恋に恋する『かわいい私』を卒業します (八橋夏目)
しおりを挟む

恋に恋する『かわいい私』を卒業します

 いつからだろうか。

 

 『かわいい私』を演じるようになったのは。

 

 

 

 

 

 

 一色いろは、十六歳。

 容姿端麗、成績は………中の上くらいであることを期待。

 そんなわたしは現在、片思い中である。

 誰にか、と聞かれて答えようものなら、誰? と聞き返されるような人に。

 彼の何がいいのかは自分でもわからない。

 ましてや、この感情自体が片思いなのかどうかも怪しいところである。

 だけど、一つ言えるのは濁った目がすべてを台無しにしている顔を、頭の中に常においてしまっているということ。

 きっかけは分かりきっている。

 彼の心の叫びを聞いたから。

 今まで薄っぺらい関係で満足していた私の奥底に、深く入り込んできた言葉がパンドラ改め、一色いろはの箱を開けてしまったから。

 だから、わたしはよく彼にこう言っています。

 

 せんぱい、責任取ってください。

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 小学校高学年に上がるにつれて。

 私は男子というものの扱いを覚えていった。

 私が可愛くおねだりすれば、何でもいうことを聞いてくれて。

 私が困っているフリすれば、すぐさま誰かが寄ってきて。

 最初はそれでよかった。

 クラスの人気者になっているような感じがして、男女ともに仲のいい一色いろはでいられたから。

 だけど、中学に入って成長期に入った私たちの誰もが、男子の視線に敏感になり始めた。

 それは男子も同じだったようで、女子の視線、行動、言葉に逐一反応するようになった。

 

 そして私は小学校のアイドル気分のまま、『かわいい私』を見せてしまった。

 

 それは一瞬のことだった。

 

 その日、私は男子に囲まれ、持て囃された。

 

 その中には、友達の好きな人までもがいた。

 

 その日を境にその娘との仲は悪くなり、さらには女の敵とさえ、見なされるようになった。

 それくらいなら、まあ自分が撒いた種なのだ。

 受け入れることも厭わなかった。

 だが、計算外のことが起きた。

 男子たちが私たちの関係に口を挟んできたのだ。

 女社会をあまり知らない男子どもはこれでもかっていうくらいにその娘を攻め立てた。

 当然睨まれるのは私なわけで………。

 

 私を女子から守るために男子たちは奮闘し、自分をいかに魅せ、私の横に立てる努力していく滑稽な姿を見るのが、次第に私は楽しくなってしまっていた。

 そして、『かわいい私』に拍車がかかり、女子の会話の中に出てくる『気になるあの人』を一人ひとり手駒としていき、休みの日にも荷物持ちとして狩り出すようになった。

 その頃には女子の目なんか気にもしておらず、ただただ愛想を振りまいて『かわいい私』をアピールしていた。

 三年になるといよいよ受験となり、取り敢えずこの学校からはほとんど行かない県内有数の進学校の総武高校を目標にして、勉強を始めた。まあ、始めたのも夏休み半ばくらいからだけど。

 勉強も男子から教わり、ただし進学先には嘘をついていた。

 まあ、人材に飽きてきたってのもあるけど、何となく誰も知り合いのいない所に行きたいと思ってしまったからだ。

 だって、その方が『かわいい私』を見せて、男子を手駒にしやすいじゃんっ。

 

 

 なんていう時期もわたしにもありましたよ、ええ。

 

 無事卒業して、めでたく総武高校に受かり、入学。

 そして、サッカー部に校内一のイケメンがいると聞いて、すぐさまマネージャーとして入部。

 そこまでは良かった。

 だけど、いざ校内一のイケメン、葉山隼人先輩に『かわいい私』を見せても何の反応もなかったのだ。

 この学校にはこういう人たちしかいないのかと思い、まずはクラスの男子から愛想を振りまいていくと瞬く間に感染していき、学年中に私の噂が広まるようになった。

 ただし、中学とは違い女子とも少なからず友達を持つことはできた。クラス違うけど。

 そして半年が経ち、高校初の文化祭が開かれた。中学よりも派手で楽しかった。最後の有志によるライブも最後二組は最高だった。本来トリであった葉山先輩グループのライブの後にもう一組が追加されたんだけど、それがもうすごいメンバーだった。

 

 ギターが容姿端麗、成績は常に学年一のスーパー超人美女の雪ノ下雪乃先輩。せんぱい曰く、氷の女王らしい。

 

 ボーカルには葉山先輩のトップカーストグループに所属するお団子頭が特徴の由比ヶ浜結衣先輩。私もよくグループでいる葉山先輩に出くわすと話をしている親しみやすい先輩。せんぱい曰く、アホの子らしいです。ほんと女性に対して失礼ですよね、あの人。

 

 ベースにはまさかの国語教師にして生徒指導の平塚静先生。面倒見がよく、常に真剣に取り合ってくれる尊敬できる先生。男勝りな性格で私に言い寄ってくる男子よりもはるかに男らしい先生。でも、だから結婚できないんじゃないかな。

 

 キーボードには生徒会長の城廻めぐり先輩。ゆるふわ天然系で男子の多い生徒会でも上手くまとめている。せんぱい曰く、めぐ☆りんパワーが男子の心を癒すんだとか。というか俺の腐った目すら潤されるらしいです。意味わかんない上に、気持ち悪いですよせんぱい。あと気持ち悪い。

 

 そして、ドラムに魔王、あ、間違えた、有志でコンサートを開いていた雪ノ下陽乃さん。雪ノ下先輩のお姉さんだということを後から知りました。そして怖いです。

 

 この関係性がその時には全く見えてこなかった五人組のバンドはとても盛り上がった。

 それに引き換え、閉会式の時の実行委員長挨拶では泣きながら閉会を宣言する実行委員長の姿があった。後からの噂では二年生に実行委員長に暴言を吐いた挙句、葉山先輩までもが掴みかかるまでのことを言った校内一の嫌われ者がいたらしい。当時はへー、という感想しか持てなかったけど、今考えるとそれせんぱいですよね♪

 それから体育祭では葉山先輩とどこかの目の腐ったせんぱいが対峙していましたね笑。

まあ、もちろん葉山先輩の方を応援していましたけどね。はっ!? まさかあそこで葉山先輩を俺が倒せば俺モテるんじゃね、とか思ってたりしましたか? シチュエーション的には一瞬ドキッとしましたがよく考えてみると鉢巻の上に包帯巻いて近づくとかいういかにもせんぱいらしいやり口を見せられた後ではニヤニヤが止まらない上に堕ちるのはもう少し先なので今はそのごめんなさい。

 

 って、何でここでもこんなこと言ってるんだろうわたしは。

 

 話を戻して、祭りが終わった後しばらくして、私は生徒会長にクラス全員の署名により立候補させられていた。担任に相談したところ、まさかの担任までもが乗り気になってしまい、やむなく平塚先生のところに転がりこんだ。

 しかし、先生でもお手上げだったらしく、私はある部活に連れて行かれた。特別棟の二階にある人知れず存在している部活動、奉仕部に。

 緊張と不安を抱えたまま、その部屋に入った瞬間、見たことのある先輩がいた。

 一人は誰もが知る雪ノ下先輩と、もう一人が結衣先輩だった。

 その時、文化祭で一緒にバンドを組んでいた理由に納得がいった瞬間でもある。

 だが、同時に私がわたしに変わる出会いでもあった。

 その教室には彼女らの他に一人、男子生徒が読書をしていた。

 私はとりあえず、彼にいつもの『かわいい私』を見せてみたところ……………。

 

 ものすごく警戒された。

 

 初めての経験だった。

 

 今まで『かわいい私』を見せれば、大抵の男は靡いた。過去一人、葉山先輩だけが笑ってすませるという技を繰り出したが、警戒されるということは全くなかった。

 だけど、この人は違った。

 今までにいないタイプの男子であり、この時ちょっと興味を持った。

 

 結局、三人にめぐり先輩と依頼するという形となり、私を生徒会長にならないように動いてくれることになった。

 そして、生徒会役員選挙が一週間後に迫ったある日。私はその男子生徒に貴重な昼休みを図書室で事務的作業をさせられ、挙句生徒会長に推薦されてしまった。生徒会長になるとどれだけお得かを説明され、回りくどく私に生徒会長を押し付けようをする彼に興味がわいたから。

 男子の扱いに長ける私は、あろうことか生徒会長最大のメリットは彼を好きに使えるということを閃いてしまったから。

 推薦演説は葉山先輩がしてくれて、無事総武高初の一年生生徒会長に選ばれた。

 

 しかし、一年生ということもあり、生徒会役員との仲はギクシャクしたままで、中々打ち解けられずにいた。なのに神様というのは理不尽なことにこんな状況で他校との合同イベントを突きつけてきた。

 海浜総合高校。

 総武高校には劣るものの進学校として名高い学校。

 だけど、私には意識高い系のやつらが何を言っているのかわからない轆轤回しに、初日目にしてうんざりしたのは今でもトラウマに近いものがある。

 とりあえず、せんぱいに相談しに行ったところ、奉仕部に以前訪れた時よりもギスギスした空気をまとっていた。気にはなったものの、目の前の状況の方がもっとやばく感じたため、そのまませんぱいに泣きついた。

 結局、奉仕部には断られたけど、せんぱいが個人的に手伝ってくれるという話にまとまった。

 そこからのせんぱいは凄かった。

 あの海浜総合高校の生徒会長玉縄? の轆轤回しに轆轤回しで会話を進めていた。

 私には何を言っているのかわからなかったけど。

 まさか、せんぱいも意識高い系かとも思ったけど、そもそもが意識高くないため、それは違うと断定できる。

 だけど、それでも話は一向に進まず、ただただ案だけが膨れ上がり、停滞してた。

 まあ、その間コンビニで買ったお菓子などの袋をせんぱいは何も言わずに持ってくれたんだけど。人のことあざといあざとい言う割には自分が一番あざといということに自覚はないのだろうか。

 そして、ある日会議が中止になったことを伝えに奉仕部に行ったところ、部屋の中は取り込み中なようだったので外で待とうとした時、彼の心の叫びを聞いてしまった。

 

 

『本物が欲しい』

 

 

 叫びといっても小さく、かすれた声。

 だけど、その言葉は私の中にすぅっと入り込み、奥底にあるわたしを表世界にまで、一瞬にして引き上げられてしまった。

 状況がいまいちわからないまま、雪ノ下先輩が向かったであろう三階の渡り廊下にせんぱいを向かわせるも気持ちが落ち着かないままでいた。

 次の日からは奉仕部召喚で最強の戦力となった。

 雪ノ下先輩の正論にせんぱいの発想力に結衣先輩の和と整える中和力。

 三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったもので、偏った力を持つ三人が集まると話がサクサクと進むこと。それはもう昨日のアレがなんだったのかと思えるくらいには。

 

 

 平塚先生の提案でわたしたちはディスティニーランドに来ていた。

 クリスマス模様の園内は週末ということもあり、盛大に賑わっていた。

 だからなのかわたしは葉山先輩にその日告白した。

 

 

 いや、理由なんてわかってる。

 わたしも本物が欲しくなっただけ。

 わたしにとって葉山先輩が本物なのかどうか確認するため。

 

 

 でも結局、先輩はわたしの求めていた本物ではないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、わたしはこの日、本当に好きな人を、自覚した。

 

 

 

 

 それは、同時に恋に恋する『かわいい私』を完璧に捨てた日でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんなのこれ。俺たちに読ませてどうする気だよ」

 

 ここまでしてもやっぱりこの人は気づかないのだろうか。

 

「一色さん。こんな過去を私たちに話してどうしたいのかしら?」

 

 冷めた目つきで睨んでくる雪ノ下先輩。

 

「い、いろはちゃぁぁあああん」

 

 なんか一人だけ感動してるみたいですけど大丈夫なんでしょうか。

 

「ええ〜、今日はみなさんに宣戦布告に来たのです」

 

 だけど、ここまでしたからには止めるわけにはいかない。

 

「宣戦布告って俺にもか?」

 

 訝しんでいるようですけど、目が気持ち悪いですよ、せんぱい。

 

「ですです。というか一番のメインってまであります」

 

 奉仕部の部室に傾く夕日が差し込んでくる。

 

「い、いろはちゃんっ! ま、まさか!?」

 

 わたしはせんぱいに近づき、上目遣いで見上げてやる。

 

「い、一色?!」

 

 あ、これなんとなく気づいたようですね。

 

「一色さん…………」

 

 でももう遅いですよ、せんぱい。

 

「わたしはせんぱいが大好きです。比企谷八幡が大好きです。わたしがこうなったのもあなたのせいです」

 

 こうなったわたしはもう、止まりませんからね。

 

「あんな私をこんなわたしにした責任、ちゃんと取ってくださいね、せんぱい♪」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼に泣きつく『甘える後輩』を卒業します

前回の反応が思った以上だったので、続編です。


 

 今日は卒業式。

 ただし、先輩方の。

 

 

 

 

 一色いろは、十七歳。

 総武高校二年で去年から引き続き、生徒会長。

 というわけでわたしは卒業式で送辞を読まなければならない。

 いや、まあ去年も読んだんだし、一年半も生徒会長をやっていれば、人前に出るのもなんら躊躇いはない。

 

 

 ないはずなのに、足がガクガク震え、手も痺れたように小刻みに動いている。

 緊張………というよりかは喪失からくるものだろう。

 

 

 そう。

 わたしは二年生なのだ。

 つまり、せんぱいは三年なわけで………………………。

 

 

 

 このまま時が止まればいい、とさえ思えてくる。

 卒業式が終わってしまえば、もう学校でせんぱいに会うことはなくなってしまうのだ。

 そう思うと、なんだか胸が苦しくなって。

 

 なんてさっきから同じことを考えては悲しくなって、思い浮かべては涙が出そうになる。

 わたしはいつからこんなに弱くなってしまったのだろう。

 これも全部せんぱいの所為だ。

 

 責任取ってください、せんぱい。

 

 

 ああ、ダメだ。

 何を考えても何も考えなくとも頭の中にはせんぱいのことだらけで。

 卒業生の入場がこんなにも苦しいなんて、初めて知った。

 卒業式で泣く女子は卒業生在校生問わず、毎年見かけたけど、こういう感じだったからなのかもしれない。

 そりゃ、確かに泣いちゃうよね。

 

 

『卒業生、入場』

 

 

 教頭のアナウンスと共に音楽が流れ、先輩たちが講堂に入ってくる。

 在校生の間をくぐり抜けて席についていく。

 今日も雪ノ下先輩は凛としている。

 一方で、結衣先輩はいつものように、とはいかないまでも笑っていた。

 そして、今日もかっこいいみんなの葉山先輩の隣にはまさかの猫背で濁った目の拈デレさんがいた。

 なんなんでしょうね、あの人は。

 人が必死に苦しいのを我慢しているというのに、あのやる気のなさそうな雰囲気は。

 無性に腹が立ってきました。

 でも。

 ちょっとだけ。

 ほんのちょっとだけ、気持ちが軽くなった気がする。

 なんというかもう存在自体があざといですよ、せんぱい♪

 

 

 授与式の後の校長の長話を聞き終わり、来賓祝辞。

 

『雪ノ下県議会議員の代理として雪ノ下陽乃様、お願いします』

 

 

 まさかの魔王、じゃなかったはるさん先輩でした………。

 まあ、可愛い妹のためならばどんなことでもするような人だし、来てて当然だとは思っていたけど。

 こんな形で出てくるとは全く考えつかなかった。

 あ、今ピクッと反応した卒業生はせんぱいかな。

 今日は一体どんなことをやらかすのだろう。

 

『卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。父に代わり、この雪ノ下陽乃がご挨拶をさせていただきます』

 

 深々とお辞儀をするはるさん先輩。

 いつもの陽気な彼女は何処へやら、お嬢様の仮面がそこにはあった。

 

『……月日は早いもので、私が卒業してからもう三年も経ちます。私が高校生の時には割と好き放題にやっており、ここにいる先生方には多大な迷惑をかけていました。それに比べて、私の妹は逆に落ち着いており、だからこそ私以上のものを期待されていました。まあ、最も本人は負けず嫌いなため、その波に乗じて私を追い抜こうとして頑張っていたけど。だけど二年生になった頃からかな。彼女の目標は私ではなく、ある一人の男子生徒に変わっていました。それを知ったのはしばらく経った六月のこと。私は彼に初めて会いました。彼は私が今までに出会った人たちの中にはいないタイプでね。ちょっと悪戯をしてみたところ、まんまと私はしてやられてしまいました。でも彼には自覚ないんだろうなー。二度目にあったのは夏休みに妹を迎えに行った時。ちょうど部活の合宿から帰ってきたところで彼もいました。後から聞いた話ではその合宿で彼は小学生のいじめ問題を解消したらしく。解決じゃないのって思うかもしれないけど、解消なのです。詳細は長くなるので割愛します。次に会った時には文化祭の実行委員をしていました。妹も一緒で彼女の方は副実行委員長を務めててね。彼女の目標から外された私は副実行委員長で留まっていることに苛立ちを覚え、彼女の作る文化祭というものを見たくなり、いろいろと促してみました。すると忽ち実行委員会は作業が停滞し、遅れが出るようになりました。だけどそんなある日、集団を一気にやる気にさせる方法を知っていた彼は行動を起こし、それはもう文化祭最後には私の幼馴染に突掴まれるところまでの徹底ぶりで。そんな彼を私以上に見てきた妹はいつの間にか彼色に染まってしまってて。お姉さん、嬉しい反面悲しかったなー。その後も彼は次々と私の斜め下を行く発想で問題を解決していき、部活が半壊状態までいっちゃってね。さすがの私も見て入られなったわ。でも、彼はそれを表面上は回復させて、今までの日常を取り戻したようにしていました。………一度壊れたものを完璧に回復させるなんて、絶対にできないことを彼が一番知っていたはずなのに、ね。だから、私はそんな彼らにバレンタインイベントの日に現実を突きつけてあげたわ。「キミの求める本物ってこれなの」って。そこからの彼らは不安を抱えながらもちゃんと前を向いて歩き出しました。そして今も前に進んでる。私はそんな彼が、彼女らが羨ましく思います。私もいつか…………。長くなりましたが、最後にこれだけは言わせてください。社会に出れば彼のようなひねくれた性格もいれば、妹のように誰かを目標にしている人もいる。私のような恐い人もいれば、妹の親友のような優しい人もいる。私の幼馴染のようなみんなの人気者もいれば、彼の後輩ちゃんのようなあざとい子もいる。だけど、いやだからこそ、いろんな人達と出会い、いろんなものを感じてください。そこにはあなたの求める本物があるはずだから。………以上で私の挨拶とさせていたただきます。卒業生の皆さん、本当におめでとう」

 

 やっばい。

 泣きそう。

 というかもうちょっと泣いてるまである。

 壇上から降りていくはるさん先輩に盛大な拍手が送られる中、わたしは制服の袖で涙を拭っていた。

 

 

 てか、次わたしじゃん!?

 

 

『送辞。在校生代表一色いろは』

 

「はいっ!」

 教頭の言葉にしっかりと返事をする。

 よし、噛まなかったぞ。

 

 

 壇上に上がり、一礼。

 今日の日のために書き上げた原稿。

 

「送辞」

 

 ふと、平塚先生に視線を向けると頷いてくれた。

 

 だからわたしも、頷き返した。

 

 はるさん先輩は素直な気持ちをせんぱいたちにぶつけていた。

 

 だからわたしも…………。

 

「雪解けと一緒に春に変わっていく今日このごろ。卒業式を迎えた先輩方、御卒業おめでとうございます」

 

 はるさん先輩を真似て、わたしも深々とお辞儀をする。

 

 そして、送辞の原稿を、とじた。

 

「………今日のために送辞の言葉をたくさん用意してきましたが、わたしが今この瞬間に感じていることを送辞の言葉としたいと思います」

 

 ざわっと会場が小さな騒音に飲み込まれる。

 

「ご存知の通り、わたしは一年の後半から生徒会長を担いました。それまでの私は恋に恋する『かわいい私』で、男子に愛想を振りまいているような女の敵でした。サッカー部のマネージャーになったのも葉山先輩がいたから。マネージャーとしての仕事はしっかりこなすものの、葉山先輩にかわいい私を見せることを欠かさない毎日。だけど、その所為で私は生徒会長に立候補させられてしまい、担任に相談したところ担任までもが乗り気になってしまい、私は断ることもできないまま、悩んでいました。そんな私を見かねた平塚先生と前生徒会長だっためぐり先輩が、特別棟の二階にある奉仕部という、それまで存在そのものを知らなかった部活に連れて行きました。そこには文化祭で有志によるライブのトリを務めた雪ノ下先輩と結衣先輩がいました。しかし尊敬する二人の先輩に会ったことで明るい気持ちになったのも一瞬のことで、部屋の中にいた部員と思わしき男子生徒と目があったことで一気に暗い気持ちになりました。彼は目が腐っていて、おまけに猫背で、口を開けば屁理屈ばかり言うせんぱいで」

 

 

 今思い出しても私が求めていたような出会い方ではなかった。

 

 

「だけど、そんな彼が私を生徒会長にさせないように動いてくれるということになり、不安でいっぱいでした。そして、生徒会役員選挙が一週間後に控えたある日のこと、彼に大事な昼休みの時間を奪われて、図書室で書類整理をさせられていました。そんな中で、彼はいきなり生徒会長になった場合のメリットを語り出し、あろうことか処理している紙束が全部私を支持するものだと言い出し始め、いつの間にか生徒会長をやめさせるどころか、やらせる気満々になっていた彼のやり口を面白いと思ってしまった私は、騙されたふりをして生徒会長になりました。だって、そこまで回りくどく穴を埋めていって、最後に私が大勢の生徒から期待されている事実を突きつけられたら、二つ返事でやるとでも思っていたような人なんですよ? しかも生徒会長を押し付けたという責任感を抱かせることで、彼を召喚することができるという特典付き。やらない理由がなくなってしまったのです」

 

 

 だけど、せんぱいを知っていくうちにそれはどうでもよくなっていて。

 

 

「…………なんて。そんな明るくいられたのも最初のうちだけで。年下の上司というものは社会に出ることなく学校内であってもすぐに受け入れられるようなもんじゃなかったみたいです。結局、生徒会役員とはギクシャクしたまま、海浜総合高校との合同クリスマスイベントをやることになってしまって。初日の会合から何を言っているのかわからない轆轤回しの会長に圧倒され、行き場のない私は奉仕部に駆け込みました。しかし、ちょうどその頃の奉仕部は崩壊寸前だったらしく、まさか私の依頼でそれに拍車がかかってしまうとは夢にも思いませんでした。まあ、この話は大分後から詳細を聞いてはっきりしたんですけどね。でも、せんぱいは部としてではなく俺個人でなら、と依頼を受けてくれました。そして、早速彼を会議に連れて行くと轆轤回しの会長は健在で、その日は話が一向に進みませんでしたが、次の日、彼は会長の轆轤回しに轆轤回しをぶつけることでいくつか話を進め始めました。そりゃもう二人の会話が異次元のように聞こえましたよ」

 

 

 いつしか彼色に染まり始めてしまっていて。

 

 

「でも結局、肝心なところは平行線で。そのままクリスマスまで一週間というところまで針が進んだある日、急遽会議が難苦なったことを伝えに奉仕部の部室へと行くと、お取込み中だったようで外で待とうとした時、偶然彼の心の叫びを聞いてしまいました。そしてなぜかその言葉は私の心の奥底にまで入り込んできて、今のわたしへと変えてしまいました」

 

 

『本物が欲しい』

 

 

 その言葉で恋に恋する『かわいい私』から一途に恋する『乙女なわたし』に変えられてしまって。

 

 

「しかもその次の日には奉仕部全員召喚で何が何やらわたしも話が飲み込めませんでした。まあでも、三人寄れば文殊の知恵とか言いますけど、あの三人が集まると天分の知恵って感じで話は一気にまとまりましたけど。そこからは彼がある小学生の女の子に懐かれているという事実以外は特に問題もなく、イベントも大成功でした。わたしもそれで自信がつき、年が変わってからは色々とイベントを持ち出すようになり、あまり彼に頼りきるということもなくなりました。終わった後には褒めてもらえて、たまに部室に行けば紅茶も出してくれて。三人には感謝しても足りないくらいで、ある日わたしはせんぱいに倣って三人に宣戦布告をしました。学年が上がってからも奉仕部には顔を出し、たくさんの愛情をもらいました。イベントを持ち出しては行き詰まるとせんぱいに泣きついて。知らない人は驚きでしょう。この学校の生徒会長は先輩に甘えてばかりのダメダメな会長なんです」

 

 

 ずっと頭に焼き付いていて、消えることのないせんぱいの顔。

 

 

 ………もう、だめ!? 涙を、抑えらんないっ!?

 

 

「………………………………でも、せんぱいに甘えられるのは、……ひっく………今日までなのか……と、ううっ………おもう、と、寂しい気持ちでっ、………………いっぱいですっ! もっと、しぇんぱいと、みんなとっ、いっしょに、ぐすっ、過ごして…………もっと、いっぱい、甘えたい………です。………………………だけどそれは、叶わぬ願い。こんなことを言ってたんじゃ、せんぱいたちにも笑われてしまいますよね」

 

 

 制服の袖で涙を拭う。

 

 

 送辞を書き始めてから、ずっと言わなければならないと思っていた言葉。

 

 

「……………うん、決めました」

 

 

 みんなの前で言ってやるんだ。

 

 

 わたしのためにもせんぱいのためにも。

 

 

「わたし、一色いろははせんぱいに泣きつく『甘える後輩』を卒業し、生徒会長一色いろはとして自立することをここに宣言しますっ! だから、先輩方は安心してこれからの自分たちの夢や希望に向かって歩んでください。そして、いつか『本物』と思えるものを手に入れてください」

 

 

 ちゃんとせんぱいなしでもわたしはやりきりますよ。

 

 

「…………平成◯度三月、生徒会長一色いろは」

 

 …………………。

 

 最初はどうなることかと思ったけど。

 

 深々と頭をさげるわたしにはるさん先輩よりも盛大な拍手が送られた。

 

 せんぱいにはちゃんと届いただろうか。

 

 頭を上げたわたしは………………。

 

 

 

 せんぱいと目が合ってしまった。

 

 いつもの濁った目ではなく、寝ているときのような優しい目。

 

 わたしは思わず恥ずかしくなり、駆け足で壇上を降りたのだった。

 

 

 

 

 なんなのあれっ!?

 

 反則だよ…………………。

 

 …………バカ、ボケナス、八幡。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

さらに恋して『最後の後輩』を卒業します

前回のと前後編になっています。


 わたしの送辞が終わり。

 次は卒業生による答辞。

 もちろん出てくるのは葉山先輩。

 

 

『答辞』

 

 きた。

 

『卒業生代表葉山隼人』

 

「はいっ!」

 

 教頭の指揮にあわせ、力強く返事をする葉山先輩。

 壇上に上がり、深々と一礼する。

 やっぱり、仕草の一つひとつがかっこいい。

 だけど、わたしにはそれだけ。

 

「答辞」

 

 紙を広げて原稿を読み始める葉山先輩………。

 かと思ったら、いきなり首を横に振り、紙を閉じた。

 葉山先輩?

 

「やはりこんな有り体の文章のつながりだけじゃ、心から祝福してくれた彼女たちに失礼だと思うので」

 

 そういうと先輩はマイクスタンドからマイクを取り外し、壇上の前の方に出てきた。

 

 えっ!? マジ?!

 

 それは会場にいる全員が思ったことらしく、またまた小さな騒音に包み込まれた。

 

「僕も今この瞬間に感じていることを話したいと思います」

 

 あれ!?

 これってやってしまった系なのかな。

 けど、わたしもはるさん先輩の言葉に当てられてしまったからというかなんというか。

 はっ!? まさかそれも計算済みでこうなることを予想してあんな挨拶をしたのだろうか。でも、あれは数少ないはるさん先輩の本音でもあったわけだし………。

 本当に最後まで抜け目のない人ですね。怖いくらいですよ

 

「自慢にしか聞こえないと思うので、あまりこういうことは言いたくないのですが、僕は学年二位の成績でサッカー部のキャプテンと文武両道にこなし、尚且つクラス、或いは学年、或いは学校の人気者で学校カーストのトップに君臨する存在と認識している人も多いでしょう。僕もそう思われるのは嬉しいし、そう思われるように努力もしてきたつもりです。みんなに頼りにされる葉山隼人に満足し、それで高校生活楽しく終われたらと思っていた時期もありました。けど、それも彼という存在を知るまでは、の話です。そいつを『知った』のは二年の職場体験のグループを決める時。まあ、それまでに一度テニスの勝負をして負けてるんだけどね」

 

 葉山先輩の言う彼というのは誰なんだろう。心当たりがないわけでもないけど。

 

「その時から認識するようにはなったけど、そいつがどういう人物なのかは知らなかった。取り敢えず、結衣が入ったという奉仕部に相談を持ちかけ、彼にも問題を話すことになりまして」

 

 やっぱりせんぱいのことなんですね。

 ……てことは、そういうことなんだよね。

 もう、ほんと何なんですかね、あの人は。

 何気にスペックが高すぎますよ、せんぱい。

 

「その日から数日経ったある日、僕は現実というものを聞かされました。僕ら四人の男子は僕を挟んでの友達でしかなかった。そう、つまり彼らは友達の友達でしかなかったようです。僕もこれを聞かされた時は、そんなはずはないと思いました。だけど、実際に目にしてみると僕がいない時の彼らは、お互いに口をきかない仲で、正直言葉も出ませんでした。そして、彼はこの問題を解決する唯一の方法を持ち出してきました。今考えてみても、あいつは僕をぼっちにさせたかったというのが本音なんだろうな。まあ、そんなわけで僕の初めてのぼっち体験が実現しました。でも、普段見えている世界からでは見えていない世界もあるということを甚く体に刻まれた時でもあります。……そういえば夏休みの小学生の林間学校の時は今のとは真逆のやり方だったな。さっき、陽乃さんが言っていた小学生のいじめ問題なんだけど、仲良くさせるのではなく人間関係そのものを壊すというやり方でね」

 

 何というかせんぱいらしい方法ですね。

 普通じゃ、そんな方法思いつきませんよ。

 

「僕は反対したんだけど、だからと言ってあの子たちを仲直りさせる方法があるわけではなかったため、彼のやり方に従うしかなかった。よくもまあ、そんな方法を思いつくもんだと思いましたけどね。ただ、あれはもう二度とやりたくない役でもあります。自ら人間の醜い部分を見せるとかほんと勘弁してほしいよ、まったく。けど、彼はこうも言っていました。これは問題の解決ではなく解消でしかない、と。人間関係を壊すだけではいじめの本質的な解決にはならない。せいぜい猶予期間を設けるだけで、時間が経てば再びいじめが起きる可能性は十分にある、と。それでその子は救われるのかと思いましたけど、クリスマスイベントで再開したその子は、グループの輪に入り、笑うようにもなっていました」

 

 あー、あの時の主役の子が。

 だから、せんぱいのことを呼び捨てにしていたのか。

 それにしては信頼されすぎているような………。

 というかやっぱり年下好きなんじゃないですか、せんぱい。

 

「つくづく僕は彼が嫌いになりましたね。何も持たないはずの彼が誰かの心に深く影響を与えてしまうことに。だけど、そのやり方は自分が犠牲になることで成立しているということに。二年の文化祭の時だってそう。葉山隼人という存在を使ってまで自分を落とし、問題を解決した。修学旅行の時もああなることも分かっていただろうに、一番効率がいいからという理由であんな方法をとった」

 

 まさか、修学旅行までもそんなことをしていたとは。

 バカなんですかね、せんぱいは。少しは自分に向けられる周りの感情も考えてくださいよ。振り回されるこっちはモヤモヤ感が溜まっていくだけなんですから。

 

「マラソン大会の時も運動部の俺のすぐ後ろをついてきてまで二人きりになり、葉山隼人という人物を見透かされた」

 

 そう言えば、あの時葉山先輩が負けられないライバルがいたとかなんとか言っていたような………。あの言葉の裏に隠れてたのって先輩のことなんですね。

 って、なに壇上から降りてきてるんですか、葉山先輩。

 さすがにそれはまずいですよ。自由すぎますって。

 

「三年になってからもそうだったな。何かを選ばなければならない時に限って、彼は俺の前を立ちふさがり、現実を突きつけてきた。そんな彼自身はいつも目の前の選択を結果が自分を傷つけるものであったとしても選んでいた。それは現状維持を好み、現状が変わってしまう選択を選べない葉山隼人にとっては、何も持たない彼より劣っていると感じてしまうには十分すぎるくらいだった。だから、何事においても彼にだけは負けたくないという思いがあった。こうしてみると俺は一年の頃より変わっってしまったと思う。俺だけじゃない。彼に関わった人たちなら多かれ少なかれ、自分の中の変化に気づいていることだろう。だから、やっぱり俺は彼が嫌いだ。…………さて、どうしようか、こんな答辞。なあ、比企谷」

 

 足を止めたのは葉山先輩の自席のところ。つまりはせんぱいの席でもあるわけで……。

 

「……………俺に振るんじゃねぇよ。何、お前。こんな時でさえ俺との優位をつけたがってんの?」

 

 無視するのかと思ったけど、ちゃんと反応するんですね。

 あ、反応しようが反応しなかろうが目立つのは変わらないからか。

 

「いや、単純に君の話をしていたら終息付かなくなってしまったと思ってね。ならいっそ本人に終わらせてもらおうと考えただけさ」

 

 葉山スマイルでせんぱいにマイクを向ける。

 

「普通にマイクこっちに向けんじゃねぇよ。嫌だよ、そんなの。お前が撒いた種なんだからお前がどうにかしろよ」

 

 相変わらず、挙動ってますね。

 せんぱいだから仕方ないですけど、キモいです。

 

「ハハッ。そう言うと思ったよ。君はいつだってそうだ。やらなくていいことはやろうとはしない。ずっと君は変わらない。なのに周りの人間を変えてしまう。全く、腹ただしいことこの上ないよ」

 

「言ってろ。俺にはそんなつもりもねぇし、人間本質的な部分じゃ変わらねぇだろ」

 

 いつも思いますけど、この二人って皮肉を言い合うくらいには仲がいいんだろうか。

 

「うん、ならこうしよう。比企谷、奉仕部としての君に最後の依頼だ。この答辞を綺麗に終わらせてくれ」

 

 そのくせ、お互いに嫌い合ってるとかよくわからない関係で。

 

「ハッ、とんだサプライズもあったもんじゃないな。が、まあ仕事じゃ仕方ないな」

 

 仕事としてなら受けるんですね。

 

「ああ、それにあの送辞を聞いた後では、君も後輩に一言二言は言いたいことがあるんじゃないか?」

「んなの後からでも言えるだろ」

 

 あれ? これってまさかわたしのため?

 

「それはどうかな。彼女を一番知ってる君なら分かるんじゃないか」

「ったく、いつもいつもおせっかいがすぎるんだよ、お前は」

 

 なっ!?

 なんなんですかなんなんですかほんとにもう。

 こんな時までもう、もう。

 

「それを君には言われたくないね」

「ああ、それと。葉山、俺もお前のこと嫌いだわ」

「ああ、知ってる」

 

 ヤバいですヤバいです。

 超ヤバいです。

 壇上に上がったせんぱいの姿を見たらまた涙腺が緩んじゃったじゃないですか。

 

「………青春とは嘘であり、悪である。青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺く。自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。何か致命的な失敗をしても、それすら青春の証とし、思い出の一ページに刻むのだ。……例をあげよう。彼らは万引きや集団暴走という犯罪行為に手を染めてはそれを『若気の至り』と呼ぶ。試験で赤点を取れば、学校は勉強をするためだけの場所ではないと言い出す。彼らは青春の二文字の前ならばどんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げてみせる。彼らにかかれば嘘も秘密も、罪科も失敗さえも青春のスパイスでしかないのだ。そして彼らはその悪に、その失敗に特別性を見出だす。自分たちの失敗は遍く青春の一部分であるが、他者の失敗は青春でなくただの失敗にして敗北と断じるのだ。仮に失敗することが青春の証であるのなら、友達作りに失敗した人間もまた青春ど真ん中でなければおかしいではないか。しかし、彼らはそれを認めないだろう。なんのことはない。すべて彼らのご都合主義でしかない。なら、それは欺瞞だろう……………。だが、そんな彼らをことごとく叩き倒してきた真っ直ぐな少女がいた。彼女に感銘を受けた優しい少女もいた。その子の成長を見守ってきた友達もいた。彼女らのグループを守ろうと調律してきたイケメンもいた。その男の作るグループに満足していた少女もいた。その彼女に恋するお調子者もいた。そんなお調子者の男をこき使うあざとい後輩もいた。そして、そんな彼ら全員に全力で向き合っていた教師もいた。彼女の教え子の中には魔王がいて天使がいて厨二病がいてブラコンがいて。そいつらは全員、常に何かを手に入れようと全力だった。だけど、そのすべてを否定してきた俺には彼女らはあまりにも眩しくて、何度も逃げ出した。なのにいつの間にか挨拶を交わす程度の仲にはなっていた。結局、人の出会いなんてのは唐突で、轆轤回しの会長風に言えばシャープでサドンなノンプレディクダブルであるわけで。心はぼっちを望んでいても世界はそれを許さず、ぼっちから抜け出そうとしても世界はそれを許さない。俺はそのループした世界に一度陥り、部活は半壊した。その時、先生は言っていた。わからないなら、もっと考えろ。計算しかできないなら計算しつくせ。全部の答えを出して消去法で一つずつ潰せ。それでも計算できずに残った答え、それが人の気持ちというものだ、と。だが、その言葉のまま考え尽くしても残ったものは曖昧で、また一から計算するしかなかった。ただ、一つ違うのはその計算は俺以外の奴も一生に計算するというところだ。それで答えが出たのかといえば、その計算は今もなお続いている。だから、目指すものが絞れている奴らは俺たちより一歩も二歩も先に立っていることになるんだ。なら、そこに出てくる障害程度でへし折れるな。考えて計算しつくせ。それでもわからないなら、一から計算し直せ。お前らの先輩はその先でちゃんと待ってるはずだ。………まあ、俺は待たないけどな。平成◯度三月、卒業生代表葉山隼人並びに比企谷八幡」

 

 もう、途中から涙が止まらない。

 というか号泣に近いかも。

 でも、あんなの聞かされたら泣いちゃいますよ。

 しかも最後っ!

 なんなんですか、待つ気はないから俺に並ぶように来れるもんなら追い付いて来いとか言ってわたしを堕とす気でしたか。一瞬ときめきましたがそもそも追いかけるだけでは足りないと思ってたくらいなのでむしろ追いかけてもいいとか言われた時点でもう堕ちてるのでだからそのあの……………涙が止まらなさすぎて引くついた体のせいで最後までうまく言い訳ができませんね。

 

 

 

 結局、旅立ちの日にも仰げば尊しもずっと泣いていましたよ。

 そりゃもう、歌詞を忘れるくらいには。

 

 そして現在、わたしは独り屋上へと来ていた。

 だって、あんな号泣した後に赤く腫れあがった顔でせんぱいの前に立てるわけないじゃん。

 空を見上げれば雲のない青い空間。

 下からは生徒たちの最後のひと時を分かち合う会合が行われている。

 せんぱいたちも今頃はあの中の隅で誰かと話しているんだろうなー。

 

 でも、そんなひと時も長くは続かなくて。

 

「………なんで来ちゃうんですか、せんぱい」

「そりゃお前。今日がまだお前が甘える後輩で居られる日なんだろ?」

 背中越しでも分かるせんぱいのあざとい顔。

「なんでいつもわたしのことばかり気にかけるんですかっ」

 自分の声とは思えない低い声。

 わたしは何にイラついて何に怒ってるんだろう。

「………なんで、だろうな。お前は俺にできたたった一人の後輩だからなのか単に年下だからなのか。俺にもいま一分かんねぇけど、大切、なんだろうな。いつの間にか奉仕部の部室に入り浸るようになって、あの空間の一部になっていて。あいつら同様、お前も大切なんだよ。それが恋愛感情かと言われれば肯定も否定もできないがな。って、うおっ!」

 

 わたしは無言でせんぱいの胸に抱きついていた。

 

 なのにそんなわたしを驚きはしたものの、嫌がるそぶりも擦り払うこともせず、優しく頭を撫でてくれた。

 

 それがきっかけで、わたしの中のせんぱいに対してのいろんなものが一気にこみ上げてきて。

 

 

 わたしは人生で初めて男の人の胸の中で泣きじゃくった。

 

 

 それからしばらくしてわたしはようやく落ち着きを取り戻した。

 それと同時に頃合いを見計らったかのように、雪ノ下先輩と結衣先輩と小町ちゃんが顔を覗かせた。

「あーっ! ヒッキーがいろはちゃんを泣かせてるーっ。わーるいんだー」

 子供っぽい反応を見せる結衣先輩に先輩がビクッとなり、挙動り始めた。

「いや、別に俺が泣かしたわけでは……ない、よな?」

 まさかのわたしに同意を求めてくるせんぱい。

 そんなキモカワイイ顔をされると、さっきの仕返しをしたくなってくるじゃないですか。だからこの三人の前で言ってやる。

「いや、ある意味せんぱいが原因ですね」

 せんぱいに出会うまでに培ってきたかわいい私の猫なで声で否定した。

「ほーん。お兄ちゃんも中々隅に置けませんなー」

「ヒッキー、キモッ! マジさいてー」

「気持ち悪いから近づかないでくれるかしら、比企谷菌」

 三者三様いつも通りの反応を示してくれた。

「おい、雪ノ下。それじゃ、小町も比企谷菌の持ち主になるんだが?」

「あら、確かにそうね。なら八幡菌に訂正するわ」

「なんかその菌、カスピ海のヨーグルトの菌並みには高そうだな」

「あなたの口からヨーグルトの菌が出てくるなんて」

「おい、その表現やめろ。俺の口から出てるみたいじゃねぇか。カスピ海に失礼だろ」

「相変わらずですね、せんぱいは」

 未だ彼の胸の中にいるわたしはいつものようなやり取りをする彼らにニヒッと笑ってやった。

「……やっといつも通りの顔になったな」

 そんなわたしを見て、ふっと笑うせんぱい。

 結衣先輩たちもほっこり笑っている。

 ………こんな時でもわたしは彼らに心配をかけていたようだ、と気づかされた。

「そんじゃ、小町を頼んだぞ会長」

 だから、自ら先輩の胸から離れ、くるっと一回転して。

「ふふ、任されました」

 あざとく敬礼。

 

 

 ありがとうございました、先輩方。

 

 

 わたしは今日せんぱいにさらに恋して『最後の後輩』を卒業します。

 

 

 でも、だからと言って負けるつもりもありませんよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぼっちになって『主観のわたし』を卒業します

 

 新一年生の入学式から早一週間。

 

 未だもって、最高学年に上がったという感覚がない。

 

 だが、みんなのように二年の気分が残っているから、というわけでもない。

 それはせんぱいが学校にいないという事実が嫌という程教えてくれる。

 

 そもそもわたしは一年半以上、生徒会長を務めているのだ。嫌でも上に立つという感覚が養われている。

 だから、なのだろう。

 大多数のようなふわふわした気分もなければ、最高学年だからと気を引き締めるようなこともしない。

 

 

 要するに、クラスに会話する相手がいない。

 先輩たちの話をすれば浮き足立った気分になるだろうし、一年の情報を交換すれば自己構えが高くなるだろう。

 だけどそうならないのはそもそも話していないから。

 

 

 去年同様、入学式後の新入生歓迎イベントを行った。ただ、去年と違うのは奉仕部の尽力を仰げなかったということだけ。

 だけど、これが大きかった。

 卒業式で『甘える後輩』を卒業宣言した手前、誰かに手助けを求めることもお願いすることも何となく憚れてしまった。

 それでも何とか無事に終わらせることができたけど、事後処理や議事録のまとめなどを作成するのに大分苦労させられてしまった。今にして思うと、先輩の仕事の早さは社会に出ても一つの能力としてみなされるんじゃないかと思うくらいには、迅速かつ正確だったということを改めて思い知らされた。

 そして、あれから一週間。わたしは生徒会の仕事に忙しく、新しくなったクラスメイトと話す間もなく、時間だけが流れ、果てにはクラス内のぼっちが確定されてしまった。

 ああ、何か誰かさんの後ろ姿を、そっくりそのまま追っているような気がして堪らない。

 わたしもあんな風に目が腐っていくのかなぁ。それとももう腐り始めてるのかなぁ。

 はあ、もうダメだよパトラッシュ。…………とかせんぱいだったら考えてるんだろうなぁ、こんな時。

 って、わたしは何を考えているのだろうか。机に突っ伏してまで。

 環境が似ると思考回路まで似てしまうのだろうか。あっ、それはそれでいいかも。

 だから、そうじゃなくって!

 ああ、もう! こんなのわたしじゃない。

 

 あの人はなんてものを置き土産にして行っちゃったんだろう。

 

 

 せんぱい、責任取ってくださいね。

 

 

 

 その日の放課後、一通のメールが来ていた。

 結衣先輩からだった。

 

『やっはろー、いろはちゃん。久しぶりだねー、て三日前にもこんなこと言ったような。ま、いっか。それより、今週の土曜日とか暇かな? ゆきのんと小町ちゃんと買い物に行くんだけど、一緒にどーかなーって思って』

 

 ………文章だけ見ると普通だけど、これに絵文字を大量に使ってくるとなると話は別だ。

 わたしも絵文字は使うが、結衣先輩の絵文字の量は半端ない。

 とにかく、読めない。

 これはさすがのわたしでも引くレベル。もう慣れたけど。

 でもこれをせんぱいや雪ノ下先輩にも使ってるんだよね。

 解読できるのかな、あの人たち。

 

 まあ、その話は置いといて、土曜日か。

 そういえば、ようやくちゃんとした休日をもらえるようになったんだよね。

 先週とか後片付けやらなんやらで駆り出されて、というかわたしも駆り出してた側になるのか。

 それで休みなんて休みはなかったんだし。

 あーあ、働きたくないなー。

 

 ……………………………。

 

 これはアレですね。非常にまずいですね。

 気分を変えないとわたしがわたしでなくなりそうだ。

 

『お久しぶりです、結衣先輩。土曜は生徒会の仕事もようやくひと段落ついたので暇ですよー。なので集合場所を教えてくださーい』

 

 こんな感じでいいかな。

 これにあと絵文字を足して、送信、と。

 

 せんぱいとメールする時とは大違いの絵文字量だと思う。

 一度、結衣先輩に送るように絵文字を使ったら、読めないと送り返されたことがある。

 まあ、せんぱいだからしょうがないんだけどね。

 そんなわけで最初と最後にしか絵文字を入れないせんぱいへのメールに比べたら、これはなかなかと思えるレベルの絵文字の量であることを、なんとなく考えてしまっていた。

 

「さて、今日は帰りますか」

 誰に言うわけでもない独り言。

「そーですねー」

 なのに言葉が返された。

 

 って、えっ!?

 

「こ、小町ちゃん?!」

 振り返えるとそこには、にぱっと笑った小町ちゃんがいた。鞄を後ろ手に両手で持ち、少し前かがみになった状態でわたしを見上げながら。

 夏でもないのに向日葵が咲いたのかと思うくらい明るかった。

 それと同時にこうも思ってしまった。

 

 あざとい、と。

 

 

 

「こんにちわです、いろは先輩っ!」

「う、うん。こんにちわ」

 驚きを見せるわたしにやっぱり笑っている小町ちゃん。

 彼女は現在、生徒会副会長としてわたしの手伝いをしてくれている。

 さすがせんぱいの妹ってだけあって、要領がいい。

 せんぱいに頼れない今、小町ちゃんは生徒会にとっては最強の戦力となっている。

「それにしてもなんだかお疲れの様子ですねー」

 

 歩きながら、そう切り出す小町ちゃん。

 

「やっぱりそう見えるの? 今朝お母さんにも言われたんだけど」

「だから、私も手伝うって言ったじゃないですかー。ごみぃちゃんに似るのも程々にしないと身体壊しますよ」

 

 ぶーぶー、頬を膨らませる。

 

「そうは言われてもねー。やっぱりあんな宣言した手前、せんぱいに顔見せできるようなものにしたかったし、その後始末もきっちりやれてこそ自立だと思うしねー。ってなんだか、せんぱいの性格に段々と近づいてきちゃってるね、わたし」

 

 こんなに責任感に溢れてたっけ? わたしって。

 

「いえいえ、まだまだですよ。うちのごみぃちゃんはもっと捻くれてますから。まあ、流石に働きたくないとか考え始めたら、八幡菌に感染してると思っていいと思いますけど」

 

 ん?!

 

 そういえばさっき働きたくないなー、とか考えてなかったっけ?

 

「どうしたんですか、そんな図星だったかのような顔をして」

 

 またしてもわたしの顔を覗き込んでくる小町ちゃん。

 さっきから冷や汗がたらたらと身体中から溢れてくる。

 

「い、いや。にゃんでもないにょ」

 

 噛んだ…………(泣)。

 せんぱいも図星をつかれるとよく噛んでたっけ。

 はあ………、ダメだ。どんなことでもせんぱいに繋がってしまう。繋げてしまう。

 ある意味八幡菌に感染してしまっているのかもしれない。それももう末期で。

 

「ぷっ、くくくくくっ」

 口をお腹を押さえて笑われた。

 確かにせんぱいがこんな感じの時はわたしも笑ってたけど、やられる側っていうのはこんな感じなんだね。

 ごめんなさい、せんぱい。以後気をつけます。………無理でしょうけど。

 

「ちょ、そ、そんなに笑わなくたっていいじゃん。わたしだって噛むときくらいあるよ」

「くっくく、ご、ごめんなさいです、いろは先輩。反応が、くくっ、兄に似てたもんで、つい」

「は、恥ずかしいからそういうことは言わないでっ」

 やっぱり、似てたんだ。なんか嬉しいような悲しいような。

「でも小町的には嬉しい限りですよ。あんなごみぃちゃんでも受け入れてくれる人もいるし、認めてくれている人もいる。さらには好きになってくれたお姉さん候補が三人もいるとなるともう涙ものですよ」

 お姉さん候補って………。

 それも三人って後の二人はあの人たちなんだろうな。

「………自分でもそこは驚いてるよ。妹相手に言うことじゃないかもしれないけど、せんぱいの何がいいのかは自分でもわかっていないの。けど、あの人は私をわたしに変えてくれたから。つまらない幻想から目を覚まさせてくれたから。この感情が好きと呼ぶのかはわからないけど、特別であることには変わらない。男子に甘える私の相手をさせていたのがいつの間にかせんぱいだけに自分から甘えにいくようになってるんだから、好きってことなんだとは思うけど………」

 ほんと、こんなこと彼の妹相手に話すようなことじゃないと思う。

 

 昇降口に着き、それぞれの下駄箱へと別れた。

 

 あれから一ヶ月か……………。

 

 なんかあっという間だったなー。

 

「お待たせしました、いろは先輩」

 なんて考えていたら、小町ちゃんが横に並んだ。

 それを確認してわたしは歩き出した。

「それじゃ、いこっか」

 小町ちゃんもわたしの横に並び歩く。

 せんぱいたちが卒業して、残された私たちはよくこうして二人で歩いて帰っている。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

 そんな中の突然の質問。

「ん? わたしに答えられることならいいけど」

「いろは先輩はお兄ちゃんの妹になりたいって思ったことありますか?」

 

 ……………………………………。

 

 妹………、か。

 

「………確かに、せんぱいに甘えたいって感情を認めた頃は何度か考えたことはあるよ。妹だったら、もっと甘えられるのに、て。………だけど、なんかそれは違うんだよなー。妹になっちゃったら、それ以上もそれ以下の関係にもなり得ない。そんなのは…………わたしが求めているものじゃない」

 

 妹になってしまえば、それまで。

 一番近いようでいて、それ以上は近づけない関係。

 

「………………」

 

「……小町ちゃん?」

 

「え? あ、はい。やっぱりそうですよね」

 

 なんか、影をまとっているように見えるんですけど。

 気のせい、じゃないよね。

 やっぱり、そういうことなんだよね。

 この質問も。

 

「けどさー、妹ってのも羨ましいって思っちゃうんだよねー。わたしと出会う前のせんぱいを一番知っていて、どんな将来が来ようとも切り離せない関係だし、何よりお互いに信頼し合える関係なわけだし」

 

 せんぱい相手なら尚更そう思ってしまう。

 あの人は関係を壊すことには長けているから。

 感情を隠すことだってできてしまうから。

 

「……いろは先輩?」

 

「宣戦布告してから1年経つけどさ、せんぱいはわたしを意識してくれるようにはなったんだよ。だけど、それは恋愛感情から来るものじゃないのは何となくわかるの。1年経っても『たった一人の後輩』までにしかなれなかった。そう考えると、この先何年かかるのかわからなくて、不安になるの。その度に妹という安定した関係に逃げたくもなっちゃってさー。だけど、そういうのは本物じゃないと思うから」

 

 せんぱいに特別だと思われるのは素直に嬉しい。

 だけど、特別な後輩じゃなくてわたしは…………。

 

「わたしが求めてるのは『特別な後輩』じゃなくて『特別な女の子』だからさ」

 気恥ずかしくなって空を見上げる。

 夕暮れの空は夜に向けて藍色に染まり始めていた。

 

「……強いですね、いろは先輩は」

 同時に小町ちゃんの感情も藍色に染まっているようだ。

 

「強くなんかないよ。ただ、強がってるだけ。今だって、頭の中はせんぱいで埋め尽くされていて、会いたい衝動に駆られてるもん。生徒会の仕事でなんとか紛れていたけど、一段楽ついた今じゃ、意識的に我慢しなきゃいけないからすっごく辛いよ」

 そうなんだよねー。

 自由ができるということは、気を紛らわすものがないということなんだもんなー。

 だけど、小町ちゃんの辛さはわたしにはわからない。

 だって、わたしはわたしで小町ちゃんは小町ちゃんなんだから。

 せんぱい曰く、話してわかるというのは言った本人の傲慢であり、聞いた相手の思い上がりでしかない。

 だから、わたしは………。

 

「……千葉の兄妹なら、何らおかしくはない」

 

「えっ?」

 

「いつだったかせんぱいが言ってたんだよね。千葉の兄妹は愛でできてるんだって。その時は何言ってんのこのシスコン、て思ったんだけど、二人を見てたら否定できないんだよね。逆にそれが自然体ですらあって、そうじゃない二人を想像できないんだよ。だから、小町ちゃんも自分なりの愛し方でせんぱいのことを愛せばいいと思う。わたしだってそうだし、多分あの二人だって自分なりの愛し方ってのを探してるんだと思う」

 

 せんぱいがシスコン呼ばわりから逃れるために言っていた言葉を、そのまま彼女に伝えた。

 こんなの何の問題の解決にはならないだろうけど。ただの遅延行為でしかないけど。

 

「……まったく、敵いませんなー、いろは先輩には。でも……、そっか。だから、みんな

手探るように近ず離れずなんですね」

 

 それでも人は言い訳があれば、自らを納得させようとすることもできるから。

 

「………せんぱいは他人の好意を素直に受け取れないからね。この好意に裏表なんてないことをみんな分かってもらうためにあれこれ考えてる。それはせんぱいも同じだと思うよ。他人からの好意をどう受け取っていいのか探ってるんだよ」

 

 でも、その言い訳で納得いかなくなった時に、初めて人は本気になれるんだと思うよ、小町ちゃん。

 わたしには言い訳を与えることはできても、答えを与えることはできないからね。

 

「……やっぱり、奉仕部って人間味がありますねー」

「それ、わたしも奉仕部の括りにされてるようだけど、部員じゃないからね?」

「でも、奉仕部の理念には結衣さんよりも理解があるように見えますよ?」

「それは多分違うものだと思うなー。わたしもあの二人も基準はせんぱいだし…………」

 

 確かに、奉仕部の理念に近い考えを今の今までしてはいたけど。

 だけど、それは奉仕部、というよりはせんぱいの性格にあるんだと思う。

 

「せんぱいに似ようとする雪ノ下先輩。せんぱいに似ることのないの結衣先輩。そして、せんぱいに似てしまったわたし。それと……せんぱいに似ようとしない小町ちゃん」

 

「えっ? 小町も?」

 心底驚いたような表情を見せる小町ちゃん。

 

「そうだよ。わたしも入れて奉仕部っていうのなら、小町ちゃんも入れてこそ奉仕部だと思うよ。そして、わたしたち四人の中心にいるのが本物を求めるせんぱいなの。だから、奉仕部が人間味があるように見えるのは、そんなせんぱいの性格に影響されたから、なんじゃないかな?」

 

 最近になって気づいたことだ。

 ぼっちは一人の時間が多いからよく考え事に耽っている、てせんぱいも言っていたけど、本当にそうだった。

 クラスが変わってから生徒会の仕事で忙しくてぼっちになってしまったわたしは、モノゴトをじっくり考えられるようになった。その一つがこの結論である。

 

 

 四者四様にせんぱいの影響を受けて今の自分がある。

 

 

 ぼっちにならなかったら、こんなこと考えもしなかったんだから、ぼっちも悪くないと思えてしまう。これ、せんぱいに言ったら絶対ドヤ顔しそう、というかするだろうなー。言わないけど。

 

「ふふ、確かにそうかもですね♪」

「でしょ♪」

 

 残されたわたしたちは夕日に向かって走り出した。

 







目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。