いろはす色な愛心 (ぶーちゃん☆)
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一色いろは編
一色いろはは恋してるっ




はじめましての方ははじめまして!
またご覧ななってくださった読者さまはまたまたありがとうございます!

タイトルを見てピンときた方はお分かりかと思いますが、短編から連載へジョブチェンジしました。
元々短編の物なので短期連載になるかとは思いますが、よろしくお願いいたします!




 

 

 

「葉山せんぱーい!お疲れさまですー」

 

「ありがとういろは」

 

 

わたしはサッカー部主将である葉山先輩にタオルを手渡すと、ついでに他の先輩方にもタオルを配る。

 

「お疲れさまですー」

 

「お!一色さんきゅ」「あんがといろはちゃん」「サンキュー!生徒会長サマ!」「ちょ!?いろはす俺の分は!?」

 

 

わたし一色いろはは、ここ県内有数の進学校・総武高校一年生にして生徒会長をも勤めあげる、この学校でもかなりの有名人なのである!

そんな生徒会長のわたしが、今日は久しぶりにサッカー部の朝練に付き合っている。

なぜかといえば、今日はある計画を実行する為に朝からちょっと興奮気味で、早く起きてしまったから!

 

いやサッカー部に所属してるマネージャーのハズなのに朝練参加の理由がヒドいもんなのは百も承知ですよ?

でも正直もうマネージャー業には何一つ必要性を見いだせなくなっちゃってるから部活出てくんのダルいんですよねっ、テヘッ☆

 

「ねぇいろはす俺のは〜?」

 

だったらマネージャー辞めれば?って話なんだけど、それはそれで問題点が2つほど。

 

まず第一に、わたしがマネージャーを辞めてしまうと、ある人に迷惑が掛かってしまうから。

だって……あの人はわたしが未だにマネージャーを好きでやってると思ってるし、それなのに自分が押し付けた生徒会長という役職を理由にわたしが部活を辞めてしまったら、たぶんあの人は自分を責めてしまう……

 

「っべー!いろはすシカトとかマジないわー」

 

第二に、あの人への密かな想いを誤魔化す為。

あの人はわたしが未だに葉山先輩を好きだと思ってる。てかわたし自身がそう仕向けてるんだけどね。

それはあの人に対し……あの人達に対してあくまでも伏兵で居るために。

真正面からぶつかっても敵いっこない強力過ぎるライバル達に少しでも対抗する為には、こんな状態・こんな立場をも有効に利用しなければいけないのであるっ!

 

だからわたしはサッカー部を辞めるわけにはいかないのですよ!

 

「いろはす〜……」

 

「あーもう、うっさいです戸部先輩!タオルならそこら辺にいくらでも転がってますよっ」

 

 

そんなこんなで、わたしの久しぶりのマネージャー業は今日も順調に流れていく。

 

 

× × ×

 

 

「いろはちゃんお疲れさま〜」

 

「あ、愛《まな》ちゃんお疲れっ」

 

「いやー、やっぱりいろはちゃんが練習来てくれると助かるよ〜!」

 

「うう……ごめんね愛ちゃん……あんまマネージャーに入れなくって……」

 

「んーん?全然いいよっ!むしろ生徒会のお仕事が大変なのに、部活辞めないでたまにこうやって手伝いに来てくれるだけでも助かっちゃうよっ」

 

うう……愛ちゃんホントにすみません……マジで心が痛い……

最近部活サボってるのは奉仕部に入り浸ってるからだなんて絶対に言えない……

しかも辞めない理由も我ながら我欲まみれでヒドイ……

 

 

うちのサッカー部には女子マネが4人も居るんだけど、わたし含めて入部理由がアレなもんで、真面目にマネージャーやってるのは愛ちゃんとわたしくらいなもんなんだよね。

わたしって意外とキッチリしてるから、いくら入部理由がアレとはいえ仕事をする以上はちゃんと真面目にこなすんですよ!

だったら毎日サボんなよってお話なんだけども。

 

と言うわけでわたしが部活に来ないと、実質的に女子マネ一人状態なワケだから本当に申し訳ないです……

 

「ゴメンネ!もうちょっとくらいは入れるようにするねっ」

 

わたしは目をバッテンにして愛ちゃんに手を合わせた。

 

「じゃあ期待しないで待ってるね〜」

 

するとにこやかに笑顔で答えてくれる愛ちゃん。

ホントいい子っ!

 

 

さてと!今日の部活もそろそろ終了かなっ。

あとは苦痛な授業を4時間受ければあの計画の発動だ!

 

ふふっ!待っててくださいねっ!せーんぱいっ♪

 

 

× × ×

 

 

四時限目のチャイムが鳴り響いたと同時に、わたしはお弁当の入ったバッグを肩に掛けて、ささっと職員室へと向かう。

生徒会室の鍵を借りに行かなくてはならないのだ!

 

「ありゃ?いろはお昼は〜!?」

 

「ごめんっ!今日の昼休みはちょっと用事あるんだっ!」

 

 

友達に簡単に謝罪して、ダッシュで教室を飛び出した。今日は昨日から注視してた天気予報通り、タイミング良くちょうどお昼に雨が降ってくれた!

ま、雨が降らなくても先輩がお昼に1人でどこに居るのかなんてのはもちろんリサーチ済みなんだけど、雨が降って先輩が教室に居てくれた方がこの計画には都合がいいのだ。

だってアイツ絶対逃げるもん!

 

その点居場所のない衆人監視のもとでの教室であれば、逃げられないから言うこと聞いてくれそうだしねー。

ふふふっ……わたしのせんぱい取り扱い説明書は完璧なんですよ?

 

わたしはばちこーん☆とウィンクしながら、これからのヤツとの対決に想いを馳せた。

 

 

鍵を受け取り問題の二年生の教室へと辿り着くと、ちょっとだけ震える指先なんか無視して迷いなく扉を開け放つっ!

そりゃ確かに緊張でドキドキしっぱなしなんだけど、もう時間が惜しくて惜しくて仕方ない。

早く会いたいのっ!早く約束取り付けたいのっ!

だから真っ赤になってそうな顔が、室内から流れてくる温風で誤魔化せるのはとてもありがたかった。

 

 

「失礼しまーす」

 

わたしが扉を開き中を覗き込むと、教室内がザワリとする。

まぁそりゃ二年生の先輩方の教室に、いきなり一年生生徒会長がやってきたらビックリしますよねー。

でもそんな事は今はどうでもいい。えっとぉ…………!!居た居た!

 

「あ!居た!せんぱーい!」

 

せんぱい検定準一級(自称)のわたしには、先輩がどこに居ようとすぐ見つけられるんですよっ。

 

「やぁいろは、どうしたんだ?」

 

「あんれー?いろはすどしたん?」

 

ありゃ、違う先輩が反応しちゃったみたいですね。

 

「あ!葉山先輩こんにちはです」

 

まぁみんなの可愛い後輩ですし、一応挨拶はしとかないとねっ!

でも葉山先輩ごめんなさい。葉山先輩に用はないのです。

なんかもう1人の声が聞こえた気がしたけど、そっちはまぁいっか。

 

わたしはきゃぴるんっと葉山先輩に頭を下げると、すぐに視線をヤツへと向けて声をかける。

てか最初の一声目で反応して下さいよ……

 

「あれ?先輩?おーい、先輩」

 

むぅ……予想はしてたけど無視ですか。

どうせ音楽なんか聴いてないくせに。

 

「ちょっとー、せんぱーい?」

 

いやいや絶対分かってるでしょ!?なんか肩がビクッとしてるし!

まったくー……どこまで強情なんだか……

 

わたしは仕方ないなぁ……と軽く溜め息を吐きつつ、愛しの先輩、比企谷八幡の耳にはまっているイヤホンを思いっきり引っ込抜いて耳元で呼んでやった。

 

「………せんぱいっ!」

 

「うひゃあ!」

 

するとビックリしたのか先輩はとてもとてもキモい声をあげた。なにこのキモ可愛い生き物!

耳に息吹き掛けたりチュッてしなかっただけでも有り難く思ってくださいよねっ♪

 

「うわ……ちょっと先輩……さすがにそれは気持ち悪くて無理ですごめんない」

 

まぁこれはお約束ですからねー。け、決して照れ隠しとかじゃないんですよ!?

でも取り敢えず断っとかないと、なんか勢いでギュゥッってしちゃいそうで……

すると先輩はまたかよ……とでも言いたげな顔で溜め息をつく。

 

「……おい、葉山ならあっちだぞ」

 

なんですかその目はホントはわたしが先輩に用があって来たのなんか分かり切ってるくせにっ!

……こっちは抱き付いてギュゥッとしたい気持ちを抑えに抑えてるっていうのに!ホントにムカつく先輩ですよ、まったくぅ!

 

「なに言ってんですか。わたし先輩に用があってわざわざ来てあげたんですよ?」

 

「いや別に頼んでねぇし……つか目立っちゃうからやめて欲しいんですけど」

 

「目立っちゃう?まぁ先輩なんかにこんなに可愛い後輩が訪ねてきたら、そりゃ目立っちゃいますよねー」

 

でも先輩はちょっとくらい目立った方がいいんですよ。先輩の魅力や能力に対して反比例し過ぎなんだよね、先輩の人気や認知度って。

まぁ目立っちゃってモテたら困るから結果オーライなんだけどもっ。

 

「まぁそんなことより先輩ってガチでぼっちなんですねー!ヤバいウケるー」

 

「いやウケねぇから」

 

あれ?なんかこのやりとりはモヤモヤすんなぁ。

クリスマスイベントで先輩と折本先輩の楽しげな?やりとりを思い出してしまった……

おな中の時なんかあったとか言いながら、なんも教えてくんないんだもんなぁ……むーっ!

 

「まったくぅ、なんか見てて痛々しいから、明日からはわたしがお昼くらいなら一緒に過ごしてあげてもいいんですよぉ?」

 

ふふふ。どうですかね?この魅惑的なお誘いは!?

 

「いやいらないから。あとあざとい。それとあざとい」

 

ですよねー。

まぁ分かってたことだけど失礼しちゃうなー。

わたしはぷくぅっと頬を膨らます。

 

「なんでですかー……せっかくこんなに可愛い後輩が誘ってあげてるのに〜」

 

「てか用ってなんだよ。超目立っちゃってるから早くお引き取り願いたいんですけど」

 

普通の男ならランチのお誘いとぷくっと頬っぺの可愛さアピールコンボでイチコロなんだけどなぁ……

ま、だからいいんだけどねー。

 

「あ、そうそう!……もう!先輩がおかしな事ばっか言うからすっかり忘れてましたよー」

 

え?俺の過失なの?とかなんとか言っちゃってるけど、ここは押せ押せで誤魔化しちゃう!

だって目的への第一歩はここからがスタートだからね。

 

「うーん……ちょっとここではなんなんで〜、一緒に生徒会室来て下さい!」

 

わたしはうーん……と悩んだフリをした後、用意しといた鍵を先輩の眼前にプランと垂らすと、とびっきりの小悪魔笑顔を見せ付けてやった。

 

そう、すべてはこの瞬間の為。

わざわざ先輩の教室に押し掛けたのも、わざわざ目立つように仕向けたのも、全ては先輩が教室に居づらくなってわたしに着いて来ざるをえなくする為なのです。

どうだ先輩!もう逃げられないからねっ!

 

 

「わあったよ……んじゃ早く行くぞ……」

 

わたしの素敵スマイルを見て観念したのか、やれやれと頭を掻きながら提案を承諾した。

 

「はい!それではレッツゴーですよっ、先輩!」

 

わたしは先輩の腕に絡み付いて生徒会室へと向かいたい衝動に駆られながらも、必死で我慢して先輩の隣にピッタリと陣取った。

 

 

……いつかはこうやってただ隣に立ってるだけじゃなくって、先輩のその手をわたしの手に重ね合わせて指を絡み合わせて、2人でおんなじトコロに向かって行きたいな……

 

今日はそんな恋する乙女の、ほんのささやかな夢への第一歩。

わたし、あなたに振り向いてもらえるまで、ここからはもう一歩だって止まりませんよ?せーんぱいっ!

 

 

 

 

 

続く

 








ありがとうございました!

これは元々短編集で後日談を書こうと思ってた作品なのですが、短期後日談にしては少しだけ長くなりそうだったので、思い切ってスタートからいろはす視点に変更して連載にしちゃいました!
三話くらいは書き蓄めてあるので、三日間くらいは毎日更新出来るかな……?

それではよろしくお願いいたします!


PS.
今回のオリキャラの愛ちゃんなんですけど、完全なオリキャラって訳では無くて、原作9巻に出て来た葉山にタオルを渡していた『一色ではない他の女子マネージャー(可愛い)』って子の設定です。
改めてあの一文を見た時、なんか出してみたいなぁ……とか思ってたんで出してみました(笑)



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一色いろはは企てるっ

 

 

 

2人で生徒会室へと向かう道すがら、わたしと先輩はチラチラと視線を受けていた。そんな視線を感じる度に先輩は気まずそうに顔を歪めている。

 

知ってますよ?先輩。先輩は自分と一緒に居る事で、生徒会長のわたしに変な噂が立ってしまわないか心配してるって事……

先輩は文化祭以来、校内では中々の有名人になっちゃったみたいだから、わたしに迷惑が掛かるのを気にしてくれてるんだよね。

 

でも、だからこそわたしは平気な顔して先輩と一緒に歩いてるんですよ?たぶん先輩は迷惑でしょうけど。

そんなくだらない噂なんかわたしは気にしないよ?って姿勢を貫く為に。

そして生徒会長であるわたしが一緒に歩いてる事によって、少しでも先輩への悪意が減りますようにって。

 

その願いが叶うんなら、なんだったら校内中を手を繋いで歩きたいくらいにね!

……あ、それは単なるわたしの願望でしたっ。

 

「どうぞー」

 

生徒会室の鍵を開けて、先輩を招き入れる。誰も居ない教室は、その瞬間2人っきりの空間へと変貌する……

字面だけ見るとなんだか意味深っ!今日はまだそういうのじゃないからっ!

 

「お茶淹れますんで、お先にお昼どうぞー」

 

「おう、サンキュー」

 

わたしが備え付けのケトルでお茶を淹れている間に、先輩は食べ掛けのパンをテーブルに広げて食べだした。

こういう時、淹れるお茶が雪ノ下先輩レベルだったらポイント高いんだろうなぁ……緑茶ってあたりが渋すぎてポイント低いですねー。

 

「どぞどぞ」

 

2人分のお茶を用意すると、わたしは数ある席の中からもちろん先輩のすぐ隣の席に腰掛ける。

ふふっ、なんか近くて迷惑そうな顔してますけど、赤くなってるのが誤魔化せてませんよっ?

 

迷惑そうに恥ずかしがってる可愛い先輩をニマニマと横目で見ながら、わたしもお弁当の準備をば!

へへ〜!先輩と一緒のランチタイム、結構憧れだったんだぁ!

 

「なに?お前もまだ食ってなかったの?」

 

「そーなんですよぉ。職員室に鍵取りに行ってたんでまだなんですよー。面倒くさいから、今度合鍵作っちゃおっかなー」

 

先輩は愕然とした表情でわたしを見てるけど、割と切実に合鍵作りたい。いや犯罪ですけどね?

だってこの先、もし毎日先輩とお昼を一緒に過ごす関係になれたとしたら、誰も居ない生徒会室は2人のイチャイチャパラダイスになるわけじゃないですかー?

そんな幸せ時間を、わざわざ職員室に行く時間なんかに潰されたくないじゃないですかー?

 

ふへへへ……先輩に毎日あーんしたり膝枕したり〜!

そ、それどころか……っ!

 

 

「で?何の用だよ……」

 

おっと!先輩とのイチャイチャ妄想に水を差されてしまった上に、夢も希望も色気もない相談催促の一言……まったく!ちょっとはこの状況楽しんでくださいよ先輩っ!

 

「まぁまぁ、とりあえずはお昼にしましょうよー!あ、なんか食べたいのありますー?」

 

でもつれない先輩はほっといて、わたしは楽しんじゃうよー?

だってせっかくの初めての2人きりのごはんなんだもんっ。

でも先輩はわたしの提案をあっさり断りやがった!

 

「むー……せっかく可愛い後輩の手作り弁当が食べられるチャンスだっていうのにー……」

 

ホントに先輩のばーかっ!

頬っぺた膨らんじゃってるけど、これは素なんだからねっ!?

 

「なに?これお前が作ったの?……一色って料理出来るんだな」

 

「なんですか失礼な。わたしお菓子作りとかも超得意で、なにげに女子力超高いんですよー?はいあーんっ♪」

 

わたしは自信作の甘めな玉子焼きをあーんしてみた。

どうせ恥ずかしがって食べてくんないだろうけどね。

 

「いらんっつうの……なに?俺を恥ずかしがらせて悶え苦しませたいの?」

 

「……先輩、なに言ってんですか……マジでキモいです……」

 

てかホント可愛いすぎです先輩……その真っ赤な顔も泳ぎまくってる目も……

 

なんなんですか先輩こそわたしを萌え死にさせる気ですかわたしが先輩を残して死ねるわけ無いじゃないですかわたしは先輩とずっと一緒に居たいんですごめんなさい。

 

 

× × ×

 

 

せっかくの間接キスっ……!のチャンスは阻まれたものの、先輩の可愛さに悶えているといつの間にか食事が終わっていた……

あざと八幡恐るべし!

 

「んで?結局なんなんだよ……わざわざウチのクラスまで来たって事は、なんかそれなりに急ぎの用なんじゃねぇの?」

 

食べ終わったかと思った途端に早速の質問ですか。

ま、今日の目的はソコだし、とっとと言質とっちゃうぞー!

でもその前に……

 

「別に急ぎってわけじゃないんですけどー……てか先輩わたしの依頼の件てちゃんと覚えてますかぁ!?」

 

……やっぱり……なんでそんなに不思議そうな顔してんですかねーこの人は。

 

「もーっ!やっぱりですよこの人!……デートの件ですデートの件!ストレスの溜まった葉山先輩が気軽に遊べるリラックスデートプランを考えて下さいってお願いしたじゃないですかー!」

 

「あ、あー、そういやそんな話あったな」

 

「ちゃんと真剣に考えてくださいよー!わたしずっと楽しみに待ってたんですよー!?」

 

まぁホントはそこんとこは折り込み済みなんだけどっ!

雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩が居る前でこの話題だされちゃっても困るしねー。

 

「だから聞く相手間違ってるっての……デートなんかした事ないのに、そんなプラン考え付く訳ねぇじゃねーか……」

 

いーえ、聞く相手なんて……先輩しか居ないですから。てか先輩以外から聞いたってなんの意味もない。

だからこそわたしは声を大にして言ってやった。

 

「だ・か・ら!だからこそ先輩に聞いてるんじゃないですかー!先輩ならどんな風にすれば気軽に楽しめますか……?どんな風にすればリラックス出来ますか……?ありきたりなデートプランじゃなくて、先輩だったらどうなのか、それが聞きたいんです!」

 

わたしが知りたいのはそれだけ!それを聞きたい為だけの作戦なの!

すると先輩は面倒くさそうに、でも真剣に考えてくれる。

ふふっ、まったく……そういうトコ、本当にあざといですっ!

 

「あー、学校帰りに……適当にゲーセンでも寄って……腹が減ったらラーメン屋の開拓……とか?」

 

「学校帰りにゲームセンター寄ってお腹空いたらラーメン屋さんですかー……まあ確かに制服デートって所はポイント高いかも知れませんけどー……」

 

ホントにムードとかは一切無いですよね。

初めてのデートで女の子をラーメン屋さんに連れてくとか……でも……

 

「確かにデートとは呼べないくらいにムードもへったくれもないプランですねー。さすがは先輩と言うべきか……」

 

でも……放課後デートってところは……うまく利用出来るかも!

 

「いやだからさ…」

 

「まぁ先輩ですしねー……分かりました!それじゃあ仕方ないので、早速今日にでもそれを試してみましょう!」

 

「そ、そうか……まぁ頑張れよ」

 

「は?なに言ってんですか。そんなの先輩と一緒に行くに決まってるじゃないですかー」

 

そうなのだ!放課後デートって事は、ヤツに逃げ道なし!

 

「……………は?」

 

やっぱりその顔ですか先輩。でも今日は逃がしませんよー?

 

「だって、そんなムードの無いデートコースなんて、わたしに分かるわけ無いじゃないですかー。だったら練習しなきゃダメですよねー?」

 

「なんでだよ……俺関係なくない?」

 

うふふ、だから逃がさないって言ってるじゃないですかぁ?

だからわたしは先輩取り扱い説明書の1ページ目に書いてあるあの言葉を放つ。

 

「……だってー、先輩依頼受けるって約束しましたよねぇ?はっきりと口にしましたよねぇ?それともその約束は本物じゃないんですかぁ?」

 

たぶんわたしはすっごい悪い笑顔で先輩を見てるんだろうな。

でもね、わたしがこんな顔を見せるのは先輩だけなんだよ?

あなたは、こんなわたしもあざといわたしも、全部受け止めてくれるから……どっちの一色いろはも、分け隔てなく接してくれるから……

 

「て、てめえ……!」

 

「と!いうわけで今日の放課後よろしくですー♪」

 

そしてわたしは思いっきりあざとく思いっきり小悪魔的に、先輩に必殺の敬礼ポーズを贈るのだった。

先輩には全然効かないんだけどねー!

 

 

× × ×

 

 

「どうしたの〜?いろはちゃん。そんなに嬉しそうな顔しちゃって」

 

「へ?そ、そんなことないよ愛ちゃんっ」

 

うっわ〜……あぶないあぶない!わたしそんなに緩んでたのか〜!

せっかく真面目に午後の部活出てんのに!

 

「ふふっ、ホントに〜?……それにしても今日はいろはちゃんが朝練も午後練も出てきてくれたからホント助かっちゃったぁ〜!生徒会の方は大丈夫なの?」

 

「うん。今日は休みにしたんだー」

 

ホントはここんとこ、ほぼ開店休業状態なんですけどもね……

 

いつもだったら奉仕部に行くんだけど、この後デートが待ってると思うとちょっと行き辛いんだよね。

だってわたしと先輩で2人して意識しあってたら、絶対あの人たちにバレちゃうし!バレてついて来られたら最悪だもん!

 

「でも結局は今日も早めに上がっちゃうからゴメンね!」

 

デートだから部活早退するとか、あまりにもヒドイ。

 

「いいよいいよ。なにか大切な用事があるから葉山先輩に早退のお願いしてたんでしょ?あとは任せといてっ」

 

そう言うと愛ちゃんはエヘンと胸をポンと叩く。

 

愛川愛《あいかわまな》ちゃん。この子はホントにいい子なんだよね。

 

わたしを含めた1年女子マネ3人が葉山先輩目的で入部したのに対して、この子だけは真剣にマネージャーをしたくて入部してきたみたい。

どうやら大学生のお兄さんが子供の頃からサッカーをやってるみたいで、サッカーをしている男の子を応援してお手伝いするのが好きみたいなんだよね。

 

しかも見た目もすごい可愛いくて、サッカー部男子の間では愛派といろは派に分かれてるらしい。

 

え?あと2人の女子マネ?

うん。興味ないです。

 

 

 

よし!そろそろ時間かな?サッカー部はまだまだ終わんないけど、奉仕部ならそろそろ終わりにする時間のはず。

 

うっわ〜!超ドキドキニヤニヤしてきちゃった!

練習名目とはいえ、初めての先輩とのデートだっ……

 

「それじゃあゴメン、今日はお先に上がるねっ」

 

「は〜い!お疲れさま〜」

 

じゃあ葉山先輩にも挨拶してから帰りますかね?とその場をあとにしようとした時、愛ちゃんが遠慮がちに話し掛けてきた。

 

「……あっ、いろはちゃん……あの……」

 

「どしたの?」

 

「ちょっとだけ前から聞いてみたいな〜……って事があったんだけど……」

 

どうしたんだろ……?愛ちゃんがこんなにモジモジと話し辛そうだなんて、初めて見るかも……

 

「あの……いろはちゃんって……その……は、はやません……ぱい……の、こと…」

 

…………へ?は、葉山先輩!?

 

「…………う、ううん!?な、なんでもないっ!……あ、そうだ!タオル洗濯しなきゃっ!……バイバイいろはちゃんっ」

 

 

………へー、意っ外!

愛ちゃんはそういうミーハー的な興味って無いかと思ってた……

でも、間近でサッカー頑張るあんなイケメン見てたら、そりゃ惚れちゃうものかもねー。

 

もしかしたら今後は愛ちゃんの恋愛相談なんかにも乗る事になんのかな?

応援してあげたいけど葉山先輩の難易度は先輩クラスだもんなぁ。

うーん……なんか面倒なことにならなきゃいいけど……

 

 

でもそれはそれこれはこれ!

今は人の心配よりも自分の心配しなきゃだよねっ。

 

 

わたしは葉山先輩に断りを入れてから帰宅の準備をし、ウキウキわくわくドキドキで校門へと辿り着いた。

 

あーっ……やっばいやっばい!超嬉しい!

鏡を覗きこんだわたしは、前髪を弄ったり緩みきってる目もとと口もとを手でグニグニしてなんとか整えようと超必死!!

朱く染まった頬っぺたは、もうすぐ暗くなるから誤魔化せるよね。

えへへ〜……早く来い来い比企谷八幡!

 

 

 

せーんぱい!あなたの可愛い可愛い後輩が首を長くしてお待ちかねですよ〜っ♪

 

 

 

 

続く

 

 





ありがとうございました!

次回で短編分は終わりですね。
次次回からこのエピソードの後日談+αを始めます!

そして次回は問題のあのシーン!
短編の八幡視点の時より、じっくりとゆっくりと心の描写してますよ〜。


それではまた次回(^_^)ゝ


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一色いろはは攻めまくるっ

 

 

 

『は?待ち合わせ校門前なの?いや……友達に見られちゃったら恥ずかしいし』

 

わたしは先輩を待ちながら、約束を取り付けた直後の会話を思い出していた。

ったくあんにゃろう!友達なんか居ないクセに、なーにが恥ずかしいだ!

こんなに可愛い後輩と校門で待ち合わせなんて、すっごいステータスじゃないですかっ!

しかもせっかくの放課後デートなのに現地集合希望とか意味分かんない。一緒に下校しながらデートに行くのが放課後デートの醍醐味でしょ!?

 

もちろんバッサリ切り捨ててやったけどね。

お仕置きとして、駅まで堂々と手を繋いで歩いてやろうかなっ。

あ、また単なるわたしの願望が出てしまいましたね。

 

でもそんなイライラともムカムカとも分からないような気持ちなんて、こっちに真っ直ぐ向かってくる先輩が視界に入った瞬間、どっかに消し飛んじゃった。

 

あ、目が合った!だからおーいっ!って手を振ってみた。

ふふっ、真っ赤になって顔を逸らしましたよあの人!

可愛い過ぎてわたしまで顔が熱くなっちゃうからやめてくださいっ!

 

「せんぱーい、遅いですよー」

 

顔を逸らしながら歩いてきた先輩に可愛らしくてけてけ駆け寄って袖をちょこんと摘む。

余計に真っ赤になった先輩を極力気にしないようにして、「ほらほらとっとと行きますよー」と引っ張って駅へと向かう。だって気にしちゃったら、わたしヤバい顔になっちゃうもん……

 

 

あーあ、袖を引っ張るだけじゃなくて、このまま手を繋げたらいいのになぁ。

 

 

× × ×

 

 

千葉に到着したわたし達は、適当なゲームセンターへと入っていった。

わたし、あんまりこういうトコ入ったこと無いからちょっとドキドキ!

でも先輩?ちょっぴり不安な気持ちも隣に先輩が居てくれるからヘーキなんですよ?

 

特になにをするワケでもなくゲームセンター内をぐるぐる徘徊していると、お約束的なあのコーナーに差し掛かる。

昼間に先輩が提案した時点で、ゲームセンター内でのわたしの目標はズバリここだけになっていたのですよ!

 

 

大好きな先輩とプリクラですっ♪

 

 

もちろん先輩は嫌そうな顔で拒否ってきたけどそんなの無視無視!

 

「記念ですよ記念!約束しましたよねー、今日は練習に付き合ってくれるって!……それともあの約束はやっぱり本も…」

 

「よし!いくらでも撮っちゃうぜ!」

 

ふっふっふっ……もうせんぱい検定免許皆伝でもよくないですかね?

 

 

プリクラ機に入ると先輩はやり方が分からないからって、わたしに全部任せてきた。

 

「了解でーすっ」

 

手の角度と腰の曲げ方による上目遣いがポイントの、あまりにも可愛い敬礼をしてあげたのに、もちろん無視しやがりましたよコイツ。

なんなんですかねこの攻略難易度!

 

でもわたしはそんな事よりも次の作戦を実行するべきか否か、乙女の悩みを抱えていた……

これマジでやっちゃって大丈夫かな……?

プリクラの設定をしながらも頭はその事でいっぱい。なんか超ドキドキして来ちゃった……

 

でも今日は練習っていう名のマジカルワードがあるんだもん!

それに……そんなプリクラ持ってたら嬉しすぎて超幸せなハズ!うん欲しい!

 

よしっ……ここは頑張れいろはっ!

 

「……ほ、ほら先輩!こっちに立ってください!ぜ、絶対動いちゃダメですからねっ!」

 

「お、おう」

 

なんにも知らない先輩をうまい事誘導して動かないように命令をする。

はぁ〜……ど、どうしよう……心臓が爆発しちゃいそう……!

 

わたしは覚悟を決める。ふぅ〜……と深く深呼吸するとっ………………………………………先輩に向かって猛ダ〜ッシュっっ!

 

「えいっ!」

 

「なっ!ちょっ!おま…」

 

「う、動いちゃダメだって言ったじゃないですか!このままですよー!」

 

そしてそのまま、わたしは撮影が終わるまでの間プリクラ機の中で先輩にギュゥッっと抱き付いていた……

やってしまった!夢にまで見た先輩とのハグをこんなカタチでっ……

先輩に控えめな胸を精一杯押し付けて、出来る限りギュゥッっと!ギュゥッっと!

 

もう嬉しくって恥ずかしくってクラクラしちゃって、撮影が終わった途端にラクガキしなきゃっ!って逃げ出しました。

だって……こんな顔、先輩に見せられないでしょ……っ!

 

 

× × ×

 

 

先輩、恥ずかしくて言葉も出ないんだろうな。ホントにお子さまなんだからっ。

かく言うわたしも声を出せませんっ……だってたぶん今声出したら、格好悪いくらいに超震えてそうなんだもんっ!!

 

一方的に抱き付いただけで、この一色いろは様がこんなになっちゃうなんて!

………こ、これで先輩からもギュゥッってされたら、一体わたしどうなっちゃうんだろ……?

うぅぅっ……今は想像しただけでヤバいから、さっきの先輩の匂いと感触を頭から追いださなくっちゃ!

 

……先輩、細いのに結構ガッシリしてたなぁ……

……先輩、なんかよく分かんないけど、すっごく落ち着く匂いしてたなぁ……フェロモンって言うのかな?

 

 

はっ!……落ち着けぇぇ!落ち着くのよいろは!

頭から追い出せっつってんでしょ!?このまま無言のままなんかじゃ終われないんだから!

 

 

無言のままゲームセンターを出て冷たい空気の中歩いてたらようやく落ち着いてきた。

先輩もちょっとは落ち着いたかな?話し掛けてみようかな?

 

「いやー、いいプリクラ撮れましたねー♪」

 

よしっ。普通に喋れたぞ?声も震えてないよね!

 

「いや、いいもなにも俺見せてもらってねぇんだけど……てかお前いきなりなんてことすんだよ……」

 

ぐふっ……せっかく上手く喋れたのに、すぐその話題を持ち出すの禁止!

 

「やだなー!先輩ウブですか?小学生じゃないんですからー。練習ですよ練習!気持ち悪いんで勘違いとかホント勘弁してくださいねごめんなさい」

 

「俺今日は何回振られるんですかね……てかだからなんで見せてくれねぇんだよ……」

 

「だ、だってわたしちょっと変な顔しちゃってたから見せられないというか……そ!それに先輩も超気持ち悪い顔しちゃってるから見ない方がいいですって!ショックで死にたくなっちゃいますよ!…………はっ!まさか可愛い後輩とのハグツーショットのプリクラ見て変なこと考えて喜びに浸るつもりですかそしてそのまま彼氏ヅラでもしちゃうつもりですかいきなりそこまでは心の準備が間に合ってませんごめんなさい」

 

はぁはぁ……我ながら長いっ……!

で、でも必死にもなるっての!あ、あんなの先輩に見せられるワケ無いじゃないですかぁっ!

 

「すげぇな……連続で振られちまったぜ……もうプリクラはいいです……」

 

今だけは何度だって何回だって振りますよ!

いや、ホントに告白してくれたら瞬殺でオッケーですけどね?

でもアレだけは先輩には絶対に見せられないのです!想いが届くその日までは……

 

「初めからそう言えばいいんですよー!」

 

わたしは照れ隠しとパニック隠しの為に、ぷくっと怒ったフリをしてこの話を打ち切った。

でも先輩がいけないんだからねー!

 

 

× × ×

 

 

ようやく落ち着いて笑い合えるようになったわたし達は、先輩のオススメのラーメン屋さんに寄ったり商業施設でウインドーショッピングを楽しんだ。

 

ラーメン屋さんで食べたラーメンは予想外に美味しくって、ハフハフと勢い良く食べちゃってる所を先輩に見られちゃったりした。

ラーメンを美味しく食べてるわたしを見てる顔がすっごく嬉しそうで、なんだかわたしも嬉しくなっちゃって思わず通報しかけちゃいました。

だ、だってニヤけちゃう顔を見られたら恥ずかしいんだもん!

 

食べ終わったら当然のように帰宅を提案してきた先輩を引きずってウインドーショッピングに行ったんだよねー。

 

 

でも……お買い物してる間中、わたしは気が気じゃなかったのだ。

だって……今日の先輩は約束と練習って2つのマジカルワードで、なにをしたって許してくれるから。

ハグプリクラを撮っても照れただけで許してくれた先輩を見ていたら、もっと欲が出てきてしまった……だって、こんなチャンス、次はいつ巡ってくるか分かんないから。

 

先輩に……あげたい……先輩に……貰って欲しい……わたしの………

 

 

そんな事ばっか考えてたら、いつの間にかもうお別れの時間とお別れの場所。

わたしのバカ!……せっかくの貴重な時間なのに勿体なさすぎるでしょ……

うう〜!色んな想いが頭の中をぐるぐるしてるよぉ!

とにかく、わたしらしく元気に今日のお礼しなくちゃね!

 

「先輩っ!今日はありがとうございました!」

 

「おうお疲れさん。こんなんでも少しは参考になったか?」

 

「まぁ正直あんま参考にはなんなかったですかねー。さすがに葉山先輩とアレは無いですっ!」

 

「だから言ったじゃねぇかよ……まぁなんだ」

 

!!

……まぁなんだ……わたしはこのあとに続くセリフがなんとなく分かってしまった。

やめて、その先は言わないで……

 

「役に立てなくて悪かっ…」

 

「でも!」

 

言わせない!役に立たないとか悪かったなんてこと、全っ然ないんだから!

ごめんね先輩。照れ隠しとはいえちょっとからかいすぎました……

ホントはメチャクチャ参考になりましたよ?

 

「…………まぁまぁ結構楽しめましたよ?ふふっ、こんなムードの無いのは先輩限定ってことでっ」

 

どんなにムードがあったって先輩限定なんだけどね。

 

「そうか……まぁ俺も思ったよりは楽しめたわ……」

 

ああ……やめてよ先輩……先輩のその恥ずかしがる顔は、ホントにホントにあざといんですよ……?

わたし……もう我慢出来なくなっちゃいますよ……?

 

わたしは奥底から溢れだしてくる想いを押さえ付けるように、スカートをぎゅっと握る。

 

「ホントですかっ!?それは良かったです!……ふふっ、先輩が素直に楽しいと認めるなんて珍しいですね」

 

溢れ出してしまいそうな想いを誤魔化すために、わたしはまた先輩に軽口を叩く。

さすがにこれ以上はもうマズいです先輩……

 

「ばっか、思ったよりは……だかんな」

 

むーっ……だからその顔がマズいんですってば!

 

「はいはい!そーゆーことにしといてあげますよー♪……それではまた来週です!」

 

「おう」

 

 

わたしは自分で自分を褒めてあげたいっ!

我慢しきれなそうな想いをなんとか押さえ込み、先輩に別れの挨拶をして背を向けられたんだから。

 

 

 

 

 

 

でも…………たぶんこんなチャンスは二度と無い……

今日なら、今ならあのワードでわたしも先輩も逃げられるから……!

 

 

わたしは足を止めた。

色んな想い、色んな感情でグチャグチャなわたしに自分自身どうするべきか問いただす。

深く目を瞑り、深く深く深呼吸をひとつ。

 

息を吐き切った時には、わたしはもう振り返っていた。

 

 

「あ!そうだせんぱーい!」

 

「ど、どうした?」

 

ちょっと固まってたわたしに動揺したのかな?

先輩は少しだけ警戒気味。

 

「ちょっとちょっと!」

 

手を胸の辺りまで挙げて、チョイチョイと先輩を手招きする。

 

「あ?なんだよ」

 

先輩がこっちに来てくれた。

ふふっ、なんかあるな?と警戒しながらも、ちゃんとわたしの言うこと聞いてくれるんですよね、先輩は。

すぐそばまで来てくれた先輩に、さらにチョイチョイと手招きして、そっと耳打ちするような態勢を取る。

もちろん先輩は意味分からん、と耳を近付けようとしないけど、わたしは構わずに呼び続ける。

 

「いいからいいから!」

 

ようやく観念した先輩は、やれやれ……と腰を屈めてわたしの背丈に耳の位置を合わせてくれた。

でも………ごめんね?先輩……わたしが用があるのは耳じゃないのっ……

 

 

わたしは先輩の耳に顔を近付けるフリをしながら、そっと前に回り込む。

そしてたっぷりと溢れ出しそうな想いを唇に乗せて………わたしは先輩の唇にその想いを優しく押しあてた……

 

 

× × ×

 

 

夢にまで見たこの光景……ま、実際には目を瞑っちゃってるから光景は見えないんだけどね。

でも先輩はたぶん目を開けたまま固まっちゃってるから、この光景をしっかりと見てるんだろうな。

わたしの真っ赤に染まりきった顔を0距離で。

 

 

てか先輩がホントに固まっちゃったから、たっぷり10秒はそのままだったのかな?

なんだこれ?なんでわたしってば、こんな状態なのにこんなに冷静な思考回路なんだ?

 

もっとこう……頭が真っ白になってワケ分かんなくなると思ってたのに、なんか意外にも超冷静!

だって……わたしの唇を押しあてている先輩の唇の形とか柔らかさとかまで、ふむふむ……こんな感じなのかー、とかってじっくりと考えちゃってるし。

 

なんか幸せすぎてず〜っとこのままでもいいかなぁ?なんて考えが頭を過ったんだけど、先輩が固まっちゃったせいで結構長い時間しちゃってたから、さすがに周りの目が気になりだしてしまった!

 

いやいやいや!ちょっと冷静に考えて!?いろは!

これ唇離したら、先輩と顔合わせなくちゃなんないんだよね!?

いや無理無理無理。離せないでしょ。顔なんて見れるワケ無いじゃん。

 

 

う……でもずっとこのままって、なんかだかシュール……

それに先輩が我に返って先に離されたらそれこそ気まずい……!

 

 

うん、よし。離そう。

わたしは意を決して、名残惜しそうなわたしの唇をそっと離し、ててっと2歩3歩バックステップして先輩から距離をとった。

 

恥ずかしくて先輩の顔なんて見れないけど!今すぐダッシュで逃げ出したいけど!

それをしちゃうと今後の先輩との生活に支障が出ちゃうから(手遅れ?)、わたしは頑張って先輩に精一杯の小悪魔微笑を向けた。

 

 

「な……!な……!お、お前!なんてことしやがる……!?」

 

うわっ……先輩が今まで見たことない顔してる……!

 

「へへ〜!……今日わがままを聞いてデートの練習に付き合ってくれたお礼ですっ」

 

うきゃぁー!なにこんな小悪魔的な台詞を余裕ある感じで喋ってるクセに、こんなに声プルプルしてんの!?超カッコ悪っ!

 

「お、おま……!いくらなんでもお礼でっ……キ……キスって……」

 

せせせ先輩も落ち着いてくださいっ!

わたしもいっぱいいっぱいなんですよぉ!

 

「だーかーらー!練習ですよ練習!……付き合ってくれたお礼のキスをする練習ですっ!今日は練習に付き合ってくれるっていう約束でしたよねっ?」

 

とっ、とにかく落ち着けいろは!

いつものわたしらしいペースに持ってくんだっ!

 

「だったら余計ダメだろ!練習でキスとか意味分からん……」

 

よし!これならなんとかわたしのペースに持っていけそうだっ。

 

「だぁってぇ、しょうがないじゃないですかー。わたしキスとかしたこと無いから、どんなタイミングでお礼のキスしたらいいか分からなかったんですからー」

 

あ……全然ダメだったねわたし。

思いっきりファーストキスってカミングアウトしちゃったよ……

 

「……は?お前バカなの?は、初めてなの?……アホか!初めてが練習とかなに考えてんの!?」

 

むーっ!先輩はわたしが初めてじゃないと思ってたんですねっ?

わたしこう見えて身持ち超固いんですよっ!?ビッチとかじゃないんですからねっ!

でも、うん……だったらまぁ初めてカミングアウトも正解だったかな……?

 

「もー、先輩ってばお子さまですかー?初めても二回目も別になんにも変わらなくないですかぁ?」

 

なんてまたまた余裕っぽい発言かましちゃってるわたしの今の姿は……はっきり言って余裕ゼロです……

声も手も足も超震えてるし、なんかここにきて感極まっちゃったのか涙とか溢れだしちゃいそうだし………もう顔から足の指先まで、超〜火照りまくってるし!

 

ヤバい……先輩わたしの震えてる身体とか涙が零れちゃいそうな目もととか超見て心配そうな顔してるっ……

とっ、とにかく泣いちゃう前にダッシュで退散せねば!

 

「さ、さて!それじゃわたしもう帰りますねー!今日は1日ありがとうございましたー」

 

ササッと先輩に背を向けると、それはもう猛ダッシュでモノレール乗り場へと逃げ出した。

 

「おいこら!ちょっと待て!逃げんじゃねぇっての!」

 

……たぶんこのまま逃げちゃったら、明日から顔を合わせられなくなっちゃうよね。

だから先輩との距離が安全圏である事を確認したわたしはクルリと先輩へと振り返る。

 

そして、わたしお得意のあざとさと小悪魔さを全力で振りまいて、先輩へと思いっきり可愛く敬礼するのだった!

 

「ではでは先輩さよならです!……わたしの初めて奪ったからって、勘違いしないでくださいねー」

 

 

てへっ、奪っちゃったのはわたしでしたっ☆

 

 

× × ×

 

 

約束と練習のマジカルワード。

だからって何をしても許されるだなんて思ってないよ。

 

でも……人からの好意を疑って、好意から逃げちゃうあの人の心の逃げ道にはなれるから。

気持ちを信じられずに疑っても、一色は別に俺の事が好きなわけじゃない。練習の約束だから仕方ない……って、あの人は自分の心を誤魔化せるもんね。

 

 

今は、これでいいんだ。

わたしはこうやってちょっとずつちょっとずつ、あの人の心の中に入り込んで浸透してやるんだ。わたしの想いを、わたしの心の色をあなたに気取られないように……

 

 

そう。例えるならわたしの恋心は、いざ口にするまで何味か分からない無色透明ないろはす色。

先輩?あなたがわたしの心を口にするまでは、わたしの色はあなたには見せてあげませんよ?

 

 

 

そして気付いた頃にはあなたの心の奥深くまで水のように浸透して、一色いろは抜きでは生きていられなくしてやるんだからっ♪

 

 

 

 

続く

 







ありがとうございました!

今回で短編をいろはす視点で書き直した分が終了です!
次回はその後日談、その後は愛ちゃん含めての+αへと移行していきます。

書き蓄めといた分を3日連続で更新したので、今後は短編集の方もやりつつ、まったり投稿で行きたいと思っております☆


それではまた次回(=・ω・)/


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一色いろはは後悔なんてしたくないっ

 

 

 

 

「ああ……やってしまったぁ……」

 

 

うちに帰って来ると、ごはんは〜?と呼び止めるお母さんにお断りを入れながらドタバタと階段をのぼり、部屋のドアを開けるなりベッドにダーイブっ!!

 

 

わたしは今、ベッドの上でジタバタとバタ足の練習をしている……

 

ひとしきり暴れて泳ぎ疲れるとバッグからプリクラを取り出して、ごろんと仰向けになった。

 

真っ赤になって固まってる先輩と、そんな先輩にギュッと抱き付いて信じらんないくらいに真っ赤なぎこちない笑顔のわたしが写っているそのプリクラには……

 

『せんぱいだーい好きっ!Chu!!』

『ラブラブ〜《ハート》』

『いつか責任取ってね♪はちまんっ』

 

とかってバカ丸出しのラクガキが所狭しと躍っている。

 

「こんなの……見せられるワケ無いじゃないですかぁ……」

 

にへら〜っとプリクラを眺める視線は、自然と先輩の唇へと流れる。

 

「〜〜〜〜〜っっっ!」

 

さっき仰向けになったばかりなのに、またごろんとうつ伏せになって枕に顔を埋めざるをえない程、わたしは軽く興奮している。

 

そうなのだっ!わたし、ついさっき先輩にキスしちゃったのだ!

もうハグプリクラどころではないんですよっ!

 

「どうしよう……月曜日からどんな顔して先輩に会えばいいんだろ……?」

 

わたしはぽしょりと呟くと、もう一度プリクラに写る愛しい人を見つめ、そっと人差し指を唇にあててみた……

 

「〜〜〜〜〜っっっ!」

 

わたしの唇に優しく触れていた先輩の唇の感触と形を思い出してしまい、またもジタバタと悶えるのだった……

 

 

「わたし、今夜は眠れそうにないですよ、せんぱい……せんぱいは今頃どうしてますか……?」

 

 

そしてプリクラを眺めたり唇を触ったり悶えたりのエンドレスな長い夜は終わることなく続き、更に夜はふけて行った。

 

 

× × ×

 

 

週が開けた月曜日の朝。

わたしは洗面台の鏡に映った自分の顔を見て、ふぅと一息ついた。

 

「良かった〜、休み挟めて」

 

あの日、嬉しい感動からなのか押し潰されそうな不安からなのか、感極まって帰りのモノレールの中で泣きに泣きまくってしまい、帰ってきてからはのたうち回って一睡も出来なかったわたしの目は、翌朝には真っ赤に腫れあがってしまっていたのだ。

 

やばい!治さなきゃ!とその日は大人しくしてたけど、やっぱり一日中悶々としてしまい、あの行為を思い出しては感激して涙が出ちゃったり興奮してニヘッとなったりと忙しくて、翌日の日曜もまだちょっとだけ目が赤かったんだよねー……

だから昨日はプリクラを眺めるのを我慢してたんですよ?せんぱい。

10回くらいは見ちゃったケド……

 

とりあえず一難は去ったけど、本当にヤバいのはこっからなんだよね〜……

だってわたし、今日から先輩に顔合わせられるの!?

 

× × ×

 

 

うう……結局その日は先輩に顔を合わせられませんでした……

もちろん奉仕部までは行ったんだけど、わたしにはそこまでが限界だったのです……

 

もう心臓が破裂しそうなくらいバクバクいっちゃって顔も超熱くなっちゃって、とてもじゃないけどあの部室の扉に手を掛けることは出来ませんでしたよ……先輩だけならともかくあの二人が恐い……

 

普段のわたしなら可愛い後輩を演じて上手くやりすごせるんだろうけど、今の精神状態で氷の追及を振り切れるワケ無いじゃないですかぁ?

てか先輩はどうなんだろ!?普段よりも態度がキョドってキモくなっちゃって、「比企谷くん?なにか隠しているのかしら……?」なーんて冷水を浴びせられるような雪ノ下先輩からの恐ろしい追及に、なんか吐かされちゃったりしてないよねっ!?

アイツってホント思いっきり顔に出るからなぁ……本人はポーカーフェイスが出来てるつもりになってんのが笑えるけど。

 

 

まぁそれはもう先輩を信じるしか無いにしても、とにかくこのままは本当にマズい!これが原因で疎遠になるとか、ひとつも笑えない!

いくら無理矢理で強引だったとはいえ、せっかくの先輩とのファーストキスで後悔なんかしてたまるもんですか!

 

だからわたしは決意を胸に秘めて帰り道を一人ゆく。

明日こそ絶対会ってやるって!

 

奉仕部に行くのが気まずいんならあの場所に行こう。リサーチしといたあの場所に!

あそこなら、絶対に二人っきりでお話出来るから。

 

 

 

翌朝、普段よりも早く起きたわたしは二人分のお弁当を用意していた。

とにかく何事があろうとも、停滞した会話を潤滑に進める為には、まずは美味しい食事が必要なのですよ!

会議なんかにしても険悪なまま会議室で進めるよりも、美味しいお店で和気あいあいと進行する方が会議が潤滑に進むじゃないですかー?

 

先日と違って、今日はバッチリお昼も晴れると教えてくれた天気予報のお姉さんにグッっと親指を向けると、わたしはよしっ!っと戦いの場へと旅立つのだった。

 

 

× × ×

 

 

四時限目終了のチャイムが鳴り響くと、わたしは二人分のお弁当が詰まったバッグを抱えて颯爽と立ち上がる。

 

「ありゃ?いろはお昼はー?」

 

「ごめーん!今日もちょっと用事がっ」

 

「いろはちゃんまたぁ!?」「行ってらっしゃーい」「今日は午後の授業遅れんなよー」

 

友達に軽く謝罪して、わたしはあの場所へと向かう。

自販で甘ったるいコーヒーを買うのも忘れずにね!

 

 

先輩曰くベストプレイス。

教室に居場所の無い先輩が、お昼を一人で過ごす為に見付けたベストなプレイスらしい。

晴れて暖かい日ならこういうランチも気持ち良いかも知れないけど、今は二月だよ?

 

そんな二月の寒空の下だってのに、やっぱりあの人はそこに居た。

あのとき以来の先輩の姿に、こんなに寒空の下だってのに身体中が熱くなって変な汗が出てきちゃった……

 

あれだけ覚悟を決めてたのに……こんなに色々用意してきたのに……ここに来て足が竦むなんて。

 

もしも避けられたらどうしよう……

もしも拒絶されたらどうしよう……

 

この三日間その事を考えないワケが無かった。

いや、考えないように敢えて現実逃避してたまである。

 

たぶん普通の男ならあれで完全に落ちて、その後は彼氏気取りで自分から超近付いてくるんだろうね。

でも先輩は違う。だからこそ好きなんだけど、でもまたそこが大変なトコでもあるんだよね。

 

どうしよう……ファーストキス捧げた次の再会で拒否られたら立ち直れないかも……

また明日にしよっか?いろは!

そんなに焦って無理に会わないでも、そのうち何でもないような顔して仕事押し付けにいけばいーんだもんねっ!

 

 

 

 

 

 

……………ってそんなわけ無いじゃないですかーっ!!

そんな弱気でどうすんの!?あんたこのまま逃げ出したら、たぶんホントに疎遠になるよ?それでいいの?……良いわけあるかぁ!

 

 

わたしは震える足を震える手で思いっきりつねる。珠のお肌がキズモノになっちゃったって気にしない!キズモノになってもどうせ責任取ってもらうんだもん!

そしてわたしは死角からそーっとそーっとヤツに近付き、逃げられないように背後を取った。

 

 

燃えるように熱い顔と身体、震える声と手足、火照ってボーっとする思考回路を力ずくでねじ伏せて、愛しのこの人にあの日あのとき以来の声を掛けるのだった。

もちろん第一声なんかとっくに決まってますよ?

 

 

「せーんぱいっ!」

 

 

× × ×

 

 

震える声を目一杯の猫なでな甘さでコーティングしてなんとか声を掛けてみたんだけど、先輩は超ビクッとして食べ掛けのパンを落としてしまった。

ギギっと音がしそうなくらいぎこちなくゆっくりと首を回して振り返り、わたしの姿を確認した先輩は……

 

「おおお、おう、いいいっしゅきかっ……」

 

わたしがド緊張していた事など鼻で笑うくらいのものすごい噛み噛みな緊張っぷりに、思わず吹き出し掛けた!

ぷっ!先輩があまりにもキモくキョドってくれたおかげで、逆にわたしの緊張がほぐれましたよ?

てか昨日奉仕部に行かなくて良かったよコレ……

 

「うっわー……先輩キモっ」

 

そう言いながら、わたしはニコニコと先輩の隣に腰掛ける。

噛み噛みで恥かいた上に急にピッタリと隣に座ってきたもんだから、先輩はさらにビクゥッと体が跳ね上がり、視線は思いっきり明後日の方向に。

 

「……お前な……急に後ろから声掛けられたら誰だってビックリすんだろが……いきなりキモいって酷くない?」

 

「だーってぇ、それにしたって先輩のビクッとと噛みっぷりは凄すぎて超キモいですよー」

 

まったくぅ、ただ後ろから声掛けられたからビックリしただけじゃないくせにー。

その超真っ赤な耳が雄弁に語ってますよ?せーんぱい!

 

「うっせ、ほっとけ」

 

 

でも良かった……

先輩超照れてるけど、拒否られたりはしてないやっ。

わたしもなんとか普通に話せそう!

 

「先輩よくこんなに寒いのに、こんな所でごはん食べられますよねー」

 

「まぁな。ここでの昼飯も二年目にもなれば、この程度の寒さはそよ風みたいなもんだ」

 

ふふっ、全っ然こっちは見てくれないのに、口調はいつも通りですね。

まだまだ声震えてて緊張が隠しきれてないですけどね〜。

 

「んな事よりもお前がビックリさせっから、焼そばパンさんが犠牲になっちまったじゃねぇかよ」

 

「むぅ、それは焼そばパンさんには可哀相な事をしましたね〜。あとで先輩が責任をもって砂ごと食べてあげてください」

 

「なにそれ虐め?……ったく……購買行ってくるわ。じゃあな」

 

そういって先輩は立ち上がろうとする。

それは購買に行きたいからなのかな……

わたしと居るのが気まずいからなのかな……

わたしは知らず知らずのうちに先輩の袖をギュッと握っていた。

 

「……行っちゃうんですか……?」

 

「あ、や……」

 

先輩はわたしの顔を困惑の眼差しで見ている。

……たぶんわたしの表情は泣きそうになっているんだろう。

 

「…………たく、しゃあねぇな……たまには昼飯抜きでもいいか」

 

そのまま黙って腰を下ろしてくれた先輩は、照れくさそうに頭をガシガシ掻いている。

 

先輩はわたしが不安な気持ちでここに来たのが分かってるんだろうな。

わたしの気持ち、さすがにもう気付いてるんだろうな。

だって、普段なら居るはずの無いわたしがなんでここに居るのかを一切訊ねてこないから。

行かないでいてくれるトコとかそういうトコとか、ホントあざといよ、先輩……

 

 

でもわたしはまだまだ先輩にわたしの色を見せてあげないんだから。

わたしが何色なのかをあなたに見せるのは、もうちょっとだけあと。

 

「大丈夫ですよー!ほらっ!今日は先輩分のお弁当も、つ・い・でに作ってきてあげましたよー」

 

だからまだわたしが先輩に見せてあげる色は、いざ口にするまで何味なのか分からない無色透明ないろはす色♪

わたしらしく、さっきまで泣きそうになってた顔に思いっきり小悪魔笑顔を張り付けてあげますよっ?

 

「へ?マジで?」

 

「マジですよー。じゃーん!ほらほらぁ、この玉子焼きなんて超絶品なんですよー!」

 

「そ、そうか、サンキューな……じゃあ有り難くいただくわ……っておい!」

 

「だってぇ、しょうがないじゃないですかー!寒くて仕方ないんですからー」

 

「だからっておま……近い近い近い!」

 

 

えへへ、良かったぁ!

あんなにも不安で押し潰されそうだったあの時以来の再会も、なんとか無事に済ませられたようですね!

もうわたしと先輩はいつも通りっ。

 

 

用意しといたブランケットをバッグから取り出して二人の足に掛け、さらにピットリと寄り添ったわたしに真っ赤にキョドりながらも、わたしが愛情込めて作ったお弁当を美味しそうに食べる先輩をニマニマ眺めてご満悦なわたし♪

こうして本日の幸せなお昼休みを過ごす一色いろはなのでした!

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 





ありがとうございました!

今回ので元々書きたかった後日談までが終了です。
スミマセン、後日談だってのにこんなに地味なストーリーで……
どうしてもキス後の顔を合わせ辛い微妙な空気に決着を付けたところまでを、後日談として書きたかったんですよね〜><
まぁそもそもが私の書くSSって基本地味なんですけどね!エヘッ(苦笑)


短編からの抜き出し再構成から後日談までが終了し、今後は決着編になっていきますのでよろしくお願いしますっ(・ω・)/



……ただ今週末は花火大会があったりとちょっと忙しくて、更新が少しだけ開くかもです……(ぽしょり



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一色いろはは相談されるっ



今回から、ようやく沈黙のオリキャラがアップを始めました。





 

 

 

二月に入り約一週間。

あと一週間もすれば、恋する乙女が勇気を出せるきっかけを貰える日がやってくる。

 

わたしはその日が待ち遠しくもあり、また、このまま来なければいいのにという思い、そんな相反する気持ちを抱えながら、あの一緒に過ごしたお昼休みから数日間をもやもやと過ごしていた。

 

告白したい……けど、どうせまだ勇気が足りないんだろうな。

そんな情けない自分を真正面から見つめるのが嫌で嫌で仕方ない。

 

 

「失礼しまーす」

 

「いろはちゃんやっはろー!」

 

「こんにちは、一色さん」

 

「結衣先輩やっはろーです。雪ノ下先輩こんにちは」

 

今日も当たり前のように奉仕部の扉をくぐり、いつも通り挨拶を済ませながらちらりと先輩に視線を送る。

目が合うとようやく声を掛けてくれた。

 

「おう」

 

まったく!この人は目が合わないとわたしに挨拶してくれないんだもんなぁ。

しかもあからさまに「またきやがった」って顔しちゃってますよコイツ……

 

「ちょっと先輩!可愛い可愛い後輩が失礼しまーす!って入ってきた時点で、『いらっしゃい!良く来たな。ずっと待ってたよ!』って爽やかな笑顔でウェルカムするくらいが常識じゃないですかぁ?」

 

「誰だよそのキモい爽やかキャラ……そういうのは葉山に頼めよ。俺が笑顔でそんな風にお前を迎え入れたらキモすぎて通報されちゃうから」

 

確かに先輩がそんな風に歓迎してくれたら、たぶんこの場の女子三人組は自然と携帯に手が伸びるかも知れませんね。

 

「まぁ確かにキモいんで通報はしちゃうかも知れませんけど。……だからって普通に挨拶くらいしてくれたっていいじゃないですかー……」

 

ぷくっと頬を膨らまして、わたし怒ってますよアピールをぶちかます。

なんならぷんぷんっ!って口で言ってあげてもいいくらいのレベル。

 

「……だってどうせ毎日来んだもん」

 

「こんなに可愛い後輩が毎日来てくれてるのにどうせって失礼な……ホントどうしようもない先輩ですねー」

 

そう言いながらいつものように自分の席を用意すると、いつものように先輩の隣に座り鏡を用意する。

なんかこの動作があまりにも自然過ぎて、まるで生活の一部になっちゃってるみたい。

 

「一色さん?時期的に生徒会が忙しくないのは分かるのだけれど、あなたサッカー部のマネージャーの方は大丈夫なのかしら」

 

雪ノ下先輩はごもっともな事を言いながらも、わたしの分の紅茶を用意してくれる。

もう「紅茶要るかしら?」と聞いてこない辺りが、なんだかこの場所に受け入れて貰えてるみたいで心地の良いくすぐったさなんだよね。

 

「だって外寒くないですかー?」

 

「はぁ……まったく。……どうぞ」

 

呆れるようにこめかみを押さえながらも、優しい笑顔で紅茶を出してくれた。

 

「ありがとうございます!」

 

 

紅茶の香りと奉仕部の温かさを胸いっぱいに感じながらふと思う。

わたしは、あと一週間もしたらこの場所を壊してしまうのだろうか?

それとも単にわたしだけが壊れてしまうのだろうか?

 

なーんてね。どうせわたしはまたチョコを渡すのにも練習っていう名のマジカルワードに逃げちゃうんだろう。

あんなに大胆な事したのに。あんなにとんでもない事したのに。

 

それでもわたしはああいう逃げ道がなければ告白ひとつ出来ない臆病者。

繋がりを失いたくないから、失うのが恐いから、完全に失ってしまわないように少しでも逃げ道を用意しておくような、情けない恋愛初心者。

 

わたしはまだ本物の恋をしたことが無かったから、失敗してこの本物の恋を、先輩を失うのがどうしようもなく恐いんだ。

偽物の恋を失うのはなんてこと無かったのにな。

 

なーにがもう一歩だって止まりませんからね、よ。

逃げ道がなきゃ一歩たりとも進んでないじゃん。

 

……違うか。無理やり一歩を踏み出そうとして自らが起こしたあの行為が、逆に自らの首を絞めてるんだ……

あの時、初めて先輩に避けられるかも……拒否られるかもって恐怖を味わってしまったから、逆に次の一歩が恐くて踏み出せなくなってしまったんだ……

 

 

「お前、寒いからとか社会舐めすぎだろ……」

 

 

うっわ……危うくネガティブ思考に支配されるトコだったぁ……

せっかく先輩との楽しいやりとりなんだから、それは一先ず置いとこう。

 

「いやいや先輩にだけは言われたくないですー」

 

「お前も大概だぞ?俺は自覚している分まだマシだ」

 

「自覚しててそれの方がよっぽどたち悪いですからっ」

 

二人で笑いながら罵りあってると、怪訝な表情をしながら結衣先輩が一言釘を刺してきた。

 

「……なーんかヒッキーといろはちゃん、ここんとこ妙に仲良いよねー……」

 

その突然の言葉に抑えていた感情が急に熱を帯びはじめ、一気に顔が熱くなる。

先輩もあからさまに動揺してるからなんとか誤魔化さねば!

 

「そんなワケ無いじゃないですかぁ?先輩とわたしはいつも通りのキモい先輩と可愛すぎる後輩の間柄ですよー!ねーせんぱい?」

 

「お、おう。別になんも変わらんっての。……………っておい。それどんな間柄だよ」

 

「なーんか怪し〜!てかヒッキーなんかキョドっちゃっててキモい!」

 

「いやなんでだよ……」

 

ヤバいな……なんか怪しまれてるぞ?無言の雪ノ下先輩がたまらなく恐いし……

 

 

でもホントの所、わたしと先輩の関係はなんにも変わってはいないのだ。

まるであのデートは……あのキスは無かったか事かの如く、お互い一切あの日の出来事に触れないようにしている。

二人で寄り添ってお弁当を食べたのもあの一度きり。

 

あの日、お互いがデートの事に一切触れなかった事で、暗黙の了解的に今までと変わらずに過ごそうって決まったんだろうね、わたし達のあいだでは。

 

だから分かっているんだ。わたしも先輩も。

もしも次にあのデートに、あのキスに触れる時……それが“その時”なのだと……

それに触れる“その時”が、手遅れになってからでなきゃいいけど。

 

とは言え、現状ちょっとマズい気がするな〜。毎日毎日来すぎたかなぁ……?

それとも、意識なんてしないで先輩と関われているつもりになってたけど、やっぱりこの二人には不自然に見えちゃうのかな……?

 

だってほら!黙って本を読んでいる先輩と、その隣で鏡片手に女磨きに勤しんでいるわたしを、交互にチラチラ見てくるんだもん、この二人!

 

仕方ないっ……明日は奉仕部参加を控えてサッカー部に顔出そうかな?

べ、別に逃げるワケじゃないんだよ?ええ、戦略的撤退ってヤツですよ。

 

 

× × ×

 

 

さっむい!

いやいや真冬にマネージャー業務とかちょっと頭おかしいでしょ!

これだったら実際に動き回る選手の方がよっぽどマシそうだよ……

 

 

今日は数日ぶりにサッカー部の練習に付き合っている。うん。だからマネージャーなのに練習に付き合っているっておかしな話ですよね。

 

それにしても先輩、口を割らされてなきゃいいんだけど……

でもまさか後輩にデートの練習に付き合わされて、別れ際にキスの練習台にされた……だなんていくらなんでも言えるワケ無いですよねー!

 

ガチで耐えてくださいせんぱい!

口を割らされてもせいぜいデートの練習台くらいまでで耐えてくださいねっ!?

アレがバレたらわたし告白する前に消されちゃいますよ!

 

「いろはちゃん!こっちは終わりそ?」

 

そんな事を考えながら胃を痛くしていた時、不意に声を掛けられてビクンっとなってしまった……

 

「……ま、愛ちゃんかぁ……あー、びっくりしたぁ!うん、こっちはもう片付くよー」

 

「さっすがいろはちゃん!………ていうかそんなにびっくりしてどうしちゃったの?」

 

「へ?あ、ちょっと命の危機を感じて人生を振り返ってたと言うか」

 

「もぅ〜!なに言ってるの〜、いろはちゃんたらぁ!」

 

いや割とマジなんです。

 

そんな命の危機に瀕しているわたしの真剣な表情を見て愛ちゃんはくすくすと笑う。

 

ほんっとこの子なんでこんなに可愛いんでしょっ……なんていうか純真無垢?

言ってしまえば戸塚先輩が女の子だったら、まさにこんな感じなのかな?

わたしも愛ちゃんみたいだったら、先輩にあざといとか言われないでもっとたくさんわたしを見て貰えたのかなぁ……?

 

「じゃああっちの陽なたに行って、一緒にボール磨きでもやろっか?」

 

「ボール磨きかー……まぁ陽なたで暖かいからいっか」

 

そしてわたし達は部員が練習で使う程度のボールを残して二人でボール入りのカゴを運び、並んで座ってボールを拭き始めるのだった。

 

 

× × ×

 

 

ったく。美少女二人が汚れたボール磨くとか、なんたる宝の持ちぐされか……

でもこういう地味〜な作業は、絶対にアイツラやんないんだよねー。

 

「やっぱりたまにはボール拭かないと真っ黒になっちゃってるねっ……もっとマメに拭かなきゃダメだよね〜」

 

「でもボール多いもんね。タオル出しも洗濯もしなきゃだし、愛ちゃん一人じゃなかなか手が回らないもんね。……あの子たちは絶対やんないし」

 

そう。あとの二人の女子マネは、こういった地味な仕事はなかなかやろうとはしないのだ。

葉山先輩に直接指示されて見られてる前でだけ一生懸命やって、あとは適当に投げ出すからむしろ手間が増える。

ほんっとにウザい。何の為にマネージャーやってんのよアイツラって、わたしは部活自体サボりまくってますけどもっ!

 

「あはは……まぁ地味な裏方だから仕方ないよね。あの子たちは葉山先輩の近くに居たくてマネやってるだけだもんね」

 

そう言う愛ちゃんはたははと苦笑い。

わたしもちょっと前まではアイツラと目的が同じだっただけに耳が痛いです!

 

あ……葉山先輩か……

そう言えば、こないだ愛ちゃんが珍しく葉山先輩がどうのって言ってきたっけ。もしかしてこの流れって……

 

そう思った時、やはりというかなんと言うか、愛ちゃんが急にモジモジとわたしに話し掛けてきた。

 

「……葉山先輩と言えば、あ、あのね?いろはちゃん……そっ……その、こないだ言い掛けた質問なんだけど……その……拭きながらでもいいから聞いてもらえる、かな……?」

 

「へ?あ、うん……いいけど……」

 

最近色々ありすぎて、すっかり愛ちゃんが相談事ありそうだったってこと忘れてた。もしかしたらずっと話したかったのかも。

 

「いろはちゃんは、その……葉山先輩の事、す、好き……なんだよ、ね……?」

 

おっといきなり来ました。

……えっと、どうしよう……なんて答えたらいいのかな……

こんな質問してくるって事は、つまりそういう事なワケでしょ……?

だったら、もう他に好きな人が居るって答えた方が、いいよね?

 

「う、うん。そうだよ……?」

 

いやだからなんでわたし肯定してるんですかね。

わたしは悪くない……葉山先輩=好きって言わなきゃいけない世間の風潮が悪い。

てか実際は、先輩の事が好きっていざ人に話すのが堪らなく恥ずかしいんだよね……

偽物の恋はペラペラと人に話せたってのに、本物の恋は口にするのが恥ずかしいとか、とんだ乙女思考さんですね、わたし。

 

「だ、だよねー……」

 

ヤバい!愛ちゃんいい子だから勝算が低くても応援してあげたいと思ってたのに、気持ちが萎んじゃう!

ここはやっぱり正直に否定しとかなきゃ!

 

「あ、や、実は…」

 

「だ、だったらさ!なんでいろはちゃんは……他の先輩と……仲良くしてるの……?」

 

 

「はへ……?」

 

びっくりしすぎて変な声が出てしまいました。

きゅ、急にそっち!?

 

「二年生の……比企谷先輩と……その……すっごく仲良いよね……?いろはちゃん……」

 

ひ!ひき!?

まさかここで先輩の名前が出てくるなんて……!?

なんで愛ちゃんが先輩の事なんて知ってるんだろ……?

大多数の人は存在さえ認識してないハズなのに。

意味が分からなくて愛ちゃんの顔を見ると、物凄く不安そうな顔をしていた。

 

 

あ……そうか……先輩って言ったら文化祭の噂か……

もしかしたら愛ちゃんはわたしの事を心配してくれてるのかな……?

友達として、生徒会長として、悪い噂の先輩と仲良くしてる事でわたしに変な噂が立たないようにって。

 

その気持ちはとっても嬉しいんだけど、ちょっと胸が苦しくなる……まさかこんなにいい子にまで、先輩が悪く思われてるだなんて……

 

よし!せっかくの機会だし先輩の誤解を解いておいてあげますかね!

愛ちゃんにまで誤解されてるなんて、いくらしょうもない先輩とは言え、ちょっとだけ可哀想だしねっ。

感謝してくださいね?せーんぱいっ!

 

おっと、でもその前にっと……

 

「ち、違う違うっ!先輩とは……うん。まぁ仲は良いんだけどー……そそそそういうんじゃなくって!生徒会長の選挙の時にちょっとお世話になって、それ以来よく利用……手伝って貰ってるってだけで……」

 

ったく……わたしの恥ずかしがり屋さんめ!

先輩の誤解を解くんならいっそ実は好きって言っちゃえばいいのに、ここにきて守りに入っちゃうなんてね。

 

うう……でもやっぱり恥ずかしいんだもん……

 

 

「そう……なの?」

 

「う、うん!そうだよー?」

 

でもね?って、先輩の誤解を解こうと声を出しかけたわたしは、その言葉を愛ちゃんのあまりにもホッとした嬉しげな笑顔と、そしてこの言葉に遮られてしまった……

 

「……そっか……良かった……いろはちゃんと比企谷先輩って、なんでもないんだ……」

 

あ、あれ……?

なんか様子がおかしくない……?

 

すると愛ちゃんは今まで見た事もないような真っ赤な顔と今にも泣き出しそうな眼差しで、わたしを真っ直ぐに見据えてきた。

 

 

 

 

「……あっ、あの……いろはちゃんっ……!も、もし良かったらなんだけどっ……そのっ……」

 

……え?嘘でしょ……?そんなワケ無くない!?

でも愛ちゃんは、そんなわたしのあり得ない想像通りの言葉を、朱色に染まった恋する乙女の表情そのままに、わたしへと投げ掛けて来たのだった……

 

 

「……わ、私にっ!……ひ、比企谷先輩を……紹介して、もらえない……か、な……?」

 

 

 

 

続く

 







ありがとうございました!

まぁ大方の予想通りだとは思いますが、ベタなラブコメになってまいりました!(笑)
なぜこうなったのかも予想通りなベタ展開だとは思いますが、次回までお待ちくださいませーm(__)m


それではまた☆


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一色いろはは葛藤する……



今回でようやく愛川愛ちゃんの全貌が明らかになります!


そして今回は完全なる愛ちゃん回なので、場面をイメージしやすいように簡単なビジュアルイメージを載せときます!
感想からもご質問頂いてお答えしたんですけど、皆さんがそちらを見たワケではないので><



ビジュアルイメージはやはり戸塚たんですね☆
戸塚を黒髪セミロングにして、シュシュでサイドポニーにしてるカンジで妄想してください♪(普段はおろしてるんですけど、マネージャー業を一生懸命やる子なので、部活中は動きやすいようにあげてます)

あとはいろはすのピンクのジャージよりも薄いピンクのジャージ姿で、戸塚みたいに袖や裾をロールアップしてます。


そんなカンジでどうぞっ!




 

 

 

 

寒風吹きすさぶ2月の夕方。

手も足もかじかむ程に凍えるような寒さのはずなのに、わたしの目の前に佇むとても可憐な少女は、まるで夕焼けに染まったかのように、熱を帯びた顔をわたしに真っ直ぐ向けてくる。

 

「……わ、私にっ!……ひ、比企谷先輩を……紹介して、もらえない……か、な……?」

 

その一言だけを必死に告げると、その少女は羞恥に耐えられずに、その赤く染まった可憐な顔を両手で覆い隠した。

 

「ま、愛ちゃん……?」

 

まさかの先輩への紹介をお願いしてきた愛ちゃんは、あまりにも恥ずかしかったのか顔を隠してイヤイヤをしていた。

その、手で隠した顔を左右にブンブンと振る愛ちゃんは……なんていうか超可愛い。

た、確かに可愛いんだけど……

 

「ちょちょちょっ!?ま、愛ちゃん!?手っ!手っ!」

 

「……ふぇ……?」

 

わたしにイヤイヤを止められた愛ちゃんの顔は、今さっきまでボールを拭いていた汚れた手で覆っていたため真っ黒になってたのだ。

 

「わぁっ!わ、忘れてたぁ……いろはちゃん……!私、か、顔汚れちゃってる……!?」

 

「もう真っ黒だよ……」

 

そう言いながらわたしは愛ちゃんにハンカチを渡してあげた。

「ありがとー!」と、なんにも考えずにそのハンカチを受け取って手と顔をゴシゴシと拭いた後に、その汚れてしまったハンカチを見た愛ちゃんは、一瞬で顔を青くさせる。

 

「ふぇぇ……ごめんいろはちゃん!ハンカチこんなに汚しちゃったよぉ……」

 

「う、うんっ!……大丈夫大丈夫〜」

 

「てか自分のハンカチ使えば良かったのに、私なにやってんだろっ……ちゃんとお洗濯してから返すからねっ!?」

 

心底申し訳なさそうに涙目でシュンとなってる愛ちゃん。

やばいよ可愛いよ……

 

 

わたしって城廻先輩がちょっと苦手なんだけど、実はその原因は愛ちゃんにあるんだよね……

だって、こんな振る舞いを素でやってのけるんだよ!?この子!

 

サッカー部で愛ちゃんと知り合ってから、天然モノのこんなのを毎日見せ付けられて、でも愛ちゃんは友達だから可愛いな、いい子だなって思えるんだけど、このぽわぽわよりもさらに一段階上の反則的な空気を友達以外、しかも先輩に出されたらたまったもんじゃないんですよ!養殖モノのわたしとしては死活問題なんです!

 

 

と、とりあえずそんな事よりも、どういう事なのか聞かなくちゃだよね……こんな様子の愛ちゃん目の当たりにしたら、なんかもうあんま聞きたくないけど。

 

「……えっと、愛ちゃん?どういう事か、聞かせて貰える?」

 

すると愛ちゃんは申し訳なさそうに言う。

 

「へ……?あ、や、だから……私のドジでいろはちゃんのハンカチ汚しちゃったからちゃんと洗って返さなきゃなって……」

 

「いやそっちじゃなくてっ!……せ、先輩の事っ!なんで愛ちゃんは先輩なんかを知ってるの!?」

 

もうやだこの子!これが素だなんてズルすぎる!

 

「……………あ、そ、そっかっ……」

 

自分の勘違いに対してなのか先輩に対する想いを述べるからなのか、愛ちゃんは一瞬ハッとしたかと思うと、再度頬を真っ赤に染め上げて俯いた。

 

「あ、あのね?」

 

そうして愛ちゃんの先輩語りが始まった……

 

 

× × ×

 

 

「私ね?いろはちゃんとクラス違うから知らないかもだけど、文実だったんだ」

 

文実。文化祭実行委員。

各クラスから2人の参加者を募って、来たる文化祭の下準備を担当する委員。

わたしは詳しい内容までは知らないけど、先輩は去年の文化祭実行委員で、その活動中に色々やらかして学校一の嫌われものになったらしい。

 

愛ちゃんは文実中に先輩を知ったのか。

でも……なんで?

 

「文実って、先輩が学校一の嫌われ者になった原因だよね?なんか色々やらかして。……だったら文実の間では、先輩って特に嫌われ者なんじゃないの?それなのに紹介って……?」

 

愛ちゃんに限っては、それでまた先輩を責めたり嫌がらせして楽しむ為に紹介を求める事なんて絶対ない。

てかこの表情見れば、それが何を意味しているかって事くらい誰にだって分かる……

 

「うん……そうだね。比企谷先輩、すっごく嫌われてた……」

 

「だったらなんで?」

 

「……比企谷先輩ね?文実スタートしてから、面倒くさそうにしながらもいっつも真面目にお仕事してたの。1人で黙々と。……その時点でなんか良い先輩だなぁ、頑張ってるなぁ、って思ってたんだ。私もがんばんなきゃっ!ってねっ」

 

たった3〜4ヶ月程度前の事だけど、愛ちゃんはとっても優しそうな笑顔で懐かしんでいる。

わたしも自然と生徒会役員選挙の時やクリスマスイベントの時の面倒くさそうに一生懸命仕事する先輩の姿が脳裏に浮かんでほわってなっちゃった。

 

「でもね……その……あんまりこんな事は言いたくないんだけど……相模先輩、あ、実行委員長だった人なんだけど……その人のあんまり良くない対応でね、文実はボロボロになってっちゃったの……」

 

あんまり良くない対応って言うけど、愛ちゃんがそういうくらいだからそれはもう酷いもんだったんだろう。

 

「真面目に参加してる人たちに仕事押し付けてみんな文実サボりまくって、計画もなんにも決まんなくて作業が遅れてく一方で、私も一年生ながらに、ああ……この文化祭は失敗しちゃうんだろうな……って感じて諦めてたの……そしたらさ!そんな時に比企谷先輩がスローガン決めの場でとんでもないこと言いだしたのっ!なんて言ったと思う!?」

 

超キラキラした目でわたしを見てくる愛ちゃん。

よっぽど楽しかったんだろうねっ……

 

「『人 〜よく見たら片方楽してる文化祭〜 とか』だって!」

 

ぶっ!やっぱりあの人バカだっ!先輩らしすぎるっ!

 

「ずっと寡黙で真面目な先輩だと思ってたからさ、私もうビックリしちゃって!なんなのこの人!って!……そしたらさらに『人という字は人と人が支え合って、とか言ってますけど、片方寄りかかってんじゃないっすか。誰か犠牲になることを容認してるのが人って概念だと思うんですよね』って!」

 

心底可笑しそうに破顔する愛ちゃん。

うぅ……わたしもその場に居たかったなぁ……

 

「そしたらトドメにこれだよ!?『俺とか超犠牲でしょ。アホみたいに仕事させられてるし、ていうか人の仕事押し付けられてるし。これが『ともに助け合う』ってことなんですかね。助け合ったことがないんで俺はよく知らないんですけど』ってね」

 

クスクスと本当に楽しそうに笑う愛ちゃんを見て、ちょっとだけ不思議に思った。

そんなふざけたバカな台詞、わたしなら先輩らしいと笑えるけど真面目な愛ちゃんには容認出来なくない?って。

 

「その先輩丸出しのアホな妄言聞いて、愛ちゃんは先輩に嫌悪感なかったの?」

 

「うーん。どうだろ?とりあえずはすっごくビックリしたけど、それまでの真面目な姿を見てきたから、そこまででは無かったかな?……でも確かにワケ分かんなかった。なんで一生懸命頑張ってた先輩が急にこんなこと言うんだろう?って」

 

すると愛ちゃんは表情をガラリと変えた。

さっきまでの楽しそうな笑顔から、とてもとても慈愛に満ちたような優しい表情に。

 

「でもね、次の日にはすぐに分かっちゃった!……だって、次の日から文実の空気が一変したから。比企谷先輩は1人で悪者に……敵になることで文実メンバーを発奮させて、バラバラだった文実を纏め上げたんだよ……」

 

 

……すごい……なにがすごいって、先輩の先輩らしい捻くれた、でも皆の為に自分を捨てるやり方を、この子はちゃんと見てたんだ。

普通なら表面上しか見ないで悪く言うだけなのに、この子はちゃんと本物を見てる……

だからこそ……わたしは今この子が初めて恐いと思った……敵、なんだと。

 

「その後も1人で悪者になっちゃって文実に居づらいハズなのに、今までと変わらず毎日文実に来て、今までよりもっと押し付けられたお仕事を面倒くさそうな顔して黙々と頑張ってる姿を見てたら……………その………すごく………格好良く思えてきちゃってっ……!」

 

そこまで話すと、愛ちゃんは思い出したかのように真っ赤に俯いた。

 

「……だから、文化祭の最後に相模先輩に酷い暴言吐いて泣かせたって聞いた時もすぐに分かったの……ああ、比企谷先輩は、また1人で悪者になって誰かさんを救ったんだなぁ……って」

 

愛ちゃんはもう隠しようもないくらいの恋する乙女な顔で遠くを見る。

愛ちゃんの目には、なにもない空間に先輩が見えてるんだろう。

 

わたしはそんな愛ちゃんを見ながら、とても複雑な思いが葛藤していた……

 

 

× × ×

 

 

でもとりあえず聞かなくちゃならない事がある。

だからわたしは素直な気持ちで訊ねてみた。

 

「でも文化祭なんて随分前なのに、なんで今……なの?」

 

「!!……そ、それは……」

 

ビクッとしてわたしを一瞥すると、ボンっと音が出そうなくらいにさらに真っ赤になってから俯いて、人差し指同士をくるくるしながら、ぽしょぽしょと教えてくれたその答えは、聴き取り辛かったけど、でもはっきりとこう答えた……

 

「……もうすぐ、バレンタインだから……」

 

……わたしはくらっと目眩がしそうだった。

ちょっとだけ予想はしてたけども……

 

「……ホントはね?もっと早く声掛けて知り合いくらいにはなっときたかったのっ……でも緊張しちゃってどうしても無理で……それでずっと悶々としてたんだけど、ある日ね、比企谷先輩がサッカー部に来た事があったの……!」

 

するとわたしをジッと見つめる。

 

「いろはちゃんが生徒会長になった後くらいに、いろはちゃんを探しに来たって……」

 

………そう言えば、クリスマスイベントの時わたし集合に遅れちゃって、その時先輩が『待ったどころか普通に探しに行った』とか言ってた……!その時か。

 

「私もうビックリしちゃって……!なんで比企谷先輩がサッカー部に!?って。……私ちょうど葉山先輩にタオル出ししてたから葉山先輩とお話してた比企谷先輩の近くに居れたんだけど、その時いろはちゃんと比企谷先輩が知り合いなんだって初めて知って……」

 

そして複雑そうな顔をすると、あはは……と指で頬をポリポリ掻いた。

 

「……だからそれからずっといろはちゃんに比企谷先輩の事を聞いてみたかったんだけど、いろはちゃんあの辺りを境に忙しくてあんま部活に顔出せなくなっちゃったし……」

 

確かにクリスマスの時はもう色々ありすぎて部活どころじゃ無かったっけな〜……先輩を意識しだしたのもちょうどその頃だし。あの言葉を聞いたのも……

 

「で、年が明けてからもいろはちゃん忙しかったみたいだし……その……たまに校内で見掛けた時とか……その……………比企谷先輩と、すっごく楽しそうに廊下を歩いてたりしたから……そういう関係……なのかな?って……」

 

わ、わたしって意外と周りから先輩と恋人同士に見られてたりするのかなっ!?

てかやっぱわたしって、先輩と一緒に居る時は客観的に見てそんなに楽しそうなんだ……ちょっと恥ずかしいです……

 

「……だから中々聞けなくって……私、こういうの初めてだから……は、恥ずかしかったし……」

 

ん?こういうの初めて……?

 

「………へ!?もしかして、は、初恋とかなの!?」

 

 

すると愛ちゃんは、はうっ……っと悲鳴をあげるとまた顔を両手で覆ってイヤイヤを始めてしまった……もうなんなのこの可愛い生き物……

でも顔を隠しながらも必死で話を続ける健気な愛ちゃん。

 

「うぅ……いろはちゃん……そんなにはっきり言わないでよぉ……」

 

どうしようお持ち帰りしたくなってきた。

 

「その……私ずっとサッカーを一生懸命やってる格好良いお兄ちゃんをそばで応援してきたお兄ちゃんっ子だったから、他の男の子にあんまり興味もてなくて……その……初めてこんな風にドキドキしたのが比企谷先輩というか何というか……」

 

……先輩が初恋、かぁ……それってわたしと一緒なのかな……?

わたしも本当の意味で人を好きになったのは先輩が初めてだから。

 

「だから……絶対にっ……その、バ、バレンタインにチョコ渡したいってずっと思ってたんだけど……たぶん比企谷先輩って、知らない女の子とお話するのって苦手だよね……?」

 

女の子に限らず、人と話すの自体が苦手なんですけどねあの人。

 

「文実の時も二言三言くらいで、私あんまり比企谷先輩とお喋り出来なかったから私の事なんて覚えてないだろうし……だから、見ず知らずの女の子から急にチョコ渡されるなんて迷惑掛けちゃうかな?って……だからバレンタイン前に、どうしても知り合いくらいにはなっておきたかったの……」

 

「そ、そっか……じゃあチョコ渡すのはもう確定してるの……?」

 

「…………………………うんっ」

 

 

まだ迷いはあるんだろうな。返事をするまでにはすごく間があったけど、それでもか細い声で力強く返事をしてくれた。

そして覆っていた手をどけて、隠しっぱなしだった可憐な顔をようやく見せてくれた。

 

その顔はまるで林檎のように赤く、その瞳は今にも雫が零れ落ちそうなほど潤み、その唇は僅かに震える程に儚なげで。

 

 

「……やっぱり無理かな……いきなり紹介して欲しいだなんて……無理だよね……」

 

 

わたし……どうしたらいいんだろう……

 

 

× × ×

 

 

比企谷八幡先輩は、他人からの好意や優しさにとても弱く、そして逃げてしまう。

わたしには分からないけど、それは幼少時代から培ってきた経験や後悔なんかからくる自衛策なのだろう。

どれだけ辛い思いをしてきたのか、苦しい経験をしてきたのか、わたしには理解なんかしてあげられないと思うと悲しくて仕方ない。

 

だからせめてわたしが先輩に寄り添うことで、その傷の痛みが少しでも和らいだらいいな、なんて思ってた。

だから先輩がわたしからの好意に気付かないように、気付かないフリが出来るように誤魔化して頑張ってきた。

いつかそんな先輩がわたしという存在を疑わなくなるように。心から信頼してくれるように。

結局はそれを理由に自分も逃げていただけなんだけどね。

 

 

でもたぶんこの子は違う。

この子は、愛ちゃんはそんな障害は一発で乗り越えてしまう。そんな気がする。

 

他人からの好意や優しさから逃げてしまう先輩の唯一の心の隙間に入り込めるのは、戸塚先輩や城廻先輩が持ち合わせているような裏表の無い純真さ。

どうしても優しさの裏を読んでしまう先輩が、その裏を感じる事が出来ないくらいの純粋さ。

 

愛ちゃんは城廻先輩や戸塚先輩と同じような空気を纏った素敵な女の子。

先輩からしてみれば、大好きな戸塚先輩が、大好きな年下の女の子になって現れたように見えちゃうのかもね。

だからたぶん愛ちゃんからの純真な好意は、先輩は疑わないんじゃないかな。

疑わない事と受け入れる事はまた別の問題だけど、少なくともわたしが今まで稼いできたアドバンテージなんかは一瞬でひっくり返りそう……

 

 

わたしの心の中は相反する気持ちが戦っている。

本当に愛ちゃんを先輩に紹介してしまっていいんだろうか?って気持ち。

今まではわたしのライバルは奉仕部だけだったけど、愛ちゃんは下手したら最大のライバルになってしまうかも知れない。

雪ノ下先輩と結衣先輩だけでもとても敵わないくらいの強敵なのに、その上こんな子を紹介しちゃったら、わたしはどうなっちゃうんだろう……

3番手以下?伏兵どころじゃ無くなっちゃうんじゃないの?……って。

 

 

………だから会わせたくない。

 

 

 

でも、それに相反する気持ち。

それは、あの捻くれてて最悪なあんなどうしようもない先輩の本当の優しさを、こんなにも真っ直ぐで純真な目で見ていてくれるこんなにもいい子を、自分の私利私欲の為だけに嘘ついて誤魔化して会わせないようにするような、そんな偽物のわたしが、先輩に好意を届けられるのだろうか?先輩に本物をもらえるのだろうか、あげられるのだろうか?って気持ち。

 

……だから会わせなきゃ。

 

 

わたしは、こんな相反する気持ちを抱えながら、不安そうに見つめてくる愛ちゃんをジッと見つめていた……

 

 

 

 

続く

 







ありがとうございました!

愛川愛ちゃんは、“あの”文化祭の文実メンバーの中にだって、八幡の真意に気付いて惹かれる子が居たっていいじゃん!
っていう思いと、9巻の“一色以外の女子マネージャー(可愛い)”を出してみたいという2つの思いから生まれたキャラクターです!

前々から出してみたかったんですけど、あざとくない件では作品的に違うかな?と思ってて、ちょうど『いろはす色の恋心』の後日談を書こうと思っていたトコロだったので、それに乗じて出してみました☆


これからもこの作品はいろはすと愛ちゃんで回っていくと思うので(今作ではゆきのんと結衣は敢えて除外します!収拾つかなくなっちゃいますっ)、どうぞ愛川愛ちゃんをヨロシクですm(__)m



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一色いろはは紹介するっ




今回ほとんど話が進んでいませんねぇ……


 

 

 

 

清らかに潤んだ瞳で真っ直ぐ見つめてくる愛ちゃんから、わたしは目を逸らす事が出来ない。

頭の中をぐるぐると駆け回る葛藤だったけど、でもわたしの思考の中に本物というワードが浮かんでしまった時点で、答えはもう出ていたんだろう。

 

だって、本物が欲しいから今までの自分らしさをかなぐり捨てて頑張ってるのに、この真っ直ぐな瞳から目を逸らす行為は間違いなく偽物だから。

自分の中の偽物を肯定してしまえば、もう二度と本物なんて言葉を口に出来なくなっちゃう気がするから。

 

 

「うん!いいよ。先輩に紹介してあげるっ」

 

「……ほん、と……?」

 

見開いたその目は心からの驚きと喜びに満ち溢れていた。

 

……いいな……羨ましい。

 

偽物なんて何一つない愛ちゃんのその表情に、わたしはついそんなことを思ってしまった。

 

 

× × ×

 

 

「でも……」

 

わたしは本物に対する気持ちを裏切りたくない。だから本物の気持ちを惜しみなく溢れださせている愛ちゃんを裏切りたくないから紹介するんだ。

でも、それでもこれだけはやっぱりちゃんと言っておかなきゃ。

 

「でもね……?紹介はするけど……わたしは愛ちゃんのその恋を応援することは出来ないよ」

 

「……え?」

 

喜びに満ちていたその瞳には大量の疑問符が浮かんでいた。不安そうにキョトンと首をかしげる愛ちゃん。

だから可愛すぎるからやめてっ!

 

「だって……」

 

わたしだって先輩が大好きだから!

 

「あ、あんなどうしようもないアホでぼっちな先輩如きには、愛ちゃんなんて勿体なさ過ぎるもーん!てか豚に真珠すぎでしょー!」

 

うわーっっ!ホントわたしってバカなのぉ!?

なんでこの期に及んで素直に好きって言えないのよぉぉ……!

……………で、でもマジでダメだ……こんなに恥ずかしいもんなの……?本物の恋を認めるのって。

 

だからさっきまでの愛ちゃんの死ぬほどの恥ずかしさも良く分かるし、それなのに、あんなにパニックになっていてさえ自分の気持ちを全部吐き出せた愛ちゃんが凄いって尊敬しちゃうよ。

 

「そっ!そんな……私が比企谷先輩に勿体ないだなんて……そんなことないよぉ……」

 

真っ赤な顔と手をブンブンさせながら慌ててわたしの妄言を否定してる愛ちゃんを見てたら、どうしようもないくらいの劣等感を感じてしまった。

 

「……でも……えへっ、ありがとっ!いろはちゃん。私は紹介して貰えるだけでホントに幸せっ……だから応援とかは、大丈夫ですっ……」

 

はぁ……今日は愛ちゃんを羨ましいって思ってばっかりだなぁ……

 

ってダメだよいろは!ただでさえ愛ちゃんを紹介することでメッチャ不利な状況になるんだから、こんなネガティブな事ばっか考えてたら、大切なモノがこの手からするりと逃げてっちゃうよ!?

わたしはわたしらしく、どこまでも前向きに突き進まなくちゃ元々勝ち目なんてないんだから!

 

 

× × ×

 

 

さて、紹介するならするで、愛ちゃんにもきちんと現実を説明しておかなきゃいけないよね。

もしかしたらこれで諦めてくれるかも知れないし。

 

いや、このキラッキラした目の愛ちゃんには余計な心配なのかもね……

 

「でもまずね?先輩について話しておかなきゃならない事があるけどいい?……先輩を取り巻く状況について。結構……キツいこと言うかもよ……?たぶん……愛ちゃんの恋はうまくいかないよ……?」

 

わたしからの予想外の投げ掛けに愛ちゃんの表情が引き締まる。

そしてコクリと一言。

 

「……うん。大丈夫」

 

もしかしたら、愛ちゃんもなんとなく分かってるのかもしれない。

そりゃ文化祭で先輩をずっと見てたんだもんね。

先輩の傍にはあの人も居たんだもん。先輩を真っ直ぐに見てた愛ちゃんならなんとなく分かるんだろう。

 

「先輩にはね……」

 

 

そしてわたしは先輩の話をした。

雪ノ下先輩のこと、結衣先輩のこと、わたしとの出会いのこと、奉仕部の崩壊危機とそれによる更なる繋がり。

もちろんあの大切な言葉は教えなかったけどね。

 

あれはあの人たちのモノだから。

あれはわたしのモノだから。

 

話し終わって愛ちゃんを見ると、両手をグッっと握りしめて、なぜかすっごい真っ赤な顔をしていた!そして……

 

「ぷはーっっっ!けほっ!こほっ!……はぁはぁっ!……はぁ〜」

 

「ちょっ?愛ちゃんどうしたの!?」

 

「はぁはぁっ……はっ!ご、ごめんいろはちゃん……なんかすっごいお話だったから、集中しすぎて途中から呼吸するの忘れてたっ……」

 

 

 

 

 

 

…………ホントもうヤダこの子……

あぁ、ガチで会わせたくなくなってきたよ……アイツ絶対デレデレすんだろうなぁ……その上バレンタインにはこの子からチョコ貰って告白されちゃうんだよ……?

いくらなんでも知り合って1週間やそこらで告白を承けるような人では無いだろう事が唯一の救いではあるけども。

 

そしてようやく息が整ってきた愛ちゃんが語りだした。

 

「……そっか。私、文化祭の時比企谷先輩のことよく見てたから、雪ノ下先輩とはなんかあるのかな?って思ってたけど……そういう関係なんだね……そして、由比ヶ浜先輩……か」

 

やっぱりちょっとショックが大きかったかな。

雪ノ下先輩とはなにかあると思ってたみたいではあるけど、たぶん想像以上の絆の深さを感じ取ったんだろうね。

その上そこに結衣先輩まで加わっちゃうんじゃ厳しすぎるもんね……

 

うぅ……てかわたし自身だって分かり切ってた事のハズなのに、改めて人に話すとなんか絶望的にしか思えなくなってきたよ……

 

でも愛ちゃんはわたしとはちょっとその関係の受け取り方が違ったみたいだ。

すっごい予想外の返しが来たよっ!

 

「………やっぱり比企谷先輩って素敵なんだなぁっ……あんなに凄い人たちも比企谷先輩に惹かれてるだなんて……やっぱり分かる人たちには分かるんだねっ!……私、文化祭の時も文化祭のあとも比企谷先輩の悪口を周りから聞かされてすごく辛くて悲しかったから、あんなに凄い人たちが比企谷先輩のホントの良さを理解してくれてるって知れただけでも本当に嬉しいっ……」

 

 

 

……信っじらんない……

 

どう考えたって不利な状況でしかないのに、なんであんな人たちが先輩の傍に居んのよって嘆いたっておかしくないのに、そんな事よりもこの子は、先輩の周りに集まる暖かい光を純粋に喜んでるんだ……自分の恋よりも先輩の幸せを喜んでるんだ。

 

目の端に光るものを携えてまで先輩の幸せを心から喜んでる愛ちゃんを見ていたら、なぜかわたしもなんだか幸せな気分になってきちゃったよっ。

 

ふふっ、良かったですね先輩っ!こんなにも素敵な子が、先輩なんかの事をちゃんと見てくれてますよ?って!

 

ちょっとでもこんな風に思えたわたしは、ちょっとでも愛ちゃんみたいな本物に近付けたのかな?

愛ちゃんみたいに真っ直ぐな気持ちを先輩に抱けたのかな?

分からない。分からないけど、でもこんな風に思えたってだけでも愛ちゃんの想いが聞けてよかった……!

 

 

「愛ちゃんは凄いね。あんなに強力すぎるライバルが居るって知ったのに、そんなに真っ直ぐに先輩のことだけを見ていられるなんて」

 

「へ?……そ、そんなことないよっ……やっぱり凹んでる気持ちも正直あるし……」

 

あ、やっぱり一応凹んではいるんだ。

 

「……でもさ、その……どんな状況だったとしても、気持ち伝えられなくちゃ始まらないしっ!伝えられるチャンスを貰えそうってだけでも有り難いし、ちゃんと伝えられたらなにか変わるかも知れないしねっ」

 

こんなに真っ赤な真っ赤な癖して、ニコッと笑顔になれる愛ちゃんはやっぱり素敵だな。

 

伝えられなくちゃ始まらない……かぁ。

思えばわたしは始まるのが恐くて、先輩が逃げちゃうからなんて事を言い訳にして気持ちを伝えるっていう一番大事な事をすっとばして、無理矢理デートに連れ出したりキスしたり……大胆な事やってるように見せ掛けて逃げてばっかりだったもんな……

 

 

なんかわたし今日は愛ちゃんに教えられてばっかだなぁ。ホント感謝感謝だよ。

だから感謝の気持ちも込めて、快く紹介してあげるね、愛ちゃん。

だけど、だからこそ絶対に負けられないっ……負けたくないっ……

 

本当の気持ちを愛ちゃんにまだ打ち明けられてない時点で、今んトコ一歩リードされちゃってるのかもだけどもっ……

 

 

× × ×

 

 

さて、ようやくわたしの気持ちも固まった事だし、肝心の予定を決めようかな。

わたし的には遅ければ遅いほど助かるけど、愛ちゃん的には早ければ早い程いいに決まってるよね………ってわたし全然気持ち固まって無いじゃんっ!?

 

「ふぅっ……んで愛ちゃん?じゃあいつにする?」

 

「ふぇ?なにを?」

 

「なにをって……せーんーぱーいっ!先輩にいつ紹介したげよっか?って話!……今日はわたしたちも部活中だし、明日くらいにしとく?」

 

「………っ!」

 

あれ?わたしのセリフを聞き終えた愛ちゃんが急にビクッとしたかと思うと、そのまま固まっちゃった。

 

「……お、おーい、愛ちゃーん?」

 

すると首がギギッと音がしそうな程にぎこちなくゆっくりとこちらへ回すと、そこには先程までの真っ赤で恥ずかしげで暖かな笑顔の女の子と同一人物とは思えないくらいに、サーッと血の気が引いた涙目の女の子がプルプルと震えていた……

へ?な、なに?

 

「……………どどどどーしよぉ、いろはちゃ〜んっ!どうせ会えると思わなかったから必死にペラペラと相談してみたけどっ、い、いざホントに紹介されちゃうんだ……って思ったら……もう緊張と恥ずかしさで、ししし死んじゃいそうだよぉぉっ……!」

 

と、なんだかわちゃわちゃしだしてしまった……

さっきまでの愛ちゃんに対する感動と尊敬返してっ!?

うぅ……でもやっぱり可愛いなぁ!くっそうっ!!

 

 

結局わちゃわちゃとプチパニックを起こしてしまった愛ちゃんをなんとか宥め、明日の昼休みに紹介する事に決まったのだが、仕事もせずにガールズトークを繰り広げていたトコロをバッチリと目撃されていたようで、部活終わりに戸部先輩に『ないわーないわー』と何度も何度も薄気味悪く鳴かれてしまったのでしたっ。戸部許すまじ。

 

 

× × ×

 

 

翌日。

四時限目終了のチャイムが鳴り響くと、わたしはバッグを抱えて重い腰をあげる。

 

「ありゃ?いろはお昼はー?」

 

「ごめん!今日もちょっと用事がっ……」

 

「いろはちゃん最近冷たぁい」「まぁまぁ、いろはにも色々あるんだよねー」「行ってらー」

 

なんかすでにデジャヴを感じてしまいそうなこのやりとりを終えて、わたしは教室を出た。

先輩の待つベストプレイスへっ!!と行く前に、わたしはE組の教室へと向かわなくてはならない……

はぁ……やっぱり気が重いなぁ……

 

E組の前扉から中を覗くと……………愛ちゃんがまるで卒業式でも受けているかのような綺麗な姿勢で、真っ直ぐに前だけを向いてピシィッと固まっていた……だけど目の焦点は合ってはいない……なんかぐるぐるしてる。

おーい愛ちゃ〜ん……周りの友達もみんな動揺してるよ〜……

 

「……失礼しまーす……あ、愛ちゃん呼んでもらえますか?」

 

近場に居た名も知らぬ男子に話し掛けたら、凄い動揺してなんか必死に話し掛けて来たんだけど、今そういうのいいから。

「ごめんね急いでるから」と抑揚の無い声で冷たく急かすと、ようやくとぼとぼと迎えに行った。

普段だったらもう少し愛想良く接してあげるんだけど、今はもうそんな気分じゃないのよ。ごめんね?

 

その男子にわたしの呼び出しを告げられると、ビクゥゥゥッとしてまたもわちゃわちゃし始める愛ちゃん。

 

あ、立ち上がろうとして机に思いっきり足ぶつけて悶えてる。

あ、カバン落として中身ぶちまけてわちゃわちゃと拾ってる。

あ、右足と右手が同時に出てる。

あ、つまずいた。

 

………え?愛ちゃん?マジで大丈夫……?死んじゃわない……?

 

 

「いいいろはちゃんっ!……おまおまお待たしぇっ!」

 

いや無理でしょコレ……

 

「ちょっ……ま、愛ちゃん、大丈夫……?今日はやめとく?」

 

「ふぇっ……?い、行くよ?ぜ、全然大丈夫だよっ?」

 

いや、そんな目をぐるぐるされて言われても……

でもまぁ本人が行くって言ってる以上はしょうがないか。

 

そしてわたしは緊張して死んじゃいそうな愛ちゃんを引きつれてあの場所へと向かった。

ホントはわたしだって、死んじゃいそうなくらいに緊張してるんだけどね……

 

「……どうしようっ……いろはちゃん……私、なにをお話すればいいのかな……」

 

わたしの制服の裾を両手でギュゥッと握り込みながらテケテケと付いてくる愛ちゃん。その手も足も超震えてる。

制服がシワになっちゃうからやめてっ!とも思ったけど、おかげでわたしの震えが誤魔化せるからちょうどいいのかもね……

 

「大丈夫だよっ。まずはわたしの友達ですよ〜って紹介して、あとは先輩とわたしで適当に喋ってるから、余裕が出てきたら会話に交ざってくればいいし、無理そうなら今日はまだ顔だけでも覚えてもらえばいいんでしょ?」

 

「う、うんっ!……いろはちゃんありがとうっ」

 

……………ダメだ……昨日からずっと、愛ちゃんにありがとうって言われる度に、やっぱ罪悪感が半端ない。

上手く行きっこないし、上手く行って欲しくないと思いながら紹介するのって、思ってたよりもずっとズキズキするんだな……

 

今日……紹介が済んだらホントのこと言おう!本当はわたしも先輩が大好きなの!って。

愛ちゃんに対する牽制とかじゃなくって、ちゃんと誠実な気持ちで!

 

……あ、あれ〜?なんかこういうのって……フラグとか言うんだっけ……?

 

 

そしてそんな不毛な思考を巡らせている内にあの場所が見えてきた。

そしてそこには、いつもの見慣れた腐った目の、だらしのない猫背の、ぼっちでキモくてわたしの大好きな先輩が座ってた。

 

 

ふぅ〜〜〜〜〜っと深く深く息を吐いて、わたしはいつものように甘くあざとく小悪魔的に、いつもの言葉を投げ掛けるのだった。

 

 

「せーんぱいっ!」

 

 

 

 

続く

 







ありがとうございました!

なんか最近、驚くくらいに愛ちゃん人気が急上昇してるように感じます(笑)
いつか香織みたいに皆様から愛して頂けるようなオリキャラになるんですかね〜(´ω`)♪

しかしやっぱり香織の存在は偉大ですなぁ。
今回の愛ちゃんが呼吸して無かったベタなシーンとか教室内でボケ連発の愛ちゃんのシーンで、香織だったら鋭いツッコミ(脳内)が出来るのにぃっ!とか思いながら書いてました(笑)


さて、今回はまったく話が進みませんでしたが、次回はようやく八幡と愛ちゃんの初顔合わせ回になりますね!
それでは次回をお楽しみに〜(=・ω・)ノシ





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一色いろはは久しぶりに夫婦漫才を楽しむっ




なんだか最近愛ちゃんがヒロインみたいになっちゃってますが気のせいです。

それではどぞ!


 

 

 

「せーんぱいっ」

 

今まさに惣菜パンにかじり付こうとした所に声を掛けた為、とてもめんどくさそうに視線を寄越してくる先輩。

あ、この先輩はいつ如何なる時であろうともめんどくさそうな視線を寄越してきますけどねー。

 

「……お、おう」

 

むむっ、めんどくさいと言うよりは若干キョドってたんですかね。可愛い可愛いわたしが声を掛けたから……と冗談はさておき、あの日以来、なんだかんだいってわたしを意識してくれてるような気もするんだよね。

それがわたしにとってプラスに働くのか、はたまたマイナスなのかはまだ分からないけど。

 

それはそうとちょっと頬を赤らめたキモ可愛い先輩と目が合った途端に、やっぱりわたしも頬が熱くなってしまう。

イカンイカン!なんか初々しいカップルみたい♪とか思っちゃって、ついニヤケちゃうじゃないですかっ。

 

しかしわたしと合った目は、すぐにわたしの後方へと流れていった。ん?

 

………わ、忘れてたぁっ!!てか今さっきまで気持ちはその一点に集中してたのに、先輩の顔を見た途端に脳内が先輩一色になるってどんだけなの!?

ん?先輩が一色になる?ちょっとそれいいかもっ……お嫁さんに行くんじゃなくてお婿さんに来て貰うってのも、それはそれでなかな……

 

「……え〜っと……なんかお前の後ろに誰かいんだけど……」

 

はっ!妄想を邪魔された!てかお嫁さんお婿さん言う前にまずはプロポーズからでお願いします一生添い遂げる覚悟は出来てますごめんなさい。

 

 

いやいやそんな場合じゃないから!愛ちゃんわたしの背中に隠れてずっとプルプルしてるから!

なんかもうアイロンじゃ間に合わないくらいに制服がシワになってそうだよ……

 

「……あ、えっと、この子はわたしの友達です」

 

「え?一色って同性の友達居たの?」

 

「いやいや先輩だけには言われたくないですから。そりゃ同性の友達は少ないですけどちゃんと居ますぅ!量より質ですよ質」

 

「友達を量とか質とか言っちゃう時点でアレだけどな……で、なんでその友達と昼休みにこんなとこに来るんだ?」

 

そ、そういえば愛ちゃんを紹介しなきゃ!って事で頭が一杯で、どう紹介しようか?とか考えて無かった〜!

 

「あー……えっと、あ、そうそう!前からアホでどうしようも無い先輩と知り合いなんだ〜って話してたら、ちょっと見てみたいって事になったんで見せにきましたっ」

 

小悪魔微笑でピシッと敬礼!

 

「見せにきたって……なに?俺は珍獣かなんかなの?」

 

「先輩なんて珍獣みたいなモノじゃないですかー?」

 

わたしがいつものように先輩を溢れ出る愛情でからかってると、制服が弱々しくクイックイッと引かれた。

はてな?と振り返って愛ちゃんを見ると、それはもう慌てたような表情でウルウルと涙目になって顔をぶんぶんしてた。

 

「ん?どうしたの?」

 

わたしが先輩に聞こえないように小声で訊ねると、愛ちゃんに蚊の鳴くような声で超怒られた。

 

「いいいいろはちゃぁんっ!そっ、それじゃまるで私が比企谷先輩を珍獣扱いで見物しにきた失礼な後輩みたいになっちゃうぅぅっ……!」

 

しまった!つい癖で!……ごめんね愛ちゃんっ……

小声でコソコソ話してるわたし達を訝しげに見てる先輩に視線を戻す。

 

「と!冗談はさておきましてー」

 

「は、はぁ……」

 

勢いで誤魔化してみましたよ?誤魔化せましたかね。

 

「友達の愛ちゃんですー。ホラホラ愛ちゃんっ」

 

わたしはいつまでも背中に隠れっぱなしの愛ちゃんを引っぱりだした。

へっぴり腰でわちゃわちゃと押し出された愛ちゃんがようやく覚悟を決めたようだ。

 

「あ、愛川と申ひまひゅっ……!ひゃ、ひゃひゃがいゃしぇんぴゃいきょんにちやっ…………」

 

……な、なんですと?

わたし17年生きてきて、こんなに噛んだ人はじめて見ましたよ……どうやら比企谷先輩こんにちはと言ったらしい事だけは分かりましたけどもっ。

 

ってヤバイヤバイ!愛ちゃんがあまりの壮絶な噛みっぷりに、恥ずかしさのあまりに沸騰しちゃいそうだよ!

ああ、もう泣いちゃいそう!

 

「せ、先輩!愛ちゃんちょっと人見知りなトコあるんですよっ!」

 

人見知りだとしたらちょっとってレベルじゃない。

 

「そ、そうか……その、まぁなんだ。よろしくな」

 

……なんとも予想外に、愛ちゃんのあまりのヒドさが逆に功を奏しちゃったみたい……

普通ならこんなに可愛い女の子が急にやってきたら、超警戒して超キョドるハズの先輩が、愛ちゃんのあまりのダメっぷりに逆に冷静になっちゃったみたい!

それどころか、なんとあの先輩が初対面の可愛い女の子に対して、なんかまるで優しいお兄ちゃんみたいな眼差しを向けてるなんて……わたしにだってたまにしか向けてくれない眼差しなのに……

 

 

正直かなり複雑……胸がギュッてなる。

やっぱり愛ちゃんって先輩のドストライクなんじゃないだろうか?

年下の城廻先輩みたいな、女の子になった戸塚先輩みたいな、そんな素敵な女の子。

純粋でドジッ子で恥ずかしがり屋さんの年下の女の子。

超シスコンの先輩が気に入らないワケがないんだよね。

 

ちょっと胸は苦しいけど、どうやら掴みはOKみたいだよ……?愛ちゃん。

良かったねっ……

 

「ひ、ひゃぁい!よよよよろしゅくおにがしましゅっ……」

 

 

……………良かったのか?

 

 

× × ×

 

 

顔合わせを済ませたわたし達は、並んでお昼をとっている。

先輩に横にズレてもらって、先輩、わたし、愛ちゃんの順番でいつもの場所に座ってるんだけど、愛ちゃんの溢れ出る天使オーラにいくら先輩がいつもよりもキョドって無いにしても、それでも初対面の美少女がすぐ近くで一緒にランチをしている以上、かなり緊張してるみたい。

 

そして愛ちゃんは言わずもがな。真っ赤になって目をぐるぐるさせてあわあわしっぱなし。

さっきなんてお弁当の仕切りに使われてるアルミのカップごときんぴらごぼうを口に入れてずっとむぐむぐしてたし、もう危なくって目が離せないっ!

 

 

うん……どうしよう?

一応愛ちゃんから目は離さないようにするけど、わたしはせっかくの先輩とのランチを楽しもうかな?

愛ちゃんには悪いけど応援は出来ないってちゃんと宣言したから、わたしが愛ちゃんの為にしてあげられるのはここまでなんだからね?

……ああっ……それは醤油の入れ物だからぁっ……!

 

 

「せんぱい?今日も焼きそばパンですか?炭水化物IN炭水化物とか意味が分かりませんよねー」

 

なんとか愛ちゃんの隙を付いていつものようにくだらなくも幸せ一杯のお喋りしちゃいましょう!

 

「あ?お前焼きそばパンさんをバカにすんなよ?炭水化物に炭水化物合わせるとか、腹ペコな男子高校生には一石二鳥の素晴らしい食い物だろうが。一個食えば二個分の炭水化物が取れるんだぞ?」

 

「だったらその分二個食べればいいじゃないですか……」

 

「ばっか、その分昼飯代が浮くだろうが」

 

「セコっ!そんなんだから女の子にモテないんですよー?」

 

と、絶賛モテモテ真っ最中の先輩に言ってみる。

 

「俺がモテないのは他に山ほど問題があるからなワケだから、今更セコいかセコくないか程度で揺らぐような信頼性じゃねぇんだよ」

 

「……どんな信頼性ですか……」

 

てか今現在、その山ほどある問題を乗り越えて先輩にぞっこんLOVE中の美少女が二人も隣に座ってんですけどねー……ホント分かってないなー。

はぁ……とため息をついて呆れながらも卵焼きをパクりと一口。

 

「お前、卵焼き好きだな。今日も入ってんのかそれ」

 

「だから前にも言ったじゃないですかー?自信作なんですよー?って」

 

「……ああ、まぁ確かになかなか旨かったもんな……」

 

……な!なんですとー!?先輩が照れながらわたしの料理を思い出して褒めてくれた……!

だ、だめですよせんぱいっ!きゅ、急にそんな風に言われちゃったらわたしっ……

 

「も、もしかしてわたしのこと口説いてます!?はっ!まさかそうやってわたしの料理を褒めちぎって毎日お弁当作らせてやっぱりお前の料理は最高だな俺の為に毎朝味噌汁作ってくれよとかってありきたりなプロポーズへの流れを作ろうとしてますかいくらなんでも狙いすぎでちょっとというかかなり嬉しいですけどまずはそこへ行くまでの順番を守ってくださいごめんなさい!」

 

「……お、おう」

 

うう……またやってしまった……

もう!先輩ズルいです!反則です!急にそんなこと言われたら、照れ隠しに振っちゃうに決まってるじゃないですかっ!

まったく。人の事あざといあざとい言いながら、ホント自分が一番あざといんだから!

もうっ……先輩のこのあざとさ、誰かに見せてやりたいっ…………………………………って先輩とのやりとりが幸せ過ぎて、その誰かが居たの忘れてたぁ!

 

 

恐る恐る隣に視線を向けると、愛ちゃんがすっごいびっくりした顔をしてました。

こんなおバカなやりとりを、愛ちゃんはどう見てたんだろう……は、恥ずかしい……

 

 

× × ×

 

 

そんなこんなで無事に(愛ちゃんの)食事が終わり、食後のまったりタイムを楽しんでいる時だった。

 

……なんかさっきから先輩が超チラチラ愛ちゃんを見てんだけど……

そりゃ食事中もずっと一言も喋らずに奇行に走ってた美少女の存在が気になるのは分かりますけど、あなたの隣に鎮座する美少女に些か失礼じゃないですかねっ!?

 

でもやっぱりこのまま全く触れられずにいるのは愛ちゃんも可哀想だし、ちょっと愛ちゃんの為に話を振ってみようかな?

 

「ちょっと先輩わたしの友達をチラチラといやらしい目で見ないでもらえませんかねキモいです」

 

どうやらちょっぴりだけイラっとしてたみたいですわたし。

見られてると知った愛ちゃんが「ひゃうぅぅっ」と真っ赤に俯いてしまいました。やばい過呼吸気味!

 

「なんでちょっと見てただけで変態扱いされなきゃなんねぇんだよ……」

 

やっぱり見てんじゃん……バカはちまん!

 

「そういうんじゃ無くてだな……愛川、だっけ?なんかどっかで会ったことある気がすんだよな」

 

「ひぇっ!?………っ!!……あうう……」

 

先輩の急な問い掛けにびっくりして今日先輩に初めて視線を向けた愛ちゃんだが、目が合っちゃった途端にぶぅぅんっ!と音が出そうなくらい慌てて視線を逸らしてまた俯いちゃった。

もう頭から湯気が出っぱなし!

 

「ちょっと先輩わたしの友達にマニュアル通りのナンパをするのやめてください変態」

 

「……ナンパじゃねぇし。そしてそのセリフの最後に変態ってつける必要あったの?」

 

だってしょうがないじゃないですか。なんかムカッとしちゃったんですから。

でもまぁ先輩如きがナンパなんて出来るワケないもんね。だからホントに会った記憶があるんだろう。

 

「あ!アレじゃ無いですかー?愛ちゃんはわたしと同じサッカー部のマネージャーなんですよー。前にわたしを探しに来たって時にでも見たんじゃないんですかねー」

 

「サッカー部…………あ、そうかあんとき葉山にタオル渡してた女子マネの子か……」

 

ふむ。やっぱそうなんだ。

愛ちゃん可愛くて目立つもんなー。

そして愛ちゃんはなんかちょっと泣きそうな顔して嬉しそう……そりゃ片想いの人に覚えてもらえてればね〜。やはりあざといな比企谷八幡っ!

でも先輩はまだ納得がいかないみたいだ。「いや……でもな……」と顎に手を充てている。

 

そして先輩はようやく得心がいったようにハッと顔をあげた。

 

 

「なぁ、愛川って………文実やってたよな……?」

 

 

 

 

 

先輩が古い記憶から手繰り寄せたその解が、まだろくに会話らしい会話も出来てなかった先輩と愛ちゃんの関係性を一気に変える事になるだなんて…………わたしはこの瞬間までは全然気付いていなかった。

 

 

 

 

続く

 







ありがとうございました!

この作品は10話くらいで終わらせる予定だったんですけど、もう少しだけ延びそうですね><
てかこの状態からあと2話で終わらせたら逆にスゲー……最終話とかすごいやっつけ仕事になりそうw


ではではまた次回お会いしましょう!



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一色いろははついに空気と同化するっ……




ヒロインはいろはすです。





 

 

 

「なぁ、愛川って………文実やってたよな……?」

 

「………ひぇっ?」

 

先輩の予想だにしなかった問いに、愛ちゃんがすっごくビックリしてる。

ていうかわたしもちょっと……てかかなりビックリした。

 

確かに先輩は記憶力がいい。だから一度記憶に残った印象の強い人の事は忘れないだろう。

い、いや、まぁたまに忘れるかも知んないけど。クリスマスの時に保育園で出会った怖そうな人のこと、ずっと川……川……川なんとかさん……とか言ってたし……

だからなんかわたしも川なんとかさんって覚えちゃってるんですけど。

 

まぁそれはさておき、基本は記憶力のいい先輩ではあるけど、こと人間関係に関してはなんか意識的に覚えないようにしてんじゃないの?ってフシさえあるんだよねこの人。

わたしの事だって、たぶん奉仕部に来た依頼人だから意識から外さなかったってだけの話で、そうじゃない出会いをしたとしたらそこら辺のただの一生徒としか思ってなかったろうな。

いや、ただの超可愛い一生徒ねっ!

 

つまり先輩は興味の無い人間、関わりの無い人間の事は敢えて記憶から除外するはずであって、愛ちゃんの言うように文実の仕事の中でほんの数回会話をした程度の生徒の事なんて覚えてるわけがない。

 

「ひゃ!ひゃい……」

 

愛ちゃんは真っ赤な顔でコクリと肯定をした。

でもこれ以上愛ちゃんから追求なんて出来るはずも無いだろうから、わたしが引き継ごうかな?

てか超気になる!

 

「人に興味の無い先輩が大勢居た文実の中で、愛ちゃんを覚えてるなんて超珍しくないですかー?もしかして愛ちゃんが可愛いから狙ったりしてましたー?」

 

おっと、尋問の声が思いのほか素の低さプラス棒読みになっちゃったじゃないですかー。

あれー、おっかしいなぁ。別にイラっともカチンともなんとも来てないんですけどねー。

 

「かかか可愛っ!ねねね狙っ………!!!あうう……っ」

 

っとわちゃわちゃしだしちゃった愛ちゃんは取り敢えずほっときましょーかねー。

まだ尋問が終わってないですからねー、せんぱーい……

 

「違げぇわ……そういうんじゃ無くてだな……」

 

そして先輩が答えた理由は、本当になんてことない理由だった。

ただしなんてことない理由なのはあくまでも表向きなだけで、それを聞いた愛ちゃん本人にとっては、とてつもない程にあざとい答え。

そしてこの場合部外者となってしまうわたしにとっては、とてつもなく歯軋りするような答え。

 

「んな大した理由じゃねぇよ。ただ文実がかなりヤバい状態だった時に、他の連中みたいに逃げ出したり投げ出したりしないで、すげぇ一生懸命やってくれてる一年生だったからたまたま覚えてたってだけだ」

 

 

× × ×

 

 

先輩は今の自分のセリフ、『一生懸命やってくれてたから覚えてただけ』の一言がどれだけの破壊力を秘めてるのかなんて想像もしてないんだろうなぁ。

 

わたしは知ってる。想い人からのその関連の一言がどれほど嬉しいのかを。

ソースはわたし。ふとつい先日の進路相談会に先輩が手伝いにきてくれた時の事を思い出した。

 

『はぁ、誰かさんが会長になれって言わなければなぁ……』

 

『鬱陶しい……けど、そう言ってる割りにちゃんとやってるじゃねぇか』

 

『……ま、まぁ、仕事ですから』

 

……あんな些細な出来事なのに、ちょっとあの時の事を思い出しただけでも胸の奧がコチョコチョとくすぐられてるみたいにこしょばゆい……!

でも……くすぐったいのにとっても気持ちのいい不思議な気分。

えへへ〜……あの時もくすぐったくて嬉しくって、もじもじと身を捩ってたっけな♪わたし。

顔が超熱くなっちゃって、プイッと顔を背けちゃったもんね。

 

 

大好きな人に頑張りを見てもらえてること、自分を認めてもらえることって、どうしようもないくらいに嬉しいんだよね。

隣をチラリと見ると、愛ちゃんは予想通り……どころじゃないくらいに幸せそうにニコニコしてる。

いやもうニコニコというかニヤニヤというか、なんかもう頬が緩み過ぎてとろけちゃいそう……

 

 

愛ちゃんは、一人悪者になってまで文実の空気を変えて、周囲から冷たい目で見られて尚、一生懸命頑張る先輩の姿に心奪われたってのに、実はその先輩に自分の頑張りを見ててもらえて認められていただなんて、一体今どれ程の幸福感で満たされてるんだろう。

ま、愛ちゃんの緩み切った顔見たら一目瞭然なんですけどね〜。

…………はぁ、マジで羨ましい……

 

でもこの時……そんな愛ちゃんの緩み切った顔とは対称的に、先輩の顔が苦虫を噛み潰したかのような表情になっていた事に、わたしも愛ちゃんも気付いてはいなかった。

 

 

× × ×

 

 

「……じゃあな。俺はそろそろ行くわ」

 

「は?」

 

「え……?」

 

お昼休みはまだ30分以上は残っている。

わたしは……たぶん愛ちゃんもだと思うけど、今の話の流れからそのまま文実の話で盛り上がるものだと思ってたのに……あ、や、愛ちゃんの状態的に盛り上がるのは無理かもしんないけど、急にその場を立ち去ろうとする先輩にビックリしてしまった。

 

「ちょっ!?先輩!?なんで急に行っちゃうんですかぁ!まだお昼休み全然残ってるじゃないですかー!」

 

そもそも先輩はこの場所から離れたら昼休みに居場所なんてないのだ。

ここで一緒に過ごしたのは一回だけだけど、その時だってギリギリまでここに居たくせにっ。

 

「いや、だって……なぁ?」

 

「いやいやいや、なに言ってんですか?なぁ?って言われたって全然分からないですから!………はっ!なんですかもしかして長年連れ添った夫婦のつもりですかツーカーの仲にでもなったつもりですかまだそこまでの関係性は築けてないのでこれからゆっくりと築いて行きましょうごめんなさいっ」

 

ペコリと頭を下げて両手をビシィッと前方に向けてお断わりさせて頂きます!

いや全然断ってませんけどね?

 

「いやなんでだよ……だって俺が居ちゃ気まずいだろ」

 

「は?」

 

「いやだから愛川が居るんなら、俺は居ない方が良くね?」

 

「は?」

 

急になに言ってんのこの人!

やばいっ!ワケが分からず急に拒否されたみたいになっちゃって、愛ちゃんが今にも泣いちゃいそうじゃないですかぁ!

アレたぶん泣かないで〜って慰めた瞬間に大泣きしちゃう顔だよっ……

 

「先輩が存在する事で場が気まずい空気になるなんて今更じゃないですかっ。日常茶飯事じゃないですかっ。なんで今更!?」

 

「いや酷すぎだろ……さすがの俺でも泣いちゃうよ?……いやだって、文実に居た愛川にとって、俺って最悪な嫌われ者じゃねぇか。そんな俺が居たら愛川に悪いだろ」

 

 

………あ、そういうことか……

そっか……先輩の中では『一色が自分の悪口で盛り上がって、友達が興味を持ったから連れてきてみた→いざ連れて来たら文実だった→文実な以上、自分の事を知らないワケが無い→自分の事を知っている以上、嫌われているはずだ→だったら自分がこの場に居るのは愛川に悪い』っていう大勘違いな公式になっちゃってるんだ。

なによ……その悲しい公式……なんでいつも自分が嫌われてるの前提なのよ……

 

さっきまで泣きそうになってた愛ちゃんは「愛川に悪い」の一言でワケが分からずポカンとしてる。

 

先輩は立ち上がりこの場をとっとと去ろうとしたのだが…………こんなのダメでしょ!

確かにわたし的にはこの紹介はこのまま失敗に終わってくれた方が正直ホッとする……

でもこんなのはダメだっ!こんな悲しい誤解のままでいさせるワケになんていかないっ!愛ちゃんの為にも……なにより先輩の為にも……!

 

「ちょっ……」

 

わたしが声を掛けようとした瞬間、それに被せるように意外にも先輩が先に言葉を発した。

 

「……あー、愛川。今更かも知れんが、あの時はあんなに一生懸命頑張ってくれてたのに、文実をあんな風に最悪な空気にしちまって、その……悪かったな。じゃあまぁ、そういう事で……」

 

……もう……やめてよ先輩……どこまで悲しいこと言うのよ……なんで先輩はいつもいつもっ……!

 

わたしの中に悲しみとも怒りとも取れない感情が沸々と沸き上がってきて、背中を向けて立ち去ろうとする先輩にこの気持ちをぶつけてやろうとしたのだが、どうやらそれはわたしだけでは無かったみたいだ。

意味が分からずポカンとしてた愛ちゃんが、その先輩の悲しいセリフに覚醒し、先輩の意図に気付き……そしてなんと………………………………………………………………………マジギレした……

 

 

「…………そんな事」

 

へ?今の愛ちゃんの声!?

それは、いつもぽわんとした優しい声の愛ちゃんとは思えないくらいの低い低い声。そして……

 

 

「そんなことっ!無ぁぁぁぁぁぁぁいっ!」

 

 

ま、愛ちゃんが叫んだぁぁ!?

 

「うわっ!ビックリした……」

 

さっきまで蚊の鳴くような声でしか喋ってなかった愛ちゃんの怒気を孕んだその叫びに、先輩はビックリして振り向いた。

いやわたしも超ビックリしましたよ!

 

先輩とわたしが超ビックリした顔で愛ちゃんを見つめていたら、その視線に気付いた愛ちゃんが『はぁっ……しまったぁ……!』って顔して真っ赤になって俯いた。

そしてモジモジと身を捩ると先ほどのセリフに小声で一言を付け加えるのだった。

 

 

 

「……………で、です………」

 

 

いや先輩もわたしもビックリしたのは敬語じゃなかったからじゃないからね?

 

 

× × ×

 

 

俯いちゃった愛ちゃんが立ち直ることおよそ10分。いや長いよっ!

その間、どうしたらいいか分からないわたし達は、ただただ待っていた……

 

そしてようやく愛ちゃんが重い重い口を開いた。

 

「比企谷先輩。その……そんなこと無いです……そんな風に言わないでください……私、あの時の比企谷先輩の姿を見てすごく格好い……………………………………………ひゃぁぁぁぁっ!ちちち違くて違くてっっっ!そそそそうじゃ無くって!……しょっ、しょの……す、凄いなって!……思ったんでしゅからっ……」

 

ビ、ビックリしたぁ……このまま告白しちゃうんじゃないかと思ったよ愛ちゃん!?

思わず格好良いと言い掛けてしまった愛ちゃんは、相変わらずのプチパニックを起こしながらもなんとか軌道修正した。

 

先輩を見ると、こっちはこっちで真っ赤になってるよ……

ちょっと!?わたしの存在感がっ!

 

「……へ?あ、や、凄いってなんだ……?俺はただ空気を悪くしただけなんだが……」

 

「ちっ、違いますっ……悪過ぎた空気を掻き混ぜて良い方向に持っていっただけでしゅ、す……比企谷しぇん輩がたった一人で悪者になる事で…………わ、私ちゃんと見てましゅたからっ……」

 

相変わらずカミカミの愛ちゃんだけど、真っ赤に染まりながら、俯きながらも、思いの丈を先輩に一生懸命語る。

 

「そんな大層なことなんてしてねぇよ。ただ苛ついてた気持ちを吐き出して楽になりたかったってだけの話だ」

 

「……嘘です。だったらなんで、悪者になっちゃった後も、居づらいはずの文実に真面目に毎日来て、それまでよりも押し付けられちゃうお仕事もきちんとこなしたんですか……?全然楽になんてなってなかったじゃないですかっ……」

 

ヤバい……

 

「……仕事だからな」

 

「ただお仕事だからって、あんなこと出来ないですよ……普通」

 

ど、どうしよう……

 

「あんな方法……もし私が思いついたとしても……もしそれで文実が上手く回るって理解出来たとしても……私には恐くて絶対に出来ないです……」

 

……わたし、空気感が半端ないんですけど……

 

「あんなに居た文実の人達から冷たい視線を向けられるのなんて恐いです……想像しただけで、私なんか逃げ出しちゃいそうなくらいに恐い……だから、私は比企谷先輩の事が……本気で凄いなって思ったんです…………あんなに恐い事を堂々と実行したのに、みんなの敵意が一身に向けられてるのに、それなのになんでもないような顔して、その後も毎日文実で一生懸命お仕事してた比企谷先輩が……本っ当に凄いなって思ったんです……」

 

あれー?わたし居ますよねー?おーい、みなさーん?

 

「……だからっ……もうそんな風に言わないでください……比企谷先輩が自分の事をそんな風に卑下するのは……その……あの……こんな風に本気で凄いなって、本気で格好い………っっっ!………ちちち違くてっ……とっ、とにかくそんな風に凄いと感じた私に失礼です……ヒドいです……だからもう……そんな風に自分の事を悪く言わないでくださいっ……」

 

 

………愛ちゃんの言ってる事は嘘だろう。

「私に対して失礼です」だなんて、これっぽっちも思ってないんだろうな。

 

ただ先輩が自分を傷付けるのをもうこれ以上見たくないから、敢えてその言葉を選んだんだろう。そう言われてしまえば、優しい先輩は愛ちゃんの為に、もうそんなこと言わなくなるから。自分を傷付けるのをやめるから。

 

愛ちゃんにとってはすごいリスクがあるよね、そんな言い方。

ほぼ初対面に近い先輩に、いきなり「私に対して失礼だからやめてください」なんて言葉を吐くだなんて、それこそとっても失礼な事だし、なんだコイツって思われたって仕方の無い行為だもん。

普段の優しくて真面目な愛ちゃんなら、絶対に選ばない言葉のチョイス。

 

なんだコイツ失礼なヤツだなって思われるかもしれないリスクを犯してまで、愛ちゃんは先輩の為に敢えてそう言った。それはまるで、いつも自分を犠牲にしてでも他人を助けようとする誰かさんに良く似てる。

ホントに先輩に憧れてるんだなぁ……

 

わたしの偽りだらけだったあざとい笑顔を初対面で一発で見抜いた先輩は、この愛ちゃんの偽りの無い優しさを一発で見抜いた事だろう。

 

「……そうか。そうだな……スマン」

 

「ひゃいっ……」

 

 

愛ちゃんの真っ直ぐな気持ちに触れて、照れ臭そうに頭をがしがし掻いている先輩と、言いたい事を言い終えて冷静さを取り戻したがゆえに、逆にまた恥ずかしさで噛んじゃってわちゃわちゃしちゃってる愛ちゃんが、二人で向かい合って照れ合っている姿を、今や空気と化したわたしはただ黙って見つめている事しか出来なかった……

 

 

 

 

続く

 







先輩やばいですやばいです!わたし超空気になっちゃってないですかー?ガチでやばいですって!
ってなワケで今回も最後までありがとうございました!


いやぁ……この『いろはす色』を書き始めた時点で、すでにラストシーンまでの流れは頭の中に出来上がってたので、今回の展開ももちろん最初から決まってたんですけど、いざ文章化してみると想像以上のいろはすの劣勢っぷりにドン引きです(苦笑)
これ完全にヒロインは愛ちゃんじゃないですかΣ( ̄□ ̄;)


それにしてもようやく書きたかった愛ちゃんの本質がちょっと書けました。
天使みたいな単なる『いい子』なだけじゃなくて、好きな人の前ではポンコツになっちゃう単なる『ドジッ娘』なだけじゃなくて、こうやって一本筋が通ってるって所も早く書きたかったんですよね〜。
まぁまだこれで完成像では無いんですけどねっ♪


ではではまた次回お会いしましょう!




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一色いろははフラグを回収する……



前半のいろはすは、のんのん日和のこまちゃん(敢えて夏海ではなく)が、よく茫然自失してる時の顔

(゚□゚)←こんなん

をご想像してお楽しみくださいませw





 

 

 

「ひっ、比企谷しぇんぱいは、い、いつもココでお昼やしゅみをしゅごっ……す、過ごされてるんでしゅかっ……?」

 

「お、おう。雨降ってなきゃ大体そうだな」

 

「そ、そうなんでしかっ……きょ、教室とかれはしゅごされな……教室とかでは過ごされないんでしかっ……?」

 

「……ぼっちは昼休みなんかに教室には居場所がないからな」

 

……………………

 

「すすすすみませんっ……!デリカシーの無いしちゅもんしてしまいましてっ……」

 

「ああ気にすんな。そんなの慣れてるしな。てか俺に対してデリカシーなんてもんを感じて貰えたこと自体が初めてまである」

 

……………………

 

「…………ぷっ……………はっ!?しゅしゅみませんっ!わわわ私、笑っちゃうなんてななななんて失礼なことをっ」

 

「だから気にすんなっての。むしろ自虐ネタになんも反応してくれない方がかなりキツいから逆に助かる」

 

「そそそそうですかっ…………はぁぁ……よ、良かったよぉ……」

 

「ん?良かった?」

 

「にゃにゃにゃにゃんでもにゃいでしゅただの独り言でしゅっ!」

 

「そ、そうか」

 

……………………

 

「と、ところで比企谷先輩っ!!」

 

「お、おう」

 

「そ、その……比企谷先輩に……ずっと言いたかった事があるんですけど……」

 

……………………!

 

「にゃんでしょうか……?」

 

「あ……あの………ぶぶぶ文実のスローガン決めの時のあのセリフっっ……『人という字は人と人が支え合って、とか言ってますけど、片方寄りかかってんじゃないっすか。誰か犠牲になることを容認してるのが人って概念だと思うんですよね』って!………あれ、実は私すっごい可笑しくって、ホントはもう笑いを堪えるのが大変でしたっ!」

 

……………………

 

「は?」

 

「ひゃぁぁぁぁ!しゅみませんしゅみましぇんっ!きゅ急に変なこと言いだしちゃって!あわわわわっ……」

 

「あ、や、別にそれは構わないんだが、い、いきなり何の話だ……?」

 

「すっ、すみませんっ!……あの、私比企谷先輩とお話出来る事がもしあったら……その……じゅっと言いたかったんれしゅ……です。あ、あの時……実は比企谷しぇんぱいのあのセリフに……胸がスッとしたんです……ホントはたぶん私だけじゃなくって、すごく少なかったですけど、あの時あの現場で最初っから真面目に残ってた生徒は……みんなスッとしたんだと思ってます……」

 

……………………

 

「それなのに、多数派のサボってた人達の逆ギレの空気が恐いからって、そう感じてた私達までもがそんな空気に乗っちゃうなんて……ホント情けないですよね……」

 

「……だから気にすんなっつったろ?あれは俺がやりたいからやっただけだ。あ、も、もう別に卑下してるワケじゃないかんな!?……単純に効率良く回す為に取っただけの手段に過ぎないんだから、お前が気にすることじゃねぇよ。むしろ全体がその空気になってくんなかったら、あの行動はなんの意味も無かったんだからな」

 

……………………

 

「………はい………うぅ〜……すみませんっ……自分から言い出したことなのに話が逸れちゃいましゅた……と、とにかく私が言いたかったのはそういう事じゃなくって、あの時はホントにホントにスッとしたし、ホントにホントに可笑しかったんでしゅっ!……す」

 

「そうか……」

 

「えへへ……私もう、あの時笑い堪えるのホント大変だったんでしゅからっ!俯いてプルプルしてたら涙出てきちゃいましたよぉっ」

 

「お、おう。ウケてなによりだ」

 

「もーっ!大体なんなんでしゅかっ、しょの後も『俺とか超犠牲でしょ。アホみたいに仕事させられてるし』とか、『これが『ともに助け合う』ってことなんですかね。助け合ったことがないんで俺はよく知らないんですけど』とかって!も、もう私苦しくって死んじゃうかと思ったんでしゅからねっ!」

 

「ぷっ……そっか」

 

 

 

……………………………………………………………………………はっ!!

や、やばいやばい……あまりの空気っぷりに意識失いかけてたっ!

 

結局あの後、その場を立ち去ろうとする先輩を引き止めて、元の位置に座り直して残り20分弱の昼休みを過ごしましょうよって話になったんだよね。

 

そしたら愛ちゃんがすごい頑張って先輩に話し掛けだして、わたしが口を挟む隙が無くなっちゃって今に至るって感じなのです……

 

て、てかなにこの感じ!なに先輩デレデレしちゃってんの!?バカはちまんっ!

 

「それに文化祭始まった直後の雪ノ下先輩とのインカムでのやりとりとか、もうホント面白しゅぎですよっ。なんですか『俺の存在感のなさを揶揄しているのか』って!その後の『そんなこと言ってないわ。それよりさっきからどこにいるの?客席?』『めっちゃ揶揄してんじゃねぇか。ていうか見えてんだろお前』とかもうっ!漫才やってるみたいで、思わずすごい勢いでインカム外して1人でうずくまって笑っちゃってたんですよっ?」

 

涙を浮かべながら心底可笑しそうにクスクスと笑う愛ちゃんに、すっごいデレデレな先輩ががしがしと頭を掻きながら反論する。

 

「いやだってあれはどう考えても雪ノ下の責任でしょ。ってか良くそんな細かい事まで覚えてんな……恥ずかしいんで忘れてくんね?」

 

「えへへ〜っ♪無理ですっ」

 

「……さいですか」

 

どうしよう……つ、つらいよぉ……

 

 

× × ×

 

 

その後も時間一杯まで愛ちゃんと先輩のイチャイチャ(怒)トークは続いた。

愛ちゃんは相変わらず真っ赤になりっぱなしでチョコチョコ噛んではいたものの、少しずつ少しずつ普通に喋れるようになってきたみたい。

大好きな憧れの比企谷先輩との会話に浮き足だってたけど、次第に先輩のお兄ちゃんみたいな優しくて温かい視線と空気に落ち着いてきたんだろうね。

 

その間、わたしは一言も発せなかった。

なんだろう、この感覚……すごい既視感……でも、その既視感がなんなのか、気付きたくない気がする……

 

そして一人空気のなか予鈴が鳴り、ようやく今日の昼休みの終わりを告げてくれた。

いつもならホントのギリギリまで先輩と一緒に居たいのに、今はここから早く離れたくて仕方がない。

なにこれ……?わたしってこんなにメンタル弱いの?

 

「……ではでは先輩、五限に遅れちゃうんでわたしもう行きますねー」

 

なんか数年ぶりに声を出したかのような感覚がわたしを襲う。

 

「おう」

 

「わわっ……じゃ、じゃあ私もししし失礼しますっ」

 

愛ちゃんはペコリと頭を下げてぱたぱたとわたしを追い掛けてきた。

なんか……わたし愛ちゃんの邪魔してるみたいじゃん……

 

「あっ……あ、あのひひひ比企谷しぇんぱいっ!」

 

そしてわたしに追い付く前に愛ちゃんは振り返り、先輩に向かって爆弾発言をしたのだ!

 

「わわわ私っ!け、結構ここでお昼ごはん食べるの、しゅしゅしゅしゅきかもでしゅっ!…………や、へへへ変な意味とかじゃにゃくって、そのっ、外で食べりゅのが気持ちいいと言いますかにゃんと言いましゅか…………っ!………そのっ!……ま、またお昼にここに来ても良いれしょーかっっ……?」

 

なっ!なんですとぉっ!

ま、愛ちゃん!急にそんなに積極的になるのっ?

で、でもっ!でも先輩は基本食事は1人で食べる派だって言って……

 

「ま、まぁ別にここは俺専用の場所ってワケでもねぇしな……来たけりゃ自由にしたらいいんじゃねぇの……?」

 

ぐはっ!マ……マジですか……!?

 

「ひゃっ!ひゃいっ!……そ、それではまたっ!し、しちゅれいしまちゅっ!」

 

もう一度ペコリと素早くお辞儀すると、愛ちゃんは「ひゃあぁぁぁっ……」と小さく悲鳴をあげつつ、両手で頬っぺたを押さえて走ってきた。

 

わたしの隣に並んだ愛ちゃんは涙目なのにペロッと舌を出しつつ、「うひゃあっ……えへへ……や、やっちゃった……っ」と一言。

でもその声も肩もすごく震えていた。

わたしは素直に感心してしまう。よくこんな状態でこんなに頑張れるなぁ……って。

 

……わたしは、今こんな状態になっちゃったけど、これから頑張れるのかな……

 

 

× × ×

 

 

先輩のベストプレイスから一年生の教室へと向かう道すがら、わたしは思いを巡らす。

 

 

正直に言おう。わたしは…………高を括っていた。

 

わたしの方が先に先輩と知り合ったし、わたしの方が先に先輩と絆を築けてて、わたしの方が先に先輩を大好きになったんだもん。

 

だから、いくら愛ちゃんが先輩好みの女の子だからって、わたしは負けるはず無いって思ってた。

あくまでもわたしのライバルは雪ノ下先輩と結衣先輩であって、三番手ではあるけど、伏兵は伏兵なりの戦い方をして頑張って、いつか先輩を手に入れてやる!って思ってた。

 

だから平気で……平気では無かったけど……愛ちゃんを紹介出来たんだ。

純粋な愛ちゃんに純粋な気持ちで応えてるつもりでも、やっぱり心のどこかにはそんな慢りがあったんだと思う。

 

でも、現実は全然違ったんだ。

わたしの方が先に知り合った?先に絆を築けた?先に大好きになった?

 

バカじゃないの?……現実は全部、愛ちゃんの方が先だったんじゃん……

わたしが先輩に出会う前から、愛ちゃんは先輩に出会ってて、先輩に認められてて、先輩に惹かれてたんだ。

 

 

ああ……さっきの既視感、気付いちゃったよ……

あれは、わたしがどんなに頑張っても割り込めないと感じた奉仕部の空気じゃん……

 

先輩が熱い気持ちを吐き出して奉仕部が崩壊を回避した直後、職員室で平塚先生にディスティニーパスポートを貰った時のあの三人の空気と一緒。

新学期迎えた後に何度も出入りした奉仕部で、三人の輪にわたしには割り込めないなぁ……って感じた疎外感と一緒。

 

 

それでもわたしは頑張った。なんとかその輪に食い込んでやろうって!わたしという存在を刻みつける為に爪を立ててやろうって!

 

そして最近、ようやく一筋の光明が見えてきた気がしてた。

藻掻きまくって、ようやくわたしを先輩の心に刻み込め始められたと思ってた。

 

「いろはちゃん」

 

だから、だからこそ先輩に対する想いにもう立ち止まらないだなんて思えたのに。

 

そこに来ての……そこまで来てのこの疎外感。

それも、今日がほとんど初対面みたいな愛ちゃん相手に……

わたし、もう一度あの疎外感と戦わなくちゃなんないの?

一度目は必死に藻掻いて頑張ったけど、もう一回って言われたら、さすがに心が折れそうだよ……先輩。

 

「いろはちゃん?」

 

ああ……気付きたくなかったな、あの既視感に……

 

 

× × ×

 

 

「いろはちゃん?」

 

「はへっ?」

 

うっわ!思考が泥沼にハマってる間に、いつの間にか愛ちゃんの教室前まで到着してたみたい!

わたしどんだけ考え事してんのよっ!

 

「わっ、愛ちゃんごめんごめん!んじゃあねっ」

 

D組に到着したわけだから愛ちゃんとバイバイしようとしたところ、愛ちゃんに呼び止められた。

 

「どうしたの?」

 

そのまま自分のクラスに帰ろうとしてたわたしが振り返ると、愛ちゃんはすっと居住まいを正し、とてもとても真っ直ぐな瞳でわたしを見つめる。

 

「……いろはちゃん!……今日は本当にありがとうございました。私、ちゃんと比企谷先輩とお話出来てホント良かったっ!……ま、まぁ噛み噛みすぎてちゃんとお話出来たかどうかは疑問なんだけどねっ……あ〜恥ずかしかったぁ……えへへっ……」

 

あまりにもヒドすぎた壮絶な噛みっぷりを思い出しちゃったのか、愛ちゃんは真っ赤になって頬っぺたをポリポリする。

 

 

「恥ずかしかったし情けなかったけどっ、でもホントに良かった……!やっぱり……比企谷先輩はとってもとっても素敵な人だったっ……」

 

言いながら俯いてもじもじとスカートをギュッと握ったりリボンを弄ったりする愛ちゃんだけど、「んっ!」と自分に気合いを入れて、もう一度わたしをしっかり見つめる。

 

「だからホントにありがとう!私、頑張るっ!……雪ノ下先輩とか由比ヶ浜先輩とか、あ、あとは……」

 

言い淀んで、一瞬複雑な表情をした愛ちゃん。どうしたのかな?

でも顔をぶんぶんしてから言葉を紡ぐ。

 

「とにかくっ……私頑張るからっ……勝ち目なんて無いの分かってるけど、でも頑張るからっ……だから、だから私……負けないよっ……!」

 

そこまで言い切ると、とてとてと教室へと入っていった。

 

 

……負けない、かぁ。

雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も超超強敵だよ?

あはははは……その上わたしにはさらに超強敵が出来ちゃったから、なんかもう負けちゃいそうだよ……

 

 

頬も耳も真っ赤に染めて教室へと掛けていく愛ちゃんの背中を見てた時、わたしはふとあることを思い出した。

 

「……あっ」

 

そういえばわたし、先輩に紹介し終わったら、本当の気持ちを愛ちゃんに伝えなきゃ!とかって思ってたんだった。

 

こんなの、もう伝えられるわけ無いじゃん……

 

 

「あ〜あ……こんなこと香織に話したら、フラグ回収職人乙!とかってワケ分かんないキモいこと言われちゃいそうだなぁ……」

 

 

そんな自嘲気味な独り言をボソリと呟きながら、わたしはたぶんふて寝確実な五限へと向けて、重い重い足をゆっくりと運ぶのだった。

 

 

 

続く

 





いろはすの戦いはこれからだっ!
ってなわけで今回もありがとうございましたm(__)m

あ、別に打ち切りENDなワケでは無いですw
こんな所で打ち切ったら、一体私はどうなっちゃうんでしょうか(ガクブル

前半、地の文がまさかの三点リーダーだけという手の抜きっぷり(笑)
いやいや決して手を抜いてたワケではないですっ!
演出ですよ演出!


そして名前だけですけど、つい香織を出してしまいました><
香織を知らない読者さんゴメンナサイ!他の作品のただのオリキャラなので気にしないでくださいっっっ(汗)



それでは今回も“いろはすがヒロインの”こちらのSSを最後まで御覧くださりありがとうございました☆
また次回お会いしましょうっ



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一色いろはは決意をするも間が悪いっ

 

 

 

「むぅ………………むぅっ!」

 

自室のベッドでうつ伏せに寝転んでジタバタしながら拗ねているわたし。

……はぁ、まさかこんなことになるなんてなぁ……

 

結局あのあと、放課後は奉仕部にも行かずサッカー部にも顔を出さずにいじけて帰ってきちゃったワケだけど、むぅ……

 

なんですかなんなんですか先輩のバカ……

あんなにデレッデレしちゃってさー!

今まで先輩のあんなにデレた顔、戸塚先輩の前くらいでしか見たこと無いですよっ…………いや、それはそれで異常事態なんですけれども。

 

 

それにしても愛ちゃん凄かったな。あんな状態なのに、あんなに頑張って積極的に攻めまくるんだもんな。

アレだったら、あと数日後に迫ったバレンタインでも頑張って告白出来ちゃうんだろうな……先輩、なんて答えるんだろ?

さすがに告白に応じる事は無いだろうなんて、なんの根拠も無く楽観視してたけど、あの様子見ちゃうとそんな自信は陽炎みたいにすぅっと消えていった。

 

 

わたしは起き上がり、机の一番上の引き出しに大切に大切にしまいこんだプリクラを取り出した。

ホントはいつも一緒に居られるように鞄とか携帯に貼りたいんだけど、それはいつかちゃんと気持ちを伝えられた時のご褒美の為に我慢しているのだ。

だったらこんな風にちょくちょく見んなよって話なんですけどねー!

 

汚れちゃわないように透明なフィルムに包んだソレを見つめながら、今度はゴロンと仰向けになった。

わたしの手の先ではプリクラに写った先輩が、わたしに急に抱きつかれて真っ赤に固まってる。

えへへ……かぁいーなぁ♪

 

「……せんぱーい……わたし、どうしたらいいんですかねー……」

 

わたしがいくら問い掛けても引きつって固まっている先輩はなーんにも答えてはくれない。

 

「ぶぅ……いじわる……」

 

我ながらバカみたい。

こういう人に見せられないようなちょっぴり恥ずかしい行為が、よく先輩や香織辺りのオタク系の人達が言うところの黒歴史ってやつに変わっていくのだろうか。

 

 

「はぁ、苦しいなぁ…………わたし、先輩になんか出会わなきゃ良かった……」

 

 

 

× × ×

 

 

そう。わたしは先輩に出会って、そして先輩の心に触れて本物ってものを知った。

今のわたしからすれば、もし先輩に出会わなかったら……もし先輩のあのセリフを聞いてなかったら……って考えただけでもゾッとする。

それ以前のわたしは本当に何にもない、つまらない空っぽの偽物だったって自覚があるから。

自分が偽物だなんて事にも気付かないで、恋に恋して可愛いわたしを作って偽物の笑顔を振りまいて、そんな可愛いわたし、みんな(男限定☆)に愛されるわたしに満足していた。

 

 

そう。逆説的に言えば、先輩に出会わなければわたしはあのままのわたしの人生を面白可笑しく、なんの疑問も持たずに送れていたのだ。

あざとい笑顔を振りまいて、適当に都合のいい男と遊びに行って、ごはんだって映画だって好きなだけ奢ってもらえたし、その一方でみんなの人気者の葉山先輩に恋したつもりになってアタックしまくって、毎日ヘラヘラと過ごせていたはずなのだ。

 

男なんてこの可愛い一色いろはにとってのステータスに過ぎない。可愛いわたしをさらに着飾る為のアクセサリー。

そんな風にあたりまえのように考えられていたほんの数ヶ月前までは、あんなに毎日が楽しかった。

辛いとか苦しいとかなんて、全然考えた事も無かった。

 

 

 

 

確かに先輩に会わなきゃ空っぽの中であの頃のわたしなりに幸せになれてたかもしれない。だから出会わなきゃ良かったってホント思う。

 

 

でもね?でももう手遅れなの……もうあなたを知ってしまったから。

先輩に出会ってしまった。心を感じてしまった。

心の底から、本物が欲しいと思ってしまった。

 

 

…………どうしてくれるんですか先輩!

もうそんな薄ら寒い人生なんてまっぴらにさせられた、もうあんな薄っぺらくて偽物の人生になんて二度と戻りたくないって気持ちになってしまった今のわたしに、先輩はどう責任をとってくれるんですか!?

 

 

辛い?苦しい?

この一色いろはを舐めんなぁっ!

今のわたしには、その辛さだって苦しさだって、先輩に関わる事であれば、本物に関わる事であれば、どんなことだってわたしの心のステータスになるんだから!

だから苦しくたって辛くたって諦めたりなんかしない!ちょっとだけ逃げちゃうことはあるかもだけどっ……

 

わたしあの時、二人っきりのモノレールの中で先輩に言いましたよね?

 

『先輩のせいですからね、わたしがこうなったの』

 

『責任、とってくださいね』

 

 

わたしが今までのわたしで満足出来なくなったのは全部せんぱいのせい。

今までのつまんないわたしをかなぐり捨てて、泣いたり苦しんだり無様に本物を追い求めるようになっちゃったのも全部全部せんぱいのせい。

 

「だから……誰がなんと言おうと……」

 

そしてわたしは、他に誰が居るワケでもない、誰が見てるワケでもない一人っきりの部屋なのに、口を歪ませてとびっきりの小悪魔笑顔になるのだった。

 

 

「責任……取ってもらうんだからっ♪」

 

 

よしっ、差し当たって出来る事といえば……

 

「早く寝よっと」

 

この戦いが終わったら、絶対先輩に告白するんだ!

わたしはまた余計なフラグを立てつつ、明日からの負けられない戦いに向けて眠りに落ちるのだった。

 

 

× × ×

 

 

「ふぁぁ〜、ねむっ……」

現在朝の五時。別にお婆ちゃんなわけでは無いのですよっ!

わたしはいつもより早く起きて、いつもより気合いの入ったお弁当を先輩に作ってあげるのだ。

 

今日のお弁当の品目は、先輩が美味しかったって言ってくれた玉子焼き。

あとは男の子が大好きな定番のからあげとハンバーグ。しょうが焼きなんかも入れちゃおうかな?

 

あ、でも色合い的に地味になっちゃうかなぁ……地味さを誤魔化す為にミニトマトとか入れたら先輩的にポイント低くなっちゃうしなー。

よしっ、ハンバーグじゃなくてロールキャベツにしよう♪

デミグラスで軽く煮込んだロールキャベツとか出せば、超手が込んでるように見えるしね〜。

 

腕まくりをしてペロリの舌なめずり。愛用のエプロンの紐をキュッと締めて、わたしは女の戦場へと赴くのである!

 

「今日も美味いぞっ、いろは☆って言わせちゃうぞ〜っ」

 

 

× × ×

 

 

「…………………」

 

四時限目の終了のチャイムと同時に教室を飛び出そうと思ったのだが、運悪く四時限目の数学担当の教師にプリントを集めて職員室に持っていくようにと命じられ(これでも一応生徒会長なんで、こういう場合に文句とか言えないんですよ……)、ちょっと遅れて先輩の待つベストプレイスに到着した頃には…………すでに愛ちゃんが先輩と楽しそうにお喋りしていた……

 

マジで……?確かに愛ちゃんはまたお昼に来てもいいですか?って言ってたけど、まさか翌日に来るなんて……

って言ってもバレンタインは来週の月曜日。木曜日の今日にでも頑張らないと、バレンタイン前に一緒に過ごせるチャンスは明日のお昼だけになっちゃうもんね……くっそー……迂濶だったぁ……

 

まだ距離があるから何を話してるのかは分からないけど、遠目からでも愛ちゃんが真っ赤な顔して相変わらずトチりながらも、身振り手振りで一生懸命話してるのが伺える。

そんな愛ちゃんに戸惑いながらも、時折あの優しそうな眼差しを愛ちゃんに向けている先輩。

 

こっ……これは入って行けないっ……いくらなんでも無理です……

そもそもまだ愛ちゃんにホントのこと言えてないから、愛ちゃんが居る前でこんなに気合いの入ったお弁当とか渡せるわけ無いしっ!

せっかく早起きしてお弁当作ったけど、ここは戦略的撤退しかなさそうです……

 

ゆうべあれだけの決意をしたのに早速逃げちゃうのかよわたしっ。

で、でもちょっとだけ逃げちゃうかもって言ったし……!

 

明日のお昼こそ一緒に過ごすんだからっ!

いやいや、それよりもまずは今日の放課後!ちょっと行き辛くて避け気味だった奉仕部に顔を出して一緒に過ごそう。

 

……………はぁ、早く教室帰ってヤケ喰いしよっと……

 

 

× × ×

 

 

放課後。

わたしは奉仕部へと向かう為に荷物をまとめる。

 

「ありゃ?いろは今日はサッカー部行かないんだー。生徒会?」

 

「え……?あー、うん。そんなとこー」

 

「へぇ……そんなとこね〜。なんか今日の昼休みもいきなり居なくなったと思ったら、とっとと帰ってきて弁当二つもヤケ喰いしてるし、最近私の友達の一色いろはさんは一体なーにやってんだかね〜っ」

 

「ぐっ……なにその腹立つニヤつき顔っ……ま、まぁ今はまだ負けられない戦いがそこにはある!とだけ言っておきますかね…………い、いずれねっ!?この戦いが無事に終わったらちゃんと話すからっ」

 

「…………いやそれ死亡フラグだから」

 

ウ、ウザイなこいつ……やっぱりフラグやらなんやらキモいこと言われちゃったよ……

余計な一言を言う友達に若干のイラつきを覚えつつ、一杯過ぎるお腹を押さえながらわたしは勇んで教室を後にした。

 

 

奉仕部に着いたら何しよう。

もう猶予も余裕もゼロなんだから、雪ノ下先輩達からの恐ろしい視線なんてこの際知ったこっちゃない!

雪ノ下先輩に視線で殺される覚悟でいっそ告ってやろうかっ……いや、でもまだ愛ちゃんに本音も言えてない段階で先に告るなんてヒド過ぎる。

 

だったらバレンタイン前の土日のどっちかにデートの約束を(無理矢理)取り付けてやろうっ!

その上で明日の部活で愛ちゃんに本音を話せばいい。

 

バレンタインにチョコ渡して、告白する気まんまんの愛ちゃんに今さら本音を言うのは正直気が引けるけど、恋はバトルだもん!絶対負けられないっ!

 

「よしっ!」

 

決心がついた気合い一杯のわたしの足取りはとても力強く、もうなんの迷いもなく前へと進む。

なんならホントにこのまま告白だって出来ちゃいそうな勢い!

よーしっ!やるぞー!

 

 

 

 

 

「一色!ようやく捕まえたぞっ!」

 

「……へっ?」

 

わたしの細腕を物凄い力でガッシリと掴む手。

そこには般若の如きアラサー独身女性が一人。

 

「ひ、平塚先生……こ、こんにちは」

 

「ああ、こんにちは一色。……ではないっ!なぜ昨日生徒会に来ないで帰ったのだ!前々から約束してあっただろう!」

 

や、約束ってなんのことでしたっけ……?

 

「まさか君は忘れてるわけでは無いだろうな?前々から何度も提出しろと言っている送辞はどうなっているのかね!提出期限は昨日だぞ!」

 

「…………わわわ忘れてたぁっ」

 

な、なんてこった……最近色々ありすぎてすっかり忘れてたぁ……

 

「まったく……そんなことだろうと思ったよ……もう来週から卒業式の諸々の準備も始まるんだぞ……」

 

やっばい……!今は送辞どころではっ……!

 

「ふぅ、まぁいい。こんなこともあろうかと、答辞を用意する城廻に手伝いをお願いしておいた。送辞以外にもさんざんサボり倒した雑務も諸々残っているからな。今日明日は放課後も朝も昼も生徒会室に缶詰めになると覚悟したまえ!」

 

う、嘘でしょ?

まさか今まで散々サボり倒して来た生徒会のツケが、こんな時にこんなタイミングで降り掛かってくるだなんてっ……

 

 

…………はッ!!だったらこんな時こそちょうど先輩に……

 

「言っておくが今回ばかりは比企谷に頼るのは無しだ。ふふふっ……仕事が終わるまでは奉仕部に行くのは禁止だぞっ?」

 

 

そしてわたしは、ニッコリと青筋を立てるアラサー独身女性に無理矢理引きずられ、その日はもちろんのこと、翌日の朝・昼・晩と、たっぷりと生徒会室に缶詰めにされたのでした……

 

 

こ、これが社畜というやつか…………先輩に会えないまま、愛ちゃんにも本音を打ち明けられないまま、今週が終わっちゃったよ……

 

 

 

 

続く

 






ありがとうございました!

今回から一気に急展開!残すところはバレンタインという事であとはラストスパートです!
こんなに間が悪くて踏んだり蹴ったりの状態でラストなスパートが出来るんですかね〜?いろはす('・ω・`)

たぶん残りあと4話くらいになりそうな気がしますので、最後までいろはすの応援よろしくですっ。




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一色いろははついに決戦の朝を迎えるっ


元々決めてあった次話への引きの関係で、今回はちょっと短いかもです。
ホントは前話と今話がひとつにまとまる予定だったんですけどね(笑)


それではどぞ!





 

 

 

「……居るワケ無いよなぁ……」

 

2月12日土曜日の今日、私は千葉駅周辺を彷徨っていた。

以前先輩を連れ回したデートコース・ゲームセンターやラーメン屋さんの前をウロウロしたり商業施設内の中に入ってキョロキョロしたり、はたまたデートコースでは無かったものの先輩がひょっこり現われそうな本屋さんを何店も巡ってみたり。

 

フィクションじゃないんだから、街で偶然想い人に会えるなんて事がそうそう起きるわけは無いんだけど。

朝から、もしも会えたらたまたまを装うつもりで何時間も徘徊しているわたしの行為が偶然の出会いと言えるのかどうかは疑問なんですけどねー。

てかそれはもう偶然でもなんでも無いですね。

 

「はぁ……そもそも先輩が休みの日に外出すること自体が超レアだもんな〜……」

 

 

木曜日と金曜日に独身によって生徒会室に完全に監禁されたわたしは(ごめんなさい自業自得です)、バレンタイン当日までの間に少しでもアタックを掛けてやろうという目論見が外されてなかなかに焦っていた。

まさかあんな決意をした途端に、バレンタイン当日まで先輩に会う機会が巡ってこなくなるなんて誰が予想していたのでしょうかっ?神様酷いよっ!?

 

せめて当日までにもう一回くらいは先輩に会いたかったけど、目的が目的なだけに結衣先輩に先輩の連絡先を聞く事なんて出来ないから、藁にも縋る思いで千葉まで出てきたはいいけど、そんなに上手く行くわけなんか無いのだ……

 

それでもほんのわずかな奇跡に望みを乗せて、今日何度目かも分からない本屋さんをウロウロキョロキョロしてみる。

わたしのこの姿は店員さんに何度も目撃されてるだろうし、これ先輩がやってたら完全に通報モノだよね。

先輩が職質を受けてキョドってる姿を想像して、こんなときだってのについニヤニヤしてしまうわたしは、本当に恋する乙女やってるんだなぁってついつい実感してしまう。

おっと、さらに余計にニヤつきがとんでもない事になっちゃった!わたしが通報されちゃうからっ。

 

 

はぁ〜……ホントこれがドラマとか少女漫画とかだったら、本屋さんの狭い通路ですれ違うお客さんの肩がぶつかったりして、「あっ……す、すみません」なんてお互いに顔を見合わせてみたら、そこには今一番会いたい人がっ……!

 

なーんてフィクションなご都合主義展開が待っててくれるんだけどなぁ……なんて馬鹿な事をぼーっと考えていた時だった。

 

どんっ!と肩に衝撃が走った。

え……嘘でしょ?マジで?

そそそそんなことホントに起きるわけ無いじゃんっ!何!?わたしって物語のヒロインになっちゃったの!?奇跡が起きちゃったの!?

 

「あ、すみません……って、あ、あれ?」

 

謝りながらも疑問符を付ける男の人。

わたしは軽くパニックになって真っ赤に俯きながらも、ゆっくりと顔を上げてその男の人へと期待の眼差しを向けた。

 

 

「っべー!やっぱいろはすじゃんっ!休日にこんなとこで偶然会うなんてマジミラクルっしょ!マジパないわー」

 

「……………………」

 

 

どうやら奇跡は起こらなかったみたいです。

 

 

× × ×

 

 

完全にやる気を削がれたわたしは、即帰宅した自宅にてお菓子作りの本とにらめっこしていた。

 

「んー。なに作ろっかなー」

 

とどのつまり、今わたしに出来る事といえば、明後日のバレンタイン当日に先輩に最高の贈り物をして、そして想いを伝えることだけなのです!

 

変に夢を持って街に繰り出したってしょーがない。先輩の連絡先を知らない以上は、あとは本番で当たって砕けるのみ!

ううっ……く、砕けたくないよぉっ……

 

とにかく今日は一日無駄にしちゃったから、明日は精根込めて、想いが届くように愛情がたっぷりと詰まったチョコレートを作ろうっ。

去年までは愛されいろは用に作ってた義理チョコなんて、今年はひとつだって作らない。

 

奉仕部のこと、愛ちゃんのこと、あの愛ちゃんとのお昼休み以来先輩に会えてないこと、ここ最近なんか間が悪くて嫌な予感しかしないこと…………ホントは頭が破裂しちゃいそうなくらい考えちゃうことは一杯あるけど、もう今さら考えたって仕方ないことばっかだもん。

 

だからもう余計な事なんて考えないで、本番の明後日までに残された僅かな時間はチョコレートの事だけ考えよう。

 

「甘っ……」

 

先輩の大好きなコーヒーをちびちび飲みつつ、わたしは気持ちを集中させるのであった。

ん!このコーヒーも使ってみよっかな♪

 

 

 

結局残された日曜日を使って、わたしはわたしに出来うる最っ高のバレンタインセットを作り上げた。

ナッツたっぷりチョコブラウニー・ふわふわしっとりチョコマフィン・お口でとろけるトリュフチョコ・チョコクッキー&MAXクッキーの豪華詰め合わせセット。

全部お店で出せるレベル!味見したら超美味しかったんだからね、せんぱいっ!

 

 

わたしはベッドに腰掛けながら、枕元に置いた超可愛くラッピングしたお菓子詰め合わせを優しく撫で、そっと瞳を閉じて先輩に出会ってから今日までの事を思い出していた。

 

 

ロマンもなんにもない酷い出会い。

 

まんまと乗せられた生徒会役員選挙。

 

初めて先輩の優しさに気付いたクリスマスイベント。

 

突き刺さるような寒さの薄暗い廊下で聞いてしまったあの熱い言葉。

 

偽物の恋に決着をつけた二人きりの帰り道。

 

初めてのデート。そして初めてのキス……

 

 

まだたったの二ヶ月ちょっとのはずなのに、わたしの今までの人生の中で一番の、大事な思い出がたくさん詰まった掛け替えの無い大切な大切な時間。

心臓が爆発しそうなくらいにドキドキして、顔が燃え上がっちゃうんじゃないの?ってくらいに熱い。

 

 

 

 

わたしは明日…………せんぱいに想いを告げるんだ。

 

 

× × ×

 

 

2月14日。運命のバレンタイン。

 

正直緊張であんまり眠れなかった。

いつもよりもずっと早く目が覚めちゃった真っ暗な朝は、冬の張り詰めた空気そのままに、新聞配達のバイクの音以外はしんと静まり返っていた。

 

 

くまとか出来ちゃってないかな?疲れた顔してないかな?

今日は、最高のわたしで先輩の前に立ちたい。朝から鏡とにらめっこして、可愛いわたしを磨き上げる。

どんなに可愛いく作り上げたってあの先輩には全く通じないんだけど、それでもわたしはわたしに自信を持って運命に臨みたいから。

 

自慢の亜麻色の髪を可愛くセット。

震える指先でマスカラを充て震える指先でリップを塗る。

ネイルもメイクもあくまでもナチュラルに。そっちの方が先輩は好きだろうから。

 

今からあんまり気合いを入れても、どうせこのあと部活で乱れちゃうのは分かってるよ?

でも、女の戦いはもうここから始まってるんだよ。

 

だからわたしはわたしを磨き上げる。

いつ愛しいあの人に見られても恥ずかしくないように。目を逸らさずいつでも最高の笑顔を向けられるように。

 

 

さぁ行こう!一色いろは!

わたしの戦いはここからだっ!

 

 

× × ×

 

 

「おー!いろはすおはよー!今日は朝からなんか気合い入ってね?」

 

「おはようございますっ!戸部先輩っ」

 

こんなに大事な日の今日に、朝からマネージャーなんてやりにきたのは他でもない。愛ちゃんにわたしの気持ちを伝える為。

 

昨日とかに電話なりメールなりしたって良かったんだけど、やっぱり直接向き合って話したいからね。

真正面からちゃんとわたしの気持ちをぶつけて正々堂々今日の戦いに臨みたい。

 

 

愛ちゃんも今日に向けての心の準備は済ませてきたのかな。緊張しすぎて大変な事になってなきゃいいけどっ。

たぶんあの子はお昼休みに告白するんだろうな。あの場所で。

 

わたしは?いつチョコ渡せばいいんだろ?

やっぱりフェアに愛ちゃんのあと?でもそしたらもう手遅れって可能性だってあるし、お昼休みのあとって言ったら放課後しかない。

せめて先輩が奉仕部に行く前には渡したいし、だったら愛ちゃんと一緒にお昼休みに……って手もあるんだよね。

でもそれじゃ愛ちゃん迷惑だろうなぁ……

 

とか色々考えてたら戸部先輩から声が掛かった。

 

「いろはすー。そういえば、まなっちはまだ来てないん?俺ら選手よりも先に来てないなんて珍しくね?」

 

「……えっ?愛ちゃんてまだ来てないんですかっ?」

 

いつも真面目で一生懸命な愛ちゃんは、誰よりも早く部室に来て、みんなが来るまでの間に諸々の準備をしておくってのがいつものパターンなのだ。

わたしは部活をサボり始める前は毎日ちゃんと朝練に参加してたけど、愛ちゃんが先に来て無かったことなんて一度もなかった。

 

もしかして昨日チョコ作りに苦戦して寝坊とかしちゃってるのかな?

それとも緊張し過ぎてわちゃわちゃパニックで、どっか知らない町まで電車に運ばれてっちゃったかな……?

 

愛ちゃん……普段は超しっかり者なのに、いざ先輩が絡むと途端にポンコツになるからなぁ……どっちも有り得過ぎて恐い……

 

 

「まぁまなっちは珍しいとして、なんかアレじゃね?いろはすー!……なーんか最近疲れちゃってっから、今日は甘いもんでもチョコっと食いたい気分じゃねっ?」

 

まぁさすがに今日はしょうがないかぁ。愛ちゃんなんてわたしより頭の中ぐちゃぐちゃだろうし。

先に用意とかしとけば今に来るよね。

少しでも作業進めといて、愛ちゃんが来たときに少しでも時間が取れるようにしとかなきゃねっ!

 

 

「いろはす?あれ?チ、チョコっとさ?ちょ!?いろはすー?無視はないわー……」

 

 

わたしは他の二人の女子マネなんかには一切意識も期待も向けずに作業を進めた。

え?戸部先輩?だれそれ。

 

そしてそうこうしてる内に葉山先輩も他の選手たちも到着して本日の朝練が着々と進行していったのだが…………

 

 

 

 

 

結局……その日は愛ちゃんが朝練に顔を出すことは無かった……

 

 

 

続く

 





ありがとうございました!

ついに結末へ向けて物語が一気に動きだします!
残すところあと3話!かな?
なんか次回は後書きが長くなりそうな予感(苦笑)
すみませんね、いつも後書きが無駄に長くて(汗)


あ、ちなみにいろはすが本屋で……って辺りは、以前香織短編で書いたシーンのセルフオマージュです(笑)

ではではまた次回お会いいたしましょうっ☆



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一色いろはと愛川愛




ここまで読んで頂いて、愛ちゃんを好きになってくれた読者さま方、誠に申し訳ありません!


実は私、ここまで書いてきた愛ちゃんはそんなに好きじゃありませんでしたっ(衝撃っ)
いや好きは好きですよ?生みの親ですし。
でも、香織グループの子たち程には好きではなかったという話です><

なぜならここまで書いてきた愛ちゃんは、まだ本当の愛ちゃんにはなれていなかったからなのです。


そして、ついに今回愛ちゃんが本当の姿を曝けだして、完全に作者好みのキャラとなります!
ここまでの愛ちゃんを好きになってくださった読者さま的にはちょっとなぁ……かも知れませんが、この展開は初めから決まっていた展開なのでご容赦くださいませ(汗)


ではではどぞ!




 

 

 

朝のSHRが終わり一限になっても、わたしの心は酷くザワついていた。

愛ちゃんが朝練に来なかった。それだけで通常では起こりえない異常自体なのは間違い無い。

 

朝練が終わって教室に向かう時にチラッと隣の教室を覗いてみたけど、愛ちゃんはまだ来てなかった。

 

どうしたんだろう……?まさか事故?

んーん?それは無いか。それだったら学校にすぐにでも連絡くるから、部活にだって至急連絡が来るはずだもんね。

だとしたら……

 

と、校内にチャイムが鳴り響く。気が付いた時には、どうやら一限が終わっていたらしい。

それでもそのまま考え込んでいると不意に肩をトントンとされた。

 

「あの〜、一色さん……お客さんだよ?」

 

クラスの女子に遠慮がちに声を掛けられて振り向いた扉の先では、愛ちゃんがニコニコと手を振っていた。

 

 

× × ×

 

 

「いろはちゃん、ごめんね?今日急に朝練休んじゃって……」

 

わたし達は今、人気の無い特別棟の階段の踊り場へと向かっている最中だ。

愛ちゃんがあんまり人の来ない所でお話したいって言うから。

 

「あ、うん……び、ビックリしたよー。愛ちゃんが突然サボるなんて超珍しいからっ……」

 

「へ?サボる?私、朝戸部先輩に今日は休みますってメールしたんだけどなぁ……」

 

戸部ぇぇ……

 

「……そういう時は戸部先輩じゃなくて葉山先輩に連絡した方が良くない!?戸部先輩じゃあ……」

 

「えへへっ……私葉山先輩の連絡先知らないんだよね。ほらっ、あの子達のガードが固くってさっ。入部当初に一応聞いとこうと思ったらすっごい睨まれちゃってやめちゃった!」

 

テヘッとする愛ちゃんだけど、そういう時は怒りなさいよ……ったくあの女どもっ!

 

「うー……それにしても酷いよ戸部先輩っ……私今日無断休扱いになっちゃってるのぉっ?」

 

ぷんぷんっ!と頬を膨らます愛ちゃん。

なんだか……普段よりもずっとテンションが高い……

 

「まぁちゃんと伝わったか確認しなかった私が悪いんだし、サボりみたいなものだし、仕方ないよね……」

 

そして休み時間になんて誰も来ないであろう特別棟の階段の踊り場に到着した途端に、ずっと言いたくて我慢してたのだろう愛ちゃんが、なんの前置きもせずにいきなり告げてきた……

 

 

 

「……いろはちゃん…………えへへへっ……私っ……振られちゃった……っ」

 

「…………愛ちゃん」

 

気丈に振る舞っていた愛ちゃんは、その瞬間ずっと張り詰めていた気持ちを緩めたんだろう。

ボロボロととめどなく涙が零れ落ちる。

 

「えへへっ……ひっ……ひぐっ……わ、私ねっ……?駐輪場でっ……朝からずっと、待ってたのっ……誰よりも早ぐっ……比企谷先輩にっ……チョコっ……わだしたかったからっ……」

 

「愛ちゃん!……無理しなくってもいいからっ……」

 

「でもねっ……ひぐっ……わがってたけどっ……分かってたこどなんだけどっ……ひっ……やっぱり……私、あはは……ふ、振られちゃったよぉぉっ……………ひっ……ひぐっ…………………ふぇ……っ……ふぇぇぇぇぇっ……!」

 

崩れ落ちそうになる愛ちゃんを抱き止めて、ギュッと抱き締める。

ずっと我慢していた足枷が取れたかのように、子供みたいにわんわんと泣きじゃくる愛ちゃんの声が、誰も居ない特別棟に響き渡っていた……

 

 

× × ×

 

 

私はなんとなく分かっていた。

愛ちゃんが教室に来た時のニコニコな笑顔を見て。

ここにくるまでの無駄にテンションの高い愛ちゃんを見て。

だってその笑顔は偽物だったから……

そしてわたしは愛ちゃんのその偽物の笑顔を見た瞬間…………心のどこかでホッとしてしまっていた。わたし、最悪だ……

 

 

ひとしきり泣き続けた愛ちゃんがようやく落ち着いてきた頃には校内に予鈴が響いていた。

 

「っ……ぐすっ……ごめんね?いろはちゃん……ホントはもっとお話したいことあったんだけど、もう行かなきゃねっ……ありがと、もう大丈夫だからっ……」

 

抱き締めるわたしの腕をほどき、慌てて教室に戻ろうとする愛ちゃんを、わたしは必死で引き止めた。

だって、そんな顔で教室に帰せるわけ無いじゃない……

 

「待って!……愛ちゃんっ、授業サボっちゃおっか?」

 

「ふぇ?」

 

戸惑う愛ちゃんを無理矢理引き連れて、わたしはそのまま屋上へと向かう。

女子の間では有名なんだよね。特別棟の屋上の鍵が壊れてて出入り自由なんだってこと。

 

「や、でもっ、生徒会長のいろはちゃんが授業サボるとかマズいんじゃ……」

 

うぐっ……確かにあとで独身に呼び出されるかもね……

でも今はそれどころじゃないからね。

 

「だーいじょーぶっ!不真面目な生徒会長が授業サボるより、優等生の愛ちゃんが授業サボる方が遥かに目立つもんっ」

 

「ひどっ!?」

 

 

階段を上がりきりぶら下がってるだけの錠前を外して屋上への扉を開けると、真冬の高い青空が視界いっぱいに広がる。

そして恐ろしく冷たい風が吹きこんできた。

 

「さっむー!」

 

「ひゃぁぁ〜……」

 

サボタージュを屋上で!ってアイデアは失敗だったかも知れないです……

 

 

× × ×

 

 

とりあえず風が吹き付けてくるのを防げる場所へと移動する。

お、陽なたなら結構いけるかもっ!

 

「ホントごめんねいろはちゃんっ……サボりに巻き込んじゃって……」

 

「んーん?だってわたしが強引に引っ張って来たんだもん」

 

「……えへへ、私が酷い顔しちゃってるからでしょっ?」

 

「うん。さすがにそんな顔じゃ教室には帰せませんよお父さんはっ」

 

「ふふっ、ありがとうねっ!お父さんっ」

 

「あははっ」「えへへぇ〜」

 

やっと笑顔が出てきてくれた。

あまりの寒さのあとのポカポカ陽射しで、ようやく落ち着いてくれたみたいだ。

良かった……でも……

 

 

それからせっかく時間も出来ちゃった事だしって事で、愛ちゃんが色々お話してくれた。無理しなくてもいいって言ったのに、今日のことを全部。

 

「朝もね?すっごい寒かったんだぁ。比企谷先輩が何時くらいに登校してくるか知らなかったから、朝一で学校に来てずっと駐輪場で待ってたのっ」

 

「ひぇ〜……マジで……?」

 

「うんっ、まじでっ!ふふっ、“まじ”なんて初めて使っちゃったっ」

 

今の愛ちゃんはナチュラルテンション。無理の無い笑顔がすっごく可愛い。

 

「でもまさかあんなギリギリで登校してくるなんて思わなかったよ〜。あれだったら部活サボらないでも済んだなぁ。…………でね?私が待ってたから先輩ってばすっごいビックリしてたっ」

 

ほんの一〜二時間前の事なのに、遠い記憶を思い出すかのようにクスクスと可笑しそうに笑う。

 

「……チョコ差し出して『ずっと好きでしたっ!』って言ったらもっとビックリしてた!鳩がマメでっぽう食らったみたいな顔ってやつ?…………あっ!告白はちゃんと噛まないで言えたんだからねっ!?」

 

えへんっ!って胸張ってるけど、そこ威張るとこじゃないからね?

 

「断られちゃったけど…………でもね!?比企谷先輩、チョコをその場で開けて食べてくれたのっ!「うん。旨いっ」って言ってくれたのっ!」

 

すっごく嬉しそうに話す愛ちゃん。

振られちゃったのに、なんでそんなに嬉しそうに話せるんだろう……

 

「ふふっ、でねでね?食べちゃったあとにハッ!として、『わ、悪い!普通こういう場合って……断るんなら貰っちゃいけないんだよなっ……』ってあわあわしちゃってねっ?『す、すまん……俺こういう経験無いからテンパっちって……』って。………ふふふ〜っ!私、比企谷先輩にチョコあげた初めての女の子になっちゃったぁ!」

 

「そっかっ」

 

「うんっ!…………あの時、比企谷先輩のビックリしたり慌てたり、美味しそうだったり申し訳なさそうだったり、先輩の色んな顔見られて私分かっちゃったんだ。ああ、やっぱり私この人が好きなんだなぁ……って」

 

「愛ちゃん……」

 

愛ちゃんは振られちゃったのにスッキリ出来たんだな……

思いっきり気持ちぶつけて、思いっきり振られて、思いっきり泣いて……

 

でも…………でもわたしは……

 

「だから私は、告白して本当に良かった!……たぶんお知り合いになれる前だったらこうはいかなかったと思う。……だからいろはちゃん……紹介してくれて、ホントにありがとねっ!」

 

愛ちゃん……わたしは愛ちゃんにお礼を言われるような立場なんかじゃないんだよ……

 

わたしは自分の本当の気持ちも話さないまま紹介したの。

 

わたしはあなたの恋が上手くいかないだろうって分かってて紹介したの。

 

わたしはもしかしたら上手くいっちゃうんじゃないかって不安になって、紹介したこと後悔ちゃったの。

 

わたしは愛ちゃんが振られてホッとしちゃったの。

 

 

わたし最悪だね……ズルいよね……

だから、今のわたしじゃ愛ちゃんみたいに先輩に真正面からぶつかってスッキリする資格なんて無いんだろうな。

 

だから、だからわたしは……まだ先輩に告白するのはやめておこう。

大好きな人に振られちゃった女の子に、実はわたしも先輩のことが好きだなんて言えるわけ無い。告白なんて……出来るわけ無い。

 

はぁ……わたしの決意なんてそんなもんだよね。

ちゃんと愛ちゃんに本心を伝えなきゃ。ちゃんと先輩に気持ち伝えなきゃ。

いつでも言えたはずなのに、いつでも伝えられたはずなのに、なにかと理由を付けて後回しにした結果がコレなんだ。

ホント情けない。こんなんじゃ……わたしには本物を手に入れることなんて出来やしな…

 

「いろはちゃん」

 

わたしのネガティブな思考が泥沼にハマりかけていた時、その声が掛かった。

とっても優しい響きなんだけど、とっても厳しい響きにも聞こえる声で。

 

「……え?」

 

そしてその優しく厳しい声は、わたしを泥沼から力ずくで引き上げるような台詞を口にした。

 

 

「……いろはちゃんは、どうするの?」

 

 

俯いていた心を上げると、愛ちゃんが真剣な眼差しでわたしを見つめていた。

 

 

× × ×

 

 

「ど、どうするのって……なにが?」

 

「……チョコレート、渡すの?気持ち、伝えるの?」

 

「えっ……?は、葉山先輩に……?」

 

この期に及んでトボけるのかよわたしは。

そんなわたしにクスリと笑い、ゆっくりと首を横に振る。

 

「違うよいろはちゃん。分かってるでしょ?」

 

「……分かって……たんだ」

 

「ふふっ、それは分かるよ〜。恋の応援は出来ないって言われたり、目の前であんなに楽しそうな夫婦漫才を見せられればね〜!」

 

「そっか…………ごめんね?嘘ついてて」

 

「…………で、どうするの?」

 

少しの間を開けたあと、もう一度同じ質問をしてきた。

 

「あ、や……わたしは……」

 

すると愛ちゃんはコホンッと咳払いをすると、右手の人差し指をピッと立てて左手を腰に充てて、わざとらしく私怒ってますよ?アピールな表情を顔に張りつけた。

 

「いろはちゃんっ!いろはちゃんは、もしかして私に悪い事したから、告白するのを諦めようとか思ってない!?」

 

「……へっ?」

 

「まったくぅ!やっぱりそうなんだ〜。……いい?いろはちゃん!いろはちゃんはズルくなんて無いからねっ!?普通だったら紹介だってしてくれないんだから!だからいろはちゃんはズルくないっ」

 

わたしとは違う天然モノのぷくっと頬っぺのはずなのに、アレ?なんか良く見慣れてる感じだぞ?

まるで養殖モノのわたしを鏡で見てるかのような……

 

「むしろね?ズルいのは私の方なんだよ…………だって、いろはちゃんが比企谷先輩のこと大好きだって気付いてたのに、気付かないフリしてたんだからっ……気付かないフリして先輩に近づいたんだから……」

 

そう言って愛ちゃんは、膨らんだ頬っぺを引っ込めて、少しだけ悲しそうな笑顔になった。

 

 

「私はね、ホントにズルいの。一緒にお昼休みを過ごした翌日、もしかしたらいろはちゃんもお昼休みにあの場所に来ちゃうんじゃないかって思って、急いで比企谷先輩のとこに行った……後からいろはちゃんが来たとしても、比企谷先輩には私だけを見てもらえるように、必死に話し掛けてた……」

 

「…………」

 

「今日だって……部活休んでまでずっと比企谷先輩を待ってたのは…………いろはちゃんが……いろはちゃんだけじゃない……雪ノ下先輩や由比ヶ浜先輩が想いを伝えちゃう前に、どうしても先に告白したかったからなの……」

 

愛ちゃんのこんな顔は初めて見る。

いつも優しくニコニコしてる愛ちゃん。

いつも一生懸命部活に取り組んでる真剣な愛ちゃん。

先輩を前にした時はわちゃわちゃとパニックになっちゃう愛ちゃん。

でも、こんなに苦しそうな顔は見たことが無い……

 

「もちろんね?結果なんて分かってた……私は手遅れだったから…………文化祭のあとに勇気を出して声を掛けられていたら、もしかしたらちょっとだけ違う未来が待ってたのかも知れないけど……でも私は勇気を出せなかった。声を掛けられなかった。だから……私はもう手遅れだったの……」

 

……涙が、つっと頬を伝う。

 

「でも…………もしかしたら、万が一でも可能性があるかも知れないから、せっかく告白するんだし、ほんのちょっとでも希望持ちたかったから…………だから誰かに告白されちゃう前に……どうしてもチョコ渡したかったの……」

 

「ま、な……ちゃん」

 

「……ねっ?私の方が、ずっとズルいでしょ?いろはちゃんなんて全っ然ズルくなんかないっ。…………………へへ〜っ!どっちかと言うと、ちょっと勇気が足りなかっただけっ」

 

「うぐっ!」

 

「だからさ、いろはちゃん!……いろはちゃんは私みたいに手遅れにならないかも知れない可能性があるんだよ?……手遅れって、ホントに辛いんだよ?……だから……いろはちゃんは想いを伝えなきゃダメだよっ……伝えないなんて、そんなの勿体ない」

 

そう言いながら、愛ちゃんは両手でわたしの両手をギュッと握ってくれる。

そしてニコッと笑顔になった。

 

「ふっふっふ!ズルーい私は、いろはちゃんに取って置きの情報を教えちゃおうっ!」

 

……え!?きゅ、急に!?

呆気に取られたわたしの事など一切気にせず、愛ちゃんはそのまま話を続ける。

 

「私が比企谷先輩になんて言われて振られたか、いろはちゃんだけに特別に教えてあげるっ」

 

「へっ?」

 

「『すまん……愛川の気持ちはすげぇ嬉しい……でも、今俺には、どうしてもほっとけないバカが居んだよ……だから愛川の気持ちに応える事は出来ない……』だってさ……………へっへっへ〜!一体誰のことだろねー?」

 

あの先輩がそんなこと……わたし達にだって絶対に言わないような事を愛ちゃんに言うだなんて。

先輩、ちゃんと真剣に愛ちゃんに向き合ってたんだな……

 

「こないだのいろはちゃんのお話からすると、ほっとけないって言ったら由比ヶ浜先輩かな?でも比企谷先輩からしたら、意外とあの雪ノ下先輩でさえもほっとけない人になるのかもねっ…………でもね?それはいろはちゃんにだって言えることだよ……?だからさっ」

 

その時、二限終了のチャイムが校内に鳴り響く。

 

「あっ、もうこんな時間になっちゃったんだ!さすがにこれ以上サボっちゃうのはマズいよねっ?……そろそろ行かなきゃ」

 

そして愛ちゃんはわたしに背を向けて階段への扉へと真っ直ぐに向かう。

 

わたしは、愛ちゃんに背中を押してもらっちゃったのかな……何度も見せ掛けの決意をして、そしてまた何度もへこたれるような情けないわたしの背中を……

 

「愛ちゃん……!わたしっ……」

 

すると愛ちゃんはわたしの言葉を遮るように、振り向きもせずにとっても予想外の言葉を口にする。

 

「あっ、いろはちゃん!……今日、一番言いたかったこと言うの忘れてたよ〜。…………あのね、勘違いしないでねっ?」

 

「はへ?」

 

愛ちゃんに対して宣言しようとしていたわたしは梯子を外された格好になり、思わず変な声が出てしまった。

 

「……さっきも言ったけどね?……私、やっぱり比企谷先輩のことが好きなのっ……告白して振られちゃったからこそ本当に気付いちゃったんだっ。私、間違ってなかったんだって。この気持ちはホントにホントに本物なんだって」

 

「ま、愛ちゃん……?」

 

「私、比企谷先輩が大好き!だから私っ、諦めないからっ……だって、振られちゃったからって、諦めなきゃいけない決まりなんてないでしょ?……もし誰かさんの告白が成功して彼女が出来ちゃったって、諦めなきゃならない決まりなんてないでしょっ?…………だって…………ずっと想い続けて、ずっとアタックしまくって…………いつか振り向かせちゃえばいいんだからっ!」

 

ちょちょちょちょっと愛ちゃん!?

 

「さっき言った手遅れって言うのはね、あくまでも“今年のバレンタインは”って意味だよっ?私に足りなかったのは、雪ノ下先輩達やいろはちゃんみたいな積み上げられた時間と絆だもん!だったら、これから築き上げてけばいいんだもんっ!……私、あの日言ったよね?負けないって……!あの負けない宣言は別に今日までの話なんかじゃないの!だからさっ」

 

 

そして愛ちゃんがくるりと振り向いた。

涙を浮かべてるけど、ちょっと悔しそうな顔してるけど、でも飛びっきりの小悪魔笑顔で…………って、え?こ、小悪魔ぁっ!?

 

 

 

「もしもいろはちゃんの告白が上手くいったとしたら、私が比企谷先輩を振り向かせるまでの間だけ、ちょっとだけ貸しておいてあげるっ……♪」

 

 

 

涙で潤んだ目をパチリとウインク。んべぇ!っと舌をちょっぴり出したその笑顔は…………まさしくわたしが良く見慣れた、小悪魔そのものだった……

 

その笑顔をすっと背けて扉に手を掛けた愛ちゃんは、今度は一転優しい天使のような声で優しい一言を残し、校舎の中へと消えていった。

 

 

「だから今日は………………がんばれっ」

 

 

× × ×

 

 

参った……マジで参った……

呆然と一人屋上に取り残されたわたしは、なぜか口元が上へと曲がっていた。

 

……なにアレ!?天使で小悪魔とか反則でしょ!

もしかしたら、わたしはわたしの優柔不断な行いで、とんでもない怪物を生み出しちゃったのかな……?

……違うか。たぶん単にわたしが……みんなが愛ちゃんの事を誤解してただけなのだ。

天性の優しさとぽわぽわ空気で、まるで純真無垢な天使のような子だって思ってたけど、そうじゃなかったってだけの話なんだろう。

 

確かに天使ではあるけど、でもひとたび本物の恋を知っちゃったら、その本物を手に入れる為にはただの恋する乙女にだって小悪魔にだってなっちゃうような、なんてことない一人の普通の女の子だったんだ、愛ちゃんは。

 

一瞬だけ、その優しさでわたしの背中を押すためのお芝居だったのかな?なんて考えが頭を過ったけど、それは違うんだろうな。

だって、あの小悪魔笑顔は本物だったから。

 

天使な愛ちゃんも小悪魔な愛ちゃんもどっちも嘘偽りの無い本物の愛ちゃん。

だから明日からは、あの天使さと小悪魔さで先輩をガンガン攻めてきそう!下手したらあの子、即日サッカー部に退部届け出して、奉仕部に入部しちゃうんじゃない!?

 

「うっわぁ……こりゃとんでもないライバルが誕生しちゃったなぁ……」

 

 

……でも、さっき見た愛ちゃんの小悪魔笑顔は、わたしが今まで見てきた愛ちゃんのどんな素敵でどんな可愛い笑顔よりもずっとずっと魅力的だったから、だからわたしはつい口元が緩んでしまってるんだろう。

だったら……

 

ぱぁん!!

わたしは両手で両頬をはたいた。

「……よーしっ!やるぞぉ!もうホントに負けらんない!愛ちゃんに取られちゃう前に…………わたしが絶対本物を手に入れてやるっっっ」

 

 

 

 

 

そしてわたしはその足でそのままあの人の元へと向かう。三限が始まっちゃうまでにはまだ時間があるから。

 

だからわたしは真っ直ぐに向かう。あの人が待つ……二年F組へと。

 

 

 

 

続く





というわけでありがとうございました!

以前に宣言しましたが、ようやく愛ちゃんが自分を出せました。
まぁ自分を出せたと言っても本人は無自覚なんですけどね。


ここまで散々戸塚の女の子版だの年下版めぐ☆りんだのと言って純粋な天使さをアピールしてきたんですけど、実は本当は抜け駆けだってするし、ズルい事して心を痛めたりだってする、なんてことのない普通の女の子だったんです。
ただの純真無垢な女の子では無いと分かってた読者さまもたくさんおられるとは思いますが(;^_^A
でも天使は天使で間違いないので、今後はその天使さとのギャップで小悪魔さがより魅力的に魅惑的に引き立つんでしょうね。

とはいえなんと!今回で愛ちゃんの出番は終了なんですけどね。ヒドいっ!
でももしかしたら物語が一先ず終了した後に、今回の物語のいろはすが居なかった場面とか文実のシーンとかを愛ちゃん視点で描くこともなきにしもあらずですけどもっ。



いろはすは愛ちゃんを天使で小悪魔なんてズルいとか言ってましたが、実はいろはすだって八幡にとっての小悪魔な天使なんですよね☆
そんないろはすが決着を付ける為の話数も残すところあと2話!(たぶんっ!)
今作は10話にも充たないと思ってたので思ったよりも延びてしまいましたが、きちんと終わらせますので最後までよろしくですっ




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一色いろはは想いを告げた

 

 

 

2月の冷えきっているはずの廊下を歩いているのに、身体中熱くて仕方がないのは、たぶんさっきまで屋上に居たから寒さに慣れ切ってしまってるからなのだろう。

 

顔の火照りが止まらないのは、普段居ない一年生が二年生のテリトリーを歩いているから、視線が集中して気まずいからなのだろう。

 

胸の鼓動が激しく高鳴るのは、特別棟の屋上からここまで急いで歩いてきたことによる息切れに違いない。

 

だって…………熱くたって火照ってたってバックンバックンしてたって、なぜか不思議と心はとても落ち着いているから。

愛ちゃんのセリフ。私はなんであんな簡単な事に今まで気付かなかったのかな?恋は盲目すぎでしょ。

 

 

そして目的地に到着した。

この扉を開けるのは今日で二度目だ。

あの時も熱くて火照ってドキドキしてメチャクチャ緊張してたけど、同じような熱っぽさなのに、今はこんなにも心が落ち着いてるんだから不思議。

 

そしてわたしは迷わず扉を開いた。

 

 

× × ×

 

 

「失礼しまーす」

 

そう声を掛けた途端に集中する視線。うわっ……結衣先輩がぎょっとして超見てる。

なにせ今日は2月14日。たぶん……なんか感じ取ってるんだろうな。

 

でもそんな事はもう気にしない。集まる視線だって全然無視しちゃう。

今のわたしの瞳に映ってるのは、イヤホンを耳に差して机に突っ伏してるクセに、わたしの「失礼します」にビクッとなったあの先輩の背中だけ。

 

わたしは迷わずその背中の隣まで歩いて行くと、あの日とおんなじようにイヤホンを思いっきり引っ込抜いてやった。

 

「うひゃっ」

 

「うっわ……相変わらずキモくてちょっと無理ですごめんなさい」

 

「……登場早々振られちゃうのかよ……で、なんの用だよ一色」

 

頭をガシガシ掻きながら、気まずそうに目を逸らす先輩。

ふむ。こんな日にわざわざ来たんだから、理由なんて分かってますよね?

それとも、友達の愛ちゃんを振ったからその件で文句言いに来たとか思ってるのかな?

 

「えっとですねー。ここではなんなんでぇ、お昼休みに生徒会室に集合してくださいっ」

 

きゃるんっ!と可愛く言うと、先輩は超嫌そうな顔をした。

いやまぁわたしが今日という日に生徒会室への呼び出しを口にした瞬間に、教室中がザワリとしたから当然と言えば当然なんですけどね。

 

「あ、や、昼はアレがアレでな?」

 

だからわたしは先輩のどうでもいい言い訳なんて無視して、耳元でそっと囁いてやった。

 

「……言っときますけど、もし逃げたらこの間のデートであったこと全部、この教室でつい口が滑っちゃうかもですよ……?」

 

「なっ!お、おま……」

 

あの日以来、お互いに敢えて避けてきたデートの話題に触れたら効果てきめん!

 

そう……わたしがこの話題を口にするってことは、今日がその時なんですよ?せんぱい……

 

「ではではよろしくですっ♪」

 

絶妙な手の角度と腰の角度がポイントの、必殺の敬礼をバシッと決めて、わたしはF組の教室を後にした。

 

わたしの強襲を受けて、結衣先輩は先に動いたりするのかな?

先に呼び出したわたしを見てからその前に動くなんてちょっとズルいけど、恋はバトルだしズルいくらいじゃないと何にも始まらないんだって、わたしはあの子に教えて貰ったからね。

 

だからお先に告りたければお先にどうぞ?

むしろこれで動かないくらいの気持ちなんだったら、もうあなたなんて恐くない。

 

 

× × ×

 

 

四時限目終了のチャイムが校内に響き渡ると同時に、わたしはチョコレートの入ったカバンに手を伸ばしてすっと立ち上がる。

 

三限の休み時間の間に生徒会室の鍵は借りといた。

もちろん平塚先生には即呼び出しを食らって、昼休みに生徒指導室に来るようにと命じられたんだけど、「今日の昼休みだけはご容赦を!土下座も辞さない覚悟であります!」って言ったらなんとか許して貰えた。

もちろん放課後は強制連行確定ですよ?なのでもう実質的にワンチャンなのです!

 

覚悟は出来た。時間も出来た。だからもう焦りなんて1つもないから慌てずに行こう。

 

「ありゃ?いろは今日もお昼……………………ふ〜ん。そっかそっか!よ〜しっ!頑張ってこーいっ」

 

「いろはちゃんふぁいとぉー!」「行ってら〜。ま、頑張んな」「行ってらっしゃーい!ファイッ」

 

ぐぬぬ……わたしそんなに顔に出てんのかなぁ……

えへへ〜、今まで何にも聞かないでいてくれてたのにありがとねっ。

帰ってきたら、ちゃんとみんなに話すからね。

 

「おうっ!!」

 

わたしはわたしらしく勝ち気な笑みを浮かべコブシを突き出した。

ついに勝負の時。待ってろせんぱい!

 

 

× × ×

 

 

鍵を開けて、誰も居ない冷えきった室内に入る。

そして会長に就任してから持ち込んだハロゲンヒーターのスイッチを入れて、ふと室内をぐるりと見渡してみる。

 

思えば色々あったな〜。とは言ってもまだたったの二ヶ月ちょっとしか経ってないけどね。

でもたったそれだけとは思えないくらいの濃密で素敵な時間だった。

 

やっぱ先輩と決着を付けるとしたら……ここしかないよねっ。

 

 

そしてわたしはいつもの自分の席に着いて先輩の到着を待つ。

本当に不思議。今まであれだけ不安だったり恐かったりして逃げてばっかりだったのに、わたしの心はとんでもなく穏やかなままだ。

 

昨夜までは何度も吐きそうなくらいに緊張しっぱなしだったのに、こんなに落ち着いているだなんて、わたしおかしくなっちゃったのかな?

 

 

『だって、振られちゃったからって、諦めなきゃいけない決まりなんてないでしょ?……もし誰かさんの告白が成功して彼女が出来ちゃったって、諦めなきゃならない決まりなんてないでしょっ?…………だって…………ずっと想い続けて、ずっとアタックしまくって…………いつか振り向かせちゃえばいいんだからっ!』

 

 

あの時の愛ちゃんの言葉が頭を過る。

 

ホントばっかみたい、わたし。なんでこんな簡単な事に今まで気付かなかったんだろう。なにをそんなに恐れてたんだろう。

こんなにも簡単な事だったんだ。こんなにも当たり前の事だったんだ。

そう……

 

「逃げられちゃうなら、どこまでも追っかければいいだけじゃんっ!」

 

こんな簡単な事だけど、わたしには見えてなかった。こんな簡単な事なのに、気付けただけで心が落ち着いた。

だから愛ちゃん、ありがとねっ。

 

 

と、その時扉を叩く音がした。

 

「どうぞ」

 

客人を招き入れるその声は常時と何一つ変わらない落ち着いた声色で、一人っきりの生徒会室に優しく響いた。

 

 

× × ×

 

 

ガラリと開いたその扉から、いつもの面倒くさそうな顔をした愛しい先輩が顔を覗かせた。

 

「おう……来たぞ」

 

「ふふっ、お待ちしてましたよ?せーんぱい。ささ、どぞどぞ!」

 

室内に招き入れられた先輩は、なんだか所在なさげによく座る席に腰掛ける。

 

「……あー、で?なんの用だよ……」

 

さてさて、それでは何からお話しましょーかねぇ?

とはいえ、まずは聞いとかなきゃならないことがありますね。

 

「えーっとぉ、先輩はー」

人差し指を口元に充てて、首をかしげながら聞いてみる。

たぶんその作ったあざと可愛い仕草とは裏腹に、ここからはちょっと声のトーンが落ちちゃいます。

 

「愛ちゃんに……チョコ貰ったじゃないですかぁ?…………なんで、断っちゃったんですか?先輩なんかにあんな可愛くて素敵な子がチョコくれて告白してくるなんてこと……もう一生無いことかも知れませんよ……?」

 

すると先輩はため息をついてガシガシと頭を掻く。

 

「……やっぱその事か。まぁアレだ。あまりにも急すぎてビックリしたしな」

 

「……ビックリしたから断っちゃったんですか……?ホントこんな事、もう二度と無いかも知れないんですよ……?後悔しちゃいますよ……?」

 

「ああ……まぁ後悔すっかもな。愛川はすげぇ良い子だし、その……なんだ、か、可愛いしな……」

 

「だったら、なんで……」

 

「そもそも釣り合わんだろ俺となんかじゃ。俺と付き合ったって、愛川のためになんかなんねぇだろ」

 

「……じゃあ、先輩が愛ちゃんの告白を断ったのは、単に愛ちゃんの為とかって言うんですか?」

 

その質問に、先輩はちょっと苦しそうに顔を歪めた。

 

「…………んなわけねぇだろ。そんな理由だけで断ったら、気持ちを真っ直ぐにぶつけてきてくれた愛川に申し訳ねぇよ……それだけじゃなくて、理由は他にもある」

 

「他にもって?」

 

「まぁ単純に、俺はまだ愛川の気持ちに応えられるほど愛川の事を知ってねぇってことだ。確かに良い子だし、か、可愛いが、それだけで付き合うとかって良く分からん……」

 

「そうですか。他には?」

 

「……あとは、それこそ俺の問題なんだが……なんつうの?人を好きになるっううか、人に好かれるっつうか、そういうの自体が良く分かんねぇんだよ……」

 

「……良く……分かりません」

 

「……俺はな、今まで他人から好かれた事なんて無かった。常に悪意とか憎悪とか、そういうのに晒されてきた人間だ……だから、俺みたいのを好きになる人間の気持ちが分かんねぇんだよ…………たぶんそれは勘違いだ。俺に勘違いして、勝手に幻想を抱いてるだけだ」

 

…………まったく。ホントにどうしようもない先輩ですねー、せんぱいは。

人の気持ちを勘違いと考えること自体があなたの勘違いなんですよ?人の気持ちって、そんなに簡単じゃない。

たぶんそう言いながら、わたしの気持ちにも牽制を入れてきてるんでしょ?

 

先輩はわたしなんかが想像出来ないくらいに、たくさん辛い目にあってきたんだろう。

その事についてはわたしには何にも言えないし言う資格もない。

でも……それとこれとは違うんだよ。先輩みたいな素敵な人は、もっと真っ直ぐに人の気持ちを受け取ったっていいんだよ。

 

「やっぱり……良く、分かりません……でも、とりあえず分かりました…………あとは?」

 

「とりあえずは……そんなとこだ……」

 

そう言いながら、先輩はふいっと目を逸らした。

 

……先輩?嘘つきましたね?

わたしは今、超怒ってます!

分かってた事だけど、想定内の事だけど、それでもっ……恋する乙女の熱い気持ちを勘違いの一言で切り捨てて逃げようとする先輩のあまりのヘタレっぷりに!

だから今日は絶対に逃がしてやんないんだから!

 

 

「せーんぱい?……こんなに真面目なお話してるのに、嘘は良くないですねー」

 

「は?嘘なんてついてね…」

 

「ほっとけないバカが居る」

 

「…………なっ!?」

 

先輩の顔が一気に青くなった。

わたしはそれを見て、たぶんわたし史上最上級の黒い笑顔を向けてやった。

 

「ほっとけないバカが1人居るから、愛川の気持ちに応える事は出来ない……ですよねっ?」

 

「お前っ……!なんでそこまで知ってんの……?」

 

そしてわたしはカバンからわたしの気持ちが全部詰まってると言っても過言では無い、最っ高の贈り物を取り出した。

 

「ホーントせんぱいはどうしようもないヤツですよねー。目は腐ってるし心も腐ってるし、寒いしキモいし捻くれてるし。あとキモい」

 

「おい……キモいって二回言ってんぞ」

 

「そして何より、恋する女の子の気持ちを舐めすぎです。ふざけんなです。なにが俺を好きになんかなるわけが無いですか。人の気持ちなんだと思ってんですか。本当に最悪な人ですね。ガチでムカつきます」

 

とても告白なんかをしてるようには見えない雰囲気の中、わたしはそっとチョコレートを先輩へと差し出した。

 

「どうぞ先輩。そんなどうしようもない先輩に、誰にも好かれる資格なんて無い最低最悪な先輩ごときに、このわたしが仕方がないのでチョコあげましょう」

 

 

戸惑う先輩に、無理矢理チョコを押し付ける。

そしてわたしは、たぶんわたし史上最上級の微笑みを先輩へと向けた。

自分では分からないけど、本当に自然に出た笑顔だったから、たぶんその笑顔は本物なんだろう。

 

 

 

「好きですよ?せんぱい。……わたしは、あなたの事が大好きです」

 

 

あまりにも自然に出た言葉。

思わず笑っちゃうくらいの史上最低で史上最悪なヒドい告白劇。でもキラキラした素敵なムードの告白劇なんかより、こっちの方が断然わたし達らしいよね?

 

こんなヒドい告白になっちゃったけど、この想いは…………ちゃんとあなたに届くかな…………

 

 

 

 

続く

 






ありがとうございました!

いろはすの告白シーンは、こんな風にロマンチックでもなければムードも無い、罵りながら優しい気持ちが溢れる最低でみっともない告白劇がこの2人には合ってるかな?とずっと思ってて、このシーンは一番最初から決めてました。

もっとこう、いろはすが真っ赤になって、スカートをぎゅっと握って声がかすれて涙流しながらで、ドッキンドッキンでバックンバックンな告白劇じゃなくてごめんなさい><



そして次回はついに最終回です!
「逃げちゃうならどこまでも追っかければいい」
が果たして負けフラグなのか!?それとも逆に勝ちフラグなのか!?

次回の最終回をお待ちくださいませっ!



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いろはす色はあなた色




すぐに終わるだろうと書き始めたこの作品も、なぜか二ヶ月近く掛かってしまいましたがようやく(一応の)最終回と相成りました!

それではどぞ!





 

 

 

わたしの愛の告白とも呼べないような酷い告白に先輩は一瞬だけ唖然としたけど、次の瞬間には苦い顔をして視線を逸らした。

先輩はわたしの言葉からどう逃げ出そうか画策してるのかもしれない。

ホントしょーがない人ですねー、この先輩は。この期に及んでまだはぐらかす気満々なんでしょうね。

 

でもね?どんなに苦い顔したって、どんなに逃げようとしたって、その頬の赤みだけは隠せてないですよ?

少なくとも意識はしてくれてるってことですよね?

 

「先輩、ホントは分かってましたよね?わたしの気持ちなんて」

 

「お前の気持ちなんて分からん……さっき言ったろ。俺を好きになるヤツの気持ちなんか分かんねぇんだよ……分かってる事っつったら、一つだけだ」

 

「わたしの先輩への気持ちは勘違い……ですか?」

 

「ああそうだ。だってお前は葉山があれだけ好きだったはずだろ。あんなすげぇ男を好きだった奴が、俺を好きになる訳ねぇだろ…………ただ、振られたあとに近くに居たから、大変な時に手伝ってくれたから、だから好きとかって勘違いしているだけだ」

 

 

……ホントわたしはなんでこんなどうしようもない男を好きになっちゃったんでしょうね?

想定通りだけど、あまりの捻くれた思考回路に思わず苦笑してしまう。

 

「はぁ〜……先輩の言う通り、こんな気持ちがただの勘違いだったら気が楽なんですけどねー。ホントこんな人好きになっちゃったなんて、わたしのラブコメ間違い過ぎですもん。……でも先輩?…………気持ちってそんな簡単なものじゃないんですよ……?」

 

ふぅ〜……コレだけはやりたくなかったんだけどなぁ……

あまりの先輩のダメっぷりに告白自体はとっても自然にとっても落ち着いて出来たのにっ……きゅ、急にドキドキしてきたぁ〜……

ま、まぁこの心臓の鼓動こそ、今からする事には絶対に必要だからいいんですけどねっ……責任、取ってもらいますからね!

 

「……先輩があまりにもダメダメでヘタレで捻くれてて、どうせわたしが何を言っても真っ直ぐには受けとめてはくれないと思うので……今から証拠を見せて……聴かせてあげます」

 

「……は?なんだよ証拠ってって……え?ちょっと?」

 

 

そしてわたしは椅子に座る先輩の頭を震える手で抱え込むように、優しく……でも強く強く胸に抱き締めた。

 

 

× × ×

 

 

「〜〜〜〜〜っ!おまっ……な、なにしやがっ……」

 

動揺しまくる先輩の喚き声が、わたしの胸からくぐもって響いてくる。

そりゃそうだ。だって先輩はわたしの胸に顔をうずめてるんだから。

 

「ちょっ!先輩!あ、暴れないでください!わわわたしだってこう見えて実は結構いっぱいいっぱいなんですからっ!……はっ!まさか動揺するフリして暴れて顔を激しく揺することによって可愛い後輩の胸の感触を顔いっぱいで楽しんでるんですか想像以上の変態ですね正直かなりキモくて無理ですごめんなさい」

 

「……こんな状態でも振られちゃうのかよ……」

 

 

 

そう言いながら先輩はようやくおとなしくなってくれた。

そりゃあんなこと言われたら暴れるわけにはいかなくなりますよね♪

 

「ん!んん!……ま、まぁ先輩がわたしの胸の感触を楽しんでるかどうかはこの際不問にしておきましょう」

 

「楽しんでるの前提で話進めるのは止めてもらえませんかね……」

 

「わたしが言いたいのはですね……?」

 

暴れて離れようとしなくなったから、強く抱き締める手を緩め、優しく包み込むように優しく抱き締める。

 

「先輩……わたしのドキドキを聴いてください……どうですか?すっごいバクバクしてるでしょ?……わたし、こんなに鼓動が激しいのなんて生まれて初めてなんですよ?……今まで色んな男の子に告白されたり、葉山先輩に告白したり、ドキドキした事は何度もありますよ?…………でも」

 

先輩は黙ってわたしの話とドキドキを聴いてくれている。

そんな先輩の顔を、もう一度力強くギュッと抱き締める。

 

「…………でも、こんなに激しくドキドキしたり、こんなにきゅぅって苦しくなったのなんて生まれて初めてなんですよ?先輩。……先輩はこのドキドキも苦しさも、全部わたしの勘違いだって言うんですか?単なる一時の気の迷いだって切り捨てるんですか?」

 

「……………」

 

「…………先輩、それはとっても酷いことなんですよ?残酷なことなんですよ?……………先輩とバカな話で盛り上がってる時はホントにメチャクチャ楽しいんです。先輩がめんどくさそうな顔しながらも、しょーがねぇなぁって、頭を掻きながらワガママ聞いてくれる時はメチャクチャ嬉しいんです。先輩が奉仕部でイチャイチャデレデレしたり、愛ちゃんとイチャイチャデレデレしたりしてるの見ると、心臓が鷲掴みされてるのかって思うくらいにメチャクチャ苦しいんです」

 

「ちょっと待て。イチャイチャデレデレしてばっかみてぇじゃね…」

 

「うるさいです黙ってください」

 

「はい」

 

「…………先輩は今の関係を壊したくないとか逃げ出したいとかそういう気持ちの為だけに、こんなわたしの、わたし達のこんなにもたくさんの嬉しくて楽しくて苦しい気持ち全部を踏み躙ってるんですよ?そんな気持ちは全部全部勘違いだなんて、どんだけヒドいこと言ってると思ってるんですか……」

 

「………………ヒデぇな、確かに……」

 

「そうですよっ!ホント酷いです。ホント最悪です。ホントどうしようもないです」

 

「そうだな……すまん」

 

「……でも」

 

抱き締める力をもう一度弱めて、片手で優しく頭を撫でてあげた。

 

「……でも悔しいけど、わたしはそんな先輩が大好きになっちゃったんです。ぼっちでキモくて捻くれてて目が腐ってヘタレでどうしようもなく格好悪い先輩が、イケメンで頭脳明晰で優しくて皆の人気者の、ステータスの塊のような葉山先輩なんかより、ずっと格好良く見えちゃうんです。どうしてくれるんですか責任取ってください」

 

この鼓動はあなたに届いてますか?

爆発しちゃいそうなくらいドキドキしてるのに、でも穏やかなわたしの心音。

これが勘違いだなんて言わせませんからね?

 

「だからわたし、もう決めたんです。想いを告げたら逃げちゃう先輩が恐くて、わたしもずっと先輩から逃げてたけど、愛ちゃんに教わったから」

 

「愛川に……?」

 

「先輩?逃げたいならどうぞ逃げてください。わたし、追い掛けますから!先輩がどこへ逃げたって絶対捕まえてみせます!先輩みたいなのを好きになっちゃった以上、こっちにだってそれなりの覚悟があるんですからっ」

 

「……ぷっ、お前どこのストーカーだよ……」

 

「ストーカー上等です!わたしだって意地がありますからね!好きな人が逃げるなら、それをどこまでも追っかける。だって……どうしようもなく好きなんですから…………それが一色いろはの答えです」

 

「……そっか」

 

「……そうです」

 

しばらくの沈黙。

こんな風に言っちゃったけど、「お前ウザイわ」とかって言われちゃったらわたしはどうするつもりなんだろう。

んーん?そんなの愚問だよね。だってそんなの決まってる。

 

 

 

「……げねぇよ……」

 

不意の先輩からの返答に、わたしは良く聞き取れなかった。

 

「え?なんです?」

 

「……お前はどこの難聴系主人公だよ」

 

「なに言ってんですかまたなんか気持ちの悪いこと言って…」

 

「逃げねぇよ」

 

「逃げないって……言ったんですか……?」

 

「……てか逃げらんねぇだろ……こんなにガッチリとホールドされちまったら、どこにも逃げようがないだろ」

 

……今はそんなにガッチリと締め付けてるわけじゃないですよ……?

じゃあ、わたしは先輩の何をガッチリと掴んでいるの?気持ち……?

 

「ちょ、ちょっと待ってください先輩……え?それって、どういう意味ですか?…………えっと、その……に、逃げないってことは……わ、わたしの気持ちを、その……受け入れてくれるってことですか!?」

 

嘘?マジですかマジですか?だってそれって……え?

 

「…………っ!だ、だから言ってんだろ……!に、逃げても無駄なら……その、なんだ……逃げる労力が、も、勿体ねぇだろっ…………俺は効率最優先な男だからな……無駄と分かってて頑張って逃げるなんて真似はしたくないんだよ」

 

「……えっと……告白に対しての返答が想像以上に捻くれ過ぎててちょっと分かり辛いんですけど、その、か、彼氏になってくれるって事でいいんですかね……?」

 

「あ?……や、ま、まぁそういうのもなきにしもあらず……かも知れん」

 

「ホ、ホントにいいんですか……?だ、だって、そしたらわたし、今から思いっきり彼女面しちゃいますよ……?」

 

「は?……あー、まぁなんだ……そ、そういうのも、まぁやぶさかでは無い……かもな……」

 

「じ、じゃあ明日から廊下で先輩を発見したら抱きついちゃいますよ……?」

 

「いやそれは恥ずかしいからやめて」

 

「むー、それじゃこの前撮ったハグプリクラを携帯に貼って友達に見せびらかしちゃったりしますよ?」

 

「いやホント無理です勘弁してください」

 

「むー!だったらだったら!明日から毎日手を繋いで一緒に登下校とかしちゃいますよ!?」

 

「アホか。そんなの無理に決まってんだろ」

 

「…………」

 

「…………」

 

あ、あれ?なんかお互いの認識がちょっとおかしいんですかね……?

あれ?別に彼女にしてくれるわけでは無いの?

 

「……せ、せんぱい?」

 

「……お、おう」

 

「えっと、ですね……?わたし、先輩の彼女って事でいいんですよね?」

 

「や、だからさっきからそう言ってんだろ……」

 

な、なんだこれ?告白が成功したようには全く思えないんですけど。

あれ?わたしが変なの?

 

「つ、つまり……わ、わたしの告白はOKで、今から彼氏彼女になるのもなきにしもあらず……彼女面する事もやぶさかでは無いけど、イチャイチャしたりするのは恥ずかしいからやめてくれ……と?」

 

「だからそう言ってんだろ……」

 

「…………………」

 

 

ひ、ヒドすぎる……

わたしの告白も大概だったけど、先輩の応えがこれまたヒドすぎるっ……

 

 

「………………ぷっ」

 

「……へ?」

 

「くくくっ…………あははははははっ!あー、もうホント最悪っ!」

 

「な、なんだよ?なんか笑うとことかあったか!?」

 

「なんなんですかねこの人!笑うとこしか無いじゃないですかー。わたしが一生懸命想いを告げたのに、その応えは、なきにしもあらずとかやぶさかでは無いとかでハッキリと応えるの誤魔化すし、付き合ってからの希望とか全部却下じゃないですかっ!ホントどんだけヘタレなんですかっ」

 

このおバカな先輩をそう小馬鹿にしながらも、顔を抱き締める力をギュッと強める。

だって……なんかもうこの情けないヘタレっぷりが庇護欲そそりまくりで可愛いんですもん!

ホント先輩こういうトコあざとすぎて卑怯です!

 

 

「っ!く、苦しいって……」

 

 

「ホントにもう!なんなんですかこのムードもへったくれも無いヒド過ぎる告白劇はっ…………ふふふっ、わたしの告白も先輩の返事も、ホンっトにヒドいもんですねっ」

 

「…………それは全面的に同意する」

 

「一世一代の覚悟を決めて臨んだ、絶対に素敵でロマンチックになるはずだったバレンタインを、こんなヒドい内容にさせられてわたしショックです!傷心してます!だから………………ちゃんと責任取ってくださいね?せーんぱいっ!」

 

 

「まぁ、可能な限り善処する……」

 

 

 

 

 

こうして晴れてわたしと先輩は恋人同士となった……の?

 

正直こうなれたのは死ぬほど嬉しいんだけど、こんな人とこの先ずっと永遠に生きていくだなんて不安しかない。

でも…………ぷっ!こんな人だからこそ、この先もずっと一緒に居たいって心の底から思えるんだろうねっ。

 

 

そんな不安しかない幸せな未来の為にもまず乗り越えなきゃならない危機は、本日の放課後の独身女性からの呼び出しと、そしてあの部室の恐ろしさに他ならないんだけど、そこはホラ、ね?

 

 

ちゃーんと責任とってもらいますので、どうぞよろしくでーす☆

 

 

× × ×

 

 

 

わたしの心はいろはす色。

その時々によっていろんな色に変化する。

 

偶然せんぱいを見付けた時には嬉しくてポカポカとお日さまみたいな黄色になったり、せんぱいと目が合った時はドキドキしてピンクになる。

せんぱいと静かにまったり過ごせてる時には心落ち着く清らかな白にもなるし、せんぱいが他の女の子と喋ってるのを見ちゃった時なんかは一日中真っ黒にだってなっちゃうの。

 

 

だからわたしの恋心は、いざ口にするまで何色なのか分からない無色透明ないろはす色。

わたしの色が何色なのかは、わたし自身にだって分からない。

だからせんぱいにはわたしの心が何色なのかは教えてあげられないよ?

 

 

 

 

でもね、それでもどうしても教えて欲しいって言うのなら………そーだなぁ、うん!その時わたしはあなたにこう答えてあげる。

 

 

わたしの色ですか?

そんなのもちろん決まってるじゃないですかー?

 

わたしの色…………んーん?一色いろはの恋心の色は……

 

 

 

 

 

 

 

 

八色ですっ♪

 

 

 

 

終わりっ☆

 






と、完全なる八色ENDという事で(実は最後の最後でいろはすに八色と言わせたかったが為にこの話を始めたまである!)締めさせて頂いた今作でしたが、最後までありがとうございました!

まぁ短編集でいろはす色を八幡視点で書いた時のエピローグの時点で、実は八幡はすでにいろはすに心を奪われているのは確定してたんですけどね。


前回の告白に引き続き、当然のことながら八幡からの返答もヒドいものでした(笑)
でも、八幡の口から「好き」だの「付き合ってくれ」だのって言葉が発っせられる姿が想像出来ないんですよねw
好きなんだけど恥ずかしくて口に出せないから、告白してきた相手の言葉にそのまま曖昧な言葉を乗っけて誤魔化すってイメージ。

告白からカップル成立まで、涙も感動もなんにもない無い酷い告白劇ではありましたが、甘い告白劇は他の作者さん達が書いてくださいますので、私は私なりの甘さ控えめな(むしろ無糖まである)まちがったラブコメで締めさせていただきました(笑)
でも、これだけ色々と書いてきて、なんと今回が初のカップル成立となりましたので大目に見て頂けたら幸いです♪


これにて『いろはす色の恋心』は一応の完結となりましたが、ちょっと時間が経った頃にでも、愛ちゃん視点での後日談+αなんかも書くかも知れませんので、もしよろしければもう少しだけお付き合いいただけたら嬉しいです☆



それでは皆様!本当にありがとうございましたっ(*> U <*)
またどこかでお会いしましょうっ☆




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愛川愛編
愛川愛は初恋と出会う




どうも!かなりのご無沙汰でございます!

長い沈黙を破っての番外編&後日談の愛ちゃん編となります!



こちらは、本編で語られる事の無かったシーンや過去などを振り返りつつ、少しずつ後日に触れるような形で進めていく予定です。


なお、この第16話からは視点が変更となる為いろはすは殆ど出番が無いので、オリ主という形でやっていきたいと思っております!

真性のいろはすファンの読者さまにはご不満な点もあると思いますので、そういうのを求めていない読者さま、オリ主が嫌いな読者さまは、このままお戻りいただけたらと思いますm(__;)m
あくまでもいろはす色としては、ちゃんと15話までで完結してますのでご了承くださいませ!




 

 

 

「まったく…………一色はともかくとして、愛川までが授業をサボるとは、一体どういうことかね」

 

「ちょっと先生!?わたしはともかくって、わたしこれでも生徒会長なんですけど……」

 

「だが生徒会長である前に一色だ」

 

「酷っ!?」

 

先生の容赦の無い口撃にいろはちゃんが崩れ落ちた。

 

 

今日2月14日バレンタインデーの放課後、私、愛川愛と、部活仲間で友達の一色いろはちゃんは、二人して一時限目をサボってしまった罰に、生徒指導教員の平塚先生に呼び出しを受けていた。

 

「すみませんでした、平塚先生。いろはちゃんは私と一緒に居たんですけど……その…………私がちょっと授業に出られるような状態では無くなってしまった為に、いろはちゃんが私に付き添っていてくれたんです……」

 

「……ん?出られるような状態では無い……?それは一体どういうことだ?」

 

「……あの……それは、その……」

 

……これはちゃんと言うべきなのかな?

でも、振られて泣き腫らしちゃったから授業に出られなかっただなんて言っちゃっても平気かな。

──でもこのままだと、私の為に付き合ってくれたいろはちゃんに迷惑が掛かっちゃうっ……

平塚先生は冗談めいてああ言ったけど、私なんかと違って、生徒会長のいろはちゃんが授業をサボるなんて問題になっちゃうもん。あくまでもいろはちゃんは友達の為に付き合ってくれただけの優しい被害者だって事にしなきゃいけない。実際にそうなんだしね。

 

とっても言い辛いことだけれど、ふぅ……と息を吐いて発言しようと思ったら……

 

「…………ふむ、まぁ愛川がそういうのであればそうなのだろう。……今回は、愛川の体調不良に一色が付き添っていた……と、こういう事にしておこう」

 

どうやら平塚先生は、言い辛そうにしている私に気を遣ってくれたみたい。

本当にこの先生は良い先生だなぁ……

 

「っ!あ、ありがとうございますっ」

 

「ありがとうございます!」

 

「ふむ。今後は十分に気を付けるんだぞ?一色」

 

「だからなんでわたしだけ……」

 

そうして今回に限り無罪放免とされた私たちは、二人並んで生徒指導室を出た。

 

「ひぇ〜……助かったぁ」

 

「うふふっ、ねっ!」

 

並んで廊下を歩きながら笑い合う私たち。

でも……呼び出されて生徒指導室で会ってからというもの、いろはちゃんは私と一度も目を合わせてくれようとはしないんだ。

理由は分かってる。言いづらいんだよね?

 

でもそれは心苦しいから、私に気を遣ってくれてる事は申し訳ないから、私の方からお話を振ってあげよう。

せっかくの素敵な日なんだからっ……

 

「……ねぇ、いろはちゃんっ」

 

私は立ち止まる。

するといろはちゃんも立ち止まって振り返ってくれた。

 

「……なに?愛ちゃん」

 

私はいろはちゃんの両手をしっかりと握り、精一杯の笑顔で祝福してあげる。

 

「おめでとう!幸せ掴めたねっ!」

 

「……ま、愛ちゃん……わたし、まだなんにも…」

 

「あっまーい!そんなの言わなくたって分かるよー。その顔見ればねっ♪」

 

いろはちゃんは俯き、複雑な表情を見せた。

 

「もーっ!せっかくの良い日を、そんな顔で台無しにしちゃダメだよっ?」

 

「ゴメンね、愛ちゃん……ちゃんと言おう言おうって思ってたのに、いざ顔を合わせちゃったらなんて言って良いのか分かんなくなっちゃって……」

 

私はいろはちゃんの手を離して、いろはちゃんの頬っぺたをむにっとしてやった。

口角を無理やり上げるように。

 

「はーい、笑って笑って〜?…………いろはちゃん!?いろはちゃんは今日はそんな顔してて許されると思ってるの!?そういう顔は、むしろ負けた女の子に失礼なんだからね!?」

 

めっ!って顔でいろはちゃんを叱ると、ようやく少しだけ笑顔になってくれた。

 

「…………い、いひゃいよ〜、まにゃひゃ〜んっ……」

 

「ふふっ」

 

私が頬っぺたから手を離すと、いろはちゃんは両手で頬っぺを押さえる。

ちょ、ちょっと強すぎちゃったかなっ……!?

 

 

「あいたたたぁっ……」

 

「……んん!ん!……い、いろはちゃんが悪いんだからねっ……?」

 

「うー……」

 

そうなのだ!全部いろはちゃんが悪いんだもん!

私はちょっとだけ罪悪感を覚えながらも、こほんっ!とひとつ咳払いをして、両手を腰に当てていろはちゃんを優しく叱る。

 

「私に気を遣ってくれるのはとっても嬉しいよ?正直、すっごい悔しいって気持ちがあるのも事実だし…………それでも、今日はいろはちゃんに笑顔でいて欲しいのっ。だって……誰よりも私が、いろはちゃんが今どれだけ幸せかって分かるんだから!だからそんな辛そうな顔なんてして欲しくないっ」

 

「愛ちゃん……」

 

「だって……そんな顔されちゃったら……」

 

私は、今の私の本音を思いっきりいろはちゃんに届ける。とびっきりの笑顔で!

 

「比企谷先輩を奪い甲斐が無いじゃないっ?」

 

「すっごい悪い笑顔してるよ!?愛ちゃんっ」

 

あれ?私、そんな顔しちゃってたんだ、えへへ。

 

 

それに私はこうなるだろうなって事なんて分かってたんだよ?いろはちゃん。

あなたが先輩に紹介してくれたあの日から。

あの日、比企谷先輩がいろはちゃんに向ける特別な眼差しを知っちゃったから。

 

分かってたけど、それでも私は告白せずにはいられなかった。

だって……私は比企谷先輩に、自分で思ってたよりもずっと惹かれてたみたいだから。

 

 

───比企谷八幡先輩。

私はあの人との出会いを思い出す。

私の初恋の記憶を……

 

 

× × ×

 

 

「え〜っと……文化祭実行委員に立候補してくれる人は居ないかな〜……まずこれから決めなきゃ次に進めないんですけど〜……」

 

教卓では、ルーム長さんがかなり困った様子で会の進行を見守っている。

文化祭実行委員かぁ〜……誰もやりたがらないモノだよね、こういうのって。

 

「えー、だって文実ったってさ、結局文化祭回すのは二、三年で、俺ら一年なんて雑用させられるだけだろー?」

 

「だよねー。てかアタシらだってクラスの出し物に集中したいんですけどー」

 

「そうそれ!」

 

そうなんだよね。文実に参加するという事は、つまりクラスの出し物にはあんまり参加出来なくなっちゃって、せっかくの文化祭を楽しめなくなっちゃうんだよね。

だから私も出来ればやりたくは無いな〜。

 

「……でも文実は文化祭でのクラスの代表みたいなもんだからさぁ、まずコレ決めないと次に進めないんだってば……このままだと、アミダとかじゃんけんで決める事に……」

 

「えぇー!?」「はぁ?」「んなの横暴だろー」「反対ー」

 

あ、あははは……みんな自由だなぁ……

 

 

 

はぁぁぁ……仕方ないかぁ……あんまりやりたくは無いけど、このままじゃ永遠に決まらなさそうだし、ルーム長さんも大変そうだし……

 

そして私はおずおずと手を上げた。

 

「あ、あの〜……じゃあ私がやりま〜す……」

 

この空気の中で立候補した私にものすごい注目が集まっちゃったっ!ひ、ひえぇぇ〜っ……

 

 

「えぇぇぇっ!?」「愛ちゃんはダメでしょー!」「そうだよー!愛川さんはダメだよ!」「愛ちゃんを文実なんかに寄越しちゃったら勿体ないってー!」「我がクラスの天使はあげらんねぇよー!」「うちの出し物のメインだろー!」

 

あ、あわわわわっ……

 

「ほか誰かやんなよー!誰もやりたがらないから愛川さんが犠牲になってくれてんじゃーん」「じゃあお前がやれよ」「やだやだ!私は無理ー!」「ねぇ、じゃあ誰か居ないのぉぉ?愛ちゃんに気ィ遣わせんのはダメだって!」「わ、私も文実はちょっとぉ……」

 

はわわわわっ……

 

「あ、あのっ……私はそんなんじゃ無いからっ!別に犠牲とか気を遣うとかじゃなくって、私、そういうのちょっとやってみたかったからっ……だからその、大丈夫……ですっ」

 

クラスが静まり返る。

うぅ……本心では無いことを言ってるから、正直居心地悪いっ……

 

「……まぁ愛がそういうんなら仕方ないかぁ……」「よくよく考えてみれば、クラスの代表って考えれば文句無い人選だしなぁ」「私さんせー!」「俺もー!」

 

ふ、ふぅ……なんとか意見が通ったみたい。

……うー、本当はやりたくない委員を自分から懇願する事になるだなんてなぁ……ホント私っていつまで経ってもこんななのかな……

 

 

───私は、こんな風にみんなに良くして貰ってる事はすごく嬉しいしすごく有り難い事だって思ってる。

 

……気が付いたら、私はずっとこうだった。

元々大人しくて引っ込み思案だったくせに、強くて格好良いお兄ちゃんの影響もあって、困ってる人を見ると思わず手を出してしまうという“大人しくて引っ込み思案な癖にお節介焼きという厄介な性格”になっちゃったものだから、気が付いたら周りから“愛ちゃんは黙って良い事をしてくれるいい子”って見られるようになってしまっていた。

 

だからと言って、別に周りからの期待に応えようと“いい子”を演じてきたりなんかしてない。ただ私は私らしく、やりたいって思ったからやってきただけ…………のつもりだった。

 

 

でも、実際はどうなんだろう……?

本当に私は周りの目を気にしてないのかな。周りからの期待に応えようと無理してないかな。

 

最初はそんな事なかったはずなのに、いつの間にか私は周りの目を意識しちゃったりしてないかな……?

“いい子”で居なきゃ……って、無意識に行動しちゃってないかな……?

 

 

でも、そんな風に考えてしまいながらも、やっぱりそう行動してしまう私は、少なくともみんなが言うような天使なんかじゃないんだよ。本当にただの普通の女の子なの。

だから今の私には、いい子とか天使とかって言ってくれて良くしてくれること自体が、本当はちょっと重い……私は、そんなんじゃない……

 

 

こうしてこんな自己嫌悪に苛まれながらも、会は着実に進行していく。

女子の委員が決まったことで男子も立候補しやすくなったのか続々と立候補してくれて、程なくして男女の文実が決定する。

そこまで決まってしまうとそのあとはスムーズに流れていき、無事その日の会は滞りなく終了した。

 

 

──数日後には文実が始まる。

私は、今までやったことのないようなそんな経験を糧として、こんな自分を少しでも変えられたらいいのにな……って、密かに願わずにはいられなかった。

 

 

× × ×

 

 

文化祭実行委員に割り当てられたのは会議室。

私はその日のLHRが終わると同時に、男子の委員の子に誘われて会議室へとやってきた。

 

普段はあんまり話した事の無い男の子だったんだけど、同じ委員になったからか積極的に話しかけてきてくれた。

んー、普段は話さないのにこういう慣れない緊張の場で気を遣ってこんなに話しかけてくれるなんて、実はいい人なのかな?

なぜだか今まで私はあんまり好印象は持って無かったけど、女の子たちにも人気のある人みたいだし。

うん!良く知りもしないのに、勝手に印象だけで決め付けちゃうのは良くないよねっ!

 

 

まだ会議室に到着した時点ではあんまり他の委員の人たちは集まって無かったんだけど、その男の子が話しかけてくれてる間に続々と集まりだしていた。

 

「わ〜!さがみんだー!さがみんも文実になったんだぁ」

 

「あー、ゆっこだー!」

 

「なになにゆっこー、友達ー?」

 

「そ。さがみ……あ、相模南ちゃん。一年ときクラス一緒だったんだぁ」

 

「どーも、相模南です!よろしく〜」

 

「こちらこそよろしくねー」

 

ふふっ、なんだかそこかしこで微笑ましい光景が生まれてる!

二年生の先輩方かな?なんだかいいよね、こういうのって。

最初は乗り気じゃなかった文実も、あんな風に楽しくなれればいいなぁ……!

 

 

ガラリッ……

そんな楽しげな光景をこっそり眺めていると、その遠慮がちに開かれた扉の音と共に一人の男子生徒が入室してきた。

 

 

なぜだかは分からない。分からないんだけど、みんなが楽しそうな様子でお喋りしている中、一人でやってきて、一人だけ目を曇らせて、猫背で面倒臭そうに室内を観察しているこの男子生徒が、私はとても気になったのだった。

 

 

 

続く

 







この愛ちゃん編は、まだどれくらい掛かるかとかは全然未定なんですけども、さすがに長い事はやらないかなぁ〜……?
まぁ少なければ4〜5話程度?言ってしまえば単なる後日談に、愛ちゃんの思い出話を添えただけのお話ですからねー。
ちなみに後日談とは言え視点が視点ですので、八幡&いろはすの初々しいイチャコラとかは一切……“一切”出てきませんよー。
イチャコラどころか八幡といろはすが一緒に登場するシーンさえも無いまである。

なので前書きでも述べましたが、「八色を期待して読んでたのに期待ハズレでつまんねー」となると申し訳ないので、愛ちゃん視点に興味の無い方は読まない方がよろしいかとっ><


それではありがとうございました!


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愛川愛は過去の記憶に今を見る




スミマセン><
ちょっと遅くなっちゃいました(汗)





 

 

 

「ど、どうかした?愛川さん」

 

「……え?」

 

「あ、やー、なんか楽しそうにクスクスしてたからさぁ……」

 

「…………へっ?……んーん?な、なんでもないよ……?」

 

……嘘、ついちゃった。

なんでもないなんて事は全然ないの。

だって私は、今こっそりとある人を見てちょっと楽しんでたから。

 

でも、お仕事中にクラスの男の子に声を掛けられちゃう程に笑ってたなんて、自分でもちょっとビックリ!

 

って、あっ……ふふっ!またお仕事押し付けられてあんなに嫌そうにしてるのに、ブツブツいいながらも一生懸命にお仕事してるっ……!

最近は、なんだかあの先輩のああいう姿を見てるだけで、知らず知らずに顔が綻んじゃってる自分がいる。

 

なんかいいな、ああいうの。

自分の感情を隠すことも繕うこともしないで、嫌なら嫌、面倒くさいなら面倒くさいでその感情を思いっきり顔に出しちゃってるのに、根が真面目だからか他の誰よりも一生懸命お仕事してる姿に、なんだか心が和んじゃう。

 

んー……なんで私はここまであの先輩……比企谷先輩に目が行っちゃってるのか良く分からないけど、それは……今がこんな時だからかな……

 

 

今文実は、物凄く佳境に立たされている。

それは、文化祭実行委員の集まりが始まった数日後に起きた委員長のあの一言から始まったのかも知れない……

あの一言で、私たちは今まさに追い詰められているのだ。

 

 

わわわっ!こんな事ばっかり考えてないで、私だって少しでも役に立てるように頑張らなきゃっ!

 

私は現在進めていたお仕事を一旦切り上げるとすぐさま立ち上がり、比企谷先輩のもとへと掛けていく。

 

「あの、先輩!私もそれちょっとでよければ受け持ちます!ここの積まれたお仕事、いくつか持っていきますねっ」

 

「……え、マジで?えと、あー、サ、サンキューな」

 

「いえいえっ!また自分の分終わらせたらお手伝いしますねっ」

 

「お、おう。スマン、助かるわ……」

 

……ホント、真面目な人だなぁ……

スマンとか助かるとか、だってこれって元々先輩のお仕事じゃないんだから、スマンだなんて言う必要なんて全然無いのに……

 

「……はい!……っと、それではコレ貰っていきますね、んしょっ」

 

私は比企谷先輩の机に積まれた、本来先輩がやるべきでは無いお仕事の書類をいくつか持って自分の席へと戻っていく。

 

「ホント愛川さんは真面目だよなー。それ別に愛川さんの仕事じゃないじゃん……!そんなのあの二年生に任せといて、俺らも一緒にクラスの準備行けば良くない?」

 

「…………あ、うん……私は文実のお仕事するから、別に一人でクラスの準備をお手伝いをしに行ってもいいよ……」

 

「い、いやー、愛川さんが残るんなら、もちろん俺だって残るよー」

 

「……そ」

 

……あなたはここに残ってても、一生懸命にお仕事しないじゃない……

 

私はクラスメイトにその一文字だけを返すと、すぐに自分のお仕事に取り組んだ。

私なんてまだまだ全然役に立ってないもん。比企谷先輩や雪ノ下先輩、城廻先輩に比べたら全然お仕事をこなせてなんかない。

 

早く自分のを片付けて、また先輩のお仕事を少しでもお手伝いしなきゃ……!

 

 

× × ×

 

 

『少し、考えたんですけど……文実は、ちゃんと文化祭を楽しんでこそかなって。やっぱり自分たちが楽しまないと人を楽しませられないっていうか……文化祭を最大限楽しむためには、クラスの方も大事だと思います。予定も順調にクリアしてるし、少し仕事のペースを落とす、っていうのどうですか?』

 

 

あれは文実がスタートしてから少しした頃だった。

相模実行委員長が、少し前倒しに作業が進んでいる事で、こんなことを言い出したのだ。

 

確かにあの時は作業の進捗状況は悪くなかった。

それもこれも、委員長の相模先輩ではなく、副委員長に就任したあの総武高校一の有名人、雪ノ下雪乃先輩が物凄いリーダーシップを発揮して作業を進めていったからなんだけど。

 

 

やっぱり文化祭って言ったら、仲良しなお友達とみんなで楽しくクラスの準備したいもんね。

だから相模先輩のその提案は、多数の文実メンバーの賛成の拍手を持って可決された。

 

だけど、その相模先輩の提案が危険な要素を孕んでいるって事は、一部の生徒は気付いてた。私もそれはまずいんじゃ無いのかな?って、漠然とだけど感じていたし。

 

一部の生徒が気付いていた危険性は、それからたったの数日後にはカタチになって現われだした。

クラスの準備を優先して文実に参加しないメンバーが出始めちゃったから。

一旦『クラスを優先していい』って空気が蔓延し始めると、次から次へと不参加メンバーが増えていき、元々各クラスの実行委員総勢60人+生徒会役員さん達という大所帯は、今では役員さんを含めても20人にも満たない人数になってしまい、もう進捗状況はボロボロになっちゃってたし、当の実行委員長が率先して不参加になっちゃってるからもうどうしようもない。

たまに顔を見せても、文実でも無いのになぜかたまにお手伝いをしてくれている葉山先輩を発見して、

 

『あー、葉山君こっちにいたんだー』

 

と文実と一切関係の無い世間話に花を咲かせては、クラスの用事を済ませるとそのまま直帰……

その上葉山先輩を誘ってそのままご飯に行こうとする始末だったり……

 

はぁ……相模先輩って、なんで委員長に立候補したんだろ……?

初めから雪ノ下先輩が委員長に就任してればなぁ……

 

 

今は僅かに残されたメンバーでかなり無理してお仕事を回してるけれど、こういうのに慣れてない一年生の私でも分かる。たぶんこのままいったら、文化祭実行委員は……文化祭は失敗する……

 

でも不満ばかり考えてたってなんにも始まらないっ……まだ大して役にも立てない私は、こんな空気の中でも一生懸命やってくださっている先輩方の力に少しでもなれるように、自分にやれる事を精一杯やるだけだっ!

よしっ!やるぞー!

 

 

 

 

 

…………と思ってたんだけど、この日はそれじゃ済まなくなっちゃった……

 

「雪ノ下なんだが、今日は体調を崩して休みだ」

 

会議室へ入って来た平塚先生の第一声。

そう、今日は委員会開始からずっと居ないなぁ……?って思ってたんだけど、どうやら雪ノ下先輩が体調を崩してしまったらしいのだ。

下校時刻までに片付かなかったお仕事も持ち帰ってたみたいだから、たぶん……無理をし過ぎちゃったんだろうな……

 

 

そしてそれと同時にまた別の問題が発生した。

なんと先日提案されて委員会で可決されたスローガンにNOが出ちゃったみたいなのだ!

 

やっぱり私もまずいんじゃないのかな〜……?って思ってたんだよねっ……

だって……『面白い!面白すぎる! 〜潮風の音が聞こえます。総武高校文化祭〜』って……

そ、それって埼玉の老舗和菓子屋さんのキャッチフレーズなんだもん……

 

 

結局この日は完全に作業を中断し、このキャッチフレーズ問題についての議論にあてがわれた。

 

そして文実を早退して雪ノ下先輩のお見舞いへと向かったのは……なんと比企谷先輩だった。

まぁ今まで先輩をチラチラ見ていて、なんとなく雪ノ下先輩となにかしらの関係があるのは分かってた。オブザーバーとして参加してる雪ノ下先輩のお姉さんとも仲良く?お話してたし。

 

でもまさか雪ノ下先輩の自宅に直接お見舞いに行く程の仲だとは思ってなかった。

なにせあの雪ノ下先輩だもん。眉目秀麗文武両道、その美しすぎる容姿と優秀すぎる能力から、ある意味学校内で孤立しているというか、近寄りがたい孤高の高嶺の花としてとっても有名なあの雪ノ下先輩の仲良しさんが、ちょっぴり気になるあの先輩だなんて。

 

んー……なんだかちょっと気になっちゃうなぁ……もしかしたらお付き合いとかしてるのかな……?

 

 

× × ×

 

 

翌日は文実のスタートから、昨日のスローガン問題についての話し合いが行われた。

さすがに早急にスローガンを決定しなくちゃマズいみたいで、普段欠席しているメンバー達も昨日の内に召集を掛けられたみたい。

そして雪ノ下先輩も出席してる。大したことなかったようで本当に良かったぁっ……!

 

でもやっぱり見るからに疲弊してる……雪ノ下先輩だけじゃなくって、生徒会役員さん達も……

現在の遅れに遅れている状況で持ち上がったこの出来事は、執行部としてはとてもとても痛手になるものだから。実行委員長を除いて……

 

 

会議が始まり委員に意見が求められたけど、当然のように誰も意見なんて出さない。

普段ちゃんと委員会に参加してるメンバー以外は今の状況が切迫してるなんていう感覚が無いようで、たんなるお喋りの場と化してしまってる。

 

ううっ……この空気の中で手を上げるのはかなり恥ずかしいっ……

でも誰も意見を出さないんだもん。私一人でも意見を出す事で、やる気の無い人達の起爆剤に少しでもなればっ……!

 

ちょっと涙目になりながらも、意を決して震える手を挙げようとした所で葉山先輩が先に挙手した。

 

「いきなり発表っていうのも難しいだろうし、紙に書いてもらったら?」

 

……挙げかけた震える手が宙ぶらりんでギリギリ止まった…………た、助かったぁぁぁ……

うー……ダメじゃない私!助かっただなんて情けないこと思っちゃったらっ……

 

その後各自に白紙が回されて、とりあえず案を書いて提出という事になった。

 

んー……スローガン、かぁ。

一応さっき発表しようとした事を書いてみる。

 

『ONE FOR ALL』

 

…………なんだか、自分で書いててとても空々しい……

この現状で──一人はみんなのために──って、ね……

 

結局回収された案はごく僅かで、私のそんな空々しい案も、比企谷先輩に鼻で笑われて終了って感じだった……うぅ〜……お役に立てずにごめんなさい〜……

 

 

しかしそんな中ついに事件は起きてしまった。

相模実行委員長によって……

 

 

× × ×

 

 

「うちのほうから『絆 〜ともに助け合う文化祭〜』っていうのを……」

 

「うわぁ……」

 

相模先輩が案を発表してホワイトボードに書き始めた瞬間、ある一人の男子生徒の呟きによって、会議室がざわめき始めた。

 

うわぁと呟いたのはそう……比企谷先輩。

そしてその呟きにより生じたざわめきは、明らかにその案を発表した相模先輩に対する嘲笑だった。

 

「……何かな?なんか変だった?」

 

「いや、別に……」

 

「何か言いたいことあるんじゃないの?」

 

たぶんこの場に居る委員会の人だったら、比企谷先輩が何を言いたいのか皆分かってる。

でも、相模先輩の『クラス優先』という言葉に乗っかって一緒になって文実をサボってた人達だって、相模先輩を笑えないんだよ。

そして心の中では不満に思いながらも、言いづらいからってそれを容認しちゃってた私達だって……

 

「いや、まぁ別に」

 

「ふーん、そう。嫌なら何か案出してね」

 

すると、比企谷先輩はとんでもない言葉を放ったのだ。

たぶんそれは今対峙してる相模先輩だけじゃない、この場の全員に向けて。

 

「『人 〜よく見たら片方楽してる文化祭〜』とか」

 

……会議室が凍り付いた。

それはつまり、今比企谷先輩が挙げたスローガンに、誰しもが納得してしまったから。

そして納得してしまう現実を認めたくないから。

 

唯一人この発言に大笑いしているのは雪ノ下先輩のお姉さん。

うん。この中で今の発言で笑ってもいいのは、この人と雪ノ下先輩くらいだもんね。

でも立場上さすがにそれを嗜めた平塚先生が、次は比企谷先輩に呆れた様子で問い掛けた。

 

「比企谷……説明を……」

 

「人という字は人と人が支え合って、とか言ってますけど、片方寄りかかってんじゃないっすか。誰か犠牲になることを容認してるのが人って概念だと思うんですよね。だから、この文化祭に、文実に、ふさわしいんじゃないかと」

 

 

「犠牲、というのは具体的に何を指す」

 

最初は呆れた様子で問い掛けた平塚先生も、比企谷先輩の説明を聞いたあとは真剣な表情に変わった。

 

「俺とか超犠牲でしょ。アホみたいに仕事させられてるし、ていうか人の仕事押し付けられてるし。これが『ともに助け合う』ってことなんですかね。助け合ったことがないんで俺はよく知らないんですけど」

 

一瞬の沈黙、そしてざわつき。

文実メンバーであれば、誰しもが胸に少なからずの鈍い痛みを感じているはずだ。

 

全員の視線とざわめきは一旦相模先輩に集まったあと、副委員長であり実質的な委員長でもある雪ノ下先輩に向けられてそこで止まる。

すると…………

 

 

……ふぇ?

ゆ、雪ノ下先輩が!すっごいぷるぷるしてる!?

議事録で顔を覆い隠して机にうずくまって、すっごいぷるぷるしてる!

 

「比企谷くん」

 

ひとしきりぷるぷるし終えた雪ノ下先輩が顔を上げると、それはもう女の私が思わず見惚れちゃうくらいの、ほんのりと上気した美しい笑顔だった。

 

「却っ下」

 

わ、わぁ……素敵な笑顔だぁ……

その美麗なまでの素敵な微笑みのまま比企谷先輩の案を打ち切るとすぐさま真顔に戻り、本日の会を終了させてしまった。

『以降の作業については全員全日参加にすれば、この遅れも充分取り返せる』との言葉を残して。

 

 

執行部と比企谷先輩を残して、その他大勢の私達は会議室を退出する。

その時、私は比企谷先輩の横を通り過ぎる人達が、わざと先輩に聞こえるように「何あの人」「なんだよアイツむかつくな……」とかって、とても冷たい視線を向けながら言ってるのを聞いてしまった……

 

そんな態度をとってる人達に限って、ここ最近ほとんど委員会で見かけない人達だったのが無性に悔しかった……

悔しかったんだけど……正直私もなんで比企谷先輩があんな言い方をしたのかが全然分からないよ……

 

あんなに嫌そうな顔をしながらも、人一倍一生懸命お仕事してた先輩が、なんであんな言い方したの……?

先輩の言ってたことは本当に正しい。この場で反論出来る人なんて誰一人居ないくらいに。

でも……あの言い方じゃ…………ただ自分が仕事したくないって文句を言ってるようにしか聞こえない……

 

 

私は、この先輩は本当はとってもいい人なんだろうなって思ってた。

でも今は…………ちょっと分からなくなっちゃったよ……

 

そんな想いは、翌日にはあっさりと打ち砕かれるとも知らずに。

 

 

 

「う……わ……」

 

翌日、HRが延びてしまい少し遅れて会議室に到着した私は、会議室に入室するなり我が目を疑ってしまった。

 

確かに今日からは全員全日参加との話にはなってたから、人が多いのは当たり前なんだけど、私が驚いたのは人の多さそのものよりも、その活気?モチベーションの高さ?

昨日までとは明らかに空気そのものが違っていた。

 

あれほど決らなかったことが、その溢れ出るやる気によって次々と決まっていく。

昨日まででは絶対に有り得ない激論でスローガンが決まると、その熱も冷めやらぬままに各担当各担当で熱く意見交換し合う。

これこそが、本来の在るべき姿なんだろう……

 

 

『ごめんな、愛。でもみんながバラバラになっちゃった時ってさ、悪者が必要な時もあるんだよ……』

 

 

ぽんと優しく頭に乗せられたおっきい手の体温の記憶と、そんな言葉の記憶が頭を過った。

そう。あれはまだ私が小さな小さな子供だった頃の遠い記憶……

 

 

× × ×

 

 

私のお兄ちゃんは子供の頃からサッカーが大好きで、いつも笑顔でボールと一緒に駆け回る、とても元気で格好良いお兄ちゃんだった。

そんなお兄ちゃんが大好きだった私は、近くのサッカークラブでエースとして頑張っていたお兄ちゃんの試合を良く見に行っていた。

 

あの日、兄のクラブが試合した相手は地元ではとても有名な強豪クラブだった。

兄はそんな強豪と試合出来る事をずっと楽しみにしてたけど、チームのみんなは始めから諦めムードのなか試合に臨んでいた。

 

いつも兄にくっついて回っては試合を応援してた私にはすぐに分かった。兄以外の選手達がいつもと動きが全く違う事を。

どうせ頑張っても勝ち目が無いからなのか、明らかに普段よりもダラダラと動いていて試合は一方的だったっけ。

 

前半が終わって0対4。むしろ4点で済んでるのが不思議なくらいの酷い試合だった。

 

『お前らこんなにヘタクソだったっけ!?マジで最悪だわ!やる気ねーんなら、もうサッカーなんて辞めちばえば!?ヘタクソばっかだとすげぇ邪魔なんだよ!カカシが立ってる方がまだマシなんじゃね?』

 

そんな時、ハーフタイムで兄がチームメイト達を罵倒した。

危うく乱闘騒ぎになっちゃうんじゃないかってくらいにチームメイト達が兄に詰め寄ったんだけど、監督さんがなんとか止めてそのまま後半に突入した。

 

後半が始まってからの兄のチームの連帯感は物凄かった。

前半のやる気の無さが嘘みたいに声を掛け合って激励しあって、結局試合には負けちゃったけど試合終了時のスコアは3対5と2点差まで迫ってたし、みんな全力を出し切れたからか満足さと悔しさで肩を叩き合っていた。

 

『かーっ!くっそー、惜しかったなぁ!』『なー!あともうちょいだったのに!』『でも意外と俺らもやれんじゃね!?』『な!あそことここまで渡り合えたんなら、次はヘタしたら優勝しちゃうかもなぁぁ!』

 

 

───でも、もうその輪の中に兄は居なかった。

兄は離れた場所で、一人ポツンと立ちすくんでた……

 

いつも友達の笑顔の中心になっていた兄。

だから私はそんな光景を見るのが嫌で泣きながら先に帰り、帰って来た兄を大泣きして責めちゃったんだよね……

 

『なんでお兄ちゃんあんなこと言ったのぉ!?もうあんなんじゃ仲間に入れて貰えないかも知れないじゃん!!愛、もうあんなお兄ちゃん見たくないよぉ……!』

 

すると兄は私の頭を優しく撫でて、目の端に涙を浮かべて悲しそうな表情を必死に隠して笑顔を浮かべながら言ったのだ。

 

『ごめんな、愛。でも、みんながバラバラになっちゃった時ってさ、悪者が必要な時もあるんだよ…………へへっ!でも大丈夫!俺はエースだもん!謝ればみんな分かってくれるって!』

 

 

にひっ、と笑顔を浮かべた兄の思いとは裏腹に、結局そのあとチーム内で居場所を失ってしまった兄は、冷たい視線と空気に傷付きサッカークラブを辞めて、そしてサッカー自体を辞めてしまった。

またサッカーを始めるようになったのは高校生になってから。

高校生になるまでの兄は、ずっと平気な顔をしてたけど、あの時の行為を心のどこかで後悔してたんだって、後々苦笑いしながら語ってくれたっけな……

 

今では笑い話になっちゃったけど、あの当時はとてもとても辛い経験だった。

 

 

× × ×

 

 

「……そっか」

 

文実メンバーが一致団結してお仕事を進める横で、誰にも話し掛けられず相手にされず、今までよりもさらに無言で仕事を押し付けられている比企谷先輩の面倒くさそうな顔を盗み見ながら、私は兄と比企谷先輩を重ね合わせていた。

 

たぶんこれは、比企谷先輩の真意は、ちゃんと『比企谷先輩』を理解している雪ノ下先輩、雪ノ下先輩のお姉さん、平塚先生。そしてあの経験がある私にしか分からないんだろうな。

私みたいな偽物の天使と違って、純粋で優しいあの本物の天使の城廻先輩でさえ、比企谷先輩に対して落胆しちゃってるみたいだし……

 

 

胸が苦しくなる。

私はあの時のお兄ちゃんを見ているから。

周りの視線と態度に耐え切れず、次第にサッカークラブから離れていった、あのお兄ちゃんの辛そうな顔を見ているから。

 

たぶん比企谷先輩も……次第にここには顔を出さなくなるんだろう。

全員参加とは言っても、仲のいい雪ノ下先輩や、ちゃんと比企谷先輩を理解してるっぽい平塚先生ならば、たぶんそれを許すんだろう。

だって……こんな視線の中で、毎日ここに来るのなんて絶対無理だもん……

 

 

すみません……比企谷先輩っ……

あんなことをさせてまで、こんなに辛い思いをさせてまで文実を救ってくれた先輩に、私にはなんにもしてあげられない……

 

「あはは!マジで良い気味だよなー。てか自分が仕事すんのヤダからってあんな暴言吐いたくせに、よくまだ顔だせるよねー、あの二年!ねっ、愛川さん」

 

「…………」

 

「あ、あれ……?」

 

同じ男の子なのに、あの先輩とこの人は違いすぎる……

私はこの時を境に、このクラスメイトの男の子とは口をきかなくなった。

 

 

× × ×

 

 

あれから二日経ち三日経ち、気が付けば一週間ほど経過していた。

そして私は異変に気付く。んーん?ホントはもっと前から気付いてた……

 

比企谷先輩が……ちゃんと毎日文実に来ているのだ。

他の文実メンバーからの視線も態度も何一つ変わらない。

むしろ仕事の押し付けが酷くなってるんじゃないかってくらい、相変わらずの酷い扱い。

 

 

今日もいつもと同じように無言で机に置かれては、うわぁ……って顔して面倒くさそうに頭を掻いてお仕事してる……

 

 

 

どくんっ……

 

 

───あれ……?なんだろう……?

 

 

 

私は頭をぶんぶん振って「よしっ!」と立ち上がる。

比企谷先輩の元へ。

 

「あ、あのっ……せ、先輩……、こ、これちょっとでよければ、そ、そのっ……受け持ちますね!」

 

「……え?あ、ああ……えと、サンキューな」

 

「い、いえっ!また自分の分終わらせたら……そのっ……お、お手伝いしましゅっ……す…………うぅ〜っ……」

 

「ス、スマン、助かる……」

 

「ひゃいっ!」

 

 

───あ……れ?私、どうしたの……?

 

 

私は比企谷先輩の机に詰まれた書類をいくつか貰って慌てて自分の席へと戻ると、噛んじゃったからか恥ずかしくて真っ赤になってるであろう熱い熱い顔を、ブンって音がするんじゃないかってくらいのすごい勢いで俯かせる。

 

 

───ど、どうしよう……!私、どうなっちゃってるの……!?

 

 

私は必死に俯きながら、貰ってきた書類に目を通すふりをして、チラっと比企谷先輩を覗き見てみた。

 

いつもと同じ面倒くさそうな顔で、はぁぁ〜……とため息を吐きながら、またパソコンの画面へと目線を向ける。

 

視線を比企谷先輩から外して、信じられないくらいにドキドキと高鳴る鼓動を必死に押さえ付ける。

 

 

───なんで?なんでこんなにドキドキするの……?

 

 

そして私はまたも比企谷先輩をこっそりと覗き見て、今までお兄ちゃん以外の男の子には感じたことなんてない感情のはずなのに、なんの迷い疑いもなく、お兄ちゃんに対してよりもずっと強いこの感情を自然と受け入れたのだった。

 

 

 

…………どうしよう…………格好良いっ……

 

 

 

続く

 






愛ちゃん編第2話でした!

んー……文実の内容は、あんまり細かく書くと原作の書き写しみたいになりそうなんで、ダイジェスト程度で済まそうとしてたんですけど、なんか意外と細かく長くなっちゃいました(・ω・;)


そして愛ちゃんの思い出話なんですけど、アレは後付け設定とかじゃなくて、元々裏設定として妄想しながら本編を書いてたというモノなのです(^ω^)

めぐ☆りんでさえ気付かずに八幡にガッカリしちゃった事案に、愛ちゃんだけが真意に気付くにはそれなりの理由が必要かなー?って。
こうして書くことになるとは思いませんでしたけどね(笑)



という訳で、次回愛ちゃん編第3話でお会いしましょう!
…………これ、4話とか5話で終わる気がしませんね(白目)




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愛川愛は一人感謝の頭を下げる

 

 

 

「……ちゃん?……愛ちゃん!?」

 

「ふぇ!?」

 

「どうかした?急にボーっとしちゃってたけど」

 

「へ?あ、えっと……」

 

わわわっ!いけないいけない!

いろはちゃん見てたら、つい考え事しちゃってた。

 

「えっとね、んーん?なんでもないよ〜。ただ、初恋失恋記念に比企谷先輩との出会いを思い出してただけ〜」

 

「ぐうっ……」

 

えへへ、ちょっと意地悪しちゃった♪

でもこれからいろはちゃんとの戦いは続いていくんだから、こうやってちょこちょこと、ツンツン突ついてこうかなっ?

 

「なんか最近愛ちゃんが恐いんだけど……」

 

「うふふ、気のせいだよー」

 

「……絶対わざとやってるでしょこの子……」

 

なんだかいろはちゃんがぽしょっと嘆いてるけど気にしなーい!

 

「…………えっと、出会いって事は、文実の時の?」

 

「えへへ、うんっ。私が男の人を格好良いな!って初めて思った時のこと。あと、初めて誰かを明確に嫌いと思えちゃった瞬間でもあったかも……」

 

「恐い恐いっ。愛ちゃんリアルで恐いからね!?その表情と声……!」

 

んー、なんだか最近よく顔に出るようになっちゃったみたいだなぁ。

クラスでも友達に「なんか愛ちゃん最近変わった?」って良く言われるようになったし。

ふふっ、誰かさんに似ちゃったのかも!

 

あの実行委員を決めるHRで変わりたいと思えた自分に、ほんの少しずつでも変わっていけてるのだとしたら、恋は破れちゃったけど、でもあの人に恋を出来たこと、そして告白出来たことは本当に良かったと思う。

 

「そんなことより、いろはちゃんはこれから生徒会?」

 

「うん。まぁこの間平塚先生に缶詰めにされて、蓄まってた仕事しこたま片付けさせられたから、大して仕事は残ってないんだけどねー」

 

「そっか〜。……えと、その……奉仕部は……?どうするの……?」

 

たぶんいろはちゃんの告白は成功するんだろうなって思ってたから、気になってたことを聞いてみることにした。

いろはちゃんから比企谷先輩のお話を聞いている時から分かってたことだけど、いろはちゃんは先輩のことはもちろん大好きだけど、奉仕部……雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も好きなんだろうなって思う。

だから気になってた。

結果的に奉仕部三人の関係性を壊してしまうことになるいろはちゃんが、今後どうするのか。どう考えてるのか。

 

するといろはちゃんはその表情に一瞬だけ隠しきれない暗い影を落としたけど、それを誤魔化すようににぱっと笑ってこう言った。

 

「やー、さすがのわたしでも、しばらくは顔だせないかなー。……まぁホラ!そこは先輩に任せてあると言うか押し付けてあると言うか、雪ノ下先輩たちの怒りは全部先輩に被って貰っといてー、わたしはこっそりと先輩の骨を拾う係?」

 

そうだよね……

いろはちゃんだって、思うところが無いわけない。

私は最初っから振られるの分かってたから当たって砕けろ精神でぶつかって砕け散っちゃったけど、もし……もしもあの告白が上手く行っちゃったとしたら、いろはちゃんに合わせる顔なんて無かったかも知れない。

 

でも、恋は戦いだもん!

奉仕部の二人だって、油断して悠長に構えてたからいろはちゃんに取られちゃったんだもん。それはやっぱり自業自得だと思う!

 

だから私は、いろはちゃんに『気にすること無いよ?』って意味合いを込めて、肩を優しくポンと叩いてこう声を掛けてあげよう。

 

「大丈夫!逃げ隠れしないで、いろはちゃんも正々堂々と比企谷先輩と一緒に骨になってね!私が比企谷先輩の骨だけ拾うからっ」

 

「そんな素敵な笑顔で酷いっ!?」

 

ふふふ……

振られた腹癒せにいろはちゃんをいじめるのは今日のところはこの辺にしといてあげようかなっ。

 

「ところで愛ちゃんはサッカー部のほう平気なの?」

 

「……あ」

 

すっかり忘れてたぁ!

そういえば今朝もサボっちゃったし、胸も頭もいっぱいいっぱいすぎて、放課後も遅れるとかって連絡一切してないよ〜……

 

 

「どどどどうしよういろはちゃ〜んっ……!私なんの連絡もしてないのに、朝も午後もサボり扱いになっちゃうよぉ……!まぁ朝は戸部先輩が悪いんだけど……それに今から行っても、平塚先生に呼び出されてただなんて、なんて言って説明すればいいのかな〜……!?ど、どうしよう!振られちゃったところから全部話さなきゃダメかなぁ!?」

 

涙目になってわちゃわちゃしてると、いろはちゃんが悪戯めいた笑顔になって助け船を出してくれた。

 

「ふふふ、わたしを虐めてばっかりだからそういう目に合うんだよ?愛ちゃん!……しょーがないなぁ、んじゃ今日のところはわたしも一緒に行って、適当に嘘ついて説明してあげるよー。愛ちゃんに任せといたら、全部正直に話しちゃいそうで恐いし。貸しだからねー」

 

「……うぅっ……ありがとういろはちゃ〜ん!…………って、今日のところはわたしも一緒にって、いろはちゃんだってサッカー部員じゃない!いつも生徒会を理由に部活サボって比企谷先輩のところに遊びに行ってたくせにぃ〜!」

 

「あ……えへへ?バレてた?」

 

「バレバレだよ……?もうっ!」

 

でも、いろはちゃんから比企谷先輩と奉仕部の事を教えて貰ったあの日までは、ちゃんといろはちゃんのこと信じてたんだからねっ!?ホントにもう!いろはちゃんったら!

 

「……貸しは、無しだよ……?」

 

「……はい」

 

そして「ホント愛ちゃん恐いー」と真顔で恐れるいろはちゃんを引っ張って、私は部活へと駆け出すのだった。

 

 

───それにしても、たったの四ヶ月くらいの出来事のはずなのに、ホント懐かしいな。

あの日あの時、初めて比企谷先輩の事を格好良いなぁ、って自覚しちゃった委員会から、なんだか世界が違って見えた。

恋をすると今までモノクロだった世界が美しく彩付き始めるってよく聞くけど、まさにそんな感じだった。

 

お仕事ぶりと功績からは有り得ないような文実での扱いに胸を傷めながらも、気が付いたらいつも目で追ってしまっていた。

でもその頃からは緊張で上手く喋れなくなっちゃった自分も自覚してたから、なかなか声も掛けられず、前みたいにお仕事を手伝うのも容易ではなくなっちゃってた。

 

だって……ちょっと挨拶しようとしただけなのに「お、お疲れさまでしゅ!」とかって噛んじゃうんだもん……

比企谷先輩が私の事を憶えてくれてたのが『こいつ変な奴だな』って理由なんだとしたら、もう恥ずかしくて死んじゃいそうっ……

 

 

でも…………そんな風に、ただ比企谷先輩を傍で見ていられるだけで幸せな気持ちでいられたのは、あの瞬間までだった。

あの日からしばらくの間は、比企谷先輩の事を想うだけで、胸が引き裂かれそうなくらいに苦しい日々が続いたっけな……

 

そう。文化祭二日目。エンディングセレモニーで起きたあの事件の瞬間まで……

 

 

× × ×

 

 

「ねぇねぇヤバくない!?ホントならもうエンディングセレモニー始まってる時間だってのに、相模さん居なくなっちゃったらしいよ!?」

 

「は?マジかよ!?だから予定になかったライブやってんのか……なんだよあの女……委員会の最中から居ても居なくてもいいような存在だった癖に、必要な時だけ居ないってなに?」

 

「オープニングでも酷かったし、そもそも雪ノ下さんに全部持ってかれちゃってたから、可愛い自分がいたたまれな過ぎて逃げ出しちゃったんじゃなーい?」

 

……大変なことになってしまった。

あれだけ成功が危ぶまれた文化祭がせっかく上手くいったのに、最後の最後でこんな事になるなんて……

 

現在エンディングセレモニー直前の舞台袖では、文実メンバー達が慌ただしく動揺している。

どうやら、エンディングセレモニーの最終打ち合わせをしようとしたら、相模実行委員長の姿がどこにも無かったらしい。

それから執行部が手分けして捜したらしいけど結局見つからず、今はついに時間稼ぎとして雪ノ下先輩を始めとするすっごいグループの、予定の無かったバンド演奏が執り行われている最中なのだ。

 

由比ヶ浜先輩のボーカル、雪ノ下先輩のギター&ダブルボーカル、雪ノ下先輩のお姉さんのドラム、城廻先輩のキーボード、そしてまさかの平塚先生のベースと、とても即興とは思えないような凄いライブで体育館中が盛り上がってるんだけど、文実メンバーは勿体ない事にそれどころでは無かった。

 

 

『よろしくね』

 

 

そんな状態なんだと聞きつけて、私が舞台袖に到着した時は、ちょうど雪ノ下先輩の声援を受けて、振り返りもせずに右手を挙げて体育館から出ていく比企谷先輩とすれ違うところだった。

つまりはエンディングセレモニーが……文化祭が成功するかどうかは、比企谷先輩に託されたってことなんだろう。

 

雪ノ下先輩は、比企谷先輩なら誰も見つけられなかった相模先輩を見つけられるって信じてるんだ。

やっぱり雪ノ下先輩は比企谷先輩を信頼してるんだなぁ……やっぱり比企谷先輩は、あの雪ノ下先輩にここまで信頼される程に凄い人なんだなぁ……

そんな謎の高揚感で、意味不明に鼻が高くなっちゃった気持ちと同時に、私はとても不安な気持ちも抱いてしまっていた。

 

相模先輩は比企谷先輩の事が大嫌いなのは一目瞭然。

仮に比企谷先輩が本当に発見出来たとしても、たぶん精神的な問題で全てを捨てて逃げ出しちゃったであろう相模先輩が、比企谷先輩の説得で戻ってくるの?

責任を放棄して居なくなっちゃった相模先輩は、今さら発見されて連れてこられても、皆に責められる事からは逃れられない。

それなのに、大嫌いな比企谷先輩が迎えに来たからって、大人しく従うなんて到底思えないよ……

 

それだけで済むんならまだいい。

でも、比企谷先輩は果たしてそれを良しとするだろうか?

 

答えは否。とてもそうは思えない……

あの人は絶対になんとかしてしまう。それも、自分を投げ出してでも……自分を悪者にしてでも……

だから私は不安で仕方がないよ……

 

──神様、お願いしますっ……!どうか比企谷先輩に、スローガン決めの時みたいな辛い思いをさせないで……

 

 

× × ×

 

 

私は今、この光景を見て、──ああ……神様なんか居ないんだ──って絶望している……

だって、本当に神様が居るのだとしたら、こんなの酷すぎるよ……

なんで?なんであんなに素敵な人なのに、なんであんなに一生懸命やってる人なのに、なんで比企谷先輩ばかりがこんなに辛い目に遭わなければならないの……?

 

「だいじょうぶー?」「あいつがなんか言わなかったら平気だったのにね」「あれで調子くるったよねー」

 

無事とは言えないまでも、なんとかセレモニーを終えて舞台袖に降りてきた、涙まみれの相模先輩に寄り添っていく文実メンバーたち。

その人たちの目は、相模先輩を可哀想な目で見ると同時に、比企谷先輩に向けて隠そうともしない嫌悪の眼差しを向けている。

 

 

『……ううっ……』

 

『さがみん大丈夫!?』

 

『ねぇ!みんな聞いてよ!あのヒキタニ?とかいう奴がさぁ、南ちゃんに酷い暴言吐いてさぁ!』

 

『スローガンん時もそうだったけどさぁ、あんなクズのくせして、さがみんに『かまってほしいんだろ?』とか『最低辺の世界の住人』とか『お前なんかその程度の存在』とかって言いやがって!さがみん超可哀想〜』

 

『ホント最低だよあいつ!』

 

 

即興ライブが終わりかけたちょうどその時、相模先輩は二人の友達に支えられて泣きながら戻ってきた。

最初相模先輩が現れた瞬間は非難の眼差しを向けた文実メンバーたちも、そのあまりにも酷い泣き顔と、二人の友達の相模先輩擁護とも比企谷先輩への罵りとも取れない悪態にすぐさま態度を軟化させて、あれほど相模叩きをしていた場の空気は、信じられない事に一気に相模擁護の空気へと一変した。

それと同時に、スローガン決めで悪印象のある比企谷先輩が、本来相模先輩が負うべき非難を一身に受ける形となってしまったのだ。

 

エンディングセレモニーを泣きながら締めた相模先輩が舞台袖に降りてきた時、責任を放棄して逃避した相模先輩に向けられた視線と言葉は哀れみ。

 

そして、誰も見つけられなかった逃亡者を捜し当てて戻ってきた比企谷先輩に向けられた視線と言葉は、侮蔑と断罪だった。

 

 

──なんで……?だって、さっきまであなたたちは、散々相模先輩を非難してたじゃないっ……

さっきまで、居なくなった相模先輩の捜索を、比企谷先輩に一任してたじゃないっ……

 

なのに、なんでそんな風に相模先輩を気遣うフリが出来るの……?

なんで比企谷先輩に、そんなに冷たい視線を向けられるの……?

 

 

 

 

 

エンディングセレモニーも終わり、私たち文実も後片付けを終えて、ようやく長い長い文化祭が幕を閉じた舞台袖で、城廻先輩に悲しい笑顔でありがとうと言われた比企谷先輩の姿を見たとき、知らず知らず私の頬には涙がつたっていた……

 

 

──比企谷先輩、お疲れさまでした……

 

私は、誰にも向けられる事のないであろう、比企谷先輩の真意と功績に対する親愛と感謝の意を込めて、少し離れた場所から、一人頭を下げるのだった。

 

 

 

続く

 




愛ちゃん編の第3話でした!

こんな感じで、現在(後日談)と過去(愛ちゃんの記憶)を交錯させながら物語を進めていくスタイルでやっていきたいと思っております(・ω<)☆
過去編の真面目で堅物な愛ちゃんと、たまの現在編の悪に目覚めた(笑)愛ちゃんの対比をお楽しみくださいw



でもここでお詫びがっ!!

諸事情によりこの愛ちゃんSSは…………………………………………………………………………………………次回、もしくは次次回の更新が結構遅れるかもですっ(οдО;)
とはいえ今年中には更新するとは思いますが(汗)

未完のまま休載しちゃうかと思った?残念!まだ続きます(笑)



ではでは良いお年を!オイッ



PS.それにしても相模ってホント最悪な女だなっ……(`・д・';)



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愛川愛は思いがけない遭遇を果たす



スミマセン!思ってたよりもずっと更新が遅れてしまいました><;


このSSとは関係の無いところで、クリスマス辺りに勝手に燃え尽きてました……orz


それではどうぞm(__)m



 

 

 

「うぅ〜……今日もダメだったよぉ………………えへへぇ〜」

 

嘆いたりニマニマしたりと忙しい私は、現在自室のベッドにちょこんと腰掛けて、先ほど勉強机から大事に持ってきた写真立てとにらめっこしていた。

 

その写真立てに写っている私の初恋の人は、とっても面倒くさそうな顔をして、なぜか頭に包帯を巻いている。

頭に包帯なんていう物騒な写真を微笑ましげに見つめている私は、とてもじゃないけど人様にはお見せ出来ないですよね。

 

 

 

──あの文化祭から早二ヶ月。

季節は秋を通り越して、世間はすっかりクリスマスムード一色になっているこの12月。

私は相も変わらず自分の情けなさと闘う日々に明け暮れている。

 

 

あの日から一体何度目だろう……校内で偶然比企谷先輩を見掛けたのは。

何度目だろう?だなんて嘘ばっかり!

ちょっと日記を開けば、先輩とすれ違った日にちも回数も全部書いてあるし、それどころかわざわざ日記を開かなくたって、その内容は全部記憶してるっていうのにね。

 

そして今日もまた偶然校内で見掛ける事が出来た。

──ホントに偶然だよ!?

もう数度目にもなる廊下での偶然のすれ違いにも関わらず、私は今日も声を掛ける事が出来なかった。

まぁ比企谷先輩からしたら、覚えてもいないであろう私にいきなり声を掛けられたらビックリしちゃうだろうから、結果的にはいいのかも知れないけど。

そんな、今日も安定して情けなの無い私は、体育祭の棒倒しの時にこっそり撮影しちゃった比企谷先輩の写真を見ては、嘆いたりニヤけたりしているのだ。

 

「体育祭……かぁ」

 

思えば、文化祭が終わってからあの体育祭の日々までは、私にとって今までに無いほどの苦痛の日々だった。

 

 

× × ×

 

 

文化祭が終了した直後、校内ではあるひとつの噂が囁かれるようになっていた。

 

──二年生に、校内一の嫌われ者がいる──

 

その二年生は文化祭実行委員にて、空気も読まずに文実メンバー全員に悪態を吐いて文化祭を滅茶苦茶にしかけた挙げ句、本番では一方的に女子を罵倒して泣かせた最低な人間……とのことだ。

 

よくもまぁあの場に居た人間が、あの出来事をそんな風に曲解出来て、さらには第三者に広められるものだな……と、立場が違えばある意味感心出来たのかも知れない。もちろん悪い意味でだけれど。

 

でも当時の私にはそんな余裕は一切無かった……

その噂が広まってくると、今度はクラスの子たちが文実だった私にその事を聞いてきたから……

 

『ねぇねぇ愛ちゃん!噂の最低な二年てどんなヤツぅ!?』

 

……私はそう聞かれる度に、もう本当の事を言ってしまおうか……?って、何度も何度も喉まで出掛けてたんだけど、それは出来なかった。

それをしてしまったら、比企谷先輩が自らを傷付けてまで解決させたあの行為を無駄にしてしまうから……

 

たぶん事実が広まれば、次に矢面に立たされるのは相模先輩。

私としては相模先輩なんてどうでもいいし、むしろ比企谷先輩をあんな目に合わせた報いを受ければいいとさえ思ってた。

でも、それこそが比企谷先輩の行為を否定してしまうことなんだって分かってたから、私は真実を誰にも話せなかった。

 

だから私はその質問を受ける度に決まって、

 

『私はあの先輩が悪い人には思えなかった。だから私はこの噂が嫌い』

 

って答えてた。

たぶんその質問を受ける度に、知らず知らず不機嫌な表情が出てしまってたんだろう。

幸運な事に、私のクラスではその話題が取り上げられる事はすぐに無くなった。

 

もう一人の文実の男の子も初めのうちは面白可笑しく、バカにした感じで受け答えてたみたいだったけど、クラス内がそういう空気になった途端に自分も空気を読んだみたい。

もうあの頃はその人の事は無視しちゃってたから、詳しくは分からないし興味もないけど。

 

 

こうして文化祭の嫌な噂自体はクラス内ではあんまり耳に入らなくはなったんだけど、それでもクラス外ではちょくちょく耳に入ってきてた。

部活に行くと、戸部先輩が『それナニタニくん?』なんてけらけらと笑ってる度に、何度後ろからボールぶつけてやろうかと思ったことか!

……じ、実は一度だけ手が滑ったフリして、後頭部に思いっきりボール投げ付けちゃったりもしたんだけどっ……

『まなっちそれはないわー』って泣きそうな顔してたけど、あ、あれは戸部先輩が全面的に悪いんだもんっ!わ、私だって、あの時は涙目で膨れっ面だったんだからっ!

…………うぅ……あの時は本当にすみませんでしたっ……!

 

 

結局ずっとモヤモヤした気持ちのまま、総武高校は次の大イベント、体育祭の季節へと突入した。

モヤモヤしながらも、実は少しだけワクワクしてた気持ちもあったんだけどね。

文化祭以来、関わる事の出来なかった比企谷先輩と、もしかしたら関われるかもしれないっ!

関わる事が出来なくても、誰の目も気にせずに比企谷先輩の雄姿が見られるかもしれないし、こっそり写真だって撮れるかも!ってね。

 

 

でも、そんなワクワク感を一瞬で吹き飛ばしてくれるくらいに意外な事があった。比企谷先輩が体育祭運営委員でもお仕事をしてるって聞いたこと。

しかも運営委員長が相模先輩という事にも驚いた。

 

 

──まさか比企谷先輩が、また相模先輩とお仕事をしているなんて……

ホントにあの人は、あれだけいつも面倒くさそうな顔してるのに、なんで自分から大変な目に合いにいこうとするんだろう……

 

私は、比企谷先輩がまたあんな辛い目に合わなければいいけど……って心配する一方、ああっ……!私もサッカー部代表として体育祭運営委員になっとけば良かった!……って、毎日頭を抱えてたっけな。

 

 

× × ×

 

 

──体育祭の準備中に流れてきた運営委員の悪い噂は、比企谷先輩では無くて相模先輩のものだった。

初日から遅刻したり相変わらず適当に仕事をしたりとで、委員長と生徒会側からなる首脳部側と、運動部員からなる実行部側での衝突の引き金になったらしいと、サッカー部代表の先輩方が毎日のように文句を言ってた。

 

 

先輩方のそんな文句を聞きながら、だったら私が委員会行くのに!とか、またあの人はそんな状況をなんとかする為に、一人で悪者にならないといいけど……とか、ただ私一人が勝手に悩んでたって何の意味もないというのに、毎日のように一人で思い悩んでいるうちに、気が付けば体育祭の当日を迎えてた。

 

 

結果的に言えば、私の無駄な心配は杞憂に終わり、体育祭はとてもとても盛り上がり無事に終わっていった。

ここでいう“無事”とはあくまでも比企谷先輩オンリーでの話で、体育祭自体は何事も無い完全な無事では済まなかったんだけどねっ。ふふっ、しかもたぶん比企谷先輩によってね!

 

 

私はその日1日、自分が出る競技そっちのけで、あるひとつの事に集中していた。

それはもちろん比企谷先輩の雄姿を見ること!あわよくばその姿を写真に収めること!

……ホント私って、みんなに真面目とかって思ってもらえてるのが申し訳ないくらいにダメダメな女の子だなぁ……

 

でも、いくら探せど比企谷先輩はなんの競技にも出てなかった……

よくよく考えたら、運営委員なんだから当日は忙しいに決まってるよね。

あまりにもガッカリしてトボトボと歩いてる時に、救護班のテントでまさかの発見をしてしまい、どうやってケガをしようかと何度画策したことか……

 

残念ながら?ケガを負うことが出来ないままで肩を落としていた時に始まった棒倒しで、ついに比企谷先輩の出番がやってきた!

 

『わぁ!わぁ!……がんばれっ……!』

 

両手をぎゅっと握ってぽしょぽしょと呟きながら、とにかく比企谷先輩だけに集中して応援してたらソレは起きた。

なんと、赤組の比企谷先輩が、なぜかポケットから包帯を取り出したかと思ったら、赤色のハチマキの上から包帯を巻いて、白組のフリをして棒まで一直線に歩いて行ったのだ。

比企谷先輩……あれは明らかに反則ですっっっ!!

 

 

結局比企谷先輩は、お友達らしきおっきな人と共闘して棒を倒して赤組を勝利に導いたんだけど、当たり前のように反則負けになりましたっ!まったくもう!

まぁそんな様子を笑い転げながら見てた私も私だけどねっ。

 

 

……でも、今回の体育祭で一番意外だったのはこのあとの閉会式での結果発表の時だった。

 

『棒倒しですが、赤組白組双方に反則行為、危険行為が確認されたため、ノーゲームとし両チーム無得点とします』

 

具体的に、“誰が”“どんな”反則行為をしたのかと反発の声が上がるなか、そんな声を無視するかのように、早々と反則問題を打ち切る発表をしたのは、他でもないあの相模先輩だったのだ。

 

 

当時、正直私は信じられなかった。

だって……あの相模先輩が、そんな事をするだなんて……

 

全校男子が入り乱れるなか行われた棒倒しという競技において、いつ、どこで、どのような反則行為があったのだとしても、そんなの正確に分かるはずないし、一体どれが反則だったのなんか判断なんて出来ないはずだ。

でも明確に『反則行為があった』と発表している以上、相模先輩の差す反則とは、比企谷先輩のあの反則だったのは間違いないと思う。

 

であるならば、だ。

相模先輩は……私と同じく比企谷先輩をずっと見ていたってことになる。

もちろんたまたまその瞬間だけを目撃したのかも知れないけど、あれだけ比企谷先輩を嫌ってたはずの相模先輩が、比企谷先輩を見てた……?

 

さらに信じられなかったのが、その反則行為を知ったはずの相模先輩が、大ブーイングの中の結果発表で、大嫌いなはずの比企谷先輩の行為に一切言及しなかったこと。

 

私はあの結果発表の時、心臓が破けるんじゃないかってくらいにバクバクしてたし、たぶん顔面蒼白になってたと思う。

……だって……相模先輩は、あの場で絶対に比企谷先輩の名前と行為を発表して、批判を比企谷先輩に向けさせると思ったから。

 

でも相模先輩はそうはしなかった。

あれだけ嫌っていた比企谷先輩をさらに陥れるチャンスだったのに、運営委員長でもあり結果発表担当でもある自分に批判が集まることさえ厭わずに、頑なに比企谷先輩の名前は出さなかったのだ。

 

 

 

相模先輩は相模先輩なりに、なにか思う所があったのかもね。

噂でしか聞いてないけど、この体育祭運営でもかなり揉めてたみたいだから、その時になにかあったのかな。

もしかしたら相模先輩は……また比企谷先輩と一緒にお仕事をしてるうちに、比企谷先輩の優しさや強さ、そして文化祭の真実にも気が付いたのかもしれない。

 

 

そんなのは単なる私の憶測にしか過ぎないことだけど、文化祭が閉会して以来ずっとモヤモヤしっぱなしだった私の心は、あの体育祭の閉会式の、大ブーイングを受けながらも満足そうに壇上から降りていく相模先輩の表情を見て、ようやくスッと軽くなった気がしたのだった。

 

 

「…………ん?……あ、あれ……?わぁぁ!?も、もうこんな時間!?」

 

 

写真立ての中の愛しい人を見つめながらあの当時の記憶に思いを馳せてたら、気が付けば日を軽く跨いでいた。

 

うぅ〜っ……明日もマネージャー業務が忙しくて大変だろうから早く寝なきゃって思ってたのにぃ……!

あぁっ……早くお風呂入ってもう寝なくちゃっ……

 

 

 

──そう。

ここの所、マネージャーのお仕事がすっごく忙しいのです!

いろはちゃんが、なんとあのいろはちゃんが……生徒会長になってしまったからっ……!

 

 

× × ×

 

 

翌日。

いつものように忙しなく朝練を終わらせて寝呆けまなこで授業を消化し、気が付けばもう午後練の時間。

 

はぁ……今日の午後練も忙しいんだろうな……早くいろはちゃんの居ない部活に慣れないとなぁ……

ていうか……もう!あの子達がお仕事したくないのは分かるけど、葉山先輩たちも、ちょっとくらいあの子達に注意してくれたらいいのに……!

まぁ、私もちょっと恐くて注意出来ないような情けない立場だから、人のことなんて言えないけどっ……

 

……って、あれ?

 

「いろはちゃん?」

 

「あ、愛ちゃん。ここんとこ全然出られなくてごめんね!」

 

「んーん?別にいろはちゃんが悪いわけじゃないんだから気にしないでっ。ところで今日は部活出られるの?……なんか海浜総合高校さんとのクリスマスイベントが大変なんじゃなかったっけ?」

 

いろはちゃんが生徒会長に就任したのはつい先日。

就任してからたったの数日で、他校との合同イベントなんてとっても大変そうなものを任されちゃってるみたい。

 

クラスメイトからのイタズラで生徒会長に立候補させられちゃったいろはちゃんは、当初はなんとか生徒会長にならなくて済むように、平塚先生や城廻前生徒会長に助けを求めてたんだけど、気が付いたらいろはちゃんは自ら生徒会長になることを選んだみたい。

詳しくは聞いてないけど、どういう心境の変化だったのかな。なんか、生徒会長になろうと決めた日あたりは『意外と面白いのかも♪』って、ちょっぴり悪そうな笑顔と声で言ってたけど。

 

うーん……決して男の子には見せないようなああいう笑顔と声だけど、普段からそういうのもちゃんと出せば、いろはちゃんはもっとずっと魅力的だと思うんだけどなぁ……

男の子にとってはそうでも無いのかな……?いつの日か、そういう素のいろはちゃんの良さを分かってくれる男の子に出会えるといいんだけど。

あ、でもいろはちゃんは葉山先輩が好きなんだっけ。

 

「……んー……大変だからこそ……現実逃避?」

 

「現実逃避でお仕事するの!?」

 

……一体、どれだけ大変なのかな……?

そう私が密かに心配をしていると……

 

「……まぁ便利な駒を投入したんだけどぉ……それでもなかなか厳しくってさぁ……」

 

な、なんだろう?便利な駒って……

 

「そ、そっかぁ……私にはよく分からないけどお疲れさまですっ!えへへ、なにはともあれいろはちゃんが来てくれるとホント助かる!」

 

「あー、でもごめんね!気分転換にちょっと寄っただけだから、ホントにちょっとだけしか居られないんだー」

 

「んーん?ふふっ、ちょっとだけでもホント大助かりっ!じゃあいろはちゃんが居てくれるうちに、色々やっちゃおう!」

 

「だね、やっちゃいますかー!……あの役立たずのバカ女どもが目障りだけど」

 

いろはちゃん黒いよっ……!

 

いろはちゃんが来てくれたのはほんの30分くらいだったけど、こうして何日ぶりかに久しぶりに楽しいマネージャー業務を進められたのでした。

 

 

× × ×

 

 

「はーい!ここまででーす!ドリンク用意してあるので、一旦休憩入りまーす」

 

ストップウォッチで計った時間になったので、ピィィっとホイッスルを鳴らして選手たちに休憩を促す。

 

「かー、ちかりたぁ!」「喉渇いたぁ……」「愛ちゃんタオルー」

 

各自思い思いに休憩に入る中、私は次なるお仕事タオル出し!

ちなみに今日はあと二人の女子マネは体調がすぐれずに欠席とのこと。はぁ……

「はい!どうぞ!」

 

「サンキュー」

 

「お疲れさまです!」

 

「あんがと愛ちゃん!」

 

目まぐるしくタオル出しをしながら、いつもなら一番騒がし……元気な戸部先輩が居ない事に気が付く。

 

「?」

 

おかしいな。いつもなら真っ先に『まなっちタオルちょうだーい』『俺のドリンクどこー』って騒ぐのにな。

 

ふとグランドを見渡してみると、戸部先輩が離れた所で制服姿の男子とお話してるのが確認出来た。

あ、お客さまが来てるのかー。

じゃあとりあえず戸部先輩はほっといてもいいかな?

じゃあ次はっと……

 

「葉山先輩、タオルどう…」

 

「隼人くーん、いろはす、知らね?」

 

ちょうど近くに居た葉山先輩にタオルを渡そうとした時だった。遠くから戸部先輩が葉山先輩に、いろはちゃんの居場所について大声で尋ねてきたのだ。

 

ん?戸部先輩とお話してる男子生徒が、いろはちゃんに用事があるのかな?

でも残念ながら、いろはちゃんはついさっき上がったばかりなんだよね。

そう思いながら、私の視線は自然と戸部先輩の方へと向く。

 

 

……どくんっ……!

 

 

「ああ、ありがとう、愛」

 

そう言って、葉山先輩が先ほど私が差し出したタオルを受け取ろうと手を伸ばしてきたんだけど…………もう、私はそれどころじゃ無かった……

いろはちゃんを探す戸部先輩と……そしてお客さまの姿をしっかりと見てしまったから……

 

 

 

 

……なっ!?なんで!?

 

なんで比企谷先輩がここに居るの!?

 

 

 

 

続く

 





お久しぶりの愛色(いろはす色)でしたがありがとうございました!

今回はほとんど説明回になっちゃったので面白くなかったかも知れないですね(汗)
久しぶりの更新なのにごめんなさいですっ><



さて!ようやく八幡といろはすの繋がりを知ってしまったところまでやってきました!
大したこと無いシーンのように見えますが、実はこのシーンこそ!この愛川愛ちゃんというオリキャラが生まれた、産みの親の私にとってはとても感慨深いシーンだったりするのです♪

しかし、マジでこれのどこら辺が4〜5話くらいで終わると思ってたんだよ作者ェ……



ではでは!次回はここまでは遅くならないはずなのでよろしくです☆



あぁっ!あっぶね!忘れてた!


本年は大変お世話になりました!それでは良いお年を☆



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愛川愛の記憶は、ついにあの日を迎える

 

 

 

想像も妄想もしていなかった比企谷先輩の突然のサッカー部訪問に、私はパニックになりかけた。

 

 

な……なんで比企谷先輩がここに居るの!?

葉山先輩が親しげに比企谷先輩の元へ向かって行ったけど、あの二人って仲がいいの!?

でも確か葉山先輩ってあの文化祭での事件で、相模先輩を庇って比企谷先輩を責めた王子様みたいな扱いを受けてなかったっけ!?

だとしたらその時の比企谷先輩の身を挺した作戦のグルって事なのかな!?

 

……お、落ち着いて私っ!……今はそんなことよりもっ…………な、なんで比企谷先輩といろはちゃんが関係してるの……?

どこにも繋がりなんてない……よね……?

なのに、なんで比企谷先輩はいろはちゃんを訪ねてきたんだろう……

 

 

私はあの二人が一体なんのお話をするのかがどうしても気になってしまい、ばれないように、静かに静かに比企谷先輩達の方へと近づいていく。

目が合うと葉山先輩に悟られちゃいそうだから、後ろ向きになって、すすすいっ……と。

 

ほんとは盗み聞きなんかしちゃダメなの!ダメ……なんだけどぉっ……身体が勝手に動いちゃう〜……

 

「なかなか大変そうだな。生徒会に頼まれていろいろやっているんだろ?いろはのことよろしく頼む」

 

葉山先輩のその言葉は、比企谷先輩がなぜここに居るのか?という疑問に次いで、またさらなる予想外だった。

生徒会……?なんで生徒会……?

比企谷先輩が生徒会関係者だなんて、聞いたことも無い……けど……

 

「なんだ、知ってんのか」

 

その一言で、比企谷先輩といろはちゃんが生徒会絡みの知り合いであることは間違いなさそう。

 

「ああ。何をやっているかは言わないけど、忙しいっていうのは匂わせてくるから」

 

「っつーか、わかってんならお前が助けてやれよ」

 

「別に頼まれたわけじゃない。頼られたのは君だろう」

 

どうして比企谷先輩が生徒会関係のお話に出てくるのかは分からないけれど……少なくとも、いろはちゃんは葉山先輩よりも、比企谷先輩の方を頼ってるってことなんだろうか……

 

「うまく使われてるだけだろ」

 

「頼られたら断らないからな、君は」

 

ああ……そういうことかっ……

どうして比企谷先輩といろはちゃんが知り合いなのかは分からないけど、いろはちゃんは比企谷先輩がとっても真面目で優しい人だって理解してるんだ。

だから生徒会のお仕事を頼って手伝って貰ってるのかな。

 

「まなっちー!俺のタオル知んねー?あとスポドリ俺のぶん飲まれちってんだけどー!まじないわー」

 

まだまだこのままお話を聞いていたかったんだけど、どうやらもうタイムアップみたい……。もー!戸部先輩のばかぁっ……!

 

 

まだ続きそうな先輩方のお話に後ろ髪を引かれつつも、お仕事中なのだからお仕事に集中しなくちゃ!と、今にも誘惑に負けちゃいそうな自分を鼓舞して戸部先輩の元へと走り出す私。

 

でも、そのあと戸部先輩に対するタオル出しが雑……というか乱暴になっちゃったのは内緒……っ。

ちなみに飲まれちゃったというドリンクを再要求してきた戸部先輩には、黙って水道へと指を差しましたっ。

 

……ホントはそういうのはいけない事だって分かってるんだけど、ナニタニくんの件といい今日みたいな間の悪さといい、戸部先輩なんて知らないんだから!もう!

 

 

……それにしても……なんでか知らないけども、比企谷先輩がグラウンドに現れてから何回か目が合っちゃったよ〜!

なんで私のこと見てたのかな!?もしかしたら私のこと憶えてたりして!

いや、単純に私が見すぎてたから気になったのかも……う〜、引きつった顔を真っ赤にしてる変な子とかって思われちゃったかなぁ……?

 

 

そんな馬鹿なことを考えて頭の中がぽわぽわしていると、気が付いたら比企谷先輩はグラウンドから立ち去っていた。

 

 

× × ×

 

 

「あぁ〜あ……振られちゃったなぁ〜……」

 

分かってたことだけど、いざ家に帰ってきてから実感すると、やっぱり心に来るモノがある。

それに……いろはちゃんに取られちゃったしな……

 

 

バレンタインデーの夜に一人寂しく、体育座りのようにギュッと身体を抱き締めてお風呂に浸かりながら、玉砕しちゃった事、いろはちゃんに一旦……“一旦!”取られちゃった事を涙目になって思い出してるうちに、それまでの色んな出来事も一緒に頭の仲を駆け巡っていた。

文化祭後の事だったり体育祭の事だったり。

特にあの日、比企谷先輩といろはちゃんの繋がりを初めて知っちゃった時の心の揺らぎを。

 

 

結局あの後は、生徒会のお仕事で忙しそうないろはちゃんとは中々会う機会が持てず、比企谷先輩のことは聞けなかった。

違うよね。顔を合わせられた時も、緊張しちゃって結局聞けず仕舞いだったもん。会う機会が無かったなんて単なる言い訳。

 

 

コミュニティーセンターでのクリスマス会にはいろはちゃんに呼んで貰えて、葉山先輩とのお話を聞いた感じだともしかしたら比企谷先輩も来るのかも!って、すっごく行きたかったんだけど、残念ながらクリスマスは家族でお父さんの実家に帰省するって前々から決まってたから行けなかったんだよね……

 

そのまま冬休みに突入してからも、クリスマスが大変だったからかいろはちゃんは部活には顔を出さなかったし、冬休みが明けてからも部活に出てこなかったから、ずっと悶々としてたっけなぁ……

 

ていうかいろはちゃんてば!

あの頃は生徒会のお仕事大変なんだろうな〜って心配してたのに、実際は単に比企谷先輩の所に遊びに行ってただけなのと、もう葉山先輩には興味が無くなっちゃったからなんだよね!?

もう!信じてたのにっ…………ん、んー……でもその気持ちはすごく良く分かります……

 

 

『……わ、私にっ!……ひ、比企谷先輩を……紹介して、もらえない……か、な……?』

 

 

比企谷先輩への記憶を巡る旅が、ようやく一週間前くらいまで辿り着いたその時、私の脳裏にはほんの少し思い出しただけでも、誰もいないのに恥ずかしくて顔を覆い隠したくなるようなこのセリフへと行き着いてしまった。

 

「……ふぇぇ……恥ずかしいよぅ……ぶくっ……」

 

あまりの羞恥に思わず顔を半分ほどお湯の中に入れてぶくぶくしてしまった。

 

思えば、あのセリフは私の今までの人生の中でも、飛び抜けて色んな決意が必要なセリフだった。

もっともあのセリフを言ってしまって以降は、今日までのあいだ毎日決意のセリフまみれになっちゃったけどねっ。

 

 

あの時のいろはちゃんの驚いた顔……そしてそれから比企谷先輩の事を身振り手振りでとっても楽しそうに、でもどこか苦しげに教えてくれたいろはちゃんの顔は、たぶん一生忘れられないと思う……

……あのとき、初めて自分がこんなにもずるい人間なんだな……って、実感できたから。

 

 

そして私は今ひとたび記憶を巡る旅に出よう。

比企谷先輩との再会のあの日から、今日のみっともない告白劇までの、運命の一週間の記憶へと。

 

 

…………のぼせて全裸のまま倒れちゃわないように気を付けなくっちゃねっ……!

 

 

× × ×

 

 

四時限目終了のチャイムが校内に鳴り響き、私の心臓が破裂しちゃいそうなくらいに跳ね上がる。

 

ついに来ちゃった……この時がっ……

 

「愛ちゃーん。お弁当食べよっ……え?ま、愛ちゃん?」

 

「え!?愛ちゃん!?ど、どしたのこの娘!?」

 

「わ、分かんない……なんか朝から様子は変だったけどね……」

 

私の周りではなんだかお友達が「おーい……?」とかって騒いでるみたいなんだけど……もう私の頭の中はそれどころでは無いのです……ごめんなさいっっっ!

 

どどどどうしようっ……なんか目がぐるぐるするよぉ……

たぶん今の私は、まるで卒業式に臨む卒業生のように、まるで面接に臨む新卒者のように、微動だにせずピシッと固まってるのだろう。

 

そんな時、突然クラスの男の子から声が掛かったのだ。

お友達が私を心配して掛けてくれる声は、まるで自分が水の中にでも居るかのようにグワングワンと頭に響くばかりで全然聞き取れなかったのに、その男の子の声だけは、やたらとはっきり聞こえた。

 

「あの、愛川さん……C組の一色さんが呼んでるんだけど……」

 

「!? ひ、ひゃぁいっ!」

 

がんっ!!

 

びっくりして飛び上がりそうになって立ち上がると、思いっきり机に足をぶつけてしまった。

 

ふぇぇ……痛いよぉ……

とりあえず落ち着こう!と佇まいを整えようとすると、鞄を落としちゃって中身が床に散らばる。

 

は、恥ずかしいっ……

真っ赤になりながら、震える手でなんとか中身を全部拾いあげて、いろはちゃんへと歩を進めようとすると、今度はなんだか歩調がぎこちなくてつまずいてしまう。

 

それでもコケちゃいそうになるのをなんとか耐えぬき、私はようやくいろはちゃんへと辿り着いて笑顔を向けた。

 

 

「いいいろはちゃんっ!……おまおまお待たしぇっ!」

 

私ダメかもしれない……

口がまともに回らないし、顔がすごく引きつってるのも分かる。

 

「ちょっ……ま、愛ちゃん、大丈夫……?今日はやめとく?」

 

「ふぇっ……?い、行くよ?ぜ、全然大丈夫だよっ?」

 

……だ、大丈夫なわけ無いけど……だけどっ……!

……たぶん今日を逃したら、今日逃げちゃったら、私は一生比企谷先輩の隣には居られない気がする。

 

 

そう決心しながらも、いろはちゃんに連れられるままに徐々に比企谷先輩の元へと近づいて行ってるのかと思うと、全身がどうしようもなく震える。

情けないことに、私は隣を歩くいろはちゃんの制服の袖をギュッと握って、涙目で話し掛ける。

 

「……どうしようっ……いろはちゃん……私、なにをお話すればいいのかな……」

 

ていうかお話なんて出来るの?私……

口が回らなくて噛みまくる未来しか見えないよ……

 

「大丈夫だよっ。まずはわたしの友達ですよ〜って紹介して、あとは先輩とわたしで適当に喋ってるから、余裕が出てきたら会話に交ざってくればいいし、無理そうなら今日はまだ顔だけでも覚えてもらえばいいんでしょ?」

 

「う、うんっ!……いろはちゃんありがとうっ」

 

本当にありがとう、いろはちゃん……

震える手も竦む足も、いろはちゃんの袖を握ってると、ほんの少しだけ和らぐ。

 

 

 

ガタガタと震えが止まらないまま、永遠とも思えるほどの長い時間を掛けて連れられていったのは、購買から程近い校舎外。

そこには、あの文化祭の時からずっと夢にまで見ていたあの人が一人で座っていた。

 

 

 

───あの日、初めて男の人を格好良いなって思えてから四ヶ月。

ついに、私と…………初恋の人との邂逅が始まる……

 

 

 

続く

 

 






今回もありがとうございました!


ようやくここまで来ましたよっ(゚□゚;)
ホントはここまでが3話くらいの予定だったんですけどね(白目)



ここに辿り着くまで、愛ちゃんの現在過去未来の記憶が次々と交差してきましたが、ここからはごく一部の愛ちゃんファンの読者さまがずっと気になっていたであろうバレンタインの告白まで、一気に書いていこうと思います!



ではではまた次回お会いいたしましょう!




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愛川愛はライバルに決意を宣言する

 

 

 

『あ、愛川と申ひまひゅっ……!ひゃ、ひゃひゃがいゃしぇんぴゃいきょんにちやっ…………』

 

 

…………我ながら酷すぎたよね。

私と比企谷先輩の邂逅の記憶は、あの酷い自己紹介の時点で一旦途切れちゃったくらいだもん……

 

 

でも……自分が思ってたよりもずっとずっと酷い邂逅だったけど、ホントにお話出来て良かった!

噛みまくっちゃって死ぬほど恥ずかしかったけど、嫌われるの覚悟で酷いこと言っちゃったりもしたけれど、ちゃんとお話出来た。ちゃんと自分のことを比企谷先輩に伝えられたって思う。

でも……

 

 

比企谷先輩とお別れしてから教室までの帰り道、私の心中ではとても満足な気持ちと、とても複雑な気持ちがせめぎあっていた。

満足な気持ちはもちろん比企谷先輩とたくさんお話出来たこと。

複雑な気持ちは……今私の隣を歩いてるいろはちゃんが、道中で一言も口にしないこと。

 

いろはちゃんに比企谷先輩を紹介して欲しいとお願いした時からもしかしたらって思ってたことだけど…………さっきの、比企谷先輩とお話をしてるいろはちゃんを見ていてたら、そのもしかしたらが一瞬で確信に変わった。

やっぱり、いろはちゃんが好きなのは葉山先輩なんかじゃなくって、いろはちゃんがホントに好きなのは…………比企谷先輩なんだね……

 

 

あんないろはちゃんは初めて見た。

普段男の子とお喋りする時は、もっとこう、可愛く居ようと、愛されようとしてる気がする。

だからなのか、男の子の前では本当のいろはちゃんを見せてはいない。

たぶんいろはちゃんが素を見せてるのは、限られた同性の友達の前だけなんだと思う。

 

 

でも比企谷先輩に対してだけは全然違ってた。

思いっきり素を見せながらも本当に楽しそうで、むしろ私や他の同性の友達に対してよりも本当の自分を曝け出してるように思えた。

 

どうでもいい……って言っちゃったらさすがに失礼かもだけど、戸部先輩に対してだけはかなり酷い扱いをしてる気もするけど、“それ”は比企谷先輩に対してとは全然別モノなんだよね。

 

戸部先輩に対しては、基本は可愛い後輩を見せながらも、ホントはどうでもいいって感じで接してるのに対して、比企谷先輩には、なんか安心して自分を曝け出してるような……この人なら大丈夫って、この人なら本当の自分を見せても全て受け入れてくれるって信頼してるんだなぁ……って、すごく感じられた。

 

 

───いろはちゃんは、なんで私を大好きな先輩に紹介してくれたんだろう?

 

友達だから?

お人好しだから?

今さら私を紹介したところで、大した障害にはならないって思ったから?

 

分からない。分からないけど、たぶんどれも合ってて……でもどれも違うような気がする。

 

もっと根本的な何か…………私には分からないけど、たぶんそれはいろはちゃんが比企谷先輩に惹かれた理由と関係あるんだと思う。

だって、普通いくら友達だって、いくらお人好しだって、いくら大した障害にならないって思ったって、好きな人に好きな人を狙ってる女の子なんて紹介なんか出来るわけ無いもん…………あんなに苦しい顔してまで……

 

 

それでも、いろはちゃんは比企谷先輩と私がお話出来るチャンスを与えてくれた。

とても嬉しくてとても有難くて、そしてとても心苦しいけど、私はいろはちゃんに告げなくちゃならない。

 

 

感謝の気持ちと……

 

「……いろはちゃん!……今日は本当にありがとうございました。私、ちゃんと比企谷先輩とお話出来てホント良かったっ!……ま、まぁ噛み噛みすぎてちゃんとお話出来たかどうかは疑問なんだけどねっ……あ〜恥ずかしかったぁ……えへへっ…………恥ずかしかったし情けなかったけどっ、でもホントに良かった……!やっぱり……比企谷先輩はとってもとっても素敵な人だったっ……」

 

「…………」

 

「だからホントにありがとう!私、頑張るっ!……雪ノ下先輩とか由比ヶ浜先輩とか、あ、あとは…………んーん、なんでもない。……とにかくっ……私頑張るからっ……勝ち目なんて無いの分かってるけど、でも頑張るからっ……だから、だから私……負けないよっ……!」

 

宣戦布告を……!

 

 

 

 

なんでいろはちゃんが本当の気持ち……本当の好きな人の事を言わないのかは分からない。

いろはちゃんにも色々と事情があるんだろう。

 

でも、いろはちゃんがその事を言わないんなら、言えないんなら…………私はそれを利用する。利用してやる。

いろはちゃんの気持ちを知らないフリして、抜け駆けでもなんでもして、私は比企谷先輩との距離を少しでも縮めてみせるよ?

 

私はもう、ズルくたって汚なくたって構わないよ、いろはちゃん。

勝ち目のない戦いに臨む以上は、もうなりふりなんて構っていられない。恋はバトルなんだもん……!

 

 

しっかりといろはちゃんの目を見て気持ちを全部言い切って、いろはちゃんに背を向けた私はぱたぱたと自分の席へと戻る。

 

んー……でも慣れない事はするもんじゃないよね。

いろはちゃんに負けない宣言を叩きつけて戻ってきた私は、クラリと目眩をおぼえて、ばったんと机へと突っ伏してしまう。

 

「ま、愛ちゃんどしたの!?」「大丈夫!?」「一色さんとなにかあったの!?」

 

机にくてっとなった私を心配してくれる友達に、不安と高揚が入り交じる引きつった笑顔で、でも信念を込めた力強い瞳で私はこう答えるのだった。

 

 

「んーん、なんでもないよっ!ふふっ、ただ…………絶対に負けないんだから!って言ってきちゃっただけっ!えへへっ」

 

 

決戦は金曜日ならぬ明日の木曜日から始まる……!

明日、私は比企谷先輩と二人っきりでお話してみせるんだから!

 

 

× × ×

 

 

四時現目終了のチャイムが校内に鳴り響いたと同時に、私はあの場所へと歩み始める。

すっごいドキドキするけど、すっごい足が震えるけど、もう昨日のこの時間ほど酷い事もない。

だって、もう迷いは無いもん。

 

昨日お話してみて、改めて比企谷先輩が素敵な人なんだって知れたから。

そんな比企谷先輩に憶えて貰えてて、頑張りを見てくれてたってことも知れたから。

だからもう昨日みたいに噛み噛みで酷い会話にはなんないと思う。

迷いが無くなった女の子の強さを、比企谷先輩に見せてあげるんだからっ。

 

……ホントはゆうべお昼のこと思い出して、お布団被ってゴロゴロと悶えたり、比企谷先輩の写真と見つめ合って、噛まないように夜遅くまで会話の練習したりしたなんて事は、絶対に……ぜーったいに誰にも言えない、私だけの恥ずかしい秘密っ……

 

 

どっくんどっくんしながらたどり着いたベストプレイス?にはまだ先輩の姿は無く、私は昨日比企谷先輩が座っていた場所の隣にちょこんと腰掛けた。

二月の寒空の下、校外にあるこの場所で、さらに冷えきったコンクリート製の階段に座るのは正直気がひけたんだけど、今は心情的な問題で心も身体も熱すぎるくらいに熱くなってるから、このひんやりするコンクリートが思いのほか心地いいかもっ。

 

 

比企谷先輩は、今ごろ購買でパンとか買ってるのかな?

ホントは、今日先輩分のお弁当を作ってこようかどうしようか、朝からすっごく悩んでた。

作ってきたかったんだけど……でも昨日の今日でいきなりお弁当作ってくるとかさすがに引かれちゃうよね……って悩んだ末に、今日は泣く泣く止めておいたのだ……

 

うー……私もいろはちゃんみたいに、手作りのお弁当食べてもらいたかったなぁ……!

でもでも!もし今日の二人っきりのランチが上手くいったとしたら、明日作ってきましょうか!?なーんて提案出来ちゃうかもっ!えへへっ。

 

 

「お、おう、愛川じゃねぇか……。マジで来るとは思わなかったわ……」

 

「ひぃっ……!?」

 

「いやお前、いくらなんでも悲鳴は無いでしょ……」

 

不意の声掛けにびっくりしたけど、私はすぐさま立ち上がってペコペコと頭を下げる。

 

「わわわっ!!ち、違うんです違うんですすみません……!ちょっと考え事してたので油断してたといいますか不意打ちにびっくりしたといいますかっ……」

 

あわわ……なんてことだろう……!

比企谷先輩を待つ間に比企谷先輩のことを考えてたら、夢中になりすぎて到着に気が付かなかっただなんて……あまつさえ悲鳴まであげちゃうだなんて……私最悪だよぉ……

 

「……ああ、いや、なんだ……気付いて無かったとこに、いきなり声掛けちまった俺も悪いから気にすんな」

 

「そそそんなこと無いですっ!ここは比企谷先輩の場所なのに、そこで勝手に待ってた私がボーっとしてたのが一番悪いんですからっ!」

 

「いや別にここは俺専用の場所ってわけでも無いしな。ほんとすまん」

 

「な、なんで比企谷先輩が謝るんですか!?せ、先輩はなんにも謝ることなんて無いんでやめてくださいっ……!」

 

……?

 

なんで私達はお互いにペコペコと謝り合ってるんだろ……?

なんだか意味が分からなくて、ちょっと可笑しくなってきちゃった。

 

ふふっ、でもおかげで少しだけリラックス出来たかも。

うん!これならちゃんとお話出来そう……かもっ。

 

 

だから私はこれからのランチを少しでも楽しめる為の皮切りにと、昨日まともに出来なかった分、ペコリと頭を下げてきちんと挨拶をするのだった。

 

「えと……お言葉に甘えて今日も来ちゃいました!……あの、比企谷先輩っ、こんにちはです!」

 

 

× × ×

 

 

謎の謝罪合戦とご挨拶を一段落させると、私達は隣り合わせに腰掛けてランチタイムを始めた。

昨日は間にいろはちゃんが居たからまだ良かったけど、さすがに隣に座るって恥ずかしい……

だから私達の間には一人分くらいのスペースを空けてるんだけど、それでも昨日よりはずっと近くに感じる。

 

緊張でなかなか話掛けられずに黙々とお弁当を食べているだけの私だけど、私にはもうほとんど時間が残されてはいないから……バレンタインまでもう四日しかないから……

だからほんの少しだけでも距離を縮めなきゃ!頑張らなくちゃ!

 

もし、もしも今ここにいろはちゃんが来ちゃったら、たぶん私は空気になっちゃう。

もうこんな状態なんだもん。いろはちゃんだってガンガンに攻めてくるはずだもん。

だからもしいろはちゃんが来ても、ここに入って来づらいと思えるくらいに楽しく盛り上げなくちゃ、私には付け入る隙なんてないんだもんね……

 

「……あの」

 

「ん?お、おう」

 

「昨日の今日なのに、ホントにお邪魔しちゃってスミマセンっ」

 

「……それこそ別に謝る必要なんて無いだろ。昨日も言ったように、ここに来るも来ないも個人の自由だしな。……まぁマジで来るとは思わなかったが」

 

「……そ、そのっ……いつもお弁当は教室で食べてて、昨日お外で食べてみたら結構気持ち良くってハマっちゃいまして〜……あ、あはははは……」

 

「気持ちいいって……こんなとこで食ったってただ寒みーだけだろ……」

 

「そ、それを言ったら比企谷先輩だって、寒い思いしてここでお昼を過ごしてるじゃないですかっ……!」

 

「俺は教室で食ってる時のクラスの連中からの寒い眼差しよりは、外の空気の寒さの方がマシだから我慢してるだけだ」

 

「ふふっ、もう!比企谷先輩ってば!」

 

「いや、別に冗談とかのつもりで言ったわけでは……」

 

「大丈夫ですよ。私、女子マネで朝も日が暮れてからも外で立ってる事が多くて外の寒さには慣れてるんで、お昼のこんな寒さくらいへっちゃらなんですよ?全っ然我慢出来ちゃいます!」

 

「そうか。……って気持ちいいんじゃねぇのかよ。我慢しちゃってんのかよ」

 

「……あ。えへへ〜」

 

 

わぁっ……私ちゃんと楽しくお喋り出来ちゃってるよっ!

ていうか……信じられないくらいに楽しい……!こんなにも楽しいんだ、好きな人と過ごせる時間って。

 

 

 

こうして、私と比企谷先輩の初めての二人っきりのランチは、心配してた気持ちとは裏腹に、とても穏やかに、とても幸せに過ぎていったのだった。

 

一度この幸せを知っちゃったら…………もう、あとには戻れそうもないよねっ……

 

 

 

続く

 

 







ありがとうございました!

6話目にして、愛ちゃんはようやく八幡と会話をすることが出来ました(^皿^)
んー、やっぱり10話くらいにはなっちゃいそうですね〜……orz
なぜいつもいつも延びるのか(白目)




ではまた次回お会いしましょう☆



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愛川愛は想いを解き放つ


ほんっとにスミマセン!
活動報告には記載したのですが、執筆する時間があまり取れなかった上に、あとは締めの1話を待っているだけの2作品があったので、そっちを優先してしまいました><

でもまさかこんなに開いてしまうとは……orz



本当に遅くなりましたが、愛ちゃん編第7話になります!どうぞ><





 

 

 

「うん!これでよしっと」

 

現在時刻はAM0:20過ぎ。

夢中に作業してるうちに、いつの間にか日付は変わっていたみたい。

日付が変わった。それはつまり、今はもう2月14日ということ。

 

「……わっ……もう寝なくちゃ……」

 

明日も……というかもう今日か。

今日も朝は早いのだ。部活はお休みさせてもらうけど。

 

なぜなら私は今日、比企谷先輩に告白する。

勝ち目なんかひとつもない告白だけど。

 

それでも……もしかしたらっていう、万が一っていう、ほんの少しだけの希望にすがって、誰よりも早く、雪ノ下先輩よりも由比ヶ浜先輩よりも、そして……いろはちゃんよりも早くチョコを渡したい。

そんな、ほんの僅かだけの希望にでもすがらなきゃ、先輩に告白するだなんて勇気、意気地なしの私には持てないもん。

だからそのちっぽけな、ひとカケラだけの勇気が持てるように、私は誰よりも早く比企谷先輩に会わなきゃならないんだ!

 

 

私は、さっき作り終わって今ラッピングしたばかりのチョコをそっと机に置いて、明日の戦いに備えてもぞもぞと布団に潜り込むのだった。

 

 

× × ×

 

 

しん……と静まり返った、まだ真っ暗な冬の朝の空気は、普段であれば刺すような痛みを伴うほどに身を凍えさせる辛いものだけれど、今の妙に火照った身体には少しだけ心地好いと感じてしまう。

結局一睡も出来ず、ボーっとぽわぽわしているようでもあり、でも冴え渡っているようでもある私の頭は、緊張のしすぎでちょっと麻痺してるのかもしれない。

 

「寒っ……」

 

とはいえ、いくら心地好いなんて言ってみたって、やっぱり寒いものは寒いのだ。早く学校に行こっと。

まぁ学校に着いたって、私は結局のところいつ来るかも分からないあの人を、寒空の下ずっと駐輪場で待ってることになるんだろうけどね……

 

「えーっと……」

 

[件名:おはようございます

 

本文:早朝から失礼します、愛川です。

誠に急で申し訳ないのですが、どうしても外せない急用がありまして、本日の朝練を休ませて頂きたくご連絡させていただきました。

私は葉山先輩のアドレスを知りませんので、お手数ですが葉山先輩にお伝えしておいていただけると助かります。

それではメールより失礼いたしました。]

 

「これで、よし……?」

 

ホームで電車を待っているあいだにお休みを伝える準備。

ホントは昨日のうちにしなくちゃだったんだけど、普段あんまり作らないお菓子に悪戦苦闘してるあいだにすっかり忘れちゃってたのだ。

初めて戸部先輩にメールを送るんだけど、なんていうか……あはは、すっごい業務連絡みたいになっちゃったよ……。いくらなんでも固すぎるかな。

でも伝えたいことはホントこれくらいだし、大丈夫だよね?

 

[追伸…戸部先輩。朝練ガンバってください!]

 

うん。最後の一文で随分とやわらかくなったよね?

 

「送信っ」

 

 

よし。これで準備は全て整った。

あとは……いざ決戦の地へ……!

 

 

× × ×

 

 

途中でカイロ替わりに買った、最近お気に入りの黄色と黒の派手な缶のコーヒーを頬っぺに当てつつ目的地に到着っ。

駐輪場で待っているあいだ、私の頭の中には色々な思いが巡ってる。

 

 

比企谷先輩との出会い。

文実での悲しい出来事。

体育祭での、ほんの少しだけ救われた気持ち。

いろはちゃんへの告白。

比企谷先輩との再会。

比企谷先輩との二人っきりのお昼休み。

 

 

──私は……比企谷先輩が好き。

 

これはもう、どう考えても覆しようのない事実。

 

じゃあ……私はこのチョコを先輩に渡して……そのあとは一体どうするんだろう。

このチョコを先輩に差し出せば、その瞬間に私の初恋は終わってしまうだろう。

だって比企谷先輩が大切に想ってるのはたぶん……。

それ以前に、私は先輩にとってのそういう対象でさえ無いしね。

 

……あまりにも遅すぎた。

臆病な自分を言い訳にして、この気持ちをちゃんと伝えようと動きだすのが。

まだ私と比企谷先輩にはなんの絆も繋がりもない。あるのは再会出来た日と、それから二日間一緒に過ごせたお昼休みの、たった三時間にも満たない短い時間だけ。

 

もし、勇気を出してもっと早く動きだせていれば、あるいはもう少しだけは希望を見いだせていたのかもしれないけれど……でも、どっちにしたって結局結果は一緒だろうし、今更タラレバにすがったってみっともないだけだ。

 

 

私は振られて、それでそのあとどうすればいいのかな。

すぐに諦めはつくのかな?すぐに忘れられるのかな?

それとも……もっと苦しいのかな……?気持ちを伝えたくても伝えることが出来ずに苦しんできた今日までよりも。

 

 

そんなことを考えていると、足がどうしようもなく震えてくる。

ゆうべだってそんなことばっかり考えちゃって一睡も出来なかったっていうのに、まだ懲りないのか……私は。

 

バカだなぁ……私。

だったらまだ告白なんてしなければいいのに……

せっかく仲良くなれたのに……せっかく二日も二人きりで一緒にランチが出来る仲になれたのに……

振られると分かってる今、無理に告白なんてしないでこのままゆっくりと二人の時間を費やして行けば、私と比企谷先輩の間には、確かに絆が生まれるはずなのに……

それなのに私は、その未来の可能性を消しちゃうかもしれないのに、全部壊しちゃうかもしれないのに……それでもやっぱり今日の告白はもう止めることが出来ない。

 

なんで私はバカだって分かってるのに告白を止めないのかな。

それは、バカだって分かってるけど、なんで止めることが出来ないのかの理由も分かっちゃってるからなんだろう。

 

 

──私は、今まで散々自分自身の弱さで手遅れにしてきた。だから、もうこれ以上の手遅れは嫌なんだ。

 

たぶん、私が告白しようとしまいと、このバレンタインで比企谷先輩の環境は大きく変わるような気がする。

奉仕部のお二方といろはちゃんによって。

 

そしてその環境の変化への予感が当たってしまったら、私は二度と想いを伝えることさえ出来なくなってしまうだろう。

 

それだけは絶対に嫌だ……!

私はこれ以上の手遅れに、ただ手をこまねいているだけじゃいられないんだ。

せめてこの想いだけでも伝えたい。たとえ……あの夢のような二日間みたいに、比企谷先輩と二人で笑いあうことが出来なくなったとしても。

 

私は、私のせいで辛い思いをさせてしまったこの可哀相な想いを見殺しには……もうしたくない……

 

 

 

 

と、その時心臓がどくんと跳ね上がった。

この場所で待ち始めてどれくらいの時が流れたのだろう。

 

せっかくの優しさを隠してしまうような気だるそうな目。

朝からとっても面倒くさそうな猫背。

セットとかに一切興味が無いのであろうボサボサの髪。

 

普通であればそれらの全てがマイナスイメージでしかないはずなのに、恋する私にはそれらの全てが愛おしく感じてしまう。

そんな、愛おしくてたまらない初恋の人の姿が、寒さと不安に震える私の視界に、ついに映ったのだ。

 

 

× × ×

 

 

「ひ、比企谷先輩っ、おひゃ……おはようございますっ」

 

どう声を掛けたものか少し迷ったけど、これからとても重要なイベントが待っている以上、そんなことでウダウダしてる場合じゃない。

だから私は、所定の位置なのであろう場所に自転車を停めて鍵を掛けている先輩へと急いで駆け寄り、そのままの勢いで挨拶をした。

……もう先輩とお喋りしててもあんまりトチったり噛んだりはしなくなれたはずなのに、さすがに今日この日の挨拶だけは無理だった……

これは緊張とかのせいじゃなくって、寒空の下1時間以上も待ってた事による口まわりのかじかみのせいだと思いたい。

 

すると普段では有り得ないのであろう後ろからの突然の挨拶に、比企谷先輩がすっごくビクゥッとしたのが窺えた。

あわわ……!ビックリさせちゃったかなっ……

 

「と、突然声かけちゃってスミマセン!驚かせちゃいましたか……?」

 

「あ、やー……別に大丈夫っす……。えと……ん?だ、誰……?」

 

 

…………え、嘘……?

 

比企谷先輩が最後にボソリと付け加えた呟きに頭が真っ白になった。

 

いろはちゃんに紹介してもらえた水曜日。

抜け駆けして二人で過ごせた木曜日。

そして、その二日間の経験を経てとっても楽しく過ごせた金曜日。

 

私にしては頑張れたって思ってたのに、まだ記憶に留めておいてもらえる程の存在じゃなかったのかな……

 

「あ、あの……その……」

 

視界が滲み始めた。

だ、ダメでしょ愛……!そんなの、覚えてもらえてない程度のことしか出来なかった私が悪いんだから!

それならそれで、もう一度名乗って告白すればいいだけの話じゃない……

それは分かってるんだけど……なんだかスタートから心が折れちゃいそう……

 

「あ、スマン愛川か……!あー、アレだ。お前普段なんつーの?サイドポニーっつうの?片側に髪まとめてんのに今はおろしてるから、一瞬誰かと思っちまったわ」

 

「……へ?」

 

 

…………はぁ〜……ビックリしたぁ……そういうことかぁ……

なんだか安心して全身の力が抜けてフニャッとしちゃってるのがよく分かる。

 

うー……良かったよぉ……で、でもっ……

 

「ひ、酷いですよ比企谷先輩……髪型違うだけで誰?だなんて〜……」

 

「いやマジでスマン。普段朝から声を掛けられること自体無いから、少し焦っちまったのかもしれん」

 

もぉっ!

……ま、まぁ女の子は髪型ひとつで印象全然違っちゃうしね。

でも私は酷いとか言いながらも心の中ではホントに安心してて、思わず笑顔になってしまいそうになる。

 

「えっとですね、私普段はおろしてるんですけど、マネージャーのお仕事がある日は、邪魔になっちゃうんで朝からずっとまとめてるんですよ」

 

「あー、そういうことか。……じゃあ今日はサッカー部が休みってことなのか」

 

「あ、違くて……その、今日は朝練を休ませて貰ったんです」

 

「あ、そうなの?どうした、どっか体調でも悪いのか」

 

「わわわっ……いえいえ大丈夫ですっ!ちょっと用事があったんでっ」

 

「ほーん」

 

……えへへ、やっぱり比企谷先輩は優しいな。

ちょっと部活を休んだって言ったくらいで、すぐさま体調の心配をしてくれるなんて。

 

 

 

ふぁぁ……一時はどうなる事かと思ったけど、このやりとりのおかげで緊張が吹き飛んでくれた。

比企谷先輩が私が誰か分からなかったおかげで助かったなんて……ふふっ、なんだか複雑っ。

 

「てかなんか用事あったっつーんなら、こんなとこで俺と喋ってて大丈夫なのか?……あ、もう時間も時間だし、用事が済んでたまたまここに居たらたまたま俺が通ったってとこか」

 

「……」

 

一瞬だけ解けた緊張が、先輩のそのセリフでまた私の心に襲い掛かってくる。

 

「……いいえ、違いますよ? 用事は、まだ済んでないんです」

 

でも……また襲い掛かってきた緊張なんてもう知らない。

私はもう止まらない。

 

「あ、そうなの? んじゃあ俺はこれで…」

 

「私の用事というのは、今まさに行われている最中なんです」

 

「……は?」

 

「だって……私は比企谷先輩に用事があったんですから」

 

 

なんだろう?おかしいな。

これから告白しようとしてるのに……また襲ってきた緊張で足が震えてるっていうのに、なんで私はこんなにも落ち着いてるのかな。

それは……一旦緊張の糸が切れちゃったからなのかも知れない。

それとも、集中しすぎてゾーンってやつに突入しちゃったのかな。

 

分からない……分からないけど、それならそれで好都合でしかない。

告白しながら泣いちゃったりとかするのかな?なんてちょっと心配だったから、そんなみっともない事にならなくて済みそうで助かっちゃった!……かもっ。

 

 

うん。手も足も震えてるけど大丈夫!頭は冴え渡ってる!

いくぞ!愛!

 

 

 

そして私は鞄から可愛くラッピングしたひとつの包みを取り出し、両手を添えて先輩へと差し出した。

 

 

 

「……比企谷先輩……私は、文化祭実行委員で先輩と出会えて本当に良かった。あの時はホントに色んな事があったけど、この人凄いなって……すごく格好良いな、って思ってました。実行委員が終わって会えなくなっちゃいましたけど、もうお話出来なくなっちゃいましたけど……でも……ずっとあなたのことを忘れられませんでした……ずっとあなたのことを考えてばかりでした。…………ずっと、あなたのことが好きでした…………………チョコ、受け取っていただけますか……?」

 

 

 

 

続く






しつこいようですが本当に遅くなりました(汗)
危うくひと月くらい開いちゃうトコだった(・ω・;)次はもうちょっと早く更新します(白目)




というワケで、愛ちゃん編もようやく終盤です。早ければあと2〜3話というところですかね。
愛ちゃん編はあまり盛り上がってない事は重々承知しておりますが、それでも自分で書き始めた責任として最後までしつこく書き続けますので、もう愛ちゃんはいいから他の書けやボケとか言わないでね☆




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愛川愛の初恋は終わりを告げる。そして……

 

 

 

──ずっとあなたのことが好きでした──

 

 

 

私は、ようやくずっと燻っていたこの気持ちを打ち明けることが出来た。

寒空で冷えきった身体はガクガクと震えてるのに、貧血気味の時みたいにフッと倒れこんじゃいそうなくらいフラフラなのに、頭だけはホントにクリア。

 

ただの恋心だけじゃない。

文化祭や体育祭でいっぱいいっぱいキツい思いをして、でも比企谷先輩はそんなのよりもずっとずっと辛くって、そんな辛そうな背中を見ていたはずの私なのに、なんにも出来なかった後悔や悔しさ、そして自分の無力さへの憤り。

そんな色んな気持ちが交ざりあった想いをやっと吐き出せたから、頭の中にたくさんアドレナリンが出ちゃってるのかもね。

 

先輩はとてもビックリしたような、とても困ったような顔をしてる。

 

「……あー……スマン。えと……マジ、か?」

 

「はい……」

 

「……そうか」

 

「……はい」

 

何度か行われる確認作業。

それはそうだよね。ちゃんとお話出来るようになってからたった数日しか経ってないのに、いきなり告白なんかされたって信じられないよね。

 

私の返事を心の中で噛みしめる比企谷先輩は、次第にさっきよりももっと困った顔になっていく。

困った……というよりは、そう。とても苦しそうな顔。

 

……覚悟はしてたけど、やっぱりやだなぁ……

大好きな人が、私の告白のせいでこんなに辛そうな表情をするのなんて、やっぱりどうしようもなく苦しくなる。

今すぐにでも逃げ出したい。嘘ですよっ!って、ちょっとした冗談ですよー!って、逃げ道を作ってしまいたい衝動に駆られる。

 

……でも、それじゃダメだ。私はもう逃げたくない。

だから、逸らしてしまいたい目は逸らさない。チョコを差し出す震える手だって引っ込めない。

ただ、真っ直ぐに先輩を見つめて、先輩の言葉を待つことだけが、今の私に出来ること。

 

 

そんな私の想いに応えてくれるように、比企谷先輩も私の目を逸らさずに見つめてくれてる。

これから断りの言葉を口にしようとしてるんだ。ホントは比企谷先輩の方こそ目を逸らしたいよね。

それでも目を逸らさずにいてくれてるってことは、ちゃんと真剣に私の告白を受け取ってもらえて、私のことを考えてくれてるって証拠だよね。

ふふっ、やっぱり優しいなぁ、この人は。

 

 

「その……なんつうか、すげぇ驚いた……。愛川みたいな子が、俺みたいなのを好っ……想ってくれてるなんて……マジでビックリだ」

 

「えへへ、私もビックリです。私がこんなにも男の人のことで頭がいっぱいになっちゃうなんてっ……」

 

私の言葉に少しだけ表情を緩ませた比企谷先輩は、意を決したかのように一呼吸した。

たぶん……ここまで、かな。

 

「……なんか、勿体ないくらいだわ。愛川にそんな風に想ってもらえるなんて……。だけど…………すまん……。愛川の気持ちはすげぇ嬉しい。でも……」

 

「……でも、なんですか?」

 

なんですか?なんてちょっとわざとらしいかな。

その先の言葉なんて分かってるのにね。

そして、お互いに見つめ合いながら、お互いにこくりと咽を鳴らした。

 

「今俺には……」

 

そう口にした先輩は、ずっと合っていた視線を一瞬だけ逸らして気まずそうに俯いたけど、でもすぐにもう一度私の目をしっかりと見つめ直して、私の想いへの答えを言葉にしてくれた。

 

 

「……俺には、どうしてもほっとけないバカが居んだよ……だから愛川の気持ちに応える事は出来ない……」

 

 

………正直ちょっと驚いた。

断られるのは分かってたけど、そんな答えが返ってくるとは思わなかったから。

でも…………ふふっ、そっか……!

 

「……そうですかっ!ほっとけないバカが居るんじゃ、仕方ないですねっ……」

 

たぶん比企谷先輩は、自分の心の内を他人にはなかなか話さない人なんだって思う。

だから私の告白は体よく断られるモノだと思ってた。

 

でも、比企谷先輩はこうしてちゃんと答えをくれた。

私の気持ちをちゃんと受け取ってくれて、その上で心の内を打ち明けてくれた。

 

だから……ありがとうございます先輩。私は、心の底から満足しました……!

比企谷先輩、あなたに想いを伝えられたことを。

 

 

× × ×

 

 

満足はしたけど、それでもやっぱり来るモノがあるなぁ……

仕方ないですねって、先輩のお断わりに笑顔で答えてみたけど、それでもやっぱり泣きそうになってしまう。

 

そんな、涙が滲んでしまいそうな笑顔を見ているのが堪らなくなったのか、比企谷先輩は慌てて私の手からチョコを攫った。

 

「愛川、これ……今一個食ってみてもいいか」

 

「ひゃ!?は、はいっ……!」

 

突然のことにビックリした私は、思わず変な声を出してしまった。

だ、だって……こういう場合って、チョコは受け取らないモノなんじゃ……?

 

そんな私の動揺なんて知ったことかと言わんばかりに、比企谷先輩は私が想いを込めて包んだラッピングを、とても丁寧に……というよりは寧ろ恐る恐る?解いていく。

ラッピングを解いて箱を開けると、そこには昨夜見たばかりのミルクコーヒー色の生チョコが4つ、大切な人に食べてもらいたそうにそっと顔を覗かせていた。

 

「おお、なんかすげぇ美味そう……。頂き、ます……」

 

先輩はその生チョコを一つ摘むと、とても大切な宝物でも扱うかのように、慎重に口へと運ぶ。

 

「ど、どう……ぞ?」

 

ホントだったら、手作りのお菓子を好きな人に食べて貰えるなんてすっごくドキドキしそうなシチュエーションなのに、今の私は唖然とその様子を見守ることしか出来ないでいる。

だって……そのチョコは私が今まで作ってきたどんなお料理よりも心を込めて作ったものだけど、でも……心を込めた相手の口に入ることは無いと思って作ったチョコだから。

でも、そのチョコはなんと想い人の口の中に放り込まれてしまった。

まさか……食べて貰えるだなんて……。しかも、目の前でっ。

 

むぐむぐとチョコを舌でとろけさせる先輩。

どうしよう……!今更ながらにドキドキしてきちゃった。

ちゃんと味見はしたけど、お口に合うかな!?口溶け具合とか大丈夫かな!?

 

「……はー……」

 

は、はー?

 

「すげぇ良く出来てんなぁ……うん。美味い」

 

 

…………や、やったぁ!美味しいって言って貰えた!

私は、比企谷先輩が本当に美味しそうな顔をしてくれたのを見て、さっきまでの玉砕劇のことなんかすっかり忘れて、飛び上がらんばかりに心がはしゃいでしまう。

 

「やべ、も、もう一個食っちゃおうかな……?」

 

「はいっ!どうぞ!」

 

……なんか、私ってこんなにも単純なんだなぁ。

人生初の告白が予想通り玉砕という形で幕を閉じたばかりなのに、それなのに私のチョコを美味しそうに頬張ってくれてる大好きな人の顔を見てるだけで、こんなにも心が安らいでしまう。

 

「これって、マッ缶風味な味付けになってんのか?すげぇ美味いんだけど」

 

「えへへぇ、そうですよ♪溶かしたビターチョコに、インスタントコーヒーと練乳を企業秘密の割合で練り混んだんですよ〜。この味になるように、何度も何度も試行錯誤したんですから!おかげで昨夜はチョコ食べ過ぎちゃいましたっ」

 

「マジか……いやホント美味いわ」

 

「はぁぁ、良かったぁ!……私、普段お料理はしてもお菓子ってあんまり作らないので、美味しく出来るかどうかちょっと不安だったんです!……ちゃんと美味しく出来てて、その上………………ちゃんと食べて貰えるなんてっ……」

 

あまりにも嬉しくって自然と漏れだしてしまったその言葉に、比企谷先輩は途端にハッとして顔を青くする。

 

「わ、悪い!普通こういう場合って……断るんなら貰っちゃいけないんだよな……」

 

……あ……そ、そういえばそうだった……

私だってついさっきまで唖然としてたのに、驚きよりも嬉しさの方がずっと優っちゃって、ついつい忘れてしまっていた。

 

「す、すまん……俺こういう経験無いからテンパっちって……」

 

そんな心底申し訳なさそうな比企谷先輩に、私は両手を突き出して、必死にぶんぶんと振る。

 

「ぜ、全然です!そんなことないですないです!……私、比企谷先輩にチョコ食べて貰えて、ホンットに嬉しかったですしっ……、それに」

 

そして私は、あんまりにも悲痛な顔で私から目を逸らしている先輩を見てたら少しだけ可笑しくなっちゃって、ちょっとだけ芽生えてしまった悪戯心を隠そうともせずにニコリと笑顔を向けた。

 

「……それに、どうせ先輩に食べて貰えなかったら、せっかくのこのチョコは即ゴミ箱行きの予定だったんですよ?……もう思いっきりゴミ箱に投げつけてやるつもりだったんですからっ!ばっこーんって!」

 

とりゃっ!とゴミ箱にチョコを投げ入れるポーズをしながらもう一度笑いかけると、比企谷先輩はバツが悪そうに「じゃあ食って良かったわ」って苦笑いしてくれた。

 

 

──今日は、色んな先輩の顔を見たな。

ビックリした顔。苦しそうな顔。美味しそうな顔。そして……優しい苦笑い。

そんなたくさんの先輩の顔を思い浮かべる度に、私の心はポカポカしたりぎゅうってなったりする。

 

うん。そっか…………やっぱり…………やっぱり私は……

 

 

「……比企谷先輩」

 

「お、おう……」

 

「今日は朝からお時間とらせちゃいましたけど、本当に……本当にありがとうございました……!」

 

「……いや、俺は愛川に礼を言われるような…」

 

「私っ!」

 

「うおっ!?」

 

「先輩にちゃんと気持ちを伝えられて良かったです!ちゃんと先輩の顔を見て答えを聞けて、本当に良かった。……おかげで……ふふっ、なにかに目覚めちゃったかもですっ」

 

「…………は?……な、なにか?目覚、め……?」

 

「……それでは失礼します。…………では“またっ”」

 

そう言って私はペコリと頭を下げて、ワケが分からんとポカンとしている比企谷先輩に背を向けて歩きだした。

 

 

 

──こんな簡単なことだったんだ。

初めての恋、初めての気持ちで、私はなんにも見えなくなってた。

……ちゃんと気持ちを伝えられて、そしてちゃんと振られれば諦められる?忘れられる?

そんなわけ……無い。

そんな簡単に諦められるのなら、そんな簡単に忘れられるのなら、あんなに苦しんだりあんなに悩んだりなんかしないもん。

そんな程度の気持ちだったのなら…………そんなの、本物じゃない。

 

 

 

泣いちゃうかもしれないけど、ううん?たぶん泣いちゃうだろうけど、でも私はようやく気付けたこの心からの気持ちを、いろはちゃんに伝えにいこう……!

 

待ってろぉ!いろはちゃん!

 

 

その時校内にチャイムが鳴り響いた。

……あ、いろはちゃんの所に行くのは、一時間目の休み時間かなっ……

 

 

× × ×

 

 

「……今日は、私の……とてもとても大切な日になりました。私は、このバレンタインを、ずっとずっと、忘れることは無いだろう……っと。……うん!これで良し」

 

運命のバレンタインデーの夜、集中して机に向かっていた私はぱたんと日記を閉じてぐっとひと伸び。

 

「う……んっ!」

 

ふぁぁ〜、疲れたぁ……今日はホンットに色んな事があったなぁ……!

今までのなんの変哲も無い私の人生からしたら、今日だけで一体何年分のイベントをこなしちゃったんだろ?

 

えへへ。でも、とっても充足感でいっぱいの疲れだなぁ。

昨夜は一睡も出来なかったから、もう今すぐにでも瞼の思うがままに自由にさせてあげたいくらいだよ。

 

でもっ!私にはあと一仕事残ってるんだよね。

 

 

 

そして私はごそごそと鞄の中から二枚の用紙を取り出した。

生徒指導室で平塚先生に怒られて、それからいろはちゃんと少しだけお話して、別れてからコッソリ職員室に戻って先生に用意してもらった、まったく真逆の意味を為す二枚の用紙。

 

「愛川愛……っと」

 

私はその二枚の用紙に必要事項を記入して、それぞれ別の封筒に入れた。

明日学校に持っていくのを絶対に忘れないようしっかりと鞄にしまったのを確認して、本日のお仕事はようやく完了です!

 

 

「ふわぁぁ……」

 

 

よし、今夜は良く眠れそうだぞっ!

 

 

 

続く

 






ありがとうございました!
ついこのあいだバレンタインが終わったばかりだというのに、未だにバレンタインネタを書いている作者がお送りいたしました(´∀`)

とはいえ、ようやくバレンタインも終了しました。
最後に愛ちゃんが書いていた用紙は……まぁ当たり前のようにアレですね(笑)
そしてここからようやくの後日談になります!

残り2話程度になるかとは思いますが、もしよろしければあと少々お付き合いくださいませ☆





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愛川愛が今日踏み出すのは明日への第一歩

 

 

 

バレンタインの翌日、私は普段となんら変わりのない1日を過ごしていた。そう、放課後までは。

 

HRが終わると、普段の私であれば即座に部室へと急ぐところなんだけど、今日は別段急ぐ必要も無い。だって、更衣室でジャージに着替える必要がないのだから。

 

「あれ?愛ちん今日は珍しく急がないの?」

 

私はいつも、他の部員たちが揃う前には色々と準備しておきたい事があるから誰よりも早く部室に駆けていくんだけど、HRが終わってからも全く急ぐ様子の無い私に、友人たちが心配して声を掛けてきてくれた。

ちなみに昨日は平塚先生に呼び出しされちゃってたから、普段よりもさらに急いでたんだよね。

 

「うん。今日は急がなくても平気なんだ〜」

 

「へー、珍しいこともあるもんだねぇ」

 

「えっへへぇ、でも明日からはまたダッシュで教室飛び出してくからよろしくねっ!」

 

そうなのだ。今日はまず葉山先輩待ちになっちゃうから無理に急いでも仕方がないんだけど、明日からは今まで以上に早く部室に辿り着きたいんだぁ。無駄な時間はもう1分1秒だってないんだから。

明日からの自分……んーん?今日これからの自分に思いを馳せていると、友人たちがぽかーんとした表情で私を見つめていることに気が付いた。

 

「ど、どうかした?」

 

「……あ、いや、愛ちん……なんかあった……?」

 

「……ね、愛川さんて、そんな顔したっけ……?」

 

「へ?そんな顔……?」

 

なんだろう?私、変な顔してたかな……?

 

「いやね?『またダッシュで飛び出してくから』って言ってた時、なんかすごい楽しそうだったっていうか……」

 

「そうそう!楽しそうっていうか……なんかちょっと小悪魔?みたいな?いたずらっ子?みたいな?」

 

へ?小悪魔?いたずらっ子?

……私、そんな顔してたんだ。

 

「やっぱ最近愛ちゃんてちょっと変わったよね。特に今日はまたさらに輪をかけてって感じ」

 

「ねー!なんつーの?なんかすっごい生き生きしてる感じっつーの?」

 

「わかるー!なんか、愛ちんイイ表情するようになったよね!前ほどいい子って感じはなくなってきたけど、逆に今の方がいいかも」

 

 

 

……そっかぁ。私って、そんなにも変わってきてたのかぁ。

ふふっ、ホント恋ってすごいんだな〜。物心ついた頃からずっと変わりたいって思いながらも変われなかった“引っ込み思案の癖にお節介焼きのいい子ちゃん”が、ただほんの少し勇気を出せただけで、一歩前に踏み出せただけで、こんなにいとも容易く変われるんだ。

 

──変わる──

正確には違うんだろうな。元々私はこうだったんだろう。

だからこれは変わったんじゃなくて、自分を曝せる勇気が持てただけ。もしくは、本当の自分を見て欲しくなっちゃったのかもね。あの人に私を……愛川愛そのものを見て欲しいから……

 

 

「……えへへ、なにかあったといえばあったかなぁ」

 

だから私は、曝け出せるようになった自分をイイ感じになったって言ってくれる素敵な友人たちに、今自分に出来る最っ高の笑顔を向けてこう言ってあげるのだ!

 

「やっぱりね?……女の子には、素敵な恋が必要なんだね♪」

 

私は、「えぇぇぇっ!?」と驚く友人たちにじゃあねと背を向けて教室をあとにする。

もうそろそろ葉山先輩も来るころだよね。よし!まずは本日ひとつめの大仕事だぞぉ!

 

 

 

……あ……。明日ちゃんと友人たちに「振られちゃったんだけど」って訂正しとかなきゃね!

 

 

× × ×

 

 

教室でお話していたぶん遅れてグラウンドに到着すると、すでに部活は始まっていた。

いつもなら真っ先にあのグラウンドの中に居るはずの私がこうして外から眺めてるだけだなんて、なんだかすごく新鮮だな。

 

おっと、感傷に浸ってる場合じゃないんだった。私はグラウンドでストレッチを始めている選手たちへと歩み寄りながら、部長である葉山先輩の姿を探した。

背が高くて明るい茶髪の葉山先輩を見つけだすことなんて、一年近くマネージャーを続けていた私にはお手のもので、程なくして選手たちの中心に居る先輩を見つけだした。

 

「葉山先輩、お疲れさまです」

 

「……ああ、お疲れ」

 

制服のまま、髪もおろしたままの私に何事かとみんなの視線が集まる中、葉山先輩は笑顔で応えてくれた。でもその笑顔はどことなくぎこちない。

それはそうだよね。こんなの、異常事態だもん。

 

「どうかしたのか?愛」

 

いつもよりもずっと遅く顔を出したこと。制服のままでいること。

異常事態であることを表す私の状況には一切触れないで、ただ私からの言葉を待ってくれている葉山先輩。

 

渇く喉。小刻みに震える体。ここにきて……ここまできて、ようやく私は自分が緊張しているのだということを自覚する。

今から私がする事は、本当に身勝手極まりない行動だ。間違いなく部活にも迷惑が掛かるし、もしかしたら今まで共に汗をかいてきたみんなにも嫌われちゃうかもしれない。

 

──それでも……ここ数日間に味わった色んな緊張に比べたらなんてことないし、それに……、もういい子だなんて思われなくたっていいでしょ?嫌われたっていいでしょ?愛。

あなたはようやく本当に自分がやりたいことを見つけたんだから。

 

そして私は上手く声が出せるように、カラカラになった喉をこくりと潤す。

 

「…………葉山先輩。お話があります。少しだけお時間よろしいでしょうか……?」

 

 

× × ×

 

 

グラウンドから離れ、校庭の端に佇む私と葉山先輩。

他の部員たちはストレッチを終えて練習を始めてるけど、やっぱり気になるのかこちらにチラチラと視線を向けてくる。

 

「……愛、ホントにここでいいのか?言いづらい事なら、別に部室に戻ってでもいいんだぞ」

 

「はい、大丈夫です。お話が終わったら皆さんにもちゃんとご挨拶したいので、部室まで戻ってたら二度手間になっちゃいますしねっ」

 

「……そうか」

 

皆さんにもちゃんとご挨拶がしたい──私のそのセリフに疑問も持たずに「そうか」と返してくるくらいだ。私の目的には気が付いているんだろうな。

 

私はごそごそと鞄からひとつの封筒を取り出すと、失礼の無いよう封筒に両手を添えて葉山先輩へと向けた。封筒に書かれた文字が一目で分かるように。

 

「……誠に勝手ながら、本日をもってサッカー部を退部させていただきます。……今まで、大変お世話になりました」

 

深く頭を下げて封筒を差し出すと、葉山先輩はそっと封筒を受け取ってくれた。

 

「だろうな、とは思っていたよ。ここ最近の愛の様子を見ていたらな」

 

……あ、あれ?私って、そんなに辞めそうに見えてたのかな。

まぁ昨日の朝練はサボっちゃったし、午後練は先生からの呼び出しで遅刻しちゃったけど。

 

「……理由を聞いてもいいかな。まぁ部活に所属するかどうかは個人の自由だし、言いたくなければ言わなくてもいいんだけどね」

 

そう優しく問い掛けてきてくれる言葉とは裏腹に、どうしても気になるって気持ちがすごく流れ込んでくる。

 

「……えっと、ですね」

 

急な退部で迷惑を掛けてしまう以上、理由を聞かれるならちゃんと答えなきゃと思ってた私は、ふぅ〜と息を吐いて、一拍開けてから語りだす。

 

「私は……大好きな兄が楽しそうにサッカーをしてるのを見るのが大好きでした。……でも私は兄と一緒にプレイすることは出来ない。だから、そんな大好きな兄の姿を傍で見ているにはどうしたらいいのかな?って考えた時、思い浮かんだのが応援でした」

 

「……ああ」

 

「そしてその応援という手段は、次第に兄だけでなくサッカーが好きな人たち全てに向くようになって、一生懸命サッカーをしてる人たちの役に立てられれば、それは直接では無いにしても兄の役にも立てるってことにもなるのかな?って思い始めて、そして私はサッカー部のマネージャーになることを選びました」

 

「……そうか」

 

「そんな思いから始めたマネージャーというお仕事ですけど……、本当に……本っ当に楽しかったんですよ? 色々大変なこともあったけど、でも本当に楽しかったし本当に充足感がありました。サッカーが好きな人たちの近くで、一緒に汗かいて、一緒に喜んで、一緒に悔しがって……。始めはただ兄の背中を見ていたかっただけのはずなのに、気が付いたらホントに大好きになってました。このお仕事が」

 

「はは、そんな愛のおかげで、俺たちは本当に助けられていたよ。実務面でも、そして精神面でも」

 

「……えへへ、そう言って頂けるとホント嬉しいですっ…………。でも……」

 

そこまで言って、私は一旦顔を伏せる。

これから言うことは、そんな頑張ってる人たちを冒涜することにならないだろうか?って。

たかが一時の迷いで、そこまで大好きだと断言したマネージャーというお仕事を、私は捨ててしまうんだから。

 

でも……むしろこんな気持ちのまま続けたら、それこそ冒涜になっちゃう気がする。頑張ってる人たちと、そして応援したいって気持ちに。

 

私は、一旦伏せてしまった顔を上げて葉山先輩をしっかりと見る。もう迷いはない!

 

「好きだったけど、本当に楽しかったけど、でもっ……! 私はそんなのよりもずっとずっと大好きなものを見つけちゃったんです! 自分が今一番したいこと。自分が、今一番大切なものを。その為には、このマネージャーというお仕事なんかしてる時間が勿体ないと思うくらいに!」

 

 

その大好きで大切なものってなんだ?……そんな風に聞かれると思っていた私なんだけど、葉山先輩の口から出た音は、とてもとても予想外……というか、予想の範疇を遥かに超えていたのだった。

 

 

「…………チッ」

 

 

× × ×

 

 

……えっとぉ……今、舌打ち聞こえた、よね……?

私は、葉山先輩から聞こえるはずもない音に、つい体が固まってしまう。

 

「あ、あの……」

 

恐る恐る視線を向けると、そこには頭をがしがしと掻きながら深く溜め息を吐いている葉山先輩の姿が……

 

「はぁぁぁ〜……また、かぁ……」

 

「……また?」

 

「ああ。また、だ」

 

……こんな葉山先輩は初めて見る。一体どういうことなんだろうか。

ワケが分からなくて、私は葉山先輩の次の言葉をただ待つばかり。

 

「愛の大好きで大切なもの……それは、あいつのことだろ?」

 

「へ!?……あ、あいつ……?」

 

「ああ、あのどうしようもない捻くれ者のことだよ」

 

その瞬間、私は顔も身体もカァァッと熱くなる。

 

「ななななんで!?な、なんでですか!?」

 

葉山先輩は捻くれ者としか言っていない。言ってはいないけど、でも葉山先輩には全てが見えている、全てが分かっているんだってすぐ分かった。

あまりの予想外の展開に、色々と覚悟を決めていたはずの私はわちゃわちゃと慌てふためいてしまった。

 

「……愛は文実に居たからね。確かにあいつはあそこで酷く嫌われていたが、愛みたいな子なら、もしかしたらあいつの真意に気付くかも知れないと思って、たまに様子を伺っていたんだ」

 

「そうなん……ですか?」

 

「ああ。そして文化祭が終わってからしばらくの落ち込み具合や体育祭を経ての気持ちの回復、そして極め付けはクリスマス前にあいつがいろはを訪ねてきた時の、普段の愛ではあり得ないような慌てた姿を見ていればさすがにね」

 

う、嘘……私の恋心、そんなに前からバレバレだったなんて……

その事実に、私の頬が真っ赤に燃え上がる。

 

「そこへ来てのバレンタイン当日の朝練を休んで、翌日には退部届けの提出。ははっ、こんなの誰にだって分かるさ」

 

「〜〜〜っ」

 

あまりの恥ずかしさに顔を上げられないでいる私に、葉山先輩が自身の意見を即座に否定した。

 

「いや……誰にだっては言い過ぎか。……俺だから、俺だからこそ分かったのかもな」

 

──葉山先輩だからこそ……?

まだまだ火照り続ける顔を上げて葉山先輩へと向けるのは恥ずかしくて堪らなかったんだけど、葉山先輩だからこそ……その意味がどうしても気になってしまい、なるべく顔を見られないようにチラリと上目遣いで覗き込んでみる。すると葉山先輩は何かを思い出しているかのように少し遠くを見ていた。

 

 

「俺は………………あいつが嫌いだ」

 

 

 

葉山先輩の口から出た衝撃的な言葉。この人が、誰かを嫌いだと明言することがあるだなんて……。でもなんでだろう?はっきりと嫌いと口にしているのに、その表情は……

 

「本当に忌々しい奴だよあいつは。俺のやり方とは全然違うやり方で、俺には出来ないことをいとも容易くやってのける。……あいつを見ていると、俺はどうしようもなく劣等感に苛まれるんだ。悔しくて堪らない……だから俺はあいつから目を逸らしたくなる。でも逸らしたくなればなるほど、気が付いたらあいつを意識して、対抗しようと藻掻いている自分に気が付いて、そしてまた劣等感に苛まれる」

 

「……」

 

「あいつは、雪ノ下さんも結衣も変えた。優美子や姫菜、戸部も少なからず影響を受けている。……そして気が付いたらいろはの目にもあいつしか映らなくなっていて、そしてとうとう愛までこんなにも強く変えてしまった。……まったく、本当に忌々しい。だから俺はあいつが大嫌いだ」

 

……葉山先輩がこんな風に自分の弱くて醜い部分を他人に曝す事があるだなんて……。でも、でも私はそんな風に弱さを曝している葉山先輩の表情を見て、ついつい微笑んでしまう。

 

「ぷっ!……ふふ、突然舌打ちしたり悪態吐いてるわりに、葉山先輩の顔はなんでそんなにも楽しそうなんですかっ?」

 

 

そう。葉山先輩は、舌打ちしてから比企谷先輩の悪口を吐き出している最中まで、悔しそうに苦々しそうにしながらも、その表情はなぜだかとても楽しそうな笑顔だったのだ。

 

 

× × ×

 

 

「酷いな、愛。こんなにも情けない胸の内を吐露している先輩を見て吹き出すなんて」

 

そう苦笑しながら嘆く葉山先輩だけど、そんな表情見たらどうしたって笑いこぼれちゃいますよ?

 

「ふふ、だってとても人の陰口を叩いてるようには見えないくらい笑顔なんですもん」

 

「俺、そんなに笑ってたか?……いや、笑っていたのかも知れないな」

 

「嫌い嫌い言うわりに、なぜそんなに嬉しそうに笑ってるんですか?」

 

私の質問に、腕を組んで少し考える素振りを見せる葉山先輩。でもすぐにでも答えが出たのだろう。また苦笑いに戻りこう答えた。

 

「……そう、だな。確かに悔しくて忌々しくて大嫌いな奴だけど、だからこそ楽しいのかもしれない。……ただの敵じゃなくて好敵手ってやつなのかもな。もっともあいつはライバルだなんて思ってもいないだろう。腹が立つことに眼中にないんじゃないかな」

 

そう悔しげな苦笑いを浮かべる葉山先輩を見て思う。

……葉山先輩みたいな人にはライバルなんていない。いつだって相手は敵対しようだなんて思わないから。

だからこそ……この人は悔しくてもそれがどこか嬉しいのかも。

 

「あぁ、あと愛。ひとつ誤解を解いておきたいな。言っておくが俺はあいつの陰口なんて叩いてないぞ? 俺はちゃんとあいつに直接嫌いだと伝えてあるんだ。だからこれは断じて陰口なんかじゃないんだからな?」

 

「ぷっ、そんなのどっちでもいいじゃないですか」

 

「そうはいかない。俺の沽券に関わるくらいだ」

 

あはは、なんか今日の葉山先輩はちょっと子供みたいだな。比企谷先輩が関わるとこうなっちゃうのかな?でも……

 

「……正直言いますと、私は今まで葉山先輩のことは特になんとも思ってませんでしたけど、もし始めからずっと今の葉山先輩だったら、出会う順番が違ってたらもしかしたら好きになっちゃってたかもしれないです。……えへへ、まぁ比企谷先輩には全っ然敵いませんけどねっ」

 

「あ、あはは……、それは俺は喜んでいいのか?」

 

「はい。よっぽどのことですよっ?」

 

 

× × ×

 

 

最初は緊張して、次に恥ずかしくて俯きっぱなしになっちゃったこの退部願いも、いつの間にか和やかな空気に包まれている。それもこれも、葉山先輩がホントは言いたくも無いであろう胸の内を打ち明けてくれたからなんだろうな。

 

「あれですね。私と葉山先輩は、比企谷先輩被害者の会の同士みたいなものですね」

 

「……被害者?……いや、でも愛は比企谷に告白したんじゃないのか?」

 

……うっ……痛いとこをっ……

それに、気持ちはずっと前からバレバレだったと言っても、直接そんな風に言われちゃうとさすがに恥ずかしいですよ……。意外とデリカシー無いのかな、この人。

 

「……うー、……そ、そこら辺は……その、察してください」

 

「……え?そ、そうなのか……?」

 

「だ、だから察してくださいってば……」

 

やっぱりちょっとデリカシー足りないかも!

 

「す、すまない!俺はてっきり……あ、いや、これ以上は藪蛇だな」

 

「ヘビ突つき過ぎですよ、もうっ……」

 

「……すまん。そ、それにしても」

 

ホントに申し訳なさそうに頬をポリポリと掻きながらも、まださらに追及してくる葉山先輩は、デリカシーが足りないんじゃなくて中々の意地悪さんなんじゃないのだろうか?

 

「……愛を振るだなんて、ホントあいつは身の程知らずな奴だな」

 

ふふっ、それともようやく被害者の会の仲間を見つけて本音で愚痴を溢せる嬉しさから、ついつい口が滑らかになっちゃってるのかもね。

 

「……それどころか、他の誰かさんに取られちゃいましたしねっ!」

 

「……え?そうなの……か?……それはまた、なんというか」

 

もうなんとも言わなくてもいいですってば!

 

「ていうか……それなのに、なのか……? そんな状況なのに、愛は自分からあいつの所に?」

 

──葉山先輩の口から漏れた言葉、それは当然の疑問だろう。私ももしも他人事だったら、同じように驚いちゃったり呆れちゃったりすると思う。

でもね?本当の恋を知っちゃったら、居ても立ってもいられなくなっちゃうんですよ?恋する乙女は。

 

「……それでも、です」

 

だから私は、そんなのもう覚悟済みだよ?って決意の笑顔を向ける。

 

「……そうか、本当に強いな、君は。……その、なんて言ったらいいか俺には良く分からないんだけど、愛も大変なんだな」

 

「そうですよ。強くもなるし、すっごく大変なんですよ?本物の恋心を知っちゃった女の子は。……理屈じゃないんです。……それに」

 

そして私は、取って置きの決めゼリフを葉山先輩にぶつけてやる。

昔、お兄ちゃんの部屋で読ませてもらった漫画に出てきた、とても素敵な監督さんのとても素敵なセリフを。

 

「……諦めたらそこで試合終了ですよ?」

 

「ぷっ、それバスケだろ」

 

むっ!……どうやら葉山先輩も知ってたみたいです……ちょっと恥ずかしいかも。

 

 

 

私がサッカー部に所属してから、あと一ヶ月とちょっともすれば、一年という中々に長い月日が経つ。

残念ながらその一年は迎えられなかったけれど、それでもこの決して短くはない時間の中で、こんなにも葉山先輩とお話したのって初めてだよね。

マネージャーの代表みたいな存在の私と、選手の代表な存在の葉山先輩は、言わばお仕事上の関係?みたいに部活動に関するやり取りはしてたけど、こうやって真正面から向き合ったのは初めてな気がする。

 

初めて向き合った葉山先輩との会合は、私が思っていたよりもずっと心地の良いものだった。今日の葉山先輩をいつも出してれば、この人はもっともっと人を惹き付けちゃうのかも。ふふっ、そういう良さがちゃんと分かる人には、ねっ。

 

 

そんな葉山先輩との最初で最後の向き合いも、そろそろ終わりを告げようとしている。

 

「……葉山先輩」

 

さっきまでの弛緩した空気を少しだけ引き締めて、私はこの素敵な先輩へと深々と頭を下げた。

 

「短い間ではありましたが、本当に本当にお世話になりました。……この度は私のどうしようもない私情による突然の退部願いで部活に多大なご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ありません。……にも関わらず、こうして気持ち良く退部を認めて頂けて、私は本当に幸せ者です」

 

私は心からの感謝とお礼を述べて満足気に頭をあげる。すると葉山先輩はとても優しい笑顔でこう答えてくれた。

 

「いや、それは全然構わないんだ。俺たちサッカー部員は、多かれ少なかれ愛に助けられてきた。だから愛が本当にやりたいことを見つけたっていうんなら、本心から快く送り出してやりたいよ。……やりたい気持ちは山々なんだけど……」

 

「?」

 

なんだけど?と小首を傾げていると、

 

「……はぁ……正直なところ、やっぱり愛が抜けるってのは痛いなぁ……。最近はいろはもたまにしか顔を出さないし、これからちょっと不安だよ……」

 

なんて、頬を掻きながら苦笑する葉山先輩。せっかくいいところだったのに〜……

 

「もうっ……そこは「あとのことは心配するな。俺たちに任せておけ」って胸を張って背中を押してくれるところですよ?……それに……」

 

本当に申し訳ないけれど、私はさらに追い打ちをかけなければならない。

 

「……非っ常に申し上げにくいんですけどっ……その……い、いろはちゃんも、たぶん近いうちに退部届けを持ってくるんじゃないかな〜……と」

 

「……え……。そ、そうなのか!?そ、それはさらにキツい……っていうか……いろはも退部って、もしかして比企谷とって……えっと……そ、そういうことなのか……?」

 

「……だからもぉ……察してください……ってば……」

 

「すまん!」

 

うー、せっかくの気持ちのいい去りぎわが台無しになっちゃったじゃないですかもー。

 

「……大体ですよ?」

 

だから、今度は私がずっと言いたかったことを言って葉山先輩を責め立ててやるんだー!えへへ。

 

「そもそもひとつの運動部に4人も女子マネが居る時点で恵まれ過ぎてるのに、その状況に胡坐をかいて真面目に部活動してる私といろはちゃんにだけ頼りきって、真面目にやってない子たちを怒りもしないで教育を怠っていたのは部長である葉山先輩の責任なんですからねっ? 私たち真面目組ばっかり、今までどれだけ大変だったと思ってるんですか!? そんなに皆にいい顔ばっかりしてたらあとで皺寄せきちゃうのなんて当然なんですから、真面目組の退部を嘆く前に不真面目組にきっちり仕事をさせてくださいねっ!」

 

左手を腰にあてて、びしぃっ!と右手の人差し指を葉山先輩に突き付け、ふんすっと頬っぺたを膨らませた。

 

「め、面目ない……申し開きも無いよ。……ははっ、ホントに変わったな、愛」

 

「……ま、まぁそこはあの子たちに不満があっても、恐くて言いだせずにいた私の責任でもありますし……? これから皆さんに退部報告するんで、この際だから最後くらいはあの子たちにもびしっと言っていってあげますけどもっ……」

 

「はは、宜しく頼むよ」

 

「もう!だからそこは俺に任せとけじゃないんですか!?……ぷっ」

 

「ははっ」

 

 

こうして私 愛川愛は、11ヶ月という長いようで短かったサッカー部マネージャー生活に幕を閉じたのでした。

 

 

× × ×

 

 

私は校内に戻り、特別棟へと伸びる渡り廊下を迷わず進む。ブレザーのポケットから取り出したシュシュで髪をまとめながら。

 

今までサイドに髪をまとめるのは、部活動に邪魔になるからまとめていただけだけど、これからの私は常にこれで居ようと思う。

あの人の印象の中での私は常にサイドポニーなんだってことが昨日判明したから、こんな些細な印象でも、あの人に私の印象を強く持って貰えるんならなんだって利用したいし、何よりも髪を結ぶって行為が私の気持ちを引き締めてくれる気がする。

今から私が向かう場所は、生半可な気持ちのままじゃ一瞬で心が折れちゃう戦場。これからは毎日が戦いみたいなものだから。

 

 

……こんこん、と、とある教室の扉を叩く。

その教室のプレートには何も書かれておらず、一見しただけでは何の為の教室なのか分からないし、ここが私の目的地で合っているのかどうかさえとても分かりづらい。それでもそのプレートに貼られた何枚かの可愛らしいシールが、ここが目的地で合っているのだということを教えてくれている。

 

「……どうぞ」

 

 

そして私は昨夜用意したもう一通の封筒を握り締めてその扉に手をかけた。私の最終決戦の、そして戦いの始まりの地へと続くその扉へ。

 

 

続く







読者さま達の予想を覆して、愛ちゃんが前回ラストで書いていた用紙はなんとっ!まさかの退部届けでした(棒)
それではもう一通の用紙には、一体なにが書かれているというのかっ!?(棒)



さ、茶番はここら辺にしておきまして、今回も誠にありがとうございました!
元々は新いろはすSSとして、短編として書いたものを無理やり長編連載版として始めた作品なのに、気が付いたらいつのまにやらオリキャラがヒロインになってしまったこの謎作品も、ついに次回で(たぶん)最終回を迎えます☆


それでは皆様、この愛川愛ちゃんの成長物語、あともうちょっとだけお付き合いくださいませ(^^)




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愛心


お待たせいたしました!ついについに最終回となります!
てか長いです(汗)2〜3話に分けられるレベル……orz


私は今まで短い物語からそこそこ長い物語まで、結構な数の物語の〆を書いてきてるのですが、やっぱり何度書いても物語の〆は緊張しちゃいますね(ガクブル
ここまで読んできてくださった読者さまに満足していただける〆になれたかな?……と(^^;)
でも今回の〆も、私的にはとても満足しております☆

あと、もしももう一言付け加えるとするならば…………………


ヒャッハー!略奪祭りだぜー!!






 

 

 

胸の前で封筒を握り締めた私は、これから始まる新しい世界と私を繋ぐその扉を開けた。

 

……扉を開けたその先ではいろはちゃんから聞いていた、特別な空気に包まれた穏やかな雰囲気と温かい紅茶が優しく香る、そんな心安らぐ空間は…………そこには無かった。

そこは、かつんかつんと今にも活動を止めてしまいそうな音を立てているとはいえ、ちゃんとヒーターは点いているはずなのに、まるで寒空の下に放り出されてしまったのかと錯覚してしまうくらいに、とてもとても冷え冷えした何かに支配されていた。

 

 

──そっか……やっぱりこっち側に転がっちゃったんだ……

扉をノックした時に室内から聞こえてきた覇気の無い返事を聞いた時に、ホントは気付いていたのかもしれないけれど。

「……し、失礼します」

 

室内に入ると、当然のことながら比企谷先輩が驚愕の表情を浮かべて私を見てる。

 

あ、あはは……昨日振ったばかりの女の子が突然部室に入ってきたら、それは驚くよね。

……ど、どうしよう。今日の私の意識は“奉仕部”にだけ向いてたから平気でいられるつもりだったんだけど、いざ比企谷先輩の顔を見たら顔も身体も火照ってきちゃったっ……

 

 

「……貴女は確か一年の愛川さん、ね。……どういったご用件かしら」

 

決めたはずの覚悟が、一目見ただけの比企谷先輩の姿によって脆くも崩れ去ろうと足が竦んでいる情けない私に、冷水でも浴びせかけられたのような冷たい声が掛けられた。

 

──はっ!いけないいけない!

たぶん常時であればさらに竦んじゃいそうなその冷たい声が、怖じ気付いて靄がかかってしまった私の頭の中を一発でクリアにしてくれた。

 

「……あ、えっと……わ、私のこと……知ってるんでしょうか……?」

 

本当はそんなこと今はどうでもいいことなんだけど、“あの雪ノ下先輩”が私なんかのことを知っていたという事実が少し気になって思わず聞いてしまう。

 

「ええ、貴女とは文化祭実行委員で共に仕事をした仲だもの。……正確には知っている、ではなくて憶えている……かしらね」

 

「そ、そうですかっ……。その、とても光栄です。ありがとうございます……」

 

 

直接的にはほとんどお話したこと無かったけど、まさか憶えてくださっているだなんて思わなかった。しかも名前まで。

 

「……それで、その愛川さんがどのようなご用件なのかしら」

 

謎の昂揚感にぽけ〜っとしちゃってた私を、雪ノ下先輩はたぶん依頼人席なのであろう長机の前に置かれた椅子へと促す。

 

「あ、はいっ……その、失礼します……」

 

戦いに赴いたはずなのに、比企谷先輩と雪ノ下先輩に出鼻を挫かれてしまった恥ずかしさに、私は慌てて椅子に腰掛ける。

腰を掛けて、私は改めて室内の……奉仕部の様子を窺う。

も、もちろん比企谷先輩は視界からシャットアウトっ……!とりあえず今は目に入れないようにしよう!

 

 

『奉仕部ってさ、すごい居心地いいんだよねー。全っ然依頼者なんて来ないんだけど、みんななんとなーく好きなように自分の時間を過ごしててさ、なんか暖かくて安心できる空間って言うのかな。……でね?たまーに依頼者が来ちゃった時なんかは、結衣先輩が筆頭になって目をキラキラさせちゃってさっ、んで、それ見てる雪ノ下先輩が溜息吐いて頭押えてたりするんだけど、すぐ結衣先輩に抱き付かれて万更でもなさそうに顔赤くして、結局は結衣先輩のお願い聞いちゃうんだよねー。で、先輩は超めんどくさそうに目を腐らせるまでがいつもの流れなの。そんないつものお決まりの流れもなんだか微笑ましくってさ、なんか超疎外感っ……』

 

 

──初めていろはちゃんに比企谷先輩の、比企谷先輩達のお話を聞かせて貰った時の事を思い出す。

 

でも、私の向かいに座って黙ってこちらを見つめてる由比ヶ浜先輩の目は、ひとつとしてキラキラなんてしてない。

心ここに在らずという感じで、悲しそうに、苦しそうに。

 

そして私の斜め右側に座ってる雪ノ下先輩も、由比ヶ浜先輩に頭を押さえるわけでも顔を赤くするわけでもなく、まるで生気を感じられずにただ事務的に依頼者である私の出方を窺っているだけ。

 

 

たぶん奉仕部の関係性を全く知らない人ならば、この空気を特になんとも思わないんだろうけど、私は知っている。いろはちゃんから聞いている。この広い教室に、たったの三人で毎日を過ごしているこの人たちの特別な関係を。

だからこそピリピリと感じてしまう。

 

 

──崩壊──

 

 

この二文字を……

 

原因はもちろん昨日の出来事。比企谷先輩は、たぶん昨日の内に打ち明けたんだろうね。

そしてその事実を心が許容出来ずにいるお二方が、比企谷先輩と上手く接することが出来ずにいるんだろう。

そしてその先に待ってるのはあの二文字……

 

 

今日私はこの場所に戦いに来たのに、どうやらその戦いは全く別のものになってしまいそうだ。

私は、色んな覚悟を決めて、ようやく初めて突撃できたこの部室内のこの今にも壊れてしまいそうな空気を目の当たりにして、なんだかとても悲しくなった。

 

ずっと一人ぼっちだったという比企谷先輩が、初めて安らぎを感じられた特別な場所。

 

一生懸命に恋してたいろはちゃんが、苦悩し躊躇いそれでも怯まず戦っていた特別な場所。

 

そんな二人に憧れて、ずっと弱くて消極的だった自分から一歩を踏み出して、ようやく私が次の私になる為に辿り着いた特別な場所。

 

そんな特別な場所が、いま目の前で壊れようとしている。

私はこの重く息苦しい現状に、

 

「……突然お伺いしてしまい、誠に申し訳ありません。……本日は奉仕部さんにとても重要なご相談があり、こうしてお伺いさせて頂きました」

 

とても悲しくて……

 

「……私 愛川愛は」

 

とても悔しくて……

 

「……本日っ!この奉仕部に入部願いに参りました……!」

 

 

 

…………そして、とてもとても…………とってもとっても怒っていますっ!!

 

 

× × ×

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て愛川!……お前なに言ってんの……?」

 

「〜〜っ!」

 

……うぅっ、比企谷先輩が動揺するであろうことはもちろん分かってたけど、とりあえず今だけは私に話し掛けないで欲しいです……気持ちが揺らいでしまいます……

 

「……え?……なんでヒッキーがこの子知ってるの……?」

 

「……そう、ね。……いくら同じ文実とはいえ、あなたがほぼ関わりの無い一年生、しかも女子生徒を知っているというのはいささか不自然ね……」

 

つい今しがたまで生気を感じられなかったお二人が、比企谷先輩が私の名前を出したことで途端に食い付くように問い詰める。

 

「あ、や、その……なんつーか……」

 

言葉に詰まった先輩は、一瞬だけ気まずそうにチラリと私に視線を寄越す。

極力見ないようにしていた私も、この流れではさすがに目が勝手に比企谷先輩を追ってしまっていて、そのタイミングで視線を寄越してくるものだから、バッチリと目が合ってしまった。

 

「……」

 

「……」

 

すぐさまお互いに視線を逸らすと、比企谷先輩は照れくさそうに頭をひと掻きしてから雪ノ下先輩達の質問に答える。

 

「……あー、なんだ……。い、一色の友達だ」

 

一言そう告げると、また気まずそうに視線を宙に漂わせた。

 

「……そう……」

 

「……あ、なんだ、いろはちゃん繋がりか……」

 

最初は食い付くように比企谷先輩を問い詰めたお二人も、いろはちゃんの名前が出たことで、また元に戻ってしまう。

 

「……愛川さん。貴女がどういった経緯で奉仕部に入部したいのかは分からないわ。……ただ、いずれにせよその申し出は受けられないわね……」

 

「……どうしてでしょうか……? 昨日、こちらの顧問でもある平塚先生には先に許可はとってあります」

 

「そうなの。……でもそれは関係ないの。そういう問題では無いのだから……」

 

雪ノ下先輩は、今にも消え入りそうな弱々しい声で、呟くようにそう言った。

 

「じゃあ、どういう問題なんでしょうか」

 

……そんなこと、わざわざ聞かなくたってホントは分かってる。

 

「……その、申し訳ないのだけれど……奉仕部は、もう……」

 

そこまで言うと、雪ノ下先輩は苦しそうに言葉を詰まらせた。

……もう、終わりだから……。そう言葉を繋げようとしたのかな。

 

「もう……なんでしょうか」

 

ここまで苦しそうに言葉を詰まらせた雪ノ下先輩を見たら、本当ならその先なんて問いたださない方がいいのかもしれない。

でもダメです。私はその苦しそうなあなたの表情さえも頭にきてるんですから。

 

「生徒は部活を選ぶのも部活に入るのも自由なはずです。……でも、それでもダメだとおっしゃられるのであれば、その理由をちゃんと聞かせて頂きたいです」

 

うん。どうやら私は自分が思っているよりもずっと怒ってるみたい。

 

「……えっと……愛川さん、だよね……? その、なんで愛川さんは奉仕部に入りたいのかな……。あたしが言うのも変だけど、うちって凄い特殊な部活だし、今まで一度もうちに関わった事の無い愛川さんが、そうまでして入りたい部活とは思えないんだよね」

 

俯く雪ノ下先輩をフォローするかのように、由比ヶ浜先輩が私に質問をしてきた。

 

「……今まで関わった事が無かったら、入部したいと思ってはいけないんでしょうか」

 

私はそんな由比ヶ浜先輩にももちろん噛み付いてしまう。

だって、私が怒ってるのは、あなた方お二人なんですから。

 

「そ、そういうワケじゃないんだけど……」

 

そして由比ヶ浜先輩も言葉を詰まらせてしまう。

……あはは、なんだろ。すっごいおかしい状況だよね。入部希望に来た一年生が、不機嫌そうに先輩方に食って掛かってるんだもん。

普通に考えたら有り得ない状況だし、今の私が雪ノ下先輩達にとてもとても失礼な事をしてるのは重々承知している。

 

 

でも、失礼は重々承知の上で、それでも私は言わせて頂きます!

 

「分かりました。なぜ私が奉仕部に入部したいのか、全てお話しますっ……!」

 

その時、「まさかっ……」って比企谷先輩の顔が蒼白になったけれど、私はもうそんなの気にしない!

……や、ホントは物凄く気にするけどもっ……

 

恥ずかしくて死んじゃいそうだけど!熱を持ちすぎた頭がくらくらと夢見心地だけど!

……それでも私は言わなくちゃいけない。

 

 

──申し訳ありません。雪ノ下先輩、由比ヶ浜先輩。

今から私はお二人に対して、本当に本っ当に失礼な暴言を吐いちゃうかもしれません。

あとで土下座でもなんでもしますので、どうか許してくださいっ……!

 

 

──ごめんなさい!比企谷先輩!

たぶん今から先輩は公開処刑みたいになっちゃいます!

でも私も死ぬほど恥ずかしいんで、先輩も私と一緒に死んでください……!

 

 

──そしてごめんなさい!いろはちゃん!

もしかしたら、いろはちゃん的にはこのままの状況の方が安心出来るのかもしれない。

今から私がする事で、たぶんいろはちゃんにはすっごい迷惑が掛かると思う。

でも……やっぱりこんなのダメだって思うから、今から私がしちゃう事を許してねっ……!

 

 

本日奉仕部に赴くにあたって、ゆうべからずっと想定してた戦いとは全然違う戦いになっちゃったけど、どちらにしたって負けられない戦いがそこにはあるんです!

ふぅぅぅ〜……と深く息を吐き出して、「んっ……!」と気合いを入れた私は、今まで極力見ないようにしていた比企谷先輩を真っ直ぐに見つめてこう切り出すのだった。

 

 

「私は……比企谷先輩の事が好きなんですっ……!」

 

 

× × ×

 

 

突然の乱心とも言えるような私のセリフに、部室内は完全に凍り付いた。

 

「……は?」

 

「……なぁっ!?」

 

「……マジかよ……」

 

こ、これは思ってたよりもずっと死んじゃいそう……

私が放った言葉をイマイチ理解出来てないのか、心底呆然と私を見つめる雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩。

真っ赤な顔でわなわなと悶えている比企谷先輩。

 

……ぁぅぅ……は、恥ずかしいっ……

でも私の戦いは今まさに始まったばかりなんです……!だから私は羞恥に燃え上がる顔も身体も心臓も、とりあえず今だけは横に置いといて、さらに自らを死地へと赴かせなくちゃならない。

比企谷先輩っ……あなたと一緒に、です!

 

「……わ、私は昨日!そちらの比企谷しぇん輩にチョコ渡してばっちゃり振られちゃいましゅたっ……!」

 

って全然ダメでした。また噛み噛み病が再発しちゃってるよ……!

燃え上がるほどに真っ赤になってるであろう顔に両手をあてて覆い隠したいけれど、今はまだ我慢しなくちゃ!

 

「ん!んん!……わ、私は、雪ノ下先輩もご存知の通り、比企谷先輩と一緒に文実で働いてて、あの時の比企谷先輩の姿が、そのっ……か、格好いいって思っちゃって……! それから、ずっと密かに想い続けてきたんでしゅ……す!」

 

未だあんぐりと口を開けているお二人。でも私はさらなる告白を続ける。

 

「……でもそんな気持ちを表に出すことが出来ずにいた私は、ある日いろはちゃんと比企谷先輩が仲良しだって事を知ることになって、そして……つい先日いろはちゃんに頼み込んで比企谷先輩を紹介してもらいました」

 

わちゃわちゃとパニックを起こしていた頭がようやく落ち着いてきた私は、必死だった口調を落ち着かせて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「でも……いろはちゃんに紹介してもらって三人でお話してる内に、私はすぐに分かってしまいました。……いろはちゃんは、比企谷先輩の事が好きなんだ……って。……そして、比企谷先輩もまた、いろはちゃんを特別な眼差しで見てるんだ……って」

 

その言葉に、ずっと呆然としていたお二人がビクリと肩を震わせた。

 

「……それでも私は、そこまで理解した上で……玉砕承知で告白しちゃいました……だって……」

 

そして私は、弱々しく不安げに私を見つめる雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩の目をしっかりと見つめた。

 

「……だって、振られちゃったって構わないくらい、自分の気持ちを押さえ付けておけないほどに、本当に好きになってしまったから……。だから、覚悟を決めて一歩を踏み出したんです」

 

 

 

…………もうダメ。もう比企谷先輩のことは1ミリも見られない……

昨日頑張って告白した時よりも遥かに恥ずかしい。

たぶん先輩も真っ赤になって死にたいくらい恥ずかしいんだろうな……本当にすみませんっ……

だから私の視界には、今はもうお二人しか映っていない。正確には比企谷先輩は視界から削除しちゃいました。

 

そして私の視界の中心にいるこの二人は、先ほどまでの生気の無い顔でも呆然とした顔でもない、真剣な眼差しで私の話に耳を傾けてくれている。

でも私が言いたいことはこんなことじゃないんです。むしろ本題を語る為の……本題をぶつける為の前座に過ぎません。

前座にしては自分を投げ出しすぎた気がしないでもないですけど……

 

真剣に聞いてくれてるって確信出来たからこそ、これから本題に入らせて頂きますね。

 

 

「でもそれは、いろはちゃんだって同じなんですよ?……いえ、同じだなんて言ったらいろはちゃんに失礼です。それくらいに、いろはちゃんは色んな覚悟を持って戦ってたんだと思います。……雪ノ下先輩、由比ヶ浜先輩、あなた達と」

 

 

× × ×

 

 

──あなた達と──

 

私のその言葉に、お二人は口々に「どういう意味……?」と漏らす。

やっぱり、いろはちゃんがどんな気持ちでこの場所に居たのかなんて、この場所の中心たるお二人には見えてないですよね。

 

「雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩は、いろはちゃんがどういう気持ちで奉仕部に来ていたか分かってますか……?」

 

「……それは、ヒ、ヒッキーに会いたかったからじゃないの……?」

 

「目的はそこだと思います。……でも私が聞いているのは、目的じゃなくて気持ちです」

 

「気持……ち?……ごめんなさい。私には分からないわ」

 

「……いろはちゃんは、たぶんここに来る度に物凄く恐かったんじゃないかな、って思います。直接は教えてくれませんでしたけど。……初めて比企谷先輩のお話を聞かせて貰った時に、この奉仕部の絆とかも色々と教えてくれたんです。……とても楽しそうに。とても羨ましそうに。そしてとても悔しそうに……。まるで、あの三人の関係が特別すぎて、あの場所には自分の居場所なんてない……って言ってるみたいに悔しそうに」

 

「そう……なの?」

 

「……いろはちゃんが?」

ずっと葉山先輩が好きだと誤魔化してたいろはちゃんの本当の気持ちに私が気付いたのは、いろはちゃんが比企谷先輩のことを楽しそうに話してる時の笑顔を見たからじゃなくて、むしろその悔しそうな表情を見てしまったから。

だから私はいろはちゃんの本当の気持ちに気付けたんだけど、同時にとても苦しんでたんだな……ってことも分かってしまった。

 

「……それでもいろはちゃんは、逃げずに真っ直ぐに立ち向かいました、雪ノ下先輩たちに。……不安な気持ちを押し殺して、全力で」

 

「……」「……」

 

「そして頑張りに頑張りぬいて、ついに昨日その想いが報われたんです。……でもいろはちゃんだって、私と同じように振られることを覚悟した上での告白だったんです。特別な絆のお二人が居るんですもん、当然です。……それでも、それでもやっぱり想いを伝えたんです。自分と比企谷先輩の絆が壊れちゃうかもしれないことから逃げずに」

 

正直、私と比企谷先輩の間には壊れてしまうような絆とか全然ない。

だからこそ恐れずに告白出来たのかもしれない。もしも私にもいろはちゃんと比企谷先輩くらいの絆があったのだとしたら、それが壊れてしまうことを恐れて、もしかしたら告白なんて恐くて出来なかったかもしれない。

でもいろはちゃんはそれでも想いを伝えた。そして新しい絆を手に入れられた。

 

「……正直凄いです。特別な絆を嫌というほど目の前で見せ付けられても逃げずに立ち向かって、自分の絆が壊れちゃうかもしれない事からも逃げずに立ち向かって、そして想いを告げて手に入れた。……悔しいけど、ホント憧れちゃいます」

 

「一色さんが……」

 

「……いろはちゃん」

 

「だからこそ……だからこそです! だからこそ私も飛び込んでみたいなって思いました! 奉仕部に、この特別な場所に」

 

そう。私が奉仕部に入部したいって思ったのは、いろはちゃんの強さが羨ましかったから。負けられない、負けたくないって思ったから。

 

「……言っておきますが、私は別に諦めたわけじゃないんです! だって……す、好きなんですもん! たかだか一度振られちゃったくらいで、彼女が出来ちゃったくらいで簡単に諦められるくらいなら、そんなの本物じゃないっ!」

 

私のこの一言……本物というその一言で、お二人の目に力が宿った気がした。

なぜだかは分からないけど、これは畳み掛けるチャンスかもしれない!

 

「だから、私の今の目標は、とにかく私を先輩に知ってもらうことなんです! 別にいろはちゃんから先輩を奪っちゃおうとか、そんな大それた事は今はまだ考えてません。ただ私を知ってもらいたい。せめてスタートラインに立ちたい。そしてスタートラインに立てたときに、もう一度本気で想いをぶつけたい!……それが今の私の目標です。だから出来る限り近くに居たい。それが、私の入部希望理由です。……………………でも、」

 

そしてここからが本当の勝負です。

私がなんでこんなにも怒ってしまったのか。なんでお二人を責めるような真似をしたのか。

 

「……そんないろはちゃんや私の想いに比べて……お二人の想いは…………どうなんでしょうか……」

 

私の低い声から発せられたその言葉に、空気がしん……と張り詰める。

雪ノ下先輩からの冷たいプレッシャーが凄い。由比ヶ浜先輩からの不安感が凄い。

でもすみません、私は止まれないんです。いろはちゃんの為に。お二人の為に。そして何より、私の大好きな比企谷先輩の為に。

 

 

「……ほとんど初対面みたいな先輩方にこんな言い方をするのは大変失礼だと分かってます。でも言わずにはいられません……」

 

すっと目を閉じて深く深呼吸をする。

膝の上で握った手のひらがじんわりと汗をかいてるけど、気にせずにさらにギュッと握る。

 

「……お二人は、いま自分達が抱えている想いに、そんな覚悟で臨みましたか……?臨めましたか……?」

 

 

× × ×

 

 

「……どういうことかしら」

 

凍り付いてしまいそうな雪ノ下先輩の問い掛け。

物凄く恐くて仕方ないけど、私は強気なフリをしてそれに答える。

 

「お二人は、このとても大切な場所が壊れてしまう事を恐れるあまりに、自分の本心から逃げていませんでしたか?って事です」

 

「私が……私たちが逃げた……?」

 

「はい。むしろ今まさに逃げてる真っ最中のようにも見えます」

 

……こんな偉そうなこと言ってる癖に声が震えそう……

でも今だけは弱気になっちゃいけない。強く厳しく、この人達に勝たなくちゃいけない。

 

「あのさ、愛川さんになにが分かるのかな……? あたし達の何が分かるの……?」

 

「分かりますよ……だって、今の先輩たちは全然恐くないですもん……。いろはちゃんに聞いてたのと全然違う。なんであのいろはちゃんがこの程度の人たちにあんなに臆病になってたのか全然分かりませんっ……。だって……」

 

 

──ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!

ホントは分かってます。お二人がどれほど苦しいのかを……私なんかにこんなこと言う資格なんて無いってことくらい。

 

関係性が深くなれば深くなるほど、絆が強くなれば強くなるほど、その関係を……その絆を壊してしまうことはどれほど恐ろしいことだろう。どれだけ臆病になってしまうことだろう。

 

私はその絆がまだないから平気で告白できた。

 

いろはちゃんは絆が壊れるかもしれない覚悟で果敢に告白出来たけど、いろはちゃんには申し訳ないけど、たぶんこの三人の特別な絆ほどの絆では無いと思う。

 

でもこの三人は……んーん?三人だからこそ、この特別な絆を壊してしまう勇気を持てなかったんだと思う。

そもそもスタートが私やいろはちゃんとは違う。三人の距離が特別すぎて近すぎたからからこそ、壊す覚悟が出来なくなってしまったんだ。

 

それは誰にも責められない。確かに意気地なしな心の弱さかもしれないけど。

でもたぶん……もし私といろはちゃんが雪ノ下先輩たちと同じくらい比企谷先輩との絆を持ってしまってたら、たぶん告白なんて出来なかったと思う。

それでも私は言わなくちゃ。この先の言葉を……

 

「……お二人は、自分達の特別な絆にあぐらをかいて、比企谷先輩が自分達以外の誰かを……いろはちゃんを選ぶわけないって、勝手に信頼を押し付けて勝手に安心して、大事な一歩を踏み出さなかっただけじゃないんですか……? そして、残酷な現実を目の当たりにしてしまったから、その現実から目を背けて、この関係を終わらせようと逃げてるだけじゃないんですか……?」

 

 

……苦しいよ……、私なんかの言葉で、この素敵なお二人がこんなに苦しそうに顔を歪めてしまうことが。

でもあと少し。あと少しだけ……!

 

「……正直、ガッカリしました。私はいろはちゃんに負けたくないから、いろはちゃんと同じようにこの奉仕部って部活に飛び込んで、いろはちゃんみたいに強くなれたらな……って覚悟を決めてここまで来たのに、その肝心のお二人が、たかだか比企谷先輩にちょっと彼女が出来ちゃったくらいでうじうじして、自分の想いを伝えもせずに逃げるだけの人たちだったなんて。……はっきり言ってこんなんじゃ“勝負”にもなりません。やっぱり私の勝負相手はいろはちゃんだけです!」

 

 

私がそう言い切った瞬間、室内がピシィッと氷に包まれた感覚に陥った。

ひ、ひぃぃ……!やりすぎだったかなっ……

 

 

『雪ノ下先輩ってさー、超美人だけど超クールなイメージじゃない? でもねー、あの人って勝負事となると実は超負けず嫌いなんだよねー。それはもう尋常じゃないくらいの』

 

『結衣先輩ってすっごく優しいし空気を読むのとか超得意なんだけど、こと先輩の事となるとムキーッて空気を読まなくなっちゃうトコあるんだよねー。どんだけ好きなの?って呆れちゃうくらいに』

 

 

これは比企谷先輩の……奉仕部のお話を聞かせて貰った時のいろはちゃんのセリフ。

 

……今は比企谷先輩をいろはちゃんに取られちゃった直後だから、もう頭のなかがいっぱいいっぱいになってて冷静な判断なんて出来ないですよね。

でも、今の混乱した一時の感情だけでこの絆を壊してしまったら、たぶん雪ノ下先輩たちは凄く後悔してしまうと思う。

でも後悔して冷静になった時にはもう手遅れだと思うんです。こんなに不器用で特殊な関係の先輩たちは、一度完全に壊れてしまった関係を元通りに戻せるほど器用な人たちじゃないと思うんです。

だったら私が焚き付けて挑発してでも何してでも、このお二人の比企谷先輩を想う気持ちに賭けてみるしかない。

 

 

いろはちゃんが苦しみながらも憧れたこの素敵な関係。

 

そんないろはちゃんを見て私も憧れてしまった素敵な関係。

 

そして何よりも比企谷先輩がとても大切にしている素敵な関係。

 

 

そんな、本来なら太陽みたいにぽかぽか暖かいであろうこの場所が、こんな一時の感情なんかで壊れて欲しくない!だから私はこんなにも怒ってるんです!

 

 

「……ふふ……ふふふ……」

 

!?

その時、とても小さくとても低い笑い声が室内いっぱいに広がった。

とても小さいから普通なら教室中に響き渡るはずは無いんだけど、これは間違いなく室内全体に響き渡ったと思う。それほどまでの重圧を感じる。

 

「……愛川さん。あなた、随分と素晴らしい度胸をお持ちのようね。……ええ、とても感服するわ」

 

「……ひっ」

 

どどどどうしようっ……!身体がガタガタと震えちゃう……!

私、皆さんの……というか本人の前で比企谷先輩への想いを熱く語っちゃったりして、すでに精神的にはもう何度も死んじゃってるくらいなのに、これからさらに酷い目に合っちゃうのかな……!?

そんな覚悟を密かに決めていた私をよそに、雪ノ下先輩は俯いてこんな独り言を始めた。

 

「……まったく……私としたことが、みっともなく一体なにをこんなにも悩んでいたのかしら……本当に人生で最大級の汚点になりそうね」

 

「……えへへ、そうだねゆきのん!こんなのって全然ゆきのんらしく無かったってゆーか、こんなのあたしも全然らしくなかったし……!」

 

「ええ……駄目ね、私たち」

 

「うんっ。本当にね」

 

雪ノ下先輩の独り言は由比ヶ浜先輩とのふたり言へと広がり、そしてそのふたり言が私を含めての三人言へとさらなる広がりを見せる。

 

「愛川さん」

 

「は、はいっ」

 

「あなたがなぜ私達にここまでの事をしてくれるのかは分からない。私達を焚き付けても、あなたには不利益にしかならないと思うのだけれど。…………でも、誠に遺憾だけれど、今回はあなたのその安い挑発に乗らせてもらうことにするわ。……見ていなさい」

 

……あ、挑発だってバレバレだったんだ……

 

すると雪ノ下先輩はすっと立ち上がり、比企谷先輩へと真っ直ぐに向き直る。

ただ立ち上がってくるりと向き直っただけだというのに、その姿は信じられないくらいに美しい。

 

「……比企谷くん」

 

「……え?あ、な、なんでしょうか……」

 

あ、比企谷先輩居たんでしたよねっ……

恥ずかしすぎて私も完全にシャットアウトしちゃってたし、たぶん私以上の公開処刑を居たたまれない気持ちで味わっていた先輩自身が、自らを空気と化してたのかもしれないけど……

 

 

雪ノ下先輩は比企谷先輩と目が合うと、その美しい佇まいから一転、耳まで真っ赤になってもじもじし始める。

前髪を弄ってみたりスカートの裾を弄ってみたりと、その姿は総武高校の氷の女王とは思えないほどに、ただの乙女そのもの。

 

瞳を閉じて、はぁ……と深く息を吐ききると、キッと比企谷先輩を睨み付ける。真っ赤なままで。

 

「……昨日はあまりにも突然な出来事に心が乱れてしまって、ちゃんと言えなくてごめんなさい。……その……おめでとう。あなたに彼女が出来てしまうだなんて、明日雪が降るどころか、これはもう世界の終末も近いのかもしれないわね」

 

「や、その、なんだ……あ、ありがとう?」

 

「……で、でもっ、この際だから言わせてもらうわ……。本当に屈辱的過ぎて、この私が今夜は血の涙を流しかねない程の苦痛を味わう覚悟であなたごときに言ってあげるのだということを忘れないで頂戴……絶対によ」

 

「……へ?お、おい、ちょっと待て雪ノし…」

 

「比企谷くん……私はどうやらあなたに惹かれているみたいだわ……!……クッ、本当に屈辱ね……本来であれば、あなたから土下座で告白されたのならば、ギリギリで交際してあげなくもない程度のちっぽけな気持ちだというのに……!」

 

「……いやちょっと待ってね?……お前いきなりなに言ってんの?」

 

「今回はたまたま先に一色さんに譲る形となってしまった訳だけれど、よくよく考えたらたかだか高校生同士の浅い恋愛など、人生の中で起こりうる出来事でいえば取るに足らないものよね。どうせ長続きなどするわけが無いのだから、今のうちにせいぜい一瞬の輝きを楽しんでおくことね」

 

「なにそれ酷くない?」

 

「で、でもその内、あなたも結局は本物の魅力に気付くことになるでしょう。その為ならば私はその労力を惜しむことはないのだから。……だ、だからっ……!覚悟して首を洗って待っておくといいわ……!」

 

ゆ、雪ノ下先輩……

その告白はどうかと思いますが……

そして、涙目でなんとかそこまで言い切った雪ノ下先輩は、両手で顔を覆い隠して椅子に座り込んでしまった。

 

「ゆきのんズルい!あたしだってっ……!」

 

すると次は由比ヶ浜先輩が元気に立ち上がると、雪ノ下先輩と同じく顔を真っ赤に染め上げて比企谷先輩へと向き直る。

 

 

「ちょっと待て由比ヶ浜……お、お前までまさかっ……」

 

「ヒッキーごめんね!あたし悔しくて悲しくて、ちゃんとおめでとうって言ってあげられなかった……ホントならあたしが一番に祝福してあげなくちゃいけないのに……」

 

「いや、そんなこ…」

 

「でも!やっぱり悔しいよ! だって、あたしだってヒッキーのこと大好きなんだもん! てゆーか、いろはちゃんよりゆきのんより愛川さんよりも、誰よりも先にあたしがヒッキーのこと好きになったんだしっ!」

 

「……ぐぅっ」

 

「だからあたしだって負けない! とりあえずはおめでとうかも知んないけどっ……! でもあたしも諦めないから! ヒッキーにはまだハニトーの約束だって守ってもらってないんだから、いろはちゃんには悪いけど1日だけは絶対に付き合ってもらうし! 約束通り二人でシー遊びに行って、んで、あたしの魅力だってちゃんと知ってもらうんだかんね!」

 

由比ヶ浜先輩もなんとかそこまで言い切ると、うがーっと頭を抱えて机にダイブしてしまった。

お、お疲れさまですっ……。

……でも二人でシーに行くことは決定事項なんだぁ…………い、いいな……

 

 

 

──ごめんねいろはちゃん……!まさかこんなことになるなんて……

私、ここまでの事は想定してなかったよぉ……もしかしたら私、とんでもないことしでかしちゃったのかもっ……!

 

「……愛川さん」

 

「は、はいっ……!」

 

お二人のあまりのパワーに押されてしまい、ぽけ〜っとしちゃっていた所に、早くも回復したらしい雪ノ下先輩から声が掛かった。

あ……まだプルプルと震えてるから、どうやらまだ回復しきってはいないみたいだけど。

 

「……いいでしょう。あなたの入部を認めます。明日から来るといいわ」

 

「ほ、ホントですか!?ありがとうございます! …………え?でも明日から、ですか……? 今日もまだ下校時刻まで時間ありますけど……」

 

「今日のあなたはまだ部員ではないの。用は済んだのだから、もうお帰り願えるかしら」

 

すると雪ノ下先輩は居心地が悪そうにすっと目を逸らすと、こほんと咳払いをひとつ。

 

「…………今日は……三人での奉仕部が最後の日になってしまったの。私も由比ヶ浜さんも、まだ比企谷くんと話したいことが山ほどあるのよ。お、主に私が聞いていないシーの約束とやらについて……。なので申し訳ないのだけれど、今日だけは、三人で居させてもらえないかしら……」

 

──そっか……お邪魔な私を明日から迎え入れて頂けるんだもんね。

だったら今日だけは邪魔者は退散しておこう。そのセリフで机にうずくまったままの由比ヶ浜先輩の肩がビクゥッと震えたし。

 

「はい。それでは今日は帰らせて頂きます」

 

そして私は立ち上がり、雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩に深々とこうべを垂れた。

 

「今日は分も弁えずに生意気なことを言ってしまい、誠に申し訳ありませんでした。……それなのに、こんな失礼な私を明日から受け入れて頂けるなんて、本当に感謝以外の言葉が思い浮かびません。……明日から、どうぞよろしくお願いします!」

 

「ふふっ、いいのよ。これでもあなたにはとても感謝しているの。……ありがとう、愛川さん。あなたのおかげで、とても大切な物を失わずに済んだわ」

 

「そ、そんなことないですっ……」

 

「そんなことあるのよ。黙って謝意を受け取ってくれると有り難いのだけれど」

「……はいっ」

 

まだ告白の熱が冷めやらないのか、瞳は潤んだままで頬も赤いままだけど、そう言って雪ノ下先輩は優しく微笑む。

 

「……ただ」

 

「っ!?」

 

「私が本気になった以上は、二度とあのような生意気なセリフは吐けないと理解しておきなさい。あんな真似をしてまで私を焚き付けた事を後悔させてあげるわ。…………もう、一色さんにもあなたにも、決して遅れは取らないから」

 

……ぷっ!やっぱりこの人は負けず嫌いなんだな。

でも、そんな強気な微笑を浮かべる雪ノ下先輩は、今日一番の美しさだった。

 

「……えへへ、望むところです!」

 

 

 

もう一度ペコリと頭を下げて扉へと向かう私。

その際、うずくまってた由比ヶ浜先輩がちょこっとだけ起き上がって、たはは〜と赤面したまま苦笑いを浮かべながらだけど、胸元でちょこちょこと手を振ってくれた。

ちなみに悶えまくっている比企谷先輩には恥ずかしさと申し訳なさで、とてもじゃないけど顔を向けられませんでしたっ……!

 

 

──こうして私 愛川愛は、ついに念願の奉仕部への入部をはたしたのです!

 

 

× × ×

 

 

「……あ、ひ、比企谷先輩……! その……お、お疲れさまでひゅっ……」

 

「……」

 

その日の最終下校時刻間際、私は駐輪場にて比企谷先輩を待ち受けていた。

部活は先に帰らされちゃったけど、別に家に帰れとまでは言われて無かったし、どうしても比企谷先輩とお話したかったから、部室をあとにしてから比企谷先輩の自転車の前で待っていたのだ。

 

「……あ、あの〜……今日はあんなことになってしまって……ホントにすみませんでしたっ……」

 

「……」

 

うぅっ……やっぱり怒ってますよねっ……

 

「……お前……なんつーことしてくれんだよ……」

 

「す、すみませ〜ん……」

 

比企谷先輩は頭を抱えながらも、なかなか私のことは見てくれない。

そこまで怒ってるのかなと不安になったんだけど、そっぽを向いてる先輩の耳が赤く染まってるし、どうやら先ほどの私の暴走による熱烈な想いの打ち明けに照れてるみたい。

うぅ……重ね重ねすみません……

でも私だって先輩を待っている間、ここでずっと悶えてたので許してください……!

 

「マジでどうすんだよアレ……」

 

う、うーん……私が退出させられてから、一体どんな風だったんだろ、あの教室内……。想像しただけでも恐い……

 

でも未だ深い溜め息を吐き続ける比企谷先輩を見ていたら、ついついちょっとだけムッとしてきちゃった。

なんか最近ちょっと短気になってきちゃったのかな?

 

「そ、それは確かに私がやらかしちゃったのは事実ですけど! で、でも結局一番悪いのは比企谷先輩なんですよ!? あんなに素敵な人たちに囲まれてるくせに、ずっと気持ちに気付かないフリして一番逃げてたのは比企谷先輩なんですから……! い、今の現状は今までのツケです!こんなにも女の子たちの心を弄ぶ比企谷先輩なんてバチが当たっちゃえばいいんですっ……!」

 

「……弄んでねぇよ……」

むっ……それをちゃんと理解して改めなきゃ、先輩はこの先ずっと地獄を見ることになりますからね!?

 

「……まぁ、なんだ」

 

すると、ずっと溜め息ばっかり吐いてた比企谷先輩が、とても恥ずかしそうに……でもちょっとだけ嬉しそうに頭をがしがし掻くと、ポツリとこんなことを言うのだった。

 

「……愛川のおかげでひでぇ目にはあったが、その……助かったわ……あんがとな」

 

「〜〜〜っ!」

 

 

…………やっぱりこの人はズルい……こんなんだから誰彼構わず惹かれていっちゃうんですよっ……

 

「……べ、別に私はお礼を言われるようなことはホントなにもしてないです。……たぶん雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も、初めて体験する事態に、ただただどうしたらいいのか分からずに混乱してただけだと思います。そして、その事態をちゃんと認められるきっかけが欲しかっただけだと思うんです。だから私は単なるきっかけのひとつですよ」

 

「……そうか。……でも、あんがとな」

 

「〜〜〜っ」

 

もぉ!……ホントにズルい……!

熱くて顔が上げられない私は、こんな何気ない程度のことで照れてしまった自分を先輩に悟られないように、ころっと話題を変えることにした。

 

「……そっ、そんなことよりもっ!……な、なんで先輩は一人で居るんですか!?」

 

「うお!いきなりだな。いや、なんでってもう帰るからだけど」

 

「はぁぁ……なんで昨日から付き合い始めたばかりの彼女と一緒に帰らないんですかねって意味なんですけどっ……」

 

「は?付き合ってたら一緒に帰んなきゃなんないの……?恥ずかしくて嫌なんだけど」

 

「……」

 

いろはちゃん……前途多難だね……

 

「もぉ! いろはちゃんはたぶんしばらくは恐くて奉仕部に近寄れないんですよ!? 彼氏の比企谷先輩だってそれを理解してくれてるはずだって思ってて、今ごろ絶対に生徒会室でポツンと来てくれるの待ってるはずですよ!? まったく!そんなことじゃホントにすぐに愛想尽かされちゃいますからね!………………まぁ愛想尽かされたらそっちの方が好都合ですけど……」

 

……さ、最後にぽしょりと付け足した心の呟きは聞こえてないハズ!

 

「ほらほら〜、早く迎えに行ってあげてくださ〜い」

 

そして私は比企谷先輩をくるりと回転させて、背中をグイグイと押してあげる。

ふふっ、今日は……んーん?明日からは、雪ノ下先輩たちのこと込み込みでずぅっといろはちゃんに物凄い迷惑をかけちゃうだろうから、せめて今日くらいは大人しく先輩を譲ってあげるね?いろはちゃん!

 

「……行くから押すなっつーの……つーかさっきの部室での事といい今といい、愛川って…………こんなキャラだったっけ……?」

 

グイグイと押されながら、比企谷先輩が困惑した様子で尋ねてきた。

ふふふ、もう昨日のこと忘れちゃったんですか?だったらもう一度言ってあげますね?

 

「だから昨日言ったじゃないですか。なにかに目覚めちゃったかもって♪」

 

私の最大級の笑顔で!

 

 

「……目覚めちゃったモノが強烈すぎんだろ……」

 

そんな最大級の笑顔に対して呆れた顔を返してくる先輩。

でも私は今の私、結構好きですよ?いつも周りの目を気にして、いい子でいなきゃいけないって自分を誤魔化して、自分に正直になれなかった昔の私なんかよりもずっと!

 

 

 

 

 

────相変わらず頭をがしがし掻きながら、渋々校舎へと戻っていく比企谷先輩の背中を優しく見守りながら、私 愛川愛は思うのです。

 

私の初恋は綺麗さっぱり終わってしまったけれど、初恋は叶わないのが定説の恋愛事情においては、これで良かったのかもしれない。

だって初恋は終わっちゃったけど、今私が比企谷先輩に抱いてる想いは、もう恋じゃなくて愛なんだもん。

ふふっ、そんなの単なる屁理屈かもしれないけど、でも今はそれでいい。良く言われる言葉だけど、漢字で書けば恋は下心、愛は真心ってね。

だからあながち屁理屈でも間違いでもない、私の初めての愛心。

 

恋心から愛心へとパワーアップした私の想い、届かせるのはあまりにも壁が高過ぎるけど、人を愛する気持ちを持つのは自由なのだ!

 

だからもうちょとだけ頑張ってみよう。

少なくとも私の前に、比企谷先輩よりも素敵な人が現れるまでは、二番目の恋が始まるその時までは、私はこの愛心の思うままに、正直に自分の想いに身を委ねていたいと思うのです!

 

 

 

 

 

 

 






長い間本当にありがとうございました!
まさかここまで長く延びてしまうとは思ってませんでした(・ω・;)


八色に限らず、メインヒロイン以外でのカップリング成立SSではどうしてもその後の奉仕部の扱いに困ってしまい、結局そのまま触れずに流してしまう事も多いかと思います。
でも、私的にはせっかくいろはすとのカップリングを成立させた以上は、ちゃんとその後の奉仕部のカタチも描きたいなって思いまして、今回はオリキャラの愛ちゃん視点から奉仕部のその後を描くという形を取らせていただきました。
つまりこの番外編は、オリキャラ愛ちゃんの成長物語であると同時に“奉仕部の後日談”だったわけなのです。

そのAfterを書きたいが為に始めたこの愛ちゃん視点でしたが、某オリキャラ達と違ってあまり個性的な存在では無かった為、正直かなり書くのが大変でした……危うく途中で投げ出しちゃいそうになりましたよ(苦笑)
ま、小悪魔に目覚めてからは多少書きやすくなりましたけどw



ではでは!こんなラストでご満足頂けたかどうかは分かりませんが、もしも楽しんで頂けたのなら幸いです☆
本当に本当にありがとうございました!




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