機動戦士ガンダム~UC(宇宙世紀)変革史~ (光帝)
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第一話 ダニガン・ロック

突然だが、俺はダニガン・ロック。ジオン公国軍の中尉・・だった。

一年戦争終結後、地下で息をひそめて連邦への反抗機会をうかがい続けたのは一か月前のことだ。

今は、俺用にチェーンナップされたザクⅡで戦場にいる。

連邦軍に一泡吹かせるために実行された計画「星の屑」作戦。俺も、一兵士としてこの戦いに参加した。

コロニーを地球に落下させる最終局面になって、シーマが裏切り作戦指揮をとっていたデラーズ閣下が亡くなられたのは衝撃であったが、作戦そのものはガトー少佐がすべて完了させた。

コロニーの最終軌道修正を行い、落下を見守った時にはすべてがうまくいったと安堵したが、直後に連邦軍のソーラ・システムⅡが敵味方両軍を包み込んだ。

 

「なんてことを、味方ごと打つとは?!」

 

連邦軍も同様だったようで、多くの敵兵も巻き込まれていた。

俺はかろうじて射線上ギリギリだったのか光に飲まれることはなかったが、多くの友軍も消えたことがシグナルから確認できた。

でも、この世を去るのが遅いか早いかの違いぐらいだったことはそのすぐ後に理解した。

気づいたころには連邦軍の艦艇とモビルスーツに包囲されていた。

近くにガトー少佐のノイエジールの姿もあるが、損傷が激しいことが伺えた。そんな中でも、敵陣を突破してアクシズ艦隊と合流しようと檄を飛ばしていた姿はまさに武人の鏡と思えた。

最後の突撃であった。残存していた友軍も次々と撃墜されていく。

ドラッツエ、リックドム、ザクⅡが敵の放火を浴びて火球となっていくのが見える。

そして、俺のザクにもビームが直撃した。厳密には頭に直撃したのだが、その反動で機体がはねたところを複数のビームに貫かれた。俺は意識を失う瞬間、この後祖国がどうなるのかを知りたいと思った。

 

そう考えたところで、俺は意識を失った。

次に目覚めることはないだろうと想像しながら。

そして、気づかなかった。

これが終わりではなく始まりになることを。

 

 

 

ふと目を開けるとそこはベッドの上だった。ただ、異様に体が重く思うように動かない。

だが、それ以上に意味が分からなかった。

自分はモビルスーツに乗り、敵の攻撃を複数浴びたのをしっかりと感じていたのだ。

だが、今の自分は倦怠感こそあるが怪我などをしているようには見えない。

だが、それ以上に気がかりなのは今の自分の体。

 

「・・若返ってる?」

 

俺は星の屑作戦参加時、既に30歳だった。

しかし、今の自分はどう見ても10代の後半ぐらいである。わけがわからなかった。

混乱していたところに突然声がかけられた。

 

「起きたかリーガン・ロック伍長。気分はどうだ?」

 

声の主は尉官クラスとわかる軍服を纏って知らない名前を自分に向けてきている。

俺は余計にわからなくなっていたが、相手はそれを違う意味にとらえたようで、話をつづけ始めた。

 

「元気が有り余るのはいいが、試作されたばかりの実験機でデブリ避けをしようなど貴様正気か?危うく、命と機体両方を失うかも知れなかったんだぞ。・・とりあえず、無事で何よりだった。しかも、かすり傷程度とは奇跡としか思えんぞ。」

 

その後、事故による記憶の欠落を訴えて現状を確認したところ、現在はUC0070年であり、ここはジオニック社が保有している医務室であるとのこと。そして、俺とさらに2人の軍人がテストパイロットとして呼ばれたようである。何でも、サクとかいう軍用モビルスーツの実験機初テストをするために。

 

サク?何だそれは?

!ザクか?ザクのことなのか!?そうなのだろうか?

だが、やはり解せない。

確かザク(旧ザク)はUC0074年に試作機が完成するはずなのだ。

まだ、4年近く間があるはずなのである。にも拘わらず実験段階とはいえ試作機がある。

俺はさらに混乱するだけであった。

 

 

その後、医務室から病院に直行し検査したが特に異常なしとのことなので家に帰ることになった。だが、困ったことに家はどこという状態に置かれた。さらに、俺自身の名前も微妙に違うので余計に困る。これらはとりあえず、先程のように記憶喪失を理由にして上司である例の尉官から住所を教えてもらうことで解決した。・・もっとも軍の宿舎であったから本人の帰りついでに送ってもらったような形となってしまったが。

 

俺の部屋?に到着後、自身の経歴を確認した。

 

リーガン・ロック

サイド3の郊外第4区出身

経歴:UC0069 ジオン士官学校を3席で卒業

   UC0070 リシリア・ザビ揮下 『戦術機動大隊』に入隊

   同年9月 ジオニック社の新兵器テスト機のパイロットに志願

 

・・まとめると実に短い情報であるが突っ込みどころはいろいろある。

リシリア?あれか、これもキシリアのことなのか?

後、『戦術機動大隊』?何だそれは?

 

俺が知ってるキシリア揮下の大隊名は確か『教導機動大隊』であったと記憶しているぞ。

後、俺はいつテストパイロットに志願した!

その後も、いろいろ調べていると叫びだしたい衝動を誘発する名前・名称や歴史事件があるが少しだけわかったことがある。

俺は生きている。しかも、俺が死んだ時よりも過去の世界らしき場所に。

前世とか後世とかいうものがあるかをUC以前に議論していた時期があることを思い出す。

だとすると、俺が今いるのは。

 

「後世というやつなのかねー。」

 

俺は頭をかきながら備え付けのベッドに倒れこんだ。

とりあえず寝た。現実逃避である。

でも、誰も責めないはずだとこの時、俺は思った。

 

 




誤字を修正。


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第二話 出会い

「全員注目!」

 

格納庫全体に響き渡る野太い声で俺を含む兵士が視線を正面に向ける。

そこには例の尉官が真面目な顔で佇んでいる。

カーエル・マリクス大尉・・いや、先週少佐に出世したので今や佐官の一人なのだが、まだ慣れていないのか今でも同階級の人間に敬礼しそうになるのをたまに見かける。

後世に転生?してからはや一か月たち、ようやく俺もまわりの生活と名前に慣れてきている。その成果かどうかわからないが俺は先週、軍曹に昇進した。

本来は軍学校卒である俺は少尉任官になるはずだが、実験機の事故もあって療養も兼ねた階級保留措置のような事態を体験している。

 

凹んではいない。そもそも、自分があずかり知らぬところでの事故だ。

そもそも、前世では30代で中尉だったのだからこれくらいは全く気にならない。

・・なっていない!

 

ただ、驚きなのは先ほどのマリクス大尉との関係が理解できるようになってからだ。

 

(あれが、俺の直接の上司なんだよな。しかも、恩人にあたるらしいし)

 

軍学校にいた頃からの先輩であり、俺を『戦術機動大隊(今後は戦機隊と略す)』に引き上げることを上に進言してくれたらしい。ありがたいと思うべきなのだろう。

ただ、ないものねだりになるのだろうがもう少し、あの生真面目すぎる性格を軟化させれば他の部下や上役への評価は上がるとも思うが。

 

「少佐、軍務中に召集を受けたのですがいったいどのような要件でしょうか?」

「突然のことで困惑するかもしれんが、現在期待されている若手をねぎらうため、ジレン閣下直属の視察官殿がここにねぎらいに来られるそうだ。」

 

俺以外の多くの兵士たちがざわめきながらも顔を高揚させているのがわかる。

当然の反応ではあるかも知れない。ここに集めれた兵士は最年長の兵士でも20代後半の者であるから、『期待されている若手』ということでザビ家の実質的指導者の関係者に覚えられるのはうれしいのだろう。

ただ、やはり突っ込みたい。・・ジレンって、やはり前世のギレン・ザビのことなんだよな。

しかも、聞いた話だと弟が『ロズル・ザビ』とか。

微妙だ。微妙すぎるぞ神様。

その後、ほかの兵と一緒に格納庫で待機しているとカーエル少佐が戻ってきた。心なしか先ほどより緊張しているように見える。

その後ろに軍服の両肩をはじめ、ところどころに装飾を施した軍服を纏う男がいた。髪の毛は剃っているようなスキンヘッド、口周りに髭を蓄えている。年齢は30代であろうか、ただ、見覚えがある顔であった。

 

「諸君、紹介しよう。エギュー・デラーズ中佐。今回、ジレン閣下からのねぎらいもかねて立ち寄られた。失礼のないように。」

 

やはり、前世のエギーユ・デラーズだとわかる。少し若いが、面影が色濃くあり、前世の顔を知っていれば納得できた。

 

その後、ほかの兵士たちに声をかけられながら挨拶を交わしている。アピールをしようとしているようだが、デラーズは社交辞令的笑みとトークでいなしていた。

解散するまで1時間ほどだったはずだが、思いのほか長く感じたのは会話そのものよりもすこし気になっていたためだ。妙に背中にむず痒い感覚が付きまとっているのだ。

最初は俺の前世に関係ある人物の後世版を見たせいかと思っていたが、どうもしっくりこないために困っている。

そんな時だった、カーエル少佐に呼び止められたのは。

 

「リーガン軍曹。デラーズ中佐が君と話がしたいと言っているが何か心当たりがあるかね?」

「いえ、そのようなことは」

 

確実にないとは記憶の問題から言えないが、転生後は特にないと考えている。

・・いくつか個人的な『レポート』は提出しているがそれも一般兵の常識レベルを超えないものである。

 

「とにかく、中佐殿は会議室でお待ちだ。ただちに向かうように」

 

少佐に敬礼をし、ただちに会議室に向かった。

この格納庫備え付けの会議室は、普段使われることは少なくもっぱら『予備倉庫』と言われているのであまり待たせるのはいいことではないと思い自然と足早になる。

会議室に入った時には、デラーズ中佐も落ち着いて運ばれてきたと思われるティーカップに手をかけていた。

・・彫刻にできそうな描写とも言えなくないほど違和感がない。

 

「呼び出してすまんな。まあ、座りたまえ」

「失礼します。」

 

しかし、備え付けのパイプ椅子に折り畳み式の机、ティーカップ。

微妙な組み合わせなのに、違和感を醸し出さない。不思議なものだと場違いな感想を抱いた自分をデラーズ中佐は気づいたように口を開いた。

 

「いや、本当はその場にあった飲み物や食器を使うべきなのだろうがどうも性に合わなくてね。少佐に用意してもらったのだよ。君も飲むかね。」

「話のあとに頂きます。」

 

目上にこの回答は少し、礼を失しているとも思ったが本題を先に聞きたいとも思った。

決して暇ではないし、次の『レポート』もまだ書き終わっていないのだ。

 

「フム。では、本題に入ろう。君はここにきて何年だね?」

「・・閣下、経歴のことを言っているのでしたら私はまだ軍には1年ほどで」

「すまん、言い方を変えよう。この世界に来てどれくらいかと聞いているんだよ。」

 

俺は一瞬、ボー然と瞬きすることしかできなかった。

 

 

 




誤字を修正。


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第三話 転生者たち

「私がここに来たのは8年ほど前のことだよ。」

 

デラーズによれば、彼自身がこの世界に来たのはUC0062年である。

その頃は、まだザビ家の地盤が確立されていなかった頃であったはずだ。その時から、独自の人材集めと転生者探しを進めていたらしい。そこに俺が引っ掛かったというのだ。

 

「しかし、なぜ私が転生者であると考えたのですか?特に変わった行動をした覚えはありませんし、無作為というわけではないでしょう。」

「さすがにいくつかの理由があった。主に二つが転生者に共通した部分だ」

 

デラーズの主な転生者探索基準は以下の2点らしい。

①転生者の大半は、後世転生時に入れ替わるのか記憶が統合されるかに分かれるため、記憶が混濁し たり、記憶喪失気味になることが多いらしい。

②前世経験者の大半が入れ替わった後と前とでは態度や行動が劇的に違うことが多いらしく前後の経 歴と成果を比較すると意外に絞りこみやすい。

 

言われてみればわかる気がする。俺自身もあるレポートを書くようになったのは転生後のことだ。

『MS hope』と呼んでいるもので、熱心な後輩からは続きが欲しいと強請られることもあるモビルスーツの展望と次世代の考察概案をまとめているものだ。・・たぶんこのあたりがデラーズの探索網に引っ掛かったということだろう。ただ、どこから漏れたのかは不明だが。

 

俺もデラーズも基本的には生粋のジオン軍人である。

それ故に、祖国への忠誠も強固な覚悟も疑う余地がないため話はすぐに重要な内容とそれに関連する確認の話しになっていったのは自然であったかもしれない。

それは、今後起きるだろうジオン公国を破滅に導く『一年戦争』についてであった。

デラーズは前世の記憶をもとに、この世界の歴史が前世よりもかなり早く進んでいると話始めた。

確かに、その傾向はあったのだ。

 

前世ではドズル・ザビとキシリア・ザビが政治と軍事で主張が分裂し『宇宙攻撃軍』と『突撃機動軍』が生まれたのはUC0078年のことである。だが、この世界ではすでにその兆しが見え始めていたのだ。この後世では、リシリアが『戦機隊』の規模拡大に乗り出しているし、ロズル・ザビはそれとは別に『襲撃専門部』なる部署を立ち上げようと人材を集めていると聞いていたのだ。

 

(名称にはいろいろ突っ込みたかったが、そこは我慢したのを覚えているぞ。かなり厳しかったが)

 

だが、さらに驚くべきことをデラーズが話したのはその後であった。

 

「実は私も、ジレン閣下の基で『黒鉄会』という人材交流会を開いている。」

 

正直驚いた。前世でギレンは『ペーネミュンデ機関』というプロパガンダ専門部署や親衛隊はもっていたと聞いていた。だが、人材交流会という話は一切出ていなかった。

一部兵士の間では親衛隊以外に子飼いの実行部隊を持っているのではという憶測もあったが、確証はなくデマと割り切られていた。

 

「ジレン閣下も私兵設立に動いているのですか?」

「厳密には少し違う。私がジレン閣下に進言した。リシリア派、ロズル派双方の仲介と情報収集を行いやすくなるので是非と。」

 

そう言えば、史実でもギレンがキシリアとドズルの仲介を行ったといわれている。その結果、先に述べた2つの軍ができることになったと。だが。

 

「仲介だけでしたらそのような交流会はむしろあってもなくても変わらないと思います。それに、情報収集に関してもいささか危険です。曲がりなりにも、ザビ家親族がそれぞれトップの派閥にスパイまがいの行為を推奨する場を公然と設けるというのは。」

 

この世界ではわからないが、前世のキシリアはア・バオア・クーで実の兄であるギレンをその手にかけている。父殺しを行った相手とはいえ戦争中、まして指揮を執っている時に平然とそれをやるような女だ。正直、暗殺・謀殺の機会を与える可能性のほうが高いと考えてしまう。

 

「先に話した会の目的は設立のための建前みたいなものだよ。それは副産物のようなもので実態は違う。」

 

デラーズは声を低くしながら話を続けてくる。

少し、気になる流れだ。転生前のデラーズは熱烈なギレン信者と思っていた。

『ブリティッシュ作戦』への理解やギレン暗殺への憤りがそれを如実に表している。だからこそ、ジレンにすら建前を使い分けてまで『黒鉄会』を設立したデラーズの話が気になった。

 

「この会の参加者は大半が君や私と同じ者たちだよ。」

「転生者はそんなにいるのですか!?」

「君が思うより実は多いのだ。ただ、自覚がある者もいればない者もいる。」

 

さらに話を聞くと、時代までまちまちであるらしい。前世では整備士だったもの、地上戦参加組、果てには私が知っているよりはるか先の未来から転生してきたものまでいるという。

しかも、我々みたいにUC0083から来たものだけでなく、UC0100年以降の者までいるから驚きである。

 

「その者たちの話を分析・検討した結果、このまま時が進み連邦との開戦となれば勝敗とは関係なく我がジオンは滅びる公算が高いという結論に至った。」

「な!?」

「君には隠さずに話すが、我々が行った『星の屑』が問題を助長させたといってもいい。」

 

デラーズの話は衝撃的なものであった。

私たちが死んだあと『星の屑』はジオン残党、ひいてはコロニー居住者の抗議としては認知されなかった。

連邦政府はコロニー落下を輸送中の事故と発表、観艦式への決死の核攻撃は宇宙移民者への監視・弾圧が不十分であったという世論をねつ造する材料に使われたという。しかも、これを契機に地球に残っていたジオン残党勢力は苛烈な掃討・殲滅にさらされることになる。いわゆるティターンズの台頭である。

アクシズが戦力を結集・決起する頃にはほとんど組織として活動できる力を失ってしまったらしい。

しかも、そのアクシズを率いるミネバ・ザビは摂政であるハマーン・カーンの傀儡。その後、新態勢での支配権を巡り内部分裂が起きたために自壊した。その後、『シャアの反乱』が起きて一時は盛り返したが結局、失敗したらしい。

 

「そんな。では、私たちの行動は無駄だったというのですか?」

「無意味であったとは思わない。だが、今考えるとやり方がまずかったというのが我々の見解だ。私もそれを知ったときはショックだったよ。・・ある転生者には、『ほかに方法はなかったのか』と罵倒交じりに泣かれてしまった。あれは堪える。」

 

確かにショックであった。

無意味だったとは思わない。当時の連邦政府は勝者としておごり高ぶっていた。

それを体現するように作り出されたのが『核弾頭搭載型ガンダム』であったと考えている。

そして、コロニー市民を軽視した行動としては核攻撃の対象とされた観艦式があげられるだろう。

軍や艦船、モビルスーツの維持費は決して安くない。であるにも拘わらず、一年戦争終結から3年ほどしかたっていないのに軍を見せびらかすようなパフォーマンスを行う理由。

コロニー居住者・ジオン残党への脅しと傲慢。見過ごせばどうなるか、予想はつくし我慢できることではなかったと思う。そう、思いたい。

それでも、自分たちの行動が差別や弾圧の呼び水になったことを聞かされた俺は立ち直るのに少し時間が必要だったと思う。だが、デラーズは話を続けて俺の精神を現実に立ち返らせた。

 

「いつまでも後悔していても建設的ではない。ならば、反省してこの後世に生かすべきと私は考えている。そのために、君の協力がいるのだ。」

「私は、前世も今も一パイロットにすぎません。」

「だが、前世で経験したことを覚えているのは大きい。現に君が後輩に与えている『レポート』はうちの会でも好評だ。謙遜することはない。」

 

どうやら、『レポート』は後輩から技術者経由で各所に出回っているらしい。・・内緒にしろと言ったのに!かわいい顔して迷惑を呼び込んでくれたと思う。心中でその後輩のことを考えた。

 

(あいつは後でシバキ倒す!)

 

「私も一読させてもらったが、君の考察は興味深かった。それに時代加速気味のこの世界でこそ実現可能な内容も多い。だからこそ、君と話している。」

「私にその『黒鉄会』に入れというのですか?」

「『入れ』とは言わない。見に来るだけでもいい。決して君の損にはならないと考えている。」

 

今までは、『変えていきたい』と考えてはいても、『何をするか』は思いつかなかった。

故に先ほどのデラーズの言葉には魅かれるものがあったと思う。

 

(『後悔』より『反省』か)

 

ひとまず見学という形で俺は『黒鉄会』とやらを訪ねることにした。

あ、ちなみに軍務に関してはデラーズから事前許可という形で解放されたので会話の後、直接向かうことになったのは蛇足であろう。

 




戦術機動大体⇒戦機体 と略しました。
後、誤字を修正しました。
wi○○や他所のサイト情報の鵜呑みは危険ですね(-_-;)。


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第四話 困惑の入り口

MSの開発や地球侵攻への理由が微妙に違うかもしれません。
一応、継続して調べて修正しますが気づいたかたなどは感想をお願いします。
誠意修正いたします。


『黒鉄会』の会合場所。

かなり堅苦しい会議室や軍御用達の酒場などで開いているかと思えば予想は大きく裏切られ、そこはジオン士官学校であった。

今の時間になると、さすがに宿舎に帰る候補生や各設備の点検を行っているらしい教官などの姿が目立つ。

デラーズはそのまま、校舎内に足を進めていく。途中、幾人かの教官とすれ違ったが皆それほど気にしている風もない。どうやら、既に了承されている風景らしかった。

そして、たどり着いた場所は・・『食堂』?

 

ジオン士官学校の食堂は『安い・美味い・早い』を信条に運営されているために好評で、俺も何度かお世話になった(*前世談)。ここの食堂のおばちゃんは、恰幅のいい風体で何より一般区画で多くみられる『人見のいいおばちゃん』で知られている。どうやらこの後世でも同様らしくよく見知ったおばちゃんが出てきた。

 

「こりゃ~、デラーズ中佐。ようこそお越しで。」

「いや、ここのメニューは個人的にも気に入っていて楽しみだからついよってしまった。本当はゆっくり話したいんだが、時間も少ない。例の『セット』はまだ残っているかね?」

「デラーズ中佐お気に入りの『あれ』だね。オーダー入ります!かつ丼、2人前!!」

 

(え、かつ丼?あの、デラーズ閣下がかつ丼!?いや、俺も食べるの?そもそも、会合は?)

 

デラーズはさも当たり前という感じで食堂の椅子の一つに腰を下ろしてくつろぎ始めている。

優雅に紅茶用のティーカップで食堂備え付けの水を飲む光景を見て俺は思った。

 

(・・あのカップ、マイカップだったのか。)

 

と考え始めた時にかつ丼が机の上に二人分おかれた。湯気を上げて実においしそうだ。

だが。デラーズは食事に手を付けずにうなずくと調理室の方へと歩き出す。

俺はあわてて彼についていく。調理室の扉を開いたすぐ足元に地下へ向かっているのがわかる階段があり、デラーズはそこを当たり前のように下り始めていた。

例のおばちゃんが出入り口で手を振っているのはいささか場違いだ。

するとデラーズが説明するように口を開き始めた。

 

「ここの教員と関係者に頼んで地下に会合用の部屋を借りている。もとは備蓄倉庫にする予定だったのだが、無理を押しとおす形でな。」

「先ほどのあの会話とメニューは割符の代わりですか?」

「ああ、私が人質を取られたり、気になる事が起きたと判断した場合は別の会話をすることになっている。それに、ここはロズル閣下が校長をしていたからリシリア派も正攻法以外では足を踏み込みがたい。」

 

前世と同様、ロズルは士官学校の校長に在籍していたことがあった。だが、今はやめていると記憶している。噂では行き過ぎた教育が原因らしいが、真偽は定かではない。

その前後事情を考えても、会合と称して一同が食堂に向かってメニューを頼む光景はいささか奇異のような気もするのだが、これもデラーズのアイデアだろうか?

 

「・・正直苦労した。私としてはもっと落ち着いた場所でと考えていたのだが、メンバーの幾人かがここを強く希望するし、根回しもかなりできているはでいまさら変更できなくてな。しかも、会合が長引くと食堂でさきほど頼んだかつ丼が夜食として出てくることも多い。」

 

(おいおい!あんたが選んだ場所ではないのかよ。誰だこんな場所選んだのは。それに、先程のかつ丼が後で夜食に出てくる?冷めたかつ丼を?!Noー!!)

 

俺は心の叫びとともに階段を下り続けた。

 

 

階段を降り切ったそこは、確かに倉庫だったとわかるドアがあった。

ただし、中身は別ものになっていたというのが俺の感想である。中に入ると皆がそれぞれに意見を交わしあっている。ただし、所属はさまざまなようだ。現役の士官学校生もいるし、『襲撃専門部』の者、そして、俺と同じように『戦機隊』の者もいる。それが顔を突き合わせて話し合う光景は他ではなかなか見れない。

そうこうしているうちに、俺たちのそばに歳の頃10代後半の青年が話しかけてきていた。

 

「閣下、お待ちしておりました。いつもよりご到着が遅いので一同、心配しておりました。」

「うむ、実はこの前話した男を連れてくるために少し寄り道をしてしまってな。だが、快く来てくれた。」

「本当ですか。それはありがたい。同志は一人でも多い方がいい。」

「期待させて悪いが、俺は見学に来ただけだ。入るとは言ってない。」

「それでも、きてくれたのはうれしいです。とりあえず見て行ってください。きっと理解を示してもらえると信じています。」

 

そういうと青年は用意していた椅子を俺とデラーズに勧めたのでそこに座らせてもらうことにした。

するとデラーズが先ほどからとはうって変って真面目な顔で話始める。

 

「諸君、事態は確実に悪化の一途をたどりつつあることが先ほどわかった。実は先日、『リシリア機関』にいる同志からの情報で連邦内でもMS開発計画が進行していることが判明したのだ。」

 

室内の者たち全員がざわめきだす。俺も思わずためらいの言葉を出してしまった。

連邦軍がMSの有用性に気づき本格的な実用計画を考えだしたのがUC0078年以降であり、実践で高い戦果を出したのは『RX計画』と連邦が言っているガンダムが最初であるはずだ。

そもそも、MSはミノフスキー粒子下での効果的な戦闘も想定して開発され始めたものだ。

故にこの時期ではまだ連邦では本格的開発はないはずである。

もちろん、UC0078初頭に少数ではあるが実験機的なものはあった。だが、大半はザクのレストアで実用には向いていない。だが、この後世では違うようだ。何らかの方法で実用性に気づき、開発を進めているようである。

 

「連邦はやはり前世と同様に『V作戦』を?」

「いや、どうやら完全量産型に視野を置いたものらしい。新造の戦艦は計画に含まれていないようだ。だが、予想では2年以内に実験機が完成し、最悪5年後以降は量産ラインに乗るとみている。こちらも対応を急がなくてはならない。こちらのMS開発の動向はどうだ?目途は付きそうか?」

「ジオニック社にいる同志の話では『サク』は改めて改名され『ザク』となることが決まり量産へ向けて問題点の改善化に着手したと聞きました。それと、他の競合会社との技術提携も進めるべきだと現場から意見しているそうです。」

 

それを聞いて、俺は別の意味で安堵した。

 

(ああ、一応前世と同じくザクと名称が決まったのか。確かにサクはあんまりだよな。ただ、性能は旧ザク以下なのが厳しいけど。)

 

リーガンが乗っていた実験機は、前世のヅダとザクを足して二で割ったような機体である。

見た目はザク系なのだが、背面部の設計がヅダというものでかなりバランスが悪かった。

武装に100mmマシンガンとヒートホークを備えていたことから、前世のザクシリーズの初期型実験機に近いとも言えなくはない。

なんでも、宇宙空間での通常運用は問題なかったのだが戦闘を想定した試験運用(障害物回避)時に背面のスラスターを全開にしながらデブリを避けた途端、コックピット以外の部品が耐えられずに分解してしまったようである。俺がその犠牲者であったのはいうまでもない。

奇しくも前世ヅダと同じような欠陥があったらしい。笑えない話である。

 

「しかし、連邦のMS量産計画は信用性の高い情報なのでしょうか?」

「情報を見る限りでは十分あり得るとみている。仮に連邦がMSを量産可能となると間違いなく向こうは物量作戦をとってくるだろう。質では我々が勝っても、数で押し切られる。前世のソロモンやア・バオア・クーのように。」

「それに、国内の問題も深刻です。サイド3だけではいずれ資源が枯渇し、追い込まれるのは自明の理。そのために、前世では地球への降下・占領作戦をとりましたが。」

 

一年戦争前期、連邦拠点への直接攻撃と地上資源確保を目的に、ジオン軍は地球降下作戦を行い占領政策を実施した。だが、今考えるとあれは愚策であったといえる。

恐らく、もともと急増の計画であったからだろう。

前世では、ギレン・ザビは短期決戦で連邦を屈服あるいは講和に持ち込めると考えていたからこれは間違いない。だが、計画が破綻したために地球への直接侵攻という方法をとったのだと思う。

しかし、これは戦略的に見ても戦力の分散であるし、地上は連邦の庭であるから地の理が得られない側面があった。さらに、もともと宇宙空間での運用と物量さを埋めるために考え出された兵器であるMSを地上で運用するための調整が必要になるからその分、時間・資源をとられてしまう。

結局、根本の問題が解決できない。しかも、戦争後期になると優秀な兵士が地上で次々と戦死したのは紛れもなく誤算であり失敗であっただろう。

その代表例として『ランバ・ラル』や『黒い三連星』がいる。

 

「それは愚策だ。ここは各サイドとの交易を中心にして食糧・資源を循環させていく方針をとっていく。鉱山資源に関しては資源衛星やグラナダから産出されるものを利用していく。」

「となると前世の『ブリティッシュ作戦』前後の作戦・政策は行わないということですか?」

「さっきいった戦略・政策を進めるためには各サイドとの信頼を失くすようなことはするべきではない。」

「仕方ないでしょうね。」

 

今考えると、『ブリティッシュ作戦』は連邦との物量差を埋めるために考えた苦肉の策であったことがわかる。だが、それ故にズサンさが目立つのも確かだ。

用いたコロニーを自分たちのサイドからではなくサイド2の物を用いたり、作戦利用のために8バンチコロニーに毒ガスを流し込んで民間人大量虐殺を行うなど他のサイドとの協力を完全に考えていない残忍な手法を実行したりと問題点が多かった。しかも、この事件がきっかけで人格が破綻する兵士や民間人もいたのはあまり知られていないが事実である。

連邦ではシロー・アマダ、ジオンではシーマ・ガラハウがそれである。

そんな討論をしている時に、俺もつい口を開いていた。

 

「そうなると、『ブリティッシュ作戦』に代わる案を考えておく必要がありますね。物量差は決定的ですからそれを埋めるための何かを。」

「『策』はすでに考えてある。権限があれば実行の手筈は万全だよ。まあ、代案というよりは少し順序と運用方法を変える形になるというのが正しいがね。」

 

様子を見るに自信はありそうである。他のメンバーにもそれなりの考えがあるようだった。

この日から、俺は『黒鉄会』に通うようになっていくことになるのは自然な流れだったのかもしれない。ただ一つ、修正していこうと考えていることがこの時あった。

 

(夜食を作れる人間をリストアップしておこう!)

 

 

 




誤字・脱字を以降20話まで修正しました。
さらに、ご指摘いただいた下記を修正しました。
ツダ ⇒ ヅダ


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第五話 改善?改造?!そして、驚愕

主人公が士官学校出身なのにいまだに中尉なのは、事故をマイナスに評価されているようです。


『黒鉄会』に通うようになり始めて早くも3年がたとうとしていた。

UC0073年。国内ではザビ家独裁による各種政策がなされている中、前世とは異なりMS開発と量産の目途が立ちつつある『ザク』が話題になっていた。

情報を見るに、前世の『ザクⅡ』と同様の機体であると考えられる。

いずれ、うちにもロールアウトした機体が回るはずなので確認はたやすい。だが、俺を含めメンバーの多くはこれでは足りないと判断していた。

 

「前世なら高い戦果を期待できる報告ではありますが、この世界では性能不足になりかねないと考えます。」

「私も同意見です。連邦軍内部では支援用として量産体制に入りつつあると聞いていますが、遅かれ早かれより実戦向きの機体も配備されるはずです。」

 

そうなのだ。この後世では、連邦軍は『ザニー』という遠距離支援型MSを量産する体制を確立しつつある。この機体は前世にも実験機として開発されたと聞いているがこの後世では基本性能が飛躍的に改善され、ジム並みに取り回しのよい機体になっているらしい。まだ、ビーム兵器の小型搭載は行われていないようだがそれも時間の問題かもしれない。

 

「私もそう思う。会での討論をジオニック社の同志にも伝えたところ、各社がそう考えていたようで『ザク』に代わる量産機開発は継続しているとのことだ。すでに案が出ているとのことで1年以内には成果が出せるとみているらしい。」

「おお、それは一安心だ。続報に期待が持てるのなら、こちらもいうことなしです。」

「これからは、MSの性能向上は必須事項の一つになります。」

 

俺は先日から書き始めたレポートの内容をここで言っておくべきだと考えて口を開いた。

 

「それも事実でしょうが、それだけではまだ不足です。肝心なことがまだ、解決していません。」

「リーガンさん、なんですその肝心なこととは?」

「MSがいくら高性能でもそれを運搬する運用艦の問題です。」

「ムサイ級がすでにあるではありませんか。」

「前世のことをお忘れですか?あの艦には致命的欠陥があるのを。」

 

皆が思い当ったようにざわめきだす。

ついつい、失念しがちだがジオンが一般に用いている船はムサイ級が大半だ。

運搬だけならそれでもいいが、連邦も今後はMSを運用してくる。そうなると実は問題があるのだ。

ムサイ級はもともとMS運用のために作られた船である。そのため、専用格納庫を備えているのだが、その反面防御の問題があるのだ。

おそらく、前世では連邦軍がMSを導入する前だったためであろう、対空砲火が少なくMSに接近されるとほぼ無力になるという欠点があった。

帰る場所のないMS。敵にとっては格好の的になりかねない。

捕虜になるという方法もあるが、ジオン公国は国として連邦から認められていない節がある。対応は押して知るべしだろう。

 

「そうなると『ムサイ級』に対しての大幅改修をするべきでしょうか?」

「コストの問題もあるが1年の間にできることは少ない、そのあたりが妥当だろう。」

「チベ級の改造案も出ているようですが。」

「我々の技術者はあれを前世とは違う形に大幅改造する案を出している。私見を言うならもはやあれは空母だな。」

 

会話を整理してみるとムサイ級に行われる改修は、おそらくデラーズフリート時に行われた砲塔増設と対空砲設置の流れになりつつある。

チベ級に関しては俺の後輩が絡んでいるようだ。

最近聞いた話ではいつの間にかこの会の連中と関わり合いを持ったらしく現在では戦艦改修・開発を行っているらしい。その後輩によると、今までのチベ級の形状を世襲しつつ、後方に増設格納庫を溶接し艦橋スペースを前方から後方に移動。左右どちらかに偏らせる案らしい。

それに合わせて砲塔の設置を片方に集約する形に変更するといっていた。さらに、前方スペースにはC型ミサイル、将来的にはJ型ミサイルを設置するつもりだとか。

 

(ただ、これはすでにチベ級ではなくなるかもしれない。むしろザンジバル級?)

 

俺は密かにそんな感想を抱いていた。

直接聞いてはいないが、デラーズも同様に考えているのだろう。この改修案を聞いたときには苦笑いを浮かべていた。

 

「運用艦に関しては何とかなりそうですね。後は、国内体制の問題か。」

 

これが一番の問題事項となりつつあった。

ジレン・ザビは日に日に権力を手中に収めつつある。もはやレキン・ソド・ザビ(前世のデキン公皇)が傀儡化するのは時間の問題となりつつある。議会の方はもはやあってなき状態だ。

『黒鉄会』の見解は、このままでは前世と同様に非人道的な作戦も辞さない状態になると考えている。

 

(やはり荒療治しかないかもしれない。だが、そのためには『顔』となる人物が必要だ。)

 

俺をはじめ皆もそう考えているようだった。

荒療治・・クーデターである。単純でありきたりの結論であるが、ジレン・ザビから実権を奪うにはこれしかないのも事実である。

それに向けてこの三年間、それぞれが軍務で成果を上げ続けた。

結果、それなりの役職に就いた者も多い。

俺もようやく少尉まで昇進(事実上の復帰?)し、明日には中尉昇進との辞令も受け取っている。

実際、戦場に出る機会もないモビルスーツパイロットに活躍の場はあまりない。

それを見越して、入れ替わる前の俺はテストパイロットとして経歴づくりを考えていたようだが。

・・実験中の事故がなければ今頃佐官なのにと上司兼先輩がいっていたのを思い出す。

記憶から抹消するよう努めている今日この頃だ。

 

そして、デラーズも准将に昇進していた。前世より早い昇進は軍内部でのMS開発推進を評価されてのことで意外にもロズルからも推薦があったらしい。

だが、クーデターを行うとなると実行者の影響力が重要である。

デラーズは優秀ではあるが、現在ではまだ影響力はそう強くない。

国民がついてこない可能性がある。つまり、責任者として政治的な影響力を持たせられる『顔』がない状態である。それに、問題はまだ多く積載していた。特に軍そのものに。

 

 

この三年の間にやはりという状態に陥っていたのだ。

ロズルとリシリアの間で派閥争いが起きたために、二派の軍に分裂したのである。

ロズルの『襲撃専門部』は『宇宙襲撃軍』と、リシリアの『戦機隊』は『宇宙機動軍』と名称を改め正式に軍部に座を持つことになった。

ちなみに俺は、先輩とともに『宇宙機動軍』に籍を移している。

 

(ロズルの『宇宙襲撃軍』はともかく、俺の所属する『宇宙機動軍』は違和感ないんだけど、あんな女の下ですり潰されるのは御免だ。そろそろ移動を真剣に考えるべきか?)

 

そのような微妙に違った方向に思考が働き始めていたところにデラーズが会に戻ってきた。

先程、討議の途中で話したい人物がいるとのことで出ていたのだ。

 

「みんなすまんな。先ほどある方が我々の会のことに気づいてそのことで話さなければならなくなってしまって。」

「!クーデターが漏れているということですか!?」

「いや、そうではない。ただ、どうも直感で来られたようだ。そこで場を設けて話を聞いていた。すると、少し面白い流になってな。つい話こんでしまった。」

「いったいどのような内容だったのです。」

「我々と同様の懸念を持っているというものだったのだよ。」

「クーデターを考えていると?」

「いや、そこまでは考えてなかったようだ。ただ、今の態勢に対していささか疑問を持っているという方が正しい。だが、このままでは危険だということを私から説明したら国のためにと協力を申し出てくれたのだ。」

 

そう説明したときに、後ろのドアからその人物が入ってきた。

でかい図体、筋肉質でがっしりとした体格、いかつい印象的な顔。

そして、何よりも印象に残るのはその顔の傷。

 

ロズル・ザビであった。

 

 




『ザニー』。資料上は存在した機体ですが、アニメ出演はなかった(ジム以上に存在が薄い機体)


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第六話 壺と縁

(なぜ、ロズルがここに来るんだ?!)

 

俺がそう叫びそうになるのは他の誰もが納得してくれるだろう。

彼はこの事態を作っている原因の一人である。

リシリアと争い軍部を真っ二つにしている張本人と言っていいはずだ。そんな人物がここに。

 

「デラーズ准将から話を聞いてな、貴官らの気高い精神に俺は感動した。同時に、俺は自分が情けなくてしょうがない。」

 

そう口を開いた途端、ロズルは目頭を押さえている。目からはこれでもかというほどの落涙が見えた。

 

「兄の暴走を止めること叶わず、妹との対立で軍を割る醜態。俺は、俺は、」

「ロズル閣下、もう十分思いは伝わりました。これ以上、言葉は不要です。」

 

最初は演技かとも思ったがそうでもないらしい。

そもそも、彼の性格とあまりにかけ離れている。

前世のドズル・ザビにしても戦略・政略家ではなく、職業軍人気質ということで知られている。

一部では彼を無能とののしるものもいるが、『V作戦』に気づいて即座に対応している手腕やソロモン防衛時の対応は末期のジオンとしては及第点であったと思う。

いささか感情的な部分はあったが、そこは半分個性であろう。それに人は変わるものだ。

 

「ロズル閣下は我々がことを起こす際には、軍部の代表として我々の行動を擁護することを確約してくださった。すでに私と連盟の血判状もある。」

 

オオ、と全員から声が上がった。

確かにこの意味は大きい。今まで問題となっていた『顔』が解決したのだ。

しかも、連盟という形にすることでデラーズ自身の影響力を大きくすることができるから政治・戦略両方でよい手ともいえる。となると問題はあと一つ。

 

「となると後は、リシリア派をどうするかですね。」

「ロズル閣下は自身が体を張って黙らせるといっておられたが、恐らくリシリア派はおとなしくするポーズだけをする可能性が高い。」

「とはいえ、開戦が迫っているのですからあからさまな対応はリシリア派決起に結びつきかねません。下手をするとジレンと結びつく恐れもあります。」

 

ジレンであれば、権力復帰後の要職と権限増加を認めて協力するだろう。リシリアならば、その言に乗って我々を葬ったのち、ジレンを暗殺して我々の残党による犯行と言い張る可能性もある。転び方によってはリシリアが離反する前にジレンがリシリアを討ち、国内ドロドロの内戦に突入もあり得る。

 

「とはいえ、あの人はまだないもしてないから下手に手は打てない。」

 

皆が考えこんでいる中で俺にはふとある考えが浮かんでいた。それはいささか邪悪とさえいえるものであったが、うまくいけばリシリア派を抑え込める。俺は心の中で計算を始めていた。

 

その夜、『黒鉄会』での会合の後に、『宇宙機動軍』に所属する同志からリシリア・ザビの関係者で面会できそうな人物を紹介してもらい俺はある屋敷に立ち寄った。

そう、スゲー覚えのある名前の人の家だ。門番らしき男が出入り口に立っていた。

それなりに権威ある家柄だったようだと考えつつその門番に確認をとる。

 

「失礼します。マ・グベ少佐はいらっしゃいますでしょうか?」

「少佐は現在お忙しい。言伝なら聞いておいてやる。」

 

ずいぶん無礼な口ぶりだ。階級自体はこちらの方が上なのだが、上役の小姓みたいな者だからかすごく礼を失している。いじわるもできるがここは預かってもらおう。

 

「ではお願いしまう。内容は『少佐殿がご所望の壺にいくつか心当たりがあります。お返事をお待ちします。リーガン・ロック中尉』でお願いします。一時一句、間違いなくお伝えください。あなた自身のためにも。」

 

そう言って、俺はその屋敷を後にした。おそらく早ければ明日中には返事が来るはずだと考えながら。

次の日に、予想通り返事がきた。というより、本人が来た。

MS用のシュミレーターに入っている時、いきなり呼び出しを食らったのだ。

交代の人間にデータを変えてから訓練をしてくれとつぶやいてから俺はシュミレーターを離れた。

俺が訓練に用いてるデータは後輩による改造データだ。大抵の者が使うといじめになる。

 

(後輩に頼み、前世のアナベル・ガトーとジョニー・ライデンのデータを再現した仮想敵を相手に行っていが。・・いまだに勝てない。自信を失くしそうだが、生き残るためには必要なことなんだよな)

 

士官用の待合室に入ると、マ・グベ少佐が俺を待っていた。不機嫌そうな顔だが、落ち着いていないのがわかる。これでも策士なのだから人間わからないものだ。もっとも詰めが甘いと酷評されてもいたが。

 

「君がリーガン・ロック中尉だね。言伝は受け取った。」

「は、わざわざ小官ごときのためにお越しいただけるとは思いませんでした。本来、こちらから足を運ぶべきであるのに申し訳ありません。」

「昨晩はうちの門番が君を不快にさせたようだったからね。当然のことをしているだけだ。・・それに、私はこう見えて趣味人でね。骨董品収集もその一つだ。それで、例の壺は?」

「申し訳ありません。実は官舎の方においてあります。ただ、念のために写真と鑑定書が手元にありますので確認してみますか?実物はその後ということで。」

「・・まあいい。とりあえず見せてくれ。物は後の楽しみにさせてもらおう。」

 

実際、物も写真も鑑定書も本物である。

昨晩、同志の一人がコレクションしているのを思い出したので泣く泣く譲ってもらった。

二束三文で。その際に『ドロボー』とか『鬼』とか言われたが気にしない。

この国の将来のためである、俺は鬼にもなろう。なんか違う気もするが。

 

「本物だ。しかし、よく見つけたな。それに私の趣味まで知っているとは」

「こう見えて閣下のファンの一人です。閣下のような方に愛でていただけるのでしたらその壺も幸せでしょう。」

「ふふ、君もなかなか世辞がうまいな。」

 

正直、本題に乗せるための前段階であるこのやり取がつかれる。とはいえ、今後のためだ。

 

最近の状況を確認していると前世と同様、この後世でもマ・グベはリシリアに重用され始めている。

だが、まだ本格的ではないとも感じた。直接的な接触もいまだないと裏が取れている。こちら側に転ばせるなら今と判断したのだ。リシリア派中枢の情報を手に入れられる人間との繋がりは今後重要である。

 

「そんな少佐のことですからリシリア閣下からも期待されているのでしょう」

「期待かね?」

「違うのでしょうか?」

「判断は付きかねている」

「そうですか。私はデラーズ准将から少佐のご高名を聞いたのでてっきりリシリア閣下もそうだとばかり」

「・・ほう、デラーズ閣下がそんなことを?心にもない」

 

マ・グベは俺がデラーズの交流会に出席していることは知っている。だからこの会話も顔見知り故だとすぐに理解してくれたようだ。

だが、かなり冷めた反応だ。やはりデラーズとマ・グベは剃りがあっていないようだ。

もともと、ロマンチストと言っていいデラーズと自己陶酔型のナルシストであるマ・グベでは微妙にかみ合わないところがあるからだろう。だが、まだやりようはある。

 

「それは少佐殿の実力を軽視できないと考えているからですよ。露骨に評価できない立場です。もし、少将または中将ともなればそれもできますがあの方は准将ですから。」

「将官として微妙な位置だからだと?つまり目上を気にしているのか?」

「そのようでした。閣下は少佐殿の直接の上官殿からにらまれているようです。デラーズ閣下はマ・グベ少佐のことを『少佐にしておくには惜しい人材だ。私なら大佐でも惜しくない』とよくぼやいておりました。」

「ほう、私のことをそこまで買ってくださっていたとは。・・正直、信じがたい。」

「私も正直に少佐殿とじっくり話をすれば誤解も解けるだろうと勧めたのですが、その折にリシリア閣下の耳に入ったらしく露骨に釘を刺されまして。」

「釘を?」

「はい、『私の駒に勝手なことをするな』と。」

「!!」

 

いささかたちが悪いかもしれないが、リシリアはそのような発言はしていない。

思っている可能性は高いが口には出さないだろうと思う。

だが、前世では彼の死後にその傾向がある。マ・クベの戦死が確認されても当時のキシリアはそれほどショックを受けた様子はなかった。作戦行動そのものにも動揺が見えないことからもそれは紛れもない事実と言えるだろう。おそらく、シャアやララァという代わりの手駒を手にしたと思ったからに他ならない。

だからこそ、俺は今のうちにマ・グベにそれとなく言ってやったのである。『リシリアはお前を買っているのではない。捨て駒を集めているのだ』と。

 

「・・いささか口が過ぎました。曲がりなりにも閣下の上官に対して礼を失した言動であったと思っています。申し訳ありません。」

 

その気になれば先ほどのような発言はそのまま、親衛隊やリシリアに妄信的な兵に引き渡されても文句は言えない。だが、マ・グベは一笑にふした。

 

「他愛のない趣味の席での発言だ。私は何も覚えていないよ。ただ、モノはやはり別の機会に見せてもらうことにしよう。今回はこの写真で我慢する。」

 

そう言って彼は部屋を出ようとしたが、何かを思い出したように一言呟いた。

 

「今度は実物をこの手で触って愛でたいものだ。場所の指定は君のほうでいいからいつでも私に連絡したまえ。後、デラーズ准将殿にも『目に留めていただき感謝します』と伝えておいてくれ。」

 

そう言い残して、部屋を出て行った。

どうやら成功したといえるだろう。だが、念のため同志に頼んで様子はみてもらうつもりである。だが、これで楔を打ち込めたと俺は確信していた。

 

 



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第七話 バカと天才

その日のうちに、マ・グベのことをデラーズに報告すると少し、ぶぜんとした顔になりながらも俺を評価してくれた。

ただしその後、叱られた。なぜだ。

最初はそのように思ったが、デラーズをはじめメンバーの言をまとめると。

 

そんなに私は信用できないか。事前に相談ぐらいはしてほしかったのだよ。

秘密主義を全否定する気はありませんが、リシリア派に評価されてきている相手なのだから危険だったかもしれないんですよ。身を案じるべきです。

先輩は慎重に見えて実際は、大胆な人ですからね。ま、正直に説教を聞いていください。

 

などなど、会の仲間たちから一晩中言われ続けた。

途中、後輩まで参加してきたので、『レポート』の件を糾弾して地面に沈めておいた。

後、ついでにいろいろ問題のある報告をしに来たらしい。

ムサイ級への改修を開始しているという報告とチベの大幅改造の進捗状況についてである。ただ、チベの改造に関しては内容があまりに極端なので全面的には承認が下りずに試験的に一隻だけ行うこととなったらしい。

 

(ああ、まあわかるよその意見。良識で見ればあの改造はすでに別物を作ると同義だし。)

 

「先輩、上層部に掛け合ってもらえませんか?」

「無理、不可、却下する。」

「デラーズ閣下。掛け合ってもらえないでしょうか?」

「却下だ。・・今はあきらめたまえ。」

 

少し、含みのある言い方だ。

今は?今後はする可能性があると?正気なのかデラーズ?!

叫びだしたい衝動を抑えるのには苦労した。

この後輩を暴走させるととんでもないことになるのはすでに判明していることなのだ。

それを立証した事件が『ザク超兵器化事件』というものだ。

 

 

半年前のある日、俺が後輩に呼び出されてきた格納庫でのことだ。

俺は見た。ザクであってザクでない別の何かを。

どう見ても、リック・ドムだった。頭部形状はザクⅡだ。しかし、それ以外は別物だった。

よりズングリとしたボディ、かなりの重量にも耐えられるだろう脚部、それと同程度の腕部が即座に目に入った。しかも、その傍らにはその機体の装備とわかるものがおいてある。要約すると以下のようなものだ。

 

1.ヒート式投射ノコ(なんかブーメランぽい)

2.ヒートナギナタ(ゲルググが持っていた装備のヒート版?)

3.110mm固定型機関砲(前世の死直前に見たような形状)

4.試作型360mmバズーカ‐リボルバー弾倉方式‐(なんか危険物のにおいが)

 

とりあえず、殴り倒した。

2番はギリギリ認めよう。量産機搭載もことによってはOKされるかもしれない。

だが、問題は1番・3番・4番だ。

1番は会のメンバーに聞いた。前世のある機体が使っていた武器の劣化型だ。

間違いなく再現しようとしたとわかる。だが、いろいろ欠陥がありそう。これで味方にあたったりしたら目も当てられない。自分の装備にゆっくり引き裂かれていく友軍機なんぞ見たくない。

 

3番は前世でシーマが乗機にしていた機体の武器にかなり酷似していたものがあった。

後輩によると機体内部に埋め込むタイプらしく両肩か胸部に装備する案があるらしい。ただ、欠点として弾詰まりの確立が50%以下にできないとか。

・・却下だ。いざ撃ちたいときに詰まって撃てないは洒落にならん。下手すると引き金を引いた途端、暴発もあり得る。自分の武器で機体が爆散。絶対御免だ。

 

4番は本人自信の一品と言っていた。

前世で360mmバズーカは普通にリック・ドムが装備していたので名称だけなら違和感がない。

ただ、リボルバーにした意味を聞くと、『いちいち弾倉を替えると連射できない』という問題を解決するために一発毎に回転補充されるリボルバーを採用し、火力と簡易的な連射を追及したということだった。

もっとも、重量と利用度の問題から3発が限度だったと悔しそうに語っていたが。・・一応、実用性はありそうなので保留としたが、『誰が使うんだ?』と思っていたら後輩が使ってほしそうな目でこちらを見ていた。俺はモルモットじゃない!!

 

もちろんこれ以降は改造させないために機体・兵器は没収した。

『黒鉄会』最大の危険物となっている。

ただ、ジオニック社やその他多数のライバル会社の職員がたびたび見学に来ているらしい。

優秀だが、バカなのがたまに傷な我が後輩であった。

 

「ところで、先輩専用MSについてなんですが」

「待て。いつ俺専用機ができたんだ?」

「先輩、照れ隠しとはいえひどいです。ほら、半年前に見せた例の」

「あれには乗らないといっただろう!もうじきザクが回ってくるからそれに乗る。」

「先輩の上司に頼んで、例の専用機調整をお願いしましたから先輩の機体はありませんよ。」

「勝手なことをするなー!!」

 

冗談じゃない。あんな問題機に誰が乗るものか。

何とか実地演習前に機体を撤去しなくては。とりあえず先輩に連絡を。

 

「あ、それと先輩の上司はすごく気が合いますよね。例の機体を持っていったら『調度ザクが明日くるからさっそく使わせるよ。俺もこれで同期連中に鼻が高くできるな』と笑いながら承諾してくれました。」

「嘘だ~!!」

 

どうやら退路も事前に絶たれた挙句、先輩によってお膳立てすら終わっていたようだ。

つまり、俺は普通の機体に乗ることはしばらくない。あの異常スペックの異様に目立つ機体で演習や実戦に出なくてはならないのか。

俺は後輩を再び地面に沈めたのちに、自室に戻って泣いた。

 

演習の結果、俺はベスト3に入る成績を出すことになる。

その後、一部兵士が俺の使っていた機体を試し乗りしたがった。

ただ、皆一様に青い顔で戻ってきては吐くものが続出しただけだったが。

 

(うん、わかるよ。武器もそうだが機体性能がリック・ドムより間違いなく上だし。ザクのつもりで運用すると機体Gに耐え切れない。・・我が後輩よ、いったい君は何を作ったのかね。)

 

その後、俺は特例で少佐にまで引き上げられてしまった。あの機体を試し乗りした者の中にかなりの実力者が混じっていたようでその推薦があったとか。

最初は固辞していたのだが、マ・グベからも受けとっておくべきだと言われたので仕方なくであった。

一応、他の同期に階級が並んでいたので結果オーライと俺は開き直った。

だが、そのうれしさはたった二週間しか続かなかった。

国内で、のちに歴史事件として残る『ジレン爆殺未遂事件』によって。

 



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第八話 ジレン爆殺未遂事件

その事件が起きたのはリーガン・ロックが少佐に就任してから2週間ほどしてのことであった。

この日、ジレン・ザビはデラーズ准将との打ち合わせを終え、執務室で連邦との開戦についての計画とMS配備の進捗状況をチェックしていた。

本来であれば、何事もなくこのまま帰宅の途に就くはずであったが、今回は違った。

突然、その執務室で爆発が起きたのだ。

執務室の扉を吹き飛ばし、他の部署の者たちが気づくほどの破壊力は凄まじく、当初は生存者などいないとも思われた。

しかし、よほど悪運が強かったようで生存者はいた。

ジレン・ザビとその小姓2名。さらにその直前に『ファーレミュンデ機関』から報告を行いに来ていた連絡員1名である。全員が救急病院に搬送され、徹底した警護のなか治療が行われた。

 

ジレン・ザビは左目を失明と全身にやけどを負ったが意識は戻った。

彼の小姓2名は、手術のかいなく死亡が確認された。

連絡員は、一命は取り留めたが全身火傷と頭を強く打っていたようで意識不明の重体。

という連絡が関係各所に報告された。

病院はジレンの無事に安堵の吐息を漏らしたが、事態はまだ終わっていなかった。

いったい誰が、『ジレン暗殺を行おうとしたのか』である。

本来であればジレンの親衛隊が捜査を行うべきなのだが、再度の暗殺の可能性が拭えぬため、ジレンへの警護に専念することになった。それを受けて、捜査はロズルとリシリアがそれぞれ兵を出して行っている。

だが、現在の有力容疑者として一番に上がっているのはほかでもない。

エギュー・デラーズ准将。『黒鉄会』の代表にして我々の導き手である。

 

「デラーズ閣下がそんなことをするわけない。『計画』の準備段階に入っているこの大切な時期にこんなあからさまなことをするわけありません。」

 

俺が会を見に来た時、最初に話しかけてきた若い男が不安そうに意見を主張した。俺もそれに答えるようにうなずきながら口を開く。

 

「私もそう思う。念のためロズル閣下にも確認したが、『そのような計画は立てていない』といっておられた。向こうからも『こちらの計画の一端か』と聞かれたが、こんなことは予定していないし、デラーズ准将は潔白だと説明しておいた。ただ、リシリア側が執拗に追及しているらしい。」

 

ロズル派と我が『黒鉄会』は、『デラーズ准将はジレン・ザビ閣下の親衛隊隊長であり爆破前の打ち合わせも元々、ジレン自身からいきなり提案されたものなのだからこのような計画的な爆破実行は不可能である。』と論陣を張った。

だが、リシリア派は強硬に『身近にいて確実にジレン閣下の予定を確認できる立場であるデラーズが誰よりも確実に爆弾を仕掛けられる立場にいた。しかも、彼自身は爆破に巻き込まれていない。最有力容疑者だ。疑いは拭いきれない。』と繰り返している。だが、いささか妙だ。

 

「リーガン少佐。私は爆破可能なものが最低でも後『4人』はいるはずと考えます。彼らは考えられませんか?」

「4人。ジレンの小姓2人、連絡員1人、そしてジレン自身・・か。」

「小姓2人は除外してもよろしいのでは?現に彼らが犯人なら自身が死んでいるわけですし、動機が無いように思いますが。」

「それにジレン・ザビ自身も除外するべきでは。わざわざ自身で爆弾を仕掛けて、左目を失明しているのですから自作自演にしては過剰すぎるようにも思います。」

「となると例の連絡員だが、部屋に入った際に彼は何も持っていなかったと見回りの兵が証言している。これも考えずらい。・・いっそ自爆テロと仮定して小姓2人の犯行とか」

「そうだとしても妙ですよ。その気ならわざわざ今日でなくても機会は腐るほどありました。むしろ一昨日ならリシリア派とロズル派の小競り合いが市街で起きていましたから兵士も出払っています。そちらの方がやりやすいですし、救急車の到着も遅れたはずです。なのに、わざわざあの日を選んだ意図がわかりません。」

 

会のメンバーといろいろ情報をもとに仮定してみるがいささか無理のあるものになり、根拠に乏しい。泥沼にはまった気分であった。

一刻も早くデラーズの無実を証明したいのだが、状況証拠がデラーズ犯行説を強固なものにしてしまっている。ジレン自身に当時どんな様子だったかと尋ねようにも我々が『黒鉄会』という理由で親衛隊から病棟出入りを禁止されてしまう始末である。そもそも、デラーズが犯人ではないとしてこの時期にジレンを暗殺して得をするものがいるのだろうか?

 

そんな時であった。ある人物から連絡があったのは。

 

「かなりそちらは混乱しているようだが、今は大丈夫かね?」

「マ・グベ少佐。電話とは言え危険です。盗聴されてたりしたら。」

「問題はない、先ほど確認した。それに、今はデラーズ准将の粗探しで忙しいらしくて周りの目はほとんどそっちにいっている。」

「そうなのですか。しかし、こちらも錯綜しているので手短に要件をお願いします。」

「・・実は今回の暗殺未遂は『雌豹』が黒幕だと君に伝えておきたくてね。」

 

『雌豹』。それは『黒鉄会』とマ・グベなど一部の協力者との間で使われている言葉である。

ある人物のことを表しており、俺はマ・グベとのつながりを持ったあの日から結構この単語を互いに使っていた。そう、『リシリア・ザビ』を表す隠語として。

 

「!どういうことです。なぜ、ジレン暗殺を『雌豹』がこの時期に行うのですか?」

「どうも、『雌豹』子飼いの『蛾の森』がジレン閣下のある機密文書の内容を知ったために凶行に及んだらしい。」

 

『蛾の森』も無論隠語である。我々の間ではこの言葉はリシリアが創設した諜報機関『リシリア機関』のことを表している。

蝶と似て非なる蛾が集う森とはよく言ったものだ。いろいろな皮肉が籠っている。

 

「それは、リシリア派にとってネックになるような文書だったのですか?」

「少々違う。リシリア派ではなくリシリア・・もっと巨大な括りで女性全般にとって容認できない文書だ。」

 

それは、前世では聞いたことがない文書でありこの後世で、ジレンが抱えているものが選民意識だけでなく、女性蔑視も持ち合わせていることを如実に表す内容であった。

『ヒュドラカースト文書』。略して『ヒュドラ文書』とも呼ばれるようになる機密。

戦端開始と前後して行う予定となっている女性差別推進とそれに関連する政策をまとめたものであった。

 



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第九話 決起

件の『ヒュドラ文書』によれば、戦争開始と同時に各コロニーで女性の死亡率低下を図るために女性をパイロットから外す。

戦後からは戦争に貢献したパイロットや軍人を評価するために女性の身分を低下させる階級制度を作るつもりだったようである。その階級制度の形には見覚えがあった。

人類が地上だけで争っていた頃に、ある国で作られた階級制度で一般では『カースト制度』として知られている。細部には違いがあったが、根っこが同じなのは見て取れた。

 

「確かにこれは見過ごせませんね。しかし、なぜこのタイミングで」

「それは、ジレン閣下が連邦との戦端開始を今年中にするべきだと考えていた故らしい。」

「!!」

 

それは初めて聞く情報であった。

各所から集めた情報では軍部をはじめ他の機関や政治関係者は後1、2年先だと考えていたのだ。我々『黒鉄会』も前世と後世の比較から似たような予想を立てていたのだが、どうやら遥かに早く情勢が動き始めていたらしい。

 

「いくらなんでも早すぎませんか?それに、何を口実に」

「貴官は知らないだろうが先週、連邦から再び圧力がかかったのだ。各サイドから産出される鉱物資源をさらに5%多く地球に輸送、もとい収めるようにと。このままではMSや戦艦建造に回す余力が一切ない状態に追い込まれる。その前に動くつもりだったようだ。」

 

頭の痛い問題がまた浮上してきた。この時期に連邦からそのような要請があったとは。

前世では公表すらされていなかったが、水面下で資源の融通や強要命令があってもおかしくない。

それは、この後世でも同様の問題点であった。

 

「となると今回の事件は開戦を急いでいたジレンの動向を探っていた『雌豹』の密偵が『ヒュドラ文書』を発見してしまい。ジレン主導下で開戦させるわけにはいかないと考えたために引き起こされたというわけか」

「『雌豹』からすれば、せっかく築き上げた自分の派閥を『女だから』という理由でつぶされかねないと考えたためだろう。だとしても浅はかなことだ」

 

他人事ではあるのだが、巻き込まれてしまった以上は対策が必要である。

そして、皮肉なのは開戦が予想より早まっていることが判明した以上、『国の首を挿げ替える必要が出てきている。』という意見はリシリアと意見が一致しているのだ。

ただし、巻き込まれた側としては組むのは論外なので排除することに変わりはないが。

 

「マ・グベ少佐。『雌豹』の一派に今からいう情報を意図的に触れるようにしてくれませんか?」

「私の立場を保障してくれるならば。」

「それは大丈夫です。内容は『ロズル中将に謀反の可能性あり、近日中にソロモンに向かい決起の準備に入る公算高し』と。」

「・・ちなみにその情報は事実なのかね?」

「少なくとも、明日巷ではその噂でもちきりになるはずです。それに、ロズル中将は明日の朝にソロモン宙域の要塞視察で艦船とMSを率いる予定になっていますから。」

「まあいい。それとなく『蛾の森』の耳に入るようにしておこう。」

 

この情報は一部が真実である。ロズルは新編成されたムサイ級艦艇の演習を行う予定になっていた。

ただし、爆殺事件後に予定を変更せずに行う素振りをすることでそれをジレン暗殺未遂を受けた行動とリシリアに思い込ませることができる。同時に情報をあえてリークしてやれば疑う余地もない。

恐らく、早ければ明日の夜。遅くとも明後日には本格的に行動に移るはずだと俺は予測していた。

 

 

次の日の夕刻、予想にたがわずリシリアが動きだした。

今朝、同志から爆殺事件の調査本部に顔を出さなくなったと連絡があったのだ。それと前後するようにリシリア派の兵士がズム・シティの軍主要施設に集まりつつあるという情報が入ってきている。

 

「リーガン少佐の読み通りなのですか?」

「まあ、今のところは予定通り。首都から現存する最大の敵対派閥のリーダーであるロズルが離れたとなればこの気に政権奪取を企てる可能性は高かった。・・まあ、エサを撒いて誘導したのだけど。・・後はデラーズ閣下と連絡を取れればいうことなしなのだが、あの方はうまくやるはずだ。」

 

ただ、いささか気になるのはジレンとその親衛隊の対応があまりに緩慢であることだろう。

いくら、負傷しているとはいえこうも露骨にリシリアとロズルが政権獲得に動こうとしているのに何のアクションも起こさない。そこが気になるところではあるが、今はリシリア排除と実権奪取が優先である。

 

「頃合いだな。巡洋艦『ファブメル』に打電。『雌豹は餌を食らう、トラバサミを望む』と。」

「はっ!」

 

 

あくる日の03:00、リシリア派兵士がズム・シティの各軍拠点と軍ご用達の軍事会社を襲撃した。各所に100人から150人で構成されたジオン兵士がライフルを持って自分たちの首都を蹂躙するのは異様な光景であっただろう。

迅速な占領が開始され、レキン公王は即座に身柄を拘束された。ここまではリシリアの予想通りであったといえるだろう。だが、問題はこの後であった。

 

同日04:00、占領完了と報告を受けていた宇宙港の通信が途絶したのが皮切りであったといえる。リシリアは知りようがなかったが、これはソロモン視察に出ていたはずのロズル旗下の部隊が取って返した結果である。

さらに、ジレン確保に向かわせた兵士が鎮圧・無力化されたという連絡も重なった。

これを行ったのはリシリアの不穏な挙動を漏れ聞いていたデラーズが親衛隊指揮に復帰し、兵を動かしたからであったが凶報はさらに続いた。

マ・グベに預けていた兵士200人が、情報省を占領していた200人に突如攻撃し始めたという内容の報告が届いたのだ。それを止めるはずの指揮官マ・グベはその翻意した200人の一人だから事態は深刻であった。

リシリアはこれを鎮圧するために拠点としていた宮殿の警備から兵力を割いてマ・グベ一派の鎮圧にあたらせたがこれこそが『黒鉄会』の狙いであった。

 

04:25、宮殿から兵力が割かれたのを確認したのちに『黒鉄会』同志とその支援者で組織された500人が決起。各所の混乱の中、宮殿へ突入した500人はリシリアの確保には失敗するも、中枢の指揮系統掌握に成功した。

04:45、宮殿から辛くも逃れたリシリアは残った兵士を伴ってコロニーからの脱出を図るもあらかじめ予期されていた。デラーズとリーガンの忠言で待機されていたMSに脱出直後、船ごと拿捕された。

この時、ズム・シティ内のリシリア派兵士はほとんどロズル派・『黒鉄会』連合の兵士によって鎮圧されていたため抵抗はなく、あっけないほど簡単に身柄は拘束された。

 

かくしてサイド3内(ズム・シティ近辺)でのリシリア内乱は短期間で武力鎮圧されたのである。

だが、これはその後長く続くことになる戦争の序章に過ぎなかった。

 

 




名称を微妙に変える意味についての回答
あくまで似ているけど同じではない等ことの象徴と考えてくださると助かります。


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第十話 脱却

 

リシリアの決起からようやく1日がたとうとしていた。

ジレン爆殺未遂の真実も派閥関係者の事情聴取であらかた浮彫になりつつある。

 

ジレン暗殺未遂は例のジレンの小姓2人を抱き込んだ犯行であった。

2人の両親を人質にして実行犯に仕立てたことが分かったのである。ただ、爆破直前に連絡員が入ったことで仕掛けていた場所からジレンが離れてしまい、命を奪うには至らなかったのが誤算であった。そのため、スケープゴートにジレンの周りを排除しようと考えて今回の騒動を考えたらしい。

 

「しかし、皮肉なものだ。その当のジレンがあの状態だとわかっていたらあの女もここまでしなかっただろうな。」

「同感です。」

 

ロズルとデラーズ、そして俺はジレンに直接面会してきた帰りにそうぼやくことになった。

確かにジレンは生きていたが、当初の報告とはかなり状況が違っていたのだ。

報告では左目の失明に全身火傷となっていたが、実態はさらに重症だった。

何しろ両目とも完全に失明、しかも爆発物の破片で脊椎損傷による下半身不随であると説明されたのだ。

ぶぜんとした顔つきで、爆破前と変わらずに指導者然とした雰囲気を出していたが、どう見ても執務継続は不可能だ。戦闘指揮など論外だろう。

つまり引退は決定的だ。

 

(リシリアは労せずして実権を手にできた可能性もある。少なくとも先の『ヒュドラ文書』の内容を実施することはもう不可能なのは誰の目から見ても明らかなのだから、わざわざジレンの周りをさらに削る意味はなくなっていた。今度本人に教えてやるか?)

 

そんないやがらせのようなことを考えていたが、それどころではないことを思い出して顔を引き締めた。緊急時とはいえ、予定を大幅に繰り上げた上に独断で計画を実行した。

正直言えば早すぎると思えなくもない。

 

「決起のことを気にしているのか少佐?」

「さすがに早すぎました。準備にもう少し余裕を持ちたかったと思いまして。」

「気持ちは私も同じだ。だが、ジレンが開戦を考えていたほどならもはや避けられないのも事実だ。後は、進むしかない。」

 

そう、どちらにせよ進むしかもはや選択肢はないだろう。

このお家騒動もいずれ連邦に知られる。いや、既に知られていると思うべきだ。

ならば、向こうに出鼻をくじかれる前にこちらから先手を打って行くべきなのである。

 

 

デラーズと今後の意思を確認し合ったその日の午後、ロズル・ザビが演説台に立った。

立場としては総帥代行。あくまで仮という肩書だ。ただし、それもおそらくこの時までだろう。

 

『知性と勇気を併せ持ったジオン市民諸君。先日、我が兄にして総帥であるジレン・ザビが暗殺されかけたことはすでに見聞きしていると思う。そして、その実態が何であったかも大半の者がすでに知っているはずだ。』

 

既に昨日のリシリア謀反の詳しい経緯はあえて国民全土に流している。本来は隠すべきなのかもしれないが、戦時中に暴露されて士気が下がるよりは潔く公表する方がいいという判断である。ロズルは一拍間をおいて再び口を開く。

 

『我がザビ家の権力争いが危うく国を破滅へ導くところであったと、私はその肉親として何らかの責任を取らなければならないと考えた。そこで私は現在、ザビ家関係筋の政治団体と右翼組織の解体を警察に厳命している。・・無論、私もこの演説後に総帥代行を正式に辞任する予定である。』

 

国民全体からざわめきが聞こえてきている。

無理もないことだろう。ザビ家はジオン・ガイクン(前世のジオン・ダイクン)無き後、その意思を継ぐ者としてレキン公皇が先頭に立って、政治・軍事両面で発言力を増大させていった歴史を持つ。それを当のザビ家の一人が否定するような発言を行っているのだ。

 

『我が父、レキン公皇も正式に引退し公皇そのものの位も排棄することを決定している。もはや私の発言に実行力は失われつつあるといえるだろう。ただ、国民諸君。今少し、私に耳を貸していただきたい。我が国は現在、生きるのに精一杯なこの状況に置かれてなお搾取される立場にある。誰に?

聞くまでもない。地球に住む特権階級者、そして連邦政府によってである。』

 

ロズルの演説は当初、デラーズが代理で読み上げるつもりでいたが、今回の騒動と今後のためにも自分が行うというロズルが買って出ている。いささか酷であると思いながら。

何しろ、我が『黒鉄会』はザビ家独裁から脱却することこそが連邦との戦争に対処するために必要なことだと考えていたからである。

 

『連邦政府に対し、我々は長い間自治権独立を訴えてきた。だが、連邦政府はそれを拒否するばかりか我がサイド3をはじめ他のサイドに対しても植民地のような扱いをいまだに続けている。これを容認することはザビ家としてではなくジオン軍人として看過できない。

だが、連邦の力は巨大であり、戦力差も圧倒的である。それに対抗するにはあるものが必要だ。それは何か?国民皆の誠意と協力である。

この戦いは我々ジオンだけのものではない、ましてザビ家の覇権目的でもない。全サイドの独立と自治権を勝ち取るための戦いである。どうか、今少し私に、いや軍に力を貸していただきたい。』

 

この演説は賛否両論で紛糾したが、賛成派が大多数を占めた。

ザビ家支持者もいたことは確かだが、コロニーの自治権確立はもともとザビ家が実権を握る前であるジオン・ガイクンの意思でもある。

かくして、ロズルを軍の象徴に据えた新体制の下、連邦との宣戦布告に踏み切ることとなったのである。

 



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第十一話 新生ジオン

さて、新体制発足に伴ってザビ家独裁体制は大幅に見直されたのはもはや語るまでもないだろう。

今までの公皇をトップに据えた組織体制は事実上解体。

代わりに『円卓議会』を臨時に導入した。

この議会ではそれぞれ内務、教育、治安、軍事、外務、資源、技術の7つの役職で構成される。

それぞれがその手の専門家に一任するやり方だ。

開戦を控えている以上、それぞれの専門家に職務を一任することで国内を安定させることを目的にしている。

最初は『黒鉄会』主動で選定したメンバーを用いることになるが、3年毎に入れ替える方針もすでに公表している。ただ、この制度導入に当たり憂慮することもあった。

戦時突入したがゆえに、国民から批判されないかということである。

だが、それは無用な心配だったようだ。

 

当初、国民の中にはロズルがこのメンバーの中にどうせ含まれると思っていた者が声高に批判したが、彼は既に辞退していることを発表した。

それによって、国民は意外に好感を示している。

結果として、今回は以下のようなメンバーが『円卓議会』の主要メンバーとなった。

 

内務代表:ムハラジャ・カーン(前世のマハラジャ・カーンでこの後世では非ザビ派)

教育代表:カサレフ・N・ミノフスキー(前世のミノフスキー博士)

治安代表:ハルトン・ライリー(黒鉄会メンバー・前世オデッサ基地警備出身)

軍事代表:エギュー・デラーズ

外務代表:ロスター・カーティス(前世のウォルター・カーティス)

資源代表:グライド・ヒープ(前世のユライア・ヒープ)

技術代表:ゲニアス・サハリン(前世のギニアス・サハリン)

 

では肝心のロズルはどうしたか。

彼は、ソロモン守備隊司令官という前世と似たような役職に就き、職務に励んでいる。

ただ、俺が知っていたロズルよりもかなり落ち着いた感じになっていたので前よりも視野の広い采配が期待できるだろう。

 

結果、速やかに確認すべき問題は目の前の『これ』についてだ。

 

今、俺の目の前には後輩がいうところの『リーガン専用リックドムモドキ』がある。

だが、おかしい。明らかに見た目が前回と違う。

 

「あれから2週間しかたっていないのに。実地訓練時のデータ解析と整備点検をすると聞いていたのだが」

「いやー、ツィマド社から新型に使う交換用部品のテストを委託されたんです。で、それも一通り終わって良好な結果だったからついでにそれを先輩の機体に流用してみたんです。意外に親和性が高いから飛躍的な性能向上が」

「それ以前に、これはいったいなんになるんだ!?お前、いい加減にしろよ!!」

 

何しろ、あのズングリむっくりした胸部はかつてのザクのようにスマートになっている。その一方で、両腕・両脚は小さくはなっているがやはり他からするとまだ太い。

それと気のせいだろうか、背面部にすごく不吉なものを背負っているように見える。

 

「・・一つ確認したいのだが、あの背中にあるものは」

「よくぞ聞いてくれました。あれはUC0070の初期試験型MSに搭載されていた高速推進用バーニアです。ジオニック社で当時、3機に試験搭載されたらしいのですが機体が加速に耐えられなかったとかで保管庫で眠っていたのを拝借したしだい」

「よせ、やめろ、聞きたくない!あれはもろに欠陥品だぞ!!」

 

まさに俺の中の『黒歴史』入りしていた兵装と同型だったようだ。しかも、拝借って。

改修は?改善は?してないのか?安全性は?

あれのために俺がこの世界に転生できたのではなかったか。

 

「大丈夫ですよ。前の実験機と違って先輩の機体は高速での移動にも耐えられるようになっています。それに、念のためにリミッターを付けていますので最大出力下で利用するかはパイロットに一任できるようにしましたし。」

「誰でもいいから、俺にふつうの機体をあてがってくれよ。」

 

毎回、この後輩は俺が必要なものは作らず紙一重の物を作る変な癖がある。

連邦との開戦が近日に迫ったため、機体の確認に来たらこのありさまだ。

俺でなくても、頭を抱えたくなる衝動に駆られるはずだろう。

ただ、いいこともあった。ザクに代わる量産機が作戦実行用の主要部隊に先行配備されることになったのだ。ジオニック社・ツィマド社共同開発機『ドムB型』である。

当初は、重力環境下での運用を追及した『A型』という機体が開発されていたようなのだが、我が『黒鉄会』の要請で宇宙空間における戦闘を追及することになったため、そちらはペーパープランのままとなり同時進行していた『B型』が日の目を見ることになったのである。

 

『黒鉄会』の技術者に確認したらやはり、A型は前世のドム。B型は前世のリックドムであることが確認できている。ただ、A型のペーパープランは現在進行中の『重力化実験計画』なるものにつかえそうなので有効利用されるらしい。まあ、いいことなのだろう。

ただ、前世のリックドムには稼働時間がドムの4分の1というのが問題であったとある筋から聞いたことがある。量産機として致命的問題ではないのかと確認してみた。

すると、機体肩と腰回りに小型のプロペラントタンクを取り付けて長期運用を可能としたらしい。

涙ぐましい努力が見え隠れしてくる。同時に、俺の後輩が新世代量産機を模索中とのことだ。

あれに任せて大丈夫なのだろうか?

いや、オーダーメイド機や武器開発などは認めてもいいのだが、量産機開発向けの技術者ではない気がするのである。まあ、抑え役もたくさんいるから大丈夫だろう。

そう思おう。いざ、俺に何か言われても俺は何もできない。

 

次の日、俺は『作戦』実行に備えて俺の部下にあたる連中と顔合わせを行った。

なぜ今頃かと思う者も多いだろう。答えは単純だ。

兵員不足である。ベテランだけでは戦はできない。

しかも今回の作戦はおそらく今後を左右する。

そこで急遽、ジオン軍学校の上級生から優秀な者を繰り上げ卒業させてそれぞれの部隊に配属させたのである。そして、その中には『黒鉄会』で最初に俺に声掛けしてくれた青年もいた。

 

「リーガン少佐。私も少佐殿と同じ部隊に配属されることになりました。ご指導のほど、よろしくお願いします。」

「いや、私より俺の先輩方にいろいろ学んだ方がためになる。」

 

そんなことを口に出していると全員が首を左右に振っていた。

なぜ振る?俺よりお前らの方が宇宙空間内での作業経験があるはずだろう。

あれか、前のモビルスーツ酔いが原因か。あれこそ誤解であるはずだ。

俺が少佐に出世する一つの遠因となったMSへの試乗者全員が、『あれはザクではない!あれは別の何かだ!!』と口をそろえて叫び、俺は部隊内で『裏のエース』などと呼ばれるようになっていた。俺はそんな大それたもんじゃない。

 

「デラーズ閣下も少佐のことを評価してましたよ。自分がいないのに計画を遂行した手並みが見事だったとか。」

「光栄なことだよ。まあ、どれくらいこの隊にいる事になるかわからないが、しばらくよろしく。ええっと」

「デラーズ閣下から名前を聞きませんでしたか?何でも驚くからそのうち折を見て話すとおっしゃっておられたのですが。」

「いろいろ、ゴタゴタしてたからな。おそらく間がなかったのだろう。」

 

これには確信がある。この短期間で情勢が変化したのだから、そんな暇はなかった。

 

「では改めまして。私、シュルベル・ガトーと言います。以後、ご教授お願いいたします。」

「は?」

 

すごく覚えがある名前だった。そして、なぜデラーズが俺に黙っていたのかが理解できた。

 

「・・すまないが、君の前世は」

「前世では『アナベル・ガトー』で知られておりました。もっとも、私が覚えてることは断片的にしか覚えてないので。」

 

実に残念そうに語っていた。だが、言われてみれば納得はする。

実直な性格。それに繰り上げ卒業でここにそのまま配属されたということはMSパイロットとしては優秀ということだろう。下手したら、すぐ抜かれるかもしれない。

 

また一人、問題のある後輩が増えたのではと考える俺であった。

 

 



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第十二話 連邦の動向~連邦サイドの現状①~

 

ジオンがお家騒動を鎮静化させた頃、連邦でも変化が起き始めていた。

UC0073年12月。ジャブローにて今後の活動をいかに進めるかの会議が行われていた。

その中にエビル少将がいる。前世のレビル将軍だ。

前世では陸軍派閥出身であったが、この世界では海軍派閥から出世街道を進んだ猛者として認知されてきている。だが、ジャブロー上役の覚えはあまりよくない。

ジャブローでは別の人間2人を高く評価しており、この会議にも出席している。

サミトフ・ハイマン准将とシーサン・ライアー少将である。

 

サミトフ・ハイマンは前世のジャミトフ・ハイマンだ。

前世ではUC0083年で准将だったが、この後世では10年早くその地位を手中に収めていた。

現在は、『大陸間貿易公社』の理事の一人であり、連邦と公社との連絡役でもある。前世よりもしたたかさが見え隠れする人物となりつつあった。

シーサン・ライアーは前世のイーサン・ライアーである。

前世ではUC0079年時で大佐。レビル将軍に対抗意識を持っていたが、階級で出遅れ、MS部隊創設でも先を越され、作戦構想力でも追いつけない男であった。

だが、この後世ではサミトフと手を組んでおり、出世街道を突き進みエビル少将と同格にまで至っている。前世同様、性格は冷徹で兵士を捨て駒にすることもいとわない側面が随所に見え始めていた。

 

会議進行役はメンツが集まったのを確認して開始を告げたうえで、口を開いた。

 

「現在、サイド3周辺のコロニーで治安悪化が報告されている。それに伴って、今後軍としてはどのように行動するべきか?それぞれの立場で意見を自由に発言いただきたい。」

「治安悪化と言っても、暴動が他のサイドに広がるほどではあるまい。無視してよいと小官は考えますが。」

「それも一理あるが、他への見せしめをかねて軍を動かし、牽制に使うという方法もある。」

「そちらは軍を動かすのに理由が欲しいだけではありませんか?MSなどというブリキ人形を量産すると主張した手前、その実用性を内外に見せつけたい腹なのでしょうが」

「陸軍出の大艦巨砲主義者らしい発言です。前時代的考えだから有用性を理解できないのだ。だから懲りずに『戦艦増産、戦艦開発』などと無駄な予算を回しているわけですね。」

「!!貴様、無礼であろう。まがりなりにも目上に対しての発言とは思えん。弁え給え。」

 

エビル少将は会議開始と同時に首を振るだけであった。

普段から反りも合わないサミトフすらも同様に帽子をいじって呆れている。

当然なのだ。

この会議のような押し問答は実は、既に3回目。

各サイドからの自治権主張の嘆願書や参政権主張の意見書が来るたびに同様のことが行われていた。

 

元々、MS開発・量産を推進していたのはエビル少将である。

ジオン公国で発表されたミノフスキー博士の『新粒子論』とそれに関連する『MS兵器案』の重要性をエビルがブレーンとしている『ある男』から聞いたためであった。

当初は、たいしたものではないと思っていたが、ここ2,3年の状況は彼の危機通りになっている。

 

ジオン側におけるメガ粒子兵器の確立。

MSの実用実験の積極的推進とパイロットの育成。

重要拠点の要塞化強行。など、言った通りになっている。

無論、エビルもただ黙していたわけではない。

ジオンのMS開発計画に対抗するために、民間研究機関である『キリシマ研究所』にMS開発を依頼していた。

その結果、ザニーが誕生したわけである。

ただ、当初は各種戦線に対応できる装備も同時開発する予定であったが、事態が急変した。

 

同研究所が不正を行ったとして職員全員の隔離と全設備の接収が行われたためである。

職員はその後、エビルの根回しで釈放されたが、研究資料やそれに関連する装置などは『不正に関連する証拠』として返却されなかった。

ただ、その背後にMSの実用性を理解したシーサン・ライアーの影が見え隠れしているのを知るものは少ない。

不正そのものがねつ造されたものだと判明したころにはすでに手遅れだった。

シーサン子飼いの軍事会社『ユーラシアコーポレーション』が自社開発と称してザニーを公表したのだ。無論、エビルは強く抗議した。

だがこの頃、シーサンが国家安全監査官として着任していたことが勝敗を分けた。

彼自身の追及は一切行われず、真実は連邦上層部への賄賂で揉み消されてしまったのだ。

結果、ザニーを開発した『キリシマ研究所』の成果はなかったことにされ、その量産技術のすべてを『ユーラシアコーポレーション』が独占した。

これによってシーサンは連邦上層部のお気に入りとなったのである。ただし、あくまでザニーの位置付けは船外活動と砲撃支援機としてであったが。

結果としてシーサンの狙い通り、エビルは軍上層部から敬遠されるようになってしまいそれに伴ってシーサンが昇進していくことになった。

 

だが、それが思わぬ事態を招く。

エビルやシーサンすら予想していなかったことが起きたのだ。

今までは陸軍・海軍どこの出身であろうとほぼ出世の道は一本であった。

MAや戦闘機に乗り昇進。その後、戦艦勤務を経てジャブロー又は他所地上勤務という経路が当たり前だったのだ。

だが、MSの登場によりその価値観と出世経路が劇的に変化した。

安定していたはずの湖畔に石を投げ込んでしまったのだ。

今までは、陸軍出身の士官が戦艦勤務を終えるとジャブロー栄転というパターンが多かった。

だが、MSでの作業効率短縮は軍務での効率化を推し進めた。その反面、陸軍出の士官はなかなかMSの扱いに難儀するという事態が各所で発生した。一方の海軍出身者たちはMAなどに力を入れていたこともあって適応性が高く手足のように使いのなし始めた。結果的にこぞってMSを歓迎するようになった。だが、それによって派閥化が形成されることになったのである。

 

前世では現場主義のレビル・ティアンムの『強硬派』と、ジャブロー居残り組である『保守派』の二派が目立っていた。だが、この世界ではより極端に分裂していた。

つまり、陸軍出身将校の『戦艦優越主義』と海軍出身将校の『MS優先主義』にである。

 

この事態に至ったとき、サミトフは半ば呆れシーサンは打算による悩み顔になり、エビルは頭を抱えることになった。

結局、その後もズルズルと派閥争いが1年以上続いているわけである。

今回もその傾向があったが、事態は兵士の緊急電で急展開を見せる。

 

「会議の最中申し訳ありません。ただいまサイド3近辺の監視を行っていた船が『新生ジオンの使者』と名乗る者から映像書簡を受け取ったと連絡がありました。ただいま、データを転送いたしますので是非確認ください。」

 

それは宣戦布告そのものの内容であった。

その『新生ジオン』の主張は以下のとおりである。

 

『長きに渡る平等な対談要請をはぐらかされ、あまつさえ不平等な資源を要求され続けた我がサイド3連合体である『新生ジオン』は現在の地球連邦に対して以下の要求をするものである。

 

1.連邦政府管理下のコロニー公社の現地組織への引き継ぎ委託を行う。

2.各サイドの自治権を全面的に認め、各サイドに駐留させている軍艦船の撤収を行う。

3.1および2の要求が2週間以内に行われること。行われた場合、連邦と対等の立場を持つ者として交渉を改めて行う。

 

以上の要求が受け入れられない場合、我が『新生ジオン』ならびにサイド3全国民は全サイド・全コロニー市民の独立と自由を勝ち取るために、総力をかけてここに決起するものである。』

 

これは事実上の宣戦布告であり、国力比9:1と言われる戦いを開始することを向こうから宣言された最初の行動であった。

 

 



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第十三話 連邦の動向~連邦サイドの現状②~

 

あの最後通告のことは政府内だけで秘匿され、サイド3の情報を収集した。

だが、通告期限3日前になってそれが無駄になった。サイド3から連邦に通告された同様の通信が各サイドに向けて発信されたのだ。

無論、この情報は各サイドに衝撃を与えたが期待の声も同様に多く、連邦は早期の対策をとらなければならないと悟ることになるのである。

 

一方、サミトフは誤算が重なったと感じていた。

政変による軍部独裁かとも期待していたが、どうやら議会制に近いシステムを採っているらしい。

詳しくは情報不足であるが、サミトフ・ハイマンにとって望んでいた結果ではないのが彼を困惑させた。

当初はザビ家主導のジオンを討伐し、連邦軍の権威を確固とあるものにしてしまうのがサミトフの狙いであった。そのために、サイドへの物資強要や嘆願の無視を決め込むようにジャブロー上層部を誘導していたのだが、当てが外れつつある。だが。

 

(政変が起きるのは想定していなかった。リシリアあたりの策謀かはたまた別の勢力が関与しているのか?・・まあ、誰であれ問題はない。最後に勝つのは私なのだから。ふふふ)

 

サミトフの暗い思考は闇に溶けて行った。

 

 

同時刻、シーサン・ライアーはやはり打算をはじきだしていた。

開戦となれば実働戦力はもっとも手柄を上げられる配役ともいえる。とはいえ、実戦である以上危険ではあるが、負けはないはずだとも思っていた。

 

(戦力は圧倒的なはずだ。負けはあり得ない。となると私が死なずかつ敵を完璧に叩きのめせば出世は決まりだ。次は大将昇進もあり得るかもしれん。エビルの悔しがる姿が目に浮かぶようだ。はっははははは!!)

 

かくして己によっているシーサン・ライアーは死んでいく兵士のことなど念頭にすらおいていないのであった。

 

 

一方、エビルは今後どうなるかをさらに注視しなければならなくなった。

現在の政府は自分に艦隊を任せることはないだろう。何より信頼されていない。

それに、サミトフやシーサンがいるのにその必要もないだろう。だが、あの二人だと無益な犠牲が出るのは目に見えている。

 

「どう思うかねマフティー君。」

 

そう聞かれた当人はかなり若い。歳の頃は20代前半の落ち着いた印象を与える。

その一方で目つきが芯の強い性格だと主張しており、実にアンバランスな青年だった。

 

「失礼ながら、今のエビル閣下には止めるだけの力はありますまい。ここは静観するしかないでしょう。それに、まだ負けると決まったわけではありません。」

「しかし、万が一はあり得る。ジオンの将兵は優秀だと君も常日頃から言っていたし打てる手は打っておきたい。」

「・・ではサラミス級巡洋艦かマゼランを一隻用意できませんか?」

「どうするのかね?」

「焼石に水ですが、手持ちの『カード』を一枚切ります。準備ができたら言ってください。物資を担当の部隊に運ばせるので。」

 

そう言って彼は部屋を出て行った。

昔、転生者だといって接触してきた時から言葉より行動の青年であったが、今は余計にそれが目立つようになっている。だが、助かっているのも事実であった。

 

 

『マフティー・ナビーユ・エリン』。

彼は同志たちにそう呼ばれていた。だが、本名も同じくらい有名である。

前世の『ハサウェイ・ノア』。ホワイトベースの元キャプテンである『ブライト・ノア』の息子。

だが、その最後は壮絶であった。

連邦政府の腐敗を糾弾するためにMSによるテロと粛清を断行し、問題の是正を主張するが彼自身は連邦に囚われ処刑されている。

しかも、その情報は処刑後に公表されたが、それが連邦政府腐敗が決定的になったことを主張する情報として各所を席巻した。

連邦政府の弱体化と崩壊が目に見えて始まった瞬間だったといえる。

 

ただ、当のマフティーはこの世界に転生した。

だが、驚いたのはこの後世で一年戦争以前に転生したことだった。

UC0069年、巡洋艦サラミスのシュミレーター内だ。

銃で処刑された途端、目隠しが無くなり目の前にシュミレーター画面が飛び込んできたときには混乱した。新しいコックピットに慣れていただけに齟齬に苦しんだのは言うまでもない。しかも、偽名として使っていた『マフティー・ナビーユ・エリン』として転生したのである。

最初こそどうするか迷ったが、彼は事実を受け入れた。そして、こう思ったのである。

 

(おやじがいた連邦とは違った連邦に俺が導く。あんな腐りきったごみ溜めのために誰が人生を棒に振るものか。・・いや、振らせてたまるか!)

 

それ以降、彼は学生時代の知識を総動員してエビル(当時准将)に接触したのである。

当初は、きちがいの類と思われていたが、具体的な事例をあげたり現在の情勢の問題点を指摘していくと理解してくれたようで以後、協力者といってよい関係になった。

 

『キリシマ研究所』も実態は連邦側転生者の寄合みたいなものである。

マフティーがそれとなく接触した中から導き出した転生者を率いて作らせた箱ものであった。ただ、まさか横から成果をかすめ取る屑がいるとはさすがに想定してなかったが。

 

(まあ、それ以降はうまくやってるし大丈夫だろう。所詮は試験フレーム機だ。)

 

マフティーや研究所の人たちは別にそれほど気にしていなかった。

彼らにとってザニーは取っ掛かり兼一般量産用の看板程度だったのだから。

彼らは研究所閉鎖後、地下で勢力を増加させ軍内部にも独自のシンパを築くに至っていたが、感づいた者はすくなかった。派閥争いが隠れ蓑になったのはまさに不幸中の幸いと笑ったものである。

かくして現在、彼らは『クレイモア』という地下組織を形成するに至っていた。

 

 

そして、予想通りの命令が通告期限前日に各所で出された。

 

作戦名『月の夜』作戦。

計画案:連邦軍参謀部提出。

    シーサン・ライアーを臨時中将に昇進させ、艦船を率いて『新生ジオン』をなのるサイド

    反抗勢力を恫喝せよ。

 

という内容の命令が下された。

 

シーサンは狂喜し、宇宙に上がると同時に艦隊を静止軌道上に集結させた。編成完了と同時に輝かしい一歩になるはずの作戦に夢想を抱いていたのはいうまでもない。

だが、編成完了をまじかに控えた時、参謀部から情報がもたらされる。

ジオンがある『計画』遂行を画策しているというものであった。

『バルディッシュ作戦』。小惑星『ペズン』に核パルスエンジンを複数取り付けてジャブローに落下させるというものであった。

 

 



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第十四話 連邦の動向~驚愕~

「何を言っているんだ。そんなこといくらなんでも」

「しかし、決して不可能ではありません。質量兵器としての役割を果たすならコロニーでなくても問題はないはずです。しかも、『ペズン』ほどの小惑星であればジャブロー蒸発は避けられません!」

 

(正気なのか連中は!?奴らにとっても地球は故郷だろう。それをやるというのか。薄汚いスペースノイド共め!!)

 

「中将!参謀本部より、至急迎撃せよと矢のような催促です。」

「今は提督と呼びたまえ。・・ともかく、艦隊の編成は終了したのか?」

「現在、90%完了しております。後は、ルナⅡ方面からの艦隊が合流すれば」

「時間が惜しい。この戦力で動こう。発進準備をさせたまえ!」

 

シーサンが行う予定であった『月の夜』作戦。

サイド3所属の無人資源衛星を艦隊砲撃によって攻撃、全コロニーを恫喝することを目的にしてた。

ただ、それでも態度を軟化させない場合、艦隊を二手に分けて重要拠点への攻撃に移る手筈であった。一隊は、月のグラナダ攻撃。もう一隊は、ソロモンへの足止め攻撃である。

本命はグラナダの拠点破壊および占拠であるが、あわよくばソロモン陥落もできれば状況は有利になるはずであった。

だが、状況は完全に後手に回った。まさか隕石落としを実行しようとは。

 

「準備はさせるが、事実かどうかの確認は必要だろう。まだ陽動の可能性もある。ここはルウム周辺で事実を確認してからでも問題はないはずだ。」

 

だが、その直後に再び連絡が入った。

サイド5から合流したばかりの友軍が、ここに来る途中、ジオンの艦隊とすれ違ったという内容であった。シーサンはその相手を批判したが、ムサイをはじめとした精鋭艦艇であることが確認できたため、無駄な戦力浪費を避けて合流したといわれればいささか酷なことでもあっただろう。だが、無視できない情報をもたらしてくれたのは事実である。

 

(こちらの合流部隊と接触している?つまり、既にパルスエンジン取り付けを完了して移動する体制に入っているのか?そのための護衛用の艦艇?ええい、情報が少ない。役立たずの参謀本部の連中!)

 

その後、各所からの連絡をまとめたところ一つ有力な情報が入った。

これも合流したばかりの部隊からの報告で、コロニー公社の民間作業艇が巨大衛星が多数の艦隊に護衛されてルウム方面に向かっているという内容であった。同コロニーの公社には確認が取れたので間違いない。つまり、ルウムを経由して地球に落下させるつもりのようだ。

 

「提督!ことは一刻を要します。これを放置すれば参謀部の予想通り、ジャブローが灰塵に期することになります。それだけは避けねばなりません!」

「その通りだ。いかに護衛があるとはいえ、数の差は変わらん。ルウムで迎え撃つ。」

 

かくして、これは作為かそれとも必然というべきか連邦軍艦隊はルウムに向けて行軍を開始した。

 

 

一方、その頃、マフティーは一部のメンバーを率いてサラミス級巡洋艦『パーメルン』の格納庫にいた。そこにはザニーとはどこもかしこも違う機体が3機ならんでいる。

 

これこそが、現在の『クレイモア』の一般兵用MSとして支給・生産された機体である。

ジム・コマンドと前世では言われていた機体。ザニーの件があってから機体開発と生産には特に注意を払うようになったため量産は困難となったが、その一方で突き詰めた開発を行えるようになったため出来上がった機体である。

 

その正式装備は以下の通り、ザニーよりも充実している。

主武装  ビームサーベル、ビームガン

固定補助 60mmバルカン

     左腕シールド装備(任意で取り外し可能)

 

(いずれはこれの簡易版をエビルにでも設計図付で流してやれば地盤も安定するだろう)

 

もっとも、このジム・コマンドはザニーでの運用データを見直して機体フレームの構造変更や軽量化を進めることで機動力と運用効率を高めたものだ。

結果的に、前世の1.5倍にもなる総合性能を獲得したのである。

それを考えても、渡す際は前世と同様程度のデータをまず渡すべきかもしれないと感じるほどよい出来だ。だが、その一方でこれがどこまで通用するかは疑問でもあった。

確かに高性能な機体である。

ビーム兵器の小型化は敵にまだない技術だろうし、連邦にもまだ教えていない。

だが、基本的な性能は敵に軍配が上がる可能性は大いにある。

 

「どうしました?大佐殿」

「気にすることはない。少し不安なだけだよ。」

「そんなに私たちは頼りなかったでしょうか?」

「いや、君たちパイロットではなくMSの方が問題だと思ってね。」

 

ちなみにマフティーは便宜上、エビルから大佐としての地位を借りている。

まあ、もらったという方が正しいかもしれないが。

それに伴い、エビルから送られてきた優秀なパイロットが今、彼と話している人物だ。

『チョップ・アベル』。前世では『チャップ・アデル』と言われていた。

『不死身の第四小隊』の一角を担った一人で『デラーズ紛争』時は最後まで生き残ったアルビオン所属のMSパイロットだ。

性格と技術の両方がそろった稀有な人物だとマフティー自身も思っていた。

だが、他の二人はいささか問題の2人が送られてきたのだ。マフティーにとって現在、最も頭を痛めている内輪の問題である。

 

「なんだい、辛気臭い顔をして。やめなよ、不幸が移るじゃないか」

「ヒュー、女は怖いな。というか、ここは正規軍じゃなかったのか?女や子供に戦争ができんのかね?」

「もう一度言ってみな。そこの木箱に突っ込むよ!!」

 

態度が強く、相手にもの自負しないようなのは『カレン・リュシア』。前世の『カレン・ジョシュア』である。前世では東南アジア戦線で活躍したパイロットで、かなりの腕と豪胆な性格の女性だ。この後世においては東南アジア戦線自体が無く、現在はジャブロー所属のパイロットとして今回の作戦に振り分けられた。

 

今一人の軽い口調に、不満をにじませた意見を隠すことなく話す男は『バルキット・ビリオ』。前世の『ビルキット・ピリオ』である。本人に自覚は無いようだが、彼もマフティーと同様の転生者である。

彼は本来、UC0123年に勃発した『コスモバビロニア建国戦争』で戦死した連邦パイロットである。その戦争での彼の評価は一言。『地味』である。

それなりの敵を撃墜しているし、バグ散布まで生き残ったことを見てもそれなりの腕はあったようだが、とにかく目立たなかったらしく本人も語ろうとはしないことから余程のことだろう。

 

ただこの二人、相性が悪い。火と油の関係だ。

バルキットがカレンをおちょくるたびにカレンが鉄拳を浴びせながら口撃を加えている。

怪我だけはしないでほしいものだ。

 

「二人とも、それぐらいにしておけ。作戦行動中だ」

「お、さすが隊長。いいタイミング」

「口をふさがないとその首、かっ飛ばすよ!」

 

何とも凸凹なメンツだ。時代、場所、乗機とも前世はバラバラときた。

まあ、ジムは大抵の者に問題なく乗れるように設計されてるから大丈夫だと思うが。

 

「ところで、隊長は我々とはずいぶん違う機体だと見えますが。あれは?」

「みんなが使っている機体の次世代型試作機らしい。性能は保障付だが隊長機用の機体に生産検討されてるということで俺が試乗することになった。」

 

次世代型テスト機 ジム・アウトサイド

主武装 ビームサーベル

     ビームライフル・携帯用ハンドグレネード付

補助兵装 60mmバルカン

     収納式肩部270mmキャノン×1

 

頭部分はジムの物だが、肩にマウントされたキャノンは前世ガンキャノンに近いものだ。

ジムコマンドの火力不足を補うためにグレネードやキャノンを試験装備させているらしい。

また、胸部部分を大幅に簡略化することでプロペラントスペースを確保し、機体の持続運行能力を向上させている。

武装・スペックから言って現在のMSの最高水準であることも伺える。だが、それでもマフティーは不安を拭えない状態である。

 

(前世よりも明らかに開戦が早い。それに敵のMS技術進歩の速さ。こちらもMSの開発は急いできたが、前世と同様の差があるのに変わりがない。これは厳しい戦いになるな。)

 

マフティーは心の中でルウムでの激戦が容易に想像できた。同時に連邦軍がアリジゴクに突入しているように感じたのはニュータイプの直感だったのかもしれない。

前世とは明らかに違う道を歩みつつある後世世界において、彼らは連邦の光となるのかそれともいずれは流れ落ちるはかなき流星か。それはまだ、だれもわからない。

 

 



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第十五話 計略と欺瞞

 

連邦軍がルウムに向けて艦隊を移動させていた頃、そのルウム周辺のコロニー群では民間人の避難が行われていた。

交戦予定がない、安全宙域コロニーへの一時避難はジオンの補給・工作部隊などにも手伝わせつつ行っている。だが、そこにはあるはずの物がない状態だ。

 

そう、連邦が動いた理由でありジオンが総力を挙げて実行している『ペズン』の運送。

それが、影も形もない。代わりというように各所から集結したムサイやMSが所狭しと埋め尽くしている。そんな中、俺はデラーズが座乗している仮旗艦『グワジン』にいる。

 

本来はジレン専用旗艦として建造されたが、ジレンの総帥辞任に伴ってデラーズが新たに旗艦とすることになった。もっともデラーズ自身は『ロズル専用旗艦』にと推挙していたのだが、彼は辞退した。デラーズも遠慮していたのだが、『ハルマ・ザビ』のことを考えて借り受けることにしたのだ。

ちなみに、『ハルマ・ザビ』は前世の『ガルマ・ザビ』である。

この後世では、彼はまだジオン軍学校にいるのだが、性格は前世と同様にかなりの自信家。悪く言えばナルシストと言ってよいだろう。まあ、前世と異なり特権意識などはないらしい。ハルマ・ザビはMSパイロットとしてパッとしないが、政務執政能力や作戦構想力はかなり有るらしく、ロズルからも高い評価を受けている。

 

つまり、彼が出世したら旗艦として明け渡すことを考えているらしい。

実にデラーズらしい。もっともロズルからも懇願されたようだった。

・・どうやら前世同様、この世界でもロズルは弟には甘いようだと俺なんかは思ったものだ。そのような曰くつきの旗艦で私たちは集合していた。

 

「しかし、戦闘後に敵は悔しがるでしょうね。まさか『ペズン』が移動してないと知れば。」

「向こうが勝手に誤認しただけだ。」

「撒き餌は大量に撒きましたがね。」

 

この場合の『餌』の中にはシーサンが有力情報と言っている『コロニー公社の衛星目撃情報』も含まれている。既に、公社の人員はジオン工作員にすり替わっており、公社そのものも現地市民が管理を行っていたのだ。デラーズも俺も、各指揮官たちも笑うしかない。

 

当初、ここに集められた実働戦力はほとんどが『ペズン護衛』のために召集された部隊なのである。だが、そこには護衛対象は最初からなく、追加のパルスエンジンを運んできた工作部隊は民間人避難のための誘導員に割り振られている状態だ。

なぜ、このようなことになっているのか?

それは『黒鉄会』の立てた戦略の一環である。

 

 

それは、2年以上も前だ。俺が、『黒鉄会』への出入りに慣れ始めたころ。

デラーズとの会食の席で『ブリティッシュ作戦』に代わる代案とはいかなるものかを尋ねた時だった。彼は、刺身の口に入れながら答えた。

 

「『ペズン』を利用しようと考えている。」

「『小惑星ペズン』をですか?確か前世では『ペズン計画』が行われた場所ですね。」

「うむ。工廠として実に意義あることをしていたと思うが戦略的には遅きに失したことは否めない。そこで、より実用的に利用することにしたのだ。・・君は『バルディッシュ作戦』という内容は聞いていないか?」

 

『バルディッシュ作戦』。

当時、『戦機隊』に所属していた俺ですらその名称は聞いたことがなかった。軍関連の作戦や技術・訓練関係は収集していた状況で、一般に流れない秘匿作戦かと思われた。

 

「いえ、私は存じませんが」

「前世の『ブリティッシュ作戦』と考えて差し支えない。」

「!!まさか、ジレンがまたそのような計画を立てているのですか!?」

「ペーパープラン、と今はなっている。だが、このままでは実現する可能性が高い。」

「懲りない方だ。・・ところで、それと閣下の『ペズン』利用がどのように関連するのですか?」

「もし、軍事作戦を立案・実行できる立場になった時、私は『ペズン』と『バルディッシュ作戦』を併用しようと考えているのだ。」

「それはいかなるようにでしょうか?」

 

内容はかなり考えたものであった。

ジレン中心の体制に代わる政府樹立と同時に、『バルディッシュ作戦』のペーパープランを連邦にそれとなくリークする。前後して『ペズン』に工作部隊を派遣し、核パルスエンジンの取り付けをさせるのである。それを見た連邦はどう考えるだろうか?

『バルディッシュ作戦』のプランでは、コロニーを落下させる予定である。

だが、何も落とすものがコロニーである必要はない。

同等かそれ以上の質量を落下できるなら何にでも代用できる。それがペズンである可能性は高い。

しかも、それを立証するように核パルスエンジンの取り付けを行っている。

さらにペズンに多数の護衛艦を派遣したところを連邦の少数艦艇に見せればどうなるか。

情報に信憑性を持たせることができる。

 

「しかし、本当に『ペズン』を落下させればいろいろ問題があります」

「落とす気はない。取り付けるパルスエンジンも見た目だけのダミーだからな」

「それでは、いったい何のために?みすみす敵を挑発するような」

 

そこまで言って俺は気づいた。

連邦がこの危険な情報に飛びつかないはずはない。

事実の是非はともかく、ジャブローの責任者連中は保身で必ず迎撃を命じるはずだ。

後は、それに合わせて敵の集結地点をこちらで誘導してやれば。

 

「・・戦場の選定、民間人の避難、将兵の士気。すべてにおいてこちらが優位に立てる。」

「しかも敵は焦りますから、情報の確認はおざなりになる可能性が高いですね。」

 

前世においてはギレン・ザビが『ブリティッシュ作戦』の後、似たようなことをしている。

レビルをはじめとする連邦軍残存艦隊をおびき寄せるためにだ。結果、『ルウム戦役』が起きた。

あの時、ギレンは二度目の『コロニー落とし』を撒き餌にして連邦軍の危機感を煽って艦隊決戦に持ち込んだ。デラーズはそれをこの後世でやるつもりのようであった。

ただし、戦略的価値は遥かに違っていたが。

 

 

そのように立てられたこの作戦はデラーズによって『マスラオ作戦』と命名され、連邦軍艦隊の機動戦力を殲滅することを表向き目標として行われようとしている。

ただ、気がかりなことがないわけではない。物量の問題は特に重要といえた。

 

「閣下。作戦自体はいいですが、連邦との物量差はどうお考えですか?敵は戦艦だけでなくMSも動員しています。まともに正面から激突すれば被害は甚大です。」

「臆したのかい?リーガン少佐。なんだったらあんたの部隊は後方で工作部隊の護衛でもしてればいい。代わりにうちのMS部隊が戦果を挙げてやるよ。」

「・・リーマ少佐、失礼だと思わないか?少佐は『負ける』とは言っていない。『被害』の話をしているのだ。戦場で勝って戦争で負けるでは洒落にならない。そうでしょう?」

「失礼。」

「危惧自体は正しい。だが、今回に限れば問題はないと考えている。作戦が予定通りであれば連邦は総崩れ、戦略的な目的も同時に完遂できる。ジャブローでのうのうとしている連中は気がきでなくなるはずだろう。」

 

作戦の進捗状況と今後の展望について佐官クラスを含む者たちが意見を出している。

俺の意見に対して、ストレートに感情含みの反論を言ってきたのは『リーマ・グラハム』少佐。その意見を正しく補足してくれたのが俺の先輩であるカーエル・マリクス大佐。

『リーマ・グラハム』は前世の『シーマ・ガラハウ』である。

前世より上司に恵まれたためかこの時点で既に少佐に上りつめている。性格はかなりきついが俺の知っているシーマよりはまだ女性らしさが見えるし険がない。

一応、信用できると思うが前世経験のためかどうしても一歩引いた態度になってしまう。

ただ、それより。

 

(先輩、いつの間にか大佐に昇進していたのか?俺が少佐になってからなんかヒヤヒヤしてるみたいだったけど、よかった。いつも通りの先輩だ。)

 

そのような感想を抱く俺であったが、俺は知らない。

その先輩がヒヤヒヤしていた理由が俺にあることを。

俺が少佐に昇進したので追い抜かれるのではと、内心カーエルの精神状態を不安定にしていたことを。そして、リーマにカーエルが最近、猛烈なアタックを繰り返していることも。

 

知らぬが仏とはよく言ったものである。

 

 



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第十六話 ルウム戦役①

完全に嵌められていることを知らない連邦軍艦隊はルウム宙域中心部を目前にしていた。

さすがに、勝利を確信してやまなかったシーサンでも先程までの余裕は既に胡散していた。

彼は、唾を飲み込みつつ現状を整理しようと努めている。

だが艦橋の空気は依然重いままだ。どうも嫌な汗が収まらないのだ。

本人は武者震いと思いたかったが、現状がその思い込みを否定し続けている。

 

(どういうことだ。このあたりは既に移動したペズンがあってもおかしくないはずなのに、『ペズン』の影どころか敵艦船の姿すらない。情報とあまりに違う。)

 

この宙域に入った時からミノフスキー粒子の濃度がかなり高いことが確認できたので一応、警戒態勢を維持しつつ進んでいるのだが、いっこうに接敵しない。目標も見えない。

それどころか周辺のコロニーに護衛用の艦艇すらないのだ。公社の船すら存在しない。

そもそも、『ペズン』が目撃されたという宙域に差し掛かっているはずなのだ。情報が確かなら護衛艦艇もいるはずなのにその影すらない。

念のために、2度にわたって索敵を行ったが何の異常もないという報告が舞い込むたびに不安が蓄積していく。

 

(偵察用のセイバーフィッシュを再度散開させて確認したほうがいいかもしれない。)

 

緊急なのだから時間が惜しい。そう考えた時だった。

左翼に展開していたサラミスに、突然飛翔物が接触するのが見えた。その途端、接触したサラミスが火を噴きながら火球になったのだ。

だが、MSの接近ではない。ザニーに周囲を有視界監視させていた。

だとするとあり得る可能性はおのずと限定されてくる。

 

「提督!巡洋艦『フェリカン』が」

「言わずともわかる。対空監視は何をしていた!」

「周辺に敵影ありません。遠距離攻撃用のミサイルと推測されます。方向は左翼天頂方向。」

 

(待ち伏せ!我々の進軍予定経路を予測された。バカな!だとしてもどのようにここまで正確な現在位置を!?)

 

「同方向より第二波攻撃!!」

「各艦散開。回避運動!」

 

指示が各艦に伝達されるかいなかのタイミングで、今度は先ほどより複数のミサイルが雨のように降り注いだ。ザニーが砲撃で撃ち落とそうとしているが、数が違う。

ごく少数の機体が砲弾を当てて相殺しているが、それこそまれな結果だ。大半は怒涛のごとく振ってくるミサイルを回避・防御しようとしているが、抵抗虚しく僚艦に命中しているのがわかる。

 

「右翼に展開している艦船を回頭し迎撃させろ!後、旗艦をはじめ中央にいる船のMSを全機出撃。ミサイルを撃ち落とさせろ。」

「提督!右翼艦隊に敵のMS部隊が取りつきつつありと報告が!」

「!!」

 

全軍の意識が左翼部隊を攻撃している敵へ対処に必死となるタイミングを見計らうように右翼艦隊にMSを取りつかれた。だが、まだ問題は少ないはずだ。MSの火力などたかが知れている。それに戦艦もMSの数も全てこちらが上回っているはずなのだ。

 

「右翼の敵MSには右翼艦隊のMSに対処させれば問題ないはずだ!それより、左翼の出血を止めないと左翼を皮切りに瓦解する。」

「提督。右翼をご覧ください。」

 

そこには、先刻まで問題は少ないと思っていた右翼が確実にすり減らされている状況を映し出していた。

 

 

最初のミサイル攻撃は、有線式偵察機『ドップ』による成果であった。

前世では存在しなかった兵器で、この後世で考案され各艦に配備されたものである。

前世でも同名の空挺兵器に『ドップ』は存在するが、それとは役割が違う。

後世ではその大きさは前世の3分の1、しかも有線による遠隔操作式だ。だが、ミノフスキー粒子散布下の戦場では実に有用な兵器となった。

ルウム周辺ではあらかじめ各方面に偵察分散されていたムサイから、この『ドップ』が射出され連邦の預かり知らぬ間に侵入から現在位置まで特定されていたのである。

デラーズはその情報をもとに艦隊を指揮し、先制攻撃とMSによる不意打ちを敢行したのである。

 

「第一段階は成功ですね。」

「ああ。第二段階はMS部隊がどれだけ戦果を挙げるかによるかだったが、予想以上だな。」

 

彼らのスクリーンには、ジオンMS部隊による戦果がありありと映し出されていた。

 

その原因は、リーガン・ロックが指揮する第101攻撃隊とリーマ・グラハムが指揮する第89攻撃隊を含む奇襲攻撃隊によるものであった。

敵右翼切り崩しのために、後方のムサイより順次出撃したMS部隊は四機一隊の形でそれぞれが敵MSと戦艦対空砲火を処理し始めていた。

敵、サラミスの機関砲は網を張るように宙域を覆っているがそれでも隙間だらけだった。

 

「穴だらけの対空砲火など意味はないぞ。まず一つ!」

 

俺はトリガーを引き、敵サラミスに向けて360mmバズーカを打ち込んだ。弾道は敵の艦橋には届かなかったが、敵主砲の一つに直撃したのが見える。

 

(ところで、味方が付いてこれない方が問題だな。この会戦後、パイロットの訓練をしっかりする必要ありと意見しておこう。)

 

そのような戦果と真逆の感想を抱いていた時。それを見た敵のザニーが重そうに自身の武器砲身をこっちに向けようとしているのが見えた。

570mm無反動砲だったと思うが、この距離では使いにくいだろうに、それでも必死に狙い撃とうとしている。

だが、それをあざわらうかのようにすれ違った機体によって胴を真っ二つに裂かれるのが見えた。紫とオレンジで塗装したドムに。それを援護するように青と薄緑で塗装したドムが援護している。

 

「これで3機目!あんたもサボらずに敵をサッサとたたきな!スケジュールが詰まってるんだよ。」

「生憎、私はMSを落とすより敵戦艦の抵抗排除を優先してるので撃墜数は差し上げますよ。」

「あんたから譲られるなんて御免だね。役目をはたしな!」

「お二人ともやめてください。ここは戦場ですよ。」

 

紫とオレンジのドムはリーマ。青と薄緑のドムはガトーだろう。

ちなみに俺はベーシックの黒と灰色で構成している。本来、ガトーは俺の援護であるが俺に合流する過程で背中を任されてきたらしい。前世同様、リーマは人使いがうまいようだ。

 

「まあ、油断はしないさ。俺は手柄よりも味方の犠牲を減らす努力をしているだけだ。」

「かっこつけてんじゃないよ。綺麗ごとで引き金は引けないんだからね。」

 

お互い毒づき、軽口をたたきながら敵サラミスの砲塔をつぶしながら目に入った敵MSの数を減らし、抵抗力を無力化していくのであった。

 

 

この第89、101攻撃隊の活躍をはじめジオンMS部隊のパイロットは非常に良い仕事に終始した。

連邦右翼は出撃させたMS部隊の7割を出撃と同時に狙い打たれるか、果ては応戦叶わずに切り裂かれたりバズーカの直撃を浴びて火球の一つになっていたのである。

 

「右翼までも崩壊寸前だと。冗談じゃない!戦艦の対空は何をしている?我が方のMSは応戦しているのか?!」

「我が方の対空は必死に迎撃しております。ただ、MS部隊の迎撃が追いつかなかったり、出撃前に狙い撃たれているようで数以上の成果を出せていないようです。」

 

(なんだそれは!何のためのMS部隊なのだ。こんな醜態を演じるためにMSを配備したりパイロット育成をしていたわけじゃない。これなら砲塔を増設したほうがまだ役に立ったぞ!!)

 

シーサンは自分がMS配備を推進していた一人だということを忘れてたけり狂った。

左翼は敵のミサイル攻撃で機能不全状態。右翼は数こそあれど、火力を奪われたり混乱状態で動かせない。唯一無傷な本体は両翼部隊が動けないために挟まれて動きを封殺されている。

 

「やむえん。本体のみ前方に急速全身。この混乱した宙域を脱し、即座に反転。我が左翼を攻撃している敵艦にミサイルと主砲を浴びせてやる。急げ!!」

 

だが、それはデラーズが考えた『マスラオ作戦』が本格的に発動する最後の条件を満たそうとしているだけであるとシーサンは気づかない。

右も左も行けず、後は前進か後退かである。効率の面からみれば推進力を得やすいのは前進であり、連邦艦艇の大半はそういう設計になっている。そういう意味ではシーサンの判断は間違ってはいなかった。もっとも、作戦を立てた当人たちから言わせれば思う壺という話だったのだが。

 

 



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第十七話 ルウム戦役②

前話投稿後、『シャアとかは登場するのか』や『アムロ・レイ』はどうなるの。
などの感想をいただきました。今後、流れを見て登場させる予定です。
楽しみにお待ちください。


シーサンは必至に艦隊をまとめて前進を開始した。

どうやら、両翼を囮にして中央の艦隊で各個撃破を考えているようだ。

両翼艦隊はMSを艦船周囲に密集させて防御姿勢を貫いている。

だが、そう時間がたたない内に各所から悲鳴が上がることになる。

 

「両翼艦隊から十分離れました。」

「よし!ただちに回頭。左翼を攻撃している敵を砲撃する。各艦に徹底させろ。宇宙人共に目に物を見せてくれる。」

「提督!前方に複数の熱源反応探知!戦艦とMSです!!」

「何?!」

 

オペレータのいう通り、艦隊正面には戦艦群が列をなして待機していた。

そこから複数の光の筋が味方艦艇を包み込んでいく。

メガ粒子砲による一斉砲撃だ。

付従ってきていた僚艦が真っ二つに折れて光輝いて爆散する様が艦橋やスクリーンの映像で繰り返し投影されている。

 

「戦艦『ファルコン』轟沈。巡洋艦『ウーロン』大破!」

「こ、後退だ。後退しろ!何をしている撃ち返せ。反撃するんだ!」

「提督、敵の攻撃に対してこちらの攻撃が効果的に機能していません。完全に混乱しています。」

「敵は正面だぞ!混乱する余地がどこにある」

「提督自身が回頭を指示したではありませんか!その直後に攻撃を受けたためにどちらを優先するべきか判断ができないのです。」

 

さらに続報がこの後、艦橋全体を支配した。

後方からも複数の艦隊反応が出現。左翼艦隊が組織的に機能しなくなったことが報告されたのだ。

 

「なんだと。いったいどこからそんな戦力をかき集めてきたんだ!」

 

それは当然の疑問であっただろう。

シーサンが『星の夜』作戦開始前、ジオン軍が動かしている護衛戦力は正面で攻撃している艦隊程の数だと参謀部から情報が入っていたためだ。ではどこから出したのか。

答えは至極簡単なものだ。まず、護衛用に集められたデラーズ指揮の『マスラオ実行艦隊』。

それに、本来はソロモン護衛にあたる予定になっていた『ロズル旗下の艦隊』が合流しているためである。デラーズの考えた計画にのっとり、ソロモン宙域から全艦隊を動員して敵後方に回りこませたのである。

 

 

前世を振り返ると、『ブリティッシュ作戦』を含めて初戦でジオンが犯してしまった問題点が2点明らかになる。

1点目。連邦軍の残存艦艇を追撃せずに見逃したこと。

外交上、レビル将軍を捕虜に成功していたこともあって殲滅は必要なしと考えたからかもしれないが、これはどうだったのだろうか?

追撃から逃げられたなら仕方ないかもしれないが、物量的に劣勢であるジオン側なら勝てるときに勝っておくことは重要であり、徹底しておくべきだったという見方もある。

2点目。MSの重要性を戦果で連邦に教えてしまったことだ。

当時、連邦軍は大艦巨砲主義が主流であったために『ルウム戦役』後半にMSを用いたジオン軍に逆転されて敗北を喫した。

だが、1年戦争後期に入るとその時の戦果がまずかったことが解ってくる。これは連邦に、MSの重要性を認識させる結果となり、わざわざ連邦をMS量産とガンダム開発計画へと至らせてしまったといえる。

この2点から、『ルウム戦役』は作戦としては完成していても戦略という点では失敗していたという結論となるわけである。

 

以上の2点を解決するために『黒鉄会』はいろいろ思案することになった。

まず、1点目に関しては完全な総力戦を実施することで対処した。

本国防衛戦力まで動員し、ルウムに集結した連邦軍艦隊を殲滅する『マスラオ作戦』を実施したのである。

本国防衛用の戦力まで持ち出すのは確かにリスクが高い。だが、ルウムの艦隊は連邦軍現存の艦隊をかき集めたものだ。つまり、これを殲滅できれば宇宙にいる連邦軍機動戦力の大半を奪える。ここで動員しなくていつするのか。

二点目に関してはこの戦い終了によって解決できる算段が既に立っている。

 

「このままでは前後から挟み撃ちにされます!」

「そんなはずはない。こんなバカなことが」

 

もはやどうすればいいのか訳の分からない状態に陥りつつあった。

だが、オペレータの一言がギリギリのところで精神を踏みとどまらせた。

 

「提督。左翼宙域外延部より巡洋艦『パーメルン』より打電。『我、これより退路確保のためMSを発進セリ。残存艦艇を集結させて離脱されたし。』以上です。」

「左翼にいた艦隊は壊滅状態ではなかったのか?」

「提督。あれは『ルナⅡ』に居たはずの艦艇です。集合不可の場合は周辺偵察を優先するよう通達していた部隊の一つでしょう。」

 

それがなぜ、ルウムにいるのか。それを気にする暇は既になかった。シーサンは混乱仕かけている思考を必死に立て直し、艦隊をまとめるよう指示を飛ばし始めた。

連邦軍に将兵から後に『ルウム決死の撤退戦』と呼ばれることになる撤退の開始であった。

 

 

敵右翼の艦艇、MSを無力化した奇襲隊は補給後に左翼攻撃に打って出た。この戦場においても圧倒的有利にジオン将兵は立ち回ったが、今、一時的にせよ一変していた。

急に現れたサラミスから出てきたMSによって各隊から初めて被害らしい報告が上がり始めていた。その敵はザニーとは明らかに違うらしい。小型の傾向火器を持ち、接近戦においてもヒートサーベルとは違った兵器で応戦してくる。機動力もザニーより明らかに上を言っているという内容だ。

だが、それと前後して別の目撃情報がある。それが問題であった。

それによれば敵はビーム兵器と実弾兵器を両方所持しているらしく距離に合わせて絶妙に使い分けてこちらのMSを撃破しているというものだ。

既に5機、食われている。たった1機に見過ごせない被害だ。

 

(連邦軍は既にビーム兵器の開発を成功させているのかもしれない。)

 

この後世は前世とは技術的進歩の速度が軽く見積もっても5、6年以上早まっている。

ジオンですらそうなのだから連邦でそうなっても何ら不思議はない。

そして、それを証明するような機体がリーガンの目の前にいる。

形状は前世『ジム』をベーシックにしていることが容易に伺いしれた。さらにビームライフルを持ち、左肩には固定武器らしきものを背負っている。

俺はその敵に向かって、360mmバズーカを打とうと狙いをつけるが、その途端に敵がこちらを向いた。そう感じた途端、敵はジグザグ回避を始めたのだ。しかも、すぐにライフルでこちらに攻撃してきたのだ。

アドバンテージがあったにも関わらず一瞬でそれをチャラにされた瞬間であった。

俺はスラスターを吹かして右に避ける。そこをビームの閃光が走っていった。

 

(おいおい。あいつ、俺が照準を向けた瞬間に気づいた素振りだぞ。エスパーか?!・・いや、もしやニュータイプとかいうやつか?)

 

ニュータイプ。前世ではシャア・アズナブルやアムロ・レイ、ララァ・スンなどがいたが数は少ない。人の革新などと言われていたが、どんな時代・世界でも戦争の道具に成り果てるのは同じようだ。ただ、敵に回す側はあまりに理不尽な思いをする敵だとも感じているが。

 

俺は再び、バズーカを構える。

ただし、先程のように狙い撃ちはしない。速射・連続打ち。

この試作バズーカだからできる三連打ちだ。

俺はトリガーを引きつつ、設定を連射モードで相手の回避範囲に流し打った。

だが、敵はそれを見越すように機体を制動してバズーカの射線から外れていく。一発、二発。だが、三発目で敵のライフルが吹き飛んだ。だが、それと同時にこちらの左足が爆発した。よく見ると奴の機体のライフル下部から煙が上がっている。

 

(補助のグレネードまで装備していたのか。ジムとは思えないくらい武装豊富だな。しかも、パイロットの腕も良い。)

 

結果的に双方共に致命傷には至らなかった。敵は即座にライフルをパージしたため、余波による機体損傷を受けなかったことも大きい。

俺は、舌打ちとともにバズーカを腰背面に回す。先程からの戦闘でバズーカの弾倉はもうない。せいぜい盾替わりになるかならないかである。

 

(せめてもの救いは敵のライフルを破壊できたことだな。)

 

だが、相手からライフルを奪ったからといって安心できない。

死闘は幕を上げたばかりである。

 

リーガンがマフティーと死闘を演じている時も状況は絶えず変化する。

マフティーの戦線介入も、戦術的撃墜数も、大勢に劇的な変化は与えるには至っていなかった。

 

 



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第十八話 ルウム戦役③

リーガンとマフティーが戦闘に突入していた頃、こちらでも戦闘が起きていた。

リーマ(ドム) VS アベル(ジムコマンド) である。

機体性能はおそらくリーマに軍配が上がるだろうが、武装面ではアベルに有利。

結果的に言えば、戦況が拮抗するのは必然であった。

 

「今度こそ、落とす!」

「私とためを張ろうってのかい?なめるんじゃないよ!」

 

リーマとアベルの機体が交錯する。ドムのヒートサーベルとジムのビームサーベルが鍔迫り合い始め、サーベル同士が火花を散らす。

リーマは距離をとりつつ、バズーカを当てようと苦心している。

だが、アベルが絶妙のタイミングでビームガンとバルカンを使って牽制してくる。

狙いがつけられないのだ。一方のアベルも、隙あらばビームガンとビームサーベルでたびたび反撃している。

 

「こっちは、少年のお守りをしてやってんだ。サッサと落ちちまいな!」

「口の悪い女性に落とされる気はありません。今少し、エスコートに付き合ってもらいますよ!」

 

両者、ともに友軍機の支援に行きたいと考えていたが、それを状況は許してくれない。

お互いにそう考えつつ、ビームガンとバズーカを交差させる状況が続くのであった。

 

 

一方、それとは別にこちらの戦場は砲火の応酬が絶え間なく続いていた。

ガトー(ガトー専用ドム) VS カレン/バルキット(ジムコマンド) である。

ガトーはこの時、自分の機体をカスタマイズしてくれた技術者に感謝していた。

ガトーはリーガンと同様に自身専用の機体を受け取っていたのだ。

もっとも、経緯はかなり異質だ。何しろいきなりリーガンの後輩が訪ねてきて。

 

「近々、戦場に出るんだよね。だったらついてきたまえ」

「何?」

 

一応、リーガンの後輩であることは知っていたのでついていくと、MS格納庫にあるそれを見て絶句したものだ。

配属と同時に受領する予定であったドムB型の原型はあるが明らかに違う。

全体的にリーガンの機体と酷似しているが、今少しスマートになっている。

だが、目を止めるのは傍目から見てもでかいあのバズーカである。360mmバズーカにしてはやたらとでかいのだ。しかも、大型エネルギーカップを付けてあるのが目立つ。

 

「あの、あれはいったい」

「現在試作中の武器なんだ。ただ、実戦データが欲しくてね。調度いいと思って」

 

詳しく聞くと以下の武器を常備装備する機体に調整したらしい。

 

①ヒートサーベル

②80mmマシンガン

③試作型高出力ビームバズーカ

 

何とも呆れたものだとその時は感じたものである。

装備を見るに80mmマシンガンは完璧に牽制目的であることがわかる。

威力・射程・連射ともに中途半端な武器なのだ。

そして、火力のほぼすべてを試作したビームバズーカが担うらしい。

ただ、エネルギーの問題があるのではと聞くと、『だから、専用のエネルギーカップを取り付けてあるんだ』と教えてくれた。結果としてかなり連射できるようにしたらしい。

『ゲージには注意するように』と言われたが、それは当然であろう。

 

 

そのような経緯で渡った機体であったが、今回はそれが幸いしている。

カレンとバルキットの技量はベテランパイロットのそれであるために隙がない。

連携もかなりの域である。もし、通常のドムなら今頃は撃墜されている。

 

「少佐の後輩には感謝せねばなるまい。」

 

ガトーは80mmマシンガンで迫りくるカレン機を狙うがギリギリ躱される。その直後にバルキットのビームガンがこちらを狙っているのが見えたので機体を即座にターンテーブルのようにスラスターで回転させる。そこをビームガンが通過するのを感覚で読みながらビームバズーカで応戦する。

反動そのものは360mmバズーカより少ないが、威力は完全に上回っていた。バルキット機にはあたらなかったがすぐ横にあったデブリが一瞬で粉々に吹き飛んだのが見えたのだ。

 

(これがビーム兵器。確かにMSに常備されれば便利だ。あの2機の主武装もビーム兵器だが、本当にやりづらい。実弾とは明らかに違う。)

 

『黒鉄会』でビーム兵器の小型化とMSへの携帯早期化が議論されていたことを思いだす。

当時は、これほど有用性があるとは想像していなかった。だが、実際に経験すると自身の視野の狭さがいやになる。デラーズからは何度も言われていたではないか。

 

『古き考えは安定的だが、その反面、良くも悪くも進歩を疎外する。ガトーよ、広い視野を持つのだ。さすれば、お前は我がジオンの鵬となるであろう。』

 

ふと、過去の言葉を思い出していたがそれどころでないことを思い出す。

こちらのビームバズーカも80mmマシンガンも決定的な結果を手繰り寄せていない。

ただ、勝ち目が見えてきていた。

何となくだが、打たれる前に反応できるようになってきている。

ガトーは知りようがないが、多くの人はそれを長時間かけて習得する。

それは『慣れ』であった。相手の二人もうすうす気づいてきている。

 

「さっきみたいに連携が機能しなくなっている。あんたがちんたらしてるせいじゃないだろうね!」

「そんな訳あるか!こっちは戦場にいるんだぞ。」

 

恐ろしい話であるが、ガトーは既に二人の連携に慣れつつある。

それを証明するように無駄な動きがどんどん減っていたのだ。

当初は、二人のうち一方を牽制している間にもう一方に攻撃を許す状態だった。

だが、現在は牽制しながらも既に意識はもう一方に傾けられるようになってきている。

結果、均衡が崩れた。

カレンがビームサーベルでガトーと格闘戦をしている時、バルキットが後方に回りこもうとしていた。だが、ガトーはそれを見越してスラスターを逆噴射させて真下へ逃れ、逆にカレン機を下から80mmマシンガンで狙い撃った。カレンは咄嗟に機体備え付けのシールドでガードするが弾薬の直撃による衝撃で機体が後方にのけぞる。

バルキット機がビームガンで再び狙うが、急激な制動をかけてまたもやビームが空を切る。

 

「うちらの隊長みたいなことしやがって!」

「それこそ、八つ当たりというもの。自分たちが未熟というだけのこと!」

 

バルキットはビームガンを殴り捨てるようにビームサーベルを握る。しかも、左右二本だ。

右からビームサーベルを振りかぶり、ガトーはそれを躱す。

だが、バルキットは待ってましたというように左のサーベルを逆手に持ち替えて反時計まわりで機体左腕を突き刺すように後ろに回す。回転気味に刺そういうのだろう。

だが、ガトーはそれすら見越していた。敵のサーベルを自分のヒートサーベルで受けながらサーベルをいなして行く。

しかも、そのまま自身のサーベルを沿わせるようにしてバルキット機の頭部を切り裂いた。

 

「先読みされた?!」

「私らの動きが読まれたと認めるべきだね。・・ここは引きよ。どちらにせよタイムアップだよ!」

 

二人は戦線が変化していることに気づいていた。当初は有利だと思っていた戦力が今は見る影もないほどすり減らされているのがわかるほどだ。

それを確認したカレンは破損したバルキットを引きずるように牽引して去っていく。

ガトーは初陣にして、敵のベテラン2人を退けたのであった。

 

 



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第十九話 終結、ルウム戦役

一方、リーガンとマフティーも戦いは激化の一途をたどっていた。

リーガンなどはヒートナギナタを回しながら何度も刃を交えているのだが、その度に紙一重で躱し逆にビームサーベルで切り付けようとしてくる。

 

「ええい、ちょろちょろと」

「先読みばかりしているお前に言われたくない。」

 

互いに叫びつつも手は緩めない。

マフティーは60mmバルカンを撃ち込む。

だが、リーガンはそれを後ろに回していたバズーカを盾替わりにして逆に前進する。

そうと見たマフティーは、肩に付いている270mmキャノンを収納モードから砲撃モードに変え、リーガンを撃った。実弾ならではの反動があるはずだが、それを気にする余裕はない。

それどころか、無意識にそれを利用した。

キャノンを撃つと同時に武器の反動を利用しつつ、後方への推進力を増大させて下がる。

キャノンが命中して爆散したのがわかる。だが、それでも直感的にいやな予感を覚えたのだろう。

即座に機体を立て直し始めた。その直後にリーガンの機体が爆炎の中から姿を現す。

破損は激しいが、戦意が失われていないのを機体からの気配から彼は理解した。

 

(あの爆発は、バズーカが爆散した結果だったのか。だが、武器はもう無い。代償は大きかったようだな。これで終わりだ!)

 

マフティーは勝利を確信して再度、肩のキャノンをリーガンの機体に向ける。

だが、リーガンはそれでも速度を緩めないで突っ込んでいく。

 

(まだ、未完成の武器だろうからできる限り近距離で使わないと)

 

マフティーも訝しんではいたが、特攻と判断したのかキャノンで狙っている。

だが、そこがねらい目となった。

 

「食らえ!」

 

その直後、リーガンの機体胸部が開いた。

中から高速回転する何かが射出され、敵の機体に向かっていく。

その形状は、まさに電動ノコギリに酷似している。

だが、刃先に用いているのはヒートサーベルを小型にし、扇風機のように配置している。

 

(我が後輩作、『トライブレードもどき』。実戦初使用がこのタイミングとは。だが、俺も死にたくない!)

 

リーガンが命を懸けた攻撃である回転する兵器が二機、マフティーに向かっていく。

さすがに近すぎたのか、マフティーはキャノンの使用をあきらめた。

即座に両腕にビームサーベルを握り、ビームの刃で薙ぎ払おうとする。

一機は弾くことができたが、もう一機がキャノンと胸部の間にめり込んだ。

ギリギリと音を立てながら機体と武器を切り裂く音が今にも聞こえてきそうだった。

そう思った直後に、敵のキャノンが吹き飛んだ。どうやら誘爆したらしい。

結果的にはブレードも破損したが、損傷は大きかった。

右肩は腕と共に喪失、バルカンは先ほどからの戦闘で弾切れ。左腕は無事だが、これ以上の戦闘継続はかなりのリスクが伴う。そう考えた時、戦場各所で合図の閃光弾が打ち出されていた。

 

(撤収か。どちらにとって運が良かったのか)

 

マフティーはそのような思いを抱きながら敵MSの周波帯に向けて言った。

 

「運に恵まれたな。だが、次はこうはいかない。心しておくのだな!」

「それは、こっちのセリフだ。・・お互いに命拾いしたというのが正しいだろう?」

「・・・」

 

そう返されて、マフティーは黙りこんだ。それも事実である。

確かにマフティーの機体は左腕が無事なので戦えなくはないが、エネルギーがもうないので撤収するべきタイミングだ。また、そうしなければ死ぬのは必定。

一方のリーガンも既に勝てないことが解っている。切り札も使い切り、武器も喪失した。

まだ、110mm機関砲が残っているが暴発の可能性がまだ拭いきれていないので使用は避けたい。

 

結果、引き下がるしかないという結論に至ったのだろう。双方、しばし無言で向き合っていたが、マフティーが背を向けて飛び去って行った。

どうやら、ここでの戦闘も推移し始めたようである。見るに、ガトーもリーマも無事だったようだ。リーガンはひとまず胸をなでおろしながら母船に進路をとるのであった。

 

 

戦場全体では、ジオン優勢が確定しつつあった。

結果的に連邦軍は残存艦艇をまとめあげ、包囲が薄い左翼より離脱を図った。

ジオン軍はMSと戦艦による3方向からの砲火を退散する敵に浴びせ連邦軍機動艦隊は多大な損失を被ることになったのである。しかも、ルナⅡ周辺宙域に至るまで執拗な追撃を受け続けたために、生き残った将兵も精神的ダメージを背負うことになった。

 

連邦軍動員艦艇数詳細および被害数

340隻中200隻が撃沈・轟沈(内マゼラン級45隻 サラミス級155隻)

80隻が未帰還(内マゼラン級1隻 サラミス級79隻)、

60隻が中・小波(内マゼラン級2隻 サラミス級58隻)

MS部隊生存率 27%

さらに将兵に多数のPTSDの可能性有り、という状態であった。

 

一方のジオン側の動員戦力と被害は最小限であったことが、その後の調査で判明する。

ジオン軍動員艦艇数詳細および被害数

200隻中56隻が撃沈・轟沈(ムサイ級未改修型37隻 改修型19隻)

40隻が中・小波(ムサイ級未改修型25隻 改修型15隻)

MS部隊生存率 89%

 

この結果と前後して、ペズン自体が動いていなかったことが参謀部の調査で判明する。

この段になって、ジャブロー上層部は嵌められていたことを知るのである。

同時に、自分たちが危機的状態に陥りつつあると彼らは理解した。

この後世では連邦軍の機動戦力は400隻がほぼ全艦。つまり、『ルウム戦役』で機動戦力の大半を失ったことになるのである。

軍戦力差3:1であった戦いはその後、一変することになるのだが、それは少し後の話。

 

かくして、『ルウム戦役』と呼ばれる戦いは前世と同様にジオン側勝利で幕を閉じることになる。

ただ、ジオン側はただ勝利したわけではない。実は、勝利後こそ忙しかったのだ。

デラーズは避難誘導を完了した工作部隊を呼び戻し、抵抗力を失った敵艦の占領・鹵獲を命じたのである。艦橋席に座っていたデラーズに、彼の副官が報告交じりの会話をする。

彼ももとは『黒鉄会』メンバーだ。それ故に気楽に話せるゆえの本音と指示が双方で飛び交った。

 

「工作班からは増員要請の悲鳴が上がってますよ。後、捕虜をどうするかについても」

「捕虜に関してはグラナダにしばらく勾留。時期を見てルナⅡかフォン・ブラウンに送還する。将兵に捕虜への虐待は行うなと厳命しておけ。もし、行ったものには軍籍剥奪の上で極刑の適用もあると。・・努々忘れないように。」

「了解。・・しかし、敵は失った機動戦力の回復に苦心するでしょうね。マ・グベ少佐と私はおそらく半年は大規模攻勢を抑制できると踏んでいます。」

「その半年の間に鹵獲した艦艇の使い道ができそうだな。」

 

今回の戦闘で連邦軍内で行方が分からなくなっている艦艇の内、60隻がジオン軍に鹵獲され『サイド3』にて修復・改装が行われることになる。

これによって、ルウムでの損害の補填が迅速に行われ各サイドからも一目置かれる存在となっていくことになるのである。

 

対して連邦側では今回の戦いが原因で陸軍出身将校が発言力を増すことになり、MS配備が急速に遅れていくことになった。

特に決定的だったのは、現場指揮官であるシーサンの発言であった。

 

「高い有用性があると考えられていたMSだが、今回の戦闘ではほとんど役に立たなかった。ジオン側はミサイルとメガ粒子砲を多数搭載した艦艇によって我が方のMSの大半を遠距離から撃破していた。これに対応するには戦艦そのものの兵装充実と敵同様にメガ粒子砲搭載を視野に入れた改装を積極的に進める必要がある!」

 

この発言により、連邦とジオンは決定的に前世と違う道を歩むことになるのである。

 

 




ようやく『ルウム戦役』終了です。
MSの戦闘部分。文章が拙いですが、読んでいただき感謝します。
今後、さらにいろいろ展開させるので愛読お願いします。


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第二十話 ルウム戦役後のある日(ジオン編)

 

ルウム戦役から2週間が過ぎようとしていた。

連邦軍は残存した艦艇をルナⅡに集結させているようである。

情報を見るに、戦艦の大幅改装を行っているようだ。メガ粒子搭載と対空砲火増設、装甲強化が主なようで。

 

「ますます思惑通りですね。敵の関心は戦艦に集中しています。MSの新規開発は完全に後回しにされているようです。」

「それ以前に、パイロット不足を解消することが問題となるだろうな。それに、前ほど積極的な配備は無理かもしれないな。それに、戦力の整備はこちらも同様だから互いに拮抗すると考えていい。」

 

俺とガトーは高級士官用テラスでコーヒー片手にそう語り合った。

先の戦闘で、俺たちMS部隊はより多くの戦艦を沈めることが可能であった。

左翼・右翼にMS部隊を最初から導入していれば中央部隊を巻き込んで敵を殲滅可能だったと考えている。だが、あえてそうしなかった。

理由は戦果が証明していた。あの時点で、MS部隊のみで敵を半壊させればMSの重要性を敵に教えてしまいかねない。だからこそ戦艦のミサイル攻撃と敵MS撃破を優先させたのである。

 

「もし、ザニーでなければ今少しこちらも犠牲がでていたかもしれませんが、それを考えても連邦は醜態を晒すことになりましたね。」

「いや、あれはデラーズ閣下が艦隊とMS部隊の事前配置を入念に行ったおかげだ。それに『バルディッシュ作戦』の欺瞞情報が効果を補強してくれたのも大きい。」

「はい。ですが、まさか敵戦艦を鹵獲すると聞いた時には意図を図りかねました。あれはどのような意味があったのでしょうか?」

「特に大きいのは資源の有効利用。1から作ると時間がかかるがもとからあるものに手を加えるのとどちらが時間と資源を使わないか。答えは明白だな。」

 

実際、鹵獲したサラミスは塗装を緑に変え、速力増強とメガ粒子砲搭載作業を行っているらしい。早くとも1、2か月以内に完了予定だと聞いている。

さらに、鹵獲したのはサラミスだけではない。連邦のMSザニーも数機、確保に成功している。現在は、技術スタッフが解析作業を行っているが基本フレーム部にこちらにはない構造を用いていたとかで得るものは意外に大きいらしかった。

 

「おや、リーガンのキザ野郎とガトーの生真面目坊やが先客かい。」

「これはリーマ大佐。このような朝早くにお会いできるとは思っていませんでした。遅ればせながら昇進、おめでとうございます。」

「思ってもないことは口に出すんじゃないよ。寒気がする。」

 

リーマはルウム戦役での戦果が認められて大佐に昇進していた。2階級上げるのは問題があるという意見があったらしいが、2日かけて昇進させる形で納得させたらしい。

ずいぶんと無理やりな話だ。昔見た某アニメを思い出す。

もっとも、俺もガトーも出世している。俺は中佐に昇進し、ジオン青銅騎士勲章なるものを授与された。前世ではなかったので、これには驚いた。

ガトーは繰り上げ卒業の結果、少尉待遇でルウム戦役に参加していた。だが、今回の戦果で大幅な昇進を遂げた。

階級は少佐。ジオン青銅騎士勲章、ジオン青年勲章を授与されて一躍実力者の仲間入りを果たしている。

 

「大佐殿は今回の昇進に不満でもあるのですか?」

「いや、不満はない。ただ、当然の評価だと思うだけだね。」

「・・大佐らしいお言葉ですね。」

 

大佐クラスになると艦船指揮もできるようになるらしいが、リーマはまだ決めかねているようだ。そのストレスもあって発散のためにここにきていると感じている。

もっとも、八つ当たりぎみにこちらに被害が来るのは何とかしたいのだが。

 

「ところで、あんたの機体をスクラップ寸前に追い込んだ敵についての情報が入ってるよ。なんでも、エビル将軍子飼いの私設部隊みたいなものらしい。『クレイモア』と呼ばれてるようだけどそれ以外はまだ不明。規模・技術力も不明。ふざけた報告だね。あとで情報部の連中、〆てやろうか?」

「やめてあげて下さい。ここまで調べてくれた相手にさすがに酷だ。」

 

ただ、敵の実態を少しでも多く知りたいとは思うが仕方ないことはある。

あの時、我が後輩によって大幅改造されたはずの『リックドムもどき』とほぼ互角の性能を持つ機体。いや、基本性能・パイロット技術どちらも上だったと感じた。

 

「見たところ、連邦のザニーを原型にしていますが性能に天と地ほども差がありました。それに、私たちが相手をした機体にしてもザニー以上なのは間違いないです。」

「あんときの相手はあと一歩で逃げられちゃったからね。今度は切り刻んでやるよ!」

「怖いことをさらりと言わないでくれ。」

 

コーヒーをすすりながら俺は今後のことを考える。

現在のジオンは『サイド3』の代表組織であり、各サイドとの友好関係を構築している。

『サイド5』はジオンに傾いており、援助と資源の交易、さらには連邦軍監視用の駐屯基地設置まで容認してくれた。

『サイド2』は交易相手としては成り立っているが、あくまで中立を貫く構えのようだ。

『サイド1』は前世において、連邦よりだった。だが、現在は積極的に友好のアプローチが来ているらしい。

『サイド4』、『サイド6』は『サイド5』と同様の関係構築が行われている。

現在、対策に苦慮しているのは月についてだ。

月には我が軍拠点である『グラナダ』とアナハイム肝いりの『フォン・ブラウン』がある。

グラナダにもしものことが起きた場合は、機密保持と民間人避難を優先することが正式に決まっている。問題は『フォン・ブラウン』だ。

 

「しかし、今後は戦闘より外交が問題かもしれない。外交では『フォン・ブラウン』が曲者だと上は考えているようだ。」

「あそこは、民間企業である『アナハイム・エレクトロニクス』の拠点ですからね。それに、我が方のMS開発にも技術的な支援者がいると聞きます。おいそれと手は出せません。」

「それを言うなら連邦側のザニー開発やミノフスキー理論の情報漏洩は明らかに連邦援助じゃないか。」

 

そう、この世界ではミノフスキー博士はジオン本国にいる。だが、その成果であるミノフスキー理論は『フォン・ブラウン』のアナハイムに渡り、連邦に流れていたことがわかっているのだ。また、ザニーの量産に先立って、軍内部での量産システムに関連した仕組みはアナハイムが作ったという情報が有力なのだ。後世独自の歴史修正作用でも起きた結果なのだろうか?

 

「どちらにせよ、今後はさらに忙しくなる。外交・戦闘両面で軍部は動かないといけないからな。」

「そうですね。それぞれ階級が上がりましたし、それは間違いないと思います。今度も勝てるとは限らない。・・油断は禁物でしょうね。」

「中佐は原隊でお留守番かい?」

「いえ、どうやら『サイド5』宙域の警護・哨戒を行う『第03哨戒艦隊』に回されるようです。あそこにはしょっちゅう敵が来るらしいから忙しいでしょうね。」

「リーマ大佐は新しい部隊設立まで待機命令が出ていましたよね。」

「指揮官クラスなんて性に合わないんだけどね。そういうあんたは?」

「私は、グラナダ方面への転属です。何でも新型機の性能実験用パイロットをしてほしいと中佐の後輩殿が名指しで指名したとか。」

「どんまい」

 

どうやら、我が後輩はまだ何か考えているようだ。これ以上何を作るつもりなのか。

近い将来、頭を痛めるような事案が俺に降りかかりそうだと想像しながら俺はコーヒーの苦さとともにガトーの冥福を心から祈るのであった。

 



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第二十一話 ルウム戦役後のある日(連邦編)

ジオンが各サイドとの協力体制や軍備増強を確立する一方、連邦軍は失った艦艇や人員の穴埋めに苦心することになった。

残存艦艇とルナⅡ居残りの艦艇を集めれば数はそれなりになるが、守るにはギリギリで攻めるには不足する状態にある。ルウムで受けた損傷修復が全力で進められている。

だが、MS部隊への人員補充が全く進まない。ルウム戦役での指揮官であるシーサン・ライアーの発言で前々から燻っていた『MS不要論』が急速に勢いを増しつつあった。

艦艇の改修作業が優先して行われる一方で、先の戦いで生き残ったMSパイロットへの評価は厳しいものだった。

『ただ飯ぐらい。役立たず。張りぼて部隊』と各所でささやかれ自分から辞めるものまで出始めている始末である。

 

「シーサンの不用意な発言のためにようやく創設したMS部隊はガタガタです。ただでさえ、戦死者多数でパイロット不足気味なのに。」

「我々のようなものばかりではない。大半は旧世紀時代の軍人認識を持っている。シーサンは利権目的でそれを抑制していたが、あの戦いで保身のために利権を捨ててでも自身を守ることを選んだ。」

「我々を振り回すことに対しては天才的な迷惑体質ですね。ただ、この際、私たちもこれを利用するしかないでしょう。」

 

マフティーとエビルはそう考えていた。

マフティーとしては、早急にMS部隊強化を進めたいが、今の連邦体制下では無駄死しかねない。

エビルとしてもまだ、少将なのだからこの機に乗じて上との関係を取り付けることを考えなくてはならなくなっている。

そんなときに、インターフォンが部屋に鳴り響いた。

エビルはなれた動作で受話器を取り、内容の確認をする。

 

「何かね?」

「閣下、サミトフ准将が閣下とお話ししたいことがあるとお越しですが。お通ししますか?」

 

内容は珍客の来訪を告げるものだった。

サミトフは今回の戦いでは静観を決め込んでいた。参謀部に助言はしていたが、本人は直接的には拘わらずに、刷新人事のリストからは見事に外れ准将を堅持していたのだ。

そんな男が意見的には反りが合わないエビルに面会とは何かあると考えるべきだろう。

彼はマフティーにとなりの執務室で待機するように頼んだ。

執務室はエビルがいる談話室の会話を聞ける構造になっている。

 

「わざわざこのようなところに来られるとはどのような風の吹き回しですかな?」

「いや、少将閣下とは腰を据えてお話しておきたいと考えたまでのことです。いかんせんシーサン中将殿は聞く耳を持たない状態なので。ああ、まだ『臨時』中将でしたか。」

「これは異なことを。シーサン・ライアーは准将のご友人と伺っていましたが。」

「どうも、こちらの思い違いだったようです。こちらの助言にも聞く耳持たず。それどころかこちらを利権屋と恫喝してきました。いやはや、困った方です。」

 

そういいつつも、エビルはこの会話一つからある予想がたちつつあった。

サミトフはシーサンと手を切ろうとしている。いや、見捨てようとしている。

シーサンは中将ではあるが、あくまで臨時的なものだ。艦隊指揮のための名目を持たせるために上層部が与えていたものにすぎない。勝利していれば正統な理由づけが可能だったが、彼は負けた。しかも、惨敗だ。

 

「だとしても、私のところにくる理由になるのですかな。」

「少将閣下ならお分かりでしょう。シーサンを放置すればMS配備が遅れます。あれは、敗戦に取りつかれて責任をMSとそのパイロットたちに押し付けようとしている。これは連邦軍全体にとっての損失ですよ。それを阻止することこそ、連邦軍人として正しいありようだと思いますがね。」

「確かに、そうですな。ですが、上層部はシーサンを支持するのではありませんか?もともと、彼を中将にしたのはジャブロー上層部です。その責任は任命した彼らにも向くのではないかと深読みするでしょうな。」

「そちらは心配ご無用です。上層部には段取りを話してシーサンから正式に中将剥奪の準備を整えさせました。かなりゴネましたが、問題はないでしょう。後は」

「後は、採決というわけですか」

 

エビルはサミトフの考えを理解した。ようはシーサンをスケープゴートにするつもりなのだ。

シーサンに責任のすべてを被せて終結させようというのだ。おそらくシーサンは降格処分に持ち込まれるだろう。たぶん大佐か中佐ほどまで下げられるはずだ。その上で左遷だろう。

だが、それを行うにも他の上級将校たちの賛成意見が必要となる。命令系統ではジャブローがトップであるが、作戦を遂行するのは現場だ。現場指揮を執る少将から中将クラスの将校意見の影響力は無視できない。

 

「私に賛成派に回れというわけか?」

「少将は賛成してくれると思いますが、違いますか?」

「賛成はしている。だが、貴官がなんの見返りもなしに上層部のために動くとは思えない。どのようなことを上に提示したのかいささか気になるな。」

「手厳しいですな。確かに、条件は出しました。ただ、今少し上の地位をいただく手筈を整えてもらっただけです。」

「それは賛成派に回った将校全員というわけかな?」

「いやいや、気づいた方にはお話していますが気づかない方にわざわざ教える必要はないでしょう。そういう方は善意での賛成者でしょうから。」

 

食えない男であると改めて思わされた。

連邦軍のためといいながら、自身の出世に関しても、ジャブロー上層部から昇進の確約をもらっているのだ。しかも、賛成派に回る将校にもそれを適用するかの裁量はサミトフにゆだねられている。

 

「少将閣下も昇進がお望みでしたら私から口添えできますが。」

「いや、遠慮しよう。ただ、別のことを確約してもらいたい。それが約束されなければ協力できない。」

「・・それはどのようなことでしょうか?」

「いや、今回の我が方が被ったMS部隊の被害は性能が低かったことも一因。そこで、MSの性能向上を目的にした実験部隊を創設したいと考えているのですよ。」

「実験部隊?正規軍内にあるものとは別に作りたいということですか。それだと、私設部隊のようなものを容認しろということになるのですから、いかに私でも」

「いや、あくまで期間を設けます。新型機や実験機の性能実験と実用テストを行える部隊は今後、必要になるだろう。サミトフ殿も似たようなことを考えていると思うが?」

「まさか、私にはそのような深い思慮はありませんよ。わかりました。上層部に話しておきましょう。」

「いえ、確約していただきたい。それとそれを証明する確約書も発行してもらいたい。」

「・・無茶を仰いますな。ですが、他ならぬ少将の頼みです。明日には書類をお持ちします。それでは、私は次の方のところに行きますので失礼します。」

 

サミトフはそう言って部屋を辞した。それと同時にマフティーが部屋に入ってくる。

 

「サミトフが閣下の要求を呑むとは思えません。少し、露骨すぎたのでは?」

「いや、彼はおそらく呑む。彼も似たようなことを上に打診しているだろうからこちらだけそれを許さなかったら後々問題になる。」

「なるほど、彼は私設組織を作ろうとしているわけですか。しかも政府公認のエリート部隊でも作ろうとしている」

 

一気に自身たちの手が汚れたのではないかと思わされた。だが、今後のことを考えると自分たちも力を蓄えておく必要がある。そのため、今回はサミトフの策略に乗ることにしたのだ。

 

(歴史で見た前世『ティターンズ』のような組織ができつつある。ジオンとの戦争が少しづつ変化しつつある。)

 

マフティーはそこに不安を感じつつも、現状を打破するために今は仕方がないことだと無理やり納得することしかできないのだった。

 

 

 



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第二十二話 任地と哨戒

第二十二話 任地と哨戒

 

連邦内で生贄の儀式に似た謀略が繰り広げられていた頃、リーガン達はそれぞれの任地についたところであった。

リーガンが配属されることになった第05哨戒艦隊は、サイド5宙域の駐留艦隊の一つである。

構成は以下の通りで、MSと新旧戦艦の混成艦隊と言っても過言ではない。

 

旗艦  ムサイ級巡洋艦改修型『メルバルン』

随行① ムサイ級巡洋艦(未改修)『レキサス』

随行② ムサイ級巡洋艦(未改修)『バードシック』

MS   ドムB型 2機

    リーガン専用機 1機

    ザク改修型 9機

 

である。ちなみに俺は旗艦随行部隊の隊長として配属されている。肩がこるので嫌だったが、仕方ない。随行艦2隻が改修されていないことは最初訝しんだが、理由を聞いて納得した。

この2隻は、もともと軍の練習艦として使われていたらしいのだが、各所に警備・駐留目的で艦船を振り分けた結果、改修した艦だけでは不足する事態となった。

そこで、まだ未改修の船を回したらしい。

無論、随時改修が行われるし鹵獲した敵艦も利用予定なのでそれまでの辛抱とのことだった。

 

それに、『メルバルン』の艦長はリーガンの先輩が認めている人物の一人だ。

名前は『ベルゼ・スズキリ中尉』。今回、リーガンの副官も兼任しているが、かなり堅物な男で冗談が通用しないのが初日で判明している。上官であるリーガンに佐官が何たるべきかを永延と3時間説教するほどの怖い者知らずでもあると既に艦内では有名だ。

もっとも鹵獲した艦艇の内、マゼラン1隻とサラミス2隻はグラナダに曳航されたと聞いていた。

それを知った時、また、後輩が何か企んでいると容易に想像できたがデラーズからも快諾されていると聞いたので文句は言えない。今日では、必死に忘れるよう努めている。

ただ、それを脇に置いても現状は平穏そのものだ。俺たちは戦場からやや離れた宙域の警備を行っているが、今のところは接敵が無い。

 

(今はこんなだが、今後はこのあたりの警備体制を考えていかなくてはならなくなる。人員もそうだが、艦船をどのように割り振るかも問題だな。・・いっそMAあたりを随所に配備するとかも妙案かもしれない。技術的な方面は後輩と協議だな。直接は関わりたくないのでガトー経由で案を流してみよう。)

 

連邦軍が本格的に動けないこの半年が重要であるため俺もついつい考えてしまう。

 

「隊長。そろそろ『レキサス』のMS部隊と交代の時間です。」

「ああ、そうだな。向こうのMS収容前に発艦して周辺の警戒を行う。準備をさせておいてくれ。」

「了解です。」

 

戦争中に警戒することは連邦だけではない。典型的な海賊もいる。

特に多いのは連邦軍兵士の残党が敵前逃亡後にこのあたりに居座り、海賊化することだ。

俺の配備箇所ではまだないが、他の艦隊では2、3度ほど戦闘になっている。注意が必要だ。

 

「全員搭乗完了。いつでも行けます。」

「各自発進後、周囲警戒を開始せよ。場所はミーティング通りに。」

「隊長。定時偵察は今回誰がやりますか?」

 

定時偵察。本来は小型艇やモビルワーカーで代用したい作業であるが、戦時下である以上偵察がそのまま戦闘になる事も多い。そこで、この艦隊ではMSを常時3機周辺警戒させ、1機を次に移動予定のポイントに事前偵察として出すことにしている。それを定時偵察と我々は呼んでいるのだ。

 

「今回は俺がいこう。俺抜きでも周囲警戒任務ぐらいはできるようになってもらわんといかんしな。」

「十分できていると思いますが。」

「それは周囲警戒中に監視ポイントを間違えないようになってから言え。昨日だけでそれぞれが2回ほど誤認していたんだ。その反省もかねて今回はお前らに任せる。」

「すいません。・・ただ、定時偵察は本来は僕たち部下の役目なのですが。」

「気にしているなら仕事をこなしてくれることで帳消しにしてやる。それに、機体の試し乗りも兼ねている。とにかくここはしばらく任せたぞ。」

「了解」

 

俺はそう言って、旗艦からMSを駆って前方宙域に機体を進める。

改めて乗ってみると今の俺が乗っている機体の加速・旋回は申し分ない。

現在使っている機体は、後輩制作の機体ではない。あれは破損がひどいためにまだ修理中とのことだ。嫌な予感がするが目を瞑っている。

そんな俺に代用として軍が送ってきたのが次世代型の試験機だった。あくまで性能追及型の試作モデルなので量産目的ではないらしいが現状では軍内部で最高クラスの基本スペックを持つ機体とのことだ。

前世では遅すぎた配備が惜しまれ、今少し早く量産されていれば戦争の結末が変わっていたといわれるMSである『ゲルググ』である。

もっとも、この後世ではまだビームライフルは装備されていない。性能は以下のようになっている。

 

ゲルググA(アサルト)

主武装 ヒートサーベル

    120mmマシンガン

補助  ナックルシールド(簡易装甲)

 

前世のシーマ艦隊随伴MSであるゲルググMに近い機体である。

実弾装備系統にすることでザク系装備との共有が容易であり、整備面が大幅に簡略できると期待されている。また、ヒートサーベル喪失時に両腕の増設簡易装甲を用いた近接格闘も可能となっている。

本来はヒートナギナタの採用が考えられていたが、実用性と量産性を考えてヒートサーベルを採用することになった。だが、機動力は例の『リックドムモドキ』と同等。

いや、それ以上にまで引き上げられている。

 

(火力は落ちたみたいだが、機動力は断然こっちが上だ。実にいい!)

 

ジグザグ運動や武器の切り替えを繰り返してみるが基本動作が非常にスマートに行える。

これが量産された時の状況は大きいと正直に感じていた。

そんな時、モニターの一つが奇妙に気になった。そこにはデブリがあるのだが、問題はその後方だ。

近くにサラミスの残骸があるのだが、MSらしき影が見えるのだ。

 

(海賊か?いや、それにしては)

 

そう、それにしてはものすごい腕の持ち主だったのだ。

デブリを避けながら移動しているようなのだが、避ける瞬間にその機体がデブリと接触しているように見える。だが、激突ではなく機体はさらに加速して同様の動作を繰り返しているではないか。

 

(・・嘘だろう。デブリを足場にして高速移動と方向転換を行っているのか!?)

 

ついボー然とそれを見ていたらその機体が突然止まった。よく見ると発光信号が見える。

我に返ってそれを自動解読プログラムにかけるとそのメッセージが画面脇に表示される。

 

『我、友軍。任務の邪魔を謝す。現在、ジオニック社の実験機運用テスト中。これよりただちに宙域より離脱するので容赦願いたい。 第零実験小隊』

 

第零実験小隊。その名称には聞き覚えがある。

俺が、転生したときにジオニック社の試験パイロットとして一時所属していた。

軍内部での知名度はそれほどではないが敵味方識別では友軍と認識されている。

 

(ジオニック社の連中。ここまで出張って試験してたのか。だが、ここは最前線にあたるので帰還後に注意するように連絡を入れておくべきだな。・・ただ、すごい腕だったな)

 

あれがパイロット自身かMSの性能による補正があったかは特定できないが、恐ろしい腕前なのは違いない。どこの誰かを調べる必要があると俺は心に留めておくことにした。

後にそのパイロットが、隊内で『スピードホリック』という渾名で知られているパイロット『ドゥーエ・ブリューナク』であると教えられた。

ドゥーエはイタリア語で2を意味するらしい。

さらに後、デラーズからこの名前が偽名であり、彼の本名が『キャスハル・レム・ガイクン』。

つまり前世ではシャアだった人間だとわかるのは少し後のことであった。

 

 




後世シャアの名前に関して返信をいただいたので補足させていただきます。
後世では キャスハル ⇒ ドゥーエ と偽名を変えています。
作成の過程で原作と同様、本名 ⇒ ウーノ ⇒ ドゥーエ と偽名変更ごとにしていこうかとも考えましたが、後世では彼の認識部分から違っているとしています。
結果、彼の認識では 本名(一番目) ⇒ ドゥーエ(二番目) と本名を含む番号付をしているということにしました。そこを含める話題は別話でも考えていますのでご期待いただけると幸いです。


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第二十三話 円卓議会①

 

新生したジオン国内。円卓議会では現在、閣議の最中であった。

戦時下で初となる全閣僚の顔合わせである。

当初、軍改変後に顔合わせを行う予定であったが、『ルウム戦役』を円滑に進めるために軍から延期を進められていた故の今日である。議会の司会進行役としてデラーズが口を開く。

 

「みなこの国のために働く心ある同志としてまずは俺を言わせていただきたい。忙しい中、時間を割いていただき感謝いたします。今回は、閣僚全員の定時連絡会と考えていますので軍・民関係なしで自由に発言していただきたい。と言っても最初の取っ掛かりが無いでしょうからまずは私から。ミノフスキー博士。各教育機関の様子はどうでしたか?」

「やはり優秀な方が多いです。科学者として新しい考えに触れる機会が多く刺激になります。今後が楽しみな若者ばかりですよ。」

「それは何より。ビシバシ、若い連中を鍛えてやってください。ライリー代表。各コロニーの治安はどうですか?」

「新たに導入した『平和維持警察』が機能しています。暴動やテロは起きておりません。ただ、警察内から名称変更の要望は多いようですが。改変案を一般に求めますか?」

 

ライリーは苦笑しながら、議場内に報告する。

名称に関しては時間がなかったのでライリー代表に決めさせたのだが。

 

「それは国が落ち着いてから決めればよいでしょう。機能しているなら今はそれでいい。カーン代表が提案してくれた国内維持機構は参考になりましたな。」

「私は内政に関連する政務を受け持つ身です。一番、各所と関わりあうことが多いだけです。特に軍の支出はもっとも頭の痛い悩みの種です。」

 

カーンの一言はデラーズには痛い一言だが、戦時下ではどうしようもない。

 

「それは本当に申し訳ない気持ちですが、戦時下である以上は」

「わかっております。我々の給与を大幅に削減したり税金を上げる方針です。無論、それだけでは『焼石に水』ですから、貿易や資源採掘などの平均収入を上げるようにしていくべきだと考えています。」

「その際、一部の役職や職業だけでなく国民全体の収入も上げるよう調整してください。生活が困窮しているという圧迫感は閉塞感につながり、ひいては経済全体の混迷につながります。」

「承知しております。現在、資源代表と協議して対策を立てております。」

「では、そのグライド代表。国内資源の確保はどうなっていますか?戦争が長引けば自給自足できるものはしていかなくてはなりませんが。」

「鉱物資源は資源衛星の開発を進めており、一部の鉱物資源は余裕があります。食糧確保に関しては、現存するコロニーから農業用コロニーへの変更調整をすることで補う算段を立てる計画です。他の物資については他のサイドとの交易で互いに循環させるべきと相手と交渉していただいております。」

 

前世において、コロニーの中には廃棄されたものや環境調整の問題がある場所もあった。

たとえば『テキサスコロニー』などはその最たるものだろう。

荒廃した砂漠が広がるコロニーにどのような生産性があったのか謎である。

そのように残るくらいなら調整・改修を進めて食糧生産用に利用したほうがまだしも生産性があるといえる。前世と違い人員もある。

 

「では、ロスター代表。各サイドとの外交状況はどうですか?軍の駐留や物資交易など多分に負担があると思いますが。」

「『サイド5』の各代表たちは意外に好意的です。自分たちのコロニーに軍を駐留することまで許可してくれました。ただ、やはりもっとも遠い『サイド7』は」

 

『サイド7』は『ルナⅡ』にもっとも近い。連邦にとっては管理が容易なサイドの一つだろう。その結果、『サイド7』は連邦よりの態度をとることは予想できた。

 

「そうなると『サイド7』の連邦軍基地化の可能性が高まりますな。」

「私は軍のことはわかりませんよ。ただ、話を聞いていると『サイド7』の民間人は一定のコロニーへの強制移住をさせられたと聞きました。」

「強制移住?隔離でもしているのか?」

「いえ、どうやらいくつかのコロニーを連邦軍が整備目的で接収したと聞いています。」

 

『ルナⅡ』だけでは心もとないと考え、新たな軍拠点として接収したと考えた方がいいだろう。

そうなると、月の『フォンブラウン』に対しても警戒しておいた方がいいかもしれない。

あそこはアナハイムの拠点だ。中立をうたっているが、連邦よりに傾く可能性が高い。

『グラナダ』へ警戒するように働きかけておく必要がありそうな状況であった。

 

「とりあえず、他のサイドとの関係づくりと貿易の確保。それを続けてください。」

「ええ。あといささか気になるのが『サイド2』です。あそこは、完全に中立を貫く方針のようなのですが、こちらへの敵意が交渉中にもにじみ出ていました。あそことの貿易もかなり部分的なものに限定されると考えておくべきでしょう。」

 

『サイド2』。前世では『ブリティッシュ作戦』のコロニー確保で犠牲になったことで有名だ。ただ、この後世ではそこまで関係が悪くないはずである。だが、コロニー間の友好と貿易を推進している中で態度を逆に硬化させていっている。

 

(連邦からの自治権確立のためなら協力的になると思っていたのだが、いささか予想と違う。どうもあそこは別の思惑を抱いていると見た方がいいだろう。情報部やグラナダに詳細な追跡調査をさせるとしよう。)

 

デラーズは議会場の話をまとめながら思案を巡らせる。

ただ、連邦に対処するために進めていたことを確認しておく必要がある。

そのため、このメンバー最大の問題児に質問を投げかけた。

 

「ゲニアス代表。そちらが進めていた計画の進捗状況は?」

「はい。我が『アプサラス計画』は順調です。デラーズ代表が資金を回してくれたので開発そのものが非常にはかどっております。感謝してもしたりません」

「開発過程の技術は有用無用にかかわらず、軍部に報告していただきたい。MA技術は今後、別の使い道が出る可能性がある。またその際、逆に軍から計画に使える技術を提供できるかもしれない。」

「はい。むしろこちらからお願い致します。」

 

ゲニアスは心底うれしそうに笑顔を浮かべている。

だが、その眼には狂気の色が見える。

本来、この男に技術代表を任せるのは危険だが少なくともあるものが完成するまでは彼に任せる必要がある。デラーズは実質、その間は2部門の管理をしなければならないと覚悟を決めていたのである。

 

『アプサラス計画』。

前世ではギニアス・サハリンが行っていたMA開発の呼称だ。

このMAは連邦拠点であるジャブローを直接攻撃するために考えられていたものである。

宇宙から敵戦艦防衛ラインを突破。ジャブローに向けて大気圏へ降下後、大型のメガ粒子砲を用いて基地を破壊するというものだ。

だが、前世では結局間に合わなかった。機体事態は一応の完成を見たが電力不足の解消のためにドムのジェネレータ3機を無理やり直結して形にしたものだった。

だが、この後世では別の使い道が既に構想としてある。連邦軍との停戦交渉が進まない場合に考えている二次作戦である。

 

作戦名『七星作戦』。

デラーズと『黒鉄会』メンバーのごく一部で構想され、現在は細部を詰めている作戦だ。

ただ、それを可能とするためにゲニアスの知識が必要不可欠となり、現在に至っている。

もっとも、できれば避けたい作戦でもあった。

この作戦自体の効果は大なのだが、停戦そのものは遠のくものであるためだ。

だが、それでも進める必要もあるのが現実である。

 

(ジオンの存続とサイド自治を確固たるものにするために。連邦に屈服するわけにはいかないのだから。)

 

デラーズは政戦両面で難しいかじ取りを今後も迫られることを感じていた。

 

 



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第二十四話 灯台下暗し

リーガンが哨戒艦隊に配属されてから2か月。

さすがに部下たちも手馴れてきたようで、MSの操縦をはじめとして哨戒行動そのものに無駄がなくなってきている。ただ、同時に気になる事は出てきていた。

 

「今日で3機目だな。」

「隊長。いささか気になる事態です。いくらなんでも回数が多いです。」

 

そう、俺は先週から3機の敵機と立て続けに遭遇している。

連邦のMAだ。もっとも、それは戦闘機の部類に属すもので戦闘力という面では我が方が圧倒的に上である。負けることもなく撃墜もしくは取り逃がしているのだが、いささか多いと思う。

 

「確かに。連邦の偵察とみるのが妥当だが、ここは我が方の防衛圏内でもある。そこにこう複数回も接敵が続くといささか問題だな。」

「順当に考えるなら敵艦がいるのは間違いありませんが、敵の拠点はルナⅡやサイド6のはずです。一週間続けてともなれば戦力の維持や食料補給は必要になります。」

「そうなると敵の拠点があると考えるしかないな。補給の梯子はあり得ないな。」

「この辺りの制宙権を確保しつつある現状では、敵にとって物資・人命双方にとってリスクが高すぎます。まず、ないでしょう。」

 

もし、拠点が存在するならこれはゆゆしき問題である。

連邦軍がこのあたりに手ごろな拠点を持っているということは、そこを中継拠点にしてソロモンやア・バオアクーへの攻撃の可能性も高まる。いや、哨戒網の裏をかけば本国への攻撃も十分にあり得るのだ。

 

「敵の発見された場所は記録しているか?」

「念のため残しています。このあたりのマップデータとともに光点で表示させます。」

 

その後、旗艦内のパネルにその光点が照らし出される。

距離的にはばらけているように見える。

偵察に用いられた機体は、三回全てがセイバーフィッシュ。

場所も見事に違う。だが、全体図で確認すると共通項が見えてくる。

 

「隊長。どう見ますか?」

「近くに廃棄されたコロニー群があるな。」

「はい。しかし、あそこには酸素も既になく湾港としても機能しないことが昨年の調査で確認されています。」

「確かにな。だが情報がそれを否定している。見てみろ、その廃棄コロニー群を中心にセイバーフィッシュの片道後続限界距離を円にしてみると見事に全機、その円状に収まる。」

「!!」

 

そう、拠点をおく以上偵察は必須となる。

とはいえ、MS・MAの航続距離には限界があるし敵との接触は極力避けなければならなくなる。戦艦を用いるのは論外だろう。

秘密裏に拠点を設営しようとするなら哨戒には使えない。そうなると余計に後続距離と用いる物が問題となる。我々のような哨戒部隊から拠点を隠さなくてはならない状態だと考えるなら、大規模な偵察は不可能だ。そこで、最低限の範囲でセイバーフィッシュによる偵察という苦肉の対策をとっているのだろう。

 

「しかし、廃棄コロニーを拠点にするのはかなり至難です。資材や時間が必要になりますし、発見されるリスクが高まります。仮にも、我が方の防衛圏内ですよ。」

「それでもできなくはない。資材に関してはデブリを利用することも可能だ。」

 

前世で『デラーズフリート』がそれを実践していた。

通称『茨の園』。UC0079年以降では、敗北したジオン残党にとって拠点づくりは困難を極めたはずである。アクシズなども確かにあったが、あれは距離があるし連邦も承知の上で黙認した経緯がある。それを考えると多大な労力が伴ったことは想像に難くない。

だが、同時に不可能ではないことを証明した事例であるといえるだろう。

 

「問題は食糧や酸素、武器弾薬、整備機材などをどのように確保しているかだな。」

「・・隊長。ばかげたことかもしれませんが意見を言っていいでしょうか?」

 

そこで口を開いたのは今まであえて意見を言わなかった艦長であった。

その態度には確信に満ちた自信が見て取れた。

 

「問題ない。言ってみたまえ。」

「フォン・ブラウンを経由して物資を調達しているのではないでしょうか?」

「しかし、あそこはグラナダも目を光らせている。そう簡単に物資輸送はできないしできたとしても気づかれるのではないか?」

「武器弾薬は無理でしょうが食糧や酸素、設営機材などは他のサイドとの交易品に紛れ込ませてしまえば可能かと。アナハイムは民間企業として中立を唄っています。ですが、それなりに得るものがあれば連邦の無茶を飲む可能性も捨てきれません。武器弾薬はリスク覚悟の長距離輸送を用いていると考えれば不可能ではないかと。」

 

(確かにアナハイムが中立とは言っても母体は民間企業。故に利益になる条件を提示すれば乗ることはあり得る。弾薬の長距離輸送もこちらの哨戒に補足されれば、物資を放出してしまえばいい。後は機器故障による漂流と言い逃れができる。何より、設営中の基地があるとは考えない可能性も高い。)

 

俺は艦長の意見にうなづきながらその考えを肯定しつつ、自分たちが何をするかを部下たちに指示した。

 

「そのあたりはグラナダや情報部に後々確認してもらおう。だが、とりあえず本当に拠点が存在するかどうかを調べる必要がある。各MS部隊やドップを交代で動員して先ほど指摘したポイント周辺を重点的に捜索する。だが、敵に悟られるな。交戦も極力避けて、こちらが気づいたと向こうに思わせるな。僚艦の各MS部隊にも伝えておけ。」

「了解!」

 

かくして、2日に渡って廃棄コロニーやその残骸を捜査した結果、ついに網にかかった。

偵察に出していたザク改修型の一機が廃棄コロニーの一つ、『グリーンフォート』跡にて敵戦艦が寄港しているのを確認した。

さらに、その報告をもとにドップを残骸に紛れさせて偵察させた結果、拠点工事は着工したばかりらしく周辺監視も穴が多いことが分かったのである。

 

「報告によるとサラミス級2隻、マゼラン級1隻、コロンブス級2隻。」

「どうやら本格的な拠点化前に発見できたようだな。」

「ええ。敵の構成もあらかたわかりました。MS・MAともにこちらの戦力で鎮圧可能であると考えます。」

 

敵のMSはザニーが4機。ボールが2機。後、セイバーフィッシュが6機。

どうやら、支援・増援部隊はまだ到着していないようで戦力的には基地を運用するギリギリの数で作業を進めていると考えられる。

 

「いささか危険ではあるが、今後のためだ。完膚無きまでにつぶしてしまおう。ただ、敵を逃すといろいろ厄介なことになるし、戦力的にはギリギリだ。MS部隊を最大限利用して殲滅する。」

「そうなると戦艦による砲撃後、MS部隊による強襲ですね。セオリーではありますが。」

「敵にとっては常識ではないだろう。だが、逃すとアドバンテージがなくなる恐れがあることを各自認識しておいてくれ。」

「はい。」

 

攻撃に当たり各隊に配備されているMSに不安要素があったが、何とかなると考えを改めて指揮を執り始める。

この隊で使用されているMS、『ザク改修型』がその懸念事項だ。

この機体は『ドムB型』配備に伴って性能のアップグレードを図った機体だ。スラスターやバーニアの出力向上。装甲の配置見直しによって基本性能を底上げしている。

さらに武装もみなおされているので、旧式機でも一級のスペックを維持していた。

 

主武装 ヒートホーク

    120マシンガン改(弾薬増設型)

    240mmバズーカ

    3連装ミサイルポット

 

この改装によって各種戦線への対応が可能とみられている。だが、装備はともかく使う側がそれを使いやすいかはまた別の話だ。

しかも、事実上初の実戦使用となる以上、不具合が出る恐れもあるのだ。

過信は禁物であろう。そのような不安を抱きながらも作戦を各隊員に説明するのであった。

 

 



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第二十五話 基地強襲

 

拠点攻撃はいかに敵に気づかれないことが重要だ。

また、同じくらい重要となるのがいかに効率よく要所を無力化するかである。

初期攻撃でいかに敵の防衛力を無力化できるかで二次攻撃時の味方被害を大幅に減らせるといっても過言ではないのだ。その意味で俺たちの奇襲は一応の成功を見た。

連邦軍艦艇が存在する付近までデブリに紛れて接近。同時にミノフスキー粒子を散布し、ミサイルを湾港に向けて発射した。

ミサイルは周辺の仮設砲台を破壊し、守備戦力を無力化していく。

着弾確認と同時に戦艦三隻が敵拠点に急速接近しつつ、メガ粒子砲を放った。

その内のいくつかが敵のコロンブス級輸送艦の一隻に直撃し、横倒しになるように湾港をふさいでいくのが見えた。

 

「よし。これで敵戦艦の内、2隻は港に封殺できた。後は外で待機していた1隻を処理してMS部隊総がかりで港内の敵艦船とMSを撃破。拠点占拠に移る。いくぞ!」

「今までの鬱憤を晴らしてやります。」

「隊長の邪魔にならないよう、露払いをさせていただきます。」

 

各隊のMS部隊が残った敵防衛施設や封殺された戦艦に殺到する。

その中で、俺たちが最初に担当したのは唯一外に残っていたサラミス級である。

本来なら動きを封殺できているとはいえ、湾港内にいる敵に全MS部隊を傾けるべきなのだが、いささか引っ掛かる船だったために念には念を入れたのだ。

このサラミス級はいささか異質だ。塗装が黒と青紫のツートン。対空砲台が多い。搭載されている主砲もムサイに搭載されているものと酷似している。

 

(おそらく、メガ粒子砲搭載の改修型か。だが、正規軍のエンブレムや識別ではない。)

 

エンブレムは黒い星形十字の両端に蛇がそれぞれ一匹頭をもたげているものだ。

塗装もそうだが、デザインセンスが気色悪い。

そう思ったところに敵艦からMSが出撃してくる。

機体はやはりザニーが4機。だが、塗装と装備が正規タイプと大幅に違っていた。

本来570mm無反動砲装備で白と赤を基調としている機体なのだが、この機体は黒とオレンジを基調とし主武装も携帯用のビームライフルとシールドをそれぞれ持っている。

 

(携帯用のビームライフル。それに肩にはビームサーベルと思われる装備を携行しているな。正規軍にしてはやたらと高品質な武装。嫌な予感的中か。)

 

「各機、敵はザニーだが武装は貧弱にあらず。油断していると逆に食われるぞ。連携を忘れずにそれぞれ敵にあたるぞ。かかれ!」

 

そう檄を飛ばしてそれぞれが戦闘に突入する。

こちらは俺を含めれば、全4機。数では同等だが、全体的な性能は敵も負けていない。

ザク改修型に乗ったうちの隊員がマシンガンを連射し、戦闘開始を告げる。

敵はそれを躱しながらビームライフルと60mmバルカンを打ってきた。

それを見て、俺は敵に下方から接近しすれ違いざまに敵の背面をヒートサーベルで切り裂く。それを受けて敵機には無残な切り傷が刻まれた。だが、俺は手を緩めない。

即座に機体を反転させ、持っていた120mmマシンガンのトリガーを引く。

砲身から何十発という弾丸が敵に放たれ、コックピット周辺を無残に穴だらけにしながら火球へと変えた。

 

(まず一機!)

 

だが、それを意識した瞬間。悪寒のようなものが背を伝う。

咄嗟に簡易装甲部分を盾のようにしたところに敵のバルカンが命中したのがわかった。

盾替わりにした左腕装甲部の一部が凹むがそれにかまっている暇はない。

こちらも、120mmマシンガンを敵に放つが敵はシールドで防御して機体直撃を防いだ。

だが、その直後に防御できていない右側からミサイルを受けて敵機が爆散する。

例の三連装ミサイルをもろに食らったようだ。どうやら俺の不安は杞憂だったらしい。

 

(機体性能は上場みたいだな。あの性能なら今少し前線で使用できるだろう。)

 

これで数は互角以上になった。だが、その内の一機から感じる威圧は先ほどまでの敵とは違う。そう、強いて言うなら猛者。まるで例のニュータイプなる相手と対峙しているときと似ている。だが、その時ほど化け物じみた寒気まではない。

 

「あの機体は私が相手をする。他は敵艦と残ったMSを無力化、あるいは撃沈せよ。」

「了解。」

 

そう言い残して部下たちが敵サラミスと残る1機への攻撃を開始する。

そんな中、俺は敵と向き合っている。機体そのものは先ほどの2機と一緒だ。だが。

 

(すごい威圧感だ。ぞくぞくしてくる。)

 

敵はこちらの意図をどうとったのかビームライフルをかまわず打ってきた。

こちらも120mmマシンガンで応戦し、敵とともに戦艦とは逆方向のデブリに向かっていく。

敵のライフルが盛んに岩を破砕していくが、こちらはそれを紙一重で躱していく。

こちらはデブリに入ってからマシンガンの使用をあえて押さえている。同時に試してみたいことを実行することにした。

 

 

リーガンと戦っているのは連邦軍で新編成された組織『リターンズ』所属の部隊であった。

その中でも、彼『フェルナンド・モンシア』中尉はエース級であった。

先の『ルウム戦役』で生き残った上に敵機を撃墜していることからその実力を証明していたが、軍内では不遇をかこっていた一人である。

酒場では堂々と『宇宙人どもを倒したのに何で同じ地球人からさげすまれなきゃならんのだ。』と酒の酔いに任せて叫んでいた一人である。そこで経歴を知っていたサミトフ・ハイマンに拾われ、遊撃隊に配属されたのである。

 

『地球を本当に愛する者の一人として私に協力してくれないかね。モンシア君。ともに宇宙人なき新秩序を築こうではないか。』

 

サミトフのこの一言でモンシアは救われた気がした。

戦場で死ぬ思いをしたのに評価されず、あまつさえ卑下される毎日。その灰色の毎日から彼を救い出してくれた。だから彼は、『リターンズ』への所属を快諾したのだ。

 

「この宇宙人共が。また汚い策を弄しやがって!」

 

モンシアは敵に向けて再びライフルを向ける。先ほどから巧みにデブリを盾にして避け続けているが今度は速度を計算に入れている。デブリから出たところを一気に撃ち落とせるという確信をもって、ライフルの引き金を引いた。

だが、そこに敵はいない。いや、来ない。

そして、いるはずのない場所に敵がいた。自分の機体の真下にだ。

 

「なんだと!どうしてそこにいる。ワープでもしたってのかよ?!」

 

モンシアは混乱しながらも機体を真下に向ける。だが、その時には既に手遅れだった。

驚いたことに方向転換した時には敵が正面に迫っていたのだ。

 

(なんだそりゃ?!俺は悪い夢でも見てやがるのかよ!!)

 

モンシアがそう心の中で叫んだ時にはコックピットが敵機体の左腕に押しつぶされる瞬間だった。なぜ、このようなことになったのか?どうして自分が死ぬことになったのか?

それを理解することはついになかった。

 

 

敵機のコックピットをナックルシールドで押しつぶし、無力化した段でようやく俺は機体の状態を正しく把握した。機体脚部の関節から鈍い音が聞こえている。

無理をした結果であった。俺が行ったことは先の遭遇時に見た友軍機の再現だった。

つまり、点在するデブリを足場にして急激に機体進路を変換しつつ速度を上げるというものだ。前世ではシャア・アズナブルやフル・フロンタルが行った戦い方であり、これが『通常機の三倍の速度。』と評価された所以である。

 

「確かにすごいが、俺にはきつい戦い方だ。」

 

正直、今の俺ではまだ無理だ。

確かにできなくはない。ただ正直、機体が持つかが不安だ。

一度の戦闘で機体各所、時に脚部関節が摩耗したのが解る。

これを当たり前のように行っていたシャアやこの前の実験部隊兵士のことを考えると相当の手練れだと思う。だが、おかげで今回得るものが大きかった。敵機の拿捕だ。

MSを無力化する以上パイロットは殺さなくてはならなかったが機体と武器は手に入った。

俺はひとまず、機体を旗艦に向けて翻した。

コックピットをつぶした敵機を運ぶのは本当に気が重くなったがこれも戦争ゆえである。

 



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第二十六話 不穏

 

その頃、拠点港付近での戦闘は一応収束に向かっていた。

連邦軍はボールやセイバーフィッシュなどで果敢に応戦していたが艦船機動力を喪失し、拠点防御施設が無力化、機動戦力まで失った段階で既に大勢は決していた。

こちらのMS部隊は蜂が群がるように動けない戦艦に殺到する。

さらに、後方からは『バードシック』が援護射撃を随時加えているから、波状的に攻撃を加えれば決着が着くだろう。

 

一方、唯一封殺から免れた敵改装艦については残った2隻と俺が指揮するMS一個小隊からの集中攻撃を浴びることになった。

敵戦艦からは応戦のためのメガ粒子砲が放たれ続けている。一方、こちらの戦艦からもその倍にあたる艦砲から粒子ビームが向けられる。

こちらの艦への命中もあったが、それ以上に敵側の被害が大きい。艦そのものの推進力が見るからに落ちた。

 

(推進系に損害を受けたな。この機に敵砲塔を破壊する!)

 

俺は部下のMSとともに敵へ迫る。機体摩耗はあるが、戦闘に支障はない。

部下たちはミサイルポッドからミサイルを一斉に発射して敵の対空砲を潰しにかかる。

一部は敵戦艦の装甲に剃れたが、左側面は既に内部がむき出しになっているほどの損害を受けている。対空砲の有効範囲も縮小していた。

俺は、それを見て穴が開いたに左から敵艦の懐に潜りこみ敵主砲を一門破壊した。

 

「これだけ接近すればマシンガンでも十分!」

 

他の僚機もそれを見て同様の方法で敵の懐に潜り込み、敵に一撃を加えていく。

戦闘から15分たったころには既に主砲は全壊、対空砲は数門、推進力喪失という状態になった。さすがにここまで来ると俺も降伏を勧めた。

 

「こちらジオン哨戒艦隊のリーガン・ロック中佐だ。既に貴艦の戦闘能力は喪失している。これ以上の犠牲は当方も望んでいない。ただちに降伏せよ。捕虜としての待遇を約束する。」

「通信は受信した。こちらは地球連邦軍『リターンズ』のハロルド・ブルーザー大佐だ。我々は最後まで戦う。降伏などしない!」

「貴官の軍人精神には感服する。だが、乗員の命は何者にも代えがたい。ただちに投降していただきたい。」

「拒否する!再考の余地はない!!」

 

そう言って、通信が切られた。それと前後して各所からロケット砲で武装した兵士がこちらのMS部隊に発砲をしはじめた。

 

(命を粗末にすることが国や軍への忠誠か?!こんな連中がいるから無益な犠牲が出る!!)

 

俺は敵艦橋へ接近しながらヒートサーベルを抜く。

虚しい思いが心を占めるのを感じたが、放置すると味方へ被害が出かねない。

俺は敵艦橋に逆手で持ったヒートサーベルを突きたてた。

艦橋をつぶしたが兵士たちの抵抗は一向に止まず、曳航も困難であると判断されたため仕方なく砲撃による撃破に踏み切った。メガ粒子の光に包まれて爆発する敵艦から人の叫び声が聞こえた気がした。

 

 

嫌な仕事を終わらせ、残った敵を殲滅するために艦を向けたところ、あちらから通信が入った。

なんでも降伏したいとのことである。勿論、捕虜としての安全を保障してほしいとの事だったので、地上で定めている条約を一時的に適応させることにした。

 

「いずれは、連邦との交渉をするときに定めておく必要があるな。停戦交渉がどうなるにしても捕虜に関しての記述は双方にとってメリットがあるし、向こうも乗ってくる公算が高い。」

「そうなると交渉は『フォン・ブラウン』で行うことになるのでしょうか?」

「閣下はあそこも信頼できないといっていたから別の場所を指定するだろうな。私はペズンなどはどうかと提案してみたが」

「これまた連邦にとっては皮肉な場所ですね。」

 

俺もそう思ったが、決して悪くないと考えている。

小惑星『ペズン』は作戦終了後、実際に運びこまれていた核パルスエンジンを取り付けて移動させていたのだ。ただ、移動場所は『サイド5』と『サイド4』の間に置かれている。

移動後はパルスエンジンは取り外され、必要最低限の戦力を残している意外は資源衛星として機能している。

 

(もっとも、連邦にとっては何か別の意図があるのではと深読みしている節があるが。)

 

「たしかにな。だが、連邦も『フォン・ブラウン』は信用できないと考えているだろうし、乗る公算はある。提案だけはしてみるし、ダメなら改めて考えればいい。」

「まあ、確かにそうなのですがいささか安易な気もします。」

「外交交渉とは慎重さもそうだが大胆さも必要な時がある。それだけの事だろ。」

 

そうこう話しているうちに、連邦兵士を被害の少ないコロンブス級輸送艦に押し込んだと連絡が入った。一応、まだ修理すればつかえそうなマゼラン級戦艦は『サイド5』の駐留拠点まで曳航することにし、捕虜は残っていた輸送艦でグラナダの収容所に送ることになる。

その上で、基地の徹底破壊とサラミス級の残骸へダメ押しの攻撃を加えた。

拠点として機能しないようにするための一時処置と敵にここが使えないとあきらめさせるためである。

 

(帰還後、デラーズにここのコロニー群も再開発に加えるように進言しておかないと。また、連邦に拠点化されるのはかなわない。)

 

俺たちは、敵の捕虜とともに艦を駐留拠点に向けて進めた。

一応、作戦自体は成功したし、成果もあったことは行幸と言える。

成果として、敵輸送艦1隻(今後は捕虜輸送用に再利用)、マゼラン級1隻(改装予定)、敵MS1機(連邦特殊部隊仕様)が今回大きな収穫だった。

だが、問題がなかったわけではない。とらえた連邦兵を尋問したところ、今回俺たちが相手した敵の中で、装備がやたらとよかった部隊はサミトフ少将の私兵であるとのことだ。

 

通称『リターンズ』。

そのサミトフなる人物を俺は知らなかったが、聞いた話を総合すると『地球至上主義』を信奉している兵士・将校の集まりらしく『ルウム戦役』を受けて新設されたらしい。

反ジオンというよりも反スペースノイド思想が色濃い組織らしく正規軍内でも過激な行動や言動が多いらしい。今回捕虜となった指揮官や士官たちからも以下のような酷評が数多く聞かれた。

 

指揮官曰く、『地球外に住む宇宙人共を我々が殺すのに理由など不要』。

士官曰く、『核弾頭装備が許されるなら蛆虫のごとき連中を駆除できるのに』。

 

などなど、実に過激な発言を日ごろから聞いていたようだ。

何より驚いたのは、調書している時にさえ両者が不仲であることが容易に見てとれるほどだったことだ。正規軍の機密に関しては口を閉ざすのに『リターンズ』のことにはまるで仲間の一員とは考えていなかったと言わんばかりに皆が情報を口に乗せる。その光景は非常に印象に残っている。

 

「しかし、連邦内部でここまで露骨な状態に陥っていたとは」

「確かに、俺もデラーズ閣下も予期していなかった。これほど極端に派閥が分かれているとはな。これは今後の戦局にも影響があるかもしれんぞ。」

 

俺は、調書をまとめつつため息をついた。

同時に、デラーズと直接話すべきかもしれないと思考を進める。

 

(エリート部隊と正規部隊。正規軍将兵からは忌避されている節があるが過激で感情的なことも行うエリートの組織か。新設されたばかりでこれほどだとよほど極端だ。これもデラーズと機会を持って話さなくてはな。)

 

俺はそのように考えながら駐留基地への帰途に着いたのであった。

 



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第二十七話 独断

 

敵基地発見と攻撃成功の報告は、首都周辺警備を行っていたリーマにも伝わった。

その報告に、軍上層部や将兵たちは一時騒然となったり成果を評価したりしていたが、

彼女は周りのように安堵することなく即座に次の行動に打って出た。

彼女は、その情報から連邦軍の物資輸送用の中継地がサイド5周辺からそう離れてない場所にあると予想。そして、最近手に入れた情報がそれを確信させるに至った。

 

そこは地球、ルナⅡ、サイド4のちょうど中心に位置する宙域。会戦前、そこには連邦政府が建設した太陽光発電衛星があった。

後世連邦では、宇宙での資源・エネルギー生産施設の移動が行われた時期がり、エネルギー供給施設として期待されていた。

UC0050後半がより顕著で、ジオンが台頭するよりも前のことだった。

各サイドから独立機運が本格化する直前。地上では不可能な大型の太陽光発電衛星を建設・管理するという計画が進み、実行されたのである。

だが、サイド各所への棄民政策を強化する過程で計画が縮小。軍の拡大による維持費の増大。それに伴って、当初予定された発電能力に達しなかったという経緯を持つ。

 

そして、現在では連邦軍の小規模な監視部隊が待機するだけの忘れ去られつつある施設であった。戦時下故、最低限の監視部隊を置くことは当初から予想されていたため別段驚きも少なかった。

また、大規模部隊を駐留させるには手狭。長期滞在にも向かないため危険度はそれほどないと上層部では判断されていた。だが、リーガンの報告で状況が変わったのである。

 

(軍の連中は危機管理が甘かったのかもしれないね。状況が切迫するにあたって施設の利用法が変わったことをつかみ切れていなかった。)

 

リーマはそう心の中で毒づいた。

そう、太陽光発電衛星としてではなく軍補給艦の中継地として使われ始めたのだとリーマは確信していた。恐らく、本格的に稼働したのは『ルウム戦役』の敗北を受けてからだろうと推測できる。

艦隊の再編と並行してサイド3侵攻の機会をうかがうためにも前線への補給は重要となる。

だが、他のサイドとの折り合いはよくないため補給のための寄港も困難だ。

そこで、半ば忘れ去られていた衛星に白羽の矢が立ったということだろう。

 

「姉さん。僚艦であるハリマとウールベルーンから出航準備完了とのことです。」

「よし。手柄を上げるチャンスだよ、きばっていくよ!」

「「アイアイサー!!」」

 

リーマ指揮の艦隊は、第07機動パトロール艦隊と第零実験部隊が同時に行動することになった。本来は、リーマ旗下の艦隊だけで行う予定であったが、ジオニック社から出向中のザンバット特務少佐なる人物が目ざとく協力を申し出たためやむなく参加させることになった。

 

「しかし、あの連中。本当に同行させるんですか?邪魔になりかねませんが」

「仕方ないんだよ!好きで動向させてると思ってんのかい!!」

 

そういわれた副官兼艦長は、帽子をかきながら後ろに下がった。

そう、ザンバットの動向は実質リーマへの脅しによって実現したものだ。

そもそも、リーマ艦隊には出撃許可は出ていない。あくまで今回の出向は周辺宙域への哨戒ということになっており、上は知らないのだ。

厳密にはデラーズに相談しようともしたが、連絡が取れず返事を待っていては敵が補給基地を移動させる可能性があった。やむなく、独断で動くことにしたのである。

それを、ザンバット少佐が嗅ぎつけてしまったのだ。

 

「あのキツネのような顔の男。もし、機会があれば拳銃で打ち抜いてやる!」

「・・それは、光栄です。少佐殿にお伝えしておきます。」

 

リーマの怒気に満ちた愚痴に返事をした声はこの艦のどの士官でもないと気づいた艦橋全員が振り返った。そこにいたのは中尉の軍服を着た若い士官。金の髪にスラリとした鍛えられた肉体。だが、何より目立つのがその顔にまかれた帯状のアイマスクだ。

目元全体を覆うようにしているので目の色など顔全体の特徴よりそちらに意識が行ってしまう。わざとなら確信犯だ。

 

「貴官は?」

「ご紹介が遅れてしまい失礼しました。私、第零実験部隊所属のMSパイロットで『ドゥーエ・ブリューナク』中尉と申します。」

「その中尉がなぜこの艦にいる?中尉の所属はそのモニターの艦だったはずだね?」

 

そこには実験部隊専用の船が写し出されている。

大きさはムサイより一回り大きい。その一方で、稜線的なシルエットや色・意匠などはムサイと同系だと主張している。

ジオニック社が運用を開始した次世代試験艦『グドラ』。

コンセプトはMS運用を維持しつつ艦そのものの火力を増強するという基で作られた船だ。

リーマは知らぬことであるが、この船は前世のエンドラとムサイ後期型の間に位置する船であった。それが、第零実験部隊唯一の所属艦である。艦の武装は以下の通り。

 

武装:船首固定式単装メガ粒子砲2門

   回頭式単装メガ粒子砲3門

   艦橋部対空機関砲

搭載 MS最大数 6機

 

ムサイに代わる戦艦として現在、実験部隊に貸し出されテスト中であった。

では、なぜブリューナクがリーマの旗艦『ツェベリン』にいるのか。

 

「いずれ正式配備されるかもしれない空母をじかに見て起きたかったのです。それに、リーマ大佐の下でこき使ってもらうよう上司から指示されました。」

「あたしは許可した覚えがないんだけど」

「大佐は必ず理解を示してくれるはずだと上司は言っておりました。後、これを大佐にお渡しするようにと。」

 

そう言って手渡された封筒。

何の変哲もない茶色に丸秘のスタンプが押されたものを渡された。

 

(なんだってんだい?)

 

そう思いつつ、その封筒を開き中を確認する。

出てきたのは写真だ。背の高いサングラスを付けた男とキャリアウーマン風の女性が向き合って食事をしている。男性の方は実にうれしそうだが、女性の方はいかにも困った表情であるのが一発でわかるものだ。

 

「姉さん、それはなんですかい。問題なければ私にも確認させてもらえやせんか?」

「いや、いささか問題のあるものだ。作戦には関係ないから忘れな」

 

そう言いつつ、それを部下が見るか見ないかする瞬間にリーマは写真を封筒に戻した。

先程までの憤りとは別。強いて言うなら怒りのオーラが全身を包みつつあった。

もし、アニメや漫画であればその後ろに赤黒いオーラが蠢いているのが見えるほどに。

 

(あの狐男!人様のプライベートを勝手に。新手のストーカーか?!)

 

そう、それはリーマ自身と彼女にアタックを繰り返していたカーエル大佐の食事風景だったのだ。あまりに真剣に何度も誘うため、一度だけという条件付きで食事をしたのである。

後に、まんざら悪くなかったと振り返るのだが。

それはさておき、リーマは怒りを面に出さないようにしつつ、ブリューナクに尋ねた。

ただ、声が先ほどより低くなっていたのに周りの部下たちは気づいていたが。

 

「中尉。その上司から他に何か預かったりしていないかい?」

「ええ、封筒を見せた後にそう聞かれたらこちらの手紙を渡すよう言われております。」

 

それをリーマはひったくるように受け取り、中身を確認する。

それを見た直後、ブリューナクをはじめリーマの部下たちは艦橋から脱兎のごとく逃げ出したいという衝動を抑えなくてはならなくなった。

リーマ自身は平静そのものの声で発進の指示を出し続けていたのだが、その手紙を見た後の顔は怒りと笑顔を同居させたようなものだった。任務後、多くの部下たちが大佐を怒らせるべからずと胸に刻むことになるほどである。

その手紙にはこう書かれていたのだ。

 

『許可が降りない場合、艦隊各員に一斉送信されますのであしからず』と。

 

 



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第二十八話 腹案

 

リーマとザンバットのやり取りで一時期緊迫した雰囲気になった艦隊であったが、時間がたつにつれて将兵間では折り合いをつけつつあった。

もっとも、当人たちはいまだにスクリーン越しに舌戦を繰り広げることが多いが。

 

『大佐の懐の広さは軍では有名ですからな。まるで海賊のようだと。』

「私もあんたの噂を最近聞いていたよ。顔だけでなく行動まで野生動物並みだとね。」

 

このような会話を常に繰り返す上司を見続けているとむしろ周りは落ち着いてくるものらしい。

ブリューナクなどは既に当たり前のような感じで傍らに立っているほどだ。

ちなみに、彼の扱いに関しては『客員パイロット』という状態であるため、MSデッキにある自身の機体を整備し終わると任務が無い。

故に、時間があるときは艦橋にある副長用座席を借りることが既に日課になりつつあった。

 

「哨戒活動は今のところ予定通りですが、そろそろ行動に移りますかい。」

「ああ、頃合いだね。進路変更!サイド4哨戒用ルートを通過しつつ、地球方面まで移動する。サイド4を過ぎる前に一度ブリーフィングをするから主だった責任者を集めときな。」

「「イエッサー!」」

「ブリューナク中尉。あんたも出席してもらう。」

「私がですか?私は客員とはいえ一介のMSパイロットでしかないのですが」

「あの顔を見たくないんだよ!あんたが参加して内容を後で伝えな」

 

そういってリーマは艦橋を出て行った。自分用の個室に向かったのだろう。

 

(しかし、これほど大佐を怒らせるとは。少佐殿はいったい何をしたのだか)

 

ブリューナクはもし、自分にその矛先が向いたらと想像して背中を震わせた。

 

 

リーマの僚艦から艦長クラスとMS隊小隊長、実験部隊からザンバット特務少佐の代理でブリューナク中尉が参加することになり、リーマの副官が今回の作戦を行う理由を大まかに説明し、その内容を話し始めた。

 

「今回の作戦は軍から指示を取り付けていないものだ。だが、時間をおけば敵が補給地を変える恐れもある。敵に再度侵攻の意思を与えないためにも破壊し、いずれ行われる交渉を有利に進める足掛かりとすることが最大の目的だ。」

「艦長。それはわかりますが具体的にはどのように攻撃を?」

「わが艦隊は数こそ少ないですが曲がりなりにも『艦隊』です。しかも、地球軌道に近いこともあって敵の哨戒に発見される恐れもあります。」

「同感です。それに、衛星周辺にはデブリは少なく艦を隠したりすることも不可能なため攻撃を行うとなると目立ってしまいます。」

 

意見が会議で飛び交っていた。

その内容は、この少数部隊でいかに被害少なく作戦を成功させるかに集約している。

順当に攻めるとなると無益な犠牲を生む可能性もある。

 

「姉さん。私に一つ腹案があるのですが」

 

そう口にしたのは旗艦MS小隊の隊長だ。確か『レイギャスト・ギダン』大尉という。

腕のたつMSパイロットとして先の『ルウム戦役』で少尉から一気に昇進し、この艦隊付き小隊長に抜擢された。同時に切れ者とも周囲からは言われている。

 

「かまわない。言ってみな」

「はっ!衛星を攻撃するにあたって艦隊での接近が困難である以上、とるべき手段は限られます。小官はMSによるアウトレンジ戦法を具申します。」

 

アウトレンジ戦法。後世ジオン軍でMS運用が盛んになるにしたがって生み出された戦術の一つだ。

敵よりも全般的に優れた機体後続距離能力を利用し、敵の索敵有効範囲外から急速に接近・強襲するというものだ。

ルウム戦役後、連邦でも少数ながらMS配備が行われているのは確認されたが基本スペックではまだこちらに分があるのも明らかになっている故に有効とも言われている。

連邦軍では、MAの戦術体系で『一撃離脱戦法』と呼称されるものだ。

 

「MS部隊による攻撃は敵に十分の備えがある場合、逆に殲滅される可能性もある。さらに、出撃の間はこの艦隊の防備を薄めることにもなるよ。それならギリギリまで接近しドップを用いた衛星の現在位置を特定。しかる後にミサイルによる長距離攻撃と並行して行った方が確実じゃないかい?」

「このあたりは連邦軍も勝手知ったる宙域です。時間をかければ敵の哨戒に補足される危険が増します。下手を打てば周辺の敵を集めることになり補殺される危険も増しましょう。ですが、アウトレンジ戦法であれば最悪でも補殺されるのはMS隊だけです。その間に艦隊は離脱できます。」

「バカ言ってんじゃないよ。あたしに部下をみすみす犠牲にすることを前提にした作戦を行えってかい?!二度というんじゃないよ!」

「あくまで可能性です。何も前提にする気はありません。自殺するには私も艦隊所属のパイロットたちもまだ若すぎます。」

 

最後は冗談交じりであったが目は真剣そのものだ。本気で引く気がないらしい。

リーマもそれを察したようだが、目はさらに激烈なものに代わっていた。

 

「ならこの作戦を強行したあたしが一番大きなリスクを背負わないと示しがつかないね。私用のドムをあとで微調整するからそれまでは待機しな。」

「待ってください!それは危険すぎます。艦隊指揮官である大佐自ら出るなど正気の沙汰じゃありません。ご自重ください。」

 

他の部下からも自制(悲鳴交じりの)を求める声が上がったが、ドスの聞いた命令でことごとく撃沈された。結果として、レイギャスト大尉の意見が採用されたわけだが本人もこんなはずではなかったという顔だ。結果、隊を大きく二つに分けることになった。

 

第一斑は衛星攻撃隊。指揮官はリーマ大佐で補佐に旗艦MS部隊隊員の若手、キール・シュレディンガー中尉が当たる。

さらに、他の僚艦からそれぞれ2機が抽出され計8機でことにあたる。

第二班は艦隊護衛隊。艦隊指揮は旗艦副長が行い、MS部隊はレイギャスト大尉が取ることになった。また、ブリューナクも護衛メンバーに回された。本人は衛星攻撃組を志願したが、苛烈な言葉と目で報われただけだった。

もっとも、異論は別の人間からも出た。今回の攻撃案を出したレイギャスト大尉だ。

彼自身は艦隊護衛に回されたため、発案者として自身も攻撃隊にと嘆願したがリーマはそんな彼に対しても厳しく反対した。

 

「私もあんたには攻撃隊の方が向いてると思ったよ。だけどあたしとは相性悪そうだと感じたからね。今回は私のためにあきらめな。・・ただ、私がいない間のMS部隊指揮はあんたに任せることになってる。そっちで手腕を見せな!」

 

そう言われたため、レイギャストは自身の出した案に湧き出した不安を心に飲み込むことしかできなくなっていた。

 

 

そのような作戦がジオン側で決定した頃、攻撃目標にされた連邦軍管轄の太陽光発電衛星『ハリームバード』では定期補給艦到着に向けて周囲の護衛を終えたばかりであった。

補給艦の中継基地として使われるようになったとは言え、複数の問題から艦一隻がギリギリ常駐できる程度である。現に今も連邦のサラミス級巡洋艦が2機のMSと2機のボールで周辺警戒と衛星の整備作業をしていた。その船のオペレータが艦長をブリッジに呼び出したのは平和の終了を告げるかのようであっただろう。もっとも艦長は最初、睡眠時間を邪魔されたとしか思っていなかったが。

 

「艦内シフトでは副長に知らせてからとなっていただろうが!」

「申し訳ありません。緊急事態と判断したため咄嗟に」

 

緊急時?こんな簡素な衛星護衛任務に何が起きるというのだ。

 

「何が起きた?」

「『サイド2』からの使者と名乗る者から『指揮官と話したい』という通信がきたのであります。」

「サイド2の使者?」

 

それは連邦軍人としてもっとも関わりがないと思われるものからのコンタクトであった。

 

 



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第二十九話 異質な第三者

 

衛星護衛を受け持つサラミス艦の艦長がその使者と名乗る男と面会したのは10分後のことだ。

ただ、待たされた当人は一向に気にせず微動だにしていない。

いや、そもそもこの使者の服装が異質の極みでそれを考える余裕がない。

全身を紫のフード(またはローブであろうか)で覆った格好。顔もうっすらとしか見えないので年齢も把握しづらい。

スパイと疑われても仕方ないほどだ。だが、間違いなくサイド2出身であると確認が取れた。

ただ、その肩書が別の問題をはらんでいたが。

 

『聖マリシアド教会第三支部司教代理 シスター・マリジア・ルース』

名前からして女性であるがそこは対して問題ではない。問題は、『聖マリシアド』だ。

この宗教は『サイド2』内部で急速に浸透した偶像崇拝宗教だ。

指導者は『ダリダ・ガガチ』というらしく、現在は総大司教とか名乗っている。

サイド2内では『現代のガンディー』なる二つ名で知られるようになってきている。

だが、慈善宗教でないことは連邦内で周知の事実となりつつあった。

ジオン側への非協力姿勢、連邦政府への水面下での裏取引・補給物資の融通、フォン・ブラウンへの資金提供、連邦政府への恭順拒否姿勢、などがそれを如実に表している。

今のところは連邦軍に対して協力的であるが、とても信用できないとジャブロー上層部をはじめエビル中将、さらにはサミトフ少将までも持っている共通認識となっていた。

 

「わざわざこのようなところにおいでとは思いませんでした。ですが、ルナⅡへの渡航をお望みでしたら今少しお待ちいただくことになりますが。」

「いえ、そちらには別の者が担当しております。私はこちらに用があってきたのです。」

 

その態度や発言から女性特有の華は少ない。育ちがいいのは言葉尻や態度でわかるが、まるで兵士か役人と会話しているように感じてしまう。

 

「我が支部の大司教である『ロナルド大司教』より早急にここの兵たちにお伝えし、誤りを正していただくよう説得せよと命を受けてまいりました。」

「命?誤り?それはなんですか?」

「現在、こちらにジオンの軍艦が迫ってきております。」

「は?」

「数は約三隻。目的はここを破壊し、連邦軍に心理的抑制を与えること。・・大司教閣下はそのような未来を予知されました。」

「予知とはあいまいな内容だ。そんな不確かな情報は信用できません。」

「予知だけならそうなのですが、このディスクの録画映像を見れば信用していただけると思います。ここに来る前にジオンの小艦隊がサイド4方面に移動した様子です。」

 

そういって渡されたディスクの内容を確認したが、その映像には確かにジオンの戦艦らしき船が4隻移動しているのが映し出されている。だが。

 

「これでも確証を得るには不十分です。サイド4に移動したからといってここに来るとは限りません。ただの哨戒行動の一環の可能性もあります。」

「ですが、この映像を見るにジオンの艦艇数は4隻程。通常の哨戒では2~3隻で哨戒に当たりますが、数が4隻とはいささか半端な数であると思えませんか。」

 

そういわれると確かにその節はある。

3隻ならば哨戒レベル、10隻を超えれば通商破壊や拠点攻撃の可能性も出てくる数だ。

だが、4隻とは半端な数だ。どちらともいえない数と言えなくもない。だが。

 

「それとて偶然ととらえることもできる。第一、そちらの言っていることが事実だとしても我々のできることは限られる。我が方は、サラミス級1隻。MSもザニーとボールがそれぞれ2機だ。このような戦力では守備がやっとだよ。」

 

だが、使者はむしろ笑みを浮かべ始めた。何を言っているのかと言わんばかりに。

 

「その程度の戦力では守勢に回るのはむしろ論外でありましょう。ジオンのMS・戦艦の能力は先の『ルウム戦役』で明らかになったはず。今説明いただいた戦力ではみすみす衛星も、兵員も無駄に失うだけとなってしまいます。」

「なら正面からぶつかれとでもいうのか?それこそ無謀だ!みすみす敵戦艦に各個撃破の好機を与えるだけだ。」

 

純軍事的に見れば、守備拠点を持つ軍は籠って援軍を待つのがセオリーである。わざわざ穴倉から出るのは無謀という艦長の意見は間違ってはいないだろう。

ただし、『太陽光発電衛星』が守備に向いているかは別の話だ。

 

「この衛星では満足な迎撃は無理でしょう?それこそ愚挙です。・・とはいえ、代案を出さなければ子供のケンカでしかないのも事実。そちらも納得はしないでしょう。実は策がございます。」

「ほう。それはいかなるものですかな。参考までに」

「衛星を放棄するのです。残存している武器弾薬も艦に詰め込み、ここを去ります。せいぜい自動迎撃砲台だけは残して。」

「それではただの逃亡ではないか!」

「話は最後まで聞いてください。その上で、重火器搭載のボールとザニー、さらには艦長が指揮する艦で敵を補足し攻撃するのです。」

 

彼女が言うには、敵は自分たちが衛星を強襲すると考えている。それが心理的油断につながり、艦隊そのものの守備はおろそかになる可能性が高い。また、衛星の哨戒監視に補足されることを警戒しているだろうからMS部隊単独による一撃離脱戦法をとる可能性がきわめて高く、守備に残る戦力ならば不意を付ければ十分に効果的なダメージを与えられるだろうというのだ。

 

「だが、どのように敵の位置を補足するのだ。敵とてミノフスキー粒子を散布するのだから正確な位置の特定は不可能だ。レーダーなど有って無きだぞ。」

「先ほども言いましたが、敵は哨戒網を気にしています。また、このあたりにはデブリ群も無い。となれば、あとは容易です。そちらが普段行っている哨戒ラインの外。さらに言えば長距離からの一撃離脱ともなれば航続距離もギリギリ。故に部隊の収容を容易にするためにもできる限りは接近しようと図るはず。これらの条件で絞りこめばかなり場所を特定できるはずです。」

 

艦長からすれば自分たちの哨戒ラインを既に敵が把握しているというのはゆゆしき内容なのだが、筋は通る。また、その絞り込みフィルタで位置特定は格段に容易となるはずだ。

 

「今回は我々も協力させていただきます。ジオンのこれ以上の台頭は我々も望んでおりませんし、いささかやりすぎだとも感じる政策が目に余りますので。」

「協力とはどのような?」

「具体的にはサイド4周辺のジオン哨戒ラインの情報です。これと重ね合わせると敵の行動がより絞り込み易くなりましょう?後は、私と敬虔なる我が同胞2人が搭乗するMSがそちらを支援いたします。・・船はさすがに御見せできませんし支援に使うことはできませんが、それくらいなら私の裁量にゆだねられていますので。」

 

彼としてはここまで聞いて寒気を覚えつつあった。

つまり、彼女自身がMS戦をやることに躊躇がないということだ。しかも、共にコロニー出自の者たちを撃つことも厭わないと。とても信徒とは思えない発言であった。

 

「上司の予言を伝えるだけだったはずなのに、そこまでして大丈夫なのですか?」

「目的の半分はそうでした。ですが、私は大司教閣下より独自行動の許可を正式にいただいております。・・そちらにとっては得にはなっても損ではないでしょう?」

 

そういって、清楚な笑みを浮かべているつもりの彼女だが、艦長にはその笑みが獲物を刈り取ろうとする蛇のようにしか見えなかった。

 

 



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第三十話 攻撃隊の一幕

 

リーマ艦隊は作戦遂行のため、『S4P02』宙域でMS部隊を発艦させ始めた。

そこはサイド4駐留軍の制宙権外延部に位置する地球よりの宙域であり、普段は連邦も哨戒ラインから外しているほど戦略的に利用する機会が無い場所である。

故に、ジオンも哨戒頻度は少なく互いに接敵機会すら起こりえないという認識が生まれつつある宙域となっていた。故に、リーマはここを待機場所としたのである。

 

「ここから目標までは片道で30分。往復1時間だ。武装を維持できるギリギリの距離なのだから、寄り道はできない。予期せぬ戦闘もあり得る。場所はたしかなんだろうね」

「情報部からの最新情報と最近のサイド4周辺での哨戒ラインから特定したものです。確率は70%。少々のずれはあるでしょうが、目視で視認できるレベルです。」

「残りの30%とパイロットの運が結果を隔てるなんて洒落にならないね。」

「先輩、そういわないで上げましょうよ。もともと綿密に練った作戦ではないのですから。」

「ここでは先輩とは呼ぶなと言っといたはずだね!ここでは」

「!失礼しました大佐。」

 

リーマを先輩と呼んで親しげに会話をしようとしていたのはユーリー・アベルマ伍長。

最近、軍学校から戦時特例で繰り上げ配属された女性パイロットで、軍学校ではリーマの3年後輩にあたる。本来であれば、MSパイロットは男というのがジオン軍の暗黙の了解となっていた。

前世でも正規パイロットでジオン軍にいたのは少数だ。いたとしても貴族・家柄・実験部隊と本来であれば実戦からほど遠い。例を挙げるなら、『アイナ・サハリン』や『ララァ・スン』が有名だろう。だが、この後世ではいくつかの要因が女性パイロット進出を後押ししていた。

UC0070年初期はロズル・ザビとリシリア・ザビの派閥争いが本格化しだした。それを受けてリシリアは女性のMSパイロット育成を推奨し、軍学校に助成枠をゴリ押ししたのである。結果、女性士官でも優秀でありかつMSパイロットを志望すれば十分成れる可能性が出たのである。その第一期生がリーマ・グラハムである。

そして、現在ではそれが軍学校ではあたり前であり、何の違和感もないのはリーマが戦場で華々しい戦果をはじきだした結果でもあったのだが、それは本人も知らぬことであった。

 

「各機、この艦からの出撃はスリルあるから騒ぐんじゃないよ!」

「大丈夫ですせんぱ・・大佐!」

「ユーリ伍長。公私混同は極力避けるように。」

「ベレル少尉。ひどいです。私がいつ公私混同なんか」

「してたじゃないか。さっきの復唱の時にもそうしようとしてたよね。」

「バルダー准尉もひどいです。私が上官になったらお二人ともこき使ってやります。」

「嬢ちゃん。俺たちを追い抜かすこと前提の会話はやめてくれよ。」

「カミンスキー准尉。やけにお酒臭いのですが、任務前に飲みましたね。あれほどやめろと言われたのに。」

「匂いだけだよ。既にアルコールは抜いてきたから問題ない。」

「大佐。日頃から言おうと思っていたのですが人選を間違えているのでは?」

「いや、腕は確かな連中だから問題ないよ。それにカミンスキー准尉のお酒は今頃、真空の彼方に消えているはずだからね。」

 

リーマの指示に対してこのような会話が行われるのは日常茶飯時である。

しかもメンバーもかなり独特だ。リーマの後輩であるユーリ伍長。

先のルウム戦役で生き残ったハーディー・ベレル少尉。

軍学校とは別に徴兵され、適正を認められて訓練を受けていたところをリーマにスカウトされたバーナード・バルダー准尉とアクセル・カミンスキー准尉。

工作班から万能作業ができるとして引き抜かれたヴァンクー・ヘルシング伍長など癖の強いメンバーぞろいとなっている。これらのメンバーは前世でも実力者として知られていた。

 

『サイクロプス隊』である。

前世UC0079年後半。一年戦争の末期、連邦がニュータイプ用ガンダムであるアレックスを開発しているという情報を察知したジオンが奪取あるいは破壊のために送り込んだ部隊だ。当初、地球での輸送阻止を図るはずであったが結局失敗し宇宙に上げられてしまった。だが、リボーコロニーにて組み立てられているとい情報を察知したために追撃隊として送り込まれた経緯がある。結果で言えば任務そのものは成功し、ガンダムの破壊には成功した。だが、部隊員全員が死亡したのだ。

さらに、悲劇なのはメンバーの中にガンダム搭乗員と恋仲であったものがいたという未確認の情報もあったため実に後味の悪い結果となったのである。

 

この後世ではその大半がリーマ艦隊に配属されジオンをはじめとするサイド独立のためにその任務に従事していたのである。

そのような経緯と先ほどの会話を終えた襲撃隊は自身のMSに搭乗を始めた。

リーマもその一人である。今回、彼女が使う機体は先と同様のドムB型である。

ただ、今回の出撃に先立つ2週間前、『ルウム戦役』時に使い難いと感じた部分を改修するように整備班に注文がなされた。結果、リーマ搭乗のドムB型はもはや専用機と定義されるものになっていたのである。

見た目はほぼ他機と同様だ。だが、微妙に違うのは両腕が少し盛り上がったようになっていることだろう。

 

「前回の戦いのときに火力重視のこいつには手を焼いたからね。これで多少は幅が聞くようになったといえるんだろう?」

「一応、ご要望には応えました。ただ、ありあわせの装備と装甲を用いているので機体バランスが少し取りづらくなっているはずです。問題ありませんか?」

「実戦は今回初導入だけど、慣らし運転の際は許容範囲だったね。後は装備の使いがっての確認を今回する。まあ、私の要望に沿っていることを願っとくんだね。」

 

微妙に空気が緊張しているのは気のせいではないだろうと皆が思っている。

ただ、これについては整備班に酷とも取れる。何しろ、彼女が指示したのは武装の追加と機動力の維持という急場ではありえない要望だったのだから。

それでも、以下の武装を維持しつつ機動力が基本機と変わらないのは改修した者の腕によるところが大きいと言えるだろう。

 

リーマ専用ドムB型(CODE:スコーピオン)

武装 ヒートサーベル

   内臓型80mmマシンガン×2

   360mmバズーカ

補助 増設エネルギータンク

 

普通なら満足のいく内容だが、リーマは不満そうな声色だ。いや、タイミングが悪かっただけだともいえるだろう。出撃前、リーガンの報告書を詳しく読む機会があったのだが、その中に試験中の次期量産機についての記述もあったためにそれと比較してしまっているのだ。

ようは使用機に対しての嫉妬とも言える。もっとも、直接口には出していなかったが。

 

「各員、機体のチェック終了と同時に出撃。敵の補給拠点を血祭りに上げる。いいかい、ジオン軍を舐めたことをたっぷり後悔させてやるんだよ!」

「「「「「了解!」」」」」

 

各自が機体搭乗を完了すると格納庫上部が開き機体を真上に押し上げるように射出する。

この艦独特のロケット射出方式だ。発案者はもちろんリーガンの後輩である。

理由は至って単純。

『花火のごとく機体を打ち上げるのは面白そう』とのことだ。無論、この発言を聞いたリーガンは彼を地面に沈めたのはいうまでもないことだが、結局はそのまま採用されたのだから不思議なものである。機体射出によってかかる体へのGはこの艦配属のMS隊員を当初は悩ませたが、現在では出撃前のアトラクションとなっていた。

 

出撃した機体はそのまま進路を敵衛星へと向けて進行を始めた。

この奇襲が今後、どのような影響を連邦・ジオン双方にもたらすのかはまだ誰も知らない。

 

 

 

 



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第三十一話 攻撃成功?

 

リーマ達が艦隊を発ってから28分。当初予定された敵哨戒に補足されることもなく、予定時間より早く敵拠点へ到着しようとしていた。

 

「大佐。敵衛星を視認しました。」

「敵に察知される前に強襲。一機に破壊するよ。各員攻撃開始!」

 

リーマの指示を受けて真っ先に目に見えた攻撃を行ったのはカミンスキー准尉のザクだった。

彼は何を思ったのか、今回の出撃時に近接用兵装を丸ごと除外した。

ヒートホークまで完全に外したのは皆が驚いたが、今その成果が目も前で披露された。

 

「敵の守備に風穴を開けてやるからみんな群がりやがれ!!」

 

そう叫ぶと同時に、機体から大小さまざまな火器が轟音を上げてうなりだす。

彼は外した武器の代わりとばかりに過剰な遠距離実弾兵器を搭載したのだ。

三連装ミサイルポッド×2、240mmバズーカ×2、さらには『サイド4』補給時に実験部隊からただ同然で借りた、ザク・グフ共用ガトリングガンを腰にマウントしたのだ。

その分、速度・後続距離が問題となったが他の同僚たちに途中まで牽引してもらうことで事なきを得た。そして、そこまでした成果はすさまじかった。

ミサイルは発電用のミラーを次々と破砕し、バズーカはロックしようとしていた敵固定砲台に大きな穴をあけて爆散させていく。

さらに、バズーカを打ち尽くしたころにはガトリングガンに武器を変更し、さらなる破壊を周辺にもたらしていく。

 

5分とたたぬうちに衛星はもはや跡形もなく、ただのデブリの一つと言って差し支えないほどの状態になっていた。攻撃成功と言えるだろう。だが、違和感だらけだった。

 

「大佐。明らかに敵の守りが薄過ぎました。確かにカミンスキー准将の攻撃は効果大だったと思いますが、MSが一機もいないというのは解せません。」

「たしかにね。・・もしかして図られたか?」

 

リーマは手持ちの情報から嫌な予感が増大していくのを感じていた。

攻撃前の予想では、敵戦艦が一隻は駐在している可能性があり、MSも少数であるが配備されているはずだと考えていたのだ。だが、蓋をあけてみればあからさまなほど守備が薄い。

まるで放棄された後のような状況だ。

 

「先輩。敵が拠点を放棄したのでしょうか?」

「ユーリー伍長。だとしたら自動砲台をそのままにはしないだろう。武器・弾薬も撤去しているはずだ。」

「でも、実際は対空火器はそのままだった。それが何を意味するのか」

「敵の罠としたら我々を待ち伏せて殲滅すると考えるのが自然ですが、周辺に敵の反応はありません。こちらが狙いでないとすると後は」

 

会話しながらある残る可能性に至った時、リーマは唇をかんだ。

出し抜くつもりが逆に出し抜かれたことを悟ったゆえである。

 

「各員、切り離した増設タンクを再接続!急いで艦隊に戻るよ!!」

 

切り離していた増漕を戻して、急ぎ帰還ルートに着く。当初予定していた哨戒ラインを避けるルートではなく、艦隊との最短距離を取ることにする。

ユーリー伍長だけが、まだ状況を完璧に飲み込み切れていないようにリーマに接触回線を求めてきたのでリーマは機体を寄せる。

 

「先輩。敵がこちらの裏をかこうとしたのは理解しました。ですが、敵が我々と艦隊のどちらを狙っているかはまだ」

「もう少し頭を使え。敵がここを放棄して我々を狙うなら自動迎撃システムもOFFにしておいた方が、包囲した際に利用しやすいはずだ。予備弾薬として使えるから無駄を省けるしね。だが、艦隊を狙うなら時間稼ぎのために衛星の自動防衛システムはそのままにしておいた方が都合がいいはずだ。だから、そのままだった。」

「でも、私たちが衛星を攻撃したと敵はどのように判断するんですか?」

「確信はないけど、私らの『ドップ』のようなものを敵が持っている可能性を加味すれば遠隔観測を行っているとも考えられる。それによって、衛星破壊の光跡は見えたはずだしね。」

 

それを確認した敵は、MS隊が衛星付近にいると確認できる。さらに、戻るまでには30分はあることが確定するのだ。短時間であるが、敵の戦力が半減しているこのタイミングを逃す手はない。

そして、リーマ達の予感は的中していた。

 

 

同じ頃、リーマ達が出撃した艦隊では『ドップ』を使った遠隔観測によって攻撃隊が目標破壊に成功したことを確認していた。艦内の全員が一様に安どの表情を浮かべる。

 

「とりあえずは目標達成ですね。代行」

「ええ。ですが、指令代行などは二度と御免ですね。精神衛生上、私には合わない。」

「私も、司令官が不在の状態など御免ですな。姉さんにも意見具申はしておかないといけねえです。」

 

リーマの副官と代行を任されたレイギャスト大尉はやれやれといった感じで互いの考えを述べ合った。レイギャストからすれば自分が出ればこんな余計な苦労はなかったと感じないではなかったが、艦隊司令の命令では仕方ないのであった。そう思った時だ。

 

「副長!周辺のミノフスキー粒子の濃度が急速上昇中!!」

「何!僚艦および本艦所属のMSにスクランブル。敵がいるぞ!全方位警戒。」

 

副長の命令を受けて僚艦2隻と旗艦に残存したMSが緊急発進を順次開始した。

そして、そのそばにいる第零実験部隊の艦からもMSが発艦を始める。

ジオニック社でテスト中だった、4機も否応なく実戦でお披露目ということになった。

今回の実験では各種戦闘ケースに特化した評価データの収集を視野に入れたものだった。

それ故に、4機共に癖が大きい。機動力中心の1号機(ブリューナク搭乗)、近接戦中心の2号機、遠距離支援中心の3号機、NT実用中心の4号機である。

全機がコスト問題解消のため、中古のザクを改修・強化したものであるが性能は現在のザク改修型を凌駕するとパイロットたちは確信していたので戦場への恐怖より高揚感の方が全体的に強い雰囲気だった。

 

「ブリューナク中尉からも連絡がありました。各自、船の守備に努めよとのことです。」

「1号機パイロットだからって上官に命令とは偉くなったものだ。」

「大尉。それは仕方ないですよ。今、彼の立場はザンバット少佐から一定の権限を委託されてますから。それに、この指示はおそらく旗艦からの指示をそのまま伝えたものでしょうから彼に非は」

「そんなことはわかってるよ。」

 

お互いにユーモアや皮肉を入り交えた会話ができるのは各自に自信があった故であっただろう。その自信を疑うことなく彼らは艦外へと飛び出した。

 

 

「敵艦隊、予想ポイントにて補足しました。なお、遠距離観測班より通信。『衛星ノ破壊ヲ確認』とのことです。」

「ますます『使者』殿の読み通りですな。」

 

一方、これまた同じ頃。

連邦軍のサラミス艦艦長は隣のスクリーンに映し出されている使者に複雑な表情のまま話を振った。振られた女性自身はどこ吹く風のような落ち着いた声で答える。

 

「ええ。故に予定に変更はありません。行けますか?」

「ああ、既にボール2機には遠距離特化の仮設装備を取り付けた。艦から離れられないが、おかげで本艦の火力は1.5倍ほど増加すると見込まれている。だが、MS隊がそちらを含めてたった5機で大丈夫なのか?」

「問題ありません。それでは始めましょうか。」

 

そう言い残して、サラミスの格納庫から彼女の乗った機体が出撃する。

それは異様な形状の機体だった。MSと言えば基本的には両手・両足を持つ人型兵器を連想するのが自然だ。だが、この機体は違う。形状は十字架。

足は存在せず、代わりというように半身部分に装甲で覆われた大型のスラスターが集積している。さらに、上半身はかろうじて人型の両腕となっているがそれはコンテナをいくつか連ねたように横一文になっている。

彼女の僚機2機も同様の形状。しいて違いを上げるなら彼女の機体各所に意匠があることだろう。

茨の蔦が絡みつくような文様が印象に残るものだ。

 

「我が同胞諸君。司教様のため、マリアレス教会繁栄のために異教徒に天罰を与えん。」

「「異教徒に死を!」」

 

狂信という名の意思に支配された3機と共にザニー2機が、リーマ艦隊攻撃を敢行せんと動き出したのである。

 

 



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第三十二話 死の天使

敵接近の事態を告げる状況を感じ取ったリーマ艦隊の面々はMSによる警戒を強め、全艦臨戦態勢に移行しつつあった。その矢先、レーダーが敵MSの接近を伝えた。

 

「熱源急速接近中!」

「友軍か!?・・いや、まだ戻るには早い。敵か!」

「該当データあり。連邦軍MS『ザニー』が2機、他に『Unknown』 3機確認。」

 

間違いなく、連邦軍の奇襲だ。どうやら待ち伏せされる形になったらしい。

だが、気になるのはUnknown機についてだ。連邦の新型機だろうか?

 

「『ハリマ』より入電。『我、MSニヨル先行攻撃ヲ図ル。敵ヲ見極めラレタシ。』以上です。」

「レイギャスト隊にも向かわせろ。残ったMSは艦隊を守れ。」

「さらに感あり、敵MSの後方に敵戦艦。サラミス級巡洋艦と推定。」

 

その報告と同時に敵の砲撃と思われる閃光が艦側面をかすめた。さらに、実弾と思しき衝撃も僚艦側面に炸裂している。

 

「状況報告、急げ!」

「『ウールベルーン』に直撃あり。対空砲3門損傷。旗艦左舷装甲が一部融解」

「『ウールベルーン』に後退命令。艦内工作班、冷却処理並びに修理を急がせろ。全艦、砲撃用意!」

「副長。敵の正確な位置予測ができていません。無駄玉になります。」

「わかっている。だから、砲撃と同時に全艦急速上昇。敵の反撃を回避しつつ敵次弾観測によって正確な位置を割り出す。急げ!!」

「りょ、了解。各艦にも伝達します!」

 

そのように緊迫した艦隊戦が双方で繰り広げられ始めていた。

そして、MS戦ではさらに苛烈な戦い・・いや、凄惨な戦いが繰り広げられていた。

 

 

最初に接敵したのは先のハリマ所属の小隊3機である。後続にはさらに友軍2小隊が駆けつけてきているが、最初に砲火を加え最初に犠牲となったのはこの3機だった。

 

「ロックした。食らえ!」

 

ザクの120mmマシンガンが口火を切るように連射される。

だが、敵機はその弾幕を軽々と回避し続けながら接近を図ってきた。その機動力や形状はまるでMAのようである。

 

(早いが、武器らしき装備は見当らない。故障でもしているのか?)

 

パイロットがそのように考えた時、その機体にわずかだが変化があった。横一線に伸びていた腕に当たる部分がコンテナを銅線でつなげたような数珠つなぎに代わり、ザクを指すように向けられた。その瞬間、機体の腕が閃光と煙を上げるのが見えた。そして。

 

ガシャン!

 

何か金属片が機体にめり込む音がそのパイロットの耳に響く。

そして、画面には敵の腕部先端の腕が無くなり、代わりにその腕から金属製の線が伸びていた。他ならぬ自分の機体に。しかも、突き刺さっていた。

 

「・・え?」

 

攻撃された側はあっけにとられるだけだった。敵から伸びた金属片の一部が自分の腹をえぐりコックピットを血まみれにしたのを理解したのかしなかったのか。もっとも、彼の意識はそこまでだっただろう。次の瞬間には体が蒸発していたのだから。

 

 

時間にして10秒ほどの出来事だった。

ザクのマシンガンを回避しながら、そのザクを軽々と葬った『マリジア・ルース』は次の敵に狙いを定めようとしていた。

彼女が駆っている機体は、マリアレス教会が工業用モビルワーカーと廃棄された連邦のザニーを別思想の基、大幅に改修したものだ。

『ジャッジメント・クロス』と名付けられこの機体は教会独自の秘匿戦力と位置付けられている。スペックは以下の通りだ。

 

武装 有線ヒートクロー

切断式マイン(任意分離・投擲可)

60mmバルカン

補助 大型プロペラントタンク

高出力ブースター

 

設計思想は『近・中距離の敵を単騎で即殺』というコンセプトで開発されたものだ。

有線式のヒートクローで近距離・中距離両方の優位性を維持。さらに、腕部を切断された場合は切断部分が周辺を巻き込んで炸裂するマインとなっているので破損すら攻撃になる。

しかも、腕部切り離しは任意でも行えるので投擲用マインとしても利用可という有限の遠距離仕様でもある。さらに、極めつけがこの機体にはあった。

 

友軍機がやられたのを見た残りのザク2機が各々、マシンガンやミサイルを放ってくる。

弾幕と火力の暴風。だが、それをまるであざ笑うかのように回避しヒートクローをザクに向けて射出・突き刺しにかかる。だが、さすがに僚機が貫かれるのを見ていたためか咄嗟に右肩の楯状装甲を向けた。結果分厚い装甲に敵のクローは貫ききれなかったように刺さったままとなってしまう。

 

「俺はあいつのようにはいかないぞ!いくら速いったって腕を手繰り寄せれば」

 

そこまで言ったところで、有線とクローの部分が切断され金属線の部分が機体に戻っていく。そして、2・3秒ほどしてクローの部分が赤く輝きながらザクを巻き込んで一つの火球へと変えてしまった。

 

「結局同じよ。」

「貴様―!!」

 

僚機をやられたザクが武器を乱射するが、そんな相手に彼女は60mmバルカンを無造作に放つ。

ザクはそれをジグザグに動きながら回避するが、それすらも彼女にとっては予想通りだった。

すでに、味方が無様な敵の後ろに肉薄している。

そして、当たり前のように背後から機体をクローで貫いた。その瞬間、モノアイが活動を停止して頭部を黒一色に変える。

3機を若干一分で沈黙させてしまったが、彼女には当たり前というような気配が漂う。

手の届く敵を葬ったのを確認しながら、切断された腕部先端に代わって次のコンテナが先頭に出てくる。そして、コンテナ表面部が自動で展開されると、先ほど射出されたクローと寸分たがわない爪が姿を現し有線先端部に接続された。

つまり、この機体は有限だがある一定のクロー喪失はカバーできる設計となっているのだ。この機体独自の強みである。再接続を確認すると彼女は祈るように言葉を紡いだ。

 

「哀れな子羊に死後の平穏と解放を」

 

シスターらしい言葉ながらも、その表情は恍惚としたものだった。

もし、ここが教会であれば敬謙で清楚なシスターと言われても違和感なかっただろう。だが、人を殺めるMSのパイロットとしては別の意味を持つ。

彼女は相手を殺めることを罪とはとらえていない。むしろ、『苦痛に満ちた現世から解放してあげている』と本気で考えているのだ。

このような思考を持つ人間を一部の人間は『死の天使』と呼ぶこともある。

その最大の特徴は、『殺めることを相手が望んでいる』と妄想しているというものだ。

さらに、彼女には天性のパイロット特性があったために最悪の組み合わせとなって戦場を闊歩するに至っている。故に、教会内では彼女は陰でこう呼ばれているのだ。

 

死の招き手。『ブラッディー・エンジェル』と。

その名を具現するように彼女は機体をリーマ艦隊へ向けるのであった。

 

ブリューナクはいち早く先発した3機と接触できると踏んでいたが、それは裏切られたとすぐに理解した。先程、目の前で繰り広げられた戦闘を彼は脳内で反芻する。

 

(戦闘というには異質なものだ。あれはまるで一連の作業のようだな。)

 

彼は冷静に評価しながらも冷や汗が背中を伝うのを感じた。

先程の戦闘が機体性能だと信じたいが、その一方で直感が警鐘を鳴らしっぱなしなのだ。

機体性能だけではなく、パイロットそのものが危険だと告げている。

だが、引くわけにはいかない。リーマ大佐たちはまだ戻ってきてないし、ここを通せば艦隊が狙われるのは解りきっていることだ。

 

「連邦の新型であろうと、機体性能の差が戦力の決定的差にはならないことを教えてやる!」

 

奇しくも、そのセリフは前世の彼がガンダムとの戦闘に際して言った言葉であったが、その時ほどの自信や余裕は今の彼には一切なかった。

 

 



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第三十三話 異教者 VS 『スピードホリック』

 

ブリューナクの乗る機体を見たマリジアはマナジリを釣り上げて狂ったような笑みを浮かべた。

そして、新たな獲物を刈り取るための行動をとり始める。

 

60mmバルカンを獲物に向け、予想される回避ルートを思考。さらに、今度は有線ではなく直接機体を穿ち抜こうとバーニアを吹かして接近を図ろうとした。

だが、ブリューナクは機体を逸らしながら機体を後方に回転させて逆さの体制へと変えながらマシンガンのトリガーを引いていた。

直後、マシンガンの弾丸がマリジア機に迫る。彼女は驚きながらも肩部スラスター出力をいっぱいにして機体を傾かせて回避した。

 

「!!」

「生憎とそちらの作業通りにはいかないことを教えてやろう。」

 

ブリューナクはそう呟くと同時に背面に背負わせていた武器を取り出す。

それは高機動力機専用にチューンされたビームライフルだった。ゲルググ搭載を視野に入れた試作兵装であったが、高速機動下での使い勝手を確認するべくブリューナク機に装備されていたものである。信頼性はまだ未知数であったが背に腹は代えられない。

ブリューナクはためらいなくトリガーを引いた。

その直後、ライフルからビームの閃光が敵機に向かう。咄嗟のことで予想できなかったのか、マリジアは避けきれずに左腕コンテナの一部を撃ち抜かれた。ブリューナクの狙い通りである。

 

(先ほどの戦闘で、あれが爆発物であることも確認が取れている。誘爆するかしないかは置いておくとしても、破損したままでは誤爆のリスクを背負うはず)

 

そう。先端部から次々と分離・接続できるとしても中間部分であればそうはいかない。

そう思ったが、その希望は裏切られた。なんと、肩との接合部分ごと分離したのだ。

そして、コンテナが次々と有線から自動で外れていく。そして、破損した部位を除去し終わるとまた戻りだしたのだ。

 

「無駄なことです。神の御業と英知によって生み出されたこの機体に欠陥はありません。」

「みすみす!」

 

ブリューナクは再びライフルを構えて敵機を撃ち抜こうとした。

わざわざ敵が万全の状態になるのを待つ理由はない。この隙に撃破してしまえばいいのだ。

だが、右側面からくる気配を感じてスラスターを逆噴射させる。そこに、腕が伸びてきた。

マリジア機と同様のシルエットを持つ別の機体からの攻撃である。

 

「そういえば一機ではなかったな。」

 

そういうと同時に敵機からさらに攻撃が放たれる。

60mmバルカンと残ったもう一方の腕を伸ばしてきたのだ。ブリューナクは弾丸を避けながら、もう一方の腕をヒートホークに伸ばし、敵の腕を弾く。そうこう応戦しているうちにマリジアは破損部分の除去と腕の再接続を終えたようだ。僚機援護のつもりかバルカンを放ちながら接近してくる。ブリューナクは苛烈な連携攻撃を避けながら舌打ちした。

 

(ええい。この2機、やる!)

 

状況は芳しくなかった。1対1であればおそらく勝てるだろうと感じているが、2機同時に相手取るとなるとマシンポテンシャルの差が露骨になり始める。

性能においてはブリューナクの試験機も決して低くない。だが、敵の機体も同等かあるいはそれ以上の基本性能だ。しかもパイロットは凄腕、さらに連携もやたらと練度が高いと来ている。そして、決定的な差を生んでいるのは加速性能であった。

 

前世において、ジオンは『ビグロ』と呼ばれる大型のMAを少数であるが実戦に導入している。

この機体がトータルバランスで高い評価を受けた最大の理由が、MSでは当時不可能だった加速性能を可能にした故であった。正式な戦果は不明であるが、ア・バオア・クーに配備された点から見ても高性能であったと考えられている。実際、ガンダムパイロットのアムロ・レイと交戦し、失神させたという記録も残っているのだ。

そして、現在の敵機はそれをMSクラスの大きさで部分的に実現している。それ故に、ブリューナクの腕でも倒しきれないでいる。だが、戦況はブリューナクに味方した。

 

「異教徒に死を!」

 

そう叫びながら、倒しきれないことに業を煮やした敵機が急加速しながら接近してくる。

接近してクローを穿とうというのだろう。確かに、そんなことをされればいかに高性能機でも耐えられない。仮に耐えたとしてもその後、腕を切り離して爆破されてしまうだろう。だが。

 

「そこだ!」

「いけません!離れなさい」

 

そういったマリジアの言葉は遅すぎた。既に状況は動いていたのだ。

ブリューナク機は下がったり避けたりするどころか向かってくる敵機に向けて前進してきたのだ。

それを愚行と思った敵機は、振りかぶっていた腕とは逆の腕を射出して貫こうとするが、ブリューナク機はそれをギリギリのところで躱す。

ヒートホークを持っていた方の腕を肩ごと持って行かれたがそれはある程度予想していたことだったので速度は緩めない。それを見た相手は振りかぶっていた腕をブリューナク機に突き出そうとしていた。だが、残った腕で敵の腕を弾きながら距離を詰める。だが、近距離用の武器は既にない。だからこそ、読めなかった。

 

ドゴッ!!

 

金属の重い衝突音が響いた。

コックピットそのものは無事だったが、敵機は胸部装甲を凹ませるほどの衝撃を受けたのだ。

その原因は、もっとも原始的な攻撃の一つ。キックだ。しかも、バーニア全開で突っ込んできた勢いも加算されたためか気を失いそうになる。鼻血まで出るほどだ。

 

「おのれ!異教徒風情が」

 

衝撃から立ち直った敵はモニターを確認したが、そこには既にビームライフルを構えたブリューナク機が見える。無論、狙いは自分。そう気づいたが、回避動作は間に合わなかった。

銃口からほとばしる閃光は自機を貫きコックピットを白一色に変えていく。

 

「マリアレス万歳―!!」

 

消える直前、彼はそう叫んだがそれを聞いた者は誰もいなかった。

 

 

「やっと一機。」

 

ブリューナクはそう呟いて火球に替わった敵機を見た。

だが、安心できる状態ではない。まだ、手ごわい方が残っている。しかも、苦戦しているのはここだけではない。一方の画面では、後続も別の敵と交戦しているのが解る。

見たところザニー2機と新型1機の混成だが、新型の性能が侮れない。ここを片付けて駆けつけたいが。それを現状が許さない。

 

「また、罪を重ねましたね。異教徒!」

 

マリジア機がバルカンを放ち、接近してくる。対して、ブリューナクは武器をマシンガンに切り替えて狙いをつける。ビームライフルは速射力と威力はあるが、この敵に対しては体制を崩さないと命中しない。ならば、連射できて信頼性もある120mmマシンガンの方がいいという判断ゆえである。

だが、敵の腕はやはり高い。弾幕を急制動・急加速で難なく躱していく。しかも、バルカンや有線クローを織り交ぜてくるので油断できない。しかも、彼の機体は片手喪失状態だ。

 

(まだか。まだ、ダメなのか!?)

 

そう思った時、敵機が弾き飛ばされた。

どうやら、実弾攻撃をもろに側面から食らったようで肩の一部が凹んでいる。肩部分の分離に影響もでているかもしれない。そして、それが待ちに待ったことだと理解した。

 

「大佐。」

「女々しい声を出すんじゃないよ。それとも、あんたがそうなるほどなのかい?目の前の敵は。」

 

リーマ達がようやく帰還したのだ。見た限りでは向こうは損害も出なかったようで半分がもう一方の救援に向かっている。

 

「新型かい?」

「そのようですが、ザニーとは別系統だと思います。侮れません。」

 

リーマと共に敵機に意識を向けると、さらに気配が濃密になっていくのがわかった。

戦場周辺がまるで極寒の地であるかのように肌に突き刺さるような圧迫感が強くなる。

だが、フッとその気配は霧散し機体は高速で下がっていく。

 

(ここで逃げ?!)

 

そう、戦場からの離脱を図ろうとしたのだ。

だが、リーマがそれを許すはずはない。右腕の80mmマシンガンを放つが敵は凹んでしまった方の腕部を肩ごと分離した。有線であるはずのコンテナもばらけさせている。

そして、気づく。これが意図して行っている行動ならば理由は一つ。

 

「大佐!下がってください。機雷です。」

 

そういうや否や、コンテナすべてが周辺宙域を覆うほどの爆発を引き起こす。

一つで機体を火球に変えるほどなのだからそれを複数同時に行えばこうなる。そして、爆発に巻き込まれないように後退し、閃光が収まった頃には敵機は既になかった。

 

 



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第三十四話 二頭追うもの

 

戦闘はひとまず収束した。当初目的の敵中継拠点は破壊成功。敵機も撃退した。

だが、成果の一方で被害は甚大であった。

ブリューナクは艦隊に戻ってから知ったが、自分の同僚たちはほぼ全滅したらしい。

リーマ達が駆けつけた頃には、実験部隊はブリューナク機を除いて大破。パイロットは3名中2名は殉職。1名は艦内ICUで治療中とのことだ。随行のMS隊員も4人が戦死している。

さらに、ハリマは航行不能。ウールベルーンは装甲各所に被弾があり防御に致命的な損傷を抱えた状態だ。旗艦は右舷装甲部に一部破損と軽微であったが、それは残る1艦の働きによるものである。

次世代試験艦『グドラ』・・だったものが目の前にある。それは船体が真っ二つに割れ、船体各所は穴だらけ。側面装甲部などは融解して新造艦とは既に解らない状態だ。

救いなのは、敵が撤退したということだ。理由は不明。

だが、攻撃されたリーマ艦隊としてはありがたいことであった。ただ、その間にドップによる有線偵察を徹底させているので、即応も可能だが。

 

「レイギャスト大尉。ザンバット少佐は?」

「・・彼は旗艦を守るためにグドラに最後まで残って戦いました。そして」

 

勇戦・戦死したということだろう。実に彼らしい(?)最後ではなかろうか。

 

「現在は医務室で治療を受けています。」

 

という続きを聞いてブリューナクは滑った。それも盛大に。

おい、ではさっきの暗い前置きはなんだったんだ。一方リーマは。

 

「ちっ、死ななかったか!(小声)」

「先輩。もう少し声を落としてください。本音でしょうが回りの目があります。」

 

うむ。君もかなり黒いという自覚を持ってほしいな、ユーリー伍長。

というか、なぜここにいる?場違いだぞ。

なぜかって。ここは艦橋だからだ。しかも、旗艦の。

 

「姉さん。ストーカーがついてきてますよ。」

「仕方ないだろ。人員が不足気味なんだ。いないよりはましだね。」

「大佐も苦労してますね。変な後輩を持って。」

 

そういわれたリーマはさらに嫌な顔をした。

ブリューナクは気づいていなかったが、リーマとそれなりに縁があるリーガン・ロック中佐にも似たような後輩がいる。もっとも、リーガンの後輩は『先輩=実験協力者』という認識、リーマの後輩は『先輩=憧れのお姉さま』という認識。それぞれ、微妙に違ってくるのだが実害は限りなく近い。

 

「言っとくけど私が言いたい『ストーカー』はお前のことだよブリューナク。」

「えっ?」

「『えっ?』じゃない。あんたはザンバットの見舞いなり、代行なりを務めるのが筋だろう。本国への連絡もある。後、ジオニック社への謝罪もね!」

 

そうだった。実質、実験機で残ったのは自分の機体だけだ。他の機体はデータそのものは戦闘前に取っていたが、艦が残骸となった今データも失われた可能性が高い。

しかも、試験運用中の次世代艦も完全に大破というおまけつき。

 

「大佐。コネを使って私を部下にできませんか?」

「冗談じゃない。御免だね。それにその方があんたのためだ。私はおそらく降格か悪ければそれに加えて左遷されるだろうからね。」

 

そういわれると何も言えない。

今回の任務事態が本国の承認を得ないで行った独断。しかも、今回かなりの被害と人員を失っている。言い訳もできない。自分よりもリーマの方が深刻な状態だとブリューナクは気づいた。

 

 

その後、試験艦は完全に破棄することになった。機密遮断のために残骸まで爆破したので本当の意味で残骸となったのはいうまでもない。

そして、サイド4にある駐屯地に寄港した時には通信と安否確認。さらに、今回の戦死者・損失物資の報告と嵐のような雑務が待っていた。

リーマに至っては、目の前の画面に生真面目そうな男が出てきて。

『二時間後、駐屯地仮設会議室に来るように』とものすごく怖い顔で言われていた。

かくいうブリューナクをはじめ、生き残った実験部隊所属組はジオニック社から正式に契約解除の通知と軍からの無期限待機命令が出た。凹まない方が不思議な処置であった。

 

 

リーマは指定された会議室で査問されることを覚悟していたのだが、待っていたのは意外にも大型スクリーンとスピーカー、受信用の高感度マイクだった。そして、画面には少し前に話したことのある顔がある。

 

「気分はどうだね?大佐。」

「生憎とあまりよくないね。みすみす部下を死なせた身としては。そっちはどうなんだい?軍代表の椅子は心地いいかい?」

「残念ながらあの椅子には一度しか座っていないよ。それ以上に円卓会議の席上が多い。」

 

リーマと話しているのは、デラーズであった。

だが、なぜ彼がここに出てくるのか?いささか疑問だ。このようなことは現地の査問部に任せればいいはずだ。

 

「疑問に思っている顔だな。本来なら、私などが首を突っ込むことではないのだが今回はいささか状況が異なっていてね。」

「なんですか?まさかザンバットの狐顔が同行したのは閣下の手引きとかいうつもりですか?それともわざわざブリューナク中尉の初陣を私をダシにして行おうとした結果が現状とか。」

「大佐。このようなことは誠に不本意だろうが全部正解だ。」

 

それを聞いたリーマは近くにあったスピーカーを蹴り倒した。しかも、それを足蹴にしてさらに怒りを声に乗せてぶつけ始める。

 

「ふざけるな!私の行動も予測できたってわけだね。だったら、この結果もあんたの予想通りかい?あたしはいいピエロだったことだろうね!!」

「大佐。ひとまず落ち着きたまえ。事前にこちらも承知していたことを伝えなかったことは私にも非がある。すまないと思っているのだ。」

「口だけなら何とでも言える!」

 

リーマはその後も烈火のごとく感情を言葉に乗せてぶつけたが、部屋から出ようとはしなかった。おそらく、頭の片隅に残った理性の配慮であろう。周りには査問部の連中がいるし、部屋の外には部外者も大勢いるのだ。ここで飛び出せば、それ以外の連中にもそれを見られる可能性が高い。それは、どちらにとってもマイナスの要素だ。

ひとしきり、怒りをぶつけ終わるとリーマはデラーズを睨み付ける。促すような態度だ。

 

「・・まことに申し訳なかった。先にいっておくと降格は無い。ただ、ひと月ほど謹慎という形になる。厳密には本国帰還後に待機というのが対外的な処置だ。」

「記録上ではというわけだね。まあ、理解はしよう。納得はしてないけど。」

「ただ、言い訳になるが本来はここまで大事になるはずではなかったのだ。」

 

話を聞くに、デラーズとしては実験部隊出身者に戦場の空気を体験してもらうことが主目的であったらしい。それが可能な任務を割り振る準備をしていたところに、リーマの独断行動が耳に入ったのだ。そこで、ザンバット少佐に指示を出して随行するよう仕向けたらしい。実戦の空気を体験でき、かつ敵拠点攻撃を秘密裏に行うという『一石二鳥』を狙ったのだ。さらに、リーマほどの実力者であれば、おそらく大丈夫であろうとも考えていたようだが。

 

「結果として、実験部隊MS隊員で生き残ったのは初陣だったブリューナク中尉を含めて2人。しかも、もう一人は長期療養が確実。拠点破壊は成功するも、小競り合いの中では初めての損害らしい損害を出してしまったわけだね。」

「うむ」

 

デラーズも眉間に指を当てている。一方のリーマは、口が引きつっていた。

いろいろと突っ込みたい衝動もあったが、気になる事を確認しておく機会でもあったので、保留とした。それは、戦場離脱に際して、敵の追撃がそれ以降なかったことだ。

艦隊とMS部隊にかなりの損害を出したのだから、その後、追撃されてもおかしくない。

だが、それが一切なかった。それ故に、残った人員を無事サイド4駐留地に導けたのだ。

 

「一つ確認したいことが。あたしたちを攻撃した部隊はその後、一切追撃してこなかったんだけど、それについて詳しい情報は本国に入ってないかい?」

「確認はまだだが、先程別の哨戒部隊から妙な報告があった。何でも、連邦軍からのSOS通信を傍受したらしい。念のため警戒しながら探索したところ、サラミス級が一隻半壊状態で発見されたそうだ。」

「半壊?他の哨戒部隊が攻撃でも?」

「いや、それは無い。着いた頃にはその状態で、他の部隊にも心当たりはないとのことだ。ちなみに、連中は捕虜として現在輸送中だ。尋問を行ったところ、衛星で合流したMSと我々の哨戒部隊を攻撃していたらしい。だが、そいつらが撤退を合図し、合流したところで突然、艦橋を吹き飛ばされたそうだ。残った機体もその僚機に破壊されたために下手に動けなくなり、SOSを出さざるおえない状態だったらしい。」

 

リーマとしては意味が解らなかった。

話を聞くとそれがブリューナクたちを追い詰め、MS部隊を半壊させた新型機であろう。

だが、そいつらが味方を攻撃したということだ。そうなると、何のために?

導かれる答えは、証拠隠滅。口封じだ。

 

「デラーズ中将。仮定になりますが、今回の襲撃は連邦によるものです。しかし、誰かが助力した可能性もあります。そうなるとどこの勢力が加勢したと考えられますか?」

 

リーマの言葉に、デラーズは確信を持っているように口を開いた。

それは、リーマも抱いていた予測であり先のリーガン達の事件にもつながる相手だった。

 

「おそらく、サイド2だろう。」

 

前世とは明らかに違い、情勢は複雑な様相を呈していた。

 

 



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第三十五話 グラナダレポート

 

リーガンが成果を上げ、リーマが謹慎処分を受けていた頃。

ガトーは、試作MSのデータ収集のためにいろいろな機体に搭乗することになった。

特に印象に残ったのが、『ドラッツェ』と『イフリート』だろう。

次期量産機ではグフが現在有力候補であるが、実はグフ以外にもいくつかの機体があるのだ。

そして、『ドラッツェ』は前世では悲運の機体だった。

UC0083年。デラーズフリートは戦力不足を補うべく、ザクのあまりパーツを利用して戦力とするべく機体を組み立てた。それがドラッツェだったのだ。

しかし、残念なことに急造だったので機体バランスが悪く、まさに穴埋め以上にはならなかった機体である。

 

だが、この後世では少し違う。前世同様の姿に酷似しているし、ザクのあまりパーツの有効利用が主題で開発が行われた経緯は近いが、性能・装備は比較にならない。

 

装備 ビームサーベル

80mmダブルマシンガン

240mm試作低反動キャノン

 

さらに基本スペックも一新されていた。

ジェネレーター出力は990kw、スラスター推進力に至っては117800KGとなっていた。

ジェネレーター出力の低さが前世の問題であったが、この後世では前世の『ザクⅡF後期型』とほぼ同等である。しかも、スラスター推進力も増加させることに成功しているのだ。

その分、機体重量は増加しているがそれは装備と装甲の拡張によるところであり、性能は全体的にUPしている。グフとの量産機争いでは結局負けたが、各サイドの自衛組織から受注があるので開発は継続している。

 

そして、『イフリート』は前世同様、ヒートソードとショットガンを装備した際物である。

装備面で量産機の座を争っていたグフに惜敗したが、決してこの手の機体は無駄にはならず隊長機用のオーダーメイド機として調整・改修作業を進めているらしい。

 

「しかし、この機体に乗る人がいるのですか?」

「当初は誰もいなかったのですが、最近気に入ったといってくれる方がいたので調整を進めています。しかも、先行改装されたザクの装備も流用しているのでかなりハイスペックな機体ですよ。乗りますか?」

「いや、別の機会にお願いします。今日も他の機体テストがありますし。」

 

そのように応答しながらも、彼はガトーにそのイフリートの改装スペックを話していた。

話によるとかなりの性能だ。火力はドムB型を凌駕し、機動力はグフを上回っているらしい。まとめると以下のような武装まで持っているから化け物と言っていいだろう。

 

イフリート(PT01型)

主武装 ヒートソード×2

ショットガン

補助 脚部装着型三連ミサイルポッド

PMシステム内臓

 

当初は火力・接近戦重視の機体にと調整していたが機動力の大幅向上も条件に加わったため、試作中のバーニアを追加したらしい。結果としてかなり無茶な機体となった。

確かにこれなら火力と機動力両方を補えるだろ。だが、パイロットが持つのかという疑問もある。極め付けは前世にはない『PM(パイロットモニタリング)システム』なる代物だ。

これは、各パイロットが操縦するうえで最適と思われる動作補正を記録し、後々OSが自動で行えるようにするアシストシステムである。

前世でガンダムが搭載していた『学習システム』の亜種と言える産物である。だが、それ故に使い手を限定していく仕様なのだ。ガトーは本心から使い手がいるのかを心配した。

 

そのような日常を送っている時に、本国からの連絡員がきたのだ。

ただ、その相手がかなり大物だっただけに驚いたが。

 

「マ・グベ少将閣下がわざわざこのような雑事をしておられるとは。」

「いや、デラーズ閣下から直接貴官に伝えてくれと頼まれてな。」

 

マ・グベ少将。リシリア蜂起の際、『黒鉄会』に味方した旧リシリアの部下の一人。

この後世の新ジオン軍では少将となり、現在はデラーズ直属として参謀部作戦室長として軍事作戦と兵力配置の草案作成を主な仕事にしていた。

 

「先ほど、並んでいた機体を見たが良い出来の機体ばかりだな。」

「技術責任者に言ってあげてください。精神的に逝けますよ。」

「『逝く』という漢字が違う気もする言い回しだな。まあ、いいだろう。しかし、あれがシュターゲンの乗る予定のイフリートかね?」

「少将はあれに乗る予定のパイロットをご存じなのですか?」

「まあな、私とは旧知の間柄だよ。名前は『レニバス・シュターゲン』。ジオンの藍騎士と自称している男だ。かなりの自信家だが腕は一流のパイロットでな。」

 

『レニバス・シュターゲン』。前世の『ニムバス・シュターゼン』であろう名が出てきた。

彼は前世で『ジオンの騎士』を自称していた男であり、試験機であるイフリート改を乗機としていた。『星一号作戦』前後に、独自行動をとり連邦のMSを強奪している。

『EXAM』搭載機である『ブルーデスティニー2号機』。疑似ニュータイプシステムに固執し、追撃してきた連邦の実験部隊と刃を交えた。

だがその結果、返り討ちにあっている。どうやら、この世界でも似たような人物がいるようだとガトーは思った。

 

「まあ、その手の話は別のところでしたいのだがいい場所はないかね?」

「少し、殺風景ですが安全に話せる場所があるのでそちらに」

 

そう言って、ガトートとマ・グベは防音・盗聴対策が取られた会議室に移動した。

本来は、フォン・ブラウンや捕虜との尋問の際に使っている部屋だが内緒話などの時も結構使われている部屋である。

 

「さて。雑談は本題を終わらせてからにしよう。実は、君の先輩にあたるリーガン中佐からの報告で看過できない情報があってその調査をすることになった。君にも協力を頼むかもしれないから心しておいてくれ。」

「調査、でありますか?」

「本来、このような仕事は旧リシリア機関の諜報員にやらせるべきなのだが、あちらは別件で手が離せない。そこで、私自身が行うことになった。」

「ちなみに、何を探るのでありますか?」

「アナハイム社が中立法を無視した物資輸送の手助けをしていないか。厳密には『フォン・ブラウン』だが本質は変わりないといえる。」

 

リーガンからの報告を受けて、マ・グベは調査を進めていたがアナハイムはなかなかしっぽを出さなかった。物資の輸送に関して各サイドの品目を調査させたが問題はなく、連邦の物資輸送の援助をしている証拠はなかった。

だが、さらに詳細な調査を行ったところ別方面から気になる情報があったのだ。

正規の輸送品目なのだが、『サイド2』方面の物資輸送がここ1か月の間に急増しているというものだ。

名目は、鉱物資源調査のための大幅受注となっていたがこれはいささか怪しい。

『サイド2』は現在、資源衛星採掘よりも食糧自給率上昇のためにコロニーそのものの農業設備増設を進めている。そのため、資源採掘用の設備は事足りているはずなのだ。

 

「『サイド2』ですか。最近不穏なうわさが多いと思っていたが、そこまで露骨に反ジオン姿勢を見せるとは。・・ばれるとは考えてないんでしょうか?」

「そうでもないらしい。むしろ、この情報が察知されたと見るやより強硬な手を打ってきていると連絡があった。」

 

聞くと、独自作戦を展開中だったリーマ艦隊が襲撃されたというのだ。しかも、連邦と別勢力の連合部隊だったらしい。そして現在、その別勢力の最有力候補は『サイド2』である。

マ・グベ少将は口をコーヒーで潤しながら、話をつなげてきた。

 

「『サイド2』については、『旧リシリア機関』の連中が調べている。君も身の回りには注意したまえ。中佐もデラーズ閣下も心配しておられる。」

「ご心配ありがとうございます。一応、テストパイロットは後2、3か月ほどで完了するみたいですので大丈夫だとは思いますが、警戒して損はないことでしょう。」

 

ガトーからすればわざわざこのようなことを心配されずともそれなりに周囲への配慮は行っているから問題ないはずである。だが、信頼できる上司二人から心配されているのは正直うれしいとも思った瞬間であった。

 

その後、マ・グベとはいろいろな話をガトーはした。

その中に、次期遂行予定の作戦が話題に上ったのである。

 

「現在のところ、我々は勝っているがそれは一時的なものというのが軍上層部の結論だ。このままでは停戦は難しい。やはり、次の手を打つべきという意見がある。」

「そうなると、次に狙うのはやはり拠点化が進む『サイド7』への牽制攻撃ですか?」

 

サイド7ではルナⅡに匹敵する要塞を建造している報告を受けている。

順当に工事が進めば半年から一年以内には最低限の機能は果たせるものになると軍部では要警戒と考えていたのだ。

だが、どうやらマ・グベの狙いは違ったようで首を左右に振った。

 

「それでは抜本的に敵の戦力を削げない。より効果的な方法がある。現在、私は『Lアタック』という作戦を上層部に進言し、近々了承されると見られている。」

「『Lアタック』?何ですかそれは。」

 

マ・グベは実にうれしそうな顔で自身が提案している作戦を話始める。

その作戦を聞いたとき、ガトーの持った感想は一言。『無謀』であった。

 

『Lアタック』作戦。『サイド7』に連邦が建造している軍用コロニー『ラズベリー・ノア』への攻撃を行うとして軍を進めるというものだ。

だが、実際には途上で進路を変更し連邦宇宙軍最大の拠点となりつつある『ルナⅡ』を奇襲しようというものだ。

確かに、『ルナⅡ』を攻撃・壊滅できれば連邦軍の宇宙における状況はさらに悪くなるだろう。停戦やむなしという声を軍内部で発生させられるかもしれない。だが、リスクもある。

 

「ですが、連邦にとって『ルナⅡ』は宇宙でにらみを利かせられる最大の拠点です。いくら『サイド7』で建造中の拠点攻撃を装ってもそれに乗るでしょうか?」

「確かに、そういう見方もある。だが、仮にそうなっても戦力的には連邦も『ルウム戦役』で主力を喪失している。半年で回復させるとしても、新造艦や新兵が多いことは間違いない。こちらが有利に戦況を進められると考えている。」

 

マ・グベは自信ありげに話しているが、ガトーはそうは考えなかった。

確かに、連邦は戦力を一時消耗した。

だが、『ルナⅡ』の要塞化が進んでいることを考えると奪取・破壊は容易ではないはずだ。下手をすると逆にこちらが殲滅される恐れも出てくる。

 

(ただ、気になるのはデラーズ閣下も知っているはずだということか。何か考えがあるのかもしれない。)

 

ガトーはそのように考えながら、マ・グベの作戦案についての補足と自分なりのアドバイス、グラナダにおける仕事についての雑談を軽く行って別れた。件の作戦についてデラーズが何を考えているのかを知るのは今少し後になってからのことであった。

 

 



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第三十六話 想像と予兆

リーガンやリーマが、現場で苦心し続けている頃。デラーズも苦慮していた。

彼の基には、それまでに各サイドに駐留している部隊やグラナダからもたらされる報告書が引っ切り無しに届く。

いいものも悪いものも含めると、実に200以上にもなるためため息をつく間もなくなるほどであった。その中にはリーガン達駐留部隊の物からリーマ謹慎組まで種類は様々。

だが、そのなかで特筆すべきものは良し悪しを抜きにして3つほどに絞られるだろう。

 

 

まず一つ目。連邦軍の最新鋭にあたるMS機体を拿捕したことだ。

機体はグラナダにて解析されたが、特にビーム兵器のデータは今後の戦闘に影響があるものになると考えている。

現在、次期量産機として開発中の『ゲルググ』に搭載予定のビームライフルへ技術転用できる可能性が高い。機体そのものは既に、テストが完了しているので2か月あれば少数だが配備できると見ている。また、量産ラインが整ったグフへの搭載案も検討され始めているらしい。戦力増強は実にうれしい誤算である。

だが、今後は連邦軍のMSにも常備される可能性が高まったことを示唆している事案でもある。今後、さらに積極的なパイロット育成と新型機開発、量産ラインの確保が課題となる事は誰から見ても明らかだ。

 

 

二つ目。これは、連邦軍の動向についてだ。リーガン中佐が『サイド5』周辺の宙域で建設途上の敵拠点を破壊したという報告を受けた連邦軍は、より受け身の体制に入ったようである。さらに、リーマ艦隊による衛星破壊もそれを後押ししている。少なくない犠牲であったが、一応の成果には結びついたのだ。

『ルナⅡ』に近い『サイド7』に軍用コロニーを配備する方向で動いているようだ。

レポートによれば、本来は1つのコロニーだったものを二つに分断し、艦船駐留とサイド監視を行える軍港へと改装を進めているようである。

完成した場合、『ルナⅡ』以上の脅威になる可能性もあるため今後は破壊か無力化を模索していく必要があるだろう。

また、地球上では各地で軍関連の拠点が整備され始めているらしい。

現在は3か所が確認できている。

 

『キリマンジェロ基地』、『ベルファスト基地』、『キャリフォルニアベース』である。

特に、『キリマンジェロ基地』は宇宙への軍需物資の直接移送も視野に入れた拠点化が進んでいるらしく、今後は連邦軍の勢力強化が大幅に進む可能性が出てきている。

さらに未確定ではあるが、次世代兵士育成を目的とした『ローカスト研究所』なる代物も最近取沙汰されている。これは前世のオーガスタ・ムラサメ研究所に該当するものだと見ている。捨て置けない情報であった。

 

 

三つ目。これが一番問題だ。『サイド2』についての調査報告である。

連邦への秘密協力や『フォン・ブラウン』との裏取引、さらにはリーマ艦隊襲撃協力の疑いなどを受けて調査させたのだ。結果として内容はあまりよくない。

何でも『サイド2』では他のサイドと異なり、とある宗教主動の政権が樹立されているらしく、ジオンも連邦も同位の国として認めていないというものだ。

この意識は、国民全体に根強くあるらしく交易以外の接触は極端に少なく排他的な体制であることが解ったのである。さらに、戦闘用のMS開発も秘密裏に行っている可能性が高まっているのだが、どこから技術・資金を入手しているのかがまだ特定できていないらしい。引き続き、調査を行うと報告結果を結んでいた。

 

 

デラーズは以上の3点についての報告書を確認したのち、ため息をついた。

新体制において、ジオンはサイド全体の共存・共栄を図りつつ自治独立を求めて連邦と戦っている。無論、自治権確立を連邦に認めさせるのが目的であるが、戦後のことも視野に入れるなら各サイドとの良好的関係維持は重要だ。

戦後、全サイドをはじめ地球も疲弊していることは容易に想像できる。そんな時に、地球と宇宙双方でそれをまとめられる体制が必要となる。

その宇宙側をジオンが作るために現在苦心している。だが。

 

(サイド2は今後も油断できないな。まだ、確定情報はないが軍を作っている可能性が出てきている。・・こうなると、前世でギレン閣下が他のサイドに対して冷酷な策を実施したのには別の理由があった可能性も出てくるな。)

 

デラーズは前世のギレンが行った蛮行にも裏があったのではと考えるようになっていた。

多くの人間が知っていることであるが、ジオン公国は『コロニー落とし』に際して毒ガスによる大量虐殺を行ったのは有名だ。

他にも反抗的なサイドコロニーにも同様の処置が行われたといわれている。だが、改めて考えてみると本当にあれは無意味な虐殺だったのかと訝しむこともできる。

もしや、前世でも後世同様に他のサイドに野心的な考えを持った場所があったのではないかと。そのような視点が加わると、前世のUC0069年に起きた『サスロ・ザビ』暗殺事件にも別の見方ができる。

 

この事件は、ザビ家の一人であるサスロ・ザビが何者かによって暗殺された事件だ。

事件の首謀者は特定できなかったが、前世ではキシリアによる謀殺説や連邦の暗躍説が有力だった。これによって、ザビ家内の関係がより緊張したのは間違いない。

サスロはドズルやキシリアを抑える役割をしていたとも言われており、ギレンと同様にザビ家内で緩衝剤の役割を持っていたのではと考えられている。

 

もしかしたら、あの暗殺は他のサイドによるものだったのではないだろうか?

だからこそ、ギレンは他のサイドに対してあそこまで無慈悲なことを実行することもいとわなかったのではないだろうか?

それに、ギレンが最初に『サイド2』のコロニーを作戦に用いたのも気になる。

前にも話したかもしれないが、コロニーを手早く調達するなら自分たちの物を使った方が迅速にできた可能性があるのだ。なのに、サイド2のコロニーを用いた。これは個人的な恨みも絡んでいたのではとも推察できるのである。ズバリ、サスロ暗殺犯たちへの制裁として。

 

(改めて考えると恐ろしい仮説だ。もっとも、この後世は前世とは違う。必ずしも、前世でもそうだったとは限らないし、確証もない。)

 

デラーズは自身の想像をとりあえず中断し、来客を待つことにした。

ここは普段の執務室ではない。リーガンとも利用した『黒鉄会』御用達の料亭である。

 

「閣下。お客様がお見えです。」

「通してくれ。」

 

その言葉を受けてすぐに、『客』が入ってきた。

ジオン軍の制服ではなく、スーツ姿にサングラス。さらに、キャリーバックを持って入ってきた姿は、仕事のできるキャリアウーマンでも十分通用するだろう。

 

「よく来てくれた。大佐。」

「デラーズ閣下の頼みでなければ無視しているところです。」

 

礼儀的に話しかける上司に、礼を失しているとも取られる受け応えで返す女。

リーマ・グラハム大佐。現在では『リーマ艦隊』の指揮官として知られるようになってきている女軍人である。もっとも、現在は謹慎処分中であるがデラーズから呼び出されたので問題はない。おそらく、根回しも済んでいるとリーマは容易に想像できていた。

 

「このような場所で非公式に会いたいといわれた時にはデートのお誘いかとも思いましたが、そんな事とはもっとも遠い人種だと思い出したので。」

「それにしては似合っているよ。まあ、普段の軍服姿の方が年期が入った感があるがな。」

 

そのようにリーマの服装についての意見を互いに言い合ったが、すぐにリーマはデラーズを急き立ててきた。

 

「このような場所で時間を無駄にするのは私の気質に反するので、さっさと話を進めてくれないかい。」

「わかった。確かに、お互い忙しい身だ。本題に入ろう。近々、連邦との間に交渉の席を設けることになった。」

「ほう。場所は『フォン・ブラウン』といったところかい?」

「いや。小惑星『ペズン』でということになった。予定では2日間の日程で行う予定となっている。だが、その前の1週間で実務者協議が行われるので実際は約10日間。その間、全宙域で双方交戦は避けることになるだろう。」

「少なくとも目立った交戦はするなというわけかい。」

 

これは仕方のないことだろう。連邦もおそらく同様の命令を各所で出すはずだ。

ジオン軍内部でも二週間前には伝達され、交戦厳禁の命令が出されるはずである。

 

「でも、それと私をここに呼び出すのと何か関係があるのかい。」

「直接は無い。だが、問題はその後にあると言える。」

「その後?連邦軍の監視でもしてろと?」

「ある意味ではそうだろう。約80隻の艦隊を率いて『ルナⅡ』を攻撃してもらうわけだからな。」

「!!」

 

その発言はリーマを純粋に驚かせた。

デラーズの今までの発言からして連邦と和平を結びたがっているように聞こえたのに真逆のことをしろと言われたのだから無理もない。そこまで言って、デラーズはより正確な補足を加えてきた。

 

「無論、和平交渉はするつもりだ。だが、恐らく決裂するだろうというのが参謀部、『黒鉄会』という私の勉強会双方が出した結論だ。」

「つまり、その場合に攻撃しろということかい?ですが、いささか無謀に過ぎると子供でも分かる内容だよ。」

 

ある意味もっともだろう。ルナⅡは後世連邦が誇る最大の宇宙拠点だ。

要塞化がなされた結果、今では200隻を動員しても落とせるか怪しい。そこに80隻程度で攻撃しろとは正気とは考えずらいだろう。

 

「その無謀な作戦を行ってほしい。表向きは連邦軍最大拠点の無力化という名目で。」

「つまり、裏があると。」

 

つまり、陽動をしろと言っているに等しい。だが、なぜ自分なのかリーマはいら立ちを覚えずにはいられなかった。衛星攻撃に際して、裏で利用されていたことを考えると『またか』と思えてならない。だが、デラーズはそこで言葉を足してきた。

 

「誤解しているようなので言っておきたい。私は、君と君の部下たちを捨て駒にしようとは考えていない。生きて帰ってきてほしいと思っている。故に、無理をする必要はない。だが、一定期間だけ連邦軍主力をできるだけ多く『ルナⅡ』に引き留めておいて欲しいのだ。一番適任なのは君だと思っている。だからこそ任せるのだ。」

「私はあくまで大佐だよ。本来は少将や中将クラスが率いる戦力を私にゆだねるなんてどうかしてるとしか言えないね。・・正気かい?」

 

リーマはそうデラーズに話しながら目を見ていた。その眼には真面目な顔に決意の炎が宿ったように爛々と光っているように見えた。

結局、リーマは善処することを約束したが保障はできないと念押しして引き受けた。

本来なら出世の話が出てもいい内容であるのに、それが出なかったことは双方これがかなり無茶な内容の要請だと理解している故であっただろう。

近い将来、連邦との激戦が起きることをジオン軍高官は薄々感じていた。

 

 




誤字を修正しました。
×衛生⇒○衛星


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第三十七話 連邦サイド~マフティー考察~

 

ジオン内で、内政外政の整理が進んでいた頃。連邦でも大きな変化が生じていた。

『シーサン・ライアー』の降格と私設組織設立である。

 

実戦部隊将校達からの嘆願により、シーサンは軍上層部から切り捨てられることになった。

結果として、大佐への降格と地上基地である『オデッサ鉱山基地』建設の辞令を受けたのだ。それを薄々察知したシーサンは、独自に考えていた計画を前倒しして、成果を上げようとしたが結局失敗した。

それが、拠点建設計画でありシーサンが名づけるところの『縁の下』作戦であった。

もっとも、リーガンの機転によって思惑は水泡に帰すことになった。しかも、中継拠点化が完了していた衛星基地まで落とされるというおまけつきである。

勿論、それを事前に聞いていなかった上層部と現場指揮官たちはシーサンを痛烈に批判し、それを理由に責任を取るよう迫った。

喚き散らして反対していたシーサンであったが、サミトフからも露骨に批判された段になって自分には退路がないことを理解したようである。

シャトルに乗り込んで、地球に降下していくその後ろ姿は『ドナドナの子牛』のようだと佐官たちは笑いながら囁きあったと言われている。

 

(正直、俺も心の中で爆笑していたのだがな。もっとも、降格で済んだだけまだ甘い処分なのだから喚き散らすなと言いたい。)

 

マフティーはそのように感じたものである。だが、問題は今一つのことだ。

私兵組織設立。これは、サミトフ少将とエビル中将それぞれが行っている。

サミトフは『リターンズ』という組織を旗揚げした。名目はスペースノイドに対しての常駐的な監視と軍将兵・装備の大幅向上を唄っている。だが。

 

(これは前世の『ティターンズ』そのものだ。何より、前世よりも人材が集まっているのが余計にたちの悪い組織にしている。)

 

『リターンズ』にはかなり優秀な人員がそろいつつあるようだ。

わかっているだけでも、『マスク・オフ中佐』、『ヤザン・ローブ中尉』、『サツマイカン大尉』、『モアイ・ブルターク少尉』などが挙げられるだろう。

『マスク・オフ』は前世の『バスク・オム』。

『ヤザン・ローブ』は前世の『ヤザン・ゲーブル』。

『モアイ・ブルターク』は前世の『ブラン・ブルターク』。

『サツマイカン』は前世の『ジャマイカン』。

 

前世を知るものはこれを聞いて笑いをこらえたものもいたと言う。

 

(どんな漫才名だ。マスク・オフ(笑*1)。それとサツマイカン(笑*2)。名前なのだから笑うべきではないのだが、仕方ないことでもあるだろう。・・俺も最初は笑ったのだから。)

 

だが、名前の方はともかく性格や実力は前世と同様である感じだ。

アースノイド至上主義的な考えが全面に押し出ている。典型的なエリート組織となりつつあり、危険な兆候がちらほらと見えてきているのだが、同時に違和感のようなものも感じ始めていた。

 

(こうまで的確に人材を集められるものだろうか?まるで『クレイモア』の偏見組織版の体をなしつつある。)

 

マフティー達はそのように感じ始めてもいたが、現状はっきりした情報もないので保留となっている問題であった。

一方、エビル中将の組織は実験部隊を名目に組織を新設することになった。

連邦軍実験調査組織『クレイモア』。

人員やMSなどは地下で蓄えたものをそのまま流用し、人脈などもそのままに正規組織への変貌を遂げつつある。そして、新たに加入する非転生者もいる。

『ブレクス・フューラ中佐』や『エマ・シルゼン少尉』などが特にその代表格である。

ブレクスはエビルの後継者として目をかけられている。

もともと政治家に近い人間であったし、前世ではバスクやジャミトフとは反目していたこともあって『クレイモア』への加入に何の抵抗もないようだ。

エマは前世の『エマ・シーン』である。だが、この後世での経歴は前世と少し違うようだ。

後世では、『パイロット選抜カリキュラム』なるものが設けられている。それによってシュミレーター上位三名の一人として、連邦軍兵士に正式採用された。そして、エビル中将に引き抜かれてきたのである。

 

「このたび、ここに配属されることになったブレクス中佐とエマ少尉だ。これからは背中を預ける者同士だ。お互い、頼むぞ。」

「はい!よろしくお願いします。」

 

マフティーと3名の既存パイロットと二人はお互いに握手を固くかわしあった。

 

人員の整備・補充が進むにつれてMSの配備も今までより本格的に進むことになった。

その過程で、ジオンのMSに対抗できる機体開発が主眼となるのは当然だ。新規組と既存組の開発者たちは独自に意見を出し合ってある計画を開始した。

通称『クラスター計画』と呼ばれるもので、現在ベーシックとなっているザニーとは異なる量産目的機を作成し、そこから派生させて対抗できる物を作るという計画である。

 

「最初のベーシックはやはりジム・コマンド系ですか?」

「いや、ザニー開発時のプロトタイプからの方が都合がいいと思う。」

「それでは、部品等の規格・生産の問題がある。現実的じゃない。」

「・・アナハイムの技術者が考えていた計画などもいいかもしれません。」

 

などなど、意見は紛糾した。結果は、アナハイム社のある技術者が考えていた案を参考にしていく方針を採っていくことになる。

発案者は『テム・ゲイン』。前世の『テム・レイ』だ。

ガンダム開発者の一人であり、優秀な技術者として知られていたが家庭を顧みない傾向のある男でもあった。彼自身はガンダム完成後に、酸素欠乏症による影響と複数の理由から精神面に問題を抱えることになってしまった。

この後世では、アナハイム社のお抱え技術者として働いておりやはり優秀とのことだ。

だが、前世と違い彼は独身である。

 

(アムロさんがいない?生まれてもいないのか?!)

 

マフティーは最初、驚いたが彼とともに来た助手を見てさらに驚くことになった。

 

「こんにちは、アナハイム社MS第三研究室所属の『テム・ゲイン』です。隣りにいるのは、甥っ子で助手の『アムロ・ヒュームス』。エビル中将からの開発協力要請を受けてきました。」

「ご苦労さまです。地球の重力は慣れないと大変でしょう。2日間は長旅の疲れをいやしてもらうよう中将から言われておりますので、客人用宿舎にご案内します。」

「いえ、私も叔父も何年か前に地球に来たことがありますのでご心配は不要です。さっそく始めたいので技術者との顔合わせをさせてもらえませんか?」

 

そのようなやり取りがあり、二人は技術者との雑談を含む自己紹介を各所でしていたが、マフティーの動揺は大きかった。この後世のアムロはパイロットではない。技術者なのだ。

しかも、話を聞いていると『テム・ゲイン』と大差ないほどの腕前であるらしい。歳が若く経験が少ないため、粗削りなところはあるらしいが。

そして、到着早々に彼はMSに関する持論を開発部長をはじめとするスタッフに話し始めた。

 

「外装一体型であるモノコック型とは異なる開発を行ってはどうかと。」

「だが、ジオンをはじめとして連邦の機体にもそのような構造は用いていない。量産向きじゃないだろう。」

「あくまでテストベットとしてやってみるのもいいかもしれないと申しています。各所のフレーム構造を大幅に見直すことで今後の量産機の『雛型』を作れるかもしれません。」

 

現在、連邦もジオンも採用している設計の基本は外装とフレームの一部が一体となっているモノコック型である。だが、アムロはそれに一石を投じる提案を行っていた。

マフティーをはじめ、前世出身者などは驚いたものである。彼の提案した技術は前世で『ムーバブル・フレーム』と呼ばれるものだったのだ。

前世ではこれが完成した結果、ジオン・連邦を問わず、その後のMS設計に大きな影響を与えることになり、可変MSなどが誕生することになったのである。

だが、それが確立され一般化したのはUC0087年前後以降。

つまり、『グリプス戦役』が本格化する前後であった。この技術導入後、各勢力でこの技術が多様されるようになったのだ。MSの駆動性を高めた技術だったのである。

 

とはいえ、即量産機に採用するには成果もない技術なのでひとまず、試験的に一機作ることが承認され、独自のMS開発の取っ掛かりとすることになった。マフティーなどは、前世のガンダム以上の機体ができるのではとついつい夢想してしまうのであった。

 

 



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第三十八話 連邦サイド~リターンズの胎動~

 

『クレイモア』がMSの新機軸を模索していた頃、サミトフをリーダーとする『リターンズ』でも急速に変化が生じていた。

サミトフの腹心であるマスク・オフは組織入りと同時に大佐に昇進し、軍内部での発言力を急速に増加させていた。さらに、独自の武力組織として人員のエリート化が図られ正規軍との間に少なくない摩擦を生じさせることになるのだが、彼らは意に介さなかった。

 

「我々『リターンズ』は、地球を宇宙人どもから守るために集められたのだ。それは、ジャブローをはじめ連邦軍の総意。それをわかったうえで口答えをするならやってみるがいい。・・だがその場合、身の安全は保障できないから気をつけたまえ。最近は軍内部も物騒だからな。」

 

マスク・オフなどは自分より階級が上の准将にすらそう公言したという。

さらに、翌日。その准将が腕を包帯で釣った状態で本部に顔を見せ、異動届を人事部に提出していたのを多くの士官が目撃したらしい。明らかに『リターンズ』によるものだと思われるが、本人はおびえるように口を閉ざしてしまっていた。

この事例から見てもわかるとおり、『リターンズ』は軍にあって別の軍になりつつあったのである。そんな組織にあって、彼らは『クレイモア』同様にMSの開発を進めていた。

開発責任者はフランクリン・ボルダー技術中尉。

前世の『フランクリン・ビダン大尉』で、この後世では妻にフィルダという女性がいるがまだ子供はいないらしく、妻との生活は互いに仕事中心となっている。愛情など冷めきっているのがはたから見ても解る。そんな彼だが、技術者としては優秀であった。

なお、後世ではフィルダは専業主婦であるため材料工学などの知識は無い。

 

「マスク大佐。アナハイムから届いた新しい装甲材についての資料を早く回すように手を回してもらえませんでしょうか。何分、今までとは全く違うものを作るわけですから」

「貴官に言われずとも、要請は続けている。だが、いい返事がなかなか来ないのだ。・・それよりも新しい機体は大丈夫なのだろうな。前のような機体ではさすがに容認できんぞ。」

 

前とはザニーの基本スペックと装備を充実させたタイプの機体である。

ビーム兵器主体の機体として調整・改造を行ったものだったが、試験部隊の一つが敵に殲滅されたという報告を受けて、フランクリンは肩身の狭い気分を最近は味わっていた。

そこで、今回は月で開発された『ルナ・チタニュウム合金』を採用する方針をとり、されに見合う機体制作に着手したのである。

 

「大丈夫です。今回はものが違います。スペックはザニーを遥かに凌ぐものになると見込んでおりまして、ジオンの機体など圧倒してしまうと保障できます。」

「本当だろうな?装甲材については必要量を届けさせるようにするが、実物を見せてもらは無いと納得しがたい。」

「わかりました。では、こちらにどうぞ。」

 

二人は、研究室から隣接している格納庫に足を踏み入れ目の前の機体を見上げた。

それはジムとは似ても似つかないものだった。人間の両目のようなメインカメラ、頭部にV型アンテナを持ち、灰色と黒で塗装された機体。

 

「型式RBM-00。基本装備はビームサーベルとライフル。後、脱着可能なシールドを持ち合わせております。現在は、ザニーと同様の装甲材を用いておりますがアナハイムから届き次第、変更予定です。」

 

ちなみに、型式のRBMは『Returns Bases Mobile』の略だとフランクリンは説明しているが、彼の同輩の技術者などは別だと主張している。もっとも、採用された後なのだから理由などはどうでもいいことなのだが。

 

「まるで人そのものだな。頭部アンテナなど戦国時代の兜のようだぞ。」

「技術者の間でもそのような会話がしょっちゅうされております。ですが、バランスがいいのであえてそのままにしております。ちなみに我々は、これを『ガンダム』と言っております。」

「なぜそのような名前に?」

「なんでも、銃マニアと運動バカで有名な二人が名称を考えているうちに互いの趣味をもじった造語を作ったのがことの始まりのようで。いろいろ省略などが行われているうちにこの機体の愛称のようになってしまっていました。まずかったでしょうか?」

「いや、いい。名称などは所詮、兵器には付録でしかないのだ。強ければ問題ない。完成を急がせろよ。」

 

そう言って、マスク大佐は格納庫を出て行った。

その顔は、入ってきた時よりも気分がよくなっていたことが容易にわかった。

 

(宇宙人共に目にものを見せる日も近いな。その時こそ、我ら『リターンズ』が真に地球人民を導く時なのだ。)

 

自身が描く未来を創造しながら、彼は格納庫を背にサミトフに新型機開発の進捗が順調であると報告するための帰路につくのであった。

 

 

一方、サミトフは執務室で整理された人材と現状を確認していた。

整備が進んでいるキリマンジェロ基地では正規軍向けのMS量産が秘密裏に進んでおり、シーサンの失態が終息したタイミングで各地に配備できるよう手筈を整えている。

これは地上でのデモ鎮圧を武力で容易にできるようにするための処置である。平たく言えば武力弾圧の手段を増やす狙いであった。

これとは別にリターンズ向けの量産MS開発は進んでいる。次世代の指針ともいえる機体はフランクリン中尉達にやらせているが、実はそれとは別に進行しているのだ。

 

場所は『ラズベリー・ノア』内の軍用工廠。性能もリターンズ用の特別仕様であった。

ザニーという形になっているが、実際はジム系統である。フランクリン中尉の技術設計をも秘密裏に取り込んだ結果、クレイモアとはまた別の形でジム系開発に成功したのである。

リターンズでは『ジム・キュレル』と呼ばれるようになったこの機体の基本性能は以下の通りである。

 

ジム・キュレル

主武装 ビームサーベル

60mmバルカン

ビームライフル

補助 シールド

小型ミサイルポッド(3連)

 

先のルウム戦役において、エビル中将子飼いのMS隊を参考モデルにしつつ、リターンズ用に発展させた量産機である上記の機体は、ザニーよりも汎用性が高く、各種戦線にも対応できると期待されている。ジオンMSのデータも研究・検討した結果、総合スペックではジム・コマンド以上の機体となっている。

 

「我が組織のMSはいいようだな。」

「はい。それもあって、将兵も続々と我が組織へ配属されてきております。後、閣下から受け取ったリストの兵も優先的に取り入れるよう手配済みです。」

「うむ。それとローカスト研究所からあった例の案件についてだが。」

「強化人間というやつですか?あれはスペースノイド共の理論を真に受けた連中が行っている人外製造計画です。」

「その通りだ。我々が奴らと同じ力を持つ兵を創るなど反吐がです。・・やるなら超える物を作らなくてはな」

 

そう言ってサミトフは持っていた書類をシュレッダーにかけ始めた。既に見る価値もない報告と判断しているのだ。

 

「人造ニュータイプなど不要だ。我々が欲しいのは超人なのだよ。いや、人の形をした純然たる兵器。ニュータイプを殲滅する兵士だ。」

「同感です。それに関連していますが、ローカスト研の検体08番を担当した研究者が閣下と非常に酷似した意見の基、研究を進めているとのことです。今週中には成果をお見せしたいと言っていました。いかがなさいますか?」

 

サミトフとしては、ローカスト研究所の疑似ニュータイプ創造を目指すという考え方自体が気に食わないようだったが、報告する秘書官を見るにどうやら他とは少し毛色が違う研究者のようだ。

 

「・・時間は空けよう。いつがいいかな?」

「四日後がよろしいかと。調度、先方が到着しますし雑務がひと段落します。」

 

サミトフはその秘書を睨み付ける。できる男なのだが、いささか華がない。

むしろ、堅苦しくやりづらい。彼と話していると結局は彼の思惑通りに発言・行動しているように感じるほどだった。

 

(信用しすぎてはいない。油断すれば前世と同じだ!)

 

サミトフはそう心で毒づいた。そう、彼も前世からの転生者なのだ。

前世ではパプテマス・シロッコに暗殺され、『ティターンズ』を奪われた。だが、彼はその直後にこの世界に転生して再び野心を燃やしたのだ。

前世の経験を生かし、反スペースノイド思想を持つ市民・軍部から指示を集めた。

前世ではカラバにいろいろ妨害されたという教訓から、私財を投じて地上での巨大な利益追求組織を作り上げた。それこそが、『大陸間貿易公社』である。

 

地上の輸送・交易を数多く担うまでになったこの組織を利用してサミトフは今まで暗躍してきた。『キリシマ研究所』がMS開発を行っているという情報をいち早く察知し、それをシーサン・ライアーに横取りできるよう段取りを整えたのも実はサミトフが金と人脈をフルに利用した結果であった。この時からシーサンとは協力関係となっていたのである。

もっとも、シーサン・ライアーは『ルウム戦役』で失敗した挙句、自爆ともいえる持論を展開したためサミトフは躊躇なく切り捨てた。

だが、彼の恐るべきところはその後だ。軍上層部を取りまとめてシーサンを『犠牲の羊』とした後、彼が『リターンズ』を設立したのは既に読者も知っているだろう。

だが、エビルもマフティーも予期しなかったのはローカスト研究所を抱え込むことに成功していることだ。これはまだ『クレイモア』も気づいていないことであり、今後のサミトフにとって最もプラスになる事だと彼は確信を持っている。

 

(ローカスト研究所の人材候補リストを基に前世の主だった人材を集めることができたのが最も大きな成果となった。前世のようにはいかないぞ。私は地球のために戦っているのだ。宇宙に居を移した連中の好きにはさせんぞ!)

 

サミトフは使命感にも似た野心を胸に、勢力拡大のための準備を進めるのであった。

 

 



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第三十九話 早朝カフェ①

 

俺はリーガン・ロック。新生ジオンの中佐だ。今は哨戒任務を交代し、艦隊ごとソロモンに滞在している。その一番の理由は艦隊の改装であった。それ故に、MSパイロットたちは基本的に暇である。

そして、俺の隣にいる部下たちも少し、腐っているような状態だ。午後は訓練地獄決定であるが。

 

「中佐。リーマ艦隊のことは聞きましたか?」

「既に要塞中の噂になってるよ。かなり無茶をしたらしいな。」

「中佐ならこうはならなかったというものもいますが」

「そのバカを連れてこい。大佐に殺される前に、俺が半殺しにしておいてやろう。・・そうしないとそいつ死ぬぞ。」

「冗談ですよ。大佐には悪いですが運が悪かったとしか言えません」

 

(はあ、我が部下ながらダメだこいつら。何も見えてない。)

 

リーガンはそう心で呟きながらも顔ではやれやれと言った表情を維持した。

偶然などはあり得ない。彼はそれを『黒鉄会』でいやというほど見聞きしてきた。

前世のことを整理するとそれがよりはっきりする。

一年戦争、デラーズ紛争、グリプス戦役。さらに二回のネオ・ジオン戦争。

それらはすべて必然であった。起きるべくして起きた戦争だった。

規模こそ違うが、リーマ達の作戦にも同様のことがいえる。

運が悪かったではない。行動が読まれたのだ。そして、その発端はリーガン自身が行った連邦の拠点破壊である。

 

「ところで、中佐はなぜこんな早くからカフェにいるのですか?」

「いまさらそれを言うか。」

 

そう。俺は今、ソロモン内にあるカフェ『ソロモンの夢』なる店の席に坐している。

ここは、昼になると看板メニューである『ピザセット』がバカ売れするために長蛇の列が連日できるのだが、朝はその限りではない。故に、部下たちも疑問を持ったのだろう。

 

「朝食だよ。見て解らんか?・・まあ、厳密には待ち合わせで半強制なのだがな。」

「待ち合わせですか?」

「ああ。わざわざこの時間しか無理だと指定されてしまってこっちも眠いのを押してきているんだよ。」

「!!まさか、リーマ大佐に次いで中佐も色事、もとい女っ気が出てきたわけですか?!」

「だったらまだしもよかったと思いたい。」

 

俺は最近本当にそう思っている。思えば、ジオン軍学校に入ってから現在に至るまで女性との恋愛どころか出会いもなかったのだ。

・・それどころか振り返ってみれば前世から女性との縁がなかったと思う。

 

(ああ、リーマは別だよ。あれは女性らしくない女性士官だと俺は思う。)

 

そのように部下とのふざけあい(?)で時間をつぶしているとようやく待ち人がきた。

 

「待たせたね中佐。朝早いのにわざわざ」

「いえ、問題ありません中将閣下。」

「!!」

 

部下たちはみな驚いていたようだが、俺は既に解っていたので落ち着いて返事を返した。

このソロモンにおいてもっとも有名な中将が今目の前にいる。

ソロモン守備軍司令官ロズル・ザビ中将である。俺は、ここに寄港後しばらくして連絡を受け、ここに来るよう指示されたのだ。

 

「すまないな、少し君たちの上司と話したいのだ。少し、外してくれるかね?」

「は、はい。し、失礼いたします!」

 

皆、ガチガチに固まっていた体を無理やり敬礼の形にして、その場を辞していった。

残ったのは俺とロズル、そして、注文待ちのウェイターぐらいだろう。

しかも、どうやらロズルはここの常連らしいので、ウェイターも落ち着いて注文を聞いてきた。

 

「ご注文はいつものコーヒーとサンドイッチで?」

「うむ。中佐は何にするかね?」

「では、私は紅茶をお願いします。ミルクなしのストレート、冷たくしたものを」

「かしこまりました。」

 

ウェイターがメモした注文を裏に伝えに行ったのを確認して俺は話を振る。

 

「それにしてもわざわざ朝いちばんにこのような場所で話したいと言われた時には、何事かと思いました。」

「驚かせたなら悪いことをした。他意はなく、少し世間話をしたかったのだ。ソロモンは前線とはいっても、主戦場からは離れてしまっているしな。」

「近頃では、連邦もおとなしいですしね。ですが、今後はここも荒れると思いますよ。」

 

俺はふざけたような口調で言ったが、これは間違いないと確信している。

前世でも、連邦はサイド3攻撃の中継点であり、ア・バオア・クーと同様に重要な守備拠点であったソロモンを『チェンバロ』作戦で陥落・占拠している。この後世でもあり得ないとは言い切れないのだ。

 

「貴官のいう通りだ。油断こそが最大の敵。だからこそ常日頃から精神を研ぎ澄ましている。私などは早朝に乾布摩擦などをしたりしているほどに」

「中将らしいですね。」

 

本当にらしいと思った。前世から職業軍人的な男だと思っていたが、まさかそこまでしていたとは。何か東洋のちょんまげ侍を思い浮かべる。

ロズルなどは興奮していた自分に気づいて咳払いをしながら手元の水を飲んでいる。

のどは乾いていないはずだが、気分的な問題だろう。

 

「ともかく油断する気はない。それと関連して、実はうちの技術スタッフから『Lアタック』なる机上の空論を聞いたのだが、あれは本気なのか?」

「ああ、あの作戦ですか。まあ、やるとは思いますよ。しかし、既にそこまで噂になっているのですか?」

「マ・グベが話した者の中におしゃべりな奴がいたらしくて次の日には要塞中に広がっていたぞ。敵にも知られる可能性が高まってしまって難儀している。」

 

(むしろ、デラーズはそれを狙っているのだろうな。『七星作戦』を成功させるためには必要なことだし。)

 

リーガンなどはそう思った。もっとも、ロズルの口調も少し違和感がある。

しいて言うなら隠し事をしながら、俺の知っている情報と比較したいと思っているようだ。

そのことから、どうやら彼にも別の作戦が与えられている可能性がある。

 

「まあ、悪気はないのでしょうがほどほどにするよう釘をさすよう頼んでおきます。」

「もう大丈夫だ。既に俺から釘を刺しておいた。」

 

それはご愁傷様と思う。国民的に人気の高いロズル中将からの説教だ。

出世には響かないように俺から話しておいてあげよう。

後、彼の愚痴も聞いておく必要があるかもしれない。

リーガンなどはそう考えて、ため息を漏らすのだった。

 

 

ロズルとの朝食は有意義なものになったが、さらにある客人が乱入することになった。

それは一昔前の伊達メガネを着け、整備スタッフの服装と一目でわかる格好の老人。

俺も覚えがあった。

ソロモンのMSメンテナンス主任の『モビーユ・カストナーズ』というおやじだ。

どうやら、ロズルとは旧知の間柄らしい。

 

「中将も偉くなられたものですな。軍学校の校長をしていた頃などは、『最近の若い人間にどう接すればよいか』をよくアドバイスしていたのに」

「モビーユ殿。その話はやめてくれ。」

「これは失礼。つい、昔のことを思い出しいてしまいましてな。フォフォフォ!」

 

・・訂正しよう。どうやら頭の上がらない人間という方が正しいようだ。

では、なぜそんな人物がここにいるのか?

どうやら、ロズルが配備を進めている新型空母に搭載する機体の選定と種類について相談を持ちかけていたようで、彼なりに結論を伝えに来たようだ。

もっとも、内容は汎用性の高い機体を優先するというありふれたものだったのだが。

ただし、会話にはさらに続きがあり俺も興味を注がれるものだった。

 

「ところで、閣下のご要望はMSでしょうか?」

「?」

「それは、どういう意味だ?」

「いえ、閣下から話を持ちかけられる前にうちの若いのがある機体の設計図を作成しておりまして。ひょっとするかもしれないと思いお持ちしました。」

 

そういって、彼はそれを見せる。設計図を見ても、非常に大きい機体だと解る。

人間の形に似せたMSとは違う。むしろ、連邦の戦闘機に近い。

そして、俺にはその機体に見覚えがある。ビグロの設計図だった。

 



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第四十話 早朝カフェ②

 

『ビグロ』。

前世においても少数が量産配備された機体であるが、評価は高い機体であった。

MSでは不可能だった加速性能を実現し、火力も高い。さらにクローも持っていたので一定の近接戦も可能だったので好評価だった。

そんなことを考えながら、俺は手元の紅茶を飲んでいた。ロズルは先ほど届いたサンドウィッチを口に入れて図面を見る。最初に俺が口を開いた。

 

「MAですか?」

「ゲニアス卿から回された技術を元手に考え出したそうです。現在は二種類が考案されていて、細部の設計を考えてもらっています。」

「だが、これほど大型の機体では鈍重になってしまう。実戦では的だろう。」

「中将のいうことももっともです。ですが、それについての解決案も既に出ております。」

 

モビーユの補足によると、グラナダで開発中であった『ドラッツェ』が糸口になったらしい。

ドラッツェは下半身部分はプロペラントタンクと一体となっていることも含めて、小回りが利きづらい設計となっている。それを補うべく推進力増強を推し進めた機体となった。

そして、この考え方が先のMAにも使えるというものだ。

機体が大型化するから小回りが利かなくなり、鈍重になる。ならばその分、バーニアの出力を増大させ、推進力そのものを上げればいい。

そして、機体が大きいということはその分、大型の火器を搭載できるという利点も生まれる。まさに、過程こそ違うが前世のMA『ビグロ』や『ヴァルヴァロ』の開発思想に至ったというわけだ。

 

「理屈はその通りだが、連邦のMSは最近になってビーム兵器を常備する傾向にある。貫通力のある兵器だ。対策はあるのか?」

「それについては、デラーズ閣下が早期に中止した『ビグザム開発計画』の際に発見されたフィールド技術の応用で一定の解決ができるという目途がついています。」

 

俺もそれを聞いて納得した。

『ビグザム開発計画』は、前世で戦果を挙げた例の巨大MAである。

だが、前世においては時を逸した巨人機であり、試作用の1機のみという状態でドズルのもとに送り付けられた。ただ、確信的な技術を用いた初めての機体でもあった。

それが、Iフィールドである。これによってMSのビームライフルどころか戦艦の主砲すらも遮断して、敵を恐怖させたのだ。

 

「そのフィールド技術については、俺も聞いているがあれはまだ大きすぎるために搭載にかなりの制限があると聞いている。アプサラス計画でもそのために機体が必要以上に大型化したと聞いた。その問題は解決したのか?」

「確かに、それが問題でした。そこで、フィールドそのものではなく、その過程で発見されたコーティング技術を用いる予定です。」

「それは、『耐ビームコーティング』というやつですか?」

「ええ、お詳しいようで助かります。」

 

俺は、それに対して後輩に詳しいやつがいると言ってごまかしたが、後世の技術進歩はやはり早くなっているのだなと改めて思った。

耐ビームコーティングは『ビグロ』の後継機である『ヴァルヴァロ』から用いられたと聞いている技術なのだ。このことからまとめると、現在考えられているMAは2種類、下記が特に有力の2種のようである。

 

 

ビグロ基本仕様 ビグロ支援仕様

主武装 クロー×2 主武装 クロービーム砲×2

ミサイルランチャー(左右3門) 大型メガ粒子砲

メガ粒子砲 三連装中型ミサイル(左右3門)

補助 耐ビームコーティング 補助 耐ビームコーティング

 

 

見たところ、基本仕様は前世のビグロに限りなく近い。だが、火器のランクが少し落ちている。

おそらく、量産を容易にするための処置であろう。

支援仕様は基本仕様と異なり、クローを機体に内臓する方式らしい。大きさも基本仕様より一回り大きくなっている。その一方で、全体的にシャープな形になっていて大型の火器でまとめられている。前世の『ビグロ・マイヤー』に位置づけられる機体だ。前世では、ビグロとヴァルヴァロの間に位置する機体で実在も疑わしい幻の機体であると言われている。

 

 

「基本仕様の方は対MS用の機体だとわかります。支援仕様の方は、対艦・対大型機向けを想定している感じですね。」

「うむ。俺もそう思う。2機が共同で動くことを想定した装備だ。・・これなら、哨戒ライン警備に配備するのに向いているかもしれんな。」

 

ロズルはそう呟きながら、あれこれと考えている。

確かに、艦1隻に3機ほど搭載していれば一定の敵にも対処できるほどだろう。

もっとも、現状では量産もしていないペーパープランなのだからどうなるかは不明だ。

だが、このように次々と新しい発想を実現できることは後世ジオンでは重要となってくると思う。

 

「他にも意見はありますが、今のところ実現可能なのは先の2種類だと儂などは考えていますな。」

「ひとまず、ロズル中将がこの内容を上に報告して量産の目途を立てる準備をしておくしかないでしょうね。」

「そうだな。だが、今の軍ならば採用される可能性が高いプランだ。設計を進めておいてくれ。ソロモン守備司令官権限で許可できることは少ないだろうが頼む。」

 

ロズルはそういって頭を下げながら頼んでいる。一方で、モビーユなどは頭をあげて下さいとしきりに説得することになってしまった。

根回しの面では俺にもかなりの手助けが可能だろう。

 

(主に、デラーズ経由でだが。また、あの人の苦労が増えるわけだな。)

 

そう思うと少し、忍びないきもするが俺は気にしない。

これも軍のため、国のため、そして戦後世界のためである。俺は鬼になろう。

・・前にも似たようなことを思った気もするが。

そのようなことを考えていたところに、落ち着いたロズルが再び話始めたのが耳に入る。

 

「どうも、最近は不穏なことが多くて困る。そこで、ものは相談だが明るい話題を作る気はないかね?」

「中将?それは私に言っているのですか?それとも、モビーユ殿に?」

「中佐。おそらく儂ではなく君だろう。その件に関しては儂も一杯かませてもらっておるからな。」

 

フォフォフォ、と怪しげな笑いを俺に向けている。そして、俺の直感が告げ始めていた。

そう、後輩の迷惑事や面倒が起きるときにたびたびくる第六感のようなものが。

 

「中将。私はグラナダに行く気はありませんよ。」

「誰が、君をモルモット置き場に送るといったのだ。その気はない。」

 

どうやら、中将も俺と後輩のことは知っていてくれたようだ。しかし、それで通じる我々は既に後輩にたびたび迷惑をかけられているとわかるのが悲しいところだ。

 

「では、何事ですか?」

「うむ。実は、モビーユ殿の養女が、現在MSのパイロットをしている。だが、話を聞くとかなり破天荒な女性らしいのでいろいろ問題があるようだ。」

「それと明るい話題がどのように関連が?それに私とのかかわりは?」

「まあ、最後まで聞け。実はその令嬢の最大の憂慮は相手だ。つまり、婿のなり手がいないということだ。しかも、彼女は軍学校でも優秀なパイロット。日頃から『私の相手は私以上の腕を持つ殿方であるべきです』と公言している。」

 

どうやら、その公言のせいで相手がことごとくフラレ続けているらしい。

そこまで聞いて、俺は何を言わんとしているかを悟りつつあった。

だが、確認はしなくてはならないだろう。外れていてほしいと内心思っているが。

 

「・・私に見合いでもしろと言いたいのですか?中将閣下」

「察しがよくて助かる。君が一番適任なのだ。」

「ガトー少佐やマ・グベ少将などがいるでしょう!彼らなど将来有望ですよ。私などより」

「ガトー少佐は真面目でいい男ではあるが、いささか若すぎる。マ・グベ少将などはモビーユ殿から却下された。」

「しかし、顔も知らない。あったことすらない相手といきなり」

「中佐。儂の娘では不服だと言いたいのか!!」

「モビーユ殿?!落ち着かれよ!」

 

その後は、修羅場だった。

どこから持ってきたのか、ハンマーとスクリュードライバーを俺に振り回そうとするモビーユ殿を必死に説得するロズル。そして、顔を青くしながら断ろうとする俺。

はたから見ていたら笑えるが当人たちは笑えない。結局、俺は半ば強制的に見合いをすることになってしまった。そして、俺は朝から疲れた精神状態で仕事をしなくてはならなくなったのだ。

 

(勘弁してくれ。俺は普通の恋愛がしたいんだ。なのにお見合いって。しかも、相手はハンマー片手に俺を襲いかけた人の娘。・・不安しかない。)

 

女性との出会いを考えていたほんの一時間前までの自分のことなど、既に記憶から吹き飛んでしまっていたリーガンであった。

 

 



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第四十一話 退路無き婚活戦争①

あの朝食雑談から2週間。『ルウム戦役』から大体4か月が経過しようとしていた。

俺は非常に厄介な状況下にあった。これが、MS戦闘や政治上での駆け引きならばいろいろと知恵が回るが、今回は場違いであった。

 

(なぜこうなった?俺は、どこで選択を間違えたのだろうか?)

 

リーガンはそう考えながら目の前の女性二人に引きつった笑みを浮かべるのであった。

 

 

時をさかのぼること2日前。

職務を終えて帰宅しようとしていた俺に、ロズルからの通信がもたらされた。

最初は、例のMAに関する話かと思っていたのだが、内容は全く関係ない内容だった。

 

「中佐。モビーユ殿のご令嬢とのお見合いの準備が整った。明後日、ソロモン要塞内の応接室だ。セッティングも既に完了しているので、スーツなど失礼が無いように!」

「閣下?!当初の約束では半年後と言っていたはずですが」

「ご令嬢側が、軍務で要塞に寄ることになったらしい。滞在時間事態は短いが、1日は予定が空くというのでモビーユ殿が『善は急げ』と半ば強引にそのようになった。」

「止めて下さい!後、軍務で寄られるのですからそのような浮いた話は先方も望んでいないでしょう。それを理由に説得を」

「無理だ。既に、デラーズにも話を通したらしく『私は知りません』と彼から釘を刺された。さらに、令嬢自身の反対も同行者を付けるということで納得させられた。」

 

(おのれ、デラーズ!俺に何の恨みがあるというのだ?!!)

 

俺はそう思いながらも、いろいろ迷惑はかけていることを思い出した。

後輩の件。独断専行。そして、MA開発の根回し等。・・恨み言には事欠かない。

 

「あまり乗り気ではありませんが、仕方ないですね。会うだけあってみます。」

「そうしてくれ。そして、気に入ったならいっそのこと、そのまま引っ付いて」

「閣下、今の会話を奥方にそのまま流しましょうか?」

 

前世でもそうだったが、この後世でもロズルは愛妻家として有名だ。

まだ子供は無いが、奥方の身を気遣う素振りは要塞内では既に周知の事実となっていた。

その家庭にヒビとまではいかなくても、男の威厳はかなり低下しそうな会話である。

流したら、本当に面白いことになりそうだと思う。無論、流す気はサラサラないが。

 

「やめろ。そのようなことはさすがに男の沽券に係わる。とにかく、うまくやってくれ。」

「はぁ。了解しました。」

 

そのような会話があってから、俺は要塞内を駈けずり回ることになった。

服の調達。細かい小道具。礼儀作法の確認。

だが、もっとも困ったのはそんな些細なことではない。もっと肝心なことだ。

 

(その前に何を話せばいい!?俺は、軍人だから女性の好みそうなことなどほとんど知らないぞ。向こうも軍人らしいが、いっそ軍務関連の話で押すか?・・いや、さすがにそれは)

 

結局、マ・グベ調略の際に世話になった同期の友人を頼り、本を手に入れた。

・・ただ、この本は大丈夫なのだろうか。何せ、タイトルがすごい。

何しろ、女性との関係構築の指南書『ソレオとミュリエットの恋路』である。

 

「・・・」

 

無性にいやな予感しかしない。ためしに一文だけ読んでみた。

 

『父上は私と君との結婚を認めてくれなかった。だが、私は君を愛そう!永遠に!!』

『ああ、ソレオ。私のいとしいソレオ!私のすべてはあなたのもの』

 

俺はそれを見て、直ぐに本を閉じた。

そして、迷うことなくそれを備え付けダストシュートの中に放り込んで処理した。

うん。俺は今、世界のゴミと言って差し支えない著作権違反物を処分したのだ。

友人の趣味を脳内から消すためではない。断じて!

 

そして、いよいよ当日となった。

俺としては軍務の延長であったが、一応、ロズル中将がいろいろお世話になっている人のご令嬢である。失礼の無いように対応しよう。

そう考えながら、応接室の扉を開き中に入る。そこには既に相手がいた。

着飾っているが、美しさよりも活発だとわかる顔が目に入る。年齢でいうならガトーに近い気がする。・・本当に、なぜおれなのだろうか?

そして、脇に控える女性に目を移した瞬間、互いに間の抜けた声を出すことになった。

 

「「はぁ?」」

 

俺は、スーツ姿と共に作っていた貌を呆然としたものに崩し、一方の控えていた女性も怪訝な表情といった状態になった。黒を基調にしつつ、目立たないペンダントをぶら下げながら、働く女性のような眼鏡をつけている女性。リーマ・グラハム大佐。

 

「な、なぜ大佐がここに?」

「わ、私は大佐ではない。秘書のリーン・マルレーンだ!」

 

いや、明らかに同一人物である。声、顔、そして、話し方から気配。

これほど似通った人物はいないだろう。

・・とりあえず、俺は本命のご令嬢に挨拶をすることにした。

 

「お初にお目にかかります。リーガン・ロックと言います。わざわざ軍務で忙しい中、時間をいただきありがとうございます。」

 

本来は望んではいなかったことだが、こういう場では女性のことをおもんばかった方がいいと考えて俺は口を開いていた。それを受けて、女性の方も話始める。

 

「養父からお聞きしております。私、ユーリー・アベルマと申します。」

「本日はよろしくお願いします。・・ところで、なぜリーマ大佐がご一緒に?確か、謹慎中のはずでは?」

「何度も言わせるんじゃないよ!私はリーン・マルレー」

「大佐は軍学校からの私の先輩です。今回、養父が手を回して同行してもらえるよう取り計らってもらいました。」

 

俺などはそれだけでも彼女の養父、モビーユ殿にはどれだけコネがあるのかと突っ込みたい。現在、軍の最高責任者になりつつあるデラーズ。さらに、ソロモン要塞守備軍司令官であるロズル中将。

双方に有無を言わせないとか。

そう口には出さないが、とりあえずそこは目をつむり別の話題を乗せる。

 

「しかし、モビーユ殿も苦労してそうですね。リーマ大佐の後輩ということはかなりの腕でしょう?」

「そんなことはありません。ガトー少佐や先輩に比べたら眼も当てられません。」

 

それを聞きながら俺は、リーマに付いてきていたある噂を思い出していた。

リーマが卒業する直前、当時一年だったある女生徒にMSの手ほどきをしていたというものだ。男子生徒などはあり得ないと思ったし、女子生徒などはうらやましがったと聞いている。

そして、この噂には続きがあった。彼女が卒業した後、ある女子生徒がMSパイロット候補として高い成績を出してスコアを塗り替え続けているという内容だった。

その女生徒こそがリーマに直接指導してもらった当人であると。それがおそらく彼女だろう。

 

(うん?ユーリ・・アベルマ?)

 

「アベルマ?もしや、ジーン・アベルマ大佐の」

「まあ、『父』をご存じなのですか?」

「もちろんです。私が軍学校にいた頃の憧れでした。」

 

俺は、転生前の記憶を思い出しながらその名前を反芻せずにはいられなかった。

 

彼女の父は後世において、軍が実戦用MSを開発するために思考錯誤していた頃に活躍していたモビルワーカー(以降はMWと略す)乗りである。当時は、まだMSは試作の域を出ずに軍お抱えの会社で試験が行われていたのだが、彼はMSパイロットの育成プログラムを作ったパイオニアだった。MWと試験中のMSを比較検討し、どのような人材育成を行うべきかを模索、軍学校に論文として公表した。

最初は古参の教育官や校長が露骨に批判したが、ロズルが校長になったと同時にそれをもとにカリキュラムを見直したことから見ても、実に出来が良かったことはいうまでもない。

だが、彼は実に不幸な死を遂げたことでも有名だった。

 

「軍学生の間でも、あの方の死はまさに悲報でした。あまりにも早すぎると共に話し合ったほどです。」

「先輩方のような方たちにそういってもらえたことを知れば、死後の世界で父も喜んでいると思います。」

 

彼女はそういって悲しげな笑みを浮かべていた。

 

 



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第四十二話 退路無き婚活戦争②

 

ジーン・アベルマ。

彼女の父親は死の直前、ようやく花開いた存在だった。

彼は当時少佐で、実力と人望を持っていた稀有な人物であった。もし、今も存命であればデラーズと肩を並べていたと言われているほどだ。だが、彼には運がなかった。

軍学校への論文に対して評価は辛く、それが尾を引いて回りからも疎外されるようになった。

さらに、彼の妻は当時の流行病で寝たきりとなったために、かなり無茶な仕事をしていた。

そして、ある日。彼は路上で息を引き取った。原因は同期であり、彼の友人であった男によって刺殺されたためだ。怨恨であった。

 

もともと、彼が出した論文が参考にされてMS教育カリキュラムが作られたが、ロズルが校長として来るまではその友人の立てたカリキュラムが採用されていた。しかも、それによって軍研究機関へ栄転する話が持ち上がっていたのだ。だが、ジーンの論文が参考に使われることになったため話は流れた。それどころか、彼を絶賛していたかつての軍教官・研究者たちから僻地転属へ追いやられようとしていたらしい。そして、つもりに積もった憤りが爆発し、ジーン殺害へと至ることになった。

当時、ジーン・アベルマは論文採用と同時に少佐に昇進したばかりでようやく妻への薬を工面できると近所に語っていたらしい。しかも、娘を上の学校にやれるとあきらめかけていたことをやろうとしていた矢先の出来事だった。

 

悲劇の後、彼の友人は逮捕され軍刑務所へ送られた。

ジーン少佐は軍への貢献を評価されて戦死と同義の2階級特進が採用。大佐となった。

残された妻と娘には軍からお金が出されたらしいが、妻はショックのあまり一か月後にあとを追うように病死、娘は養子に出されたと聞いていたのだ。まさかそれが。

 

「それが、モビーユ殿のところにいる令嬢だとは知りませんでした。」

「父が亡くなった後、養父が私を引き取って軍学校に入れてくれたんです。感謝してもしたりない恩があります。ですが」

 

彼女は自分の思いを切実に語り始めた。

その先を要約すると、どうやら彼女は今回のお見合いに乗り気ではなかったようだ。

そもそも、自分はMSパイロットとして独り立ちもしていないのに相手を探す暇などは無い。そんな時間があるなら訓練に充てたいと考えていた。だが、モビーユ殿はどうやら彼女に身を固めてもらいたいと考えているようでたびたび縁談を組んだ。

 

「それを見事に撃退し続けたわけですか?」

「私も何度か付き合わされたが、まともなのがいなかったね」

 

リーマが辛辣に相手連中を評価した。

ユーリーもどうやら程度の差はあるが、同感なようである。ただ。

 

(詳しくは聞かなかったが、それなりの実力者ぞろいだったような)

 

「例の『黒い』なんとか連中なんか論外だったね。性格もガサツだし。」

「パイロットとしては優秀な方々ばかりがお相手だったと聞いていますが?一応、シュミレーターで相手をなされたのでしょう?」

「ええ、確かにお強い方々です。さすが歴戦の猛者という感じでした。3人の連携はすごかったです。」

「個々では、あんたにはボロボロだったけどね。」

「先輩、それは言い過ぎです。あれは辛勝でした。」

 

リーマとユーリーは笑いながら、評価を続けている。

恐らく、話題のパイロットとは『黒い三連星』であろう。

三位一体の連携攻撃『ジェットストリームアタック』は有名だ。

先の『ルウム戦役』でも戦艦1隻をそれで仕留めているし、MSの撃墜も一人が3機以上だった。

連携なしとはいえ、単騎でも強いことが記録からもわかる。それをボロボロって。

 

「リーガン中佐ももちろん、お相手してからということになりますので」

「それは避けられないことでしょうか?」

「何なら、私が相手してやろうかね。」

 

その提案には全力で首を横に振った。冗談じゃない。

実質、師弟にあたる二人を同時に相手できるか。やんわりとだが、毒を込めて否定した。

そして、俺は苦いお茶を飲みながら、こめかみに青筋を浮かべつつある女性とそれを面白そうに見ている令嬢二人を見て改めて思った。

 

なぜ、こうなってしまったのかと。

だが、事態はさらに予想外の方向に推移する。それも悪い方向に。

 

「待っていただきたい!そのお見合いに異議あり!!」

 

そのような叫び声をあげて飛び込んできたのは、青に近いであろう色合いのパイロットスーツを着込んだ男だった。そうとうにあわてていたようで汗が額に浮かんでいる。

 

「なんでしょうか?ここは我々が貸し切っていたはずですが」

「承知している。だが、その令嬢は貸した覚えはない。その女は俺のものだ!!」

 

さも当たり前のようにユーリーを指さしながら断定する。

正直、呆れた。彼女はものじゃないぞ。そもそも、あんた誰だよ。

某アニメのキャラクター臭いセリフだぞ。あれか、黄金のサー〇ン〇ですか?

確かに、髪と目つきはそう見えなくはないが。

 

「あんたもしつこいね。モビーユ殿からも接近禁止命令を含む鉄拳を食らってるはずだろうに」

「大佐。お知り合いですか?」

「マ・グベ経由でお見合い相手候補に上っていた男だ。名前は確か・・なんだっけ?」

「大佐とはいえ失礼です。自分は誇りあるジオンの騎士『レニバス・シュターゲン』です!」

 

そういわれ、ようやく思い出した。

確か、ソロモン警備部隊に腕のいいMSパイロットがいると。ただ、同時に性格に難有りとも評価された残念な人物とも聞いていた。そして、その評価に納得した。

 

(なるほど、この性格では仕方ないだろうな。とっつきづらいし、いささか変な方向にプライドが高いようだ。だが、こいつが候補?そもそも、まだ撃退してないのか?)

 

「大佐。ユーリー嬢は彼を袖に振ったのですか?」

「それ以前の問題だ。彼の養父にも先ほどと似たようなセリフを叫んでな。結果、問答無用で破談となった。顔面と脇腹に鉄拳のオマケつきだ。だが、MSによる対戦はしてない。故にあきらめてないらしい。」

「まるでストーカーですね。」

 

一応、正規の軍務でここに配属されているのだからいるのは自然なのだが、恐ろしく運が強い男であるらしい。正直、関わりたくないのだが、そうもいかないようだ。矛先が俺に向いてきたのだ。

 

「貴様がマ・グベの『心友』、リーガンだな。本来は同じ友人を持つ者同士、酒を酌み交わしたいところだが、女をとられて何もしないのは男として恥!いざ、勝負!!」

「そもそも、貴公の女ではないだろう。それに、俺はとってもいない!」

 

誤解も甚だしい上に、妄想が独り歩きしている。

そもそも、マ・グベの『心友』って。

ジオンを支える者同士には違いないがそこまで深い間ではない。

 

(というより、マ・グベよ。お前、友人は選んだ方がいいのではないか?確かに互いに気は合いそうだが、頭のネジが1本どころか2、3本は抜けているような男だぞ。)

 

それにしても、この闖入者に対して俺はどうすればいいのだろうか?

そう考えていたところ、さらなる闖入者がシュターゲンを蹴り飛ばして入ってきた。

それは見るからに筋肉質で鍛え抜かれている色黒の男。髪を短くそろえていかつくまとめられたシュターゲンとは対極にいるような男に見えた。

 

「失礼、妄想に興じるバカがいたのでつい蹴り飛ばしてしまった。すまんな。いや、不要だったかな?騎士にしてはずいぶんと軽くて蹴りやすかったのだから自業自得であったかも知れんしな。」

「な、なんだ貴様!無礼に決まっているだろう。名を名乗れ!!」

「ふむ。では一応、そこの勘違いにではなく他の方々に。私は『キカン・ラカラン』大尉と申します。モビーユ殿のご令嬢と縁を結びたく、ぶしつけながらお邪魔した次第です。」

 

キカン・ラカラン?

確か、ロズル旗下のMS部隊で最近とび抜けてきたパイロットだよな。

それが、なぜここに来るんだ。しかも、なんかさらに厄介な方向に流れているような気がする。

なぜだー?!

 

俺の叫びは、誰にも理解されることなく心を反響し続けるのであった。

 

 




もうじき、シュミレーターを使ったバトル勃発か?
という感じです。後、キカン・ラカランの前世は言わずもがな、『ラカン・ダカラン』ですね。
詳しくは次話にて。


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第四十三話 退路無き婚活戦争③

突然、二人の人間に割り込まれた俺たちはMS格納庫に備え付けられているシミュレータ前にいる。このシミュレータは本来、パイロットの技術向上を目的に常備されているのだが、実はパイロット以外からも好評である。

曰く、『ゲーム感覚で暇つぶしができる』とか。

そういった奴がいるのでパイロット以外からは有料で使用させる方針をとるようになった。それでも利用者は多いので利益を上げているのはどうでもいいことだが。

 

それはさておき、なぜここにいるのか。理由は決着をつけるためだ。

何をとは知れている。俺、シュターゲン、ラカランの三人で誰が相手にふさわしいのかを決めるためだ。俺はどちらでもいいのだが、ロズルとモビーユ殿まで見に来ているので退路が無い。

 

「待っていてくださいユーリー殿!この男どもから私が解放して差し上げましょう。」

「勘違いここに極まれりだな。『騎士』ではなく『奇士』とでも名乗れ!」

「うまいこと言いますね中佐殿。私もこの男の妄想に付き合うのは御免です。・・ですが、モビーユ殿のご令嬢を守るためにも、ここは私がお二方に勝たせてもらいます。」

 

俺を含めて三人がそれぞれ言葉を紡ぐ。

もっとも、俺とラカランは冷静にシュターゲンをこの場から『退場させたい』と同じ思考状態の発言をしているが。そのようなことを言い合いながら、詳しい説明が始まる。

今回、予想外の事態で候補者が3人となってしまった。

なぜ、こうなったのかをモビーユ殿が先ほど耳打ちしてくれた。

 

何でも、キカン・ラカランはモビーユ殿がソロモンに来る前からの酒飲み仲間であったらしい。

ただ、若い方に入るので普段から聞き手になる事が多かったようだ。

そして、昨晩も仕事の後に二人で飲んでいたらしい。その時、つい今日のことを話してしまったようなのだ。そして、モビーユ殿は知らなかったのだが、ラカランはモビーユ殿のご令嬢に対して堅物ともいえるほど遠回しに交際を求めていたようなのだ。

・・ただ、当人はそれに気づいていなかったらしいが。

そんな性格の彼だが、お見合いのことを聞いてぶしつけだと感じながらも思い切ることにしたようだ。ただ、当初はそれとなく会話に入るだけのつもりだったようなのだが、そこにシュターゲンが入っていくのを見たために冷静でいられなくなったらしい。

 

(ああ、気持ちはわかる。自分が懸想している相手にシュターゲンなる『勘違い野郎』が寄り付けばそうなるだろう。)

 

俺はそのように納得してしまう。それほどにシュターゲンが異常だったからだ。

だが、事情は分かっても根本の問題は解決していない。

俺は上からの『命令』だからお見合い事態には参加しないといけない。

シュターゲンは引くなどあり得ない。

ラカランはシュターゲンが関わる以上、引くことはないだろう。

つまり、三者三様に引けない状態になってしまっているのだ。

特に、シュターゲンなどはこのまま有耶無耶にすると暴走しかねない。そこで、シュミレーターによる対戦で決めることになったわけだ。

当初は、互いに総当たり戦でもして決着をつけるかとも考えていたが、事態がこじれると不味いと思いユーリー殿に方法を一任した。

 

その結果、まずユーリー殿が入力した『ある人物』のパイロットデータをそれぞれ相手することになった。勝ち負けは問わないらしい。

だが、評価は脇に控える審査員によって公正に評価され、得点として表示される。

その得点でトップだった者にユーリー嬢との対戦権が与えられるというものだった。

なお、評価は審査員の独断と偏見に基づいている。

そして、問題の審査員は以下の通りだった。・・見た時にはいささか引いた。

 

審査員一同

①ロズル・ザビ中将

②モビーユ・カストナーズ

③ゲン・マツシタ大佐

④ノリス・ファルコン少佐

⑤ジョニー・シンデン少佐

 

 

以上の5名のメンツを見たときに恐ろしく豪華なメンバーだと感じた。

何しろ、要塞指令官とMS整備主任だ。さらに他3人もすごい顔ぶれである。

 

 

ゲン・マツシタは前世のシン・マツナガであろう。前世で名前だけは聞いたことがあるベテランパイロットで輝かしい戦果を挙げていたらしい。ただ、一年戦争後の経過が解っていない一人でもある。

 

ノリス・ファルコンは前世のノリス・パッカードだ。確か、前世同様にこの後世でもサハリン家に仕えていたはずだが、所用でここに来ていたらしい。前世ではアイナ・サハリンの思い人であるアマダ・シローとの戦闘で戦死している。それでも役目は最後まで果たしたまさに職業軍人代表の一人である。

 

ジョニー・シンデンは前世のジョニー・ライデンだろう。この後世においても『ルウム戦役』で敵艦隊追撃部隊の一人としてMSを5機も撃墜している実力者である。

前世でも活躍したエースの一人で、ア・バオア・クー攻防戦でもその実力をいかんなく発揮したと聞いている。

また、俺は実際知らないが、『グリプス戦役』時にも活躍していたとかいなかったとか話をちらほら聞く。ただ、少し思ったことがある。確かに腕は確かなのだが階級が中佐の俺を少佐クラスが審査って問題ないのか。疑問である。

もっとも、俺の思考を無視してシンデン少佐が話始める。

 

「それではさらに細かい補足を。それぞれの機体データは普段利用している自機のデータを使用して結構です。基本的に一人ずつ、シミュレータに入ってもらいます。他に質問は?」

「私はデータと戦う気はない!決闘が最もシンプルなやり方だ。その二人とそれぞれ私が戦えば自ずと誰がふさわしいか証明できる。なぜ、それをさせない!!」

「これは平等な処置ですよ。互いに直接戦うことには私も賛成ですが、今回は訓練でもない私怨絡みに発展しかねないものです。故に、決闘は妥当ではないと判断しました。」

 

(正確にはシュターゲンだけが私怨に走りかねない状態だがな)

 

俺はそう感じているし、審査員もどうやら俺と同意見の者が多いようにみえる。

いっそ、この茶番をやめる方向に持ち込みたいといろいろ思案していたのだが。

 

「それならば、シミュレータを使ったこのイザゴザ自体を止める方が効率的なのではないですか?当事者である私が言うのは変ですが、それが自然に感じます。」

「ラカラン大尉の意見はごもっともです。ただ、モビーユ殿たっての希望でもあり、このような形をとっています。ご容赦ください。」

 

(またか。またなのか、モビーユ殿。お願いですから、これ以上波風を立てるような事態に発展させないでくれ。)

 

俺が思考を乗せて、モビーユ殿を凝視すると彼は親指を上に向けてニッコリ笑うのだった。

俺の思いは伝わらないのかと項垂れるしかない。そして、それを見ていた残りの二人もそれを自分に向けられたものだと思い次のような思いを固めていた。

 

≪シュターゲンの思考≫

お父様が俺に期待を向けてくれている!ユーリー殿にふさわしいのは自分しかいないのだ。ジオンの騎士としてこの試練を乗り切って見せる。そして、どんなデータが相手でも一番は俺だ!!

 

≪ラカランの思考≫

うむ、シュターゲンのバカを揉んでいいといいう意思表示だな。

それともリーガン中佐との勝負を見たいという期待だろうか?

だが、中佐殿とシュターゲンのどちらであろうと俺は勝つ。中佐殿ならば軍人同士、正々堂々と!

シュターゲンとならあの妄想癖修正もかねて徹底的に自信をへし折ってやる!!

 

 

程度の差や方向性は違うが、双方共に微妙に勘違いをしているのであった。

 

 




次話はそれぞれの視点でシュミレーターバトルを書く予定です。


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第四十四話 シミュレータ戦闘(シュターゲン編)

俺は、レニバス・シュターゲン大尉。ジオンの騎士である。

ジオン青銅騎士勲章を先の戦闘でも受勲し、少佐への昇進が確実と言われている英雄。

それが、俺だ。だが、周りの連中が俺を評価しない。俺は、実力も才能も有り、戦果も挙げている。にも拘らず、なぜまだ昇進できないのか。

 

シュターゲンは常にそう考えていた。実力がある分、その怒りはある意味では正当なものにも見える。だが、上役たちからすれば別の理由があった。

 

曰く、性格が極端で指揮官には向かない。

曰く、パイロット適正は認めるが人間としては認められない人格。

曰く、女性に対して変質的で半ストーカーの如きナルシスト。

 

などなど、諸事の理由があったのだが当人はそれに気づいていなかった。

もっとも、気づいていたとしても彼ならば『それは個性だろう!』と声高に叫び、否定をしていたであろうが。とにかく、彼が最初にシミュレータに入ることになった。

彼が現在使っている機体データはグラナダにあるイフリートへの移行を容易にするため、最近送られた量産機の物を使っている。少し前に述べた、グフだ。

もっとも、このグフは彼用の仕様に変更されたものである。

 

グフ(シュターゲンカスタム)

主武装 ヒートサーベル×2

60mmバルカン

肩部グレネード×2

補助 増設バーニア

 

グラナダでの試験で一度試乗してから専用機作成を依頼してあるが、完成品が納入されるのは二週間後であったためそれまでにこれで慣れておくよう言われていたのだ。

グフとイフリートは仕様に酷似した物が多いので移行しやすいらしい。故にそのような処置がとられているということらしい。

 

(この私が、彼女にもっともふさわしいことを見せつけてやるぞ!さあ、どんな相手でもかかってきたまえ!!)

 

シュターゲンはそう息巻きながらシミュレータに入り、画面に見える敵を捕らえる。

そこには一機のザクが映っている。見る限り、改修型であるのは解るが動きが稚拙で手馴れていない相手だとわかる。

 

「一瞬で勝負をつけてやる!彼女にふさわしいのはこの私なのだ!!」

 

そう叫びながら、彼はヒートサーベルを両腕で抜き放ちそのザクに向かって突進する。

それを見た敵は、よろよろした動きで回避運動を・・とらなかった。

先程までのヨレヨレした動きが嘘のように、逆に右肩を全面に出すように突進してくる。

このままだとグフのヒートサーベルが振りかぶられる前に、ザクのタックルが彼の機体胸部を凹ませることになる。

 

「!小癪なマネを。あの動きは演技か!!」

 

シュターゲンは機体を咄嗟にひねりながら、左スラスターだけ全開に吹かせて右へ逃れる。

態勢を立て直さないと追撃が来るため、舌打ちしながらも敵機をモニターで確認し続ける。

だが、その後の敵機の行動は予想した物とは違っていた。タックルをスラスターで止めて反転しようとしているようなのだが、宙返りのように一回転、二回転と攻撃してこない。

 

「・・私が相手しているデータは素人のモノか?・・!!」

 

その様子を見ていたシュターゲンはそう感想を漏らし、同時に憤怒の感情を浮かべた。

先程まで多くの人に見せていた端正な顔などどこにもない。傲慢で怒りに燃える変質的なものが持つ怒りの感情がそこにある。

 

(最初のタックルも、避けるという選択が取れないから全力で前進しただけ!タックル後の制御がうまくいかないから宙返りを敵前でしている事実!!どこまで私を侮辱するつもりだ!!)

 

シュターゲンは60mmバルカンとグレネードを猛然と敵機に向けて発射した。

それを察したのか、あるいは制御不能からくるまぐれによるものか、敵機は宙返りを何とか止め、替わりに身をよじるような錐揉み回転をしている。どうやら無理やり機体軌道を変えた故であろう。だが、何を思ったのか敵は背中にあったヒートホークを右手に持ってそれを器用に投げた。

 

「は、そんな苦し紛れの投擲など」

 

シュターゲンはスラスターを少し吹かせてそれを軽く回避してしまった。

当然の結果と思った矢先であった。それで終わりではなかったのだ。

なんと、敵は左にあったマシンガンまで投擲してきたのだ。しかもオート設定でトリガーを引いた状態で固定してた上で。

 

「な、何?!」

 

無論、投擲されたマシンガンは回転しながらも弾丸を吐き出している。しかも、これまた器用にこちらに向かいながらだ。

さすがに、シュターゲンも焦ってしまった。当然と言えば当然だ。

人が乗って狙いをつけている武器であれば予測での回避も可能だ。しかし、無差別に弾丸を吐き出す武器にそんなものは通用しない。

 

「なんと非常識な!自分にあたる可能性も高いのに。だが、私を落とすほどでは」

 

そう叫びながら、何とかマシンガンの弾丸を避ける。肩と左足に若干の命中があるが致命的なほどではない。そう分析している時、目の前に敵機が迫ってきていた。

完全に、シュターゲン十八番の超接近戦をとられてしまうほどの位置に。その結果、彼は敵機のヒートホークを機体に受けることになった。

 

 

結果だけ言えば、シュターゲンは勝った。ヒートホークによる損傷でかなり危機的な状況に置かれたが、逆にその距離を維持してヒートサーベルを二閃左右から挟むように叩き込んで真っ二つにした。だが、シンデン少佐はこの戦闘を訝しみ、ユーリーにつぶやく。

 

 

「・・ユーリー殿。データを変えましたね?私の聞いたデータと違っているようにみえますが」

 

シンデンは事前にユーリーから相談を受けていたので誰のデータが使われるのかを知っている。

だが、あの動きは似ても似つかないものだった。それ故の質問である。

ユーリーも相談なしだった事に反省しているようで、簡単に謝罪した。

 

「申し訳ありません。あの人だけは諸事情があり、こちらで用意した別のモノを使いました。ですが、他のお二方は事前にお話ししたデータを使います。」

「ちなみに、誰のデータをシュターゲンにぶつけたのですか?」

「軍学校で先輩に教わった直後の私のデータです。学校から拝借しました。今見ても恥ずかしいくらいお粗末ですが。」

 

ユーリーとしては、相手にしたくない者筆頭であったシュターゲンを自分の手で叩き潰したいと考えていた。だが、同時に戦うことすら嫌だという微妙な精神状態でもあった。

そこで、過去の自分と疑似的に戦ってもうらことにしたのだ。

結果として、シュターゲンは勝利したが審査員の評価はかなり辛い。

彼女としては彼に負けてほしかったが、一応、十分な成果は出したと自身を納得させた。

その様子を見ていたシンデンは改めてユーリーに確認してくる。

 

「後のお二方の相手は本当に『あれ』でいいのですか?」

「はい。是非お願いします。」

 

ユーリーは他の二人の実力を正しく図るためにもそう念を押した。

さすがに、シュターゲンのような私情は持ち込むまいと決めているようだ

シュターゲンに関しては自業自得であるから、シンデンは笑みを浮かべるだけでそれを了承した。

 

 

シュターゲンの戦闘を見ていたラカランとリーガンはそれぞれ違った顔をしていた。

ラカランは声まで出して笑い、リーガンは引きつった笑みを浮かべながら考えこんでいた。

 

ラカランとしては単純にザマミロという思考である。確かに勝ちこそしたが、評価としては最悪と言っていい。最初に油断したうえ冷静さを欠き、激昂して突出した。あまつさえ、敵の奇行への対処が遅れて結果として無駄な損傷を受けてしまった。笑う以外ない。

一方、リーガンの方は実に真面目な疑問があった。

彼の知るシュターゲンより弱いと感じたのだ。詳細を知るわけではなかったが、前世の彼は今少し小賢しい戦いができたはずだし、激昂したとしてもそれを良い意味で生かし切れていた気がする。

 

(EXAMシステムの補正によるところが大きかったのかな?あのシステムはかなりの性能だったと聞いているし。実際の彼の実力はこんなものなのかもしれない。)

 

そうリーガンは自分を納得させた。

そう考えると、前世でなぜシュターゼンはEXAMに固執したのかが解る。

ようは相手にシステムを使われると負ける可能性が高くなるとどこかで感じていたのかもしれない。それが、彼を強硬な行動に走らせたとも考えられるのだ。

もっとも、今となっては真実は闇の中であろう。そして、そう考えている内にシュターゲンと入れ替わるようにラカランがシミュレータに入っていく。

お手並み拝見とリーガンはモニターを改めて眺めるのであった。

 

 

 




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第四十五話 シミュレータ戦闘(ラカラン編)

私は、キカン・ラカラン。誇りを重んじるジオンの軍人である。

このソロモンに赴任する前から、私はユーリー嬢に対してひとかたならぬ感情を持っていたと今では思える。

もっとも、当時の自分はそれに気づいていなかったと思うが、今ではそれがはっきりとわかるのだ。

彼女と初めて会ったのはモビーユ殿の邸宅で飲んだ時だ。

当時、ロズル閣下傘下の『宇宙襲撃軍』に配属されたことを祝うということでお呼ばれされ、それに甘えたのである。丁度その頃、ユーリー嬢が一時帰郷している時だった。

活発な態度と性格に振り回されることが多かったが、充実した時間を経験した瞬間だった。

それから、折を見ては『贈り物』と称して『MS操縦概論』や『MSレポート』などを届け、会う機会を作っていた。

 

(今考えると何とも遠回しな方法だった。あの頃に思い切っていればシュターゲンなる半ストーカーを近づけることもなかった。)

 

ラカランはそう考えながらも、目の前のことに集中することにした。

先程の戦闘からもわかるとおり雑念は腕を鈍らせる。

人間性には問題が多いがシュターゲンはパイロットとしては優秀な方だ。だが、冷静さを欠き結果として実力以下の能力しか発揮できなかった。同じようになるのは御免である。

 

そして、画面が起動し自分が相手する敵機が見える。機体は先ほどと同様なようだ。

だが、色が違う。通常のザクは改修型でもグリーンで統一されている。それにも拘わらず色がピンクに近い赤でまとめられている。

 

「見た目で性能が上がるわけではない。」

 

ラカランが駆る機体もザク改修型の指揮官バリエーションの一つである。

基本性能は通常改修型と変わらない。だが、後発配備されたドムやグフなどの機体が持つ装備を組み込み可能な点が最大の違いとして多くのパイロットたちから羨ましがられている。もっとも、携行武器・オプションの選択が増える程度とラカランなどは考えていたが。

ちなみに、彼の機体は以下のような武器選択となっている。

 

 

ザク改修型(ラカランカスタム)

主武装 ヒートホーク

120mmマシンガン(弾倉増設済み)

左腕内臓型ヒートロッド

補助 360mmバズーカ(弾倉簡略型)

 

 

本来、主武装にあたる高威力の360mmバズーカをラカランは背中にマウントしているが、あくまで補助と割り切って弾薬を最小限にしている。今回も2、3発程であった。

もっとも、近・中距離に関してはかなり充実しており、明らかな対MS戦闘に特化した仕様となっていた。

 

ラカランは目の前の『赤い機体』に対して120mmマシンガンを撃ち放つ。だが、自分から積極的に飛び込もうとはせずに相手の出方を見ている。

相手はその攻撃を右に移動しながら同じマシンガンで撃ち返してきた。

だが、ラカランからすれば当然とるであろうと予測できた行動だったのですぐに補助のバズーカを空いていた方の腕で構えて一発撃つ。

理詰めで相手の行動を予測し、相手が回避進路に乗ったのを確認してそこに火力を集中する。

虎の子の三発の一発を即座に使ったのはそのためであった。

だが、相手はそれを避けた。さらに驚いたのは動きに一切の無駄が無い事だ。というよりも

 

「!なんだ、あの速さは。通常なら機体Gでものすごい負担がかかる速度だぞ。それを当たり前のように。」

 

ラカランは驚きをあらわにするが、それどころでないことに気付いた。

相手は避けながらも自分に向かってきている。

しかも、先程自分が評した『負担がかかる速度』でだ。ラカランは必死に機体を後退させる。

だが、そもそも速度が違う。無論、彼の機体でも同様の速度は出せる。

だが、恐らくシュミレーター内で失神という事態を覚悟しなければならない。

無論、そんなことをすれば審査員の評価は最低である。

 

「確か、戦闘前に確認した範囲では後方に小規模ながらもデブリがあったな。」

 

彼は咄嗟にそこに紛れて狭い空間での近接戦に勝機を賭けることにした。

そう判断したからこそ、思い切ったことができるようにもなる。

ラカランは残っていたバズーカを全弾相手に向けて放つ。

直撃は狙わず時限信管で放ち、敵の進路前面に破壊を含んだ光の壁を生み出す。

だが、それでも相手に追いつかれると感じたので、彼はさらにバズーカ自体も投擲してそれを120mmマシンガンで打ち抜いた。

バズーカ程ではないが、その破壊によって小規模ながらも先ほどと同様の壁を造ることに成功し、なんとかデブリの中に紛れることができた。

 

「・・ふぅ、危なかった。だが、なんて速度で機体を操るんだ。あんな速度で機体を操れるパイロットがいるのか?」

 

ラカランはそうぼやきながら武器を確認する。

マシンガンは残弾が心許ない。バズーカは喪失した。それを確認し、彼は右腕にヒートホーク。左腕を無手にした。

もっとも、左腕は内臓型のヒートロッドがあるのだから実際は無手ではないが、相手はデータなのだから知るはずもない。何とか接近戦にすればまだ勝機を見いだせる。

そう自分を鼓舞しようとした矢先、機体接近を告げるアラームが鳴り響く。

 

「どこだ、何処から来ている!」

 

そう言葉を紡いだ時、真下からすべり込むように先ほどの赤い機体が自身の画面前に現れた。

そして、同時に凄まじい衝撃を受ける。

 

「ごふっ!」

 

その機体は胸部部分に対してキックを叩き込む。衝撃は凄まじく、ラカランは吐きそうになったが、それを必死に抑え込む。だが、敵機は手を緩めない。

ラカランは目の前でヒートホークを構えて突っ込んでくる相手を見て、咄嗟にヒートロッドを近場のデブリに伸ばしそれを引き戻す。

それによって機体がわずかにデブリ方向に手繰りよることになった。

本来の使い方ではなかったが、結果的に敵の攻撃を避けることに使えたのは咄嗟の思いつきだった。もっとも無傷とはいかなかった。

 

「両足を持ってかれたか。」

 

コックピット部分を持ってかれなかっただけましだが、損傷が激しすぎる。

だが、もはやことこの段になると小細工は無駄だ。もはや選択肢は少ない。

武器をフルに使ったバンザイアタック。もはや勝てる状況ではないと彼は自身を分析し、まだまだ自分は彼女に似合う男になれていないのかとため息を漏らした。

 

 

 

一方、それを見ていたリーガンはそれが誰のデータかを察していた。

 

「間違いなくあれはブリューナクのもんだよな。前世の『赤い彗星』」

 

アレと後で自分も戦わないといけないのかと考えると血の気が引いてしまう。

戦闘を見るにラカランは強い。自分と互角かそれ以上かもしれない。だが、相手はそれ以上だった。周りの野次馬などからは『通常機の三倍以上の速度だぞ』とか『あんな化け物が居る訳ない』とか言っている。だが、居るのだ。しかも自軍に。

 

「しかし、シュターゲンとの戦闘と全然動きが違うな。・・データが違うとしか思えない。」

 

リーガンはそう思いながら審査員を覗き見る。

ロズルなどは憮然と目を閉じているし、モビーユ殿は呆けている。

残る3人などは苦笑いだ。特にシンデンなど在らぬ方を向いている。

 

(ごまかすつもりですか。はい、そうですか。・・後でしっかり説明してもらおう!)

 

俺がそう考えた時、戦闘が終了したようだ。

見るに、ラカランの機体はボロボロだった。両足だけでなく、モノアイ部分にマシンガンの重心が突き刺さっているし、胴部分にはヒートホークがめり込んでいる。

一方、敵機の方は左腕の方にヒートロッドが巻き付いているのが見え、その部分が摩耗しているのが解るが致命的な損傷ではないだろう。

 

ラカランの負けであった。

 

 



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第四十六話 シミュレータ戦闘(リーガン編)

そして、最後は俺の番となった。

正直言って、俺は他の二人ほど積極性に欠けるし、帰りたいのだが引くに引けない。

そして、シミュレータに入り。自身の機体データを入れる。それを読み終えたシミュレータが戦闘開始の合図を告げた。

ちなみに、俺の機体データは後輩改良のリックドムモドキにしている。

今の乗機であるゲルググも捨てがたかった。だが、試験終了後に返却する可能性が出てきているので、しぶしぶ『モドキ』の方にしたのだ。

それに、前向きに見れば武器の豊富さではこちらのほうが多角的な戦闘が可能でもある。

 

最初は、ラカランの戦闘に近い形になった。

距離を保ちつつ、俺は110mm機関砲を牽制として撃つ。

そもそも、俺などは、MS戦において中・遠距離で敵を仕留めることが最もリスクが少ないと考えている。その点から言ってもラカランの戦法は俺に近いものだった。

もっとも、少し前のこの機体ではこの戦法が難しかったのも事実だ。

 

(暴発が解消しただけで、戦法の幅が一気に広がったな。今後もいろいろ試さないと。)

 

俺はつい、そう呟いてしまった。

『ルウム戦役後』、各種の技術改良に伴ってようやく暴発問題を解消した110mm機関砲。それによって可能となった戦法は多い。リーガンにとってはうれしい誤算である。

だが、敵機はそれを避けながら突進してくる。ラカランもかなり速かったが、その比ではない。

 

「そう、易々と距離を詰めさせない!」

 

俺は、機関砲をさらに乱射するがやはり当たらない。もっとも、俺の腕では仕方ない側面はある。

そうなると、ラカランが先ほど見せた戦闘を見習うべきだろう。

後々、シュターゲンなどはうるさいだろうし、ラカランもいい気分ではないだろうが。

 

「評価は落ちるかもしれんが、やはり戦法は理に適う。」

 

そう言って、俺は機体を後方に向ける。そう、先程のデブリ帯だ。

もっとも、ラカランのような自決か特攻覚悟の『バンザイアタック』にならないよう、いろいろ考えはあるが。

俺は、機体を無理やり最高速度にしてデブリへ突入する。

リミット解除前と比べると体にかかるGが凄まじい。だが、速度は飛躍的に上昇したのが解る。

 

(我が後輩による機体改良、やはり優秀なんだよな。分解しないし。)

 

俺はそう独白した。覚えている者はいるだろうか?

この『リックドムもどき』に積まれたバーニアは俺が後世に来る直接要因になった事故機の物をそのまま用いている。

一応、リミッターがついているのだが先の『ルウム戦役』では怖くてリミット解除ができなかった。その異常なまでの加速力を用いて敵機との距離を無理やり稼ぎ出すことにしたのだ。

そして予想通り、俺はデブリ帯への突入に成功した。

その直後、俺はマウントさせていたバズーカを構えながら敵機を待ち構える。

しかし、敵機は正面からではなくこちらの機体下方から急速に接近してくる進路をとったようだ。

警報がそれを知らせる。だがその瞬間、俺はニヤリと笑った。

俺にはうすうす分かっていたのだ。多分、こう来るのではないかと。

 

(生身の人間ならば攻め方が急激に変わったりすることもあるし、これが前世のシャア自身ならば先ほど見せた方法と全く同じ戦法はとらなかっただろうな。だが、『データ』は所詮『データ』でしかない。特定条件を無理やり作ってやれば予想通りに動いてくれる!)

 

俺はそう心で考えながら即座にバズーカを連射モードで撃ち込む。

狙いから左右一メートル間隔で1発ずつ、計3発が敵機を狙う。

普通ならこれで撃墜だろう。だが、敵機はそれを躱してのけた。それも速度を緩めずに機体をバレルロールさせながらだ。この動きにも俺は覚えがあった。

 

(しまった!初戦のガンダム戦で見せた動きの一つに似たようなものがあると聞いていたが、まさかここで使ってくるか!!)

 

俺の焦りを見透かすように敵機が俺の機体正面に躍り出る。この態勢ならばヒートホークを使用するには近すぎる。ならばあり得るのはやはり。

 

「キックか。みすみす食らうか!」

 

俺はコックピット部分をカバーするように両腕をクロスさせてガード姿勢をとる。

しかし、敵機の行動は予想と少し違っていた。

確かにキックには類似しているのだが、コックピットではなくこちらの頭部を蹴り上げてきたのだ。

 

(おい!そんな動きは見たこともないぞ。あ、この後世でのブリューナクがしたことでもあるんだろうか?だとしたら納得だが。ただ、現時点で前世シャアと同等がそれ以上の腕に達してる?!)

 

俺は弾かれた機体を立て直したが、敵機の攻撃は終わっていなかった。

既に120mmマシンガンをこちらに向けていたのだ。非常にまずい。

敵のマシンガンが火を噴く直前、俺は無理やり機体を動かしデブリを足場に急速移動した。

前にブリューナクがしていた動きだ。また、前世のシャアやフロンタルも用いていた動作でもある。おかげで何とか回避できた。だが、俺はこの時失念していたのだ。

目の前にはデータとはいえ『本家本元』がいることを。

俺はお返しとばかりに機関砲とバズーカを撃つ。だが、敵機は急激に進路を変えながらこちらに接近してきた。デブリを足場にしながらの機動である。

 

「うお。やはり本家は速い。」

 

接近した敵機への射撃は無理と判断して俺は、ヒートサーベルを抜きざまに振る。

どうやら敵機もヒートホークを構えていたようで双方の武器がぶつかった。

双方の武器がぶつかるノイズと機体同士がそれを支えあう機械音が響く中、俺は切り札を切った。

 

「トライブレード射出!」

 

胸部に内臓されていた『ヒート式投射ノコ』、俺は『トライブレード』と呼ぶ武器だ。

我が後輩が前世兵器に似せて作成するも、射程距離と命中精度の問題から使い勝手は難しい。だが、先の戦いでそれにさえ注意すれば高い破壊力を持つことが立証された。しかも、この距離ならば外す可能性は少ない。

ツンザクような音を振りまきながら刃を回転させて敵機に向かうヒートノコは敵機へと食い込んでいく。だが、その途端に画面が真っ暗になった。正確にはその前に衝撃が機体を襲ったように感じたが何が起きたかは理解できなかった。ただし、負けたということは辛うじて感じることはできたが。

 

 

その時、何が起きたかを正確に理解できたのはラカランやシュターゲンなど『第三者』として戦闘を見ていたパイロット達であった。

近接武器同士でせめぎ合っていたところに、ゼロ距離でマシンガンの銃口を押し付けてマシンガンを斉射されたのだ。それは、ヒートノコ射出とほぼ同時であったが武器の特性上、マシンガンの方が先に直撃し、コックピットがつぶれた。

結果、敗北判定を食らったというわけである。もっとも、ヒートノコが当たっても『勝敗は動かなかったかもしれない』とリーガンならば言っただろうが。

 

「実質は相討ちか?」

「いや、中佐殿の完敗であろうな。本来はデブリに入ってきた直後の攻撃で仕留めるつもりだったのだろう。それでもたいした人だがな。」

「ふん。俺は認めんぞ!ユーリー嬢は俺がもらうのだ!!」

「・・限りなく不可能だと思うぞ。」

 

二人は戦闘についての考察を行いながら、審査員が自分達をどう評価するのかを思案するのであった。

 

 




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第四十七話 丸く収まる?

俺が戦闘を終えてから既に30分が経とうしている。だが、まだ結果が出ないようだ。

さすがに、周りも早くしろと囃し立てている。

 

「いつまで待たせるのだ!一番は私に決まっているのだからいまさら何を話し合う。」

「その自信はどこから湧いてくる?」

「同感だ。少なくとも先ほどの戦闘ではそんな自信がわき出るとは思えない。」

 

俺とラカランがそういってシュターゲンを黙らせる。正直、この男と並んで待つのも苦痛なのだ。

早く済ませたい。それが無理でも、とりあえずこいつから離れたい。

 

「待たせてすまない。協議は難航したが結論が出た。」

「正直、納得してないものもいるが已む得ないと理解してもらう」

 

協議から戻った、シンデンとロズルが各々意見を口にした。

しかし、いったいどういう協議だったのだろうか?

 

(俺が思うに、シュターゲンはまず無理なのは確定のはずだろう。そうなるとラカランということになる。俺は彼の戦い方を応用していたからそれほど評価が高くないはずだし。)

 

そのように考える俺をしり目に、審査員たちが話を続ける。

 

「結果をいう前にあえて言っておきたい。今回、理由はどうあれ三人のパイロット技術がやはり優れているモノであると改めて確認できたのはうれしかった。故に、今回の結果も今後の成果につなげてくれることを願う!それでは結果を出そう。」

 

そう言って、ロズルが指示を出すと先ほどまでシミュレータ戦闘を映し続けていたスクリーンにそれぞれの得点を挙げていく。

 

シュターゲン = 45点

ラカラン   = 70点

リーガン   = 70点

 

それが表示された時、かなり甘くつけてくれたものだと俺は審査員を評価した。

実戦であれば俺もラカランもおそらく落第点および撃墜だ。シュターゲンなどは遠距離からの狙撃で撃墜という珍事で落ちかねない。

だが、シュターゲンは納得がいかなかったようでものすごい形相で叫び始める。

 

「ふざけるな!!この私が最下位だと?どんないかさまをしたのだ?」

「正当な評価だと思うぞ。甘んじて受け止めるべきだ」

 

シュターゲンに対してラカランが落ち着いた声で自制を促すがどうやら無駄だったようだ。

さらにまくしたて始める。正直、独りよがりにしか見えないほどの醜態だ。

さすがにそろそろ無理やりにでも止めるべきかと思っていると、ロズルが歩みよっていく。

いかつい顔をさらにいかつくしながら。

 

「シュターゲン。ソロモン守備軍司令官として君に謹慎処分を言い渡す。罪状は風紀を乱したこと、さらに同僚から部下への暴行・暴行未遂の申し立てもあった。詳しく調査するのでしばらく自室での謹慎を言い渡す。なお、それに伴ってユーリー嬢への接近も禁止する!以上だ。」

「な、なんですと?!」

 

さすがに、それには俺も驚いた。イカレタ性格だと思っていたが、まさか部下に暴行しているとは。もし、ユーリー嬢がシュターゲンと付き合い始めたらどうなったか考えるだけで怖い。

 

「わ、私はそのようなことは決して」

「それは監査の連中に言いたまえ。戦時下でなければ本国送還・投獄もあり得る罪だ。恥を知りたまえ!!」

「同感だ。潔くしろ。」

 

ロズルとラカランが狼狽えるシュターゲンを言葉でねじ伏せながら憲兵にその身を引き渡す。

いつの間にかかなりの大事になってしまったような気もするが、気にしない方がいいのだろうか?

 

「司令?いささかやりすぎの処置では」

「暴行に関しては監査部の連中がかなり前から目をつけていたのだ。今回の騒動をかたずけるついでに終わらせただけだ。処置は間違っていたとは思えない。」

 

そうロズルは言うのでこれ以上はあえて言わないことにした。代わりにもう一つのことを解決しておくべきだろう。

 

「しかし、私とラカラン殿が同点なのですがこの場合はどうなるのでしょうか?」

「改めて二人での一騎打ちで決めればよいだろ。」

「中佐。失礼ながら私は辞退させていただきます。」

 

ラカランは直立不動の姿勢からそうはっきりと言葉を発した。

俺としては先を越された感があった。俺がいうつもりだった言葉そのままだったのだ。

 

「よいのか?チャンスはまだあると思うのだが」

「先の戦闘で自分の未熟さを実感しました。こんな私はお嬢様にふさわしくありません。」

「それは私も同様ですよラカラン殿。私などはあなたの戦い方を参考にして」

「それは軍人としては当然です。使える物を使わなくては生きていけないのが戦争。そういう意味ではリーガン殿はそれを見事に実践していました。私などは先のシュターゲン戦の敵を見て奴の長所を自分の戦闘に取り込もうとはしませんでした。できていれば今少し状況が違ったかもしれません。」

 

それはどうかわからないが、使っている機体特性を考えると一部それは当てはまる。

ラカランカスタムにはヒートロッドなどの近接戦異存の装備もあった。あえて序盤に突出してしまうのもいい手だったかもしれない。敵の機動力を奪えた可能性もあるのだ。

ラカランはそう考えていたのである。

 

「ですので、私は辞退させていただきます。どうかユーリー嬢にふさわしい方になってください。」

「いや、ちょっと待て!私は」

「よかったではないか。守備軍司令官として君を押した儂は鼻が高いぞ。ガッハハハハハ!」

 

完全に話を聞いていない。何とかせねば既成事実化される。

俺は、ユーリー嬢へと話を振った。

 

「ユーリー殿は私があなたにふさわしいと思っているのですか?」

「・・・」

 

彼女は無言だ。正直ショックだが、この場合は仕方ない。

だが、好転しかけていた状態がリーマの一言で初期化されてしまう。

 

「二人とも。言葉ではなく戦闘で語りあった方がよくないかい?もともとそういう話だったはずだよ。」

「リーマ大佐!軍でも人柄としても彼は一押しの」

「ロズル中将。それを決めるのは私たちじゃないと気づくべきだね。ユーリー、やるのか?やらないのか?はっきり決めな。」

 

そう言われたユーリーの目は、先程会話を振られた時の年頃の女性としての目ではなかった。

あの時は、迷いがあったことが見て取れたのだ。だが、今ではそれが完全に消えている。

それは、軍人が強敵と戦う時に見せる独特のもの。

強いて言うなら、『獲物を見据える目』に変化していた。

 

(一先ずは丸く収まったというべきなのだろうか?いや、俺以外のことはだが。)

 

リーガンはそう心でごちるのであった。

 

 

 

一方、自室での謹慎を言い渡されたシュターゲンは怒り狂って部屋を荒らしまわっていた。

正直、みっともない。だが、彼はそれにすら気づいていなかった。

そんな彼だからこそ、『彼ら』が接触してきたのだろう。消えていたはずのTV画面がひとりでに作動したのだ。

 

 

「ふん!ついに故障したか?これだから駐在用設備は」

 

シュターゲンはそう言って電話を取ろうとしたが、声が聞こえてきたためにそれを思いとどまることになった。

 

『随分と荒れてるね?それほどにあの小僧が憎いかい?それともあんたの実力を正しく評価しなかったあの脳筋どもに対しての憤りかい?』

 

正直、その両方であったが彼としてはその見透かしたような言葉が神経を逆なでした。

 

「どこの誰だ!俺の部屋を盗撮・盗聴とはいい度胸だな。監査の連中に」

『信用を失ったあんたの言を誰が信じるかね?それに、私は君の味方として相談したくて声をかけているのだよ』

「相談?姿も現さずに声だけで俺に語りかける奴が何をいう。」

『少し冷静になるべきだ。私と君は似ている。実力を正しく評価されず、信用を失い、無為な時間に置かれている。悔しいだろう!私も同様の立場だからこそ君が理解できる。』

 

ほんの一瞬だが、怒りの感情がノイズ交じりの画面から放たれる言葉から垣間見えた。

シュターゲンとしてはこのような怪しい接触をしてくる人間は信用できない。しかし、言っていることは理解できた。

 

(確かに、俺が何を言っても現状では誰も俺のことを信用してくれないだろう。戦場で手柄を立てようと、この性格が回りから不快だと認識され結局孤立する。誰か知らんがこいつの言っていることは正しい。)

 

シュターゲンはそう考えると先ほどまで怒り狂った感情を急激に冷却させた。

信用を失ったのなら別のモノを得よう。無理解な連中の信用などいらない。少なくとも俺を理解しようと手を差し伸べるものがいるならそいつの方がまだしも俺をわかってくれている。

 

「相談といったがそれは互いのためになる『相談』と考えていいのだろうな?」

『その通りだ。やはり君は私という人間をすぐに理解してくれたようだ。いずれは面と向かって話せる日も近いだろう。』

 

彼かそれとも彼女か?

性別・姿もわからない相手に対してシュターゲンは急激に接近していく。

確かに事態は収まりつつあった。ただし、リーガンが考えていたものとはその様相は違っていた。

それが表面化した時、リーガンをはじめとしてこの件にかかわった全員が、『あの時にどうすればよかったのだろうか』と己に問うことになるのである。

 

それは遠くない将来に起きる事件の切っ掛けであった。

 

 



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第四十八話 暗躍する他勢力

リーガンが色濃い沙汰に巻き込まれていた一方、アナハイムの現代表であるヴォルダー・カーネル社長は現状の情勢を冷静に見つめていた。

連邦からは金銭や政治的な譲歩を受けて、物資の融通などをしてきたが、最近は採算が合わなくなってきている。サイド2との協力維持もかなり綱渡りで余裕がない。

 

(むしろ、ジオン勢力下のサイドとの取引が一番順調だ。今までは中立を盾にして各勢力に融通してきたが大規模な方針転換が必要かもしれない。)

 

カーネルはPC画面上の試算した勢力状況を見ていた。

技術面などは視野に入れていないが、かなり状況は変わりつつある。

アナハイム社の統計によれば、当初の戦力比3:1はもはや見る影もない。

現在は、連邦とジオンの戦力比は6:4。数値的には連邦がいまだに優位を維持しているが、それも表向きだ。実際は拮抗状態である。

しかも、連邦内での派閥化をまとめるとより細かくなる。

連邦内では、内部勢力が4:3:3という比率に別れつつあるのだ。

リターンズ派(4)、中立派(3)、クレイモア派(3)と大まかに別れてきている。

無論、細かい考えでは違うところもあるが、戦時下であるために表立った分裂には至っていない。

それ故に、内戦は起きていないが一触即発の雰囲気が立ち込めている。

 

(ジオン側との関係を良好にしておく必要があるかもしれない。サイド2を通じた裏取引でジオン側からのイメージはあまりよくない。ここは、向こうへ恩を売っておく必要があるかもしれん。)

 

試算を確認したのち、彼はPC画面を閉じつつ秘書を呼びつけた。

電話の一本でもすむ問題かもしれないが、控えている部屋は隣だ。

彼としては思考の整理もかねている。

 

「お呼びでしょうか?」

「うむ。実は、グラナダにいるジオン駐留軍を通じてサイド2経由の案件を穏便に収める手筈を整えてほしいのだ。」

「穏便にですか。この状況では向こうが受け入れるとは思えません。それ相応の譲歩、または賠償に相当したものを求められます。愚の骨頂です。」

「言葉や態度は基本的に変えるつもりはない。ただ、貿易におけるチェック体制が甘かったことにして落としどころに持ち込めと言っているのだ。」

 

フォン・ブラウンでは各サイドをはじめ地球に対しても一部物資の輸出入を行っている。

一部でもそれは膨大なものであり、利益となる。

無論、その数は大小さまざまで全体の監視・把握は困難である。もっとも、不可能ではないのだが予算・人員がかかるのは事実だ。だからこそそれを口実、あるいは暗黙の了解として向こうに伝えるようにしろとカーネルは秘書官に言っている。

 

「それでも、何らかの譲歩を求められるでしょう。さしずめ情報か技術面でしょうか」

「例の『ムーバブルフレーム』に関する情報か『リターンズ』の新型機開発計画の現状などはいい材料だと思わないか?」

「『リターンズ』の件はそうですが、『ムーバブルフレーム』の技術はかなり有用な技術です。みすみすタダで教えてやることは」

「何もそのまま教えるとは言ってない。あくまで、そういう技術が既に完成しているということを教えてやればいい。向こうの技術者はかなり優秀らしいから、理論を知れば必ず短期間で実用化するだろう。」

 

そうなれば、ジオン・連邦を問わず物資の必要性はさらに増す。

月から産出される鉱物資源は膨大であるから、両者がMS開発を加速させればその分、貿易は増大することになる。その上、ジオン側との溝もかなり埋められる。まさに一石二鳥だ。

 

「わかりました。そのような方針でグラナダと接触を持ってみます。」

「ああ、頼んだぞ。」

「それとマリアレス教会のガガチ殿への支援はいかがなさいますか?」

「全くなしというわけにはいかんだろう。しばらくは資金面だけの支援にとどめる。」

「了解。」

 

連邦内部での派閥争いによる混乱。それに乗じたフォン・ブラウンの方針変更。

事態はさらに動こうとしていた。

 

 

その一方、先の紛争に介入した聖マリアレス教会では支部長と総大司教であるガガチが集まって今後の方針を話していた。皮肉にもそれはジオンの円卓会議と非常に似た光景だ。

 

「先の戦闘介入は一定の成果はあげましたが、我々の存在を露呈させかねない物でした。」

「だが、近年発言力を増しつつあるジオンの増長を牽制するためには連邦が必要以上に弱体化してもらっては困る。それでは我々の『計画』が根底から崩れかねん。」

「サイド3にいる『協力者』は使えんのか?」

「今のあの人にはそれほどの影響力はありません。今は死にゴマでしょう。ですが、今後の状況次第では彼らを内部から崩すための切り札になるかもしれません。」

「『聖戦実行局』の連中はなんと?」

「新型MSの開発は順調らしいが、量産化はまだ先とのことだ。」

 

『聖戦実行局』。聖マリアレス教会内では兵器開発を行う部署である。

とくに現在では、ジオンを圧倒するMS開発を重点的に進めている。その成果の一つが先の戦いで活躍した『クロス・ジャスティス』であった。

もっとも、局の者たちにとってはコストが高いために量産は不可能とされる欠陥機ではあったが。

 

「量産向けの機体は別途開発中とのことです。期待して待つ他ないかと」

「それでは遅すぎる!憂国航路局などでは既に成果が出始めているのに」

 

『憂国航路局』は戦艦をはじめとする艦船建造を中心に行う部署だ。そして、既に反抗に備えた戦艦・輸送艦建造は順調に進んでいる。

先の戦いでもその一隻が兵員回収に導入されている。

 

特務艦『ファントムクロウ』と呼ばれる戦艦である。

MS収容デッキが6。高火器搭載と隠密任務を想定したステルス特化仕様として建造された船である。様相はマゼランに似ているが、ブリッジが上下にそれぞれある設計となっている。

前世の『サダラーン』の上甲板部分が下方にもあるような感じだ。

 

そのような一向に収束する気配がない議場に静かな声が響いた。この議場で最も権威ある人間の声。ガガチ総代司教の声である。

 

「我々の悲願である理想国家建設が成就する日は近い。だが、まだその時に非ず。力を蓄え待つのだ諸君。さすれば神はおのずと流れを我らに与えるはずである。」

「ガガチ総代司教!」

 

予言をいうようにガガチは言葉を乗せて他の教団員を説得する。

だが、その内容はテロリストが地下に潜伏するときの考えと非常によく似ている。

もっともそれに気づくものはこの議場にはいなかった。

 

 

 

そのようなことが水面下で企まれていることとは露知らず、俺はついつい現実逃避気味に思考を練っている。それは、この世界と前世のことだ。

後世と前世において最大の相違点として挙げられるのは並行して存在する勢力の多様さが挙げられる。前世では単純に『ジオンVS連邦』の図式であった。完全な二極構造である。

だが、この後世においてはその様相が劇的に異るのだ。

ジオン、アナハイム、聖マリアレス、連邦正規軍、クレイモア、リターンズと勢力分布は多様化し、複雑な様相を呈してきている。

いや、前世でもあったのかもしれない。ただ、表に出なかっただけだ。

前世でも、ジオンの残党の中にアナハイムの拠点であるフォン・ブラウンに逃げ込んでいたものも少なくない。その一方でアクシズに逃げ込んだものもいた。地球に残った残党も少なくない。

本来は連邦の『ジオン狩り』の対象になるはずだ。だが、彼らは長期間の潜伏に成功している。

有名なのはガトーやレズナーだ。他にもデザートロンメルなどもいる。

この一事をみても、当時の時勢はそれほど単純ではなかったことが伺える。彼らが潜伏できるだけの土壌があったからだという考え方ができるのだ。しかも、ネオジオン台頭前後からはさらに派閥は細分化していたのは周知の事実である。

 

(ホント、節操のないくらいに複数存在したらしいからな。ああ、思考の迷路に逃げ込むのはそろそろやめよう。リーマ大佐の視線が怖い。)

 

そう考えながら、俺は再度シミュレータに入った。

なぜかは言うまでもないだろう。ユーリー嬢との戦闘のためである。

 

 



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第四十九話 火球の嵐

シミュレータに入ってもう一度、自分の機体データと戦場を確認する。

すると、画面上の戦場が変わっていた。先ほどの戦場設定と違いデブリなども少ない。

そして、最大の違いは機体が何かに引き寄せられるような感覚。

そう感じたところに通信がなった。シンデン少佐からの補足説明であるようだ。

 

『お二方とも機体チェックが終わった頃と思います。今回、将来有望な二人に対して起こり得る可能性がある戦場の一つを選択させてもらいました。場所は』

 

俺はそれを聞く前に既にどこか気づいた。

吸い寄せられるような感じ。落ちるような直感。そして、何よりも青い輝きを放っている傍らの光源。

 

『既に気づいているようですね。そう、地球の大気圏ギリギリの場所だ。』

 

なるほどと思った。現在は、宇宙空間でも各サイド周辺が主な戦場であるが戦況遺憾によっては地球低軌道や大気圏での戦闘もあり得る。

そして、その場合はより慎重な操縦と判断が要求されるのだ。何しろ、現在のMSでは大気圏突入は不可能なのだから。

勿論、コムサイなどの外部装備を用いれば可能だが突発的な戦闘で用意が無い場合も十分起こり得る。それに備えた戦闘シュミレーションとしてここを選択したわけだ。

 

「これを思いついたのはいったいどの審査員でしょうかね?人が悪い」

「初めての戦場です。望むところです!」

 

ユーリー嬢はどうやら相当やる気になっている。ちなみに、彼女の機体はどうやらグフのようなのだが、かなり変わっている。

グフの両肩に外部装甲のようにというより肩にかぶさるような厚みが持たされている。

色はグフよりも少し赤みのある紫。頭部は通常機の口のような排気口が排除され、角状の一本アンテナは垂直よりもやや前に傾いている。

そして、ゲルググ以前のザク・グフの象徴ともいえる動力パイプが見えない。どうやら内臓式を用いているようだ。

 

(なんか見たことあるようなシルエットなんだよな。前世だとは思うが、確か後期に新ジャンルにあたる『強襲型』というコンセプトで整理されていた)

 

俺のそのような思考を余所にして、ユーリー嬢はさっそく仕掛けてくるようだ。

彼女の機体は右腕を上げてくる。そして、その腕にはマシンガンがある。だが。

 

「ちょっと待て。俺の知る120mmマシンガンとは明らかに違うぞ!」

 

そう叫びながら反射的に回避運動をとる。そして、その途端に敵の武器から弾丸が嵐のごとく発射され始めた。形状こそ120mmマシンガンだが、連射速度が違う。しかも、ロックの追尾性が高くなっているようでかなりきわどい回避を強いられている。

 

「さすがリーガン先輩。私専用に養父が調整してくれた120mm対MS機関砲を初見でかわしている。」

「そんな武器、俺は知らないぞ!第一、開発担当者の俺の後輩からも連絡なかったし」

『それは当然じゃ。その武器は儂がこの要塞でチューンナップして最近装備させたばかりじゃからな。ハッハハハハハ!』

 

俺の当然の抗議に対して、モビーユの補足と高笑いが通信機越しに聞こえてきた。

そして、改めて思った。本当に余計なことをいろいろとしてくれるよ。あんたは!!

だが、連射力がある反面。搭載できる弾薬には限りがある。

そこを着けばいいことに変わりはない。

そして、案の定。機関砲の弾倉が切れたらしく弾丸の嵐が止んだ。

その隙をついて今度は俺が攻勢に転じる。110mm機関砲で敵機を牽制砲撃する。牽制とはいえ、威力もある武器で連射力もある。

だが、敵機は急激に上昇移動してそれを躱していく。面で相手をとらえる武器にあたる機関砲が一発も当たらない。

 

「速いな。赤い彗星並みだな。・・いや、直線速度のみのようだが通常のグフであの速度は無理だな。となると」

 

その時、俺はようやく思い出した。ユーリー嬢が現在乗っているグフの形状がある2機に非常に似ていると。それは、時期も製作元も違う故に最初は思い浮かばなかったものだ。

 

(待てよ。あのシルエットに機動性。もしかして、ガーベラやケンプファーの類似型か?)

 

俺は咄嗟に、そう理解した。

ガーベラテトラ。前世ではシーマ・ガラハウ最後の乗機である。もともとはガンダム試作4号機としてアナハイムでテストされていた。だが、テスト中止と裏取引によってシーマ側に譲渡され、外装変更がなされた機体である。

白兵戦を主眼に置いた強襲機として開発されていたためUC0083年当時としては最高クラスの近接戦能力と空間機動力を実現していた。

一方のケンプファーは、一年戦争末期に作られたジオン製の強襲型MSである。

初のNT用ガンダムにあたるアレックスを破壊するためにサイクロプス隊が用いた機体として有名だ。近接武器にビームサーベルを採用していたが、それ以外は実弾武器で統一し代わりにバズーカやショットガンなどの重火器を携行するように設計された。

そのコンセプトは目標物に肉薄して、重火器を集中導入するというもので高いジェネレーター出力を機動力に用いた機体である。

 

この両機は、その目的故か開発元が違うのに見た目が非常に似通ったものになっていた。

そして、今目の前にある機体はグフの原型は残しながらもこの2機との類似点が多い。ということはである。

 

「!!不味い、次が来る。」

 

俺は咄嗟に機関砲を乱射しながらもジグザグ運動をより急激にした。その直後、敵の武器が変わったことに気づく。

敵機の両腕にはバズーカが握られていた。しかも、その見た目に俺は誰よりも覚えがある。何しろ、俺の機体の背中にあるものと同じものだ。

 

「おいおい、冗談はよせ!!」

「先輩の実力。これで見極めさせていただきます。」

 

両方のバズーカからそれぞれ三連続、計6発が放たれて戦場に破壊の火球を生み出していく。直撃ではなく時限・近接信管を交互に用いているらしく俺の機体周囲に火球が生み出されていく。俺は先ほどデータ機が使っていた回避方法でそれを躱していく。

回転しながら攻撃を躱し、敵との間合いを詰めるというものだ。

 

(うん、違和感もあるし、かなり危ういが何とかできた!・・でも、要練習だな。吐きそう。)

 

俺は、のどまでせりあがってきた吐き気に耐えながら接近する。

だが、どうやらユーリー嬢は思ったより思い切った人のようだ。俺が接近するルート上に同じように直進してきた。バズーカは既にない。代わりというようにヒートソードを横に並べた武器を持っている。

確か、百年以上前のアニメで『連刃刀』と呼ばれるものがあるがそれと同じ感じだ。

俺も、サーベルを抜いて勢いを乗せながら敵機に切り付ける。

互いの武器が交錯し、エネルギーの火花が散るが、押され始めたのは俺の機体だった。

 

(おお、やっぱたいしたもんだよな。あれだけの速度に武器の性能もあるが、機体性能をしっかり引き出してる。さすがリーマの教え子といったところかな。)

 

俺の機体も半年前であれば最新鋭であるし、今も一般用量産機に比べればハイスペック機なのだが、総合性能ではユーリー嬢の機体とほぼ同等である。

それに加えて、武器の性能では向こうに分がある。さらに、腕も良い。結果、俺の機体がパワー負けし始めている状態である。だが。

 

「だが、簡単に後輩に負けるわけにはいかないのでそろそろ勝たせてもらいますよ。ユーリー嬢。」

 

押されているはずの俺は、既に勝算がある。

そろそろ、この戦いにけりをつけようと考え行動に移ろうとしていた。

 



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第五十話 腕でも武器でもない

少し、遅れ気味ですが投稿しました。



俺は機体を後ろに下げながら、敵のヒートソードを流して威力を殺した。

その上で、胸部に搭載されていたヒートノコをすれ違いざまに見舞う。距離的にも十分だ。

だが、彼女の機体が左腕を向けるや否や発射された二機が破壊される。

 

「ち、まさに今までのジオンMSの集大成のような機体装備だな。」

「リーマ先輩に使えて、私に使えないはずないですから。」

 

そう、彼女の機体左腕にはリーマ機と同様に飛び道具が格納されていたのだ。

種類までは解らないが多分、機関砲かマシンガンだと推測できる。正直、この機体をカスタマイズした奴に賞讃を送ってやりたい。

バズーカ二丁にマシンガン、さらには機関砲まで実装している。前世のケンプファーを彷彿とさせるかのようだ。

 

前世において、ケンプファーはジオン初の強襲型として開発されたのは先にも述べた。

性能も高く、ビームサーベルを使えることからもわかるようにビーム兵器を使用できるだけのジェネレーター出力を備えた機体でもあった。

つまり、ジオンにおいてはもしかしたらゲルググ以上のハイスペック機であった可能性がある機体であり、ビーム兵器搭載機となった可能性がある機体である。

では、なぜそうしなかったか。その理由の一つには武器への信頼性がある。

ガンダムをはじめゲルググなどに使われるようになったビームライフルであったが、ジオンではまだ信用性は低く、実用性までにかなりの期間がかかったこともあって実装されなかったと言われている。

 

(それ故に、出力を機動力特化に傾けて豊富な実弾武装を大量導入するという考え方に至ったのだろうな。もっともそれだけではないようだが。)

 

ガーベラ・テトラなどは違うだろうが、ケンプファーに対しては別の考え方もできる。

恐らく、余裕がなかったのではないだろうか。

当時、ジオンは敗色が濃くなっていた時期頃である。ジムの配備、ビーム兵器の実用化、各戦線での撤退とまさに追い込まれ始めた時期である。

この時期になると次期主力機以外に力を注ぐ余裕はなかったはずだ。ゲルググの量産を急ぐ以上、他の機体や武装の追求がおざなりになるのは已む得なかったのではないだろうか。

そこで、今ある装備を生かせるとして強襲型というコンセプトに発展した可能性は大いにあると思う。その結果生まれた奇恵児だったのではないかと。

 

(まあ、それがいい意味で発展したのだから決して無駄ではないんだがね。おっと、それどころじゃなかった。)

 

俺はユーリー嬢の機体からの弾丸を避ける。

致命傷を避けるように防ぎ続ける。脚部装甲部に弾丸の跡が黒く残ってしまう。

こちらも機関砲を撃ちながら敵機に当てているが、軽微な損傷なのは一目瞭然。

このままでは消耗戦でこちらの負けだろう。だが。

 

(ユーリー嬢。あなたは肝心なことを忘れている。そろそろ頃合いだろう。向こうも熱くなっている頃だしこちらも決めるか!)

 

俺は機体を急制動させて静止する。そこに敵機が急加速で突っ込もうとしてくるのが見えた。一気に勝負をつけるために近距離での弾薬斉射、あるいは白兵戦で確実に決めることにしたのだろう。

俺は突っ込んでくるのを見計らってエネルギーのほぼすべてを上昇に費やして今いる場所から急速に離脱する。

間一髪のところで、敵機のソードが機体右腕装甲を削っていったが予想の範囲内だ。そもそも、既に勝敗は決しているのだ。

 

『よく避けますね。でも、次こそ・・!!』

「動けないでしょうね。いや、正確には推進力不足でしょうかね。」

 

俺との戦いに夢中になっていたのだろう。だからこそ彼女は見落としていた。

もっとも、わかっていても恐らく対応不可だったろう。

経験したことがない戦場なのだから。

 

『え、ええ?!どうして?上がって!なんなのこのエラーは!?』

「疑似的にコックピットがサウナのように熱くなるでしょうが、まあすぐ済みますよ。あくまでこれはシミュレーションですから。種明かしは後程、外で。」

『ちょ、ちょっと待ちなさ・・ザァー』

 

ユーリー嬢は説明を求めようとしたのだろうが、それは最後までこちらでは受信できなかった。

それから1分ほどして俺の勝利が確定したという画面が表示された。俺の勝利である。

 

 

ユーリー嬢は出てくるや否や、俺に何が起きたのかを説明するよう求めてきた。

悪質なバグなどを利用したのかとまで聞かれたが、俺は約束通り種を明かす。

 

「なんてことありませんよ。あの戦場特有の条件を利用しただけです。」

「条件?」

「リーマ大佐はもちろん解るでしょう。説明してあげたらどうですか?教え子に」

「正直情けないね。戦場をしっかり把握できてない故の負けを教えてやらなきゃいけないなんてね。」

「す、すいません。でも、どうして」

「いい加減気づきな!あんたは引力に引きずりこまれたんだ」

 

リーマは俺の代わりに説明を始めた。うん、本当に説明がうまいので感心したのは内緒だ。

いっそ、軍学校で教鞭をとるべきなのではと思うほどに。

 

俺が行ったことは至ってシンプルだ。

敵から冷静さを奪うこと。状況判断力を低下させることだ。

ユーリー嬢は序盤で機体特性をフルに生かして俺を追い込みにかかった。

高火力の武器を使い、遠距離・近距離を行き来するヒット&アウェイ。方針はただしかったのだが、彼女の戦法と戦場特性はミスマッチだった。

俺は、彼女の攻撃を避けながら密かに誘導したのだ。地球の大気圏突入限界点に。

 

前世でも似たようなことがあった。

ホワイトベースが連邦軍勢力圏への降下を図ろうとした際、シャアとその部下が搭乗したザクが強襲をかけた。大気圏突入目前だったためにガンダムが迎え撃ったのだが、ギリギリまで戦闘を行ったガンダムとザク一機が帰投できず、そのまま大気圏に突入。

ザクは燃え尽きることになった。ガンダムには大気圏突入を見越したスペックが備わっていたので無事収容できたのは余談である。

 

(当時のジオン軍主力機の大半は大気圏への直接降下は想定されてなかった。それ故に犠牲者が出た事例ともいえるだろう。今後のことを考えるとユーリー嬢にも必要な経験をさせることができた訳だ。)

 

「少しは理解できたかい?」

「は、はい。ご教授ありがとうございます。先輩。」

 

ユーリー嬢はすごく申し訳ないという感じで顔を歪ませながら頭を下げていた。

俺も少し申し訳ないと思っている。ユーリー嬢の実力を考えればこのような決着は不本意だったはずだ。そう思いながら彼女を見ると、すごい目で睨まれた。

厄介なことにならなければいいがと俺は改めて思う。

そして、同時に俺は軍全体とモビーユ殿双方から公認のカップルと見なされたのであった。

 

まことに不本意ながら。

 

 

そして、俺が厄介な問題を一応解決させたと思った次の日。

俺は再びロズルに呼び出され彼の執務室にいる。

すごく豪華で広い空間なので正直、のんびりできない。

俺は知らないことであるが、前世のア・バオア・クーにも似たような部屋があったといわれている。

もっとも、この情報はフル・フロンタル曰くの情報であるが。

 

「すまんな中佐。ようやく落ち着いている頃だとは思ったのだが、君に行ってもらいたい任務があるとデラーズから連絡があった。俺も確認したが、君が適任だという彼の意見は正しいと思うので準備ができ次第出撃してくれ。」

「わかりました。ですが、任務の内容と場所を教えてください。そうでないと適切な装備を準備できません。」

 

俺は至極当然のことを口にした。

実行部隊にまで極秘で出撃させられたんじゃかなわない。

ロズルはうなずきながら一枚の封筒を俺に渡して言葉を続けてきた。

 

「詳しい内容はそれに書いてある。自室で確認してくれ。部下への説明は出撃後に。なお、任地到着まではその内容は『特級』の機密扱いとなる。他言は無用だ。装備の理由に関して説明を求められてもうまくごまかすように。」

 

(おい。ごまかせってこちらに丸投げかよ!勘弁してほしい。せめて、うまいこと理由をつけてくれてもいいだろうに。)

 

俺はそう毒づきながらも、正規の軍事作戦である以上は口ごたえせずに、執務室を辞した。

そして、自室で封筒を確認する。

 

『特級機密任務 大気圏収容作戦

詳細:地球より離脱する諜報部隊並びに機密情報を収容し、ソロモンに帰還せよ。』

 

俺は自分に振って湧いた死亡フラグに頭を抱えることになった。

 

 



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第五十一話 地上での戦い①

遅れた分、余分に一話UPしました。
見ていただけると嬉しいですね。


 

時は、リーガンが色恋沙汰に巻き込まれるより前。

ルウム戦役から三か月半に差し掛かろうとしていた時のことである。

実はグラナダにいるはずのガトーは大気圏突入用に調整された小型のHLVに搭乗していた。

搭載機は1機。搭乗員は10名と少数である。だが、そのメンバーは皆ある目的のためだけに集められた急造メンバーであるにも関わらず、精鋭というのが解るほどに重い空気を纏っている。

 

「大佐。間もなく、目標への降下を開始いたします。」

「よし、油断するなよ。我々の任務は恐らく今までの任務のなかで最も危険な部類に入る。だが、成功すれば得る物が大きいものだ。各自、それを改めて自覚しておけ。」

「は!!」

 

ガトーも心の中で決意を新たにしていた。

そもそも、本来であれば彼はグラナダで待機しているはずの人間である。

だが、そんな彼にマ・グベから内密の辞令が下った。

それは無謀でもあり、また大胆なものであった。

地球にいる現地支持者と合流し、連邦軍の新型機の機密情報を奪取せよというものだ。

情報によれば連邦内では派閥形成が進んでいるようだが、その一つが次世代型MSの雛形を開発しているという情報を現地協力者経由で察知した。

その真偽を確認し、事実であれば強奪あるいは破壊せよという任務がこの任務の主目的となっている。だが。

 

(彼らの任務を支援するというのが表向きだが、私の方も重要らしいからな。そこにも注意しつつ、現地支援者から『モノ』を受け取らなければ。)

 

実は、ガトーには彼らとは別の任務が追加されている。いや、むしろこちらの方が主目的で先の任務は本命を誤魔化すための目くらましだというのがガトーの予測であった。

ガトーには以下のような任務が下されていたのだ。

 

『実行部隊の一員として同行し、任務を支援せよ。ただし、主目的は現地支援者より機密物資を回収してそれを無事に本国に持ち帰ることである。故に、貴官の命は本任務遂行までは最優先事項となる。自身の生命に危険が及んだ場合、支援任務放棄を含む判断は貴下に委ねる。』

 

という内容である。

これだけでもかなり重要度の高い物であることが伺えるだろう。

ガトーとしてはその『モノ』が何かは知らないが、受け取る予定の支援者は解っているので細かいことは現地到着が無事済んでからだと割り切っていた。

彼は虚空の宇宙(ソラ)が遠ざかるような感覚を覚えながらHLVで地球への降下を味わい続けるのであった。

 

 

その頃、オーストラリアのトリントン基地では試作MSの試験運用が行われていた。

ただし、通常試験よりはるかに物々しい。

紫に塗装されたMSが周辺を警備するように鎮座し、試験確認用の管制指揮所では銃を肩に抱いた兵士が我が物顔で試験官たちにあれこれ指示を出している。

リターンズの兵士たちである。だが、本来であれば現地地上基地にまで口だしはできないはずなのだが、彼らにはその自覚すらないようで試験官の一人が既に毒牙にかかって病院送りになっていた。

 

「サツマイカン少佐。試験機01号の精査終了。地上環境下での運用度は非凡。ただ、整備班より、各種関節部に砂や石などがたびたび詰まると文句が」

「そんな文句はフランクリンのところに回せ!私の管轄外だ。問題点の詳細な記録ができた事とどんな問題かだけ報告しろ。現場の声などいちいち聞いて居られるか!!」

「も、申し訳ありません。」

「続けろ。02号と03号は?」

「現在02号は情報解析中。03号はまだ試験中とのことです。」

「まだ、03号の試験は終わらんのか。他の2機と同時に始めたのに遅いではないか。パイロットは誰だ」

「は。ジェイド・メッサ候補生であります。」

 

サツマイカンはため息をついて頭を押さえていた。

今日で3回目である。ジェイド・メッサは前世のジェリド・メサ中尉である。

パイロット適正は高いし、腕も良いはずなのだがそれに反して我が強い男である。

もっとも、サツマイカンとしてはそんなことはどうでもいいことである。

彼が問題としているのは、今回の試験で問題を起こしているのが『リターンズ』の入隊者候補であることが問題であった。

リターンズは精鋭揃いである。故に選ばれたエリート集団と言ってよい。だからこそ、失敗はそのまま厳しい評価につながる。正直、彼はジェイドが自分の評価を下げる原因になりかねない人間になってきていた。

 

「アレは使えんな。」

「な、何がでありましょうか?」

 

試験官としては自分達が最終調整をした機体に問題があるのではと戦々恐々なので、サツマイカンの言葉の意味をくみ取ることはできていなかった。

それが余計にサツマイカンをイライラさせるのだから場の雰囲気は重い。

それ故に、場に飛び込んできた声はあまりに場違いであった。

 

「ふふっ。順調そうではないか。」

「!!マスク大佐。わざわざこのようなところにおいでとは。しかし、確か今日は研究施設での巡視がメインだと聞いていましたが。」

「技術者のうんちくを聞いて居るとあくびが出て耐えられん。実物が動いている様こそが重要なのだよ。どうだ、使えそうか?」

「性能は良いのですが課題が出始めておりまして」

「まあ、その辺は試験後に解決しておればよい。ところで、上空の周回軌道艦隊から連絡があったぞ。聞いているか?」

「連絡?いえ、まだこちらには。」

「これだから正規軍の連絡網は遅くて困る。・・実は、アフリカ方面に落下する未確認物体が確認されたのだ。正規軍は当初、隕石だと見ていたようだが我々は違うと分析した。」

「では、宇宙人どもの先兵ですか」

「十分あり得る。連中の目的が定かではないが、現在はジャブロー周辺と我がリターンズの中心拠点として建造を急がせているキリマンジェロ基地には厳戒態勢を敷いている。」

「正規軍とクレイモアの動きは?」

「いや、そちらはそれほどでもない。それとサツマイカン、お前も一応は留意しておくようにな。ここの試験機も重要度は高い。次世代機のテストと実力者育成を兼ねた重要拠点だ。失った場合の損害もバカにならん。わかっているな?」

「はい。十分に警戒をしておきましょう。」

 

そのような会話が行われ、マスクは部屋を後にしたがサツマイカンはさほど危機意識は高くない様子であった。

 

(大佐は相変わらずだ。宇宙人どもが数人地球に紛れたからと言って何ができる。それに我がリターンズの情報網もバカではない。時間をかけずして居場所は判明するだろう。その時に始末すればいいではないか。)

 

彼はそう考えて、思考を再度目の前の試験に戻す。

03号機はようやく試験過程をすべて終えたようである。サツマイカンはおもむろに候補者リストを取り出してペンを走らせる。そこにはバツ印が新たに書き加えられていた。

 

 

一方、ジオンの部隊が降下した可能性があるという情報はクレイモアでも察知されていた。

もっとも、当初は正規軍同様に隕石落下とみていたがエビルとマフティーからの召集を受けて現在、話し合いがもたれている。

 

「この時期にジオンの連中が無理をしてでも地球に降りた理由。それが問題だな。」

「ええ。現在、圧倒的に彼ら優位で状況が推移しています。しかも、彼らの目的が停戦・和平が目的ならばこの時期に強硬策ともいえる地球降下を少数で行う意図が解りません。」

 

順当に考えるならば、リスクしかないのだ。

たとえば、何らかの破壊活動だと仮定してみる。

だが、利点がない。成功すれば交戦気分を国民に広げる材料にされかねない。

失敗すれば実行部隊の兵士が人質に使われ、交渉が不利になる。停戦・和平が遠のくことになりかねない。では、何が狙いなのか?

 

「・・彼らが降下した場所の正確な位置は?」

「そこまではさすがにトレースできませんでした。ただ、アフリカ近辺であるとしか」

「とりあえず警戒を強めるしかないですね。狙いが判明していないとなると情報収集を主にして推移を見守るぐらいしか今はできませんし。」

「一応、現地の正規軍に連絡して監視を強めるように働きかけることはできますが。」

「確たる証拠もないし、我々にそれほどの力もないだろう。リターンズ連中ならば話は別だが、俺たちでは」

「まだ力不足ですか。」

 

結局、自分達の組織はまだ『リターンズ』と戦うには厳しいという現実と正規軍への影響力が少ないということを歯がゆく思うしかないのがクレイモアの現状であった。

 

 



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第五十二話 地上での戦い②

 

連邦内部で侵入したジオンに対してどう対処するか対応が分かれていた頃、ガトーたちは現地支援者たちと合流を果たしていた。

 

「ご協力に感謝します。ところで、連邦の動向はどうですか?我々の降下に対しての反応によっては作戦に支障がでる恐れもあるのですが。」

「いえ、問題ありませんな。正規軍は隕石落下としか考えてません。平和ボケが抜けきって無いのでしょうな。今が戦時だという理解が追いついてないようです。」

 

部隊長であるニック・ガレリー大佐の確認に対して、現地協力者である男が現状を大まかにそれでいて実に有益な情報を掻い摘んで伝えてくれた。

今我々がいるのは、元々ダイヤモンド鉱山として採掘が進んでいた場所である。

しかし、資源枯渇が決定的となってからは採掘も放棄され今ではオデッサ地方に人員が割かれているらしい。その結果、その跡地を仮設基地として改装して現在に至っている。

部隊長はその協力者の説明に対してさらに言葉を重ねた。

 

「正規軍は?つまり、非正規軍の中に訝しんでいる連中がいる可能性があるのですね。」

「ええ。特に反応が顕著なのが『リターンズ』というエリート組織です。地上でも過激な行動をとる連中ですので注意が必要でしょう。」

 

大佐と共にガトーもうなずく。

リターンズはかなり歪な組織であると先輩であるリーガンからもメールで注意を受けている。

正直、戦うべき時が来れば戦うがそれ以外は御免こうむりたいと彼は考えていた。

 

「ところで、協力者であるみなさんを率いているのは恐らくあなたのようだが、我々は貴殿をなんと呼べばよいのでしょうか?」

「これは失礼しました。自己紹介がまだでしたな。私、現地潜入班責任者のノイゲン・ビッターと言います。正式な階級は少佐で止まっていますが、以後お見知りおきを。」

 

ノイゲンと呼ばれるこの恰幅のよさそうな男は歴戦の猛者の空気がある。

恐らく、宇宙でも会戦前まで活躍していた実力者であるとすぐにわかった。とはいえ、ガトーは自分の真の任務はまだ伏せておくべきだと結論を出した。

指定の時間は今から72時間後。正確には表向きの任務遂行中に受け取ることになっている。

 

「ガレリー大佐。任務の詳細についてですが、攻撃目標の正確な場所をそろそろ部下一同に開示していただけませんか?準備ができませんので。」

「そうだったな。すまん、うっかりしていた。調度、ここには全員がいる事だし休みながら聞いてくれ。」

 

ガレリー大佐は到着早々、ようやく落ち着いていた面々に詳細を開示しはじめた。

それは、かなりの強硬策であり秘密裏に終えるのは恐らく無理であろう作戦であった。

目標は連邦軍の試作MSテストが行われているトリントン基地。

夜間、事前に潜入させていた工作員の手引きで基地に侵入。警報システムを全面で誤作動させ、その隙に試作機を破壊するというものだ。

また、その過程で連邦のMS設計情報もコピーして奪取することも作戦に含まれている。

 

「大佐。いささか危険ですし、強硬過ぎませんか?」

「そう思うのは無理ないか。だが、今回に関しては問題ないと考えている。同基地の警報システムはここ1、2週間ほど不調でたびたび誤作動を起こしている。故に危機感が薄い反面、突発的な事態への対処はできまい。」

「そして、その誤作動も事前の『仕込み』なのですね。」

「そうだ。なお作戦遂行後、速やかに潜入している同志を回収し基地を離脱する。この任務が成功すれば連邦内の新型機開発は遅れ、より戦線を有利に持って行けるはずだ。諸君の奮闘を期待する。」

 

そう言葉を結んで、ガトーたちは解散を命じられた。

出発は30分後。トラックで近場の町まで移動して潜水艦による移動が待っている。

また、ガトーとしては稀有な体験ができると少し期待もあった。

今回乗船予定の潜水艦は高速潜水艦として竣工したもので性能も高いと聞いたからだ。

前世において潜水艦と言えば、連邦なら『ユーコン』。ジオンの最新鋭であれば『マッドアングラー』が知られている。後年、改修型の『ユーコン99』なるものもあったらしいが、それほど種類も多くなく性能もパッとしなかった。

だが、この後世では現地協力者が独自のスタンスから建造した潜水艦が誕生したのである。

 

U-Z00『セロ』と呼ばれるものだ。

MS収容は2機と少ないが、その代わり特殊任務をこなせる潜入用として重宝されている。

武装は対艦魚雷管2門、対空ミサイル発射管4門が搭載されている。だが、新の売りはその材質だ。アフリカ鉱山でジオンが後世独自に採掘した希少金属である『スビルス10』を加工しているのだ。

この金属は後世UC0066年に見つかったが、加工に手間がかかる上にMSへの装甲材としては非常に不向きだと軍とジオニック社は考え、実用化を見合わせた。

しかし、非常に有益な特徴を持っていることにMIP社が目をつけて別の視点からの開発利用に着手。その結果、潜水艦の装甲材として流用された。なぜか?

 

「ドライエ艦長。この船は『消える』海中艦と呼ばれているそうですが本当ですか?」

「『消える』というのはいささか誇張かもしれませんが、この船特有のレーダー透過機構は極めて優秀なのは事実です。」

 

そう、この潜水艦はステルス性を追求した物なのだ。

『後世の際物兵器の一つに数えられる』と後にリーガンは語り、デラーズも無言でうなずいていたのは『黒鉄会』のお約束の場面である。

 

 

 

その後、約2日をかけてガトー達はトリントン基地近くの沖合に到着した。

ただ、前世と異なりこのトリントン基地の位置はより沿岸よりとなっている。

より正確に補足するなら船舶の乗り入れと物資の直接輸送まで可能な湾岸併設基地という体だ。恐らく、前世のようにコロニーが落ちていない故の変化だと思われる。

 

「船舶は輸送艦2隻、海上戦艦3隻、巡洋艦5隻。駆逐艦は認められず。」

「多分、すぐ隣の第二軍港に別停泊させているのだろう。だが、これで発見されるリスクがさらに減った。」

 

なお、第二軍港はネレクド基地と呼ばれる小規模軍港である。ここも後世独自の連邦軍所属軍港である。もしかしたら前世でも状況次第ではあったかもしれないが、それは蛇足であろう。

 

「艦長。軍港奥に別の艦影を確認しました。」

「陸上艦か?もしや、連邦の新造戦艦?!」

 

潜望鏡からでは詳細は確認できなかったが、大きさからして前世のペガサス級と同等かそれより一回り小さいと思われる。

だが、明らかに前世連邦の『ビッグ・トレー』やジオンの『ダブデ』の戦艦とは別系統であることはすぐにわかった。

 

「しかし、連邦はつい最近サラミスやマゼランを大規模改修したばかりだ。その矢先に新造艦を建造するとは」

「いえ、あり得ることです。コストなどは過分にかかるでしょうが、あの基地では次世代MSの試験ベッドが作られているのです。ならば、戦艦なども別に建造されている可能性はありました。」

 

ガトーは驚きながらも冷静に補足して現状を受け入れる。

だが、この情報が作戦成功に吉と出るか凶と出るかはさすがにわからず潜水艦の面々を重い沈黙が支配していった。

ただ、この時はガトー達も自身の任務に専念するあまり失念していたことが二つあった。

一つは、現在の情勢は連邦軍内でも派閥化によって混迷しているということ。そして、もう一つはジオンでも連邦でもない第三勢力が介入する可能性についてである。

それに気づくのは今少し後、事態が急転した時であった。

 



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第五十三話 地上での戦い③

 

洋上で静観しながら情報収集をしたところ、リターンズの将校が新造艦テストをかねて基地へ視察に来たということが解った。

この時期には異例のことであるし、予定ではなかったので基地要員も驚いているようだが、リターンズ将兵に対しては辟易しているらしく、避けて通るようにしていることが潜入員からの情報でも伝わるほどである。

 

「どうします。情報によれば明日には引き上げるとのことですが、作戦を延期しますか?」

「いや、予定通り行う。それに状況次第ではテスト機をそのまま搬入する可能性もある。それにこれは別の意味でもチャンスだ。」

 

大佐によればリターンズの実態は今でもわかってないことがある。

組織体制、武力、資金源、人材の有無などはいまだに不明瞭だ。

だからこそ、この機に並行して情報を収集してしまおうというらしい。だが、リスクが高い作戦になる事は間違いないとガトーは考え、独自に思考を進める。

 

(もし、『リターンズ』なり正規軍なりに反撃を受けた場合こちらは不利だ。精鋭とはいえ、少数での潜入。しかも、敵にとって重要度が高いはずの新型機の情報となれば機密性は間違いなくトップであるはず。手を打っておくか。)

 

ガトーはそう考えを進めてドライエ艦長の部屋を訪ねた。

大佐たちは準備とそのタイミングを図るために細かいスケジュールを立てている。

正直、彼は蚊帳の外にされていたが、この場合はありがたかった。

 

「艦長。我々が出撃した後にこの文書を開示してください。」

「これは?大佐の指示書か何かかね?」

「いえ、自分が作成した予備プランです。不要であって欲しいですが、万が一もあり得ます。その時、この艦にいろいろ支援してもらう必要があるでしょう。その際、優先的に行ってほしいことをまとめさせてもらいました。」

「しかし、君にそんな権限があるのかね?この作戦の指揮官は大佐だと聞いているが」

「それについての詳しい理由は伏せますが、大佐より上の人間から緊急時の独自行動は許可を受けております。最悪、責任は自分が取りますので。」

「それなら良いが。ところで、他に事前に準備してほしいことなどはあるかね?」

 

ドライエ艦長は即座に了承してくれたようだ。

もともと、年齢的にはガトーより上であるし、軍での極秘作戦には慣れっこということだろう。

 

「では、いささか危険ですが部隊出撃後にこの艦に積み込んでおいたMSを陸に下ろしておいてください。」

「例の『アレ』かね?正直、我々としても持て余していたから助かるよ。だが、誰に操縦させるかね?君と同行した部隊員でないことは容易に想像がつくが。」

「ロブ曹長に任せましょう。先ほど適正データを見せてもらいましたが、砲術支援能力は本国のパイロットと比べても遜色ないものです。機体との相性が一番いい人物ですし。」

 

ロブ曹長を見たガトーは彼ならば恐らく自分以上に『アノ』機体を使いこなせると確信を持っていた。もともと、グラナダにて重力下戦闘向けの機体として試験段階にあった機体であるがガトーはこの機体を使いこなせていないと考えていた。だが、恐らく彼ならば十分に性能を引き出せるはずである。なぜならば。

 

(記憶はあいまいだが、なんか前に似たような機体に彼が乗っていたような気がする。それを抜きにしても適正は高いし。)

 

ガトーは覚えていなかったが、ロブ曹長は前世で『ボブ』と呼ばれたMSパイロットであり決死のガンダム強奪作戦に参加したメンバーであった。

そして、ガトーが無意識にロブ曹長と『アノ』機体を結びつけたのは無理からぬことであり必然であるのだが、それは本人すら気づいていないことであった。

 

 

艦長とガトーが会話を交わしてから3時間後、潜入作戦が決行された。

情報・工作部隊は今回大きく分けて3班に分かれている。

港に停泊している戦艦へ侵入する班、港の警備システム工作班、MSドックへの潜入班である。

本来は2班に分ける予定となっていたが、急遽変更したので心許ない。

今回、作戦に動員された潜入部隊は30名。

それを各10名に分割して潜入して情報収集と破壊工作を行う。正直、ガトーとしては不安しかないのだが、仕方ないことである。

 

ガトーが回されたのはMSドックへの潜入班であったが、基本的には武力面での支援であり情報関係は他の隊員が請け負うことになっていた。

 

「ガトー少佐。端末へのアクセスまで今少し時間がかかります。それまで誰もドック周辺に近づけないようにしてください。」

「してくださいって、どうすればいいのだ。」

「手段はそちらにお任せします。ただし、穏便に。」

 

完全に丸投げされた。

正直、怒鳴りつけたいところであるが一応、事前に考えていたことで対処する。

港は便利である。錆びついた網、ちぎれて放置された縄、それと故障のまま放置されたモビルワーカーの部品の一部など材料は事欠かない。

 

(網は一本にしてワイヤー替わりに。縄は仕掛けをつるすのに使おうか。それとモビルワーカーのパーツは凶器替わりに再利用。)

 

ガトーは即席のブービートラップをドック周辺。特に潜入した隊員たちがいる近辺に重点的に設置した。これでかかった相手は悶絶・気絶は確定だ。

下手すると死ぬかもしれんが、敵に手加減は不要。それに、抜け出すには調度いいし単独行動の好機である。ガトーはそう判断してドックから抜け出す。

その際、目立つ潜入用のスーツではまずいので連邦の士官服をロッカーから拝借した。

 

(中尉の服しかないのか。どうせなら少佐の物がいいのだが仕方がない。)

 

そうあきらめて、基地の試験場へと歩を進める。

何度か巡回中の兵士とすれ違ったが、彼の周りの空気はMSパイロット特有の何かが包んでいるようで誰も彼を咎めたりはしない。皆、ガトーが試験パイロットだと誤認した故であった。

 

試験場は、既にMSをドックに運んだあと故に機材が放置されているだけだ。

昼間は士官・将校がひしめき怒鳴り声すら聞こえていた場所はただ、砂塵がかぜで飛び交い目に痛みと不快感を与えるだけである。

 

「潜入用のスーツで来ると思っていたのですが、堂々と正面から入ってくるとは驚きましたよ。少佐。」

「誤解です。『中尉』ですよ、今は。」

「そうですね。今はそうでした。失礼、ご足労をおかけします。」

「あなたが、潜入員ですか?いや、その服装から見るに研究員?」

 

ガトーに声をかけてきた男は白衣を着こんだ男だ。年齢は20代後半だろうか。

無精髭にブチ眼鏡。非常に不快な印象を相手に持たせるが忘れがたい男である。

 

「もともとはアナハイムの職員でした。ですが、今は少し違う。立場は変わっていませんがね。」

「内通者か。納得したよ、軍人向きではないからな。それより、要件を済ませよう。例の『モノ』は?」

「こちらになります。手に入れるのに苦労しました。うまく活用してください。」

 

そう言って、アタッシュケースをガトーに手渡してきた。

重さはそれなりだが、書類関連ではない。中を見ると石か何かのように見える。

 

「宝石か?なぜこんなものを。」

「見た目はそうですが、全然違います。情報を隠すためのカモフラージュです。情報の見方は上層部のごく一部しか知りえません。少佐殿も恐らく聞いて居ないでしょう?」

 

憎たらしい言い方をされたが、その通りである。その代わりに確認事項をやり取りすることで目的の『モノ』かはわかるように聞いてきていた。

 

「ダイヤやルビーなどは宇宙では無価値だ。」

「『石』は所詮『石』。『情報』は所詮『情報』です。」

「故に宇宙には必要であり。」

「また、地上にも必要とされる。この『機密』もそうあらんことを。」

 

そのような言葉を互いに交し合う。

この言い回しの応酬と順序こそが機密物で間違いないことを互いに認識し合う暗号であるとマ・グベから事前に知らされていた。

その言葉は、機密が今後を左右する重要なものであると暗示しているようにガトーは感じていた。

 

 



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第五十四話 地上での戦い④

先週までたまってた話を放出しました。
以後、投稿速度を戻していきますのでご容赦ください。
そして、次話も楽しみにしていただけると嬉しいです。


ガトーが機密を受け取ることに成功した頃。新造艦と思われる船に潜入したガレリー大佐たちは機密情報へのアクセスを急いでいた。

そもそも、本来は行わない予定だったことだから準備不足は否めない。

それでも決行したのにはいくつかの理由があった。

 

一つは、先にガレリーが言っていた通り『リターンズ』の情報は機密事項が多いため正規軍に比べて解らないことが多いためだ。機会があるならやるべきである。

もう一つは、意地であった。ニック・ガレリーは今回の任務に飛び入り参加的に加わった若手を警戒していたのだ。ガトー少佐という若手を。

 

(そんなに俺の班は信用できないのか?それとも、ただ若手に手柄を上げさせたいと考えた故の判断か。それとも、俺に代わる人材の育成と俺に対する警告!?)

 

ガレリー大佐はそのように考えていた。

このことをガトーが知れば、『そんなこと微塵も考えた覚えはない。』と言っただろうがそう判断することはできるのも事実であり、無理からぬことともいえる。だからこそ、目に見える成果を上げる必要があると判断し、予定外の作戦を追加したのである。

 

「まだデータはコピーできないのか?」

「整備士用の艦内PCでは限度がありますので、最速でも15分はもらう必要があります。それに、さすが最新鋭艦のセキュリティーです。ファイアーウォールが厚く破るのが容易じゃありませんでした。」

「痕跡は残すなよ。最悪、バレるとしても脱出までは悟られるわけにはいかない。」

「だからこそ、15分いただきたいんです。痕跡除去も含めるとこれが最速ですよ。」

 

ガレリー大佐とその部下は潜入した艦内の整備士用個室でそのような会話をこっそり行っていた。

艦内潜入後、ガトーが行ったように制服を拝借して士官用個室からデータを奪取するつもりであったが、士官用の各部屋にはID・指紋認証をはじめ音声認証まで含んだ機密処置が用いられていることが解ったため不可能と判断した。

いや、正確には事前準備があれば可能であったろうが今回は準備不足が祟っていた。

そこで、士官用に比べ防犯が甘かった整備士用個室に目を付けた。整備スタッフを数人ほど昏倒させて部屋を拝借している。正直、いつ後退の整備士が来るかとヒヤヒヤしながらの作業を行っているので安心できない。

 

ピコーン!!

そのようなPCの音でガレリーは部下を睨む。内容報告は部下の義務である。

 

「コピー完了しました。」

「それは後程チャックしよう。ところで、他に重要そうな情報は?」

「主だったものはコピーしましたが、気になると言えばこのアクセスした高級士官個人の持つ情報ですね。」

「何?軍そのものではないのか?」

「どうやら他の士官たちとは違い、別枠で情報を隠していたのを見つけました。」

 

軍においては、情報は大抵上からもたらされるものを下も共有する。

それによって意思統一を図り、任務を成功させる確率を上げるのだ。無論、ガレリーたちのようなものはその範疇ではないが、正規軍人である士官がわざわざ秘匿している情報というのは裏があると考えるべきだろう。

 

「そちらもコピーしよう。内容は解るか?」

「見た限りではMSに関連したものでしょうか。装甲材に関連する数値データと別系統技術への転用につい」

 

それ以上、部下の言葉が発せられることはなかった。不意に、後方から濁ったような小さな音と共に、鮮血があたりを覆うことになったからだ。先ほどまで隣にいたガレリーの血によって。

 

「!!」

「な、何のマネだ。貴様!」

「ガレリー大佐。それとここにいる人間は知りすぎた。余計なことまで調べなければここまでする気はなかったのに。」

 

そう言ったのは一緒に艦内に潜入したメンバーの一人だ。名前はカルニエス中尉。

サイド3郊外区出身の中年男性。各補給部署を転々とした後、格闘技術を見込まれてこの隊に回された男だった。大佐の酒飲み仲間の一人でもあり、PCを調べていた部下とも気軽に話す間柄の仲間だった。少なくとも、この瞬間までは。

 

カルニエスは持っていた銃をさらに発射して周りの仲間たちを撃ち抜いていく。サイレンサー付の銃が発する乾いた音が数度、部屋に響く。

正確に眉間や心臓を撃ち抜いていくからあっという間に皆が大佐の後を追っていく。

無論、他のメンバーも反撃をしようとしたが、いきなり仲間だった人間から武器を向けられたためか抵抗らしい抵抗をできたものはいない。

そして、部屋が静かになった時にはただ一人立っているカルニエスが、無表情で血塗りされたPCを操作している音と声だけしか聞こえなくなっていた。

 

「余計な手間を増やしてくれたよ。この高級士官はいずれ『浄化』リストに加えておかないとな。後、この死体の山を連邦兵に発見させて侵入している連中を始末しないと。」

 

そう言葉を発しながら、持っていたトランシーバーの周波数を変えてスイッチを押した状態で通信を始める。

 

「こちらD1。艦内侵入組は始末した。コピーした情報も回収してある。そっちは?」

『D2とD3は、完了との報告があった。ただ、D4の応答がない。時間通りなら終わっているはずなんだが。』

「D4は任務失敗と判断しろ。予定通り、警備システムを通常通りに戻して後は連邦に始末させればいい。その間に我々は撤収する。我々の存在はできる限り残すなよ。」

『了解。ところで、任務終了後は予定通りに合流すればいいですか?』

「いや、連中の基地には戻れまい。このまま基地を脱出してそれぞれ、別身分で『宇宙』に戻れ。以後の任務は『審議官』どのの指示あるまで待機だ。」

 

そう言って、カルニエスはトランシーバーを銃で破壊して部屋を後にする。

先程まで仲間だった者たちへの感傷は微塵も感じられない足取りであった。

 

 

一方、ガトーがMSドックに戻ってみると予想外の光景があった。

一緒に来たはずの仲間の死体が3つ並んでいる。しかも、明らかに仲間同士で殺しあったことが解るほど血まみれな者がいたので、異常事態だとすぐに察することができた。

 

「おい!何があった。これはお前がやったのか?」

「し、少佐。わ、私はいきなりお、襲われたから、あ、あの」

「ええい。埒が明かない。そこのお前でいい。何があったかわかるか?」

 

ガトーが目の前の別のメンバーに話を聞くと以下のようなものだった。

試作されたMSのデータを回収したので、各種兵器とMSそのものの設計データをコピーしていた。

そして、後は爆薬を設置して離脱するという段になっていきなり仲間の一人が別の仲間を銃で打ち抜いたというのだ。

それを見ていたものが、咄嗟に反撃して血まみれとなっていたあの兵士を助けたようだ。だが、その結果として助けた当人はかつての仲間に殺された。

感情的になった助けられた兵士が、ナイフで反撃して刺殺してしまったらしい。

 

(どういうことだ?なぜ、味方を殺そうとした。・・まさか、連邦側の潜入者か?!)

 

そうガトーは一瞬考えたが、その考えをすぐに捨てた。

そもそも、連邦の潜入者であればこちらの侵入直後に自分たちを囲んでとらえればそれで済んだ。

殺すより捕えて情報を引き出した方がずっと向こうにとって得るものがあるはずだ。

それが無理でも、人質として軍との交渉を有利に進める材料に使えるのだから殺すメリットがこの場合は無い。戦場ならいざ知らず、こういう場合は捕えるという選択が最も連邦を利するはずなのだ。

 

(そうなると、考えられるのは別勢力。連邦内の派閥に関連した破壊工作に巻き込まれたか。あるいは、サイド2の息がかかっていた可能性だ。)

 

ガトーは現状で考えられる情報ではこれ以上の判断は不可能と判断。

即座に残ったメンバーに指示を出して撤収を開始した。なお、別場所に侵入しているはずのメンバーに連絡を取ろうとするも応答はなかった。こちらと違い、やられたと見るべきだと結論付けた。

 

「少佐。データのコピーは完了しました。死体の始末も終えています。」

「できれば本国に連れ帰りたいところだが、現状は無理だ。許してくれ」

 

ガトーはそう言って二人分の遺体があった場所で軍隊式の敬礼をとる。

せめてもの死者に対する祈りといったところだろう。

その後、残ったメンバーと共に基地からの脱出を図るための行動に移るために思考を切り替えた。

 

ガトーにとっての長い一夜の始まりであった。

 

 




次話は伏線の人物が登場?


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第五十五話 地上での戦い~トリントンの嵐①~

 

ガトー達がトリントン基地に潜入する少し前。

実はある士官もこの騒動に巻き込まれる原因に触れようとしていた。

ジェイド・メッサ少尉。いや、正確には元少尉である。

彼はサツマイカン少佐に呼び出され、冷淡な言葉をぶつけられていた。

 

「ジェイド・メッサ少尉。私は君を知らない。我々が君を『リターンズ』の士官候補と認めた記録は無いし、MSに搭乗した記録もない。」

「少佐?何を言っているんです。」

「言葉通りだ。君はここにいなかった。君は、この一月ほど第二軍港での補給任務についていた。そして、明日にはオデッサ鉱山基地に転属となる。主な任務は採掘精製所のの警備だが、詳しい内容は現地で確認するように。以上だ。」

 

サツマイカンはそこまで言うとさっさと出ていけというジェスチャーを出す。

だが、ジェイドは納得していない。いきなりであるし『なぜ?』という疑問が上官への質問という形で現れることになった。

 

「少佐。私は正式に適正試験をクリアーしました。その結果、この基地での試験運用任務に就いていたはずです。それをいきなり」

「物わかりの悪い奴だ!では、はっきりと言おう。貴様は我が『リターンズ』を名乗る資格はない。試験であのような無様を演じた男を隊に入れたら笑いものだ。まだしも現地士官候補たちの方が私の顔が立つ。」

「し、少佐。確かに、私は運用試験であのような醜態を晒してしまいました。それについては弁解のしようもありません。しかしだからこそ、このまま少佐殿に恥をかかせたまま追い出されるのは不本意です。どうか、私に名誉挽回の機会を!」

「名誉挽回?貴様では汚名挽回になりかねん。恥の上塗りでさらに私の立場が危うくなる。サッサとこの部屋から出ていけ!それとも、軍にいられなくして欲しいか!!」

 

サツマイカンはそこまで言うと持っていた書類の束をジェイドに投げつけた。

ジェイドはさらに言葉を募ろうとするが、無駄だと悟り部屋を辞する。

 

(なぜだ。俺は必死に訓練に食らいついてきた。適正も高かった。MSに乗る前にマニュアルは何度も読んだし、実戦の記録なども見て事前に学んだ。だから俺はリターンズの候補として指名された。それが、最初ではじき出されるなんて。)

 

ジェイドはそう考えてさらに自分の問題点に自問自答し続ける。

機体の操縦時のくせ。モビルワーカーとMSとの差異による思い違い。

考えればきりがないほど原因となりうることはある。そのようなことを何度も考えていた時だったろか。あたりが急に騒がしくなった。

兵士が各通路を行きかいながらチェックと人員確認を繰り返している。

そして、俺も自分の現所属と階級を述べるように言われて今日までの身分を口に乗せた。

俺がリターンズ候補と知った士官は嫌そうな目で俺を見たがすぐに態度を改めて確認に戻ろうとする。だが、彼はそれを止めた。

 

「待て。何が起こっている?正規でないにしろ俺も『リターンズ』だ。状況を。」

「え、はい。実は、つい先ほど警備システムが不正に操作されたという連絡がありバックアップ用警備プログラムを作動させたのです。すると、基地に何者かが侵入したということが解りました。」

「何。では狙いは船や試作機だろう。無事は確認できたのか?」

「船の方は警備兵が始末したため事なきを得たと連絡がありました。警備システム管理所の方も同様で、既に奪還したと。」

 

(正規軍にしては対応が早い気もするが、基地要員が優秀なのか?それにしては少し解せないが。)

 

「では、残るは試作機が格納されているドックだけか?」

「そちらに敵が籠城していると確認がとれました。そこで包囲を縮めながら一気に鎮圧するため他に敵がいないか。包囲に参加できるMSパイロットはいるかを確認するよう言われました。」

 

そう聞いたジェイドはこれがチャンスかもしれないと考えた。

このままではどちらにしろ、彼は辺境基地送りである。

宇宙で戦うために『リターンズ』に入り、エリートとなる訓練を積んできたことが無駄にしかならない。宝も持ち腐れである。だが、成果を上げればサツマイカンも無碍にはできないはずだ。彼は自分の顔に泥を塗られたことを露骨に言っていた。

しかし、ここで成果を出せばまさに『名誉挽回』となりサツマイカンも鼻が高いはずだ。

 

「私も出よう。使える機体は?」

「し、しかし、まだ正規兵でもないですし。それに、『リターンズ』の候補に」

「だからこそ率先して戦う義務を果たそうとしているのだ。さっさと機体がある場所に案内しろ!」

 

ジェイドは自分の未来を拓くために、包囲参加を決意した。

後に多くの後世転生者が考えた事であるが、この時の判断こそ彼が前世とはまるで違う道を歩む切っ掛けだったのではと言われている。

 

 

一方のガトー達はドックにある格納庫からの脱出が困難になりつつあると思いながらもたてこもらざる得ない状態に置かれていた。

外は既にライトと倍以上にまで増員された巡回兵で騒然としている。この状況では動けば目立ってしまう。だが、このままでは手詰まりだ。この基地の重要地点の一つがここなのだから。

 

(既に敵には悟られていると考えるべきだな。周りの兵士は巡回に見せかけた包囲網。まずいな。)

 

ガトーはそう推測した。同時にここにいるメンバーに脱出の案は無いかと尋ねてみたがルートが既に遮断されたことが先ほど確認され侵入時の方法は不可能と判断。

緊急時のルートもまるで見透かしたかのように敵が抑えているらしい。

ここまで徹底されていると間違いなくこちらの侵入情報をリークしてこちらを始末しようと手引きした連中がいると確信せざる得ない。数少ない幸運は、敵がむやみに突入してこないことだろう。

ここには新型機が置かれている。爆破・破壊の類は避けたいと考えているようだ。さらに、ガトーが仕掛けておいたブービートラップが敵を怯ませている要因の一つになっている。しかし、このままではいずれ突入されるだけである。

 

「仕方がない。予備のプランを使おう。」

「少佐?そのようなプランがあるのですか?大佐からは聞いていませんが。」

「大佐は万が一の場合に備えた脱出計画を私に立てるように命令していた。最悪の場合にしか使わないと考えていたが。」

 

ガトーのこの言葉に他のメンバー間で驚きと安堵の雰囲気が場を包むのが解る。

無論、ガトーの言はすべて嘘である。脱出プランはあるが、彼の独断で準備したものだ。

だが、『自分達の上司が任せていた』というイメージはこの場の士気を高め、作戦成功率を引き上げる重要な条件となる。故の処置である。

 

 

ガトーは自分の計画を説明していく。

話が進むにつれて驚愕と不安が全員の顔に浮かんでいた。仕方ないことだったかもしれない。ガトー自身もできれば使わないでいたいと考えていた苦肉の策なのだから。

 

「合図と共に事前に準備した攻撃が行われる。その混乱に乗じてMSを使ってこの場を突破する。」

「ですが、機体はどうするんです?それに、並みの機体では」

「目の前にあるではないか。最新鋭の機体が。」

 

そのガトーが見つめる目線の先には、連邦軍の『試作機』とその随行機が鎮座していた。

 

 

ガトー達は少ない時間を活かすためにすぐに作業を開始した。

脱出時の行動と攻撃手順。用いる機体と装備を選択。

そして、ガトーが乗る機体をどうするかだ。ここには試作機があるが問題は全機を奪取する時間はもう無いということだ。

試作機ゆえに他の随行機と違いセキュリティーが固い。OSへのアクセスとパイロットへの最適化を行う時間も限られる。先に述べた時間稼ぎがあっても一機が限界だ。

なお、他の随行機は難なく機動できるとのことである。

 

「私としては脱出できれば別に試作機でなくとも」

「少佐。これも任務です。どうせ脱出に用いるならば連邦の最新鋭機を用いた方が成功確率が上がります。」

 

ガトーとしてはその任務事態がついでだと叫びたいところであるが、一理ある意見でもあるのでむやみに反論できなかった。

そもそも、成功率はそれほどよくない策である。ならば、それを上げる努力はするべきだ。

ガトーはそう思うことにした。

 

 



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第五十六話 地上での戦い~トリントンの嵐②~

『ジェイド』もとい、前世のジェリド登場についての質問がありました。
それについての説明は次話に一部掲載予定です。ぜひ、そちらを確認ください。



ガトー達が乗る機体は次世代機の雛形として開発調整が進んでいるが、そのテストを受け持つ僚機にも少なからず高い技術が注がれた。

もっとも、ジオン関係者からすればお粗末と言われるだろうが、旧型底辺であるザニーよりは性能の底上げ処理がされている。とはいえ、なぜ本格的に改修をしなかったのか?

それは、その僚機がジオン系MSの意匠を纏っているからに他ならない。

 

MS06J‐RGP『ジク』。地上専用に調整をし直したザクといったところである。

前世では『ザクⅡJ型』とも呼ばれていた機体だ。だが、ところどころに前世とは違ったパーツが使われているのが見てとれる。

肩はジム系の角ばったものが使われているし、頭部はモノアイではなくジムに近いフェイスメット型となっている。

その理由の一つには、前世と違い地上へのジオン軍侵攻が本格的に行われていないためである。

その結果、連邦は宇宙で鹵獲したザクを一度分解解析し、その上で地上に卸してまた修理・組み立てしている結果だった。

さらに、足りない部分やジオン色を排除するためにジム系のパーツを流用しているのは連邦軍らしい措置と言えるだろう。前世連邦でも見られた傾向である。

 

その一方で、試作機はルナ・チタニュウム合金を採用した画期的な機体として各種技術を採用し試験が進んでいた。そして、ガトーが搭乗するのはその中で02号機と呼ばれる機体だ。

RBM-00P02『ドゥバンセ』と呼ばれる機体である。

型式番号『00』から続く機体として周囲からは『ガンダム・ドゥバンセ』と呼称されている。

なぜ、試作機二番目なのに先駆者の意味を持つ名前が付いたか。

理由は試作機である3機の詳細を知れば一目瞭然となる。

 

『P01』は『アンセスター』と呼ばれ、ルナ・チタニュウム導入のテストベッドとして完成した。

テストベッドと呼ばれる事とその番号から見てもわかるように最初期の試作機である。

故に基本装備は、初期型ジムと同様で装甲を除けば先行量産機であるジム・キュレルと同等程度の性能だと言われている。

また、各種の武器・装甲テストを行えるものとして今も重宝されるが、後の2機に基本性能で劣るのは容易に想像できた。

 

一方の『P03』は『ディッフィーチレ』と呼ばれている。対外的にはドゥバンセの強化発展系となっているが、実際は『強化人間専用』として開発が進んでいる機体である。

各種センサーやスラスターの位置が通常機と決定的に異なっている。

さらに、異常なまでに敏感である一方、操作が困難であり非常に癖が強いことから問題児と呼ばれるようになっていた。

ジェイドは知らずに乗ったが故に醜態を晒す結果となったのだが、開発者・調整者以外はこの事実を知らないことがジェイドの不運だったともいえるだろう。

 

ガトーはあらかじめテストデータを見て『ドゥバンセ』を選択して調整を急がせる。

OSの適合化処置を急ぐ一方で、各機との通信用周波数を確認して機体に乗り込む。

 

「連邦のものだからそれほど期待していなかったが、以外に使えそうだ。」

「少佐の機体だけですよ。我々のは落第点です。」

「グラナダや軍御用達の会社から見れば欠陥機です。機体が重い!」

 

ガトーの方は連邦製と思えないほどできがいいようだが、他の機体は最悪なようだ。

装備とスペックがあっていないのか、基本性能が低すぎる故なのかいずれゆっくり考える機会を持つのもいいかも知れないとガトーは思った。

なお、ガトーとその残ったメンバーが乗った機体は以下の2機である。

 

RBM-00P02『ガンダム・ドゥバンセ』

主武装 ビームサーベル×2

60mmバルカン

ビームライフル

補助 自動射出機型投擲用ビーム・ダガー×3

対艦用吸着クラッカー×1

 

MS06J‐RGP『ジク』

主武装 ヒートホーク

    105mmダウングレード・マシンガン

補助  240mmバズーカ

 

これをみればわかるが、ジクは試作機のやられ役として調整されていた可能性が高い。

今の連邦なら正規軍でも開戦最初期のザクや開戦前のザクならば再現できるはずなのだ。

それをしないとなるとそう考えるのが自然である。ガトーとしては呆れるしかない。

 

(この試作機の性能であれば、恐らく最初期とは言えザクを3機相手取っても十分に勝てると思う。なのにそんな小細工をしている。それほど自分たちの機体に自信がないのか?それとも、単に我々ジオンの機体を貶めたいのか。どちらにせよ、これは機体に対する冒涜だ。)

 

ガトーは憤りを持ちながらも、機体を機動させる。ようやく、自分用にOSを書き換え終わったようだ。これでさらに動きやすくなる。

ジクとは異なり、ドゥバンセはかなり高スペックであるようだ。

装甲もそうだが、装備も汎用性が高い。しかも、対艦・拠点用とも思えるクラッカーまである事を見ても多方面向けの機体として調整が順調に進んでいたことが見て取れた。

 

「それでは基地からの脱出作戦を開始する。各機、遅れずに行動せよ!」

 

ガトーはそう指示を出しながら、機体のライフルを天井に向けて放つ。

同時に、ドック周辺が円を描くように爆発した。

 

 

 

ジェイドは先行配備されたジム・キュレルに搭乗してドックに到着した。だが、周りは炎と黒い煙が立ちこめる地獄と化していた。

 

「おい、これはどうなっている!包囲していたはずだろう?!」

『いきなりドック周辺を囲むように爆発が起きて周りを吹き飛ばしました。』

『連中。ドックそのものを破壊するために爆薬を仕掛けてやがった!!』

 

それを聞いてジェイドは納得した。

元々、破壊工作を目的にしていたのならば爆薬を仕掛けている可能性は高かった。

包囲前にそれくらい考えるべきなのだが、こいつらはそれを失念していたようだ。

 

「バカかお前らは!それくらい容易に想像できるだろう。・・ええい、それより敵は?」

 

そうジェイドが通信機に叫んだ時だった。

炎が立ち込める前方。正確には先ほどまでドックがあった場所から瓦礫を吹き飛ばして突っ込んでくる機体がある。

それは、見間違うはずもない試作機『ドゥバンセ』だ。

 

「敵に奪取されたか?!小賢しいヤツ。そんな、慣れない機体でこの機体に勝てるか!!」

 

ジェイドはジム・キュレルの搭乗経験は試作機より豊富だ。

試作機搭乗前は、この機体で何度も事前訓練をしていたのだ。次期リターンズの特権をフル活用したのだが、使える者を使っただけと彼は思っている。

だからこそ、慣れない機体の操縦は難しい。そう思ったからこその言葉だった。

ジェイドはバーニアを吹かせて敵機正面に突っ込む。互いが突っ込む形になりながら、ジェイドはキュレルのビームサーベルを抜き、敵機を突き刺そうとする。

だが、そこで信じられないことが起きた。敵機は、無造作ともいえる動作で同じようにサーベルを抜きジェイドが突きだしたサーベルを弾き逸らしてしまった。

 

(な、なんだと。読んでいたとでもいうのか?!・・だが、このまま機体を衝突させればとりあえず敵の足を止められる。その上で、友軍機と共に囲めばいい!!)

 

ジェイドはそう気持ちを立て直し、バーニア出力を上げる。だが、それさえも無意味となった。ドゥバンセと衝突すると思った瞬間、衝撃が加わった。

だが、予期していた衝突によるものではなかった。ドゥバンセに足蹴にされ、ジャンプ台のようにされたて地面に突っ伏したのだ。

 

「な、なに!?」

「機体に頼り過ぎている。だからこそ、そんな醜態を晒すのだ。・・未熟!!」

 

ガトーはそのジェイドの様を酷評して機体を走らせた。

既に、ジェイドのことなど眼中にすらなかった。

 



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第五十七話 視点移動~マフティー考察~

 

その頃、トリントン基地での奇襲と同時刻。

クレイモアのマフティー大佐は、リターンズが同基地で行っている極秘試験についての討議をメンバー間で行っていた。口火を切ったのはマスク大佐に対して露骨に批判的なブレクスである。

 

「正規軍にも極秘で新型機開発を行っているのは先行量産機を見ても明らかです。さらにアナハイム経由の情報によれば我々と同等クラスのMS開発計画が進行しているとも考えられます。」

「私もそう思う。だが、結論を急ぐと敵にそれを利用されかねない。それに、フォン・ブラウンも完全には信用できないのが実情だ。先の正規軍立案のソロモン奇襲用の拠点設置計画失敗も情報を意図的に漏洩された結果だという見方もあるのだ。」

 

クレイモアでは先に行われたリーガンの中継基地破壊の遠因は、アナハイムの情報工作だと見る動きがあり、結果として思い切った行動をとれなくされていたのである。

 

「ともかく、今はリターンズ派に流れている人材の洗い出しなどを進めておくことが重要だろう。本格的に内紛状態に突入した時にその情報は戦局を左右する可能性もある。」

 

そうマフティーは言葉を結びつつ、手元のリストに目を戻す。

そのリストはトリントン基地で新規採用予定のリターンズ候補を洗い出したものであった。

当初は参考程度にと揃えられていたものだったが、その中に気になる人物がいたのでマフティーは経歴を抜き出してさらに細かく見ていた。

 

(このジェイド・メッサ候補生の経歴は前世のジェリド・メサに非常に酷似している。本人だろうか?だが、リターンズのサツマイカンなどはかなり酷評しているのが目立つな。)

 

マフティーはそれを意外な思いで見ていた。

前世において、ジェリド・メサは悪運強き不運なパイロットと言える。

おかしな言い方だが、しっくりくるのも事実だ。彼は、2回に渡って思いを寄せつつあった女性を失っているし、戦友であったカクリコンを失っている。

またパイロット特性も高いはずなのだが、毎回カミーユに負け続けながら機体を乗り換え続けた男として有名だ。歴代のMSパイロットの中でも乗り換え回数が最も多いパイロットと言われている。

ある意味その生存率の高さは賞讃にあたるのだが、勝ち星がほぼ皆無なのは悲しい現実と言えるだろう。

 

前世の今頃はまだ子供であるはずだが、どうやらこの後世では違うようだ。

現在、彼は既に18歳に達しつつあり、それなりに実力を認められているパイロットである。

これは歴史が変化している故の影響かそれとも似ているようで微妙に異なるこの後世故なのかはマフティーにもわからない。だが。

 

「リスクはあるが、このジェイド・メッサを我々の側に加えられないだろうか?」

「大佐!何を言ってるんです。彼はリターンズの候補で」

「だが、まだ正式に配属されたわけではあるまい。それに、この資料を見るにリターンズのサツマイカン少佐などは彼を毛嫌いしている節がある。やりようによっては良い意味で人員補充になるかもしれない。」

 

話し合いに参加していた面子でブレクスなどは怪訝な顔をしたが、マフティーとしては人材は多いほどできることが増えてくる。

それに焦りもあった。いつ内戦になっても不思議じゃない。だからこそ、少しでも戦力を強化しなくては。

マフティーは地上にいる現地協力者と連絡を取るべく通信機を入れる。

最初は、ジャブローの中継基地局員につながりトリントン基地近辺の第二軍港に繋ぐように取り計らってもらう。そして、ようやく通信機に見知った声が聞こえてきた。

 

「なんだ大佐。こちらは今忙しい、要件を言ってくれ。」

「?何かあったのですか。イライラしているのが通信機越しにもわかりますよゴーヴェン准将。確か、前の通信では『暇な基地管理業務』とか言っていたはずですが」

「それはつい15分前までだ。まだ、そちらには報告が行ってないのか?」

 

(報告?あのゴーヴェン准将がかなり焦っているな。報告がすぐに宇宙にいる我々に伝わるわけない。にも拘わらずそれを失念している?)

 

マフティーが考える人物の中でこのスカッド・ゴーヴェン准将は冷静で判断力に富む人物だ。その彼がここまで混乱しているのは非常に珍しいことである。

なお、このスカッド・ゴーヴェンは前世のジョン・コーウェンである。

前世では一年戦争当初の時点で准将だった。レビル将軍の後継者的な位置にいたが、デラーズ紛争の発端となったGPシリーズの開発を指揮し、核搭載MSを行った。

結果としてこれが原因で失脚し、ティターンズの台頭を許した。それを抜きにすればこの後世でも優秀な人物である。もっとも、この後世ではリターンズ台頭がルウム戦役後になったために彼は正規軍内でも煙たがられてジャブローから左遷されているが。

 

「ええ、まだ何も。何かあったのですか?」

「所属違いの非正規部隊には教えられない。もうじき報告が行くからそちらを確認してくれ。だが」

「だが?」

「今、私は非常に疲れていて少し愚痴を言う。それも誰も聞いて居ないはずの受話器に向けてだ。だから互いに問題はないことになる。オフレコだ。」

「何を言いたいかはわかりました。で、何があったのですか?」

「・・30分前、トリントン基地にジオンと思われる一団が侵入した。」

 

それは驚きの情報であった。前世と違って勢力圏が少ないはずの地上にジオンが潜入し、しかも、基地に入り込んだというのだから当然であろう。

 

「連中は基地で試験運用中だった新型機を奪取して逃走。現在、基地に待機していた守備隊とリターンズのMS隊が追撃・探索を行っている。」

「なるほど、つまりそちらの基地にも探索のために人員・船・MSを割くように指示を受けたために忙しくなっていると。」

 

マフティーは至極まっとうに答えたつもりだったが、ゴーヴェン准将はため息をついた。

どうやら、違ったようだ。では、なぜ彼はあそこまで忙しそうだったのか?

 

「違う。探索用の人員・機材は割けない。それどころじゃないからな。」

「軍港が機能マヒでもしたのですか?備蓄燃料や人員は十分にあったはずですからその可能性は低いはずと考えますが」

「今は足りない。トリントン基地強襲と前後してこちらも攻撃を受けたのだ!」

 

彼の話によれば基地への侵入が確認された直後、湾岸への警備レベルを引き上げて駆逐艦・哨戒艦を周辺に展開する準備をしていた。その直後、第二軍港が強襲を受けたのだ。

最初は湾港から出航したばかりの駆逐艦が餌食となった。

出航直後に魚雷を受けて水柱を上げながら一隻が沈み、後から続いていた2隻目が後を追うように攻撃され、同様の末路を辿った。

同基地の水中用・空中用MAを出そうとした矢先に今度はミサイルが頭上から降り注ぐことになった。徹底的に湾岸施設を狙い撃たれ、軍港機能は完全にマヒ。

艦船の残骸で湾港周囲を封殺され、人員・MSも軍港守備に回す必要が出たために追撃に回す余剰戦力が無いというものだ。

 

「後手に回りっぱなしですね。」

「他人ごとだからって冷静にいうな!一応、友軍だろう。現在はリターンズ主導で追撃が行われているらしい。暇なら手か知恵を貸してくれ。」

「では、両方貸しましょう。調度、野暮用があるのでこちらから人員を割いて支援します。地上でコネのある部隊に根回しして正規軍・リターンズ双方を刺激しないようにしておいてください。」

「・・ありがたいが、苦労が増えそうだな。わかった、手配しておくよ。2時間で準備を整えてみるから」

 

かくして、地表で初となる『リターンズ』、『クレイモア』、『ジオン軍』の3勢力が本格的に絡む事件が進行しようとしていた。

 

 



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第五十八話 地上での戦い~トリントンの嵐③~

場面はマフティー達の会話より少し前に戻る。

ガトーがジェイドをあしらっていた頃、地上の新造艦『メーゼルダイス』艦橋では艦長のシグナプス中佐が基地司令部と相互で情報をやり取りするのに躍起になっていた。

艦内に正体不明の敵兵が侵入したのだから当然の処置であろう。

だが、その敵が既に全滅しているということが解るとさらに訝しんだ。

少なくとも、自分達は先ほど知ったばかりだ。となると基地の警備・巡回関係か監査部が動いた結果かも知れないが確信がない。つまり、まったく答えが導けない状態であった。

 

「サツマイカン少佐。『リターンズ』とはここまで内密にことを行うものなのですか?」

『私は知らんよ。報告も受けていない。それに、こちらも混乱していて忙しいんだ。そっちはそっちで対処してくれたまえ。』

「勝手なことを言わないでもらいたい。こちらはマスク大佐を迎えに行く準備もあるのです。こちらも人員や時間に余裕はない。」

 

シグナプス中佐は最近、正規軍からリターンズに移ったばかりの士官であるが経験や実績から中佐という地位をそのまま引き継いでいる。彼自身はリターンズへの転属は遠慮したかったのだが、半ば脅しのような形で新型艦の艦長をやらされている。

 

(いったい、何が起きているんだ?基地周辺に関する情報はよこしてもらえないし。ええい、転属したての士官に対してここまで露骨な嫌がらせをするのか!)

 

シグナプス中佐は舌打ちしながら、艦橋の部下たちに周囲警戒と火器管制システムを起動して待機するように命令を下す。その直後であった。

 

「レーダーに熱源反応あり!湾内拡張予定の敷地から約10キロと思われるポイントです。」

「なに?そこは確か立ち入り禁止指定の場所だな。友軍か?それとも」

「データ照合に該当する機体なし!敵と推測されます。熱量と大きさからみてMS・・いや、MAクラスと推定されます。」

 

その報告の直後、その機体から火花のようなものが何回か点滅した。

発光信号かとも思われたが、違う。その後、艦橋に叫びがこだまする。

 

「上空にミサイル多数!基地と我が艦上空に多数飛来してきます!!」

「迎撃しろ!基地守備隊にも念押しで伝えておけ。」

 

その指示が飛んだ時に鋭い揺れが基地の主要部にとどろいた。

ミサイル着弾にはまだ少し間があったはずだが、メーゼルダイスのすぐ隣に停泊していた水上用戦艦が吹き飛んでいた。真っ二つに折れて水中に没していく光景は原始的な恐怖を艦橋要員全員が抱くのに十分だったろう。

 

「せ、戦艦『ローラン』が」

「ミサイルではない。では・・!砲撃だ、このままでは狙い撃ちされる。機関始動!急速上昇して湾港付近より浮上する!」

「だ、ダメです。ミサイルが既にそこまで来ています。間に合いません。」

「已む得ない。対空砲火に撃ち落とさせろ!何とかしのぐしかない。その上で緊急発進する。各員、直撃に備えておけ!!」

 

その後、メーゼルダイスをはじめ基地周辺にミサイルの雨が降り注ぐことになった。

ルウム戦役の地上版と言える状態。ガトーはそれを実行するために事前にある機体を基地から距離のある場所に伏せさせていた。

 

 

「着弾確認。戦艦一隻、轟沈か。悪くない戦果だ。後は、ミサイル次第だな。」

 

そう呟いたのはその攻撃を仕掛けた兵士であった。

ガトーが地上降下に際して持ち込んだ地上用MSによる奇襲・陽動作戦を実施するように言われた兵士である。ただし、ガトーはそれとなく命令書に一言手書きを付け加えていた。

 

『陽動ではあるが、徹底的に破壊しても問題ない。』という一言を彼は忠実に守っている。

ガトー少佐からの合図を受けて、即座に機体にかけた熱源遮断用の偽装を解除した。その上で、敵新型艦とその周辺並びに司令部付近に集中的に打撃を加える。

この『ザメル』ならではの遠距離砲撃任務であった。

 

ザメルは前世にもあった機体である。一年戦争後期にはあったという説もあるが誕生までの過程は謎多き機体である。その大きさは重武装を可能とするためにMSというよりもホバー型MAという感じになっている。

前世においても同トリントン基地強襲に加わり、基地破壊の成果を出した実績もある。

もっとも、その後のコウ・ウラキらによる追撃によってバニングに撃破されているが。

 

「カノン砲は冷却がまだか。少佐たちの脱出はまだなのか?」

 

パイロットであるロブ・ラップ曹長は焦りを隠すこともせずに不安げにぼやいた。

そもそも、いきなり新型機のパイロットにされて困惑しているのだから当然である。

それに、時間が無いのも事実だった。

ザメルはもともと対MS戦用ではない。コンセプトは移動砲台というコンセプトで開発が開始され、グラナダで試験開発された機体である。

だからこそ、敵に発見される前に離脱する。または、発見された場合は即座に離脱行動をとることが運用面では絶対となっているのだ。

 

「ええい。少佐、急いでください。そろそろ、やばい気がするんですよ。」

 

そう呟きながらモニターの望遠機能で基地を睨んでいたが、期待していたことがようやく見えた。

基地出口上空に赤・青紫の信号弾が上がったのだ。それと同時に、通信機を受信のみにする。

少佐の指示を再度確認するためである。返事は不要だから交信する必要はない。

 

『トロイの騎士より砲台へ、行動プランはBを採用。人命を尊重されたし。その上で、貴官の役割を遂行されたし。』

 

その内容は指示書にあった内容通りである。

基地脱出が確認された後、パイロットは即座に機体を放棄。機密保持作業を行った後に脱出せよというものだ。なお、この場合の放棄は機体の自爆もかねている訳だがこの『ザメル』においては少し違った意味を持つ。

 

「了解です、少佐。しかし、まさかこの機能がこんな形に使われる日が来ようとは開発者も考えてなかったでしょうがね。」

 

ロブはそう言いながら操縦桿隅に設置されていた錨模様のボタンを押す。

それと同時に機体胸部にあたる部分が分解し、中から見覚えのある機体シルエットが姿をあらわした。地上用戦闘機のドップである。

前世と異なり、この後世『ザメル』は脱出機能を備えた機体となっていたのだ。

開発当初は、パイロット保護を優先するための処置として模索されたものだったが、この場合は機密保持の手段として利用されたわけだから面白いことである。

 

「脱出完了。同時に自爆用プログラム『炸裂』を起動。これより、現状より離脱する!」

 

ロブは急ぎ、合流地点へとドップを躍らせた。

 

 

そして、時を同じくして『メーゼルダイス』より連絡を受けた警備隊が空と地上から基地を強襲した敵機を発見、攻撃を加えようとしてた。

なお、空はMAである『フライ・シャーク』が四機、地上は『61A式戦車』が四機それぞれ攻撃しようとしている。

なお、『フライ・シャーク』前世の『フライ・マンタ』、『61A式戦車』は前世の『61式戦車』であることは容易に想像できることだろう。

 

それはともかくも、その計8機に補足され攻撃が加えられようとしていたが、この時既にロブは脱出している。しかも、敵機接近と同時に自爆用プログラム『炸裂』が起動した。

冷却が既に終了していたカノン砲が再度軋みを上げながら固定され、トリントン基地へと自動照準される。

攻撃隊も敵機の意図をいち早く察知し、バルカン・ミサイル・砲撃と集中的に攻撃が加えられ結果として弾道は逸れた。だが、その結果として射線上にいた戦車一隻が瓦礫のごとく吹き飛ぶことになってしまった。だが、それで終わりではなかった。

脱出前に残存していたミサイルがすべて上空に垂直発射されたのだ。目標設定もせずに垂直発射すれば後は落ちるのみだ。

 

結果、さらに上空にいたシャークが2機墜落し戦車がさらに1台吹き飛ばされた。そして、陶然と言わんばかりにこの戦果を挙げた『ザメル』も原型をとどめないほどにバラバラに破壊されたのであった。

 

 



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第五十九話 ジェイド暴走

 

基地へのミサイル・砲撃によって軍港機能がマヒしたトリントン基地と第二軍港はまともな追撃隊を編成することすら難しい状況となった。

そんな中、何とか形となった部隊が2つ存在する。

ジェイド・メッサを加えた『追撃A班』と現地部隊員のなかでも古参として有名なパイロット『ジョージ・イマクルス』を隊長とした『追撃B班』である。

 

B班はともかくA班の人選に関してはいろいろと問題をはらんでいた。

ジェイドは既にリターンズから異動することが決まっている。つまり、本来であればそれまで基地待機が基本だ。緊急時であっても今の彼には追撃隊への志願をする権限すらないはずなのだ。

そして、後日にサツマイカンなどは『怒髪天を衝く』勢いでたけり狂ったという。

ジェイドはかなり露骨な方法で追撃隊に参加したためである。

 

 

「カーリング大尉ですね?」

「そうだが、君は確か」

「リターンズ候補のジェイド・メッサ准尉です。明日には正式に少尉任官となります。」

「リターンズが何の用だね。我々はこれから敵機追撃で忙しい。後にしろ」

「その件についてです。今回の追撃、私にも参加させて欲しいのです。」

 

カーリング大尉は途端に嫌な顔になった。当然である。

最近はリターンズの将兵によって基地要員は迷惑をこうむっていたし、試作機テストに際しても常に口出しされていたのは記憶に新しい。それを思いだしたカーリングはその意見を即座に両断した。

 

「ここは宇宙とは勝手が違う。それに、リターンズとはいえ准尉程度の言を受け入れる必要はない。さらに、足手まといをわざわざ入れるほど余裕もない。帰ってくれ。」

「大尉。私はリターンズが今回被った被害を少しでも挽回するため。ひいては軍の威信を回復するための成果を上げる必要があるから送りこまれたのです。」

 

(被害?送り込まれた?何を当たり前なことを)

 

「ご存じありませんか?・・今からする話は身内の恥とも言えますが、正規軍にも関わりが多少はあります。どうか口外しないよう」

「機密にかかわる、あるいは軍の威信にかかわるということか?」

「はい。実は、私の上司になる予定であるサツマイカン少佐は今回の奇襲そのものを事前につかんでいた可能性があるというもので。」

「なんだと!?」

 

カーリング大尉からすれば寝耳に水の内容であった。

ジェイドの話を簡略すると、サツマイカン少佐が警備任務に不満を抱いていたためにつかんでいた情報を軽視した。その結果、警備体制に穴ができてしまったというものだ。

 

「それは確かなのか?!」

「いえ、確証はありません。ですが、先週にマスク大佐が来られた際にジオンの地上潜入に関して少佐は厳重な忠告を受けていました。現に第二軍港所属のゴーヴェン准将などは三日前から基地全体の警備レベルを引き上げていたらしいのです。」

 

カーリング大尉としては頭が痛いことであった。

これが事実ならばサツマイカン少佐の行動は、リターンズの『エリート組織』というイメージを壊しかねないスキャンダルとなりかねない。現地軍人としてはザマみろと思いたいが、ジェイドはさらに恐るべきことを口にした。

 

「カーリング大尉はご存じかと思っていました。何せマスク大佐とサツマイカン少佐の会話は基地司令周囲の者たちも知っていました。その現場には今の基地司令もいたと私は聞いていたので。」

「!!」

 

カーリングは必死になんでもないという顔をつくったが内心はそれどころではなかった。

つまり、マスク大佐の警告は基地司令も承知していた。だが、基地司令は警備体制を強化しなかったということになる。

確かに『リターンズ』に頭を押さえられていたのは事実である。だが、基地の最高司令官から各部署に直接連絡し注意を徹底させることはできたはずだ。

少なくともそれがあるのとないのとでは意識が全然違ってくるし対処の速さにも大きな違いにつながった可能性もあるのだ。

 

(つまり何か。サツマイカン少佐の危機意識の甘さを基地参謀や現地指揮官までもが鵜呑みにしてしまったということか。冗談じゃない。リターンズが上から押さえつけるように命令しているとしてもできることはあったはずだ。だが、我々には一切その話が来ていない。つまり、見て見ぬふりを決め込んでいたというのか。)

 

カーリングはそう考えた。これがすべて事実であり、外に露呈すれば『リターンズ』だけでなく軍全体の威信を損ないかねない不祥事に発展する危険を内包している。

何しろ、新型機が破壊・奪取されているというおまけまであるのだから。

 

「そこで、『リターンズ』としても何がしかの戦果が必要なのです。基地を奇襲されたが、敵の試作機奪取そのものは阻止したという戦果があれば、まだやりようはあります。そのために」

「君が追撃隊に参加するというのか。だが、それにしては君ひとりというのはどうなんだ?」

「サツマイカン少佐としても自身の失敗で拡大した不祥事です。隠密裏にことを収めつつ成果を出したいと考えているのでしょう。少し遅い気もしますがね。しかし、現地部隊や基地勤務の者にとっては損の無い話でもあるはずです。」

 

ジェイドにそう言われて再度カーリングは思考を巡らせる。

確かにジェイドを加えるというのは問題であるが、彼の『リターンズ』兵という肩書は使える。

周囲の部隊を優先的に動かすことに使えるかもしれない。

それに、『リターンズ』に貸しをつくることにもなるかもしれない。うまく敵を補足・撃滅できればその戦果を担った正規軍として面目は保てる。サツマイカンも自身のミスが切っ掛けなのだから擁護こそすれ批判はできないはずと彼は考えた。

 

このような思惑もあって、カーリングはジェイドの参加をしぶしぶながらも承諾したのである。

無論、ジェイドの言ったことは彼がついたでまかせ。嘘である。

マスク大佐が視察に来ていたことは知っていたし、少佐が今回の任務に乗り気でないことを知っていたのでそれを彼なりにつなぎ合わせて利用したのである。

ジェイドの中には戦果による名誉挽回をしたいという意識はまだあったが、それ以上にMSパイロットとしてのプライドが行動を過激にしていた。

 

(俺が未熟だと?あのMSパイロットめ!盗人のくせに説教じみたことを。貴様が俺を圧倒できたのはMSの性能とあの場の混乱故だ。だが、今度は我々が追う身だ。どこまでも追い詰めてやる。)

 

ジェイドは自身のプライドをボロボロにしたガトーに粘着質すら感じる敵意を胸に抱き続けるのであった。

 

 

 

そんなやり取りが現場の片隅で行われていた調度その頃。サツマイカン少佐はマスク大佐からの通信を受けて嫌な汗をかいていた。

当然であろう。忠告を受けたのはつい最近だった。であるにも拘わらず、このような醜態を晒したのだから彼の立場は非常にあやうい。

 

『少佐、基地への侵入を許しただけでなく試作機を奪取されたというのは本当か?』

「は、はい。まことに申しあげにくいのですが、基地のセキュリティー部門の手抜かりを突かれてしまいまして」

『言い訳などは後でよい!それよりも、試作機を奪還するのだ。算段はあるのだろうな?』

「もちろんです!現在、正規軍をせかして追撃隊を向かわせました。まだ、遠くへは逃れていないはずですので必ずや奪還して見せます。」

 

サツマイカンは直立不動で敬礼をしながら、マスクに言った。だが、その声には普段の自信や余裕などは完全に吹き飛んでおり、エリート組織の佐官とは思えないほどであった。

 

『これ以上、私を失望させないでくれよ。サミトフ閣下にこのようなことを報告する私の立場もあるのだ。必ず見つけ出せ!』

「はっ!」

 

サツマイカン少佐はマスク大佐が映っていたスクリーンが黒一色になるまで緊張した直立を維持し、映像が切れると同時に執務室の椅子に崩れるように座った。

そして、呟くように。あるいは自信を叱咤するように言葉を吐き出し続ける。はたから見れば気味の悪い光景であったが本人からすれば現実から逃避したいが故であったのかもしれない。

 

「探さねば。追わなくては。・・このままでは私の首が危うい。我々からも追撃隊を出すか?だが、それで損害が出れば責任問題に・・・だが、正規軍だけで足りるか?いや、何とかせねば。」

 

そのような囁きが10分にわたって執務室内で続いたのであった。

 

 



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第六十話 困難な撤退①

 

ガトー達は何とかトリントン基地から離脱に成功していたが、安心できる状態では決してなかった。そもそも、潜入後は一定の破壊工作を行い、その混乱のさなかに離脱する予定だったのだ。

ガトー立案のザメルを使った奇襲も、潜水艦によるミサイル攻撃も本来はそれをより確実かつ効果的なものにするための布石。もとい、『万が一』のためのものでしかなかった。

だが、事態は予測よりも悪い方向で推移している。現状は、MSを使って基地からの離脱に成功したが、敵機の追撃は必ずあるはずだ。

 

「予定の合流地点まではどれくらいかかる?」

「敵機に悟られないようにしながらですので30分ほどかかります。」

 

ガトーはそれを聞いて密かに舌打ちした。

彼が使う機体は高性能機であるから単機であれば20分弱で予定地点に着く。

だが、他のメンバーが乗る機体ではそれぐらいはかかるだろう。だが、彼の予想ではその速度だと敵機に追いつかれる可能性があった。

敵には宇宙と違って何の制限も無い。機体も恐らく最も性能のいい機体をチョイスして部隊を編制してくるはずだ。

一方、こちらのメンバーは地上用に調整されていても所詮は旧式機の域を超えてないものばかりだ。

このままでは犠牲が出る恐れがある。非常にまずい事態だ。

 

「少佐。少佐だけでも先行して合流してください。その機体だけでも持ち帰れば我々の犠牲も無駄ではなくなります。」

「ふざけたことを言うな!先の政権時ならば名誉の戦死だが、新生ジオンではそれはただの犬死だ。そう心に刷り込んでおけ!」

「わ、解りました。ですが、このままでは」

 

仲間の言いたいことは理解している。

だからこそ、彼は即座に通信機を入れた。傍受されることは解っているが、それでもかまわない。・・それはそれで使い道もある。

 

「トロイの騎士より砲台へ。聞こえるか?我々は現在、ポイントF03A4地点にいる。基地から北上して15キロ。敵機の追撃状況とそちらの首尾を確認したい。どうぞ。」

『こちら砲台。現在、予定どおりに機体を放棄。合流地点に向かっています。現状、確認できる範囲では敵は2つの部隊で追撃する可能性あり。注意されたし。』

 

この通信にしても敵は確実に傍受したはずだ。だが、向こうの無事も確認できたし、種もまいた。敵が乗るかは不明だが、メンバーを逃がす時間を稼ぐことは可能だろう。

 

「少佐。北上していることは確かですが、ポイントが違いましたよ。」

「いや、間違っていない。お前たちはこのまま合流地点へ移動しろ。私はひと暴れしてから向かう。」

「何を言ってるんです、少佐!もし、万一のことがあれば犠牲事態が無意味になりかねない」

「大丈夫だ、考えがある。追撃してくる連中に生死をかけた戦場と模擬戦の違いを教えてやる。」

 

ガトーは追い詰められているにも関わらず自信に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

 

その頃、連邦軍の追撃B班を指揮するジョージ・イマクルス大尉は、僚機4機と共に基地の北方向に進路をとって探索を行っていた。

追撃A班は現在、B班よりもやや西よりに探索を行っている。万が一、敵が内陸を迂回しつつ空路での離脱を図る可能性を考慮に入れての配慮だ。

 

「隊長。A班の方は明らかにハズレなんじゃ。」

「私も同感ですね。空路での離脱となると大気圏からコムサイを降下させて離脱するということになるでしょう?」

「そうだな。MS搭載可能なら輸送機もありうる。だが、それだとこちらの制空MAに撃墜されるだけだしな。だからこそ、大気圏外への離脱されると我々の手が及ばないところに逃げられる。そうならないためにA班に」

「でも、不可能ですよね?だって主だった基地の軌道周辺は、随時我が軍の哨戒部隊が警備で回ってます。『基地襲撃』の報もあるからさらに強化されているはず。おまけに、『リターンズ』の部隊も演習にかこつけて獲物を探し回っていると聞きました。そんなところに武装の貧弱なコムサイ程度では的です。」

「だから、そんなリスクは冒さない。そう考えると俺たちの担当した進路が当たりでしょう。」

 

イマクルス大尉は部下たちを説き伏せつつも、恐らくそうだろうと心では同意していた。

部下たちの言うように、そんな危険なことはすまい。ならば、いかにして追撃から逃れるかを考えると答えは限られる。

 

(潜入時の方法を用いて離脱を試みると考えるのが一番妥当だ。恐らく、潜水艦か水上艦で離れたところから接岸・潜入したのだろう。ならば、離脱もそうする可能性は高い。)

 

当初、イマクルスは基地南方に敵が逃げた可能性も考慮したがすぐにないと考えた。

トリントン基地の南方には第二軍港がある。敵が離脱するならば、いやでもそちらの哨戒ラインにかかるはずだ。

それに、『トリントン基地襲撃』の報告を受けた第二軍港では今頃、駆逐艦やMAが発進して我々同様に敵を探索しているはずだ。最悪、敵は挟撃または包囲される可能性が高いルートになる。

だからこそ、追撃隊を北上させることを選んだのだ。

もっともこの時、イマクルスには第二軍港が敵潜水艦の攻撃を受けて機能不全状態に陥っているとは知る由もなかったが。

 

『隊長。ルント少尉が敵と思われる通信を傍受したと言っています。』

「何?!それで、内容は?」

 

ルント少尉とはイマクルス達と共にいるパイロットだ。最近、少尉になった現場からのたたき上げで、軍学校に通っていないものの一人である。

だが、その堅実さは頼りになり常に地上戦で戦果を挙げていた。

 

『どうやら我々の追撃を気にしているようです。ですが、うかつにも現在位置の話をしています。ここからさらに北に3キロほどです。』

「思ったよりも迫れているということか。だが、それならばレーダーにせよ君の耳にせよ敵を確認できるはずだが。」

「このあたりは内陸部から吹き荒れる砂塵によってレーダーが干渉されやすい。目視も同様でしょう。ですが、もっと厄介なのは夜明け前です。その前にたたかないと取り逃がしかねません。」

 

彼の話によると、内陸部からの砂には鉱物が多量に含まれているらしく、レーダーを阻害することが多いそうだ。さらに朝の3時から5時にかけて湾岸部では霧が発生しやすいらしく、目視での探索に支障をきたす可能性が高いというのだ。

 

「だが、この敵の通信はいささか臭い。これ見よがしに情報を聞かせている可能性がある?」

『同感ですね。そうなると、意図的に虚偽の情報を流して我々を撒くつもりですか』

「小賢しい。幼稚な上にひねりが無いな。ルント!敵の通信を傍受したのなら大まかな位置はわかるはずだな。」

『ですが、今からそこに向かっても敵が離脱している可能性が高いですよ。』

「いや、これは感だがまだ追いつける可能性がある。考えてみれば敵の乗る機体は大半がポンコツ機だ。まだ間に合うかもしれん、急げ!」

 

イマクルスはこれでも隊内では年長者であり、基地内でも最古参の軍人に数えられる。

その膨大な経験から導く感をフルに用いて彼はガトー達に迫ろうとしていた。

 

 

無論、この情報はすぐにジェイドの耳にも入った。

彼は、直ぐにB班と合流したいと飛び出しそうだったがカーリングにいさめられた。

まだ確実にいると決まったわけではないのだから、現場に待機しながら探索を続けた方がいいというものだ。

それに、位置が特定できれば敵の進路も予測しやすいし、先回りできるかもしれないと言われれば彼にはないも言えなかった。

 

(おのれ、手柄を上げなければならない時に!)

 

ジェイドはその後の探索中、ずっと不機嫌な顔でパイロットシートの画面を睨み続ける。

それゆえかは知らないが、彼の乗る機体からは非常に近寄りがたい空気が漂ってくるとカーリングに他の兵士から苦情が寄せられたのはどうでもいいことであった。

 

 

 




地上戦はまとめづらいと思いながら書いています。


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第六十一話 困難な撤退②

イマクルス達はガトー達の交信から大まかな位置を割り出すことに成功し、現在はそこに着いたところであった。場所は近かったので10分ほどで到着した。

 

『やはりというべきか敵は既になしか?』

「油断するな。レーダーがあてにできないんだ。有視界での索敵をより密にしろ」

 

イマクルスはそう言って部下たちを戒めてゆる見かねない意識を戻させる。

その直後のことだった。その部下が乗る機体左足にワイヤーのようなものが巻き付いているのが見えた。地面に埋まっていたために察知できなかったようだ。

彼はすぐにその部下に通信機越しに叫んだ。

 

「!!足に巻き付いたものを切れ!」

『は?』

 

部下には何がなんだかわからないという感じの声だった。

そして、反応は間に合わなかったようだ。機体に巻き付いていた機体が急激に巻き上げらる。

結果、彼の乗るジムは無様に前のめりに倒れ込んでしまった。

さらに、その直後に彼らの頭上に投げ込まれたものがあった。見た目はボウリングの球にコップを複数引っ付けたようなもの。

そして、それには見覚えがあった。本来はそれに吸着用マグネットがついている対艦用クラッカーである。ドゥバンセに装備された武器の一つである。

 

「しまった!全機、散開!!」

 

イマクルスの指示に残る2機の内、1機が後方に下がるが前のめりに倒れ込んでしまった1機と反応が遅れた1機が間に合わなかった。

頭上で炸裂した対艦用クラッカーは周囲を巻き込んで爆発した。時限式に設定して投げ込んだようであった。バランスを崩していた機体は無防備に直撃を受けて機体が四散、残る一機は機体を低くし腕などで胸部コックピットをかばったためか辛うじて原型をとどめたがもはや頭部・両腕部を損失して戦闘不可なのは明らかだった。

 

『隊長。やられました、待ち伏せです!』

「十分警戒していたつもりが、奇襲を受けるとは」

 

イマクルスはシールドを前面に出しながら、防御姿勢を取る。残ったルント機も同様であった。

今は背中合わせに近い形で互いの背後をカバーして敵機の攻撃に対処する姿勢を取っている。

 

「クソ。ルント、敵の位置を音で感知できないか?近くにいるのだから解るだろう?」

『今、探しているところです。今少し』

 

そこまで言ったが、それ以上は続かなかった。

彼の機体が横に吹き飛ばされたのだ。気づいて振り返ったイマクルス機の視界には、ルントの機体と強奪された『ドゥバンセ』が写し出されていた。

 

 

 

ガトーは2機を罠と不意打ちで葬った後、残る2機を仕留めにかかっていた。

本来は、先程のクラッカーで全機。あるいは3機は仕留めておくつもりであったが、予想よりも2機の対応が早かった。

 

「どうやら、それなりの実力を持つパイロットのようだな。ならば、小細工はここまでだ。一気に仕留めさせてもらう!」

 

彼は腰に備え付けられているビーム・ダガーを射出して残った敵機を狙った。

敵の隊長機らしく、動きも一番堅実なものだった。射出したダガーも当然のようにシールドを振って弾かれてしまった。

さらに、敵はすぐにマシンガンを撃ち返してきた。反応の速さも相手がベテランなのが見て取れる。

 

(手堅くこちらの攻撃をさばいてきたな。しかし)

 

ガトーはあわてた素振りもなかった。完全に予測の範囲内という感じで機体を動かす。

マシンガンを回避しつつ、機体左腕を器用に動かして弾かれたダガーの軌道を変える。射出と牽引を可能とするこの機能は問題点もあるが、この場合は有利に使えた。

ダガーが先ほど損壊した敵機の腕(?)らしき部品に突き刺さったのを確認したガトーはワイヤーを巻き上げつつそれを大きく振り回した。

 

結果、その部品はもう一機の残った機体目掛けて直撃した。元々、破損していたためかその部品の方は完全に砕けてしまったが、敵機の方はシールドで防ぐ。だが、衝撃そのものは防ぐことは叶わなかったようで、見事にスっ転んでしまっていた。

 

(これでさらに一機!)

 

ガトーはそう心で呟きながら、トリガーを押し込んだ。

敵隊長機の方もなんとか対応しようとしているが、咄嗟の事態で遅れてしまっていた。

ガトーのドゥバンセからビームライフルの光が放たれる。態勢が崩れてしまったジムは何とかして持っていたシールドを射線上に合わせようとしたが、結局間に合わなかった。

虚しく、シールドをかすめジムの胸部コックピット部分にビームが穿たれる。

一瞬の空白の後、そのジムは爆散した。それが、ルントが戦場で活躍した最後であった。

 

 

 

「ルントー!!」

 

イマクルスは爆散する機体に乗っていたパイロットの名前を叫んでいた。

あまりにもあっけない最後であったが、ルントもベテランの域に達しつつあるMSパイロットだった。いざという時の対応もできる判断力も持っていたはずである。

だからこそ、脱出していて欲しいという思いが彼の頭をよぎったが、直ぐに都合のいい考えから覚めた。

 

(そんな暇はなかった。俺が弾いた攻撃をまんまと利用されて敵に恰好のチャンスを与えてしまった。あんな攻撃はルントも想定できなかったはずだ。)

 

イマクルスとしては受け入れたくないことであったが、冷静な兵士としての自分が彼の死を認識していた。同時に、今の自分は敵機と一対一であるという状況に陥ったことも。

 

(時間を稼げれば爆音や煙、連絡の途絶からこちらの状況をA班も理解する。つまり、敵を足止めすれば増援が見込めるこちらが有利!)

 

そこまで考えがまとまったところで、敵機が再びこちらに敵意を向けたのを感じた。

先程のような小細工をする可能性もあるが、それを抜きにしても敵がエースであることをイマクルスは感じていた。それ故に対処できたといえるだろう。

敵機からバルカンが斉射されたのだ。だが、放たれた場所は地面ばかりだ。しかし、直ぐに盾で防ぐ姿勢を取りながら後方へと下がった。その直後、バルカンが当たっていた箇所が爆発し、大きくえぐれたのが見えた。

 

「!あいつ、友軍機の弾薬に引火させて」

 

最初の攻撃で破壊された友軍のマシンガン、地上仕様のバズーカの弾薬があったのだろう。

即座にそれに目をつけてこちらを攻撃するのに利用してきたのだ。

恐ろしく頭の回転が速い敵であるとイマクルスは推測した。だからこそ、長期戦の難しさを感じ、逆に攻勢に打って出た。

基地仕様のジムには簡易的にではあるが、バズーカが装備されている理由を基地勤務のパイロットで知る者は少ない。無論、手持ち弾数は重量の関係で一発限りというものだ。

その理由は、拠点攻撃や対戦艦などの予備兵装という意味合いが強い。だが、同時に戦場でより選択しの多い戦いができるようにという配慮である。少なくとも、彼は常々そう考えている。

 

イマクルスはバズーカを敵機に向けて放った。

もっとも、打った方も当たることなど考えていない。狙いは別にある。

放ったバズーカは敵機後方で炸裂したが、機体へのダメージはほとんどない。だが、爆風によって態勢は崩れたのが見て取れた。

すぐに、彼はバズーカを手放しビームサーベルを抜き放つ。

もう一方の腕にはシールドを前方に構えつつ、彼は機体を急速に前進させる。敵機は突っ込んでくるイマクルスに対して何か感じたのか、直ぐにバルカンとライフルを撃ってきた。

バルカンが当たる衝撃とビームによってシールドが焦げ、熱せられているのが容易に想像できた。

だが、それでも彼は前進をやめずに突っ込んでいく。

 

(仲間たちの待つ場所に貴様も行ってもらおう、宇宙人どもめ!)

 

イマクルスの意地をかけた攻撃がガトーに向けられていった。

 

 




*修正知らせ
テロリストどもめ ⇒ 宇宙人どもめ
に変更しました。


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第六十二話 困難な撤退③

 

イマクルスのジムが突っ込んでくるのを迎撃していたガトーは焦燥感を覚えながらも、敵に対して『小気味よし』と思っていた。

敵の立場ならば持久戦をとるという選択もあったはずだからだ。その考えに固執して戦法を維持するということも十分あり得たのだ。だが、敵はあえて正面攻撃に打って出た。

 

「潔しというべきか。だが、そろそろこちらも時間が厳しくなっている。それに、向こうも攻勢をとった。ならば、こちらもそれに応じて迎え撃つ。」

 

ガトーは機体のビームサーベルを抜き放つ。ライフルはあえて脇に放り投げて両方ともサーベルを握った。シールドを構えて突っ込んでくる敵にライフルは現状効果は低い。

ならば、サーベルでの肉弾戦に持ち込んでしまうのが妥当という判断である。

敵機に対してドゥバンセも相対するように走り出す。互いに示し合わせたように相手に向かって歩を進めていく。

最初に変化が生じたのは敵機だった。

ジムが持っていたシールドを上に薙ぐように振り上げたのだ。その拍子にドゥバンセの右腕がサーベルと共に弾かれる。そして、敵の懐にはサーベルを突きだそうとしているジムの右腕があった。

どうやら、初めからこうするつもりだったようでサーベルの出力を暴発寸前まで引き上げているらしく、通常よりも分厚いサーベルの形状となっていた。

 

「もらったぞ!仲間の敵、打ち取った!!」

 

イマクルスはそう叫びながら右腕のサーベルを突きだそうとした。これでコックピットを貫くつもりだったのだ。だが、刺し貫いたのはドゥバンセの右肩部分であった。

ガトーは持っていた左腕サーベルを逆手もちに変えて敵サーベルをコックピットよりも自機右側にずらしたのだ。サーベルでのつばぜり合いは無理と判断して力に逆らわずに流したのである。

 

「!まだだー」

「そうそう何度もやらせん!」

 

イマクルスは弾くのに使ったシールドを再度上から振りかぶるように敵に振りかぶったが、ガトーは右肩にサーベルが刺さった状態からさらにスラスタースロットルを全開にして前進させた。無論、サーベルはさらに深々と突き刺さり、火花を上げながら右腕に致命的な損傷を与えていく。

だが、同時に彼は敵機のシールドをかいくぐり敵の懐にまですべり込ませることに成功した。互いの頭がまじかにあるほどの近距離である。

 

「シールドも無い上にこの近距離ならばバルカンでも火傷では済むまい!」

 

ドゥバンセのバルカンが敵ジムの頭部とその周辺に近距離から放たれた。

頭部のメインモニターをやられたイマクルスはバルカンの衝撃が断続的に襲うコックピット内で叫んでいた。思考が完全に真っ赤になり、先程までの冷静さなどは完全に吹き飛んでしまっていた。

 

「どこまでも小賢しい!バルカンを持つのはそちらだけではないんだ!こちらもたっぷりくらわせてやる!!」

 

イマクルスの言葉と同時にジムの頭部にあったバルカンからもドゥバンセに向けてバルカンが発射され始めた。

互いに組み付いてのバルカン撃ち。このまま消耗戦ならばイマクルスにとっては死んでも勝利と言えただろうが。

 

「・・ここは下がるべきだったな。そうすれば死ぬことまではなかったかもしれないのに」

 

ガトーはそう言いながら、機体をさらに操作する。

イマクルスは失念していたのだ。

ジムの左腕はシールドを持ったまま動きが死んでしまっている事を。

右腕はドゥバンセの右肩に突き刺さったままであることを。

そして、ドゥバンセの左腕が完全にフリーになってしまっていることを。

逆手に持っていたサーベルの持ち手を戻し、出力をギリギリにして敵機胸部に押し付けた。

コックピット部分が砕け、サーベル先端部分がビーム粒子の閃光を放ちながら、奥に侵略していく。

ジムは断末魔の叫びのようにシールド持った左腕を震わせながら頭上に高々とあげたが、数瞬後にはだらりと地面に落ちた。

 

「状況終了。無事、敵機の足止めに成功した・・と言いたいところだが、我が身の未熟さを痛感させられる状況だな。」

 

ガトーとしては機体は最低限の損傷で済ませたかった。だが、結果として右肩を深く損傷して連動した右腕もほとんど上がらなくなってしまった。

マニピュレーターは何とか動くが、武器をもっても狙えないというのでは意味がない。

幸いなのは敵のバルカンによる損傷が軽微に済んだことくらいである。

 

「基地で突っ込んできた連邦パイロットを未熟とは俺にも言えなかったな。」

 

そのように自分の醜態を見て、過去の自分を振り返ったガトーであるが、一先ずの目的である追撃を排除したのを確認し機体を仲間たちが待つ合流地点に向けた。

戦果だけをみれば連邦のジムを4機撃墜という戦果であったが、それを行った本人はそれほど誇れないと思っていた。

 

 

それから約15分後、ようやく不信に思ったA班はその惨状を見て多くのメンバーが逃げ出しそうな状態になっていた。

無理もないことかもしれない。トリントン基地は前線からもっとも遠い地上勤務地だ。

試験機の運用でMSに関するテクニックはその辺の正規軍将兵よりよほど優秀であるが、実戦を知らないという点では同じなのだ。

 

(宇宙で戦闘を経験した連中は大半がまだ前線かルナⅡでの警戒任務に駆り出されている。しかもその数は敗北のせいで少ない。・・こんなひよっこ連中ではたして通用するのか?)

 

「隊長、敵は手練れですね。イマクルス隊を全滅させるとなると隊長と同等かそれ以上かもしれないですよ。」

「隊長に対していささか正直すぎる意見だとおもうのだが」

「ジェイド殿。私は戦闘に関する率直な意見を討議するとき、礼儀は二の次でもいいと考えているのだ。別に気にしないし、君にもそう理解しておいてもらおう。それが、この隊で共に行動するうえでの最低条件だ。」

 

正直、普段ならばたしなめるくらいはしているのだが現状それどころではない。

彼としては、率直に意見を言ってくれた方が今は良かった。

 

(油断があったとはいえ、イマクルスほどのパイロットを返り討ちにしたのだから、相手の腕も一級品なのは事実だ。そんな相手が通信に関してあんな初歩のミスをするだろうか?)

 

ここまで考えると、イマクルス隊は敵にはめられたのではないかという疑念が生まれ初めていた。

通信の内容がどこまで真実を内包していたかは不明だが、少なくとも聞かれていることをある程度理解したうえで、敵機殲滅に利用されたとカーリングは感じていた。

 

「・・こうなったら、危険を承知で隊員を分散させて探索する。ただし、敵機もしくはその痕跡を見つけたらすぐに知らせろ。単独での攻撃は絶対に許さない。いいな!」

 

カーリングの指示を受けた隊員たちはその場から四方に散開していく。

残ったのはジェイドとカーリングのみだった。

 

「カーリング大尉。私は内陸に面した西よりの岩石地帯を探索し」

「いや、ジェイド殿には私と共に沿岸部探索をしてもらう。」

 

カーリングはそういってジェイドの意見を止めた。そうしながらも、さらに言葉を続ける。

 

「イマクルス達は当初、沿岸を集中的に探索していた節がある。どうやら、海から脱出する手段があると踏んでいたようだ。もっとも、私もそう考えていたのだが隊間の立場もあったから彼らに譲った。しかし、そのイマクルス達がやられた。恐らくこの推測は正しいと私は考えている。」

「では、なぜ他の部下に散開探索など」

「あくまで一部の者の『感』だったからだ。それに、宇宙にすぐ離脱する手段がないと断言もできない。だからこそ、先程の命令を出した。その上で、我々が疑いのある沿岸を探索すればいい。見つければ他の連中と合流して敵をたたく。」

 

カーリングはそういって、ジェイドと共に機体を動かし始めた。

ガトー達にとって、敵の追撃機自体は大幅に減らせたが危機はまだ乗り越えたとは言えない状況であった。

 

 



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第六十三話 困難な撤退④

ジェイド達が危険を承知で散開・探索を行っていた頃。

ガトー達をはじめとしたジオン潜入班は無事に潜水艦との合流を果たしていた。

もっとも、まだ敵地のど真ん中なのだから安心できる状況ではなかったが、合流した者たちは例外なく安心した顔を浮かべている。

そんな中、ガトーとドライエ艦長は顔を突き合わせながら深刻な表情を崩せないでいた。

 

「少佐。貴官が危惧していた状況よりも悪い事態に推移していると感じるのだが。」

「否定できません。作戦実行前は潜入班の三分の一しか戻れないということは考えていませんでした。さらに、メンバーの中に裏切り者が出るとは想定すらしてませんでしたし。」

 

ガトーは現状を招いた原因について艦長と相談をしていた。そんな彼の言に艦長が帽子をいじりつつさらに補足を加える。

 

「その裏切り者についてだが、連邦正規軍ではなさそうだぞ。通信を盗聴していたものによれば基地の正規軍をはじめ『リターンズ』も事態を正しく理解していないようだ。」

「ですが、我々の任務を妨害したことをみれば敵なのは間違いありません。そうなると候補は限られてきます。」

 

ガトーは咄嗟に2つの組織が候補に浮かんでいた。

 

一つは、『聖マリアレス教会』主導のサイド2からなる『任務妨害工作』である。

教会連中からすれば、連邦が弱体化する一方の現状を何とか打開し我々ジオンの力を削がせたいと考えているはずである。

故に、今回の任務で我々を連邦に捕縛させてしまおうと考えている可能性は大いにある。

仮に我々が捕縛された場合、ジオンが今後行う予定である停戦交渉に際して人質として我々を用いる可能性がある。

やり口がヤクザのようであるが、先に仕掛けたのが向こうだと主張しつつ、『捕虜を解放して欲しくば譲歩しろ』と脅しをかけることは外交では決して珍しくない。正規軍がせずとも『リターンズ』などは平気でするだろう。そうなれば戦闘状態は継続し、長期の睨みあいとなる可能性がある。その間に教会が他のサイドや連邦支配域の切り崩しを成功させてしまう可能性も出てくる。それ故の考えであった。

 

もう一つは、『リターンズ』と敵対している『クレイモア』という組織が介入している可能性である。

現状では、『クレイモア』は未知数な部分が多いが油断できない人材が集まっているというのがジオン軍内での認識となっていた。

エビル中将を中心に実働指揮官にマフティー大佐が就任していることは既に判明していた。

先のルウム戦役で先輩であるリーガン中佐と互角に切り結んだ相手である。

しかも、その時の行動を見るに『マスラオ作戦』を見抜いて行動していた節もあることからデラーズ、リーガン並みに鋭い相手だと考えられている。

そんな相手であるから、ジオンと『リターンズ』双方を共に弱体化させる算段でこちらに工作員を忍ばせていた可能性もあるのだ。

 

(どちらにしても、こちらが考えていた最悪のさらに上の事態に陥っている。この上は、一刻も早くここから離脱しなくては。)

 

ガトーはそう考えて潜水艦への積み込み状況を確認する。

非常に難儀しているのがはたから見てもわかる状態となっていた。

潜入に際して、ザメルを搭載してきたわけだが今は連邦から奪取した『ドゥバンセ』を代わりに積み込んでいる。ただ、問題がなかったわけではない。ザメルの脱出機構として用いられたドップをどうするかである。

 

「一応、ザメルの地上運用データは持ち帰りたいです。それに、ドップを放置して敵に鹵獲されたら機密が漏れる恐れもありますよ。」

「データだけ抽出して機体は沈めるという方法もある。」

「それはできるだけ避けたいですね。地上での空戦運用のデータと実機をセットで持ち帰りたいのです。地上での飛行データは貴重なので。」

 

ガトーなどは整備といろいろ話ながら折り合いをつけるために立ち回った。

ガトーがそういうのも無理はないのだ。前世においても、ドップの開発生産には労力をかなり咲かれていたというデータもある。

作り物の空間では地球上で耐えうる戦闘機開発は困難だったのだ。この後世でもそれは同様であり、データと実機はできれば持ち帰りたいというのが技術者・上役双方の意見であった。

 

そのようなイザゴザになりかねない問題は結果として解決した。

平たく言えば、両機とも積載可能であるという整備班からのお墨付きが出たからだ。

そもそも、ザメルが通常のMSの規格よりも大型機だったのが今回は幸いした。普通の機体の1.5倍の大きさに相当する大きさである。さらに、重量もあるために潜水艦への搭載時も苦労していたのだ。

それに比べて、脱出機であるドップははるかに小さい。奪取したドゥバンセも18.2メートルほどしかない。結果的に両機を搭載してもギリギリOKだと解ったのだ。

 

「もっと早くわかってもおかしくないような気もするのだが」

「それは仕方ないですよ少佐。奪取した機体の詳細データはついさっき抜き出せたんですから。それとザメルのスペック、潜水艦の限界積載値を比較してようやく確認できたことですから。」

 

このようなことがあったために時間を食ってしまった。だが、撤収のための目途もようやく立ちつつあった。そんな時だったろうか、警戒に当たっていたMSパイロットから連絡が入ったのは。

 

「少佐。MSが接近してきます。霧による視界不良で正確な距離などは解りませんが、音源からして数は2機。駆動音からしてザニーを改修したジム型1機、新型機1機と推定されます。」

 

その報告を聞いて、ガトーは基地で相手した敵を思い浮かべた。

脱出の際、相手をしたジムはザニーから改修した機体とは明らかに違っていた。他の機体に比べてバランスも良かったし、性能も初期型ジムを軽く上回っていたと思う。

念のため戦闘に際して、駆動音やらなんやらを雑音交じりとはいえとっておいたのでそれと照合させる。

答えはすぐに出た。間違いなく、基地であった機体と同種だった。

 

「・・根に持って追ってきたか?それとも同種の機体を使う別のパイロットか?」

「どちらにしても、まだ機体格納に時間が必要だぞ。こんなところを敵に攻撃されたら一たまりもない。」

 

ドライエ艦長は現状を再度、ガトーをはじめとしたパイロットたちに認識させた。

先程、ようやくドップを収容したところである。今はドゥバンセを固定している最中だ。

 

「まずいタイミングだな。」

「発見されたらこちらはまともに応戦できないぞ。」

 

ドライエ艦長の言う通りであるし、何よりもガトーとしてはこれ以上、戦闘を行って無用のリスクを増やしたくないとも考えていた。

戦闘に時間がかかればその分、脱出の時間が削られてしまう。また、既にドゥバンセも戦闘に参加させられない。となると、動かせるのは奪取したダウングレードタイプのザクだけである。

 

「ちなみにMS同士の戦闘に耐えられる機体は何機だ?」

「はっ!現在、まともに動くのは5機ほどです。ただ、不快かと思いますがまともな戦闘は無理であると具申させていただきます。」

 

部下の報告に無言で同意を意味する首肯を返す。機体性能がそもそも劣悪なのだ。

勝負になるはずがない。脱出時は、敵を混乱させたからこそうまく切り結んで突破できたのだ。冷静になった相手で性能面を上回る敵を相手取る。もはや罰ゲームの域であろう。

 

だが、そこまで考えてガトーはある考えが浮かんだ。

それは、少し歪な策であるが目的が敵の迎撃ではなく脱出なればこそ有効な考えであった。

 

(ダメ元で試す価値はある。それに失敗するにせよ一時的に敵の注意をそらせられる。損にはならないはずだ。)

 

ガトーはそこまで考えて、部下に戦闘可能な5機をMSを準備するように指示を出し始めた。トリントン基地方面での戦闘も佳境に入ろうとしていた。

 

 




地上戦の戦闘描写のむずかしさを痛感しています。
どうか、そのあたりは優しく見守っていてほしいです。


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第六十四話 困難な撤退⑤

ジェイド達はようやく敵を補足することに成功していた。

もっとも、2機では心元ないことや近づきすぎると敵に気づかれると考えたために距離を置かざる得ない状態ではあった。そのために敵船を確認することはできなかった。だが。

 

「隊長、6機全員がそろいました。」

「1小隊半という中途半端な陣容だが、敵はここからの離脱に集中している。故に守備のMSは無いと同様だろう。」

 

とはいえ、油断は禁物と皆が考えていた。隊長も同様なのだろう。

しかし、言葉とは裏腹に目つきは鋭いものだ。考えてみれば、基地潜入から強襲まで油断し続けた結果、常に後手に回り続けた。

試作機奪取、基地機能マヒ、追撃B班全滅。

今日一日で起きた事とは信じられないほど失敗の連続である。

 

「カーリング大尉。全員がそろったことですし、すぐに攻撃の詳細案を説明された方がいいでしょう。何らかの理由で敵がこちらの現状を察知している可能性もあります。」

「確かにその通りです。大尉、すぐに攻撃をかけて殲滅してしまいましょう!」

 

ジェイドの意見に対して、部下の一人がより過激な口調で攻撃を促す。

だが、ジェイドとしてはそこまで過激に率先したくて言ったわけではない。そもそも、彼は既にカーリング大尉と事前に打ち合わせ、どのように攻撃するかを説明するための雰囲気をつくるためにそう発言しただけであった。

 

(B班がやられた不安を消すためとは言え、こんな特攻思考の意見すら利用しなくてはならないとは。事前に聞いてなければ呆れている。)

 

イマクルス隊の壊滅によって低下した士気を引き上げ、いざという時に逃げ腰にならないようにする。その一環ゆえの発言だ。

だが、それで猪突猛進されては困るのですぐに大尉がそれを諌めつつ指針を示すために言葉を発した。

 

「その意気はいいだろう。だが、ただ突っ込むのと手順を定めて行動するのとでは危険度が全然違ってくる。こらえるのだ。・・それでは説明する。」

 

カーリング大尉は作戦案を説明し始めた。

もっとも、時間が少ないのだから内容はかなり単純なものだ。先に2機を先行警戒させつつ、可能な限り速やかに敵を補足殲滅するというものだ。

 

「先行させるといっても時間の問題や、敵の逆撃態勢を取って時間を稼ぐリスクもあり得る。偵察中も隊員全員が警戒を怠らないように努めて前進する。何か質問は?」

「敵が湾岸部分に逃走しようとしていることは確実なのでしょうか?敵の陽動という可能性もあるのでは?」

「これは私の感だが、敵にとってもそれほど余裕はないと考えている。その理由としては基地内で敵に多くのメンバーが死亡しているという事実だ。これは敵にとっても予想外の事態だと考えている。」

 

そう口にする大尉にはいささか不安な様子であったが、一方のジェイドは自信ありげな様子である。この発言はジェイドの考えである。

彼は追撃前に聞いた情報から恐らく、内部で裏切りでもあったのか他の勢力が横やりを入れたのではないかと考えたのである。

 

(それがアナハイムかサイド2か、それとも旧ザビ家の生き残りかは知らないが予想外な事態が生じたのは間違いない。ならば、敵に余裕はないはずだ。敵が態勢を整えてしまう前に敵を補殺してしまえれば。)

 

その様はジェイドの思考はともかくも、カーリング大尉も敵を早期に補殺すること事態には賛成なのであえてその言を借りることにしたのである。

そして、さっそく行動を開始してものの数分だっただろうか。先行させた2機から通信で援護を乞うと連絡があったのだ。

 

「何があった。敵か?」

『現在、複数の敵に攻撃を受けている。岩陰に隠れた敵機からマシンガンを随時浴び去られている状態で身動きできない。至急、援護を!』

 

カーリングとジェイドは即座に仲間と共にそこに急行した。

そして、そこは弾幕と煙が渦巻く場所と化していた。各所からマシンガンが飛び交っていると聞いて居たが、バズーカらしき爆音も聞こえる。

ふと、そこに敵機のザクが確認できた。頭部をこちらに向け持っていたマシンガンをこちらに向けようとしている。

 

「チッ!」

 

即座に反応したのはカーリングとジェイドの機体だった。

敵がトリガーを引く前にジェイド機がビームライフルで敵機頭部を撃ち抜く。

それで体制を崩した敵にカーリングの機体のビーム粒子がコックピットを貫いて敵機を爆散させる。

 

「大尉。どうやら敵も死にもの狂いで我々を足止めするつもりのようですね。」

「だとしたら侮れない。それ以上に時間もかけられん。」

 

大尉は返答しつつ、再び機体のビームライフルのトリガーを引く。

そして、放たれたビームは先ほど打ち抜いた敵機の後方でバズーカを撃とうとしていた別の機体胸部を撃ち抜いた。だが。

 

「・・妙だな」

「どうかしたのですか大尉?」

「敵の反撃、もとい攻撃が単調すぎる気がする。」

 

先程の敵もバズーカを構えていた敵にしても移動するでもなくその場所に陣取りつつ砲撃を加え続けていた。

それにMSのもう一つの攻撃手段であり、優位性の一つでもある格闘戦を行う素振りがまるでない。

無論、砲撃に徹して時間稼ぎというのは解る。だが、目の前で味方機が打ち抜かれていたはずなのだから、せめて移動しながら砲撃なり位置を変えようとするのが自然である。

 

「もしや無人なのではないか?」

「いささか突飛な考えとは思いますが、確かに気になります。」

 

そう返したジェイドは、さっそく撃破した機体の1機をチェックし始める。

血なまぐさいようだが、遺体があるかを確認すれば懸念も晴れるというものだ。

 

「どうだ?」

「・・う、確認しました。遺体です。ただ、黒焦げな上にバラバラなので長時間見ていたくないですね。」

「そうか、こちらの取り越し苦労だったようだ。だが、これだけ決死の守りを固めているのだから、その先に敵の離脱手段があると見て間違いない。叩いて進むぞ!」

 

それからの戦闘は各機がペアを組んで警戒しつつ、敵を排除していくというものだった。

敵もところどころで攻撃を加えてきたが危なげなく各機に撃破されていった。

 

途中、沿岸部が二股に分かれている部分があり双方に偵察を出すべきかとも考えたが敵は左側の道にMSを配置して守りを固めているようだった。

兵士を犠牲にしてまで沿岸への道を死守している点から見ても、敵がそちらに離脱手段を配置していると判断した。何よりも時間をかけると敵を取り逃がしかねない。

 

「蹴散らして突破するぞ、必ず敵を補足し、基地の連中の敵をとる!」

「当然です。」

「踏み台にされた屈辱、今度こそ晴らしてやる!」

 

カーリングの叱咤、部下たちの戦意、ジェイドの非常に気になる独白などを否定するようにMSがマシンガン、バズーカを構えてゆく手をふさぐ。

だが、機体の性能やパイロットの質が勝っていたためかついに敵の守りを突破することに成功、ついに沿岸に到着した。・・したのだが、そこには敵機の影も形もない。

船・潜水艦の影すらない。

 

「大尉、もしや」

「そのまさかだが、嵌められたかもしれない。」

 

そう通信を聞いた直後、突破してきたMSが吹き飛ぶのが聞こえてきた。

必死に突破していた敵機が各所で自爆していくのが彼らの目に飛び込んでいた。

 

 

 

調度その頃、ガトーとドライエ艦長は船内で腕時計を確認していた。

それは、出航して2分ほど経ったときの一風景である。

 

「そろそろ、配置しておいた機体が自壊しているころですな」

「ええ。この段になって攻撃を受けないことから見ても何とか敵が嵌ってくれたようで一安心しています。」

「しかし、最初聞いたときにはいささか無理のある策だと思いましたよ。」

「苦肉の策です。今後はこのような一か八かの賭けは控えたいと思っています。」

「かなりギリギリの案でしたが、なんとか兵士たちに犠牲を出すことなく済ませられた時には胸をなでおろしましたよ。」

「私もです。何よりも、時間が無い中で私の無茶な策に協力してくれた整備班やパイロット達には感謝してもしたりません。」

「そう思っているなら、彼らと君自身が必ず本国に帰還することでチャラにするので任務遂行に専念してください。」

 

そう言われたガトーはドライエに無言で頭を下げた。

そして、ドライエはそれをちらっと見ただけでそれ以上、策について批評することは基地に着くまでなかった。

 



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第六十五話 擦り付け合い

 

カーリングたちが完全に敵を取り逃がしたことはそれから1時間以内に基地にいたほぼ全員が知るところとなった。

そして、この段になるとジェイドの独断も露呈し始めていた。

 

命令違反、無断出撃、無断同行など今回の基地襲撃時の行動で複数の余罪が出てきていた。

勿論、サツマイカン少佐が何もしないはずなかった。

ジェイドを執務室に呼びだし、烈火のごとく怒りを爆発させた。

 

「何をしとるんだ、貴様は!無断で部隊に同行したうえに取り逃がしましただと。そもそも、貴様は待機せよと命令されてただろう!」

「ですが、あの時は敵を追撃するのに一人でも多くのパイロットが必要と判断したため」

「ほう、だとしてもカーリング大尉に言った話についてはどう弁明するつもりだ。あんな話をねつ造するなど論外だ。我々『リターンズ』の品位を下げかねない愚行だぞ。」

 

サツマイカンとしてはジェイドが語っていた内容はかなり真実をついていたが、それは偏見に基づく推測から導かれたものだった。そもそも、ジェイドがそのようなことを知ることは立場敵に不可能なのであるから、間違いないことである。

 

「貴様のような奴は『リターンズ』どころか正規軍にすらいられ無いようにしてやるぞ!」

「・・少佐、そんなことをしますと損をするのは閣下自身ですが。」

「どういう意味だ?」

「実は、つい先ほどのことなのでお話しできませんでしたがマスク大佐が直々に私に通信を送ってきました。」

 

サツマイカンとしては、看過できない情報であった。

奇襲直後に敵を追撃、撃滅するとマスクに豪語したばかりだったのだから当然であった。

 

「そ、それで大佐はなんと。いや、貴様は何を話したのだ!」

「ありのままをそのままお伝えしました。私は形式的にはまだ『リターンズ』に籍を置いておりますので命令されれば答えないわけにはいきません。」

「貴様、私に責任を押し付けて自分の安全を」

「いえ、そのようなことは言っておりません。追撃は所属将兵として当然の行動であり、義務ですと話ました。私の行動はカーリング大尉に説明していた内容をそのままお伝えし、組織を守るため、少佐から命を受けて行動したと。」

「そ、それはどういう」

「つまり、ここで私を処断すれば大佐には真実が筒抜けになりかねません。」

 

要するにジェイドはサツマイカンにとって苦しい二択を迫っている。

 

一つ目、これはジェイドを処断する場合。

そうすると、サツマイカン少佐は敵機追撃にあたったものを処分した。だが、何を理由に処断したのかを大佐は訝しむだろう。そうなると、現場関係者への聴取が徹底的に行われる。その過程で、サツマイカンは命令を出していないばかりか唯一追撃した『リターンズ』兵を処分したということが解るだろう。

さらに突き詰められると大佐からの念押しを甘く見ていたことまで露見する。

そうなれば、基地運営力の無さに加えて大佐からも個人的に睨まれるという非常にまずい事態になるはずである。

 

二つ目、これはジェイドを処断せずにその行動は自身のものであったと宣言してしまうことである。

言い訳としてジェイドが用いた言であるが、筋は一応とおっているし組織としても『リターンズ』からも追撃要員を出して即時対応していたという体裁も成り立つ。

ただ、この場合だと現地将兵への情報隠蔽を行ったことになるのでそれなりの処分は下ることもある。だが、マスクからはにらまれないという別の利点もある。

 

「どちらにしても、私は処断されてしまうではないか!」

「二つ目の案であれば、閣下は恐らく組織内査問ということでごまかせるでしょう。恐らく前線勤務で責任を取れという話で落ち着くはずです。ですが、一つ目の案ですと閣下は正規軍と『リターンズ』双方から処断対象にされる恐れがあります。私も軍籍剥奪でしょう。私は嫌ですし、閣下も御免でしょう?」

 

ジェイドの提案は確かなものであるしサツマイカンとしては納得するしかない側面をはらむのは事実であった。だが、まだ問題はある。

 

「機体を奪われたことはどうするのだ!この責任は私にもあるのだぞ。」

「それはトリントン基地の警備部要員全員に連帯責任というのはどうでしょうか?保安要員が見過ごして侵入を許したのは確かな不手際。さらに、警備システムがいじられていたということにすら気づいていなかったのも問題です。無論、それを指導するはずの基地司令官も同様でしょう。そこで、彼らを減俸の上で別場所に左遷させるというのはどうかと。」

「基地の要員が一気に減る!混乱するぞ?!」

「我が『リターンズ』の息がかかった人間をまとめて移せばいいではないですか。この地域での影響力はさらに増大するはずです。さらに正規軍に責任を丸ごと押し付ける口実に利用するという手もあります。いかがでしょうか?」

 

そもそも、『リターンズ』とは非正規組織である。

それ故に、正規軍とは別の枠組みで運営されている組織だ。無論、批判者も多い。

だが、今回の失態が正規軍の不手際によるものだということにしてしまえばその勢いはかなり抑えられるはずだ。むしろ、『リターンズ』への増員につなげることも可能かもしれない。

 

「・・いいだろう。その方向で大佐と話を進めよう。」

「お聞き入れ下さり恐縮です。」

「だが、貴様の案を採用するなら正式な命令で今度こそ連中を見つけ出し、機体を奪還せねばならない。無論、そうなれば」

「無論、私が行きます。今回は、敵にしてやられてしまいましたが、必ず見つけ出して私の名誉を挽回したく思っていますので。」

「ふん、せいぜい頑張るのだな。私としては貴様がジオンの連中に殺された方がいいのだが。」

「その期待とは別の成果を必ず、閣下にご報告して見せます。」

 

そう言って、ジェイドは執務室を出た。

彼自身、先ほどまでの会話を思い出して頭をかいた。

本来、彼はあんな策謀に類することを得意とはしていないはずであった。

だが、自分が助かるためにはどうすればいいのか?

基地に帰還するまで考えた末に思いついた考えであった。もっとも、非常に後味の悪い気分を彼はしばらく拭えそうにないと心で思わずにはいられなかったが。

 

「おお、ジェイド少尉。少佐殿は執務室に?」

「カーリング大尉。はい、まだ執務室にいますよ。それは?」

「ああ、基地司令からの抗議文書と敵MSパイロットの検死結果だよ。」

「何かわかりましたか?」

「うん。結論を言うと、あれは『死体』ではないことが判明した。」

 

ジェイドはこめかみを引き攣らせ批判的な目で言葉を返す。

 

「ですが、私が見た限りではあれは明らかに死体でした。違うならいったいなんだったというのですか。」

「詳しくは検死結果に載っているが、鳥や牛の骨と各種肉類の塊だったことが判明している。どうやら、偽装のための小細工だったようだ。その証拠に、時間がなかったのか沿岸付近のMSにはそれらの細工はなかったそうだ。・・やられたよ。」

 

ジェイドもカーリングもその後、互いに笑いあったが心境は少し違っていた。

ジェイドは二度にわたってコケにされたという憤りを抑えたもの、一方のカーリングはもはや投げやりだと言わんばかりのため息交じりの笑いであった。

 

 



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第六十六話 通信・協力・会合

話数投稿が遅れた分、たまった話を投稿しました。



 

ジェイドとカーリングがそれぞれの思いでやきもきしている時、サツマイカン少佐はマスク大佐からの通信をうけていた。

マスク大佐の通信第一声は、サツマイカン自身の不備に対して不満を爆発させる形のものであった。

 

『あれほど警戒するように伝えておいたのに、貴様は何をしていたのか!』

「基地の警備、ことに海上警戒に対しては第二軍港のほうから駆逐艦・哨戒艦を随時出していたので油断していたのは否めません。ですが」

『ジェイド少尉から話は聞いている。基地警備・保安態勢に致命的な穴があったのだということは。だが、それがないかどうか基地司令に圧力をかけて徹底しておくことはできたはずだ。』

 

サツマイカンとしてはそれ以上、言い訳ができるはずなかった。

何しろ、本当に何もできないうちに奇襲され取り逃がしてしまったのは紛れもない事実である。

しかも、彼が出したことになっているジェイドの追撃命令も実際は彼個人の独断なのだから。

その後、ジェイドとの会話で話した謀略をサツマイカンは説明した。無論、ジェイドの行動を容認したほうの案である。

それを聞いた大佐は、ひとまず怒りを収めつつサツマイカンに対して口を再び開いた。

 

『まあ、いいだろう。そういうことであれば今回の件は免責と一時減俸という形で手をうとう。ところで、追撃はするのだろうな?』

「無論です!現在、各基地に指示を出して敵が寄港する可能性がある場所を調査させています。宇宙に逃げられる前に補足して見せます。」

『よかろう。ちなみに、メンバーについてはどうするつもりなのだ?』

「はい、我が『リターンズ』からはジェイドをお目付け役としてつけます。隊長は引き続きカーリング大尉として新造された新型艦に搭乗、追撃にあたらせます。」

 

これについて大佐はなぜ『リターンズ』からより多くの兵を割かないのかと訝しんだが、少佐はそれに説明を重ねた。

現在、非常に微妙な時期であるし今回の件で基地要員は大幅に入れ替えられるだろう。その中で最も後処理に困るのは地上勤務のMSパイロットである。

そこで、今回の追撃任務で何らかの功績をあげれば『リターンズ』への異動、あるいは別の基地への栄転も考慮するとして彼らに追撃任務に就いてもらうというわけだ。

 

(これなら、『リターンズ』の組織力・人員に被害が出ずに済む。成功すればそれはいいし。失敗してもこちらの懐はそれほど痛まない。・・まあ、新型機を失うという点では損だが、組織全体の弱体化よりは数段マシだ。)

 

マスク大佐もジャマイカン少佐もほぼ同ようの結論に至っていた。

 

「ところで、先程から大佐はジェイドを少尉と言っていましたが。」

『我が『リターンズ』の兵である以上、いつまでも候補というわけにはいくまい。』

「た、確かに彼は今回いろいろ働いてくれました。しかし、性格などに問題も多く隊へ正式に入れるにはいささか早いかと」

『今回の任務で成果をだせば問題なかろう。その時は中尉に昇進させて宇宙での主だった任務に就いてもらえばよい。だが、失敗すれば代わりの人間に挿げ替えればいいことだ。』

「その通りですな。」

 

サツマイカンはこの時、むしろそうなればいいと不敵な笑みを浮かべたが大佐の次の言葉でそれも吹き飛んだ。

 

『・・だが、それは彼だけではない。あまり失態が目立つようならば少佐クラスの士官にも同様、いくらでも変わりがいる。そう思わないか?』

「か、閣下のご期待に必ず答えて見せます。失望はさせません!」

 

『冗談だ。』

 

そう冗談めいた笑いと共に通信は切れたが、サツマイカンにはそのセリフが本気のものにしか聞こえなかった。

 

(今日は眠れそうにない。)

 

彼は今日、寝床でも悪夢を見ることは間違いないと思わずにはいられなかった。

 

 

 

そんなやり取りがあった頃、トリントン基地からほど遠くない位置にある第二軍港では基地司令であるゴーヴェン准将と『クレイモア』のバルキットが互いに敬礼を交し合っているところであった。

基地強襲の知らせを受けて、マフティーから派遣されたバルキットは前後の事情を把握すると共に、敵の目的とその後の逃走経路などを追尾する予定となっていた。

 

「よく来てくれたね。確か大尉でよかったかな?」

「本日付でそうなりました。正直、まだ早いと大佐にも話したのですが。」

 

バルキットはこの基地に派遣されるまでは中尉であった。もっとも、ルウム戦役では一介の少尉であり、戦場では機体を損傷するなど戦果も挙げていないはずだった。

それでも中尉に昇進し、現在では大尉にまでなっている。彼の戸惑いももっともなことではあったかもしれないが。

 

「少し、休むかね。基地はご覧のありさまだがそれぐらいのスペースは用意するが。」

「いえ、すぐに仕事に入ります。・・敵の目的は基地攻撃だったのですか?」

「いや、本命はトリントン基地の試作機奪取だったようだ。ここ2、3か月はその試験に関連する警備項目の追加でこちらも手を焼いていたから別段、驚きもなかったがな。」

 

それを聞いたバルキットは頭をかきむしりながら何をやってるんだかとぼやいた。准将としても同様の思いではあったが。

 

「敵は潜水艦で脱出したと追撃隊は考えているようだった。もっとも、取り逃がしてしまってはいささか手遅れのような情報かもしれないが」

「しかし、面目をつぶされた基地連中や『リターンズ』も黙っている訳ではないでしょう。今頃は子飼いの『大陸間横断公社』の情報網で探りを入れているでしょうね。」

「大尉の言う通りだ。現在、各地の支部から『リターンズ』と関係が強い各基地に情報がわたっているらしい。君らはどうする?」

「大佐から内密に接触して欲しいと頼まれた者がいるのですが、地上基地勤務者で口が堅い仲介者を使って探してくれませんか?」

「それは構わんが、いったいどういう人物かね?」

 

そう、言われてバルキットは個人的には民間人なんで巻き込みたくないとぼやいた末でこう答えた。

 

「オウ・ヘリンという男です。」

 

 

 

また、別の場所。よく言えばホテルの一室、悪く言えば窓ひとつない簡素な部屋において。

サツマイカン少佐が頭を抱え、ゴーヴェン准将がバルキットの頼みを聞いて居た調度その時、マスク大佐はある人物と共に今後『協力者』となりえる人物と会合を持とうとしていた。

 

「大佐、先程私の耳に基地強襲やら試作機強奪なる不穏な知らせが届いたが事実なのかね?」

「まことに遺憾なことながら事実のようです。ですが、サツマイカン少佐をはじめ現地正規軍が追跡を続行しております。それに、閣下が所有しておられる『大陸間横断公社』からの協力もありますので。心配ないと思われます。」

 

そういって、普段の嫌味な笑みではなく社交辞令的な笑みを相手に向けた。

その相手とはサミトフ少将。いや、先週の辞令で正式に中将に昇進し連邦内部で発言力をさらに増大させている『リターンズ』の最高指導者。マスク大佐の上官でもある。

 

「『協力者』にも関係がある機体なのだろう。問題はないのか?」

「ご安心ください。『例の者』が使う機体のデータは事前にこちらに送った後でしたので致命的な問題にはなりません。」

 

大佐がそう答えた時、二人の部屋に三人目の人物が入ってきた。

いや、その後ろにさらに眼鏡をかけた20代前半の男がいる。そして、その彼の前にドアを開けた女性が微笑を浮かべながら謝辞を口にした。

 

「わざわざ、お時間をいただいた上に待たせてしまい申し訳ありません。」

「いや、気にすることはない。それほど待たされてないからな。」

「では、改めまして自己紹介を。私がジェーン・ワダムですわ閣下。後ろにいるのが助手のレイシャル・ニヒトーです。」

 

そう言ったジェーンと言われた方のレイシャルは見た目や年齢から言えばそれほど特徴的なものを持たない二人である。だが、そんな二人が場の雰囲気に影響を与える要素が二つ存在している。

 

一つは、上着代わりに医者が来ているような白衣を羽織っていること。

もう一つは、彼女たちが『ローカスト研究所』の職員であるという事実である。

 

 



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第六十七話 捻くれ研究者

 

紹介が終わり、互いがソファーに腰掛ける。

サミトフは直後に足を組み、マスク大佐はその傍らで立ったまま控えている。

一方、ジェーンは落ち着いた動作で静かにたたずみ、助手のレイシャルはマスク大佐と同じようにその傍らに立ったまま待機する。ただ、マスク大佐と違っておどおどしているのが目立つ。とてもローカスト研究所職員とは思えないと『リターンズ』の二人は思った。

 

 

前にも軽く触れたが、ローカスト研究所は前世のオーガスタ研究所に位置づけられる施設であり、人口ニュータイプの製造・研究に主眼を置いた機関だ。

前世同様、多くの者はそこが『マッドサイエンティストの実験場』だと暗黙の裡に理解していた。

サミトフが今回会う人物はその中でも少し風変わりな研究者として知られた人物である。

その当事者と助手は研究所でもかなり変人、もとい狂気じみた人物だと聞いていたので想像と現実のギャップに戸惑うことになった。

それをどう感じたのか、ジェーンはニッコリ笑いながら口を開いた。

 

「この前はお時間をつくっていただいたにも拘わらず私の体調のせいで助手を行かせたこと。大変失礼しました。」

「かまわん。君の助手とやらからも大まかな確認はできたからな。『被検体08番』はかなり使えると思えた。だが、本格的なところはやはり本人としっかり話したかったのでな。」

 

そう答えながら、彼女の隣りにいる助手を見る。

実は、彼には少し前にワダムの代理として顔合わせをしていた。今はあの時より砕けた服装だが、見た目にそれほどこだわりを持たないのは優れた研究者と助手の悪い癖なのだろうか。

 

(これ以上、閣下への心象を悪くしないでくれ。この俺の立場が無いではないか!)

 

マスク大佐などはそう心で叫んでいた。無理もないことかもしれない。

何しろ、当初顔合わせを予定していた日。突然、キャンセルされたのだから当然だ。

だが、後から来た助手から『病気のために隔離された』と聞いたのでやむなく面談を延期にしたのである。已む得ない事情とはいえ、心象は非常に悪い。

 

「まさか、研究者がこの時代にインフルエンザとは。いささか驚いたよ。」

「研究所では研究者・被検体にかなり広がりまして、大規模な隔離をしなければならないほどでした。いつの時代も根本は変わりません。」

 

二人はそうたわいないやり取りから会話に入っていった。

もっとも、この会話がそんな和やかに終わることはないだろうと当人たちは理解していたが故の会話だったと、後にマスク大佐は振り返ることになる。

 

「その被検体を我が『リターンズ』に納入するという件だが。君もタダで手放しはすまい。見返りは何を求める?」

「閣下は率直であられる。別に大したことは望んでいません。ただ、二つほど確約していただきたいことが。」

 

ワダムはそこで一呼吸開けて、再び口を開いた。

 

「私を正式にリターンズ所属の技術将校にしていただきたいのです。階級は特に問いませんが自分の研究を継続できるように手配をお願いしたい。」

「それはフランクリンのような待遇、またはそれよりは上の優遇をしてほしいという意思表示かな?」

 

サミトフはさらに露骨に考えを口にした。

フランクリン・ボルダーのことはローカスト研究所でも有名である。詰まるところ、機体開発にも口出しすると言いたいのだろう。

 

考えてみれば、強化人間をつくるとなると機体とのセットが基本となってくる。

前世でもその傾向が強かった。

ジオン系ならば、キャラ・スーンとゲーマルク。マシュマー・セロとザクⅢ改だ。

ティターンズならば、サイコ・ガンダムとフォウ・ムラサメ。さらに極端な例ならばロザミア・バダムがいい例だろう。

初期はギャプラン、中期はバウンド・ドック、後期にはサイコ・ガンダムMk‐Ⅱを乗機として使いこなしていたのだから。

どの機体も癖が強すぎる。それ故に正規パイロットではほとんど使いこなせない機体と言えた。

どうやら、後世も例外ではないらしく似たようなことを考える者がいたらしい。

 

「畑違いのことにまで口を挟まれるのはこちらとしても不快なのだが。」

「重々承知しております。ですが、優れた兵に優れた武器を持たせるのは決して組織にとってもマイナスではないはずです。」

「どんな機体でも使いこなすことも強化人間の重要要素だと私は思っているが。」

「失礼ながら、閣下は『使いこなせる兵士』より『勝利できる兵士』を求めているように感じました。もしそうならば、確実に強化人間の性能を引出切れる外部装置をつくる事は重要です。」

 

サミトフはワダムの受け応えを冷めた目で見据え続けている。

見られている当人は自分の言に酔っているようで気づいていない。いささか不快であった。

だが、同時に気になる事もある。

 

(こんなに軽い人間が本当に一流の研究者か?)

 

サミトフはそう感じ始めていた。

彼の知る限りではローカスト研の者たちに共通の素養がある。それはどんなものでも利用して自分の成果を獲得する強かさだ。

無論、頭がいいのは最低条件だがそれに加えてそのような側面が強い連中が集まっている節があるのだ。だが、彼女から感じるのはそれとは程遠い。

まるで夢を見続けている女性の妄言を聞いているような感じだ。そして、ふと気づく。

 

「わかった、善処しよう。少なくとも自分の研究室を持たせるというのは保障する。ただ、その前に一つ確認したいことがある。」

「検体のことであれば何でもお聞きください。閣下の期待を裏切るようなことだけは無いとお約束できますので。」

「では。いつまで検体に話させておくつもりか?」

「!!」

 

マスク大佐などはその言葉に驚いた。

この女性が研究者だと紹介されてサミトフに伝えていたのは他ならない彼だったからだ。

 

「・・おっしゃっている意味が理解できかねま」

「いい加減、人形に話させないで自分で話して欲しいものだ。セリフはいろいろパターン化して覚え込ませていたようだが、いささか凝り過ぎた。逆に怪しいと感じるほどにな。そうだろう、『助手』のレイシャル殿。」

 

そう言われたレイシャルはサミトフの詰問するような目を受けてさらに狼狽し、おどおどしている。だが、それにかまわずにサミトフは言葉を重ねた。

 

「いい加減に自分の口で話たまえ。身を守るためか、我々を見極めるためかは知らないが我々の基に来るならそれぐらいの礼儀は弁えて欲しいものだ。それとも、大佐のブラスターに打ち抜かれるまでこの芝居を続けてみるかね?」

「わ、私は」

「大佐!10秒待ったら私の合図で撃ち殺せ。礼儀知らずな研究者にはお似合いの最後をくれてやれ!!」

「は!謹んで実行させていただきます。」

 

そう言って、カウントを始めるサミトフとブラスターを向けるマスク大佐を見て、当初はおどおどしていたレイシャルは驚愕の視線を二人に向けた。

だが、カウントが『5』を過ぎた頃、彼の表情と雰囲気が変わった。先ほどのおどおどしていた貌は完全に消え去り、目つきは鋭く口はやや吊り上った笑いの表情をつくる。

そして、ワダムの隣りに両手を上げながら座った。

 

「フッ。参った参った!降参、私の負けです閣下。」

「君が本当の研究員だな。それと、助手などはいないのだろう?その隣の女が秘書兼実験体と言ったところか?」

 

そう言ったサミトフの問に対して、レイシャルはうなずいて肯定した。

もっとも、それに付け加えるように『私専用の護衛としてです』と付け加えたが。

 

「つまり、実際の納入品は別なのだな?」

「はい。彼女より優秀だということは保証致します。そちらの新型ジム3機を旧式のザニーで単独撃破できる実力と言っておきましょう。」

 

これにはマスク大佐の方が気分を害したように笑顔を消してしまった。一方のサミトフとレイシェルは先ほどの緊迫感は既になく、和やかな会話と言った感じだ。

その後は互いに話合い、一度『ラズベリー・ノア』へ訪問して設備などを確認することなどを互いに話し合った。

 

 

そして、話も終盤といったところでレイシャルはさも当然と言ったように驚くべき話を口にした。

 

「そう言えば、最近はジャブローやルナⅡの幕僚方からも別の研究者に依頼が来るようになっていると聞きました。二股をかけるつもりなのかと訝しんでいるのですが、そちらとは無関係なのですか?」

「いや、それは初耳だ。ジャブローからというと、総司令官直属か参謀本部か?」

 

サミトフとしては非常に気になる情報である。

参謀部の連中を歯牙にもかけていなかっただけに、彼の言うところの『保身主義者共』がそんな思い切った行動をとっているとは信じがたかったのだ。

 

「参謀部の方だと聞きました。何でも人工的にNTを製造できないかと依頼があったようです。私とは微妙に意見が合わなかったので御鉢は来ませんでしたが。」

「大佐。ジャブローに関してはどうなのだ?」

「現地にいた時に噂の一つとしてはありました。ですが、ジオニズムに抵触する内容であるNTの模倣品を上役連中が求めるはずないと大半は考えていました。」

 

サミトフとしても信じがたい話ではあった。噂について説明しているマスク大佐にしても同様であるようだ。だが、現実としてローカスト研究所に接触してきている。

 

「閣下。この情報を聞いたからと言って他の研究者の囲い込みなどはご遠慮ください。もし、それをされるなら私は閣下との約束もなかったことに」

「いや、それはすまい。私としても、君という研究者とその成果が手に入れば上場だと思っている。囲い込みなどをする気もない。・・だが、念のため視察という形で定期的にこちらの関係者を訪ねさせることにしよう。上役連中の弱みになる情報に接することもあるしな。」

 

サミトフはそういってレイシャルの疑いを晴らすように説明した。

以降、『リターンズ』はローカスト研への積極的な接近を控えるようになる。その一方でジャブローをはじめとする正規軍上役などからの依頼などが増加することになるのだ。

だが、それが後日に何をもたらす結果になるのかそれを知る人物は地球にはいなかった。

 

 

 

 

サミトフ達が先の会話をしていた時と同時刻。

簡素なパイプ椅子と机が備え付けられた一室において以下のような会話が行われた。

 

「『鼠1』より知らせが来ました。やはり積極的に研究所へアプローチを掛けるようになっているとのことです。」

「予想していたことではあるが、正規軍の連中も『リターンズ』と変わらないな」

「確かに。だが、その『リターンズ』は逆に距離を置くような姿勢を取っているというのも事実か?」

「はい。一応、定期的な視察は継続しているようなのですが前のようにサミトフ中将やマスク大佐など重要人物は来なくなったとのことです。」

 

それを聞いていた一室の面々は口ぐちに不安を語りだす。

そして、それを代表するように一人が言葉を発した。

 

「閣下。当初の作戦に支障はないのでしょうか?もし、これに失敗しますと我々の立場はかなり危うくなります。」

「確かにそうだ。しかし、既に矢は放った後なのだ。その矢が的を射ぬいてくれるか?それとも途中で落ちてしまうのかはわからぬが、我々はその矢が成果を上げるのに期待して準備を進めよう。」

 

その言葉を合図とするように一室から次々と人が去っていく。

後に残ったのは、彼らが飲んでいたコーヒーのカップと冷めてしまった『あるモノ』であった。

 

 




今までの約3000文字を少し過ぎてしまいました。
ただ、この話はいろいろ伏線的な情報をちりばめる必要があったのでこうなりました。
ご了承ください。(-_-;)


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第六十八話 宇宙への切符

更新が非常に遅れました。
体調不良・・言い訳にしかなりません。すいません!


 

各種暗躍や責任のなすりつけ合いなどが連邦内であってから約1週間。

ようやくガトー達は鉱山基地への帰還を果たしていた。この後は最後の問題に着手するだけである。

 

「後は宇宙へ帰るだけか」

「兵士皆が懐かしがっております。・・今回、犠牲になった者たちについても遺族に報告したいというものもいますし。」

 

それを言われるとつらい。基地内での潜入工作に際するアクシデントによって隊長を含めて多数の犠牲を出した。

確かに、表・裏双方の目的は達成したが隠密任務であっただけにほぼ失態と言ってよい事態である。これでは帰還しても成功と言えるのか、非常に疑問だとガトーですら思っていた。

 

「まあ、帰還については安心してくれ。メンバー全員を必ず宇宙に上げてみせるよ。」

 

ノイゲンは不安を感じさせない態度で請け負った。

その声には落ち着きと年長者特有の空気がある。説明は難しいが、安心感を与えるというのが一番しっくりくるものだ。ただ、その自信がどこからくるのかガトーは図りかねるといった視線を向けざる得なかったが、それとは別に彼には多大な迷惑をかけている。

だからこそ、次の言葉が非常にスムーズに出てきた。

 

「迷惑ばかりかけしてしまいます。基地の維持に加えてこのような苦労まで」

「前半は貴殿が気にすることではないよ。上層部の指示なのだし、後半についても隠密だったとはいえ、任務だったのだから。不測の事態だと容易に想像できる。」

 

そう言いながら、ノイゲンはガトーを自分の部屋に通した。

今後の方針を確認するためだが、ドライエ艦長の姿はいつの間にかなかった。

 

「ああ、艦長はさっき船に帰った。彼はこの後、撤収の準備などで忙しくなることだしな。」

「撤収?」

 

その言葉にガトーは当然感じる疑問を持った。

そもそも、敵に発見された兆候すらないのになぜ撤収の準備をしているのか?

 

「この基地の人員を移動させるための余剰スペースの確保や軍事機密の抹消などいろいろあるからな。これは君たちが宇宙に帰るために必要なことでもある。」

「基地の放棄と関連があるのですか?」

 

その問いにノイゲンはデスク上のボタンを操作し、立てかけられているスクリーンを起動させる。

そこに映し出されたものには見覚えがある。もっとも、地上降下時は今少しシャープな外観の物であったが。

 

「HLV!このようなものをいつの間に。」

「地上潜入と基地設営、それと前後してアナハイムが廃棄した部品から使える物を集めて作らせたものだ。まあ、一部足りないものは連邦の地方基地から少しかすめたりもした。性能は問題ない。部品の寄せ集めではあるが、設計図を基に組み立てたものだし、エンジンなどのテストも既に良好だと技術屋連中も言っていた。」

 

ガトーは驚きながらも、このような秘匿性の高い基地でテストなどできたのかと疑問を口にしたが、ノイゲンはそれにも答えて見せた。

 

 

ノイゲン達がいるダイヤモンド鉱山跡は元々、休火山がある場所に設営された。

もっとも、現在の連邦は知らないことだが、その火山は既に死火山であるらしい。

そこで、それを利用して火口部にHLVを配置し、不定期にエンジンテストをしていたらしい。確かにこれならば、エンジンによって発生する熱や煙は連邦が思うところの『休火山』の一時的な活動だとごまかせるだろう。

HLV本体については岩に偽装しやすいように配色を施し、ゴム製の『脱着式軟性岩』なる偽装岩まで随所に配置して岩と見分けがつかないようにしていたらしい。

その映像を見たガトーも、最初は見分けがつかないほどであるから大したものである。

 

「しかし、本来は別の目的で整備していたものではないのですか?」

「聡いですな、その通り。お恥ずかしい話ですが、戦線に問題が生じた場合の離脱手段の一つとして整備していたものです。ですが、少佐の現状を聞いた時、今こそ使い時だと私は感じたのです。」

 

確かに、宇宙に帰る方法は限られている。

最初に思いついたのはアナハイム経由でシャトルに搭乗する方法だ。恐らく名目は『荷物』としてだが、恐らく出ることは可能だろう。

だが、基地を強襲された連邦側はかなり検閲を厳しくしていることは容易に想像できる。

そのため、成功率は当初よりも低い。それに、奪取した敵機を運ぶことも恐らく不可能になるだろう。表向きの任務は放棄するしかなくなる。裏向きだけならばもっとも可能性が高いプランではあった。

 

次に考えたのは、連邦の所有する物資輸送用シャトルを奪ってしまうというものだ。

トリントン基地強襲の要領で打ち上げ基地周辺にミサイルの雨を降らせ、その混乱に乗じて機体を運搬・離脱というものだ。

だが、これは力技だとも思えた。確かに、これなら機体も運べる可能性は高い。だが、ミサイル攻撃によって打ち上げ設備に不具合が生じる恐れもある。

仮にうまくいって、宇宙に行けたとしても上空には物資受け取りと運搬のために待機している連邦艦隊やMS・MA部隊がいるのは必然である。それを振り切って、回収部隊と合流・離脱しなくてはならないのだ。この方法はリスキーだとすぐに想像がついたので除外に時間はかからなかった。

 

これらの考えをもっていたところだったので、基地司令ノイゲンの提案は非常に助かるものであったが。

 

「司令や部下たちは?」

「我々は少佐たちを無事に送り出した後、基地を放棄する。その際、ドライエ艦長の潜水艦で別拠点に移動するつもりだ。」

「これほどの規模の拠点を手放す。しかも、我々の不手際のために。」

「いや、気になさるな。元々、ここの維持も限界に来ていた。近い将来には連邦に感づかれていたと思う。ただバレて放棄するより、味方を脱出させたという成果の上での放棄の方が我々にとっては誇らしいのです。」

 

そう言って、ノイゲンは少佐にグラスを手渡した。そんな彼の手にはいつの間にかウイスキーが収まっている。

 

「閣下、一応軍務中ですので」

「脱出前では恐らく今くらいしかゆっくり飲み食いできる機会はないだろう?ならば、ここは付き合ってもらえるとうれしいのですが」

 

ガトーは結局、誘いを断りきれなかった。

その夜は、酒を互いに飲みながら祖国の今後や現場士官としての意見、前線将官たちの不安の実情などを聞いて過ごすことになる。

後に、ガトーはこの時のことを振り返ってこう漏らしたという。

 

『あの時、未熟だった私はノイゲン殿の意見を正しく理解できていなかった。だが、彼のおかげで、視野が広がったし軍人としての認識を改めて確認することができた。』と。

 

 

 

その頃、クレイモアから出向していたバルキットは情報を得るためにオウ・ヘリンとようやく接触を果たしていた。

 

オウ・ヘンリ。

前世では存在しない人物であるが、彼の所属する組織は前世にも似たようなものがある。

『オウ商会』。ちなみにオウはそこの代表であり、組織立ち上げの旗頭でもある。

平たく言えば前世の『ルオ商会』だ。もっとも、前世ではジオン・連邦双方に太いコネがあったルオ商会であるが、この後世『オウ商会』では二番手の情報掌握組織でしかない。

一番はリターンズ子飼いの『大陸間横断公社』で、オウ商会が狙っていた利権・情報を先手を打つように掌握してその座にある。

だが、『オウ商会』には独自のパイプがやはり存在している。その最たるものが中立組織や武装ゲリラ、水面下に存在する反連邦組織などとの取引などである。

それを知っていたマフティーは情報を彼から得られないかと接触・交渉するようにバルキットに頼んでいたのである。

 

「初めまして、『クレイモア』所属のバルキット大尉です。」

「堅苦しい挨拶は嫌いです。・・ですが、挨拶はしておきましょう。商会代表のオウ・ヘンリです。覚えてもらわなくてもいいですよ?」

 

いくら皮肉が好きで陽気なバルキットでも非常に険悪な雰囲気であると推測できる非常に嫌な空気が流れていた。

 

 

 



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第六十九話 情報の売買

 

その露骨なまでにこちらを拒絶するような物言いにいろいろ言ってやりたい衝動を抑えながらもバルキットは交渉に専念することにした。

 

「地上に潜入したジオンが根城にしている場所についての情報が欲しい。あるいは、こちらの知らない敵艦の目撃情報などでもいいのですが」

「連邦お抱えの公社の連中に聞いてくださいよ。私たちはそちらから見てテロリスト予備軍なのでしょう?そんな半端モノを頼る必要はないと思いますが。」

「テロリスト・・予備軍?」

「まさか知らないのか?自軍の兵士・将官が私たち商会の人間をどうよんでいるのかも。」

 

正直、バルキットは全く知らなかった。大佐からもそのようなことは聞いていない。

それとなく、彼との会談を整えてくれた仲介人を見たが別段驚いた素振りすらない。

 

(つまり、地上勤務・ジャブロー本部の連中が公然と語っているということか。余計な手間になるようなことを!!)

 

それからバルキットは必死に交渉のためにしゃべることになった。

それはもう、軍務中の他愛無いことから現在の連邦上層部への不満など様々だ。

もっとも、そのようなことを会話に乗せたのには勿論理由がある。一言で述べるならそれはこうだ。

 

『俺は今の正規軍連中は嫌いだー!』

 

まさにそれがはたから聞いててもわかるほどなのだから、オウ・ヘンリなどはいささか呆れつつも、自分が思っていた連邦正規軍とはまた別の連中なのだとようやく理解してくれたようでしばらくしてからおもむろに真面目な話題を乗せてきた。

 

「しかし、なぜ我々から情報を買いたいのですか?あまり言いたくないですが、『大陸間横断公社』の連中から情報をもらうのが連邦軍人なら普通だと思うのですが。」

「あの『公社』は確かに情報収集の幅は広い。だが、あれはある組織の傘下に属しているので利用したくないのです。仮に利用できても、故意に情報を操作されそうで不安になる。正規軍連中はそこに気づいてないから普通に利用しているが、少なくとも私たちは御免だ。」

 

前にも述べたが、『大陸間横断公社』は『リターンズ』のサミトフが所有している会社でもある。『リターンズ』のバックボーンであり、地球上で最大の情報収集組織として今や、その影響力は正規軍にすら浸透している。

その現状がある以上、『クレイモア』は公社の連中に頼れない。それをすると重大な機密情報の伝達などは完全に『リターンズ』に筒抜けになるのは明白だからである。

それ故、マフティーやエビルなどはいつも部下たちにぼやいていたものである。

 

『内外両方で情報入手に油断できないというのはどうなのだろう?』

『まあ、正規軍のように食い物にされていないだけ我々はマシと思いましょう。』

 

非常に苦々しい顔で言っているのをバルキットも聞いたことがあった。

だからこそ、情報入手に際して『オウ商会』を用いるというのはクレイモアにとって当たり前のことであったのだ。

 

「・・まあ、いいでしょう。ですが、我々も商人です。代金をいただかないとそちらが要望する情報を提供できないかもしれませんよ?」

「つまり、こちらがいくら払えるか。または、その情報と同程度の価値があるモノを提供できるかということですか。では、こういうのはどうでしょうか。」

 

そういってバルキットが提示したのはマフティーから事前に渡されていた情報ディスクである。その内容はMSの設計図で、各種環境に対応した装備などをおおざっぱにではあるがまとめたものだ。ちなみに機体は『ザニー』である。

もっとも、『ザニー』はまだ連邦正規軍では正式機であり一応、『主力機』という位置づけである。だからこそ、その詳細な設計図とそれに対応した各種装備の価値はかなりの物となる。

 

「これはまた、思い切ったお客さんですな。いきなりでかいカードを切りましたね。」

「いやいや、実はそうでもないのですよ。むしろ廃物処理に近いです。それについても情報として売りたいのですがそれは後程。で、情報はいただけるのですか?」

「宇宙でのことではお助けできませんが、地上のことでなら情報料分提供しましょう。」

 

そう言って、オウは手持ちのPCを起動させた。

どうやら、手持ちの情報からそれに該当するものを抜粋してくれているらしい。

情報の持ち歩きは危険ではと思いバルキットは訪ねてみたが、各種認証とパスワードでPC内の情報を守っている。また、24時間以上経つと自動でPC内のデータが消去されるようになっているので機密保持対策も万全との事だった。

 

「後、5時間は大丈夫ですが急ぎましょう。我々の『顧客』そのものはお教えできませんが、有力な客の大まかな場所と提供資材については以下の3か所ですかね?」

 

場所はまさにバラバラという感じである。

一つ目は、ヒマリヤ山脈付近で資材リストで目立つのは大量の食糧と何に使うのか不明な薬品ばかりだ。

二つ目はアフリカ大陸中央部に近い場所で、食糧などがその大半を占めているのは一つ目と同様であるが、中には犬・猫などの動物も含まれている。ただ、その値段が非常に高くとても動物購入とは思えない値段だ。恐らく実態は武器だと思われる。

三つ目は、カナダ北東部に近い位置で、一番資材が多かった。武器・建築機器、さらにはMWも数代含まれている。恐らくかなりでかい組織が受注したのだろう。金額も他二つとは桁が一つ違っていた。

 

「海岸沿いでないところを省くと三つ目が有力だが、いささか解せないな」

「我々の情報に問題があるとしても抗議は受けつけませんよ。こちらも商売なので」

「いや、そうではない。こちらのことだから」

 

三つ目だと考えると、いささか目立ちすぎるのだ。

これだけ大規模ならば、恐らく公社の情報網にも引っ掛かっている可能性がある。

だが、『リターンズ』側ではまだ動きがみられないのだ。

 

(もしかして、ここは奴らの関連施設かもしれん。無論、直接的な関係ではなく非合法なことを行う上で必要な窓口組織という線もあり得る。それならば、『リターンズ』が動かない理由も合点がいくし。)

 

そう考えると、残る二つで再度絞る必要がある。

正直、どちらもあり得るだろう。山脈付近と大陸内陸部であるから連邦の目も甘い。

そこまで考えて、あることを思い出した。

連中の移動手段が潜水艦だとするなら海に近い場所と考えていたが、果たしてそうだろうかというものだ。

 

(むしろ、こちらの思い込み付け込んでいる可能性もある。接岸拠点はあるが、それとは別に本格的な拠点は内陸とか山脈などの陸地奥に設営している可能性も高い。)

 

「もう一つ、これに関連した情報が欲しい。内容は一つ目と二つ目の場所に、『人口は少ないが村・町が10キロ圏内にあるかどうか』だ。さらに絞り込み要素として海に近い場所という条件も付けるが。」

「それについては別料金を提示させていただきます。先ほど仰っていた『廃物処理』云々というので手をうちましょう。」

 

正直、いたい出費だが仕方がないと口に出しながら情報を出すことを確約した。

もっとも、マフティーからこの情報は無償で与えてもいいと言われていたが交渉事であるから向こうが真相を知っても納得してくれるだろう。

 

「その条件にあてはまるのは二つ目の顧客ですね。8キロほど離れた場所にさびれた港があります。もっとも、今ではタンカーの中継地以上の価値は無い場所なのですがね。」

 

そう含みをもって言われた情報でバルキットは確信を深めた。

恐らく、移動に用いた潜水艦ドックをそこに持っているのだろう。そして、積荷などは夜間に輸送して奥地にある拠点へ運びこんでいるのだ。

後は、この大雑把な位置をより絞るために手に入れた情報と該当する可能性が高い場所をクロス検索して特定していけばよい。

 

「助かった。感謝する。」

「いいですよ。お客が望むものを可能な範囲で売るのが仕事なんで。では、報酬の情報をお願いします。」

 

そう言われたバルキットは手持ち最後のカードを公開した。

曰く、連邦正規軍では『ザニー』が既にそれほど高い評価を受けていない。

曰く、正規軍は新型の『ジム』量産と配備に際し、ザニーを民間警備会社並びに各国に払い下げることが既に決定している。

曰く、軍での需要はなくなるがしばらくは地上での運用が広がるので『ジム』に関連した機密情報を入手・或いは実機入手までの資金調達・顧客獲得には最初に渡した情報は有用となるだろう。

 

という内容をしっかり教えてやった。

最初、これを聞いたロウは非常に損をしたという顔をしたが今後も有益な常連としてお世話になるのでと説明して納得してもらった。

良き関係を維持できれば互いに有益であると信じたいと両者共に儚いながらも期待を持つことで納得するのであった。

 

 



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第七十話 鉱山跡の激戦①

 

とうとう、決行の日が来た。

基地司令ノイゲンと酒を交わしてから2日ほどで各種の準備が急ピッチで進められた結果である。どうやら、ガトー達が基地から出た後からそれとなく物資の移転が進められたために穏便に進めることができたとも兵士たちは言っていた。

そして、今日。ガトーは既にHLVに搭乗し宇宙に上がろうとしていた。

 

 

『いよいよ、帰還の時ですな。上空には偽装船が待機しており即座に回収可能との連絡も受けている。』

「何よりです。これで今回、犠牲になった多くの同志たちの思いを持ち帰ることができます。ありがたいことです。」

 

そう言って、ガトーはようやく宇宙に戻れるのだと改めて思いを新たにしていた。

そんな時であったろう。事態の急変を告げたのは。

 

 

最初に異変に気付いたのは基地外周で警戒に当たっていたMSであった。

もっとも、普段は港からくる人払いが主任務であるが基地の移転を目前にしているために監視にあたる兵士たちの空気も緊迫した物である。それが幸いしたとも言えるだろ。

監視の一人が、沿岸地からの発光と煙を観測した。直後は何かと思った程度だが、それが怒号と悲鳴に変わったのは数秒後であった。

基地の出入り口周辺と自分達のいる場所に爆炎と土煙が充満したためである。

 

「な、何が起きた。現状を報告!」

「目立った損害はありません。隊員は全員無事です。ですが、基地周辺に複数の着弾が確認できます。砲撃です!」

「ば、バカな!戦艦などは確認できなかったぞ。」

「砲撃は陸より確認されました。恐らくは」

 

海上戦艦からでなく、陸地からの砲撃。しかも、これほどの遠距離となると考えられるのはMSによる長距離観測砲撃あるいは陸上用ビッグトレーからの攻撃の可能性が高かった。

そして、砲撃は恐らく侵攻のための予備攻撃・支援砲撃と考えるのは自然である。

故に、事態を察した部隊長は即座に判断を部下に下していった。

 

「すぐに基地に通信を送れ!すぐに敵が来るぞ。警戒態勢!敵の砲撃に注意しろ。密集するな!一定の距離を保ちつつ、敵に察知されないよう常時移動しつつ敵の足を止める。」

「隊長。あまりに無茶な命令です。森林地帯ですので隠れるのは容易ですが、動き回るのは至難です。せめて偽装して隠れ続けた方が」

「わからんのか。敵は隠れていたはずの我々にも砲撃してきた。つまり、何らかの方法でこちらの位置もつかんでいるということだ。いや、もしかすると常時把握する方法があるのかもしれん。そうなると各員、散開しつつ動き回るしかないんだ。」

 

そう部下に念を押しつつ、遠方から歩みよって来る機体が見えてきていた。

連邦のザニータイプ。さらにはその後方に新型と思しきジムタイプも見えた。明らかに連邦軍であった。

 

 

「先ほどの振動はやはり敵襲か!」

「現在、基地外周の隊が交戦しているそうですが。」

「他の隊を基地内まで呼び戻せ!基地出入り口を固めろ。各地に分散させている一個小隊では連邦軍の攻勢をすべて抑えるのは不可能だ。戦力を集中して対処する。」

「ですが、敵の侵攻に合わせて長距離攻撃を行っているMSがいます。これを放置しますとHLVを狙い撃ちされる恐れも。」

 

どうやら長距離砲撃はMSからの物であるようだ。今のところ、敵にこちらの動きは知られていないようだが、このままでは打ち上げ前に基地が陥落しかねない。

せめて打ち上げまでは死守しなくてはならないのだ。

 

「それに対しては既に策がある。だが、その前に落とされては元も子もない。だからこそだ。すぐに命令を実行したまえ!」

「は、はい!」

 

そう返答して、部下は各隊への連絡を行う。

既に暗号電文を作成する余裕すらない。平文に近い状態だ。

もっとも、基地周辺への砲撃を見るに基地の場所が既に敵に察知されているようだ。

それに、後は打ち上げまでの死守程度しかできることはないのでたいして問題でもない。

 

「少佐!打ち上げを少し早めます。かなり危なげな予定ですが、必ず返しますので心の準備をしておいて下さい。」

『それは心配していませんが、状況を聞くに砲撃MSは対処が必要なのでは』

 

ガトーも大まかな状況は察していた。

そして、打ち上げ途中のHLVを砲撃で狙い撃たれる事態は避けたいと考えてしまう。

だが、ノイゲンはそれにたいしてもただ、『何も心配いらん』と答えるだけだった。

ガトーはその声に不穏なものを感じて仕方なかった。

 

 

 

「現在、8機の敵MSを撃破したと侵攻部隊より報告がありました。順調そのものだ。」

「俺としてはじかに出撃して因縁を晴らしたいんだが。」

「気持ちは解るが、現地軍からここの守りをしてくれと締め出されたんだから仕方あるまい。諦めろ。それにここの守りも決して軽視できる物じゃない。」

「それはそうだが。このままでは俺の立場は」

「危ういだろうが、サツマイカン少佐ですら無視するほどの堅物軍人だ。現状では彼も危ういだろうな。今頃、奴も上司からせっつかれてると思うぞ。」

 

そう言いつつ、カーリング大尉はジェイド少尉をなだめた。

もっとも、彼としても攻撃に参加したかったはずなのだがジェイドの焦りようを見ると逆に落ち着いてしまいまるで保護者・後継人みたいなことをしてしまっている。

そんな二人の仰ぐ先には彼らが守るMSが鎮座している。

 

正規軍ではRT-350『陸戦長距離攻撃型タンク』、通称『ジムタンク』と言われている機体である。

前世、ガンタンクにはいくつもの後継機が存在するが、それよりも早く別計画下で開発された機体が存在したのは有名である。オデッサ戦線に少数導入されたが、この後世ではルウム戦役の影響前から本格的に開発が進んでいた。

そのきっかけはMSの出現であるが、加速した理由はジオンのお家騒動とその後のルウム戦役を受けてだ。

先の戦役後、ザニーの有用性に疑惑を抱いたジャブロー上層部は同時に進行させていた『新型タンク計画』を正式に採用してその開発に予算と技術を割いたのだ。

 

それは、前世のRTX-440『陸戦強襲型ガンタンク』を彷彿とさせるものであった。

だが、各所で違いは見受けられる。前世ガンタンクの形状はあるが、その頭部はジムのそれであるし、強襲型のような半可変機構モドキは持っていない。

どちらかと言えば、前世の『ガンタンクⅡ』と同様の巨大移動砲台というコンセプトの劣化版という感じである。そのスペックは以下の通りとなっている。それからも同様の感想が出るであろう。

 

RT-350 陸戦長距離攻撃型タンク

主武装 120mm低反動キャノン×2(正規仕様)

150mm低反動キャノン×2(現地攻撃軍改修)

両腕部機関砲 左右各×3

 

完全に戦車の延長であるため、MSとの同時投入が自然な運用となる。

そのため、『リターンズ』からもたらされたMS量産機に押される形で現在では新規の生産すら停止している。

だが、今回の攻撃に際して先行配備されていた機体のほぼ全部が導入され基地への砲撃支援を行うことになり現在に至っているのだ。それ故の弊害もあるのだが。

 

「エリート共のお守りなど我々は必要としていない。この機体と数々の修羅場を潜ってきた我々だけでも十分問題ない。自分たちの身くらい守れないはずないのだ!」

「同感です。『リターンズ』や多方面の部隊の手助けなど不要です。」

 

それを聞いたジェイドからすれば、こめかみに青筋を浮かべかねない状態であった。

彼からすればむしろ自分こそがそれを言いたかったのだから。

 

(それはこっちのセリフだ!だれがこんな時代遅れのお守りなぞ好んでするか。ただの移動大砲部隊の癖になぜこれほど偉そうにできるんだ!!)

 

ジェイドと現地MSパイロットが互いに不満を蓄積させていた。それ故に、水面下から自分たちに迫りくる危機への対応が遅れることになるのである。

 

 



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第七十一話 鉱山跡の激戦②

 

そもそも、なぜ基地が察知されたのか。それは完全な偶然によるところが大きかった。

 

先立つこと四日前。

ガトー達が基地に辿りつく直前のことである。ある麻薬密売組織が一斉検挙された。

それはどこにでもある一幕だったのだが、問題となったのはその後にわかった資金ルートである。この組織がある仲介ルートを通じて資金を洗浄していることが解ったのだが、その疑惑候補リストの中にガトー達が利用する港の旧所有者が含まれていたのである。

無論、調査が徹底して行われ、その過程で不審な人間が廃墟を出入りしていることが発覚したのである。

踏み込んだ施設は既に人影すらなかったが、対象が頻繁に鉱山跡周辺に物資を運んでいたことが解ってくるとどうもきな臭いことになってくる。

さらにまずいことにその知らせは基地襲撃者探索の命令と前後したために現地軍司令部の目に留まることになったのである。

 

「高高度で試験演習中の新思考偵察機に件の鉱山上空を探らせろ。試験にもなるし新たな手柄になる。」

 

指揮官からすれば一石二鳥だったわけだ。もっとも、副官はそれに反対気味であったが。

オデッサ基地から来ていた試験責任者と司令官との間で以下の会話がなされ、実行されることになる。

 

「しかし、あれは『リターンズ』から預けられているものなので勝手な運用をすると問題になる恐れも」

「確かに。・・責任者であるパーペス・ルーティン中佐。君はどう思う?」

「司令。確かに我々は試験こそが目的です。ですが、同時に地上における平和を維持することは軍人としての義務・責務です。今回はそれに付随する事柄と考えます。緊急性が高くなってからでは遅いのですから、問題ないかと。それに」

「それに?」

「知らせなければいいんですから。問題ないでしょう。」

 

その一言によって跡地周辺に上空から偵察が行われた。

その結果、基地の所在が知られることになったのである。なお、この時用いられた偵察機はMAではあるが、次期MS開発に関連したテストも兼ねているものだ。

ただ、それは運用者も知らないことであったが。

 

ともあれ、ジオンの基地を知った現地軍は即座に行動を開始した。

先に述べた砲撃用MSを6機、さらに上空には偵察機が正確な情報を砲手に伝え続けるという態勢が即座に整えられた。

ただし、そこに口をだしたのが『リターンズ』である。

彼らは、子飼いの『大陸間横断公社』の情報から事態を知り駆けつけたのだが、現地軍との役割で揉めに揉めて身内での一触即発に発展するところであった。

さらに醜い足の引っ張り会いは現場だけでなく、責任者間でも熾烈を極めた。

 

それは、『復讐者VS利己者』の戦いと影でささやかれた醜悪なものであった。

 

「どういうことかね!なぜ、我が『リターンズ』への報告が現地軍より遅いのだ。露骨な嫌がらせか?しかも、武器・弾薬の補充すら後回しとはどういうことだ!事態を把握できたのはこちらの機体を使ったからだろう!」

 

既にこの時、経緯はサツマイカン少佐の知るところになっていた。しかし、答えでかえって来た内容は辛辣であった。

 

『オデッサ基地は近日の急激な資源開発に追われている。それに合わせて物資を略奪しようとする盗賊・山賊まがいの連中がたびたび出没し手を焼いているのだ。非正規軍に出す余裕などあるはずないだろう。』

「貴様!我々を『リターンズ』だと知って」

『知っているとも。だが、それが何かね?私は基地を守るために必要な処置をとっているだけだよ。・・もちろん、最低限の支援はしている。その証拠に、現地軍への物資支援はちゃんと行っているのだから』

 

オデッサ基地司令官は笑いながら答えて見せた。

確かに、現地軍への弾薬などは十分すぎるほど供給されていた。だが、それに反して『リターンズ』部隊への支援は極端に少なくかなり切り詰めないと部隊として満足に動けるかすら怪しい補給しか受けれないと現場から報告されたのだ。

 

『現地軍から徴収でもしたまえよ。今まで散々やってきたのだろう?遠慮することないはずだな』

「今は非常時だ。そんな余裕が双方にないことなど考えればわかるだろう!」

『わからんな。文句は敵にでも言いたまえ。いや、逃がしたのは貴官と貴官の組織だったな。正直に言うと正規軍ならともかく、貴官等に協力する理由も義理も無い。』

 

まるで聞く耳を持たない、含み笑いすらある言い回しで返してきた。

その当人、基地司令官はシーサン・ライアー准将という。

 

(ここまで露骨に反抗してくるとはな。これもクレイモアの影響か?!)

 

そうサツマイカン少佐は心で毒づいたが、クレイモアからすればそれこそ言いがかりであっただろう。そもそも、シーサンは半年前までは少佐所属する組織の人間とは協力関係だったのだから。

だが、ルウム戦役後の処理によって彼はオデッサに左遷されて今日に至っている。

しかし、左遷した当人たちも予期できなかったのはそのシーサンがその半年の間に周辺地域の地上軍から信頼を勝ちとった事だったろう。

 

『周辺地域で問題を起こさないよう注意したまえ少佐。現場の将兵たちにも徹底しておかないと大変なことになるかもしれんぞ。・・たとえば貴官等への援護射撃が偶然、貴官等を撃ち抜いてしまったとか。』

「それは、脅迫か!」

『いやいや、忠告だよ。オデッサ赴任直後は非常に苦労しましたし、周りからは白い目で見られたので貴官等も同じ目に会わないようにとの配慮だよ。』

 

遠回しに邪魔しているようにしか感じないし、多分正解のはずだとサツマイカンは確信した。だが、そんなことを知らない現場ではその話題の当事者たちに危機が迫っていた。

 

 

最初に気づいたのは皮肉にも敬遠されていた『リターンズ』であった。

現地MSの砲撃の怒号・砲声に紛れて、規則的な金属音が聞こえていたのだ。

当初、気のせいと思われた音だが時間が経つにつれてよりはっきりと聞こえてくる。

 

「・・少尉殿、妙な音が先ほどから聞こえてきています。」

「砲撃でないならなんだ?MSの駆動音なら別に普通だろう。」

 

当初、ジェイド少尉もそう答えたがそれでも気になった指揮車両の調音手はさらに聞き耳を立てつづけ、その音源が何かに思い至った。

 

「・・!少尉、これはエレベーターシャフトの音です。」

「シャフト?それがなんだと」

「音源は地下です。現地軍・我が隊含めて連邦軍は今回の戦いで地下に施設・物資施設は備えてません。つまり」

 

そこまで補足されてさすがのジェイドも理解した。

味方でない音源だとするなら答えは一つしかない。その直後であったろう、湾岸にほど近い廃ビルの一つに見慣れる影が映ったのは。

 

 

 

それはノイゲン・ビッターが指揮するザクで編成された奇襲部隊であった。

そもそも、連邦軍は思い至るべき情報を見落としていたのだ。

 

『いったいどのようにしてジオンはMSを目立たないように湾岸から運び込んだのか?』

 

という素朴な疑問を。

その答えこそが、地下に造られたエレベーターシャフトであった。

本開戦前から一応の建設が行われていたが本格的に始動したのは開戦の一年前でギリギリであった。地上潜入後、突貫工事で強度の補強や拡張が行われたために安全性に不安が残ったが基地の維持に必要な重火器類、MS・HLVの部品の輸送に役立った。

そして、極めつけの成果が連邦の試作機輸送と敵沿岸砲撃隊への奇襲であった。

 

「戦闘式車両4台、砲台モドキ4機、人モドキ12機。戦力差は2倍か。」

「戦闘車両を抜きにしてですね。もっとも、油断は禁物ですが。」

「油断のしようもないさ。こちらは敵の半分で仕掛けようというのだから。」

 

もはや通信を傍受されることすら恐れていないので普通に無線で会話をしている奇襲部隊のパイロット達。だが、彼らは紛れもなく死兵であった。

 

(若い連中を宇宙に返すためとはいえ、すまん!)

 

それがノイゲンの心境であった。この攻撃では失敗・成功どちらにせよ帰還・離脱はほぼ不可能なのだから。

それ故に、繰り広げられる戦いは激戦と称するに値するものになるのである。

 

 



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第七十二話 鉱山跡の激戦③

 

口火を切ったのは、奇襲側ではなくそれに気づいた現地軍のMSであった。

改修型のザニーが無反動砲をノイゲンが乗るザクに放ったのだ。それは彼が足場にしていたビル頂部を抉ったが、それだけだった。

ノイゲンは持っていたヒートホークをビルに突き立てて壁面で静止。そして、空いた方の腕に構えていたマシンガンを放ち始める。

 

ザニーは即座に下がったが、弾丸はザニーから大きく逸れていた。そして、当然のようにザニーより少し後方にいたジム・タンクに穴をあけていく。

 

「甘いぞ、連邦のブリキ共め!」

 

ノイゲンの叫びが聞こえたはずはなかったが、逃げ腰だったザニーが再度砲身を向けてくる。直撃すれば機体に致命的な損傷を出すだろう。何せ無反動砲である。

だが、ノイゲンはヒートホークからマニピュレータを放しビル壁面を蹴るようにして地上へ急下降していく。その先には先ほどのジム・タンクがキャタピラを動かしながら機体を翻そうとしているところだった。

 

(いったん離れて砲撃か。どこまでもマニュアル的な戦い方だ。だが、実戦では臨機応変に動かないと致命傷になる!)

 

ノイゲンはそう心で毒づきながら自分の機体を無理やりジム・タンクの真上に乗り付けてしまう。その上で、もう一つ装備していたヒートホークを穿つように敵機体の肩口にめり込ませた。

だが、さすがにそこまですると敵ザニーも近接戦が可能となる。当たり前のように頭部のバルカンでノイゲン機を狙ってきた。

だが、ベテランであるノイゲンにはこの攻撃すら見透かされていた。ヒートホークを強引にねじりながら機体をバルカンの射線から外れるように隠す。

何に隠すかは言わずとも知れる。・・もちろん、ジム・タンクである。

 

「この野郎!俺たちの同僚を盾にしやがった。」

「2番機、そのまま敵を引き付けろ。1番機が背後に回る!」

「無茶言うな。下手に攻撃したらタンクにあたっちまう。こうなったらもっと接近して」

 

僚機を盾にされた現地軍パイロットは別の僚機に後方から回るまでの足止めを指示されるが、結局無駄であった。

その直後にミサイルで機体ごと吹き飛んでしまったのだから。

 

「2番機がやられた。うお、こちらにも敵が、ぐ、ぐあー!!」

 

その叫びと同時に後方に回ろうとしていた1番機が後を追うように破壊された。

ノイゲンに気を取られた結果、他の敵に対しての注意が外れてしまった結果だった。

その間隙をぬってノイゲンの同伴機がミサイルを別のビル上部から叩き込み、その直後にノイゲンと同じ要領でビルから降下・強襲したのだ。

 

「一か所目は完了だ。後は、この砲台モドキにとどめをさすだけだ。・・済まねえな、恨み言は地獄で聞いてやるよ。俺もすぐに行くだろうしな!!」

 

そこまで言って、肩口のヒートホークを跳ね上げるようにして横から上方に振る。そして、砲台部分を付けたジム・タンク上半身を完全にキャタピラ部分から切断してしまうのだった。

 

 

ジェイドが気づいた時には既に現地軍のジム・タンクが目の前で破壊されたところだった。

突如の奇襲、僚機との連携、そして何よりも物量を恐れない戦い方。

 

「こいつはエースだな。奴とその取り巻きは俺たちがやる。他の部隊は残り砲撃MSを死守しろ!」

 

ジェイドの指示を受けて他の部隊がようやく対処に移る。敵の奇襲によって各隊が混乱していたところにタンクを集中的に狙われたのだから仕方ないのかもしれないが、ジェイドはぬるいと感じていた。

 

(何のための守備だったのだ。混乱していてはただの張りぼてだ。)

 

そのような考えはあったが、ジェイドはとりあえず目の前の敵に集中することにした。

ジェイドは言わずもがな、ジム・キュレルに搭乗している。そして、追撃隊から随伴してきた旧トリントン基地駐在のパイロット三名が新規配備された地上用ザニーに搭乗している。

 

「現地軍の連中よりはうまく使って見せますよ。」

「リターンズ払い下げとはいえいまだに現役の機体ですからね。」

 

厳密には既にエンドリース状態であるのは正規軍に伏せられているが、いまだに正規軍では大半を占める機体であるから問題ないはずだ。宇宙人どもに地上で劣るはずはない。

 

そうジェイドが考えた時、再び近くで機体が爆発する音が聞こえた。

しかも、位置から見るにまたもやこちらの機体だ。しかも、タンク。

だが、それにかまっている暇はすぐなくなった。

敵のザクが再び攻勢に転じたのだ。機体を右に走らせながらマシンガンを撃ってきた。

 

「小賢しい!」

 

ジェイドはそれをほんの少し反るようにして躱す。そして、すぐにビームライフルを撃ち返した。ジェイドとしては避けれないと自信をもって放った攻撃だったろう。

しかし、ノイゲンはそれを躱してしまった。ほんの少し、機体をずらしただけだったろうか。驚くジェイドに対して、ノイゲンの方は余裕の表情である。

 

「ずいぶんと機体の性能に過信しているようだな。まあ、確かにビーム兵器は厄介だが。」

 

後世においてもガンダムが持つ武器の中で厄介極まりなかったのはビームライフルであった。ジオンもビーム兵器の小型化には着手していたがなかなか成功しない。

また、当時は実態弾だけでもMSの性能は十分ではあった。もっとも、『V作戦』によるRXシリーズとその系譜の登場で一変するまではだ。

ガンダムが高い撃墜率を誇ったのにはアムロ・レイのNTとしての能力が大きかったのは疑いようもない。だが、同時に当時のMSが回避困難であったビーム兵器の存在も大きかっただろう。

実態弾とは異なり、直線で相手に迫ってくるビームの回避は非常に難しい。また、貫通力もあるので今までの耐えるという戦い方が非常に困難なのも作用していた。

だからこそ、多くの敵がガンダムに倒れていったのである。だが、ビームは『避けれない』のではなく『避けがたい』ということなのである。

 

(宇宙ならばともかく、この地上でならば対処ができるのは皮肉だな。)

 

ノイゲンなどはそう感じていた。

ビーム兵器、それは光学兵器であるのは多くの読者もすぐに気づくであろう。

ならば、その特性を利用した回避。または、その特性を理解した回避・防御をすればいいという発想に至るのは必然ともいえる。

ノイゲンがジェイドのライフルを躱し続けるコツもそれであった。

正確に言えば、ライフルの精度が極端に落ちており、それにジェイドが気づいていないだけなのだがそれを教える理由がノイゲンにないだけである。

理由としては先ほどから続いているMS同士の戦闘とそれによる爆風である。さらに意図的に対人機関砲をや脅し用爆雷をばら撒いているからである。

爆風によって舞い散った砂や泥が空気中に充満し、ビームを拡散させているのだ。調度、日光が雲に遮られるのと同じ要領である。

派手にミサイルや近接戦をしているのもそれを誤魔化すためだったのだ。

 

「!ビームの精度が落ちているのか。地上と宇宙の違いを逆手に取られたのか」

「少尉、実態弾の装備はその機体にあるんですか?」

「問題ない、バルカンもあるしビームサーベルは致命的なほど威力を落としてない。ライフルに注意すれば問題ないはずだ。」

 

だが、ジェイドもすぐにノイゲンの意図に気づいてしまった。

その後、各所で他の連邦MS部隊が逆襲に転じ始める。そもそも、物量的に不利な戦いを奇襲でカバーしていたのだから、混乱から立ち直ると劣勢になるのは当然とも言えた。

 

「・・気づかれたか。残りのタンクは?」

「大佐のところの一機のみです。他は部下たちが命がけで落としました。」

「そうか。お前は脱出できそうか?」

「いえ、実は既に腹にいいのをもらってしまいました。先いあの世で待っています。」

「安心しろ。俺もすぐに行く。」

 

その直後、別グループのパイロットとも通信が途絶えた。もはや残っているのはノイゲンの部隊だけであるらしい。まさに『四面楚歌』と言えるだろう。だが。

 

「ますます、予定通りだな。後は、最後の仕上げをして少佐たちを脱出させるだけ。何とかうまくいきそうだ。」

 

ノイゲンはガトー達の脱出を確信するように呟くのであった。

 

 

 



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第七十三話 ドライエとノイゲンの策

 

ジェイド達はようやく敵を駆逐しつつあった。

敵のMS部隊に強襲されたために各隊にかなりの被害がでた。さらに砲撃支援用のタンクがほとんど撃破されてしまったのだ。

だが、何とか混乱から立ち直った現地軍と『リターンズ』は各戦場で逆襲に転じ、残るはジェイド達のところだけとなった。しかも、タンクも何とか一機残っている。

 

「危うく面目をつぶされるところだったが、これまでだ。」

 

そう口に出しながら、ジェイドはビームサーベルを構え機体をにじりよらせるように間合いを詰める。その時。

 

ビービービー!

何の音かと訝しんで確認すると頭上注意のランプだった。そして、その直後にミサイルの雨が降り注ぐことになったのである。

 

 

ここで少し、時間をさかのぼる。

ノイゲン達が戦闘を開始する15分ほど前のことだ。

ノイゲン達から緊急の司令を受けて時を待っている部隊があった。

それはドライエ艦長が指揮する潜水艦U-Z00『セロ』である。拠点移転のため輸送作業を進めていたところ、急きょ呼び戻されてノイゲン発案の策を実行に移していたのである。

 

「艦長。そろそろいいかと。」

「よし、対地長距離ミサイル発射用意!」

 

その号令に合わせて潜水艦上部に設置された発射管が泡を吹きながら開く。

潜水艦内ではミサイルの炸薬や航路確定作業を急ピッチで進めている。

 

「ターゲットはでかいほどいいですが、やはり狙いは連邦軍各地上基地で?」

「いや、ついでにもう一つ追加しよう。オデッサ基地も加えておけ」

「了解、割り振りとして発射予定の12機中2機。残りは各種基地狙いで行きます。」

「ああ。それと、発射後は急速潜航。全速で湾岸ギリギリまで接近する。」

「了解。今回は我々の腕の見せ所ですね。」

「ああ。それと、『ピラニア』は配置したか?」

「はい。ミサイルの発射と同時に敷設できるように前部発射管に装填ずみです。数は少ないですが、敵の注意を引くには十分でしょう。」

 

そのような会話を行いつつ、準備完了の知らせを受けてドライエはミサイルの発射を号令した。無論、それは連邦軍各基地が把握し迎撃することになる。

だが、その結果として基地攻撃支援で待機していた湾岸の機動艦隊は注意をそらされることになった。

 

 

「!!海上よりミサイルが発射されました。方角はそれぞれバラバラですが、速度から見て長距離ミサイルと推定されます。」

 

連邦軍の新造艦『メーゼルダイス』でレーダーを睨み付けていたフォトム・ウォーリはシグナプス艦長に報告した。これが、混乱の幕開けであっただろう。

方角から推察した結果、ジオン潜水艦と思しき連中が狙った場所はすべてが連邦軍の主要基地であり、小規模ながらも中継地・軍事基地として各地の治安に関係してくる場所だったのだ。

 

「ただちに港に待機していた駆逐艦隊とMSを出撃させろ。第二撃を考えているかもしれない。遠距離攻撃で当たるかはともかく、今は敵基地砲撃のためにMSが展開している。また、ミサイル攻撃などされてはたまらん。」

「ミサイルの迎撃はどうします?」

「各基地に緊急連絡して各個に対応してもらうしかない。こちらからではもう間に合わぬだろう。それにミサイル自体はバラバラに発射されていることから被害も少なくて済むはずだ。だが」

 

シグナプス中佐はそこまで口に出したが、それ以上はあえて言わなかった。

確証がなく、感に近いことであったからである。

 

(あからさまに我々の基地群への長距離ミサイル攻撃。あまりにもリターンの少ないことを行う敵の意図。恐らく、我々の意識を自軍の各基地に向けさせその隙に立て篭っている友軍を離脱させるためのものだろう。)

 

「念のため浮上する。機関始動!艦内各員戦闘配置につけ。海中監視を怠るなよ。」

 

そう艦に指示を飛ばすと同時に、駆逐艦隊に対して必ず撃沈を確認するよう攻撃を徹底させる指示を飛ばした。それを受けて駆逐艦隊がミサイル発射箇所周辺での索敵を開始するのにそう時間はかからなかったはずである。

だが、この時すでに彼らはドライエとノイゲンの罠に足を踏み入れていたのである。

 

 

「三番艦に二発命中!」

「五番艦、回避しました。」

「二番艦より入電!雷撃により操艦不能。」

「七番艦より報告。六番艦、被弾が激しく戦闘継続不能。乗員避難後、自沈を許可されたしと。」

「ものの数分で実質、三隻食われただと!敵潜はまだ、補足できんのか?!」

 

ジオン潜水艦迎撃に出撃した駆逐艦隊の旗艦にして一番艦の艦長、ゴール・クラウスは混乱することになった。何しろ、爆雷・索敵活動とほぼ同時に多数の雷撃を受けたのだから当然であろう。

もっとも、既にジオン潜水艦はおらず彼らは『一人相撲』を取っていたのだが。

ドライエ達が離脱直前に敷設した物こそが、駆逐艦隊に被害を与えている正体である。

 

敷設型誘導魚雷『ピラニア』。

特定音源に反応して作動し、その後はスクリュー音源に向かっていく誘導魚雷である。

今回、設定されていた特定音源は爆雷の炸裂音である。つまり、ジオン潜水艦攻撃のために行った爆雷攻撃によって駆逐艦隊は罠のスイッチを入れてしまったのだ。

しかも、それを敵潜の攻撃だと思うから余計に爆雷攻撃は増える。その分、敷設した魚雷は作動してしまう。

獲物に群がり、船に噛みつくさまからジオン内では『ピラニア』という名称がつけられているのだが、連邦軍は知らないことである。

 

「艦長!駆逐艦隊はかなりの被害を出しているようです。こちらも援護に出ますか?」

「いや、それはMS隊に任せよう。しかし、MS隊がもっと早く出ていればとは思うが。」

「仕方ありません。現地軍がこちらからの要請を渋ってしまったのもありますが、敵の強襲に対応するので手一杯だったようですから。」

 

強襲とは無論、ノイゲン達によるものである。

つまり、ノイゲン達が行った奇襲目的は二つだったのだ。

一つ目は、敵砲撃支援MS。タンク型の排除。そして、もう一つは。

 

「艦長!後方に艦有。潜水艦と思われます。」

「何、この距離までなぜ感知できなかった?!いや、まさか第二軍港を攻撃した例の奴か?」

 

シグナプスはすぐにその正体に気づいたが、それでも信じられなかった。

先行していた駆逐艦隊に補足されなかったこともあるが、その駆逐艦隊が敵潜と交戦していると先ほどの報告で思っていたからだ。

だが、ドライエ指揮の潜水艦はその混乱にさらなる拍車をかける手を打った。

 

「後部ミサイル発射管並びに前部魚雷発射室。準備はいいか?」

「こちら魚雷発射室。敵、輸送艦へ入力完了。」

「こちら後部ミサイル発射管。準備OKです。いつでも雨を降らせられます。」

「撃て!」

 

その号令と同時に前後から魚雷とミサイルが発射された。

魚雷は駆逐艦隊が出撃していたためにほぼ丸裸。

少数のボートや艦船もあったが、輸送艦への直撃を防ぐだけの対潜能力を持つ船は無く、船体を傾かせて停泊していた場所に沈没するのを多くの兵士は呆然と見るしかなかった。

また、『メーゼルダイス』は混乱状態の渦中にいながらも敵ミサイルの迎撃を行えたのはシグナプスの判断力が成せたものだったろう。

結果として半数を撃ち落としたが、残り半数は港とMS隊主戦場への落下を許すことになった。

 

これこそが、目的の二つ目。敵艦隊への陽動とMS隊への支援である。

完全成功とはいかないまでも、所定の目的をドライエ達は達成することになった。

 

 



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第七十四話 長い帰路へ①

 

「隊長!あれを」

「・・・」

 

ノイゲンは部下からの通信を受けて何が起きたのかを察した。

火口から煙が上がり、まるで噴火のようにモクモクと煙を吐きだし始めている。

 

(どうやら刻限のようだな。ほぼすべての作戦は終了した。後は、最後の仕上げだ!)

 

「少佐。後のことは任せたぜ!」

 

ノイゲンはそう叫びながら前方の機体に向けて前進する。

それは無謀に近い前進。既に戦場での趨勢は決しつつある。

潜水艦からの支援で何とか現状維持をしてきたがそれも限界だろう。そして、ここまでやってしまった以上、投降はもう無理だ。

仮にできても、捕虜として遇されることは恐らくない。ジオン軍は彼らから見ればいまだに『テロ組織』という分類にカテゴライズされているためだ。

ならば、最後の意地を敵に示した玉砕しかもはや選択肢はない。少なくとも、長い間軍人として戦ってきたノイゲンにはなかった。

 

 

「向かってくるか。散々やってくれたが、一騎打ちならば負けん!」

 

ノイゲンに対処していたのはジェイド機であった。

ノイゲン機がヒートホークを構えて突っ込んでくるのに対して、ジェイド機もサーベルを抜き放ち急速に前進させる。

振りかぶられるヒートホーク、横に薙ぎ払うように振られるビームサーベル。

それぞれの軌跡を描きながら互いの武器と機体が交錯し、すれ違う。

ノイゲン機のヒートホークを避け、潜り込むようにジェイド機はノイゲン機の懐に入る。そして、ジェイド機のサーベルがノイゲンの機体コックピット部を完全に破壊しながら機体を真っ二つにした。

 

「俺だって『リターンズ』兵士だ。テロリスト風情に劣るはずはない。」

 

ジェイド機がそう勝利を宣言したが機体が切り裂かれる直前、ノイゲンの叫びを接触回線でジェイドは聞くことになった。

 

「命の代わりに勝利をもらうぞ。若造!!」

「何?!」

 

ノイゲンは脱出する間もなく機体事爆散した。

だが、爆散したのはノイゲン機だけではなかった。ジェイド機後方にいたはずのタンクが後を追うように爆散したのだ。

その直前、ジェイドはタンクを見たがノイゲン機が何をしたのかを正確に理解した。

そのタンク胸部にはザクのヒートホークが無残に刺さっていたのだ。ノイゲン機が持っていたはずのヒートホークである。

ノイゲンはジェイド機に振りかぶるように見せかけながら接近し、タンクに向けて投擲していたのだ。

 

「しまった!」

「残りの一機が!」

 

ジェイドと残りの僚機がそれに気づくが既に遅かった。

ノイゲン機はジェイドによって撃破され、残りの敵も各所で殲滅されつつある。

こちらにもミサイルによって多大な被害が出たが、殲滅に支障をきたすほどでもない。

 

「奴ら、なぜここまでしてタンクを?」

「カーリング大尉。」

 

基地から同行し、隣りの戦場にいたカーリング機がジェイドに通信をしてきた。

ジェイドとしても、守備目的のMSがやられたのは失態である。だが、既に基地制圧は時間の問題だ。ここまでしてタンクを狙う理由にはならない。

 

「なにか理由があるのは間違いない。一番あり得るのは我々の基地から奪取した新型機を離脱させるための陽動だが。」

「ジェイド少尉。火口付近にて熱源反応!・・これは、噴火ではありません。」

「何、ではなんだというのだ!」

「あ、あれは!」

 

カーリング大尉の声でジェイドもそこに視線を向ける。

火口に上がる煙、そこから徐々に姿を現す明らかに金属的な見た目。

 

(HLV!まさか、そんなものを脱出用に温存していたのか?!)

 

「旗艦に通信して攻撃させろ。現地軍MS隊は何をしている!」

「現地軍からはタンクによる砲撃を要請されています。どうやら基地最深部まで侵攻した地点で意図に気づいたようです。ですが敵MS隊に足止めを食らっているもよう。」

「ええい!なら、旗艦の主砲で撃ち落とせ。我が軍の新鋭MAも上空にいるはずだろう。」

 

そんなジェイドの指示も、部下たちからの通信で沈黙することになった。

旗艦は敵潜水艦からの断続的な雷撃・地上攻撃への迎撃で対処不能だというのだ。

さらに、『リターンズ』がテスト中であった新型高高度偵察機は偵察主体。しかも、試験運用が主目的であったため戦闘・迎撃を想定した装備はしていないというのだ。

 

(まさか、敵の狙いはこれだったのか!自分が死ぬと解っていながら、HLVの障害になるものを取り除くために。)

 

事ここに至って、ジェイドはノイゲンがなぜ『勝利をもらう』と言ったのかを正確に理解した。タンクが無事ならば可能性は低くとも長距離砲撃でHLVを撃墜できる可能性も残っていた。さらに言うなら、旗艦が潜水艦からの執拗な攻撃を受けていなければより確実に撃墜できたはずなのだ。

 

「戦略的勝利を敵に持ってかれたというのか。」

 

呆然と呟くジェイドの言葉に返事を返す者はいなかった。

 

 

 

「少佐!基地が」

「わかっている。みなまで言うな。」

 

ガトーはHLVから離れる地上を部下と共に見つめていた。

基地周辺は炎に包まれ、爆発とわかるものもいまだに起きているのが見える。

さらに、洋上には連邦軍の新造艦とそれを引き付けている潜水艦のミサイル攻撃が見えた。

 

「我々を帰すために、命を懸けて敵を引き付けてくれたのだ。だからこそ、我々は無事に本国に帰らなくてはならない。彼らの分も、祖国を守るために。それを決して忘れるな!」

「はい、少佐殿。」

 

ガトーは離脱前、ノイゲンと飲んだ酒の味を思い出していた。

あの時は酒特有の苦みしか記憶になかったが、今では違った意味で苦い思いを味わい続けることになるのだと理解した。

そして、今回の苦い思いを風化させてはならないと心に刻みつけるのであった。

 

 

 

ガトー達がHLVでの打ち上げに成功していた頃、その直上付近では今まで残骸のように佇んでいた物体がおもむろに熱を上げ光をともしながら動き始めた。

偽装艦『トロイ二世号』と呼ばれる艦であり、旧ムサイ級巡洋艦である。

改装作業が進んでいるジオン軍において、未回収のムサイを運用している部隊は減少しつつある。運用する側も対峙する側も最近ではほとんどみなくなったほどだ。

では、なぜその旧式艦が回収に回されたのか。理由は、この宙域に理由があった。

 

開戦直後から散発的な戦闘・強硬偵察などによって静止軌道周辺には非常に多数の残骸が漂っている。その中には旧ムサイももちろん含まれているため残骸としてはポピュラーなのだ。

 

「残骸に偽装しながらの待機任務は胃に悪いと改めて思いました。」

「まして、旧式艦での任務だからな。しかも護衛MSがたったの2機だ。敵に見つかる可能性が高かったことも考えると非常に心許なかった。」

 

周辺宙域での待機任務(残骸偽装)。本来であれば正気を疑いかねない任務である。

長期での偽装潜伏。しかも敵地のど真ん中でときた。その負担は現場兵士たちにとってはかなりのストレスになったのは想像もたやすいだろう。

 

「地上協力者経由で手に入った情報では30分前にはもう来ているはずなのですが」

「時間通りではなかったが、地上からの脱出は成功したのだからそれぐらいのことは目を瞑りたまえ副官。」

 

艦長は画面に映ったHLVを見ていた。推進剤も切れたのかもはや漂っているだけだ。

このまま長期で放置するとただの的になってしまう。

 

「そんな事よりも、各員に連絡。HLVへの接岸およびMSの搬入準備を急げ!ここは敵中なのだからシャキシャキ動け。」

「偽装していたとはいえ、遠方からの有視界索敵には感ずかれた恐れもあります。適切な判断ですね。」

 

副官からの補足もその後の艦長が出した顔真っ赤の表情も周りは特に気にしていなかった。

この任務に就いてから当たり前のようにみられる光景だったからだ。

上下でぎすぎすした関係のようにみえながらもガトー達の回収準備は非常にスムーズに行われていくのであった。

 

 

ようやく地上からの離脱に成功し回収部隊と合流するだけとなったガトー達であったが、危機が去ったわけではなかった。

彼らを待ち受けているものは味方の回収部隊だけではなかったのだ。

 

 

軌道周辺でのパトロール任務は連邦正規軍では当たりまえとなりつつあった。

それは『リターンズ』においても同様であり、その部隊で高い戦果を上げ続けている部隊である彼らにとっても同様であった。

 

「こちらハイエナ1。現在、周辺宙域をパトロール中ですが、何かありましたか?」

「こちらライオン1。地上より緊急入電。地上から敵性者の離脱を確認。ただちに発見し、殲滅せよとのことです。」

「ハイエナ1、了解。貴様ら、聞いていたな?ようやく、獲物にありつけるぞ。」

「ええ、久しぶりに撃墜数を上げられそうですね。」

「退屈な監視任務に飽き飽きしてたんです。ありがたい。」

 

彼らは『リターンズ』所属の軌道警備部隊。通称『ハイエナ』隊と呼ばれる最精鋭部隊の一つであった。

 

 



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第七十五話 サラの憂鬱

すいません。
新年のあれこれに追われて遅くなりました。



 

通称『ハイエナ』隊。

『リターンズ』が警備という名目で配備していた部隊であるが、実際は新型MSのお披露目という側面の方がつよい。

だが、そんなプロパガンダ目的にも拘わらず彼らの実力は内外で認められている。

曰く、戦場を食い荒らすハイエナ。

曰く、戦場介入の常習者。

曰く、理屈破壊の一個小隊。

等々と言われているのだが、当人たちからすれば別の意見がある。

 

『正規軍は非常に弱い』という認識だ。

リターンズに籍を置いていない部隊でもそれなりの実力者はいるが、MSを使いこなしている人材はまれである。

例外はクレイモア所属の将兵だが、彼らも正規軍ではないのでこの場合は入らない。

それにMSの性能差もそれに拍車をかけていた。

現在の正規軍はザニーの改修型がいまだに主力採用されている。もっとも、既に一部戦線ではリターンズ印のジムが配備されているのだが、いまだに多くない。

そして、もちろんだが『ハイエナ』隊では新型のジム・キュレルが一般機である。

 

しかも隊員も精鋭揃いだったのだ。

隊長にヤザン・ローブを当て、中尉から大尉に昇進させて部隊を指揮してもらうように調整したのである。

しかも、ジム・キュレルはスラスターや火力を変更されたカスタム機だ。

もっとも、実態は開発中のガンダムに搭載予定の兵器を試すテストベッドだったのだが、本人は性能の高さに満足していた。

さらに彼の部下たちも実力者たちだったと言える。ヤザンの両脇をカバーするようにヒューゲル・クーパー中尉とラムザス・ガー中尉が部下として配属されていた。

彼らは二人とも、前世でもヤザンと共に戦っていた人物であった。

前世の『ダンケル・クーパー』と『ラムサス・ハサ』である。彼らはヤザンと共にハンブラビに搭乗してエゥーゴのMSを屠ってきた猛者たちだった。

前世ではエマ・シーンが駆るスーパーガンダムにやられているが、ヤザンと共に繰り出した連携攻撃は多くのパイロットを苦しめたと言えるだろう。

その中にはカミーユ・ビダンやクワトロ・バジーナが含まれている事から見てもその実力は推し量れた。

 

 

そんな彼らは奇しくもガトー達が離脱・収容されようとしている宙域近辺の監視を行っていた。本来はここに陣取るつもりはなく、他の隊から湯水のような批判が出るはずだったが彼はそこにいた。なぜか。

 

「隊長。相変わらず獲物をかぎ分ける鼻は健在ですね。」

「さすがは隊長です。俺たちではここまで的確には察知できなかったでしょう。」

 

二人の言葉を聞いてヤザンは退屈そうだった表情を完全に消し去っていた。

目などは既に笑みを見せるように吊り上りつつある。

 

「その言葉からするに見つけたか?」

「ええ。艦と思われる熱源を補足しました。そう遠くありませんね。」

「これで命令違反も帳消しだ。いくぞ!」

「新人!ついてこいよ。ここ数日で慣れてきただろう?」

「も、もちろんです。」

 

そう聞かれて返事を帰したのはその三人より少し遅れて機体を駆っている人物だった。

三機同様にキュレルであるが操縦技術が拙いためか、必死に追いすがっているとすぐに理解できるほどである。

 

(なぜ、私がこんな野蛮人共と一緒に行動しなくてはいけないの。)

 

彼女、サラ・セミアノフはそう考えていた。

 

 

彼女は本来、ラズベリー・ノアで新兵としての訓練カリキュラムを受ける予定となっていたが上からの肝いりでこの部隊に転属させられていた。

命じたのは『ファティマス・シロッコ』。『リターンズ』内でも変人扱いされている男である。

それでも軍内では凄腕のMSパイロットで知られている。

その上、MSの独自設計も提案しているほどでますます変人として有名になりつつあった。

 

彼女はそんな彼に意見を言う機会があったので、なぜ自分がそこに転属させられるのかと尋ねた。

そんな彼女にシロッコはなんでも無いように答えをすぐに返してきた。

 

「君が優秀なパイロットだからだよ。君はもっと強くなれる素質を持っている。だが、あのようなカリキュラムではそれもおぼつかない。」

「しかし、どういう部隊かも詳しく明かされていない部隊では」

「君が転属する部隊の長はヤザン君という男だ。」

「あの『猛獣』とか『野獣』と呼ばれる男?!」

「知っているのか?ならば調度いい。彼は粗雑な男に見えるが極めて優秀な男だ。私は君に彼のいいところを学んできてほしいのだよ。」

「・・閣下はいったい私に何をさせたいのでしょうか?」

 

サラはシロッコへの警戒を引き上げて言葉をぶつけるが彼はよりやわらかい雰囲気を纏わせて話してきた。

 

「させたいのではない。してあげたいのだよ。・・強いて言うなら私は女性の中から次代の地球圏を率いる人材が現れると考えている。」

「え?」

 

自分のことを聞いていたはずなのにと問い返そうとしつつもシロッコから手で制されてしまった。その上で彼は言葉を続ける。

 

「現在、地球連邦軍も各サイドでも目先の未来を求めているようにしか見えないのだ。だが、私はその先を見据えている。そして、その未来では男に代わり女性こそが次代を担う存在になると考えているんだよ。」

「・・私にそれをさせたいと閣下は考えているのですか?」

「そうではない。その可能性があると感じただけだよ。君は若く適正もある。」

「仮にそうだとして閣下は私を利用して影からその女性を操ろうとでもしているのですか?」

「私はそんな野心家ではない。小心ものでね。地球圏が安定する手伝いをしたいと純粋に考えているだけだよ。周りからは理解されないがね。」

「つまり、今回の私への配慮は」

「純粋な善意だ。最初は戸惑うこともあるだろうが得になる事はあれども損にはならないはずだ。」

 

 

そう言って回されたサラであったが、最初は本当に苦労した。

何しろ、他の隊からは『ハイエナ』と揶揄されているし、ヤザン自身が面白がってそれを部隊名として正式採用してしまうし、命令違反もざらであった。

その度に、彼女が必死に説得・弁明を双方にしなければならなかったのだ。

そのためか、雑務や各種隊内での意見調整は非常にスムーズに行えるようになってきたと感じている。いるのだが。

 

(これは本来管理職とか監督役の仕事のはずじゃない。そう、あの『野獣』の仕事よ!!)

 

サラからすればこれは学んだというより、学ばざる得ない状況に放り込まれた結果でしかないのだった。

唯一の救いは、ヤザンが戦う場面を間近で見れることだったろう。彼の操縦技術は大胆であったが、学ぶべき点も多く参考になっている。そして、今までの経験則からこの戦いでも戦果を挙げると確信している。だが。

 

(また、事後の仕事が私にまわってくることになるのね)

 

サラは自分にまわってくるであろう事後の処理を想像してため息を漏らした。

 

 

 

そんな時、ガトー達はようやく帰ってきた実感と迎えのムサイを確認して緊張がほぐれつつあった。ある意味仕方ないことであったろう。

既に船が目の前にあり、回収のため接近してきているのだから。

 

「少佐。ようやく苦労が報われますね。」

「だが、まだ安心できない。ここはまだ連邦の勢力圏内だ。迎えと合流し無事にこちらの勢力圏内に入ってようやく安心できるのだ。油断は禁物だ。」

「そうですね、すいません。」

 

部下をそうたしなめた時だったろうか、接近してきていたムサイに対して光の束が突き刺さったのは。

厚さ事態はそれほどではなかったが、装甲に穴をあけるほどの貫通力はあったようだ。

赤く溶解した装甲から艦内通路らしきものが見えている。

 

「少佐、これは?!」

「警戒態勢!敵の攻撃だ。こちらに格納させているMSを出す準備をしろ。」

「無理です。大気圏離脱に備えて頑丈に固定しているんです。それに、あの機体は宇宙戦への換装・調整ができてません。出ても的です!」

「砲台程度に使えればいい。万が一、回収部隊がやられれば我々はここからの離脱手段を失う。それだけは阻止せねば。」

 

ガトーはそう言って無理やり機体を出す準備を部下たちに指示するのだった。

 

 



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第七十六話 長い帰路へ②

ガトー達のHLVに合流する直前だった偽装ムサイは何とか現状を立て直そうと必死にあがいていた。

既に任務の半分以上は完了しつつあったのだ。HLVの乗組員とMSを回収し、本国に帰るだけだった。無論、言うほど簡単ではなかったろうが不可能なことではなかったはずだったのだ。しかし、その希望的観測は連邦軍MS隊の強襲で水泡に帰した。

勿論、強襲したのはヤザン達『ハイエナ』隊である。回収作業に移行しつつあったムサイを見たヤザンは即座にビームライフルを敵艦横っ腹に叩き込んだのだ。

 

「ヒュー!見事に命中だ。」

「隊長、ずるいですよ。一番でかい獲物を。」

「まてまてあわてるなよ、一番の獲物は的と言っていいHLVの方だ。とはいえ、いいところを持ってかれたのは確かだがな。」

「みなさん、ふざけてる暇はないですよ。敵も気づいたようです。」

 

サラの言ったように攻撃を受けたムサイからは迎撃態勢を敷くようにMSが出てくる。

形状を見るにドムだ。ちなみにサラはルウム戦役には参加してなかったので実物を見るのは初めてであったが、隊への配属前に映像資料を見ている。

 

「敵の主力機です。ザクとは違ってかなり火力があると聞きますが。」

「落ち着け新人君。確かにその通りだが、数を見ろ。たった2機だ。恐らく、隠密任務故に戦力を最小限にしていた結果だろう。」

 

ヤザンはサラに幼子を諭すような、それでいて侮るような口調で自分なりの戦力分析を口に乗せ始めた。

そして、サラはそれに気づきながらも納得しておくことにした。考えてみれば隠密任務を行っていた部隊の回収だ。故に回収そのものも秘密裏に行う必要があったのだろう。

それに我が方から奪取した機体を収容することも視野に入れていたのかもしれない。

 

「2機とはいえ油断はできません。敵には船があります。その火力も入れるとこちらと同等、あるいはそれ以上に」

「まだまだ甘いなお嬢ちゃん。敵はHLVの乗員・MSの収容を行おうとしている直後だった。つまり迎撃態勢も万全ではない。それに彼らはHLVを守りながらという枷もある。さて、これほどの条件を入れると敵の戦力はどうだ?」

 

(確かに、枷がある以上は非常に戦いずらいはずだ。そうなるとこちらの方が優勢に立っている部分も多いかもしれない。)

 

「理解したか?」

「はい、未熟な自分を恥じています。」

「嬢ちゃん、解ればいいんだよ。大尉殿はその辺寛容だから気にしてないはずだしな。」

「乱暴に見えて隊長は部下思いだからひどいことはしないさ。」

「お前ら、余計なことは言わなくていい!それよりこのまま的に畳み掛けるぞ。」

 

ヤザンはそう部下たちに指示して攻勢を強めた。

ヤザン機は速度を上げて敵艦側面、先程ライフルを見舞ってやった部分に肉薄する。

さすがに、敵もそれはまずいと判断したのか船を回頭させながら対空砲を撃ってくる。だが、その間隙を縫うようにヤザン機とは逆方向から回り込んだヒューゲル機とラムサス機が三連ミサイルポッドを逆側面に叩き込んでいく。

 

「まるで派手な花火だな。綺麗だぜ。」

「不謹慎だ。敵に敬意を払えよ。」

 

ミサイルを放った両機はすぐに対空砲の弾幕から離脱してしまう。一方、ヤザン機に対してはすぐに2機のドムが反応していた。

肉薄される直前、ドム二機は呼吸を合わせるように一機はバズーカ、もう一機は120mmマシンガンを放ってきた。

 

「ザクの装備も共用できるんだったな。だが、小賢しいんだよ。」

 

スラスターを調整して機体をジグザグに動かす。その上で、的確に敵の攻撃を躱してしまった。マシンガンは何発か被弾しているが、大半はシールドで防いでしまっているので直撃弾はまだ負っていない。

 

(本当、操縦がうまいんですよね。とても野獣とは思えないほど。)

 

サラはヤザン機支援のために牽制攻撃を敵機や敵艦に行いながらそう思わずにはいられなかった。

それほど支援が必要ないのではと思うほどうまく立ち回っているのだ。その強かさには下を巻いてしまいたくなるほどだ。

 

「!新たに敵機らしきMSを補足。HLVから出てきたようです。」

「おいおい、随分と無茶なことをした奴がいるようだな。」

 

ヤザンはそう言いながらドムの攻撃を回避・交錯する。そして、振り向きざまにライフルのトリガーを引いた。その刹那、球状の火が上がりMSの反応が一つ消えた。

 

「早くも一機撃墜ですか隊長。いいところばかり」

「そういうお前らはどうなんだ。」

「俺はついさっき一機落としたぜ。」

「俺だけ戦果なしかよ。・・こうなったら残りの奴らは俺が総取りだ。」

「敵艦は共同で当たってるから戦果には入らんぞ。それにHLVは可能な限り回収・投降させるべきだ。」

「あんまりです隊長!俺の活躍の場がありません。」

「敵艦メガ粒子砲塔2門を破壊し、対空砲数門をつぶしたのに?」

 

サラはそう補足した。もっとも、共同での戦果なので目立つ評価にならないのだろう。

それに、この様子だとどうやら仲間内での賭けもしていたようだ。恐らく撃墜数などを競っていたとみるべきだ。

 

「・・また嗜好品を賭けていたのですか皆さん?」

「いや、任務後の食費三日分を。」

 

どうやら、自分たちが死ぬという結果は一切考えていないようだとサラは再確認してしまうのであった。

 

 

そんな中、ガトーは奪取した『ドゥバンセ』をHLVから出したところだった。

状況はまさに最悪であると解るほど雌雄は決しつつある。

護衛のMSは全滅、回収任務を帯びていた迎えのムサイは主砲・対空砲を敵MSに破壊されてまともに迎撃すらできない。

しかも、敵のMSはまだ全機健在なのだ。これでは一機加わったところでどうしようもない。しかも、ガトーは機体を出したところでさらに苛立ちを濃くしていた。

 

「!!機体が思うように動かない。ちっ、やはり宇宙用への調整が甘かったのか。」

 

HLVを出る前から覚悟していたことだが、予想以上に機体が動いてくれない。

まるで最初期の試験型MSと同等、あるいはそれ以上に動かすのが困難であった。

だが、それでもガトーは機体を必死に動かしていた。

スラスターでの移動は無理でも、ライフルを敵に向けるだけならばなんとかできる。

そして、ライフルの銃身を敵機に定めトリガーを引く。

その瞬間、ビームの閃光が敵に向かっていくが敵はそれを上昇して躱してしまった。

容易に回避できるほど誰が狙われているのか。わかってしまうほどに鈍重だと撃った側も撃たれた側もこの時に理解できてしまった。

 

(これでは砲台としても使えない。地上と宇宙では調整不足がこれほど影響するものなのか!)

 

ガトーはそう舌打ちすると共に敵による攻撃を浴びることになった。

 

 

彼が狙った機体はヤザンの駆る機体であったが、狙った相手を視認し、さらに相手が半身不随に近い機体だと察すると苛烈な逆襲に打って出た。

 

「いいね。やる気のある敵は好きだぜ。だがな、相手が悪かったんじゃないかい、えぇ!!」

 

彼は叫びながら、三連ミサイルを敵に叩き込む。

一発は敵のライフルに当たったのみに終わったが、残り2発はドゥバンセの左足と右肩に直撃した。

爆炎によって機体が無事では居られないと踏んでいたヤザンであったが、以外にもドゥバンセはいまだに機体として原型をとどめていた。

それはルナ・チタニウム合金の賜物であったが、ヤザンからすれば忌々しいことでしかなかった。

そもそも、本来はこちらの機体なのだから当然だ。

 

「こっちの物だった機体まで担ぎ出しやがって。さっさと落ちろ!」

 

ヤザンはさらにビームライフルで敵を貫くがそれでもまだ動いている。自由の利かない機体でここまで耐えるのは機体強度を考えてもたいしたものだろう。だが、それも時間の問題であった。

 

(あの野獣は容赦ないからもう時間の問題。それにたった今、彼らの希望は完全に断たれた。)

 

サラはそう心で結論を出した。理由は単純だ。既に離脱手段がなくなったからだ。

HLVの要員・機材を回収する予定だったムサイがヒューゲル、ラムサス機によって宇宙の藻屑になったからだ。

生存者はいないだろう。何しろ、脱出する間もなく艦体が真っ二つに割れつつ轟沈してしまった。

しかも、そこに両機はライフルを浴びせて残骸を破壊する徹底ぶりだ。

 

「大尉。そろそろ頃合いでしょう。敵機に降伏を勧告してください。今ならHLVと奪取された機体両方を拿捕できま」

「うるせえ!今、いいところなんだ。ようやく仕留められるというところで邪魔をするな。」

 

サラからすればだからこそ通信で話しているのだが、ヤザンは聞く耳を持とうとしない。

戦闘によって興奮しているのも理由だろうが、この性格を今少し何とかしてもらえると苦労が減るのにと日頃から思うほどだ。

 

「大尉。上への手土産にもなりますから抑えて下さい。ただでさえ命令違反でここにいるのにこれ以上は」

「戦場では臨機応変に対応しろよ。嬢ちゃん。敵機撃墜はやむなきことなんだ。」

 

そう言ってヤザンは自機のライフルと装填し直したミサイルを敵機に向けている。

いかに頑丈だとしてもこれほどの集中攻撃を受けた後にダメ押しの砲火を浴びれば撃墜は避けられない。

ヤザンはようやく悪あがきをしていた相手を叩き潰せるという確信をもってトリガーに手を掛けた。

 

 



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第七十七話 騎兵隊の到着

ヤザンが撃墜を確信しようとしていた頃、狙われていたガトーも感じていた。

 

(ダメだ。これ以上は機体が持たない。殺れる!)

 

両者共に決着が先延ばしにできないと確信していた。だが、ヤザンの期待もガトーの観念も一瞬のことであった。ビーム粒子の塊がヤザン機に迫ったのは。

彼が回避行動をとれたのは野生染みた感の成せる技かはたまたは似合わない用心でもしていたからか。ともかくも回避によって直撃は防ぐことができたが、無傷ではなかった。

メガ粒子が機体の右肩装甲と咄嗟に手放してしまったシールドを巻き込んで通り過ぎて言った。

 

「なんだ、友軍の横やりか?それとも潰し損ねた敵でもいたってのか?!」

「大尉。後方に複数の熱源探知。少なく見ても10以上!」

 

ヤザンは怒りと戸惑いを同居させたような非常に珍しい顔を面にだし、サラは敵の救援だとの理解によって顔を青くしていた。

 

 

ガトーもこの救援には驚きを隠せないでいた。

そもそも、隠密任務だったから救援は望めないはずであり、失敗は死に直結する。

それが彼のついた任務の内容だったからだろう。では、なぜ救援がきたのか?

それはガトー達がトリントン基地潜入直前にまでさかのぼる。

 

 

当初、ガトーに秘密任務を与えた上層部では機体破壊そのものも連邦基地内での事故となるように準備が進められていたのだ。

そして、満を持してガトー達を送ったのである。工作そのものにもかなりの自信があったし、協力者たちからも色よい返事が来ていた。だが。

 

「マ・グべ少将。この報告書の内容は本当か?」

「最初はアナハイムや『リターンズ』による謀略を疑いましたが、彼らはこちらの動向をここまで察知できないはずです。可能性は低いと考えます。」

 

少将のこの一言にデラーズは届けられた報告書に再度目を移す。

それは、今回の潜入人員の一人であった男の経歴とその弟の現在が記載されていた。

ザムエル・ヒューゴとその弟であるカビール・ヒューゴ。

兄の経歴はMWなどの作業従事からMSの操縦、さらには格闘技術や爆破工作など多岐にわたっており、まさに工作員の典型であるようだった。

彼の経歴に関しては軍でも然したる問題にはならなかった。だが、彼の弟の経歴を見たときにいささか不安な様相を呈してきたのである。

 

カビール・ヒューゴは15歳の頃からサイド2でのデブリ回収・除去の作業に従事していたのだが、近年になってからその勤務態度は悪くなっているようだった。

それに代わる様に彼が傾倒し始めたのが、宗教であったようで彼の資産の大半がその宗教団体に贈与された形跡があった。

 

「つまり、それが聖マリアレス教会だというのだな?」

「はい。詳しく調べなければわからないように情報操作をしていたらしく確認に時間がかかってしまいました。」

「そして、貴官の考えでは彼の兄も教会に加担していると見ているのだな。」

「まだ確証はありませんが、怪しいというのが私の感想です。まだ、途中までの調べですが、任務直前に彼が弟と接触したという目撃情報があったそうで。」

 

デラーズはそれを聞いて渋い顔を深刻な表情にさせた。

確証はないが、肉親とはいえ教会関係者と接触していたというのは捨てきれない。しかも、隠密任務直前というのがさらに疑いを強くしていた。

 

「ガトーは既に任務に就いた頃だな?」

「はい。今頃は地上に降りるためにHLVへの搭乗を始めているころです。」

「そうなると、連絡は危険だな。」

「閣下。いっそのことアナハイムを経由して作戦を中止するよう地上の協力者に伝達したほうがいいのでは?」

 

デラーズもそう思わなくはなかったがある考えが彼の頭から離れずにいた。

 

「いや、やはりそれはだめだ。」

「なぜです閣下。」

「仮に貴官の言う通りだとしたらある危険性があるからだ。」

「ある危険性?この際、彼の任務については」

「そうではない。『一人』とは限らないということを言いたいのだ。」

 

そこまで言って、マ・グベも思い至ったようだ。

そう、任務を中止して潜入した者たちを死地から脱させるというのは正しい判断なのだが、問題なのは教会の間者が先に話したザムエルだけかということだ。

こちらの任務が潜入だということは教会に筒抜けだったと見るべきだろう。教会の思惑がどうであれ、妨害にしろ、誘導にしろ、こちらの意図を邪魔したいと考えているなら複数の間者を忍ばせている可能性はある。

つまり、任務を中止したとしても潜入した連中が凶行に走る可能性が高い。

下手をすると潜入組と協力者が根こそぎ連中の餌食になってしまうことも考えられる。

 

「確かにどれだけの間者が潜入しているか確証がないのも事実ですが、このままですと潜入組が危険にさらされます。」

「そうだな。もはや考えていたとおりに作戦を遂行するのは難しいと考えておくべきだろう。だが、既に送ってしまった以上、我々にできることは少ない。」

「ですが、何もしないわけには」

「当たり前だ。できることはしておく。少将、ただちにソロモンに連絡を取ってくれ。救援の準備をしておく。」

「しかし、一応は隠密任務なのでは?」

「教会連中が何をするつもりかはハッキリしてないが、我々に対して敵意に近い物を持っていることは解っている。ならば、一番過激なことをされた場合の対処を取っておく必要がある。」

 

この場合の過激な行動とは何か。それはテロ行為や暗殺工作である。

宗教がらみは歴史上でもいろいろな問題を起こすことが多い。

特に多かったのはテロであったろう。自分達のみが正しく神の御為とか聖戦などという言い回しを使って影響力・勢力の拡大を図ってきた過去が非常に多い。

つまり、今回の行動もそれに類する行動をしてくる可能性がある。その結果としてガトー少佐たちの離脱が当初任務より困難になる可能性もある。

 

「そうですね。そうなると少佐たちの離脱を支援するための戦力が必要になると。」

「ああ、だからこそソロモンに駐留している部隊から迎えの予備戦力を出すための人選を進めてもらおうと思ってな。」

「では、私の方でも一つ意見を。迎えの予備を出すのは賛成ですが、連邦軍に察知された場合、妨害される恐れがあります。そこで敵の目をそらす必要があります。」

 

 

マ・グベはそこまで述べた後、自分が考えた内容を語り始めた。

具体的には連邦軍の目をそらす陽動作戦である。

 

「作戦そのものは至ってシンプルです。各地に点在している哨戒部隊を急遽統合し、即席の攻撃隊を編成します。約10隻程度の艦艇を1グループとして行動させ、連邦軍の警戒ライン・拠点を同時に攻撃させます。」

「それは、陽動だとしても危険ではないか?敵とて重要拠点への警備は厳重なはずだ。」

「はい、ですので攻撃そのものの成否はこの際問いません。敵の目をこちらとの前線に集中させるだけでいいのです。こちらが軍全体で不審な行動をとっていると知れば連中は『何らかの大規模攻勢を考えているのでは』と考えるはずです。」

 

つまり、大規模な軍行動を敵に見せることでそれそのものを敵に対しての陽動として使おうというのだろう。だが。

 

「いささかあからさますぎないか。まして、敵の艦隊がこちらの思惑通りに動いてくれるものか?それに、敵とて地上での潜入には気づくだろう。そんな中で貴官の言うような陽動を実施しても気づかれるのではないか?」

「恐らく気づく者たちもいるでしょう。そこで、陽動でも実益のある攻撃目標を対象とさせます。」

 

具体的には連邦軍『ラズベリー・ノア』近郊部への強行偵察、再建が秘密裏に進められていると思われる『中継補給基地』への再攻撃、『ルナⅡ』周辺宙域の哨戒艦隊への各個撃破作戦等々である。

確かに、これらのことが同時に行われ成功すれば絶大な効果を発揮するだろう。

連邦軍の目は間違いなく前線に向く。たとえ陽動だと理解していてもその対処に時間・行動が忙殺されてしまい対処できなくなる可能性は高い。

 

最初こそデラーズは眉間に皺を寄せて聞いていたが、作戦を聞いてみると理に適っていたしその必要性はもっともだったのでそれを作戦案として承認したのであった。

その結果として、『リーガン・ロック』指揮の部隊を中心戦力とした救援艦隊が派遣されガトー達の危機を救うことになったのである。

 

 



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第七十八話 幻影と影響

 

「ヤザン隊長。連中のMSが一気に増えちまった。こっちは4機、多勢に無勢ですぜ」

「だが、こんなうまい獲物をみすみす逃すなんてできない。せめて目標を殲滅するまで粘るべきだ。」

 

二人は撤退と交戦継続という真逆の意見を主張しだしたが、その直後に二機の機体それぞれに敵機のミサイルが機体をかすめた。

手堅く回避できたが、近くで爆発したので装甲に軽く損傷が出ている。それを見てとったヤザンは舌打ちしながらも決断を下した。

 

「いや、増援が見込めるならば粘るのもいいが来ないだろう。下手を打つと短時間で逆に殲滅されかねん。連中の目的はHLVのお仲間回収だ。だったら、俺たちが退いても追撃はしないだろう。」

「ですが隊長。命令違反でここに来ていたのに目標確保に失敗したなんてことが解れば処罰の対象になりかねません。」

「軍法会議と戦死。どちらがマシなんだ?俺は前者の方がいいな。弁明もできるし」

 

サラはさらに言いつのろうとするが、こらえることができた。考えてみれば死ぬよりはいい。

それに、すぐに離脱して友軍に報告すれば追撃できる可能性もまだある。状況次第では、補給と増援を加えて再攻撃という手もあるのだ。

 

「わかりました。撤退しましょう。」

「引き際も肝心だと学べたのはいいことだな。嬢ちゃん。」

 

ヤザンはそうつづけながら、機体を転進させた。

無論、敵の追撃を受けたがそこは優秀な男だけあって牽制の射撃やミサイルによる囮攻撃など徹底したため離脱に成功した。

 

 

「ガトー少佐、無事か?機体はボロボロになっているが」

「問題ありません。あちこち損傷はありますが生命維持には問題ないです。それより、HLVと回収艦を」

「HLVの兵士たちは同行した艦に順次乗り移ってもらっている。回収艦の方は」

 

そういってリーガンはスクリーンを見たが、そこには既に戦艦と呼べるものはなかった。

あるのは残骸であり、脱出ポットがわずかに漂っているだけだ。

 

「ポットはMSに回収させている。見捨てはせん。だが、恐らく大半は」

 

ガトーはそこまで聞いて唇を噛んだ。噛まれた唇からは血が流れ両目は震えながら閉じられている。だが、痛みによるものでないのはリーガンにも理解できた。

否、そこにいたジオン兵士の大半が理解していた。

 

ガトー達が無事に収容された後、敵の追撃が予想されたため限界態勢を継続しつつ、敵制宙権からの離脱を急ぐことになった。

だが、以外にもその後は追撃されることもなくソロモンへと無事帰投することになる。

これにはリーガンをはじめガトーなどの若手も何らかの罠かと訝しんだが、彼らが予想したこととは違う事態が絡んでいた。

 

 

ガトー達が地球軌道上からの離脱を行っていた調度その頃、ジオン軍の各拠点より示威行動と思われる艦隊運動が各所で見られことになる。

特に顕著だったのが、『ルナⅡ』と『ラズベリー・ノア』近郊でMS同士の小競り合いが小規模ながら発生していた。

 

『ルナⅡ』では偶然にもリターンズのトップであるサミトフ・ハイマンが近々視察に赴くことになっていたので一時騒然となった。

 

「まさか、『リターンズ』トップを狙って?!」

「いや、宇宙人共が我々の内輪もめなど知っているとは思えない。」

「だが、確信はあるまい。もしかしたら捕虜から何らかの情報を得ているかも。」

「クレイモアから情報をリークされた結果では?」

「どこの情報だ!そんな事実は確認できてないぞ。正確な情報をよこせ。真偽のほどもわからぬ噂などは要らん!」

 

これらの会話がそこかしこで見られた。

そして、基地の上層部でも同様の会話が行われ、各所に散っていた部隊が急遽主要拠点の守備に回されることになったのだ。後に、連邦からは『激流の48時間』とよばれジオン内では『幻影作戦』と呼ばれることになる事件である。

主要な被害は『ルナⅡ』の哨戒部隊がほとんどだったが、深刻な被害が出たのは『旧太陽光発電衛星』があった中継基地においてであった。

リーマ大佐らによる奇襲作戦で半壊していた基地は人員の集中と設備一新によって大規模な拡張化がすすめられていた。後一月ほどで完全復旧し、本格的な中継基地として機能するはずだったのである。

だが、今やそこは残骸しかない状態であり、向こう半年は復旧不可能という状態になっていた。

 

「まさかまたもや中継基地を!」

「だが、これだけとは思えん。現に『ルナⅡ』周辺ではいまだに敵との小競り合いが頻発している。さらには、『ラズベリー・ノア』からも警備強化の人員を回して欲しいと悲鳴が上がってきたぞ。」

「どうするのですか?いまだ建設途上ですし、『ルナⅡ』の方が現状では重要度が高いのも事実です。無視してしまいますか?」

「いや、『リターンズ』を刺激するのはまずい。衛星軌道周辺の警備から一部抽出・再編して送ることになるな。」

「妥当な線ですね。しかし、地上からの報告には潜入したジオンがいるという情報も上がってきていますが。」

「大気圏を離脱するだけの設備や人員があるとは思えん。アナハイム経由で脱出される可能性が高いのだからそこの警戒監視を強化しておけば問題なかろう。」

 

ジャブローに控える参謀部は上記のように考え、宇宙軍主力を『ルナⅡ』と『ラズベリー・ノア』に集中させたのである。ジオン軍からすればまさに『掛かった』という思いであった。

ヤザン所属の『ハイエナ』隊との交戦と被害は想定外であったが、それ以降の追撃が無かったのは連邦軍が完全に『幻影作戦』という陽動作戦に嵌っていたためだとリーガン達は後に詳しく聞くことになるのだった。

 

 

その一方、地上のダイヤモンド鉱山跡地ではようやく戦闘が終結していた。

地上でガトー達の脱出を支援した現地MSパイロットと基地駐留兵たちは果敢に抵抗し9割以上もの死者が出た。

捕縛・捕虜にされた者の大半は重傷あるいは意識を失った者だったことから見てもその激闘のすさまじさが伺える。

そんな時でも、水中に逃げた敵の追撃案が出たのはスペースノイド殲滅を提唱している『リターンズ』らしいと言えた。

 

「つまり、ジェイド少尉としては追撃して宇宙に逃げられた憂さを晴らしたいという訳かな?」

「そんな低レベルな目的ではありません。実害になる戦力を保有したまま逃げ延びた連中を我々の手で捕えるもしくは殲滅するべきだと言っているのです。後顧の憂いを断つ意味でも実施させてください!」

「何度も失態を演じた貴官がそれを言うか。それに、追撃は現地部隊が引き継ぐことになっている。これ以上、組織の名を汚すようなことをされてはかなわん!」

 

ジェイドの進言をピシャリと否定するサツマイカン。10分にわたって追撃の是非を問答し続けていたが、いっこうに結論は出ない。

そんな時、その通信に割り込むような報告が入った。件の潜水艦が撃沈されたというのである。

 

「現地軍にしては手際がいいな。どこの隊が?」

「そ、それが、『クレイモア』の地上支援部隊とのことで」

「!よりによってあいつらに手柄をとられたのか。これなら現地軍が打ち取ってくれた方がまだましだったぞ!!」

 

サツマイカンは歯ぎしりの音が聞こえるほどの形相で報告をしてきた士官とジェイドを睨み付けた。

 

部屋から退室したジェイドであったが、出た直後に壁を勢いよく蹴りつけた。

蹴ったところで靴が傷んだり、足が痛いだけだったが憤りが何かさせずにはいられなかったのである。

 

「クソ、俺は結局ピエロだってのかよ。」

 

ジェイドとしてはそう思わざる得ない状態であった。

追撃に加わり、サツマイカンを脅し半分で説得し、基地まで攻撃したのに結局のところ目標は宇宙に逃げられた。

しかも、残った手柄候補も『クレイモア』が打ち取ってしまったらしいのだからどうしようもない。しかも、このままでは始末書どころではないだろう。そう考えていた時だった。

 

「少尉殿、少しお時間はよろしいでしょうか?」

 

そのような声が彼にかけられたがジェイドはぶっきらぼうにそれを拒否する言葉を出す。

 

「うるさい!始末書や事後処理で忙しいのは誰が見てもわかるだろう。後にしてくれ!」

「少し落ち着いてください。あなたにとって有益な話をもってきたのですから」

「もうじき追い出される俺にはもう関係のない」

「それは大丈夫です。『私が』拾い上げますので。」

 

そう言われて初めてジェイドはその相手を視界にとらえた。

そこには明らかにキザったらしい、それでいて女性に対してはかなり異質な魅力を振りまいていそうな男の姿があった。

 

 

 



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第七十九話 リターンズにてⅠ

今回はリターンズ内での出来事。



 

ジェイドが出た後であるが、サツマイカンにはマスク大佐からの通信が待っていた。

それは出だしから怒気をはらんだもので非常に居心地の悪い物であったが。

 

「少佐。君には失望を禁じ得ない。前の報告であれほど忠告してやったのに成果どころか、失態を上塗りしてくれるとは思わなかった。」

「た、確かに機体奪還には失敗しましたが宇宙に上がった連中も我が組織子飼いの部隊が補足するはずです。それに地上の残党も殲滅済みですし」

「地上に関しては『クレイモア』にわざわざ手柄を与えてしまったというではないか!それに、宇宙に逃れた連中も追撃は不可能だということだぞ」

「え?」

 

マスク大佐は気のない返答をしたサツマイカン少佐に正規軍・『リターンズ』・そして『クレイモア』共に敵の大規模攻勢に対処するため追撃に余力を避けないのだと説明した。

それを聞き終えたサツマイカンは真っ青だった顔が灰色に変わっていた。

誰が見ても今の彼は失態しか報告できていないし、念を入れていた対策も期待以下の成果しか出せない状況であると知ったためであった。

 

「正直、俺でもかばい切れん事態だ。・・少佐、君を大尉に降格し『ルナⅡ』勤務を命じる。」

「ま、待ってください!転属はこの際受け入れますが、降格はあんまりです。今回の失態は一重にジェイドの独断によるところが多く。」

「彼については先ほど処分を言い渡した。彼はしばらく『ラズベリー・ノア』周辺での哨戒任務に就いてもらう。前線であり、もっとも敵との交戦が激しい場所の一つだ。処分と言ってよいとサミトフ閣下も了承している。」

「甘すぎます!奴の失態は本来軍法会議ものであり、除隊処分を与えてもいいはずの物ではないですか。」

「これは閣下の決定だ。変更はあり得ない!これ以上、私を怒らせるな!!」

 

そう言ってマスク大佐は通信を切ってしまった。

この時、サツマイカン大尉は不満たらたらであったが、それを必死に飲み込んだ。

当然ともいえる。彼の今までの横暴な行動は組織の権力を背景にしていたのだから。

追い出されれば残る肩書は地球連邦軍大尉でしかない。

 

(おのれ、宇宙人共めが!この屈辱、決して忘れんぞ)

 

 

サツマイカン少佐に対して処分を言い渡した後、マスク大佐は自分の部下たちと調整に入った。誰をサツマイカンの後釜として使うかである。

 

「シロッコなどはいかがです?癖が強いですが極めて優秀ですし、人材を見抜く目も確かだと見ますが。」

「いや、確かに優秀だが危険人物でもある。あれに下手な権限など与えるのは癇癪持ちの子供にナイフを持たせるようなものだ。」

 

比喩としてはいささか理解しがたいがまあ、そういう側面のある人物だと部下たちも評価はしていたので納得はしていた。

 

「では、ロディ・キンゼー大尉などはどうです?彼は近く昇進予定でしたし、この際大佐直轄に転属させてしまうのもいいかもしれません。」

「私も賛成です。彼は下の者たちからもそれなりに信用されています。」

 

マスク大佐はそこまでの会話からキンゼー少佐を改めてサツマイカンの後任とすることを決めることにした。

それに彼にとってもこの人事は都合がよかった。失態を演じたうえに、部下たちからも嫌われている節があるサツマイカンを異動させてより人気のある人物を後任とする。

それによって自分への批判のガス抜きを行うべきだと考えていたのだ。

 

「そうだな。少し、早い気もするが彼なら十分にやれるはずだ。」

 

マスク大佐は部下の意見を集約し、キンゼー大尉を本日付で少佐に昇進させ、サツマイカンに代わって大佐直轄の艦隊を受け持つことになった。

だが、その背後では今少し面白い事態が起きていたのを知るのは二日後のことである。

 

 

 

マスク大佐がキンゼー少佐をサツマイカンの後任に決めていた調度その頃、サミトフ・ハイマンは彼の秘書官とレイシャル技術大尉を集め、マスク大佐には内密に会談の席を持っていた。

たぜ、マスク大佐に秘匿するか?理由は単純である。

 

「大佐の日頃の行動は過激すぎます。今までは成果もあったから黙認していましたが、もはや限界です。」

「技術者としてあまり口を出す気はありませんが、だからといって簡単に排除してしまうというのも考えものですよ。彼の直属は納得しないでしょうし。」

 

そう、『リターンズ』を私物化しているマスク大佐をどうするかを話し合うのが主だった理由だったためである。

当初、サミトフは様子を見るべきだと考えていた。近々予定されていた反抗作戦『アームストロング』が終了するまでは顔役でもあるマスク大佐の件は黙認しておくべきだと考えていたのだ。

もっとも、連邦軍の一部を私物化しているサミトフがそれを言う資格はないのだろうが、本人はそう考えていなかったし、彼自身はそれが地球圏のためになると本気で考えているので始末に負えないのだが。

 

「一先ず、実働部隊の長をマスク大佐から独立させ閣下の意思で動かせるような人事を行うべきだと思います。」

「そうだな。では、キンゼー大尉などはいいのではないか?彼は実直だし職業軍人気質で部下たちからも一定の信頼を得ている。」

「閣下、彼は既に大佐のお手付きです。表向きはそう見えませんが、彼の忠誠はマスク大佐一筋でしょう。」

「それに私も反対です。技術者側としてはあまり軍思考に傾きすぎる人事をされると窮屈で開発がはかどりません。」

「うむ、思ったより大佐は手が早かったか。誤算だった。となると他には」

 

サツマイカンは論外、ライヤーは一度失態してしかも潜在的な敵、他の者たちも小隊までなら可能だが艦隊は厳しい。

 

「・・メッシュ・クレイ中尉などはどうだろうか?」

「閣下!彼はまだ佐官ですらありません。論外ではないでしょうか。」

「だが、見識や作戦構想能力は申し分ない。しかも彼はまだ二十六歳だが、気骨のある男でもある。キンゼー大尉と十分張り合えるだろう。」

 

サミトフとしては軍内で信用に値する人材としては彼が適任だと思ったし、彼ならば今後の作戦でも手腕を振るってくれるだろうと考えた故の意見であった。

そこにレイシャル大尉が口をはさんだ。

 

「閣下。私はファティマス大尉の方が妥当だと思います。」

「確かに彼も優秀ではあるが」

 

秘書とサミトフは互いに難色を示した。秘書としては彼の内面にある危険なものに気づいていたから。サミトフは前世の経験で知っている彼の野心故である。

だが、現状では互いに確固たる証拠があるわけではない。偏見である。そんな理由で能力ある人材を放置する方が問題となるだろう。それこそ、前世連邦軍と同様の衰退につながりかねない。

 

「閣下、いっそ発想を変えて三名とも少佐に昇進させてはどうかと」

「それこそ意味が解らん。何を理由にするのだ。マスク大佐が納得するとも思えん。」

「いえ、理由ならあります。彼の子飼いであったサツマイカンの失態、これを理由に使うのです。」

 

秘書はさらに自分の意見を披露した。

サツマイカンの直接の上司であるマスク大佐がなんの処断も受けないのは問題になりかねない。そこで、彼が管理している軍を整理するという名目で分散させる。

細かいところは今後の調整となるだろうが、大枠としてはキンゼー少佐、ファティマス少佐、クレイ少佐にほぼ同等の実働戦力を管理・指揮させればいい。

 

「全ては無理ですが、これならマスク大佐の戦力を分散できますし、こちらも実働戦力を直接傘下に置けます。また、下手に持ち過ぎて大佐から不審に思われ過ぎないようにとの配慮と目くらましとしてファティマス少佐を用いれば問題ないと思います。」

「ファティマスに戦力を持たせるのは不安だが、仕方がない。」

「??」

 

唯一、組織に入ったばかりのレイシャル大尉はファティマスを危険視している上司たちを怪訝な表情で見たが、それだけであった。

彼としてはファティマスが技術者よりの思考をしているという一点のみが重要だったのだから仕方がないことではあったが。

 

 

 



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第八十話 クレイモアにてⅠ

 

『リターンズ』内で人員の入れ替えが行われていた頃、クレイモアでもいろいろな問題が起きていた。

 

「つまり当初目的は達成したということですか?」

「ええ、大佐のご命令通りに商会とのつながりも付けましたし、侵入していたジオンを撃退したことで手柄も上げましたよ。もっとも、リターンズからは嫌な顔をされましたが。」

 

そう言ったのはマフティー大佐。それに答えたのはバルキット大尉である。

彼らは表向きの場面では戦闘に介入できていなかったのだが、実はしっかり戦闘に参加していたのである。

 

 

ガトー達が地上から離脱したその前日、『オウ商会』からの情報でダイヤモンド鉱山跡へと急行したバルキット達であったが、この時には現地連邦軍と『リターンズ』が既に攻撃態勢に入りつつあった。もっとも、傍から見ても連携が悪くいがみ合っているだけで手柄の競い合いという状態になりつつあったので介入しなくて正解だったと後に振り返るほどである。

 

「現地軍が指揮権をもっているようです。」

「あの『リターンズ』が介入したと聞いたからどうなっているのかと思ったが、掌握しきれてないのか?理由はなんだ?」

 

そう思っていた矢先、バルキット達が乗っていた艦に通信が入った。

見たくもない顔、シーサン・ライアー准将であったが一応は地上軍基地司令官の一人であるため無視もできずつなぐことになった。

 

「わざわざ宇宙から降りてくるとは『クレイモア』の皆さんも物好きなことだ。」

「何のことだがわかりません。我々は偶然にも地上での演習目的で降りていただけです。何かできることがあると思い援軍にはきましたが。」

「そして、参加すらためらう状態にあるということですな。」

 

シーサンの言ったことは認めたくないが事実であった。

現状、参加すれば現地軍と『リターンズ』に敵意を向けられかねない。敵攻撃中に連邦軍内部での三つ巴になりかねないのだ。

 

(そもそも、情報を見ているとこいつがいろいろした結果なんだがな!)

 

「大尉、実は私としても『リターンズ』の勝手な介入に辟易しているんだ。今のところは何とか連携を保っているが、今後はどうかもわからない。現地軍としてはもっと礼節と思慮ある行動をとってくれる者たちと付き合っていければと考えているのだ。」

「今後とは?」

「言わなくてもわかるでしょう?軍での内紛についてです。」

「不吉なことを言います。本当に理解できません、准将殿。」

「この通信は秘匿回線だ。傍受の心配はない。だからこそ本音を聞きたいのだよ。」

 

非常にやりづらいとバルキットは感じていた。

現地軍そのものは味方に付けておいた方が、今後の作戦行動や内乱に突入した際の支援基地として使える。しかし、『クレイモア』・『リターンズ』結成前後の事態を見るとその言葉を信用できるかは疑問である。

 

(どちらにも恨みを抱いている可能性が非常に高い。)

 

「警戒させているようだが、本当に君たちを支援したいと思っているんだ。だからこそ、今回いろいろと手を打っている。」

 

彼によれば、本来は『リターンズ』が基地を落とすのに本腰を入れればスムーズに落ちる可能性がある。だが、それをされると彼らの勢力増強に発展しかねないうえに地上軍はさらに居場所がなくなるというのだ。

 

「ここ一か月で急激に異動や左遷が相次いでいてな。しかも、その後釜は大半が公社の息がかかった連中なのだ。」

「その割に今回の作戦でここまで反発できるとは意外ですね。」

「反発できる連中を中心に集めて参加させたからな。他にも参加したがった現地軍人・基地司令官はいたが、こちらから丁重にお断りした。連中の犬などいても迷惑だ。」

 

悪びれる様子もなく言い切った。恐らく本音なのだろうが、バルキットからすれば険悪感が先に湧いてきた。

いかに『リターンズ』に手柄を渡したくないとはいえ、自軍の将兵を捨て駒のように使っていることには変わりない。これでは、連中となんら変わらないではないだろうか?

 

「おや、ジオンの連中は宇宙へ脱出を図るみたいだな。息巻いていた『リターンズ』も存外頼りないことだ。」

「『リターンズ』のことは抜きにしても、潜水艦からの援護に加えてMSも粘り強く抵抗を続けている。時間稼ぎは完全に成功したということだろう。・・さて、どうしたものか」

 

バルキットとしては現状、2種類の方針がある。

 

①ジオン潜水艦を追撃・撃沈する。

対外的に見てジオンとの協調の芽を摘むことになりかねないが、連邦内部で目に見えた戦果を挙げることはできる。『リターンズ』も無視はできない。

 

②潜水艦を逃がして素知らぬふりを通す

十分に可能であるし、ジオンとの協調を画策する材料として利用できるかもしれない。だが、この場合だと正規軍と『リターンズ』双方から目をつけられる。

 

③先に述べた2点を同時に行う

非常に難易度が高い上に危うい賭けになりかねない。ジオンが全面的に協調してくれる保証もないし連邦正規軍をはじめとした見方を欺くことになる。

 

彼はしばし考えこんでいたが、即座に指示を出した。

 

「敵を追撃する。最大船速!爆雷投下用意!!せめて地上の『ジオン』を叩くぞ、気を抜くなよ!」

 

その数十分後、敵ジオン潜水艦が撃沈しその戦果が正式に正規軍と『リターンズ』各軍に伝えらえたのである。

 

 

「当初、『リターンズ』が執拗に追及してきましたが、残骸を見せて納得させました。回収した残骸などは現地軍経由で公社に渡るもようです。」

「敵の潜水艦を見るに非常に惜しい気もするが、仕方ないな。まあ、その件はともかくシーサン准将の申し出はどうするつもりだ?」

「まだ返答してません。そもそも、この件に関しては私個人で決めるレベルの内容ではないでしょう?冗談でもこんな厄介ごとの決断なんて御免ですよ。」

 

バルキットはそう言って髪をかきむしりつつ答えてのけた。

言われたマフティーからすれば丸投げされたと思わなくもなかったが、内容がでかすぎるし今後の戦局に影響しかねない問題でもある。容易に判断できないという気持ちは理解できた。

 

「わかった。その件はこちらで調整しよう。交渉の席ぐらいは設けないといけないだろうしな。・・とはいえ中将閣下を危険には晒せないし、私が代役となるのだろうがな」

 

そう言いつつ、マフティーはため息を漏らすしかなかった。

本格的に戦闘を行った『リターンズ』、それに横やりを入れる形で参戦した『地上正規軍』などに比べて表立った行動をしていない彼らであったが、その行動内容は後世宇宙世紀において無視できない事態を生んでいくことになる。

それが、前世『エゥーゴ』のような半端な結果をもたらすのか、果ては無しえなかった地球市民の意識改革へとつながる結果を導くのか?それはまだわからなかった。

 

 

 

現場において、バルキット大尉たちが地上の妖怪ども(主にイーサン准将)との死闘を繰り広げてからおよそ数時間後、マフティーをはじめとした『クレイモア』幹部たちは今後の方針を決めるために再度話し合いの場を設けていた。

まだ一週間ほどしかたっていないのにまたもや集められることになったのでメンバーは非常に不機嫌だったが、事情があるのは皆が理解していた。

そして、ことが連邦だけでは済まない方向に進みつつある情報が彼らに入ってきたことで今までの『待ちの姿勢』を変えるべきかもしれないと考え始めていたのもこの話し合いを設けた理由の一つであった。

 

スペースノイドの自治独立を唄う『ジオン』であるが、決して一枚岩ではない。

随分前から連邦よりの姿勢をたびたび見せていたアナハイム・エレクトロニクス社の内応、先の衛星攻撃隊迎撃時の『サイド2』からの援軍。

一見、直接的に影響がないこの2点であるが、クレイモアからすればこれは深刻な問題になりかねない情報であった。

 

「マフティー大佐は『サイド2』について何か心あたりは無いのですか?」

「私の情報でもコレと言えるものは。ただ、彼らが『ジオン』と敵対している可能性は高いと思います。地上でのMS強奪事件の際、潜入した敵が既に死体になっていたという報告もあります。」

「地上に『ジオン』侵入を許しただけでも問題なのに、正体すら定かではない第三勢力が暗躍しているというのは。」

 

そう言った士官に対して、マフティーは第三勢力ではないだろうと軽く答えた。

考えてみれば、今の連邦ですら内部に三勢力が内包されている。それを含めれば第六勢力とかにもなりかねない。

 

「まあ、そのような問答はなんにもならんな。問題はその連中が我々に対して敵対的か友好的かという点にある。」

「大佐。友好的かはわかりませんが、こちらにアプローチすら来ていないということから見ても敵とみて対策を考えるべきです。」

「大佐。私もそう思う。」

 

そう重々しく答えたのはエビル将軍であった。

彼も今回、スケジュールを調整して参加している。

 

「艦隊指揮官の一人として言わせてもらうなら、味方と断定できない不確かな勢力ほど信用できないのだ。勝手に味方と思い込んで後ろから刺される恐れがある以上、警戒しておくべきだ。」

「その点でも、地上のバルキット大尉は今回非常に良い働きをしてくれました。どう転んでも最低限の情報は得られるでしょうし、事態の転びかた次第では戦争終結の切っ掛けになるかもしれません。」

 

そう話していた時、いきなり爆発が会議室に響いてきた。

かなり距離があるようだが、衝撃と音が聞こえてくるほどだから相当のものだろう。

エビルは咄嗟に受話器を取って外部の士官に連絡を取る。

 

「今の爆発は?」

「中将閣下、姿が見えなかったので心配しておりました。ただちに自室にお戻りください。艦隊直属の警護が付きますので。」

 

警護?最初、それを聞いた誰もが意味を理解できなかった。

ここは、『ルナⅡ』である。少なくとも、連邦宇宙軍にとって地上に次ぐもっとも安全な要塞拠点。その内部である。

 

「質問に先に答えろ。何があったのだ!」

「申し訳ありません、安堵のあまり。先ほど艦隊指揮官の一人が何者かに襲われたようなのです。詳細はまだわかっていませんが、爆発物による攻撃と見られております。」

 

この返答に、今度こそ集まっていたクレイモアメンバーは驚愕の表情を隠すことができなかった以外にもこの時、彼らの予想は最悪の方法で敵中していたのだ。

これは紛れもなく、彼ら言うところの不確かな勢力『聖マリアレス教会』からの攻撃であった。

 

 



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第八十一話 雑談と急転

 

ソロモンに帰投したガトーは例の機密情報をさっそくロズル中将に引き渡した。

一週間以内にはデラーズに引き渡されることになっており、それまでは親衛隊とソロモン選りすぐりの兵士付きで保管されることになるので一安心といったところだろう。

俺はガトーと久しぶりに他愛無い会話を交わすことができた。

 

「しかし、リーガン先輩が救援として来てくれたときは助かったと安堵しました。」

「それはこっちのセリフだ。駆けつけた時には機体がボロボロでとても無事とは思えなかったからな。何よりだったが、敵のモノだったとはいえ大した機体だな。」

 

そう呟きながら互いに目の前の機体を見た。

正直に言ってもこれが少し前まで新型機だったとは思えない。それでもガトーが生き残れたのは装甲材であるルナ・チタニウム合金も理由の一つに間違いない。

現在、ソロモンの技術スタッフが解析と修復を進めているがそれが済み次第、グラナダに移送されて今後のMS開発に貢献してもらう予定となっている。

 

「しかし、元々は宇宙で精製された合金を使っているのが皮肉だな。我々ジオンがそれを知らず、連邦がそれを先行して使用しているとは。」

「作為的なものを感じざるを得ませんね。」

 

何者かの作為。言わずもがなで、アナハイムのことだとすぐに察しがついた。

もっとも、こちらの奪取に前後して装甲材の情報が向こうから提供されていたので無理に突っ込まないことにしたようだ。

もっとも、連邦軍内部の一般情報や市井の噂を優先的にリークしてもらうことになっているのだが。

 

(しかし、期間を定めて契約書まで作らされたのは初耳だったが。しかし、これで向こう1年は確実な情報が提供されるわけだ。無論、警戒はしておくにしくはないが。)

 

「ところで、首都の方では問題は片付いたのでしょうか?」

「いや、まだのようだな。当初は連邦軍に隙を突かれると危惧していたのだが、向こうもそれどころではないらしい。」

 

実は、ソロモンへの無事帰還に前後して彼らを待っていたのは衝撃的な事件とその続報であった。

『デラーズが何者かに撃たれた』というのである。その後、『命には別状なし』という報告が届いたので皆が安堵したが、それに追従するように事件が多発した。

グラナダ、『サイド3』各所での自爆テロ、要人を狙った襲撃が間を空けずに起こったのである。

 

マ・グベ少将の対応と部隊の出撃によって主だった者は無事であったが、死傷者が100人を超える惨事となった。

その死者の中に旧政権下で強い影響力を持ち、半年前に政権奪取を図ったリシリア・ザビが含まれていたために重要度はさらに大きくなり、調査が開始されていた。

この混乱の最中に連邦軍から攻撃を受ければ恐らく危機的状況になると軍は各前線に警戒態勢を敷かせたが、意外にも連邦軍は動くことがなかった。

前線の警戒は今まで以上に厳重となっていたが、それだけだったのだ。そして、その理由はアナハイム経由の情報によって知ることになった。その情報を知った時、皆が一様に驚いたものである。

 

「しかし、まさかほぼ同時に連邦でも同様の事件が起きていたとは知ったときは驚きました。」

「しかも、向こうの方が深刻かもしれん。何しろ、こちらの軍事作戦の直後だからな。」

 

そう、連邦軍内部においてもほぼ同様の事件が起きていたのだ。

その内容は衝撃的であっただろう。

地球連邦軍参謀の一人であったゴップ・ノリガン大将、『ルナⅡ』駐留軍将校の一人であるティアンム少将の両名が暗殺されたというのだ。

ゴップ大将はジャブローの参謀部に向かう途中、飛行場に向かうリムジンに乗ったところをトラックに突っ込まれた。その上、爆弾によって車両ごと爆破された。

ティアンム少将は艦隊とMS隊の配備状況を伝えに来た連絡員から話を聞いていた時だった。配備直後からの付き合いであるはずだったシュダック伍長が急に銃を抜いて射殺したのである。直後に彼自身も服毒自殺したため背後関係がはっきりしていない。

 

「まさか、またアナハイムが一枚噛んでいるのでしょうか?」

「いや、今回は違うと思う。連邦に対してだけならこちらに恩を売るための凶行とも取れるだろうが、こちらへのテロなど信頼回復に必死の今やるべきことではないはずだ。」

 

そう言いつつ、リーガンは『サイド2』が絡んでいるのではないかと自分の考えを口にした。

先の潜入に際し、作戦妨害を行った彼らであったが下手に連邦軍に勢い付かれても厄介である。そこで、双方にダメージを与えるべく同時多発的なテロに踏み切ったのではないかというのだ。

 

「確かにそれなら説明はつきますが、疑問も残ります。こちら側へのテロはともかく、曲りなりにも連邦軍内部。まして、最重要に位置しているはずの参謀部将校と前線指揮官を正確に暗殺できたのはどうやったのでしょうか?」

「順当に考えるならスパイがいるのが自然なのだが、それだと人選に少し疑問がある。」

 

本当に連邦軍内にスパイがいて重要人物の動向を正確に把握できているならばもっと大物を狙えば混乱は大きかったはずなのだ。

参謀部ならば一人ではなく参謀部丸ごとを消した方が効果的に混乱させられた。ルナⅡ駐留軍将校にしても、ティアンム少将より上を狙う方が効果的だったはずである。現場の一将校などはまだ替えが聞くのが現実なのだから。

 

「しかし、そうなると『聖マリアレス教会』が最有力容疑者となりますか?」

「アナハイムを抜きにすればそうなる。だが、それでも先ほどの疑問は解消できないから確定ではないな。」

「・・ようやく宇宙に帰ってきたのに、落ち着くことができないというのはなかなか。」

「同感だ。少しは落ち着いて話したいものだな。」

 

そう互いに言葉を出しつつ、ため息を漏らし合う二人であった。

 

 

ジオンでこのような雑談が持たれていた丁度その時、連邦軍内部では不穏な気配が漂いつつあった。

初戦から『ジオン』にやられ続け、自分達の庭である地上へ侵入までされてしまった。

しかも、その後に続いた要人暗殺。ジャブロー上層部はこれらを全て『ジオン』が連邦軍を弱体化させるために行った軍事行動だと結論付けていた。だが。

 

「彼らと話し合いの場だけでも設けてみてはどうだろう?交渉すらしていないのが現状なのだから」

「そのような弱気なことを言ってどうする。それでも地上に生を受けた連邦市民か?!我々の同胞が暗殺されたのだぞ。このような卑劣な手段を用いる連中と話し合いを持つ必要がどこにある。むしろ、攻勢に討って出るべきだろう。」

「そして、半年前の『ルウム戦役』を繰り返す気ですか?軍戦力は無尽蔵ではない!ただ艦隊とMSを並べて攻めればいいわけではないのだ。」

 

その意見は停戦・交戦で完全に分裂し、まとまる気配が見えていなかった。

それを聞いたエビル将軍が口を開いた。彼は今回、一応は出兵賛成というスタンスをとっているが内面は違っている。それは彼の発言からも見て取れた。

 

「私も同感だ。具体的にどうするかが問題だろう。ソロモン、ア・バオア・クー、ペズン。彼らは『サイド3』に至る経路に要塞拠点を設置し防衛線を形成している。しかも、そこに配備されている敵の戦艦・MSの力はいまだに未知数だ。そんなところに何の策もなしに突撃など誰もできる訳がない。」

「では、黙っていろとでも言うのか!」

「短絡的に突っ込むことは危険だと言っているのだ。」

 

エビルとしては戦闘継続には賛成していると見せながらも、少しずつ交戦するうえでの問題を指摘して停戦交渉に持ち込めればと考えていた。しかし、次の発言が彼の期待を完全に裏切ることになる。

 

「具体的な策があればせめてもいいということならば、小官に策があります。」

「何だねサミトフ中将。」

「はい。実は我が『リターンズ』で検討を重ねてきた作戦をここで披露したく思い発言させていただきました。うまくいけば、先に述べていた『ジオン』の防衛線に楔を打ち込み突き崩すことも可能だと考えているのです。」

「!!」

「それは本当か?!あの宇宙人共に一泡吹かせることができると。」

 

エビルとしてはサミトフがこのように表立った行動をとってくるとは予測できなかった。

今までの彼の行動は全て、影から献策して成果を出すという姿勢だった。それ故、今回もそうだと思っていたのだ。

 

「ただ、『リターンズ』だけでは戦力が不足してしまい長らく作戦を保留にしていました。そこでこの機会にそれを皆様に披露し、軍全体で実行できないかと思ったのです。ぜひ、ご検討を願います。」

 

そう言いつつ、サミトフは画面を操作し作戦を説明し始めた。

作戦名『アームストロング』。それが、その作戦の名前であった。

 

 




開戦から半年が過ぎようと小説内世界ではなってきていますが、ついに大規模反抗!?
というところで、次話になっております。


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第八十二話 アームストロング作戦・序

UC0074 5月初旬に差し掛かった頃。

この時期、ジオンをはじめとした各サイドは同時多発的に起きたテロを収めてようやくひと時の平和を感じていた頃だったろう。

それは、連邦軍の主要拠点である『ルナⅡ』や『ジャブロー』、その他の地上基地も同様であった。兵士たちの中には、この機に両勢力間で交渉が持たれるのではないかという憶測も出始めていたほどである。

しかし、その期待はもろく崩れ去る。

 

 

「隊長、各隊の被害は甚大です。増援は!?」

「そう簡単にこれる距離でないのは解ってるだろう。それより油断するな。」

 

隊長と呼ばれた方は機体をスラスターで後方に下げながら肩に着いている装甲をかざすように向ける。その直後、その装甲部分に弾丸が命中した。

ザニータイプに備え付けられている60mmバルカンが命中したのだ。隊長を攻撃した敵を先ほど話しかけてきた相手が機体を急速旋回させつつ、左腕装甲に備え付けられたヒートサーベルを抜き放つ。

そして、そのまま敵機にすれ違いざまサーベルを胴体に叩き込んだ。厳密には彼の機体はサーベルを横一線に構えていただけだ。それでも敵機が真っ二つになったのは機体の速度によるところが大きい。

 

「隊長!ご無事ですか?」

「問題ない。それより、そんな無茶はもうするな。その機体は元々、格闘戦には向いてないんだ。中・遠距離からの支援に集中しろ。敵の接近は我々、ザク搭乗者が受け持つ。それを忘れるなよ。」

 

そう言いつつ通信を切った後、彼はひっそり呟くように付け加えた。

 

「だが、助かった。ありがとうな。」

 

部下には聞こえなかったが、そう言わずにいられないほどの激戦が一息つく間もなく続いているのだ。

彼らはサイド6で活動している現地義勇兵である。開戦から半年にさしかかるこの頃になると、ジオンに賛同した各サイドから自主的に若者が志願し、現地コロニーを守備するための隊を編成するようになっていたのである。

そして、彼ら『ウィーク・シールド』もその一つとして活動していた者たちである。

基本、彼らはデブリの除去やコロニーの外壁修復などの雑事のサポートを主とし、緊急時などには守備戦力として活動することになっていた。

ほんの数十分前まではその日常が当たり前のように続くと誰もが思っていたほど激戦とは無縁だったのだが、それが崩れた。

 

当初はデブリ除去を行っていた作業員の見間違えと取られていた。

連邦の戦艦がMSを随行させつつ接近しているというのだ。しかも、数隻などではなく数十隻以上という報告を受けた時はほとんどの者が何らかのミスとしかとらえていなかった。

『サイド6』周辺には際立った軍事拠点もない。しかも、そこからそう遠くないところには敵か味方かも不透明な『サイド2』のコロニー群がある。

ただ、開戦当初はそれなりに各所で小競り合いが頻発してはいた。連邦としては反連邦最大勢力であるジオンの本拠地がある『サイド3』を直接攻撃できればという期待もあったためである。だが、固い哨戒ラインにMS・パイロットのレベルの高さが合わさって何度も強行偵察に失敗。結果、手堅いながらも補給がまだ容易な『サイド4』経由やペズン周辺の侵攻ルートを模索するようになっていった。

戦闘が長期化すれば補給の問題が露骨に出るため、友軍に属する可能性があるコロニーや中立派に転ぶ可能性が高いコロニーが点在するルートを選ぶようになっていったのだ。

結果として、『サイド6』コロニー群は比較的穏やかな空気が流れるようになっていたのだ。

もっともそれは今日までであったが。

 

「隊長!二番隊からの応答がありません。」

「食われたか。五番隊にカバーさせろ!五番が抜けた穴は俺たちで埋める。」

 

そういって隊長は休む間もなく再び光芒入り混じる戦場に飛び込んでいく。

その背後には速度を落としてついてくる僚機が4機見えた。二機は隊長機と同様のザクである。見た目の違いもそれほどなく、肩の盾の塗装が違うだけのものだ。

その後方、残りの2機は数日前に配備されたばかりの『ドラッツェ』であり、多くの面で隊内では火力の不足分を補っている存在である。

 

 

比較的穏やかなと先に述べたが、それでも最低限の戦力は配備されている。

この頃、すでに各自警団には旧式ムサイをダウングレードして運用効率を高めた『ロムサ』が多数配備され、それに付随してMSも改修・配備されている。

そして、件の『ロムサ』であるが特徴として、外見はムサイそのものであったが大きさや武装が一回り縮小され、MS格納デッキなども小さくされている。スペックは以下の通りだ。

 

ロムサ

主武装:メガ粒子砲2門

    ミサイル発射管2門

MS格納数:2機

 

大きさとしても前世『コムサイ』の方が近いかもしれないが、あれは大気圏往復用だったのに対し、こちらは離脱・突入能力は存在しない。

傍から見て、戦力低下とみられかねないこの戦力であるが、利点がある故に多数配備されていた。

 

まずは生産性。旧式ムサイの予備パーツを最大限利用できるようにと考えられたため、改修済みの新型ムサイ級の部品も共有できるという利点がある。設計も簡素化されているためムサイよりも量産が容易なのも利点として大きかった。

次に大きさである。火力は落ちたがその分、ドックを占有しないで済むので複数の配備が可能になったのも大きかった。

そして、問題視された火力については、配備されたMSがそれをカバーしていた。

グラナダから先行配備された『ドラッツェ』、改修型ザクなどが既に配備済みだったので十分補填できていたのだ。

余程大多数の敵が侵入しない限りは持ちこたえられる戦力とみていたのだ。

持ちこたえさえすれば、近隣の各コロニーに哨戒・展開中のジオン正規部隊が応援に駆け付けられる態勢ができていたのである。

だが、その予想を超えた戦力によって現在、『サイド6』のコロニー群は攻撃を受けている。

 

「落ちろ!」

 

そのような状況でも、現場のMS小隊隊長はさらに敵のMSを撃墜した。

彼らの救いはMS個々の性能やパイロット技術に一日の長があるということだろう。だが、間断なくMS・戦艦からの攻撃が続けばれればいずれはやられてしまう。

 

彼らの絶望的な戦闘はさらにしばらく続くのだった。

 

 

 

一方、その『サイド6』攻撃を行っていたのは連邦宇宙軍第二艦隊で、『ルナⅡ』で再編成された艦隊であった。艦隊総数約120隻によって構成され補充されたMSとパイロットがその大半である。

そして、その艦隊で旗艦に当たるマゼラン級戦艦『ハムデット』艦橋では指揮官と副官が戦況を冷静に評価し合っていた。

 

「こちらの第三波攻撃もしのがれました。」

「頑強だな。作戦予定を大幅に超えてしまっている。」

「予定も大事ですが、戦力を失っては作戦どころではないですから。それに、まだ切り札をこちらは切ってません。」

「枚数に限りがあるカードだからな。タイミングが難しい。」

 

予定を気にしていたのは艦隊司令の『リチャード・ウォー中将』。

戦力のことを補足・心配する素振りを見せたのは副官の『ユウキ・アレン少佐』。

 

彼ら二人は『リターンズ』には所属していない正規軍出身者である。

しかし、今回『リターンズ』から提案された作戦は非常に魅力的なものだったので是非とも成功させたいと考えている。

今まで負けっぱなしだった連邦軍が手にする大規模作戦での勝利。その一番手としての栄光を。だからこそ司令官は予定を気にし、副官は戦力を気にしていた。

それは彼らが呟いていた切り札にも関係あるものだったので互いの意見は合わずとも揉めるような気配すらない。

 

「本番は『敵の増援が到着した時』になるでしょう。」

「敵があわてふためく様をみるのが楽しみだな。」

 

両者は不敵に笑いながら艦隊最後尾に視線を向ける。そこには何の変哲もない戦艦が並んでいたがそれが『ただの』ではないことが証明されるのにそう時間はかからなかった。

 



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