木曾とそんな泊地 (たんぺい)
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プロローグ:木曾と大本営の提督

漆黒のマントを身に纏い、ベレー帽にセーラー服を着こなす少女がいた。

傷だらけの顔には眼帯をしており、その奥からは怪しい光が漏れている。

 

一瞥するだけで、彼女がただ者では無いことは、見るものの想像にはかたくないだろう。

 

その女の名は「木曾」という。

 

 

木曾

球磨型5番艦の軽巡洋艦の名を冠した彼女こそ、栄えある大本営所属の1番隊旗艦の屈指のエリートである。

 

大本営の1番隊。

正確には「帝国海軍第1連合艦隊」と言う大本営所属の艦隊のエースチーム。

帝都を守護する象徴として数多の凡百の艦娘の隊員から選りすぐられた者、6人しか居ない最強の艦。

 

一航戦として先の戦の時代では艦隊で長門と共に日本の魂として輝き、今でも最強の空母として轟く正規空母「赤城」。

先の戦で無傷で生き延び、時雨と共に不死身の代名詞として今なおその誇りを汚さぬ「雪風」。

華の二水戦として、格上の相手ですら一歩も引かぬ戦で鬼神のように今も先も切り込み隊長として戦い抜いた「神通」。

日本最強の戦艦として大和と共に並び立つ戦場の華、最強の火力の大戦艦「武蔵」。

先の戦では終戦まで生き抜いた、ゴーヤこと深海に潜むスナイパー「伊58」。

 

その大本営所属の1番隊の彼女達に並び立つ実力を持った彼女、しかも旗艦となればリーダーとなる立場となる。

今や木曾の名を知らない海軍関係者は存在しないだろう。

そんな彼女は提督…艦娘を指揮するエリート兵すらも迂闊に指図できないといわれている。

 

或いは指図出来るとしたら

 

「おお、よく来てくれたね、木曾」

 

木曾を軽い調子で呼びかけた、大本営所属提督海軍の大将にて次期海軍元帥に最も近い…

例えば木曾の目の前で、豪華な革張りの椅子に鎮座し大理石で出来た巨大な机でふんぞり返っているような、

この男ぐらいなものだろう。

 

 

「俺に何の用だ提督、不安なのか?」

「やめないか木曾、お前の優しさは、いつだって私を甘えさせてしまう」

 

開口一番切り出した木曾の心配に、提督は笑って返した。

しかし、一転真面目な口調になり、提督は木曾に向かって話をはじめる。

 

「しかし……不安か、その通りだ。この海軍は、日本は危険に晒されている」

「何だと?!」

 

海軍の、ひいては日本の危険とまで言い出した。

たちの悪いジョークではない、提督の口調がそういっている。

そう思い取り乱した木曾だったが、直ぐに冷静さを取り戻して質問を続けた。

 

「日本の危機とは穏やかじゃない、何の話だよ」

「ふむ、単刀直入に言えば…リンガだ」

「リンガ…確か、日本直轄の海外泊地だったか」

「そう、そのリンガだよ」

 

泊地

深海棲艦に対する力を持った艦娘を、持たない海外の国も存外する。

日本は海外に艦娘を派遣することでその海外の地を守る代わり、

資源や土地といった陸路の供給と独自のシーレーンの確保を行う権利を得ている。

 

…当然、現地人からの摩擦や外交問題、更に言えば日本の艦娘の拉致未遂すら起きるのもかつては日常茶飯事ではあったが…。

しかし、提督や艦娘から見捨てられれば、イコール焦土になるということでもあり、

艦娘を怒らせて泊地を廃棄した結果、国の4分の1を深海棲艦に灼かれたと言う事件が起きて以降、表立った衝突・事件はなくなっていった。

しかし、未だに深い溝は存在しているのが泊地の現状である。

 

そんな訳で、泊地とは、つまり鎮守府以上にデリケートな土地であり、

そこでの問題とは、日本からすれば資源確保の異常や国際問題に直結しており、

木曾も心底、シリアスな口調になり、提督の話に耳を傾ける。

 

そんな彼女を横目に提督は続けた。

 

 

「そのリンガだが…深海の連中の手に堕ちた、と言う報告が上がっている」

「ハァ!?い、一大事じゃないか?」

 

日本の海外直結地が敵の手に堕ちた。

木曾に最大級の衝撃が走る、いや、木曾じゃない艦娘ですらショックだろう。

しかし、提督は涼しい顔を崩さぬまま、木曾に語りかけた。

 

「厳密には、深海の連中がリンガ泊地を出入りしていると言う報告が上がっている」

「な、それは…」

「リンガ自体のシーレーンは、まあ、無視して良いかもいいレベルだが、問題はそこではない…木曾はわかるな?」

「艦娘の情報、各地提督の情報、まるで筒抜けになったって事なのか?」

 

事態の重さに顔が真っ青になる木曾。

その木曾を知ってか知らずか、更に提督は重い言葉を投げかけた。

 

「…最悪な、いざとなれば核弾頭すら使用する用意もある」

「な、長門や呉や長崎の連中が黙ってねえぞ馬鹿!」

「焦土にせざるをえまい、ガン細胞を取るには荒療治が最適だと決まっている」

「…情報が筒抜けになった限り、か」

 

 

悔しそうな、悲しそうな顔になった木曾。

 

確かに提督の言う話はわかる。

深海の者に容赦はしては、国土レベルの被害が最低限のレベルと言う、

まして、情報漏洩が常時起きているならば世界すらも被害が起きる。

情報漏洩の元を焦土にしろと言う提督の言動は、手段の是非はともかく正論である。

 

とはいえ、腐っても木曾は艦娘。

無為の人の殺害を自ら行い、守るべきものを灼けと言う言動に、

悲しい気持ちを抑える事はできない。

根が優しい木曾ならば尚更である。

 

 

「何か言いたいのか、木曾」

「当たり前だ…当たり前だ!お前の言いたい事は理解出来るがな…!」

「そこで、武蔵か神通なら遠慮無く俺を殴ってたな」

「…え?」

 

なぜ1番隊のみんなが、その名前が出てくるのか木曾にはわからない。

そんな木曾をまっすぐ見据え、苦笑いしながら提督は語る。

 

「赤城だったとしても平手打ちは免れん、雪風やゴーヤは逆に泣きだしそうだ」

「おい…提督?」

「お前に相談できて良かった、やっぱり、軍隊としてまともでない手は提督として使いたくない」

「なら…」

「言わねばならぬ立場がある、最悪で最低でも通さねばならぬ最低限の手はある…私レベルの提督ってそういうモノだ」

 

気まずい沈黙。

夫婦喧嘩の後のような、何ともいえない表情を木曾は見せる。

 

「…すまない、お前の気持ちを、わからず声を荒げたな」

「謝罪はいいぞ木曾、私が悪い…私を『お前』呼ばわりして赦せる仲だ、こんな事もあるさ」

「お茶を濁すな、ならばどうしたらいいのさ?お前はどうしたい?」

 

木曾が、提督に向かって質問をぶつける。

本質的な話だ。

木曾はどうしたら良いのか、リンガをどうしたいのか。

 

「木曾、お前をリンガに派遣する」

「お、俺を?」

「そう、表向きは『出向』…期間は4ヶ月程か、リンガに出向き深海の動きを見て欲しい」

「なんだって?ちょ…ちょ待て?!」

 

木曾の質問を遮って、提督の事務的な話は続く。

 

「木曾の後任は一時的だが阿武隈に任せる、1番隊の旗艦は赤城に回す」

「大丈夫なのかよ?!帝都の守護は!」

「…一時的な話だよ、リンガから帰参すれば木曾の席は元に戻す」

 

提督の言葉に安堵した木曾。

そんな彼女は、おのが本音を絞り出すように吐露した。

 

 

「そうか、一瞬お前から嫌われたと思ったよ…取り乱して済まない」

「一番信頼している木曾だったから、唯一ケッコンした艦娘だからこその話さ」

「…」

「照れるなよ、誰も見ていないのに」

 

提督の、なんだか歯の浮きそうなセリフを受けて、

真っ青な顔だった木曾が真っ赤に染まるのを提督はからかいつつ、

提督は本来の『作戦』を木曾に授けた。

 

「木曾よ、お前にしかリンガの視察はできないのだ…先遣の偵察員として、お前を一人リンガに送らせてもらう」

 

なんでさ、と木曾は反射的に声をあげかけたが、それは考えてみたら当たり前の話である。

 

赤城はまず無理だ、実力以上に国内外からの人気が高すぎて目立つ。

武蔵ももっと無理だろう、見た目や武器が派手過ぎるにも程がある。

逆に子供な雪風や運用が特殊過ぎるゴーヤには、こんな任務はキツい。

 

結局、木曾の同僚たちは偵察・調査と言う任務には向いてないと言う話であった。 

 

 

あるいは唯一、偵察の成功の可能性がある神通は軽巡洋艦や駆逐艦の教育係の統括としての仕事がある。

教育係の更なるまとめ役、そんな立場の重要性は、軍と言う立場ではある意味で提督のソレを軽く越えている。

大本営のそんな立場だったとしたら尚更だ。

それを外して神通を何ヶ月か他泊地へ出向させるのは、なるほど自殺行為だ。

 

如何に木曾は隊長とは言え、彼女にお鉢が回るのは自然な話だった。

 

「頼めるな、木曾…日本は、お前の働きにかかっている」

「わかったわかった…お前は俺に美味い酒を用意しろよ、こんな任務なんて一瞬だ、この任務が終わったら言いたい事が有るんだ」

「オイ…木曾よ、オイ…」

 

伝統的な死にいく者のセリフをわざと吐きながら。

手玉に取られ続けた意趣返しとばかりに、ふざけた事を言う木曾。

 

そして、ひとしきり提督相手に馬鹿笑いしつつ木曾は気合いを入れて提督に宣言した。

 

 

「『球磨型軽巡洋艦改・重雷装巡洋艦木曾』、参る!」



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第一話:木曾と別れと出会い

「あれが、リンガ…」

 

艦娘輸送専用の特殊大型輸送船の一室。

軍用の輸送船と言う事で、娯楽施設もなにもなくただハンモックに揺られる事ぐらいが楽しみの船旅の、

その終わりにて自分の新しい始まりの地になるリンガ泊地。

それが自室の窓から見えたことからか、木曾は先週の送別会について改めて思い返していた。

 

 

時は提督のリンガ泊地の話を聞いた翌朝、午前4時も回らぬ木曾の自室から始まった。

 

「木曾が左遷ですって!?提督は何を…」

「ふ、ぁ…赤城、赤城さん落ち着いて」

 

 

木曾の自室に、何故か赤城が木曾をがくんがくん振り回しながら問い詰める。

ただでさえ早い海軍の朝の起き抜けに、開口一番の話でコレである。

 

赤城は責任感が強く真面目な性格であるが天然で思い込みも強く、ショックを受けると暴走しやすい。

どこから仕入れた情報か木曾が隊から外れ海外泊地に飛ばされると知り、だまってられなかった様だ。

そこで、木曾の部屋で事態の張本人に話を聴きに来た、と言う流れである。 

 

……しかも、黙ってられなかったのは赤城だけでは無いらしく

 

 

「木曾!提督の横暴からリンガに飛ばされるとは何だ、何が起きている?!」

「木曾さん、何故海外泊地に逃避行の計画なんて…」

「木曾さん!リンガ泊地に流刑って聞きましたぁ!どういう事ですかぁ!」

「木曾っちがまるゆに手を出して憲兵に海外の営巣へ送られたって生々しい話、嫌いじゃないでち!」

 

1番隊みんな、木曾の部屋に来た。

 

 

「とりあえず真面目な話だから落ち着けみんな、後、でっちは説教」

「でち?!」

 

木曾は荒ぶる仲間たちを諫めつつ、ゴーヤは一発木曾と神通にしばかれつつ。

木曾は提督から聞いた今までの事実を説明する。

 

 

リンガ泊地が、今危険に晒されている事。

それは日本全体の危機、世界の危機に直結する事。

リンガ泊地を調査する必要がある事。

その事が出来るのが、木曾しかこの鎮守府にしかいない事。

 

最初こそ隊長の離脱の噂に色めき立った同僚達は、その張本人からの話を理解するにつれて、

揃って青くなったのは言うまでもない話だった。

 

 

「何故…木曾が……」

そんな絶句する仲間の中で最初に口を開いたのは、木曾の付き合いのいちばん長かった赤城である。

 

「俺の話を聞いてたな赤城、適任が…」

「そうではなく、貴女一人で何ができますか!私にも覚えが有りますが一人で何でも出来ると思って安請け合いしないでください!」

「そんなつもりで受けた話かよ、この任務に俺と組めるやつが今は1番隊にいないだろ」

「なれば…3番隊か4隊の誰か、陽炎や名取でも…そうだ、時雨!時雨が良いわ!彼女を貴女の護衛に…」

 

勝手な青写真を語り、一人で盛り上がる赤城。

そんな彼女を諫める為に、木曾は冷たく言い放つ。

 

「赤城、隠密任務の先行要員に複数でぞろばら出て行って何になる?馬鹿と、高雄辺りは言うだろうな」

「くっ…ですが……」

「作戦は殲滅や防衛ではなく調査だけ、ヤバくなったらとんぼ返りするなら、むしろ仲間が居た方が邪魔になりかねん」

「う……」

「そもそも提督の勅命だ、提督の意向に逆らうのは愚かだ…赤城らしくないな、何故作戦に噛みつくのさ」

 

木曾のわざとらしい物言いに、まるでかみ殺すかの様な声でうなり睨みつける赤城。

そんな赤城をフォローするかの様に、武蔵たちが横から口を出す。

 

「お前は、死にに行くのと同義だろうが!友達が、仲間が止めるのは当たり前だ!」

「そうです…私の教え子たちなら、護衛を貸し出します!」

「木曾さん一人が危ないのはおかしいれすぅ!」

「ゴーヤだって、一人で飛ばされるの嫌でち!木曾っちもそうじゃないの?!」

 

参ったな。

そんな仲間たちの話を聞いて木曾が抱いた感想がソレだった。

 

本当は木曾は説明は提督に任せ、黙ってリンガに出て行くつもりだった。

しかし、何故だか情報が漏れたせいでコレである。

泣きそうな、怒った様な顔で木曾を質問攻めにしようとした、愛すべき仲間に木曾は応えたかった。

 

「本当に、本当はリンガが怖くて仕方ない…死にたくなんて、死地なんて行きたくないよ」

「木曾!だったら提督に今すぐ言え!無茶な作戦なんて…」

「ありがとう武蔵、でも、さっきいったろ…俺だけしかできない仕事なんだ、誰も巻き込めない」

「………!」

「それにな、提督は俺を一番信頼しているって言ってた…裏切れんさ」

 

 

そんな木曾の独白に、皆も更に沈黙する。

だが、しばらくの後に1番隊のメンバーにも泣きそうな顔をキリッと無理やり切り替えて、木曾へと答えた。

 

「言って無駄ですか、ならせめて生きて帰ってください、約束しなさい木曾」

「出来れば、酒呑める五体満足でな」

「木曾さんの好きな日本酒の瓶、わたしが探しますから…」

「ええ、雪風をおいていくのは禁止れすから」

「とっととそんなひっどい任務終わらせるでち!木曾っちならオリョクルよりすぐでち!」

 

仲間からの激励、やはりこいつらと組めて良かったと思う木曾。

そんな有り難く…優しい言葉に涙ぐみそうになりながら、礼を言った。

 

「ありがとう皆、そして…」

「そして?」

 

一拍置いて、木曾はみんなに質問する。

 

「リンガ行きの情報漏らしたの提督じゃないよな、だれだよ」

「ワレアオバ」

「…執務室を盗聴してやがったな、青葉ワレェェェェェェ!」

 

同僚たちの返答に、一人絶叫する木曾であった…。

 

 

 

その日の晩に執り行ってくれた、提督や同僚達の木曾の為の送別会。

木曾もふくめ、武蔵に神通に2番隊隊長の那智や4番隊の伊19と言う蟒蛇が樽2つ3つは酒をかっくらい。

赤城を筆頭に、3番隊の日向や長門と言う戦艦やそれについてくる空母たちと言う、フードファイター並の大飯ぐらい。

そいつ等を満足させるだけの、そうじゃない駆逐艦達をも楽しませるだけの豪華な和洋折衷の高級料理の山々と、それを用意できたその会場…

すべて資材と資金は青葉が出してくれたのは言うまでもない。

 

宴会が終われば、何故だか真っ白になっていた青葉は、きっとまあそれとは関係無い話だろう。

 

 

「…今となってはそんな馬鹿も懐かしいな」

 

時を、また現在にもどしつつ。

そんな一人ごとを漏らしながら、木曾はリンガ泊地とやらを改めて観察する。

 

 

小さな港に立てられたら泊地ではあるが、なかなかどうして立派な施設だったりする。

本館たる司令部は煉瓦造りの2階建て、上品な臙脂色と紅い屋根のコントラストが美しい。

それでいて嫌みにならないサイズも、木曾の好みでもある。

 

別館たるドッグや工匠施設もしっかりできており有事の際に迅速に対処出来るだろう。

海軍提携チェーン店「間宮」も揃っており、周辺施設もなかなか悪く無い。

発進を兼ねた船着き場も港そのものを取り込んでおり、艦娘たちの発着もスムーズに行っていけるだろう。

 

惜しむらくは、山に四方を囲まれ街のアクセスが悪そうなことと、港のクレーンに付いた巨大修理バケツの意味不明さぐらいだ。

 

「要するに、MMDで良くある『鎮守府』セットじゃないか」

 

木曾よ、何のことやら。

 

 

それはそうと、木曾は新たなる自分の城に思いを馳せながら。

自分の過去を胸に、後に木曾は生涯忘れ得ぬ記憶となる4ヶ月の『任務』に向かって行くのだった…。

 



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第二話:木曾とリンガ泊地の艦娘

輸送船から降り、リンガ泊地の敷地内へ出向いた木曾を迎えたのは一人の女性である。

 

白亜の上着と紅のロングスカートのツートンカラーが眩しい和風のツーピースを身に纏った上品な女性。

腰まで届く黒髪は、まるで絹の様に艶やかで美しい。

そんな黒髪には白いリボンで、紅白の装束は黄金色の装飾品で煌びやかに彩られている。

 

ぺこりと下げた顔から覗いたパーツは人形の要に整っており、『美しい女性である』と言う事を嫌みにすらならないレベルで強調されている。

 

豊かな胸も変にゲスな印象にならず、上記の品の良さを彩るアクセサリーと言って過言ではないだろう。

 

しかし、いらっしゃいと挨拶する彼女には男に媚びるような声色も仕草も無く、仕草には凛とした気品を感じられた。

 

 

「は…はじめまして、俺…じゃなかった、私は大本営の1番隊旗艦、隊長の木曾だ…です」

 

そんな、あらゆる意味で木曾とは対局に存在する彼女に思わず背筋を伸ばし、

普段では有り得ない態度で応答する木曾である。

そんな木曾を見て、苦笑しながら彼女は答えた。

 

「大本営のエース殿が我々リンガの教導の助力になると伺い泊地の案内を任された身です、気を楽になさってください」

「あ…エースなんて……」

「謙遜なさらずに木曾さん、我々の憧れの人が来たとしり、みんな大慌てでしたよ?」

「は…ははは…」

 

世辞も多分に混じってはいるだろうが、彼女の言うことは本当の話であった。

 

大本営の顔の防衛・強襲隊の隊長格である木曾。

それが、(あくまでも表向きは)海外泊地の教導と一時的な戦力補強と言う形で出向してきたのだ。

その影響はやはり少なくとも、海軍の中での電撃的なニュースにはなるレベルではあった。

 

まして当事者たる泊地の者への衝撃は計り知れないだろう。

どこぞの実業団の野球チームにいきなりイチローが加入して来た、例えるならそんな話だったのだ。

 

しかし、それはそれとしてほめ倒される側はひたすら恥ずかしい限りと言う話でもあった。

 

 

「いや…もうお世辞はよしてください……貴女は、確かお名前は…」

「ああ、申し遅れてしまいすみません、私は出雲丸って申します!」

 

勢いよく返事した「出雲丸」と言う女性。

しかし、木曾の艦としての記憶にも、艦娘時代の資料にも。

出雲丸と言う名前の艦は存在しなかったハズだった。

 

 

「え、ああ出雲丸…いずも……そんなやつ海軍に居たか?」 

「…じゃあ無かった、飛鷹です」

 

木曾の突っ込みに今度は素でへこんだ和風美人のこの少女。

その正体は「飛鷹」と言う、軽空母をモデルにした艦娘の女性であった。

 

 

「ごめんなさい、私達姉妹は元が商船だった記憶が強くて…」

「出雲丸、貴女の商船の為の名前だったのですか」

「はい…気を抜くと、こっちの名前が出ちゃうんです…」

 

なんともやるせなさそうな顔で木曾に昔の自分の名前の由来を説明する飛鷹。

その姿には、先ほどまでの完璧な美しさはどこにも無くて。

生来の品の良さはともかくも、その情けない姿は年相応の普通のハイティーン前後の女性でしか無かった。

 

それがなんとも木曾には可笑しくて、思わず吹き出して、声を上げて笑ってしまう。

そんな木曾を見て、思わずムキになり不機嫌な顔になる飛鷹。

…恐らく、間抜けな面と気の強い面も上品さと両立させたソレが、彼女の素なんだろう。

 

「わ、笑わないでよ貴女、何様の…って、しまった……大本営のエースの方に私何タメ口を…」

 

…しかし、ムキになった相手は飛鷹の遥か格上の艦娘である。

ざっくり言えば新入社員のミスに吹き出した部長に、その新入社員が逆ギレで喧嘩をうった様な話で、

しかも知らずの話なら最悪笑い話で済むだろうがお互い知っての出来事で。

色々と真っ白になる飛鷹であったが…、

 

しかし、当の木曾はゲラゲラ笑うばかりで全く怒りはしなかった。

 

 

「あっはっははは、良いやタメ口!お互い疲れるだろ、ソレ!」

「でも…」

「俺はなんであれ、リンガじゃ外様でこれから少し世話になる新入りさ、あんたが遠慮する事は無いよ」

 

飛鷹を気遣うように、気さくな態度で和ます木曾。

その優しさに飛鷹は泣きそうになるが、それをこらえて険しい顔を無理やり作り、

そして、木曾をしっかり見据えてこう言った。

 

「あ…ありがとうね木曾、コレでいいんです…コレでいいのよね」

「ああ、まだぎこちないけどな…とにかく、これからよろしくな、飛鷹!」

 

こう言って差し出した木曾の右手をがっしり掴む飛鷹。

軍人らしく無い、爽やかな邂逅であった。

 

 

そんな彼女と話を進めるウチに、木曾は気づいた事がいくつかあった。

 

まず、第一に「飛鷹の不思議な雰囲気」である。

 

戦場、あるいは鉄火場に慣れた艦娘の纏う雰囲気はみな物々しい。

大なり小なり戦意を隠さずに、何か独特な、刺す様な空気がある。

ピリピリする空気とギラギラした瞳は、大本営の艦娘は特にだが、

戦場の艦娘なら等しく存在するソレであった。

 

あるいは駆逐艦の一部にはそうじゃない艦娘も居るには居るが、

むしろ殺意や戦意とは違う空恐ろしさと同居させた空気がある。

雪風が、例えばそういった典型だ。

 

 

しかし、翻って飛鷹はどうだろう?

 

纏う雰囲気は普通の女性、それも年相応の感情を隠せないソレだった。

品の良さも、よくよく考えてみたら箱入り娘とかそういった類だ。

戦い慣れた艦娘のソレとは対局に存在する。

 

あまりに反応が木曾には新鮮で、ゲラゲラ笑って許したが…赤城や神通ならばキレだしかねないモノだ。

 

それは艦娘として大丈夫なのかと木曾は心配になり、

同時に自分たちが無くしてしまったソレを無くさない飛鷹が、少し羨ましくなった。

 

 

そして、もう一つが泊地独特の緊迫感が0であったことだ。

 

前述の通り…海外の領地を半ば警護を縦に奪い取ったのが泊地と言うものだ。

現地人からしても、そうじゃないその地の国民にしても面白くない存在に違いない。

 

唯一深海に対抗出来る艦娘を狙う国ぐるみの組織も少なくなく、

逆に泊地ごと艦娘を排除する事を企む組織もまた珍しくない話であった。

 

そういった内部からの、深海以上の脅威に対抗する為に、練度に関わらず海外泊地の艦娘は好戦的になりやすい。

武器を常に携帯するのは当たり前、場所によれば艤装を就寝と風呂以外の時間外すことを禁じたものも珍しくない。

 

 

しかし、どう見ても飛鷹がそういった敵意を持った艦娘には見えない。

むしろ彼女を含めた、リンガ泊地全体が呑気な空気に包まれている。

 

あるいは、飛鷹が飛び抜けて世間知らずなお嬢様なだけと言う可能性も無くはないが、

そんな艦娘を果たして、大本営の艦娘最強の一角を張る木曾の応対に出すとも思いにくい。

むしろ、飛鷹はここで一番マシな艦娘なんだろう。

 

実際、憲兵も殆ど出払っており、飛鷹を遠巻きにしかも眠そうに監視している憲兵が一人確認出来る程度である。

 

 

「まるで、ここはテーマパークだな」

 

 

飛鷹に聞こえない程度の声で、木曾は一人ごちる。

 

こんな呑気な泊地、世界中探してもここだけだろう。

こんなんが世界中の危機だと考えて、頭を悩ませ眠れぬ夜が続いた自分たちが馬鹿みたいだと感じた。

 

深海棲艦も、もしかして単に危機管理不足から泊地に乗り上げただけで侵略は関係無かったのだろう、と木曾は一人結論付けた。

 

 

しかし、幸いに、どうにも軍として緩そうではあるが悪そうな所では無さそうだとも木曾は感じた。

適当に報告したらバカンス代わりの長期休暇として、のんびり過ごそうか…などと考えていたら…

 

 

「あ、司令部に付いたわよ!」

「ああ、ありがとう飛鷹…って?!」

 

司令部のある本館の玄関先に付いた瞬間、木曾の顔がこわばった。

そう、そんな甘い話は木曾の幻想に過ぎないと、全身が知らせてくれた。

 

 

背中を嘗めるような悪寒。

鼻腔に響く海の匂い。

一瞬で3度は下がったかのような異様な低温。

 

そこから導き出された、思い出したくもない、木曾の脳裏に蘇る悪鬼達の記憶…

 

「深海棲艦…しかも、姫か鬼クラスの最上級の深海の連中の気配……!」

 

 

睨みつけるかのような険しい顔、戦士の姿として、

木曾は艤装を身に纏った…!



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第三話:木曾とリンガに集う者たち

木曾が身構えた先には、リンガ司令部がある本館がそびえ立っている。

その中からは確かに深海棲艦の気配が強く存在していた。

 

それも、一山いくらな雑魚では無くて。

明らかに最上級、大本営最強の木曾ですら1対1では太刀打ち出来ぬ、

通称「姫」、あるいは「鬼」とも呼ばれている存在だと直感と経験が木曾に告げていた。

 

 

瞬時に戦闘体勢に入った木曾であったが、同時にここから先のプランを頭の中で建てている。

 

とりあえず海に逃げて撤退、その後大本営に連絡を取り次げつつ、やって来た海軍本隊に合流と言うのが、木曾が決めた行動の大まかな流れである。

 

もちろん、勢い勇んで偵察に向かって、ソレは卑怯とも言えるプランだ。

明らかに自分一人の手に余る相手が敵だ、と言うのは予想が付いていたとしてもだ。

 

 

しかし、この場に居たのが木曾一人だったとしたら、彼女は迷い無く虎穴に飛び込み情報と言う虎児を狙ったろう。

だが、彼女の隣には飛鷹と言う、言うなれば枷が居た。

 

下手に飛鷹を巻き込んで、失策し大破…最悪、轟沈させたとしたら木曾一人の責任で済まされない。

 

「姫」や「鬼」クラスの手加減の無さは、木曾が一番よく知っている。

あまり戦い慣れしてるとも思えない飛鷹が、果たしてその化け物に通用はしないだろうと木曾は考えた。

ならば、任務放棄と言う形としても自分以上に飛鷹は守らればならぬと言うのが木曾の判断であった。

 

 

何としても飛鷹を守るためならば、とにかく自分たちの逃げ道と、出来れば飛鷹の受け入れ先の確保は最優先される。

 

木曾の紹介ならば、逃げ出した艦娘だろうがNoと突き出す鎮守府や泊地は、まあ無いだろう。

 

 

それはそれとして、任務放棄すれば木曾の戦績や特殊過ぎた事情と言った立場を考えたら、

海軍での除隊・武装解体といった最上級の罰則は無いだろうが左遷は免れない。

最悪、長期の営巣送りも普通にあり得るだろう。

 

しかし、味方を必ず生かすといった木曾のあり方は、自分の保身より優先される木曾なりのプライドでもあった。

 

その事を伝える為に、木曾は飛鷹に向かって叫ぶ。

 

 

「さて…飛鷹、自分の艤装を展開しとけ!そして先に海に走れ!」

「え…?な、何よ?!訓練か何かなの?」

 

しかし、なんともこの異常事態を把握していないような、間抜けな飛鷹の対応は、

さすがに木曾を怒らせてしまった。

 

 

「ちッ……鈍いなぁ!深海棲艦が住み着いてるぞ、この司令部は!とっとと逃げる準備を…」

「え…あ、あ……」

 

木曾の口から放たれた深海、と言う単語に一瞬目を白黒させる飛鷹。

その後、少し考えるような表情を見せて顎に手を乗せる。

そんな飛鷹を見て、木曾は更にせっつくように言う。

 

「呆けてる場合か馬鹿!救援を頼んでとっとと合流だ!急げ!」

「深海…あ、ほっぽちゃんとれっちゃんの事か!」

「…はい?」

 

しかし、考えるような態度から一転、飛鷹は両手をポンと叩くと、得心致るやといった表情になり頬を緩ませた。

しかも、その態度には明らかに飛鷹は「件の深海棲艦と仲のよい友達」といった反応である。

 

これには、流石の木曾も唖然とするしかなく目を丸くした。

 

 

「ほっぽちゃん、それにれっちゃん?お前さんは一体…」

「艤装を解いてよ木曾、大丈夫だからさ」

「お、おう…」

 

飛鷹に言われるがままに、重武装を解いてしまう木曾。

そんな木曾を、どこかおかしな表情で見つめながら、飛鷹は木曾に告げた。

 

 

「改めてだけど…木曾、大本営にも有り得ない平和なリンガ泊地へようこそね」

 

なんだそりゃ?と木曾は訝しみつつ、飛鷹の台詞に、はぁ…と気のない返事を返したのであった。

 

 

そしてそのまま、木曾が飛鷹に言われるがままに連れられて来たのは提督の執務室であった。

 

確かに深海の障気はここから漂っている。

それも強大なそれは…確かに執務室の扉の先に2つ感じられる。

それが「ほっぽちゃんとれっちゃん」なる何か何だろう。

 

「何か…扉を開けるのを、躊躇うなこりゃ」

 

なんというか、猛獣の飼育員ってきっとこんな感じ何だろうな。

そんな事を一瞬思いながら、ドアの前で固まる木曾。

恐怖心なのか、それとも緊張感からなのかは木曾自身にもわからないが。

 

「何を馬鹿な事いってるの?大丈夫だってば」

「おう…失礼します、大本営から参りました木曾です!」

 

しかし、飛鷹にせっつかれ、おっかなびっくりな態度でノックし執務室の扉を開ける木曾。    

その扉の先には…

 

 

「い、いらっしゃいませ…本土からわざわざご足労なされて大変でしたでしょう、お席でくつろいで下さい…」

 

そう言って木曾に頭を下げる、応対に出向いた明るい藤色と白の装束を纏った、

まるで新人のOLのようにも見えるおかっぱの女の子と

 

 

「木曾さんようこそ、我がリンガ泊地へ!」

 

そう言って、爽やかに挨拶する、白ずくめの軍服を纏った短髪の優男と

 

 

「ほっぽ様、ちゃんと挨拶するデス」

「ン、ヨロシクナ!」

 

病的なまでな白ずくめの肌を隠すような黒いフードをかぶった短髪で長い尾を持った女と、

同じように病的に白い姿を、逆に隠さずに白ずくめで丈のあってない様な服を来た少女が居た。

 

 

「ああ俺もよろしく…って、ちょっと待てよ……レ級と北方棲姫かよぉぉぉぉぉぉ!」

 

木曾の絶叫が執務室から木霊する。

 

そう、レ級こと「戦艦レ級」と「北方棲姫」。

それらは、木曾ならずとも名も姿も知っている…最強最悪クラスの深海棲艦の一角である。

 

そんなものが何故こんな海外泊地に居るのか。

しかも、何で司令部に陣取って居るのか。

 

 

「あー、羽黒に提督さん、ほっぽちゃんたちと遊んでたの?」

「ああ、何時ものごとくな!」

「飛鷹さんひどいですよ!私はちゃんと仕事してます!」

「遊んでたのは、提督さんだけデス」

「ン、カタグルマ、タカカッタゾ」

もっと言えば何でみんなめちゃくちゃ仲が良さそうなのかと、

木曾は理解の範疇を超えた事態に、全く付いていく事ができなかったのであった。

 

 



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第四話:木曾と海里提督の艦隊

「何から話したらいいんだろう、な」

 

ひとしきり絶叫した後は、理解の範疇を超えた事態に頭を抱えショート寸前の思考となって長椅子に横たわる木曾。

そして、ポツリとこう漏らした後、更に言葉を続ける。

 

「深海棲艦と艦娘、こんなのんびり談笑して仲も無駄に良さそうで…一体、何から突っ込みを入れるべきなのかがわかんねぇ……」

 

木曾は心から放心しつつ、目の前の異常事態について漏らした。

 

 

深海棲艦

 

それは闇に堕ちた艦の記憶の残滓。

艦娘と対になるように、世界に艦娘が生まれたと同時に現れた影の艦娘。

 

その姿は、可愛らしい女性の姿で統一された艦娘とはまるで異なり、

魚や鯨のような駆逐級や形容し難い化け物のような軽空母級、

あるいは、艦娘と同じように女性の姿を持った上級クラスの重巡洋艦や戦艦級ももちろん存在する。

 

そして、前述の通り、それすら遥かに凌駕して強烈な自我と強大な戦力を持った最上級、

それが姫や鬼と称される悪魔たちである。

また、戦艦級とされているが、レ級のみ鬼クラス以上の位置とされている。

 

彼ら深海棲艦の目的は全くわからない。

ただ、人や艦娘の反応を嗅ぎ付けたらどこからともなく沸いてくる。

 

人と艦娘の天敵にて、海の覇権を争って今なお戦う悪霊たち、それが深海棲艦と言った存在だ。

まして、ただでさえ、最下位クラスの駆逐級ですら油断ならない相手であるのに、

木曾の目の前に存在する深海棲艦は最上級とそれに次ぐニア最上級と呼べる2体だ。

 

 

そんな、危険の象徴たる、肝心のレ級と北方棲姫はと言えば

 

「ヒヨウ、キソッテノガナンカヘン」

「あー、ほっぽちゃんとれっちゃんにびっくりしちゃったのね」

「ほっぽ様、我々、一応敵ですし無理ない…デス」

 

その宿敵たる艦娘と全く争う様子を見せていない。

むしろ姉妹か何かと談笑するかのように語りかけている。

 

知らないものが見れば、あるいは北方棲姫の愛らしさから頬を緩ますような、

そんな光景ではあるのだが…

しかし、木曾からしたら北方棲姫もレ級も厄介な敵でしかない。

それが味方たる艦娘と仲良くしていると言う事は、木曾には流石に意味がわからない事この上ない話だった。

 

 

「驚いているようだね」

 

不意に、混乱状態の木曾で背後から声をかけたのは、先の白ずくめの男のものだった。

 

白い軍帽は海軍のマークが入った金のバッジが付けられており、

白い軍服は藍色のラインと肩とポケットに添えられた金刺繍が非常に映えている。

白いズボンはあえて何の装飾が無いが故に、逆に清潔感を演出している。

 

「なお、パンツも清潔感溢れる白のブリーフだ」

 

いや、知らんがな。

ってかナレーションに割り込むな。

 

「ああ、邪魔したようだね、失礼」

 

…。

この、ナレーションをも恐れず、割り込んでいくスタイルのこの男。

その名前は「海里護(かいり・まもる)」と言う。

 

海軍の士官学校を卒業し、艦娘の指揮の適正をみとめられ提督業務に就いた男だ。

しかも海外泊地の守護を任されたとなれば、それは非常に有能と言える話である。

 

 

そんな海里は、木曾に向かってこう続けた。

 

「僕の艦隊の友人に、どうにも納得がいかない様子だね」

「友人…深海棲艦が、か?」

 

木曾は視線をレ級と北方棲姫に向けながら言い放つ。

その、木曾の何気ない質問に海里は臆せず答えた。

 

「いかにも、まずは全てを説明する為に、私の第一艦隊を集結させてくれないかな?」

 

何故深海の話の為に第一艦隊のメンバーの話になるのか。

木曾には話の繋がりが全くわからないが、その言葉に従う事にした。

 

 

「まもちゃん提督に呼ばれてじゃじゃじゃじゃーんっ!阿賀野、参りました~!」

 

まず、執務室に入って来たのは、頭の緩そうな言動のセーラー服の女性である。

 

スタイルの良い黒髪ロングで白と赤の服と、飛鷹と共通点は多いものの、それがかえって飛鷹との差違を強調している。

アクティブな現代っ子風のくるくる回るような無駄な動き。

にこにこしながら、ウインクまでかます緊張感の無さ。

巨乳も、何か全体的な雰囲気のせいで、駄肉と言いたくなる要素になっている。

 

なんというか、飛鷹が箱入りの令嬢なら、彼女は怖いもの無しの変なアイドルと言うイメージだろう。

うざかわいいと言う言葉が、実にしっくり来る。

 

 

「はぁ…雲はあんなに自由なのに…あら?見知らない顔が有るわね?」

 

次に執務室に入って来た女性は、さっきの子とはまた別な雰囲気をしている。

 

一言で言えば辛気くさい、空気が何か重い。

ある意味深海棲艦以上の負のオーラを背負い、その瞳は虚空を見つめている。

整っている容姿で口元は笑っているのが、かえって妙に怖くなっている。

 

井戸から出てくる昔ながらの女の霊、木曾の第一印象はそんな感じだ。

 

 

「あらぁ、司令官さん?その人が大本営のエースさん?」

 

そして、更にやってきた女の子は妙にアダルティ。

 

セーラー服に身を包み、ピンクに染めた長い髪に気だるげな瞳。

髪をかきあげるその仕草には、何か媚びるような視線も添えている。

完全に体格は小学生の高学年程度な事が、かえってアンバランスなエロさを表現している。

 

ある意味数年後が空恐ろしい、そんな感想が見るもの全てに抱かせる感想だろう。

 

 

「はわわ、電が最後なのです!」

 

最後にやってきたのは、ザ・子供と言うべき感じの駆逐艦である。

 

明るい、しかしながら自然な髪色の栗毛。

全身から漂っている純朴そうな雰囲気。

そして、変にすれていない明るい口調。

 

さっきのエロ小学生の後で見ると、と言うかさっきの色物3人の後で見ると安心感が恐ろしく半端ない。

木曾は密かにそう思ったりした。

 

 

「ええ、これでみんな揃いましたね」

 

部屋にやってきた4人の艦娘を見届けたOL風の女性が、部屋を一瞥する。

 

おそらく、彼女がこの一行のまとめ役なのだろう。

穏やかな口調ではあるが、彼女の言葉を聞いた瞬間、場にいる艦娘全ての姿勢が正される。

仕事の姿勢もそうであった様に、真面目が服を着て歩いていると言うタイプなのだろう。 

 

身に纏った藤色の洋服も、よく見れば汚れ一つ付いていない。

木曾も思わず彼女の言葉に反応し、背筋を伸ばした。

 

 

「阿賀野、扶桑、如月、電、羽黒…そして、この飛鷹!提督に敬礼!」

 

最後に、飛鷹の掛け声でビシッと敬礼する六人の艦娘達。

実に海軍らしい光景である。

と言うか、であったのだが…

 

 

「うん、かっこつけるのは良いけど…お前らの敬礼は陸軍式な、間違ってんだよな…」 

「え…」

 

惜しむらくは、全員陸軍式で敬礼してしまっているせいで、

もう、なんというか台無しになっている。

木曾がたまらず突っ込んでしまったせいでもあるのだが、空気が急激に寒くなってしまった。

 

「まもちゃん、何で教えてくれなかったのよ!阿賀野恥かいちゃったじゃん!」

「阿賀野さん落ち着いて…えっと…陸軍に海軍にって、違いあるのです?」

「電ちゃんったら私に聞かないでよぉ、飛鷹さんは知っているの?」

「知らないってば、ってか羽黒に教わった通りにやってただけよ」

「おかしいですね…漫画だとこんな敬礼だったと思ったのですが…」

「鳥はあんなに上手に飛べるのに…」

 

 

なんだか、拳々服膺とああでもないこうでもないと言い出した艦娘達。

実に茶番と言う二文字がしっくり来る光景だ。

 

そんな、あまりにも海軍らしからぬ空気に流石に色々と我慢の限界だったのだろう。

木曾は拳をグーで握りしめると、手近にあったテーブルにガンッと殴りつけた。

 

いかに鷹揚な木曾とは言え、その実は見た目以上の屈指の武人である。

その武人たる木曾の放った怒気に、その場にいた全員が戦慄する事になった。

そのオーラの本気には、深海棲艦の2人すら怯む。

電と阿賀野に至っては既に泣き出しかけていた。

 

 

「お前ら、ふざけるなら余所でやれよ…って言うか、海里って言ったか?これを俺に見せたかったのか?」

「ああ、その通りだ」

 

その、木曾の何気ない一言にあっさり答えた海里。

木曾の怒りは一気にそこに向かった。

 

「あいつら、軍人の空気の欠片も無いだろう?敬礼の仕方すら、まるで知らないんだから」

 

しかし、木曾の怒りの視線を向けられても一切怯まずに海里は答える。

その言葉に、木曾は一瞬怒りを収める。

…その通りだと、納得出来てしまったからだ。

 

だが、そんな木曾に向かって次に出てきた海里の言葉に、木曾は更に驚愕する事になった。

 

 

「だからこそ、軍人じゃない普通の少女たちだからこそ、このリンガは深海の脅威から救われたのさ…ここでの敵との戦いは、全て終わったんだ」

「え…?深海の脅威が終わり……ええええええええ!?」

 

木曾は、今日一番の声で、絶叫したのである。



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第五話:木曾とリンガ泊地の過去

「そう、そうだ…僕らの泊地は凄い特殊な場所には違いないな」

 

深海との戦い、その終わりは今なお糸口すら見せていない。

それを「終わった」と豪語した海里と言う男は、放心する木曾に向かって口を開いた。

 

「なれば、先ずは木曾さんに…うちの軌跡を、語らないといけないよな」

 

そう言って、海里は木曾へと、自分たちリンガの過去の語り出した…。

 

 

 

「うん…栄転、ではあるよなこれは」

 

海里護。

海軍士官学校を、主席とは言わずともなかなか高い成績で卒業した、

言わば「エリートのたまご」である。

 

実技・座学…そう言ったものに大した不得手は無く、むしろ頭でっかちな感はあるが、

将来が嘱望される人材の、一角を張るだけの能力は確かに持っていた。

しかしながら、人の上に立つようなタイプでも無いのは確かでもある。

 

そのことは、海里自身も良くわかっている話である。

海里本人は、単に前線に立つより事務方が好みであると言う事もあり、そのためだけに士官学校に入校し、

安定した給料が欲しいが為だけに、そのまま海軍に入隊した、そんな男だ。

 

 

だが、運命と言うものは数奇なものである。

 

どうにも、自他共に認める上司と言うものが向いていないこの男。

しかし、士官学校時代に受けた「提督適正試験」なるテストを受けた際に、

ぶっちぎりの成績を叩き出してしまった事が災いし…

 

結果的に、海軍の肝いりで「提督」として、艦娘達のリーダーとしての仕事を、

学校の卒業と同時に決められたのである。

 

ちょうどその頃、前任者のリンガ泊地の提督役だったさる少将の男が大本営に栄転し、枠が空いてしまった事も、

あるいはそんな一因だったりする。

 

 

しかし、あれよあれよと本人の意志を無視してまで決まった提督業務。

しかも土地勘も、言葉すら馴染みがない海外の泊地と言う場所での大役。

新兵たる海里には、あまりに荷が重い話である。

 

上記のぼやきも、泊地についたとたん出てきて当たり前であったろう。

 

 

「…海軍のお偉方は、サポートの…艦娘だったか、付けてくれるなんて言ってたが」

「あ、私の司令官さんが居たのです!」

「お、噂をしたらなんとやら、だな」

 

独り言をぼやいていたとたん、海里の背後から女性の声がする。

それがいわゆる艦娘と言う存在なのだと、海里は判断する。

 

 

「はじめまして、私は電と申しますのです!司令官さん、これからよろしくなのです!」

「……おう、ええっと…」

「なのです?」

「中学生…ってか小学生か?」

 

しかし、声の方向に海里が振り返った先には、明らかに頭3つは小さい少女が立っていた。

 

確かに普通の少女らしからぬ雰囲気は、まあ海里には感じられた。

だが、電と名乗った少女は軍人とも全く思えない。

新兵のサポート役とは、なおさら考えにくい存在である。

 

海里の失礼な感想は、正直誰もが思った事であろう。

 

「し、失礼しちゃうのです!立派なレディなのですよ、電は!ぷんすか!!」

 

まあ、電本人は気に入らない様子ではあったのだが。

…と言うか、それは姉貴のネタでしょう、電ちゃん。

 

 

それはそうと、ぷりぷり怒る電を必死で謝り倒しながら機嫌を取る海里。

それは提督と艦娘と言うか、不器用な兄と背伸びしたがりな歳ごろの妹のようなそれであった。

 

 

「改めて、一応この泊地を任され海軍から派遣された、海里護だ」

 

そして、泊地をぐるぐる回りつつ、たどり着いた本館たる司令部の執務室に着いた二人。

そこで、海里は改めて、電に挨拶をする。

 

「むぅ…まあ、心の広い電はさっきの暴言は許してあげるのです」

「お、おう」

「暁型の四番艦、電と申しますのです!」

 

ビシッと敬礼する電。

…海軍の敬礼からは外れて間違っているのだが、ドヤ顔で決める電に何も言うことは海里にはできず、

また、自分の暴言の負い目もあって突っ込む事はできなかった。

 

…まあ、それが巡り巡って艦隊レベルの恥へとつながってしまうとは、その時は誰も知らなかったのだが。

それはそうと、それがリンガ泊地の、海里と艦娘たちの始まりであった。

 

 

「で、何から始めようか?」

 

海里は電に意見を求める。

提督としてどころか海軍の兵士としてすら素人に近い海里。

艦娘に意見を求めるのは、自然な話である。

 

「…そうですね、ここは海軍なのです」

「何だ、何か言い分が有るのか?」

 

しかし、当の電は、俯いたまま小さな声で何かをごちる。

海里は電を気遣う言葉をかけた。

もしかしたら、何かまた電を怒らせたのではないか、と海里は不安になったからだ。

 

「な、何でも無いのですよ…それより!」

「それより?」

「先ずは『建造』なのです!仲間を増やして艦隊を結成するのです!」

 

そんな海里の心配を肌で感じたであろう電は、どうにも無理やり明るい表情を作り、

海里に泊地としての第一手たる手段を提案した。

 

 

それこそが『建造』、その名の通り、艦娘を生み出していく唯一の手段である。

 

資材を一定数、更に元となる建造材を『妖精さん』なるオートマタに預ける。

そうしたら、鉄や弾丸やボーキサイトといったものを触媒に、船の魂を過去の時代から呼び寄せる。

その魂を資材に固着させる事で、何故かそれは決まって女性の姿として降臨する。

 

それが艦娘の、所謂『建造』と言うシステムの簡単な概要である。

 

超自然的な艦娘の建造を行える妖精さんとは何なのか。

何故、艦娘は武装を小型化して召喚出来るシステムを、建造された瞬間に体内に組み込まれるのか。

そもそも、艦娘は何故女性の姿で建造されるのか。

 

そう言った疑問は誰もわからない。

日本以外ではドイツやイタリアがどうにかギリギリ再現できた海軍の超トップシークレットなのだから、

あるいは海里はおろか、木曾の直属の提督たる大将すら知らぬ話なのだろう。

 

 

話が逸れたが、兎に角、海里は電の提案に賛成し工匠に向かった。

 

そこには、通常有り得ないぐらいの鉄・ボーキサイト・弾丸・油といった、資材が山ほど積まれている。

 

普通は、新任の提督に与えられる資材は各資材が300前後と言われている。

帝国海軍には台所事情は、正直厳しいものがある…決して、意地悪や嫌みのつもりで最低限しか資材を配給しない訳ではないのだ。

しかし、この資材の山は、少なく見積もったところでどう見ても各種資材が5000は下らない。

 

それは、海軍の配給だけでは後任の提督には色々辛いだろう、そんな思いから遺された、

前任者の提督の心使いであった。

…まあ、置き手紙も何もなく、ただただ資材だけ沢山渡されたところで、後任の提督には圧倒されるだけではあったのだが。

 

 

それはそうと、資材に少々ならず余裕が有るのなら、色々試してみたくなるのが人情と言うものである。

 

「まずは、とりあえず最低限で回してみるか」

「なのです!じゃあ全部30なのですね!」

 

電はそう言って、各資材を一掴みずつ均等に工匠の建造工場に放り込むと、

『建造』とかかれたスイッチを押す。

そうしたら、工匠に書かれた電光掲示板には時間が書かれたデジタル時計の様なものが映った。

 

「これは…」

「コレが建造時間なのです、時間がきたら艦娘が出来るのですよ」

 

ひたすら圧倒された海里に、得意気に話す電。

その数字は18分と書かれている。

 

「十分ぐらい…まあ茶でも飲んで待とうか」

「なのです!」

 

 

その言葉通り、缶コーヒーとペットボトルの緑茶を啜りのんびり構えていた二人の前に現れた艦娘は…

 

「如月よぉ、はじめましてね…あらやだ、髪が痛んじゃう」

 

現れたのは、如月と名乗った長髪のアダルティックな少女である。

なんだか電とは真逆のタイプにしか見えないが…

 

「ふむ、如月…」

「如月ちゃんはじめまして、私は暁型の電なのです!」

「あらぁ、司令官さんに電ちゃん…如月をよろしくね」

 

なんだか、妙に馬が合っていたようだった。

そんな二人に和みつつ、海里は電に更に質問する。

 

「如月って子は、なんだか電とおんなじ雰囲気だな…もしかして、艦娘ってみんなこんな感じか?」

「それは違うのです、資材をケチり過ぎなのです!」

「お、おう…」

 

電の言葉に、思わず怯む海里。

しかし、その言葉には確かに納得せざるを得ない。

強い、少なくとも大人の艦娘を出すには資材が沢山いると言う話なのだろう。

 

そんな、海里の姿に更に得意になる電は胸を張り説明しだす。

        

 

「最低限の資材だけなら駆逐艦が精一杯、いいとこ軽巡洋艦ぐらいなのです」

「なるほど、そう言ったものなのか」

「例えば…だいたいの資材を250ぐらいで投げれば、色んな艦娘が生まれます!」

「なるほど…!250は必要はのだな」チリーン

「あるいは、ボーキサイトだけ削って400から600の資材を沢山積み込めば、戦艦だってでるかも知れないのです!」

「ボーキサイト以外の資材大量投入か…」チリーン

「逆に、ボーキサイトに特化して資材を600、他は300強ぐらい使えば空母だって来てくれるかもですね」

「空母…悪くない、空戦は戦場の戦術を彩る華だな」チリーン

「いっそ…大型建造もやってみます?レア中のレア艦娘が生まれるかも…」

「レアとは何か…ロマンだな、心惹かれる言霊だ」チリーン

「…司令官さん、さっきから何なのです、チリンって音は?」

 

電への海里の相槌の度に、何故か金属片が落ちるような音が響く。

そんな電の疑問に答えたのは、如月であった。

 

「さっきから司令官さん、電ちゃんの説明通りに資材ぶち込んでるのよぉ…」

「ってアホかぁぁぁぁ!アホなのですか!?ちょっとは躊躇うのです!」

 

博打に盲目的に金を突っ込むような、海里の考え無しと言った行動にキレる電。

しかし、海里は電の怒りを無視して工匠の電光掲示板を眺める。

 

「若さとはなんとやらっ…っと、一番早くても一時間以上の待ち時間はウザイな、しかも建造時間ばらばら……ああ、高速建造ってスイッチも有るのか」

「聞けよ人の話をなのです!」

「うん…ちょっとは電ちゃんのお話を聞いたげて司令官さん…」

「ほいほい、すまんすまん…ぽちっとな」

 

…とまあ、さっきから電の説教を流しつつバーナーのイラストが描かれたスイッチを見つけ押す海里。

そうして生まれた艦娘が、

 

「羽黒です…あの、よろしくお願いします…」

「扶桑です、主砲の火力だけが自慢なの…」

「出雲丸…じゃなかった、飛鷹です!」

「最新鋭軽巡、阿賀野で~す!」

 

こんな感じの4人の艦娘である。

 

 

「…と言う感じで、うちの第一艦隊ができたのさ、木曾さん」

「ただのぐっだぐだの産物じゃねえか!明らかにあんたの暴走のやらかした結果じゃねえかよ!!」

「あ、過去編の後編はまだまだ続くよ」

「フリが雑過ぎるわぁぁぁぁぁぁ!」

 

こんな感じで、まだまだリンガ泊地の提督の昔話は続くのである。

 



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第六話:木曾とリンガ泊地でのかつてのいざこざ

「最初は勢い以外の何物でもない建造から生まれたチームだったし、チームワークなんてなかったな」

「まあ、あんたがノリだけで組んじゃったと言うか、生んじゃった艦隊だしな…」

 

木曾に向かって笑いながら話す海里。

そして、やや真面目な口調になると、こう言った。

 

「うちの第一艦隊がチームとして完成されたのは…深海との本格的なかかわりが出来る前ぐらいだったか…」

そう言って、また長い長い過去を語り始めたのである…。

 

 

「これは…またか」

 

時はリンガ泊地での過去、ちょうど艦娘が6人揃い艦隊が結成されて。

それが2週間ほど経ち、海里のリンガ泊地の艦隊がしっかり始動した頃の話である。

上記の海里のセリフは、その第一艦隊が帰投した際に吐いたセリフであった。

 

 

その言葉通りと言うか、その艦隊はぼろぼろという有り様である。

無傷の艦娘は誰一人存在しておらず、ほとんどの艦娘は中破状態の怪我を負っている。

唯一、小破ですんでいたのは空母であるが故に最後方で陣取っている飛鷹ぐらい。

羽黒に至っては、下手すると死ぬ一歩手前と言う大怪我を負っていた。

 

それまでの戦いでも小・中破者が大量に出るわりにほとんど大した戦果をあげられず、いまだに深海棲艦相手のスコアすらとれていないこの泊地の艦隊の戦果としても、今回は特に酷い。

戦術的どころか、普通に敗北Dが付くような、ある意味見事な有り様である。

 

 

それが、例えば明らかに戦艦クラスの山が相手で火力で負けている相手と言うなら、無論わかる話だ。

そんな敗北の責任は、むしろ指揮を失敗し引き際を誤った提督一人のものであろう。

 

しかし、彼女ら艦隊の相手は軽巡洋艦クラス一匹に駆逐艦クラス2体と言う明らかに負けている要素が皆無な深海棲艦が相手だった。

そうなれば艦娘の落ち度と言うしかない、明らかに勝てる試合を選手のせいで落としたと言う話なのだから。

 

あるいは、初陣で浮き足立っていた艦隊なら言い訳はいくらでも出来るだろうが、この艦隊が戦っていたのは既に4度。

しかも、泊地周辺の、比較的危険性が少ない海域での戦績となれば、もはや意味がわからないレベルだったりする。

 

 

しかし、件の艦娘たちの表情は、どこか納得がいかないものでしかなかった。

まるで「自分たちのせいじゃない」と言いたいようだった。

…約一名を除いて。

 

ぼろぼろの姿のまま、最初に口を開いた艦娘は阿賀野である。

 

「まもちゃんて~とく!」

「まもちゃん!?」

「『まもる』だからまもちゃん提督よ、それはそうと!」

 

阿賀野の、妙なあだ名でよばれ狼狽える海里。

しかし、その次に出てきた言葉には、阿賀野ならず皆が思っていたであろう言葉を代表するかのように、

一同の表情が厳つくなる一言だった。

 

「電ちゃんを旗艦から外して!今すぐ!私たちもうたえられないよ~!」

 

 

その言葉に凍り付くように表情を青くする張本人の電と、口では阿賀野を諫めつつも顔は「良く言ったお前」と言い足そうな顔の、残りの艦娘たち。

そう、阿賀野の言うとおり、この艦隊の現場の指揮を取っていたのは旗艦を勤めていた電である。

 

司令部からの指示は作戦前に決定するものだ、作戦中は現場の艦娘自身が指示を出す。

司令官は超能力でも持たない限り現場の状態何かわからないのだから、細かい指示は艦娘のリーダー役しか艦隊を率いれないのだ。

 

要するに、この艦隊の惨状は、究極的には電ひとりの敗因と言う話になる。

 

 

それでも、何か自分たちより優れている艦娘が旗艦なれば、あるいは電の旗艦は納得がいく話である。

しかし、ぶっちゃけると海里のノリと年功序列と言う、あまりに雑な理由でざっくり決まった電の旗艦。

外せと言う阿賀野の欲求は、至極真っ当な言い分でしかない。

とうとう、旗艦の電では無く羽黒と言う大破で死にかけた同僚が現れたら、尚更であろう。

 

それは海里も、完全に理解していた…しかし

 

 

「それなんだがな…まだ、時期尚早だと思う」

 

海里の返事は、Noである。

それを受けて、阿賀野ならず艦娘たちが、電でさえ驚き絶句する。

そんな彼女達を一瞥しながら、海里は話を続けた。

 

「その話について、私は電に話を聞きたい…気になる事も有るしな」

「気になる?」

 

海里の言葉に頭を捻らせる阿賀野と、ビクっと背中を震わした電。

その電の態度に海里はある確信を抱きつつ、冷徹に言い放った。

 

「資料を見て気がついた事が有ってな…阿賀野の他に羽黒もまじえるが構わんな、ドッグでは高速修復材の用意も完了している」

「…わかったのです、電は、逃げないのです…」

「ならば、よし…解散!十五分後、呼ばれた者は執務室に集合!」

 

この通り、結成僅か二週間ながら、実に重々しいチームの問題が浮かび上がったのである。

 

 

そのドッグで向かう道中で、飛鷹は一言、電に声をかけた。

 

「私は…電の考えてる事、なんとなくわかるわ」

 

突然の話に電は目を丸くする。

まるでエスパーのような言い草に、電は焦って

 

「な、何をいってるのです?」

 

と、間抜けな反応を返す。

しかし、そんな電に向かって、飛鷹は優しい顔で構わずに話を続けた。

 

「阿賀野はああ言ったし私も思うところはあるけど…私は電ちゃんのやり方は、肯定するし嫌いじゃない」

「…」

「私は、あなた以上に戦いが嫌いなの…本当は客船や商船が仕事だったはずだから、だから、やりかたの是非はともかく電を尊敬しているわ」

「ありがとう飛鷹さん…そしてごめんなさい、なのです」

「謝るなら羽黒に…ね、あなたのわがままで、電をかばおうとして巻き込まれたのが大怪我の原因なんだから」

 

そう言って、すたすたと一人。ドッグに向かった飛鷹。

残された電は、悲壮な表情で俯くしかなかった。

 

 

そして、高速修復材による羽黒を含めた中破・大破者の怪我が完治するや否や、

疾風のように召集された艦娘は執務室に来ていた。

提督によばれなかった、如月も執務室に来ている。

 

そのことは海里はスルーしつつ、PCでプリントアウトしたいくつかの紙をホワイトボードに張りながら、

艦娘たちに話をはじめた。

 

 

「まずは、図を見てほしい…簡易的ながら、戦場となった海域の簡易な図だ」

 

そこに指されたプリントには、なるほど簡単な海域のイラストが張ってある。

岩礁地帯は茶色、他は青く塗っているだけのものではあるが。

 

「そして、次にこれが敵艦隊の動きだな」

 

次に海里が手に取ったのは、敵艦の移動経路の資料である。

そこに赤い凸を並べることで擬似的に敵艦の動きを再現する。

資料ではごちゃごちゃ書いてあるが…絵にすればわかりやすい、三日月状に、孤を書いて移動しているだけである。

 

「そして…肝心のうちの部隊の動き、今回は砲撃に限ってのみの資料を元に、砲撃の方向を計算した」

 

最後に、海里はマジックで、海域のイラストに砲撃が飛んだであろう方向を書いた。

 

視覚で見れば、まるで一発だった。

砲撃がギリギリ当たらないように道を作るように飛んでいる。

まるで、砲撃をかわすと、進行方向から無理なく真っ直ぐすすむだけでそのまま脱出が成功する様に。

 

無論、艦隊のみんなも薄々気がついていた事ではある。

しかしそもそも海上から敵を狙うことは難しい為、揺れや波の影響のせいで当たらないと思い込んでいた。

だが、資料として出されたら言い訳できない…電はわざと砲撃を外し、それを味方に強要していたのであった。

 

 

これにぶちきれたのは横で話を聞いていた如月である。

 

「電ぁ、あなた私たちを殺す気なの!?リーダーの癖に、何を考えてるの!」

「…っ、如月ちゃん…」

 

激昂する如月に何か言おうとした電だったが…

 

「はじめて合った時から、私は友達だって、信じてたのにぃ!」

 

如月の突き放すような、最上級のキツい言葉に、泣きながら顔を俯かせるしかない電。

更に如月に罵声をあびせられそうになる電であったが…それを止めたのは、意外にも、

今回の件で最大の被害者である羽黒であった。

 

「そこまで、如月ちゃんも言い過ぎですよ…多分、電ちゃんは敵艦だけじゃなくて、私たちの為にやった事ですから」

「え…!?」

「ちょ、羽黒さん何を…」

 

羽黒の制止は、まあ気の優しい羽黒のセリフらしいソレだろう。

しかし、電の自殺行為の強要が自分たちの為と言う、羽黒の言葉には阿賀野も如月も納得がいかない。

だが、羽黒はお構いなしに話を続けた。

 

「私たちと言うか…主に如月ちゃんと、飛鷹さんの為でもあったのよね」

「わ、私ぃ?何で飛鷹さんと私を…」

「敵艦をも救いたい、自分も誰かを殺したくない…でも、それ以上にほとんど先の大戦で血に塗れてない如月ちゃんや、血に濡れるハズじゃない生まれで戦士になりたくなかった飛鷹さん、その手を汚したくなかった…そんな所でしょうね」

 

にこやかに笑いながら電に語りかけた羽黒と、羽黒の説明に絶句する阿賀野。

如月も、電の暴走が自分のせいだと言われ思わず声を上げる。

 

「そ、そんな訳ないじゃない!そんな訳ないじゃないのよぉ…!」

「あら、もし電ちゃんのエゴで、手を汚さず自分勝手に深海を助けたいだけだったら…背中からみんなを撃つか、とっととリンガから逃げてますよ」

「え…あ、あああ……」

 

羽黒の言葉に、対に言葉を失った如月。

最後に羽黒は、電にこう告げた。

 

「みんなを裏切れない、リーダーだからこそ相談すらできない…だから、多分黒ギリギリのグレーゾーンの線での手段で如月ちゃんや飛鷹さんを守ろうとした、それは立派だと思ったから私は電ちゃんの盾になったわ」

「な…なのです!?」

「だから、私に申し訳ないなんて思わないでくださいね…一言ぐらい言ってくれたなら、ちゃんと電ちゃんの思いは受け止めてあげられるんだから」

 

 

そんな羽黒の言葉を受けて、ついにせきを切ったようにわんわん泣き出した電。

申し訳なさと後悔と、それから羽黒の優しさに、感情を鎮めることは直ぐにはできなかった。

 

落ち着いたのは、それから20分は過ぎてからのことである。

そして、掠れる声で、絞り出す様に本音を語った。

 

「ぢ…ちがう、ちがうのですよ」

「違う、やっぱり私…」

「羽黒さんの言うような、そんな綺麗な話じゃないのです…私、怖かったんですよ」

 

そこで無言になる電。

怖かった、とはどういう事かと、提督に促され、必死に言葉を考えて、また話を始める。

 

「私、私たちが前に模擬戦の訓練で砲撃をしてるとき…見ちゃったのです、的役の羽黒さんに砲を向けた瞬間に真っ青になるみんなの姿が…やっぱり、電は誰かに、生き物に向けて砲を撃つのは怖い、けど、誰かがそんな事をして手が震えるなんて…もっと嫌なのです!間違ってるのです!」

 

電ぁ…と、力無く如月が、電の名前を呼ぶ。

それは電の本音に気付かなかった罪悪感からか、電の姿があまりに痛々しかったからか。

そんな思いが、次の電のセリフから溢れる事になる。

 

 

「だから、実戦なんて、大嫌いなの…ですよ……」

 

そう言って、力が抜けた様にだらんとした表情になり…

そして、また、今度は無言で滝のように涙を流す電。

それを受けて泣き出してしまったのは…今度は如月と阿賀野であった。

 

「私ぃ、友達だと思って良かった…でも信じて…あげれなくてぇ……ごめんなさい、ごめんなさい……」

「私はもっと、酷い事いっちゃったよっ…リーダー失格なんて……みんなのこと、いっぱい考えてくれたのに…」

 

おいおいわんわんと、3人の美少女が顔を崩しながら泣き出して謝り合う中、

苦笑しながら、海里と羽黒は遠巻きにこの光景を眺めていた。

 

 

「やっぱり、司令官さんの言った通り、でしたね」

「ああ、わざと負けるにしろ戦果があまりにもおかしかったからなぁ…ならば電の気性を考えてみたら、なんとなく友達の為だと想像がついたのさ」

「話を纏めたら、実に電ちゃんらしい理由でしたね…」

 

くすくすと、笑い出す羽黒に向かって海里は最後に質問した。

 

「しかし…本当に、電に怒ってない…のか?」

「ムカ着火ファイヤーインフェルノ、ぐらいには」

「お、おう…」

「でも、司令官さん…アレみてくださいよ」

 

羽黒が指差した先には3人で笑い合う、さっきまで険悪な空気だったとは思えない、

電と如月と阿賀野の姿が有った。

それがなんだか可笑しくて…その場に居た全員が笑い出す。

 

そこにひょっこりと、飛鷹も加わった。

 

「あはは…出て行くタイミング逃しちゃったわ~」

「飛鷹さんも居たのです?!」

「いやあ、殴り合いになりそうだったら止めようと、隣の部屋でずっとスタンバってたのよね…」

 

決まり悪そうにぽりぽり頭をかく飛鷹に、みんなの視線が集まる。

より正確に言えばその背後霊のような艦娘に、であった。 

 

「みんな、楽しそうね…」

声の主は、今まで影も形すらみせない扶桑のものであった。

 

「扶桑さんもスタンバってたのです?」

「ううん…私はこういうノリ苦手だったし、怪我なんて日常茶飯事だから元々電ちゃんに全く思うところはなかったし…」

「だ…台無し過ぎるわぁ…」

「せめて口に出さないで欲しかったのです…」

 

扶桑の独白にげんなりする電と如月、ソレを見て扶桑は話を続けた。

 

「だから…喧嘩かしら?みんなが執務室で何かしてる間その辺の海上をぶらぶらしてたらね…」

「ン…フソウ、コイツラガナカマカ」

「変な子に懐かれて……何かひろっちゃったわ…」

 

そう、扶桑の横に居たのは…北方棲姫と言う、深海の姫であったのだ…。

 

 

 

「…って訳で、何か扶桑さんがカオスの元凶なのですよ!木曾さん!」

「…イイハナシダッタノニナー」

「リンガ過去編、次回で多分最終章なのです!」

「俺、次回まで出番少ないの確定かい」

 



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第七話:木曾とリンガ泊地での『終戦』

「ほっぽをうちに連れてきたのは、扶桑の独断だったのさ」

 

海里が木曾に最後に語ったリンガ泊地での過去。

それは、ほっぽこと北方棲姫の邂逅の話であった。

 

 

時は、ちょうど電と他の艦娘が仲直りする、その四十分前ぐらいにさかのぼった。

 

電の指揮能力の是正はともかくも、別に電個人の攻撃がしたくない扶桑。

ほとぼりが冷めたら、提督に飛鷹か羽黒あたりに旗艦を任せる様に進言すれば良いなぐらいにしか考えていなかった為、

呼ばれた訳でもない件の提督の召集に応じる義理も意味もないと思い、暇をつぶそうと考えていた。

 

しかし、飛鷹を誘って酒でも煽って暇をつぶそうとしたが、なぜか出払っている飛鷹(実際は密かに羽黒と共に真っ先に執務室に来ており、別室に隠れてただけなのだが)。

 

一人酒と言う気分でも無いし、みたい映画もありゃしない。

特にやりたいこともない扶桑は、ぶらぶらと海上に降り立って、夜の散歩に出かけていた。

 

 

しばらく進んだ頃、沖に3キロ程出たころだったか。

不意に、扶桑は白亜の漂流物を見つけた。

 

暗がりでも目立つ、白づくめの少女。

更に、血のように紅い瞳。

明らかに、上級以上の深海のソレである。

 

 

「いけるかしら…」

 

その敵影に向けてふと思い付いたように艤装を展開して、砲を向けた扶桑。

しかし、当の深海棲艦は果たして、様子が明らかにおかしかったのである。

 

「カ…カエレ…カエレ!」

「あらしゃべった…と言うか、この子怯えてる?」

 

なんだか、遠目から見ても怪我でボロボロで涙雨のように血糊がべっとりついた顔。

髪の毛も溶いてないようにボサボサ。

瞳の焦点も、微妙に合っていない。

死にかけの四文字が、実に相応しい惨状である。

 

そんなボロボロな子に、砲撃を加えたくはないな。

扶桑は何気なしにそう考えて、この小さな深海棲艦の言うとおり、誰にも言わず帰る事にした。

手を降って、ばいばいと呟くと、進行方向に引き返した扶桑。

 

驚いたのは、カエレと言った張本人の方である。

 

 

「マ…マテ!マテ!」

「私はかえったらいいのかしら?帰らないのが正解かしら…?」

 

扶桑は困惑するように、その子の言に対して小首を傾げる。

その姿に、ボロボロなその深海棲艦は質問する。

 

「オマエ…ワタシガコワクナイノカ?ナゼコウゲキシナイ?」

「怖いより、貴女かわいいわ…攻撃なんて、まして敵意も無いのにするわけ無いのに」

「カワイイ…」

「そうね、イ級のがよっぽど怖いわ…」

 

 

自分が、深海棲艦である自分が恐ろしくは無いのかと言う疑問に、扶桑は素で怖くないと答えた。

嘘を言ったり、騙そうとした口調ではない…その子は、それを感じた。

その途端だっただろうか、その子は途端にメソメソ泣き出してしまった。

 

 

「あらあら…きっと、私たちの仲間に苛められて怪我しちゃったのね…それでこう怯えて……」

 

なんとなく、その深海棲艦の事情を察した扶桑。

おそらくだが、扶桑以上の火力を持った船団に襲われて命からがら逃げて来たのだろう。

ひどいことするわ、扶桑はそう一人ごちる。

 

 

そして、扶桑は、一つ決意する。

 

「バケツは…まだまだ唸るほど有るわよね、深海と私たちはよく似てると言うし……いけるかしら、いや、きっといけるわね…!」

 

その子を、「修理」する事であった。

 

 

曳航…と言うか、おんぶして、その泣き疲れて眠りだしたその深海棲艦をドックに連れて行き、

バケツこと高速修復材に満たされたお風呂に連れて行き、優しく湯に浸からせる。

 

果たして効果は、てきめんであった。

 

傷だらけの肌は張りのあるツヤツヤした子供のそれになり、

服も穴や切り傷は綺麗に修復されている。

ボサボサだった髪も艶やかに濡れて、天使の輪を描いてまとまった。

 

 

「ヤ…ン……ンン!」

「あらあら、起きたのね」

 

いつしか、傷も癒えたせいか目覚めるその子は、扶桑の膝枕の上で髪を溶かれていた。

ドライヤーの温風と、クシを通す独特の快感。

更に、扶桑の膝枕の柔らかい感触に包まれて、今度はダメージからでは無い暖かい微睡みに包まれつつ、

目を無理やり覚ますかのように、小さくのびをした後、扶桑に聞いた。

 

「オマエ、ナマエハナンダ?」

「扶桑、扶桑型戦艦の…ふ・そ・う、って覚えてなさい」

「フソウ…」

 

噛みしめるかのように、扶桑の名前を復唱するその深海棲艦は、

扶桑に向かってこう言った。

 

「フソウ…オマエ……ダイスキ!」

「ふふ…あらあら…」

 

刷り込みが終わった雛のごとく、扶桑にくっつくその子供の深海棲艦が生まれた瞬間であった。

 

 

そして、話は和解ムードの執務室の話へと舞い戻る。

 

深海棲艦を連れてきたなどという異常自体に、パニックになる一同…と言う事には、ならなかった。

 

「これが深海棲艦…この子なら、なんだかお友達になれそうなのです!」

「なんだか、私より小さいわねぇ…駆逐艦かしら?」

「阿賀野だっこ、この子だっこしたいなっ!良いでしょ扶桑さん!」

「チョコレートとか食べるかな~、それともアイスとかどう?」

「ふふ…なんだか、扶桑さんの娘さんみたいですね!」

 

親戚の姪っ子が来た時の親戚一同とか、そんなノリであった。

誰一人として、その深海棲艦に敵意を抱いた艦娘はいなかったのだ。

 

 

理由はいくつかあった。

 

一つは、単純にその深海棲艦の見た目が可愛らしく、殺意を抱く程怖くなかったこと。

 

一つはこの艦隊が軽巡洋艦クラスまでしか相手にせず、雷巡クラスの様な亜人型や重巡クラス以上の人型深海棲艦を相手にしたことがなかったせいで、変な先入観がなかったこと。

 

だが、一番の理由は扶桑が連れてきた、この一点だろうか。

友達の友達はみんな友達…ではないが、扶桑にキラキラした瞳で真っ直ぐ着いてきたこの子は、

全員にとって、敵には思えないのであった。

 

それを受けてか、海里はタブレットでその深海棲艦について調べて口を開く。

 

 

「あー、この子は、『北方棲姫』って言うらしいな」

 

と、海里は説明すると、艦隊のみんなはこう口をそろえたのであった。

 

 

「じゃあ…『ほっぽちゃん』で!」

「お、おう…秒であだ名付けに行きやがった…」

 

 

余談にはなるが、この艦娘達の緊張感の無さには、そもそものリンガの海里の着任にも影響がある。

 

AL作戦MI作戦…先の大戦における苦い作戦を関したその作戦。

その本質は、北方棲姫を筆頭とした数多の深海棲艦の大量発生に対抗する為に行われた、

二正面作戦であり…日本は、各海外泊地からも有能な提督を艦隊ごと召集し、

 

果たして…

 

その結果は、大本営の遊撃部隊たる1番隊を筆頭としたエース級艦娘の奮戦により、

結果的には日本は守られた事になる。

しかし…帰らぬ艦となる艦隊、殉職する提督も、また珍しくはなかった大作戦であった。

 

 

さて、その大作戦により召集された提督には前任のリンガ泊地の提督も居た。

 

そこから指揮権と泊地を彼から引き継いだ海里。

そこで作戦直後ぐらいに建造された、如月・羽黒・扶桑・飛鷹・阿賀野と言う五人の艦娘と、

それより前に生まれたものの海里にひっついてたせいで作戦について全く知識が無い電。

 

ほっぽちゃんと名付けた彼女の恐ろしさを全くわからない事は、そもそも当たり前の話ではあったのだ。

 

 

…とまあ、あまりに緊張感の無い流れで、生き延びた北方棲姫ことほっぽを泊地で匿った訳であるが。

何というか、馴染むのは早かった。

 

 

「イナズマ、エホン、ヨメ」

「はいなのです、今日は『はらぺこあおむし』なのです!」

「ン、タノシミ」

 

電と一緒に絵本を楽しんだり

 

 

「あらぁ、やっぱり麦藁帽子も似合うわね」

「ン、キサラギ、アリガト」

 

如月と色々お洒落を楽しんだり

 

 

「さーて、阿賀野だって、チャーハン以外でも作れるところ見せてあげるわっ」

「オカシッ!オカシッ!」

「うーん、じゃあ、今日はドーナツかな?」

 

阿賀野の手料理に舌鼓を打ったり

 

 

「ほっぽちゃん…お風呂、沸いてるわ……」

「ドボーン!フソウ、イッショ!」

 

扶桑とお風呂に入ったり

 

 

「ちょっくれい!ってね、はいどうぞ」

「ゼロ!ゼロ!オイテケ!」

「ほいほい、まだまだ出せるわよ!」

 

飛鷹にゼロ戦を出してもらったり

 

 

「カードヲセット、エンド!」

「やりますね…でも私のターン、サモプシュウマツヘルパトボチヘチェインX3セットデーモンコウカガンサーチ…」

 

羽黒がおもちゃ遊びにつきあったり…

ってガチ満足民かよ!手加減しろよ!つーかBF使えよ馬鹿!

 

「くくく…勝てば官軍……初心者に手加減は要りません……!」 

「ァ、ゴキブリナゲタラ、カッテタ!」

「馬鹿な……エクゾディア……有り得ない…………どうしてこんな、不条理な事が………」

 

しかも自爆して負けてんじゃねえ!

とまあ、…羽黒の馬鹿は一旦置いといて。

 

 

 

とにかく、ほっぽちゃんと艦娘達は、こうして泊地で馴染んでいくのであった。

しかしそんな日々に亀裂が入るのも、そう長くはない話であった。

 

深海棲艦の大連合が、揃って泊地にやってきたのだ。

 

 

その艦隊の数、レ級エリート級を筆頭に、通常のレ級5隻タ級40隻と言う戦艦の大連合。

エリート級20隻を含む空母ヲ級55隻と言う、空戦戦力。

重巡ネ級80隻、雷巡チ級70隻、駆逐艦クラスと軽巡洋艦クラスに至ってはフラグシップ級もあわせて200を超える大艦隊であった。

 

そう、レ級エリート級の召集により、リンガ泊地周辺に存在する深海棲艦を一同に終結され、

超大連合艦隊が結成されたのだ。

 

そして、ソナーも届かぬ深海の底から急浮上して、泊地に奇襲をかけたのである。

 

 

大本営ですら手を焼くであろう、前代未聞のこんな大敵。

明らかに、新米提督の弱小戦力でかなう相手ではなかった。

流石の海里も泊地の艦娘達にも、ほっぽにすら緊張感が張り詰める。

 

そんな中で、泊地全域に、地の底から響くような声が轟いた。

 

 

「我々は…我々の姫の身柄の返却を求めル……北方棲姫様を………カエセ!」

 

ほっぽの身柄引き渡し、それが欲求であった。

 

どうしたものか…と、海里は頭を悩ましたが、当のほっぽと艦娘達は、なんだかその言葉を聞いた途端に呑気な態度で別れの挨拶をするのであった。

 

「お迎えが…きちゃったのですね」

「寂しくなるわ…如月の事も忘れないでね?」

「また、遊びにきてもいいよっほっぽちゃん!」

「海はあんなにひろいから…また、ひょっこり会えるわよね」

「じゃあね、お土産のゼロなくさないでね!」

「今度は…クリフォート、いや魔術師でリベンジですからね!」

「ン、アリガトー、ミンナ!」

 

 

流石に、なんか田舎から一人で帰る親戚の子供相手な様な応対でほっぽを帰そうとする艦娘達に、

頭からこけてひっくり返る海里。

普段ボケの彼ですら、思わず突っ込んだ。

 

「お前らぁぁぁ!緊張感、流石に緊張感は保てよぉぉぉぉ!」

「なんでなのです?お友達のお迎え…あ、菓子おりのひとつでも渡すべきだったのです!」

「違うだろ電ぁぁぁぁぁ!とりあえずこっちこい、ってかほっぽ追うぞ!」

 

海里に言われるがままに、電はほっぽを追いかけていくのである。

 

 

ほぼ同時刻、リンガ泊地港にて。

 

「北方棲姫様がお見えになったっス!」

 

エリート級の空母ヲ級の一声で、ざわめきだった深海棲艦たち。

 

北方棲姫と言う存在は、深海の者にとっては最大の宝の一つである。

その、いかに小さくとも自分たちの女王となる存在の帰参。

しかも生存すら絶望視されていたのに、まるで傷一つない姿であったのだ。

 

号泣するもの。 

咆哮するもの。

諸手をあげて踊り出すもの。

 

様々ではあるが…とにかく、幸福を身体で表現する深海の覇者達は、

その姿だけを見れば艦娘達とまるで変わりなかった。

 

 

その、喜びの元となる北方棲姫は、同胞たちの前に立つとこういった。

 

「オマエタチ…カンムストリンガニムカッテ、ケーレー!」

「ちょ…ま……え、えェェェェェェ!?」

 

しかし、その姫が発するは、宿敵に向かっての感謝である。

当然、困惑が深海の皆は混乱するばかりだ。

 

 

そんな事をしていると、後から電と海里が現れたのである。

 

「イナズマ、キテクレタ!ウレシイ!」

「はいなのです!」

 

しかも妙に仲がいいときた。

 

 

困惑を隠さぬように、レ級のエリートは電に代表して質問した。

 

「お前たち…北方棲姫様を拉致したと聞き、慌てて居場所まで掴んで乗り込んで来たのだガ…」

「あ、連れ去ったなんて人聞きの悪い事言わないで欲しいのです!怪我を直してあげて、預かってただけなのです!」

「…酷い事をしていると、そう思ってだナ…」

「ぶっちゃけ、カードゲームで主に羽黒ちゃんが初心者狩りしそうになったぐらいなのです!」

「…ああ、姫様に酷い事してくとも、我々同胞たちヲ……!」

「私たち、誰も沈めてないのです!」

 

レ級の心配を数々論破する電。

当初は厳しい悪鬼の顔をしたレ級は、次第にげんなりした顔になり、

最後に海里の方を向いてこういった。

 

「ちょっと、コレは…うん、話合いの場ヲ…」

「作る必要が、あります…な」

 

レ級と海里はそう言い合うと、頭をがっくり下げて、

無邪気に語り合う北方棲姫と電を尻目に頭を抱えることになったのである……。

 

 

「…って感じで、その後なんやかんやして和解が成立したんだ」

「…」

「木曽さん、聞いてるかい?」

「コレ一体どう提督に報告したらいいんだ、コレェェェェェェェェ!」

 

また一つ、リンガ泊地の執務室で木曽の慟哭が響いたのであった。

 



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第八話:木曾と深海棲艦のこれから

木曾は、長々とリンガ泊地における話を聞かされて、完全に白眼を向いてしまっていたが…

その中で、思考を整理しはじめる。

 

海里の話は理解は追い付かないが…納得はできる話の内容ではあった。

臆病さと仲間意識から全く戦意が無い艦隊、そして敵を思いやり戦うことをついに放棄した、優しき娘達。

その優しさを貫いたら、心を深海棲艦に通じさせたと言う話である。

 

 

これは、例えば青葉や秋雲あたりに話したら…面白おかしく脚色しつつ、広め出すだろうな。

そんな事をぼーっと、考えていながら、とりあえず木曽は大本営の提督や1番隊のみんなにどう報告しようか纏めようとして…

 

 

無理だと、木曾は脳内で結論付けた。

 

 

戦闘を投げ出した艦隊?

それを深海が理解した?

そんなゆるい空気が、周囲に伝わってるのか、のんびりまったりした泊地?

 

誰もが信じるわけが無いし、万が一信じたら…おそらく、相当酷い事になるだろうと言う事は予想が付く。

 

 

そもそも、目の前にいる、リンガの艦隊が深海棲艦に対してノーガードを貫けたのも、深海そのものに全く恨みが無いことと敵対しなかった事が原因だろう。

 

非戦的な温厚な新人提督の下に、奇跡的に極端に非好戦的な艦娘が揃ってしまったと言う事も、和平成立の原因と言える。

 

 

翻って、自分たちはどうなんだろう…と考えてみる。

 

自分たちは…数多の深海を沈めてきて、艦娘を沈められてきた。

木曽の目の前で心配そうな顔を見せた北方棲姫にも、直接顔をあわせたこと無い(木曽達1番隊は、AL/MI当時北方棲姫のいた場所とは逆を攻撃していた)木曾ですら思うところは少なくない。

 

幾度となく刃を交えた、ほっぽのお目付役だろうレ級だったら尚更である。

 

 

1番隊で、最も温厚な木曾ですらこうなんだから、他のメンバーなら、と言うか殆どの大本営の所属艦隊やその指揮官なら…尚更の話である事は、当たり前の話だ

 

それを、「対深海棲艦への最適解がノーガードぶらり旅ですから、今すぐ武装解除し和平の席を作れ」なんて…駄目だろう、誰がそんな無神経な事が言えるだろう。

そんな事を言うには…遅い、仕方ないとは言え、自分たちは奪いすぎて、そして奪われすぎていると言う話だ。

 

 

それに、かつて、脅威と化す前に潰しに行った北方棲姫の生存…そんな事を伝えたら、恐らくは、再殺の指令が来るだろう事は明白だった。

 

それを、誰が喜ぶのだろうか…嬉しい人間なんて、どこにも居ないだろう。

殺す側の艦隊も、殺される側の深海も…そして、何よりもリンガ泊地のみんなが、不幸にしかならない。

木曽はそんな事を、ほっぽの頭を何気なく撫でながら考えていた。

 

 

ならば、どうすれば最適解なのか…と頭を働かせたが、木曾には明白な答えは出なかった。

 

大本営のエースの一角と言う立場上、何もなかったなどという嘘も大本営に言えぬ。

しかし、本当の話を語った所で嘘つき呼ばわりされるか、

…最悪、リンガ泊地の皆が築いた、自分たちには決してできなかったその全てが台無しになるのだから。

 

はあ、と大きなため息を吐いた後、深呼吸した木曽は、自分たちの全てを正直に打ち明ける事にした。

なんとなくではあるが…木曽には、そうしたいと思っていたし、そうすることが正解だと感じたからだ。

 

一人で悩むより、このリンガのみんなと答えを考えてみたくなったのだ。

 

 

「すまないな…実は、俺は、お前たちのリンガ泊地の、深海との繋がりとの調査と……最悪の場合、『処分』を頼まれて、お前らの泊地へ来たんだ」

 

だから歓迎される立場ではない…そう言っていきなり開口して頭を下げた後、自分へ下された命令の事を話したのである。

 

平たく言えば、深海とこの泊地がつながっているのなら、最悪泊地ごと消さねばならぬ。

その真偽の調査の為の先遣部隊として、覆面調査員じみた役を任されたのが木曽なのであった。

 

その事は…無論、本来は秘密だろう。

とは言え、念押しされた訳でも、「秘密を守れ」と言及された訳でもないと苦笑しながらリンガ泊地のみんなに伝える。

…最早、とんちのレベルでは有るのだが、とも自分で付け加えることも忘れなかったが。

 

 

兎に角、木曾にとっては大本営からの命令は絶対ではあり嘘のつきようもないし、

しかし本当の事もリンガ泊地の事を考えれば伝えられない事も…

周囲には伝わるにつれ、困惑が広がった。

 

 

そもそも、不釣り合い過ぎる木曾の来訪は、そのこと自体はリンガ泊地のメンバーも不自然に感じていたためか、来訪の理由については誰も異議を唱えなかったが…

 

それはそれとして、それを真っ正直に伝えてきたことや、弱小の海外泊地の立場であるリンガの事を優先しての発言だった事。 

そして、下手をすれば、大本営そのものを敵に回すような発言には、誰もが困惑するしかなかったのだから。

 

しかし、そんな視線すら意に介さずに、木曽は最後にこう締めくくった。

 

「…お前らは軍人としては失格さ、自分の感情も殺すことは出来ず敬礼一つマトモにできやしない……だけど、人としては嫌いじゃないから、やり方もこの空気も嫌いになれないから、なら『軍人』じゃ無くて、ただの艦娘の先達として向き合ってみたくなってな…だから、嘘はお前らに吐きたくはなかったのさ」

 

そう言って、改めてぐしゃぐしゃとほっぽの頭を撫でつつ、優しい声色で言う。

 

「深海の連中も…まあ、ここに居るうちは敵とは思わない事にする、話は通じるらしいしな」

 

 

そんな木曽の態度を見て、最初に声をかけたのは飛鷹であった。

 

「…改めてありがとうね、本当は、私たちはなにされても文句が言えない立場なのに」

「…飛鷹か、別に礼は言われる筋合いも無いだろう」

「そんなこと無いわ…それでね、木曾、思ったことが有るの」

 

飛鷹の『考え』、それは木曾の思考の外にあるものであった。

 

「嘘もつけない、でも本当の事も言えない…ならいっそ、もっと大きなニュースをでっち上げてカモフラージュしたら良いのよ!」

「…カモフラージュ作戦、まあ、悪くはないけどどんなニュースを……」

 

当惑する木曾。

まあ、古典的な手ではあるが悪くない。

しかし、深海棲艦をかくまってるなんて軍法会議もののニュースをカモフラージュする手なんて、どうすんのと言う話である。

と言うか、ほぼ、この場に居る全員が思ったことだろう。

 

しかし、飛鷹は、そのことは予想済みとばかりな表情を見せると、

くるっと、急にレ級の方に顔を向け、にやりとした表情で語り出した。

 

「例えば…れっちゃんに一肌脱いで貰えれば、一瞬よ」

「な…なんデス?」

「例えば…そうね、『リンガ泊地に存在するデータを元に、ついに大本営所属艦の木曽が深海棲艦の戦艦レ級をろ獲に成功!』…とかどう?」

 

…やりやがったこの馬鹿!と言う感想が頭をよぎり、ブーッと吹き出して驚くレ級と木曽。

しかし、そんな二人には意に介さずに、飛鷹は話を続ける。

 

「これならさ、うちの泊地で深海棲艦が彷徨いてたって噂の表向きの答えにもなるし、れっちゃんもうちで正々堂々と歩けるわ!」

「…いや、それは、お前…今度はただ単にレ級が大本営に引き渡されかねんだろ……」   

「第一、本当にろ獲した訳じゃないから、データ渡せとか言われたらすぐウソがわかると思うのデス……」

 

しかし、飛鷹の無茶なアイデアに突っ込みを入れる二人。

それに、うーんと考えこむと、今度は飛鷹に如月が助け舟を出した。

 

 

「つまり、大本営がわからないなら、アイデアとして悪くない訳なのよねぇ」

「…まあ、それは」

 

確かにな、と木曾は思う。

しかし、まずそれが難しくてだめなんじゃ…と考えたら横から電と阿賀野が更に口を出す。

 

「じゃあ、レ級さんがうちから離れられない理由を付ければいいのです!」

「それか、レ級さんを大事にしないといけない理由をでっち上げちゃうとかっ!」

「だから、それが…」

 

木曽の当惑も頂点に達し、ヒートアップするリンガの面々。

とりあえず、ストップをかけようと、一言声をかけようとした瞬間…今までだんまりを決め込んでいた扶桑が急に叫ぶ。

 

 

「ファミチキくださぁぁぁぁぁい!」

「今関係ないだろ!ファミマでやれェェェェェェェェ!」

(…ファミチキく……はぁ、風はあんなに爽やかなのに……)

(直接脳内に…!ってかやるなら最後まで頑張れよ……!)

 

扶桑の脈絡の無いボケに、思わず全力投球で突っ込む木曾。

そんな木曾を見て、横にいた羽黒はしみじみ言った。

 

「ウチにはボケか天然しかいなくて、純粋なツッコミ要員がレ級さんしかいなかったから助かります!」

 

…わりと真面目な話をしていたはずなのに、どんどん空気がギャグになる。

木曽はついに頭を抱えこんでしまった。

 

「…自覚してるなら、自制してくれ……」

「やだぷー、シリアスな場面じゃないならボケ楽しいのですー!」

「しまった、やっぱこの泊地アウェイだ!」

 

フリーダム過ぎる艦隊のメンバー怒ることを通り越して若干涙目にすらなる木曾。

ツッコミのタイミングを微妙に逃して、さっきからオロオロするレ級。

後、あーでもないこーでもないと、真面目な風な話をしながらボケ倒しにいこうとする残りのメンバー。

後、話に飽きてゼロ戦のおもちゃであそびだすほっぽ。

 

 

そんな木曽達を見て、いきなり閃いた、とばかりに海里が口を開いた。

 

「良いアイデアが閃いた!木曾さん、私に任せてくれ!」

「…アイデア?」

「ああ、最高のアイデアさ!…爆発すれば良い」

「何が?!」

「誰がダ!?私カ!私デス!?」

 

海里の爆発と言う単語に、木曾は吹き出し、レ級はおびえ出すのであった……!

 

 

 

3日後、大本営1番隊詰め所にて。

 

「大変れすぅ!赤城さん!阿武隈さん!」

 

木曽が抜けた穴を埋めるため、阿武隈を交えて新生1番隊としての練度を鍛えるため。

赤城の指導の元、阿武隈は夜通し特訓を繰り返していた。 

 

そんなおりに、調子外れな雪風の声が響く。

 

何事かと、目を白黒させる阿武隈とぎろりと雪風を睨む赤城。

二人は雪風に冷たく話す。

 

「雪風ちゃん…急に、どうしたの……今忙しいの!」

「くだらない用事なら、今すぐ立ち去りなさい、雪風」

「くだらなくなんて無いれす、木曾さんのニュースれすから!!」

 

しかし雪風の放った、木曾と言う単語に色めき立った二人。

二人の目の色が急に優しさの光を見せると、雪風のニュースとやらに質問した。

 

「木曾先輩のニュースですか、何があったんです?」

「木曾は…まだ連絡もよこさないですからね、心配してたのですよ……それで?」

 

しかし、二人へ聞かされた言葉は、予想外と言うレベルでは無かったのである。

 

「はい!…木曾さん、リンガで戦艦レ級をろ獲したそうれす!」

「…え、木曽先輩ちょ……何やってんの!?」

「『大本営がレ級の引き渡しを欲求した途端、爆発すると言う返答がかえってき来た』って書いてるれす!」

「ば…爆発?何が、何が爆発するのですか!」

「木曾さんが、何故か爆発する……らしいれす!」

 

なんでそっちが爆発するんだぁぁあと言う阿武隈と赤城のツッコミが、詰め所に響き渡るのであった…。

 

 



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番外編:メイン登場人物紹介1・リンガ編

【メイン人物紹介】

 

◯木曾

クラス:重雷装巡洋艦

所属:大本営

身長:162センチ

体重:55キロ(以下、全員非艤装表記)

レベル:117

 

大本営所属の球磨型の5番艦。

改二として改造をくまなく施された結果、軽巡洋艦から艦種を変更済みである。

 

帝国海軍のエース、1番隊の隊長で、1番隊の所属当時は戦闘時は中距離からの奇襲と赤城の護衛、更に現場の指示を主に担当していた。

 

ちなみに、大本営のある提督と唯一ケッコンカッコカリを行っている。

しかし、大本営は通常の泊地とは違って、提督が複数存在しているため、

1番隊のメンバーは全員ケッコン済みだったり。

 

鷹揚で面倒見の良い、豪快なお父さん的な性格。

しかし、生来のツッコミ気質でもあり気苦労も多い方。

怒らせたら怖いが、そもそもあんまり本気で怒らず、負の感情が長続きしない性格でもある。

 

コンセプトは「単身赴任のお父さん、学園モノで言えば先生枠」。

 

 

◯飛鷹

クラス:軽空母

所属:リンガ泊地

身長:173センチ

体重:64キロ

レベル:19

 

「出雲丸」としての記憶を引きずっている空母の少女。

戦闘能力は、レベル以上に低かったりする。

 

ほっぽを喜ばせるために、巻物からの召喚だけはうまかったりするが、

実戦の練度はほとんど0に近いためこのレベルだったり。

 

しかし、安定感は本来高い飛鷹型の本来のスペックを引き出せば、正規空母に迫る力をも持てるだろう。

 

性格はやや勝ち気で真っ直ぐながら、ものすごい天然。

生真面目で落ち着いた口調で、時々爆弾発言をかましたりするタイプ。

ガチでパンが無いならお菓子を~などと言ってしまうタイプには違いない。

 

ただ、外面が良いことと、仲間思いで真っ直ぐな部分がぶれないため、

致命的に嫌われにくいタイプでもある。

 

コンセプトは「木曾に対するヒロイン、学園モノの委員長キャラ枠」

 

 

◯電

クラス:駆逐艦

所属:リンガ泊地

身長:139センチ

体重:30キロ

レベル:23

 

リンガ泊地の第一艦隊旗艦にて、初期艦の少女。

 

非好戦的な性格をしており、実際、非常に臆病な性格。

だが、それ以上に仲間思いであり、慈愛に溢れた面も強い。

軍人としてはまったく適性が欠けている…様にも見えるが、努力家かつ本来の芯は強く、まだまだ伸びる資質がある。

 

それとは別に、彼女もまた真面目な天然枠である。

生真面目なわりに、いろいろ社会知識が足りてないが故に先入観に惑わされる事は無いが、

かわりに行動のツッコミ所も少なくない子だったりする。

 

コンセプトは「もう一人の成長型主人公」。

 

 

○如月

クラス:駆逐艦

所属:リンガ泊地

身長:142センチ

体重:31キロ

レベル:19

 

リンガではじめて建造された駆逐艦。

電とは公私ともに仲良しであり、コンビ枠だったりする。

 

元の駆逐艦如月の性能の低さから、どうにも彼女の能力も弱め。

ただ、その分燃費とガッツはよく、あるいは戦闘のコツをつかめたら化ける資質は有るだろう。

…もっとも、この泊地でそんなガッツが必要か疑問だが。

 

性格は妙にエロチックでアダルティな言動で誤解されがちだが、非常に純朴で真面目。

むしろ、負けん気は強いが普通に落ち着いた性格であり、いろいろ損しやすいタイプでもある。

まだまだサンタさんを信じるお年頃、ちっすより先なんて知らない。

でも、なんか喋り方と雰囲気がエロチック過ぎて理解されない…そんな子である。

 

コンセプトは「学園モノの主人公の親友枠」。

 

 

◯羽黒

クラス:重巡洋艦

所属:リンガ泊地

身長:157センチ

体重:47キロ

レベル:25

 

リンガで一番レベルが高く、リンガで一番のまとめ役。

重巡洋艦と言うよく言えば万能、悪く言えば器用貧乏な自分の位置を考えて、

アクの強いリンガのメンバーの緩衝材役をやっている。

 

戦闘時もフォローの鬼であり、電や阿賀野といった危なかっしい子のサポート役も行っている。

ただし、割あい無鉄砲な部分もあり、それで死にかけることも。

 

性格は穏やかで丁寧な性格。

知識も豊富であり、電やほっぽのアドバイザー役の一人であったりする。

ただしフリーダム過ぎる一面もありプライベートでは大人気ない一面もよく見せる人。

 

一番大人に見えて、実際一番大人な部分も有るが、その実ほっぽより子供な人である。

 

コンセプトは「学園モノで一人は何故か居る、成績優秀だが変な発明品とかで周りを困らせる変人の天才」。

 

 

◯扶桑

クラス:航空戦艦

所属:リンガ泊地

身長:183センチ

体重:78キロ

レベル:23

 

最近、航空戦艦に改装したあらたなる戦艦。

瑞雲を運用する事で、多角的な戦術を一人でこなす、リンガ泊地の切り札の一角。

 

しかし、本人がのんびりした性格であり、また航空戦艦自体の運用の難しさから、100パーセントにその力を生かせているとは言い難い。

課題もまだまだ残った部分も少なくない為、これからの成長に期待か。

また、火力自慢では有るが、航空戦艦となってしまい、かえって最大火力は落ちてるのは秘密。

 

性格はおっとり優しいお姉さんタイプ。

弱いものには優しく、あらゆるものに慈愛を持って愛情を注ぐ人。

ただし、暗い性格でマイペースが過ぎる上に空気を読めない為、上記の長所は理解しにくいタイプだったりする。

 

後、やっぱりフリーダム過ぎる人。

 

コンセプトは「学園モノの図書委員系不思議ちゃん」。

 

 

○阿賀野

クラス:軽巡洋艦

所属:リンガ泊地

身長:154センチ

体重:48キロ

レベル16

 

阿賀野型、と呼ばれる最新型の軽巡洋艦。

良くも悪くも、まだまだ若い艦。

 

スペックこそ高いものの、本人は逆にまだまだ振り回されている。

むしろ、かえってスペックが高いぶん、本人の技量の低さがまだまだ見える子と言えるだろう。

ただし、使いこなせるようになれば、その力は軽巡洋艦の枠を超えるなにがしかを掴めるかもしれない。

 

性格は、頭が緩いぶん、けっこう考えなしのKYともとられがちな子。

実際、リンガでは失言の3分の1ぐらいは、この人の考え無しが原因だったりする。

 

しかし、その分素直で真っ直ぐな少女でもある。

悪いと思えばごめんなさいを、優しくしてくれたらありがとうをキッチリ言える、今時らしからぬ良い娘である。

わりと甘えん坊で怠惰だったりする部分もあるのだが、ほっぽちゃんの前だけはだらしなく姉さん。

 

コンセプトは「学園モノの後輩キャラ」。

 

 

◯北方棲姫

クラス:姫

所属:深海

身長:125センチ

体重:19キロ

レベル:不明 

 

かつて、帝国海軍と激戦の末に敗れ、敗走の末にリンガ泊地に流れ着いた深海の姫。

 

しかし、ゆるゆるなリンガ泊地の空気にあてられて、完全にマスコットと化した幼女。

ほっぽと!状態であり、艦娘からも深海からも愛されている。

毎日が夏休みなこの子は、どこへ行く…。

 

コンセプトはそのまま、「マスコットキャラクター」、あるいは「学園モノの転校生」。

 

 

◯戦艦レ級

クラス:戦艦

所属:深海

身長:168センチ

体重:91キロ(尻尾含む)

レベル:98

 

北方棲姫、と言うか姫クラスや鬼クラスの付き人のような立場にあたる深海棲艦。

過去編ではエリートと言われて、区別されていたのもコイツ。

 

戦闘能力は非常に高く、本気を出せば木曽とも互角以上にたたかえる。

高い雷装と強烈なパワーを用いたごり押しで、数多の艦娘をも退けてきた。

とは言ってもあまり好戦的な性格ではない為、自分から艦娘に攻撃する事は元々無く、

むしろ和平を心のどこかでは望んでいた深海棲艦であった。

 

また、本来、レ級はエリートだろうが会話能力は低いのだが、上記の特性の護衛艦が本来の任務と言う事で、

やや片言な部分はあるが、会話能力は高く知性もかなり高い。

 

そのために艦娘たちになじむのも妙に早く、結果的に木曽がくるまでのボケへの被害担当艦状態であった。

貧乏くじを引きやすい人なのかもしれない。

また、艦娘たちの影響から、ほっぽ様と妙に砕けた口調で北方棲姫を呼び出したりするあたり、本来はフランクでイイ性格なんだろう。

 

コンセプトは「学園モノのひとりは居る地味な人」。

 

 

◯海里護

クラス:少佐

身長:174センチ

体重:63キロ

 

安定と安心を願って海軍に入隊したら、提督にワープ進化した謎生物の人。

 

本来おとなしい性格の人なのだが、提督となり、だがやつは弾けた…を、やらかしてしまい…

なんということでしょう、フリーダムな性格になりました。

…悪い人ではないし、見るべき部分はちゃんと見てるのだが。

 

しかし、事務能力がそこそこ優秀なぐらいで、実際は提督としてはそこまで優秀ではない人でもあったりする。

 

ところが、士官学校で調べた際に「建造で望んだ艦を引く」運と「開発で狙った武器を引く」運がずば抜けて高いため、提督を任されていたのであった。

…実際のところ、本人に説明無しで泊地に放り込まれてもどうしようも無い気がするが。

 

もっと言えば、扶桑がいろいろやらかしてほっぽちゃんかわいい!した結果、無用の長物となった特技になったのだが…。

 

コンセプトは「学園モノの変人生徒会長枠」。

 

 

 



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第九話:木曾と阿賀野と深海と

ふわぁ…と、木曾は、欠伸をかみ殺しながら自室から食堂へと向かう。

 

朝飯はあっさりと和食のおにぎりと味噌汁の定食にするか、あるいは、たまにはパンと目玉焼きにしてしっかり食べて精を付けるか。

そんなたわいない事を考えながら、てくてくと歩いている。

 

ほんの数日前の木曾ならば、有り得ない光景だ。

大本営時代の彼女なら、飯など特に悩まずささっと食えそうなものを適当に腹に詰めているはずだ。

それに朝の朝の8時を回っているこの時間は、本来ならば既に訓練に向かっている時間であったろう。

 

 

しかし、リンガ泊地に来てから数日と言うもの、すっかり木曾は腑抜けてしまっている。

 

来た当初こそ、深海棲艦と共存を果たしたこの泊地の空気に混乱してドタバタしていたが…

果たして、10日もする頃にはすっかりこの地と空気に慣れてしまった。

 

飯も旨い、人も優しい、特に海も陸も事も無しとなれば、なるほどそれも道理だろう。

 

元々が、木曾はそこまで人にも厳しく無い気性なのだ。

3日もする頃には、すっかりリンガの艦娘達からもなつかれてしまっている。

そういう、緩い繋がりを…木曾は本来好むたちであった。

 

 

その中で、木曾に特に懐いている艦娘は、ファーストコンタクトを取った飛鷹であった。

 

ツンケンしている言動を見せる事も無いでは無いが、基本的には協調性もあって面倒見の良い飛鷹。

しかし、基本的に空気が読めないと言うか…どんくさくて、微妙に世間知らずなお嬢様タイプでもある。

まあ、だからどうしたと言うレベルではないが、どうにも「浮く」事が、リンガでも珍しくはなかった。

 

本人も直そうとはしているし、リンガのメンバーからも嫌われている訳では無いが、

ほっぽはともかくも、自分から微妙に周りに壁を作ることは、実は珍しくはなかったのだ。

 

そんな中で、自分の欠点も笑って受け入れてくれた木曾に惹かれるのは…当たり前だったのかも知れない。

…まあ、そう言った深い所は、木曾はともかくも飛鷹自身すら、わざと考えないようにしている節はあるのだが。

 

 

「飛鷹おはよう…何か、お前なんかいっつも俺の隣に居るよな」

「おはようさん、私のこと嫌いなの?木曾は」

 

そんな横道を説明している間に、いつの間にか食堂で合流した木曾と飛鷹。

軽く挨拶を交わした後は、食事を頼もうと二人で食券売り場の前で軽く思案した後、

木曾は、やはり最初に決めたおにぎりと味噌汁を、

飛鷹は彼女らしく洋食風のパンのセットを頼んだのである。

 

 

木曾の頼んだ朝食は、出来立てでまだほんのり温い塩むすび2つに白菜のお新香が2切れに味噌汁。

 

あえてシンプルに具がないおにぎりが海苔の風味と米の甘さを引き立てて、隠し味はひとつまみの粗塩。

お新香は自家製のぬか漬けであり酸味が非常に強いが、逆に口の中をさっぱりさせてくれる。

そこに、炒り子だしで魚介の風味が溶け出したワカメと豆腐の味噌汁が身に染みる味となっている。

 

 

一方、飛鷹の頼んだ朝食は、焼きたてのロールパンにバターとマーマレード、ハムエッグにコールスローサラダにヨーグルトと朝食にしては豪勢なもの。

 

ナイフであらかじめ切れ目が入ったロールパンからは、焼けた小麦独特のふんわり香ばしい香りが食欲をそそる。

そこに一切れのバターと伊予柑で出来た甘みの中に上品な苦味の味わいが鮮烈なマーマレードを塗ることで、それだけでちょっとした高級料理風なパンが出来上がる。

メインディッシュたるハムエッグはシンプルに塩胡椒を強めに振ることで、ややすれば甘すぎるパンの味を引き立てる辛さを演出してくれる。

甘いパンと辛いハムエッグの繋ぎには、あえてドレッシングをかけず、茹でたトウモロコシをトッピングしたキャベツの千切りで出来たサラダが口をさっぱりさせてくれた。

最後に、ブルーベリーのジャムをかけたヨーグルトの酸味と甘みが、朝の疲れた身体に多幸感をもたらしてくれるのである。

 

 

「朝からそんな、良く食えるな…」

 

あっさりと朝食を済ませた木曾は、量としては自分の倍近くあるハズの飛鷹の朝食の山が、自分の倍以上のスピードでなくなっていく様を見て目を丸くした。

しかし、当の飛鷹は食後のコーヒーを啜りながら涼しい顔である。

 

「まだまだ入るわよ…朝ご飯は、しっかりしないと元気にならないわ」

「…空母ってのはみんなそうなのか?赤城も、そう言えば昔、似たこと言ってたなぁ……」

 

赤城って何よ…と言って、少しムッとする飛鷹だったが、丁度その時に食堂のドアが開く。

来客したのは、ほっぽとレ級に阿賀野と言う面子であった。

 

 

「ゴハン、ゴハン!ヤマモリゴハン!」

「はいはいほっぽ様、じゃあ…今日は鮭定食にしましょうカ」

「ン、オナカイッパイタベル!」

 

海里から特別に貰った小遣いを握りしめ、実に他愛ない話で盛り上がる深海組。

しかし、一方、阿賀野は…

 

「私は、お粥だけ…いいや、野菜ジュースだけでいいかしらねっ…!」

 

まるで食欲が無いかのような注文である。

それをたまたま覗いていた、木曾は阿賀野に何気なしに声をかける。

 

 

「どうした?飯が入らない…腹の具合でも、わるいのか?」

「う…そうじゃないけど……」

 

木曾の心配に、なぜか顔を青くして冷や汗まみれになる阿賀野。

話題を変えるためか、阿賀野はこう切り出した。

 

「そんな事より…阿賀野、ちょっと木曾さんに頼みたいことがあるの!」

「…頼み?」

 

一体なんだいと、木曾が続けると、阿賀野は決意するかのような表情で言った。

 

「阿賀野を、大人にしてください!!」

 

 

「ちょ……………はァァァァ?!」

「ぶっふぉォ!?」

「……」

 

爆弾発言ってレベルじゃない阿賀野の言葉に、意味をわかってないほっぽ以外のその場にいる全員は氷結する。

 

驚愕する飛鷹。

吹き出すレ級。

目を丸くし絶句する木曾。

 

 

そして、飛鷹は顔を真っ赤にして、阿賀野の首根っこを捕まえて振り回し、

レ級はほっぽの目と耳を塞いでしまい、

当の木曾と言えば…

 

「うーん、俺はノンケなんだけど夜のお誘いは…何か阿賀野なら嬉しいはするかな?」

「って、乗り気なのかヨ!」

 

なんか考え込んだ後出した結論的には、わりとまんざらでもなかったりした。

 

その後、変態!変態!とポカポカと今度は飛鷹に木曾が背中を殴られる中、

今度は当の阿賀野の方が顔を別な意味で青くしてして、必死にさっきの言葉を否定した。

 

 

「違うの!阿賀野は木曾さんとエッチな事がしたいんじゃ無いのよ!」

「…違うのか残念、こんなかわいいのに」

「ふぇえ…って、そうじゃないの!艦娘として、大人にして欲しいのよ!」

 

艦娘として、と言う阿賀野のセリフにはっとする木曾。

そんな木曾を無視して、阿賀野は続けた。

 

「木曾さん、阿賀野たちよりずっと強いでしょう?私に特訓して欲しいの!お願い!!」

「…特訓、か」

 

 

特訓、と言うリンガらしく無い、もっと言えば阿賀野らしくない言葉に考えこむ木曾。

 

自分も含め、たるんでしまっているこの空気をまさか阿賀野に考え直させられるとは思わなかったと思い、

木曾は目の前のこの少女の事を軍人として見直した。

 

幸いに、本来は木曾も軽巡洋艦であり、現在も戦闘スタイルは木曾も阿賀野も近い部分も多く、

伝えられる事や引き継げさせる事は、きっと少なくないはずだと木曾は考える。

 

それは、リンガの為に自分が出来ることではないかと考えた。

 

 

そんなことを思いつつ、この泊地では見せたことはない大本営時代の厳しい軍人の顔になると、

阿賀野を一瞥してこう言った。

 

「わかった、阿賀野…いや、貴様をこれから一人前の戦士にしてやる!ヒトヨンマルマルに演習場に来るように、返事は!」

「は…ひゃい!?」

「ひ…って、私は関係なかったわ……」

 

ど迫力の声量と、圧倒的な威圧感。

まさに、木曾の本来の姿たる軍人そのもの、一流の戦士その鑑。

そんな姿に、阿賀野は圧倒されて直立不動となり、飛鷹すら怯える。

 

そんな情けない2人の同僚を尻目に、今度は深海の二人に目を向けると、木曾はこう続けた。

 

「ほっぽちゃん…ちょっと、飯の時間の後にしばらく、レ級を借りるぞ」

「…キョウノキソ、コワイ……」

「あ…」

 

ほっぽまで怯えさせてしまい、そのことに木曾は自己嫌悪に少し陥りつつ、

先ほどより少し優しいトーンでこう言った。

 

 

「あはは…阿賀野の為にはな、ちょっと俺も、昔の感覚を思い出す必要があってな……ちょっとやりすぎたかもな」

 

そう言って、ニコッと笑いながらほっぽの頭を撫でる。

そんな木曾の姿に安心を取り戻したのか、木曾に笑い帰すほっぽ。

そんな二人に苦笑しながら、名指しで呼ばれたレ級が横から口を出した。

 

 

「怒っては居ないのデスョ、アレは…この泊地には、本当は必要無いものですガ…木曾さんや私には…忘れては、いけないものなんデス」

 

レ級の言葉についに安心したのか、ぎゅっと木曾をだっこしながら木曾へ答えた。

 

「ン、ナカヨシ、ワスレナイナラ、レキュウ、カス」

「ああ、ほっぽちゃんもありがとうな」

 

にこにこと、何時も通りの木曾とほっぽに戻る二人。

しかし、レ級を睨み返した時には、再び戦士の姿を取り戻した。

 

 

「俺達は、じゃあ…2時間、いや……1時間後で落ち合おうか」

「室内演習場で……首根っこ、洗って待ってろ……デス」

 

ニヤリと二人は笑い合うと、その瞳には怪しい光が宿り、木曾は1人演習場へとむかったのである。

 

 

後に残されたもの達は、レ級以外は呆然とするしかなかったりした。

 

「あ、阿賀野……あんなゾクゾクしたのはじめてかも……あれ?でも怖いだけのドキドキじゃないっぽいし…でも女の子同士で…でも、木曾さんあんなにイケメンで……あれ、あれ?」

「ずるい…って、木曾の地獄の特訓が眼に見える地雷なのにずるいって私、何言ってるの!?」

 

ただし、それは恐怖や威圧感から来たそれではなかったようだった。

 

 

「ああ、前回の爆発する木曾さんって、こういう意味デ……旨いこと言ったつもりデス!?」

 

 



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第十話:木曾とレ級と駆逐艦

泊地に存在する施設は、食堂や寮といった生活に必要のある、いわゆる衣食住のためだけの施設しか無いと言う訳ではない。

 

例えばバーベルやルームランナーが常備されたトレーニングルームや剣術・体術の訓練の為の和風の道場施設、所によれば土俵といった特殊なスポーツを執り行える、そういったスポーツ施設も存在する。

軍事施設なのだから、トレーニング施設の充実と言う話も、それは当然ではある話なのだが。

 

 

しかし、艦娘と言う特殊な兵士にて特殊な兵器を扱っている、鎮守府などの施設では、

武器の調整施設の他に、水上でのトレーニングルームの施設の充実も大事だったりする。

 

そう…

 

 

「逃げずに来てくれて、嬉しいぜ、レ級!」

「…それはこっちのセリフ、デス!」

 

大本営の元エース、重雷装巡洋艦木曾。

深海棲艦の凶獣、戦艦レ級。

この二人が並び立つ、一辺1.5キロはある長方形の超大型プールも、

そういった軍事施設の一つなのである。

 

 

「艤装…展開!」

 

艤装

 

艦娘が身に纏う、他の兵士とは違う能力。

また数多の兵器とは全く異なる武装の事である。

 

例えば、それは飛行機だったり大砲だったり爆雷だったり。

その姿は、ややデフォルメされているが、実在の兵器と同じような姿をしている。

木曾の場合なら、白黒の迷彩を施した砲や機銃といった武装が目を引くが、

メインになるのは重武装魚雷と甲標的と言われる武装を軸にしたものである。

 

その、張りぼてのようなサイズの武装から放たれるその攻撃は、艦娘の身から放たれる瞬間、

本物の弾丸や爆弾と変わらない一撃として、サイズが一気に巨大化し敵に襲いかかる。

 

威力以上に、取り回しの優秀さから非常に対深海に効果的とされている。

 

そして、それは艦娘にしか扱えず、更に言えば、

艦娘はどこに居ようと、その右手をかざすだけ虚空から召喚することが可能なのだ。

 

 

「オーラ、イン……elite!」

 

一方、レ級は、その両拳を左右からぶつけるように組んで胸に当てると、

全身から紅いオーラが現れ、尾にもアーマーと砲が装填される。

 

深海棲艦は、ある一定の練度になると可視化可能なオーラを展開可能になる。

そのオーラは、ただでさえ超自然的な存在たる深海棲艦の身体能力を、

通常の1.5倍以上に引き上げるとされている。

 

ましてやレ級となれば、その能力は、艦隊一個ぶん以上とまで言われているのだ。

 

 

そして…

 

「行くデス…ファイヤァァァァ!」

 

レ級から放たれる艦載機をゴング代わりに、2人の闘いは始まった。

 

 

「…っ!やっぱり、初手はそうくるよな…!」

 

制空権を取られ、上空から次々と、歯の付いた牙の様な深海棲艦特有の艦載機から放たれる機銃を浴びせられる木曾。

機銃を高射砲代わりにし、対空戦に備えるが…

 

「戦艦の癖に、空母並の艦載量…!逃げ切れねぇ、なら!」

 

木曾は、自分のマントを傘代わりに頭部を保護すると、

自身の身をギリギリまで低くして、最大戦速で斜め向かって直線に回避する。

一見、無数にも見える艦載機だが、やはり一機だけから放たれる編隊ならば、フォローできない箇所も出てくる。 

言ってしまえば、台風の目であろう。

木曾はそれをめざとく見つけ、そこにむかって全力疾走したと言う訳である。

結果的に、艦載機からの弾丸の雨から、なんとか逃げ出した形になった。

 

しかし、無傷と言う訳にはいかず、最小限のダメージで突破した所で小破は免れはしない。

それも、ギリギリ中破にならぬ程度に踏みとどまったといった、少なくないダメージでもあった。

 

しかも悪いことに、艦載機の砲撃は、実はレ級はわざと一点だけ隙をつくっていた。

レ級は巧みに艦載機を操って、木曾の逃走方向を制御していたのだ。

レ級の本命、それは…

 

 

「魚雷の一撃……ひとたまりも無い、デス!」

 

魚雷、それは爆薬を大量に積むことで、通常の弾丸の数百…数千倍もの威力を持った水中ミサイルである。

威力に限って言えば、正に一撃必殺の弾丸であろう。

 

実際は不発弾も多く、当てるのがそもそも難しい代物でもあったのだが。

 

しかし、狭い範囲を狙って、まっすぐに魚雷を投げるだけであれば難易度は格段に下がる。

更に、仮にレ級はこの攻撃を外した後も、艦載機からの追撃に尾から放たれる主砲からの砲撃と言う、

二段構え三段構えの追撃が可能と言う、詰め将棋のような戦術で追い込みをかけていく。

 

 

しかし、そんなことは、木曾は予想済みであった。

 

「どりゃあ!本職でも無いやつの魚雷に、当たってたまるか!」

「!?飛んだ…デス!?」

 

バシュッと、勢いよく木曾は水しぶきを上げつつジャンプする。

ハードル走のように飛んだ木曾の足下を、レ級の魚雷は綺麗に通り過ぎていった。

そのまま、強烈な水しぶきを再び上げて着水すると、レ級の尾が自分を向いているにも関わらないで、

木曾は高速で、機銃をばらまきつつレ級にジグザグに突進して行った。

 

そしてうまれた一瞬の間隙を付き、木曾はレ級の砲撃をかわしながらまでつっこんでいくのであった。

 

 

本来は、ある程度レ級も魚雷そのものの攻撃による失敗は想定していたはずだった。

しかし、艦娘が跳ぶと言う想定外が、レ級は自分の策を一手遅らせてしまう遠因となっていたのだ。

水上は、岩礁地帯でもあるのでないのなら、蹴る場所が無いために、そもそもジャンプが難しい。

更に言えば、艦娘の全ての元は戦艦であり、ジャンプしながら戦うと言う癖がない。

 

…レ級が呆けてしまった瞬間が生まれたのは仕方ない無いと言えるだろう。

 

 

と、それはともかく、一気に間合いを詰められたレ級。

眼前にはもはや木曾がすぐそこまで迫っている。

砲撃の間合いではない、まして、自分自身の位置が敵と近過ぎで、

艦載機や魚雷による攻撃は自殺行為であろう。

 

ならば…自ずと答えは限られてくる。

 

 

「接近戦ダ……!」

 

殴り合い、蹴り合いに持ち込み短期決戦。

そう考えて、レ級は拳を握りファイティングポーズを取る。

 

「さあ、こいデス!そのサーベルの剣技と私の格闘で…」

「お前と接近戦なんかやぁだよ、逃げた!」

「ェ?」

 

しかし、レ級相手の挑戦を拒否しながら、機銃をばらまきつつ孤を描くように短くレ級の周囲を回る。

致命傷にこそならないが、痛い上にダメージが少しずつ嵩むため、レ級はイライラが次第に募る。

だが、長距離砲を筆頭に、レ級の武器はほとんど無用の長物にされた絶妙な位置取り。

 

いっそ下手に追うより引いた方が無難、レ級はそう判断して逆走しようとし、足を止めた…その瞬間だった。

 

「ぬ…………ぐわァァ!」

 

いきなりレ級の背後から爆発が発生し、レ級は巨大な爆発で黒煙に包まれた。

 

 

「よっしゃ、プラン通りだ!」

 

木曾のプラン、それはいかに隙を作って魚雷を発射してぶつけるかと言う一手に尽きる。

 

木曾は、先ずは魚雷に狙われていると、魚雷屋専門と言って過言ではない木曾はそれに気付いた。

それで、木曾は自分を狙った魚雷を逆利用する事を考えていたのだ。

件のジャンプの時、足場代わりに水中に魚雷を召喚して、信管を踏まないように蹴りながらジャンプをかます。

木曾自身の着地と、木曾とレ級の魚雷の誘爆で水しぶきが上がった瞬間に、本命の魚雷を甲標的と一緒にできる限り連射して発射するのだ。

そして、敢えて時限爆弾のように、十数秒遅れでレ級に甲標的が目指すようにセットして、

木曾はレ級に、そのことを悟られないように、自分自身を囮にしてレ級の目を奪わせたのだ。

 

そう、艦娘の魚雷は甲標的に誘導されてホーミングされる特性を持っている。

それを巧みに利用する事で、予想外のタイミングによる魚雷の襲撃でレ級に大ダメージを与えたのである。

 

魚雷の操作に関しては、まさに天才的な木曾。

しかし、それ以上に、経験則と努力で敵の動きを完璧に見極めて、先読みする。

それこそが大本営最強の一角たる、木曾の強さであった。

 

 

とはいっても、それだけで倒せるほど…レ級と言う存在は甘くはない。

 

「ふふふ…大破どころか中破すら出来てないデス!」

「だよ…なあ…」

 

確かに、その判定は小破でしかない。

 

だが、いかにダメージを与えようとしても最早奇襲は一切レ級には通用しないだろう。

考えて考えて…もしかして、詰んだかと舌打ちする。

ならば、いっそ特攻あるのみだろうか、と木曾は考えた。

 

「前言撤回だぁ…殴り合いだぜ!」

「…コロコロ意見をかえるナァァァ!」

 

黒いマントの戦乙女と黒い悪鬼はそう言って向き合って殴り合いを始めようとした…

その瞬間であった。

 

 

「や…止めてぇ…」

「止まるのです!2人とも落ち着くのです!」

 

腰が抜けたかのように震えながらも、制止しようとした如月と電であった。

 

 

「あ、はい」

「演習場の使用時間制限越えちゃった、デス?」

 

とは言っても、木曾もレ級も言われてあっさり武装解除する姿を見て、

電も如月も脱力を通り越してひっくり返ったりしたのだが。

 

 

「模擬戦の訓練だとしてもやり過ぎなのです!」

「あんな怖くて危ない戦い方…模擬弾でも大怪我しちゃうじゃない!」

 

何故かレ級の尻尾の上には電が、木曾の膝の上には如月が乗って、明らかに格上のレ級と木曾をこんこんと叱る2人。

別に悪い事をしていたわけでは無いのだが、どうにも、見た目子供の2人に怒られてはなんとも反論しにくくて。

レ級も木曾も顔を見合わせて、がっくりうなだれてしまった。

 

そして、木曾は、如月になぜここまでの戦い方で怪我上等な模擬戦を開始したのかと聞かれ、

阿賀野に自分の力を求められたからと言って、こう続けた。

 

「…とりあえず、阿賀野を鍛える前に、同格か格上相手の模擬戦で腑抜けた自分のスイッチを入れ直す禊ぎをしたかったのさ…実戦のカンも忘れかけてたしな」

 

ちょっと、反応が鈍ってたな…と少し苦笑する木曾に如月は怒り出してしまう。

 

「むぅ…まあ、納得したわぁ……したけど、やっぱり、友達同士で喧嘩しないで!」

「喧嘩じゃないよ…」

「むしろ、お互い気を使いあってたデス…」

「2人とも言い訳無用!大体プロテクターも付けてないし、火薬も多すぎるし、データ見せてもらったけど木曾さんもレ級さんもむちゃくちゃやるし……」

 

しかし、木曾とレ級の態度になんだかかんかんな如月の説教を止めたのは、

如月の友人たる電であった。

 

「そこまでにしとくのです、友達同士が殴り合ってショックを受けたのはわかるけど…きっと青春なのです!」

「…河原で殴り合い、近いようなそうでないような気がするデス」

「なのです!それに、木曾さん…」

 

なんだか合ってるのか間違ってるのか微妙な電の言葉に小首を傾げるレ級。

だが、次に出てきた電のセリフは木曾を当惑させるものだった。

 

「ぶっちゃけ、阿賀野さんは強くなりたくもなんとも無いのです」

「え、マジでか?」

 

 

 

同日、午後2時。

 

体操着に鉢巻きと、シンプルながら気合いの入った阿賀野と、

何故だかものすごく元気が無い木曾。

 

元気が無い木曾を心配する阿賀野だが、木曾は適当に流すと阿賀野に質問した。

 

「阿賀野、お前は俺をビリー隊長か何かに勘違いしてないか?」

「ちょ…ちょっと…!」

「お前の場合、間食を抜けば1キロは落ちそうだし…てか、ダイエットと言うかシェイプアップのトレーニングはある程度知ってるけど、2日後の身体測定にはさすがに効果は効かねえよ…」

「……なんで阿賀野のダイエット作戦がばれちゃったのォ!」

 

 

とりあえず適当に泊地でもはしってろと言い、脱力した顔で僚の自室に帰る木曾。

後には、顔を真っ赤にしてうずくまる阿賀野がいるのであった…。



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第十一話:木曾と強さと己の弱さ

「さて、今日は半年に一度の大事な日だ」

 

海里は、自身の執務室に艦隊のメンバーを全員集め、開口一番こう言った。

その中には、本来部外者たる木曾やレ級&ほっぽと言う面子も揃っている。

 

その集められたメンバーの面もちは様々だ。

何かに期待するかの様な顔の者も居れば、絶望と緊張の色に染まった者もいる。

特に変わらない表情をしているのは、扶桑ぐらいだろう。

 

そんな彼女たちが一喜一憂しているのには、彼女たちが集められた理由にある。

そう…彼女たちが集められた理由

 

「今日は楽しいブルマの日だァァ!」

「ちげえよ!身体測定と身体検査日だろクソ提督ゥゥ!」

 

ブルマの日…もとい、艦娘の身体検査の日であった事であった。

 

 

阿賀野が赤っ恥をかいたあの日から二日、彼女の言った通り身体測定を執り行う事になった。

 

身長・体重の測定の他、視力と聴力の測定や血液検査。

レントゲンによる精密検査も行う本格的なものだ。

また、艤装の機銃や砲の弾道の歪みや調整やエンジンの異常の調査も執り行う。

艦娘たちのメンテナンスをする、半年に一回の大事な1日だ。

 

また、簡単な体力測定も執り行い、持久力や筋力の数値もしっかり記録する。

艦娘として、大切な記録測定を執り行う日でもある。

 

 

だから、決してブルマ日よりなどと言った不埒な日ではないのである。

ええ、身体測定らしく体操着がピチピチで眼福だろうと、決して。

 

「ナレーターさん、自重するのです!」

 

…ごめんて。

 

 

と、それはそうと艦娘たちの身体測定の結果…

と言うか、乙女の身体なのだから、大デリケートな問題も当然浮き彫りになる1日である。

 

果たして…

 

 

「阿賀野…阿賀野に…バルジが…増えてる……」

「私より背が低いあなたはバルジが増量、一方、私は身長が少し伸びたのに体重は貴女以下、随分と差が付きましたぁ!悔しいでしょうねぇ…!」

「はぐフォォォォォォ!」

 

 

人生の勝者が生まれたら、敗北Dの者も生まれる結果だった。

…てか、羽黒煽りに行くのは自重しなさい。

 

 

と、まあ乙女の秘密として、口外されるものでもないようなことも記録される訳ではあるが。

しかし、そのことはそのことと言う事で、記録として泊地に残される。

 

本来のこう言った記録は艦娘の機密保持から、その司令官たる海里以上の階級の人間以外閲覧不可能であり、

また、身長や体重と言うコンプレックスを直に知る資料ではあるので、艦娘に対しパワハラやセクハラを誘発すると言う問題から、その資料も基本的には閲覧には艦娘の立ち会いの元での厳格な制限はあったりするのだが。

 

しかし、その資料を、提督でもないのに1人で眺めている者が居た。

我等が主人公、木曾である。

 

 

先日の阿賀野のダイエット目的のトレーニングを頼まれた際の空回り。

 

別に木曾に非があるわけではなかったが、しかし木曾が一人で先走り過ぎてしまった感があるのも事実だった。

思えば…木曾は、リンガのメンバーの体力や能力をほとんど知らない。

それを考えないで、自分と同じトレーニング量を強要してしまったら…下手したら体を壊してしまう。

 

特に、いかに木曾より新型の艦がモデルとはいえ、体が出来ておらず基礎もままならない阿賀野が、

果たして付いていけるのか…頭を冷やして考えてみた木曾は全く自身を持てなかった。

 

 

二度と同じ先走りはしたくはないし、本来、まがりなりにも表向きは教導として来た艦娘なんだから、

リンガのメンバーの能力を知ろうというする事は当然であった。

 

もちろん、閲覧には海里やリンガのメンバー全員に許可を取ってはいると言う事はここで言及しておこう。

 

 

それはそうと、木曾の目から見た、リンガのメンバーの能力はと言うと…

 

 

「弱い、な」

 

ばっさりであった。

そして、一人ごちる。

 

「まあ、それでも基礎と筋力トレーニングの強化は必須だけど最低限わりと枠に入るレベルなんだよな、きちんと鍛えたら阿賀野と羽黒はウチでも良いセン行けるか…まあ……」

 

そう言って、木曾が、ある艦娘の資料に目配せする。

 

「如月はそれ以前の問題、だな…」

 

如月への、懸念であった。

 

 

 

そして、身体測定から翌日。

海里の司令室に、今度は木曾がリンガの艦娘たちを召集した。

話がある、と前置きして、彼女たちに向かってこう言った。

 

「お前たちの能力の低さは改めて資料として確認した!正直失望したが、だが気に病むな!お前たちの司令官は無能だ…とは言わないが、お前たちの能力の低下の原因は、その司令官にある!」

 

 

開口一番、何故か司令官への非難。

自分たちの能力の低さへの非難はともかく、何故自分たちの上司が非難されねばならないのか。

リンガ組の困惑とわずかながらの怒りが木曾に向かう。

なお、当の海里はと言うと、予想外からの攻撃に絶句している。

 

しかし、木曾は構わず話を続けた。

 

「お前たちは基礎を…ああ、俺の名前じゃなくて、基礎トレーニングが疎かになっているせいで必要な筋力が足りてないのさ」

「筋トレしろって話?」

 

阿賀野の割り込みに、ああと答えた後、木曾はこう言った。

 

「具体的には海で動き、走り、戦ったり逃げたりと言う行動は…究極的には少ない燃料でエンジンの補助をいかにうけるかって話になる…それはわかるよな、羽黒」

「わ、私に急に振らないで…でも、その通りですね」

「その力は艦娘本人のパワーと持久力が重要になってくる、それは当たり前の話なんだけど…お前たちには、それが足りてない」

 

そう言った後、海里に木曾は視線を向けると最後にこう言った。

 

「一応、こんなのんびりしてるリンガでも体力低下を防ぐためかトレーニングは取り入れてみてるみたいだが、やっぱり基礎トレーニングが少なくて射撃訓練みたいな派手なトレーニングばっかりで…いざって時に体が動かない、そんな事は、お前たちよりトレーニングを組む側が考えておかないと駄目な話なんだよ」

 

 

木曾は笑いながらそう言ってはいるが、目は何時もとは違って笑っていない。

木曾は本気で怒っているのだろう、海里は青い顔をしていた。

見かねて、電が割って入る。

 

「司令官さんは、私たち艦娘たちの戦いとかの知識があまり無いのです、あまりせめないで…」

「黙れ、電」

 

しかし、凍り付くような視線で睨まれて、竦んでしまう電。

さらに、電に向けて、こう言い放った。

 

「お前のせいで羽黒が大破したあの話の記録、色々しらべたがな…お前がしっかり動けたら、羽黒はともかくも残った連中は中破どころか小破すら誰もしなかったはずだ」

「…それは」

「それは指揮能力以前の話だ、羽黒が大破したなら…戦意が無いなら、全員でとんぼ返りするべきだった、その判断自体は出来ていた!でもお前たちに体力さえ有れば、曳航するゴタゴタを蜂の巣にされて全員巻き添えなんて醜態は晒さなかった…そうだろ!」

 

 

うう、と悔しそうな声を上げる電。

木曾の言い分は正論ではあるが、あまりにきびしく無体な言いぐさだ。

そこに飛鷹がくってかかった。

 

 

「貴女、何様のつもりなの…そりゃ、大本営のエース様かりゃ見たら木っ端もいいところだけど、提督や電の何を知って…」

「お前たちが、俺たちよりずっと強いからこんな事を言ってるんだ!!」

「…え?」

 

しかし、木曾から出た言葉は飛鷹たちを誉める言葉だった。

そして、こう締めくくった。

 

「俺たちの『戦果』…いくら挙げても、誰も救えない、殺すばっかりだ!お前たちみたいに敵をも救える力なんて、はじめて知ったんだ!そんなお前たちの教導としても来てるんだ…なら、いざという時にお前たちが死なないように、より大きな敵を救えるような力をせめて教えるのは…俺の義務だろうが!」

 

 

木曾の叫びにみんな無言になる。

それは木曾の叫びに対する驚きか、それとも自省か。

少なくとも、木曾に対する怒りは消えていたのは事実だった。 

 

そして、数分の静寂の後、木曾は声のトーンを落として更に続ける。

 

「…声を荒げた事は謝る、でも、今まで言った事は取り消さねえよ、お前たちの基礎能力不足もそれを見過ごしていた海里提督や電の無能さも、不殺の誓いを貫きたいなら…事実だから」

「…木曾、ごめんなさい…」

「謝るな、飛鷹…悪いと思うなら強くなれ、ほれ」

 

 

木曾の思いを受け、謝罪する飛鷹へ渡したのは、白いプリントの束だった。

コレは何か、と訝しむ飛鷹に木曾はこう言った。

 

「コレは、お前に向けたトレーニングメニューさ…飛鷹のぶんだけじゃない、電・如月・羽黒・扶桑・阿賀野の全員ぶん有るぜ」

「…1日で、作ったの?」

 

扶桑の何気ない疑問に対し、木曾はああと答える。

そして、徹夜で寝てないんだと苦笑して答えると、木曾は仮眠室へ行くと言うなり、一人先に執務室から出て行った。

 

 

「…言い過ぎた、な」

 

木曾は一人ごちながら廊下をふらふら歩く。

 

本当なら、電にまではあたるつもりはなかったのだ。

海里への指摘だって、本当はもっと優しく言えたハズだった。

何故、自分はうまく言えなかったのか。

 

ふらふらと考えて、徹夜のせいなのか何なのかわからず木曾はイライラを募らせる。

そこに現れたのは、レ級だった。

 

 

「なかなか、どうして身に染みる説教デス」

「聞いてたのか」

「あんな大声なら廊下まで響くデス」

 

木曾の声が煩くてほっぽ様が逃げちゃったデス、と苦笑しながら続けたレ級。

ほっぽに嫌われたかも、と本気で落ち込む木曾に、レ級は更に笑いながら続けた。

 

 

「…木曾さん、みんなを見くびりすぎデス」

「…何が」

「『大好き』だって言ってくれる人を嫌う子たちと違うデス、少し言い過ぎたぐらいで見限ったり裏切る子違うデスよ」

「…そういうことじゃ、無いんだよ」

 

木曾は、レ級の慰めを否定し、更に落ち込む木曾。

何故だかわからないが、皆の評価が変わることが怖いとか、そんな事で落ち込んだのでは無い…自分でそういう風に感じた。

 

そこに現れたのは、飛鷹であった。 

何のようだ…と聞く木曾に向かって、いきなり飛鷹の平手打ちが飛ぶ。

パシッと、良い音が響き、レ級はオロオロしだし、木曾は目を見開いた。

木曾は睨みつけると、飛鷹に向かって唸るように言う。

 

「…俺を叩いて、満足かい?」

「満足なのは、きっと木曾のほうかな」

 

しかし、飛鷹の言うセリフはあまりに予想外だったのか、木曾はキョトンとした表情になる。

そして、飛鷹は諭すような口調で続けた。

 

 

「少し強く言い過ぎたぐらいでふらふらになったり、ちょっと焚き付けられたら本気を出しすぎて電や如月たちに怒られたり…」

「レ級との演習知っているのかよ!?」

「電から聞いたわ…貴女、自分を殺そうとして、自分を無駄にいじめるタイプでしょう?むしろ、ビンタぐらいで良かったのかしら」

「…」

 

飛鷹のツッコミに思わず黙り込む木曾。

言われてみたら、自分はそういうタイプかも、と考え込む木曾に向かって、飛鷹は更に続けた。  

 

「私と似てるわ、本音は追い込まないと話せないのに、いざ本音を言ったら誰かを傷つけて自己嫌悪するところとかが」

「…そうかもな」

「でも私と違って、貴女優しいじゃない!だから…そこは気にしないで良い話よ、私たちの事を本当に思って言ってくれた話なら、ね」

 

飛鷹の言葉に感極まり…木曾は

 

「……!!」

「え…!?」

「お熱いデス…」

 

飛鷹を思わず抱きしめた。

飛鷹が顔を真っ赤にして驚き、レ級が呆れるのも構わずだ。

 

そして、はっと正気に戻り、飛鷹を離して謝りながら木曾はようやく気が付く。

…自分は、弱いのだと言う事に。

 

何のことはない。

戦闘能力は仮にも一流ではあるが、それ以外の事は…結局はこの泊地に集う者たちと自分は何も違わないのだろう。

穏やかな日々を少し過ごしたぐらいで腑抜けてしまい、多少誰かを傷つけてしまうような事を言ってしまうだけで、ふらふらになるぐらい消耗してしまう。

 

そう…精神的には木曾は、あるいはこの泊地で一番弱い人間なのかも知れない。 

だからこそ、飛鷹たちの強さが羨ましく、弱さにイラついていた。

 

 

…自覚してしまえば、最低な話なのでは無いか。

あああ、と木曾はいきなり絶叫して…飛鷹へと、リンガ泊地の全てへと、ごめんと謝り倒す。

言い過ぎたと、そんなつもりじゃなかったと、自分は弱いだけで…優しくなんてなかった、と。

 

 

…そんな木曾を止めたのは

 

「どりゃ!落ち着け木曾ォ!」

「ぐぁっ!?」

 

飛鷹の回し蹴りだった。

レ級はさすがに焦って飛鷹にツッコミを入れる。

 

「お前、回し蹴りはねえョ!もうちょいおとなしいやり方で…」

「いや、他に良い止め方なんて…」

「いっぱいあるデスョ!?」

「そうかしら、頭、冷えたでしょ木曾」

 

レ級はアグレッシブ過ぎる飛鷹にツッコミをいれ続けるが、レ級のソレには飛鷹は無視しつつ。

木曾は飛鷹に言われ、うんと涙目で返答した。 

そんな木曾に向かって、飛鷹は得意げにこう言った。

 

「ウチの泊地のみんな、木曾の気持ちを受けとめられないほど弱く無いからさ」

 

 



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第十二話:木曾と如月と限界

木曾・飛鷹・レ級が己の思いをさらけ出し、木曾自身が反省する、丁度その最中。

一方、執務室では海里と以下数名は、無言で立ち尽くすしかなかった。

 

 

思えば、海里を含めてと言う話ではあるが…

情を持って「叱られる」と言う経験は、久方ぶりだった気もする。

それは、確かに、彼らの在り方を見つめ直すきっかけとなった。

 

 

最初に、海里が口を開く。

 

「いままで済まない…私は、自惚れて、甘えすぎていた…」

 

そう言って頭を下げ、己の思いを口に出していく。

 

「私は本当は提督なんてガラじゃない男だ、ただ地位と金の為だけに海軍に入ったハズが……いつの間にかこうなった、だが、私は提督として一人前の在り方を知る前にお前たちが戦いを鎮めてくれて、それで満足してしまったんだ…そして、お前たちの力を知る前に、下手したら堕落させてしまったみたいだ…」

 

 

男としても提督としても、最低だ。

 

海里は、そう占めると、土下座してひれ伏した。

 

 

だが、艦娘たちも当惑するばかりである。

 

それは当然ではあるだろう。

本来なら自分たちが悪いのに、戦いの深い知識も無いこの自分たちの上司を土下座までさせてしまった。

しかしなんて声をかけたら良いのか、それすらもわからない。

 

そんな中、くすくすと小さく笑いながら声を上げるのは、扶桑であった。

 

 

「木曾さんが…基礎トレーニング……ウフフ、いけるかしら」

 

こんなタイミングでダジャレかよ、と全員が倒れる中、扶桑は更に続けた。

 

「ダジャレで笑い飛ばしでもしないとやってられないわ…私たちの情けなさのせいで、木曾さんを徹夜させて、今も提督さんを土下座までさせている、そんな事ってある?…星はあんなに輝いてるのに…」

 

 

扶桑の言葉を受け、その瞬間執務室の空気は変わる。

それは、なんというか、リンガ泊地では今までなかったものであった。

そして、意を決したかのように艦娘たちは次々声を上げた。

 

 

「まあ、阿賀野のダイエットにもなりそうだし、ちょっと頑張りますか!」

 

と、まず阿賀野が

 

「如月たちの輝く本気、見せてあげる!」

 

と、次に如月が

 

「言われっぱなしはガラじゃないのです!電たちは本気、見せてあげるのです!」

 

と、電が

 

「最強の力を手に入れて、最強のフィールを手に入れてやりましょう!」

 

と、最後にデュエリストなブラック・フェザー=サン…もとい、羽黒が

それぞれ気合いを入れて、扶桑の発破に答えるのであった。

 

その後、木曾たちと落ち合ったみんなは頑張るから見とけ、と言う中で、

さっきはあんまりだったと木曾は何度も頭を下げる。

 

レ級と飛鷹はそんな姿をみてなんだかおかしくなってくすくす笑い合う。

 

木曾が本当に、リンガ泊地の仲間になったような、そんな日であった。

 

 

 

そして、その翌日。

 

木曾の提案通り、基礎練習の軽い導入として、トラックの長距離走を行う次第になった。

木曾に勝てたら間宮で好きなモノを奢り、しかも木曾にハンディが付くとなれば、

なんというか、先日見せたやる気とは違う、妙にどす黒い…とまではいかないが汚いやる気にあふれるリンガ泊地のメンバー。

 

しかし…

 

「キソー!モットハヤクハシレー!」

「へいへいほっぽちゃん…お前ら置いてくぞ!」

 

ほっぽを肩車しながら、えっほえっほとランニングしている木曾。

それを先頭に、リンガ泊地の艦娘のメンバーが後を追うように走っている。

しかし、木曾がほっぽを肩車しながら先頭を走る姿を見て、なんとか追いついた羽黒は思わず声を上げる。

 

「何で私たちより重いものをしょって、私たちより速いんですか…」

「そりゃ、お前…慣れだ、羽黒」

 

ぜえぜえ、と息を切らしながらの羽黒の指摘に涼しい顔で答える木曾。

そして、顔色飼えずこう言った。 

 

「艤装のエンジンの故障を想定して、大本営だと50キロぐらいある土嚢を背負って10キロ近く走らされるデスマーチとか有るしな、ほっぽちゃん抱えて平地で、それもトラックで何もない3キロぐらいの道のマラソンならへーきへーき」

 

 

マジでか、と言った表情になる艦娘たち。

平気なのは、当の木曾と肩車されているほっぽぐらいである。

 

そして、記録を伸ばさせるためか、ただウォームアップが終わったからか。

木曾はほっぽを抱えたまま、艦隊の誰よりも速く先頭を切って走っていく。

全員が、唖然とするしか無い。

 

「あかん、あの人言うだけのこと、あるわ…」

 

阿賀野に至っては、先日見せたやる気はどこへやら。

心が折れたかのような声でつぶやき、がくんと肩を落としたのである。

 

 

そして、その10分後弱であろうか。

 

一人ゴールを先に決めた木曾が、ついてこれず周回遅れになりかけて、ひーひー言っている艦娘たちを見ながら呟く。

 

「やっぱり…なぁ」

「ヤッパリ?」

 

木曾の何気ない呟きに反応するほっぽ。

木曾は視線を最後尾に目を向けて、その答えを示した。

 

「如月、だ」

「キサラギ、アイツダケ、アルイテルナ」

 

見ると、そこでは、心が折れながらも走る艦娘たちの中で、

一人よろよろと歩いて、なんとか最後尾の扶桑の背中を追っている如月の姿があった。

 

 

マラソンは如月の到着を待って、木曾のゴールから約20分ほどして終了する事になった。

 

そして身体を休めさせるため、一時間ほどの休止を取らせ解散させる中、

木曾は一人記録をとりながらごちる。

 

「やっぱり…もしかすると、如月は駄目かも……」

「如月ちゃんの、どこが駄目なのです!」

 

しかし、その呟きは、電に聞かれてしまった。

如月への嫌みか、とムッとする電。

だが木曾は、如月の事じゃない、と笑いながら答えると、電に向かってこう言った。

 

 

「ああ…駄目なのは如月本人じゃない、渡した個別メニューの事だよ」

「…昨日の、アレなのです?」

 

 

先日渡したと言う木曾の個別メニュー。

基本的に簡単な、最長一時間もしないトレーニングのメニューではあったが。 

寝る前に行うぐらいの練習でも出来るような、場所と時間をわきまえなくてもそれなりに大丈夫な筋力トレーニングと、柔軟体操のメニューであった。

更に言えば、本人の適正に合わせて、微妙に内容を一人一人変えていた。

そんな代物である。

 

 

「そう、どうにもあの子は体力が少ない…先天的に筋力が少ないのか、少なくとも今の段階で電たちと同じトレーニングをすると…下手したら、骨に来て成長阻害を引き起こしたり疲労骨折をおこしかねん」

「骨折?!一大事なのです!」

「まあ、それは極端だけど、普通に筋肉や関節を痛める可能性が有るなぁ…」

 

木曾はそう言って、思案する。

自身の組んだメニューのせいで、それはかわいそうだよな、と考え込む。 

成長期でも、子供向けの訓練の調整は難しいな…と、明日にでも神通と相談しようかと木曾は言うと、

電の頭をなでながらこう占めた。

 

「やっぱり、電は仲間思いの良い奴で、強いよ」

「そ…そんな事は無いのです!私はこの泊地の一番の先輩なんだから、友達の心配は当然なのです!」

 

二人は笑いながら、そう言ってすぐお互い頑張ろうと笑い合い、これからの事に語り合っていくのであった。

 

 

一方、とうの如月はと言えば…焦っていた。

 

はじめから、自分が何でも出来るとは考えては居なかった。

大本営のエースだった木曾もちろん、羽黒や阿賀野と言った、自分より大人の艦娘より動けるとも、

そんな事は思ってすら居ない。

 

しかし、如月にとって電は別である。

友人であり、同じ駆逐艦であり、なにより本当のところで言えば、ライバルだと思っている。

少なくとも、友人だからこそ、完全な風下に立ちたいと思っている相手じゃないのだ。

 

だが、結果は果たして、残酷に出た。

如月の完全敗北と言っていい、少なくとも体力勝負ではそうであった。

今のままでは駄目だ…心の中でそう想い、密かに燃え上がる。

 

「如月の本気、みんなに見せてあげるんだから…!」

 

そう小さく呟くと、木曾に渡されたプリントにかかれた通りのストレッチを行いながら、休憩時間中もトレーニングの手を休めないのであった。

 

 

それからと言うもの、その日以降の如月は変わったと言っていい。

 

その日の午後に行われたウェイトトレーニングは自分と同じ体重以上のものを選んで羽黒に止められたり。

その日以降、食事を飛鷹や扶桑と同じ量を頼み嘔吐しかけたり。

その日の夜にも阿賀野のダイエットを兼ねたランニングに付き合って、ただでさえ疲労困憊で疲れた身体に追い討ちを食らって気絶しかけたり…。

 

「どうして、こうなるのよぉ…」

 

 

まあ、人生、そんなものと言うか、意気込みだけでは空回りする訳ではあるが、

とにかく、如月は木曾と電の心配はつゆ知らず、一人頑張ろうとしているのであった。

 

 

とはいえ、異変の足音は、如月の身に確実に迫って来ているのであった…。

 



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第十三話:木曾と阿賀野と如月のこれからと

大本営、通称「1番隊」。

帝国海軍最強の艦娘小隊の一角であり、そこに集う者達は…日本の誇りと言い切って良い。

 

日本海軍の守護部隊でも、特に遊撃を目的とした1番隊は戦場の華と言える。

 

本土防衛を目的とし帝都から離れない2番隊。

1番隊と2番隊のサポート役として、援護を目的に結成された3番隊。

更に、遠征と哨戒の他に、1~3番の欠員が出た場合の補欠としての役目がある4番隊。

その3つの部隊より戦果が派手なぶん、メディアなどの露出も、1番隊は非常に多い。

 

つまり名実ともに、大本営の顔としての部隊と言える。

いくつかの艦娘への支援を行っている社へのコマーシャルなどにも出るほど、1番隊の顔は内外に知られている程だ。

 

 

更に、現隊長格とその補佐たる副隊長となればその影響力は計り知れない。

 

「神通、今日も鍛錬はお疲れ様でした」

「いえいえ、赤城さんこそ」

 

そう、現1番隊隊長の正規空母赤城と副隊長の軽巡洋艦神通、彼女たちの事である。

 

そんな二人が夜遅くまで鍛錬してそれがちょうど終わった頃の別れ際に、一本の電話が鳴り響いた。

神通の携帯からであり、神通は額に手を当てて考える。

この時間に電話など、酔っ払って正体をなくした伊58以外なら大本営か提督しか有り得ない。

またややこしい話で眠れなさそうだ、神通は頭が痛くなる。

 

しかし、居留守を使うわけにもいかず、神通は携帯に手をかけた。

だが、その相手は…

 

 

『もしもし…神通、元気か?木曾だよ』

「木曾さん!?」

 

神通の予想外の人物からであった。

 

 

「木曾さん、私たち心配してたんですよ?何でも木曾さんが爆発するとかしないとか」

『何で俺が爆発するんだよ!ピンピンしてるよ!』

「ふふふ…でも元気そうな声を聞いて、安心です!」

 

そんな馬鹿な話を皮きりに、二人はいろんな話をした。

愛すべきリンガ泊地の話を話す木曾。

自分たちの相変わらずさを伝えつつ、未だに未熟ながらも、木曾の穴埋めに躍起になって頑張っている、赤城や神通の教え子になる阿武隈の話をする神通。

お互い、指導する立場の難しさに愚痴りつつ、愛すべき仲間たちや教え子たちを自慢しあいつつ。

 

そんな中、木曾は如月の事についても話した。

体が全く出来ていない子の指導は生まれて初めてだから、知恵を貸してくれ、と。

神通はその話に対し、木曾に協力するから如月のデータを送れと返した。

 

そして、電話が終わると、一人神通は気合いを入れるのである、

 

「木曾さん…貴女の期待、答えますから……!」

 

そんな神通の呟きを知る者は、その場には誰も居なかった…。

知るは夜空の星と月ぐらいである。

 

 

そんな事はさておいて、話をリンガ泊地に戻そう。

 

如月はあの日以来、阿賀野とよく絡んでいた、

阿賀野は、半ばダイエット感覚と言うか、ダイエットそのものズバリな理由からであるが、

最近は、誰より楽しんで、かつ長い時間トレーニングを行っている。

 

そして、その阿賀野にくっついていて如月は一緒にトレーニングに出かけていた。

 

果たして、その効果はと言えば。

 

まず、阿賀野視点から話したら、わりと良いことが多かった。

飽きっぽく怠惰な阿賀野からしても、一回り年下の子供に見られてる緊張感。

明らかに自分より体力が無い子供が、自分以上に頑張っていると言う事実。

そして…

 

 

「如月ちゃん、今日も頑張ろうか」

「ふふ…阿賀野さんもねぇ」

 

如月の真面目な人柄が、阿賀野の行動を良い方向へと変えていたのであった。

 

 

しかし、問題は如月の方にあった。

 

「う…」

「また…如月ちゃん、大丈夫!?」

「…やだ、私また気絶しかけてた?」

 

そう、トレーニングが終了する間際では、如月の体力が限界を越えてしまっていたのである。

 

それも、はじめのうちの数回ではなく毎度毎度の話となれば,さすがに阿賀野も心配になる。

しかし、如月は心配しないで、と倒れかけるたびに言って阿賀野の心配を軽くかわすのであった。

この間なんて、阿賀野より先に2キロ落ちたわなどとのたまい笑いながら阿賀野を和ませようとしたが…当の阿賀野からしたら、同じトレーニングを積んだ彼女の体重が減ってしまった事について、嫉妬するどころか戦慄していたのである。

 

…小学校4年前後程度の体格でしかも痩せ型の如月が2キロ落ちるのと、ぽっちゃり型の中高生ぐらいの体格の阿賀野が2キロ落ちるのでは全く意味合いが変わって来るのだから。

 

 

最近ではさすがにドクターストップをかけようとも考えて、いい加減阿賀野も木曾か海里に相談しようかとも考えていたのだが、

 

「一生懸命頑張って…電に追いつきたいのぉ」

 

などと、屈託なく笑う姿を見て、如月へ阿賀野はなにも言えなくなるのであった。

 

 

そんな事があった事はさておいて、木曾の課したトレーニングにみんなが慣れ始めた頃まで時を進めよう。

 

木曾のトレーニングのやり方は、簡単に言えば餌作戦を軸にした話であった。

木曾が課した課題以上の成果をあげれば、木曾が自腹で何か全員に褒美を出す、と言うスタイルだ。

その単純な話は、なんやかんや上手くいっていた。

 

目標を決めることで向上心を与えつつ、報奨を決めることで達成感も与えつつ。

メンバー同士で下手に順位をつけない事で蹴落とし合いや派閥の発生をある程度未然に防ぎつつと言うやり方であった。

 

この辺のバランス感覚は、木曾と言うか大本営のレギュラー組の中でも教導の経験が深い彼女たちの、カンと経験則の賜物だったりする。

…木曾自身の名誉の為に言うと、彼女一人の失敗ではなく大本営全体の責任では有るのだが、あまりに厳しくし過ぎてボイコットといじめを誘発し過ぎてしまったり、逆に甘やかし過ぎてやる気を奪ったりと言う部下や新入りの教導の失敗を、木曾は何度か経験してるからこそのこのやり方では有るのだが。

 

まあ、とにかくも、変に競争させず目標だけ決めさせるやり方は、リンガのメンバーへは割合上手くやり方がはまっていたと言って良かっただろう。

 

 

しかし、やはり如月は、彼女一人だけその目標へとなかなか手が届かない。

如月どころか全員にわからない程度に目標へ木曾が手心を加えた時には、なるほど如月もクリアできる時はある。

しかし、通常の場合だと、やはりなかなか目標をクリアできず…特に、電とは徐々に差が開いていた。

 

電は如月以上に努力家であり、そして、チームの旗艦である為に木曾や海里に相談しやすい立場にいた事も大きいファクターでは有るのだが、単純に素の体力が違っていた事が大きかった。

 

確かに如月も記録を伸ばしているのだが、電はそれ以上のスピードで記録が伸びていく。

なんとなくと言う話ではなくて、実際にスコアで出るのだからたまらない。

如月は焦っていた以上に、電との能力差に心が折れかけていた。

 

 

そんなおり、とうとう木曾からトレーニング終了後に如月は名指しで呼び出される。

 

怒られるのかと如月は身構え、特に電と阿賀野が心配そうに見守る中で、しかし如月にされたことと言えば木曾が渡した白い紙の束の受け取りだけで特に何もなかった。

そして、すまなかったと木曾は一言詫びるなり、木曾はこう続いた。

 

「お前の能力の伸びが悪かった事を神通に相談したら、あいつが如月用の個人練習用のメニューをしっかり組んでくれてな…あいつ曰わく武蔵ともディスカッションしながら作ったそうだ」

「神通、それに武蔵…ちょちょちょ、私の為だけにすごい名前が…!」

 

1番隊のビッグネームの名前がサラサラ出てきて、今度は別な意味で冷や汗がだらだら流れ出す如月。

そう、今は抜けているとはいえ、本来目の前で立っている人は大本営のエース組の隊長なのだ。

今呼ばれたメンバーだって、如月からしたら雲の上の人物なのに、木曾は本来彼女たちのそのまとめ役として上に立っていた人間である。

 

しかも、辺境の海外泊地の落ちこぼれの自分の為だけに、そんな人物たちが骨を折ってくれたのだ。

そんな事を如月は改めて思い知らされながら、件の紙を目を通す。

 

 

しかし、その紙を読み終えた如月の顔に浮かんだのは、困惑の色であった。

 

「…練習量、減ってなぁい?」

 

そう、実質的にメニューの中には、当初木曾が渡した個人メニューの練習量の3分の2強程度のメニューしか書かれて居なかったのだ。

そうだ、と木曾が肯定した瞬間…如月は癇癪をおこしたかのごとく、その紙を地面に叩きつけるとこう言った。

 

「私を…馬鹿にしてぇ…もっと、もっと頑張れるの!強くなれるの!」

 

そう言って、どこにそんな体力が残ってたと言いたくなるぐらいのスピードで、練習場を飛び出して走り去ってしまったのであった。

 

 

みんなが呆気に取られてしまう中で、最初に口を開いたのは扶桑であった。

 

「練習量が減るのって楽で良いのに…ほら、波はあんなに穏やかに揺れているのに……」

 

おい、とみんなが突っ込みを入れそうになる中で、扶桑は更に続けた。

 

「如月ちゃん、あれ以上自分をいじめたら…死んじゃうわ」

 

 

死んじゃう、空恐ろしいセリフだが、確かに扶桑の言うことにも一理ある。

と言うか、如月が自分を追い込みすぎて強くなっていく以上に憔悴している事は、みんなが気づいていた事である。

 

そもそも、木曾が練習量を削ったメニューを渡そうとした理由も一番はそこにある。

そこら辺を説明しようかとした瞬間、しかし如月に逃げられしまった。

早く追いかけなきゃ、と言いかけた木曾に向かって…ごめんなさいと頭を下げたのは、阿賀野であった。

 

 

「阿賀野が…如月ちゃんを、しっかり止められなかったの…」

 

そう言うや否や、自分が如月とよくトレーニングに出たことを告白していた。

阿賀野曰わく、如月とトレーニングをする事が、止めねばと言う思い以上に楽しくて、ドクターストップをかけるタイミングを見失っていた…と。

そして、電に阿賀野は視線を送ると、言い出しにくそうな表情をしながらも…しかし、意を決したように話を続けた。

 

「如月ちゃん、電ちゃんの事を越えたかったみたい…それで頑張ってるのを見て、弱っていく如月ちゃんへどう言えば良いのか、わからなくて……」

 

 

阿賀野の独白にショックを一番受けたような表情だったのは、電…ではなくて、木曾すら含めたその周囲のメンバーであった。

如月がそう言ったタイプの人間には、誰も思って居なかったのだ。

 

しかし、当の電はと言えば…なんとも無表情なままである。

その電は、阿賀野を一瞥し、全員に向き合うと、叫ぶようにこう言った。

 

「電探使ってでも手分けしてさっさと如月ちゃんを探すのです!ややこしくなりそうな木曾さんは待機、飛鷹さんと扶桑さんは飛行機飛ばして空から探して!残りのメンバーはダッシュで泊地を探すのです!」

「ちょ…俺は……」

「事の張本人が如月ちゃん見つけてもややこしくなるだけなのです!と言うか、これは電の問題なのです!ちょっとは座って待ってろなのです!」

 

電は木曾を一喝すると、泊地の全員に指示を出す。

今まで見たことのない電の姿に木曾は狼狽える中で、飛鷹が木曾の背中をポンと叩き、ああなった電は止められないわ…と言いながら、自身の武装たる99式こと九十九式艦攻やゼロ戦を召喚して、上空へと飛ばす。

 

扶桑も瑞雲を発艦させて飛鷹の援護に向かい二人して高台に移動、残りのメンバーは既に走り出して居なくなっていた。

 

 

ぽつねんと残された木曾に向かって、ノコノコと現れたのは、何故かレ級とほっぽであった。

 

「サカナ、ウミカラ、トッテキタ!」

「頑張ってるらしいんで差し入れデス…って、みんな何で居ないデス?」

 

無邪気に、緊迫感のある空気を崩した深海の姫とその従者。

その二人を見て、木曾は脱力してこう言った。

 

「……何もかもタイミング悪いよ俺、あ、良かったらレ級とほっぽも艦載機出せる?」

 

そんな木曾に、ほっぽもレ級も顔を見合わせるのであった…。

 

 

さてさて。

 

木曾一人がグダグダで残りのメンバーが緊迫感に包まれた中、当の如月は泊地の出口へと走っていた。

行くアテなんてない、外出許可すらもらってない。

 

しかし、とにかく、自分の事を知らない人がいる所まで走っていたかった。

 

頭もぼうっとする。

足も脇腹も痛い。

体力なんて、もうどこにも残ってない。

それでも如月は走りつづける、それは気力…と言うよりも執念だった。

 

その内、その疲れすらなくなっていく。

頭も真っ白で何も考えられない、何も話すこともできない、目の前もぼんやりして…浮かぶのは、電の笑顔が遠ざかっていく幻だ。

 

待ってくれ、行かないで…その幻に手を伸ばした、その刹那であった。

 

 

「如月ちゃん!顔真っ赤じゃない!?」

「如月ちゃん確保なのです!」

 

阿賀野と電に取り押さえられて、如月はガソリンが抜けた車のように、ぷしゅうと倒れたのであった。

 

 

気が付けば、如月はベッドの上で横になっていた。

うーん、と伸びをして目覚めた瞬間、阿賀野に抱きしめられた。

 

「如月ちゃん…如月…ちゃん……阿賀野、止められなくてごめんなさい……」

 

開口一番、阿賀野は如月に謝罪する。

え?と言った表情で辺りを見回した如月。

自分はベッドの他に点滴で繋がれていて、周囲が薬品臭い。

…ああ、医務室送りになったのか、と一人如月は納得する。

 

そして、阿賀野以外のリンガのメンバーも、海里はおろかほっぽやレ級すら心配そうに如月を見ていた。

…自分の弱さでまた周りに迷惑をかけたのか、如月は自己嫌悪に陥るが、ソレより先に謝罪したのは木曾であった。

すまなかった、配慮が足らず、如月を追い込みすぎてしまった…教導失格だ、と。

 

地に頭までつけれて謝罪されてはたまらないとばかりに焦り、こっちこそごめんなさいとあやまる如月だったが、

そんな如月を額に向けて思い切りチョップして止める艦娘が居た。

電である。

 

「てい!なのです」

「ちょっと…痛いじゃない!」

 

わりといい感じに入ったせいで、涙目になり文句を付ける如月。

しかし、電は怒ったかのように、矢継ぎ早に如月に言った。

 

「痛い?イタいのはそっちなのです!自分の限界も考えられないでがんばりすぎて阿賀野さん含めてみんなに心配かけさせて…挙げ句、如月ちゃんの為にメニュー組み直した木曾さんに逆ギレって何様のつもりなのです!それで病院送りなんて最悪なのです、司令官さんにも木曾さんにもウチのみんなにも泥をぬるつもりなのです!?」

「そ…それは……」

 

一分の隙もないぐらいの正論では、ある。

しかし、原因のお前がそれを全部突っ込めば逆効果じゃ…と、全員が電に対し戦慄する中で、一泊置いて、肩の力を落としながら、電は最後にこう続けた。

 

「電は…友達の足がちょっと遅いぐらいで、見限って置いていくほど、薄情じゃないのですよ」

「……!」

 

 

電にこう言われて、せきをきったかの様に泣き出した如月。

自分の弱さのせいで、見限られたくなかった…一人ぼっちで置いて行かれるのが嫌だった…弱い自分を見たくなかった……

そう言って、電の胸でこどもの様にわめいた姿には、どこにも、いつものアダルティな如月の姿はなかった。

 

そんな、情けないと言える親友の姿を、何も言わず背中を撫でながら大丈夫なのですと慰める電。  

 

 

レ級は、何気なしに、こんな光景をみつつこう呟いた。

 

「あの子達と、和解出来て良かったデス、あんなに強い子が旗艦の艦隊、敵に回したくなんて、無いデス」

「ン、イナズマ、イイヤツ!』

 

ほっぽも横から加わりつつ、電へと感想を述べるレ級。

しばらく目を見開いた後、木曾と海里は顔を見合わせながら笑い合った。

 

「良い艦娘に育ててくれてありがとう、木曾さん」

「…元から良い艦隊でした、俺は…電みたいなあんなに強い旗艦の鑑をそうそう知らないですよ、電だけじゃない、みんな俺たち以上の強い鑑娘になってくれるハズです」

 

そう言って、再び電たちに目を向ける。

如月の顔からつき物が落ちるのを見て、ああ、俺が居なくなってもこの艦隊は大丈夫だな、と木曾は一人心の中で安堵するのであった。

 

 

「…で、めでたしめでたし、で終わったら良かったんですけどね」

「阿賀野に何が言いたいのよ、羽黒」

「…何キロ増えました?」

 

いやあああと、阿賀野の絶叫が響く。

 

…そう、トレーニングが終わればいつも以上にお腹が好く、当然その食事量も増える。

普通のごはんよりお菓子を好み、若年組でも食べ盛りなだけに、普通のごはんも唐揚げやハンバーグなどというこってり高カロリーな食材を好む阿賀野に取っては致命的な話だった。

自炊するにも、阿賀野のレパートリーはわりと狭く、レシピをいくつか持っているお菓子以外ならチャーハンのような簡単な炒めものを含めた中華ばかりだ。

 

そんなものを食べ続けたら、いくらトレーニングしたところで減らないどころか、お腹が減って結果的に摂取カロリーが酷いことになるのは明白だった。

 

 

それでも、トレーニング量がしっかりしていた頃は、徐々にだが体重は落ちていたのだ。

しかし、如月が入院して一人になり自主トレーニングをサボりだした途端、当然それはリバウンドという刃となり襲いかかったりする訳で。

 

 

「あ、脇腹柔らかくてつまみ心地さぁいこうです!二の腕もふにふに、おっぱいもちょっと育ちましたね!これは触りがいが…」

「羽黒ぉぉぉ!阿賀野を玩具にしないでぇ!」

 

そんなやりとりが、如月と電との感動的な場面の如月の病室の隅の方で広げられたりしたのである。

 

 

「って、お前らよそでやりなさいよぉ!」

「やだぷー」

「うわぁぁぁん!羽黒の馬鹿ァ!」



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番外編:木曾泊座談会1

作者「はい、ナレーション担当な作者でございます、とりあえずプロローグと人物紹介を含めて15話までいきました…とりあえず、木曾と飛鷹を中心に今まで出てきたキャラクターを交えて、ざっくりと折り返しまできたストーリーを振り返ろうと言った話です、では先ずはこれ」

 

 

◯「木曾とそんな泊地」のコンセプト

 

作者「これは、木曾と飛鷹に語らせたらよさげかな」

 

木曾「という訳で、木曾泊の主人公ことこの俺、木曾だ」 

 

飛鷹「なんだかメインヒロインみたいな私、飛鷹です」

 

木曾「この作品は、コンセプトはなんちゃってシリアルギャグ、だそうな」

 

飛鷹「…ギャグキャラって基本的に羽黒と扶桑さんぐらいじゃ……」

 

木曾「イメージは銀魂とかスケダンとかあんなイメージだな、木曾を主人公にしたら、突っ込みがメインだけど背景設定はガチガチのシリアスにした方がわりとしっくり来る、と」

 

作者「…ぶっちゃけ、読者層が似てる作品で出てきたが、ガチシリアスな良作ばっかりで戦慄したのは良い思い出でした」

 

木曾「わりと飛鷹の起用は早いめに決まったんだけど、ヒロインは赤城でもうちょっとボケが多いと言うかゆるい世界観でゆるゆるやるつもり…だったんだけど、赤城さんがあまりに一人だけで動きすぎて没、飛鷹をメインヒロインに据えて、世界観をしっかり固めたって感じだよ」

 

飛鷹「そういえば、死傷者が山のようにいて守るべき人から石を投げられてる様なガチのディストピア的な世界観よね…」

 

木曾「まあシンフォギアの世界観で、けいおん!やってるヤツらに出会って、せめて音楽活動しろよって突っ込む作品だと思っていただけたら、まあ幸いかな」

 

飛鷹「ざっくりかよ!」

 

作者「…文章力の無さと誤字脱字のせいで、その辺すら伝わらずつまらない作品かも知れないですが、そこは平にご容赦を」

 

 

◯木曾泊のこれから

 

作者「え~と、実はこの作品、多分25話ぐらいで終わります」

 

木曾「また、ざっくりだね」

 

作者「導入編の4話までは『プロローグ』、過去編が『電&提督編』、9話から13話までのスポ根特訓編が『阿賀野&如月編』になる訳です」

 

飛鷹「あー、確かに言われたら扶桑さんと羽黒さん、ボケ倒してるか纏めてるだけでスポット当たって無いわよね」

 

作者「次回からの4話ぐらいがほっぽちゃんをギミックにしたわりとシリアスなノリになりそうな『羽黒&扶桑編』、1話か2話ぐらいのラブコメ風『飛鷹編』、ラストに木曾本人の成長と決着を見せる『木曾編』が3話ぐらいの予定となりますね。」

 

木曾「なるほど、全員にスポットを…俺はともかく、飛鷹はフォーカス当たりすぎじゃないか?」

 

作者「…予想以上に飛鷹が動くもん!」

 

木曾「二十歳を超えてもん!じゃねえよ!」

 

 

◯各キャラクター

 

作者「これは、各キャラクター呼びながら解説かな、先ずは木曾から」

 

木曾「はいはい、えーと、イメージは登場人物紹介の通り単身赴任のお父さん先生が四苦八苦するってイメージで書いてる、らしいな…木曾の性格上、天龍と違って笑って受け流すイメージだからオラオラ系じゃないし、わりと敵に厳しいだけで女性的な感性が強いキャラクターなんで、その辺のバランス取りだけは頑張ってるらしいぞ」

 

作者「はい、次は飛鷹」

 

飛鷹「なんとなくサブキャラクターで出したつもりが、木曾とキャラクター設定が正反対すぎて収まりが良く…あれよあれよとヒロインやってます!わりと幼いと言うかゆるいツンデレの委員長キャラっぽい感じかなぁ、フルメタのかなめとか、その辺の影響は強かったりするらしいわね」

 

作者「はいはい、電で」

 

電「なのです!実は電はかなりギリギリまで居なくて、イムヤが代わりに居て、提督に深層心理でヤンデレてるゴーヤのライバルって火傷確定のキャラの差し替えだったらしいのです!でも文章に起こしたらあまりにもイムヤと飛鷹でごっちゃになったので、急遽私が投入されたのです!ひたすら素直でスポ根な電はびっくりするぐらい動かしやすくて楽、らしいのです!やっぱり6駆の使いやすさは反則なのです!」

 

作者「…如月、次ね」

 

如月「はぁい、実は私は見た目通りなただのエロキャラにする予定らしかったけど、あんまりにも動かしにくくて、しゃべり方だけねっとりした普通の女の子ってイメージに変更したらしいわ…結果的に、素直に成長していくけど暴走しやすい電のストッパーにて、電を追いかけるライバルって感じに落ち着いて、安心感あるタイプになれて良かったと思ってるわ」

 

作者「次にブラックフェザーさん」

 

羽黒「はい…え~と、とりあえず作者さん殴りたい……それはそうと、最初は電の位置にいたのですが、電が投入されて真面目枠が消失、じゃあ常識に捕らわれない羽黒を目指したら、何かフリーダムなデュエリスト羽黒が暴れている訳でして、わりとシリアスもいける辺り二次創作早苗さんぽいですね…」

 

作者「阿賀野さん、次です」

 

阿賀野「わりと真面目にシフトしてるけど、私は原作のイメージ通りよね!…てか、他が酷すぎるわよ……コンセプトとしてはあんまりにもだらし姉のイメージが先行し過ぎだから、普通に見て安心感のある阿賀野を自分で書いてみたかったらしいよ!性格上KYな発言が多いから、不快にはならないようにフォローが大変だけど、結構勝手に動いてくれるから個人的には作者はお気に入り、らしいわね」

 

作者「艦娘最後は扶桑さん」

 

扶桑「空はあんなに…の台詞を意地でも言わさない、持ちネタを潰されて不幸だわ…、イメージはナデシコのイズミさんとアイマスのどたぷんさんの足して混ぜて、電波にしたらこうなったのよね…意識してフォーカスしないとフェードアウトするから、出番の確保が大変、なんて作者が言ってたわ…」

 

作者「次に深海のほっぽちゃん」

 

ほっぽ「ヨソウガイニ、クッソ、ウゴカシニクイトハ…ゼロヲオイテカナイトユルサンゾ…タダ、ダシタラ、ヒタスラカワイイ、ッテトコロハ、イイカンジラシイナ」

 

作者「レ級さんも、どうぞ」

 

レ級「金剛と見せかけてシンフォギアのきりちゃんがモチーフのレ級デス、半ばオリキャラ状態ながら戦慄と緊張感を与えるレ級ってキャラクターに焦点を当てたのハ…ヲ級を素直に使うのが嫌だったかららしいデス!後、多分こんな突っ込み気質でお人好しかつ主人公のフォローをこなすレ級は二次創作で無さそうだったので書いて楽しいらしいデス」

 

作者「さいごに、いてもいなくても良いパセリみたいな奴」

 

海里「オリキャラ提督だからって扱いが酷すぎるだろ!…まあ、私は作戦立案とかは無能だけど、交渉と事務仕事が得意な提督で、バトルと艦娘たちの繋がりは艦娘自身にまかせるスタンスなんだよね…まあ11話ではその辺の無能さが木曾によってはじめて露呈するから…私もこれから精進するかな、でも羽黒・扶桑編だとやっぱり無能、と言うか戦闘だと全く役に立たないかもとは作者談だ」

 

 

◯最後に

作者「くだらない番外編に付き合っていただき、ありがとうございます!そして読者の皆様、木曾泊をよろしくお願いいたします!」

 

全員「よろしくお願いいたします!」



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第十四話:木曾と羽黒とそのゆがみ

羽黒と言う女は、ふざけた女である。

 

 

それは、リンガ泊地に集った者達の共通認識である。 

とにかく、人の気にしている点が有れば一瞬でソレを見抜いてからかい、

周囲の緊張感が緩めば、目ざとくソレを見つけふざけ出す。

 

しかし、リンガ泊地において彼女ほど有能な人材は他に存在しない。

 

頭の回転が早く非常に鷹揚で、人が本気で気にしていることが有れば、誰よりも早くフォローする。

仕事も丁寧で艦娘としての能力も体力・知力・判断力も一定以上持つ。

特に、ここ最近は木曾に鍛えられており、

木曾に2ヶ月近く特訓を受けた彼女はもはやリンガ泊地どころか他の泊地でも戦えるレベルまで成長していた。

 

 

また、精神性も、平時の煽り癖を除けば特に言うことは無いレベルである。

 

リーダーシップはあって芯は強いが、臆病でまだまだ視野狭窄になりやすい電。

ガッツと真面目さはあるが、まだまだ体力に問題を抱えるのに無理しやすい如月。

能力も高く判断力も悪く無いが、考えなしで怠惰な現代っこな阿賀野。

行動力と協調性は併せ持つが、わりとお嬢様気質が抜けない短気な飛鷹。

チームの重鎮としての自覚こそあるが、空気があまり読めずマイペースな扶桑。

 

上記5人に比べて、羽黒は確かにまともな軍人気質をしている。

また、書類仕事が出来るのも彼女だけと言う事で、平時の秘書艦は羽黒が常に担当している。

 

 

そう、羽黒は、天才的なタイプではないもののどこに居ても恥ずかしく無い存在なのである。

…それが、平和な海ならば。

 

その事を、木曾は、その日嫌と言うほど思い知ったのである

 

 

ことは、如月の精神が安定し、訓練になじみだして既に1ヶ月半ほど立った、そんなある日である。

 

「深海警報!エリア1-1、駆逐クラスと軽巡クラスの連合艦隊…来るぞ!」

 

ある日カンカンと金属を打ち鳴らすようなサイレンが鳴り響き、海里の声が泊地へと響き渡る。

そう、深海棲艦の、泊地の警戒範囲内での襲来であった。

 

 

かつて、飛鷹は『争いが無い』と、この泊地をさして言った。

その言葉は有る意味正しくて、そして間違っている。

 

確かに、かつてのレ級たちとリンガ泊地の艦娘たち邂逅した和解のきっかけの日から数日…

レ級は、自身がほっぽを直に監視し、ほっぽに危害をくわえたら即断で撃つと言う条件下の元で、

艦娘たちと行動を共にし始めた。

 

その後、あまりにのんびりした空気にあてられて…結局、害が無いことを確認した。

 

そして、レ級がその事を深海棲艦たちに伝えた際、かえってきた返答は「リンガ泊地周辺のみ例外として襲わない」と言うものである。

そして、実際に、目に見えるほどに「襲撃者」は減っていった。

 

…しかし、「生まれる」となると、まして知性が低い人型や亜人型以外となると話は別だった。

そうして、稀に泊地周辺で誕生して暴れ出す深海棲艦も居るのである。

 

そうした深海棲艦を「追い返す」、これもまた、リンガ泊地の艦娘たちの戦い方でもあったのだ。

 

 

「いやぁ、体が軽いですね~」

 

おどけた口調で話しながら、羽黒はリンガ泊地の艦娘へ向けて笑う。

調子に乗りすぎだ、と如月に諫められるが、ケラケラ笑いながら肩をぐるぐる回しながら更に続けた。

 

 

「もう何もこわくない…って話じゃありませんが、木曾さんの言った通りですね、基礎体力が上がるだけで、まるで体が羽みたいです」

 

そんな羽黒の口調に、そうだなと皆が納得する。

そう、それは木曾が言った通り、基礎能力強化のトレーニングを徹底して積んだ賜物だった。

 

木曾が来る以前までの自分たちは、海上を走ると、身体に鉛がへばりついたような感覚と戦わざるを得なかった。

風と波の抵抗、足元を流れる海流、そう言ったものに、文字通り「足を引っ張られる」感覚に襲われていたのだ。

 

だが、今は違う。

そういったモノを感じない訳でない、むしろ敏感に感じる事が出来るようになった。

なればこそ、致命的にそういったポイントを避けられるようになる。

 

更に、かわすだけではなく「負けない」と言うポイントは更に重要になるだろう。

 

今までは普通に海上を移動しただけで全力疾走した後のような疲労感に襲われていたのに、

今は、まるで平地をウォーキングしているかのような足取りの軽さになる。

それこそ、赤い彗星がごとく「通常の三倍早い」と感じるような状態であった。

 

…いかに、今まで彼女たちが基礎能力をおろそかにしていたのか。

そういった実戦に出ると、リンガ泊地の艦隊は、木曾があの時激昂したのかがよくわかると言う話でもあった。

 

 

さて、そんな軽口を叩き合っていたが、リンガ泊地の空戦担当たる飛鷹が声をあげた。

 

「敵影、駆逐イ級3隻に軽巡ホ級2隻、戦闘態勢に各自入れ!」

 

飛鷹のかけ声に合わせて艤装を全員が展開する。

そして、旗艦の電が、皆に声をかけて気合いを入れた。

 

「なのです!これからが私たちの本当の戦いなのです!」

 

その号令におう!と答えながら、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

「各艦、発艦はじめ!」

「いけるかしら…!」

 

飛鷹の巻物から発せられた艦爆・艦攻と呼ばれる各艦載機からなる艦隊と、扶桑から放たれた瑞雲と言う機が編隊を組んで空を舞う。

そこから放たれた機銃掃射により、敵艦隊へと先制攻撃を行った。

 

戦は、高台を制したものが有利になる。

飛行機、それも戦闘機で空を抑えれば、それは非常に有効な攻撃手段となる。

 

更に、飛鷹とは違って、扶桑とはあくまでも「戦艦」である。

飛鷹とは比較にならない程、艦載量は微々たるものではあるが、

その代わりに放たれた大砲からの水平射撃は、天地から襲うクロスファイヤーと言えるだろう。

 

 

しかし、その攻撃は、ほとんど当たらない。

だが、しかし、敵艦隊はその攻撃をかわすことはならず、脱出もできない。

そう、その機銃掃射と砲撃は、まるで檻を造るかのような形でその射線は描かれた。

 

 

そこに、飛鷹たちの攻撃の射線に巻き込まれないように、阿賀野と如月の二人と羽黒と電の二人が二手に分かれて移動する。

 

そして、電は号令した。

 

「絶対にお互いに致命傷は避けるのです!出来れば敵の砲のみを狙って、できないならせめて頭は絶対に外すのです!後は…味方の攻撃から巻き込まれないように、では作戦開始!」

 

実に電らしい、指令であった。

 

 

「へいへいピッチャーびびってるのです!」

「如月はここよ!狙ってみなさい!」

 

まずは駆逐艦二人が機銃をばらまいて、威嚇しつつ敵艦隊の注意を引きつける。

細かくジグザグと移動する二人を狙おうと、魚雷や砲を向けようと深海棲艦が身体を向ける。

その刹那である。

 

バシュッ!と砲弾が飛んできたかと思うと、深海棲艦の砲にあたる部分が吹き飛ばされる。

ギャアアと痛みからか衝撃からか悶えるイ級たち。

その硝煙の先には、阿賀野と羽黒が立っていた。

 

「ふう、阿賀野、大活躍しちゃった?」

「なんとも、安定感が違いますね…」

 

そう、深海棲艦の砲のみを吹き飛ばすと言う荒技は、この二人によって引き起こされたものであった。

 

 

木曾の筋力トレーニング、それはただ移動のみに限定した強さの強化ではない。

 

当然、下半身を強化すれば、それは「土台」となる。

野球のピッチャーを想定すればわかりやすいだろう、上半身がいかにムキムキだろうが、下半身が貧弱ならばそれは生かせない。

 

しかも、艦娘の砲撃とは、何十センチといった大口径の砲撃の反動を直に受けるのだ。

下手に下半身がしっかりしていないなら、文字通り転覆するだろう。

 

実際のところは艦娘はその特性上反動には強く生まれているため転覆することはそうそう無いが、

それでも下半身がしっかりしていないなら、一発砲撃を撃つたびにフラつき、射撃精度は落ちる。

 

逆に言えば、ある程度の下半身が出来ているなら、射撃はある一定レベルにはなるのだ。

なにしろ、大砲の弾丸は基本的に真っ直ぐ飛ぶのだから、狙いを付ける訓練さえ出来ればなんとかなる。

 

基礎が出来る前から、射撃になれているリンガ泊地のメンバーなら尚更の話である。

 

 

そんな、武器のみを狙って吹き飛ばすスナイプを喰らい、深海棲艦たちは指揮系統が混乱する。

下手に攻撃しようと砲を向けたら砲を破壊される。 

しかしに逃げようと移動した瞬間、自分たちは一撃で致命傷となるだろう大砲や空からの弾丸の嵐に巻き込まれる。

 

大勢は、誰が見ても明らかだった。

 

そして、とどめとばかりに飛鷹の艦隊がぐるりと深海棲艦をとりかこみ、

残りの艦娘たちが砲を水平に向けて威嚇する。

 

電が、最後に言った。

 

「出来れば、これ以上戦いたくは無いのです…引いていただきます?あなたたちは、きっとこの海の仲間たちの方が、受け入れてくれるはずなのです!」

 

 

電の説得が通じたか、それとも勝ち目がないから立て直そうとしたのか。

 

そんな電の言葉をうけて、しぶしぶと言ったばかりにリーダー格の軽巡ホ級が水面へと帰る。

そのまま、それを皮切りに、次々と深海棲艦たちが水面へ沈む。

 

はじめてのリンガ泊地の艦隊による無傷による「完全勝利」にて「戦術的勝利」になる…はずだった。

 

 

「電ちゃん!伏せてぇ!」

 

いきなり、飛鷹の怒号が飛ぶ。

 

 

散々やられた意趣返しか、それとも一矢報いる為の一撃か。

去り際に、砲を破壊された一匹のイ級が、電へと体当たりし、口を開いて噛みつこうとしたのだ。

 

 

突然の出来事に、遠間から見ていた飛鷹以外反応することすら出来ず、

しかし、機銃掃射による援護をしようにも、電の位置がイ級と一直線上に立っているせいでそれができない。

もし、イ級を退ける為に飛鷹が攻撃したら、確実に電が飛鷹の艦隊にミンチにされてしまうだろう。

 

万事休すと、全員の時間が凍りつく。

電も反応することが出来ず、目をつむるばかりだ。

 

そして、ガブリと、嫌な音がして、皆が顔を背ける。

だが、電は無傷だった。

 

 

「大丈夫?」

 

不意に、電は声をかけられて顔を上げる。

返事をしようとして、電は絶句した。

 

「い、電は無事…は、羽黒さん!?」

「あらら…私の右手が…食べられちゃいました……」

 

そこには笑顔を崩さないまま、右腕の肉をほとんど失って、骨と血管が浮き彫りになっていた。

羽黒が立っていたのである…。

 

 

 

 

 



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第十五話:木曾と信じたものの裏切り

「大丈夫か!」

 

 

羽黒が深海棲艦の攻撃により、右手の肉を失う大怪我をしたと言う報告が入るや否や、

艦隊が帰投した瞬間、木曾と海里は一目散に飛び出していた。

 

ほっぽとレ級も心配そうにしている中で、かえって来た艦隊のメンバーは一様に暗い顔をしている。

特に電がそうであった。

 

 

油断、そして慢心。

 

自分たちの勝てた戦い、いや勝った戦いだったハズだった。

しかし、それに浮かれた瞬間、地獄に突き落とされたような話である。

 

もし、電が敵の警戒を怠らなかったら?

もし、周囲のフォローが早かったら?

もし、イ級から目をはなさなかったら?

 

…闘いにたらればは無いが、幾つもの「もし」が艦隊のメンバー全ての頭をよぎる。

 

 

一方、木曾や海里もそんな気分であった。

 

敵を生かすと言う事は、敵に選択肢を与えると言う話である。

…敵を生かそうとして、しかし敵に背中を撃たれるなど、考えてみたら当たり前ではないか。

なぜ自分たちはそれを伝えることができなかったのか。

 

 

それらの答えは決まっていた、一足飛びに艦隊が成長し過ぎていたのだ。

 

成長をほめ、それに指揮官も指導者も兵士も浮かれた結果、こうでしかない。

むしろ、腕一本は奇跡的な被害である…本当なら、電が死んでもおかしくはなかったのだ。

特に、電は意気消沈している。

 

そんな空気と、実際に眼に見える被害の大きさから、レ級も目を背けほっぽに至ってはわんわん泣き出してしまっている。

 

 

そんな中で唯一、平気な顔で平然としている人物がいた。

 

「…あー、報告とかはすぐやりますから…とりあえず、ドック開けてください、司令官…」

 

腕を喰われた張本人、羽黒ただ一人であった。

 

 

ジュウウ、と言う音を上げて、ドックに入渠する羽黒。

するとどうだろう、失われた筋肉が、血管が、皮膚が、ひびの入った骨でさえ、

その全てがみるみる修復されていく。

 

それを見て、やっぱり高速修復材は違いますね、といいながら、自分の腕が治るのを嬉しそうな表情で羽黒は眺めていた。

 

その治った右腕をぶんぶん振ると、羽黒は全裸のままで、目の前で泣き伏せる少女に声をかけた。

 

 

「電ちゃん…怒ってないから、大丈夫」

「羽黒さん…ごめんなさい、なのですぅ…」

 

そう、電に対してであった。

 

 

ドックから出てもなお、ごめんなさいごめんなさいと何度も電に頭を下げられる羽黒。

それどころか、ドックから出た瞬間、自分の同僚達や提督にまで頭を下げられてしまった。

 

まあ、気持ちは理解できますが…と、羽黒は前置きすると、にこやかな表情でこう言った。

良かったじゃないですか、と。

 

 

何が良いものかと、飛鷹に問い詰められ、痛かったでしょと阿賀野が泣きそうな表情で言った中、しかし羽黒は笑顔を全く崩さないままこうつづけた。

 

「確かにみんな、最後の最後で失敗しちゃったけど、私たちの体は首から下が無くなるか心臓が無くならない限り…取り返しがつきますよ、なら失敗の代償が私の痛みで取り返しの利くものなら…満足できるものですよ」

 

何が満足できるものなのか…と、皆は一様に言うが、くすくす笑いながら羽黒は続けた。

 

「みんなが死なないなら、私は満足できますから」

 

そう言うと、間宮のアイスと秘蔵のブランデーが待ってますので、と言いながら、一目散にその場から離れるのであった。

 

 

後に残された面々は、もう、心配が一周して、羽黒への怒りに震えていた。

 

「死なないならって何よ…あの子、馬鹿じゃないの!」

 

そう、飛鷹が言った瞬間に、一斉に羽黒への悪口大会が始まる。

 

「そうねぇ…人の気持ちを踏みにじる事が生きがいの癖に、人のことばっかり気にして…」

「阿賀野を散々バルジでいじくったりして…後で、ダイエットにわざわざ付き合ってくれたりして…」

「いっつもそうなのです!電の盾にばっかりで、大怪我して…」

 

 

しかし、悪口の後に出てきたのは、決まって羽黒の人格への評価だった。

 

何のことはない。

羽黒は、まるで皆のために道化となり、皆の為に影に生きていたようなものだった。

口に出せば、それは如実に現れる話である。

 

「流石に、私の秘書官だよな…」

 

海里も、しみじみと呟き、皆も黙ってうなだれるのであった。 

 

 

一方、木曾とレ級は遠巻きに、それを見ていた。

 

木曾は、非常に暗い面もちになると、はぁ…と肩を落としながら言った。

 

「羽黒は…あれが、アイツの問題かよ……」

 

なんともやるせない表情になる木曾。

懐かしがるような、寂しがるような、そんな表情であった。 

木曾は続けた。

 

「なんだか、神通を思い出すな…アイツも、昔からそんな感じだったよ」

「例の同僚さんデス?」

「そう、自分以外の皆が大好きで、自分はその盾になれれば良い…子供っぽい英雄願望さ」

 

そりゃバッサリ過ぎデス、とレ級は笑うが、しかし木曾はと言うと首を振ってレ級に話を続けた。

 

「俺達の記憶の元になっていたもの、それは『先の世界』…艦娘、それが存在しない、俺達と同じ名前の艦が沈んだ過去からの平行世界の記憶から俺達の世界へと呼び出されたものなんだ…だから、本当は、『先の世界』にみんな帰りたい、俺達は笑えてるよって、もし生き残った乗組員の人たちがいたら、伝えてあげたい…!」

 

涙ぐみ震える木曾。

その言葉を聞き、レ級も神妙な面もちになる。

そんなレ級を見据えながら、木曾は最後にこう言った。 

 

「だけど、それは絶対出来ない…時間も飛び越えられない…だから、せめて、俺達は目の前にある全てを、背中にいる人たちを守りたい……!羽黒は、あれは純粋過ぎるだけなんだ!だって、俺達は、大日本帝国海軍の所属艦隊は…その為に、生まれたんだ……!」

  

 

そう言うと、嗚咽を吐きながら、レ級に向かって一筋の涙を見せる木曾。

 

情けない姿を見せたなと、取り繕うように木曾は苦笑するが、レ級は首を振ると、木曾に向かって答えた。

 

「情けなくなんて無いデス、あなたたちの強さの源がわかったデス…なるほど、羽黒さんの異常な自己犠牲的な笑いは魂に刻まれた本能のようなもので、あなたたちの心の支えなのデスネ…それが、羽黒さんは極端に強いタイプだト」  

 

そうだ、と木曾は笑いながら返すと、寂しくないデス?辛くないデス?とレ級に聞かれる。

木曾は、それに対して答えは出せなかった。

 

 

そんな会話を全て聞いている者もいた。

扶桑である。

 

扶桑はほっぽを肩車しながら、瑞雲を適当に飛ばしつつ、全ての会話を盗聴していた。 

そして、くだらないわ、と吐き捨てた。   

 

電たちに対して、扶桑は呆れていた。

 

扶桑に取ってみたら、あれは仕方ない話であり、いちいち後からあーでもないこうでもないと言い合うのは愚かな時間の無駄だ。

そもそも、羽黒の言うとおり、取り返しが付くのだから、反省点を見つけて訓練した方が現実的ではないか…そう考えている。

 

木曾に対してでもそうだ。

 

そもそも、羽黒が早死にするタイプなのは扶桑も思ってはいた事だった。 

だが、電が無鉄砲だったり如月が無茶しやすかったり阿賀野が怠惰だったように飛鷹が世間知らずで短気なように、

そして自分自身が空気が読めず暗い性格なように。

 

それはきっと、羽黒が持って生まれた、言うなれば「業」だろう。 

それは…死んでも治らない、自分の癖なのだ。

 

別に悪い事をしている訳では無いのだから、いちいち悪し様に言うことも無いだろうに。

それが、扶桑の中での結論である。

 

 

しかし、羽黒のこの過度な自己犠牲的な悪癖を治さないと、どうにも、皆が不幸らしい。

それは、扶桑にとっても、気持ちが悪い話だった。

 

 

どうしたら良いかな、扶桑は何気なく考えて、ふと思いついたように言った。

 

「そうよ、馬鹿は死なないと治らないらしいわ…なら、羽黒を殺してしまいましょうかしら?」

 

両手を、ポンと叩いて一人得心するかのような扶桑。

そんな彼女を、何言ってるんだお前?とでも言いたげな表情で、ほっぽは扶桑へと怪訝な表情をするのである。

 

 

そして、その翌日の深夜0時を回ったころだっただろうか。

 

ドグォン、と羽黒が寝ている寝室の近くで轟音が鳴り響いた。

何事かと、羽黒は慌てて自室を飛び出して、僚の外を確認する。

 

そこには、艤装を展開した扶桑と、elite状態のオーラを纏ったレ級が立っていた。

…夜戦訓練のつもりなのだろうが時間を考えて行動しろ、羽黒の頭の中でそんな言葉がよぎる。

そんなおり…羽黒に向かって、レ級と扶桑の砲撃が、仲良く羽黒へと襲いかかった。

 

 

「い、いきなり何をするんですか!?」

 

羽黒の当然の疑問。

そんな言葉に答えるかのような態度で、レ級は指パッチンをして、右手を高く掲げる。

 

そうするとどうだろう。

 

いきなり闇から、雷巡チ級が2績に戦艦タ級が2隻が現れる。

そうすると、その深海棲艦は、羽黒に砲を向けながら殺気を放った。

 

そして…その深海棲艦の一隻の傍らには、簀巻きにされて身動きが取れない海里が居た。

 

何で司令官が…と、羽黒が混乱するなかで、レ級は挑発するかのように吐き捨てた。

 

 

「我々は、今からこの司令部を乗っ取リ…深海棲艦が支配させていただク!これは北方棲姫様のご意志デアル!」

「ば…馬鹿な事を言わないで、あなたたちは…」

「北方棲姫様ハ、気まぐれなのだョ…!ハハハ…楽しかっただけに、残念デス!」

 

そう言われ、羽黒の頭の中が混乱する。

何故だ、何故自分たちは見限られたのだ…と。

だが、それ以上に扶桑が何故深海棲艦の側に立っていたのか、それも羽黒には気がかりだった。

 

 

しかし、絶望的な答えが、扶桑からかえってきたのだ。

 

「ふふふ…私はね、提督やあなたたちより、自分が拾った…ほっぽちゃんの味方なの、だからね、提督を簀巻きにして深海に売ったら、みんな快く私の事を受け入れてくれたわ…」

「な、なんですって!?」

「それに…馬鹿よねぇ…」

 

羽黒の驚愕も意に介さず扶桑は何かを羽黒に向けて投げつけた。

それは、火薬で焼け焦げた、ベレー帽とマントであった。

 

「提督さんを人質にとって、後ろからバッサリ……木曾さん、大本営のエース様もかわいいものだったわ…!」

「あ…貴女………ふざけないで、ふざけないでよ!ふざけるな、扶桑ぅぅぅぅ!」

 

 

木曾の遺品を前に、羽黒は絶叫したのだった…。



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第十六話:木曾と扶桑と羽黒の業

「扶桑ぅぅぅぅぅぅ!!」

 

羽黒は慟哭し、己の艤装を召喚する。

疾風のごときはやさで持って、握り拳をにぎりしめ。

己の上司を売った、憎い怨敵に向かって突進する。

 

そして、その拳は思い切り全力で扶桑へと振り下ろされた。

だが、その拳を遮る者がいた。

 

 

「おうおう羽黒チャン、お前の相手は私デス!」

「ク……レ級、貴様ぁ!」

 

戦艦レ級、同じように、自分たちを裏切った深海棲艦である。

 

だが、羽黒は思う…

この、目の前に居る扶桑という艦娘を、殴り殺さないと気が済まぬ。

木曾を卑劣な罠にはめて、提督を危険にさらしたこの外道は容赦なく倒さねば…と。

 

 

しかし、羽黒の怒りの拳はビクともしない。

この、自分と同じ程度の身長しかないレ級の右腕は、まるで鋼で出来たかのように押せども引けども動かない。

 

とうのレ級はと言えば羽黒の拳を受け止めて、まるで涼しい顔である。

まるで、羽虫と獅子のごとく、その力には差が生まれていた。

…気合いでは、まるで何もならないかのように。

 

そして、おりゃあと、レ級は羽黒を腕ごと投げ飛ばす。

ベキっと羽黒の体内で嫌な音が響きながら、羽黒の身体は宙を舞い、まるでバレーボールのように打ち上げられた。

しかし、なんとか着水する羽黒だが…肩の関節から地から響くかのような痛みに顔をしかめる。

 

どうやら、レ級の背負い投げによる脱臼は免れなかったようだ。

 

 

くそ…と、態勢を立て直し、レ級に砲を向けた瞬間…まるで、瞬間移動したかのように、レ級が羽黒の目の前に立っていた。

 

そのまま、レ級の拳を鳩尾に食らう羽黒。

 

果たして、その効果はと言えば…

 

「あ…アアアアア!ガ、アアアアア!」

「ハハハ…肋骨が折れタカ、転げ回って馬鹿みたいダナ!」

 

…悶絶、その二文字である。

 

痛い痛い痛い痛い痛い、羽黒の頭はそればかりでいっぱいだった。

息も出来ない、身体中がSOSを上げている、内臓からも何かこみ上げてくる。

それでも、なんとか羽黒は戦意を保とうとしたが…

 

「オラァ!立テ…立つんだジョー、てナ!」

「う…うぐぇ……」

 

立ち上がろうとする度にレ級に蹴っ飛ばされて、ひれ伏す以外無い。

そんな事を繰り返し…ついには、羽黒は嘔吐してしまう。

 

「きったねえナ…もしかしテ、これがお前の『主砲』ってか?」

 

そんな言葉を聞いて、羽黒は身体と心が、完全にポッキリとへし折られてしまった。

 

「痛い、痛いよぅ…痛いよ、見ないで、こっち見ないで……」

「クソ…こっちはまだ主砲も使ってねぇんダ、つまらないナ…」

                                          

赤ん坊のように怯えだしてしまった羽黒に、不愉快そうに呟くレ級。

そんなレ級は、わざと羽黒に聞こえるかのように、呟いた。

 

「でも大丈夫だよナ…お前ハ、『首から下がなくならないなら大丈夫』、ダロ?」

「ひ…違う、違うよぅ……本当は痛くて、怖くて……でも、私、我慢しないと駄目だもん……痛いなんて言ったら、駄目だもん……」

 

レ級の皮肉に、羽黒はついにメソメソ泣き出してしまった。

 

 

そんなおりである。

 

「羽黒さんを、離せぇ!」

 

飛鷹の怒号が響く。

それを皮きりに、電と如月と阿賀野と、あわせて4人が、レ級の魔の手から羽黒を救おうと救い出そうと突撃する。

 

飛鷹など夜戦ができる訳がないのに、それでも友達を救おうと飛び出したのだ。

そして、レ級に向けて艦娘たちは砲を向けながら、阿賀野は目に移った…

『友軍』に向けて、声を張った。

 

 

「扶桑さん!あなたの火力が必要なの!阿賀野たちの援護をお願いっ!」

 

 

「だ、駄目ぇぇぇぇぇぇぇ!!そっちは…」

「いけるかしら…?」

 

阿賀野たちへ、羽黒は扶桑の裏切りを伝えようとした、その刹那。

ドーン!という、36センチの大砲を阿賀野へと発射する。

 

何事かと電たちは目を丸くする中で、扶桑は冷徹に声を上げた。

 

「まずは一騎…次は貴女よ、飛鷹!」

「まさか、扶桑あんた……きゃあああ!?」

 

そして、まるでハンティングゲームのターゲットのように、扶桑は機械的に飛鷹を主砲の餌食にした。

 

 

そして、その主砲の黒煙が晴れた後、現れたのは大破状態で横たわる飛鷹と阿賀野であった。

 

その痛ましい仲間の姿を見て、それでも震えながら扶桑に向けて砲を構える電と如月を見ると、

扶桑は冷たい目でレ級に目配せし、簀巻きの海里を抱えたタ級を自身のとなりに呼びつける。

 

そして、扶桑は言った。

 

「貴女たちの提督を、私は売ったわ…そして、今ここに死にぞこないの羽黒も居るわ、さて…交換条件よ」

「交換条件…電たちに、何を求めて居るのです?」

 

電の震えながら聞いた疑問。

それに、聞かなくても、わかる癖に…とのたまいながら扶桑は返した。

 

「電・如月・飛鷹・阿賀野…どれか一人の首を渡せば、そこの羽黒の命は助けてあげるわ…それだけじゃない、全員の首を差し出すのなら、羽黒と提督さんの命は解放してあげる」

 

 

あまりにも残酷な扶桑の宣告。

 

そこに声を上げたのは、羽黒だった。

 

「止めてぇぇぇぇ!もう、止めて!私の命なんてどうでも良いの!司令官さんとみんなの命は…」

「黙りなさい、貴女に意見は求めてないわ」

 

しかし、扶桑はそれを黙らせる。

それから…一分程の静寂の後、電以下メンバーの出した答えは、1つだった。

 

「電の命で助かる命があるのなら、それで良いのです!」

「司令官さん、羽黒さん…如月のこと、わすれないでねぇ…!」

「阿賀野、ダメダメな軽巡洋艦だったけど、楽しかったな」

「…いつか、羽黒や提督には、出雲丸として逢いたかったわ…」

 

己の命を捨てる、それだけの話である。

それを見て、扶桑は薄く微笑んだ。

 

「そう…私は、別に貴女たちの事嫌いじゃ無かったわ…じゃあね」

 

そして、扶桑の主砲の一斉射により、轟音と共に4人の艦娘たちは黒煙の中に消えていったのである…。

 

後には、海里とそれを監視するタ級。

つまらないものを見るかのように、冷めた視線を送る扶桑とレ級。

そして…力無く涙を流す、羽黒が居た。

 

「あ……何で、何でぇぇぇぇ!」

 

混乱するかのように、頭を振り回し泣き出してしまう羽黒。

そんな羽黒に扶桑は近づき…そして、羽黒の頬を思い切りビンタした。

 

 

衝撃に一瞬泣き止み素にかえって扶桑を見つめる羽黒。

そんな羽黒に、扶桑は叱りつけるかのように、

静かに、しかしドスが利いた声で言った。

 

「それが…羽黒、貴女の業なのよ」

「私の……業……」

「痛いハズなのに痛くないという、苦しいのに苦しくないと笑う…そして全ての立ち上がれない人の盾になって死にたいと願う…立派だわ、まるでヒーローね…でもね、貴女残される側の事と、助けてあげたくても助けられなくて、一方的に助けられる痛み、本当に考えた事はある?」

 

あ…という表情になり、呆然とする羽黒。

しかし、扶桑は構わず続けた。

 

「別にそれが貴女の性分なら、私たちは肯定できるし…すくなくとも私はする、だけど貴女は助けるばかりというか、置いて行かれて何も出来ない悲しさなんてわからないでしょ、一人でなんでもできるもの…だから、私たちはそれを貴女に教えてあげたの」

 

扶桑の諭すようなセリフ。

しかし、力無く羽黒が言った言葉は、それの否定だった。

 

「そんな事無い!私は、一人でなんでもなんて…みんながいないと、何にも出来ないのに……お姉さんぶりたくて、心にも無い事でからかったり…笑ったり…泣いたり……」

「それも、貴女の…業かしら」

 

しかし、羽黒の本心を…扶桑は肯定する。

そして、妙ににこやかな表情を羽黒に見せると、誰に聞こえるでもなしに、扶桑は叫んだ。

 

 

「後は、そうね…執務室で聞きますか、それとも……ああ、貴女の怪我だけは本当だから、先にお風呂ね!」

「え……ちょっと待って扶桑さん、それって…」

 

扶桑の言葉を聞いて、なんだか嫌な予感が羽黒の全身を貫いた。

そして、それを皮切りに…数々の種明かしがされるのであった。

 

 

「煙いのです…扶桑さん、火薬の量絶対間違えてるのです…」

「あらぁ、ウルトラクイズみたいで楽しいじゃなぁい」

「…阿賀野、服だけビリビリって、生まれて初めて…」

「お尻だけ丸見えって…どういうプレイよ……」

 

黒煙が晴れた先から、妙にくたびれてる電たちが。

 

 

「ああ、簀巻きになるのは生まれて初めてだから、私もなかなか楽しかったよ」

「今度は私たちも簀巻きやってみたかったりしテ!」

 

ロープを解かれると、妙に楽しそうな海里とタ級が。

 

 

…そして

 

「ごめんなさいデスゥゥゥゥゥ!」

 

さっきまでの冷たい態度はどこへやら、涙目で土下座するレ級の姿があった。

 

「痛かったデスよネ!骨まで折れて蹴っ飛ばさしテ……最低デスゥゥ!いくら何でもやり過ぎマシタァァァ!ごめんなさいデス!ごめんなさいデス!でも、下手に手心加えて動かれたらばれちゃいますシ……でも、なんて羽黒さんに謝れば良いのデスゥゥ!?」

「ちょっと、ちょっと待ってください扶桑さん…これは?」

 

この土下座しながら謝り倒すレ級の姿。

なんだか、導きだせる答えは、1つしか無かった。

 

 

「ええ、全部お芝居だもの…はあ……疲れた」

 

こっちは疲れたなんてレベルじゃないわよ!

羽黒の絶叫が、夜の海に響いたのであった…。

 

 



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第十七話:木曾と羽黒の逆鱗と

「ふふふふ…ハハハ……アァァァハハハ!」

 

 

無人の執務室にて、木曾の笑い声が夜分に響く。

今時、どこにそんな特撮やアニメの悪役が居るんだよと言いたくなるような、三段笑いであった。

 

「キソ…ウルサイ!」

「ご、ごめん…ほっぽちゃん……」

 

しかし、ほっぽを起こしてしまって、不機嫌な深海の姫に対して平謝りする木曾。

背中をさすりながらほっぽを改めて寝かしつけると、一人木曾は背中を振るわせるのであった…。

 

「俺、羽黒とレ級に殺されるかもしれん……!」

 

そんな独り言を言いながら。

 

 

事は先日、扶桑が「羽黒を殺す」というアイデアを思いついた瞬間から、話を進めよう。

 

 

「羽黒を、殺すだぁ!?」

 

扶桑はリンガ泊地に関係が有りそうなメンバーを、羽黒を除いてかき集めて、

自身のアイデアを言った際…全員がなにを言ってるんだ、お前という顔になり突っ込まれる。

 

それに対して、言葉が少なかったわね…と、前置きしてこう続けたのだ。

 

「羽黒ちゃんを本当に殺害したい、そうじゃなくて…プライド?ペルソナ?とにかく、心の上っ面をガツンと殺してあげないと駄目なのよ」

 

 

なるほどな、暗殺教室かお前はとツッコミたくなる一同。

 

しかし…確かに扶桑が言うとおりでもあった。

羽黒の本心は、何か思い切りショックを与えないと答えは見えないだろう、と。

 

酒という木曾の最初のアイデアは却下された、羽黒は酒が入ってもニコニコ変わらずに、限界を越えたら一気にバタンと倒れるタイプである…酒の勢いでは本心は見えない。

 

海里のアイデアのOTONAの資金力というアイデアも当然却下された、別に金で心を動かしたい訳ではない。

 

阿賀野の空中反転DOGEZAなどという意味不明な一発芸だの、

飛鷹の自白材などあんまりにもあんまりなアイデアが飛び交う中、

鶴の一声になったのは、ほっぽの一声だった。

 

「イナズマノ、ホンニ、ナイタアカオニッテアッタ!オシバイノチカラハ、ナケルデ!」

 

 

なるほど、と、思案する。

確かに、切羽詰まった状況を無理やり作れば、羽黒の本心が見えてくるのかも知れない。

 

しかし、具体的に台本はどうすんのという話になり、何気なく電はこう言った。

 

「古典的ですが、カップルの前に不良的な、悪者が居たら良いのです!」

 

 

本当に何気ない、電のセリフではあったのだ。

しかし、この泊地には、悪役をやりきるには、あまりにもうってつけな人物がいた。

 

「何で、私を見るデス!?」

 

レ級である。

 

 

そうなれば、もう、あれよあれよと台本の流れが決まっていく。

ほとんど木曾が主導の中で、やりたい放題な狂言誘拐事件の出来上がりである。

 

だが、レ級は流石にあまり乗り気ではない。

お芝居とはいえ、友人の羽黒を痛めつけないといけないのだから。

しかも羽黒に本気だと伝える為には、羽黒だけは本気で攻撃しなければいけない…。

 

だが、わりと、わかりやすい話で羽黒の本心も聞き出せるような、心をへし折れる手段で有ることは事実だった。

 

はあ、と意を決したレ級は、悪役をもう一人増やす事を条件にお芝居に乗ったのである。

 

 

なお、扶桑姉様は悪役演技は結構気に入ってたとは追記しておこう。

途中アドリブも入れてノリノリだったし。

 

 

さて、そんな感じで、一人ドッキリカメラではないが…今回ただひらすら被害者だった羽黒。

そんな彼女に向かって、お芝居だからと心にも無いことを言わされて、友人を…実は、あれでも相当手加減していたのだが、殴らざるを得なかったレ級。

 

彼女たちの怒りの矛先は当然…

 

 

「木曾さん…ええ、私の為にやってくれたんでしょうが……とりあえずこっち向けや!」

「人をあんな外道に……演習の続きダァ!」

 

木曾に向かっていた。

羽黒の入渠が終わると同時に、羽黒は主犯の一人たる扶桑を半殺しにした後で、木曾の待っている執務室へと一目散に駆け上がったのである。

 

そして、陸上だと言うのに羽黒は艤装を付けている。

それだけではない、衣装が何故か新調されており、艤装もスタイリッシュになっている。

そう…羽黒は、木曾への怒りのあまり改二に進化していたのだ。

 

「こんな雑な改二実装聞いたことあるかぁ!」

 

木曾が思わず叫ぶが、羽黒もレ級も木曾の叫びは無視して砲撃を構えた。

…駄目だ、ギャグでも流石に死ぬ!

木曾の脳内で何かが叫び…ってお前、それ昔の同僚のネタだろうが!

 

…とにかく、レ級elite&羽黒改二という殺意満点の布陣に追いつめられて、ジリジリ後退する木曾。

かくなる上は…と、木曾は窓から飛び出した!

 

「さらばだ明智君!」

「逃げないでください!このクズ!!」

「待てやこの雷装馬鹿ガァァァ!」

 

パリーンと、窓ガラスを割りながら執務室を脱出した木曾。

 

だが、その着地点には飛鷹が立っていた。

 

 

実は、有る意味飛鷹と阿賀野も被害者なのだ。

大破に見せかけやすくする為だからと、お笑いの上島竜平がのごとく破れやすい衣装をわざわざ特注で用意していたのが、何を隠そう木曾である。

 

あまり気にしてない阿賀野はともかく、尻丸出しの恥をかくとは聞いてなかった飛鷹は、

羽黒やレ級程では無かったが…正直、ぶちきれていた事に変わりなかったのだ。

 

 

飛鷹は上を見上げると…羽黒とレ級に向かって叫ぶ。

 

「羽黒!れっちゃん!トリプルライダーキックよ!」

「…!わかりました!レ級さん!」

「羽黒サンへの贖罪ト、私たちの怒りの一撃デス!」

 

 

とう!と勢いよく飛び降りた羽黒とレ級の蹴りと飛鷹が迎撃するかのような回し蹴り。

それらが木曾という焦点で重なり合い…。

 

「俺が死んでも、第二第三の大本営の隊長がぁぁあ!!」

 

爆発したのである。

 

 

その後、少しだけ素直になって、みんなを頼るようになり心から羽黒が笑い合う中で、

同時に、大本営の1番隊に「ついに木曾が爆発した」というニュースが入り、過去形かよ!とみんなから突っ込まれる事態になったとさ、ちゃんちゃん。

 

あ、木曾はまだ辛うじて生きてますのでご安心を。

 

「…バケツが無かったら即死だったぜ」



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第十八話:木曾とリンガの最後の相手

話は木曾が爆発した直後あたりから話そう。

 

 

あの、悪質な芝居への怒りが冷めた羽黒は、冷静になるにつれて今までの行いを振り返っていた。

 

そうだ、自分はなんて人に心配かけさせていたんだと、自己嫌悪に陥る羽黒。

そう、まるで何も自分が出来ない状況で、ああも自分を捨てた自己犠牲…まるで、今まで羽黒が行っていた行為を逆な視点で見たら、あそこまで辛いものなのかと思い知った。

 

もちろん、それが間違えてるとは羽黒には未だに思えない。

アニメのように「残された者のことを考えろ」なんて説教は、羽黒にとっては的外れも良いところだ。

そもそも、残された者を考えているからこそ、自分を捨てた自己犠牲は成立すると羽黒は考えている。

 

 

…だが、それも度が過ぎたら、むしろ残された側には嫌みになるか、あるいはただ無力さを悔いる結果しか生まないとも、羽黒ははじめて思い知ったのだ。

 

それは当然だろう、自己犠牲だのと言えば聞こえは良いが、しかしそれは残された側を信頼していないとも暗にいってるものなのだから。

特に、民間人相手ならともかく、共に戦う仲間を相手にそれは…ひたすら失礼な話ではないか。

 

 

思い返せば、自分は甘えてはならないところを仲間に甘え、甘えるべきところを甘えていなかったのだ。

羽黒は心の中で、そう結論付けた。

 

痛い…苦しい…、そういった感情は、軍人としては確かに人に見せてはいけないのかも知れない。

怖い…悲しい…、そういった感情は、確かに敵には見せてはならないのだろう。

だが仲間にまで、ましてや友人にまでそれを通してしまったら、ああまでも喪失感と悲しさを覚えるのかと、羽黒は体で覚えたのだから。

 

 

それを伝えたくて、木曾もわざわざ羽黒を痛めつけるような手段を考えて、レ級や司令官までも巻き込んだのだろう。

口で言えよ…とも、羽黒は思ったが、おそらく、自分は口だけじゃ聞き流してふんふんと適当な相槌をかまして、おそらく同じかそれ以上の失敗をするだろうとも思い、羽黒は自分が嫌になる。

 

 

せめて、強くなろう…羽黒はそう思った。

自分が盾になり剣になるなら、せめて誰も傷つかないような手段を取れる、そんな力を求めよう、と。

そして、少しは友人に頼るべきところは頼り言うべきところは言おう、そんな当たり前の事を…しかし、今まで自分ができなかった事を、改めて決意するのである。

 

 

その日から、羽黒は少し変わった。

 

「如月ちゃん、私ちょっと忙しいからこの書類、司令官さんに渡してくれる?」

「ふふ…わかったわぁ、羽黒さん!」

 

このような、さり気ない仕事を同僚にたのむという、どこにでもある光景。

しかし、リンガ泊地では今まで無かった光景であった。

 

そもそも、ぞろばらと何人も艦娘が居るのに羽黒一人が事務仕事しているという事がおかしかったのだ。

だが、羽黒自身の事務能力の高さから、誰もその事を突っ込まなかったのだ。

実際、それで今までもうまく回っていたし、これからもうまく回るのだろうから。

 

しかし、ソレでは羽黒自身の負担が限界近いことは事実だったし、何より羽黒が居ないとき困るのはリンガ泊地すべてなのだ。

 

 

そう思えば、いかに自分が抱えたウェイトが重く、逆に自分が思い上がっていた事もよく理解できた。

 

よく考えたら、事務仕事が自分しかできないなら、そんな自分が他人に教えた方が楽だし効率的なのだ。

しかし、それをできなかったのは…究極的には、仲間を見くびっていたか、信頼していないか、ゲスな優越感のいずれかか、あるいはすべてなのだろう。

「自分しかできない」事に酔って、リンガ泊地のすべてに危険をもたらしていた様な、そんな話に直結する。

 

 

羽黒は自覚したら、なんだか恥ずかしくなり…そして、自分の知っている事を、少しずつでも伝えようと考えた。

その主な相手は、如月であった。

 

真面目で吸収力が高く、まだまだ自分より成長してくれる…羽黒は如月へ期待し、如月は少しずつそれに答えていった。

 

 

如月からも羽黒の事務仕事の手伝いはありがたかったし、何よりも如月にとって面白かった。

 

何せ、自分の友人にてライバルな電は、致命的にデスクワークができなかったのだから。

子供というか、文字がたくさん並んでいたら眠くなるタイプな電は、事務仕事なんて任せられない。

というか、基本的に優しさと判断力で引っ張るリーダーシップを持つ電は現場で輝くタイプである。

そもそも、電に事務方のような裏方は似合わないだろう。

 

 

翻って、如月と言えば…その真逆だった。

 

足りないものを根性と知性で吸収してカバーする成長性。

他人へと負けん気こそ見せるが、それを負の感情に転化しない善性。

そして、こつこつとそれらを生かす、精神的な持久力。

それらは、派手な主役を支える裏方でこそ輝く資質なのだから。

 

羽黒はそれを見極めて、果たして、二週間もする頃には簡単な作業ぐらいは海里や羽黒から任されるようになっていった。

 

 

電とは違う自分の道を見つけ出した如月と、自分の後継者を見つけて精神的に少し余裕と緊張感が同時に生まれた羽黒。

それぞれに、精神的に大きな成長を見せだしたのである。

 

それに羽黒はあまり無茶はしなくなった事も追記しておこう。

何せ愛すべき仲間たち…特に、如月が自分を待っていると思えば、自分を捨てて空元気で笑うなんて痛々しい姿を見せようとは、おもえなくなったのだから。

少なくとも、痛い時には痛いぐらいは言った方が、まだ安心させられると、改めて羽黒は思えたのだ。

 

「またバルジが増えてるんすか阿賀野さん、ねぇねぇ、私みたいな重巡洋艦目指してるんですかぁ?!」

「むぅぅかぁぁぁつぅぅぅぅくぅぅぅぅぅ!」

 

…煽り癖だけは、なんか治らなかったが。

 

 

 

さて、変化があったのは、羽黒だけではなく、扶桑もであった。 

 

とは言っても、特に性格が変わったという訳ではない。 

基本的には相変わらず、陰気なマイペースに過ごしているだけである。

 

ただ…変わったという点で言えば、自分の思考を伝える努力を、無意識に見せだしたぐらいだろう。

 

扶桑の場合、基本的な性格は穏やかであり気性も本来優しいが…思考を冷徹なまでに考えてから話す癖があった。

そのあたりは、阿賀野や飛鷹とは真逆な性格と言えるだろう。

 

考えて考えて、結論やオチだけ言ってしまうため、どうにも発言が電波になってしまう。

ファミチキ発言の時ですら、扶桑の中では、ギャグの一個でも飛ばしてヒートアップするみんなが落ち着けば良いわなどと考えて居たのだが、思考が読めないせいで単なる電波発言になってしまったりした事だってあった。

 

 

だが…それも、途中経過をみんなで一緒に考えたら、自分の事がわかってくれると、最近理解し始めた。

きっかけは例の羽黒殺す発言の言い合いだったり、台本ぎめだったりで、自分が話題の中心に立った事が…扶桑自身、柄でもないと思っていたハズなのに…それが楽しかったのだ。

 

それからか、ぎこちないながらも、そういった努力も見せたりする兆しを見せたりした。

 

「電……あの、えっと……ちょっと待ってね……私、言いたいことが、あるの……」

「ふふ、はいはい、待ってあげるのです」

 

…とまあ、まだまだこれからではあるが。

 

 

しかし、変化が有るのは、この二人だけでは無かっただろう。

 

 

幾度も失敗を重ね…成長し、おそらく、リーダーシップという点で言えば木曾以上の強さを手に入れつつある電。

 

上述の通り、電とは違う道を見つけ始め、体力的にも努力が報われ始めた如月。

 

そして、この二人やほっぽの為に背伸びしているが、それが少しずつ良い方向に成長している阿賀野。

 

 

…そんな彼女たちの前で、1人、成長に足掻いている艦娘がいた。

飛鷹である。

 

 

彼女のお嬢様気質な天然さや間抜けさは、木曾に鍛えられ強くなるごとに少しずつ解消されていった。

 

性分ではあるだろうし完全になくなっていく訳ではないが、しかし、どちらかと言えば飛鷹の人生経験の浅さというか、他人へとの関わりの無さが原因である以上…木曾という、外様の人間が、飛鷹の良い刺激になっていったのだ。

 

だがしかし、いずれ近い内に飛鷹と木曾は離れ離れになる。

そのときにどうなるか…誰もわからない。

 

 

それに、飛鷹が強くなるにつれ、他人にもキツく当たることも多くなっていった。

 

かつて、羽黒は扶桑から「1人でなんでも出来る」と言われ、羽黒自身は「1人で何もできない」と真逆な自己評価をしていた…だが、それらの評価はどちらも間違いでありどちらも正しい。

究極的には羽黒の弱さは「変になんでも出来るせいで、頼って欲しいかまってちゃん」…そんなところにも収束する。

 

さて、飛鷹はと言えばその真逆だろう、「外面だけが良くて中身がカラッポだから、中身を生かせない自分も自分以下の存在も腹立たしい」…コンプレックスとしてはそんな具合だろう。 

 

あるいは、そんな中身がカラッポのままだと思い込んでいたのなら、それはそれで表面的には平穏なのかも知れない。

しかし、そのカラッポであることを肯定され、心身ともに満たされていく内に…悪い部分も出始めてしまったのだろう。

特にもともと短気な性格となると、きっと尚更なのだから。

 

 

しかし、飛鷹はそういったところは反省しようとしているのだ。

それに…飛鷹自身、その短気さを自分の為だけに向けるという事だけは絶対にしない、善性の人間でもあったのだ。

…だが、そういったところに向き合う度に、己の見識の狭さに打ちひしがれる姿も良く見受けられていた。

 

 

一方…木曾は、そんな彼女に…自分が、リンガではじめてあった艦娘に向けて、何か出来る事は無いかと考えていた。

振り返ると、木曾がリンガに来てもう3ヶ月が過ぎていた…。

 

タイムリミットは後1ヶ月も無い、木曾にはそう感じた。

 

 

だからだろう

 

 

「飛鷹……話がある」

「な、何よ…木曾、改まって?」

「俺と、デートしないか?」

 

 

とある日の早朝一番に、食堂内でこんな木曾の爆弾発言が飛び出したのは。

 



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第十九話:木曾と残して行くものとやって来るもの

デートをしよう。

 

 

そんな木曾からの言葉を聞き、食堂内に集まった者達からざわざわと色めき立つ。

 

仲良しさんなのですと電は笑い、阿賀野と如月はきゃーきゃー言いながら騒いでいる。

扶桑はあらあらと笑い、海里も驚きつつも、仲良きことはなんとやらという表情である。

レ級に至っては情熱的だナ!とツッコミを入れ、羽黒は無言で写メのムービーを録画しだす始末である。

 

デート、ナニソレ、オイシイノ?と、変わらなかったのはほっぽだけだった。

 

 

さて、当の木曾と飛鷹はと言うと…平然と、会話を続けていた。

 

「うーん、またボウリングでも行く?汗流しても良い日和よね!」

「なんでまた天気良いのに室内スポーツなんだよ…てか、お前ガーターばかりだっただろ!」

「あら、別に勝負したいんじゃなくて、遊びたいだけだもの…あんまり気にしてないかな?」

「…それならそれで、得意なスポーツ選べよ…」

 

 

などと、実にナチュラルなデートのプランのディスカッション。

なんだか歯の浮くようなセリフもお互いに飛び出していくにつれ、リンガのメンバーも何となく理解した。

…こいつら、自分たちの知らない間にデートを重ねていやがるな、と。

 

そのあたりを羽黒がたまらずツッコミだした結果、特に何事も無かったかのように木曾は答えた。

 

 

「ああ、何か飛鷹が一緒に呑みに行きたいとかって…みんなに出会ってすぐぐらいだったか、そう言い出して、それからは外出許可をもらっては時々街に出たりしたのさ」

「だって、木曾ってば土地勘も何も無いでしょ?だから、時々私が一緒についていってあげたのよ!」

「…お前、酒好きの癖に弱いから、潰れたら大変だったな…」

 

なによう、なんだとう、と、もう犬も食わない感じでいちゃいちゃしだす二人。

胸焼けして、流石の羽黒すらげんなりしだす中、如月がとうとう、とんでもない質問をかました。

 

 

「ち…ちゅーとか、そんな事はしてないわよねぇ…」

 

やりやがった、という空気になる一同ではあったが、当の木曾と飛鷹はと言えば…

 

「うーん、どうだったかなぁ…」

「まさか、酔いつぶれてる私にしてないわよね?」

「それならそれで、狙っても良かったな…」

「この、へーんたい」

 

クスクスと何事も無かったかのように笑い出す。

しかし、質問した如月はと言えば、駄目ぇ!と声を上げてこう叫ぶのであった。

 

 

「で、デートしてちゅーなんてぇ…赤ちゃん、出来ちゃうじゃないのぉぉ!」

 

 

流石にこのセリフには、木曾も泰然とした態度が崩れひっくり返り、レ級は飲んでいた水を噴水のように吹き出して、みんなも頭を抱えるしか無かったが。

平然としているのは、木曾さんと飛鷹さんの赤ちゃんならかわいいのです、とやはり呑気な電と飯の事だけで頭がいっぱいなほっぽだけであった。

 

 

ここからは余談として。

 

艦娘は兵器として「建造」されて、それらを操る少女として権限する。

ここで、今更ながら電と如月の事を「子ども」的に扱っているが、稼働年月を考慮したら電が最年長で次点で如月、羽黒・扶桑・飛鷹・阿賀野がほぼ四つ子に近い。

しかし、この泊地の電と如月は子ども扱いされており、自他共に不満はあまり出てはいない。

 

ソレはそのはずで、艦娘として権限した少女は、見た目に合わせて精神年齢と知識をもらって現れるとされている。

まあ、下手に見た目は子ども頭脳は大人な早熟な艦娘なんて提督も扱いに困るだろうし、逆に見た目大人なのに赤ちゃんみたいなのが来られたらもう困るってレベルではないだろうから仕方ない。

 

…つまり、見た目どおり、十歳ぐらいの電と如月が、そういった知識に疎く、提督たちに何気なく質問する事は流石に自然なわけで。

提督に「赤ちゃんは、仲良しな二人がデートしたり付き合ったりして、ちゅーしたら生まれる」などと言ったごまかしを信じてしまう事は、まあ、自然な話ではあった。

 

 

さて、それからというもの。

 

如月が、あんまりにもデートなんてまだ早いからだめだだめだと喚いてしまい、お互いに顔を見合わせる木曾と飛鷹。

 

…デートという言葉自体は、お互いものの例えだったのだが、如月と電にはまだ早かったか

と少し反省する。

なので、木曾は、ならばみんなで遊びに行こうと誘い、如月も電もほっぽすら、顔をパッと華やかせるのであった。

 

 

「てか、阿賀野、木曾さんに遊びに誘われたこと無いよ~、飛鷹さんばかりずるい!」

「…いや、飛鷹以外を誘おうとしたら、飛鷹拗ねるからさ」

「やっぱりデートじゃないですか!」

「あらあら…」

 

 

さてさて、それからというもの。

 

食事を済ませた一行は、木曾と海里持ちの資金を持って、大きな自然公園へと向かった。

そこは大型の雑木林を持った、小さな野球場ぐらいの広さはある公園であり、近くには小川が流れている。

近くには、なんともちゃちいがジェットコースターのような乗り物の施設が揃っており、一種の遊園地という方が近いのかも知れない。

 

そんな、緑が眩しい呑気な場所で、みんなは思い思いに遊んでいた。

 

電がギリギリジェットコースターの身長制限に引っかかったせいで号泣しつつ、悔しさを晴らすかのごとくゴーカートを飛ばしたり。

如月が陽向を避けて木陰で小説を読み始めたり。 

阿賀野が秒で昼寝を開始して、大きないびきをかきはじめたり。

扶桑とレ級が、ほっぽの木登りや滑りだいの直滑降を心配そうに見ながら、保護者として心配したり。

海里がパンイチで小川を泳ぎ出したり。

 

羽黒に至っては上半身をサラシ一枚でほぼ全裸という格好の中、どこで手に入れたのか、薬莢のベルトを身体に巻きつけて、大型のエアガンを担ぎ、サングラスで日差しを遮りながら、下半身はアーミー的な迷彩柄のズボンを履いていた。

…ってこれはなんだよ。

 

 

「乱暴!怒りの羽黒です!鶯谷提督さんありがとうございます!」

 

積極的にネタを拾うスタイル自重しろよ!

…鶯谷提督様、本当に申し訳ありませんでした。

 

「来いよベ○ット!銃なんて捨ててかかってこい、です!」

 

それコマンド○だよ!

 

 

さてさて。

 

そんな、みんなが思い思いに休息を楽しむ中で、飛鷹はやはり木曾の隣でベンチに座っていた。

 

クスクスと、しかしみんなの事をどこか遠巻きに見ている飛鷹。

そんな彼女に向かって、木曾はたまらず声をかけた。

…お前は、なぜ輪に入らない、と。

 

それに対し、飛鷹は何も答えない。

ただ、みんなが嫌いな訳ではない、むしろ大好きだと思っている、そう木曾に伝え無言を貫いた。

 

 

静寂が二人の間に流れる。

 

 

それから10分ぐらいした後か、飛鷹から、ふいに木曾に向かって質問する。

自分たちの事は、好きになってくれたか、と。

 

木曾は、ああとだけ答え、また静寂が二人の間を覆う。

 

 

だが、少しずつ、少しずつではあるが、静寂の間隔は狭まっていく。

 

楽しい事が、いっぱいあった。

苦しい事も、いっぱいあった。

痛かったり、辛かったり、でも充実した数ヶ月だった。

そんな愚痴を、思いを、そして出会ってから紡いだ喜びを、二人は吐き出しあった。

 

二人だけの時間の中で、二人だけの会話が続いた。

 

 

そして、飛鷹は、ついに…木曾が居なくなるのが寂しい。

そんな本音を、口に出そうとして…呑み込んだ。

 

そういったら、きっと木曾は困った顔をするだろうから。

 

 

だって、自分たちがリンガの人間なように、ほっぽやレ級が深海でリンガの深海棲艦のように、

木曾はきっと…リンガの人間ながら、大本営の人間なのだから。

 

自分たちが独り占めしたら、きっと駄目なんだろう。

飛鷹はそう考えていた。

 

 

だから、せめて今だけは、二人でいる時だけは独り占めにしたい。

…なんとも矛盾しているが、きっと飛鷹の木曾に対する独占欲はそんなとこから来てるのだから。

飛鷹だけが木曾を呼び捨てにしているのも、きっときっかけはなんであれ、そんな思いから来てるのだろう。

 

 

そして、飛鷹はそんな思いすら飲み込んで…そして、口を開いた。

 

 

「私、頑張るから……」

「何をだい?」

「木曾が忘れないぐらい、素敵な艦娘になれるよう、頑張るから…!」

 

 

一瞬、木曾は目を見開き…

こんな濃厚な連中、二度と忘れるか…そう吐き捨てた。

 

そして、飛鷹は立ち上がり、皆が遊んでいた方向へと足を向ける。

 

 

ああ、こいつへの心配は、もしかしたら杞憂だったのかな。

木曾は昼過ぎの微睡みに身体を任せ、ふわぁと、大きな欠伸をした。

 

 

 

そんな事があった同時刻、リンガ泊地沖300キロ洋上。

一隻の海軍の輸送船がリンガ泊地へ向けて、走っていた。

 

その船内にて。

 

一人の少女が、声を上げて船内の寝室へと向かった。

曰く、今日のおにぎりは自信作です!…と。

 

 

その声を聞いて、5人の室内にいた人間の内4人がげんなりした顔を見せる。

…たが、屈託なく、食べて食べてと、子犬のような表情で言う彼女の期待は裏切れず…全員が、

意を決して口に運んだ。

 

果たして…

 

 

「まっず!お前何入れたでち!?」

「苦い!ってか…なんだこれ!」

「ぶっふぉ…なんれすぅ?」

「く…沈みません、教え子の心使いに……やっぱり無理ぃ!」

「あら、ありがとうございます」

 

 

 

約一名をのぞき大不評である。 

たまらず、全員から中身はなんだよと聞かれ、そんな少女は実に屈託なく説明をはじめた。

 

「はい!皆の栄養を考えて、冬中夏草と高麗人参と、あとプロポリスなんて隠し味に入れました!」

 

…どこで手に入れただろうというスタミナ漢方のオンパレード。

大ブーイングの嵐である。

 

「お前馬鹿じゃないでちか!?」

「栄養ドリンクじゃないんだぞ!おにぎりの具にするな!」

「身体が、なんか熱いのに寒いれすぅ…」

「…一般常識から、教えないと……」

 

不評だった4人からダメ出しを喰らう中、一人だけ平然とした、その女性は4人を諫めるとこう言った。

 

「止めなさい、この子は私たちへの心使いを…我々が友人へとあう為に、身体の事を考えてやったのです」

 

 

彼女のフォローに、感涙する少女。

少女に向かって鉄のような微笑みを崩さないまま…その女性は口を開いた。

 

 

「そう、木曾…皆の昔の隊長であり阿武隈の先達の人にあう、そのための活力作り、そうですね、阿武隈」

「は、はい!赤城さん!」

 

 

そう、彼女たちは、赤城と阿武隈…そして、左から、伊58と武蔵と雪風と神通という面々である。

木曾のかつての居場所には阿武隈が収まった、新生1番隊の隊員たちであった。

 

 

 



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第二十話:木曾と大本営の1番隊

時間というものは、決して平等に流れない。

アインシュタインの相対性理論とかウラシマエフェクトとか物理的な話ではなく、精神的な意味でもだ。

 

例えば、縁側で茶を啜る時間とゲームに没頭する時間と仕事に励む時間。

それらは、同じ一時間が経ったとして、全く同じような感覚で過ごせる人間はどこにいるのだろう。

あるいは、全く同じように感じるとしたら、それは機械人間か超能力者なのかも知れない。

 

 

少なくとも、リンガ泊地に集った者達は、違うように感じるだろう。

 

 

あの日、2人の英雄が、木曾と赤城の2人の偉大なる1番隊の隊士の隊長格2人が死んだ時…それ以前とそれ以降を知る者達が、全く同じ時間を歩めたとは、誰も思えないのだ。

 

 

 

話は、木曾たちがリンガ泊地のメンバーを集めて遊びに行った翌日、その早朝から始めよう。

とある一隻の軍艦がリンガ泊地の港へと寄港した事が事の発端だった。

 

何の船だろうか、大本営から何の連絡も無いのに。

もしかしたら不審船?それとも自分たちの艦娘に目をつけた敵性国の軍艦?

…もしかしたら、レ級やほっぽを狙った何かかも知れない。

 

そう考えた海里は、慌てて軍服に着替えてその船の所属がわかるモノがないか目視する。

…日章旗、帝国海軍のモノだった。

 

 

その船のハッチが、そう目視した途端にいきなり開く。

中から、6人の艦娘の艦隊が姿を現した。

 

 

一人は…褐色肌に白髪という日本人離れした容姿の女だった。

眼鏡の奥からは挑戦的な瞳がギラギラと輝いている。

着崩した露出度の高い格好にサラシと、有る意味蠱惑的な衣装ではあるが…上述の雰囲気から、並の男など殴り殺せそうな、そんなイメージだ。

 

 

一人は…ピンクの短髪にセーラー服でスク水低身長と、もはやどこから突っ込んだら良いのかわからない。

そうして、自分の魚雷を、実に退屈そうな瞳で見ている。

その姿からは、正直、軍人という空気は全く存在しないような感覚を覚える。

 

 

一人は…ショートカットに丈の合ってないセーラー服と、この2人よりはマシな格好をしているが…何故かスカートははいていなかった。

そんな彼女は、出っ歯を大口を開いて見せつけながら、双眼鏡であたりを見回している。

落ち着き無いげっし類、そんな言葉がぴったりであった。

  

 

一人は…金髪に髪を染めて居ながらも、ブレザー風の衣装におとなしい雰囲気と、実に真っ当な容姿をしている。

オロオロと、辺りを見渡しながら、やや居心地悪そうな表情をしていた。

だが、その瞳の奥からは…闘志のようなモノが薄く燃え上がっている。

 

 

一人は…ポニーテールに鉢巻き、和風の薄紅色と白い衣装と、まるで侍の様である。

顔は、まるで洗面器に張った水の表面のように穏やかで、体躯も線が細く、小柄な方だ。

だが…その姿からは、一切の油断も隙もない、まるで美しい小太刀のようである。

 

 

そして、最後の一人…艶やかで長い黒髪が弓道着によく似合う、和風美人である。

まるで張り付いたかのような微笑みは、なるほど、それを引き立てる。

しかし、何故だろうか…暖かみのあるその美しさは、「氷のような」、そんな言葉がよく似合っていた。

 

 

そんな6人の艦娘達がいきなり現れたと知り、リンガ泊地に集った艦娘達は…レ級やほっぽ達でさえも、

一様に港へと集まって、海里とほぼ同じタイミングで集結する。

どよどよと、リンガ泊地の艦娘達は…そんな6人の来訪者を見て混乱する。

 

…そんな中で、一番に開口したのは木曾であった。

6人の中で、弓道着姿の女に向かって、呆れるような、懐かしむような顔で語りかけた。

 

 

「…ひさしぶりだな、何しにきた?赤城」

「積もる話は有りますが、とりあえず元気そうで安心しましたよ…木曾」

 

 

そう、大本営最強の遊撃隊の隊長、現隊長の赤城と先代隊長の木曾の、実に数ヶ月ぶりの再開であった。

 

 

「…ええ、私たちがどれだけ心配したのか本当にわかってるの?爆発するだの爆発しただの、貴女は陸奥か!陸奥なんですか!」

「…赤城、もう良い…わかった、わかったから……」

「何がわかったよ、貴女はいっつも口でばっかりそう言って心配させて…」

 

赤城の、鉄面皮のような笑顔はどこへやら。

まるでダイスのようにコロコロと表情を変えながら、木曾へと尽きない説経が始まる。

木曾と赤城を知る1番隊の…阿武隈以外の残りのメンバーは、また始まったとばかりに頭を抱える。

阿武隈とリンガ泊地のメンバーはと言えば、なんだこれという表情のまま、成り行きを見ていた。

 

見かねて、阿賀野が口を挟みにいく。

 

「ちょっと、阿賀野達置いてけぼりなんだけど…」

「…なんですか貴女、無礼です…水を差すんじゃ無い!」

「ひぇぇ?!この人、怖い…」

 

しかし、まるで氷のような瞳で睨み付けられてしまい、竦んでしまう。

先ほどのような、目だけが笑って無い張り付いたかのような微笑みが…逆に阿賀野を戦慄させた。

怒らせた木曾が震えるような迫力なら、赤城のそれは凍てつく氷河のようなソレだろう。

 

しかし、その赤城に怯まずに、さらに突っ込んで行ったのは…飛鷹であった。

 

 

「ちょっと、いくら何でも、所属艦隊すら名乗らずに現れるとは、どっちが無礼なのよ!」

 

飛鷹の思いっきり当然と言える正論。

しかし、赤城はまるで意に介さずに答えた。

 

「ああ、コレは失礼…大本営の1番隊とりあえず現隊長の赤城です、私たちを知らないとはモグリですかね?」

 

しかし、この挑発的な言動である。

赤城の言いぐさにカチンと来たのか、口喧嘩が始まった。

 

「貴女、木曾のなんなのよ!馴れ馴れしすぎでしょ!」

「馴れ馴れしいのはどちらですか!木曾は私たちの…」

 

そんな、昔の彼女と今の彼女と言うか、そのものズバリな喧嘩がはじまり、

木曾はもう…赤城にも飛鷹にも味方出来ず…珍しく、オロオロするばかりだ。

そんな3人を見かねた人物が、気づかれぬように接近して、叫んだ。

 

 

「バルス!」

 

 

…神通の探照灯の、ゼロ距離照射であった。

 

目が、目がぁぁぁ!と、赤城に飛鷹に、ついでに巻き込まれた木曾まで悶える姿を見て、

肩をがっくり落としながら神通は謝罪する。

 

 

「すいません、うちの赤城と木曾は…というか、うちの馬鹿どもは本当に……普段は、あれでも赤城はふわふわしてもうちょっとまともなんですが…身内が絡むと、赤城は本当にヒートアップする奴で…」

「あぐぅ…神通…、ごめんなさい、頭は冷えたわ……でもバルスはやり過ぎ……」

「黙れ馬鹿赤城、こうでもしないと止まらないじゃないですか…ああ、リンガ泊地の、飛鷹さん?でしたか、そっちは巻き込んで、ごめんなさいね…」

 

 

ぺこりと、礼儀正しく謝罪する神通に対し、リンガ泊地のメンバーが取った反応はと言うと。

赤城がファーストコンタクトでやらかした負の感情は少し薄れたが…困惑するばかりだ。

 

そこに…突然如月が、アッという声を上げて神通を真っ直ぐ見据えた。

 

 

「ぇぇと、貴女が神通さんでしたかぁ……あの時は、私の為に骨を折ってくれて、えぇと、あの…」

「ああ、貴女が如月さんでしたか…木曾から、話は伺ってます」

「…後ろの人が武蔵さんでしたよねぇ、あ、あの、ありがとうございました!」

 

ペコペコと、恩人2人に頭を下げる如月。

くすくすと笑って如月の頭を撫でる神通とカラカラ笑い出す武蔵。

そんな光景を見て、リンガ泊地のメンバーも彼女たちに警戒を解く。

 

何故かそこにゴーヤと雪風も加わり、実に和やかなムードになる中で…

一人冷めた目…というか、怒った目をした少女が居た。

阿武隈であった。

 

 

「って先輩たちいい加減にしてください!てか、どいつもこいつも戦闘無いとき緩すぎでしょ!」

「おにぎりひとつまともに作れないヤツが言うなでち」

「料理は…その、比叡さんや磯風ちゃんよりまだマシだし…じゃなくて!私たちの来た目的、きちんと話さないと駄目でしょ!!」

 

ゴーヤの茶々も無視して本題を切り出した阿武隈。

途端にどうだろう、周囲の空気が冷えていく。

 

 

まるで、「戦場」という空気そのものがやってきた様で、リンガ泊地組のメンバー全てを畏怖させる。

それは、1番隊の集中力というか、殺気と闘志がいきなり満ちるようなモノであっただろう。

 

赤城も、いつの間にか悶絶から立ち直り、能面のような笑顔を見せながら、機械的に話を切り出した。

 

「あらあら、すみませんお見苦しいところを…ホントミグルシカッタデスガ…私たちは大日本帝国海軍の、『1番隊」…我々の目的は…ただひとつです」

 

 

北方棲姫の、抹殺です。

 

 

赤城は、そんな事を、にべもなく告げたのだ。

 

 

抹殺という単語に周囲に動揺が走る中、真っ先に赤城のこのセリフに食ってかかったのは、扶桑であった。

この子は危険な子ではない…この子が何をしたと言うの、と。

 

しかし、赤城は冷徹な瞳のまま、こう言った。

危険な芽は、排除するのみです、と。

レ級までなら、まだ見逃せるが…姫の生存、それも殺し損ねた北方棲姫は、存在を許さない、と。

 

 

神通や武蔵も、先ほどまでの如月に向けた優しい瞳はどこへやら、人殺しの目と化して、その抹殺対象へと視線を送る。

 

阿武隈やゴーヤすら戦士の姿で気力を見せる、変わらないのは雪風ぐらいだ。

 

 

そんな視線を送られて…トラウマが蘇ったのだろう。

ほっぽは海里の陰に隠れて、コナイデ…カエレ…と、怯え出す。

 

リンガ泊地の艦隊達も慌ててほっぽの護衛に回ろうとして…戦慄した。

 

 

強すぎる、まるで自分たちでは手が出せない相手だと言うことに。

 

 

木曾に鍛えられても、いや、木曾にきちんと鍛えられた事でしっかり把握した。

自分たちがやってきた事など、遥かに凌駕する努力と場数を踏んだエース隊なのだ…と。

 

それは当然だろう、木曾が彼女たちに教えて来たのは基本のキ、1番隊はその遥か先を行く部隊なのだから。

それでも、戦おうとしたリンガ泊地の艦隊だが…それを止めて、前に出たのは、レ級であった。

 

 

「貴女たちが『共食い』なんて駄目デス!そんな戦いするぐらいなら…逃げて、ほっぽ様の逃げ道探すデス!戦いは私ガ…オーラ、イン…elite!」

 

あるいは、この泊地で唯一…ほっぽこと北方棲姫以外に、1番隊に対抗できそうな存在が、エリートのオーラを纏って飛び出した。

ソレは…レ級の従者としての意地であり、リンガ泊地の皆との、友情であった。

 

 

だが、そんなレ級の姿を、つまらなそうなとも驚いたようなとも言える瞳で見つめる者が居た。

探照灯の閃光の悶絶からようやく復活した、木曾であった。

 

…止めるタイミング逃したな。

誰に向けたようなのかわからない言葉を1人ごちながら、その姿を見届ける。

2分持ちゃあ良い方か…そんな事を思いながら、とりあえず動きを静観する事に決めたのだ。

 

 

本当は、木曾は止めに行く必要は有ったし、レ級を助けたい。

ましてや同僚と友人が戦う姿など誰が見たいものか。

だが、どうしても、木曾には現1番隊での阿武隈の動きを知る必要が有ったのだ。

 

自分の抜けた穴を埋ていた存在、そしてあるいは…阿武隈は未来の1番隊を託す存在なのだろうから。

 

 

戦いはいつでも自分は止めれる、だから、すまないがダシになってくれ。

レ級にそんな事を思いながら、しかし、最低な俺を許してくれみんなとも思いながら。

木曾は、その戦いをしっかり見るべきだと感じていた。

 

 

そうこうしているうち、レ級のエリートと1番隊の戦いが始まった。

 

依然の演習よろしく、レ級は大量の艦隊機を展開する。

いや、演習の時の、その数は倍にも思える、牙の大群である。

その姿は、まるで天を覆う雲であった。

 

しかし、その様を、実に赤城はつまらなそうな表情で見ていた。

 

 

「ふむ、喋るレ級とは珍しい…戦略は知っている、数で先制攻撃……まあ、頭は悪くなさそうだけど想定内ですね、戦術でくずしましょうか」

 

そう言うや否や、赤城は弓を構えると、艦隊機の雲を貫くように、幾つかの閃光を発射する。

 

それは敵艦隊機のど真ん中で…一気に戦闘機となって、展開する。

焦ったのは、レ級である。

 

「な、何考えテ…迎撃、げいげ………ア!?」

 

そう、レ級は艦隊機を『展開し過ぎていた』のだ。

そしてその中心にいきなり現れた敵の戦闘機の大群。

それらを迎撃しようとすれば、同士討ちの危険が高すぎる…そう、下手に埋め尽くしたせいで、敵だけを狙い撃つ事ができない。

 

それでも、同士討ち上等で迎撃しようとするものの…

 

「な…何故、あんな密集地帯の艦隊ガ…当たらないデス!?」

 

まるで、ひらひら舞う蝶のように、その機銃は当たらない。

逆に赤城の艦攻に、艦爆に…穴を空けられるように自身の艦隊が蹴散らされていく。

気づいた時には、赤城の艦隊に、レ級の艦隊が殲滅させられていた。

 

 

そんなおりである。 

レ級を挟み撃ちするかのような起動から魚雷の爆発が、いきなり襲う。

 

その魚雷の爆発の一端は…

 

 

「ゴーヤの魚雷は、お利口さん、でち!」

 

ゴーヤのものだった。

レ級が空に目を奪われた瞬間、その間隙を付くかのような一撃で、魚雷を投げたのだ。

 

スナイパー、その本領は射撃の腕以上に精神性が重要である。

長い長い間、チャンスを待つ気長な集中力。

そのチャンスを逃さない瞬発的な集中力。

ゴーヤは、その矛盾する二点を併せ持った…天性の、海のスナイパーであった。

 

 

だが、もう一端の魚雷の射程範囲には…雪風も神通も阿武隈も居なかった。

まるで、全く有り得ない位置から、魚雷が飛んでくる。

そんな有り得ない事…と、木曾は考えて、ある考えが浮かぶ。

 

自身も使う武器の一つ、甲標的…阿武隈が積んでいるのか、と。

 

そう、阿武隈が木曾の後継とされてピンチヒッターをしていた理由はそこにあった。

木曾と同じ戦い方ができる…それどころか、特化していない分、戦術に幅が広く出る、と。

 

「阿武隈、か、活躍出来たよね…!」

 

まだ、本人はおっかなびっくりだが。

 

 

そこに…レ級が魚雷に怯んだ隙に、異常な衝撃が走る。

 

「そ…装甲を、抜いてきたデス……!」

 

レ級も思わず呻く一撃。

 

「この、武蔵…逃げも隠れもせん、46糎3連装砲の火力、味わいたまえ…!」

 

シンプルに、だが、あまりにも非常識な破壊力の砲撃。

武蔵の一撃であった。

まるで、一発で全身を引きちぎるかのような、交通事故のようなダメージを…

それが3連、例えレ級ですら、堪らない。

 

 

しかし、レ級も気合いで砲を構えた…その直後、目の前で、雪風が立ちふさがる。

 

「雪風は…沈まない、当てられるものなら当ててみろれす!」

 

言われずとも…と、その姿を掴もうとするが…当たらない。

嫌、正確に言えば『掴めない』のだ。

 

その秘密は単純、雪風の移動時の舵取りであった。

平たく言えば…減速のタイミングが、異常に巧いのだ。

例えば、どんなに早いランナーでも方向転換の度にストップがかかれば…誰でも捕まえる事ができるだろう。

だが、そのタイミングが、もし、誰にもわからないなら…波と風に同化して、翻弄出来れば。

 

そのネームシップの姉のごとく、『陽炎』と化すと言って過言ではない。

 

 

それら全てを指示しているのが、神通であった。

 

赤城にひっついて、いざという時の肉壁になりつつ…その頭脳をフル回転させて、敵の動きそのものを止めていく。

 

「喋るレ級…まあ、北方棲姫相手のウォームアップには、そこそこ面白い相手でしたね」

 

主砲と魚雷をレ級に向け、いつでも援護に入れるタイミングに立ちながら…1人、神通はごちる。

 

 

 

リンガ泊地の者達は、その戦闘力に、恐怖した。

あの、あそこまで強い…自分たちが艦隊として束になって叶わないレ級を手玉に取っている。

 

特に、羽黒に至っては比喩ではなく失禁しかけていた。

かつて、レ級は…主砲も艦載機も魚雷も使わず、自分を痛めつけた相手。 

それを、個の力で翻弄し、数の力で蹂躙している。

 

早く助けなきゃ、羽黒のみならずリンガ泊地の皆が思うが…あそこまでの相手を、一体どうしろというのだ。

唯一対抗できそうな、北方棲姫…いや、彼女たちに取っては「ほっぽちゃん」。

この子は、戦いに…怯えている、子供ではないか。

 

ほっぽを前線に出せない、出したくない、でも出さないとレ級が…死んでしまう。

 

「誰か…助けて…」

 

羽黒は、ぽつりと…そう、呻いた刹那だった。 

 

 

「そこまでだ、阿武隈の動き…悪くはなかったよ」

 

突然、その二文字がふさわしい。

そんな感じで、木曾はその戦場のど真ん中に立ち…

 

「でも、ちょっと詰めが甘いかな、甲標的の扱いもまだまだ…だ」

「ひ…木曾先輩……」

 

阿武隈の首筋にサーベルを当てて、人質にしていたのだ。

 

 

その姿をみて…最初に口を開いたのは、神通で有った。

 

「阿武隈、恥を知りなさい…背後の警戒は戦闘の基本ですよ、私は気づいてましたが…いえ、赤城さんもですね、でも、私たちが手引きして救わねばならない程度の艦は、1番隊で必要有りません」

 

 

まるで、鬼のような言いぐさである。

阿武隈も木曾に殺されかけて、赤城と神通に見捨てられ…泣き出してしまっている。

 

だが、当の木曾はと言うと…怒りを、実に静かな怒りを、赤城と神通に向けていたのだ。

 

 

「レ級…すまないな、阿武隈の実力を知るにはちょっとダシが欲しかった…助けるタイミングが遅れてすまない…だが、それより…貴様等、阿武隈以上に…恥を知れ!!それでも帝国海軍か!!」

 

阿武隈以上とは何なのか…意味がわからないメンバーは、大破寸前のレ級も、リンガ泊地の皆も首を傾げる。

だが…当の1番隊のメンバーはと言うと…顔を全員青くしていた。

そして、次に木曾から出てきた台詞を聞き…この場にいる全ての人物は、衝撃を受けるので有った。

 

 

「俺が居なかった間に、我が栄光の1番隊は、本来の標的を隠して無関係な者を襲う外道に墜ちるとはな…殺すなら、俺の首を取りに来い!!」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、1番隊の全ての艦娘たちは武器を下ろして顔を背ける。 

それが、木曾の絶叫への答えになっていた…。

 



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第二十一話:木曾とその首の意味

「…なんで?なんでわかったんです、木曾…」

 

 

自分の首を狙えという木曾の言葉。

その言葉に最初に答えたのは、赤城であった。

赤城は手を思い切り握りしめ…爪が肉に食い込んで血が流れている事にもかかわらず、赤城はその右手を緩めようとはしない。

そして…なによりも、一番隊の全ての艦娘が、悔しそうで辛そうな表情をしている。

 

その赤城の言葉に応えるかのような表情をしつつ、木曾はとりあえずレ級を風呂に入れて、みんなにごめんなさいしてからだと睨む。

 

 

その刹那であった。

 

「すまなかった!」

 

武蔵が謝罪する。

 

「ご、ごめんなさい、でち…」

 

ゴーヤも、震えながら言う。

 

「ゆ、許して欲しいれす…」

 

雪風が申し訳なさそうな声で言う。

 

「あの、ごめんなさい」

 

阿武隈が涙をこらえながら言う。

 

「も、申し訳…有りませんでした!」

 

神通が…その、教導としての仮面を脱ぎ捨て絶叫する。

 

「…なんて、償えばいいか…」

 

そして、鉄面皮の赤城でさえ、頭を下げる。

その姿には、凶獣レ級をも蹂躙する、大本営最強の艦隊の姿はどこにもない。

まるで、イタズラが先生にバレた時の女生徒のような、そんな表情だ。

 

そんな謝意を向けられて、リンガ泊地の皆は何がなんだかわからない。

ほっぽですら、あっけに取られていた。

 

 

だが、そんな彼女たちの呟きを聞き、更に首を傾げてしまうので有った。

…じゃあ、どうしたら良かったのよ、と。

 

 

「きちんと説明するのです!」

 

レ級を入渠させている間、1番隊のメンバーはリンガ泊地の執務室で、正座させられていた。

その姿は実に小さい…まるで、怯えているかのよう。

その中で、彼女たちは電に問い詰められていたのだ。

 

何故あんな事をした?そもそも木曾がターゲットとはなんなのだ?

電は、そう問いつめていた。

 

 

今にも泣き出しそうなメンバー達を見つつ赤城はゆっくりと、その疑問に応えるので有った。

 

 

「最初は、木曾の作戦の正否の確認の為、密かに派遣された特別編成の潜水艦部隊…彼女たちがリンガ泊地へと偵察しに行ったのが、そもそもの発端でした」

 

赤城は続ける。

 

その中に、木曾とは幾度も同じ戦場を渡り歩いた、ゴーヤも居た。

そして、まるゆ…陸軍所属の、かつての木曾の教え子も居た。

 

そして彼女たちは、偶然にも、木曾が深海棲艦の姫、北方棲姫と仲良く遊んでいる姿を、目撃してしまったのだ。

  

その衝撃は計り知れないものがあった…自分の尊敬すべき相手が、敵の姫と仲良くしているのだから。

だが…その姿を見ていたゴーヤは、まるゆは…否、イムヤもしおいも8も19も、木曾が裏切ったとは、思えなかったのだ。

…きっと、何か、訳が有るのだろう。

 

彼女たちは、「異常無し」として報告し、そっとしてやろうと決意していた。

…だが、潜水艦部隊のメンバーは全員知らなかったのだ。

自分たちの行動を、その録画データをリアルタイムで撮られていた事に。

 

 

そして、かつて抹殺指令を出して、数多の犠牲者を出しながら…しかし、殺せなかった北方棲姫。

その扱いはいかにすべきか、海軍・陸軍共に数日間昼夜問わず話し合った結果…みなかった事にする事にしたのだ。

 

まあ、再殺部隊を出すなら大規模になるだろう…予算もそうだが、やぶ蛇が嫌だったのと、かつての作戦の失敗を知られたくないという体面の問題が大きかったのだ。

だが、そうなったら、邪魔になる獅子身中の虫が居る事になる。

 

木曾だ。

 

自軍の秘密を抱えて、しかも立場上行動の自由度が高い木曾。

暗殺部隊を派遣して、大本営から消してしまえ、それが指令だったのだ。

 

そして、ソレに選ばれたのが…木曾以上の実力を誇り、木曾が最も油断する部隊であろう…1番隊だったのだ。

 

 

「…あの、誤解しないで下さい!木曾さんの提督さんや、赤城さんや武蔵さんの元帥様…そして、私たちの司令官さんは、最後まで木曾さんの暗殺なんて反対してたんです!」

 

神通がフォローするが、とにかく、陸軍がまるゆやあきつ丸の海軍派遣を盾に強行採決された木曾の抹殺指令。

…だが、どうしたら良いのだ?どうしろという?

 

同僚を、隊長を、そして…戦友を、命令一つで殺せと言うのか。

 

 

雪風は眠れぬ夜が続き、ゴーヤは飯も喉が通らない。

阿武隈は巻き込まれ…泣き続けて、目からクマが取れなくなったぐらいだ。

神通と武蔵に至っては、あまりの非道さに陸軍相手に2人だけでクーデターまで画策しだす次第だった。

 

赤城は、決意した。

例え…木曾にどんなに罵られても構うものか。

木曾と仲良くしているというその深海棲艦の首を、取ろうと。

木曾が死なないといけない理由を、自分たちが殺さないといけない理由を…消そう、と。

 

 

だって、他に木曾を救う手段は…どこにもないじゃないか。

 

 

「…話は、以上です……巻き込んでしまい、すみませんでした……」

 

 

赤城の独白の後、場にいる全員が絶句する。

 

馬鹿じゃないのか、上層部の体面の為だけに…どんなに、人の心を踏みにじれば気が済むのだ。

ただ臭いものに蓋をしたいというだけで、味方に暗殺を命ずるなんてどんな了見なのだ。 

しかも、そんな汚い仕事を長年連れ添った仲間に対して命ずる?

よりによってなんて残酷な真似をさせるのだ。

 

…そりゃ、赤城達も筋を通せる範囲で命令違反ぐらいするだろう。

ほっぽを狙いレ級を傷つけたこと自体はまだ許せないが、それ以上にリンガに集う者達の怒りは…軍の上層部へ向かっていた。

 

 

「ふざけないで…ほっぽが、木曾達が一体何をしたのよ!」

 

飛鷹が絶叫する。

 

「電、こんな許せない話、生まれて初めてなのです…」

 

電も全身を震わせる。

 

「木曾さんも、ほっぽちゃんも…元を辿ると、悪いことして無いじゃないのぉ!」

 

如月も言葉を詰まらせる。

 

「阿賀野、キレて良いよね…!」

 

阿賀野ですら、普段見せたことの無いトーンで喋る。

 

「ここまでキレると、頭が冷えてくるとは初めて知りました…」

 

羽黒も、むしろ冷徹な口調になっている。

 

「フフフフフフ…ハハハハハ!」

 

扶桑に至っては、逆鱗からか、目を見開いて哄笑している。

 

「私程度の力では…」

 

海里も、肩の力をがっくり落とし、うなだれるしかなかった。 

 

 

だが、当の木曾と言うとどうだろう。

ただただ、神妙な面もちで…なるほどなぁ、と頷いていただけだった。 

 

そして、木曾は、そう言えば、バレた理由言ってなかったよななどとのたまうと、

泣きそうになっている赤城に向かって優しい口調で答えを教えたのだった。

 

 

「お前が、ほっぽ…北方棲姫を狙うなんて、わざわざ宣言するからだ、馬鹿」

「木曾…それが、何故…… 」

「自分で気が付かないのか…3番隊の連中や4番隊の連中がいないと、そもそも姫クラスの抹殺指令は成功しない…援護や、サポートの無い長距離移動からの遊撃が有るか馬鹿、それで気が付いた、消去法だよな…姫やレ級の抹殺指令じゃないし、海里提督は言い方悪いが一山いくらの提督さんだ…なら、自然にターゲットは絞られる、よな」

 

 

あ…という顔をする1番隊のメンバー達。

少し考えたら、直ぐわかった事であった。

 

そんな事にも思い至らないほど、彼女達は追い詰められて居たのだ。

 

 

それを見て、リンガ泊地に存在する艦娘たちから、1番隊のメンバーへの怒りは消えていた。

レ級を襲ったのも、ほっぽを狙った事も。

…ここまで憔悴するほど、木曾へ思いを寄せていたのだから。

自分たちが彼女達1番隊の立場なら、きっと同じか…それ以上の強硬策に出ただろう。

 

だが、リンガ泊地の艦娘にしてみれば、レ級もほっぽも大事な仲間なのだ。

 

 

何が正しい答えなのか…誰にもわからなかった。

そして、ふいに、武蔵が漏らした。

 

 

「羨ましい、羨ましいよ貴様らリンガの連中が…おまえ達は、私の望んだ平和な海を手に入れて…私たちは、私の望んだ友の無事を、あるいは友が大事にしたものを…奪わなきゃならんのだ…」

 

 

その通りである。

だが、木曾は、武蔵を慰めるように、笑いながら言った。

 

 

「嘆くなよ…ああ、そうだ…武蔵」

「なんだ、木曾?」

「…おまえは一番力持ちなんだ、骨ぐらいは拾ってくれよ?」

 

おい!と、武蔵が制止するのを無視して、木曾は視線を…赤城に向けた。

 

 

「なあ、お前は…俺の為に、ほっぽを殺そうとした…でも、有り難迷惑だ、俺が首を差し出したら、きっと丸く収まる、そんな話なんだろ?」

「…ふざけないで!私から…私たちから、これ以上奪わせないでください…!あなたの首と北方棲姫の首、私たちに取って…」

「それは、わかるよ赤城…特にお前は昔から、馬鹿の癖に責任感が強くてさ、何でも一人で抱えやがる…」

 

そういった後、木曾は遠い目をする。

それは、慈愛から、そして…友情からであった。

 

 

「まあ、だからさ!賭けをしよう…訓練生時代の、早食い対決やら早起き対決やらみたいな…」

「…有りましたね、神通に『Mっぱげ』って渾名付けて、どっちが先に同期に広めるかなんて、アレいつ思い出してもわらえますね…」

 

他愛ない、まるで学生時代の会話のようなやりとり。

 

「ちょっと待ててめえら、ブッコロス…アイツ等、同期を何だと思ってるんですか……!」

「神通さんちょっとステイれすぅ!」

「話の腰を折らないで欲しいのです!」

 

…脱線は有りつつ。

 

 

そして、木曾は、赤城に向かってこういうので有った。

 

「演習してさ、勝った方が言うことを聞くんだ…実弾使ってさ」

「木曾…!」

「お前が勝ったらほっぽ討伐でも何でも手伝う、俺が勝ったら…俺の首を、かけるよ」

 

 

司令室に、木曾以外からの絶叫が響き渡った。 

 



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最終話:木曾とそんな泊地

木曾と赤城。

 

 

2人の艦娘…大日本帝国海軍のエースの、そんな隊長格を務めた2人は…リンガ泊地の洋上へと立っていた。

 

 

そんな2人の演習を心配そうに、この泊地に来てる者達全てが眺めている。

リンガの艦娘たちも、1番隊の艦娘たちも、深海棲艦の者達すら、この2人の戦いの行く末を見守っていた。

 

 

特に…神通は心痛な面持ちでその行くえを見ている。

自分たちの隊長で有りながら…古馴染みであり、その全てを知っていたのだから。

 

木曾が、本当は死にたくないのに…赤城の為なら死ねると言ってくれた事も。

赤城がどれだけ木曾との再会を楽しみにしてたかも。

2人がどれだけ仲が良かったかも。

そして…

 

 

「赤城さん…貴女、もうとっくに、誰かと戦える身体じゃないのに……」

 

 

誰にも聞こえ無い程度の声で、小さくつぶやいた。

そして、一拍おき、戦うしか無い身体…かな、と訂正する。

 

 

 

だが、2人の戦いは…誰もが予測しなかった形で、幕を下ろす事になった。

 

 

赤城は弓を構え、矢を弓の弦に当てる。

何時でも発射できるぞ、そう、木曾に向けて警告する。

 

そんな木曾はと言えば、つまらなそうな表情で、その矢をかわす素振りすら見せない。

そして、開口一番…木曾はこんなことを要った。

 

 

はじめて、深海棲艦を殺した時…人型をいきなり、ヤった時か。

 

 

その言葉を聞き、赤城の持った矢がビクっと、一瞬震える。

そんなことは気にしないように、更に木曾は続けた。

 

 

ミカサさんとアマギさん…俺達の先達が…轟沈した時か。

 

 

赤城の持つ矢が小刻みにブルブル震える。

それすらも気にしないで、まだまだ木曾は続ける。

 

 

鳳翔さんが…弓を持てなくなって、軍から去ったあの日か。

 

 

遂には赤城の持った矢どころか、弓の方すら…全身が震えている。

木曾は…はぁ、とため息を付くと、最後に付け加える。

俺を殺せって言われて、今ちょうどそのチャンスだ…俺を殺したら、お前はどこまでなくなるのさ、と。

 

遂には全身から力が無くなって…赤城は両膝を付き…嫌だ、もう失えない…これ以上消えないでよ…と、わんわん泣き出してしまった。

 

木曾は、つらい事を聞いてすまん…と一言だけ謝罪し、蹲る赤城を抱き止め無言で背中を撫でていた。

 

 

意味がまったくわからないギャラリー…リンガの者達どころか、1番隊のメンバーすら困惑の表情でいっぱいになるなかで…1人、神通はほっとした表情を見せている。

 

よーやるわ、そんな感想で頭がいっぱいであった神通。

だが、赤城を相手には…なるほど、最適で平和な勝利…自分の命を投げ出して、誰かの戦意を抹殺する。

…コレが、自分たちが出来なかった、リンガの戦い方なのか、神通は心の中でそう思った。

 

 

「意味がまったくわからないわよ、木曾」

 

その「演習」が終わった瞬間、皆が木曾と赤城の前に集まる中で、開口一番言ったのは飛鷹だった。

それを皮切りに、口々に波紋が広がって行く。

何かの暗号なのか、それとも何かの赤城の弱みなのか、もしかしたら卑劣な脅迫の暗喩なのか。 

 

だが、木曾は何も答えない。

意味が唯一わかる神通も、俯いていたばかりだ。

 

 

そんな中、泣き止んで、深呼吸して切り替えた赤城は…他言無用でお願いするわ、と前置きして、神妙な面持ちで切り出した。

 

私、戦いしか、出来なくなっている身体なんです、と。

 

はぁ?という一同に向かって…赤城は、言葉を選ぶかのように、続けた。

 

 

「私、赤城は…戦闘に必要性の無い感覚…主に、味覚を中心に嗅覚と、触覚の一部の消失…触る触られるぐらいはわかりますが、痛覚や温点はまるで麻痺しているんです」

 

 

ええ?!という表情になる一同…だが、確かにいくつかこの最近でもそんな兆候は見受けられている。

阿武隈のむちゃくちゃなおにぎりを1人平然と平らげ、爪が肉を切り裂いてもわからない。

ふと、あっ…という表情で、雪風は神通に質問した。

 

 

「もしかして、探照灯も…」

「よくわかりましたね雪風、ええ、この馬鹿は…殴っても止めることができないから、視覚か聴覚に訴えないと、喧嘩もとめられないのです」

 

赤城が珍しくはにかんだ表情を見せる中、あの時巻き込まれた飛鷹は1人納得していた。

ああでもしないと、という神通の言葉は…文字通りの意味だったのか、と。

 

 

そして、落ち着いた頃合いを見計らって…赤城は、意を決したかのように続けた。

 

 

「最初のきっかけは、はじめて戦う相手がたまたま人型のタ級で、私が轟沈させた時…まるで、呪詛のように、死に際に何か言われたのがきっかけで…頭から、その光景が離れられなくて、遂には何度も吐いてしまい…味のついたモノを、胃が受け付けられなくなったんです」

 

まるで、再び泣き出してしまいそうな表情のまま、赤城は更に続ける。

 

「それでも、当時の海軍は文字通り人材が足りてなくて、比喩ではなく『飯を腹に詰め込み』出撃させられた事だって、めずらしく無かった…そんなことを繰り返していくうちに、今度は、味覚の方がおかしくなって……それからです、戦いで誰かを傷つけて、誰かが居なくなったら…文字通り、感覚が無くなっていってるんですよ……」

 

曰わく、もうそろそろ、触覚が危ない。

下手したら…視覚や聴覚だって、いつどうなるかわからない、と。

 

最後にこう、続けた。

 

 

「木曾や神通みたいに、酒に逃げるように…それを覚えたら良かったのですが、駄目でした、生まれつき腎臓と肝臓が弱いらしくて、アルコールや薬品に身体が耐えられないのです……心の問題ですから、バケツなんて効きません…だから、自分でもどうしようも無いんです……」

 

 

赤城の独白に、皆が皆、無言になる。

 

目の前の少女は、そんなにまで、傷ついていたのか。

特に、激情家な武蔵に至っては、怒っているようなかなしんだような、そんな表情だ。

 

 

そんな中、木曾と神通が口を挟んだ。

 

「俺達隊長格と副隊長の神通ですら、元帥さんから聞かないと知識としては知らなかった…海軍のトップシークレットだよ…前から、おかしいとは思ってたし、どんどん赤城が強くなる度に弱っていく事はしってたがな」

「赤城さんは、最初に帝国海軍に来た正規空母という事で、いくつかコマーシャルやイメージガールをやった経験だって有りました…だから、だからこそ、メディア戦略のイメージ維持の為に…精神病院の入院はおろか、周囲への相談すら出来ず…赤城さんは、元帥様以外の人にずっと1人で抱えてて…赤城さんを半年前に問い詰めて、ようやく本人から口を開かせたぐらいなんです!」

 

 

更に、周囲の空気が重くなる。

かの少女の闇と軍部の闇、同時に聞かされて…皆はどうしたら良いのかわからない。

 

…いつしか赤城の張りついたかのような笑顔が、皆には泣き顔にしか、見えなくなっていた。

 

 

そして、静寂に包まれる最中、木曾は最後にこう言った。

 

「あの質問も、赤城を追い込みたかった訳じゃない…ただ単に、赤城の現状が知りたかっただけだ…赤城が、あんまり自分を追い込んで、でも、俺には赤城にどうしたら良いのかわからない…だから、あの時怒りにまかせて、実弾でミンチにされても、俺は赤城がやるならそれでも良かったのさ!もともとそういった命令だったし…それぐらいでしか、赤城の苦しみを知ってて放置していた俺の罪は償えないし…」

 

赤城が、木曾の独白に嗚咽を漏らす中、木曾は視線を阿武隈に向けて続けた。

 

「…それに、阿武隈だって居る、俺の代わりは…どうやら、いくらでもいるらしいしな」

 

 

ハハハ…と木曾は乾いた笑いを飛ばすが、当の阿武隈は木曾の視線から顔を背けていた。

 

 

そして、木曾は乾いた口調のまま、でも赤城には悪いが約束通り死ななきゃな…と呟く。 

 

慌てる周囲のメンバー達、木曾は…本気だ。

本気で…リンガと深海の皆を守るために、かつての仲間に迷惑をかけぬように、そして苦しみを知って放置せざるを得なかった赤城への戒めのために。

木曾は命を捨てるつもりだったのだ。

 

自分のサーベルを腹に当て切り裂こうとする木曾を、扶桑と武蔵が無理矢理押さえ付け、神通と飛鷹が怒った顔で説得を始め、赤城を含めた一部の艦娘達はどうする事も出来ず号泣し始めた。

 

まさに、地獄絵図だった。

 

 

そんなおり、急に笑い出したものが居た。

この泊地の提督の、海里である。

 

こんな苦しい話の、一体何がおかしいのか、皆は…1番隊やリンガ泊地のメンバーはおろか、ほっぽすら睨みつけるが…彼の発言に、一同は何もかも度肝を抜かれる事になった。

 

 

「ハハハ…いや、悪い悪い……それが、君たちの悩みで、それが帝国海軍のエースの本音何だろう?でも、誰も解決策はわからない、抱えるだけしかできない…それで苦しみ…何かを奪えば奪うほど、エース中のエースは何か感覚が…『心』が削られる、らしいな…だから」

 

そう言って、海里は一泊置くと、軍帽を脱ぐ。

そこには、小型カメラと小型の録音機が頭に載っていた。

 

「…世界中の人達に、答えを聞いてみる事にした…赤城さん、神通さん、いや…1番隊のみんなが話した会話はね、貴女達がリンガ泊地に来てからずっとリアルタイムでネット中継してるんだ!」

 

 

海外泊地とは言っても、サーバーのハッキングは大変だったな…と海里が笑う中、艦娘たちはええええ?!と、ひっくり返るしか、無かった。

 

 

それから、事態は急展開したと言えるだろう。

 

 

陸軍による暴走の暴露。

艦娘と深海棲艦との共存の可能性。

そして、自分たちのエース中のエースの一角の、逃げ出せない悲哀。

 

 

それらを知った艦娘たちの行動は早かったと言える。

シンプルに、そして、もっとも有効な手を打った。

 

 

艦娘たち主導による海軍幹部含む提督と艦隊の超集団脱走、そして、深海棲艦との超法規的連合の結成であった。

 

それは、当然の帰結でもあった…軍人は、民間人とルール内での戦いを守る同類と獣相手ならそのルールは守るが…背中から味方を撃て、という者達まで守る義理はないのだから。

敵の敵は味方、深海棲艦との連合は打算的なものだったが…果たして、それは意外に上手くまとまった。

 

深海からこようと、海を愛する気持ちは、あるいは艦娘たちと何一つ変わらないかも知れないのだから。

 

 

そうして、奇しくも、先の世界と同じ8月15日、艦娘と深海の連合による一大戦力は…世界中をも平定した。

そうして、赤城と木曾の『1番隊』という『英雄』の名は、死んだのだ。

…理由は何であれ、帝国を裏切り敗走に導いた、その張本人2人なのだから。

 

 

さて、全世界が艦娘と深海棲艦たちに屈服する中で、彼女たちが停戦の条件下にあげたものは、主に4つだった。

 

一つ、深海棲艦や艦娘たちに、理由なく先制攻撃しない事。

一つ、深海棲艦がまとまって、平穏に暮らせる場所を確保して、そこには手をださない事。

一つ、艦娘を器物ではなく人として明確に規定し、学校での教育や戸籍の保証、結婚や各種免許等の保証をする事。

一つ、互いに望むなら、深海棲艦も陸地で暮らすことを許可する事。

 

 

世界中が困惑する、てっきり、軍事力の完全掌握やシーレーンの完全独占すら、思われていたのだから。

あるものは質問する、貴女がたは、それだけで良いのか、と。

 

そして…その、超連合艦隊のリーダーは、にべもなく答えるのであった。

 

 

「これだけ?違うのです!これから始めるのです!…深海棲艦の皆さんも、艦娘も、人間さんも、これから…いつか見た、平和な海で…なのです!」

 

 

 

それから、今までに出たものたちの、その後を少しだけ触れていこう。

 

 

海里護は…

その後、軍を止めてプログラマーに転職した。

コツコツ地味な人物ながらと、しかし地味にフリーダムに美味しいところを持って行く。

彼を知る者は、みな一様にそう言った。

 

 

電は…

世界中の覇者として超有名人として世間を騒がせた。

しかし、本人はその座をあっさり降りて、一介の少女として優しさを忘れず過ごした。

いくつか本を出発する程に人気のある介護士に、同名の女性の記録が残っている。

 

 

如月は…

勝ち気でエロチックながら、真面目な性格というアンバランスさも成長するにつれて解消。

というか、普通にどこにでも居そうな女性として成長した。

男を手玉に取れてるようで、手を繋いだだけできゃーきゃー言い出す純情OLがどこかに居た、とか。

 

 

羽黒は…

精神的には打たれ弱いが、道化のようで、その実優しく気配りが得意な彼女は教師の道へ進んだ。

子どもたちからは大変人気の先生として、親しまれた。

お父さんたちからは、別な意味で人気だった。

 

 

阿賀野は…

とても小さいが、スポーツジムを開いたそうな。

自分のダイエット経験と、木曾たちからのトレーニング経験が軸になり、効果的だと評判だった。

ただ、本人は毎度毎度、ダイエットには失敗していた。

 

 

扶桑は…

ホラー作家として、有名になった。

書いた作品は評判を呼び、夏の映画の原作として、扶桑の作品は人気を呼ぶことになる。

…本当に霊感があり、肩にはいっつも白い幽霊が居ると評判だが、まあ何ほっぽが正体なのかはわからない。

 

 

戦艦レ級は…

深海と人を繋ぐ窓口として、世界中を飛び回っていた。

そんなおり、戦艦レ級は…自分が深海棲艦だからと、未だに石を投げられる、そんな中で、1人の青年に守られると言うロマンチックな出会いを果たす。

レ級はその人に一目惚れし、種族の壁に苦しみながらも乗り越えて…その後は、ご想像に任せよう。

 

 

北方棲姫は…

深海に帰った後もちょくちょく地上に遊びに来ていた。

イベント大好き幼女姫として、扶桑をお供にいろいろ楽しんでいたそうな。

深海を勝手に抜け出したそのたびに、レ級は回収に向かう羽目になるのだが。

  

 

武蔵は…

俺より強い奴に会いに行くとばかりに、修行の旅に出た。

中国の山奥で、幾重の修行を極めた結果、目からビームが出るようになったとか。

…どこへ向かうのだ、この大和型。

 

 

伊58(ゴーヤ)は…

一生分の仕事は終わった、とばかりに世界中をぶらぶらと、スクール水着一丁でその日ぐらしの毎日を過ごしている。

ただ、一匹狼気質で斜に構えたマイペースではあるが、どうにもお人好しなこの女。

時代劇の主役のように現地の人の悩みを解決する現代の怪傑ゾロと、その筋の人は言っている。  

 

 

雪風は…

何故か憎めないキャラクターと足の速さを買われ、レポーターとしてテレビに出始めた。

舌足らずな口調が逆にかわいいと評判である。

雪風をモチーフにした、ゆるキャラグッズも大人気である。

 

 

阿武隈は…

何気なしに応募したオーディションに受かり、アイドルとしてメディアに出始めた。

赤城や神通に徹底的にその体力を鍛え上げられた結果、それがたまたま目に留まり、朝の特撮のピンクの人として、ノースタントで動けるヒロインと話題を呼んだ。

…なお、最近の悩みは、自身の師匠の末の妹艦から親の仇のように睨まれていることである。

 

 

…そして

 

「あ~あ、そろそろ7時か…肩凝るぜ…」

 

木曾達はと言えば…

 

 

かつて、リンガ泊地と呼ばれたこの場所はいまではすっかり、役割が変わっていた。

 

深海棲艦と艦娘たちが共存したモデルケース、その聖地として…この場所は、今でもメディアがひっきりなしに入る観光名所として人気になっていた。

 

 

木曾は、そこで管理人の仕事をしていた。

 

事務仕事を中心とした毎日で、木曾からしたら、鈍ると言う毎日でもあるが…それはそれで充実していた。

 

 

日本での仕事のオファーも木曾にはきていたが、木曾は全て断った。

何であれ、どんな理由であれ、帝国海軍を裏切った彼女は、本土の土を踏む気にはならなかったのだ。

彼女なりの、ケジメだった。

 

そんな彼女の隣、そこには…

 

「きぃ~しょ~、今夜の晩御飯は~」

「赤城か…当ててみ?」

「うーん、この香りは、カレーですね~」

 

戦いを忘れ、すっかり腑抜けた…リハビリ中の赤城の姿があった。

 

 

あれから、あの、赤城の独白の後…赤城は軍を除隊した。

そして…それでも、戦いから解放されても、削られた赤城の心は、直ぐには治らなかったのだ。

そんな、すっかり意気消沈した彼女に向かい…何気なしに、木曾はこう言ったのだ。   

 

お前がどうしても苦しいなら、一生分だったとしても俺も背負ってやるよ、と。

 

木曾からしたら、わりと素で出てきたセリフだったのだが、何をどう取ったか…と言うか、どう取ってもプロポーズみたいなものであり…

 

「う…あ、はい…口うるさいふつつかものですが……えへ、えへへへ……」

 

何か、赤城の中で頭のネジが、一気に飛んでしまったのだ。 

それから、戦闘マシンからぽんこつになるにつれて…彼女の感覚は少しずつ、回復していた。

 

特に、木曾と一緒ならば、そのスピードは速い。  

だからずっと一緒に居よう、と言う赤城のセリフに、ああ、と…どっちかと言えば、病気の友人の心配のつもりで木曾は快諾したのだ。

 

 

しかし、そんな空間に水を差す者も居た。   

 

 

「ちょっと待ったぁ!このカレーは3人前よ、貴女の分は無いわ赤城さん!」

 

スネ夫…じゃなくて飛鷹である。

 

 

木曾がリンガ泊地に残ると知り、数多もの艦娘が日本に渡る中、飛鷹はリンガに残ることを決意した。

 

艦娘らしい…日本人らしい容姿と、元商船らしいバイリンガルっぷり。

良くも悪くも、お嬢様的な上品な外面。

木曾とのデートで培った遊び場の知識。

 

リンガ泊地の「顔」として、無くてはならない案内役となっていた。  

 

ただ、そんな彼女にも、難点は…一つ、あった。

 

 

「木曾は私とカレー食べるのよ!離れなさい、赤城さん!」

「にゃにおう!貴女こそ木曾から離れなさい、飛鷹さん!」

 

 

時々…シュラバヤ沖、空母決戦が起きるのだ。

尚、ことの張本人の木曾がオロオロするのも、いつものことだった。

 

 

…そして

 

「お前らちょっとは自重しなさい!バルス!」

「またぁ!?」

「目がァァァ!ちょっ、痛い、これいつもより目が痛いです!」

「だから俺まで巻き込むの止めろぉ!」

 

探照灯…神通がキレるのも、いつも通りだった。

 

 

神通は、別にリンガに思い入れは全く無かった。

そう、本当なら日本にかえりたいし、彼女をオファーする日本の企業は少なく無かったのだが…。

 

 

「…はぁ、私が外付け良心回路しないと、木曾じゃ火に油だからストッパーにならないわ……」

 

…生来の、胃薬体質と言うか、被害担当艦だった。

 

 

そんな、ゆるキャラごはん大好きになりだした赤城。

ツンデレタカビーヒロインになりだした飛鷹。

最近、胃に穴が空きだして、一度病院送りになった神通。

 

 

その日、彼女達に、木曾は一つ聞いてみた。

…俺と一緒で良かったの?特に神通だけど、日本に行かないで良かったの、と。

 

 

貴女が居るから、元の自分が取り戻し出せたのです…と、赤城が前置きし、

私と私の仲間達のふるさとで、ここで木曾に会えたから…と、飛鷹が前置きし、

頭痛はしますが、まあ、友達みんなと姦しいのは嫌いでもないですよ…と、神通が前置きし…

 

3人は一つの答えを出したのだ。

 

 

「『木曾とそんな泊地』で!」

 

 

 

 

木曾とそんな泊地、完!

 

 

 

 

 



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番外編:木曾泊座談会2

赤城「はい、はじめまして、赤城と申します」

 

神通「神通です…今回は、1番隊のメンバーのお話を中心に、裏話をしますね」

 

 

○1番隊という設定

 

神通「コレは、木曾さんを交えて話しましょうか」

 

赤城「わーい、木曾だー!」

 

木曾「本当緩くなったよなお前…あー、とりあえず、簡単に言うと俺の『ギミック』だ」

 

赤城「とりあえず、艦これ…だけじゃないけど、この作者さん『理由がないチート』って凄い嫌いだけどチートキャラは結構好き、らしいですね」

 

神通「批判する訳では有りませんが…トラックに引かれたり、憑依したりって異世界に飛んだ瞬間活躍できるって良く考えたら意味わかりませんからね…」

 

木曾「だから、ある程度チートキャラに見あう努力なり資質なりバックストーリーは欲しかった、特に『木曾』はセクハラすら受け止める度量といろいろ尖った改二だから、じゃあ、エース隊の隊員で、一本中編ぐらい組める…それぐらいのレベル上げをやってるから、比較対象が弱いところではようやくチートキャラになりますよって設定が欲しかった」

 

赤城「…でも実際問題、そこまで設定を入れて肝いりチートキャラでも、木曾って一応、私相手に不戦勝の一勝とレ級と短期決戦でギリギリ優勢って言うか」

 

木曾「支援と奇襲特化の俺がレ級相手に単独で勝てるかぁ!むしろあんだけ食い下がれたら上出来だろ!」

 

 

~閑話~

 

 

武蔵「私だ」

 

雪風「お前だったのか」

 

ゴーヤ「暇を持て余した」

 

阿武隈「神々の」

 

武蔵・雪風・ゴーヤ・阿武隈「遊び」

 

 

赤城「彼女達は、序盤でフェードアウトする予定でした」

 

神通・木曾(ひでぇ…)

 

赤城「と言うか、ラストの木曾編は私1人がリンガに乗り込んで、木曾と殴り愛宇宙する予定だったそうな」

 

武蔵「私だけ飛んでいくって案も有ったな、赤城の説明で『潜水艦部隊が~』ってところがストーリーとして描写されて、潜水艦部隊の中でデーンと私が登場、脳みそ筋肉発言の嵐で場を荒らす、17話以上のギャグ回の予定だったとか」

 

ゴーヤ「如月ちゃんが幻滅するし、没にしたでち!」

 

 

○赤城について

 

赤城「最初から、『戦闘マシン』赤城のつもりで作りました。」

 

神通「ごはん大好き赤城さんも嫌いじゃないからラストでああしたけど、作者さんのイメージだと『戦うために飯を詰め込む』イメージ何ですよね」

 

赤城「本編で説明は有りませんが、戦うために、砂のように味がしないものを詰め込む…痛々しい健啖家、と言う事を差し込んで、ゴーヤと雪風が思い至って絶叫し阿武隈が涙目になる…なんてシーンを差し込もうとしたら、尺が足りませんでした」

 

阿武隈「私、泣きすぎじゃないですか…」

 

赤城「作者さん曰わく、美人の涙は宝石ですよっと、性格はわりと真面目が行き過ぎるキャラクターとして作ったつもりです」

 

雪風「で、本来のメインヒロインでもある…と言ってるれすぅ!」  

 

赤城「リンガ泊地での主人公はあくまでもリンガ泊地の旗艦の電であって、木曾はあくまでも異邦人…現地妻を作ったりしたけど嫁さんが元気ですって話ですね」

 

木曾「人聞き悪いなぁ!」

 

赤城「私の心因性の味覚障害の設定は、わりと早い段階で決まったそうです」

 

神通「着地点は苦労しましたが、後から見直すと、しっかりところどころおかしいよなって描写は有りますよね」

 

赤城「阿武隈のおにぎりのくだりで、本当に味がわからないから文句を言ってないんですよね、味がわからないから『ありがとう』しか言ってない…フォローも阿武隈が何を入れていたかって説明を聞いてからじゃないとわからない…と」

 

神通「…貴女の心が壊れちゃうって、ギリギリまで心配してたんですよ!」

 

 

◯神通について

 

神通「如月ちゃん回で出してもらって、そこでキャラクターが固まったそうな」

 

赤城「私が暴走しやすい委員長、木曾がわりと性根がまともな不良って感じだから、努力家の普通の人になりましたね」

 

神通「そして、探照灯バルスで、ストーリーのオチが決定…わりと、スラスラ動いてくれて困るとは作者談です」

 

赤城「もうちょっと冷徹かつおとなしいイメージだったのに、急激にアグレッシブに動いてくれて、びっくりです」

 

阿武隈「…でも、戦闘時って当初のイメージのまんまですよね…」

 

神通「赤城さんが天才型の遠距離型で木曾さんが努力型の中距離型、私はこいつらのブレイン役だから…とは作者談です」  

 

赤城「おかげでレ級相手に貴女、何もせずふんぞり返っているだけじゃないって言う…」

 

神通「しー!」

 

 

○その他メンバーについて

 

武蔵「あー、実は赤城・神通以外で一番しっかり設定を決めていたのが私だな…新入り時代に赤城を馬鹿にした私にキレて木曾と神通に尻に魚雷20発ぶち込まれて言うこと聞くようになったとか、私の作るサイズのハンバーガーがアメリカン過ぎて食わされたヤツの大半が吐くとか、死に設定が結構あったぞ…木曾としゃべり方がかぶるから、実は大変だったのだ」

 

ゴーヤ「…ぶっちゃけ、原作の時点でびっくりするぐらいおなかいっぱいだったので、設定は無理なく変えずに動かせたでち!あんまり書くこと無いけど、動かすのは楽で良い子だったでち!」

 

雪風「途中かられすぅ連発してたのは如月ちゃんとかぶるから、おはこんばんちは!雪風れす!ゴーヤと同じ感だったそうれす!」

 

阿武隈「泣き虫で努力型と、主人公型のキャラクターであり、割合しっかり基本設定を決めてたそうです!だけどまだまだ知識はこれからこれから、気を回せるけど回し方は知らない阿賀野さんとは違った後輩キャラで作ってみたそうです、出番をもうちょっとあげたかったとは作者談でした!」

 

 

◯木曾泊のこれから

 

木曾「シリーズ化する予定は無いので、まあ、本編はこれでおしまい」

 

レ級「もしスピンアウトするなラ…私か阿武隈さんが主人公らしいデス!まあ期待せず待っててデス」

 

飛鷹「一応、思い付きで色々やるかもだから、最終回は迎えたけど完結はしない…らしいけど、まあ、またいつか逢いたいわね」

 

赤城「じゃあ、みんな整列ですね」

 

電「なのです!…せーの」

 

 

全員「ありがとうございましたー!」

 



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外伝:阿武隈ちゃんチャレンジ!

阿武隈と言う娘はとても優秀だった。

 

 

戦時では4番隊で長く活躍した後、1番隊の木曾の後任に抜擢される。

そこで、更に赤城と神通の肝いりの弟子として、鍛えられた。

 

また、終戦後はアイドルとして華麗に転身する。

 

そのかわいらしい容姿に似合わず高い運動神経。

真面目でまっすぐな裏表が無い性格。

更に演技もまだまだ体当たりだが、吸収力抜群と言う事で、TVの華として活躍している。

 

 

…ただし…

 

「…ハーイ、じゃあ、阿武隈ちゃん、このお寿司屋さんの感想言ってみようか!3、2、1!」

「…あ、はい!この新しく出来た涼風さんと戦艦棲鬼さんプロデュースの『深海寿司』!深海直送新鮮なネタが自慢のお寿司屋さんです!私のオススメは…粉の抹茶とガリ、でーす!」

「オイちょっとカメラ止めて!せめてサイドメニューでさあ…」

 

凄い、天然さんである。

 

 

悪気は無いし、わざとらしさが無いために、わりと世間には受け入れて貰ってるが…ボケ方が酷い。

ただ、天性の可愛らしさからか、愛される才能の一つではあった。

現役時代も、赤城や神通が特にそういった所をなんだかんだ言って可愛がっていた。

 

 

さて。

 

そんな彼女は、今、CS限定ながら一本のレギュラー番組を持っている。

その名も『阿武隈ちゃんチャレンジ』。

簡単に言えば、散歩系…だろうか。

良くある、タレントさんが地方の街の名所や商店街のお店を、ゲストと一緒にぶらぶらするアレである。

 

で、今回の街の場所とゲストはと言えば…

 

 

「私のお師匠さんで、この地のリンガ泊地の事務員さんをしてます!神通さんです!はい、皆さん拍手拍手! 」

「ちょ、ちょっと待って阿武隈、どういう事なのぉぉぉぉ!?」

 

件のカオスの街リンガ、そしてゲスト枠が泊地から無理やり拉致されてきた神通だった。

 

 

「…確かに、リンガ泊地とその周辺をテレビのロケ地にするとは聞きましたよ!でも貴女が来るなんて聞いてないし、そもそも私を出すとかもっと聞いてないですよ!」

「…そういうと思って、私しっかりアポ取りましたよ!武蔵さんに!」

「アイツ今どこに居るのかわかんないでしょ!せめて木曾か赤城か飛鷹さんにアポ取りなさいよ!むしろ何で武蔵にアポ取れたのよ!」

「ってか、今テレビながれてますけど…尺、大丈夫です?」

「な、生放送!?馬鹿じゃないですか!?てか馬鹿じゃないの、コレ!」

「いえ、録画放送ですよ神通さん」

「カットされるに決まってるだろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

…そして、阿武隈ちゃんと言うか、『ゲストさんチャレンジ』と言う闇鍋企画と言う事でも話題だった。

 

 

 

さてさて、それから。

 

「…初手から、疲れました……ええ、覚悟決めましたよ、やりますよ…で、何するの阿武隈?」

「まずは…ご飯ですかね、この辺に美味しいレストランとか有ったら行こうかなって?」

「ああ、定番ですね…では、良いお店あるので、行きましょうか」

 

いわゆる、地元の穴場の食堂やレストランの紹介から始める事にした2人。

神通の案内で、良さげかつ値段も手頃なレストランに足を運ぶことにした。

 

「わーい、神通さん太っ腹!」

「…奢りませんよ、阿武隈」

「ちぇー、私の大好きな副隊長さんなのに、けちんぼさんです」

 

…他愛ないやりとりをはさみつつ。

 

 

白湯風の海鮮ラーメンや中華風蟹炒めが人気のフュージョン系の中華料理屋さんにて。

阿武隈が、じゃあいつもの一つ!だの、初めて入るお店の入店直後にボケながらも、

なんだかんだ料理をつつがなくつついた2人。

 

お腹が膨れたら、じゃあ運動と言う話になった。

 

 

「神通さんって得意なスポーツ…って私以上に動けるわ、師匠さんですし…」

「はは…結構なまっちゃいましたけどね、阿武隈こそ、好きなスポーツあるのかしら?」

「私は…夜のスポーツが大好きです!気持ちよくて、スッキリします!!」

 

…阿武隈の爆弾発言に、神通は頭から倒れた。

と言うか、カメラマンやADも一様に頭から倒れた。

阿武隈本人は…きょとんと、していた。

 

「何でみんなひっくり返ってるの?阿武隈普通の事しか言ってませんよ?」

「…オイ、ちょっとカメラ止めて、マジで止めて…このバカしばくので!」

「何でですか!夜のお風呂上がりの後に卓球やストレッチってすごく気持ちいいですよ!」

「言い方かなぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

神通は、また、胃痛に苛まれた。

 

 

それはさておいて。

2人は、腹ごなし代わりに、テニスコートを借りてテニスをする事になった。

 

美少女2人のテニスウェアからのぞく身体のぴっちりしたラインとスパッツの眩しさが健康的なエロスを…

 

「ナレーションさん、自重してください」

 

神通さんごめんなさい。

 

 

それはそうと、ギャラリーは当初、美少女2人の見せ物と言うか、そんな感じで人が集まっていたのだが、

しかし…彼らの認識は、直ぐに改められたのだ。

彼女達はあくまでも戦艦の英霊…2人にとってはお遊びレベルの普通のテニスでも、

一般人からしたら、人知を越えるテニスだった。

 

「行きますよ阿武隈、『神通ホームラン』!」

「ぐわぁぁあ?!」

 

阿武隈が空を舞い…

 

「神通さん見ててください!『108式波動球』!」

「きゃあ!?やりましたね!」

 

神通が空を舞い…

 

「でも、これでトドメです…『ブラックジャックナイフ』!」

「きゃあぁ!参りましたぁぁぁ!」

 

そして、トドメにやっぱり阿武隈が宙を舞った…って、テニスってそういうゲームじゃねえよ!

 

 

…その後、テニスコートも金網も穴だらけにして2人が出禁になりながら。

 

 

次は何すると言う話し合いの末、とりあえず街を歩いてから考えると言う話になり、地元の大きなショッピングモールへと、2人は足を向けた。

 

何を買うでもなく、ただ、ブラブラと。

2人の会話だけが、2人の花を添えていた。

 

 

「…神通さん酷いですよ、手加減ぐらいしてください…」

「はは…すみません、勝負事は熱くなるたちですので…」

「熱くなるタイプなら…ギャンブルしちゃ駄目ですね!私も、麻雀ですってんてんになってから、そう思うようになりました!」

「ちょ、ちょっと!身ぐるみはがされるぐらいお金を毟られたの!?駄目じゃない!」

「え…一度、ゴーヤさんと雪風さんとサンマで親睦会がわりの脱衣麻雀してただけですよぅ」

「脱衣麻雀かよ!それはそれで駄目でしょ!てかあんなペラペラの衣装の人に負けるの!?弱過ぎじゃ無いですか!?」

「…運50と運60」

「…そうですね」

 

…最後は、微妙に乾いた笑いにはなったものの。

 

 

そんなおり、ふと、阿武隈は聞いた。

今日は楽しかったか、と。

 

神通は…ものすごい微妙な表情をしたものの…ため息一つ吐いたあと、続けた。

 

「あー…まあ、めっちゃ疲れました、ええ無駄に疲れましたが…ごめんなさい、今日の阿武隈は近ごろの赤城より正直ひどかったですが……でもね、楽しかったです!後輩の元気な顔が見れてばかばかしいお話ができて、すごく楽しかった!それは事実ですよ」

 

そんな神通の言葉を聞いて、最初は泣きそうだった阿武隈だったが、子犬が尻尾をふるかのようにキラキラした目へと変わった。

そして、そんな阿武隈は、ぱしっと神通にくっつきながら礼を言った。

…ありがとう、大好きです、神通先輩!と。

 

 

そして、ふと、阿武隈は花屋に偶然目を向けた。

ダッシュでそのお店に向かい花束を渡す…そして

 

 

「一応、これで時間的に番組は終わりです!ありがとうございます、そしてわがままに突き合わせてごめんなさい…」

「あ、ああ…これは、その返礼代わりなんですね、綺麗ですよ阿武隈…ありがとう」

「…あと、とっても大好きなお師匠さんに、忘れられないプレゼント一個、です!」

 

阿武隈が神通をあすなろ抱きで抱きしめて…

神通の頬に、阿武隈の…柔らかいものが当たった。

 

そして、次の仕事がありますから~と、阿武隈は元気に去っていった。

 

 

その後、神通が番組から解放されてリンガ泊地に帰参したときに話を進めよう。

 

 

「ふふふ…阿武隈のクセに、生意気です」

 

開口一番、神通のこのセリフに、皆が一様に何事かと聞く。

その答えに対し、神通は嬉しそうに答えた。

 

「後ろから私を…不意打ちでぎゅっと抱きしめてね…」

「阿武隈ちゃん、大胆だな~」

「大好きって言いながら、私に囁いて…」

「阿武隈って情熱的ですね、今度、木曾に試してみましょうか…」 

「ほっぺたに、その…やっぱり体が火照って来てしまいます!」

「…意外に純やね、神通」

 

神通がきゃあきゃあ身悶えしながら話す様を、飛鷹と赤城と木曾は驚きながら聞く。

そして、最後に神通はこうしめた。

 

「ええ…スッゴい大胆にプレゼントしてくれたんです!このカピバラさん人形のストラップ!限定品で、私買い逃してて…今度、何お礼しましょうか!」

 

 

3人は、こんなオチかよ!神通もわりと天然さんかよ!…と、ひっくり返ったそうな。

 

 

 

 

 

 

 



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外伝2:ディープシンカーズ・ラヴァー

戦艦レ級。

 

深海棲艦の最上級の戦艦クラスの悪鬼である。

かつての戦…深海棲艦と艦娘たちとの戦では、数多の艦娘たちを退け…そして、或いは沈めてきた…

最強最悪の亡霊、その総称であった。

その種族…あるいは、血族…

とにかく、レ級と呼ばれた彼女たちは、戦に特化した力を手に入れていた。

 

そして…その戦が鎮まった現在は、皆一様に、海の底で、眠りについたように静かに暮らしていた。

…ある一人を除いて。

 

 

「…しんどい、デス」

 

一人のレ級が、街を歩いている。

その足取りは、重い。

その口調も、暗い。

 

「…わかっては居るんデス、誰もわるくナイ、悪かったとしたラ…私たちデス」

 

ふらふらと、その姿は…憔悴しきっていた。

 

「…でも、私たち深海の事も知って欲しいデス…それだけ…デス」

 

目からはとめどなく、涙が流れていた。

 

「それだけなのに…子どもに石を投げられテ…『兄ちゃんと母ちゃんを殺した癖に』って言われテ…痛いデス…痛いデスョ…」

 

それは、痛いから、泣いていた。

 

「心がこんなに痛いとこんなに苦しいのデス…助けて…助けてョ…」

 

心が痛いから、身体は…仮に大砲に耐えられても、心は普通の女の子のそれだった。

かつての、リンガ泊地での…レ級の今であった。

 

 

彼女は…いち早く、艦娘と仲良くなった深海棲艦…それもレ級と言う事で良くも悪くも世間の注目を集めた。

 

その誠実な人柄は、深海棲艦ながら、数多の人から受け入れられていた。

それこそ一般人からも、彼女を応援する人は少なくなかった。

そして、彼女は終戦後も、深海の為に対話を続け…架け橋として頑張っていた。

 

だが、受け入れてくれる人は全てではなかった。

深海棲艦と言う事で、人や艦娘たちから…それこそ、命すら、狙われた事だって珍しく無い。

少なくとも、深海棲艦と言う事で石をぶつけて来る人も、数多居た。

 

…心無い人たちだと非難はできないだろう。

このレ級はともかく、深海棲艦に全てを奪われた者は、珍しくなかったのだから。

 

かつての木曾の心配は、少なくともレ級には現実に降りかかっていた。

 

 

誤解なき様に言えば、と付け加えておく。

 

かつてのリンガ泊地の…海里を筆頭に、木曾や電や如月や飛鷹や羽黒や阿賀野に扶桑と言う古馴染み組の艦娘はもちろん、かつて木曾の為に刃を向けた、赤城・神通・ゴーヤ・武蔵・阿武隈・雪風と言う1番隊は彼女の苦しみは知って居た…そのため、できる限りレ級の味方をしていた。

 

特に、雪風と阿武隈は、かつての贖罪とばかりに、メディアに向けてレ級の姿を発信し、

レ級の力に…そして、深海と艦娘の力になろうとしていた。

 

そう言った皆の応援は、少なからずレ級の心の支えになっていた。

 

 

だが、それでも、限界は近かった…

かつてPTSDから味覚がおかしくなった赤城よろしく、力は強くても、心は普通だったからだ。

 

そして、その時は、遂に訪れた…。

 

 

「もう、嫌デス…『私にしかできない』って、こんな苦しいナラ…でも、海に逃げたらみんな裏切るナラ…いっそ……もう………」

 

彼女…レ級は、高い高いビルに立っていた。

下には海は無い…レ級と言えど、落ちたら無事ですまない。

 

否、きっと、オーラ…エリートの力を展開しないなら、彼女は死ぬだろう。

もう、それでも良いと、レ級は思っていた。

…それだけ、追い込まれていた。

 

そのときである。

 

 

「ダメだぁぁ!」

「な…!?何デス!」

 

一人の男がレ級に抱きついて、飛び込みを阻止したのである。

 

尻尾はともかく…体型は普通の女性に近いレ級。

たまらず押し倒される格好になってしまい、レ級は顔を青くする。

 

だが、その男は実に誠実な表情で、レ級に向かって語りかけた。

…キミは、あの『レ級』だろう、と。

だから、あんな危ない場所に居たらダメだ!と、その男は焦った口調でレ級に言っていた。

 

「…警備員サン、わかったから離れろデス!」

「ああ、ごめんね…無理し過ぎるかと前から心配してたから、つい」

 

…前から?と、レ級はいぶかしむが、まあ自分を知っている人を心配させて、

レ級は自分がやろうとした事が、恥ずかしくなった。

そして…一拍おき、怖くなった。

 

 

そんなおり、その男…警備員から、一つ提案された。

…しばらく仕事なんか忘れて、ウチに来るかい?と

 

 

「きゃ…きゃ、却下デス!そんな目的の為に私ヲ…」

 

レ級はその警備員に怒りを向けるが、警備員は笑って返した。

…何だ、やっぱりまだ君は、自分を心配出来てるじゃないか、死なないで良かったよ

 

あ…と、レ級は自分が恥ずかしくなる。

この優しい人を、怒らせて…と言うか、叱らせてしまったのか、と。

そして、自分の弱さが…嫌になった。

 

そして、この人が…素敵に思えた。

 

 

「…やっぱり、ちょっと、ぐらいナラ…1ヶ月ぐらいナラ、良いデス」

 

驚いて吹き出したのは、警備員の方だった。

 

 

それから…その男の家でのレ級の共同生活が始まった。

しかし…それは、レ級からしたら、別な意味で苦労の連続だった。

 

 

「…お風呂が、ちっちゃいデス」

「…尻尾、大きいからな…備え付けのお風呂は、駄目か」

 

わざわざ、レ級の為にお風呂を新調したり。

 

「卵ガ!お豆腐ガ!てかやわこい食材が粉々デス!」

「…力の加減が難しいものを買うなよ」

 

料理に挑戦しようとして、レ級が失敗したり。

 

「…ごはん、足りないデス…」

「…尻尾の分までごはんが居るとは、知らなかった」

 

居候なのに、家主の三倍近くごはんが必要だったり。

 

「寝返りうつスペースが狭いデス!」

「…全長だと、あんた凄い長いからな…ベッドは片して布団で寝るか」

 

睡眠一つとっても、家主に迷惑かけていた。

 

 

レ級はそれはそれは…だいぶ自分が嫌になっていた。

 

自分をこんなに心配してくれた人に、何も返せていないのだ。

だが…この目の間の家主の男は、一切彼女に文句を言わなかった。

わがままも、みんな聞いてくれた。

失敗も笑って流してくれた。

まるで、聖者のような、それだった。

 

そして、そんな男の優しさが大好きになるウチに、自分が大嫌いになっていく。

まるで、甘い、そして柔らかい「毒」だった。

 

 

…ズキズキするデス

 

レ級は心で思っている。

 

…人間だったラ、きっともっとうまくできたはずデス

…でも力ばかりで私は何もできないデス

…本当に情けないデス

…嫌われるのはとっても辛くて死にたくなったケド…

…好きになりすぎても死にたくなってくるデス…

 

 

レ級は、いつしかそんな男に、恋をしていた。

初めての、甘酸っぱい、恋だった。 

 

…甘い、だけど『酸っぱい』。

 

レ級は、悲恋になるだろうと直感した…自分は、人間になれないのだから、きっと愛など人とは育めないだろうと、レ級は思えた。

レ級は、涙をいつしか流していた。

青緑の涙が、化け物のお前は人に恋をするな、と言うようで…また、涙が溢れてしまった。

 

 

レ級はそして、黙って、その男の家から出て行く事にした。

 

きっとこれ以上この暖かい場所にいたら、苦しくなるから。

リンガ泊地に居た時とは違って、自分はこの暖かさに返せるものは、なにもないから…

そして、玄関へと向かって歩こうとした…その時である。

 

 

「勝手に行くなよ…お前さん、相変わらず責任感ばかり強いからな…」

 

家主の男が邪魔するように、立っていた。

 

 

レ級は、無言になったあと、己の思いを絞り出すように、吐き出した。

 

…貴方に私は何もできないデス!

…優しすぎるのが苦しくて仕方ないデス!

…そもそも最初にあったときから馴れ馴れしいデス!

…あんたはなんなんデス!私が、大好き…になりすぎて…苦しくて…

 

 

レ級の言葉に少しならず悲しい表情を見せた男は、俺の事を知らないかい?と聞いた。

そう言えば見たことはあるような、そう、レ級は返すと男は苦笑いした。

…やったぜ、あんな平和なあそこの元給料泥棒でも…記憶の底に居たのか、と

 

「…給料泥棒…?貴方、本当に一体なんなんデス?」

「ふふふ…名前を明かすのは初めてかな?俺は、『防人港斗(さきもり・みなと)』…あの、リンガ泊地で昔、憲兵やってた、そんな男さ…お久しぶりって、ずっと言いたかったよ、レ級」

 

後、読者さんには確か第2話以来だよね、飛鷹と木曾さんを欠伸しながら眺めてたのが、俺だよ…と笑いながら、誰に向けてるかでも無いように言った。

 

 

「え……ええェェ!!」

 

レ級は、絶叫していた。

 

 

それから、防人は笑いながら言った。

 

…俺の働く泊地で、ずっと艦娘を守ってくれて、ありがとう

…俺の眺めてた海で、深海の皆を守ってくれて、ありがとう

…そして、1人で頑張ってくれて、ありがとう

…だから、別に、君は俺に、いや…俺たちに何も返さなくて良い

…むしろ、君にみんな押し付けて、ごめんよ

…少しだけでも支えになりたかっただけだよ、俺は

…逆効果だったかもだけど

 

 

レ級は、顔を真っ赤にしていた。

ここまで、自分に真っ直ぐ向き合ってくれた人間は…生まれて初めてだったから。

 

レ級と防人は…そして、一つずつ確かめ合う。

 

 

…私、お風呂やトイレだって一苦労デス

…特注にしたよなぁ、まあ俺も使えなくはないし、別に良い

 

 

…私、ごはん、いっぱい食べるのにごはん作れないデス

…俺が、覚えなきゃな、安くて美味しいレシピ

 

 

…私、深海棲艦デス

…今更だな、でも、お前は海里のアホや電たちの…大事な友達だろ?

 

 

…私、尻尾がありマス…牙もギザギザ…肌どころか血や涙の色も違うデス

…素敵な個性、だな

 

 

「…私、好きデス!深海だケド!人じゃないケド!貴方が…大好きデス!」

「そうか、俺も昔から大好きで、今はもっと大好きだ!」

 

 

二人は一つの思いに重なって、唇を重ねた。

 

 

「…私、経験無いのに…意地悪ばっかりは良くないデス…」

「…ごめん、涙目のレ級がかわいすぎた…」

 

 

その夜は、防人がやり過ぎたとかやり過ぎなかった、とか。

 

 

それから、数ヶ月後。

 

 

「やっぱり、私で良かったデス?」

「大丈夫だよ…親父とお袋が、反対しなかったのは救いだったな」

 

 

1人は、タキシードを着ている。

もう1人は、ウエディングドレスを着ている。

 

レ級と防人の、結婚式だった。

 

そして、その式場には…

 

「レキュウ!オメデトウ!」

「私も鼻が高いな、ただし防人テメーは死ね!」

「良かったのです!おめでとうさんなのです!」

「あらぁ…おめでとうレ級さん、防人さん!」

「これぞ深海カッコガチですね!」

「阿賀野、ちょっと羨ましいかも…」

「ふふふ…二人はあんなに幸せそう…」

「やっぱり、れっちゃん可愛いわ!」

 

防人とレ級が守り続けて…守ってくれたリンガの仲間が。

 

「あの時はごめんなさい、そして、おめでとうございます」

「あ…あの…頑張って下さい、レ級さんも防人さんも!」

「ふふ…この武蔵、何時でも祝砲を…」

「おめー46糎砲で鳴らすなでち!」

「幸せになれて良かったれす…後、武蔵さんちょっとおちけつれすぅ!

「でも武蔵さんの気持ちはわかるな、凄い事だから…」

 

そして、彼女がそんな泊地で繋いだ、新しい友達が。

 

 

「しかし…ウチで結婚式やるとはな」

「だって式場代安いデス」

「しょうがねえ…ただじゃないぜ?借りは返せよ、レ級!」

 

そして、その泊地の今の守人…木曾が居た。

 

 

あの日、二人は絶対に一緒になると…誓った。

 

その心には迷いは無かった。

法も、世間体も…関係無かった。

 

だって、深海と人が一つになる、本当の一歩になれると思ったから。

艦娘達が頑張って繋いだ、絆だから。

 

そして…何より、レ級と防人の幸せの為だから。

 

 

そして…数多の壁を超えた先に今が有る。

 

二人が一つになる場所を、世界は認めたのだ。

リンガ泊地、全ての始まりの、場所で。

 

小さいが、とても大きな結婚式だった。

 

 

電のスピーチから始まり宴が始まる。

 

人が、艦娘が、深海棲艦が…笑っていた。

二人の為に、自分の為に、これからの為に、笑っていた。

夕立ではないが…素敵なパーティーだった。

 

 

その最中、クライマックスで…神父代わりの木曾が、二人に聞いた。

…ずっと幸せになれるかい?それを、誓えるかい?と

 

 

二人の答えは、一緒だった。

 

「深海より深く、ずっと愛します!」

 

…二人は、誓いの口づけを交わした。

平和な海から流れる海風が、祝福してくれた気がした…

 



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番外編:メイン登場人物紹介2・1番隊編

やり忘れてた、キャラクター紹介編その2です

 

 

◯赤城

クラス:正規空母

所属:大本営

身長:166センチ

体重:56キロ

レベル:131

 

木曾と神通とは未熟な訓練生時代からの古馴染みにて、大本営最強の正規空母。

そして、華の『1番隊』では一時的に隊長を努めていた。

 

穏やかかつ物腰は丁寧だが冷酷非情。

身内には優しいが敵対するものには容赦しない。

あらゆる敵を鉄の微笑みを崩さず殺す死の天使…と言う皮をかぶった、天然で気の弱く思い込みが激しい…

そんな普通の女性である。

 

その最強の肩書きに反する心の弱さはPTSDからの感覚異常と言う形で彼女を少なからず苦しめていた。

 

今は、戦いから離れ、木曾と神通に支えられ、ライバルたる飛鷹との関わり合いからリハビリに励んでいる。

味覚・嗅覚などの感覚も少しずつ戻りはじめ、今では一般人程度の感覚を持つにいたるまで回復した。

戦いから離れ、友人と共にのんびり過ごす内に仮面も取れて、喜怒哀楽が激しい素直で優しいが天然でちょっと友人の独占欲の強い、そんな性格にもなってしまったりしたのは…リハビリの副作用なのか本人の素なのかは意外に微妙だったりするかも。

 

コンセプトは、木曾が近藤勇っぽいのに対する『沖田総司』と『芹沢鴨』か。

 

 

◯神通

クラス:軽巡洋艦

所属:大本営

身長:151センチ

体重:40キロ

レベル:112

 

木曾と赤城とは古馴染みの1番隊の副隊長。

大本営では、教導役の統括もこなしていた。

 

チームのブレイン役であり、実質的なフラグシップは赤城ではなくこっち。

1人で適当に動いて理不尽に強いのが赤城としたら、本人以上にチームの和を乱さず調和する強さを持った人。

電と羽黒のいいとこ取りかつ、更に何十倍も努力と根性と頭の回転でブラッシュアップしたのがこの人。

 

性格はとにかく優しい苦労性。

弱ったり困っている人をほっとけない為に、自分から貧乏くじをひいちゃうタイプ。

自罰的かつ責任感が強すぎる面もあるが、その分怒ると怖い人でもある。

後、笑ってながしちゃいやすい木曾以上のツッコミ気質。

 

教導のスタイルは、意外と優しい誉めて伸ばすタイプ。

出来ることと出来ない事を把握して、出来ることから伸ばして、出来ないことも優しく教える為人気は高い。

ただし、休息の少なさと鬼の二つ名が先行してる為に、わりと怖がられてしまいやすく、戦争が終わって初めて知ったのがショックだったとか。

 

禁句は富士額。

 

コンセプトは『山南敬介』と『土方歳三』。

 

 

◯武蔵

クラス:戦艦

所属:大本営

身長:196センチ

体重:90キロ

レベル:106

 

大本営最強の戦艦であり、2番隊の姉艦である大和と双璧を成すアタッカーである。

 

足の遅さを火力でひっくり返して敵を討つ、堅い強い遅いなロマン女である。

 

性格は、とにかく真面目なバトルマニアの一言。

仲間想いの性格であり悪い人ではないし、頭も良いんだが、とりあえず勝てば正義的な性格でもありパワー厨なきらいもある。

どっかの赤いサイクロン、そんな人…豪快というか、雑というか…

 

実は、1番隊で木曾とこいつ以外料理がまともに出来ない…が、サイズが武蔵基準の特大サイズなので、あんまり鍋を降らせてくれなかった、とか。

…実はそこそこできそうな神通は阿武隈より下手というか、神経質にレシピとにらめっこし過ぎてコンロに乗せたものを焦がすとかそんな感じなので、雑にざっくり作る武蔵のがずっと上手という話だったり。

 

現在は中国に渡り、今まで知らなかった気孔や武術を学び、1人ストリートファイターやっている。

そろそろかめはめ派も使えそうだとか…だから、どこ行くねんお前。

 

コンセプトは『原田左之介』。

 

 

◯雪風

クラス:駆逐艦

所属:大本営

身長:148

体重:39

レベル:110

 

大本営最強の駆逐艦、1番隊で一番の子供でもある。

 

当たらなければどうということもない、スタイルはその一言。

とにかく回避に特化し過ぎており、小破以上のダメージを受けたことが無い凄腕。

そして、それを平常心を一切崩さず、敵陣のどまんなかで行える、天才中の天才である。

 

ただし、本人は至ってマイペースでのんびり屋で素直と言う、天才さのギャップの強い性格であった。

 

戦後は、同期の3番隊隊員だった青葉のコネで、レポーターをやりながらあわただしい毎日を過ごしている。

わりと、これはコレで雪風的には楽しいようだ。

…雪風としては、戦後も同僚と働けるのは、艦の記憶の強い彼女としては最高の幸せなのだろう。

 

また、阿武隈とは戦後もよく会っており仕事も一緒にこなしたりするが…ストッパーが居ない暴走特急コンビでもあるため仕事関係者からは混ぜるな危険扱いされている。

 

コンセプトは『山崎丞』。

 

 

◯伊58

クラス:潜水母艦

所属:大本営

身長:156センチ

体重:45キロ

レベル:111

 

大本営所属の必殺仕事人、奇襲に特化した飛び道具。

それこそが、彼女ゴーヤであった。

 

とにかく、気配を消すことに特化した才能を持ち、それでいて射撃の才能も非情に有能。

海のスナイパーとして、要所要所で、敵戦艦や敵空母をジャイアントキリングしまくっていた。

逆に彼女の存在を意識させる事で、赤城や武蔵すら意識から一瞬目を離させる技も持つ…

要するに、どこぞの幻の六人目さんであったり。

 

性格は斜に構えた、若干ニヒルなマイペース少女。

とは言っても、お人好しさは見え隠れすると言うか、捨て猫をなんやかんやひろっちゃう系少女。

…実は、ぶっちぎりでチョロインだったりそうでなかったり。

 

今は,大本営どころか日本も離れて1人旅。

のんびりやりながら、なんやかんや、ヒーローやってたりそうじゃなかったり。

 

コンセプトは『斎藤一』。

 

 

◯阿武隈

クラス:軽巡洋艦

所属:大本営

身長:163センチ

体重:52キロ

レベル:101

 

大本営所属4番隊だった少女だが、1番隊に木曾と入れ替わって昇格。

そのまま、隊員として一時的に在籍していた。

 

木曾のデータを元に、改二のデータを更新。

結果的に、軽巡洋艦ながら甲標的を自在に操るトリッキーな軽巡洋艦になった。

木曾は闘志と判断力で敵陣を引き裂くのがスタイルだったが、彼女は汎用性の高さで翻弄するタイプ。

 

性格は…非情に世間知らずな天然暴走特急娘。

悪い子じゃないし、凄く素直な大人しい子…とは言え、やらかし具合はわりと酷い方。

本人無自覚な上に悪気無いため、嫌われることもあまりないが。

むしろ、赤城や神通には、その辺もかわいがられており、子犬のようにくっ付いて回ってた、とか。

わりと泣き虫と言うか、感情を殺せない性格でもある。

 

戦後はアイドルのオーディションに何となく受けてみた結果、あれよあれよとスターダムに上がったシンデレラガール。

 

歌も踊りも上手な上、テレビ受けするタイプな為に人気者になった。

クールな特撮ヒロインやったり、熱血刑事物の女デカ役を好演したりと、演技にも幅が出来たと評判。

今度は、主役で銀幕デビュー…だとか。

バラエティーにも最近レギュラーで出始めた、文字通りの艦隊のアイドルになった人。

 

…4番隊の元同僚兼、神通の某妹からそれはそれは、親の仇か何かみたく睨まれて困ってるそうな。

 

コンセプトは『永倉新八』。

 



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