。逸る(ホロウ)としての本能と因縁の死神に果たす復讐心を抑えて尋ねた。

 

 

グランドフィッシャーのその疑問は一護が母親を失ってからずっと抱えてきた重荷そのものである。父親である一心に母親の死の真の事実を打ち明けられたときも、(答え)は見つかったけれども自分の果たさなければならない責任(思い)は見つけることは出来なかった。けれども、壁にぶち当たった士道(昔の自分)を見せつけられて自分の果たすべきことが見えた。だから、その責任(思い)を刃に乗せて戦う。

 

 

「俺のお袋はアンタの人形の中にはもういねぇし、元々その中にもいない。お袋は生まれてきたときから俺を護ってきてくれた。それはお袋が死んでからも、今この瞬間でも」

 

 

一護は死覇装の袖を捲って腕を見せる。その行為がどういう意味を持つのかグランドフィッシャーにはわからなかったが、すぐに変化が現れた。

 

 

「何だ…その紋様は!? そんなもの、儂は1度も見たことがない」

 

 

グランドフィッシャーのいう紋様は一護の体に蜘蛛の巣のように伸びていく。そして、その紋様は青の鈍い輝きを放つ。

 

 

「俺はこの力を使っていてようやく分かったんだ。この力は俺を護ってくれただけじゃない。これは俺が望んだ大切な誰かを護る力なんだ。お袋はずっと大切な人を護りたかった俺に力を託してくれた、そんな気がする。だから、家族のために、この日常を護るためにてめぇと戦うんだよ!」

 

 

これまで一護が潜り抜けてきた出来事を思い浮かべて辿り着いた責任(思い)を宣言し覚悟を決めた。続いて、その責任(思い)の重さに比例するように霊圧が上昇していく。

 

 

「そんなわけがあるかぁぁぁぁぁ! 小僧、貴様の母は儂に全てを喰われた。肉体・力・魂魄の全てだ。貴様が戯言をこれ以上言えぬよう、貴様の力ごと踏み潰してくれるぅぅぅぅぅぅ!」

 

 

聞くに堪えない叫びを挙げながら真咲の姿をしていた人形(グランドフィッシャー)は腹部に負わされた裂傷から罅割れていく。それは頭上から足元へと達し、真っ二つに割れた。しかし、これで死んだわけではない。割れた体の中から悍ましい液体が次第に体を形作り、巨大な獣の体に整えられた。

 

 

「小僧、この姿になった儂から逃げられると思うなァァァ」

 

 

今のグランドフィッシャーの姿で特徴的な部分を挙げるとすれば、1つは天に聳えるほどの巨大な刀。そして、もう一つが(ホロウ)の特徴である白い仮面が割れていること。通常の(ホロウ)とは違うその容姿に一護はその名称をいう。

 

 

破面(アランカル)になってたのか…」

 

 

「知っておったのか、それならばその力も知っておろう。儂に斬られて死ねェ!」

 

 

―――ズドォォォン

 

 

「!?」

 

 

鞘に納められていた斬魄刀の柄を掴み、それを一気に振り下ろされた。それがもたらしたものは、土手とその延長線上にある建物が真っ二つに切断された事象。たったの刀の一振りであまりに甚大なダメージをこの地域に与えている。現在のグランドフィシャーの力は精霊には及ばないものの、それに準ずる力を持っているかもしれなかった。

 

 

「よく避けた、小僧。じゃが、空中に離脱するとは短慮よのう」

 

 

「そうかよ」

 

 

振り下ろされて地面にめり込んでいる刀を大地を破壊しながら一護に目掛けて左斜め上へ振り上げる。だが、凶刃が迫りくる直前で一護は上空から掻き消えて、刀が一護がいた場所に届いた頃には地上にもう既に降りていた。

 

 

「また避けたか…運がいい奴め。じゃが、次こそは確実に殺す」

 

 

振り上げた刀を今度はまた振り下ろす。今回は確実に当たるようにしっかりと狙いを定めてから全力で振り下ろした。それがもたらす破壊は1回目に振り下ろした以上であり、振り下ろされた刀の刀身の範囲だけでなく周囲の建物を巻き込んで破壊し尽くした。もし常人が直撃してしまったら四肢がバラバラになるのは確実である。最悪、その四肢さえも消え失せるのかもしれない。

 

 

「どうした? 全く当たってねぇぞ」

 

 

「!? 小僧、舐めるなよ!」

 

 

渾身の力で振り下ろしたにも関わらず全くの無傷の一護。増々燃え上がる復讐心と殺意が刃を一護に向けさせる。一振り一振りに致死の力に込めるが、悉く一護に避けられてしまう。あまりにも当たらず、憤怒の感情を撒き散らした。

 

 

「…ハァ…ハァ…なぜ、当たらぬ。なぜ、奴に当たらぬ。儂は確実に奴に振り下ろしたはずじゃ。奴に当たらぬはずがない」

 

 

「あんたじゃ、俺に傷を負わせらんねぇよ。今まであんたの動きを見てたけど、やっぱあんたはギリアン級の大虚(メノス)と変わんない」

 

 

「儂をそんなものと一緒にするなァァァ!」

 

 

新たな境地に入ったにも関わらず、一護にその進化前と同一視されるという侮辱を受けて完全に怒りを任せて一護を突き刺そうとした。しかし、それは無意味に終わる。なぜならば、一護は回避や防御といった行動をとらずにグランドフィッシャーが突き刺した刀の鋩をただ手を翳し受け止めたのである。

 

 

「莫迦な!?」

 

 

「あんたの刀の振るスピード、威力、技術の全部が並の死神には通用していたとしても、席官の人達や隊長格にとってはどれも足りねぇ。それに…」

 

 

刀身を受け止めている手とは逆の手に握られている斬月で一閃する。それから遅れて風を斬るような爆音が聞こえてくる。そう、一護の斬速は音速の壁を遥かに超えている。重量級の刀で一護の繰り出した斬速で刀を振ればおのずと結果が導かれる。

 

 

―――バキバキバキッ…パリン

 

 

グランドフィッシャーの持つ斬魄刀がまるでガラス細工のように刀身の根元から鋩にまで罅が入っていき粉々となる。グランドフィッシャーはこの事象を目の当たりにして一瞬何が起きているのが分からない。自分の持つ自慢の武器を呆気なく破壊されたと認識したときには、一護が斬月をもう既に肩で抱えている程の時間が過ぎてしまっていた。

 

 

「霊子がただ単に形を成しているだけの刀だから、こんな簡単に折れる」

 

 

「こんな…こんなことが…こんなことがあるものかァァァァァ! 儂は50年以上死神を斃し喰らい続けたのだぞ。こんな小僧に倒されてたまるかァァァァァ!!」

 

 

斬魄刀による攻撃は刀が破壊されて行うことができない。刀が折れていなかったとしても、先刻刀を素手で受け止められているので斬魄刀による攻撃は無意味だ。ならば、グランドフィッシャーには打つ手がないのだろうか? いや、そんなことはない。

 

 

(ホロウ)大虚(メノスグランデ)へと進化することで現れる最大の違いはやはり力の増大であろう。その力の増大がよくわかるモノは自身が生み出す霊力を一点に収束させて撃ち出す砲撃―――虚閃(セロ)である。

 

 

それは大虚(メノスグランデ)へ進化した(ホロウ)が死神の力を手に入れた存在である破面(アランカル)虚閃(セロ)使えぬ道理はない。だから、グランドフィッシャーは斬魄刀による攻撃の威力の高い虚閃(セロ)の使用を決めた。

 

 

自分自身の持つ膨大な霊力を口元へと集める。それと並行して虚閃(セロ)本来の威力を持たせる為に集めた霊力を収束させる。その集めた霊力の総量は収束させなければ1立方キロメートルの広さを全て埋め尽くす程のモノである。それを高層ビル1棟分にまで収束させている。しかし、それを目の前で展開されているにも拘らず一護はその場を動こうとはしなかった。

 

 

「この光景を目にして動かぬとは短慮よのう…だが、都合は良い。このまま世界の塵になるがよい」

 

 

収束させたソレを撃ち出す。今まで収束された霊力が一気に解放されたことで大気を振動させながら周囲にあるものを蒸発させて一護に迫る。対して一護はソレが間近にあるという状況の中でも未だ回避の動作するどころか、防御の動作もしていない。そしてこの地を焦土にする破滅の光が一護を飲み込み―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆散した。大地がではない。また、一護の体でもない。その証拠に一護の体は左手からほんの僅かな煙を上げているだけで全くの無傷である。

 

 

爆散したのはグランドフィッシャーから発射された虚閃(セロ)そのものがである。大気を揺るがすほどのエネルギーを真正面から受けて無傷どころか虚閃(セロ)自体をもこの世から完全に消失させた。

 

 

「バ…ババババ、バケモノめッ!?」

 

 

斬魄刀を折られただけでなく大虚(メノスグランデ)の最強の砲撃である虚閃(セロ)までもがいとも簡単に止められた。今度こそグランドフィッシャーの為せることは何もない。全ての牙をもがれた者は恐怖に怯え絶望に堕ちていく。そして、現在絶望から逃れるために取り得る選択肢はその場からの離脱しかない。それをすぐに行動に起こして地を蹴り、一護に背を向けて逃亡をしようとした。

 

 

「逃がすわけねぇだろ」

 

 

「ッ!?」

 

 

この場から離れることも出来ず、背を向けた時点でもう肩を掴まれていた。グランドフィッシャーは理解した。背を向けて逃亡を図る選択肢も間違いだったのだ。最初からグランドフィッシャーの取れる選択肢など用意されていなかった。

 

 

「あんたは俺のことを『バケモノ』っていってたけど…」

 

 

一護は肩を掴んでいた手で勢いよくグランドフィッシャーを地面に引き倒す。引き倒されたことで地面を押しつぶす爆音生み出されて、気づいた頃には仰向けとなった相手に言葉の続きを言い放った。

 

 

「確かに俺は『バケモノ』なのかもしれねぇ。というよりも、実際に化物にもなったこともあるしな」

 

 

ウルキオラとの最終決戦のときの出来事を思い出して、一護が自身に言い聞かせるように言う。あの暴走した姿は正しく化物であるに違いない。自分がまたあの姿にならないように自戒を掛けながらも更に言葉を続ける。

 

 

「それでも破壊を撒き散らす化物からたくさんの人を護るためにその化物を斬る『バケモノ』になってやる。今までとやるべきことは変わらない死神としての俺の責任(思い)だ」

 

 

「あああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァああああァァァ!?」

 

 

圧倒的な力量差ので尚且つ逃亡をすることも許されず消滅しか残されていないという事実にあまりの恐怖で錯乱したグランドフィッシャーは再度虚閃(セロ)を放つ。通じないのはわかっている。だが生き残れるならば何でもやる。そしてもう一度機会があれば黒崎一護を殺す。

 

 

「悪いな。今まで俺が弱かったからあんたが罪を重ねることになってしまって。けど、それも今日で終わりだ」

 

 

肉薄してくる虚閃(セロ)に向かって真正面から立ち向かい斬月を両手を握りしめ真上に持ち上げる。霊圧を一段と上昇させて次の行動へと移す。

 

 

「月牙天衝ォォォォォォ」

 

 

紅の砲撃と比べれば極小の刃から生み出されたとは思えない天を覆い尽くす三日月の閃光は新たな決意。それは恐怖で震えた破壊の砲撃を容易く砕き、そしてその向こうにいるグランドフィッシャーを昇華させた。

 

 

グランドフィッシャーの残骸が消滅していく最中、地上に降り立った一護は今は止んでいる雨を降らしていた雲の切れ間から日差しが差してきているということに気づいた。ようやく自分自身の言葉で直接言える。

 

 

「お袋、今までありがとう。これからどんな絶望が待っていようが、俺は大切な人たちを護り続けていく。だから…今度こそ安らかに眠ってくれ」

 

 

空はまだ雲に覆われているはずなのに一瞬だけ青空が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ソウル・ソサイティ 無間

 

 

暗闇…どこも光差す隙など一切ない場所。そこは今は亡き最強の死神の元で侵入を許されない場所。それ故に地獄の鎖を除外すれば、そこからの脱出難度は地獄さえも凌駕する牢獄。それが無間。

 

 

その檻の中で拘束されている人物はソウル・ソサイティにとって重罪人または危険人物ばかりであり、獄内は並の死神ならば1秒たりとも意識を保つことができないほどの霊圧で満たされている。

 

 

―――カツカツカツカツカツ

 

 

獄内で足音が響いている。牢獄といえば囚人を監視するために看守が配置されているのが一般的だ。だが、先述の通り、元来脱出が不可能の檻であるので看守は不要。その前にソウル・ソサイティが重罪人や危険人物と判断した人物を監視する看守に務まる人物など前総隊長ぐらいしかいない。よって、足音が響くということなど本来ありえない。

 

 

しかし、実際には獄内に足音が鳴り響いている。この無間にいる人物に何か目的を持って侵入している何者かがいるということは確実であろう。こんな危険地帯に侵入できていること自体、侵入してきた者は相当に特殊な人物であることがわかる。そして、その人物はある人物が投獄されている牢獄の前で立ち止まった

 

 

鉄格子越しにいる人物は強制的に椅子に座らさせている上に体のほとんどを黒い包帯状のモノに巻かれている。これは力を行使させない為にそのような措置を取られている。これ以上なく無間にて拘束されている人物とは霊王をその手で殺めようとし神になろうとした人物。

 

 

―――藍染 惣右介

 

 

「ここに客とは珍しい。最近あったとすれば更木剣八と卯花八千流ぐらいだったが…」

 

 

侵入者が被っていたフードを降ろすとその顔を窺い知れると同時に微かに驚いた。だが、すぐに理解する。

 

 

「…成程、理解したよ。何故君たちがこんなにもすぐに戻ってこれたのかを」

 

 

「……」

 

 

「ほう、私。いや、正しく言えば私の中にあるモノが目当てか。しかし、生憎だけれども今のコレ(・・)は完全体ではないんでね。機能が半分失われているモノに君たちに渡しても無駄に…いや、そうでもないか」

 

 

2つに分裂したソレはただ力が半分になっているわけではない。機能が分裂しているのである。今、自分が握っているその半分の機能を目の前の人物が狙っているということであろう。

 

 

「前に言った通り、君に渡す気も着いて行く気もないよ」

 

 

「……」

 

 

「!? 成程、そこまで知っているのか。態々、こんな辺鄙な場所まで来ずともコレ(・・)の力を奪い取ることができると。ならば、私に知らせずに力を奪い取ることもできるはずだが」

 

 

「……」

 

 

「無駄な殺生を嫌うか…全くどの口で言っているのか」

 

 

目当ての人物に要望を出したものの拒否されたにも拘らず素直に引き下がる侵入者。最初から当てにはしてなかったのだろう。これには藍染も若干の不満がある。それが引き金になっているのかは分からないが、侵入者に面白い情報をもたらす。

 

 

「私のモノは渡すわけにはいかないが、不愉快なことに分裂した2つ以外にもコレ(・・)が作られている。最も分裂した私と()が持っているモノとは完成度は程遠いがそれでも力を蘇らせるには十分かもしれないぞ」

 

 

藍染が情報を言い終えた頃には侵入者は消えていた。その情報を元にして蹂躙に乗り出すかは不明だが、全世界蹂躙し得る力は持っている。侵入者はいつでもソレを手に入れることができるだろう。

 

 

「さて、黒崎一護。君が倒し力を失った私は何もする気はない。ただ、私に見せてくれ。同じ立場に立った君が望む世界を私に」




精霊図鑑ゴールデン


琴里「むー」


狂三「どうしましたの、琴里さん」


琴里「どうしたもこうしたもないわよ! 七罪が2回もここに出演しているのに何で私たちは今回まで出番がなかったのよ」


狂三「いきなりのメタ発言ですわね…まあ、そういうわたくしも今回が初めてですけれど」


琴里「あなたはいいじゃないの。本編じゃメインになってるし」


狂三「そういう琴里さんだって、このあと出番があるのではないですの」


琴里「それはそうだけど…そこが終わったら出番がほとんどないのよ」


狂三「…頑張りましょ、琴里さん」


琴里「うん」











折紙「私も出番がない。この場での士道とのチョメチョメデートを要求する」


士道「チョメチョメって何!?」


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The fake instinct

久方ぶりの更新になってしまって申し訳ありません。
今回は長めの13000文字程度の長さになりました。そして、結構怒涛な展開になっているとは思います。今までお待たせしてしまった皆さんがお楽しみ頂ければ幸いです。
それでは今回もお楽しみください。


―――来禅高校 屋上

 

 

今まで接してきた狂三は本当の狂三などではなかった。士道はこれまでと同じく自分の為すべきこと―――精霊をデレさせること―――を実行するために狂三を屋上に呼び出した。それで、必死の説得によって心を動かしかけて助けられるというところであったのに。

 

 

「駄ァ目、ですわよ。そんな言葉に絆されては」

 

 

「ぎ…っ!?」

 

 

また悲劇が繰り返される。狂三が狂三の胸を素手で貫きべったり紅く染めた。屋上に連れてきた狂三が新たに現れた狂三によって殺された。字面だけをみれば全く起こりえない事象なのだが、今この状況がその全く起こりえない事象が生じていると証明している。

 

 

「なん…で?」

 

 

また人が殺されて士道自身が殺されるという恐怖が以前よりも薄くなってきている。それは前に狂三が誰かを殺し誰かを殺される光景を見てきたのかもしれない。それが狂三を殺し続ける真那から感じた『慣れ』というのだろうか。いや、それは違う。その恐怖というもの以上に殺すということが許せなかった。最初にいた狂三は胸から腕が抜かれると同時に膝から崩れ落ちて影に飲まれる。士道はその狂三を悼み、今いる狂三に尋ねた。

 

 

「何で殺したんだ?」

 

 

「『何で殺したんだ?』ですの…それは、相手にすぐ絆されるような出来損ないなら処分するのは当たり前でしょう」

 

 

「なッ!?」

 

 

自分と姿形が全く変わらない分身体でさえモノのように切り捨てて使い潰す。正に悪の権化と思われるような所業である。それは何があっても断固として許しがたい行為であるはずなのだ。

 

 

だけれども、本当に狂三が冷酷な心しか持ち合わせていないのかといえば士道は疑問に思える。最初に現れた狂三と今いる狂三が全く同じ姿ならば、同じようなメンタリティを持っていても可笑しくはない。なのに、なぜこんなにも違うのか全く分からない。

 

 

「早速士道さんを頂きたいところですが…先にやらなければならないことがありますわね」

 

 

狂三が軽く後ろに跳ぶ。次の瞬間、撃ち出された弾丸のように何かが狂三のいた場所を貫き穴を作った。運動エネルギーを破壊に全て変換し終えたところでようやく士道の目でも弾丸であったモノの姿を捉えることができた。

 

 

「お怪我はないでいやがりますが、兄様」

 

 

「真那ッ!」

 

 

真那と狂三が再度対峙している。昨日、士道の目の前で繰り広げられた光景が目に浮かぶ。やはり、2人に互いの命を摘み取らせるわけにはいかない。

 

 

「もうそんなことはやめてくれよ。こんな戦い何の意味があるっていうんだ」

 

 

「いくら兄様でも、それには従えねぇでやがります」

 

 

「わたくしには戦う意味がないというわけではないですのよ。でも、それはヒ・ミ・ツですわ。どちらにしても、わたくしは精霊、真那さんは魔術師(ウィザード)。戦う理由なんてそれだけで十分でありません?」

 

 

「あなたと意見が合うなんてことは死ぬほど嫌でいやがりますが、それには同意せざるを得ないでありますね」

 

 

2人の姿が掻き消える。人智の及ばぬ戦いが始まってしまった。狂三は影から次から次へと湧き出してくる分身体が幾発もの弾丸となり真那を砕きにかかる。真那はその襲い掛かる弾丸を顕現装置(リアライザ)で減速させて分身体の命を刈る。

 

 

「やめろ…やめてくr」

 

 

前に駆け出そうとした士道だが、後ろから体を抑えつけられ地面に組み伏せられた。そして士道の視界の影から時計仕掛けの少女が伸びてくる。長短二丁の歩兵銃を持つ同じ貌の少女がいることから、士道を拘束しているのは分身体なのだろう。

 

「士道さん、いけませんわね。これは私たちと真那さんとの戦争。そんな簡単に戦場に出て来られてしまったら困りますわ。決着が着くまでしばらくこうしていらっしゃいまし」

 

 

ただの人間が精霊に拘束されてしまったのなら肉体をどのようにも動かすこともできない。だが、士道は狂三と真那のどちらかの命を失われることなんて許容できない。それは狂三と真那のどちらも救うという覚悟を決めてきたのだから。

 

 

「悪いけど、それはできない。お前たち2人の戦争がどうなろうが俺はそんな戦争をぶち壊してやる」

 

 

「今の状況を本当にわかっておっしゃているのですの?」

 

 

「兄様、無駄な抵抗はやめてください。どんなことをしてもこの戦争は止めるわけにはいかねぇです。だから、何をしても無駄でいやがります」

 

 

「無駄ってことはないさ。これでも俺にだってわかることが1つある。今のこの状況で俺の命が最も重要だということぐらいわなッ!」

 

 

「「!?」」

 

 

自分の実妹である真那と封印されている精霊の力を狙う狂三にとって士道自身が持ち合わせている価値は明白だ。戦争を中断させるには命を天秤に掛けなくてはいけないのは皮肉なのだが、自分の命ひとつで争いを止められるのなら安いモノだ。

 

 

口を大きく開けて断頭台のように舌を差出す。そして、ギロチンという名の牙を振り下ろす。これで全てが終わる―――はずだった。

 

 

「だから、ダァメ、ですわよ」

 

 

「んぐー!」

 

 

士道の口の中では生物の体温を感じ取れた。そこから伸びていたのは3本もの腕。どれも狂三の分身体の腕である。そう、士道の命を賭けた交渉は狂三によって阻止されたのである。

 

 

「まさか、懲りもせずにまた命を投げ出してくるなんて…本当にバカですの? 

まあ…今度こそ、そのような手段を取りようもないのですけれど」

 

 

「兄様ッ!」

 

 

「あらァ、このわたくし(・・・・)と相対していますのに他の方を気遣う余裕なんてありまして?」

 

 

「しまっ…」

 

 

唯一肉親であることがわかる士道が取り押さえられ真那は反応した。それが決定的な隙となり歩兵銃を手にしている狂三に懐の中に入られ、こめかみに銃を突き付けられた。銃との距離は零。もう致死の弾丸を回避する術はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――パァン

 

 

そして、乾いた音が空気中を振動させていく。命を鎖す終焉の鐘は無情にも聞こえてしまった。

 

 

(くそっ…俺は何もできないのか…狂三と真那の両方を救うって決めたのに…俺は誰ひとり助ける力はないのか…)

 

 

『強くないんだったら、強くなればいい』

 

 

目の前の現実に絶望しかけたとき、昨日の一護の言葉を思い出した。絶望をするだけでは現実は何も変わらない。それなら無駄な足掻きでも何でもして可能性をこじ開ける。

 

 

士道は精霊の力を封印する能力以外何も特殊なことができない一般の高校生だ。真っ当に精霊と戦ってしまったのなら何をされたのか分からずこの世から葬られてしまうだろう。やはり、精霊に対抗できるのは精霊しかない。そのための力はこの中にある。そこに力があるのにそれが使えぬ道理(ルール)などない。

 

 

―――俺に力を―――

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉ!!」

 

 

次の瞬間には全身に施された拘束が無くなっていた。正直、今の一瞬で士道自身が何をしたのか全くわかっていない。ただ、中にある思いを外へと吐き出した。士道の中に眠っている力はその願い(・・)を叶えてくれた。

 

 

「分身体とはいえ、人間の士道さんが私たちを吹き飛ばし、尚且つ戦闘不能にするなんて…余計に食べたくなりますわね」

 

 

「それは御免被りたいな。なぜなら、俺は真那、そして狂三を助けるんだから」

 

 

「…それは余計なお世話…ですわね。士道さん、そんな程度の力で私に挑むというのは無茶を通り越して無謀ですわよ。たとえば…」

 

 

「くっ」

 

 

今までしっかりと士道を支え続けていた地面がぬかるんで体が沈み込んでいく。そんな不可思議な感覚の正体を探るために下を向くと、そこには影があった。そこから白くて細い腕が伸びていき士道の体を引きずり込もうとする。

 

 

「これは…狂三の…分身体が…出てきた…」

 

 

「そうですわ。これは士道さんのいう通り、これは私たちの影。わたくしがこの学校に人々の時間を吸い尽くす時喰みの城を展開した時点で、もうここはわたくしの領域ですのよ。例えると、蜘蛛の糸に掛かった蝶といったところでしょう」

 

 

「そんな…待遇は…やだな」

 

 

「嫌だとおっしゃっても止めませんわよ。私には過去で成さねばならないことがありますの。でも、安心してくださいまし。士道さん、あなたはずっとわたくしの中で眠りながら生き続けてください」

 

 

「…過去?」

 

 

「少々喋りすぎましたわね。士道さんには特には関係のないことですわ。忘れてくださいまし」

 

 

「そうか…狂三にも…何か護りたいものが…あるんだな…」

 

 

「……」

 

 

今まで饒舌だった狂三が初めて士道に言葉を返さなかった。その沈黙を士道は肯定として受け取り、新たに護るべきものができた者として可能性を提示する。

 

 

「…狂三に護りたいものがあるように…俺にだって護りたいものが…ある。十香と四糸乃、琴里に真那、俺に進むべき道示してくれた兄貴、そして狂三、お前自身もだ」

 

 

「それは何も知らない愚者が語る言葉ですわ。随分とわたくしも甘く見られましたわね」

 

 

「俺は誰かを助けるために…別の誰かを犠牲にはしたくない…俺は諦めない…この世界で完全無欠のハッピーエンドを手に入れるまで」

 

 

「そんなことをおっしゃても、わたくしに食べられる運命は変わりませんわよ」

 

 

「…運命は自分で切り拓くものだ…さっきお前の分身体を吹き飛ばしたときのように、願いがある限り運命は…」

 

 

士道が最後まで言葉を紡ぐ前に影が口を塞ぎ、全てを飲み込んでいく。ついには頭までも飲み込まれて、残すのは右腕となっていた。

 

 

(希望という甘い果実に溺れて、現実を顧みない。こんな人…まるでわたくしみたいですの…)

 

 

最後に残った腕が飲み込まれいく様子を見届ける。今まで喰らい続けてきた人々の中で、この人だけはこの眼で見届けなければならない気がした。この人を喰らうことで自身で確立した手段を強固なものにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の士道が随分と世話になったわね」

 

 

校舎の屋上に何か紅い影が降りて黒い影を全て吹き飛ばし焼き尽くさていた。その紅い影は紅蓮の炎であり、万物を焼き尽くす炎が狂三が支配していた屋上をリセット。時喰みの城までは破壊されていないので狂三にとってそこまで大きな損害にはなっていないが、せっかく時間を消費して造った再現体がこうもあっさりと葬られてしまっては気持ちのいいものではない。

 

 

「…何者ですの?」

 

 

その言葉に応答するかのように、今までその身を炎で包んでいたその存在はそれを散らすのを華が咲き乱れる様子にも見えた。

 

 

炎から姿を現したソレは人の形である。決して妖怪やお化けのような類の異形な姿をしているわけでもない。しかし、白の和服のような羽衣を纏い黒い帯で縛った双角を生やした少女は炎を操る人であって人ならざる者。

 

 

「まさか、今日1日で士道さんだけでなく精霊まで出会えるとは…わたくしは何て運の良いことでしょうッ!」

 

 

「それは、運の悪いの間違いじゃないかしら」

 

 

「いいえ、結局はわたくしの力の糧になるのですから運の悪くなんてありませんわ」

 

 

「それなら、あなたが相対しているのが誰なのか分からせる愛の仕置きタイムが必要ね」

 

 

狂三に精霊だといわれた少女。その少女に士道は人形だらけの影から助けられた。その少女は士道にとっては一護に拾われてから毎日何度も顔を合わせている少女。だから、信じられなかった。士道が毎日顔を合わせている少女は人間であるはずである。しかし、暴れ龍のような形相の炎を操ることができるのは士道も狂三と同じ答えに辿り着いた。

 

 

「…琴里…なのか? 精霊に…なったのか?」

 

 

「私が琴里じゃなかったら、狂三が士道を喰らった後の最も油断しているときに出てくるわよ」

 

 

助けてもらったのはいいものの、もし琴里が妹でなかったら見殺しにされるというのを思うとゾッとする。まあ、士道も琴里が助けにきてくれるとは思ってもいないし、本当の意味で心優しい琴里もほんの冗談でいったに違いないが。

 

 

「いろいろ聞きたいことはあるかもしれないけど、今はとにかく逃げて」

 

 

「へ?」

 

 

「今のあなたは簡単に死んじゃうんだから」

 

 

琴里に問い返す暇もなく脇に抱えられていた士道は投げ捨てられた。いきなり投げ出されたということで文句を言おうとしたのだがそれもできなかった。なぜなら、もう既に狂三と琴里は互いの天使で火花を散らしてしまっているのだから。

 

 

 

「炎の精霊さん、美味しそうなあなたを頂くには少々味付けが必要ですわね」

 

 

「それはどういうことかしら?」

 

 

「こういうことですわ」

 

 

歩兵銃と琴里の扱う戦斧のぶつかり合いを狂三が退くことで解除された。精霊が精霊たる証はその身に纏う城壁の如き堅牢な鎧の霊装。そして、それと対となるのが世界を屠る矛の天使。狂三の手に持つ長短二丁の歩兵銃は天使ではない、天使の一部である。そう、狂三はこれから真の天使を顕現されるのだ。

 

 

「さあ、さあ、おいでなさい『刻刻帝(ザフキエェェェェェェル)』」

 

 

狂三の背後に1から12のローマ数字が刻まれた巨大な盤面。それはいつも狂三が隠している瞳に刻まれているものとほぼ同じような様式であり、顕現させた天使も時計と同様の役割を持っていると思われる。

 

 

「へぇ、それがあなたの天使かしら?」

 

 

「えぇ、そうですわ。あなたや他の精霊の方々の天使は存じ上げませんけれども、わたくしの天使はそれは素晴らしい能力を持っていますのよ。まぁ、その代償として何よりも大事な時間を消費しなければならないということが玉に傷ですけれども」

 

 

「時間?」

 

 

「これはお喋りが過ぎましたわね。ここまで話しましたから、わたくしが能力を行使するには寿命を代償にしていると容易に想像がつくと思いますわ」

 

 

「貴重な情報をありがとう。そんな情報を想像できていたとはいえ自分から寄越してくるなんて余裕のつもりかしら」

 

 

「余裕なのかどうかは、その身を以て味わって頂きますかしら?」

 

 

「それは遠慮しとくわ。ただ、家の店子に噛みついた駄豚の躾はするけど」

 

 

琴里の言葉に眉を潜めた狂三だが、すぐに表情を元に戻す。そして相手を挑発するかのように言葉を返した。

 

 

「あまり強い言葉を使わないでございまし、弱く見えますわよ」

 

 

「いうじゃないの」

 

 

もう言葉はいらない。いくら言葉を並べたとしても琴里には狂三と相容れることも狂三に対しての感情を抑えることなんて出来ない。そして何よりも、自分の大好きなお兄ちゃんを傷つけようとしたということが許せない。精霊同士の戦いなんてそれだけでいい。

 

 

「いくわよ、灼爛殲鬼(カマエル)

 

 

「いきますわよ、刻々帝(ザフキエル)――― 一の弾(アレフ)

 

 

琴里は巨大な戦斧から灼熱の炎を生み出しそのままそれを纏わせながら自分自身を軸にしてその場で回転する。回転速度を上昇させていき学校全てを覆い尽くす火炎旋風を創り出す。琴里に対峙している狂三は背後に顕現している天使のⅠの文字から滲みだした影を手に持つ2つの歩兵銃に喰わせた。その短い方の歩兵銃を琴里に向けた―――――のではなく、自分自身のこめかみに銃口を向けた。

 

 

何故狂三が自分に銃口を向けたのか、琴里には向けた理由はわからない。琴里自身も精霊という存在故に、狂三のしている行動には意味がないということはないことはわかる。何にしても先手を取られて能力の行使をされてしまったら不利益をもたらされるだけで決して利益を生み出すことなんてない。ならば、先に先手を取る。

 

 

校舎を覆い尽くしていた火炎旋風をその範囲を狭めてその身に纏わせる。身に纏わせているその様は業炎の渦巻く不死鳥のようだ。そしてその炎を纏わせたまま狂三の分身体と同じように飛んでいく。しかし、その威力は狂三のそれとは比較の対象にもならないほどのもので、相手を滅殺するための極致に至った業である。目標を完全に捕捉して加速してその絶大の一撃をぶつける。しかし…

 

 

「そのような鈍重な攻撃ではわたくしには当たりませんわよ」

 

 

「っ!?」

 

 

業炎が地面を焦がすよりも前に狂三は琴里の側面の位置を取っていた。離れている距離から戦闘の様子を見ていることしかできない士道には狂三がまるで転移したかのようにみえた。それでも、同じ精霊の立場にある琴里にはギリギリで目で追える程度には反応はできた。しかし、急激な速度変化に琴里の体までは反応できない。それに加えて、大振りで戦斧を振りかざした結果、重量級の戦斧の動きを制御することもできない。圧倒的に狂三が有利な態勢だった。

 

 

「これで終わりですわね」

 

 

標的を補足している短銃から炸裂音が響くのと同時に銃口から霊力の篭った弾丸が飛び出す。その弾丸の描く軌道は琴里の額を目掛けて直進していく。このままでは弾丸が琴里の頭を貫通して脳の活動を停止させられ絶命してしまう。

 

 

「私をあまり舐めないでちょうだい」

 

 

この絶望的な状況のなかで琴里のとった行動は戦斧の挙動に抗わないことだった。つまり、戦斧の動きに全ての体重を任せるということである。そうすれば、脳に弾丸が貫通する即死コースは免れる。まだそれでも、琴里の体に風穴を空けられる程度には致命傷を与えられるというところまでしかダメージを軽減することしかできない。

 

 

だから、天使に体重を任せるだけでなく、不安定な体勢のなか更なる行動を起こす。戦斧から新たな炎を生み出し、それをジェット噴射のように吐き出す。そうすることで、琴里の体の回転速度がさらに増す。これを全て成し遂げたところで弾丸の軌道から脱することが出来、そして弾丸が琴里の体のすぐ上を通り過ぎる。これで何とか回避することは出来たが、ここから一息する暇などない。やられた分は10倍にしてやり返すが流儀の琴里は反撃の狼煙を挙げなければならない。

 

 

「また会いましたわね。これから死んでもらうご気分は如何でございまして?」

 

 

「……」

 

 

琴里の体が半回転したところで琴里はまた狂三の歩兵銃に捕捉されていた。しかも今度は額に銃を直接突き付けられている。だが、琴里は銃を突きつけられているという絶体絶命という

状況なのにも関わらず不思議と冷静だった。

 

 

実は5年前に謎の存在から精霊の力を授けられたとき以来ずっと士道の体に力は封印されており、秘密裏に仮想精霊と戦闘シミュレーションはしたことはあるものの本物精霊との実践は初めてだ。そのような理由からか、あまり力の扱い方に慣れていない初手から相手のペースに呑まれて危機に陥っているのかもしれない。

 

 

なのに、今は冷静に落ち着いている、危機が過ぎ去っていないにも関わらずだ。むしろ、危機に陥っていけばいくほど頭が冴えていく。視界だけでなく五感から読み取れる情報が格段に増加して、自分自身が選ぶことのできる選択肢が多様化していく。まるで、自分が自分じゃないようだ。

 

 

先ほどから狂三と交戦している中で現在までに得られている情報は狂三が能力を行使するには自分の寿命を消費する必要があるということ、その寿命を補給するために結界を張っているということ、己の分身体を生み出すことができるということ、その分身体というのは本体よりも大きく戦闘力が劣るということ、そして、高速移動する手段があるということである。それで、これまで翻弄してきた力の起点になっていたのは2つの歩兵銃。

 

 

五感を使って読み取った情報が脳内で纏められ、自分自身の精霊の力を考慮した新たな選択肢が形成された。それは防衛の一手ではなく、形勢を逆転する一手。新たに形成された逆転の一手を選択するために琴里は行動を起こす。

 

 

「随分と自分の力に自信があるみたいね。でも、分身体に過ぎないあなたが持つその豆鉄砲が精霊の私に通用するかしら」

 

 

「ッ!?」

 

 

別に銃が突きつけている狂三が本物か分身体なのかは関係ない。今のは、所謂ハッタリだ。分身体なら今のようにリアクションを取るし、狂三の性格を考慮に入れると本物だったら『あなたのいう分身体(・・・)の力をその身に刻んで差し上げましょう』といって、銃弾を撃ち込んでくると琴里は分析した。結果、案の定現在相対しているのは分身体だった。確認を終えて、ここから選んだ選択肢を実行する。

 

 

「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

「きッ…」

 

もう一度炎を戦斧から噴射して、緩んだ回転速度をブーストして再度加速する。そして、加速して得られた分も含めて回転速度を破壊力に変換して一気に分身体を粉砕した。それでようやく久方ぶりの地面の固い感覚を得られた。

 

 

だが、これだけでは終わらない。琴里が相対している相手は幾千幾万もの人間を殺し、あまつさえ最悪の精霊という悪名でその名を世界に轟かしている。そんな相手が未だ有利な状況にあるにも拘らず、手を止めるということはない。そのことを示している通り、琴里を取り囲むように分身体が姿を現しもう既に飛び掛かっている。

 

 

「あなたが――」

 

 

「――どんなに強くとも――」

 

 

「――私たち全員を――」

 

 

「――殺しきることなんて――」

 

 

「――不可能ですわよ」

 

 

数多の狂三の分身体が声を重ね合いながら言ってくる。数の上なら狂三の絶対的な優位は揺るがない。しかし、能力のぶつかり合いということになれば話が違ってくる。例えば、分身体に止めを刺される前に本体を見つけ出し能力の行使が不可能の状態を追い込んでいったり、対人向けの力ではなく対軍向けの力を使う場合といったふうに。

 

 

灼爛殲鬼(カマエル)――(メギド)

 

 

これまで戦斧の形を保ってきた天使が琴里の言の葉に呼応して外装と内部機関が慌ただしく移動し姿を変えていく。天使が変形してきた頃には、大きな砲門を備えた大砲が出来上がっていた。

 

 

「後悔なさい。最初の時点で私を殺せなかったことを」

 

 

一般的な常識の範囲では大砲には砲門は一つしかないので、その威力故にある一方向に対する大量殲滅を得意とするが、大砲自体が巨大な為に小回りが利かず全方位殲滅する際の運用は大砲を複数用意することで対処する。ところが、琴里の天使の大砲は通常のそれと同じく砲門は一つで小回りも利きにくい。つまり、一般的な大砲と同じように使ってしたとしても今の状況は打開できない。

 

 

そこで天使の砲門を下に向ける。砲門を地面で密封すれば、これから砲門の中で生み出されるエネルギーを逃すことが無い。さらに、大砲形態では先ほどの戦斧形態のときよりもエネルギーの充填量、充填速度、エネルギーのロスも少ない。これで大質量のエネルギーを密閉する状態ができる。

 

 

「ッ!? 刻刻帝(ザフキエル)――――― 七の弾(ザイン)

 

 

琴里を取り囲む分身体達から少し離れた貯水槽のある位置にいた本体の狂三がいち早く生存本能で危機を察知して一発の弾丸を歩兵銃を投げ飛ばすような勢いで発射した。この弾丸が琴里が実行しようとしていることよりも先に突き刺さればいいが、慌てて撃ちはなった弾丸が先に動いた琴里よりも先に届くのは難しい。ならば、せめて相打ちでいい。これはそのための弾丸である。

 

 

狂三が銃声を響かせたすぐ後には白い閃光が視界を潰した。そして同時に凄まじい熱に飲み込まれて、後にも先にもこの一瞬だけ記憶に記録されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりに強大な力を持つ精霊の戦いから琴里によって引き離された士道は狂三のいた貯水槽とは逆の位置にある屋外への出入り口で扉越しにこれまでの顛末を傍観するしかなかった。感情の昂ぶりによって一時的に霊力を行使することは出来たが、精霊の天使のように形持った武器は顕現できていない。その上、霊力を使用するだけでも虚脱感を感じるほど体力を消費している。士道自身、戦闘が始まってからは現状琴里に任せるしかない。

 

 

「くそッ!」

 

 

こんな士道が望まない戦いに可愛い妹の琴里に頼るしかないということに罪悪感と無力感はある。自分が分身体の狂三だけでなく、本体の狂三をも説得できいればとも思う。だけど、そんな風に思うだけでは何も変わらない。それが兄である一護から教わったこと。そして、どんな事態でも自分のできないことは他の誰かがその役割を補ってくれるということ、士道が出来ることが浮かび上がらせてその役割を全うすることも教わった。ならば、今士道が出来ることは…

 

 

「もしもし、兄貴――」

 

 

 

―――ドォォォォォォンンン

 

 

一護の携帯に繋がったというところで、耳を劈くような爆音が襲ってくるとともに屋外から強烈な光が視界を眩ませる。

 

 

一体何が起こったのだろうか。こんな異様な事態が起きているのだから決して穏やかではないに違いない。少しして、強烈な光によって眩まされた視界が回復すると校舎の屋上が高熱によりドロドロとなって火炎地獄と言っても差支えの無い状況だった。

 

 

「…ハア…ハア……ハア…ァァァァァ」

 

 

「狂三!?」

 

 

正直いえば、今の狂三の体を直視したくはなかった。左の上半身は霊装ごと跡形もなく消し飛ばされていて、体の半分は炭化していた。それに加えて、全身の至る所の穴からの出血も酷い。これは琴里がやったことなのか?

 

 

「来ないで…ハア…くださいまし…いま…ハア…士道さん…が…来てしまっては…ハア…体が…溶けて…しまいますわ」

 

 

「でも、それだと狂三が」

 

 

「わたくし…なら…問題ない…ですわ…ほら」

 

 

先ほどの爆発で損壊した天使である時計盤のⅣの文字から影が滲み出す。その影が狂三の動きが急に速くなったときと同じように歩兵銃が吸い込み、それを自分自身に向かって引き金を引いた。弾丸が撃ち込まれた瞬間は狂三の体が衝撃で海老反りのような体勢になり士道も泡を食った。しかし、体が倒れゆく途中で動きが止まり、続いてゾンビさながらの動きで元の体勢へと戻った。もうその頃には、失われた体組織が無事に再生していた。

 

 

「体が再生した…のか?」

 

 

「再生とは違いますわね。時を巻き戻して、元の状態にしたといった方が正しいですわ」

 

 

「時を…」

 

 

「まあ、いきなりそんなことを言われてしまったのなら実感が湧かないのかもしれませんわね。さて、せっかく炎の精霊さんをわたくしの力で止めたのですから邪魔をされる前に食べてしまいましょう」

 

 

「!?」

 

 

迂闊だった。士道と琴里の目的は狂三の精霊の力を封印すること。狂三の目的は士道の封印された精霊の力を取り込むこと。前者は力を封印したうえで精霊を生かさなければならないが、後者は生死の状態を問わない。それで、狂三の言葉からして琴里は身動きの取れない状態で生殺与奪は狂三に握られている。今の士道の置かれている状況は最悪だ。

 

 

「狂三…やめてくれ」

 

 

「それはできませんわ。わたくしは何度も食べることが目的だと言っているのですのよ」

 

 

「そうか…お前の気持ちはわかった。なら、琴里は関係ない。食べるなら俺を食え。最初から俺を食べることを決めてるんだろ」

 

 

狂三は士道と琴里を見比べて少しの間思考を張り巡らせた。士道の言う通り、士道―――正確には封印された数体分の精霊の力を食べることが優先目標である。合理的に考えれば、先に身動きの取れない琴里を食べてからほぼ戦闘力のない士道を食べてしまえば安全だ。でも、本当にそれでいいのであろうか。

 

 

「俺は琴里を護れるのだったら構わない」

 

 

先ほどの爆発で未だ高温なはずの地面を悠然と歩く。歩を進める度に靴底から煙が上がって肉が焼ける音もする。普通の人間がこの上を歩くとなれば、それは相当な苦痛を感じるだろう。なのに、士道は歩みを止めない。

 

 

「なぜ、こんなにも他の人のために」

 

 

「簡単だよ。誰も苦しい思いさせたくないからだ」

 

 

こんなにも逡巡もなくあっさりと返された。その道を選ぶということがどんなに過酷な道なのか絶望を知っている者ほどわからないはずがない。その上でもう一度士道に尋ねる。

 

 

「それは、わたくしも助けるという血迷った妄想も含んでいるのでしょうか?」

 

 

「助けるさ。別に今まで狂三がやったことが全部無かったことにしていいというわけじゃないけど、それを償うぐらいのチャンスぐらいあってもいいだろ。かなりの人を殺してきている狂三を助けるっていうから他の人には反感を買うかもしれないけどさ、せめて今までの真相が分かってからでも遅くない」

 

 

士道は全ての罪を許せるほど聖人というわけではない。ただ、この世界の不条理を許せないのだ。全てを犠牲にしてきた狂三のように。

 

 

「わかりましたわ。士道さんを食べる代わりに、あなたの妹さんをたべるのはやめましょう」

 

 

「ありがとう」

 

 

「但し、誰も助けはいりませんわ」

 

 

「そうかい。なら、俺は狂三の中で出来る限りこれ以上誰かを殺さなくてもいいように救ってみせるよ。それに、お前がさっき俺を気遣って近づかせないようにしただろ。少なくともそんな奴が好き好んで人を殺すわけねぇよ」

 

 

「…」

 

 

士道に返事は返さない。狂三は前に進むだけ。士道も前に進むだけ。互いに結んだ条件を果たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!? 狂三、危ないッ」

 

 

狂三は士道に覆いかぶされ強制的に地面に伏せられた。一体何事かと思った瞬間には、視界が極大の紅い閃光に埋め尽くされていた。精霊である狂三がわからないモノ。それはつまり、精霊ではない存在がすぐそこにいるということだ。

 

 

「琴…里…?」

 

 

体を退けた士道に最初に映った光景は、すぐそこに立っていた琴里の上半身が跡形もなく消失していた。最初に目にしたときはそこにいるのが琴里だと思えなかった。だけれども、残った下半身と周囲に飛び散った霊装の破片から、そこにいるのが琴里であると訴えてくる。

 

 

「琴里…琴里ぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

「士道さん!」

 

 

茫然自失となってしまっている士道の首根っこを掴んで何とかその場から飛び退いた。飛び退いた次の瞬間には再びあの紅い閃光が飲み込んだ。そして閃光が通り過ぎた後には、校舎が消滅。よく見まわしてみると、一発目の紅い閃光は屋上だけでなく校庭を横切り、その先の住宅街にまでそこに在ったモノを全て無に還っている。明らかに異常である。

 

 

「ウォォォォォォォォオオオオォォォォ!!」

 

 

叫び声が聞こえたかと思うと、校舎の破壊により舞い上がっていた粉じんがいきなり吹き飛んでそこから現れたの異形である。肌が全て白い硬質的なモノで覆われ顔が2本の黒ずんだ赤の横線が入る。何よりも特徴的なのが、紅い閃光を放った双角とその両腕と融合している双剣。目の前にいる異形はこの世にあるとは思えない生命体で、ソレいるところだけ空気が変質して異空間のように感じられる。

 

 

「…返せよ…返せよ……琴里を返せよぉぉぉぉ!!」

 

 

「落ち着いてくださいまし、士道さん。わたくしと士道さんでは、アレと妹さんをどうしようもできないですわ。ここは一旦離れましょう」

 

 

いきなりの乱入者に自分自身よりも大切な人の命を突然摘み取られて平然といられる人間などそうはいない。特に士道はこれまでの背景から今まで琴里が支えてきていたということもあって、琴里の存在は大きい。

 

 

「離してくれッ! 今、俺が琴里を護らないと絶対に後悔する。だから、行かせてくれ」

 

 

「いけませんわ。士道さんの気持ちは痛いほどわかります。ですけれども、こんなところでみすみす助けられる命を見捨てるわけにはいけませんの」

 

 

「誰にだって必ず命を賭けてでもやらなきゃいけないことがある。それが俺にとっては…今だ」

 

 

「待ってくださいまし、士道さん…ッ!?」

 

 

狂三の制止と拘束を振り切って士道は駆け出す。かけがえのない人をこれ以上壊されないようするために。自分の誇りの妹を踏みにじらせないために。

 

 

「絶対に護るからな、琴里」

 

 

下半身だけが残っている琴里の前に立ち、地面に転がっていた戦斧の灼爛殲鬼(カマエル)を拾い上げる。拾い上げるとはいっても、灼爛殲鬼(カマエル)は鉄塊の外見通りに途轍もない重量で常人の士道が持ち上げることは相当に難しい。よって、柄の部分を地面に預けるような形で持ち上げた。

 

 

「……」

 

 

目の前にいる謎の生命体を睨みつける。対する相手もこちらを見ている。相手は動きを止められていたとはいえ、全くの無傷の精霊を一撃で屠ったような怪物。士道が恐怖を感じない筈などない。極限状態に置かれて足は岩のように重く一歩たりとも動かない。先ほどの紅い閃光も含めて相手の攻撃から琴里を護れるのはたったの一撃。その一撃の間に奇跡が起こらなければならない。その方法は士道にはわからない。もはや、運を天に任せる他にはなかった。

 

 

「グオォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 

ついに、相手が動き出した。その時間は一瞬だったのかもしれない。でも、剣の達人がある領域に達することで相手の動きがゆっくりに見えるように猛烈な速さでこちらに迫ってきているということは感じていた。しかし、それに合わせて体が動くことはなく、ただその運命を受け入れろという風にも士道は思えた。

 

 

どういう心境なのかは分からないが、狂三も危険だと判断してあの怪物に向けて銃弾を撃ち込んでいる。それでも、亜音速程度で進行している鉛玉では届かない。それどころか、全く避けるという動作さえもしていない。

 

 

そして、ついに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ガァァンンン

 

 

金属同士がぶつかる甲高い音はした。士道の持っている戦斧と相手の双腕に融合している双剣と火花を散らしている。なのに、士道の体は吹き飛ばされてはいない。

 

 

「何してんのよ! こ…このバカ兄ッ!!」

 

 

「琴里…琴里だよな…よかったッ!」

 

 

士道が相手の一撃を受け止めきれたのは、不死鳥のように炎が上半身の失われた体組織を再構築して再生した琴里が後ろから支えてくれたからである。もし、士道がその一撃をダイレクトに受けたのなら、体がパーツごとに斬り揃えられていた。

 

 

「さっき言ったでしょ、今の士道は簡単に死んじゃうんだって」

 

 

「ごめん、無茶をした」

 

 

今、頭に結われているリボンは黒。その状態で琴里が涙を流しているのを見るのはこれが初めてだ。自分がしている行動はそんなにも琴里を心配させている。決して褒められる行動などではないのかもしれない。だけど…

 

 

「妹を護るのは、お兄ちゃん以外に誰がいるんだ」

 

 

「…別に怒ってはないわよ……感謝しなきゃいけないのは私の方だし…」

 

 

「ん? 最後の方何て言ったか聞こえなかったけど?」

 

 

「!? 別に何でもないわよ。それよりも、今はこの状況をどうにかしないといけないでしょ」

 

 

「そうだな」

 

 

今まで押し込まれていたところから、反転して攻勢に出る。

 

 

「「うおおおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉ!!」」

 

 

徐々に…徐々にだが、戦斧が双剣を押しかえている。一度絶望のどん底へと叩き落されたのは事実だ。だけど、そんなことがあっても、希望の扉を開くことができる。それを証明することができる。そう思ったときだった。

 

 

「え?」

 

 

今までそこにいた双剣の怪物がいない。そして後ろにいる琴里の間の抜けた声。それは、琴里が怪物に噛まれている(・・・・・・)ことを意味しているのだった。




精霊図鑑ゴールデン


一護「ようやく終わったー」


士道「終わったって、何が?」


一護「これだよ、これ」


士道「ゴッド○―ター2 レ○ジバースト いつの間にか新作出てたんだ。っていうか、兄貴買ってたのか」


一護「まあな。そういう俺も殿町が発売1週間前に教えてくれて、それで買ったんだけどな」


士道「へぇ、そうなんだ。てっきり殿町はギャルゲーしかしないと思ってただけどな」


一護「俺もそう思ってたけど、あいつは流行に乗ってるだけだと思うぜ。…ドン観音寺がこっちに来たらハマりそうだな」


士道「ドン観音寺?」


一護「別に気にしないでくれ。ただの霊媒師だから」


士道「そんな変な名前の霊媒師がいるんだ…」


七罪「一護、私と素材集めにいくわよ」


一護「おう、いいぜ」


七罪「オロチ+99いくわよ」


一護「なん…だと」


士道「それにしても、七罪ってどんなゲームでもやってるよな。一体毎月いくら使ってんだろ?」


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lightning speed phantom closed clock x1

今回も皆様をお待たせしてしまって申し訳ありません。私もリアルの方で大学が始まり、今まで働いていたバイトを辞めて新しいところで働き始めたりでごちゃごちゃしてしまいました。
今回は琴里がどうなってしまうのかに注目です。白い虚は一体なんなのか?それでは、ご覧ください。


「何よ、こいつ」

 

 

一度は消し飛ばしたかと思ったら、今度は噛みつき。この白い怪物の目的がわからない。最初はDEM社が開発した無人型の魔術師(ウィザード)かと思っていたが、それは違う。先ほど真那と二人きりで会っていた琴里にはわかる。

 

 

確かにDEM社は魔術師(ウィザード)の戦闘能力を大幅に向上させるために、脳を開発をして演算能力を高めることで顕現装置(リアライザ)が生み出す奇跡の質が向上する。だが、それは簡単に手に入れる代物ではなく重い代償が必要だ。脳は物事を認識したり計算したり表現するだけではなく、脳の中心の脳幹では命さえもコントロールする。それで、脳を半分近く開発した真那の体は精霊に匹敵するような戦闘能力と引き換えに、1年よりも昔の記憶が喪失し、命を削り、終いにはその命を落とす。そのことを強要されるどころか、真那本人にも通達されていない。

 

 

このような非人道的な計画を推し進めるDEM社が新たに白い怪物を開発しようとすることがあるのかもしれない。それも、一瞬で町を破壊するようなレベルで。しかし、それは不可能である。

 

 

DEM社の技術力はかなり高いが、それでもラタトスクの母体になっている企業のモノと比較してみればまだまだ発展途上だ。そのラタトスクの技術力をもってしても白い怪物は再現できない。顕現装置(リアライザ)は基本的に巨大であり、それが無人の魔術師(ウィザード)を作るとなると一定の演算処理能力を確保するためにも有人よりもさらに大きくなってしまう。ラタトスクが開発できないものをDEM社が開発できる可能性はほぼ皆無だ。

 

 

「このッ…琴里から離れろ!」

 

 

「止めなさい、士道。私なら大丈夫」

 

 

「でも…」

 

 

「いくら士道が頑張ったって、精霊をも簡単に屠れる怪物を相手に太刀打ちできるわけないでしょ。むしろ、私にとってこの状態の方がこいつを相手にするのに都合がいいのよ」

 

 

士道が白い怪物を琴里から引きはがそうとしている士道を噛まれているのと反対側の手で制する。それに次いで、噛まれている方の手に持っている戦斧を可変させる。

 

 

「散々あなたにはやられっぱなしだけれど、いつまでもやられっぱなしだと思わないでよ」

 

 

可変した天使は再度大砲となる。反撃の業火は砲門に収束し、零距離で白い怪物に押し当てる。全力の一撃を以て目の前の相手を粉砕する。一切の残滓さえ残らぬように。

 

 

「アアアァァァァァ…アアアアァァァァ!?」

 

 

そのときだった。今まで有利な立場にあった白い怪物が突然体をよろめかせ喘ぎ声を漏らしている。まだ、琴里に士道、狂三もまた何もしていない。一体全体白い怪物がそのようなことになっているのかわからないが、これは好機である。

 

 

「灰になって消し飛びなさい」

 

 

まるで白い怪物が放っていた虚閃(砲撃)のような業炎の柱。その温度は鉄を溶かすレベルでは留まらない。一瞬で蒸発するような超高温になっており、それを示すように炎の色が白みがかっている。その業炎に飲み込まれてしまえば、どのような生命体でも骨さえも残らないだろう。

 

 

「ガアアアァァァァアァァァアアアァァァァァァ!?」

 

 

業炎に飲み込まれ、戦斧の刃でさえ無傷で耐えきれそうな白い硬質的な肌が徐々に溶けていく。それでも、まだ意識はある。これだけの業炎に焼かれながらも生きているということに琴里は驚愕しながらも、確実に相手の生命を削っているのは確かであると確認する。それならば、全ての霊力を費やしてでも焼き倒す。

 

 

 

「もう少し耐えなさい灼爛殲鬼(カマエル)…必ずおにいちゃんだけは…お願い、力を貸して!」

 

 

業炎の柱がまた一段と太くなる。霊力の出し惜しみなどはしない。全力でいかなければ白い怪物は再び動き出し、大切な人、大切な場所を蹂躙してしまう。絶対にそんなことはさせない。その思いが炎の温度を指数関数的に上昇させていき、ついに熱運動による水分子の衝突で周囲にプラズマを発生させるところまで至った。

 

 

「ウォォォ…オォォォ…オォォッ!?」

 

 

明らかに誰の目から見ても確実に追い詰めているはずなのに嫌な予感がする。白い怪物が本当に世界を壊させるために開発されたのなら、態々精霊のいる天宮市、そしてこの場に降り立つ必要なんかない。そうした方が、自分が討伐される可能性が低いし、街中に放った方が余計に混乱を招くことができる。確かに白い怪物には理性らしきものもなく本能で動いているのかもしれない。だけれども、見たこともない精霊ではない白い怪物が降り立った場所が偶然精霊がいる町で、尚且つ精霊が現界しているときにやってきたというのはどうも偶然にしては出来過ぎている。この白い怪物は世界の蹂躙ではなく何か別の目的のために送られてきたのではないかと考えた方が自然のように思える。

 

 

「オオオォォォォォォォォ!!」

 

 

「これだけのことをやっても、まだ動けるっていうの……それよりも、体が膨らんでいる?」

 

 

業炎で焼かれた白い怪物の体は溶けて、黒く焦げて、膨らんでいる。その状況の中で動けるといってもほぼ死に近い状態だ。でも、体が膨張しているということに気になってしまった。普通、体の大部分が水分で出来ている生命体にとって体内から水分が蒸発でもしない限り体が膨張なんてすることなんてない。だというのに、白い怪物の体が膨張し続けている。

 

 

先述した通り、今日の人類が持つ最高且つ秘匿技術の顕現装置(リアライザ)でさえ白い怪物を再現することはできない。人工物ではない以上、生命体だと判断するしかない。これに加えて、生命体ではありえないような膨張している。もしかして、この膨張とこれまでの行動が何か一つの目的に繋がっているのではないか。そのような思案をしていた琴里はあることに気づいた。

 

 

「体が罅割れてる……ッ! おにいちゃん、伏s」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ドオオオオオオォォォォォォォォォォォォォンンンンンンンンンンンン

 

 

罅割れから黒い光が漏れだしていると気づいた時にはもう遅い。もうその次の瞬間には、先刻琴里が狂三と対峙していたときに巻き起こした爆発よりもさらに数段大きな爆発が起きてしまった。それは琴里のプラズマを発生させる程の業炎をいとも簡単に相殺し、それだけでは収まらず校舎の屋上の地面を崩壊させた…のではなく、原子単位から消失させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛たたた…今のは何だったんだ? それよりも、琴里と狂三だ」

 

 

あまりに現実離れした状況で発狂するというよりも逆に冷静に士道は落ち着けていた。先ほど繰り広げられていた精霊の範囲から逸脱した出来事を受け入れるよりも先に2人の安否の方が先に頭をよぎる。

 

 

爆発により吹き飛ばされ壁に打ちつけられて意識を失っていたみたいだが、目の前に未だ土埃が舞っていることから気を失ってからそう時間が経たずに意識を取り戻せたみたいだ。最も土埃のせいで見えている範囲が狭まり発見を困難にさせているのだが。そんな中、ここで一陣の風が吹く。

 

 

「ッ! 琴里ッ!」

 

 

風が吹かれて大砲型の天使の灼爛殲鬼(カマエル)とそれを握っている腕を見つけた。そこへ駆け寄ってみると、いつもとは違う羽衣の霊装を纏っているけれども、やはりいつもと変わらぬ士道が見知った姿の琴里が五体満足で眠っていた。

 

 

「おい、琴里起きろ。ここで眠ってたら風邪を引くだろ」

 

 

体を揺すりながら声を掛けても起きない。そのため今度は強めに揺すってみたが、それでも起きない。まさかとは思いつつ、顔を琴里の顔に近づけてみた。だが、その心配は杞憂に済み、ちゃんと息はしていた。あれだけ大規模な爆発だ、狂三の方も心配である。かといって、琴里をこのままにしておくことも心配である。

 

 

「しょうがない…」

 

 

士道は琴里の肩と膝裏のところに腕を回して抱え上げた。そうやって抱え上げれば自然と密着する形になるわけで…

 

 

(琴里…いつもは家でも一杯はしゃいで、中学の友達と一緒に遊んでいたりずっと妹って思ってたけど…身長も大きくなって、それにこんな顔も出来るなんて…って、俺は何を考えてんだよ、こんなときに!)

 

 

こんなにも近くで琴里の顔を見るのは久しぶりだ。ずっと子供だと思っていたら、さっきの闘っていた後ろ姿に逞しさもあったりで、この年で妹だけれどもまるで娘を持つ保護者の気持ちを体感することになろうとは。

 

 

「…」

 

 

でも、まだお兄ちゃんを止めるわけにはいかない。それは、料理も洗濯も家事が出来ないのに琴里を放っておくことはできないからだ。それに、琴里がまだ小学生の中学年の頃は父親と母親は家にいないし、士道自身や一護は中学生で部活に強制的に遅くまで家に居なかったので寂しい思いさせてきた。だから、これからは琴里にそんな思いさせたくはない。

 

 

―――ドッ

 

 

「?」

 

 

―――ドッドッドッドッドッドッ

 

 

「どうした、琴里!?」

 

 

今まで腕の中で静かに眠っていた琴里が何かを拒むように体を震わせている。明らかに痙攣の症状が出ている。これまでずっと健康体の琴里がいきなりこんな症状が出るなんて可笑しすぎる。これまでのことを勘案して、琴里にこんな思いをさせている元凶は1つしか思い当らなかった。

 

 

「ガッ……ガァァァァァアアアァァァアアアァァァァァ」

 

 

琴里の様態に更なる変化が現れる。それは、琴里の瞳と口から黒い粘性の液体が溢れ出て顔を覆い始めた。その正体は何なのかは士道には分からないが、そこにいるだけでそれに触れてはいけないという警告が体中から発せられて士道という存在ごと喰らい尽くされそうである。だが、このまま妹の苦しむ姿なんて見たくない。だから、覚悟を決めて顔に貼りついている黒い液体を払い除けようとした。

 

 

「ッ!? 何だ…うっ」

 

 

触れた瞬間―――妬み、恨み、執念、無念、邪念、強欲、殺意―――幾百の負の感情が士道を喰らい、抱えていた腕から力が抜け落ち、それが全身にまで広がり体を埋めて、それを拒否するように体内にあったものが全て口から出ていった。

 

 

地面に叩きつけられた琴里の体は先ほどまで静かに眠っていたとは思えないぐらいに俊敏な動きで起き上がった。その動きは人間のようなものではなく、物事を本能で判断している獣。それを象徴するかのように、顔を覆っている黒い液体は白い怪物のように硬質的な仮面を形成し、爪も鉤爪のように長い。どんどん琴里かけ離れていく。

 

 

このままにしてはいけない。このままにしたら確実に琴里がいなくなってしまう。その思いだけで立ち上がる。

 

 

「琴里…絶対にいk…ガッ…ハッ」

 

 

一瞬だけ全てが止まった。呼吸も脳も心臓も。その次の瞬間には、口からドバドバとドロドロとした液体が出てくる。もう激痛でほとんどの感覚が失われているが、背中に何となく固い感触があることから士道はコンマ一秒よりも更に小さな世界で壁に投げつけられたということなのであろう。

 

 

「アアアァァァァァァァァアアアァァァァ!!」

 

 

「ウッ…ウアアアァァァアア…アアア」

 

 

その場から掻き消えたかと思えば、士道の首を掴まれ体ごと持ち上げられた。どうにかして琴里を元の状態に戻さなければならないというのに、このままでは琴里を取り戻す前に天に召されてしまう。だが、黒い何かに呑まれている琴里はこのままでは終わらない。

 

 

「琴…里…嘘…だろ」

 

 

先ほどまで琴里が倒れていたところに放置してあった灼爛殲鬼(カマエル)が消滅した。その代わりとして灼爛殲鬼(カマエル)は琴里のその手に顕現する。大砲の形態になっているソレは砲門を士道に向けて確実に殺しにきている。もう黒い何かに呑まれた琴里は誰が味方なのか敵なのかの判別は意味はない。ただ、本能で己の障害となるか否かで殲滅をする獣に成り下がっていた。

 

 

「琴…里…」

 

 

校舎の屋上を焦熱の地と化した大砲に再び炎が灯る。いや、それだけではない。破壊の権化たる白い怪物があらゆるモノを塵とさせた紅の光線もが砲門内で生じ、2つは混じり合わさる。もし、これが砲門から解放されてしまえば先の2つの砲撃以上の威力を持つことは確実だ。そうすれば、この天宮市や、もしくはそれ以上の範囲で尋常ならざる被害がもたらされるだろう。

 

 

それでも、士道は信じている。琴里は強くて心優しい子である。士道を喰らおうしている炎がおぼろげな過去を伝えてくれる。炎の海の中で泣いていたあの日から士道を護るために、滅茶苦茶な力と向かい合って抑えてきた、そして士道が危機に陥った今、力の封印を解いて護ろうとした。その大きなモノを抱えている少女がこの程度で負けるはずがない。

 

 

「俺は…信じ…てる…琴里…が…必ず…戻って…くる…の…を…」

 

 

その言葉とは裏腹に砲門にエネルギーが急速に蓄えられている。そして間もなく、それは灼爛殲鬼(カマエル)の砲門に罅が入るほどの臨界状態となる。普通に考えれば、希望も何もないクソみたいな状況だけれども、士道は黒い何かと琴里が最後の最後まで戦っていることが解っていた。弱々しくとも、灼爛殲鬼(カマエル)を持つ手とは反対の手で腕を抑えようとしているというのが何よりの証明だ。

 

 

「俺が…知らない…間に…強くなった…琴里…なら…できるはず…だ……もし…これが…終わったら…琴里…が…大好き…な…ハンバーグ…でも…何でも…作るから…もう一度…おにいちゃん…に…その…かわいい…顔を…見せてくれ」

 

 

残されている最後の力を振り絞って手で琴里の顔に触れる。再度凄まじい負の感情が襲ってくるが、今度は背けない。どんな絶望の中でも護らなくてはいけない人がそこにいるから。溢れゆく紅の光と共に、そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ズズズズズズズズズズズズッ

 

 

「俺たちの世界の事情を勝手に持ち込んだ上に、士道と琴里にこんな苦しい思いをさせて…ごめん」

 

 

業火に焼かれる覚悟を持った士道を救ったのは3人。ウルキオラ、スターク、そして一護。絶大の砲撃を完全に抑え込んだからか、左手は焼けただれていた。そして、暴れる琴里を抑えるために3本の刀が首を固定している。

 

 

「兄貴…どういう意味なんだ?」

 

 

「説明している暇はない。わかっている(・・・・・・)だろ、一護。お前の妹が喰われる前に剥がしてやれ」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

「それだけじゃないぜ。面倒なことに、さっきまで随分と暴れてくれたおかげで色々と余計なモノが入ってきたみたいだからな。手短に頼むぜ」

 

 

スタークが示している通り常識ではあり得ないことが起こった。それは今まで連続していた空が裂け、中から先ほどの白い怪物とは逆に巨大な仮面を被った黒い異形―――ギリアンがその顔を覗かせる。

 

 

「どうせ、あれだけで終わりってことはないだろ。アジューカスに近いぐらいの霊圧が撒き散らせやがったらな」

 

 

空間の裂け目はさらに広がり、ギリアンの体の全体が露わになる。更に、その背後にはそのギリアンの姿らしき影が複数見受けられた。それに加えて、そのギリアン達の間から小型と中型の(ホロウ)まで溢れ出ている。

 

 

「俺とスタークは塵どもの掃除をしてこよう」

 

 

「頼んだ。俺は琴里と狂三を何とかしねぇとな」

 

 

「まあ、そっちはあんたの領分だからな。俺も偶にはその手伝いをさせてもらうぜ」

 

 

ウルキオラとスタークは地面に突き刺した刀を抜いて、予備動作なしで猛烈な速度飛んで行った。解放されて少し経って意識もはっきりしてきた士道は多数に無勢だと思うのだが、一護にしてみればあの2人ならば全く問題ないであろう。むしろ問題として重いのはこちらの方だ。

 

 

(琴里が虚化(ホロウか)…そして破壊された学校周辺…精霊同士のぶつかり合いでもこうはなるかもしれねぇが、ここに蟠っている霊圧が精霊たちと違ぇ。むしろ、(ホロウ)と死神もそれと似ている…ここで何が起きたのか気になるところだけど、今はそんな時間はねぇ)

 

 

「一体何なんだよ、これ…琴里の仮面だったり、あのでかい怪物だったり、そんでもって人間と同じぐらいの大きさの白い怪物が出てきたり、もう訳がわかんねえ」

 

 

一護が現れた途端に緊張の糸が切れたのか、先ほどまで連続して起こっていた日常を超越した出来事に対する疑問が湧き出す。明らかに精霊の類などではないし、琴里が白い怪物について知らないということが何よりもの証拠だ。

 

 

「そうだな…あんまり説明してる暇はねえけど…今琴里が被ってる仮面っていうのが、前に話した(ホロウ)っていうやつだ」

 

 

(ホロウ)…ということは、琴里は悪霊に憑りつかれているということ…なのか?」

 

 

「ざっくりいえば、そういうことになるな」

 

 

「悪霊なんてどうすればいいんだよ…実体もないし、原因だと思う仮面も外れないし」

 

 

「だから、俺がここに残ったんだ。こんなことを招いちまった俺が取るべき責任だ」

 

 

一護も今の琴里と同じような症状に何度も悩まされてきた。その原因は(ホロウ)であり、一護は精神世界でその(ホロウ)との内在闘争を勝ち抜き、力を御してきた。それが一護の死神の力のルーツになっているということも今は昔の記憶となっている。

 

 

(くっ…お前の気持ちは分かる。でも、お願いだ。琴里を許してくれ。お前が俺の中から見てきた通り、琴里は俺の大切な妹だ。だから、俺に琴里を殺させないでくれ)

 

 

実は、一護がこの場にいる琴里を見たときから、体が自分の思う通り動かせないでいたのだ。それは、死神の力の根源たる内なる(ホロウ)の逆鱗に触れる存在が琴里、厳密には憑りついている(ホロウ)がここにいるから。そのことがどうしても許せない。それでも、内なる(ホロウ)を御している一護はその気持ちを汲みながら仮面に手を掛けて語る。

 

 

「こんな苦しい思いをさせたくなかったのに、俺がしっかり護れなくてごめん。きっと、そいつは琴里にこれから何度も襲い掛かるのかもしれない。琴里の存在を喰らい尽くすのかもしれない。だけど、琴里の中にいるそいつはある意味じゃ被害者なんだ。難しいことを言ってるのはわかってるけど、中にいるそいつから逃げずに向かい合ってほしい。いつかそいつと分かりあえたのなら、きっと琴里の力になってくれるはずだから」

 

 

仮面を一気に引き剥がす。地面に抑えつけられてから幾度も絶え間なく悲痛な叫び声が続いていたが、仮面を剥がされた時の叫び声は今まで以上のモノで、それは正に断末魔の声と評するのに十分だった。

 

 

「…」

 

 

ぐったりと力なく眠っている琴里。おそらく、狂三との戦闘と白い怪物との外と内の闘争を連続で行ってきたからであろう。そのせいで、身に纏っていた霊装が解除される程まで霊圧が弱々しくなっている。それでも、失われた霊力を取り戻すかのように新たに霊力を生成し始めている。

 

 

「もう大丈夫なのか? 兄貴」

 

 

「ああ、今は安定してる。それと来るのが遅くなっちまって、すまねぇ。俺がもっと早く来てりゃ…」

 

 

「いや、そんなことはないよ。俺だけじゃ何もできなかったし、もし兄貴がいなかったらもうとっくに肉体的にも精神的にも打ちのめされてたかもしれない。それに、妹のピンチなのに兄貴が来ないわけないだろ」

 

 

「確かにそうだな」

 

 

これは一護の兄としての責務を果たしたに過ぎない。これは当然である。だが、世間一般ではその責務が出来ない人は多くいる。一護や士道のように命を賭けられる人は本当は尊い。だけど、まだ一護にはやるべきことがある。

 

 

「琴里は任せた。それといろいろと俺に聞きたいことが…「ないよ」」

 

 

まさか、士道から否定の言葉が出るとは。精霊という存在の範疇から外れるような存在が現れたというのに、これには一護は戸惑った。

 

 

「もちろん、あの白い怪物が(ホロウ)っていう存在以上に何かあって、それを知りたくないっていったら嘘になる。けど、今はそんなことはどうでもいいんだ。それよりも、あの駄々っ子を救ってほしい。俺の力だけじゃ足りないんだ。多分、兄貴じゃなきゃ抱えている絶望を打ち砕けないと思う。だから、早く狂三のところに行ってやってくれ」

 

 

「…一端の言葉を言うじゃねえかよ」

 

 

いつの間にか士道がこんなにも成長していたということに感慨を受けた。いつまでも弟の士道だと思っていたら、昔の自分を追い抜いていた。成長が嬉しいと同時に、一種の寂しさも感じる。まだ懐古趣味に入り浸る年ではないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょっと」

 

 

「あら一護さん、こちらにいらっしゃたんですのね」

 

 

何事も無さそうに振る舞う狂三。だが、彼女が士道と琴里と相対してこの場にいたのならば、琴里の内側にいる存在について見ているはずだ。もし、一護の精神に棲む力と琴里の内側に眠るモノが同種なら、到底精霊の手でどうにかなるような存在ではない。先刻まで繰り広げられていた蹂躙の恐怖を無理やり抑えているのかもしれない。

 

 

「ケガしてねぇか?」

 

 

「まあ! こんなわたくしにそんな言葉を掛けて頂くなんて光栄ですわ」

 

 

「その様子だと大きなケガとかは無いみたいだな」

 

 

「ええ、わたくしならば問題ないですわ。それよりもご自分の心配をした方がよろしくて」

 

 

「!」

 

 

一護の体を支えてきた地面が一気に沈みゆく。下を見ると影と何本もの白い腕。これは封じ込められた霊力を取り込もうとして士道を捕らえようとしたものと同じ影。一度完全に飲み込まれたのなら、ブラックホールの如く霊力と生命の時間を吸い尽くされるまで外へは脱出できない。永遠の死を表す影から一護の体を絡め取るその白い手は冥府へと誘われる者のに対しての手向けなのかもしれない。

 

 

「わたくしがここに来た目的は、一護さんと士道さんを食べるためですわ」

 

 

「…」

 

 

「本当に多くの精霊の力を溜めこんだ士道さんの霊力もそれを軽く超えている一護さんの見たこともない莫大な霊力も美味しそうですわ。それこそ喉から手が出そうなぐらいまでに。ついに、それを手に入れられますわっ!」

 

 

「そうかよ」

 

 

「!?」

 

 

一護の体をずっと引きずり込んでいた影が突如として爆散した。狂三の展開する影は確かにそこまでは強度は高くないが、それでも真那が使用しているCR-ユニット程度の攻撃ぐらいでは壊すことはできない。それなのに、一護は何もしていないにも関わらず跡形もなく消し飛ばされた。精霊とは隔絶した霊力をもつ一護と戦闘となれば厳しい戦いになるとは覚悟はしていたが、まさかここまで力の差があるとは思わなかった。しかし、狂三はここで退くことはしない。

 

 

「…今のは、何をしたんですの?」

 

 

「別に難しいことはしてねぇよ。ただ単純に俺の霊圧を狂三の影にぶつけただけだ」

 

 

霊圧という言葉をここで狂三は初めて知ったが、字面から考えて、霊力を力という形に押し固めて変換したモノだと予想する。元々が実体のないもので、このような芸当ができるということから厳重警戒すべき相手から規格外という認識へランクアップさせた。

 

 

「俺や士道に琴里の霊力を狙うからには何かしらしたいことが狂三にあると思う。けど、俺にも護らないといけない奴らがいる。今、この世界にいる人たちを失っちまったら、そこで悲しむ人たちがいる。ここで俺が倒れたら俺の背負ってるもの全てが無くなっちまうから、ここでお前の前に俺が立つんだよッ!」

 

 

「いいですわね、その覚悟。ならば、わたくしが一護さんの抱えているモノすべてを喰らい尽くしますわ」

 

 

その言葉を聞いても、一護の思いは決して揺るがない。もうこれ以上失うものなどない狂三は格上の一護を乗り越えることにより最果てのゴールへと限りなく近づく。それ故に、その手に長短二丁の歩兵銃を握る。

 

 

「俺は狂三を斬らない」

 

 

「それはどういうことですの?」

 

 

「言葉の通りだ。いくら護るべきモノがあるって、その代わりに誰かを犠牲にしていいっていうわけじゃねぇよ。誰かを失えば、その悲しみは失った人だけのものじゃないんだ。俺はそういう奴らを嫌って言うほど見てきた。ここに住んでいる人たちにはそんな思いをさせたくないんだ。だから、俺は狂三を斬らないし、苦しい思いをしてるんだったら助ける。命を落としそうになっているんだったら、俺が護る」

 

 

「一護さんも士道さんと同じことを言うなんて、全くもって余計なお世話ですわ」

 

 

「全力で来いよ。俺がお前の全てを受け止めてやる」

 

 

精霊とは遥か違う高みにいる最強の死神代行と幾銭もの自分を持つ最悪の精霊の戦いの火蓋は切って落とされた。




デート・ア・大百科


ギン「みんな、お久しゅう。ボクのこと覚えてるかな?」


一護「覚えてるも何も、あんたもう死んでるだろ」


ギン「確かに原作だとそうやけども、ここはメタ空間やから生きていても死んでいても関係ないんや」


一護「言ってることが全くわかんねぇ…」


ギン「きみはわかんなくていいんや。そんなことよりも、今日はプリンセスの十香ちゃんのお話や」


一護「ってか、さっきまで何もなかった空間に液晶がいきなりあるんだ!?」


ギン「それは、ここがご都合主義で成り立ってるみたいやしなぁ。ここに液晶があっても読者に伝わらんから意味がないんやけどな」


一護「???」


ギン「それはそれとして、続きいくで。十香ちゃんの霊装は神威霊装・十番(アドナイ・メレク)で天使は鏖殺公(サンダルフォン)。ただの剣圧だけでも建物を真っ二つにできる威力を持ってるみたいや」


一護「ただの人間がそこにいたら、本当に危ないからな」


ギン「といっても、きみはそれを素手で受け止めてたみたいやけど」


一護「俺のことはいいから…なんか恥ずかしい…」


ギン「ほんなら、続きいくで。その鏖殺公(サンダルフォン)の必殺技が玉座を剣のエネルギーとして合体したモノをそのまま振り下ろすという最後の剣(ハルヴァンへレブ)。その威力は大地を真っ二つにできるほどや。ボクやったら、受け止めるのは難しいかもね」


一護「嘘言え。俺の月牙でも大したダメージ受けてなかっただろうが」


ギン「買い被りすぎや。なぁ、十香ちゃん」


十香「う、うむ。そうだぞ。決してギンのなでなでが気持ちいいからではないぞ」


一護「完全に手懐けられてるんじゃねぇかよ!?」


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lightning speed phantom closed clock x2-x5--x10

約半年も放置してしまい申し訳ありませんでしたorz
来年春から就活生なのもので、最近は就活の準備や公務員試験の講座を受けていたもので時間が中々取ることが出来ず、こうなってしまった次第です。恐らく次回の更新もかなり遅れるかもしれないです。更新速度がかなり遅い今作品ですが、これからもお願いします。


「全力で来いよ。俺がお前の全てを受け止めてやる」

 

 

「それならば、お言葉に甘えさせてもらいますわ」

 

 

ついさっき、一護を飲み込まんとしていた影が今度は狂三の周辺に生じさせた。先ほどと同じように白い腕が伸びる。ここまではさっきと同じだ。だが今回はその白い腕が伸びている本数が全然違った。狂三を取り囲むように伸びている腕は数百は下らない。

 

 

「すげぇ数だな。小っちゃい町の人口ぐらいはあるんじゃねぇか」

 

 

「これでもまだ一部ですわ。これだけの人数を相手にするのは一護さんでも厳しくて?」

 

 

「さ、どうだろうな。でも、狂三が本気っていうのは伝わって来たぜ。確かに厳しくなるかもしれないけど、どんなことになろうがこれは俺が勝たなきゃいけない戦いだ」

 

 

「その言い方には気が障りますけれども、一護さんがわたくしを救ってみせると妄言をおっしゃる限り…」

 

 

 

最後まで言葉を言い終える前に視界からその姿を消した。その直後に最初に生み出した影から数多の分身体が現界する。視界を覆い尽くす同じ表情・出立ちの狂三の群れ。これが最悪の精霊といわれる狂三の真の姿。

 

 

「こいつらが狂三の背負っている思いの数か」

 

 

今まで背中で事の顛末を見守っていた自分の現身をその手で握った。いつもと同じように戦いに覚悟を決めると、一護の纏う空気と霊圧が一気に鋭いものとなる。刀を抜くというそれだけの動作だけで目の前で相対している数の上では有利な狂三の分身体たちは顔を強張らせる。まるで、底の見えない沼のように自らが相手に取り込まれるような感覚。絶対に一護のひとつひとつの動きを見逃がしてはならない。それだけで、勝負が決まってしまう。

 

 

「ふぅ…いくぜ」

 

 

「ッ!」

 

 

一護が予備動作なしで先に狂三の集団へと飛び込んだ。それとタイムラグがほとんどなしでその場から飛び退く。分身体たちには一護とは真正面から戦ってはいけないということは重々と承知はしていたが、それ以上に非常に嫌な感じというような直感のレベルで飛び退くという判断を下した。

 

 

ドォォォォォオオオンンンンンンン

 

 

「こんなッ!」

 

 

狂三の嫌な直感と言うのは的中していた。一護が振り下ろした一振りの斬撃だけで剣気が空気を斬り裂いた。ほぼタイムラグなしで飛び退いたというのに数人の分身体が巻き込まれ跡形もなく消滅した。正直なところ、あの白い怪物が現れた時点で退いた方が良かったのかもしれない。そこまでの間でも相当数の分身体を消費させてしまったし、万全な状態ではないのに戦いになぜ臨んでしまったのか。

 

 

「まだだぜ」

 

 

刃を翻して振り下ろした刀を今度は上空に向けて振り上げる。上空へ一閃が駆けて、天球に逃れていた狂三の分身体を薙いでいく。一閃の軌跡は天空の彼方へと向かっていき、厚い雲を散り散りにした。

 

 

(上空に展開していたわたくしたちをこんなにもあっさりと…しかし、まだ勝機はありますわ)

 

 

一気に片を付けようとして大振りで刀を振った故に、一護の重心は後ろ傾いてすぐには動けない。これは決定的なチャンス。この機を逃してしまえばチャンスはもう巡ってこないのかもしれない。ここで狂三は自分自身が飛び出していくことに決めた。上空で分身体として紛れていた中から一護の背後とるために一気に加速する。

 

 

「!」

 

 

(もう、わたくしに気づいたんですの!? ですけれども、今気づいたところでもう遅いですわ)

 

 

一護が狂三の接近に気づいた頃には、もう既に撃てばほぼ必中の距離までに差し迫っている。隔絶した戦闘能力を持っていたとしてもこの距離なら物理的に回避不能。自らの力の糧にするために、早なる鼓動の中で引鉄を引く。

 

 

それに従って炸裂音と共に時の魔力に包まれている銃弾が発射される。銃弾の名は七の弾(ザイン)。どのような相手でも時間を止めてしまえば無意味。正面からぶつかれば勝ち目のない相手でさえも打ち倒せる。その弾丸が一護の吸い込まれていく…はずだった。

 

 

「!? 消えたッ?」

 

 

弾丸がもう少しで触れるというところで目の前で在った一護が掻き消えた。突然のことに頭で理解できないことで一杯になるが、今はそのことで混乱するときではない。とにかく、一旦体勢を整えなければ。

 

 

ドオッ

 

 

背後から途轍もない風圧が背中を打ちつける。振り向かなくとも分かる。この圧倒的な圧力と存在感、紛れもなく一瞬前まで目の前にいた彼。そして、ギラリと鈍く輝く光。確実に刀を振り上げられている。刃を振り下ろされれば終わりだ。

 

 

(…こんなところで倒れるわけには…いきませんわッ!)

 

 

「わたくしたちッ!」

 

 

背後を晒している本体の狂三を庇うように十数人の分身体が飛び出る。それと間もなく刃は振り下ろされ剣圧で分身体ごと吹き飛ばされた。さらに、分身体の壁だけでは剣圧を相殺するには足りなかったらしく、体が強制的に回転させらてしまった。

 

 

「ぐっ」

 

 

体が回転している最中、空中に漂っている分身体のボロボロとなった霊装の合間から一護が自分に迫っていることは確認できた。かなり体勢が悪いが、間近で刀を振るわれてまだ生きているほうが奇跡である。この生き永らえた奇跡を再度弾丸に込めて撃ち放つ。

 

 

弾丸はしっかりと一護を捉えている。さらに、弾丸と一護は真正面から相対しており相対速度が尋常ならざる速度である。不安定の体勢から攻撃に転じたということもあり虚を突かれた。これらの要素が重なり合い、一護は弾丸を回避するという手段ではなく防御(・・)するという手段を取らざるを得なかった。

 

 

そして銃弾を真っ二つに切断した瞬間、一護は完全に動きを止めてこの世の摂理から外れた存在となった。

 

 

「ぐっ…何とか止められましたわね」

 

 

地面に打ち付けられて体を1回転したところで吹き飛ばされた勢いをようやく止めることができた。空中にとどまっている一護を見て、頬の口角を上げた。ついに、一護を食べることが出来る。そのせいか、これまでと比較にならないほどの興奮を感じている。だけれども、この興奮には本当にそれだけなのかと不思議に思う冷静に分析する自分もいる。確かに膨大な量の霊力を蓄えている一護を喰らうということは存在をしってからずっと望んでいた。しかし、それ以上に一護を打ち倒すことでこの世界に弾圧されたずっと昔に忘れた何かを達成できようとしている自分という存在で証明されたのか、食べるということ以上にとにかく感覚的に気分が高揚している。

 

 

「きひひひひひひっ、。これでわたくしの念願を叶えることをできますわ! さぁ、わたくしたち、この悲願に立ち会ってくださいまし」

 

 

本体の狂三の呼びかけに答えて、空中に漂っている一護を囲んで並び立った。そして、一護の周囲を囲んだ狂三たちが一斉に歩兵銃を一護に向ける。AST又は通常の精霊ならば蜂の巣することができる。だが、一護を相手にするにはこれぐらいやらなければ足りない。

 

 

「これはわたくしの終わりであり、新たなる始まりですわ」

 

 

全員が引き金に指を当てて、そして一気に引き絞る。それで、弾丸が発射されて命を刈り取る筈であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなもんで、終わってたまるかよ」

 

 

「「「!?」」」

 

 

(まさか…七の弾(ザイン)の効果が効いていないのですのッ!?)

 

 

狂三は確実に七の弾(ザイン)を自分の時間を込めて撃った。その効果で、さっきまでは一護の動きは完全に止められていた。だから、今もその効果は続いていなければ可笑しい。それなのに、一護はこうして狂三の時間の拘束が無いかのように振舞ってみせる。

 

 

「さっき、言ったろ。お前を救ってみせるって。だから、狂三に時間を止められようが、ここで倒れるわけにはいかねぇんだ」

 

 

「なんで、そんなにもわたくしを…」

 

 

「なら逆に聞くけど、こんな不利な状況で何で一度もこの場から離れようとする素振りを見せないんだ?」

 

 

「それは…」

 

 

すぐに言葉を返すことが出来ず、口ごもる。一護の指摘通りこの場から離脱するという選択肢はあり、一の弾(アレフ)を使えばそうできたのかもしれない。そんなことは、狂三自身がよくわかっている。

 

 

「お前の抱えているモノを俺にも分けてくれねぇか」

 

 

「だから、結構「お前自身、一人でどうにかしようということに限界を感じてるんじゃないか」」

 

 

これまで一護は何度か精霊と会話し時には刃を交えたことがあった。それは対話をするのに必要なことであり、一度も相手に刃を向けるということに罪悪感を感じたことはない。それは、今回も一緒だ。

 

 

死神と刃を交わせば、その死神が思っていることがわかる。精霊と相対すれば何を望んでいるのかがわかる。そして、その思いが凝縮されている存在が何かというのかを。

 

 

「俺と士道に出会う前の十香はこの世界に放り出されて訳も分からない状態で理不尽な暴力にさらされた。この世界の人間に否定され続けて心は荒んでいっただろうな。けど、その苦しんでいる中でもきっと否定され続けてきた世界を打ち砕く存在を願ったのかもしれない。だから、そんな下らない世界を壊す願いの剣を手に入れた」

 

 

「一護さん、一体何を…」

 

 

狂三には一護が何を言わんとしているのか、まだわからない。けれども、一護はそのまま続ける。

 

 

「四糸乃は誰かが傷つくことが嫌いだ。それは、自分自身に暴力を振るわれる以上に誰かが苦しんでいる人がいたら、そいつら以上に心を痛めてる。自分の精霊の力がとても強大で弱い自分で抑えられることができなかったから、憧れの存在のよしのんと誰も傷つかないように氷の盾を望んだ」

 

 

 

少し間を空けて、狂三から顔を逸らして下の方に視線を向けた。校舎から出た琴里を抱えた士道が走っている姿を見かけた。ほとんどの人が地下シェルターに避難している今なら、すぐにフラクシナスが回収してくれるだろう。そして一護は校庭に向けた視線を狂三に戻した。

 

 

「そして、さっきまで狂三が戦ってた琴里。5年前から、好きな士道に心配を掛けたくなくて、士道の前だけでも強い自分でいたかった。そのための力、炎を手に入れた。だけど、その炎が原因で士道を傷つけちまった。それが、琴里にとって他の出来事が下らないと思えるぐらいショックを受けてたな。だから、強い炎の力を手に入れた同時に士道を治すための再生の力も手に入れた」

 

 

「その話が…わたくしとどう関係があるんですの?」

 

 

「分からねぇか…狂三の時間を操る力っていうのは、過去に遡ることも出来るんだろ。なら、過去に何か取り返しの出来ないことが起きて、それをなかったことにしようとしてんじゃないのか」

 

 

「ッ!?」

 

 

「だから、時間というもの、世界と言うものに裏切られ続けて誰も信用出来なくなっちまったんじゃないのか?」

 

 

「それなら…一護さん、あなたはこの逆らいようが無い世界に抗うことが出来ますのッ!?」

 

 

 

「出来るか、出来ないじゃねぇよ。抗わないといけないなら、何度だって立ち上がってぶち壊してやる」

 

 

「そんな出鱈目なことを…」

 

 

「出鱈目かどうか試してみるか? それなら、お前の持ってる分身体を俺が全部倒してやる」

 

 

「本気ですの…」

 

 

「本気も何も…その分身体達は狂三のある一時期を表した存在なんだろ。自分の辿った記録の中にどうしようもない絶望が埋め込まれてるんだったら、それを壊すのが俺の役目だ」

 

 

「…いいですわ。わたくしの全戦力をもってお相手させていただきますわ」

 

 

「それなら良かった。じゃあ、俺も本気をだして戦わねぇとな」

 

 

 

―――ドォォォォンンンンン

 

 

狂三はほんの少しの間、全身の力が無くなってまるで意識を失ったかのような感覚に陥った。肉に爪を食いこませて何とかこらえたが、上から押さえつけられている重圧で立っているのがやっとだ。恐らくこれは一護が分身体の拘束を振りほどくために使った霊圧だろうが、先ほどまでと明らかに質が違う。

 

 

「黒い…霊圧…」

 

 

ずっと一護が体から垂れ流していた青い霊圧の他に黒い霊圧が斬月から溢れだしている。狂三が質が違うと感じたのはその黒い霊圧。そこに在るだけ息苦しくなる。これでは先ほどの白い怪物と同じ。一護が自分の力について語っていたのは死神の力だけ。その他には何も述べていない。死神の力が青い霊圧だとすれば、黒い霊圧は何なのかという疑問が湧き起こる。だが、そんなことを考えている余裕はない。

 

 

「これが俺の本気だ」

 

 

尚も黒い霊圧が増大している。いや、それだけではなく、一護が元来使っている青い霊圧も同じようなペースで増大。その霊圧の規模は一護が存在しているだけで周囲の物質が砂のように消滅していっている。もし、この周囲に一般の人がいたのならば魂が押し潰されかねない。その暴力的な霊圧を放っている一護はある言ノ葉を発した。

 

 

「卍解」

 

 

次の瞬間、全てが黒く塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数秒後、視界を埋め尽くす黒が斬り払われた。それと同時に黒に染められる前の世界とソレ(・・)を見つけた。ソレは異質、そして無。茫然とする狂三に向けてソレは名乗った。

 

 

「天鎖斬月」

 

 

黒を振り払って姿を顕したのは一護。しかし、その出立ちは先ほどとは大幅に変わっていた。黒い和服姿は一護の体の形にフィットさせた漆黒のコートのような外套と袴。両腕に刻まれた刺青のような紋章はコートの上から白い装甲となっている。そして何よりも狂三が目を引いたのは刀。巨大な大太刀の形状だったものがコートと同じ漆黒の日本刀へと変化を遂げた。その峰が波打った日本刀は刀について深くは知らない狂三でも触れただけでも体が容易に真っ二つになることは想像できた。

 

 

(だけれども、わたくしがその刀に触れなければいいだけのこと)

 

 

先ほどまでの一護の戦いを見ていれば、ほんの一瞬の速さでいえば一護の上だが全体的には時間を早めている狂三の方が速い。冷静に攻め続けていけば大丈夫…なはず。だが、一護がこの形態になってから何も感じなくなっている。それが不気味で攻められずにいた。

 

 

「見えてるぜ」

 

 

「わたくしたちッ!?」

 

 

迂闊だった。経験の浅い時間を切り取った自分の分身体達からすれば、急に一護が力を失ったと感じる者もいるだろう。だが、それは違う。それを言う前に分身体達は一護の日本刀が届く間合いに入ってしまった。

 

 

「「「いただきましたわ」」」

 

 

「必ずお前らが抱えていたものを乗り越えられるように…」

 

 

「「「え?」」」

 

 

一護の間合いに入っていた20体近くの分身体が肢体をバラバラにされていた。一人で大人数を葬り去れるということも重大だが、それは前から分かりきっている事実。それ以上に問題なのが、時間を早めているはずの狂三が一護の斬撃の瞬間を目で捉えられなかった(・・・・・・・・・・)ことである。

 

 

「どうした」

 

 

「!?」

 

 

後ろに回り込まれていた。気づいたら、もうそこにいた。もう遅いのかもしれないが次なる斬撃を避けるためにその場を飛びのいた。しかし、一護は追撃しようともせずに狂三が飛びのいたのを見るだけ。あまりに舐め腐っているのではないのか。

 

 

「何のつもりですの? 先ほどの瞬間はわたくしを斬る絶好の機会でしたのよ」

 

 

「何度も言わせるなよ。俺は、お前を斬らねえ。斬るのはお前の抱えている絶望だけだ」

 

 

「…」

 

 

やはり、一護の思いは揺ぎ無い。どんなに突き放すような言葉を使っても一護の心を折ることができない。言葉で伝わらぬなら、全戦力を以って命で解らせる。

 

 

刻々帝(ザフキエル) 一の弾(アレフ)

 

 

「来たか」

 

 

言葉を漏らした一護。時間を早められた分身体に対して言った。正面から真っ直ぐに詰め寄られているにも関わらず、ゆっくりと前に歩を進めているだけで特に他には動作はしていない。そのことを認識した狂三の分身体は一護の莫大な霊圧に耐えながら一護の頭上をとった。そして、本物の狂三が持つ歩兵銃と同じものの銃口を一護に突きつける……が、もう既に首から上と下に斬り取られていた。

 

 

だが、狂三はここで手を止めるわけにはいかない。常に先手を取り続けていないと一護に攻められるチャンスを与えることになってしまう。このままの状態が続いてしまえばじり貧だということは分かっている。どうにか、狂三には自分の寿命を食い潰して一護を斃す方法を見つけることしか残されていない。

 

 

「…っ!? 今度はなんですのっ! あなたは一体何者なんですの!」

 

 

一護の青白い霊圧と赤黒い霊圧はこの世界にいる狂三にとっては異質な存在。それでも、狂三を含めた精霊の持つ霊力に近いところはあった。だから、その霊圧の存在は何とか飲み込めた。けれども、たった今一護の地面は霊圧とは全く違うものだ。得体のしれないものが渦巻いていることが、根源的な恐怖を煽っている。

 

 

「きゃっ!」

 

 

突然の感触で思わず普段は決して出さないような声を出してしまった。その感触を与えたものは一護の足元で渦巻いたソレである。一度絡みついたソレは急速に狂三の肌を侵食していく。

 

 

「安心しろ。今、出来上がろうしているもの(・・・・・・・・・・・・)は狂三に危害を加えるようなものじゃねぇ。ただ、俺たちが本気で戦えるように作り替えられるだけだ」

 

 

ソレは一護と狂三の全てを侵食し、尚もその範囲を広げ校舎の屋上全体を球体で覆いかぶさるような形で飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一護…卍解を使ったのか。どう考えても実力的には卍解を使う必要はなかったはずだが」

 

 

屋上で展開された球状のソレを横目で見ながら|この世界に引き込まれた大量の虚を掃討しながら呟いた。そう、今のウルキオラのように過去の自分も一護の行動についてそう即断していたのであろう。でも、今回もそのように考えているはずなのに何故だか一護のその行動はまた一つの答えだと感じてしまう。

 

 

「力の差があるとかないとかじゃなくて、使わなければいけない戦いがあるっていうことぐらいわかり始めてるだろ。一護くんと全力で戦ったことがあるお前なら」

 

 

「…」

 

 

スタークの言葉に何も反応せずに黙々と襲来する(ホロウ)を斃していくウルキオラ。この一護の行動も心を持ち合わせている故の行動。頭では理解できなくても、感覚で納得できるようになったのは自身が人間に近づいた証なのであろうか。

 

 

「精霊の方は一護くんに任せておけばどうにでもなるとして…だ」

 

 

「そうだな…この(ホロウ)がどこから来ているのかが問題ということだな」

 

 

今、襲来している(ホロウ)は元々いた世界から来ているというのは確実だ。それは(ホロウ)の存在が他の世界にはいないからだ。それは崩玉からもたらされた情報からわかっている。問題は元の世界(・・・・)のどこから来ているのか、ということ。

 

 

「とても嫌な感じだ。(ホロウ)ども斬る度に俺が生まれた頃の記憶が蘇ってきやがる」

 

 

「…」

 

 

スタークはいつもと違う(ホロウ)を斬った感触に戸惑い、ウルキオラは無言を貫き通しながらも刀を持っていない方の手を身体の調子を確かめるかのように開閉させた。今のウルキオラの身体の感触は通常の時ではなく、力を完全解放させたときのそれと近しい。

 

 

「さっさと、塵ども斃すぞ」

 

 

「へいへい、そうしないとここに居づらくなっちまうからな」

 

 

空間を裂きながら続々と押し寄せてくる白い仮面の()はこれから最上級大虚の破面(化け物)の蒼と翠の閃光が蹂躙されることを知らない。




デンデンデデデデデーン、デーンデーンデーン

朝まで精霊テレビ

士道「何なんだ、これ?」

琴里「名前通り、朝まで討論をやるのよ」

士道「某テレビ番組のパクリじゃねぇか!?」

二亜「パクリはいけないなぁ、少年。作品というのはアイデンティティーが大事なんだから」

士道「いや、パクったのは俺じゃないし。っていうか、二亜はここに出ていいのかよ?」


二亜「何を今更。ここは、色んなものをブレイクする空間。そんなことも知らなかったのかな、少年」

ギン「そうやで」


「「「「!!??」」」」


ギン「だから、原作で死んだボクもここでなら生きていけるんや」


((((残念な人だ…))))


ギン「さっそくやけど、今日の議題はこれや。『七罪、後書きコーナー出過ぎ問題』


((((ぽかーん))))


七罪「この変なのを呼び寄せたのも、皆をこんな変な空気にさせたのも私のせいなのよ。とりあえず死んできますorz」


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lightning speed phantom closed clock x2000

更新を早くするとしながらこの始末、申し訳ありません。
この空いた期間は就活などがありまして、中々時間を作ることができませんでした。まだ就活が続いていますので、また期間が空くかもしません。
それでも、良ければこの作品の今後に期待していただければ幸いです。
では、今回もお楽しみください。


「ハァ…ハァ…ハァ」

 

 

私は一体何時から戦っていたのでしょう。外の眺めが何だったのかを忘れるぐらいには戦っている。それは1日や2日程度ではないということぐらいは分かっていますわ。1日や2日程度だったら、私たちをあと十数体というところまで減らすことは…いや、一護さんが最初からわたくしを殺す気でいたのだったら1日も掛からずに分身体を殺しきることができたのかもしれないですわ。

 

 

「それが、今の…現状ですわね」

 

 

いくら分身だといっても、それは過去の自分自身。この空間で戦闘が始まったときから無数の分身体を何度も何度も斬り斃されてしまいましたわ。それは、首から、胴体、四肢を分断されて様々なパターンで。一護さんは私自身を殺す気がないとおっしゃっていますけれども、地面の上で死屍累々と積み重なっている死体が自分の死を想起させて…

 

 

「お前の持ってた分身体も、そろそろ尽きてきたみたいだな」

 

 

「…本当にそう思いまして?」

 

 

幾度もなく繰り返してきた天使の短銃を自分の頭蓋に突きつける動作。それに込める弾は八の弾(ヘット)———ではなく、一の弾(アレフ)。一護さんの攻撃速度に反応するには精霊として持っている力だけでは足りません。それこそ、自身の速度を高める一の弾(アレフ)を五重で掛けなければ反応できない程に。だから、前に使った一の弾(アレフ)の効果が消える前に上書きをしなければなりませんわ。

 

 

私は口角を歪めて精一杯の虚勢を張って銃口に影が蟠る短銃の引き金を引こうとして―――

 

 

ギャンンンンン

 

 

「っ!?」

 

 

気が付いたら私のその手には短銃はもう既にありませんでした。何が起きたのかはわかりませんけれど、今一護さんから目を離したら確実に()られますわ。そこで、直ぐにその場から飛び退いて今度は歩兵銃を自分の頭に突きつける。飛び退いた瞬間に、一護さんはもうすでに飛び退いた場所にいらっしゃて私を目で捉えていましたわ。今、この瞬間一瞬でも迷っていたらそこで終わり。残された最後の一手として装填する弾は一の弾(アレフ)でも八の弾(ヘット)でもありませんわ。()()()()()()私たちがあってこその最後の逆転の手段。それは…

 

 

十二の弾(ユッドベート)っ!」

 

 

そう、今の私が残されている時間と私達では確実に負けますわ。あの怪物が出た時点で多少なりともその二つを失ってしまいましたから、一護さんを全部の時間と私達をぶつけるのに躊躇してしまいました。時間を消費して30年前に遡ることが難しくなってしまった今ならば、まだ戦闘を始まっていないところまで時間遡行をして最初から全力全開で弾丸を打ち込むように少し前の私に伝えなければなりませんわ。

 

 

「これで初めからやり直せますわ。あはははははははははは―――は?」

 

 

狂い笑う私は銃の引き金を押し込もうとしたところで、再び一護さんの姿が消えた。今までは動き出す瞬間は何とか辛うじでどこに踏み込む動作が見えていたのに、今の動きで踏み込む瞬間を感じとることが出来なくなってしまっているということは。

 

 

一の弾(アレフ)の効果が切れた⁉ こんな時にッ)

 

 

自らの時間を早めることは疑似的に動体視力を上げているだけでなく、わたくしの挙動自体も上げているということになりますわ。つまり、時間を早める効果が切れてしまったということは、今このときに引き金を引く動作さえも非常に緩慢な動作となってしまう。一般の人から見れば、僅かコンマ一秒にも満たない動作。しかし、時の速さでさえ遥かに凌ぐ一護さんの機動力を以ってすれば、私の歩兵銃が掴まれそのまま握り潰されしまった。

 

 

「もうこれ以上、狂三に時間を使わせるわけにはいかねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は狂三の短銃に突き刺さったままだった斬月を回収する。その間狂三に背中を見せていたけれど、狂三は俺に飛び掛かろうとする様子も、そこから逃げ出そうとする様子もなく、ただただ地面に両腕を着いてじっとしているだけだった。

 

 

そして、今まで俺と狂三を閉じ込めていた仄暗く地面を照らしてくれた天蓋が罅割れていく。割れ目から紅い夕日の光が漏れて()()()()()()()()()()()()()()の合間から感じ取る。久方ぶりの外であるはずなのに、俺が来る前に現れたあの人工(ホロウ)が残したつめ跡がそのまま残っている。

 

 

「クッ―――前よりも随分とマシなんだけど、この…体が元の状態に戻る痛みはやばいッ⁉」

 

 

体の節々が元の長さに縮もうとして万力を締めあげるような不快な音が体の至る所から聞こえてくる。その音が聞こえている間はずっと体全身がその場から身動きができない程の痛みに襲われている。この痛みは空間が完全に崩壊してからも30秒程続いた。これだったら、マジで痛みで気を失ってた方がマシかもな。

 

 

痛みが幾分か落ち着いてきたので、どれだけの時間が経っていたか確認するために戦闘の影響で若干斜めに傾いている時計を見た。

 

 

 

(20分…ということは、大体1か月か)

 

 

俺の感覚として戦闘が始まってから僅か20分しか経過していないというのはあり得ねぇ。なぜなら、さっきまで体の至る所が誰もが見ればわかるほどに成長していた。普通の人ならこんな状況は意味不明なんだが、俺はこうなった理由を知っている。

 

 

さっきの空間は―――死神が現世とソウル・ソサイティを行き来するのに利用する通路———断崖だ。さっき空間には拘突こそいなかったけど、紫色のドロドロとした液体の拘流は存在した。だから、俺はあの空間は断崖だと断定できた。その証拠に、さっきの時計で()()を修行した時と同じように中と外で時間の流れが2000倍も違うことがわかっちまった。

 

 

本来なら断崖はこの世界には存在し得ない空間。だから、あの空間は正確には断崖ではなく断崖のもどきのようなモンだ。実際に俺が通ってきた断崖がここに現れたんじゃなくて、新たに断崖もどきが作られた。そして、断崖もどきが出来た原因っつうのは、俺と狂三だ。戦いを始めたとき、俺と狂三はそれぞれの目的のために全力で相手を叩きのめす覚悟をして、それを()()()()()。つまり、誰にも邪魔されずに相手の心を叩き折るまで戦闘を続けたかったんだ。その俺たちの願いを崩玉は叶えた。時間を操る能力を持つ狂三、周囲の願いを問答無用で成就させてしまう崩玉を従えた俺と2人の願い。その願いを叶える最も相応しい場所として俺の記憶の中の断崖が選ばれた。

 

 

「狂三」

 

 

「…」

 

 

戦いや戦争っていうのは『正義』のぶつかり合いだって大層な言葉を使って誰かが表現してたけど、確かにそういうモンだ。俺と、剣八、白哉、グリムジョー、ノイトラ、ウルキオラ、藍染も野望とそれを為すための覚悟がぶつかり合っているからこそ戦うんだ。そして、戦いで勝ったやつは野望に近づき、敗けたやつはそこで全てを失う。そう、今の勝者()敗者(狂三)のように。

 

 

「狂三」

 

 

「…」

 

 

俺はこれまで倒してきたやつを斬ってきたことに後悔はしない。そうしなけりゃ、俺が護るべきものを全て失っちまう。だから、狂三を倒したことも後悔しない。けど、戦いが起こって勝ち負けがある以上、勝ったやつの願いの犠牲となった敗者の想いというモンがあるはずだ。

 

 

「狂三」

 

 

「…ぁ」

 

 

「ようやく反応しやがったか」

 

 

こんなものは俺の自分の勝手なエゴだ。けど、俺の『世界中の人たちを出来る限り多く救いたい』っていう願いを叶えるためには、ただ戦った相手をぶちのめすだけじゃダメだ。それじゃ今の願いを打ち砕かれてふらついた足取りの狂三のように死人を増やしちまう。背負っているモンが大きければ大きい程、それを失った時の喪失感というのも大きい。自分の想いに意味を無くしたときには、人っていうのは本当に何をしちまうのか全くわかんねぇ。だから、俺は今これ以上この世から心が離れないように狂三の手を握る。

 

 

「狂三っ!」

 

 

「ぁぁぁ…あああああああああぁぁぁ」

 

 

「手を離すな! 今、この手を離しちまえばお前は…」

 

 

俺の言葉など耳には入ってない様子で言葉にならない声を上げながら乱暴に手を振り解く。その強く俺の手を強く振り解いた反動でバランスを崩した狂三は後ろによろよろと歩が出て、足を段差に引っ掛けてそのまま上空へ身を投げた。そして、己の死期を悟ったかのようにゆっくりと目を閉ざした。精霊ならこの程度の高さから地面に叩きつけられても平気だろうけど、今は違う。今の狂三は霊装も解かれて精霊ではなくなっている。今の狂三は普通の()()の少女でこのまま地面に叩きつけられてしまえば、確実に死ぬ。そんなことには、絶対にはさせない。士道と琴里を救うのも勿論、狂三も救う。絶対に誰も死なせない。

 

 

「狂三ぃぃいいいいいいいいいいいいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぃ…ちご…さん」

 

 

「ったく、諦めようとしてんだよ」

 

 

俺は頭から真っ逆さまに落ちる狂三を追いかかけて空中で肢体を抱えて地面に降り立った。まあ、その結果として所謂お姫様抱っこみたいな形になってまったが。これは不可抗力だと思ってほしい。

 

 

「…私の…天使…霊装…時間…の全てを…失いましたわ。例え、私が精霊の力を取り戻しても…あなたがいる限り…私の生きる目的は未来永劫叶いません。なら…私に…生きる価値など」

 

 

狂三が弱弱しく掠れた声で自分の内心を吐露する。1か月間ずっと狂三と戦い、分身を斬り続けてきた俺にはわかる。分身を作り出す度にどれほどの世界に否定されるのか。狂三は本来四糸乃と同じように人を傷つけることが嫌いだと思う。繰り返しになるけど、自分にとって大切なモノ―――信念であったり人だったり―――を失えば、そいつはどんなことをするのか分からない。それこそ、十香の目の前で士道を殺されて折紙に怒り狂ったように。そう、だから狂三は何かきっかけが今の世界をやり直そうとした。だから、今ここで死のうとした。けど、それは絶対に止めないといけなねぇ。

 

 

「本当に生きる価値なんてないって思ってんのか」

 

 

「…どういう…こと…ですの?」

 

 

「お前がいなくなれば誰かが悲しむ。精霊がどうやって生まれてきたのかまだあんまり詳しくはわかんねぇけど、ここに狂三がいるっていうことは、少なくともお前を生んだ人がいるはずだ。お前が過去をやり直そうと思っているのなら、その原因となった人達がいるはずだ。だから、生きる価値がないって自分から死のうすんな」

 

 

「それを、あなたは否定したッ! 真っ正面から叩き潰されて、私の過去に往く力を消したッ! そんなあなたが私に新たに生きる価値を見つけろ、っておっしゃいますのッ!」

 

 

狂三がそう言うのも当然だ。過去の繋がりを断ち切った相手がそんなことを言えば、ただの無神経な人間って思われる。別に、俺はそういうふうに思って言ったわけじゃない。

 

 

「俺は一言もお前の願いを否定してる、って言った覚えはないぜ。過去に戻ってやり直したいっていうのは誰だってそう思うし、俺もやり直したい過去があったしな。まあ、それは最近吹っ切れたけど。それに最初に言ったろ、『お前の抱えているモノを俺にも分けてくれねぇか』って」

 

 

「それならば…過去へと遡る手段を失った私の何を背負ってくれるのですか?」

 

 

「狂三のその願い、その願いの為に代償にしてきたモン、そして罪、の全部だ」

 

 

一瞬、狂三の目が見開いた気がしたが、すぐに俺を疑うような目で見てきた。信用してもらうのは難しいかもしんないけど、やるしかない。それは狂三を助けることにもなるから。

 

 

「俺はお前の積み上げた来た時間と目的を斬り捨てた。狂三は他人の命を奪い取るってやり方は、俺にとって許せなねぇ。俺はそれを正しいと思ってる。けれど、俺だってそれは同じだ。俺は狂三を犠牲にして、士道たちを護った。なら、俺には狂三にやってきたことの責任がある」

 

 

「責任感だけで、時間を遡ることができるんですのッ!」

 

 

怒気を孕んだ声を俺に向ける。勿論、責任感だけで時間を遡ることもできないし、どちらかというと狂三は望みを叶えてほしいって思ってる。だから、力が必要なんだ。

 

 

「これが責任感でどうにかなるってぐらいの綺麗事で済むって思ってねぇよ。俺も出来ればお前の願いが叶ってほしいって思ってる。でも、どう考えても、最終的には力が必要なんだ、世界の理(ルール)を覆すほどの力が。狂三、お前がお前自身の願いを叶えるためには、やっぱりお前の能力(チカラ)が必要だ。だからって、さっき言った通り人殺しはさせねぇ」

 

 

「力を蓄える行為が許されないのなら、私はどうやって過去に飛べばいいんですの?」

 

 

俺はその疑問を答えるために天高く天鎖斬月を掲げる。体に青白い霊圧が迸り斬月を伝い天を衝き、世界は軋み揺れ動く。次に、俺自身の霊圧で悲鳴を上げる空間に気を配りながら斬月の鋩を狂三の胸に向けて水平に構える。自分でもかなり頭のわりぃ方法だと思ってるけど、俺にはこの方法しか思い浮かばない。

 

 

「狂三、俺はこれからお前に刀を突き刺してそこから死神の力を渡す」

 

 

「!? そんなことが…できるのですの…」

 

 

「ああ、今、俺が遣ってる死神の力も元々は貰った力がきっかけだ」

 

 

そう、この死神の力は1度目はルキアに、2度目は護廷十三隊の隊長格に譲り受けて俺自身の死神の力が目覚めたモンだ。ルキアが家族を護る力を欲していた俺にそうしてくれたように、白哉とか剣八が仲間を取り戻し護りたかった俺にそうしてくれたように、今度は俺が狂三に力を渡すときだ。

 

 

「詳しい説明は時間は無えから端折るけど、俺たちの死神の戦い方は自分たちで霊力を生み出してそれを遣って戦ってるんだ。その俺の力をそのまんま狂三に渡したら、多分体と魂魄が俺の力に耐えられないと思う。だから、死神の力だけを渡して自分自身だけで新しい霊力を生み出せるようにして、過去へ渡るための時間を蓄える。これが3つ目の選択肢だ」

 

 

「もし、それが可能だったら私は…」

 

 

「けど、これは一種の賭けだ。この方法で上手くやれる確率は半々。失敗したら、俺たちの霊力は暴走してお互いに死ぬ。それでも、やれるか? 命を懸けてでも力を取り戻す覚悟はあるか?」

 

 

「…」

 

 

これは俺の選択じゃなくて、狂三の選択だ。狂三がどうしたいのか、俺は見守らねぇといけねえ。俺は狂三の問題に関しては全く知らない。碌に狂三が抱えているモノを知らない俺が口出しする問題じゃない。もし、狂三が俺の提案を蹴って今を生きる価値を見つけようとするなら、それはそれでいい。提案を受け入れるんだったら、俺も命を懸けて力を渡してやる。ここは虚園(ウェコムンド)のような生存競争による殺し合いが蔓延るような世界じゃねぇ。だったら、誰だって幸せを願う権利がある。それこそ、時間を遡って過去をやり直したくなるぐらいに。だけど、これを反対に言えば幸せを叶えるために他人を犠牲にしていはいけないということだ。

 

 

「なあ、一つ聞いていいか?」

 

 

「…いいですわよ」

 

 

「俺はあんまり回りくどい聞き方をするのは苦手だから、単刀直入で聞くぜ。お前は過去に行って何をやり直したいんだ?」

 

 

俺は狂三の口から直接聞きたかった、過去の世界で何をしたいのかを。力は使い方次第で結末は幾らでも変えられる。もうそれは『全知全能(オールマイティ)』なんて力があるぐらいには最高にも最悪にもできる。俺が力を貸す以上は何をしたいのか見定めていく必要がある。

 

 

俺の質問を受けて、狂三は少しだけ俺から顔を逸らした。狂三の頭の中で何を考えているのか俺には分からないけど、俺にとっちゃ都合の悪いモンも含まれてるのかもしんねえ。それを見透かれていることも分かって、狂三があえて答えた。

 

 

「私は…それを…一護さんにお答えすることは出来ませんわ。ですけれど、一護さんには死神の力を渡してもらいますわ」

 

 

俺の腕に支えられていた体を振り解いて、目の前で両腕を開いて斬月の刃を受け入れる体勢を取った。それを見た俺は思い出していた、数々の戦いを。どの戦いもギリギリでとにかく必死にルキア、井上、あとチャドとあのメガネ野郎もただただ助けたかった。ただ一途に助けたかった俺に似ていて、もしも俺が今のように力が無くてそれに打ちひしがれ続けたら、きっと狂三より酷い(ホロウ)と同じ化け物に成っていたのかもしれない。今まで辿ってきた軌跡の何処かで狂ってしまえば、俺は狂三と同じ立場になっていたと思う。だから、時崎狂三(狂った俺)黒崎一護()でしか真正面からぶつかれない。

 

 

「…いくぜ」

 

 

一護さんから手向けられた言葉とともに、黒光りする刀の鋩が私の胸に吸い込まれる。それはほんの一瞬の出来事。それなのに、刻々帝(ザフキエル)の能力を使用していないはずなのに、時間がゆっくりと引き延ばされるような感覚に陥ってしまいますわ。目の前にあるのは凶刃であり、転生の刃。それを向けられた私、そこにあったのは抗えない力に対して芽生えた恐怖なのかもしれない。…そうですわね、私も分かっていたつもりのだけなのかもしれない。命を失うということは、これほどまでにも…冷たいのですね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の周囲には爆発によって蒼の霊子を撒き散らさせられた。その霊子が雪降るように舞って、幻想的な空間を演出する。その中、俺が握る斬月はもう既に狂三の胸を貫いている。そして、狂三の意識は完全にはっきりとしている。これは…

 

 

「成功だ」

 

 

斬月が突き刺さっている狂三の胸から、狂三自身から生み出された紅い霊子が噴き出し、舞い散る蒼の霊子を絡めとる。そして、その混ぜ合わさった霊子が新たに霊装が足元から形成される。そして、胸元まで霊装が形成されると斬月を引き抜き、その全身の姿を目にした。今までの鮮血を表しているかのような紅と黒のゴスロリの霊装から全身真っ黒なゴスロリへと霊装が変化した。また、再構築された歩兵銃は黒い帯のようなモノが巻かれと短銃には短い鎖が付加されている。

 

 

 

「話したくないのなら、そのまま話してもらわなくてもいいぜ。力を手に入れた狂三が何をするのか見守るだけだ。そして何度でもいうぜ、お前が助けを欲しているなら、何度でも手を貸してやる。世界でも何でも相手にしてやる。だから、これ以上誰からも何も奪わないでほしい」

 

 

「私がしてきたことは…そうなのですね。一護さん、時間という狂気に苛まれて私はいつかまたどうかしてしまうのかもしれません。こんなことを言うのは烏滸がましいのですが、私がまた道を踏み外した時には再び私を導いていただけませんか」

 

 

まさか狂三から今、そんな言葉が飛び出るとは思わなかった。なら、俺は宣言した通り狂三を支えよう。狂三の望む世界にたどり着くまで。

 

 

「ああ、勿論だ」

 

 

「それならば、私の誠意を見せなくてはいけませんわね」

 

 

「…どういうことだ?」

 

 

「一護さん、少ししゃがんで下さいまし」

 

 

「これでいいか?」

 

 

俺は狂三に頼まれた通り、膝を曲げて自分の顔が丁度狂三の顔と同じぐらいの高さに来るように合わせた。この狂三の穏やかな雰囲気…四糸乃の霊力を封印したときと似ている。

 

 

「ええ、それで完璧ですわ」

 

 

「では」という言葉に続いて、唇を近づける。その唇は四糸乃の淡いピンクの健康的なそれと比較して口紅の赤みと艶がある。その2つが醸す大人の艶めかしさ。大人っぽい狂三の魅力が最大限に感じられて、そのまま狂三に吸い込まれそうになる。だけど…

 

 

「ッ!?」

 

 

「おいおい、それはまだやるべきじゃないと思うぜ」

 

 

「何でですの? せっかくそれっぽい雰囲気を出しましたのに」

 

 

「雰囲気って…まあ、それはそれとしてだ。俺のこれまでの行動を観察していたんならわかるだろ。折角、過去を変えられる力を手に入れたのに、それを俺の中に封印する気かよ」

 

 

「あっ!」

 

 

「『あっ!』って、今気づいたのか」

 

 

「致し方ないではありませんの。今まで、私の思いをここまで慮ってくれた方がいませんでしたから…嬉しくて…」

 

 

「…」

 

 

真正面からこんな美少女から嬉しいと言われると、少し恥ずかしい。それと少し照れる。でも、狂三の思いを汲み取るのだったら、ここで受け入れてはいけない。

 

 

「俺はお前の願いが叶ってくれることを願って力を渡したんだ。だったら、その願いを叶えるまでは力が必要なんだろ。それまではお預けだ」

 

 

「…なら、全部終わったらいいですの?」

 

 

「…ああ、俺で良ければな」

 

 

「わかりましたわ。それなら、私は我慢します、その時がくるまで。一護さん、忘れないでくださいませ。私の初めての大事な人」

 

 

狂三はその言葉を最後に掻き消えるようにその場から姿を消した。その途端、俺は高ぶっていた気持ちが冷や水を掛けられたかのように一気に気持ちを落ち着けることができた。正直、口づけを交わすのを避けた理由は狂三に言ったのが主なものだったけど、気のせいかもしれないけど誰かに見られている気がして気が進まなかった。

 

 

あの琴里の状態だから今のを見てるというのは無いだろうけど、どうやって琴里達に説明しようか。




精霊図鑑ゴールデン

七罪「…」


一護「あのー、七罪さん?」


七罪「何で私だけ出れないのよおおおおおおおおッ!」


一護「うおっ!?」


四糸乃「七罪さん、落ち着いて…ください」


七罪「四糸乃ぉ、四糸乃ぉ」


一護「まあ、しょうがないじゃねぇか。今回のディバゲとのコラボはアニメ2期までの登場キャラだったし」


二亜「私も、出てないぜ(キリッ」


一護「お前はどこからでも出てくるなぁ。あと六喰だって出てないし」


七罪「それは、勝者の理論よ。だってあなた達もコラボされて、ディバゲに登場できたじゃないの」


一護「あ、ああ…」


七罪「特に一護。あなたねぇ、一番の当たり枠でステータスとか諸々がゲームオリジナルキャラのフェス限レベルってどういうことよ。エエ(威嚇」


一護「四糸乃…」


四糸乃「七罪さん、もっと…いってやってください」


一護「orz」


二亜「ちなみに、作者は一護を引き当てることが出来たみたいよ」


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