英雄伝説 魔の軌跡 (閃の細道)
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序章
始まりの日


初めまして、『閃の細道』と申します。

先日、閃の軌跡を購入しⅠ&Ⅱと連続でプレイしてドハマりしてしまい、そのテンションに身を任せこちらのサイトを知って、読者としてだけではなく執筆したという、直球かつ行き当たりばったりな作品です。

ボキャブラリーもなく駄文かもしれませんが、その時はお許し下さいませ……

何分投稿作品というもの自体が初めてですので至らない部分が多いと思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。

※2015.08.08 修正


 あの日の事は、今でも鮮明に覚えている。

 居場所を無くした出来事。否、自分から居場所を無くしたと言ってもいいのかもしれない。

 どうしてあんな言葉をかけたのか。

 

 どうしてあんなものを得てしまったのか。

 意識が完全に途切れたその後に聞こえた二人の声。凛とした声と、その後に続く艶やかな声。

 

『力が欲しいのですか』

 

 ああ。

 

『何故力を求めるのですか』

 

 今の俺では何も出来ない。だから、せめて守れる力が欲しい。

 

『何を守りたいのかしら』

 

 空っぽだった俺に、生きる意味を教えてくれた場所。そして、守りたい人がいる。

 

『そう……力を授ける代わりに対価を頂いてもいいのかしら』

 

 それでも構わない。なんだってくれてやる。元々そんな大層なものは持ってない。

『いいでしょう。では、力を与える代わりに、人としてとってもとっても辛い対価を頂くわ、呪いにも似た対価をね』

 言葉の意味なんて考えず、その時はただ鵜呑みにしていた。元々記憶が無い自分に居場所を与えてくれた人々。その人達を守れるのであれば、代償なんてクソ食らえだ。自分の守りたい人をたった一度だけしか守れず死ぬくらいなら、そんな業は背負ってやる。そう思っていた。

 

 

 

 しかし、目が覚めた時に得たそれは、度が過ぎた、自分には有り余るものだった。正にそれは人外、異形の力。

 守りたいと思い、得たいと思った力はこんなものではない。そう思った途端、怖くなった。居場所がなくなるのではないか。そう思ってしまい逃げ出した。

 

 一体何故、こんなものを与えたのだろうか?

 そもそもあれは誰だったのだ?

 

 そして、逃げ出した事への激しい自己嫌悪。

 

 その問いの答えを探すため、懺悔の念を押し殺す為、居場所を求めずただひたすら放浪した。大陸全土を放浪すれば、何かの答えが見つかると思った。

 放浪し数々の戦いを経て分かった事は、自分の得たものは、人の身に余る、否、人が持ってはいけないかの様な、絶大な力である事。そして、その異形の力を得た代償の呪いについての情報だけだった。

 そして、自分一人では自分の求める答えは見つからなかったという結果。

 

 

 だからこそ、この場所に身を寄せているのだが、それが正しい事なのかは分からない。しかし、この場所にいる事で、自分の感情が大きく変わっていったのもまた事実。

 

 逃げ出してしまった自己嫌悪は、これ以上逃げ出さない強さに。

 この力と呪いについては、自身の一部と割り切る事に。

 

 そう思う事で、あの時の出来事を思い出す事はあっても後悔をする事はなくなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

「――くん。スレインくん、聞こえているかい?」

 

「ん、あぁ、全く聞いてなかった」

 窓から見える雲ひとつ無い青空を見ながら、後味の悪い物思いにふけってしまった事を後悔して、目の前にいる人物の方へ向き直った。

 互いに高級な刺繍が施されたソファーの上に座り、どこから見ても高そうな装飾の机の上には数枚の資料が置かれている。目の前には鮮やかな金髪を首筋辺りで一つに纏め、その身を国の象徴たる紅色で装った男性。そして、ゼムリア大陸の有名人でもある彼はニヤニヤしながらこちらを見ている。

《放蕩皇子》―――オリヴァルト・ライゼ・アルノール

 

 王位継承権はないものの、このエレボニア帝国における皇族の一人にして、最近社交界に進出してきた人物。

「外を見て黄昏れるのは結構だが、聞いてないなら仕方がない。君の為なら何度でも言おうじゃないか」

「いや、それはそれで困る。一回で結構だ」

「フッ、それは勿論、言葉の綾というものさ。つれないな〜スレインくんは。では、もう一度だけ言おうではないか」

 いちいちツッコミを入れていても全く話が進まないので、ここはもう沈黙を決め込む。そもそも、この人の話をまともに聞こうとする方が間違っているのかもしれない。

「スレイン・リーヴス君。春からここに入学してくれないか」

 そう言いながら机に置いてある封筒をこちらに差し出す。その封筒にはでかでかとこう記載してあった。

 

 

『トールズ士官学院 入学特別推薦書』

 

 

「……は!? 俺が? 皇子、それは仕事(・・)としてか?」

 

 自分とは限りなく無関係な単語と内容につい声を大にするが、目の前の人物からは至って冷静な回答を受ける。

 

「いや、仕事は関係なし。普通に生徒としての入学さ。先日の件で一段落しているだろうから、そのまま休業にしてくれて構わない」

 

「……内偵業務は不要って事か?」

 

「それは違うよ、スレインくん。僕はこの学院の理事長をやっていてね、その立場から推薦しているのだよ。純粋に君に学院生活を送ってもらいたいんだ」

 

 そう言うと目の前の男性はテーブルに置いてある紅茶を飲み、こちらに笑みを浮かべる。

 

「……本気で言ってるのか?」

 

 士官学院と言えば、軍事養成の学校である。そんな所に行く必要のない人間である事を知っているのに、今更何を学べと言うのだろうか。

「あぁ、勿論本気さ。君にはその必要があると思ってね」

 

 彼はそう言うとその封筒とは別に何枚かの資料を取り出す。と言っても、殆どが学院についての資料の様で、あまり見る気にはならない。

 そもそも、自分の様な輩を入学させるには些か問題があると思う。そのような教育機関に属する者として相応しい経歴ではない。どうやったらそんな輩を入学させようと思うのだろうか。しかし、そんな事を言った所ではぐらかされるのがオチである。

「……わざわざ手元の人材を使わなくても他に推薦する人材はいるだろ。拾われた身で言うのもあれだが、俺よりも入学するべき人間はいるんじゃないか?」

 仕事関係なしで入学しろと言われて、それをいきなり肯定するには事は出来ない内容である。遠回しに断るつもりで真意を聞き出そうと、それっぽい言葉を並べていく。

 すると、先程までの談話の雰囲気が一変し、真剣なものへと移り変わる。個人対個人の雰囲気ではなくなり、個人対皇族としての真剣な内容となった事を表していた。

「謙遜する事はないさ。君の功績は過去から現在まで素晴らしいものだ。直接関わっている僕にとって、君ほどの逸材はいないと僕は思っているよ」

「……俺のような輩が学院に入学なんかしてみろよ。学生さんには悪影響を与えるどころか、毒だぜ、毒」

 自嘲気味な笑みをしながらそう呟く。実際問題、自分は純粋に士官学院に入学する若者とは真逆の人生を歩んでいる。最初こそ物珍しく扱われるだろうが、次第とその違いに畏怖を感じるに違いない。

 それに、軍属ではないものの、ある程度の事柄は身についている。再度思うが、何を学べと言うのだろうか。

 

「そんな事はないさ。何をするにしても多少の刺激(スパイス)は必要だよ。そして僕はそういう若者を歓迎している」

 確かに、俺の様な輩を拾っている時点でそれは本音なのであろう。

「流石に刺激が強すぎだと思うけどな。何が目的だ?」

「理由は単純だよ。新しい風を吹かせる為さ。未来の帝国を担う若者を育成する。理事長として携わっているのだから、それくらい考えていて当然だろう?」

 

「それを俺が作れって事か? たかだか士官学院の生徒に何をさせようとしてんだよ」

 

 今の言葉でおおよそ検討が付いた。しかし、それを一介の学生にさせるにはしては、些か乱暴というか……少しばかり同情してしまう。

 

「いや、スレインくんが作る訳ではない。そこにいてくれればいいんだ。青春を謳歌しながら新しい風を当たる事で、君も新しい何かを見られるかもしれない」

 

「(新しい何か……ね)」

 

 心の中でそう呟く。実際にそれを求めている事は、自分がよく分かっていた。確かに皇族直属の内偵として動いてきて、大切なものは得られたのだが、核心に迫る様なものは殆ど得られなかった。雇い主として、この皇子はそれさえも見透かしていたのだろう。どちらにせよ、こういった状況で繰り出されるこの人物との会話で、結果を覆した経験はない。

「それに面倒見の良い君の事だ。何かあったら率先して解決してくれるだろう? そんな君に感化される若者だっているハズだよ」

 

「それはそれで困るんだがな……」

 

 そう言ってオリヴァルトから目を逸らして、目線を再び窓から見える景色に向けて口を閉ざす。

 

 オリヴァルトの言っている事は分かっているのだが、自分が交じる事での、若者達の影響が気になってしまう。

 清水の中に、濁った水が一滴でも混入した場合、それはもう清水ではなくなってしまうだ。その結果を考えると、百歩譲って足を踏み入れたとしても、純粋な学生達に絡んでいく事さえも間違いではないのかと思ってしまう。

「……スレイン君。この1年君といて分かったのだが、君は焦りすぎだ。もう少し歳相応というものを覚えた方がいい」

 

 ここでオリヴァルト皇子のお目付け役であり、この場にいる三人目、エレボニア帝国が誇る機甲師団の軍服を纏っているその人物が口を開く。

エレボニア帝国正規軍第七機甲師団所属

ミュラー・ヴァンダール少佐

 帝国において『ヴァンダール家』は、代々帝国皇室を守護する名門中の名門。

 更に言えば彼はオリヴァルト皇子とは幼馴染であり、加えて親友の間柄でもある彼は更に言葉を続ける。

「君の本来の目的は知っている。しかし、1人で足掻いても見つからぬものは見つからない。そんな時は焦る必要も無ければ、悩む必要もない。ただ目の前の事を行うだけでいいのだ。それに、学生というのは人生の中でもそう多くはない。せめて今は若者として目の前の事を行ってみたらどうだ?」

 

 普段、こんな事を話す人だった覚えはないのだが、その珍しい言葉に反論の隙を見失ってしまう。

「そう、親友の言う通りだよ。学生でいられるのは、人生の中で限られた期間だけだ。囲っている私が言うのもなんだが、君はもっと楽しいと感じる事が必要だよ。学院に通って歳相応の青春を謳歌してもいいのではないかい?」

 

「かといって、こいつの様にふざけ過ぎるのは問題だがな」

 

「何を言うか親友! 私は常に真面目だっだではないか」

 

 難しい顔をしていたのだろうか、それともあれこれ考えている事が分かったのだろうか。オリヴァルトとミュラーはいつもの様に漫才の様な会話を続ける。

 この2人にはかなわない。オリヴァルトには勿論のこと、時々手合わせをしてもらっていたミュラーにも自身の迷いがバレていたのだろう。そんな事を考えた途端、何かが吹っ切れた。もう言い逃れも出来ないし、これ以上はただの言い訳になってしまう。ミュラーの言葉通り、目の前の事をただ行う。これが現状の正解なのかもしれない。

 

「……分かった。トールズ士官学院、入学してやる。問題児が増えても知らんけどな」

「問題児は増やさないで欲しいけど、決心してくれた様で良かったよ。では必要事項を書いておいてくれたまえ。あ、そうそう、思わぬ再会が多いから楽しみにしていてくれ♪」

 

 封筒の中身を出しながら書類を確認していると、いきなり思わせぶりの発言をする皇子。

「思わぬ再会? まぁ、この住所を見る限りトリスタって書いてあるんで、昔使ってた店とかはありますが…」

 

 この都市には以前何度か足を運んだ事があるので、確かに顔見知りは何人かいる。暫く行ってないから、相手からすれば『思わぬ再会』になるのかもしれない。しかし、ニヤけ顔から戻ってこない目の前の人物からすると、そういう意味ではないのであろう。

 

「それはまだ秘密さ♪ あと、仕事の方は何もなければ、しばらく頼まないつもりだ。学院生活を楽しんでくれて構わないよ」

 

「ああ、何もない事を祈るよ。では、失礼します」

 

これ以上話してもどうせ何も教えてくれないので、書類の記入を手短に済ませてここで会話を終える事にした。そして2人に一礼をしてから退室する。

 

 

 

 

 

こうして、皇族直属の内偵スレイン・リーヴスは、トールズ士官学院の学生として、新たな生活を開始するのであった。

 

 

 

 




という訳で、こちらの序章は入学式からおおよそ1ヶ月前のお話です。

オリヴァルトやミュラーって口調の再現が難しいです……
ファンの皆様、申し訳ありません。


次回から本編に突入していきますので、
読んでいただければ幸いです。


お読み頂きありがとうございました。


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運命の再会

第2話の投稿です。

なかなかオリエンテーリングに行けません。

しかし、そこまで奇を狙った訳ではないのであしからず…


※2015.08.08 修正


 

 七耀歴1204年3月31日

 エレボニア帝国中央

 帝都ヘイムダル近郊都市トリスタ

 

 列車を降りて駅から出ると、白いライノの花が咲き乱れている。遠くには士官学院の本校舎の塔などが見える。学生たちは北にある士官学院へ向かい始め、中には立ち止まって話をしたり、辺りを見回す者もいる。

 すっかり春の陽気を感じさせるこの季節、人生の新たな門出を迎えた若々しい少年少女たちは、これからの学院生活を想像し一様に目を輝かせているのが分かる。

 周囲を見渡しながら、そんな回想をしていたスレイン・リーヴスは、駅前で立ち止まる。目の前に広がる、懐かしくもありこれから過ごすこの町並みから、遠くに見える士官学院へと目を向ける。

 トールズ士官学院

 七耀歴950年。エレボニア帝国史上最大の内戦とされた《獅子戦役》にて勝利を掴み取った大帝・ドライケルス・ライゼ・アルノールが設立した由緒正しい士官学院。その歴史は帝都ヘイムダルに存在する名門女子校、『聖アストライア女学院』と並んで長い。

 帝国の貴族の嫡子から平民の生徒まで、その在校生の内訳は様々であり、卒業先の進路もかつては軍属が大半を占めていたが、今では士官学院で学んだ知恵と技量を生かして各々が望んだ道に進むことが多い。そんな多様な価値観や柔軟性が生まれた事で、トールズの名は更に有名となった。

と、そんな由緒正しい名門学院に入学する事になった訳だが、その足取りは非常に重い。

 寮に入るという事で荷物整理をしている自分に向けてオリヴァルト皇子から、「君の青春ストーリーが聞ける事を楽しみにしているよ♪」なんて言葉で茶化された。正直、俺を放り込んだ理由なんて十中八九そっちがメインなんじゃないだろうかと思ってしまう。

 

 そんな事を思い出してもあの時のにやけ顔しか出てこないので、自身の脳内イメージをリフレッシュする為に、視界の上方に広がるライノの花を見上げる。

 

「「ライノの花か……」」

 

「「ん?」」

 

 同じ言葉を紡いだ後、同じような疑問文を投げかけた方向へ目を向ける。

 

 そこには同じ赤い制服を着た黒髪の少年が立っていた。

 

「奇遇だな。発言も制服も」

 

 緑と白の制服を着ている割合が非常に多い事は感じていたので、同色の制服にはきっと意味があるのだろうと思いスレインは話かける。

 

「そうだな。もしかしたら同じクラスかもしれないな。俺はリィン。リィン・シュバルツァーだ。よろしく」

 

「俺はスレイン・リーヴスだ。よろしく頼む」

 

 そんな簡単な自己紹介をして握手を交わした所で、寄るべき場所があった事を思い出す。少年に「また後程」と言い残してその場を後にした。

 

 

 

 

———カラーン―—

 

 

 さっさと寄り道を片付けるべく目的地の扉を開ける。

「ちわーす。ミュヒトさんいますー?」

「誰だ? まだ店は開いてな……って、スレインか」

 

 白髪交じりで短髪の店主は、俺の顔を見てつまらなそうな顔をしてそう答える。

 質屋のミュヒト。看板と店のなりこそ質屋だが、ミュヒトはエレボニア帝国東部ではけっこう名の知れた情報屋でもある。それと、意外と知らない事実であるが、小説「カーネリア」の執筆者でもあったりする。

「久しぶりに連絡が来たと思ったら、トールズに入学とはな。しかし制服姿のお前さんとはな」

 

 俺の姿を見て笑いを堪えながらそう言うミヒュト。しかし、こちらをジーっと見たその数秒後には堪えきれなかった笑い声をあげる。

 

「笑わないでくれよ。俺だって困ってるんだぜ?」

 

「クククッ、すまんな。どうもお前さんが制服着てると笑いが止まらねぇ。馬子にも衣装ってか?」

 

「いや、年齢的には普通だから、それは流石に失礼だろ」

 

 必死で笑いを堪えている店主に冷ややかな目線を送り、笑いを止める様に促す。それと同時に、後方から扉が開く音が聞こえた。

 

 

 

———カラーン―—

 

 

「ミュヒトさん、何でこんな時間に呼び出すのよー」

 

 そんな愚痴とも言えぬ言葉は、聞き覚えのある懐かしい声から発せられていて思わず振り向く。そこには赤紫色(ワインレッド)の長髪を後ろで纏め、黄土色のワンピースに足元まであるロングコートを来た女性が立っていた。

 

「……サ、サラ!?」

 

 思わぬ来訪に数秒思考が止まり、ついつい素っ頓狂な声を発していた。

 

「え、スレイン!?なんであんたがここにいるの!?今までどこに…ってその制服姿は何!?」

 

 驚いたのはこちらの女性も同じらしい。矢継ぎ早に質問を投げかけながらスタスタと歩み寄ってくる。

 

「久しぶりだな。半年振りか? 上の命令で入学する事になってな。ってか、サラこそなんでこんな所にいるんだよ」

 

 とりあえず一呼吸置いて冷静になり、投げかけられた質問に淡々と答えながら彼女の方に目線を向ける。

 

「クククッ。お前さん知らないのかよ。こいつ、トールズの教官だぞ?」

 

 またまた笑いを堪えながら話すミュヒト。その言葉に驚き、口をパクパクしながら二人の顔を交互に見る。

 

「……は!? 教官!? サラが?」

 

 自分が知っている彼女であれば、教官なんてイメージはない。

 

 サラ・バレスタイン。紫電(エクレール)の異名を持ち、遊撃士協会帝国支部のエース。最年少でA級遊撃士に上り詰めた女性がこの人物。追記として、ビール好きでちゃらんぽらんな性格。という所までしか記憶にはない。

 

「そうよ〜。ヤバイ時に学院長に拾われてね。そういえば言ってなかったかしら? ごめーん」

 

 なんて言ってわざとらしく謝罪をしてくる。その言葉の後に「ってか、何? スレイン、本気で学生やるの?」と付け加え、小馬鹿にした笑みをしたまま再びわざとらしく聞いてくる。

 

「だから上からの命令って言ってんだろ。俺だって好きでこんな事やらねぇっての。で、そこでいつまでも笑ってるミュヒトさん? わざとブッキングさせただろ?」

 

 未だに笑いを堪えているミュヒトに冷ややかな視線を注ぐ。

 

「まぁな。サラの方にも伏せられてたみたいでな。両方知ってた俺が一肌脱いだって訳だ。何よりお前たちのこのやり取りを久しぶりに見れると思ってよ」

 

「そういう事かよ。て事は、オリヴァルト(アイツ)が言ってた事ってこれかよ」

 

 何を隠そうスレイン・リーヴスは元遊撃士なのである。サラと同じく、以前は帝国支部に所属していた準遊撃士で、ミュヒトとはその時からの付き合いという訳である。

 といっても、とある事件の影響で二年前に辞めてしまったのだが。今はそんな昔の事へと意識を飛ばす様な時間はない。

 

「てか、スレイン、その制服って事は私のクラスなのね」

 

「ん?ああ、やっぱこの色関係あるのか?」

 

 行き交う学生が殆ど緑もしくは白の制服に対して、スレインが纏う制服は赤。先程出会ったリィンという少年も赤だったのだが、やはりクラスに関係していたか。

 

「ま、細かい話は学院でするわ。ここでバラすと面白くないし。じゃ、またね」

 

 そう言ってウィンクをしたサラはスタスタと帰っていく。あの不敵な笑みは間違いなく、面倒事であり厄介事に繋がる笑みである。

 まったく、あの皇子といい、サラといい、どうしてこうも前途多難な学院生活にさせるのか。大変遺憾に思うものの、今更恨んだ所で後の祭りというものだ。ため息一つ付いて、こちらの用事を手短に済ませようとする。

 

「さて、ミュヒトさん。例の物用意してくれてる?」

 

「あぁ、これでいいんだろ。しかし、まぁ、お前からしたら鈍らじゃないのか?」

 

 そう言ってミュヒトは細長い布袋をカウンターの下から取り出し、こちらに差し出してきた。

 

「まぁ、そうなんだけどさ。得物を用意しろって言われてるからさ。別に何でもいいかなと」

 

 そう言って差し出された布袋を開けて中身を確認する。そこには何の変哲もない一振りの騎士剣が入っていた。

 

「そんな事言わないで自分で用意しろっての。うちは便利屋じゃねぇんだぞ」

 

「はいはい、次はちゃんと情報買うから」

 

 ミュヒトに代金を渡しながらそう言い残し、布袋を片手に店を出る。思いの外時間が掛かってしまったと思い、腕に付けてある機械式時計を見る。予想通り、入学式の時間が目前まで迫っている事に気づく。

 

「初日から遅刻はまずいな。走るか」

 

 そう呟きながら、今後の学院生活に一抹の不安を抱えながら学院へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 学院に到着すると、校門の近くには先輩と思しき小柄な女子学生とつなぎを着た男子学生がいた。そこで声をかけられ、事前告知にあった荷物、先程ミュヒトから渡された得物を預ける。

 そうして式の会場に足を運ぶと、既にある程度席は埋まっていたので、空いている最後列の席につくと同時に入学式は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後に諸君には、かの大帝が遺したある言葉を伝えたいと思う」

 

 

 壇上に立って新入生一同に向けて言葉を発しているのは、2アージュ程もあるだろうかという、服の上からでも分かる程の筋骨隆々な老人。その年齢を感じさせない体つきは、誰が見ても只者ではない事がはっきりと分かる。

 

 トールズ士官学院学院長、ヴァンダイク。

 学院長でありながら、エレボニア帝国正規軍名誉元帥という肩書も持つその老君は、今でこそすっかり正規軍から離れているものの、現役時代は数々の伝説を持つ人物でもある。そんな名将からの言葉は、静かに語りかけるものも威厳をしっかりと感じさせるそれであった。

 

「『若者よ、世の礎たれ』――― ”世”という言葉が何を示すのか。何を以て”礎”とするのか。その意味を、考えて欲しい」

 

 学院の創設者でもあり、250年前にあった《獅子戦役》の英雄ドライケルス大帝が遺した言葉。

 

 しかし、今はそんな伝説について思考を飛ばすよりも、ただ目の前の生活を、どのように続けていくかを考える方が大事である。

 思考を虚空へと飛ばしていると、気付いたら行事が謹んで終了していた。そうして生徒らはそれぞれに分けられたクラスへと思い思いに散らばっていくのであった。そう、”赤い制服”を着た自分たちだけを除いて。

 

「んー、どうするべきか……」

 

 なんてポツリと呟いたと同時に、先程聞いた声が自分の名を呼んでいる。

 

「スレイン、こんな後ろにいたのか」

 

「あぁ、用事を済ませたら結構ギリギリでな。何か聞いてないか?」

 

 自分が到着する前に何か説明があったのもしれないと思い問いかける。しかし、取り残された赤服の数がそこそこいる事から、説明自体がなかった可能性も考えた。

 

「それが聞いてないんだ。っと、紹介するよ、こっちはエリオットだ」

 

 そう言うと、リィンは後ろに立っていた小柄な少年を紹介する。

 

「初めまして。僕はエリオット・クレイグだよ。よろしくね」

 

 そう言った少年に形式的な自己紹介と握手を交わす同時に、ポーカーフェイスを崩さずに苗字(ファミリーネーム)に反応する。

 

「(赤毛のクレイグの息子……そういえば同い年って言ってたな)」

 

 と心中で呟き、以前世話になった親バカ将校の顔を思い出す。しかし、話通り武人って感じはなく、何処か幼さを残した目の前の少年は、かの名将と似ている点は髪色と顔立ちのみである。

 

「ん? どうしたの?」

 

「あぁ、いや、なんでもないさ。よろしくな」

 

 じっと見ていた事に詫びを入れながら周囲を見回す。見覚えのある顔もちらほらあったが、あえて言及する必要もないだろう。そう思っていた時だった。

 

「はーい、”赤い制服”を着てる子たちはコッチにちゅうもーく」

 

 不穏な空気が漂い始めていた講堂に響く、場違いなほどに明るい声。

 恐らくこの場に残っている生徒の大半は初耳である声なのだが、先程も聞いていた馴染みのある女性の声に、スレインは敢えて何も言わなかった。

 

「(こいつがこんな声を出す時は、ろくな事がないんだよなぁ)」

 

 少し大きめなため息を付くと声の発言元と目が合い、微かに、そして自分にだけ分かる様に微笑んだ。その後すぐさま目線を一同に戻し、一様に怪訝な表情をしている生徒を前にして、女性は努めて明るいままの声で言った。

 

「君たちにはこれから、”特別オリエンテーリング”に参加してもらいます♪」

 

 

 

 

 

 ―――それみた事か。

 

 クラスの説明なし、制服が違う。そして事前通知で持参する様に言われた得物と、入学通知書と共に送られてきたモノ。それらが何を意味するのか、容易に想像が出来るのであるが、そこから先は敢えて考えない様にしておく事に決めた。とりあえずその“特別オリエンテーリング”なるものが、面倒事ではない様に、空の女神(エイドス)に祈るのだった。

 

 

 

 




グダグダです。申し訳ありません。

次回はオリエンテーリングとなりますが、
戦闘描写に一抹の不安があります…

暫くは生暖かい目で見守ってやって下さいな。


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特別オリエンテーリング

特別実習に行くまでは、何かと説明事が多いのでオリエンテーリングが終わりませんでした……

次回は戦闘描写が入りオリエンテーリングが終わるかと思いますので、
どうかよろしくお願いします。

という事で第3話、始まります。

※2015.08.08 修正


 

 エレボニア帝国には、強固な”身分制度”が存在する。

 それはエレボニアという国家が建国された当初から存在したものであり、実にその歴史は700年にも及ぶ。故にこの国に存在する貴族は皆、身分制度を”帝国の旧き良き伝統”と称し、守り続けることを誇りとしてきた。

 

 しかしながら、現在その伝統は少々ではあるが「綻び」を見せ始めている。その原因となっているのが、現エレボニア帝国宰相《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン率いる『革新派』と呼ばれる勢力の台頭であった。平民初の政府代表である彼は、貴族制度を”時代遅れの風習”と断じ、その異常なまでの政治手腕で帝国臣民の心を掴もうとしている。

 それに対抗するのは、勿論貴族を中核とした勢力である『貴族派』。”国家に身分制度は必須”という大義の下、『革新派』を担う傑物たちと睨み合いを続けている。これが、この国のやや危うい現状であった。未だ国内にそれほど不穏な影は落ちていないが、それもいつ悪化するかは知れない。

 

 皇族直属の内偵をやっていた以上、関係もすれば興味もある、その帝国の現状。しかし、具体的にその問題に自分が関わるのは、その争いの中でも武力的・政治的な部分だと考えていた。数秒前までは。

 

 

 

「ユーシス・アルバレア。貴族如きの名前など、覚えて貰わずとも構わんがな」

 

「なっ……! だ、誰もがその大層な家名に臆すると思うな!」

 

 目の前で、繰り広げられるクラスメイト同士がその話題で険悪な雰囲気になっている。

 

 事の発端は、今年度から新しく発足となった士官学院のクラスの担任に就任した赤紫色(ワインレッド)の髪の女性、サラ・バレスタインが言い放った一言だった。

 

「今年から新しいクラスができたのよ。身分に関係なく選ばれた、君たち”特科クラス《Ⅶ組》が」

 

 学院の旧校舎に集められた”赤い制服”を着た生徒たちは、その言葉に驚愕の表情を浮かべた。

 貴族と平民の間に決して越えることのできない絶対的な壁が隔たっている中で、その一線を越えて一同に介するという行為は、本来在ってはならない事である。例え当人同士が何とも思っていなくとも、その制度が公になれば一部の選民意識が強い貴族から非難を受けるのは必然だろう。

 そのリスクを負ってまでこの制度を試験的であるにせよ、導入した理由。それはここにいる誰もが想像できていない。

 

「(風どころか嵐の予感しかしねぇけど……)」

 

 ある程度の刺激しかない、自身にとっては退屈な学院生活ってのも、平和的でアリかと思い始めていた。しかし、流石にこの内容では、ある程度どころではない。前途多難な予感しかしないのだ。

 そんな事を思いながら、サラが言うであろう次の言葉に耳を傾けようとしたところで、一人の男子生徒が声を挙げたのである。

 

「じ、冗談じゃない!」

 

 身分に関係ないなどと言う事は聞いていない、と。その緑髪の生徒は声を荒げた。選民意識の強い貴族生徒かと思いもしたが、彼が自分の名前を言い放ったところで理由が分かる。

 

マキアス・レーグニッツ

 

「(レーグニッツ……帝都知事の息子か)」

 

 帝国に住んでいれば、その苗字(ファミリーネーム)の該当人物は概ね検討がつく。というより、このクラスのネームバリューを考えると、その人物しか想像が出来ない。

 四大名門、正規軍中将、帝都知事。身分に関係なくと言っているが、そんな事を考えさせない人選である。

 

 しかし、それであればこの緑髪の少年の先程の発言も納得は行く。

 帝都知事と言えばオズボーン宰相の盟友としても知られ、『革新派』の中でも中核の人物。相対する『貴族派』に属する人物は、彼にとっては正に天敵。しかし、それでもまだ政治に足を踏み入れるどころか入学したばかりの学生が、ここまでの敵対意識は些か度が過ぎていると思うのである。

 

 そして、そんな彼の貴族に対する罵倒に反応するように名を挙げたのが金髪の男子。

 

 ユーシス・アルバレア。帝国における貴族の頂点、『四大名門』と呼ばれる四名家の一角にあたる『アルバレア家』と言えば公爵の爵位で大貴族中の大貴族。そんな名家の男子をこのクラスに引き込むなんて誰も想像できないだろう。

 『革新派』と『貴族派』の二世同士のいがみ合いは、幸いにも大きな発展を迎える前にサラが言葉で制した。

 

「あー、はいはいそこまで。互いに言いたいこともあるだろうけど、とりあえず、”特別オリエンテーリング”を始めるわよー」

 

 仮にも教官である彼女の一言でとりあえず両者とも敵対心を抑え込む。

 

 しかしスレインの思考の矛先は既に目の前の二人からではなく、サラの行動に向いていた。

 こんな人気のない場所に呼び出されて行われるオリエンテーリング。”普通”のものではない事は明らかだ。ましてやそれを行うのが、他でもないサラ・バレスタインなのだ。

 

「……そういう事か」

 

 小声でそう呟くと、スレインと同じ様に警戒心を強めた者がいる事に気づく。それは小柄で銀髪の少女。その見覚えのある少女までいるとは、本当にこのクラスで何をさせる気なんだと疑問を覚える程である。

 その他のⅦ組の面々は、一抹の不安に駆られながらも素直に教官の次の行動を待っていた。

 

「それじゃ、行ってらっしゃい♪」

 

 そう言葉を放つと同時に、一段高いステージの様な台にいたサラは、校舎の壁に設置されていたいかにも怪しいレバーを何の躊躇いもなく下げていた。

 直後、ガコンという重々しい音が響くと共に、一同が立っていた床が、大きく下方向に傾き始めた。

 

「うわぁっ!」

 

「な、何だ!?」

 

 かなり速いスピードでその角度はどんどん傾いていく。突然の事で対処どころか何が起こったのかすら分かっていないメンバーは次々と下へとずり落ち、階下へと為すすべなく落ちていく。

 

「よっ、と」

 

 そんな中で銀髪の少女はあらかじめ右腕の袖の中に仕込んでいたワイヤーを伸ばし、それを天井に括りつける事で空中に逃げて落下を阻止した。

 

「フィー、あんたもよ」

 

「えー、面倒」

 

 フィーと呼ばれた銀髪の少女はポツリとそう呟く。

 

「やっぱりフィーか。随分と多種多様なメンバーを揃えたもんだな、まったく」

 

 少女の名前を確認した後に、スレインは2人の会話に入る。

 

「あ、やっぱりスレインだったんだ。久しぶり」

 

「おう、サラに拾われたんだろ?話は聞いてるぜ」

 

「ん、そしたら何故かこうなった」

 

「はは、そりゃご愁傷さまだな」

 

 フィー・クラウゼル。このゼムリア大陸には猟兵という戦争屋、つまる所「傭兵」的な集団が存在する。その中でも二強と言われていた『西風の猟兵団』で西風の妖精(シルフィード)なんて呼ばれていた15歳の少女。最大の好敵手である「赤い星座」と団長決戦をした際に、相打ちとなって解体された折に、偶然出くわしたサラが拾った。という訳なのである。

 

「……って、あんたは何でまだそこにいる(・・・・・・・)わけ?」

 

 そんな他愛も無い話が一段落すると、目の前の女性教官が頭を抱えながらこちらに向けて話しかけた。

 

「ん? あぁ、アーツだよ、アーツ」

 

空中に浮くアーツ(・・・・・・・)なんてあたしには知らないわよ」

 

 一同が立っていた床は、現在の傾斜は約50度。点ではなく面が傾いているこの床の上では、逃げ場もなく床の傾きとともに滑り落ちていくのが道理である。この傾いた床から脱出する方法があるとすれば、それこそフィーの様に空中に逃げる他ない。

 しかし、少年はそんな状況で先程と変わらぬ場所、今や地に足を付ける場所がないにも変わらず、そのまま立っている。否、浮いている。

 

「そうかぁ? 足元に微量の低級アーツを常時発動してるだけだぜ?」

 

「「……もはや人間じゃない」」

 

 その常人離れした技の前に、この場に残る二人は声を同時に上げる。これじゃ意味がないと思ったサラは肩を落とし、やれやれといった様に声をだす。

 

「まぁとりあえず、とっとと下に行きなさい。アンタ達もいないとオリエンテーリングに意味ないし、何も始まらないでしょ」

 

 それは間違いない。条件反射で対応をしてしまったが、この場では先に落ちた学院生と同じく、素直に落ちておくべきであっただろう。それが、入学したての学院生としての自然体であり、普通の姿である。

 

「ま、とりあえずは小手調べって所か」

 

 そんな心境を口にしながら、床が傾いた先へとゆっくりと身を投じたスレイン。生徒への配慮なのか、それ程深くもなかった為に数秒ほどで地下のフロアへと辿り着いた。

 それと同時に、乾いた音がフロア全体に鳴り響く。

 

 

 

 

―――パァン!!

 

 音の出処は自分ではないので周りを見渡すと一瞬で事が理解出来た。

 頬に紅葉が浮かび上がったリィンと、その行動を起こした金髪の女子生徒が向かい合い、それを他のメンバーがバラバラに囲みながら見ている状況。

 

「……うわぁ、ベタ過ぎる」

 

 金髪の少女が頬を赤らめている時点でお察しの状態であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「ベタ過ぎだわー。助けようとして転んで顔が胸に埋もれた、ね。どこのラブコメですか」

 

「いや、確かにそうなんだけどさ……」

 

 事の発端となり、この問題の当事者でもある黒髪の少年は済まなそうにこう答える。

 

「まぁ、先に謝っとけ? こういう問題はどう足掻いても男が悪くなるもんだ」

 

「そ、そうなのか……とりあえずタイミングを見て謝罪するよ」

 

 腑に落ちない、という様な顔ではなく、観念した様な顔つきで少年はそう答える。

 

「ま、相手も不可抗力って事は分かってると思うぜ? そんな悩む様な事じゃないさ」

 

 他のメンバーから離れて小声で会話をしながら、スレインはそう言ってリィンの肩を軽く叩く。

 

 この年の若者、特に女性はそういったものに敏感な年頃だ。会ったばかりの同年代の男に、不可抗力とはいえ、セクハラまがいの事をされれば、誰だってカッとなるだろう。そして時間と共にどちらか、又は双方がぎこちなさに繋がっていると悟り和解。大体がこんな流れになる事は概ね予想が出来る。

 スレインは、経験に基づいた思考を一旦そこで留めて、静かにそれとは違う問題に目線を移す。先程から頑なに視線すらも合わせようとしないユーシスとマキアス。こっちは流石に時間が解決する様な流れではないだろう。

 今は関わらない事を決めたスレインを含め、一同は改めて自分たちが落とされたこのフロアを見回していく。旧時代的な雰囲気を醸し出すその空間は、この場所が普通とはなにか違う事を嫌でも認識させられた。

 

「ん? あれって……」

 

「あ、門のところで預けた荷物、か」

 

 そんな広間の壁際には、円を描くかのように10の台座が設置され、その上には各々が校門前で預けたはずの荷物と小箱が置かれていた。

 

 一様に頭の上に疑問符を浮かべていると、突然制服のポケットの中から電子音が鳴り響いた。その音の発信源となっていたのは、入学前に入学証明書と共に送られてきた導力器(オーブメント)。まぁ、今後の流れが想像出来た状態でそれを開くと、そこからサラの声が聞こえてきた。

 

『全員、無事みたいね』

 

 むしろ無事でない人間がいたらどうするつもりだったんだ、なんて安易なツッコミはせず黙っておく。そしてその後、サラによるこの導力器(オーブメント)の解説が行われた。

 

 エプスタイン財団が開発した導力器(オーブメント)を基に、ラインフォルト社が研究・開発して製作した、第五世代型戦術オーブメント『ARCUS(アークス)』。”戦術オーブメント”とは、一般的に”魔法”と称される導力魔法(オーバルアーツ)の使用や、所持者の身体能力の向上などの機能が備わった、その名の通り戦闘用の導力器(オーブメント)の総称であり、大陸各国の軍隊や警察、遊撃士協会などに普及している代物である。そして、軍事大国として知られるエレボニアは、軍需産業の一大拠点、ラインフォルト社にも一枚噛ませて更に戦術用に特化した代物を作り上げていたものが、このARCUS(アークス)という事である。あくまで、表向きで形式上(・・・・・・・)の内容であるが。

 

 そして、預けた荷物と一緒に置いてある小箱。その中身の説明も合わせて受ける。

 

 そこに入っていたのは、小さい球状のクオーツ。それもただのクオーツではなく”進化するクオーツ”、マスタークオーツと呼ばれる特殊なクオーツ。

 今までのクオーツと違い、導力器(オーブメント)に装着する事で、導力魔法(オーバルアーツ)の基本属性の役割を果たしている。更に、マスタークオーツ自身に特有の能力が付与されており、通常のクオーツとは違った意味で個々の能力を引き上がる事が可能である。

 そして戦闘記録を逐一保存、所有者と同じく戦闘でも経験が一定まで溜まると、セットした『マスタークオーツ』自身が成長していく。基本性能や特殊能力が強化される他、使用可能な導力魔法(オーバルアーツ)の種類も段階的に増えていく。

 

 というのは、自身頭の中での説明であり、実際に聞こえてくる説明はテキトー、もとい簡易的なものであった。

 

 その説明を聞いて、性能の優秀さに色めき立つクラスメイト。

 

「(まぁ、初めて聞けばそんなもんか)」

 

 スレインは元々、戦術オーブメントに深く関わっていたので、周り程驚きはなく特に何も考えずにARCUS(アークス)にマスタークオーツを装着していた。内偵時代に利用していたARCUS(アークス)とマスタークオーツは、オリヴァルト皇子に返却済み。また最初から戦闘記録を載せる必要があるという事と、自分の利用方法(・・・・・・・)に合わせる必要があると思うと憂鬱になる。

 

『さて、と。ようやく本題に入れるわ』

 

 サラの声と同時に、広間を塞いでいた重厚な石の扉が重々しい音を立てて開いていく。扉の先は暗闇ではあるが、道が続いているだろうという事は分かる。

 

『そこから先はダンジョン区画で迷路みたいに入り組んでたり、ちょーっと魔獣なんかも徘徊してるけど、無事に終点までたどり着ければ旧校舎の1階まで戻ってこられるわ』

 

 そんな説明を聞かずとも目的と方法が容易に想像出来たスレインは、扉の先のを見据え、神経を研ぎ澄ましていく。

 感覚的に言うと不気味であった。今の広間が旧時代の雰囲気を醸し出している事もあるのだろう。しかし、それほど強い魔獣の気配はないという事から、比較的単純なダンジョンである事が推測出来る。

 

『それじゃあこれより、トールズ士官学院特科クラスⅦ組の特別オリエンテーションを開始する。各自ダンジョンを踏破して、旧校舎1階まで戻ってくるように。文句はその後に受け付けるわ』

 

 確かに、ここで留まってゴチャゴチャ文句を言っている場合ではない。面倒な事に巻き込まれる前に進もうと決意し、スレインは台の上に置かれた自分の荷物を手に取る。それは、入学式前にミュヒトから受け取った、彼の”形式的な得物”の騎士剣である。形式的であっても、一度自分の手元から離れた得物。おかしな点がないかゆっくりと見定め、問題がない事を確認する。

 

「(異常なし。まぁ、ある訳ないんだろうけどな)」

 

 心の中でそう呟きながら周りを確認する為に目線を動かすスレイン。しかし、その先には、通信が切れて1分にも満たないその時間で、既に問題が起きようとしていた。

 

「厄介事は御免なんだけど……」

 

 自分の得物を確認した行為自体を後悔しながら、彼は他のクラスメイト達に歩み寄るのだった。

 

 

 




次回こそ戦闘描写が始まります。

スレインの力がかいま見えるかと思いますが、このメンバーが相手だと今後沢山解説していく流れになると思います。

まだまだつたない文章ですが、読んで頂きありがとうございました。


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特科クラスⅦ組、ここに結成

いや、戦闘描写という戦闘描写にならなかったです、はい。
申し訳ありません……

ケルディック編までにはしっかり勉強しておきますのでご容赦を……


という訳で、第4話、始まります。

※2015.08.09 修正


 

 ”特例オリエンテーリング”という名で始まった迷宮探索。そんな今の状況で、最初にやるべき事は戦力の確認である。

 未踏の地を進む場合は、単独行動よりも集団行動を行うのがセオリーだ。それも見ず知らずの面々であり、戦力不明の状態でいる時点でそれは明白。

 

 なのだが、そんな事よりも自身のプライドを優先して、現在進行形で揉め続ける彼らは単独行動に出て行く。

 勿論それはマキアスとユーシス。あれよあれよと言い争いを始め、それぞれ一人で奥に進んでしまった。ついでにフィーもいつの間にかいなくなっていたが、そちらはあまり気にしていない。その実力を知っているので、気にする必要が皆無なのである。

 

「全く、困ったものだな」

 

 そう扉に向けて呟いた青髪の少女は、いつまでも嘆いていても仕方ないといった表情でこちらを向く。

 

「ごもっともだな。行っちまった以上、今ここでは関係ない。で、どうするんだ?」

 

 この入学したての学院生達に合わせる為に、スレインはあえて話に加わる事を選んだ。正直言って、これくらいのダンジョンであれば単独行動でも問題がない。否、この数十倍の難易度でも問題がない。しかし、協調性というものをこれ以上崩す訳にもいかないとも思い、会話だけには参加すべきだろうという理由である。

 

「とりあえず戦力を把握しよう。自己紹介も兼ねてな」

 

 先程呟いた青髪の少女から提案があり、互いに自己紹介をしていく。

 

「人数、得物、得意分野。男女共にバランスが取れてるから、男女それぞれ3,3で進みな」

 

 青髪の少女、ラウラが、その言葉を聞いて不思議そうな顔をする。

 

「そなたはどうするのだ?」

 

 ラウラ・S・アルゼイド。『ヴァンダール流』と並び帝国の双璧とされている流派『アルゼイド流』の使い手で、『光の剣匠』と言われる大陸でも随一の剣士、ヴィクター・S・アルゼイドの息女である。得物は師であり父と同じく両手剣であり、恐らくは新入生随一の腕前の可能性がある。口調が少し固い様な気もするが、淑やかの賜物という事で目を瞑ろう。

 

「ん? 俺はとりあえず先行した奴らを追っかけるわ。どう考えても危なっかしいからな。そっちは戦力的の問題ないだろ?」

 

 手に持っている騎士剣をくるくると回しながら、ぶっきらぼうに答える。

 

「俺達は構わないが、スレインは大丈夫なのか?」

 

 リィンのその言葉と同じ疑問を抱いた他の面々も、どこか心配そうな顔でこちらを見る。

 

「まぁね。こういうの慣れてるから。じゃ、出口でなー」

 

 あまり突っつかれても答えるのが面倒なので、それだけ言い残して足早に扉の先に向かっていく。

 

 あのメンバー、ましてやこの程度の迷宮区ならば、脱落者なんて出ないだろう。それよりも問題なのはユーシスとマキアス(あいつら)だ。面倒事は御免なのだが、ここで何かあった方が面倒である。

 これ以上状態が悪化していない事を祈りながら、ため息をついて走りだすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 道を進みだしてから数分。スレインの周囲に風が吹くと、先程から絶賛喧嘩中の片割れが見つかった。慣れていない者が警戒しつつ前に進むというのは、余程自信がないとそれほど遠くに行く事は出来ないのである。

 

「おい、マキアス!」

 

 スレインは数セルジュ先にいる緑髪の少年に声をかける。

 

「! あぁ、君は……」

 

 後ろから名前を呼ばれた彼は、相当警戒していたのだろう。瞬時に振り返り見せたその顔は、緊張の糸が解けてすぐに安堵の表情となっていた。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はスレイン。スレイン・リーヴスだ。よろしく」

 

 彼に追いつき足を留めると、何か聞きたそうな表情で、こちらをまじまじと見つめてくる。

 

「あぁ、よろしく。ところで、君は―――」

 

「お前は戦場のど真ん中でも相手の身分を聞かないといられないのか?」

 

 マキアスの言葉は予想していたので途中で口を開いて遮る。冷ややかな目線と無表情なスレインから放たれたこの一言は、マキアスの顔は引きつらせるにはその一言で十分だった。

 

 しかし、これは威嚇でも嫌悪でもなく事実である。銃弾やアーツが飛び交う戦場で必要な事は、身分や出自ではない。敵か味方か、ただそれだけである。現状を悟らせる為にこの言葉を選んだのだが、少々キツかった様だ。彼の顔色が青ざめていくのを悟り、バツの悪そうな顔をして話を続ける。

 

「俺は貴族ではない。それでいいだろ? とりあえず、後方のメンバーと合流してそのまま出口を目指してくれ」

 

 そう言い残してスレインはもう片方を見つける為に前へと走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「くっ、数が多いな。しかし!―――『エアストライク』」

 

 数体の魔獣に囲まれた金髪の少年は、斬撃の合間に、僅かな詠唱時間を挟んでアーツを打ち込む。。

 一体ずつ確実に倒しているハズが、同時に更なる魔獣が近づいていく。その戦いの音を聞きつけるがのごとく、一体を倒すと一体が歩み寄る。まさにイタチごっこと言える状態であった。

 

 そんな悪戦苦闘の状態を遠巻きに見ている少年がいた。

 

「んー、そろそろ……か。あれくらいは造作も無いと思ったんだがなぁ」

 

 物影に隠れていた少年はそう呟くと、体勢を低くして1歩踏み込む。その刹那、金髪の少年と魔獣の間に割って入っていた。

 

「ユーシス、加勢するぞー」

 

「!? き、貴様! 加勢などいらん!」

 

 何処からともなく現れた事に一瞬驚くユーシス。目の前に現れた少年の言葉に口では強がってみたものの、現実問題ユーシスの体力はかなり消耗していた。ここに来るまでも戦闘を数回繰り返した事で、疲労が蓄積されている。更に、一向に数が減らない魔獣の群れを相手に、精神も疲弊していた。

 正直な所、九死に一生の状態であるのは間違いない。そんな事を考えていたのは、ほんの数秒。緊張の糸が切れて、少しゆっくりと瞼を閉じた後、目の前の光景は考えられない状況に変わっていた。

 自身の目の前に10体はいたであろう魔獣は、跡形もなく消えていたのだ。

 

「なっ!?」

 

 言葉も出ず、目の前の事を理解出来そうもない彼に、スレインは形式的な自己紹介で対応する。はっきり言って説明するのも面倒だと思った事は言うまでもない。

 

「―――という訳で、恐らくユーシスが最後尾(ラスト)だ。とりあえず先に進もうぜ」

 

 実を言うと、マキアスと別れた後、2つ先の分岐を進んだ広間で、単身でこのダンジョンを攻略中のフィーと合流。フィーは誰も見かけていないとの事だったので、そのまま女性陣と合流して出口に向かう様に説得。1つ手前の分岐で出会ったリィン達がマキアスと合流したのを確認して、正解の道を教えて出口まで直行させた。そして、その分岐を逆方向に向かってユーシスを迎えに行った。

 というのが、ユーシスと合流する前に行っていた行動である。そう、スレインは|このダンジョンの構造をすでに把握し誰よりも早いスピードで《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、他のメンバーのフォローをしていたのである。

 

「貴様、スレインと言ったな。先程のアレは何だったのだ?」

 

 最後尾という事に少し焦りを感じてくれたユーシスは、出口に向かい走りながら問いかける。瞬きをした刹那の出来事。読んで字の如く、“一瞬”で10体の魔獣を倒したあの光景についてである。

 

「んー? 別に? ただ10体を三回ずつ切っただけだぞ? 切れ味が悪かったから大変だったぜ」

 

 ケラケラ笑いながらそう話す少年の言葉に絶句する。10体を三回。つまり一瞬で30回の斬撃を繰り出した(・・・・・・・・・・・・・・・)と言っているのだ。いくら何でも常人には無理な芸当である。いかに剣術に優れていても、そんな事が出来る人間など聞いた事がない。

 頭の整理が出来ていないユーシスを横目に、最奥まであと一歩の所まで来ている事が分かるスレインは、目の前の気配に違和感を感じていた。

 

「ユーシス。あの部屋が出口なんだが、敵が1体いる。大型の魔獣だ。出口に入った瞬間、アーツを足元にぶち込めるか?」

 

 その冷静な言葉を聞いて我に返ったユーシスは、彼の目が真剣で、かつ今までと違う事に気づき、相槌を打つ事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「石の守護者『ガーゴイル』……なぜこんな所に?」

 

 長髪を1つに結い、両手で魔導杖を持っている少女、エマ・ミルスティンはそう呟く。

 

「くっ、ダメージが通らない」

 

「浅く入ると回復されるな」

 

 ラウラ・リィンの順で言葉を発し、その巨体を前にたじろぐ。

 

「一旦、下がろう。アーツの方がいいかもしれない」

 

 そう呟いた長身の槍使い、ガイウス・ウォーゼルが作戦を立てる。

 

「援護する」

 

 双銃剣(ダブルガンソード)を両手に操るフィーが弾幕を張る。一拍置いて「僕も援護する!」と発しながらマキアスもショットガンで加勢し、ガーゴイルの行動を阻害する。

 そして前衛組3人が前線を下げると同時に、3種のアーツが連発した。

 

「―――敵の弱点を調べます! 『アナライズ』!」

 

「―――これならどう? 『アクアブリード』!」

 

「―――これで終わりよ! 『ファイアボルト』!」

 

 エマは弱点を探す為にアナライズを発動し、エリオットはガーゴイルの顔面をめがけてアクアブリードを、それに合わせて金髪の少女、アリサはファイアボルトを打ち込む。

 銃弾とアーツの爆煙で敵の姿が見えなくなった彼らは、「これなら少しはダメージが入っているだろう」などと、淡い期待を抱いていた。

 しかし、その数秒後。煙が晴れた途端、一同は困惑と戦慄の表情を浮かべる。

 

「効いてない……くそっ、どうすれば……」

 

 リィンがそう呟いた、まさにそのタイミングだった。

 

「くらうがいい! ―――『エアストライク』!」

 

 後方から聞こえた、その悠々たる声に目線が聞こえたと同時に、アーツの軌道が目線に入る。そして、見据えていたその標的の前に、1人の少年が現れる。

 一体どこから、いや、どうやって目の前に現れたのか。自分達8人が敵の前にいる時点で、この戦闘は混戦状況。前衛組が一線引いたとしても、後衛組との距離が近いので、仮に後ろから来たとしたら誰かに接触する可能性もある。それにも関わらず、誰も気づかない様な速度で最前線に出た少年に、一同は目を丸くして声を出す事さえも忘れていた。

 

「いやー、よく頑張ったねぇ。こいつ相手じゃ、確かにアーツが良いんだが、前衛ももう少しきばろうぜ」

 

 そう呟いたスレインは、目にも留まらぬ早さで斬撃を敵に浴びせていく。そして、バランスが崩れた箇所に力を乗せた一突きを放ち、ガーゴイルを数セルジュ後方に吹き飛ばす。

 かろうじて剣筋が見えたリィンでさえも、5撃目からは把握しきれていない。一同はその剣捌きに唖然として、一歩も動けず、ただ呆然と見る事しか出来なかった。

 

「あれは侵入者を感知すると生命体となり襲い掛かって来くる守護者だ。その中でもとにかく頑丈な上に自己再生能力とかも備わってる種だから、一気に潰さないと長引くだけだぞ」

 

 解説と対策を同時に話したスレインは後ろを振り向く。口を開けて呆然としていた一同は、少年と顔を見たと同時に、正気を取り戻したかの様に各々の武器を構え直した。

 

「(さて、どうやってこの戦いを終わらせるかだが……)」

 

 スレインは心の中でそう呟くと、再び正面を向き直し、この戦いを終わらせる為の方程式を考える。

 

「(ARCUSを使っての実戦闘。オリエンテーリングが簡易的ではあるが、迷宮区画を踏破するという事。そして支給されたのがARCUSという事。って事は、戦術リンクだろうな。ガラじゃないんだが、もう一度敵さんに集中してもらうか)」

 

 この戦いを終わらせる方程式が組みあがり、体勢を取り戻しつつある標的を前に、一呼吸置いて全体を見渡す。

 

「前衛組は俺と合わせて左右から敵の足を中心に体勢を崩せ! 後衛組はバランスが崩れたタイミングでアーツを右から胴体めがけてぶち込むんだ! フィーは反撃のタイミングを狙って遊撃! いくぞ!!」

 

 スレインは叱咤するかの如く、全員へ向けて一息で発言する。その言葉で今やるべき事を悟った全員は、スレインの言葉を実践する為、それぞれの役割を果たしていく。

 

 その刹那、全員の懐に青白い温かな光が発せられ、光のラインで10人が結ばれる。不思議とその光には、言葉がなくても全員がどう動くかが瞬時に頭の中に流れ込んでいく。

 

 スレイン・リィン・ラウラ・ガイウスが、左右からガーゴイルの足を切り崩しにかかり、それと同時に行われるフィーの牽制で、敵は動けずに反撃の機会を失っている。数秒を置き、足へのダメージが蓄積していた敵はその巨体のバランスが崩れた。

 その瞬間を知っていたか様なタイミングで、アーツの猛襲が敵に襲いかかる。その勢いで敵は地に足を付ける事を維持出来なくなり、大きくよろめき転倒した。

 刹那、手に持つ大剣を上段に構え直したラウラが飛び出し、首筋めがけて大きく切り下ろし頭部を切断。その動きには迷いもなく、戦いに慣れている証でもあった。

 

 たった数秒の出来事であったが、手に取る様に互いの動きが分かった彼らには、達成感と安堵感をが現れていた。そして、敵が活動停止した事を確認すると同時に、魔獣特有の赤黒い閃光を放ちながらその巨体は霧散した。

 

「(なんとか上手くいったか。ぶっつけ本番にしちゃ上出来かな)」

 

 スレインはそう心の中で言葉を発し、この戦いの最終幕(ラストスパート)に起きた現象について、不思議に思っている全員の顔を見た。

 

「なぁ、スレイン。今のは……」

 

 恐らく、青白い光の事について、何か感づいたかの様な表情をしたリィンが問いかける。

 

「ま、どういう事かは教官様に話して貰えばいいだろ? サラ、説明よろしく」

 

「そ。今のが”戦術リンク”。それが新型戦術オーブメントARCUSの特徴にして本領。戦場で使用するには、まさにうってつけの機能ってわけね」

 

 ”リンク”で繋がれた者同士の行動を互いに予測し、常に一手先の行動を判断し作戦を立案・実行できる機能。それが今回の様に、複数人の間で結ばれるとなれば、戦場において絶大な恩恵をもたらすのは明らかである。どんな状況下でも最大限の連携が可能となれば、対人戦闘の中では、革命的とも言える機能である事は明白だ。

 

 大広間の上段、この旧校舎の出口の前で石の守護者(ガーゴイル)との戦闘を、そこから見守っていたサラは、そんなスレインの言葉に促されて階段を降りて彼らの前まで歩を進める。

 

 その発言は、このオリエンテーリングの意味が、先程の戦いで自分が導き出した結論と同じだと裏付ける発言であった。

 戦術リンクという、ARCUSの最大の特徴を身をもって体感させる為に行ったに違いない。戦闘慣れ(・・・・)をしているスレインやフィーはともかく、一介の学生達に置いて、実戦を経験している者は少ないだろう。そんな面々であっても、この戦術リンクを利用する事で、多少レベル差があるにせよ、今回の大型魔獣は倒せるという事を踏んだ『初実戦』がこのオリエンテーリングという訳だ。

 

 それでも、いきなりこの戦術リンクを利用出来る人間は数少ない。おおよそ、ARCUS適性が高い人間がこのクラスという訳なのだろう。

 

「(あの皇子は武装集団でも作るつもりかよ……)」

 

 しかし、それと同時に、ARCUSの適性が高いだけで選ばれたクラスなのか、という疑問も生まれる。適性と言っても、利用者にそれほど優劣が付く様なものではない。元々戦術オーブメントは、誰でも利用が出来る様な状態で世に出ている為、適性で勝敗が決まる様な事はありえない。仮に戦術リンクに高い適性が必要であっても、それを上回る個の力があれば簡単に状況はひっくり返る。つまり、適性が高い事を表面上の理由にして、他の隠された理由で集められたメンバーがこのクラス。そう考える方が、このメンバーの顔ぶれを正当化するには妥当な回答である様にも思えるのだ。

 

 そこまで考えた時点で、スレインは無闇に詮索する事を諦めた。そんな背景を探ったとしても、どうせ本当の目的を聞く事は出来ないだろう。上手くあしらわれて、会話をすり替えられるのがオチだ。口論で勝てない事を知っているからこそ、この推論がどれだけ意味のないものかは歴然であった。

 

「で、スレインはどうするの?」

 

 ここまで結構な時間が経っていたのだろう。そう問いかけるサラは、「どうせ聞いてないだろう」という諦めの表情をしている。念の為に周りを見渡すと、全員が何かを決意した表情でこちらを見ていた。

 

「あー、ごめん、考え事してて聞いてない。なに?」

 

 自身の推論に夢中になり、本当に何も聞いていなかったので、素直に白状する。

 

「特化クラスⅦ組に参加するかどうかよ。一応、個人の意思に従う様に聞いてるの」

 

「あぁ、そんな事? 俺に不参加って選択肢はないみたいだし参加で。スレイン・リーヴス、謹んでお受けしますよ」

 

 どうやら自分が最後だったらしく(物思いにふけっていたので最後になるのは当然だった)、ここに”特科クラス《Ⅶ組》”が無事に設立されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「変に疲れたな……」

 

 オリエンテーリングが終わってから数刻。月明かりが照らす宵の時刻では、活気のあったトリスタの街も静寂を決め込み、静かに一日の終わりに向かっている。そんな中スレインは、Ⅶ組専用として割り当てられた寮である『第三学生寮』の自室ににいる。ベッドの脇にあるデスクチェアーに腰をかけ、窓から見える月明かりに照らすその景色を前にポツリと呟いた。

 

 あの後、自己紹介らしい自己紹介をしていないメンバーもいたので、夕飯と合わせて、寮の近くにある喫茶【キルシェ】で食事をしながら談話していた。その際、ラウラやリィンに剣術について詮索された事や、人見知り……というより面倒で喋らないフィーと話していた事を詮索され、気付けば会話の中心にされていた事に精神力を削られた。この疲れは主にこちらの方がウェイトが大きい。

 

 引っ越して来たばかりではあるが、以前の住居から送った荷物を放置する訳にもなれず、ひと通り荷解きをして今までと遜色変わりない配置を済ませている。

 

「とりあえず、やるべき事はやるか」

 

 そう呟くと同時に立ち上がり、机の脇にある大型の機械と簡易的な椅子に腰をかけ、慣れた手つきで機械を操作していく。

 

「初期状態で持っているのも落ち着かないし、とりあえず出来る所まで済ませるか」

 

 目の前の大型の機械をいじり始めたスレインは、自身のARCUSを機械の中心にセットすると、黙々と作業に取り組むのであった。

 

 

 




オリエンテーリングが終わりましたが、正直シーンを覚えていないのでグダグダになってしまいました。ファンの皆様、申し訳ありません。


スレイン君の戦い方は徐々に明らかになりますが、その戦闘スタイルに必要不可欠な内容も多い為、次回はその1片を語っていくと思います。

それでは、お読み頂きありがとうございました。


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第1章
驚愕の事実


いや〜、全員を会話に盛り込むというのは難しいですね。何名かは空気になっております、はい。

スレイン君の実力というか秘密が一つ解き明かされますので、ちょっと小難しい話になってしまいました。

早く特別実習に行きたいのですが、もう暫く学院生活が続きます。

では、第5話、始まります。

※2015.08.10 修正


 

 4月17日。

 

 学院生とは、当たり前であるが学生であり、学生である以上避けて通れない道が学業。そして学院にいる中で、大半の時間を割かなければならないのが授業である。

 知らない知識、知るべき知識というものが面白い事に気づき勉学に勤しむ者もいれば、忌まわしきものと捉え勉学を嫌う者もいる。

 どういう訳か、自身がいるこのクラス―――”特化クラス『Ⅶ組』”には、後者は殆ど存在しない。自身の立場と、勉学に勤しむべき事を理解している者が多いからである。

 

 Ⅶ組に在籍しているスレイン・リーヴスにとって、この授業というもの程つまらないものはない。それは勉学を嫌っているといった理由からではない。知っている事を分かりやすく丁寧に解説する(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)授業という時間程、古代遺跡にある重々しい石蓋の様な睡魔が頭上にのしかかる事はない。

 そう、スレインは普通の学院生が習う知識は既に持っているのだ。帝国史から導力学まであらゆる知識がここ数年で身に付いた。それだけではなく大陸中の知識は殆どコンプリート済み。しかし、それは自身の経験をある程度吐露しないと説明が付かない内容なので、然るべき時が来るまでは伏せておこうと思っている。しかし、隠し事というのは意外とすぐにバレるものである。そのタイミングは意外と早く訪れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 放課後。スレインは本日届くハズの荷物を受取る為、足早に自身のクラスの住居である第三学生寮に向かっていた。

 時刻は黄昏時。この時間であれば、日付が変わる前にすべての作業が終わるだろうと考えながら、寮の目の前に到着すると、予想通り宅配員だと思しき男性がそこに立っていた。

 

「すみません、この寮宛ての荷物ですか?」

 

 男性にそう問いかけると、こちらを振り返り安堵の表情で口を開く。

 

「そうです。えっと、スレイン・リーヴス様宛てですね」

 

「あぁ、やっぱり。私宛てなのでこのまま受け取りますよ」

 

 荷物受けのサインをして宅配員に「ご苦労さまです」と労いの一言を添えて見送る。

 足早に自室に戻ると、備え付けの机の脇にある中型端末のスイッチを入れる。起動するまで数分かかるので、その間に先程受け取った荷物を開封して中身を確認する。

 

「またまた、これは気前がいい。今度礼をしないとダメだな」

 

 そう呟くと同時に、1枚の便箋が入っている事に気づく。読んでもらえる事を期待して中に入れた手紙を読まない様な無粋な人間ではないので、先に手紙を一瞥する事にした。

 

 

 ―――遅くなりましたが、頼まれていた物を集めたのでお送りします。ARCUSは私からの入学祝いです。そちらの方がいいと仰っていたので、私の方で新たに手配しました。また近々お会い出来ると思いますが、ゆっくりお話出来る時間がある事を願います。クレア・リーヴェルト―――

 

 

「……TMP絡みで何かがあるって事か?」

 

 差出人はクレア・リーヴェルトという女性。鉄血宰相ことギリアス・オズボーンが創設した鉄道憲兵隊(TMP)に所属する若き女性将校である。階級は憲兵大尉。更に、若年者で構成された宰相直属の配下、《鉄血の子供たち(アイアンブリード)》のメンバーでもある。 常に冷静沈着で的確な判断を下すその頭脳は、導力演算器並と謳われ《氷の乙女(アイスメイデン)》という異名まで付いている。 オズボーン宰相もその能力には一目置いており、貴族派からも最大限に警戒されている人物。

 

 という、冷静にその女性の紹介をしてみたものの、何を今更と思いながら手紙に記載されている言葉について考えた。近々会えるというのがどういう意味を持つにせよ、入学祝いとして自身の大本命の品を送ってくれたこの女性にはきちんと礼をしないと気が済まない。再会の形式がどうあれ、そちらの方はしっかりと考えておく事にしよう。

 手紙に夢中になっていた時間が数十秒。その間に先程電源を入れた端末は、既にスタンバイモードになっていて静かな駆動音を聞かせている。便箋を綺麗に封筒に戻してから引き出しの中にしまい、端末の前にある小さな椅子に腰掛け、荷物の中身を丁寧に取り出していく。そこにはARCUSが一つと導力器(オーブメント)用のパーツが多数入っていた。

 

「さてと、これで全工程が出来る。早速始めるか」

 

 そう呟き一呼吸した後に、機械の中央に自身のARCUSを置き、細かな工具を巧みに操り解体をしていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「ふう、今何時だ?」

 

 作業に没頭していて時間を忘れたスレインは、一区切りついた段階で顔を上げる。時刻は21時を回った頃。夕食を食べる事も忘れかれこれ5時間程作業していた計算となる。食欲というのは意地悪なもので、食事をしていなかった事を考えた瞬間に強い空腹感に見舞われた。後片付けよりも先に夕食を取る事を選択しようとしたその時だった。

 

―――コン、コン

 

「スレイン、いるか?」

 

 控えめなドアのノック音と共に少年の声が聞こえたので、条件反射で入室を促す返答をする。

 

「ああ、空いてるぞ。あ…」

 

 しかし、自身が先程の作業の後片付けをしていない事に気づき、慌てて入室を待つよう言葉を出そうとする。

 同年代の少年では理解し難い内容であるのと共に、見られた際の説明が面倒だからという理由で、作業風景だけは見られない様にしたかったのだが、時既に遅し。無情にも部屋の扉が開いて少年が入室をしてくる。

 

「スレイン、渡したいものがあ……ん? それは?」

 

 作業終了から片付けていない状態であり、大々的に広げていた端末やパーツが散らかっているので、それに目を向けるのは当たり前である。普通の部屋にあるはずもない機械。備え付けの机と同じサイズの機械端末は、少年からしたら見た事もないものだ。入室したリィンが第一声を遮る程のインパクトには十分な代物だった。

 

「ああ、これか? オーブメント調整用の端末だよ。特注品だけどな」

 

 隠したい訳でもないが、隠さないといけない訳でもないので、質問にはしっかり回答する。

 しかし、この説明を理解出来る人間など殆どいない事を知っているスレインは、面倒な事になったなと苦笑をこぼすのであった。

 

「こんなサイズの端末は見た事もないな。それだとしてもこれで一体何をしていたんだ?」

 

 リィンも知らない訳ではない。故郷でも同じオーブメント調整端末は置いてある。しかし、それはもっと大きな、言ってしまえば端末というより装置。実際に、故郷では調整用の店にあるので、工房に配置する様な大型の物しか見た事がない。自分の用事も忘れて、初めて見たその端末とそれを使用する人物に興味が向いてしまい、様々な憶測が飛び交い詮索を開始してく。

 

「まぁ、見られたからには話すが、まだ夕食を摂ってないから話ならその後で頼む。で、リィンの用件は何だい?」

 

 絶対に長話になると確信があるし、空腹感を我慢して話すのは少々ストレスが溜まる。そう判断したスレインは先に夕食を優先する事にして、一旦端末の片付けを簡単に済ませて部屋を出る。

 そして、学生手帳を渡しにきた事と、階下のリビングルームで皆で話していたからそれに誘った事を伝えたリィンと共に階下に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、確かに食事の後に話すとは言ったが、何で全員揃っているんだ?」

 

 「食事を先に済ませるから質問はその後受け付ける」とリィンに言い残し、この時間から自炊は面倒だと考えたスレインは喫茶【キルシェ】で軽食を済ませて寮へと戻ってきた。リィンと話す予定だったので、次いでにマスターから貰った高級豆でコーヒーを入れようと思いながらリビングルームに向かうと、そこにはⅦ組全員が揃っていたのだ。

 事の顛末はこう。リィンと談話をしていたのがエリオット・ガイウス・エマの3名。そこでリィンが見事に口を滑らし先程見た光景の話をしたら、隣で話していたアリサ・ラウラが反応。お茶を入れに来たマキアスが反応し大きな声で驚き、ユーシスがわざわざ二階から罵詈雑言を浴びせに来た。そして、気づくとほぼ全員が揃っていたので、サラとフィーを読んでスレインの帰りを待っていた。

 という、ありがちではあるが、そんな偶然をこんな所で利用しないでもいいのではないだろうか、と思いながらもため息をついたスレイン。1週間は美味いコーヒーが飲めると楽しみにしていた小袋をエマとアリサに渡して、全員分のコーヒーを入れる様にお願いをした。

 

「さて、揃った所で言うけど、けっこう長くなるし理解し難い話にはなるから、眠くなったら部屋に戻れよ」

 

 スレインはそう告げると、淹れてもらったコーヒーに口を付ける。この香りとほのかな苦味に感動してせっかく分けてもらったのに。などと思いながら、話が始まる事を楽しみにしている全員の顔を見た。

 

「はいはい、もったいぶってないで早く話しなさいよ。あたしだってそれは知らないし」

 

 そう言って、サラはグラスに入った液体を飲み干す。彼女だけは手元のドリンクがコーヒーではなくビール。頑なにビールを離さないサラに対して、声を掛ける事を諦めた皆が正解である。コイツはアルコール以外を飲まないと言ってもいいほどの酒好きなのだ。

 そしてサラの最後に放った一言に、皆が不思議な顔をしているのは当たり前の事である。俺とサラの関係はフィーを除いたメンバーには知らない話だ。

 

 

閑話休題(それはさておき)

 

 

「リィンが見たのはオーブメント調整用の装置である事は間違いない。でも、俺の部屋にあるのは、通常のものよりも遥かに小さいもので実際の調整工房にあるものとは用途が異なる」

 

 話さないと何時まで経っても終わらないこの状況を鑑みて、スレインは口を開いていく。全員の顔が真剣になっているのだが、フィーだけは眠そうにしていた。

 

「スレインさん。そうなると調整をしていた訳ではない、という事ですか?」

 

 そう発言したのは、学年主席で入学した、メガネでおさげという典型的な才女のエマ・ミルスティン。メガネを外せばいい感じなんだけどな、という在り来りの感想は別として、その質問に答える為にスレインは会話を続ける。

 

「そうだ。オーブメントの調整はセピスが必要だからな。それにクオーツの合成や変換もセピスや特殊な素材がないと出来ない。それにそんなものは工房に行けば誰でも出来るから、わざわざプライベート空間で行う必要はない」

 

 ここまで言い切って全員を見ると、お次は次席でエマに対抗心を燃やしている、と思われる緑髪の少年マキアスが口を開く。

 

「それは間違いないんだが、そうなると君の装置は何を行う為の物なんだ? オーブメントに関しては、基本的にクオーツスロットの開放とクオーツそのものの合成。その2点以外に関して出来る事はないハズだ。更に言えば、戦術オーブメント自体が完成されている物であって、それ以外に使用者が行う負担はないだろう」

 

おお、さすがは次席でガリ勉(これはスレインが授業中に見た彼の感想である)。教科書通りの発言に誰もが肯定の頷きを見せる中、スレインは次の発言に備えて沈黙を決め込む。

 

「(まぁ、その理論をひっくり返す必要があるからマキアスでは無理だな。さぁ、誰が最初に根底を覆すか……)」

 

「ま、まさか……」

 

 腕を組み片手を顎に付けるという、在り来りな推論スタイルが様になる金髪の少年が呟く。

 

「ユーシス、何か気づいたのか?」

 

 そう問いかけるのはリィン。彼も必死に思考を巡らせる素振りはあったのだが、授業中の彼を見ると如何せん難しい内容だろう。声を上げたユーシスに発言権を下した様に声をかけた。

 

「いや、まさかとは思うのだが、でも、しかし……」

 

 ユーシスは1つの仮説に到着したが、それを否定したがるかの様に声を出す。

 それはそうだ。自身の行為は、先程マキアスが言った『正論』を覆すもの。否定したがるのはごく自然な事なのだ。他のメンバーにとってはお手上げなのか、ユーシスの発言が気になるのか。既に推論をやめて、ユーシスの方に目を向ける。それは、彼を目の敵にするマキアスも同じであった。

 

「もったいぶってないで言いなさいよ。あたしは早く聞きたいの!」

 

 無言の空間を切り裂いたのはサラだった。スレインの方を見つめ、自分の口から答えを出して皆を驚かせろ、といった表情と僅かな笑みをする。

 どちらにせよ、ユーシスが頑なに推論を否定する以上は話が進まないので、こちらからユーシスに問いかける様に話を進める。

 

「ユーシスが考えている事は、恐らく合ってるよ」

 

 自力で答えに導き出したであろう少年に向けてそう言いながら、続きの言葉をなるべく分かりやすく説明していく。

 

「確かに、マキアスの言う事は正解だ。というより、不変の事実だ。戦術オーブメントは、既に出来上がった代物であって、誰にでも使える様に調整は最低限のものになっている。しかし、そこが盲点なんだよ。誰にでも使えるというのは同時にそれだけ遊びがある(・・・・・・・・・)という事にもなる」

 

 そこまで言い切ると同時に、何人かがその後に続く言葉を見つけ出した。流石にそれは常識を逸脱しているといった驚きの表情で目を見開き口が開いている。

 

「じゃ、じゃぁ、君は本体を調整しているのか!? そんな話は聞いた事がないぞ!」

 

 自分の知る常識と戦うかの様に声を荒らげるマキアス。この反応は無理もない。自分だって自分以外でそんな事をする人間は聞いた事がない。いや、一人だけ似たような事をする人物を知ってるが、今は関係ないので伏せておこう。

 

「そう、正解。誰にでも使える戦術オーブメントは、一見とっても万能な代物だ。しかし、その万能ってのは、一種の問題点を抱えているのさ。万能が故に、その機能に遊びを付ける事で制御されているんだ。個の力を最大限に発揮出来る戦術オーブメントは、その万能のもとで個の力を最大限に平等にしているって訳。しかし、支給されたARCUSを見てみろよ。クオーツラインがそれぞれバラバラになっている時点で平等ではないんだぜ? それなのに、何で戦術オーブメント自体の出力が平等になる様に制御される必要があるんだ? 本体の外部構造が不平等なのに対して、本体の内部構造が平等である時点でお察しだ。わざとこういう造りにしているしか考えられない。そこに俺は目を付けて内部構造の改造をしているって訳」

 

ここまで言って周りを見ると何人かはもうギブアップのようだ。頭上に「?マーク」がいくつも漂っているメンバーがちらほらいる。

 

「平たく言うと、戦術オーブメントにある遊びを削って、効率良く利用出来る様に改造しているって訳。それで、俺の部屋に置いてある端末は、パーツの出力を演算したり内部をいじったり出来る装置ってこと」

 

「貴様、規格外にも程があるぞ。大体、一介の学生がそんな高度なスキルを身に付けるなど……」

 

「そ、そうよ。私もオーブメントにはちょっと理解があるけど、そんな事が出来る人間なんて見たことないわ」

 

 ユーシス、アリサと順に異を唱える。まぁ、当たり前の反応なんだけど、こうなるからなるべく穏便にしたかったのだが。

 

「まぁ、皆がそう言うのも分かるけどコイツは別格なのよ。肝心な事を言ってないから皆そう思うだけ。スレイン、それ言えば納得すると思うわよ?」

 

 手元い置いてある酒瓶が空になって、冷蔵庫から次の酒瓶を取りに行くつもりのサラが発言した。自身が一番言いたくない事を言えと言っている。それは隠さないともっと面倒になるから言わなかっただけであり、そもそも隠す為に偽名を使った内容だ。この女性に言った覚えはないのに、それに気づいていたらしい。

 全員の期待の目が少々痛くなってきたので、ここまで言われたら腹をくくるしかない。ため息を付いてコーヒーを飲むと観念した表情で言葉を開く。

 

「……では一旦話を変えよう。ここで一つ皆に問題だ。戦術オーブメントを開発しているのは何処だか分かるか?」

 

「エプスタイン財団ですよね」

 

 代表してエマが答える。この質問は簡単過ぎた様で、一同が当たり前だという表情でこちらを見ている。

 

「じゃぁ、帝国には新しい戦術オーブメントとしてARCUSがあるから皆は当たり前のように現在所持しているが、現行で主流になっている戦術オーブメントはARCUSではないのは知ってるか?」

 

「確かENIGMA(エニグマ)…だったよな」

 

そう答えるのはリィン。流石にこれも分かってると言った表情は周りも同じである。

 

「その通りだ。今年に入って公表された戦術オーブメントのENIGMAだが、公表時の開発チームの名称は知ってるか?」

 

 暫し無言。まぁ、少年少女には開発チームの名称なんざ知ったこっちゃないってのは分かるんだが、お前らの立場ならニュースは最後まで見るべきだと思うぞ。俗人とは違うんだから。

 

「確か…sir valence……だっけ? あんまりその手のニュース見ないから合っているか自信ないけど……」

 

 次はエリオットが口を開く。見ないと言っていながらも、しっかりとニュース全文を把握していないと出てこない答えを出す所から真面目な性格だと伺える。

 

「そう、正解。んで、皆さん、何でこんな問題を出しているのか、意味がわからないって顔をしてるんだけど……」

 

 そう話したスレインは笑いを堪えながら(といっても誰も気づかないレベルで)一同へ最後となる問題を出す。

 

「その開発チームの名称、sir valence。微妙にスペルが違うんだが、並べ替えるとある人物の名前に近づく」

 

 会話の流れで殆ど答えを言っているようなものなのだが、カップに入った残り僅かなコーヒーを飲み干す。その数秒で答えがが見つかった一同は、ほぼ同時に声を上げた。

 

 

「「「「「「「「Slain Reeves!スレインの事か!」」」」」」」」」

 

「はい、よく出来ました」

 

 そう、スレイン・リーヴスは以前、エプスタイン財団の戦術オーブメント研究チームに属していた。と言っても、研究者の一人と親しかっただけであったが、年齢に不相応な頭脳を持っていた為に、無理やり研究に参加させらたのだ。その際に破格の報酬と引き換えに、ENIGMAの開発プロジェクトに参加し製品化まで付き合ったのだ。

 

 という説明を簡単にして、コーヒーのおかわりを注ぎにキッチンの方へ向かっていく。最後まで話したからもういだろうと思い、そのままコーヒーを一口含むと、クラスメイトの驚きと興奮の会話に参加しなかった1人が話しかける。

 

「やっぱり、あれはアンタの事だったのね」

 

「あぁ、サラは気付いてたんだな」

 

 スレインに話しかけてきたサラは、3本目の酒瓶を冷蔵庫から取り出しグラスに注いでいく。

 

「そりゃね。あたしにENIGMAの試作機を渡したタイミングからして、公表された情報を確認しない訳ないでしょ」

 

「そりゃ違いない。ま、正確に言うと、ARCUSも絡んでるんだけどな」

 

「え、それ本当なの? 流石にそれは知らないわよ?」

 

「シャロンが思いの外早く気付いてな。ENIGMAじゃまだマスタークオーツを使えなかったし、ラインフォルトのハード設計だとENIGMA以上の性能だったんだよ。技術屋じゃねぇけど、見つけたものを使えないってのは面白くないし。ま、それでも最終設計くらいしか絡んでないけど」

 

 あれよあれよと爆弾発言を続けるスレインと対峙するサラは、さすがに驚きを隠せず、ただ呆然と彼を見つめる。

 

「アンタの才能には呆れるわよ。昔から異常だと思ったけど……ねぇ、本当はあの時に何かあったんじゃないの(・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 スレインにそう問いかけたサラは、哀愁を漂わせながら心配そうな目で彼を見つめる。

 

「何もなかった。いや、何も覚えていないから分からんさ。頭打って覚醒したのかもな……」

 

 そう笑いながら顔を背ける少年が、どこか寂しげで何かを隠している様な苦笑いをしていた事には気付いてたのだが、それ以上の追求は出来なかった。

 

「ま、俺は万人受けする自分の作品が自分に合わないから改造しているだけであって、何でもかんでも弄る趣味はないぜ?」

 

 一瞬の間を置いてから先程の表情を消した少年はそう言い残して、これから質問攻めに受ける事を覚悟しながら、まだざわついているリビングルームへと戻っていった。

 

「……あんな顔して隠せると思ってんのかしら。心配してるのに何も言わないで……こっちの気持ち考えなさいよね」

 

 そう呟いた女性は少年の表情を思い出しながら、グラスに注いだアルコールを一気に飲み干す。そうする事で、自分の本当に言いたい言葉までを飲み干す事にした。

 

 

 




戦術オーブメントについての資料が少なく悪戦苦闘でした。

スレイン君が言っている改造する人は、ギルドのあの方な訳ですが、その絡みは当分出てこないと思います。

ゲーム上ではENIGMAⅡからマスタークオーツが使用可能になっていますが、時系列を辿るとARCUSの方が先っぽいんですよね。
その辺りは大人の事情かもしれませんが…(笑)

さて、次回も学院生活が続きますので、
特別実習が気になる方はもう少しだけお付き合い下さい。


今回もお読み頂きありがとうございました。


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誤った先入観

いやはや、暑さに負けて時間に間に合わず……申し訳ありません。

今回は実技テストまでとなっております。

中身がスカスカなのはご容赦下さい。

※2015.08.10 修正


 4月18日。

 

「だーかーらー、出来る範囲で言いから教えてってば! 全部は無理かもしれないけど、教えるくらいいいでしょ!!」

 

 半日前に聞いた似たようなセリフを、強要と重複の意を込めて繰り返される。その言葉に、嫌そうな表情は出さないものの、ついため息が出てしまう。

 先日の戦術オーブメントの開発・改造をしている事をカミングアウトしたこの少年。スレイン・リーヴスは、学生会館の食堂で昼食を取りながら2度目のお誘いを受けている。

 

「何度も言ってるが、教えられない。ましてや、基礎技術が半端な学生には尚更だ」

 

 スレインに教えを乞うているのは、金髪ツインテールの少女アリサ。昨日の夜から諦める事をしないで、せっかくの自由行動日という限られた時間を割いてまで勧誘をしている。部活でもあるまいし、諦めずに熱心な勧誘を続けるという点だけは、スレインも尊敬の意を表している(といっても、そんな事は一切口に出していない)。

 しかし、スレインも嫌がらせをしている訳ではない。断る理由があるから相手の誘いに乗らないのだ。その理由は大きく分けて二つ。

 一つは言葉にもしている通り、いくら導力学が得意で学生から見て背伸びした知識を所有していても、そのレベルで理解出来る程、戦術オーブメントは甘くない。戦術オーブメントは導力学の中でも最難関と言われる程のハードである。基礎から教えていたら、年単位が必要な内容だ。

 そしてもう一つの理由が、学ぶ理由を言わない事。これは単純にスレインが引っかかっている点である。教えを乞うのであれば、教わりたい意思表示だけではなく、理由も必要だとスレインは考えている。それを口に出さないという事は、明確な理由がないか、人には言えない理由なのか。アリサを悪く思っている訳ではないが、後者であった場合は問題である。戦術オーブメントは兵器と言っても過言ではない。それを理由もなしに教えるには危険というのが一般的な感情というものだ。しかしスレインの場合は、兵器云々の前に、純粋にこの少女が学びたいと思う理由が知りたいのである。

 

「アリサ。1つ聞くけど、何故そこまで俺の知識が知りたいんだ? 導力学はこの学院でも高い水準で学べるぞ?」

 

 自分が座っているのに対してこの少女は今まで立ちっぱなし。この構図はギャラリーの目も痛いので、とりあえず椅子を引いて座らせる様に促す。今日のアリサは折れるつもりはないという決意が表情に表れているので、色々考えていた予定を全て後回しにする事を決めて、観念した素振りで話を聞く。

 

「単純にもっと導力学に対する知識が欲しいの! ……今のままでは嫌なのよ!」

 

 そう言い放つ彼女には、一瞬だけ焦りと不安の表情を浮かべていた。その微妙な表情を察知したスレインは、暫し沈黙を決め込む。

 面倒ではあるが、真面目に話す必要があるみたいであるので覚悟を決める。アリサに「続きは校舎の屋上で話そう」だけ伝えて、食器を片付けてから本校舎へと歩みを進めた。

 

 トールズ士官学院の本校舎は、3階建ての構造で北側に向かって凹型になっていてる。屋上からは南側にトリスタの町並みがある程度見え、北側にはベンチも設置されている。しかし、隣合わせに座って和気あいあいと話す内容ではないので、あえて南側のフェンス越しから見える町並みを背景に話す事を決めた。

 

「なぁ、アリサ。何故そこまでして導力学を学びたいんだ? ましてや俺の知識はかなり特殊だ。流石に理由もなく了承出来るレベルの内容ではないぜ?」

 

 自分から切り出さないと話は進まないと思ったので、フェンスに寄りかかりながら少女に問いかける。

 

「そ、それは…… 家柄で、導力学に詳しくなりたいから……」

 

 困惑した表情で何とか答えようとするアリサ。しかし、肝心な事を隠そうとしているその回答に、痺れを切らして口を開いていく。

 

「詳しくなってどうする? 知識を持って何がしたいんだ?」

 

「え、えっと……」

 

 さすがに踏み込み過ぎた様で、言葉に詰まり困惑の表情をしている。

 これでは、完全に弱者を口で言い負かす悪者だ。知らないフリをする(・・・・・・・・・)のは如何せんやり辛い。仕方がないから手札を切る事を決める。

 

「アリサ、はっきり言うが俺はお前さんの出自を知っている。んでもって、どういう悩みを持っているかもある程度予想出来る。その立場から言わせて貰うけど、アリサが本当に得たいモノは技術でも知識でもなく、もっと単純なものだと思うぞ?」

 

 ここまで言い切り、寄りかかったフェンスから重心を戻すと、身体を反転させてトリスタの町並みに目線を変える。

 

「な、なんでそんな事知ってるの!?」

 

 秘密にしている事を知られていた恥ずかしさなのか、少女の声は若干裏返っていた。

 

「まぁ、ARCUSの開発に関わってたからな。シャロンやイリーナ会長から、アリサの事はある程度聞いてたんだ。というより、ラインフォルトの事って感じか」

 

 ここで余計な事を話すと面倒になる事は目に見えているので、ラインフォルトとの本当の関係(・・・・・)は言わず、今回は最低限の話だけにしておく。

 

「あなた、ARCUSにまで関係しているの!? ていうより、あの二人、そんな話してたの!?」

 

「そんな詳しくは聞いてないぞ? そういう背景もあって、ある程度の家庭事情は知ってるから話すけど、アリサは何をしたいんだ? 知識を得て技術を身につけて……それでどうするんだ?」

 

「……」

 

 時間にしては五秒程。しかし、とても長く感じる沈黙が、昼間の屋上に広がっていく。

 

「今の沈黙が埋まる答えを先に見つけろ。自分のしたい事を決める明確な意志。これが決まれば、本当にすべき事は自ずと見えてくる。焦らないでいいからゆっくり見つけろよ。何と言っても俺達は学生だ。学生らしく悩んでから答えを出してもバチは当たらないぜ?」

 

 再び少女の方を振り向くと、その言葉では満足しなかったのか、まだ何か言いたそうな表情でこちらを見返していた。

 しかし、これ以上言った所で彼女自身の答えが見つかる訳ではない。少女に近づき肩を軽く叩く。

 

「大いに悩め、若者よ! なんてな」

 

 そう言い残して、振り向かずに手を振って階段を降りていく。

 

「あなただって若者でしょうに」

 

 そう呟いたアリサは、納得こそ出来なかったものの、その表情は少しばかり明るくなっている。

 何か手掛かりが見つかった様な気がして、屋上に吹く心地よい風を全身で感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 時を進めること数時間。

 スレインは自室に戻り最終調整を終えたARCUSを手に取ると、音声通話機能が問題なく作動するかの確認も含めてとあるナンバーに電話をかけていた。

 機械的な呼び出し音が聞こえる。発信機能には問題がなさそうだ。5コール程聞こえた後に、受話音が聞こえる。

 

「あーもしもし? 今大丈夫か?」

 

 用事があってかけた訳ではないので、相手の状況を先に確認する。

 

『ええ、大丈夫ですよ。丁度一区切り着いて休んでいる所でしたので。いきなりどうしました?』

 

 通話口から聞こえてくるのは、澄み切ったソプラノに近い声。そして、慌てた後に取り繕った様な声にも聞こえる。

 

「本当か? あんまりドミニクさんに仕事押し付けるなよ?」

 

『えっ、な、何で分かったんですか?』

 

 着信が来た途端に慌てて部下に仕事を押し付けたいう事を想像して、それをそのまま口にする。どうやら本当だったらしく電話口で咳き込む声が聞こえた。

 

『それはそうとクレア。荷物ありがとな。 それにわざわざ入学祝いまでさ。新品用意するの大変だっただろ?』

 

 スレインは昨日受け取った荷物の差出人である、クレア・リーヴェルトにお礼を兼ねて電話をしている。

 動作確認の一貫ではあるが、やはり自身の想像を超える品が送られてきたので、お礼を言わないと礼儀に反する。というのも、また1つの本音である。

 

『いえいえ、スレインさんの頼みですから。それにそちらの方が良いと仰っていたので……それって、私なら用意出来ると思ったのでしょう?』

 

「まぁな。鉄道憲兵隊(TM)Pの方が、理由付けがスムーズだとは思った。けど、面倒には違いないから、悪い事したな」

 

 鉄道警備隊は軍属。その為、戦術オーブメントを手配する事は至って普通である。しかし、支給されたばかりの品を、新たに1つ支給するにはそれなりの理由も必要なのだ。

 しかし、それがどんな理由であれ、結果として受け取っている。わざわざ理由なんて野暮な事は聞かない。

 

『気にしないでください。本当はもう少しちゃんとしたお祝いをしたかったのですが……』

 

「いや、あれで十分だよ。おかげ様で最高傑作が出来上がった。こうやって通話機能も問題ない事が分かったしな」

 

『それなら良かったです。という事は、通話機能の動作確認でお電話を?』

 

「それもある。でも、どちらかと言うと、やぱり入学祝いのお礼かな? 手紙の内容も気になるし」

 

 流石に男性が女性に電話をかける時に動作確認だけが理由というのは、あまり品が良くない。

 それだけで電話を切る事も相手に悪いので、同時に思わせぶりな手紙の事を吐露する。実際の所、これも電話をかけた理由の1つなのだ。

 

『ええ、最近、領邦軍の動きが変わってきています。こちらでも対処出来る部分はあるのですが、動きが読みにくく狙いがはっきりと分かっていないのが現状です』

 

 今までの穏やかな口調から一変、真剣な声色でそう話す。

 

「貴族派が動き出した、か。まぁ、狙いが分からん以上は、無闇に詮索しても憶測の領域しか出ない。それまでは現状維持だろうな。……あぁ、それで俺が動くと予想したってことか。しかし、残念な事に俺は休業中だぞ?」

 

 近々会えるという意味がやっと分かった。狙いは分からないが、領邦軍を動かしているのが気になる。その内容としては、貴族派が革新派に何かを仕掛けようとしている可能性が一番高い。その対立に繋がる様な行為を、皇族は黙っている事は出来ないから、直属の自分が動くと考えたのだろう。

 しかし、残念ながらトールズに入学する際に、自身の雇い主でもあり学院の理事長でもあるオリヴァルト皇子から直々に休業と言われているのだ。

 

『そうでしたか……でも、私の予想は当たりますよ?』

 

 恐らく、この手の話題はあまり話す事ではないと踏んだのだろう。笑みを含んだかの様な優しい声に戻っていた。

 

「それは間違いないな。んじゃぁ、お礼も兼ねて今度ヒマがあったら食事にでも行くか」

 

『え!? え、ええ。分かりました。楽しみにしていますね』

 

 何故かとんでもなく上ずった声が聞こえたのだが、敢えて何も言わないでおく。

 

「じゃぁ、また連絡する。 ありがとな」

 

 最後に「お待ちしてます」という彼女の言葉を聞いて俺は電話を切る。

 動作確認正常。手元に置いてあるノートにそう書くと、全工程に『正常」の文字がある事を確認して閉じた。後頭部を両手で支えながら椅子の背もたれに重心を捧げ、窓の外を見つめる。

 

「(とりあえず、大きく動き出すまでは考える必要はないかな……)」

 

 今は学生である自分がヘタに動くと色々な問題が発生する。思考を停止させて目を閉じ、少年は思考を停止して浅い眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「さーて、それじゃあ第一回目の実技テストを始めるわよー」

 

 

 4月21日。雲一つない晴天の中、士官学院のグラウンドに集められたⅦ組メンバー10名は、サラの軽快な声と共に僅かばかり気を引き締めた。

 リィン、アリサ、エリオット、ラウラ、エマ、ユーシス、フィー、ガイウス、マキアス、そしてスレイン。各々が、その手に得物となる武器を携えて、ほぼ全員がやや緊張した面持ちで次の言葉を待っている。

 

 士官学院に入学してから3週間が経過し、レベルが高く進行の早い授業にもようやく慣れてきた(といっても、スレインにとっては全て知っている内容ではあったので慣れるも何もない)頃に、突然担当教官のサラから二つの事柄が伝えられた。そしてそれが、この”特科クラス”という名の通りの特別な事項であった事を悟るスレインとは裏腹に、皆が一様に不思議そうな顔をしたのである。

 一つは、定期的に行うという”実技テスト”の告知。戦術リンクが使えるⅦ組ならではのテストを行うとの事だったのだが、入学早々に行ったオリエンテーリングとの事を考えれば、実戦形式である事は明白である。

 そしてもう一つは、二つの班に分かれて行うという”特別実習”。各々の班が学院とトリスタを出て、帝国各地に赴き出された課題に取り組むという授業。現時点ではその詳細が明かされておらず、実に曖昧な取り組みである。

 

 そんな回想をしながら担任教官に目を向けると、悪戯っぽい笑みを浮かべて全員の方を見ている。対して一同は、一抹の不安と適度の緊張を持ちながら自分の武器を握りなおしていた。

 

「そんじゃ、始めるわね~♪」

 

 開始の声と共に、サラの指鳴りの音がグラウンドに響く。すると、それと連動するかのように突如として浮遊する謎の物体が現れた。

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 その目の前で起きた非現実的な現象に、思わず驚愕の声を漏らす一同。それも当然の事だ。一般人では見る事のない摩訶不思議の物体。機械の様な直線的なフォルムではなく、動きも滑らか。かといって、生命体と称するにしては些かニュアンスの違いを指摘出来る程の謎が生まれる。

 目の前に現れた紫色の謎の物体。よく見るとボディに『Type-α』と刻まれており、それが名前、いや、正確には型番だろう。それが記述されているのが分かる。

 しかし、これが何なのかを知っていても、担任教官殿の事だから曖昧な表現で逃げるだろう。ましてや他の生徒がいる前で、普通だったら知らない内容が飛び交う事も無粋である。スレインは黙ったままサラの説明を待つ。

 

 ”実技テスト”の内容はそれほど複雑なものではなく、サラが指定した複数人でチームを組み、この機械(戦術殻と言うらしい)と戦闘をして、その結果で評価を決めるというもの。ただし、チームプレー度外視の個人戦闘では評価は付かず、戦術リンクを駆使して戦い勝利を収める事。つまりは団体戦の試験内容である。

 

 最初に指名されたのは、リィン、ガイウス、エリオットの三人。上手い具合に前衛と後衛に分かれたチームであり、実際、その動きも悪くはなかった。

 東方剣術《八葉一刀流》を用いて、行動の妨害や技の阻止をして巧みな技で戦術殻を翻弄するリィン。長槍を巧みに操り、スピードと破壊力を合わせた動きでリィンの作り出した隙を確実に攻めこむガイウス。そこにエリオットがタイミングよくアーツの攻撃を打ち込み、反撃の隙を与えないお手本のような戦闘を披露。特に苦戦する事もなく勝利を収めたのであった。

 

「(オリエンテーリングの時よりも動きがよくなってるし、戦術リンクも上手く活用されてるな。特訓でもしたのか?)」

 

 とても便利に見えて、誰でも使えそうな戦術リンクでもある程度の相性は存在する。互いの動きを理解するという点では、ある程度の信頼関係がないと成立しない。それはまさに人間関係を示す様なものである。スレインは列に戻ってきた三人に労いと賞賛の言葉を送った。

 聞けば三人は昨日、旧校舎の中を探索しており、その際の戦闘で戦術リンクの練度を高めていたとの事。それを踏まえればあの練度の高い戦術リンクや攻撃タイミングは頷ける。いい具合に実戦慣れをしているのだろう。

 

 しかし、順調なのはここまでだった。次に指名されたのは残り全員のラウラ、アリサ、エマ、フィー、ユーシス、マキアスの6名。人数が多い事にマキアスが疑問を述べたものの、勿論サラの前では却下。犬猿の仲である2人を抱えている以上、少人数でチームを組んでも碌な事にならない。それが他チームに分かれてもつべこべ文句を言うというのも合わせて、誰の目から見ても明らかだった。

 実際、その戦闘内容はお世辞にも優秀とは言い難いもので終わった。結果こそ女子勢の尽力により勝利したものの、”戦術リンクの活用”というテーマに沿って見てみれば及第点は付けられない。

 というより、結果的に勝利した事による及第点は、ほぼ100%女子のおかげ。原因は言わずもがなである。その結果を巡ってまた一悶着が起きそうになったところで、サラが言葉を挟んだ。

 

「はいはいそこケンカしないの。とりあえず君たちはこの結果を受け止めて充分反省するように」

 

「うっ……」

 

「フン」

 

 流石にそれを無視してまでいがみ合いを続行する気はなかったのか、大人しく列に帰っていく二人。それを見て女子勢も、ため息と苦難の表情と共に戻って来る。

 

「お疲れさん。大変だったな」

 

 俺が女子勢に労いの言葉をかけると、「それぞれが早く修復してくれ」といった様な言葉呟く。確かにこれは異常な程の仲違いだ。確かに生理的に受け付けないヤツってのは存在するが、いちいち口論になる程の状況を毎回作り出している以上、原因は些細な事なのかもしれない。

 そして、実戦形式でもあるこの実技テストでこの調子だと、本当の実戦では取り返しの付かない事になり得る。この状況は流石にマズイと考えるのだが、これは本人達の問題。わざわざ自分が手をだす必要なない。そう考えていた。

 

「さて、最後にスレインね。前、出てきなさい」

 

 そんな思考を遮る様にサラの言葉が聞こえた。そもそも、戦術リンクを利用するテストで何故1人指名なのかが気になる。ニヤついた表情でこちらを見るサラにはどうやら他の企みがある様だ。

 

「あんたをチームに入れたら正当な評価が出来ないでしょ。とりあえず実戦経験を見せてあげなさい」

 

 サラが指を鳴らすと同時に、目の前にある戦術殻が更に二体纏めて出現した。計三体。どうやらこれを相手にするのがスレインの実技テストらしい。

 

「あんた達もよーく見ておきなさい。これが実戦経験のある人間の戦い方よ」

 

 サラは皆にそう言って後方に下がる。そして、Ⅶ組一同は固唾を呑んでスレインの方を見ていた。それがどういう事かは分かるのだが、いくらなんでも3体はやり過ぎなのではないか。そんな表情で。

 

「始めっ!」

 

 サラの開始の声と同時に、三体の戦術殻が独立した動きでスレインに向かってくる。実戦経験があっても、普通の者であれば三体を相手にするには荷が重い。目・耳・四肢と最大でも二つずつしかパーツがない人間では、どう足掻いても対処方法に限界があるからだ。

 しかし、その一方でスレインは開始時から微動だにせず、全体を視界に入れる様に前を向いているだけ。その状況が理解出来ないⅦ組メンバーは、ただ黙って前を見ているだけである。

 

「さて、と……」

 

 そう呟いた彼は、左手に持っていた得物を中段に構えて、切り込みの体勢に移る。一体目が右から接近してその拳を振るう。それと同時に二体目は正面から、三体目は少し迂回してやや後方から迫っていた。

 そのタイミングでスレインは動き出す。一体目の拳に剣を突き刺し、その動作を一刹那止める。それを下段に弾くと、戦術殻はバランスが崩れる。その拳に片足を乗せて二体目の、人間で言う脊髄部分に斬撃を浴びせる。それと同時に一体目の拳を起点として、後方にバク宙。三体目の後ろに回り込んで、背後から二体目と同じポイントに斬撃を放つ。そして、拳を抑えるものが無くなり、バランスを取り戻した一体目にも、同じポイントに斬撃を浴びせる。それと同時に三体の戦術殻は沈黙した。

 時間にすると5秒にも満たないその刹那で勝敗は決まった。何が起こったのか分からないメンバーもいたが、各々が口をパクパクとして言葉が出てこない。完全に動作を停止した三体の戦術殻の前にして、スレインは「やれやれ」と呟くとサラの方を向いて目線で続きを促した。

 

「はい、ごくろーさま。あっさりクリアしちゃって面白くないわね。もう少し手加減しなさいよね。じゃ、リィン、感想どうだった?」

 

 サラは本当に苦笑いをしていた。どうやらもう少し苦戦すると踏んでいたらしい。その点ではサラもスレインの実力を見誤っていたという何よりの証拠であった。

 

「え、えっと……とにかく圧倒されました。目で追う事で精一杯で、これが実戦経験の差という事なんでしょうか?」

 

 いきなり指名されたリィンは、言葉にならない現象を言葉に表す事で精一杯だったようだ。

 

「まぁ、元々のレベルが高いってのもあるけど、一瞬の判断で動くという点ではやっぱり差があるわね」

 

「それと、こう言ったら悪いんですが……スレインってアーツがメインなのかと思ってました」

 

 そのリィンの言葉には一同全員が首を縦に振っていた。それもそのはず、スレインは戦術オーブメントを開発するレベルだ。実戦となってもその知識を最大限に発揮するにはアーツの方だと誰もが判断するであろう。

 

「ま、そう思うのも当たり前だが、実戦はそんなに甘くない。知っている知識だけが全てじゃないって事さ。ちなみに、アーツを使っていいならそれこそ一瞬で終わったぜ」

 

 スレインはリィンにそう告げると、何事もなかったかの様に一同の列に戻っていく。

 

「そうよ。情報って言うのは、時に先入観として間違う事もあるの。今回の事で分かったと思うから、目の前の情報だけが真実なんて思っちゃダメよー」

 

 サラはそういうと、スレインの方をチラッと見て全員の顔を見渡す。恐らく、先程のリィンの指摘通り、自身がアーツ専門だと思っていた全員の認識を改める結果にしたかったのであろう。「余計なお世話だ」なんて思ったが、口にする事はせず、ただ黙っておく事にした。

 そんな事を考えている間に、サラから一枚の紙が配られる。既に話題は、3日後の”特別実習”に移っていたらしい。その班の振り分けの詳細が書かれたそれを一瞥する。

 

 

 

 

 

【4月 特別実習】

 

 

A班:リィン、アリサ、ラウラ、エリオット、スレイン

(実習地:交易地ケルディック)

 

 

B班:エマ、マキアス、ユーシス、フィー、ガイウス

(実習地:紡績町パルム)

 

 

 

 

 スレインが向かう事となったのは、帝国東部・クロイツェン州にある交易が盛んな土地、ケルディック。ユーシスの実家『アルバレア公爵家』が治める土地であり、大市という市場がある活気のある町である。初めての”特別実習”を執り行う場所としては悪くはない場所だ。

 問題となったのは実習地ではなく、この班の振り分け方。A班はともかく、B班は狙いすましたかのように最悪だ。

 

「ど、どうして僕がこの男と……!」

 

「……あり得んな」

 

 今までの流れで、ある程度鎮火しかかっていた二人の間に再び油が投入される。それだけではなく、彼らと同行する事になった三人もどこか憂鬱そうな表情を浮かべていた。

 

「(……これはわざとなんだろうな)」

 

 サラの方に顔を向けると目が合い、意地の悪い笑みが浮かんでいる。

 まぁ、「班が違うから関係ないか」と思いながらも、それと同時にB班が全員無事で帰ってくる事を願うのであった。

 

 

 




今回は会話パートが多く、スレイン君があんまり行動していない様になってしまいました。

今後は色々な所に巻き込まれていく形になると思いますので、温かく見守っていて下さい。

それでは、お読み頂きありがとうございました。


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初めての特別実習

ケルディック編にやっと入りました。

なるべく原作を崩さずにいこうと思っているのですが、記憶違いとかもあったりして崩れているかもしれないです。
ファンの皆さん申し訳ありません……

では、第7話、始まります。

※2015.08.10 修正


 4月24日。

 特別授業出発の日の朝。といっても、夜が明けたばかりの時間。支度を済ませて実習A班が待つ第三学生寮の玄関に向かうと、オリエンテーリング時に起きた初対面の男女のいざこざがやっと終結した事を悟る。

 玄関前で憑き物が取れた様な表情でリィンとアリサが話している光景に、「やっとか」という呟きと共に安堵の表情をして一同が揃うまで待つ。数分の差で揃うと、各々がリィンとアリサの関係修復に安堵の声を上げていた。これでA班の問題はなさそうだと安心した一同は、足早にトリスタ駅へ向かったのでった。

 リィン、アリサ、エリオット、ラウラ、スレインの組み合わせとなった実習A班は、先に到着していた実習B班に振り分けられていた面々の重たい雰囲気に目を向ける。その視線の先にいるのは、例のごとく仲の悪さをこれでもかと見せつけている、金髪と緑髪の二人組が不機嫌な顔で背中を見せてる所だ。

 だが、これは学院長も公認してしまった正式な課外授業である。今更その内容にも班分けにも文句を言えるはずもない。ましてやその当日。後の祭りなんだからいい加減に腹をくくれと思うものの、2人以外のメンバーも不安しかないといった表情で青ざめている。せめて実習前のエールをと思い、B班の所まで足を運ぶ。

 

「とりあえず、無理に何かをする必要はないから、なるべく穏便に済ませる事だけを考えろよ? 最悪のケースになったらガイウスが止めるだろうし、解決ではなく最善を目指せ」

 

 正義感の強そうなⅦ組の委員長エマにそう言って肩をポンと叩く。ガイウスはリィンと何やら話しているが、この状況であれば同じような事だろう。

 その後、リィンとアリサの仲直りに気づいたエマはその話で現実逃避、もとい会話を弾ませる。ひと通り話が終えたタイミングで、始発列車到着予定のアナウンスが流れる。B班は始発に乗る予定になっているので、若干2名を除いて盛り上がっていた場はようやく動き始めた。

 B班が向かう実習先の紡績町パルムは、帝国領土の中でも最南端に位置する場所である。道中も帝都を経由して乗り継ぎをしなくてはならず、始発の列車に乗っても到着するのは恐らく夕方頃だろうとエマは言っていた。それを考えれば、A班の実習地であるケルディックはトリスタと同じ帝国東部。クロスベル行きの旅客列車に揺られて1時間程のところである。距離的には充分に恵まれているとも言えた。

 

「よし、それじゃあ俺たちも行くか」

 

 リィンのその言葉に従って、A班の面々もホームへと向かい、到着した列車に乗り込んでケルディックへと向かう事となった。列車が整備されて帝国の移動手段が劇的に変化したこの時代、こうやって座っているだけで目的地に着くというのは本当に有り難い。

 席に座れる人数の関係上、リィンらの座る四人掛けの座席ではなく、通路を挟んだ隣の座席に一人で座っている。リィンが先日手に入れた『ブレード』と呼ばれるカードゲームで遊びながら、和気藹々と過ごしているメンバーを見て物思いにふける。通路を挟んで盛り上がるのは、一般的に見れば行儀が悪い。道中を楽しんでいる一同に席の交代を申し出る事も無粋であるので尚更であった。

 

「なーに、感傷に浸ってんのよ」

 

 その声に驚く素振りも動く事もせずにスレインは言葉を出す。

 

「いんや、若いっていいなぁと」

 

「あんたが言っても嫌味にしか聞こえないわよ?」

 

「あ? あぁ、精神年齢って事にしとけ」

 

「また、なま言っちゃって」

 

 そう言い放つと同時にスレインの隣、窓側の席に腰をかける女性。スレインは全く持って無反応だったのだが、他のメンバーにとっては予想外の来訪だったらしい。

 

「「「「サラ教官!?」」」」

 

 通路を挟んだ席に座るクラスメイトは、揃って驚きの声を上げる。それもそのはず、前日には「私は行かないから頑張ってね〜♪」なんて事を、ビールを飲みながら言っていたのだから。

 

「初回サービスだろ? ろくに説明してないんだから、最初はガイド役がいるのが普通だろ」

 

 スレインは欠伸をしながら、さも当たり前かの様に淡々とそう話す。

 それはそのはず、特別実習には実地場所の記載はあったが、内容は一切書かれていない。それは前日になっても開示されず、サラからの話もなかったのだ。そんな状態なのであれば、当日に顔を出すのは当然であろう。

 

「ま、そんなトコよ。宿にチェックインするまでは君たちの面倒を見てあげるわ」

 

「あの、俺たちよりもB班の方に行った方がいいんじゃ……」

 

 サラの言葉に被せるように、この場の全員が懸念する内容をリィンが代表して口に出す。A班よりもB班の方が問題だ。というより、到着するまでの間ですら、何が起きるかも分からないB班の様子を見た方がいい。

 リィンはそう思ったのだろうが、サラがこちらに来た理由なんて容易に想像出来ると思ったのだが。

 

「えー、だってメンド臭そうだし。まぁ、どうにもならないくらい険悪になったらフォローしに行くつもりよ」

 

 そのサラの何気ない一言に、通路を挟んだ席にいる全員が唖然としている。分かっているけど、こんなにもあっさり、そして素直に言ってしまうとは。

 

「ま、早めにパルムにも行けよ。初実習で1人欠けるとか、お前の教官人生にも左右されるぞ」

 

 そう言ってスレインは目を閉じる。どうせこの後の展開は分かっている。自分も動かずに済む体勢でいた方が都合がいい。

 

「そんな事分かってるわよ。じゃ、あたし徹夜続きで眠いから寝るわ」

 

 そう言ってサラは自身の肩に頭を乗せる。その数秒後には寝息が聞こえるんだから、寝付きが良いなんてレベルではない。スレインは皆に「もう寝てるからとりあえずこっちは気にするな」とだけ伝えて、自分の列車の揺れに身を任せながら、眠りの誘いに心を委ねるのであった。

 勿論、この時横目でチラチラ見られながら、あらぬ憶測を言われている事を2人は知る由もない。否、気にしていないから知ろうともしないであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 交易地ケルディック。

 帝国東部クロイツェン州に属するその町は、その名の通り、古くから交易が盛んな地として栄えてきた。近郊に広がる肥沃な大地と温暖な気候が農作物の実りを豊かにし、それらが直接卸される事で商売が盛んになったという歴史もあるが、最も重要なのはこの地が各大都市との中継地点となっている事だろう。帝都ヘイムダルと、東部の大都市バリアハート。更には貿易都市クロスベルへの直行便も用意されている事からも、この地の産業的価値の高さが窺える。

 そんな土地だからこそ、東部近郊は元より、国外からの輸入品も集まりやすくなる。そしてそれらが売品として一堂に会するのが、ケルディックで一年を通して開催されている『大市』だ。その一年間の総売上高は帝都の高級デパートのそれを上回るとされている事からも、その繁盛っぷりが窺い知ることができる。

 近年は益々、ここでの商いを求めてやってくる商人や、大市狙いの観光客なども増え、賑わいも増しているという。故に、観光を名目として訪れるのならば特に問題もなく楽しむ事もできたのだ。

 

 と、在り来りの回想をしてみたものの、今回は観光目的ではないので、最後の一行はいらなかった。と、よく分からない感想を考えていたら、自分に向けられた質問の内容で我に返る。

 

「スレインとサラ教官の関係って……一体どうなのよ?」

 

 アリサはジト目でこちらを見ながら質問している。どんな答えが返ってくるか、ワクワクした様な表情を隠しきれていない。

 

「……言わなきゃダメか?」

 

 スレインのその問いには全員が首を縦に振る。ケルディックに向かう道中の流れから、おおよそ在り来りであり得ない回答を期待している一同を前にしているスレイン。観念した表情をしながら食休みと称してベンチで話す事を伝えて、町中まで向かって歩いて行った。

 

 この会話の流れになるまでの経緯を説明しておくと、ケルディックに到着してサラに案内された一夜を過ごす宿『風見亭』へと辿り着いた一行。待っていたのは、五つのベッドが並んだ宿場の一室。そして、女将から譲り受けた”特別実習”の詳細が書かれた紙の入った一枚の封筒だった。

 男女共に同じ部屋(ベッドは男女別で一応離れて設置されていた)で一夜を過ごす事に、当初強い抵抗感を示したのはアリサだった。普通に考えれば、年頃の男女が部屋を同じくして寝るなど有り得ないのでそれは当然の反応である。

 だが、その訴えに苦言を呈したのは、意外にも同性のラウラだった。「”軍”とは昔から、男女を問わず浸食を共にする環境」。彼女が真剣な表情と共に言ったその言葉に、アリサは口を噤んだ。卒業後に軍人の道を進む事が絶対ではないものの、今の立場は士官学院生である。そこに籍を置いている以上、自分の訴えがワガママである事を理解し、男子一同に威嚇をして話は本題へと移り変わった。

 ”特別実習”の内容―――そう称して女将であるマゴットがリィンに渡した封筒の中の紙に記されていたのは、『ケルディック周辺200セルジュ以内で執り行う事』という注意書きと共に連なっていた、三つの実習内容だった。

 『薬の材料調達』 『壊れた街灯の交換』『東ケルディック街道の手配魔獣』―――お使いじみたものから雑用、果ては魔獣討伐まで、良く言えば広範囲に用意された依頼、悪く言えば何でも屋と言った風なその内容にエリオットやアリサなどは落胆したような感情を漏らしたが、リィンやラウラはそれを真摯に受け止めていた。

 「こうした実習内容からどのようなものを得るのか、それを考えるのも含めての”実習”」。早々にその考えに至ったリィンには、少しばかり敬意を表した。その考え方が正解であり、サラも意味ありげな微笑を浮かべたまま何も言わなかったが、宿に到着して早々に地ビールを堪能していたので、教官からの言及はこれ以上ないと判断して一同は宿屋を後にした。

 その後は、アリサらも実習内容に際して文句を言う事もなく、気合を入れて依頼の遂行に臨んでいた。そのお陰か、礼拝堂の教区長からの依頼であった薬の調達や、武器工房からの街灯の交換依頼も早々に片づける事ができ、『風見亭』で昼食を摂った後に、最後の依頼【手配魔獣の討伐】に向かう事になったタイミングであった。

 

閑話休題(それはさておき)

 

「さて、と。先に言うけど、勿体ぶった割には大した話じゃないからな。特にアリサ。お前さんが思っている様な浮ついた話ではないから」

 

 ベンチに座って一息付いた後に、大市で買った飲み物を一口飲んでから話し始める。

 

「ちょ、ちょっと、私は別にそんな風には言ってないわよ? あれよ! 私達は入学式の時がサラ教官と初めて会ったけど、あなたはそうじゃない感じだったじゃない?」

 

 自身の考えが悟られていた事に驚きながら、それとは違う理由で頬をほんのりと染めながらアリサは、うまく質問の切り口を変えていく。

 

「確かにそうだな。そなたは元々サラ教官と面識があったのか?」

 

 その点においては同じ疑問を全員が感じていたのだろう。皆が頷くと同時に、代表してラウラが続く。

 

「ああ、面識ってか、前の前の職場が同じだったんだよ。先輩後輩ってやつ?」

 

 サラが遊撃士稼業をしていた事をⅦ組メンバーには話していない様なので、わざわざ自分の方でもオブラートに包んむ様に言葉を濁して答える。

 

「そうなると同僚って事なのかな。でも、同じ職場ってどんな仕事をしてたの?」

 

 今度はエリオットが質問を投げかける。おっとりしているようでも気になる事は気になるらしい。

 

「んー。それはサラに聞いてみれば? アイツが自分の事を言ってない以上、俺からアイツに関わる情報は言えないな。プライバシーってやつだ」

 

 自身の事だけなら言っても構わないんだが、他人があえて言ってない事が絡んでくると『プライバシー』で通せる辺りが言葉というものは便利である。

 

「でも、なんかそう聞くとまるで……」

 

 今まで黙っていたリィンが口を出す。質問というより、自身への問いかけの様な口調で周りがギリギリ聞こえる様な声でそう呟く。

 

「あー、リィンくん? それ以上言ったらシメるよ?」

 

 そう言ったスレインの目は冷ややかで全く笑っていなく、目線だけでリィンの言葉と思考を凍らせていく。一同はそのスレインの殺意とも思える目線と威圧感に負けて、喉を鳴らしてしまったのは言うまでもない。

 

「第一、そんな平和的な付き合いじゃないんだよね。そっちの方が何倍もマシだったさ」

 

 嘲る様な、それでいて寂しそうな表情を微かにしながら目線を遠くに向ける。それと同時に一呼吸置き、本日最後の依頼を済ませようと全員に移動を促すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スケイリーダイナか……エリオットがメインの布陣だな」

 

 町の東側のゲートを潜った先に広がる穀倉地帯『東ケルディック街道』。季節は春であるため、まだ一面には土しか見えないその景色だが、心地よく吹く風にはどこか自然というものを感じさせてくれる。

 そんな街道を時々出現する魔獣を蹴散らしながら進んでいく最中。最後尾を歩いていたスレインが呟く。

 

「え、そうなの!?」

 

 少しばかり緊張と不安がはっきりと伝わるエリオットの表情には、スレインの言葉を理解出来ないでいる。

 

「あぁ、アレは水属性にめっぽう弱いからな。アーツの方がダメージが通る。んでもって、アーツも使ってくるからリィンやアリサはアーツの妨害を優先した方がいいな。範囲攻撃はラウラが陽動に回り位置取りをズラすと安定すると思うぞ」

 

 今回の手配魔獣、スケイリーダイナは恐竜型の魔獣である。サイズは中型。その見た目とは裏腹に、範囲攻撃やアーツまで利用するという厄介な点はあるものの、そこまで知能がない為に人数がいれば比較的苦戦する相手ではない。

 

「ええ、分かったわ」

 

「承知した」

 

 アリサとラウラは緊張の様子を見せるものの、自分のポジションが明確になった事で、少し安堵の表情を見せる。

 

「スレインはどうするんだ?」

 

 リィンは、この少年が前衛なのか後衛なのか、未だに判断が出来ない為に、率直な疑問をぶつける。

 

「あぁ、どっちでも構わないんだが……そうだな、今回は後衛で全員の動きを見ておくよ」

 

 実際の所は前衛に出てしまうと、一人で何でも沈黙させてしまう恐れがある為、今回は自粛して全体の経験値を上げるというのが本音である。

 

「あそこだな。じゃぁ、指示系統は任せるぜ、リーダー」

 

「あぁ、スレインもよろしく頼むよ」

 

 

 

———手配魔獣との戦闘は、本当にあっさりと終わってしまった。

 初めての大型魔獣との戦闘であったにも関わらず、スレインが予め出しておいた各々のポジションが的を得ていたという点。そして、それぞれが期待以上の動きと戦術リンクを駆使した事によって、大怪我をする者もいなく大成功に終わったのであった。

 

 

 




書き終わって思ったのですが、特別実習の依頼をもっと細かく書いていった方が面白いのかなーと悩んでいます。

かなり端折っている感が出てきているとも思いますが、私も頑張ってレベル上げをしていきますので、お付き合い頂ければ幸いです。

では、今回もお読み頂きありがとうございました。


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剣を持つ理由と意志

更新が遅れまして申し訳ございません。

軌跡シリーズをやっていると、いつも2章くらいまでは難易度が高く感じてしまい、駆け足で進めているので、
正直、ケルディック編はあまり記憶にないのです……

重ね重ね、申し訳ございません……


という訳で、第8話、始まります。

※2015.08.10 修正


「どうやら、君たちには面倒をかけてしまったようじゃな。スレイン君には何度目だろうか。本当に申し訳ない」

 

 時刻は黄昏時。とある一件の影響でケルディックの重心、大市の元締めであるオットー氏の自宅に招かれたⅦ組A班一行は、その一言と共に頭を下げられた。思いがけない人物からのその態度に若干たじろぎながらも、後半の言葉に引っかかり、困惑の表情を浮かべるリィンたちとは別に、スレインは今回の一件に対して疑問点を浮かべていた。

 

 時間は十分ほど前に遡る。

 東ケルディック街道の手配魔獣に完勝して、ケルディックに戻ってきたスレインたち。すると、大市の方からのざわめきと怒声が聞こえて、リィンの提案で直ぐに向かう事になった。駆けつけた先にいたのは、市の中央部、最も客足が良さそうな位置にある店の前で、胸ぐらを掴み合って罵詈雑言を浴びせる二人の男性。

 正に一触即発のムードを懸念したスレインとリィンは、顔を見合わせアイコンタクトを取ると同時に、喧嘩をしていた二人に割って入り暴行事件の発生を阻止したのだ。その後、騒ぎを聞きつけて駆けつけた元締めのオットー氏によって事態は一時収まりを見せ、ひとまずは市に平和が訪れた。

 二人の商人が殴り合いの直前まで発展した理由は、大市における店舗の位置。不思議な事に、二人ともが同じ場所の店舗の設置許可証を持ち、それがどちらも本物である。これは手違いというのも些か疑問が残る内容であるのだが、このままでは平行線を辿るばかり。元締めが”同じ店舗の場所を時間で区切って交互に使用する”という結論を出し、これ以上騒ぎを大きくしては売り上げにも響くと考えた二人は素直に従った。

 その後、騒ぎを始めに収束させてくれたスレインたちに礼をしたいという事で、オットー氏が自宅へ招待したのである。

 

「オットーさん、俺の知る限り、先程のような騒ぎは今までなかったと思うんですけど、最近は結構あるんですか? 商人同士が揉める事もそうですけど、場所が重複する事そのものが稀だと思うんですが……」

 

「うむ。大市の出店場所を決める許可証を発行しておるのは公爵家なのじゃが、些か問題が起こっておっての」

 

「問題……税金関係ですか?」

 

 オットーは小さく頷く。リィンたちも声を出さずに、真剣に耳を傾けていた。

 曰く、最近になってクロイツェン州を収めるアルバレア公爵家が、大幅な売上税の引き上げを敢行。前年度に比べて、収める税の割合が格段に跳ね上がってしまったのだ。儲けの割合が少なくなると分かれば、当然商人達は売り上げを伸ばそうと躍起になる。そう言った雰囲気というかストレスや緊張感が蔓延し、先程のような騒動が時々起きるようになってしまったらしい。

 商売人の観点からすれば、増税のリスクは死活問題だ。売上が伸び悩み純利益が少なくなる。そんな時に外部から大市に出店して元が取れないと分かれば、感情的になってしまう理由も分からないでもない。だからと言って、暴力沙汰はモラルを疑う所ではある。

 しかし、オットーも元締めとしてただその状況を黙して見ていたわけではなかった。

 本日の外出がそうであったように、オットーは頻繁にバリアハートのアルバレア公爵家まで赴いて何度も陳情を行っているらしいが、その都度門前払いを食らっているらしい。その期間は2ヶ月。仮にも土地を収める大貴族にしては些か冷遇に過ぎる対応だ。

 

「ふむ……オットーさん、確か大市で何かあった時は領邦軍が動きますよね? 最近はどうなんですか?」

 

「そうだが、近頃は動く気配すら見せなくなってしまったのう」

 

「なるほど」と呟いたスレインの表情は何かを理解したかの様な表情に変わっていく。他のメンバーも何かに気づいたのか、憤りや同情から不思議そうなそれへと変わっていた。

 

 『領邦軍』―――帝国政府が抱える正規軍とは違い、これは『四大名門』と言われる帝国でも最大の四つの貴族が有する私設軍の俗称である。領地内の治安を維持するという名目で各地に常備軍として展開していて、当然ケルディックにも駐屯していた。

 ただし今回の件、並びにここ2ヶ月の過去の騒動において領邦軍は一切動こうともしていない。

 今までの疑問点を全て線に繋げれば、それが指す意味は単純だ。

 

「領邦軍が動かないのは増税に対する陳情を取り消したいから。それが行われない限りはケルディック……いや、大市に対しての”嫌がらせ”を続けるという事ですか」

 

「「ちょ、ちょっとスレイン!?」」

 

 今までの疑問点と事象から組み立てた仮説は、的を得ていながらもストレート過ぎるその表現にエリオットとアリサが慌てる。

 しかし、オブラートに包む必要は全くない。このケルディックで現在起きている紛れもない真実であり、それを簡潔に表現したに過ぎない。

 

「さすがスレイン君じゃな。その柔軟な考え方と推理力、そして隠すという事をしない物言い。何故今になって学生なのか不思議に思ってしまうわい」

 

「まぁ、それはそれって事で。仕事上……いや、経験で得たものですから。幸いな事に先輩方に恵まれたんで、そういった技能は勝手に身についたんです」

 

「いっその事、商人になってみてはどうじゃ? ベッキーといい勝負が出来るぞ?」

 

「いやいや、あの子には負けますわ。トールズに入学したって聞いたんで時々食材とかを頼んでますけど、生粋の商売人には勝てませんね」

 

 完全に2人の世界に入ってしまっているスレインとオットー。物腰が柔らかといっても、倍以上の年が離れ、かつ、大市という帝国有数の市場を取り仕切る人物といつもと変わらない物言いで対応しているスレイン。その光景を見ながら一同は、会話に入る事もなく、ただただ唖然としていたのだった。

 スレインはひと通り話し終えると、この場を長く留める事も意味のない行為である事を察知して、テーブルの上にあった紅茶に口を付ける。それが合図になったのか、オットーも満足した表情を見せて、再びリィンたちへと視線を向ける。

 

「君たちが思い悩む必要などない。これはワシら”商人”の問題じゃ。君たちは気にせずに、”特別実習”に専念しなさい」

 

 その言葉が終わりの合図だった。紅茶を御馳走になったことに各々は礼を述べてオットー氏の自宅を出る。

 外はすっかり日が沈みかけ、町並みは夕焼けに染まっていた。

 

 終始無言の一同。今の話を聞いて何も思わない程薄情な人間はA班にはいなかった。各々が何かを考え、この問題に真摯に捉える。

 しかし、それと同様に、自分たちの身分が”学生”である事も忘れてはいなかった。このまま大市の問題に関わったとしても、それは特別実習の枠を越えている。学生が大人の話に首を突っ込むという行為は無謀である。下手をすれば、元締めであるオットー氏に迷惑を蒙らせる危険すら出て来るのだ。

 身の程を弁えて引き下がるか。はたまた多少無茶をしてでも自分たちにできる最大限の行動をするべきか。

 そんな事を広場で立ち止まり考えていると、一同の前にサラが突然現れた。どうやらB班の状況が思った以上に芳しくないらしく、これから列車に乗ってパルムへと向かうらしい。その旨を伝えて駅へと向かうサラを見送るA班一同。

 

「とりあえず、夕食にしてレポートやって、やる事やろうぜ」

 

 スレインの提案にリィンたちは納得して、張り巡らせていた思考一時停止してから宿へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「本当、僕たちⅦ組ってどうして集められたんだろうね?」

 

 夕食後の食休みを取っていた一同を前にして、その何気ない一言を口にしたのはエリオットだった。

 

 何故、自分が”特科クラス”と言う場所に選ばれたのか。サラは「『ARCUS(アークス)』の適性」と言っていたものの、それだけが理由ではないという事は各々が薄々感づいていた。仮にそれだけが理由ならば、わざわざ手間をかけてまで遊撃士じみた(・・・・・・)”特別実習”などに生徒を向かわせたりはしないだろう。

 ならば、どういう基準で自分たちを選んだのか。一同が思考を巡らせる中、リィンがポツリと呟いた。

 

「士官学院を志望した理由が基準と言う訳じゃないだろうしな……」

 

 当たり前であるが、この広い帝国には数多くの教育機関が存在する。中には、トールズと肩を並べる様な由緒正しい学校も幾つかあるものの、何故敢えて”士官学院”を選択したのか。

 

 ラウラの場合は、「目標としている人物に近づくため」

 アリサの場合は、「実家を出て”自立”がしたかったから」

 エリオットの場合は、「元々違う進路を希望していたものの、成り行きで」

 そしてリィンの場合は―――「”自分”を見つけるため」

 全員が肝心な部分を隠しているが、その”理由”を一人ずつ話していた。

 

「それでスレインはどうなの?」

 

 アリサが「最後なんだからちゃんと白状しなさいよ」と顔に書きながら、こちらに問いかける。

 

「んー、理由……ねぇ」

 

 そう言って悩んでいる様な素振りをする。一瞬の間を置いて、目線は何を見るわけでもなく虚空を彷徨う。

 

 「強いていうなれば、成り行きで生きてきた自分から、本当の自分を取り戻したい……か。はっ、何言ってんだ俺」

 

 自分の言葉に嘲笑しながらそう言い放つスレイン。その表情は、どこか寂しげで何かを後悔する様にも見えた。

 

「ま、俺の場合はそんな大層な理由があって学院に入った訳じゃないから、人生の目標って事にしといてくれや」

 

 「余計スケールが大きくなってますけど」なんて事をアリサは言っていたが、そこは敢えて気にしないでおいた。

 そろそろレポートを書かないと、睡眠時間に障害が出てしまう。テーブルに出ている紅茶を飲み干し、一同が部屋に向かおうとしたその時だった。

 

「―――待て、リィン」

 

 ラウラが有無を言わせぬ強い口調でリィンを呼び止める。

 ラウラの声を聞きながら、足が止まってしまった2人。しかしラウラの口調から察すると、怒りを露わにしている訳ではなさそうだ。そうなると、単なるいざこざだろう。

 面倒事は御免被りたいが為に、スレインは一足先に部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 無音の闇を月明かりが照らす夜更け時。1人の少年が教会前のベンチに腰掛け、何やら怪しげな言葉を発していた。

 

「契約に従い我に従え。風の精霊よ、我が呼びかけに応え具現せよ」

 

 その言葉の後に少年の元に風が吹く。

 

「…………あぁ、それでいい。こっちが後手に回った場合だけで構わないと伝えてくれ。頼んだぞ」

 

 今度はそう呟くと、少年の前で再び風が吹き上がる。

 

「ふぅ、やっぱ使い魔と契約した方がいいかなぁ……あ、そろそろ出てきていいぞー。眠れないのか?リィン」

 

 少年がそう呟くと同時。物陰で隠れていたリィンは不思議な顔をして現れるのであった。

 

「独り言……じゃないよな?」

 

 リィンは目の前で見ていた光景を思い出しながら、1人で言葉を発していた張本人に問いかける。

 

「あぁ、精霊と話していた。隠すつもりもないから言うが、これが俺の特殊能力ってやつだな」

 

「精霊?」

 

「そう、地水火風時空幻の精霊と俺は対話できて使役したり攻撃行使も出来る。ま、アーツみたいなもんだな」

 

 飄々と話している彼の内容は、リィンに取っては未知の領域で、はっきり言うと理解し難い内容であったので終始無言でいた。

 

「ま、理解しろなんて言わないけどさ。俺も何でこんな事が出来るか分からないだよ。気づいたら出来てた(・・・・・・・・・)んだ。だからあんま詳しく説明出来ん。で、お前さんはラウラに何か言われたのか?」

 

 これ以上の謎を増やすと話が全く進まないと感じ、彼がこんな時間に外に出てきた理由を問いかける。

 

「あぁ、痛い所を付かれたよ」

 

 そう言ってリィンは数時間前の出来事と、自身の感情を話し始める。

 

 

————『リィン。そなた―――どうして本気を出さない?』———

 

 

 夕食後、部屋へと移動しようとした矢先に呼び止められたリィンは、ラウラからそう言われた。

 

 《八葉一刀流》―――リィンが教えを乞い、太刀から繰り出す剣技の名であった。《剣仙》の異名を取る大陸随一の武人、ユン・カーファイが興した、東方剣術の集大成として知られる剣術。

 その継承者は大陸各地に存在し、その多くが武人として数々の名を上げている事でも知られ、剣の道に通じる者であれば、必ず一度は耳にする流派である。更にその皆伝者は”理”に通じる最上級の剣士として、《剣聖》の異名で知られる事にもなる。

 無論リィンはその域には達していない。彼は―――”初伝”の段階で師であるユン老師から修行を打ち切られた身であった。

 故に彼は、本気を”出さない”のではなく、”出せない”のだ。元よりないものを気合でどうにかできる程、才能があるわけでもない。

 

 だからリィンは偽りなく答えた。「これが俺の限界だ」―――と。

 《八葉》の名を穢している脆弱者。まだ見ぬ兄弟子たちに出会った時に、そう罵られる事を重々承知の上で言ったその言葉に、ラウラは特に反応を示す事はなかった。言ったのは、リィンに背を向けて、漏らしたように呟いた一言だけ。

 

「……良い稽古相手が見つかったと思ったのだがな」

 

 同じく”剣”を志す者を失望させてしまったという罪悪感と、その後自分の胸中に残った寂寥感。それらの蟠りが、リィンの心を蝕んでいた。

 その事があったからなのか、睡眠が浅く、目が冴えてしまって夜風を浴びに来た所だったらしい。

 

「なるほどな。んじゃ、行きますか」

 

「へ? こんな時間に一体何処に?」

 

 予想外の言葉を聞いて声が裏返ってしまうリィン。

 

「バカか? 得物持ってきている時点で剣振って雑念取る気なんだろ? 相手してやるよ」

 

 そう言うと、スレインはベンチから腰を上げ『東ケルティック街道』へと歩を進める。自分の思っている事をいとも簡単に見破られ、苦笑してしまったリィンはその後をついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直言うと、この少年の底が分からない。

 見た目は自分と同じ程度の身長であり、顔立ちにしても歳相応の少年。しかし、入学してからその言動というか、人となりの全てが歳相応に思えない。

 戦術オーブメントを開発する知識。自分が3人がかりで倒せた戦術殻をたった1人で3体を瞬殺する腕前。そして先程の未知な話。更に言えば、サラやオットー氏との繋がり。

 

 しかし、自分はこの少年に疑問と同時に好意を抱いてる。さり気なくリーダーシップを自分に譲る傾向があるが、気が合う様な感じもするし、他のクラスメイトにもしっかりと気遣いをしている所を見ると人が良い事は歴然である。

 そして何より、強い。迷う素振りもない真っ直ぐな行動。そして先程の大市での揉め事や、オットー氏との会話で見て取れた物怖じしない態度。

 

 彼こそ自分が追い求めている姿なのかもしれない。

 そんな事さえも感じる。

 今、自分より前を歩いている少年がとても遠くに、見えているその背中がとても大きく感じるのであった。

 

 月明かりが照らす街道を歩き、東ケルディック街道の一角に存在する風車小屋の前で2人は停止する。僅かばかりに広場のようになっているその場所で、彼は振り向いた。

 

「さて、話を聞いて俺が言いたい事は1つだけだ。リィン。何に悩んでんだか知らないけどよ、お前さん1人が闇に怯えてると思うなよ? 限界という言葉を口にして現実から逃げるな」

 

「っ……」

 

 心を読まれたかの様な言葉に、言葉に詰まるリィン。しかし、リィンの言葉を待たずに次の言葉が放たれる。

 

「お前さんの剣技は何回か見てきた。俺は八葉の剣士ともやりあった事もあるが、それ以前にお前さんの剣には芯がない。怯えた剣だ。そんな剣ではこの先死ぬぞ?」

 

 そう言い放つスレインには、リィンに向けて紛れも無い殺気が放たれていた。

 

「精霊の使役を見られたついでだ。俺の能力の一片を見せてやる」

 

 そう言うとスレインの手には何も持っていなかったはずなのに、の二振りの騎士剣(・・・・・・・)が握られれていた。

 

「いつの間に……? いや、さっきまで……」

 

 何が起こったか分からず、現実を理解しようとしても出来ない困惑の表情を浮かべる。

 

「世の中にはな、理解出来ない様な摩訶不思議ってのは沢山あるんだぜ? 俺の得物は本来はこうやって出すんだよ。ま、正確に言うと違うんだけどな。さて、行くぞ!」

 

 そう言い残すと、スレインの姿が視界から消える。それと同時に右側に気配を感じ、リィンはとっさに刀を構える。剣戟がぶつかり合う音が宵闇に響く。

 再びスレインの姿が消える。それと同時に次は後方から向かってくる気配に、とっさに刀を構えガードする。

 

「この程度で見えないなら次は手足が無くなるぞ?」

 

 スレインは一言だけを残して再び視界から消え、次は右側から1撃を浴びせようとする。

 

 

 

 

 

 あれからどのくらい時間が経ったのだろう。実際には五分程度しか経っていないハズなのだが、一時間以上は立ち会っている気がする。

 スレインの動きは全く見えない。1撃が放たれると瞬時に消えて、殺気を纏ってあらぬ方向から攻撃を受ける。

 幸いな事に、気配を感じ取れるからギリギリのタイミングで反応出来る。それにしても、この体捌きに既視感を覚える。

 

「お前さんもそろそろ気づいたんじゃないか?」

 

 スレインは呼吸も乱れず、汗1つかかず涼しげな顔で問いかける。

 

「……まさか、疾風の……?」

 

「正解だ。体捌きをそのまま利用しているから分かりやすかったかな?」

 

 自分が感じていた既視感は間違っていなかった。なにせ自分も教わった体捌きである。八葉一刀流『弐の型 疾風』。疾さに重点を置いた剣技であり、その剣速は八葉の中でも随一である。

 その体捌きを会得していて寸分違わず利用している事に違和感と疑問が行き来する。

 

「まぁ、俺の事はどうでもいいがな。いい加減に反撃の余地を示したらどうだ? 今のお前さんの剣には難しいかもしれんが」

 

 その言葉に無言で剣を構える。しかし、八葉を初伝で止まっているリィンには、完璧な疾風に対応出来る速さも技術もない。それを知ってか知らずか、お互いに動かず静けさが辺りを包み込む。

 

「リィン、剣を初めて握った時、どういう目的があった?」

 

 沈黙を破ったのは間合いから僅かに離れた状態でスレインだった。その言葉が今までの会話と違うもので一瞬たじろぐも、冷静になって答える。

 

「俺は……守りたいものがあった」

 

 自分が何者かも分からないのに、温かく迎え入れてくれた家族。そして、あの事件を通じて、何よりも守りたいと思った妹。

 家族を守る為に、自身の力(・・・・)と向き合う為に剣の道に進んだのだ。

 

「んじゃ、もう一度聞こうか。お前さんは今、どういう目的で剣を握っているんだ?」

 

 スレインの言葉に目を見開く。正に青天の霹靂だった。

 今の自分は自身の力(・・・・)に怯えていた。

 八葉の師事を受けるキッカケ。心の奥底に眠る自身の本当の意志。それをいつの間にか、捻じ曲げて理由を履き違えていた。ラウラにあのような事を言われても仕方がない。自分自身が自分から逃げていた。

 

「ありがとう、スレイン。取り戻せた気がするよ。今も目的は変わらない。守りたいものがあるからだ!」

 

 そう言ったリィンには、曇りのない目をして迷いを振りきった澄んだ剣先が見えていた。

 

「はっ、いいねぇ。その目、その剣。それでこそ八葉だ」

 

「あぁ、せっかくだから一太刀は入れてみせる。ラウラには謝るとして、スレインにはそれで報いるよ」

 

「なま言ってんじゃねーよ。それなら最後に大サービスだ。ついでにもう一つ見せてやる」

 

 そう言ったスレインの手には先程の双剣ではなく、()が握られていた。

 

「種明かしはしないけどよ、裏ワザ使ってやるよ」

 

 そう言ってスレインは自分と同じ構え(・・・・・・・)をする。

 その光景に様々な憶測が浮かぶが、今は関係ない。この相手に一太刀入れるまでが勝負。邪念を消して神経を研ぎ澄ませるだけだ。

 

「「弐の型 疾風!!」」

 

 剣戟の音と共に、二人の間に旋風が巻き起こる。瞬間、轟音と共に無に帰り、夜の静けさが舞い戻る。リィンが大の字に倒れたのはそれと同時であった。

 

「はぁはぁ……まさか同じ技だとは思わなかったよ。スレインも八葉を?」

 

「んな訳ないだろ。一昔前に立ち合っただけだよ。言ったろ? 種明かしはまだ先だ。奥の手ってのはそう簡単に見せるもんじゃねぇの」

 

「はは、なんかここまで来ると何でもアリだな」

 

「間違ってはないと思うけど、今回は俺の勝ちだからな。敢えて言わないでおくよ」

 

 そう言って手を伸ばし、リィンが手を取り立ち上がる。「貸し1な」という無邪気な笑みを浮かべリィンに告げると苦笑いをしていたが、すぐに迷いを捨てた表情に戻り前を向く。

 

「(これで恐らくは面倒事になるだろうな。一応、布石は打ってあるが……ま、そん時は頼んだぜ、クレア)」

 

 スレインは辺りを照らす月を見ながら、そう心で呟き、自分たちの宿までの帰路につく。

 様々な感情が入り乱れる、特別実習1日目はこうして終わるのであった。

 

 

 




スレイン君が『疾風』を使える理由は、まだまだ教えてくれません。

ある意味、彼のジョーカーなのです。


そろそろ、シナリオブックの購入を検討しております。

話や流れの相違があった場合はご容赦下さい。

それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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決意と行動

更新遅延のお詫びで二話連続です。

実は結構貯め込んでいます。

しかし、それでも駄文極まりないのはご容赦下さい。


第9話、始まります。

※2015.08.10 修正


 「大市の方で騒ぎが起きている」―――宿酒場『風見亭』に勤めるウェイトレス、ルイセからその情報を知ったのは、まだ陽が昇って間もない早朝の事。未だ昨日の疲れと眠気を残したA班一同は、その知らせを聞いて完全に眠気が吹き飛び目が覚めた。

 リィンたちはルイセからひと通りの詳細を聞いた後、足早に大市へと向かう事となった。

 

「しかし……屋台が破壊されるとはな」

 

「その上盗難だ。一体何が起きているのやら……」

 

 今朝方、無事にわだかまりが溶けたラウラとリィンがそう言葉を交わし合う中、その2人を横目にスレインは真剣な表情で何かを考えていた。

 ルイセが聞いた話では、大市に出店している屋台が昨夜の内に破壊され、店の商品が根こそぎ消失したというものであった。

 状況から考察すると窃盗事件以外に考えられない。昨日、『魔獣除け』の意味合いも兼ねている街道のオーブメントを交換した事もあり、町中に魔獣が潜入する事はあり得ない。そうなってくると、消去法で考えても間違いなく人為的犯行だろう。

 そして、更にはその犯行時刻。ここまで大々的に破壊工作をするには、それなりの音が出るし時間を要する。リィンと共に帰宅した時間が午前1時頃。自分の体内時計が活動休止した時刻は、おおよそ2時過ぎ。町中にいた時間にはそのような音も気配もなかったので、つまりはその後の犯行だ。

 

「(って、事は……いや、だが物証がねぇと無理だな。ま、後でいいか)」

 

 スレインはひと通りの推論を纏め上げた所で一旦思考を止めて、足早に野次馬が集まっていた大市の中へと足を踏み入れた。

 

「あっ……」

 

「やっぱり、か」

 

 そこで一同が見たのは、屋台を壊された商人の喧嘩。しかも彼らは、昨日出店位置の場所でもめていた二人だった。

 片や田舎風の服装をした若い青年。片や立派なスーツで着飾った壮年の男性。彼らは昨日よりも憤った様子で、怒声を浴びせあっていた。

 

「よくも私の屋台を滅茶苦茶にしてくれたな! この卑しい田舎商人め!」

 

「んだと、帝都の成金がぁ! そっちこそ俺の場所を独り占めしようとしたんだろうが!!」

 

 罵詈雑言の言い合いはどんどん加速し、再び殴り合いになりそうになった所で、リィンが待ったをかける。事情を聞いてみると、その喧嘩の内容にも納得がいった。

 被害はお互いの屋台2件。場所は、大市正面に配置されていた屋台と、その裏手に配置されていた屋台。それは昨日、元締めであるオットー氏が指定した二人の屋台の出店場所である。

 一旦壊された屋台を確認してみると、ものの見事に破壊されている。商品棚は元より、骨組みの一部までもが壊されていて無残な姿となっていた。それに加え、2人が売り物にしていた商品が根こそぎ奪われてしまっていたのである。

 そして、2人はそれぞれの屋台を破壊して利益を独占しようとしたのではないか、という結論を弾きだして口論となり、元締めの仲裁も聞き入れずここまで発展してしまったのだと言う。

 

 気持ちは分からなくもない。昨日の今日でこの事態だ。屋台を破壊されただけでなく商品まで強奪されたなれば、冷静でいる方が難しいし、互いを犯人だと憶測を付けるのも理解出来る。

 だが、その憶測、もといこの2人の言い分は、如何せん不可解な点が存在する。

 周りの抑止を聞き入れない2人が喧嘩を再開しようとした、正にその時、広場に第三者の声が響いた。

 

「こんな朝早くに何事だ! 騒ぎを止めて即刻解散しろ!!」

 

 青と白を基調とした制服に、羽根つきの軍帽を被った男を先頭に展開する数人の兵士たち。それは「何故このタイミングで?」といった疑問が現れる者達だった。リィンたちも思わず思考を止めて、疑問符が頭の上に浮かび上がる。

 ケルディック駐屯のクロイツェン領邦軍。

 大市の動向に不可解なほどの不干渉を貫いて来た彼らが、今ここで大市の問題に首を突っ込んできたのである。

 

「(……)」

 

 スレインは無言で領邦軍の動きを観察する。隊長格であるその男は、終始訝しげな表情を浮かべながら、元締めであるオットーから事情を聴く。

 男はひと通りの説明を聞き終えると特に悩む様子もなく、商人二人を拘束するように命令を出した。

 犯行は不満を持った二人が互いに報復をし合った結果。故に両者とも拘束する。―――そんな余りにも強引過ぎるその判断にラウラが異議を唱えたが、男は聞く耳を保たない。「領邦軍はこんな事に時間を割いている余裕はない」という、さも当たり前かの様な言葉を投げ捨てる始末。

 

「……隊長殿、ちょっと宜しいですか?」

 

 この状況で口を挟むつもりはなかったのだが、流石にこれだけあっさりした態度をされると黙ってもいられない。

 

「お言葉ですが、この状況で事件を裁くのは、領邦軍にとってもデメリットしかないのではないでしょうか? 物的証拠がない以上、仮に冤罪だった場合、かのクロイツェン領邦軍の立場にも関わると思いますが?」

 

「む……」

 

「指揮官というお立場上、速やかかつ合意的判断を下すスピードには感服します。更に、事態を迅速に収めたいというお気持ちも理解出来ます。ですが、今回の一件を無理矢理収束させてしまうと、後々何かあった時に朝三暮四と囚われる可能性があると思いますが? 」

 

 公爵家直轄という高いプライド相手には上からモノ言う必要はない。ただ、合理的で“正論”だけを言えば、相手が勝手に動き出す。

 そのやり取りを幾度と無く経験しているスレインは、何の表情もつくらず冷ややかな目線で男を見ながら言葉を続ける。

 

「自分は商業に縁がない身の上ですが、この事態が商人にとって死活問題であるという事は十分に理解しております。しかし、ここで拘束されてしまっては、商人として本末転倒なのは目に見えています。ですので、今回は当人同士に任せて退いては頂けないでしょうか? 元締めのオットー氏の手腕もある事ですし、この場を穏便に収める事も可能です。今回はお互いの利害の為に、今一度お考え直し頂けませんか?」

 

 変わらず無表情のままで男の顔を見つめると、苦渋の表情が現れている。ここまで正論を並べられて、持論を貫き通す自信はないのだろう。

 喧嘩をしていた当人たちへと向き直り、一言だけ告げて、部下を連れてこの場を去る。

 

「……再び騒ぎを起こせば容赦はしない。覚えておくのだな」

 

 そして領邦軍の足音が聞こえなくなるまで、その場の全員が唖然とした表情で言葉を出せず、静寂に包まれていた。

 

「と、言う訳なんで、次はないですからね。 一介の学生にはこれ以上は荷が重いんで、穏便に済ませて下さいよ」

 

 当事者の商人達にそう言って、オットー氏の方に顔を向ける。「何度もすまんの」と言いたそうな感謝と苦笑いを交えた表情をして、呆然棒立ちの同級生の元へ戻る。

 

「さて、と、とりあえず俺たちも行くか」

 

 そう言って大市を後にするA班一同。

 その道中で「キャラが違う」「目が怖かった」などと全員に言われた事は敢えて気にしないでおく。それくらいの事で一々対応していたら、この先何を言われるか分からない。毎回こういうやり取りをしているのは、それはそれで正直なところ面倒である。

 

 

 

 

 

 

『―――せいぜい悩んで、何をすべきか自分たちで考えてみなさい』

 

 広場まで戻り今後の動きを熟考していた一同には、サラに言われたこの言葉の意味を考えていた。

 

「(さて、予想は出来るんだが、どういう理由で答えを出すか……)」

 

 スレインは、一同の回答がどうであれこの事件に介入するつもりでいる。その為の根回しも完了済み。学生という立場になった自分の役回りを考えても、この程度であれば一人で動いても問題がない。そう考えていた。

 その矢先、何かを決心した面持ちでリィンが発言する。

 

「この一件、俺達の手で調べてみないか?」

 

 リィンのその発言には、アリサは動揺して異を唱える。「一介の学生が立ち入る話ではない」と。

 しかし、リィンはその言葉を肯定した上で、皆に“規則に囚われるのではなく、自分たちが自発的にどうしたいか”を考え行動する。それこそが”特別実習”なのではないか、と。

 目の前で起きた現象から目を背けて、やれと言われた事だけをやるならば、わざわざ遠方のケルディックにまで来る必要がない。

 何故自分たちを学院外に出してまでこんな事をさせるのか。それを理解するのもこの実習の一環ではないのかと、リィンは言う。

 

 何を考え、何を為すのか。

 サラが言いたかったであろう”自立”の考えを言い当てた彼の言葉に一同は強く頷く。ここで何もしなければ、後悔しか残らないのは目に見えている。

 

「(ま、そうやって成長していくもんだからな。しかし、アイツはこいつらを遊撃士にでもする気なのか?)」

 

 特別実習の内容が遊撃士の依頼と酷似しているという点は、以前遊撃士として活動していたスレインには明らかな事だった。そう思うと同時に嫌な思い出を思い出して、すぐに思考を切り替える。

 

「さて、では、今後どう動いていくかだが……」

 

 ラウラはそう言うと、一同は難しそうな顔をする。

 それもそのはず、特別実習のリミットは最終列車が発車する午後9時。

 それまでの間にこの一件と、元々ある実習課題を片付けるには、速やかな行動が必要だ。指針が決まっても、実際にどう動くはまた別問題なのである。

 

「とりあえず、事件の方は聞き込みから始めないといけないから、俺の方でやっておくよ。幸いな事に住人には顔見知りがいる。手配魔獣もあるから、課題の方はそっちで頼むわ」

 

 そう言うと、アリサとエリオットから非難を浴びる。しかし、実際問題、手配魔獣相手に人数を割くのは危険であると判断したラウラが二人を制する。

 

「スレイン、すまないがそっちは任せるよ。こっちが終わったら連絡する」

 

 リィンからそう言われながら拳を出してきたので軽くぶつける。それに合わせて「了解」と一言だけ言い残し、スレインはその場を離れ、早速聞き込みを始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 聞き込みと言っても、そこまで大きく動く訳ではない。推理小説の様に、あちこちに目撃者がいるなんて事は滅多に無いし、気づいたら新たな証言者が出てくるなんて事も殆どない。

 とにかく、まずは事件についての詳細を知る必要があるので、スレインは当事者の商人達に話を聞くため、今一度大市へと向かうのであった。

 

 若い方の商人マルコの証言はこうだ。昨日の喧嘩後、商人仲間の家に上がり込んでヤケ酒を飲み泥酔。そして、翌朝二日酔いが残ったまま自身の屋台に向かうと、そこは既に半壊状態になっていたと言う。

 その商人仲間にも同様の証言を得ているので、マルコは完全に白。犯人ではない事が推測出来る。

 一方、もう1人の事件の当事者であるスーツを着た壮年の商人、ハインツに証言を聞くと、これまた白に近い状態だ。

 証言としては、彼は大市が終わった後にすぐに宿泊している場所に戻り、そのまま朝方まで外出はしなかったのだと言う。これも、大市にいた他の商人や、宿泊所の関係者が証言しているので、紛れもない真実だと言える。

 

 つまり、この2人は間違いなく被害者だ。この2人がお互いの屋台を破壊するには無理がある。どうやって互いにバレる事なく屋台を破壊出来たのか。盗まれた商品はどこに保管しているのか。

 更に言えば、屋台の立地は交代制となっていたので、お互いにフェアな条件として昨日の時点で納得している。売上低迷が理由だったとしても、昨日の今日で犯行に及ぶなどとった、大市での信用を失くす行為は商人としてはあり得ない。

 となると怪しいのはやはり領邦軍(あそこ)しかない。かと言って、先程あんな事を言った以上は、こちらから詰め所に向かった所で門前払いにきまっている。

 どうしたものか、と考えていると、まだ昼ごろにも関わらず路上で酒を煽る一人の男性がいた。

 

「おっさん、こんな時間から酒なんて飲んでどうしたんだ?」

 

 スレインはとりあえず話しかける事を選択した。目の前の酒瓶の数もそうだが、道端で呑んだくれる程の事だ、何かあったに違いない。

 ちなみに決め手は、今までの経験からくる勘である。

 

「んぁ~? お前さん、ここじゃあ見ない顔だなぁ~? 商人か?」

 

「いや、制服着た商人なんていないだろ? 学生だよ。しかし、飲み過ぎじゃねーの? 何かあったのか?」

 

 酔っぱらい相手という事もあって、少し砕けた話し方で会話を続けるスレイン。

 男性は路上に座ったままなので、こちらも脇に腰を掛けて「話を聞くぞ」というアピールをする。

 

「ったくよぉ~俺は本当にどうしようもないロクデナシだぜ。あっさりクビになっちまうんだもんよぉ~」

 

「クビになっちまったのかー。そりゃ残念だな。それにしてもこんな時間から路上で飲むくらいだから、思い入れでもあるトコだったのか?」

 

「そうなんだよぉ~。ったく、自然公園の管理は俺の生きがいだったのによぉ~」

 

 思わず「なるほど」と声に出してしまいそうだった自分を制し、男性の方を見て会話を続ける。

 

「自然公園って確か……ルナリア自然公園だっけ?」

 

「おぉ? お前さん、知ってんのかい?」

 

「昨日通りがかったんだけど、門前払い食らっただけだよ」

 

 ルナリア自然公園。帝国東部最大の自然公園であり、その総面積はクロイツェン州の実に五分の一にも及ぶ。

 広大な森林に覆われたその土地には、帝国内での自生は珍しい植物や、入り組んだ自然地形を住処にしている魔獣などが生息しており、敷地内だけで独自の生態系が築かれている。

 それ故に、一般人の大半の場所への立ち入りは禁止されているが、一部の区画は舗装され、通常ならば職員立会いの下、自由な見学が許されているのである。

 

 昨日街道を歩いていたA班は、たまたま近くまで歩いていたのだが、立ち入り区画の入り口である鉄製のゲートは、固く閉ざされていた。

 立ち入る予定はなかったのだが、ゲートに近づいた際に、両脇に立っていた職員と思われる制服を着た二人の男性に制止された。

 それ自体は普通の事である。元々無断での立ち入りは許可されていないため、引き止められるのは当然の事だった。

 しかしその断り方には違和感を覚えていた。何かを隠す様な、それでいてここに来られて動揺している(・・・・・・・・・・・・・)様だったので、確かに違和感を覚えていた。

 そんな回想をしていると、目の前の酔っぱらい、ジョンソンは言葉を続ける。

 

「んぉ~。俺はさぁ~そこの管理人をしてたわけよぉ~。でもよぉ、この前いきなりクロイツェン州の役人が来て突然解雇されちまったんだぜぇ~……」

 

 どうやら自身が感じたものは間違っていなかった様だ。ここで領邦軍が絡んでくるのであれば、応えは出ているも同然である。

 

「へぇ……ちなみに、後任ってどんなやつなんだ?」

 

「んぁ? あ~、チャラチャラした若造どもだよぉ~。ったく、礼儀もなってねぇみたいでさぁ~。嫌んなっちまうぜ」

 

「そりゃぁ、間違いないな……で、そいつらは何かしてた?」

 

「それがよぉ~、俺は昨日もここで飲んでそのまま眠っちまったんだがな? そしたら真夜中に管理服来たその若造どもが木箱抱えて西口から出てったんだよ。あんなデケェ音立てて、近所の人たちの迷惑も考えろってんだ。ったく」

 

「真夜中に木箱……ね。ジョンソンさん、話してくれてサンキューな。あと、復職の準備しておけよ」

 

 ジョンソンは最後の言葉の意味が分からず目を丸くしていたが、スレインはそれだけ言葉を残してリィン達の連絡を待ちながら広場で今後の算段を考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「ケルディックに駐屯している領邦軍に違和感……ですか」

 

 帝都駅構内に存在するとある組織の司令所。その執務室に一人座っていた女性が、部屋の外から見知った温かな気配に気付き、窓を開けて全身に風を纏う。風を感じながらそう呟く女性は、目を閉じて僅かに熟考する。

 風は三度吹き、何事もなかった様に消滅すると、外と同じ無風の状態になる。

 普通ではあり得ない、この伝令の様な芸当を使える人間は一人しかいないので、情報源は信用できる。しかし、この曖昧な表現の伝言と、こちらが掴んでいる状況証拠では、安易に部隊を動かす事は出来ない。

 とは言え、ケルディックは帝国からも近いので鉄道路線で考えても重要拠点だ。そこを潰されてしまうと自分たち(・・・・)にも都合が悪い。だからこそ、この状況下で”不動”を選ぶのは得策ではない。

 

「彼の事ですから1人で全部やってしまいそうですけれど……」

 

 こういった場合の彼は驚くべき程、用意周到である。根回しから段取りまでひと通りを全て行った上で、先陣を切って解決していく。しかしながら、その手柄を必ず第三者に向かう様に仕向ける。その理由も知っているからこそ、彼のこういった知らせには敏感になるのだ。

 手紙ではああ書いたものの、実際に直接会う事が職務上(・・・)難しいので、これをチャンスにしてしまおうと思ったのもまた事実であった。

 

「(まだ表立っては難しいですが……一応、準備をしておきましょう)」

 

 一瞬、個人的(プライベート)な事を考えてしまい恥ずかしくなる。

 思考を戻して結論を付けると、デスクの傍らに置いてある受話器を取り上げ、部下に連絡を取り始める。

 

「……ドミニク少尉、私です。第二分隊に出動準備の要請をお願い出来ますか。……えぇ、以降の命令に即座に従えるよう、お願いします」

 

 女性は受話器を置くと、座っていた椅子の背もたれに深く寄りかかり目を瞑る。

 

「ふふっ、彼なら大丈夫だと思いますけど、会えるのはやっぱり嬉しいですね」

 

 そう呟くと、横に束ねた薄水色の髪を触りながら優しそうな笑みを浮かべる。その刹那。我に返りそんな自分に慌てて、途中だった書類整理を始めるのであった。

 

 

 




原作よりも少ない情報で答えにたどり着いてしまいました。

システム的にヒントがあるゲームってそう考えると非常に素晴らしい機能ですね。


それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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激闘の果てに掴む真相

ケルディック編もラストスパートです。

ここからスレイン君の凄さが段々と現れていきます。


そして、戦闘描写がこの上なく苦手な様です。

修練に励みます、はい。

それでは、第10話、始まります。

※2015.08.10 修正


 異形の力。

 

 何故こんな力を得たのか分からない。一時期ゼムリア大陸を放浪したが、こんな力を持っている人間には出会う事がなかった。

 普通であれば、時間を重ね鍛錬を積み、心技体を1つにするが武を身に付ける術。それが『武術』である。

 しかし、少年の場合は違ったのだ。『技』を1度見ただけで完璧に模倣(コピー)してしまう。それは多くの人間に嫌悪感を持たせる事だ。武を極めようと精進する者全てに、憎悪・羞恥・嫉妬の念を思わせる。だから誰よりも自分がこの異端の力に嫌悪感を抱いている。

 この力は基本的に封印している。昨日リィンには見せてしまったのだが、それはあくまで建前上である。二度と使う事はないだろう。

 だからこそ、我流とも言える自身の戦い方だけを磨いてきた。

 

 あの時……自分が遊撃士から去った二年前。死ぬはずだった自分が、意識を取り戻した時に自身の中にあった異端の力(・・・・)異常な知識(・・・・・)

 その異端の力は使い方から応用の方法まで全てを理解していた。アーツと呼ばれる導力魔法とは完全に違う、黒魔術とも言える異能の力でさえも理解し利用出来た。

 それまでも実年齢の割には博識だったが、その時得たものは博識なんて言葉では済まされない。今まで秘匿とされてきた戦術オーブメントでさえも理解している知識。

 

 この力を得ると同時に意識を取り戻す前に聞いた2人の女性の声。その場で交わした約束……否、宿命とも言えるであろう会話。

 

『力を与える代わりに対価を貰うわ。それは人として辛い対価よ。この呪いを断ち切る覚悟を持ちなさい』

 

『貴方に与えるその力で、私を倒して見せなさい。さすれば呪いは解けるでしょう』

 

 死を覚悟し意識が落ちた後に聞こえた凛々しい声と艶やかな声。

 今でも一言一句綺麗に再生されるその言葉は忘れるはずがない。

 自分が望みもしない異形の力の正体を知りたい。そしてこの呪いから開放されたい。

 

 そう、ただこの宿命を果たす為だけに生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 現在、トールズ士官学院特科クラスⅦ組A班は、ケルディックの大市内の休憩所で昼食を食べながら、今後の行動を決めている。

 

「……イン? スレイン?」

 

「……あぁ、わりぃ、聞いてなかった」

 

 自分の経歴上、一番の闇である後味の悪い回想をしていたスレインは、手を付けた食事がまだ残っている事。そして、物思いにふけっていた間に話題を振られていたらしく、リィンの言葉でやっと現実に回帰する。

 

「大丈夫か? 上の空だったみたいだけど……」

 

「あぁ、様になってたか?」

 

「あなたねぇ……」

 

 アリサがため息を付いて呆れ声でそう呟く。勿論、その後に「心配してたんだけど」と誰にも聞こえない声で言っていた事には、聞かないフリをしておこう。

 

「んで、何の話してたんだ?」

 

 全く持って話を聞いていなかった事は事実である。残っていた昼食を食べ終わらせながら、会話の全貌を共有しようと問いかける。

 

「あぁ、スレインの話を聞いて、やっぱり領邦軍が怪しいと思うんだ」

 

「というよりこれって……自作自演、だよね?」

 

「許しておけんな」

 

 リィン、エリオット、ラウラと続いて言葉を出す。その表情は、今回の黒幕が潜伏しているであろう場所に行くべきだ、と告げている。

 

「まぁ、間違いないだろうな。それに行けば分かるだろ」

 

 スレインがそう言った事で全員の意思が固まった。その場を立ち上がり、一行は身支度を整え、ルナリア自然公園へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、ここからは対人戦闘が始まるだろう。今までの対魔獣戦闘と違って、無力化するまでしか出来ないから力加減を間違えるなよ?」

 

 スレインは対人戦闘経験がまだない一行に向かって、そう解説している。

 場所はルナリア自然公園の最奥地手前。ちょっとした広場にもなっている様なポイントだったので、小休止も含めて今回の戦闘の段取りを説明する。

 

「うむ、承知した。しかし、銃を相手に戦う……か」

 

「あぁ、間違いなく武装は銃だ。だが、難しく考える必要はない。どんな武器を持っていても基本的な立ち回りは同じで、前衛組は自分の間合いで戦う。ただそれだけだ」

 

 緊張した顔つきで問いかけるラウラに、冷静に解説を加えていくスレイン。

 

「基本的に対人戦闘は奇襲がメインだ。それがダメなら、自分の間合いと相手が苦手な間合いが合致していればそのまま接近。間合いが合わないならヒットアンドアウェイ、もしくはターゲットの変更。まぁ、今回の相手は今までの仕事のこなし方を考えると練度が低いと思うし、奇襲しかければ問題ないだろ」

 

「私達は前衛の援護をすればいいのよね?」

 

 前衛組にひとしきりの復習をした後、こちらも緊張した面持ちで言葉を出す。

 

「あぁ、後衛組は前衛の援護。妨害メインの攻撃だな。まぁ、ぶっちゃけ広範囲アーツがあればゴリ押しでいいんだけど……それやると命の保証が出来兼ねるから今回はいっか」

 

 後衛用の解説を淡々と告げる。アリサ・エリオットの顔が若干引きつっているのだが、後半部分は自分がやろうと思った事なので、あえて付け足しはしないでおく。

 

「ま、覚えて欲しい事は、『完全な無力化』となるまで気を抜かない事。それが対人戦闘の心得でもあり、生き残る方法だ」

 

 最後にそう告げて全員の顔を見る。全員が頷くと同時に武器を構え、引き締まった顔つきに変わるのを確認して、一行は最奥地へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「皆なかなかやるな。まさかここまで忠実に再現するとは思わなかったぜ」

 

 この場にいた人間は4名。ルナリア自然公園の管理員に扮していたが、突撃前に様子見をしていた段階で、窃盗についての話していた事。そして雇い主が領邦軍である事を話していたので、実行犯である事は言わずもがなであった。

 

 その話をある程度聞いた段階で、一同は奇襲をしかけ、スレインが先程解説した通りの動きを行った。

 アリサとエリオットの援護を受けながら、リィン・ラウラが機動力を活かし、自身の間合いで戦う。

 言葉では簡単に言えるが、銃器を持った人間相手だと思い切りが付かない場合が多い。しかし、このA班一同は誰一人迷う事なく、スレインの解説通りに動き敵を無力化していった。

 しかし、実際の所、駆動操作も駆動時間も無し(ノーウェイト・ノーモーション)でアーツ繰り出すスレインを見て、相手が動揺して隙が生まれていた、というのも解説通りの勝利を得たポイントでもあった。

 

「ねぇ、あなたのアーツって反則じゃない? あんな速度でどうやって発動出来るのよ?」

 

 無力化した偽管理員を、木箱の近くにあった麻縄で拘束しているスレインをジト目で見ているアリサはそう言う。

 

「確かに、ARCUSを駆動してから時間差がなかったよね?」

 

 縛り上げるのに悪戦苦闘しているエリオットも合わせて問いかける。

 

「あぁ、あれが改造の結果だよ。今回のは最高傑作でな。中級アーツまでなら即発動が出来る。ちっとばかし苦労したけど、とあるお人好しさんが最高のアイテム寄越したんでな。後は駆動用の遠隔装置を武器に組み込めば、一瞬でドカンだ」

 

 実際の所はちょっと違う。昨夜のリィンとの仕合の様に、自身が精製した武器を手に持っていれば、ARCUSの遠隔操作出来るのである。どういう原理なのかは自分も分からないので、敢えてそれっぽく説明する事でオブラートに包んでおく。

 

「えぇ……どっから聞けばいいかわかんないね」

 

 何とか相手を縛り上げたエリオットは苦笑しながらそう言う。アリサは理解できないという感じで顔を下に向けてため息を付き、リィンとラウラはその内容を理解しきれていない様だ。

 

「ま、まぁ、でもさ、スレインのアドバイスのおかげでスムーズに対応できたよ。ありがとう」

 

 最後の1人を縛り上げたリィンがスレインに向かって話したその時だった。

 

 

――♪―――――♬――――♬―――――♪――――♪――――…………………

 

 

「「…………ん?」」

 

「? どうしたんだ? スレインもエリオットも」

 

 スレインとエリオットは一瞬感じた違和感に声を出す。そしてそれに気づいたリィンが問いかける。

 

「うん、今何だか笛の音色が聞こえたような気が……」

 

 エリオットがそう話すと同時に、公園全体に不穏な空気が流れるのをスレインは感じた。

 その直後だった。周囲に魔獣の咆哮が響く。空気を震わすほどのそれは、手配魔獣とも違う、言うなれば格が違う存在である事を告げる様な咆哮だ。

 そして、咆哮の後は地震の様な地響きを感じる。それは”何か”が近づいてくる事を告げる、一種の警告であった。

 

 

 ―――ヴォオオオオオオオォォォォッ!!

 

 

 進行方向の木々を力づくで薙ぎ倒して姿を現したのは、大型の狒々(ひひ)

 身体全体は茶色がかった剛毛に包まれ、両肩口から背中にかけてはしるヒレの様な鬣【たてがみ】。頭部には四本の角が生え、先程なぎ倒してきた木々と同程度の太さを持つ両腕。

 この魔獣は、この公園の主の様な存在なのだと、その姿を見た一瞬で悟る全員。

 

 グルノージャと呼ばれるその魔獣は、自らの縄張りを荒らした一行と偽局員たちに視線を向けると、敵意の籠った唸りを上げる。

 スレイン周りを確認すると、舌打ちをする。戦意喪失とまではいかないが、全員がその咆哮と敵意に、冷や汗を垂らしながら硬直している。

 その後グルノージャはおもむろに立ち上がると、咆哮を挙げながら両腕で自身の胸を叩きドラミングでを始める。

 その音を察知して周囲の木々の間から姿を見せたのは、同じ狒々型の魔獣、ゴーディオッサーの群れだった。

 

「武器を構えろ! やるしかねぇんだから、お前さん達の力を見せつけろ!」

 

 スレインがそう言うと、全員が我に返る。その刹那、決意の表情で武器を構える。

 

 「! あぁ、そうだな。 これくらいで負けてたまるか!」

 

 リィンがその場を鼓舞し、各々が返事をして士気を高める。「やっぱりリーダー気質だな」なんて事を考えるとスレインは敵集団を見据えてリィンに声をかける。

 

「リィン、お前さんが指揮を取ってデカブツを仕留めろ。雑魚は俺が引き受ける。戦法は昨日の手配魔獣と同じで構わない。隙を見て遊撃するから余計な事を考えるな」

 

「あぁ、分かった。こちらは任せてくれ」

 

 気をつけろ、と最後に繋げられたのだが、「そんな心配100年早い」とは言わなかった。後ろからも心配の声が聞こえたからである。

 

「な、あの数相手に大丈夫なの!?」

 

「いくらなんでも1人じゃ……」

 

 アリサとエリオットが順にそう言うが「とっておきを見せてやる」とだけ言い残して敵の数を改めて確認する。

 ゴーディオッサーが5体。位置はバラバラで前方150度の視野の中に全てがいる。この数であればアーツを使う必要はない。

 

「みんな、行くぞ!」

 

 リィンの声に全員がグルノージャ一点を見据えて動き始める。

 

「(数は5体。ゴーディオッサー1体当たりに10本……秒殺だな。オマケもやっておくか)」

 

『契約に従い我に従え。無蔵の剣戟。数多の英霊よ。森羅万象を現世に具現し、我の力となれ―――『アストラルダイト』!』

 

 本来は詠唱なんていらないのであるが、今回はパフォーマンスも兼ねて一息でそう詠唱する。すると、スレインの頭上に何処からともなく剣が現れる。

 その数50本以上。既にスレインが最後方にいるので、その姿を見る事は出来ないが、数多の剣を空中を漂わせるそれは最早人間技ではない。浮遊している武器たちが停滞したのは一瞬だった。

 

――――――!!

 

 数にして50本の剣が5体のゴーディオッサーに突き刺さる。スレインの読み通り、10本目の剣が突き刺さると同時にゴーディオッサーは全て赤黒い光と共に飛散した。

 

 その現象を横目で見る一同は、一瞬だけ驚愕の表情をしていたが、まだ目の前に存在するグルノージャに再び意識を向け、戦闘を続ける。

 

「これはオマケだ! さっきの音を確かめてくるから、この場は任せるぞ!」

 

 スレインが皆にそう告げると同時に、グルノージャの四肢に数々の剣が突き刺さる。大きな咆哮を上げ、立ち上がる大型の狒々はその同時攻撃にかなりのダメージを与えられたようだった。

 一同の了承の言葉を聞く前に飛び出したスレインは、グルノージャを追い越し、猛スピードで駆けていく。同時に風を呼び起こして、辺り一帯の気配を探る。笛の音が鳴った場所はある程度の距離があった様に聞こえたが、精霊のおかげでおおよその位置はすぐに分かった。

 

「待て!」

 

 フードを被り、ロングコートを着た影が一瞬見えた。叫ぶ様に声を上げたスレインだったが、待てと言われて待つヤツはそもそも逃げない。その姿はは止まる事なく走り続け、あと一歩の所でその人影を見失うのであった。

 

「……逃げ足は早いな。追いつければ、久々に本気でやりあえると思ったんだが……つまんねーの」

 

 スレインはポツリとそう言うと、自身の周りに吹いた風の知らせを受けてその場を後にし、あれを撃退しているであろう仲間の元へ戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「皆、スレインが作った隙をムダにするな! 一気に片を付けよう!」

 

「ええ!」「承知!」「うん!」

 

 リィンの一言によって更に士気が上がる一同。この場を締めくくるべく、それぞれが最大限の技を放つ。

 

「くらえ! ―――『鉄砕刃』」

 

「燃え尽きなさい! ―――『フランベルジュ』」

 

「いくよ! ―――『アクアブリード』」

 

 ラウラ・アリサ・エリオットと、先程スレインがダメージを与えたポイントを狙い、それぞれ迫撃を与えていく。3人の攻撃は同時にヒットし、防御する事が出来なかったグルノージャは後方に仰け反り、大きな隙が生まれる。

 

「(ここで使うしかない!)」

 

 リィンは一旦刀身を鞘にしまい、目を瞑り意識を集中していく。

 

「―――焔よ、わが剣に集え」

 

 その言霊と同時に、リィンの体内にから流れでた魔力が”焔”となり、刀身へと宿る。

 刀身を横に一振りして刀を構えたリィンは、火の粉を散らしながらグルノージャの懐へと飛び込む。

 

「はああああああ―――――ッ!!」

 

 力強く振り下ろされたその焔の太刀は、グルノージャの胴体の中心を捉え、炎傷と共に大きな斬傷を刻み付けた。

 そのダメージは大きく、最初とは違う弱い鳴き声、負けるまいと言ったようなその声と同時に両足から崩れ落ちる。しかし、それでもまだ地にひれ伏していないその巨体には、最早この地の主としての威厳とでも言える様だった。

 

「ちょ、あれでもまだ!?」

 

「あれだけの攻撃を受けて尚倒れぬか……」

 

 既に疲弊し始めている面々にとって、これ以上の長期戦闘は危険だ。一同が焦りを見せ始めたその時であった。

 グルノージャはリィンの姿を一瞥すると、徐に踵を返した。

 

「えっ?」

 

 エリオットから疑問の声が漏れる。立ち向かうでもなく、遁走するでもなく、ただ悠々と森の中へと帰っていくこの場の主。

 まるでリィンたちが追撃しない事を分かっているかのようなその行動に、一同は大きな息をつき、緊張の糸を緩める。

 どういう結果であれ、戦闘終了時に全員が地に足を付けている。これは間違いなく勝利であった。

 

「~~~はあぁぁぁ~」

 

「つ、疲れたぁぁっ」

 

 勝利を感じ取った瞬間、アリサとエリオットはその場に崩れ落ちて声を出す。リィンとラウラも剣を鞘に収めると同時に、足の力が抜けて膝立ちになる。

 

「ふぅ……危なかったな」

 

「全くだ。私もまだまだであったと思い知らされたぞ」

 

 一同はそれぞれの顔を見合わせる。仮に戦いが続いていたのなら、どちらが勝っていたのかは分からない。

 数分の沈黙の後、それぞれが目配せをして、今回の戦闘結果をしっかりと心身に受け止めるのであった。

 

「さて、スレインを待つ間にやる事をやろうか」

 

 皆にそう告げると、一同が一瞬だけ不安そうな顔付きをしたものの、戦闘開始直後の情景を思い浮かべてその思いを否定し、ゆっくりではあるが立ち上がった。

 もう1人のメンバーが帰ってくる前に、盗難品の確認などの最低限の事はしておこうと歩き始めた、正にその時であった。

 彼らの耳に再び笛の音が聞こえる。しかし、先程の音色とはまたどこか違う音である。というより、これは笛の中でも警笛の様な音と言った方が正しい。その音色の正体は、確認するまでもなく、既に一同の目前まで来ていた。

 

 

 

 

 

「居たぞ!!」

 

「逃がすな、取り押さえろ!!」

 

 最奥に駆けつけたのは、領邦軍一個小隊七名。小銃で武装した彼らは、迷う動きすら見せずにリィンたち(・・・・・)を取り囲んだ。

 

「……何故、我らを取り囲むのだ?」

 

「黙れ!!」

 

「学生だからと言って、容赦はせんぞ!!」

 

 ラウラの当然とも言える疑問に聞く耳を持たず、怒鳴り散らす領邦軍兵士たち。すると、後方から朝方大市に乱入してきた隊長格の男が、リィンたちの前に堂々と立ち塞がった。

 領邦軍と管理局員に扮した盗賊が繋がっている事。推測上では既に成立していた事である。

 しかし、リィンたちは、これ以上領邦軍が出張ってくると、さすがに表沙汰になる可能性が出てくる。なので、今回の一件にはこれ以上派手な動きはしてこないものだと思っていた。否、思い込んでいた。

 犯人はそこで気絶している連中だと伝えてはみるものの、男らはまともに取り合おうとはしない。

 そしてその後に続けた言葉に、リィンたちの感情は呆れから怒りに変わっていく。

 

「彼らがやったという証拠はなかろう。可能性で言うならば―――君たちも有り得るのではないかね?」

 

 クロイツェン州内で領邦軍の権限は確かに高い。彼らの言い分が嘘であっても、それが事実として通ってしまうくらいに、である。

 それは、それだけ領内での領邦軍という権力というのは絶大であるという事の象徴でもあった。

 とは言え、取り付く島もないこの状態はリィン達学生には格段と分が悪い。どうにかしてこの場を切り抜けようと思考を巡らせていると、先程の魔獣が去っていった方角から足音が聞こえる。

 それは領邦軍の兵士達も同じだった様で、目線だけをそちらに送る。

 

「……誰だ!?」

 

 隊長格の男は自然な動きで部下の後ろに交代して声を上げる。しかし、この場の学生が1人足りない事を知っていた男の顔には、明確な敵意の他に、何か非常に強い怨恨の様なもの感じられる。

 

「そんな怖い顔すんなよ。かの領邦軍が一般市民に殺意をむき出しにしてたら世話ねぇぜ?」

 

 事もあろうに少年は普段歩くスピードでその場に現れる。武装もなく、言葉を発した直後に欠伸をし、片手を口に当てながら一歩ずつこちらに歩を進める。

 

「貴様もおとなしくしろ! 盗難事件の犯人として拘束してやる!」

 

 隊長格の男がそう言った直後、小隊員の何名かが少年に銃を向ける。 

 

「あらあら、確定事項の如く言ってますけど、聞く耳保たない感じか?」

 

 少年は取り囲まれている一同に向かってそう問いかけると、リィンが短く頷く。

 

「お前ら見とけよー。こういう時はとりあえず無力化すれば黙るから」

 

 少年がそう呟くと同時に、今まで何も持っていなかったはずの両手に、何処からともなく現れた小型の導力銃が携わっており、銃口を領邦軍に向けてトリガーを引く。

 銃声は普通のそれとは異なり、機械的でアーツの駆動音の様な音だった。

 

「う、うわぁぁ!」

 

「ぐぁっ!」

 

「なっ!」

 

 領邦軍一同が悲鳴の様な驚きを上げてたじろぐ。その姿の方に顔を向けると、なんと全員が構えた小銃が1つ残らず鉄くずと化し地面にバラバラに落ちていた。

 

「『アナリスグラッジ』―――――任意の対象を分解するオリジナルアーツだ。 対象には武器だけでなく、人体にも合わせられるが……腕1本くらい潰しておくか?」

 

 彼は銃先をそのままに、隊長格の男に同様の敵意を込めた視線を向けてそう言い放つ。

 リィン達も目の前の現象と彼の言葉を脳内で変換する事で手一杯になっている様で、目を丸くしている。それは領邦軍の隊員たちも同じであった。今の現象を理解出来ず呆然としていて、敵意も戦意の喪失している様だった。

 

「な? 黙ってくれるだろ?」

 

 スレインはそう言ながら目線をリィン達に向けて微笑する。それに相槌の様な言葉で「あぁ……」と答えるのはリィンだけであった。

 

「き、貴様、我々に攻撃するなど……何をしたか分かっているのか!?」

 

 向けられた敵意にたじろぎながら、隊長格の男は必死に声を出す。この時点で部下の隊員達は、今の現象を理解出来ず呆然としていて敵意も戦意の喪失している様だった。

 

「一個小隊が学生相手に銃を向けている状態の方が問題だろうが」

 

「貴様は領邦軍に手を挙げたのだぞ!! この事が公爵家に伝われば―――」

 

「黙ってろよ、三下。たかだか駐屯部隊の小隊長に侯爵家自ら耳を傾けると思ってんのか?」

 

 男の言葉に耳を傾ける事なく、表情を作らず殺意を込めた目線を送りながらそう言い放つ。

 

「な、何だと!? 貴様、言わせておけば!」

 

「領邦軍も曲がりなりにも軍属。どういう命令が出てるのか知らんが、ここで俺たちを捕らえるとなると、どう頑張っても上が出てくる。そうしたらトールズと侯爵家がぶつかり合うってトコは考えているのか?」

 

 帝国における『トールズ士官学院』の名は大きい。帝国きっての士官学院であり、学院長を始めとして学院運営に関わる人物は、帝国内でも名のある者が多い。

 そんな学院の生徒を冤罪で拘束したとあっては、絶大な権力を持つ公爵家と言えど、多少の非難は免れない。

 その中でもⅦ組に関わる者は、学院内だけではなく外部にも多く存在する。それに理事長が皇族なのだ。それらの人物を相手にするのは、大貴族と言えどもそう簡単には出来ないだろう。

 

「ぐっ……」

 

「これ以上抵抗してもムダな事にはいい加減気づいてんだろ? ここで潔く引いてくれると助かるんだが……答えがノーであれば、実力行使に移らせてもらうぞ?」

 

 スレインは尚も無表情のまま男を見据えて、銃先を微かに傾ける。その目線は先程とは違い敵意ではなく、明確な殺意に変わっていた。

 対して男は、その愚弄するかのような言葉に強い音を立て歯軋りをする。その憤怒は既に臨界点を突破し、冷静な判断は望めなくなっているのが分かる。感情に身を任せ、腕を高く振り上げ荒々しく声を放つ。

 

「弁えろ、平民風情が!! 我らをとことんまで愚弄した事を後悔させてやる!!」

 

 その激昂に誰もが息を呑む。

 しかしスレインは、先程までの無表情から一変、口角を吊り上げ微笑を浮かばせ小声で「チェックメイト」と呟き、銃口を下げる。

 

 

 

 

 

 

「そこまでです」

 

 一触即発の事態に、凛とした声が聞こえる。

 この緊迫した事態には相応しくないとも言える、涼やかな声が響き渡ると同時に、幾人かの足音が聞こえてくるのであった。

 

 

 




軌跡シリーズにおいて、いつもCPを温存してしまう私が初めてSクラフトを乱発したのが閃の軌跡です。

Sクラフトの恩恵って凄いですね。
後半になれば成る程、有り難みが分かりました。

という訳で、次回はクレアの登場ですが、
このクレア、若干キャラが壊れるかもしれません。

ファンの皆さん、申し訳ございません。

では、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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初実習の終幕

今回はケルティック編、最終話です。

クレア大尉のキャラがちょっと女性らしい方向に変わってしまいました。

お気に召さなかったら申し訳ありません……

それでは第11話、始まります。

※2015.08.16 修正


「このタイミング、さすがですね。クレア大尉」

 

「タイミングを図ったのはスレインさんでしょう? あなたの風を感じましたよ?」

 

「あら、バレてたか。ま、おかげで無用な戦いが避けられそうだ」

 

 自然公園の最奥部。

 一触即発の空気の中に割り込んで来た涼やかな声に、スレインは当たり前かの様に反応する。更には互いに「久しぶり」という言葉も交わしていた。

 透き通る様な薄水色の髪をサイドに纏め、灰色の軍服に身を包んだ若い女性。誰が見ても”美人”という概念から外れない彼女が見せた僅かな微笑みに、リィンとエリオットの視線は彼女に釘付けである。

 

 その女性の名はクレア・リーヴェルト。

 帝国正規軍の中でも精鋭が揃う鉄道憲兵隊(TMP)を統率する若き才女。

 その可憐な容姿と、常人を遥かに凌ぐとされる圧倒的な処理能力を指して氷の乙女(アイスメイデン)の異名で呼ばれている。

 

 そんな彼女は、最新鋭の導力小銃で武装した部下数名に指示をしながら、領邦軍への警戒と盗賊の身柄確保を行っていく。そして、同時に隊長格の男の方をやや鋭い目つきで見据えた。

 

「この場は今後、我々鉄道憲兵隊が取り仕切らせていただきます。領邦軍の方々はケルディックの詰所までお戻りください」

 

「……何のつもりだ?」

 

 多少は冷静さを取り戻した男は、今だ怒気の籠った声で言葉を返す。

 今まであれだけ言っても態度を変えない指揮官だ。この一言で首を縦に振るとは思えない。

 

「ここはアルバレア公爵の治めるクロイツェン州の一画。貴公らに邪魔立てされる謂れはない」

 

 相手が学生でなくなったからか、それとも冷静さを取り戻したからなのか。

 言葉は取り繕ってはいるが露骨なまでの拒絶な反応である。「いい加減現実を見ろ」とは言わないでおこう。

 しかしその言葉を受けても、クレアの対応は冷静沈着そのものだった。

 

「お言葉ですが、ケルディックは帝国鉄道網の拠点の一つです。そのため、我々にも捜査介入権限がある。……ご存知ですね?」

 

「ぐっ……」

 

「加えて大市の商人の方々や元締めの方から事情を伺った結果、彼ら学生が盗難事件の犯人である可能性は極めて低いと判断した末での行動であり、正当性は高いと自負しております」

 

「…………」

 

「何か異議はおありでしょうか?」

 

 物怖じせずに淡々と正論を述べる態度と、反論をする隙を与えない論理的推察。それは、氷の乙女(アイスメイデン)の謂れとも言える様な冷静な物言いである。

 

「……フン、特にない」

 

 男は小さな舌打ちの後に、渋々口を開いて撤退を指示する。

 その直後に憲兵隊は目を覚ました盗賊たちを手際良く連行し、盗難品の返却処理を行うため品物の確認を始めた。

 そして、隊長格の男は去り際に、正に捨て台詞という様な言葉を残していった。

 

「……鉄血の狗が。今に痛い目を見ると覚悟しておけ」

 

「……………」

 

「はっ、それならお前さんは侯爵家の狗じゃねぇか」

 

 去って行った男の影はもう見なかったが、その場の人間が聞こえる程の声で呟いてため息をつく。

 

「いやー、しかし助かったぜ。サンキュな」

 

「いえいえ、どういたしまして。スレインさんも相変わらずタイミングを合わせる事が上手ですね」

 

「あぁ、お膳立ては得意分野だからな」

 

 2人が微笑みながらそんな会話をしていると、隊員の1人がクレア大尉に近づき、敬礼をしてから物品移送の報告をする。

 それを横目にリィン達は驚いた様な表情で、スレインに言葉を交わす。

 

「スレイン、知り合いのか?」

 

「あぁ、ちょっとした縁があってね」

 

「ふむ、鉄道憲兵隊の精鋭との縁か。一体どんな縁なのだ?」

 

「まぁ、色々とな。企業秘密ってやつにしておいてくれ」

 

 ケラケラ笑いながら話すスレインの表情が作り笑いであった事は、この場の誰も分からなかった。

 

「でも、とりあえずこれで一件落着……だよね?」

 

 エリオットの発言で一同がそれに頷くと、クレアが一同に歩み寄り声をかける。

 

「そちらの方々には初めまして、ですね。帝国鉄道憲兵隊所属大尉、クレア・リーヴェルトと申します。今回はお疲れ様でした」

 

 丁寧な自己紹介を行った後、労いの言葉をかけたクレアは更に言葉を続けた。

 

「調書を取りたいので、少しばかりお付き合いいただけますか?」

 

 一同に「たいそれた事じゃないから大丈夫だ」とスレインが声をかけ、憲兵隊の後に付いてケルディックの地へ帰還するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 「調書」と言っても、スレインが言っていた様にそれほど大仰なものではなく、事件のあらましと経緯を簡単に説明するだけで終わった。

 ケルディックには憲兵隊の詰め所などがない事と時刻が夕食時であったので、食事を摂りながら行われた。その配慮のおかげもあり、終始和やかな雰囲気で、一同は緊張する様子もなくスムーズに事が終わったである。

 一連の作業が終わると、次の列車までまだ時間があったので、A班はここで自由行動を取る事になった。

 そこでスレインは大市に出向き、トリスタでは買えない品々を幾つか見繕って購入し終えた所で、休憩所の席に腰を掛けてから何も考えずただ夜空を見上げていた。

 

「こちら、いいですか?」

 

 突然かけられたその言葉で霧散していた意識を現実に回帰させる。「どうぞ」と一言だけ返すと、目の前の女性は律儀にお礼を言って腰を掛け、両手に持っていたジュースが入ったグラスの片方をこちらに差し出す。

 

「サンキュ。しかし、本当にすぐ会えるとはな。これ分かってたのか?」

 

 目の前の女性がグラスに入ったジュースを一口飲む。それをを確認してから自身も口をつける。この行為に特に意味はないが、ただの礼節だ。

 

「まさか。そんな事はありませんよ。私も……もう少し先かと思ってました」

 

 言葉の合間に照れ笑いとも言える様なほほ笑みをしながらクレアはそう返す。

 

「これで借りが増えちまったし、食事の件はちゃんとアポ取るよ。今回の件のお礼も含めてしっかりやるさ」

 

「あ、いえ、別にそういった訳では……。それはそうとトールズはどうですか? 私が通っていたのは6年前でしたが、卒業以来あまり関わってないので……」

 

 女性は一瞬だけ頬を赤らめて、すぐさま話題転換をする。

 

「んー、悪くはない……かな。まぁ、学院としてはいい所だろ。自主性もあるしさ。ただ、俺がいていいもんかは分からんな」

 

 自嘲気味にそう言葉を返すと、クレアは先程とは違い真面目な表情に戻り、それでいて悲しそうな目をこちらに向ける。

 その目線に耐え切れなくなり、暗くなった今でも賑わいのある大市の方に目を向ける。その焦点をどこかに合わせる事もなく言葉を続ける。

 

「今を楽しみ未来を願う若き少年少女の中に俺という異物が混じったら―――」

 

「大丈夫ですよ、スレインさん。あなたは私を変えてくれました。あの頃の私を、です。そう言うのであれば、その若き少年少女をより良い方向に変えられるのではないですか?」

 

 言葉を途中で遮られた事に多少驚き、彼女の方に目線を戻す。すると、今度は母性的な優しい笑みを浮かべていた。

 こんなに百面相であっただろうか。なんて事を瞬時に考えてしまったが、直ぐ様その思考を停止させた。

 

「……それは買い被り過ぎってやつだろ。皆が皆、クレアみたいな素直さは持ってないと思うぜ?」

 

「でも、若さ故の無邪気な心というものは、スレインさん個人をしっかりと見てくれると思いますよ?」

 

 一本取られた、というジェスチャーを見せて、「既に変人だと思われている」と伝えると微笑で返される。

 

「ふふっ、それはそれで困りましたね」

 

「……どうして俺の周りはこうも俺に期待をするのかね」

 

 ため息交じりに呟くその声はどちらかと言うと、自分に対しての言葉であった。

 

「んで、何でクレア自ら出張ってきたんだ? この程度ならドミニク少尉でも問題なかったろ。むしろ俺はそうだろうと思ってたんだが……」

 

 これ以上のこの話を続ける必要も皆無なので、一旦話題を変える。

 

「え、えぇ、それは……ケルディックにおける領邦軍の振る舞いが見過ごせなかったので、私が出向いた方が良いかと思ったんです」

 

 本当は、自ら向かって助けになりたかったのだが、そんな恥ずかしい事は言えない。言葉をすり替えてもっともらしい言葉を紡いでいく。

 

「なるほどな。まぁ、あの感じだったら確かにクレアじゃないと一戦あったかもな。それはそうと、よくあの風に気づいたな? 緊急だったから出力変えられなかったのもあるが……」

 

「スレインさんの風はすぐに分かりますよ。どこか心地よくて温かいですし」

 

 実際そんな事はない。精霊なんて異能を使える者は、このゼムリア大陸中でも自分だけである。

 それに、風の精霊を使役したとしても、風が吹く現象を再現する様なものだ。

 感知出来る様な準契約をしていたとしても、心地良いとか温かいとかそんな具体的なものではなく感覚的なものである。

 

「そんな事あるのか? 直感的にしか感知出来ないハズなんだが……」

 

「それでしたら、私の直感が鋭くなっているのかもしれませんね」

 

 そう言ってクスっと笑うクレアは、残り僅かになったグラスを傾けて飲み干すと言葉を続ける。

 

「ARCUSを2つ繋げたから出力が上がったのかもしれませんよ?」

 

「あぁ、確かにそれはあるかもな。ARCUSの導力エンジンの直列回路化は素晴らしいよ。俺の計算を上回る出力だし、お礼は色を付けないとな」

 

「いえ、それには及びませんよ。それにスレインさん、今は学生ですよ?」

 

「バカヤロ、技術屋として結構な利益を得てる事も知ってんだろ? 気にするな」

 

 実際の所、ENIGMAとARCUSの開発に携わった事で、莫大な利益がスレインの元に入ってくる。

 分かりやすく例えるのであれば、貴族階級の「男爵家」程度の財産分は優にあるだろう。

 

「で、ですが……」

 

「好意ってもんは素直に受け取っておくもんだぜ。借りが溜まっていく一方なのは俺としても困るんだよ」

 

 スレインはそう言って腕に付けた導力時計を見るとそろそろ列車の時間である事に気づく。

 グラスを空にしてから席を立ち、女性に顔を近づけて小声で呟く。

 

「わり、そろそろ時間だわ。来週の予定、後で連絡しろよ」

 

「え! えぇ、分かりました。すぐお知らせしますね」

 

 途端に頬を染めて動揺混じりの返答する彼女を横目に、「それじゃまた」と別れの言葉を告げて駅の方へ向かっていくのであった。

 

「(まったく……分かっていて言っているのでしょうか?)」

 

 腕を組み熱を帯びた頬を片手で抑える彼女は、去っていく少年の背を目で追う。

 どう考えてもこちらの気持ちを察しているかの様なその言動に、僅かながら疑問を覚えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「えー、言わないとダメ? アレだよアレ、謎って素晴らしいと思うんだよな、うん」

 

「あんたねぇ……あんな摩訶不思議ばっかり見せられたら気になるに決まってるでしょう!?」

 

「そ、そうだね。確かに気になるかな」

 

 ケルディックからの帰り道。

 列車内は、疲れよりも先に疑問解決が先の一同。ルナリア自然公園でスレインが見せた、見たこともない現象を言及している最中である。

 

「私も気になるぞ? 戦技(クラフト)ともアーツとも違う様だが……あれは一体何なのだ?」

 

 アリサ・エリオットと続いて、ラウラまでもが疑問、もとい尋問をぶつけていく。

 勿論、言いたくない訳ではない。今回の様な特別実習が続くのであればいずれバレるもの。実際言った所で全く問題がないので、ただ勿体ぶっているだけなのだ。

 

「あー、分かった分かった。説明するって。但し、口出すのは質問タイムだけな?」

 

 そう言った途端に、一同はワクワクした面持ちでスレインの言葉を待つ様に沈黙する。

 

「どっから話すかな……まずは、俺の特殊能力か。俺は、アーツと違って、魔術っつうのかな?そう言った普通じゃあり得ないアーツの様なものが使えるんだよ。これは俺自身、どういうもんかっては説明出来るけど、何で出来るのかは分からない。だから理由は聞くな。んで、それを使って武器を精製している。といっても、ちゃんとした武器ではなくて、数回打ち合えば粉々になる模造品。だからああいう使い方になるんだ」

 

 ここで一端言葉を止めて一同を見ると、全員が同じ表情をしている。目を丸くして口を開ける、一般的に言うアホ面という表情だ。

 しかし、それをお構いなしに更に言葉を続けていく。どのみち質問は後回しなので、発言権は自分しかない。

 

「んで、領邦軍に使った技は、あん時言った通りオリジナルのアーツ。今言った魔術的なやつを使える事の副産物的なものもあるんだが、ARCUSの改造をする事で俺のその力をアーツに変換する事が出来る。これも原理は一切不明。何故か出来た。とりあえずこんな感じかな」

 

 求められた疑問に対しての回答が終わると、一同は先程の表情を数秒維持する。その後、まだ納得しきれていない表情で各々が疑問点を並べていく。

 

「それはつまり……己は武器が必要ないという事か?」

 

 最初に質問したのは意外にもラウラだった。

 ちなみにスレインが最初に質問すると思っていた少女は、疑問点を順に並べ替えている様な小難しい表情をしている。

 

「それはちょっと違うな。さっきも言った通り、数回打ち合えば消滅する。都度精製するって戦い方もアリなんだけど、それは乱戦や混戦の中であったり余程の強敵の場合だけだ。それにアーツと同じで魔力を使うからな。普段はちゃんと得物を使うぞ?」

 

 スレインの言葉に納得出来なかったのか、「ふむ」と一言だけ呟いて再び沈黙に移るラウラ。

 そのタイミングを逃さず、待ってましたと大本命が矢継ぎ早に質問をしていく。

 

「ちなみにARCUSの改造ってどの程度のものなの? 魔術?を変換出来るとなると構造自体も変わっているのかしら? アーツとどの程度違うものなの?」

 

「ARCUSの改造に関しては、正直言うと全部だ。フルカスタマイズと言ってもいい。導力エンジン・スロット部分・スロット数・クオーツラインシステム。言い出せば切りがないから後で見せてやるよ。んでもって、構造上は同じでも導力エンジンを過剰出力(オーバーロード)させる事で魔術変換が出来るんだ。それでも全部を変換する事は出来ないから、区別は出来る。アーツとの違いとしては、属性がない事と、アーツとは全く違う現象が起きるって感じだな。これもうまく説明は出来ないけどな」

 

 ちょっと専門的な内容を含んでいたので、他の三名は理解し難い表情を浮かべている。

 それも無理はない。導力学に少し詳しいアリサでさえも理解していない表情なのだ。

 

「ちなみに、ARCUSの改造の効果ってその魔術を使える事以外にもあるの?」

 

 次はエリオットが質問をぶつける。

 

「いや、それ以外なら殆どが駆動時間の短縮だよ。だからあんな使い方が出来る」

 

 流石に他の戦術オーブメントとの比較をしても疑問を増やすだけなので、ありきたりな回答だけで済ませる。

 

「スレイン、君の得物って……その騎士剣なのか?」

 

 気がかりがあるが、どう表現すべきか迷っている様な口調でリィンが問いかける。あの夜の事を知らない一同を前にして疑問点をすり替えたのだろう。

 

「ん? そうだな……俺の場合はラウラやリィンの様に、誰かから師事を受けた訳じゃない。我流なんだよ。だから、騎士剣が使いやすいっていうだけで、他の武器もある程度は扱えるぞ?」

 

 そう言ってリィンの方を強い眼差しで見る。それは「黙っていろ」という言葉を込めた目線。

 それに気づいたリィンも微かに頷く事で、そのアイコンタクトは終わるのであった。

 

「そうなのか。あれだけの剣捌きで我流となれば、どこかの流派を学べば高みへ目指せるのではないのか?」

 

 今度はラウラが自身のアルゼイド流の話を交えながらそう質問をしていく。

 しかし、到着を知らせる列車のアナウンスにかき消されてこの話題に終わりを告げるのであった。

 

「さて、あと数分でトリスタに着くし、タイムオーバーだな。続きはまた機会があれば、だな。今日はよく眠れそうだ」

 

 大きな伸びをして列車を降りる準備をするスレイン。同じく下車準備をしている一同を横目に、罪悪感と嫌悪感を抱く。

 自分が何者なのか。何故こうなったのか。それを隠して話した所で、それはただの自慢話だ。

 

「(……そんな優等生じゃねぇんだよ、俺は)」

 

 そう小さく呟いた言葉は、ゆっくりと停止していく列車の揺れとブレーキの摩擦音にかき消されていくのであった。

 

 

 




スレイン君の能力が垣間見えたお話です。

こんな話をして黙っていられない方がⅦ組にはいるので、次回はその辺りも含めて書いていこうと思います。

それでは、今回もお読み頂きありがとうございました。


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初夏前のとある日常

今回は待ちに待ったクレア大尉とのデートです!

と言っても、デート描写は殆どなし。

何を書きたかったのだろうという疑問は胸の中に閉まっておいて下さい。


という訳で、第12話、始まります。

※2015.08.17 修正


 5月初頭。

 

 ライノの木が新緑の葉を付け始めたこの季節。

 トリスタの町並みはすっかり春の情景から初夏のものへと移行しようとしていた。

 そんなある日、休日であるにも関わらず日課である早朝の体力トレーニングから帰ってきたスレインは、自身が住まう第三学生寮の玄関にある応接用のソファーに座る眼鏡の少女に声をかけられたのである。

 

「あの、スレインさん、ちょっといいですか?」

 

 朝の挨拶もなしにそう言われたスレインは、「予定があるので少しなら」と答えて急いで自室に戻る。トレーニングウェアから私服に着替えて、少女と共に寮の近くにある公園へと向かった。

 まだ早朝という事もあり町を出歩く人は殆どいない。その為、ベンチに腰を掛けてから沈黙が数分続けば、それはそれで結構な重圧と変化するものである。更に言えば、この少女が話そうとしている事もスレインは予想済みなので尚更だ。

 

「エマ、言いたい事は分かるが……そんなに警戒するな。俺まで身構えちまう」

 

 沈黙に耐えられずそう言葉を口にすると、エマは「すみません」と一言謝るとまた沈黙してしまう。

 

「何も言ってなかったけど、薄々気づいてたんだろ? それと同じ理屈で俺も気づいてたさ。そして、エマが何も言わなかった様に、俺もまたエマの事は言わない。それでいいんじゃないか?」

 

 時は遡る事、数日前。

 初めての特別実習から無事帰還したⅦ組は、A班とB班における実習時の出来事を共有していた。

 B班の結果は当初の問題であるユーシスとマキアスの仲違いもあり、結果は飛散なものであったらしい。

 それでいてA班の結果は最高評価だった事もあり、話の中心はそちらの出来事になっていく。その折にスレインについての数々の話題が出てきて、B班のメンバーはそれぞれが驚愕の表情を浮かべていたのだが、エマ1人だけは何やら腑に落ちない表情を浮かべていたのだ。

 それから数日、学院内でもエマの視線を感じるものの、話しかける事はなかったのでスレインも気にかける事はなかった。そして、やっと決心が付いた様で、誰も聞かないであろうこの時間に話しかけてきたのである。

 

回想終了(という訳で)

 

 恐らくの所、目の前にいる眼鏡の少女、エマ・ミルスティンは恐らく魔術について知っている。

 スレインは入学時からエマに対して同系統の力を感じていた。決定的だったのは、数日前の会話の中でエマの表情が変わった瞬間の話題。

 

 スレインが、アーツではなく魔術(・・)を使える事。

 

 全員がその未知なる現象の話でスレインに目を向けていた中で、1人俯き難しそうな表情をし始めたのであれば、情況証拠としては十分過ぎる内容であった。

 

「それにさ、あの時も言ったけど、俺は何でそれが使えるか知らないんだよ。だから何か聞かれても答える事は出来ない」

 

 自身にも言い聞かせる様にゆっくりと言葉を続ける。

 数秒後、俯いたままだったエマがこちらの目を見据えて言葉を出す。

 

「そう……ですね。すみません、分からない事を聞こうとして」

 

 それでもまだ腑に落ちない表情をしているエマは、聞きたい事を我慢している様だった。

 

「まぁ、さ、俺の俺の事で何か分かったら知らせるよ。それがエマに取って聞きたい事かは分からないけど、少しは悩みが解消出来るかもしれないしな。それに、急がば回れって言うだろ」

 

 そう言葉を告げて、エマの頭に手を乗せ優しく撫でる。

 それが正しい言葉なのか、正しい行動なのかは分からない。でも、反射的に行ってしまったので、今更手をどける訳にもいかなかった。

 

「あ……スレインさん、その……」

 

「あんまり悩み過ぎるなよ? ただでさえB班は厄介事に巻き込まれてたんだし、少しは頭の中をクリアにして学生生活を楽しもうぜ?」

 

 その言葉に苦笑いで返したエマと共に、スレインは出発の準備をする為に寮へ戻っていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて言ったはいいけど、実際何が聞きたかったんだろうな……」

 

 帝都ヘイムダル行きの列車内。

 スレインはとある女性と先日約束したお礼をする為に一路帝都へと向かっている。その列車内で早朝の会話を思い出していた。

 

「(まぁ、何にしろ、俺ももう少し自分の事を知るべき……だよな)」

 

 移りゆく景色を横目に心のなかでそう呟いたスレインは、もう間近で着く帝都へ到着する事に気づき一度感情をリセットする。

 これから会う相手に対してどうやってお礼をするかを考えるのであった。

 

 帝都ヘイムダル

 エレボニア帝国中央部に位置し、古来より帝国の首都して存在する人口八十万の大都市である。

 帝都ヘイムダルは16の街区に分かれており、北側に皇宮と帝国政府の入る《バルフレイム宮》などの政府関連の建物が集積街区を筆頭に、それぞれが地方都市並みの規模を持っている。

 

 トリスタからも列車で半刻程度の距離に位置しているので、短い列車旅を終えて帝都に到着すると、駅のすぐ横に併設している鉄道憲兵隊の詰所へと向かう。

 これから会う女性は非番だというのにわざわざ職場に足を運んでいるらしい。律儀というか何というか、詰所が待ち合わせというのも華がないものである。

 

「あ、ドミニク少尉! おはよう御座います。クレア大尉は今どちらへ?」

 

 詰所入り口で部下に指示を出し終えて、一息付いている女性士官へと声をかける。

 周りには見知らぬ憲兵を多いので、ある程度節度も持った言葉を選ぶ様にしておいた。

 

「あら、おはよう、スレインくん。大尉ならあと10分程で来ると思うから、もう少し待っててもらえる?」

 

 帰ってきた言葉は予想通り。列車の時間までは言ってないので、待つ事は覚悟の上だった。

 

「分かりました。てか、大尉は非番でも詰所に顔を出すんですか?」

 

「んー、時々かなぁ? 基本的には来ないわよ? ってか何?今日はデートな訳?」

 

 周りの兵士達がそれぞれ散らばった事を確認した途端に、口調は砕けてわざとらしく肘で小突く女性。あからさまに楽しんでいる様な顔つきである。

 

「まぁ、第三者から見たらそうなりますね。男女二人ですし。あ、でも、見た目上は姉弟って筋もありそうですね」

 

「何でそんなに冷静なのよ。大尉の方は今日、とっても機嫌が良いわよ〜?」

 

 表情を作らず冷静に言葉を紡いでも、この女性には何の意味も持たない。

 それを分かっているからから、無駄な表情は作らないのだが。

 

「じゃ、そういう事にしときますよ。あ、そしたらついでにもう一つ。最近、大尉って何か欲しがってました?」

 

「んー……そういう話は聞いてないかな? あ、でも、私じゃないんだけど、他の隊員が『サン・コリーズ』に大尉がいたのを見かけたそうよ?」

 

 サン・コリーズとは、ガルニエ地区にある高級宝飾店である。

 女性であれば足を運ぶのは当然な店だ。ドミニクがその後「何やら一人でショーケースを前に悩んでいる様な感じだった」と続けたので、情報としては十分である。

 

「サン・コリーズね……なるほど。少尉、情報提供の御礼として後でミモザのベリータルトを送りますね」

 

「あら、いいの〜? 楽しみにしておくわ♪」

 

 場所が場所という事もあり、こちらは口調を崩さずに話していく。

 ドミニク少尉の大好物である、百貨店内の喫茶【ミモザ】の名物を贈呈する約束を交わす。

 この女性がどこまで考えているか分からないが、こうも親切に情報を教えてくれたのだ。それくらいの礼はしないと、後々面倒である。

 そのまま彼女は職務へと戻っていったので、入口で待つのも失礼なので詰所を出る事にした。

 

「スレインさん、お待たせしてすみません」

 

 外で待っている事数分。開けられた扉から女性が現れてこちらに歩み寄る。非番という事もあり、前回と違い軍服ではなく私服であった。

 タートルネックまではいかないが、首元まである黒のインナーに青のベスト。その上にはベージュのジャケットを羽織っている。下は膝上十五センチの濃紺のスカートにロングブーツを履いている。

 なまじ美人である為に、そんなラフな服装でもこう、様になっている。

 

「いや、今さっき来た所大丈夫。ってか、クレアの私服を見るのも久々だが……似合ってるな」

 

 さすがに凝視する事も出来ず、目を背けてそう言ってしまう。女性は優しく微笑むと律儀に一言お礼を述べた。

 

「さ、とりあえず行くか。飯、まだだろ?」

 

「えぇ、お先に昼食ですか?」

 

 クレアには今日の予定について全く話していない。

 話してもよかったのだが、それだと面白くない。御礼自体もまだ何も考えていなので、ギリギリまで情報を集めるべきと判断したのもある。

 そうして二人は帝都のメインストリートである『ヴァンクール通り』に構える百貨店内の喫茶【ミモザ】へ向かった。

 

「スレインさん、わざわざ学院がお休みの日にすみません」

 

「んぁ? 別に問題ないぜ? 帝都なんて近いし、今までの俺からしたら正直休みすぎだ」

 

 時刻が昼時時という事もあり店内はけっこう混んでいたが、運良く奥の席が空いていた。

 ちなみに百貨店を選んだ理由は、クレアがついでに見たいお店があったという理由だ。

 

「確かに以前は働き過ぎでしたからね。私も正直心配でした」

 

「それは放蕩皇子(雇い主)に言ってくれ。何考えてんだか知らないけど、あちこち首突っ込み過ぎなんだよ」

 

 呆れ声でそう言って、ため息をつく。それに対して優しい微笑みを見せるクレア。傍から見ればそれは年齢差など関係なく、仲の良い男女のそれの様である。

 

「そういえば……あれから一年、ですか。月日が経つのは早いですね」

 

「そうだな。そういえば全く気にしなかったけど、確かこの席だったな。いや、あん時は焦ったぜ? 誤認逮捕もいいトコだわ」

 

「あ、それは、その……今でも申し訳ないと思っています」

 

 バツの悪そうな顔をして俯いて、何やらブツブツと言っている。

 まぁ、かの有名な『氷の乙女(アイスメイデン)』が放っている殺気だけで勘違いしたのだから、穴があれば入りたい程の過去だろう。

 

「ま、でも、あれがなかったら面倒な事になってたんだし、結果オーライだろ。ってか、まだ一年なんだな。頻繁に会ってたから、もっと前な気がするよ」

 

「確かにそうですね。あの件以来お世話になり続けてますし、何だか悪い気がしますね」

 

「あぁ、気にするな。半分くらいは仕事の延長だからな。こっちだって『子供たち』に世話になってるしお互い様だろ」

 

 互いに気遣いの言葉を掛け合っていては、この状態が止まる事はない。

 それを知っている二人は互いに微笑み話題を変える。そうして一頻り談笑した後に、百貨店内を回るのであった。

 

 

 

――♪―♪―――

 

 

「わりぃ、着信入ったからちょっと待っててくれ」

 

 クレアにそう言い残し、少し離れてARCUSを取り出し、呼び出しに出る。

 

『や〜、スレインくん。久しぶりだね〜♪ 僕に会えない日々はちゃんと眠れたかい?』

 

 開口一番こんなアホみたいな話をする人間は一人しかいない。放蕩皇子ことオリヴァルト・ライゼ・アルノールだ。

 

「何の用ですか? てか、その前に何で俺の番号知ってるんですか?」

 

『全部スルーだなんてヒドイじゃないか。番号なんて簡単だよ。誰が支給したと思ってるんだい?』

 

「で、何の用ですか? こっちも人といるんで、冷やかしなら切りますよ?」

 

 一々話に付き合っていたら埒が明かないので、とにかく話は全部スルーする。

 

『スレインくん、今帝都に来ているらしいじゃないか。いや、せっかくの機会だから、お茶でもどうかなと思ってね。バルフレイム宮まで来れないかな?』

 

「……何かあったのか?」

 

 先程の会話のトーンよりも少しばかり慎重な声色に変わった事に気付く。

 何故自分が帝都にいる事を知っているのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)それは後で聞くとして、今は内偵業務を休業している。緊急事態でもない限り、わざわざ呼び出す必要なんてないハズである。

 

『まぁ、そこまで緊急という訳ではないのだが、それは会ってからにしよう。ちなみに護衛(・・)という事で、お連れの女性も連れてきて構わないよ。いや、むしろ連れてくるといい』

 

 そこまで今の状況を知ってるという事は、この呼び出し自体が何が意味があるものだろう。ただお茶をする為の誘いではないというのは、容易に想像が出来る。

 予定を変更された事には憤慨を覚えなくもないが、1つだけ言伝を頼んで電話を切る。と言っても、最後に盛大に茶化されたので、無理やり切ったとも言えるが。

 

「クレア、悪い。予定変更だ。アホ皇子に呼び出しくらった」

 

 ウィンドウショッピングを終えてベンチに腰を掛けていた相手に電話の内容を共有する。

 そうすると彼女は一瞬だけ険しい表情をしたが、すぐさま冷静さを取り戻し、バルフレイム宮へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「で、これは一体何のつもりだ?」

 

 場所はバルフレイム宮内、皇族が利用する応接室。

 豪勢な刺繍を施した幅広のテーブルには、人数分の紅茶と如何にも豪華そうな茶請けの数々が並んでいる。そして、目の前には呼び出した張本人が優雅に紅茶を飲んでいる。

 

「だからお茶をしようと言ったじゃないか♪ ん〜、やっぱり美味しいね。お二人も遠慮せずに召し上がってくれたまえ。僕のお気に入りだからオススメだよ?」

 

「と、とりあえず頂きましょうか、スレインさん」

 

 本心が読めないオリヴァルトを相手に呆れてそう話し、紅茶に口を付けるクレア。あからさまに呆れた表情をしながらそれに続いて紅茶を頂く。

 

「ん……確かに美味いな。……さて、とりあえず俺が帝都にいる事はどこから聞いたんだ?」

 

「あぁ、それかい? それはサラ君から聞いたのだよ。学院の関係で電話をしていてね。たまたま話題が君の話になったので、その時に。そう言えば、その時のサラ君はどこか拗ねている感じであったよ? いや〜、罪な男だね〜スレイン君♪」

 

 そう言ながらこちらに向かってウィンクを飛ばしてくる。横では横で、その言葉の意味を悟った瞬間に頬を染めている。なんだかこの雰囲気、とても面倒である。

 この反応を楽しむかの様にオリヴァルトは更に会話を続ける。

 一頻りこの雰囲気が続いたので、話を全て横に流していたが、本題に入った所で意識を戻す。

 

「……という訳なのだよ。だから、学院……いや、帝国の方に何かあった時はスレイン君に動いてもらう可能性が出てくる。といっても、杞憂かもしれないけれどね」

 

 クロスベルの方が賑やかになっている。二杯目の紅茶を飲みながらそう言って話を続けたオリヴァルト。

 勿論、この場合の賑やかと言うのは、活気があってのそれではなく、きな臭い(・・・・)という意味合いである。

 

「それにね、どうやら帝国とクロスベルの両方で“彼ら”が動いているらしい。そうなると流石に宰相殿でも一筋縄ではいかないだろう。それに隣に力を入れすぎて、足元を掬われるというのも些か問題だからね」

 

 彼は最後にそう言い、先程と変わって慎重な面持ちでこちらに目線を向ける。

 

「なるほどな。国内の結社は俺、貴族派はクレアに目を光らせろ。そういう事か」

 

 この皇子の考えている事だ。この言葉の本質の部分は別にあるだろう。考えているシナリオには、最悪のケースまで想定しているらしい。

 

「私をお呼びしてまでこのお話を聞かされるという事は、閣下との命令とは別に動け。という事でしょうか?」

 

 一人納得のいっていない表情でそう告げるクレア。

 それもそのはず、オリヴァルト皇子と鉄血宰相ことギリアス・オズボーンは、表面上では皇族と国内の政治代表としての関係であるが、それはあくまで表面。

 オリヴァルトは、帝国内で起きている対立―――宰相率いる革新派と、四大名門率いる貴族派のどちらにも関与せず、真正面からぶつかる第三勢力として存在しようとしている。

 公言こそしていないものの、少し前に起きたリベール異変から帰国後の動きは、関係者から見れば一目瞭然のパフォーマンスが多い。

 そういった背景もあり、宰相直属の精鋭鉄血の子供たち(アイアンブリード)の中でも、宰相が一目を置く程の部下であるクレアは、オリヴァルトの事を信用はするものの信頼は寄せていない。そんな彼からのこの話は、些か不満があるのも仕方がない流れである。

 

「いや、そういう訳ではないよ、クレア君。君にそんなスパイじみた事は頼まない。僕もまだ命が惜しいからね。どちらかと言うと、ただ警戒しておいて欲しいという事なんだ。宰相殿の事だから万事問題がない様にすると思うのだが……相手の戦力分析をしない上で過小評価するのは問題だからね」

 

「ま、この皇子の事だから、俺と一緒だと断らない。とでも考えてんだろ? 俺がYESと言っていて、そっちは警戒レベルでいいんだったらYESと答えるのが道理だろ。ましてや皇族直々のお願いだしな。わざわざ連れて来いって言うから何かと思ったら、そっちがメインなんじゃねぇのか?」

 

 そう言って一呼吸置くと、背もたれに寄りかかっていた体を起こす。真剣な眼差しでオリヴァルトを見据えてから言葉を続けていく。

 

「言っておくが、今は休業状態で皇子の手駒ではない。だからこそ言うが、この状況下で仮に第三、若しくは貴族派が革新派とぶつかっても、俺はクレア(TMP)とはやり合わないからな。あくまで対結社要員(・・・・・)として対応するぜ?」

 

「ふふっ、流石スレイン君だね。僕に牽制すると同時にクレア君の疑問点を代弁し、更に愛の告白じみた事まで言うとは。やはり君は罪な男だ。大丈夫、その様な事はしないよ。アルノールを冠する者として誓おう」

 

 半ば笑いを堪え切れていないが、しっかりと皇族の名の元に正当な誓いを立てた。そして、自身の言葉をわざとらしく強調して言い換えたオリヴァルトの言葉に、頬を染めて俯いてしまい言葉を失うクレア。

 その二人の状態を見て、どうしてこうなったのかと思いながらも、オリヴァルトが急に話題を変えた事に心の中で礼を述べる。

 そうして、話題は再び元のお茶会に合わせたものとなって、談笑を続けるのであった。

 

「では、そろそろお開きにしようか。僕も忙しい身なのでね」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「あぁ、今度からは事前に言ってくれよ」

 

 そう告げて招かれた二人は退室しようと扉を出るが、スレインのみ呼び止められる。クレアには外で待っている様に告げてオリヴァルトの元へ近づく。

 

「忘れる所だった。はい、頼まれた品だよ。まさか彼女だとはね」

 

 目の前の青年は紙袋を渡しながらそう言う。顔は勿論ニヤけている。

 

「そんなんじゃねぇよ。ケルディックの件でパシったお礼だ」

 

「ではそういう事にしておこう。しかし、そんな事して大丈夫なのかい? 影響がない訳ではないだろう?」

 

 先程までの顔つきが一変して真剣なそれに変わる。

 

「あぁ、言葉ではない限り問題ないのは知ってるだろ。それに、誰相手でも俺にその気がないからな。そんな事知ってるだろうに」

 

 無表情のまま彼を見据えて言葉を返す。この話題に対してはノーコメントと言わんばかりの目線も合わせて投げかけてる。

 

「大丈夫という事だからそっちはいいとして、その気がないというのは聞き捨てならないね。いくら君でも権利(・・)くらいはあるだろう」

 

「それはそれ、これはこれだ。人外の力を持っているとな、身の近くには何も置きたくないんだよ。いくら手練であっても結社相手には危険だ。身をもって体感してるだろ?」

 

 リベールの異変時に、結社を相手に直接やり合っているオリヴァルト。報道には出ていないものの、リベールの異変は秘密結社《身喰らう蛇》が首謀であった事。その際、オリヴァルトが潜入し事件解決に一枚噛んでいる事は、一部の関係者では有名な話である。

 

「いや、だからこそだよ。愛は人を強くする。あの二人を見ていたからこそ、尚の事そう思うのさ。君の呪いは幸いな事に、その感情までも捨てる必要はない。言葉にしない表現はいくらでもあるものさ」

 

「向けられる感情が偽りだとしてもか(・・・・・・・・)? これ以上は押し問答を続けるなら……」

 

 流石にキレるぞ。と言いかけたタイミングで、目の前の青年は微笑みながら彼の肩に手を乗せる。

 

「まぁ、それを知っていて、この状況を作り出した僕も同罪だ。これ以上はやめよう。それと……Ⅶ組の事頼むよ」

 

 その言葉と同時「僕の事は今後、オリビエと呼んでくれ」と告げて少年を送り出す。わざわざ自分がよく使う偽名まで持ち出してくる辺り、今後も連絡をするつもりなんだろう。

 

 その後、大幅な予定変更を余儀なくされたスレインは、ヴァンクール通りのブティックに寄り礼装を整え、帝都歌劇場で開かれているコンサートを鑑賞して1日を終わろうとしていた。

 勿論、ブティックでのクレアの慌て振りは異常なもので、慌てたり頬を赤らめたりと、忙しそうな表情であったのは言うまでもない。

 

「ほい、クレア。本日のメインイベント。ちゃんとした入学祝いのお礼だ。」

 

 列車の時間まで少し余裕があったので、二人は駅内にあるカフェで一服をしている。先程オリビエから渡された紙袋をクレアに渡した。

 

「え、いいのですか? バルフレイム宮から出る時から持っていましたけど……」

 

「そ、自分で買った訳じゃないから何とも言えないが……多分合ってると思うから中開けて確認してみてくれ」

 

「? ええ、それではお言葉に甘えて」

 

 不審そうに頭を傾げて、包紙を綺麗に開けていくクレア。と同時に手に持った物をこちらの顔を交互に見て声を上げる。

 

「え、ええ!? スレインさん、どうしてこれを!? というより、どうしてこれが!?」

 

 手元にあるのは、自分が気にかけていたシンプルなゴールドのネックレス。小さな粒のボールチェーンの先には細めで小さな台形タイプのプレート、その先端には同サイズのリングが付いている。先日の休暇の際に宝飾店サン・コリーズで購入をしようか迷った挙句、軍人の自分には勿体無いと思い諦めてしまったアクセサリーである。

 何故自分が欲しかったものが分かっていて、それを買ってくれたのか。そういう質問だと思うのだが、いつもの彼女ではあり得ない興奮した表情で質問を飛ばしている。どうやら物は合ってたみたいだが、この反応は予想を上回っておりサプライズにしては花丸だろう。

 

「その反応からしたら正解みたいで良かったよ。予定では直接にお店を行くハズだったんだけどな。急に予定が変わったから危なかったぜ」

 

 どんなものが欲しいかはドミニク少尉から聞いていた。

 そして、オリビエとの電話でした約束。それは、宝飾店サン・コリーズで、クレアが気にかけていたアクセサリーが合ったら買ってくる事。なかった場合はシンプルなネックレスタイプの物にしろ。そう伝えていたのだ。

 バルフレイム宮からの帰り際にオリビエから言われた事の顛末は、使いに出したメイドが、クレアが気にかけていた品を店員から聞き出して買ったから間違いない。という事だった。

 

「そ、そうだったのですね。とても嬉しいです。大切にさせて頂きますね」

 

 少し恥ずかしそうにそう言ったクレアの表情は、今日一番の笑顔だった。

 その表情を見れただけでも、こちらも茶化される覚悟と恥を惜しんであの皇子に頼んだ甲斐があったものである。

 

「また何かあったら頼むかもしれないが……その時はよろしく頼むよ、クレア」

 

 そう言うと同時に列車到着のアナウンスが流れたので席を立つ二人。

 駅の改札口まで一頻り談笑をした後、形式的な挨拶を交わしそれぞれの帰路についたのであった。

 

「(スレインさん、流石にこれは反則ですよ)」

 

 改札口から先程まで一緒にいた、とても頼りになり、自身の恩人でもある計算高い少年。

 その後姿が見えなくなるまで見送る彼女は、その二つ名には似つかない程の暖かく愛らしい微笑みをして心の中でそう呟くのであった。

 

 

 




何やら怪しい言葉がポツポツ出てきましたね。

スレイン君の言動や皇子が話す呪い……

今後明らかになっていくのですが、一体どんなタイミングで明らかになるのか。
それは神のみぞ知る……という感じです(笑)

それでは、今回もお読み頂きありがとうございました。


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第2章
知っている記憶と知らされない過去


やっと第二章が始まりました。

今回はサラ教官とスレイン君の過去が垣間見えます。

その為、事実上Ⅶ組メンバーは殆どお休みです。すみません……


それでは、第13話、始まります。


PS
なんと感想を頂きました!
見た途端、飛び跳ねました。ありがとうございます。
私の様な幼稚な文章でも感想等を書いて頂けると泣いて喜びます。
重ね重ね御礼申し上げます。

※2015.08.17 修正


 

「だから、やらねぇって言ってんだろ? もういい加減にしろよ」

 

 少年はそう言って、背けたままだった目線を目の前の少年たちに目を向ける。

 

 5月23日午前6時。今日は自由行動日。

 身体を鈍らせない為に行っている早朝トレーニングから帰宅してシャワーを浴び、リビングルームでコーヒーを飲んで優雅な一時を過ごしている……ハズだったのだが、ついにその時間にまで侵される事になった。

 先日から拒否しているこの会話を続ける犯人は、リィンとラウラ。

 

「手合わせくらい良いではないか。減るものではあるまい。それにリィンとはしているのに、何故私はダメなのだ?」

 

「あのな、あれは不可抗力。偶然。たまたまなんだよ。そういうのは二人でやればいいだろ? お互い切磋琢磨し合って剣技を磨く。それってお前らで完結出来る話じゃないか」

 

「でも、正直、俺ももう一度手合わせしたいんだ」

 

 リィンがうっかり口を滑らせて、ケルディックで手合わせをした事をラウラに話してから、毎日の様にこの状態なのである。

 真っ直ぐな性格のラウラだからこそ、一切引けをとらないこの対応がまた、正直言うと面倒なのである。

 

「そんなに手合わせしたいなら、サラにでも言って実技テストに織り込んでもらえばいいだろ? 俺個人は絶対にやらないからな」

 

 そう言ってコーヒーを飲み干すと、スレインは学院に行く準備を名目に部屋に戻っていくのであった。

 

「(手合わせやったら次は指導とか言いかねないからな……おいそれと合意出来るかっての)」

 

そう心で呟くのであったが、先程二人にかけた言葉が、いとも簡単に実現してしまうとは思ってもみなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「おい、サラ。これは一体どういう事だ?」

 

 時刻は少しばかり進んで同日、午前11時。場所は学院のグラウンド。

 数分前にⅦ組の担任教官のサラからの着信を取ると「今すぐグラウンドに集合」と一言だけ告げて電話が切れた。

 仕方なく指定の場所に向かったのであるが、そこにリィン・ラウラの二名がいた事で今朝方の会話を後悔した。まさか本当に打診して、そしてサラが許可するとは。

 

「いやね、この二人が手合わせしたいけど拒否されるっていうから。実技テストの補修じゃないけど、補講って感じ?」

 

 そう言ながらウィンクをする女性。決まりだ。サラは半分以上、否、9割は楽しんでいる。

 

「はぁ……サラの性格まで考えて発言すればよかった」

 

「ははっ、とにかくこれで手合わせしてくれるよな?」

 

 リィンはそう笑いながら告げると自身の得物を取り出す。ラウラも同様に「頼むぞ」と意気揚々に構えだす。

 

「まぁ、いいんじゃない? あたしも見てるし一応授業で通せるから。それに、私も久しぶりに見たいのよ、あんたの腕をね」

 

 もう逃げ場はなく、諦めた様にため息をついてから二人を見据える。

 

「分かったよ。やればいいんだろ。二人共戦術リンク使って全力で来い」

 

 騎士剣を左手に精製して構えると、目の前の二人は戦術リンクを繋げて臨戦態勢に入る。

 それと同時にサラが発した開始の声が、グラウンドに鳴り響いた。

 

「ああ!」「承知!」

 

 初撃がどう出るかは簡単に予想が出来る。両者とも前衛であるあの二人はリィンが遊撃、ラウラが本命ってところだろう。もしくはタイミングを合わせて突撃。そして、戦術リンクを駆使して迫撃しこちらからの反撃タイミングを奪う。手段としてはまずまずであるが、逆に言えば今のこの二人ではこれ以上の戦略的思考がない。

 

 

―――キィン―――キィン!!

 

 

「むっ!?」

 

「なに!?」

 

 スレインの予想通りの結果となった。

 こちらの行動を阻害する為にリィンが横から八葉一刀流『紅葉切り』を繰り出す。それと同時にラウラが正面からアルゼイド流『鉄砕刃』を放っていた。

 読みきっていた結果であった為にスレインは一歩も動かずそれぞれをいなして弾き返す。

 

「おいおい、それは安易な行動だな。あと二、三手は工夫しないと俺を動かす事すら出来ないぞ?」

 

 その言葉と同時に息を呑んだ二人は再び攻撃を再開し、剣戟の音がグラウンドに響いた。

 

 

 

 

 

 ―――10分程経過した頃には、片膝を地につき、得物に重心を任せて息を上げる二人の姿があった。

 

「はぁはぁ……これ程までに差があるのか……」

 

「これだけ打ち合っても動かす事も出来ない、か……流石だな」

 

「お前さん達は性格が良いから、良くも悪くも剣も素直なんだよ。だからこそ読みやすい。少しはひねくれた方がいいぜ?」

 

 スレインは未だにその場から動かず言葉を続ける。

 

「立てよ、邪道の戦い方を見せてやる」

 

 そう言って彼は腰を低くし、左手に持つ騎士剣を構え直した。ついに動く。そう察知した二人は立ち上がり剣を構え直し、目の前の少年を見据えた。

 

 すると突然、目の前から少年の姿が消えた。それと同時に二人は手に強い衝撃を感じ、視界は空を見ていたのだ。

 

「「え?」」

 

―――ドスン!

 

 二人はそのまま尻もちをついて着地。

 何が起こったかさえも分からない不可解な顔をして目の前にいる少年を見ると、体勢こそ先程の構えではなかったものの変わらず同じ位置に立っている。

 

「あんたね、流石にそれは反則じゃない? わたしも見えなかったし」

 

「仕方ねーだろ? あのまま続けてたら一日無駄になる」

 

 そう言った彼の左手に持っていた剣は消えていて、この手合わせが終わったのだと悟る二人が彼に問いかける。

 

「……何が起きたのだ?」

 

「スレイン、教えてくれないか?」

 

「んあ? 簡単な事だよ。剣をさばいて足払いしただけ。コンマ5秒ってとこか?」

 

「「「嘘でしょ……」」」

 

 その場にいたサラまでもが同じ言葉を口にする。

 

「ま、そういう事だから、手合わせは終了な。二人はもう少し戦略的に戦う事を覚えろ。アーツで自己強化をするなり攻撃するなり……真正面から突っ込むだけじゃないって事を理解すれば、もう少しマシになるだろーよ」

 

 そうして今回の手合わせの結果を評価していく。これで自身の生活に安寧がもたらさせると思い、ひと通り話し終わった所で二人は満足気に「またよろしく頼む」と言って去っていった。

 その説明の間中ずっとニヤついていた女性が一名いたのだが、二人の姿が見えなくなった後に口を開いた。

 

「あんたがあんな丁寧に教えるなんてねー。いいもの見たわ♪」

 

「ここで中途半端にしたら追求されるだろ。ただでさえ手合わせの次は、指導だ指南だ言ってきそうだしな」

 

 言葉の後にため息を付いて二人が去っていった方向を見る。というより、人数が増えるとかもありそうだ。なんだか面倒事に足を突っ込んでしまった様にも感じてしまう。

 

「あ、そうそう。あんたちょっと付き合いなさいよ。どうせ暇でしょ?」

 

 既に腕を掴まれている状態で同意を求める意味が分からない。

 しかし、暇である事は間違いないので掴まれた腕を解いて横を歩く。

 

「ちなみに何に付き合うんだ? 酒は勘弁しろよ? お前さんの相手は面倒だからな」

 

「あんなの見せられたら、あたしだって疼くのよ。手合わせよ♪ て・あ・わ・せ♪」

 

 こうなる予感はしていた。サラは元A級遊撃士である。更に言えば、最年少でA級になる程の腕前。

 1年以上も学院の教官をしていれば、その腕前と勘が鈍るかを危惧するのは当然と言えば当然の事だ。

 しかし、この学院、サラの手合わせ相手なら困らない程層が厚いと思うのだが、何故自分を選ぶのかが分からない。

 

「さて、この辺りでいいかしらね」

 

 歩みを止めた場所は、トリスタから出て街道を100アージュ程進んだ所にある、少し開けた広場の様な場所。

 

「これだけ離れるって事は、本気……出すのか」

 

 スレインはやれやれと言った表情でため息を1つ。

 最近ため息ばかりな気がするが致し方ない。それだけ面倒事が増えているのだと自分に言い聞かせてその思考を止めた。

 

「ええ、あんなの見せられたら特に、ね」

 

 ウィンクをして微笑んだ後、一瞬の間を置いて真剣な面持ちになるサラ。どうやら本気で打ち合うらしい。先程の動きが見えなかった事が気に食わなかったのか、彼女は闘気を纏いながら紫電を発生させていく。

 

「あらあら、久しぶりに見たけど、相変わらず華麗だな。ま、最近、消化不良気味なのは俺も同じなんだ。楽しませてくれよ、紫電の」

 

 言葉と同時に少年は青白い闘気を纏う。そしてその手には二振りの剣が握られている。

 二人の闘気に干渉されるかの如く、周囲には小嵐が吹き荒れる。風が吹く事数秒。ピタリと止んだタイミングで戦いの火花は切って落とされた。

 

「紫電のバレスタイン、参る!」

 

「スレイン・リーヴス、行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……あ……スレイン? て、あんた本気であたしを殺そうとしたでしょ!? あの角度でアーツなんて打つ普通!?」

 

「いや、サラだって『オメガエクレール』まで使ったじゃねぇか。お互い様だ」

 

 意識を戻した途端に暴言を吐くサラ。その傍らにはサラの怪我を治療するスレイン。回復早々これなら手当ももう十分だと思いながら暴言に言い返す。場所は第三学生寮、サラの自室である。

 

 先程の手合わせは三十分程続いた。一撃一撃は必殺の一撃。もし、Ⅶ組の者が見ていたら、その戦いの9割は目で追う事すら出来なかっただろう。そう、二人の戦いは達人級のそれであったのだ。

 結果はスレインの勝利。

 スレインの踏み込みから放たれた二連撃を交わしたサラ。その懐に高位アーツが放つも、雷のアシストと遊撃士で鍛えられた勘で回避し間合いを取られる。そこで必殺の戦技(クラフト)『オメガエクレール』を放たれた。しかし、連撃を全てガードされ、攻撃後の隙を付かれて後ろ首に剣の柄先で刺突されて意識を失ったのだ。

 言葉で説明するのは簡単だが、もはやスレインのそれは達人の域を越えている動きであった。

 

「いつ『アダマスガード』を使ったかも知らないってのに……ったく、あんた、どうなったらそこまでになるわけ?」

 

 ベッドに横たわってた上半身を起こし、椅子に腰をかけていた少年に目線に合わせて言葉をかける。

 自分が知っている少年は確かに強かった。しかし、先程打ち合ったそれは、明らかに自身の記憶を凌駕している。

 

「まぁ、あれから色々あったからな……よく言うだろ? 自分と向き合うと強くなれるってやつ?」

 

 少年はぶっきらぼうにそう答えて、目の前の女性から目をそらす。実際の所、それは間違っていない訳ではない。

 あてもなく放浪をしていた自分に、手を差し伸ばしてくれた人がいた。その人の元で行動するうちに明確な目標が見つかり、その異形の力に向き合う事を決めた。しかし、それだけが答えでもないのもまた事実としてある。

 

「自分と向き合うだけで結社相手に渡り合えるもんですか……あんたがいなくなったのが二年前。急に現れたのが一年前。そして、半年前にまた現れた。何をしてるかは教えてくれるけど、あの時も含めて何があったか(・・・・・・)は教えてくれないじゃない……こっちは心配してるのに」

 

「だから言ったろ、時が来たら教えるさ。心配してくれるのはありがたいが、言える事と言えない事ってあるんだよ」

 

「そういうのが心配なのよ! こっちの気持ちも知らないで、いつも飄々と現れて肝心な事は言わないでいなくなって……心配してる身にもなりなさいよ!!」

 

 あまり感情的になる事のないサラが、珍しく声を荒らげる。それに驚いて逸らしていた目線を戻すと、そこには瞳を潤ませて不安そうな表情をしていた。

 

「あんたはいつも無理し過ぎなのよ……。たまには頼っていいんだから。二度も命を救われてるのよ? あたしにもあんたの事を救いたい気持ちはあるのよ……」

 

 女性は優しく抱擁してからそう言葉を告げた。その声は震えている。

 普段こんな事をする女性ではないし、性格こそあれだが、見た目はそこいらの女性よりも数段美人である。いかにスレインといえども、流石に照れるし焦る状況である。

 

「わ、わかったから落ち着けって。いつも言ってるんだが、訳あって言えない部分もあるし俺にも分からない所があるんだ。だから全部片付いたらちゃんと話すさ」

 

 そう言って彼女の頭を撫でる。今の自分にはそれしか出来ない。

 知っている事すら言えない自分と、真実を知らず多くを語れない自分に、苛立ちと嫌悪感を抱いて強く歯軋りをしてしまう。

 

 一頻り自身の感情を言った事で落ち着きを取り戻したのか、少年の言った言葉に納得が出来なかったのか。この状況は数秒で終わりを告げた。

 自身から離れて窓の外を見つめる女性は、あれから口を閉ざしてしまった。流石にこの状態で居続ける程の朴念仁ではないので、その場を後にする。

 

「(もう遠くに行かないでよ……あたしも守れる力を付けるから……)」

 

 既に日没に迫り、オレンジ色に染まるトリスタの町並み。窓から見える景色はいつもより眩しく目に映る。

 その綺麗な夕焼けはどこか哀愁が漂っていて、陽が落ちるまではこの感情を持っていようと思わせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 七曜暦 1202年 某日

 

協会(ギルド)が襲われている!? 一体だれが!?」

 

「分からん。とにかく他に行け。サラ達が帰ってくるまでは持ちこたえるが……今のお前さんにはまだ荷が重い連中だ。いいか、スレイン、とにかく帝都には戻るなよ」

 

 矢継ぎ早にそう告げて通話が切れる。一体何があったのだろう。遊撃士協会が襲われるなんて話は今まで聞いたことがない。

 そもそも、民間人の保護を第一とする遊撃士が狙われるなんて事自体があり得ない。政治家共から嫌われているのは分かるが、そんな表立って行う様な劣悪な関係ではないハズだ。

 少年はそこまで考えた途端、居ても立ってもいられない胸騒ぎがした。何かが起きている、否、これは何か大きな事件の前触れの様なそんな気がしたのだ。

 

 現在位置は帝都ヘイムダルから、北に200セルジュ行った先にある森林。時刻はもうすぐ日付が変わろうとしている。

 依頼の期限が明日であったが、その採取の難易度から誰もが手付かずだった『ドリアードティア』の採取。この依頼達成する為、近場の森林で片っ端から探して行ったらこんな時間になってしまった。

 

「くそっ、どうする……」

 

 電話口であんな事言われたが、依頼もあるし帝都を離れる訳にはいかない。

 そもそも、そんな状況なら手助けに行くのが筋だが、準遊撃士の自分が向かっても足手まといだと言うのは先程の会話ではっきりしている。身動き出来ずに思考を巡らせる事数分。その思考を遮るのは、聞き覚えのある一人の女性の声だった。

 

「あんたたち! そこで何してるの!? まさかとは思うけど、遊撃士協会を襲撃した連中……かしらね」

 

 遠くで聞こえた女性の声は、誰かと接触した様であった。その会話の流れで息を呑む。声は森林の外、遊歩道から聞こえるので、自分の存在は恐らく感づいてないだろう。とにかく状況を確かめるべく、足音を立てずに声の場所まで向かった。

 

「くっ、紫電(エクレール)か。情報にもあったがこいつは要注意人物だ。ここで潰すぞ」

 

「「「「「ja(ヤー)」」」」」

 

 紫電と呼ばれた女性、サラ・バレスタインはA級遊撃士であり帝国内でも屈指の遊撃士。

 その女性を要注意人物と表現した、全身黒尽くめで仮面を被っている者達。間違いなく協会を襲撃した犯人グループだろう。敵の数は五名。

 サラであれば問題がない数であったが、物陰に隠れて様子を伺っているスレインは、ふと違和感を覚えた。

 

「(サラを知っていて要注意と表現するのに、五人でやり合うっておかしくないか? でも伏兵がいればサラが気づくハズ……それだけ連中も凄腕って事なのか?)」

 

 自身への問いかけの解が出る前に、目の前で戦いが始まった。

 

 

―――キィン―――――ギィン−―キィン!!

 

 

 月夜の中に響き渡る剣戟の音。いくら五人掛かりといえども、紫電(エクレール)の異名を持つ腕前のサラを相手にして、致命傷を受けずに戦いを続けている。やはり相当の腕前の集団である。

 

「あんた達、猟兵ね? 見ない格好だけどどこの猟兵かしら?」

 

 間合いを取ったサラはそう告げる。戦い方が命を刈り取る明確なそれである事から、そう検討を付けていた様だ。

 

「ここで命を落とす者に名乗る義理はない。お前たち、プランBだ。いくぞ」

 

 リーダー格の者がそう告げた瞬間、五人の猟兵はそれぞれが赤黒い光を帯びて散開し、目にも留まらぬスピードでサラに迫る。

 先程は手を抜いていたのか、それとも必死の抵抗の現れなのか。とにかく今までのそれの倍以上のスピードである。

 

 

―――キィン―――バシュッ――ギィン−―――キィン――――!!

 

 

「はぁはぁ……何者だか知らないけど、まさかここまでやるとは……。早く戻りたい所だけど、今のはちょっと効いたわね……」

 

 目の前では五人の猟兵が横たわっている。どうやら気絶させたのだろう。しかし、相手を無力化させる事に成功したサラも、満身創痍の状態に近かった。

 自身の命を顧みぬ突撃を相手にするのは、いかにサラであっても苦戦を強いられる程だったのだ。流石に無傷という訳にもいかず致命傷はないものの、所々から出血をしている。直ぐに立ち上がるのも難しい様であった。

 

「(……ん? 今、何か光ったような……)」

 

 その時、自身と対角線上にある森林から、何かが光った様な気がした。

 視力には自信があるので余計にその光が気になり、目を凝らして自身が感じた光の出処を探っていく。

 

「(あれは……銃口? ……まさか!?)」

 

 夜目を凝らして見てみると、その銃口は恐らく、目の前で膝を付いて息をしている女性に向けられてる。猟兵共の狙いは元からこれであったのだ。

 五名が決死の覚悟で大きな隙を作り、気配を察知されない距離から狙撃。これなら間違いなく死角から標的を葬れる方法だ。

 しかし、そんな事を考えている場合ではない。自分が遊撃士になってからずっと世話になっている女性が目の前で狙撃されようとしている。

 声をかけても間に合わない。そう悟ったスレインはもう一度闇に光る銃口を見上げた途端、自分の思考が止まる間もなく駆け出していた。

 

「サラ! 伏せろ!」

 

「な、誰!? って、え、スレイン!?」

 

 声を上げたのは同時だった。加速アーツ『クロノドライブ』を詠唱しても間に合わない。かと言って、いきなり現れた自分に困惑している彼女は動作が数秒遅れている。

 サラから銃口がある森林に再び目を向けると、距離が少し近くなった影響か狙撃手をしっかりと確認する事が出来た。

 しかし、この状況で引き金を引かない狙撃手なんていない。自身が先か狙撃手が先か、そのどちらかである。

 

「(頼む、間に合ってくれよ……)」

 

 心でそう呟いて、女性と狙撃手の間に割って入る。正にその瞬間であった。

 下腹部に強い衝撃を受けた。位置からして後ろの女性の頭部を狙っていたそれは、自身の身体に穴を開けていた。

 

「ぐっ……うぁ……」

 

 消音器(サイレンサー)が付いていたのであろう。銃声は聞こえなかった。

 心臓に喰らった訳ではないから即死は免れたが、声にならない痛みで意識が飛びかかり崩れ落ちる。霞んでいく視界で狙撃手がいた場所を見ると、そこにはもう誰もいなかった。

 

「え、ちょ、スレイン!? 大丈夫!? スレイン!?」

 

 一瞬の間を起き、何が起こったかを悟る女性。自身を庇ってくれた少年を抱きかかえ必死に声をかける。

 視界どころか意識すら霞んでいく中で、口を開ける事は出来なかった。辺りに広がる鮮血を気にせず、こちらに声をかけているサラに「協会へ行ってくれ」と一言だけ告げる。

 自身が世話になった憧れの女性を守れた事で満足したのか、微かに微笑んだ後にそのまま暗闇へと誘われていった。

 

 

 

 後に『帝国遊撃士協会支部連続襲撃事件』と称されたこの事件は、この日を堺にエレボニア帝国内各地の遊撃士協会支部は相次いで襲撃され被害を受けていた。

 数日後に、帝国へ到着したS級遊撃士カシウス・ブライト指揮のもとに事態は終息、犯行はジェスター猟兵団によるものと判明した。

 しかし、サラ・バレスタインの証言のもとに行っていた、行方不明者(・・・・・)スレイン・リーヴスの捜索は実らず、失踪扱いのまま事件解決となったのであった。

 

 そう、この事件こそがスレイン・リーヴスの運命が激変した一日なのであった。

 

 

 




なんか終わり方に難ありな気がします。申し訳ありません……

スレイン君は二年前はそれほど強くないのですが、それども一般的なレベルを超える程度には強いです。
だからこそ、銃撃の前に立ち塞がれた訳ですが……その変の話も今後書いていく予定です。

では、今回もお読み頂きありがとうございました。


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交差する想い

今回はサラ教官が本気を出します。ええ、色々な意味で(笑)


オーブメントの勉強の為にと思ってセプトアーカイブスを買ったら、導力関係が全く載っていなかった……
別の使い方でしっかり役立てようと思います!

それでは、第14話、始まります。

※2015.08.17 修正


 5月26日。

 

 現在、実技テスト真っ只中であるⅦ組一同は、解決出来るまでは否応無く立ち塞がる大きな確執に頭を悩まされている。

 前回の実習を経て、溝を更に深いものとしているユーシスとマキアス。

 それを知っているからこそ、担任教官はその二人を同じチームして実技テストを行った。それが前回よりも酷く、声をかけられる様なものにならない事は、誰が考えても予想出来る結果であった。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

「…………ぐっ」

 

 ユーシスとマキアス。それにエリオット、フィー、エマのチーム編成であった。

 前回と同じく戦術殻を用いて行われた実技テストは、結果だけ見れば今回も撃破には成功。

 しかし、それはフィーの多種多様な抑揚のある攻撃と、エリオットとエマの多彩なアーツが尽く華麗に着弾した結果であり、問題児(あの二人)ははっきり言って何もしていない。

 そもそも、前回同様に”戦術リンク”が繋げない事が一番の問題点である。

 

 戦術リンクとは、繋いだ者同士の意識を共有し心情や思考などを受け入れる事である。つまり深層心理で理解する必要があるのだ。そこまで相手に入り込めない場合、リンクは容易く途切れてしまい戦線の崩壊を招く。事と場合によっては言葉通り死活問題に繋がっていく。

 しかし、あの二人はリンクを“繋ごうとした途端”に途切れたのだ。前回の実技テストでは”繋いでから”途切れたので、今回はそれ以下という結果となっている。

 

「なぁ、ガイウス。そんなにヤバかったのか?」

 

 前回の実習で共に過ごした長身の少年の方を向いて声をかけると、苦笑いと共に無言で頷く。

 

「(どうしたもんかねぇ……)」

 

 そう呟きながら、自身のARCUSを取り出し見つめてみる。この行為自体に意味はない。

 設計に携わった自分が言うのも何だが、そんなに難しい様に造った覚えはないし、活用してもらえないはちょっとばかり残念であるのは間違いない。

 

 因みにこれより前で行ったリィン、アリサ、ラウラ、ガイウス、スレインのチームでのテストは、何の問題もなく終了している。

 後衛に物足りなさがあったので、自身はアーツ役を担当した。旧校舎探索や特別実習で実戦経験をしっかりと積んでいる他の4名の連携は見事な結果となり、合格点より非常に高い水準の結果となっている。

 

「うーん、分かっていたけど、これは酷過ぎるわねぇ」

 

 サラもの口からも同じ様な感想が出てくる。ため息を一つついて「特にそこの男子二人はしっかり反省しなさい」と告げるのであった。

 納得がいかない様子の二人であったが、これ以上場の空気を濁す訳にはいかない事を察知したのか、互いに鋭い眼光を交し合いながら、元の位置へと戻っていった。

 しかし、その沈黙はいとも簡単に破れるのである。原因は、前回と同様、特別実習の班分けであった。

 

 

 【5月 特別実習】

 

 A班:リィン、エマ、マキアス、フィー、ユーシス、スレイン

 (実習地:公都バリアハート)

 

 B班:ラウラ、アリサ、エリオット、ガイウス

 (実習地:旧都セントアーク)

 

 

 人数的に不釣合いな気もするが、今回はそれが問題ではない。ユーシスがA班なのも実習地からして分かる。

 しかし、そこにマキアスを入れ込むとなると、二重の問題が発生する。ユーシスと同じ班というのはもちろん、貴族制度が一際目立つ街に送り込むとなると、正に獅子身中の虫。騒がない訳がない。

 

「じ、冗談じゃない!!」

 

「茶番だな。こんな班分けは認めない。再検討をしてもらおうか」

 

 更にはユーシスも、当たり前かの様に不服の感情を露わにする。

 正に犬猿の仲。どちらかが譲歩しない限り、歩み寄る事は決してできないこの二人。班分けを見たⅦ組一同、そしてサラもこうなる事は理解していたである。

 しかし、この班分けを見る限り、それを解決する為の班分けである事は理解している。この状況が続けば、最悪のケースどちらかがⅦ組を去る危険性がある。それがどういう意味であれ、実現されるとⅦ組全体に波紋が広がり、存続も危うい状態に成り兼ねない。

 そこで白羽の矢が立ったのが前回のA班のリーダーであるリィンだろう。

 前回の実習では、出発前にアリサ、一日目夜のラウラとちょっとしたいざこざがあったのだが、問題の中心にいたにも関わらず解決している。その手腕にかけてみる。というのが担任教官殿の考えだろう。

 そこに自分が一緒という事は些か不満はあるが、ある意味自分もそれに関係しているので、敢えて考えないようにしていた。

 が、しかし、「とりあえずこの場は沈めないと話が進まない」という生暖かい目線が、目の前にいる担任教官から注がれている事に気付く。「自分でやれ」と心で呟きながらも、仕方ないから口を開く。

 

「とりあえず二人共落ち着け」

 

「この状況で落ち着いていられるものか! 俺は断じて認めんぞ!」

 

「君は黙っていてくれ! これは嫌がらせにも程がある!」

 

 ユーシス、マキアスと続いて言葉を遮る。

 こんな言葉で留まる事は考えていなかったが、周りも先程より不安な表情が強くなっている。少しばかり怒気を含ませる必要がある様だ。

 

「お前ら、ちょっと黙れ。ユーシス、お前が認めないのは結構だが、いつからそんな立場になったんだ? マキアスもそうだが、嫌がらせだからなんだって? 決定事項を覆せる程の嫌がらせだと誰が認めると思うんだ?」

 

 今までと異なり冷酷な口調でそう言い放つスレインの目線は、二人が言葉を失う程の威圧感が含まれていた。

 

「お前らがどう思ってようが勝手だがな、士官学院がどういうものか考えてんのか? 組織行動を知らないヤツが上の命令を覆せると思うなよ?」

 

 士官学院はその名の通り軍事機関である。組織行動を含めて、軍人としての規律や行動を学ぶべき場所。今はまだ学生として学ぶべき立場の為に意識が弱いのかもしれないが、軍に入れば組織行動は当たり前。個人の感情に関係なく命令は下される。更にそれを学ぶべき立場にいる以上は認めない行為など論外である。

 

「くっ……」

 

「そ、それは……」

 

「分かったならこの場は落ち着け。今後どうするかはお前ら次第だが、これ以上背くのであれば、Ⅶ組全員を敵に回す事を覚えておけ。それが組織行動ってやつだ」

 

 その言葉の意味を理解できない程、この二人は落ちぶれていない。

 だからこそ、わざと一番起きてはいけないケースを例えに使ってこの場を鎮めるスレイン。

 

「―――詭弁だ。それでも俺は貫かせてもらう。この班分けには反対だと」

 

 そう言う事も予想済みである。

 どれ程口が上手くても、どれ程それが本心から出た発言であっても、どれ程自身よりも幾分が大人びていても、“同じ立場”から言われるそれは、理解出来ていても認める事は出来ないものである。

 それはマキアスも同じだろう。なまじ出自が良いこの二人であれば、それは間違いなく直ぐに認められない事なのだ。

 だからこそここから先は何も言わなかった。こういった問題は本来、上の立場から圧倒的な理由で押し付けるしか解決の方法はない。力であれ言葉であれ、同じ目線ではない意見が必要である。

 そう、この場合は担任教官の言葉である。

 

「……まぁ、私だって士官学院の教官とはいえ軍人でも何でもないし? 命令してるつもりでも何でもなかったから一応、君たちの言い分は聞いてあげてもいいかなって思ってたんだけど―――ちょーっと気が変わったわ」

 

 ニッコリとした笑みをしながら言葉を告げるサラ。

 表情こそ笑っているものの、その態度は謂わば臨戦態勢のそれであった。一同が強張り、身構えたその時、サラは言葉を続けていく。

 

「”意志を貫くのに必要な力”。アタシは”力が全て”なんて面と向かって叩き付けるほど、完全実力主義を気取ってるわけじゃないけれど、そこの生意気な子の言う事にも一理あるわ。アタシは君たちの担任教官として、その現実を教える義務がある。それでも異議があるって言うのなら―――それを貫けるだけの力を見せてみなさい」

 

 表情は変わらずに笑顔。しかし最後の言葉に乗せられるそれは、紛れもない強者の重圧感そのものである。

 プレッシャーで心臓を握られるその感覚。今までそれらとは無縁であった少年少女たちにとって、この状況こそ言葉通り、危機的状況であった。

 

「(ま、それが無難だわな)」

 

 サラ曰く、実技テストの補修という名目となったこの仕合。そこにはなぜかリィンも混じっており、三名が得物を構えるのに合わせてサラも武器を構える。

 導力銃と剣。その装備を見た途端、一同が息を呑むのが分かる。それはそうだ、こんなデタラメとも言える装備をする人間が弱い訳がない。

 

「ありがとうございます。一度肌で感じてみたかったというのもあります。―――サラ教官の強さを」

 

「―――上等」

 

 紫色の闘気が、彼女の周りを包み込む。

 その迫力に気圧されながらも、彼らの視線はただ、目の前の強者のみに注がれていた。

 

「さて―――始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当たり前であるが、結果は一方的であった。

 既に立ち上がる事もままならない二人と、膝を付けて自身の太刀を支えに立ち上がろうとする少年。

 その姿に相対するのは、息が上がる事もなくニッコリと微笑む女性。

 

「……ユーシスとマキアスの二人はまぁ予想通りだったけど、リィンは結構保ったわね。旧校舎探索の影響かしら」

 

「ええ、ですが、まだまだです。ありがとうございます、教官」

 

 確かにリィンは動きこそ読めていない様に見えたが、勘が良かったのかある程度までは食らいついていた。ケルディックの時よりも、この前の手合わせの時ともまた違う、明らかな成長度合いを見せるものだった。

 

「(あいつ、化けるかもな)」

 

 スレインは心の中でそう呟くと、こちらに視線が注がれいる事に気づく。しかも、悪意のあるそれである。

 

「(なぁ、フィー。あいつ、こっち見てないか?)」

 

「(だね。消化不良って顔に書いてある)」

 

 そんな小言を隣の少女と言っていると、視線が明らかな凝視となりこちらに対して二人を前に出る様に告げていた。先程の三名が一同の中に入るのと入れ替わりに二人が前に出て行く。

 しかし、指示されたポジションが違った。フィーはサラの横。対して前にはスレイン一人。

 

「あんた達、全員そうなんだけど、特にユーシスとマキアスはしっかり見といた方がいいわよ。上に歯向かう力を持っている者の戦いをね。フィー、久しぶりだけどリンク繋げるわよ」

 

「ん。久しぶりにスレインとやり合うから本気出す」

 

 二人は楽しそうにそう言って、戦術リンクを繋げる。対して一同はフィーが付くべき場所が違う事に異を唱える事も忘れ、目の前の戦いに緊張が走る。

 

「なぁ、サラ。俺は歯向かうつもりがないんだが、何故そういう言い回しになる?」

 

「そんな事気にしないの♪ 負けっぱなしじゃ性に合わないし、仮にも教官だからね、今回は本当の全力で行くわよ!」

 

「ったく、んな事言って増援付けてりゃ世話ねぇな。お前さん達、あと1セルジュ程は離れないと巻き添えくらうぞ」

 

 その言葉の意味を本質的に理解した一同は、そそくさと後退する。既に目の前の三人は、自分たちが放つ闘気と比べ物にならないそれを身に纏み始め、既に臨戦態勢となっている。

 

「じゃ、リィン。立会よろしく」

 

 無言で頷きリィンは半歩だけ前に進み、一呼吸置いてから開始の合図を告げた。

 

 両者は言葉が聞こえた瞬間に既に標的を目指して突進をしていた。

 サラとフィーの銃撃の牽制を、身のこなしだけで交わしていく。自身の間合いに突入すると、フィーよりも数歩前にいたサラに斬りかかり剣戟の音が響く。

 しかし、体重を乗せたサラの一撃が当たる瞬間に、ブレーキをかける様に身を引き勢いを殺してから左へいなす。そのいなした流れで身体を反転させてフィーに向き合い、たった一歩でフィーの目前まで到達し、そのまま斬撃を浴びせていく。

 その時点で既にサラが挟み込む様にして背後から一撃を加えようとしたと所で、スレインは上空に高く飛び上がり、開始地点まで舞い戻ってくる。

 

「何よ、あの体捌き。いつの間に覚えたのよ」

 

「早いっていうか、柔らかい?」

 

 距離を置いた事で会話の時間が生まれた様だ。サラとフィーがそれぞれ初撃の感想を述べている。

 

「別にこれくらいはいつでも。目で追ってる訳じゃないから」

 

 スレインの言葉が合図になったのか、再び両者が激突する。

 

「はぁー! これはオマケよ!」

 

「せーのっと! 『スカッドリッパー』!」

 

 サラが剣に雷を纏わせ飛び上がり、渾身の刺突を地面に打ち込み雷を這わせる。それを飛び上がって回避したスレインに銃による追撃を浴びせながら後方に飛ぶサラ。片手に持つ騎士剣で弾いていくスレインの剣戟は、最早目で追うことすら出来ない。

 そのタイミングを見計らったかの様に、フィーが突進を仕掛けるが、事もあろうにスレインはフィーの背中に手をついて更に上空へと避ける。フィーが察知して振り返りながらも追撃するが、再び目の前に現れたスレインの蹴撃によって吹き飛ばされる。

 

「うそ、あれも防ぎきるの!?」

 

 戦術リンクで結ぶ軌跡は絶大なまでの効果を得る。この二人のそれは、Ⅶ組一同のレベルを遥かに上回る卓越した“戦術”と呼べる素晴らしい連携である。

 しかし、一同が目の当たりにしているのはその連携だけではない。否、そちらよりもスレインに目が奪われていた。

 二人の猛攻を、顔色一つ変えずに完全に防ぎきるスレインの個の実力。それはもう自分達と同じ年齢であり、同じクラスに属している事が信じられない程であった。

 

「私達との手合わせは、全く持って実力を出していなかったのだな……」

 

「フィーちゃんの方も凄いですけど……それ以上ですね」

 

 アリサ、ラウラ、エマと目の当たりにする光景を前に口々とそう呟く。男性陣もそれに頷く事しか出来ない。

 

「お前ら、マジで殺す気かよ!? フィーもそれ使うとかおかしいから!」

 

「あら、まだ本気出さないアンタに言われたくないわね〜」

 

「ん、リンクのおかげで使えてるけど、次は本気」

 

 この二人は完全に本気である。即死性の高い暗殺術を使いはじめる辺り、どうやらリミッターが外れてしまったらしい。

 久しぶりに強者同士でリンクを繋げた事で身体が疼き、目の前の敵に本気で向かい合う目をしている。

 

「たく……じゃぁ、期待通り見せてやるよ。悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)と言われた俺の本気をな」

 

 その言葉と共にスレインの周りには数多の剣が精製された。その数は目視で数える事が出来ない程の量。そして両手には双剣を構えていた。

 

「そうでなくっちゃ♪ いくわよ、フィー!」

 

 サラの言葉にフィーが応じて、今までよりも濃密な闘気を身に纏う。サラは紫、フィーは緑白色のそれは、見とれてしまう程の鮮やかな闘気である。

 

「『オメガエクレール』!」

 

「『シルフィード・ダンス』!!」

 

 それと同時に二人の必殺の戦技(クラフト)が同時にスレインを襲う。

 その夥しい程の剣戟の乱舞に対して、周囲に展開した剣で尽く封じていくスレイン。顔色一つ変えず全ての攻撃を弾いていくスレインのその姿は、言葉通り『悪魔』の様に見えた。

 

「いいねぇ〜。フィーも腕上がったんじゃないか? だけど……まだまだだな」

 

 双方から襲いかかる剣戟を防ぎきった瞬間に、隙もなく切り替わった銃撃の嵐が襲いかかる。その中心にいるフィーとの間合いを捉えて、サラから放たれる雷撃を精製され続ける剣を盾に防ぎ続ける。

 頃合いを見計らって、フィーに飛び込むと、自身の間合いに入る前にフィーから放たれる目の前の銃撃を自身の双剣で弾く。

 この瞬間スレインが無防備になった。

 一同がそう感じた正にその時。スレインの身体にアーツの光が輝き、フィーを中心に爆撃と疾風のアーツが合わせて放たれたのだ。

 しかし、敵は一人ではない、銃撃と雷の連携攻撃(コンビネーション)が終わりを告げると同時に、距離を置いたサラの片手には雷が宿った剣が構えられている。

 その刹那、猛スピードでスレインに突進を仕掛ける。スピードと体重が乗ったこの一撃を喰らうと、並の者でなくとも地にひれ伏す。「せめてこの一撃だけでも決めてみせる」と彼女の表情には現れており、既に教官と生徒の関係を忘れて、この戦いだけを見据えている様だ。

 

「まぁ、これも悪くない……な!」

 

 サラの渾身の一撃に対して、スレインは目の前に10本の大剣を精製すると円状に展開し、一枚の盾の様に並べる。

 

――――――ギィィン――――――!!

 

 サラの一撃が盾に直撃する。金属同士がぶつかり合う鈍い音がグラウンド内に響き渡る。その爆風に一同は、押し飛ばされない様に身体を構えるだけで精一杯。しかし、この戦いを見届けたい一心で、目線だけは二人をしっかりと捉える。

 その時であった。先程と同様に、突如としてアーツの光と共にサラの周辺に爆撃と疾風、更には地割れが発生していた。

 

「くっ……はぁぁぁぁ!」

 

 それでも勢いは相殺しきれない。サラの意地とも言えるこの一撃は、それほどまでの力が篭っている。正に捨て身の一撃の様である。

 

「これで最後だ」

 

 スレインの言葉と同時に再びアーツの光が強く現れると、月光の様な無数の光線がサラに襲いかかる。

 流石のサラもその連撃には耐え切れず、後方へ大きく吹き飛ばされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛っ……イタタタっ。あんた、ちょっとは手加減しなさいよ!」

 

「スレイン、ひどい」

 

 二人に対して回復アーツをかけた途端、これである。さっきと言っている事が真逆な事は、もう否定しないでおく事に決める。

 

「……なんだったんだ今のは」

 

「アーツ……だよね? でも予備動作がなかった様な…」

 

 リィンとエリオットがそう呟くと同時に、一同から疑問点が多く出てくる。

 どちらかと言うと、この状況の方が面倒である。我がクラスの教官殿に目を向けると、ジト目でこっちを見た後に目線を逸らされる。

 

「ねぇ、スレイン、あれは説明してもらえるかしら?」

 

「スレインさん、あれは前回言っていた魔術……ではないですよね?」

 

 お次はアリサとエマが質問する。こうなっては逃げ場がないので、腹をくくって口を開くスレイン。

 

「あれは正真正銘アーツだ。俺が握っていた双剣にアーツの駆動術式を加えて精製したんだ。ま、端的に言うと、アーツの遠隔駆動を組み込んだだけだ。ARCUSに組み込まれたアーツなら任意で発動できる」

 

「なっ!? しかし、同時に複数のアーツを打ち込んでいたが、それは!?」

 

 マキアスが声を荒らげているのだが、頭には先程の戦いの事しかないらしい。とりあえず一端、班分けの件は忘れている様だ。

 

「自分の術式処理が間に合えばいくらでも連射出来るぞ? 下位アーツだったら数十発は撃てる」

 

 その言葉に驚愕する一同。アーツの詠唱時間がない時点で自身の範疇を越えているのに、それを幾重にも連発出来るなんて人外である。

 

「それにあれほどの攻撃を受けて尚、無傷というのも気になる……」

 

「あぁ、それは違うぞ、ラウラ。正確に言うと、ダメージを受けたタイミングで回復アーツを使ってただけだ。俺、ARCUS2個使ってるから」

 

「「「「「「「「「「はい!?」」」」」」」」」

 

 全員が同時に声を上げる。グラウンドにはいい感じに響き渡り、山彦が聞こえてくる様な声量だった。

 それもそのはず、入学時に支給されたのARCUSは一つ。そもそも戦術オーブメントを二個使う人物など大陸中探しても自分だけだ。

 

「えっと……ちなみに、どういう事?」

 

 遠慮がちにアリサが問いかける。もはや一同は空いた口が塞がらない表情から変わらない様だ。

 

「入学時に支給されたARCUSがメインで、とある筋から貰ったARCUSに、エプスタイン財団からパクってきたENIGMAの機能を移植して擬似ARCUSにしてるんだよ。サブ機の導力エンジンはメインに移行したから、アーツだけ使える様にしてる」

 

「えっと……ごめん、僕もう限界」

 

「あぁ、理解し難い状況だ」

 

 エリオットとガイウスが降参の言葉を告げる。確かにこれを理解しようとなると、正直言って時間がいくらあっても足りない。

 

「しかし、げせんな。戦術オーブメントとは一人で複数使えるものなのか?そんな話聞いた事ないぞ」

 

 ユーシスが未だにあり得ないといった表情でそう呟く。その気持ちは分かるのだが、実際に目の前に例がいるのだ。受け入れてもいいだろうに。

 

「もちろん基本的には無理だ。そもそも、戦術オーブメントに全く同じものは存在しない。それぞれがオーダーメイドと言っていい。それに戦術オーブメントは、肉体にリンクする事で身体能力の向上やアーツの展開プロセスを代行出来る。だから複数の戦術オーブメントを利用しようとしても、お互いが干渉し合って動作はしない」

 

「ならばどうして貴様は使える?」

 

「戦術オーブメントを設計した身なんでな。肉体にリンクする際の導力波の形状と、術式の展開プロセスの処理速度を同じものにしてある。そうする事で、別々のARCUSが同一のものと認証されて両方を使用出来るって訳。これは、エプスタイン財団だろうがラインフォルトだろうが、絶対に真似できない戦術オーブメントの改造方法ってわけ」

 

 そういう改造をする為に、自身の部屋にわざわざ端末を置いてあるのだ。これは個人的に秘匿情報にしたいし、依頼しても誰も出来ないので自身で全て行っているのである。

 スレインは腕を組み直すと、この改造のデメリットも伝えていく。でないと「改造させろ」と言い兼ねないので先手を打つ事にしたのだ。

 

「しかし、これには弱点がある。最大のデメリットは、ARCUS利用時における自身への負荷。アーツを詠唱する時に、座標指定や対象指定は自身の脳内で構築していると思うんだが、駆動時間0って事はそれを瞬時に行う必要がある。単発ならまだしも、それを複数行使する場合、処理が追いつかなくなる可能性が出てくる。それは二重ARCUSでも同じ。いくら導力波や処理速度を同一にしても、それを行使する身体は一つ。ARCUSの出力に負けて自分の身体が壊れてく。最悪、死の危険性もある。だから良い子は真似しようとするなよ」

 

「あんた、そんなとんでもない事してたのね……」

 

 サラが頭を抱えてそう嘆く。

 ENIGMAや昔の戦術オーブメントでも出来たのだが、この使い方をすると、ハード面が追いつかず壊れてしまっていたのだ。ここまで大火力になったのは最近の事なので、サラが知らない事は当たり前なのである。

 

「そう、とんでもない事なんだよ。事実、俺は最前線でアーツを連発。ましてや回復アーツでさえ自由に行使出来る。そんな事を平然とやってのけるから、悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)なんて言う、いかにも悪役っぽい異名まで付いてしまったという訳。まぁ、一部で言われてるだけなんだがな」

 

 なんて事を笑いながら話す目の前の少年。

 その最後のまとめを聞くだけでも戦慄が走った一同は、自分たちとかけ離れすぎた少年のレベルに脱帽する一方で、「そんな人間が何故このクラスにいるのか」といった疑問も現れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「悪魔……ねぇ……」

 

 時刻は丁度日付が変わった深夜。明日は特別実習という事もあり、クラスメイトの部屋に明かりはなく、皆寝静まっている。ベッドに入ってもなかなか寝付けず、寮のすぐそばにある近くの公園まで夜風を当たりにきていた。

 

 悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)

 いつからかそう呼ばれる様になっていた。リベールであったクーデター事件。リベール異変。赤い星座のいざこざ。カルバードでの猟兵とマフィアの抗争。闘神と猟兵王の決闘。更には各地で頻繁に起きた結社との対決や、各国の軍との共闘や対峙。様々な所に足を踏み入れたからこそ、そんな異名が何処から出てきたのかも分からない。

 ただ言える事は、たかだか17年の人生しては、血生臭い人生であるという事。そして、これだけ戦いに身を投じても、自分自身の事は殆ど分かってなかった。

 そんな状況で入学したこのクラス。あれだけのものを見せて、同じ年代の子はどう思うのだろう。別に蔑まれる事はないだろう。紛いなりにも二ヶ月近く一緒に過ごしている。そういう感情を抱く様な人間はいないと思う。それだけが救いであるが、それだからこそ今後の付き合いに問題が生じるかが不安であった。

 

「やっぱり、こんな所にいたのね」

 

 月明かりが照らす公園に現れた女性は「横、座るわよ」と一言だけ添えて、両手に持った酒瓶の片方を自分によこす。

 つい最近もこんなシチュエーションがあった様な気がするが、どうしてこうも考える事が一緒なのだ、この人物たちは。

 

「おいおい、担任が未成年の生徒に酒よこすか?ふつう」

 

 そう言っていても、差し出されたものを受け取らないのは野暮であるし、何よりも少し飲みたい気分であった。

 勿論、酒に関しては遊撃士の頃からこの女性に飲まされている。今更そんな事を言っても聞き入れないだろう。

 

「こんな時間じゃ誰も見てないからいいの! それじゃ、カンパイ」

 

 こちらの表情か何かを察したのか、いつもと違い静かにコツンと酒瓶をぶつけて飲み始める。

 

「大丈夫よ、うちのクラスにあんたの事を変に思うヤツはいても、それ以上の感情を抱くヤツなんていないわ」

 

 こちらが考えていた事が分かっていたかの様な発言に驚き、思わず彼女の方を見る。そこで初めて女性の姿を見たのだが、服装は普段と違いもっとラフで、寝間着に近い薄手のものを着ていて髪も下ろしている。

 普段見慣れない姿を目の当たりにしたせいか、つい見惚れてしまった。

 

「なによ? そんなに凝視されても困るんだけど? て、ああ、あたしも眠れなくてね、外見たらいたから、そのまま来ちゃったんだけど。なに?照れてるの〜?」

 

 こちらの意を汲み取ってしまったのか、急にニヤけ顔になってからかい始めるサラ。頬も赤いしココに来る前から寝酒をしていて饒舌になっているのだろう。

 

「あぁ、あまりにも不用心な格好に元遊撃士としてどうなのかと思ったけど、それと同時に普段見られない艶姿に正直言って見惚れてた」

 

 皮肉半分・本音半分の双方を織り交ぜた発言を、目をしっかりと見つめて告げていく。勿論、真顔に切り替えて。

 

「な!? あんたねぇ! 毎回良くそういう事言えるわよね、まったく……」

 

 お酒で出来上がった頬の紅潮が更に染まっていく女性は、瞬時に目線を逸らし俯いてしまった。

 暫し訪れる沈黙。夜風に当たりながら飲む酒は、スレインの思考を溶かす様に見に染みていく。

 10分程経った頃だろうか。酒瓶に再び口を付け二口程飲んでから一呼吸置く。

 

「サラ、サンキュな」

 

「ん。じゃぁ、たまにはこうやって付き合いなさいよ」

 

 この少年はいつもそうだ。自分がどこまで気にかけても、どこまで心配しても、本当の事は言ってくれない。

 自分を庇い、命を救ってくれたあの夜。あの後協会への襲撃もすぐ引き、救護の者と少年の元に向かうと、彼の姿は愚か血痕すら消えていた。その後、行方不明だった彼と再会したのは一年前。あの時も命を救ってくれた。彼の行方を調べながら仕事をしていて半ば自暴自棄であった自分を、再び彼は救ってくれた。

 それなのに自身は彼の力になれない。それが歯がゆく、とても辛い事であった。彼曰く「出来る話と出来ない話がある」と言っているが、それがどういう意味なのかも知らない。

 彼は決して隠し事をする様な素振りではなく、本当に話が出来ないかの様に(・・・・・・・・・・・・・)割り切っているかの様にその言葉を告げている。だからそれ以上は踏み込めない。そうする事しか出来ない己の無力さに、毎日の様に打ち拉がれる。

 どうして、まだ17歳の彼がそんな辛い人生を歩まなければならないのか。あの時、自分が離れた間に何があったのか。答えなんて出る訳がないのに、延々とこの問いが頭の中で漂い続ける。

 

 しかし、彼が私の教え子になり二ヶ月。最後に会ってから半年経った彼を見ると、とても歳相応のそれとは思えない姿が私の目に映っていた。

 彼は強い。それは純粋な力だけではなく、心の方。

 私がどれだけ迷っていても、私がどれだけ心配していても、彼は一人で問題を抱える決意がある。そう感じ取れてしまった。

 その彼がこんな所で哀愁に耽っている表情を見ると、それでも歳相応だなと感じてしまう。周囲に見せていないだけでやはりその年齢には変わりない。どれだけ強がっていても、どれだけのものを抱えていても、弱音を吐いてしまう時や弱気になってしまう時もある。

 だから決心をした。

 私に出来る事はきっと少ない。心配していても彼はまだ全てを打ち明けてくれない。なのであれば私は彼を支えたい。教官としてではなく……

 

「なぁ、サラ、何一人で笑ってんだ? 気持ちわりーな。酒、ささっと飲み終わせよ。今日は飲む事にしたからもっと酒くれ」

 

「ふーん、言ったわね? 明日の実習なんて忘れてトコトン付き合いなさいよ〜?」

 

 自分の言った言葉を後悔している様な表情を漏らすスレインを横目に、手に持ったお酒を一気に飲み干す。

 

「(ふぅ……あたし、オジサマ好きだった気がしたんだけどなー)」

 

 自身の好みがいつの間にか変わってしまった事につい心の中で呟いてしまう。

 寮へと戻った二人の酒盛りは、気付くと明け方まで続いていたのは、勿論二人だけの秘密であった。

 

 




閃Ⅰ〜Ⅱまで、パーティに加入してからずっとスタメン入りだったサラ教官は一番のお気に入りです。
中の人もファンという事もありますが……そもそも戦闘面強すぎなので、リィンと二人で無双してましたね。

そんなサラ教官の気持ちをふんだんに書いたつもりですが、キャラ崩壊をしている気もして、ちょっと後悔。

戦闘描写よりもこういう恋愛チックな描写の方が苦手かもしれません。

原作ファンの方、不快でしたら申し訳ございません!

という訳で、今回もお読み頂きありがとうございました。


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偶然と必然

申し訳ございません、今回は箸休み程度の文章になってしまいました。

テーマパークで占い師をしてい辺り、なんかこういう出会いも彼女ならやりそうだなーなんて思って書いてみました。
だいぶ丸くなった気がしますが、『空』から考えると、多分こんな女性なんだろうと想像してみました。

それでは、第15話、始まります。


 

 

「あの……スレインさん。この状況、大丈夫なんでしょうか?」

 

 5月29日。

 二回目の特別実習日の朝、先程まで酒盛りを続けて眠気に襲われているスレインは、リィンと共に予定の時間よりも早く一階に向かうと、既に皆を待っていたⅦ組のクラス委員長エマにそう問いかけられた。

 

「まぁ、今さらどうしようもねぇだろ」

 

 重苦しい雰囲気はいざしらず、とにかく早く列車で寝たいスレインはそう言いながら欠伸をする。今回の特別実習には犬猿の仲であるマキアスとユーシスの両方がいる事もそうだが、先日からマキアスの敵対心はリィンに対しても向けられている。

 どうやら、オリエンテーリングの時に自己紹介をしたリィンは、その場の空気を読んでどちらとも言えない回答をしたらしい。しかし、前回の実習から帰ってきたその夜に、リィンが貴族である事を皆に告げたのであったが、その事実を知ったマキアスは「裏切り」と言ってリィンまでも敬遠する様になったのだった。

 

「リィン、悪いんだが、今回は関係の修復を第一にしてくれ。これ以上この状態が続くとクラス自体が崩壊しかねない。いくら周りが気を遣っても、これ以上は限界だぞ」

 

 リィンにも罪悪感はある様で、苦渋の表情をしている。

 

「あぁ、分かった。スレインには迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼むよ」

 

「勘違いするな、頼まれる様な事は何もないさ。そもそも、あいつらは気が合うから、キッカケさえあれば修復可能だと思うぞ?」

 

「え、そうなのか? 俺にはそんな風に見えないけど……」

 

「あれだけ口が止まらずにいがみ合ってるんだぜ? どう考えても気が合う証拠じゃねぇか。気が合わないならどっちかが無視するだろ、普通」

 

「朝からつまらぬ事を話すな、阿呆が」

 

 どうやらスレインの言葉は聞かれていたらしい。階段を下りながら現れたユーシスが否定の言葉を口にする。

 

「僕が最後か。帝国の大貴族様は早起きなんだな」

 

 その後ろからマキアスが嫌味を言いながら現れた。いや、まだ来ていない人物がいるので、マキアスの発言は間違っているのだが、それを口にするのは藪蛇である。

 

「あ、フィーちゃんがまだなので様子見てきますね」

 

 そう言い残してエマは戦線離脱。行動自体は正しいのだが、この状況から逃げ出したと捉える事も出来る。冷戦で収まっている間に帰ってくる事を願いながら、その後ろ姿を目で追う。

 

「(ったく、めんどくさっ……)」

 

 その後すぐにフィーを連れてエマが戻ってきたので、冷戦が続く中そのまま駅に向うA班。列車が動き出した事を確認してから、スレインは現実逃避を兼ねて睡魔に身を委ねるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 ≪翡翠の都≫バリアハート

 帝国東部クロイツェン州の州都であり、『四大名門』の一角である『アルバレア公爵家』が直々に治める人口30万人程の都市。

 周辺に広がる丘陵地帯では毛皮となるミンクが多く生息し、領内にある七曜石の鉱山からは良質な宝石が採れる。その多種多様な工芸品は有名で、街の南部には“職人通り”と呼ばれる職人街がある程だ。

 人口に占める貴族の割合は多い訳でもないのだが、やはりその在り方は貴族の街そのものである。職人街から領邦軍の詰所、大聖堂のある中央広場から大規模な空港まで。その全てが侯爵家を中心とした貴族のために造られたと言っても過言ではない。

 

 しかし、その言葉を返すと、貴族たちはこのバリアハートを『翡翠の都』と言わせる程の発展に貢献してきた事も事実なのである。そういった統治体制をその根本から見ると、貴族が話す『古き良き貴族制度』というのも、あながち間違っていない様にも聞こえる。

 だからと言って現帝国政府が掲げる、平民が国家運営を行う『革新派』を根本から否定する事にはならないのである。徴税という一方的な搾取があったからこそ、バリアハートはこの様に繁栄したのだろう。だが、別の都市では一方的な徴税のみを行い、土地の繁栄を放棄する貴族がいるのもまた事実。そういった、平等とは言い難い制度を覆そうとする『革新派』の言い分もまた、この帝国にとっては必要なものである。

 

 そして、そんな貴族の都市バリアハートで特別実習をさせる理由は概ね一つ。まだ学院に入ったばかりの少年少女に、この『エレボニア帝国の現状』を、その身をもって体感させる。恐らくはそんな理由だと思う。駅に着いた途端に、わざわざこの人物が出迎えてくる時点で、その理由に確信が持てたのであった。

 

「あ、兄上!?」

 

 珍しく動揺全開の声を上げるユーシス。そして、その周りには驚きの表情で呆然としている一同。それもそのはず、目の前にはアルバレア家の長男にしてユーシスの兄。貴族派きっての貴公子、ルーファス・アルバレアがいるのである。しかし、その中でただ一人、緊張する様子もなく一歩前に進み、その人物相手に口を開く少年がいた。

 

「これはルーファス卿。ご無沙汰しております。帝都での晩餐会以来ですね」

 

「スレイン君、久しぶりだね。学院にいるとは聞いていたが、弟の級友だったとはな。あの時は世話になった。今度また手合わせをお願いしたいのだが……その前に、普段通りで構わないよ」

 

「あ、そう? そりゃ助かります。流石に手合わせはパスでお願いしますわ。あの時は偶然だったんですから。てか、弟君の顔見たさで来た訳じゃないですよね?」

 

「(スレイン、何であんなにフランクなんだ……?)」

 

「(知らん。兄上と面識があるようだが……アイツは本当に学生か?)」

 

 一同がそのやり取りに困惑を見せる中、リィンとユーシスは小声でそんな疑問を共有していた。

 そして、ルーファスは今回の課題と宿泊先を用意している事と、そこまで車で送る事を告げて、一同を外に停めてある車まで案内した。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、君、ルーファス・アルバレアと面識があるのか?」

 

 宿泊先まで向かう車内で、マキアスはこちらにそう問いかけた。その顔には「お前も貴族なのか?」とでかでかと書いてあり、怪訝そうな表情でこちらを見る。

 

「ん? あぁ、皇族主催の晩餐会で何回かな。手合わせもしてるけどプライベートな仲ではない。言っておくが、晩餐会の方は護衛兼給仕役でいただけで、招待者ではないからな。その意味、分かるだろ?」

 

「あ、あぁ、そうなのか……すまない。というより、護衛って君は一体何者なんだ?」

 

 詮索するマキアスに「まぁ、そこは秘密で」と一言だけ告げると、それと同時に車の揺れが止まる。どうやらタイミング良く目的地に到着したみたいだ。

 その後、宿泊先のホテル前でルーファスと別れると、中に入るとこれまた一悶着(ホテル側がスイートルームを用意した事でユーシスが怒り、一般客室に変更させた)があった。ユーシスの優遇に一同は苦笑しか出なかったが、部屋に荷物を置いてエントランスに集まり、やっと実習課題に目を通すのであった。

 

「貴族の方に職人の方……様々な依頼が来ていますね」

 

「ああ、バランスよく用意してもらった感じだな」

 

 実習内容をひと通り見終えると、エマとリィンの言っている通り、バランス配分が完璧な内容である。流石ルーファス卿という事だろう。

 

「そしたら、前みたく手分けするか、リィン」

 

「あぁ、そうだな。手配魔獣は最後にするとして他を分担……だな。B班に負けないように、各自全力を尽くそう」

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「……あった。フィー、採取出来たから帰るぞー」

 

「おっけー」

 

 分担の結果、スレインとフィー・その他四名という構成になった。自分達が担当する依頼は、ピンクソルトという貴重な塩の採取。ユーシスに確認すると、オーロックス渓谷道の奥部でそれなりに距離があると忠告を受けたのだが、このコンビの前では多少の距離は関係ない。遭遇した魔獣を難なく殲滅していき、すぐに対象は見つかった。

 

「そういえばさ、スレイン。聞きたい事があるんだけど」

 

「ん? どした?」

 

 ピンクソルトの回収が済み、帰路についている二人。Ⅶ組の中でも無口な少女、フィーが突然問いかけてきた。

 

「団の皆の事……知らない?」

 

 フィーが言う『団』とは、『西風の旅団』の事である。

 フィーがかつていた大陸二強の猟兵団である『西風の旅団』は、昨年『赤い星座』と団長同士の一騎打ちがあった。三日三晩の死闘の末に相打ちとなり、団長亡き後、『西風の旅団』は散り散りになってしまった。10歳の頃から猟兵として戦場にいた彼女からすると、そこは家族も同然。そのメンバーをフィーは探しているのであった。

 

「残念ながら知らないんだよな。あの時別の仕事してたしさ」

 

 目の前の少女にそう話しながら自身にもそう言い聞かせる。これは半分本当で半分嘘の言葉。

 本当は何人かの居場所を知っている。否、殆どのメンバーの現在を知っている。しかし、それは生前の『猟兵王』こと『西風の旅団』団長ルトガーとの約束で、この少女には時が来るまで黙秘を続ける事になっている。だからこそこの言葉は、自分に言い聞かせる為の言葉でもあるのだ。

 

「そっか。内偵やってたスレインなら知ってると思ったんだけど……」

 

「んぁ!? お前、何でそれ知ってんだ!? まだⅦ組には言ってないぞ!?」

 

 Ⅶ組には元遊撃士である事は告げていたが、直前まで行っていた仕事(皇族直属の内偵)の事は話していない。元々、フィーとも西風時代に何回か会っているだけであって、仕事の内容まで話していた訳ではない。

 

「サラから聞いた。酔っ払ってたから本人は覚えてないと思う」

 

「んな!? 余計な事を話しやがって……フィー、それまだ内緒な? こっちも何か分かったら教えるから」

 

「ん、了解」

 

 フィーが納得してくれた所でこの会話は終わる。二人共仕事中にはあまり喋らない質なので、採取に向かう時も殆ど無言であったのだ。

 そしてバリアハートに向けて歩を進めるスピードを早めた時、一瞬だけ肌に纏わり付く不快感が感じ取れた。

 

「……フィー、悪いんだがコレ持って先に行ってくれ」

 

 スレインは手に持っている依頼の品を渡すと、真剣な面持ちでフィーに話す。その表情で状況を理解した彼女は、無言で頷きながら荷物を受け取ると、更にスピード上げて街に戻っていった。

 

「……さて、いるんだろ? 気配隠してない時点で用があるんじゃないか?」

 

 そう言いながら足を止めて、気配が出ている方向に顔を向ける。殺意や敵意のない気配に対して、こちらもそういった気配は出さないでいるが、警戒心を緩める事はしない。

 

「……久しぶりの再会なのだ。そこまで警戒しなくてもいいのではないかね?」

 

 そう言って岩陰から出てきた人物は、貴族風の装いをした男性。青紫色の長髪を靡かせながら近づいてくる。

 

「お前か、『怪盗紳士』。何でこんな所にいるんだよ? さっきまではリィン達にちょっかい出してたのに、今度は俺かよ」

 

「相変わらず君の風は分からないものだな。いつ見ていたのかも気付かない。フフ、本当に素晴らしいものを持っている」

 

「……そりゃ、こっちが指定した人間以外は感知出来ないからな。で、本題は何だよ。わざわざそんな褒め言葉を言いに来た訳じゃないんだろ?」

 

 そう言ってスレインは、目の前にいる男性に対峙する。

 

「そんなに警戒しないでくれたまえ。私では役不足だと承知している」

 

「……だからまた結社への勧誘をしに来たってか?」

 

「盟主が君を欲しているものでね。君が執行者になるまで諦めるつもりはないとの事だよ。それに君のおかげで戦力も落ちているからね」

 

「あぁそうかい。だから要件は何だよ? 俺が短気な事は知ってるだろ?」

 

 無表情のまま目の前の男性を睨みつける。

 

「いや、今回は君の級友達を見に来ただけさ。そして、君にも挨拶をしようと思ったのだよ」

 

「おい、ブルブラン。それ、まさかとは思うが、人質のつもりか?」

 

 男性のその一言を聞き、今まで内に秘めていた敵意と殺気を開放して視線に乗せる。

 

「い、いや、それはない。ただ興味を持っただけさ。花を咲かす前の蕾を刈り取る様な真似はしない。そんな事をしたら、君を完全に敵に回すようなものだ」

 

 その視線と共にかかるプレッシャーに押し負けたブルブランは、一瞬この少年の背後に鬼の様な黒い闘気が見えた。

 

「確かにそうだな。しかし、俺の周りに危害が及んだ場合……分かってるんだろうな?」

 

「無論だ。我が美徳に反する行為はしない。しかし、それは別として、お誘いの方はまたさせてもらうよ。ではまた会おう」

 

 そう言うと同時に、虹色の閃光を放ちながらブルブランは姿を消した。

 

 結社『身喰らう蛇』

 その存在自体が謎に包まれた、その名の通りの秘密結社。『盟主』と言われる主君を中心に柱となる幹部『使徒』が存在し、規格外の戦闘力を保有する執行者という人間もいる。

 数年前に起きたリベールの異変で暗躍していたのだが、古代遺物(アーティファクト)絡みで動いているという点以外、その真意を知る者は誰もいない。

 

 そして先程までいた男。

 執行者№Ⅹ『怪盗紳士』ブルブラン。

 ゼムリア大陸でも有名な怪盗『怪盗B』を名乗る、自称『美の追求者』。はっきり言って、その存在や行動意義はよく分からない。奇術という摩訶不思議な術を使う戦闘力は、執行者という事もあり折り紙つきである。

 

 そんな彼が言う言葉、特に自身の美徳に関しての発言には二言はない。美徳に反すると言った時点で、彼はⅦ組に対して実力行使はしてこないだろう。

 しかし、自身の存在のせいかは分からないが、とにかくⅦ組に結社が絡んできたという結果は事実ある。いくらブルブランであっても、理由もなく一介の学生を目にかけたりはしない。

 

「(ったく、こっちは二度と会いたくねぇよ)」

 

 自身の経験上、結社が接触する理由は二つ。先程ブルブランが言った通り、自身を執行者にする為の勧誘。そしてもう一つは何かの行動を起こす場合。

 

 ブルブランの接触がどちらの意味であれ、Ⅶ組に属している以上は彼らを巻き込む可能性もある。今後暫くは警戒し続ける必要があると感じると同時に、今まで感じた事のない妙な胸騒ぎもするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「あれか……」

 

 リィンがそう呟いた先には、手配魔獣『フェイトスピナー』が静かに佇んでいる。

 

 現在時刻は昼過ぎ。一同はそれぞれの依頼を終えて合流し昼食を食べてから、オーロックス峡谷道へ手配魔獣の討伐へと向かったのだ。

 

「悪いが僕ら二人はアタッカーに回らせてもらうぞ」

 

 マキアスがそう言いながら戦闘準備を整える。それに続いてユーシスも小言を呟きながら準備を始める。

 

「リィン、陣形はどうする? あいつら突っ込むなら俺とフィーが援護に回るか?」

 

「……あぁ、そうだな。その方が安心して戦えるよ。周囲の警戒は頼む」

 

 実質リーダーであるリィンの発言を聞いて、それぞれが武器を構え隊列を整える。一呼吸置いた後、一同は犬猿の仲がどうなるのかという一抹の不安を抱えたまま、手配魔獣との戦闘が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりだ……ユーシス・アルバレア。どうしてあんなタイミングで戦術リンクが途切れる!?」

 

「こちらのセリフだ、マキアス・レーグニッツ。戦術リンクの断絶、明らかに貴様の側からだろうが!」

 

 マキアスとユーシスは、互いに殺気立って睨み合う。

 手配魔獣との戦闘が始まってすぐ、この二人の戦術リンクはどちらからでもなく途切れた。リィンとエマの機転と立ち回りのおかげで何とか退けたものの、その結果は一言で言うとギリギリの戦いであった。

 

「(フィー、なんか湧き(・・)が落ち着かなくねえか?)」

 

「(ん、ちょっと変、かも)」

 

 周辺の警戒と小型魔獣の掃討を行っていた二人は、親玉が倒れたハズなのに湧いて出てくる魔獣の数に不可解な問いが現れていた。そんな中、あの二人は更にヒートアップしていて、最早それは一触即発なんてレベルではなく、互いに得物を構えようとしていた。

 

 その瞬間。退けたはずの魔獣がいがみ合う二人に向けて突進し、死を前にした玉砕覚悟の攻撃を繰り出す。

 

「!」

 

「リィン、右に20リジュ寄れ!」

 

 

―――ザン―――ザシュ―――ザン!

 

 

 敵の行動を察知したリィンが二人を庇おうと走りだすが、それを遠巻きに察知したスレインの大声でリィンが指示通り動く。それと同時に数本の剣を魔獣の頭上に精製し、その全てが突き刺さると、標的は行動を停止させた。

 

「な……!」

 

「……!?」

 

魔獣に狙われたにも関わらず、その行動に気づかず立ち尽くし、更にはリィンに庇われ一番遠くにいたスレインに助けられた二人。もはや言葉も出ず、今起こった現状を処理するだけで手一杯である様だった。

 

「……リィン、大丈夫か? 軌道は逸らしたが当たってないよな?」

 

 周囲にいた魔獣を数秒で一掃(・・・・・)し、一同の元へ戻りながらリィンに声をかける。その言葉とは裏腹に、冷酷なまでの無表情に一同は思考の思考は停止する。

 

「あ、あぁ、俺は大丈夫だ…… 二人共、怪我はないか?」

 

 リィンはスレインの表情が異常事態であると察知し、マキアスとユーシスに問いかける。彼らも無言で頷く事しか出来ないでいる。

 

「なぁ、お前らさ、俺とリィンがいなかったらどうなってた?」

 

「「……」」

 

 リィンの隣に立ちマキアスとユーシスに目を向けて、冷たい声で淡々と告げる。既にいつもの明るさ等はなく怒気を醸し出している少年に、言葉が出てこない二人。

 

「ちょっと来い」

 

 その一言だけを二人に告げて、一同から一旦離れる三人。有無を言わさない雰囲気と言葉に、他のメンバーは無言で立ち竦むしかなかった。

 

 

 

「すまない……その……」

 

「……不覚だった。完全に俺たちのミスだ」

 

 一同から見ない場所で足を止めると、二人が謝罪の言葉を述べる。

 

「いやさ、すまないとか不覚とかミスとかな、実戦じゃ何の意味もないから。いがみ合うのは結構なんだが、人様まで巻き込んでまで面子に拘りたいのか? 仲間の命を引き換えにしてまでいがみ合いたいのか、お前ら」

 

「「……!」」

 

 自身らの行動が、どれだけ危険な事態を招いたのか。それを改めて気づいた二人は言葉に詰まる。

 

「別に仲良くやれって言ってる訳じゃないんだよ。10人もいれば、合う合わないは必ず出てくる。平等に接しろって訳でもない。だけどな、戦闘中は互いに命を預けてんだよ。それがどういう事か説明しなくても分かるだろ? はっきり言う。いい加減にしろ」

 

 そう言い放つと、二人を残して先程の場所で待っている一同の元へ戻っていった。

 

「リィン、後の事は頼むわ。エマ、フィー、リィンのフォローだけ頼む。俺がいるとこの空気は変わらないと思うから、悪いけど先帰ってるわ」

 

 三人にその一言だけを伝えてその場を後にする。

 場の空気を凍りつかせ、容赦無い言葉を口にした以上、全体の雰囲気までもが悪くなっている。A班が壊滅状態となる前に一端自身が離れる事で、修復を試みる為であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「(少し言い過ぎたかな……)」

 

 心の中でそう呟いたスレインは、広場のベンチに腰をかけて空を見上げている。勢いで一同の元を離れたものの、マキアスとユーシスに有無を言わさず表情で冷徹な言葉をかけてしまった事。そして、A班としての集団行動を乱してしまった事への罪悪感もある。夕食には合流して謝罪の言葉をすると決め、一旦この件を忘れる為に目を瞑った。

 

「―――隣、宜しいですか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 突然の相席の申し出に特に気にかける事もなく瞼を開かず返答する。公共の場でもありベンチに相席する事は普通であるからだ。

 

「……大丈夫ですよ。貴方が考えている程事態は悪くない。明朝には解決します。ただ……別の問題が発生しますけれど」

 

「え?」

 

 自分が考えている事に対する適切な回答、もとい予言の様な言葉を聞いて、霧散していた意識が回帰する。驚いた表情で隣に目を向けると、そこにはあり得ない人物が座っていた。

 

「な!? ルシオラ!? どうしてここに!?」

 

「お久しぶりね、スレイン。ここで会ったのは偶然よ」

 

 ルシオラと呼ばれた女性は、「これ飲む?」と言いながら缶ジュースを差し出してくる。

 この目の前の人物は、そんな事をする性格でも立場でもなかったハズなのだが、このあり得ない状況を瞬時に理解する事が出来ず、渡された缶ジュースを開け一口飲む。その冷涼さが喉を潤すと同時に、この状況を理解する為に脳内がやっと動き出した。

 

「……結社にはあれから戻ってないんだろ?」

 

「ええ、今の所ね。クロスベルの方で占い師をしているわ」

 

 ルシオラは、結社の執行者№Ⅵ『幻惑の鈴』と呼ばれ、かのリベール異変の際に自身の意思で結社に戻らずに放浪している女性である。遊撃士『銀閃』のシェラザードとは、過去にいた旅一座で姉妹の様な関係であったらしいが、詳しくは知らない。

 ちなみに、ルシオラとは何回か出会っているが、全てが敵対していた為に、こんな話をする仲ではない。

 

「占い師ね……天職じゃねぇか。それで何の用だ?」

 

「偶然よ。休暇をもらったから観光に来ただけ。貴方に会ったのは本当に偶然」

 

 ルシオラはそう言って鉄道の乗車券を差し出した。信用していない顔つきだったからであろうか、恐らくこれが証拠だと言いたいのであろう。しかし、そんな事はどうでもいい話だ。

 それを受け取らず再び空を見上げる。

 

「そう言う事にしといてやるよ。一日に二回も勧誘されんのはまっぴらだ」

 

「フフ、怪盗紳士も来たのね。でも、それも大丈夫よ。まだ深入りするつもりはないみたい」

 

「あーそうかい。“まだ”って事はこれから深入りするんだろ? 面倒くせぇな。で、いい加減、本題入れよ。こんな井戸端話をしに来た訳じゃないんだろ?」

 

 目線を戻して手に持った缶ジュースを飲み干し、女性の方を見据える。この女性の偶然は偶然ではない。予知、ないし予言レベルで物事を当てる人物だ。何かを伝えに来たに違いないのである。

 

「そうね。ここに来るまでに貴方の事について一つ見えたのよ。貴方、直近で転機を迎える。でも、直進し過ぎると修羅の道を辿るわ。しかし、少し回り道をすると陽光が入る。まぁ、勿論、回り道の方が苦難な道ですけれど」

 

 女性はそう言って僅かに微笑むと、先程の自分と同じように空を見上げた。

 

「……分かりやすい解説どうも。生憎、順調に苦難な方を辿ってるよ」

 

 ため息を一つしてそう答える。転機を迎えるという事がどういう意味であれ、Ⅶ組にいる以上はそちらが優先である。それに今するべき事と、解決しないといけない問題があるい以上、その件は深く考える必要がない。

 

「では、私は観光に戻るわ。他愛も無いお喋りに付き合ってくれてありがとう」

 

「やめてくれ、お前さんにお礼を言われると悪意を感じる。 ……そういえば、明日別の問題が起きるって何の事だ?」

 

 立ち上がってここから立ち去ろうとするルシオラに、完全に記憶から飛んでいた最初の話を思い出して問いかける。

 

「それは内緒よ。言ってしまったらつまらないですもの」

 

 彼女は微笑しながら言葉を告げると同時に、形式的な別れの挨拶だけして去っていった。

 

「(ま、とりあえず関係が修復するならいっか…… さて、この後はどうしますかね)」

 

 こうして、自称『とある占い師』との奇縁とも言える出会いは、世間話と未来予想図の会話で終わり、A班の帰りを待つスレインであった。

 

 

 




リィン君の身体を張ったシーンは少しばかり感情が入った覚えがあります。しかし、リィン抜きの戦闘がキツかった記憶の方が鮮明です(笑)

次回はちょっと破天荒なスレイン君になります。


それでは、今回もお読み頂きありがとうございました。


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溶かされた心

バリアハート編もラストです。

ユーシスとマキアスの確執をどうやって取り去るべきか迷いました。

原作通りだとスレイン君一人で瞬殺出来そうなので犬っころを増やしてみました(笑)


という訳で、第16話、始まります。



PS
またまた感想を頂きました!
本当にありがとうございます。
感想って頂くととっても励みになるんですね。
ご期待に答えられる様に頑張ります!



 

「(こんな時間に青春話かよ…ったく)」

 

 時刻は夜もふけて日付が変わった頃。場所はA班が滞在するホテルの一室。

 話し声と上体だけ起き上がる気配を感じて意識が覚醒したスレインは、起きている事を悟らせない様に身体は動かさず瞼を閉じたまま心の中でそう呟いた。

 過去に野宿の経験が多かった為、少しでも物音や気配が感じると意識が早急に覚醒する様な体質になっている。聞くつもりがなくてもこの会話が終わるまでは眠れないので、暫くは気づかなかったフリをしていた。のだが。

 

「―――!!」

 

「む?」「え?」

 

 空調が当たる場所のベッドだったせいか、くしゃみをしてしまった。思いの外早くバレてしまったので、バツの悪そうな表情をして上半身を起こすスレイン。

 

「わりぃ、わざとではないので許してくれ。邪魔するのも悪いかと思って、寝ようと思ったんだが無理だった」

 

「こちらこそこんな時間にすまない」

 

「き、貴様、ちなみにどこから聞いていた?」

 

 律儀に謝るのは勿論リィンである。それに対して話を聞かれた事に対して焦っているのか恥じらいがあるのか、どこか声に動揺の色があるのはユーシスである。

 

「ん? 『眠れないのか?』からだな」

 

「貴様! それでは最初からではないか!?」

 

「ははっ、その通りだ。まぁ、そもそも俺は多少の音や気配で起きちゃうからな。内緒話は部屋を出るべきだったな。ま、ユーシスの言動や町中で聞く評判から生まれ(・・・)の予想は付いたけど、お前さんが直接リィンに話すって事は何かしら思う所があったんだろ?」

 

 このコソコソ話は、夕食時にユーシスの父、ヘルムート公爵が現れたのだがその対応は親子のそれとは明らかに違う違和感を与えるものだった事についての吐露であった。

 ざっくり話すと、ユーシスは兄ルーファスと違いヘルムート公爵と妾の間に生まれた子であり、母親が八年前に亡くなった際にアルバレア家に引き取られたとの事だった。つまり、ユーシスの母親は平民であり、ヘルムート公爵からすれば純粋な貴族ではないから存外に扱われている。概ねそのような事を自嘲気味に話していたのである。

 

「……父上とのやり取りもあったからな。黙ってはいられんだろう」

 

「ってのが建前で、本音はそこじゃないだろ? 今までアルバレア家として立ち振る舞い隠してきた出自。それをいっその事全部言って蔑まれた方がいいのではないか。概ねそんな所か?」

 

「…………そうかもしれんな」

 

「ユーシス……」

 

 ユーシスは否定する事も諦めて俯く。リィンも何も言えず、ただ相手の名を呟くだけだった。

 

「まぁ、本音はどうあれ、お前さんはお前さんだ。出自に関係なく選ばれたクラスで何出自に拘ってんだよ? 多分他の皆もそんな事は気にしないぜ? リィンに言った所で、こいつの性格なら少なくとも蔑む事はしないぞ?」

 

「あぁ、そうだな。ユーシスはユーシスだ。こう言っては悪いんだが、俺も養子だからユーシスの事も分かる。だからこそ俺達は分かり合えると思うんだ。それにスレインの言った通り、今更出自なんて誰も気にしない。俺たちは仲間なんだからな」

 

「お前達……」

 

 リィンの言った言葉に感銘を受けたのか、ユーシスは顔を上げて震えた声でそう呟いた。

 ここまで話していたが、妙に気になっていた事があるので、ちょっとばかり悪戯をしてやろうと考えた。

 静かに立ち上がり、部屋にある冷蔵庫から缶ジュースを四本(・・)取り出すと、ユーシスとリィンに一本ずつ渡して一本を今まで会話に参加せずに寝ていた人間(・・・・・・・・・・・・・・・・・)に放り投げる。

 

「マキアス、それ炭酸だからキャッチしないと大変だぞ?」

 

「な!? 君は炭酸飲料を投げるのか!?―――――――――あ」

 

 怒鳴りながら上手くキャッチした眠っていたはずの少年は、数秒の沈黙の後に自身の言動に対して「やってしまった」という後悔の表情をする。

 

「マキアス!? 起きてたのか?」

 

「貴様、盗み聞きとは関心せんな」

 

 スレインは笑いを堪えるの必死であったが、他二名は全くそれに気づいていなかった様で驚いた表情をしていた。

 

「途中で白状した俺以下だな、マキアス。男同士の友情話ってのはな、タイミングが合わないと置いてきぼりを喰うだけだぞ?」

 

 スレインは尚も必死で笑いを噛み殺している。この少年がこの場でなんと言うのかが非常に気になるので、あえて発言権を渡す。

 

「い、いや、君たちが話している声が大きかったから……」

 

「一応、夜中に適した声だったよな? 内容も内容だからトーンも低かったし。だろ? 二人共」

 

「「ああ」」

 

 追い打ちをかけるスレインに同調する二人。短い言葉だけを残してマキアスの方を見る三人。

 

「……くっ、僕が悪かったよ!」

 

「おお、ちゃんと言えるじゃねぇか。お前さんも素直になれよなー。じゃ、これで全員起きてしまったので、夜中の男子会って事でカンパ〜イ!」

 

 やや強引にそう言うと、そのノリと状況に負けて各々が缶を開けて乾杯し、一口飲む。そう、ここからが本当のドッキリなのだ。

 

「!? これ、アルコールか!?」

 

「ゲホッ、スレイン!?」

 

「うっ……き、君! 何故アルコールなんて持っている!?」

 

 三者三様の発言だが、一口飲んだ瞬間に吹き出すまでの過程は同じ動作を寸分違わず行っていた。

 

「クククッ、いや〜、面白いもん見たわ。 ただのビールだ。お前ら皆共犯な。黙っとけよ」

 

 スレインはそう言って堪え切れず吹き出す笑いを止める事はせず、ただケラケラ笑って持っているビールを一気に飲み干す。

 

「いやさ、あんな話、酒もないのによく話せるなと思ってさ。いや〜、本当は寝静まった後に屋上で飲もうと思ったんだが、これもまた一興だな」

 

「スレイン……ラベルを変えて持ってきたのか?」

 

「ああ、流石に皆にバレると面倒だからな」

 

 夕方頃にそれぞれ購入して、通常のジュースとラベルを張り替えた事を白状する。

 

「そこまで用意周到だとは……君の事を勘違いしていた様だ」

 

 マキアスは肩を落として何かを悟った表情をしている。

 

「いやいや、これが俺の素だよ。酒を覚えるのが早かっただけさ」

 

「貴様……そう言えば元遊撃士であったな。サラ教官とは親しかったのか?」

 

 Ⅶ組の場合、酒=サラなのであろう。ユーシスは手に持つビールを口にすることなく話題を変えた。

 

「んー、まぁな。同じ支部だったし、それなりに。ま、俺の話を聞きたいなら酒が飲める様になったらな。それと、開けたからにはそれは飲み干せよ? 買ったのは俺なんだぜ?」

 

 そう言ってスレインはそれぞれに無理難題と引き換えに、無理やり飲ませていく。缶ビール一本のこの夜会は、意外と遅くまで続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。二日目の実習を開始する為に一同はホテルのロビーに集まる。

 その際、スレイン以外の男子の表情が青ざめている事をエマに指摘されたが「寝不足だろ」と笑いを堪えながら一言だけ告げた。部屋を出る前に全員から口止めされてしまったので、この内容は四人だけの秘密となったのだ。

 

 気を取り直して、二日目の実習内容を確認すると、二日目という事もあって意外と少ない。この程度であれば半日足らずで終わるだろう。確認を終えると、いつものと違い何か決心した様な声でライバルを呼ぶ少年。

 

「―――ユーシス・アルバレア」

 

「……なんだ、マキアス・レーグニッツ」

 

 今日も今日とてフルネームを呼び合う二人。

 

「ARCUSの戦術リンク機能……この実習の間に何としても成功させるぞ! いくら君相手でも、他の皆が出来る事が出来ないのは不本意だ。手配魔獣も出ているし、昨日のリベンジというのはどうだ?」

 

「フフ……いいだろう。その話、乗ってやる。俺の方が上手く合わせてやるから大船に乗った気でいるがいい」

 

 どうやらいい感じで憑き物が取れたらしい。言葉こそ今までと変わらないものの、歯車が合わさったような会話になっている。

 

「(あの、スレインさん。昨夜に何かあったんですか?)」

 

 流石にエマはどうやったらこんな急展開になるのかが気になったらしい。しかしそれも「男の秘密」の一言で済ませる。結果的に問題なさそうなんだから、その理由なんてどうでもいいのである。

 しかし、今までの中でこの二人の意気が一番合っていた雰囲気もたった数秒の出来事となってしまった。

 

「―――ユーシス様」

 

 ホテルの扉から現れるのは白髪交じりの執事風の男性。否、ユーシスを呼ぶその感じからして執事なのであろう。

 

「アルノー? 父上付きのお前が何故こんな所に?」

 

「昨日はご挨拶も出来ずに申し訳ございませんでした。今朝、参上致しましたのは、ユーシス様をお迎えするためでして」

 

 一同はその言葉に困惑を見せる。そして、アルノーはヘルムート公爵がユーシスを呼んでいる事を丁寧に告げた。ユーシスは頑なに拒もうとしていたが、老執事も公爵閣下の命令には逆らえないので食い下がる。この状態では拉致があかないので、遠慮がちにこちらを見たユーシスに「行って来い」と皆で告げて、その場は取りえず収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「さて、厄介な事になったな……」

 

 ユーシスと別れた後、実習依頼の方は慎ましく終了した。しかし、手配魔獣を討伐しバリアハートに到着したと同時に事件は発生した。

 町に到着してすぐに領邦軍の出迎えがあり、マキアスがオーロック砦の侵入の容疑がかけられ、一時身柄を拘束されてしまったのだ。取り付く島もなく半ば強引に連行し、最後には「ユーシス様は実習にお戻りにならないそうだ」と言い残し、領邦軍はそそくさと去っていった。

 

「ユーシス本人が言った訳ではなさそうな感じ……だよな?」

 

「うん、ユーシスも実家で動きを封じられてそう」

 

 一旦ホテルに戻ったものの、既に領邦軍が調査の名目で立ち入りを禁止していたので、広場前で話し合う一同。

 リィンの言葉に賛同するフィー。今朝の会話を鑑みても、数時間で真逆の言葉が出るはずもない。ましてや、マキアスとの関係が修復寸前の状態だったのである。

 

「となると、昨日から既に始まってるな。大人の事情が絡んでるのが妥当な筋だな」

 

「貴族派と革新派の対立……ですか?」

 

 スレインの言葉に反応し、疑問をぶつけるエマ。

 

「あぁ、革新派の重鎮、帝都知事の息子を拘束する事で、色々な取引材料になるからな。要するに人質って事だろ。どっちにしろ、ほっとく訳にはいかんだろ。ユーシスの方も抑えられてるから、合わせて奪還しねぇとな」

 

「そうしたらなるべく秘密裏がいいですね」

 

「あぁ、そうだな。そうするとどう動こう?」

 

 エマの発言にリィンが肯定し、こちらに問いかけてきたタイミングで懐かしい気配を感じ取った。今回の実習は本当に珍客が多い。

 

「わりぃ、皆。ちょっと調べたい事があるから、作戦会議は職人通りの宿酒場でやろう。後で合流する」

 

 申し訳無さそうな表情をしながら一同にそう言い残して、スレインは足早にその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、スレイン、久しぶりだな。流石に来てたのはバレてたか」

 

「そりゃぁね。俺を巻こうなんて百年早いわ」

 

 駅前通りからの脇から階段で下った先にあるベンチまで進むと、既にそこにいた金髪の青年が声をかける。

 

「で、こんなタイミングで来るって事はサラのパシリか?」

 

「パシリって言うなよ。つうか、お前さんがいるなら俺がフォロー入る必要ないと思うんだが……」

 

「トヴァル、御託はいいから情報よこせ。どうせその件のフォローだろ?」

 

「そうだな。まずは領邦軍詰所に囚われている知事さんの息子だが、あっちは地下水路から入れば大丈夫だ。ただ、一点問題がある」

 

 情報を提供している金髪の青年トヴァルは、帝国に残存する数少ない遊撃士である。以前オズボーン宰相の圧力がかかり、帝国内の遊撃士協会は殆どが活動停止に追い込まれた。しかし、その中でも帝都から離れた街では遊撃士を頼る箇所も多く、少数は未だに息を潜めて活動している。その中でも実力者がこの人物である。

 

「地下水路か?あのくらいの区画ならうちのクラスの人間でも問題ないと思うぞ?」

 

 バリアハートには下水処理の為に、地下に水路を這わせている。そこが様々な建物に繋がっているというのは遊撃士の中では誰もが知る話だ。理由は簡単。その地下水路の魔獣退治はバリアハートで遊撃士に依頼されるケース第一位なのだ。

 しかし、元々地下水路なんて街に合わせて設置されている為、入り組んだ設計はされていない。言ってしまえば、オリエンテーリングで利用した旧校舎に毛が生えた程度である。

 

「いや、そこじゃない。領邦軍が軍用魔獣を調教しているらしい」

 

 軍用魔獣は確かに今のリィン達には強敵かもしれない。軍事利用する為に調教した魔獣をそう呼ぶのだが、魔獣のタフさに加えて思考が通常の魔獣と比べて数倍利口で軍隊そのものになっている。調教練度によるがヘタをすると指揮官クラスの魔獣まで存在するのだ。

 

「成る程。数は?」

 

「20〜30ってトコだな。練度はそこそこだが、如何せん中型を使ってるらしい。ぱっと見、お前さんのトコだと2体同時が限界だろ」

 

「……残りは俺、だな。そしたらトヴァルはアルバレアの方を頼むわ。地下水路に逃せば勝手に合流するハズだ」

 

 有事の際に合流出来る事を踏まえると、軍用魔獣の掃討は自分が担当するのが妥当だろう。それにアーツメインで近接戦闘が平均ちょい上のこの男には数が多すぎる。

 

「まぁ、妥当な線だな。よし、そしたら三時間でケリ付けるか」

 

「あいよ。頼むぜ、フォロー役!」

 

 そう言って最上級の卑屈な笑みを見せる。

 

「チッ、その笑顔は腹立つな。そう言えば、クイックキャリバーなんだが……」

 

 実はこの男もARCUSを改造している。といっても、自分と違ってアーツの駆動時間を早める外部装置、謂わばアクセサリーを利用しているだけなので、会う度に自分に質問をしてくるのだ。

 

「それ以上早くならねぇよ。本体を弄るなら命捨てる覚悟が必要だ」

 

 先程と一変して真剣な目をしてそう言うと「そうだよな」と一言だけ返された。

 半端な覚悟で足を踏み入れると大怪我をする。それくらい代償があるのが戦術オーブメントの改造なのだ。アクセサリーといえど、レベルを超えると命の危険を伴う。この男が半端な気持ちではない事は知っているが、流石に命のやり取りをさせたくなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳なんで、地下水路から詰所まで行ってくれ。魔獣退治は三ヶ月前に行われたらしいから、多少は存在してると思うが」

 

 トヴァルと別れてすぐに一同が待つ職人通りの宿酒場に向かい、作戦会議をしていたリィン達に先程得た情報をかいつまんで説明をしていく。勿論、トヴァルの存在と軍用魔獣、アルバレア家の侵入は隠して。

 

「なるほど。魔獣に気をつければ大丈夫そうだな」

 

「そうですね。こっそりとマキアスさんと合流出来そうです」

 

 リィンとエマがそれぞれ光明が見えた様な表情をしている中、もう一人の少女はそこに自身加わらない事を指摘する。

 

「スレインはどうするの?」

 

「ん? ああ、俺は別ルートから侵入して陽動だ。ついでにある程度戦力を減らしておく。いざという時に四面楚歌、なんて事だと大変だからな」

 

「おっけー。念の為、殿は私の方がいいよね?」

 

「そうだな。地下水路からそのまま上がれる保証はないし、皆のフォローは頼むぜ」

 

 二人で話の結論を付けて、水路内の構図や魔獣についてを覚えている限りでこの少女に教えていく。

 それを横目にリィンとエマは、「この二人、こんなに仲良かったっけ?」といった表情でこの二人の会話が終わるまで見ていた。

 

「さて、そしたら、作戦開始だ。俺と合流しようなんて考えないでいいから、最善を尽くせよ!」

 

「「「おお」」」

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

−−−—ドガァァァッァン!!

 

「何事だ!?」

 

「はろー、領邦軍の皆さん。ってなんだ、昼間の隊長さんじゃねぇのか。軍用魔獣の実験区画があるっていうから来たんだが……わりいがあんたに要はねぇ」

 

 領邦軍詰所地下二階。軍用魔獣訓練区画。縦横に異常に広いこのスペースは、詰所のサイズを越えて作られている地下室である。軍用魔獣を調教するにはそれなりスペースが必要だが、表立って出来る事ではないので必然的に地下を利用しなければならない。

 ここに来る前に近隣住民に聴きこみをした所、夜な夜な謎の音が聞こえるという話があった。更に聞き込みを進めるとどうやらその音は何かの鳴き声の様だという証言が出てきた。

 検討は付いたので近場の入口から水路に入ると、そこだけ異常な出っ張りがあったのだ。風を頼りに調べてみると、間違いなく訓練区画に該当するサイズと物音、そして魔獣特有の匂いがしたので予想的中。正攻法を決め込む余裕もないので、アーツをぶち込んで風穴を開けたというのが、今の流れに相当する前説である。

 

「な!? 貴様は誰だ!?」

 

 隊長格の男は青ざめた表情で声を荒らげている。魔獣訓練用の部屋であるこの壁の厚さは普通の家屋の何倍もある。それを破壊した人間を前にして、驚愕の表情にならない方が無理な話である。

 

「冤罪をかけられたレーグニッツご子息の学友だ。ま、と言っても、俺はお前らが調教している数十体の軍用魔獣に興味があってね。どうだ? 躾の成果、試す気ないか?」

 

「くっ! 貴様、早死したいようだな。いいだろう、魔獣の餌にしてくれよう!!」

 

 男がそう言い放つと同時に、奥に見える鉄柵が開き、数十の軍用魔獣が姿を見せる。

 

「10、20……28か。足りねぇけどいいか。いいぜ、今回は特別に良いもん見せてやるよ」

 

 先程まで何も持っていなかったその手には既に双剣が握られている。

 

「む!? 貴様、いつの間に! 魔獣共、殺れ!!!」

 

 男がそう叫ぶと同時に縦列した軍用魔獣が一斉に突進を仕掛けてくる。

 一方、それに対して微動だにしないスレインは瞬きをするだけ、しかしその目は、今までと黒い瞳ではなく蒼碧の瞳となっていた。

 

「精霊達よ!」

 

 ただ一言だけを言い放ったスレインは、双剣を前に向ける。それと同時に彼の身体がアーツの駆動時に放たれる術式の光に包まれた。

 その刹那、爆発音が幾重にも重なる。大気が揺れて無数の風を呼ぶ嵐が魔獣を切り裂き、潮の如く水流が標的を飲み込む。同時に地表が割れて精製された無数の岩が追い打ちをかけ、割れた地表から現れた活火山から無慈悲にもマグマを飛ばして一方的なダメージを与えていく。

 その衝撃で生まれた爆煙が消えた頃には、地に足をつける魔獣は一匹足りともいなかった。

 

「な、な、何!? 全滅だと!?」

 

 一瞬の出来事で戦慄の表情をする男。勿論それは後方に待機している領邦軍兵士達も同じである。それもそのはず、アーツによる猛襲をたった数秒で行い28にも及ぶ軍用魔獣を一斉に沈黙させたのだ。

 

「ラグナヴォルテクス、グランシュトローム、エインシェントグリフ、サウザントノヴァ……四属性の最高位アーツだ。これに耐え切れる魔獣なんて見た事ねぇよ」

 

 蒼碧の眼(コントラクトアイ)。精霊と契約をする事でARCUSの発動アーツに加算されていないアーツを駆動時間ゼロで使用出来る技である。その際、同属性のアーツでなければ同時行使が可能で、地水火風時空幻の最大七連撃が可能な、アーツを行使するスレインの奥義とも言えるこの技は、この技名通り使用する際に瞳の色が黒から蒼碧の色に変わる。

 

「そんな馬鹿な!? えぇい! お前たち、仕留めろ! あんなもの人間相手に使える訳がない!」

 

 隊長格の男がそう言うと、身震いしていた兵士達が、自暴自棄とも思える様な動きでこちらに向かって突進してくる。その数は10人。

 

「それは間違いじゃねぇんだけどよ……あれじゃなくても使えるからな?」

 

 自身を間合いに捉え、剣を振りかざした兵士を弾き返すと同時に、再びアーツの光が発生し、威力の低いルミナスレイが数本放たれる。それと同時に目にも留まらぬ疾さで同じ行為を繰り返すスレイン。

 戦闘はものの数秒で終了し、10人の兵士は全て気絶させられていた。

 

「き、貴様!? その戦い方……まさか!?」

 

「流石に領邦軍なら知ってんだろ? 最前線で高位アーツを連発する、その異形の姿をさ」

 

「デ、悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)…!? ウ!?グフッ……」

 

 相手の言葉が聞こえると同時に瞬時に切り込み、数発のソウルブラーを剣に乗せて打ち込むと、隊長格の男はあっさりと沈黙した。

 

「正解。ここまでやる必要なかったんだけどな。ヘルムート公もこれで多少なりとも警戒するだろ」

 

 そう言い残して、この部屋の正規の出入口へと向かっていく。ため息を一つ付いた彼の瞳は既に今までと同じ黒に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「士官学院に入る前、わたしは猟兵団にいた。そこで全部教わった。ただそれだけ」

 

 薄々感付いていたが、やはりこの少女はそうだったのか。思い返せばオリエンテーリングの時から頭角を現していた。一人で進み、何事も無く皆と合流していた。

 そして彼女の得物である双銃剣(ガンソード)は、見た事のない武器である。その一体型になっている武器は、明らかに殺戮を目的とした造り。それも年下でもある彼女が使いこなしている事も一つの証拠だった。

 

「猟兵団……そうだったのか」

 

「信じられん、“死神”と同じ意味だぞ?」

 

 ユーシスの言葉に悪意がある訳ではないが、そういった呼称も確かに存在する。

 

「私、死神?」

 

「いや……そうだな。名に囚われる愚は犯すまい」

 

 そうは言っているもののユーシスもやはりどこかぎこちない。この状況で携行型爆弾を利用し、詰所への入口が開いた事は助かったのだが、一同にはやはり一抹の不安がある様だった。

 

「……フィー。教えてくれてありがとう。それとゴメンな。聞き出すような真似をして」

 

 この不穏な空気を壊すには自分が言うしか無いと思い、状況には不相応な発言をする。これで一旦この話を終わらせないと、単独で行動しているスレインにも害が及ぶ。

 幸い、この一言で一同は気を取り直して奥へと向かっていった。

 

「ここか……」

 

 中に入って数分でマキアスは見つかった。

 

「君たち、一体どうしてここに? ……まさか、忍び込んできたのか!?」

 

 ここまでの道のりをざっと説明すると、フィーが先程と同様に爆弾で扉を開ける。マキアスは勿論初見なので口をパクパクしているが、今回ばかりは無視。

 

「話は後だ、とにかく脱出しよう」

 

 そう告げた途端、話声に気づかれ見回りの兵士達と遭遇したのだが、何とか無力化する事に成功し、持っていたカギでマキアスの所持品を回収して侵入した道を戻るのであった。

 

 

 

 

―――ヴォオオオオオオオッ!!

 

地下水路を引き返すリィン達の背後から獣の咆哮が聞こえた。あと少しで中間地点を迎える場所から聞こえるという事は、それだけ体格が大きくないと聞こえない。

 

「なんだ……!?」

 

「軍用に訓練された魔獣かも」

 

 フィーのその発言で一同は困惑した表情を見せる。

 

「くっ、冗談じゃないぞ!」

 

「喚くな! とにかく急いで戻るぞ!」

 

 急いで戻るリィン達だが、軍用魔獣の気配は猛スピードで近寄ってくる。これ以上走っても追いつかれるだけ。覚悟を決めてここで迎撃する方がいい。

 

「みんな、追いつかれる! ここで撃破するぞ」

 

 そう叫ぶと同時に、軍用魔獣『カザックドーベン』は姿を見せる。分厚い装甲に見を包み凶暴そうなその姿とは打って変わって、こちらの出方を伺う様に警戒している様だった。

 

「かなり訓練されている……」

 

「……かなり知恵がある魔獣ですね」

 

 フィーとエマが言ったとおり、ジリジリと近づいてくるその姿は、もはや人間の様にさえ思える。

 

「「ヴォオオオオオオオッ!!」」

 

「くっ、やるしかないな!」

 

「逆にこちらが躾けてやる!」

 

 威嚇する様なその咆哮を聞き、マキアスとユーシスの掛け合いで、一同は決意を固める。

 そう、この戦闘で彼らは戦術リンクを物にする。それが見えたからこそ、リィンは戦闘開始の合図を告げた。

 

「特別実習の総仕上げだ……士官学院特化クラスⅦ組A班、全力で目標を撃破する!」

 

「「「おおっ!」」」

 

「各個撃破で行くぞ! フィー! 遊撃は任せる!」

 

 リィンは皆を激励し士気を上げる。

 

Ja(ヤー) いくよ―――『クリアランス』」

 

 フィーが二体纏めて銃撃の嵐を浴びせ、その行動を阻害しカザックドーベンの武器でもあるスピードを殺していく。

 

「白き刃よ―――『イセリアルエッジ」

 

 そこにエマが魔力で生み出した刃を打ち込み、一体のバランスを崩す。その瞬間、戦術リンクが発動し追撃を仕掛けるリィン。

 

「そこだ!―――焔よ『焔の太刀』」

 

 焔を宿したリィンの太刀による連撃に耐え切れず、二体のカザックドーベンは身を縮めて、行動に隙が生まれる。

 

「ここだ! 喰らうがいい―――『クイックスラスト』」

 

 この好機を見逃さなかったユーシスは敵陣に深く入り込み、無数の斬撃を浴びせる。その瞬間、今まで繋がる事のなかった戦術リンクの光が彼を包み込む。

 

「今だ! レーグニッツ!!」

 

「ああ! これならどうだ!―――『ブレイクショット』」

 

 ユーシスが声を上げる事を知っていたかの如くタイミングでマキアスが大口径の銃弾を打ち込む。

 それでも倒れない二体は賞賛に値すべきタフさである。一同はこれでもまだ倒れない事に動揺の色を見せたが、この戦いがあと一手で終わりを告げる事を悟った少女は既にその時点で動いていた。

 

「これで終わり!―――『シルフィードダンス』」

 

 先日の実技テストでスレインに向けて放った戦技(クラフト)。風を纏ったフィーによる銃撃と斬撃の嵐が容赦なくカザックドーベンを襲っていき、動きを封じると共にその巨体は地にひれ伏すのであった。

 

「何とか倒せたな……」

 

 二体の軍用魔獣の動きが完全に停止した事を確認して声を出す。

 

「さっ、さすがにもうダメかと思ったぞ……」

 

「フン……たかが獣ごときに遅れを取ってたまるか……」

 

 それを聞いて安心したのか、マキアスとユーシスが言葉を続ける。

 

「ふふっ、二人共見事な戦術リンクでした」

 

「あぁ、実習の仕上げにしては上々過ぎるくらいだな」

 

 エマとリィンのその言葉を恥ずかしそうに言い訳をする二人。この大型魔獣相手に戦術リンクを完成させて全員で撃破したのだ。これ以上の評価はないだろう。リィンがそんな事を考えていた矢先だった。

 

―――ピィィィ!!

 

 警笛の様な音が聞こえると、複数と足音と気配を感じる。

 

「しまった……」

 

 自分達が逃げ出していた事も忘れ、勝利の一時に安心していた事が仇になった。魔獣ではなく、領邦軍兵士の追手がすぐそこまで来ていたのだ。

 

「呆けている場合ではなかったか……」

 

「ここまでか……」

 

 ユーシスとマキアスが言葉を出すと同時に、領邦軍は自分達を取り囲んでいく。

 

「貴様ら、よくも巫山戯た真似を……レーグニッツだけではなく、全員で捕まりたいらしいな!」

 

 昼間マキアスを拘束した隊長格の男はそう言って部下に指示を出し、銃口をこちらに向ける。

 

「ああ……捕まえてもらおうか」

 

 ここで口を開いたのはユーシスだった。アルバレアの名を使えば逃げられるかもしれないと思ったのだろう。しかし、あれだけ強引にマキアスを連行した彼らだ。それで納得する訳がない。

 

「ユーシス様!? どうしてここに!? 謹慎されていたのでは!?」

 

「フン、実習を再開しただけだ。それよりもどうする?こいつらを逮捕するならば、俺も同罪という事になるが……」

 

 男の言葉に聞く耳をもたず冷静に返答するユーシス。その言葉にはいつも以上の威圧感が含まれている。

 

「……それは……」

 

「さすがに若様に銃口を向けるわけには……」

 

「ええい、狼狽えるな! いくらユーシス様でも軍事施設への無断侵入は許されるものではありません! ましてや公爵閣下の命に背き、勝手に容疑者を逃がすなど……」

 

 部下の動揺を一声で制し、さも正論の如く言葉を並べる男。

 

「いい加減にしろ……そりが合わないとは言え、同じクラスで学ぶ仲間。その者があらぬ容疑を掛けられ、戦争の道具に使われるなど……このユーシス・アルバレア、見過ごせるとでも思ったのか!?」

 

 男の言葉に屈する事なく、マキアスを仲間と言い、更にその身を案じた言葉を紡ぐユーシス。もはや、彼の中ではマキアスをしっかりとⅦ組の一員、仲間として認めている言葉だった。

 

「よく言った、ユーシス」

 

 その言葉は自分達の前方、領邦軍の後ろから聞こえた。

 

「スレイン!」

 

 リィンがそう叫ぶと、彼は笑って「わりぃ、少し遅れた」とだけ告げた。

 

「お前らさ、自分の立場をわきまえた方がいいぞ? 詰所の兵士は全員ノシたし、軍用魔獣は一匹残らずあの世行きだぜ?」

 

 飄々とした姿でそう言った彼に領邦軍は戦慄の表情を浮かべている。その言葉には自分たちも驚愕の表情をせざるを得なかった。

 

「なっ……」

 

「それにさ、さっきから聞いてんだけど、お前ら仕える所間違ってねぇか? 領邦軍ってのはアルバレア家に仕えてるんだろ? 何故ユーシスの言葉が聞けない。いつからヘルムート公爵閣下の私兵の様な言い方が出来る様になったんだ?」

 

 その言葉にはさすがに堪える様だった。苦虫を噛み潰した様な表情をして、言葉が出ない領邦軍。確かに傍から見たらその通りである。アルバレア家に仕える身でありながら、末席でありながらもアルバレア家の者の言葉を聞かない。取り付く島もないこの状況は、スレインと同じ様な言葉が出てくるのが普通である。

 

「くっ、何を言われようと我らにも使命がある! こうなったらユーシス様ごと武装解除を……」

 

「その必要はないぜ」「その必要はなかろう」

 

 前からはスレインが、そして、後ろからは昨日聞いたばかりの声が聞こえた。

 

「この声は……」

 

 ユーシスが呟くと同時にその声の持ち主は現れた。

 

「ルーファス様!?」

 

「帝都に行かれたのでは……」

 

 領邦軍の兵士がそう声に出す。それは正に代弁であり、この場にいる全員が同じ疑問を持っている。

 

「士官学院の方から昼過ぎに連絡が入ってね。それで急きょ飛行艇でこちらに戻ってきた訳だ。君たちの教官殿と共に」

 

「ハイ♪ お疲れ様だったみたいね」

 

 そう言って背後から現れたのはサラだった。

 

「事情はひと通り聞かせてもらった。この場は私が引き取るが故、卿らは戻るがいい」

 

「しかし……」

 

 ルーファスの言葉に頑なに拒む男。それはもはや、無理だと分かっていてもプライドが許さない発言の様にも聞こえた。

 

「父には話しておいた。この上私に余計な恥をかかせるつもりか?」

 

 この言葉がトドメだった。歯を食いしばった男は部下に撤収の命を告げるつ速やかに撤退をしていった。勿論、スレインの前を横切る際には舌打ちをして睨みつけるという、敗者ならではの決まり文句まで披露していた。

 

「しかし、どうして教官がこちらに?」

 

 マキアスが不自然そうな顔をしてサラに問いかける。

 

「いや〜、とある筋から情報が入ってね。急いで帝都にいた理事さんに連絡を取って、帝都からの飛行艇に乗せてってもらったのよ」

 

「まったく用意周到な……ん?」

 

「今、“理事”とおっしゃいましたか?」

 

 ユーシスとエマが聞きなれない言葉を聞き返す。

 

「改めて、士官学院の常任理事を務めているルーファス・アルバレアだ。今後ともよろしく願おうか」

 

 この状況で何となく理解していたスレイン以外は全員が茫然自失状態であった。

 常任理事。つまりは理事長であるオリヴァルト(これはまだⅦ組は知らない)の代わりに運営する代理的な存在であろう。そして常任理事は3名いるとの事が伝えられた。といっても、その3名も大方検討が付くので、言及する必要はない。

 

「それと、スレイン・リーヴスくん。改めて御礼を言わせてもらうよ。父の独断行動を止めてくれて助かった。さすが悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)だ」

 

 ルーファスは軽く頭を下げて感謝の意を示す。

 

「その名は辞めてくださいよ。そんな悪名、学生には似合わないですから」

 

「それは失礼した。しかし、父があれ程までの事をしていたとは……」

 

「まぁ、今後はそこの教官殿を頼ってくださいよ。牽制目的と言えど、アレを使うには少々悪目立ちしますから」

 

「なるほど。では、そう言う事にしておこうか」

 

 一同はその会話の内容が分からなかったが、今回の一件は知らない所でスレインが活躍していたという事だけは分かった。後程、それについて御礼を言っても「大したは事してない。むしろそっちの方が大活躍」と言って逆に賞賛されてしまい、言及する事も出来なかった。

 

こうして、何はともあれ長かったバリアハートでの特別実習は幕を閉じるのであった。

 

 

 




この時点では名前も出ていなかった改造野郎ことトヴァルさんですが、スレイン君が無視する訳にもいかず、満を持して名前&解説付きで登場してもらいました。

しかし、トヴァルさんとスレイン君が被るので、兄さんには犠牲になってもらいました。
ファンの皆さん、申し訳ありません。

それでは、今回もお読み頂きありがとうございました。


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流麗な使用人・前編

タイトルでバレてますが、遂にあの方が登場します。
書いていたら2万字を優に超えていたので、二部構成となりました。

他にもやっとあの方たちが登場します。
これから沢山出てくる予定なので、今回はジャブだけにしてあります(笑)


という事で、第17話、始まります。


PS
気づいたらお気に入りが50件を超えていました。
正直お恥ずかしい点もありますが、その倍以上に嬉しい気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます。

今後も頑張って更新致しますので、ご愛読頂ければ幸いです。


 

「疲れた……色々疲れた……」

 

「まぁまぁ、あんたのおかげで万事上手くいったんだからいいじゃないの。シャキッとしなさいよ」

 

「うっせなー、お前さんは何もしてねーだろーが」

 

 二回目の実習から帰宅し、皆が泥のような眠りについたその夜。第三学生寮のスレインの自室に、一人の女性が来訪中である。

 そう、今回実習先まで足を運んでおきながら、全て常任理事のルーファス・アルバレアに任せて隣に突っ立っていた人間、サラ・バレスタインが隣に座っているのだ。

 

「それはだって、逆に言えばあたしよりも発言力ある人がいたら、出ない方がいいじゃない?」

 

「それは違いないんだけどさぁ……トヴァルまで呼んでる時点で、マジで働く気ゼロじゃねぇか。……ま、別にいいけどさ、無理されんのも困るし」

 

「あら、何? 飴と鞭? 心配してくれるなんて嬉しいわ〜♪」

 

 そういう所にだけはしっかり食いついてくる辺りが可愛くないのだが、そんな事を言っても改善される訳ではないので反論はしないでおく。

 

「ま、とりあえず全員無事で帰ってきたし、マキアスとユーシスも戦術リンク使えたし……結果オーライだな」

 

「そうね、今回もまたスレインのおかげよね。ほら、ご褒美」

 

 そう言ってサラは酒瓶のラベルを見せる。確認するとバリアハート産のワインであり、その中でもかなり高級な部類に属するものだった。

 

「どしたんだ、これ? けっこうするヤツじゃん」

 

「常任理事さんがくれたのよ。連絡くれた御礼と、あんたの功績に対しての報酬ってトコね。せっかくだから飲みましょ♪」

 

「サラ……これ飲みたいが為に来ただろ?」

 

「え〜、そんなの当たり前じゃない♪ ほら、カンパーイ♪」

 

 自分が話している間に早々と注がれたワイングラスを鳴らして、諦めた表情で一口飲む。

 

「ん……流石だな。ココ最近で一番美味い」

 

「ん〜! 確かに美味しいわね〜♪」

 

 実際に美味いものを口にすると、それまでの疲れは吹き飛ぶものである。一口飲んだだけで口に広がる芳醇な香りに、今日のあれこれを一瞬全て忘れそうになる。

 

「サラ、肴にするには下世話な話なんだが、一個だけいいか?」

 

 真剣な表情をしてサラを見据える。それだけで感じ取ってくれた様で、小さく頷く彼女の表情も同じく真剣なものへと切り替わった。

 

「帝国に結社が入ってる。今のところ『怪盗紳士』に接触したが、交戦するつもりはないらしい」

 

「……それマジ?」

 

「あぁ、ただ気になる点としてはリィン達にも接触してる。そっちはお遊び程度と言っているが……Ⅶ組に目を付けてるかもしれんな」

 

「今のところはこっちも様子見よね」

 

「だろうな。どちらにしても奴ら相手に先手なんて取れないんだから、暫くは情報収集メインだな。トヴァルに上手く回らせればいいだろ」

 

「あたしも動く?」

 

「いや、今は大丈夫じゃないか? あいつも今回はお誘いだけって言ってたから、直近で何かするつもりではないらしい」

 

「お誘いって……あんたまだ勧誘受けてるわけ?」

 

 僅かに怒気の籠った声がサラの口から飛び出る。この話題は禁句だったのだが、事後報告として手短に済ませようとした事が仇になった。バツの悪い表情をしながら目線を逸らすスレイン。

 

「まぁ、今回は戦闘になってねぇから大丈夫だって。それに、あいつらも勧誘目的だから命までは取らないし」

 

「そういう問題じゃないわよ! まだそんな危ない橋を渡ってるのね……」

 

「あちこちで執行者とやり合ったからねぇ。それにシャロンを完全休業にさせたのだって俺だし。能力的に見ても、喉から手が出る程の人材なんだろ」

 

「だから心配なのよ。いくらあんたでも相手が悪かったら―――」

 

「サラ」

 

 その後の言葉を遮る様に優しく呼びかけて視線を戻す。

 

「今更相手も何もないさ。それにこれは俺の宿命だ。前に言っただろ? 『思っている以上に深い関わりだと思う』って。俺も真相までたどり着いちゃいないが、それでも関わらないと真理は見えない」

 

「…………」

 

 その言葉の意味を理解しているつもりであっても、重みまで理解出来ないサラは沈黙してしまう。

 自分自身が分からない事を他人に分かってもらいたい訳ではない。この言葉は他の誰でもなく、自分自身に言い聞かせた言葉だった。

 

「ヤバイ時は目一杯頼らせてもらうよ。今は頼れる教官殿だしな」

 

 そう言ってサラの空いたグラスにワインを注いでいく。自分で招いたこの雰囲気は、一晩中に酒に付き合う事で彼女の機嫌と共に戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 日付は変わって翌朝。学生寮のリビングルームにて。

 

「で、どうしてこうなった?」

 

 スレインは現在非常に困惑中である。明け方までサラの酒盛りに付き合っていた為、殆ど睡眠に時間を当てる事もなくリィンに叩き起こされた。「リビングに来てくれ」の一言だけ残して。

 そこいたのはリィンだけかと思いきや、Ⅶ組一同。まさかの全員集合である。この状態に流石に何事かと思って問いただしたら、全員が深々と頭を下げてこう言ったのだ。

 

「戦いを教えてください」

 

 巻き戻した時間を現在座標に正す。目の前にいるⅦ組一同9名は揃いも揃って真剣な眼差しでこちらの言葉を待っている。それにに対して発言したセリフが先程の言葉であったのだ。

 

「たまたまさっき皆が揃ってさ、今回の実習の件を話していたんだ。A班で今回単独で動いて、俺たちのフォローをしてくれたスレインの話をしたんだが……スレインと俺達には差が有り過ぎる気がすると思って。自分達の力を付けるには、スレインに教えてもらう方が良いというのが全員の意見だった」

 

 代表してリィンがそう答える。まぁ、大方今まで見てきた自分の戦歴さえも考慮してこの結論に至ったのだろう。

 

「……何故差があるのが嫌なんだ? 既にⅦ組は他のクラスよりも戦力は上だと思うぞ?」

 

 特別実習という実戦がある以上、トールズの他のクラスより戦力が上なのは当然である。ましてや、ケルディック・バリアハートと自身が行った実習先では、学生の立場を越えた案件で戦っている。判断力から戦闘力まで、既に学生の域を越えそうになっているのは間違いない。

 

「……守られている気がするんだ。一緒にいる時は勿論、俺たちは知らない所でもスレインに守られている様な気がする。でも、俺たちにはスレインを守れない。その実力がない」

 

 またしてもリィンが回答し、一同は僅かに首を頷きこちらを見ている。どうやら発言権を我らがリーダーに委ねているのだろう。

 

「守られているのは当然だ。それが戦力的な役割分担だろう。戦力の劣る者の特権であって、戦力が優っている者の義務だからな」

 

「では、貴様はその義務とやらであの軍用魔獣を全滅させたのか?」

 

 一瞬の間を起きユーシスが発言した。随分と情報の入りが早いものだ。昨日の今日でその情報があるという事はルーファスから聞いたのだろう。

 

「僕たちは5人掛かりで2体倒すのが限界だった。それでもフィー君がいたから何とかなったものだ。それを28体も相手にして無傷でいる時点で差が有り過ぎる。同じクラスとしてこれを縮めたいと思っても当然だろう?」

 

 お次はマキアス。正直、あの戦いは遠巻きに観戦していたので、その過程は知っている。確かにフィーの援護と必殺技という猟兵としてのスキルがあったから倒せた様なものだ。フィーだけでもレベル差があるというのだから、それを10倍以上相手にした自分と比較してしまえば、その差に愕然とするのも頷ける。

 

「……ああ、2体だけ別の場所に収容されていたみたいだが、同時に出されたらマズイと思ったからな。どんな過程があるにせよ、どんな差があるにせよ、勝ちは勝ちだ。その結論でいいんじゃないか? それともお前さんたちは、自分から人の一線を越えたい(・・・・・・・・・)とでも思ってるのか?」

 

その最後の言葉に全員の表情が固まるが、気付かないフリをしてそのまま言葉を続けていく。

 

「皆も何となく思ってると思うけどな、正直俺も自分が人の道を外している(・・・・・・・・・・・・)と自覚している。だから人の道を歩む者に何かを教えられる様な人間だとは思ってない」

 

 この言葉に対して何かを言える者は誰もいなかった。リビングに広がる沈黙は実際の時間の何倍にも感じる、とても重苦しいものになっていた。

 

「……まぁ、そういう訳で、最初の質問の答えはノーだ。ただし、手合わせや模擬戦の相手なら構わない」

 

 要するに、直接指導するのではなく『肌で感じとれ』という言葉をオブラートに包んでそう話す。一同は瞬時にその意味を理解して、重たい雰囲気が溶けて表情が明るくなっていった。

 

「ま、そういう訳だから、焦らず自分の範疇内で鍛錬するんだな。どっちにしても俺みたいな芸当が身に付くわけじゃねぇんだからさ」

 

 最後に「じゃぁな」と一言だけ告げて第三学生寮を後にするスレインであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちわーっす。ジョルジュ先輩いますー?」

 

「おはよう、スレイン君。もう少しで手が空くからちょっと待っててくれ」

 

 黄銅色のつなぎを着用した膨よかな先輩はこちらを見ずにそう告げるので、言葉に甘えて入り口付近にあるテーブルに付き、朝食を食べながら作業を終えるのを待っていた。

 

 現在の場所は技術棟。と言っても平屋建てで倉庫程度の広さの場所である。一応名目上は士官学院内のオーブメントの調整工房という事になっているが、実際の所は目の前で作業をしている一学年上の先輩、ジョルジュ・ノームの城と言っても過言ではない。

 

「ごめん、お待たせ。いつも悪いね、朝ご飯まで買ってもらって」

 

 ここに来る前にキルシェで買ってきた軽食を渡す。スレインがこの場所を訪れるようになったのは二週間程前の事だ。

 生徒会の手伝いをしているリィンはけっこう技術棟に出入りをしているらしく、ジョルジュとも仲が良い。そして、生徒会長のトワ・ハーシェル、先輩のアンゼリカ・ログナー、クロウ・アームブラストとジョルジュは昨年から共に行動していた仲良しグループという事もあって、皆で仲良くここでお茶をする事もしばしばあったらしい。

 そして、二週間程前についに口を割ってしまったのである。自身のクラスにとてつもなく導力学に詳しい人間がいると。幸い、戦術オーブメントがどうとかの話は隠してくれたらしいのだが、ジョルジュを筆頭に全員に興味を持たれて、半ば強引に自分もその会に飲み込まれていったのだ。

 

 ジョルジュは現在、導力バイクというルーレ工科大学で試作されている導力式の乗り物を組み上げ、アンゼリカ専用のカスタムをしているとの事。アンゼリカが四大名門の一つ『ログナー伯爵家』の息女であり(家庭環境は良くないとの話だ)資金提供をして、全員で製作しているらしい。

 道楽半分で行っている学生の趣味みたいなものであるが、それについての意見だとか手伝いとかの熱弁を受けてついイエスを言ってしまい、受けてしまった以上は腹を括り、それから頻繁に顔を出してはお手伝いをしているというのが、ここまでの経緯である。

 

「もうこれ以上は弄ると所がないんじゃないですか?」

 

 朝食を食べながら質問をしていくスレイン。

 

「動作上は問題がないけど、やっぱり安全面は気になるからね。そういった部分ではまだまだ完成には至らないかな」

 

「安全面って言ってもねぇ……逆にこれ以上の遊びを造ったら、ガチガチで面白みに欠けますよ?」

 

「それもそうなんだよね。アンの意見を取り入れるとそうなってしまうんだけど、それでもやっぱり工夫すべきなんじゃないかな?」

 

 操縦者でもあるアンゼリカは言ってしまえば、安全面よりも快適さ重視の性格である。そして、その快適さというのは、バイクという性質上スピード。スピードを出すとなるとそれだけ安全性が必要になるのだが、過剰に意識をすると最高速度の低下や加速度に影響が出る。上手くバランスを考えていかないと、技術者と操縦者の意見が一致しないという事である。

 

「はっきり言って、ここらが限界ですね。パーツそのものを変えていかないと、両立は厳しいと思いますよ?」

 

 現状から判断した答えを出すが、納得いかない顔を浮かべているジョルジュ。それと同時に扉から二人の先輩が入ってくる。一人は栗色の長髪を一つに束ねた小柄な生徒会長トワ。そしてもう一人は紫色のショートの髪に黒のライダーススーツの様なつなぎを来た先輩アンゼリカだ。

 

「おはよー! 早速二人で会議中?」

 

「おはよう、二人共。何やら難しい顔をしているけど、相棒の話かい?」

 

「おはようございます。トワ会長、アンゼリカ先輩」

 

「おはよう、二人共。そうだね。スレインくんの的確な言葉に負けた所さ」

 

 トワが手に持っている朝食を並べ、アンゼリカが水筒から全員分の紅茶を注いでいく。毎回恒例のお茶会スタイルである。

 

「しかし、ジョルジュの会話についてこれるなんて本当に驚きだよ」

 

 アンゼリカは紅茶を飲みながらそう言ってこちらに目線を向ける。

 

「一から組み上げたジョルジュ先輩程ではないですよ」

 

「謙遜する必要はないよ、スレイン君。ジョルジュ君と同じ会話が出来るなんてとっても凄い事なんだから」

 

 こんな感じの会話をいつもしている。実際の所、導力バイク程度(・・・・・・・)なら簡単な部類だが、そんな事言うと七面倒な事になるので勿論黙っている。

 

「おーす、なんだよ、飯は終わってんのか」

 

 扉が開くと同時にそう言ながら、眠そうな顔で入ってくる銀髪の先輩クロウは既に空っぽのランチボックスを見ながらもの寂しそうな目をしながら空いている椅子に腰掛ける。

 

「クロウ先輩、おはようございます。食べかけで良ければどうぞ」

 

 ほぼ同時に皆で挨拶をして、自分はまだ手付かずだったサンドイッチを渡した。

 

「お、スレイン、サンキュ。気が利くぜ。そう言えば、ジョルジュ。バイクの方はもう完成か?」

 

「うーん、今のところは……かな? スレイン君とも話したんだけど、今の状態ではこれ以上弄れないんだ」

 

 クロウの質問に、またまた納得のいかない表情で答えるジョルジュ。

 これを量産化するつもりなのであれば、既に生産ラインに乗せられる状態なのに何を求めているのだろうか。

 

「そういえば、アレってどうなったの? 前にアンちゃんが言ってたやつ」

 

 全員のカップを見回して空のコップに紅茶を注ぎながら質問するトワ。

 

「あぁ、あれもパーツが足りなくてまだ手付かずなんだよ」

 

「丁度良いサイズが見つからないのもあって、こっちに回ってこないのだよ」

 

 ジョルジュ、アンゼリカの順で質問に回答するが、何一つ明確な単語がないので全く話が分からない。

 

「すみません、あれって何ですか?」

 

「なんだ、お前さんは聞いてないのか? サイドカーってやつだ。バイクの横に設置してもう一人を乗せるパーツらしいぜ?」

 

 自身の質問に、知らなかったのは意外という表情をしてクロウが回答する。

 

「なるほど。てことは、導力系統ではなくて単純に金属系の材料がないって事ですか?」

 

「そうだね。同郷のよしみでラインフォルトに頼んでいるんだけど、元々ログナー家ではなく一学生の依頼として毎回出していてね。そこまで融通が効かないんだ」

 

 確かに学生からの依頼で通していれば、いくらログナー家の息女からの依頼であっても優先事項は落ちるだろう。それに人一人を収容出来るサイズとなると、材料もけっこうな量になる。融通が効かないのも当然だ。

 

「ふむ……分かりました。ちょっと裏ワザ使いますけど、詮索はなしでお願いしますね」

 

 そう言って徐ろにARCUSを取り出し、とあるナンバーにかける。そこにいた先輩方は首を傾げているが、この際気にしない。

 

「……もしもし? あぁ、久しぶりだな。……いや、緊急じゃない。知り合いが導力バイク用のサイドカーを一つ製作するんだけど、材料がないから欲しいんだ。…………あぁ、そうそれ。配送先はトールズ士官学院技術棟で頼む。…………サンキュ。埋め合わせは後でするさ。…………俺の性格知ってんだろ? 礼は必ずする。じゃぁ、またな」

 

 ひと通りの通話を終えてARCUSをしまうと、一同は更に不思議そうな表情をしていた。

 

「とりあえずラインフォルトから一台分の材料を確保しました。来週には届くとの事なんで、それまで気長に待っていてください」

 

「え!? 今の電話ラインフォルトにかけたのかい?」

 

「私でもダメだったんだが……一体君はどんな繋がりがあるというのだ?」

 

 お得意様である自分たちがダメだったのに何故、といった表情でジョルジュとアンゼリカが疑問を投げかける。トワとクロウも同じような顔をしている。

 

「まぁ、正確に言うと本社ではなくて知り合いの所です。以前でかい貸しを作ってあるので、それで優先的に。さっきも言いましたけど、これ以上はなしですよ?」

 

 わざとらしく悪戯そうな笑みをしながら一同の次の言葉を制した。

 ARCUSの開発というラインフォルトの中でも1,2を争う功績に携わっているので、基本的にどんな融通も効いてしまうのがスレインなのである。

 それに、ラインフォルトとはそれ以外にも個人的な繋がりがある為、言ってしまえば第一優先事項にもなるのだ。勿論、通話先もその個人的繋がりの人物である。

 

「スレイン君、すごいね……アンちゃんでもダメなのに、それを覆すなんて」

 

「いや、覆した訳じゃないですよ。単純にどっから話を通すかの違いです。俺に出来る事はこれくらいですから」

 

「とか言っても、しっかりジョルジュにアドバイスしてんだから、本当にすげぇヤツだよな、お前さんは。てか、それはそうとブレードやろうぜ!」

 

 こうしてクロウのこの発言でブレード大会が始まっていく。これも毎回の決まり事の様なものだ。

 

 今まで感じた事のないこの平和的な日常と先輩という縦の繋がりを得たスレインは、こんな面倒な場所に招き入れたリィンに恨みよりも感謝をする事にして、貴重な休日を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 学生の本分は学業である。入学してから既に三ヶ月が経過しようとするこの時期、学生の大半が憂鬱に感じるイベントが存在する。

 

 学力試験。つまるところ、テストだ。このトールズ士官学院での学力試験は、個人成績が張り出される他、クラス全体の平均点という成績も張り出されるらしい。個人成績が張り出される時点で、結果が振るわなかった者からしたら羞恥以外の何ものでもない。しかし、トールズでは貴族・平民といる事から、このクラス成績というものが厄介なのである。毎年貴族クラスの1組がトップらしいのだが、これを貴族・平民の違いという事で、試験後は我が物顔での学院生活に拍車をかけるらしい。

 そしてクラス成績というものは担任教官にも関係するらしく、結果が振るわない場合はお小言(つまりは説教)が入るらしい。特に今年から新設されたⅦ組は、特別実習という課外活動があるので、そもそも学力の部分が懸念対象となっており、今回の試験はそのウェイトがかなり重い。

 しかし、今年度入学生徒の主席・次席がいて、更に成績上位者が多いこのⅦ組には期待しているとの事で、我が担任教官殿は特別何も考えていなかった。

 

 そんな試験が翌日に迫った今日も、皆は必死に詰め込み……もとい、試験対策をしているのであった。

 

「スレインは試験勉強、どうするんだ?」

 

「そうよ、あなたいつも寝てるか物思いに耽ってるかだったじゃない。大丈夫なの?」

 

 試験前日という事もあり昼過ぎには授業が終了し、教室内で試験勉強をしようと皆で話合っているのを横目に絶賛物思い中だったのだが、リィンとアリサの言葉に意識を現実世界に戻していく。

 

「ん? 俺は大丈夫。人生諦めが肝心だからな。それにサラに呼び出し喰らってんだよ、わりぃな。」

 

 ケラケラ笑いながら教室を出て行く。壁際で聞こえる「あの導力学なら成績も……」なんて憶測をしながら自身の成績の予想が始まっていた。

 

「(ま、風でも読みながらテキトーに流す事にしますかね……)」

 

 心の中で堂々とカンニングをする事を決意し、呼び出しの先へ向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

――――――コン、コン

 

「Ⅶ組、スレイン・リーヴスです。失礼します」

 

 形式的な入室前の挨拶をしてから扉を開ける。呼び出し先は学院長室。サラとヴァンダイク学院長に呼ばれていたのだが、何事かと思ったのだが用件を告げた際の表情から問題があった訳ではないと悟ったので、非常に落ち着いた気持ちで入室する。

 

「学院長、お待たせして申し訳ありません」

 

「いや、大丈夫じゃ。といっても、ここにいる以上、待つ事は必然じゃからな」

 

 それは間違いないと思うのだが、何事も形式的というのは重要である。学院長の机の前に立っていたサラにも会釈をして横に並ぶ。軍隊的に言うのであれば、休めの姿勢で学院長の方を向く。

 

「早速ですが、用件をお伺いして宜しいでしょうか? サラ教官も同席されてますので、重要なお話という事でしょうか?」

 

「いや、そういう訳ではないよ。第三学生寮には管理人がいないのは知っておると思うが、明日から管理人が入る事になったのでな。そのご挨拶という訳じゃ。勘違いさせてすまんの」

 

「いえ、問題ありません。しかし、その様な事柄であれば私が同席する必要はないのではないでしょうか? お言葉ですが、他の者と同様挨拶など……」

 

 スレインの言葉が終わる前に、学院長室の扉がノックされる。それと同時に可憐な声で入室の挨拶が響き渡り、丁寧に扉を開け入室してくるメイド姿の女性。

 

「あ〜、そういう事……でしたか」

 

 学院長の前であるにも関わらず、ついつい普段の口調となる事を制してそう呟く。

 目の前に現れた女性は、艶やかかつ品のある笑みを見せてこちらに歩み寄る。薄紫色のショートカットの髪にメイドキャップを付け、髪色と合わせた濃い紫を基調としたエプロンドレスを着ているその姿は、管理人というよりメイドである。

 

「知っている人物だと思うが、ラインフォルト家の秘書でありメイドのシャロン・クルーガー君じゃ。明日から第三学生寮の管理人として寮に住んでもらう。ただ、知っての通り、ラインフォルト社の方をお休みする訳にはいかんので、たまに出向く事もあるので、そこは承知しておいてくれ」

 

「スレイン様、サラ様、お久しぶりですわ。第三学生寮の管理人として、精一杯ご奉仕させて頂きますわ」

 

 そう言ってシャロンはエプロンドレスの裾を持ち深くお辞儀をする、最上級の帝国礼儀の挨拶をした。

 

「久しぶりって言っても、数日前に電話したけどな。まぁ、シャロンがいるなら寮生活は安心だな。……ところで学院長、それでもこの場に私がいる理由が見当たらないのですが……一体どういった理由でしょうか?」

 

「いや、それがの、シャロン君の頼みなのじゃ。顔合わせは私とサラ君と、君もいて欲しいと。いや〜、スレイン君はモテモテじゃな〜」

 

 学院長がこんな人だとは思わなかった。というのが正直な意見。そして横から飛んでくるジト目と後ろから感じる喜びの笑顔。どうしてこんなにもやり辛い雰囲気なのであろうか。

 

「それとスレイン君、私にも砕けてくれて構わんよ。君の事はある程度知っているが、私も軍属は退いておる。この部屋で話す時は、なるべく普段通りで構わないよ」

 

「学院長、ありがとうございます。そう言って頂けると助かります」

 

「そういう訳なので、シャロン君は本日は宿に宿泊する事になっておる。わしはこれから出るので、ひと通り話終わったらトリスタを案内してやってくれ。それではの」

 

 それだけ告げて学院長は部屋を出る。残された人物はサラとシャロンの合わせた三名。両者共に笑顔を振りまいているのだが、心の叫びは全く笑っていない。この状況では流石に胃にダメージを与えるので、キルシェで食事をする事を提案してこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数刻。約束通りキルシェで食事をしているのだが、その雰囲気は数刻前と全くもって変わっていなかった。理由は分かるのであるが、それでももう少し大人の対応をしてもらいたいものである。特にサラの方。

 

「サラ、ちょっと飲み過ぎだ」

 

 食事を初めてまだ間もないのに、グラスに注いだビールを数分で空にしてしまうサラ。これではやけ酒と同じである。

 

「やけ酒よ、やけ酒! なんでこの女が来る訳!?」

 

「そうは言われましても会長の意向ですので、わたくしの意見ではございません」

 

 もうこの押し問答は数回続いている。しかもこのやり取りをしながらもビールを注ぐのはシャロンの方なので、構図としては面白いのだが、それでも如何せん胃に悪い。

 

「とりあえず過去の因縁はいいだろ? あれはあれ、これはこれだ。サラが何と言おうと、シャロンが管理人になった以上は毎日顔を合わせんだからさ」

 

「そうですわ。わたくしはスレイン様と毎日お会い出来る事を大変嬉しく思いますわ」

 

 ちなみにスレインの空いたグラスにもしっかりとビールを注ぐシャロン。この女性はそこらのメイドとはワケが違う。主人に何もやらせないと言ってもいい程の完璧な世話が出来る。家事全般だけではなく、スケジュール管理からこういった際のマナーまで。一言で言うとパーフェクトメイドなのである。

 

「あぁ、もうイライラするわね。スレイン、あんたも飲みなさいよ」

 

「いや、だから飲んでるだろ? てか、俺、明日試験なんですけど」

 

 今更であるが、今日は学力試験前日である。他の学生達は自棄になって最後の悪あがき……もとい、最後まで諦めずに勉強中の日である。

 

「あんたはやらなくてもトップでしょ? いいのいいの!」

 

「スレイン様なら問題ございませんわ。会長も喉から手が出る程の人材と仰ってましたし、学院の試験は一位でない訳がありませんもの」

 

「お前らなぁ……トップになったら悪目立ちするだろうが。Ⅶ組ならともかく、他のクラスからしたらマズイだろ」

 

「いや、あたしは許さないわよ。トップになって見返してやりなさい」

 

「見返すって誰にさ?」

 

「あんた貴族クラスからなんて言われてるか知らないの?」

 

 はて、一体何の事を話しているのか。部活に入っていないし、学校が終わったらすぐに帰宅する日が多いので、貴族クラスには知り合いもいないし噂になる様な事柄もしていないハズなのだが。

 

「ウチの子たちがした実習の話に尾びれが付いてるのよ。あんたが脳筋だとか化け物だとか」

 

 そう言ったサラの顔は悲壮感が漂っていて、酔いのせいもあるのかほんの少し瞳が潤んでいる。

 

「んなもん、言わせとけばいいだろ? あながち間違ってないし、サラが気にする事じゃねぇよ。それに、試験でトップ取ってみろよ? それこそ化け物以上になるぜ?」

 

「気にするわよ。あんたがそう言われるなんて気に食わないの!」

 

「わたくしも同じ意見ですわ。スレイン様をその様に例えるなんて許せません」

 

 何故そういう所で気が合うのに、全く持って仲良く出来ないのだろうか、この二人は。といっても、元々サラが一方的にあの調子でシャロンがあしらうという関係なので、第三者が見れば仲良く見えるのもしれないが。

 

「その言葉だけ受け取っておくよ。主席次席と平民なんだから、ここで俺まで出てきたらそれこそ乱闘騒ぎになっちまう」

 

「いいじゃない、そんなの今更よ。実技テストって事でこてんぱんにしてやるわ! 執事が出てくるならあたしも参加出来るし」

 

「そうなりましたらわたくしも参戦させて頂きますわ。第三学生寮の管理人として謹んでお受けします」

 

 物騒な話をしながらも結託した二人は、この話では休戦を結びお酒を交わしていた。

 

「バカか二人共。戦争する気かよ」

 

 ここだけの話、シャロンは結社『身喰らう蛇』の執行者№Ⅸ『死線』のクルーガーと呼ばれる人物なのである。と言っても、今は休業中となっている。

 執行者とは結社の中でも最高位のエージェントであり、最高幹部である『使徒』の手足となって動く事が多いが、強制力はなく行動の制限もない。かなりの自由度がある立場なので、シャロンはそれを理由に休業としているのだ。

 休業にしたのはスレイン自身のなのであるが、それはまた別の話。

 

 

閑話休題(それはさておき)

 

 

「いいじゃない、決定的な絶望と敗北を与えてあげましょ♪」

 

 完全な酔っぱらいとなってきた様で、教官とは思えない発言をさっきからずっとしているサラ。この女性は未来ある若者達を再起不能にしたいのだろうか。

 

「サラ様の仰る通りです。スレイン様に仇なす者がいましたら、わたくしも黙っていられません」

 

 先程からサラがシャロンに酌をしているせいで飲むペースも上がってきているのか、普段は雪のような白い肌のシャロンも頬をほんのりと染めながら過激な発言をしているシャロン。この女性も酔う事を知らない人物なのだが、恐らくはテンションが上がっているんだろう。

 

「分かった分かった。圧倒的な絶望を与えるのは俺一人でやるからさ、二人共落ち着け。これじゃマジで戦争おきるから」

 

 そこでやっと落ち着く二人。結局この人物達を相手にするには、自身が折れない限り話は終わらないのだ。

 スレインがしっかりと真面目に(・・・・)試験を受ける事と、何かあっても対処するという事を聞いて満足したのか、二人はまた本音と建前を使い分けてひたすら飲み続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「寝たかこいつ……」

 

 店のお客も疎らになってきて、自身の周りに転がる酒瓶も数えるのを諦めたタイミングで、サラが遂に酒に呑まれて眠り始めた。

 

「そうですね。流石に飲み過ぎましたか?」

 

 サラの周りの食器を避けてからこちらを見るシャロン。先程よりも更に赤みがかった頬と、普段の完璧なメイド用語(スレインが勝手にそう言っている)が崩れている事からすると、こちらもだいぶ酔いが回っている様だ。

 

「俺の三倍近いペースだったからな二人共。シャロンもきてるだろ? そろそろ開くか?」

 

「いいえ、せっかくスレイン様とお二人でお話出来るタイミングになりましたから、もう少しだけお付き合い頂けませんか?」

 

「ん? 俺は構わないけど……何かあったのか?」

 

「いえ、そのような訳ではありませんが……わたくしも酔いがきているようです」

 

 本音を隠す様にそう告げると、こちらに向けて微笑みかける。

 

「ま、いいんじゃないか、平和的な日なんて今までなかったろ。俺もここに入学してから、平和ボケしそうなくらい平和な暮らしをしてるしな」

 

 本当であれば、それは素晴らしい事なのである。しかし、平和とは程遠い場所にいた二人は、それを素直に受け取れない。だからこそ苦笑を溢すだけで話を進めていく。

 

「そうですわね……これはこれでいいのかもせれません。本当にスレイン様には感謝してもし足りませんわね」

 

「俺は何もしてねぇよ。本当に感謝すべきなのはイリーナ会長だろ。それにあいつらは悪魔の方が欲しいらしいからな」

 

 自嘲気味にそう言って視線を彼女から虚空へと変える。

 実際の所、シャロンにメイドの道を与えた人物は、ラインフォルト社の会長イリーナ・ラインフォルトである。自分はその後押し(・・・)をしただけ。感謝される様な事は何一つしていない。

 

「スレイン様……」

 

「ま、この話してもお互いしんみりするだけだろ? やめようぜ」

 

 そうして話題を切り替えた後に二人は再び笑顔を取り戻して、互いのグラスを軽く当て鳴らす。

 

 横でぐっすり寝ている女性をそのままにして、この夜会は店の閉店時間まで続くのであった。

 

 

 




Ⅶ組の出番が殆どなくなってしまいました……
でも、それ以上に愉快な年上方が盛り上げてくれたと思いますので、こちらでお許し下さいませ……


それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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流麗な使用人・後編

えっとですね……キャラ崩壊があるかもしれません。
ファンの皆様、申し訳ありません。

ただ、今回はどうしても書きたかった内容なので、楽しんで頂ければ幸いです。

それでは、第18話、始まります。


 

6月19日

 

「ふぅ……やっと終わったか」

 

 学力試験を終えたスレインのこの一言は、試験自体の事ではなく、この試験中に漂う周囲の重苦しい雰囲気について、である。

 

 試験初日の帰宅後にシャロンが第三学生寮の管理人として正式に着任した時、アリサだけがものすごい反応を示していた。それは、アリサがラインフォルト家でいる事を隠していた事がバレた事(これはそのうちバレる事だから隠す必要がないと思うのだが)や、家を出た意味がないという事で、要は驚愕の反応をしていたのである。

 しかし、シャロンの仕事振りは折り紙つきなので、翌朝には誰にも文句を言わせない働きでⅦ組にすぐ馴染んでいった。しかし、試験期間中という事もあってⅦ組一同に普段以上の配慮をしていたのだが、この雰囲気と張り詰めた緊張感までは取り払う事が出来なかった。だからこそスレインは試験期間中気だるい思いをしていたのだ。

 

「スレインはどうだったんだ?」

 

 そんな気持ちを知らないリィンは、恐らく「終わった」の意味を勘違いしながらそう問いかける。

 

「本気出せって命令があったから本気出した。後のフォローは頼むぞ、少年」

 

「え、それはどういう意味なんだ……?」

 

 言葉の意味を理解出来ないリィンは、思わず不安な表情をしてこちらを見る。それに対して、不敵な笑みだけを返すのであった。

 

「おーい、全員注目ー!」

 

 スレインはこの日の為に数日前から計画していた事を実行する為、一同の目線を自身にをまとめる。

 

「試験終わったら身体動かしたくないか? 今からグラウンドでひと暴れしようと思うんだが……手合わせしたい奴はいないか?」

 

「うむ、確かにそうだな。勉強ばかりだと身体が鈍るのは間違いない。是非、手合わせを願いたいものだな」

 

「俺も手合わせをしてもらいたいな。やっぱり勉強だけで疲れたって本音もあるけど、スレインからだなんて珍しいな」

 

 ラウラとリィンが食いついてくるのは想定済みである。しかし、一同が腹を減らした状態にしなければ意味が無いのだ。

 

「今日で試験終了だから、シャロンに言って夕食は豪華になっているんだ。だからこそ、身体動かした方が良くないか?」

 

「成る程……貴様にしては粋な計らいをしたものだな。良いだろう。俺も参加させてもらおう」

 

 ユーシスの声を筆頭に、食事という餌に食いついた一同は予定通りの満場一致でグラウンドに向かうのであった。ちなみに、グラウンドの使用許可と仕合の申請はサラを通して完了済みである。

 

 

 

 

 

「3日後には実技テストがあるから同じ方式にするか。最初は、そうだな……リィン、ラウラ、ユーシス、エマにするか」

 

「ああ。なんか楽しみだな」

 

「うむ、胸を借りさせて貰おう」

 

「いいだろう、前回の借りを返させてもらう」

 

「なんだか不安ですけど……頑張ります」

 

 四人は各々の気持ちを吐露しながら前に出る。

 

「あと、見学の五名は俺じゃなくて四人の動きをしっかりと見ておけよ。総評は見学者にもしてもらう。基本的に悪い点を中心に見ておけ。良い所ばっかり追ってても意味が無いからな」

 

 スレインのその言葉に残りの五人はしっかりと頷き、四人を視線に入れた。

 自分が言い出した事ではあるが、予想以上に皆が乗り気な事に嬉しく思いながら自身のギアを一段階上げる。

 

「あと、お前さんたちは本気で来いよ。てか、殺す気でこい。じゃないと俺が動けん」

 

 言葉と同時に闘気と殺気を放つスレイン。それを前に一同は気を引き締めるかの如く、それぞれの得物を構え直す。そして、立会人を兼任したガイウスの開始の合図と共に仕合が始まった。

 

 

 

 

 

 

「そこまで」

 

ガイウスの声で仕合が終了すると、四名が膝を付けて肩で息をしていた。

 

「はぁはぁ……これがスレインとの差か……」

 

「うむ……これ程までとは……」

 

 リィンとラウラがそう言いながらスレインの方を見ている。

 

「ま、悪くはねぇな。とりあえず総評は俺以外からだな」

 

 そうして見学組の総評が始まる。結論から言うと、見学組の総評は戦闘という部分では悪い所はあまりなかった、という事。それもそのはず、同レベルの戦闘力で得物や流派が違う場合、立ち回りの良し悪しは付けられないのだ。それを一同に説明した後に総評を始めていくスレイン。

 

「とりあえず、前衛組は踏み込みが浅い。人間相手でも躊躇するな。ある程度だったらアーツで回復するから致命傷でも問題ない。リィンはもっと自分のスピードを活かせ。初伝止まりでも八葉なんだから状況に合わせる事が必要だな。八葉の真意は、その多彩な攻撃スタイルだ。前から突っ込むだけが取り柄じゃない。むしろ、それじゃあ活かしきれないのはリィンも分かるハズだ。今回で言うと、相方がラウラなんだから『紅葉切り』や『疾風』を使って邀撃に回った方がいい」

 

「な……八葉の事もそこまで理解しているのか?」

 

 自身の流派と自身の特性まで活かした総評に驚きを隠せないでいる。

 しかし、今はそんな事を説明する暇はないのでノーコメントを貫く。帰宅時間を告げている以上、早めの行動が肝心なのである。

 

「それなりにはな。次はラウラか。お前さんは逆に出過ぎだな。一撃が重いアルゼイド流には必中である事が重要になってくる。もっと戦況を読んでタイミングを合わせた方がいいな。今回で言えば、攻撃の起点になるんじゃなくて、重点になる事で真価を発揮できる。全体が自分に合わせる様なアピールをしていった方がいい。後は援護という意味合いも込めて、強化アーツを使っていく事も覚えるといいだろう。それくらいであればアーツの能力は関係ない」

 

「ふむ……成る程。しかし、そなた、アルゼイド流も分かるのか?」

 

 リィンと同じように自身の流派を理解しているかの如く話すスレインに驚いた表情をしているが、それもノーコメント。アドバイスも受け入れている様であるし次に進む。

 

「そっちもまぁ、それなりに、だ。次はユーシス。お前さんは器用貧乏って感じだな。宮廷剣術ってのは良くも悪くも型に沿った剣術だから読まれやすい。だからこそ、前後衛のどちらも出来る立ち回り方は正解だ。しかし、それ故に高位アーツや回復を躊躇うのはナンセンスだな。戦況に合わせるのはいいんだが、思い切りも必要だ。今回の場合だと、完全に後衛として立ちまわった方が脅威となる存在になる。しっかりと後衛の負担まで考えろ」

 

「貴様、宮廷剣術まで分かるのか……その総評はしかと受け止めよう」

 

 ユーシスも二人と同様の事を疑問にするが、その反論の余地のない総評に完全に魅了されていた。

 

「最後にエマか。今回は頼りっきりになってたから何とも言えないんだが、人間相手には今のやり方でオーケーだ。しかし、その魔導杖は固い敵なんかには有利だから場合に応じて前線に出る必要がある。後はアーツの種類だな。ARCUSのラインで 偏るのも分かるんだが、駆動時間を意識した配置にした方がいい。チームによってクオーツセットの見直しをしっかりやれよ」

 

「確かにそうかもしれません。しかし、どうやって私のクオーツまで?」

 

 エマはARCUSを見せた事がないのにも関わらず、クオーツの話までしているスレインに驚かない訳がないといった表情でいた。

 しかし、後衛組はアーツがメインになるので、構成と配置は戦い方を見ればある程度予測もできるのだ。

 

 この完璧すぎた総評に疑問点を持つ一同であったが、スレインの指示の元にすぐに二回戦が始まった。しかし、残念な事にスレインだけ二連戦である事に異議を唱える者はいなかった。勿論、そんな事を言われたい訳ではないのだが。

 

 

 

 

 

「そこまで!」

 

 立会人のリィンの言葉で終了の合図を告げられる。二回戦も先程同様、全員肩で息をしていたが、そのまま見学メンバーに総評をして貰ってから自分が行う。

 

「さて、では二回戦の総評だな。最初はガイウスか。お前さんはリーチを活かしきれてない。前衛組として体力のあるガイウスが前に出るのは分かる。ただ、体格と得物によってリーチが長い分、そこまで前に出る必要がない。ましてやチームとしての相方がフィーなんだから、そこを意識しないとフィーが危険だな。後は槍術の威力を上げるには回転を加えるといいぞ」

 

「成る程……心得た。ありがとう」

 

 ガイウスは冷静にその総評を受け入れ、何かを得た様な表情をしていた。

 

「次はフィーな。お前さんは前に出過ぎ。確かにまだフィーの方が個人レベルは高いんだけど、俺みたいなレベル相手だとそこから崩されるから危険だ。昔と違ってチームでの戦い方にはもっと協調性が必要だな。長所であるその危機察知能力をフルに使って回避能力を磨け。その方が周りも安心して戦えるハズだ」

 

「ん、難しいかもだけど、やってみる」

 

フィー自身から歩み寄ればこいつは全く問題ない。それが分かってるからこそ、深く言う必要はないのだ。

 

「で、えっと、次はアリサか。アリサはもう少しアーツ中心にしろ。敵のバランスを崩せる時だけを狙って攻撃してった方が手数は減っても効率よく戦える。あまり攻撃に手数を増やすと、それだけ後衛に負荷がかかって戦闘が長引く場合もあるから、思い切った戦い方が重要だな。チームにいる後衛に合わせたアーツセットをして後衛の中で役割分担すれば、チームの要になるハズだ」

 

「手数を減らすのね……アーツメインに出来るか分からないけどやってみるわ」

 

 ユーシス同様、中衛としての役割はメンバーによって変わる事を意識させる。それだけでもチームバランスは大きく向上するものである。

 

「そしてマキアス。お前さんはもう少し攻撃全体のバランスを考えた方がいいな。アーツは援護重視、攻撃に至ってはそのレンジと範囲をフルに使って状態を崩す攻撃がメインだろ。出し惜しみしないで、最初から全力で打ち込んで、その後からアーツに切り替えて、また全力、って感じのメリハリを見せろ。そうすればチーム全体に抑揚が付くから、場のコントロールが可能になるハズだ」

 

「バランス……か」

 

「最後はエリオットだな。エリオットもエマと同じなんだが、お前さんは回復アーツを中心にしたセットがいいな。そうする事で、チーム全体がガンガン攻撃出来る様になる。今のままだと前衛組に気を遣ってる様にも見えるから、もう少し自分の存在をアピールさせてチームを安心させろ。あと、援護は必ず開幕直後にしろ。それでチームの息をあわせる事が出来る」

 

「アピールか……うん、確かにそうかもしれない。やってみるよ」

 

 マキアス、エリオットと共に、どうしても性格が現れた戦い方になっているので、そこを指摘して全体の練度を上げる様に意識させる。そうすればこの面々でも埋もれる事なく戦闘で真価を発揮できるハズなのだ。

 

「さて、じゃぁ、最後はその総評を踏まえて俺を間に挟んで模擬戦だ。ガイウス達はそのまま前から、リィン達は後ろからだ。時間は15分行くぞ!」

 

 手早く説明して三戦目を開始する。

 このくらいの事をしておけば、Ⅶ組の面々も自身の存在を危ぶむ事も減るだろう。そうすれば、バリアハートの時の様に単独行動になった際でも、チームの練度を崩さず自分たちに集中出来る環境になる。これも狙いの一つであるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うそでしょ……全員相手でこれなの?」

 

 アリサが驚愕の表情をしてこちらを見ている。勿論他の面々の表情も同じ。驚愕、もしくは唖然の顔だ。

 九人を相手に一太刀も入ってない。アーツは全て解除され、攻撃は全て弾かれる。何一つ出来ぬ間に、15分の仕合時間が終了した。

 

「ふぅ、やっと動いたって感じだな。ま、これが俺と皆の差だ。これを埋めるには余程の事がない限り無理なんだよ。だから、まずは個人技術の底上げとチームとしての練度を上げろ」

 

 自分に戦いを教えてくれと言った事を卑下にはしたくない。だからこそ明確な差を叩きつけて、自身の能力を見直す機会を作る。そもそも戦いとは、誰かに教わるものではなくて、自身で気付き実戦で覚えていく事なのだ。それを直接悟らせるには、これが一番だと思ったのである。

 

「じゃ、いい汗かいた所で帰るか。飯が待ってるぞー」

 

 その一言を起点にグラウンドにひれ伏していた全員が立ち上がり、各々が憑き物が取れた様な澄んだ表情(恐らくスレインの言葉ではなく『飯』という単語に対してこの後に待つものを思い出したから)をして第三学生寮に帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「これは豪華だな……」

 

「さすがシャロンね」

 

 ラウラとアリサの言葉と共に、各々が同じ様な発言をしている。

 それもそのはず、リビングには大皿料理がいくつもあり、どれも高級レストランに存在する様な見栄えも華やかな料理が並んでいる。

 

「今日はスレイン様からのご提案で、試験終了のお祝いという事でお作りさせて頂きましたわ。皆様おかわりもありますので、どうぞ召し上がってください」

 

 シャロンの其の言葉を機に一同は食事にありついた。

 試験で頭脳を酷使し、その後の仕合で体力も使い切った一同は、目の前の料理を今まで見たこともないスピードで平らげていく。

 

「こんな美味しい料理初めて食べたかも……」

 

「うむ、どこの貴族でもこんな味は再現出来ないだろう……」

 

 舌鼓を打ちながらエリオットとユーシスが声を上げる。

 

「ああ……スレインの提案に乗った甲斐があるな」

 

「君にしては素晴らしいアイディアじゃないか」

 

「マキアス、『君にしては』ってどういう意味だ? 俺はそんなに変な事はしてないぞ」

 

「な……あの一件があってもそう言うのか」

 

「確かに……」

 

 リィンとマキアスの言葉に返すと思わぬ飛び火が降りかかる。意味深な発言に聞こえなくもないマキアスの言葉は、幸いな事に誰も聞いていなかった。

 ちなみに、あの一件というのはバリアハートでの一夜の事だろう。

 

「サラ、わりぃ、ちょっとトイレ行ってくるわ」

 

「ええ。早く戻って来なさいよ」

 

 一同の食事スピードが落ち着いた所で、何故か心配した様な表情をしていたサラに一言だけ「当たり前だ」と残して部屋を出る。

 そして、今日の計画のメインディッシュの為に誰にもバレない様に第三学生寮を後にした。

 

 

 

「マスター、どうも。アレ、受け取りに来ました」

 

 向かった先は喫茶キルシェ。このマスターだけがスレインの計画の全貌を知るたった一人の協力者である。本日早朝から、ここにとあるものを預けていたのだ。

 

「おう、スレイン。時間まで予定通りとは恐れ入るぜ。ちょっとまってくれ………ほらよ。ついでにこれはサービスだ」

 

「マスター、いいんですか? これ、前に言ってた最高級の豆じゃないですか」

 

 スレインは自身が保管をお願いしていた両手で抱える程の大きめの箱と、コーヒー豆の入った袋を渡される。

 

「おうよ! ちょっと多めに仕入れ出来たからな。それに、スレインの計画があまりに面白いからな、手助けがてら激励の品って訳だ」

 

「ありがとうございます、マスター。厨房まで使わせて貰って(・・・・・・・・・・・)その上、こんないいものまで。皆で美味しく呑ませてもらいます」

 

「おう! 楽しんでこいよ!」

 

 マスターの言葉に重ね重ね御礼を言って第三学生寮へと戻るスレイン。

 これで計画が全て完遂されるとなると、やはり心は意気揚々である。

 

 

 

 バァンと大きな音を立ててリビングルームの扉を開けるスレイン。一同はその音もさることながら、スレインの手に持つ大きな箱に目を向ける。

 

「さて、一同、お待ちかねの時間ですよー! シャロン、とりあえず立て」

 

「スレイン様? 一体どうされまして?」

 

 ニヤニヤした表情でシャロンの元に歩み寄るスレイン。シャロンを含めた全員が一様に不思議な表情をしてスレインと、その手に持つ大きな箱を交互に目で追っている。

 

「んでもって、メイドキャップ取れ」

 

「え? スレイン様、それは……」

 

「いいから。…………よし、それでいい」

 

 半ば強引にメイドキャップを取られたシャロンは今まで見たこともない様な困惑と疑問を抱いた表情をしている。そして顔色変えず其のやり取りをただただ呆然と見ている一同。それもそのはず、Ⅶ組一同にはkの二人は仲が良い程度だと思っている。そんなやり取りが出来る関係だとは思ってなかったのだ。

 

 そして、一呼吸置いてから言葉を出すスレインは、もはや笑いを堪えられないという表情をしていた。

 

「シャロンが第三学生寮の管理人になったという訳で、サラも含めたⅦ組一同が全員お世話になる訳です。なので、これから宜しくという意味合いも込めて、これ以降の時間はシャロンの歓迎会になります。シャロンが主役なんで、お前さん達はしっかり酌をしろよ。シャロンもメイドキャップ取ってるから何かしたらぶっ飛ばすからな」

 

 そう告げるとスレインは手に持った箱をテーブルの上に置いて箱を開けた。

 

「まぁ! スレイン様、わざわざわたくしの為に?」

 

「そ、お前さんを騙しきれるかヒヤヒヤしたが、俺一人だったから何とかなったぜ」

 

 箱の中身はシンプルではあるが色とりどりのフルーツが飾られた鮮やかなケーキだった。

 

「ス、スレイン、これどうしたんだ?」

 

「うわ、美味しそー♪」

 

「てか、こんな事聞いてないわよ!?」

 

 リィンとアリサの当然の疑問が飛んでくる。Ⅶ組一同も全く同じ表情だが、間に発言したサラだけは見る所も発言対象も異なっていた。

 

「ん? 今朝キルシェの厨房借りて造った。シャロンにドッキリを仕掛けるには綿密な計画と周到な隠密さが重要なんだよ。いやー大変だったんだぜ? 俺の試験時間はほぼこの計画に費やされた」

 

「え、スレインが作ったの!? 凄い!」

 

 エリオットが驚きの表情を上げているのも無理はない。スレインは基本的に外食派で料理を作る姿を見た者は殆どいないのだ。

 

「君、料理が出来るのか? 今までそんな姿見たことないが……」

 

「マキアス、その質問は失礼だぞ? 一応ひと通りは出来る。これでも得意な部類だ。その中でも得意なのはこっち」

 

 目の前にあるケーキを指さしながら話をしていく。

 

「貴様、菓子類まで作れるのか?」

 

「うむ、このレベルを作るには相当な技量が必要なのだろう」

 

 ユーシスとラウラが物珍しそうな表情をしてこちらを見ている。

 

「皆様、スレイン様の腕前は本物ですわ。今日の料理もスレイン様とご一緒に用意させて頂きました。お菓子についてはわたくし以上の腕前でございますわ」

 

 シャロンは当たり前かの様に話しているが、ここ数日でシャロンの腕前を体感している一同は更なる驚きを見せるのであった。

 

「嘘よ……シャロンよりって、あなたどれだけ凄いのよ」

 

「料理までとは凄いな、スレイン」

 

 アリサとガイウスがそれぞれが感嘆の声を上げている。

 

「とりあえず、皿とフォーク持ってくるわ。あと、キルシェのマスターのご好意で最高級のコーヒー豆を貰ったから、食後は美味いコーヒーが待ってるぞ」

 

 その言葉だけを残してキッチンへ向かい、人数分の食器を持ってリビングに戻ると、すでに全員の目はお預けをされた子犬の様な目に変わっていた。

 

「さて、準備も整った事だし、改めて。シャロン、これからよろしくな」

 

「はい、ありがとうございます、スレイン様」

 

 シャロンのその言葉と共に、一同は目の前のデザートにありつくのであった。今宵は無礼講という事で、食事はいつも以上に賑やかで長時間続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、あんな事までするなんて思わなかったわよ」

 

 夜も更けて宴もお開きになり、空腹を予想以上に満たされた一同は既に就寝の準備をして各々の部屋に戻っている。

 ここにいるのはサラとスレイン、そしてシャロンだけである。

 

「ええ、わたくしも全く気づきませんでしたわ」

 

「そりゃぁな。人数が増えれば増える程バレやすくなる。隠密の定石だろ?」

 

「いや、あんたねぇ……じゃぁ、あの仕合の許可申請は全部その布石だったわけ?」

 

 今回の計画を戦術に例えて話す少年の言葉に頭を抱えて質問するサラ。

 

「そりゃな。うまく全員計画に乗ってくれたから良かったわ。空腹時にシャロンの飯があれば、俺がちょっと席を開けても気づかないからな」

 

「あたしも騙されたわよ。あの空気に居心地の悪さを感じたのかも、なんて考えたし」

 

「そういう素振りと表情を作ったからな。ククッ、サラもまだまだだな」

 

 自身の思惑通りに全ての過程が終了し、ご満悦のスレインは少しばかり饒舌になっている。サラも自身まで騙されるとは思ってもいなかったようで、バツの悪い表情で色々と文句を言ってた。

 

「しかし、スレイン様、どうしてわたくしにこの様な事を?」

 

 お開きになった時点でメイドキャップを装着し、いつものスタイルになったシャロンはサラにビールを、スレインと自身に紅茶を注いで不思議そうな表情をして問いかける。

 

「ん? 大した意味はねぇよ。シャロンがこっちに来た初日に『平和的な日もいいだろ』って話をしただろ?」

 

「ええ、していらっしゃいましたわね…………まさか、その為に?」

 

 シャロンは気づいたようだが、数日前にその話をした時はすでに酔いつぶれて寝ていたサラはしきりに「何の話?」と聞いてくるのだが、ここは一旦無視を決め込む。

 

「そ、平和的な日常の証として、だな。理由もなく、ただ日常を楽しむ。特に意味はないのかもしれないけど、あの感じじゃぁⅦ組一同には楽しむ理由になったみたいだしな。俺たちだって、それにあやかってもいいじゃんか。これって平和じゃねぇと出来ないだろ?」

 

 結社を休業してラインフォルト家のメイドとなっても、イリーナ会長の仕事振りは決して平和的な日常とは言いがたい。それは激務に追われる大企業ラインフォルトだから当然と言えば当然だ。

 だからこそ、結社でもなくラインフォルト家でもなく、このⅦ組の住む第三学生寮の管理人としてであれば、より平和な日常になるのではないか。そして、ここでしか出来ない様な日常を作り上げる事が、この仕事で受けるべき対価であり、自身が提供出来る価値なのだ。

 スレインは恥ずかしながらも表情をなるべく変えずにそう告げたのであった。

 

「スレイン様……」

 

 この時、珍しくシャロンの瞳が潤んでいたのだが、それはあえて言及しなかった。そんな事をするのは野暮であり、そもそもしないのが礼儀である。

 

「ま、そういう訳だから、サラもここではいがみ合うなよ? 俺もあんまりそういうの見たくないし」

 

「んな!? わ、分かってるわよ、それくらい。他の子たちもいるんだから、それくらいの節度はわきまえます!」

 

 急に話が振られた事で焦り出すサラは注がれたビールを一気に飲み干す。

 

「で、あんた試験、ちゃんとやったの?」

 

「そうですわ、スレイン様。わたくしの為にこの様な事をしていて良かったのですか?」

 

 二人の顔に「スレインなら問題ないと思うけど」と書いてあるのに何故そんな野暮ったい質問をするのであろうか。

 

「バカか二人共。全教科満点で主席は俺が頂くよ」

 

 一言だけそう告げて、今日の所は自室に戻るスレインであった。

 

 

 




シャロンさんにドッキリ……これをしてみたかったのです。

本当はⅦ組の手合わせシーンを書こうと思ったのですが、あまりにも長くなる+妥協という最悪のコンボが脳裏に過ってしまったので、今回は割愛させて頂きました。

大変申し訳ございません。

学園パートはアイディアが出る時と出ない時があるので……誰かコツを教えて下さい(笑)


それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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予想外の復帰

今回は帝国から遠出します。

Ⅶ組の面々は一度お休みになるので、暫くはオリジナル展開を楽しんで頂ければ幸いです。

それでは、第19話、始まります。


 

 6月20日

 

 本日は自由行動日である。のであったのだが、スレインは現在半ば強引にサラに連れられてクロスベル行きの列車に揺られている。

 

「サラさん、俺は遊撃士に復帰してませんけど。何故拉致られるのでしょうか?」

 

 朝っぱらから叩き起こされ「ちょっと来て」と言われ、何事かと思いながらも同行すると到着場所はトリスタ駅。あれよあれよと自身の乗車券まで購入されてしまい、気付くとクロスベル行きの電車に乗っているという訳である。

 乗車してから聞いた話だと、遊撃士協会クロスベル支部から応援要請を受けたトヴァルからの増援という事らしい。

 クロスベル方面では『DG教団』という組織が薬物実験をして大暴れしていたらしいのだが、先日クロスベル警察によって解決したとの情報は得ている。文字通り風の噂(・・・)で、だが。そして、その概要と共に、今回の応援要請が『その残党の後始末』という事を先程聞いた上で、サラにこの質問を投げかけたのである。

 

「拉致じゃないわよ。そもそもあんたもあたしも退職処理されてないんだから」

 

「は!? サラはまだ分かるけどどうして俺まで?」

 

 普段あまり顔に出ないスレインだが、ぶっきらぼうに答えるサラの言葉には、流石に驚いた表情をする。

 

 そもそも、遊撃士協会は例外を除いて半年以上仕事を受けていない場合は除籍扱いになる。その例外というのも、そもそも依頼がない場合や負傷などの長期離脱が証明出来る場合のみ。

 二年前に去って以来、遊撃士との共闘は何回かあったがそれは全て協会を通していない。ましてや、どの国でも協会には一度も足を運んでいないので、依頼どころか転属手続きすらしていないのだ。通常であれば間違いなく除籍されているハズだ。

 

「あんたが遊撃士(ウチ)と共闘した場合の戦果はこっちでも処理してあったの。ちなみに今は支部が少ないから正遊撃士に昇格してるわよ。あちこちツテ使って頑張ったんだから感謝しなさい?」

 

「いや、それでも半年の制約は無理だろ。仮に他国の方も処理出来たとしても、その場に遊撃士がいた状況なんて殆どなかったぞ?」

 

 各国に支部を置く遊撃士協会は、活動拠点として支部が存在するだけであって、有事の際や人員不足の場合は国外で活動する場合もある。ましてやサラの様にA級遊撃士にもなれば、国外を転々とする事も多く、他国の遊撃士に知り合いがいても不思議ではない。

 しかし、元々遊撃士が絡んでいる方が稀であったスレインの行動では、いくら他国の遊撃士を動かしても些か無理が生じる。

 

「勿論、遊撃士(ウチら)だけでは無理よ。あんたの場合、大体が隠密行動でしょ? だからこそのツテ(・・)って訳よ」

 

 元々嫌な予感はしていた。まず今の言葉で確信を持ってしまったその予想に頭を抱えて無言でため息をつく。

 遊撃士に知り合いが多く、自身の隠密行動の内容と結果を良く知る人物。そのレベルで限定していくと、心当たりは一人しかいない。一年程前のリベール異変で活躍した遊撃士達や王族に交えて、一人だけ身分を偽ってその中にいた帝国の皇族(・・・・・)がいる。

 

「あのオリヴァルト(クソ皇子)が……何が『内偵』だよ。これじゃただの専属の遊撃士じゃねぇか」

 

 その答えを待っていたかの様にサラは微笑む。「どうでしょ?偉い?」って顔に書いてなければ文句なしの笑顔だったのだが、言及するのは止めておいた。

 

「……いつからそんな話になってたんだ?」

 

「あんたが内偵になってすぐよ。皇子殿下自らご指名で遊撃士協会に依頼を出していたみたいだから。まぁ、バレない様に殆どが事後報告だったみたいだけど」

 

「なるほどね。サラはいつから知ってたんだよ」

 

「あたしもつい最近知ったわ。殿下自ら学院に電話して聞かされたのよ」

 

「……あの時か。それで、今になってバラした理由は何だって?」

 

 今まで一年近くも秘匿扱いで遊撃士をさせていたのにも関わらず、この時点で種明かしをする理由が見当たらない。

 

「そろそろ隠す必要が無くなるって言ってたわよ。あたしもあの人の事をそんなに知ってる訳じゃないけど、あちこち関与するだけあって何か企んでるみたいね」

 

「ふむ……。まぁ、内偵って役目も限界だったんじゃねぇか? あちこちで顔が割れている以上、遊撃士の方が融通も利くし」

 

 本当の所はサラが言う通り何かを企んでいる可能性が高い。しかし、それであっても自身もそれが一体何なのかが分からないで、在り来りな発言だけをしておく。

 

「確かにそうかもね。遊撃士としてもそこそこ名が上がってきたら(・・・・・・・・・・・・・)嫌でもバレるし、いいタイミングじゃないかしら?」

 

「ん? ……サラ、さっき正遊撃士になってるって言ったよな。そしたら俺、今何級なんだ?」

 

 サラの発言に違和感を覚えて疑問が上がった。

 正遊撃士はその腕前に応じて階級が上がる。GからSまで(正式にはA)階級があり、依頼の達成状況によって階級が上がる方式である。しかし、腕前と言っても戦闘技術だけが評価基準ではない。達成した依頼の数は勿論、達成の質や内容における総合的な判断力も関係してくる。そして階級が高ければ高い程、難易度の高い依頼や国際的な内容のものまで受注出来る仕組みである。

 

 ここまで事を踏まえるとスレインが内偵時に受けた依頼(オーダー)を遊撃士に当てはめると、その全てが高ランク者用に依頼レベルになっている。国内外に問わず諜報活動がメインで、場合によっては抗争に介入して中立的立場で争いを穏便に終結させる様な案件ばかり。正確に言うと、活動中に巻き込まれた場合の方が多いのだが、それはこの際考慮しないでおこう。

 

「あんたはもうB級よ。あのレベルの内容をこなしてる時点で、それ以下には出来ないでしょ」

 

「はっ、そういう事か。それなら大陸中に名前が出るし、二つ名が付いてもおかしくない。それなら納得だわ」

 

 呆れ気味にそう言うと共に、不敵な笑みをしているサラから視界を窓の外へと切り替える。冷静さを取り繕っているものの、先程から突き付けられている事実をそう簡単に飲み込む事が出来ないからである。

 

 何のためにあの場を去ったのか。何のために内偵になったのか。そしてオリヴァルトは何の理由でこんな回りくどい事をするのか。その全てを聞くまでは、心の底から喜ぶ事は出来ないであろう。

 

「……そもそも、あんたが辞める理由なんてないわよ」

 

 今までの雰囲気とは違いい、どこか切なげにサラは聞こえるギリギリの声量でポツリと呟いたが、その憂いを帯びた言葉に何かを言える事もなく窓の外をぼんやりと眺める。

 

「あんたがどう思っても、帰ってくる場所はあそこよ。7年前にあんたが来たあの時から、あたしもトヴァルも他の皆もそう思ってるわ」

 

「臭いセリフだな……まったく、リィンじゃあるまいし、そう言う事を言うな」

 

 視線を変えずに一言だけサラにそう言ってから瞼を閉じる。それはどちらかと言うと、思い出したくない過去を思い出してしまうから。

 

 スレインが遊撃士協会を訪れたのは今から7年前。しかし、何故遊撃士協会に行ったのかは覚えてない。否、それ以前の記憶がないのだ。

 自身の名前以外で一番古い記憶は、遊撃士になる必要があったという意志。これが何を示しているのかは7年経った今でも分からない。そして、自身の過去にまつわる情報は何一つ見つかっていない。当時の遊撃士協会の面々にも手伝ってもらったのだが、どこで生まれ10歳までどこにいたのかすらも分からない。本当の意味で出自が不明だったのだ。だからこそ幼い自分は遊撃士協会が居場所だと思っていた。それを壊してしまったのがあの事件であった。

 

 ここまで回想したところで、一旦思考を停止する。これ以上同じ回想をした所で気持ちはブルーになるだけだ。クロスベル到着までの時間を睡眠に費やす事を決めて、列車の揺れを感じながら心を無心にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、サラちゃん、久しぶりね。それにスレインも数ヶ月振りね」

 

「どうも、ミシェルさん。お久しぶりですね〜」

 

「ミシェルさん、ご無沙汰してます」

 

 遊撃士協会クロスベル支部に到着すると、ここの受付をしている赤毛の長髪を束ねた女性の様な男性、いや、男性の様な女性?(一言で言うなればオカマという種類である)のミシェルが出迎える。

 

「スレイン、いきなりそういう事は言わないで!」 

 

 こちらの思惑が何故かバレてしまったので片言の謝罪だけを済ませて、早速二階の会議室に向かう。情報収集に出している数名が戻ってきていないとの事だったので、それまでは寛いでいろとの事であった。

 

「あー! スレイン!久しぶりじゃない!」

 

「スレイン、久しぶり。元気だったかい? サラさんもお久しぶりです」

 

 二階に上がった途端に若い男女の出迎えの声が聞こえた。

 

「ブライトカップル、久しぶりだな。一年振りくらいか?」

 

「なんかその言い方はちょっと……」

 

 オレンジ色の長髪を左右で結い、女性らしさが漂う軽装の防具に身を包んだ少女が太陽の様なほほ笑みで呟く。

 

「ははっ、その呼び方はやっぱり照れくさいね」

 

 それと同時に、セミミドル程度の漆黒の髪をした中性的な面持ちをしたクールな少年が笑いかける。

 

 出迎えてきたのは、リベールの英雄こと、声を聞いた順にエステル・ブライトとヨシュア・ブライトである。どちらも、一年程前に起きた『リベール異変』を解決した張本人たち。

 エステルは、S級遊撃士や『剣聖』で名を馳せた現リベール王国軍准将カシウス・ブライトの娘である。

 ヨシュアは元結社の執行者「漆黒の牙」であり、幼少期にカシウスに引き取られた、いわば養子である。そういった血縁関係のないこの二人は姉弟というよりカップルである。これは誰もが認めている事実なので、一々ツッコミを入れない方が良いだろう。

 そして、スレインがこの二人に出会ったのは約一年前。まだ内偵業務をする前、たまたまリベールに滞在していたのだが、王都グランセルが襲撃を受けた際に、個人的に介入し王都を死守した事がある。その事がきっかけで事件解決時にグランセル城で行われた晩餐会に出席した折に出会っているのだ。ちなみに、オリビエに目を付けられて内偵業務になったという経緯の原因もこの時である。

 

「でも、まさか遊撃士だったなんて驚いたよ」

 

 こちらが椅子に腰を掛けると同時にヨシュアが話す。

 

「いや、俺も今日知った所で驚いてるよ。除籍になったと思ったんだがな」

 

「そうそう、しかもアタシ達と同じB級なんでしょ? すごいじゃない!」

 

 屈託のない笑みでそう話すエステル。この二人もB級遊撃士なのである。

 

「急に言われても実感が湧かないよ。そう言えば、お前さんたちの方はどうなんだよ? 確かここにいるんだろ?」

 

「うん、そっちは何とか。今は準備があるみたいだから依頼に応じたんだ」

 

「あ、スレインにも会いたいって言ってたわよ? 前回の続きって言ってたけど、何かあったの?」

 

「前回って言ってもあいつが家出する前の話だからな? 気にしないでくれ」

 

 この二人がクロスベルに来た本当の理由は、結社の元執行者『レン・ヘイワース』を家族として迎え入れる為なのである。

 リベール異変の際に、執行者としてエステル達に相対したのだが、潜入時にエステル達と共にいる事で、今まで失っていた感情が蘇ると共に、そのギャップに困惑してエステル達を受け入れる事が出来なかったそうだ。それを執拗に追い掛け回した(言葉の綾なので本人達には言えないが)結果、レンの心の闇を晴らして晴れて家族となったとの説明を端的に聞いた。

 ちなみに、レンがエステルに言った「前回」とは、執行者時代のレンとやり合っているので、その続きだと思う。それでさえ一年以上前の話であるので、今更続きと言われても困るのも仕方がないだろう。

 

「あんた達……良かったわね」

 

「ええ、帝国方面を行ってくれたサラさんにも感謝しています」

 

「サラさんのおかげでクロスベルにつきっきりで入れたから本当に助かりました!」

 

 サラの言葉に二人とも感謝の言葉を述べる。どうも、帝国方面の依頼は全てサラが行っていたらしい。道理で時々寮を抜けだしていた訳だ。

 

「しかしまぁ、こんな形で再び遊撃士協会に足を踏み入れるとはなぁ……」

 

「除籍にならなかった事が不服か?スレイン」

 

 そう言いながら階下から現れた男性はこちらを見て微笑む。と言っても、よく見れば分かる程度であるが。

 

「アリオスさん、ご無沙汰してます。そう言う訳ではないですけど、どうも出し抜かれた感じがして納得がいかないんですよ」

 

 青の長髪をストレートに下ろし、脇に太刀を携えた長身の男性。『風の剣聖』ことアリオス・マクレインに声をかける。

 アリオスは、リィンと同じ流派『八葉一刀流』弐の型皆伝者を持ち、『剣聖』カシウス・ブライトと並ぶ腕前を持つっている。S級遊撃士への打診を受けているも、断り続けているクロスベル屈指のA級遊撃士なのだ。

 

「遊撃士としてお前程の腕を持つ男は除籍になど出来んだろう。ましてや国際的な依頼ばかり。誰が手放すと考える?」

 

「いや、その全てが半ば強制的に受けてますからね? 俺の実力なのかも怪しくなる」

 

 アリオスの評価を受けるには当たり前の結果になるのは分かるのだが、どうしても納得がいかない。結果はどうあれ、自身の行動が遊撃士としての行動とは言い切れない場面もあったから尚更である。

 

「謙遜するな。お前の腕前はここにいる全員が保証している。今後は表立って遊撃士を名乗れるのだ。これからの事を考えればいい」

 

 どうやらこちらの思惑もお見通しらしい。自嘲気味の笑いを浮かべながら「そうします」と一言だけ返す。アリオスの言葉に強く頷く者しかいなかったからである。

 

「ねえねえ、スレイン。久しぶりに会ったんだから後で手合わせでもしない?」

 

「確かにスレインとは一回もしてないよね。僕も是非一度手合わせしたいな」

 

 エステルの興味津々な笑顔に相槌を打ちながら間髪入れずに波状攻撃を繰り出すヨシュア。似た者同士というか何というか、この場が同窓会だと思っているのだろうかの発言である。こちらが断りの言葉を口にしようとした時、階下から階段を登る音が聞こえた。

 

「これから本腰入れてやり合うって時に、随分呑気な話してるな〜」

 

 そう言って現れたのはトヴァルであった。どうやら情報収集は終わったらく、その後ろからクロスベル支部の遊撃士が数名登ってくる。

 

「トヴァルさん、お帰りなさーい。だってこういう時じゃないとお願い出来ないんだもん」

 

 エステルのこの場に合わない言葉と共にヨシュアが全員に労いの言葉を掛けると、それぞれが挨拶を交わして全員が席についた。

 

 情報収集を行っていたのはトヴァルの他に2名。レミフェリア公国出身で医師免許も持つ異例の遊撃士エオリアと、泰斗流の免許皆伝という実力派リン。そしてそれと同タイミングで依頼を終えてきたのが、銃使いのスコットと帝国出身のヴェンツェルだ。

 この日何度目かの再会の挨拶を交わして、一同は本題へと入っていく。

 

「―――という訳で、三組に分かれてそれぞれ同時に突入。無力化・拘束をする流れだ。異論はあるか?」

 

 トヴァルの説明によると、今回はDG教団残党が潜伏していると思しき複数の拠点をそれぞれ同時に襲撃し、連絡させる間もなく無力化させるとの事。潜伏場所は太陽の砦、月の僧院、星見の塔の三箇所。どこも距離が離れていて、内部構造もそこそこ複雑な為に、人員を割くのではなく増やす事になって自分とサラが呼ばれた事も説明された。

 

「なぁ。そんな詳細な情報、どこから仕入れたんだ?」

 

 そこまで正確な情報があるにも関わらず、遊撃士が動くまでどこも関与していないというのは気になる所である。

 

黒月(ヘイユエ)って言う共和国系のマフィアよ。この情報は警察も知らないらしいわ」

 

 トヴァルに変わってエオリアが答える。どうやら仕入れてきたのはクロスベル組らしい。

 黒月(ヘイユエ)とは、カルバート共和国を軸に活動している闇組織、所謂マフィアである。一年ほど前に共和国内で猟兵団『赤い星座』と抗争があり損害を受けたのだが、同年にクロスベルに支社を建てたという、不明確な情報の多い組織である。そして、この組織には『白蘭竜』と呼ばれる切れ者が存在している。

 

黒月(ヘイユエ)? 何故、彼らが僕らに情報を流すんですか?」

 

「確かにそうよね。彼らだったらロイド君とかに流しそうな気がするけど……」

 

 ヨシュア、エステルとそれぞれ不思議そうな表情で言葉を口にする。確かにマフィアが遊撃士に情報を与えるというのは若干おかしな話である。その『ロイド』とい人物が警察関係の人物であるというくらいの知識は得ているが、それよりも優先するというのは間違いなくお気に入り(スレイン)の情報が入ったからだろう。

 

「エオリアさん。それって大元の情報提供者はツァオですか?」

 

「え? ええ、そうよ。そう言えば、スレインくんの事も聞かれたんだけど……もしかして知り合いなの?」

 

 思わぬ所からの声と、エオリアのその会話の内容で一斉に全員の視線が注がれる。

 

「スレイン、どういう事か説明してくれるわよね?」

 

「何故スレインがツァオの事を知っているんだ?」

 

 ほぼ同時にサラとアリオスが自分に問いただす。口にはしていないものの、この場にいる全員が同じ事を言い出しそうな表情をしている。

 

「……去年、共和国内であった『赤い星座』と『黒月(ヘイユエ)』の抗争があったろ。あの時にたまたま共和国にいて巻き込まれたんだ。中立を通したんだけど、結果的に黒月(ヘイユエ)側に近い形でな。あいつとはその時に。曰く『一番のお気に入り』なんだとよ」

 

「て事は……『東方人街の英雄』ってお前さんの事だったのか。でも公表されたのって確か違う名だった思うんだが……」

 

「ああ、とある人物に情報操作をしてもらってね。俺の方は偽名にしてもらった。で、後からアリオスさんに残党処理を任せたって所かな」

 

 一年前、共和国の東方人街で起きた抗争。表向きには鎮圧したのはアリオス・マクレインになっているが、裏では色々と複雑になっている。

 ここでは言えないのだが、『黒月(ヘイユエ)』が雇っていた伝説の凶手と一悶着あったり、『赤い星座』は元々とある隊長さんの脱退の援助をしていたせいで因縁を吹っ掛けられてりと、表立って話すとかなり深い内容である。

 その時に、リベールで知り合った(・・・・・・・・・・)共和国の諜報機関の女性にもみ消してもらって、後から来る予定のアリオスに後始末を押し付けたのだ。

 しかし、東方人街全域で起こったこの抗争をもみ消すと言っても、現地住民全ての口裏を合わせる事は難しいので、軍には顔が割れてしまうが偽名を使って勲章を授与される事にして架空の英雄をでっち上げたのだ。それが『東方人街の英雄』の姿である。

 

 とまぁ、その全てを説明するには非常に面倒だったので、端折って説明するだけに留めた。

 

「やはりお前だったのか。現地の人から聞いた話の流れで想像はついていたが……」

 

「一応、軍の方には顔バレしてますけどね。俺は完全に巻き込まれた側なんで、英雄なんて事言われても困りますけどね」

 

 一言で言うと「やれやれ」のポーズをしながら自嘲気味にため息をつく。すると、今まで顎に手を乗せて何かを考えていたサラが話題を転換させる。

 

「でも、なんでこのタイミングでスレインの事を聞くのかしら? まるで遊撃士として来ている事を知っているみたいじゃない」

 

「サラさん。ツァオは遊撃士と言ってませんでしたが、貴方と一緒にクロスベル入りをする事を知っていました。恐らくそれから推測したのだと思います」

 

 エオリアがツァオの言葉を思い出しながら説明すると、一同は「それならあり得る」と言った様な表情で頷いていた。

 

「あいつの事だから意外と知ってたのかもな」

 

 ツァオという男は、正直言って不明確過ぎる男である。どこで情報を仕入れるのかも不明であれば、自身がどの様な人間なのかも不明なのだ。詮索するだけ野暮であるし、こっちが知らない情報を持っていても不思議ではない。今回渡した情報が既にそれなのだから、細かい事を気にしても時間の無駄である。

 

「とにかく雑談は終わりにしよう。時間が惜しい」

 

 同じ結論に至ったのか、スレインと違って言葉に出したアリオス。一同は同時に我に返って、話を当初の議題に戻していく。

 

「それが妥当な組み合わせじゃない?」

 

「そうだね。戦力的なバランスは十分だと思う」

 

 トヴァルが提案した突入班の組み合わせにエステルとヨシュアが声を上げて納得する。勿論、この場の全員が同意見である。

 アリオス・エオリア・リンが太陽の砦。エステル・ヨシュア・スコット・ヴェンツェルが月の僧院。そして、スレイン・サラ・トヴァルが星見の塔という半ば当然ではあるが、一番バランスの取れているチーム分けになった。

 

「では、現在から二時間後丁度に突入。各自、健闘を祈る」

 

 アリオスの言葉に一同は気合の入った同意を口にして解散し、足早に現地に向かっていくのであった。

 

 

 




最初に深く謝罪します。
大変申し訳ありません……

だらだらと書いてしまいました。

クロスベル支部の面々がかなりの脇役になってしまいました。
零・碧とプレイはしているのですが、どうも記憶に残っていなくて……

という訳で、次回は突入編となります。
もう少し細かく書ける様に頑張ります。

今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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最強への挑戦

気付いたら15000字を超えていました……

ですが、この回は分けたくなかったので、そのままにしました。

駄文の上に長文というこの上ないコンボですが、ご了承下さいませ……

それでは、第20話、始まります。


 

 クロスベル自治州南西部

 ウルスラ間道外れ、星見の塔入口付近。

 

 DG教団の残党の殲滅作戦を行う為に、帝国遊撃士チームのスレイン・サラ・トヴァルは、残党(ターゲット)がいると予想される、星見の塔に来ている。

 

「ここか……なんか気配感じねぇけど、本当にいるのか?」

 

 周囲には見張り一人立っておらず、建物内部にも人の気配がしない事に、不吉な予感をしながらも確認の言葉を口にするスレイン。

 

「確かに怪しいわね。見張り一人いないなんてどういう事かしら」

 

 現状確認を踏まえてサラも疑問を投げかける。

 

「あくまで残党だから、見張り出す余裕がない……とか?」

 

「アホか、トヴァル。バカなこと言ってねぇで警戒怠るな」

 

 場の空気を読んでいるのか読んでいないのか分からないトヴァルの言葉にツッコミを入れながら索敵を開始する。建物全体にそよ風を吹かせて、ゆっくりと周回させてスレインの元に戻ってくる。

 

「……ダメだな。外からじゃ内部は分からん。密閉されてるな」

 

「あんたの得意技も形無しね」

 

 何故かサラが微笑んでいる。この二人、いくら何でもマイペース過ぎないだろうか。とは思ったものの、勿論そんなツッコミは入れずに周囲の気配を探り続けるスレイン。

 

「一分前だ。準備はいいか」

 

 トヴァルの言葉にサラと共に小さく頷く。

 どうやら無駄話はここまでらしい。全員の顔つきが真剣さを取り戻した所で、突入時刻となる。

 

「さて、風の感じだと本当に気配がないんだが……行くか」

 

 スレインの言葉を合図に、同時に塔への入口に向かって走る三人。索敵同様、入口付近に見張りも立っておらず不審に思うが、警戒心は怠らず内部に侵入していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃ、酷えな」

 

「……一筋縄ではいかなそうね」

 

 内部に入った途端、トヴァルとサラが呟く。

 それもそのはず、入口には教団の残党と思しき人物が数名横たわっている。否、正確には骸と化している。腐敗臭はしないのでまだ時間はそんなに経っていないと思われるが、血生臭い臭いが建物全体に充満している事から、恐らく建物全体がこうなっているのだろう。

 

「先客がいるようだな。スレイン、上はどうだ?」

 

「密閉されてるから無理だな。流石にこの臭いを外に漏らすのも無理だろうし、扉は開けられないだろ」

 

 外から内部が分からなかったと同じで、密閉空間となっている内部からでも索敵は出来ない。どこかの窓や扉が空いていれば別なのだが、全身に不快感を与えるこの臭いを外に撒くのも問題なので、やはり索敵は断念するしかない。

 そして、先程のクロスベル支部で行った会議の情報通り、この建物には空間の揺らぎがあり『時・空・幻』の上位三属性が働いている。理由は分からないのだが、これはこれでスレインの能力を若干低下させる要因でもあるので、結局の所、自分達の警戒心と気配察知だけで進むしか選択肢はない。

 

「そしたらとりあえず殿はあたしが行くわ」

 

 サラが言葉と共に走り出す。その後ろをスレイン・トヴァルの順に走り出して階上を目指していく。気配がないと言っても魔獣が出現する可能性もあるので、一同は警戒心を最大レベルまで引き上げて歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「ストップ。この先に一人……いや、二人いるわね」

 

 サラの言葉に足を止めて、気配を感じ取っていく。

 三人は警戒しつつ進んでいき、何事も無く六階まで辿り着いた。城で言い表すと謁見の間に繋がる階の様で、中央に聳える階段の先には異様な雰囲気と確かな気配が感じ取れる。

 

「黒幕にしては少ないな」

 

「気配からすると、結社(やつら)だろう。それなら、少ないのも頷ける」

 

「確かにそうね。でも、理由が分からないわ」

 

 トヴァルの質問に感じ取った気配を正確に伝えると、サラが不可解な表情で口にする。

 確かにそれはごもっともなのであるが、動機という点では心当たりがある。数年前にあった各国の軍・遊撃士・警察の合同作戦『DG教団殲滅作戦』。カシウス・ブライトが指揮を取ったこの事件の裏では結社の援護があったのだ。以前、結社の人間から聞いたので間違いないので、ここに突入して残党狩りをする動機としては十分ではある。

 しかし、本当にそれだけなのだろうか。どうにも嫌な感じがするが、ここで詮索していても意味が無い。

 

「それは行けば教えてくれるだろ」

 

 サラの言葉に短く答えて扉に目を向ける。どちらにしても、結社相手なら一筋縄ではいかないのだ。覚悟を決めた三人は一呼吸置いてから扉を開けて七階へと突入する。

 すると、そこには気配通り二人の人影があった。

 

「お待ちしていました。スレイン・リーヴス」

 

「スレイン・リーヴス! ここで会ったが百年目ですわ!」

 

 静かに指名した声と、対照的に感情を露わにしている声が同時に聞こえる。目の前には白銀の甲冑に身を包んだ二人。前者が滑らかなフォルムの弓を持つ女性で、後者が甲冑と同色に輝く立派な剣を持った少女だった。

 

「誰かと思えば大食い少女(デュバリィ)とエンネアかよ……」

 

 結社『身喰らう蛇』の使徒、第七柱『鋼の聖女』直属の三名の戦乙女『鉄機隊』。

 その筆頭が『神速のデュバリィ』である。執行者最高クラスであった『剣帝レオンハルト』に匹敵する速度の持ち主と言われている。見た目は栗色のショートカットの髪と華奢な体型のおかげで、美少女と言っても問題ないと思うが、生真面目かつエキセントリックな性格で、正直扱いづらい少女だ。そして、普段は超が付く程の大食いである。

 もう一人は同じく鉄騎隊の弓使い『魔弓のエンネア』。やや勝ち気な性格でいる為、挑発的な発言が多いが騎士道精神溢れる女性である。弓の扱いは天下一品で、導力銃の如く狙撃や速射をしていく腕前を持ち、多種多様な技を使う猛者である。

 

「そこ! 大食いと呼ばない! 最後の一行はいりませんわ!」

 

「私にももう少し詳細に解説してくれませんか?」

 

 などと、こちらの解を読んでいるかの発言をしていて茶目っ気満載ではあるが腕前は本物。結社内でも執行者クラスと言われいるのだ。

 トヴァルから「知り合いか?」と聞かれたが、話すのも面倒なので小さく頷くだけにしておく。

 

「とりあえずこの状況を説明してもらえるか?」

 

 この二人を相手にしていると、ついつい茶化して話が進まない事は分かっているので、まずは現状確認をする為に二人の言葉は無視を決め込んだ。

 

「ここに立て籠もっていた残党を始末しました。入口に転がっていたのは見なかったのですか?」

 

 機械的な状況解説をエンネアが行う。

 

「それは既に分かってる。お前らがいる理由の方を聞きたいんだが」

 

 スレインは腰を低くして、臨戦態勢に入りながらも目の前の敵に牽制の一言をかける。

 

「我が(マスター)、『鋼の聖女』がスレイン・リーヴスにお会いしてみたいとの事です」

 

 エンネアのその一言に衝撃が走るスレイン。今まで執行者とはそれなりにやり合ってきたが、その上に位置する使徒には会った事なかったからである。

 

「……何故だ? 使徒自ら勧誘に乗り出したって事はないよな」

 

 そして衝撃を受けるのはサラとトヴァルも同じであった。使徒から直々に指名される事がどんな意味を持つかは、ある程度想像出来るからである。しかし、スレインとこの二人の違いは衝撃の余り言葉が出ないという点。それはどちらかというと「何故スレインが?」という意味合いの方が強い。

 

「理由まではわたくし達も聞かされていませんので、直接お聞き頂けばいいですわ!」

 

 吐き捨てるかの様に声を荒らげるデュバリィ。エンネアの淑やかさを少しは見習って欲しいものだが、その言葉は逆上させるだけなので口には出さない。

 

「なるほど。で、番犬を倒してから来いって事か?」

 

「番犬、ですって……! 貴方はどこまでわたくしをバカにすれば……!」

 

 うっかりデュバリィの性格を忘れて、挑発的な発言をしてしまった。わなわなと震えながら発言している彼女は既に噴火直前の火山の様である。

 

(マスター)からの命は、スレイン・リーヴスのみを通せとの事。そちらの方のお相手がわたくし達という事です」

 

 デュバリィの怒りが臨界点まで到達する前にエンネアが先に説明する。そのおかげでもう少し冷静な話が出来そうだった。

 

「ほう……じゃぁ、お前さんは俺をみすみす上に行かせる事になってもいいのかよ?」

 

「ええ、わたくし達は(マスター)のご命令を遂行するだけです。それ以上でもそれ以下でもありません。ましてや(マスター)が負ける訳ありませんから」

 

「なるほどな……罠と分かっても行くんだろ?」

 

「スレイン……」

 

 ここで無言を決め込んでいた二人が心配そうな表情をして口を開く。

 しかし、鉄騎隊は主に忠誠を誓い騎士道精神に溢れる者達。こう言われたら何を言っても無駄である。自分だけ先に進むしかない。

 

「大丈夫だ、二人が来るまでは踏ん張るさ」

 

 言葉をサラに向かって、トヴァルとは無言で拳をぶつけ合う。

 

「スレイン・リーヴス。行きなさい。最上階に行くまでは手出ししません」

 

 エンネアの言葉を聞くと同時に、彼女らを回り込む様に最上階へと進んでいく。

 あの程度で遅れを取る二人ではないが、相手も執行者クラスである。苦戦必須である事から、暫くは一騎打ちになりそうだ。時間稼ぎが出来る相手ではないだろうから、覚悟を決めてから最上階の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が『鋼の聖女』か」

 

 最上階にいたのは、鉄機隊と同じ様に全身を中世風で白銀の甲冑に身を通して仮面を付けた人物。体格は細身であるながらも、その手には自身の身の丈を越えた大型の騎兵槍(ランス)を携えている。

 優雅で気品がある上に威風堂々としたその姿は、同時に全身から巨大な威圧感をも放っている。その姿を目にするだけで冷や汗が湧き出る程の緊張感に喉が鳴るスレイン。

 

「ええ、蛇の使徒が第七柱『鋼の聖女』アリアンロードと申します。お久しぶりですね。スレイン・リーヴス」

 

 優雅な口調であり凛々しく透き通った声は淡々とそう告げる。

 初対面であるはずのこの人物の声には聞き覚えがあった。否、一度足りとも忘れた事のない声だ。二年前のあの日(・・・・・・・)に聞こえた声。ずっと探し求めた声の持ち主が目の前にいる。

 

「……お前だったのか」

 

 余計な言葉を削除して言葉を出すスレイン。

 結社の人間である可能性が高い事は分かっていたが、あまりにも唐突なこの再会に思考が正常に働いていないのかもしれない。

 

「覚えていた様で光栄です。随分と使いこなしているようですね」

 

「……規格外過ぎるがな。おかげ様でお前のトコの連中がうるせぇよ」

 

「あなたには執行者になり得る資格も力もありますからね。それに『盟主』直々の命ですから。私は関与していません」

 

 どうやら自分が力を与えた事が関係ないと言いたいらしい。

 

「俺かしたら十分関与してるわ。で、わざわざお喋りをする為に階下の連中を皆殺しにしたのか?」

 

 わざわざ二年越しの再会をする為にこの場をセッティングするのであれば、違和感を感じる。つまらないお喋りをする為だけに、教団の残党を始末して居座るにはどうも納得がいかないのだ。

 

「教団は私達にとっても無視出来ない相手ですからね。それにこの場を邪魔される訳にはいきませんでしたので、早々にご退場頂きました」

 

「随分な言い様だな。で、この場ってのはそんなに重要な事なのか?」

 

 名目上は残党狩りで、本当に自分に会いに来た様な口ぶりである。ここまでを話を続けて冷静さを取り戻したスレインは、本題に迫る事を選択した。

 

「そうですね。しかし、まずは貴方にその資格があるかを確かめさせてもらいます」

 

 徐々に闘気を放ちながら騎兵槍(ランス)を構えて言葉を続ける。

 

「私に膝をつかせる者は大陸中でも幾人かしかいません。貴方にその技量があるか、試させてもらいましょう」

 

 言葉と同時に一気に闘気が放たれる。並の人間であればこれを受けただけで吹き飛ぶであろう濃密なそれは、辺り一面に嵐を呼ぶ。

 それと同時に、結社最強とも言われる威圧感(プレッシャー)を目の当たりにして息を呑むスレイン。

 

「資格……ね。何についてだか知らねぇが、力を与えた事を後悔させてやるよ!」

 

 その言葉と同時にスレインの瞳が蒼碧に変わり、自身の周囲に数多の剣を精製していく。相手の力量からして最初からギアを全開にする必要があるので、両手に持つ双剣を構えて闘気を最大限に高めていく。

 

「素晴らしい闘気です。レーヴェに匹敵しますね」

 

「……一応引き分けた事はあるからな」

 

 それ以上の言葉は必要なかった。先に仕掛けたのはアリアンロード。その場から動かず目にも留まらぬ疾さで繰り出す騎兵槍(ランス)の猛襲は、辺り一面に銃撃の如く鋭い衝撃波『アルティウムセイバー』を放つ。

 それを精製し続ける剣で相殺すると同時に、アリアンロードの足元に火属性アーツ『サウザントノヴァ』の爆発と、風属性アーツ『ラグナヴォルテクス』の烈風が巻き起こる。

 

「面白い技ですね。『アルティウムセイバー』を相殺しながらアーツを併用ですか。同時に使えるとは思いませんでした」

 

 まっすぐ上空に高く飛び上がると同時に、アーツを相殺するかの如く足元に『アルティウムセイバー』を浴びせて、着地すると何事も無かったかの様に口を開く。

 

「嘘つけ。報告くらい上がってるだろうが」

 

 この言葉の真偽を問う暇はないので手短に返す。あれだけ結社とやり合っている以上、情報が上に上がらない訳がない。

 

 互いの攻撃が既に人の域を超えている状態であるにも関わらず、汗一つかかず冷静に話している時点で、お互いまだ小手調べの段階なのは明白である。

 

「それでも高位アーツを同時というのは聞いてませんね。それでは、これはどうですか?」

 

 アリアンロードが言葉と同時に動き出す。

 騎兵槍(ランス)をまっすぐ上空に掲げると同時に一面に雷撃の嵐が落ちてくる。神々の怒りとも言えるその万雷の豪雨『アングリアハンマー』を、周囲に精製した剣で避雷針代わりに受け流す。

 すると、雷の猛襲が終える前に、目にも留まらぬ速さで肉薄していたアリアンロードが刺突の猛襲を繰り出す。

 

「(チッ、全部は見えねぇ……)」

 

 心の中でそう呟くスレインには、その体格からではあり得ない神速の如き槍捌きを捉えきる事が出来ず、幻属性アーツ『ルミナスレイ』の光線で威力を殺しながら 両手に持つ双剣で捌いていくが、瞬く間に無数の裂傷がスレインの身体を紅く染めては回復アーツの光と共に傷が癒やされていく。

 しかし、このまま防戦一方でいては埒が明かない。スレインは回復を諦めて、空属性アーツ『エクスクルセイド』の神々しい十字の光をアリアンロードの足元に二重に出現させて照射する。大地を揺るがす眩き波状攻撃には流石に後退を余儀なくされた様で攻撃の手が止み、二人の距離は再び開いた。

 

「はぁはぁ……クソがっ。人間には出来ない芸当じゃねえか。さすが、結社最強だな……」

 

「お褒め頂き光栄です。私の攻撃を受けて尚、まだそれほど傷を負っていないとは素晴らしいですね」

 

 こちらと違ってまだ息を切らさず冷静に話すアリアンロードは正真正銘化け物だ。自身の体格を優に超える騎兵槍(ランス)の重量は計り知れない。それにも関わらず、それを神速とも言える程のスピードで振るうなど、腕力がどうこうなんてレベルの話ではない。

 もはや、その全てが人間では到達出来ない神業(・・・・・・・・・・・・)である。

 

「(短期決戦……しかねぇよな)」

 

 ここまでの攻撃で速さ、威力共々自身が劣っている事は間違いない。ましてや奇襲とも言える初撃のアーツすら難なく防がれたのだ。出し惜しみせずに全力をぶつけるしかない。しかし、何事も全力というのは代償が付き物である。全力の攻撃を防ぎきられたら、絶好の隙どころか反撃の余力さえも残らない。

 

 そこまで考えた所で後ろ向きな思考を停止させて、覚悟を決めるスレイン。どうせここまで差があるのだ。全力を出さないで負けるのであれば、全力を出して、せめて仮面くらいは引き剥がしたい。

 

「覚悟を決めた様ですね。では、次はもう一段階速いですよ」

 

 スレインの表情から読み取ったのか、アリアンロードも再び攻撃の構えを取る。中段に構えた騎兵槍(ランス)をこちらの心臓に向けると、言葉通り先程よりも速い突撃が繰り出される。

 しかし、スレインはその初撃を完全に防ぎきった。それと同時に再び刺突の猛襲が繰り出されるが、先程の様に目で追いつけずアーツで勢いを殺している訳でもない。手に持つ双剣だけで(・・・・・・・・・)いなしている。

 

「なるほど。風の補助を受けているのですね」

 

 珍しく攻撃中に感嘆の声を溢すアリアンロード。

 

「……ああ、悪いがこれで決めるぜ」

 

 スレインの周囲には剣戟の嵐で巻き起こる風以上の風(・・・・)が吹き荒れている。スレインは風を頼りにアリアンロードの攻撃を読み、向い風の要領で騎兵槍(ランス)の勢いを弱め、追い風の補助で双剣の威力を上げているのだ。通常ではあり得ない方向から吹き荒れる風は、スレインに風の鎧を纏わる様にも見える。

 

「なに?」

 

 アリアンロードから初めて動揺の声を上がった。その言葉と同時にアリアンロードの騎兵槍《ランス》が一瞬だけ停止する。

 騎兵槍《ランス》が分解(・・)出来ない事は先程からの攻撃で分かっていた。だからこそ、双剣で弾く事で動きを止められる重心を探す事に専念したのだ。

 

「―――ここだ!」

 

 周囲に無数の剣を精製すると同時に、周囲に巻き起こる風を、風属性アーツ『ジャッジメントボルト』を周囲に巻き起こる風と同時に打ち込む。通常のアーツと違って自然に発生した嵐の様な烈風を含めたその一撃は、風量も何倍にも膨れ上がっていて、身体能力を低下させる程の勢いである。

 更に、威力が高まった『ジャッジメントボルト』に乗せて無数の剣が通常の倍以上のスピードで瞬く間にアリアンロード目掛けて打ち込まれる。

 

「(……これは……)」

 

 騎兵槍《ランス》の動きを止めていた双剣を弾き、身動きが取りにくい烈風の中で降り注ぐ剣の豪雨を弾き飛ばすアリアンロード。いくら神速であっても、甲冑に身を包んでいればこれ程までの風の影響を受けない訳にはいかない。

 

「うぉぉぉぉぉ!」

 

 普段声を荒げる事をしないスレインが叫ぶ。それと同時にスレインの身体から今まで以上のアーツの光が放たれる。

 

 時属性アーツ『ソウルブラー』の闇に誘う円月輪と、幻属性アーツ『ルミナスレイ』の月の光線が無数にアリアンロード目掛けて打ち込まれる。その数は既に数えきれない程射出されており、飛び交う剣戟と合わせればアリアンロードと言えども苦戦せざる負えまい。

 突撃する剣戟とアーツを巧みに操り連撃の空間を作り出して自身の双剣を十字に振り下ろす。上段、袈裟斬り、下段、袈裟斬り、逆袈裟、中段と、相手が捌ききれなくなるまで執拗に攻撃していく。その剣戟とアーツの嵐に加えたスレインの連撃に対して、完全に相殺する事は出来なくなったアリアンロードの鎧には次々と傷が生まれていく。

 

「くっ……はぁ!」

 

 アリアンロードの掛け声が轟くと同時に万雷が降り注ぎ、全ての攻撃を霧散させる。

 スレインが後方に飛び退くと同時に、アリアンロードが膝を地に付けた(・・・・・・・)

 

 

 

―――ピシッ!

 

 

 

 一瞬の静寂の後に、アリアンロードが再び立ち上がると、素顔を隠す仮面にヒビが入る音が聞こた。

 ヒビはみるみるうちに仮面全体を覆う様に肥大していく。遂には完全に砕け散り、その素顔を見せてアリアンロードは口を開く。

 

「恐れ入りました。私の膝を地につけ、素顔を見た数少ない戦士として讃えましょう」

 

 鋼の聖女のその姿は、ブロンドの長髪を風に靡かせ、神々しさが伺える澄んだ瞳に端正な顔立ち。正に絶世の美女(・・)と言っても過言ではない。

 その凛とした表情をする女性は、帝国史を知るものであれば誰もが知っている面立ちであった。

 

「なっ……リアンヌ・サンドロット……だと?」

 

「その名を知っているのですね」

 

 こちらの問いに正確な答えを示さないアリアンロードのその表情は無表情に近いものであったが、嬉しそうな目をしている事が感じ取れる。

 

「そりゃ、帝国史の有名人だからな……。『槍の聖女』リアンヌ・サンドロット。獅子戦役の折にドライケルス大帝と共に鉄騎隊を率いて活躍したレグラムの英雄。……鉄機隊に鉄騎隊。アリアンロードにリアンヌ・サンドロット。隠す気があるのかないのか分からねぇな」

 

 その姿を見た上で現状を考慮すると、本人であるかの如き情報しか出てこない。レグラムにある石像や帝国史に乗る絵画と同じ素顔。得物である騎兵槍《ランス》や、引き連れている部下の部隊名まで一字違いとなれば、同一人物である事を匂わせるどころの話ではない。

 

「その答えには肯定のみしておきましょう。しかし、まさかここまでとは思いませんでした」

 

「はっ、未だに息を切らしてない化け物(・・・・・・・・・・・・・・)に言われたくないな」

 

 この時点で既にスレインは滝のように汗が湧き出し肩で息をしている。更に言えば、自身の処理能力限界までアーツと剣の精製を行使したせいで、この上ない頭痛に襲われていて、これ以上の戦闘に身体は警鐘を鳴らしている状態である。

 それに対峙するアリアンロードは、甲冑には先程の傷が無数にあるものの、どれもかすり傷程度であるし、先程一瞬見せた焦り等も嘘だったのではないかと思う程の冷静さである。

 

「最後は私も本気を出させて頂きました。しかし、資格を得た貴方との戦いは終わっています。安心なさい」

 

 表情一つ変えずに言葉を紡ぐアリアンロードは、本当に勝ち負けではない試験をしていたかの如く言葉を発していた。

 

「貴方には話すべき事があるのです。二年前の事で決定的な誤解(・・・・・・)をしています」

 

 その言葉を聞いたスレインは一瞬時間が止まった様に思えた。あの日の事は鮮明に覚えている。それこそ毎日の様に思い出すそれは、一字一句とも間違える事のないものだ。それを誤解しているというのはどういう事なのだろうか。言葉が出てこないスレインに向かってアリアンロードは話を続けていく。

 

「貴方は私達が力を与えたと思っていますが、それは断じて違います。あの日行った事は眠っていた力を開放しただけ(・・・・・・・・・・・・・)。『深淵』が呪いと魔術を授けましたが、力は自身の中にあった物です」

 

「な……んだと? それは一体? それに『深淵』って……?」

 

 衝撃的過ぎた内容に絶句し、断続的にしか言葉が出ない。

 自分の中に力があるなんて思った事も感じた事もなかったのに、何故彼女は知っているのか。そして、『深淵』が与えた呪いと魔術。これはあの時に聞こえたもう一人なのだろうが、一体それが誰なのか。疑問点を数え出したら切りがない。

 

「『深淵』にも時が来れば会えるでしょう。呪いや魔術については彼女に聞いてください。私はそれほど詳しくありませんからお答え出来ません」

 

「……」

 

 言葉も出ずに思考をぐるぐると回しているスレインを一瞥し、一瞬だけ哀れんだ様な表情をしてアリアンロードは話を続ける。

 

「話せるのはここまでです。更に聞きたければ然るべき時に再び資格を見せなさい。−−−そして、貴方の力はそのような使い方だけではありません」

 

「使い方?」

 

 予想外の発言に我に返るスレインであったが、その時にはアリアンロードの姿は結社特有の消え去る時に放つ虹色の閃光が身体を包み込んでいた。

 

「私と対等な戦いが出来る可能性を持つ者よ。次回までに力を付けておきなさい」

 

 その言葉を最後に『鋼の聖女』は光と共にその姿を消したのであった。

 

「…………クソッ。訳分かんねぇよ……」

 

 呟く程度の声であったが、その言葉には結社最強と言われる者との実力差と、言葉の意味が完全に理解出来ない不甲斐なさ、そして受けた言葉に対して呆然としていた自分への自己嫌悪の全てが混じっていた。

 

 得た物よりも無力感の方が大きいと見に染みて感じた一戦。

 これは、アリアンロードがスレイン・リーヴスに対して、二年前の真相を伝えようとする為にセッティングされた舞台というのが結果から見た事実であった。

 そして、それを断片的に与えるという事は、再びこの様な死闘が繰り広げられるという事を明確に示しているのであった。

 

 

 

 この後すぐにサラとトヴァル最上階へと上がってきた。

 二人の方は、手加減こそされなかったものの、時間稼ぎの様な戦い方に押し切れずにいたらしいのだが、突然戦いが終了し、「上の用事が済んだ」と告げて早々と撤退していったとの事だった。

 自身の話は、上手くすり替えながら最上階で起きた事をひと通り話していくと、丁度ミシェルから連絡が入り、全箇所無力化、拘束に成功したとの事を告げられたので、手短に報告を済ませた後に三人はクロスベルに戻っていく。

 

 帰路の間も困惑と頭痛を隠しながら、ポーカーフェイスを崩さず普段通りを心がけていたスレインであったが、節々に見えた浮かない顔をサラはしっかりと感じていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 クロスベル支部に戻った遊撃士達は本日の結果を報告していく。ミシェルからの報告通り、帝国チームの所だけに結社が介入しており、他の地点は万事滞りなく教団の残党を捉えていたのであった。

 決定的な一撃を与えられなかったものの、単身で『鋼の聖女』と一戦交えた事でスレインの話題が増えたのだが、結果的に何故結社がそこに介入したかは不明という形で一同は結論付けた。

 

「俺の方で調べてみるが、帝国の方でも警戒する様にしてくれ。いつそちらに現れるか分からんからな」

 

「了解。こっちでも何か分かったらミシェルに連絡を入れておくわ。お互い暫くは気を抜けないわね?」

 

 アリオスとサラがそれぞれの現在を踏まえた上で会話をする。クロスベル自治州というのは宗主国であるカルバートとエレボニアに軍事的圧力がかかっており、遊撃士と言えどもなかなか動けない。ましてや現帝国政府の圧力により遊撃士協会が軒並み閉鎖された帝国内では、いくらA級遊撃士であってもかなり動きが制限されるので、それぞれの住民が動いた方が楽なのだ。

 

「でも、どうしてスレインを狙う様な事をするんだろうね?」

 

 ヨシュアの言葉に一同も頷き、一斉に視線がこちらに注がれる。

 狙われた理由は分かるのだが、明確な意図が分からない今回の一件は、自身の中に閉まっておきたい事柄である。

 

「さぁな……それも含めて要調査だろ。俺だって理由が分かってるならここで話してるさ」

 

 本当に思っている(・・・・・・・・)事を話して一同が納得する事を確認すると、今回の一件の報告は終了した。

 

「しかし『鋼』とやり合って生きて帰ったとなれば、評価は格段に上がるぞ。A級になるのも近いのではないか?」

 

「そうですね。レーヴェでさえ『自分以上だ』って言ってましたし……確実だと思います」

 

「て事は、スレインってレーヴェより上って事? すごいじゃん!」

 

 アリオスの言葉に納得した様子のヨシュアと、少し斜め上の回答をするエステル。

 

「手加減された感じもしますし、評価対象にはならないと思いますよ?」

 

「それでも無傷で生還したなんて前代未聞だ」

 

「S級を断り続けているアリオスさんに言われてもねえ」

 

「む、言うようになったな、スレイン」

 

 スレインの言葉にアリオスが苦笑すると、一同がクスクスと笑い始める。どうやら重苦しい雰囲気も終わりのようだ。

 

「はぁ〜、あたしの記録も越えられちゃうのね〜」

 

「そういえば、今のところはサラさんが最年少記録を持っているんですよね」

 

「凄いわよね〜。アタシなんていつA級になれるか分からないわよ」

 

「ブライトカップルはニコイチだから、二人揃えばA級レベルだろ?」

 

 スレインの言葉に照れる様に目を逸らしてニヤけるエステルと、それを横目に軽く微笑むヨシュア。その光景は本当に仲の良いカップルそのものであるが、それは戦闘面でも同じなのだ。

 エステルの棒術は、かのカシウス・ブライト直伝で、恐らく棒術でエステルの右に出る者は殆どいないだろう。そして、元執行者というだけあって戦闘能力の全てが一般的な遊撃士と段違いなヨシュア。更に隠密行動に関しては大陸一と言っても過言ではない。

 この二人は個々の能力も高いが故に、コンビでの戦闘となると実力が二倍三倍にも膨れ上がる程である。ARCUSを使わせたら戦術リンクだけで、軍隊を相手に出来るのではないだろうか。

 

「ま、スレインの言う通りね。あんた達二人相手ならあたしも勝てないわよ」

 

 二人の微笑ましい光景を見ながら言葉を出すサラは、どこか呆れている様な表情をしている。

 

「まぁ、スレインも復帰した事だし、これで帝国は安泰だな」

 

「んな事言ってないで、あんたもしっかり働きなさいよね!」

 

 トヴァルの一言に笑いながら喝を入れたサラは、そのまま背中をバシバシ叩く。

 

 こうして一頻り雑談で盛り上がった所で、今回の依頼は無事終了を告げ、各々解散していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国チームは列車までの時間が空いているという理由で、一端自由行動となったので、スレインは中央広場に足を運んでいる。

 帝国内ではARCUSが普及しているが、大陸的にみたらENIGMAが普及している為に、多少なりとも情報を仕入れておこうと思い、中央広場に構えるオーパルストアに向かおうと思っていたのだ。

 すると、広場に着いた途端、見覚えのある人物が驚いた表情をしながら歩み寄ってくる。

 

「あ、あなたは!? どうしてここに!?」

 

 目の前まで歩み寄るといきなり声を荒げた女性は、肩にかかる濃紺のミドルヘアーをハーフアップに結い上げ、パステルカラーのスポーツウェアを着ている。しかし、スポーツウェアと言っても上半身はおへそ丸出しで、ジーンズ生地のパンツはローライズ仕様。女性的なラインがしっかりと出ていて、所謂スタイル抜群のこの女性の格好に対して目のやり場に困るのは、男性ならば分かってくれるだろう。

 

「お? アルカンシェルの大スター、リーシャ・マオじゃねぇか。久しぶりだな」

 

 不用意に目線を変えると何かと問題視されそうなので、しっかりと目を見据えてから片手を上げて挨拶をする。その行為はなるべく自然に行ったつもりだったのだが、この女性はとんでもない行動に出た。

 

「ちょっと来てください! ……いいから!」

 

 言葉と共に有無を言わさず腕を掴むと、尋常じゃないスピードで何処かへ連行されていく。勿論、「いいから」の前に色々と疑問をぶつけたのだが、その一言を聞いたら返す言葉を失ったので、大人しく連行される方を選んだのだ。

 列車の時刻までに自身の目的が達成できそうにない事を悟ると同時に、どこかのアパートメントの一室に入っていく。すると、腕を掴んでここまで引っ張り回した女性はそのままくるりと反転してこちらを睨みつける。

 

「なんであなたがクロスベルにいるんですか!?」

 

「なんでって、仕事だよ。遊撃士に電撃復帰しちまったんでな。リーシャの活躍は帝国でも有名だぜ。まさか劇団員になってるなんて思わなかったけどな」

 

「な!? 遊撃士って、あなた、何故!?」

 

「成り行きでな。……それはそうと、とりあえず先に腕に押し付けてるものをどかしてくれないか? これじゃ、あの時の二の舞になる」

 

 自室と思われる部屋に入った事で人気がなくなったものの、先程から腕を掴んでいる状況は変わらない。そして、身体を反転しただけのこの人物は、道端と違って距離を詰めているので、傍から見れば腕に抱きついている様な体勢である。そうすると当たり前であるが、腕に膨よかで柔らかい物体が当たっているのだ。そう、むにゅっとした擬音が出るくらいに。

 

「え? ――――――!!」

 

―――パァン!!!

 

 言わんこっちゃない。予め歯を食いしばっておいて正解だった。女性は素早く腕から離れると同時に、平手打ちがスレインの右頬にクリーンヒットして綺麗な紅葉を染め上げた。

 

「イテテテ……あのさぁ、今回も俺のせいではないと思うんだけど?」

 

「あ……すみません。条件反射で……」

 

 そんな事は分かっているので、特別表情は作らず言葉を漏らすと、目の前の女性はバツの悪そうな表情をしながら俯いて謝罪の言葉を口にしている。

 

「たく……あれから変わってない様で何よりだ」

 

 目の前にいるスタイル抜群の女性の名は、リーシャ・マオ。クロスベルに構える世界屈指の劇団『アルカンシェル』に入団したばかりで準主役の座を射止めた若きスターである。看板女優であり主役の『イリア・プラティエ』に引けを取らないその美貌・演技力で数多の観客を虜にする、『アルカンシェル』の2大女優である。

 そして、そのトランジスタグラマー(誰かが命名したらしく、リーシャの事を密かにそう呼ぶ人がいるらしい)には、裏の顔が存在する。

 東方の裏社会で伝説と呼ばれる暗殺者。《伝説の凶手『(イン)』》。身の丈程もある大剣と複数の暗器・符術・気功術を使う『(イン)』の名は、裏の道を歩む者にとって知らない者はいない。

 しかし、『(イン)』とは歩むべき道であって、先代から受け継がれる暗黒の人生である。なので、その伝説の全てが彼女の事を指しているのではないし、自ら手進んで闇の足を踏み入れた訳でもないだろう。

 ちなみに、『(イン)』とリーシャ・マオが同一人物というのは、状況が変わっていなければスレインしか知らない事実である。

 

「ツァオは俺の事を知ってたみたいだが、お前さんには言わなかったのか?」

 

「ええ、今日は劇団の練習日でしたから。ツァオに会ったんですか?」

 

 先程の恥じらいから一変、真剣な面持ちで淡々と言葉を口にするリーシャ。

 

「遊撃士の仕事で来てるから会ってない。安心しろ。約束は守ってるさ」

 

 言葉の最後に「むしろ会いたくない」と付け加えてからリーシャの顔を見ると、その表情には安堵が混じっている。

 

「そうですか……。それなら安心しました。せっかくなのでお茶でもご用意しますね。座っていて下さい」

 

 やはり自室であった様で、テキパキとティーカップを出しながらお湯を沸かしているリーシャを横目に椅子に腰掛ける。

 

「(しかしまぁ、何で会う度にこうも同じ展開になるのかねぇ……)」

 

 この人物との出会いは一年前の共和国内で起きた『赤い星座』と『黒月(ヘイユエ)』の抗争だった。その時に『黒月(ヘイユエ)』に雇われていた(イン)が、『赤い星座』のメンバーと勘違いしてスレインに襲い掛かってきたのだ。双方から因縁を吹っ掛けられてイライラしていたスレインは、つい本気を出してしまった。ここまではまだ至って普通の話である。

 そして、決め手となった一撃で吹き飛び、仰向けに倒れていた(イン)に近づいた際、『赤い星座』の連隊長で狙撃の名手である『閃撃』のガレスが、近くにあった爆薬を狙撃して大爆発を巻き起こした。

 この爆発が想像以上に大規模であったので、仕方なく助ける為に(イン)を抱えて飛び退いたのだが、自身が与えたダメージと爆風の衝撃で体型や気配を操作していた気功が解除されていた(イン)先程までなかったハズの胸部にある膨らみ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を揉んでしまったのだ。

 その後は想像通り。先程と似たような展開が繰り広げられ、他言無用を約束する事と引き換えに、(イン)という存在について聞いたのだ。

 

 つまり、数ヶ月前に起きた、とある黒髪の少年と金髪の少女の最初の出会いと似たそれである。スレインがあの時少年にかけた言葉は、紛れも無く経験者からの助言と言う訳である。

 

「で、俺の姿を見るなり引っ張ってきた理由は何だよ?」

 

 出された紅茶を飲みながら、向かいに座るリーシャに視線を合わせて話していく。

 

「いえ……久しぶりに姿を見たので、少し取り乱していました」

 

「どっちかって言ったら貸しの方が多いんだから信用しろよな。俺がアルカンシェルに行く時があったらどうすんだよ」

 

「ふふっ、そうですよね。スレインさんは約束を破る様な人ではないです。それはあの時から分かっているつもりです」

 

 実は一年前に出会った時に、もう一つ約束を交わしている。

 これは不可抗力とは言え、スレインが(イン)の正体を知ってしまった謝罪の意味を込めて、自身が帝国民であり皇族直属の内偵である事を告げたのだ。

 それと同時に、既に戦闘が出来る状態でなかったリーシャの代わりに黒月(ヘイユエ)側に付いて抗争を終結させて、『(イン)』の正体をこれ以上知られない様に工作する事を約束した。

 結論から話すと、抗争はしっかりと自身の手で終結させて、(イン)の代わりにツァオから気に入られるという結果になったので、情報を隠し通す事に成功したのである。

 ちなみに、言葉を変えるとリーシャは帝国外部の人間でただ一人、スレインが内偵をやっていた事を知っているという事にもなる。

 

「しかしまぁ、あのアルカンシェルのスターと一緒にお茶とはな。こんなん文屋からしたら大スクープだろ」

 

 笑いながらそう話して出された紅茶を一口飲む。普段飲んでいる紅茶と味が違うのはクロスベル産なのか、それともリーシャの好みなのか。言及こそしないものの、しっかりと味わう事だけを決める。

 

「確かにそうですね。クロスベルには暫くいるんですか?」

 

 スレインの笑顔に合わせて微笑みながら紅茶を一口飲むリーシャ。こう見ると本当に暗殺者なんて事を感じさせない程の可憐な女性である。

 

「いや、今日の列車で帰るよ。アルカンシェルは一度見てみたかったがけどな」

 

「あら、それならチケットをお渡ししますか?」

 

「是非……と言いたいけど、色々と忙しくてさ。せっかくだけど遠慮しとくわ」

 

「そうですか……言って頂ければすぐに用意しますよ」

 

 今までで一番の笑みを見せるリーシャ。その表情を見てスレインは直感的に一つの結論を付けた。

 この女性に暗殺者の道は歩めない。理由はないが何故かそう感じたのだ。

 

「……アルカンシェルのリーシャ・マオの方がお前さんに似合ってると思うぜ?」

 

「え? それは……?」

 

 突然の言葉に動揺を見せるリーシャ。その頬は少し朱く染まっている様にも見える。

 

「一年前と今日の中で、今の表情が一番生き生きしてるよ。リーシャ・マオに闇の道は向いてない。早くキッカケを手に入れて足を洗う事をオススメするよ」

 

 スレインは口を開きかけたリーシャを制する様に「ごちそうさま」と一言だけ残すと、アパートメントを後にしてクロスベル駅に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「しかし、なんだって『鋼』自ら来たんだろうな」

 

 列車内でトヴァルが片手に持つビールを飲みながら不思議そうな表情をする。

 ちなみに、ビールを持っているのは全員。今回の依頼での労いという事で、サラがミシェルから受け取った酒瓶は既に半分以上が空になっている。

 

「さぁなぁ? デュバリィまではやり合った事があるから、御自ら腕試しって感じじゃね?」

 

 そんな在り来りな発言をしながら窓の外の景色から視線をトヴァルに向けると、小難しそうな表情をしていたサラが疑問を投げかける。

 

「あんた、どんだけの数とやり合ってんのよ?」

 

「ん? 執行者なら7人くらいか? 大陸中回ってたけど、使徒は流石に初めてだったわ。いい経験になったぜ」

 

 ケラケラ笑いながらそう答えると、トヴァルは既に頭を抱えていた。

 

「それ、判明している面子全員じゃない!」

 

「まぁ、今回の件は全員無事だったんだし、それでいいだろ? サラも飲めよ」

 

 何故かご立腹のサラにトヴァルが声を掛けると手に持つ酒瓶を傾け一気に飲み干していく。

 

「そうね。今日は飲むわよー! スレインも飲みなさいよね!」

 

「たく……分かったから列車内であんま騒ぐなよな」

 

 列車内としては多少声量が大きかった事を指摘してやると、バツの悪そうな表情をするが、酒瓶を渡すと共に機嫌が直り宴会が始まっていく。

 

 こうして学院の自由行動日は、学生としてではなく遊撃士として終わっていくのであった。

 ちなみにトリスタに着く頃には貰ったお酒も全て消費していたのは言うまでもない。

 

 

 




スレイン君の過去がほんの一部だけ明かされました。
と言っても、もう一人の名前も出ているので、誰が関わっているかは分かると思います。

一体、どんな真相なのか。楽しみにして頂けると幸いです。

そして!
碧の軌跡より、あのリーシャ様が登場です。
閃の軌跡Ⅱでも登場していたので、どうしても出番が欲しかった為にこういった形で登場してもらいました(笑)
リーシャだったらアリサと同じ反応をするだろうなと思って、初期の頃から考えていた構想でございます。
気に入って頂ければ幸いです。

それでは、今回もお読み頂きありがとうございました。


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固執した価値観

更新が遅れてしまって申し訳ありません。

連日の暑さで夏バテ気味になっています。

スタミナ付けて、更新頑張ります。

それでは、第21話、始まります。


「うそ……だろ?」

 

「スレインさん……」

 

 マキアスとエマが、驚愕の表情で声を漏らす。その顔は正に、開いた口が塞がらないという喩えに相応しい表情である。

 

 日付は変わって6月23日。

 本日は実技テストと試験結果の公表日。本校舎1階に張り出された総合結果を前にして、そこを陣取っているⅦ組一同は二人と同じ様な発言と表情をしている。それも其のはず、一人だけおかしな結果を出しているからだ。

 

 

  中間試験総合結果

  1位スレイン・リーヴス 1000pt

  2位エマ・ミルスティン 975pt

  2位マキアス・レーグニッツ 975pt

  4位ユーシス・アルバレア 952pt

  5位パトリック・T・ハイアームズ 941pt

  ・

  8位アリサ・ラインフォルト 924pt

  ・

  ・

  ・

  ・

 

 

 成績上位者の殆どをⅦ組が占めている時点ですごいのであるが、そんな事に驚いている訳ではない。1位のスレインは全教科満点でダントツ首位。これはもはや異常事態である。恐らくトールズ士官学院の史上初の快挙ではなかろうか。

 勿論、Ⅶ組の中で一番学力に懸念があったフィーが72位。それ以外の全員が上位30名に入っている時点で、Ⅶ組は成績優秀者だらけである。その結果からすると当たり前であるが、クラス平均点もⅦ組は学年1位であった。

 

「ありえん……一体どんな技を使ったのだ?」

 

 ユーシスでさえ不正を伺わせる様な発言をする始末。全授業をうたた寝か物思い(・・・・・・・・)で乗り切っているスレインを知っているⅦ組であれば、確かにその疑問が生まれるのも当然である。

 

「委員長とマキアスの同点も凄いけど、スレインは……凄いな……」

 

「ええ、どうやれば全教科満点なんて取れるのよ……」

 

 リィンに続きアリサも絶句した様な表情で何とか言葉をひねり出している。

 

「ねぇ、スレイン。スレインって勉強、得意だったの?」

 

 顔がひきつっているエリオットが、一同を代表するかの様に問いかける。こうなるから真面目に受けたくなかったのだが、今更後の祭りだ。開き直るしかない。

 

「……お前さんたち、俺が導力学だけ(・・)得意なんて誰が言った?」

 

 引きつった顔が青ざめていく一同に対して、不敵な笑みを浮かべて教室に向かおうとした。すると、純白の制服を来た生徒達に行く手を阻まれる。

 

「貴様がスレイン・リーヴスか?」

 

 目の前にいる、いかにもおぼっちゃま風の金髪少年は、自身の名前を確認するかの様に問いかけた。それは、名前だけは聞いているが、その当人の顔を知らない者の発言である。

 しかし、こちらは目の前にいる少年の事は知っているので、同じ様な発言で肯定する。

 

「そうだが、何の様だ? パトリック・T・ハイアームズ」

 

 パトリック・T・ハイアームズ。四大名門『ハイアームズ家』の三男坊。四大名門だからなのかは知らないが、良くも悪くも身分制度に執着がある典型的な貴族生徒である。その為、何かとⅦ組を目の敵にしていて、リィンは勿論、同じ四大名門のユーシスの事さえ酷く言うらしい。というのが自分の得ている知識である。

 

「貴様……! イカサマを使って取った一位はさぞ嬉しかろう。平民風情の分際で英雄気取りか?」

 

 早速皮肉たっぷりの言葉を投げかけられた。今まで試験結果を見ながらガヤガヤしていた空気が、一瞬にして凍りつき静けさを生み出す。

 

「気取った覚えはないんだがな。その平民風情に学力で負けてイカサマ呼ばわりするから、貴族様は入学時から主席は疎か次席にもなれないんじゃないか?」

 

 この手の者には笑おうが怒ろうが無駄である。だからと言って、あえて無表情で挑発的な発言をするこの少年の行動にも些か問題があると思う。しかし、そんな事を指摘できる程の猛者はこの場にいなかった。

 

「貴様……!」

 

「吠えるのは結構だが、俺の知っている四大名門のご子息は、もっと尊厳と敬意のある発言をする。貴族と言っても幅広いんだな。勉強になったよ」

 

 更なる挑発をするかの如く、小さく笑ってその場を後にするスレイン。すれ違う瞬間に見えた彼の表情は、耐え難い屈辱を受けた様な表情であった。

 

「スレイン、あれは言い過ぎではないのか?」

 

 教室に着いた一同の中から、珍しくラウラが批判的発言をする。先程のパトリックとのやり取りに関しての発言に対する話なのだろう。

 スレインはあの手の扱い方を熟知しているので、何も感じていない様な表情をしてラウラを見る。

 

「ああいうヤツは鼻っ柱を折らんとダメなんだよ。大方クラス平均もウチの方が高いから屈辱的なんだろ? それにⅦ組のあちこちに手を出してるみたいだからな。憎悪の対象を集中させた方が黙らせるのは簡単なんだよ。次の動きも大体分かる」

 

「貴様、だからわざと俺と比較したのか……」

 

 パトリックとのやり取りの中、自身に関する発言をしていた事を聞き逃さなかったユーシスは、申し訳なさそうな表情をしいる。

 実際の所、パトリックはⅦ組の人間を敵視しており、何かと問題めいた発言をしている。更にその標的は全員であり、それぞれ個別で嫌味を言っている為にある意味面倒である。

 大体が子供めいた発言になのだが、純粋な貴族教育を受けてきた彼に取っては、それが貴族特有の意地とプライドから現れる発言なのだろう。

 そして、そういったものは個別に対処するよりも、相手の狙いを一箇所で纏めてしまう方が対処しやすい。その方が相手も強硬策に出てくる可能性が高い。その時点で潰してしまえば、問題になる前に大人しくなるだろう。というのがスレインの考えであった。

 

「純粋に思った事を口に出したまでだ。別に比較したかった訳じゃないさ」

 

「でも、本当にすごいね、スレイン。全教科満点なんて」

 

 少しばかり重たい雰囲気になっていた所を、エリオットが話題を変えようとしてそう話す。

 

「まぁなー。一応、ここに来る前に英才教育なみの事を受けてたからさ」

 

「遊撃士とはそんなに博識なのか?」

 

「確かにあの時も色々教わったけど、正確に言うとちょっと違うかな。まぁ、人生いろいろってやつだ」

 

 ラウラの素朴な疑問に笑いながら答えるスレイン。遊撃士は確かに博識だけど、勉学という面での知識を持ち合わせる事は必須ではない。

 かと言って、それ以降の話は出来ないので一端言葉を濁らせる事にした。

 

「あんた、あたし達と年齢変わらないじゃないの……」

 

「でも、スレインが言うと重みがあるな」

 

 頭を抱えているアリサの呟きとは違い、ガイウスは何故か納得の表情で話している。

 

「まぁ、いいじゃねぇか。人は見かけによらない、ってな。お前さん達が一番理解してると思ったんだけどな〜」

 

 ケラケラ笑いながら話すスレインを見る目は、何故か信用しきれていない様な疑心に満ちたている。

 だからと言って、これ以上何かを言うつもりもないので、これから始まる実技テストに意識を向ける。

 

「さ、グラウンドに行こうぜー。あと、多分面倒事になるから覚悟だけはしとけよ」

 

 一同はこの場では言葉の意味を理解していなかったが、実技テスト開始と共にそれを理解するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、中間試験、みんな頑張ったじゃないの♪ あのイヤミな教頭も苦虫を噛み潰した顔をしてたし、ザマーみなさいってね♥」

 

 グラウンドに集合したⅦ組一同を前に、サラは拍手をして褒め称える。

 

「別に教官の鬱憤を晴らす為に頑張った訳では……」

 

「というか教頭がうるさいのは半分以上が自業自得ですよね?」

 

 リィンとアリサの激しいツッコミと一同のジト目がサラに直撃していく。

 

「まったく、あのチョビ髭オヤジ、ネチネチうるさいっての……。やれ服装だの居酒屋で騒ぐなだのプライベートにまで口出しして……」

 

「サラ、心の声が漏れてるぞー。後で聞いてやるからその辺にしとけ。皆呆れてるから」

 

 スレインの言葉通り一同は揃って呆れ顔をしている。サラは一瞬だけ恥じらってみせるが、咳払い一つして真面目な顔に戻る。それと同時に、いつものと同じく指を鳴らして戦術殻を出現させる。

 正にその時だった。

 

「フン、面白そうな事をしてるじゃないか」

 

 グラウンド入口の階段上から朝から散々聞いた声がしたので目を向けると、そこには先程屈辱を受けたであろうパトリックと、男子貴族生徒3名と女生徒が数名立っている。

 

「ほらな、面倒になった」

 

 一同に向けて笑いながら話掛けるスレイン。それにしても予想通りの展開になっている事が面白い。ここに来たという事は、この後の行動も予想が出来るし、サラの事だからそれを面白がって受け入れるに違いない。だからこそ笑いを堪える様な事をしなかったのだ。

 

「あら、どうしたの君たち。Ⅰ組の武術教練は明日のはずだったけど」

 

「いえ、トマス教官の授業がちょうど自習になりましてね。せっかくだからクラス間の“交流”をしに参上しました。最近、目覚ましい活躍をされている『Ⅶ組』の諸君相手にね」

 

 悠然とした雰囲気でグラウンドに降りたパトリックが理路整然と話し終えると、それと同時に剣を構える。勿論、取り巻きの男子生徒3人も同じ様に構えている。

 

「そ、それって……」

 

「得物を持っているという事は練習試合ということか……?」

 

「フッ、察しが良いじゃないか。そのカラクリも結構だが、たまには人間相手もいいだろう?僕たち『Ⅰ組』の代表が君たちの相手を務めてあげよう。フフ、真の帝国貴族の気風を君たちに示してあげるためにもな」

 

 パトリックの言葉と同時に取り巻き達もほくそ笑む。その堂々とした挑発的な態度に、Ⅶ組一同も少しばかり熱くなっている様である。

 

「フフン、なかなか面白そうじゃない」

 

既にニヤけ始めたサラは指を鳴らして戦術殻を消滅させる。

 

「―――実技テストの内容を変更! 『Ⅰ組』と『Ⅶ組』の模擬戦とする。4対4の試合形式、アーツと道具の使用も自由よ」

 

 サラのその一言に、一泡吹かせようと不敵な笑みをするパトリック一同。

 対してサラは言葉を続けて、リィンに模擬戦に参加するメンバーを決めさせる様に発言した、正にその直後だった。

 

「サラ教官。その前にエキシビションマッチとして、スレイン・リーヴスと一騎打ちをさせて頂けませんか?」

 

 それはパトリックの発言だった。Ⅶ組一同はスレインの実力を知っているので、その無謀な発言に目を丸くしている。

 

「それは一体どういうことかしら?」

 

「いえ、そちらはチーム編成や装備の調整など、行うべき事が多いでしょう。その前座ですよ」

 

「貴様、スレインの事を聞いていないのか?」

 

 パトリックの言葉に異議を唱えたのはユーシスであった。先程、話題に出した事のお返しにフォローしたつもりなのだろうか。

 

「フン、聞いているさ。『化け物』、なんだろう」

 

「なっ!?」

 

「くっ……」

 

あえて「化け物」という単語を強調したパトリックの言葉に、マキアスとリィンが言葉に詰まっていた声を出す。他の一同もそう言われている事は知っていたらしく、複雑な面持ちで俯いている。

 

「パトリック。貴族様は、化け物退治で勇者気取りでもするのか?」

 

スレインは一同の前、サラの横まで歩を進めてパトリックを見据える。その表情には感情もなく、視線は氷の様な冷たさを感じる。

 

「な!? 貴様……!?」

 

「もう一度聞く。化け物相手に勝てるとでも思っているのか?」

 

「フン、化け物と呼ばれている者が、我が物顔で学院を歩き回られては皆が迷惑するだろう。勇気ある者がいなかっただけの話だ」

 

 その発言は如何せん言い過ぎだったのだろう。一同がざわめいている。

 そもそも、我が物顔ではいないつもりなのだが、噂というものは尾びれが付くものである。今更異論を唱えても意味が無い。

 

「勇気と無謀は紙一重なんだがな……。だそうだが、教官的にはどうなんだ?」

 

 目線をパトリックから逸らさずにサラに問いかける。

 

「(流石にあたしも頭にきたから瞬殺しなさい)」

 

 意外な言葉を耳打ちされて思わず面食らってしまって視線を向けると、表情こそ変わらないものの怒気が表れている様にも感じ取れた。

 

「いいわ。エキシビションマッチは許可する。リィン、今のうちにメンバーの選出と準備をしておきなさい」

 

 いつものような軽やかな口調ではないサラの発言に、一拍の間があってリィンは返答して編成を始めた。

 

「許可が出た所で、一つハンデを与えてやる。パトリック以外も纏めて相手してやる。全員構えろ」

 

 再び無表情でパトリックの方を向き、目線を合わせる。極力殺気は放たず、ただ冷酷な目線と表情にたじろぐ貴族生徒たち。

 

「な!? 貴様、バカにしているのか!?」

 

「馬鹿か? 化け物相手なんだからそれくらいしないと負けた時に惨めになるぞ?」

 

 スレインの言葉に、パトリック一同は強く歯を食いしばって敵意をむき出しにする。どうやらこの言葉が決め手になった様だ。パトリックを含めた4名が剣を構え直す。曲がりなりにも四大名門を名乗りだけあって、優雅さや気品があるが、隙のないしっかりとした構えである。その他の面々も流石トールズの学生といった所か。

 

「パトリック、ついでだから一つカケでもしないか? 俺が勝ったらⅦ組について余計な吹聴はしない事。お前さんたちが勝ったら……そうだな。卒業まで何でも言う事聞いてやるよ」

 

「……いいだろう、スレイン・リーヴス。後悔しても遅いからな」

 

 スレインのその言葉に一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに口角をつり上げて答えた。それはパトリック以外の同じである。どうやら、化け物退治も4人なら勝てると踏んだのだろう。

 

「という事だ。サラ、合図を頼む」

 

「はいはい。たくもう、ホントそういうの好きなんだから」

 

 サラは肩を落としてため息をついたものの、こちらを見る目線には「よくやった」という言う言葉が乗せられていた様な気がした。

 

「じゃぁ、いくわよ! −−−始め!」

 

 

 

—————キキキィン——————ドサッ!

 

 

 

「「「「うっ……!」」」」

 

「終わりだな」

 

 サラの言葉が聞こえた瞬間。既に決着が着き、一箇所に纏まったパトリック達にスレインが言葉を投げかけていた。

 

「……何が起きたんだ?」

 

「見えなかったぞ……」

 

「ん。私も見えなかった」

 

 リィン、マキアス、フィーがそれぞれ、状況把握が出来なかったと声を漏らす。他の面々も同じく、驚愕の表情で口を開けている。

 

「あたしも見えなかったんだけど……」

 

 サラの呟く言葉にⅦ組一同は再び驚愕する。

 たしかに今まで見てきたスレインよりも何倍も速かった。そして、自分たちの数倍以上の強さを誇るサラですら捉えきれてないという事は、スレインの実力がどれだけ高いのか示している。

 この少年の実力というのは一体どこを指すのだろうか。Ⅶ組一同は全員その様な疑問を頂いていた。

 

「ただ剣を弾いて蹴り飛ばしただけだよ。Ⅶ組と違って実戦経験がない学生相手に武器なんて使う必要すらない」

 

 顔だけをⅦ組に向け話すスレインは簡単に言っているが、事の顛末はこうだ。

 上下二列に隊列を組んだパトリックたち一人一人を、手刀で武器を弾き飛ばして隊列の中心に纏める様に蹴り飛ばす。弾いた武器は風の流れに乗せて(・・・・・・・・)、自分がいた方向へと吹き飛ばした。ご丁寧に一箇所に纏めて。

 その時間は僅か数秒。もっと種明かしをしてしまうと、『分け身』を使って同時に攻撃を行ったので、4人相手でも数秒で鎮圧が完了したのである。

 

「なっ……」

 

 パトリック達は、未だに何が起きたのか分からない様な表情をしている。

 しかし、スレインと視線が合うと、みるみるうちに顔が青ざめていった。まるで化け物に襲われる子供の様な表情である。

 

「パトリック。まだやるか?」

 

 その腹の底に響く声と、無表情でありながらも睨みつける様な鋭い視線に身を震わせるⅠ組の面々。言葉を失い戸惑いの表情を見せるパトリックは、か細い声でポツリと呟く。

 

「……負けだ」

 

「という事だサラ。実技テストの方は頼んだぞ」

 

 そう言って一同の中へとするりと入ったスレインに、誰一人声をかける事は出来なかった。

 

 その後の実技テストは何事も無く終了した。一度は戦意喪失したパトリック一同も、Ⅶ組相手に一矢報いる様に激励したサラの言葉もあって、その動きには目を見張るものもあり、リィン達を相手に善戦していた。

 それでも実戦経験で得た勘というものは、学生の領分を大きく越えており、あらゆる隙を見逃さなかったⅦ組に勝利の軍配が上がった。

 

 

 

 

 

 しかし、ここでまた貴族様は問題発言をしてしまうのであった。

 

「―――触るな、このユミルの浮浪児ごときが!」

 

 模擬戦が終了し、片膝を付いたパトリックに「また仕合をしよう」と告げて手を差し出すリィンに言い放った一言。そして更に吐き捨てる様に言葉を続けていく。

 

「フン、他の者も同じだ! 平民風情は疎か、武器商人の娘に蛮族!? 猟兵上がりの小娘に化け物だと? 笑わせるな。トールズの名を汚す輩がいい気になるんじゃない!」

 

 度が過ぎたパトリックの言葉に、取り巻きは口々に「言い過ぎでは」と呟き、Ⅶ組一同は手を口に当てて絶句していている。

 

「おい、パトリック。お前、先程の約束を早々に破るとはどういう了見だ?」

 

 一瞬の静寂の後に言葉を出したのはスレイン。

 模擬戦前の戦いでⅦ組相手に吹聴しないとの約束をしたが、たった数分で破られるとは流石に驚いた。虫の居所が悪くなってしまったので、怒りが堪え切れずわなわなと震えるパトリックの前に向かう。

 

「お前さ、いい加減にしろよ? もう少しまともだと思ったんだが、ハイアームズって言ってもガキはガキだな」

 

「貴様!? イカサマしか出来ない化け物が―――」

 

 ――――――!!!!

 

「うわ!?」

 

 パトリックの言葉が終える前に、周囲に無数の剣が突き刺さる。剣の檻に閉じ込められたパトリックは小さく悲鳴を出した。

 少しでも動けばその剣筋に身が当たる様な至近距離に恐れをなしている。

 

「俺の事は何とでも言え。実際に俺自身だって同じ事を思ってるからな。だが、Ⅶ組の面々には、口出ししないと約束したはずだぞ。貴族様は平然と嘘を付くのか?」

 

 ただただ冷酷な表情でパトリックを睨みつける。その言葉と彼が纏う殺気と明確な敵意に、この場にいる全員が身震いをして冷や汗が滲み出てくる。

 目の前でその視線を浴びるパトリックの表情は恐怖と共に戦慄の表情をしていた。

 

「くっ……」

 

「お前の拘りが貴族なのか四大名門なのか知らねぇけどな、俺の知ってる貴族は、自身の立場を強みに出さない事を品格と誇りにしている。それはⅦ組の人間だけじゃない。大なり小なり色んな貴族を見てきたが、人徳なき貴族は尽く人に好かれていない。お前のその言葉には、人徳があると言えるのか?」

 

「スレイン……」

 

「ふむ……」

 

 リィンとラウラがその言葉に声を漏らしていたが、気にせず言葉を続けていく。

 

「それにな。お前はハイアームズ家に生まれただけで、築き上げた貴族という立場に貢献した訳でもないだろう。出自を盾にして学院内を我が物顔で歩いてるのはお前の方じゃないか?」

 

「貴様! 我がハイアームズ家を侮辱する気か!?」

 

「そのハイアームズ家に泥を塗り続けているのはお前だろ」

 

 その一言が決め手であった。

 パトリックは苦虫を噛み潰した様に歯を食いしばり何か言いたそうな表情をしていたが、取り巻きの男女は既に俯いて表情が見えない。

 

「はいはい、ここまで。Ⅰ組は戻って。自習中であっても勝手に教室から出ない様に」

 

 サラの一声によってパトリック達は無言で退場していく。

 勿論、その後に嫌味ったらしく「明日行われるⅠ組の武術教練に今日の事を取り入れる」と言っていたので、恐らくイライラは募っていたのだろう。

 

「まったく、これだから貴族というものは……」

 

「フン、あんなのと一緒にするな」

 

 マキアスの愕然とした発言にユーシスが呆れたように呟く。

 

「ま、素直じゃない辺りは一緒だろ。貴族って言っても17そこらの学生だぞ? 人格なんて出来上がる訳ないって。感情が先に出るのは若い証拠だ」

 

「貴様、一緒にするなと言っているだろう」

 

「これが素直じゃないってこと?」

 

「あはは、確かにそうかもしれませんね」

 

「お前たちまで声を揃えるな」

 

 フィーとエマの言葉にユーシスは頭を抱え始める。たまには集中砲火を浴びるのもいいだろう。

 すると、リィンが近づいてきて申し訳なさそうな表情で声をかける。

 

「スレイン、ありがとう」

 

「御礼を言われる事はしてねぇよ。流石にあれは言い過ぎだからだからな」

 

「それでも悪いことをしたよ。スレイン一人に任せてしまって」

 

「まぁ怒りの矛先は殆ど俺だったからな。元々挑発的な態度を取ったのは俺だし、逆に巻き込んだ俺が悪い事してるよ」

 

「いや、そなたの言い分は間違ってはいないと思う」

 

 ラウラまでもが会話に参加してきた所で、スレインが音を上げてこの会話は終了した。

 どうもこの二人は律儀過ぎるというか、こういう時に褒め殺す勢いで真っ直ぐなので反論する気がなくなるのである。

 

 こうして、思わぬ乱入と思わぬ展開が起きてしまったⅦ組の実技テストは幕を閉じるのであった。

 

 

 




こう、書いてて思う事としては、ゲームと同じで会話の主軸になるメンバーが決まってきてしまうという所が悩みです。

……ええ、技量がないのは分かっております。
もっと勉強して参りますので、それ以上は触れないで下さいませ(泣)

という訳で、今回もお読み頂きありがとうございました。


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第3章
恵みの風と蒼穹の大地


特別実習もついにノルドへと進みます。

ノルドは移動に時間が掛かるという性質で、足早にゲームを進めてしまった事を、今更ながら後悔しております…

さて、ノルドの地でスレイン君はどう活躍するのでしょうか。

第22話、始まります。


 

 Ⅰ組の乱入というドタバタした実技テストを終えて、例のごとく特別実習の知らせが担任教官のサラから配られた。

 一同は次なる実習地は何処かとワクワクしながら受け取って確認をしていく。

 

 

【6月 特別実習】

 

  A班:リィン、アリサ、エマ、ユーシス、ガイウス、スレイン

  (実習地:ノルド高原)

 

 

  B班:マキアス、フィー、ラウラ、エリオット

  (実習地:ブリオニア島)

 

 

「なんで俺とスレインは固定なんだろうな」

 

「そうだなー。これだと皆に関係がバレちまうな、リィン君」

 

 少しばかり重苦しい雰囲気が残っていたので、それを取り払おうと思って発言した言葉に、全員が一斉にリィンの方を向く。

 目線はジト目の者もいれば、何かを悟る者までいる。言葉にはしないものの、それは軽蔑の眼差である。その光景を一人楽しむスレインは堪え切れない笑いを声に出す。

 

「スレイン……頼むからそういう冗談は辞めてくれ」

 

「ははっ、俺じゃなくてリィンにだけ視線が行く辺りが面白いな」

 

「だって、スレインはあり得ないじゃない。年上の女性とばかり仲良くしてるし……」

 

 なんて事を言い出したアリサは、自身の発言に恥ずかしくなったのか、語尾が聞き取れない程の小声になっていく。

 

「なんだ、アリサ。その自分も構ってもらいたいみたいな発言。そういうのはリィンみたいな男に言った方が効果あるぞ?」

 

「な、何言ってるのよ!? 別にあたしはそんなんじゃないんだから! 誤解を招く様な発言しないでもらえるかしら」

 

 頬まで染めて自棄になって否定する辺り、やっぱりこの少女は初心である。からかい甲斐があるものだ。

 

「なぁ、スレイン。何でそこで俺の名前が出るんだ?」

 

「ん? 何、アリサみたいな女の子は嫌な訳? もしかして、本気でそっち?」

 

「本当に勘弁してくれよ……」

 

 含み笑いをしながら言うと、リィンは本当に困った様な表情で肩を落としながらぼやいていた。

 

「しかし、スレイン。アリサの言う通り、そなたはサラ教官やシャロンさんと仲が良いと思うが……」

 

「確かに貴様の周りには女性が多いな。一体どんな関係なのだ?」

 

 何故か話を巻き戻してラウラとユーシスが不思議そうな表情でこちらを見ている。それは一同も同じな様で、もはやリィンの相手は誰一人していない。

 

「そんな事聞いても浮いた話なんて出てこねぇよ。遊撃士なんてやってると年上と話す方が楽なだけさ」

 

 笑いながらも視線を空に向けて何処か遠くを見つめる。

 せっかく和やかムードに戻ったのだから、学生に相応しくない話はこの場ではしない様に話題を変えたスレインであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「まぁ、アリサ、落ち着け」

 

「落ち着いていられないわよ! しかもなんでシャロンまでいる訳!?」

 

 アリサが苛々している様であったので声を掛けたのだが、どうやら逆効果であったらしい。自棄になって文句を言い始めている。

 

 現在はノルドへ向かう貨物列車内。アリサを苛立たせている原因は、最後の乗り換えを行うルーレ駅構内で起きた。

 ルーレに到着し、乗り換えをしようと貨物列車方面へと歩いていたら、アリサの母親でラインフォルト社の会長であるイリーナ・ラインフォルトと遭遇した。ちなみに横には飛行船で先回りしたシャロンが立っていたのだ。

 その際、最低限の挨拶のみを残して去ろうとしたイリーナに対して、アリサは自身が家を飛び出した事への言及もない事に怒鳴り散らした。しかし、それに対して何の感情も抱かず、自身がユーシスの兄ルーファスと同じく『常任理事』である事を告げて去っていったのである。

 イリーナの性格もアリサの内心も知っているスレインは特に何も感じなかったのだが、他の面々は少しばかり苦い表情をしていたのは言うまでもない。

 

「そりゃ出張なんだからシャロンがいるのも当たり前だろ」

 

「……あなたは知ってた様な感じね?」

 

 アリサにジト目で見られている様な感じがするが、その視線に痛々しさを感じるので、目を合わせる事をせずに答えていく。

 

「予想してただけだ。ルーレで乗り換えがある時点で、鉢合わせ出来る様に段取りを組むかなぁと。それに本社から出る以上はシャロンが同席しない訳がない。ただそれだけだ」

 

「なんで母様と鉢合わせするって知ってるのよ!?」

 

「だから、あの人、常任理事だろ? 実習先から列車の時間まで全部分かるじゃん」

 

「そうじゃないわよ! 何でそんな事予想出来るのかって事!」

 

「何となくだよ何となく。あー、もう分かったから騒ぐな」

 

 その言葉でやっと自覚したのか、アリサは勢いに任せて上げてしまった腰を無言で座席に戻す。

 

「(たく、親子揃って素直じゃねぇなぁ……)」

 

 スレインは以前ARCUS開発に伴い、イリーナ会長とは何度か顔を合わせている。その時にアリサの話になった事がある。イリーナ会長も「人だから」としか言いようがないのだが、一回だけウッカリ本音を出してしまった事があるのだ。

 勿論、その時の話は他言無用となっているので誰にも言えない。

 ましてやアリサに行ってしまったら最後。ラインフォルトから受け取る利益などなど。全てがまっ白になる可能性もある為、今回は何も言わないでおこう。

 そうこうしている内に、列車は長いトンネルを抜け、青空の光と共に遠くに広大な草原が窓に広がっていく。

 

「ノルド高原……思っていた以上に壮大な場所みたいだな」

 

 ここまで無口を決め込んでいたユーシスから声が溢れた。

 

「まぁ、それはゼンダー門を越えてから言った方がいいぞ?」

 

「確かにそうだな。スレインはノルドに来た事があるのか?」

 

 ガイウスが不思議そうな表情をして問いかける。それもそのはず、ここまでノルドの説明もあったのだが、その時は全く話に参加していなかったのである。

 

「ああ、昔に何回かな。中将は元気か?」

 

「ああ、入学前が最後だが、元気に見送ってくれたよ」

 

 他の皆も窓からこちらに目線を変えたのだが、到着のアナウンスと共に一同の会話は終わりを告げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、やっと到着したか」

 

 ホームを降りると、そこには正規軍の兵士を連れた隻眼の男性が待っていた。

 

「中将、ご無沙汰しています」

 

 ガイウスが声を掛けた、中将と呼ばれる男性は、一瞬微笑んだ後に値踏みするように制服を見ていた。

 

「うむ、数ヶ月振りになるか。士官学院の制服も新鮮でいいな。『トールズ士官学院』……真紅の制服は初めて見るな」

 

「中将、お久しぶりです。これが『特化クラスⅦ組』の象徴たる色ですよ。中将由縁のとある家系と同じ様な気がしますけどね」

 

「おお、スレインではないか。久しいな。話には聞いていたが、君の制服姿もまた新鮮だな」

 

 目の前の男性は視線を変えてスレインを一瞥し微笑む。

 ガイウスへの表情がどこか家族的なものであるならば、スレインへのそれは友人に対するそれの様なものだった。

 

「こっちの仕事はどうですか? まぁ、中将からしたら物足りないと思いますが……」

 

「うむ、やり甲斐はあるからな。楽しくさせてもらっている」

 

 また何やら意味深な発言をし始めたスレインをガイウスが制し、一同は軽い自己紹介をしていき、中将と呼ばれる隻眼の男性も合わせて自己紹介をした。

 

「帝国軍第三機甲師団、ゼクス・ヴァンダールだ。以後、よろしく頼む」

 

 ゼクス・ヴァンダール。

 通称、隻眼のゼクスと呼ばれるこの男性は、『アルノールの守護者』と言われる皇族を守護する部門の一族であり、ヴァンダール流と言われる剣技は、アルゼイド流と並び、帝国の双璧を成す流派である。

 そして、補足であるが、オリヴァルト付きのミュラー少佐の父親にも該当する。

 

「中将、お願いしていた件ですが……」

 

「うむ、用意しておいたぞ」

 

 ガイウスとゼクスの会話に疑問点しか出てこない一同だったが、ゼンダー門の出口方面と歩を進める二人を追いかけていく。

 ゲートをくぐりゼクスに先導された先には、先程の疑問が完全に吹き飛ぶ程の広大な高原地帯が目の前に広がった。

 

「こ、これは……」

 

「なんて……なんて雄大な……」

 

 リィンとエマはそう呟き、他の者は声も出ずに、鉄路の果てに広がる蒼穹の大地を目にただただ圧倒される一同。

 

 ノルド高原は帝国北部に位置する高原地帯。遊牧民が独自の文化を持って暮らしている異境の地。厳密には帝国領ではなく、帝国と共和国に接する係争地だが、かつてドライケルス大帝が獅子戦役の折に挙兵した地でもあり、帝国との関係は深い。

 軍馬の産地としても知られ、帝国の紋章『黄金の軍馬』はノルド産の軍馬をモチーフにしたと言われている。

 という、総合教科書にも記載された解説を頭の中で完了させたスレインは、一同がノルドの地に感銘を受けている横で、ゼクスの方に目を向ける。

 

「中将、共和国(あっち)は大丈夫なのか?」

 

「うむ、今のところは問題ない。急にどうしたのだ?」

 

 スレインの急な問いかけに顔色一つ変えずに答えるゼクス。

 

「いんや、変な風が吹いてるだけさ。警戒を怠らない様に注意……ってとこか?」

 

「ふむ、承知した。何かあったらすぐに伝令を出そう」

 

「ノルドでそれは遅いって。自分で気づくわ」

 

 その言葉にゼクスは微笑みながら「確かに」と答えて、一同に目をやる。それと同時に先程の会話であった、用意していたものがやってきた。

 

「五頭用意するのに手間取ったが、これで集落まで行きなさい」

 

 ゼクスの言葉通り、兵士たちが連れてきた五頭の馬が一同の前に並ぶ。

 

「ああ、高原での移動は馬がないと成り立たない。中将から聞いていたスレインと馬術部のユーシスは勿論、リィンとアリサも乗れると聞いていたからな」

 

 ガイウスの言葉にアリサが一抹の不安を抱えながらも「大丈夫」と返し、馬の事などを踏まえてエマはアリサと同乗する事になった。

 

「スレインも馬に乗れたんだな。そんな話聞かなかったから知らなかったよ」

 

 ノルドの集落へ向かう道中、手慣れた手綱捌きをしながら話すリィン。

 

「おお、話す内容でもなかったからなー。多分、ユーシス以上の自信はあるぞ」

 

「なんだと? 貴様、ガイウスではなくこの俺に向かってそう言うのか?」

 

 挑発するつもりではなかったのだが、そう捉えた様である。ユーシスはしっかりと話に乗ってくる。

 

「じゃぁ、三人で勝負でもするか? ガイウス、集落はこのまま北だろ?」

 

「いいだろう」「いいな」

 

 珍しくリィンも最初から勝負に乗ってきた辺りは流石というべきか。乗馬という普段とはまた違う状況の為に、闘争心がいい感じに上がっているみたいである。

 

「ああ、そうだ。俺はアリサ達と向かうから先に向かっていてくれ」

 

 ガイウスの言葉と同時に三頭の馬のスピードが上がる。

 後方から「まったくもう」と呟くアリサの声が聞こえたのだが、乗馬中のリィンとユーシスの表情があまりにも楽しそうである。

 アリサに合わせたスピードで走っていた為に、先程から「もっと早く風を切りたい」という表情が二人から見えていた。だからこそスレインがこの提案を出した。なんて事は、誰も知らなくていい情報であった。

 

 

 

「ありえん……」

 

「なんか、勝負にならなかったな」

 

「だから言ったろ? 自信あるって」

 

 愕然とするユーシスと苦笑を漏らすリィン。その横には勝利が当たり前という表情をしたスレインがいる。

 ちなみにこの言葉は、三人が到着してから暫く後に着いたアリサとエマが勝負の行方を聞いた時に出た言葉だった。

 

「そんなに差があったんですか?」

 

「差なんてものではないぞ。五分以上の大差だ」

 

 エマの質問に愕然としながら答えるユーシス。

 

「五分って……どうやったらそうなるのよ?」

 

「……馬の進行方向に合わせて前の風を左右に流しながら、後方から追い風を発生させる。これ使うと、どんな馬でも嬉しくて懐くんだよ。だから更にスピードが上がる。俺に乗馬で勝つなら、風を操れる様にならんと無理だな」

 

 アリサの問いに冷静に答えたスレインは、そのイカサマ地味た戦法にため息しか出なかった。

 勿論、それはここにいる一同全員に共通して言える出来事だった。

 

「フフ、良き友に恵まれたものだな」

 

「父さん、母さん、ただ今戻りました」

 

 民族衣装を着た家族が目の前に現れる。父親と思しき男性がそう声をかけると、今まで微笑みながら傍観をしていたガイウスが答える。

 

「ふふ、お帰りなさい。―――皆さんも初めまして。ガイウスの母、ファトマです」

 

 その言葉に驚愕する女性陣。それもそのはず、ファトマの年齢は母と感じさせない若々しい姿である。

 

「ガイウスの父、ラカン・ウォーゼルだ。よろしく頼む。士官学院の諸君」

 

 ガイウスよりも背が高く、民族衣装の上からでも分かるその逞しくもあり引き締まった身体は、正に屈強の戦士そのものの様だった。

 そして、一緒に来た子供たちをそれぞれガイウスの弟トーマ。上の妹シーダ。下の妹リリと紹介を受けた。

 時刻は既に夕暮れであるので、ラカンの言葉の元、荷物を用意された客人用の住居に置き、まずはウォーゼル家で夕食となった。

 ノルドの民は遊牧民であり、ゲルと言う移動式住居で暮らしている。帝国民にしたら馴染みのない座敷の様なスタイルには、スレイン意外の一同は普段とかって違うマナーにだいぶ苦戦していた。

 

「いや〜、しかし美味いな、このキジ肉。岩塩の塩梅も良くて香草の風味がしっかりと付いてる」

 

「あら、お口に合ったようで嬉しいわ」

 

 スレインの的確な表現に、「作った甲斐があります」と付け加えて返答するファトマは終始笑顔である。

 それはスレイン以外の面々も、普段食さない自然の恵をふんだんに感じる遊牧民料理に舌鼓を打っていくるからである。

 

「スレイン、よくそこまで分かるな」

 

「ああ、俺、元々自炊派。当たり前」

 

「当たり前ではないでしょうよ……」

 

 リィンの質問にサクッと答えたスレイン。それを聞いていて、最後の一言だけは理解出来ずに呟くのはアリサである。

 

「お前さんたち、あれだぞ。ノルドの料理は滋養強壮としても有名だからしっかり食っといた方がいいぞ」

 

「スレイン君と言ったか、よく知っているな」

 

 自身が言おうとした言葉を先に言われたので、ついつい言葉が出てしまうラカン。

 

「ええ、以前ゼンダー門に来た時に、ゼクス中将から聞いたんですよ。たまたま疲れてたんで、その意味をしっかりと体感しました」

 

 深く話す内容ではないので上辺だけを見繕って言葉を並べていく。

 

「なるほど。若いのに色々な事をしているんだな」

 

「いえいえ、ノルドの民程ではありませんよ。この広大な地で遊牧をしているからこそ、ラカンさんやガイウスの様な屈強な人物になるのでしょうから」

 

「はははっ、上手いことを言うのだな、君は。学生でなければ一杯やりたいものだ」

 

 ラカンの言葉に「皆の目をごまかせたら是非」と言った途端、A班一同の目線が冷ややかになったので、この会話は自粛する事にした。

 食後にはシーダから出されたハーブティーを頂き、ささやかな歓迎の食事が終わるのであった。

 

「このノルドの地はある意味、とても自由な場所だ。帝国人である君たちには新鮮であり、不便でも有るだろう。だが、そんな場所であっても君たちと関係がない訳ではない」

 

 食事の片付けはファトマが行ってくれており、食器類のなくなったその場で向かい合うラカン。

 

「士官学院を創設したドライケルス大帝……ですね」

 

「『獅子戦役』においてこの地で挙兵した逸話ですか」

 

 ラカンの言葉にエマ、リィンと続く。

 

「ああ、ノルドの民でも受け継がれていいて、彼と先祖が誓い合った友情を今日も尚続いているという訳だ」

 

「成る程。ノルドの地は正確には帝国領ではない」

 

 次はユーシスが言葉を出す。

 

「そうなんだよな。ノルドは帝国と仲良しなんだが、最近南東から一つの暗雲が出来てきたんだよ」

 

「……共和国、ね」

 

 ここで話に割って入り現在の問題を提起すると、一拍置いてアリサが即答する。

 

「ここ数年、直接的な戦争こそ起きていませんがけど……政治・経済的な対立はむしろ深まっていますね」

 

「つい最近もクロスベルで大きな事件が起こったようだが、その背景にも、帝国派と共和国派の対立関係があったと聞いている」

 

 補足するかのごとく教科書通りのエマと適切なユーシスの回答が挟まれる。

 ユーシスの方は若干真相からズレている様な気もするが、それは口にする様な事ではない。

 

「ま、とりあえず帝国側には監視塔も付いているから実習中は大丈夫だろ。そんな頻繁に問題が起きる訳でもないし」

 

「ああ、そうだな。こちらで課題はひと通り用意してあるから、明日の朝に渡そう。今日はもう遅いからゆっくり休むと良いだろう」

 

 その言葉を合図に、一同は宿泊用の建物『ゲル』に向かった。

 実家の方で休むガイウスと別れた一同は流石に長旅の疲労があったのか、ベッドに横になった瞬間には夢へと誘われていたのであった。

 

 

 

 

 

 空が白み始めた早朝。まだ周りは寝静まっている中、一人の少年は物音を立てずに外へと出る。

 

「んー! ……やっぱノルドの朝は気持ちが良いな」

 

 伸びをして呟く少年。深呼吸をすると、身体中の空気が入れ替わったかの様な爽快感を得る。

 

「さて……この辺りでいいか……」

 

 ゲルの脇に置いてあった木々を拾うと、丁寧に並べて腰をかける。

 その数秒後には、肩幅に広げた膝に肘を付ける。身体中の力を抜いて、自然体になり瞑想をしていく。

 すると、少年の周りに徐々にそよ風が吹き始め、風が彼の周りを包み込む。傍から見ると如何にも不思議な光景であるが、彼にとっては日常的なものであった。

 

「それは……」

 

 その一言が聞こえると同時に、彼の周りを踊るように吹いていたそよ風は、何もなかったかの様に霧散していく。その現象を確認するかの如く一拍置いて目を開けた少年は、自身に声をかけた人物が初めて誰か気づく。

 

「……ん? ガイウスか? わりぃ、これやってると集中し過ぎるんだ」

 

「スレイン、こちらこそすまない。何をしていたか聞いてもいいか?」

 

 丁寧に謝罪を述べながら、問いかけるガイウス。律儀というか何というか、この男は本当に礼儀正しいとスレインは思った。

 

「別に隠し事じゃないから大丈夫だよ。寝起きが良かったから、やってただけだし」

 

「そうだったのか。この時間に起きているから驚いたが、そういう訳だったのか」

 

 ガイウスは「そこ、良いか?」と続けて、頷いたスレインの前に座る。

 

「精霊ってのは、やっぱ土地によって違うからな。ノルドの風や大地は良質な魔力(マナ)を含んでるんだよ。それを取り込むっつうか、精霊に食わせるっつうか……んー、言葉にするの難しいな」

 

「スレインがそう言う発言をするなんて珍しいな」

 

 つい小難しい顔していたのか、ガイウスが驚いた表情をする。

 いつだって的を得た回答をするこの人物が、「言葉にするのが難しい」なんて事を言うとは思っても見なかった様である。

 

「俺の力自体が言葉で言いにくいからな。一言で言うならノルドの力を貰ってるって事かな。風の導きを得る為に、さ」

 

 自身の、否、ノルドの民の口癖を言葉にされた事で、ガイウスは自然と笑みが溢れていた。普段なかなか接する機会がなかったので、こうやって時間を共に出来る事が嬉しかった。

 

「さて、じゃぁ、皆を起こすか」

 

「そうだな。朝餉の準備も出来ている」

 

 その言葉を足きりに、まだ眠っている一同を起こしてウォーゼル家に朝食へと向かうのであった。

 余談だが、今まで以上に早い朝であったからか全員寝ぼけていたのは言うまでもない。

 

 ガイウスの妹シーダとリリが用意してくれた、羊の乳と塩漬け肉を使ったミルク粥に空腹を満たされた一同は、早速ラカンから課題を受け取った。

 午前と午後で課題を分けているらしく、午前は昨日ゼンダー門から集落まで通った南西部で終わる内容であった。ゼンダー門の依頼から薬草の調達まで、高原ならではの課題に一同は気を引き締めて依頼に当たるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「スレイン、あんたの技って便利よね……」

 

「ああ、こんなに早く終るなんて思わなかったよ」

 

 アリサとリィンが言っているのは、依頼の進行スピードであった。

 この広い大地で実習を行うには二手に分かれた方がいいというガイウスの提案で、監視塔への配達をガイウス・ユーシス。薬草の調達をリィン・アリサ・エマ・スレインで行い、手配魔獣の情報を得る為にゼンダー門で待ち合わせをする形になった。

 単純に届け物という依頼内容から、ガイウス達の方が早いと踏んだ一同であったが、こともあろうに開始数十分で薬草の調達が終わってしまったである。

 

「んー、ノルドの風が良い風だからなー。優しさ一杯なんだわ」

 

「全然分からないんですけど……」

 

「エマは分かるだろ? この悠久の大地と心地良い風。その恵みをさ」

 

 アリサの言葉を無視して、無言で苦笑いをしていたエマに敢えて遠回しの発言するスレイン。

 

「え、えぇ、確かにそうですね。ここにいるだけでも力が湧いてくる気がします」

 

「そうそう、この恵みを受けられないのは邪な気持ちがあるからだよ。リィン君、アリサ君」

 

 笑いを堪え切れず、語尾には既に笑い始めるスレインに対して、アリサはジト目で、リィンは苦笑いで対抗していた。

 

「でも、スレインさんのその風って便利ですよね」

 

 一瞬だけエマの顔が真剣なものをへと変わる。何かを聞き出そうするかの様なものがチラリと垣間見えた。

 

「ああ、こういった探しものや索敵、後は伝令なんかには便利だな。……ガイウス達は今監視塔からこっちに向かってる。あと10分くらいで着くな」

 

「あなた相手に伏兵や奇襲なんて出来ないわね」

 

 アリサの言葉に一同が頷く。

 

「そ、密室でなければな。風が少しでも通れば、屋内でも迷宮でも建物の構造は勿論、人間や魔獣の気配まで全部分かる。まぁ、伝令に関しては制約があるが」

 

「制約……?」

 

 アリサがその言葉に反応する。

 

「そ、伝令って言っても、相手側が風を感知出来ないと伝えられないんだよ。普通だったらただの風と変わんねぇからさ」

 

「確かにそうですよね。一緒にいた私たちには何も感じませんでしたし」

 

 今まで気になっていたのだろう。自身が何も感じなかった事を指摘すると、リィンとアリサも肯定する様に頷く。

 

「俺の風を感知するには、俺の情報が必要なんだよ。血を飲むって言った方が早いか?」

 

「「「え!?」」」

 

 三人とも同じ反応で、驚きの表情をしている。

 

「いやいや、飲むって言っても吸血鬼みたいにゴクゴクじゃないからな。一滴でいいの一滴で」

 

 その言葉を聞いた瞬間に「なんだ、驚かせるな」と目で訴えていたのだが、しっかりと答えたのだから、そんな表情はしないで欲しいものだ。

 

「でも、それをしたとしても、俺からの風が感知出来て風の言葉が聞けるだけ。相手側が風を使う事は出来ない。要は一方的な伝令なんだ」

 

 三人はその言葉の意味を理解した時に、どこか心配そうな表情をしていた。

 要は、スレインは自分たちに危機察知などの伝令をする事は出来るが、その逆にスレインに伝令を飛ばす事は出来ないという事なのである。

 それはつまり、一方的に守られている様なものなのではないだろうか。そう考えた途端、彼に対して何処かいたたまれない気持ちになってしまった。

 

「ん? 何でそんな顔してんだ?」

 

「いや、スレイン本人には使えないのかと思うと……」

 

「馬鹿か? 俺は全部感知出来るんだから、自分が危ないんだったら誰よりも先に気づくわ」

 

 飄々として表情でそう呟くスレインに対して、その言葉が本心から出た言葉なのか三人は読めなかった。

 

 そうしてガイウスとユーシスと合流したA班は、中将から手配魔獣の情報を聞き、指定されたポイントへと向かった。

 その際、ガイウスと中将の出会いも合わせて聞いたのだが、中将が魔獣に囲まれた際にガイウスが颯爽と現れてあしらったという武勇伝を聞いた一同は、ガイウスの凄さを改めて感じるのであった。

 

「話によると全体攻撃と魔法攻撃が厄介……だよな」

 

「そうだな。後は雑魚が群がっているのも注意と言っていたな」

 

「(中将がこっち来てすぐって事は、もしかして俺もガイウスに会ってた? いや、でも何も言われていない時点で気づかれてない……んーそしたら大丈夫か)」

 

 リィンとユーシスの戦略会議を聞きながら、物思いにふけるスレイン。

 先程の中将とガイウスの出会いを逆算して記憶を引きずり出していたのだが、一年前に出会ったかもしれない出来事なんて思い出せない。それ以上の詮索を諦めて、意識を現在に回帰させる。

 

「攻撃は私が可能な限り反射するので大丈夫ですが……小型魔獣が厄介かもしれませんね」

 

「いや、纏めて潰せよ。お前さん達、何のための必殺技だよ」

 

「と言っても、俺たちの技だと場合によっては射程に入らないケースがある」

 

 エマの言葉に異を唱えると、今度はガイウスが異を唱える。どこまで消極的なのだ、今回のメンバーは。

 

「左右から同じ的を挟め。リィンとユーシス左。ガイウスとアリサが右。エマは後方から魔法反射の盾を展開。タイミングが合わない時は俺がカバーする。それでいいだろ? リィン、お前さんリーダーなんだから少しは戦略立てろよ」

 

「え、俺か? いや、だってスレインの方が的確だし」

 

「バカ、俺はいない時の方が多かっただろうが! 自分の頭使えよ」

 

 なんて漫才の様な会話をしていると指定されたポイントへ到着する。情報通り大型の手配魔獣の他に群れをなした小型魔獣が佇んでいた。

 リィンの合図に攻撃を開始した一同はスレインの作戦(そんな高度なものではない)通りに動き、無傷で勝利を収めるのであった。

 

 そうして、ゼクス中将へ報告をした後にノルドの集落へ戻り昼餉を食べ終えた一同は、午後の依頼を受け取り、午前同様に手分けをして当たるのであった。

 

 

 




ゼクス中将とも面識があるスレイン君。

今後は色々な所で過去編が出てくると思いますので、明らかになるのは暫く先の予定です。

それと、暫く更新が遅くなるかもしれません。
飽きずにお付き合い頂ければ幸いです。


それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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月と星が照らす決意

お久しぶりです。

更新が遅くなって申し訳ありません……

割りと本当に忙しかったものでして、宣言通りになってしまいました。

結局ノルドの地については、原作であまり解明されなかったので、気になる点が多い場所ですよね。

色々調べてみたのですが、不明なままでした。

という訳で、第23話、始まります。


 

 ノルド高原北部には、千年以上も前の『巨大文明』と言われる時代に、悪しき精霊(ジン)を封じたとされる石切り場や、その『守護者』とされる石像がある。

 勿論、午前中に活動していた南西部にも、それを匂わせる石柱群もあったのだが、北部の方がより色濃く残っている。

 そんな中スレインは、そこまで難易度の高い依頼もなかった事から、一同に全てを任せて(押し付けたとも言うが)高原から北西に進んだラクリマ湖畔にきている。

 ノルド北部に位置している静かな湖で、小さな小屋が一つあり、一人の老人が住んでいる場所。

 そこに住む人物には以前世話になった経緯がある。そして、話したい事もあったので、挨拶も兼ねて先にしておこうと思ったのだ。A班纏めて会いに行ったら、間違いなく騒ぐ少女がいて面倒だからである。

 

―――コン、コン

 

「開いておるぞ」

 

 中から老人の声が聞こえ、入室を促される。

 ラクリマ湖畔にあるこの小屋には、基本的に来客がない。だからこそ、こうやって不用心でいられるのだと思う。それと同時に、この老人がここに住み着いた理由も分かる気がした。

 

「失礼します―――グエンさん、ご無沙汰してます」

 

「おお! スレイン君か。元気だったかい?」

 

 グエンと呼ばれた真っ白な短髪の老人は、ライトグリーンの薄手のパーカーに、同系統色のハーフパンツというラフな格好。以前に比べて、随分若々しくなったものだ。

 グエン・ラインフォルト。一代でラインフォルト社を大陸随一の巨大企業へと成長させた生粋の職人であり、同社の先代会長である。

 とある件で引退し、会長職を娘のイリーナに譲った後に、ここで隠居生活をしている。そして、言わずもがなアリサの祖父である。

 

「はい、なんとか。グエンさんの方もお元気そうで何よりです」

 

「ノルドに来る事はイリーナから聞いていたが、君一人とは思わなかったよ」

 

「ええ。お孫さんが騒がれると思いましたので、挨拶だけはお先にしておこうと」

 

「ふふっ、まぁ、アリサは仕方ないからの。それにスレイン君。毎回言っておるが、畏まる必要はないよ」

 

 そう言いながらコーヒーの用意をするグエン。それを制して自身が行う事を告げたのだが、「珍しく客人が来たから」という理由で拒否され、されるがままの状態であった。

 

「しかしスレイン君。わしの所にわざわざ一人で来た理由はそれだけかい?」

 

 二人分のコーヒーをテーブルに置いて椅子に腰掛けるグエン。

 

「そうですね……内緒話をしにきました。もしかしたら、グエンさんのお力を借りるかもしれないです」

 

 特に表情を作らず言葉にすると、グエンは今までのにこやかな表情が一瞬だけ真剣な面持ちに変わった。

 

「ほう……何かあるのか?」

 

「まだ予感しか。ただ、未然に防げるかは分からないので、一応、集落に向かう準備だけしておいて下さい」

 

 ノルドに来た時から感じていた違和感は、日を跨ぎ時間が進む度に大きくなっている。ノルド全体を取り巻く不穏な風は、確実に何かを捉えている。

 しかし、明確な意図がが分からない以上は、こちらも今直ぐには動けない。だからこそ、注意喚起という中途半端な事しか言えないのである。

 

「君がそういうのであれば間違いないな。準備しておこう。――――――して、イリーナの方はどうじゃ?」

 

「……相変わらずですね。昨日はアリサもいたので言及は何もなかったのですが、電話は頻繁に来ます」

 

「ふむ……困ったもんじゃの、あの仕事中毒(ワーカーホリック)は」

 

 ため息をして頭を抱え込むグエンを他所に、苦笑交じりの表情を返す。

 

「まぁ、自分はラインフォルトに過大評価されてますからね……」

 

「それは否定出来んが……だからと言って自分の娘と同い年の子を、社長(・・)にするなんてどうかしとるよ」

 

「……それは同感です」

 

 お互いの目線が合うと、何かを察した様にカップを手に取りコーヒーを一口飲んでから息をつき、僅かな沈黙が部屋を包み込む。

 

「すまないの。こんな身内の厄介事に巻き込んでしまって」

 

「いえ、どちらかと言うと自分から巻き込まれましたから……」

 

 ARCUSの開発に携わった事で、ラインフォルト社から一目置かれたのは事実。

 そして率先して関わってしまったので、イリーナからヘッドハンティングをされるなど、どう見ても自分が原因である。

 

「それは仕方のない事じゃ。ワシとイリーナが手がけた物に比べれば、ARCUSはまだ人道的で世に必要な物じゃよ」

 

 自身がラインフォルトを去る理由となった、とある兵器開発に対して後悔と自責が交じる表情をする。

 

「ですが、ARCUS開発の影響は大きいです。影響力で言えばお二人の『列車砲』に並びますよ?」

 

「そうじゃろうな。だが、だからと言って、スレイン君がラインフォルトに入る必要はない。シャロンちゃんもいるしな」

 

 こちらの言葉を制する様な鋭い目つきが飛んでくる。まるで、こちらが何を言おうとしたか理解しているかの様だ。

 

「仮に一年前(・・・)の様な事があったらシャロン一人では無理ですよ?」

 

「その時はその時じゃ。中にいようが外にいようが、君はラインフォルトを助けてくれる。そうじゃろ?」

 

 そう言ってこちらにウィンクをする老人は、その後に「だから入る必要はない」とだけ告げて、再びカップに口をつける。

 

「そうですね……。しかし、ラインフォルトが危険な状態には変わらないので、グエンさんも気を付けて下さいよ?」

 

「うむ、それは分かっておる。だからこそイリーナともやり取りをしているのじゃ。ま、最低限じゃがな」

 

 何だかんだ言って、ラインフォルト家は似たもの家族である。どうしてこうも家族の関係修復には頑な意地を張るのだろうか。それは(アリサ)(イリーナ)も同じ。もう少し素直になれば、すぐに解決出来ると思う気もする。

 しかし、そこまで考えて、自分も素直ではない部分があると認識したので、一端この思考を止める事にした。

 

「それはそうと、噂によると、エプスタイン財団が新しく開発しとる『ENIGMAⅡ』には、マスタークオーツが使われるみたいじゃが、スレイン君は知ってたか?」

 

 グエンの話題転換によって話が一気に変わる。

 先程までとは打って代わり、元々技術屋なだけあって、その表情は好奇心旺盛な子供も表情へと変わっていた。

 

「ええ。RFを通して聞きました。しかし、クオーツライン独立システムは、ラインフォルトで商標を取ったので出来ないハズです。プライドからして技術協力に依頼はないでしょうから、暫くはARCUSの方が上でしょうね」

 

「そんな事までしていたのか! 流石に恐れいったわい」

 

 エプスタイン財団が現在開発中の『ENIGMAⅡ』。先日シャロンから聞いた話によると、こちらの根回しの甲斐あって、帝国側への影響は低そうであった。

 そもそも、ARCUSは表向きこそ「エプスタイン財団との共同開発」になっているが、実際の所はラインフォルトが独自開発をしている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 エプスタイン財団が共同開発を依頼した時に提示した要求が余りにも酷かったのだが、”戦術オーブメントの開発”という功績は非常に大きい。その恩恵を受ける為にラインフォルトは、無茶苦茶とも言える要求を呑んで開発を行っていた。

 そんな話を結社の任務(別の仕事)で出会ったシャロンに聞いて、共同開発者を自身に変更する様に情報操作を行ったのだ。そして、エプスタイン財団では許可が下りなかった技術を使って、ラインフォルト独自の技術として取り繕ってARCUSが完成した。

 そのおかげでエプスタイン財団とは「研究・開発面」では縁が切れたが、元々ENIGMAの開発も自分から行った訳ではないので、どうでもいい話である。

 

「そりゃ、マスタークオーツは向こうも知ってましたからね。先手を打っておいたんですよ。ま、そのおかげで敵も増えましたが……」

 

「そりゃぁ、ENIGMAにはない機能ばかりじゃからの〜。」

 

 鼻が高いとばかりに意気揚々に話すグエン。やはりこの手の話題になると口が止まる事を知らない。堰を切ったように言葉が出てくるので、空いたカップに再びコーヒーを注いでいくのはスレインの役目であった。

 一頻り盛り上がり話が落ち着いた頃。小屋の中にそよ風が流れこむ。それは自然な風ではなく、スレインを求めたものであった。

 

「……グエンさん、どうやら予想以上に早く集落に行かないとダメみたいです」

 

「何かあったのか?」

 

 風が含む情報を身体で感じたスレインは、グエンの方を向いて口角を僅かに上げる。

 

「いえ、感動の再会ですね。アリサ達が向かってきてます。“特別実習”として何かあったんでしょう」

 

 グエンと共に人数分のカップを机に並べて出迎える準備を整えていると、それが丁度終わる頃に扉を叩く音が聞こえた。

 自身の時と同じようにグエンは入室を促すと、スレインの言葉通りA班一同がぞろぞろと小屋に入ってくる。

 

「ご隠居。ご無沙汰してます」

 

「おお、ガイウス。半年振りくらいじゃの。それと、アリサ。直接会うのは5年振りになるかな?」

 

「お、お、お祖父様!? どうしてこんな所にいらっしゃるんですか!?」

 

「スレインさん。どうしてここに?」「スレイン? 何故ここに……」

 

 ガイウスとアリサの第一声はグエンとの会話。エマとリィンは、スレインの方を見て同時に声を上げた。

 

「ん? まぁ、お茶しながら雑談をね」

 

 ひと通り自己紹介と挨拶をし終えた彼らは、スレインが用意したコーヒーを飲みながら事の顛末を話していた。

 

 内容としては、導力車の故障が原因で事故を起こしてしまったらしく、その修理をお願いしたいという事だった。

 スレインの言葉を聞いていたグエンは既に準備は出来ていたので、するべき事はガレージから専用の工具類を取り出すだけだった。

 

「なるほど。それならもう準備は出来ておる。では、リィン君の後ろに乗せてもらおうかの」

 

 馬に乗りノルドの集落へ向かう道中。アリサとエマを乗せた馬がこちらに少し寄ってくる。

 

「ねぇ、スレイン。あなた、お祖父様とどういった関係なの?」

 

「ん? ARCUS開発時にちょこっと助言を貰ってな。それ以来、時々あそこでお茶や食事をご馳走して貰ってるんだよ」

 

「……本当にそれだけ? いくら優れた技術屋って言っても、ラインフォルトに絡み過ぎじゃない、あなた」

 

 その的確な意見につい歓心してしまい、言葉を出すタイミングを若干失ってしまった。しかしタイミングがいい事に、アリサの言葉に棘があったと思ったのか、エマが口を挟む。

 

「でも、それだけ評価されているって事じゃないですか?」

 

「そうかもな。ま、俺は受けた恩は忘れない主義なだけさ」

 

「……そうね。そういう事にしておくわ」

 

 腑に落ちない表情で塗りたくれた顔には、「納得いかない」と大々的に書いてあるのだが、今はそっとしておく事にした。

 

 

 

 

 

 そんな会話をしながら、問題ので現場に到着して車の修理を終えると、時刻は既に夕陽も沈みかけ夜の帳を迎えていた。

 せっかく様々な人物が集まったという事で、グエンと実習の依頼で出会ったカメラマンの歓迎会を行う事になった。

 

「だから、お祖父様! スレインは学生なんですから、お酒を勧めないで下さい!」

 

「ケチ」

 

「ケチじゃありません!」

 

 グエンとアリサのやり取りを見ながら食事をする一同。ラカンを筆頭に大人達は食事よりも酒を飲み、ファトマが酌をしている。

 ちなみに、スレインは学院に入学する前は毎回お酒に付き合っていた。なので、グエンの言葉は普段通りでもあるのだ。

 

「何だかんだ言って嬉しそうだよな、あいつ」

 

「そうだな。家族水入らず、というのも良かろう」

 

 珍しくユーシスが賛同する。しかし、どこか羨ましさを感じさせるその目線で全てを悟る。

 しかし、それに対して言及するのは野暮であるので、この場は黙っておく。

 

「でも、スレインさん。以前はお酒を飲んでたんですか?」

 

「あぁ、学生になってからは控えてる。本当は飲みたいけどな、とっても」

 

 エマの質問に語尾を強調しながら返すと、再びグエンからのお誘いが聞こえる。そしてアリサがそれを止めるという無限ループを横目に、一同からは「入学前は飲んでたのか」というツッコミを笑いながら返していた。

 

「しかし、ご隠居と知り合いとはな。以前は集落に寄らなかったのか?」

 

 ガイウスが不思議そうな顔をして問いかける。

 

「あぁ、目的が違うしな。それに今は馬に乗ってるけど、昔から馬は使ってないからさ。集落近辺を通らなかったってのが正解かな」

 

「貴様、この地を馬なしでどう移動すると言うのだ?」

 

 ユーシスの疑問に一同も頷きこちらを見る。

 

「空を飛んだんだよ。気持ちいいから馬よりも快適だぞー」

 

 この言葉で一同が唖然とする事は分かりきっているので、先程から「飲み過ぎだ」と、阿鼻叫喚の状態のアリサを助ける為にグエンの方へと向かう。

 

「グエンさん。立場上、お酒は飲めませんがご一緒しますよ。アリサを黙らせるにはこれがいい」

 

「な!? スレイン! 絶対お酒飲まないでよ!」

 

 こちらを牽制するかの様な鋭い目付きでもあったが、多少は疲れていたのだろう。「外に涼みにいく」とだけ告げてアリサはその場を離れた。

 

「すまんのぅ、スレイン君。若い少女ではなく、ジジイの面倒を押し付けてしまって」

 

 既に軽く酔いが回っているグエンではあるが、外へ向かうアリサを追う目線は少しばかり寂しそうだった。

 

「いえいえ、あの子の面倒を見るのは俺じゃないので」

 

「やはり、あのリィン君という子かい?」

 

 アリサを追いかけて出て行く少年の背を見ながら呟く。エマがこそこそ話していたので、追いかける様に指示されたのだろう。

 

「そうですね。リィンも朴念仁の所がありますが、頼りがいのある男です」

 

 咄嗟にリィンをフォローした自分の言葉におかしくなって、笑みを溢す。

 後で様子でも見に行って誂う事を決めて、グエンと向かいに座る集落の長老イヴンに酌をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「(ふぅ……バカみたい。一人で空回りしちゃって……)」

 

 以前、ラクリマ湖畔には家族休暇の際に皆で来た事がある。父様と母様と、そしてお祖父様と。みんな仲が良くて、本当に幸せだった。

 でも8年前、父様が亡くなってから家族が壊れていった。

 

 子供時代、貴族からは疎まれ、平民からは特別扱いをされて友達と呼べる存在は少なかった。でも、シャロンとお祖父様のおかげで、少なくとも寂しくはなかった。

 シャロンからは弓の使い方から礼儀作法までを教えられ、お祖父様には乗馬やヴァイオリンなどの趣味の手ほどきをしてくれた。一方で母様は当時取締役で、仕事に取り憑かれるように事業拡大をしていて、家族を顧みなくなった。

 兵器開発もする以上『死の商人』と言われる会社であった事に、恥を感じた事は一度もない。

 でも、クロスベル全土をカバーする長距離導力砲『列車砲』は行き過ぎだ。あれは戦争の兵器ではなく、ただの虐殺兵器だと思う。

 そして『列車砲』を帝国軍に引き渡した際に、母様の裏切りによってお祖父様は退陣を余儀なくされた。大株主全員を味方につけて母様が新会長に就任したのだ。

 そうして5年前、お祖父様は私を残してラインフォルトを去り、シャロンは母さまの指示に従うだけだった。

 

 “家族”が壊れた。

 そう、思った時に私は納得がいかなかった。

 実の親を陥れた母様も、それを受け入れただけのお祖父様も、あれだけ優しかったシャロンが何も言ってくれなかった事も。

 ラインフォルトという巨大な企業の前には、家族の絆なんて意味が無い。そんな事が認められなくて士官学院に入学した。

 

 でも、結局の所、母様と家からは逃げられなかった。お祖父様は飄々と第二の人生を楽しんでいる。

 

 私は一体何をしているんだろう……

 

 

――――――アリサが本当に得たいモノは技術でも知識でもなく、もっと単純なものだと思うぞ?

 

――――――自分のしたい事を決める明確な意志と目的。これが決まれば本当にすべき事は自ずと見えてくる。焦らないでいいからゆっくり見つけろよ。

 

 一瞬、何故か彼の言葉が脳裏をよぎった。

 私の家庭を知っていると言った彼は、自分のしたい事を決める意志を探せと言っていた。そしてそれは単純なものだと。

 

 私が得たいもの。

 私は家族の絆を取り戻したい。

 ただそれだけ。家族の絆を取り戻したかっただけだったのだ!

 

 

 

 

「考えるのもバカらしくなっちゃったわ」

 

 一頻り回想を終えた少女は、ゲルを出て少し下がった所にある草むらに一緒に横たわりながら夜空を見上げている少年に言う。

 先程の回想を掻い摘んで話していたのだが、いざ顔を見るとなると恥ずかしいので、まだ視線は夜空にある。

 

「アリサは強いな。こうして色々話してくれたって事は……多分、前に進めるキッカケが掴めたって事だろう?」

 

 横にいる少年と共に上半身を起こし、目を合わせる。どうしてこの人は恥ずかしい事をさらっと言うのかしら。

 

「ふふっ、そうね。でもそれは士官学院に入学したからだと思う。Ⅶ組の皆や部活の皆……本気で向き合える仲間と出会えたからだと思うわ」

 

 しかし、真面目な表情でそう話す彼を見てしまうと、何故かこちらも同じ様な発言をしてしまう。

 

「でも、あなた方こそ強いじゃない? いつもリーダーとして引っ張ってくるし」

 

「いや、実際に引っ張ってるのはスレインだよ。それに……俺はまだ“自分”から逃げているだけだ」

 

 前半に言っている事は私にも分かる。確かにいざという時は、いつも彼が手助けしてくれる。でも、それと後半部分の辻褄が合わない。というより、口調からすると、前半が建前で後半が本音の様な気がする。

 

「前に“自分を見つける”なんて言ったけど、本当は家族からも自分自身からも逃げてるだけじゃないかって不安になるんだ」

 

「リィン、あなたご家族とは上手くいってないの?」

 

 リィンが男爵家の養子である事は聞いているが、家族の内情までは聞いていない。

 

「いや、むしろその逆だ。血はつながってなくても慈しんでくれている。妹とも最近はすれ違いが多いが仲は悪くない……と思う。全部、俺自身の問題なんだ」

 

 どうやら、まだ彼は全てを打ち明ける程の決意がない様だ。だからこそ、無闇に問い詰める事はしない。

 

「リィン……でも、こうして色々話してくれたって事は……多分、前に進めるキッカケが掴めたって事でしょ?」

 

 彼は驚いた表情をしてこちらを見ているが、気にしないで追い打ちをかけてやろう。

 

「ふふっ、もらった言葉をそのまま返すわ。普段どれだけ恥ずかしい言葉を口にしているか、少しは自覚した方がいいんじゃない?」

 

「ははっ、一本取られたよ。そうだな、俺も少しづつ前に進んでいるのかな。Ⅶ組の皆や同級生や先輩たちと出会って、こんな風に皆と同じ時間を共に過ごす事で――――――ん?」

 

 リィンが何かに気付いた様に背後を見たので、それに続いて同じ方向を向く。

 

「あー、コホン。青春の語らいは結構なんだが、もう少し人気のない所でやった方がいいぞ?」

 

「あ、あはは、なかなか戻ってこないから心配になってきたんですけど……」

 

 そこにはⅦ組一同が苦笑いをしながら立っている。しかし、スレインだけはギリギリ笑いを堪えている様な表情だ。

 

「な!? あなたたちいつから!?」

 

「『でも、こうして色々話してくれたって事は……多分、前に進めるキッカケが掴めたって事でしょ?』」

 

 アリサの動揺の声に、ユーシスが一字一句間違えずに聞いた言葉を口にする。この男も状況を楽しんでいる様だ。

 

「やめてぇぇ! あれはリィンが言った言葉を返しただけで……」

 

「クククッ……いやさ、俺としてはもっと男女のあれを想像したんだが……やっぱ朴念仁相手には苦労するな、アリサ」

 

「あなたねぇ! あたしが一番恥ずかしいみたいになってるじゃない!」

 

 スレインは既に笑いを堪え切れず、腹を抱えて身体を折り曲げている。

 

「まぁ、いいや、青春ついでに面白い事してやるか。皆、あっちの広いとこ行こうぜー」

 

 スレインはもう少し先にある広場まで皆を連れて行く。もちろん全員不思議そうな表情をしている。

 あんな青春を見せてくれたのだ。お返しくらいしてやっても問題ないだろう。

 

「スレイン、何をするんだ?」

 

 広場に着いた途端にリィンが待ちきれずに質問をする。

 

「ガイウス、さっき俺が以前ノルドに来た時の移動手段の話したよな?」

 

 笑い過ぎから出てくる涙を指で拭うとガイウスに話をふる。

 

「ああ、馬は使ってないと言っていたな」

 

「風で移動していると言っていた話だろう?」

 

 一緒にその会話を聞いていたユーシスも補足する様に声を出す。

 

「そうそう、風で移動するってのは以外と簡単なんだ。それに乗馬よりも何倍も気持ちがいい」

 

「スレインさん、まさか……」

 

 これからやろうとする事に気づいたエマは、一端こちらを見てからスカートを両手で抑えた。

 流石にそういう所は気遣うつもりだったのだが、表情は微笑んでいたので気づかないフリをしておこう。

 

「これからやる事はA班だけの秘密にしてくれよ」

 

 一同は完全に理解出来ていない表情で、徐ろに頷く。

 

「……さて、ではアリサとリィンの青春トークと、この満天の星空に免じて。風の精霊よ、舞え!!」

 

 言葉と同時に一同の周りに突風が吹き荒れる。アリサが悲鳴を上げたその瞬間、一同はゆっくりと宙に漂い始める。

 高さが5アージュ程まで達した所で一同の身体は静止する。

 

「な!? 浮いているだと!?」

 

「ほう……これは」

 

「どうだ、一応、手をかざした方向に進める様になってるハズだから、走るスピードで移動も出来るぞ」

 

 ユーシスとガイウスの驚きにそう答えると、お手本を見せる様に、空中を自由自在に飛び回る。

 

「ははっ、これは凄いな。本当に飛んでいるみたいだ」

 

「ええ、確かに鳥になったみたい!」

 

 リィンとアリサも、普段ではあり得ない感覚に胸を踊らせて空の散歩を楽しんでいる。

 

「スレインさん、これだけ使役すると反動が来ませんか?」

 

 一同が散り散りになって楽しんでいる所で、エマはこちらに近づいて心配そうな表情をする。

 確かに言われた通り、これだけの人間を自由に動かせる様に風を操るのは、普通であれば骨が折れる。

 

「ノルドの風には、良質な魔力(マナ)があるからな。そこまででもないぜ? せっかくだからエマも楽しめよ」

 

 似たり寄ったりの性質を持つ彼女らしい指摘だが、そんな事は杞憂である。今朝方ノルドの風をしっかりと取り込んであるので、思っている以上に負担は少ない。

 更に言えば、ARCUSを同時利用するスレインは、常人の数倍にも及ぶ魔力を持っている。その絶対値が高いという特性があるから、これくらいは朝飯前なのである。

 

 10分程の空中散歩が終了すると、一同は満足した表情を浮かべながら宿泊用のゲルへと戻っていく。

 

「スレイン、ちょっといいかしら」

 

「ん? なんで俺? リィンは?」

 

「あなた……ふざけて言ってるのかしら?」

 

 ジト目でこちらを見ながら、感じ取れる感情と真逆の笑みを浮かべる。

 すると、こちらの答えを聞かずに強引に腕を引っ張って、先程リィンと話していた草むらまで向かう。

 

「さっき昔を思い出していた時に、あなたの言葉を思い出したの。それで……自分が何をしたいのかが、分かった気がするわ。だから、ありがとう」

 

 お礼を述べると同時に首を横に振るアリサ。恥ずかしそうな表情をしていた様にも見えたから、照れ隠しである事は見え見えだ。

 

「……ああ、それは良かった。役に立ったなら本望だよ」

 

「ええ。あ、あなたもあんまり無理しないでよね」

 

 素直に答えただけだったのだが、アリサは動揺した様な素振りで、そそくさと皆がいるゲルへと向かっていった。

 

「無理するなって言われてもなぁ……」

 

 それが出来るならとうの昔からしている。なんて事を思いながら、高原南西部から異質の空気を含んだ風を受ける。

 短くため息をついて、夜空を見上げる。

 

「(平和に終わる実習ってのはないもんかねぇ……)」

 

 心の中で呟きながら、自身もゲルへと戻るのであった。

 

 

 




今回はアリサとリィンの語らいが印象的過ぎて、どうしたものか悩みました。

ラインフォルトとスレイン君の関係は既に出来上がっているので、そのうち書ければと思っています。

ちなみに、EPをどう解釈するか迷った挙句、マナが魔術系。魔力=EPという、かなり無理のある解釈になっております。

大変申し訳ありません……

今後、案がで次第修正致します。


今回も、お読み頂きありがとうございました。


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巻き起こる戦火

さて、ノルドでの実習も佳境に入ります。

新しい人物がどんどん増えていく軌跡シリーズでは、それぞれの物語を考えると頭がパンクしそうです(笑)

スレイン君は、ノルドでの問題にどう介入していくのか。

是非、お楽しみ下さい。

では、第24話、始まります。


 

 皆が寝静まった深夜。時刻は既に日付も変わり、月が空高くに見える頃。

 ベッドの上に書き置きを残して、宿泊用のゲルから物音を立てずに外へ出る一人の少年がいた。

 

「さて、行きますか」

 

 そう呟くと同時に、少年の足元から上昇気流が生まれると、一気に20アージュ程上空に飛び上がる。

 少年は風を身に纏うと、徒歩の速さから徐々に速度を上げてノルドの集落を後にした。

 

 異変を感じたのはノルドに来た時からだが、表立って動く気配がなかったので、暫くは警戒だけをしていた。

 丁度数時間前、ウォーゼル家で歓迎会をしていた頃から風の動きが変わった。と言っても、この場合の風とは一般的なそれとは違い、スレインだけが感知出来る索敵用の風である。

 怪しい動きをしている者達がいる。高原南西部の監視塔方面、本来であれば人がいる様な場所ではない位置に人影があると風が告げていた。

 更に言えば、共和国方面からも怪しい風が吹いていた。どうやら国境に面したこの場所で戦争規模の何かが起きるのかもしれない。

 

「(んな事になったら実習どころじゃねぇな……)」

 

 しかし、このノルドの地は広い。移動手段に馬や導力戦車の様な乗り物が必須のこの高原では、どうしても各地を飛び回る際に時間が掛かる。

 高原南西部を軍馬以上のスピードで文字通り飛んでいる(・・・・・)スレインでさえ、怪しいとされるポイントに向かうまでに結構な時間がかかるのは同じであった。

 

「(……間に合わねぇな。上空から見るか)」

 

 既に共和国方面から硝煙の匂いが混じった風が吹き荒れている。

 事態が動く前に解決する事は出来ないと判断したスレインは、風の動きを察知して、更に高くに飛び上がる。地上からでは既に人だと確認出来ない程の高度まで上がると、再びポイントの方へ進んでいく。

 

 その時だった。

 

―――――――――ドガァン!

 

「チッ……これはまた厄介だな」

 

 舌打ちと共に声が漏れる。

 爆撃音が聞こえたのは南方。そこから数発の砲弾が高原南西部の監視塔を直撃して、黒煙と共に炎上している。監視塔までの距離は近い訳ではないが、視認出来るという事はそれだけ被害が大きい証拠である。

 更にカルバート方面の軍事基地にも、同じように爆煙と共に炎が上がっている。

 両国の軍事基地が何者かによって爆撃された。これは確実に戦争を起こす為の火種である。監視という緊張の糸は呆気無く切れて、すぐに武力介入が始まる。

 そうなってしまったら目の前に広がるのは戦場。つまり、ノルドの地で戦争が起こるという事だ。

 

「こんな事なら叩き起こせばよかったな……」

 

 思ってもない事を口にしている彼は、早速砲撃があったと思われる監視塔南西部に向かった。

 そこには既に人の気配はなかったが、今回は犯人逮捕が目的ではない。犯人の動向は風が追ってくれているので、砲撃の詳細な情報が欲しかったのだ。

 

「ラインフォルト製……って事は、帝国側の人間か?」

 

 徐ろにARCUSを取り出して、とあるナンバーをコールする。蛇の道は蛇。こういった事は専門家に聞いた方が早い。相手は基本的にどんな時でも出るので時間帯は気にしなかった。

 

「―――わりぃ、こんな時間に。今大丈夫か?」

 

『スレイン様。夜分にどうかされましたか?』

 

 時刻は日付も変わって暫く経つというのに、3コール以内で電話に出た相手は、いつもと同じおっとりとしつつも艶やかな声で話す。

 

「急用だ。ちょいと面倒になってな。ラインフォルトの製造ナンバーの照会をしたい」

 

『承知致しました。どのナンバーでしょう?』

 

 躊躇する事なくこちらに回答を促す相手。こういった時でも不要な詮索もせず、普段と同じように対応してくれるのは有り難い事である。

 

「ちょっと待ってくれ……えっと、『M12-RT-3061』だな」

 

 スレインの言葉に「少々お待ちください」と伝えて、数秒間だけ沈黙をする。

 

『RF製1.2リジュ迫撃砲ですわね。製造年は1200年。旧式の為に今は取扱をしておりません』

 

「さすがシャロンだな。即答かつ言い切れるなんて俺には無理だよ」

 

 製造ナンバーを全て暗記しているかの様な即答には、流石のスレインも笑うしかないのであった。

 

『ラインフォルト家のメイドとして当たり前ですわ。それにスレイン様のお役に立てるのであれば尚の事ですわ』

 

 そこはメイドも何も関係ないと思ったのだが、このパーフェクトメイドの前ではそんな事を考えるのは蛇足である。

 

「サンキュ、助かった。御礼は……そうだな。ノルド産の酒を何本かもらってくるよ」

 

『まぁ。わたくしの為にですか? ありがとうございます。スレイン様のご無事を案じると共に楽しみしておりますわ』

 

 電話口でもとても嬉しそうにしていると分かるワントーン上がった声に少しばかり笑みが溢れるが、自体はそこそこ深刻な状況である。楽しく会話をしたいのも今回ばかりはお預けとして、幾つかの頼み事をして重ねて御礼を言った後に電話を切る。

 

「旧式って事は猟兵だろうな……しかし、何故残したまま去るんだ?」

 

 現場に物証を残すという事は、隠密行動ではあり得ない。つまり、これがバレても問題がないという事になる。

 もしくは、ここが高原の高台になっていて、周りから見れば小さな崖になっている点から、置いて行っても気づかれないと思ったのだろうか。

 一端周囲を見回すと、すぐにその答えが分かった。このポイントから、監視塔は見えない(・・・・・・・・)。死角になっているから見つからないと踏んだのだろう。

 それにしても甘い。猟兵関係であったとしても、こんな足がつく様なヘマは殆どしない。つまりは余程練度の低い猟兵団か、もしくは猟兵経験の浅い者達なのかもしれない。

 

「……と、こっちはとりあえずあいつらに任せるか」

 

 特別実習を行っているⅦ組は、間違いなく自主的にこの状況に介入してくる。過去二回の特別実習において、どちらも学生が介入するには荷が重い様な案件に首を突っ込んでいる彼らは、例え臨戦態勢になろうとも間違いなく真相を解明する為に来るハズだ。

 それを踏まえて幾つかのヒントを残しておく。この場所を見つけやすい様に崖の奥にあったザイルを下ろしておき、先程から風を追っている犯人の居場所をメモした紙を迫撃砲に挟む。

 そして、最後にこの場所をすぐに見つけられる様に、同系統の力を持つ者(・・・・・・・・・)へのマーキングをしておく。

 

「(ちょっとやり過ぎたかな……)」

 

 用意を終えた頃には、監視塔も共和国方面もだいぶ騒がしくなっていた。

 急いでその場を飛び立ち、共和国方面へと飛んで行くスレインであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「また、こりゃ派手にやられてんなー」

 

 被害状況であれば明らかに監視塔よりも酷い。

 あちこちで空高く爆煙が上がり、建物が炎上して焼け焦げた匂いと硝煙の匂いが辺り一面に広がっている。非常事態警報のサイレンが鳴っている共和国軍基地は、消火活動と人員救助で慌ただしく動いていた。

 

「とりあえず……位置を探すか」

 

 帝国側と同じように、風を操り砲撃場所を特定すると、すぐに見つかったので飛んで行く。

 すると、先程同様の状態で迫撃砲は放置しており、高台に登るザイルも纏め上げているだけでそのままだった。

 

「こっちもラインフォルト製か……」

 

 襲撃に使われたのはこちらも帝国製の迫撃砲。帝国側へ濡衣を着せる為か。しかし、それだけであれば帝国側へ襲撃した理由がない。そうなると帝国側の兵器が入手しやすかったという推論も出来る。

 

 そもそも旧式の兵器という点で怪しい。兵器に詳しい者がいれば、これが軍事系統で採用されている兵器ではないという事は調べればすぐに分かる事だ。

 ましてや榴弾が炸裂した際の破片からも、使用された兵器を調べる事も出来る迫撃砲なら尚更である。つまり、軍からの襲撃に見せかけていない。

 

 そして、旧式兵器の入手経路も怪しい。旧式の兵器は、軍事施設が現行利用している兵器よりも比較的安価で購入出来る。それは軍事施設で利用停止になった際に、裏市場へ大量に流れるという兵器市場のセオリーであり、資金難になっている猟兵にとってはここで得た武装が主軸となるのだ。

 その中でも今回利用された迫撃砲は、至る所に劣化が見られ、可動部や砲塔にはかなりの摩耗が見られた。という事は、旧式の迫撃砲を中古で仕入れた可能性が高い。

 そうなると、ブローカーを介する事が出来ない比較的小規模な猟兵が利用する兵器の裏市場、通称『闇市』から購入したというのが妥当である。

 

 ここまでの憶測を推論として纏め上げていると、今回の砲撃地点の撤収状況の杜撰さも納得がいくし、やはり練度の低い猟兵団という線が色濃くなってくる。

 しかし、ここで一つの疑問点が現れる。

 その程度の猟兵が、何故戦争が起きる様な偽装工作を行ったのだろうか。

 猟兵は戦いが生業なので、確かに戦争を起きれば仕事が入る。しかし、わざわざ自身が戦争の引き金になる様な行為をするにはリスクが高すぎるのだ。更に今回の様な両国の軍事施設の襲撃なんて、どこの猟兵団でも、絶対に行わない禁忌(タブー)に近い。言ってしまえば無謀である。

 

 つまる所、結論としては『帝国に潜む練度の低い猟兵団に仕事を依頼した黒幕がいる』という事だろう。

 

「あれ〜? 誰かいる〜」

 

 ここまでの推論は時間にして一分程であったが、意識を完全に内にしていた為に、近づいてくる気配を察知するのに遅れを生じてしまった。

 しかし、聞いた事にある幼い声で、場違いな様に明るく話すその人物に警戒心を解いていく。

 

「んだよ、ミリアムか。お前さんも命令で調査に来たのか?」

 

 水色の短髪で身体にフィットしたスキニースーツを着るその少女は、実技テストで使用している戦術殻に酷似した銀色の人形兵器に腰掛けている。

 

「あ、スレインだったんだ〜! 久しぶりだね。まぁ、オジサンに言われたからさ」

 

 少女は無邪気にそう話すと、銀色の人形兵器から飛び降りる。その瞬間、人形兵器はその姿を消した。

 

 少女の名はミリアム・オライオン。クレアと同じくオズボーン宰相直属の鉄血の子供たち(アイアンブリード)の一員。帝国軍情報局に所属する軍人であり、白兎(ホワイトラビット)と呼ばれている。

 『アガートラム』という人形兵器の様な傀儡を利用して、各地を飛び回って任務を行っている。

 しかし、年齢もまだ13歳という事で性格は無邪気で人懐っこく、見た目通りの子供である。

 

「で、そっちはどこまで掴んでてどっから介入するつもりなんだ?」

 

「んー。犯人カクホってトコかなぁ。ボクに交渉事は向かないし!」

 

 ケラケラ笑うその少女は、言葉と見た目が全くもって一致していないのだが、それを指摘する必要は皆無である。

 

「成る程。犯人に心当たりはあるのか?」

 

「一応ね。でも機密情報だから言えないんだ。スレインはどうするの?」

 

 年齢や見た目に関わらず、軍人としてしっかりと情報を選択して発言する辺りが、オジサン―――ギリアス・オズボーンの教育の賜物なのだろう。

 なんて意味の分からない想像をして、一瞬だけ苦笑いが漏れる。

 

「とりあえず、お前さんが来るって事はレクター辺りが来るだろ? お前さんが苦手な交渉事の段取りでも一緒に組むさ」

 

 そのまま風を操作して周囲の索敵を開始すると共に、北風を全身に浴びていく。北の方の索敵は一段落した様だ。

 

「そっかー。スレインのお友達は強い?」

 

「ん? ああ、束になればお前さんよりは。同行してもいいなら連れてってやれ。俺の予想だとお前さんを犯人と勘違いして追っかけるから」

 

 Ⅶ組の事を知っている事には介入もしないし、ミリアムの発言が『任務に役立つのか』という事を聞いていると察知して言葉を並べる。

 

「うん、分かった! ウデダメシしてから連れてくよ。ちなみに犯人が何処に居るか知ってる?」

 

「ああ、高原北東部の石切り場らしい。中まで見てないけど、そこに人が集まっているみたいだな」

 

 今しがた北風から得た情報をそのまま伝える。呑気な性格であっても任務中に無謀な事はしないので、細かな情報はいらない。勝手に下見に行って調べてくれるだろう。

 

「結構遠いトコに逃げたね〜。アリガトー!」

 

 再び銀色の人形兵器が現れてミリアムが飛び乗ると、空中に浮遊してそのまま北の方角へと飛び去っていった。

 

「さて……とりあえず朝まで待機だな」

 

 そう呟いて、索敵結果から分かった安全な高台まで飛ぶ。辺りは何もない草むらだったので、横たわって暫し仮眠を取るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 時刻は変わって同日9時。

 朝日はすっかり高い位置まで上がっていて、晴れ渡った青空が眩しいこの時間。集落では朝餉の準備も終えた頃である。

 

―――厄介事に巻き込まれてくる。悪いが実習は皆に任せた―――

 

「スレイン……」

 

「スレインさん、大丈夫なんでしょうか?」

 

 朝餉の用意が出来たとガイウスに起こされたA班一同は、直ぐにスレインがいない事と、ベッドの上にあった置き手紙に気づいた。

 

「Ⅶ組の誰よりも強い奴であれば大丈夫であろう。俺達は実習に専念するしかあるまい」

 

 リィンとエマを中心に一同が心配そうな表情をしていたが、ユーシスの言葉で我に返る一同。

 確かに彼は余程の事がない限り単独で解決出来る力がある。こちらが心配しなくても一人でなんとかしてしまうだろう。

 

「ああ、そうだな。任された以上は期待に答えるだけだ」

 

「ええ、そうね。スレインがいない間に依頼を片付けちゃいましょう」

 

 ガイウスとアリサの言葉にやる気が漲る一同は、朝餉を取りにウォーゼル家へと向かうのであった。

 

「ラカン! ラカンはおるか!」

 

 朝餉を食べ終えラカンから実習依頼を受け取り確認していると、慌てた様子でイヴン長老が入ってくる。

 その後にはグエン、カメラマンのノートンも続けて入室してくる。ファトマの挨拶にも短く返す三人は、何か異変が起きたと言わんばかりの真剣な表情であった。

 

「……どうやら何かあったようですね?」

 

 ラカンもそれを察知した様で、イヴンに詳細な話をする様に促す。

 

「うむ。―――ゼンダー門から先程連絡があった。どうやら帝国の監視塔が何者かに襲撃を受けたらしい」

 

 イヴンの言葉に息を呑む一同。焦りながらも落ち着いた表情で話すイヴンを、グエンがフォローしながら会話を続けていく。

 内容としては、ゼンダー門からの連絡は今日の真夜中に帝国監視塔が襲撃を受けた。

 しかも、共和国軍の基地までも攻撃を受けたらしい。武力衝突の危険もあるから集落は一時退避せよ。という事である。

 

 その話を聞いてⅦ組A班は、実習よりも先に「まずは状況を確かめるべき」と考えを一致させて、一路ゼンダー門へと急行した。

 脇道をせずに馬を飛ばしてゼンダー門付近へと到着すると、既に戦車が展開されており警戒態勢が敷かれている。

 

「エレボニア帝国軍『第三機甲師団』か……」

 

「出撃準備も着々と進んでいる様だな」

 

 リィンとユーシスの言葉通り、兵士たちは緊張した面持ちであり、張り詰めた空気がゼンダー門から伝わってくる。

 事態の状況確認をする為に、指揮官であるゼクス中将を探しながら邪魔にならぬ様に端の方で馬から降りる。

 

「―――おぬしら、きたか」

 

 平原の方から馬に乗って現れたのは、こちらが探していた人物ゼクスであった。

 ゼクスはこちらを確認するすると駆け寄ってきて、目の前で馬を止めさせる。

 

「おぬしら、いい所に戻っていたな。丁度30分後にルーレ行きの貨物列車が出る。今回の実習は切り上げてそれで早めに帰るがいい」

 

「ええっ!?」

 

「それは一体……」

 

 ゼクスから出た思わぬ発言に目を丸くする一同。アリサとエマの返答にも表情を変えず、ゼクスは淡々と言葉を告げる。

 

共和国軍(むこう)の出方次第だが……あと数時間もしないうちに戦端が開かれる可能性は高い。既に集落の方にも伝えていたはずだが?」

 

 ゼクスの言葉は既に軍人として警戒を促す、力のこもった言葉であった。一同はその威圧感に物怖じをし、悔しさで歯を食いしばる。

 ゼクスの言う事は正論だ。いくら今まで色々な実習を受けていても、それは戦場ではなかった。今回は規模が違いすぎる。

 だからこそ、己の無力さと、何も出来ず帰るしかないという現実を突き付けられて、直ぐに結論が出ないでいる。

 

「……ゼクス中将。今回の一件、どちらが先に手を出したのですか?」

 

 そんな中、ガイウスが突然発言した。表情こそ自分達と同じであるが、その瞳には明確な意志が映っている。

 

「調査中だ。もちろん先にも後にも帝国軍が動いた事実はない。にも関わらず、監視塔は破壊され、守備兵からは死傷者が出た。ゼンダー門を任されている者としてこのまま見過ごす訳にはいかん」

 

 その言葉に続けて、共和国側のダメージはこちらよりも遥かに大きいという事も聞かされる。

 ゼクスの顔には自分達と同じく不可解な点が多いという表情をしている。しかし同時に、全面戦争にはならずとも、武力衝突を覚悟しいているからこそ、これ以上調査の必要はない。そんな事を表情で語っていた。

 

「……でしたら中将。どうか今回の事件の調査をオレにお任せ下さい」

 

 再びガイウスが発言すると、ゼクスは沈黙する。

 ノルドの地でガイウスの右に出る者はいない。その自負と、自身が愛するノルドの静けさを乱す今回の不可解な事件。その原因を自身の手で突き止める。それがガイウスの決意であった。

 

「…………及ばずながら俺たちも力になります」

 

「これも“特別実習”の一環と言えるでしょうから」

 

 ガイウスの決意を支持するリィンとアリサ。それを制止するガイウスであったが、エマ、ユーシスも共に行動する事を決意し、仲間として全員で調査をする事を決意したA班を止める者は、もはやこの場にはいなかった。

 

「現在10:05〜12:30までの調査を許可する。それまでは戦端が開かれぬようにこちらも力を尽くしてみよう」

 

 ゼクスの力強い発言と共に、A班一同の瞳に決意の意志が宿る。

 仲間の愛する故郷を戦火の渦に巻き込まない為に。そして戦争という大きな火種を生み出さない為に。

 一同はゼクスに深々と御礼を述べて、調査の為に監視塔へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「おいーす。起きろー」

 

 聞こえた言葉通りに目を覚ますスレイン。

 既に朝日が上っており、快適な気温と心地良く吹く風を感じて二度寝してしまった事を思い出しながら上半身を起こす。目の前には、起こしてくれた人物、貴族風の装いをした赤毛の青年が横に座っていた。

 

「おう、レクターか。遅いぞ。二度寝しちまったよ」

 

「わりいな。ミリアムに頼まれたもんを揃えるのに時間掛かってよ。ほら」

 

 そう言って青年は紙袋を手渡す。その中身は夜のうちにミリアムに頼んで持ってこさせた、潜入用の洋服が入っていた。

 

 この男性の名はレクター・アランドール。22歳という若さで帝国軍情報局の特務大尉で、帝国大使館の二等書記官の肩書も持つ青年。

 正体は鉄血の子飼い(アイアンブリード)の一員で、自身が行う政治的交渉の成功率は100%という交渉のスペシャリストでありかかし男(スケアクロウ)の異名をも持つ。

 また、リベールのジェニス王立学園に通っていたり、エレボニア大使館の書記官をして働いている過去もあるが、その全てがオズボーンの指示であるとの事だ。

 

「助かるわ。先に着替えてくる」

 

 そう言い残して奥の草むらに入り、そそくさと受け取った洋服を着てから制服を紙袋に入れると、木陰に紙袋ごと置いてレクターの元に戻る。

 

「さて、とりあえずそっちの情報をよこせ」

 

「今回の犯人は恐らくおっさんを狙ったテロリスト。正体はまだ不明だが、『帝国開放戦線』と名乗っているらしい」

 

 真剣な表情で、淡々と情報を開示していくレクター。ミリアムと違って情報を全く隠さない辺り、どんな優先順位なのかは知らないが、教えてもらえるからには言及はしない。

 

「帝国開放戦線……宰相を狙う貴族派の指示って線はねぇのか?」

 

「それは目下調査中。ただ、貴族派を指示しているって感じだな」

 

「またデカく出たな。規模もそれなりか?」

 

「いや、規模としては小さい。実働部隊を外部から雇っているし、幹部も三名らしい」

 

 ここまで情報を整理する為に沈黙する。

 今回の実行犯が外部の実働部隊というのは明確である。ミリアムが犯人の確保、レクターが政治交渉。それぞれ単独任務で来ているという点では采配は完璧であるが、どうも納得がいかない。

 そもそも幹部が三名という時点で手練の可能性が高い。実働部隊が外部という事も組織を身軽にする為に行う組織運営の常套手段。

 しかし、それは同時に本体の練度や能力が高い事も示唆している。

 

「で、今回の一件は宰相殿からしたらどうなんだよ?」

 

「武力衝突を避ける様に交渉しろ。任務(オーダー)はそれだけだ」

 

 ミリアムは戦闘のプロフェッショナルではなく、アガートラムを使った諜報寄り。

 元々黒幕まで捕らえる気がないのだろう。そこまでするのであれば、組織を動かせるクレアの方がまだ合理的である。

 

「て事は、泳がせるって訳か……たく、面倒事は勘弁しろよ」

 

「お前さんは学生だろ? 出張る必要ないんじゃねーの?」

 

「目の前で不穏な動きをしているのを、指咥えて傍観する趣味はねぇんだよ」

 

「ははっ、お前さんらしいな。まぁ、俺も暫くはクロスベルの方に目を向ける必要があるからな。それはそれで嬉しいぜ」

 

 ケラケラと笑いながら思ってもない事を言うレクター。

 この男の言葉はどれも本心に聞こえない様な表現なので、どうしても途中からまともに会話をする気を失っていしまう。そう、どっかの皇子(・・)に似ているのだ。

 

「さて……そろそろ迎えのお時間か?」

 

「あぁ、帝国側の入口で待ってる」

 

 言葉が終わると同時に移動を開始する二人。現在の場所は共和国内であるので、大きく迂回してバレない様に帝国側へと向かっていく。

 スレインの空中移動は言わずもがなだが、ゴツゴツした岩肌の崖を難なく飛び乗り進んでいくレクターは、交渉人以外の一面がしっかりと見て取れる身のこなしであった。

 

「あら、お早いのね」

 

 ノルド高原側の入口。共和国軍前線基地の鉄柵の前には、共和国特有の東方系の装いに身を包み、黒の長髪が似合うクールな女性が妖艶な笑みを浮かべて出迎える。

 

「キリカさん、お待たせしました」

 

「キリカさん、お久しぶりです」

 

「レクター君、どうも。スレイン君、お久しぶり。一年振りくらいかしら。あの時はありがとう」

 

 キリカと呼ばれるこの女性は、共和国出身で東方系の女性であり、大統領直属の情報機関『ロックスミス機関』の室長を務めている。

 泰斗流という武術の奥義皆伝の実力者であり、偃月輪を自在に操り飛燕紅児(ひえんこうじ)とも呼ばれている女傑。

 そして、リベール王国遊撃士協会ツァイス支部で受付をしていた経歴もあり、一年前にあった共和国内でのとある抗争の際に一度会っている。謂わば、そこそこ顔見知りの女性だ。

 

「いえいえ、俺は仲介しただけですから」

 

「それでも共和国からしたら英雄よ。さて、早速だけど中にご案内するわ。この状況について交渉(・・)を始めましょう」

 

 そう言ってキリカは二人を基地内部と案内していく。道中、冷たい敵視が多々あったのだが、そんな事で警戒したり萎縮する二人ではないので、無表情を貫いて進んでいく。

 到着した場所は基地内部でも応接室と言った所か。共和国特有の東方系の置物が多数飾られており、テーブルやソファーもどことなく東方の文化が混じっている様な作りである。

 

「……ここは大丈夫なのでしょうか?」

 

 一度退室した後に、人数分のお茶を用意して戻ってきたキリカに発言をする。

 もちろん内容は、盗聴・盗撮についてである。自身も確認していないからこそ、口調もそれに合わせて告げる。

 

「ええ、問題ないわ。ここは独立した場所だから。レクターさんもごゆっくり」

 

 キリカの言葉にレクターが身体の力を抜いてお茶を啜る。完全に寛いでいる様であるが、わざわざそんな事に対して言及をしていると身が持たないので無視を決め込む。

 

「しかしまぁ、八百長なんてレベルじゃないですね。キリカさん、そもそも俺の肩書は何になってるんですか?」

 

 キリカとレクターは同じ諜報機関の人間であり、諸外国で度々会う関係。表立って政治に入る訳でもないので、表面上は仲が悪くない様に見える。

 というより、この二人は表面上しか見えないので、自身が勝手にそう思う事にしているだけであるが。

 

「ふふっ、私達三人からしたらそうね。貴方は『東方人街を救った英雄』だけで通れるわよ。あれだけの抗争を止めたんだもの。共和国側は貴方を敵対視は出来ないわ」

 

 東方人街で起きた、マフィアと猟兵団の抗争を思い出す。確かに、燃え盛る町中で、軍が出てくる前に一人で終結させれば英雄扱いにもなる。

 実際に勲章を貰っている為、言葉通り共和国内ではそこそこ有名になってしまった。もちろん、その際に偽名を使ったり、表に出せない様な出来事を隠蔽したりと根回しを行った張本人がキリカなのである。

 

「それでも、ここに来るまでの目線は痛かったですけどね」

 

「そりゃぁ、今の現状を考えればそうだろ。いくらお前さんでも敵か味方かどっち付かずなんだぜ?」

 

 それはごもっともである。いくら英雄視された人物であっても、この状況下で帝国政府の人間と現れれば敵視されても仕方がない。

 飄々としながらもまともな発言をしたレクターは、真剣な表情に変えてから現状を踏まえた上での言葉を並べていく。

 

「こちらで襲撃犯の情報は抑えています。今回の一件は帝国に潜伏しているテロリストの仕業です。目的は帝国と共和国の武力衝突。実行犯は無名の猟兵団『バグベアー』。現在、帝国側に潜伏しているので本日中にこちらで確保します」

 

「ええ、分かりました。共和国側は国内に通じているテロリストが潜伏していないか調査しましょう。こちらの方が被害は大きいので、身柄の引き渡しを要求します」

 

 同様にキリカが説明をすると最後にこちらに目を向けた。要はそれが自身の仕事らしい。

 

「身柄の引き渡しに私が同行しましょう。帝国側に攻撃意志がない事を告げて、共和国側の為に犯人拘束に尽力した事を説明します」

 

 あくまでこれは政治的交渉なので、自身も周りに合わせた口調で話していく。

 一言で言うなれば、『東方人街を救った英雄』が犯人を捕らえ身柄を引き渡す事で、帝国が共和国側の為にも動いた(・・・・・・・・・・・・・・)というパフォーマンスをしろという事である。

 

「じゃぁ、後はそれなりに時間を潰すだけね。お茶菓子を持ってくるわ」

 

 たった数分で終わった交渉という名の八百長話は、三人が思い描いたシナリオが共通していた事を示唆する内容であった。

 

「さて。で、お前さんはクレアとどうなんだよ? あいつが私服の時に毎日着けてるネックレス、あれはお前さんが渡したんだろ?」

 

 キリカが退室した途端にソファーに深々と座り直してにやけ顔で質問してくる。

 自分がプレゼントした品を愛用してくれている事は素直に嬉しいが、それをレクターから言われると如何せん気に食わない。

 それに、渡した身からすれば本人から聞きたい内容なのは誰でも思う心情だと思う。

 

「そりゃよかった。特に何もねぇよ。クレアにも言われたと思うが、ただの御礼の品だ」

 

「ふーん……そういう風にしとくか。で、あっちの方は?」

 

「そっちは休業。だからノータッチだ」

 

 当然であるが、鉄血の子供たち(アイアンブリード)は、自分が皇族の内偵であった事は知っている。利用し利用される関係であるからだ。

 といっても、皇子と宰相(互いの上司)の関係もあるので、言葉通りの意味合いしか持たない。今回の様に情報交換がメインの関係だから、特別仲良しという訳でもないのだ。

 なので、無用な詮索を控える様に語尾を強調しておく。「つまんねえな」なんて拗ねた声が聞こえたと同時に、部屋の扉が開く。

 

「あと2時間くらいはダメね。上も神経質になってる」

 

 お茶菓子を手に持ち戻ってきたキリカは、ため息を付きながらそう答える。

 しかし、それも無理もない事だ。ここではのんびりとお茶会をしているが、現在は戦争一歩手前の非常事態なのである。

 

「まぁ、ゆっくりしようぜー。ミリアム(こっち)が動く時間もそのくらいだし、丁度いいだろ」

 

「お前さんはただ寛ぎたいだけだろ?」

 

「お、バレたか」

 

 ニヤけながら出されたお茶菓子を頬張りながら話を続ける。若干聞き取りにくいので、どちらかにしてもらいたいものであるが。

 

「そう言えば、スレイン。クロスベルでオルキスタワーが建造されてるの知ってるか?」

 

「あぁ、あの馬鹿みたいなデカさになるビルだろ? あれって建設止まってなかったか?」

 

「そう、大陸最高の高さを誇るビルだそうよ。ディーター・クロイス氏が市長に当選して、建設を再開したらしいわ」

 

 それは確か帝国の情報誌『帝国時報』にも掲載されていた。教団事件があってマクダエル市長が辞任した後の選挙で、クロイス氏が当選したらしい。

 正直そこまで興味はないのだが、諜報戦争をしているこの二人が話す内容という事は、国が関わっている話に違いない。

 

「なるほどね。で、そこで何か起きるのか?」

 

「あぁ、どうやらそこで各国のお偉いさんを集めて会議するらしいぜ?」

 

「また、とんでもない事やるんだな。で、そこに賊が侵入して大騒ぎってか? それだけ面子が揃えば起きるだろうな」

 

 各国のトップを集めるとなれば、間違いなく動く組織が出てくる。

 国を治める者というのは大なり小なり恨みを持たれているので、一堂に会するとなれば大騒ぎが起きる事も簡単に予想出来るのだ。各国の敵対勢力が手を組む可能性だってあるだろう。

 

「ええ、どうやらクロスベルの方はまだまだ落ち着かないみたいね」

 

「まぁ、お二人がいれば問題ないでしょう。こんな成りでも俺は学生なんで、そんな話聞いても動けませんよ。今回みたいに実習先なら別ですけど」

 

「あら。貴方、B級遊撃士でしょ?」

 

 自分でさえ最近知った事を、何故この人が知っているのか。なるべく表情を崩さずに彼女の方に目を向けると、「知っていて当たり前」という様な微笑で返された。

 対するレクターは知らなかった様で、「え、そうなのか?」と言いながら驚いた様な表情でこちらを見ている。

 

「みたいですね。俺も最近知りましたよ」

 

「それもあって今回この場に呼んだのよ。だって、この件が上手くいけばA級ですもの」

 

「キリカさん。そんな事まで知ってるんですか?」

 

「ええ、先日もクロスベルで活躍したそうじゃない」

 

 キリカはこちらに自然な笑顔を向けてそう話す。いくら受付経験があったとしても何故そこまで分かるのか。と考えた瞬間に詮索する事を諦めた。

 この人は敵に回すと恐ろしい程の情報収集・操作が出来るのだ。遊撃士事情を調べる事など朝飯前だろう。

 

「て事は、あの『紫電』の記録を更新するのか。そりゃすげぇ」

 

「そんな事言われても、俺自身実感ねえよ。でも、キリカさん。そこまで情報を仕入れてるって事は、何かしら意図があるんですよね?」

 

 レクターをあしらいながら、キリカに真相を聞こうと問いかける。

 

「そうね。貴方がA級遊撃士として名前が上がると、共和国にとっても嬉しいのよ。東方人街を救った英雄がA級遊撃士になれば、遊撃士は憧れの的になる。そうする事で遊撃士を目指す者が増えてくる」

 

「ほう。共和国は遊撃士を増やしてどうするんだ?」

 

 レクターは面白い話を聞いたと言わんばかりに身を乗り出す。今の情報は簡単には手に入らない一級品だと感じたのだろう。

 

「大統領の意向でね。遊撃士から軍へ引き抜く事で、個の力を高めた軍備が出来る。軍事レベルよりも個人の戦力も重視したいみたい。リベールの異変もあったし、対軍より対人を意識しているの」

 

「なる程。遊撃士は戦闘力、判断力、危機察知能力、情報処理とあらゆる力がつくからな。軍の訓練をするよりも手っ取り早く即戦力が生まれるって訳か」

 

「遊撃士は軍事的な問題には不干渉だし、民間人の保護を優先するから軍人よりも自由度が高い。軍人よりも目指しやすいでしょうね」

 

 二人は共に微笑をしながら、理路整然と言葉を並べていく。

 途端に始まった諜報戦に入り込むつもりもないので、そのまま暫くは二人の会話を聞き流しながら、お茶菓子に舌鼓を打つ事にする。

 

 気づけば諜報戦も終了していて、話題は他愛も無い話へとシフトしていく。

 両国の諜報員との政治的交渉(お茶会)は、キリカの宣言通り、2時間程の時間を費やして無事終了した。

 

 「では、また後程。戦果を期待しているわ」

 

 「じゃ、スレイン。頼んだぜ」

 

 キリカとレクターの挨拶に手短に返して、その場を後にする。

 基地内部から出た時間は既に昼過ぎ。

 スレインはレクターと合流した地点まで飛んで行くと、放置していた制服を拾い上げて手早く着替えを済ませる。

 先程まで着用していた洋服は、火の精霊を使役して焼却処分する。

 

「さて、面倒事になってなきゃいいんだが」

 

 基地内は密閉された空間だったので、風の頼りが無かった。

 そのため、現在の情報をリアルタイムで把握出来なかったので、取り急ぎ情報収集をする様に風を吹かせていく。

 同時に自身も風に乗って空高く駆け上がり、実行犯が潜んでいると思われる石切り場へと向かうのであった。

 

 

 




という訳で、レクターさんが行った交渉側を書いてみました。

個人的にノルド編をプレイしていた時。
「交渉相手はキリカさんだろう」と勝手に思っていたので、登場してもらう事になりました。

さて、次回は、今回のキーワードになった「東方人街の英雄」について書いていこうと思います。

それでは、今回もお読み頂きありがとうございました。


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追憶〜東方人街の英雄〜 前編

本編を一度離れて過去編がスタートします。

書いていたら思いのほか長くなりそうなので、二部構成となりました。

過去編という事で、閃の軌跡のキャラは殆ど出てこないですが、楽しんで頂ければ幸いです。


それでは、第25話、始まります。


 

 七曜暦1203年某日。

 カルバード共和国内、東方人街。

 

「しかし、こりゃ別の世界に来た感じだなぁ」

 

 異国情緒漂う町並みを見ながらそう呟く少年は、露店で購入した食べ歩き用の料理を齧りながら歩いている。

 この街のメインストリートは、導力車がすれ違える程度の幅で、他の地域と違ってコンクリートや石畳での整備はされていない。左右から露店が延々と並び、併設した建物では窓際から商売をしている。ここでは建物に入らずとも買い物が出来る店しか無いようだ。

 ひしめき合う人の群れは賑わいを感じさせ、飲食系の露店からの排熱で、気温よりも暑く感じてしまう。大陸中歩いて来たが、これ程活気がある街は見たことない。

 少年は料理を食べ終えて、道に併設されたゴミ箱にゴミを捨てると、メインストリートから一本逸れて細い路地を進んでいく。

 町中の路地はどこも細く、碁盤の目の様に街中に張り巡らされている。一本でも入る道を間違えば、迷いそうな造りとも言えるだろう。

 そして、視界に入る建物はどれも東方風。遠くに見えるビルや洋館とのギャップが、一際異彩さを表している。初めて訪れた者からすると、どこかのテーマパークに来た様にも感じてしまうだろう。

 

「……ここか。ちょっと早いけど大丈夫か」

 

 予定より少し早めに目的地に到着したが、少年は構わず呼び鈴を鳴らした。5分程度は許容範囲内だろう。

 すると、玄関から案内役の男性が現れたので名前を告げる。

 

「スレイン・リーヴスです。5分程早いですが、大丈夫でしょうか」

 

「お待ちしていました。中へお入りください」

 

 男性は丁寧にお辞儀をしてそう告げると、言葉通り中へと案内していく。見た目の判断だが、年齢が一回り近く離れている男性に、そこまで丁寧に扱われるのはどうも歯がゆい。

 しかし、この人達にそれを言っても仕方がない。大げさに言えば、命の恩人(・・・・)である自分を、邪険に扱う事は誰もが許さないのだろう。

 前を歩く男性は足を止めて、奥の客間に入室の許可を伺っている。直ぐに許可が降りて中に通されると、そこには意外な人物が待っていた。

 ポロシャツにスラックスといったラフな格好で、短く切った金髪を整髪剤でしっかり整えた男性。世の中では『甘いマスク』と表現するであろう顔立ちは、男から見ても魅力を感じられる。

 

「スレイン君、久しぶりだね」

 

「リシャールさん。お久しぶりです。まさか自ら動いてくれたとは思いませんでした」

 

 形式的な挨拶を交わして、一先ず腰を下ろす。

 洋風ではない建物なので椅子や机はなく、イグサや藁を織った『畳』という床に直接座る。

 建物に入る時から洋風と違って土足厳禁であったし、一面に敷かれた畳の匂いが漂うこの場所では、スレインにとって新鮮で少しばかり落ち着かない。

 

「ああ、人手不足でね。ところで、スレイン君は初めてかい? 私も慣れるまでは手間取ったよ」

 

「ええ。共和国には何度か来ましたが、東方人街は初めてです。でも、新鮮で良いですね。町並みもそうですが、別世界の様です」

 

 在り来りかもしれないが、自身が感じた内容を素直に吐露する。リシャールは笑いながら『緑茶』と呼ばれるお茶を出した。

 

 アラン・リシャール。元リベール王国軍情報部の大佐。

 かのリベール王国クーデター事件の首謀者として服役していたが、結社『身喰らう蛇』による王都襲撃事件の際に活躍し、女王アリシアⅡ世から恩赦を受けて釈放された人物。その後は軍に戻らず、民間調査会社『R&Aリサーチ』を立ち上げた、情報分野のスペシャリストである。

 ちなみに、軍に在籍した折りに、『剣聖』カシウス・ブライトから剣の師事を受けている。八葉一刀流の『五の型・残月』を独自にアレンジした技は、剣聖の後継者とまで言われている程だ。

 スレインとの出会いは、王都襲撃事件の時。巻き込まれた形ではあったが、戦闘に介入した際に偶々出会い、名も知らぬまま互いに背中を預けた仲である。その時に、リシャール達が目指していた王宮まで、護衛して無傷で送り届けた。

 そして、王都を守護した功績を丸々リシャールに被せて、『R&Aリサーチ』の立ち上げを女王に進言した張本人でもある。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 『R&Aリサーチ』は、自身の仕事柄、その時から度々世話になっているのだ。今回も依頼(オーダー)で訪れた共和国内の情報収集を依頼していた、という訳である。

 会う度に昔の御礼を言われる通例行事を一頻り終えると、会話は本題に入っていく。

 

「さて、これが調査結果だ。と言っても、我々でも把握しきれなかった。申し訳ない」

 

 そう言って、厚めの封筒をこちらに差し出すリシャール。

 早速、中に入った資料を拝見していく。確かに曖昧な表現で綴られた調査結果には、いつも以上に不明確を示す言葉が並んでいる。

 

「……これは厄介ですね。リシャールさん直々でこれだと、流石に骨が折れそうだ」

 

「面目ない。もう少し日程があれば、裏も取れたかもしれないが……」

 

「いえいえ、こちらこそ短期間でお願いしてしまった身ですから。これだけの情報で十分です」

 

 リシャールに調査をお願いしたのは2日前。経ったそれだけの日程で何十枚の資料を纏めあげただけでも、その情報収集術は目を見張るものである。

 

「それと、報告書にも書いていないのだが、一つ悪いニュースがある」

 

「……最新のですか」

 

「ああ。『赤い星座』が共和国入りしたらしい。どうやら、大きな抗争が始まるかもしれない」

 

 表情には出さないものの、その言葉には耳を疑った。大陸二強とも言われる猟兵が何故現れるのか。相手はただのマフィア(・・・・)だ。互いがぶつかる理由がない様に思える。

 

「理由は分かりますか?」

 

「残念ながら不明だ。しかし、狙いが黒月(ヘイユエ)という事は確定している」

 

「この街を焼け野原にでもするつもりなんですかね。実態調査どころか、正体すら暴けそうですよ、それ」

 

 スレインの依頼(オーダー)は、『共和国マフィア黒月(ヘイユエ)の実態調査』である。帝国で動いている様な情報は一切ないが、共和国内部で暗躍するマフィアの情報というのは、今後の政治的交渉に大きく役立つ。

 クロスベル自治州を巡る争いで、共和国とは目下対立中。弱みとなる情報というのは、少しでも多く欲しい所である。

 雇い主(オリヴァルト)はあくまで手札の一つと考えているので、実態調査という範囲でしか命じなかった。

 

「君の力であれば可能かもしれないな。しかし、『白蘭竜』には注意してくれ。どこまで表に出るかは分からないが、気をつけるといい」

 

 調査結果にあった人物。『白蘭竜』と呼ばれる人物は、かなりのキレ者で黒月(ヘイユエ)の頭脳でもあるらしい。更に、東方武術の相当の使い手という情報も記載されていた。

 

「肝に銘じます。では、自分はこれで」

 

「ああ、また会おう」

 

 このまま会話を続けると、リシャールも手を貸すと言い出しかねない。こちらから話を終わらせて、最後に「カノーネさんにもよろしく」と伝えて退席する。

 この男性には帰りを待つ女性がいるので、危ない橋を渡らせたくない。そう言った人間を戦場に出すのは気が引けるのである。

 外に出ると、時刻は夕暮れ。ここから先は自分自身で調査をするので、風を使って地の利を得る所から始める。土地勘を付けるまでは無駄に歩きまわる事をしないスレインは、そのまま宿へと足を運ぶであった。

 一夜明けた翌日。

 この日もまずは、自身の足と風を使って、脳内で街の地図を作る事に専念する。

 その合間にあちこち聞き込みをしていたのだが、面白い情報は得られず空振りに終わった。元々調査対象がマフィアの時点で、住民からの情報などたかが知れているのかもしれない。

 初日同様、何事も無く宿に戻ったスレイン。風を飛ばして索敵をしながら夜風に当たり耽っていると、やっと事が動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 東方人街のとあるビル内。

 青紫のスーツに、少し長い赤紫色(ワインレッド)の髪に眼鏡を掛けた男が、窓の外を見ながら口を開く。

 

「動き始めましたか……。ラウ、ここは割れていますか?」

 

「ええ、直ぐに第二地点に移った方がいいでしょう」

 

 ラウと呼ばれた深緑の短髪にスーツの男性は、直ぐ様答える。

 

「ふむ。(イン)殿の方は?」

 

「既に出ています。交戦するのも時間の問題かと思われます」

 

「そちらは問題なさそうですね。敵の兵力はどのくらいでしょう?」

 

「単純計算でこちらの五倍。それに、赤い戦鬼(オーガロッソ)に血染めがいます。ツァオ様、いかがされますか?」

 

 窓の外を見ていたインテリ風な男ツァオは、身体を反転させてラウの方に目を向ける。

 

「これは……ふむ。どうやら共和国から出て行く必要がありそうですね。準備を」

 

「はっ」

 

 ラウが足早に退室すると、沈黙が部屋に広がっていく。

 

「……さて、()が味方に付けばいいのですが……こればかりは神頼みですね」

 

 不敵な笑みをこぼしたツァオは、再び窓の外に目を向ける。その姿に焦りや戸惑いはなく、ただ冷静に宵闇を照らす月の光を見つめていた。

 

 

 

 

 

 時は同じくして、東方人街、北側。ツァオとラウがいたビルから数十セルジュ離れた地点。仮面を付けた全身黒ずくめの人影は、建物の屋上から索敵を行い、第一波の標的を発見した。

 敵の情報は、先程雇い主から聞いている。大陸二強と言われる猟兵団『赤い星座』。隊長クラスも複数潜入しているらしく、敵兵力はこちらの五倍以上はある。

 雇い主からの依頼は、『共和国脱出まで時間稼ぎ』。暗殺や殲滅でない以上は、奇襲しつつ雑魚を掃討して敵兵力を減らし、敵の注意をこちらに惹きつけるだけでいい。

 

「……あれか。練度は高いが、各個撃破すれば問題ない」

 

 その言葉と同時に、手甲から数本の鎖が猟兵に向かって素早く射出される。目標を捕らえた瞬間、猟兵達は声を上げて索敵を開始したが、もう遅い。

 数アージュの距離を一瞬で縮め、鎖が巻きつき身動きができない猟兵達に、疾風の如く斬撃を浴びせ次々と骸にしていく。ものの数秒で5人の猟兵は沈黙した。

 

「……他愛も無い」

 

 それと同時に、隊長の情報を思い出す。赤い戦鬼(オーガロッソ)血染めの(ブラッディ)シャーリィ。そして、『閃撃』のガレス。

 幸いな事に団長『闘神』が潜入した情報はないが、それであっても大陸最強クラスかつ『人喰い虎』と呼ばれる者達だ。この3人を相手にするには、自身でも分が悪い。

 今は隠密、奇襲に絞り、深追いをしなければ目標は達成されるだろう。

 

「―――いたぞ! あそこだ!」

 

 奥から増援の声が聞こえる。

 気配からすると、一個小隊がこちらに近づいている。とにかく今は目の前の敵を屠るだけだ。

 一蹴りで屋上まで飛び上がると、再び宵闇に消えて奇襲への準備を始めるのであった。

 

 

「(……これは……)」

 

 初手と同じく闇に紛れた奇襲を続け、三小隊を殲滅した所で邪悪な気配が感じ取れた。

 それは今までの敵とは違い、猟兵が纏う殺気ではない。悪寒と戦慄を感じさせる気配。一言で言うならば、狂気である。

 

「お前が(イン)……だな」

 

「な!?」

 

 闇に同化して気配を絶っていたにも関わらず、気づかれた事に声を上げる。

 目の前に現れたのは、サングラスをかけた男性。数アージュ程前に立ち、こちらをしっかりと見据えていた。

 

「悪いがオーダーに邪魔なんだ。死ね」

 

 言葉と同時に姿が消えた。否、既に目の前に肉薄していて、鋭い手刀を浴びせてくる。

 片手に持つ大剣とも言える大型の片手剣を振るうが、逆の拳で弾かれる。

 その瞬間に一筋縄ではいかないと察知し、後方に飛び退き距離を取る。

 

「くっ……」

 

月明かりが照らす宵闇の死闘はこうして始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 一方、東方人街の南側。時刻は巻き戻す事、(イン)が猟兵と交戦を開始した頃。

 燃える様な赤髪に隻眼の男性は、視線を虚空に彷徨わせながら、自身の元に戻ってくる部下に索敵の結果を聞く。

 

「敵の動きはどうだ」

 

 2アージュ程の背丈で筋骨隆々の姿に、腹の底に響く様な低い声。

 例えるのであれば「鬼」の様な出で立ちの男性には、喩え自身の隊長と言えども萎縮してしまう。

 

「ポイントαには構成員10名が守備しています。思いのほか練度が高く、お嬢自ら出るとの事です」

 

「そうか。ガレスの方は」

 

「ポイントβに向かう途中に、一個小隊が殺られました。情報からして(イン)かと思われます」

 

「分かった。お前は索敵を続けろ」

 

 目の前の男は短く肯定して颯爽と去っていく。

 今回の依頼(オーダー)は『白蘭竜』の確保と、黒月(ヘイユエ)を潰すという事。雇い主に無用な詮索をしない流儀なのだが、たかだかマフィアを潰すのに自分たちを雇う必要があるのだろうか。

 その理由と真意にどうしても気がいってしまうが、今は戦場で自身は依頼(オーダー)を受けた身。自身の推論など無用の長物である事を再度認識させる。

 

「『痩せ狼』さん。あんたはどうするんだ?」

 

 横にいるオレンジがかった短髪に、サングラスを掛けた男性に声をかける。漆黒のスーツの上からでも分かる、無駄な筋肉すらない細身の体型から相当の手練という事が分かる。

 更にはその全身から殺気が放たれており、戦鬼(オーガロッソ)と呼ばれる自身ですら、軽く身構える程の邪悪さがある。

 

「俺も動く。お前らはオーダーに従えばいい」

 

 男は一言だけ告げて去っていく。

 

「何が目的なのか……まぁ、考えていても仕方がない」

 

 自身の事を『痩せ狼』と名乗った男性は、多額の報酬と引き換えに依頼をしてきた。その時の話では「自分の雇い主からのオーダー」とだけ告げていた。だからこそ、この一件について色々憶測を立ててしまうのだが、今更そんな事を言っても仕方がない。

 自身が出る事になるのかどうかを考えながら、ただ戦況の行方に目線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 半刻程前のとある宿屋にて。

 

「これまた派手にやってんな……」

 

 少年は全開の窓から、血と硝煙の匂いが交じる風を全身に感じている。既に街全体に充満していて、予想よりも遥かに大きい事態になっている事を告げていた。

 『R&Aリサーチ』の面々がうまく動いてくれたのだろう。住民には既に避難を開始しているので、この区域には殆ど一般人の気配が感じられない。

 それであっても、早めに対処しない事には人的被害が出る可能性は高いので、一刻を争う事態なのは変わりない。

 しかし、相手は『赤い星座』だ。そう簡単に鎮火出来ない火種である事は分かっているので、この抗争にどう介入すべきか悩んでいた。

 

「……しかし、何故赤い星座(あいつら)が動く?」

 

 疑問はここだ。マフィアを潰した所で、猟兵には何らメリットがない。そもそも、畑違いである双方がぶつかり合う理由がない。

 考えられる点としては、『赤い星座』が雇われたという事。大陸でも随一の猟兵団を雇ってまで潰す必要がある程、黒月(ヘイユエ)は危険な存在だったのだろうか。しかし、誰が雇ったのか。結局の所、その疑問にぶつかってしまう。

 そう考えた瞬間に雇い主(・・・)は分かった。何回かやり合った、狂気の気配が感じたからだ。

 

「なんで結社(あいつら)が関わってんだよ……」

 

 ため息をついて頭を抱える。それと同時に覚悟を決めて、窓から飛び降り隣の屋根に着地する。

 この抗争を裏で操っている者は分かった。今はそれだけで十分。あまり派手にやられては、自身の依頼(オーダー)も達成できなさそうなので、今は影で抗争を止めるしかない。

 まずは黒幕の所に向かうべきと判断し、屋根伝いに急いで向かうのであった。

 

 数セルジュ程進んだ所で、弾丸が飛んでくる気配を風が感知した。

 弾丸と自身の間に分厚い風の壁が生まれると、弾丸はの勢いは停止して地面へと落ちる。

 

「うわ、アブねぇな……」

 

 思いのほか威力が高い狙撃で、つい足を止めてしまった。

 回避を選択しとけば良かった。なんて事を考えていたら、幾つか足音が迫っている事に気づく。

 

「何者だ! ん? あれは、悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)じゃねえか!」

 

「な! 隊長を逃したやつか! まさかやつらと!?」

 

 どうやら見知った顔がいるらしい。そもそも、狙撃の時点でこちらを殺しにきていた。

 以前の出来事(身内喧嘩)に巻き込まれた時の事を知っている部隊だろう。

 しかし、発している言葉からすると、あらぬ方向へ勘違いをされている。

 

「おいおい、ちょっと待て。俺は部外者だ。それに、逃がしたんじゃない。アイツ自身の判断だ」

 

「問答無用だ! お前たち、仕留めろ!」

 

 そんな事は言っても無駄という事は分かっているのだが、反射的に異議を唱えるのは人の性だろう。まさか瞬時に判断して、因縁をふっかけてくるとは思わなかった。

 先程の狙撃だけではなく、小隊員からも無数の銃撃が放たれている。こんな所で時間を使う余裕はないので、一先ず逃げる事を選択する。少し遠回りのルートを選ぶと、向こうも無理に追ってくる事はしなかった。

 追手の気配を感じ取れなくなった所で一息つく。しっかりとこの街の構図を頭に入れていて正解だった。狙撃の名手『閃撃』のガレスが、アレほど目が良いとは思わなかったが、撒けただけ良しとしよう。

 

「……ほう、お前も来てたのか」

 

 後方から声が聞こえて、ゆっくりと振り返る。

 先程の小隊員を撒いたタイミングで、目当ての気配がこちらに近づいているのは分かっていた。しかし、先程と違って敵意と殺気が消滅していたので、あまり気にかける事はしなかった。

 この男は、それだけで判断出来る性格なのだ。

 

「まぁな。ヴァルター、上の意向は聞いてるか?」

 

 このサングラスの男は、結社『身喰らう蛇』の執行者№Ⅷ『痩せ狼』のヴァルター。元々は泰斗流の使い手だが、殺人拳に身を染めて執行者となった人物。しかし、先のリベール異変で、弟弟子で遊撃士のジンに敗れたらしい。

 泰斗の使い手では最強と言われる実力のこの人物は、殺し合い以外は興味がないと言ってもいい程の戦闘狂である。今の様に戦う気がなくなったら、本当に何もしない。その前に会った時からそうなので、その点においては信用が出来る。

 だからこそ、落ち着いて話が出来るのだ。

 

「さあな。俺も強者と殺り合えると聞いてきただけだ。思惑なんざ知らねぇよ」

 

「そうか。その割には、随分後方にいるようだな」

 

 先程気配を感じ取れた時は、誰かと戦っていたようだった。

 それなのに現在の位置は、先程よりやや後方。この男からすると、自陣内と言ってもいい場所だ。

 

「ああ、興が醒めた。俺の勘違いだったみたいだな。だからお前とも殺り合う気はねぇ。俺は消えるから後は好きにしろ」

 

 そう言い残してヴァルターは闇に消える。

 

「……んな事言ってもな……」

 

 好きにしろと言われても、当初はヴァルターから詳細を聞き出す予定だったのだ。何も知らないと言われてしまっては、これ以上情報は得られない。

 抗争を止めるにしても、自分からしたら三つ巴。両者を沈黙させるには如何せん面倒な状況である。

 そんな事を考えていたその時。こちらに向かって何かが飛んでくる。

 判断が遅れてしまって、自分に向かって飛んでくるのが、短剣という事を察知してギリギリの距離で弾く。

 すると、その短剣には札が付いていて、自身の横で爆発する。

 

「っ……今度は何だよ」

 

 あちこちで殺気立っている人間が多いせいか、血の気の多い輩しかいないらしい。

 目の前に佇む人影もまた、敵意と殺気がむき出しになっている。

 

「何者だ。奴と話していたという事は敵か」

 

 言葉と同時に、相手の手甲から無数の鎖が飛んでくる。鎖は生き物の様に曲がりくねってこちらを拘束すべく肉薄する。

 その全てを両手に精製した双剣で弾き落とすと、目の前に現れた人影が大剣を振り下ろされる。

 

「聞きながら攻撃するんじゃねぇよ……」

 

 双剣を交差させて大剣を受けて、会話の間を作る。

 目の前には仮面を付けた黒装束の人物。素性を隠すという観点からしたら、『暗殺者』という感じだろうか。

 

「答えないという事は敵だな」

 

「俺は被害者だ。どちらでもねぇよ」

 

「問答無用だ」

 

 短い言葉と同時に、再び無数の鎖が舞い踊らせて距離を取る黒装束は、先程の短剣を無数に投げつける。

 

「―――『爆雷符』!」

 

 今度は着弾と同時に爆発する。先程と違った起爆のタイミングに慌てたが、爆発のタイミングに合わせて、自身の身体に風の鎧を纏わせ爆風とダメージを軽減させる。

 それと同時に、スレインの中で何かが切れる音がした。勿論、あくまで言葉の綾である。

 

「だー! もう、ふざけんな! どいつもこいつも話を聞かねぇで! 少し黙れや!」

 

 切れるではなく、キレた(・・・)スレインは、無数の剣を精製させて、目の前の敵に向かって突き刺していく。

 数十にも及ぶ剣戟に圧倒されて、避けきれない剣を捌きながら後方に飛ぶ黒装束。

 しかし、それを避ける事は想定済み。着地地点に向かって、無数のアーツを爆裂させる。

 『赤い星座』も『黒月(ヘイユエ)』も、自身の存在を勘違いされて、苛立ちがピークになってしまったのだ。

 最大火力で放たれるその猛襲に、回避も防御も間に合わなかった黒装束が、アーツの直撃を受ける。

 

「ぐぁ!」

 

 後方に大きく吹き飛び、背中から着地した黒装束。少しばかり鈍い音が聞こえて、身動き一つしていない。

 どうやら完全に沈黙した様だ。

 

「やべ、火力強すぎたか?」

 

 身のこなしや斬り合いから察すると、相当の手練である事は分かっていた。

 流石にこれくらいなら生きているとは思うが、火力の手加減はしていないので、少しばかり焦ってしまう。

 ここで無力化すれば情報も聞き出せると思っていたので、動かない敵に歩み寄り、様子を見ようと屈んで呼吸を確認する。

 

 その瞬間、またしても弾丸が飛んでくる気配を感じた。しかし、今回は自身を狙っている訳ではない。ましてや、この黒装束でもない。右手にある建物に向かって撃たれていた。

 着弾した事に気付くと同時に、周囲の空気がビリビリと震えて建物が大爆発を起こした。

 

「(くそったれ……武器庫(・・・)かよ!)」

 

 爆発の規模から想定すると、どうやら大量の銃火器類が保管されていた武器庫の様である。火薬に引火する様に狙撃したのだろう。

 爆音が轟き、爆風と熱波がこちらを襲う。建物と自分たちの距離は数アージュしかない。この距離でまともに喰らうのは危険過ぎる。

 瞬時にそう判断すると、黒装束を抱きかかえて逆方向の民家の窓に飛び込む。

 風を盾に爆風を軽減するが、如何せん至近距離過ぎる。黒装束を抱きかかえたまま、民家の奥まで吹き飛ばされた。

 

「痛っ……たく、町中にどんだけ爆薬置いてんだよ、ここは……」

 

 吹き飛ばされた衝撃で頭を打ったらしい。上半身を起こそうとすると、後頭部に衝撃が走った。

 武器庫に面した側は、既に瓦礫と化しており半壊した状態。幸いな事に目の前には瓦礫が山の様になっており、直ぐには発見されそうにない。

 自身に大した怪我はなかった様なので、安心して床に手を付ける。

 しかし、手にとんでもない違和感を感じる。床に手を付けたはずなのだが、何か柔らかいものを触っている。

 爆発の影響で床が柔らかくなるなんて聞いた事がない。その「むにゅっ」とした触り心地の真意を恐る恐る確かめる。

 

「ん? なんだ?」

 

 そこには、目線に明確な殺意が籠っていて、耳まで真っ赤にしている少女がいた。

 そして自身の手には、女性特有の胸の膨らみを掴んでいた。どうやら自身は馬乗りになっているらしい。

 一瞬でそこまで状況を確かめ、慌てて手をどかした瞬間、瓦礫の家の中に乾いた音が鳴り響くと同時に、少女の叫び声が聞こえた。

 

「きゃぁぁぁあ!」

 

 偶然にも叫び声は爆音に紛れたのだが、自身の頬への衝撃は紛れる訳がない。

 こちらも突然の出来事に思考が停止してしまったので、反応出来ずにいた。

 何故少女がここにいるのか。いや、先程の黒ずくめが少女であるのは衣装から判断が出来る。しかし、気配も体格も違う事に困惑している。

 

「な、な、な、何するんですか!?」

 

 再度叫ぶように声を上げて焦る少女。

 そこでやっと自身の意識が現実に回帰する。今はそんな事を考えている暇はない。

 ここは戦場である。ましてや、街を破壊するつもりで大爆発を起こしてきた時点で、見境なんてものはないのだ。いつまでも同じ所にいては、流石に危険である。

 

「静かにしろ! まだ敵がいる!」

 

 少女の口を手で塞いで、声を潜めて気配を探る。あの爆発では敵もそう簡単にこちらの場所を発見出来ないだろう。

 叫び声も爆発音に被さってくれたおかげで、敵に悟られた様な感じはしない。

 

「んんんん!」

 

 息苦しそうな表情でいた少女を見て手を離す。

 咄嗟にした行動で、かなり強めにおさえていたらしい。

 

「ぷはっ……はあはあ……何するんですか!?」

 

 声を殺しながら怒声を浴びせる少女。その言葉が先程と同じである事にも気づいていない程の慌て様である。

 

「いや、あの爆発から助けたんだから仕方ないだろ! 乗っかったのも触ったのも不可抗力だ!」

 

 その言葉でやっと少女は現状を理解して冷静になる。

 

「とりあえず奥へ行こう。このままだと見つかる」

 

 相手が短く頷いた事を確認して、奥の小部屋に向かう二人。

 まだ敵の索敵が続いている。しかし、大規模な爆発のおかげで、この辺りは簡単には近づけない。ましてや、無傷でいるなんて思わないだろう。生きていたとしても周囲が炎上しているこの場所では、炙りだして狙撃した方が早い。そう考えているはずである。

小部屋に入り一息つく二人。しかし、ゆっくり休憩している余裕はない。ただでさえ火の周りが早いのだ。早めに話を付けて脱出しないと危険な事は変わりない。

 

「さて、とりあえずどういう事だ? さっきまでと色々な意味で違うだが、説明出来るのか?」

 

 この状況は彼女にとっても緊急事態だろう。強要するのではなく、聞いていい問題なのかを確認する。

 

「……今更、隠せませんね」

 

 決心した様な表情をした少女は、徐ろに口を開くと言葉を続けた。「(イン)という人物を聞いた事がありますか?」と。

 昨日受け取った『R&Aリサーチ』の報告書に記載があった名である。『伝説の凶手(イン)』。カルバード共和国の生きた伝説。100年も前から存在する伝説の暗殺者。その存在を知る者であっても素顔や素性は一切不明で、不老不死とも噂されているらしい。

 少女が話した内容は、『伝説の凶手(イン)』の正体。『(イン)』とは、人物ではなく道。先代、先々代から引き継がれた闇の道が『(イン)』であり、その姿や声までも気功を使って再現しているという事だった。

 そして、目の前にいるこの少女リーシャ・マオが、先代から引き継がれた現代の『(イン)』であると説明を受けた。

 

「なるほどな。お前さんが『(イン)』だったのか。てことは、今回は『黒月(ヘイユエ)』からの依頼で出てきたって事か」

 

 リーシャから説明を受けた所で、正直どうでもよかった。自身の依頼には関係がないし、『(イン)』の正体が分かった所で、それについて言及される機会もなければ言うつもりもない。

 こんな少女が闇の道を歩くのは、いずれ限界が来る。そう思ったからだった。

 

「ええ、そうです。『黒月(ヘイユエ)』は、度々依頼をしてきましたから。今回も脱出の援護をする予定でしたが……」

 

「脱出? 共和国から出るのか?」

 

「一部のメンバーだけですが、一端、この地を離れて潜伏するそうです」

 

 この地を放棄するとなれば、迎撃にも出ず被害状況を考えない戦い方には納得出来る。

 しかし、この少女は何故そこまで情報漏洩をするのか。何となく理由は分かるのだが、一応真意を聞いておく事にしよう。

 

「ふむ……で、そこまで俺に話してどうするんだ? 正体を知られた上に依頼内容も吐露するって事は、始末するつもりではないだろう?」

 

「ええ、私にはもう戦う余力がありません。ですから、貴方に抗争を止めて頂きたいのです」

 

「初対面の人間に随分な申し出だな。信用出来ないかもしれんぞ?」

 

「貴方は私を助けました。それに、(イン)の正体を知っても、何も感じていない様です。今はそれだけで十分です」

 

 リーシャは真っ直ぐな視線をこちらに向けてそう告げる。

 そんな視線で言われてしまっては、こちらとしては何も言えない。それを狙っているのだろうか。いや、それは考え過ぎだろう。

 

「なるほどね……まぁ、どちらにしても俺も『黒月(ヘイユエ)』には用事があるからな。それに抗争も止めない事には被害がでかくなる一方だ。いいぜ、乗ってやる」

 

「ありがとうございます。それと……」

 

「分かってるよ。リーシャの事は誰にも言わない。その誓いとして俺の正体を話すよ。それで納得してくれるか?」

 

 リーシャの言葉は分かっていたので制する様にこちらから話す。

 本当は自身の立場など言いたくないのだが、不可抗力とは言え、相手の知られたくない事を知ってしまったのだ。相手が信用すると言っている以上は、こちらも誠意を見せた方が良いと思った結果である。

 

「……分かりました」

 

 自身が帝国の内偵である事。共和国入りした理由が『黒月(ヘイユエ)』の実態調査である事を端的に告げる。

 リーシャは驚いた様な表情をしていたが、それと共に、自身が勘違いから攻撃を仕掛けた事に対して申し訳なさそうな表情にもなっていた。

 

「そう……だったんですね。勘違いしてすみません」

 

「今更いいさ。……さて、とりあえず、そしたら動くか。リーシャは体力が回復するまで避難してろ。朝までに終わらせる」

 

 いつまでも話している予定はない。そろそろ外の黒煙も薄くなってくる頃だ。動き出すには良い頃合いである。

 そして、リーシャに余力がない以上、下手に動くと素性がバレる恐れがあるので、無理せず避難をさせる事にした。

 本人は納得いかない様な顔つきをしているが、合理的な判断には目を瞑るしかなかったのだろう。僅かな沈黙の後に口を開く。

 

「……分かりました。ツァオがいるのは東方人街の北側。ここから5セルジュ程進んだ先にある、白いビルにいます」

 

 黒月(ヘイユエ)の幹部。『R&Aリサーチ』でも追えなかった『白蘭竜』と直接顔を合わせる事が出来るのは、自身の依頼には好都合である。

 

「了解。『白蘭竜』……まさか直接拝めるとはな。じゃ、上手く逃げろよ」

 

 こうして、スレイン・リーヴスは意外な事に、黒月サイドに入り込んで抗争を止めるべく動き出すのであった。

 

 

 




ちょっと無理な設定が多かったかもしれませんが、如何でしたでしょうか?

シリーズ通して共和国の描写ってアルタイル市がちょこっと出ただけだったので、正直大変でした。

リベール異変の裏側やリーシャとの出会いなどを纏めてみましたが、お気に召して頂ければ幸いです。

次回は、抗争の終結編となりますが、一体どんな戦いとなるのでしょうか。


それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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追憶〜東方人街の英雄〜 後編

気づいたら26話まで進んでいました。

ここまで続いているクセに、文章力が向上しないのは如何せんどうしたものか……

はい、勉強不足は自覚しております。
お許し下さいませ……

という訳で、今回は過去編の後半戦です。

第26話、始まります。


 

「なんだと? 悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)が?」

 

 伝令からの報告を受けた隻眼の男は、一瞬だけ同様が走る。

 あの男が何故ここにいるのか。そもそも何者かも分かっていないし、以前対峙した時も正体は最後まで明かさなかった。

 甥であり、団長の息子であるランドルフが団を抜ける際に手助けをした男が、今回も敵として牙を向けるのか。

 しかし、あの時は「ランドルフを気に入ったから」という理由であり、今回の介入に対する理由が不明確だ。

 それでも明確な事としては、奴が黒月(ヘイユエ)側に付いたら危険である。娘のシャーリィは疎か、自身ですら奴に負けたのだ。本気で殺し合いをしていなかったという言い訳もあるが、それでも相手も本気ではなかった様にも思える。

 再び無用な詮索を始めてしまった思考を現実に戻すと、報告をしてきた部下の方を向く。

 

悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)の位置は分かるか?」

 

「ガレス隊長が狙撃した武器庫の爆発に飲まれてからは、行方が分かっていません」

 

「そうか。ターゲットの本体は?」

 

「依然、掴んでおりません。突入した場所は空振りでした」

 

「……ガレスを戻せ。俺が出る」

 

 どうやら早々に始末しないと面倒な事になりそうである。『赤い星座』の名にかけて、依頼を失敗する訳にはいかない。乗り気ではなかった依頼であるが、名を汚す方が問題である。多少強引でも自身が出て殲滅すれば済む話だ。

 そこまで考えると、両手に持つ双戦斧を握り締めて戦場へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 隻眼の男が戦場へと向かったその頃。

 スレイン・リーヴスは黒月(ヘイユエ)の部隊がいると思われる白いビルにいた。

 ビルの前には構成員と思わしき人物が数名いたが、(イン)の代わりに手伝うと言って自身の異名を伝えると、意外にもあっさり内部へ案内された。

 

「お待ちしていました。悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)殿」

 

 奥の部屋に立っていたのは、薄紫のスーツに赤紫色(ワインレッド)の髪を綺麗に纏めた中性的な面立ちの男性。眼鏡を掛けており、如何にも知的な雰囲気を醸し出している。

 

「お前さんが『白蘭竜』……ツァオか」

 

「ええ、お初にお目にかかります。ツァオ・リーと申します。今回は(イン)殿の代わりという事ですが、お手伝い頂けるのですか?」

 

「ああ。相手も、ちょっとばかりやり過ぎだ。これ以上被害が出るのは些か問題だろう」

 

「確かにそうですね。平和的であった東方人街が燃え盛るとは……困ったものです」

 

 頬笑みの表情は崩さず肩を竦めるツァオ。その姿には、本心が映ってない様にも思えてしまう。

 

「その前に一つ教えてくれ。黒月(ヘイユエ)言葉通り(・・・・)のマフィアなのか?」

 

 見た目からして狡猾な男に無用な言葉を省いて問いかける。

 せっかくこの男に会ったのだ。自身の都合も片付けておけば、この後も気兼ね無く介入出来る。

 

「黒月は貿易会社です。マフィアとして動いていますが、クロスベルにいるルバーチェ商会と同じ様な内容しか請け負っていません」

 

 またしても表情は崩さず淡々と告げる。これ以上の会話は無意味だと瞬時に判断した。

 腹の探り合いは苦手ではないが、得意でもない。雇い主(オリヴァルト)には悪いが、中途半端な報告となりそうだ。

 

「そうか……分かった。では、脱出まで援護する。隊長は俺がやるから5名程部下を貸せ。日の出前に終わらせる」

 

 こちらも無表情を貫き通して進言する。

 一人でも構わないのだが、後ろから狙われるのも御免なので、保険の意味を兼ねた選択である。

 

「……分かりました。では、精鋭をご用意しましょう」

 

 そう言うと同時に一人の男が入室する。どうやら見張りを立たせてこの会話も聞いていたらしい。

 

「私の腹心、ラウです。貴方への信頼の証として連れて行って下さい」

 

「ラウだ。宜しく頼む」

 

 ラウと名乗る緑髪の男性は軽くお辞儀をした。その目も共闘の意志が偽りなく灯っている。どうやら信頼という言葉は本当らしい。

 

「レイスだ。雑魚の殲滅と仲間の救出だけ頼む。まずは『血染め』から潰す」

 

 以前から利用している偽名で答える。本名だと何かと面倒な立場であるので、最近は殆どがこの名前の気もする。

 形式的な挨拶も済むと、この場にいる必要もない。直ぐに行動に出る事をツァオに告げて、スレインは直ぐにその場を後にした。

 

「ふふふっ……どうやら私の勝ちの様ですね」

 

 部屋に一人佇むは、先程よりもはっきりと不敵な笑みを浮かべている。

 月明かりに照らされ、燃え盛る炎が上がっている町並みを一瞥すると、ゆっくりと部屋から退室していった。

 

 

 

 

 

 

「レイス様、あそこです」

 

 先導していたラウが足を止めて、奥を指指す。

 言葉通り、奥には導力車を挟んで対峙している構成員達がいる。

 そしてその先には、オルランド家特有の真紅の長髪を一つに纏めた少女、血染めの(ブラッディ)シャーリィと『赤い星座』のメンバーが数人いる。

 見る限りではシャーリィは狩り(・・)を楽しんでいる様な笑みをしている。アイツの事だ。部下共に競わせているのだろう。

 

「俺が先に出る。雑魚の武器を破壊するから、それと同時に飛び出せ」

 

「そんな事が出来るのですか?」

 

「ああ、まぁな」

 

 ラウの方を向かずに飛び出す。いちいち説明なんてする気もないし、変に仲間意識を持たれるもの面倒である。

 飛び出したスレインに最初に気づいたのは、『赤い星座』の小隊たち。しかし既に遅い。

 飛び出した瞬間に両手に精製された導力銃を構えて、対象を分解するオリジナルアーツ『アナリスグラッジ』を猟兵達の得物目掛けて射撃する。すると同時に、猟兵達の持つ大型の銃剣一体型の導力兵器『ブレードライフル』が鉄くずになって砕けていく。

 その異様な光景に前後から様々な声が聞こえたが、そんな事に構っている余裕はない。既にこちらが誰か認識した小柄な少女が肉薄している。

 

「あははっ! 誰かと思えばランディ兄を逃したヤツじゃん!」

 

 自身の身長よりも大きなブレードライフルを横一線する少女。

 その衝撃を吸収する様に導力銃で受けて流しながら、少女の腹部に蹴りを入れて後方に吹き飛ばす。

 

「よう、久しぶりだな」

 

 こちらが戦闘開始したのと同じくして、構成員達も小隊と交戦し始めていた。

 頼りの得物が壊された猟兵達は、人数的にも勝ち目はないだろう。

 構成員達には雑魚を蹴散らしたら引く様に伝えてある。それを合図に黒月(ヘイユエ)は脱出を開始する手筈になっている。

 ここから先は無視してしまって構わない。

 

「何であんなのと一緒にいるのさ」

 

 見た目は14,5歳でまだ幼さのある顔立ち。身長も低く無邪気な性格で陽気に話すこの少女は、『赤い星座』の副団長シグムントの娘、シャーリィ・オルランド。

 だからこそ、無邪気さが全て戦場へと向けられており、命を奪う事に躊躇いもない。その残酷な姿から『血染めの(ブラッディ)シャーリィ』と呼ばれている。

 

「成り行きだよ。今回もお前さんとやり合う形になったが……別に深い意味はない」

 

「ふんっ。こっちはお返ししたくてウズウズしてたんだから。……ちょっとは楽しませてよねぇぇぇ!」

 

 狂気の笑みを浮かべながら、ブレードライフルを構えて突進してくるシャーリィ。大型の得物を持っていても、豹の様なスピードで肉薄してくる。

 会話の最中に精製した双剣を両手に構えて、アーツを射出しながら迎え撃つ。幻属性アーツ『ルミナスレイ』の光線と双剣で斬撃をさばいているが、隙を見てこちらの急所を的確に狙ってくるのは流石である。

 

「シャーリィ。少しは腕を上げたみたいだな?」

 

「あんたを殺したかったからねぇ!」

 

 距離を取ってブレードライフルを掃射してくる。ばら撒かれる弾幕の範囲はさほど広くないので、横飛びで回避する。

 すると、それを狙ったかの様にブレードライフルを前方で回転させて突進し、斬撃の嵐『ブラッドストーム』を繰り出すシャーリィ。

 既に回避を選択し、身体は宙に浮いている。直撃は避けられないと判断し、前方に風を凝縮させて、風属性アーツ『ジャッジメントボルト』を放つ。

 勢いは殺したものの、尚も肉薄するシャーリィは、ブレードライフルを後方に構え直す。それは、十字に交差させて切り込む『ブラッディ・クロス』の構えだ。

 

「ちっ……面倒な事を」

 

 この連続攻撃は誤算であり、小さく舌打ちをする。

 その戦技(クラフト)は、威力もさる事ながら、必中とも言える速度で繰り出されるシャーリィの得意技。しかし、この攻撃は一撃で命を刈り取る事に集中する事で、攻撃後に隙が生じる。

 地属性防御アーツ『アダマスシールド』を全面に展開し、幾重にも連なる盾で完全に防御する。

 それと同時に両手に持つ双剣に白い閃光を纏わせて、攻撃の反動で動きが止まったシャーリィのブレードライフル(・・・・・・・・)目掛けて斬りかかる。身体を捻って反動を上乗せしながら、瞬時に6連撃を繰り出す。

 連撃の最後の一太刀を浴びせた直後、シャーリィが持っていたブレードライフルが粉々に砕け散った。

 

「うそ、これもダメなの!?」

 

 驚いた表情をしながらも、楽しそうに笑うシャーリィ。武装が無くなった事で戦意も喪失したのか、先程までの狂気と殺意は消えている。

 

「お前じゃ役不足なんだよ。さっさと失せな」

 

 コイツとじゃれ合う暇はない。それに、厄介な相手がもう一人、すぐ側まで近づいているのだ。

 

「まぁいいや。今回は任務失敗かな〜」

 

 無邪気に笑いながら話すシャーリィの後方から、両手に岩の様に巨大な戦斧を持った屈強な男が現れる。

 

「ヤツがいるなら仕方がない。シャーリィ、ガレスと共に部隊を撤収させろ」

 

 歴戦の勇士の様な重みのある声で男が話すと、シャーリィはつまらなさそうな表情で承諾する。こちらに「次こそは殺すからね〜」と告げて、そのまま宵闇に消えていく。

 

「何故貴様はそちら側にいる?」

 

「偶然だよ。厄介事に巻き込まれたんだよ。あの時の様にな」

 

「ふっ。あれはランドルフが決めた事なのだろう? 何処で知り合ったのかは知らんが、お前の手助けがなくても、ああなっていただろう」

 

「娘と違って物分かりがいいんだな。赤い戦鬼(オーガロッソ)

 

 目の前の男は少しばかり口角を吊り上げる。どうやら多少なりとも言葉の意味を理解してくれたらしい。

 『赤い星座』の副団長シグムント・オルランド。2アージュ程の身長で筋骨隆々した隻眼の人物。赤い戦鬼(オーガロッソ)という異名通りの禍々しさがあり、言葉通り「鬼」の様な見た目である。

 以前、シグムントの兄で団長『闘神』バルデルの息子、ランドルフが部隊を抜け出す際に手助けをした時に対峙して以来の付き合いである。

 と言っても、実力行使でランドルフを引き戻すつもりがなかった様なので、その時もただの手合わせレベルの戦いしかしていない。

 

「だが、今回は違う。標的(ターゲット)と手を組んでいる以上、みすみす見逃す訳にはいかん」

 

「そうかい。お互い時間稼ぎってとこか」

 

 ラウ達は既に撤退を開始しているが、全体が撤退するまでもう暫くの時間を稼ぐ必要がある。

 覚悟はしていたが、どうやらこの男とも一戦交えなければならない様だ。

 

「そろそろ、無駄話は終えよう。お前の首ぐらいは取っておかんと示しが付かないのでな」

 

 シグムントの目線には今まで以上の殺意が籠り、赤黒い闘気が徐々に放出される。

 

「はっ。やってみろよ。舐めてかかると足元掬われるぞ」

 

 スレインも青白い闘気を放出させて徐々に臨戦態勢へと思考を切り替える。

 両者が両手に持つ得物を構えると同時に、轟音と共に剣戟の火花が飛び散った。

 シグムントの持つ身の丈程もある双戦斧から繰り出される斬撃は、大気を切り裂き大地を揺るがす程の威力。

 対してスレインは風の補助を受けて威力を増幅させた双剣で対抗する。前回での戦闘はこれで拮抗していたはずだが、今回は僅かに競り負けている。自身も手加減していたのだが、相手は更に手加減していた事に気付いて、舌打ちをしながらタイミングを見て距離を取る。

 

「くそが。だいぶ手加減していた様だな」

 

「ふんっ、お前こそ、まだ力を殆ど出していないではないか。甘く見られたものだな」

 

 互いに口角を吊り上げながらも、冷静に戦力を分析する。

 

「はっ、よく言うよ。ただの斬り合いしかしてねぇクセに」

 

 言葉と同時にギアを一段階上げて、間合いを詰める為に飛び出す。同時に数多の剣を精製しながら、時属性アーツ『ソウルブラー』の光輪を無数に放つ。

 この男相手に「溜め」の長い攻撃は出来ない。威力よりも手数重視の攻撃で攻める為に、剣筋は直線的に、アーツの光輪は曲線的にシグムント目掛けて押し寄せる。

 一面に広がる無数の攻撃を相手にシグムントは、鉄塊の様な双戦斧を大きく振り回して、旋風の様な衝撃波を放ってこちらの攻撃を弾き落とす。

 しかし、その動きは想定済みである。攻撃の手を緩めず剣の精製とアーツを続けながら、シグムントの足元にアーツの発動起点を定める。

 

「むっ!?」

 

 シグムントが声を上げたと同時に、足元から地属性アーツ『アースランス』が発動し、地中から土壌の槍が幾重にも突き出る。

 それを飛び上がって躱そうとする巨体目掛けて、空間を捻じ曲げ引力を発生させながら周囲の物質をぶつける空属性アーツ『ダークマター』と、風属性アーツ『エアリアル』の竜巻を発生させながら、逃げ場を封じつつ確実にダメージを与えていく。

 

「ふんっ! くらえ―――『ジオブレイク』!」

 

 空中でアーツの猛襲を受けていたシグムントは、引力に逆らうように急降下すると、地面に双戦斧を叩きつけて衝撃波を放つ。その大気が砕ける程の勢いにこちらの攻撃が全て相殺され、アーツの輝きも霧散していく。

 

「一つ聞こう。これ程までの力があって、何故あの時は加減をした?」

 

 無数の裂傷はあるものの、依然としてダメージを感じさせないシグムントは冷静に口を開いた。

 

「ただの時間稼ぎで本気出すバカがいるかよ」

 

「そもそも、貴様は何故ランドルフに肩入れした?」

 

「言ったろ? 気に入っただけださ。あいつは猟兵をやるには優し過ぎる」

 

「それだけで猟兵を相手にするのか」

 

「『赤い死神』ではなく、ランドルフ・オルランドって一人の人間を気に入ったんだ。相手が『赤い星座』だろうが関係ないさ」

 

 ランディこと、『赤い死神』ランドルフ・オルランドとは、大陸西部のとある村で出会った。まだ放浪中だった自分が偶々立ち寄った村。その酒場で偶然出会って話していたら気が合った。それくらいの関係だった。

 後に村が襲撃を受けたとの事で、調査に行った際に再びランディに出会った。その時に事の顛末を聞き出すと共に、心境を吐露されたのだ。

 「『赤い星座』が『西風の旅団』の殲滅作戦を行う為に、村を囮に使って親友を殺してしまった」という事。

 実際の所、会った時からランディが『赤い星座』の関係者である事は、薄々気付いていたので特別驚く事もなかった。

 その一件に対して罪悪感と責任感を感じていたランディに、団を抜け出す選択肢を与えたのだ。

 

 そして、これはランディにも言ってないのだが、実はその件で『闘神』自身とも密会している。「ランディが抜け出す事は構わないが、シグムント相手に本気を出すな」と約束されていたのだ。

 どうやら『闘神』には、自身の力をある程度悟られていた様で、赤い戦鬼(オーガロッソ)が本気を出して負けた場合、ランディの脱走と共に団全体に精神的ダメージが大きな悪影響が出る。これが『闘神』の考えであった。

 そういった複雑な事情が絡み合って、ランディの脱走を補助する事になったのである。

 

「そうか。どうやら、『赤い星座』の恐ろしさを知らない様だな」

 

「知った所で何も変わらねぇよ」

 

 戦いの中での問答と過去への回想が終わり、一瞬の静寂が訪れる。

 

「本気でいくぞ」

 

 その一言と共に、シグムントは空気が震える程の咆哮を上げる。

 猟兵の真骨頂「戦いの咆哮(ウォークライ)」を超える「鬼の咆哮(オーガクライ)」は、赤黒い闘気は今までの数倍の密度をしている。闘気の鎧を纏ったその姿は、押し潰されそうな程の威圧感(プレッシャー)を感じさせる。

 どうやら言葉通り、今度は本気で向かい合うらしい。

 その重圧にこちらも本気を出す必要があると判断し、目を瞑って瞳の色を蒼碧に変える。

 

「赤き奥義を喰らうがいい… 喰らえ、『クリムゾンフォール』!」

 

悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)の真髄、見せてやるよ」

 

 赤い闘気を纏い、燃え盛った双戦斧が投げつけられる。意志を持ったかの様に飛び交いながら重撃の舞が押し寄せる。

 精製した剣で弾いて直撃を避けながら、シグムント目掛けて一直線に駆け出す。

 しかし、二丁戦斧の縦横無尽の攻撃は、先程よりも一撃が遥かに重い。剣の精製が間に合わず、時属性アーツ『ソウルブラー』も同時に射出していく。

 二人の間合いが詰まるタイミングで、シグムントが空高く飛び上がる。すると、持ち主の動きに呼応するかの如く、その手に舞い戻った双戦斧を受け取る。その瞬間、全身の闘気が更に膨れ上がって、身体中から炎が吹き上がる。

 

「くっ……」

 

 その後の攻撃は瞬時に判断が出来た。このまま一直線に双戦斧を叩きつけてくる。

 大地を砕く程の重厚な攻撃を、正面から受けるのは危険である。

 しかし、ギリギリまで動かなかったシグムントに対して、こちらは一端ブレーキを掛けているのでこのタイミングでは回避が出来ない。

 迎撃する事を瞬時に判断すると、スレインの周囲に時属性特有の漆黒の闇が広がる。

 時属性自己強化アーツ『クロノバースト』。膨大な精神力を犠牲に、時を司る時属性クオーツの力を最大限に享受する事で、瞬間移動の様な連続行動を可能にするアーツである。

 これは大陸のアーツリストにもまだ載っていない、新種のアーツ。しかし、蒼碧の眼(コントラクトアイ)を使えば、クオーツではなく精霊の力を利用出来る。発動媒体が違う時点で、新種のアーツが使用出来るのは当たり前なのだ。

 

「な!?」

 

 双戦斧を振り上げて、一直線に落下するシグムントが驚きの声を上げる。

 それもそのはず、先程まで真下にいた標的が消えているのだ。音もなく、土埃も立っていない。文字通り姿を消した(・・・・・)のだ。

 

「わりいな、これが俺の実力だ」

 

 頭上から声が聞こえて振り向くと、眩いアーツの光に紛れた標的の顔を視認出来た。

 その姿は彼の異名とは違い、神々しささえも感じられる程の光に包まれていた。直後、光はアーツの発動と共に四属性の攻撃へと具現化していく。

 自身に向かって雷光が混じった疾風が直撃し、活火山の噴火の如き豪炎が襲いかかる。

 空中かつ、攻撃体勢であった無防備な自身に直撃を受けると同時に、今度は真下の地面に十字の輝きが生まれ、大地が割れて無数の岩が飛び出して来る。

 

「ぐっ……ぐおおおお!!」

 

 鬼の咆哮(オーガクライ)は、自身の闘気を肉体強化に当てる猟兵特有の自己強化術。

 しかし、肉体を強化するだけであって、アーツの様な魔法への体勢は変わらない。攻撃力とスピードで優れば、アーツ等使われる必要がないと思った自身の戦略が仇となった。

 彼の異名は、悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)。ゼロ距離から高位アーツを即座に発動出来る人物。だか、これ程までの連続行使が出来る腕前とは思わなかった。否、これ程の使い手は最早人間ではない(・・・・・・)

 上空からは火風属性のアーツ。地面からは地属性アーツ。それを無防備な状態で同時に喰らってしまえば、こちらの攻撃など既に意味を持っていない。次なる手を考えなければ。

 そう思った矢先に、辺り一面に渦潮が発生して、激流の波が襲いかかる。

 

「流石にこれなら動けないだろ」

 

 風の『ラグナヴォルテクス』。火の『イグナプロジオン』土の『エインシェントグリフ』水の『グランシュトローム』。

 どれも新種であり、現存するアーツの倍以上の威力を持つアーツである。更には精霊の力を直接利用して、魔力を最大限に高めている。いくら赤い戦鬼(オーガロッソ)がタフであっても、戦闘を続ける程の体力も残ってないだろう。

 

「ぐぅ……こ、これ程とは……」

 

 四属性のアーツの直撃を受けて倒れ込んだシグムントは、ゆっくりと上半身を起こす。

 直後に動ける事に多少驚いた表情を見せるが、この男ならそれが当たり前かとも思ってしまう。

 

「直撃を受けて動ける方が驚きだよ……ったく。さて、軍も動き始めているし、そろそろ退け。それが互いの為だ」

 

「……そうだな。しかし、これで『赤い星座』は貴様を敵と見なす。再び敵対する際は、猟兵として潰す。覚えておく事だな」

 

 そう言い残してシグムントは後方に大きく飛び退くと同時に闇へと消えていった。

 どうやら、完全に「猟兵の敵」として認識されたらしい。今度会う時があったら、今回の様な一対一ではなく、部隊ごとぶつけてくるつもりだろう。

 面倒な自体になってしまったと頭を抱えるが、考えていても事態が変わる訳ではない。

 

「と……現状はどうなってんだ?」

 

 既に眼は普段の黒い瞳に戻っており、索敵用の風を周囲に吹き荒らし、取り急ぎ現状を確認する。

 今の自身の実力では、蒼碧の眼(コントラクトアイ)を利用した戦闘と、広範囲の索敵を同時に利用出来ない。

 もう少し鍛錬が必要だ。なんて事を考えていたら、すぐ近くに複数の足音が聞こえる事に気づく。

 

「何者だ!?」

 

 現れたのは、導力銃を携えて共和国軍の軍服に身を包んだ集団。

 つまりは共和国軍兵士の一個小隊。こちらに銃を向けて警戒しながら距離を詰めている。

 

「ああ、軍人さんですか? ちょっと迷子になってしまって……」

 

 両手を空に掲げて、交戦しない意志を見せる。

 しかし、辺りは燃え上がる炎と宵闇を更に漆黒に染める黒煙が上がっている。こんな所に一人佇んでいる時点で、その言葉も態度も意味をなさないのは承知している。

 

(さて、どうするか……)

 

 元々、軍にはバレない様にする必要があったのだが、思いのほか早く事態の収拾に努めていたらしい。仕事が早いというのも困ったものだ。

 そんな事を考えていた所で、自身の周りに不自然さを伺わせない様に風が吹き付ける。

 風の情報を受け取ると、既に『赤い星座』と『黒月(ヘイユエ)』共に、この地を脱出したとの事である。リーシャも避難民に紛れて、ここから離れている事も確認が出来た。つまり、この抗争は完全に沈静化したと思っていい。

 そうなると、残る問題は自分だけである。ここで拘束されてしまっては、この抗争に加担した事や、自身の立場すら伝える必要がある。

 しかし、抗争を止めたという事実だけを見てくれればいいのだが、それ以外の詮索をされる事は流石に面倒である。どうやって情報操作をするか。

 思考をフル回転させて考えていた所で、意外な人物の姿を見えた。どうやらこちらが抱えた問題は、何事も無く済みそうであった。

 

「あら……貴方、スレイン君?」

 

 軍人たちの奥から、東方風の整った顔立ちをした一人の女性が現れる。

 

「キリカさん? どうしてここに?」

 

「それはこちらの台詞よ。ここは共和国内よ?」

 

 女性は驚いた様なパフォーマンス(表情)をしながら歩み寄る。

 

「確かにそうですね。……とりあえず、その銃を下げてくれる様に伝えてくれます?」

 

 スレインの言葉に微笑みで返すと、隊長格の男に小声で何かを伝える。すると、小隊員は銃を下げて、そのまま踵を返して撤退していく。

 

「さて、何があったか説明してくれるかしら?」

 

 どうやら、こちらの思惑は全て分かっていたらしい。キリカ・ロウラン。頼りにはなるが、敵に回すと恐ろしい人物であると改めて感じる。

 元リベール王国遊撃士協会の受付。先のリベール異変の後に立ち上がった、共和国の諜報機関『ロックスミス機関』の初代室長。

 その洞察力と問題解決能力は、帝国軍情報局にいる鉄血の子供たち(アイアンブリード)の一人、かかし男(スケアクロウ)と並ぶだろう。

 リベール異変の際に出会ったのだが、キリカと同タイミングで自身も内偵となっているので、時々情報の授受をしている関係であった。

 

「ええ、ちょっと厄介事に巻き込まれまして……」

 

 抗争の一連の流れを掻い摘んで説明していく。勿論、隠す様に話すとバレてしまうので、言う必要がない事は話さずに飛ばしていく。

 それぞれの一派に誤解される様に戦場に巻き込まれてしまい、被害を出さない対策を取っていた方に付いた。大雑把に言えば、そんな説明をした。

 

「―――て訳なんで、俺が表に出るのは立場上マズイかなと」

 

「なるほどね。軍の方はこちらで何とかするわ。でも……代わりと言っては何だけど、ちょっと協力してもらえるかしら?」

 

 口角を僅かに上げて、意味深な笑みを見せるキリカ。どうやら、共和国自体に肩入れをする必要がありそうだ。

 しかし、元よりこの人とはそういう関係である。どちらか一方だけがメリットのある話になるハズがない。

 

「分かりました。何をすればいいですか?」

 

「この抗争を止めた英雄として、表に出てもらえるかしら? 勿論、偽名で。帝国側の人間が共和国内で争いを収めた事で、国民の好戦意識を抑えようと思うの」

 

 つまりは、帝国人であっても、共和国内で起きた抗争は見て見ぬ振りは出来ない。その大義名分のもと、帝国との衝突を先送りにしたいのだろう。

 リベールのアリシア女王が提唱した『不戦条約』も、リベール異変の影響で効力が弱まっている。

 今、帝国と共和国が衝突するのは、どの国からしても問題があるという訳だ。それに、諜報機関も出来上がったばかり。『ロックスミス機関』の手柄にしてしまえば、共和国内の勢力図にも影響が出るのかもしれない。

 

「分かりました。俺の正体(・・)がバレなければ大丈夫です」

 

「交渉成立ね」

 

 言葉の意味を含めて握手をすると、キリカと共に共和国軍基地まで向かう。

 自身が表立つ事には抵抗があるのだが、今回ばかりは仕方がない。

 自身の依頼(オーダー)も、『赤い星座』との関係性も、そしてリーシャの事も。隠すべき事が多すぎるので、ヘタに動くよりは安心が出来る提案なのだ。

 勿論、共和国軍人からの目線に精神力を削がれたのは、言わずもがなである。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「ロックスミス大統領、これは流石にやり過ぎでは?」

 

 一夜明けて場所は移動し、共和国内の大統領官邸。

 共和国大統領、サミュエル・ロックスミス氏から呼び出されて、今回の一件を収めた謝礼を受けている。

 目の前には豪勢な食事が並び、手元には共和国内での最高栄誉とも言える勲章が置かれている。

 

「いやいや。東方人街の英雄を邪険に扱う事は出来ないよ。相手はかの『赤い星座』だ。その腕前と勇気ある行動を讃えて、勲章を授与したいのだ」

 

 ロックスミス大統領は、庶民派の大統領と言われており、その面立ちから性格まで親しみやすい人物である。勿論、国を治めるに相応しい判断力や決断力も持ちあわせており、発言する言葉からも政界にいる事が頷ける。

 しかし、それと同時に飄々とした笑顔の奥には腹黒さが伺える。

 

「……分かりました。有り難く頂戴します」

 

「しかし、帝国民である君が、共和国の為に命を掛けてくれるとは驚いたよ」

 

「人命に国は関係ありませんからね。抗争も戦争も同じ様なものです。無用な争いは止めるべきでしょう」

 

 「帝国民」という所が少々強調されていたのだが、気にせずもっともらしい言葉を並べていく。

 

「そうか。確かに戦争は無用な血を流しすぎる。誠心誠意対応しよう」

 

 眉を上げたロックスミスは一拍置いて、思ってもいない(・・・・・・・)様に発言すると、食事に手を付け始める。

 オズボーン宰相らが「タヌキ」と呼ぶ理由が分かる。体格も似ているのだが、表裏の温度差が激しい気がする。腹黒さを隠さないのも、パフォーマンスなのかもしれない。

 そんな事に思考を任せていたら、話題は変わって日常的なものに変わってった。

 こちらも食事をする事で気を紛らわせるの事数時間。結局、食事の後には勲章授与の会見があって、半日近く拘束されてしまった。

 

「はぁ、疲れた……」

 

 ロックスミスに挨拶をして外に出たら、時刻はもうすぐ夕暮れ。綺麗な夕焼けが町並みを包み込んでいる。

 

「ふふふ、ごめんなさいね」

 

 駅までの導力車内。見送りという形で同伴したキリカが苦笑している。

 

「タヌキと言われるのも分かりますね。言葉と思惑が真逆だ」

 

「あら、そんな事まで気づいたの?」

 

「ええ、最近はそういう人に良く会いますから」

 

 ため息をついて窓の外を見る。

 大陸を旅して、オリヴァルト付きの内偵となり、一般人以外と出会う事が増えた。

 そのおかげで、自身の目的にも徐々に近づいている様にも見える。しかし、それと同時に、自身の目的を見失わないか不安になる事もある。

 それは今まで以上に、自身の感情を切り離さなければいけない人物が増えたからだ。ロックスミスやキリカなどの人物相手にするには、まだまだ苦手なのである。

 

「それはそうと、どうして共和国に?」

 

 思考の海に沈んいく直前に、キリカの質問によって現実に戻される。

 

「……旅行ですよ。東方人街には足を運んだ事がなかったんです」

 

「そう。申し訳ないわね。せっかくの休暇なのに」

 

「いえいえ、違う意味で楽しめましたよ」

 

 そんな車内での会話が終わると同時に、駅に到着した。敢えて深く聞かなかったのは、キリカの優しさだと思いたい。

 簡単な挨拶だけ済ませて駅に向かうと、予めキリカが用意してくれたチケットを受け取って列車に乗り込む。

 

「東方人街の英雄……ね」

 

 これで共和国との交渉材料に織り込まれる事は確定だろう。今後何かあった場合、両国の仲裁にも関わる可能性がある。これでまた一つ、確実に面倒事が増えてしまった。

 雇い主(オリヴァルト)は笑って受け流すだろうが、宰相側がどう出るか。そっちにも使われるのは御免なのだが、一応覚悟しておいた方が良さそうだ。

 駅全体に発車の汽笛が鳴り響くと同時に、徐々に列車が走り始める。

 そのゆっくりとしたスピードと車内の揺れに身を任せて、思考を止めて睡魔に身を委ねるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 号外『東方人街を救った若き英雄は帝国人!』

 

 七曜暦1203年、某日。

 カルバード共和国東方人街で起きた、共和国マフィア『黒月(ヘイユエ)』と猟兵団『赤い星座』の抗争。

 街全体が眠りについた闇夜に紛れて行われたにも関わらず、奇跡的に犠牲者もなく、『黒月(ヘイユエ)』が所有していた建物を除けば殆ど被害はなかった。

 この抗争をたった一人で食い止めたのは、観光に来ていた一人の帝国人レイス・シュナイダー。住民の避難から両者への交渉と、その全てを成し遂げた人物である。

 その勇気ある行動と、共和国民を守った事を讃えて、先程ロックスミス大統領から勲章を授与された。

 『東方人街の英雄』が帝国人である事は驚きであるが、この一件で帝国への見方が変わる可能性もあるだろう。今後の政府の動きにも注目である。

 

 カルバード共和国

 タイレル通信社

 

 

 

 

 

 




「東方人街の英雄」編如何でしたでしょうか?

抗争ってこんな感じの戦いかなーと妄想していたら、前後編になってしまいました。

ランディさんの件は今後語られる事はないかもしれないので、少しばかり無理やりな設定になってしまいました。
申し訳ありません。

次回からは、時間軸を戻して本編が始まりますので、ノルド編もラストスパート!
楽しみにして頂ければ幸いです。

それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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真実への道標

お待たせしました。
今回から再び本編に戻ります。

そして、残念ながらスレイン君は空気です……(笑)

申し訳ございません……


それでは、第27話、始まります。


 時刻は少し巻き戻して、スレインがレクターと共に共和国基地前でキリカに出会った頃。

 リィンら実習A班は、襲撃の被害を受けたノルド高原南西部にある監視塔まで足を運んでいた。

 

「あちこちが砲弾で破壊されているな……。想像していたよりも酷い状態みたいだ」

 

 リィンの言葉に頷く一同。

 爆撃の炎は鎮火されているものの、未だに黒煙が出ている箇所もある。外壁は破壊され、破片が辺りに飛散していた。

 兵士たちは右往左往しており、緊急事態であるという事を再び認識させるには十分な光景であった。

 

「実際に人も亡くなっているのよね……。まさか、こんな場面に出くわす事になるなんて……」

 

「士官学院に入った以上、遭遇し得るかもしれなかった状況ではあるがな。その一つ目が、共和国との戦の火種に関わるものとは流石に思わなかったが」

 

 アリサの言葉に遠回しな表現で返答したユーシス。

 しかし、自身でもこの現実は想定していなかったのだろう。その口調はどこか悲壮感が混じっている。

 

「学生の私たちには荷が重いかもしれませんが……」

 

「……いや、これまでだって何度も悪い状況に出くわしてきた。今回だって諦めなければ、きっと何とか出来るはずだ」

 

 エマの弱気な発言を遮る様に、激励の言葉を口にする。

 その言葉で士気が高まった一同は責任者から許可を取ると、手分けして調査を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて……ひと通りの場所は調べ終わったようだ」

 

「ああ、ここらで情報を整理してみるとしよう」

 

 監視塔屋上での調査を終えた一同は隅の方で合流する。

 ガイウスの言葉に返答すると、聞き込みから現場検証までの結果報告を開始する。

 

「まず、事件当時の状況をはっきりさせておきたいな」

 

「ええ、大事な事よね。まずは、この監視塔が砲撃を受けた時刻。確か、昨晩の3時よね?」

 

 リィンを主軸に情報整理が始まると、アリサが得た情報を述べていく。

 見張りを担当していたザッツによると、丁度交代の時刻で警戒心の薄れる時に、夜闇に紛れて砲撃が行われたという事だった。

 

「ええ、守備隊の方がそう証言していました。そしてその時、殆ど同じ時刻に不自然な事が起きていました」

 

「ああ。共和国軍基地への攻撃、だな。中将によれば、被害の規模は監視塔より大きかったようだが」

 

 共和国方面を確認していた兵士から聞いた情報を基に話すエマ。

 その言葉を補填する様に、ガイウスがゼンダー門でゼクスから聞いた情報も含めて答える。

 

「そうなってくると、やっぱり共和国軍の工作という線は考えから外すべきかしら。でも、帝国軍側から攻撃を行った事実も確認出来てないのよね」

 

「砲撃は確かにあって、帝国軍も共和国軍も被害を被っている。更にそれを行ったのがどちらなのか、という疑問は宙に浮いたままなんですよね」

 

 アリサとエマが今の話を整理して、まだ不明確な点を洗い出していく。

 

「だとしたら、考えられるもっとも高い可能性は……どちらでもない勢力、か」

 

 ユーシスの言葉に一同は、「可能性として考慮しているが言葉に出せなかった」事に対して動揺の顔色を見せる。

 そして、それを代表した様にリィンが答える。

 

「……裏で、何者かが暗躍している可能性があるという事か」

 

「帝国と共和国の間には、常に一定の緊張状態がある。だが、このノルド高原には、他の政治的な意味を持つ場所に比べれば平和な方だ。その均衡を、昨晩になって崩すと理由はなかったはずだ」

 

「確かにそうですね……むしろ、今の状況を考えるとデメリットの方が多い様な気がします。クロスベル方面だったら、また事情が違うんでしょうけど」

 

 ユーシスとエマの説明は真理である。元々、ノルドの地は帝国領でもなければ、共和国と同盟を結んでいる訳でもない。あくまで中立的意味合いを持つ地である。

 エマが言った通り、現在進行形で主導権争いをしているクロスベルであれば、こういった事件が起こる動機は容易に現れてくる。しかし、それをノルドで行うには、百害あって一利無しとも言えるのだ。

 

「そういえば、監視塔が受けた砲撃自体にも不自然な点があったわ」

 

 現在の情報からではそれ以上の議論が難しいと判断したアリサは、別の情報を口にした。それは、アリサだったからこそ、手に入れる事が出来た知識である。

 

「砲撃に使われていた兵器……『導力迫撃砲』の事だな?」

 

「ええ、その通りよ。砲撃に使われたのは、RF社製の可能性が高いんだけど……あれが共和国軍に配備されているのは、どうしても考えられないのよね」

 

「共和国軍にはRF社にも劣らない大規模な導力メーカー『ヴェルヌ社』があるからな」

 

「ええ、共和国軍の装備は基本的にヴェルヌ社製よ。それに、使われた兵器は、今は帝国軍にも支給されていない旧式の物だと想う。一部の傭兵なんかが横流し品を手に入れて使っているらしいけど……」

 

 ユーシスとアリサが自身の知識を織り込みながら、交互に情報を纏め上げる。

 アリサは、屋上に落ちていた砲撃弾がラインフォルト社製である事を見抜き、更に型式が古いという事まで割り出していた。

 これはラインフォルト家の息女だから出来る芸当ではなく、しっかりと自身の家族が作り上げた企業に対して勉強した結果なのだろう。

 

「そうすると、どちらかの軍による工作の可能性は低そうですね」

 

「ああ、だが、現時点では、それよりも重要な問題がもう一つ残っている」

 

 エマの言葉を制する様にユーシスが言葉を重ねる。

 偽装工作の線は、先程で既に手詰まりになっている。だからこそ、解くべき謎を先に提示する。

 

「そうか。どこから砲撃が行われたたか(・・・・・・・・・・・・・)、だな?」

 

「うーん……流石にそれを割り出すのは難しそうだけど……」

 

「だが、それを示さない限りは今までの推理は意味を成さない。とても戦争を止める口実にはならないだろう」

 

 リィンの発言に難色を示すアリサ。しかし、ユーシスから放たれた言葉には同意せざるを得ない。

 推論はあくまで推論。事実ではないからである。

 

(ん? 今、何か感じた様な……)

 

 一同が議論している最中に、エマは何かに呼ばれた様な気配を感じ取った。

 それも、自身にだけ分かる気配(・・・・・・・・・・)

 その正体を探るべく、会話から意識を逸らして、それに対して集中していく。

 

(……これは……スレインさん?)

 

 一言で言うと、どこからか魔力を含んだ風が吹いている。否、魔力が風に乗って運ばれている。

 そして、その魔力は今まで側で感じてきた、自身のそれとは似て非なるもの。だからこそ、普段と違う感じ方をした為に敏感に反応したのだろう。

 エマは更に感じ取った魔力に意識を集中させて、その真意を探っていく。

 

(これは……場所の知らせ……?)

 

 監視塔に向かって糸の様に細い魔力が風と共に流れている。この魔力を辿って、自身の位置を教えたいのだろうか。

 しかし、それであればギリギリで感知出来る様な細さではなく、もっと分かりやすくするはず。それにARCUSで通信する手段もあるのにどうして。

 その時、エマの中でカチリと、パズルのピースがはまる音がした。

 この魔力はスレインの位置を教えるものではない。特定の場所(・・・・・)を知らせる為のものだ。わざわざ感知されにくい細さにしたのも、第三者からの感知を避ける為の可能性がある。

 そして、このタイミングで感知したという事は、”人”ではなく”場所”を伝えたいからだ。

 

「? 委員長? どうしたんだ?」

 

「あ、いえ、もしかしたら、砲撃の位置を特定出来るかもしれません」

 

 リィンの言葉で我に返ったエマは、状況に合わせた言葉を述べる。

 自身の推論が正しいものかを証明する為にも、一度しっかりと調べてみたいからである。

 

「それは本当か?」

 

 ユーシスが「どうやって?」という表情をしながら言葉を出す。勿論、一同が同じ表情だ。

 

「ええ……ガイウスさん、風の流れをお聞きしたいのですが、お手伝いをお願いしてもいいですか?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「アリサさん、迫撃砲の飛距離などは分かりますか?」

 

「ええ、ある程度なら」

 

 エマの発言に不思議そうな顔をして答えるガイウスとアリサ。

 風と砲撃の距離だけで、場所を特定するなど聞いた事がない。ましてやこの広い高原なら尚更である。

 

(……スレインさん、信じますよ……)

 

 心の中でそう呟きながら、目を瞑り意識を風に集中していく。

 正直、ガイウスとアリサに協力を頼んだのは、自身の“魔の力”はまだ悟られたくないからである。スレインと違って、表立って言える程の自信もないし、自身の立場は隠す通す必要があるからである。

 意識を再び集中させていくと、瞼の裏には広いノルドの地が広がっている。実際と違うのは、モノクロの世界であるという事。その中には極細の碧い糸が見える。先程感じたスレインの魔力だ。

 その魔力の糸を辿っていき、監視塔を抜けて高原に出る。更に南部へと進む。そうすると、ちょっとした崖の様な場所に到着する。糸はそこの地面から出ていた。

 情報であればそれだけで十分。後は直接行って確かめればいい。

 深層世界まで入り込んだ意識を徐々に引き上げて瞼を開ける。

 

「……リィンさん、地図を貸して頂けますか?」

 

 リィンは無言で頷いて地図を取り出し、その場に広げる。

 エマは先程自身の意識が辿り着いた所を探すと、指を指して一同に教える。

 

「……ここ、ですね。確信はないですが、確かめる価値はあると思います」

 

「これだけの情報でそこまで……レーグニッツが執着するのが滑稽に見えるな」

 

「そんな事まで分かるなんて、委員長。さすがだな」

 

 ユーシス、リィンは本当に驚いた様な表情をしている。

 しかし、エマからするとそれは的外れの意見でもあるので、つい苦笑を溢す。

 

「あははっ。そんな事はないですよ。何というか……スレインさんの気配が感じ取れた様な気がして」

 

「え? スレインって……エマ、あなたまさか?」

 

「い、いえ、そういう訳じゃないですよ!? 何となくです」

 

 アリサが急にジト目になると、自身の言葉に語弊があった事に気づく。

 慌てて頭を横に振って否定するが、少女の表情は変わらない。確かにそう捉えられてもおかしくはない発言で、「本当に?」と追い打ちをかけてくる。

 しかし、詳しく説明する訳でにいかず、男子達に助けを求める様に視線を送る。

 

「コホン、とりあえず、委員長が言った場所に行ってみよう」

 

「ああ、そうだな。とにかく今は時間が惜しい」

 

 咳払いをしてから発言するリィンと、それに賛同するガイウス。

 現状を理解したアリサも直ぐに表情が戻り、何とかこの場の難を逃れた。

 そうして一同は監視塔を後にして、エマが探し当てた場所へと急行するのであった。

 

 

 

 

 

「ザイル? 当たりみたいだな」

 

「ええ、そうね。エマのお手柄ね」

 

 先程、深層世界で見た所に到着して馬を下りて、辺りを捜索し始めたリィンとアリサが声を上げた。

 丁度、崖の付け根の部分にザイルが垂れ下がっているので、砲撃のポイントである事は間違いなさそうである。

 一同は順番にザイルから崖の上に登ると、そこには今までの可能性を確証に変える光景が広がっていた。

 

「これは……あの砲弾を打った迫撃砲に間違いないわね。最近使われた形跡がある」

 

 アリサは辺りに並んだ3台の迫撃砲を調べて声を出す。

 

「ふむ。周囲からは完全に死界になっているな。闇に紛れて砲弾を発射し、そのまま放置して逃げた……そんな所か」

 

「だが……戦争を回避するには、これだけでは不十分だな」

 

 情況証拠を鑑みてガイウスが推論をするが、ユーシスの言う通り「戦争を回避する材料」には程遠い。

 

「そうだな。もう少し手掛かりが欲しいけど……」

 

(ん? これって……)

 

 リィンの言葉を聞きながら再び周囲を調べていたアリサは、迫撃砲の下部にメモ用紙が挟まっている事に気づく。

 台座の車輪に上手く隠れる様に挟まれている紙を取り出して、中身を確認する。

 

『犯人は北方にいる可能性がある。時間があるなら協力者を見つけろ。―――スレイン』

 

 エマの事を小馬鹿にしていた自分が、ちょっとだけ恥ずかしくなった。

 まさか、本当に彼が関わっているとは。エマが感じた気配というのはあながち間違っていなかったという事である。

 

「アリサ、何か見つかったのか?」

 

「えぇ、これ。ちょっと見てくれないかしら」

 

 リィンに声をかけられて思考が戻ると、手に持つメモを一同に見せた。

 

「スレインはここに来ていたのか」

 

「そうみたいだな。それに、俺達が来る事も予想してたみたいだ」

 

「しかし、この『協力者を見つけろ』というのはどういう事だ?」

 

 ガイウスとリィンの言葉に同意しつつも、不可解な点を指摘するユーシス。

 しかし、言ってしまえばゼクス中将が協力者でもあるので、あまり気にしないでも良さそうな点でもある。

 

「とにかく一度ゼンダー門まで戻って中将に報告しよう」

 

 その疑問は一度保留にして、ゼンダー門に報告へ行く事を決める。

 犯行に使用された兵器と犯行場所。これだけでも十分な収穫であるので、その報告をする事が先決という流れである。

 

「あ……!?」「あいつは……!?」

 

 ザイルを下りて空を見上げると、リィンとユーシスは同時に声を上げる。

 頭上には、空色の短髪の少女が、銀色の飛行物体に乗って北へ飛翔する姿が見える。

 

「あれは、バリアハートの時も見かけた……!?」

 

「ああ、間違いあるまい」

 

「このタイミングで現れるなんて、流石に無関係とは思えない! 追いかけるぞ!」

 

 エマ、ユーシスが以前見かけた記憶と照合して同一であると結論付ける。

 そして、それはリィンも同じ。犯人かどうかは不明であるが、貴重な手掛かりの可能性が非常に高い。

 空を飛んでいる以上は、直ぐに追いかけなければ見失ってしまう。一同は馬を巧みに操りながら、追跡を開始した。

 北西に進み、『巨石文明』時代の遺跡の石柱群の群れが聳える丘の辺りで降下する姿を確認する。

 迂回しながら到着すると、確かな人の気配を感じた。どうやら見失う事なく間に合ったらしい。

 

「待て! そこを動くな!」

 

 一同は一気に丘の上まで駆け上がると、リィンの声がその場に広がる。

 すると、腕を組みながら一人佇む少女は、こちらを見た瞬間に笑顔になる。

 

「あ、シカンガクインの人だー!」

 

「俺たちの事を……?」

 

「ど、どうして知ってるの!?」

 

 目の前にいる少女の予想外の発言に、一同は動揺の色を隠し切れず、リィンとアリサが声を上げる。

 そして、その動揺を大きくする原因はもう一つ。先程まで少女が乗っていて、今も横で静かに浮遊している銀色の飛行物体。

 間近で見るのは初めてだが、その存在は実技テストで利用している『戦術殻』にどことなく似ている。

 

「君は一体何者だ? 監視塔と共和国軍基地への攻撃に関係しているのか?」

 

「無用な疑いはかけたくない。この場にいる理由と名前くらい教えてくれないか?」

 

 リィンとガイウスは言葉を選んで、冷静に質問をしていく。

 

「むう、なんかロコツに疑われちゃってるなぁ……やっぱりスレインの言う通りにしよう!」

 

「な!? スレインを知っているのか!?」

 

 予想外の発言に驚き、リィンは再び声を上げる。

 この少女は一体何者なのだろう。少女が着ているどこか近未来的なスキニースーツも見たことがない。

 今回の襲撃の犯人ではない様にも感じるが、それと同時に重要な何かに関わっている様にも思える。

 更に、スレインの事を知っているというのも、その口調からすると、妬み嫉みの類いではなさそうだ。そうなると、少なくとも「敵」ではないのかもしれない。

 そこまで考えた所で少女の言葉に思考は遮られた。

 

「うん。襲い掛かってくるから、ウデダメシしてみろって言われんだー」

 

 同時に少女は腕を交差させて、凄みのある笑みを浮かべて臨戦態勢となる。

 Ⅶ組もやるしかないという事を悟り、それぞれ得物を構えて同じく臨戦態勢となっていく。

 

「ボクはミリアム。ミリアム・オライオンだよ。こっちは“ガーちゃん”。正式名称は『アガートラム』。それじゃ、いくよー!」

 

「Ж・VkeәΓ」

 

 銀色の飛行物体も機械的な音声を出力した瞬間、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 少女の戦い方は少し予想外であった。

 アガートラムが前衛、ミリアムが後衛という隊列は予想していた。

 しかし、ミリアムは基本的にアーツのみ。前線に出る時は、アガートラムを変形(・・)させて攻撃に出るという、不思議な戦闘スタイルであった。

 双方の動きに困惑はしたものの、こちらもそれなりに修羅場を潜っている。人数的にも分があったⅦ組は、苦戦はしたものの致命傷を受ける事なく勝利を収めた。

 

「わわっ、キミたち、スレインの言った通り結構すごいな〜。これなら確かに大丈夫そうかも」

 

 戦闘終了と言わんばかりに、ミリアムは後方へ飛び退いた。

 

「くっ、貴様……一体どういう事なのか説明してもらおうか」

 

「ああ、話せる限りで構わない。スレインの事も悪く言ってない様だし、君が知っている情報を教えてくれないか?」

 

 ユーシスとリィンの言葉に観念した様な顔つきになったミリアムは、直ぐに無邪気な笑みを浮かばせて口を開き始める。

 

「手伝って欲しいのは、監視塔と共和国軍の基地を砲撃した連中……数名くらいの武装集団の確保だよ」

 

「っ……!?」

 

「な、なんですって!?」

 

 ガイウスは声にならない呻きを、アリサは声を上げて驚く。

 

「あの迫撃砲を見たでしょ? あれと同じものが共和国軍の基地から少し離れた場所に隠してあったんだ。ま、同じ連中が仕掛けたんだろうね」

 

 飄々と話すミリアムとその内容が噛み合わず、一同は驚きを隠し切れない。

 

「ちょ、ちょっと待て……」

 

「その武装集団というのは一体……」

 

「詳しくは知らないけど……。猟兵崩れっぽいから、高額なミラで雇われたんじゃないかな〜。ま、それはこれから確かめに行こうと思ったんだけど」

 

 ユーシスとエマの発言に答えると同時に、自身の今後の行動指針も告げたミリアム。

 しかし、現状の会話の中で、まだ判明されていない点がある。

 

「ミリアムと言ったな。スレインとはどういう関係なんだ?」

 

「んー、敵じゃないよ。……オトモダチって感じかな? 昨日の夜に会って、今回襲われたら手伝わせろって言ってたんだ」

 

 その純真な笑みには悪意も敵意も感じられない。どうやら言っている事は本当らしい。

 スレインが何処に居るのか聞きたかった所だったが、こちらも時間があまりない事に気付いて、無用な詮索はここで終了した。

 ミリアムの話によると、先程見つけたスレインの置き手紙と同じ内容であり、北方の『石切り場』という所に潜伏しているという情報だった。

 一同が手短に挨拶を済ませると、ミリアムはアガートラムを文字通り消した(・・・)

 それは、自身らが知っている『戦術殻』と酷似している現象であり、アリサやユーシスが言及しようとしたが、上手くミリアムに濁されてしまうのであった。

 

 とにかく、時間がない今、無用な詮索をする余裕がない。ゼンダー門で待機しているゼクス中将に報告を入れる為に、一度集落に戻る一行。

 既に集落付近まで共和国の軍用飛行艇が威力偵察を行っており、刻一刻と状況が悪化している様に感じ取れた。

 集落に到着すると、避難の為に移動の準備が始まっていた。

 急ぎ長老の家にある旧式の通信機で、ゼクス中将に今まで得た情報を手短に説明する。

 

『―――では、その武装集団は高原北側に潜伏しているのだな?』

 

「ええ、間違いなさそうです」

 

「これから自分たちが出向いて押さえるつもりだ」

 

 リィンとユーシスがゼクスの問いに答える。通信機の奥から聞こえる声は、どことなく苦渋の決断を差し迫っている様な重々しい声色だった。

 

『……この状況では仕方ないか。15:00までの行動を許可する。くれぐれも気をつけるのだぞ』

 

 ゼクスの決断に返事をしてから、通信機を切る。

 しかし、その会話を横で聞いていた者達は不安そうな表情をしていた。

 

「猟兵崩れの武装集団か……」

 

「猟兵……噂には聞いた事がある」

 

「ふむ、厄介な連中が入り込んだものじゃな」

 

 ラカン、イヴン長老、グエンと年配者が一様に声を上げるが、そこまで分かっていて動かない訳にはいかない。

 心配にしている3人に決意の意志を伝えて、長老に家を後にする。

 今も姿を現さないスレインも、きっと何処かでこの状況を食い止めているはずだ。

 だからこそ、自分たちは出来る事を最大限に行う必要がある。きっと彼がいたらそうやって激励するだろう。

 

「さて、ミリアム。敵の潜伏場所は北側のどの辺りなんだ?」

 

 スレインの置き手紙にも、ミリアムの言葉にも『北側』というだけで詳しい場所は知らない。

 だからこそミリアムに問いかけたのである。

 

「ん〜、多分みんな知ってるんじゃないかな〜。ここから北に向かうとでっかい巨神像が見えるよね? あれの裏手にどーんとある、なんか薄暗い遺跡なんだけど」

 

「『石切り場』か……」

 

 ミリアムの解説にガイウスが答えると、一同は顔をしかめる。

 昨日、ガイウスに案内をされて入口まで足を運んだのだが、どこか不思議な雰囲気を醸し出している遺跡であった。

 入口付近にはほんのりと涼しげな空気が流れており、学院の旧校舎ともまた違う、異質な感じがした場所。

 場所も相手も油断できないと再認識して、気を引き締めて『石切り場』まで進んでいくのであった。

 

 

 




幕間って感じになってしまいましたね……

申し訳ありません。
ただ、この話を入れておかないと、今後の流れにどうしても問題が生じてしまうので……


という訳なので、ノルド編の最終章も合わせて投稿致します。
どうかご容赦を……

という訳で、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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取り戻された平穏

ノルド編、最終話です。

あちこち明かされていない動きが多かったので、補完出来る様な形にしてみました。

お気に召して頂けると幸いです。

それでは、第28話、始まります。


 

 ノルド高原北東部にある石切り場内の遺跡の最奥部。

 薄暗い広間には、全身を黒に染め上げプロテクターで身を包みフェイスマスクを着用した四名の人物は、奥にいるローブを着た眼鏡の男性に言葉をかけている。

 

「おい、こままでやればもう十分だろうが……!」

 

「とっとと残りの契約金も渡してくれよ!」

 

 二人がそう詰め寄ると、眼鏡の男性はこちらを振り向き口角を釣り上げる。

 

「ふっ、そうはいかない。契約内容は、帝国軍と共和国軍が戦闘を開始するまでだったはずだ。もし、膠着状態が続くようならもう一押ししてもらう必要がある」

 

 淡々と述べられるその言葉を前に、一同の目には契約金しか見えていない。

 

「チッ、面倒だな……」

 

「だが、もう少し我慢すりゃ莫大なミラが……」

 

「しかし『G』と言ったか。どうしてアンタらはそんなに羽振りがいいんだ?」

 

「前金だけで500万ミラ……どんなスポンサーを味方につけやがったんだ?」

 

 破格の契約金を簡単に提示出来る事がどうしても気になる一同は、『G』と呼ばれる男に質問をぶつけていく。

 

「我々の詮索をしない事も契約条件に入っていたはずだ。何だったらこの場で契約を打ち切っても構わないが……」

 

 あくまで冷静に冷酷に、無表情で言葉を述べる『G』は、既にこの四名の猟兵―――猟兵崩れを手中に収めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 『悪しき精霊(ジン)』が封印されたと言われるこの場所の内部は、やはり並々ならぬ雰囲気が漂っていた。

 更にエマが感じ取った、時・空・幻の上位三属性が働いている異質な魔力。

 それが内部全体に広がっており、遺跡内の魔獣との交戦も、普段よりも苦戦を強いられていた。

 勿論、遺跡という訳であって、内部は多少入り組んでいたり、通路に壁が飛び出て行く手を阻んでいた。

 しかし、それをミリアムがアガートラムを使って粉々に粉砕していく姿には、一同は頭を抱えるしかなかった。

 

「待った」

 

「ど、どうしたの?」

 

「しっ、―――人の気配だ」

 

 警戒しながら進んでいくこと、石切り場最奥部手前。

 少し広い広場に出たリィンは人の気配を感じて一同の動きを制止させる。

 耳を澄ますと、奥から数人の話し声が聞こえる。どうやら犯人の元まで辿り着いたらしい。

 

「ミリアム。スレインはここに来ると言っていたか?」

 

 各自戦闘前の準備をしている時に、小声でミリアムに質問をする。

 今までの経験上、合流する可能性は十分ある。

 しかし、迫撃砲が置いてあった場所で見つけたメモに書かれていた『協力者』がミリアムだった場合、彼は一体何処で何をしているのだろう。

 

「特に何も言ってなかったかな〜。でも来ると思うよ!」

 

 ミリアムの言葉を聞いて、無意味な思考を止めていく。

 彼が来ても来なくても、自分たちがやるべき事は変わらない。

 ましてや、そんな事で自分が浮き足立っていては、チームワークに支障をきたす。

 

「そうか……分かった。皆、突入しよう!」

 

 一息ついてから発したリィンの言葉に、一同は軽く頷く。

 そして、最奥部へと一気に向かっていった。

 

「トールズ士官学院『Ⅶ組』の者だ! 監視塔、共和国軍基地攻撃の疑いでアンタたちを拘束する!」

 

 リィンの大きな宣言と共に対峙する一同。

 そこにいたのは、猟兵崩れと思わしき兵装をした四名とローブを着た眼鏡の男性。

 こちらの登場に完全に意表を突かれている様で、動揺を隠しきれていない。

 そこをユーシスが、即座に言葉で制する。

 

「どうやら、下郎どもを使って大それた事を狙っているらしいが……その薄汚い思惑、叩き潰してやろう」

 

「な、なんだと!?」

 

「下郎って……ブッ殺すぞ、ガキ共が!」

 

 リィンとユーシスの言葉に逆上していく猟兵崩れとは対照的に、眼鏡の男は冷静にこちらを一瞥して口を開く。

 

「お前たちは……フン、そうか。ケルディックでの仕込みを邪魔してくれた学生共だな?」

 

「……まさか……」

 

「あの野盗たちを影で操っていたのは……!?」

 

 ケルディックの実習にいたリィンとアリサが驚愕の表情をして男を見る。

 対して男の表情は変わらず、僅かに嘲笑う程度である。

 

「フフ、領邦軍ではなくこの私だったというわけさ。我が名はギデオン―—それだけ覚えておいてもらおう。もっとも同志からは『G』とだけ呼ばれているがね」

 

 『G』と名乗る男の言葉には、何かの組織に加担しているかの様な発言である。

 しかし、今はその疑問を言及している場合ではない。猟兵崩れ達が、徐ろに武器を取り出し前に出てくる。

 

「……オイ、やっちまってもいいんだろうな」

 

「ああ、学生相手に可哀想だが仕方あるまい」

 

 猟兵崩れの言葉に一言だけ返すと、懐から導力銃を取り出し構えて『G』は言葉続ける。

 

「知られた以上、生かして返す訳にはいかん。遠き異境の地で若き命を散らしてもらおうか」

 

 既に敵は臨戦態勢。元々話合いで解決するなど思っていないので、一同も武器を構えなおして目の前を見据える。

 

「Ⅶ組A班、武装集団の制圧を開始する!」

 

「「「「「おお」」」」」

 

 リィンの宣言と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 時を同じくして、石切り場の入口付近。

 スレインは懐かしい記憶の回想が丁度終わる頃に、目的の場所に到着した。

 

「……とりあえずは、俺がいなくても問題なさそうだな」

 

 風の知らせを聞きながら奥に進んでいくスレインは、そう呟きながら今後の段取りを考えていた。

 

 道中、実働部隊の猟兵がどの程度なのかを知る為に、とある知り合い(・・・・・・・)に連絡を取っていた。

 今回の実行部隊が、様々な猟兵団からのドロップアウト組で知名度も殆どない出来たての猟兵団『バグベアー』である事を教えてもらっている。

 その相手曰く、武装が全て銃であり、対人戦闘スキルも決して高くないとの事であった。蛇の道は蛇。やはり同業(・・)は詳しいものである。

 その程度の連中相手にⅦ組が遅れを取る事はないと考えて、あちこちに根回しをしてからこの場所に訪れたのである。

 

 実働部隊の連行が任務(オーダー)である以上、黒幕は一端置いておくにしても、手荒な真似をされれば厄介である。

 レクターから聞いた情報によると、黒幕の一人は、魔獣を操る事が出来る古代遺物(アーティファクト)『降魔の笛』を持っているとの事だ。

 それを聞いてケルディックの件と、自身が逃したローブの男がようやく繋がったのだ。

 この場所で『降魔の笛』を使われたら、流石に面倒な事この上ない。出てくる魔獣によっては、実働部隊の確保が困難になるケースもある。

 そんな事にならない事を願いながら、最奥部に差し掛かる手前の通路に入った途端、風の流れが変わっていく。

 どこか不吉で邪悪な気を含む風である。

 

「……悪い方に的中かよ。……ったく」

 

 スレインが慌てて奥へと向かうと、予想通り先から笛の音が聞こえる。

 黒幕の方は逃げられたとしても根回し済み(・・・・・)である為に任せるとしても、こっちはA班で処理するしかない。

 リィン(リーダー)がいるから問題ないと思うが、雰囲気と風の流れからすると苦戦必須な相手と言えるだろう。

 ましてや、既に風に乗って血の匂いがする以上、それは紛れもない事実である。

 

『――――――A班、戦闘準備! 巨大蜘蛛の迎撃を開始する!』

 

 遠くからリィンの声が聞こえる。

 どうやら戦闘が開始したらしい。声色から判断しても、風に乗る匂いが仲間の者ではない事が分かる。

 リィンが標的(ターゲット)を蜘蛛と称している事から、群れを従えている可能性もある。

 全体を見渡せる様に天井スレスレまで飛び上がり、最奥部に直行していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、気を付けて!―――『ルミナスレイ』!」

 

 前衛組の攻撃に合わせて、タイミング良くアリサが幻属性のアーツ『ルミナスレイ』を打ち込む。

 月光を浴びた大小の蜘蛛は後方へ大きく飛び退き一旦距離をおいた。

 

「回復します―――『レキュリア』!」

 

 エマの風属性アーツ『レキュリア』によって、蜘蛛の攻撃を受けて一同の体内に蓄積された毒が排出される。

 

「くっ、数が多い……」

 

「くそっ、次から次へと……」

 

 リィンとユーシスが言うとおり、大型蜘蛛『ギノシャ・ザナク』は、次から次へと小型の蜘蛛『ゼスウィア』の群れを呼び寄せる。

 そのスピードも以上で、こちらが一層すると同時に既に増援が目の前に現れる。

 

「これでは消耗戦になるな……」

 

 リィン・ミリアムと共に前線を守るガイウスさえも、数の多さと増殖のスピードから、長期戦を覚悟する様な言葉を口に出す。

 

「うーん、これはちょっとマズイかも。これだけバラバラだと、ガーちゃんでも全部は無理だなぁ」

 

 ミリアムが操るアガートラムの広範囲攻撃も、散り散りになって現れる『ゼスウィア』の増援全てを相手には出来ない。

 かと言って、親玉の『ギノシャ・ザナク』にも致命傷を与える事が出来ないこの状況には、流石に弱音を吐露してしまう。

 

「くっ……やはり、これしか! ―――焔よ、我が剣に集え!」

 

 リィンが一呼吸置いて集中すると、太刀に魔力を注ぎ込んで焔を宿らせる。

 一蹴りで間合いを詰めたリィンは、広範囲に『焔ノ太刀』の連撃を放っていく。

 上段、下段、袈裟と瞬時に切り込んだ三連撃で『ゼスウィア』が殲滅させると、『ギノシャ・ザナク』も大きく仰け反る。

 

「まだ現れるの!?」

 

 リィンの刀身から焔が消えて、陣形を崩さない様に元いた位置に飛び退くと、アリサの声が響き渡った。

 先程殲滅したばかりの『ゼスウィア』が先程よりも多く存在している。その数は10体以上。周囲を取り囲まれて、逃げ場を失う一同に焦りと不安が脳裏によぎる。

 その瞬間。別行動をして半日足らずしか経ってないのに、懐かしく感じる頼もしい声が後方から聞こえる。

 

「―――おいおい、これくらいで根を上げるなよ。必殺技ってのは、一気に打ち込む方が楽だぜ?」

 

 その言葉と同時に、周囲に広がる『ゼスウィア』めがけて無数の剣が突き刺さる。

 全ての小蜘蛛が一瞬にして、赤黒い光を帯びて霧散していく。

 

「「「「「スレイン!!」」」」」

 

「待たせたな。ヒーローは遅れて参上する……なんてな」

 

 一同の最前線に着地すると、後ろを向いて意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「もう、遅いわよ! 一時はどうなるかと……」

 

「貴様、タイミングを見ていたのか!?」

 

「スレイン、助かった」

 

 アリサ、ユーシス、ガイウスとそれぞれの性格が出てくる発言をする。

 それと同時に、ここが戦場である事をしっかり把握していた様で、直ぐに体勢を立て直しているのは流石である。

 

「スレイン、ありがとう。ナイスタイミングだよ」

 

「ま、俺としてはもう少し粘って欲しかったけどな。リィン、雑魚は俺に任せろ。皆もデカイのだけ狙え。アーツ組は幻属性だけ撃ちこめ。回復は俺がやる」

 

 その言葉を聞いた一同は、今まで以上に士気が高まる。

 

「とりあえず、これは遅れて出てきたお詫びだ」

 

 スレインの言葉と同時に、一同の足元から黄金に輝く環が現れ天使の羽が舞い落ちる。

 その瞬間、全ての傷が癒され蓄積された毒も消えていく。

 更には身体を守護するかの如く、黄金色に輝く光が全身を包み込んでいた。

 

「空属性最高位アーツ『セラフィムリング』。全ての傷と異常を癒やす最強の回復アーツだ。ついでにこれもオマケな」

 

 スレインの解説と同時に、今度は一同の身体に地・水・火・風を表す四色に輝く光が、二重の束になって体内に注ぎ込まれる。

 すると、身体機能が向上したかの様な錯覚が生まれる程の、不思議な力が湧いていくる。

 

「幻属性高位アーツ『セイントフォース』。攻防を同時強化し肉体の疲弊を取り除く強化アーツだ。二重発動で最大限に強化してある。さ、お前さん達、そこのデカ蜘蛛を潰してこい!」

 

 スレインは既に上空に無数の剣を精製し、それを惜しみなく『ゼスウィア』に打ち込む。

 倒しては増援が出現を繰り返す相手にも関わらず、異常なスピードで殲滅していく。

 出現と同時に霧散させていくその姿は、冷酷非情そのものであった。

 

「皆、行くぞ!」

 

 『ギノシャ・ザナク』を視界に捉えた一同は、リィンの激励と共に気力を最大限に高める。

 そして、各々の持つ戦技(クラフト)を撃ち放つ。

 

「喰らうがいい―――『クリスタルセイバー』!」

 

 ユーシスは狙いを定めて『ギノシャ・ザナク』を魔力のクリスタルに閉じ込める。

 そして、無数の刺突でクリスタルの内部にある魔力を爆散させてバランスを崩させる。

 それに反応したエマは既に自身の周囲に魔力で刃を形成している。

 

「白き刃よ―――『イセリアルエッジ』!」

 

 体勢を崩した敵に無数の刃が突き刺さる。

 ユーシスの攻撃バランスを崩している為に防御が間に合わず、白い刃が奥深くまで突き刺さていく。

 

「風よ―――『カラミティホーク』!」

 

 更に追い打ちをかける為に高く飛び上がるガイウス。全身に浴びた風を嵐と化して突進し、渾身の一撃を放つ。

 真正面からそれを受けた『ギノシャ・ザナク』は大きく後ろに仰け反ると、腹部が丸見えの状態になっている。

 

「今よ!―――『ロゼッタアロー』」

 

「いっくよー!―――『ギガントブレイク』」

 

 それを見逃さないアリサが、魔力で組み上げた紅く染まる大型の矢を、導力弓から渾身の力で引き放つ。

 同時にアガートラムをハンマーの形に変形させたミリアムは、渾身の一撃を放つ為に『アリサの矢』を追って突進する。

 

「いっけー!」

 

 アリサの矢が『ギノシャ・ザナク』に直撃する瞬間。ミリアムの持つハンマーが矢を打ち込んむ。

 腹部を貫通すると同時にハンマーの衝撃を全体に受けると、巨大な呻き声と共に巨体が一瞬だけ宙に浮く。

 

「「「「「リィン!!」」」」」

 

 一同の呼びかけに答えるべく、リィンは再び刀身に魔力を注ぎこむ。

 

「―――焔よ、我が剣に集え!」

 

 『ギノシャ・ザナク』目掛けて肉薄するリィン。

 『焔のノ太刀』から放たれる三連撃は先程とは違い、その肉体を切断するかの如く、深く切り裂いていく。

 リィンが元の位置に飛び退いた瞬間。大きな音を立てて地にひれ伏す『ギノシャ・ザナク』は、悲鳴の様な雄叫びを上げながら赤黒い光と共に霧散していった。

 

「ぐっ、はぁはぁ……」

 

「ふー、流石にちょっと手こずっちゃったかな〜」

 

「ええ……そうね……」

 

 苦戦を強いられ長期戦へとなった戦いがようやく終わった。

 リィン・ミリアム・アリサの言葉をきっかけに一同は、気が抜けた様にゆらゆらとその場に腰を下ろす。

 それも無理もない。特殊な力が発生しているこの場所で今まで以上の強敵を倒したのだ。

 達成感と共に脱力感が現れるのも今回ばかりは良しとしよう。

 

「お前ら、猟兵団『バグベアー』だな? 両国軍事施設の疑いで同行してもらおうか」

 

 そんな中スレインは普段と同じ飄々とした態度で、隅っこで腰を抜かしていた猟兵崩れに声をかける。

 

「ああ……身の安全の保証を要求する」

 

 観念したかの様に俯きながらか細い声を出す猟兵崩れたち。

 その言葉を聞いてから聞かずか、直様こちらに目を向けて指示していく。

 

「アリサ、グエンさん経由でゼンダー門に連絡してくれ。とりあえずコイツらを入口まで連行しよう。気を緩めるのは全部終わってからだ」

 

 その言葉を聞いて我に返った一同は、指示通り石切り場の入口まで猟兵崩れを連行する。

 すると、入口には既に数台の走行車両と導力戦車が停まっていた。そこには猟兵崩れとミリアム、そしてスレインが乗車して一同より一足先にゼンダー門へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 一同がゼンダー門に着いた時には、警戒態勢は解かれており辺りを見まわる兵士の数も疎らであった。

 

「―――中将、失礼します」

 

「おお、おぬしらか」

 

 ノックをしてからゼクス中将の執務室に入室する。

 そこにはゼクスの他に、ミリアムと赤毛の青年が待っていた。

 

「お前さんたちがトールズ士官学院の特化クラスⅦ組か。このガキンチョが世話になったみただな。感謝するぜぇ」

 

「ぶーぶー、ガキンチョゆうな〜!」

 

 赤毛の少年はヘラヘラ笑いながらミリアムの頭を小突くと、こちらを一瞥する。どうやらミリアムの知り合いらしい。

 しかし、一同はここにミリアムがいるにも関わらず、先程同行していた一人がいない事に気づく。

 

「中将、スレインは……」

 

「彼ならすぐ戻ってくるはずだ。しかし、衝突回避にそのような条件とは……良く共和国も許したな?」

 

 ゼクスはこちらに一言だけ返すと、直ぐに赤毛の少年に目をやり話していく。

 

「ええ、彼は共和国にとっても英雄ですから、パフォーマンスには持ってこいです。更に言えば、今回の襲撃事件の犯人を士官学院の生徒が捕らえたという事で、帝国の教育機関から軍事組織まで一目置かれるでしょう。そして、被害のより大きい共和国側に犯人を引き渡す事で、帝国に威厳と誠意がある事を証明出来る」

 

 会話の内容は何とか理解出来るが、言葉の節々までを捉えきれない一同は不思議そうな顔をしてしまう。

 しかし、この場に横やりは入れてはいけない様な気がしたので、そのまま沈黙を決め込んだ。

 

「ふむ、なるほどな。さすがレクター大尉だ。改めて御礼を言わせてもらおう」

 

「恐縮です。これも任務ですので、当然の事をしたまでです」

 

 何度かやり取りをしていたのであろう形式的な話と同時に、執務室の扉がノックされて扉が開く。

 

「―――中将、失礼します。……って、何だ皆もいるのか」

 

 そこに現れたのはスレイン。

 表情こそ無表情であるが、どこか疲れている様な雰囲気が見て取れた。

 

「スレイン君、ご苦労だった。問題はなさそうかね?」

 

「ええ、大丈夫です。無事身柄の引き渡しも完了し、基地責任者の方もご納得の様子でした。後日、大統領閣下の方から直々に帝国政府へご連絡するそうです」

 

 中将の質問に、丁寧に結果を述べていく。

 

「お疲れさん。やっぱりお前さんの方が、意見が通るみたいだな」

 

「レクターと違って軍人じゃないからな。正体明かしたら警戒されなかったんだよ」

 

 そんな雑談まがいの話をしてから、Ⅶ組面々を置いてきぼりだった事に気付く。

 一同の方を見ると、揃って不思議そうな表情をしている。

 

「みんな悪いな。ちょっと外交の取引材料にされてたんで、席を外してた。紹介はまだしてないのか?」

 

 レクターの方を見ると、にこやかに首を縦に振っている。

 

「こちらは帝国軍情報局のレクター・アランドール特務大尉。ミリアムも所属は同じ。レクター、知ってると思うがこいつらが俺の級友、特化クラスⅦ組の面々」

 

「なっ!?」

 

「ええ!」

 

 説明と同時にユーシスとアリサから言葉が漏れる。どうやら情報局という組織を知っていたらしい。

 形式的な挨拶を済ませる頃には、一応落ち着きを取り戻していたが、それでも表情は険しいままだった。

 

「んじゃ、スレイン。俺らは帰るから、後は頼んだぜ。―――中将、失礼します」

 

「みんな、バイバイ♪ すっごく楽しかったからまた会えると嬉しいな」

 

 レクターの言葉にゼクスtスレインが短く返し、ミリアムの言葉に何も言えない一同。

 二人が退室するその光景すらも、ただ眺めている事しか出来ない様だった。

 

「あれが鉄血の子供たち(アイアンブリード)かかし男(スケアクロウ)……か。あんな少女まで一緒だとはな」

 

「宰相殿が見出した者ですからね。年齢問わず才能で拾ってますから、その名に相応しいと思いますよ」

 

鉄血の子供たち(アイアンブリード)?」

 

 スレインとゼクスの会話に聞きなれない単語があったので、つい声を出してしまうリィン。

 

「ああ、宰相直属の精鋭たちだよ。クレアなんかもそうだな。ミリアムも白兎(ホワイトラビット)と呼ばれているれっきとした一員だ」

 

「あれが宰相直属の……しかし、何故貴様はそれを知っているのだ?」

 

「うーん……まぁ、そのうち教えてやるよ。ここで立ち話するのも中将に失礼だ。とりあえず集落まで戻ろう」

 

 自分達が話している場所が中将の執務室であった事に改めて気付いた一同は、中将に謝罪を述べてからゼンダー門の外へ出る。

 時刻は既に夕暮れ。

 茜色に染まった空には、先程まで巡回していた共和国軍の飛空艇はなく、大地に並んでいた装甲車や戦車も跡形も無く帰投されていた。

 集落へ馬を走らせる一同は、その光景を見ながら、「戦争を回避してノルドの地を戦火の渦から守る事が出来た」と改めて実感する事が出来たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 同日夜19時。高原北部の湖には、ボート小屋があるが明かりは付いてない。

 高原方面から一人の男性が現れると、湖のほとりに停泊する漆黒の飛行艇まで歩み寄る。

 

「同士『G』―――お疲れだったようだな」

 

 そこで待っていたのは黒いマントを纏い仮面を付けた男。

 その仮面の機能なのか、機械的な声でこちらに言葉を送る。

 

「同士『C』……わざわざこちらに来てくれたのか」

 

「まあ、一応リーダーを務めさせてもらっている身だ。なかなかの戦果だったようだな?」

 

「フン……慰めは結構だ。本来なら戦争が始まり“あの男”に隙が作れたはず……それがこの体たらくだ」

 

 事実、ケルディックに続き今回の結果も失敗。

 学生ごときに遅れを取り撤退をしている以上、戦果も何もない状態である。

 

「フッ、しかしこの結果すらも我々にとっては今後有利に動く。あらゆる所で“楔”を打ち込まれていることでな。氷の乙女(アイスメイデン)にもかかし男(スケアクロウ)にも読み切る事は叶うまい」

 

「……違いない。さっそく“次”の一手の仕込みに取り掛かるとしよう。いよいよ我らの存在を世に知らしめるためにもな」

 

 同士の為にも次こそは成功させよう。

 そして我らがリーダー『C』の計画の為にも、抜かり無く進行する為には早々に準備をする必要がある。

 

「フフッ、その調子だ」

 

 その言葉を堺に二人は飛行艇へと消えていく。

 湖畔から飛び立つそれは、静かなエンジン音を鳴らせながら目立たない様に宵闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――やれやれ。何とか大丈夫だったみたいだけど、まさかあんな展開になるとはねぇ」

 

 飛行艇が飛び立った事を確認し、少し離れた岩陰から姿を現して、飛び去る方角を目で追いながら女性は呟く。

 

「漆黒の高速飛行艇……ラインフォルトの最新型か。軍の偵察機か貴族の道楽用で使われるみたいだけど……そこのとこ、心当たりはないのかしら?」

 

 夜空を見上げていた視線を、並行まで落として脇にある木立へと声をかける。

 

「ふふっ……サラ様はお鋭くて困ってしまいます。よくわたくしの気配にお気づきになられましたね?」

 

 木立の影から可憐な声と共に現れたのは、メイド服に身を包むお馴染みの女性である。

 

「よく言うわよ。半分くらいは試してたくせに……まぁ、いいわ。それよりもアレ、知らないの?」

 

 パーフェクトメイド(シャロン)を相手にしていても、話は進まずはぐらかされるだけ。

 私情を挟む事を一端諦めて、自身らが見ていた飛行艇について尋ねる。

 

「残念ながら……RFグループの製造記録には載っていない船の様です。あくまで表面上では、ですが」

 

 現れた時から微笑の表情を崩さずこちらを見ているシャロンは、公式な情報に基いて解説する。

 

「フン……色々あるのね。あたしはこれから集落の方に顔を出すけどアンタの方はどうするの?」

 

「そうでございますわね……。大旦那様への挨拶もありますし、ご一緒させて頂けば。何よりもアリサお嬢様の驚くお顔も見られそうですし♥」

 

「やれやれ、あの子も大変ねぇ」

 

 ため息と共に呟いてから集落へと向かう二人。

 到着した時刻はそれほど襲い時間ではなかったのだが、Ⅶ組の面々は緊張の糸が切れたせいもあって泥のように眠っていた。

 わざわざ起こすの程の事でもないので、サラはラカンとイヴン長老に。シャロンはグエンに、それぞれ挨拶を済ませてゲルの外に出る。

 

「二人共お疲れさん」

 

 すぐ近くの一段下がった草むらに、木々を敷いて晩酌をしている少年が声をかける。

 

「スレイン? あんた起きてたの?」

 

 自分達が到着した時に姿が見えなかったので、てっきり他の皆と一緒に寝ているかと思っていた。

 

「ああ、交易所のキルテさんに三人分の酒とツマミを分けてもらってたんだよ。木材が椅子替わりで申し訳ないが、まぁ座れよ」

 

「まぁ。ご丁寧にありがとうございます。スレイン様。それではわたくしがお酌をさせて頂きますわ」

 

「あら、随分用意がいいのね? てか、あんた実習中は呑まないんじゃないの?」

 

 二人が腰を下ろすと早速シャロンがお酌をして、グラスを軽くぶつけて乾杯をする。

 

「あぁ、今日は特別。キリカさんに子供たち……相手するのに疲れたんだよ」

 

 交易所で頂いた、細くカットされた塩漬け肉をつまみながら愚痴を溢す。

 

「キリカさんって……共和国内で会ったの?」

 

「ああ。共和国(あっち)では遊撃士を募ってるらしくてな。そのピエロになるって段取りの外交だったんだよ」

 

「そうなのですか? 遊撃士を募るなんて珍しい政策ですわね」

 

 スレインの少し減ったグラスに酌をしながらシャロンが声を漏らす。

 

「共和国にはジンさん達もいるのに?」

 

「軍人の育成よりも遊撃士から引き抜いた方がいいんだと。リベールの一件から個の力を優先しているらしい。……て、この話はどうでもいいんだよ。肝心なアレはどうだった?」

 

 この話題は、説明し始めると長話になってしまう。

 一端話を止めて、自身が聞きたかった事を話題にする。

 

「高速飛空艇を利用して逃走したわ。リーダーと思しき人物は全身黒尽くめ。ご丁寧に仮面を付けて声まで変えてたわ」

 

「船の方はRF製ではありましたが、製造記録には記載がないタイプでした」

 

 自身らが先程見た情報を端的に説明する二人。

 せっかくこの二人に頼んで追跡をしてもらったのだが、一言で言うと収穫なし。

 厄介な相手である事を再認識すると同時に、二人に申し訳ないとも思える。

 

「なるほど。俺の方でレクターから聞いた情報は、対象は帝国に潜伏していて宰相を狙うテロリスト『帝国開放戦線』という事。幹部は三名で実働部隊は基本的に外部を雇っている。リィン達によると、ケルディックと今回の件の犯人は同一人物。ギデオン―――『G』と名乗っている」

 

 レクターから聞いた情報と、リィンから聞いた情報を照合して二人に話していく。

 その手には塩漬け肉を持っており、指揮棒の様に振りながら会話を続ける。

 

「情報から察すると、動機は宰相への復讐って所だろう。戦争を仕掛けようとしたり、『帝国開放』を名乗ったり……つまり革新派を潰したいんだろうな」

 

「確かに帝国そのものに対してではなさそうね。でも、ケルディックの件から規模が大きくなりすぎじゃないかしら?」

 

 サラの一言は最もだ。行動倫理の特徴までは推測していないが、行っている規模の差が開きすぎているは事実。

 しかし、それが全てシナリオの本筋とは限らないのもまた事実。

 

「ああ、あの時はただ領邦軍に取り付いて、こそ泥をしていた訳だが……あれは本来の計画ではないんじゃないか? もしくはダミー」

 

「え、どういう事?」

 

 首を傾げるサラは、グビグビとお酒を飲んで回答を待っている。

 もちろん、空いたグラスはシャロンによって瞬時に満たされるので、二人共既に結構な量を呑んでいる。

 

「目的が同一である貴族派との”良好関係”の為。もしくは、資金的部分……でしょうか?」

 

「シャロンの言うとおり、そう考えるのが妥当だろう。バグベアーによると今回の報酬は、前金だけで500万ミラだったらしい。流石にその金額は元々資金が潤沢にあるか、パトロンがいないと無理だろ」

 

「なっ……て事は、手を結んでいるって訳?」

 

 サラが少し神妙な面持ちになって問いかける。

 その言葉の意味する事は、帝国にとってかなり危険とも言えるからである。

 

「いや、それはないらしい。レクターは貴族派さえも手中に入れてるかの様な口ぶりだった。使い捨ての可能性もある」

 

「けっこうきな臭いわね。今回どデカくきたから、次は派手にやるんじゃないかしら」

 

「その可能性もありそうですわね。来月には夏至祭が控えていますし」

 

 そう言いながらシャロンは、二人のグラスに酌をしてから自身のグラスを持ち喉を潤す。

 もちろん、普段と変わらず素敵な微笑をしているが、言っている事はけっこうな爆弾発言である。

 

「あー、確かにそれなら派手にする意味があるな。サラ、来月の実習予定地は?」

 

「…………帝都よ。夏至祭初日に被るわ」

 

 額に手を当て、一般的な「やれやれ」と言うポーズでため息をするサラ。

 間違いなく何かが起きると確定したスレインも、苦笑をせざるを得なかった。

 

「……引き続き警戒、だな。どっちにしても帝都の夏至祭は正規軍か鉄道憲兵隊(TMP)が守備に付く。こっちにも駒がある分まだマシだよ」

 

 スレインの言葉に頷く二人。

 それを合図にこの会議は終わり、話題は日常的なものへと切り替わった。

 既にお酒が心もとない状態であったが、どこからともなくシャロンが持ってきた(もちろん、どこからと聞くのは藪蛇である)事で、3つのグラスは再び満たされる。

 満天の星空の下という珍しいシチュエーションで開かれた飲み会は、明け方まで続くのであった。

 

 こうして、長い様で短かったノルド高原での特別実習は幕を閉じる。

 勿論、帰りの列車内で質問攻めにあった事は言うまでもない。

 

 

 




今回、アリサとミリアムのSクラフトを組み合わせる様な描写に挑戦してみました。

碧であったコンビクラフト的な感じです。
しかし、私はプレイ中、一度も使っていなかったです(笑)

物語もついに中盤に入りますので、そろそろ文章能力を成長させないといけませんね……

東方凹みやすい性分ですが、ご意見・ご感想を頂けると幸いです。

それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。



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日常に訪れた暗雲

さて、物語は学院生活編と戻りますが、久しぶりに先輩方が登場します。

そしてⅦ組とは違う角度からスレイン君を見ている先輩方。
一体、どのように関わってくるのでしょうか。


それでは、第29話、始まります。


 

「―――ああ、だからこそ私が出向くという訳なのさ」

 

 全身を紅の衣服に包んだ金髪の青年が、自賛しながら説明している。

 

 七曜暦1204年。7月某日。

 帝都ヘイムダル―――バルフレイム宮。皇族用サロン。

 

「それはそうとして、何故俺がここにいるのか説明してくれないか?」

 

 数分に渡り発言を許さぬ程の破竹の勢いで説明を終えた青年―――オリヴァルト・ライゼ・アルノール(オリビエ)に目を向ける。

 何故自分が、「皇族しか利用出来ない(・・・・・・・・・・)部屋に招かれているか」の理由を問いただす。

 

「スレイン君、いいではないか。君にも聞いてもらいたい話だったから呼んだんだ」

 

「それは俺を帝都に、だろ。何故この場所なのかの理由ではないだろうが」

 

「仕方ないだろう。アルフィンもセドリックも会いたがっていたんだ。それに、ここは内緒話には持ってこいの場所なんだよ」

 

 確かに皇族しか入れないこの談話室では、盗聴・盗撮の心配は皆無である。

 しかし、だからと言って今までの話は内緒話の類いではない。要するに、それはあくまで言い訳なのだ。

 

「あのな、それとこれとは話が別だろう。ここに一般人が入るなんて……」

 

「あの、スレインさん。すみません。スレインさんをここに招く様に頼んだのは僕なんです」

 

 スレインとオリビエの言い合いに今まで苦笑をこぼしながら萎縮していた少年が、か細い声で二人の話を制止する。

 

「え? セドリックが?」

 

「はい、いつも兄上と仲良くされていたのもありますし、僕も来年にはトールズに入学するので色々とお話が聞きたかったのです。しかし……流石に皇族が纏めてとなると、やはりここが一番な気がしたのです。それで兄上に無理を承知でお願いしたのです」

 

 申し訳なさそうな表情で、経緯を丁寧に説明するこの容姿端麗の少年は、セドリック・ライゼ・アルノール。

 エレボニア帝国次期皇位継承者である。オリヴァルトと対照的で大人しい性格である為に、兄の事を尊敬している。

 

 ちなみに、先程名前が上がった人物も説明しておくと、セドリックにはアルフィンという双子の姉がいる。

 セドリック皇子とともに『帝国の至宝』と呼ばれており、その天真爛漫な姿から帝国臣民から絶大な人気を誇っている。

 現在は、帝都にある聖アストライア女学院に通っている。そして、アルフィンは兄に性格が似ている為に仲が良く、息のあった掛け合いをする数少ない人物である。

 更に言えば、スレインは内偵時代に何度もお茶に付き合わされているので、この二人とは意外と仲が良かったりする。そして、この二人に「殿下を付けるな」と言われているので、第三者がいない所でのみ、そう呼んでいる関係である。

 

「トールズについてであれば、オリヴァルトも卒業生だったハズですよ?」

 

「と言っても、もう何年も前の話だ。それに、セドリックは君の話を聞きたいと思っているんだよ」

 

「Ⅶ組……ですか。セドリックには少々刺激が強いと思いますよ?」

 

 刺激と言っても、甘美な話という訳ではない。特別実習の殆どの場合が「領邦軍や正規軍などが関わっている」という、政治的な意味合いだ。

 それに、そこに絞るとやっている事は昔と変わらない。それこそ、トールズとしてではなく、ただの自身の話になってしまう。

 

「いえ、僕もそのような話をもっと聞いて見聞を広めたいのです。トールズの日常からⅦ組の話まで……聞いているとワクワクしますから」

 

 素敵な微笑みをしながらそう言うセドリックは、純粋無垢そのものだ。

 本心が言葉に乗っている事が分かるからこそ、これ以上の言及が無意味である事を悟る。

 

「まぁ、スレイン君。そういう事だ。だからちょっとばかり親友にお願いをして、うまく丸め込ませたのさ。感謝してくれたまえ、僕たち以外でここに入る人は君が初めてだ」

 

「そりゃ、皇族専用で皇族以外が入るんだからそうだろうよ」

 

オリビエとの押し問答を続けるのも面倒なので、可哀想な親友(ミュラー少佐)に心中で謝罪を言ってから、セドリックに御礼を言って話を戻していく。

 

「で、その『通商会議』に宰相殿が出席するから体裁を整える為に同席するって事だろ?」

 

 通商会議―――正式名称は『西ゼムリア通商会議』は来月クロスベルで開かれる初の国際会議の事である。

 その名の通り西ゼムリアのリベール王国、カルバード共和国、レミフェリア公国、エレボニア帝国の4ヶ国の首脳クラスが経済だけではなく、安全保障を含めた総合的な議論を交わす内容となっている。

 ちなみに、リベール王国からは女王代理のクローディア王太女。カルバード共和国からはロックスミス大統領。レミフェリア公国からは国家元首のアルバート大公。主催地のクロスベル自治州はクロイス市長とマクダエル議長。そして、エレボニア帝国からは、帝国政府代表ギリアス・オズボーン宰相と、皇族代表としてオリヴァルト・ライゼ・アルノールが出席予定という事である。

 

「ああ、そうだね。参加者の釣り合いの為というのが本音だろう。一応皇族に連なる人間だしね」

 

「まぁ、確かに各国のトップ連中相手に政府代表だけじゃ、威厳も何もないもんな」

 

 オリビエとスレインの会話に入る事なく、難しそうな表情をしているセドリックは徐ろに口を開く。

 

「面目ないです。兄上やスレインさんに比べたらまるで勉強不足で力も、機転も足りなくて……こんな僕がいずれ父上の跡を継いでもいいのかって……」

 

 上の空ながらにも一度で話を理解し、オリビエと対等に話しているスレインに対して、自身がそれを出来ていないという事を言いたいのだろう。

 責任感が強いからこそ、自身を蔑んでしまう発言だ。

 

「セドリック、それは違いますよ。そういうのは、嘆くよりも受け入れる事から始めるべきです」

 

「スレイン君の言う通りだよ。リベールのクローディア殿下も最初はセドリックと同じ様に悩まれていた。しかし、様々な出会いがあって自身を理解し、王太女となる事を決意したんだ。私の弟もそれが出来ないなんて事は思わない。セドリックなら大丈夫さ」

 

「スレインさん、兄上……」

 

「そうそう、あの方もかなり悩まれていたそうですから……でも、自身を受け入れてからは見違える様でしたよ。それこそ、力や機転って所が特に」

 

「まぁ、君はもう少し自分のやりたい事をすべきだと思うがね。少しくらいワガママを言ってもバチは当たらないんじゃないか?」

 

「それがどうも性に合わないみたいで……兄上が羨ましいです。天衣無縫・自由闊達に振る舞えて」

 

「オリヴァルトの場合はどちらかと言うと、ちゃらんぽらんで自分勝手な暴走列車なだけだがな」

 

「スレイン君、それは言い過ぎではないかい?」

 

 オリビエが頭を抱えてため息をつく。

 勿論、これは嫌味のつもりではなく本心で言っているが、そんな事を気にする人間ではないから言えるのである。

 

「あはは……あとは、そうですね。それと、オズボーン宰相の力強さにもちょっと憧れてしまいますね」

 

「ふむ……」

 

 誰にも気付かれない程度に険しい表情になるオリビエ。

 それもそのはず、オリビエは表面上こそ革新派にも貴族派にも属していないが、オズボーン宰相の強引な手法には納得がいっていない。

 大々的に敵対意識がないものの、言葉の節々にそう言った意図が汲み取れる。それに、どちらの考えにも納得がいかないからこそ、自身を『第三の勢力』なんて表現する事もあるのだ。

 

「昨年の帝国交通法の導入も反対勢力を押し切って強引に踏み切ったそうですが……。それ以来、導力車の事故が激減したと聞いています。父上の信頼が篤いのも頷けますね」

 

「確かにそうですね。施策としては十二分な結果が得られていますし、帝都庁とのキャンペーンも合理的でしたから―――」

 

 スレインが言葉を終える前に部屋の扉が開くと、天使のような少女が現れる。

 

「セドリックも兄様も、こんな広間からまた政治のお話なんて! ……って、え!? スレインさん!?」

 

 それと同時に矢継ぎ早に話す少女は、思わぬ来訪者に驚きの声を上げる。

 どうやらアルフィンは自分がここに通されている事を知らないらしい。

 

「アルフィン、お久しぶりです。何故かここに招待されまして……お邪魔しております」

 

 そう言って微笑をしながら言葉を返すと、セドリックが事情を説明してくれた。

 

「あら。そうだったのですね。セドリックはスレインさんの事が好きなのね」

 

 天真爛漫で容姿端麗のアルフィンが笑顔を見せる。普通の人間であればこの時点で卒倒する程であるが、慣れというものは怖いもので、今や何も感じない。

 といっても、最初から卒倒もせず照れる事もなかったスレインは異常である可能性もあるのだが。

 

「ええ、スレインさんにも憧れています。若くしてその強さや判断力をお持ちしていて尊敬します」

 

「いや、俺も自分の事を理解したからこうなった様なもんですから」

 

 嘲笑しながら話すと、視線を一端虚空に彷徨わせる。あながち間違ってはいないが、尊敬される様なものではない。

 その微妙な表情を察知したのか、オリビエが話題を変更する。

 

「そういえばアルフィン。今度の園遊会で一緒に踊る相手は決まったのかい?」

 

「ええ、スレインさんにお願いしようと思います」

 

「「「……え!?」」」

 

 男子一同、息のあった驚愕の声を上げる。

 さも当たり前かの様にアルフィンは言っているのだが、打診された覚えはない。

 それと相対するアルフィンには先程以上の笑顔となっている。しかし、この笑みには三割程度の遊び心が含まれている様な気がする。

 

「アルフィン? 男子を弄ぶのはどうかと思いますが……」

 

「滅相もありません。わたくしは至って本気ですよ?」

 

「ス、スレイン君? いつの間にアルフィンの心を……」

 

 戸惑い半分、茶化し半分で笑いを堪えながら質問するオリビエ。

 

「俺も初耳だわ。それに今年に入ってからは会ってないし」

 

「本当はアテがあるのですけど、上手く誘えるかどうか分からないので……スレインさんにもお誘いしてみようかと思ったのです」

 

「俺は代役って訳ですか。ですが、俺は貴族でもないので代役でもマズイと思いますよ。代役も探しましょうか?」

 

「色々と驚かされて頭が回らないよ……アルフィンが公式行事でダンスなんて。相手はやっぱり四大名門あたりのご子息なの?」

 

 アルフィンの爆弾発言の連続で、完全に思考が止まったセドリックはお手上げ状態である。

 

「ふふっ、まだ秘密です。それはそうと兄様、後で相談があるのでお時間を頂けますか?」

 

「ああ、構わないよ。で、スレイン君。代役とはいえアルフィンの相手は引き受けるのかい?」

 

「そのアテが決まれば問題ないのでしょう? それまで保留という事でお願いします」

 

 あくまで代役。そのアテが誰であれ、その人物で決まればいいのだから答えを出す必要はない。

 

「だそうだよ、アルフィン。まずは本命を落とす所から始めなくては。と、揃った所でお茶を用意しようか」

 

 オリビエのその言葉に納得した皇女殿下と目が合うと、悪戯っぽい笑みを向けられたので、自然に見える作り笑いを返して、お茶の用意に向かった。

 こうして話題は変わり、一頻り盛り上がった所で皇族達とのお茶会は終わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「スレイン君はどうやらARCUSの開発に携わっていたようだね?」

 

 7月18日。今日は自由行動日。

 つまり言葉通り、自由行動が出来る日であったのだが、トールズ士官学院の生徒会長でもあるトワ・ハーシェルからの呼び出しがあり、生徒会館二階の生徒会室に来ている。

 以前から不定期で行われているトワ・アンゼリカ・ジョルジュ・クロウの四人の先輩方主催の技術棟で開かれているお茶会の席で、トワに気に入られてしまい仕事を手伝う様に打診されていた。

 そして、他の三名の目も痛々しく感じられて、ついに断り切れなくなり手伝ったのだが、それから更に気に入られてしまってこうして時々呼び出されている。

 ちなみに手伝う内容は、導力学に詳しい事から「学内で使われている導力機器のメンテナンスや修理」。トワが忙しい時などは事務作業も手伝っていた。

 以前、エプスタイン財団やラインフォルト社で戦術オーブメントを開発していた時も、部の予算管理を始め様々な事務処理も行っていた。それが学院規模(それでもトールズは大規模な士官学院であり様々な部活があり、身分制度の影響も勿論あるので一筋縄ではいかない内容)であれば、スレインにとっては正直簡単だったのである。

 そして今日の作業を一頻り終えた頃にはお昼になっていたのだが、図った様に差し入れを持って現れたアンゼリカと共に応接ソファーでお茶をしていた。というのが、今のシチュエーションである。

 

「ええ!? そうなのスレインくん?」

 

 アンゼリカの横に座っているトワが、素っ頓狂の声を出して驚いている。

 

「アン先輩、どこからそんな話が出てきたんですか?」

 

 先日、アンゼリカ本人から「スレインくんはトワやジョルジュと同じ様に『アン』と呼んでくれ」との事だったので、今はこう呼んでいる。

 その理由は気になる所ではあるが、わざわざ本意を問いただすのも野暮な内容なのでこちらからは聞いていない。

 

「いや、先日ルーレに戻った時に叔父上殿にね」

 

 アンゼリカは苦笑交じりの顔でため息をつくと、その時の出来事を話しだした。

 アンゼリカの叔父でラインフォルト社の取締役ハイデル・ログナーは、アンゼリカの姿を見るなり呼び出し「トールズにスレインという学生はいるか」と聞いてきた。

 どちらかと言うと嫌いな人物から声を掛けられた事から無視を決め込んだが、ハイデルはそのまま勝手に喋り出したという。「スレイン・リーヴスがいなければ、第一製作所は今まで以上にラインフォルトに貢献出来た」と。

 自身が知る人物と同一の可能性があったので詳細を聞いたら、「ARCUSの開発は本来ハイデルが指揮する第一製作所が担当していたのだが、その人物のせいで会長直属の第四開発部に持っていかれた。だから彼がいなければ、第一製作所はもっと高く評価されていた」という事であった。

 

「あの人、まだそんな昔の事を根に持ってるのか……」

 

 確かにその話は事実であるが、一言で言うと完全に逆恨みである。

 元々第一製作所で開発されていたのは旧型オーブメントを基に製造された品であり、自身が手がけたENIGMAにも劣る性能であり製品化が出来ずにいた。

 それを製品化をする為にイリーナとは別で、秘密裏にエプスタイン財団との共同開発を依頼して日夜研究に明け暮れていた。

 その折に、ENIGMAの開発がひと通り終了して、テスターからの使用結果待ちの状態であったスレインが偶然(・・)ラインフォルト社に訪れたのだ。そして、イリーナ会長との会合の結果、「ARCUS開発計画」を会長直属の第四開発部で発起したのである。

 勿論、その一件で第一製作所の戦術オーブメント開発は中止。試作機が完成した際に行われた役員会も、製品説明を担当したのが自分である。

 ハイデルがそう思う事も当然と言えば当然なのかもしれない。

 

「という事は、叔父上殿の言っている人物はやはり君という事なのだね」

 

 アンゼリカはテーブルに置いてある紅茶を一口飲むと、小さな笑みをしながらこちらを見る。

 

「ええ、事が事なのであまり公にはしたくないですが、確かにARCUSの開発に携わっています。でも、先輩たちがテスターだったのは知りません。俺は試作機までしか関わってないので」

 

 苦笑しながら事実を述べていく。ARCUSの試作機以降は、全て第四開発部の方で各種テストが行える環境になっていたので、実用テストには関わっていない。

 そもそも、内偵業務の合間を縫って行っていたのだ。その直後に出張もあったので、それ以降は全くもって手付かずである。

 

「それでも凄い事だよ! 通りでジョルジュくんと同じくらい詳しいんだね!」

 

 トワは両手でカップを持って紅茶を飲み、口元に持ったままの状態で話す。

 かなり小柄なトワがその格好でいるというのは、好きな人にとっては破壊力のある絵になっている。

 

「いえ、ジョルジュ先輩とは分野が違うんで比較は出来ないですよ。正直、導力バイクにしてはジョルジュ先輩の方が知識をお持ちです」

 

 ここまで話してからスレインも紅茶を一口飲む。

 アンゼリカの悪戯っぽい笑みが戻らない以上、この後に厄介な話があると踏んだからである。

 

「ああ、ちなみにその時の叔父上はこうも言っていたよ。『試作機が出来上がるまでのテスターをしていたが、若いくせに軍人以上の技量を持っているのも気に食わない』とね」

 

 スレインは既に次に何が発言されるか検討が付き、頭を抱えてため息を付く。

 そもそもハイデルはどこからその情報を仕入れたのだろう。試作機完成直後の性能評価試験より以前のテストは、全て第四内部で行われていた極秘情報である。

 どうやら自分が知らない間に、ラインフォルト内部も複雑になっているみたいである。

 

「そこでだ、ちょっと私と手合わせしてみないかい? Ⅶ組にいるという事もあるが、そっちの方が気になってしまってね」

 

「アン先輩、本気で言ってます? 学院最強とも言える先輩相手じゃ分が悪いですよ」

 

 アンゼリカは体術のスペシャリストであり、武器がなければ学院最強と言われている程の実力者。

 その体術は「泰斗流」という武術で、キリカや「不動」の二つ名を持つ共和国のA級遊撃士「ジン・ヴァセック」が会得している活人拳である。

 ちなみに、アンゼリカの様な少女に泰斗を教えたという話はキリカから聞いた事があるので、こちらが一方的に知っているというだけで、まだ直接本人から聞いた訳ではない。

 

「アンちゃん、楽しんでるでしょ?」

 

「ああ、その話を聞いてウズウズしていてね。今日という日を楽しみにしていたのだ。ちなみに、ギムナジウムの使用許可も取ってある」

 

 トワの発言に満面の笑みをして頷くアンゼリカ。わざわざ鍛錬場まで用意してある時点で、恐らく何を言っても意味が無いだろう。

 観念した様に承諾をすると、三人はテーブルを片付けてからギムナジウムに向かうのであった。

 

「さて、スレイン君の得物は騎士剣……だったかな?」

 

 ギムナジウム内。フェンシング部がよく利用する鍛錬場で、アンゼリカは自身の得物である籠手を両手に装着して構えの姿勢をとる。

 

「ええ……そうです。と言っても、アン先輩の『泰斗』と違って我流ですが」

 

 最近は自由行動日でもⅦ組に手合わせを頼まれる事も増えてきた(といっても、手合わせを行うのは気分で決めている)ので、常に持ち歩いている学院用の得物(・・・・・・)を構える。

 自身の異能に関しては口止めをしてあるので、基本的に学院内では利用していない。

 グラウンドで利用したりしているし、実技テストでパトリックに乱入されたりしているが、その辺は全部教官(サラ)の力を借りてもみ消してある。

 

「ほう、驚いたな。構えだけで分かったのかい?」

 

「知り合いに居ますからね。それに自分の周りで体術と言えば『泰斗』なんですよ」

 

「アンちゃんもスレインくんも頑張ってね!」

 

 トワの言葉をきっかけにお互いが闘気を高め合う。アンゼリカは髪色と同じ澄んだ薄紫、対してスレインは白。

 アンゼリカの表情は先程までの笑顔はなく、既に屈強な戦士の様な真剣な眼差しとなっていた。

 

「はぁぁぁ!」

 

 アンゼリカが気功を使って、更に濃密な闘気を身に纏う。互いの目線が合わさると同時に「開始」の意を悟り、アンゼリカはこちらに目掛けて飛び出す。

 疾風の速さで繰り出される岩をも砕くであろう乱打を、軸足を固定しながら弾いていなしていく。

 トワの目にはアンゼリカの容赦無い猛襲は捉えきれてない様で、固唾を呑んで見守っている。

 

「これを全て弾かれるとは……叔父上殿の言葉は本当のようだ」

 

 自身の拳が届かないと分かった彼女は、後方に飛び退いて一端距離を取る。

 

「アン先輩も十分軍人以上の腕前だと思いますけどね」

 

 視認するのもやっとの速度で繰り出される打撃は、学生レベルではない事が一目瞭然である。

 一撃毎に的確な弾き方をしないと、こちらの武器が破壊されるのではないかと思う程だ。

 

「フッ、そう言ってくれると嬉しいよ。じゃぁ、これはどうだい?―――『レイザーバレット』!」

 

 言葉が終わる前に、アンゼリカの高速の拳から放たれた衝撃波が襲い掛かってくる。衝撃波の幅は人一人分。大きく飛び退くよりも相殺した方が良いと判断して、下段に構えた騎士剣を一気に振り上げて相殺する。

 その瞬間、既にアンゼリカは目の前に肉薄していて、迫撃の構えを取っていた。

 

「これは流石に受け切れないだろう―――『ゼロ・インパクト』!」

 

 中段に構えた拳をほぼゼロ距離から一気に突き出す。その一撃は、通常の人間であれば動けなる程のダメージを追うか、その衝撃で意識が途切れる必殺の拳だろう。

 スレインはそう判断すると、騎士剣の腹を突き出して切っ先に掌を添える。手に僅かなアーツの光りを纏わせると同時に、アンゼリカの拳が直撃した。

 

―――――――――バキィィィン!

 

 瞬間、金属が破砕した音が場に響き渡ると共に、スレインが横に飛び退いた。

 

「あら、強化したんだけどな……。アン先輩、本気で殺す気でしたね」

 

 手に持つ騎士剣は、先程の衝撃で無残にも粉々に砕け散ってしまって、既に柄より先がない。

 

「今一瞬だけアーツの光が見えたような……」

 

「トワ会長。目、良いですね。『クレスト』を掛けたんです」

 

 トワがポツリと呟いた言葉に解説をする。

 本当は二重で(・・・)詠唱してあるのだが、この場で言わないでおいた。

 それに名刀ではないものの、それだけ防御力を高めた武器を打ち砕くとは思わなかったので、そちらに意識がいっていたのだ。

 

「まさかそんな防ぎ方をするとは驚いたよ。あれは決まると思ったんだが」

 

 回避ではなく防御を選択された事に驚いているアンゼリカは、僅かではあるが確かに驚いてた様な表情をしている。

 

「回避後の行動も考え済みでしょうからね。だったら防御を取った方が意表は付けるかと思ったんです」

 

 刀身のない騎士剣を投げ捨てて、アンゼリカと同じ構え(・・・・)をする。

 これくらいであれば、ある程度の誤魔化しは出来るだろう。

 

「ほう。それが狙いかい?」

 

「いえ、奥の手ですよ」

 

 口角を僅かに釣り上げたアンゼリカの言葉に短く返す。

 一瞬の静寂の後、二人は同時に飛び出す。

 アンゼリカは細かなステップを刻みながら怒涛の勢いで拳を打ち込む。それに対してスレインは冷静に一撃毎に掌で弾いてく。拳同士のぶつけ合いよりも、いなしていく方が動揺を誘い出すには丁度いいのだ。

 すると、再び攻撃が届かない事に焦りがあったのか、アンゼリカの動きが変調的になる。拳の乱打に交えて、鞭の様にしならせた足技を織り込んでいく。

 

「やるね、スレインくん。こうもいなされると流石に悲しいよ」

 

「俺はけっこうキツイですけどね。アン先輩、そろそろ決めさせて頂きます」

 

 直接拳を交える事で、アンゼリカの一撃の重さが先程よりもよく分かる。それに、慣れない事をしている以上、長期戦にもつれ込むのは面倒だ。

 今まで弾くだけだった掌を固く握り締めると、アンゼリカの突き出された一撃を横から打ち当てる様にして弾き飛ばす。

 不意を付かれてバランスが崩れた事を確認した瞬間、先程アンゼリカが使用した、ゼロ距離からの強力な一撃『ゼロ・インパクト』を放つ。

 

「ぐっ……」

 

 体重移動で上手く衝撃を和らげても、やはりこの一撃は重い。アンゼリカは身体を折ってくぐもった声を漏らす。

 スレインはその隙を見逃さず後方へ飛ぶと、身に纏った闘気を足に集める。その濃密な闘気は雷となって青白い光に包み込む。

 

「泰斗流―――『雷神脚』」

 

 電光石火の如くアンゼリカに詰め寄り、雷を纏った強烈な蹴りを放つ。

 先程の衝撃が残っているアンゼリカは回避が間に合わずに、全身の残る闘気を籠手に集めて防御体勢を取る。

 しかし、その一撃の重さと威力に競り負けてしまい、一瞬で籠手は壊され後方に大きく吹き飛んでしまった。

 

「スレインくん……すごい」

 

 トワは唖然とした表情で声を上げていた。

 

「……参ったよ。流石だね、スレイン君」

 

 籠手を破壊するも、威力は抑えてあって意識を刈り取るレベルではないが、流石に堪えたのだろう。

 呼吸を整える様に一瞬の間を空けて、アンゼリカは口を開く。

 

「アン先輩も流石ですよ。学院最強は頷けますね」

 

 アンゼリカに近づき手を差し出して、起き上がる支えになる。

 

「いや、それも今から二番目だ。まさか泰斗を会得しているとはね」

 

「これは非公式なんでカウントされませんよ。それに会得と言っても、体捌きと今の技くらいしか使えませんから。アン先輩が最強でいてください」

 

「アンちゃんに素手で勝つなんて……スレインくん何者なの?」

 

「それはご想像にお任せします。さて、いい汗もかきましたし、一端学生会館に戻りましょうか」

 

 トワの言葉をはぐらかしてからギムナジウムを出る三人。

 勿論、はぐらかした事に対してのトワの猛襲を躱す光景は、部屋に着くまで続いていた。

 

「アン先輩は身体が柔らかい分、足技にもっと力を入れた方がいいと思いますよ」

 

 トワが用意した紅茶を飲みながら、アンゼリカとの戦いを総評していく。

 部屋に着くなり「総評をしよう」と言い始めたので、仕方なく口を開いている。

 

「ふむ。確かに必殺となる一撃をどうするべきか考えていたのだが……」

 

「それなら尚更ですね。『泰斗』の奥義は並大抵の修行では身に付かないと聞いていますし、俺が使った『雷神脚』をアレンジすれば破壊力は十分でしょう。龍神功で高めた闘気を足に集中させれば、闘気の具現化も容易いかと思います」

 

「なるほど。確かにそれなら私でも出来そうだ。ありがとう、スレイン君。礼を言うよ」

 

「いえいえ、大した事はしていませんよ。―――トワ先輩? さっきから視線が痛いんですが……」

 

 手合わせの総評に熱中してしまった事が悪いのか、トワは真剣な眼差しでずっとこちらを見ている。

 流石に落ち着かなかったので、話を止めて問いかけたのだ。

 

「スレインくん、あのね、アンちゃんに勝つ事ってすごい事なんだよ? 非公式じゃなかったとしても、もっと喜んでいいんだよ?」

 

「ですが、公式な場でしたら武器を壊された俺の負けですからね。勝った気がしないんですよ」

 

「でも、負け知らずだったアンちゃんに勝つなんて、学院内でもすごい事なの」

 

「まあまあ、トワも落ち着いてくれ。スレイン君に言っている事も正しいからね。そのくらいにしてあげなよ」

 

 アンゼリカの言葉で制止されたトワは、プクッという擬音が出る様に頬を膨らませている。恐らくこれも、見る人が見たら殺人級の表情だろう。

 ふと見ると三人ともテーブルに並べたカップの中身がなかったので、紅茶のお代わりを用意する。

 それを悟ってくれた様で、話題を世間話に切り替わえて、一頻り談笑をする三人であった。

 

「なんか、スレインくんってリィンくんに似てるね」

 

 トワの突然の発言についつい紅茶を吹き出しそうになる。勿論そんな真似は出来ないので比喩である。

 

「俺は似てないと思ってますけど……」

 

「いや、トワの言う通り二人は似ているよ。謙虚さや自身に甘えない所とかね」

 

「そうですかね? 俺からしたら彼は正反対だと思いますけどね」

 

 思わず感傷めいた発言をしてしまった事に対して苦笑いをすると、手に持っていたカップを置く。

 

「ははっ、これは驚いた。本当に似ているね」

 

「そうだね。リィンくんも同じような事を言ってたよ」

 

「え?」

 

 二人の発言に思わず目を疑い、学院内ではなるべく崩さないでいたポーカーフェイスが若干崩れる。

 

「リィンくんも、君の事を『正反対に見えて眩しい』と言っていたよ。それがどういう意味かは知らないが、互いに思う事があるみたいだね」

 

「そうそう、男の友情ってやつだね!」

 

 何故か勝ち誇った様な表情のトワ。

 しかし、自身が彼に対して思っていた事までも、同じように思われていたのは意外である。

 それを考えた瞬間、急にこそばゆくなってきたので、この話に反論する事はしなかった。

 

「なるほど……今後の学院生活の参考にさせて貰いますよ」

 

「ふふっ、まぁ、私としては君みたいなミステリアスな性格は好きだからね。リィンくんと似すぎても困ってしまう所だな」

 

 アンゼリカは微笑みながらウィンクをする。

 いつの間にか空を茜色に染め始めている夕陽を背景にしたその姿は、男っぽい性格とも言える彼女に女性らしい麗しさを持たせるには十分な演出となっていた。

 

「また訳が分からない事を……俺としてはアン先輩の方がミステリアスですよ」

 

 彼女から目を逸らしてため息を付くと、自分しか感じる事の出来ない異変に気づく。

 学院内に佇む風が異変を察知してざわついている。

 この場の二人には気づかれない様に調査だけを指示すると、急いでこちらに向かってくる気配を察知した。

 

―――――――――バン!

 

「ハァハァ……会長にアンゼリカ先輩……とスレイン?」

 

 力強く扉を空けて、慌てた様子で息を荒らげながら入室した少年が声を上げる。

 

「リィン、何かあったか?」

 

 風のおかげで良からぬ状況になっているのは分かっている。

 この場にあった適切な言葉と共に、真剣な表情で彼に問いかける。

 

「ど、どうしたのリィンくん? そんなに慌てて……」

 

「なんだか切羽詰まっているようだね」

 

 トワとアンゼリカもリィンの状態を理解して問いかけると、一瞬躊躇ったリィンが現在の状態を手短に説明していく。

 状況は、”リィンの妹エリゼ・シュバルツァーを探している”という事であった。

 どうやらリィンに会いに、帝都の”聖アストライア女学院”から来ていたらしく、屋上で会話をした後にいなくなってしまったとの事。

 聖アストライア女学院は、俗に言うお嬢様学校であり高校までエスカレーター式の女子校である。

 貴族は勿論のこと皇族、アルフィン・ライゼ・アルノールも在籍している、トールズと並ぶ由緒正しき名門校である。

 トールズの敷地は広大ではないが狭い訳ではない。一度見失うと探すのも一苦労であり、ましてや女学院の生徒となれば尚更だ。

 面倒事が起きる前に探さないと、飛び火が多い状態である。

 

「俺らはずっとここにいたから見てないな。リィン、探すの手伝うぜ。この場合、俺が適任だろ」

 

 紅茶を一気に飲み干すと立ち上がり、リィンの方を向いて目で訴える。

 それを「風を使って探す」と理解したリィンも短く頷く。

 

「……ふむ、それにしても、あの聖アストライアの生徒で流れる様なストレート長髪か……。リィン君の妹らしいし、さぞかし淑やかで器量のよい、花の様な美少女なのだろう。……ええと、見つけた者が愛でられるというルールで良かったのかな?」

 

「そ、そんなルールはありあせん!」

 

 鼻の下を伸ばしたアンゼリカの発言に、真剣な表情で否定するリィン。

 アンゼリカがこの性格な事を知っている上で、この状況にも関わらず的確なツッコミを真剣に入れるあたり、この少年はシスコンという性質を持っているのかもしれない。

 

「まったくもう……えっと、生徒会の方でも連絡網を回してみるね。見つけたらすぐに連絡するから、他を当たってみて!」

 

 二人のやり取りに呆れてため息をついた後に、的確な指示を出すトワは流石生徒会長である。

 そして、アンゼリカの方も導力バイクを使って学院の周辺を回って探すという事を伝えると、リィンは御礼を述べて足早に去っていく。

 言葉通り行動を開始した先輩二人の為に、先程まで行っていたお茶会の片付けだけ行ってから生徒会室を退室した。

 

 

 




今回はアンゼリカとの仕合を中心に書いていきました。

原作ではルーレ編でスポット参戦を果たすアンゼリカは、なかなか絡みもないし、絆イベントがないというちょっと残念な感じがありましたね。

今後、他の先輩方と共に登場する機会が増えていくと思いますので、乞うご期待です(笑)

それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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禍々しい鬼気と深夜の密会

今回は少し惰性の仕上がりになってしまいました……
申し訳ありません。

字数が少ないかもしれませんが、お読みいただければ幸いです。

それでは、第30話、始まります。


※追記
気付いたらお気に入りが100件を越えておりました。
拙い文章で書き綴られた私の作品をお読み頂いて、誠にありがとうございます。
文章能力がなかなか向上せずに苦戦を強いられておりますが、ご意見ご感想などは随時受け付けております。
引き続きご愛読頂ければ幸いですので、今後とも宜しくお願い申し上げます。


 リィンの妹、エリゼが校内で行方不明になったと聞いてから数分。

 スレインは自身が一番探しやすいポイントである屋上に来ている。それに、屋内にいるよりもが見つかった場合に、すぐに動けるからという理由もある。

 

「チッ……旧校舎に行く理由なんてねぇだろ」

 

 全身に風を浴びると、舌打ちと共に独り言が漏れる。

 風が運んできた情報によると、エリゼは旧校舎方面にいるらしい。リィン達が頻繁に探索をしている事で、旧校舎がどういう場所かは聞いている。

 一言で言えば不気味。日に日に迷宮区画が地下へと進んでいる事からして、旧世代の遺跡に近いだろう。自身は何となく敬遠してしまい、今まで足を運ばなかったのである。

 しかし、今はそんな事は言ってられない。リィン達Ⅶ組でも苦戦する場所に、一般人が入る事は危険過ぎる。

 思考をそこで停止させて、屋上のフェンスに足をかけてジャンプする。それをアシストする様に風がスレインの身を包み、旧校舎まで飛んで行くのであった。

 

「……確かに内部は変わってるんだな」

 

 旧校舎入口の扉は開いていたのでそのまま侵入すると、奥の部屋には中世の遺跡にあるような昇降機が鎮座していた。リィンらに聞いていた通り、内部構造が変化しているらしい。

 入学当初にはなかったそれの足場部分は、現在は空洞になっていて何もない。間違いなくこの下に少女は向かっただろう。

 

「―――ぐっ!」

 

 昇降機に向かうと、突然胸に刺す様な痛みが走る。胸を抑えて足を止めると、禍々しくもあり機械的な音声が脳内に直接響き渡る。

 

―――力ヲ示セ―――

 

 一言だけ聞こえると、痛みも直ぐに消えた。

 今まで経験した事のない現象に、自分自身が警鐘を鳴らしているのが分かる。

 しかし、この先に探している人物がいる事は間違いないので、そんな悠長な事は考えてられない。

 胸に当てた手を下ろすと同時に戻ってきた昇降機に乗り込むと、気配を感じる最下層へと進んでいった。

 

「……いたか。おーい! エリゼさん」

 

地下四階に到着すると、大きな赤い扉の前に一人の少女が立っていた。

 

「? あなたは……?」

 

少女は見ず知らずの人に名前を呼ばれた事で、不可解な表情をしてこちらを向いた。

 

「リィンのクラスメイトのスレインです。とりあえずご無事そうですね。話は後にして―――」

 

 少女に歩み寄って声をかけた瞬間、先程感じた胸の痛みに再び襲われて言葉に詰まる。

 

―――《起動者》候補ノ波形ヲ50あーじゅ以内ニ確認―――

 

―――コレヨリ《第一ノ試シ》ヲ展開スル―――

 

 先程と違う言葉が脳内に響き渡る。

 すると同時に、目の前の赤い扉が開いていく。

 しかし、今度は痛みが続いていて、再び言葉が響いている。

 

―――別ノたーげっとヲ確認―――

 

―――殲滅ぷろぐらむ起動―――

 

「くっ……エリゼさん、一端離れてください」

 

「……え……?」

 

 エリゼはこちらの異変にを察したものの、扉が開いた事で完全に意識がそこに集まっている。

 胸の痛みがやっと治まってエリゼの視線の先に目を向けると、そこには巨大な騎士人形が佇んでいる。

 

「……あ……―――」

 

 目の前にいる騎士人形の禍々しさと威圧(プレッシャー)に負けてしまい、エリゼはその場に倒れ込む。

 それも無理もない。スレインでさえも、その異質さに冷や汗が滲んでいる。生身の少女であれば、意識を途切れるのは当たり前である。

 

「……おいおい、まじかよ……」

 

 真横で失神してしまった少女を他所に、目の前の騎士人形が歩を進めると、更にもう一体が後ろに控えている。そして後方上空には魔獣とは違う、怨霊の類いの気配を感じ取っていた。

 正面には騎士人形が二体。扉も180度開閉タイプではないので、退避距離を稼げない。つまり、四方を囲まれていている様な状態である。

 四面楚歌の状態についつい言葉が漏れる、その瞬間。いつの間にか戻っていたエレベーターがこちらに向かって動いている事に気づく。

 その気配と人物は風から受け取っていたので、ここに向かっている3人(・・)が誰かは分かっている。

 唯一の問題点は、この状況で冷静な判断が出来るのか(・・・・・・・・・・・・・・・・)という事。

 しかしその結果は、あまり良くない方向へ向かうのであった。

 

「エリゼええええええ!」

 

 後方から聞き慣れた声が叫び上がる。

 横目で視界に入れると、予想通り兄貴の到着らしいのだが、その目は横で倒れている妹しか見ていない様である。

 

「オオオオオオッッッッ!!」

 

 雄叫びの様な声と同時に、声の主の気配は猛獣の様なそれに変わっていた。

 それと同時にこちらに飛び出してきて、目の前で剣を構えた騎士人形に突撃していった。

 

「(……これは……)」

 

「ひぃ……!?」

 

「こ、こいつは……」

 

 リィンと共に現れたⅠ組のパトリックと2年のクロウ先輩が声を上げる。

 普段の黒髪が灰色に変わり、肉体を制御出来ていないかの様な獰猛な動きで攻撃をしているリィン。

 見覚えのある(・・・・・)気配と力に驚くものの、意識無く攻撃を続けている彼の身に危険を感じる。あれでは先に肉体が壊れてもおかしくない。まずは戦況を有利に変える必要がある。

 

「パトリック、クロウ先輩! とりあえずこのお嬢さんをどけろ!」

 

「「!? ……ああ!」」

 

 スレインの言葉で二人が駆け出す。こうなってしまっては仕方がない。

 双剣を精製してリィンが交戦している騎士人形『オル・ガディア』とは別の一体に向けて突撃する。それと同時に上空に数多の剣を精製し、後方から押し寄せる怨霊系の魔獣を殲滅していく。

 

―――キィン!

 

「なんだよ、こっちが本命か!?」

 

 雑魚の殲滅を確認したタイミングで『オル・ガディア』の動きが早くなり、こちらの斬撃が弾かれる。

 その巨体故に目で追うには遅いと感じられる速度であったが、剣を向けた途端に目でギリギリ追えるくらいの速度になっていた。

 リィンが交戦している方はそのような変化が見られないので、どうやらこちらの方が手子摺りそうである。

 

「(仕方ねぇか……)」

 

 スレインは瞳を閉じて蒼碧の眼(コントラクトアイ)を発動させる。既にアーツの光を纏った身体は強化アーツで最大限までに活性化されてる。

 その刹那、『オル・ガディア』の持つ大剣が振り上げられ、こちらを目掛けて斬撃を浴びせる。

 左に避けると、大剣に向かって双剣の乱舞を叩き込む。

 横から浴びせられた斬撃によって『オル・ガディア』の巨体も少しばかり重心がずれるが、こちらの斬撃を吹き飛ばす勢いで大剣を振り回して立ち直す。

 

「ぐっ……」

 

 その衝撃で身体ごと後方に吹き飛ばされるが、そのまま体勢を立て直し空中で踏み込み(・・・・・)突進していく。

 風のアシストを使って身体ごと右後方まで捻り、双剣を構えて大剣目掛けて切り込んでいく。それと同時にアーツの光が放たれ、『オル・ガディア』を中心に紅蓮の炎と爆撃が広がっていく。

 火属性アーツ『ヴォルカンレイン』と『イグナプロジオン』の連撃に耐え切れず、その巨体を一瞬だけ蹌踉めかせる。

 その隙を見逃さず、魔力で組み上げられた円月輪が『オル・ガディア』目掛けて無数に飛んでいく。

 時属性アーツ『ソウルブラー』の嵐がゆうに50を越えた頃、『オル・ガディア』は横に仰け反る。バランスを保とうと手に持つ大剣を動かせるが、スレインは再び飛び込み、大剣目掛けて双剣の連撃を加える。

 しかし、先程と違ってその双剣にはアーツの光が宿っていた。

 

「な……何が起きているんだ……」

 

「どうなってやがる……」

 

 双剣の乱舞と『ソウルブラー』の嵐によって生まれた土埃と煙のせいで、スレインとリィンの両者は既に視界から消えている。

 パトリックとクロウには、どの様な戦闘が起きているか分からない状態であったのだ。

 

「(そろそろか……)」

 

 未だ倒れぬ様にバランスを取る事で精一杯の『オル・ガディア』に向けて、連撃を加えているスレインの双剣に一層強いアーツの光が宿る。

 その一撃が大剣に当たった瞬間、『オル・ガディア』の持つ大剣は粉々に砕け散った。

 スレインのオリジナルアーツ『アナリスグラッジ』が双剣には込められており、全ての攻撃にアーツの力を乗せていた。

 耐久力や質量、精度の高い武器は、一発で分解が出来ない。そういった場合は、連続で行使する必要があるのだが、剣戟の衝撃と合わせる事で効率良く分解出来るのである。

 大剣がなくなり、一瞬動きが止まったその刹那。『オル・ガディア』を中心に永久の闇が広がっていく。上空からは巨大な剣が数本並んでおり、その周囲には無数の蝶が待っている。

 そして、スレインの周囲にも無数の剣が精製されていた。

 

「終いだ」

 

 短く呟た言葉が起点となり、上空の剣が『オル・ガディア』目掛けて突き刺さり、無数の蝶が慌ただしく動き闇を呼び寄せる。

 時属性最高位アーツ『シャドーアポカリフ』と同じく時属性アーツ『グリムバタフライ』の同時多重発動。

 更に追い打ちを掛ける様に、スレインの周囲から精製された剣が突き刺さった。

 そのあまりにも無慈悲な連撃には『オル・ガディア』も耐え切れる事は出来ず、赤黒い光と共に粉々に砕け霧散していった。

 

「な……」

 

 いつの間にか土埃も煙も晴れている。こちらの戦いをどこから見えていたかは分からないが、後方で絶句する少年がいた。

 彼は既に自身の力の一端を知っているし、今は構っている余裕がないので放置を決める。

 

「グゥアアアアァアァァア!!!」

 

 その時、再びリィンの雄叫びが響き渡る。

 姿を一瞥すると、『オル・ガディア』から受けた外傷はそこまででもないが、内部からのダメージが酷い様にも思える。

 力を制御出来ずに酷使している身体が悲鳴を上げているのか。それとも中で抑えこもうと戦っているのか。その場で胸を抑えて静止しているリィン。

 しかし、その隙を絶好の機会と感じ取った『オル・ガディア』は、大剣を振りかざしてリィンに迫っている。

 

「馬鹿野郎が……俺は真似事しか出来ねぇんだよ!」

 

 リィンと『オル・ガディア』の間に割って入ると、片手を突き出しリィンの胸を掌で抑える。

 後方の『オル・ガディア』には先程同様、無数のアーツと精製した剣の斬撃を無数に浴びせる。

 やはりリィンと対峙していた方が弱い。たった数秒の連撃で沈黙し、その巨体は霧散していった。

 

「空の女神よ。七曜の輝きよ。聖杯の導き手に従い、その力を具現し給え。彼の者に浄化の光を照らせ……」

 

 リィンの胸に当てた手から眩い程の白い光が放たれると、リィンの髪色が灰色から基の黒に戻っていく。

 

「グッ……はぁはぁ……」

 

「大丈夫か? 一応、暴走しない様に楔は入れといたが、数日は安静にしとけよ」

 

 そのまま膝を付いて呼吸を整える事に必死なリィンに、回復アーツを使用しながら言葉を掛ける。

 今の術(・・・)は、自身が使えるものではない。

 先程言った通り、ただの真似事である。そのまま動き続けて再発されると、次こそ手の施しようがない。

 そう言った意味合いも込めて、少し強めに言っておく。

 

「……ああ……助かったよ、スレイン」

 

「たく、焦らせやがって……二人共大丈夫か?」

 

「ええ、何とか。すみません、クロウ先輩」

 

 歩み寄ってくるクロウに言葉を交わすと、落ち着きを取り戻したリィンは立ち上がってエリゼの元へ向かっていった。

 

「エリゼ……」

 

「……にいさま……」

 

 リィンの言葉に意識を取り戻したエリゼは、か細い声でリィンを呼ぶ。

 

「エリゼ、大丈夫か!? どこか痛む所はないか?」

 

「ええ……地鳴りと威圧に負けて倒れてしまったので……それに、にいさまが助けてくれましたから。あの日みたいに」

 

 エリゼの言葉と同時に昇降機が下に降りてくる。

 二人の会話に邪魔をするのも野暮であるので、そちらの方に目を向けると、そこにはⅦ組一同とサラが乗っていた。

 昇降機が止まると、一同が心配そうな表情で声を掛けながら歩み寄ってくる。

 

「たく、マイペースなやつらだぜ」

 

「同感だわ。あと5分は早く来てくれねぇと困るわ」

 

 クロウと共に到着の遅さをわざとらしく非難する。

 

「ゴメンゴメン、でも何とかなったみたいね。どうやらその巨大な扉からデカブツが現れたみたいだけど……」

 

 サラが真剣な表情で現場を観察すると、リィンとエリゼが合わせて事の顛末を報告するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

――――――コン、コン

 

「スレイン、入っていいか?」

 

「ああ、開いてるぞ」

 

 時刻は進み、第三学生寮で夕食を食べ終えた頃。

 ノック音と共に入室の許可を得たリィンが入ってくる。

 

「どうした? 身体に異常があるのか?」

 

「いや、スレインのおかげで異常はない。本当に助かったよ」

 

 どこか浮かない顔をしていて、沈黙しているリィン。

 言いたい事はあるが、それを言っていいいものか。もしくは、どう説明すればいいのか分からない様な表情である。

 何となく何が言いたいのかは予想が出来たので、自身からその話題をする事に決めた。

 

「お前さんは抗っていた。恐らくは俺が何もしなくても打ち勝ってたさ」

 

「スレイン……」

 

「俺がしたのは、お前さんの肉体へのダメージがひどくなる前に一時的に抑えただけ。だから直接的な関与はしていない。次に発動した場合、ある程度肉体がダメージを受けると、強制的に止まる楔を打っただけだ」

 

 スレインが行った行為について、分かりやすく解説していく。

 実際の内容は間違いないのであるが、さすがに「七曜協会所属の『聖杯騎士団』が使う法術を使った」なんて言ったら大変な騒ぎになるのは目に見えているからだ。

 それに、スレイン自身『聖杯騎士団』所属ではない。

 以前、聖杯騎士団の人物に出会った時に、法術を使用している所を見た事がある。結果的に流れ出ているものが魔力(マナ)に近いものであるので、見様見真似でやってみたら使えたのだ。

 そんな所まで出来てしまう自分に嫌気が差したが、ぶっつけ本番で使った事には変わりない。

 そういうレベルの話をすると、余計心配にさせるだけなので、今回ばかりは言葉を濁す事にする。

 

「そうか……」

 

「まぁ、一言で言うなら”まじない”って感じかな。お前さんは次、アレになったら全力で抗え。何かあったら俺が止めるから安心しろ」

 

 真剣な表情でリィンを見ると、彼もその言葉の意味を理解してくれた様で力強く頷いてくれた。

 

「スレイン、ありがとう。時が来たら……俺が打ち勝ったらちゃんと話すよ」

 

 リィンはそう告げると部屋を去っていった。

 言いたくない事は言わないでもいいし、無理強いはしない。

 でも、あの時感じた気配と力。鬼気とも言えるあの力は、アイツ(・・・)に似ていた気がする。

 そこまで考えたスレインはまずは自身のやるべき事をする為に思考を止めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 時刻は深夜。間もなく日付が変わろうとする頃。

 

−−−−−−コン−−−コン

 

「開いてるぞ」

 

 この時間に、この感覚で扉を叩く人間は一人しかいない。

 それは互いに知っているので、入室を促す一言は短くても十分である。

 

「失礼致します」

 

 麗しさが漂うソプラノ声の持ち主は丁寧な言葉遣いで入室し、手に持つトレーとワインを机に並べていく。

 

「いつも悪いな、シャロン」

 

「恐れ入ります。スレイン様の為であれば何でも致しますわ」

 

 すまなそうな表情で発言をしたのだったが、屈託の無い微笑みで返されてしまった。

 シャロンは軽食を並べ二つのグラスにワインを注いでいく。

 

「……何か分かったか?」

 

「いえ、まだ何も。ただ、先の一件には関わりを見せていない様です」

 

 二人はグラスを小さく鳴らして、ワインを一口飲んでから話していく。

 シャロンに頼んだのはノルドの一件の裏。『帝国解放戦線』と結社が関わっているかどうかの事実確認をしてもらっている。

 関係はないのかもしれないが、バリアハートで”怪盗紳士”の”幻惑の鈴”に会っている以上、どうも繋がりそうそな気配がするのだ。

 

「帝国本土ではまだ動かない……って事か?」

 

「ええ、その様ですわね。ただ、クロスベルと繋がっているのは確かですわ」

 

「なるほど……。まぁ、シャロンを当てにしてもしょうがないか……」

 

 ツマミ用に一口サイズにカットされたオードブルを一つ口に運び、考え込む。

 クロスベルと繋がっているという事を現状を踏まえて考察すると、段階的に動く可能性が高い。

 第一段階としてクロスベルの地で暗躍し、第二段階が帝国の地というシナリオも想定出来る。そうなればブルブランがいた事も、帝国内の下見と考えれば妥当な筋だ。

 しかし、そうなってきた場合、タイミング的に『帝国解放戦線』が別枠というのは考えにくい。

 関わりを見せない様に動いているのか、それとも執行者よりも上(・・・・・・・)が絡んでいるのか。

 どうやら、もう暫くは様子を見る必要がありそうだ。

 

「お力に慣れず申し訳ありません……」

 

 シャロンの言葉で霧散させていた思考を現実へと回帰させる。

 どうやら考察をしている間に、満足な情報を得られなかった事に対して自責の念を抱いてしまった様だ。

 

「いや、そういう意味じゃない。シャロンに情報が流れない様にした張本人は俺だからな。因果応報なのかもしれないかなって」

 

 以前、とある事件であれこれ工作したりテコ入れをした事がある。

 そのせいで、シャロンは結社の執行者であるにも関わらず、情報が全くと言っていい程入らなくなってしまった。

 基本的に執行者という立場には、ある程度の『自由』が確約されている。その為、”命令”という概念がない執行者は、上からの情報を聞いて行動に参加するか決める様な形になっている。

 しかし、シャロンの場合は情報が開示されなくなってしまったので、結社の動向が分からない状態である。

 それは、ラインフォルト家に仕える事だけが出来る様になったという意味もあるのだが、本人曰く「それであっても執行者を抜ける事は出来ない」らしい。

 執行者であり執行者ではない存在。つまりは生殺し状態にしてしまったのだ。

 

「そんな事はございません。スレイン様がいなければ、わたくしは決意が出来ませんでした。スレイン様がお気に病まれる必要はありません」

 

 いつも優しい微笑みをしているシャロンが珍しく悲しそうな表情をしていたので、つい目を逸らしてしまう。

 

「そう言ってくれると助かるよ」

 

「むしろ、わたくしの方がスレイン様にご迷惑をおかけしておりますわ。結社を抜けられない身とは言え、その全て(・・)をスレイン様に押し付けてしまっておりますし……」

 

「それこそ気に病む必要はない。その前から誘い(・・)はあったからな。生殺しなのはお互い様……って事か」

 

 詳しい理由は不明だが、以前から結社から執拗な勧誘を受けているのは事実。

 最近では『怪盗紳士』から穏便な話し合いの元で勧誘されたが、あれは序の口である。

 執行者を向けられる事もあれば、結社の人形兵器や強化猟兵などを大量に仕向けられた事もあった。

 その回数が、以前に比べて増えている事を気にして、目の前の女性はそういった表現を使ったのだろう。

 こっちは気にしていないのだが、困ったものだ。

 

「運命共同体……ですわね。それでしたら地獄の果てまで仕えますわ」

 

 大胆な事でもお構いなしに発言するシャロンであっても、これは些か爆弾発言である。

 思わず驚いてしまい、逸らした目線を戻して彼女の方を見る。

 

「イリーナ会長が聞いたら悲しむぜ?」

 

「会長の許可も得ております」

 

 先程までの表情は消えて、普段と同じ微笑みをしている。

 自身よりもポーカーフェイスなシャロンの言葉の真偽が読み取れず、これ以上の反論を諦める。

 

「……どっちかって言ったら俺が死ぬまで仕えるだろうに」

 

 降参と言わんばかりに手を上げてため息混じりに話していく。

 この女性にとって、ラインフォルトは一番の存在である。きっと励ましを込めた冗談なのだろう。

 

「ふふっ。アリサお嬢様には申し訳ありませんが、それはそれでいいかもしれませんわね」

 

「縁起でもない事言うなよ……そういえば、シャロンって『劫炎』について何か知ってるか?」

 

「いえ、存じておりません。『劫炎』が如何されましたか?」

 

「いや、知らないならいいんだ。俺も数回しか会ってないから気になっただけさ」

 

 リィンが発したあの鬼気とも言える力。

 それに近しい気配と力を持ったアイツ(・・・)の事が分かれば、リィンについても何か分かりそうだったのだが、ない所からは何も出ない。

 無用な詮索は控える事にしよう。

 

「スレイン様。あまり一人で抱え込まないで下さい。わたくしもお力添え致しますので……無理だけはなさらないで下さいませ」

 

 突然小さな声で紡ぎだされた言葉には、少しばかり悲壮感が混じっている。表情こそいつもと変わらなかったが、その瞳は少しばかり潤んでいる気がした。

 どうやら再び心配される様な表情でいたらしい。

 何故か自分をある程度知っている相手の前だと、ポーカーフェイスが崩れる様だ。それも女性ばかり。

 あまり巻き添えにしたくないからこそ、最低限しか頼らないのだが、そういう時に限ってバレてしまう。

 まるで、氷の様に冷徹に張り巡らせた思考を、温かい抱擁で溶かしていく様に。

 今宵も思考を停止させられてしまったので、無言で再びグラスを鳴らす。

 シャロンもその意味を感じ取ってくれた様で、グラスに残ったワインを一息で飲み干すと共に、言葉と思いも同時に飲み干していく。

 

 その後、物騒な会話は消えていき、いつしか笑みがこぼれていく。

 深夜の密会で何が話されていたのかは、月明かりだけが知っているのであった。

 

 

 




聖杯騎士団の法術の詠唱は、記憶に残ってない為に曖昧になっております。
大変申し訳ありません。

そして、聖杯騎士団との絡みもあるスレイン君は一体誰と面識があるのでしょうか?
十中八九、関西弁の彼かと思いますが、それはまた後日明らかになりますので、その時をお楽しみに……

勿論、シャロンさんとの関係もです!(笑)


それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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近接魔導士

此度も学院生活編です。

ちょっと前ですが、ストレス発散の為に「魔法科高校の劣等生」を全巻購入しました。

アニメから入った人間ですが、設定が細かく面白いですね。

たまには他の作品でも書いてみようかしら……

なんて思っても、自身のボキャブラリーの無さが邪魔をして、きっとダメになるでしょう(笑)


という訳で、第31話、始まります。


※そう言えば、この作品が20,000UAを超えていました。
沢山の方が読んで頂いている様で、本当に嬉しく思います。
感想や評価も頂けると本当に嬉しいものです。

この場を借りて、御礼申し上げます。
皆様、誠にありがとうございます。
引き続きご愛読頂ければ本望ですので、今後とも宜しくお願い致します。


※2015.08.27 修正


 7月21日。

 毎月恒例の実技テスト実施日。

 

 朝一のトレーニングを終えて寮に戻り、いつも通り郵便物のチェックをする為にポストを開ける。

 すると、そこには封蝋された一通の手紙が入っていた。封蝋の紋章は『支える籠手』。遊撃士協会からの手紙である。

 まさかと思い手短にシャワーを浴びて自室に戻ると、早速封を切って書面を確認する。

 

 

―――スレイン・リーヴス殿

 

 度重なる功績の結果、貴殿を遊撃士ランク”A級”に任命する。

 最年少で到達した事例として、遊撃士史簿の改定を行う故、今後は貴殿が『最年少A級遊撃士』を名乗るべし。

 

 また、貴殿の二つ名、『悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)』は大陸全土に知られているが、遊撃士理念に反するものと認定された。

 特例であるが、今後は二つ名「近接魔導士(ゼロ・ウィザード)」と名乗るべし。

 

 貴殿の遊撃士手帳を新調し同封したので、常時携帯し入出国の際は使用されたし。

 

 以上。

 

レマン自治州

遊撃士協会総本部―――

 

 

「マジだったのかよ……」

 

 ノルドの一件でキリカに言われていたので、近いうちにこの手紙が届く事は分かっていた。

 かと言って、遊撃士の実感すら未だにないにも関わらず、この通知が届いても寝耳に水だ。

 しかも、紛失してから二年近く経っている手帳まで、ご丁寧に新調されている。

 全てを把握した上で最良の手を打ってくるあの人の狡猾さには、流石に寒気を覚えてしまう。

 

「スレイン! 入るわよー」

 

 ノックもなしに扉が開けて入室してくる女性は、珍しく朝から元気がいい。

 普段であれば、二日酔いか寝不足かで大体テンションが低いのだ。

 

「サラ、ノックくらいしろって」

 

「そんな細かい事は気にしないの。……で、届いたんでしょ?」

 

 満面の笑みをしながら、自分が手に持っている手紙を指差す。

 どうやら今日届く事は知っていたらしい。それともポストを見たのだろうか。どちらにしても本人が知らない事を知られているというのは、あまり気持ち良いものではない。

 

「あぁ、記録更新。今度からは『近接魔導士(ゼロ・ウィザード)』だとよ」

 

「私の最年少記録も終わりかぁ……。でも良かったわね、あの異名とおさらば出来て」

 

 先程までの茶化す様な笑みではなく、優しさが溢れる様な微笑するサラ。

 

「まぁ、浸透するまでは一緒だけどな。そんな簡単に名乗れないだろうし」

 

 結局の所、異名なんてものは、変わった所で浸透するのはかなり先である。

 当分の間は今まで通り”悪魔”と呼ばれる日が続くだろう。

 

「意外と直ぐに浸透するんじゃない? あんたが遊撃士になった事が公表されれば、あちこちから引っ張りだこじゃないの?」

 

「どうだかな。身分上はどういう優先順位になるんだ?」

 

「個人の裁量よ。あたしは一応”トールズの教官”を優先しているけど、そっちがお飾りみたいになってるし……。名指しの依頼じゃなければ、基本的には受けなくてもいいんじゃない?」

 

「って言っても、名指しばっかりな気もするけどな」

 

 ため息をついてから、机に手紙を放り投げる。

 あちこちの軍人たち(・・・・)から正式な手合わせに演習。そういった類いの依頼ばかりが来そうな気がするので、正直考えるだけで億劫である。

 

「まぁ、これで正式に決まったんだから素直に喜びなさいな。昇格祝い、楽しみにしておきなさいよ♪」

 

 ウィンクをして颯爽と退室していくサラの背中を見ながら、何かとてつもなく大きな不安が過った。

 しかし、時計を見ると学院に向かう時間も近づいていたので気にしない事にする。

 第三学生寮を出る際には、こちらもどこから情報を得たのか分からないが、シャロンにもお祝いの言葉と共にお弁当を渡された。

 普段は学生会館でランチを食べているので、これではⅦ組一同にジト目で見られる事が確実である。

 

「(まぁ、嬉しいには間違いないんだが…………ん?)」

 

 学院に向かう途中にある川橋の下。

 普段は釣りのポイントとして、釣皇倶楽部のケネスがいる場所に見慣れた人影が見えた。

 年上には思えない程小柄で、小動物的な可愛らしさを備えた少女が、何やら思い込んだ表情で川を見ている。

 まだ予鈴には時間があるので、まで歩み寄って声をかけると、どこか元気のない挨拶で返される。

 

「トワ会長。随分元気が無い様に見ますが……何かあったんですか?」

 

「……うん……ちょっと色々考えちゃって……。あ、ううん! 何でもないの! スレインくんは気にしないで大丈夫だよ!」

 

 物思いに熱中していて、つい本音が出そうになった事を、頭を振りながら否定していく。

 そこまで言ったら誤魔化す必要はないと思うのだが、そんな所を指摘するのは無粋である。

 

「トワ会長。まだ予鈴には時間がありますし、良ければお話聞きますよ」

 

「スレインくん……本当に大丈夫だよ! ちょっと考え事していただけだから」

 

 この優秀かつ頑張り屋の人物は、基本的にその性格も相まって自身で問題を抱え込む習性がある。それが、自身が感じたトワの性格だ。

 しかし、そういう人が表情に出る程というのは、相当の悩みを抱えている可能性があるのだろう。

 

「……会長、俺って独り言の声が大きいみたいなんで、聞こえても気にしないで下さいね」

 

 一言だけ呟いた後に沈黙が流れる。

 鳥の囀りが数回聞こえた所で、視線を川の水面に向けていた少女に合わせて、自身も水面に向かって話していく。

 

「知り合いに、自分に自信がなくて悩んでいた人がいたんです。能力とか資質とか……備わっているか不安だんでしょう。数年単位で悩んでいたらしいんです。しかし、その人は些細な出会いから様々な出来事に巻き込まれていくんです。事件だったり変人に絡まれたり……。ですが、その中で色んな人と出会ってトラブルを解決していく内に、自然と自分と向き合う機会が増えていったみたいです」

 

 視線は動かさず一呼吸置いて更に続けていく。

 

「自分に出来る事と出来ない事。やるべき事とやらざるべき事。その取捨選択を考えている内に、『自分が考えている事は杞憂であり、足を止めているだけ。今の己にないものはない。考えるよりも先に為すべき事を行うべきだ』という結論が出ました。そこから自身の才能が開花したんです」

 

「スレインくん、それって……」

 

 思う所があったのか、水面を見ていたトワの視線を感じた。

 視線を合わせると、自分が考えていた事がバレたかの様な、少しばかり驚いた様な表情をしている。

 

「共感出来る事でもありました?」

 

「う、うん……そうだね。私も似ているのかなって思った」

 

 先日行ったアンゼリカとの仕合後に話していた時。表情には出ていないものの、いつもよりもため息が多かった。

 その時は気にかけていなかったのだが、昨日会ったアンゼリカ曰く、どうやら『自身の力』について何か悩んでいるとの事だった。

 

「今の話で例えるのであれば、トワ会長の才能は戦闘力ではなく、統率力や判断力、情報処理能力でしょう。変に求めないでもいいと思いますよ。適材適所って言葉もありますから」

 

「え!? どうして考えている事が分かったの!?」

 

「すみません、カマをかけました。……やっぱり、昨日の仕合ですか?」

 

 今度は完全に驚いた表情をしているトワ。

 アンゼリカのトワを見る目も的確だと思ったが、それをそのまま言うのは釈然としないので、言葉を濁しておく。

 

「スレインくん、意地悪だなぁ。……うん、そうだね。私もARCUSの試験運用のメンバーになっていたけど上手く戦えなかったから……もっと強くならなきゃって」

 

 四人の先輩達がARCUSのテスターだった事は聞いているが、具体的には聞いていなかったので、そういった内部事情は初耳である。

 しかし、戦闘に関しても適材適所はある。頭脳派はダメだから肉体派に強制する、なんて話はない。

 それにⅦ組でさえも、メンバーに合わせて調整する事なんてしていない。各々の能力を活かして隊列を組むしか選択肢がないのだ。

 その点においては、バランス良く班分けを行っているサラのお陰もあると思うが。

 

「なるほど……トワ会長、恐らく求めるポイントを間違えていますよ」

 

 トワは「え?」と一言だけ口にして、不思議そうな顔をしているが、お構いなしに話を続ける。

 

「トワ会長には、アン先輩みたいな純粋な力を付ける事は困難です。あの人はちゃんと流派の師事を受けてますから。それに、クロウ先輩の様な野性的な勘もないでしょう。だから、自分の長所を伸ばしていくスタイルで強くなればいいと思いますよ。いわゆる頭脳派プレーですね」

 

「頭脳派って程の事は出来ないと思うけど……」

 

「いえ、トワ会長なら出来ます。あの二人を目標にして無理に力を付けるよりも、現在の力を伸ばした方が強力になりますよ。その方が、自分に自信も持てます」

 

「今の力か……。それを理解する事が重要ってことなんだよね」

 

「そうですね。そうしないと自分の長所を見失いますから。出来ない事も出来る事も、全部受け入れてみて下さい」

 

「スレインくん……うん、そうだね。なんかスッキリした気がする。ありがとう」

 

 気持ちが晴れた様な表情で御礼を言うトワには、いつもの元気が戻っていた。

 時計を見るとそろそろ学院に向かわないと間に合わない時刻だったので、二人とも早足で学院へと向かっていった。

 

「ちなみにさっき話した人、実在してる人なんですが……誰だと思います?」

 

「え? うーん……スレインくん自身、とか?」

 

「ははっ、違いますよ。リベール王国のクローディア皇太女です」

 

「ええ!? そうなの!? ……って、スレインくん、何でそんなこと知ってるの?」

 

「それは秘密という事にしておいて下さい。トワ会長、では」

 

 丁度本校舎前に着いた事もあったので、うまくはぐらかしてそれぞれの教室へと向かっていった。

 実際、クローディア皇太女の話は本人(・・)から聞いたので、自身は何とも思わない。

 しかし、今の彼女しか知らない人からすると、そんな悩みがあったとは想像も出来ない話なのだろう。

 その後、無事予鈴前に教室に到着したスレインであったが、”手に持つお弁当について”、Ⅶ組一同から質問攻めにあったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「ラウラ、フィー。前に出てきなさい」

 

 Ⅶ組の担任教官殿は、どうも問題がある人物同士を組み合わせたいらしい。

 現在、ラウラとフィーは絶賛冷戦中。フィーが元猟兵であった事に対して、ラウラはなかなか納得出来ないらしい。

 ラウラはアルゼイド流を突き進む武の正統派。一方フィーは猟兵という戦場を生きてきた邪の道を進む者。

 どっかの犬猿コンビ(ユーシスとマキアス)と違って相容れないとまではいかないが、どうやらおいそれと互いを認める事が出来ないようである。

 

「リィン。誰か一人指名しなさい。この二人と戦ってもらうわ」

 

 今回のテストはⅦ組内での模擬戦。

 仲間内の方が、味方のクセから欠点までが全て浮き彫りとなるので、そういった意味では効率的な方法だ。

 

「アリサ、いいか?」

 

 リィンがパートナーを選ぶと、それぞれが立ち位置について模擬戦が開始された。

 結果は言わずもがなである。

 ラウラとフィーは一年生の中でも最強と言われる部類であるが、途中で戦術リンクが途切れてしまい、リィンとアリサの息の合った波状攻撃に為す術もなく倒れてしまった。

 ラウラもフィーも互いに原因は承知の上であるので、サラも敗因の追求はしなかった。

 

「さて、じゃぁ、次行くわよ」

 

 その後の組み合わせはサラが行い、模擬戦は特に問題もなく終了した。

 ちなみに、スレインの相手は当然の様にサラ。

 今回はお互い“実技テスト”という範囲を超えない程度に、手加減をして行った。しかし、それが返って仇となってしまい、互いに消化不良気味。

 Ⅶ組一同は、それ分かっていなかった様で、満足してない表情の自分たちを不思議そうに見ている。

 

「んー、今回のテストは、ちょっと物足りないかしら。最後に集団模擬戦でもやりますか♪」

 

 サラのその余計な一声で、一同の表情が青ざめていくのが分かる。

 今回の実技テストこそ、穏便に終了すると思ったのだろう。

 しかし、自身も実技テストレベルでサラと手合わせをした所で、全く持って面白みがなかったのは事実である。

 今回ばかりは、サラの悪巧みに乗った方が楽しめそうなので、敢えて何も言わなかった。

 

「女子はあたしが相手、男子はスレインが相手ね。纏めてかかってらっしゃい」

 

「だそうだ。とりあえず、ちょっと距離を取るか」

 

 目が輝いているサラに何を言っても無駄であると悟った一同は、重い腰を上げて配置に着く。

 しかし、男子一同は何故か、やる気に満ち溢れている表情をしていた。

 

「スレイン、せっかくの機会だ。全力でいかせてもらう!」

 

「そうだな。貴様には色々と借りがある。今日こそ一太刀入れてみせよう」

 

 リィンとユーシスが決意の発言をすると、エリオット・ガイウス・マキアスも、言葉にはしていないが同じ様な表情でいる。

 そう言った成長には反対ではないので、これはこれでいいのだろう。

 視線だけサラ達の方に向けると、女子一同も同じような表情へと変わっていた。サラの遊び心も、たまにはいい方向に向くらしい。

 

「さて……それじゃ、いくぜ。頼むから楽しませてくれよ!」

 

 声を上げると同時に前衛のリィンとガイウスの前に飛び出る。

 まずは司令塔のリィンから狙っていく。ガイウスの巧みな槍捌きから繰り出される刺突を躱しながら、アーツを駆動させているリィンに肉薄する。

 以前の手合わせでした助言を覚えているらしい。

 しかし、開幕序盤に前衛が駆動させるアーツと言えば、強化系アーツと相場は決まっている。

 

「リィン、流石にそれは捻りがないぜ!」

 

 アーツの駆動解除をすべく騎士剣を振り上げた時、両者の間にユーシスが割り込み斬撃からリィンを守る。

 その判断が出来るとは、どうやらユーシスも以前の助言を受け入れた様である。

 この人物たちは、自身が思っている以上に”強さ”というものに貪欲なのかもしれない。

 

「くっ……初撃からこの重さとは!」

 

「―――ここだ!」

 

 剣戟の音が響く瞬間を見逃さなかったマキアスが、こちらに狙いを定めてピンポイントで射撃を行う。弾丸が通常の散弾タイプではない辺り、しっかりと仲間の役目を考えている様だ。

 そして、後方からエリオットが地点指定のアーツを駆動している事が分かったので、防御ではなく回避を選択する。

 大きく後方に飛び退くと同時に、読み通り自身がいた所に風属性アーツ『エアリアル』の竜巻が巻き起こった。

 

「ほう……思いのほか連携が取れる様になったじゃねぇか」

 

 前衛を囮に使ったアーツ重視の戦い。

 それぞれの思い切りがないと出来ない作戦だが、難なくこなしてきた時点で練度が上がっている証拠だろう。

 

「なっ!? 全て読んでいたのか」

 

「しかもアーツの種類も分かっていたみたいだね」

 

 自身が中心となった攻撃展開を防がれた事で、マキアスとエリオットが同時に声を漏らす。

 

「まぁ、リィンが囮とは思わなかったけどな。……さて、じゃぁ、変わったスタイルで戦ってやろう」

 

 そう言うと同時にスレインの手には、先程の騎士剣ではなく二丁の導力銃が握られていた。

 

「導力銃……この人数相手に遠距離戦か?」

 

「いや、相手はスレインだ。慎重にいこう」

 

 ユーシスの言葉を制したガイウスは、殿を務めるべく突進してくる。

 確かに普通であれば、導力銃なんて持てば遠距離攻撃だと判断するだろう。

 しかし、今しがた精製した銃は普通の銃ではない。銃身は縦横、どちらも長く、下部は剣先の様に薄く鋭利な刃になっている。

 フィーの持つ双銃剣(ダブルガンソード)とはまた違う銃。あれはダガーと小型の小型導力銃の一体型である。

 しかしこれは、銃身が長く連射と威力を重視した導力銃と、ダガーよりも分厚いブレードの一体型である。

 この銃は、猟兵団『赤い星座』が好んで利用する『ブレードライフル』の拳銃バージョン。さしずめ『ガンブレード』と言ったところか。

 ガイウスの的確に急所を攻める刺突を回避しながら、導力銃のブレード部分で受け流して間合いを詰める。

 

「なっ!? それは……」

 

 普段動揺を見せないガイウスも、流石にこれは読めなかったのだろう。

 その一瞬の隙を付いて、空いているもう片方の銃で四肢を射撃して動きを止める。

 間合いがゼロになった所で、腕を折りたたみ、身体の加速を利用した肘の打突を繰り出す。技名なんてものはないが、アンゼリカが使う”泰斗流”の応用だ。

 その衝撃は、導力車から体当たりされる程である。屈強なノルドの民と言えど、その衝撃に耐え切れる者などいない。

 くぐもった声を出して、ガイウスは地に倒れた。

 

「くっ! ユーシス、援護を!」

 

 リィンが八葉一刀流『弐の型・疾風』の構えになると同時に、ユーシスが剣を構える。

 次は二人同時に突撃でもするのだろうか。

 しかし、その行動の先が読み取れた。

 マキアスとエリオットがアーツを駆動させている。指定対象は自分。地点指定系を避けられた事で、対象指定に切り替えた様だ。

 どうやらリィンの言葉の『ユーシス』と『援護』は、別々の意味を持つらしい。

 

(味な真似をするねぇ)

 

 心の中で呟くと同時に高く飛び上がる。『弐の型・疾風』の弱点を付いた攻撃だ。

 リィンはその意味が分かり、意表を付かれて体勢が崩れかけている。そして後衛もアーツの起点を追う事で精一杯の状態。

 その一瞬の隙を狙って、躊躇なく銃撃の嵐を4人に斉射していく。

 自身の精製した『ガンブレード』はどちらかというと銃撃がメインの武器。

 速射性を高める為に、銃弾をアーツに変えている。そして、それが意味する事はもう一つ。弾道を捻じ曲げる(・・・・・)事が出来るのだ。

 

「なっ!? 弾道が曲がるだと!?」

 

「うわ!? 避けられない!」

 

 後衛のマキアスとエリオットが同時に声を上げる。

 元々銃撃を防ぐ術がない後衛組は、湾曲した銃撃を避けきれず、無数の着弾から起こる衝撃に意識を刈り取られた。

 

「くっ……『疾風』の弱点、知っていたのか」

 

「おう、上下に弱いんだろ? それくらい知ってないと、『風の剣聖』には勝てんさ」

 

 以前、何度か手合わせした『風の剣聖』ことクロスベル支部所属のA級遊撃士アリオス・マクレインから、その情報は読み取っている(・・・・・・・)

 瞬間的にスピードを上げる必要がある『弐の型』は、上下移動が出来なくなるという代償があるのだ。

 

「なっ!? 貴様、『風の剣聖』に勝ったのか?」

 

「手合わせだけどな。弐の型皆伝なだけあって、相当の使い手だった。……さて、話は終わりだ。残りは二人……いくぜ」

 

 ユーシスがアリオスを知っていた事は驚きだが、(ことわり)に至った八葉の『剣聖』。

 武術を学んでいれば、知らない人間の方が少ないのだから、当たり前なのかもしれない。

 

「リィン、一太刀は入れるぞ!」

 

 ユーシスの言葉に士気が上がったリィンは、自身の最大限の戦技(クラフト)を放つべく、刀身に魔力を開放していく。

 ユーシスも同じく、騎士剣に魔力を注ぎながら飛び出す。

 最大火力で殲滅するのは良い心掛けであるが、相手に隙を作らせる陽動役がいなければ、決定的なダメージにはならない。

 

「甘いな」

 

 それを示すように小声で呟くと、それぞれに銃身を向けて一度ずつトリガーを引く。

 その銃弾は、先程にはなかった白い閃光を伴いながら二人の『武器』に着弾する。

 

「「な!?」」

 

 二人が声を上げたタイミングで、自身が刀身に乗せた魔力が霧散する。

 分解アーツ『アナリスグラッジ』の対象をそれぞれの魔力に指定したので、武器までは破壊していない。わざわざそこまでする必要は皆無だからである。

 その隙を見逃さずに、先程と同じくアーツの銃撃が無数に飛び交う。

 出力は通常のアーツより低いものの、気が動転して防御体勢になっていない状態で無数に着弾すれば、意識を保てるハズもない。

 こうして男子勢の模擬戦は、全員戦闘不能で幕を閉じた。

 

「あんた……やり過ぎじゃない?」

 

「サラも人の事言えないだろ。あれ、肩で息をするなんてレベルじゃねぇぞ?」

 

 女子勢も終わったらしく、詰め寄ってきたサラの言葉に返答する。

 サラの後方には、四つ這いの姿勢で荒々しく息をする女子たち。

 フィーでさえ、他のメンバーと同じ体勢で汗だく状態だ。その戦闘が結構えげつないものだった事が容易に想像出来る光景である。

 

「だからって、全員気絶って……何したのよ?」

 

「新しい戦闘方法の研究だよ。ちょっとばかり、試したい事があってな」

 

 手元には既に『ガンブレード』はないが、『アーツを撃つ導力銃』というのは、自身の研究テーマである。

 今後、利用出来るかもしれないと思ってはいたのだが、思いのほか早く製作する必要(・・・・・・・・・・・・・)があったので、自身の精製した内部機構だけでもデータが欲しかった。

 自分が使うのであれば、内部構造は大雑把でも、魔力(マナ)のアシストでどうにでもなるので問題ない。

 しかし、第三者に使わせるのであれば、そこから内部構造の理論を組む必要があるので、実戦投入で感触を掴んでおきたかったのだ。

 勿論、そんな事をサラに言うと面倒になる事は知っているので、質問を受け流しながら気絶した男子勢に回復アーツをかけて意識を戻していく。

 当たり前ではあるが、男子勢からも同じ様な質問があったが、それも完全に受け流した。

 

「―――さて、実技テストは以上! それじゃぁ、今週末に行ってもらう『実習地』の発表に入るわよ」

 

 Ⅶ組の面々がある程度回復した事を確認してサラが声を上げると、例のごとく“特別実習”の詳細が記された紙を渡される。

 

 

 

 

 

【7月 特別実習】

 

 A班:リィン、ラウラ、フィー、マキアス、エリオット

 (実習地:帝都ヘイムダル)

 

 B班:アリサ、エマ、ユーシス、ガイウス

 (実習地:帝都ヘイムダル)

 

 C班:スレイン

 (実習地:帝都ヘイムダル)

 

 

 

 

 

「おいおい。なんだよ、これ。実習させる気ないのか?」

 

「スレイン一人?」

 

「C班って……」

 

 スレインの言葉を節目にリィン・エリオットが声に上げると、堰を切ったように疑問が行き交う一同。

 それもそのはず、今までとは全く違う班分け。もとい、スレインは単独である。

 しかし、この班分けからは、「単独で動かなければいけない事をさせる」という事が想像が出来る。

 今までの特別実習を鑑みても、ここまであからさまな班分けはなかった。実習地から見ても、前回の実習最終日にした話を警戒をしているのかもしれない。

 

「はいはい、あんまり騒がない。レポートを見ると、どうもスレインに頼ってる感じがするから、今回だけ特別って事。次からはいつも通りになるから、あんた達の力、しっかり見せなさいよ」

 

 サラの言葉に、一同は図星の様で黙り込む。

 一同が自身に頼っている様にレポートを書いていた事にも驚いたが、言ってしまえば確かにその通りの結果にもなっている。

 裏方作業をしているつもりでも、Ⅶ組からしたら表立った行動になっているのだろう。

 サラのもっともらしい言葉が嘘偽りである事を自身は分かっていたが、他のメンバーは気付かず、サラの言葉に頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「で、あれはどういう事だよ?」

 

 その日の夜。日付も替わり、一同が寝静まった頃。

 リビングルームで酒を煽るサラと、当然の様に酌をしているシャロンを横目に問いかける。

 

「依頼よ、依頼。鉄道憲兵隊(TMP)が、スレインとあたしを指名したのよ」

 

「遊撃士としてか? 何の依頼だよ」

 

「演習の相手だそうよ。部隊を相手に出来るテロリストを想定した、模擬戦闘訓練だって」

 

「……クレアか。タイミング的に、何か掴んでるみたいだな」

 

 あの時は半信半疑での発言であったが、どうやら本当に夏至祭を狙って、大規模なテロ行為が行われる可能性がある様だ。

 

「でも、お二人程の実力者を相手に、ちゃんとした演習が出来るのでしょうか?」

 

 会話の論点が物騒な方向にズレてしまって、小難しい表情をしながら思考を飛ばしかけた二人は、シャロンの言葉で現実に引き留まる。

 その表情は先程までと変わらず笑顔のままであるが、現時点での推論は杞憂とでも言いたいのだろう。

 

「あそこもクレア一人飛び抜けてるだけだしなぁ……下が育たねえと、軍としては困りものだよな」

 

「そうね。確かに正規軍と比べたら粒ばっかりだから……演習なんて言っても消化不良になりそうね」

 

「ふふっ。そうですわね。お二人なら正規軍にも領邦軍にも引けをとらないでしょう」

 

「それはどうかね〜。手合わせで“黄金の羅刹”には負けてんだよな、俺」

 

 シャロンの言葉に笑いながら答える。

 黄金の羅刹。ラマール領邦軍総司令のオーレリア・ルグィン将軍。

 女性の身でありながら、帝国2大剣術と言われる「ヴァンダール流」と「アルゼイド流」の双方を修めている帝国屈指の女傑である。

 その若さで2大流派を修める時点で、想像出来る人間には想像出来ると思うが、性格に多少の難がある人物なのだ。

 とにかく野心家で血の気が早い。常に強者を求める、ある意味戦闘狂の女性である。スレインから見れば、領邦軍というより執行者の方が性格に合っているのではないかと思う程である。

 

「え? そうなの?」

 

「御前試合だけどな。手の内を明かさない様にしてたら負けたわ」

 

 オーレリアと手合わせをしたのは、半年程前に帝都で行われた皇族主催の晩餐会の時である。

 皇族と四大名門、そして政府代表としてオズボーン宰相が出席する晩餐会の余興で、各一名ずつ選出して行う御前試合があった。

 皇族からは自分。オズボーン宰相はその場にいた正規軍所属のミュラー少佐。アルバレア家からはルーファス。カイエン家からはオーレリア。ログナー家とハイアームズ家は忘れてしまった。(そもそも眼中になかった)

 御前試合という性質上、剣術のみの手合わせだったのだが、最初に当たったルーファスには剣術だけで何とか勝てた。というより、彼も相当手加減していた様にも見えたので、お互いに実力を隠したまま終わった。

 その次にオーレリアに当ったのだが、剣術だけではどうにもならなかった。その時の言葉や態度で、“戦闘狂”の姿が垣間見えたという訳である。

 そもそも、剣術は『我流』で貫いているスレインにとって、どの流派も使えない(・・・・・・・・・)というハンデもあったのだ。

 勝つつもりもなければ、勝てる要素もない。本当の意味の御前試合であった。

 

「スレイン様、それは『負けた』とは言いません。『負けて差し上げた』の間違いでしょう」

 

 こちらの思考を読み取ったかの如く、適切な言葉と微笑みと共にシャロンはお酒を注いでいく。

 

「そもそも、御前試合なんてあんたの土俵じゃないんだから、それは入らないでしょ。ただの負け戦じゃない」

 

 サラも同じような言葉を口にして、注がれたビールを一気に飲み干す。

 手合わせと御前試合では訳が違う。負けて当然の戦いをカウントするな。そう顔に書いてあったが、言及しないでおく事にした。

 

「まぁ、ちゃんとした手合わせをする機会があったら、しっかりやるさ。遊撃士にもなった手前、おいそれと負ける訳にもいかねぇだろうし」

 

 自身が遊撃士である事が公になれば、間違いなく彼女を含めて多方面からそういった依頼が来るだろう。

 そして、遊撃士という名目がある以上、そう簡単に負ける訳にはいかない。一言で言えば、”面子が立たない”という事だ。

 

「そうですわね。スレイン様。A級への昇格、おめでとうございます」

 

「おう、サンキュ。全く持って実感ないけどな」

 

 お酒を注ぎながら微笑むシャロンに、正直な感想を述べる。

 

「しかしまぁ、本当にここまで来るとはねぇ。あんな悪ガキだったのに」

 

「まぁ。スレイン様の幼少期のお話ですか? ぜひお聞きしたいですわね」

 

 サラがニヤけながら放たれる言葉にシャロンが乗ってくる。

 誰でもそうだと思いたいが、自身の過去を語られるのは、あまり嬉しいものではない。

 そんな話をされると、流石に居心地が悪いので、強引に話を変えていく。

 

「まぁ、ともかくだ。演習相手で実習が終わるなんて事は考えられん。Ⅶ組の方も帝都の方も、警戒だけはしとこうぜ」

 

 

「了解。何もない事を祈りましょ♪」

 

 こうして特例とも言える班分けとなった、帝都ヘイムダルでの特例実習が始まろうとするのであった。

 しかし、この時のスレインは、今まで以上の波乱が巻き起こるなどとは考えてもいなかったのである。

 

 

 




書いていて思ったのですが、サラ教官がA級になったのって何時頃なんでしょうね。

原作の言葉を準拠すると、本編から6年前。
年齢的に19歳前後で遊撃士になったと思いますが、そこから2,3年だとしても22歳前後なんでしょうか。

どちらにしても凄い事ではあるのですが、その辺りの設定は誤魔化せる様に書いたので、皆様のご考察に従えるかなと思います。

それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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第4章
革新派の狙い


さてさて、やっと帝都編に突入します。

波乱の幕開けとなる帝都編ですが、単独で班分けをされたスレイン君はどの様な実習になるのでしょうか。

それでは、第32話、始まります。


 

 7月24日。

 

 特別実習日。

 全員の実習地が帝都である事から、その短い列車の旅は自然と騒々しいものとなる。

 ある者はいつもどおり啀み合い、ある者は帝都の地理的情報を解説する。そしてある者は、数日後に開かれる『夏至祭』の話で盛り上がる。

 ちなみに夏至祭というのは、帝国各地で開かれるお祭りの事。

 七曜協会ではなく、精霊信仰の伝承がベースになっている。各地では6月に行っているが、帝都は獅子戦役の終結が7月だった事に由来して一ヶ月遅れて開催される。

 そんな中一人だけ、冷戦真っ只中の二人の少女への対策に思考を張り巡らせる少年がいた。

 

「なぁ、スレイン。あの二人、どう思う?」

 

「言ってた通り、放っておくのがいいんじゃないか? 今までと違って、ちゃんと理由が分かってるんだろ? 無理に考える必要はないさ」

 

 リィンの方を向かずに窓の外を見ながら返答する。

 今朝方寮を出る前に、ラウラとフィーが「自分たちで何とかするから構うな」と言っていたので、スレイン自身は何も考えていない。

 そもそも、あの二人はマキアスとユーシスの様に対極の存在だ。と言っても、性格の部分ではなく、生き方そのものが真逆なのだ。

 ラウラは騎士道という正の道。フィーは猟兵という、言ってしまえば悪の道。

 騎士道からすれば猟兵の流儀は邪道だ。猟兵からしても騎士道は眩しい存在。互いの生き様を理解するには、本音をぶつけるか、剣でも交えて替わりに語ってもらうのが一番。

 性格が良い意味で真っ直ぐで不器用な二人の事だ。そのうちどっちかを行って、気付いたら仲直りしているだろう。

 

「そういうものなのか?」

 

「ま、俺は今回、班が違うからさ。フォロー頑張れよ、リーダー」

 

 リィンの方を向いてわざとらしく微笑む。リィンも観念した様に苦笑いをすると、丁度に到着のアナウンスが鳴り渡る。

 30分程の短い鉄道の旅は終えて、ぞろぞろと列車を降りる。

 そこで一同を待っていたのは、これまた予想通りの人物であった。

 

「―――時間通りですね」

 

「おお、クレア。久しぶり」

 

 実習地が帝都である以上、出迎えは確実に鉄道憲兵隊(TMP)だと思っていた。

 勿論、自分とサラに依頼を出している事も関係しているとも言える。

 Ⅶ組一同は何やら騒々しいのだが、クレアとは初見のメンバーもいるので、その美貌と軍服のせいだろうと思いたい。

 

「……あの、もしかして、貴女が今回の特別実習に課題を?」

 

「いえ、あくまで今日は場所を提供するだけです。正式な方は……あ、いらっしゃいましたね」

 

 このタイミングで現れたクレアに、アリサがもっともらしい疑問を問いかけた。

 確かに今までの経験からすると、出迎えた人物が実習に関係していた。

 しかし、夏至祭前というこの時期、鉄道憲兵隊(TMP)は、非常に忙しいはずなので、それはないだろう。

 自分の推論を肯定する様にクレアが返答すると、同時に後ろからスーツ姿の男性が現れた。

 

「やぁ、丁度良かった」

 

「この声は……父さん!?」

 

 マキアスの発言と同時に一同の目の前に立った男性は、マキアスと同じ緑髪に眼鏡をかけた知的な男性である。

 帝国に住んでいれば一度は見た事のあるその姿もそうだが、マキアスの言葉でその人物が誰であるかは一同も直ぐ察する事が出来た。

 

「え……」

 

「て、帝国時報でみた……」

 

「革新派の有力人物、レーグニッツ知事……」

 

「マキアスの父上か」

 

 リィン・エリオット・ユーシス・ラウラの順に声が溢れる。

 勿論、声に出していないだけでⅦ組の殆どが同じ様な表情をしている。

 

「フフ、まあ一応自己紹介をしておこうかな。マキアスの父、カール・レーグニッツだ。帝都庁の長官にしてヘイムダルの知事を務めている。よろしく頼むよ、士官学院Ⅶ組の諸君」

 

 一同の動揺を加味した上で、カールは自己紹介をしていく。

 誰でも知っている内容であるが、本人から聞くとやはり威厳があるのだろうか。一同はその姿を前に、目を丸くしているままである。

 

「レーグニッツ知事。お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

 

「おお、スレイン君。久しぶりだね。制服姿の君も新鮮だね」

 

「ははっ、何処に行っても同じ事を言われますよ」

 

 レーグニッツ知事とは、去年の帝国時事放送開局の際に出会っている。特別何かをした訳ではないが、色々と面倒事を手伝っていた経緯があるので、それから良くしてくれる関係なのだ。

 そんな事もつゆ知らず、Ⅶ組一同はスレインがまたしても大物と親しい関係である事に、肩を落としている。

 先程までの驚きは全て消え失せたらしく、小声で「やっぱり何者?」という討論が始まっていた。

 と言っても、今は列車の発着所。こんな所で話し込むべきではないので、レーグニッツ知事が用意してくれた場所まで、クレアを先導に移動していく。

 到着した場所は、鉄道憲兵隊指令所ブリーフィングルーム。

 どうやらこの場を利用する為、というのがクレアが出迎えた名目上の理由という事らしい。

 

「すまないね。本当なら帝都庁に来てもらう所だったのだが。戻っている時間がなかったのでこの場を貸してもらったんだ。それでは早速、A班とB班の本日の依頼と宿泊場所を―――」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! どうして父さんが……さすがにいきなり過ぎるだろう!」

 

 レーグニッツ知事の端的な説明を制して声を荒らげたのはマキアス。

 状況から察すれば、それは愚問であるのだが、一同はマキアスと同じく不思議そうな顔をしている。

 

「マキアス。そんな事は言わなくても分かるだろ? こういった状況を、俺は前に2回程見ている。大物がⅦ組の前に出る理由なんて1つだけ。そうだろ? 常任理事のカール・レーグニッツさん」

 

「なっ!?」

 

「そ、そうなのですか?」

 

 スレインの説明にリィンとアリサから声が漏れる。

 二人は自分と同じく、しっかり2回体験しているハズなのだが、どうしてこうも毎回同じリアクションをするのだろう。

 

「スレイン君のおかげで説明が不要になったね。そう、私もトールズ士官学院の常任理事の一人さ」

 

「ユーシスさんのお兄さん、アリサさんのお母さんに続いて……」

 

「……流石に偶然というには苦しすぎる気がするな」

 

 エマとラウラの言葉通り、確かに偶然と言えば出来すぎかもしれない。

 どうせオリビエ(理事長)から打診があったのだろう。しかし、それは自分が発言するものではないので、この場では無用な発言はしないでおく。

 そんな事を考えていたら、カールも一同に同じ様な説明をしていた。やはり常任理事には、理事長の思惑がある程度伝わっているという事だろう。

 そうこうしているうちに、カールは手短に実習について説明していく。

 内容としては、最終日が夏至祭に被るという分かりきった事実と、帝都の大動脈『ヴァンクール通り』を堺に、A班とB班は東西に分かれて実習を行うという事。

 A班とB班それぞれに、依頼が書かれた封筒を差し出す。

 それと同時に、住所が書かれたメモ用紙とカギも合わせて渡していた。

 

(……マジか)

 

 ちらっとその住所を確認すると、どちらも馴染みのある住所であった。

 アルト通りにヴェスタ通り。2年前(・・・)までは、毎日の様に通っていた住所である。

 

「こちらの住所とカギは……」

 

「父さん、これは、もしかして……」

 

 今までは渡されなかった異例の品を前に、アリサとマキアスが質問をする。

 

「帝都滞在中のお前たちの宿泊場所とその鍵だ。A班B班共にまずはその住所を目指してみたまえ。ちょっとしたオリエンテーリングと言ったところかな? おっと、そうこうするうちに時間が来てしまった様だ」

 

「と、父さん?」

 

「これから夏至祭の準備で幾つか顔を出す必要があってね。悪いが今日のところは失礼するよ。あと、帝都内では君達の持つARCUSの通信機能も試験的に働く様になっている。それでは実習、頑張ってくれたまえ」

 

 そう言い残すと、レーグニッツ知事は颯爽とブリーフィングルームから去っていった。

 矢継ぎ早に説明を受けた挙句、住所については宿泊場所という説明だけ。

 重要な事はしっかりと説明してくれたが、余りにも手短過ぎるその会話に、皆は唖然としている様だった。

 

「えっと、なんていうか……」

 

「帝都の知事閣下というから、もっと厳格そうな人をイメージしてたんだけど……」

 

「結構お茶目な感じ?」

 

 エリオット、アリサが言葉を濁して発言するが、フィーが素直に印象を告げる。

 

「……すまない。昔から父さんはあんな調子なんだ。一応、帝都知事の仕事は何とかこなせている様だけど」

 

 マキアスが頭を抱えながら吐露していく。

 確かに自身も遊び心がある人と認識しているが、逆に言えばそれが人当たりの良さを表しているという事だろう。

 

「“何とか”どころかすっごく有能だった噂だよね。平民出身で人当たりもいいけど積極的にリーダシップを取るって」

 

「ふふっ、帝国時報の記事でも好意的に評価されていましたしね」

 

「ふむ。同じ革新派とはいえ、かの『鉄血宰相』殿に比べれば貴族との対立も少ないと聞く」

 

 エリオット・エマ・ラウラが各地での評価を述べていく。

 ごもっともな発言ではあるが、こうも良い事ばかり言っていると、皮肉の一つも言いたくなる人物も出てくるものだ。

 

「フッ、その人当たりの良さもただの擬態なのかもしれんが……。帝都駅のこんな場所(・・・・・)を借りれるくらいだからな」

 

 予想通り、ユーシスは皮肉めいた言葉と共に視線をクレアに向ける。

 少しばかり冷ややかな視線に感じ取れたので、助け舟でも出しておこう。こんな所で変な雰囲気を作られては面倒だ。

 

「ユーシス、それは違うと思うぞ。ここは俺の実習に関係してるんだよ」

 

「なに? それはどういう意味だ?」

 

「俺の実習はクレアとデートなんだよ。ま、軍隊式のだけどな」

 

 悪戯っぽい笑みをして、ユーシスにと目線を合わせる。

 すると、当然の如く唖然とした表情で口を開けていた。

 

「な!?」

 

「えええ!?」

 

 その言葉に一同が声を荒げたり、動揺したりと、多種多様な反応をしている。ちなみに、声を上げたのはリィンとエリオット。一々良く反応してくれるものだ。

 そんな中、意外にもクレアまで頬を微かに染めて絶句していたのには流石に驚いた。

 

「だから軍隊式だって。模擬戦に演習。それが俺の実習らしい」

 

「そ、そうなんですね……」

 

「そういう事ね……びっくりするじゃない」

 

 エマとアリサが声を漏らすが、一同もどこか安堵した様な表情を見せる。

 最初からしっかりと伝えたハズなのだが、どうしてこうも最後まで話を聞かないのだろう。

 

「クレア大尉。申し訳ないんですが、そろそろ実習を始めたいので、俺たちはここで……」

 

「では、皆さんを駅の出口までお送りしますね」

 

 リィンの言葉にクレアが返すと、一同はそのまま退室していった。

 広いブリーフィングルームも一人になってしまえば、静かに時が流れていく。

 特に何も考えずに意識を霧散させる事10分程。ドアが開くと同時に、リズムのいい足音が聞こえた。

 

「スレインさん、お待たせしました」

 

「おう、おつかれさん」

 

 意識を現実に戻して、横の席に腰掛けた女性の方を向く。

 

「もう、スレインさん。彼らの前であんな事言わないで下さい。私まで驚くじゃないですか」

 

「そうみたいだな。まぁ、ユーシス(あいつ)も悪気がある訳じゃないと思うけど、重苦しい雰囲気になるのも面倒だからな」

 

「……ええ、分かっています。気を遣ってくれたみたいですね。ありがとうございます。……それはそうとスレインさん。最年少A級遊撃士への昇格、おめでとうございます」

 

「実感ないんだけどねぇ……」

 

 言われる度に同じ回答をするのも疲れてくるが、これ以外に適切な回答は自分の中には存在しないので仕方がない。

 

「ふふっ、でもスレインさんが遊撃士なんて驚きました。後でお祝いをしないとですね」

 

「別に気を遣わないでいいって。さて、じゃぁ、実習依頼を聞こうか。サラは午後入りって事は、午前中は俺一人だろうからな」

 

 この流れも既に3度目。こちらも毎回の様に言われると歯がゆさを覚えるので、話を本題へと進める。

 

「ええ、そうですね。先程のスレインさんの言葉通り、一個小隊との模擬戦です。スレインさんには申し訳ないのですが、インターバルが1分。1試合15分です」

 

 今が9時過ぎ。午前中一杯それを行うとなると、12回程の模擬戦をこなす事になる。入れ替えになる軍の方は休憩が多いが、こちらは1時間につき4分のみ。

 この内容では、相手をする方も訓練レベルの内容になっている。

 

「また、こき使うな……クレアは無し?」

 

「それが……最初に私と一対一でお願いしたいのですが……」

 

 この女性が手合わせを行うなんて珍しい。自分が知る限りでは、「公式な手合わせをした」なんて話は聞いた事がない。

 と言っても、自身は一度手合わせを行っているのだが、それは不可抗力から発生したもので非公式な仕合である。

 

「ほう……どういう風の吹き回しだ?」

 

「遊撃士としてのスレインさんに、公式に手合わせをお願いしたいのです」

 

「……部下達に見せつけたいと?」

 

「ええ……鉄道憲兵隊(TMP)内では、スレインさんに格の違いを見せつけられている者が殆どです。しかし、それと同時に私を英雄視する方が多いのです。正直言って、私では手の出ない相手も多いと思いますので……部下達には、もっと視野を広げて欲しいのです」

 

 自身を”人外”と設定した上で、それを相手に負けはしたものの善戦したクレアが強い。だからクレアを目指して練度を高めよう。そういう輩が多いという訳だろうか。

 確かにあの手合わせは本気ではなかったし、最後まで奥の手(・・・)を使わずに勝利している。

 それでも摩訶不思議な技を使う”悪魔”を相手を目指すよりも、それと同等のレベルで戦った者の方が目指しやすいのは間違いない話だ。

 しかし、目先の上司を目標に掲げてしまうと、軍隊として全体的な練度は上がりにくい。

 というより、そもそもクレアでさえ目標にするには些か無理が生じる人物であるので、上昇志向が生まれない可能性もあるのだろう。

 

「成る程な。クレアを基準にしないで、もっと上を目指して練度を上げたい。そんなところか」

 

「ええ。そもそも私では、スレインさんに勝てないと思うので……」

 

「これまた、『氷の乙女(アイスメイデン)』殿は弱気だな」

 

「あの時から勝てるなんて、微塵も思っていませんよ。相性が悪すぎです」

 

 確かに頭脳派プレーの筆頭とも言えるクレアは、自身との戦闘は相性が悪い。

 計算が間に合わない程の「物量」と「スピード」。それを両方持っているスレインには、かの氷の乙女(アイスメイデン)も形無しなのだ。

 

「ははっ、戦闘面では確かに相性最悪だな。分かった。じゃ、演習場に行きますか」

 

 二人は微笑みを交わして立ち上がり、ブリーフィングルームを後にする。

 模擬戦自体は全く問題がないし何も考える必要がないのだが、クレアとの手合わせの方が問題である。

 クレアの腹心であるドミニク少尉やその直下の隊員たちは、自身の事を何も思っていない。しかし、それ以外からは結構評判が悪く(特に男性隊員から)、色々と面倒なのだ。

 

「全員、敬礼!」

 

 指令所の横に併設された野外演習場に到着して、クレアと共に一同の前まで進む。

 そしてクレアの言葉と共に敬礼を受ける。数十名の隊員たちは、表情には出さないものの、自分がいる事に驚いている様にも見える。

 

「こちらが本日の模擬戦の指導をして下さる、遊撃士スレイン・リーヴスさんです」

 

 一同が少しざわつく。それもそのはず、自身が遊撃士である事なんて知る訳のない者たちだ。そもそも、内偵だった事を知っている人物だって殆どいないのだ。その反応は当たり前である。

 クレアに「挨拶をお願いします」と言われたので、一歩前へ出て口を開く。

 

「知ってる方も多いと思いますが、スレイン・リーヴスです。先日、正式に遊撃士になりましたので、今後はそういった扱いでお願いします。また、二つ名が替わりまして近接魔導士(ゼロ・ウィザード)となったので、ご注意下さい。以上」

 

「ご存知ない方も多いと思いますが、スレインさんはA級遊撃士の最年少記録を更新した方ですので、実力は確かです。それを目で確認してもらう為に、まずは私と模擬戦を行います」

 

 クレアの一言で一同は再度ざわめく。

 遊撃士となった点。そして、最年少でA級となった点。この二つだけでどよめく理由は十分。そして、極めつけにと言わんばかりに、クレアが手合わせを行うと言ったのだ。隊員たちが驚かない訳がない。

 そんな中、自身は予め段取りを聞いていたので、手合わせの用意をしていく。用意と言っても、定位置に着くだけであるのは触れないでおきたい。

 

「スレインさん。本気でいかせてもらいますよ」

 

 定位置に着いたクレアは先程までの穏やかな表情が消え、真剣な眼差しでこちらを見据えている。

 

「そうかい。悪いが瞬殺でいくぜ」

 

 同時に双剣を精製して構える。クレアも腰に備えたホルスターから大型の導力銃と取り出して構える。

 一呼吸置いた頃に、立会人であるドミニク少尉から開始の声が高々と上がる。

 

「いきます! ―――『フリジットレイン』!」

 

 魔力で精製した氷塊が自身の頭上に出現すると、クレアは氷塊目掛けて銃を撃つ。

 

(開幕早々、殲滅級の戦技(クラフト)かい……)

 

 心の中で舌打ちすると、頭上に数本の大剣を出現させて、輪を作る様に回転させる。

 この攻撃は魔力で出来た氷塊を砕く事で、氷片の魔法に仕上げる範囲攻撃。つまりは、頭上だけ守っておけば問題がない。

 先手は取らせたのだが、動かないという訳にもいかないので、とにかく敵の懐に飛び込む。

 正確にこちらの急所を狙ってくる銃撃を躱しながら、一気に間合いを詰めていく。

 銃を得物にする者の弱点は間合いだ。躱せないと判断した弾丸のみを双剣で弾くと、直ぐにこちらの間合いまで到達した。

 

「腕、鈍ってないか?」

 

 言葉と同時に、銃を弾き落とす為に左手に持つ剣を振るう。そのタイミングでクレアは上半身折り曲げて屈むと、疾風の如き速度で足払いを仕掛ける。

 どうやら、以前よりも体術を強化しているらしい。

 振るった剣が虚空を切ると同時に、軸足で地を蹴り宙に浮く。身体を捻る頃には、ピッタリとクレアの真上に背中がある状態になる。

 更に身体を捻って勢いを付けると、クレアの脇腹目掛けて右足を振るって蹴り飛ばす。

 

「くっぅ……スレインさんの腕が上がったのだと思いますよ」

 

 横に数アージュ吹き飛びながら声にならない呻きを上げたクレアは、脇腹を押さえて直ぐに立ち上がる。

 

「ノーダメージ……って、訳じゃなさそうだな」

 

「ええ。相変わらず速すぎです」

 

「トロトロしてたら、読まれるからな」

 

 言葉と同時に無数の短剣を精製する。速度重視で精製した短剣は一つだけ工夫(・・)を施してある。

 そして、一斉にクレア目掛けて射出すると、読み通り銃を構えて撃ち落とそうと引き金を引いていく。

 正確な射撃によって撃ち落とされた短剣は、粉々になると同時に中規模な爆発を巻き起こしていく。

 

「なっ……これは!?」

 

 全てを撃ち落とす事を考えて射撃しているクレアの前方には、爆音と黒煙が連鎖的に広がっていく。

 ”伝説の凶手『(イン)』”の得意技、起爆札を付けた短剣を飛ばす『爆雷符』を真似たという訳だ。正確に撃ち落とすクレアの射撃技術もあって、本家よりも威力が高そうにも見える。

 しかし、クレアも一筋縄ではいかない相手だ。黒煙の中から、何かが飛び出してくる。一瞬光ったそれの軌道は自身に向けてではなく、周囲に飛ばされたものだと分かる。

 

(カレイドフォース……詰み、だな)

 

 クレアの必殺の戦技(クラフト)『カレイドフォース』は、ミラーデバイスという鏡の様な端末を射出させて、導力銃から放たれる魔力の籠った光線状の弾丸を乱反射させていくもの。そして、その軌跡が魔法陣を結び、高エネルギー波を放つ技である。

 それは、複数のミラーデバイスや敵の位置を全て頭の中で把握した上で行う、針の穴に通す様な技。正に氷の乙女(アイスメイデン)の真骨頂とも言える攻撃だ。

 しかし、ミラーデバイスが見えてしまえば、その攻撃は脆く崩れる。光線状の弾丸『オーバルレーザー』が乱反射を始める前。一言で言えば、クレアの計算を上回るスピードで詰め寄れば逃げ切れる。

 少し屈むと同時に地を蹴り、一気に間合いを詰める。『泰斗流』と八葉一刀流『弐の型』の混ぜ合せた体捌き。そして、風のアシストを全力で受けて音速とも言える速さでクレアに詰め寄り、喉元に双剣を翳す。

 後方でカレイドフォースのエネルギー波が巻き起こり、周囲の黒煙をかき消していく。

 隊員一同は、爆音の後から何一つ見えなかった光景が、上官の最大級の技が放った事。

 そして、視界が晴れて戦況がやっと見えた事で喉を鳴らしていたが、直ぐに表情が青ざめていった。

 

「……参りました」

 

 小さくクレアが呟くと同時に、喉元で構えていた双剣を下ろして消滅させる。

 それと同時に立会人のドミニク少尉の終了の声が鳴り響いた。

 

「なっ……何が起きたんだ?」

 

「大尉が、負けた?」

 

 数十名はいる隊員がそれぞれ声を上げているが、どれも状況を理解していない声であるのは間違いなかった。

 

「スレインさん、ありがとうございます。やっぱり強いですね」

 

「相性の問題でそう見えるだけだろ」

 

 先程と同じ様な発言をして、隊員一同の方に視線を向ける。そこには案の定、狂気と敵意の目線をしている者が多かった。

 人のレベルでは到達出来ない体捌き。そして、アーツでもない謎の攻撃。言ってしまえば、その全てが理解出来ないのだろう。

 軍属にいる事から、数々の手練と相まみえる事が多い彼らにとって、スレインは既に理解が出来ない異形の様な存在に見えるのだろう。

 

「スレインさん、すみません。あまり深く考えないで下さい」

 

 こちらが難しい顔をしていたのか、クレアに目線を向けると優しく微笑んでいた。

 どうやら自身の思考があまり良くない方向に進んでいる事がバレていたらしい。

 

「……ああ。とりあえず続き、始めるか」

 

 そこからは依頼通り、インターバルの殆どない模擬戦が始まった。

 隊員たちの練度も決して低い訳ではなく、先程の手合わせで負けたクレアの仇と言わんばかりの意気込みには、流石に舌を巻く程の動きであった。

 しかし、それでも将校クラスとの差は大きかった。指揮系統がないチームは脆かったり、あったとしても個の練度が低い事からチームが崩れていったりと、課題点が思いのほか多い結果となった。

 

「ふー、疲れた……」

 

「何だか結構えげつない模擬戦だったみたいね」

 

 現在時刻はお昼丁度。昼食の休憩を取る事になったので、指令所の食堂に顔を出している。

 そこに今しがた帝都に到着したサラがいたので、一緒に食事をしながら午前中の話をしているという状態である。

 

「いや、あれじゃ、どっちの訓練だか分からん」

 

「あんたでも辛いメニューって……やる気なくなってきたわ」

 

「あら、サラさん。正式な依頼なんですから、そんな事言わないで下さい」

 

 ランチセットのトレーを持ってクレアが現れると、空いていたサラの横に腰を下ろす。

 サラが露骨に嫌な顔をしているが、これは毎度の恒例行事の様なものだ。

 

「あーら、かの鉄道憲兵隊(TMP)も遊撃士に依頼するだなんて、人材不足なのかしら?」

 

 一つ言っておこう。サラはオズボーン宰相の事を嫌っている。帝国政府の圧政によって、遊撃士協会帝国支部は軒並み撤退する事になったからだ。

 憎んでいるとも言えるのかもしれないが、そこまでの感情は出さないので、ハッキリした事は不明である。

 そして、その延長線で鉄血の子供たち(アイアンブリード)の事も好ましく思っていない。

 そういう訳で、サラとクレアの仲は、シャロンとの仲と同じ様に表面上だけのやり取りが多い。それぞれに関わっている身としては、面倒かつ複雑な心境である。

 

「まぁ、仕方がないだろ。人に真似出来ない強さを持つクレアを目標にする連中が多いんだから、喝を入れるには持ってこいだろう」

 

「んな事言ったら、あたしもあんたも人に真似出来ないレベルじゃない」

 

 いやはや、ごもっともである。

 サラも紫電(エクレール)と呼ばれる由縁は、自身の纏う闘気の性質の事。おいそれと真似出来るものではない事は知っている。

 

「そういう人物を相手にする事で、自身の強みや性質というものを掴んで欲しいのですよ」

 

「という訳だ。一々突っかからずに仲良くしろよな。いつ手合わせが始まるかハラハラもんだぜ、まったく」

 

 クレアの言葉にフォローを入れながら食事を平らげると、サラはバツの悪そうな表情で黙々と食事をしていた。

 

「あたしはあんたと違って寛容な心を持っている訳じゃないの。今回だって何でわざわざギルドを宿泊場所に選ぶ訳?」

 

「あー、それは俺も思ったわ。俺ら二人からしたら、微妙な空気になるのは間違いないよな」

 

「知事閣下が選定したので、私も真意は分かりません」

 

「だよなぁ……別に不満はないんだけど、多少は気を遣って欲しいわ」

 

 なんて愚痴っぽい事を話していたら、慌てた素振りでドミニク少尉が近寄って来る。

 

「クレア大尉。お話中、申し訳ありません。宰相閣下から通信が入っております」

 

「え? 分かりました。すぐ向かいます」

 

 こちらに「すみません」と一言だけ添えて席を離れるクレア。ドミニク少尉の表情も少しばかり固かったのは、相手が相手だからだろうか。

 

「何かあったのかしらね?」

 

「さぁな。意外と呼び出しだったりして」

 

 真剣な表情になっていたサラに投げやりな言葉を返してから、コーヒーを買いに席を立つ。

 昼時の食堂というのは何処も混むもので、コーヒー一杯に5分程度の時間がかかってしまった。

 席に戻ると、クレアも戻ってきていたのだが、その表情はどこか固い表情である。

 

「スレインさん。宰相閣下がお呼びです。1時間後にバルフレイム宮に行くようにと」

 

 冗談で言った発言が、まさか本当だったとは思わなかった。そしてその対象が自分と言う事に驚いたが、サラも同じ事を思っている様で目を丸くしている状態だった。

 

「ちなみに理由は?」

 

「先日のノルドでの一件の御礼がしたい。との事でした」

 

 自身はオズボーン宰相とは何回か会っている。しかしそのどれもが、まともな会話ではない。

 皇族の内偵という仕事上、そもそもの接点は限りなく薄い。時々バルフレイム宮で会ったとしても、挨拶や一言二言の世間話で終わる。

 ましてや、呼び出しなんて初めてだ。

 

「スレイン、警戒しておきなさいよ」

 

「スレインさん、お気をつけて下さい」

 

 どんな思惑かは知らないが、宰相閣下直々の呼び出し。断る訳にもいかないので、サラとクレアに「行ってくる」とだけ告げて、指令所を後にした。

 1時間と言えば、指令所からバルフレイム宮まで寄り道せずに行けば十分間に合う。

 各通りまでを結ぶ列車の様な“導力トラム”という乗り物に乗って、バルフレイム宮前のドライケルス広場まで向かう事にした。

 

「ん? あれは……」

 

 ドライケルス広場に到着すると、リィン達A班が、広場のベンチでクレープやアイスを片手に休憩をしていた。

 帝都で実習を行っていて、かつ今は昼を少し回った頃。広場で休憩をしていてもおかしくはない。

 

「リィン。お前さん達、こんな所で休憩か?」

 

「ああ、さっきまでB班の皆と一緒に百貨店内で昼食をとってたんだけど、思いのほか早く依頼が済んだから、その延長で休憩をしてたんだ」

 

 なるほど。全員揃って同じ場所での実習なんて最初で最後かもしれないし、確かにそれは名案であっただろう。

 しかし、昼食後に広場の屋台でデザートなんて食べるなんて、けっこう余裕がありそうである。

 依頼が簡単だったのか、彼らの練度が向上しているのか。どちらにしても良い事だろう。

 

「そりゃ楽しそうで何よりだ。で、あいつらはずっとあれ(・・)か」

 

 視線をラウラとフィーに一瞬だけ向けてリィンに問いかけると、無言で短く頷く。

 時計を見ると、予定よりもまだ30分程の時間がある。多少の入れ知恵はしてやろう。

 

「ちょっとフィーを借りるぞ」

 

 リィンに返事を聞かずにフィーを呼んで、一同から離れてバルフレイム宮への橋近くのベンチに腰を下ろす。

 

「フィー。今日中に状況が変わらないなら本気で仕合しろ」

 

「……え?」

 

 フィーは言葉の真意が分からない様な表情でこちらを見る。

 

「お前さんも分かってると思うが、ラウラは頭が固い。キッカケがないといつまで経っても状況は変わらない。それに、フィー自身もラウラに対してどう接すればいいのか分からないんだろ?」

 

「うん……そう、だね。正直、あそこまで真っ直ぐだと……」

 

「だろうな。お前さんとじゃ生きてきた世界が違うからな。まぁ、それは一旦置いておこう。とにかく、言葉で表現するのが苦手なんだから、“戦い”で語れ。経緯も結果もどうでも良い。とにかく一度やり合う事をオススメするよ」

 

「スレイン……」

 

 フィーは考え込む様にして俯く。しかし、元々何か話をして欲しくて呼んだ訳じゃない。

 半年近くⅦ組にいたとしても、感情表現の苦手なフィーは、一同に全てを打ち明ける事は簡単に出来ないだろう。それは、今まで同じクラスで見てきたからこそ分かる。

 自身もフィーと深い関係がある訳ではないし、入学前も数回程度しか会ってない。

 しかし、自分も似たような道を歩んできたからこそ、今のフィーの気持ちも何となく理解出来るのだ。

 

「まぁ、そういう訳だ。今日中にケリ着けなかったら、後でシゴクからな」

 

 笑いながら立ち上がり、フィーの頭をポンと叩いてから「それじゃ」と一言だけ告げてバルフレイム宮へと向かっていく。

 不器用な連中が多いと世話が焼ける。なんて事を思ったのだが、自分も同じかもしれないと思った瞬間に、つい嘲笑してしまった。

 気を取り直してバルフレイム宮に到着して入口の兵士に名を告げると、直ぐに中へと案内されていく。

 漠然と一般来客用の応接室に通されると思っていたのだが、予想は外れて宰相の執務室へと通された。

 

「失礼します。オズボーン宰相閣下。ご無沙汰しております」

 

「待っていたよ、スレイン・リーヴス君。久しぶりであるのに、急に呼び出してすまないな」

 

 入室の挨拶を端的に済ませてオズボーンに一礼をして、執務机まで進んだ所で歩を止める。

 

「いえ、問題ありません。ノルドの一件での話とお伺いしておりますが……閣下自らの謝意を頂く程ではありません」

 

「そんな事はない。レクターとミリアムよりも行動が早かったと聞いている。それに共和国側との関わりが深い君がいなかったら、更に面倒な事になっていただろう」

 

「それは買いかぶり過ぎかと。彼らがいなければ迅速に解決は出来ませんでしたから」

 

 互いに手の内を探る様に、もっともらしい言葉を並べる両者。

 こういった論戦は苦手なので、正直さっさと本題に入って欲しいものである。

 

「そう言ってくれると鼻が高いな。……ところで、君が遊撃士となったというのは本当かね?」

 

「ええ……私自身、驚いております。オリヴァルト殿下の計らいで、除籍になっていなかった様です」

 

 遊撃士への抑圧。以前オズボーン自ら行った圧政を、個人的に行うつもりなのだろうか。

 

「そして最年少記録の更新。君程の腕前であれば当然だろうが、帝国政府代表として誇りに思う」

 

「……恐縮です」

 

「さて、そろそろ本題に入ろう。率直に言う。鉄血の子供たち(アイアンブリード)に加わる気はないか?」

 

 その突然の言葉に流石のスレインでもポーカーフェイスが崩れる。

 確かに“子供たち”は何らかの才能がある者を、宰相自ら拾っているという情報は知っている。

 しかし、今までの流れが察するに、これはただの引き抜きだ。その真意は不明だが、このタイミングも謎である。どういう意味があるにせよ、その思惑が分からない以上は動くに動けない。

 

「幾ら閣下自らの発言であっても、理由もなしにお答えは出来ません」

 

「フフ、そうだな。今までもそう言った話は“子供たち”から出ていたのだが、皇族直属の人物を引き抜く訳にはいかない。現在、“休職”している身であれば、打診だけなら問題あるまい」

 

 今までもそう言った話が子供たち(彼ら)の中であったのかでさえ、怪しいものだ。そんな話は一番信用しているクレアからすらも聞いてない。

 

「それに、君はクレア(彼女)生き方(・・・)に影響を与えた人物だ。私としては、共にいた方が嬉しいと思うのだが……それは当たり前だと思わないかね?」

 

(そうきたか……)

 

 確かにクレア・リーヴェルトに鉄血の子供たち(アイアンブリード)としての人生ではなく、“人としての人生”を歩む様に言った事はある。

 それを親心(・・)と銘打って、理由付けをしてくるとは思わなかった。

 しかし、その理由が本心から語っている訳ではない事くらい、論戦が苦手な自身でも分かっている。

 

「閣下。彼女自らそう思っているのかは分かりませんが、私は現在士官学院生です。ご存知の通り、入学にさし当たって内偵も休業になった身ですので、この場でお答えは出来かねます」

 

「ほう……遊撃士の方は問題ないという事かね」

 

「……正直に申し上げますと、遊撃士に戻ったつもりはありません。元々除籍だと思い続けていました。今は遊撃士を名乗る事になったとは言え、本来は学生の身。私個人としては、身分は学生が第一優先だと思っております」

 

 いつまでもこんな茶番に付き合っていられないと思い、自身の本音を告げる。

 遊撃士を続けられている事は嬉しいが、素直にそれを喜べる程の心の余裕はない。

 身分や立ち位置に関係なく、自身のやるべき事をやる。そして、探し続けているものを見つけたい。

 自身の中にあるものなんて、それぐらいしかないのだ。

 

「成る程。素晴らしい信念の持ち主の様だ。君の言葉通り、今は保留としておこう。話は以上だ」

 

「……失礼します」

 

 上辺の言葉を口にしたオズボーンに一礼して退室する。

 鉄血宰相の異常なまでの威圧感と、慣れない論戦に精神力を大きく削られてしまった。

 彼の言葉の真意が何処にあったとしても、自分が“子供たち”に入る道など微塵もない。

 クレアを人質にでもするつもりなら、それこそ力尽くで取り返すのみだ。人としての人生を歩む事の出来た彼女を、再び奈落の底に突き落とす訳にはいかない。

 そんな深い闇に染まる人間なんて、自分一人で十分である。

 

(ま、ただの牽制……だろうな)

 

 恐らく「あまり首を突っ込むな」とでも言いたいのだろう。今までは皇族直属という後ろ盾のおかげで何も言えなかったが、今は学生か遊撃士。表向きではある程度の発言が許される立場となった事からの牽制だろう。

 しかし、そんな事をされたところで、自身の周囲に厄介事が降りかかるから対処しているだけである。こちらとて、わざわざ首を突っ込みたくないのが心情だ。

 そこまで考えたところで、思考の海にのめり込む前に現実へと回帰させる。

 今日一日はまだ終わっていないのだ。鉄道憲兵隊(TMP)の指令所に行けば、再び模擬戦の嵐が待っている。

 今はそれだけを考える事を決めて、バルフレイム宮を後にするのであった。

 

 

 




オズボーン宰相が遂に登場しました!

謎に包まれた人物ですので、その雰囲気というか存在を表すのは難しいですね……

今回はスレイン君を”子供たち”へと勧誘していましたが、これが意外と大きな意味になってくるのはまだ先の話です。

次回はサラ教官がメインとなります!

それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。



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束の間の日常

お久しぶりでございます。

現実世界で色々と忙しい毎日を送っていましたが、やっと落ち着いてきました。

既に虚無の彼方へと忘れ去られているかもしれませんが、帝都編第二話です。

今月まで更新が遅くなるかもしれませんが、引き続きお読み頂ければ光栄です。

それでは、第33話、始まります。



 

(……2年振り……か)

 

 日付は変わって7月25日。特別実習二日目の朝。

 昨日の鉄道憲兵隊(TMP)の鬼畜とも言える模擬戦闘訓練は結局日が暮れるまで続いた。

 その報酬という訳なのか、ヴァンクール通りにある高級レストランでクレアから夕食をご馳走になった。サラとクレアのやり取りを制するというのは些か面倒であったが、普段ではなかなか食べられない料理に舌鼓を打つ事で気を紛らわせていた。

 そして、昨晩の宿泊先は、クレアの方で手配してくれたガルニエ地区にあるホテル【デア・ヒンメル】。

 しかし、デア・ヒンメルは高級ホテルだ。夏至祭直前という事もあって、予約が取れたのは昨日のみだったらしい。つまり、今日からはⅦ組の面々と同じ旧遊撃士協会(宿泊場所)に泊まる必要がある。

 大陸を旅していた時も遊撃士協会には足を運ばなかったので、実に2年振りに扉を開ける事になる。

 自分が決めた制約をこの様な形で破るというのは、正直言って複雑な心境なのだ。

 

「―――こんな所にいたのね。朝から探し回ったじゃない」

 

 少し離れた所にある扉が開く音と同時に、こちらに歩み寄ってくる足音が聞こえた。

 現在位置はデア・ヒンメルの屋上。端の方で鉄柵に体重を預けて、ぼんやりと景色を眺めている。

 

「俺は起こしに行ったぞ。飲み過ぎたサラが悪い」

 

「何よ、少しくらいはいいじゃない。昼だけならまだしも、何で夜も一緒に食事しないといけないのよ」

 

(…………)

 

 横で同じように空を見つける女性に違和感を覚える。

 昨日サラが飲んだ酒の量は、通常時の2倍。決して“少し”飲み過ぎたというレベルではない。

 サラはそういう時、「あれくらいならまだ問題ない」と、もっと飲める事をアピールする。

 更に言えば、昨日はクレアの好意で、帝国内でもかなり有名なボトルを開けている。それに対する感想を、開口一番言わないのはおかしい。

 つまり、横に現れた女性が本人(・・)ではない事を意味している。

 

「……喧嘩売ってんのか、『怪盗紳士』」

 

 相手を見ずに言葉をかけると、横から小さな破裂音と共に、人一人隠れる程の白煙が上がる。

 どうやら変装を解いたらしい。

 

「フッ、こちらを見ずに気付かれるとは……流石だよ」

 

「もう少しもっともらしい言葉を選ぶんだな」

 

「言葉……か。ふむ、次回は気をつけよう」

 

「で、何の様だ? 事と場合によってはここで一戦交える事になるぞ?」

 

 鉄柵に預けた体重を戻して、横に佇む男性を見る。白のタキシードに顔の上半分を覆うマスク。

 執行者『怪盗紳士』ブルブランは、殺気も敵意もなく、笑みを含んで値踏みしている様な表情だ。

 

「『怪盗B』として、君のご学友と戯れようと思ってね。それを見逃して欲しい」

 

 ストレートに物言いした彼の言葉に、嘘偽りがない事は分かる。

 以前、バリアハートに現れた際に“警告”をしているので、大きく出る事が何を意味するかはしっかり理解しているのだろう。

 

「そんなに気に入ったのか? それとも俺に対する嫌がらせか?」

 

 そもそも、ブルブランが『怪盗B』の名を使う場合は、執行者としての活動ではない。

 個人的な理由で、個人的に気に入った人物に、言葉通り“戯れ”を行う時だ。だからこそ『怪盗B』は手に掛けた品を必ず返すという、理由のない事をするのだ。

 

「君のご学友が随分と力を付けている様だからね。花咲かせる前の蕾を愛でようよ思ったのだよ。勿論、以前の言葉通り今は(・・)それ以上の事はしない」

 

 “今は”という言葉の裏には、“今後はそれ以上の事を行う”という意味が含まれている。

 と言うより、不穏な空気が含まれているこの帝都に執行者がいる時点で、何かしらの動きを始めた事は示唆出来る。

 この男と無理にやり合うより、泳がせて様子見をする事を選んで、彼の言葉に承諾する。

 元より、結社も表立って行動する訳ではない。どこから介入するかも、どの程度の戦力を投入しているかも分からない状態では、こちらの方が危険なのだ。

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。では、また会おう」

 

 一言だけ言い残して、虹色の光が彼を包む。それと同時にブルブランは姿を消した。

 レクターが持ってきた情報『帝国解放戦線』が夏至祭に向けてテロを起こすのであれば、タイミング的に結社と裏で繋がっている可能性は高そうだ。

 一層警戒する必要があるという結論に至り、索敵用の風を広範囲に広げていく事を決めた。

 

「―――こんな所にいたのね。朝から探し回ったじゃない」

 

 先程と全く同じ言葉と声が聞こえると、”本物”がこちらに歩み寄ってくる。

 

「おう、随分ゆっくり寝てたみたいだな」

 

「ええ、昨日のワインがあまりにも美味しかったから飲み過ぎたわ……。うー、頭痛い」

 

 頭痛を和らげる様に頭を指圧しながら歩み寄るのはサラ。

 

「しかし、昼だけじゃなく夜まで一緒なんて嫌がらせなのかしら……」

 

 昨夜の夕食の一時を再び思い出して、サラはブツブツと文句を言っている。

 宰相の呼び出しから戻るとクレアから、「自身がオズボーン宰相に呼ばれた事で、サラが猛烈に苛立っている」という言葉を耳打ちされていた。

 それもあってクレアは食事に誘ったのだと思うが、サラの方はそれすらも不満だったのだろう。

 自身も内面を隠し通せる程の器用な性格ではないが、彼女はそんな自分よりも不器用なのだ。

 そんな事を考えていたら、心地良いそよ風が辺りを包み込む。常日頃から風を受けているが、天気の良い朝に受ける風はやはり清々しいものである。

 

「……どうやらA班の問題は解決した様だな。フィーも少しは馴染めてきたんじゃないか?」

 

「ええ、そうね。あの子にとっても居心地がいい場所になってるといいけど」

 

「大丈夫だろ。Ⅶ組の前では無防備に寝てるし、多少は考え方も変わって来てると思うぜ」

 

 元猟兵という事もあって、フィーは睡眠中でもある程度の警戒心を持っている。物音や気配で直ぐに起きれる程の浅い睡眠しか取らない事もあって、至る所で寝ているのだろう。

 しかし、最近のフィーは、Ⅶ組の前ではその警戒心を解いている。教室内や寮のリビングルームなどで寝ている時は、起こしても起きない程の深い睡眠の時もある。

 それが意味するのは、“Ⅶ組は警戒する必要がない”という事。それだけ彼女の中で心境の変化があるのだろう。

 

「さて、本日の実習は何をさせるんだ?」

 

 風の知らせでB班の方も問題なく今日を迎えた事も確認したので、そろそろ本題に入っていく。

 元より聞いていた実習内容は昨日で終了してしまっている。実習は残り2日間。一体何をさせる気なのだろうか。

 

「今日は帝都内の見回りね。一応、遊撃士(あたし達)の目でも確認した方がいいでしょ」

 

「確かにそうだな。今しがた『怪盗紳士』も現れた事だし、夏至祭に向けて何かが起きる事は確定だろ」

 

「はぁ!? ちょっとそれどういう事よ?」

 

 物凄い剣幕でずいっとこちらに歩み寄るサラに、先程の出来事を話す。

 “怪盗”としてという部分で少し安心した様だが、自身に変装した事が予想外だったらしく、こちらに対してもブツブツ文句を言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「で、サラさん? 見回りじゃないのかよ?」

 

 時刻は半刻程過ぎ、徐々に気温が上がり暑さを感じる時刻。

 見回りと言われてホテルを出て、何も言わずにサラに着いて行くと、百貨店内の喫茶【ミモザ】に到着。そのまま朝食を取っている時の言葉である。

 

「ええ、そうよ。帝都内をブラブラしながら怪しい所をないかチェックするだけ」

 

 トーストを噛りながらそう話すサラ。優雅に朝食なんて取ってる時点で、その言葉の本質は“ブラブラしながら”にあるのだろう。

 どうやら、見回りはオマケになりそうだ。

 

「あんた、随分前にクレア(あの女)と1日遊んでたんでしょ? 」

 

「ARCUSの礼だよ。他意はないし、クソ皇子に呼び出しも喰らったからな……」

 

 数ヶ月前の事を思い出しながら言葉を口にする。

 そう言えば、オリビエからサラがどうこう言われていた気がするが、どうやら妄言ではなく事実だったらしい。

 確かにサラは遊撃士協会を縮小させたオズボーンに、怒りと憎悪を抱いている。それを、腹心である“子供たち”にも同じように抱いているのは確かだ。

 しかし、自身はサラと違って、帝国内部に深く入り込んでしまっている。反発する必要も無ければ、互いに利用し合う関係でもある。変に貸し借りを作る必要はないからこその行動である。一緒にいる事を言及されても、正直言って困ってしまう。

 

「だからっておかしいじゃない! なんで御礼の為に一日いる訳? オズボーン(あれ)がやった事なんて―――」

 

「サラ、それは分かってる。だからと言って、その牙をクレアに向けるのはお門違いだ。あいつもそれは分かっているから、邪険に扱ってないだろ? そもそも、あいつを宰相から遠ざけたのは俺だ。宰相が俺に興味を持つのも、クレアが俺を信用するのも、全て俺に原因がある。色々と複雑なんだよ」

 

 

「分かってるわよ……とりあえず、今日は一日、あたしと一緒に見回りだからね!」

 

 頬を少しばかり染めながら、冷めたコーヒーを一気に飲み干すサラ。

 なんだかこの人物が、とんでもない方向に思考を飛ばしている様にも見えるが、今は何も言わないでおこう。

 それを突付くには如何せんリスク(・・・)が大きい。

 

「はいはい、分かったよ。とりあえずヴァンクール通りからB班方面に向けて見て回るか」

 

「ええ、そうね。派手に動こうとしない限り様子見でいいわ。鉄道憲兵隊(TMP)も警備に回ってるから、そっちに任せましょ」

 

 サラの言葉をキッカケに二人は立ち上がって、喫茶店を後にする。勿論、百貨店内も目を光らせたが、特別怪しい事はなかった。

 その後、午前中はB班方面を見て回った。怪しい人影がチラホラあったが、本日中に動きそうな気配がなかったので、サラの言葉通り様子見の為に泳がせた。

 ちなみに、その殆どがスレインの風を使って得た結果であり、二人は本当にただ“ブラブラ”していただけである。その姿が完全に見回りではないものであった事は、言及するのも面倒であった。

 

 

 

 

 

 B班方面の見回りを終えた所で午後になり、お次はA班方面のアルト通りに来ている。

 サラ曰く、アルト通りの音楽喫茶【エトワール】にて小休止との事だ。

 と言っても、先程ドライケルス広場の屋台で昼食を済ませている。この人物は、どれだけ休みたいのだろう。

 エトワールに入ると、サラは迷う素振りもなく一人の女性が座っている一番奥の席まで歩を進める。

 

「フィオナさん。お久しぶりね」

 

「サラさん、スレインくん。お久しぶりです」

 

 サラが声をかけると、女性は振り返り笑みを零して挨拶をしてくる。

 

「フィオナさん? お久しぶりです」

 

 意外な人物の遭遇に驚いた表情をする。ここアルト通りにはエリオットの実家、クレイグ家がある。だからこそ目の前の人物がいてもおかしくはないのだが、さも当たり前かの様に挨拶をされると面食らってしまう。

 今挨拶をした人物はフィオナ・クレイグ。エリオットの姉にして、帝都でピアノの講師をしている。面立ちはエリオットにも似ていて、クレイグ家特有の赤毛の長髪が似合う可憐な女性である。

 ただ、自身の記憶が確かであれば、結構ブラコン気味だった気がする。

 

「サラさん、エリオットがお世話になっています」

 

「いえいえ、あたしは殆ど放任ですから」

 

「それは間違いないな……。フィオナさんの方はお元気ですか?」

 

 サラの言葉に苦笑いをしているフィオナに、形式的な言葉を掛ける。

 

「ええ、エリオットがいないのは寂しいけれど……音楽の道に進められれば一緒にいられたのに」

 

「まぁ、お父上の考えもあるでしょうし仕方がありませんよ。ただ、学院生活を有意義に過ごしている様に見えますよ? 吹奏楽部に入っているみたいですし」

 

 エリオットとフィオナの父、オーラフ・クレイグ中将は帝国正規軍“第四機甲師団”に所属している猛将。“赤毛のクレイグ”と呼ばれ、第四機甲師団を正規軍最強とまで押し上げた人物である。

 兄妹揃って音楽家の母親似らしいので、中将としては息子を軍に入れたい気持ちも分からなくもない。

 結果として父の言葉に従う形で士官学院に入ったのだと思うが、エリオットとしては音楽の道も諦められない様にも見える。

 寮の部屋には沢山の楽器が並んでいたり、学院で吹奏楽部の活動をチラッと見ると楽しそうな表情をしているからである。

 しかし、それであってもⅦ組という特殊な環境で、クラスメイトとの絆や特別実習から沢山の事を学ぶ一面は、決して後悔している様には思えない。

 

「それならいいのだけれど……やっぱり不安だわ。私のエリオットは可愛いままでいいのに」

 

「弟さんも色々考えていると思うわよ? 自分がどうしたいか、しっかりとトールズで見定めていると思うわ」

 

 フィオナの冗談の様で本音で言っている言葉に、サラが大真面目に答えている。

 フィオナの発言はいつもの事だが、サラの言葉には正直意外である。担任教官として、見ている所はしっかり見ているという事だろう。少しばかり見直してしまう。

 

「そう言えば、スレインくん。先日、父が『また演習に呼びたい』と言っていましたよ」

 

「ナイトハルト少佐にも言っていてますが『今は学生なので遠慮しておきます』って、伝えておいてください」

 

 学院の臨時教官でもあるナイトハルト少佐も、クレイグ中将と同じ第四機甲師団所属であり入学前から面識がある。そして、オリビエの護衛でもあるミュラー少佐とも旧知の仲らしく、手合わせも数回している関係である。

 そんな事からクレイグ中将同様、『正規軍の演習』のお誘いをよく受けるのだ。

 以前、オリビエとミュラーの頼みで“演習”に参加したのだが、その内容はもはや演習レベルではなかった。

 『未確定要素との大規模軍事演習』と称されたそれは、人間一人相手に導力戦車まで持ち出す演習だった。つまり、自身一人に正規軍一個中隊の戦力をぶつける内容。

 昨日の鉄道憲兵隊(TMP)との模擬戦が優しく感じられる程の、二度とやりたくない演習でもある。

 

「ふふっ、相変わらず人気者なんですね」

 

「悪目立ちってやつですけどね。……ところでサラ、このセッティングは何の意味があるんだ?」

 

 軍属でもないのに軍人に好かれ、更には無茶苦茶な演習に付き合わせようとする人物達に人気になっても困り者である。

 ただでさえ、あちこち介入しているおかげで、面倒事が増え続ける一方である。これ以上、悩みの種が増えるのは勘弁願いたい。

 フィオナの笑顔に苦笑と共にため息で返答すると、一端話題を変える為にサラに話を振る。

 

「現地住民の聞き込みよ。ついでにA班の様子見ね。すぐそこに寝泊まりしてるから、ここにも厄介になってるでしょ」

 

 確かに目と鼻の先には旧ギルド、つまりA班の宿泊場所がある。一応教官としての仕事もしている、とでも言いたいのだろう。

 

「この辺は住宅街ですからねぇ。夏至祭もここで屋台を出すくらいしかしないのよ」

 

「なるほど……フィオナさんはどこかで公演ですか?」

 

「いいえ、今年はエトワールの屋台の手伝いよ。売り子さんをやる事になったの」

 

 フィオナが売り子という事は、結構な人通りになるかもしれない。なんて事を思っていたら、早々とサラと二人で話が盛り上がっている。

 まだ帝都で活動していた頃、ギルドが近くにあった事もあってフィオナは度々依頼を出していた。

 それをサラが引き受けており、年齢も近いこの二人は自然と仲良くなったのだ。勿論、スレインもその時からの知り合いである。

 

「でも、お二人が並ぶ姿をまた見れて嬉しいわ。あなた達、昔からお似合いだったものね」

 

 話が一段落したのか、フィオナが急に話を振る。その発言に、つい飲んでいる紅茶を吹き出しそうになった。

 確かに昔は準遊撃士だったので、指導役のサラに同伴していた。

 しかし、あれは完全にパシリとしての要素が大きい。どう考えても、その様には見えなかったハズだ。

 

「いや、フィオナさん? どっからどう見ても、そんな風には見えなかったと思いますが……」

 

「そ、そうよ! あたしは指導役で、それで連れて行ってただけなんだから!」

 

 その予想の斜め上をいくフィオナの発言に、サラは自身よりも動揺をしている様で声が裏返っている。

 

「あら、その割には随分と仲良しに見えたけれど……それに、いつも一緒にいたじゃない」

 

「だから、それは指導役だからなのよ! 準遊撃士に仕事を教えるのも仕事なの!」

 

 何やら凄い剣幕でいるサラは、耳まで紅く染めて反論している。

 というか、自身がフィオナに会う頃には、仕事も覚えて教わる事などなかった気がするのだが、そこにツッコミを入れるのは藪蛇だろう。

 触らぬ神になんとやらだ。

 

「確かにフィオナさんの依頼には良く駆り出されてましたが、四六時中いる訳ではなかったですよ。俺も、それなりに一人で依頼受けてましたから」

 

「そうね。スレインくんの噂も凄かったものね。『遊撃士にチャーミングな子がいる』って。エリオットには負けるけど、あなたも可愛かったわ。勿論、今は格好良くなったけど、しっかり当時の面影も残っているわね」

 

 再び紅茶を噴き出そうとしてしまい、含んだ紅茶を慌てて飲み干す。

 いらぬ過去を思い出せないで欲しいものだ。暫く喉を潤す事は止めた方がいいかもしれない。

 スレインは、特例として10歳から遊撃士活動をしていた事もあって、帝都の中では比較的名が知れていた。

 既に当時からポーカーフェイス気味であったせいか、子供あどけなさと相まって、フィオナの言う様な変な噂をされたのだ。

 遊撃士として名が上がるという事で渋々否定しなかったが、それでも恥ずかしい噂である。

 

「やめてくださいよ。その話は何年も昔の事ですし、可愛がるのはエリオットだけにしてください」

 

 本当に言われる事が恥ずかしいと思わせる苦笑いをしてフィオナを制する。

 この女性は昔から思った事をストレートに表現する。このまま話し続けると、話題はあらぬ方向へ何処までも進んでしまうのだ。

 

「ふふっ、そうね。……あら、もうこんな時間なのね。私は予定があるので、こちらで失礼しますね」

 

「ええ、わざわざありがとう」

 

「フィオナさん、お気をつけて下さいね」

 

 形式的な別れの挨拶の後にフィオナが「機会があれば食事にいらして下さい」と告げてから笑顔で店を出ていった。

 この流れだと、今夜はA班と同じ寝床を利用する可能性が高そうだ。

 時間を忘れる程盛り上がっていた様で、時計を見ると既に夕方へと近づいている。

 

「もうこんな時間か。今日中に帝都全域は難しそうだな。……ん? サラ、どうかしたか?」

 

「え? ううん、何でもないわよ。オスト地区を少し見たら終わりにしておきましょ」

 

 視線を虚空に彷徨わせていたサラは、現実に戻ると同時に普段あまり見ない複雑な表情をしている様だった。

 サラが上の空なんて珍しいと思ったのだが、その後に「早く終わりにして飲みに行く」と続けた事で、自身の思考が無駄なものであると結論付けた。

 エトワールを後にすると、横に流れる川の鉄柵に体重を預けて真面目な話をしていく。

 

「この辺りは問題なさそうね。クレイグ家もあるし、意外と狙ってくるかと思ったんだけど」

 

「まぁ、陽動って意味では狙いそうだけどな。本命ではない以上、匂わせる事もしないだろ」

 

 帝都の夏至祭では、帝都ならではの盛大なイベントがある。それは、皇族の行事参加。

 バルフレイム宮から各エリアに導力リムジンで移動して、それぞれの行事に参加するというパフォーマンスだ。

 テロリストは十中八九それが狙いだろう。

 

「やっぱり、皇族……よね」

 

「そりゃそうだろ。夏至祭なんて言ったら皇族が見れるチャンス。ましてやマーテル公園では園遊会もあるし、本命はそこだろう」

 

 マーテル公園で行われるのは、帝都庁主催の園遊会。

 以前、アルフィンが言っていたイベントである。

 オリヴァルトやセドリックが向かう場所はよりも、大々的に銘打って行われている行事なので、狙う可能性は必然的に高いだろう。

 

「やっぱりその3箇所が中心よね……。あら? 着信入ったから、ちょっと待ってて」

 

 少し離れてARCUSで通話を始めるサラを横目に、夏至祭のスケジュールを思い出す。

 夏至祭には、オリヴァルト・セドリック・アルフィンの三名が導力リムジンに乗り帝都を回りながら行事に参加する。

 今年は確か、オリヴァルトが競馬場方面。セドリックが大聖堂方面だった気がする。

 アルフィンが向かうマーテル公園を含めて、綺麗に方向がバラバラだ。導力リムジンは防弾仕様だから、移動中は恐らく手が出せない。そう考えると到着した場所で何かが起きる可能性が一番高い。

 仮に鉄道憲兵隊(TMP)と帝都憲兵隊《HMP》が警備に回るとしても、敵の戦力は未知数。ましてや結社が出てくるとなれば、正直言ってサラとクレア以外は戦力外だ。

 そうなると、必然的に自身を含めた3名はバラバラに配置する必要がある。陽動が本命とも言える程の大規模な問題に発展するケースもあるので、こちらの戦力分散は仕方がないだろう。

 

「スレイン。これからサンクト地区へ行ってちょうだい」

 

 サラの言葉で、彼方まで飛ばしていた思考を回帰させる。いつの間にか通話も終わり、自身の真横に戻っていた。

 

「サンクト地区? 大聖堂でも拝むのか?」

 

「いや、聖アストライア女学院ね。理事長さんの命令よ。お茶会を主催してⅦ組にお披露目するそうよ」

 

 淡々と話すサラも半ば呆れ気味な表情をしている。それは自身も同じ。

 聖アストライア女学院は、その名の通り女子校。オリヴァルトが呼び出すには些か不自然である。

 そして女学院は、アルフィン皇女殿下が通っている学院でもある。つまり、オリヴァルトだけではなく、アルフィンが一枚噛んでいるという事だ。

 

「……ったく、揃いも揃って何してんだか」

 

「そりゃ、あんたの方が知ってるでしょ。あたしは引き続き見回りだから、あの子達の事、頼んだわよ」

 

 サラはそう言い残すと、ARCUS片手に他の班に連絡を取りながら去っていく。

 確かに常任理事の3名に会ったので、タイミング的には理事長が出てきてもおかしくはない。

 しかし、皇族二人を同時に会するなんて、Ⅶ組一同は正気を保っていられるのだろうか。

 ましてや、いきなり漫才を始める様な兄妹(コンビ)。個人的には、そこが心配である。

 

「何事もないといいんだが……」

 

 信仰心なんてものは存在しないが、無事に時間が過ぎる事を空の女神(エイドス)に祈って、聖アストライア女学院のあるサンクト地区を目指すのであった。

 

 

 




今回はサラ教官とのデート……にしようと思ったのですが、あまりそんな風に描写をしないでおきました。

これには色々と訳があるのですが、それはまたの機会に……

久しぶり過ぎてレベルが下がっている気がしますが、そこは目を瞑って頂けますと幸いです。


それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。


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明かされた真実

なかなか落ち着いて執筆する時間が確保出来ず、駄文具合が増している気が……

申し訳ありません。

ついにⅦ組とオリヴァルト皇子の対面です。

それでは、第34話、始まります。


 帝都ヘイムダル、サンクト地区。

 帝都の中でも厳粛な雰囲気を醸し出すこの地区は、七耀教会の大聖堂と、乙女の園(巷では女子校の事をこう呼ぶらしい)『聖アストライア女学院』が存在するからである。

 導力トラムから降りると、アストライアの制服に身を包む可憐な少女達からの目線が痛々しく感じる。

 それもそのはず、現在の場所は導力トラム乗り場『聖アストライア女学院前』。

 つまり、少女達からすれば、何故ここで少年(・・)が降りるのか不思議でしょうがないからだろう。

 ましてや背中に、“有角の獅子”を背負うトールズ士官学院の制服となれば、その注目は一際目立つのである。

 

「おう。皆、揃ってんな」

 

 痛々しい目線を回避しながら、女学院の正門まで到着すると、既にⅦ組一同が揃っていた。

 聖アストライア女学院は男子禁制。出迎えがいないと敷地内には入れないからである。

 ましてや、皇族連中が出迎える訳ではないと思うので、代理の生徒を待っているのだろう。

 

「あ、スレイン」

 

「待ってたよ。これで全員だな」

 

 こちらに気づいたエリオットとリィンが同時に声をかける。二人に返答をすると、両班に労いの言葉をかけていった。

 

「スレインの方は、今日の実習内容は何だったのだ?」

 

 昨日と違い、清々しい表情をしたラウラが質問を投げかける。フィーとの仲違いが修復出来た事は知っているが、こうやって見ると一皮剥けた様な凛々しさがある。

 

「サラと帝都の見回りだよ。ま、殆ど俺が仕事してたが」

 

「な、なんだそれは……。教官は何もしていない様な台詞だな」

 

 マキアスはこちらを疑う様な目で声を出す。それと同時に一部のメンバーは、苦笑いをしてこちらを見ている。

 

「実際何もしてねぇよ。馴染みの店に顔出して友人とお喋りするか食事か買い物か、だからな」

 

 両手を肩程まで掲げて、ため息をつきながら答える。

 事実、今日の内容は“ブラブラする”事。そもそも広大な帝都と言えども、しっかり自身が動いて“風”を使っていれば、見回りをする場所は限定出来るのである。

 

「あははっ、それって……」

 

「デート?」

 

 エマが敢えて間を開けたタイミングで、フィーが単刀直入に口にする。

 傍から見たら確かにそう見えてもおかしくはない光景ではあったが、肯定するつもりは皆無である。

 

「勘弁しろって。そういえば、リィン。ここに来る前に厄介事に巻き込まれなかったか?」

 

「ああ……“怪盗B”に名指しで盗難事件の追跡をさせられたよ。前に会ったブルブラン男爵が、その人物だったみたいだ」

 

「ん? 今回も姿を見せたのか?」

 

 予想通りの回答であったが、姿を現したのは意外である。あの男が“怪盗B”として行動している時は、人前に決して出てこない。

 余程Ⅶ組を気に入ったのだろうか。

 

「ああ……何だか試されている様な感じだったけど……。まぁ、結果盗まれた品は戻ってきたから問題はなかったよ」

 

「それなら良いが……他には特に変わった事はなかったか?」

 

「それだけだったよ。スレインはブルブラン男爵の事を知ってるのか?」

 

「まぁ、それなりに……な」

 

 はぐらかす様に答えたのは、彼の本当の姿はまだ言うタイミングではないからである。

 それと、お迎えの人物がこちらに近づいているからだった。

 約束の時間である5時を告げる様に、大聖堂の鐘が鳴り響く。“ヘイムダルの鐘”とも言われるその荘厳な響きは、身も心も清らかにしていく様に、耳から全身へと伝わっていく。

 それと同時に重々しい正門が開き、一人の少女が現れた。「兄様?」と不思議そうな表情で一言だけ口にした少女は、先日トールズで会ったエリゼ・シュバルツァー。リィンの妹である。

 

「エリゼ、どうして……! って、ここに通っているんだし、別におかしくはないか」

 

 驚いた兄は一瞬で自身がいる場所を理解して、冷静さを取り戻す。生徒が在籍している学院にいるのは当たり前だ。一言で言うと、リィンの言葉は愚問である。

 しかし、対してエリゼは、不思議そうな表情から変わっていない。

 まるで、“何故兄たちⅦ組一同がいるのか分かっていない”という様な顔つきである。

 

「え、ええ……Ⅶ組の皆さんもお揃いみたいですけど……」

 

「ふふ、1週間振りかしらね」

 

「えへへ……ちょっとした事情があるんだけど」

 

 アリサとエリオットが戸惑っているエリゼに声を掛ける。

 するとエリゼは、何かに気付いたかの様に目を細めて恐る恐る口を開いていく。

 

「……ちょっと待ってください。兄様たち、ひょっとして……5時過ぎにいらっしゃるという10名様のお客様……でしょうか?」

 

「ああ、確かにⅦ組全員で丁度10名になるけど……って、ええ!?」

 

「あの、それでは……私たちに用事があるというのはエリゼさんなのでしょうか?」

 

 話が噛み合った瞬間に、リィンが声を上げる。きっと、彼女がⅦ組を呼び出したと思っているのだろう。

 リィンが聞きたかった“自身らを呼んだ張本人であるか”を、エマが代わりに聞いていく。

 

「いえ……わたくしの知り合いです」

 

 ポツリとそう告げると、エリゼは背中を向けてしまう。

 エリゼが兄に恋心を抱いている様な話は、先週Ⅶ組から聞かされている。

 そして、この反応とやり取りから察するに、エリゼもアルフィン(彼女)の被害者なのだろう。

 

「―――失礼しました。トールズ士官学院・Ⅶ組の皆様。―――ようこそ。『聖アストライア女学院』へ。それでは、ご案内させていただきます」

 

 エリゼは聖アストライア女学院の一生徒として、丁寧に言葉を口にしてくるりと反転すると、敷地内へと歩を進めた。

 その対応に自分たちの現状を理解した様で、やや緊張した面持ちでエリゼに先導されて中に入っていく。

 正門から続々と続く乙女たちの目線は、端から端までⅦ組に向けられている。ヒソヒソと話す声には、“男”が敷地に入ってきた事。“トールズ士官学院”の生徒である事。まずはこの辺りが話題の種であった。

 しかし、それは序の口。公爵家のユーシス様は格好いい。ラウラ様が綺麗(ラウラはトールズでも女子からの人気が高い)。一番前の黒髪の殿方(リィンの事)も格好いい。そんな会話から始まり、面立ちが整っている面々の多いⅦ組は、ご丁寧に全員の意見を述べられなら歩いていた。

 全員が気まずそうな表情をしながら歩いているのが分かる。勿論、自身に対しても何か言われていた気がするが、物珍しさからくる発言である。気にする事もなく一同の一番後ろを歩いていた。

 周囲の声に対する歯がゆさに一同が限界を迎えるタイミングで、学園内の奥に佇む屋内庭園に到着した。

 

「ここは……」

 

「屋内庭園、みたいですね」

 

「本学院の薔薇園になります。こちらに、本日皆さんをお招きした方がいらっしゃいます」

 

 ガイウスとエマの発言にエリゼが一度振り向いて回答する。

 入口付近まで薔薇の上品な香りが漂うこの場所は、学院の中でも一際神聖さを醸し出している様な印象を受ける。

 

「そ、それって……」

 

「どうやら、やんごとなき御身分の方らしいな」

 

 どうやらアリサとユーシスは、この中で待っている人物に予想がついたらしい。

 エリゼが扉を開けて中の人物へ入室の声をかけると、透き通る様なソプラノの声から入室の許可が告げられた。

 

「……!?」

 

「ま、まさか……」

 

「エリゼ、もしかして……」

 

 エリゼの言葉からか奥から聞こえる声からか。もしくはその両方から意味を悟ったのか、マキアスは声にならない声を上げ、エリオットとリィンも顔が引きつっている。

 エリゼに続いて一同が中へと入ると、そこには予想通りの人物が待っていた。

 

「あ−−−」

 

「や、やっぱり……」

 

 それでも普通では間近で拝めない人物の姿を前にして、リィンとアリサは言葉が漏れた。

 カールのかかった長い金髪の少女は、スカートの裾を僅かに上げて帝国礼儀のお手本の様に、優雅に一礼して出迎る。

 

「ようこそ―――トールズ士官学院『Ⅶ組』の皆さん。わたくしはアルフィン。アルフィン・ライゼ・アルノールと申します。どうかよろしくお願いしますね」

 

 “帝国の至宝”とも言われる人物を前に、身動きも出来ず言葉を失っている一同。名だたるⅦ組メンバーでも、皇族から直接呼び出された事はないだろう。この状況は至って普通なのである。

 そしてアルフィンの一声でテーブルを囲むと、薔薇の香りが漂う優雅なお茶会が始まった。

 しかし、アルフィンの横に座るエリゼは、少し不機嫌そうにそっぽを向いている。

 どうやら、自身が出迎える相手を知らされずにいた事が不満だった様である。アルフィンが詫びを入れるものの、一向に動じる気配はない。

 

「ふう……まぁ、それはともかく。ユーシスさん、ラウラさん。お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

 

 エリゼのご機嫌取りを一度諦めたアルフィンは、面識のある二人に声をかける。

 ちなみにスレインは先程から、出された紅茶の香りを楽しみながら沈黙を決め込んでいる。無闇に内偵に関わる様な素振りは控えるべきだと判断しているからだ。

 

「……殿下こそ。ご無沙汰しておりました」

 

「ふふ……お美しくなられましたね」

 

「ふふ、ありがとう。……でも、ラウラさんとはこの学院でご一緒出来ると期待していたのですけれど。やっぱりトールズの方に行ってしまわれたのね?」

 

「ええ、剣の道に生きると決めた身ですので……ご期待に沿えずに申し訳ありません」

 

 ラウラの言葉にアルフィンが「来年はトールズに編入しようかしら」と返した瞬間にエリゼが声を上げて驚く。

 エリゼがやっと自身の方を向いた事でが嬉しかったのか、アルフィンは満面の笑みをしている。

 

「(なんだか楽しい人だね)」

 

「(随分軽妙でいらっしゃるな)」

 

「(まぁ、皇族として気を張ってる姿よりも、こっちの方が見ていて楽しいだろ)」

 

 声を潜めてフィーとガイウスに当たり障り無く返答する。

 

「(うーん……噂には聞いていたけど、実物はそれ以上というか……)」

 

「(と、とんでもないな……これが、皇族のオーラか)」

 

 どうやらエリオットとマキアスは、アルフィンの姿に圧倒されているらしい。

 正直な話、今までのやり取りで“皇族のオーラ”なんてものは出ていないと思うのだが、そこはツッコまないでおこう。

 

「リィン・シュバルツァーさん。お噂はかねがね。妹さんからお聞きしていますわ」

 

「ひ、姫様……」

 

「はは……恐縮です。自分の方も妹から“大切な友人に恵まれた”と伺っております。兄として御礼を言わせてください」

 

 なるほど。妹の次は“兄”に茶々を入れるのか。

 決して悪巧みを表情に出さないアルフィンだが、そんな事は今までの経験で分かりきっている。

 それに、先程から不自然にならないタイミングで目線をこちらに送ってきている。

 どうやら自身の代わりにリィンが生贄に選ばれた様だ。ご愁傷様と言っておこう。

 

「―――リィンさん。お願いがあります。今後妹さんに倣って、”リィン兄様”とお呼びしていいですか?」

 

「い・い・加・減・に・し・て・く・だ・さ・い!」

 

 堪忍袋の緒が切れたエリゼの冷ややかな怒声に、リィンは安堵の表情をする。一方のアルフィンはバツの悪い表情をしてから口を尖らせる。

 

「……エリゼのケチ。ちょっとくらいいいじゃない。まあ、それはともかく。今日、皆さんをお呼びしたのは他でもありません。ある方と皆さんの会見の場を用意したかったからなのです」

 

 お遊びはここまで。といった様に真面目な表情に戻って発言したアルフィンに、各々が不思議そうな表情をする。

 アルフィンがこの場にいる時点で驚いているのに、仲介してまで自分達に会う様な人物がいるのだろうか。

 きっと考えているのはそんな事だろう。個人的にはやっと話の本題に入れそうで安心している所である。

 すると後方からリュートの音が鳴り響く。それで欠けていた記憶をやっと思い出した。そういえば彼は、この学院の音楽教師でもあった気がする。

 

「フッ、待たせたようだね」

 

 その言葉に一同が振り向くと、演奏家姿の金髪の男性が立っている。

 

「ハッハッハッ。久しぶりだね、エリゼ君。まー、ラクにしてくれたまえ」

 

 リュートを持って得意げに歩み寄ってくる彼は、わざとらしい笑みをして話す。

 その人物の横に立っているアルフィンもまた、同じ表情をしているに違いない。

 スレインは既にこの茶番に付き合いきれなくなってしまって、後方を振り向かずに大きなため息をついた。

 

「……だれ?」

 

「えっと、どこかで見た事があるような……」

 

 フィーの率直な質問にエマが答えようとするが、どうやらハッキリと覚えていないらしい。

 この人物が公に出る様になって1年程しか経っていない。まだ学生であるし、そういった反応を示すのは仕方がないだろう。

 

「フッ、ここの音楽教師さ。本当は愛の狩人なんだが、この女学院でそれを言うと洒落になってないからね。穢れ無き乙女の園に迷い込んだ“愛の狩人”―――うーん、ロマンなんだが」

 

 事もあろうに、ある意味では本性(オリビエ・レンハイム)の自己紹介をしているが、そんな事はどうでもいい。

 皆にバレない様に、アルフィンの手元に大きな“ハリセン”を精製する。いつもアルフィンが使っている物と同じ見た目にしてあるが、それよりも多少(・・)頑丈になっているハズだ。

 

「えいっ」

 

「あがっ!!」

 

 感の鋭いユーシスやラウラが、その人物に心当りがある様な言葉を零したタイミングで、アルフィンは後ろ手に持っていた雅なハリセンで青年の頭を叩く。

 ハリセンで叩いたとは思えない程の鈍い音が薔薇園に響くと共に、青年はその衝撃に耐え切れず、頭を抑えながら腰をかがめる。

 

「お兄様、そのくらいで。皆さん引いてらっしゃいますわ」

 

「痛たたたた……。いつもと違う敵意を感じたと思ったら、そんな風に被せてくるとは。さすが我が妹……という事にしておこう」

 

「ま、まさか……」

 

「ひょ、ひょっとして……」

 

 マキアスとエリオットの声と同時に、一同も再び驚きの表情へと変わっている。

 

「オリヴァルト・ライゼ・アルノール。“放蕩皇子”と呼ばれている、通称“スチャラカ”だ」

 

「スレイン君。”通称”を付ける所を間違えていると思うよ。そして、『トールズ士官学院』のお飾りの“理事長”を付け足しておいてくれ。―――宜しく頼むよ。Ⅶ組の諸君」

 

 依然として、後方には目線を送らず一同の表情を見ながら話しているのだが、自身の解説に対しての疑問が出てこない程驚いているらしい。

 皇族兄妹が席に着いて紅茶に手を付けた所で、一同の意識がやっと現実に回帰していく。

 

「―――驚きました。学院の理事長をされているのが皇族の方とは聞いていたのですが」

 

「ハッハッハッ。驚くのも無理はない。今をときめく“放蕩皇子”が、伝統ある士官学院の理事長なんかやっているんだからねぇ。まー、あまり聞こえが宜しくないのは確かだろうね」

 

「お兄様、ご自分でそれを言ったら身も蓋もありませんわ」

 

 自嘲めいた発言をしながらも堂々としている姿に、アルフィンがツッコミを入れていく。

 既に場の空気はオリヴァルト達が掌握した様なものだ。普段なかなか話す事が出来ない皇族相手に皆話したい事もあるだろう。自身は再び沈黙に身を任せる。

 

「で、ですが本当なのですか? 殿下が“Ⅶ組”の設立をお決めになったというのは……」

 

「タネを明かせばそういう事さ。元々、トールズの理事長職は皇族の人間が務める慣わしでね。私も名ばかりではあったんだが、一昨年のリベール旅行で心を入れ替えたのさ」

 

「一昨年のリベール旅行……」

 

「『リベールの異変』ですね」

 

 アリサの質問に微笑みながらオリヴァルトは答えると、その言葉の意味の真意を掴む様にエリオットとエマが呟く。

 

「ああ、あの危機における経験が、帰国後の私の行動を決定付けた。そして幾つかの“悪あがき”をさせてもらっているんだが……。そのうちの一つが、士官学院に“新たな風”を巻き起こす事だった」

 

「新たな風……」

 

「……すなわち、我々、特科クラス『Ⅶ組』ですか」

 

「では、身分に関係なく、様々な生徒を集めたのも……?」

 

 今度はフィーとラウラが言葉を漏らすと、マキアスは自身が当初拘っていた疑問をぶつける。

 

「ああ、元々は私の発案さ。勿論、ARCUSの適性が高いというのも条件だったがね」

 

 オリヴァルトはそう言うと、一端紅茶を飲んで会話を停止させる。既に一同が沈黙していた事もあって、この話題を言及する必要がなくなったからである。

 そして、オリヴァルトはこちらの方に目を向けると、小さく微笑む。その顔には“Ⅶ組についての意見を言え”と書いてある。今まで沈黙を通してきた事が許せないのだろう。

 口を開いたところでボロを出すつもりはないが、変に皇族との関係性を示唆されると、いつもの様に異常な追求がやってくるはず。

 単純にそれが面倒なのだが、目が合ってしまったら仕方がない。観念した様に口を開く。

 

「ま、今までの実習を踏まえると、まずは“現実を直視する事”が狙いですよね? 帝国内外や身近な問題だけではなく、この時代における全ての事象に対して、自発的に考え行動する若き人材を育成する。そんな所ですかね?」

 

 この場に合わせた言葉で理路整然と話すと、オリヴァルトも深く頷いて満足そうな表情をしていた。

 そして自身の言葉の意味を悟った一同は各々合致した様な声を上げて、清々しい表情を見せている。

 

「スレイン君、その通りだ。僕はそういった資質を持つ若い世代、つまりは君たちに期待したいと思っている。けれど、『Ⅶ組』の発起人は私だが、既に運用からは外れている。それでも一度、君達に会って今の話を伝えたいと思っていた。そこにアルフィンが、今回の席を用意すると申し出てくれてね」

 

 なるほど。あの時言っていた“頼み事”というのは、この会合の事だったのか。

 しかし、それはアルフィンから話が上がったもの。つまり、彼女の方の目論見がまだ分かっていない。

 一体何を企んでいるんだか。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか話は常任理事の3名の事へと変わっていた。

 

「先程も言ったが、既に『Ⅶ組』の運用からは私は離れ、彼ら3名の理事に委ねられている。このうち、知っての通り、ルーファス君とレーグニッツ知事はお互い対立する立場にある。イリーナ会長はARCUSなどの技術的な方面に関係しているが、その思惑は私にもよく分からない。そして―――君たちの“特別実習”の行き先を決めているのも彼らなのさ」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

「……確かに何か思惑や駆け引きなどがありそうですね」

 

 リィン、ラウラが複雑な表情をして言葉を漏らす。

 確かにルーファス卿とレーグニッツ知事は対極の存在。Ⅶ組に対して何らかの思惑があるのは間違いないだろう。

 しかし、自分達が考える事はそこではないと思う。思う所があったとしても、Ⅶ組に在籍している以上は従うしかないからである。

 

「ああ、『Ⅶ組』設立にあたって譲れない条件として彼らから提示されたものでね。正直、躊躇いはしたのだが、それでも我々は君たちに賭けてみた。帝国が抱える様々な“壁”を乗り越える“光”となり得る事を」

 

 オリヴァルトからの激励と期待が込められた言葉を前に、一同は再び沈黙する。

 しかし、この男がこの様な真面目な話をする時は最後に必ずオチがある。

 それが分かっているからこそ、現在進行形で目線を向けられているアルフィンの笑顔と目線に苦笑いで返すしかいないのである。

 

「フフ……だが、それも我々の勝手な思惑さ。君たちは君たちで、あくまで士官学院の生徒として青春を謳歌すべきだろう。恋に、部活に、友情に……甘酸っぱい学院生活をさ♥」

 

「そう言って頂けると少しは気が楽になりました」

 

 オリヴァルトの言葉に全員が肩の荷が下りた様な安堵を示し、リィンの言葉に頷く一同。

 聞き慣れてしまったからか、つまらない冗談に感じたのは自分だけだった様である。

 

「その、先程“我々”と殿下は仰っていましたが……。他にも殿下に賛同されている関係者の方々が?」

 

「ああ、ヴァンダイク学院長さ。元々、私もトールズの出身で、あの人の教え子でね。『Ⅶ組』を設立するアイディアも全面的に賛同してくれたのさ。それに3人の理事と異なり、直接運営に口を出せないが、理事会での舵取りもしてくれている。何よりも現場の責任者として最高のスタッフを揃えてくれたからね」

 

 アリサの質問に解説付きで答えるオリヴァルトは、いつも以上に得意げに話している様にも見える。

 

「最高のスタッフ、ですか?」

 

「もしかして……サラ教官の事でしょうか?」

 

 ユーシスとラウラは自身の答えを確認するかの様に問いかける。言葉の意味から察するに、それ以外には該当する人物はいないのだから、他の者も同じ答えに行き着いているだろう。

 

「はは、彼女だけではないがね。ただ学院長が彼女を引き抜いたのは非常に大きかっただろう。帝国でも指折りの実力者だし、何よりも『特別実習』の指導には打ってつけの人材だろうからね」

 

「え……」

 

「帝国でも指折りの実力者……」

 

「『特別実習』の指導に打ってつけの人材……?」

 

 アリサ・エリオット・マキアスと、オリヴァルトの言葉にイマイチな反応で言葉を漏らす。

 確かに学院で見せるサラの言動からでは、その言葉を肯定する事は難しいだろう。

 

「ふふっ、わたくしも噂くらいは耳にした事がありますわ。紫電(エクレール)なんて格好いい呼ばれ方をされている方ですよね?」

 

紫電(エクレール)……!」

 

「……やはり……」

 

 アルフィンの発言に反応したのはラウラとリィン。二人共、聞きた事くらいはある様だ。

 ノルドの民である事から帝国の情報に疎いガイウスは「武の世界では有名なのか」と自身に言い聞かせる様に呟く。この場でその二つ名を知らないのは、表情から察すると、どうやら彼だけらしい。

 

「帝国遊撃士協会にその人ありと言われた程の若きエース。最年少でA級遊撃士となった恐るべき実績と功績の持ち主……“紫電のバレスタイン”―――それが君たちの担任教官さ」

 

 オリヴァルトの説明を聞いた全員が表情を強張らせる。

 実技テストで何度か手合わせをしているものの、確かに彼女は本気を出していない。否、底知れぬ力がある様にも感じていた一同は、その言葉の意味を真正面から感じ取れたのだろう。

 

「そういう事か……。ん? ……って事は、スレインも遊撃士だったのか?」

 

 リィンは納得のいった表情をした後に、以前に自身とした話を思い出した様に聞いてくる。

 

「そういえば、ケルディックの時に“元同僚”って言っていたわよね?」

 

「まぁ、当時は“準遊撃士”って見習いだったな」

 

 追い打ちをかける様にアリサが質問をしてくるので、当時の立場の説明をする。

 

「ほう……。スレイン君、その件は話していたのかい?」

 

「成り行きで、ですね。本人が言ってなかったので濁しましたが……何か?」

 

 質問に端的に答えて、オリヴァルトを一瞥する。

 Ⅶ組一同に一通りの話をした事で満足したのか、標的を自身に変えたその顔は、既に悪巧みをしている様なイヤらしい笑みを浮かべている。

 

「あら。兄様からお聞きしましたけど、スレインさんはもっと凄いのではなくて?」

 

「え?」

 

「ど、どういう事?」

 

 どうやらアルフィンまでこちらをターゲットと認識した様である。天使の微笑みには、兄と同様の成分が含まれている。

 リィンとエリオットがこちらを見て呟いたのだが、この現状では頭を抱えてため息をつくしか出来ない。

 あの二人を相手にすれば、勝ち目がないのは分かっている。何処まで話すのかは知らないが、間違いなく今夜から暫く質問攻めになるだろう。

 

「……オリヴァルト殿下。この展開にする為に、俺に沈黙を許しましたね?」

 

「ああ、勿論。一番の楽しみは最後までとっておく方が、効果が倍増するものだよ。ただ、少しばかり話が長くなってしまった事は詫びよう。僕はずっとウズウズしていたんだが……」

 

「あなた、殿下ともお知り合いなの?」

 

「まさかとは思うが、関係者とは言うまいな?」

 

 笑みを崩さず誇大なリアクションを取りながら話すオリヴァルトを他所に、アリサとユーシスがこちらを見ながら問いかける。

 その表情は疑い半分、呆れ半分だ。勿論、その表情はⅦ組全員とエリゼも同じ。この場で笑っているのは、アルフィンとオリヴァルトのみである。

 

「そう、彼は僕の元部下なのだよ。皇族直属の内偵。諜報から戦闘まで全てをこなす、謂わば僕の切り札(ジョーカー)。そして先日、サラ君に替わり、最年少A級遊撃士に昇格した人物が、近接魔導士(ゼロ・ウィザード)こと、スレイン・リーヴス君だ」

 

「「「「なっ、なんだって!?」」」」

 

 反応はいつものと同じ。声が裏返ったのがマキアス。アリサ・リィン・エリオットは、何時もの大声。他の一同は、開いた口が塞がらない状態だ。

 

「前半は殿下の言った通り。後半は俺も最近になって知った。まぁ、そういう縁もあって、帝国軍や領邦軍、鉄道憲兵隊(TMP)とも面識があるって訳。納得出来たろ?」

 

 紅茶を飲みながら、今までの出来事を総評する様な言葉を話していくその姿は、確かに皇族相手に緊張も動揺もしていない。

 実習先各地で、普通ではあり得ない人物と親しくしていた事に、やっと一同は納得がいった。

 皇族と直接繋がりがあれば、あの様な対応をされるのも分かるし自分たちと違って物怖じする訳がない。

 

「そして私とセドリックとのお話の相手も、ですわよね?」

 

「それは仕事ではないですけどね。むしろ、仕事があってもお茶を優先にさせる皇女殿下には頭を抱えましたよ」

 

「ふふっ、帝国の至宝を独り占め出来るただ一人の人物ですよ?」

 

「帝国の至宝だからこそ、それは許されないと思いますよ」

 

 アルフィンと対等に話しているせいなのか、それともその内容なのか。どちらが理由にせよ、こちらを見る一同の視線は焦点が合っていない様だ。

 

「え、えっと……」

 

「今まで黙っていたのって……」

 

「話しかけてこない以上は話す必要ないだろ。普段から嫌という程話してるし」

 

 唖然としているエリオットとエマに答える。

 ラウラやユーシスでさえ、行事事でないと拝めない人物たちだ。「二人と話せる場を大切にさせたい」と添えて、もっともらしい言葉にしておく。

 

「何だか今まで騙されていた様な気分だ……」

 

 マキアスはため息をついて頭を抱える。

 今日、A班に自身の“貴族嫌い”の話をしたばかりだが、正直彼も貴族ではないかと思って、好意的な印象はなかった。

 しかし、彼の正体は、予想の斜め上どころではない。全く考えもしなかった人物であった。貴族ではないが、貴族よりも皇族に近い関係。

 貴族かどうか詮索した事もバカバカしく思える。自身の価値観を大きく越えた所にいる彼は、少し見方を変える必要がある。

 

「しかし、これで辻褄が合ったな。流石に規格外なんて言葉の度が過ぎているが……」

 

 ユーシスは各地の実習を思い出しながらそう呟く。

 バリアハートでは何故、兄とあの様に親しく話していたのか。そして、ノルドでのゼクス中将や鉄血の子供たち(アイアンブリード)や、今回の鉄道憲兵隊(TMP)との関係。

 その全てに納得のいく答えが出たが、それは常人の域を越えている。自身と同じ年齢で皇族の内偵。それは分かるが、各地の声と不可解な戦闘スタイル。これだけは未だに納得出来る答えがない。

 流石に自身の処理能力を越えた推論に、思考を停止するしかなかった。

 

「やっとスレインの事が少し分かった気がするよ。……でも、一体どうして、皇族の内偵になったんだ?」

 

 リィンの言葉に一同は若干前のめりになる。

 確かにスレインの仕事は分かったが、どうしてそんな仕事をしていたのか。

 この場にいる誰もが思った疑問だからである。

 

「スレイン君、言ってもいいではないか。形は違えど、僕と同じようにリベールで活躍した武勇伝を披露しないと、皆納得はしないと思うよ?」

 

「え!? スレイン、リベールにもいたの!?」

 

 アリサが声を上げると同時に、一同から再び驚きの声が聞こえる。

 毎回よくもこんなに同じ反応が出来るものだ。

 

「おいおい、それも言うのかよ。もみ消した意味がねぇだろうが」

 

「スレインさん。わたくしももう一度お聞きしたいですわ」

 

 馴れ初めは言わないと思っていたのだが、アルフィンまで追い打ちをかけている以上、どうやら包み隠さず全て言うらしい。

 これでは、何の為に事実をもみ消してまで、自身の存在を引っ込めたのか分からない。

 しかし、皇族二人の一言がトドメとなっていて、一同は固唾を呑んで自身の言葉を待っている。素直に諦めるしか方法がないようだ。

 

「……内偵になる前は大陸を放浪してたんだ。それで、たまたまリベールを回っていた時に巻き込まれてな。クーデター事件からリベールの異変まで、各地で裏方作業をしていたんだよ」

 

「そう、そして王都グランセル襲撃の折りに、手練の多い組織相手にたった一人で王都を守護。更には、王国軍の切り札を女王宮まで無傷で送り届けた張本人が彼さ。僕との出会いもその時だね」

 

 観念した様にあらすじを話すと、オリヴァルトが丁寧に補完していく。その会話の流れが自然な事にもそうだが、その内容に更に驚いた一同。

 

「うそ……」

 

「でも、あれって確か……」

 

 アリサとエリオットが言葉にした通り、疑問を抱くのも当然の内容である。

 今話した事は、実際に世に広まっている事実ではない。表向きでは脚色が施されて事実をすり替えているが、今の話はその前の段階。つまり、実際に起きた真実である。

 

「そう、その無傷で送り届けた人物が“アラン・リシャール”。表向きの功績者。リシャールさんに全部功績を被せたから、今のは関係者しか知らない裏話だよ」

 

「でも、“異変”解決後のアリシア女王主催の晩餐会は楽しかったね。スレイン君もモテモテだったじゃないか」

 

「遊撃士の勧誘にリベール正規軍の勧誘。そして帝国皇族の内偵……勘弁して欲しかったぜ」

 

「でも、クローディア姫と一緒に何やら楽しそうにしていたではないか」

 

「アホか。あんたら突入組じゃない人間は俺くらいだっただろうが。各地の状況の報告と労いの言葉を頂いただけさ」

 

 当時の事を思い出しながら楽しそうに話すオリヴァルトと、それを受け流していくスレイン。その姿は傍から見れば、雇い主と内偵の関係ではなく、兄弟にも見える様な光景である。

 流石に驚きの言葉を失った一同は口を開けたままで、その様な事しか考えられなかったのであった。

 そうこうしているうちに、皇族主催のお茶会は幕を閉じる。

 その会話の殆どが皇族二人とスレインであった事は言うまでもない。

 その後一同はオリヴァルトの好意で、聖餐室で夕食を頂く事になったのだが、これまた波乱を呼ぶ会話が飛び交うのであった。

 

「そうそう、忘れていました。実はリィンさんに一つお願いがあるんです」

 

 豪勢なコース料理もある程度食べ終えた頃、突然アルフィンが口を開く。

 その言葉からエリゼとリィンは驚いた様な表情をするが、皇族からの頼みという状況に他の一同は不思議そうな顔をしている。

 

(まさか……)

 

「ほほう、例の件かい?」

 

 どうやら、オリヴァルトとは同じ答えに行き着いたらしい。

 数日前、皇族専用のサロンで話していた“相手”がリィンという訳か。

 

「ふふ、そうです。―――わたくし、明日の夏至祭初日、帝都庁主催の園遊会に出席するんです。マキアスさんのお父様に招待されているのですけれど」

 

「え、ええ……自分もだけは伺っています」

 

「マーテル公園のクリスタルガーデンで開かれるイベントですよね」

 

 マキアスとエリオットも、その情報は知っているらしい。というより、皇族が参加するイベントは既に告知済み。この場の誰もが知っている内容である。

 

「ええ……それでお願いなのですが。リィンさんに、ダンスのパートナーを務めて頂きたいんですの」

 

 アルフィンの爆弾発言に一同全員が驚くと、直ぐに小言で会話が始まった。

 それもそのはず、ダンスのパートナーともなれば、マスコミ関係者からは取りた出され将来の相手としても見られる可能性が高い。

 という、そんな話を繰り広げている。あのユーシスでさえ。

 

「待ってください! その、自分にはあまりに大役過ぎると言いますか……」

 

「ふふっ、そんな事はありませんわ。男爵位とはいえ、シュバルツァー家は皇族とも縁のある家柄。こう言っては失礼ですが、ユーシスさんにお願いするよりも角が立たないと思いますし……」

 

「なるほど……それは確かにそうでしょうね。いや、なかなか面白い選択だと思いますよ」

 

 慌てふためくリィンに理路整然と説明するアルフィン。そして、ユーシスもが同調する。

 なかなか見られない構図であるので、つい面白がってみてしまう。

 

「ユーシス、あのな……。その、不調法者で殿下のダンスのお相手など、とても務められるとは……」

 

「あら、エリゼに頼まれてダンスの練習を付き合っていると聞いているのですけれど……? 一通りのステップは軽やかにこなせるとか?」

 

「うっ……」

 

 またしてもアルフィンは、リィンの言葉に華麗に追い打ちを加えていく。

 しかし、ここでふと嫌な予感が現れる。アルフィンが誘いたい“本命”というのがリィンであれば、断られた場合の”代役”が必要になるのではないだろうか。

 それはそれで些か面倒なので、今回ばかりは申し訳ないがリィンを裏切る事にしよう。

 

「リィン。お前さん……もしかして、意中の人物でもいるのか?」

 

 自身のストレートな物言いは、女性陣には些か刺激が強かった様で俯いてしまった。

 

「なっ、スレインまで……。そういう訳ではないけど……逆に言えば、だからこそ、お答えする事は出来ないかなと。流石に会ったばっかりですし、明日までは実習ですし……」

 

「そうですか……。分かりました。リィンさん、無理なお願いをしてしまってごめんなさい」

 

 何故か急に素直になって、誘いを諦めるアルフィン。リィンは安堵した表情をしているが、一同はどこまでが本気なのか分からない様で不思議そうな顔をしいる。

 そして、諦めたという事は、矛先がこちらに向くという事。

 せっかくのアシストも無駄になってしまったし、オリヴァルトは既に腹を抱えて笑いを堪える事に必死である。

 これぞ四面楚歌。もう逃げ場はない様で、観念してからアルフィンを見る。

 

「という事です。スレインさん。お相手……して頂けますね?」

 

「「な!? 君(貴様)がか!?」」

 

 珍しくマキアスとユーシスが同時に声を上げる。その事に対して互いに触れていない時点で、それ程までの驚きの様である。

 

「はぁ……まさか、あの時言っていたお相手がリィンだったとは、驚きましたよ」

 

「ええ。しかし、お断りされてしまいました。……あの時の“約束”、果たしていただけますか? 私のお・あ・い・て♪」

 

「約束?」

 

「スレイン、あなた……」

 

「ま、まさか……」

 

 口を開いたのはリィン・アリサ・エリオットの順。

 それに、以前の話は約束ではなく、ただの“打診”である。

 

「勘違いされる様な言い方はしないで下さい。あの時“代役”とおっしゃいましたよね?」

 

「代役か……って、代役!?」

 

「マキアスうるさい」

 

 マキアスの叫びにフィーがツッコミを入れる。

 Ⅶ組の中で一番過激な反応を示す彼をフィーが黙らせるこの構図は、けっこうお馴染みになってきた。

 

「言ってしまった手前、避けては通れないのでしょう。それに、この場で二度も断わられるなんて真似はさせられません。ただし、貴族ではないのでオリヴァルト殿下も根回しだけしておいて下さいね」

 

「勿論だよ。いつも通りで手配しておこう。それと……やっぱりスレイン君は“罪な男”だね」

 

「これ以上余計な事を言うなら、少佐を呼ぶぞ」

 

「すみません、それは勘弁して下さい」

 

 これ以上変な発言をされてしまうと、収拾が付かなくなる。オリヴァルトを黙らせるには、この方法が一番手っ取り早いのだ。

 

「ふふふっ、スレインさん。明日は楽しみにしておりますね」

 

「そうですね。朝にはバルフレイム宮に伺いますので、段取りはその時にお聞きます」

 

 先程から百面相の様に表情を変える一同を放置して、オリヴァルトとアルフィンと話していく。

 今更であるが、この設定も仕組まれたものなのかもしれない。そう思えてきた夕食であった。

 そんなドタバタコメディの様な夕食も終わりを告げて、エリゼの見送りと共に女学院を後にする。

 

「まったく……あの兄妹はこれだから困る」

 

「いや、俺たちからしたら、スレインに驚きだよ。内偵に遊撃士だなんて」

 

 女学院からの帰り道。

 自身の呟きを否定したリィンの言葉に一同は頷く。

 

「まぁ、自慢気に言う事でもないからな」

 

「でも、サラ教官の経歴も驚きだよね。遊撃士かぁ……最近は見なくなったけど」

 

 エリオットが自然に話題を変えてくれたおかげで、自身への言及は今のところなさそうだ。

 

「それにA級遊撃士……実質上の最高ランクであろう。フィーは知っていたのだな?」

 

猟兵団(わたしたち)の中でも商売敵として有名だったし、何度かやり合った事もあるかな。勿論、スレインともあるよ」

 

 ラウラの話にフィーが答えた所で、前方から歩み寄ってくる二人の気配を感じる。

 噂をすれば何とやら。である。

 

「―――ふふっ。そんな事もあったわね〜」

 

「サラ教官……」

 

「い、いつの間に……」

 

 リィンとアリサが言葉を漏らす。

 確かに、今回のサラは気配をギリギリまで消していた。Ⅶ組一同には気づかれない程度にまでしているという事は、何かあったんだろうか。

 

「やれやれ、あたしの過去もとうとうバレちゃったか〜。ミステリアスなお姉さんの魅力が少し半減しちゃったわねぇ」

 

「いや、そんな魅力は前からなかったような……」

 

「フン、まさかスレインまでもが遊撃士だったとは思わなかったがな」

 

 マキアスとユーシスが一応サラを批判する。確かにそんな魅力を感じる人間は、このクラスにはいないだろう。

 

「あら、皇子殿下はそこまで言ってたの?」

 

「ああ、全部言われたよ。内偵の事も含めてな」

 

「これであんたもミステリアスな少年でなくなったわね」

 

「そんなもん狙ってねぇよ」

 

 自身とサラとの掛け合いも慣れているハズなのに、普段以上に見入ってしまうⅦ組の面々。

 何故こうも仲が良いのかと思ったのだが、互いに遊撃士として活動していれば、その信頼関係も頷ける。

 

「ふふっ。スレインさんの隠し事もなくなっていきますね」

 

「クレア。あれは隠し事じゃなくて、機密事項だ」

 

 後方から現れた女性にそう告げると、一同は多少驚いた表情を見せる。どうやら、この二人が同時に現れるとは思っていなかったのだろう。

 クレアの挨拶に短く返すと、その組み合わせに対して疑問を覚える人物が多かった。

 

「クレアが来たって事は動くのか?」

 

「ええ、知事閣下の伝言だけど、明日の実習は一時保留。代わりに、このお姉さんの“悪巧み”に協力する事になったわ」

 

「サラさん、先入観を与えないで下さい」

 

 サラの棘のある言葉を苦笑しながら否定するクレア。

 付き合いもそろそろ長いんだから、いい加減にもう少し丸くなってもいいと思うんだが、それはそれで難しい注文の様である。

 

「サラ。さっきの話だと、もう少し柔くなった方が魅力は増すんじゃねえか?」

 

「う、うるさいわね! それはいいの!」

 

「コホン。その、『Ⅶ組』の皆さんに協力して頂きたい事がありまして、知事閣下に相談したところ、こういった段取りになりました。詳細はヘイムダル中央駅の指令所で説明します」

 

 咳払いをしてから一同に説明するクレア。坂下の道路には鉄道憲兵隊が利用する装甲車両が並んでいる。時間も時間なので手短に済ませたいのだろう。

 スレイン以外の全員は詳細を知らぬまま車両に乗り込む。実習を保留にするという時点で、緊急事態というのは分かっている。

 しかし、それがどういう意味を指すのかは、検討が付かないといった表情をしていたのであった。

 

「二人共、先に言っておく。俺はクリスタルガーデンに固定で。皇女殿下のダンスの相手をする事になった」

 

「え!? スレインさん、それは本当ですか!?」

 

「あんた、それがどういう事か分かってんの!?」

 

 装甲車両の中。助手席に乗ったクレアと後部座席の横に座るサラが同時に声を上げる。

 

「あの人の事だから遊び半分だろ。一応、オリヴァルトに根回しは頼んであるから、面倒事にはならないと思う」

 

「だからと言って、園遊会のお相手だなんて……」

 

「なんであんたはいつもいつも……」

 

 二人の表情がどことなくおかしい。今の所、問題点はそこではないはずなのだが、それが一番の問題(・・・・・)の様な顔つきである。

 誰がどこを警備するかなんて、まだ決まってない。だからこそどうでもいい話だと思ったのだが、どうやら違うらしい。

 これ以上は何も言わない方がいいのかもしれないと結論付けて、車両の揺れに身を任せるのであった。

 

 

 




という事で、スレイン君の過去もある程度洗い浚い話されてしまいました。

原作では園遊会のパートナーはなしになっていましたが、せっかくのアルフィン皇女の出番ですので、パートナー決定編にしてみました。

園遊会のシーンも書こうと思うのですが、園遊会ってそもそも何なんだ……(笑)

引き続き安定しない更新となりますが、お読み頂ければ幸いです。

今回もお読み頂きありがとうございました。


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