FAIRY TAIL 天空に煌めく魔導の息吹 (天狼レイン)
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序章 白き翼が舞い降りる時
一人のS級と幼き幽霊


皆様、お元気でしょうか?蒼き西風の妖精(シルフィード)です。

今回の小説はソードアート・オンライン同様に投稿予定だったはずのモノを再度復元。

並びに編集を繰り返して復活させたものとなります。

ちなみに上手い話を書こうというつもりはありません。ただ、暇潰しに読んでいただく

ためのものなのでご了承ください。では、ごゆっくりどうぞ。



X784年 ギルド《幽界の支配者(ファントムロード)》崩壊から三日後にて 

ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》聖地《天狼島》初代ギルドマスター メイビス・ヴァーミリオン墓前

 

 

静かで平穏なその島、その名は《天狼島》。

かつては二つのギルドが争い、村が滅ぼされたなどという話を耳にした島。

現在は、ただただ広い陸地と島の回りは見渡す限りの絶界が広がる大海しかない静けさを保つ、そんな静かで平穏な無人の島。

…いや?無人ではないのだ、何故なら心配事とか暇すぎたせいで元気が有り余っている女の子の幽霊が島をさ迷っているからだ。

 

そんな数々の不思議や謎を隠していそうな《天狼島》に銀髪の首筋まで伸びている髪を垂らし、見た目的にも筋肉が発達しているわけでもない、なんの変鉄も無さそうな少年はやって来ていた。左手の甲にはすでに薄れかかり、すでに消滅したギルドである《幽界の支配者(ファントムロード)》のギルドマークの紋章をつけている。

つまり、少年はこのフィオーレ王国に存在する魔導士の一人なのだ。

しかし、この《天狼島》は彼がいたらしい《幽界の支配者(ファントムロード)》を破ったギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》における聖地であった。

普通ならば禁忌に触れかねないようなことなのだが、彼はある意味では特別な魔導士なのだ。

そう…この《天狼島》に住み着いている…というよりは暇で仕方ないのにゆっくり好きなことを一人でしている女の子の幽霊に来ることを認められているのである。

幽霊に認められなくてもいいだろう?そう思われてしまいそうだが、その幽霊がただ者ではない幽霊ならば、話は別だ。

 

そう思いながらもいつも通りの定期報告のために彼は、その女の子のお墓の前へと歩み寄る。

歩み寄ってみれば、待ってましたとばかりに女の子の幽霊はニコニコしながら嬉しそうに少年の前に現れ、話しかける。

 

『どうでしたか?ここ最近の《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》は?』

 

「はは、いつも通りですよ。相変わらず元気が有り余っているようで、ごく普通に問題事を起こしては直ぐに平常運転を決め込んで、いつも通りのどんちゃん騒ぎです」

 

『それでこそ、ギルドですよね♪あー、わたしも混ざって遊びたいなー、今の《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》に』

 

羨ましそうに指をくわえる女の子の幽霊。いつも通りに落ち着きがなく、フラフラと空中を飛び交いながらも両足を交互にジタバタさせる。

そんな彼女にクスリと笑いながらも銀髪の少年は話を続けることにする。

 

「流石にダメでしょう?貴女は幽霊なんですよ?突然ギルドに現れて「わぁ!」的なことでもしたら大問題どころかギルド全体がうるさくなってしまいますって」

 

『えー、そんなぁ。わたしだって《天狼島》にずっといるの飽きちゃうんですよ?たまに来てくれる貴方が居てくれるから我慢しているレベルなんですよ?』

 

「それはそれは。有難いお言葉ですよ、お姫様」

 

『………お姫様は恥ずかしいです、貴方は相変わらずお世辞が上手いんですね』

 

「あれ?お世辞って思われてました?結構本気で言ったつもりなんですけどねー」

 

『むぅ…。なんかいつもいつも振り回されている気がするんですが…』

 

「気のせいだって、()()()()

 

銀髪の少年がその言葉を向ける先は空中を飛び交う女の子の幽霊。

そう彼女こそ、現在マグノリアの街が誇る魔導士ギルドである《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》の創設者にして、初代ギルドマスターの《妖精軍師》メイビス・ヴァーミリオン、その人なのである。

 

名前でそう呼ばれたことにより、女の子の幽霊…メイビスはぱぁっと表情を明るくし、顔を綻ばせる。彼女にとって名前で呼ばれることはかなり今では珍しいことであり、久々感のある嬉しいプレゼントに他ならないに違いない。

…と言っても初対面の人物、はたや親しくもない人物に名前で呼ばれるのは早々気の良いものではないだろう。彼女だって死んでしまってはいるが、一人の女の子なのである。

見た感じの様子では、結婚や成人などはしていなそうにも見える、その若さであり、見た目は本当にただの子供に他ならないのだ。

そう言っても彼女を侮るのは命知らずのやることでしかないし、その瞬間に“敗北”の二文字は確実のものへと成りうるのである。

 

そんな彼女が名前で呼ばれて嬉しそうにしているわけは簡単である。

つまり、ここにいる魔導士である銀髪の少年は友達、言ってしまえば親友なのである。

初代ギルドマスターのメイビスと、一人の魔導士である銀髪の少年。

考えてみれば釣り合うわけの無いような二人なのだが、仲が良い理由は色々とあるのだ。

 

『いやぁー、久々に呼ばれた気がしますねー♪嬉しくて仕方ないですよー♪』

 

「はは、つい二週間前にも呼んだと思うよ?やっぱりそれほどまでに退屈なのかい?一人って言うのはさ」

 

『う~ん?そうですねー、確かに退屈でやることがドンドン無くなっちゃうんですよね。この間は一日中大空を流れる雲を眺めていたり。綺麗な満天の夜空がやって来たら日が昇ってしまうまで星を数えていたりとか。最初は楽しかったりするんですけど…途中から飽きてきちゃうんですよね~』

 

「うん、普通に気が遠くなるような作業にしか聞こえないよ、先程の2つ。ボクも結構やっていたときもあったけど飽きちゃったんだよね…」

 

『ですねー、貴方がここに来てわたしと暮らしてくれるのもいいかもしれませんね♪』

 

「流石にそれはボクも干からびちゃいそうだなぁ。一応海の魚や生えている食べれる草とかで生活は出来そうだけどね。それにボクは魔導士だし、仕事しないと意味無さそうな気がしちゃうからさ」

 

『うぅ…、たまには遊びに来てくださいよ?レインさん』

 

「分かってるよ、メイビス」

 

銀髪の少年…レインは飛びっきりの笑顔をメイビスに嬉しそうに向ける。その笑顔に驚きながらも嬉しさを感じたらしいメイビスは少し顔を赤く――したように――しながら、レインから顔を背けて両手で顔を覆う。そんなメイビスの様子がよくわからず、レインは首を傾げながらどうすればいいか分からなさそうな顔をする。

一方のメイビスは当然のように…

 

『(あ、あの笑顔は反則ですよ…。見てるこっちが恥ずかしくなるじゃないですか…。本当に罪深い方です、レインさんは。でも、喜んでくれているなら、わたしとしても嬉しいですね…♪)』

 

内心では嬉しそうにしながらも恥ずかしがっていたようで、顔から湯気が出そうになっていた。幽霊になってしまった彼女でも、恥ずかしがることや嬉しくなること、もしかしたら恋などをすることもありえてしまうのではないかと思える。

まあ、先程述べたようにレイン本人はメイビスがどんな気持ちを思っていたか、またまたどんなことを考えていたことなど知るよしもない。

そんな中でレインは本題の話をメイビスに聞かせることにした。

 

「それじゃ、本題の経過を伝えるね、メイビス」

 

『はい、どうぞ』

 

「まずは一つ、バラム同盟の一角である《悪魔の心臓(グリモアハート)》が《黒魔導士ゼレフ》の復活を目論んでるみたいだ。プレヒトはハデスと名乗ってギルドマスターをしているらしい。彼も堕ちてしまったようだね」

 

『ええ、プレヒトが堕ちるとは計算外でした。もっとわたしがしっかりしていればぁ…』

 

「え…?」

 

『うわああああああああん、グスン…わたしがもっとしっかりしていればあぁぁ…』

 

「ええ…!?(ま、また泣いちゃったの、メイビス!?)」

 

突然声が弱々しくなったかと思えば、メイビスは大声をあげてワンワン泣き始める。正直に言ってしまえば、初代ギルドマスターとしての貫禄などは何処にもなく、この様子やいつもの行動を見たら、ただの見た目通りの年相応と言える女の子に他ならない。

ごく普通にワンワンと泣き続け、涙を流すこの始末。メイビスは自分が関係していた人物に何かあったりすれば、自分が悪いんだと言って大泣きするのである。

ちなみにレインはメイビスが大泣きするのをすでに50回以上は目撃しているのである。

そして当然のように泣き止ませるのもレインの仕事に等しく、同じく50回以上は泣き止ませているのだ。

 

「はぁ…。メイビス、泣いてたって問題は解決しないよ?」

 

『グスン…そ、そうですね…わたしがしっかりしないと行けませんよね…』

 

「幽霊にしっかりするってあるんだね……」

 

『あれ?知りませんでしたか?』

 

「うん、普通にはじめて聞いたし。それに幽霊が成仏すらせずにこの世を満喫しているなんて話はここだけだと思うよ?」

 

『ふっふ~ん!それだけわたしが元気ってことですね♪』

 

「まあ、(あなが)ち間違ってはいないね……」

 

『あー、呆れたように笑いましたねー!』

 

元気を取り戻したのは良いが、やっぱり元気が有り余りすぎてはしゃぎすぎているようである。それであって久々に――といっても二週間ぶりなのだが――レインがやって来ていることも相まってメイビスのテンションというか気分は最高潮に達てしているのだろう。

やはり切り替えの速さは流石初代ギルドマスターだなぁと感心せざるをえないのかもしれない。まあ、メイビスが元からそんな人物なのかもしれないのだが。

 

「まあ、それはさておき。二つ目のことなんだけどね、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》にボクの潜伏先である《幽界の支配者(ファントムロード)》を壊滅させられちゃったよ。まあ、喧嘩売ったのはマスタージョゼの阿呆みたいだけどね。マカロフさんの《妖精の法律(フェアリーロウ)》に裁かれちゃってたし、情報収集下手くそだなぁって思ったよ」

 

『ふふ、あの魔法が家族を守るために役に立っているのなら満足です♪それに()()()使()()()()()()()()()?』

 

「はは、まだボクの手には余ってしまうような大切な魔法ですよ、そんな使うなんて恐れ多いよ。それにボクはプレヒトと違う意味で魔導の行く先を見届けたいんだ、それにメイビスも期待してるんだよね?妖精たちが如何に立ち向かって強く育っていくのかを」

 

『ええ、それに関しては本当に楽しみです。でも、楽しみの範囲には貴方も含んでますよ?レインさん』

 

「ふぇ……?」

 

『貴方があくまでも()()()として生きるのか、()()()()()()()()として戦うのか…わたしはそっちを特に楽しみにしてますよ♪』

 

「そ、そうなんだ。なら…がっかりはさせないように生きてみるよ、この命は君や彼のお陰であるようなものだしね。それにグランディーネには伝えたい言葉があったから…絶対に伝えておきたいよ」

 

『そうですね、わたしもドラゴン見たかったです♪頼んだら乗せてくれたんですか!?』

 

「な、なんでそんなに興味津々なの?」

 

メイビスのハイテンションに追い付けなさそうな顔をするレインとは違い、メイビス自身はドラゴンがどんな感じなのか…とかドラゴンの手触りがどんなのとかを想像しては楽しそうにしていた。どうやら妄想を広げるのも好きなようだ。そう思っているとレインのお腹がグゥ~と鳴った。それに気がついてレインが少し恥ずかしそうにするも、メイビスはクスクスと笑っては嬉しそうにする。

お腹の鳴ったレインは軽食代わりに自分で作ったばかりの昼御飯をカバンから取り出した。

開けてみればホクホクと湯気が立ち上がり、見ているだけでも美味しそうな白御飯や、熱々の一口ハンバーグを4つ。他にも栄養価の高そうなサラダを昼御飯に持ってきていた。

早速サラダを少しだけ食べて瑞々しさに美味しさを感じながらも、ハンバーグをガブリと食べて白御飯をゆっくりと食べる。

そんな中で昼御飯に結構な視線が寄せられていることに気がつき、仕方ないなぁと言わんばかりにため息を少しだけついたあとに、視線の送り主であるメイビスを見つめてから一言だけ唱える。

 

「ミルキーウェイ」

 

そう唱えた途端に周りの雰囲気が変貌し、幽霊でしかなかったはずのメイビスが一時的に実体化する。レインが使うミルキーウェイはオリジナルをさらに発展、強化させた代物で、選んだ残留思念などを散らすことなく、一時的に実体化させて自らも自由に動けるのだ。

そのお陰で、すでにヨダレが垂れかけているメイビスの口許にナプキンを持っていき、拭ってやることもできる。

 

「まったく…本当に食いしん坊なんだね、幽霊なのに」

 

『だって美味しそうじゃないですか、レインさんが一ヶ月前に食べさせてくれたもの以外は何も口にしてないんですよ?』

 

「いやいや、それが普通だと思うよ?それにボクの使うミルキーウェイがここまでのレベルあるから良かったけど、無かったら“食べる”なんてこと出来ないからね?」

 

『分かりました。それでは、食べさせてください♪』

 

「切り替えの速さは《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》一だなぁ、メイビスは」

 

そんな風にお互い軽口を言い合いながらも和気藹々と仲良さそうにする二人。熱々の一口ハンバーグに関しては気を付けてといったはずなのに火傷しそうな勢いで食らいつき、「あついいいいい!!!」と叫んで転げ回るメイビスを見てレインはクスクス笑う。そんな二週間または三週間に一回の休日。いつもはS級魔導士であるから忙しいレインの唯一の騒がしくても楽しくて仕方がない日。

 

そう…一人のS級魔導士と幼い《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》の初代ギルドマスターたる少女の幽霊の休日。

 

ああ、今日も青空が何処までも広がり…悲しみを取り払っていく…。

 




如何でしたか?お分かりの方なら分かったと思いますが、ヒロイン一人目はメイビスです。

いやー、はしゃいでる彼女を見て可愛いと思いましたね。結構あれですね。

「あ、可愛いな。この元気さと幼さとか合ってる」的な感じになってFAIRY TAILでは

お気に入りキャラの上位三位以内に入ってます。当然一位は…後程お話ししましょう。

とりあえず、もう一人のヒロインは結構あとの方なのでご了承ください。

では、次回も心待ちにしていただけたら幸いです。


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変わっていたかもしれない未来


いやー、最近投稿遅れてすいませんねm(__)m

最近GCVで戦力になれそうなので必死で戦ってたんですよ。
                        ※GCV=ガンダムコンクエストVのこと
んで、闘技場でレベリングしまくったりしてたら日が暮れていると…ww

ま、まあ…非課金勢が課金勢に着いていくには時間と労力を上手く使わないとキツいんですよ

…はい、それで遅れました。ゴメンナサイ、許してください。悪気はないんですm(__)m

え?FAIRY TAILもいいが、ソードアート・オンラインあくしろよって?

あ、はい。そっちも急ぎますんで、お許し願えませんかね?

結構なレベルで追い詰められてきてるので。英語とか英語とか英語とか英語…(涙)

ま、まあ。本編どうぞ、ごゆっくり願います。



フィオーレ王国 マグノリアの一角にそびえ立つ魔導士ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》前にて

 

「へぇ……。思ってたより直るの早っ!? この間壊されてから二週間程度かな? う~ん? 時間の感覚が少しずれてる…。なんとか合わせれるようにしないとね」

 

ここ最近改築されたらしい魔導士ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》。《幽鬼の支配者(ファントムロード)》のギルドマスター、マスター・ジョゼの個人的な嫉妬のせいで戦争を勃発させられ、ギルドを全壊させられたのだが、やはりメイビスの言った通り“その程度で折れてしまうような弱々しい絆ではない”を絵に描いて貼り付けたように復活は早かった。

これほどの“絆”は、やはり現在《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のギルドマスターを務める《聖十大魔道》の一人であるマカロフ・ドレアによる信頼故だろう。

 

彼は基本的に光系統の属性をメインに使うのだが、一応全属性も使えるらしく死角がない。それに長年の経験と知力は彼の衰えてしまっているだろう体力を補えるほどだ。

それに彼の魔法は一言で言えば、《巨人(ジャイアント)》の魔法で。謂わば巨大化して戦うという“血沸き肉踊る戦い”らしき戦闘になるだろう。それに巨大化の大きさは島一つと同格まで出来るらしく、実力は確かにトップクラスと言えよう。

彼は40歳の頃に《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のギルドマスターになったということも風の噂で聞いていた。……この時点でボク、レインの姿見は矛盾していることになるが、気にしないでおこう。

それはともかく、このギルドには4人のS級魔導士がすでに存在しており、何人かには聞いたことがある異名すらつけられている。

 

例えば、《妖精女王(ティターニア)》の異名で呼ばれるエルザ・スカーレット。彼女は《騎士(ザ・ナイト)》の魔法を使用しており、「換装」の一言で所持している様々な武器や鎧を身に纏えるというものである。

鎧の例で言えば、一度に多数の武器を使いこなせる《天輪の鎧》。攻撃力を更に強化させる《黒羽の鎧》。炎に耐性をもつ《炎帝の鎧》などが主だって使用されている。

かなり美人ということはよく聞くのだが、恐ろしいや怖いなどもよく聞くので面倒にならなければいいなぁとふと思う。

 

他にも三人ほどいてレインが一番気になっていると言えば、マカロフの実の孫であるラクサス・ドレアのことだ。

彼は父親であるかイワン・ドレアにより、身体の中に滅竜魔法が使える《魔水晶》を埋め込まれているらしく、言ってしまえば滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の一人なのである。

それもレインや《火竜(サラマンダー)》のナツ、《鉄竜(くろがね)》のガジルと違い、第二世代滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)に分類されるのだ。

両手や口などの様々な場所から放たれる落雷は恐るべき威力らしく、傘下の闇ギルド程度なら普通に撃滅できる実力をもつS級魔導士なのである。

まあ、言ってしまえば至って単純な興味から会ってみたいなどのことでしかないために正直なところ関わりを強く持つ気はあまりない。

 

そんな考えを頭の中で過らせながら、一旦頭の中を空っぽにするために深呼吸をすることにする。思いっきりスゥーと息を吸い、ハァーと息を吐くのだが…周りを歩いていた住人たちの何人かが「ん?あれ?なんか空気が薄くなってねえか?」的なことを言い出すので急いで深呼吸を止める。危うく酸素を全て吸い込んでしまうところだったと自重する。

無意識に深呼吸はやはり危険であったのだが、すっかり忘れてしまっていたのだ。まあ、それだけ頭の中を空っぽに出来たし、気持ちも落ちついているということなのだろう。

そしてボク、レインは《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》の入り口のドアをゆっくりと開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――◇―――◆―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レインがギルドのドアを開く数分前にて…

 

そこでは今日も元気に張り切っている暑苦しいと言われれば暑苦しいナツ・ドラグニルといつも通りの付添人であるルーシィ・ハートフィリア、ナツの相棒である喋る猫のハッピーが依頼が貼り付けられたボードを見てむむっと唸っていた。ギルドが巨大化したこともあり、土地の代金とかからも依頼の報酬金が少しでも向かれるために家賃や食費を稼ぐことに精一杯なこの二人。

片方は有名な《火竜(サラマンダー)》の異名を持つ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であり、片方は《精霊魔導士》なのである。

 

そんな二人に未だに不機嫌そうなこの男、元《幽鬼の支配者(ファントムロード)》のメイン魔導士であり、《鉄竜(くろがね)》の異名を持つ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)のガジル・レッドフォックスである。

彼もまた、現在は《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のメンバーであり、まだまだギルドには馴染めていない者である。

それはともかく、ガジルは何回か考えを張り巡らせた後に意地悪そうな顔をして――いつも目付きが悪いのだが――ナツに声をかける。

 

「おい、《火竜(サラマンダー)》」

 

「んだよ、ガジル。なんかようか?」

 

「まあな。少しお前に良いこと教えてやる。《幽鬼の支配者》はあれで()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一人ほど…本当にヤバいのがいたんだがな」

 

「な!?」

 

「嘘!?」

 

驚愕する二人に不適な笑いを浮かべるガジル。そんな三人に一人の来客が現れる。そう…いつもの彼女だ。

 

「ほう…そんな者がいたのか。どういうやつなのだ?」

 

「ああ…ヤツはある意味では“剣聖”と言えるな。ヤツは()()()使()()()()俺を圧倒した」

 

「お、お前。魔法無しでやられたのか!?」

 

「(ナツでさえ、ギリギリだったのに圧倒するってエルザのような人だよね!?)」

 

そう考えを纏めようと努力するルーシィとエルザ、互いに文句を言い合うナツとガジル。文句の言い合いが面倒になったか…ガジルが本題に戻す。

 

「ああ、ヤツはS級魔導士だ。それも俺なんかよりも見た目は若いガキだ。なのにヤツが振るう剣…いや…刀剣は伸縮自在の特殊なヤツだ。それも()()()()()()()()()()特注品だ」

 

「ドラゴンの鱗だと!?」

 

「ま、まさか…ソイツの異名は、《天空の刀剣》なのか!?」

 

エルザが何かに思い当たったらしく大声をあげてガジルに尋ねるが他二人はなにがなんだか分からずじまいで首をかしげている。

それもそうだろう、その者の異名は“剣の道を携える者”にしか興味すら湧かないことが多い者で、彼の持つ刀剣は消費する魔力量によっては最高で国一つを真っ二つに出来る大きさになるらしい。なんとも恐ろしい武器だろうか。

それはともかく、彼があの時にいた場合は抗争がどうなっていたのだろうか?という疑問が沸き出すエルザ。そして…青ざめてしまった。

 

「た、確かに…。彼がいた場合はこちらの勝率が3割近く無かったかもしれない…」

 

「ど、どういうことよ。エルザ!」

 

「そうだ、そうだ。エルザ。ちゃんと説明しろー!」

 

ナツとルーシィによる問い詰めがエルザに降りかかる中、エルザは厳かな気持ちで事実を淡々と告げた。

 

「……彼は、わたしよりもっと強い。言ってしまえば、ギルダーツやラクサス相当の魔導士なんだ。実力を隠しているところを見たら多分ギルダーツレベルだろう…」

 

「な!?」

 

「…ギルダーツが誰かは知らないけど、エルザよりも強いの!?」

 

「ギヒッ、だから言ったろ? ヤツが依頼でいない間で良かったなって」

 

ガジルが不適に笑う中、突然ギルドのドアがゆっくりと開き始める。流れ込んでくる気迫と魔力の強大さにギルドにいた誰もがそっちに集中し、嫌な予感を張り巡らせる中で…ドアからギルドの中に入ってきたのは…

 

 

「あれ? なんかお忙しいところにお邪魔しました?」

 

なんだか腰の低い優しげな少年だった。それもナツやルーシィ、ガジルなんかよりも若い。言ってしまえば、レビィぐらいの男の子だった。…と言っても見た目に合わず、とんでもない魔力を秘めており、S級魔導士ならではの気迫を兼ね備えていた。

突然現れた彼に誰もが「ちっさ!?」や「え…?」などと驚いていたのだが、エルザはすでに青ざめていたりしていてルーシィの不安が膨張し始める。

彼はギルドの酒場カウンターにいるマカロフを見つけると、そちらに歩みだし、カウンターの椅子に座るとマカロフに話しかける。

 

「初めまして。元《幽鬼の支配者(ファントムロード)》所属のレイン・アルバーストです。ギルドへの再加入を考えてたときにちょっとしたツテで、このギルドをオススメしてもらったもので。加入よろしいでしょうか?」

 

「ふむ…。お主がジョゼの隠し玉なのか? 確かに恐ろしい魔力じゃな」

 

「いえいえ、ご謙遜を。マカロフさんには敵いませんよ」

 

あまりの友好的な物腰と敬語、腰の低さに警戒していたギルドの仲間たちは拍子抜けを起こしし、声が出ていない。ただ二人の滅竜魔導士は彼の匂い、彼の気配から何か自分たちに似た何かを感じていた。それもつかの間、レインが緊張のためか深呼吸をしはじめて…急にマカロフがせかせかとこちらに逃げてきた。もちろん、カウンターにいたミラも同様に。

 

「スゥー…、ハァー。あ、あれ? ど、どうかしました?」

 

「どうかしたじゃないだろ!? 空気が薄く感じたわい!」

 

「あ……すいません、つい無意識だと酸素を大量に吸い込んでしまうんですよ。なんか癖になってるなぁ…治さないと…」

 

そう言っていたレインに突然天井から降りてきたナツが実力試しに《火竜の鉄拳》を放ってくるのを見てルーシィが危ないと叫ぶが、レインは避けない。エルザは頭に手を置いて「あの馬鹿者…」と言い、ガジルはギヒッと笑う。みんなが心配そうに見つめる中で、レインはたった一瞬でナツの手首を掴んでギルドの入り口ドアまで放り投げる。

ガンッとぶつかり、ナツが床に落ちるなかで、レインはふと呟く。さきほどの物腰の良さからは見られない怒りが少し混ざった声で。

 

「不意討ちしたら倒せるとでも思ったか、馬鹿が。その程度の滅竜魔法でボクを殺れるわけないだろ?」

 

「う、嘘…。ナツが軽々と放り投げられた!?」

 

「…いてぇな、畜生。動きが見えなかったぞ…」

 

「あ、ごめんごめん。ちょっと容赦無かったかな、大丈夫かい、ナツ・ドラグニル?」

 

突然フルネームで呼ばれたナツは不思議そうにレインを見たあとに尋ねる。

 

「なんで俺の名前知ってんだ?」

 

「う~ん? 正確に言えば、君がそこにいるガジルと殺り合っているところを見ていたからさ。マカロフさんも《妖精の法律(フェアリーロウ)》スゴかったですよ」

 

「こりゃたまげたわい…。まさか見られていたとはな…。何故加勢しなかった?」

 

「はは、心配なさらず。ジョゼの阿呆の嫉妬に付き合うほどにボクは馬鹿じゃありません。丁度依頼が済んだので帰ってきてみればギルドが消えたわ、抗争してるわ、ギルド潰れたわで驚いてたんですよ。まあ、この間は一旦親友のあの人のところに行ってきて事前報告してきました。相変わらず元気そうでしたよ」

 

「親友のあの人?」

 

ルーシィがふと聞いてしまったことにより、レインがう~ん?と迷いながらも、それに答える。それがマカロフに動揺を…いや…全員に動揺を与える結果となる。

 

「《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》初代ギルドマスター、《妖精軍師》メイビス・ヴァーミリオン…とでも言っておきます。まあ、幽霊でしたけどね」

 

「なんじゃとっ!?」

 

「メイビスって確か…えええ!!!」

 

全員が驚きを隠せない様子だったが、マカロフが厳かな雰囲気で尋ねる。

 

「お主…ギルドの者でないのに立ち入ったのか? 《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》聖地の“天狼島”に…」

 

「まあ、無断ではありませんよ? ちゃんと彼女には許可を頂いた上です。なんなら今から会いに行きませんか? マカロフさん」

 

「くっ! 初代は死んでおられるのだぞ!? どうやって許可を…」

 

「…ふぅ…。魂と霊を一時的に具現化させる魔法…“ミルキーウェイ”。多分天空の滅竜魔導士なら使えるであろう魔法ですよ。つまり…」

 

レインが結論を言おうとしたところでナツと初めて知ったガジルが思い当たった結論を声に出して言う。

 

「まさか…お前も滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なのか…?」

 

「まあ、そうかな。ボクは正真正銘の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。天竜グランディーネから教わった滅竜魔法も使えるS級魔導士なんだ。不本意だけど、つけられた渾名や異名は《天空の刀剣》、または《天竜》。再度言うけど、よろしくお願いしますね。マスター・マカロフ、エルザ・スカーレット、ナツ・ドラグニルとその他の皆さん。そして…久々だね、ガジルにジュビア。元気にしてた?」

 





なんか悪役っぽいなww

まあ、次第に仲が良くなるのでお待ちください。

誰だ、夜中に途中まで書くと眠たくなる。



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感じるのは流れ、支配するは空間

SAOのほうでは本当に済みませんでした。えっと…はい、気を付けます。

資金が貯まったら月刊FAIRY TAILほしいな~。…まあ、一巻も買ってないんですがww

FAIRY TAIL ZERO読みたい、メイビスの活躍が気になる作者ですww

まあ、お気に入り度は某滅竜魔導士と同じくらい好きですね。はい、ロリコンじゃないです。

え?シスコン?そんなんでもないです、それに妹や姉いません。

ま、それはともかく本編をゆっくりしていってください。



フィオーレ王国 マグノリア ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》にて

 

「じぃー………」

 

依頼が張り付けてあるボードをひたすら眺めているのは、いつもの人ではなく、今日は何故かレインだった。現在S級魔導士の彼は本来ならS級依頼を受けれるはずが、この間の件を信じてもらえず、一週間近くはS級未満の依頼を受けろとのことだった。

そんでもって、なんか歯ごたえ…というか、とりあえず強いヤツが出る依頼を探しているのだが、まあ、中々に見つかる訳がないのは当然である。

レインの基準が高すぎる……というのもあるのだが、どっちかと言うと何時もの例のパーティー……つまり、ナツとルーシィー、グレイとエルザにハッピーの面白いような面白くないようなチームが結構な依頼を持っていっているからだ。

彼らの活躍は見守ってきただけあり、色々な場面を乗り越える姿を確認している。闇ギルドとの交戦や《幽鬼の支配者(ファントムロード)》との抗争など彼らが成長するには持ってこいのものばかりだったのをレインはただひたすら見守っていた。

そんなレインだからこそ、静かに見守れたのだろう。……多分メイビスがそこにいたらキレていた可能性が少しだけ考えられた。

“家族を傷つける輩は許さない”という心情の持ち主のために一度暴走すると止まりそうにない気がしたからだ。まあ、レインも大概なのだが。

 

「……にしてもあまり面白そうなのないなぁ。これならギルドにある書物を読み漁るほうがいい気がするなぁ。……って許可くれるわけないか…」

 

そう自虐的に笑い、呟いたあと諦めて仕事になりそうな依頼を探す。どれも色々な種類に分類されてそうなものばかりだ。

“盗難”、“討伐”、“救援”、“お手伝い”など様々なものが依頼の大半だ。時折、評議院から直々にいらいされることや、自分たちの誰かが襲われたなどで敵勢力を撃滅するときもあるのだが、レインはあっちにいたときには無かった。

 

「……えーっと、どうみてもサルを討伐する依頼が2000J、泥棒の捕獲で2500J……あー、なんかやる気出ないものばかりかぁ…。こんなんなら他のギルドの知り合いとこ訪ねるって連絡すれば良かったなぁ。にしても……やっぱドラゴンの情報は無しか…」

 

依頼を見渡して気がついたのだが、やはり希少種とも言える存在が未確定なドラゴンの情報は全くいっていいほどに存在しない。レインを育てたドラゴンである天竜グランディーネがどうなったかは彼がこの目で見ていた。

目の前でヤツに魂を奪われ、咄嗟に何かしらのモノを使用した姿を。しかし、彼女の身体…つまり実態はそこで朽ちる前だった。

だからレインは……。そんな暗い過去を思い出しそうになって頭を振って雑念を振りほどく。

全く…まだ弱みが残っていたのかとため息がつきたくなる。

 

「さてと…。やっぱり依頼があんまりだなぁ…。行きたくは無いけど、《蛇姫の鱗(ラミアスケイル)》のあの人に会いに行くべきかなぁ…。なんか面倒なことになりそう…」

 

そうブツブツと言っているところで、後ろからトントンと肩を叩かれる。ゆっくりと後ろを向いてみると、そこには眼鏡をかけた青い髪の少女がおり、多分レビィだと理解した。

 

「どうかした?」

 

「ううん、なんか暇そうだったから、一緒に魔導書が保管されている部屋に行かないかなって」

 

「…え?」

 

「いや、だから魔導書の…」

 

「あ、ありがとう…。暇すぎて家に戻ってしまおうかと考えてたから感謝感激だなぁ…」

 

「そ、そんな大袈裟な…。とりあえず、マスターにも許可貰ってくるね」

 

せっせとマスターのいるカウンターに向かっていくレビィの後ろ姿を見ながら、自分の持っていたメモ帳を取り出してメンバーの情報を書き記す。

さっき追加したレビィのページには“読書家”、“親切”と書き込み、メモ帳を静かにパタンと閉じる。これでまたメイビスに報告することが増えた。

そう思いながら、レビィが戻ってくるまで待っていると、カウンターの方から戻ってきたレビィを見かけ、笑顔なのを確認して肩の力を抜く。

 

「どうだった?」

 

「マスターが「余計なことをしないなら良い」だって。ナツじゃないから、暴れないよね?」

 

「はは、それは心配なく。ハイテンションすぎる火の玉と一緒は心外だし」

 

「それじゃ、行こっか」

 

レビィに先導されながら書物庫へと移動するレイン。他のメンバー――のうちのレインを警戒している者たち――から視線が少し痛い気がするが、一応サラリと流しておくことにした。

そういえば、この少女、レビィは確かギルド内でパーティーのリーダーを務めているはずだ。

確か…シャドウギアというパーティーでガジルに手酷くやられたらしいが、どうやら怪我は重いものではなかったらしい。

まだ痛むなら少し程度だけ回復魔法を使えるのだが、解毒だけは何故か出来なかった。まあ、そっちは妹分であるあの子にお任せするべきだろう。

まあ…今も元気にやっているのだろうか?元気ならば、問題はないのだが…。

そう思いながら、レインたちは書物庫に入り、ドアを静かに閉める。個人的に言えば、書物庫は古くさく薄暗いイメージがあったが、対して薄暗いわけでもなく、結構片付いており、使い勝手が良さそうだった。

本棚に納められているのは魔導書だけではなく、何かの写真が詰まったモノや請求書を纏めたファイルホルダーなどが入れられていた。

多分ナツとかが起こした損害賠償の請求書だろう…。マカロフさんはどうやら、かなりお疲れのようだと思える。

そう思っているとレビィがこっちを見ており、気になったので尋ねてみる。

 

「ん? どうかした? 変なものつけてる?」

 

「気になってたんだけど、レインの魔法ってどういうものなの?」

 

「あー、そういや誰にも見せてなかったかなぁ。それじゃ、見てて」

 

軽く指先に魔力を少しだけ集め、風を巻き起こし、空気で出来た球体を作り出す。一応威力は押さえているが、触れた途端にドカンはなるようなレベルである。

 

「へえー、なんの魔法なの?」

 

「天空の滅竜魔法」

 

「え……?」

 

「いやだから、天空の滅竜魔法だけど?」

 

「あー、ナツとガジル同様に滅竜魔導士なんだ。他にも魔法あるの?」

 

「うん、まあね。基本的にはさっきの魔法使うけど、いつもは刀剣で戦ってるし」

 

「どんな刀剣なの?」

 

次々に質問が飛んでくるが、まあ前のギルドではなかったことだし、それに興味を抱いてくれているなら好都合だろう。そう思い、空気を手の周りに集め、その空気で壁がそこにあるかのように叩く真似をしてみる。

レビィはその行動の意味が理解できなかったが、突然空間にヒビが入り、亀裂が入ったので驚く。レインはそのまま手を割れ目に突っ込んでから何かを掴んで引きずり出す。

出てきた刀剣は白銀に輝いており、キラキラとした竜の鱗で構成されていた。まるで大理石から削り出したような華麗で美しい武器だ。

そう思いながら見とれていると、レインは武器を軽々と持ったあとに一言だけ「縮め」と唱え、武器を鍵のように小さくする。

 

「わぁー、ねえねえ。なんの素材で出来ているの?」

 

「これはドラゴンの鱗と牙で出来ているんだ…。ボクを育ててくれたドラゴンの身体で」

 

「え……?」

 

レインは少し寂しそうな顔で武器のことを教える。

 

「ボクもナツやガジル同様にドラゴンに育てられたんだ。ドラゴンの名前は天竜グランディーネ。回復魔法や幽霊や魂を呼び起こす魔法、空気を自在に操る天空の魔法を使うドラゴンなんだ。ボクに関してはナツたちと違って、もう一人同じ天空の滅竜魔導士もいるんだ。女の子なんだけどね。まあ、それはともかく死んじゃったからさ、彼女の遺言通りに武器を作成したって訳かな」

 

「………」

 

「別に君が気にすることじゃないよ。それにスゴく便利なんだ、この武器。ボクの魔力に反応して巨大化したり、収縮したりできるし」

 

「え、えーっと。最大でどれくらいの大きさになるの?」

 

「マグノリア大聖堂の全長くらいまで巨大化するけど?」

 

「え……? ええええええ!!!」

 

あまりのことに驚くレビィだったが、言った本人であるレインは「あれ? そんなに驚くこと?」と言わんばかりの表情をしていた。

兎に角、レビィが驚きすぎているので落ち着かせたあとに話をもう一度始める。

 

「ま、まあ…そんな感じかな。ちなみに刀剣ばっかり使ってたせいで《天空の刀剣》とか言う異名ついちゃったけどね」

 

「それでエルザがワクワクしてたんだね」

 

「なにそれ、怖い。気を付けておかないと斬りかかって来そうで怖い」

 

「大丈夫、エルザはそんなに非常識じゃないよ。非常識に近いのはナツなんだけどね…」

 

「うん、それには同意。思わず投げ飛ばしたから…」

 

見た目で言えば、レビィとは対して歳が離れていなさそうなレインだが、実年齢は本人もよく思い出せない。それに秘密は沢山抱えている。

まあ、まだ話すに値できないので隠して入るが、多分ここなら何時か話すときが来るだろう。

 

「レビィの魔法はなんのやつなの?」

 

「わたしのは立体文字(ソリッドスクリプト)っていう魔法で単語通りの属性が出るの。意外と便利なんだー、よく使うのはFIREなんだけどね」

 

「………あ、良いこと思い付いた」

 

「え? どうかしたの?」

 

「実はボク、気を抜いて深呼吸とかすると酸素を大方吸っちゃうんだよね。その時にギルド内で空気増やしてくれないかな?」

 

「あー、そういうことね。分かった、任せておいて」

 

「ふぅ…これで怒られないで済む。あ、そうだ。ところで“失われた魔法”……つまり、“ロストマジック”って知ってる?」

 

「“失われた魔法”……“ロストマジック”? ごめん、聞いたことないや」

 

「あー、やっぱり? あとでマカロフさんに尋ねてみよ。なんか面白そうな魔導書ないかなぁ…。……そういえば、《接収(テイクオーバー)》って魔法もあったね」

 

レインがそう尋ねると、梯子を使って上の方の魔導書を見ているレビィが答える。

 

「うん、ちなみにミラさんやエルフマンが使ってるよ。そういえば、ミラさんは元S級魔導士だって」

 

「聞いたことある、《魔人》だったかな…。ダメだ、今の様子からじゃ想像できないよ…」

 

「ですよねー。わたしも昔のミラさんと今のミラさんとじゃ、似ても似付かないと思うなぁー。……っと、確かこれは《古文書(アーカイブ)》に関する魔導書かな」

 

古文書(アーカイブ)》とは、特殊な端末による情報収集と遠隔操作などが行える物で、味方の位置や敵の位置の一部を把握することができる。

時には特殊な魔法の魔導書を発見し、誰かに授けることも可能らしい。――と言っても、レインも見たことがないし、自分には需要無さそうな気がして詮索はしなかった魔法だった。

 

「そういえば、《星霊魔法》ってあったけど、あれは一体?」

 

「あ、ルーちゃんが使ってた魔法ね。あれは所持している鍵を使って星霊を呼び出す魔法で、いわゆる使い魔みたいなのに近いかなぁ。金色に輝いているのが黄道十二門の鍵で、銀色は市販で売ってる鍵。もちろん、黄道十二門は希少だし、銀色の鍵よりも強いんだよ。例えば、ルーちゃんが持っている黄道十二門の鍵は《処女宮》、《獅子宮》、《金牛宮》、《宝瓶宮》、《巨蟹宮》の5本だよ」

 

「へえー、結構持ってるんだなぁ。希少なはずだと聞いたんだけど…」

 

「なんだか、ルーちゃんのお母さんが星霊魔導士だったらしくて、最初から2、3本持ってたみたい」

 

「なるほどね。――っとメモしとかないと…」

 

すぐさまポケットからメモ帳とペンを取りだし、書き記していくレインの姿を見てレビィは首をかしげる。なぜメモをするのかというよりは何のためにメモするのかが気になっている。

もしかすると、先日の話は本当なのかもしれないと思いながら試しに尋ねてみる。

 

「ねえ、本当に初代ギルドマスターのメイビス・ヴァーミリオンに会ったの?」

 

「ん? そうだけど? なんか変かな?」

 

「えっとね…初代様は亡くなってるって聞いたのに不思議だなぁって」

 

「だってメイビス、幽霊になってもこの世でエンジョイしてるし」

 

「ゆ、幽霊!?」

 

「《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》聖地の天狼島にあるメイビスのお墓周りをずっと浮遊してるよ」

 

「う、う~ん? なんか信じられるような信じられないような…」

 

「気になるんだったらS級昇格試験に出られるようにしたら? それだったら天狼島に行けるだろうし」

 

「あ、うん。ところでレインはいつS級になったの?」

 

確かに気になることだ。レインがS級などになれば、絶対に情報が出回るはずなのに聞いた覚えがない。そう思って尋ねてみる…。

 

「五年前」

 

「え……?」

 

「いやだから、ドラゴン消えてから二年後にS級昇格したんだよ。あれ? おっかしいなぁ…聞いたことない?」

 

「あ、あのさぁ…。レインって15歳以下じゃないの?」

 

「知らない、覚えてないしさ。もしかしたら80歳越えてたりして…(笑)」

 

「ええええ!!!」

 

驚きのあまりに姿勢を崩したレビィが、ぐらつく梯子を必死に押さえるも、転落するのが目に見えたレインは空気を一ヶ所に集め、倒れる梯子を空中で止め、落下していくレビィを両手でキャッチする。――しかし、キャッチした形は所謂お姫様抱っこであった。

 

「あ、ありがとう…」

 

「どういたしまして。怪我はない?」

 

「う、うん…」

 

顔を赤くしながらもレビィはお礼を伝え終わると、二人は魔導書を片付けて書物庫から出ていったのだった…。

 

 

少々ジェットとドロイが怨めしそうな顔をしていたので無視し泣いて行けないハメになったが…。




…ヤバイな。レビィがヒロイン候補に躍り出ようとしていることに気がついた。

なんかゴメンナサイ、レビィファンの方々。謝罪をここに申し上げますm(__)m

さて、そろそろ《楽園の塔》ですかねー。まあ、ゆっくり徐々に進んでいきまショー。

では、次回もゆっくりしていってくださいなー。


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第一章 雷竜反乱、縦横無尽の天竜
片割れの天竜は想いを浮かべ、それを思い出さん


今思い出したんですが、ガジルがいる時点で楽園の塔終わってるじゃんって思いました。

ホントにスミマセン、とりあえずゴメンナサイ。前回の最後の方で確か…楽園の塔が

なんしゃらこうちゃらといってた気がするんで謝罪させてください。とりあえずですね、

“あれは嘘だ”。……あの、殺意に満ち充ち足りた眼で睨まないでくれません?一応、作者

は豆腐メンタルなんですよ?《星杯》のほうで☆1が3つもあったときなんか眼が死んで

しまいそうだったんですからね?一応苦手な人はバック系統のボタンを連打してください

って書いた気がするんだかけどなぁ…。そうそう、壊れるまでねww気がついたら戻って

いるはずだからと書いた気がする。まあ、それはともかく《バトル・オブ・フェアリーテイ

ル》前のことを書きましたので、ごゆっくり♪



フィオーレ王国 マグノリア 収穫祭当日の明け方にて 天狼島

 

 

 

マグノリアにて例年行われる一大イベントである《収穫祭》が行われる予定の本日。そんな大事とも言える日にレインはいつも通りに天狼島に来ていた。

それもいつもの様に明るい時間ではなく、まだまだ薄暗い夜明け前の時間……、言ってしまえば、星々が夜の帳を照らし、幻想的な世界が広がっているこの時間にだ。

そんな時間にレインは、天狼島に住み着いていると言ってもいい彼女、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》初代ギルドマスターたる、生前は《妖精軍師》の名を馳せたメイビス・ヴァーミリオンの元に来ていた。

そして大した話でもない、のんびりとした話を投げ掛けていた。

 

「星が綺麗だよね、メイビス」

 

『ええ、本当に綺麗です。そういえば、今日マグノリアで面白そうなお祭りがあるんですよね? レインさん』

 

この時点でボクは嫌な予感が少ししていたが、まあ、ごねられると面倒なので聞いておくことにした。

 

「え……あ、うん。《マグノリア収穫祭》のこと?」

 

『そう、それです! それでですねー。お願いがあり……』

 

「却下です」

 

『即答!? うぅ、まだ言ってもないのにぃー』

 

レインが即答のも無理はない。何故なら……と言う前に彼女はすでに死んでしまった人間の身である。それもすでに幽霊……というか思念体そのものだ。

それをいくら見えないとは言え、マグノリアの街に連れ歩いたり、食事を売っている店の前を通ろう物なら、彼女……つまり、メイビスはヨダレを垂らしながら、「おいしそうですね…」的な感じで店の前や後ろ、果ては店員さんのすぐそばに張り付いて離れないだろう。

それにいくら幽霊とは言え、視線は途方もなく感じる。正直言えば、店員さんはずっと誰かもしれぬ……いや……どこから注がれているのもさえ分からないような視線をずっと向けられてしまうハメになるのだ。

多分それでは集中力さえも切れてしまい、商売にもならないだろうと思ったのだ、レインは。

 

「とりあえず、メイビスも一応立場をしっかりと考えてね? 君は幽霊だし、それに君の姿は《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のメンバーには見えてしまうんじゃなかったの?」

 

『そうですねー。よし、ここは一つ。今のギルドマスターに“喝”を……』

 

「とりあえず“喝”は入れさせないし、メイビスがマスターやっているときも色々とハチャメチャだったよ。……ホント、見ているコッチがヒヤヒヤしてたよ。今よりは損害は少なそうだったけどね」

 

『べ、別にこ、壊してなんか…』

 

「はいはい、賠償金の何割かを支払ったの誰だっけ?」

 

『ゴメンナサイ……――ってわたしが遊ばれてる!? うわぁーん、またやられたましたぁー』

 

「少しは落ち着いたらどう? メイビスは。(きた)るべき日まで備えるんじゃなかったの? それにボクも役目を果たさないと行けなさそうだしね」

 

レインが少し深刻さを醸し出しながら、メイビスに軽く尋ねてみる。確かにメイビスがここまでして思念体、幽霊として現存しているのは何か理由があるのは当然であり、必然だ。

大抵死んだ者は成仏などという終わりを迎えると言うのは天竜グランディーネからも聞いている。そして…“彼”だって生命(いのち)の重みと言うモノを自ら味わった。

現在その“彼”は消息が不明、生死不明とされているが、まあ、彼のことだ。どこかで眠っているに違いなかった。ボクには分かる……、理由は言えない。でも、分かっている。

それがレインの中では常に渦巻いている。それも運命(さだめ)という因果に過ぎないのだが。

 

『やはり貴方はそちらに回ってしまいますか…。残念ですが、それも一つですね。いざとなったら貴方が彼らを試してあげてください。これから先の魔法……いえ、魔導がどう揺れ動き、どう導かれていくのか…。そして…あの“堕ちた竜”と“彼”の行く先を、わたしも見守るつもりです』

 

「ですね……。――っと言っても…」

 

何か言葉を続ける前にレインはメイビスの頭の上に手を乗せてポンポンと軽く叩く。それも痛みなんか感じない程度……いわゆる、乗せられているという感覚だ。

それを何回か繰り返して、メイビスの顔をチラリと見る。うん、予想通りの膨れた顔、少し怒ってるっぽい幼げな顔。やっぱりメイビスらしい、元気さがある顔だった。

 

『わたしを子供扱いしないでくださいよ…。これでもちゃんとした…』

 

「う~ん? ボクから見えても今の幽霊のメイビスは小さい子供にしか見えないと思う。まあ、ボクもそうなんだけどね」

 

『相変わらずな人ですね。あ、そうです! わたしの頭を無断で叩いたので連れてってください♪』

 

「よし、却下。ボク以外は触れないような状況なのに……――っというよりもメイビスは食べ物も今のままだと食べられないよね? 行ってもヨダレ垂らして悔しい思いをするだけだよ?」

 

『うぅ……悔しいです。――ってレインさんが“あれ”を使えば出来るじゃないですか!? ……むぅ、どうせ使ってくれないんですよね…わたしはお留守番…なんですよね…』

 

なんか急にテンションをすこーしずつ下げてくるメイビスのいじけっぷりにため息しか出ないレイン。これ以上“却下”とかしたら泣いてしまいそうな気がしてきた。……こう言うときに限ってメイビスはズルい。そう思うようになったのも、やはり四年前の話だ。

S級魔導士になってから一年後のある日のことだ。何十年も前に……と言っても、記憶があやふやになったせいで思い出せないが、メイビスが死んでしまってからは暇で暇で仕方がなかった。言ってしまえば、あれだ。“強いやつとかいないかなぁ~、暇潰しになるようなやつがいないかなぁ~”的な、いわゆる生きた心地がしない状態だった。

そんなある日のことだ、いつも通りに依頼を終わらせたあと…ギルドにも所属せずに依頼を評議院を通じて受けていたレインは、天狼島の方向をずっと眺めていた。

そういえば彼女と出会ったのもあの島が最初だ。“彼”がメイビスたちに教えていた魔法……はともかく、才覚がすでに発揮されようとしていたメイビスに興味を抱いたボクは、彼女に近づいた。初めて話したときは結構言葉巧みに振り回されたのを覚えている。

それから何年か経ったある日にメイビスはギルドを建てた。今マグノリアで名を轟かせる……いや……フィオーレ最強とも謳われるギルドとなった《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》をだ。

最初は興味が薄かったが、時々起きるトラブルやイベントには心惹かれ、胸が踊った。血が流れていなかったような心臓に血液が流れ込んで息を吹き返したかのようにだ。

だからレインにとっては、とんでもないくらいに素晴らしい刺激だったのだ。だけど、やはり寿命や病気、または何かを守るために死ぬ……それは人間であるからこその必然だった。

 

そんな時だった。天狼島のほうから懐かしい響き――というよりは誰かの囁き――が聞こえたのは。久しぶりに興味が出たために水面を平行に飛び、まるで空中を飛ぶように魔法で滑空したレインは、すぐさま天狼島に到着した。

当初は何故か張られていた結界も何故か通り抜けることができ、声を頼りに進んだ。そして見たのである。探しても見つからなかったメイビスの墓と、メイビスらしき女の子の幽霊を。

メイビスとの付き合いとも言える毎日と盟約はここで結ばれた……そう言っても過言ではない。人間にしては長すぎる付き合いだが、まあ、これぐらいしないとメイビスを遊んでやることは不可能だと悟ったし、いい刺激が甦った。

だから大体メイビスの慰め方も理解している。だからこう言うときは必ず……。

 

「はいはい、分かった分かった。とりあえず、あっちで食事とか買ってきておいて即座にこっちで今日みたいな静かな夜で一緒に食べたら満足なのか?」

 

『おおー! レインさんって気が利きますね♪』

 

「うわ、なんだこれ。すごいテンションの切り替えの速さ。うん、負けた、勝てる気がしない。(もちろん、テンションの切り替えで)」

 

内心で少々バカにすることを思い浮かべたが、まあメイビスのことだ。相手の顔を見て大抵のことは理解しているだろう。場の変化と敵の強さ、あらゆる情報を纏め上げ、ほぼ完璧とも言える指令を出す。それが彼女、メイビス・ヴァーミリオンの真骨頂だ。

まるでそれの反動とも言える、このワガママというか幼さというか……、それを宥めたり、相手したりしているボクはメイビスの保護者にしか見えないんじゃないかと思ってきた。

……と言っても、“盟約”を結んだボクはメイビスにとっての星霊と言っても過言じゃない気がする。それの代償で手にした“妖精三大魔法”は全て未使用のままなのだが。

 

「さて、メイビス。ウォーロッドとは連絡つけた方がいいかい?」

 

『う~ん? 彼のことですから多分知ってそうですね。今頃砂漠地帯に木の苗を植える趣味を楽しんでいるんじゃないでしょうかー』

 

「あり得そうな気がするなぁ。ウォーロッドをこの間遠目に見たけど、顔なんか木その物になってたと思うよ?」

 

『ふふ、ウォーロッドが木……れ、レインさん…それ以上は、ふふ…』

 

「幽霊が何を言うか………」

 

本当にメイビスが生きてた時代の魔導士たちはどれもこれも人間離れというか……人間を止めているヤツばかりというか……本当になんと言えばいいのかがさっぱりだ。

そう思って自分のことを考えてみる。一番人間離れと言えば、自分の方かもしれない。幽霊でもないというのに若すぎる姿、それなのに次元が違うような実力を隠したままで圧倒できる力。

まるで“失われた魔法(ロストマジック)”にある時のアークが自分自身に作用したような……そんな感じだろう。実際問題、レイン本体の時間は止まったままである。見た目で言えば、15歳になったばかりの若造である。

白銀の首筋まで流れる髪は月夜に照らされ、湖のような綺麗さと儚さを感じさせ、薄い蒼が混ざった緑色の瞳はメイビスの瞳と全く変わった感じはない。

いっそのこと、髪をメイビスと同じような金髪を薄めた髪色にすれば、兄妹のように勘違いされそうなぐらいだ。

そんなレインの秘密は“盟約”の以前、メイビスと最後に会った時に話してある。数少ない悪友とも言える親友であり、互いに訳ありの存在は多分“彼”を抜けば、メイビスただ一人だろう。

それに人を言葉巧みに振り回すことが出来るようになったのも、メイビスと共にいる時間が増えたからの影響以外に予想がつかない。

 

「……やっぱり、メイビスに影響されてる気がしてきたなぁ…」

 

『影響ではないですよ、あれです。共鳴ですよ、共鳴♪』

 

「それつまり、ボクがメイビスと同じ子供のような幼さを兼ね備えているってことかな…。だったら少し落ち込む…」

 

『え……、子供とは言ってませんよ? “似た者同士”ってやつです♪』

 

「…あー、涙出てきた。ティッシュあったかなぁ、ティッシュ」

 

後ろを向いたレインの目元から煌めくのは透き通るほどの透明な液体。――そう、涙だ。メイビスはそれを見た途端に大慌てになった。咄嗟にメイビスは謝罪をレインへと…

 

『あわわわ、少しやりすぎました、ゴメンナサイ、レインさ…』

 

「泣いてませんけど? 今使ったの目薬です、結構眼を使ったので」

 

したところでレインが目薬使っていたことを証す。つまりメイビスは勘違い……というよりは嵌められたのだ。レインの低レベルながらタイミングが良すぎる狡猾な罠に。

よくあることだが、涙代わりに目薬を使うという案は王道とも言えるし、初歩的な嘘である。

初歩的な嘘にかかったメイビスは油断をしすぎている。それをたっぷりと味わうことになったのだ、彼女は。……となれば、ここからは嵌め合いにしかならない。

こういう時のメイビスがやりそうなこと…、つまりそれは……。

 

『うぐ……ぐすっ……』

 

「(またこれか…。多分罠だと思うけど、メイビスの泣きって嘘か本当か見分けられないから困る…)」

 

そんな愚痴を内心で溢しながらメイビスに声を試しにかけてみることにした。

 

「メイビス、泣いてる?」

 

『ぐすっ……泣いてなんか……泣いてなんかいません……汗が目に入ったんですぅ…』

 

「(あれ? 幽霊って汗なんかかくの? ダメだ、このパターンはメイビスに勝てる気がしない。はあ、大人しく罠に填まるか…)ごめんってメイビス、悪かったよ、騙したりなんかしてさ」

 

『……本当ですか?』

 

「ま、まあ……うん」

 

『それじゃあ、決まりですね♪これからマグノリアに連れていってください♪』

 

「へ……?」

 

『あれ? 違いましたっけ?』

 

「うん、違う。食事は買ってきて一緒に食べようとは言ったよ? 連れていくとは言ってないです。それにこれ以上マカロフさんに怒られるの面倒なんですよ?」

 

『……三代目にはわたしが話をつけます』

 

「いや、ダメだから。絶対にダメだから。あまりのショックでマカロフさんが逝っちゃう気がするからダメ。諦めて、メイビス」

 

『うぐ……ぐすっ……』

 

「あ……(やってしまった…。またスタートライン…)」

 

気づいたときには“時既に遅く”いつも通りにメイビスの無自覚ながら狡猾な罠にまんまと嵌まったレインだった…。

 

ちなみにこのあと、レインはメイビスをなんとか説得し、食事を買ってくることにするのに朝方までかかったという…。

 




はい、今回もメイビス回ですねwwいやー、レインの過去を出すときには確実にメイビス

がジャッジャーンって感じです。作者がメイビス好きなこともあるんですが、やはり

オリジナルキャラの設定上、今回の話はほんの小さな過去に過ぎませんよ?お楽しみは、

これからです。レッツ、ショウタイム!←スイマセン、SAOネタパクりました、スイマセン。

川原礫さんやその他の方々スイマセンでした…!って壮大すぎましたねww

いやー、最近塾がツラいですね。これ投稿してる頃は多分あれです、塾でヒーヒー

言ってますよ、きっとおそらく。約半日を束縛されるのはイタイデスヨネー。

夏休みはエンジョイできましたか?作者は涙目で過ごしましたね、恐ろしい時期が

過ぎた…と思っても受験は痛いなぁー。まあ、ゆっくりイキマショー。

では、次回もご期待出来ればお願いしますね♪


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食べ物の怨みは恐ろしい


……ぐすっ……泣いてなんかないです……泣いてません……はい。

なんか投稿して塾から帰宅して確認したら、お気に入りがかなり減ってたことに気が

つきました。……みなさんはあれですかね……、メイビスはどうでもいいよ勢でしたか?

……とりあえず、メイビスを押すことを減らそうと思います。はい、機嫌を悪くして

しまったかもしれないので。……あ、そういやなんですが……ネタバレはアウトですかね?

小説内でコミックスより先の内容は…。うん、ダメだわ、楽しみにしてる人には悪い気が

しました。聞かなかったことにしてください。では、『バトル・オブ・フェアリーテイル』

の第一話イッキマース。ごゆっくりしてくださいー。



フィオーレ王国 マグノリア 収穫祭当日の午前 街中の売店ストリートにて

 

 

 

そこでは、たくさんの美味しい食べ物の匂いが充満しており、しばらくしたらすぐにお腹が鳴ってしまい、また食べたくなるような雰囲気を漂わせる場所だった。

見渡す限り、美味しそうな焼き肉やサラダがたんと盛り付けられた大皿、甘いモノをたくさん乗せたデザートなどがストリートの両端を埋めつくし、当然買い求めている人々も列を作りながら、満足のいく食事を取るために鳴ってしまう腹の音を我慢しながら並ぶわけだ。

まあ、当然そこには“彼”もいたわけで、見た目は子供のようではあるというのに胃袋は多分大食いの大人すらを凌ぐほどのモノであるが故に、こう言う日にはたんと味わい、喰らう予定だった。

ついでにあの島で今か今かと待ち望んでいる“彼女”も幽霊であるというのに、お腹を空かせたようにヨダレをダラーと垂らして待っているのだろう。

明け方で散々労力を使ったのもあるが、やはり二人は似た者同士であり、気が合い、息もピッタリなコンビとも言えたのである。

ちなみに仲の良いコンビの買い出し係であるレインは現在、美味しそうな焼き鳥を見かけたのでそれを買いに列に並んでいた。

グゥ~という小さく可愛らしい腹の虫が鳴くなかで、必死に耐え忍ぶ。先頭で買うことに成功した人々が美味しそうにかぶり付く姿を見て、止まりそうにないヨダレをどうしようかと考えながらも、思考がそっちのけになってしまう。

そんな中でやっとこさ順番が来ると……

 

「らっしゃい! ボウズ、いくら買うんだい? 10本セットで200Jの安い奴もあるぜ!」

 

「あ、ホントですか!? そうですね……、じゃあ10本セットの焼き鳥を2つくれますか?」

 

「おうよ! 20本は家族で分けるのかい、ボウズ?」

 

「いえいえ、友達と一緒にゆったりといただく予定ですよ。やっぱり仲のいい人たちと一緒に食べるご飯は美味しいですからね♪」

 

「ほほー、ボウズもそうかい。ならオマケだ、ついでに2本もっていきな! 美味しく楽しく頂いてくれよ!」

 

「ほ、ホントですか!? で、では、ありがたくいただきますね、おやっさん!」

 

賑やかな会話を繰り広げ、レインは400Jを焼き鳥屋の店員に渡し、合計22本の焼き鳥を買うことに成功した。

この見た目もやはり、こう言うときにはとんでもなく役に立ち、美味しすぎるオマケまで頂けるのだ。

それに現在レインが列に並んでは買っている中で、自分が魔導士ではなく、そこら辺に住んでいるガキんちょだと思われているらしく、大体の店主系統の元気な店員さんは優しいのである。いつも思うが、やっぱり収穫祭は得するなぁ…と感じる。

ちなみに……と言わなくても、友達というのは当然メイビスのことであり、一緒に食べると言っても、たった二人で誰もいない無人島でゆったりと波の音という爽やかなBGMを耳に挟みながらの他愛もない会話だけだ。

まあ、これが楽しくもあり、愉快なものなのである。多分癖になってしまったのだろうと思うと、少々気が重くなったりするのだが…。

 

「さてさて、美味しそうな焼き鳥をたんと買えたし、そろそろ少しだけ味見しよっと~♪丁度良いところにベンチもあるわけだし」

 

そういってレインは腰をベンチに下ろし、膝の上に先程買った品々を念のために置いて、焼き鳥を一本だけ取り出す。

太陽の光を浴びて、キラリと輝く焼き鳥のタレ。滅竜魔導士となってから強化された嗅覚が美味しい焼き鳥の匂いに刺激され、口に入れるのは今か今かと急ごうとする思考。

こういうときの焦らされている感覚も結構馴れると面白いなのではあるが、こうも目の前にあるものを自分で焦らすのも面白さなどありはしないので、さっさと頂くことにする。

軽く手を合わせて、小さく「いただきます」と言えば、思う存分に味わった方が勝ちである。

大きく口を開け、今にも溢れ落ちてしまいそうなタレが口に落ちるように移動させ、焼き鳥の熱々さが伝わる肉に歯が触れようとしたその時……――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――後ろの方からとんでもないガアアアアアンッ!!!という轟音と共に誰かが飛び込んできた。

なんか見たことがあるソイツらの顔を見て気がつく。

 

ああ、コイツら、マックスとウォーレンだ。なんか喧嘩してるし、本気感が洒落になってないな。なんか嫌な予感がするなぁ…と。

そして、こう言うときのレインの予想と直感は外れることがなくがなく、彼らが突き破って来た屋台の大きな破片がレインの膝の上にある楽しみの品々だけを直撃させ、石造りのストリートの上にバラバラに散乱される。

入れてあった食品用のケースの中から飛び出した焼き鳥は石造りのストリートの上に砂ぼこりを浴び、美味しそうな持ち帰り用のデザートは中身がグシャグシャになり、ヘルシー差で売りになっているほどに有名なサラダは破片の下敷きになった。

当然彼ら、つまりマックスとウォーレンが気づいているわけもなく、周囲にいた人々も危険さを感じとり、――悲鳴をあげるものもいたが――その場からの待避を開始した。

聞こえてくるのは阿鼻叫喚のような悲鳴の数々と屋台が砕かれた人たちの泣き声、さらには飛んできた破片に怪我をして泣く子供たち。

そんな中でも彼らは争うことを止めない。気がつけば、マックスの砂の反乱(サンド・リベリオン)がウォーレンを打ち沈める。飛び散る砂がレインの買った品々に入り込み、完全に食べられないことを証明させる。

勝ったことを喜ぼうとするマックスが視界に入った途端にレインは怒りに包まれた。そして……当然の如く、マックスはとてつもない速度――レビィのパーティーであるシャドウギアのジェットの瞬間速度を越える速さ――で迫ったレインにより、ギルドの方向まで壁がなんぼのもんじゃいと言わんばかりに一直線上を滑るように蹴り飛ばされた。

 

「なにしてんだ、お前ら…」

 

ただレインはそれを呟いて飛ばされたマックスがいる方向まで駆け出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――◇―――◆―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》の入り口にて

 

そこには現在二人の少年と老人……と一匹の猫、他は石化した女性たちが残っていた。目の前に浮かんでいるのは、《術式》によって描かれた透明な壁とそこに現れていく文字は勝負を開始した者たちの名前。または勝者と敗者の名前である。

そこにまた一つ、ウォーレンの名前が刻まれ、それを見た老人は悔しい顔をする。

この老人はこのギルドのマスターである三代目のマカロフ・ドレアなのだが、《術式》によって出られないでいたのだ。

そしてもう一人の少年、《火竜(サラマンダー)》の異名を持つ彼、ナツ・ドラグニルも何故か出られないでいたのだ。

不思議なことに《術式》には、“80歳以上の出入りを禁止する”としか書かれていないのだが、ナツは出られないでいたのだ。

そんな中で新たな文字が《術式》によって刻まれていく。書かれたのはマックスが戦闘不能になったことだ。

 

「くっ……。マックスまでやられてしまったか……」

 

「くそー、ラクサスの野郎。俺を出しやがれ~!!!」

 

「ナツー、叫んでも届かないよー」

 

ただひたすらに出せと叫ぶナツとごく普通に飛び回るハッピー。マカロフの孫であるラクサス・ドレアによる作戦は現在完全にマカロフの予想を覆していく一方で、悔しいながらもマカロフは脱出の手段を探していた。

そんな中で突然ギルドに飛んでくる一人の人間の影、それはドンドン大きさを変えていき……ギルドの中で無惨に転がった。

そう、さっき戦闘不能になったマックス本人である。マカロフが驚きのあまり、彼に駆け寄り無事かを確認する。

結構な打撲にはなっているが、命には別状がないことを察すると安心してため息を吐くのだが、もう一人誰かが近づいてくることに気がつき、目を見張って驚く。

同じくギルドに迫ってきていたのは、先ほどマックスに容赦なく、回し蹴りを一発クリティカルで入れたレインだった。

結構キレかけているレインは、一度落ち着いたところで見つけたマカロフたちに尋ねる。

 

「今、何が起こってる? マカロフさん。突然ギルドの連中が暴れまわってるぞ、さっきなんか美味しいご飯のある屋台ストリートに突っ込んできて、ボクのご飯が台無しになったんですが…。あと、住民の何人かが負傷、屋台の一部が全壊または半壊なんですが…」

 

「ああ…。ラクサスのバカたれが始めたことじゃ。後ろに見えるじゃろ…、彼女たちを人質にして『バトル・オブ・フェアリーテイル』というふざけたことを始めよった。おかげで仲間同士で潰し合いが始まり、街では大騒ぎ…。ラクサスのバカたれ、何をしようしているんだ、バカたれが!」

 

「んで、俺もなんか出られねんだよ! チックショー、俺も出して戦わせろおおおお!!!」

 

「うるさいよ、ナツ。静かにしてよー、耳が痛いよ」

 

両耳を押さえながら、飛び交うハッピーを見て、出られないのがナツとマカロフ、石像であることを知るレイン。

とりあえず、街中にヤツらがいることを知れば、こっちのものだった。それはともかくなのだが…、レインはあることを思い出して尋ねる。

 

「今現在生き残り何人なんですか? マカロフさん」

 

「うぬ…、現在は10人前後ってとこじゃ。すでに9割方はやられてしもうたわい…」

 

「……そういや、ミストガンはどうしました?」

 

「ヤツなら今は街から離れておる、それに街には《術式》が張られて出られないようじゃ」

 

「……となると、外部からは助けが来れるが、内部からは助けを呼べないと言うわけか…。……ところで、なんで君がそこにいるの、ナツ…」

 

「んなこと知るかよ! 誰か、早く出せええええ!!!」

 

何度も《術式》の壁に体当たりを繰り返しては、弾き返されるナツ。それを見て、あーあ~という目で見るレインとハッピー。当然だが、マカロフは手で顔を押さえてため息をつくしかない。そんな中で残念過ぎる宣告が訪れてしまった。

そう…、生き残りメンバーがたった4人ということのお知らせだ。当たり前だが、ハッピーは猫なのでカウントされていない。だから生き残りは多分マカロフ、ナツ、レインの三人ともう一人だ。そんな中でレインはこの先の展開が大体予想できた。

多分このなかでもう一人は、ガジルだろう。しかし、彼のことだ、あまりやる気など毛頭無いだろうし、もしギルド内に居た場合は、レインしか動けないだろう。

 

「……はぁ、マカロフさん。容赦できる気がしませんが、阿呆どもの制裁はお任せてくれませんか? さっきからカウンターの後ろの方で鉄臭いんで多分ガジルだと思いますが…」

 

そう言った途端に「呼んだか?」というような様子でガジルが現れるのだが、目の前で当然のように《術式》に阻まれるのを見てしまった。……いわゆるあれだ、“万事休す”というやつだ。そんな中であることをレインは思い出す。

以前自己紹介代わりに聞いたエルザに関しての情報だ。《妖精女王(ティターニア)》の異名を持つ《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》最強の女魔導士である彼女は、“楽園の塔”……つまり、R(リヴァイヴ)システム建設の奴隷だったらしく、片眼が義眼であることを思い出した。

なので、レインは少し危険だが、賭けをしてみることにした。

 

「マカロフさん、ナツ、あとガジルとハッピー。エルザを揺すってみたりしてみてくれないか? 多分石化が治る気がする。だって片眼が義眼って教えてくれたろ?」

 

「あ……」

 

全員が同じタイミングで声を重ね、躊躇うような様子を見せながらもナツがやる気満々でやろうとしていることを見たレインは、ギルドから距離を取る。

別にエルザが怖いわけではない。そう自分に少しだけ言い聞かせながら、噂で聞いた彼ら《雷神衆》、《暗黒》のフリード、エバーグリーン、ビックスローの三人の情報を脳内で駆け巡らせながら、対抗策を練り始める。

同じく別に勝てない訳じゃない、しかしレインにとってはどこまで力を解放することが大事なのである。()()()()()を如何に隠し通すかが大切なのだ。

そんな中で一番厄介さが滲み出ているラクサスに関しての対抗策を重点的に考えていた。以前から興味と言うものはあった。第二世代と呼ばれし、雷の滅竜魔導士であるラクサス。

たった一人で闇ギルドを潰せるという噂通りならば、レインも力を隠しすぎるのは得策ではなかった。

“獅子奮迅”、“怪力乱神”なる戦いにはなるだろうとは推測しているが、どこまで自分に抑えが効くかが心配だった。

これでもレインは暴れると手がつけられなくなることがあるのは自分でも知っている。だからこそのセーフティーであり、抑え処なのだが……心配は要らなかったようだった。

そう……“彼”が帰ってくる気がしたのだ。“正体不明”、“神出鬼没”のS級魔導士たるミストガンが、この祭りという災厄に。

 

我知らずに口許を緩ませ、実力者が集まることを期待してしまう自分にため息をつきながらも、レインはただ彼らを探し始める。

 

それが…“やりすぎだ”と言われることを知らずに。

 





ハイスピードでしたねー。いや、ホントすいません。なんかね…、書いている内に

歯止めが効かなくなりました。よくありますよねー、ね? え、ないですか、そうですか…。

気を付けます、ホントスイマセン。なんかテンション下がって来ましたんで、次回に

テンション上げたままでいられたらと思います。では、次回ご期待あればヨロシクです。


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刹那の空に


さて、今回はやっとこさ主人公レインの初陣ですよ!今まで待ってた人、お待たせしました!

……と言ってもルーシィ&ロキの出番を奪うだけなんですけどねwwいやー、そちらのファン

の方にはほんと申し訳ないです、はい。とまあ、アホみたいにチート過ぎることはしない

ように気を付けます。まあ、いきなり撃ってくる魔法は色々とカオスだけどねww

さて、レインの持つ“隠された力”の一端をごらんにいれましょうぞ!

※まあ、シャルルの“未来予知”と似た者だとご察しください。以上!



「………、なんかあれだなぁ………追いかけてくるの早くない? エルザ」

 

「なんのことかは分からないが、お前が街のみなに謝罪をしてたから追い付かれたのではないか? まあ、見直したぞ、お前のこと」

 

口許を片方だけ動かして微笑むエルザを見て、喜ぶべきか恐れるべきがよくわからずにこんがらがっているレイン。

確かに《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のために頭をちゃんと下げて破壊された器物などへの損害賠償の一部を自分が払うなどとは言ったが、それも一応親友のメイビスのためが大きい。

彼女が頑張って設立し、ここまで繁栄とも言える状態まで来たこのギルドが急に潰れたとか、急に多額の借金や損害賠償金を背負ったなんて風の噂でも耳に届いてしまえば、あの子のことだ。きっと心が根本からポッキリと折れて、思念体である今の幽霊状態でお墓のなかで籠ってたまま出てこなくなるようなことを仕出かすに違いなかった。

結構ピュアでメンタルが弱い部分もある、デリケートな精神を持っている彼女だからこそ、あり得るような未来がレインの頭に過った途端に、謝罪せざるを得なかったとしか言いようがない。だからこそ、謝罪したのだが……。

 

「な、なんかボクのこと最初疑ってたりとかしてた?」

 

「まあな。いきなり現れ、聖地である“天狼島”に足を踏み入れたと聞けば、自然と猜疑心が出るのは当たり前だ、馬鹿者」

 

「ひ、ひでぇ……」

 

先程までは疑ってたりしてたらしいし、良いイメージ改善にはなった。けど、なんか別の意味で色々と怪しまれている気がする…。――っというよりも、メイビスのためであることをしただけなのだが、なんだかエルザはギルドのためにしてくれたんだと勘違いしているらしい。

まあ、大まかに括って重要なところを抽出すれば、ギルドのためにやったということにもなるのはなるのだが…。

それにしても謝っている間に追い付いてくるとは、どれだけ鍛えているのか?またまた、何故恐れられているのかが知りたい。

……と言っても嫌な予感が的中しそうで恐ろしく怖いし、変なトラウマとかを植え付けられても怖いだけでしかない。

あー、なんかナツやグレイが怖がってた理由が少しずつわかってきた気がしてきたなぁ……と思いながらも、めんどくさいことになる気が数倍もあったと思えてきた。

さて…それはともかく――。

 

「エルザは“雷神衆”の誰を倒すつもりなんだ?」

 

「私か? そうだな…、まずは人質解放のためにエバーグリーンを探すつもりだが…。そちらは?」

 

「う~ん? まあ、エバーグリーン以外なら誰でも良いよ。個人的にはラクサスでも構わない。ちょっと一味違う滅竜魔導士を見せてやりたいしさ」

 

「ふむ…。なんだか、お前は別の意味でナツみたいだな」

 

「えー、あの直球どストレート火の玉と一緒は嫌だ。頼むから括らないでくれ、お願い。別に何か欲しいならあげるけどさぁ……」

 

ボクが口を氷の上で滑るかのようにツルンッと滑らせると、エルザはボクに迫ってこう言った。

 

「ならば、甘いデザートを頼む…!」

 

「…あ、うん。わ、分かった、とりあえず近すぎるから距離取ろうか…」

 

正直ヒヤヒヤする。なんかあとで良くないことが起こりそうで怖いし、不吉とかの兆しだったらもっと嫌である。

マグノリア郊外で買ったばかりの一軒家に手作りでも良いから魔力注いで軽い結界でも作ってやろうかと瞬時にレインの脳は考える。

 

そんな中で、突然目と鼻の先にレザービームのような細い光線か何かが飛んでくる。焦げ付くような匂いが鼻にツンと来たが、今はそれどころではない。

そう思い、攻撃をしかけてきた襲撃者の方を確認することを先決した。そこにいたのは、高く空の上に駐留する緑色の服装に身を包んだ眼鏡をかけた女性。

丁寧に背中には翼らしきものを6枚ほど誂えており、いかにも自分がここにいることを自慢しているような感じを醸し出している。

正直言えば、今すぐにでも叩き落としてハエ叩きか何かで処理してしまいたいぐらいに鬱陶しさ……もとい煩わしさを感じた。

レインはめんどくさそうにため息をついて頭をポリポリと右手で掻いて、襲撃者の女性をチラッと確認して、理解する。

この襲撃者の女性こそが、ラクサス親衛隊“雷神衆”のメンバーであるエバーグリーン、その人だということを。

 

「あら、エルザじゃない。……それと誰?」

 

「そこにいたのか、エバーグリーン。人質にした仲間たちを解放してもらうぞ」

 

「あ、あの? ボクなんか無視されてません?(聞くまでもない気がするけど、まあ相手の油断を誘ってみるか…)」

 

エルザの切り替え早さにメイビスと同じものを感じるが、まあ気にしてはいけない。まだこっちは明らかに修正も効くし、まだ普通?かもしれない。

それと違い、メイビスは筋金入りの天然というか…、ちょっとおバカなところが混ざっているというか、子供っぽいというか…まあ、そんなところである。

さっきメイビスの「むぅ…、バカにしないでください」という声が聞こえたような気がしたが、幻聴であることを祈りたい。…いや…幻聴ならば、すぐに医者の元へと急ぎ、耳の治療をするべきだろう。せっかくの滅竜魔導士として強化された耳が使い物にならなくなれば、グランディーネにどう謝ればいいのか、全くといっていいほどに申し訳ない。

 

「……はぁ……。念のため名乗るよ、元《幽鬼の支配者(ファントムロード)》所属、《天空の刀剣》レイン・アルバースト。こう見えてもS級魔導士だ」

 

「へぇ、あのギルドにS級魔導士なんかいたのね…、依頼中でうちと戦えなかったのかしら?」

 

「まあ、そんなところかなぁ~。とりあえず、その人はエルザの相手でいいの?」

 

「ああ、任せろ」

 

「んじゃ、他のメンバー探すことにするよ。そっち、よろしく」

 

そそくさとその場を離れて他の“雷神衆”を探そうとするボクに攻撃を飛ばしてくるエバーグリーン。不意打ちのためか、エルザが反応し切れずボクの背中に攻撃が突き刺さ……――

 

パキンッ!

 

――らなかった。直前で元通りの刀剣らしい大きさに戻った天竜グランディーネから生成された伸縮自在の現在はレイン専用の刀剣が、攻撃を阻み触れた魔法の一部の魔力を純白の鱗へと取り込む。一枚だけ鱗の色が変貌し、黄色く染まる。

 

「はいはい、とりあえず不意打ちで倒せるほど弱くないんでね。あと魔法の知識が増えそうな気がするよ、アリガトー、アリガトー」

 

「きいいいいい!!! バカにしたわね!――ってうわぁ!?」

 

エバーグリーンにスレスレの部分を通る二刀の剣が振られ、小さな悲鳴をあげて彼女は避ける。当然エルザはそれを追いかけ回し、レインへと告げる。

 

「お前は他のメンバーを頼む! こいつはわたしが倒す」

 

「分かった、そっちはよろしく」

 

今度こそその場を去るレインとその姿を確認して戦闘に意識を集中させるエルザ。その様子を見てエバーグリーンがイライラを溜め込みながらも、エルザの方に集中し、完全に二人は戦闘体制をガッチリと固めた。

 

一方戦線を離脱し、他のメンバーを探すことにしたレイン。いつも通りのお馴染みなコートをバタバタと風を浴びて靡く音をBGMに、何故か読書を満喫していた。

一応前は見ている……というよりは空気の流れで先に何があるか、周囲に何があるかを感じて入るが、ほとんど意識は持っている本に偏っている。

ちなみに読んでいる本の題名は『手軽に美味しい簡単料理』と書かれており、完全にメイビスにあげる予定の弁当内容だった。

さきほどの乱闘に巻き込まれ、残念ながら食事を全部やられたレインでも、流石に手ぶらで行くわけがないし、行きたくもない。メイビスに変な誤解をされる前に美味しいご飯を餌に釣り上げて、余計なことを考えないようにさせようという作戦だったのだ。

幽霊になってから結構経つメイビスは4年前まで食事を食べたことがないくらいだ。だからこそ、自分の使う“ミルキーウェイ”の改良型が頼られているわけでもあり、これがあってこその懐かしき食事ができると言うわけである。

最近はやたらとコレを使ってほしいだとかを言い出すようになったのだが、理由が分からないと使えそうにない。

イタズラ用に使われるなどは絶対に嫌だし、なによりもせっかくの滅竜魔法の一部を疎かに使いたくない。

まあ、それも相まっての判断だ。うん、それ以外に何があるか。当然ないに決まっている。……などと言い訳を脳内に数万通り近く考えたあとに頭をスッキリさせるために深呼きゅ……しようとして踏みとどまる。

確かに周りに人は誰もいない場所に来ているが、流石に酸素を吸収しすぎると他の人に迷惑だ。それに頼みの綱であるレビィはただ今石化している真っ最中だ。

絶対に深呼吸してはいけない気がしてきた。そう思うとなんだかツラい、うん、ツラい。

そう思っていると……なんだかよくわからないトーテムポールの一部的なモノが空中をフラフラと飛び回り、クルンと一回転しながら他のトーテムポールの奴らと連結して、緑色の光線を……――って光線!?

撃ち出されるレザービームを紙一重で避け、バックステップやサイドステップで態勢を建て直してから、攻撃してきたヤツを確認する。

明らかに“雷神衆”のメンバーの奇襲に他ならない。多分不意打ちでかたを着けようとしたのだろう。まあ、よ、余裕だけどな…。――という心の声が震え声になっているのはさておき。

今度こそボク自身の獲物だと思うと急に血が騒いだ――気がする。なんだかナツみたいにワクワクが止まらない。

 

「さっきのを避けるとはやるなぁ、お前」

 

「ん? あー、ビックスローって君のことか。どうも、初めまして。元《幽鬼の支配者(ファントムロード)》所属のS級魔導士、《天空の刀剣》とかいう異名をつけられて困っているレイン・アルバーストです。やっぱり入って数週間程度は知られてないですねー、自己紹介が毎朝の目覚ましぐらいにツラい」

 

「そうかそうか、お前さん、大丈夫か? 朝ちゃんと起き……――ちょっと待て、俺たち、これから戦う相手同士だよな?」

 

「ん? あ、そうだった。すっかり忘れてたなぁ…、読書に夢中だったし、お腹空いたし…、はぁ…ここ周辺の酸素全部食べたいなぁ…。怒られるのは予想できるけど」

 

なんだか呑気極まりないレインに戸惑うビックスロー。正直目の前の銀髪の少年であるレインがS級魔導士には見えていないらしい。まあ、舐められるように見せかけているだけにしか過ぎないし、ここで引っ掛かるような単純=バカ=マヌケ=油断しすぎではレインを倒すことはもちろん、傷ひとつすら付けられないのは当然だ。

どうやら敵は何かを見定めているらしい。浮いている傀儡らしきモノからして“魂”に関係あるのかと考えながら、自分の存在を少し()()させる。

正直だが、今のところではバレたくない秘密を抱えているし、記憶の一部が戻りきっていない分も急ぎたかったからだ。

メイビスはそれを知っている……というよりは覚えているらしいので、ついでに聞かせて貰っているというギブアンドテイクの状態である。

そんなことを考えていると、ビックスローが視線を外したあとに考え込みながら、レインをチラリと見る。

 

「……お前さん、何者だ? 俺が確認している間に“魂”の質みてえなものが変化したが…」

 

「気にしなさんな、別に怪しい者じゃないさ。ただの1魔導士であり、そのなかのS級だよ。こう見えても歳は君よりも上だからな?」

 

「マジか……――ってまた、釣られかけたぜ…まったく。そろそろ終わりにしようぜ、ベイビーたち! バリオンフォーメーションだ!」

 

よくわからない謎の機械音を響かせながら、近づいてきた上に輪のようになって先程のレザービームを放とうとする彼ら。

すぐさま行動パターンを予測し、次に行うと思われる行動を推測……、機会を待つために前傾姿勢を取って刀剣を引き抜く。

迫り来るレザービームを確認し、片手で刀剣を巨大化させて魔力により反応した純白の剣の鱗を逆鱗のように特化させ、攻撃を()()()()()

 

「うわぉ!? 危ねっ!? ……って、え…?」

 

打ち返されたレザービームを危なげにかわしたビックスローの目の前にはすでに刀剣を地面に突き立てた勢いで飛び込んで来たレインが、そこにおり、彼は瞬時に呟く。

 

「《天体魔法》、“流星(ミーティア)”!」

 

超高速の一撃がビックスローの鳩尾を殴り飛ばし、動きが鈍ったところにレインは容赦なく、真下に向かって……。

 

「天竜の鉄拳!!!」

 

白銀の一撃がビックスローを撃ちすえ、無人のストリートに叩き伏せられる。ごく普通に着地したレインは笑顔でビックスローに言う。

 

「ま、今度ゆっくり話そうか。じゃ、またあとで」

 

そんな彼の片眼は見たことのない紋章を浮かべ、まるで魔導書の宝庫でもあるかのように彼は眼を手で塞いでから手を退けて開く。

そこにはいつもと同じ瞳が輝いていたのだった…。

 





はい、やっと出ました。彼の持つ力! 小説の題名にヒントを隠してましたが、能力的な

名前はこれですね。“魔導を覗き、得る力”というものです。まあ、ご察しのいい方々は

ご理解頂けましたでしょうか?いざとなれば、あれもできるんですよ、“煉獄砕波(アビス・ブレイク)”!

ってな訳です。では、次回もごゆっくり~!


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浮かび上がる断片

はい、ナツたちが来るまでの時間稼ぎしたりしまーす、レインがww

まあ、ゆっくりしていってねー



見事ビックスローを瞬殺したレインなのだが、どうしても気になることが増えてきてしまっていた。そういえば、先程から幻聴かなぁと思えていたはずの声が頻繁に聞こえる気がしたのだ。そう、あの見た目は幼い子供の少女のことである。

 

『お……、レ…ン……ん…』

 

「(き、きっと気のせいだよな…うん、気のせいだよね…。メイビスがここまで来てしまってるなんてことあるわけないよね…うん、多分、だ、大丈夫だよね? あ、あれ? き、気のせいかなぁ…さっきから幻聴が頻繁に聞こえるなぁ…、耳を医者に見てもらわないと行けないかなぁ…。…いや、絶対に気のせいだよね…うん、絶対に気のせいだよね…)」

 

必死に現実逃避を図ろうとするレインに対して、メイビスらしき人物?の声は次第に近づいていく。途切れ途切れに聞こえていた声も、とうとう鮮明さを増していく中で、レインの現実逃避は完全に終止符を撃たれる。

 

『もう、レインさん。わたしを無視しないでください』

 

「………うん、もう諦めた…。…なんで来てるの? メイビス」

 

『暇だったので…来ちゃいました♪』

 

元気一杯な子供の声がレインの耳に届いた途端に脳内でソレがリピートをかけた音楽の如く、連続で木霊していく。ヤマビコをしているような気分になる現状で、ついにレインが項垂れる。次に口を開いたときには、ただ一つだけ、小さく弱々しい呟きが流れるのみ。

 

「……もう、やだ……S級依頼受けれなくなる……」

 

『そうなんですか? なら、今度のS級試験に参加しましょうよー♪』

 

「(駄目だ、これ。返したら返される…うん、もう無限ループって決まってたんだね…)」

 

小さく胸のうちで自分のことを完全に諦めるレインと違い、メイビスは周りの損傷具合のほうが、特に気になっているらしく、ギルドにかかる損害賠償金のほうに大慌てしていた。

流石は初代ギルドマスター。一番気になるのは損害賠償金と仲間たちの心配らしい。――と言ってもレインのことは気にしてくれていなかった模様だったが…。

次第に周りの損傷具合を見終わった途端に予想される金額に身体が震え、目元には透明の液体が溜まり始める。多分、涙だろう。ギルドのことで悲しむのはメイビスらしい。

――が、泣きたいのはこっちである。S級依頼というレインにとっては数少ない楽しみと言う名の暇潰しが完全に潰されかけている上に、マカロフに怒鳴られるようなことが起こっている現状を受け止めるのにレインは精一杯なのだ。なのにその前に泣かれると流石に困る。

あー、なんか今日一日戦ったのはさっきの一回だけなのにどっと疲れが込み上げてくる気がするのは何故だろうか?そんな中で、レインは自分のことを放棄することを選択し、メイビスの方を優先することにした。

長いことメイビスとともにいたことで育った長年の勘がそう告げていると信じて…。

 

「メイビス、とりあえず泣く前にやることやろうか…」

 

『ぐすん……』

 

「とりあえず、ラクサスの場所ぐらいならメイビス、今すぐに推測出来るよね? この状況で彼が一番潜伏していると思われる場所、思い付く?」

 

正直賭けに過ぎない。メイビスがマグノリアに来たのは今日で何十年間ぶりである。それに比べ、時代は遅くも早くも移り変わるものだ。メイビスが初代のギルドマスターを務めていた頃と比べれば、明らかに街は賑わい、活気付き、繁栄しており、外観や建物の並びすらも変化しているはずだ。それなのにレインは、敢えてラクサスという男がどこにいるかをメイビスに尋ねているのだ。もっとも推測という確率とも言えるものでしかないが。

しかし、レインは賭ける価値があると判断した。それも確証足る自信がメイビスには存在するのだと知っていたからである。

かつての彼女は僅かな情報だけで戦線を勝利へと導く作戦を乱立し、その中から人一倍成功率の高いものを選出し、磨きをかけ、成功率を100%へと近づけ、仲間たちと達成せしめる最強にして最高の軍師。《妖精軍師》と呼ばれた彼女のことを信頼してこその頼みを他の何よりも信じて僅かな時間でも大切な一時をこの幼き姿の少女に賭けたのだ。

すぐさま飛び去り、周りの風景を見渡すメイビス。5秒も立たずに、彼女は石造りのストリートにいたレインの横に降り立ち、脳内でレインがいつもしてくれる話を元に確率を導き出していく。降りてくる前にゆっくりと閉めていた目蓋を今度は少しずつ開けていき、緑色の綺麗な瞳でラクサスと言う人間の姿を捉えていく。

少ない情報から膨らまされるのは、その人がいま何を考えているかということ。それから膨らんでいくのは、この『バトル・オブ・フェアリーテイル(祭り)』を観戦している場所には何処が優秀かの計算。次に起こりうることを予測し、先ほどの二人の“雷神衆”の配置から何処に隠れているかを考え出していく。

少しずつ……少しずつ……、小さな予想でしかなかったものがどんどん大きく膨らんでいき、確固たる答えへと変貌していく。脳内で浮かび上がる確率が、どんどん上昇していき、限りなく100%という確実へと近づいていき……、メイビスはクスリと笑ってレインを見つめ、予測された確率の結晶を話す。

 

『見つけました。多分カルディア大聖堂だと思われます』

 

「流石は《妖精軍師》のメイビスだね。安心して向かえる気がするよ、実は証拠っぽいものが思い付かなくてね。あとは任せて……、身内たるギルドのケリはボクがつける…!」

 

『期待してますよ、レインさん。――いえ、()()()()()()()()さん♪』

 

「はは、それはグランディーネといたときの名前だよ、メイビス。今も()()()もボクはレイン・アルバーストだよ」

 

二人は互いに意味深長な言葉を話しながらも、笑顔を振り撒き、一時の別れを告げる。ただレインは、この『バトル・オブ・フェアリーテイル(迷惑極まりない祭り)』を終わらせるために。メイビスは彼がいつも通りにしているのを楽しみにするために。

ただ一つの楽しみを互いに分かち合い、そばにいたからこそ理解しているのだ、二人は。

そんな中でメイビスと別れて数分が経った頃、レインは突然顔をしかめる。頭に響いてくるような鈍痛はまるで頭痛のようだが、何かが語りかけてくるような感覚を感じた。

浮かび上がってくる景色は、優しい日が照っていて温かく、それでいて眩しすぎるほどに明るく楽しくしている人々の笑顔。そこの真ん中で笑顔を振り撒き、自らも笑って楽しんでいる少女のいる建物の景色。

 

 ――ほら、■■■さんも一緒に■■撮りましょうよ♪ほ~ら、早く早く♪――

 

 ――分かった、分かったって。ホントにせっかちだなぁ、■■■■は…――

 

「誰……なんだ……、ボクを呼んでいるのは……うぅ……頭がかち割れ……そうだ……」

 

映った懐かしいはずの記憶に戸惑いを覚えながらも、失われた記憶の情報を必死に伝え出してくる頭の過剰駆動。その過剰駆動による軋みと痛みがレインの意識を削り取っていくが、彼はそれを耐え続ける。痛みは全身を貫くように刺さり、さらには脳内で全身にトゲを生やした何かが暴れ狂っているような軋みに無意識に巨大な魔力を漏らしてしまう。

それに気がつき、魔力を抑えるも、痛みも軋みも止むことはない。ただ続けて記憶の一部を思い出させようとする。

 

 ――まったく…、オレも巻き込むのは止してくれよ、■■■■――

 

 ――えー、別にいいじゃないですかぁ…。■■■さんも一緒に頑張りましょうよ♪――

 

徐々に浮かび上がっていく、自分を呼ぶ声の主の姿は何処か見覚えがあるというのに、思い出せない。いつもいつも自分を引っ張り回して、様々なことをに巻き込まされて、それなのに楽しくて楽しくて仕方がなかった、あの時の自分の喜び。自分が何者だったかさえ、別にどうでも良さげに考えていただろう頃の姿。今のように迷いが一瞬でも感じられるような自分ではない、昔の自分。それが羨ましくて恨めしくて……でも、届かないという悔しさが身を貫く感覚。それが苦しい……、ぎゅっと胸の中で心臓を捕まれている感覚が……。

 

 ――わたしのこと信じてくれるの?――

 

 ――はは、何を言ってるんだが。健気で真面目で優しい君を疑う理由がないからな――

 

これは……天狼島なのか?そんな疑問が次々に浮かび上がっては消えていく。痛々しいほどの不可視の杭がレインの身体を貫き、抉り取り、断末魔のような叫びを放つ何かが足にしがみつく感覚が背筋を凍らせる中で、彼は必死に自分の存在を掴んで、懐かしいはずだった記憶の海から引き上げる。

 

「……はぁ……はぁ……、今のは一体……」

 

荒い息づかいが自分自身にも聞こえる中で、ひたすら呼吸を整えることを先決する。吸い込む酸素の量にも気を付けながら、確実に呼吸を整えていき、吹き出した汗を拭う。

未だに痛みがジーンと残るが、対して戦闘中の阻害になるわけでもなさそうだった。……が、やはり断片的とはいえ、あの記憶はなんなのかが分からなかった。

過去の自分であることは理解したが、いつの時の自分か。それに何故記憶がないのかという理由が掴めなかったからだ。

けれど、分かったことがある。自分自身が何かに所属していた、(ある)いは何者かと共に行動をともにしていたのだということだ。

それが唯一でもあれば、最高の収穫でもあるということとして踏ん切りをつけ、レインは目の前のことに集中することを選ぶ。

しかし……

 

「なんだ、あれ? ……ラクリマに、雷の紋章? ……神鳴殿!?」

 

空中に浮かぶ無数の物体の正体を知っていたレインは、焦りが募っていく。以前“魔導を覗き、得る力”を使用して調べたことがあったが、めんどうなことに“生体リンク魔法”が使用されていることを突き止めていた。あれでは、“壊す”ということは危険な行為にしかならない。

与えた分のダメージが比例して返ってくる以上は、力加減を誤ればとんでもないダメージが返ってくるということだし、それに結構硬いはずなので、弱い攻撃では壊せないだろう。

今頃メイビスが予測していた事態と違っているからと言う理由で泣いてしまっていたら、物凄く怖い。

毎度毎度、あやす…コホン…もとい慰めることをし続けているコッチの身で言えば、結構しんどいし、色々と疲れが溜まる。《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》に入ってからは、依頼の受注数を減らしてはいるが、メイビスのところに行ってから次に行く期間が短くなったこともあり、前よりもキツイ気がしているのは気のせいではない。

せっかくの収穫祭もこの通りの大乱闘状態である。休める場所は何処かに存在してくれるのだろうかなぁ……と思いながらカルディア大聖堂へと向かう。

そんな中で大聖堂の方向で巨大な爆風と爆発音が轟くことに気がつき、向かう速度を早めていく。嫌な予感がする、そんな気がしていたのだが……予想通りの結果が待ち受けているとは思っても見なかった。

そこにいたのはやる気満々の今回の事件の首謀者ラクサスと、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》1の謎の魔導士と言われるミストガンが対決していたのだ。

普段ならば、ワクワクしながら観戦するのだが、流石にのんびり観戦する暇はあるまいと思い、ミストガンの隣に並び立つ。マスク越しで彼が小さく呟くのも聞こえる。

 

「……なんのつもりだ?」

 

「気にしないでいいさ、ボクはただいい加減に鬱陶しいと思っただけだしね」

 

「ほう…、お前がビックスローを倒したヤツでいいんだな?」

 

ちっとは興味を示してくれたらしいラクサスに小さく口元を動かして、ニヤリと笑うレイン。

そのとなりではミストガンが次なる魔法の準備を見えないようにしている。

 

「名乗っておくのが礼儀っぽいし、名乗るよ。S級魔導士《天空の刀剣》こと、レイン・アルバースト。元《幽鬼(ファントム)》メンバーと言っておく」

 

「あのギルドの隠し玉か。少しは楽しめるんだろうなぁ?」

 

「もちろん、期待してどうぞ。別にエルザクラスだと舐めて掛かってきてもいいよ。でも、言っておくことが一つほどあるから、よく聞いておいた方がいいよ……」

 

そう言った途端にレインの姿が二人の視界から掻き消える。ミストガンが深く被った帽子とマフラーをマスクのようにしているところに出来ている隙間から目を見開いて驚く。

ラクサスも必死で視界から消えたレインを探すが、見当たらない。それどころか、気配すらも感じないほどにだ。

警戒を一瞬だけ緩めるラクサス。しかし、一瞬でも緩めてはいけなかったのだ。その緩めた一瞬、ラクサスの眼下にはとびっきりのしてやったと言わんばかりのドヤ顔みたいな顔があり、レインの右手には凄まじい魔力が込められた鉄拳。

ラクサスが迎撃しようとするが、間に合わないその隙にレインは告げる。

 

「時にはよ、下の方を見て確認したほうがいいぜ? ソイツを地獄に引きずり落とそうと企んでいるヤツが今にでもアンタを潰そうとするからなァ!!!」

 

性格すらが豹変したレインの無慈悲な“天竜の鉄拳”は、ラクサスの顎に突き刺さり、強烈な風の息吹とともに彼はカルディア大聖堂の天井に叩きつけられる。

なんとかその後、着地したもののラクサスの目はすでに本気になりかかっており、レインは意地悪くラクサスを挑発する。

 

「来いよ、仕付けてやる。大きく成りすぎたその鼻を軽々とへし折ってやるよ、ラクサス!」

 

静かな大聖堂の中でラクサスの怒号と、レインの挑発は木霊を繰り返していった……。そう、あの二人が来るまで……。

 




はい、殴っちゃいましたwwごめんなさい、つい手が滑ってしまったんですよ、手がww

ま、まあ許してヒヤシンス(>_<)

許してくれるわけないかwwホント、ごめんなさいm(__)m

まあ、次回は少し……おっといけないネタバレしそうだったww


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圧倒的なまでの実力差

変な所を押してミスで消してしまったので改良せずにそのまま投稿しました。

内容は全くない変わっていません。気にしないでくれると助かります。




「来いよ、仕付けてやる。大きくなりすぎたその鼻を軽々とへし折ってやるよ、ラクサス!」

 

レインの挑発が確実にラクサスの気に触ったであろう時から、すでに5分弱が経過していた。未だに戦況は一歩も譲らない。

……しかし、ミストガンには何かが可笑しく見えていた。先ほどから両者は負けず劣らずの攻防を繰り返し、互いに傷つけているように見える。

だが、レインが時々見せるあの余裕はなんだろうか?口許の片隅を上げ、ニヤリと不適に笑い、それでいて疲れが全くと言っていいほどに見えてこない。

一方のラクサスは徐々に攻撃するタイミングやスピードを確実にずらしていっているが、未だに決定打とも言える強攻撃をレインに当てることが叶わなかった。

隙を埋めるための攻撃ですら、レインには見えてしまっているかのようにのらりくらりと避けられている。

ラクサスの身体には殴られたときの痕が少しずつ増えていくのに対して、レインには殴られたときの痕が少しずつ減ってきているような気がする。

まるで自動回復をしているかのようだが、別の魔法を予めに設定している可能性の方が高かった。そう思い、ミストガンはレインの魔力を確認していくのだが、明らかに怪しすぎる点があった。

先ほどからレインは“天竜の鉄拳”を使っているはずなのに、魔力が一向に減ったように見えない。それどころか回復する方向へと向かっているのだ。

ついでに言えば、徐々に魔力が高まり、体力が回復しているとも言えるようだった。そんな中で、ミストガンはあることに気がつく。

先ほどから少しずつ酸素が薄くなってきている気がしたのである。よくよく見れば、レインは何かを吸い込み続けているようにも伺え、吸い込んでいる度に笑っている。

 

「(まさか……!?)」

 

ミストガンが結論に辿り着こうとして、その時だ。後ろから誰かがやってきたような気配が感じられ、向いてみると……。

そこには桜髪のマフラーをつけた少年と緋髪の鎧を着ている女性がいた。そうだ、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》で最近有名となっている最強チームの二人。

火竜(サラマンダー)》の異名をもつ滅竜魔導士のナツ・ドラグニルと、《妖精女王(ティターニア)》の異名をもつS級魔導士のエルザ・スカーレットだ。

二人はミストガンを見つけると驚きを見せるが、空中で殴りあっている別の二人を見て、目を疑った。

ラクサスとレインの二人が戦っているという現場のことだろう。ナツは羨ましそうにしているが、エルザは完全に驚いている。

多分ラクサスに勝てるような者がギルダーツの居ない今でミストガン以外にいたとは思っていなかったのだろう。

そんな三人の目の前で、ラクサスが突然咆哮する。

 

「ちょこまかとかわしやがってええええ!!!レイジングボル……」

 

彼がよく使用する魔法の一つ、《レイジングボルト》。強力な雷の魔力の塊が、レイン目掛けて襲い狂う……はずが、途中でラクサスが空中で動きを止める。

まるで何かに縛り付けられたようなそんな様子を見せていて、身体が一つも動いていなかった。動いていても痙攣しているのかと思えるくらいにピクピクとだけだ。

その疑問に答えるかのように、ラクサスの身体中には謎の紋章が現れており、ソレが動きを規制していたのだ。

その紋章は何処かで見たことがあるような……そう思った途端、エルザは思い出した。前に“楽園の塔”……いや……Rシステムの本体で評議院でジークレイを演じていたジェラール・フェルナンデスが使っていた拘束魔法、“拘束の蛇(バインド・スネーク)”。

それがラクサスの動きを完全に封殺していたのだった。当然ラクサスはそれを知るよしもないし、すぐに破れるような弱い魔法ではない。

そんな中、レインはミストガンの方を一回だけ振り向いて小さく告げる。

 

「ちょっと魔法を使わせてもらうよ、ミストガン」

 

「………?」

 

困惑のミストガンに対して、レインは即座に魔法を発動させる。発動した魔法には、5つの魔方陣が浮かび上がっており、それぞれ赤色の魔方陣、青色の魔方陣、黄色の魔方陣、緑色の魔方陣、黒色の魔方陣が浮かんでいた。

それを見たミストガンは、両目を見開き、驚いた。先ほどラクサスに使った魔法である“五重魔方陣 御神楽”だったのだ。

仕組みは評議院の使うエーテリオンと似ているその魔法は、ミストガンの取って置きに等しかった。それがあっさりレインが使用しているのである。

しかし、それだけでは終わらなかった。五重魔方陣の真ん中辺りにラクサスが閉じ込められ、次の瞬間には横からも同じ“御神楽”が設置されていたのだ。

つまり十字型にラクサスを閉じ込めた上に、両方から強烈なビームを放とうとしていたということだった。

丁度“拘束の蛇(バインド・スネーク)”がとけたらしいラクサスが脱出しようと試みるが、まあ、予想通りの結果で間に合わない。

両方からの強烈なビームがラクサスを襲撃し、大爆発を起こさせ、後ろにいたナツやエルザが目を閉じてしまうほどの閃光がラクサスを蹂躙する。

気がついた頃にはラクサスがカルディア大聖堂の床にラクサスが倒れており、レインはつまらなさそうに欠伸をしている姿が目に入る。

あのラクサスがレインに圧倒され、敗北の兆しを見せているのだ。その姿はエルザやナツ、ミストガンからもあり得ないものであろうが、現実に過ぎない。

しかし、やはりラクサスはここで終わらなかった。少しずつ立ち上がって、怒りを顕にしており、今にもレインに襲いかかろうとしていた。

――が、レインにその攻撃は何故か当たらない。スカッスカッと空中でさ迷い、レインは余裕綽々の様子だった。突然レインが地面を蹴り、空中を舞い始めると同時に、大聖堂の天井から別世界が開いているように見えていた。

よく見れば、それは星空のようであり、今にも墜ちてきそうな状態だ。当然その魔法もエルザとナツは知っている。一度ナツはその身に受けている強大な魔法、“七星剣(グランシャリオ)”だ。天を舞うレインは両手の指を“北斗七星”のように伸ばし、構え呟く。

 

「七つの星に裁かれよ! “七星剣(グランシャリオ)”!!!」

 

飛来した七つの輝きがラクサス目掛けて墜落し、輝きが途絶えることなく爆破の嵐を生み出す。大きく穴が穿たれた大聖堂の床、その上でラクサスは傷だらけになっていた。

耳に着けていたヘッドフォンはひしゃげたりしていて半壊しており、着込んでいたコートは破れ、来ていた紫色のシャツも切り傷のようにびっしりと破れが見えるほどだった。

圧倒的だ、ソレ以外の言葉はミストガンにもエルザにも、ましてやナツにも口にできない。完全にラクサスが押し負けていて、勝ち目すらが見えている。

それほどまでにレインのほうが実力が上なのだろうと言うことは理解できる。しかし、先ほどから見せている魔法の数々。

ミストガンの使う“五重魔方陣 御神楽”や、ジェラールが使っていた“天体魔法”の一つ、“七星剣(グランシャリオ)”と“拘束の蛇(バインド・スネーク)”。

それをこうもあっさりと使いこなす目の前のS級魔導士のレインの実力。それは最初に出会ってからエルザやナツが見てきていた彼とは程遠い“何か”だった。

あれこそが、レイン本来の実力なのかもしれない。それでも何か違和感が残っているように見えるエルザとは違い、ナツはそんな二人の戦いに煽られたかのように戦いたがっていた。

 

「………ふぅ、やっと大人しくなった。あれ? エルザにナツもいたんだ? いやー、ちょっとお見苦しいところを見せたかな…?」

 

「な、なんだ…さっきの戦いは…」

 

「俺も戦わせろー!!」

 

「うるさいぞ、ナツ!」

 

「ご、ゴメンナサイ…」

 

ナツがエルザに叱られ、静かになる中、突然後ろで倒れ付していたラクサスが立ち上がり、レインを急襲する。それも全身が変化し、腕には鱗のような模様が顕になっている状態だった。あまりのスピードにエルザやミストガンすらが追い付けずにレインは強打の一撃をその身に叩きつけられる。吹っ飛んだ彼は、そのままカルディア大聖堂の壁へと全身を打ち付けて沈黙する――はずが、崩れる壁の中から再び現れ、静かなる怒りをたぎらせていた。

 

「……やっと本性だしたか…、ラクサス。 なるほどな…滅竜魔導士の噂は事実か…。面白い…()()()()()()()()()()()()()()…!!!」

 

「クックック…。オレの邪魔をするヤツは失せろ、失せろ、失せろおおおおおお!!!」

 

目からも電撃を放つラクサスの暴走っぷりが三人の目を釘付けにする。しかし、それを越える者が近くにいることに気がつけば、その時点で全身は震えを止めることができない。

ラクサスよりも恐ろしい形相を醸し出しているレインの様子は、いつもの優しそうな姿ではなく、全身から身の毛も弥立つような強大な魔力を放出させ、白銀の髪に青みを帯びた髪が姿を現していた。

だが、それだけではなかった。突然彼は腰に引っ掻けていた鍵サイズの刀剣を通常サイズへと戻すや否や、前から怪しそうに見えていた、弾丸を入れるような謎のケースを開く。

その中には武器に使われている天竜の鱗がそのまま入っており、それをレインはバリバリと食い始めた。

エルザには見覚えがあった。“楽園の塔”で“エーテリオン”を食べたときのナツの姿にそっくりだったのだ。確かジェラールはその時のナツの姿のことを“ドラゴンフォース”と言っていた。

まさに今、身体や魔力の変化を始めたレインはその“ドラゴンフォース”を発動していたのだ。

白銀に輝いていた髪の一部は蒼く染まり、手首や足首からは白銀の鱗が次々と着ている手袋や靴などを串刺しにし、さらにはコートの両肩から同じ白銀の鱗が飛び出し、背中からは自分よりも大きめな翼が姿を顕にしている上に、彼の右手は完全にドラゴンそのものを思わせるような手へと変化していた。

 

「さぁて……、どれくらい足掻いてくれるか。楽しみにさせてもらうぜ? 滅竜魔導士レイン・アルバースト。これより雷竜なるラクサス・ドレアーの撃滅を開始する…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――☆―――☆―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

位置特定不明 レインがラクサスとの本気の戦闘を開始した同時刻にて

 

 

 

彼はそこにいた。枯れ死んでいく木々の中、ハラハラと舞い腐り塵と化す落ち葉が空中をさ迷うその場所で。

ただ静かに目蓋を閉じ、空気の流れのみをその身に受けて、ただ誰も近づかないことを祈り、ただ独りだけでいれることを願いながら、彼はふと呟く。

 

「やっぱり君か……、レイン。まだ君は戦うのかい? まだ君は守りたいと願うのかい? まだ……人が持てる可能性を信じているのかい?」

 

そう呟く彼の瞳は憂いを帯び、悲しさや哀れさをも誰かへと向けているようにも見えた。“生命(いのち)の尊さ”を感じるほどに彼は何かの生命(いのち)を奪ってしまう。

それは自分だけでもない。自分が伝え、教えた“彼女”も……今もなお、誰かのために戦い続けている“彼”でさえも同じなのだ。

だから“彼女”はそれに対する策を練り、自らを人ならざる存在へと変えていった。それを見てきた……いや……知ったからこそ黒髪の彼も思うのだ。

“生命の尊さ”、以前はとても大切に大好きでもあったそれが自分を苦しめる咎と化し、鎖と化させる。それがツラくて仕方がないのに、まだ愛してしまう二人がツラそうで仕方なかった。

黒魔導士などと呼ばれながらも、彼も本当は一人の人間に過ぎなかった。大切な家族を……失ってしまった家族を取り戻したくて、ただ“死”ということを愚弄することをしてしまっただけに過ぎない。

忘れるのが“咎”であるというのなら、覚え続けるのもまた“咎”でもある。でも、あの時の彼は大切な“弟”という失われた存在を忘れたくないが故に、様々な存在(もの)を生み出してきた。

“時をも超える魔法の扉”、“どんな死者でも甦らせる塔のシステム”、“罪を背負いすぎているのに死ねない自らを破壊するための悪魔の本たち”。

それの一つが今も……間違ったことを考え、世界を歪ませる。何のために生み出したのかさえ分からなくなってしまう。

“ああ……早く僕を……早く僕を……壊してくれ……”そう願い続けるばかり。ただ暴走する力を完全に消したいがために。二度とこんな“呪い”が現れないためにも……と。

だから彼は400年も待ったのだろう。そして現れたのは三つの可能性。

一人の滅竜魔導士の彼か……、最強の悪魔なる存在か……、そして……その両者を圧倒するかもしれない人ならざる彼か……。

ただ彼は願うだけ…。

 

 “自分を死なせてくれる存在が早く目の前へと現れんことを……”

 



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信じる心は輝きを得ん


はい、今回はレインVSラクサスの後半です。無双回なのは依然として変わりません。

ホントごめんなさい。無双回じゃなくなるのは、大体“天狼島”辺りです。それまで

無双が続くかも…wwあー、その先にズタズタにされる敵の方々。ホントすいません。

では、本編どうぞー。



君は聞いたことがあるだろうか?

天空を我が物顔で舞い躍り、地に住む者共を喰らい、ただ自分が一番だと自慢げに悠々と飛び続けるドラゴンの羽音を。

……と言っても、そのドラゴンたちが我が物顔で飛び続けていられたのも一時に過ぎない。かつて400年以上も前に起こった“ヒトとヒト”、“竜と竜”、“ヒトと竜”との魔の宴。

 

ここよりヒトはただ喰われるだけの……抗えぬ運命に泣き叫ぶだけの者ではなくなる。ヒトと共存を望んだ竜たちはヒトへと伝えたその魔は、時にして我自身を狂わせ、破滅させる。

竜を滅し、己の自由と生きとし生きるための証明を果たす古代の魔法(エンシェント・スペル)。竜より賜りし、最強にして最高なる竜迎撃用の魔法。

 

それこそが、“滅竜魔法”。これを手にし、竜へと立ち向かいし者たちこそが、“滅竜魔導士”。

またの呼び名を……“ドラゴンスレイヤー”である。

 

そうして竜たちはヒトへと魔への想いとそれを体現する力を授けた。彼らがどう竜たちを思っていたとはいえ、竜たちは願うことを止めなかった。

餌としか見られなかったヒトとの“共存する世界”、互いに助け合い、時に守り合い、未来を切り開いて存続するために。

だからこそ、何体かの竜たちはヒトを愛した。自分達が滅ぼされてしまおうと、生きていたという証を残すために。

だから伝え、それを知り得た者はそれを継がさんとする。それは一人のヒト……一匹のドラゴンによって失われてしまった。

けれど、生き残った竜たちはそれでもヒトを愛し、託していく。未来を切り開き、想いの限りに戦う、そのヒトの姿を愛して。

そしてボクも戦うのだ。自分の正体を知っていながらも育て、愛してくれた天竜の想いを果たすために。

例え、争いが絶えなくても。例え、醜く腐ってしまっても。愛した者たちをずっと愛するために。光と闇は表裏一体。どちらかが表ではない。どちらかが裏でもない。

どっちも表で裏である。だから伝えよう、信じる心は何者よりも強いということを…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天を司り、空間を支配する魔法。その一つたる《天空の滅竜魔法》をその身で操るレイン。纏いし、力はドラゴンそのもののであり、想いは己を守る楯ともなり、己を守る矛ともなる。

レインの持つ白銀の髪はいつしか、蒼く澄みきった房の姿を顕に現していく。背からは白銀の翼膜と鱗を生やし、両肩からは硬く鋭い鱗がコートの肩口を破って姿を見せる。

同じく手首や足首からは鱗が輪のように皮膚から姿を見せ、彼の右手はドラゴンの如く、鋭く、力強く、猛々しく変貌する。

まるでその姿は竜を思わせ、溢れる想いの魔力は何人(なんぴと)よりも強く、誰よりも想いの意味を知らせんとする。

失われていても、ちゃんと伝わる竜たちの想い、それが身体の中へと浸透し、血の如く(めぐ)りに(めぐ)り、竜たちの想いは心の奥底まで…。

その想いを感じ、荒ぶるままだったレインの心を沈めていく。怒りや何かに身を任せようとしていた彼は、ふと自分の未熟さを知ってクスリと自虐的に笑う。

暖かく……優しい……。その感覚はいつの日の自分を包んでくれた天竜グランディーネを思わせてくれた。

ならば、自分も誰かを救ってあげるべきだろう。目の前で目的を見失い、暴れるしかなくなった雷竜と化そうとするラクサスを。

なにも知らなくて、誰かを理解できる訳がない。知らなければ、伝わらない想いもある。伝えにいかなければ、助けられない魂も存在する。

それはグランディーネから教わった自分の初歩。記憶を失い、自分の正体すら忘れた過去の己。そんなボクを救ってくれた実の妹のように過ごしてきた彼女の姿が浮かび上がると自然と微笑みたくなる。

 

「(本当に…お人好しだよ、ウェンディ…)」

 

静かに想うレインへと、迫り狂うだけの雷。心が落ち着いたレインには彼の動きがゆっくりとゆったりとした動きに見えていた。

右の肩口から左の心臓辺りを狙っている腕の動きすらもが読める、そう思えてくるほどに。だからフワリ、フワリと浮き沈む風船の如く、レインは雷を纏った攻撃をのらりくらりと避け続ける。焦りを募らせ、動揺の色を浮かばせるラクサスへと不適に微笑みかけ、レインは静かに左手を後ろへと引いた。

前のめりになるラクサスの脇腹、そこをしっかりと狙い、後ろへと引いた左手を突き出す。手に伝わる衝撃を感じながらレインは体勢を変えぬままに次の一撃を用意していく。

反撃を狙おうとするラクサスの動きをまた同じように読みながら、避け続け、もう一度攻撃を加えていく。

それはまるで踊るかのように。白く輝き、白銀の鱗を散らすかのように天を舞う彼の姿は、竜そのものを現すかのよう…。

そんなレインの戦いぶりと動きを見据えていたエルザやミストガン、それにナツの目は奪われ続けた。血生臭いように戦いではない、静かでありながらもヒトを魅せる動き。

目の前で舞っては散らす(レイン)(こぶし)。それを支える途方もない速さから生まれる、姿がぶれる(レイン)の動き。

本当の“滅竜魔法”は繊細で美しく、誰もが見とれ、誰もが歓喜する、そうレインは信じる。その信じる心が使用者の力を何倍にも変化させる。

 

「ぐっ!?」

 

「……ラクサス。力というのは、ただ振るうんじゃない。振るった先にあるんだよ。誰かのために振るったのか、それともただ振るうだけか。それの違いが強さを生み出す。“優しさ”の先に“強さ”の本質があるんだ!」

 

「……なんだと……」

 

「ラクサス、今なら戻れる。戻ってくれるんだ、家族の元に」

 

ゆっくりと左手をラクサスへと伸ばすレイン。彼の表情は、いつにもまして優しく誰かのことを信じ、愛するような慈愛に満ちていた。

誰かを憎むのではない、誰かを恐れるのではない。誰かを愛する、それを一番知っているのは恐らく“彼”や“彼女”だろう。

同じ“呪われた者”として、同じ“苦しみ”を共感しあった二人を知っているからこそ、レインは強く願い、強く思う。

だけど、ラクサスはそれを否定してしまった。

 

「“強さ”の本質が、“優しさ”だと? 笑わせるなあああああ!!! 誰かを捩じ伏せてこその強さだろうがあああああ!!!」

 

そう叫んだラクサスは両手を合わせ、魔力を次第に高めていく。少しずつ…、少しずつ…、強烈な魔力の塊へと変化していくソレはレインにとっても特別で、決して生半可な気持ちで使ってはいけないことを知っていた。

その魔法は、術者が敵と見なした全ての敵を一瞬で裁く、全体では最強の威力を持つ“妖精三大魔法”の一つ。他の“妖精三大魔法”である“妖精の輝き(フェアリー・グリッター)”、“妖精の球(フェアリー・スフィア)”と並ぶ超強力審判魔法。

その名も“妖精の法律(フェアリー・ロウ)”。その三種全てを扱えるレインでさえ、使用を躊躇うほどの魔法は目の前で放たれようとしている。

それもギルドの仲間とこのマグノリアの住人全てを標的とした上でだ。

 

「ラクサス! ソレは絶対に止めろ! 全員纏めて吹き飛ばす気か!!!」

 

封じ込めていたはずの“怒り”の感情が目を覚まし、即座にラクサスへの攻撃を開始するかを判断しようとする頭。

そのどちらも押さえようとしているが、先にラクサスが発動させてしまうだろう。そう考えた10秒後、ラクサスはソレを発動してしまった。

 

「“妖精の法律(フェアリー・ロウ)”、発動だァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 

いつの日か、ボクは彼女と盟約を結び、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》を見守ってきた。その盟約にてボクが手にしたのは三つの魔法。

妖精の法律(フェアリー・ロウ)”、“妖精の球(フェアリー・スフィア)”、“妖精の輝き(フェアリー・グリッター)”。それらは元より強力で、どれも生半可な気持ちで使用していいものではないことを知っている。

そしてボクが彼女に結んだ盟約は全部で三つだ。

 

一つ、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》を見守り、時に試練を与え、若者たちの成長を促すこと。

 

二つ、あらゆる脅威のうち、今のままでは勝ち目がない。または今のままで挑める相手ではないと判断した敵を即座に撃滅すること。

 

三つ、いつか自分に与えられし宿命(さだめ)が来たれば、その時は若者たちの試練となり、高くそびえ立つ強固な壁とならんこと。

 

その条件をボクは呑み、彼女――メイビス・ヴァーミリオンとの刻印での契りを交わした。破れば、即刻ボクの■■としての命は散り行き、あの“■■”との戦いを再び始めなければならないだろう。

それでも、ボクはただ思う。この契りはある意味での束縛とは違い、いつかの宿命(さだめ)を果たした時にこそ発動される、一種の契約(やくそく)なのだろうと。

そう思うと、ふと笑いが込み上げる。同時に彼女もクスリと微笑み、笑顔を見せる。悪友であり、親友であり、同じ空を歩き、同じ夢を見た。

そんなメイビスとの駆け引きほど楽しく、満足しないものはないと思える。

だからボクは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――家族(妖精たち)を守らなければ、いけないんだッ!!!」

 

そう叫び、ドラゴンの如く変貌した右手でラクサスの発動させた《妖精の法律(フェアリー・ロウ)》を突き破る。発動させた魔法は、《魔法解除(スペル・キャンセル)》。

あらゆる魔法を解除し、発動に必要だった魔力ごと奪い去る魔法であり、レインの隠していた切り札の一つだ。

見事に魔法を解除されたラクサスは驚愕の表情を浮かべ、解除された時の風圧を受けて後ろへと後ずさる。その隙が、一瞬で埋められるとも知らないままに。

すでに目と鼻の先まで迫っていたレインの拳は途方もない魔力を帯び、強靭なラクサスの肉体へと突き刺さる。

 

「“天竜の鉄拳”ッ!」

 

「ぐはぁ!?」

 

痛みや衝撃で仰け反り、殴られた腹を押さえるラクサスに対して、レインは一度しゃがんだ体勢を上へと反らすように次の技を放つ。

 

「“天竜の鉤爪”ッ!」

 

「ごおっ!?」

 

見事なくらいの“サマーソルトキック”を受けたラクサスはひっくり返りそうになるも、反撃を食らわせようと即座に両手に魔力を溜め、襲いかかる。

 

「“雷竜の(あぎと)”ッ!」

 

「遅いッ!!」

 

両手で挟み撃ちされそうになりながらも、それを完全に読み切り、後方に下がるように回避。

“バックステップ”を何度も取りながら、大きく息を吸い込むかのように口のなかにブレスを溜め込み、咆哮する。

 

「“天竜の大咆哮”ッ!!!」

 

“ドラゴンフォース”したレインの目の前には瞬時に三つの同色魔方陣が姿を現し、その全てから咆哮によって現れた三つの風のブレスがラクサスへと襲来する。

それを迎撃するかのようにラクサスもブレスを口のなかに溜め込み、咆哮するが、圧倒的なブレスの多さと威力に押し負け、全てのブレスをくらい、後方へと吹っ飛ばされる。

激しく背中を打ち付けたラクサスだったが、すぐさま立ち上がり、しつこくレインに襲いかかり続ける。

しかし消耗し切ったラクサスとは違い、レインはその場の空気を吸えば、それで回復し続ける。それが圧倒的な違いと圧倒的な実力の差を生み出していく。

それを気にせずに突っ込んでくるラクサスに対して、レインは回避したあとにラクサスごと吹き飛ばす。

 

「“天竜の双翼撃”ッ!!!」

 

荒ぶる天空より来たりし天津風(あまつかぜ)がラクサスを蹂躙し、カルディア大聖堂内ごと滅茶苦茶にしていく。吹き飛ばされたラクサスはまだまだしつこく、レインの攻撃をその身に受けても立ち上がり、両手を振るい続け、技を放っていくが、消耗ということを知らないレインはそれを次々に避けてカウンターを決めていく。

爆風と砂煙を次々に外へと吐き出す大聖堂のなか、またゆらりゆらりとラクサスは立ち上がり、懲りずに滅竜魔法を乱発するが、消耗をする者と消耗しない者の戦いは当然終わりを迎えようとしていた。

傷だらけのラクサスは最後に一発レインへとぶちかまそうとしているらしく、ありったけの残り魔力を一撃に詰め込んでいき、放った。

 

「てめえがくたばれええええええ!!! “雷竜方天戟”ッ!!!」

 

巨大な魔力の雷の塊は姿かたちを変化させ、巨大な槍状の方天戟へと変化し、レインへと迫る。それを避けるつもりがないように待ち構えるレインは、両手に魔力と周囲を風を全部集中させ、練り上げていき、迫り狂う方天戟を迎撃するかのように放った。

 

「“滅竜奥義”……――」

 

方天戟がレインに着弾するまで僅か5秒、その瞬間。レインの蒼い眼は血のような紅へと染まっていた。突き出した両手から放たれる閃光のごとき強烈な風の波動は方天戟を掻き消して、ラクサスへと放たれた。

 

「“双破・天空穿ッ!!!”」

 

荒ぶる神々の怒号の如く、放たれた風の波動はラクサスを包み込んで吹き飛ばしていった…。

 

蒼き空の下、レインは静かに涙を流した。また戦ってしまったのか……。

 

 





はい、意味深なところが何ヵ所かありましたね。多分気がついた方はここで大体の

予想を…していたりするんでしょうか。あー、先読まれたらどうしようー。

なんて思ってたりしてますが、まあ作者は折れませんし、めげませんので、ご安心を!

あとしばらくしたらTwitterでもあげたアンケートを取らせて頂きますので、先に

Twitterでお答え頂くのも構いません。あとTwitterのほうが、アンケートの方を優遇

する場合があります、ご注意ください。

では、次回は《バトル・オブ・フェアリーテイル》ラストです。お楽しみに~♪


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幻想曲 前編


さぁ~て、本日は重大な発表が一つ。

前回次の話で終わりますって言いました。“あれは嘘だ”。

次回もありますんで、すいませんでしたー!



《バトル・オブ・フェアリーテイル》の次の日 お昼頃にて

 

 

 

そこでは、一人の少年と一人の少女の幽霊がギルドの屋根で寝転んでいた。何故か珍しく、今日はお昼頃だというのに風が心地よく、涼しく快適だった。

先日の件からは1日が経過したが、マグノリアの街はいつもと差ほど変わってはいない。どうやら、空中に浮いていた“神鳴殿”は少年――レインがラクサスとの戦闘中に破壊されていたらしく、破壊したときに綺麗なものが空を舞ったことにより、花火か何かかと勘違いされたようだった。

まあ、もちろん、損害賠償は求められるに決まっている。今日もギルドにやってきた時には、現在のマスターたるマカロフ・ドレアーが顔面を蒼白にして貯まった紙切れを見ていた。

ちなみに隣に寝転んで今は微笑んでいる少女――初代ギルドマスターのメイビスにそのことを伝えてみたが、いきなり泣き始めたので慰めるはめとなった。

それはともかく、メイビスも今回の件を一部始終を見ていていたために報告の方は要らなさそうだが、どうやら報酬的なものをくれるらしい。

それをのんびり決めるためにここに二人で集まった……というわけである。まあ、日向ぼっこにはとてもギルドの屋根は向いているし、何より上の方などを確認する者などほぼいないだろう。そんなこんなでここが選ばれている。

 

何故、天狼島ではないのか?そう聞かれればそうなのだが、昨日はマグノリアまで来ていたメイビスがそのまま大人しく帰れる訳もないと判断し、仕方なく着いていこうと考えていたが、どうも昼御飯を持っていく約束を守れなかったことに腹を立てていたらしく、作ったばかりの晩御飯を要求された。

そのあと(ようや)く帰ってくれるんだろうなぁと思いながら食事後の片付けをしていたのだが……案の定、お腹が膨れたメイビスはそばにあったフカフカのソファーの上に寝転び、静かに寝息を立てていたと言うわけである。

その結果、天狼島に向かうよりもマグノリアの方で済ませてしまう方が得策であり、それほど手がかからないとのことになった。

まあ、久しぶりに見たがメイビスは相変わらず寝顔もあどけないものであったのだが、本人に言うと『子供じゃないです~!』などと言われてしまいそうな気がするので黙っておく。

それに久しぶりにマグノリアにやってきたとはいえ、この活気に懐かしさを感じているようでもあった。

やはりメイビスは静かなところよりも賑やかなところが似合っているらしい。まさにギルドのマスター(おさ)を務めるのには向いているようだ。

――と言うよりは向いていた。それでも……“アレ”はメイビスを蝕んでいった。

そして……メイビスは……

 

『――インさん? レインさん、どうかしましたか?』

 

「……いや、何でもないよ、メイビス」

 

不思議そうに首を傾げるメイビス、頭で考えていたことを悟られまいと、それを脳内で一時的に保存。及び消去する。

頭の中がクリーンになったことを確認してから、となりで足をバタバタ揺らしている彼女に今回の件での()()を頂くことを聞かせる。

 

「メイビス、例の話なんだけどさ。ボクと《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》との関係を聞きたい」

 

こう言うのにも理由がある。《バトル・オブ・フェアリーテイル》中に頭のなかに浮かび上がった断片的とはいえ、確実なヒントとなる記憶の欠片。

その中には《幽鬼の支配者(ファントム・ロード)》との抗争で壊されたギルドの初期姿が浮かんでいた。それも首から上や着ている服装はボヤけていたが、若干とは言わずとも聞き覚えのある声や雰囲気を感じていた。

多分レイン自身もなにかと関わっていたのだろう。メイビスたちとは色々な繋がりや参戦などで共にいたことがあるが、どういう関係だったかを覚えていない。

だからこそ、ここで尋ねることにしたのである。静かにメイビスは微笑むと、優しく告げる。

 

『レインさんはわたしやユーリ、ウォーロッドやプレヒトと同じ、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》の創世記ギルドメンバーです。多分ですが、貴方がギルドの紋章を身体に着けようとしたときに弾かれませんでしたか?』

 

確かにそうだ。ギルドに入り直す……という感じになったが、入ったときに消えたギルドの紋章を再び身体に記そうとしたときには何故か弾かれてしまっている。その謎はどうやら昔の紋章が完全に消えていないと言うことからだろう。

しかし、身体の隅々まで確認したが、どこにも紋章は存在しなかったことを確認した上でだ。

そう思っているとレインの右手の手の甲に金色の淡い輝きを放つ紋章が姿を現す。それを不思議がって見ていると、クスクスとメイビスが笑うことに気がつき、彼女が隠させていたのだと今ごろになって気がついた自分が恥ずかしくなった。

 

『レインさん、ギルドへの復帰おめでとうございます……でいいんですよね?』

 

「……いやいや、聞かれても答えようがないよ?」

 

『そうですね、とにかく記憶の方は少しすっきりしましたか?』

 

「うん、どうも。それにしても……、なんで記憶と紋章が一時的に消える結果になったのかなぁ?」

 

『ですね、わたしも記憶の方はまったくです。あ、今のうちにありもしない記憶を植え付けるのも……』

 

「止めてくれ、やっぱり記憶通りで正しかったらボクはメイビスに散々遊ばれたことになるよね?」

 

やはりいつも通りな感じがする。先ほど思い出したに過ぎなくても手に入れた記憶との誤差などは全く感じないし、メイビスとの仲はいつも通りのように感じる。

他の忘れてしまっている記憶が完全に治った時にはどうなるかはわからないが、やはり安心して良さそうだ。そう思っていると、小さく可愛らしい音がメイビスのお腹から聞こえ、鳴らした当の本人はすでに顔が真っ赤になっていた。

 

「お腹空いたんだ、メイビス」

 

『うぅ~……一気に劣勢に…』

 

「……ふぅ、ま、丁度いいタイミングだし、夜にやる《幻想曲(ファンタジア)》があるから軽い食べ物でいいよね?」

 

『お任せします……お腹空きましたね~』

 

「はいはい、分かりましたよ、お姫様」

 

そうメイビスに言ったあと、レインは迷うことなくギルドの一番上の高い屋根から裏側の湖が見えるストリートへと飛び降りる。

その後ろ姿を見ながらメイビスは頬を膨らませ、ムスッとしながらも小さく呟く。

 

『相変わらず、ポロッと恥ずかしくなるセリフを簡単に言えますね、レインさんは……』

 

そう呟いたメイビスだが、自分の顔がほんのり赤くなっていることには気がつかなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、お昼間の食事を調達しに行ったレインは……

 

 

飛び交う火と氷の魔法。空中に一時の浮遊を得る机や椅子。同じく飛び交う怒号。暴れるギルドの者たち。カウンター席でちびちびと酒を(する)るマカロフ。

それを笑顔で見ているミラ。呆れながら二人を止めようとしてキレるエルザ。ひたすら「男!」と叫ぶエルフマン。酒を樽のまま飲み続けるカナ。

 

――結論を言えば、喧嘩の真っ只中であるギルドで食事を用意しようと考えていた。……と言っても、こうもうるさいと注文が届くだろうかという疑問の他に、時々飛んでくる魔法の無効化、または飛んでくる椅子や残骸などを片手で軽々と防がないといけないはめになっていた。というよりは、いつもニコニコしている元S級魔導士のミラが怒っているのか笑っているのかの区別がつかないことに嫌な予感を感じている。

聞いた話によれば、昨日の戦闘で何年かぶりの《接収(テイク・オーバー)》から“サタルソウル”を発動させたらしい。とてもゾッとする話である。

できれば、今怒っていないことを祈るしかない気がする。そんな中で、黙々と注文をミラに頼み、出来るまでの時間を待つ。

注文したのは安いながらも栄養価の高いサラダと美味しそうな熱々のヘルシーチキン――肉の時点でヘルシーとかよく言えたものだ――と、一時は酒を頼もうかと考えたが、昼間から飲んでいいのかと思い、途中で考えを改め、ドリンクを適当に2つ注文した。

それにしても賑やか過ぎる気がするが、あの少女――メイビスが願った夢の家族の形はここにあるんだなぁと思い、染々とガラではない感動を感じていたのだが……

 

「火竜の……咆哮ッ!!!」

 

「“氷の造形(アイス・メイク)”…砲撃(キャノン)ッ!!!」

 

火の滅竜魔法から放たれたブレスと氷の造形魔法から造り出された氷の砲弾が共に空中で激突し、散らばった火が一部の机や椅子を焦がし、散らばった氷の欠片は料理や机に穴を開けていった。

まあ、当然のことだが、それは注文中の料理や注文をしている最中の魔導士にも襲いかかって来るに決まっている。

 

「………」

 

無言のままに飛び交ってくる氷の欠片を手で弾き返すレイン。ミラも器用にひょいひょい避けて料理を続けてくれる。

しかしこれ以上暴れられると流石に迷惑だ。そう思い、レインは静かに席を立ち、喧嘩中の二人に声だけをかける。

 

「気が立ってるならボクが相手してやる。一度でも拳を当てられたら食事一回分なんでも奢ってやるよ。二人ともがやられたら食事二人分奢るでいいかな?」

 

「え……。本当か!?」

 

「へえ、美味しい話じゃねえか。おい、ナツ、休戦だ、アイツに一撃あたえるぞ!」

 

「おうよ! なんなら何度も殴ってやらぁ!」

 

「(………チョロ)」

 

見事美味しい話――完全に罠だと決まっているだろう話――に引っ掛かった二人を遠い目で見ていながら退屈な気持ちを沸かせるレイン。

もちろん、一瞬でカタをつけるつもりである。予想通りの角度、スピード、パターン通りに襲いかかってきた二人の頭をガシッと掴んで、勢いそのままに床へと叩きつける。

強烈な一撃を直撃で受けた二人は目を回し、その場にひっくり返ったままだ。とりあえず、二人から飛び出た財布から二人分の食事をそれぞれから一人分のJを取り、手を降ってカウンターへと戻る。

なんだかこういう生活が様になってきたような気がする。なんだか懐かしい……そう思えるほどに。丁度料理が完成していたミラに代金を渡し、料理を受け取ったあと……ごく普通にギルドの裏口から屋根へと順々に飛び乗っていく。

そんな中…、懐かしい光景――先程の情報で完全に思い出した――が頭のなかに再現される。

 

――ほら、レインさんも一緒に写真撮りましょうよ♪ ほ~ら、早く早く♪――

 

――分かった、分かったって。ホントにせっかちだなぁ、メイビスは…――

 

――むぅ……、わたしはせっかちじゃありませんよ。これでもどっしりと腰を据えるタイプなんですよ?――

 

――それで、足を滑らせて腰を打ち付けるオチが待ってるんじゃないのかな?――

 

――そ、そんな訳ないですよぉ。 べ、別にわたしはそんなにドン臭くなんか…――

 

――そういってギルドの資材運ぶときに転んだのは誰だっけ?――

 

――うぅ……。でも、そういって、レインさんは優しいですからね♪――

 

――お褒めに預かり光栄だよ、お姫様――

 

周りで笑い声をあげるのは当時のウォーロッドや闇に堕ちる頃のプレヒト、それに今のラクサスに似ているユーリと恥ずかしがりながらもギュッと服を掴んで笑うメイビス。

そして……当時のボク――レイン・アルバースト。当時の服装はどっちかと言えばメイビスに似てきた気がする。それに今と同じくらいに仲も良かった。

よくユーリに「メイビスとはどうなんだ?」的なちょっかいをかけられた気がする。別に真に受けた訳ではないが、少々笑ってやり過ごしたのを覚えている。

あの頃は、“天空の滅竜魔法”を覚えていなかったから、使い始めたばかりの“天体魔法”と“魔法解除(スペル・キャンセル)”、それに体術と剣術をベースに戦っていた気がする。

本当にすごく楽しかった……。思い出せた記憶が直接ボクへと伝えてくるほどに。微かに目尻に溢れる涙はその証拠だろう。

失われていた記憶でも、思い出した頭とそれに共鳴するかのように淡く輝く金色の紋章。すごく懐かしくて暖かいんだ……それが今のボクが言える正直な気持ちだ。

またあの頃に戻れたら……そう思えても戻ってはいけない。過去は過去であるからこそ価値があるんだと信じているから。

気がつけば、天辺で待ってくれていたメイビスがヨダレをダラリと垂らして食べ物に飢えていた。ああ、やっぱり彼女らしい。そう思いながら、クスリと笑い、ボクは彼女の側へと歩み寄る。幽霊と化しても彼女の身体はとても暖かく感じる。例え、それが偽りで合っても、失われた暖かさと優しさは記憶が補ってくれている。

そんな暖かさに静かに身を委ねれる日が来ればなぁ……そう思って…。

 

「お酒は今晩の《幻想曲(ファンタジア)》で飲むから我慢してよ? メイビス」

 

『うぅ……何十年ぶりなのにぃ……』

 

「ほっほ~う。なるほど、それなら今晩のお酒はボクがじっくり味わうから、安心して見てていいよ? メイビス」

 

『うぅ……わ、分かりました…我慢します…』

 

「偉い、偉い」

 

本当の意味で《妖精の尻尾(このギルド)》と彼女――メイビスに伝えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ただいま!……と。

 

 

 





ほっほーう、オチがエンディングみたいになったけど終わらないよ!?

題名にもキチンと前編って書いてあるからね!?

一応、“冥府の門(タルタロス)”編までやるからね!?

ご期待あれ!


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幻想曲 後編


はい、今回はあれです。レインとメイビスのお酒回です。

メイビス好きな方で嫌な思いしたらすいません。思うままにメイビス書くので

至らない点があるかも。まあ、それでも良いという方はどうぞ!



ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》が行う《幻想曲(ファンダシア)》まで、あと数分

 

開催されるストリートを両側から挟む家や店などの建物の屋上にて、一人の滅竜魔導士と一人のギルドマスターは足を宙に遊ばせ、ブラブラと揺らしている。

今はまだ静けさが保たれているこのストリートはあと数分で歓喜の声に包まれ、たちまち騒がしくなっていくだろう。

それもまた新鮮であり、懐かしさすらも感じさせてくれる大切な一時である。当然二人の間に備わっているのは上質なお酒のビンと“(さかずき)”だ。

いくら見た目が二人とも少年少女であろうと、すでに未成年ではない。かたや正体不明のS級魔導士、かたや歳を取らないギルドマスターの幽霊。

そんな端から見れば、異常とも言える二人はその場の雰囲気には馴染めそうに無さそうに見えて、かなり馴染んでいる。

周りには誰も居ないのが、普通だ。何故なら皆は下で行われるパレードのようなモノを楽しみにしているからだ。

聞けば、《蛇姫の鱗(ラミア・スケイル)》の何人かが来たり、以前にナツたちと関わった者たちも来るそうな。

本当に《妖精の尻尾(このギルド)》は騒がしい。それでいて、家族のような暖かさが備わっている。だからこそ、備わっていく。

家族のために命をかけてまで戦おうと言う強く曲がることのない意思力が。それこそが、となりに座る幽霊の少女――メイビスが望んだ家族(ギルド)の形だ。

ボク――レインもそれに協力した。ところどころ記憶が欠損していても、感じられる暖かさがそれを証明してくれている。

下を眺めれば、すでにパレードを聞き付けた者共が続々と集まり、両サイドに固まってパレードを楽しみにしている。

そういえば、色々と三代目ギルドマスターのマカロフには怒られた気がする。今回のパレードは、元から参加予定だったギルドのメンバーが何人か負傷していたので、怪我が軽いものや怪我のない者が強制参加なのだ。

当然レインにもそれが頼まれていたが、メイビスとの約束を重視したのでサボったと言う訳で怒られていた。まあ、強制参加させられると気分が悪くなるのは当然である。

そんなこんなでメイビスとの約束を守ることを選んだ。それを知っていたのか、果てはそれを見ていたのか……。

横にいる見た目幼き小さくも優しく気高い妖精はボクの着ているコートの端をギュッと掴んで微笑んでいる。正直、色々と危ない気がする。

評議院とかの法律で“未成年誘拐略取”とか無かっただろうかと考えてから、呆れて頭を切り替える。そういえば、メイビスはギルドの仲間以外には見えないだった。

それに今はレイン以外にメイビスが来ていることを知らないだろう。それならば、完全にメイビスは好き放題出来るわけである。

こういう時ほどハラハラすることはないだろう。……と言うよりは、メイビスは妙な酒癖は持ち合わせていないものの色々と“お姫様”的なところがある。

昨日の夜にもなんだか似たようなことがあったなぁ…と思い出して、ふと思い出した自分を咎めたくなる。

それはさておき、パレードが始まるらしい。それならば、これ以上待たせるといじけそうなメイビスが本当にいじけてしまうので、そろそろ“お楽しみ”といこう。

すぐに上質なお酒のビンを手に取り、瞬時に片手の親指の爪をドラゴンと同様の形へと変化させ、それでビンの封をしているコルクを指で弾き飛ばす。

ポンッという空気が圧縮から解放された音が二人の耳に届き、ビンの入り口からはお酒の独特な匂いが立ち込める。

静かに二人分の(さかずき)を手に取り、トクトクと酒を真っ白な盃へと流し、綺麗な月の光が浮かんだ酒の上で微かに反射する。

二人ともがそれを手に取ったあと、元気な声で盃を軽くぶつけて笑顔で言う。

 

「かんぱーい!」『かんぱーい!』

 

互いに盃の縁に口をつけ、静かに少量ずつ酒を含んで飲み込んでいく。じんわりと喉の奥を通る冷たいお酒の温度。それでいて慣れたこの味。懐かしさがやはり込み上げる。

別にコップで飲んでいる訳ではないのだが、「ぷはぁ~!」的なことをしてみたくもなる気がする。――と思っていたのもつかの間……

 

『ぷはぁ~♪ やっぱりお酒は美味しいですね、レインさん!』

 

「あ、うん。そ、そだね」

 

予想通りと言うよりはなんだか既視感(デジャヴ)の一言に尽きる。以前にもこんなことがあったなぁ……と染々思いながら美味しそうにお酒を飲んでいくメイビスを見て、クスリと笑う。別に二人とも酒には強いわけでもなく、弱いわけでもない。

どちらも変な酒癖は全くない。酔ってからはごく普通に眠る、それだけに過ぎない。別に“絡み酒”とかいう面倒きわまりないものでもないし、“泣き上戸”って訳でもない。“気が強くなって喧嘩早くなる”訳でもない。“テンションが高すぎる”訳でもないのだ。

まさにごく普通の二人である。それでいて二人は昔から気があっている。そんな二人であり、ともに同じ夢を浮かべ、目指した二人である。

でも端から見れば、兄妹(きょうだい)にも見えなくはない。レインがしっかりとした兄であり、甘えん坊な妹なのはメイビス。そんな風にも伺える。

そんなことには気すら付いていないだろうメイビスを見ながらチビチビとお酒を飲んでいくレイン。

 

「久しぶりに飲んだお酒の感想は?」

 

『美味しいですね~、お酒♪』

 

「すごくシンプルでストレートな感想をどうもアリガトウ。イヤー、このお酒を何年も熟成させた苦労は一瞬ダナァ(笑)」

 

『あれ?何年なんですか?このお酒』

 

「えーっと……多分100年以上経つね(笑) 丁度メイビスがギルドを設立した時に精製したお酒だから」

 

『それは嬉しいですね。ギルド創成から結構経ったのがよく伝わります』

 

「そだね。本当に長い気がして短いような……」

 

そういってからまた静かにお酒をグイッと飲み干す。空っぽになった盃とは違い、ビンにはまだまだお酒がたっぷり残っている。

同じく飲み終えたメイビスが微笑みながら盃をレインに渡し、『注いでください♪』と言う。無邪気な笑顔、それがメイビスのトレードマークといっても決して過言ではないだろう。

そう思いながらトクトクとお酒を注いでいく。となりでメイビスが『おっとと……』と手にもっても溢れないギリギリまで注がれたお酒を危なげなバランスで支える。

どうみても小さいお子さまである。そんなことをうっすらと考えながら自分の盃にもトクトクと注いでいく。

そしてまた静かにお酒をグイッと飲んでいく。ごくりと飲んでいく音が聞こえ、二人は互いにクスリと笑う。

この静寂さと暖かさは相変わらず二人の気持ちや考えを共有してくれるかけがえのないモノだ。一度お酒を飲むのを止め、再び話しかける。

 

「天狼島には慣れた? メイビス」

 

『それなりに楽しいですよ? でも時々はこんな風に騒がしくても良いですね♪』

 

「そだね。また来たくなったら連れて来てあげるよ、用事がなかったらね」

 

『ふふ、エスコートされているみたいです。わたしがお姫様なら……レインさんは王子様でしょうか? それも“白馬の”』

 

「ブブッ!?」

 

吹いた。せっかく飲んでいたお酒を綺麗に吹いてしまった。まさか、カウンターをお見舞いされるとは予想していなかった。

確かに髪の毛は銀色ではあるが、まさかそれを“白馬の王子様”として訳されるとは予想だにしていなかった。それを見通していたのか、メイビスはレインの視界の端で小さくガッツポーズを取る。やられたとしか言いようがない気がする。

そんな中だ。メイビスがレインの肩に寄りかかり、安らぎを求めるかのようにしてきたのは。

 

「メイビス?」

 

『少しだけです。寄りかかってみたくなりました……』

 

「分かった。好きにしていいよ」

 

『ふふ、分かりました』

 

予めメイビスには“ミルキーウェイ”の改良型をかけてある。実体化しているから暖かさは直にレインに伝わっている。頼りない身体、優しい手の感触。それが少しずつレインの心拍数を高めているが、冷静を保つ。

静かに眼を伏せ、メイビスはレインに話しかける。

 

『レインさん。あの時、貴方も()()を使いましたね。なんで使ったんですか?』

 

「苦しみは共有出来なければ理解できない。そう思ったから」

 

『でも、それでわたしは……』

 

「分かってるよ。でも、それも一つの可能性だと思うんだ、ボクは。“一なる魔法”、それはまさに“愛”である。ボクも“彼”も君もそれを理解した。ボクがもう一度君と巡り会えたのも、一種の宿命(さだめ)か運命の可能性だと思うんだ。失えば、何かを得る。何かを得れば、失う。その繰り返しだと思うんだ、人間って」

 

『そうですね……。それだからこそ、わたしも貴方も……』

 

「そだね。だからボクも君も“人間を愛さずにはいられない”」

 

『いくら拒まれても、いくら避けられても……。そう思えたんです、わたしも』

 

「本当に気が合うね、ボクたちは」

 

二人は静かに少しだけ距離を取り直して、盃を持ち直す。眼を伏せていたメイビスも眼を開き、静かに微笑むが、その目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。

レインは指し伸ばした右手の人差し指をメイビスの目元に這わせ、涙を拭い、微笑みかける。

少しだけ頬を赤らめながらメイビスはクスリと笑い、お酒の入った盃を口につけ、飲んでいく。レインもそれと同じく飲んでいき、ふぅ~と息を吐いたあとメイビスに尋ねる。

 

「メイビスは、“呪い”が解けて、それでも“不老不死”のままだったらどうするんだい?」

 

『わたしは、みんなの行き先を見守りたいです。もう二度と誰も悲しまないように、近くにいながら遠くで見届けてあげたい』

 

「はは、やっぱりメイビスらしいかな。メイビスには悲しい顔は似合わないよ、本当に」

 

『むぅ……、なんか口説いてますか?』

 

「へ? 口説く? なにそれ?」

 

『……忘れてください。(やっぱり鈍感です、レインさんは。あれですよ、“天然ジゴロ”、“朴念仁”)』

 

「(う、う~ん? なんか悪いことしたかなぁ?)」

 

本当にいつも通りな二人。片方は真剣に悩んでいそうな気がするのに対し、片方は相変わらずの鈍感ぷりを見せつける。

本当に別の意味で救われない男だと思うメイビス。似たような気持ちを昔に“彼”と共有したが、別の意味で目の前のレインはあれである。

そう思いながら、お酒をちびちびと飲んでいくメイビスだったが、流石にスピードを上げすぎたらしく……飲み終えた頃には――

 

『ひっく……あれ、酔っちゃいました…?』

 

「あー、やっぱりスピード早すぎたんじゃ……」

 

気がつかないうちに何度も注いでは飲んでいたためにメイビスの目元は赤く火照ったようになり、少し身体が暑くなっていた。

一方のレインはまだまだ涼しい顔をしており、逆にメイビスを心配そうに見ていた。やはり飲むスピードを無意識に早くしてしまっていたらしい。

少しだけだが、頭がポーッとし始めているメイビスは船をこぎそうになっている。そんな彼女を心配してレインは飲んでいるお酒を飲み干すと、空になりかけているお酒のビンに封を閉め直し、メイビスを自分に寄りかからせる。

 

「流石にスピード上げすぎだよ、メイビス」

 

『うぅ……やっちゃいました…ひっく…』

 

「ほら、後はゆっくりしていいから。今日くらいならベッド貸すよ?別に床で寝ても大丈夫だから」

 

『はい……。油断しすぎましたぁ……ひっく……』

 

静かに眼を閉じ、微睡みに身を任せるメイビスを抱き上げ、レインは静かにお酒のビンをしまいながら屋根をトントン拍子で渡っていく。

腕のなかで眠りに落ちていくメイビスを見ながら、レインはクスリと笑い、輝く月の光を背に浴び、滑走する。懐かしさに身を任せながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、レインは自分の家に到着し、真っ先にメイビスをベッドの中へと入れてやる。可愛らしい寝顔を見届け、静かにその場を去ろうとするが、何かがレインのコートの端を掴んで離さなかった。

振り返って見れば、うっすらとだが、メイビスが眼を開けており、赤くなった顔でレインを見つめながら静かに呟く。

 

『そばに……いてください……なんだか寂しくて……』

 

「……そっか。分かった、安心していいよ、そばにいるから」

 

『……はい……ありがとう……ござます……』

 

そう呟き終えるとメイビスは小さく寝息を立てながら、スヤスヤと眠っていった。そんなメイビスを見つめながらレインは小さく呟く。

 

「そばにいるよ、あの時から今まで。ずっと見守ってるから……」

 





はい、やばい。本来考えていたルートに進むだろうか?ww

ウェンディが霞んでしまう気がするなぁ……、まあ次回から“ニルヴァーナ”編ですんで。

それならに出番はあるかとwwまあ、コブラさんには犠牲になってもらおうかな?

レイン無双のwwとまあ、次回もご期待あれ!!!


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第二章 巡り会いし、二人の天竜
連合軍と再会



えーっと、後半駄文かもww

まあ、許してヒヤシンス(^_^;)



幻想曲(ファンタジア)》から数週間後のある日にて、天狼島

 

 

 

そこでは適当に用意したボロくなった机と2つの椅子。そこに座る一人の少年と少女の幽霊。片方の少年は片手に本を手に、読書に勤しんでいたが、もう片方の少女……の幽霊の方はと言うと……。

 

『う~ん………』

 

目の前に並べた怪しいカードを睨み、どれを選ぼうかをずっと悩んでいた。一応先ほど、読書に勤しんでいた少年――レインが手取り足取りまでは行かないが、とりあえず目の前の怪しいカード――タロットカードの使い方を教えておいたのである。

それで今日や明日の運勢を占おうとしているらしい……――少女の幽霊であるメイビスが。まあ、タロットカードなどは所詮気まぐれであり、必ずしも当たると言うわけではない。

――そう言っても、“運命の輪の逆位置”や“死神の正位置”、“悪魔の正位置”や“審判の逆位置”などは真っ平ごめんである。何故かと言われれば、簡単だ。

とんでもなく不吉でしかないからである。特に“死神の正位置”など死んでも願い下げだとレインは思っている。

そんな中、やっとこさ悩み悩んだメイビスが一枚だけを選んで綺麗にひっくり返す。描かれているのは、太陽の絵が記されたカードで、真っ直ぐ自分の方に文字やら番号が書かれた方が向いている。つまり、“正位置”でだろう。言ってしまえば、当たりである。

そのカードの意味はと言えば、幸福やら身体の好調やら健康やら……。まあ、悪いやつが全くないという意味になる訳だ。

それが“逆位置”でなくて良かったと忘れていた呼吸を再び始めて、息を吐いて胸を撫で下ろすメイビス。こう言うところは本当に昔から変わっていない。

そう思っていると、こちらの視線に僅かながら気がついたらしいメイビスは、椅子から腰を上げて、となりに駆け寄ってくる。

 

『どうかしました? レインさん』

 

「なんでもないよ。ところでタロットカードは上手くいったみたいだね」

 

『結構緊張しました……。ドキドキしますね、タロットカード♪』

 

「う、うん。(別にドキドキするためのやつじゃないんだけどなぁ……まぁ、いいか)」

 

一人で小さく納得するレインだったが、急にとなりにいたメイビスがタロットカードでまた占い始めたことに内心驚く。

しかし、これで驚いていてはメイビスという少女には絶対に付き合いきれないだろう……そう確信しているレインだからこそ言えることだが。

 

『ふふ~ん♪』

 

「えーっと……何してるの、メイビス?」

 

『レインさんを占いたくなりました~♪』

 

「へえ~………え?」

 

その瞬間、レインが完全に固まる。他人にやってもらうタロットカードほど怖いことはないと知っているレインにとっては、今のメイビスの行動がすでに恐ろしいのである。

まあ、予想通りだが、メイビスは気ままにこちらを気にせず、『どれにしましょうか~♪』と言いながらタロットカードに人差し指をちょんっと乗せては離し、今度は別のカードに人差し指をちょんっと置いていく。

あれは完全に選んでいるパターンである。この時だけだが、レインの眼にはメイビスが“審判”を降す神様か何かに見えていたのは彼女が知るわけもなく……。

選び終わったメイビスは、なんの躊躇いもなく勢いよくカードを引いて確認した。『なるほど~、レインさんはそうなんですか~♪』と怪しげに呟きながら、眼を光らせて見ているこっちがゾッとするような笑いを浮かべている。

「(ああ~、ものすごく怖い人に見えるよ、メイビス……)」と内心が涙目になっているレインが乾いた笑いを浮かべていると、元気が有り余っている彼女はこちらに尋ねてきた。

 

『何が出たと思いますか? レインさん』

 

「……“星の正位置”かな?」

 

『ハズレです、正解は~』

 

「………」

 

ゴクンと生唾を飲み込むような緊張感を感じながら、メイビスが告げるタロットカードの内容をこの耳で聞こうとするレインと、すでに逃走したいレインが頭の中でぶつかる彼だったが、即座にメイビスは言った。

 

『おめでとうござます~♪ “女帝の正位……』

 

「うぎゃああああああああああああ!!!」

 

両耳を押さえて「聞きたくない聞きたくない……」と呪詛の如く、唱え続けながら転がり回るレイン。正直一番心当たりがありそうで、出てきてほしくない内容が来たんじゃないかという恐怖心が彼を追い詰めていく中、メイビスはクスリと小悪魔的な可愛らしい笑みを浮かべて、タロットカードをレインに見せる。そこに書かれているのは優しげな表情の女の人ではなく、魔法陣のように丸い円のなかにたくさんの模様が書かれている歯車のような絵だった。

記憶通りならば、多分それは“運命の輪”のカードである。

そう思っていると……

 

『ふふ、レインさんが慌てているところ、すごく可愛かったですよ?』

 

「嵌められたぁ……」

 

『本当のカードは、“運命の輪の正位置”です。何か良い出会いがあるかもしれませんね、レインさん♪』

 

「……なんかすごく疲れた気がする……。ボク、タロットカードされるの嫌いだよ……ホント……」

 

『なにか、昔あったんですか? 嫌な思い出になるくらいのタロットカード』

 

「ま、まあ……一応。……メイビスも占ってあげようか?」

 

『え……えーっと……遠慮します……(汗)』

 

メイビス用にあげたタロットカードではない同じものをポケットの中から意地悪そうに取り出すレインは、クスクス笑いながらシャッフルしたカードの山から即席で一枚を抜き出して、メイビスを威圧する。

 

「……ヘー、ナルホド~。メイビスッテソウナノカー」

 

『れ、レインさん!? 棒読みですよね、棒読み!?』

 

「ふっふっふ……何かなぁ、メイビス?」

 

『ぐぬぬ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ということがありましたとさ。まあ、さっきまで遊んでたんだよ、友達と」

 

「へえ~」

 

「相変わらず気ままなものだな」

 

「それはさておきだが……何故、レインはナツみたいにならないのだ?」

 

ガタンゴトンと揺れる馬車……ではない何かに乗る五人。エルザに何故か先ほどまでしてきたことを詰問されたためにしぶしぶ話すレイン。それはともかく、今回の作戦に参加することになった《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のメンバーはナツ、ルーシィ、エルザ、グレイ……そして、レイン。

基本的にはいつもの《最強チーム》とやらにレインが加わった感じであるが、多分戦力としては申し分ないではないレベルとなっているだろう。

それはさておきだが、ガタンゴトンと揺れる室内にて滅竜魔導士であるナツは当然のようにぐったりして酔っているが、何故か同じ滅竜魔導士のレインは酔っていなかった。

不思議そうにするルーシィたちにレインは即座になに食わぬ顔で答える。

 

「一応これでも、少しだけ空中に浮いてるけど?」

 

「う、浮いてる~!?」

 

ビックリしたルーシィとグレイ、「なるほど」と頷くエルザ、その横で気持ち悪そうにするナツとは違ってレインは「あれ? そんなに不思議か?」的な顔をしている。

念のためにレインはルーシィたちに自分も普通に馬車などに乗れば、乗り物酔いをすることを先んじて教えておき、その後は眠たそうに欠伸をする。

 

「ところで、今回の相手の《六魔将軍(オラシオン・セイス)》ってどんなんだ?」

 

「確かに。わたしも知らないなぁ…、エルザは?」

 

「まあ、聞いただけだが、少し」

 

「んじゃ、説明した方が良さそうかな?」

 

やっと役割が来たかのように欠伸するのを止めたレインは、ルーシィたちに今回の相手のことを説明する。

 

「《六魔将軍(オラシオン・セイス)》。その名の通り、六人で結成された闇ギルドの主格だ。“バラム同盟”の中では弱いが、様々なやつがいるから注意かな。

それとメンバー全員はコードネーム、つまり偽名だ。それにリーダーである“ブレイン”は確か“古文書(アーカイブ)”とかを使えたと思う。あとは、“エンジェル”が使う星霊。“コブラ”の卷属である毒蛇。“レーサー”ってやつの速さ(スピード)。“ミッドナイト”の使う変な魔法。“ホットアイ”の地面を動かす魔法くらいか。とにかく、“ミッドナイト”以外は基本的にエルザと同レベルかそれ以上か程度だろうと思うよ」

 

簡単に話すレインもそうだが、どうやってこれほどの情報を集めたのか気になるエルザだったが、突然ガタンっと乗っていた乗り物が揺れる。

よくよく見れば、前の方にはゴリラのような敵――以前ナツやルーシィが依頼で倒したようなやつの近縁種――が立ちはだかっており、それも結構多かったことに気がついた。

 

「ちぃっ! またアイツに似たやつか!」

 

「わたしが片付け……!?」

 

すぐにエルザやグレイが迎撃のために飛びだそうとしたのだが、すぐ側から急に物凄い風が吹き抜ける。後ろを振り返れば、レインが姿を消しており、敵を追いかけ回していた。

どうやら暇すぎたせいでストレスか何かが溜まっていたらしい。

 

「とりあえず、みんなは先に行け。ボクがコイツらを狩り潰しておくからさ……!」

 

「な、なんかスイッチ切り替わったみたい…」

 

「分かった! お前も追いかけてこいよ!」

 

グレイがそう叫び、さっさと退散する中、レインは久しぶりに“刀剣”を抜けたことに喜びを感じながら敵であるゴリラたちを見定める。どれもこれも取るに足らないやつだ。

そう頭が判断した途端、すでにゴリラたちには殲滅のレッテルか何かが貼り付けられたようにレインの視界内でターゲットされていた。

それに臆することなく、飛びかかってきたゴリラたち。それを空中で迎撃、すれ違いざまに脇腹を軽く切り裂いて着地した頃には、ゴリラたちはすでに息を絶やしていた。

まさに一瞬のことだが、レインは別に気にすることなく欠伸をしたあとに“刀剣”を縮め、腰のホルダーに入れたあと、本を取って読書しながら歩いていった。

が……敵はそれを“良し”としてくれないらしい。後ろから迫り狂うゴリラたち、端から見れば、厄介すぎるがレインにはどうということがなかった。

ただ一つ、彼ら――とはいえるか、分からないが――「御愁傷様」と小さくレインは呟いたあと、ゴリラたちに殺到していくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、そのころナツたちはすでに目的地である建物に着いていたのだが……。

まあ、過去に出会った者同士が会えば、時々起こるであろうことになっていた。そう……ちょっとしたいざこざである。

すでに両者がそれぞれ構えている状況で、今にも火蓋が切られる間近だったのだが……。

 

「やめい!」

 

という《蛇姫の鱗(ラミア・スケイル)》に所属する“聖十大魔道”のジュラがそれを制止する。なんとか、仲間内での争い事は止められたのだが……。

 

集合場所である、この建物に駆け寄ってくる小さな影。それは段々と大きさを増し、次には完全に人の形を帯びていく。ゆっくりと…、ゆっくりと…、そうやって迫ってきて……

 

「わぁ!?」

 

という可愛らしい悲鳴をあげ、転んだ。それも綺麗に前へと倒れ込む形で。ビタンっという音でも立てそうな転び方をした少女は痛そうにしながらも立ち上がって言う。

 

「あの……。遅れてすみません…、《化け猫の宿(ケット・シェルター)》から来ました、ウェンディです。あの…よろしくお願いします…」

 

華奢で気の弱そうな少女――ウェンディを見つめる一同。その見つめる目は驚きを帯びており、周囲からは「女?」や「女の子?」という声が上がっていく。

そんな中、同じようにこっちに駆け寄ってくる者がいた。リオンのような白銀のコートを着て、読書をしながら前を見ずに歩いてくる少年。

その少年は先程転んだ少女――ウェンディのように……綺麗に転んだ。しかも前にビタンっ!という音を立てながらである。

思いっきり油断していた少年は読書していた本をすぐさまホルダーにしまい、軽く打った鼻を擦りながら立ち上がる。

 

「いてて……。なんかウェンディみたいな転び方したかなぁ…。もしかして何処から見てたりして……、はは、まさか、そんな訳……え?」

 

一人事のようにブツブツ言いながら立ち上がり、前を見て「え?」という声を漏らす少年、彼は先ほどナツたちを行かせるために遅れたレインなのだが、目の前にいたウェンディを見て目を疑っていた。

 

「う、ウェンディ?」

 

「お、お兄ちゃん……」

 

お互いを知っているかのような雰囲気を醸し出す二人とは違い、ナツたちは不思議そうに顔を見合せていた。そんな中、急に目尻から涙を溢れ出させるウェンディ……とレイン。

そして……

 

「ウェンディ!」

 

そう言って目の前にいた少女を抱き締めるレイン。ギュッと抱き締めるレインに抵抗せず、抱き締められたウェンディは嬉しそうに涙を流していく。

小さく弱々しい声で……ウェンディはそっと呟いた。

 

「レインお兄ちゃん……」

 

“運命の輪の正位置”……それが指していたのはレインにとってかけがけのない妹のように過ごしてきた少女との邂逅だった…。

 





はい、一応兄のような存在なので“お兄ちゃん”と呼ぶことにしました。

まあ、ギルドに入れば、“レインさん”で通らせますけどねww

てなわけで、今回からスタートです。“ニルヴァーナ編”!


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不確定因子


いやー、投稿遅れてすいません。体育大会あと、全身の倦怠感と頭痛に悩まされてました。

結構疲れてたんですねーって思いました、はい。まあ、そんなとこです。

そういや、アンケートしてます。きちんと二つともお答えしてくれると嬉しいです。

片方だけだと結構診断するのに時間かかって仕舞いにはアンケート結果ポイしちゃいそうでw

まあ、許してヒヤシン……すいません、ふざけすぎました。



小説や書籍などでは、よくある展開に含まれているだろうと思われる“家族や恋人などの大切な人との再会”。

読んでいるだけでもジーン…と来るような展開に涙を自然と誘われることも時々はあるだろう。もちろん、犯罪者とかは除いてだが。

当然ながら、それが現実に起こっていた場合も涙を自然と誘われることもあるだろう。小説を書いたり、読んだりしている彼女、ルーシィ・ハートフィリアならばそう思うだろう。

まあ、それが実際目の前で起こっていたとしたら……。

 

 

 

「ウェンディ……ごめん、一人にして……」

 

「いいんです……わたしもそこぐらいは…」

 

抱き締め合う兄妹(きょうだい)。二人とも目尻からは涙を流している、ナツやシェリー、他にもエルザや一夜などが感動し、グレイとリオンはともに微笑む。

同じく“トライメンズ”の三人であるヒビキ、イブキ、レンも祝福している。

さて、それはさておき…。二人の関係を一応だが、聞いておかなければならないと思った最中、誰かの声がその場を制す。

それぞれが(くぐ)ってきた入り口の扉から姿を現したのは、白い色の体毛を持ち、服を着ている猫。ごく普通のように喋った猫はナツの相棒であるハッピーと同種だと推測出来た。

 

「ウェンディ、その男は?」

 

「ダメだよ、シャルル。わたしのお兄ちゃんだよ」

 

「へえ~」

 

「(“エクシード”……か。ハッピーと同じ喋る猫+羽が生える可能性アリかな)」

 

腕のなかにいるウェンディを抱き締めている状況ながら、新たに増えた情報を脳内で簡潔に纏めるレイン。それにしても抱き締めた感触で分かったが、ウェンディはあれから結構身長が伸びているらしい。まあ、当然だが、性格も治っていたりするのかなぁ……と思いながらも静かにウェンディ(義理の妹)の頭を撫でておく。

 

「えーっと……、シャルルでいいのかな。よろしく」

 

「ふん……、男と戯れる気はないわ」

 

「シャルル、そんな風に言っちゃダメだよ?」

 

「別に大丈夫だよ、ウェンディ。それにしても……見覚えのある顔が多いなぁ……」

 

シャルルの毒舌?をスルッと避けて、すぐに話を切り換えるレイン。簡単に無視されたシャルルは少々変な感じを覚えたが、それに気にせず、レインは周りを見渡した。

以前エルザやここにいる一夜、さらにはジュラとはギルド同士の食事会で顔を合わせている。つまり、リーダー格は知り合いなのだ、レインは。そんななか、手っ取り早く一夜に声をかける。

 

「久しぶり、一夜。相変わらずみたいだね」

 

「そういう君こそ。相変わらずの腕前だと聞いているよ」

 

「まあ、悪名広げる気なんてサラサラないからね。ボクはボクらしくってことで」

 

とにかく簡単に一夜との挨拶を済ませたあと、すぐにジュラへと向き直り、声をかける。

 

「そっちも久しぶり、ジュラ。とりあえず“聖十大魔道”の面子(メンツ)には馴れた? なんか色々と一癖、二癖あるけどね(笑)」

 

「ふふ、レイン殿も何を言っておるか。貴殿も《楽園の塔》前に“聖十大魔道”の序列5位を受け取っておろう。流石の腕前だ」

 

「あー、そういや、そんなの受け取ってたよ、はは。別に評議院がうるさかったから仕方なくね?」

 

「「「「「聖十!?」」」」」

 

レインが“聖十大魔道”の一人になったことを知らない他のものたちは互いの顔を見たあとに仰天する。でも、納得できることである。

S級魔導士であり、滅竜魔法を使えるラクサスを圧倒的なまでに蹂躙し、さらには滅竜魔導士の特権たる“ドラゴンフォース”。さらに元“聖十大魔道”であるジェラールの“天体魔法”をも楽々と使いこなして見せる実力は、未だにそこが見えていないほどだった。

それはある意味では脅威と成りうる存在であり、今のうちにと評議院は味方にしておきたいほどだったのだろうと伺えたのだ。

当の本人であるレインは別に大したことじゃなさそうにしながら、ウェンディを優しく撫で続けたままである。

そんななか、ウェンディに目をつけた“トライメンズ”の三人は即座に彼女を椅子に座らせ、接待をしようとするが……

 

ガギンッ!?

 

という音を鳴らして、ウェンディを守る防壁が出現、それによって弾かれる。見たところ単純そうな楯だが、どうやら“風”の結界らしかった。

状況が呑み込めていないウェンディの前に立ちはだかるレインの眼は何時にもなく底冷えとしており、本気でキレているかのように見えた。

すると……

 

「さっき、ウェンディを撫でていたときに防壁を張らせてもらった。妹には変な羽虫など近寄らせないからな?」

 

「あわわわわ……」

 

「見ての通り……レイン殿は“シスコン”でな。妹の話を以前していたときに侮辱したらしき魔導士を叩きのめしてしまわれたものだ」

 

「色々と大変だな、ジュラのおっさんも」

 

「どうやらやっと理解したようだな、グレイ」

 

「あ? なんだと、リオン?」

 

「ほぅ……やる気か、グレイ?」

 

「両者、やめい!」

 

なんでだろうか?未だに過去の因縁的なものは解消されていないらしい。特にグレイとリオンの仲の悪さは相変わらずのようだ。

それはともかく、先程からレインは完全にウェンディを守る態勢に入っているらしく、常に警戒したままになっている。

とんでもない“シスコン”である。本人にそんなことを聞けば、即座に切り捨てられるか、吹き飛ばされるだろうかの二択だろう。

……または、よくある展開だが、妹自慢の話を何度も何度も聞かされるパターンじゃないかと考えて、ルーシィは少しだけため息をついた。

それはさておきだ。今回はこのメンバー、総勢13人+猫2匹で作戦を行うことになっている。まずは作戦を聞いておくべきだろう、そう思い、レインはウェンディにかけた防壁を解かないまま、作戦を聞くことにする。

レイン曰く、“ウェンディにかけた防壁は滅竜奥義を使っても破れないらしい”……どこまで妹思いすぎる“シスコン”であろうか?

そんななか、やっとこさ説明するのだろうと思っていた一夜は相変わらずの“パルファム”という言葉を言いながらトイレへと消えてしまった。

……本当に説明する気があったのだろうか?……と思いながらも、取り出した読書用の本を片手にそれを見ているふりをしながら、周りを伺う。

現在ここにいるメンバーの中で、偽物が混ざっているのではないかと考えたからだ。過去に仲間内に偽物がいたために情報が筒抜けになったことがあったため、レインは人間不信なところを治せないでいたりする。

もちろん、すでにウェンディと横にいるシャルルが偽物ではないという確証は得ているので、そっちは安心している。

それにしても滅竜魔導士というのは便利だ。滅竜魔法を覚えたことにより、五感がいくつか強化されている。それを利用すれば、匂いだけで誰が本物かを判別できる。

ここにいるメンバーはほとんど以前に出会っているために、匂いや言動、顔の作りや癖などを見抜いている。とりあえず、現在は偽物がいる訳ではないことを理解した。

 

「(さて……最初はどう仕掛けてくるかな? 楽しませてくれよ……闇ギルド風情が)」

 

結構内心でどす黒いことを考えていたが、すぐさま脳内から追いやった。正直ここで本性に近くなっているこれをばらしてもいいが、ウェンディが怖がりそうなので止めておくことにしたかったからだ。まったく……“■■”も案外便利ではない。

すると、やっとこさ戻ってきた一夜がまたまた格好をつけて説明をしようとライト付きのマットに立つ。しかし……

 

「(この匂い……、アイツじゃないな……。“星霊”か……?)」

 

他の滅竜魔導士であるナツは特に鼻がいいはずだが、今は識別をしていないらしい。油断し過ぎだと言いたかったが、とりあえず泳がせて一気に叩くことを選択する。

そうして一夜――本人に化けた星霊――はナツたち連合軍に作戦を伝えていく。多分筒抜けなので、六魔将軍(オラシオン・セイス)側は対策を練っているだろう。

しかし、先ほど一夜たちが話した情報なのだが……

 

「なんかこの説明聞いたことあるよなぁ……」

 

「ん? そういや、そうだな。レインが移動中に話してたやつじゃねえか?」

 

「あれ? そういえば、そんな気が……」

 

「ああ、確かにレインが話していたものそのものだな」

 

「なんですとぉ!?」

 

「「「せ、先生!?」」」

 

あまりのことにプライド的な何かを粉々にされたらしき一夜は部屋の隅でいじけ始める。それを部下である“トライメンズ”の三人が励ましているが、正直あの三人の中で“古文書(アーカイブ)”を使っていたヒビキという男の方がショックだろう。

……それにしても先ほどからナツたちがまたもやボクの情報網を怪しんでいる気がするのは何故だろうか?……とそう思ってきてしまいそうだ。

しかし流石はナツだと思える行動が行われた。彼はいつも通りのポーズを取って口癖たる「燃えてきたぞ……!」を言った途端にドアを突き破って何処かに消えてしまった。

なんとも単純かつ単細胞……と言いたくなったが、変な突っかかりを受けたくないので口を閉じておく。あれが噂に聞く戦闘狂(バトルマニア)なのか……とも思ったのは内緒である。

まあ、当然だが他のものたちも追いかけていく。ナツの行動にあきれ果てたエルザとグレイは少々愚痴り、渋々ルーシィも追いかける。

そんな三人に負けじと《蛇姫の鱗(ラミア・スケイル)》のリオンとシェリーも追いかけ、そのあとを《青い天馬(ブルーペガサス)》のトライメンズ三人が追いかけていく。

そんな彼らに呆れながらジュラが追いかけようとするなかで、ボクは彼を制した。不思議に思う彼にボクは……

 

「ジュラ、トイレにいる一夜を迎えにいってくるかな?」

 

「なに? 一夜殿ならここにいるではないか?」

 

「そうだぞ、レイン君。わたしはちゃんとここに」

 

ずいっと前に出てきて弁論する一夜。レインはそれを無慈悲に右手で顔面を掴んで握り潰した。狂気染みたその行動に目を疑うジュラだったが、すぐさま突然ボフンっ!という音とともに煙が一夜から吹き出て、気がつけばそこには二体の人形のような何かが倒れていた。

 

「まったく……ジュラも油断しすぎた。さっきまでの一夜は“六魔”どもの星霊だ。本物はどうせトイレでブルボッコにでもされて、気絶してるはずだ。ジュラ、起こしてきてくれ」

 

「わ、分かった。そちらも気を付けるのだぞ」

 

「はいはい、結構ボクは疑い深いからご安心を。さて……そろそろ出てこいよ、“六魔”のエンジェル?」

 

そう言うと後ろの草むらから一人の女性が姿を現した。中々に特徴のある寝癖のような髪。少々胸が見えている服装。変に人を見下したような態度。片手にもつ黄金の鍵。

“六魔将軍”の一人である“相手の心を読むという女”エンジェルだ。

余裕を見せ続けそうな表情をしていた彼女は、少々嫌な顔をしてレインに言った。

 

「なんで分かったんだゾ?」

 

「いやー、本人に言ったら失礼なんだけどさ、アイツいつも香水臭いんだ。それなのに香水の匂いがいつもよりも匂わない、さらに別の何かの匂いがしたからな。作戦聞く前から怪しいと思ってた。まあ、泳がせて1VS1になるのを待ってたって訳だ」

 

「ふ~ん、気に入らないゾ」

 

「気に入って貰う筋合い無いな、闇ギルドの頭の一角風情には」

 

わざと挑発をしかけるレインに嫌気が差したか……あるいは気を悪くしたか、エンジェルは即座に別の星霊を呼び出す。

次に呼び出したのは何とも機械的な小型の星霊で、こちらに向いた目らしきところはどうみてもレーザービーム的な光線が放てそうに見えた。

なんとも言えないくらい……あれだ、妙にお腹が空いているせいか形がメロンに見えてくる気がした。とにかく丸い……それだけである。

 

「アイツを殺すんだゾ!」

 

そう命令する彼女通りに動き、光線を放つ機械型の星霊。飛び交う光線が後ろの建物に損傷を増やしていくが、肝心のレインにはかすりすらしない。

そして……

 

めしゃぁ!!!

 

という機械がぶつれたような音とともに星霊は吹き飛び、姿を消していく。あまりのことに驚く彼女にレインは小さく呟く。

 

「……つまらない。もう少し楽しませてくれると思ったんだけどなぁ……」

 

「な、なんてヤツだゾ……」

 

少しずつ後ずさるエンジェルを片目で睨みながら、静かにレインは魔力を高めていく。少しずつながらも地面が少しずつ恐怖するかのように揺れを増していくなか……、レインは言った。

 

「ああ……、久々に手応えのある仕事かと思えば、この程度か……。ガッカリさせないでくれよ、“六魔将軍”共。六人の“魔”……なんだろ? なんなら本当の“魔”ってやつを見せてやろうか? さあて……どこまで()()を楽しませてくれんだ? ()()()()()()()()()()()よ……」

 

底冷えする彼の声は、彼女に一抹の恐怖の芽を孵化させる……。

そして……始まった、妖精と蛇姫、天馬と化猫たちによる六魔狩りが……。

 





はい、いつもながら意味深なとこ残してますww

さて、次の投稿は出来るだけ早くしますんで、ご安心を……。

え?ウェンディは連れ去られるのかって?

HAっHAっHA~、当然……連れ去られます。はい(涙)


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六魔狩り


はい、なんとか出来ましたね(笑)

今回レインが暴走するので気を付けてくださいな。

まあ、あるヤツを思い出して自分でセーフティかけて止まりますがww



……完敗だった。それ以外の何者でもない、そんな気持ち。己の力は全くと言って良いほどに届かず、ただこちらがやられるだけやられただけに過ぎない。

主力たる三人のジュラ、エルザ、一夜のうち、何故か二人が来ない。それもそうだろう、すでに片方の一夜はトイレで気絶し、ジュラはそれを迎えにいったのだから。

しかし、こちらの彼らはそれを知らない。さらにはエルザ以上の実力を持っているはずのレインすらも来ない。

その上にこちらの作戦はすでに相手側たる六魔将軍たちには伝わり、それを逆に利用されてこの有り様だ。戦えないウェンディとシャルル、それにハッピー以外は全員が敗北した。

それが今の連合軍の有り様だ。なんとも空しく、ただ出てきて速攻でやられただけの出オチでしかない。

そして目の前では彼ら六魔将軍のリーダーたるブレインが止めを指さんとしていた。一同はただ思う。「ここまでか……」、あるいは「畜生……」のどちらかだ。

たった5人にやられた10人の妖精と蛇姫、天馬と化猫。ただ這いつくばる他ならなかった。終わりを迎える光の者たち、ただ誤算が一つだけあった。

そこに“天空の巫女”がいたということだ。ブレインはニヤリと悪趣味な笑いを浮かべ、その少女を連れ去った。……ついでに青猫一匹も。

用が済んだらしき彼ら六魔将軍。ブレインは今度こそナツたち連合軍へ止めの一撃を見舞おうとした。――だが、その時は来なかった。

となりの草むらからボロボロの状態で現れた六魔将軍の一人、エンジェル。すでに満身創痍の彼女の姿はブレインたちに衝撃をもたらした。

そして……彼女が姿を現した草むらから突然の暴風が襲い狂う。突然のことだったが、避けきった彼らの前に姿を現したのは血のように紅く染めた眼を見せる銀髪の少年。

感情が(たかぶ)り、その両手は常に風の魔法が纏わりつき、その両足は地面を砕き割っていく。“地を砕き、海を割り、天を貫く”……まさにそれを思わせるその姿はドラゴンそのもののように見えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだこの有り様。ナツ、グレイ、ルーシィ、エルザ。お前らその程度か?」

 

そう仲間すら見下すかのように冷たく冷酷な声がレインの口から発せられる。それにカチンと来たらしきナツとグレイは突っかかろうとしたが、あることに気がついた。

自分たちの知らない魔力の強大さ、微かだが地面が揺れているということ、その二つにだ。そのあと二人は無意識に身体が震えていることに気がついた。

それからすぐに理解する。目の前にいるレイン(魔導士)がどれほど強大な力を持ち、それを遺憾なく発揮させようとしていたことに。

あまりの魔力の強大さは馴れぬ彼らを震え上がらせた。微かに……しかし、目に見えそうなぐらいの気配と信念。それが創り出すのはドラゴンそのものかのような幻影。

すると、レインは再び口を開く。

 

「お前ら……ウェンディをどこにやった?」

 

ただそれだけしか言っていないのにナツたちの身体には途方もないプレッシャーが突き刺さり、身体の震えが増していく。そんな中で、エルザが苦しげに言った。

 

「そこに…いる…ブレインに…ウェンディは…」

 

「……へぇ、そうか…」

 

それだけが伝わっただけなのにレインはもう聞く気がないようにブレインたちに向き直る。小さく何かを呟いているが、その場にいる誰にも聞こえない。

すると、レインはクスクスと笑い始める。狂ったのか……そう思われてしまいそうなくらいにだ。しかし、すぐに笑いは溶けるように消えていった。

だが、笑いが消えた途端、空気の流れは明らかに変化した。冷たく冷酷に、肌に突き刺さるような緊張感だけの空気に。

そして……レインは呟いた。

 

「……六魔共、ちょっとした忠告だ……、きちんと聞いておけ」

 

「あ?」

 

そう挑発するように声を出したコブラ。だが……彼の視界はたった一瞬のうちに反転する。気がつけば、彼は宙を舞っており、すぐに激痛が彼の肉体を襲った。

 

「ぐぉ!?」

 

「……今すぐにウェンディを解放しろ」

 

「コブラ!?」

 

仲間かどうかは分からないが、レーサーが宙を舞った後に地面に激突したコブラの名を叫んだ。しかし、そのあとに彼もまた宙を舞っているうちに激痛に襲われる。

たった一瞬過ぎて目にすら追えない速さで彼らは吹き飛ばされる。またレインは彼らに呼び掛けた。

 

「……妹を解放しろ」

 

「どうやら先程の者共よりはやるようだな? まあ、よい。小娘を返す気はない。計画に必要なのでな」

 

「……そうか、ならさ……ここで()()か?」

 

それだけを言い終わったあと、レインは六魔将軍たちの方へと駆け出した。すぐさま迎撃に当たろうとホットアイや復活したコブラとレーサー、さらにはエンジェルも攻撃に移る。

しかし……全く掠りすらしない。瞳を閉じたまま、レインは踊るようにのらりくらりと避け続ける。「これでもか!」と言わんばかりのコブラとレーサーによる同時攻撃がレインを襲うが、彼ら指先だけで防ぎきり、静かに血のように紅くなった瞳を開けたあと、二人の頭がガッシリと逃がさぬと言わんばかりに掴み……

 

「天竜の翼撃……!」

 

滅竜魔法による剛撃と共に投げ捨てる。無惨に吹き飛ばされ、喘ぐ二人を嘲笑うように見てから、また駆け出した。その道中に地面が沼のようにレインの足を飲み込んで行くが、彼は気にせず、前へ前へと進む。

それに腹が立ったのか、魔法の威力を高めてレインを襲撃しようとするホットアイ。だが、レインはそれすらも動じず、片手を地面に触れさせ……

 

魔法解除(スペル・キャンセル)

 

とだけ呟いてホットアイの魔法を破壊した。解除されたことにより、少し仰け反るホットアイだったが、次の瞬間には自らの視界がレインの右手によって隠され、すぐに投げ飛ばされる。

それも先程、コブラとレーサーを投げ飛ばした同じ魔法、“天竜の翼撃”でだ。

それからもエンジェルの攻撃を指先だけで弾き、また同じように投げ飛ばすだけ。

完全に舐められている……それに気がつき、彼らは頭に血が昇るが一向に一撃すら与えられていない。

攻撃がレインに当たる……そんなものはあくまで幻想であり、叶わぬ夢の一端でしかないことをこの場にいる彼らたちは悟った。

目の前にいるのは、ただの殺戮者の如き()()()()()()()持たんとする化け物だ。

それを理解すれば、たちまち見たものは恐怖し、襲われた者たちは命乞いする以外の道を絶たれるだろう。それこそが、真の意味での滅竜魔導士なのかもしれない。

しかし、それは……過去に起こった過ちでしかない。それは偽りの後継者たるヤツが歩み、刻んだ過去だ。それを真似る者なら自分はただの親不孝者でしかない。

それに気がつくと……レインは静けさの中で小さく呟いていた。

 

「……またか。……またボクはヤツと同じ道を歩みかけていたのか……」

 

そう呟いたあと、片手で引きずり回していたブレインを離し、身体に纏わせていた魔力の鎧のような気配を解放した。周りに散っていく魔力は、すぐさま空気に溶けるように消えていき、レインはブレインを掴んでいた片手をいつも読んでいた本に持ち直した。

 

「ったく……キレたら口が悪くなる癖治さないとな……んで、六魔共、ウェンディ返してくれ、さっさと」

 

「……かかったなぁ!!!」

 

怯えていたように見えていたブレインは即座に杖をレインの腹辺りに突き付け……

 

常闇回旋曲(ダークロンド)!!!」

 

強力な怨念の塊たる光線をレインにゼロ距離で命中させた。当然至近距離でくらったレインは空高く吹き飛び、そのまま崖の下へと落下していった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――◆―――◇―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――君は逃げろ!! その子を連れて早く遠くに逃げるんだ!!!――

 

――そ、それじゃあ、貴方が…!!!――

 

――オレのことは構うな!! なあに、ヤツらを片付けたら君たちを迎えに行く!!――

 

――分かりました…、また会いましょう、■■■さん!!!――

 

――ああ、約束だ。また会えたら靴をプレゼントさせてもらうよ、■■■■!!!――

 

遠い過去の記憶。途方もないくらい絶望的な状況で誰か分からない少年はその少女と約束を契った。少女はかつて自分を罵った少女を連れて逃げることを選んだ。

自分を唯一差別なく見て、褒めて、ともに笑ってくれた少年を見捨ててでも。

しかし、それは少年が少女に願ったからだ、自分を見捨て自分たちだけ生き残る努力をしてほしいと。

だから少女は一生懸命に逃げていった。またいつかともに笑って、食べて、寝て、一緒に居てくれると信じて。

だが、少年は防戦虚しくも心臓を何本もの槍や剣で貫かれた。血を吐き、震える腕で立ち上がろうとした。意識が掠れる中、少年は最期の時まで命を散らしていくように戦った。

自分たちに勝機がほとんど無くても必死で戦い、敵の攻撃をフラフラな足腰でなんとか避け、敵の眼を潰し、敵の耳を引き千切り、敵の腕を切り裂き、敵の(はらわた)を破り捨てた。動くたびに血が口から溢れ出て、口のなかが血の味で染まる。

無理に動いたせいで眼からも血が垂れ、鼻からは鮮血が溢れ落ちる。

意識がドンドン霞んでしまう。感覚が次々に薄れ、消え去っていく。“約束”だけが少年を“生”に縛り付ける。生きることを諦めない、死ぬことを拒み、少女ともう一度笑うために戦い続けようとした。

それでも……神は少年を見捨てた。意識は掠れていないというのに身体は意識に着いていかなかった。心臓がゆっくり止まる……その瞬間までの音が聞こえるかのように。

そんな中……少年の目の前に一冊のボロボロの本が落ちてきた。書かれた表紙の字すら見えなく、それが何なのかも分からないほどに。

だが少年はそれが何なのかをすぐに悟った。これはあの本だ……そう思った。

そして、少年はそれを開き……己の血を本へと滴らせ、強引に本を破り捨てて喰い始めた。

体内に入っていくただの本のはずのモノが少年の身体を壊し、次々と構築し直していく。自分が壊れ、意識や記憶が別のものに書き変わってしまうような感覚を感じた。

それでも少年は喰い尽くさんとした。己がどうなろうと知ったことではない。ただ約束だけを果たそうと……それだけのために。

そして少年は“■■”となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――◆―――◇―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

崖の下にある小さな――と言っても人間の身長からしてはとんでもなく大きな――泉のそば、腹のある辺りだけ破けた服を着た少年はゆっくりと目蓋を開けた。

眩しい光が眼球の奥を釘で叩いたようなつんざく痛みが襲う。それに顔を一瞬だけしかめたあと、腹の辺りを触る。

傷ひとつすらない自分自身の腹。元からそこは()()()()()()()()()ようにも見える。

「相変わらずの化け物みたいな身体だなぁ……」と自分を罵るように愚痴る。

すぐさま起き上がり、周りを見渡す。どうみても森だ、まあ、当然森でしかないだろう。だってここ周辺は全部森と崖の二択しかない場所だ。ちょーっと遠いところに泉ではなく湖があったが……。

どうやら先程の一撃で本はボロボロらしい。心の中で「まだ読み終わってなかったんだけどなぁ……」と思う。

さて……

 

「……不意討ちか。まあ、相手を殺せてなんぼだよな。不意討ちって……死んでねーよ、オレ……。また口調悪くなってるなぁ……。それにしてもさっきの光景……天狼島か?」

 

そう言いながら眼を覚ます前に浮かび上がっていた記憶の一端を思い出そうとする。まあ、案の定……というより毎回恒例ともいえる「思い出せないZE☆」がやってくれる訳だ。

相変わらず失った記憶の一部が妙に意味深さを残すから気持ち悪い。そう思いながら、一つだけ思い出した。

 

「……元の一人称ってもしかして“オレ”だったのかなぁ……? そういや、“ボク”っていつから使い始めたんだ……?」

 

今ごろになって不思議になってきた。メイビスと話している時はいつも“ボク”だったが、なんだか違和感を感じていた気がする。それに、メイビス同様にずっと裸足だった少女……これが誰なのか……と言うことも気になった。

それに“天狼島”での出来事。それが妙に頭の中でフラッシュバックしてくるような……気がした。実際は欠片ほど思い出せなくなっている。

まあいつも通りのことである。そう思いながら、レインは右手を強めに握ったあと、力を抜き、呟く。

 

「さて……義理の妹(ウェンディ)助けに行くか……ついでに六魔狩りも」

 

そうして彼は再び歩き始める。大切な妹を助けにいくために……。

 





ワー、マタ伏線張ッチャッター(笑)

マタ読者ノ方々ガ悩ンジャウヨー、レインノ正体トカ(笑)

まあ、バレてると思いますがねww

さて、次回はどうしようかなぁ~。さきにSAO投稿しようかなぁー……まあ後々。

そういや、アンケートの方、二つとも答えてくれました?片方だけはちょっと…(汗)

結構自分だと悩んだりするんでww


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反転の輝き


えーっと、今回タグが増えてしまいそうな回です、はい。

まあ、暖かい目で見てください。



まったく……なんでこうも面倒なことばかり起こるのだろうか?

六魔の一人を圧倒し、さっさと本陣叩きにいこうかと思えば、大切な妹のような存在たるウェンディが拐われる。

そんでもって気がつけば、ボクは暴走しており、その間の記憶が曖昧になりかかっている。

分かるのは結構なぐらいで暴れたのと、途中で自意識を取り戻したせいで不意討ち食らって崖の下にまっ逆さまということだけだ。

それどころか敵には逃げられてしまっているだろうという始末だ。本当に手を抜きすぎたような気がして、手を抜きすぎた自分に呆れ果ててしまいそうだと思うだけ。

それにしても先程からの違和感はなんなのだろうか?先程浮かび上がっていた誰かすら分からない少年が頭に時折ちらつく。

もしかしたら天狼島でその少年が喰らった謎の本。それが少年にもたらしたのはなんなのだろう……そんな疑問が込み上げるなかで、なんだか()()()()()()()()()気がする。

本当にもしかしてだが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?……そう思ってしまうほどに。

 

「……一体、ボクは()()()()()()()()()()()()()()()()……!?」

 

確かにそうだ。メイビスと共に魔導士ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》を設立し、あの街を取り戻すためにあの未完成の魔法を発動させ、メイビスと同じく呪われた。それでもボクとメイビスはそれを知るまでは身体が成長しないことなんか気にせず、ただみんなと日々を歩んできたはずだ。

それでもメイビスと初めて会ったあの日までの記憶が全く無い……。

それ以降の記憶はあるというのに、それよりも前の……以前の記憶が欠片ほども残っていない……そんな空虚感にレインは苛まれた。

そんな中、聞き覚えのある声が頭――正確には心か何か――に響いてきた。

 

『レイン君、きこえてるかい!?』

 

なんだか聞き覚えのある声だった。しかし喉元まで出掛かっているのに出てこない。必死に思い出そうとしていると相手から名乗ってくれた。

 

『ぼくは《青い天馬(ブルーペガサス)》のヒビキだ。聞こえたら返事してくれ!』

 

「天馬の……ああ、聞こえてるよ」

 

『良かった、さっきナツ君も応答してくれたんだ。聞いてくれ! ナツ君がウェンディちゃんを発見し、救出した』

 

「え……ほ、本当なのか……」

 

あまりのことに声が掠れ、目尻が少しずつ熱くなってくる。大切な妹のような存在たるウェンディが連れ去られてから先程の悩みとともに自分を苦しめていたことの一つだったことが、仲間のナツによって救出されたと聞き、ウェンディが無事という事実がレインの嬉しさが込み上げさせた。

謂わば、レインにとってウェンディは“目に入れても痛くない”というレベルだ。完全にシスコンである。……いや違う、ただのシスコンではない。“ド”シスコンである。

別の言い方をすれば、極まったシスコンだろう……多分、きっと、おそらく……。

ジーンときていたレインに突然頭の上に謎のマークのようなアイコンが姿を現し、ロード中と示されていた。

すぐにロードは完了し、その直後頭の中にヒビキたちとの合流地点までの地図が表記される。

どうやらそこにナツもむかっているらしい。つまりウェンディがそこに現れるということだ。

それだけなのに……嬉しくて仕方がない。その高揚感が先程までの不安を打ち消してくれる。

しかし……

 

――■■■■、オレに■■を■■! ■■が!!――

 

「!?」

 

何かが胸の奥から甦ってくるかのように激しい痛みが沸き上がった。何かが自分の心臓を鷲掴みにし、何かを要求し続けているような感覚がレインを襲う。

どっと噴き出す脂汗が額から顎の辺りまで伝っていく。荒々しい呼吸が何回か続き、心臓が強く何度も大きな音をたてながら鼓動を鳴らしているのすら、聞こえるかのようにだ。

それに微かに感じる自分ではない誰かの存在……、必死に記憶がそれの正体を探しだそうとしているが、全く思い当たる場所が……

そう思ってから、あることが思い当たってしまった。先程から浮かんできた謎の少年と少女の記憶。最終的に少年が謎の本を喰らっていた記憶だ。

それに気がついてしまった途端……レインは何かに吸い込まれていくような感覚を感じた。抗っても抗えぬ力に吸い込まれ、消えてしまうような感覚に。

しばらくの間、レインの中で何かとレインが争いあっていたのかもしれないと思えるほどに彼は地面に転げ回り、苦しがっていた。

呻き声が一人寂しく森の中で響き、それから荒々しい呼吸が聞こえ、途絶える。

ゆっくりとノロノロ……いや、足がフラフラとしており、足元がおぼついていないようだったが、まっすぐに立ち上がるとともに、彼は口を開いた。

そして……言う。

 

「……やっと身体を返してもらったぞ……!! 化け物が……!!!」

 

そう言った彼の姿はいつもの彼ではなかった。いつもの銀色の髪の毛は淡い金色に輝いていて、瞳の色でさえ今は血のように紅い色を輝かせていた。

右手の甲の金色の紋章はさらに強く輝き、左手の甲にも見たことがない紋章が姿を現し、輝きを増していた。

そこに輝いていたのは遠の昔に闇ギルドによって消滅させられた天狼島にあったというギルド《赤い蜥蜴(レッドリザード)》だった。

その紋章を見てから彼は小さく鼻で笑ってから右手の紋章を優しく撫でる。なんだか懐かしい感覚がしたのか……それとも……。

そんななか、彼は眩しく輝く大空を眺めてから呟く。

 

「やっと……やっと約束、守れそうだ、()()()()。オレも約束を守りきったからな……」

 

いつもの彼らしかぬ一人称である「オレ」を使い、さらには雰囲気が完全に違う。そうすらも伺えそうな様子で彼は頭に浮かんだ地図に従い、合流ポイントへと向かい始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……揺らしすぎだろ、ナツ」

 

「ん? そうか? それよりも……起きてくれ、ウェンディ!!」

 

「どう考えても揺らしすぎだろ、ナツ。普通に肩をポンポンって」

 

「あ、あんた……本当にレインなの?」

 

「ん? お前こそ、誰だよ?」

 

「え……」

 

あのあと、“彼”はナツたちと合流し、ともにヒビキとルーシィの元へと辿り着いたのだが、手荒く起こすナツを咎めながらも、いつものレインならば怒るか、最悪ボコボコにしに行くようなことを黙認するかのような彼。

それを不思議に思ったルーシィが尋ねたが、彼は……ルーシィのことを覚えていなかった。……いや、元から知っていないような雰囲気の間違いだろう、きっと。

そんな彼にやっと不思議に思ったナツも尋ねた、すると……

 

「オレの名前はレイン、レイン・()()()()()()()だ。なんか可笑しいか?」

 

「えええ!!!」

 

「な、何言ってんだ、お前……」

 

驚きを隠せないルーシィはさておき、ナツは心底驚いていた。今までのレインとは全く雰囲気が違う上に、違う名前を言い放ったのだ。

いつもの彼ならば、ウェンディを真っ先に庇ったりするんではないのかと思えるぐらいに――と言っても、さっきの集合場所で見たことそのままなら――だが、今の彼はウェンディのことを一応気遣ってはいるが、いつも以上ではなかったし、“アルバースト”の姓を名乗らなかった。そんな今のレインに不思議がるナツとルーシィ、それを見ているヒビキ。

そんななか、小さな呻き声――というよりは弱々しい声が漏れたと言うべきか――が聞こえ、その場にいる者は反射的に振り向いた。

 

「……みなさん……? わたし……」

 

「ウェンディ!」

 

「ウェンディ、大丈夫?」

 

「ウェンディちゃん、怪我はないかい?」

 

「……………」

 

黙ったまま何も言わないレイン。それに不思議がったウェンディだが、咄嗟に全員と距離を取って泣き出す。

 

「ごめん…なさい…みなさん…わたし…ジェラールを…」

 

「ウェンディ…」

 

「ジェラールって…あの…!?」

 

“ジェラール”という名前に驚くルーシィとその他――ナツとレイン以外――だったが、静かにウェンディに近づいたレインにも驚いていた。

今のレインはいつものレインではないことはウェンディも悟っただろう。そんな彼が自ら……そう思っていた時、小さな声が聞こえた。

 

「ミスか何かおかしたなら後で謝ればいい。だが……、そのミス程度ぐらいなら取り返せ、今の瞬間にお前の力を貸して欲しがっているヤツがいるだろ、そっちを先にしたらどうだ?」

 

「え……あ、はい!!」

 

いつものレインとは違っていたが、何故かその時のウェンディには励まされたように感じた。それもいつもの彼よりも何だか……よりお兄ちゃんらしく見えたような気がして……。

それに気がつけていたのかどうかは定かではないが、ウェンディはせかせかと、苦しむエルザに近づくや否や手を(かざ)す。

すると、優しげな青白い光がエルザの上で輝き、徐々にその光はエルザの毒を駆逐していき、彼女の表情は少しずつだが強ばりが消えていっていた。

しばらくした頃には解毒が完全に終了し、ウェンディは額を軽く拭うとその場を立ってナツちちに知らせた。

 

「解毒は済みました。あの……すぐには起きないかもですけど……もう大丈夫だと思います」

 

「サンキューな、ウェンディ」

 

「うん、ありがとう、ウェンディ」

 

「確かに。これだったら大丈夫そうだ」

 

「近すぎ!!」

 

エルザの額にくっつきそうなぐらいに近づき、馬乗りしかかっていたヒビキにツッコミを入れるルーシィ。ナツもエルザが大丈夫だと分かると安心した様子を見せ、ウェンディも良かった…と胸を撫で下ろした。

すると、レインはウェンディのとなりに立つと、少しだけしゃがみ……

 

「よくやった。頑張ったな、ウェンディ」

 

「あ……は、はい……」

 

優しげな表情を浮かべ、治癒を施したウェンディの頭を撫で、褒める。それが少し恥ずかしかったのか……果てはいつものレインではないけれど、なんだがお兄ちゃんらしく見えたのか……そんなレインに撫でられたことにウェンディは少し頬を赤く紅潮させる。

何故か雰囲気は違うというのに、昔からこの人と過ごしてきたような……そんな雰囲気を感じる、そう思ったウェンディ。

そんなウェンディを見て、シャルルは少し「フン…」と言った顔をしていたが、何故かそんなウェンディに優しげな目を向けていた。

 

「さて…と。なんか聞きたそうだな、お前ら。答えるから質問どうぞ」

 

「そ、それじゃあ……ひ、一つだけ良いですか?」

 

ウェンディがまだ緊張か何かが溶けきれないのか固さが残っていたが、なんとか声を出してレインに尋ねる。

レインはそれに頷き、質問を催促した。

 

「あの……いつものお兄ちゃんですか?」

 

「あー……、なんて言えばいいか……。君知っているレインではないことは確かだ。だが、君のことは覚えている、なんだか不思議と違和感がない気がするよ」

 

「そう……ですか……。でも、なんでわたしのことを?」

 

「さあな、でも……もう一人のオレが大切に思ってたんだろうなぁ。まあ、それはそれでいいと思う。それにしても……この紋章はなんだ?」

 

レインは右手の甲にある金色の紋章をナツたちに向けて見せた。ウェンディやナツたちが首を傾げ、変な顔をするが、ここにいるレインには分からなかった。

 

「これ、なんだ?」

 

「お前…なに言ってんだ? 俺たちのギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》の紋章だろうが」

 

「《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》? なんだ、それ。誰が建てたギルドだ?」

 

そう言ったレイン、しかし、突然レインは頭を押さえて呻き声を漏らした。記憶として浮かび上がり……脳内で形と化した。

 

――ほら、レインさんも一緒に写真撮りましょうよ♪ほ~ら、早く~♪――

 

――分かった、分かったって。ホントにせっかちだなぁ、メイビスは――

 

「う……ぁ……メイ…ビス……?」

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

「おい、大丈夫か、レイン!!」

 

「大丈夫、レイン!!」

 

「大丈夫かい、レイン君!!」

 

「……メイ…ビス…君なの…か……う…ぁ…頭…が…割れ…る……」

 

そう呟いた途端、レインは静かに倒れ付してしまった……。

その場にいるウェンディたちには謎を残して……。

 





えーっと、はい。前回に伏線張ってたのを回収しました。さて、次回は例の光が…!!

ってヤツです、まあ、執筆レベルを上げてがんばります、はい。

では、次回も読んでくれると嬉しいです。


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お前にできること


さて、今回は前回の謎伏線回収しまーす。

これでしばらくは伏線回収は……た、多分ないかな?



真っ白でなにもない世界。そんな世界にオレはいた。果てしなく続く真っ白でなにもない世界にはオレ以外の存在がいるとは思えなかった。

――いや、気配というものが感じられなかった。ここには自分しかいないのだと、そう教えられるよりも先に本能的に理解した。

そんな中、オレの目の前に真っ黒な塊が出現した。塊……いや、あれは一冊のボロボロになった本だ。そう思った途端、その黒き本は形を変え、人のような形を作り始めた。

みるみるそれは見覚えのある形を作っていき……、小さな自分と身長が変わらない少女の姿を作り出し、閉じていた目蓋を開け、笑った。

 

『どうかしましたか? レインさん』

 

「てめぇ、メイビスの姿を今すぐに止めろ。その身体ごと滅ぼすぞ…!!」

 

そうレインが目の前にいるメイビスの身体をした何かに威嚇すると、相手はクスリと笑ってみせ、それからすぐに声の質を変えて話す。

 

『ふふ、そうかい? 君にそれが出来るのかい? レイン。君にとってこの少女は言わば……』

 

そう“何か”がいいかけたところでレインはとんでもないスピードで光速移動し、メイビスの身体をしたソイツの左脇腹に拳をぶつけ、吹き飛ばした。

ソイツはヨロヨロとしながらも、すぐに立ち上がり、吹き飛ばされた左脇腹をサスサスと撫でながら、クスリと笑い、次の瞬間にはそこは回復していた。

傷や抉られた場所など無かったように、綺麗サッパリと。

 

『痛いじゃないか? まさか堂々と殴りに来るとはねぇ、感心したよ』

 

「てめぇが変なこと言おうとしたからな。口封じしようとしただけだ」

 

『ふふ、そうかい? いやぁ、こちらとしたら君の隠し事を暴露してあげようとしただけさ。秘密と言うのはバレたら、そこで役目を終え、価値を無くすものだからねぇ』

 

「悪趣味なヤツだな、てめぇ。オレから身体を奪った上に別の人格を構成しやがって……。好き放題してくれたな」

 

『そう言っても、実はあのウェンディって娘には特別な何かを抱き、隠してるんじゃないのかな? まるで昔のメイビ……』

 

「黙れ!!」

 

『おやおや、どうやら君の弱点(ウィークポイント)は《妖精軍師》と称されたあの少女なのか……、ふふ…本当に興味深いよ、人間ってね』

 

「ふざけたことを言いやがって、てめぇに頼ったオレが馬鹿みたいだ!!」

 

そう言ってレインはすぐさまソイツに背を向けて歩き始めた。しかし、ソイツはレインに向かってこう言う。

 

『そうかい? 頼らなかったら君……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んだたよ? あの場所で大切な約束一つ叶えることすら出来ずに……ね?』

 

「チッ……」

 

レインは鬱陶しそうな雰囲気を醸し出しながら舌打ちする。確かにそうだ、あそこでアレを喰らってなければ、今頃は天狼島の地面――森林などの苗床――になっていたかもしれない。――いや、なっていただろう。アレからすでに100年経っているのだ。事実、あの場で死んでしまっていれば、ここまで延命されることなど無かっただろう。

そう思うと、少々反論出来なくてイライラする。『助けてもらって、それは無いだろう?』と言われ、言い伏せられるだけだ。

 

「……それで、何のようだ」

 

『簡単さ。このまま身体を貰おうと思ってね、今度は二度と出てこられないようにさ♪』

 

「本当に悪趣味だな、てめぇらは」

 

『おいおい、人聞きが悪いなぁ~、契約でもするかのように近づいてきたのは君だろ? 人間の癖してさ』

 

「そう言って……オレがいなけりゃ、ボロ雑巾の如く燃え尽きてたヤツがよく言うぜ。なぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()さんよ。それも()()()()()()()E()N()D()を作るための実験の使い捨てにされた下等()()風情が」

 

『……よく調べたね、そのこと』

 

オレがこのことを知ったのは結構前のことになる。ある場所にて、オレはゼレフ書最凶の悪魔ENDが創造され、造り出された場所での痕跡全てをもう一人の人格として目の前の悪魔に作られたオレを通して見ていた。

そこには数々のゼレフ書の悪魔や何かしらの研究成果が散らばっており、しまいには《Rシステム》や《エクリプス》のことが書かれた書物すらをも見つけた。

そして、その情報は今日までオレは覚え続け、今の瞬間に使うための切り札として温存していた。その中の一つが、先程のことだ。

 

「一言言わせて貰えば、お前もその程度だったって訳だ」

 

『なにを言う、我はその程度なんかでは……』

 

「言っておくが、オレがずっと大人しくしてた訳じゃない。オレが一旦身体を取り戻した理由、分かるか?」

 

そう言った途端、真っ白な世界に突然無数のヒビが入っていく。空からは眩しすぎるほどの金色の輝き、地面からは目を奪われてしまいそうなくらいに澄んだ上に綺麗すぎるほどの蒼色が木漏れ日のように輝き始めていた。

その光たちはたちまち目の前にいる悪魔を苦しめ、次々に光の鎖として繋いでいく。動きを奪われ、身体に深々と刺さりに刺さった鎖は悪魔に精神的苦痛と意識阻害をもたらしていく。

 

『き……さま……我を……我をどう……する気だ……』

 

「簡単だ、喰い殺してやる。オレの身体で好き勝手やるお前(病原菌)なんか白血球(オレ)が喰い殺してやるまでだ。もちろん、オレは身体を取り戻すから安心してろ、お前の存在なんか誰だって忘れてくるさ、もちろん……お前を造ったゼレフにもな」

 

『止せ……やめろぉ……我は……我はッ……我はッ!!!』

 

「失せろ、お前なんかに用はない。オレは一人の魔導士だ」

 

その瞬間、繋がれた悪魔の首筋からは鮮血が止めどなく(ほとばし)り、力なく前方にあるヒビ割れた地面に倒れ伏し、身体は目映い輝きに包まれていく。

しばらくした後、目の前にいた悪魔は完全に姿を消し、真っ白な世界はとうとう消滅しようとしていた。だが、後ろに立つ何者かの気配に気がつき、振り返る。

すると、そこにはもう一人の悪魔によって作られた人格であるレインがそこにいた。だが、彼は何故か笑って両手を広げていた。

あれは、受け入れようとしているようにも見えた。しかし、それは……

 

「オレのセリフだよ、バカ野郎が……フッ、いいさ、受け入れてやる。もう一人のオレだろうと、所詮はオレだ。オレはオレでいる、だからお前もオレだ、来い」

 

『……………』

 

もう一人のレインは何も言わなかった。けれど、何故か笑っていた。それはまるでやっと帰ってこれる……そんな雰囲気を醸し出しているようにも見えて……。

そう思っていると、ソイツはオレに触れた途端消えていった。だが、レインは確かに感じた。もう一人のレインが重なり、交わり、一つの存在へと戻っていった感覚を。

そうして……レインは目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

「レイン!!」

 

「レイン、大丈夫!?」

 

「レイン君、無事かい!?」

 

まったく、目覚めた早々に手洗い。そう思いながら、オレは目を覚ます。ああ、やっと戻ってこれた、そんな感覚が実感を早めてくれる。

大きな欠伸をしてから、左手の甲で目元を擦り、眠気を飛ばす。気がつけば、そこには紋章はなく、右手の甲にある《妖精の尻尾》の紋章が金色に輝いていた。

真っ先にウェンディが涙を流しながら抱きついてくる。柔らかい身体つきが突然のしかるのを感じ、少々驚くが暖かい彼女の身体は現実ということを再認識させやすくしてくれる。

そう思いながら、兄貴らしく優しげにウェンディの頭を撫でてやる。撫でながら、静かにウェンディへとオレは呟いた。

 

「ああ、ただいま……ウェンディ」

 

『……う…ぅ…レイン……お兄ちゃん……』

 

「(声の音程的なものがオレとは違う感じがするなぁ……。これも元通りになったからか?)」

 

そう思っていると、ナツが「ムム…」と言った顔をしているのに気がつく。そういえば、さっき変なことを言ってしまった後だったような気がする。

なのでオレは真っ先に誤解を解くことを選んだ。

 

「あー、さっきのは気にするな。思い出した、少々崖から落ちた時に頭か何か打ったみたいだな。誤解招いたなら悪かった、すまない」

 

「あ、いや、そういう訳じゃないんだけどなぁ……。お前、本当にレインか?」

 

「ん? いや、レインだろ。レイン・ヴァーミリオン。なんか違うか?」

 

「やっぱり……」

 

そう呟くルーシィによく分からないような目を向けるレイン。確かにオレはレイン・ヴァーミリオンだ。それ以外の誰でもない、そう思っている。

すると、ルーシィは言葉を続けた。

 

「だってアンタ、レイン・()()()()()()でしょう?」

 

「は……? ……あ、そういうことか」

 

オレは一人納得した。もう一人のオレの名前が『レイン・アルバースト』なのだと。そして、もう一人のオレ、つまり今のオレでもあり、昔のオレでもある訳だが、レインという人物は現在悪魔なのだと理解した。多分アホみたいな回復力は悪魔のものだろう。

それに加え、滅竜魔法まで使える。これは悪魔のオレが今まで培ってきた過去の産物なのだろう。そう思うと、気が楽にはなりそうにもないが、その時の記憶は今ならある。

そう思い、オレはすぐに答え直す。

 

「悪い、ちょっと記憶が混雑してたみたいだな。もう大丈夫だ、確かにオレはレイン・アルバーストだ」

 

「ん? なら、いいか」

 

「やっと安心できた。ヒビキ、そろそろわたしたちも……」

 

そうルーシィが言ったその時だった。向こう側の空が突然輝き、真っ白な光の柱が地面から上空へと貫く。それに絡み付くかのように回りからは黒い光が収束し、次々と異常事態をもたらしていく。記憶通りならば、これは《ニルヴァーナ》の()()()()()()だ。

それが分かった途端、まずは周りの状況を確認することを先決した。今のところは何もない。誰も変な様子は……そう思っていると、少し後ろに移動していたウェンディの様子が可笑しかった。耳を済ませて彼女の様子を伺って見れば……

 

「わたしのせいだ……わたしが……わたしがジェラールを……ジェラールを治したから……わたしがジェラールを……」

 

どうやら自分を貶めているように聞こえた。これは確か……《ニルヴァーナ》の善悪反転に関わる行為だ。それを理解するよりも早く、オレはウェンディの両肩を強く握り、ウェンディに叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェンディのせいじゃない!!!」

 

その声に驚いたウェンディは「え?」という声を漏らし、顔を上げた。その目には涙が目尻に溜まっており、浮かなく悲しい顔をしていた。それに同じく気がついていたヒビキはもう少しでウェンディに魔法を放ってしまうところだった。

それを確認するや否や、オレはウェンディに言い聞かせた。

 

「ウェンディ、よく考えるんだ!! 君は間違ったことはしていない」

 

「で、でも……わたしはのせいで……」

 

「そんな風に考えるな!!」

 

「ひゃ、ひゃい!!!」

 

突然叫ばれたことに驚き、変な声が出るウェンディだが、目の前にいるレインに自然と目が向いていたことには気がついていなかった。

 

「君は……オレの妹分は、()()()()正しいことをしただけだ!!」

 

「あ……」

 

「オレにとったらな、目の前で相手の命が危ない時に、ソイツが如何に悪者でも、クソ野郎でも、例えそれが犯罪者だったとしてもだ!! 命を見捨てるようなヤツの方がもっと最悪だ、ソイツの方が大罪人だ!! 分かるか、ウェンディ? 君はただ自分の良心に従って相手を助けただけに過ぎないんだ!!」

 

「た、確かに、そ、そうですけど……わたしが……」

 

「確かに助けてしまったのは犯罪者だ。それなら今度はオレがソイツを倒して、君の目の前に引きずりだして土下座でもさせて謝らせる!! 恩を仇で返したことを後悔させてやる!! だから君はその時に相手になんでも好きなことを言ってやればいいんだ!! 大丈夫だ、オレはお前の兄貴分だ、ウェンディのせいなんかにはさせないさ。だから安心しろ、な?」

 

そう言って、オレはウェンディの目元に右手の人差し指を触れさせ、目尻に浮かんだ涙をその指で拭った。その行動が恥ずかしかったのか、ウェンディは顔を赤くしていたが、それでもさっきまでの悲しく自分を(さげす)んでいた顔ではなくなっていた。

どこからか、「フュ~♪」という口笛の音が聞こえた気がしたが、あとでなんとかすればいいやと放置する。

それはさておき、目の前にいるウェンディの表情は何かに吹っ切れたような顔をしていて……いつもの可愛らしいウェンディらしい様子に戻っていた。

もう心配はいらないな……そう思い、先に立ち上がってオレはウェンディの目の前に右手を差し伸べた。

すると、ウェンディは嬉しそうにしてから小さな手でオレの手を握り返し、立ち上がった。もう目の前の少女は記憶にある泣き虫よりは強くなれている、そう思えた……。

 





はい、前のレイン同様、天然ジゴロというか、朴念仁らしさは無くなってませんね(笑)

まあ、変な伏線は《ニルヴァーナ編》終了後ぐらいに回収しましょう!!

では、次回も読んでいただければ嬉しいです。

P.S. 最近連続投稿が続いてますが、これが続く訳ではありません。学校あるので(笑)
   というか、今年受験生でした(笑)勉強頑張ってみます、はい(笑)
 


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追憶と約束


はい、本格的に動き出しましたね、ニルヴァーナ編!!

さて、今回はウェンディとジェラールの話、レインと行動中のウェンディたちの話です!!



「大丈夫かな……、ルーシィさんとヒビキさん」

 

「まあ、任せておけばいいんじゃない?」

 

「二人……いや、三人にしとくか……。アイツらなら大丈夫だろう、何て言ったって自由気ままで暴れる坊な《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》の仲間だからな」

 

「ふふ、そうなんですか?」

 

「ああ、オレたちは先んじてあの光の場所に向かおう、ウェンディ、シャルル」

 

勝手に走り出して消えたナツ。突然消えたエルザを追いかけていたレインたちは、途中酔ったナツが襲われているところに出会す。

そして現れた六魔将軍のエンジェルの時にて、ヒビキやルーシィの願いでレインとウェンディ、シャルルはその場から去った。そんなルーシィたち心配するレインたちがいるのは高く高く、さらに遠くまで広がり続ける大空のなかである。

つまり、レインとウェンディ、それにシャルルは空を飛んでいた。ウェンディは当然飛ぶことのできるシャルルに掴んで連れて行って貰っているが、レインは自らの魔法で空を飛んでいた。

本人は攻撃重視の“動の天空の滅竜魔法”の魔法の質を変えて、足から微かに魔力と空気を変換してジェット噴射させているらしい。

それに関しては先程からシャルルが「アンタ、どうなってんの?」と何度も聞いてきている。ちなみにウェンディも驚いていたが……。

 

「お兄ちゃんはギルドのこと、好きなんですか?」

 

「まあ……な。確かに居心地はいいよ、それに何より誰もが楽しんで生きている。そんな活気が性分的に合っている気がするんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。多分ウェンディも気に入るかもな、中々癖が強いけど」

 

「ふふ…」

 

「ホント……、アンタたちって仲良いのね」

 

少々羨ましげにそう呟くシャルル。レインとしては、実際に今の自分として一緒に過ごしていたわけではなかった。それでも自分の意識を強く前に押し出して、ほぼ自分自身として過ごしていた。だからこそ、ウェンディという存在がどんなに大切なものか……それに自分の大切なもう一人の存在たるあの少女に似ているかが分かるのだ。

 

「おやおや? シャルルは嫉妬してたりするのか?」

 

「そ、そんな訳ないでしょ!? 可笑しなこと言わないでよ、バカ!!」

 

「ふふ、ダメだよ、シャルル」

 

「はは、ウェンディもいい友人に恵まれたんじゃないのか?」

 

「あ……はい!!」

 

「時々ヒヤヒヤするけどね」

 

「しゃ、シャルル~!!」

 

「へえ~、それは気が合いそうだな、ウェンディの保護者的な存在として」

 

「そうかもしれないわね」

 

「も、もう……、お兄ちゃんもシャルルも止めてよぉ~」

 

こんな他愛もない会話がなんだか懐かしく感じる。それにとても心地よい。こんなに懐かしく思えるほど、自分は閉じ込められていたのかと思うと悲痛に感じる。

それでも今は構わない。これからこそは自分自身としていられるということが分かっているから。そう思いながら、気になっていたことを尋ねる。

 

「ウェンディ、聞かせてくれないか? 君にとって、ジェラールはどんな存在だったか」

 

「あ……」

 

「そう言えば、わたしも聞いたことなかったわ。ウェンディ、どんな人だったの?」

 

「えーっとね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんと天竜グランディーネが居なくなっちゃった時、わたしは路頭に迷ってたの」

 

 

 

――グランディーネ……、お兄ちゃん……どこをぉ……わたしを……置いていかないでよぉ……、ねぇ……グランディーネぇ……お兄ちゃあん……――

 

一人寂しく歩き続ける場所は、当時のウェンディの身長よりも高い草木が生え、ただ真っ直ぐ伸びている道以外は何もないようにも見えるほどだった。

生い茂った草木の間には時々、点々としている果物のある木や植物、高すぎる大きな何かの木がある。

それが逆に一人ぼっちになったウェンディの心を責め立て、気持ちがどんどんツラくなっていく。苦しくて……誰かにすがりたくて……でも、誰もいない。

そんな恐怖と寂しいという思いが募っていく。

 

「そんななかだった…。ジェラールと出会ったのは……」

 

 

 

――君は……?――

 

――うぅ……うわああああん……――

 

――うわぁっと…。どうしたんだい?――

 

――居なくなっちゃったぁ……居なくなっちゃったの……うぅ……――

 

 

「わたしは寂しくて、ただ泣きつくしか出来なかった……。それでもジェラールは、わたしを見捨てないで、ずっと側にいて一緒に居てくれた」

 

それからウェンディは青髪で顔に紋章がある少年、ジェラールと共に色々なところに転々としていた。一緒にいろんな所を旅していたのだ。

 

「とっても楽しかった。ジェラールと色々なところに旅をして。いろんな生き物や食べ物を食べたりして」

 

あるときには、深い深い森が生い茂るジャングルのなか。

あるときには、綺麗な湖がある河の(ほとり)や広大な草原。

あるときには、険しくも見晴らしのいい渓谷がある大地。

全てが一人の時とは違って輝いているようにも見えていたほどだった。

 

「雨が降っていた時にも、ジェラールは……」

 

 

 

――待たせたかな?――

 

――ううん、おかえり、ジェラール――

 

――雨の日は苦手だけど……、こんなにいいこともあるよ――

 

そういってジェラールは自分の両手に抱えていた、たくさんの果物をウェンディに見せる。どれも熟していてツヤも良く、とても美味しそうだった。

 

――わあ……、どこで見つけたの?――

 

――気にしないでいいよ、さあ、食べよう、ウェンディ――

 

――うん!――

 

「一緒に寝たり、一緒にご飯を食べたりしたんだ」

 

「へえ、じゃあ、オレとしても大切なウェンディがお世話になったし、いつかお礼を言わせて欲しいかなぁ」

 

「それでね、とっても楽しかった。でも、ある日……」

 

隣を歩いてジェラールは驚きなからも後ろに急に振り向いて……

 

――アニマ!?――

 

とウェンディには分からないことを言った。それからだった。ジェラールがウェンディとの旅を中止して、一人で何処かにいくということを言い出したのは。

 

――嫌だよ、ジェラール――

 

――でも、危険なんだ、分かってくれ、ウェンディ――

 

――嫌ぁ……、行かないで、ジェラール……――

 

 

 

「でも、結局ジェラールはわたしを《化猫の宿(ケットシェルター)》に引き取ってもらってから、何処かに行っちゃったんだ……」

 

「そうだったのか……。ごめん、突然姿を消したりして……」

 

「ううん、寂しかったけど、大丈夫だった。ジェラールがいてくれたし……それに《化猫の宿》のみんなも……シャルルもいてくれたから」

 

「ウェンディ……」

 

「……ちょっと不甲斐ない兄貴でごめんな? 今回のことが終わったら……話すよ、居なくなった理由とグランディーネがどこに行ってしまったかを……」

 

それを聞いた途端、シャルルもウェンディも驚きを隠せなかった。今回、ウェンディがこの作戦に参加したのは居なくなった天竜グランディーネと兄であるレインの所在を誰かが知っていないかを聞くためだった。

その仮定で《妖精の尻尾》のメンバーである滅竜魔導士のナツがいると聞き、グランディーネのことを聞こうとしていた。

偶然レインもそのメンバーのなかにいたから見つかったと言うことでもあるが、ナツ本人も分かっていないように見えていた。

諦めかけていたというのに、まさか兄――のような存在――であるレインがそれを知っていることに驚いていたのだ。

てっきり自分と同じように目の前で居なくなってしまったのを探していたのかと思って。

 

「あ、アンタ…。それを知ってたの!?」

 

「ああ……正直、少し言いづらい内容だけどな。それでも……聞きたい? ウェンディ」

 

「あ……。………、後で聞かせてください、お兄ちゃん」

 

「ああ、分かった。――ってことはまず、六魔将軍たちを倒さないとな!!」

 

そう力強く宣言するレインは綺麗な夕焼けの光で輝いているように見えた。一緒にいた頃と再会した時の彼の銀色の髪色は今では淡い金色へと変わっていたが、それでもレインらしさには変わりはなかった。

金色に輝くその髪は夕焼けの光によって、さらに輝きを増しながらも力強さを伝えてくる。よくよく見れば、レインの金色の髪には一房だけ青い髪が混ざっていた。

それもウェンディと同じ――どこも同じような色合いの髪――だった。本当の兄妹のように。

そんなレインを見ていると、自然と信じたくなる気持ちに駆られるウェンディ。今も実感できる、目の前に信用し続けていられる大切な兄がいるという安心感を。

 

そんな時だった。突然の揺れが二人と一匹を襲う。激しく脈打つような揺れは徐々に強さと規模を大きくしていき、突然光の柱のように見えていた場所がさらに強く輝きながら、何かを出現させる。とてつもなく大きな建造物が次々と姿を現して行き、周りの地面すらをもひび割らせていく。

割れた地面からは触手のようにも見える脚のような何かがウネウネと動きながら、どんどん地面をひっくり返していく。

徐々にその全貌を顕にする“超反転魔法ニルヴァーナ”。その姿はまるで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラゲに見えた。うん、どうみてもクラゲでしかないとレインはこの時思ってしまった。6本の巨大な大足。その付け根は大きな円のように見え、そこには何かが建ち並んでいた。

以前調べていたときに、レインはこの“超反転魔法ニルヴァーナ”の全貌を知ることができた。内緒ではあるが、色々と()()があったのである。それはさておき、元々“ニルヴァーナ”は平和を意味するものであり、中立民族だった“ニルビット族”が造り出した超魔法らしい。そうして彼らは戦争や抗争、紛争が絶えぬ地域に向かって“ニルヴァーナ”を放ち、善悪を入れ換えた。それによって平和が取り戻された……という一説があった。

その後のことも知っているが、いまはそれどころではないと思ったレインは、ウェンディの手を握った。

 

「さて……。それじゃあ、行くとしようか、ウェンディ」

 

「あ、はい!!」

 

「そうね、急がないと行けなさそうだし」

 

「あ、なんならシャルルもその翼、解除してウェンディにしがみついて貰えるか?」

 

「なんでかしら?」

 

そう言いながらもシャルルはウェンディにガシッと捕まり、自身の魔法を解いた。その途端、すぐにレインはウェンディを“お姫様抱っこ”し直すとニヤリと笑って答える。

 

「――その方が君も疲れずに済むし、なにより速く着けるから」

 

そう呟いた途端、レインは空中を蹴り飛ばすかのように大きなギュンッ!という音を立てて、空中を滑るように滑走し始めた。両足からはジェット噴射の勢いがさらに強く増しているのかもしれないが、先程よりもとんでもないスピードが出ていた。

あまりの速さにウェンディの表情は凍りつき、シャルルでさえ悲鳴をあげた。

 

「ひやっほおおおおおおお!!!」

 

「いやあああああああああ!!!」

 

「な、なによこれええええええええ!!!」

 

なぜこんなにもレインがハイテンションなのかと言えば、本人曰く絶叫系アトラクションなどは大好物……ならぬ日常茶飯事化しているらしい。

そういや、レインはいつも天狼島に向かうときにはこれ以上の速度で海を渡っ……駆け抜けているようだ。本当の意味での化け物とはこういうヤツのことを言うのではないかと思える。

まあ、そんなことすら考えられずにウェンディはただ悲鳴をあげ、叫び続けるだけしかできなかった。同じくシャルルも同様の反応なのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っと……、到着だな。二人とも大丈夫か?」

 

腕に抱えたウェンディとそれにしがみついているシャルルの様子確認するためにレインは自分の腕のなかの二人を確認する。

 

「目が回りますぅ~~~」

 

「あ、アンタ……ねぇ、やり過ぎようぉ……」

 

どうやら完全に目を回してしまったらしい。少々やりすぎたなぁ……などと反省しつつも、レインはウェンディをちゃんと開放して立たせる。同様にシャルルも立たせた後、周りを確認した。見渡す限り、周りは何年前のものかすら推測が難しそうな廃墟が建ち並び、どれも損傷が激しかった。

昔の建物らしく、窓がありそうな所は全て穴が開き、それなりに建物にも傷なども多かった。何か大きな争いがあったのだろう。……いや、実際はあったのだが……。

それはともかく、完全に“ニルヴァーナ”は起動してしまったらしい。「これは、後始末が大変そうだなぁ」と人知れず思いながらもレインは個人的に作戦を立案していく。

これでも《妖精軍師》たるメイビスとずっといたのだ。作戦立案や実行力には自信もある。そう思い、次々に作戦を考えては有効か、無効かを判断し、区別していく。

そんななか……シャルルのとある声が耳に届いた。

 

「まさか……この方向って……」

 

「どうしたの、シャルル?」

 

「……まさか!! ウェンディ、この方向に見覚えはないか!?」

 

「え……? この方向は……まさか!?」

 

「ああ、オレは先んじていろんなギルドの所在地を調べていたから分かる。この方向は……《化猫の宿(ケットシェルター)》が存在する方向だ!!」

 





はい、次回はVSコブラ戦に行こうかと思ってます。←もしかしたら2話で勝負つかせるかも。

まあ、そこら辺は気を付けたりとか頑張ります。評価で1が毎回ついてしまうのは

執筆スキル足りないせいですよね……。ああ、この悔しさをどうにか執筆に注ぎたいです。

あれありませんかね?マイ○ラのレベルをアイテムにする道具(笑)

あれで悔しさをレベルアイテムにしてガブガブ…っと(笑)

まあ、そんな夢があればなぁと思います。こんな作者を応援してくれている皆様に感謝です。

このたびお気に入り数が(少し前になってたけどね……)200を越えました!!

二ヶ月かからず200越えるのは初めてです!!すごく嬉しいです、評価をつけて頂けるよう

努力します!!あとUAも20000越えました、感想も9つ貰えました、ありがとうございます!!


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この空に舞う竜

すいません、今回でコブラKOしておきます(笑)

いやー、コブラ長引かせる余裕がありませんでした(笑)

さて、楽しみですね~。冥府の門から一年後のウェンディがどこまで強くなるか!!

いやー、まさかドラゴンフォ……◆ネタバレ警告線◆……



日が暮れ、あれほど人々に暑さをもたらしていた太陽も今日の仕事を終えるかのように沈み始め、今はすでに地平線の彼方ですら姿を拝めなくなっていた。

太陽が沈んだ後、その空を占めるかのように今度は月が昇ろうとしている最中、一人の少年と一人の少女、一匹の猫は足が6つあるクラゲのような何かが向かう先を見て、言葉を失っていた。滅竜の魔を習得した一人の少年、レインの眼にはこの先に大きな湖があるのが見えていた。……いや、その先にある集落の存在すらをも見通していた。

開拓された土地には猫のような形をしたテントがたくさん張られ、それらの回りには小さな光が点々と輝いている。

おそらくは焚き火などで起こせる炎の輝きだろう。しかし、それは人間以外の生き物にはなかなか起こせるような代物ではない。

つまり、あのテントには人々が暮らしている。それにレインはそのテントなどのある集落事態が何なのかを知っている。

あれこそが、となりにいる少女と猫、ウェンディとシャルルが所属している知名度のなさそうな魔導士ギルドである《化猫の宿》、“ケットシェルター”である。

だが、そこへと向かうクラゲのような何かは現在4つのギルドが連合を組んで阻止しようとしていた“超反転魔法ニルヴァーナ”そのものだ。

それを操縦している者、それこそが今回の目的たる“六魔将軍”、オラシオン・セイス。そのリーダー、コードネーム“ブレイン”だ。

彼を止めぬ限り、作戦の成功もなければ、このままでは地獄絵図が完成してしまうだろう。それを理解するや否や、レインの眉間に深々とシワがより、怒りが込み上げた。

 

「狂ってやがる………!!!」

 

「……そんな……わたしたちのギルドが……」

 

「う、ウェンディ……急いでみんなに伝えましょ!!」

 

シャルルがこれからの目的を纏めるとすぐに、座り込んでしまったウェンディを起き上がらせようとする。そんな瞬間(とき)だった。

すぐ後ろの方で砂煙が立ち上げ、衝撃波を具体的に現してくるような突風が吹き荒れる。どうやら、誰かが戦っているらしい。

その突風、その範囲、その砂煙。それらが現す連合軍の魔導士と言えば……

 

()()しかいないよなぁ…、ホント」

 

「ナツさんがですか?」

 

「そうなんじゃない? あんなに暴れる人、他に……いたわね」

 

シャルルはそう言うとすぐにレインを見る。こちらを向かれたレインは首を傾げた後、思い当たる何かを思いだし、空笑いだけを浮かべる。

そういや、自分の身体を取り戻す前のもう一人のレインが大暴走起こしてたような……と。当然、その場にいたシャルルは覚えている。

逆にすでに連れ去られていたウェンディは知るよしもないだろう。

まあ、兎に角だ。あそこに向かえば、近くに何かがあるだろう。ナツと言えば、レインにとってたら“トラブル製造機”、“トラブルメイカー”、“トラブル発展装置”でしかない。

まるであれだ。三点セット付きの定食か、豪華三点盛りのどんぶりである。レインとしては本物の美味しいヤツが食べられるのなら嬉しい話だが、ここでは完全に美味しいものではなく、とっても危ないものに他ならない。

本当にここが街や村でなくて良かったと思わざるを得ない。もし街や村ならば、現在のギルドマスターであるマカロフ・ドレアが顔面蒼白にして、手を震わせながら請求書を眺めるしかないだろう。ああ、なんと悲しいことか……と思ったが、まあそれでこそあのギルドである。

 

「さて…と、それじゃ、ウェンディ、シャルル。ナツと合流するか」

 

「あ、はい!!」

 

「そうね」

 

全員の了承を取ったところで、レインはウェンディとシャルルと共に先ほど砂煙が上がったところを目指し、駆け出す。

――のだが、焦れったくなってしまい、結局二人――と言えるかどうかは分からないが――を抱えるとすぐに先ほどの光速移動を取ることにしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂煙発生地点、ナツ&ハッピーVSコブラ&キュベリオス

 

 

 

「クソッ、さっきから身体が言うこと聞かなくなってやがる……!!」

 

「お、オイラも……」

 

「へえ、まだ動けんのか? お前、意外とタフじゃねえか」

 

「シュルー……」

 

先ほどの毒ブレスを浴びてしまったナツとハッピーはすでに身体が毒に汚染され、動きが少しずつ鈍くなっている。

それとは違い、コブラは両手を毒々しい鱗で纏い、平然と空飛ぶ毒蛇キュベリオスの上で余裕を見せていた。

どうみても完全にナツが劣性だが、ここで諦めるようなナツではないだろう。まあ、それも身体が動けるのならであるが……。

それに現在ナツは“ニルヴァーナ”の上では立つことすら出来ない。それも“乗り物酔い”のせいなのだが、結構ナツの方は激しい“乗り物酔い”のため、動くことすら儘ならなくなる。

同じく酔うレインでも、ここまでは激しくは酔わない。――と言うよりは、近頃ずっと浮いたままのため、酔うことがないのだが……。

 

「さあて、そろそろ終わらせてやるよ、旧世代!!」

 

「んなろー、調子に乗りやがって……」

 

「あ、アイぃ……」

 

すでにハッピーは結構毒が回ってしまったのか、苦しそうにも見える。しかし、ハッピーもナツには迷惑かけまいと耐え続け、現に彼の体重を支えたまま飛行を続けていた。

一旦回りの安全を確認しようと思ったのか、ハッピーは辺りをキョロキョロと見渡す。そんな時だった。突然、ナツたちから見て東の空から何かが飛んでくる。

それは何か、少女と猫を抱えているようにも見えた所で、接近してきた少年が……

 

「一旦、毒を治してからに……しやがれ!!」

 

と言って、ナツとハッピーを同時に地面へと叩き落とした。地面に落ちるや否や、ナツは“乗り物酔い”になり、ハッピーも力が出なくなったか、翼も消えて這いつくばる。

すぐさま、飛んできた少年は両手を離し、少女と猫を空中で解放、その二人に「飛べ!!」とだけ叫び、威嚇射撃と言わんばかりに適当にブレスを吐き散らす。

空中で解放された少女は空を飛ぶ猫によって、ゆっくりと地面へと落下していき、足がつくとすぐに叩き落とされたナツたちへと駆け出した。

 

「だ、大丈夫ですか、ナツさん!?」

 

「う、ウェンディ……? うぷっ……」

 

「オスネコもだらしないわねぇ……」

 

「あ、アイぃ……」

 

「ウェンディ、すぐに二人に治癒魔法で解毒してくれ!! 解毒が済んだら、ナツに“トロイア”をかけて置くんだ!!」

 

「わ、分かりました!!」

 

飛んできた少年、レインはウェンディに即座に指令を飛ばした後、目の前にいる毒蛇と魔導士を視界におさめる。どうやら相手側も驚いているらしい。

それはそうだろう。戦っていた相手が急に地面に叩き落とされ、治療を受けさせられ、相手がガラリと変更されたのだから。

まあ、それでも相手は余裕を無くさないだろう。だって毒という間接的であっても効力を発揮すれば、有利に立ち回れる武器を持っている。

だが、しかし……目の前にいるのは最初の戦いで自分たちを圧倒して見せた化け物だ。油断すれば、即座に無双されかねない相手、それを意識するや否や、コブラは冷や汗を掻く。

 

「へえ、仲間を叩き落としたか……。お前さん、無慈悲だな?」

 

「ん? 無理してバカやってるんじゃねえって手っ取り早く教えただけだ。毒に犯され、すでに満身創痍なのにマトモに対策すら取らねえのを確認したからなぁ……」

 

「なんかお前……、()()()()()?」

 

「別に? 変わったんじゃないな、もとに戻ったって言うべきだな。それはともかく……」

 

そう言うと、レインはチラリとコブラの両手を確認する。毒々しい鱗に包まれたその両手からはすでに嫌気がさしそうなぐらいに毒煙が出掛けており、近寄りがたい気がする。

それを確認するとレインは小さく呟いた。

 

「……“状態異常完全無効(フルレーゼ)”、付加(エンチャント)……」

 

「あ? 聞こえてるぜ? 付加師(エンチャンター)かてめえ」

 

「ああ、そんなとこだ。ちなみにさっきのは“あらゆる状態異常を無効化、さらには耐性を付ける”ヤツだ、これで毒は無駄だな」

 

「な…!?」

 

本来の“レーゼ”は対象者の状態異常を回復させるものなのだが、レインはそれを改良し、すでに様々な状態異常を取り込み、耐性をつけている。使わなくとも実際は毒など体内で分解し、意味を成さなくするのだが、一応しておくのが懸命だと判断した。

そして理解した。コイツは“とんでもなく耳が良い”と。まあ、思いっきり叫んだりすれば、何かあるんじゃないかとは考えたが、別にそれをしなくたって構わない。

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)同士で戦うのが楽しみで仕方ないからだ。そう心のなかで呟くとすぐに魔力を高めていく。

片手に魔力を集めていき、即座にコブラのいる方へと巻き起こさせる。

 

「天竜の波颪(ナミオロシ)!!!」

 

片手から撃ち出すように解き放たれた巨大な竜巻はすぐさま、コブラへと向かっていき……毒蛇キュベリオスとコブラを()()()()()

 

「(き、聞こえねえ……だと!? アイツ、竜巻の進行方向定めてねえのか!?)」

 

「おいおい、どうした? オレは適当に魔法を放っただけだぜ? 元より耳が良いなら、その耳潰してやろうかと思ったが、なにも考えてなければ、対して意味がないんだな?」

 

軽く挑発してから、右手を握ると共に竜巻は中から爆散し、コブラと毒蛇キュベリオスを吹き飛ばす。わざと爆散させるのもレインのオリジナルである。

これの方が効率がいいと言うべきか、手っ取り早いと言うべきか……、まあ兎に角だ。その方がいいと判断したに過ぎない。

吹き飛ばされたコブラはなんとかキュベリオスに乗り直し、体勢を建て直すが、身体には無数の切り傷が生まれていた。

竜巻による暴風による鎌鼬(カマイタチ)、さらには爆散したときの大ダメージのオマケ付きだ。当然それぐらい受けて貰わなければ困ると言うもの。

それのダメージに驚きを隠せないコブラにレインは右手を向け、クイックイッと指を曲げて挑発する。

 

「てめえ、調子に乗りやがって……!!」

 

「調子に乗らせるお前もお前だ。どうした? お得意の毒と耳が使えなくなったら、これか? 案外、お前らの“祈り”ってのも大したことないのか?」

 

「黙れ!! てめえに何がわか……」

 

「言いもしないヤツが何を言ってんだ、バカ野郎が!!」

 

「なんだと…!?」

 

少し下を向いて俯くとレインは静かに言う。

 

「“祈り”ってのはな…、本来願うことだ。強制的に叶えることもあれば、自然と叶うこともある。だがな、闇に堕ちたヤツに“祈り”が叶うと思ってんのか!! そんなに苦しんでるなら、オレが楽にしてやる、とっととお前らの計画を無駄にしてやるよ、ほらこいよ?」

 

そう言うとレインは即座に魔法陣をコブラの回りに展開する。それも全て()()でだ。

 

「五重魔法陣 “御神楽”!!!」

 

「ぐおおおお!?」

 

あらゆる方向から発動した“御神楽”による光線がコブラとキュベリオスを包み込み、爆発させる。あまりの威力にふらつきながらも立つコブラ。

だが、すでに目の前には“化け物”が迫っていた。血のように紅い瞳の光は空中に道筋を描くように軌跡を生み出し、すぐさまくコブラの腹部には衝撃が突き刺さる。

めり込むレインの片手。それは勢いよくコブラを撥ね飛ばすように高々と空へと打ち上げると共に、上がりきったコブラの背中を地面へと叩きつけるようにして、レインは先にコブラが現れる地点に先回りし……

 

「天竜の砕牙!!!」

 

強靭な天竜の脚に見立てた左足がコブラの背中にかかと落としを食らわせ、墜落させる。とんでもない威力と共に落下し、地面に激突したコブラは大の字になっており、砂煙が高々と上がってから消えるまで動けなくなっていた。

そしてピクピクとしか動けないコブラだったが、瞬時にレインを襲撃しようとしていたのか、ギラリと光る鉤爪がレインの目と鼻の先で軌跡を描いた。

――が、当たらなければどうと言うことはない。完全に鎮圧するべく、レインは不適な笑いを浮かべたあと、至近距離で……

 

「天竜の咆哮!!!」

 

強力な風のブレスはたちまち、コブラを包み込みながら地面を砕き割り、メキメキと毒竜の異名を持つ彼ごと地中へと少しずつ沈めていく。

その後、完全にコブラが動くことすら儘ならない状態だと確認し、そのとなりに立つや否や、レインはコブラを見下ろすと小さくため息をつき……、静かに呟いた。

 

「この阿呆が。逆にその耳を使って“評議院”で仕事見つければいいものを、結構頼りにされるだろうになぁ……勿体ない」

 

そう言った後、最後にまだ微かに意識があったコブラの腹部に一撃重たいのを見舞い、完全に気絶させる。多分今頃、向こうにも変化はあるだろう。

それはさておき、ウェンディの元へと駆け寄る。どうやら治療は済んだらしい。少々ナツが不機嫌そうだが、まあいいか。

ただ一言だけ……

 

「よくやった、ナツ。お前のお陰で色々と助かった、本陣叩くのは任せてやるさ」

 

とだけ伝えると、ナツはニンマリと笑って見せた。どうやら本陣叩かせてくれることに機嫌を良くしたらしい。なんともチョロいヤツだ。

――とは思うだけで口で言わなくて正解な気がする。さて……あと六魔将軍は何人だろうな…と考えながら、レインは真っ暗な空を見上げる。

“この空を舞うのはどの竜か”……前にそう、ガジルが言っていた気がする。それなら……少しぐらい付き合ってやるか。

そう思いながら、レインは目を閉じ、微かな笑いを浮かべる。

 

 

 

 

 

ああ…、今日の夜はいつもよりも騒がしくなりそうだ……。

 




なんかネタバレ警告線が(笑)

まあ、ホントすいません。油断すると言いたくなってしまって(涙)

それはともかく、次はジュラの無双かな?いやー、頑張ります、はい!!



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聖十の肩書

サブタイトルがなんかカッコ良さげなのに中身はなんとギャグとか入ってます(笑)

まあ、ギャグというか小ネタというか(笑)



月はいつものように明るく人々を……、植物を……、湖や海を……、岩や石を……、暗く染まった色の無い真っ黒な空を照らしてくれる。

まるで月は真夜中の太陽であるとも言えるだろう。それは間違いでは無いのかもしれない。確かに太陽と同じように光を放つかのように月は輝いてくれる。

――だが、太陽とは違って暖かさは人々には伝えてくれない。ただ真っ暗闇を照らす光を生み出し、迷える者たちを案内してくれるだけだ。

それでも月は無くてはならない。月があるからこそ、魔法の極限も存在している。あらゆる“魔”を浄化する“月の雫(ムーン・ドリップ)”。されど、月は万能にあらず。

その逆も存在す。月の効力は一点に集中させれば、素晴らしい威力を発揮するが、広範囲に発揮し、一つの大きな存在をも狂わせる。

その現象はこうも言われる。《月蝕狂乱(ルナティック)》と……。それを知らぬまま、人々は禁じられた“魔”を行使し、それの影響によって滅びを知ることになろうとは思わないだろう。現にここにいるレインもそれを見たことはない。

しかし、そうなる可能性だけは否定しない。ガルナ島への偵察をしたときにはレインはコートなどを深々と被るはめになった。

それも自身の身体が悪魔となったからだろう。まあ、それはさておくべきだとして……。

 

 

 

こうも月が眩しいと鬱陶しくて仕方がないが、別に今は差ほど気にしている必要もあるまい。そう自分に言い聞かせ、空を見上げていたレインは月を見るのを止め、そばにいるウェンディとナツ、ハッピーとシャルルの方へと向き直る。

となりに気絶しているコブラが気にはなるが、別に気絶しているなら何もできまいと考え、辺りを見渡す。どうやら敵はいないようだ……、そう思い、身体の力を少しだけ抜いて息を吐く。警戒心が強いと言うか、猜疑心か強いと言うか……結構念には念を押すタイプであるレインにとって、静寂ほど怖いものはない。

――だが……

 

常闇回旋曲(ダークロンド)!!!」

 

「ちっ!! ウェンディ、ちょっとすまん!!」

 

「え……? きゃ!?」

 

突然現れたウェンディとレインを目掛けて襲い狂う怨霊のような複数のエネルギー。それを咄嗟に避けるために、即座にウェンディを抱き抱えながらナツは適当に左足で蹴り飛ばし、ハッピーとシャルルたちには回避指示を出すレイン。

すぐさま高めのジャンプを繰り出して怪しげなエネルギーを回避する。その爆撃に危うく飛ばされそうになるハッピーを仕方なく支えるシャルル。

レインに蹴り飛ばされたナツは無惨にも付近にあった建物に突っ込み、砂煙を盛大に上げるのだが、対して蹴った本人は気にしなかった。

あの程度で怪我するような柔なヤツじゃないと分かりきっているからだろう。

それはさておき……

 

「ウェンディ、大丈夫か?」

 

「あ……その……はいぃ……」

 

顔を真っ赤にして身体を硬直させるウェンディに理由がわからなく首をかしげるしか出来ないレイン。だが、自分の手に触れている優しげな感触に気がついた途端……

 

「……ああああ!? わ、悪い……ウェンディ……そういうつもりじゃ……」

 

「い、いえ……その……わたしこそ……」

 

即座にウェンディを下ろしつつ、頭を下げる。下げているせいでウェンディが何しているかは全く分からないが、どもっていることから顔が赤くなっているのだろう。

だが、流石に咄嗟に抱えた後が悪かった……。そう思いながらも、とりあえず回りを確認……

 

「……………(ジー)」

 

「……………(ジー)」

 

「……………(ジー)」

 

「……………おい、お前ら、いつから見てた?」

 

物陰に隠れ、先程の様子を見ていたルーシィとグレイ、さらにはジュラを発見したレイン。完全に先程の襲撃者のことを素で忘れている状況だが、それどころではない。

さっきの“アレ”を見られているとすれば、言い訳が完全に難しくなる気が……と思っていると、ジュラが……

 

「……すまないが、レイン殿。さっきのは流石に……」

 

「うぎゃああああああ!?!?!?」

 

見られていた。完全に一部始終見られていた。恥ずかしいミス+やってはいけなさそうな行為全てをじっくり拝見……もとい、観察されていた。最悪だ、それ以外のなんにでもない。

顔面が蒼白になっていたであろうオレに顔真っ赤で後ろに隠れるウェンディ。

ここで助け船かと思ったが……

 

「み、みなさん……お、お兄ちゃんはわたしを……助けてくれたんです……少し場所が悪かっただけで……」

 

「……………終わった……」

 

最初は良かった。最後で叩き落とされた感じが半端ではない。精神的に大ダメージな気がする。それを見越してジュラは隠れるのを止め、レインのそばにやって来ると肩をポンポンと叩いて襲撃者探しを始めた。

明らかにあれは“ワシにはどうすることも出来ない、後はなんとか耐えてくれぬか?”と言わんばかりの行動だ。“慰める”というのはどうやら存在しないらしい。

すると、後方からは聞き覚えのある()()の怪しげな笑い声が……

 

「ブフフ……」

 

レインの後ろにいたのはナツの相棒、青猫のハッピーだ。さっきの爆風とかからはなんとか逃れ、地面に着陸し直したのだろう。だが、こういうときに限ってヤツは最悪だ。

ヤツのたちの悪さはこう言うときこそ真価を発揮する。どこで覚えてきたのかすら分からないというナツの言葉通り――いや、情報通りというべきか――ならば、ヤツがここでいう言葉は……と思っていると、その言葉は来てしまった。

 

「どぅえきてるぅ~」

 

「……………ハッピー」

 

「アイ、どうしたの? ブフフ…」

 

「ここで死ぬか、魚の餌になるか、選べ」

 

「あ、アイ!?」

 

冷や汗をダラダラと垂らし続けるハッピーに対し、レインはすでに殲滅でも始めるかのように完全に目が本気になっており、身体が“天体魔法”にある“流星(ミーティア)”の輝きを放っていた。明らかにあれだ、コンマ数秒で“悪・即・斬”的なあれだ。

まあ、ここでは“猫・即・斬”な訳だが……。それはともかく、ハッピーに照準を合わせ、今にでも襲ってしまいそうな雰囲気を醸し出すレインに……。

 

「ほほう、今のを避けたか。どうやら最初の時よりは冷静らしいな?」

 

と言いながら出番待ちしていたブレインがやってきた。少々顔がピクリピクリと苛立っているらしく、結構出るタイミングを待っていたのだろうなぁと思う。完全にレインたちのせいだ。

闇ギルドのくせして出番は気にするのかもしれない。――いや、闇ギルドだからこそかもしれない……などと面白味すらないことを考えていたレインたち。

なんというか……

 

「(あれ、絶対ボッチだよな……、出番探しに必死な……)」

 

「(で、あろうな。ワシらのせいなのかもしれないが……)」

 

「(ジュラのオッサンが気にする必要ねえだろ、そこの二人が楽しんでただけだろ?)」

 

「(楽しんでない!!)」「(楽しんでません!!)」

 

常闇回旋曲(ダークロンド)!!(怒)」

 

怒声を含んだ声で先程の魔法を飛ばしてくるブレイン。どうやら無視されたことに苛立っているのかもしれない。そんなことはさておき、飛んでくるエネルギーをジュラはすかさず……

 

「岩鉄壁!!」

 

によって現れた固くなった土の防壁で防ぐ。相変わらず防御力面でジュラに勝る者はなかなかいないだろう。だが、ジュラは防御力面だけではない。それはレインが一番知っている。

それを知らないブレインは別の魔法を撃ち込んでくる。

 

常闇奇想曲(ダークカプリチオ)!!!」

 

謎の杖から回転し続けたまま放たれた怪しげなエネルギーはジュラの作った岩鉄壁にヒビを作り出しながら次々とヒビを深め、ついには重ねてあった土の壁の一枚目を貫通する。

それに気がついたジュラは貫通性の魔法であるそれを土の壁の方向を変えることで弾道を反らして見せる。驚愕するルーシィとグレイ、ウェンディとシャルル、それに現在絶賛苛められているハッピー。

レインはハッピーを苛めながらも感嘆の声を漏らす。一歩も動かずに相手するつもりなのではないかと予想しながらも単純にジュラと久しぶりに戦ってみたいだけなのだが、それは置いておこう。――さて、弾道を曲げるだけでは勝てないこの状況。

一応パッと見た感じでは押されているのはジュラだ。余裕綽々としているブレインがそこにいるが、その顔が苦痛で歪むのが楽しみになりそうだと意地の悪いことを考えていると、それを悟られたのか、ウェンディがゾッとしていたので考えるのを止める。

……やはり、身体が悪魔のせいなのかは不明だが、色々と暗いことを考えてしまうのかもしれない。まあ、それはなんとか慣れとかで治すようにして……。

 

「ジュラ、久しぶりに腕前見せて貰えるか?」

 

「フッ……、レイン殿に期待されているのは嬉しいことだな」

 

「ほう…、それではその男に失望される様にしてやろう、常闇奇想曲(ダークカプリチオ)!!!」

 

悪趣味な笑いを浮かべながら、先程同様に貫通性のアレを放つブレイン。それに対してジュラはまたもや一歩も動かずにさっきと同じ土の壁、“岩鉄壁”を連鎖で発動させる。

しかし、それは先程同様に次々と貫かれていってしまう。あれほどあった土の壁はついに残り一枚となってしまい、ジュラへとブレインの魔法が猛威を振るう。

グレイやルーシィ、ウェンディたちの叫びが聞こえるが、レインはクスリと笑ってからジュラに期待を寄せた。こう言うときこそ真価を発揮するのも、また聖十としての素質だ。

だからこそ……“岩鉄のジュラ”には期待ができる。

そしてついに破られた最後の岩鉄壁。狂喜の笑みを浮かべて勝利を確信するブレインだったが、急に目の前に砕かれていった石や岩が発光し、迫ってくるのが目に見えた。

しかし、今ごろ気がついても遅すぎる。ブレインへと襲い狂う石や岩たちは次々にブレインを閉じ込めるかのようにぶつかっていく。

その衝撃によって魔法の進行方向が歪み、ブレインの取っておきはジュラに間一髪と言えど、掠めて消えていく。その瞬間、レインはジュラの背中を見て微笑んで見せる。

かなり実力も上げたんだなと思いながらも、努力したことに敬意を心のなかで表す。そんなレインを見ていたのか、ウェンディは微笑んでいた。が、それにレインが気づくはずもなく…。

気がつけば、ブレインが先程まで立っていた場所には大きな石や岩で出来た山が完成しており、その前にたったジュラは魔力を高めたあと……

 

「覇王岩砕!!!」

 

と言いながら両手を打ち鳴らす。

その瞬間、小さめの石山は内部から爆散し、中から大ダメージを負ったらしきブレインがボロボロの状態で倒れ伏していた。

グレイはその実力に感嘆し、ルーシィは驚きながら喜んでいたが、ゾッとする。ウェンディも目を丸くして何が起こったかすら分かっていない状況だったが、すぐに理解してくれた。

さて……それはともかくだ。コイツには聞かなければならないことが一つほどあった。

そう思ってレインは真っ直ぐにブレインの方へと歩き出し、到着と同時にブレインの胸ぐらを掴んで強めに尋ねる。

 

「なぜ、ウェンディたちのギルド《化猫の宿(ケットシェルター)》を襲う気なんだ?」

 

「な…!?」

 

「うそ!?」

 

「それは(まこと)か!!」

 

知らなかったジュラたちはそれが本当なのかを確かめようと食い入ってブレインを見つめる。だが、ブレインはよくわからぬ怪しげな言葉を残していく。

 

「ミッドナイトよ……、そなただけはやられるでないぞ……。六つの祈りが消える時……あのお方が……」

 

「六つの祈り?」

 

「あのお方?」

 

「よくわからんな、レイン殿」

 

「ああ、だが、大体は予想できる。おそらく六魔将軍の人数と六つの祈りは一致している。一人一つの祈りを持ち、それが何らかの役割を持つ。そんな感じか……」

 

そう推理し終わった時、レインたちの目の前でブレインの顔にあった模様が一つ消え去った。それに感づいたレインは即座にアンバランスのようになっている模様を探し、残った人数を把握しようとする。それを見つけたと同時にレインは仲間たちに伝える

 

「残りは二人だ。おそらく“ミッドナイト”と“ホットアイ”か」

 

「リチャード殿なら、先程ワシらを行かせるためにその“ミッドナイト”と戦っておったぞ、レイン殿」

 

「……となると、ここでそのホットア……リチャードが勝てば、一件落着か。だが、まあ……」

 

「どうかしたの? お兄ちゃん」

 

「いやな……。あの“ミッドナイト”って魔導士。なんか面倒な魔法隠してそうな気がするんだよなぁ……」

 

そう呟くと、レインはあることを思い出した。

 

「そういや、ナツどこにいった?」

 




作者も書き終わってからあれ?って思いました。

ナツが消えたような……と。

そういや、壁にめり込んでましたね(笑)


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三つの約束


次回はあれかな?えーっと……、多分エルザと合流……って前書きになぜかいてるかを

聞きたそうですね(笑)

えーっとですね、執筆中に間違えて書き込んだんですが、直すのが面倒になりました(笑)



7年前、“(ドラゴン)が消えた日”の前日

 

 

 

身体を取り戻す前のオレは一人の少女と横にならんで綺麗な月を眺めていた。後ろには優しげな眼差しを向けた一頭の美しい竜、名は“グランディーネ”。

今思えば、すごく幸運だったのかもしれない。一生に一度、竜を見られる訳でもないのにオレはたまたま拾われたことで、かなりの間はその竜を見ることが出来ていた。

ごく普通に考えれば、それだけで記念である。でも、当時のオレは身体を取り戻す前のオレですらない、ただの中身のない人間のようでもあった。

今もなお、途絶えてしまっている記憶。魔導士ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》の創成期メンバーであったことなど覚えていない頃のオレ。

レインという名前以外は何もかも忘れ、魔法の一つすら使えなくなったあの頃、記憶なんて空っぽだ。空虚以外の何でもないくらいにオレはオレですらなく、ただの記憶喪失のガキにしか見えていなかっただろう。

そんな空っぽの器同然のオレに必要以上の声をかけ、ともにいてくれた少女、ウェンディ・マーベル。彼女がいたからこそ、今のオレ――一部の記憶を取り戻し、身体も取り返した今の自分――にまでなれたのだろう。感謝の気持ちは今もずっと……。

おそらく記憶を失う前と同じぐらいに喋れるようにもなったのは確か……グランディーネが姿を消す三ヶ月前だっただろうか?

それほどまでにオレはほぼ全ての記憶を失い、精神ともに病んでしまっていたのかもしれない。そんなオレをよくウェンディは気にかけてくれたものだ。

さらにいってしまえば、よくもこんな素性も知れぬ見た目少年、中身のほとんど悪魔なオレを拾って助けてくれたものだ、グランディーネも。

――いや、だからこそ、オレは自分を取り返すことに成功したのかもしれない。天狼島の事件以来、人の心を……、何かに愛されるということを知らなかったオレ。

そこにオレの姿と声を模した別の誰かが愛情やら友情やらを感じていたとしても、その感情は全てシャットアウトされていたのに関わらず、それすらも突き抜けて直接オレに届かせた一人の少女と一頭の竜。

ある意味では、オレに喰い殺された悪魔も予想だにしなかった不確定因子(イレギュラー)だったのだろうなと思えば、自分を完璧だと称した醜い阿呆を鼻で笑ってやれる。

さて……それはともかく、あの日交わした約束は今も忘れていない。幼い頃のウェンディと交わした小さくも弱々しさのある他愛ない約束。

 

 

 

――お兄ちゃん、月が綺麗だね――

 

――うん、そうだね、ウェンディ――

 

――……、あの……えっと……――

 

――どうかしたの? ウェンディ――

 

――お兄ちゃん。わたし……、少し怖い。いつかグランディーネとも……お兄ちゃんとも……離ればなれになっちゃう気がする……――

 

――かもしれないね……。ボクもそんな気がしてる――

 

――わたし、そんなの嫌だよ……。ずっと一緒にいたいよ……――

 

――ボクもそう思う。でも、いつかはボクもウェンディも大人になると思うんだ。グランディーネはボクにとったらお母さんだけど、竜でもある。ボクたちは人間、悔しいけどその違いは埋めれない気がする……――

 

――そう……だよね……――

 

――でもね、ボクはウェンディと同じ人間だよ。だから約束するよ、離れてもきっといつかまた会いに行くって。ウェンディが悲しい時、ツラい時、ボクが励ますって。ボクが覚えたこの魔法は、ウェンディやウェンディの大切な人たちを守るために使うから!!――

 

――ホント……? お兄ちゃん――

 

――うん、だから安心して? ボクはウェンディを守るから――

 

――うん!! 約束だよ、お兄ちゃん――

 

あの日の前日の夜、月の光を背にオレはウェンディと約束を交わした。それを見て微笑むグランディーネの姿を見た。だけど……

 

 

 

 

 

オレはその日の夜に姿を消すことになった。その際の記憶は全くない。何故ウェンディの前からオレが姿を消し、そのあとにグランディーネたちも姿を消したのか。

思い出せない――いや、元からそこまでの記憶が嘘だったかのように、オレを否定しようとアイツはそう記憶を改竄したのだろう。

それに耐えきった結果が、その部分の記憶がないことに繋がったのかもしれない。でも、約束は強く胸の奥に焼き付いていた。

だからウェンディと離ればなれになってからS級魔導士に昇格して、天狼島でメイビスと出会ってから思い出せるようになったのかもしれない。

結果的に連合軍結成の今日の日、小悪魔のような笑みを浮かべてタロットを見せたメイビスの言葉通り、再会した。

それに雪崩れ込むようにオレは自分自身を取り戻した。もしかしたら繋がるように仕向けられていたのかもしれない。それでも嬉しかった気がする。

小さな小指を互いに絡ませ、指切りの約束を結んだあの日。それはまるで、運命がそう導いてきたかのようで……。

今もそれは間違いのない現実で……、歪まされていない記憶で……、他愛ない約束なのだろう……そう思える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんかかなり懐かしいこと思い出したなぁ」

 

「どうかしたの? お兄ちゃん」

 

「あー、グランディーネがいなくなる前に月を見ながら話したなぁって」

 

「あ……、おぼえてたんだね。約束……守ってくれてありがとう、お兄ちゃん」

 

「ああ、別に妹との約束忘れたら洒落にならないからな」

 

「ホント、アンタたち仲良いのね」

 

寂れたような古代都市の中にいるだろう人物を駆け足で探すレインとウェンディ、シャルル。

あのあと、すぐさまニルヴァーナ停止を実行しようとしたのだが、どうやら“自動制御”にされてしまったらしく、それを止める作戦を考案していたのだが、ウェンディが心当たりあったらしく、レインはそれに着いてきた。

最初はシャルルがウェンディを持ち上げて空から探していたのだが、魔力が限界だったらしく地上からへと変更され、今に至る。

そんな訳で、探している合間にレインは懐かしい記憶が込み上げたので染々と呟いていたのだが、シャルルからすれば仲のいい兄妹の話でしかないらしい。

まあ、それはともかく後方で起こった大爆発はどうせナツたちがトラップか何かにかかったのだろうとしておき、こちらはこちらで探さなければならないと思い、捜索を再開。

――だが、この付近に来てから妙な魔力を感じる。それも2つ。三人ほど近くにいるのだが、一人はエルザだと思える。そうなれば、近くに目的の人物であるジェラールがいるのではないかと思う。しかし、もうひとつの判明していない魔力はなんだろうか?

もしかすれば、先ほどブレインが言っていたミッドナイトなのかもしれないが、それならそれでめんどうな気がする。

多分相手側は話通りならば、記憶を失ったジェラールを何かに利用しようと企んでいる可能性がある。そうなれば、こっそり尋ねることも出来ないだろう。

相手からすれば、知られると厄介な上に逃げられたくもないだろうしな……などとレインは考えるのだが、こういうときに限って当たる気がする。

それはさておき……()()()()()尋ねておくべきか。

 

「ウェンディ、昔交わした約束の内容、覚えているか?」

 

「あ、はい。確か……()()()()()()()()()()()ですよね?」

 

それを聞いた途端、レインはすかさず……()()()()()を殴り飛ばした。ボールのように吹き飛ぶウェンディ。それを見て悲鳴をあげるシャルル。

だが、レインの眼は氷のように冷たく、心も落ち着いていた。

 

「ちょ、ちょっとアンタ!? ウェンディに何をするのよ!!」

 

「シャルル、さっきのはウェンディじゃない。敵だ、本当のウェンディなら約束の内容を(たが)えないからな」

 

そういうとともにレインは後方の建物に向かって“天体魔法”の“流星(ミーティア)”で加速したままで突っ込み、中から建物を崩壊させる。崩れ行く建物からいち早く脱出したレインの腕に抱えられていたのは青髪の少女。

意識は無いようだったが、怪我もなくただロープで身体を縛られていただけだった。

 

「う、ウェンディ!?」

 

「やっぱりな。あの時、何か閃いたウェンディはオレとシャルルを置いて、真っ先に階段を駆け降りた。その時にウェンディを眠らせてすり代わったんじゃないか? 六魔将軍の傘下の闇ギルドさん?」

 

そういうと同時に後ろや前、さらには建物の上や中から続々と怪しげな格好をして、如何にも悪そうなヤツらを思わせる魔導士たちが姿を現す。

どうやらここに誘い込んで偽物のウェンディが建物か何かに入ってから倒壊などで大ダメージを与えて倒すor殺すという作戦を立てていたのだろう。

本物のウェンディが縛られているのは、多分売り払ってお金にでもしようと闇ギルドらしい最低な資金集めの犠牲にしようとしたに違いない。

オレがこういうのも何だが、確かにウェンディは可愛い。多分売り払ったりなどすれば、結構な値をつけられてしまうんじゃないかと思うぐらいにだ。

先にいっておくが、オレは“ロリコン”ではない。

 

「んで、まあ……。バレバレな訳だが、どうする? お前ら」

 

「チッ、聖十とは言え、不意討ち爆撃とかなら倒せると思ったのによ」

 

「さっきの男は見事に引っ掛かってやられちまったからなぁ」

 

「さっきの男?」

 

怪訝そうな顔で尋ねるレインに闇ギルドの彼らは平然と言い放つ。

 

「そうさ、ジャガイモみたいな頭した聖十の男だ!! ブレインの罠に見事に引っ掛かって戦闘不能らしいぜ、ガハハハッ!!」

 

「ほう……、そうか……」

 

下を見て俯いたレインに闇ギルドの彼らは笑いながらに「ザマァねえよなぁ」や「どうだ? 同じ仲間がやられた気持ちは!?」などと喚きながら嘲笑ってくる。

だが、レインは……

 

「――ねえ……」

 

「あん?」

 

「――ねえな、アイツ」

 

「なんつってんだよ、ガキぃ!?」

 

キレ始める彼ら。それに構わず、レインは息を吸い込んでから……

 

「どいつもコイツも鍛練が足りてねえつってんだろうがあああああ!!!」

 

と大声で叫んだ。あまりの声の大きさに誰もが耳を塞ぎ、ぐわんぐわんと揺れ動いてしまいそうな意識を必死に繋ぐ。その声は、まるで竜の雄叫び。

――その時のレインに後ろには微かにドラゴンの咆哮が浮かび上がっていたらしい。その声に驚き、目を覚ましたウェンディもまた耳を閉じていたが、自分が抱えられていることのほうが余計に驚いていた。

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

「ん? ああ、目が覚めたか、ウェンディ。油断大敵だぞ、必ず一人では行かないこと。約束できるか?」

 

「……うん…」

 

少し落ち込んだような顔をするウェンディに対し、レインは優しくその頭を撫でて笑ってやる。そんないつも通りの義兄を見て、ついウェンディも微笑んでしまう。

そんな二人に茶々を指すものも当然いるわけで……

 

「なに、二人でニコニコしてんだ、てめぇ!!」

 

「構わねえ、あの娘ごとやっちまぇ!!」

 

その号令に従った彼らは次々とレインに襲いかかっていき、たちまち砂煙が状況を分からなくする。シャルルは二人の名前を叫ぶが、あまりのことで不安しかなかった。

――だが、砂煙が消え去った後には謎の風で作られた防壁が二人を囲んでおり、まったくの無傷だった。静かに防壁結界を解いてレインは呟く。

 

「天竜の羽衣……、オレの魔力が尽きるまではある程度の威力まで完全に封殺する防御専用の天空の滅竜魔法だ。結構覚えるのがハードでな、神経すり減らすかと思ったぐらいだ」

 

「か、完全に封殺しやがんのかよ……」

 

「そんなのアリかよ……」

 

「さて…と。ちょっと手荒く行かせて貰おう…か!!」

 

最後を強調して片足を上げてから地面を思いっきり踏みしめるレイン。次々とヒビが行き、とんでもない震動がニルヴァーナ全体を揺るがす。一見レインには到底あり得ない震動の巨大さだが、途方もない魔力を貯蓄しているレインには関係ない。一点集中で地面を踏みしめれば、どんな乗り物も地面にめり込ませることが出来る。

――言ってしまえば、ニルヴァーナだって……

 

「めり込ませることだって出来る訳だが、時間稼ぎに過ぎないな。さて……返り討ちに会いたいヤツから来い。相手してやるよ」

 

「そんなのアリかよ……」

 

「くそっ、まあいい!! やっちまえ、野郎共!!」

 

――だが、彼らの足は動かなかった。目の前にたつ(レイン)の眼力がそれすらをも縛り付け、身動き一つ取れないほどに。

すると気がつけば、地面は謎の紋章を描いており、そこは眩しいほどに輝いていた。ある地方では“北斗七星”を現すその形は……

 

「悪いが、動けない時点でお前の敗けだ。さっさと失せろ!!」

 

そう言うと、レインはウェンディをすぐに下ろした後、両手を前に向けて“北斗七星”のような形を取るとすぐに魔法を発動させる。

 

「七つの星に裁かれよ!! “七星剣(グランシャリオ)”!!!」

 

その眩しいほどに強く輝くその光は彼らを包み込み……吹き飛ばす。空高く、流星の如く。流れ散るように……。

 





さ、さて…気を取り直しまして……。そういや、この小説なんですが、8/23に

書き始めたんですが、よくよく考えてみれば、まだ1ヶ月しか経ってないんですよね。

驚きです、今まで書いたヤツでここまで来るのに半年か3ヶ月以上はかかってたと

思います。これもみなさまのおかげです、ありがとうございます!!

これからもこの作品を読んでいただけると嬉しいです!!祝20話目!!


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哀しみを知る者


いやー、いろいろと化け物なオリ主を書いてしまう癖が治りません(笑)

今回常識はずれなレインが出ます、お気をつけください。



「さて…と。ウェンディ、一人で我先にって行っちゃダメだろ?」

 

「ごめんなさい……」

 

「ホントよ、もう。コイツがいなかったら、アンタは売り飛ばされていたかもしれないのよ!?」

 

「ごめんなさい……」

 

怒りを顕にしてウェンディを心配しながらも、叱っているシャルルを見て、レインは素直じゃないなぁ…と思いながらも目の前にいる義理の妹をしっかりと忠告しておく。

次第に涙ぐんでいくウェンディ。それに気がついたシャルルは少しずつ叱るのを止めていく。それを見越し、レインは一歩前に歩み出て、今にも泣いてしまいそうなウェンディの頭に手を置いた。それからすぐに少し手荒いが撫でてやり、笑って見せる。

 

「――でも、ウェンディが無事で良かった」

 

「うぅ……お兄ちゃん……ありがとう……」

 

涙を目尻から流しながら、感謝を伝え、レインに抱きつき、泣き始めるウェンディ。抱き締めたときの温もりは何よりも自分の目の前に大切な妹がいるという実感を湧かせてくれる。

ゆっくりと頭を繰り返し撫でながら、泣きじゃぐるウェンディを落ち着かせていき、励ましていく。なんだかこんなことが昔にもあった気がする。そんな思いを抱えながら……。

その後、泣いたことで目元を赤くしたウェンディがレインの横に並び、微笑んでくれるとついつい、レインは意地悪なことをしてしまいたくなったが、なんとか耐える。

懐かしい感覚というのは、堪えるのに結構な我慢強さがいる気がする。そんなどうでも良さそうなことすら大切にも感じる。

それはともかく、そろそろジェラールを探さなければならないなと思い、魔力の感知を再開する。すると、付近……とまでは行かないが、一部の魔力が消えたような辺りがあることに気がつく。予想通りならば、エルザとジェラールが最後の一人であるミッドナイトを倒したのかもしれない。

そう期待を寄せながら、ウェンディとシャルルをその場所へと案内する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いざそこへ向かってみれば、見覚えのある緋色の長髪を靡かせる女性と青色の短めの髪にコートを羽織っている男性がそこにいた。

見覚えのある緋色の長髪を靡かせる女性はこちらに気がつくと、その名を呼んでくれた。

 

「ウェンディ、それにレイン。無事だったか」

 

「エルザさん! 無事だったんですね」

 

「エルザも無事みたいだな。その感じだと……ミッドナイトは撃破済みかな?」

 

「ああ……。ところで、お前レインなのか? 雰囲気や髪の色まで違うが……」

 

「ん? ああ、こっちが本来……って言っても分かりづらいか。まあ、気にするな。オレはレインで違いないしさ」

 

「なんだか強気に感じるが……まあ、いい。こちらもなんとかジェラールと合流してたのでな。大丈夫だ、今は敵じゃない」

 

「……………」

 

「ジェラール?」

 

「君は……?」

 

そう言われた途端、ウェンディは少し後ずさった。覚えていないのかと思ったのだろう。しかし、即座にエルザはそれについて捕捉した。

 

「実は、ジェラールは今、記憶が曖昧なんだ。わたしのことも……君のことも覚えていないらしい……」

 

「そうだったんですか……」

 

「………」

 

「どうしたんだ? レイン」

 

考え込むレインに不思議そうな顔をするエルザ。それに気がついたウェンディやシャルル、さらにはジェラールも不思議そうにする。だが、オレ――レインは少々驚きを隠せなかった。それもそのはずの出来事があったからだ。

以前起こったラクサスによるギルドの不祥事たる『バトル・オブ・フェアリーテイル』の後、レインはいつの間にか姿を消していたミストガンを追跡し、訪ねにいったことがあった。

不自然と帽子を深々と被り、彼本人からは感じられなかった魔力に違和感を覚えたからだ。そう思い、それを隠さずに尋ねたところ……彼はオレの正体にも変なものを感じたらしく、それを条件に互いの情報を交換したことがあった。

その際にオレは見たのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な所を。

それを知っているからこそ、目の前にいるジェラールに疑問を抱いた。記憶をなくした目の前のジェラールと、ミストガンを名乗るジェラール。

二人に共通することは、顔と声が似ていると言うことだ。だが、してきた行いは全くもって逆である。だが……、それ以前に可笑しいことがある。

ミストガンの彼は記憶が確かに存在し、ずっとギルドの仕事をしていた。だが、目の前のジェラールは今日出会うまで“楽園の塔”におり、それから行方不明だった。

つまりここから導き出される答えは、目の前のジェラールとミストガンのジェラールは全くの()()()()であり、()()()()()()()()ということだ。

ここからさらに推測されるのは……この世界とは別の反転世界のような世界が存在するということ。それがミストガンのジェラールが魔力を持たない理由なのではないか……そう考えが次々と作り上がっていくが……。

 

「(――って言ってもあれだよなぁ…。証拠なんて無いしなぁ……)」

 

「どうかしたの? お兄ちゃん」

 

「あー、いや、なんでもない。それはともかく、ジェラール……だったな。ニルヴァーナ(これ)止めれるのか?」

 

そう尋ねるとジェラールは少し俯く。この感じだと、もしかすると対抗策がないか……または記憶がないせいで方法が分からないかということしか考えられなかった。

それに対して、シャルルは強く責めいるが、ウェンディがそれを静止しようと頑張る。

――だが、それどころではないことが起こる。

動きを再開していたニルヴァーナが突然動きを止め、前方に強大な魔力を蓄積させ始めたのだ。それに気がついたエルザが叫んだことによってオレたちに焦燥感が募っていくが……、よく見れば前方にはウェンディたちのギルドが見える。

もう……間に合わない。それを知るとウェンディはズルズルと座り込んでしまう。

 

「いやぁ……、止めて……」

 

ウェンディの悲痛な声が少しずつ漏れていく。目尻に涙が溜まっていき……

その時、オレの中にある苦悩が宿る。

 

 

 

 

 

オレは何のために、ウェンディに約束したんだ?

 

 

 

 

 

オレは何のために、悪魔になってでも生きることを選んだのか?

 

 

 

 

 

オレの覚悟はこの程度のものなのか?

 

 

 

 

 

オレが手にしてきた数多くの魔法は、なんのために必要だったのか?

 

 

 

 

 

オレの名前は……オレの名前は……オレの名前は……オレの名前は……オレの名前は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレは何のために、約束したんだ!!」

 

そう叫んだ時には、オレはウェンディの側から離れ、ニルヴァーナの前門――発射前の反転魔法の前に立ちはだかっていた。

それに気がついた時、丁度反転魔法は放たれる。迫り狂う善悪をひっくり返す最悪の魔法。それの圧力にオレは自分が消えてしまいそうな感覚を味わった。

自分の中の光と闇、それら全てが形すらない空白へと塗り変わっていくような……――

 

「――ただ、やられる訳が……ねえだろうがああああああ!!!」

 

自分の中に渦巻く巨大な魔力、それらを両手に絞り出していく。昂っていく感情に感化された身体、魔力が増幅され、次第にレインの左手は白銀の竜の鱗が姿を現し、巨大な竜の片腕を連想させる。レインの両肩からは竜と同じ翼膜が姿を現すと、足首、手首からも輪のように鱗が突きだし、次第に身体が竜へと近づいていく。

以前にも同じ現象を人為的に発動させたことがあった。――だが、今自分に起こっている身体の変化は人為的に発動させた時よりも明らかに違う何かを感じた。

身体から次々に溢れだし、自分の力が何倍にも膨れ上がる感覚、滅竜魔法の最終形態たる“ドラゴン・フォース”。

今までも強制的には発動させてきた。でも、それはあくまで自分の力をある程度まで増幅させるだけに過ぎない。いつかは限界が来る、限界値が設定された“ドラゴン・フォース”だ。

でも、今感じている“ドラゴン・フォース”は違った。どこまでも……どこまでも……強くなれる。そんな気がする、そんな思いが、強く……、強く……、躍動する!!

 

「哀しみを……哀しみを知らないヤツに……、オレは負けるつもりはねええええ!!!」

 

血のように紅く輝いていた瞳の光は、その思いに共鳴するように紅い瞳は突如、白銀色の光線を空中に軌跡を残し……、咆哮した。

レインの覚悟は神々しい輝きを放ちながら、大きく……、大きく……、その形を創っていき、その形は“天空を支配し、荒ぶる竜どもすらを押さえつけ、それらを従わせる天空を支配する白銀の竜王”。まさにその姿は……“天竜王”

 

「そんな魔法、オレが吹き飛ばしてやる!!」

 

レインの想いと願いはそのまま形となり、あらゆる障害を切り裂く咆哮と化す。

 

「滅竜奥義・改!! 双刃破・天竜王無双穿!!!」

 

白銀の竜王と化したレインが撃ち出す、今の自分に出せる最高威力の滅竜奥義。対象へと向けた自身の手から暴れ狂い、制御を拒んでいくような荒ぶり続ける天津風。暴風の如く、気高く、神々しく、竜を……、神をも殺し、立ちはだかる全ての者共を葬り去るような大竜巻。

双刃を思わせるような、その風はレインごと包み込んで反転させようとするニルヴァーナの波動に衝突し、それすらをも押し返し始める。

天剣の如く、勢いを増していく天津風はニルヴァーナの前門に大爆発を起こし、消え去った。

それを放ったレインは突きだしていた両手はズルズルと下へ力無く……伏せられ、身体から姿を現していた鱗や翼膜は霞んでいくように消えていき……レインは空中から墜ちていく。

 

「お兄ちゃん!?」

 

ウェンディの驚愕の声が意識を失っていくレインにも届くが……そこで彼の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――レイン……、レイン・ヴァーミリオン。いい名前ね――

 

――そうだろう? レイン、“雨”を意味する名前は哀しみを意味するんだ――

 

――どうして?――

 

――雨っていうのはなんとなく哀しいイメージを考えさせる。だからこそ、この子には誰かの哀しみが誰よりも分かってほしいんだ――

 

――誰よりも哀しみや痛みのツラさを知り、誰かのために強くあろうとする……そんな子になってほしいってことね?――

 

――そういうこと。この子がそんな子に育ってくれるといいね――

 

 

 

「(父さ……ん……、母さ……ん……?)」

 

霞んだ意識に浮かび上がった自分が知ることができないはずの景色とその場の願い。自分の名前、“レイン”の意味。それはずっとレインが知りたかったことだった。

霞んでしまっている両親の顔……、8歳になった頃、自分が行方不明になってしまう寸前まで見てきた両親の顔は今では思い出せない。

けれども、暖かい。暖かい自分の両親の願いと思いは悪魔になってしまったレインの心にも届いた。自分がそう願われて育ってきたのだと……それを知って……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ちゃん!! お兄ちゃん!!」

 

突然聞こえてきたウェンディの泣き声。懇願するような叫びは頭にズキンズキンと響いてくるが、暗転していたレインの意識を呼び起こすには丁度いいぐらいだった。

空気に匂いがあり、冷たい地面も感じられる。自分がまだ生きていることを伝えてくれる。そう感じると共に、レインは閉じていた目蓋を開け、目を開く。

掠れた自分の声に苦笑したくなるも、笑うことすら出来そうにない。全身が痛みに襲われ、再び感覚が遠ざかりそうになるのを必死に食い止め、泣きじゃぐるウェンディを落ち着かせる。

 

「……はは……、ウェンディ……、ギルドは無事か……?」

 

「う……うん!! で、でも……お兄ちゃんが……」

 

「……一回分は……防げたんだな……あとは……本体を……止めないとな……」

 

「何を言ってるんだ、馬鹿者!! お前、さっきので魔力を全部使い切っているんだぞ!!」

 

エルザの叱咤に今頃気がついたレイン。確かにさっきので残していた魔力は全消費した。これ以上の魔力は残ってはいない。――だが……

 

「……残ってないなら……ここで貯め直せばいいだろ……?」

 

そういうとすぐさま、レインは深呼吸を始め、周辺の空気をドンドン吸い込んでいく。いっきに回りの酸素が薄くなるが、それはやむを得ないだろう。

空っぽだった魔力は驚かざるを得ないほどの速さで回復し、身体の痛みは無くならないだろうが、なんとか魔力さえあれば、立つことぐらい出来る。

強制的に魔力が完全に元通りになると、レインは一人でフラフラと足元が覚束無いながらも立ち上がり、空笑いを浮かべて見せる。

 

「別に立てないわけでもないし……、ここで大人しく寝ているつもりもないさ……」

 

「お前……」

 

「アンタ、そんなことしたら死んじゃうわよ!!」

 

「そ、それならわたしが治癒を……」

 

すぐにレインに治癒を施そうとするウェンディを止め、レインはボロボロになったカバンからヒビが浅く入った小瓶を取りだし、一息に煽る。

 

「……ふぅ……、なんとかこれで動ける」

 

「さっき何を飲んだ?」

 

「痛み止めだ。しばらくなら持つ。それにオレは滅竜魔導士だ、別にこんな傷、直撃してるよりもマシだ、マシ」

 

「でも……無茶はダメだよ、お兄ちゃ…」

 

最後まで言い切る前にレインはウェンディの前に拳を突き付け、そのあと指を三本立たせて笑う。その三本の指が意味する何かはエルザやシャルル、ジェラールには分からない。

それでも、ウェンディには理解できた。あの時の約束を意味する“三本の指”。

つまり……

 

「オレはそう簡単に死ぬつもりもなければ、ウェンディの仲間を見殺しにするつもりもない。子供の誓いだろうが、何だろうが。オレにとったら死ぬより大事な約束だ、兄貴を信じろ、な?」

 

無邪気な笑顔を見せるレインは、昔のレインとは雰囲気も違えば、姿も変わっている。それでも、あの時に抱いた安心感と信じてもいいという実感だけは変わらない。

そんな無茶苦茶、無軌道、常識はずれなレイン()にウェンディは涙を忘れられた……。

 





……いや、あの…そのですね…許してくださいいいいいい!!!

えっと、ふざけた訳ではないんですが、殴り書き的な感じになりすぎました。

ホント、すいません。次回はあれですね、ナツメインで書くことになりそうです、はい。

頑張ります、色々と次は内容が長くなりそう……。

いつも5000文字なんですけどね……次だけ7000とか……(笑)

基本的に5000文字って読みやすいですね、個人的にそう思います。

長々としてなくて、あとの文が書いてる側としても適当になりづらいので。



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覚悟と咎


前回のあらすじ

ニルヴァーナの第一射目を相殺してみせたレイン。しかし、その代償は激しく、全身に傷を作り、魔力を一度切らせてしまった。だが、レインはもう一度立ち上がり、仲間たちとともにニルヴァーナ停止へと動き始めた。

って感じです、あらすじは(笑)

それと今回は前回の宣言通り、7000文字でした(笑)

まあ、次回はニルヴァーナ編のVSゼロ+VSラクリマのラストです。



「それにしても、なんか頭のなかに地図みたいなものが出てるんだが……」

 

「あ、それは《青い天馬(ブルーペガサス)》のヒビキさんが、動ける人に“ニルヴァーナ”の足にあるラクリマを位置を表示してるんです」

 

「へえ、なるほど。――ってことはウェンディにもアップされてるのか? この地図」

 

「あ、はい。そうなんですけど……」

 

何か言いづらそうにするウェンディに首をかしげる。それにしても、確かオレ――レインはニルヴァーナの前門、つまり空中であの魔法を迎撃し、見事相殺することに成功し、そのあと、確か落下したような気がするのだが、なぜニルヴァーナの上で目を覚ましたのだろうか?……という疑問が解決していないことにも気になっていた。

それに気がついたのか、ウェンディのとなりにいたシャルルが……

 

「アンタを助けたのはアタシよ。ウェンディが物凄く悲しんでたからね」

 

「しゃ、シャルル~!! い、言わないでよぉ……」

 

「それにこの子、攻撃系の魔法使えないのよ。アンタと同じ天空の滅竜魔法なのにね」

 

「あれ? ウェンディ、攻撃系の魔法覚えてなかったのか?」

 

「うぅ……、難しかったんです……」

 

「――なら、さっさとこれ終わらせてウェンディに魔法を教えるかな」

 

「え……?」

 

レインの言ったことに首をかしげたウェンディ。聞き取れなかったのかと思い、再度言い直そうと口を開く瞬間、ウェンディが尋ねた。

 

「えっと……、それって……お兄ちゃんが《化猫の宿(ケットシェルター)》まで教えに来てくれるんですか?」

 

「ん? そうだけど? 基本的に大した依頼が無くて暇だったしさ。丁度いいと思ったからな。まあ、教え方が上手いかは分からないけどさ」

 

「………」

 

驚いたまま固まったウェンディを見て、あれ?という表情を浮かべたレイン。試しにウェンディの顔の前に手をかざし、左右に振ってみるが、少し反応がない。

どうしたのだろうと思って声をかけようとすると、ウェンディは何故か抱きついてきた。突然の妹の行動に驚いたまま固まってしまいそうなレイン。

すると……

 

「会いに来てくれるんだ……お兄ちゃん」

 

「……ああ、大切な妹に会いに行くぐらい当たり前だろ?」

 

「うん…!!」

 

「ホント……。アンタたちってあれなのね。“シスコン”と“ブラコン”」

 

「シャルル!?」

 

「核心突いてくるな、ウェンディの友達って」

 

恥ずかしがりながらシャルルに言い返そうとするウェンディを見ながら、レインは静かに微笑む。こんな逆境でも、めげない心を持てるようになったウェンディ。それに聞いた話通りならば、ナツたちも立ち上がった。誰かのために自分の持てる全てをぶつけようとする心意気。仲間のためならば、どんな敵にでも立ち向かう気持ちと覚悟。

メイビスが願い、作り上げようとしていたギルドの最終でありながらも、終わりないスタートの原点。彼女が作りたかった家族の形がここにある。それが何よりも嬉しくなる。

自分もその一人なんだと思うと、レインはメイビスに影響されたんだなと思ってしまう。

本当に……どこまでも相手を自分側に率いれてしまいそうな……と思ったその時、レインは少しだけ浮かない顔をした。

あれから100年近くも経ってしまった……。約束を果たすと誓ったのに……そう思った。だが、それを吹き飛ばす者がいた。

 

「――ちゃん? お兄ちゃん?」

 

「あ、ああ……。どうかした?」

 

「ううん、なんだかお兄ちゃんが()()()()()気がして……」

 

「……………」

 

黙り混んでしまったレインに慌てて謝ろうとするウェンディ。だが、レインは別のことを考えていた。

いつもオドオドしていて少し不安を感じてしまいそうな妹のように一緒にいたウェンディ。いつも見ていてハラハラすることが多かった。

そんなウェンディに心配されてしまう自分はどうなのか?ウェンディを支えてあげる……そうグランディーネと約束したのに。

そう思うと、そんな自分に嫌気が差す。

――だが、逆に思えば、ウェンディもあれから強くなったのかもしれない。《化猫の宿》の一員として今まで頑張ったことが何よりもあんなにオドオドしていた少女を成長させたのではないか?そんな思いが少しずつレインの中で膨らんでいき……気がつけば、笑っていた。

 

「……はは、ははは!!」

 

「あ、あわわわ……(お、お兄ちゃんが怒っちゃった!?)」

 

「あ、アンタ、だ、大丈夫!?」

 

「はは……、いや、なんかウェンディも昔よりも強くなったのかもしれないなぁって思ってさ。いつも心配していたオレが逆に心配されて……なんかみっともないっていうのとは裏腹になんか嬉しくてさ。……やっぱりウェンディも成長してるんだな、安心した」

 

「???」

 

疑問符を頭に浮かべていそうなウェンディとシャルル。そんな二人を見て、なんだか嬉しさも感じながらあることを思い付いた。確かにこの考えは賭けだ。

失敗すれば、さっきみたいに防ぎき切れるものではないかもしれない。だが……、レインは賭けてみたくなった。目の前の少女がこれから先、どこまで強くなってくれるかの試しへと。

 

「頼みがある、ウェンディ」

 

「あ、はい。それで頼みって…」

 

「オレの代わりに6番ラクリマ、破壊できるか?」

 

「え……!?」

 

「あ、アンタ、なに考えてんのよ!? この子には攻撃系の魔法が使え……」

 

「できるさ。ウェンディにはできる。だって、オレの自慢の妹だ。それに滅竜魔法は元々強力な攻撃魔法だしな。ウェンディはきっと使える。心配するな、きっと大丈夫だ、“オレはずっと君を見守っている”」

 

「あ……」

 

「ちょっと失礼」

 

そう言うと同時にレインはウェンディの前髪を上にあげ、すぐに自分の額をウェンディの額にくっつける。それに驚き、さらには顔を真っ赤にするウェンディ。

だが、急にあることに気がつく。身体の中へと流れ込んでくる暖かい魔力の流れ。自分の持つ魔力と僅かな差以外は全部一致しているだろうと思われる大きな魔力がウェンディに伝わる。

何度も治癒魔法を使ったことで減っていたはずの魔力は気がつけば満タンになり、身体に次々と力が湧いてくる。今なら何でもできそうな気がするほどに。

そう思っていると、レインはウェンディから離れたあと、話した。

 

「何かあったら、グランディーネに願うんだ。自分に力を与えてくれって。いざとなったら遠隔攻撃系の魔法でラクリマを吹き飛ばす。だから安心して、自分を信じるんだ。オレは念のために準備しておくからさ」

 

「そ、それって……!!」

 

「あ、アンタ、まさか、さっきのを!? 次やったら助かるかどうか分からないわよ!? それに傷が深くなってるかもしれない今の状態だったら死ぬわよ!?」

 

「かもな、それでも成功すれば、オレは助かるだろ? いや、オレ()助かるかな?」

 

そういうとレインはウェンディから離れたすぐあとにしゃがんでから強く地面を蹴り飛ばし、空へと高く舞い上がる。軽く手をウェンディに振ったと共に彼は飛翔を始め……気がつけば、ウェンディたちの視界から消え去った。

レインに託されたウェンディは少し唖然としていたが、次の瞬間にはやる気に満ちていて、6番ラクリマのある方へと走り出した。

それに釣られてシャルルも走り出し、少女は仲間たちのために自分にできる最高の一打を決めにいくことを決めた。

 

「(わたし、頑張る!! 信じてくれたお兄ちゃんのためにも……、今戦ってくれているナツさんたちのためにも……そして、ジェラールのためにも!!)」

 

そんな強い決心を決めたウェンディを高い空の上から見下ろし、見守っていたレインは、小さく呟く。

 

「頑張れ、ウェンディ。君はオレの自慢の妹、そして……()()()()()()()()()魔導士になってくれるはずだ」

 

そう呟いたレインの目は血のように赤く染まっていたはずの眼ではなく、ウェンディと同じ色の優しい眼をしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1番ラクリマのある場所では……

 

 

 

「壊れんのはどっちかって? そりゃあ……お前に決まってんだろうがああああ!!!」

 

そう言いながら、片手の人差し指と中指を揃えて魔法をナツへと放つ六魔将軍のギルドマスター、コードネーム“ゼロ”。その指から放たれた貫通性の魔法、“常闇奇想曲(ダークカプリチオ)”は、前の人格たる“ブレイン”とは威力が段違いだった。

まるで鞭のようにしなり、ゼロの思うままに縦横無尽の動きを見せていく。それを危なげながらも避けていくナツ。ボロボロの身体とは思えない動きに舌を巻くような雰囲気を見せるゼロだったが、すぐさまナツに畳み掛けていく。

地面から次々と現れる貫通性のエネルギー体はナツの服や皮膚を浅くとも切り裂いていき、確実にダメージを与えていく。

放たれる魔法、それに苦戦するナツ。苦し気ながらも立ち向かい、動きはさらに良くなっていき、貫通性のエネルギー体を避けられるようになっていく。

それに気がついたゼロはすぐさま、ナツに正面から“常闇奇想曲(ダークカプリチオ)”を放ち、身体ごとぶち抜こうとする。だが、ナツはそれを“火竜の鉄拳”で迎え撃つ。

 

「ぐおおおおおおお……!!!」

 

雄叫びをあげながら、エネルギー体を少しずつ散らせていく。腕が持っていかれそうになるも、なんとか踏ん張っていく。押され続けていく足、それでもゼロの放ったエネルギー体は少しずつだが、威力を失っていき……ついには“常闇奇想曲(ダークカプリチオ)”は爆散し、ナツは不適な笑みをあげながら“してやったり”という顔をする。

――だが、突然ナツに浴びせられる炎の魔法。爆発とともにナツは吹き飛び、ひっくり返る。

訳もわからないまま、ナツは顔をあげる。すると、そこにはかつて“楽園の塔”で死闘を繰り広げたジェラールの姿があった。怪しげな表情を浮かべるジェラールに殺気立つナツ。

一方のゼロはジェラールを見たあとに、こう言った。

 

「そうか、貴様、記憶が戻ったのか?」

 

それが聞こえていなかったのか、ナツはジェラールに怒りを見せ、襲いかかろうと駆け上がっていくが、またもやジェラールが炎の魔法をナツに直撃させる。

だが、ナツは火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。火属性系統の魔法は逆に大好物であり、食べれば魔力すらをも回復して見せる。

それこそが滅竜魔導士の力なのだが、ジェラールはそれを知っているはずだ。なのに……、そう言ってもナツはそれを考えず、叫ぶ。

 

「オレに火の魔法は効かねえぞ!!」

 

「ああ、知ってるさ…。思い出したんだ、ナツという希望を」

 

「なに!?」

 

その言葉に驚くゼロ。怪訝そうな顔をするナツ。だが、ジェラールは言葉を綴り、告げていく。

 

「火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は、炎によってその力を増し、強くなる」

 

「貴様、完全に記憶が戻ってないな?」

 

「ああ、オレが思い出したのはナツという底知れない男だ」

 

そう告げるジェラールに訳がわからないナツ。

 

「さっきからなんだ? 記憶って……」

 

「オレには、この森で目覚める前の記憶がない」

 

「な!?」

 

絶句するナツ。だが、ジェラールはそれでもなお、続けて話す。

 

「最低のクズだったことは分かった。だが、オレにはその自覚がない。それでも、今は……ウェンディのギルドを守りたい、ニルヴァーナを止めたい、君たちの力になりたいんだ!!」

 

「そうか……」

 

「記憶が戻ろうとも…。オレの目的は変わらんよ、ゼロ」

 

そう言って見せるジェラール。ゼロは舌打ちをしたあと、嫌な顔をする。だが、そんなジェラールにナツは……迫っていき、殴り飛ばした。

 

「ふざけんなよ、てめえ!!」

 

「ぐっ……、今は君たちの力になりたいんだ……、分かってくれ……!!」

 

諦めずジェラールはナツに伝えるが、ナツはそれには答えず、ジェラールの胸ぐらを掴んで持ち上げていく。

 

「オレは忘れねえぞ!! エルザの涙を……!! お前が……、お前が……、エルザを泣かせたんだ!!」

 

「……………」

 

そう言われ、黙り混むジェラール。そんな二人にゼロは……

 

「そういうのはどっか別のところでしてくれないか? 鬱陶しんだよ!!」

 

叫びなから、即座に“常闇奇想曲(ダークカプリチオ)”を放つ。それに対応しきれず、ナツに迫るそのエネルギー体。そんなナツ……の目の前にジェラールは回り込み、その身に魔法を受けた。爆発とともに血を吐くジェラール。その光景に、“楽園の塔”での出来事を重ねるナツ。

未だに信じられないような顔をしていたが、倒れたジェラールが差し出す右手には金色の炎が揺らめく。とてつもない輝きにナツは興味を注がれる。

 

「今は……ゼロを倒してくれ……。オレを倒すなら……いつでもできる……。もうこんなに……ボロボロなんだ……」

 

「これは……」

 

「咎の炎……。オレの罪を現したものだ……許してくれなんて言わない……だけど、今は……この炎を受け取ってほしいんだ……。ゼロを倒す力を……」

 

右手に浮かんだ金色の炎。それをズイッと差し出してくるジェラール。ナツは少し疑い深そうにしていた。だが……、ナツはその手を握り、自分の身体に回ってくる金色の炎を喰らっていく。今まで食べた炎とは違う、力強い炎でありながらも、ツラい何かの感情を含んだ感じ。そんな金色の炎――“咎の炎”。そうしてナツは次々に身体へと入れていき……

 

「ごちそうさま……、あとは任せろ、ジェラール」

 

その金色の炎を喰らい尽くした。それを見て、ジェラールは右手を下ろし、少しだけ目をつぶったあと、結末を見守る。

それを見ていたゼロは……

 

「咎の炎か…。それを喰っちまったら、貴様も同じ罪を得たわけだ」

 

「ああ、だがな。《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》は罪には慣れてんだ。本当の罪って言うのはなぁ……」

 

そう呟くとともに、ナツは力強く地面を蹴り飛ばし、ゼロへと急接近して……頭突きを見舞った。

 

「誰も信じられなくなることだああああ!!!」

 

「ぐおっ!?」

 

ゼロを掴み、投げ飛ばし、落下したあとに畳み掛けていくナツ。すぐさま体勢を建て直し、反撃に移ろうとするゼロ。だが、そんな彼の目にあるものが移り始めていた。

巨大な金色の炎に包まれた黄金の竜。めらめらと燃え続けるナツの身体は徐々に姿を変えていき、その皮膚は竜の鱗の如く硬化し、身体からは強く魔力が滾滾(こんこん)と溢れ、ナツという魔導士は新たな世界へと進み始めた。

今までの自分では辿り着くのにまだ時間がかかっていたはずの世界。すでにレインや数多くのS級魔導士の何人かが辿り着く、真の実力を持つ魔導士が辿り着く極限へと。

 

「なんだこれ……。力が……力が何倍にもなったみてえだ……。それにこの感じ……“エーテリオン”を喰った時に似てる……」

 

自分の何倍ともなった実力に驚くナツ。そんなナツに、ゼロはある言葉を呟く。

 

「“ドラゴン・フォース”……。太古の時代を統べた竜の力……なるほど、やるじゃねえか」

 

そう言うと両手を広げ、ナツに挑発する。

 

「かかってこい、竜の力よ!!」

 

そしてナツはゼロとの一騎討ちへと走り出す。

 

「いくぞ、おらああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ、ニルヴァーナ前門前にて……

 

 

 

「やっと……か、ナツ。結構時間かかったな、その力を実感するのに。……オレもいくつか思い出してきた……、断片的なのが残念だけどな」

 

そう呟きながらレインは己の身体の傷を塞ぎ、または治療していく。治癒魔法は自分には使えない。それでも、傷口に消毒したりなどのことぐらいはできる。

そうやって自分のボロボロのカバンから色々な道具を取り出しては使い、使いきれば、その場で切り刻んで消滅させる。

 

「……“ゼレフ書の悪魔(エーテリアス)”……、“冥府の門(タルタロス)”……、“END”……、“アンクセラムの黒魔術”……、“黒魔法”……、“冥王”……、“アクノロギア”……、“大憲章(マグナカルタ)”……、“エクリプス”……、“ゼレフ”……」

 

次々と飛び出す見知らぬ言葉と怪しげな名称。それはまるで、これからの時代の行く末を予言しているような雰囲気であり、それを呟くレインも不思議と怪しげな雰囲気を醸し出していた。思い出していくもの全てがそれに直結し、形作っていく。

まるで自分を構築しているような……そんな雰囲気だったが、突然レインが血を吐く。

 

「ごほっ……ごほっ……!! はぁ……はぁ……、危ない所だったな……、()()()()()()()()()()所だった……。さっきのニルヴァーナのせいで強く頭でも打ったのか……? まあ、それはいいか」

 

口許を拭い、口の中の血の味に嫌な顔をしながらレインは目の前にそびえる巨大な魔法を見る。先程はなんとか防ぎ切れたが、次はどうしようもない。

だが、成功すれば全てが終わるだろう。それでも、レインは終われなかった。完全にニルヴァーナは破壊しなければならない。そう思っていたからだ。

ただラクリマを壊すだけでは、恐らく壊れる部分は少ないだろう。そこさえ修復し、ラクリマを変えれば動かすことすらも可能かもしれない。そう思えるのだ。

だから……、レインはラクリマが壊れると共に、ニルヴァーナの前門を貫通するように本体そのものを壊そうと考えていた。

完全に壊してしまえば、修復など不可能だ。あとは……その時を待つだけ。そう信じて……。

 

「ウェンディ……、信じてる。君なら、きっとみんなのためにラクリマを破壊してくれる。そして……強くなってくれるはずだ、()()()までに」

 





さて、そろそろ秋ですねー、多分普通だったらもう秋なんですけどね。

地球温暖化のせいで秋が夏に感じそうです、はい。

夜はとてつもなく寒くなったりしますしね(笑)

それはさておき、本好きな方なら“読書の秋”ですね。作者もそうです。

食欲の秋?ああ、サツマイモ美味しいよね、鳴門金時とか。←字あってる?

まあ、それは置いていて。そろそろニルヴァーナ編も終わりますね~、

エドラスのネタは思い付いてますよ~♪スイスイ進んだら良いですね~。

受験勉強も頑張らないと行けませんが(笑)

さてと、それでは次回で~♪


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希望の輝き


前回のあらすじ

作戦後もレインがウェンディに会いに行くことを誓い、その後ナツがドラゴンフォース発動。連行軍VS六魔将軍の最終決戦を開始した。

今回は結構な巨大伏線張ります。多分、冥府の門とかで回収するかな?



X■■■年 ■■月■■日 現在冥府の門(タルタロス)所有地ヘルズ・コア付近

 

 

 

そこには一人の黒髪の少年がいた。そのとなりには見知らぬ少年らしき何かもいた。しかし、その者の身体は竜のような鱗が突きだし、飛び出し、乱反射の輝きを見せている。

血のように紅く染まっている眼、額から突き出した二本の竜の角、背中には畳まれている大きな白銀の翼膜、強靭な竜のような両足、同じく強靭な竜のような両腕。

まさしくそれは竜人の如き姿だった。しかし、彼は竜ではない。それと同時に人間でもない。事実、彼は悪魔である。正真正銘の悪魔を喰らい、その身を悪魔へと昇華させ、竜の力を手にした人間を超越せし、謎の存在。

ただならぬ存在たる彼、何でも間でも破壊し、滅亡させ、破滅をもたらす邪神の如き存在ではあるが、彼は元々の自意識とは違う意識を持っていた。

喰らった悪魔の意識ではなく、もとの自分の意識でもなく、あるギルドにいた頃の意識でもない、新たな人格。ただ命令に従う存在であった。

だからこそ、目の前にいる少年に付き従う。彼ならば、自分を有効に生かしてくれると思ったのだろう。最初は少年も無視をした。

しまいには邪神のような彼を殺そうともした。だが、生命を奪うことは出来なかった。“生”と“死”を司る神、アンクセラム。その神に呪われた少年の力が目の前の彼には効かなかった。少年はいつかの矛盾を思い出す。またあれが発動し、今度は自分がああなるのかと。そうならば、ぜひともそうなりたかっただろう。軽く400年近くも死ねなかったのだ。そろそろ死んでしまいたかったはずだ。

人間は殺せない自分。だからこそ、人外の存在たる悪魔を創成した。だが、どれも自分を崇拝するものにしかならない。最後に産み出した悪魔はどうなったかは知らない。

だが、それはあと。それ以前に目の前の彼をどうするかだと少年は思った。

ただ命令を待つだけの彼、そんな彼に少年は命じた。“世界を見て、破滅させるべきか、そうしないかということを判断しろ”と。

そうして彼はその命にしたがった。いつしか彼はある悪魔と同格の存在となっていた。最凶最悪の悪魔たるENDと対をなす存在。

“時代の創成と世界の破滅をもたらす神なる存在”、最強最悪の悪魔、その名は……

 

 

 

 

 

“時代”という名を持つ悪魔、“ERA”。

 

 

 

 

評議院会場と同じ名でありながらも彼はもっと力があり、その世における審判。判決(ジャッジ)を降すのはあくまで彼だと他の悪魔たちは呟く。

伝説の黒魔導士ゼレフが認める矛盾すらをも砕く神に近しき悪魔。本来の姿は人間の身体でありながら、判決を降す姿は竜人の如く、破滅をもたらす姿は邪神の如く、光も闇も彼の目の前では“一”に過ぎなかった。

どんな存在にも等しき破滅をもたらす。それこそが彼であった。しかし……、彼の意識は煙の如く霞行き、そして消滅した。

重たくのし掛かる重荷が彼を耐えられなくしたのか、あるいはそれが彼にとっての終わりだったのか……。

それを知るものはいない。それを知ろうとする者もいない。それを知れば、その者の心と身体は蹂躙さえ、等しきな破滅の戦火に苛まれ、霧のように霞んで消える。

悪魔たちもそれを畏れ、知ることを止める。知ることを止めるどころか、彼の存在をも忘れ去ってしまう。だが、かつて空を支配し、地を黙らせた竜たちの一部は忘れなかった。

彼が再び目覚める時が来ると感じたからだ。

いつか彼が元より持っていた自意識を取り戻し、今度は自分の守りたいもののためにその力を振るってくれると信じて、あの竜は記憶すらをも失いし彼に新たな滅竜の魔を授ける。

そして彼は本当の意味での強者と化し、己に課された運命を喰い千切るだろう。

まるでそれは、かの“竜王祭”の延長線上に存在するかのように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は流れ、X784年 年月不明 六魔将軍壊滅作戦 ニルヴァーナ内部にて

 

 

 

そこには一人の少女と一匹の猫が目の前にある大きなラクリマの前に立っていた。そのラクリマは破壊しても残りのラクリマが存在する限り、時間はかかるものの復活してしまうものだ。だからこそ、同時に全てを破壊しないといけない。だが……、その少女には破壊系の魔法は存在しなかった。しかし……

 

「集中よ、ウェンディ」

 

「うん、分かってる……」

 

眼を閉じ、回りの魔力や空気の流れを感じ、空間を認識するウェンディ。大きな魔力の流れ、それを感じとりながら、自分が今するべきことへと集中する。

さきほど、声を大にして自分を育てた天竜グランディーネへと懇願したウェンディ。それを聞いていたのかは分からないが、自信のようなものは確実に少女に宿っている。

そんな中だ、ウェンディはあることに気がつく。

 

「(なんでかな? いつもより空気の流れや魔力が感じ取りやすい気がする……。なんだか不思議な感覚……)」

 

今まで感じたことのない微力な魔力の流れや繊細さを要するようなものまでも感じられるようになっている。それが何故、今になって感じ取れるのかが分からずじまいではあったが、それは確実にウェンディにさらなる自信と思いを増幅させる。

自然とだが、空間の認識が強くなり、針積めた空気の流れもまるで自分の一部のようにも感じるという感覚はウェンディにある疑問をもたらす。

 

「(なんで急にこんなに分かるのかな? わたし、こんなに魔力を感じられたかな?)」

 

集中する意識とは別の意識は不思議な今の感覚の理由を脳内で詮索し始めていく。今日の朝から今までの時間の間、自分に何らかの異常があったのではないか?……と。

そうやって自分の記憶を探っているうちに、あることを思い出す。ここに来る前に兄のように慕ってきた存在であるレインに額をくっつけられたことを。

一瞬そっちの方に意識がよって顔が真っ赤になりかけたが、なんとか耐え、ある結論を考え付いた。それはレインがあの時に圧縮した魔力の一部をウェンディに託したのではないかと言うことだ。その圧縮した魔力はウェンディが何かをする時にそれを援護するようにしてあったのではないか?……と。

そう思うと、自分の側に兄レインが居てくれているような気がして……。そんな安心感がウェンディを励まし、彼女は強く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どうしたどうしたぁ!! ドラゴンの力って言うのはそんなもんか!?」

 

白髪に赤い目を持つ軍服の男性――六魔将軍ギルドマスター、コードネーム“ゼロ”にひたすら蹴り飛ばされる桜髪の少年――ナツ。

先程までは獅子奮迅の動きを見せ、ゼロと渡り合っていた彼だが、いつの間にか圧倒させ続けていた。先程の殴りあいで恐らく動きが鈍ってしまったのだろうが、ゼロにとっては関係ない。動けなくなろうが、肉体さえあれば、蹂躙の対象だ。

だからこそ、好きなだけいたぶって、好きなだけ破壊という蹂躙を続ける。それだけを楽しむだけだ。これを見れば、確かに“ブレイン”のコードネームを持つ彼本来の人格が封印しておきたかった理由がわかると言うものだ。

正直なところを言えば、どうみてもゾッとする残虐さでもある。だが、ナツはそれに耐えようと頑張っている。それもそうだ、彼を倒し、ラクリマを破壊しなければ、ニルヴァーナは止まらない。そうなれば、ウェンディたちのギルド《化猫の宿(ケットシェルター)》が最悪の終わりを迎える羽目になる。ギルドの仲間同士で殺しあい、潰しあい、殺意だけの感情に囚われ、自分以外の人間が滅ぶまで殺しを続けてしまう終わりに。

だからこそ、ナツは負けてはならない。自分を信じてくれているだろう仲間たちとの約束を守るためにも。何よりも仲間のためにも……と。

自分をあっさりと凌駕し、自分が倒す予定だったラクサスでさえも、レインは簡単に圧倒し、ギルドの敵――ギルドに反旗を翻す者共――を駆逐するかのように返り討ちにしてみせた。

そんな彼がニルヴァーナの発射がギルドを襲うあの瞬間、その身を呈して魔法を相殺し、防いで見せた。そのせいで彼は大怪我を負ってしまったのだ。

今の状況で彼以上の実力をもつ人物はいない。エルザだって負傷している。それに六つ同時に破壊しなければならないのだ。だからこそ、倒れることは出来ない。

いつかのレインはこうナツに言って見せた。

 

――ん? ギルドっていう家族のためになら“国”でも、“悪魔”でも、“竜”でも……例え、“世界”でも倒してみたらいいんじゃないか? そうしたらガラッと見る世界がわかると思うよ――

 

そんな彼の言葉にナツは恥ずかしながら同じ思いを得た。だから……いや、だからこそでもある。今は立ち上がらなければならない。

今のナツにとって家族はギルドの仲間たちだ。例え、それが別のギルドだろうと一緒に戦った者はすでに仲間も同然だ。

ここでともに戦い、ともに同じ敵を倒してきた仲間だ。そんなヤツらに救われた仲間だってナツのギルドには存在する。

その感謝の思いと、裏切れないという強い責任感、数多くの仲間たちの思いはナツへと集束し、大きな原動力にする。

 

「ほう……、まだ立てるのか?」

 

「……ああ。オレは負けるわけにはいかねえ……」

 

「たった一人で、一国の軍隊と同格のオレが倒せると思ったか!?」

 

「一人じゃねえ!! オレの身体の中にはみんなの……、みんなの想いが巡ってるんだ!! オレたちはお前を倒す!!」

 

そう宣言するナツ。そんなナツにゼロは不適な笑みを浮かべ……笑った。

 

「そうか……。なら、貴様には最高の無をくれてやろう」

 

今までとは格の違う強大な魔力を練り、それを発動せんとするゼロを前に、ナツは叫びながら己の全てをかけて放つ。

金色の炎の輝きはナツを包み込み、その魔力を増幅させ、今まで以上の力を引き出していく。

 

「滅竜奥義!! 紅蓮爆連刃!!!」

 

両手に強力な炎を纏わせ、その威力を全身へと伝わらせ、ナツはゼロへと強襲する。

だが……

 

「我が前にて歴史は終わる……」

 

円を描くように両手を回しながらゼロはそう呟く。

 

「無の創世記が幕を開ける……」

 

円を描いた両手は一ヶ所に集い……放たれた。

 

「ジェネシス・ゼロ!!!」

 

どす黒い緑色の輝きは突如、悶え、叫び、苦しみの声をあげる亡者へと変貌し、ゼロの回りから数を増やしていく。

 

「開け、鬼哭の門!! 無の旅人よ、その者の魂を……、記憶を……、存在を食い尽くせ!!!」

 

ゼロの命によって金色の炎を纏ったナツへと襲来する亡者たち。動揺の色を見せたナツ。

 

「消えろ、ゼロの名の元に!!!」

 

その瞬間、ナツは亡者たちに包まれていく。叫び、もがくナツだが、それは儚く、その足掻きは意味を成さなかった。次々とナツは亡者たちの流れに包まれていき……そして、光なき無の世界へと引きずり込まれてしまった……。

それを見ていたゼロは最後に呟く。

 

「これでお前も、無の世界の住人だ。終わったな…」

 

 

 

 

 

 

暗く、輝きの光さえも存在しない無の世界。ただ一人、ナツはその中で漂うだけだった。

 

「何も見えねえ……。力が入らねえ……。畜生……」

 

そう呟くナツ。そんななか、突如彼の前に見覚えのある暖かな輝きが姿を現す。聞こえてくる懐かしの声。それはかつてナツを育てた炎竜王イグニールの物だった……のだが。

ガツンっ!!

という音とともにその輝きは何処かに飛ばされてしまった。あまりのことに固まるナツ。しかし、目の前にいたのは……

 

「お前、何してんだ? なに呑気に寝てんだ? 昼寝か? 今、夜だぞ、夜。多分深夜だ、寝るなら寝るでベッドで寝ろ、身体痛めるぞ、バカナツ」

 

どうみてもレインだった。だが、おかしい。彼は確か大怪我を負ってしまったはずだ。そんな疑問を思っていると、レインらしき何かは言う。

 

「一応お前にもオレの魔力を忍ばせてたんだよ、最初に出会った時にな」

 

咄嗟にナツは投げ飛ばされた時のことを思い出す。それをみたレインはニヤリと笑い、話を続けた。

 

「――んで、お前はここで独り、無の世界の住人になるのか? お前はイグニールの息子だろ。そんなんじゃ、炎竜王の名に傷がつくぜ?」

 

「んだと、レイン!!」

 

「噛みつく力はあるのか。なら、ささっと立て。せっかくお前に期待したオレの妹を泣かせるなよ、バカナツが」

 

そう好き勝手に言うや否や……レインの魔力は何処かに消えてしまった。だが、確実にナツの中にはある思いが目覚める。

それは……

 

「覚えてろよぉ、レイン!! ぜってぇ、ボコボコにしてやる!!」

 

そう叫ぶとナツはイグニールへの送る最高の一撃を見舞うために、無の世界に金色の輝きを放ち出した。

その輝きはナツを閉じ込めていた亡者たちをも焼き殺し、ついには無の世界に亀裂を入れ、吹き飛ばす。外にいたゼロはその光景に目を疑っだが、その瞬間に戦慄する。

吹き荒れるような金色の爆炎。ナツの叫びは、ドラゴンと同等の咆哮と化し、踏み出された足はドラゴンの強靭な足を思わせた。

ナツそのものが別の大きな存在へと変化するような感覚に見舞われたゼロ。突然襲い来るナツの頭突きに耐えられず、宙を舞う。

そして……

 

「全魔力解放……!!」

 

ナツが持つ最強の滅竜奥義が今、放たれる。

 

「滅竜奥義!! 不知火型……!!」

 

金色の爆炎は不知火の如く、点滅を繰り返し、紅き爆炎へと変貌していく。その巨大な炎の渦はナツを包み込み、紅き爆炎はナツへと伝わると同時に金色の爆炎と紅き爆炎の要り混ざる強大な炎の竜巻へと変化した。

 

「紅蓮鳳凰劍!!!」

 

全身を燃え上がらせ、まるで強大な剣の如く突き刺さるナツの突進。それはドラゴンが飛翔を始めるが如く……天へと昇っていった。

 

「ぐおおおおお!!??」

 

「うおおおおお!!!」

 

ゼロの断末魔、それを飲み込むようなナツの咆哮。そして……突き破られていくニルヴァーナの階層はついにラクリマの部屋へと到達し、ナツの最後の大技はラクリマを吹き飛ばした。

 

 

 

 

同じく一方の仲間たちは……

 

氷の造形(アイス・メイク)、“砲撃(キャノン)”!!!」

 

「モオオオオ!!!」「「いっけえええ!!!」」

 

「ハァ!!!」

 

「煌めき、無限大ー!!!」

 

そして……ウェンディも

 

「(みんなのためにも、絶対に…!!!)」

 

その想いとともにウェンディは身体の中にある魔力を一点に集中し、溜め込んでいく。口のなかに溜まっていく風たち。それを的確に……ラクリマへと放つ。

そんななか……、ウェンディは誰かに背中を押されたような感覚を味わった。トンっと押され、誰かが「いけ、ウェンディ!!!」とでも言っているかのように……。

それに答えたのか、ウェンディは勢いのまま放つ。

 

「天竜の……咆哮!!!」

 

撃ち出されたようなブレスはそのまま、固いラクリマへと直撃し、みるみる亀裂を広がらせ……砕き伏せた。

見事、ラクリマを破壊したウェンディとシャルルは感動に声を震わせ、お互いに嬉しさを共有した。そんな少女が感じた謎の後押し……ウェンディにはそれが誰だか分かっていた。

 

「(最後まで、応援してくれたんだ……、お兄ちゃん!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、レインの方はというと……

 

 

 

両手を組み、頷きながら崩れ行くニルヴァーナを眺める。だが、レインもまだ最後の一撃を見舞っていない。だから……

 

「さぁて……、とっととぶっ壊してやるか!!」

 

そう叫ぶとともにレインの左手は見たことのない紋章を浮かび上がらせ、それは強く鼓動を打つかのように光を増させる。

赤い輝きは彼の魔力に反応し、次の瞬間には金色の紋章の輝きへと変化する。それとともに、レインは左手を前へと突きだし……、叫んだ。

 

「集え、妖精に導かれし光の河よ!! 照らせ、邪なる牙を滅するために!!」

 

集束された光の輝きは目の前にあるニルヴァーナの中心に狙いを定めるようにロックオンされていく。

そして……レインは強く唱える、メイビスとの盟約によって手にした最強の妖精三大魔法の一つ、彼女が管轄する一点集中の超攻撃型の一撃を。

 

妖精の輝き(フェアリーグリッター)!!!」

 

太陽と月、さらには星の光を集め、凝縮した破壊の閃光は対象たるニルヴァーナの中心を外すことなく、破壊し尽くす。

その威力に少々ドン引きしそうになるレインだったが、彼は少しだけクスリと笑い、こんな魔法を管轄しているメイビスに感心しそうになる。

 

「(まったく……本当にお前も……)」

 

そう心のなかで言うや否や……レインは六番ラクリマがあると思われる場所へと空中を地面を蹴り飛ばすように駆け出した。

心配すぎて離れるのに悩むくらいの(ウェンディ)を助けるために……。

 





さて、次回はアニメや原作コミックス題名で言えば、「たった一人のためのギルド」です。

まあ、ニルヴァーナ編最後なんで頑張ります、引き続き。

それ終わったらしばらくはあれです、オリジナルストーリー的な……あれです。

それもちゃっちゃっと終わらせて、エドラス行くんでご安心を♪


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本当の仲間


前回のあらすじ(簡単版)

各種メンバー、ラクリマ破壊。さらにゼロ撃破。そんなところに叩き込む“妖精の輝き(フェアリーグリッター)”。

ふうー、ニルヴァーナ編完結ですねー。前回の話でいろいろと感想頂きました。

まあ、まだ確定じゃないです。あれですよ、あれ。実はこれから出てくるオリキャラが

そうだったりするっていうオチありますよ?

ERAが決してレインじゃない可能性だってありますし。

例えば、レークハルト=アースレイとか。あ……オリキャラの案の一つバラしてしまった。

…えーっと、みなさん、聞かなかったことにしてくれません?

そのお願いします、ホントすいません。



「ニルビット族の衣装……か。結構モノはいいんだな」

 

そう染々と呟くレイン。彼が纏っているのはウェンディに進められたコート型のニルビット族の衣装だ。予備に着ていたシャツだけでは何かと味気なかったので丁度いい。

相も変わらずレインはコートを羽織り、前は止めずに、裾をヒラヒラと空中に遊ばせるスタイルであり、はいているズボンは足首付近までの長ズボンである。

そのレインの背にはごく普通の刀剣よりは長めの愛剣、“グランディーネ・リトライ”が軽々と吊られ、その重さはナツですら落としそうになるほどなのだが……、レインはごく普通にこれを振り回す訳だ。

そんなレインは片手にボロボロになってしまった読書時に読んでいた本をパッと開いて中身を読もうとしたが、結局読めないくらいに損傷が激しかったために読むのを止めた。

さきほどウェンディに中身がなんだったのかと聞かれたのだが、レインは即座に“魔導書”とだけ答えている。出来れば、妹のような存在であるウェンディには嘘をつきたくはなかったのだが、実際の内容は“現在の闇ギルドの残りとゼレフ書の悪魔の発見情報”である。

未だに記憶の各所、不安定なところはあるものの今必要な記憶は全て取り戻している。そう思うと気が楽だが、やはり記憶は全部取り戻しておきたい。

失われた記憶……、それがウェンディの目の前から姿を消したことやメイビスがああなった後のことを知る手掛かりなのである。

だからこそ……と言うべきなのか、そうではないのか。正直今のレインには分かるわけもなく、ただ伝えないといけない真実を足早に知らせるべきなのだと焦る自分に苦笑する。

それにしても……、“ゼレフ書の悪魔”とは一体何処から生まれ、どうやって倒すのだろうか?そんな疑問がレインの中で立ち込める。

実際、未だにレインもその悪魔たちには出会っていない。闇ギルド殲滅系統の依頼で出会すのではないかという考えで行動したことが多かったが、結局悪魔にとって下等な人間には興味がないのでは?という結論が出るだけだった。

さて……それはともかくだが、ここ最近調べているうちに見つけた、ある悪魔の名前。

最強にして、最高位に君臨する全生物の審判とでも言っていい悪魔、“ERA”。

これに関してはレインも情報不足だと痛感した。この作戦前にも古くからあるギルドの書物を漁りに漁ったが、結局はかすり傷にも満たない。

 

「(最強最悪のゼレフ書の悪魔、ERA……か。ドラゴンたちなら知ってたりするのか……、まあ、それが分かってたなら炎竜王イグニールとかに忠告やら情報提供やら出来るんだがなぁ……)」

 

などと染々と思う。そうやってとっとと終わらせた着替えに与えられた時間を潰していると、外から声が聞こえた。

 

「お兄ちゃんー、着替え終わりました?」

 

「ん? ああ、終わったところだ。ちょっと待ててくれ」

 

そう言うとそそくさと破れていた着替えを荷物を入れたトランクのようなものに次々と畳んでから詰め込み、蓋を閉じるとトランクをそこに置き、外へと出る。

外に出ると、いつもの緑中心の服を着たウェンディが待っており、顔を合わせた途端、ニッコリと微笑んでくれた。

 

「待たせてごめんな、ウェンディ」

 

「いえ、大丈夫です。えーっと……その……ニルヴァーナが崩れた時、助けてくれてありがとう、お兄ちゃん」

 

「ん? 気にするなよ、元々余計に崩壊する原因作ったのオレだったし」

 

今話しているのはレインがニルヴァーナに向けて妖精三大魔法の一つ、超高難易度魔法である“妖精の輝き(フェアリーグリッター)”を放った後のことだ。

見事六番ラクリマを破壊して見せたウェンディ。あとは脱出するだけとなり、シャルルに引っ張られながら足早に外へと急いでいたのだが、シャルルに聞いたところ、そんな大事な場面でいつも通りにウェンディが綺麗にこけたらしく、その上に瓦礫が落ちて来るときにレインが来たと言うことだったそうだ。

まあ、こっちは適当にウェンディ捜索するために瓦礫を全部切り刻んでいただけなのだが、たまたま近くにウェンディがいたらしく、飛ばした斬撃がウェンディを襲った瓦礫を粉砕したそうな……。まあ、たまたまというか……ほぼ偶然だったためにお礼を言われるのもなんだか変なのだが、そこはウェンディらしくお礼を言うらしい。

礼儀正しいのは昔から変わらないなと思いながら、無事だったことに嬉しくなる。

 

「……と言っても、ジェラール助けられなかったのはオレもダメだな……」

 

「そ、そんなことないよ。お兄ちゃんは……」

 

「……にしてもあれだな、新生評議院だっけ? 少しイラってきたな、トラップ踏んでたら嬉しいんだがなぁ……ぐふふ……」

 

怪しげな笑いとともにギラギラと眼を光らせるレインにギョッとし、少し怖がるウェンディ。ジェラールを捕縛しに来た評議院の第四検束部隊《ルーンナイト》のあの態度と礼を言わないことに激怒したジュラ同様、怒りを見せ、危うくレインは色々とヤバそう――というよりは実際威力が洒落にならない――も魔法を撃とうとしていたらしい。

エルザの命令、さらにはレインが犯罪者になってしまうことを悟ったウェンディによって、なんとかレインは落ち着いたのだが、通りすがったラハールという隊長の男へレインは……

 

――お帰りの際はちゃんと()()()()ご確認してから、しっかりと任務果たせるように尽力しては如何かな? 権力を見せつけるだけの礼の言葉すら言えない()()()()()()さん――

 

とラハールにしか聞こえない声の大きさで伝えていた。もちろん、そばにいたウェンディは聞こえていたために焦りが募っていたらしい。

 

「お兄ちゃん、あんなこと言ったらダメだよ!!」

 

「まあ、まあ。どうせ捕まらないし、行方眩ますのは得意分野だから。それにどうせ……、今ごろは病院にでもいるんじゃないか? 六魔用にセットしておいた自律魔法でも踏んでさ」

 

とまたそう言うとレインは怪しげな笑いを浮かべながら、とてつもなく怖い顔をする。思わず目尻に涙が溢れてしまいそうになるウェンディだったが、とりあえず話題を変えようと頑張ることにした。

 

「そ、それはまた今度にしましょう、お兄ちゃん。えーっと……、あ、そうだ。お兄ちゃん、今何歳ですか?」

 

「多分……100越え?」

 

「へえー、お兄ちゃん100歳以上なんですか~……え?」

 

「ん?」

 

「えーっと……嘘、ですよね?」

 

「嘘だな、多分実際14歳(……ま、まあ…、悪魔になる前の年齢が14歳だったしなぁ……、身体が歳取ってないからどうすればいいのやら……)」

 

「そうなんだ、わたし今年で12歳です。ふふ、2歳差なんですね~♪」

 

無邪気に笑うウェンディ。この時初めて知ったウェンディの年齢。それを聞いて少々ヤバいなと思うレイン。身体が歳を取らないと言えば、普通なら羨ましがられるか化け物扱いされるだろうが、このままだとウェンディが歳上になり、レインが弟立場になる。

――などと思って真剣に焦る。何故、こういうところが気になるのかはレイン本人でも分からない。

 

「そういや、誕生日プレゼント渡してないな……」

 

「え……? い、いえ、別にわたし、子供じゃ……」

 

「ま、18歳まではオレもウェンディも一見子供だからなぁ…。別に恥ずかしがらなくてもいいぞ? ほしいものあるなら買ってやるしさ」

 

「………、じゃあ、また考えておきますね」

 

「ああ、別に家クラスの値段でも軽々出せるから安心していろよ?」

 

「…あはは……、流石にそれはわたしも嫌です……」

 

本気で言った訳でなく、洒落レベルのつもりで言ったのだが……ウェンディは本気で遠慮していた。まあ、流石に家クラスの値段は出せるは出せるが、流石に生活費が……。

そんなことを考えていると、待ち合わせの地点であるギルド本部テント前の十字路のように道がしかれた場所に辿り着く。

そこに着くや否や、ウェンディはレインに一度別れを告げて、今度はルーシィたちの着替え室たるテントへと駆けていった。

 

「(自己犠牲みたいに動くなぁ、ウェンディ。だからあんなに優しく育つんだろうな、昔と本当に変わらない。変わるよりも今の自分のまま変わらないでいられるってのは結構難しいのにな、今の世界事情的なものでいうと)」

 

そんな正直どうでもいいようなことを考えながら暇を潰すレインだが、素直にウェンディのことは喜んでいる。あとは少し気の弱くオドオドしているところが治ればな……などと考えながら、読書を……と思った所でため息をつく。

どうしてこんなときほど本を読みたがってしまうのだろうかと思わざるを得ない。それはさておき、気がつけば後ろの方にナツやグレイがやってきていた。

 

「二人とも、意外と似合ってるな。傷の具合はどうだ?」

 

「お陰さまでな、お前も治癒魔法使えるんだな」

 

「まあな。ウェンディみたいに万能じゃないけど」

 

「それはともかく、レイン!! お前、オレに変なものくっつけてただろ!!」

 

「保険だよ、保険。それで助かったんなら安いと思え、バカナツ。炎竜王の名に傷も泥もつかなかったんだからな」

 

「このやろう……!! いつかぜってえ、ボコボコにしてやる!!」

 

「無理だな、エリゴールに苦戦してたの見てたぞ、定例会の前くらいに」

 

「うぐっ……」

 

「へえ、そこまで見てたのか。なるほど、暇をもて余してたのか?」

 

「あー、ホント暇だったと思う。S級クエストってなんかしっくり来ない時があってな」

 

などと言っていると……

 

「ほう……、それなら10年クエストやらそこらを言ってみたらどうだ?」

 

「ああ、エルザか。まあ、それも考えとく。結構元気そうだな」

 

「……まあ、な。落ち込んでいてはギルドにも世話をかけてしまう。そろそろ落ち込んでいるわけにもいかなそうだ」

 

「それでこそ、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》最強の女と“妖精女王(ティターニア)”の異名を持ちだ」

 

「そういうお前こそ。ニルヴァーナの第一射、あれを吹き飛ばしたそうだな。流石は“天空の刀剣”と言ったところか」

 

「ま、“天空の刀剣”とか言うの面倒とか言うやつのせいで“天剣”、“天剣”って略されるけどな」

 

そんな風に笑って見せるレインとエルザ。あとから来たルーシィたちもエルザの立ち直りに安心したのか、笑顔を見せる。

例の如く、ルーシィの笑顔にハッピーがちょっかいをかけ、ツっコまれるという日常的な雰囲気を出してくれたりとしたお陰で雰囲気はさらに良くなった。

そんな中、《化猫の宿(ケットシェルター)》のメンバーたち、さらにはマスターであるローバウルも合流し、やっとこさ全員が揃った。

 

「“妖精の尻尾(フェアリーテイル)”。“蛇姫の鱗(ラミアスケイル)”。“青い天馬(ブルーペガサス)”。そして……ウェンディとシャルル。見事“六魔将軍(オラシオン・セイス)”を倒し、ニルヴァーナを止めてくれた。地方ギルド連盟代表として礼を言わせてもらおう。ありがとう。なぶら、ありがとう」

 

そう感謝を告げるローバウル。だが、そこに……

 

「いえいえ、これもわたしたちの役目。激戦に次ぐ激戦。消して楽なものではありま……」

 

そういいながら飛び出し、まるで自分も大活躍したような雰囲気を醸し出す一夜。そんな一夜をさらに目立たせようとするトライメンズの三人に……

 

「……お前、最初の時、普通に闇ギルドに捕まってたよな、一夜」

 

「ガァーン……」

 

畳み掛けるレイン。その顔は意地悪そうでニヤニヤとした悪魔のような笑みだった。だが、そこで終わるほどレインは優しくない。

 

「言っちゃ悪いかもしれないが……、ヒビキはまあ、ルーシィ助けたんだし、活躍したけど……。オレがニルヴァーナの第一射相殺したときにひょっこり出てきた残り二人。なんか活躍したか?」

 

「う……」

 

「た、確かに……」

 

「……とりあえず、一夜連れて一旦落ち着け。ローバウルさんの話途中だろ?」

 

「「あ、はい……」」

 

「メェーン……」

 

思いっきり(言葉で)叩かれ、撃沈したトライメンズ二人と一夜。それの原因を作ったレインを見てゾッとするルーシィとグレイ、エルザ。

とんでもなく悪そうな顔をしているレインに少々震え上がるウェンディたち。すると……

 

「――ま、確かにここにいる全員で果たした戦果だしな。意外と連合軍ってのもいい機会だったと思うぜ。それに……オレはそのお陰でウェンディと再会出来た。それで戦果なんか十分だ、一夜たちがどう格好つけようと構わねえさ。――目の前の依頼者に迷惑かけなければな? なあ……一夜=ヴァンダレイ=寿?」

 

「め、滅相もない……」

 

ニコリと微笑みながら、全員に自分の思った答えを告げたレイン。優しげな笑顔、そんな彼の滅多に見られない姿に見いる全員。

最終的には結局一夜を威嚇する始末だったが、彼はそれでも嬉しそうにも見えた。そんなレインにウェンディはまた、兄に向ける親しみが深くなる。

それを見ていたらしきローバウルは少し微笑むと、話を再開する。

 

「それにしても……君は本当にあの者に似ておるなぁ」

 

「あの者?」

 

「まさか……」

 

驚きを隠せないウェンディ。そんなウェンディを見て、反射的に答えを思い付かせるレイン。その直後、ローバウルは答えを告げた。

 

「そうじゃ…、あの青髪の少年じゃ。よく見れば、君も金色の髪に青い髪が混ざっておるのう…。“人々を照らす金色の輝き”、それに加えた“海のように深い心”。そうその髪は君を具体的に現してそうじゃな」

 

「……はは、そんなに大したヤツじゃないさ。どうやら……アンタ――いや、ニルビット族唯一の生き残りのローバウルさんの方が、もっと凄そうだな」

 

「「「な!?」」」

 

驚愕の声をあげるナツたち。それを聞いたウェンディやシャルルも信じられなさそうだった。あくまで彼らはニルビット族の末裔だとさきほどの戦いで知ったのだ。

――だが、レインはこう言った。

 

――ニルビット族の生き残り――

 

それが現す意味はローバウルたちが400年前の人間であることだということ。つまり、六魔将軍たちが恐れていたギルドの一員である彼ら自体がニルヴァーナの作成者だと言うことだった。しかし……

 

「お、お兄ちゃん……、嘘だよね……」

 

「……………ローバウルさん、アンタもそろそろ限界じゃないのか?」

 

「そうじゃのう……」

 

そう言うと共にローバウルから離れた場所にいた《化猫の宿》のメンバー一人が()()した。すると、そこからどんどん消滅する速度が上がっていく。

次々と消えるメンバーたち。それに驚き、悲痛な叫びをあげるウェンディとシャルル。だが、消滅は止まらない。むしろ加速していくだけ。

驚愕したのはウェンディたちだけではない。こっちにいるナツたちもだ。その中でローバウルがしていたことに一番驚いていたのはジュラだった。

 

「なんて魔力だ……」

 

確かにそうだ。見たところによれば、ウェンディがここに所属してからずっと彼らという存在であった幻たちは現存していた。それはつまり、それを現存させるための魔力が尽きなかったからだ。何年間も人格を持つ幻を動かすほどの膨大な魔力、それはローバウル自身がとんでもない魔導士のような存在であることの証だ。

今のジュラにも、今の記憶が完全でもないレインでもそれは不可能な芸当だ。それにレインは未だにニルヴァーナの魔法を吹き飛ばした滅竜奥義が()()()()()()

全魔力のうち、ほとんどを無駄撃ちしているままでは完全には程遠いと痛感していたぐらいだ。それはもう一人のレインがこの身体を使っていたときに確認していた。

だからこそ、強大な実力を持つ聖十の一人だからこそ、理解できる範囲なのだ。

 

「ホント、古代人って化け物みたいだな」

 

「なぶら、わたしなどまだ下の方じゃよ」

 

「へぇ、ソイツは楽しみだ。ところでその“なぶら”ってなんだ?」

 

「今聞くの!?」

 

という鋭いルーシィのツッコミが入ったが、気にしている暇はなさそうだった。ウェンディの叫びは届かず、ついにローバウルただ一人が残される。

そして、そのローバウルも少しずつ……少しずつ……薄れ、消えようとしていた。

 

「マスタ―!?」

 

ウェンディがあまりのことで思考が追い付かないその時、ローバウルは腕を突きだし、あるものを指差した。

 

「ウェンディ……。君にはもう……偽物の仲間はいらない。本当の仲間は……そこにいるではないか」

 

「え……?」

 

ローバウルが指差したその先にいたのは……連合軍として同じ戦場――というよりは作戦――で戦った仲間たち、ナツやルーシィ、グレイやエルザ、一夜やヒビキ、レンやイヴ、ジュラやシェリー、リオンや……ウェンディの兄のような存在であるレインがいた。

それを告げたあと、ローバウルは微笑みながらその身体が消え行くのを待つ。

ウェンディはローバウルへと走り出すが、辿り着く直前で彼は消えてしまう。だが……彼の声は最期まで届いた。

 

『みなさん……。ウェンディをよろしく……お願いします……。なぶら、よろしく……』

 

「マスタああああああ!!!」

 

泣き叫ぶウェンディ。微かではあるが涙を見せるシャルル。それはそうだ。何年も……長い間、ともに暮らした者たちだ。悲しくないわけがない。

その悲しみを知るのは、ここではおそらくエルザとヒビキ……そして……。

そんな時、ウェンディの左肩に手が置かれる。振り向いたウェンディ、その視線の先にはレインがいた。一度だけウェンディの額を人差し指でツンッとつつくと……

 

「なあ、ウェンディ。君の中にある思い出……、彼らとの思い出ってさ。偽物なのか?」

 

「ううん……、本物だよ……暖かかったもん……」

 

「それなら、良かった。ならさ、君が彼らを覚えててあげるんだ。そしたら……彼らは君がいなくなるまで、ずっと忘れ去られることはないんだ」

 

「あ……」

 

「でも、彼らが自分たちを偽物って言ったけどさ……。オレも彼らは本物だと思う。家族って言うのは……想いがあるからこそ家族なんだ。なら……その想いを繋ぐのも大事な役目だ。だから……一緒に来ないか? オレたちのギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》へ!!」

 

この日を持って……、引き裂かれた天竜の子たちはまた同じ空を駆け、見上げる。

すでに大きな翼を持ち、羽ばたかんとする天竜と、小さいながらも仲間を思う天竜。

妖精の名の元に……裂かれた運命は再び結びを得て、新たな世界へと。

 





お見苦しいところを見せました。ホント、すいません。英語ってなんだろうねって

感じな作者はいつも英語の呪詛に絞め殺されそうです。学校で発音の時なんか、

耳塞いだりします。あれはツラい、頭にガンガン響いてくるんで。テレビの音量を

50以上にしたときぐらい痛すぎる気がします。ホント、英語って難しいですね。

まあ、頑張って高校行きます、投稿も頑張ります。さて、次回はあれでも

ツッコミましょうかねえ……ぐっふふふ。ナツたちを襲った悲劇的なあれですよ、あれ。

オチも期待して……ないでください。オチは下手なんで、笑いも取れないし(涙)

まあ、頑張ります、はい。


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第三章 魔力求めし王と素顔隠す一人の少年
チェンジリング、再び 



はい、今回の投稿で三日間休み貰いまーす。ってな訳です、はい。身体を悪くしました。

今日の朝から体調悪いです、とりあえず休暇をゆっくりします。

しばらく学校も無茶しないようにしないとなぁ……。



覚えているだろうか?

かつて《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のクエストボードに貼り付けられた怪しげな依頼書。逆三角形に両サイドに古代文字がかかれたものであるそれは、《チェンジリング》と呼ばれた。

それにより、発動した身体と精神を入れ替える魔法は30分経つと戻ったり戻らなかったりとあやふやではあるが、それによって様々な魔導士たちに悪夢とトラウマを残していった物だ。

一度はあのS級魔導士であり、“妖精女王(ティターニア)”の異名を持つ女、エルザ・スカーレットがハッピーと入れ替わり、度々絶望を見せたぐらいである。

 

結局は全員が戻れたわけだが、今回はその《チェンジリング》が再び悪夢を見せる、そんなお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六魔将軍壊滅作戦その後、数日後の《妖精の尻尾》の書庫では……

 

 

 

「……ったく、こんなに散らかしてたのか、誰だ、こんなことしたヤツ……」

 

「ごめんなさい、お兄ちゃ……レインさん。わたしのお手伝いなんて」

 

そこでは一人の少年と少女が色々な本などが仕舞われている書庫にて、書類整理のようなことをしていた。

青く長い髪を持つ少女――ウェンディ・マーベルは《化猫の宿(ケットシェルター)》が事実上消滅してしまったので、誘われたこのギルドに所属することになった。

誘ったのはもちろん、目の前にいる金色の髪にウェンディと同じ青い髪が一房ある少年――現在S級魔導士内にて最強かと謳われる少年であるレイン・アルバーストである。

――と言っても、本人は名乗るときにレイン・ヴァーミリオンと名乗るのだが、これはこれで理由があるためである。

それはさておき、そんなS級魔導士の少年レインが何故、ウェンディの手伝いをしているのかと言うと……

 

「別に天狼島ぐらい行っても悪くないだろ……」

 

例の如く、またもや天狼島に事実上の不法侵入により、クエストを受けることを制限されてしまったのだ。それでS級以上のクエストが受けられないために、他の依頼を探したのだが、しっくり来るものがなく、妹のような存在であるウェンディの手伝いをしているわけだ。

 

「別にわたしのお手伝いなんて大丈夫ですよ? わたしだってこれぐらい出来ます」

 

「あー、それに関しては心配してないさ。でもなぁ……、時々変なもの混ぜてたりするんだよなぁ……、マカロフさん」

 

筋が通ってはいるが、内心は2割だけである。ほぼ8割はウェンディを心配してのことである。少しの間であっても、ウェンディと暮らしていたことがある分、彼女がどれくらいドジなのかぐらいは把握している。こんなところで梯子から落ちられたら、洒落にならないと思ったのだ。あくまでそれが本音であるが、それを本人が知ると傷ついてしまいそうで黙っておく。

それとなのだが、ウェンディが何故、レインのことをいつもの“お兄ちゃん”ではなく、“レインさん”とさん付けしているのかと言うと……

 

「別に今まで通りでいいんだけどなぁ……」

 

「いえ、そんな訳にはいきません。わたしだってそろそろお兄ちゃ……レインさんに頼りっぱなしは出来ないです。(本当は強くなってお兄ちゃんや皆さんの背中を守れるぐらいに……)」

 

「まあ、それも成長だし、そうするか。どうしてもって時は頼ってくれ、助けるからさ」

 

片手に書類や本を持ちながら、ウェンディにそう言うレイン。そんなレインに無意識に憧れているのではないかとは思えるほどのウェンディは、少し嬉しそうにしながら整理を続ける。

ギルドに入ったばかりのウェンディにマスターであるマカロフから言い渡されたのは、小さな依頼とギルドでの環境に馴れることだった。

そのために、ギルドの中にある施設やら何やらを知るために、書庫の整理を任されている。ちなみに現在シャルルの方は、ルーシィやエルザたちと共に別の依頼らしい。

レインが居れば、危ないことには巻き込まれても無事だと踏んだのだろう。確かにボディーガードよりも強固な壁がここにいるのだ。おそろく並の魔導士……いや、並のS級魔導士だろうと、普通に圧倒し、追い払うような実力の化け物であるためだろう。

本人は大したことはしてないといつも遠慮ぎみなのだが……。

 

「ウェンディ、その本はちょっと上の方のヤツじゃないか?」

 

「あ、はい。えーっと……」

 

握っていた本の位置を覚えていたらしいレインは素早くウェンディに指示を回し、本を次々と整理し終えていく。そんなレインに影響されたのか、ウェンディも大体覚えてきた。

それとここ最近なのだが、レインは時々ウェンディが時間ある時に、魔法の練習の相手になっている。ついこの間は、覚えたばかりの“天竜の咆哮”を繰り返し練習していた。

それが終わったあとの休憩時にレインが出すデザートのショートケーキが美味しく、時々エルザが反応するのだが……

 

「正直、エルザがあれほどだとは予想してなかったなぁ……」

 

「あはは……、確かに結構食べてましたね……」

 

少ししか用意してなかったために、エルザが不服げに別のケーキを買ってきたりしていたのだ。思わず、レインも目を丸くするほどに。

レイン自身もあまり料理の経験がなかったはずなのだが、もう一人の自分が料理得意だったのだろうと推測している。

そんな時だった。ウェンディが整理のために本を一冊引いて、入れ換えようとした時、一枚の紙がヒラヒラと宙を舞って落ちていくのが、目に見えた。

それに気がついたウェンディとレインはそれぞれ梯子から降り、その紙を拾い上げる。

 

「ウェンディ、それは?」

 

「なにかの依頼書でしょうか? えーっと……なんですか? これ」

 

ウェンディはよくわからない文字が書かれたその依頼書をレインに渡す。それ受けとるとレインは首をかしげるが、そのあとに「何処かで見たことがあるような……」と呟いた。

結構喉元まで出掛かっているのだが、中々思い出せない。そう思っていると、ウェンディがその依頼書を見てからあるところを見て、言った。

 

「ここ読めそうです、えーっと……ウゴ・トゥル・ラス・チ・ボカラニ……」

 

そうウェンディが言った瞬間、レインはある悪夢の一端を思いだし、咄嗟にウェンディがそれを詠唱するのを止めようとした。――が、結局間に合わず、ウェンディが最後の言葉を読み上げてしまった。

すると、その場にいたレインとウェンディが虹色の光に包まれていく。咄嗟に叫ぼうとしたが、突然の変な感覚のせいで喋ることが出来なかった。

そうして、虹色の光が消え去ると、ウェンディは呟いた。

 

「さっきのなんだったんでしょう?」

 

そう言いながら、レインのいる方向へと振り返る。だが、そこには誰もいない。逆の方向へと振り返ってみれば、そこには()()()()()()()()

 

「あれ? わたし?」

 

「……ウェンディ、読んじまったのか……」

 

レインは呟くが、実際に呟いたのはウェンディ。それに気がつくと、ウェンディはみるみる内にビックリ仰天と言ったような顔をして、叫びそうになる。

――が、目の前にいるウェンディ(多分レイン)が憤怒の炎をあげているような見えたので、そっちに驚き、声が結局出なかった。

しかし、それは一端鎮火され、レインはウェンディに告げた。

 

「多分、オレたち入れ替わったと思う……。さっきの依頼書、前に悪夢をもたらした《チェンジリング》だ……」

 

「え、えーっと、それはつまり……わたしがレインさんの身体で……。レインさんがわたしの身体ってことですか……?」

 

「おそらく……、今視線がいつもより低い。それと体重が軽く感じる……。いつもより少し軽めな気がする」

 

「わ、わたしの方は……視線が高くて……、少し身体が重たいです……。えーっと、鏡ありました?」

 

「これ? はい、ウェンディ……」

 

レインが一応置いておいた机の上にあった鏡をウェンディに手渡す。急いで鏡を見るや、ウェンディは固まり、呆然として無言になる。

どこからどう見ても、鏡に映っている自分の姿は、金色の髪を持つコート姿の少年。逆にレインはと言えば、緑色に着色された民族衣装のような服装の青く長い髪を持つ少女だ。

レインは面倒くさげに頭を掻こうとしたが、手触りのいい髪を触って少し驚く。

 

「ウェンディ、髪にも気を使ってるんだな」

 

「そ、そんな場合じゃないですよぉ!!!」

 

「だよなぁ…。確か、使える魔法が中途半端に……あれ?」

 

そう言っていると、レインは適当に左手に魔力を集めて、即座に“天竜の鉄拳”を用意しようとしてみる。すると、何故か普通に使用できるほど、形がしっかりしており、安定していた。

 

「……なるほど。オレとウェンディの魔法は同じ“天空の滅竜魔法”。大きな違いは無いし、あったとしても“動”と“静”。攻撃型が治癒型か……って話だ。今、ウェンディは攻撃魔法覚え始めたから、ほぼ差なんてない。……ってことだから普通に使えるってことじゃないか?」

 

「なるほどです。じゃあ、わたしも使えたりしますか?」

 

「多分。“天竜の咆哮”とか使えると思うなぁ。――はさておき、そろそろマカロフさんに詰問しないと行けなさそうだな」

 

「あわわわわ……」

 

大慌てになるウェンディ。――と言っても慌てているのはレインの身体。逆に今にも怒ってしまいそうなレインはウェンディの身体でメラメラと燃え上がりそうになっている。

なんとも正反対のような光景だ。――実際正反対なのだが、中身と外見が……。

 

 

 

 

 

ギルドにある酒場のカウンター席に座る一人の老人。その老人こそが、このギルドの三代目マスターなのだが、普段はごく普通のお爺ちゃんにしか見えない。

杖を片手にお酒をグビクビと飲み、プハァ~と言う姿は見慣れている者たちが多いはず。それはさておき、そんなマカロフの近くにいるウェイトレスの女性、ミラジェーン。みんなからはミラと呼ばれている彼女はいつも通りに皿を洗ったり、注文をさばいたりしている。

そんな彼らの近くで食事をしているのが、最強チームと呼ばれているメンバーの一人、ナツとグレイ、ルーシィとエルザ、ハッピーだ。それと今回はシャルルもいた。

ナツはいつも通りに肉やら野菜やらを手当たり次第に口のなかへと詰め込んでいく。グレイは軽めにサンドイッチやらの食事を取り、ハッピーは魚を頂いていた。シャルルはナツやハッピーに呆れながらドリンクを飲み、エルザはケーキを、ルーシィはパスタか何かを食べていた。

 

「そういや、ガツガツ……、レインとウェンディ、ガツガツ……、は何処に行ったんだ?」

 

「アンタねえ、食べるか喋るか、どっちかにしなさいよ……」

 

「ウェンディはレインと一緒に書庫の整理よ、あの子張り切ってたわ」

 

「なるほど、ウェンディも兄のようなレインと一緒なのは嬉しいのだな」

 

「まあ、レインもそれで暇潰せてるんだからいいんじゃないのか? 無駄に強いから、飽き飽きしてそうだったしな」

 

「今度は、ガツガツ……、ぜってえー、ガツガツ……、かぁーつ!!」

 

相変わらず食べながら喋るナツに注意するルーシィ、それに気にせず、魚を食べるハッピー。こちらも見慣れている者が多いだろう。

そんな中、書庫の方から出てきたレインとウェンディを見て、シャルルが声をかけようとするが、様子がおかしいことに気がついた。

ウェンディがマカロフの元に辿り着くや否や、突然……

 

胸ぐらを掴んだ。

 

「「「「「え……?」」」」」」

 

思わず状況分からないナツたちがそれぞれポロッと口から何かを溢したりするが、一番驚くべきことはマカロフの胸ぐらを掴んだウェンディだ。

あんなにピュアで優しく健気な子が……と思った途端、近くにいたレインが泣き始める。

 

「うぅ……なんでこんなことにぃ……」

 

その泣き方はウェンディそのもので、しゃがんだまま涙をポロポロと溢していた。一方のウェンディはというと……

 

「マカロフさん、アンタ、なんであれを処理してないんだ!!!」

 

「どうえええええええ!!!???」

 

完全に酔いが冷め、びっくりするマカロフ。高々と持ち上げられ、ジタバタジタバタともがく。掴んだまま、持ち上げているウェンディの眼は途方もなく怖く、まさにキレた時のレインそのものだった。

それに気がついたエルザは青ざめた後に、ある結論を口にする。

 

「…ま、まさか……、《チェンジリング》なのか……?」

 

「「「「ちぇ、《チェンジリング》って確か……あの時の……」」」」

 

ナツたちはあの時の悪夢を思いだし、それぞれで呻いた。30分経ってしまった時の絶望、その後戻れた時に感じたその魔法への恐怖感。

それが一気に四人(猫一匹を含む)に甦る。他にも食事や依頼を選んでいた魔導士たちもそれぞれで嫌な顔をし、後退りをする。

すると、ウェンディ(中身レイン)が手を離し、ドシンと腰を打ったマカロフの前に依頼書を出して、詰問した。結構目が本気だ、教えなければ殺す的なあれだ。

 

「マカロフさん……、まさかとは思うが、これ。本のしおりとかにしてないよなぁ?」

 

「し、しておら………、……………」

 

黙り混んだ。マカロフは黙り混んだ。どうやら思い当たることがあるようで……。

 

「やっぱり、なんかの魔導書読んでるときにしおりにしたな?」

 

「しゅ、しゅましぇーん(すいませーん)……」

 

「マスターぁぁぁ……」

 

と悲鳴のような声を出すレイン(中身ウェンディ)。座り込んだレインのそばにより、慰めようとするウェンディ(中身レイン)。完全に二人は入れ替わっていると分かるや否や、シャルルは二人に駆け寄り、先に告げる。

 

「アンタ」

 

「ん?」

 

「妹だからってウェンディの身体に触らないようにね」

 

「それぐらいのデリカシーは当然ある。……というより、妹に変なことした時点で兄貴失格だろ……」

 

「お兄ちゃぁん……わたし、どうしたらぁ……」

 

「泣くな、泣くな。まずは出来ることからすればいいんだ、ウェンディ」

 

そこに駆け寄ってくるナツたち。それぞれが状況を完全には飲み込み切れてはいないが、どうやら大体は分かったらしい。

 

「えーっと、そっちがレインで……、こっちがウェンディ?」

 

「ああ」

 

「はい……」

 

「んで、今んところ、レインとウェンディの二人だけが入れ替わってるのか……」

 

「だな」

 

「そうです…、多分…」

 

「ところで、魔法はやっぱり中途半端なの?」

 

「いや、元々同じ魔法だからな。普通にオレもウェンディも使える」

 

「わたしも天竜の咆哮使えました……」

 

「あれ? ということは何処かに撃ってきたの?」

 

「はい、さっきお兄ちゃんが外で軽く試すって、湖のほうに」

 

「なるほどな、それで先ほど湖の方から変な音がしたのか…」

 

などとそれぞれ尋ねてくるナツたち。それはともかく、ウェンディ(中身レイン)はすぐにマカロフを捕まえ、みんなの目の前に出すと、軽く一睨みする。

普段は怒るだろうが、今の状況の原因はマカロフにあるので本人は縮み上がる。まあ、それも仕方ないことだ。まさかしおりのように危険物を処理せずに扱ってしまっていたのだから。

さて、それはともかく……

 

「これどうにかしないと洒落にならなくないか?」

 

「そうね、アンタがウェンディのままだと変だし」

 

「こ、これって解けるんですよね、ルーシィさん……」

 

「う、うん……。前は30分とか言われたせいで凄く焦ったけど……、なんとか解ける。レビィちゃんがいないけど……」

 

そう言うルーシィ。確かにレビィは今日の朝にシャドウギアのメンバーと依頼に出掛けてしまっている。そうなると、術式とかで詳しいフリードしか他にはいない。

だが……

 

「フリードも今日は雷神衆で依頼に出掛けたばかりだな、――ってことは詳しいヤツがいねぇな、今日は」

 

「そ、そんなぁ……」

 

「マジか……。ってことは自力しかないよなぁ……。これ使うか」

 

そう言うとウェンディ(中身レイン)がレイン(中身ウェンディ)のコートに手を突っ込み、すぐさま眼鏡のようなものを取り出す。

レビィが以前この件のときに使っていた“風詠みの眼鏡”だ。しかし、色を別のものにしているのか、ベースのフレームが青色である。

 

「それってレビィちゃんと同じ“風詠みの眼鏡”!?」

 

「――って言っても最新型のヤツだ。確か……32倍速だったか」

 

「は、早ッ!? んなもんあったのかよ!!!」

 

「ああ、直接企業の方に買いにいったからな、普通にあった」

 

「そりゃそうよね、作ってる側はまだ出品や前なんだし」

 

「そ、それはともかく、それがあったらこの魔法をなんとか出来るんですか!?」

 

「まあ、読んで意味を理解すればな。経験者たちが前にレビィが言っていた解くときの呪文忘れたせいでこんな目にあってるんだけどなぁ? あと、マカロフさんがしおりなんかにしようとして依頼書畳んでしまうから」

 

「しゅ、しゅましぇーん(すみませーん)……」

 

そう言うと、ウェンディ(中身レイン)はそれをかけるとすぐに椅子に座り、書庫から前もって出しておいた古代語の文書を読み漁っていく。

全員がその場でゴクリと喉を震わせ、呼吸を忘れるぐらいにその場を見守っていく。

――だが、結局それほどまでに詳しくないために、ウェンディ(中身レイン)が断念する。しかし、その際にウェンディ(中身レイン)はあることを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基本的な魔法が使える今の状態なら、レイン(中身ウェンディ)が“魔法解除(スペル・キャンセル)”を発動させればいいんじゃないかと。

それを言った途端……回りにいたナツたちとウェンディ、マカロフは声を揃えて……

 

「「「「「「「「あ、その手があった……」」」」」」」」

 

その後、無事に《チェンジリング》が記された依頼書は焼却処分されたらしい……。

 





はい、最後のオチ酷くね?って思いました? 色々と書いてて楽しかったんですが、

あのままだと前編後編の二つになりそうでした。スイマセン、色々と身体も限界でした。

ゆっくり休みます、みなさんもお体に気をつけてください。


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虹の桜 前編


久々ですね、みなさん!! 身体の調子はどうですかって?

HA、HA☆HA☆HA~!!! 悪いまんまです。ちっとも良くなりませんでした、

特に最近は下痢気味です。それにしても、最近“英雄伝説”の小説を別シリーズで

投稿し始めようかなと考えていたりします。まあ、気まぐれ投稿でしょう、多分。



「――ってな訳があってなぁ……。結局踏んでたよ、アイツら……」

 

「…あはは……、評議院のみなさん、踏んじゃってたんですね……」

 

「オレはちゃんと忠告したんだがなぁ……」

 

腕を組んで染々と呟くレイン。その隣ではレインのコートを羽織り、身体を暖めていたウェンディが苦笑している。

二人の目の前には同じギルドの仲間であるナツやグレイ、エルザが歩いており、どれもこれもこの雪山での寒さなど全く動じていなかった。

一方、後ろには時計型の星霊である“ホロロギウム”の中に退避したルーシィが毛布にくるまり、凍えていた。

ハッピーやシャルルは悠々と空を飛んでおり、こちらも対して寒くはなさそうであった。まあ、それでもウェンディの格好はワンピースのようなものなので、見た目的にもここには適していなさそうだった。

ちなみにレインはと言えば、いつも通りの青いTシャツと長ズボンを着こんだ服装をしており、さらにそこへ今ウェンディが羽織っているモコモコとしたコートを被っていたらしい。

――と言ってもだ、レインはどこでだってこんな服装をしている。つまり、彼は暑すぎる砂漠でさえも、この格好をし、平然としているのである。

 

「えーっと……、お兄ちゃ……レインさん」

 

「ん? どうかしたのか、ウェンディ」

 

「寒くないんですか?」

 

「ああ、別に気にしなくていいよ。前に経験したヤツより全然お遊びクラスの寒さだからな」

 

「ど、どんなところに行ってたんですか……?」

 

「そーだなー、氷で包まれた魔境的な白銀世界、見渡す限り全て吹雪で視界が潰されて、クレバスがそこらじゅうに穿たれているようなところだったなぁ……意識奪われるから、もういく気がない」

 

嫌そうな顔をしながら乾いた笑いをこぼすレインに、ウェンディは「うわぁ……」と言いながら、遠慮したそうな顔をする。

確かに今の格好のウェンディが向かった場合は、即座に凍りつき、しまいには氷塊の中から何年後……、いや……何十年後に発見されてしまいそうだった。

 

「まあ、夜になってから吹雪が一時的に止んだ時に見えたオーロラだったか……。あれは綺麗だったなぁ……、記録ラクリマ忘れたことに嘆いたぐらい」

 

「とっても綺麗なんですね、そのオーロラ。わたしも見てみたかったです」

 

「ちょっとアンタたち。また仲良さそうに兄妹話かしら?」

 

「まあ、そんなところだ」

 

「…あはは……」

 

悪びれずに即座に答えるレイン。そんなレインを横目で見ながら、ウェンディは回りの景色を確認する。一面雪に覆われ、木々は雪を被って雪化粧をしていた。

レインがこの依頼についての説明をする時に言っていた通り、ここハコベ山は銀世界が広がっているようだ。

 

「――それにしても、前の三人はなにやってんだ? バカ火の玉と半裸王子が喧嘩し出したらエルザが止めて、また喧嘩したら止めての繰り返しだよな」

 

「れ、レインさん……、なんですか……、その渾名」

 

「いや…、なんか丁度良さそうな渾名だと思ったんだよ、昨日。特攻するナツは火の玉で、すぐに半裸になるグレイは半裸の王子ってことで」

 

「強ち、間違ってはいなさそうね、アンタのつけた渾名」

 

「そういうことだ。――さて、と。コートにしてて正解だったろ? ウェンディ」

 

「え……?」

 

そうウェンディが疑問符を頭の上に出しそうな雰囲気をした時、後ろにいたルーシィ――を寒さから守っていた“ホロロギウム”が突然「時間切れです」とだけ申し上げると、たちまち消え去ってしまった。

その直後、雪の上に放り出されたルーシィは毛布にしがみつき、ブルブルと震えだした。そんな寒そうルーシィの姿を見たウェンディはホッとしてコートを着直した。

レインが言っていた通り、時間制限がある以上はいつか外に出されるのが当たり前らしい。コートを羽織って少しでも外気に馴れたのが本当に正解だったようだ。

 

「ま、依頼が終わるまで寒さは永遠に襲ってくるんだ。当然、あとのこと考えれば、これが最善だなっと、モグモグ……」

 

「そういえば、さっきから時々何か食べてませんか?」

 

「ん? ああ、梅干し」

 

「ひえええええええ!!!」

 

その食べ物の名を聞いた途端、咄嗟にウェンディはレインから距離を取った。ウェンディが嫌いな食べ物ランキングのトップたる存在、それが梅干しだ。

――と言うよりは、基本的に酸っぱいものが嫌いらしい。急に距離をとったウェンディを見て、少しため息をつくとレインは飽きれ気味に言った。

 

「好き嫌いはダメだぞ、ウェンディ。眠気覚ましにも梅干しは結構使えるんだからな?」

 

「そ、そんなこと言ったてぇ……」

 

「仕方ない……、ウェンディ、上を見てみろ」

 

「え……? あ、はい。う~ん? なにもないですよ?」

 

言われた通りに不思議そうに空を見上げるウェンディ。すると、レインはニヤリと悪そうな顔をして、即座にがら空きのウェンディの口に梅干しを放り込んだ。

すると……

 

「す、酸っぱいですうううぅぅぅ!!!」

 

そう叫びながら走り回るウェンディ。その光景に誰もが唖然とし、シャルルに至ってはため息をつく。だが、レインはそこに付け加えた。

 

「それ、ホントに酸っぱいか?」

 

「……あれ? 酸っぱくない?」

 

首をかしげて梅干しを食べるウェンディ。さっきからあまり酸っぱさは感じない。感じたとしてもほんの僅かである。

それが不思議でウェンディはレインに訊ねた、すると……

 

「ウェンディが梅干し嫌いって聞いたからなぁ……。この間、知り合いのヤツに酸っぱくない梅干しを売ってもらったんだよ。まあ、対して高くもなかったしなぁ……」

 

「そうだったんですか……。これなら食べれそうです♪」

 

先程とは全く違うテンションで梅干しを食べるウェンディを見て、少しため息をつくとレインはまた腰にさげていたポーチから今度は本を取り出した。

適当なページを開き、“風詠みの眼鏡”を取り出してかけながら読み始める。そこに書かれているのは、ここ最近出没しているという悪党または闇ギルドの魔導士、評議院から指名手配されている犯罪者の類いである。

 

「………少し減ったか。そりゃそうか、“六魔”がやられたんだからなぁ……」

 

「どうかしたんですか?」

 

「ん? ああ、闇ギルドとかの指名手配のヤツをな。少し数が減ったらしくてな、どうやら前回の“六魔”の傘下が中心に減ったらしい」

 

「そうなんですか。確かにみなさん、大暴れでしたし……」

 

「その大暴れした人の一人を助け、今も延命させたのはどこかの少女なんだけどなぁ……」

 

「あはは……」

 

とりあえず、わざとらしく誰とは言わずに呟いてみるレイン。それを聞いて苦笑したウェンディ。どうみても目の前にいるこの子である。

そして、ウェンディが助けたといっても過言ではないのが、前を歩いている緋髪の女性エルザと言うわけだ。

さも自分はなにもしていませんと言わんばかりの遠慮がちなウェンディには感心するが、少し遠慮し過ぎているなぁと思う。

そんなことを思っていると……

 

「おお、この匂い!! 薬草の匂いじゃねえか!!」

 

「アンタ、本当に鼻がいいのね……」

 

と依頼に示されていた薬草か何かの匂いに反応するナツと、それを見て感心しているのか呆れているのか分からないシャルル。

それを聞いたレインも試しに鼻で匂いを追ってみるが、微妙に匂った。――と言っても、レインは鼻が常人よりは良いだけでナツよりは良くない。

――だが……

 

「ん? 山の山頂、確かになんか生えてるな、草っぽい見た目しているぞ」

 

「み、見えるんですか!?」

 

レインは眼力に特化している。天候条件が上手く揃っていれば、山の山頂までの途方もない距離も目を凝らせば、難なく見ることだって出来る。

そんないい目を持っているが、戦闘ではいつも気配を感じなから戦っているので対して戦闘には向いていないのだが……。

 

「おっしゃああああああ!!! 行くぞ、ハッピー!!!」

 

「アイサー!!!」

 

猛スピードで山頂へと駆け出していくナツ。それを追うハッピー。そんな二人(猫一匹を含む)に飽きれながらもレインたちは少しずつ山を登り始める。

そんな中、レインは嫌な予感を感じていた。そういや、雪山と言えば、“雪崩”とか、あとは……などと考えていると

 

「よっしゃあああ、薬草見つかったぞ!!!」

 

「見つかったよー!!」

 

いち早く登っていたらしき、ナツとハッピーが薬草を発見した。それを聞いて余計な考えだったかと思うレインだったが……、突然上から暴風が襲ってきた。

宙を舞ってからすぐに降り立つナツ。すると、そのナツに襲いかかろうとする巨大な何かが目に入った。

 

「なるほどなぁ……、まさか予想通りか。確かあれ、白ワイバーンで知られる“ブリザードバーン”だよな。それも意外とでかいな、はは」

 

「わ、笑ってる場合じゃ……」

 

「まあ、そうだよなぁ。あれ、気を付けないと依頼の薬草を食べ尽くすからなぁ……。あの巨体で草食だし」

 

 

「あわわわわわ……」

 

慌て出すウェンディ。よくよく見れば、ルーシィも大慌てである。だが、目の前に立っていたグレイやエルザは完全に戦闘スイッチでも入ったかのようにやる気満々で白ワイバーンと敵対していた。その理由はというと……

 

「食費が稼げるじゃねえか!!」

 

「金稼ぎ!!」

 

「ケーキ!!」

 

と様々であり、本人たちの目は完全にそれぞれの欲しがるものへと変化していた。それはさておき、あれはあれに任せるとして……

 

「この感じだと、オレたちは薬草の採取みたいだな」

 

「あ、アンタ、物凄く強いんじゃなかったっけ……」

 

「ん? 別に強くたって好戦的じゃないんだよ、オレは。必要以上に戦うつもりはサラサラないしな」

 

「あ、あれは必要な戦いじゃ……」

 

というウェンディに、レインは……

 

「それじゃあ、ルーシィもウェンディも、ハッピーやシャルルも弾幕飛び交う戦場を走り回りたいのか? それならオレはあっちに混ざって……」

 

「い、いえ、わたしたちの方でお願いしますぅぅぅ!!!」

 

必死に向こうへと行ってしまいそうなレインを止めるウェンディ。ルーシィも大きく首を縦に振って戻ってきてと言わんばかりの顔をしていたので仕方なくレインは戻ってきた。

向こうでは激戦?状態に入る一方、こちらはウェンディとルーシィが「ひええええええ!!!」という情けない声を出しながら四つん這いで移動していく中、二人の後ろをついていくハッピーとシャルル。ごく普通に立ったまま、二人と二匹の後をついていくレインという構成だった。

すると……

 

「火竜の煌炎!!!」

 

ナツの両手から放たれた火の玉は白ワイバーンに肉薄していく。――が…しかし、難なく白ワイバーンの方は大きく翼をはためかせ、ナツの魔法を跳ね返した。

 

「ナツさんの魔法が!?」

 

「跳ね返されたの!?」

 

と二人は言うものの、跳ね返された煌炎が向かう先に自分達がいることを気づくと叫びながら避けた。――のだが……

 

「セイッ!!!」

 

レインは飛んできた煌炎をこちらも難なく右足で蹴り返し、ナツに直撃させた。爆風が来ないことに気がつき、ウェンディたちは顔をあげ、その光景を見ていたのだが……

 

「け、蹴り返しちゃった……」

 

「あ、アンタ……ホント、何者なのよ……」

 

「ん? 何って普通の魔導士」

 

「の訳あるかああああ!!!」

 

真顔でボケるレインに全力で突っ込むルーシィ。一方蹴り返された煌炎が直撃したナツはレインに叫んで文句を言うが、本人は何にも聞いていない。

そして、また……

 

氷の造形(アイス・メイク) “槍騎兵(ランス)”!!!」

 

グレイの放った氷の無数の槍は同じく白ワイバーンへと炸裂しようとするのだが、こちらも跳ね返され、またもやウェンディたちの方向へと。

今度こそ、当たると思ったウェンディは、緊急回避しようとするのだが、雪の上でツルンと転ぶ。そんなウェンディ目掛けて降り注ぐ氷の槍。

シャルルの叫び声などが聞こえるなか、レインは舌打ちをしてからウェンディの前に立つと……

 

「纏めて吹き飛べ。天竜の……咆哮!!!」

 

軽く息を吸い込んだあと、即座に強烈なブレスを氷の槍を巻き込みながら白ワイバーンへとぶつける。とんでもない爆音が鳴り響き、白ワイバーンは墜落していく。

そんなレインの背を見ながらウェンディはなにもすることは出来なかったが、何故か目標ができた気がして……。

そう思っていると……

 

「やったー!!! わたしだって《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》最強チームのメンバーなんだからね~♪」

 

と誇らしげにするルーシィを見つける。――のだが……、レインは「うわぁ…」と呟くとともにウェンディの腕を握ると、即座に空中へと飛んだ。

あまりのことにビックリして身体が硬直するウェンディだが、即座にその行動の真意を知ると、ルーシィに向かって

 

「ルーシィさ~ん、逃げてくださ~い!!!」

 

とだけ伝えた。それがよくわからず、ルーシィは首を傾げたが、すぐ後ろの方から聞こえる轟音に「え?」と声を漏らした。

地面へと着地していたナツたちとともに振り返ってみると、向こうから突然雪崩が押し寄せてきていた。

 

「えええええええええ!!!」

 

「あ~あ……。予想通りの結果ばっかだなぁ……、雪山で暴れたら当たり前だろう……」

 

「えーっと……、最後にトドメ指したの……。レインさんですよね……?」

 

「否定はしないな、別に薬草が欲しかった訳じゃないが……」

 

そういうとレインは空いていた片手を持ち上げてウェンディの前へと出してみる。すると、そこには瑞々しいぐらいに新鮮な薬草が握られており、それも結構多めだった。

 

「えーっと……、欲しかったんですよね…?」

 

「……まあ、そうかな…。色々と試したいことあったから……」

 

その後、なんとか雪崩は止まったものの、ナツは乗り物酔いを起こし、ルーシィは雪に埋もれたらしい……。

 





はい、次回は花見会場でのビンゴです。最後にちゃっかり薬草を頂いたレインの行動にも

ご期待あれ。前に出てきた痛み止めとかも関係してます、では次回~♪


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虹の桜 中編


すいません、前編と後編では無理でした(笑)



 

ハコベ山の雪崩から次の日、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》恒例イベント“花見”当日

 

 

 

そこではすでにギルドに所属する仲間たちが満開の桜が咲く御所にブルーシート的なものを敷いて、準備を完了させていた。

見渡す限りの桜は春の訪れを感じさせ、上質な酒の入った盃には時折舞い散る桜の花びらが落ち、浮いている。

そんな見慣れぬ景観が酒を進ませる。……などと言う酒豪の女がいたが、「お前はいつも飲んでるだろ」と言い返した。

それにしても、噂に聞いた“虹の桜”はある時間にのみ満開の桜の中にある一番大きな桜の木が、虹色に輝くという。

メイビスが初代ギルドマスターを勤めていた頃には恐らく無かっただろう木だ。それに少年――レインもまた、それを見たことはない。

だからこそ、楽しみなのである。……とは言ったものの、未だに《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》恒例イベントで見ていないのはこれだけだったりする。

そういえば、ビンゴ大会があるということも聞いていたのだが……。

 

「……まあ、後半からスタートだよなぁ……」

 

そう言いながら、レインは謎の液体が入った盃を片手に持ちながら、適当に野菜やら肉やらを食べていく。ミラの料理は正直レインも感嘆するほど美味しかった。

自分よりも料理の幅が広い彼女には驚いているが、時々ミラが怒っているシーンを見ると、冷や汗しか出ない。昔の迫力が戻ったみたいだからだ。

そんなことを考えていると、レインのとなりに座った誰かに気がついた。

 

「ん? ああ、ウェンディとシャルルか。どうかしたのか?」

 

「えーっと……。その前に、レインさん、お酒はダメですよ?」

 

「そうよ、アンタ確か14歳でしょ? 飲んでいい年齢って15歳って聞いたけど?」

 

「あー、これ? ノンアルコール飲料をそれっぽく飲んでるだけ」

 

そう言うと、ウェンディはホッとしたのか、自分もまた持ってきていた飲み物を一口だけ飲む。

 

「それなら安心です」

 

「嘘、実は酒だったりする」

 

「ええ!?!? だ、ダメだよ、お兄ちゃん!!」

 

「それは無理。久々に飲むんだから、別にいいだろ?」

 

そんなことを言いながら、捕まえようとするウェンディの手をのらりくらりと避けながら、また盃を寄せ、飲む。

必死で止めようとするウェンディだったが、さっきからレインの持つ盃から酒臭さが匂わないことに気がつき、近くにおいてある飲み物のボトルを確認してみると、そこには“自然の恵み 天然水”というラベルが着いており、それを見て肩を落とした。

 

「お、お兄ちゃん……、また嘘だったんだ……」

 

「はは、まだまだだな、ウェンディ。こう言うのは鵜呑みにせず、状況判断から始めるべきなんだよ…っと」

 

そう言うと、レインは空っぽになった盃を置き、一回だけ瞳を伏せ、意識を集中した。頭の中で巡りにめぐる魔法に関するデータが次々と乱立される中、次々と聞いた覚えのない魔法や、まだ使えない魔法の魔導書らしき何かが頭の中に思い浮かび、その中の一つ――いや、一冊と言うべきか――を手に取り、意識を戻す。

たった一瞬のことだが、かなり頭には疲れが溜まりやすいので控えているが、今使うにはちょうど良さそうだった。

試しに両手を合わせ、ゆっくりと開いていく。その行動にウェンディとシャルル、その付近にいた他のメンバーも首をかしげていたが、レインはソッと呟いた。

 

天空の造形(スカイ・メイク) “流星(ミーティア)”」

 

両手が開かれた範囲にあった空気が圧縮され、そこから徐々に形が生まれていく。岩石のような形をした空気と風の塊がレインの上へと舞い上がると小さく爆散し、その中から地面に落ちる寸前だった空中を舞う桜の花びらが舞い散った。

 

「綺麗……」

 

「あ、アンタ、さっきの……」

 

「ん? この魔法か? さっき覚えた」

 

平然というレインに一同は愕然とし、棒立ちになっていた。それでも、レインは「あれ? そんなに可笑しいか?」と言うだけで、何も可笑しくない様子をしていた。

そこへ、上半身が裸になっている男、グレイが姿を現した。

 

「お前、それ造形魔法じゃねえか」

 

「おー、流石、氷の造形魔導士なだけあるな、グレイ」

 

「ああ。ちょうどいい、相手になれ、レイン!」

 

「は…? 何言ってんだ、お前。ここ花見会場だろ? 暴れて損するだけだろうが」

 

「んなこと知るか、造形魔導士同士でやろうじゃねえか!」

 

「ま、マジか……。(せ、選択した魔法間違えたな、これ…)」

 

完全に戦闘を開始しようとするグレイにドン引きしそうになるレイン。その後ろではすでに大慌てになりかけのウェンディがおり、シャルルが退避を呼び掛けていた。

――のだが……

 

「行くぜ、氷の造形(アイス・メイク) “(キャ)……」

 

「いい加減にしろ、阿呆。興醒めするだろうが」

 

――ゴチン!!

 

鈍い打撃音がグレイの後頭部から響き、魔法を放とうとしていた彼の声が途中で止まる。すぐにグレイは倒れ、そのあとカエルのようにピクピクと身体を動かしながら気を失った。

パンパンと手をはたくと、レインはまた静かに盃を持つと、そのなかに天然水を注ぎ始めた。全くもって周りが状況を理解していないその場で、レインは冷たい天然水が喉を通ると、「美味しいなぁ、天然水!!」とだけ言って、また飲んだ。

 

「……なんだ、これ。瞬殺かよ……」

 

なんとか状況を飲み込んだ者たちが最初に言った言葉はそれだった。グレイと言えば、ギルドでも有数の実力者の立ち位置にいる魔導士であり、この間の六魔将軍でもリオンと協力して、六魔一人を倒すほどの実力を持っていた。

――だが、目の前で天然水を美味しそうに飲むS級魔導士の見た目14歳少年に瞬殺されたのである。元より化け物なのは知っていたが、余裕綽々でこのレベルであった。

 

「ふー…、あ、そうだ。ウェンディ、ちょっと面白いもの持ってきた」

 

「えーっと?」

 

「はい、これなんだ?」

 

そう言いながらカバンからレインは小さな小瓶を出した。その中の液体は緑色で、綺麗な色をしていたが、色々と怪しさ満点だった。

しかし、小瓶の蓋をパカッと外した時に、とてもいい匂いがしてきた。それも薬草のような……そんな匂いだった。

 

「なんだろう……、薬草みたいな……」

 

「正解だ、ウェンディ。昨日取ってきた薬草を飲み薬みたいにしてきた。意外と使えそうだったんだよな~」

 

「へえ~、お兄ちゃ……レインさんって薬剤師みたい」

 

「まあ、家のなかにこういうヤツが山ほどあって、そろそろ処理に困ってきたところ。変な薬がないか確認しておかないとなぁ……」

 

そんな風に呟くと、レインは桜を見上げた。綺麗な桜が並び、少しずつ散った桜の花びらが空を彩っていて……、そんな空中に一人の少女がいて……え?

思わず、レインは驚いた。なぜ空に少女がいるのか?そう考えていると、ある結論が頭のなかから浮かび上がり、冷や汗が噴き出しそうになった。

一応、ウェンディに「すぐに戻る」とだけ伝え、レインも空へと躍り出る。ウェンディたちの視界から見えないぐらいの高い上空に来ると、レインは回りを見渡し、見つけた。

自分と同じ金色の髪を持ち、天使のような羽のついた頭のアクセサリー。白を中心とした服を着た少女、初代ギルドマスターのメイビス・ヴァーミリオンその人だ。

すると、メイビスはレインを見つけるや否や、即座に抱きついてきた。嬉しそうに微笑んでから、彼女は言った。

 

「久しぶりですね、レインさん♪ いえ、ここはこういうべきでしょうか、()()()♪」

 

「あー、ホント前にあってから結構日にち経ってたな、ごめんな、メイビス」

 

レインを突然“兄さん”と呼ぶメイビス。それを不自然に感じないレイン。これには訳があり、話は数日前の《チェンジリング》の事件前日へと移る。

自分を取り戻し、記憶の一部が修復されたレイン。彼が名前を“レイン・ヴァーミリオン”と名乗るのは、メイビスの実の兄であり、家族であることの証拠なのだ。

実際レインはメイビスよりも8歳ほど年上だったのだが、彼女が生まれてから一年後にレインは拉致され、父親と母親はその記憶を消されてしまったのである。

その後、5年経ったある日、拉致した組織を壊滅させ、天狼島に帰ってきたレインは、正規ギルドの一つ《赤い蜥蜴(レッドリザード)》に加入した。

その時にたまたま雑用係をしていた少女が金色の髪を持ち、優しげな顔をしていたのに気がつくと、試しに名前を訊ねたのである。

すると……

 

――わたしはメイビス。メイビス・ヴァーミリオンです、どうかしたんですか? 強い魔導士さん?――

 

それを聞いて、気がついたら涙が頬を伝っていた。あれから5年も経ったと言うのに、妹は生きていたんだと知って……。

その後、レインはメイビスに優しく接し、ギルドマスターだったジーセルフを黙らせ、彼女と過ごす時間を増やしていった。

ついにはレイン自身が自室を捨て、メイビスと同じ馬小屋で寝ることを選ぶほどに。せめて……、せめて一人になったメイビスを見守ってやれたらとレインは思っていた。

 

――だが、その願いはある日に焼き尽くされた。

 

闇ギルド《青い髑髏(ブルースカル)》によってギルドは壊滅させられた。次々と仲間外れ殺され、ついにはメイビスも狙われた。

ギルドの残骸に挟まれ、動けなくなっていたジーセルフの娘、ゼーラを助けようとするメイビスを後ろにレインは闇ギルドの魔導士たちの前に立ち塞がった。

 

――君は逃げろ!! その子を連れて、早く遠くに逃げるんだ!!――

 

――そ、それじゃあ、貴方が…!!――

 

ここに止まろうとするメイビスにレインは喝を入れ、小さな約束を結んだ。

 

――オレのことは構うな!! なあに、ヤツらを片付けたら君たちを迎えにいく!!――

 

――分かりました…、また会いましょう、魔導士さん!!――

 

――ああ、約束だ。また会えたら靴をプレゼントさせてもらうよ、メイビス!!――

 

そうして、メイビスはゼーラを連れ、逃げ切った。

――だが、レインは心臓にいくつもの槍やら剣を受け、全身傷だらけとなった。

すでにレインの命は“風前の灯火”だった。ほとんどの身体の部分には感覚がなく、油断すれば、意識が失われ、もう二度と目を覚まさないと思った。

そんななか、レインの目の前に一冊の謎の本が落ちた。それがあの本だったのである。

それを思いだしたレインはメイビスのところに行き、一足の靴を墓の前へ置いた。それを見て、メイビスは驚いたが、それ以前に姿や雰囲気の違うレインが“ある人”に似ていたことに気がつく。

そして……知った。ギルドにいた時に、ずっと見守ってくれた魔導士がレインであり、自分の兄であることを。

レインは懐かしそうにしながら、部屋に置いてあった誰かの物かもわからない写真を入れた懐中時計を見せた。

その時計には“レイン・ヴァーミリオン”と“メイビス・ヴァーミリオン”と彫られ、一人の少年と少年が抱えた小さな赤子が写っていた。

それを見て、メイビスは思わず涙を流し、レインも嬉しさに泣いた。その後、レインは自分の名を名乗り遅れたことと、約束が達せられるのに100年かかったこと。

さらにはメイビスがこうなる前に自分として会えなかったことを謝り続けた。だが、メイビスはレインに「謝らなくていい」と言い、ただ二人、少しの間泣いただけだった。

そんなこともあり、今では本当の兄妹としての関係なのだが……

 

「むぅ……、面白そうなことしているなら、教えてくれてもいいじゃないですか~」

 

「はは、ごめんごめんって。でもさ、メイビス。花見会場に行くのは流石に……」

 

「わたしも混ざりたいです……、お花見」

 

「まあまあ……。流石に諦め切れない?」

 

「わたしは諦めません。お花見だって今だけじゃないですか~」

 

「ま、まあ……“虹の桜”は今日の夜だけだけど……」

 

「虹色の桜ですか!? それは絶対に見逃せません!!」

 

「(ダメだこれ、絶対に行く気だ、メイビス…)」

 

そうため息をつきながら、レインはいい考えが出ないか模索する。すると……

 

「分かった。それじゃ、夜まで待っててくれ。夜になったら多分ギルドのみんなはいないだろうから、その時に花見をしよう。二人でゆっくり酒でも入れながら」

 

「ふふ、流石ですね~。それでこそ、わたしの兄です!」

 

「(……完全に押しき切られたな、これ)」

 

今までに感じたことのない重荷にレインはため息しか出なかった。どうしてこうも、メイビスには勝てないのだろうかと言う疑問を考えながら。

二人の妹を持つレインは今日は大変だなぁ……と染々思うのだった……。

 





ま、そんな訳です。これで“ヴァーミリオン”の伏線は撤去しました。

さて、次回で虹の桜終わらせて……あ、そうだ。

虹の桜の後に一つだけ話を入れようと思うのですが、どっちがいいですかね?

“24時間耐久ロードレース”か、“ウェンディ、初めての大仕事”か。

ちなみにこれどっちか決まるまで投稿がおくれるかもしれません。

自分では決められなかったんで。それでは次回~♪



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虹の桜 後編

はい、久しぶりだったので駄文です、はい。

それとオリキャラ早めに出すことにしました。

まあ、色々と察してくれたら助かります、はい。



「……………なんでこうも揃わないんだ?」

 

そう呟くレインが手に持っているのは今ギルドの恒例イベントの中身の一つである“ビンゴ”大会のビンゴカードである。

ただ一列揃えばいいだけのこのゲーム、意外と運と根気強さもいるために白熱すること間違いなし……らしい。

先程からレインは出てきた数字全てが出てきている。それならば、もうクリアしているのではないか?……と思われるのだが。

彼が持っているビンゴカード、器用なのか不器用なのか分からないが、四つの角以外はほぼ全て空いているのだ。

ただし全部ビンゴにはなっておらず、3つリーチがたくさんあり、角の付近さえ出ればビンゴなのだが、さっきから急に数字が当たらなくなってしまったのである。

 

「……………なんだろうな、すごくやる気無くす」

 

「あ…はは……、次はきっと来るんじゃないですか? レインさん」

 

「ソーダナ、ウン、キットソウダナー」

 

ついに棒読みになるまで心が折れそうになるレインを見て、となりに座っていたウェンディは苦笑しか出来ない。先程から次々とビンゴになった者たちが景品を取りに行くのだが、一向にレインもウェンディも…さらにはシャルルもビンゴにはなっていない。

向こうにいるミラがそろそろ景品が少なくなってきました~と言っていたが、あとどれくらい残っているのだろうか?

正直、当たる確率があっても来ないことに呆然としそうである。気のせいだろうが、後方の桜の木付近でエルザが枯れた薬草を持って凹んでいるのだが……。

マスターマカロフ曰く、どうやら急に暖かいところに持ってきたせいで枯れてしまったらしい。ちゃんと向こうで加工保存や、ちゃんとした対策を講じていればよかったのに……と、カバンをガサガサッ…と漁って、同じ薬草が入った小瓶を見てからそう思った。

 

「……まあ、仕方ないか。ビンゴってこのゲームも所詮は運試し、そうそう当たる訳が……」

 

 

 

 

――出ました、67番でーす♪――

 

 

 

 

「……………あ、3つ同時にビンゴした」

 

言われた番号に穴を開けると綺麗に三列同時にビンゴするレイン。さっきとは違う意味で呆然としながらも、前に待つマカロフとミラの元へと向かっていく。

気のせいだろうか、向かった先に本らしき何かが見えるのだが……。そう思いながら、レインは小走りで向かっていく。

通りかがる途中、レビィが「あれは欲しかったなぁ……、うぅ……」と言っていたが、なんのことだろうか?

ふと考えているうちに、マカロフの前まで辿り着くと、ミラはそれと同時に景品を覆っていた

布を一気にひっぺがし、その正体を顕にした。

 

結構積まれていたのは、本。3段に積まれ、縦横両方に3冊ずつ。合計にして恐らく1段9冊の3段のため、多分27冊だろうか?

近づいて見てみると、どれもこれも古い古文書やら魔導書である。多分、ギルドが保有していた古い書ばかりだ。そう思いながら、マカロフに訊ねると……

 

「持って行け、それが景品じゃ」

 

「景品は古文書と魔導書27冊セットでーす♪」

 

「……………」

 

人って、すごく嬉しいと言葉が出なくなるものだなと思った。――いや、まあ、一応身体は悪魔になってしまったんだが……。

そんな下らないことを考えつつも、27冊の本を全てカバンに予め入れておいた風呂敷に包むと、ウェンディのいる席まで戻ることにした。

その道中……、適当に古文書を読んでみると

 

「………あ、これオレの必要としてるヤツじゃないな」

 

そう呟くと、途中で座り込み、本を軽く下見した。どれもこれも大事な内容だが、正直レインが欲しているものとは遥かに違い、知っているものが多すぎている。

ある程度魔導書や古文書を選んでいると、自分には不必要なものが増えてきてしまった。さて……これをどうしようか?

そう思った時、ある人物を思い出した。

 

「あ、レビィがいた」

 

そう考え付くと、レインは高めに跳躍し、レビィの前付近でクルリと回転してから着地する。ジェットとドロイはひっくり返ったのだが、レビィは目を丸くして固まった。そんな彼女に、レインはさっき自分には不必要と判断した本を差し出した。

 

「ほい、オレがほしいヤツじゃなかった。それと、以前に書庫入れてもらった借り。返しておくよ」

 

「……あ、ありがとう…」

 

レビィが本を受けとると、レインは必要な魔導書だけを手に取り、残りを風呂敷ごと置いていく。あの風呂敷も対して需要が無かったものだし、別に回収する必要もなかった。

必要だった魔導書、合計3冊を手にレインはウェンディの元に戻ると、“風詠みの眼鏡”を取りだし、かけると魔導書を読み始めた。

 

「ふむふむ……、あー、“天空の造形魔法”の魔導書本体って《妖精の尻尾》にあったんだな…。しまった…、覚えたばっかりじゃねえか。あとにするか……」

 

「れ、レインさんはすぐに本を読んでおきたい人なんですか?」

 

「ん? まあ、そんなところかなぁ。保存するにしても、結構スペース無くなってきたしなぁ、いざとなったらギルドの書庫に寄付して無限ループさせる」

 

「それって意味無いんじゃ……」

 

「少なくとも、来年の“花見”まで所持する必要はなくなる。それに来年また手に入れられるとは限らないしな」

 

「アンタ、そういうのは考えてるのね」

 

「ま、そう言うことだ。ちなみに次回は参加する気無し。確実に本を保存する気はない」

 

そう言いながら、レインは次々と魔導書を読み漁っていく。だが、知っている魔法やらすでに会得した魔法の情報が多すぎたために、読む気が無くなってしまった……。

“風詠みの眼鏡”を外し、魔導書を脇に寄せると、レインはうつ伏せに寝転び、ただボーッとし始めた。

 

「あー―――――」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫、大丈夫、きっと大丈……あー――――――――」

 

「完全にショックを受けたみたいね、コイツ」

 

「ち、治癒魔法でどうにかなるかなぁ?」

 

「ならないわよ、だって精神的なダメージだし」

 

「あー―――――、マジかぁ―――――、どれもこれも外れじゃねえか―――――」

 

ブツブツと文句を言いながら、レインはボーッとすることを続けるが、そろそろノドが渇いてきたなぁと思い始める。

突然、姿勢を戻したレインにビックリしたウェンディだったが、彼がキョロキョロしていることに気がついた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いやな、そういや、飲み物って何処かにあったっけなぁ…って。オレの天然水誰か飲みやがったからさー、……ってあれ、酒か」

 

レインが回りをキョロキョロしてから見つけたのは空いていない酒瓶に入ったアルコール度数軽めのお酒。それを見つけるや否や、レインはそれを手に取り、まわりのラベルとかを確認する。

 

「……アルコール度数10%以下……、微炭酸……、天然水から作りました……か。よし、これ飲むか」

 

「だ、ダメです、レインさん!! まだ一歳足りてません!!」

 

「う、ウェンディ……。えーっとなぁ……、これ天然水」

 

「わたしでもそれを見て天然水だと思えないんですが……お酒、ですよね?」

 

「………否定はしない」

 

「じゃあ、ダメです!! これはわたしが預かります。お兄ちゃんが持ってたら飲んじゃいそうなので」

 

レインから強引に酒瓶を奪い取り、両手で抱え、絶対に渡さないと言わんばかりに防御行動を取るウェンディ。そこにレインはさっきの呼び方のことを言う。

 

「おーい、まだ呼び方戻ってるぞ~?」

 

「あ、あわわわ。また、言っちゃった……」

 

「隙あり!!」

 

油断したウェンディから酒瓶を取り返し、すぐさまレインは酒瓶に入ったお酒を自分のコップの中に注いでいく。

取られたことに気がついたウェンディがそれを阻止しようとしていたが、レインはのらりくらりと避け続け、コップにお酒が満たされた。

 

「さてと、それじゃ、飲もうかな~」

 

「だ、ダメですー!!!」

 

そう言いながら勢いのままにレインに突っ込んできたウェンディ。完全なる不意討ちだったせいか、レインも避けきれず酒の入ったコップを傾けてしまう。

 

「あ……」

 

「冷た……」

 

当然、突っ込んできていたウェンディの身体に溢れる。冷たそうにしてから、酒を溢してしまったことに気がつくと、レインに頭を下げて謝る。

 

「ご、ごめん…なさい…」

 

「………ま、いいか。さて…と、ウェンディ。ミラのとこ、行って着替えてきたら?」

 

「あ、はい。あの……怒ってないんですか?」

 

少し聞きずらそうにするウェンディ。だが、レインは一回だけため息をつくと……

 

「まあ、悪ふざけしたオレが悪いし。さて、家にでも帰ってゆっくりとするかな」

 

「よいしょっ…と」と言いながら立ち上がると、少しの間だけ桜を眺め、瞳を伏せたあと地面を強めに蹴り飛ばし、飛翔を開始した。

少しずつ下にいる仲間たちやウェンディ、シャルルの姿が薄れていき、桜の木の桃色だけが見える高さになると、次は家がある方向へと空気を蹴り、駆け出した。

 

「それにしても、ウェンディって……、なんかあれだな。少しずつグランディーネに似てきたりして……。ま、そんな訳ないか」

 

ブツブツと言いながら、颯爽と空を駆けて行く。綺麗な晴天に微かな白い雲、懐かしいその感覚に身を委ねるのもアリか、そう思いレインは少し立ち止まって瞳を伏せ、空気の流れを感じることに専念する。

 

「(涼しい風とポカポカと暖かい日射し……。時折匂うのは……海から流れてくる塩の匂いか? それにしても、少し暑いな…。あ、そういや、前にウェンディたちに言われてたなぁ…。コートなんか着ていて暑くないんですか…って)」

 

今ごろ気がついたのか、レインはコートを脱ぎ、コートをカバンの中に入れた。コートを脱いだ途端、極端に涼しくなった気がする。

そりゃあ、そうである。何故なら、コートの裏地はモコモコとした分厚い毛で覆われている。完全に真冬用のコートをほとんど毎日着ていたりしたのである。

 

「さて……。なんかコート無いとなんか足りない気がするが……、まあ、いいか。どうせ、メイビスがオレの家で好き勝手に何かしてそうだし、早めに帰るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……って、は? どうなってんだ、これ」

 

急いで家に帰って来たレイン。家の戸を開け、元気よく「ただいま」を言ってから部屋を眺めて見ると、そこには何故か“狼”がいた。

しかも結構大きい。なのに、何故か家のなかは散らかっていなかった。それどころか、モノに触れる瞬間、“狼”がすり抜けていた。

つまり……

 

「メイビスの魔法……か。多分あれだな、“天狼”」

 

魔法の正体を見破ってから、自室へと行ってみるとそこには元気そうにしているメイビスが誰かと話しているようにも見えた。

 

「おーい、メイビス。誰と話してるんだ?」

 

「あ、お帰りなさい。花見はどうでしたか?」

 

「あー、うん。いろいろあった。ところで誰と話し…て……は?」

 

自分の部屋に入ったレインが目にしたのは、頭から獣のような耳が生え、腰の下ぐらいからフサフサした尻尾が生えた女の子。裸だったのか、メイビスがレインの捨てる予定にしていたコートを被せていた。

 

「その子、誰?」

 

「さっき兄さんの家にやって来たときに、近くの茂みに潜んでいたんですよ。それも一人で。見たところ魔法じゃないのに耳や尻尾が生えてたので、きっと人狼的な感じかなぁ~って」

 

「………マジか、人狼っているのか……」

 

「むぅ、そんなこと言ったら妖精もいますよ、きっと!!」

 

「あー、懐かしい、父さんと母さんの話のあれか。確かにギルドの名前もそれが由来だっけ?」

 

「そうそう。そんな訳で、この子を拾ったんです」

 

「どんな訳で!?」

 

理由になっているのかさえ、不明な解答に呆然とするレインだったが、人狼の少女がズボンの裾を掴んでいることに気がつくと、試しに微笑みかけてみる。

すると、少女も少しだけ笑ってみせ、ほんのすこしだけ言葉をしゃべった。

 

「……がう」

 

「………メイビス。どこから言葉を教えた?」

 

「えーっと、そうですねー。さっきのからです」

 

「………いや、意味がわからん。――というか、この子に名前あるのか?」

 

「さっき言葉を少しだけ教えてみたら“フィーリ”とだけ言ってくれました♪ 下の名前は無いみたいです」

 

「へー……(大抵のことで驚かなくなってきてしまった気がするが……まあ、いいか)」

 

ふとそう考えていると、フィーリが微かに頭から生えていた獣耳をピクピクと動かし、千切れそうなぐらいにブンブンと尻尾を動かし始めた。

どうやら少しだけでも言葉を知れたことに喜んでいるらしい。だが、下の名前が無いのは結構不便なこともある。そう思いながら、レインは考え……今フィーリか着ている捨てる予定だったコートに書かれた月を見て思い付く。

 

「フィーリ・“ムーン”ってのはどうだ? “月”って意味だし、狼って月好きそうだしな」

 

「少しベタですね」

 

「メイビス、それ言えることか? 結構変な名前つけただろ、昔」

 

「むぅ……」

 

「……“ムーン”……」

 

やけに真剣な表情で自分の名前――になるかもしれない名前を何度も言ってみるフィーリ。少しずつ言い方に固さが取れていき、そして……

 

「……がう」

 

「さっきので良いみたいだな」

 

「ふふ、そうみたいですね」

 

フィーリが嬉しそうに頷いたことに少し嬉しくなるレインとメイビス。しかし、思いもよらないことがフィーリの口から告げられた。

 

「……パパ」

 

「は?」

 

「……ママ」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「えええええええええええ!!!!????」」

 

 




……駄文(涙)

最近テスト勉強で忙しくて投稿出来ても駄文になるかも……。


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ウェンディの忙しい1日


今回は閑話休題的な……奴です、はい。

まあ、前回登場したオリキャラのフィーリとウェンディの話です。

P.S.

作者の執筆スキルは平均より下かも……(笑)



 

魔導士ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》にて

 

 

 

 

今日はいつもとは違う意味で騒がしかった。いつもならば、確定で喧嘩または言い合いなどが始まったりするのが普通であり、騒がしいのは騒がしいのである。

しかし、今日は別のことで騒がしいのである。その理由はと言うと……

 

「――ってな訳だ。別に誘拐とかしてきた訳じゃねえぞ」

 

「がう」

 

この二人がその理由である。

いつも通り朝起きてからギルドに向かっていたレインだったが、後ろから着いてくる小さな何かに気がつき、確認してみればこの少女――正確には狼のような耳とフサフサの尻尾をもつ少女だが――が着いてきており、どう誘導しても着いてきたので諦めたのだ。

結局ギルドまで着いてきて、レインは現在説明を求められているのである。

 

「えーっと……、お兄ちゃん? この子の名前聞いていいですか?」

 

「ああ、一応“フィーリ”って名前らしい。下の名前無いみたいだったから“ムーン”ってのを昨日つけたところ」

 

「へぇ、フィーリちゃんって言うんですね、人狼なんですか?」

 

「そうみたいだ。嗅覚はオレ以上に効くわ、聴覚もオレ以上、素早さもオレ以上だ。色々と大変だった」

 

「がう」

 

「そんでまぁ……、少し困っててなぁ。離れようとしないんだよなぁ、コイツ」

 

フィーリの頭に手を置き、撫でながら呟く。撫でられたことに喜び、尻尾をジタバタ動かしている。ウェンディもそんな少女を見て、少し驚いてからレインの悩みの理由を理解した。

 

「ところで、フィーリちゃんは言葉が話せるんですか?」

 

「一応。少しだけ教えておいたんだが……」

 

「パパ」

 

「は?」

 

「レイン……パパ」

 

「お、お兄ちゃん……。ふぃ、フィーリちゃんに……」

 

「誤解を招くような言い方するな!! 別に名前着けたらなついたんだよ」

 

レインは片手で頭を掻きながらため息をつく。一方のフィーリはレインの今着ているコートにスリスリしていた。

ところが、急にウェンディの方をジーっと見始めた。

 

「え……あわわわわ……」

 

怒らせてしまったのかと慌てるウェンディ。しかし、フィーリは予想しなかった行動を取った。少しずつウェンディに近づき、思わず尻餅をついたウェンディの上に乗り掛かり、顔の方へと近づいていく。

少しずつ涙目になっていくウェンディ。すると

 

――ペロッ

 

顔を近づけたフィーリはウェンディの頬を下で嘗めると、彼女の顔を覚えるようにジーっと見てから呟いた。

 

「ウェンディ……お姉ちゃん」

 

「え……えええええ!!!???」

 

「あー、やっぱそうなったか……」

 

それを察していたのかレインはため息をつきながら、ウェンディを見る。おおよそのことだが、恐らくレインの近くに数多くいたウェンディには自分の匂い――ドラゴンの鼻ですら効き分けられないほどの微量な匂い――があったのか、それを感じとり、見た目的にも姉妹だと勘違いしたのかもしれない。勘違いした要素にフィーリの髪が淡い青色のためだろうとレインは思う。

ふとそんなことを考えていると、ナツが近くにやって来てフィーリに近づいた。

 

「よろしくな、フィー……」

 

――ガブッ

 

挨拶をしようとするナツが差し出した右手に噛みついた。噛みつかれたナツも驚き、急いでフィーリから離れた。

少々ナツの手から血が出るが、フィーリはガルルルルッ!!!と言いながら彼を睨んだ。

 

「……言い忘れてたけど、フィーリは一定の人間相手にしか興味、またはなつかないらしい。ウェンディは多分……たまたまだろうな」

 

「いててて……」

 

「だ、大丈夫ですか、ナツさん?」

 

「くそっ、ぶっ飛ばす!!」

 

「な、ナツさん!?」

 

流石に怒ったのか、ナツがフィーリに向かって“火竜の鉄拳”を放ったが、少女は軽々と避けて見せ、ナツの背中に取りつく。

すると……

 

「がうがうがう!!」

 

「なんだ? ぐおおおおおお!!??」

 

フィーリの身体が金色に輝くと同時にナツにとんでもない高圧電流が流れ出した。感電したナツは真っ黒焦げになり、煙を吐きながら倒れ伏す。

一方のフィーリはなんとも無さそうにし、すぐにレインの元に駆け戻り、彼に甘える。その光景に誰もが驚いていたが、レインはめんどくさいそうにしながら説明した。

 

「えーっとな。まずさっきのは“雷狼の雷閃(スパーク)”って言ってな。魔法の一種だ。それも古代魔法、“エンシェントスペル”の一つ、《七狼魔法》ってヤツだ。人間から遠退くほどに力を増し、様々な属性の魔法を使える。オレからすれば、コイツのためにあるような魔法だな、多分」

 

「あ、あのナツが一撃だと…!?」

 

驚愕したグレイをチラッとフィーリは見るが、直ぐに顔を背け、次はウェンディの側に駆け寄ると甘えようとしてきた。

よくまだ訳がわからなかったが、試しに頭を撫でてみると、フィーリの髪は意外にサラサラで隣に生えている獣耳を触りたいと言う気持ちに駆られそうになった。

ウェンディが少し楽しそうにしていると、となりに来ていたシャルルは少し不服そうにしていたが、今は近づくべきではないと感じたらしく、距離をとっていた。

 

「まあ、そんな訳でフィーリをどうしようか考えてたんだが……。ウェンディに任せるか」

 

「え? ちょ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!!」

 

「そ、そうよ、ウェンディにこの子がなんとか出来ると思ってるの!?」

 

シャルルが反対する。しかし、レインはフィーリが確実にウェンディになついていることに気がつくと、ため息をつきながらも告げた。

 

「多分、オレが世話なんかしてたら変なことなるだろ。第一、オレは男だ。昨日だって大変だったんだぞ? それに比べれば、ウェンディは女の子。同性だし、大丈夫だ。見たところなついてるんだから、変なことしないはずだしな」

 

「そ、そう言われても……」

 

「クゥ~ン」

 

「や、やっぱりどう見ても狼みたいね」

 

鳴き方も狼であるフィーリにシャルルはどうしようもなく、少し黙り混むことにした。流石にナツを一撃で仕留めたこの少女をどうにか出来るとは判断できなかったらしい。

すると、ウェンディは決心したのか……

 

「わ、分かりました。フィーリちゃんはわたしが責任もって面倒見てみます。時々手伝ってくれますよね、お兄ちゃん」

 

「ああ、まあ週に3回ぐらいなら手伝えるだろ」

 

「本当に大丈夫なのか? ウェンディ」

 

最後にそう訊ねるエルザにウェンディは頷く。また同じようにフィーリがエルザをチラッと見たのだが、やはり気に食わないのか、すぐに興味を無くしていた。

 

その後、レインと共にフィーリにギルドのメンバーを紹介したりなどしてみたのだが、結局なついたのはレインとウェンディだけ。――実際はメイビスにもなついていたのだが…。

その日は仕事を選ばず、二人と一匹かがりでフィーリに言葉を教えることに専念した。

 

 

 

そしてその夜……

 

 

 

「今日は少し疲れたかも……。シャルル、先にお風呂入ってて」

 

「分かったわ、アンタもその子と入るときは気を付けなさいよ?」

 

「うん、分かってる」

 

フェアリーヒルズにあるウェンディの自室では、お風呂へと向かったシャルルを除けば、現在はウェンディとフィーリだけとなっていた。

そのフィーリはすでにウトウトと船を漕いでおり、恐らくもう眠たいのだろう。よくよく見れば、少女の服装はレインが使っていたと言うコートとボロボロのズボン、胸の辺りに巻いたサラシだけとなっている。

レイン曰く、どんな服装をなんとか着せたとしても気に入らないのかすぐに破く、または脱いでしまうらしい。

特に胸の辺りにはサラシ以外の何も気に入らないのか、シャツ数枚破いてしまったようだ。最低限の格好があれらしい。

他に何か出来ないかなぁ~と考えるウェンディ。しかし、気がつけばあっと言う間に時間が過ぎてしまっていて、シャルルがお風呂場から出てきて着替え終わっていた。

 

「そろそろアンタもその子と一緒に入りなさい、わたしは先に寝ておくわ。色々と大変そうだしね」

 

「うん、気遣ってくれてありがとう、シャルル」

 

「気にしなくていいわ」

 

そう言うと、シャルルはベッドに入ると、すぐに寝息を静かにたてながら眠ってしまった。シャルルの気遣いに何度も感謝しながらウェンディはフィーリを起こすと、二人でお風呂に入ることにした。

 

 

 

熱いお湯の出るシャワーが格別に気持ちのいいものだと感じるウェンディ。しかし、フィーリは身体に触れる水滴に気持ち悪そうにしてから逃げようとするが、ウェンディがなんとか動きを止めさせ、大人しくさせる。

少し汚れた身体を洗うために、一応頭にシャンプーハットを被らせ、シャカシャカと洗っていく。頭を洗ってもらうのは気持ちいいらしく大人するフィーリ。

 

「気持ちいい?」

 

「がう♪」

 

「ふふ、良かった~」

 

洗っている側であるウェンディも気分が良くなる。すると、あることに気がついた。頭を洗っているときにも避けていたのだが、この狼のような耳は洗う必要がありそうだが、触っていいのかということだった。

流石にウェンディもどうすればいいのか分からなくなり、フィーリに訊ねることにした。

 

「この耳、触ることになるけど……いいかな?」

 

「……がう」

 

「手早く済ませるね」

 

そう言うと、ウェンディは泡のついた両手で優しくフィーリの耳を洗っていく。すると……

 

「ふあ……んっ……がぅ……んっ……」

 

急にフィーリが発する声が弱々しくなり、身体がガクガクと震えだした。どうやら敏感な部分らしい。そう判断するとウェンディはさっきよりも早く終わらせようと洗っていく。

しかし、フィーリの震えはさっきよりも激しくなり、ついには……

 

「……んぁっ……」

 

「だ、大丈夫!?」

 

「……が…ぅ……」

 

身体が痙攣したのか、フィーリは身体が言うことを聞かないのか、ウェンディの身体に寄りかかる。心配するウェンディにフィーリは少しだけ目を閉じ、スヤスヤと寝息を立て始める。

 

 

 

 

その後なんとかフィーリの身体を洗い、シャワーで流し終えるとウェンディは自分の分の着替えを済ませ、フィーリの着替えをどうしようか悩んでいた。

 

「う~ん……、どうしたらいいのかなぁ……」

 

レインの話によると、着替えさせようにも服を後から破いてしまう可能性もあるため、簡単に着替えさせられなかった。

そうやって悩んでいると、フィーリが目を覚ます。それからウェンディの格好をチラッと見ると、彼女の服が入った引き出しを嗅覚で見つけ、その中からいくつか服を選んだ。

どれもウェンディが今着ている服と似ており、サイズも着ている服と同サイズだった。

 

「え、えーっと……」

 

「パジャマ…着る…どれに…したら…いい……?」

 

途切れ途切れだが、フィーリは言葉を話すとウェンディの持っていた服から選んだ何種類かの服装を指差した。

そんなフィーリにウェンディは素直な気持ちで訊ねてみた。

 

「どの色がいいの?」

 

「……これ」

 

フィーリが指差したのはウェンディが今着ている優しめ色合いをしたピンクのパジャマだった。それを確認すると、ウェンディはフィーリにその服を着せていく。

やはりサイズがフィーリにとっては大きめなのか、簡単に着替え終わり、獣耳の少女は身体を動かしながら服の感覚を感じ始めた。

 

「それでいいの?」

 

「がう」

 

どうやら気に入ったらしく、フィーリはすぐにフカフカで気持ちの良さそうなベッドを見つけると、そこにダイブする。

やはり眠たいらしい。時間的にはまだまだ余裕があるのだが、ウェンディも今日は疲れていたのか眠たくなってきていた。

掛け布団を広げ、フィーリと共にベッドに入ると、部屋の電気を消した。――のだが、真っ暗闇の中でフィーリの眼がうっすらと光を放っていることに驚き、少しだけ明かりをつけることにした。

 

「おやすみ、フィーリちゃん」

 

「お…や…す…み…?」

 

「うん」

 

「おやすみ、お姉ちゃん……」

 

新たに言葉を覚えながら、フィーリはスヤスヤと寝息を立てていった。そんな少し変わった妹が出来たような感じにウェンディも嬉しそうにしながら、同じように寝息を立てていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、レインはというと……

 

「……ウェンディ、大丈夫なのか、今頃」

 

着替え終わったレインもまた、少しの間自分の判断が正しかったのか、それに加え、預けたフィーリがウェンディに何か悪いことをしていないかと気になっていた。

まあ、自分で預けておいて今頃不安になるのも色々と可笑しいことなのだが、結構フィーリが夜中に動き回ることがあったためにそこが特に不安になっていたのである。

 

「……まあ、多分大丈夫…だと思う。ウェンディ、結構しっかりしていると最近思えるから」

 

と、ここ最近の彼女がしっかりしていると判断し、レインもベッドに入り、寝息を立てることにしたのだった…。

 

 

 

 

 

その次の日、ウェンディが少々寝不足になってしまったとは知らないまま……。

 





如何でしたか?

ちなみに察している人はわかると思いますが、フィーリは後々重要な役割につきます。

まあ、楽しみにしていてくださいな。


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ギルダーツの帰還


さて、そろそろエドラスですよ、エドラス!!

オリキャラ用意してるんで楽しみにしててくださいな。



 

「ふああ……、とりあえずウェンディ。フィーリ……フィーとの生活には慣れたか?」

 

「うん、昨日もいっぱいお話ししました。すごくレインさんのこと、話してましたよ?」

 

「あー、やっぱり? まあ、確かに子供とかは親の話をよく話すよなぁ…。フィーも例外じゃないってことか」

 

「そうみたいね、意外にこの子、知能は人間よりも良いのかもしれないわ。ハーフなだけあって」

 

ギルドにある酒場の一角、そこのテーブルに座り、話をするレインとウェンディ。レインの隣では小さな身体を丸めるようにフィーリが眠っている。

すっかりギルドの雰囲気にも慣れたのか、安心してスヤスヤと安眠を貪っていた。やはり見た感じだと未だに5歳くらいだろう、この獣耳の少女は身体の成長を促すように睡眠を多く必要としていた。

今日もまた、レインの持っていた満月の描かれたコートを上から被っている。どうやら、今のフィーリにとっては大切なものらしい。

ウェンディにフィーリを預けてから数日が経つが、彼女もこの少女との生活に慣れ、楽しんでいるようだ。

ウェンディの相棒でもあるシャルルにも少しだけ心が開くようにもなったらしく、この間は少しだけ話もしたのだと言う。

それに加え、言葉も色々と覚えてきたようでもある。それでも、無口なところは相変わらずのようだ。

ちなみにフィーリの要望で、レインとウェンディ(あとメイビス)には“フィー”と呼んでほしいと言っていたらしく、本人の前で言ってみた時、嬉しそうに尻尾を振っていた。

 

「結構ウェンディに甘えてるみたいだな。オレが居なくても寂しくなさそうだし」

 

「あ、でも、昨日の夜。フィーちゃんはレインさんとまた一緒に寝てみたいって言ってましたよ?」

 

「………、マジか……。正直理性を削りにいくような行動起こすからハラハラするんだが…」

 

「ま、まあ、最近はすごく大人しかったですよ?」

 

「……なら、いいんだけどなぁ……。久しぶりだからってはっちゃけられたりすると……」

 

「だ、大丈夫じゃないですか? た、多分……」

 

「なんだか雲行き怪しくなりそうね…」

 

シャルルに痛いところを突かれながらも、一旦話題を変えるために頼んでいた飲み物を一口だけ飲むと、“とある話”を始めた。

 

「……最近、交代でフィーと一緒に1日過ごしてただろ?」

 

「あ、そうですね。わたしが仕事の時にはレインさんがフィーちゃんを預かってましたね」

 

「最近、仕事先とかの情報を暇潰しに集めていると、結構不安になってなぁ……。なんか、闇ギルド――強いて言えば、“悪魔の心臓(グリモア・ハート)”の傘下ギルドたちが活動活発になってきてるらしくてさ。それで……なんて言うのか、少し心配になったりするんだよなぁ。個人的に」

 

「……………」

 

レインが恥ずかしげに言っているところを見て、思わずウェンディは驚きのあまり、声が出ずに固まっていたが、少しするとクスクスと笑った。

 

「な、なんか変なこと言ったか?」

 

「い、いえ……。えーっと…、なんだか今もあの頃も変わってませんね、ふふ…。しんぱいしてくれてありがとう、お兄ちゃん」

 

「あ、うん……。どういたしまして…?」

 

中々お礼を言われた機会が少ないのか、レインは返答がうまく返せなかったが、それでも嬉しそうだった。そんな兄、レインの姿を見ているとホッとするウェンディに、シャルルが生暖かい目で見守っていた。

向こうからこっちの様子を見ていたらしき、ルーシィとハッピーがこっちまで来るや否や、二人揃って「どぅえきてるぅ~♪」と言った時には顔を真っ赤にしたウェンディがルーシィに「違います~!!」と反論し、レインは即座にハッピーをギルドの木の床に埋め――いや、めり込ませたと言うべきか……――ちょっかいをかけた青猫は目を回した。

 

 

 

 

 

そんな時だった。

急にマグノリアの街全域にほとんどのギルドのメンバーを含め、街の住人たちなら聞き覚えのある鐘の音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

その音を聞いたギルドのメンバーはみんな口を揃えて、こう言った。

 

 

「ギルダーツが帰ってきた!!!」

 

その多くの声の中、一番喜びを感じていそうな声はナツから発せられていた。レインも聞き覚えがある。

ナツはギルダーツとは親子のように親しく、よく戦いを申し込んではコテンパンにやられ、ボロボロになっていたらしい。

まあ、大人と子供以前に、レインがその光景を見ていたならば、こう言うだろう。

 

 

――子竜と巨竜の戯れあいだと。

 

 

それはさておき、ギルドの入り口から聞こえる街のアナウンスは確実にいつもとは違う雰囲気を持ちながらだった。

 

『マグノリアをギルダーツシフトに変更します。町民の皆様は各自、所定の位置に移動してください。繰り返します――』

 

そのアナウンスを聞いた途端、あれが来るんだなと思うメンバーたち。アナウンスの音に目が覚めたフィーリやウェンディ、ルーシィは恐らくこれから起こることを知らないだろう。

実はと言うと、レインはこれから起こることを把握済みだ。調べものの際に、ギルドに保管されていた魔導士リスト、その魔導士が出した損害賠償の数々、それから使用する魔法。

 

その中でも、ギルダーツには特例が出ていた。

 

彼が使う魔法は超上位破壊魔法の一つである、《粉砕(クラッシュ)》という魔法だ。

指定した物体――その範囲は広く、魔法や人間もできるらしい――を粉々にし、バラバラにすることが出来る。

人間にした場合はその対象の人間をバラバラにする――つまり、小さな対象が大量に生まれ、それら全ては意思を持っている。簡単に言えば、対象の人間の小人の大量生産だと考えればいい。

そんな彼が使うこの魔法、使い方にさえ気を付ければ、なんということもない。使い方に気を付ければ……だ。

ギルダーツはよく、ボーッとする癖があるらしく、その際に無意識に建物などを粉砕してしまう。そのせいか、ナツまでとは行かないが、結構彼も損害賠償が多いらしい。

 

さて、それを知らないウェンディとフィーリ、ルーシィたちは何がなんだか分かっていないようだが、説明はしておくべきだと思い、レインは簡単に説明する。

 

「ギルダーツ・クライヴ。このギルド最強の男と呼ばれる魔導士でな、三年前に100年間達成されなかった100年クエストに出掛けている。今帰ってきているってことは大体3年かかったけど、クリアしたんじゃないか?」

 

「そ、そんなに凄い人が……。どんな人なのかなぁ、シャルル」

 

「そうね、意外と怖い人だったりして」

 

「えええ!!??」

 

シャルルの冗談を鵜呑みにしたウェンディが少し怖がるのだが、彼女の前にさっきまで寝ていたフィーリが立ち、いつもとは違う真剣な顔つきと雰囲気を纏わせて、「お姉ちゃん……わたし……守る」と呟いている。

まあ、確かにウェンディと同格だろうフィーリは元より身体能力もずば抜けている。言ってしまえば、正直ウェンディよりも強いだろう。

 

街の方からすごい物音がする中、その音がやっと止まった。

 

すると、少しずつレインにも分かるぐらいにギルダーツの魔力が感じ取れる距離内に入った。

多分もうすぐでこのギルドへと入ってくるだろう。少しだけ彼が変なことをしないか、注意を向けながら彼を待つ。

すると、ギルドの入り口に立つ一人の男が見え、ゆっくりと顔つきも分かるようになっていく。少しずつギルドの中へと入ってくるギルダーツ。

その彼がついに口を開いた。――のだが……

 

 

 

 

「お嬢さん、このあたりに《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》っていうギルドがあったはずなんだが……」

 

迎えに言ったミラに向かってこう訊ねる始末だった。

ミラはクスリと笑いながら、ギルダーツに伝えた。

 

「ここよ。それにわたし、ミラジェーン」

 

「ミラ?お前、随分変わったなぁ! それにギルド新しくしたのかよ」

 

まあ、確かに間違えても仕方ない。ギルドのメンバーの顔写真を拝んだが、三年前のミラはもっとガラが悪く、結構露出も多い格好をしており、今とは似ても似付かなかった。

多分レインがギルダーツと同じ立場なら同じことを言っていただろう。

すると、待っていましたとばかりにナツがギルダーツに向かって急襲するのだが……

 

「ギルダーツ!! 勝負だああああ!!!」

 

「あぁ、ナツ。あとでな」

 

そう言うと、片手でナツを掴むとお手玉のようにクルクルと回転させてから天井に適当に放り投げた。

一瞬で倒されるナツに、驚愕して声が出ないルーシィとウェンディ。そんな彼女らは一旦さておき、ギルダーツはマカロフの元まで行くとクエスト報告を行った。

 

「――で、ギルダーツ。どうだったのじゃ?」

 

マカロフのその問いに、ギルダーツは笑いながら答えた。

 

「いやぁ、わりぃ、無理だったわ」

 

その途端、ギルドのメンバーたちは驚愕する。彼らが知るなかでギルダーツは最強の魔導士である。恐らく、このフィオーレ広しと言えど、彼以上の魔導士はいないだろう。

そのギルダーツが失敗したとなると、100年クエストは……

 

「実質的不可能……ってとこか。なぁ、ギルダーツ」

 

「ん? おお、レインじゃねぇか。久しぶりだなぁ、あれ、お前さん。確か《幽鬼の支配者(ファントム・ロード)》に所属してなかったか?」

 

「ああ、バカ間抜け油断しすぎのジョゼの阿呆がここに戦争吹っ掛けたのに、返り討ちにあって消滅だ。笑えてくるぜ、ホント。ちなみにオレは参加してないけどな」

 

「まあ、お前さんいたら、いくらナツやエルザたちがいても勝てねぇだろ。俺よりも()()()()()()()

 

そうギルダーツが笑いながら言った途端、ギルドが一度静まり返った。

 

すると、すぐそのあとに……

 

 

 

 

 

「ええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

という驚愕の声が上がった。そう、近くにギルダーツよりも強い魔導士が存在していたのだ。

それに加え、さっきギルダーツよりも強い魔導士は知らないと信じていたものも多いはずだ。それを覆す発言であったのだ、さっきのギルダーツの言葉は。

すると、レインは気恥ずかしそうにしながら答えた。

 

「そう言うなよ、ギルダーツ。別にオレだって色々とギリギリだったって。実質、今のオレは()()()()()()()。今喧嘩でもすれば、街が吹っ飛ぶほどの戦いしてもオレが負けるよ、きっと」

 

「謙遜するなって、お前さんも。あ、そうだ、今度酒に付き合ってくれるか? いい土産話があるでなぁ」

 

「ああ、嗜む程度で相手するさ。――ちょーっと妹の目が……な?」

 

「ん? ああ、お前さんの言ってたウェンディちゃんって子か? どの子だ?」

 

「ああ、後ろにいる青くて長い髪の少女。変なことしたら即座に埋めるからな」

 

レインの忠告を聞き届け、ギルダーツはウェンディに近づき、腰を落とすと緊張を解させるために一度笑ってみせ、それから話しかけた。

 

「新入りか?」

 

「あ、はい。ウェンディ・マーベルです、よろしくお願いします!!」

 

「ほー、おい、レイン。いい子だな、お前の妹」

 

「礼儀正しいからな、元より。あー、それとそろそろ離れないと()()()ぞ~?」

 

レインがそう呟き終わると同時にギルダーツがいた場所に何かが墜落するような勢いで迫った。少しほど砂煙をあげる中、後ろに下がったギルダーツは「あ、危ねぇ…」とだけ呟いた。さきほどギルダーツがいた場所には一人の獣耳の少女が四つん這いで警戒体制を張りながら、淡い青色の髪の毛を逆立てさせ、目を赤くして威圧していた。

その光景に流石のギルダーツも驚いたのか、興味深そうにしながらレインに訊ねた。

 

「レイン、あの子は?」

 

「フィーリ・ムーン。一応オレの娘的な立場。拾い子で、人間と狼のハーフ。すでにナツを不意打ちなれど一撃KOの実績あり」

 

「そ、そんな子も入ったのか、このギルド……」

 

「いや、まだ加入してない。けど、古代魔法使えるからな、油断すると焼きたてのチキンか何かにされるから注意」

 

そう付け加えると、フィーリにレインは「落ち着け」とだけ言うと、一旦フィーリの側に寄ると、頭を撫でて落ち着かせた。

その最中もギルダーツは興味深そうにフィーリを見ながら、ギルドの内装を見ていた。一旦見終わったのか、彼は自分の家のある方向――ギルドの入り口ではなく、石レンガで出来た壁――に向かって歩きだし、壁を粉砕してから家へと向かっていった。

ギルドを出る途中、ギルダーツはこう言っていた。

 

――少しほど時間をくれ、レイン。俺ン()で話をするからよ。――それとナツ、あとでお前も来い、土産話をしてやる――

 

そう言い残したギルダーツ。しかし、レインはある疑問を抱えていた。彼の歩き方、動き方、匂いの中に金属のような固さがあったのだ。

まるで身体の一部が金属か何かになったような……。そんな疑問に駆られながら、レインはナツと共にギルダーツの後を追っていくのだった……。

 





さて、前編後編システムではないんですが、次回もギルダーツの話です。

まあ、許してヒヤシンス


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終焉を告げし漆黒の竜


さて、ちょーっとレインのあるヤツへの関わりを一部出しておきます。

それにしても東方っていいですよねー。←どこかの“神”がついたグループじゃないですよ?

個人的には“古明地さとり”や“フランドール・スカーレット”ですかね。まあ、人それぞれです



「――さてと、ギルダーツ。話ってなんだ? またどうせあれか? 旅先で可愛いお嬢さん見つけました的な報告か? それでまたタブらかしてきたのか? オレにはそんな趣味趣向は一切合切無いからな? ついでに言えば、その趣味趣向を会得する気すらないぞ?」

 

「何も言ってねぇだろ!?」

 

ギルダーツの家に着くや否や、即座に彼の痛い弱点――つまりなところ“女癖”――を耳が痛くなるほどに指摘するレインに、ギルダーツは思わず叫びながら批判した。

まあ、それを批判されようと事実である以上は仕方がない話である。実際、この男は数多くの女と交際やらタブらかしたりしていたことが幾度となくあり、レインもまたそれを見ていたり、風の噂で聞いていたりしたのである。

そこへ、レインのとなりにいたナツがどうでも良さそうな顔をしながら、話題を切り替えた。

 

「そーいや、レイン。お前、ギルダーツと知り合いだったのか?」

 

「ん? ああ、大体……3年前くらいか。S級魔導士資格を取ってから大体2年。その頃に一度あのクソギルドに旅に出てくると言って、出ていったんだよ。

そしたら、この女癖男が丁度旅先の街でな。酒場で酒飲みながら色々としてたりしてて……。あと、荷物を思いっきり何かの手違いで粉砕したからなぁ……。それ以来の付き合いだ」

 

「いや、あれはわざとじゃねぇんだが……」

 

「そうか? でも酒飲んでて、その酒を落としそうになった時に片手をついたら周辺のものをバラバラに粉砕してただろ。無意識に使いすぎだっての」

 

「ふーん、そうか。――んで、ギルダーツはレインに負けたのか?」

 

事情を知ったナツはギルドを騒がせた“レインがギルダーツより強い”と言うことを聞いてきた。別に対して面白い話でも何でもないのだが、まあ、別に構わないだろう。

そう思い、レインは口を開いた。

 

「ああ、一度だけ洒落にならなく許せない時があってなぁ。さっきとは別の街で出会った時に街ごとオレの大切な懐中時計を粉砕してくれたから、思いっきり殴った。ただそれだけ」

 

「あのなァ、あンときのパンチ痛すぎるだろ。しばらく頭痛くて酒飲めやしねぇ」

 

「それの方が良いだろうが、酒飲み。お前、カナ見たいに結構飲みすぎてんだよ」

 

「カナ、そんなに飲んでンのか!? ギルドの酒無くなりはしねぇよなぁ……」

 

「まったく……」

 

完全にナツが空気と化しかけるほどに会話が熱中するレインとギルダーツ。途中から完全に話の進行方向が大きく逸れたような気がしたのだが、まあ、気のせいとしておこう。

ため息をつきながら、レインはギルダーツの簡素な家の内部を見渡した。よくわからない掛け軸に酒の瓶、ベッドにその他諸々と言ったところだろう。

ふと、そんな風に考えつつも、レインの意識はやはりギルダーツの身体――ギルドの時に匂っていた金属らしき何かがありそうな場所――を見ていた。

すると、そのレインの視線に気がついたらしき、ギルダーツは苦笑しながら答えた。

 

「――どうせ、気になってンだろ? オレの身体によ」

 

「ああ、なんで()()()()()()()()んだ?」

 

「ん? (クンクン) ホントだ。ギルダーツ、なんで金属の匂いすんだよ!」

 

「ああ、それはこれを見れば分かるだろ」

 

そう言うと、ギルダーツは自分の着ていたマントを外し、自身の身体を見せた。相も変わらず筋肉隆々としており、健康そうに見えるギルダーツの身体。

しかし、ギルダーツの身体の一部だけはそれを言えなかった。

 

「……やっぱりか」

 

「な…!?」

 

驚愕するナツと金属の匂いの理由を予め予測していたレイン。彼らが見たのは、ギルダーツの半身――左手と左足の部分にあった金属の義手と義足だった。

本来、義手も義足もその部分を無くし、生活などが不自由になるのがツラいと言う者が代わりにつけるものである。

つまり……

 

「誰に殺られた、ギルダーツ。お前にそのレベルの怪我をさせるような達人級の魔導士なんかいないと思うが……」

 

「――いや、魔導士じゃねぇ。()()でもねぇよ」

 

自らの傷たる義手と義足を見ながら呟く。人間でもないと言われ、レインも少々内心では焦ったのだが、ある結論が浮かび上がり、無意識に身体が怒りの感情を沸き立たせた。

そんなレインを見ながら、ギルダーツは自分をこんな目に遭わせた敵のことを告げた。

 

「ドラゴンだ。それも全身に怪しげな模様の入った、漆黒の竜だ」

 

「ドラゴン!?」

 

驚くナツだったが、突然となりにいたレインの足元にヒビが入り、地面が揺れ動き始めた。そんなレインから放出される膨大という言葉すらをも凌駕してしまいそうな強大すぎる魔力の渦を放つレインにナツは恐怖を抱いた。

流石のギルダーツでさえ、冷や汗が止まらないほどに……だ。

すると、レインはその謎の模様を持つ漆黒の竜の名を怒りを秘めた声とともに告げた。

 

 

 

 

 

「アクノロギアか……!!!」

 

 

 

 

 

「アクノ…ロギア?」

 

その名に聞き覚えのないナツは恐怖を微かに抱きながらも不思議そうに呟いた。すると、ギルダーツはその名前を首肯する。

 

「ああ、オレのこの怪我はヤツに殺られたものだ。たった一瞬の間にこのザマだ」

 

「ギルダーツが!?」

 

「……当たり前だ。アイツは……ドラゴン殺しのドラゴンだ。たかが人間が勝てる相手じゃない……!!」

 

悔しげに呟きながら両手を強く握り締めるレインの手から血が少しずつ滲んでいく。相当悔しい出来事か何かがあったのかと思うギルダーツだったが、ナツの言葉に驚いた。

 

「なんでドラゴンが!? ドラゴンがそんなことするわけねぇ!!」

 

「甘ったれたこと言うんじゃねぇ、ナツ!!」

 

現実を受け入れまいとしたナツにレインは叱咤する。その声に思わず身体がビクッと強ばったが、そうナツを叱咤したレインの眼は底冷えするほどに冷たく暗いものに成りかけていた。

 

「ヤツだけは手……絶対にオレが葬り去ってやる……!!! 絶対に……!!!」

 

悔しげながらもそう呟くレインにギルダーツは思わず……

 

「レイン、お前はそこまで言うアクノロギアを……」

 

そう言いかけたところで、ギルダーツの声を遮るようにレインは叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツに、天竜グランディーネは魂を奪われ、身体の一部を千切られ、姿を消したんだ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レインの怒りが混ざった怒声は一瞬の沈黙をその場に作り出し、ナツとギルダーツは驚愕せざるを得なくなった。

すでに戦った――いや、一瞬で蹂躙された――ギルダーツならば分かってる。自分をあんな目に遭わせたアクノロギアの実力は同種のドラゴンさえをも凌駕するものだと。

以前、聞いていた親のような存在だったドラゴン――天竜グランディーネが消えた理由。それを全てレインが思い出していたことを知ったのだ。

その一方、ナツは親であったドラゴン――炎竜王イグニールが消えた理由、その他にも様々な憶測が頭のなかを駆け巡るせいもあり、反論すら出来なくなっていた。

 

「……ギルダーツ」

 

「………」

 

「ヤツは……、アクノロギアは……どこだ?」

 

「………」

 

「どこで会ったんだ……!!! 教えろ、ギルダーツ!!!」

 

「いい加減にしろ、レイン!!」

 

胸ぐらを掴みにかかろうとしていたレインの隙だらけの胴体に回し蹴りを見舞い、家の外へと吹き飛ばすギルダーツ。

吹き飛ばされたレインは無様に地面を転げ回り、最終的にギルダーツの家の付近をあり、そこを流れている水路へと落ちた。

 

「やりやがったな……ギルダー……ぐうっ…!?」

 

全身ずぶ濡れになっても水路から上がり、ギルダーツへと向かおうとするレインだったが、途中突然の頭へと走る激痛に顔をしかめ、再び水路へと転落する。

 

「ヤバイな……これ。…意識……霞んで……来やがった……」

 

激痛に耐えられず、レインはそのまま朦朧としていた意識を手放してしまい、そのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――7年前のドラゴン消失より1ヶ月前のこと

 

 

 

 

「………操竜…魔法…?」

 

聞いたことがないその魔法の名を口にしながら、その頃のレインは首を傾げた。

まあ、聞いたとがないのは当然だ。何故、記憶がないのかは分からないが、その頃のレインも、今のレインも記憶は完全ではない。

それはさておき、首を傾げたレインにそばにいた白く優しげな雰囲気を醸し出すドラゴン――天竜グランディーネは続けた。

 

『ええ、そうよ、レイン。この魔法はわたしたちドラゴンを操る魔法なの』

 

「…う~ん…? でもさ、正直…グランディーネを操れる気がしないよ?」

 

『まあ、ちゃんとした鍛練は必要よ。それにかなり疲れるのも難点ね』

 

「……ところでさ、グランディーネ。なんでボクに教えるのかな…? ボクよりウェンディの方が成功率高いと思うのに」

 

ふと思い付いたことを呟くレイン。実際そばでスヤスヤと眠っている青い髪を持つ少女、ウェンディの方が攻撃専用たる自分の特徴よりもそっちの方面に適しており、彼女に教えた方が得策ではないかと思った。

すると、グランディーネはレインにこう告げる。

 

『そうかもしれないわね。それでも、貴方にこの魔法――操竜魔法などを解除できる《魔法解除(スペル・キャンセル)》を覚えてもらいたいの』

 

「《魔法解除(スペル・キャンセル)》……?」

 

『いつかきっと…、貴方を助けてくれるはずよ』

 

そう告げるグランディーネは優しく暖かく見守ってくれているように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――クシュンッ! ……………寝てたな、オレ。いや、気絶してたのか」

 

全身ずぶ濡れの状態となったレインは大きなくしゃみをしたあと、自分が落ちた水路の中で目を覚ました。

気づけば、ギルダーツに落とされて結構時間が経ったらしく、すでに夕方である。寝過ごしたか……と考えるが、事実激痛により気絶していたためにそれはないかと考え直し、水路から出ると、すぐ近くに青い髪の少女が見えたのに気がついた。

 

「ん? あれ、ウェンディか?」

 

そう思いながら、レインは地面を一度だけ強く蹴り、一瞬で距離を詰めると、その少女に声をかける。

 

「――やっぱり、ウェンディか」

 

「ひゃい!? ……あ、レインさん。――って、なんでずぶ濡れなんですか!?」

 

「川遊び」

 

「嘘ですよね……すごく分かりやすい気がします……」

 

「あ、やっぱり?」

 

「その前に、早く身体を暖めてください! 風邪引いちゃいます!!」

 

「あー、まあ、うん。分かった……って言ってもなぁ。どうやって暖めるんだ? 近くに焚き火できるようなものあったか?」

 

「うぅ……」

 

「まあ、いいか。ちょっと翔ぶとするか。ウェンディ、左手出して」

 

「え……、あ、はい。えーっとどうするんです……」

 

疑問に思ったウェンディがそれを言い切る前にレインは急上昇を開始し、ウェンディはその勢いに目を回した。

雲の上付近まで上昇し終わると、すぐに方向転換し、自身の家の方向へと翔ぶ。少しスピードが落としてあるためか、ウェンディも意識がハッキリし、下を見そうになるとすぐに顔を前に戻した。

その際、レインが握ってくれている左手が少し紅くなっており、何かと思っていると、それが血だと気がついた。

 

「れ、レインさん。怪我してますよね!?」

 

「ん? ああ、気にするな。別に大した怪我じゃないし、大丈夫、大丈夫」

 

「……、あとで治療するので大人しくしててくださいね」

 

「……ホント、ウェンディってグランディーネに似てきたなぁ」

 

そう軽口を少し叩いたあと、レインは“あること”をウェンディに訊ねることにした。

 

「なぁ、ウェンディ」

 

「? なんですか?」

 

「自分の目の前にさ。家族や仲間、大切な兄弟、大切に思った人、その他諸々の自分にとってはかけがえのない存在を傷つけたり、殺したりしたヤツがいたとき……ウェンディならどうするんだ?」

 

「え……?」

 

「ま、例えばの話だ。別に深い意味なんてないさ」

 

嘘である。深い意味があるからこそ、自分とは違う答えを持つかもしれない人物に訊ねているのだ。

 

同じ師の元で学び、暮らし、生きてきたほとんど同じ存在。兄妹のように仲が良かったウェンディにだからこそ、訊ねておきたかったものだ。

 

すると、彼女は答えた。レインがさっきまで考えていた憎悪、憤怒、復讐心とは一切関係のなく違う感情の内容のものを。

 

「わたしなら……――一度は戦うかもしれません。でも、その相手を酷い目に遭わせたくはないです。せめて、償ってほしい……、そう思います」

 

「……………」

 

言葉もでない。どうしてこうも優しく、素直でいられるのだろうか?そう思わざるを得なかった。ふと考えながら、レインはウェンディの方を見ると、彼女は笑顔だった。

そして……

 

「それにわたしだって、ただやられるつもりはないですよ? 強くなって皆さんを支えられるようになりたいです♪」

 

「……はは。ホント……、ウェンディって素直だなぁ、昔と何も変わらない気がする。――まあ、身長とか精神面は少し変わったかな?」

 

そう呟いたレインは数秒後、真っ赤になったウェンディに文句を言われるのだった…。

 





さて次回から本格的にエドラスですねー。

頑張っていきますのでヨロシク!!


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一瞬のうちの喪失


さーて、エドラスです。まあ、次から本気出します(笑)

途中で端折ったらすみませんね、ホント。



「あー、ダメだ、全然資料無いな、このギルドの書庫も」

 

相変わらずの書庫漁りをするレインはそう愚痴りながら、いくつもの本を纏めて読みながら呟いた。

すでに彼がこのギルドの書庫の主とも言える存在になってから長らく本を取って読んでは片付けての繰り返しをし、結果今回読んでいる分でこのギルド――《妖精の尻尾》に贈与された、または保存されている資料、及び本は全て読み明かされたことになった。

それほどまでにレインが調べているのは以前名前だけ知ることが出来た悪魔“ERA”、さらに数十年前に1ヶ月間のみ活動し、あらゆるモンスター、あらゆる悪魔、あらゆる闇ギルドの魔導師を圧倒し、人々に希望をもたらしたとされる“白魔導師”のことである。

ゼレフ書の悪魔――“エーテリアス”を作った黒魔導師ゼレフと反する存在であり、数々の魔法の構築、完成、立証を達成し、人々が魔法を日常で使うための基礎までも製作した“白魔導師”の存在は今でも語り継がれるほどの伝説級の昔話と成り得ている。

きっと恐らくだが、レインが使用している魔法の一部、“天体魔法”、“天空の造形魔法”、“魔法解除”、“拘束系統の魔法”も彼が造り出したものだろうとレインは推測していた。

だからこそ、その魔法がどこまでの規模であるのか、また限界はどこまでなのかを知りたかったのである。

もちろん、知るために“聖十大魔道”の資格を取ったのであり、それを利用して評議院の持つ膨大かつ大規模な魔法の研究施設や書庫を調べ回ったのだが……

 

「結局どこにも無いんだよなぁ……。今度はちょっと遠いが、“魔導図書館”まで行かないと行けなさそうだなぁ……はぁ……」

 

途方もなく可能性があるかどうかさえも薄い、探すにも調べるにも一苦労な“魔導図書館”に行く羽目になる自分の末路に心底呆れてしまいそうな状態に陥るレイン。

とにかく、さっき取ってきていた本を即座に戻すと、一旦ギルドの酒場に戻ることにする。書庫の扉を開け、身を酒場へと乗り出した時、ギルドの出口 兼 入り口たる方へと向かっていくウェンディの姿を見て、「ん?」と不思議そうに思った。

先ほど出ていったウェンディは明らかに何かを追いかけるような雰囲気であったのだ。何かあったのか…と思ったレインは彼女の行った方を向いていたルーシィに話を聞くことにした。

 

「ウェンディ、どこに行ったんだ?」

 

「あ、レイン。それがね、シャルルが少しハッピーに冷たかったの。そしたら、シャルルがそれに出ちゃって……、そのあとをハッピーも着いていったの」

 

「それで、その二匹を心配したウェンディがさらに外へ出た訳か。相変わらず、優しいなぁ、ウェンディは」

 

「またアンタ、完全にお兄ちゃんって雰囲気出してたわよ?」

 

「マジか……。そろそろ慣れないとなぁ……。どうしてこうもウェンディを心配したりすると、そういう他人が見たら兄オーラ出すんだろうなぁ……」

 

そう染々と呟くと、レインとルーシィの後方からエルフマンが現れ……

 

「流石はレインだ。それでこそ(オトコ)!!」

 

と叫んだためにレインは即座にエルフマンをギルドの床に埋める――いや、右手の拳で即座に叩きつけて黙らせた。

 

「お前は何でも間でも、(オトコ)(オトコ)、うるせえ。少し自重しろ、自重」

 

「よ、容赦ないのね…、レイン」

 

「容赦したら面白くないだろ、言いたいことは素直に言う。そっちの方が仲直りしたときの後味がスッキリする。まあ、やりすぎも注意だ、修復不可能な喧騒になったら洒落にならんし」

 

そう言うと、レインはルーシィたちと別れ、ギルドの外へと出た。空は気がつけば、暗雲が立ち込めており、今にも雨が降ってしまいそうだった。

天空の滅竜魔法特有の空間察知能力を使用して空気の流れを読んでも、そろそろ雨が降るのは確定だとわかる。

 

「……雨か。仕方ない、微弱な“天竜の羽衣”でも纏っておくか」

 

すぐさま自身の身体に空気の防壁を張り巡らせ、雨に濡れないようにしながらレインは外へと走り出す。

その頃だった、雨が降りだしたのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が降りだしてからしばらくした頃、レインは雨が降るマグノリアの街でウェンディたちを探し回っていた。

流石に遠くまでいってはいないだろうが、実際のところ少々不安である。いくら魔導師ギルドがこの街にたくさんあり、さらには評議院が近くの街にいるとはいえ、路地裏などの警備が甘いところには当然悪い人という者共はいる。

そんなヤツらにウェンディが拐われたり……などと考えるとより一層レインは青ざめ、急がざるを得ないのである。

やはり、口調や性格などが大きく変わろうとも、妹思いで心配症――言ってしまえばシスコンであることには代わりないレイン。

他のことには勘が良くとも、こういうことに気がつかないのは鈍感なのか、天然なのか……、そう思わざるを得ないのであろうこの男は。

そんな時、レインは向こうからやってくる何者かに気がつき、一応警戒体勢を取った。いつでも攻撃ができるよう、動きやすい構えを取って……。

すると、向こうからやってきたのは一人の青年だった。それもレインが以前話をした人物、ギルドの中で一番素性が分からないS級魔導師として知られるミストガンである。

 

「ん? ミストガンか、また例のヤツ止めに行ってたのか?」

 

「ああ……、今回は失敗だ……。急いでギルドの仲間たちに伝えられないか…?」

 

「……無理だな、今からしても多分ほとんと無理だ。それはともかく……お前、ウェンディ知らないか?」

 

そう言うと、ミストガンは誰にでもわかるほどに反応した。

 

「ウェンディ……!? あの子が、ギルドに入ったのか!?」

 

「ん? ああ、オレが誘った。――やっぱりにお前だったんだな、ウェンディを助けてくれたのは」

 

そう呟くとミストガンは小さく首を縦に振った後、「助けたと言えるのかどうかは分からないが……」と付け加えた。

確かにウェンディの話を聞いたところ、途中で彼女を置いていったのだから守っていたとは言いづらく、助けたとも言いづらい状況である。

しかし、レインは敢えてこうしたかった。

 

「な……!?」

 

レイン行動に驚愕するミストガン。そんな彼の前でレインは頭を下げ、姿勢を正して……

 

「妹を……、妹を助けてくれてありがとう。オレがウェンディと再会出来たのも貴方のお陰だ、感謝する」

 

いつになく真剣で真面目な雰囲気でレインはそうお礼を告げた。事実、レインは前よりウェンディが言っていたジェラール――つまりミストガンには恩がある、そう認識していた。

だからこそ、形のない礼であれど、感謝は伝えたかったのだ。

 

「……君に頭を下げられるとは思っていなかった」

 

「はは、そうか? 大事なことにはちゃんと頭を下げる、当たり前だろ? まあ、妹を――ウェンディを助けてくれたことはオレにとったら一生返せないほどの貸しに近いからな。ホント、助かったよ」

 

その時だった。向こうからこっちに向かって走ってくる少女とその少女が抱えた白猫が目に入ったのは。

 

「あ、ウェンディ、探したぞ?」

 

「れ、レインさん。こんな雨のなか、わたしを?」

 

「だってウェンディが傘ないまま、追いかけていったところ見たからな、まあ、ちょーっと待っててくれ。すぐに防壁で雨を遮るから」

 

そう言うと、レインはウェンディの肩に手をおくとすぐさま防壁――天竜の羽衣を発動させ、雨粒を防いだ。

雨粒が当たらなくなったことに驚きつつも、ウェンディは少しだけ肩の力を抜くと、レインのそびにいたマント姿の青年に気がついた。

目元しか見えない顔、怪しげな服装。どれもウェンディは知らない格好。だが、彼が後ろに携える杖の一本だけは見覚えがあった。

それと同時にミストガンもウェンディに訊ねた。

 

「ウェンディ…なのか?」

 

「え……」

 

聞き覚えのある声、懐かしく、いつかまた会いたいと願った人の声。

それを聞いた途端、その青年が誰だかもわかった。自然とその人の名前は口から出たのである。涙が溢れ、ウェンディは叫ぶかのように彼の名前を言った。

 

「ジェラール…なの…!?」

 

「……ああ。君がこのギルドに入っていたことは彼から聞いたところだ。会いに行けなくてすまない…」

 

「まったく…、命の恩人じゃなかったら、ウェンディ泣かせたところで即埋めるところだっての。…まあ、良かったな、ウェンディ」

 

「…はい……グスッ……」

 

泣きじゃくるウェンディを慰めながら、レインはミストガンに訊ねた。思えば、さきほど彼はこう言った。

 

――今回は失敗した、と。

 

その意味が表すのは……

 

「…超亜空間魔法アニマ、この上にあるのか?」

 

「…アニ…マ? アニマって確か……」

 

「ああ、この上だ…。大きすぎて…防げなかった…、早く二人とも…離れるんだ…この街か……ら……」

 

その途端、ミストガンは膝から崩れ、倒れそうになった。どうやら魔力の消耗の他にも身体的にも疲れが溜まっていたのかもしれない。

しかし、それを聞いた途端、ウェンディは踵を返してギルドへと向かってしまった。レインやミストガン、シャルルの制止を振り切って。

すぐさまレインは石造りのストリートに足がめり込むくらい、強く、強く踏みつけた。踏みつけた後に返ってくるだろう強力なバネの如き反発力を利用して、レインはウェンディを追いかける。

少し距離が離れていたせいか、中々ウェンディに肉薄するほどまでに近づけない。そのまま、ギルドの前まで来てしまい……

 

「っ!? ウェンディ、戻れ!! 上からとんでもないのか来るぞ!!」

 

「え……」

 

その直後、上から途方もない衝撃と共に光が押し寄せた。反射的に目を閉じてしまうような閃光と共に、ギルドや街の建物が消え去っていく。

 

「きゃあぁぁっ!?」

 

「くっ!? ウェンディ!!」

 

衝撃によって吹き飛ばされたウェンディをレインはなんとか捕まえ、その場で衝撃などから耐えるが、そこまで迫っていた光にそのまま呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば、そこには何もなかった。

始めてきたら間違いなく迷ってしまいそうなマグノリアの大きな街は全く見当たらなく、目の前にあったはずのうるさく騒がしく、それでいて元気が有り余っている魔導師たちの巣窟たるギルドの姿さえも。

全てが何もない真っ白な世界、そう思えるほどにマグノリアの街は消滅した。衝撃で少々頭がフラフラするが、すぐに本調子を取り戻す。

その際に自分が助けられただろうウェンディの姿が見え、安心する。どうやらウェンディも大丈夫だったようだ。

その直後にウェンディも目を覚まし、レインに抱えられていたことに気がつき、顔を真っ赤にしながらも自力で立った。

 

「れ、レインさん。ギルドのみんなは…?」

 

「多分、呑み込まれたかもな。何故かオレたちは助かったみたいだ。オレたちより離れているはずの街が消えているところからして」

 

「そん…な……」

 

「確かにこれは酷いな、何もない。街もギルドも住人も」

 

そう呟きながら、レインは歯を噛みしめ、悔しげに叫んだ。

 

「冗談じゃねぇぞ、()()()()!!!」

 

「エドラス……?」

 

レインの叫んだ言葉に不思議そうな顔をしながらウェンディも辺りをもう一度見渡した。本当に誰もいない。そう思うと、自然に涙が溢れそうに……

 

その時だった。ウェンディの横の地面がひび割れ、何かが蠢き始めた。驚き、すぐに後ろへ下がるウェンディの前に立ち、レインはソレを怪しげに見た。

敵ならすぐに叩き潰す、そう頭に刷り込みながら。すると、そこからは見覚えのある桜髪の魔導師が姿を現した。

そう、彼だ。――滅竜魔導師のナツ・ドラグニル。

 

「ナツか」

 

「ナツさん!?」

 

「び、ビックリしたなぁ、おい……。――ってレインにウェンディか!」

 

この感じ、レインは即座に理解した。彼は状況を理解していない。恐らく寝ていたんだろう。そう思うや否や、面倒になる前に状況説明をすることにした。

 

「とりあえず、あれだ。ギルドとマグノリアの街がアニマって魔法で吸い込まれた、以上」

 

「か、簡単にしすぎじゃ……」

 

「……レイン、お前、頭打ったんじゃねえのか?」

 

ナツがレインを重病患者のような目で言った途端、彼はまた地面に埋められた。流石に事実を述べたが、理解されていないことに腹が立ったのだろう。

――いや、それ以前に「頭大丈夫?」的な顔をされたのだ、怒って当然である。なんとかレインを落ち着かせながらウェンディはすぐさま埋められたナツを掘り起こし、周りを見せた。

その光景を見て、流石のナツも信じたらしく、レインたち三人はある共通点に気がついた。

 

滅竜魔導師(ドラゴンスレイヤー)だから助かったのかもな」

 

「それじゃあ、わたしとレインさん、ナツさんとガジルさんだけなんですか!?」

 

「ガジルも何処かに埋まってるんじゃねぇか。まあ、今はそれよりも……」

 

「何が起こったか……それが先じゃない?」

 

ナツがその先を言おうとしたその時、三人ではない声が割り込んできた。しかし、その声は聞き覚えがあり、ウェンディは真っ先に声の主を言い当てた。

 

「シャルル、無事だったんだね!!」

 

「ええ、そうね」

 

不機嫌そうな顔をしながらシャルルが周りを見渡しながら寄ってくる。どうやら彼女も無事だったらしい。

その直後、ハッピーも姿を現した。つまり……、生き残っている――と言っていいのかは不明だが――のは、レイン、ウェンディ、ナツ、ハッピー、シャルル、この三人と二匹だと言うことだった。

 

「なるほどなぁ…。ホントにあったのか、エドラスって世界は」

 

「ええ、そうよ、この世界とは別の世界がね」

 

レインとシャルルの話に着いてこられないまま、ウェンディとナツ、ハッピーは現実を突きつけられる。

そして……レインたちはもうひとつの世界のことを知ることとなったのだった……。

 





次回はエドラスに突撃……とあと少し追加ですね。

それとフィーリはどこいったの?って思った人います?

えーっとですね、天狼島です。まあ、エドラス編では恐らく終了まで登場しません、はい。


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魔を封じられし妖精たち


《神狼の軌跡》の再投稿を始めた作者です。

まあ、こっちがメインですのでご安心を。さて、それにしてもそろそろ11月ですねー。

今思えば、この小説書き初めてから3ヶ月やっと経った所ですねー。

3ヶ月でこんなにお気に入り登録してもらえるとは思ってませんでした。

ありがとうございます、読者の皆様。



エドラス。

それはアースランドと呼ばれるナツたちがいる世界とは違う、別の世界である。そこでは魔法は有限とされ、使い続ければ魔法は何れ消えてしまう。

逆に、アースランドでは魔法は無限。いくら使おうと消えることはなく、自然に使われた分の魔力は全て補充される。

同じくして、エドラスにいる魔導士、ならびに人間は魔力を一切持たず、魔力は別個として存在し、使い捨てのように扱われる。

もちろん、アースランドの方では人間それぞれに微弱なれど魔力は存在し、魔導士に至っては強大な魔力を肉体のどこかにある器に貯蓄している。

 

これがアースランドとエドラスにおける違いである。

 

その違いは魔法自体の違いでもある。

アースランドの魔法はエドラスでは使えない。ある特殊なケースを除いて確実に行使することは不可能である。

逆にエドラスの魔法――つまり使い捨て魔法の場合は、アースランドでは行使できず、それぞれ互いの世界の魔法は自らの世界でしか使用は出来ないとされる。

 

それを先んじて言われていた魔導士三人と猫二匹は当然、その影響を受けてしまっただけのである。

 

 

 

 

「うわああああああ!!!???」

 

「きゃああああああ!!!???」

 

「あー、やっぱり?」

 

「や、やっぱりって…レイン分かってるなら先に言ってよおぉぉ!!!」

 

突然二人の魔導士――ナツとウェンディを運んでいたハッピーとシャルルの持つ魔法、“(エーラ)”が消滅し、ナツとウェンディ、レイン、ハッピーとシャルルは重力に従って落下していく。

先程まわりを見ていたときに、島がたくさん空中に浮いていたため、無重力なのかと少々期待していたのだが、どうやら期待はずれだったなぁと薄々思うレイン。

何故か彼だけが平然としており、落下に悲鳴をあげていくナツたちとは違い、何か下の方を頻りに確認していた。

 

「……ま、死なないだろ」

 

「死なないって…おい!!」

 

「お、お兄ちゃぁん!?!?」

 

「ん?」

 

「お、落ちてるんですよ!?!?」

 

「大丈夫、下にクッションになりそうな巨大キノコあるし」

 

それを伝えた途端、レインたちはその巨大キノコの上に落下し、次々とキノコを粉砕していくが、最後の最後でキノコの上で勢いが止まり、ナツは頭からキノコに突き刺さり、ハッピーとシャルルは身体半分がキノコへ、ウェンディはうつ伏せに、レインは華麗に着地して、落下は終わりを告げた。

 

「うぅ……」

 

「全員無事か? ……ナツが頭からキノコに突き刺さってるけどな」

 

「むぐむぐむぐぅ……、ぷはっ! し、死ぬかと思ったぁ……」

 

「まあ、あれほどで死なない鍛え方してただろ、ナツは。他はともかくって話になりそうだが……」

 

「お、お兄ちゃんはなんでそう…落ち着いてるんですか?」

 

「前に似たようなことを経験したから。まあ、致命傷になるような状態だったら全員無傷に助ける用意してたしな」

 

「…えーっと…、もっとマシな落ち方あったんですね……」

 

ウェンディがいつも通りかという風に苦笑するのを見ながら、レインは周りを見渡した。どう見ても森林……いや、キノコの群生地帯だろう。

――といっても、ちょっと進めば森林地帯になる。それに空を翔んでる最中に見えた“空中に流れる河”も対して遠くはないだろう。

いざとなれば、そこで魚やキノコ、木の実とかで食べられるものを収集し、野宿も出来る。まあ、ウェンディとシャルルがそれに慣れているかは分からないが、仕方ないだろう。

 

「さてと、全員無事だし、探索開始するか。目的は“ギルドの仲間の居場所”ということにして」

 

「そうですね」

 

「おっしゃああああ!! 燃えてきたぞ!!!」

 

「アイサー!!」

 

「それで、これから何処に向かってみるの?」

 

全員がやる気十分なその時、シャルルがまず一番最初の問題を提示した。恐らくだが、ここではアースランドにはないものがわんさか存在する。

つまり言えば、ナツの強化されたドラゴンの鼻による嗅覚、レインの強化されたドラゴンの眼による視力も役に立たない可能性が高い。

そもそもレインの視力は見晴らしのいいところほど、効力を発揮し、便利さが増すものだ。こんな森林地帯では木や草、葉っぱなどが邪魔で見えづらい。

やはり、確信を持って進むことは今は出来そうにもない……ということはだ。

 

「適当に歩いてれば、なんとかなるだろ!」

 

ナツの適当な案に賛成する他ない。一応レインは周囲の気配を僅かでも良いから感じ取れるように空気の流れを読みながら、ナツたちの列の殿を努めることを選んだ。

元より“殿”は一番後ろと言う意味より、信用しているから後ろを任せるという意味らしいが、まあ、今回は信用していても任せづらい状況にある。

魔法が使えない魔導士など、所詮ただの人でしかない。――以前一戦交えた闇ギルドにしてはかなりの実力を持っていた男と戦い中にレインはそう言われた。

まあ、確かにそうでもある。しかしながら、ギルダーツのように元より魔法だけに頼っていない魔導士もいるために、そうは言い切れない。

ふと考えていると、シャルルが急にこんなことを言い出した。

 

「まず思ったのよ。わたしたちの今の格好、怪しまれるんじゃないかしら?」

 

確かにそうである。恐らくだが、アースランドとエドラスでは格好が違うかもしれない。さらに言えば、独自の文化――以前の六魔将軍壊滅作戦の時に後々服を借りさせて貰った、ニルビット族もその例だろう――がこの世界にもそんざいするのではないか?

思えば、そういうことも視野に入れて行動しなければならないのでは?……とレインも考え始めた。すると……

 

「んじゃあ、これなんかどうだ!」

 

ナツが取り出した――いや、持ってきたのは周囲に落ちていたり生えていたりした草や花。つまり、彼はこれを自分の服装に被せたりなどをして何処ぞの民族衣装に仕立てろと言っているようだった。流石にレインとしてはお断りである。

 

「あのなぁ、それじゃあ、あれだぞ、バカナツ。いつぞやのガルナ島の住民より格好が酷くなるだろ」

 

「んだと、レイン! それじゃあ、なんかいい案あるのかよ?」

 

「あるから言ってんだ。兎に角、ナツ。お前、自分のマフラーで顔を隠すように巻いてみろ。どう見ても忍者か、変なのしか見えないから、まだマシだろ」

 

「おお!! レイン、やるな!!」

 

「(……おいおい、本気でやるのかよ……。少々ふざけて言ったつもりなんだが……)」

 

そんなレインの思惑など知らぬまま、ナツは忍者を気取りかのようにマフラーを顔に巻き、目元しか見えないようにした。

まあ、確かにこれでナツだとは少しばかり分かりづらくなったのだが……。ちょーっと不気味……いや、変質者の一歩手前である。

ちなみに現在ここにはいないグレイはギリギリアウトのラインにいる。外で半裸など許される訳がない。

ナツはさておき、その他のメンバーであるウェンディやシャルル、ハッピーはどうするか…。ふと考えてから仕方なく空気を右手に集めさせ――魔法ではなく、ただ単に流れを強制変更させただけのレインの荒業――()()()()()()()()

その光景にギョッとするウェンディとシャルル、ハッピー。少し肩の力を抜いてからレインは一気にその割れ目の中にあった何かを引き抜いた。

 

「よっ…と」

 

割れ目から姿を現したのはエルザが依頼に行くたびに持っていくのと同じメーカーのトランク。……といってもエルザほど詰め込んではいない。

チャックをずらし、蓋を開けるとそこには結構色々な服が入っていた。

――まあ、全部男性ものではあるのだが。

 

「わあ……、こんなに持ってたんですか?」

 

中を見てから驚いたウェンディにレインは小さく首肯し、ジーッと見てから適当に服を一つ出してみた。

 

「……ダメだな、これ。流石にオレ、女の子の服なんか持ってるわけなかったし」

 

「なるほどね、アンタ。何か使えそうなのあったら貸そうとしてたの?」

 

「まあ、そんなとこ。別にそろそろ要らないやつだったんだけどなぁ。……まあ、流石に今使えそうなのは無さそうだ」

 

断念するか…と呟き、レインはすぐにトランクを割れ目へとしまうと、その割れ目はすぐに塞がった。それに興味を示したウェンディがレインに訊ねたのだが、不便だぞ?と言うとすぐに諦めてくれた。

確かにあの中にあるものは現実より数十倍時間の流れが遅くなるが、忘れ去られてしまうと洒落にならない。

それにここでは魔法の効率が悪いだろう。そうなると、やっぱり……あとあれを何回出せるかという話にもなる訳だ。

さて……

 

「どうするべきか、だなぁ……」

 

結局レイン以外はナツの提案通りの服装になった訳だが、やっぱり格好悪く、(ハッピー談)それでいて恥ずかしいらしい。(ウェンディ談)

まあ、一人ほど目的としては悪くないと言うシャルルがいたのだが。それは今、重要かどうかは不明な点でもある。

 

 

 

それから結構歩き回ったのだが、時折会った人々には散々怖がられる始末となってしまった。一人目はナツとその格好に怖がってしまい、何処かに逃げてしまい、二人目と三人目は何故か、ハッピーとシャルルを見た途端に青ざめ、これまた逃げてしまった。

その際に気になる言葉、「エクシード」が何やらと言っていたのだが、ボソボソ声であったためによくわからなかった。

その最中もまた、ハッピーはお腹を鳴らし続け、それをそのたびにシャルルに咎められていた。――途中途中ナツもお腹を鳴らしたりしていたが。

 

そうして現在は大きな湖がある場所に来ていた。どうやらお腹が鳴る頻度が増えていくハッピーはずっとその湖を眺めており、「お魚いないかなぁ…」と呟いている。

 

「今思えば、オレとウェンディは空気さえあれば、なんとか生き抜ける気がするな」

 

「な、なんでですか?」

 

「えーっと、前にナツが炎だけでも腹が膨れてたからな。それと同様のことがあるのなら、オレとウェンディも空気あれば生きれる気がする。――まあ、空気だけの食事とか死んでもゴメンだけどな」

 

「で、ですよね……。(す、少しビックリした……)」

 

「お魚……」

 

「アンタねぇ……」

 

「……というよりもハッピー。生魚食べられるのは恐らくお前だけだろうし、火はどうする気だ? 元より炎が十八番なナツは使い物にならない状態だぞ?」

 

「なんだとー!」

 

「ナツさん、落ち着いて……」

 

「だよね…、あ~あ、お魚いたら後で困らないのになぁ……。……あ! 見てみて、みんな~。あそこにお魚いる……どぅええええ!?!?」

 

とんでもなく変な悲鳴をあげるハッピー。すぐにそっちへと振り返り、察した。先ほどハッピーが見ていたお魚。ただのお魚かと思えば、いざ全長を見せてみれば巨大なオオナマズであったのである。

まあ、美味しいのかどうかは別として……、見た目だけならかなりの食料になるだろう。

すると、ナツがやる気が出たのか、前に進み出る。

 

「んじゃ、あれを倒して食べるか!!」

 

「ナツさん!! 今はさきに行かないと!!」

 

そう忠告するウェンディ。しかし、ナツは「あんなの三秒あれば楽勝だ!」と言って襲いかかった。この時点でレインは先にあることに気がついた。

 

――魔法が使えないということに。

 

ポスッ…と空しい音を立てたナツの鉄拳。もちろん、いつもの“火竜の鉄拳”ではないために、敵には全くのダメージとなっていないために、そのまま敵に湖へと叩き落とされてしまう。

 

「な、なんでだぁ……」

 

「バカナツ、エドラスで魔法は使えないって言ってただろ」

 

「じゃ…、じゃあ…このパターンって」

 

青ざめたウェンディ。どうしようもない敵が目の前にいるこの状況、この場合考えることはと言えば……

 

「――まあ、逃げる一択だよな」

 

澄まし顔で答えるレイン。すぐさま逃走を開始するナツたちご一行。その後ろからはオオナマズかと思っていたが、なんだかよくわからない何かが追っかけて来ていた。

 

「なるほどな、全力疾走とはまさにこのことか」

 

「お、お前、何平然としてんだよ!?」

 

必死で逃げるナツがレインにそう突っかかるが、彼は気にしない。ここで焦っても状況は変わらないと、経験がそう言っているからである。

 

「焦っても状況は変わらないぞ~? こういう時こそ落ち着いて考えるべきだろ?」

 

「さ、流石に落ち着いても意味無いんじゃ……」

 

ウェンディがそう呟くと、レインは今頃思い立ったかのように立ち止まり、後ろを振り向いた。突然の行動に驚き、レインに走るように呼び掛けるナツ。

しかしナツはレインが左手に持つ小さな鍵サイズのものに気がついた。『バトル・オブ・フェアリーテイル』の時に彼が持っていた武器だ。

すると、レインはそれを一瞬のうちに刀剣の形に戻すと、続いて呟いた。

 

「力を貸してくれ、グランディーネ。 形態変化 大剣(バスタードソード)

 

その途端、レインの持つ刀剣は突然巨大化し、彼の身長の5倍もの大きさ。――敵であるカエルのような…ナマズのような何かの身長と同格までに大きくなった刀剣を真っ直ぐ降り下ろし、叩き斬ってしまった。

綺麗にスパンと切り裂かれたソレを見ながらレインは今頃になって思い出した。

 

「――そういや、オレ。武器も使える魔導士だった」

 





はい、最近作者も思い出したところです。武器は持っていたの覚えてたんですけど、

空間叩き割れるのはホント自分の作品を見返している時に気がつきました。

あはは……(涙)

えーっとですね、東方の小説はちょっと遅れそうです。最近またFPS始めたので。

ちょーっと、“東方紅魔卿”から“東方心気楼”まで再びやり始めました。

久しぶりにやるとスッゴく楽しいですねー。

まあ、そんなところです。次回はあれですね、エドフェアリーテイルです。



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もう一つの“妖精の尻尾”


いやー、アニメ2期も白熱してますねー。そういや、やっぱり冥府の門編終わったら

終わっちゃうんですかね? 出来れば3期あったら嬉しいですねー。

その方が色々と助かったりします。まあ、見るアニメが減ってしまうってのが痛いです。

最近ウェンディとメイビスがより一層好きになりました、はい。まー、ロリコン

だからですかね? そんなことは置いといて(ポイッ

お気に入りユーザー設定ってあるんですねー、昨日気がつきました。

一瞬この小説をそっちに切り替えちゃおうかと思いましたが、それだと読んでくれる

皆様に悪いと思いまして止めました。まあ、そのうちお気に入りユーザーのみの小説

を書いたりするかもしれませんねー。



「もう、戦えるのなら先に言ってくださいよぉ……スゴく怖かったんですからね?」

 

「ごめんごめん、すっかり忘れてた。もしかして武器もアニマに吸い込まれたのかと思ってたから」

 

「だー! なんでお前はそんなに強いんだよ、レイン!?」

 

「鍛え方が違う。頭の良さが違う。経験の差。攻撃力。防御力。回復魔法使える。その他含めて圧勝しているから」

 

「なんだとー!!」

 

「ま、へんなヤツ抜いて現実見ても、20分割したら19:1くらい違う。もちろん、ナツは1」

 

「この野郎、食らえ、“火竜の……」

 

少し怒ったのか、いつものように魔法を出しながら殴ろうとするナツだったが、残念ながらここはエドラス。アースランドの魔法は基本的に使用できない。

つまり、普通のパンチになる訳だ。簡単にガシッと掴まれ、グルンッとひっくり返されて終わるしかない。

実際にレインもその手順通り、ナツをひっくり返した。ため息をつきながら、再びレインはナツにこの世界のことを教え直す。何回言えば覚えるのだろうかと思いながら。

 

「まったく……、いつものテンションでかかってくるなよ。ギルダーツと同様の返し方するしか無くなるだろ。まあ、“巴投げ”とか他にもバリエーションあるけどさあ」

 

「いててっ…、だー!! 魔法使えねえとなんにもできねー!!」

 

「アンタ、バカね」

 

「シャルル、そんなこと言っちゃダメだよ」

 

「ねえ、オイラお腹好いたー」

 

「(なんて緊張感がないんだ……)」

 

以前シャルルが言ったであろう言葉を自身の胸のうちでひっそりと呟くレイン。追いかけられたせいか、浮き島の端まで来たが、今のところは進展はない。

先ほど倒した謎の生物は実質食べられなさそうだったので放置することになったが、食料は何処かに無いものかと考えざるを得ない。

さっきからハッピーの腹の虫が収まっていないせいか、頻繁に腹の音が鳴っている。そろそろ何か食べ物が必要なんじゃないかと思えてくる。

そんな時、レインは不意に電撃のような天啓に打たれた。ほぼ勘とも言える自分の右手がレインの持つカバンに触れる。

その中の膨らみ、確かここには読書用の本の他に加工食品である“干し肉”が入っている。“干し肉”……その言葉が頭のなかで閃きと同時に理解すると、レインはそれを出す。

先日完成したばかりのためか、対して固すぎない状態だ。それをカバンから出すと同時に、持っていた刀剣で素早く切り裂き、全員の手のひらに落とす。

 

「腹減ってたら何も出来ないからな、とりあえずそれでも食ってくれ。余り物だ」

 

「オイラ、お魚がいいなぁ……」

 

「ん? ならその肉回収するぞ? 他が腹膨れている時に身悶えるか? 腹ペコで」

 

「い、頂きまーす!!」

 

焦りながら肉にかぶり付くハッピー。まあ、ネコに肉は合わないんじゃないかと思ったのだが、敢えて黙っておこう。

しかし、そんなレインの予想をいい意味で裏切り、ハッピーはガツガツと食い始めた。どうやら美味しかったらしい。

時々嬉しくなる自分の料理の才。今度、フリードやミラと料理対決でもしてみてもいいかもしれないと、ふと思いながらレインも干し肉を食べる。

少々ウェンディが食べるのに難しそうな顔をしていたが、慣れたのか美味しそうに食べていた。全員が食べ終わると同時に、一旦綺麗な湖のある場所で手を洗い、一息つくとナツたちは一斉にレインに言った。

 

「レイン、お前、料理上手なのか!?」

 

「美味しかったです、レインさん!」

 

「オイラ、お肉がこんなに美味しいなんて初めてだよ」

 

「まあ、悪くないわね。結構いい味してたわ」

 

「あ、ああ……、まあ、暇潰しで覚えた。――さてと、腹も膨れたし、そろそろ行こうか」

 

その後、三人+二匹で今までに起こった出来事、考え付いたことなどを纏めながら浮き島を散策していた。気になった点は大きく2つ。

 

まず一つ目、ハッピーとシャルルが“エクシード”と呼ばれているのは分かったが、何故恐れる必要があるのか……ということ。

 

二つ目、《妖精の尻尾》の仲間たちは何処にいるのか……ということだ。

 

まあ、本来なら仲間たちを“アニマ”で吸収したであろう敵の基地に乗り込み、殴り込んで、奪い返せばいいというナツと同様の思考手順(アルゴリズム)で良いのだが、現在その敵の基地がわからない上に、レイン以外は戦闘力皆無の言える状況である。

マトモに立ち向かえる訳もなく、勝算もない。この時点では乗り込むことすら困難だ。追加で言えば、この世界で使える魔法があるのならどこで手に入れることが出来るのか……と言うことも視野に入れないといけない。

そんなことをブツブツと呟きながら考え続けるレインはさておき、ナツたちは森林を抜け、見晴らしの良さそうな地点にやってきた。

彼らの声に気がつき、やっと思考を繰り返すだけの世界から現実に戻ってくるレインだったが、周囲を見渡して嫌な予感がそこはかとなくした。

レインが嫌な予感をしている間に、ナツたちはどんどん進み続けていく。当然レインも置いていかれまいと着いていくのだが、突然ナツが踏んだ地面が膨らんだ。

 

「なんだこれ?」

 

「あ、アンタ、何したの?」

 

「……嫌な予感しますね、レインさん」

 

「ああ、正直二人も嫌な予感してれば、ほぼ当たるだろ。例えば、吹っ飛ばされ……」

 

何かレインがいいかけたところで、ナツたちは本当に吹き飛ばされた。地面の膨らむは突然巨大化し、彼らを空へと羽ばたかせ、着地地点が見計らっていたかのように一番最初に見かけたキノコの山々――今度のは全部キノコの傘の上が跳ねるタイプ――に墜落し、ポンポン…とお手玉のように軽々と吹き飛ばされる。

途中、ウェンディやシャルルの悲鳴が聞こえたが、どっちかと言えば、このあと何が起こるのかという冒険的な何かと不安の方が気になってしまった。

 

そんなナツたちの空中を跳ね回る冒険も遂に終わりがやってきた。キノコの傘の上でボヨーンと跳ね飛ばされ、これから落ちるだろう先にはさっきのキノコはなく、見た目カボチャのような家みたいな何かが見えた。

 

「そろそろ落ちるな。そうだ、ナツ。お前、下敷きになってくれ。それでウェンディやハッピー、シャルルが助かる」

 

「俺のことは考えてんのか!?」

 

「あ……。…ま、まあ、お前のことだ。多分死なない」

 

「多分ってなんだ、多分って…!?」

 

サラッと毒舌をかます真顔のレインに珍しくツッコミを入れるナツだったが、他のメンバーより先にカボチャのような家みたいな何かに墜落する。

仕方なく、レインは空中をいつもの感覚で蹴り、ウェンディとハッピー、シャルルを両手で回収し、ナツの墜落で出来た天井の穴めがけて墜落する。

室内の床に延びているナツとは違い、着地を綺麗に決めてからウェンディたちを下ろすと一息ついた。

「………ナツ、お前のことは忘れない。――3日間ほどは」

 

「たった三日かよ!!!」

 

「あ、生きてた」

 

わざと泣いた振りをしながらネタを挟んでみたが、どうやらナツもルーシィと同じくツッコミの才はあるらしい。――いや、普通に誰にでも備わってる才だった……と思ったのは数日後のことだが。

ナツの復活と全員の無事を祈る間もなく、レインたちは墜落現場である室内を見渡した。食料や衣服、その他諸々があるところを見ると、どうやら倉庫らしい。

すると、辺りを見渡していたシャルルは自分の考えを即座に告げた。

 

「ここで変装用の服を拝借しましょ」

 

「ああ、確かにそうだな。――……コートがない、マジか……」

 

いつからコートのある服装に執着し始めたのかは自分でも忘れたのだが、なんだかコートを羽織っていないと落ち着かないことがある。

まあ、そこにいるナツの場合はイグニールから貰ったマフラーと同じ感じである。ふとそんなことを考えつつも、代用できそうな服装を探し当てると素早く着替え、元々着ていた服装はカバンへとしまう。

 

「ナツさん、レインさん……、見ないでくださいね?」

 

「ナツ、ウェンディの着替えを覗いたら殺す」

 

「なんでオレ!?」

 

「ホント、アンタってシスコンなのね……」

 

「みたいだね、シャルル~」

 

「フン……」

 

着替えが終わったメンバーから次々と集まり、ウェンディもまた着替え終わったのか、こちらへ集まってきた。

そんな中、倉庫にあった窓枠から外を見ていたらしいナツが声をあげた。

 

「おお!!」

 

「どうしたんだ、ナツ」

 

「見ろよ、あれ! 《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》だ!!」

 

「な…!?」

 

ナツが見ていた光景には、ほとんどが植物で作られ、看板があり、懐かしの紋章がある建物。その紋章を見れば、メンバーならわかるだろうと言わんばかりのイメージはレインたちが知っているギルドそのものだった。

驚愕する一同を置いて、ナツはすぐさま倉庫のドアを蹴飛ばし、猛ダッシュでギルドに向かっていく。

ナツの背中を追いかけるようにウェンディも駆け出し、レインもまた駆け出した。ハッピーやシャルルも遅いながらも追いかけ、全員がギルド前につくとドアをコッソリ開ける。

開けると同時に近くにあった机の下に隠れ、念のために様子を伺うのだが……

 

「みなさん、無事だったんだ……」

 

感動ですでにウルウルしているウェンディ。ナツも嬉しそうに回りをキョロキョロと見渡す。しかし、あることにレインとシャルルは気がついた。

 

「ちょっと待て」

 

「何か変よ、このギルド」

 

レインたちの忠告にナツやウェンディ、ハッピーが首を傾げるも、同じく異変に気がついた。

確かにギルドはギルドだった。だが……

 

「ねえねえ、ジュビアちゃん。オレも一緒に生きてぇなーなんて」

 

「暑苦しいから近づかないで。行きたいなら少し服を脱ぎなさい」

 

「そ、そんなぁ……。オレ冷え性なんだよー」

 

氷の魔導士であるはずのグレイが常人でも暑苦しいと思うくらいの着重ねをし、雪だるまそのものと化していたこと。

いつもはグレイにベッタリと言えるぐらいのジュビアがグレイに冷たく、格好も結構イメージからずれていること。

 

「ねーねー、アルアル♪」

 

「なんだい、ビスビス♪」

 

未だ、お互いの気持ちを言えないでいるはずのアルザックとビスカがこれでもかと言うぐらいにイチャイチャしていること。

 

「なんだ、オメェ、また依頼ミスったのか!」

 

「ホント、ダメダメだなぁ、エルフマン」

 

「すいません…、ホントすいません…」

 

いつも「(オトコ)(オトコ)ォ!!」と叫んでいるはずのエルフマンが女みたいに気弱く、ペコペコ格下であったはずのジェットとドロイに謝罪していること。

 

その他含めて色々と変化しすぎていたのである。その様子にあんぐりとしているナツとハッピー。未だにアルザックとビスカのイチャイチャが目に入って顔を真っ赤にし、放心状態となっているウェンディ。

レインはそんなウェンディを軽く揺すりながら現実に引き戻すと、自分の持つとんでもない視力で依頼が張り付けてあるクエストボードを見た。

記憶と同じなら見覚えのある依頼があると思ったのだが、どうやら一切その類いはなかった。

 

「(やっぱり…か。仮説道理ならここは……)」

 

ふとそんなことを考えていると、何者かの視線を感じ、前を向く。すると、そこには如何にも悪そうなヤツを感じさせる服装を着込み、身体に刺青を少し入れている女性――ルーシィがいた。

 

「る、ルーシィ!?!?」

 

「――さん!?!?」

 

仰天するナツとハッピー。驚愕するウェンディとシャルル。それと同時にルーシィの付近にいた者たちも気がついたのか、机の下を見ると、全員を一旦外に引っ張り出した。

 

「……お前、ナツじゃねぇか!」

 

「へ?」

 

そう言うと、嬉しそうにルーシィはナツに抱きついた。そんなショッキングな光景に再びウェンディが固まるも……

 

「どこいってたんだよ!!」

 

「ぐおぉぉ……」

 

プロレスのようなドギツイ技を次々とかけられ、ナツが悲鳴混じりの声をあげる。一瞬で現実に引き戻されたウェンディ。結構別の意味で驚いたらしい。

すると、ルーシィたちの後方から“ある声”が聞こえた。

 

「お、おい…、な、ナツの後ろにいるヤツって……、“九十九斬り”のレインじゃね? て、帝国からも最重要指名手配されるって……」

 

「は……?」

 

思わずレインも固まった。――というか“九十九斬り”なんて称号貰った覚えもなければ、犯罪者になった覚えもない。

――いや、ちょっと怪しいかもしれないが、人斬りはした覚えがない。そもそもこっちでは何もイベントになりそうなことは起こしていないはず……。

そんなことを考えていると、突然レインに向かって何人かのメンバーが武器を持ったまま襲いかかってくるのだった……。

 





さて、次回が楽しみになりそうな展開来ました。

アースのレインは普通でも、エドラスのレインは犯罪者!?的なヤツです。

まー、今回のオリキャラっていうのはエドラスのレインを差します。

まあ、楽しみにしていてください。


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この世界とあの世界


久しぶりですね、みなさん。現在ショックな作者です。

楽しんでプレイしていた“英雄伝説”シリーズの最新作たる《閃の軌跡》のサブヒロイン

のような立場だったクレア・リーヴェルトの声優をやっていた方が3日ほど前に

亡くなっていたそうです。ご冥福をお祈りします…。











突然の暗い話すいません。本編をどうぞ



木霊する断末魔の如き叫び声。放たれる旧式のような魔法は少年の振るう天剣によって無効化され、純白の竜鱗はその魔法の属性に合った色へと変貌していく。

ある者は襲いかかった末に、凪ぎ払われ、ある者は自ら放った魔法が少年により放たれ、倍以上のダメージを負った。

時々飛んでくる椅子や机は少年によって蹴り飛ばされ、または逆に返されるばかり。次々と戦闘不能となった者たちの山が誕生し、一つできる旅に少年がため息をついて、た何度も忠告する。それなのに彼らは攻撃を止めない。しかし、攻撃は全く通じない。

少年は自らの魔法を碌に使えない状況にあるというのに、彼らは傷一つすらつけられない。一番強そうに見えていた金髪の女性の鞭ですら当たらず、逆に返され、隙だらけの腹に蹴りを見舞われる。当然、襲われて抵抗しない者がいる訳もなく、少年もまた抵抗する。

覚えのない罪を叫ばれ、覚えのない異名を告げられ、殺気満ちた彼らの眼を受け続ける。だが、少年は殺られる訳にもいかない。

大切な仲間たちを助けるために遥々、この世界にやって来たと言えよう。だからこそ、目的を果たし、二度と勝手な真似をしないと敵が誓うまでは蹂躙する。そう決めていた。

 

 

だからこそ、少年――レイン・ヴァーミリオンは天剣なる愛刀を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な? さっきから言っただろ。オレには勝てないって」

 

「う、嘘…だろ……。このギルドの最強メンバーが傷一つ……つけられないなんて…」

 

ボロボロになったエドラスの《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》メンバーたちがそう口々に言っていく。まず、レインはS級魔導士である。それは揺るぎない事実だ。

その上に、彼は魔法を自ら率先して使うことが少ない。念のためにここ最近は仕事の依頼を受けた時にも魔法を使うようになったが、自分の所属するアースランドの《妖精の尻尾》に入る前はずっと、この“天剣グランディーネ・リトライ”だけで戦ってきた。

だからこそ、剣術の心得がある。そして、これは誰にもレインが言っていなかったことだが、そもそもこの少年はS級試験を()()()()()()()している。

だからこそ、魔法が如何に封じられようと、如何に制限されようとレインには全くもって関係はない。ただ剣を振るうだけの戦いなど馴れている。

かつての《妖精の尻尾》創世記時代は魔法はあくまでレインが剣術では無理と判断した時にのみ、使用していた。だから、魔法に依存していない。

戦い方など、数十種類用意し、それら全てをこなせる腕を持つ。それこそがレインというS級魔導士の真の強さであり、彼が剣士であるということと証明なのだ。

 

そんな彼の強さに呆然とし、あんぐりと口を開けたままになっているナツたち。床に這いつくばるエドラスの魔導士たちを見下ろしながら、レインは小さくため息をつき、もう一度警告する。

 

「あのな、オレはお前らの言う殺人鬼じゃない。“九十九斬り”なんて異名も渾名も貰った覚えもないし、刀をじゃらじゃら持ってるわけでもない。オレが持ってるのはコレ一本のみだ。頼むから急に攻撃仕掛けてこないでくれ」

 

「………それ、本当の話か?」

 

ボロボロながらもエドラスのルーシィが立ち上がり、武器を持ちつつも、レインに訊ねた。未だに殺意に満ちている眼をしているが、それは別に構わない。

レインが伝えたいのは“自分が敵じゃない”ということだけだ。だから、一度だけ首を縦に小さく振って首肯した。

すると、彼女はプッ…と笑い、武器をしまうと、口を開いた。

 

「いやー、ホント悪かったなぁ~。あの時のヤバいヤツかと思ってカッとなっちまった」

 

「ん? その感じだと会ったことあるのか? ()()()()()()に」

 

「そうそう、こっちのお前…に……え?」

 

キョトンとした顔を見せ、ルーシィの笑っていた顔が固まった。まあ、普通驚かれて当然な話である。そんな中、ナツやウェンディがレインの側によると、説明を開始した。

 

「まず、オレたちはアースランドっていうもう一つの世界から来たんだ」

 

「ここと同じ《妖精の尻尾》のみなさんを探しに」

 

「多分だが、王国のヤツらが仲間たちを拐ったってところだ。そんな訳で、最近大きなラクリマの話とか聞いてないか?」

 

そうレインが切り出すと、後ろの方にいたエドラスの魔導士が口を開いて答えた。

 

「そういや、王国の頭上に巨大なラクリマ島が浮いてるって話聞いたぞ」

 

「多分、それのことなんじゃねぇか?」

 

「ふむふむ、なるほどな。つまり仲間たちはそこか。とりあえず、情報ありがとう。ま、聞くだけじゃ悪いから次は答えるわ。プライバシー以外ならなんでもいいぞー」

 

そう言うと、同じく後ろにいた青髪の女性が前へと歩み出て、訊ねてきた。その容姿は何処か知っている少女を思い当たらさせ……

 

「あ、エドラスのウェンディだ。身長あって…胸あるのか…」

 

「うぅ……」

 

少々呆然とするレインとションボリするウェンディ。すると、エドラスの彼女が聞いてきた。

 

「さっきの貴方、物凄い強かったけど、何者なの?」

 

「ん? ああ、それか。えーっと、簡単に言えば……あれ? そういや、こっちの世界にS級魔導士制度あるのか?」

 

「一応あるけど?」

 

「んじゃ、答えるわ。オレはアースランドのS級魔導士の一人、レイン・ヴァーミリオンだ。ま、今頃だけど宜しくな」

 

「あれ? レインお前、アルバーストじゃねぇのか?」

 

「……ナツ、過去のことを思っちゃダメだよ…」

 

「そんなに古くねぇだろ!?」

 

「まあまあ…」

 

レインが真顔でナツを“コイツ大丈夫か?”という眼で見ると、それにカッと来たらしきナツが飛びかかろうとするが、ウェンディがなんとか宥める。

その光景に、後ろにいたエドラスの紳士的な雰囲気を放つワカバとマカオが訊ねてきた。

 

「ところで、そこのお二人さん」

 

マカオが声をかけたのは、レインとウェンディ。それに続いてワカバが口を開いた。

 

「二人はどんな関係なんですかい?」

 

「ん? 関係?」

 

「え、えーっと……」

 

少々言いづらそうなウェンディ。しかし、レインはいつもと変わらない表情で答えた。

 

「兄妹」

 

「きょ、兄妹!?!?」

 

驚愕するエドラスの魔導士たち。流石のエドラスのウェンディも度肝を抜かれた様子を見せる。すると、レインが付け加えた。

 

「……みたいな関係」

 

「そっちかい!!!」

 

全員のツッコミを受けることになったが、まあいいだろう。すると、マカオが続きを訊ねた。

 

「なるほど。二人は兄妹のような関係と?」

 

「そうそう。オレは一人さ迷ってた時に、ウェンディと出会って拾われたってとこ。実質、ウェンディの方が姉なんだろうけどなぁ~、本人が妹ポジっぽい」

 

「そ、そういう訳じゃ……」

 

「――と本人は言ってるが、ちょっと前までオレのことを“お兄ちゃん”と呼んでくれていたりする」

 

その途端、回りから「おお~!!」という歓声が上がるも、ウェンディは顔を真っ赤にして見悶えていた。恥ずかしい話をバラされた人のようになっている。

まあ、妹が兄に甘えるのは仕方のないことだ。逆に言えば、特権でもある。言ってしまえば、ウェンディはまだ子供である。大人なら恥ずかしい話でも、子供であるならば、恥ずかしすぎる訳でもない。ちょっと恥ずかしいかな…という程度で済む。

逆に考えれば、大の大人が急に兄妹のように慕った相手に“お兄ちゃん”やら”お姉ちゃん“やら言ってしまえば、それは羞恥しかない恥ずかしさが込み上げ続ける地獄のような時間となるだろう。そう考えれば、今のことは大したことではない。

 

「ま、そんな訳だ。他に聞きたいことはあるかー?」

 

「そ、それじゃあ、一つ聞いていいかな?」

 

前の方からやって来たのはとんでもなく着込んでいるエドラスのグレイ。見ているだけでも暑苦しい。こっちのジュビアが嫌がる理由がわかる気がする。

すると、エドラスのグレイが質問してきた。

 

「あっちのオレとジュビアちゃんってどんな感じなのかな?」

 

「ああ、簡単には言う。あっちのお前はパンツ一丁でいるときが多い。逆に言えば、寒いの平気」

 

「ほ、ホントなのか!?」

 

「うん、ホントホント。んで、ついでに言えば、そっちのジュビアと違って向こうのジュビアはグレイ様LOVEって状態。こっちと違って露出している部分は少ない。暖かそうな格好をしてる。じめじめしている時もある」

 

「そうなの? 向こうのグレイはこんなに暑苦しくないのね」

 

「まあな。逆にパンツ一丁だぞ、パンツ一丁。全裸でも大丈夫そうな気がするな。まあ、捕まるだろうけど」

 

ふとそんなことを染々と呟く。そう言えば、ラクリマにされる瞬間まで服を着ていなかったなんてことはないよな?という疑問がレインの中で沸き上がる。

ウェンディを追いかけた時に確か彼は服を何故か脱いでいた気がする。流石に途中着直しているとは思うが、流石に…。

そんなことを考えていると、続いてエドラスのルーシィが戦闘中に気になっていたことを訊ねてきた。

 

「そういやさ。お前、凪ぎ払ったりする時、なんでその子がいる場所以外にあたしらを吹き飛ばしてたの? そっちのナツのいるところやエクシードみたいな猫がいるところにはバンバン吹き飛ばしてたのに」

 

「ブブッ…!?」

 

たまたまエドラスのミラが持ってきてくれていた水入りコップを口に流し込んでいる最中のレインが思わぬ不意討ちに飲んでいた水を吹き出した。

続いてゲホッ、ゲホッと咳き込み、顔をあげると頭のなかがぐちゃぐちゃになったような顔を全員に晒し、呆然としていた。が……

 

「は……? はあああああ!?!?!?」

 

ビックリ仰天と言わんばかりの大声をあげ、固まった。その光景に全員が「え? なにその反応?」という顔をしていたが、ニヤリと笑ったルーシィたち――お供にマカオとワカバを連れて――がレインに詰め寄った。

 

「もしかしてお前……、あの子に何か特別な何か抱いてたりしてる?」

 

「……………」

 

「貴方さんも罪深いですなぁ」

 

「……………」

 

「兄と妹の禁断の“あれ”ですかい?」

 

最後のワカバの言葉。それを聞いた途端、レインから強烈な殺気が漏れ出すと共に、なにも持っていないはずの右腕を降り下ろしただけで、突然床が凹み、ヒビがピキピキと入り出す。なんとも信じがたい光景を目の当たりにした彼ら。すると、レインは座っていた椅子から立ち上がると、瞳を紅く輝かせ、宣言した。

 

「次挑発してみろ……、次は問答無用で蹂躙(一人リンチ)を開始するからな…?」

 

「す、すいません……」

 

三人同時に勢いよく頭を下げ、謝罪を始める。しかし、少しばかり遠くにいたウェンディはそれに気づくこともなく、こちらの世界のことを単独で聞いていた。

そんな中、ナツてかが少々騒がしくなったりとしたのだが、やっと落ち着いたレインが気になるモノと人を見つけた。

何やら複雑な機器を調整するのは、ウェンディよりも薄い青髪の少女、レインが最初にギルドで仲良くなった人物だった。

 

「こっちのお前も色々と得意分野に特化してるんだな」

 

「な!? び、ビックリしたじゃない。――で、アンタ、さっきの。何か用?」

 

「いやな、あっちのレビィが文字系統に詳しかったのと同じように、こっちのレビィが機械系統に強いんだなぁ…って思っただけさ。……そうだな、強気なところからして頼りになりそうだな、頑張れよ」

 

そう言うと、レインはレビィから離れていく。彼が別の方へと向かったあと、レビィは小さく愚痴った。

 

「なによ、アイツ……。なんか前から知っていても可笑しくない感じした……。……“頑張れ”か、言われなくても分かってるわよ……」

 

そう呟くレビィの顔は何故か、小さく微笑んでおり、少々頬が赤かったような気がした。そんな時だった。突然誰かがギルドの中へと駆け込んできた。

 

「や、ヤベェぞ! “妖精狩り”が来てやがる! オレたちの居場所がバレたんだ!!」

 

その言葉の意味はレインたちには理解できなかった。だが、回りの慌ただしい様子で彼らは自分たちがこれからどうなってしまうのかを少しだけ予測してしまった……。

 





さて、次回から本格的にレインたちは動き始めます。

天剣を片手に猛威を振るうレインの雄姿を期待していてください!


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天剣VS妖精狩り

……無双回ですね。

ホントすみません。なんていうか、作者個人的にエドラス編は好きではありません。

ちょいちょいなんか雑くなっちゃうんですよ、なんか。

まあ、そんな作者の執筆スキルの無さに呆れつつ、読んでください。



「時間稼げばいいんだろ? それならオレが“妖精狩り(フェアリーハンター)”の相手してやるよ」

 

自信げにニヒッと笑い、笑顔を見せたレイン。全員がその場で動きを止め、互いの顔を見合わせる間、ルークは先程までは収縮させ、しまっていた愛剣を元の大きさへと戻し、それを片手で持ち、ドアの前へと立った。

 

「ちょ、ちょっと待て!!」

 

「お、お前何言ってんだよ!! 殺されちまうぞ!!!」

 

そう口々に言い、レインを止めようとするエドラスで出会った妖精たち。後ろから急いで前に歩み出てきたウェンディとナツがさらにレインを止めるべく口を開いた。

 

「だ、ダメだよ、レインさん!! ここで離れたら、王国に向かえなくなっちゃいます!!」

 

「レイン!! オレたちは一緒に仲間を助けに行くんじゃなかったのか!!」

 

当然の発言だ。確かにオレはナツたちと一緒にここまでやって来て、共に仲間たちを救うためにここまで来たとも言える。それならば、最後まで一緒に戦い、帰るのが当たり前だ。

だが、レインは仲間たちに向けた背中を翻し、笑顔で答えて見せた。

 

「ここで全員やられたら、仲間を助けるも何もない、だろ? だからさ…、オレは仲間を守るために命を張るつもりだ。なぁに、ここで死にはしねぇよ。そんなにオレが柔でもないし、中々攻撃も当たらねぇ、死なねぇってのはお前らが知ってくれているさ。

だから……笑え! オレが帰ってくるまで!!」

 

 

 

 

 

 

 

事の発端は、エドラスの《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》に襲撃者――王国軍の第二魔戦部隊隊長の《妖精狩り》エルザ・ナイトウォーカーが襲撃しに来たことだった。

何処からか情報が漏れたなどと口々にいうエドラスの妖精たち。そんな中、つい先程まで話したエドラスのレビィは整備が終了したさっきの機械を駆動させていた。

 

「転送準備!! 急いで、全員ギルドに!!!」

 

その言葉を聞いてレインは理解した。整備していたのは彼らの生命線とも言える脱出用の魔法駆動装置だったのだ。それが起動し、発動すれば逃げ切れる。

そういうことをすぐに察したのだ。そんな中、外を確認していた者が言った。

 

「だ、ダメだ!! このままじゃ、転送ギリギリにギルドごとやられるぞ!!」

 

その途端、全員がパニックに陥った。つまりギリギリの隙で全員皆殺しになると言うわけだった。だが、レビィもただやられるのを待っているわけではない。

だからこそ、起動シークエンスを早めてみようと努力していたのだ。

 

――他の何でもない、生きるために。

 

その姿を見て、エドラスのルーシィもまた全員を叱咤し、助かることだけを考えろと叫んだ。その声に何人の妖精たちが我に返ったかは分からない。だが、その瞬間空気の流れは明らかに変化した。ナツたちも訳が分からなくとも、感じることができた。

 

――生きることに必死なんだと。

 

だからレイン(天剣の名を持つ少年)はかけがけのない仲間を救うために……、さっき見知ったばかりでも仲間たちとほぼ同じ人間たちのために……、自ら敵を迎え討つと進言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!! ダメだよ、行っちゃダメだよ!!」

 

ウェンディの声が聞こえる。

 

「行くな、レイン!! 戻ってこい!!」

 

ナツの声が聞こえる。

 

「戻ってきてよ、レイン!」

 

ハッピーの声が聞こえる。

 

「アンタでも無理よ!! 魔法が封じられてるじゃない!!」

 

シャルルの声が聞こえる。

 

だけど、レインは再び振り返り、告げた。

 

「心配すんなよ、オレは《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》の魔導士だぜ? 仲間と冒険続けたいからな。生きて帰るさ」

 

そう言うと、レインは金色の紋章の入った右手をかがけた。人差し指を立て、親指を突きだし、仲間を信頼するという証を立てて……。

 

「宣言してやるよ、オレはギルド最強の魔導士だ。こんなとこでくたばるほど弱くはねぇよ、王国で会おうぜ、みんな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドを見つけ、それを標的と定めた一人の女騎士と、彼女が駆る一匹の中型の竜。勢いのままにギルドごと吹き飛ばすつもりの彼女はさらに竜の突撃する速度を上げ、吹き飛ばそうと目論んだ。

――しかし

 

「なんだ、あの光?」

 

そう呟く刹那、彼女の乗っていた竜は横一線の輝きと共に真っ二つに()()()()()()

 

「な…!?」

 

聞こえてくるのは斬られた竜の遅れて放たれる命の断末魔。斬られた竜が少しずつ減速し、そのまま何処かに墜落すると共に、彼女は途中で地面に降り立った。

 

「ちっ! 逃がさんぞ、闇ギルド!!」

 

謎の現象に舌打ちし、彼女は自力でギルドを吹き飛ばすべく、駆け出す。しかし、駆け出した彼女の前に殺気の刃が斬り付けるべく、迫り狂った。

 

「ハァァ!!」

 

迫ってきた鋭利な武器をなんとか弾き、エドラスのエルザは後ろにか下がりつつ、その攻撃を仕掛けた敵を見た。

そこにいたのは、齢15歳に行くかどうかも分からないぐらいの若い少年。その手に持つのは、純白の竜鱗輝く白銀の刀剣。よくよく見れば、鋭利な刀身など何処にも見当たらない。

なのに、彼女が駆る一匹の竜を切り裂いて見せた。それを理解すると共に、彼女はその少年が只者でないことを悟った。

 

「何者だ!!」

 

「…………」

 

黙ったまま、顔を上げた少年。その顔を見た途端、エルザはその実力の理由を悟り、口元を歪め、笑って見せた。

 

「なるほど。貴様か、“九十九斬り”のレイン」

 

「…………は?」

 

相手の名を告げたエルザ。しかし、告げられた相手たるレインは呆然とした顔を見せた。それも“え、えーっと、お、お前……。な、何言ってんだ?”と言わんばかりの顔である。

 

「いやいや、どう考えたらオレが殺人鬼に見えるんだ?」

 

「どう考えたら…だと? その顔、実力、容姿、それら全てが“九十九斬り”のレインではないか?」

 

「あー、そうだった。悪いな、アンタが探している殺人鬼じゃない。オレは向こうの世界のレインだ」

 

そう名乗ると、エルザは別の意味での理解をした。今朝言われた向こうの世界の魔導士だということを認識して。

 

「そうか。ならば、そこを退け。退くならば、命だけは助けてやろう。――まあ、どうせラクリマにされる運命なのだろうがな」

 

「ん? いやいや、運命とか何言ってんだ? 退くわけ無いだろ、《妖精狩り》」

 

「そうか。なら、ここで死ね」

 

「はいはい、殺せるものなら殺してみろよ……、《妖精狩り》」

 

それを呟くと同時に、レインは地面を抉り取るかのように蹴りだし、最速の一撃をエルザへと見舞う。ガキンッという硬質な響きが木霊し、圧倒的速さと剣を知り尽くしたレインの動きが最高の威力を生み出す。

 

「くっ!?」

 

「なるほどな。正直さっきので袈裟斬りして終わりにしてやろうと思ってた。だが……()()()()()()()()じゃねぇか?」

 

すると、レインは愛剣を力任せにエルザの槍ごと弾き、回し蹴りを彼女の脇腹に強打させた。ボールのように跳ね飛ぶエルザ。彼女の着地の地点を見計らったようにレインは回り込み、剣を上方向へと振るった。

 

「やられるものか!!」

 

彼女がその態勢だというのにも関わらず、槍をレインの持つ剣へとぶつけ、彼の動きを止めさせる。一撃で止めを指そうとしていたレインは少し驚いたが、ニヤリと笑うと一度後ろへと下がった。

 

「……なるほどな。意外とこっちも強いのか。ま、確かにそうで無いと面白くない」

 

「ほう……。確かにお前はあの男とは違うのか。動き、剣の捌き方、体術。あの男とはまるで別の動きを見せる。それならば、わたしも手を抜くのを止めよう」

 

そう言うと、エルザは何かの魔法を使用し、自身の持つ武器を変更した。元々持っていた槍から恐らく別種だろう槍へと変更され、再度武器を構えた。

持っていたのは先が紅く染まった一本槍。その瞬間、レインの思考は電撃のような天啓を得たように判断した。

 

「(炎系統の魔法……。アースのエルザのあれと同じか、別のか…だな)」

 

すると、動きが止まったレインに素早くエルザは攻撃を仕掛けるべく、接近し、上から下へと叩きつけるように降り下ろす。

 

爆発の槍(エクスプロージョン)!!!」

 

とんでもない爆発が降り下ろされた地点から発動し、レインごと刀剣を吹き飛ばす。予め予想していたレインだったが、あまりの爆発の規模が大きかったために、後ろに後退せざるを得なかった。――だが

 

「しまっ!?」

 

「時間切れ……てところだな。んじゃ、本気で潰しに行くか…!!」

 

背後で転移を済ませたギルドを目だけ寄せて見送り、隙が生まれたエルザの胸元めがけ、レインに突撃。すれ違い様に空いていた左手を固く握り、それをエルザの鳩尾にぶつけた。

 

「セイァッ!!」

 

「ぐおっ…!?」

 

後ろへと後ずさるようにはらをかかえたまま下がるエルザ。だが、レインはそこで終わらない。地面を強く蹴り、高く翔び上がるとエルザと頭めがけ降り下ろすようにかかと落としを叩き込んだ。

 

「墜ちろよ、《妖精狩り》」

 

「がはっ……!?」

 

頭から胴体へ、胴体から足へ、足から地面へと突き抜けた衝撃が彼らのいたの付近を放射状にヒビを、地割れを起こさせ、地面がさらに抉りとられ、砂煙が爆発のような勢いで吹き上げた。倒れ臥したエルザが顔をあげると、そこにはレイン(化け物)が立っていた。

 

「それで…終わりか? まさかここで終わりとかつまらないこと…言わねぇよな?」

 

「ぐっ…(なんてヤツだ。アースランドにはこんなヤツがいるのか…!?)」

 

内心に焦りを募らせるエルザ。さらにレインは殺気を含んだ不吉な笑みを浮かべ、再び口を開き、恐ろしいことを告げた。

 

「喋ることが出来る、か。ならまだ潰せるな。さて、お前にはどんな最期が望ましいかな? そうだな…、パッと思い付いたとすれば、“全身バラバラ”にするか。いや、待てよ……。首を落として王国に返してやりのも悪くないな。闇ギルドとは言え、間違ったことしていないアイツらの仲間を散々殺したわけだろ? それならそうしてやるのも悪くない…か。

さぁて、審判は終了だ。執行してやろう、無様な死に様を晒せるように……な?」

 

そう呟いた彼の姿は、その容姿からは似ても似つかぬ悪魔の如き恐怖、畏怖を感じさせ、まるで全てを絶望へと誘う審判者のように見えた。

 

「力を貸せ、天竜グランディーネ。形質変化 大鎌(ヘルサイス)

 

その言霊を呟くと同時に、あれほど綺麗だった純白の竜鱗を輝かせた刀剣は忌々しいほどの赤黒い色合いを持つ“大きな鎌”へと変貌した。

鋭利にも程がある鎌の刃先から刃の付け根までは鏡のように反射する刃が怪しげな輝きを放つ。それを見た途端、エルザの顔に恐怖が張り付いた。

 

「ひっ……!?」

 

「さぁて、執行してやるよ。冥府に墜ちてから殺してきた者共に詫びろ、咎人(ニンゲン)

 

一度グルンと振るうだけで猛々しい暴風が荒れ狂うソレは全てを切り裂く死神のようであった。その恐怖に呑まれ、エルザは膝から崩れ、足が震えて動かなくなる。

本人がどう言おうが、思おうが、生物として恐怖という感情には逆らえない。そしと、そのまま死神が近づいていく。

 

あと半分。

 

あともう少し。

 

あとほんの少し。

 

あと…振り切るだけ。

 

その刹那、レインの動きが鈍り、横一線に凪ぎ払おうとした大鎌は真下へと降り下ろされ、エルザの前で地面だけを砕き割り、浮き島の一部を崩壊させた。

その爆風により、彼女は遠くに吹き飛んだが、真下に降り下ろしたレインは自分の咄嗟の動きに驚愕した。

 

「何故だ!? 何故、降り下ろした。レイン・()()()()()()!!!」

 

その瞬間、何かが心のなかで響いた。

 

――何故だじゃねえよ!! いい加減落ち着け、馬鹿野郎!!!――

 

突然何かが聞こえた後、レインはふらつき、粉砕された地面と共に空中を落下中に、バランスを崩したが、同じく落下中の岩を連続で踏みつけ、元いた浮き島へと戻ることに成功した。

 

「……はぁ。やっぱりか。感情が高ぶると、自意識霞むんだな、オレ……。悪魔の身体ってのはどうしてこうも中途半端なんだか」

 

そう呟くと、禍々しい大鎌を瞬時に冷静な自分の魔力で浄化し、刀剣へと戻すと小さな鍵状の形に戻し、腰に引っ掻けた。

 

「………なんか勢い余って、やり過ぎたな。島の8分の1か……、それぐらい吹っ飛ばしちまった。それと…えーっと、エドラスのエルザだっけ? 吹き飛ばしちまったが、大丈夫か?」

 

そうレインは呟きながら、頭をポリポリ掻くと、今更ながらに思いだし、ため息と共に吐いた。それはある意味、そこまで考えていなかった自分への皮肉を込めて。

 

「……どうやって合流すればいいんだ、この状況」

 

 





はい、勢いのままにカッコいいセリフ吐いたレインですが、合流の手段を考えて

いなかったというダサい展開です。こりゃ、どうしましょ(ºдº;)

まあ、次回までに考えて投稿しておきます。それでは次回も読んでくれると

幸いです。


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もう一人のレイン


注意、今回の小説には以下の内容を含みます。

・超駄文?

・500円降ってこないかなー?

・拉致問題

以下の内容が大丈夫な方は本編へどうぞ!

※ふざけてみました。まあ、項目2は冗談です。



レインが《妖精狩り》を止めるべく、単独で時間稼ぎに向かってから一日が経過した。あれから彼からの連絡は一切ない。それもそのはずであり、連絡手段など現時点では存在しない。

生きているか、死んでしまっているかさえ、分からないのである。そんな最中、ナツたちは彼との約束の地である“王都”へと向かうことを選び、彼らは転移した後のギルドから去り、途中で加わったエドラスのルーシィ――ナツたち曰く怖いルーシィ――を仲間に入れ、途中の町まで向かったのだが。

その道中の町にて、行方知れずだったアースランドのルーシィと遭遇。彼女が危機的状況に陥る中、何故か彼女だけ魔法を使用することができると言う事実を知ることになった。

 

その後、エドラスのルーシィが何かしらの理由で去り、3人と2匹の構成となったナツたちご一行。それから進んだ町に降りると言う定期魔導船が王都への近道と知り、それを脱出しようと目論んだが、魔法が使えないことと旧式のエドラスの魔法に慣れていないこと。

そもそも最強チームと呼ばれるメンバーの中で最弱であったルーシィだけが魔法を使える現状で、敵の大人数を相手にできる訳がなく、為す術なく拘束され、定期魔導船はエドラスへと飛んでいってしまった。

 

そんな中、突然現れた魔導四輪。それを駆る少年により、ナツたちは危機を脱出。その魔導四輪内で運転手たる少年――エドラスのナツに出会い、その後ある程度の場所まで送ってもらうことに成功した。

突然ナツが運転手のエドラスのナツを引きずり出したことにより、彼の弱点が暴露されたが、事実彼により、ナツたちは“王都”にやってくることに成功したのだ。

その後、“王都”内をま巡っている途中、中央広場にあった巨大ラクリマを見て驚愕し、そこでスピーチを行っていたエドラス王ファウストの行動にナツは怒りを感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ここなのか、シャルル?」

 

「ええ、情報通りならね」

 

そう呟くシャルル。ナツたちは王都中心部にある王城に侵入するべく、隠しルートがあると思われる古い坑道にやってきていた。

 

「結構暗いですね」

 

「灯りがほしいよね」

 

「だぁー! 魔法使えねぇって不便すぎだー!!」

 

「…あ、あはは……。多分レインさんがここにいたら「魔法に依存し過ぎだ、バカナツ」って一喝されてましたね」

 

「……ウェンディ、なんだかレインの声真似上手じゃない?」

 

「え、あ、ホントですね。いつも一緒にいたからでしょうか…」

 

そう呟いたウェンディの表情に影が落ちる。流石にあれほどまでの実力を持つレインを心配し過ぎている訳ではないが、無事にたった一人、単独でここまできているのだろうかということが一番心配だったのだ。

転移したために比較的距離が詰まっていたナツたちだが、レインは距離は変わっていない。つまり、遠いところから向かってきているのである。

そうなると、いつ合流できるか分からないのだ。その上、ウェンディがナツたちを信用していない訳ではないが、いつも守ってくれていたレインが居なくなると、こうも心細いのかという現実に刈られているのであった。

すると、ナツが自信満々に答えた。

 

「大丈夫だ、ウェンディ。どうせアイツのことだ、無事に決まってる。それにアイツ、常識外れてるんだろ? 気がついたら近くにいたりするんじゃねぇか?」

 

確かにそうだ。基本的にギルドにいる時にもレインは神出鬼没であった。気がつけば、背後に立っていたり、隣の席で美味しそうに食事を取っていたりする。

そんなマイペースで何処か憎めず、優しく強い彼がウェンディは好きだったのである。

 

――1人の相手としてか、兄妹としてかならば、恐らく後者だろうが――

 

すると、自然と自信が沸き上がってくる。また彼が何処からともなく現れるんだと信じられるから。だからこそ、ウェンディはクヨクヨすることを止めた。

 

「そうですね。よし! わたしも何か出来ること探して頑張らなきゃ」

 

「ウェンディ、元気になったんだね」

 

「え、えーっと……、そこまで落ち込んで…」

 

「――って言ってるけど、アンタ、実際さっき結構暗い顔してたわよ」

 

「そ、そんなことないよ…」

 

ハッピーとシャルルの畳み掛けにウェンディがそういう訳じゃないと反論している間、ナツとルーシィは坑道に入るべく、火起こしを始めていた。

ナツが魔法を自由自在に使える状態で居れば、こんな羽目にはならないのだが、本人は現在魔法が使用できないために、火起こしもて自力でやらなければならない。

しかし、何故かナツは上手く火を起こせずにいた。その後、なんとかルーシィが火をつけ、ウェンディと協力として松明を作り、三人がその松明を片手に持ったのだが、ナツは自分の考えた持論を試すべく、松明の炎を食らい、魔法が使えるかを実験した。

 

――結局出ないという残念な結果に終わったのだが。

 

まあ、そんなことを予想していたのかシャルルはとっとと前へと進んでいき、それに準じてルーシィたちが追いかける。

もちろん、呆然としたナツは屡々(しばしば)そこにいたが、流石に置いていかれるのは不味いと思ったらしく、それを追いかけていった。

 

「いかにも坑道って感じですね」

 

「そうみたいね。今のところは使われてないのかしら?」

 

「こっちよ」

 

シャルルの先導に従い、ナツたちは前へと進んでいく。途中途中崩れ去りそうな場所があり、ドキドキしていたが、難なくそこも通ることに成功し、第一の目的地へと辿り着く。

そこは入り口が魔法により封じられた、この坑道と恐らく繋がっているだろう王城の地下通路を繋ぐ洞窟への入り口。

 

「かなり分厚そうですね」

 

「だー、魔法使えれば、オレが一撃でやってやれるのにぃー!」

 

「はいはい。ここはわたしがやるわ」

 

そう言うと、ルーシィはおもむろに金牛宮の鍵を取りだし、いつものように召喚した。筋肉隆々の斧つきの牛――タウロスが現れ、ルーシィの命じるがままに壁と成り果てた坑道の続きたる道を拓く。

 

――ガツン! ドガッ! ガザザっ!

 

そんな音と共に壁は抉られ、崩れ去り、崩壊した。その様子を見て喜ぶウェンディ。ハッピーやナツも同様に喜ぶと、ルーシィはタウロスにお礼を言うも、彼?が余計なことをいいかけていたので、すぐに強制閉門されて消えてしまった。

そんなナツたち一行は再びシャルルの先導により、前へと進み出す。途中ナツが下らないことを始めたために時間を少し取られたが、それでも十分過ぎるほどに順調だった。

そうして進んでいくナツたち。そして、やっとこさ広い洞窟へと出ることに成功し、そこを進めば王城へと潜入できると予測できる場所まで来ていた。

 

「あ、そうだ。乗り込んだらよ、どうすんだ?」

 

「ふふん、わたしが魔法で一掃するから見てなさ……」

 

何かを言い切ろうとしていたルーシィ。しかし、それは突然の来訪者と襲撃により、遮られた。ルーシィの身体に纏わりついた拘束用のジェルらしき何か。

それはすぐさまルーシィを縛り、続いてウェンディとナツを縛り付けた。洞窟の至るところから溢れ出すのは王国軍の兵士たち。

奥から続いて出てくる緋髪の女性――エルザ・ナイトウォーカーに驚愕するナツたち。喋ろうにもナツは顔にジェルらしき何かをかけられ、モゴモゴとしか言えていない。

自らが持っていた地図。それを見てシャルルは完全に固まり、自分が持っていた情報が偽物――いや、すでに待ち伏せされていた情報――だと気がつき、絶望する。

そこへエルザは前へと歩み出て、ハッピーとシャルルの前で礼をすると、告げた。

 

「お帰りなさいませ、エクシード様」

 

「エクシード…?」

 

「…ぁ…………」

 

エドラスのエルザの思惑はともかく、態度が改められた彼女の様子にハッピーたちは驚かざるを得ない。すると、二匹の猫は歓迎するも、エルザは三人は歓迎しなかった。

それどころか牢へと放り込んでおけと命じる。一番先にルーシィが連れていかれ、ナツも続いて連れていかれる。

ついにウェンディまで連れていかれそうになった時、懐かしい声が洞窟内で響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――へぇ。なるほどなぁ、未だにオレ以外に王国軍に喧嘩売ってるのはいねぇと思っていたが、オモシレェヤツに出会えたらしいなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声音はウェンディ、ハッピーとシャルルが聞いたことがあるもの。1日前に別れたあの人物の声だった。

反射的に振り返り、ウェンディはその名を叫んだ。

 

「レインさん!!」

 

感動のあまり涙ぐむウェンディ。――だが、彼女の期待は裏切られた。この世界のルールと規則によって。

 

「あ? なんでオレの名前知ってんだ? ――にしてもお嬢ちゃん、オモシレェ魔力を体内に宿してんのか? ハハッ、そりゃあイイゼ、まったくよぉ!」

 

「…へ……?」

 

ウェンディたちが知っているだろうレインならば、絶対に使わない荒々し過ぎる言い方。ウェンディのことを“お嬢ちゃん”と呼び、瞬時に魔力が体内にあることを見破る洞察力。

それらはアースランドのレインが使っているものと使っていないもので構成されており、事実レインと声音が同じ彼はウェンディの兄たる彼とは違う残虐な雰囲気を纏っていた。

 

「んじゃまぁ……。魔力独占してやがるクズ処理から始めてやろうかぁ!!」

 

そう言うと、エドラスのレインは腰から二本の刀を引き抜くと同時に圧倒的速さで王国軍の兵士たちを無慈悲に切り刻んだ。

斬られる旅に紅い血の花を咲かせていく兵士たち。その光景は地獄の一端。異臭漂う暁の戦場のようだった。

 

暴風の剣(テンペスト)!!」

 

荒ぶる神々の如き暴風を右手に持って剣から放ちつつ、振り回し、舞い踊るかのようにレインは戦場を蹂躙する。

吹き飛ぶ王国軍の兵士たち。切りつけられた傷は深く広く残虐なモノであり、鎌鼬の如く。続いて左手に持つ剣の魔法を起動させ、放った。

 

雷霆の剣(ライジング)!!」

 

雷神による一撃の如く縦一線に降り下ろされた剣の動きに従い、洞窟には届かぬはずの落雷が突然頭上から放たれ、またもや王国軍の兵士たちを吹き飛ばし、直撃したものたちは灰と化す。続いてそれぞれが連続で放たれると、洞窟が急スピードで崩壊を始めていった。

 

「う、ウェンディ!?」

 

シャルルの声が響く中、ウェンディはどっちにいけばいいか分からず、アタフタしている時、頭上に落石がやってくる。

 

「……ぁ…………」

 

霞むような声。落石がウェンディを押し潰そうとする。

――しかし、落石はウェンディを潰すより先に消滅させられた。エドラスのレインが放った落雷によって。

 

「…た、助かった…の……?」

 

「さて、と。お嬢ちゃん、ちょっとばかし寝ていてもらうぞ」

 

ウェンディに近づくや否や、エドラスのレインは武器を納めた左手を手刀の印へと変え、それを彼女の首筋に当てた。

フッと力が抜けるウェンディ。意識が次第に霞んでいく。ドサッと倒れる前にレインが抱える。キョロキョロと周りを見てからため息をつくと、彼は見ているだけだった彼女――エルザに告げた。

 

「アンタとはまた今度殺り合ってやるよ。それに、オモシレェ状態らしいな、この国は。ハハッ、向こうの世界、向こうのオレか。楽しみが山ほど増えやがったぜ!!」

 

「待て、《九十九斬り》!! その者はわたしが頂く!!」

 

「うるせぇよ、《妖精狩り》。たかだか闇ギルド一つ潰せねぇヤツに指図されたくないね。どうせオレに積極的に斬りにいけなかった理由は、向こうのオレへの恐怖か、なんかだろ。見え見えだろうが、バーカ」

 

「なっ……!?」

 

そう言うと、エドラスのレインはウェンディを抱え直し、そのまま来た道を戻るかのように走り去っていく。途中連れ去られたウェンディの名前を呼ぶ誰かの声が聞こえたが、彼には関係ない。気絶した彼女の身体は少々重いのかと思っていた彼だったが、意外に軽かったために移動を阻害されていなかった。

スタタタと走り去る彼は途中ウェンディをチラリと一瞥する。

 

「………なんか可愛いな、コイツ」

 

ふと込み上げた言葉を呟き、それから自分が何をいったかを思いだし、顔を振って一旦忘れ去ろうとする。少々彼の顔が赤かったのは誰も知るよしはなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、アースランドのレインは

 

「――ってな訳でな。見事エルザは撃退しておいた。まあ、ん~? 近道とかない?」

 

「アンタねぇ、流石に転移装置以外に近道はないし、これだって何処飛ぶか定まってないんだからね!」

 

「だよなぁ、魔力も結構使うっぽいし。仕方ない、この砂漠を数時間で踏破してみるか」

 

そう言うと、レインは徐に立ち上がり、話し相手たるエドラスのレビィに礼を告げ、移動したばかりだったギルドから去っていった。

 

「さぁて、とっとと王都目指さないとな」

 

 

 

 

 

 




ちょっと飛ばしすぎた気がする(笑)

まあ、いきなり王城殴り込みよりはマシかなーって。

そんなこんなでウェンディはエドラスのレインに連れ去られました。

ナンテコッタイ(\^o^/)

さて、次回は……めんどくさいし、軽くウェンディpartしてから王城殴り込み。

その後……って感じにしますか。

それでは次回も読んでくだされば助かります。


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反撃の狼煙

なんだかこちらが久しぶりな気がしたのですが、対して日にち経ってませんでした(笑)

それにしても小説投稿者として時折思うのですが、そろそろレインのイメージ画像

ほしいですねー。――まあ、作者の絵のセンスなんて皆無です。

仕方ないですね、ホントこればかりは。



「…ぅ……ん……、あれ…? ここ何処なのかな…?」

 

 

 

 

見知らぬ場所で青い長髪の少女、ウェンディは目を覚ました。回りを見渡したが、直前まで記憶にあった洞窟の光景ではなく、何処かの石部屋のようにも伺えた。

今思えば、床が少しヒンヤリと冷たく、ウェンディの両足は拘束用の鎖と足枷によって動きを封じられていた。

よくよく見れば、両手も同様にだ。身体につけられていた謎の物体は無くなっていたが、両手は手錠のようなもので縛られ、完全に動くことが許されない状況に陥っている。

エドラスで魔法が使えない以上は、この手錠も足枷も壊すことは愚か、外すことも不可能である。監禁状態なのか、そうふと思ったウェンディだったが、同じ石部屋の中で、一人の少年が石の固く冷たい壁に寄りかかり、スヤスヤと寝息を立てていた。

 

「(お兄ちゃんじゃ、ないんだ……)」

 

確かにそこで眠っている少年の容姿は今でも心の内では“兄”のように慕っている少年の同じ姿であり、声音も同じだった。

しかし、実質の中身は違った。彼のように優しく、でも時々口が悪かったりする、そんな癖がある彼ではなく、そこにいるのは冷徹で人殺しを営み、すでに指名手配された少年だ。

スヤスヤと眠る彼の横には大量の武器――エドラスでの魔法が使える武器がわんさか積まれており、それら全ては恐らく奪ったものだろう。

その中にはウェンディが先程まで持ち歩いていた筒型の空気魔法を放つ武器までもがあった。恐らく不自由ではあるが、動かすことが僅かながらできる両手があるために、武器があると逃げられる可能性があると想定したからだろう。

確かに残存量の魔力を全て使用すれば、手錠と足枷破壊の序でに逃走――但し、吹き飛ばされるが――が可能かもしれない。

この世界には元より人間が魔力を持っていないため、魔封石の手錠も足枷も存在していないだろう。そうなれば、魔法でこの手錠などは壊せる。

しかし……

 

「(足枷もあるし、距離だってある。それにあの人がそこにいるから……無理かなぁ…)」

 

チラッと向こうの魔法武器を見たが、すぐに残念そうに肩を落とす。確かに足枷が無ければ、向こうには行けただろう。――だが、流石にあれほどの実力を持つ少年が気配に気がつかない訳がない……となればだ。実質脱出は不可能であると言えるだろう。

しかし、そこで諦めるほどウェンディも柔ではない。師匠兼兄のような存在であるレインには常日頃から修行及び特訓をつけて貰い、精神的に強くもなった。

多少のことで諦める根性は持ち合わせていないだろう。それに色々と弱点も減ってきた。余談ではあるが、レインの努力もあり、少しは本来の梅干しも大丈夫になってきた。

 

――まだまだ一口より先は遠そうではあるが。

 

それに仲間を助けると誓ったのだ、彼女も。それに彼女を姉として慕う少女が帰りを待ってくれていると思えば、ウェンディもただ何もしなう訳には行かないだろう。

どうにかして逃げる術を考えなければ……、ふとそんなことを考えた時、急に地面がズシンという衝撃と共に微か――よりは強めに――ながらだが、揺れた。

そのお陰か、なんという強運なのかは知らないが、筒型の空気魔法武器――つまりウェンディの使っていた武器がコロコロと転がりつつ、近くの壁際にまで転がってきたのだ。

 

「(…………え、えーっと………、さ、流石に驚いちゃった気が………)」

 

あまりの偶然にウェンディは苦笑する。まあ、転がっても仕方の無いような形はしていた。それに加え、目の前の少年は適当にソレを置いていたのだ。つまり、念のため……という予想外にも備えた行動を取っていなかったのである。

 

――さらに少年は微かながらの揺れのせいか、ただの寝不足だったせいか、全く起きる気配が無かった。つまり……

 

「(脱出のチャンスが来たんだ。わたしだってやるときはやるんだ!)」

 

そう心の中で呟き、ウェンディは少しずつ身体を傾け、ソレを取ろうとする。足枷があるために、思うように動けないが、少しずつ指先がソレに触れ、漸く取ることが出来た。

 

「(やった! あとはこれを起動すれば……)」

 

ゆっくりとバレないように動き、両手でソレを抱え直し、ゆっくりと魔法武器を駆動させるためのギミックを稼働しようとしたその時。

 

――スパンっ!

 

硬質な音がウェンディの目の前で一線され、ソレが叩き落とされた。

 

「……え?」

 

目の前で輝くのは刃物。それも魔法武器だった。すぐさま顔を上げると、そこには先程まで眠っていたはずの少年が起きており、彼はソレを手に取ると、向こうへと向かってから、魔法をウェンディとは関係のない方向で使用し、その残存量の魔力を使い切らせた。

 

「……ぁ…………」

 

目の前で希望が絶たれた。それも監視者たる少年が起きた状態でだ。少年は未だに眠たそうにしていながらも、腰から抜いた一本の刀を肩に起き、片手でウェンディの魔法武器を彼女へと返す。

 

「……ま、寝てたら逃げるのも予想通りか」

 

「…まさか……、わざと寝てたんですか…?」

 

「う~ん? 違うな、眠かったから寝た、それだけだ。――んでお嬢ちゃん、逃げる気満々だったなぁ~、まあ、さっきの揺れで起きてた訳だから一部始終知っていたんだけどな」

 

「……………」

 

黙り混んだウェンディ。確かに今手元にあるソレは魔力切れでもう使えないものだ。そうなると、向こうにある魔法武器が頼りだが、彼がいる以上無理だろう。

それにあれが魔力があるとは限らない。奪った武器を使い続け、廃棄予定のものだったりするかもしれないからだ。

すると、少年は何かに気がつき、座り込むと、ウェンディの服からはみ出ていた写真に目が行き、サッとソレを取って確認した。

 

「か、返してください!!」

 

「………これが向こうのオレか。なるほどな、確かに雰囲気違うな。ん? なんだ、この武器。……良いこと思い付いたな、これならオモシレェ」

 

そう言うと、写真をウェンディへと返し、足枷を外す。突然のことに目を丸くするウェンディだったが、次の瞬間手錠にロープのようなものを取り付けられ、「立ち上がれ」と言われる。

仕方がないので、それに従うと、少年はウェンディを連れ、外へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇ー―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあああぁぁぁぁぁ!!!」

 

響き渡るナツの絶叫。王都にある西の塔の地下、そこでは捕らえられたナツが手錠と足枷で縛られ、謎の石板を背に、目の前にある怪しい男に魔力を吸いとられていた。

その男が持つ怪しげな装置は、ナツの魔力を吸うたびに貯蔵されていく。時々吸引はとめられるが、止められてもその男は怪しげな笑いを浮かべるだけ。

再び魔力が吸いとられていく。そんな中、その男――エドラス王国の幕僚長たるバイロは「ぐしゅしゅ」という怪しげな笑いをしたあと、愚痴った。

 

「もう一人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が居れば、もっと効率が上がったものを……」

 

「ぐあああぁぁぁぁぁ…!! ぐぅっ…、ウェンディは何処に行ったんだ……ぐぁっ……」

 

「どうやら指名手配されているレインによるものだと言われておりますが、貴方には関係ないお話ですね」

 

「ぐあああぁぁぁぁぁ!!!」

 

もしここにウェンディが居たならば、ナツは身体を休める時間がほんのすこしでもあっただろう。しかし、彼はそんなことを望まない。

仲間を差し出すくらいなら、死んだ方がマシだと思っているからだろう。そうなれば、彼には魔力を奪われる苦しみが強くなってしまう一方だが、彼は諦めていない。

必ず、仲間が助けに来てくれるはずだと信じて。

 

そんな時だった。突然塔がグラグラと揺れる。それも先程起こった震動などとは比較にならないほどだ。そんな中、突如彼らがいる階層の壁に光がほんの僅かながら差し込んだ。

決して差し込むはずがない、そう思っていたバイロには信じられなかっただろう。すると、さらにヒビは巨大化する。

 

「な、なんだ!?」

 

「何が起こっているのだ!?」

 

驚愕するバイロ。そして……ナツが望んだその時はやってきた。

 

――ドガアアアアン!!!

 

崩れ落ちるような轟音が轟き、壁が崩壊すると、その中から淡い金髪のうちの一房だけが青い髪を持つ少年が突入してきた。

見覚えのある白銀のコート。相変わらずの長ズボンに背中に背負った純白の竜鱗煌めく刀剣。

 

「なるほどな。まあ、突撃したには良い規模か。しばらくなら混乱招けるだろうし」

 

そんな不謹慎かもしれないことを普通に言いつつ、襲撃者はニヤリと笑い、ナツを見た。すると、彼は挑発するように告げた。

 

「バカナツ、何してんだ。まさかとは思うが、捕まって魔力取られてる……とか言うなよ?――まあ、どう見ても捕まってるし、魔力奪われるけどな」

 

「レイン!!」

 

ナツの嬉しそうな声が響き、襲撃者の少年――S級魔導士のレイン・ヴァーミリオンは彼の元へと飛翔し、着陸を果たす。

 

「ほほ~う。意外と趣味悪い石板だな。どうみても(ドラゴン)には見えねえな。……ダサいな、いや、ちょっと引いた」

 

「んなこと言ってねぇで、助けろよ!?」

 

「なら放置一択だな。あとそれよりな、バカナツ。――ウェンディを何処に置いてきたんだ、てめぇ?」

 

完全にキレている、そう言っても過言ではないぐらいの般若顔。眉間にシワが寄り、イライラしているのか、目が本気である。

流石のナツもビビった――いや、怖かったのか、小声になりかけていた。

 

「まあ、いい。あとでウェンディが無事じゃなかったら、お前地面に埋める。――いや、埋めるじゃ生温いか。切り刻んでフィーのご飯にするか」

 

「な、なんだそれ!?」

 

「いやな、流石にナツのままだったら気を向けてくれないだろ? 肉へ……コホン、ご飯になら気を向いてくれるかなぁ~と」

 

「オレ殺されてんだろ!?」

 

「……まあ、気にすんな。……えーっと」

 

後ろを振り向き、襲撃者のレインを見ていたバイロ。その後ろにある装置。先程から外で言われている“コードETD”。その単語がレインの頭のなかで結び付き、彼は答えを告げた。

 

「それ、竜鎖砲ってヤツのエネルギーを回収する装置か?」

 

「な、なぜソレを!?」

 

「いやいや、パターン的にだ。まあ、“竜鎖砲”ってのは……さっき王城の中で暴れ回った時に偶然聞いた名前でな。それにナツとウェンディが関係あるって聞いたから」

 

そういうと、レインはジーっとそれを眺めてから悪魔のような笑みを浮かべ、前へと歩み出ると、地面を蹴り飛ばすに瞬間的なダッシュをかけると、背中に背負った刀剣を同時に抜刀。

勢いと速度を演算するかのように、破壊力が増したその一撃を、バイロの後ろにある機械へとぶつけた。メシャッという音が聞こえ、そのまま身体を回転させる勢いで右足に魔力を貯め、放った。

 

「天竜の砕牙!!」

 

勢いよく蹴り出された一撃に、その機械は通路の両側にある深い谷のような方向へと飛んでいき、そのまま落下していった。

 

「ふぅ~、掃除終了ってところか」

 

「………れ、レイン、お前、さっきの魔法だよな?」

 

「おお、ここに向かう最中にミストガンに出会ってな。これ貰ったんだよ」

 

そう言いながら、レインはナツの手錠や足枷を難なく叩き割り、彼を解放した。レインが持っていたのは赤い錠剤の入った薬。

それを見て、首を傾げるナツ。それを見て、レインはため息をつきつつ、流れ作業でバイロを一撃で沈め、通路の床で寝かせた。

 

「これはエクスボールって言うらしくてさ。エドラスで魔法が使えるようになる薬だ。ま、ナツは魔法使えないと普通の人間だしなぁ~、ほれ」

 

そう言ってレインは錠剤一つを取りだし、ナツに渡す。文句を言いつつも、彼はそれを飲み、一息つくと言った。

 

「ありがとな、レイン」

 

「ま、どういたしましてってところだな。――ここにウェンディが居れば、もっと良かったんだが……。いた場合はさっきのバイロは確実に心をへし折ってたけど」

 

そんなことを平気で口にすると、レインは刀剣を背中に担ぎ直し、背伸びをしてからやる気を入れるかのように自分の頬を叩く。

 

「よっしゃ! そろそろ始めるとするか! 散々やってくれた分はここでキッチリ返してやろうぜ!! さぁて……反撃開始だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、そういえば皆さんはFAIRY TAILの話では何編が好きですか?

私は“天狼島”編と“大魔闘演武”編です。プレヒトもといハデスとの死闘は感動しました。

それとあれですねー、ナツとガジルがギリギリの対決してたヤツです、戦車(チャリオット)の。

あれは涙腺結構来ましたね、泣きませんでしたが。――ウェンディが襲われた時には

怒りが込めあげたような覚えがありました(笑)

まあ、そこも自身の手で書かないといけないんですよねー、耐えます(笑)


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轟く天雷と吹き荒れる天刃 前編


なんか久しぶりですリハビリ必要かもしれません(涙)

まあ、そんなこんなでエドラス編終了までのカウントダウンへと移行してきました。

恐らく次のソードブレイカー戦が終了すれば、四人でドロムアニマの迎撃戦して、

その次から閑話を挟んで、天狼島です!

天狼島ではオリジナル展開あるのでお気をつけてください。



王城城内中央広場

 

 

 

 

 

西塔の地下付近でナツを救出した。それから次々と迫り来る王国兵を二人で凪ぎ払いながら、先へ先へと進んでいく。

その道中、ピンチに陥っていたルーシィを助けていたグレイたちと合流。近くでエルザがエドラスの彼女と戦っていることを知るのだが、続いてそれぞれの前に王国軍魔戦部隊隊長の二人、シュガーボーイとヒューズと遭遇。ナツとルーシィ、グレイの三人がその二人と交戦を開始した。そんな中、レインは“とある魔力”を辿って、王城城内中央広場へと向かっていた。

 

「(……念のためにウェンディにもオレの魔力を少量マーク代わりにつけておいて正解だったな。やっと安心できる。出会ったら早速エクスボール飲ませておかないと……)」

 

向かってくる王国兵を意図も容易く凪ぎ払いつつ、レインはやっと再会できるという嬉しさを噛みしめ、少しずつそこへと向かう速さを変えていく。

時々遠距離の魔法が飛び交ってくるのだが、それすらもレインは背中に背負う天剣で振り払いながら、同時にブレス――天竜の咆哮を放ち、一掃する。

 

「まったく……、こういう時には普通“盾持ち”集団がズラーと並んで防御固めて、遠距離の魔法をバンバン放つのが定石(セオリー)だろ、少々訓練足りてねぇぞ、王国軍」

 

咆哮によって抉れた廊下や吹き飛んだ際に頭などをぶつけ、唸る者や気絶した者たちへレインは愚痴を溢すように呟いた。

事実、とんでもない敵が目の前にいるときは防御重視の戦法を取り、守りつつ敵の弱点や癖を見抜き、攻撃の糸口を掴んでから反撃するのが当たり前である。

それ故にレインはそれが全くもって成っていない目の前の兵士たちを見ると、そう思わざるを得ないのだ。

 

そんなことを呟き、また同じく“たった一人での蹂躙劇”を繰り返しつつ、レインは漸く中央広場へと辿り着く。突然射し込んだ日光に目を瞑りつつも、回りを見渡し、見つける。

中央に佇んだ一人の二刀流の剣士とその横で寝転がされた状態で拘束されている青い長髪の少女――ウェンディだった。

回りはとんでもない血の海と化しており、辺りは鮮血を散らせた兵士たちの死体がゴロゴロ転がっていた。異臭――そう言わんばかりの血の臭いと死んだ人間から漂う腐り行くモノの臭い。その臭いはレインにとっても嫌なものであるのに――何故か()()()()

 

「……お前、何者だ?」

 

レインはふとその剣士に語りかけた。分かって訊ねているのだ、敢えて。一目見れば理解できるその容姿。淡い短めの金髪、一房だけ青い特徴的な髪。少年のような容姿にそれでいて心の内側には秘密を隠し持っている様子を漂わせる雰囲気。

それ全てが、レインと同じものだった。しかし、こちらを見る眼は違っている。誰かを見定める眼が違っている。

あの眼は、自分の前にいる者が強いかどうか、簡単には死なないかどうかを確かめるような残虐さを隠し持つ眼だった。まるで殺人鬼そのものを思わせる、そんな眼。

すると、向こうにいた剣士は口を開いた。

 

「待ってたぜ、向こうの世界のオレ」

 

「お兄ちゃん!!」

 

ウェンディの声が耳へと届くと、無意識にレインは激情の奥にメラメラと燃え盛らんばかりの怒りを沸き上がらせた。

正直妹として接してきたほど仲が良かった少女に、レインは一度も酷い行いをしないと誓っていた。――しかし、まさか自分と同じ容姿のヤツにそれをされてしまうとは……そう思うと、自分ではないと言うのに苛立ちが浮かんでくる。

 

「……てめぇ、なんのつもりだ?」

 

「ハハッ! 決まってんだろ、ソレとお嬢ちゃんを交換しねぇか……って話だろ。それぐらい分かんだろ、オレなんだしさぁ」

 

「………なるほどな。“九十九斬り”……どう考えても“刀狩り”の方が似合ってるだろ、てめぇは……。――ウェンディを放せ、そうしたら()()()()()()()だけで済ませてやる」

 

「ハッ、笑わせんな。逆に切り落とすぞ、てめぇ。顔も声も同じ……、どうにも気に入らねぇな。なんならここで殺し合って見るか? このお嬢ちゃんの前でてめぇの首を切り落とす所を見せてやってもいいんだぜ?」

 

自信げに言い放ち、余裕を見せ続けるエドラスのレイン。ウェンディの顔が蒼白になるその場に、レインはため息をついてから告げた。

 

「……………図に乗るな、修羅場潜った回数が違うお前じゃ、オレは殺せない。断言してやるよ、例えこの天剣をお前にやろうと勝てない、お前はオレに勝てないってな」

 

そういうと、レインは互いのいる位置の真ん中に天剣を投げ捨てた。自分の親と言っても過言ではない“天竜グランディーネ”の身体の一部たる、その刀剣を。

それを見て、エドラスのレインも流石に驚いたが、すぐに余裕を取り戻し、乱暴にウェンディを立ち上がらせると、背中をドンと押し、レインの方へと返す。

 

レインがウェンディを、エドラスの彼が天剣を手に取る。その刹那、エドラスのレインは容赦なく二人纏めて斬り殺すつもりで急襲してきた。

彼が持ったのはレインが投げ捨てた天剣。魔力のない彼では最大限は使えないだろうが、それでもあの武器をマトモに喰らえば、流石のレインでも致命傷は避けられない。

だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ガキンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レインはその天剣の斬撃を素手で弾き返した。――いや、素手ではない。その手は手刀の印になっており、空気の中を漂っていた風たちがその両手の手のひらへと収束し、武器の鋭さをも越える武器へと変化していた。

弾き返された彼も驚いていたが、再び襲いかかってくる。振られた武器は白銀の魔法武器。それを見た途端、レインは同じタイミングで魔法を放った。

 

「吹き飛べ、暴風の剣(テンペスト)!!!」

 

「天竜の翼撃!!!」

 

強烈な荒れ狂う風が互いに激突し、城内の壁を抉り取っていく。未だ、身体の自由を奪われたままのウェンディがなんとか耐えるも、吹き飛ばされそうになる瞬間。

丁度エドラスのレイン――ソードブレイカーの攻撃を又もや弾き返したアースのレイン――ヴァーミリオンがウェンディの手を掴んで抜き飛ばされるのを阻止する。

 

「――それじゃ、ウェンディ。一旦逃げようか」

 

「え…、それってどうい……」

 

何かを言いかけたウェンディをすぐさま抱き抱えると同時にヴァーミリオンは廊下を疾走。それに気がついたソードブレイカーが激怒するが、それを無視して走り去る。

走っている最中に思い出す“24時間耐久レース”。あのレースでは大きな番狂わせが数度も起こったことは記憶に新しい。

仕事から帰ってきたばかりのレインが緊急参加させられ、ビリだったのをあっという間に真ん中まで追い上げると同時に、前にいたウェンディたちを巻き込みつつ、首位へと躍り出るという始末。結果、ウェンディはシャルルを抱えつつ、巻き起こった風を利用して、2、3位を取ることに成功したのだが、当然レインはトップでゴール。その後次々と元は首位争いをしていたグループを後ろから抜かしていくという現状。

あのあと、ナツやグレイ、ガジルやジェットがどうなったのかが知りたいのだが、彼らは一向に口を開かなくなったという。

そんな懐かしいことを思い出すウェンディだったが、後ろから走るように飛んできた雷撃にギョッとした。

 

「しつこいな、アイツ。少しぐらいタイムということを知らないのか」

 

「え、えーっと……逃げちゃったのが悪いんじゃ……」

 

「否定はしない。――ま、そんなこと言うなって、ウェンディ。とりあえず、これ飲んで」

 

そう言いながら、予め用意しておいたエクスボール一粒をウェンディの口に入れ、飲み込ませる。少し何かが変わったような感覚を感じた彼女を見つつ、素早く手錠を破壊し、自由の身とならせる。

 

「さっき飲ませたのは“エクスボール”って言ってな。ジェラー……ミストガンがくれた物だ。全くアイツ、ジェラールじゃなくてミストガンって名前だったのか……」

 

「そうなんですか? 初めて知りました。あ、あの……ところでそろそろ放してくれません、お兄ちゃん…?」

 

「今は止めた方が良い気がするけどな、ウェンディ。すぐそこにアイツ追っかけて来てるし」

 

「あ……、そうでした。えーっと、ナツさんやルーシィさんは?」

 

「二人とも無事。あとハッピーとシャルルもな。ついでにグレイもエルザも戦闘中。ガジルも城内で乱闘……ってとこみたいだ」

 

「そうなんですか、良かった……。みんな無事だったんだ……」

 

「あ、あとそれとウェンディ。――心配かけて悪かった、無茶は出来るだけしないように心がけるよ」

 

そう優しく言ったヴァーミリオンの表情に、思わずウェンディは口をポッカリと開けたまま、固まってしまったが、すぐにクスリと笑ってから答えた。

 

「はい。心配かけすぎないでくださいね、お兄ちゃん」

 

「あぁ。――それじゃ、ウェンディ。オレはコイツとケリをつけなきゃ行けなさそうだ。そんな訳で、ナツたちと合流していてくれないか? 恐らく城内にいるだろうし」

 

「もう……、早速不安なんですが……」

 

「まぁまぁ、ちゃんと怪我せずに帰ってくるって。早く終わらせて、フィーに今回のこと教えてやりたいしさ」

 

「そうですね。フィーちゃん、どんな顔してくれるのかなぁ~」

 

「ま、それは帰ってからのお楽しみってところだな。――それじゃ、ウェンディ。ケリつけてくる」

 

そう言うと、ウェンディを下ろすと同時にヴァーミリオンは後ろから迫っていたソードブレイカーに強烈な体当たりを強打させ、二人揃って廊下を一直線に突き破っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やりやがったな、てめぇ!」

 

「はいはい、うるさいうるさい。頼むから叫ぶの止めろ、雑音(ノイズ)しか耳に入らないだろ」

 

耳を棲ませるように瞳を伏せたヴァーミリオン。そこへ次々に斬り込んでくるソードブレイカー。時々皮膚を浅く切り裂かれるが、決定打の一撃はどちらも与えられていない。

何故こうもソードブレイカーが怒っていたのかと言えば、先程の突進の際にヴァーミリオンが適当に彼の魔法武器を同時にへし折ったからだった。

当然この世界では有限たる魔力。その魔力から作られる魔法武器は当然貴重品。それをアッサリと壊されては誰だって怒るだろう。

現に彼はそれで怒っていた。しかし、怒っているせいか、動きが単調に近づいていく。その隙は決定的な痛手となる。

当然それを見逃すほど、ヴァーミリオンは甘くない。攻撃をのらりくらりと避けつつ、がら空きになった胴体に右の裏拳を突き入れた。

 

「天竜の逆鱗!!!」

 

「ぐほぁっ!?!?」

 

旋回するように天井を突き破って空へと飛ばされるソードブレイカー。しかし、彼も反撃のチャンスを伺っていた。上へと飛ばされたことで“あれ”を起こせるからだ。

 

崩雷霆の剣(ギガライジング)!!!」

 

全てを崩れ去らせてしまうような雷撃を勢いよく降り下ろし、下にいたヴァーミリオンを爆撃する。砂煙と爆発が同時に巻き起こり、下階層の様子は把握出来ない。

 

「ハッ、この程度なのか?」

 

そう言い放つソードブレイカー。だが、次第に砂煙が晴れていくと共に彼は怪訝そうな顔を見せ、中から姿を現した者の姿を確認した。

 

「全く、不意討ちとか危なすぎるっての。――仕方ない、少しだけ本気で相手してやらないとな」

 

そういうや否や、ヴァーミリオンの身体からとてつもない予想すら出来ない膨大な量の魔力が溢れだした。濃密過ぎる魔力にいしきを持っていかれそうになるソードブレイカー。

異変に気がつき周囲に集まってきた王国兵たちは相次いで倒れていく。それほどまでに危険な魔力量。それを放つ一人の少年。

すると、少年は魔力を己へとまた戻す。しかし、戻した途端、空気の流れが明らかに一変した。張り詰め、今にでも破裂してしまうそうなほどに息苦しい流れへと。

 

「……それじゃ、遊びは終わりにしようか。生憎オレは心配かけ過ぎた分を後々ウェンディに返さないとならないんでな。とっととお前には倒れていてもらうぞ、ソードブレイカー!」

 

そう言うや否や、ヴァーミリオンは大きく息を吸い込むと共に使用した魔力を補充、さらに加えて記憶が破損している時に手に入れたであろう“何らかの力”――瞳の色が突然血のように紅い眼へと変わる状態へと移行した。

 

「《妖精の尻尾》所属、S級魔導士レイン・ヴァーミリオン。これより我が前に立ちはだかる敵を撃滅する……!!!」

 

 

 

 

 

 





さて、次回の投稿はなるべく早めにしたいと思っています。

まあ、遅らせて得することはあんまりないですしね。さて、他の小説も進めていきたい

ところです。活動報告で言っていたことなんですが、結構あとになりそうです。

本当に申し訳ないです。いよいよ期末試験がありまして、結構カウントダウンが(涙)

そんな訳で本当に申し訳ないです。作者は最近腕を痛めました。

変な違和感と痛みに苦しんでます。結構ツラいや、本当に。


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轟く天雷と吹き荒れる天刃 後編

えーっと、SAO楽しみにしていた方すみません。

先にこっちを投稿しますんで、お許しください!!



あれは……何時の頃のことだっただろうか。

 

暑い暑い夏の日か。それとも寒い寒い冬の日だっただろうか。

 

思い出せない。思い出そうとすると頭に激痛が走る。何かで蓋をされているのか、それとも本当に記憶を失ってしまったのだろうか。

しかし、あの小さな少女の願いだけは今も忘れていない。小さな約束だったはずのソレは大きく変化し、自分が果たさなければならない宿命となった気がして……。

 

 

――お願い、聞いてくれる? 銀色の救世主のお兄ちゃん。――

 

 

 

――ん? どうかしたのか? この間助けたお嬢ちゃん。別にオレは救世主なんかじゃねぇよ。ただ助けたいと思ったから助けただけだし。たまたま助けた村にいたんだろ?それはお嬢ちゃんが運が良かったんじゃないか? ところで急にどうした?オレに何してほしいんだ?――

 

 

 

――うん……わたしのパパとママ、悪魔って生き物に殺されちゃったんだ……――

 

 

 

――そうか。ツラいな、それは――

 

 

 

――だからお願い。……もう誰も泣かないで済むように、悪魔を倒す力を作って!――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(っ! なんだ、さっきの記憶。“銀色の救世主”? “悪魔を倒す力”? ……やっぱ、体内の悪魔を喰い殺したせいで、他人の記憶が混ざっちまったか? まあ、いいか。そろそろ片付けねぇとな、結構アイツら派手にやってるみたいだし)」

 

血のように紅くなった瞳を暗闇の中で輝かせ、コートを纏う淡い金色の髪の少年は目の前で自分に猛攻撃を仕掛けてくる敵の姿を確認し、その動きを読んだ上での行動を取り続ける。

目と鼻の先を掠める白銀の剣。それが空を切ると同時にその剣からはとんでもない威力の暴風が放たれ、それか城内の廊下の壁を抉っていく。

 

「さっきからちょこまかと逃げやがってェェェ!!!」

 

「うるさいっての! ――ってかお前しつこすぎるだろうが!!」

 

自分の全く同じ見た目――血のように紅い瞳ではないが――の敵は舌打ちをしつつ、少年へと斬りかかってくる。またもや目と鼻の先を掠め、次は金色の剣から雷撃が放たれた。

まるで嵐の如き動きで被害を広げていくその敵は、この世界ではすでに指名手配された、もう一人の自分。この世界――エドラスでその異名を轟かせる殺人鬼。

 

その名はレイン・ソードブレイカー。恐らく捕まれば、死刑待ったなしの凶悪人だ。

 

それと反するように、その指名手配の敵と戦うのは、あちらの世界――アースランドの魔導士の少年。フィオーレ王国にその名を轟かせる魔導士ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のS級魔導士。

元人間であり、現在は悪魔の身体であるその少年の名は

 

――レイン・ヴァーミリオン。旧名はレイン・アルバーストだが、彼はかつての《妖精の尻尾》創成期時代からのメンバーであり、初代マスターである《妖精軍師》メイビス・ヴァーミリオンの兄である。

 

そんな立場が反し、性格も、口調も、経歴も違う見た目も声音も同じ少年たち。どちらも目指す目標失いし者だが、生きることへの喜びは負けてはいない。

ただ本当に大きく違うと言うのならば……、彼らの中には譲れない決意があると言えよう。

 

片や殺人鬼であるレイン・ソードブレイカー。片や記憶を失いし、最強の魔導士でありレイン・ヴァーミリオン。

その二人にも譲れない願いがある。想いがある。守りたいものがある。

 

「てめえなんぞに負けれるかよォ!! オレはスラムにいる餓鬼共の命を背負ってんだからなァァァ!!!」

 

そう叫び、ソードブレイカーは両手に持つ二刀の剣を闇雲に振るうが、次の瞬間、その振るい方が変化し、軌道が完全に読めなくなる。

 

「ぐぅっ……!?」

 

一応両手に己の天空の滅竜魔法を纏わせているとは言え、所詮は腕に過ぎない。当然魔法にヒビが入り、隙が出来れば、その腕は切断されよう。

だが、ヴァーミリオンの少年も負けるつもりは一切ない。微かに腕から吹き出した鮮血を他人事のように見てから、即座に武器ごと相手を蹴り上げ、距離を取り直す。

 

「ああ、そうかい!! そうだな、確かに故郷にいるヤツらは助けてやりたいのは分かるさ!! だがな……」

 

その瞬間、次はヴァーミリオンの身体が靄のように消え、彼の拳が対峙していた少年の腹へと突き刺さる。

 

「ぐほぁっ……!?」

 

「オレに故郷はもう無い!! ――だが守るべき家族(なかま)はそこにいる!! 誰にも邪魔させねぇ! 力無くして誰も守れねぇが、守るモン無くして力なんて必要ねぇからなぁ!!」

 

彼にも守りたいヤツがいる。謂わば成り行きで仲間となったが、彼にとって《妖精の尻尾》はもはや大切な仲間であり、家族でもある。

まだまだ冒険は大した数はしていない。それでも彼らと一緒に戦い、共に歩んだ。それだけで彼の人としては長すぎるはずの人生に予想だにしなかった軌跡が描かれた。すでに彼がこの世に生を受けてから100年は経つ。

それでもこんなに騒がしく、楽しく、日々が本当は退屈じゃない日は無かった。仕事していても楽しくはない。そう彼は言った。

――だが、確かに強者とは戦えない。だから身体は鈍るだろう。それでも、これほど騒がしくて楽しいところは無かった。

かつて、メイビスが願ったギルドの形はここにある。夢に描いた願いと希望、優しさ、家族の形はここにある。

だからこそ……

 

「オレは負けられねぇ!! 全員でアースランドに帰って見せる!!」

 

抉り込むような彼の拳はさらに強く、敵である少年の腹へと捩じ込まれ、バネがその形を戻そうとするように腹へと拳を突き入れられた少年は吹き飛んだ。

 

「がはっ……!?」

 

何枚も一緒に廊下の壁を突き破っていき、漸くその勢いを殺すと、少年はフラフラとした足取りでこちらへと向かって戻ってきた。

血が彼の口から垂れる。全身はすでに青アザや傷で覆われている。

 

しかし、彼の目は死んでいない。まだ戦える、そう言わんばかりに強く輝いている。全く同じとは言えずとも、彼もレインであることには代わり無い。

守りたいと願ったのは同じだ。人である以上は本気で笑えるだろう。今、血のように紅い眼をしている()()()()()()()()()()と違って。

 

「(……………お前は笑えるんだな。人間であるから、本気でちゃんと笑えるんだな。少しずつ感情が失われていく、オレと違って)」

 

心の中で呟いたヴァーミリオン。そんな彼の目は寂しそうで、何処か悔しそうでもあった。そんな彼に満身創痍だったはずのもう一人の彼は勢いよく、右手に握る白銀の剣を降り下ろした。

 

「《災厄の暴風(ディザスター)》!!!」

 

漆黒の暴風はたちまちヴァーミリオンを包み込み、その猛烈なる暴風の鎌鼬で切り裂いていく。着ていた服に切り傷が入り、コートの一部は破られ、淡い金色の髪の一部は切り落とされた。彼の身体にも切り傷が次々と入っていく。鮮血が漆黒の暴風に煽られ、何処かへと舞い上がっていく。

 

「チィッ……!! “天竜の波颪(ナミオロシ)”!!!」

 

負けじとヴァーミリオンも左手を凪ぎ払うことで生成した純白の暴風を彼へと放ち、同じ呑み込ませた。互いに同じような魔法で傷つく少年たち。

その暴風が互いに過ぎ去る頃には、お互い身体から鮮血を流し、ほぼ同じタイミングで血を吐いた。

 

「ゲホッ、ゲホッ……(時々舌噛んで自意識保たねぇと、前回みたいな失態措かしちまうな、面倒くさすぎるだろ)」

 

「ガハッ、ガハッ……(思ったよりあの野郎、やりやがる。武器の残存魔力量が先に底尽きるな、こりゃあよォ。洒落になってねぇぜ、向こうの魔導士ってヤツらは!)」

 

互いに弱点を持つ二人。しかし、どちらも倒れる気配は一切無かった。ただ守りたいから立つ、負けたくないから立つ。そう言わんばかりだ。

笑えない、そう言われても仕方の無い破壊の数々。所々に穿たれた大穴は二人がぶつかり合った証拠。所々に風穴を開けられた城内は彼らが互いに吹き飛ばしあった証拠。

それら全てが彼らの勇ましくも激しく、常人には立ち寄らせない戦いであることを証明する。

それこそがお互い、異名を轟かせ合う者同士の殺し合いと言うものなのだろうか。

 

「そろそろ決めないとな、仲間の為にも……」

 

「こっちのセリフだ、この野郎。オレがてめえの首をここで叩き斬って、絶望をもたらしてやるよ。ついでに王国軍も全員殲滅してやらァ…!!」

 

「ハハッ、上等……!!」

 

お互い、もう一度距離を取り直し、気を込めるように静かに息を吐く。つかの間の沈黙が二人を覆い、ほんの僅か王城は静けさを取り戻した。

だが、次の瞬間から再び両者は接近し、斬りかかった。ヴァーミリオンは風を纏った手刀――いや、天空から作り出した刃、天刃と言うべきか――で斬りかかり、ソードブレイカーは残った魔力全てを注ぎ込んで魔法武器を容赦なく振るった。

ぶつかる度に空気が震え、衝撃で回りの壁やら柱が吹き飛ぶ。落ちてくる天井も衝撃波で粉砕され、二人を邪魔するものは次第に減っていく。

 

 

 

――カキンッ、ガンッ、ギギィッ

 

 

 

刃同士が触れあい、火花が散る。もちろん、ヴァーミリオンは素手である。しかし、魔法のお陰が怪我は案の定負わない。しかし、それも長続きはしないだろう。

そんな中、大きく距離を取ったソードブレイカーは両手の剣を同時に降り下ろし、ありったけの残り魔力を一撃に集束させ、放った。

 

「喰らいやがれ、《災厄の天雷撃(ディザスターライジング)》!!!」

 

漆黒の暴風と空より招来せし雷撃の合体魔法。不完全であれど、あれは……

 

「ここで《合体魔法(ユニゾンレイド)》かよ……」

 

本来ならば、二人一組で放つ大技。元よりソレの習得は仲が良いや、息がピッタリでは完成しない。最悪生涯を懸けても完成しないケースも存在するのだが、彼は残存魔力を上手いこと組み合わせたのか、恐らく外れれば大爆発を起こしても仕方ないレベルのものを放って見せた。

それが意味するのは、当然彼が真の意味で強者であることだった。恐らくアースランド生まれならば、魔法を巧みに扱う剣士に成れただろう。

 

――いや、ここだったからこそ彼はここまで強くなれたのだろう。

 

それならば、ヴァーミリオン――レインもまた、本気でやらなければならない。今使える魔法で、あれを吹き飛ばすのは至難の技。

ニルヴァーナを掻き消したアレならば、勝てるだろうが魔力の減少が洒落にはならないレベルであることは承知している。

 

「(クソッ、どうすればいいんだ……。なんとか回避するか!? ――いや、大爆発に巻き込まれ兼ねない。なら、前で爆発を……いや、無理か……。どうすれば……)」

 

焦るレイン。すぐそばに近づいてくる巨大な漆黒の天雷。少しずつ近づいてくるソレの圧倒的な威力の余波がレインに迫り来る。

次々と廊下の床や壁、柱や中庭を抉っていく。予想通りならば、あと数十秒で直撃するだろう距離に来た――その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聖譜を使え……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

自分の意識に流れ込んできた謎の声。何処か聞き覚えがある気がするというのに、思い出せない声。懐かしくもあると言うのに、何故か寂しさを感じさせるその声。

それがレインの中で響く。その声に誘導されるように、彼は無意識に右手は人差し指と中指と親指を立て、左手は人差し指と小指を立てた謎の印を結んでいた。

それをゆっくりと円を空中に描くように回し、最後に手首同時を合わせ、静かにレインは呟いた。全身からはとてつもない魔力が漏れだし、その言霊は瞬時に世界を白へと染めた。

 

 

 

 

 

 

聖譜(テスタメント)第三章第十二節により超審判魔法………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……負けちまったか。魔法武器も折れ、挙げ句の果てには身体がしばらく動かせねぇ。あの変な武器も回収されちまったしな」

 

ソードブレイカーは抉れた廊下の上――実際はすでに土の上なのだが――で仰向けに倒れていた。見た目的にはさっきの魔法による外傷は全くない。

しかし、身体が()()()()のだ。その影響か、気がつけば周囲に王国軍の兵士たちが依って(たか)っていた。それを見た途端、彼は察した。

 

「(そろそろ潮時みてェだな。齢15歳で死ぬ……ってのもどういうモンだよ、マジで。次はもっとマシな何かに生まれ変われるかってとこか)」

 

そう心中で愚痴りながら、ソードブレイカーは身体を起こされ、王国軍の兵士たちに連れ出される。ため息をつきつつ、彼は自分の目の前から去っていった“もう一人のレイン”を思い出す。

 

「(“恐らくこの世界の魔力が消えるのも時間の問題だろうな。さっきのはたまたま勝てたようなモンだ、お前の勝ちでいいさ。まあ……お前は多分処刑されるかもしれねぇ。

それでもお前が殺されず、生きていたんなら……その時は今度は人を守る道を選んでみたらどうだ? 意外と楽しくて仕方なくなるぜ?”……か。――まあ、その時が来ればな)」

 

そして静かにレイン・ソードブレイカーは目を閉じ、連れていかれるままとなった。

 

 

 

 

 

 





はい、伏線を張りたくなったので張ります(笑)

まあ、それはさておき。SAOはちゃんと投稿します。ご安心を。

それと最近駄文になりかけている気がしてきました。また今度リハビリに移りたいです。

――受験勉強しながらですけどwwあとテスト勉強(血涙)

テスト終われば投稿ペース戻せるだけ戻そうと思います。それでは次回~!


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合体魔法


さて、次でエドラスは終わりたいところです。

え?勉強はどうしたんですかって?ハッハッハッハ……(涙)




『聖譜を使え』

 

 

 

 

その声に身を委ねてしまったかのようにレインはその魔法を放った。とてつもない白銀の閃光が辺りを埋め尽くし、気がつけば、目の前にいた彼は地面に倒れ、動けなくなっていた。

それを見て、何故かレインは懐かしさを感じ、見覚えのないはずの光景を重ねた。目の前で倒れ、謝罪を請い続ける犯罪者のような人殺しの男。

背後にはその男によって家族を殺された者たちの悲痛な叫び、そいつわ殺してほしいという懇願の叫び、あとは野次馬共の不謹慎な叫び声。

レイン・ヴァーミリオンにはそんな記憶はない。記憶損失のうちの一つなのかもしれないが、全く思い出す気配はない。

やはりあの悪魔が持っていた記憶の欠片なのだろうか。それとも魔導に接触することで得られた誰かの記憶なのだろうか。

分からない。レインにはそれが何なのか、それが何だったのかが分からない。

 

ただ、理解出来たのが……そのあとその男を殺さなかったと言うことだけだった。逆に縛り上げ、“正当で正しき罰を与えよ”と呟いた“白銀の救世主”のことだけだ。

それほどまでに伝説の“白魔導士”の男は全ての人間を平等と見なし、正しき審判を下すだけだった。かつて世界を無差別に裁いた最強最悪のゼレフ書の悪魔“ERA”とは違って。

 

彼はその際に人々に守るための力を授けた。誰かを傷つけるためではなく、守るために。だから人々はある大いなる恩恵を受けた。

今の世でも必要不可欠と言えるだろう、魔の法律――“魔法”を。

それにより、人々の暮らしは急速に発展した。たった数年でかの大きな街マグノリアに劣らないほどの街が次々と誕生した。

 

気がつけば、その“白魔導士”は伝説となっていた。あらゆる“魔法の祖”であり、世界から拒まれ続けた“黒魔導士”ゼレフとは違うことで。

未来は彼が描き、導き、広げてくれたと口々に云うものもいた。それも彼がいなかったら無かったことだからであろう。

 

 

 

 

 

――しかし、突如彼は歴史の中から姿を消した。いや、彼が神隠しにあったかのように。

 

 

 

 

 

 

それは新たな時代の夜明けだったのかもしれない。光の魔導士たちが人々を救い続ける世界が生まれる前の前兆だったのかもしれない。

彼は……それを知っていたのだろうか。それは誰も知るよしもないことだったが。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

「……はぁ。面倒な記憶が出てきたなぁ、ホント。オレ自身の記憶が戻るなら良いんだけどなぁ……これは酷い、ホント。まあ、気になっていたことが少し分かっただけ得なんだろうけど」

 

そう言いながら、レインは誰もいなくなった王城内を駆け回った。気がつけば、城内を全部見終わったとも言えるほど周回していたのかもしれない。

 

――まあ、イチイチ確認していなかった彼の責任でもあるのだが。

 

そんな中、レインはある爆発音を耳にする。それもかなり大きい。その爆撃のような大爆発、それは何処かの浮き島から出ているように見えた。

 

「……ナツ、ガジル、ウェンディ。こういう時は大体この三人か…。ちょっと急いでみないとな」

 

そう呟くと、レインは両足に魔力を集束させ、一気に放つ。強烈な風が彼の足から吹き出し、まるでブースターのような役割を持たせると、そのまま彼は王城を飛び出す。

空にはすでに何もない。先程まで聞こえていた喧騒が聞こえない。飛び立てば、小さく見える地面にたくさんの人と魔法の光が点滅するように輝いている。

本当の意味での最終決戦。それがこの世界――エドラスで行われている。それはこの騒動の終わりを告げようとしているのと同時に、新たな時代の夜明けを意味していそうな気がした。

 

――だが、レインは無意識に呟いていた。

 

「下らない。何が“永遠の魔力”だ。アースランドには“永遠の魔力”はない、ただ人が魔力を持ち、それを回復する術を持っているだけだ。ただそれだけだ。

それをあの王は勘違いしているのか……? 魔導士にも魔法を放てる限度がある。一度魔力が切れれば、魔導士もただの人だ。それを理解していないのか?」

 

そう呟き、レインは空を見上げ、空気の流れを感じ始めた。次々に自分の回りへ風たちが集束する。集まり、交わり、流れを作る。

先程の戦いで失われた魔力が少しずつだが、回復する。しかし、それもエドラスであるためか、微量でしかない。

この世界とあの世界の違いなのだろう。だが、それがどうしたというのだ。そう彼は思う。魔力が無いから戦いになる、それならまだ規模は小さいだろう。

しかし、アースランドでは違う。強力な魔力があるから争いが存在してしまうのだ。結局、人間も悪魔も何もかも……争わずには要られない存在なのだ。

狭間にいるレインはそれを悟った。同じように“白魔導士”の男もそう感じたのかもしれない。だからこそ……

 

「失わなくていいように戦わなければならないんだ。戦ってしまうのなら、失うものが少なくていいように……」

 

そしてレインは飛翔する。今、戦っている滅竜魔導士の家族(なかま)のもとに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハッハッハー!! この“ドロマ・アニム”が有る限り、王の力は絶対なのだ!!」

 

エドラス国王ファウストは黒銀の装甲を持つ竜を思わせる機械に乗り、そう宣言した。彼のも乗るソレの回りに浮き島を浮かせていた魔力や他の何かからの魔力が集束され、さらにその力を増している。時間が経つほどに黒銀の機械――“ドロマ・アニム”の破壊は困難になっていく。

 

しかし、ナツたちは立ち上がれなかった。全身に傷を作り、ボロボロの身で地面に倒れている。最初の猛攻が嘘のように、今の彼らは弱々しい。

魔力が尽きそうになっているのと同じく、身体にもダメージが大きいせいだろう。さらに追撃とばかりに“ドロマ・アニム”は手に持った槍を振りかざし、魔力の爆発を彼らに浴びせる。

 

「があああああ!?!?」

 

「きゃああああ!?!?」

 

「ぐおおおおお!?!?」

 

吹き飛ばされ、勢いよく地面に叩きつけられる。苦しむ彼ら、それを見てファウストは高笑いを溢し、さらに魔力を集め始める。

 

「いい加減敗けを認めよ!! そうすれば、お前たちの待遇を少し考えてやらなくはないぞ?」

 

「ぐぅ……!?」

 

立ち上がろうとするナツ。それを見て、ファウストは高笑いをやめ、また叫んだ。

 

「まだ立ち上がるか!! ならば、屈するまで痛め付けるのみ!!」

 

再びナツに魔力の爆発が襲いかかる。

 

「ぐあああああああ!?!?」

 

「ナツさん!!」

 

「《火竜(サラマンダー)》!!」

 

ウェンディとガジルの声。しかし、爆発音がその声がナツへと届くのを拒むように掻き消す。彼女の悲痛な叫びが木霊するも、ファウストは残酷にも高笑いを上げつつ、攻撃をし続ける。

 

「地に墜ちよ、ドラゴン!! フハハハハハ!!!」

 

だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ズバン!! ピシッ!! ドガッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その音がここにいる者たちに届くと同時に“ドロマ・アニム”の左腕が地面へと落ち、爆散した。強烈な爆発に流石の“ドロマ・アニム”も態勢を崩す。

 

「なにぃ!? “ドロマ・アニム”の左腕が壊されただと!?」

 

高笑いを続けていたはずのファウストの驚愕の声が響き、爆発した左腕が落ちた辺りから煙の中に人影が現れる。

少しずつ煙が晴れ、漸く全てが晴れると、そこにいた人物が誰なのかが明らかとなった。その姿、淡い金髪の髪を持ち、白銀のコートを羽織った少年はニヤリと笑って三人を見た。

その笑顔、その姿、やりかねないような行動。それが意味する誰か、それはナツたちがよく知っていた人物だった。

 

「レイン!!」

 

「お兄ちゃん!!」

 

「てめえだったのか!!」

 

三人のほぼ同時の声。それを聞いてその少年は笑い声と同時に答えた。

 

「おう。いやー、なんていうか、壮観だな、こいつは。三人とも結構ボロボロなことはあとで聞くことにするか。――んで、試しに左腕を吹き飛ばして見たんだが……、滅竜魔法に弱くね、こいつの装甲」

 

あまりにも能天気な声がその場に広がり、レインは三人の前に立つ。漸く態勢を取り戻したらしいファウスト兼“ドロマ・アニム”はその少年を見て、言った。

 

「貴様、何者だ!! この私に逆らうのか!!」

 

「黙れよ、耄碌(もうろく)国王。お前、歳取りすぎて頭の働き鈍ってんじゃねぇのか? 何が“永遠の魔力”だ。何が“守るべき存在の大きさ”だ。笑わせんな、ヘドが出るぞ」

 

「な、なんだとぉ!!」

 

「だからさぁ……――()()()?」

 

その威圧感のある声に“ドロマ・アニム”を操る国王は無意識に後退りした。突然自分が見ていた少年の輪郭がボヤけ、気がつけば“竜”そのもののような姿に変わっていた。

人間が古代から持つ“原始的恐怖”。それが国王ファウストに襲いかかる。気がつけば、手が震え、高笑いが出来ない。

そんな様子を確認したらしき、レインは三人を立ち上がらせ、魔法を放った。

 

「《天体魔法》“星々の恩恵(ビネフィット)”」

 

突然三人の足元に魔法陣が出現し、彼らを呑み込む。あまりの眩しさに彼らは目を瞑ったが、次の瞬間、再び視界が元に戻る。

 

「今のはなんだったんだ……?」

 

ガジルの疑問が浮かび上がり、ナツも訳が分からなさそうに首を傾げた。しかし、ウェンディだけは異変に気がついた。

 

「身体の傷が……無くなってる!?」

 

「な……!?」

 

漸く気がついたナツとガジル。それを見て、レインはため息をついたあとに答えた。

 

「ちょっとした応急措置だ、無茶は出来ねぇぞ。さて、と。ちょっと肩に手をおくぞ、ウェンディ」

 

そう言って彼女の肩に手を置き、レインは目を瞑った。突然のことに驚き、何故か顔を赤くするウェンディ。しかし、急に力が沸いてくることに気がついた。

 

「フーッ、ま、こんなとこか」

 

「あ、あの? さっきのは?」

 

「ちょっとオレの魔力を譲渡した。あ、それと試したいことがあってな。――ま、そのためにナツ、ガジル。あれの動き、しばらく止められるか?」

 

レインの挑発的な言い方。それに反応した彼ら。嫌がるんじゃないかと思っていたのだが、思いの外、彼らは単純だった。

 

「オモシレェ、やってやるぜ、レイン」

 

「別にオレだけでもいいんだけどなあー。コイツいらねぇし」

 

「んだと、サラマンダー!!」

 

「んだよ、ガジル!!」

 

喧嘩を始める二人。そこへ待ちくたびれたのかファウストが奇襲を仕掛けてきた。

 

「一人増えようが、この“ドロマ・アニム”は絶対!! ひれ伏せえええええ!!!」

 

「チッ、あとで決着つけてやらぁ、ガジル!!」

 

「こっちのセリフだ、サラマンダー!!」

 

ナツとガジルはほぼ同じタイミングで走り出す。先ほどのやられっぷりとは違い、魔力の爆発の全てを避けて見える。まるで最初の猛攻が甦るかのようだった。

そんな中、レインはウェンディの横に立つと、口を開いた。

 

「ウェンディ。あの装甲、見えるか?」

 

「あ、はい。えーっとあそこの分厚い装甲ですよね?」

 

「ああ、恐らくあそこには搭乗者がいる。――ってことはあそこ以外は脆い訳だ。そこに全力をぶつけるぞ」

 

「はい! ――でも、わたしの咆哮じゃ……」

 

「ま、それは帰ってから他の技を覚える次いでにやればいいさ。――そんな訳で、面白い提案がここにあるんだが……乗ってみるか?」

 

「……、はい! みんなで帰るためです。やって見せます!」

 

ウェンディの真剣な表情を見て、レインはクスリと笑ってから答えた。

 

「了解、それじゃ、オレが一気に走り出すから、背後から全力の咆哮を放てるか?」

 

「え……でも、それじゃあ、お兄ちゃんが……」

 

心配そうな顔をし、躊躇うような雰囲気を出す。そんな彼女にレインは思わず、大笑いをしてしまった。

 

「ハハハハッ!! いやー、ウェンディ、心配しすぎだって。別にオレ、さっきの戦いも潜り抜けてきたんだぜ? 今頃くたばる要素が見当たらないんだけどなぁ~?」

 

「……分かりました。――でも、怪我しないでください」

 

「OK。それじゃ、撃てって言ったら咆哮頼む」

 

打ち合わせを済ませ、レインたちはナツたちの方を確認し、指示を出した。

 

「ナツ! ガジル! ソイツの動きを封じられるか?」

 

「おうよ!!」

 

「言われるまでもねぇ!!」

 

レインの指示に応じ、ナツたちはお互いの技――火竜の鉄拳と鉄竜棍――で“ドロマ・アニム”の強靭な足に穴を穿ち、さらに足の関節部分に猛攻撃を仕掛ける。

 

「ぬおおおおっ!?!?」

 

ファウストの声が黒銀のソレから放たれ、それを見越したレインが走り出した。後ろにいるのは彼の妹分の少女――ウェンディ。

彼女に心配はいらないと悟っていたレインは躊躇いなく、叫んだ。

 

「ウェンディ、今だ、“撃て”!!」

 

「はい! 天竜の……」

 

勢いよく空気を吸い込み、魔法へと変換し、全身全霊を懸けた一撃として放った。

 

「咆哮ー!!!」

 

背後から迫り来る咆哮。それを気配で察し、レインは地面を蹴り、それに身を委ねた。猛烈な風に吹き飛ばされるかと思えば、逆にそれを利用し、更なる加速を実現させ、レインはなにもないはずの腰に両手を抜き手のように構えた。

 

「それじゃ、行こうか!!」

 

その掛け声がかけられた途端、レインの両手には風が集束し、二刀の風の剣が姿を現す。それを手に取り、抜刀の構えを空中で取ると共に、自身の魔法でさらに加速をかけ、“ドロマ・アニム”へと肉薄する。

すれ違う瞬間に抜刀し、勢いよく黒銀の右腕、頭部、両足を七回斬り裂き、中心部だけを蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた中心部からはファウストが勢いよく投げ出され、レインは空中を駆けた後、ゆっくりと自身の速度を落とすべく、地面に足をつけ、ブレーキをかけ、止まった。

 

振り返り、Vサインを仲間たちに見せると正面にあったはずの“ドロマ・アニム”が光を放って大爆発し、向こうに見えたナツたちに笑って見せる。

 

「上手いこと行ったな。ま、ちょっと初級クラスだけど“合体魔法(ユニゾンレイド)”の完成ってとこか。名付けて……“天刃七裁き”ってモンか。

まあ、ウェンディがもっと本格的に攻撃魔法覚えたら、さらに良くなりそうだな~と」

 

 

 

 

 

 

エドラス王国史上、禁式と定められし兵器“ドロマ・アニム”。ここに消滅する。

 

 

 

 

 





ついにアニメの方も最終局面ですねー。メイビス出てきましたよ、メイビス(^^ゞ

いやー、漫画の展開にも期待です!! あ、こっちの展開にも期待してくれたら嬉しいです。

そんな訳でリハビリがてらの話でしたが、どうでしたか?

感想あれば、送ってくれると助かります。それでは次回~♪


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エドラスからの帰還

エドラス編最終回です。

次回から天狼島編ですよー。

まあ、投稿遅れてしまったら申し訳ありません。



エドラスから帰還して数日が経った。

あの戦いのことは忘れるには口惜しい気がする。向こうの世界を精一杯生き抜こうと必死だったもう一人の自分たち。

無限とも言える魔力を持つこの世界と反した、向こうの有限の魔力を持つあの世界。それはこの世界にいる魔力を持つ人々に考えを一新させる働きを持ったのかもしれない。

 

――まあ、向こうで戦っていた《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のメンバーのほんの一部に過ぎないが。

 

それに加え、向こうで巨大ラクリマにされていたメンバーは向こうで何があったかなどは知らない様子であり、どうやら時間の流れが飛んでいるようだった。

 

他にも様々なことがあった。

 

死んでしまったと思われていたリサーナの生存。

ギルドの誇るS級魔導士ミストガンことジェラールの突然のギルド脱退。

ガジルにパーティーエクシード、元王国軍第一魔戦部隊隊長パンサー・リリーがついたこと。

ルーシィが自分で戦えるように、エリダヌス座の星の大河を手にいれたこと。

そして……

 

レインとウェンディが未だ不完全でありながらも合体魔法(ユニゾンレイド)を使って見せたことだった。

 

この話を聞いた現在のマスター、マカロフ・ドレアーは少々唸っていたが、結局のところ実力も上がったなどの理由でよく考えないことにしたらしい。

 

――いやいや、もっと事の重大さとか考えてくれよ。

 

と思うレインだったが、それより先に焦ることがあり、天狼島へと急行していった。

 

理由は事前に預けていたフィーリ・ムーンを引き取るためだという。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

レイン自宅にて

 

 

 

「まあまあ、怒るなって、フィー。いや、その……、わざとじゃなくてだな…」

 

「……むぅ……、パパとお姉ちゃん……お出かけ……羨ましい……」

 

「いや、お出かけじゃないんだが……(汗)」

 

「…別の世界……行ってたんでしょ…? …お出かけ……じゃない……の?」

 

「え、えーっとなぁ……」

 

あれから数日間。レインは朝起きてご飯を作り、二人で食べる時には毎度のように訊ねられる。それもそのはずだ。

フィーリはいくら“天狼島”にいたとはいえ、気配などの察知能力は人を遥かに上回っている。向こうの方で何か異変でもあれば、それに気がつかない訳がない。

それに“天狼島”には結界が張られている。それもあってか、特殊な時間のズレは無効化されているために、他のギルドのメンバーとな違い、時間の流れに異変はない。

そうなれば、レインが迎えに来なかった時間の間、ずっと待っていたことになる。だからこそ、気になっているのだろう。向こうで何があったかを。

 

「……はぁ……。そんなに知りたいのか?」

 

「がう」

 

「分かった……。とりあえず、ご飯食べたら話すから、先にな」

 

「(コクン)」

 

頷くと、フィーリはいそいそと食べ始める。しかし、途中で喉に詰まらせかけたのか、見悶えたのでレインも焦り、なんとか飲み込ませ、難を逃れた。

 

「急ぎすぎてもダメだぞ、フィー」

 

「……分かった。…ゆっくり…食べる…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という訳だ。何か気になったことはあるか?」

 

食事を終え、レインはさっき挙がってきた話をフィーリに話した。最初は色々と首を傾げていたが、徐々に理解し、最後には何故か眼を輝かせていた。

昔話か、英雄譚のように聞いていたのかもしれないが、大した話ではない。そんな風に言ったのだが、結局彼女の考えは変わらなかった。

 

それはさておき。

 

そろそろレインもギルドに行かなければならない時間だった。そう思い、いつも通りの服装に着替え、準備を終えたのだが、予想以上に早くフィーリが待っていた。

ちゃんと服を着替え、問題のない格好。恐らくはウェンディがちゃんと教えてくれていたからだろう。ふとそんなことを考えつつ、二人はギルドへと向かう。

 

 

 

 

 

「…パパ」

 

「ん?」

 

突然フィーリが呼び掛けてきた。いつもなら呼び掛けてくるのはギルドの前ぐらいに来た時だけだった。

だが、今日は違った。マグノリアの街の商店街――レインの家からギルドまでの通い道――、その道中だった。

 

「…私にも……もっと魔法、教えて……」

 

「へ…?」

 

「…もっと強くなりたい……、私、パパやママ…お姉ちゃんの…背中…、守りたい……。お留守番ばっかり…したくない…」

 

力強い眼だった。それも何かを失いたくないと願う、力強いのに何故か寂しい眼だった。過去に何かあったのかと思えたが、エドラスに向かう前に彼女に訊ねた時には何も覚えていないと言っていた。

思い出したのだろうかと思ったが、それよりも彼女は“天狼島”で待っていたことがツラかったのだろう。

 

「(コイツも、やっぱり守りたいって思ってたんだな)……そうだな。今度、ウェンディと一緒に魔法覚えてみるか?」

 

「…! がう!」

 

「偉い、偉い。それじゃ、そろそろギルドに本格的に向かうか」

 

「(コクン)」

 

 

 

 

 

 

 

 ――◇――◆――

 

 

 

 

 

「おー、やってる、やってる」

 

「…美味しそうな…匂い…いっぱいする…。…うたげ…かな?」

 

今日は丁度エドラスから帰還したナツたちと生きていたリサーナのお帰りパーティーがギルドで行われていた。

少々遅れぎみだが、レインたちも漸く合流となる。早速ギルドに入れば、すでに喧嘩は勃発しており、モノがよく宙を飛び交っている。

ナツに関してはただ殴るというよりは“火竜の鉄拳”を惜しみ無く使っている気がする。まあ、どいつもこいつも固さでは負けず劣らずなため、怪我してもすぐに完治するだろう。

そんな中、危険区域から離れたテーブルに座る一人の少女と一匹の白猫を見かけた。ひょい、ひょいと散らかっているモノたちを避け、そこまで辿り着くと話しかけた。

 

「ごめんごめん、遅れた。フィーにエドラスのこと聞かれてな」

 

「あ、レインさん。フィーちゃんもおはよう」

 

「がう」

 

「あら、アンタはあっちに混ざらないの?」

 

白猫――シャルルは向こうで暴れているナツたちを指差し、訊ねた。

 

「いやいや、朝から暴れるほど子供じゃないさ。別にオレはあいつらみたいに常時、(たぎ)ってる訳じゃないしな」

 

「あはは……。ナツさん、結構怪我してたのに平気なんですね」

 

「大丈夫じゃないか? 前にラクサスにズタボロにされたのに結構すぐに完治したし」

 

「どうしてこうも滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)って元気なのかしらね――この子は除くけど」

 

「うぅ……」

 

「ま、女の子なんだし、お淑やかでいいんじゃないか? エドラスのルーシィみたいに喧嘩早いというか、男勝りなのは結構……見てる側としてもツラいし」

 

「それもそうね。この子が強気になるって結構思い付かないし」

 

「しゃ、シャルル~!!」

 

「冗談よ」

 

「お姉ちゃん……男勝り……可愛い…」

 

「ふぃ、フィーちゃん!?」

 

何を考えたか知らないが、嬉しそうに微笑むフィーリを見て、顔を赤くするウェンディ。ふとレインも思い浮かべてみたが、中々に面白かった。

 

――それを見ていたらしいウェンディに何回かポコポコと叩かれたのだが。

 

「そういえば、エドラスのレインさんはどうなったんですか?」

 

ウェンディはふと気になっていたことを思い出し、訊ねてきた。確かにそうだ。向こうの自分は一応犯罪者である。それも死刑は免れないような状態だ。

あのあと、捕まったとエドラスから戻る際に聞いているが、どうなったのだろう。しかし、レインは逆に笑って答えた。

 

「ま、アイツのことだ。どうせ死刑よりもツラい何かをさせられてるんじゃないか? そうだな、例えば――剣術指導役の任を受けていたりとか、街の復興に大きく活躍するように仕事を言い渡されていたりとかな。ジェラールのことだ、どうせ生き恥を晒す罰を与えるだろうしな」

 

「へぇ~、アンタ何か頼んで見たの?」

 

「――いや、なにもしてない。ちょこっとジェラールに伝えただけだ。アイツが守っていた存在のことをな」

 

嬉しそうに語るレインの姿を見て、自然にウェンディも微笑んだ。何故か優しい顔をしている兄の姿に自然と誘われたのだろう。

それを見ていたらしいフィーリは頬をプクーと膨らませ、ウェンディに飛び付いた。

 

「び、びっくりした……。どうかしたの? フィーリちゃん」

 

「パパとお姉ちゃん……ズルい。お出かけ…ズルい」

 

「お、お出かけ?」

 

「あー、朝からな、フィーがエドラスでのことを“お出かけ”って言ってるんだよ。あれがお出かけなら結構スリル有りすぎる気がするんだけどなぁ」

 

「あはは……。フィーちゃん、今度一緒に何処かにお出かけする?」

 

「ふぇ? ……いい…の?」

 

「うん、いいよ。レインさんも一緒に行きませんか?」

 

「ん? ああ。最近依頼受けてないし、丁度しばらくは空いてるから、混ぜて貰おうかな」

 

「パパも一緒……やった…♪」

 

未だに言葉は途切れ途切れだが、嬉しそうに耳と尻尾をブンブンと動かすフィーリの姿に思わず二人と一匹は微笑んだ。

 

そんな中、フィーリを目掛けて何か大きなものが飛んできた。それもテーブルだ。かなり大きめの大体10人使用の大きめのテーブルだった。

流石のレインもそれには反応しきれず、どうしようもなかった。

 

「フィーちゃん、危ない!!」

 

咄嗟にウェンディがフィーリを庇おうと彼女の前に出ようとしたところで、何か雰囲気が一変した。人狼の少女の淡い青色の髪が逆立ち、瞳は紅く輝き、口許から小さな火がボッと溢れた。その姿はまるでドラゴンのように……、彼女は炎を吐いた。

 

「炎狼の……獄炎(フレイム)!!」

 

一瞬にして塵と火すテーブル。灰塵に帰したソレを見て、周囲にいたメンバーは呆然とした。以前ナツを不意討ちとは言え、倒して見せたフィーリ。その彼女が新しい魔法をここで行使して見せたのである。

 

――それもかなりの勢いを持った、一瞬で焼き尽くすほどの業火を放ったことで。

 

「フィーちゃん……?」

 

「……けぷっ」

 

口からモクモクと立ち上る煙。どうやらあまり得意ではなかったためか、魔法を最後まで出しきれていなかったようだった。

だが、威力はとてつもなかった。ナツでも粉砕するか、少し焼け残りを作るようなものを一瞬で焼き尽くしてたのだから。

 

「……フィー、それいつ覚えた?」

 

流石のレインも唖然として、ソレを訊ねた。すると、フィーリは普通に答えた。

 

「ママとお留守番してた時……、教えてもらって……覚えた…。まだ上手く行かない…けど」

 

漸く煙が消えたことでスッキリしたのか、フィーリは欠伸をした。よく彼女はスッキリしたときに欠伸をする癖があるのをレインたちは知っている。

すると、ウェンディがフィーリの頭に手を置いて撫でながら笑顔を見せた。

 

「良かったぁ、フィーちゃんが無事で。ところで、ママって誰なのかな…?」

 

気になっていたことが口に出るウェンディ。漸く我に返ったらしいレインの頭の中で警告音が鳴り響き、咄嗟に口止めしようとしたが、遅かった。

 

「メイビス……」

 

「めいびす?」

 

幸いなことにその言葉を聞いていたのはレインとウェンディ、シャルルだけであり、他の者たちは周りを喧騒に遮られていた。

 

「はぁ……、フィー、頼むからすぐに答えてしまうのを止めてくれ…」

 

「あ、あの…、メイビスって誰のことなんですか?」

 

「あ、ああ……えっとな。それについては今度話すから」

 

「ふぅ~ん、結構ここでは言いづらい話なの? まさかガールフレンドとかじゃないでしょうね?」

 

「しゃ、シャルル!?」

 

突然ビックリ発言を言い出す白猫にレインはため息をついた後、悩みに悩んでから答えた。それも結構言いづらそうな雰囲気で。

 

「誰にも言わないでくれ……。――本当の妹だよ。オレの本当の妹。漸く思い出したんだ」

 

「え……? レインさんの本当の妹さん?」

 

困惑するウェンディ。そんな彼女を見てから、レインは俯いた後、彼女の手を取り、外へと向かった。――シャルルとフィーリを置いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうかしたんですか?」

 

突然のことで驚くウェンディを連れ、レインはギルドの裏にある湖までやって来ると、動きを止めて彼女の方を振り向いた。

 

「……………」

 

いつになく暗い顔をするレイン。そんな顔つきを見て心配そうにする。何度も言おうと口を開いては止め、それを繰り返したが、彼は漸く告げた。

 

「メイビス・ヴァーミリオン。……《妖精の尻尾》初代マスター、それがオレの妹だ。――そして、オレもその時の創成期メンバー。言いづらいことだけどさ……オレ、大体120歳付近なんだ」

 

最初はウェンディもなんのことだが、わかってはいなかった。しかし、徐々にソレを理解していき、恐る恐る口を開いて掠れた声で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レインさんが……――お、お兄ちゃんが……118年前の…人…?」

 

 

 

 

 

 

そして新たな時代の夜明けの前触れはやってくる…。

 





ちょいと強引過ぎた気がしますが、お許しください!

書いているうちになんか書きたい放題になってしまいそうになって抑制すると

こうなりました。ブレーキ弱すぎですね、本当にすみませんでした。

これからは色々と文章に気を使いたいと思います。


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第四章 天竜覚醒 約束果たす瞬間
兄妹の絆



前回少し大丈夫か、この二人?的な雰囲気を出したレインとウェンディ。

そんな二人の仲を修復し、さらに兄妹としての絆を高める回です。

どうか生暖かい目で読んでください。

P.S.

作者は文章力が本当にありません。許してください。



あの宴から数日、レインはウェンディと距離を置いていた。当然理由など明確だ。

ずっと隠してきた秘密、その一端を彼女に話したからだ。それも普通ならば、化け物扱いされても仕方のない話だった。

 

――オレ、大体120歳付近なんだ――

 

その言葉が如何に彼女を傷つけるか、レインにはわかっていたはずだった。薄々感じて、理解し、隠していた方が良かったのではないかと思えるぐらいに。

しかし、偶然とは言え、話さなければならなくなった。その時にどうしてああも……隠し続けてしまったのだろうと思った。

掠れた声で反芻するように呟いたウェンディ。数秒後から溢れ出た……彼女の涙。当然だ、どう取り繕うと、どう言い訳しようと……レインは彼女を弄んでいたことに代わりはない。

本当の兄のように慕っていてくれた彼女のことを裏切っていたのと一切代わりないことをしてしまったのだ。

 

泣いて、そのまま何処かに行ってしまった彼女を追いかけるべきではなかったのだろうか。追いかけて、ちゃんと謝るべきだったのではないのか。

それは何故かギルドでの宴を途中帰宅してからすぐに気がついた。どうしてすぐに気がつけなかったのだろう。

レインはそれを悔やんだ。その悔しさが彼の失われていた記憶の一端を甦らせた。

 

 

 

――お兄ちゃん、どうしたの?――

 

――え、あ、うん。なんでもない――

 

――嘘ついた?――

 

――え……、バレてた? やっぱり?――

 

――もう……。私の前で嘘付かないでね、お兄ちゃん――

 

――えー、……分かった。ウェンディの前では嘘を付かないよ、きっと――

 

 

 

破ってしまった。いくら子供の時の小さな口約束とは言えど。レインが嘘を付かないと誓った相手に嘘を付いたことはいくらどう成ろうと変わることはない。

嘘を付けば、不思議と付いた者の胸の奥に何かが刺さるように、それは刺さるごとに嘘を付くことに躊躇いが無くなる。

 

相手を殺めることだって同じだ。

初めて人を殺めた時には基本的に恐怖と罪悪感で潰されそうになる。

しかし……、回数を重ねれば、重ねるほどに相手を殺めることに躊躇いが一切無くなる。嘘も殺人も……躊躇いを失うところでは全く同じだ。

 

それなのに……嘘を付いてしまった。キチンと彼女の前で謝れなかった。小さな約束さえも破ってしまった。

 

どれだけウェンディを傷つけてしまったのだろう。

 

どれだけ自分にも苦しいことをしてしまったのだろう。

 

それがレインの心に数日間、突き刺さり続けた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

気がつけば、あの日がやって来ていた。

 

そう、フィーリの提案による三人+一匹のお出かけの日が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………(気まずいな……、この雰囲気。ウェンディも何か言いたげなんだけどな…)」

 

視線をずらし、回りを見渡すと同じように視線をずらしているウェンディを見かける。さっきからそれの繰り返しである。

切っ掛けがあれば、何か話し合える気がするが、上手くその切っ掛けがやって来ない。珍しくフィーリが両者の間にいるために話し合おうにも、あの話は知れば色々と厄介事に巻き込まれかねないものだ。

どうしてそれをウェンディに話してしまったのかは今でもよくわからない。だが、これ以上話を広げてしまうのもどうかと思えた。

そんな中、フィーリが口を開いた。

 

「ここ……なんて言うの…?」

 

「…ワース樹海。以前はここで“六魔将軍”と連合軍で戦った場所だ。ウェンディと再会したのはここだったな」

 

「そうですね。わたしもレインさんと会えました。それに《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》に来る理由になった場所。久しぶりな気がする」

 

「そうね。確かにここで色々あってから、あの騒がしいギルドに入ったわ」

 

シャルルの皮肉混じりの追加を聞き、フィーリは回りを見渡した。所々、木が倒れたらしい跡と、涼しい風が吹いているこの場所に彼女は嬉しそうに耳を動かした。

 

「気に入ったのか?」

 

「がう」

 

「そうか、それなら来た甲斐があったな」

 

そう言い締めるとレインは心のうちで自分を責め立てた。

 

「(なんでここで終わらせたんだ、オレぇぇぇ!!)」

 

その一方、ウェンディも同様に心のうちで自分を責め立てていた。

 

「(ま、また話すことが無くなっちゃったぁ……、ど、どうしたら……)」

 

そう互いに自分を責め合い、それから全く同じタイミングでため息をつく二人。そんな二人に首を傾げるフィーリと、二人に呆れるシャルル。

すると、またもや良いタイミングでフィーリが訊ねてきた。

 

「パパとお姉ちゃんは……、一緒に戦ったの…?」

 

「(フィー、ナイスタイミング!!)」「(フィーちゃん、ありがとう!!)」

 

内心で彼女にお礼を言いつつ、二人は話を長く保つために言う言葉を考える。そんな二人を見ていたシャルルが突然口を開いていった。

 

「ええ、そうね。ウェンディは回復を、レインは基本的に“ニルヴァーナ”っていう危険な魔法本体の攻撃打ち消しとかをしていたわ」

 

「(シャルル、全部言うなァ!!)」「(シャルル~!!)」

 

「(フッ……、早くしないからいけないのよ? この子、待つの苦手そうだし)」

 

シャルルによる介入で又しても話すことを失う二人。再びため息をついたのだが、やはりフィーリは何故ため息をついているのかが分からず、首を傾げ続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから同じようなやり取りを続け、気がつけば《化猫の宿(ケットシェルター)》跡地までやって来ていた。

丁度お昼がやって来ており、話すチャンスが増えるはずだったのだが、お互いに話そうとして顔を会わせては黙り混み、中々に話すことが出来なかった。

食べ終われば、フィーリが跡地の付近で好きなだけ走り回り――未だに四つん這いで走る癖が治っていないのか、四つん這いで駆け回っていた――ヒラヒラと舞う蝶などに興味津々になり、それを追いかけるのを、ただ二人と一匹は見ていた。

すると、シャルルが“ちょっと回ってくるわ”と言い残し、何処かに消えてしまうと、さっきより一層話しづらくなってしまった。

 

「……………」

 

「……………」

 

再び黙り混んでしまう。話しかけようとしても、どうしてか話しかけづらい。上手く言葉が思い付かず、少しだけ話せても話が続かなかった。

元より僅かしか無かった話をすぐに終わらせてしまったために、二人は再び話すことが出来なくなってしまった。

 

「……………」

 

「……………」

 

 

 

「(何から話せば良いんだろ(良いのかなぁ)……)」

 

結局それが頭のなかでぐるぐると周回する。思い付かないのではなく、話そうとしても上手く話せず、話しても上手く続かない状況。

ため息をつくのは同じタイミングだと言うのに、話が続かない二人。そんな中、走り回っていたフィーリが戻ってくる。

 

「……んぅ……眠た…く…なってきたぁ……」

 

フラフラとした足取りで二人の前にやって来ると、勢いよくバタンと前に倒れようとする。そんな危なげなフィーリをレインとウェンディは受け止め、横に寝かせた。

 

「……すー……すー………」

 

「気持ち良く寝てるな…」

 

「そうですね…」

 

互いにフィーリを見ながら一言呟いて、ハッと気づいた。しかし、それからは話しやすく感じた。まるでフィーリが二人が話しやすいようになる状況を作ってくれたみたいに。

 

「ウェンディ…」

 

「あ……はい」

 

漸く相手の名前を呼ぶことが出来た。その状況を幾度となく、レインは待っていた。後は……伝えたかったことを話すだけだ。そう思い、勢いに乗りつつ、話を続ける。

 

「嘘……付いてごめんな」

 

「いえ…、あまり…気にしてませんよ?」

 

「……なんて言うかさ。少し怖かったんだ、オレ」

 

「え……?」

 

その時から、レインの表情に寂しさと後悔が混ざっていった。そんな彼の横顔を見ながら、ウェンディはその話を聞いていく。

 

「自分が人じゃない存在で、しかも悪魔なんてさ……。普通なら口が裂けても言えないだろう? それに……せっかく慕ってくれた妹にまで、嫌われたくなったんだろうな……やっぱ」

 

「…ぁ…………」

 

「悪い、変なこと言ったな。気にしないでくれ。別にウェンディがさ、オレのことが怖いや、恐ろしい、他にも嫌いだとか思ったら言ってくれ。オレは元々このギルドにいるのも、メイビスから頼まれただけに過ぎないんだしさ。また一人で放浪の旅にでも出て……」

 

「本気で言ってるんですか……!」

 

その声にピシャリとレインは黙ってしまった。初めて聞いた彼女の怒気の混ざった声。その声に、レインは思わず黙り混むしかなかった。

するとそんなレインに我慢できなかったのか、ウェンディが立ち上がり、彼の前で叫んだ。

 

「本気で……、わたしがそう言っただけでギルドを止めるんですか? ふざけないでください!! レインさんは……、お兄ちゃんはギルドに思い入れが無いんですか!!」

 

「……………」

 

「なんで……、なんでそんなこと言うんですか!! わたしがこのギルドにいることが出来たのも、お兄ちゃん誘ってくれたからですよ!! それを今さら仇で返すようなことは言いたくありません!!」

 

「……そういうウェンディは、悪魔が怖くないのか? どれほど悪魔って生き物が、恐ろしいか、怖いか、強いか、それを分かって言っているのか!!」

 

「……っ!?」

 

優勢だったウェンディがレインの怒気で涙目になり、言葉を呑み込んだ。言おうとしていたことを瞬時に縛り付けられ、言えなくされたみたいに。

しかし、彼女は“ある想い”と共にその呪縛を引き千切った。

 

「わたしは……、わたしは……!! 唯一無二のお兄ちゃんを怖がったり、憎んだり、恐れたりしたくなんかないよ!!」

 

「……!?」

 

さしものレインも彼女のこの反論には対抗出来なかった。いくら自分が悪魔だったとは言え、ウェンディにとって自分は“兄”のような存在。

育て親だった天竜グランディーネがいない今では、唯一の家族である。誰がなんと言おうと、レインはウェンディの“兄”であったことに偽りはない。

 

「グランディーネもお兄ちゃんも居なくなっちゃったけど……、戻ってきてくれた……。お兄ちゃんは……、またわたしと居てくれた。それだけで十分だよ……、お兄ちゃんは……いつもわたしを守ってくれた。それだけで……わたしは………」

 

ついに我慢が出来なくなったのか、ウェンディは泣き崩れながら、レインに寄りかかる。彼女の小さな手が彼の胸を何度も叩いたが、徐々に弱々しくなり……、最後には彼女の泣き声しか聞こえなくなった。

そんな彼女をレインは強く抱き締め、ひっそり涙を頬へと流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……落ち着いたか?」

 

「……うん」

 

レインの優しい声が、ウェンディの小さく空いた心の穴に響く。何か吐き出してしまったようで、なんだか落ち着かない。

そんな彼女の様子を察したのか、レインはジーっと見つめてから左手でチョップを入れた。

 

「いたっ……」

 

「何時までもクヨクヨしない。ま、クヨクヨしてたのにオレも入るけどな。――でも、ウェンディは少々暗くなりやすいとこを治すこと優先」

 

「うぅ……」

 

少し落ち込むウェンディ。レインは彼女のその様子を見て、大丈夫そうだと感じると、少し懐かしそうな口調で、話し始めた。

 

「オレ、8歳の時に闇ギルドに拉致されてな」

 

「闇ギルドに…?」

 

「ああ。でも、“魔法”を見て、覚えるこの力。“魔導を見る力”のお陰で、魔法を覚えて闇ギルドを一人で壊滅させたんだ」

 

「ひ、一人で…!?」

 

「なんか遠い過去のようだけどさ。――それで、14歳の頃に、父さんと母さんが所属しているギルドがある“天狼島”に帰ってきたんだ。でも、父さんと母さんは亡くなってた」

 

「そう…だったんですか…」

 

「でもさ、妹が……――メイビスが生きててさ。スゴく嬉しくて……、だから何としても守りたいって思ったんだ。結局兄だってこと打ち明けたのは“六魔将軍”との抗争の後なんだけどさ。そんな時……、ギルドが闇ギルドに襲われ、壊滅した」

 

「か、壊滅……」

 

「当然他のメンバーは皆殺しにされて……、オレはメイビスを逃がすために囮になった。まあ、メイビスは逃がすことができた。――けど、オレは心臓に何本も槍や剣を刺され、死にかけてた」

 

「………その時、なんですか?」

 

「ああ。その時、たまたま空から――多分天狼樹に引っ掛かってたんだろうけど、ゼレフ書の悪魔が封じ込められていた本が落ちてきた。それをおれは無我夢中で無理矢理食べた」

 

「え……、お腹壊さなかったんですか……?」

 

「あ、うん、覚えてない。悪魔にまあ、乗っ取られて、今のオレの意識をほとんど失った。その代わり、オレは生き延びた」

 

「それが……今のお兄ちゃん?」

 

「まあ、そうかもな。ただオレは兄として何も出来なかった自分が不甲斐なかった。だから……メイビスのために生きていたかった、それだけかな」

 

そう言うと、レインは立ち上がった。背中にフィーリを軽々と背負い、ウェンディを立たせて。一度だけ深呼吸をし、再び口を開く。

 

「正直なところ……、今のオレがあるのはウェンディのお陰かな」

 

「え? どうしてですか?」

 

「だってさ。昔、ウェンディが記憶喪失だったオレが風邪を引いて熱を出した時、怪我をしてまで薬草とか取ってきてくれただろ? 丁度グランディーネがいない時間に」

 

「あ……」

 

「すぐに良くなったけど、ウェンディは怪我の治療もしないから、すぐに体調悪くなって、病気になった……、覚えてるか?」

 

「あ……はい。確か…その時……」

 

「一度だけ自分のこと言うときに“オレ”って言った。あの時に、ほとんど自我が失われてたオレは息を吹き返した。本当に……感謝してもし切れないくらい、オレは嬉しかった。もう一度、メイビスに会いに行けることと……」

 

そう言いながら、レインは空いていた手でウェンディの頭を撫でる。赤くなる彼女の顔を見ながら、彼は言い切った。

 

「こんな優しい(ウェンディ)に会えたことが、何よりも嬉しかったんだ」

 

「…ぁ…………」

 

彼のいつも以上に優しく、嬉しそうな笑顔。それを見て、ウェンディもまた嬉しくなり、笑った。

 

「うん、ありがとう、お兄ちゃん」

 

嬉しそうなウェンディ。そんな彼女にレインは訊ねた。当たり前そうで、少しだけ当たり前じゃなさそうなことを訊ねて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレの大切な……、優しい妹でいてくれるか? ウェンディ」

 

 

 

 

 

その問いに彼女は小さく、それでいて元気よく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 





シャルル「仲直りしたようね」

ウェンディ「しゃ、シャルル!? い、いつから見てたの!?」

シャルル「最初からよ。結構アンタも言うこと言うじゃない」

ウェンディ「…ぁ…ぁぁ……」カアア…←顔が赤くなる

レイン「ん? ちょっと待てよ? ってことはオレの過去や正体も聞いてたのか?」

シャルル「まあね。まあ、別に私、言いふらすつもりないし」

レイン「やっぱ、シャルルは大人だな。どこぞの青猫(ハッピー)とは格が違う」

シャルル「当然よ」


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危険な地下洞窟探索!! 前編

今回は超オリジナルストーリーです。原作のなんて無視です、はい。

まあ、今回は主人公レインの家ってどんなの?っていうコンセプトからです。

今回珍しく作者、奮発しまして10000文字です。前編後編システムなので、次回も

5000文字を軽々と越えて見せます。駄文な部分はスルーで、お読みください。

それでは、本編どうぞ!


ある日のギルドにて

 

 

 

「そういえば、レインの家ってどんな感じなの?」

 

突然思い浮かんだことを呟くルーシィの一言。それが周囲で食事中だった何時もの5人と2匹にどよめきを走らせた。

 

「そういえば、わたしもレインさんの家知りませんでした」

 

ウェンディが今頃思い出したように呟き、どんな感じなのかな~?と考え始める。すると、同じように他のメンバーも口々に呟いた。

 

「そうだな、確かにわたしたちはレインの家の場所も一切知らされてなかったな」

 

「そういや、コイツ、色々秘密にしてるせいでよく知らなかったな」

 

「レイン、お前の家ってどんなだ?」

 

上から順にエルザ、グレイ、ナツが呟き、疑問に思ったメンバー全員がサンドイッチを食べていたレインを見た。

全員から見つめられたレインはだらだらと冷や汗を流しながら、苦笑いを溢し、残っていたサンドイッチの欠片をゴクンと飲み込むと、一息で飲み物を煽り、ふぅ~と息を吐いてから答えた。

 

「ふ、普通の家……だな。少しだけ広いが……」

 

「なんか誤魔化してるわよね? 言い方的に」

 

「うぐっ……」

 

シャルルの鋭い言葉に痛いところを突かれる。流石のレインも恐らく誤魔化せないと思っていたのにも理由があるのだが、少々ここで言うのも難だなと思っていた。

すると、ウェンディが興味を示したのか、珍しくワクワクした様子で訊ねてきた。

 

「レインさん、どんな感じなんですか?」

 

「うっ……、大体……60坪ぐらい」

 

「ろ、ろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「60坪ッ!?」」」」」」」

 

「あ、うん……。だ、大体それぐらい…。結構森のなかにあるんだけどな。まあ、そのお陰で広かったし、土地とか……」

 

言いづらそうに答えるレイン。全員がオロオロとしつつ、土地の広さから地価を必死で計算していく。すると、いち早く計算し終えたルーシィが恐る恐る訊ねる。

 

「い、家入れて……も、もしかして……ご、5000万J?」

 

「「「「「「え……?」」」」」」

 

その値段に凍りつく一同。すると、レインが目を反らし、少し黙り混んでから答えた。

 

「え、えーっと……だ、大体……ろ、6000万Jかなぁ…?」

 

「「「「「「ろ、6000万J……」」」」」」

 

とんでもない額にギョッとし、青ざめるナツたち。すると、レインがあれ?という顔をしてから、平然と続ける。

 

「まあ……、《幽鬼の支配者(ファントムロード)》時代に仕事ばっかり行ってたしなぁ……、大体貯金は20億Jくらいか。いつも十年分の地価を纏めて払ってるしなぁ。そろそろ仕事で一気に稼がないとヤバイかなぁ……、まあ、一週間ギルドを留守にしたら行けるだろうな、多分」

 

「そ、そんなに持ってたんだ……レインさん…」

 

あまりの金額に唖然とするグレイとハッピー、シャルル、その向かいの席ではナツがどれくらいご飯が食べ続けられるかを考えていた。

当然いつもお金で困っている彼女――ルーシィに至っては目が死んでいる。毎月7万Jの家賃を払っている彼女にとって、6000万Jの地価や20億Jの貯金などあり得ない話――いや、天上のものなのだろう。

同じくエルザやウェンディも家賃10万Jのフェアリーヒルズに住んでいるのだが、こちらも同様であった。

 

「ん? なんか変か?」

 

「いやいや、変じゃないわけないでしょ……6000万Jって……」

 

「ま、森のなかだしなぁ。元々土地としては開拓してなかったヤツを一から開拓したし、市長さんからは地価3000万でいいよって言われたからな、いつもは大体……」

 

「言わなくていいわよ!! それ以上はやめてぇ!!」

 

「ん? そうか?」

 

漸く現実を受け止めた一同を見つつ、レインはそろそろ仕事でも行こうかなと思い、席を立とうとして……思い出した。

 

「あ、やべ。そろそろ家の掃除とかするか。結構薬とか作って使ってないしなぁ……。危険になる前に片付けるか」

 

そう独り言を呟くと、クエストボードに向かおうとしていた自身の方向を曲げ、ギルドから出ていった。

そんな彼の背中を見て……、ふと思い出した一同は口を揃えて席を立った。

 

「「「「「「よし、レイン(さん)の家に行こう!!」」」」」」

 

「あいさー!!」

 

「アンタたち、なんか元気ね、掃除でも手伝うつもりかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

「フンフ~ン、フフン~♪ さて、と。こういう狭いところはこれでも使うか」

 

リビングの床をモップで綺麗に掃除していたレインは床の細い溝を見てから、使い終わった歯ブラシ――洗剤つき――を手に取り、綺麗に掃除していく。

何処と無く楽しそうなレイン。そんな彼の姿をコソコソと見ている者たちがそこにはいた。

 

「(レインさん、なんだか楽しそうですね)」

 

「(だなぁ、アイツの普段のイメージと結構違うんだが……)」

 

「(そうね。――ってグレイ、服着なさいよ)」

 

「(にしてもよぉ、レインの家、デカすぎねぇ?)」

 

そうコソリと呟いたナツはキョロキョロと見渡した。廊下はかなり長く、一階だと言うのに部屋数はとてつもなく多い。それに加え、二階も存在していそうな構造になっており、外から見たときには屋上らしいところも見えていた。

よく今まで見つからなかったなと言えるほどの小さめの豪邸、それがレインの家だった。元々宿舎や借り部屋に住んでいるウェンディ、エルザ、ルーシィは見た途端に入るのが恐ろしくなった。普通ならば良くもまあ、買えたなぁと思えるような家に。

そんな中、レインがテキパキと行動し、床の溝掃除を終わらせると、天井からぶら下がっていたヒモのようなものをジーッと見る。

 

「(あ、あれ? み、皆さん、あんなヒモ、さっきありましたっけ?)」

 

「(いや、今まで見たことねぇぞ、あれ)」

 

「(な、なんか嫌な予感するんですけど……)」

 

「よいしょ」

 

ガコンとヒモを引っ張るレイン。

すると、ルーシィの予感を待っていたかのように一同が隠れていたリビングの入り口の後ろにある廊下の壁が前へと動き、彼らを部屋へと押し出した。

 

「うおおっ!?」

 

「なんだ、これぇ!?」

 

「やっぱりぃ!?」

 

「きゃっ!?」

 

「な、なんだこれは!?」

 

綺麗にリビングへと招待されたナツたち。そんな彼らが顔を上げると、そこには掃除用の服装に着替えていたレインが仁王立ちをして見ていた。

 

「あわわ……」

 

大慌てになるウェンディ。実質それも仕方ないことだ。ルーシィの場合は頻繁にあるが、これも立派な不法侵入。レインの機嫌次第で評議院に通報されても仕方のない行為だ。

すると、レインはいつもの口調で訊ねてきた。

 

「ん? お前ら、何してんだ? 遊びにきたのか?」

 

「「「「「「「「へ?」」」」」」」」

 

全員が間抜けな声を漏らし、首を傾げる。すると、そんな彼らが可笑しかったのか、レインはクスクスと笑う。

 

「あ、あれ? れ、レインさん、怒らないんですか?」

 

「ん? 別に? だってルーシィとか何時も主にナツとハッピーに不法侵入くらってるし、こんなんで通報とか可笑しいからなぁ。知り合いなら別に咎めたりしないさ――泥棒しに来たなら拘束してから説教するけどな」

 

最後の言葉でギョッとするウェンディ。しかし、あくまでも泥棒などに関する場合であるために安心した。そんな中、エルザが興味深そうに訊ねた。

 

「しかし、何故わたしたちがいることが分かったのだ? かなり気配を消していたのだが……」

 

「何て言うかな、気配感じたんだよ。暗殺者とかも余裕で気配で分かるしな、オレ。前に言った気がするが、オレは基本的に戦闘中、眼で見て戦うんじゃなくて、気配で動きを察知するからな。光の速度で襲ってくるヤツとか、瞬間移動してくるヤツとか、姿見消しているヤツとかには眼じゃ対応できないからな、それの修行代わりにいつも気配探ってるんだよ」

 

「なるほど……。――ということは、試しに背後から全員で襲っても……」

 

「ま、当然返り討ちだな。ちなみに全員数秒で簀巻きにする。ハッピーもシャルルも飛んで逃げても無駄だぞ、オレも飛べるから」

 

「だ、だよね……」

 

「…ホント、アンタ規格外ね」

 

笑えないレベルの話へと発展していく会話をどうにか塞き止め、ウェンディはリビングを一瞥した。すでに部屋は綺麗に掃除され、恐らく移動する予定だったのだろうと推測する。

そんな彼女を見て、レインはふと何かを思い付いたのか、リビングにあるキッチンの方からガサガサと何かを漁り、持ってきた。

 

「ま、全員のことを不問にする代わりに掃除手伝って貰うかな。ほい、ゴム手袋と三角巾、その他用具セット」

 

「そ、掃除すんのか……、このアホみたいに広い家をか…?」

 

グレイが苦笑いをしながら、訊ねるとレインは当たり前と言った顔で返し、威圧の意味を込めて、最後に「逃げたら明日、出会ったら瞬間に稽古つけてやるよ。もちろん、スパルタ式」と笑顔で答えると、一同は互いに顔を見合せ、ため息をつく。

当然そう言われれば、逃げる気力など一瞬で消滅する。仕方なく、ナツたちはレインの家の掃除をお手伝いすることとなった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「それじゃ、ナツとグレ……やっぱナツとルーシィとエルザ3人は二階を。オレとグレイ、ウェンディは一階の掃除するか」

 

「気のせいか、さっきナツとグレイを言いかけて変更したわよね……」

 

「ん? 気のせいだろ。別に、二人一緒にしてたらマカロフさん涙目の賠償金請求ガンガン行こうぜスタイルレベルの破壊が起こるとか思ってないからな~」

 

「もう絶対、混ぜたら危険って言ってるみたいじゃないですか……」

 

苦笑するウェンディ。一方そう言われたナツとグレイがレインに飛びかかるが、即座にねじ伏せられ、動きを止めた。

 

「オレの家、結構壊れると高いから暴れるなよ~、もし壊れたらお前ら二人、明日から借金生活だぞ~、もちろん飯なんて食えると思うなよ?」

 

「「す、すみませんでした……」」

 

エルザレベルの謝罪を見せる二人を尻目に、レインは次々と説明していき、ナツたちを二階へと移動させると、漸く一息をつき、肩の力を少しだけ抜いた。

 

「それじゃ、オレたちも掃除再開するか。――あ、一階にはさっきのリビングの他に作った薬とかが大量に置いてある研究室的な部屋と倉庫があるから気を付けてくれ。大抵の薬の効力を覚えているが、年数経つと薬の効果が可笑しくなるし、落としたら何が起こるか分からないからな~」

 

「了解だ」

 

「は、はい!」

 

落とすなと言われ、少し緊張ぎみになるウェンディ。それを見たレインは頭のなかで思考を巡らせ、口を開いた。

 

「ウェンディ~」

 

「な、なんです……イタっ!?」

 

こっちを向いたウェンディの頭にすかさずチョップを軽く入れ、頭を押さえる彼女に告げる。

 

「別にそんなに緊張しなくていいからな。逆に緊張してると手が震えたりして余計にパニックになる。こう言うときはリラックスだ、リラックス」

 

「あ……うん!」

 

元気よく頷き、丁度良いくらいに緊張が解けたウェンディ。そんな二人を見て、グレイは微かに微笑んだ。

 

「(そういや、コイツら、兄妹みたいな関係だったな。いや、もう兄妹だろ、これ)」

 

「ん? グレイどうかしたか? もしかしてウェンディが気になったか? 別に気になるのは良いけどさ、恋人とか考えてるならオレを倒してからにしろよ」

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

「ちげーよ!! ってかお前、自分を倒していけとか何処の魔王だよ!! 親バカ過ぎんだろ!!――いや、兄バカ……あ、シスコンか…」

 

「あ、違うのか。なんだ、安心した。いやー、なんかウェンディが何処の馬の骨とも分からない男に好かれたらどうしようかと……。まあ、グレイは知り合いだけどな。――でも、オレを倒してから」

 

「た、多分それ、無理なんじゃね……。お前化け物クラスだろ、強さ」

 

「わ、わたしもそう思うよ……? お兄ちゃん」

 

「あ、そうか? ――っていうか、ウェンディ、またオレのこと“お兄ちゃん”……って」

 

「え…? …ぁ……」

 

真っ赤になったり、慌てたり、そんな表情豊かなウェンディと全力でツッコミを入れるグレイを見つつ、レインはセカセカと掃除を再開するべく先程言っていた研究室的な部屋がある場所へと向かっていく。

 

「さーてと。一応一直線なんだが、遅れるなよ~、部屋間違えると洒落にならないから」

 

「た、例えば何があんだよ、この家」

 

「ん~? そうだな、上から巨大な木槌が降り下ろされるトラップとか?」

 

「即死じゃねーか!! 怖すぎんだろ、この家!!」

 

「ふええ……」

 

木槌が降り下ろされるイメージをしたのか、ウェンディの目元に涙が溜まり始めたのか――というよりは既に涙目――、レインも少し自重しようと考える。

そんな会話を少し続けていると、レインが立ち止まり、右隣の扉を開いた。すると、少しだけ埃っぽい空気が廊下へと吐き出され、全員思わず咳き込む。

 

「そういや、前にここ開いたの、虹色の桜の花見以来だな」

 

「大体二ヶ月前でしょうか?」

 

「みてぇだな、結構埃っぽいなこの感じ」

 

「なんか結構嫌な予感するなぁ、気のせいか?」

 

「た、多分気のせいじゃないと思います…」

 

苦笑いをするウェンディ。確かにレイン自身も嫌な予感しかしていない。最悪の場合、何かの薬が割れたりして、中の薬剤が外気に触れ、一室ごとドカンッという場合もあり得なくはない。

 

――もちろん、爆薬系統の薬の話だ。レインはそういう危険物は作ってはいない。薬が年月のせいで可笑しくなっていなければ。

 

「結構棚とか木製だから、慎重に薬を避けてハタキで埃を取ってくれ。危ない薬がある棚は基本的に当たらせないから、安心しておいてくれ。――それでも薬が結構面白いヤツあるけどな」

 

「た、例えばどんな感じの薬があるんですか…?」

 

「一日中猫の耳と尻尾が生えて猫化する薬とか」

 

「なんだよ、それ!?」

 

「前に猫好きの依頼者のお婆さんから報酬として追加で貰ってな。猫の気持ちを味わいたい時に使えだってさ」

 

「そ、それ、得なんでしょうか…」

 

「いや、結構危ない気がする。猫の耳とか尻尾って敏感だろ? それが人間に増えるってことは……」

 

「あ、オレ、もう察したぜ、ぜってぇそんな目に遭いたくねぇ」

 

「だろうね、グレイの場合だったらジュビアに写真でも大量に撮られそうだな」

 

「お断りだ、そんなの」

 

「わ、わたしもそれは嫌かなぁ……」

 

「オレも同じく絶対嫌だな。それに今はフィーがいるから遊ばれるだろうし」

 

漸く猫化薬の話を終える三人。すると、ウェンディが訊ねてきた。

 

「そういえば、フィーちゃんは?」

 

「ああ、現在は預かり先にいる。まあ、結構フィー、落ち着き無い時あるからなぁ、仕方ない。――でも、大丈夫だろ。預かってくれた人物はフィーが気に入っている相手だしさ」

 

ウェンディにはその人物が理解できた。先日話して貰っていたことから推測するに、恐らくはレインの本当の妹であり、ギルドの初代マスターの元なのだろう。

それにしても不思議に思うのが、そのメイビスという人のことだった。レイン曰く、ギルドの紋章があれば見えるらしいのだが、フィーリはまだギルドの紋章をつけていない。

それなのに何故見えるのだろうかと思ったのだが、恐らく人狼であるために気配などに敏感で、そういうのを感じ取れるのかもしれない。

 

――と思ったのだが、なんだかレインもよくわからないらしく、フィーリに訊ねてみたところ、「普通に…見えるよ? ママ、妖精さんみたい…だから」と答えられている。

 

「(う、う~ん? フィーちゃんも特殊なのかなぁ……、なんだか滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)みたいだけど)」

 

「ウェンディ~、手元気を付けるんだぞ~。一応そこは治癒とかの薬の置場所だけどな~」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

「(な、なんか変な声出てたけど、気にしないでおこう……)」

 

テキパキと掃除を済ませていくレインたち。多分上の方でも恐らくはちゃんと掃除をしていることだろう。まあ、上にはレインの自室とフィーリの部屋があり、他には依頼書の数々がしまわれている書類書の数々がある部屋だけだ。一応他は未だに空き室だが、時期に埋まってしまうだろう。

そんな中、レインはふと思い出した。

 

「屋上にある畑、今の時期、何を栽培してたかな…。確か……ただの野菜じゃなかった気がするんだが……」

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

一方その頃、ナツたち二階掃除チームは

 

 

 

「へぇ~、アイツ結構部屋スッキリしてるなぁ」

 

レインの自室へと入ったナツがキョロキョロと部屋の中を見渡す。基本的に青色に統一された室内には涼しさが感じられ、窓も少しだけ開けられていた。

部屋に置いてある机には昨年の家賃などの使用料が書かれた紙が置いてあり、かなり節約とかもしている様子が伺われた。

珍しくナツもレインが日頃から頑張っていることに関心していると、机の上にある棚に飾られていた写真立て二つを見つける。

 

「これ、ウェンディか。んでこれがレイン、それで……これドラゴンか…!?」

 

その写真には小さい頃のウェンディとレイン、それに優しげな表情の白銀のドラゴンが写っていた。恐らくこのドラゴンが二人のいう天竜グランディーネなのだろうが、どうやって撮影したのかの疑問になる。

しかし、その次にみた写真の方がもっと驚かざるを得ないものであった。

 

「なっ…!?」

 

そこには金髪の長い髪の少女と片眼に眼帯をつけている男、ラクサスにそっくりな金髪の男、少し暗めの緑色の髪をした男。

 

――そして、銀色の髪をしているレインの姿が写されていた。

 

さらにその背後には改築する前のギルドが写っており、写真の表に小さく日付が書かれていた。それを見て、ナツは驚愕する。

 

「X686年4月……今から98年と半年前じゃねぇか……どうなってんだ……これ」

 

一応写真立てを戻すが、流石のナツも信じられずにいた。そんな中、エルザやルーシィが感想を抱きながら、やってくる。

 

「それにしても広いな、ここは」

 

「だよね。こんな家、あんまり見たことなかったなぁ。――実家はこれより広いというより、お屋敷なんだけどね…」

 

「ん? ナツ、どうかしたのか?」

 

疑問になって訊ねるエルザ。しかし、ナツは下手な嘘で誤魔化してみるが、当然バレていた。しかし、エルザはプライベートを見たのだろうとナツを一発だけ殴る。

 

「他人の部屋のものを勝手に見るな、馬鹿者」

 

「す、すみませんでしたぁ…」

 

「レインの部屋も綺麗ね~。向こうのあの子の部屋も綺麗だったし」

 

「恐らくレインが教えているのだろう。アイツ、意外と家事も得意だったようだからな。ケーキもかなり絶品だった」

 

眼をキラキラと輝かせ、エルザは口許を歪ませて何らかの妄想に至る。恐らくは大量のケーキでも思い浮かべているのだろうが、触れないでおくのが利口と言うものだ。

ふと脳内に“触らぬ神に祟りなし”という言葉が上がったルーシィ。思えば、エルザとレインが何となく怖い時があると言うことと、何かに一生懸命なところ、何かのために必死になるところが似ているなぁを考えた。

 

「(そういえば、レインってウェンディのことになるとかなり必死な気がするなぁ……)」

 

そんなことを考えていると、先程まで静かだったナツが顔を上げ、鼻で匂いを嗅ぎ始めた。それからパァーと顔が明るくなり、何を考えているかを口にした。

 

「なんかスゲーいい匂いがするぞ!」

 

「え? そうなの?」

 

「ふむ、何の匂いだ? ナツ」

 

「野菜……か…? でも、野菜っぽいのに何か違う感じだ!」

 

そういうと、ナツは掃除道具を足元に置くや否や、即座に駆け出していった。そんな彼にため息をつくルーシィと怒りを見せるエルザ。

即座に彼女たちもナツを追いかけ、屋上へと繋がる階段を上っていく。上がり切ると、そこには野菜農園が広がっており、屋上から見る森の景色も綺麗なものだった。

こんなに高い場所ならば、きっと夕日も綺麗だろうと二人は思ったのだが、ナツをキョロキョロと探していると、彼が野菜農園の一角にあった野菜を見ていることに気がついた。

 

「ナツ~、流石に食べちゃダメだからね~」

 

「食べるんじゃないぞ~、ナツ」

 

「いいじゃねぇか、少しくらい。レインだってそれくらい許してくれるだろ」

 

そう言ってナツはその野菜にかぶり付き、シャクシャクと食べる。呆れ果てる二人。

 

――しかし、突然ナツが持っていた野菜を手から落とし、苦しみだした。

 

「ぐあああああ!?!? ぐるじぃぃぃ……、頭がイテェェェ!! ぐあああああ!!!」

 

「ナツ!?」

 

「どうしたんだ、ナツ!!」

 

二人が駆け寄ると、ナツは既に意識を失っており、顔が青ざめていた。その様子を見て、エルザは速やかに推測すると、口に出した。

 

「まさか……毒か!?」

 

「毒!? じゃ、じゃあ、急いでウェンディとレインのところに行かなくちゃ!」

 

ナツを抱え、ルーシィとエルザはすぐさま来た道――野菜農園の一角から二階へと降りる階段まで――を目指し、急ぎ足で向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「――ということで、このザマなのか……。――というよりも、なんで勝手に野菜をこうも食べるのかな、コイツ。美味しい匂いがしたって言ってもなぁ……、少しは考えてから行動しろよ。もしこれが即死系統の毒物だったらどうする気だったんだ、バカナツ」

 

腕を組み、レインはため息をつきながら言った。実際悪いのはナツなのだが、何故毒物が栽培されていたのかは聞かなければならなかった。

それが気になったルーシィたち二人はすぐにレインに訊ねる。

 

「なぜ、毒物が栽培されていたのだ!?」

 

「いや、あれは毒物じゃないから」

 

「そ、それじゃあ、ナツがなんで苦しんでるの!?」

 

「……食った野菜ってさ。赤くて丸くて……それでヘタの部分に紫色のラベルがついてた野菜のエリアか?」

 

そう訊ねるレイン。実際ナツが食べてしまったそれを持ってきていた二人がそれを取りだし、確認すると確かに紫色のラベルがついていた。

 

「た、多分それだと思う……」

 

「はぁ……、全く。その野菜なんだが、収穫時期までは毒物のヤツなんだよ。毒である間は色んな薬作るための元になる便利なヤツ。ちなみにそれの毒は治癒魔法でも結構時間かかるんだよな……、一応解毒薬は作ってるんだけどな」

 

「じゃ、じゃあそれがあれば、ナツは治るの!?」

 

「ま、まあ…そうなんだけどなぁ…。それ毒を含んだ者にしか効かない上に、関係のないヤツが使ったりすると、逆に毒に陥る薬な訳で……。フィーがいるから地下に隠しておいたんだよ、それ」

 

「ち、地下ッ!? 地下なんてあるの、この家!?」

 

「まあ、当たり前だろ。上からは攻めづらいと考える泥棒がいる訳ならば、地下から来るだろ、パターン的に。――ってな訳で……地下にはもちろん、トラップがあるんだよなぁ」

 

「で、ですよね……」

 

お決まりなのかと諦めるウェンディ。流石の彼女とレインが共同で解毒に当たっても時間がかかりすぎるだろう。その上に彼らにも限界と言うものがある以上、休憩もいるわけだ。

そうなれば、当然数日はかかるだろう。――つまり、その間ずっとナツが苦しんでいる訳でもある。それを考えると気の毒だが、正直“因果応報”、“自業自得”であるためにどう声をかければいいか分からない。

すると、気になっていたことをグレイが訊ねてきた。

 

「取りに行くのが難しいんなら、作ればいいんじゃねぇか?」

 

「……あれ、作るのに数日はかかる。ちなみにそれの毒は命までは奪わないが、一週間経たせると、身体に麻痺症状を残す。つまり、手足が動かなくなるってパターンもある訳だ。仕方ないが、取りに行くしかないだろ。ついでに地下から“こんにちは”を図ろうとする泥棒共も次いでに蹂り――ゲフンゲフン、捕獲して評議院送りにする」

 

「アンタさっき、“蹂躙”って言いかけなかった?」

 

「そんなこと言った覚えはない。それで、どうする? 俺だけでもいいが、結構地下は広いし、何処に置いたか忘れたからなぁ……。帰り道だけは覚えているが」

 

レインがそういうと、一同はナツを見つめた。今は意識がないが、彼の顔色は悪い。死なないと分かっていても流石に苦しそうである。そう思うと、自然と全員の気持ちは定まった。

 

「行くわ、日頃ナツに助けてもらってるし」

 

「わたしも行かせて貰おう。注意し切れなかった責任もある」

 

「オレもコイツが苦しんでんの見続けるのは面白くないんでな」

 

「わたしも行きます。人数が多いほど時間の短縮出来そうですし、治癒魔法でみなさんの傷を治せます」

 

「……覚悟いいんだな? 即死トラップは無くとも、食らえばしばらく動けなくなるようなヤツしか配備してないぞ?」

 

そう最後の警告をするレイン。しかし、彼らの意志は揺るがなかった。全員が覚悟をした顔つきを見せると、不思議とレインは嬉しくなった。

 

「(メイビス。オレたちが望んだ家族(ギルド)の形はたった三代で作り上げられた。願いっていうのはやっぱり叶うものなんだな。本当に良かったな、メイビス)」

 

瞳を伏せ、胸のうちで呟くと、レインは目を開き、笑ってから号令をかける。

 

「それじゃ、地下洞窟探索、張り切って行ってみるか!!」

 

「「「「「「「おう(ええ)(はい)!!」」」」」」」

 

 




レイン「ま、意外と地下への入り口ってのはすぐそこにあってだな。実は階段の下にある」

――ガコンッ

ウェンディ「ど、どうなってるんですか……」

レイン「一応魔法でカラクリみたいな感覚で動かしてる。まあ、あまり使わないからな」

エルザ「ところで、トラップとはどんなものがあるのだ?」

レイン「横から木槌がドーン的な」

ルーシィ「(急に帰りたくなってきた……)」

ハッピー「ルーシィ~、武者震い?」

ルーシィ「違うわ!!」


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危険な地下洞窟探索!! 後編

はい今回文字数あれです(笑) すいません、ネタを途中で忘れました。

ごめんなさい、いや、なんというか……、申し訳ないです。

そんな訳で5000文字より多めです。以上です。本編どうぞ



地下洞窟内にて

 

 

 

「ひっさしぶりに来たな、ここ。結構汚いんじゃないかと思ってたが、普通だな、前とほとんど変わってない」

 

一番最初に降り立ったレインは周りの安全を確認しつつ、キョロキョロと見渡した。降り立ったその場所は部屋のように広く、向こう側に洞窟への通路が一本だけ用意されていた。

地下室とも言えるその部屋には作業用の道具、地下の地図が記されたものが用意されており、意外と迷う気配は無さそうに見える。

 

「よいしょ……。あれ? レインさん、なんだか空気が美味しい気がします」

 

次に降り立ったウェンディが地下へと降りる階段より繋がった梯子から離れ、レインの横に並び立つと、試しに深呼吸をしてみると、何故か外よりも綺麗な空気がそこにはあった。

 

「ん? ホントだ、確かに外とは空気が全然違う」

 

「確かに、地下なのにこれほどまでに空気がいいとはな……」

 

「ホント、ここが外なら快適そうね」

 

グレイ、エルザ、ルーシィが口々に言い、あとからハッピーとシャルルも降り立ち、全員が揃うとレインが説明をする。

 

「一応地下洞窟の何処かに風魔法のラクリマ置いててな。そこで“高濃度エーテルナノ”が放出されている訳だ。ちなみにオレはいつも体調悪い時には自室じゃなくて、ここでゆっくり寝る。その方が過ごしやすいからな……地面が冷たいけどな」

 

「へぇー、確かに“天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)”って環境に依存しやすいんじゃなかったかしら? まあ、ウェンディの場合だけど」

 

シャルルが実体験のようなことを口にすると、レインも言いづらそうだが、答える。

 

「まあ、オレも意外となぁ……。空気が悪いところだと、魔法を使用するのを躊躇うんだよなぁ、不味い“エーテルナノ”が空気中に散布されてるから」

 

「“エーテルナノ”に美味しいも不味いもあるのね……アンタたち」

 

理解しかねる様子を見せたルーシィ。確かにレインやウェンディのような環境に敏感な魔導士以外はどんな悪天候や環境が悪いところでも“エーテルナノ”を普通に取り込み、魔力を回復するのだが、何かを食べることで魔力を回復したり、強化される滅竜魔導士。

それも天空の滅竜魔導士に至っては、その空気がどれほど綺麗で高濃度な“エーテルナノ”で構成されているかが戦いや健康を左右することがある。

事実、以前“ニルヴァーナ”を止めた際には高濃度でありながらも、“エーテルナノ”が闇などの異常物質を含んでいたために、レインは結局魔力を一気に全快することが出来なかった。

 

「まあ、便利さ故の弱点ってあるもんだろ…、やっぱり。エルザだって妖刀“紅桜”使うときに、魔力消費が厳しいからサラシだけの装備じゃなかったか?」

 

「確かにそうだな。ナツやレインも乗り物に弱いのだったな」

 

「まあ、ね。でも飛べるし、オレは。――ナツはいつもぐったりだが」

 

「やっぱり何かの条件を果たした時からわたしたちって乗り物に弱くなるんでしょうか?」

 

「多分そうかもな。となれば、大体の条件は把握できる。――けど、ナツの方を先に済ませてからにするか」

 

レインが話に区切りを付けさせ、一本しかない地下洞窟への通路を見る。目を凝らしているのか、意識を集中させる彼からはいつも通りの覇気の一部が感じられた。

 

「大体3つ、か……」

 

「なんの数だ? レイン」

 

「トラップだ、今のところで視認できる数。遠くにいけば、簡単に攻略できるトラップだけで構成されてるんだが……、地下から家のなかに上がる梯子付近に近づくほどトラップの容赦なさが上がる。――つまり、今から向かう場所で発動するトラップはギリギリ即死級にならないレベルのものだな」

 

「な、なんでいきなり即死級クラス!?」

 

「ま、仕方ないだろ。家の防御のためなんだろ?」

 

「まあ、そうなんだが、な。正直ここ周辺のトラップまで来る泥棒一人もいないからなぁ。途中くらいから巨大木槌の降り下ろしあるし」

 

「や、やっぱり部屋以外にもあったんですね……」

 

苦笑いを溢すウェンディと呆れ果てるシャルル。そんな彼女たちを見つつ、物は試しとレインは近くにあったスイッチを軽く押し、距離を取る。

すると、先程までレインが立っていた場所の左側の壁が突然現れた巨大な木槌によって粉砕され、その勢いのままブルンッと振られるそれを見ながら、全員が軽く呆然とする。

振り子のように同じ幅を行ったり来たりするそれが何よりも怖いのだが、それ以前に配備しようと考えた本人が何を考えているかが一番怖かった。

 

「……やっぱ、危ないよな、これ。オレも久しぶりで結構怖い」

 

「……で、ですよね……」

 

ルーシィが半場諦め気味な言い方で肯定すると、どうしたものかとレインは考え込む。すると、羽織っていたコートの袖をギュッと掴んで離さないウェンディを見つけ、訊ねた。

 

「怖かったのか? やっぱり」

 

「う、…うん……」

 

「そうだよなぁ……。今度からトラップも威力を絞った感じのヤツに変えないとな。――ところで、大丈夫か、ウェンディ?」

 

「……ちょっと怖い………」

 

「(ちょっとじゃない…な。かなり震えてる)それならさ、オレの前、歩くか? それならいざというときになんとかなるしさ」

 

「…ぁ……。……うん、ありがとう、お兄ちゃん」

 

涙で晴れない表情をしていたウェンディが明るくなり、いつもの可愛らしさを取り戻すと、レインは無意識に笑いかけていた。

正直、レイン自身もよくわからない。何故、彼女と一緒にいると楽しいのか、嬉しいのか、それに加えて守ってあげたいと感じるのか。

もう一人の大切な妹だから。そう言えば、説明は簡単だ。しかし、レインは何故かそれだけで言い切ってしまうのが不思議と嫌だった。

もっと具体的に何故そんなに大切に感じるのかが不思議で仕方ない。本当にただ妹として接しているとかが分からないときもある。

エドラスで似たようなことを考えたときが一度あったが、その時にも結局答えは出なかった。それを思うと、この気持ちが何なのかが気になってきた。――が、その問いはウェンディが感謝を伝えたかったのか、自分の顔を埋めてきたことで埋め尽くされ、また遠い何処かに消え去っていた。

 

「(この小さな“手”が、いつかオレに届く“拳”になるんだろうな。やっぱ、オレを万が一に倒すことが出来るのは……)」

 

「どうか…したの? お兄ちゃん」

 

「いいや、何でもないよ。――ところで、さっきから“お兄ちゃん”って読んでるんじゃないか? また」

 

「…あ………」

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「しっかし、さっきからとんでもねぇトラップばっかだな、レイン」

 

「確かにそうだな。飛来する金属棒に、突然穿たれる落とし穴。普通ならば、すでにかなりの怪我を負ってしまいそうなレベルのばかりだ」

 

「やっぱ、危ないよな、これ全部。……地下洞窟と家との繋がりを断絶するのが手っ取り早そうだな、そうなると」

 

「そうだよね、オイラたち、結構危ない目に遭ったし」

 

「それなのに肝心の解毒薬が見つからないのよね」

 

ハッピーとシャルルの辛辣な指摘にレインも流石にグサリときた。まあ、事実故に反論など出来る訳もなく、黙りとしか出来ない。

 

「………1、2、3……10……13か」

 

「敵か、レイン?」

 

「いや、違う。この洞窟に住み着いた毒ガスネズミか、この感じだと」

 

「う、うわぁ……またあれなの…?」

 

「オイラもあれ嫌だなぁ」

 

「そんじゃ、一気にやっちまうか?」

 

「――いや、オレに任せてくれ」

 

すでに構えを取り、警戒するグレイ。彼を制止し、レインが歩み出ると同時に、暗闇から無数に光る紅い眼が輝く。次第に近づいてくるネズミたち。

それを見て、ルーシィとハッピーが後退り、ウェンディも少し不安そうな顔をする。そんなメンバーの不安を掻き消すかのように、レインは少しずつ殺気を漏らしていく。

 

「……立ち去れ」

 

小さく発せられたのはたったそれだけ。しかし、その声には高密度な殺気が含まれており、耳がそれを受け取るだけで頭が危険だと判断し、危険信号を全身に通達する。

それは仲間であるルーシィたちも同様だ。仲間だと言うことを認識している彼女たちは別に怯えなくていいことぐらいは分かっているが、彼の殺気は予想以上だった。

ゆっくりとレインは息を吐き、再び声をあげる。それも今度は声を大にして。

 

「――立ち去れ!!!」

 

その声は空気を震動させ、まるで周波数のように広がっていった。その声の周波数が通ったあとにはネズミたちが一目散に逃げ惑う姿があり、怯え方が尋常ではなかった。

ネズミたちが完全に姿を眩ませると、レインはクルリと回転するように振り返り、無邪気に笑って見せた。

 

「な? 早かっただろ? わざわざあんなのに魔力使うのが損ってものだからな」

 

「確かにあのネズミって結構狂暴だったわよね……」

 

「全部逃げたな、綺麗に」

 

「レインさん、スゴい……」

 

「それにしてもああいうのも住み着いてる訳?」

 

「う~ん? 前見たときにはいなかったな。前はもっと大きくて別のヤツがいたからな」

 

「え、えーっと…それもさっきので…?」

 

今だけ自分の後ろに下がってきたウェンディがそう訊ねてくると、レインは普通に首を小さく縦に振り、肯定した。

 

「まあ、そんなところか。そろそろトラップの鬼畜さは下がるんだが……、疲れが出るところだなぁ。全員大丈夫か?」

 

「わたしはまだ大丈夫だ」

 

「オレもまだまだ行ける」

 

「わたしも行けるよ」

 

「わたしもです」

 

「エクシード二人は?」

 

「大丈夫よ、まだ行けるわ」

 

「アイ!」

 

全員が大丈夫そうだと分かると、早速レインは前へと進もうとして、急に何かを感じたのか、突然全員に……

 

「……っ!? 伏せろ!!」

 

反応速度が他のメンバーよりも遅めであるウェンディとルーシィを強引だが、伏せさせ、レインもまた地面に伏せる。

ハッピーとシャルル、エルザとグレイも急いで伏せると、頭上を氷で作られた槍が向こう側まで飛んでいく。

 

「イタぁ……、さっき何かが飛んできませんでした?」

 

「多分防衛用の“氷魔法のラクリマ”が攻撃してきたんだろうと思う。流石に気づかなかったら死んでたな、あれは」

 

「んなモンも置いてるのかよ、ここは」

 

「しかし、レインには助けられたな。感謝しよう」

 

全員がよいしょと立ち上がり、伏せたときについた砂をパタパタと落とす。念のために気配で異変察知をしてみるが、今のところは何も感じなかった。

すると、向こう側を見ていたらしいハッピーが奥で光る何かを見つけたのか、声をあげた。

 

「あれ? なんか光ってるよ」

 

「あ、ホントですね」

 

「確かに、なんか紫色に光ってんな」

 

「なんなの、あれ……?」

 

先程のネズミのように何かが住み着いているのかと考え、構えを取り、警戒するメンバー。ハッピーの声に気がついたレインはセカセカとそっちに歩いていき、紫色に光る何かを掴んだ。ジーっと確認してからため息をつき、それを全員に見せる。

 

「薬、あったぞ。見た目通り不気味なんだけどな」

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

「………全く、あの薬結構作るの苦労するから使いたくなかったなぁ……。元はと言えば、バカナツが勝手に食ったせいなんだが……」

 

ナツに薬を飲ませ、なんとか解毒を済ませたレインたち。ルーシィとエルザ、グレイに頼み、とりあえず、ナツは引き取ってもらった。漸くゆっくり出来ると思っていたのだが……。

 

「あの……、レインさん」

 

レインが座るソファーの隣にはウェンディも同様に座っていた。一応全員帰らせたはずなのだが、彼女は何か話があるらしく、残っている。

こう言うときは相手が話せるようになるまで待つために、レインはボーッとしていたが、ウェンディが話しかけてきたことで反応する。

 

「どうしたんだ? ウェンディ」

 

「前に言っていた“魔導を見る力”ってどういうものなんですか?」

 

確かにそれは魔導士ならば、気になるだろう。魔導士の使う魔法は“魔の法律”、そう言っても過言ではない代物だ。――となれば、当然その魔の法律の流れである“魔導”を見ることが出来る力はどんなものなのかと言う話になる。

 

「ざっくばらんに言えば、かなり簡単な魔法か超上級魔法までの範囲…かな。それでも特殊な魔法は見られない。例えば、“滅竜魔法”。本来ドラゴンが使うためだから、持ち主から授かるしか手に入らない。他にも《妖精の尻尾》三大魔法もその例。マカロフさんが使う“ロウ”は今では誰も覚えようとすれば使える。――けど、残り二種は違う。一つは破壊魔法、これはメイビスが相手を認めたときに授けてくれる魔法。もう一つは特殊な場合だけ……ってところかな」

 

「そうなんですか? わたしはてっきりその力で見て覚えることが出来たりするんじゃないかな…って」

 

ま、普通ならばそう思うのも頷ける。しかし、それほどこの力は便利とも言いづらい。

 

「オレもいつからこの力があるのか覚えてないから分からない。それにあんまり便利じゃないんだ、これ。使うと微妙に頭痛がするし」

 

「なんだか不便そうですね」

 

「まあ、便利すぎるのもあれだしさ。利点って言ったら“古文書”で魔法を探すより圧倒的に早く見つけられ、習得できるっていう点だけかな。――さて、と」

 

ソファーから腰をあげ、レインは時間を確認し、ウェンディに言う。

 

「女子寮前まで送るよ。まあ、単に話がしたいだけなんだけどね。――このあと、フィー迎えに行かないといけないから」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「……パパ、遅い」

 

「まあまあ、フィーちゃん、気長に待ちましょう~♪」

 

 

 

 

結構不機嫌に待っていた。

 

 

 




さて、次回からは天狼島編に入りたいです。次回も読んでくれると嬉しいです。


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波乱の幕開け

さて、次回は天狼島ですよ、天狼島!!

いやー、ワクワクしますね。このワクワク具合はモンハン×レベルww

そういえば、お買いになった方々はどこまで進みましたか?

作者はこれを書きつつ、頑張りまして、ガルルガ一式です。HR3なので、結構頑張ったかな?

まあ、それはさておき、本編どうぞ!!


その日は訪れるべくして訪れた。

 

あらゆる魔導士ギルドにも存在するしきたり――それがS級魔導士昇格試験だ。

 

半年前にもS級魔導士昇格試験が何処かのギルドで行われたようだが、相変わらず合格者は1人のみという結果だ。

 

そうでなければ、面白くない。そう言ってしまえば、話は終わるだろうが、それ以前にS級魔導士昇格試験はギルドの株を上げるための推進力、闇ギルドが攻めてくる確率を減らすための抑止力にもなる。

それ故に厳正に執り行うのが本来だ。そして、新たに上ってきたS級魔導士昇格試験合格者もそれ相応の実力を持たなければならない。

当然、それがS級としての覚悟、プライドである。強き者は弱き者を守るべく、今まで以上に強くならなければならないのも真実。

弱き者も強き者にいつまでも守り続けられるのは許されない。弱いのならば、強くなればいい。それが結果的にギルド本体の平均値を上げる効率のいい方法となる訳だ。

 

そうして、今日。

 

あのフィオーレ1騒がしいギルド――《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》ではそのS級魔導士昇格試験の重要事項が発表されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「なんだか皆さん、ソワソワしてますね」

 

「そうよね。昨日ミラさんが言ってたことに関係あるみたいだけど……」

 

ほとんどのギルドのメンバーがこの日、ギルドに集まっていた。来ている全員が同じように酒場の奥にあるステージの方を向き、ある者はソワソワしており、またある者はいつも通りだった。当然藍色の長髪の少女――ウェンディもまた他の者たちに混ざっていた。

少し前に入ったばかりの少女の隣には少女よりも前に入った、同じく新入り枠にいる金髪の女――ルーシィがいる。

ウェンディが抱えているのはパートナーであるエクシードの白猫――シャルル。彼女は相変わらずの雰囲気を放ちつつ、周りの様子を伺い、予測をつけようとしていた。

そんな少女と白猫の左隣――ルーシィは右隣――にいるのは淡い青色の髪を持つ人であり、人でない齢5歳の少女――フィーリがいた。

 

――ほんの少し不機嫌そうだったが。

 

まだギルドには加入していないものの、フィーリの実力は既存メンバーですらも認める程であり、不意討ちであってもナツを一撃で沈めたことや、数日前――レインの家でのハプニングより後――で執り行った軽い勝負では、見事対戦相手であったルーシィを撃破している。

 

――まあ、ルーシィは色々と不運だった。それも一番最初が酷かったと言えよう。

 

いきなり本気で倒そうと召喚したロキ(レオ)が突然フィーリにベタベタと話しかけ、見事に一撃で返り討ちを喰らい、消滅。

続いて召喚したタウロスも、アックスでの強烈な攻撃が当たったように見えたのだが、軽々と受け止められ、眼を紅く輝かせたフィーリの“炎狼の獄炎(フレイム)”によって又もや消滅。

結局その後、肉弾戦となり、鞭で迎撃しようとしたルーシィの攻撃は避けられ、首もとに落ちていたフォークを突きつけられ、終了してしまっている。

そんな狼少女――フィーリは“姉”と慕うウェンディに寄りかかり、頬をプクッーと膨らませ、愚痴るように言った。

 

「パパ、消えた……。…何処、行ったのかな……」

 

「ホントだね、フィーちゃん。レインさん、何処に行ったのかなぁ……」

 

「ま、大丈夫なんじゃない? わたしたちには予想できないことしてみせるアイツなら」

 

シャルルがそう言い、それにはウェンディとフィーリ、ルーシィが賛同するが、確かに何処に行ってしまったのだろうと思ってしまう。

数分前、突然レインは何かを思い出したようにため息をつき、それからフィーリをウェンディに託すと、何処かに行ってしまった。

恐らく何か用事でも思い出したのだろうかとウェンディは思ったが、フィーリはなんだか置き去りにされたことに怒っているらしい。

 

「大丈夫だよ、フィーちゃん。レインさんはちゃんと戻ってくるから。だから、それまで一緒に居ようね」

 

「……がう。…お姉ちゃん、…優しい…、……………好き」

 

「ふぇ?」

 

突然フィーリが“好き”と発したことでさしもの《天空の巫女》も度肝を抜かれ、変な声を出す。数秒後ほど頭の中でその言葉を巡回させ、ウェンディは少しずつ顔を赤くしていく。

 

「ふぃ、フィーちゃん!?」

 

「どうか…したの、…お姉ちゃん?」

 

「そ、そういうのは…本当に好きな人に……」

 

「本当に…好きな人…?」

 

初めて聞いたのか、その言葉に首を傾げ、ゆっくりと考える。“好き”という単語は分かるため、それを発展させて考えていき、フィーリは口を開いた。

 

「…つまり…恋人…とかのこと…?」

 

「う、うん…」

 

「…むぅ……、そんな人…できるかな…わたしに……、こんな姿なのに…」

 

その言葉にウェンディは固まった。確かにフィーリの姿は以上とも言えなくもない。人間には本来ついていない頭上から飛び出した対の狼の尖った耳。

大体尾てい骨から生えるフサフサとした柔らかくもしっかりとした尻尾。それらは当然ウェンディには存在しない。

魔法により増えたのか、そう言われたら確かにそうかもしれないが、彼女は本当に魔法抜きで生えている。恐らくは人間の母と狼の父から誕生したハーフの人狼とレインは予想しているが、その通りなのかもしれない。

 

――となれば、この異形を好きになってくれる人などいるのだろうかと考えてしまうのだ。

 

「……好きになってくれる人……いるかな……」

 

少し落ち込み気味なフィーリ。そんな彼女にウェンディは優しく励ました。

 

「きっといるよ、フィーちゃんを好きになってくれる人。だから大丈夫、安心していいんだよ」

 

「へぇー、アンタ、そういうの分かるのね?」

 

「そ、そういう訳じゃ……」

 

シャルルに指摘され、ウェンディはなにを考えたかのかは不明だが、顔を赤くし、狼狽える。そんな“姉”をジーっと眺め、急に可笑しくなり、微かに笑うとフィーリは元気よく言う。

 

「ふふ……、お姉ちゃんのこと…信じる。わたし…好きになって貰えるように…頑張る。――でも、いざとなったら……パパを好きになりたいかも…」

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

少々ウェンディとフィーリのちょっとした会話があった後、漸くしてギルドで起こっていた仕事仕事~!現象の正体が分かる時がやってきた。

下ろされていた横断幕がゆっくりと上がり、そこには小さな老人と茶髪の男性、緋色の髪を持つ女性、白色の髪を持つ女性――そして、淡い金髪に藍色の一房がある少年が立っていた。

 

「あんなところに…いたんだ、…パパ」

 

「どうしてあそこにいるんだろう…?」

 

そんな二人の疑問は小さな老人――三代目ギルドマスターマカロフ・ドレアーにより、明かされた。

 

「コホン、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》、古くからのしきたりにより…S級魔導士昇格試験の参加者を発表する!!」

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 

 

待っていたとばかりにステージを見ていた者共は歓声を上げた。あまりの歓声に二人は呑まれそうになるが、右隣にいたルーシィが驚愕の声をあげた。

 

「S級魔導士昇格試験!?」

 

「だから皆さん忙しくしてたんだ……。――あれ? それじゃあ、なんでS級のレインさんもバリバリ仕事に行ってたんだろ…?」

 

ふと考えようとするウェンディだったが、あまりの歓声にマカロフの後ろにいたエルザ、ギルダーツの叱責によって全員は再び静けさを保つことになった。

再びマカロフに全員が意識を集中させ、彼の言葉を待つ。――そして、言葉は発せられた。

 

「各々の力、心、魂!! わしはそれをこの一年、見極めてきた。参加者は8名!!」

 

8名――その言葉に多くのメンバーは多いと感じただろうか。それとも少なく感じただろうか。しかし、それはともかく“この8名”に自分が入っていることを祈るだけである。

それぞれが期待と一抹の不安を背負い、マスターの言葉を待つ。その雰囲気を感じ、マカロフは口を開き、叫ぶように発表する。

 

「ナツ・ドラグニル!!」

 

「うおっしゃあ!」

 

まずは最強チームの一人である火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)、ナツが選ばれる。確かにそれには納得できる。

ウェンディは聞いただけに過ぎないが、闇ギルドの長との勝負に勝ち、同じ滅竜魔導士のガジルにも勝ち、さらには共闘ではあるが、雷の滅竜魔導士のラクサスを撃破しているそうだ。

それに加え、六魔将軍の時にも“ゼロ”を破り、エドラスでも大きな活躍を見せた。恐らくそれが認められたのだろう。

 

「グレイ・フルバスター!!」

 

「漸くこの時が来たか」

 

最強チームのメンバーである彼も同じく大きな活躍をあげている。実際竜鎖砲の鍵を壊してくれたのも彼だそうだ。

 

「ジュビア・ロクサー!!」

 

「え? ジュビアが?」

 

彼女はウェンディの慕うレインと同様、元《幽鬼の支配者(ファントムロード)》の実力者だ。それ故に強さも最強チームのメンバーに劣らない。だからこそ、選ばれたのだろう。

 

「エルフマン!!」

 

「漢たる者、S級になるべし!!」

 

エルフマン。以前は不可能だったらしい全身接収も達成し、ナツたちがいない間にも仕事をガンガン受け続けていたようであり、元より実力もある方だそうだ。

 

「カナ・アルベローナ!!」

 

「………」

 

ルーシィの同世代では一番古くからギルドにいる猛者で、すでに何回も試験を受けているとレインから聞いている。ギルドでの争乱の時には負けてしまっていたようだが、それでも実力はレインも認めており、ナツたち同様にS級魔導士候補だそうだ。

 

「フリード・ジャスティーン!!」

 

「フッ、ラクサスのためにもS級魔導士にならなくてはな」

 

彼は雷神衆の筆頭であり、意外にも料理上手ということは以前の大仕事の時に知っている。――その後、色々と大変だったことは言うまでもないのだが。

 

「レビィ・マクガーデン!!」

 

「やった!!」

 

術式や古代文字――つまり文字などに詳しい彼女とウェンディは“あること”を切っ掛けに仲が良い。それもあり、友達が試験に出られるのは嬉しいことだった。

 

そして最後の一人は……

 

「メスト・グライダー!!」

 

「………」

 

頬に十字傷のある青年。選ばれると言うことはかなりの実力があるようだが、ウェンディはあまり関わりがない。

 

それはさておき。

 

周囲では選ばれたメンバーの喜びの声と選ばれなかったメンバーの悲痛な声が聞こえる。ウェンディもルーシィも選ばれなかったが、ナツやグレイたちが選ばれたことは嬉しいことだ。

そんな中、マカロフが説明を続ける。

 

「今年の試験会場は“天狼島”!!」

 

それを言われた途端、マカロフの背後付近に立っていたレインが府抜けた声を漏らした。

 

「へ…? て、天狼島?」

 

「そうじゃが?」

 

「いや、何でもない……。(メイビス、頼むから気づかれないようにしてくれ……)」

 

ステージでのレインの様子を見て、ウェンディとシャルル、フィーリが察し、ため息をついた。レインにより、少し方向がずれたが、マスターの老人は再び説明を続ける。

 

「我がギルドの聖地じゃ。試験は一週間後。参加者は各自体調を整えておくように!!」

 

マカロフがそう一旦締めると、次にしばらく黙っていたレインが口を開き、説明を開始する。

 

「初めてのヤツがいると思うから説明しておく。S級魔導士昇格試験の合格者一人だけだ。つまり、七人はS級魔導士になれない。

あと、パートナーを一週間の準備期間中に選んでおくことだ」

 

「ここでパートナーについてのルールを説明する。ルールは二つ。一つは、ギルドの仲間であること。二つ、S級魔導士はパートナーにできない」

 

レインとエルザによる忠告。それは今まで試験の内容を知っている者たちには気を引き締める物なのかもしれない。便りになるのは、自分の実力とパートナーとの連携。

それがこの試験においての最重要だと言うことになる。それを聞き届けたのを察すると、マカロフはさらに説明を付け加えた。

 

「今回の試験でも貴様らの行く先をエルザが邪魔をする」

 

それを聞いた途端、会場から「また、エルザが妨害してくんのかよ」と言う声が漏れる。しかし、今回はそれだけでは終わらない。

 

「今回はわたしも皆の邪魔する係をしまーす」

 

そう名乗りをあげるように言ったのは元S級魔導士であり、《魔人》という異名を持ったミラジェーン。それには流石のメンバーたちも“どよめき”を走らせた。

それな彼らに茶髪の男、ギルダーツが軽い叱咤を入れる。

 

「ブーブー言うな。S級になったヤツも通ってきた道だぞ」

 

そんな彼の姿。一部のメンバーがパターンを呼んだのか、青ざめて言う。

 

「ま、まさか……今回の試験の妨害者に……」

 

「ギルダーツが混ざってんのか……」

 

「ギルダーツも参加するのか!?」

 

「嬉しがるな!!」

 

青ざめほぼ10割、その中にたった一人ナツが嬉しそうにする。そんな彼にグレイも久しぶりに鋭いツッコミを入れるが、さらに嫌な予感が戦慄のように全員の背筋に走った。

 

「おいおい、まさか……」

 

一部がそう言うと、ステージに立つ一人の少年がニヤリと口角を吊り上げ、笑いつつ答えた。

 

「おう。今回はさらにオレも妨害メンバーだ。容赦なんて一切合切しないから宜しくな♪」

 

その瞬間、会場のメンバー全員が同じタイミングで「うわぁ……」と口から抜けた風のように言った。それほどまでにスルリと口から漏れたのだろう。

 

「(なんかさっきからオレとギルダーツ、文句言われてないか…)」

 

レインが向いている会場の中央からは、口々に「レインとか絶対無理だろ……」や「いやいや、ギルダーツでも無理だろ、普通」とか、「つまりあれだな、あの二人に当たったら御愁傷様ってことなんだな?」などが聞こえてくる。

さしものギルダーツもこの文句には苦笑するしかない。

 

片や《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》最強の男。片や元《幽鬼の支配者(ファントムロード)》最強の男にして、聖十大魔道序列五位。

それ即ち、強固であり、鉄壁の防壁である。――となれば、必然的に当たりたくないという欲が漏れ出すのだろう。まあレインとしても分かるのは分かるのだが、致し方ないことだ。

 

「試験は一週間後、参加者とパートナーはハルジオン港に集まるように、以上!!」

 

マカロフの号令により、終了を告げる参加者発表。しかし、それは新たな幕切れのスタートを切ることになるとは誰も予想していなかった。

そんなことを知らず、ただレインはたった一つだけ思った。

 

 

 

 

 

――色々と面倒なこと多すぎだろ、と。

 

 

 

 

 




う~む、3rd時代ぐらいに攻撃力と防御力低いなぁ、武器が……。

――おっと失礼、少し考え事を。

それにしても、アニメも大詰めですね。3期あるのでしょうか?

出来ればあってほしいですね、ウェンディの活躍とか期待してますし。

……ロリコンじゃないですよ? ロリコンじゃ……いや、ほんのすこしならそうかも(笑)

さてさて、天狼島ではレインに関わることが多く出るかもしれません。

それと天狼島が終われば、外伝が何話か続きますので悪しからず。


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試験の前に+α

今回は天狼島への繋ぎと投稿予定にしてたけど、カットした話のものです。

本編の方が良い方は次回の投稿をお待ちください。

ちなみに外伝の方は時系列が少しずれています。ご了承ください。



妖精の尻尾(フェアリーテイル)》S級魔導士昇格試験当日

 

 

 

「はぁ……、どうしたんだ、急に」

 

淡い金髪に一房の藍色がある少年――レインは自分の羽織るコートの袖を掴んで離さない狼の尖った耳にフサフサの形も毛並みもいい尻尾を持つ藍色の髪の少女を見つつ、訊ねた。

 

「パパ……」

 

「ん? どうかしたか? ――もしかして……寂しいのか?」

 

「………(コクン)」

 

その問いに、狼の少女――フィーリは小さく首を縦に振り、レインの訊ねたことを首肯した。プルプルと彼女の身体は震え、いつも元気よく振られていた尻尾はシュン…と垂れ下がってしまっている。顔をあげた彼女の瞳は揺れ、涙が今にも溢れそうになっていた。

 

「そんな寂しそうな顔をするなよ。帰ってきたら沢山遊んだり、魔法教えたりしてやるからさ。だから――少しは笑顔を見せてくれ」

 

「………」

 

ゆっくりと、ゆっくりと顔をあげ、フィーリは潤んだ瞳をレインに向け、あまり上手く笑えなかったが、笑顔を見せた。

その笑顔はいつもの無表情に近いものとは違い、女の子らしい可愛い顔がそこにはあった。

 

「…ぁ……」

 

「………? どうか…したの? パパ…?」

 

「あ、いや…その…な? フィーも女の子なんだし、ちゃんと笑えば可愛いんだからさ。笑顔で待っててくれ」

 

「…ぇ……? ………!?///」

 

急激に火魔法で炙られたように顔が真っ赤になるフィーリ。垂れ下がってしまっていた尻尾が恥ずかしさによってピンッと立ち、混乱するようにブンブン回されている。

 

「…え…え…? パパ……きゅ、急に、…な…なに……!?///」

 

「ん? フィーって結構冷静なのかと思ったら、意外と恥ずかしがりな一面もあるんだな、女の子らしいところあって安心した」

 

それを言った途端、ポカリとフィーリにレインは腰を叩かれた。結構本気で攻撃したのか、腰辺りがヒリヒリしたが、それは黙っておく。

それから弱めにポカポカと殴ったのだが、それから何時かのウェンディのように胸の辺りに顔を埋め、小さく弱々しい声で呟くように言った。

 

「………どれくらいで……帰ってくるの…?」

 

「大体2日、3日くらい。まあ、結構すぐに終わるはずだから、安心してくれ」

 

「………ホント?」

 

「ああ。なんなら、帰ってきたら一週間オレを好きにしてくれてもいいぞ? もちろん、精神的、社会的に死なないヤツだけどな」

 

「……分かった」

 

納得したのか、フィーリはレインから離れ、いつも通りの様子を装い、言った。

 

「……良い子で待つ…。…ちゃんと帰って…きて…? …お姉ちゃんと一緒に……」

 

「ああ、ちゃんと帰ってくるから大人しく待っててくれ、フィー」

 

 

 

 

 

そうしてレインはこれから試験会場である天狼島に向かう彼らより先に、その場所へと向かった。それが長い別れとなることを知らずして……。

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

天狼島にて

 

 

 

前に来たのは1週間前ぐらいだったのだが、それでも懐かしく感じる。荒廃した村の跡、所々にある建物の残骸。島の中央に聳え立つ、一本の巨大な樹――天狼樹。

その木の元にはかつてギルドがあったのだが、それは過去の話。そんなその木の内側に、小さな仮の墓が建てられている。

そんな墓の中心には絶えない金色の炎が燃え上がり、その付近に一人の少女が座っていた。

 

「フィーを迎えに行った時ぐらいかな、メイビス」

 

『そうですね、兄さん。フィーちゃんもいないということは……、まさか会いに来てくれたんですか?』

 

「それもあるよ。あ、でも、一応報告しないとね。――今日、S級魔導士昇格試験だから、大人しくしててくれるかな?」

 

『おおー!! S級魔導士昇格試験なんですね、今日!! これは楽しみですね~♪』

 

「(どうしてそうなるんだ……)う、うん…。――でもメイビスは幽霊的な分類なんだから、大人しくしててね? 三代目のマカロフさんはお爺さんなんだから心臓に悪……まあ、分かって?」

 

『むぅ……、あ、でも試験ってことは……、兄さんが試験関係者ですか?』

 

「そうだけど、どうかしたのか?」

 

『それなら、皆さん来るまでお話しましょう~♪』

 

両手をバンザーイと上げ、頭につけた飾り――天使の羽のようなそれをピクピクと動かせ、嬉しそうに笑う。

 

「はぁ……、分かった。それじゃ、これでも飲みつつ、話でもする?」

 

腰に巻いたポーチに寝かせておいた酒ビンとコップを取りだし、それを床に置いた。それを見た途端、メイビスの眼はさらにキラキラ輝き、元気よく頭飾りの羽がピクピクと動く。

 

「そんなにお酒飲みたいの? メイビス」

 

『だって、前は“花見”の時だったじゃないですか~、久しぶりですし、楽しみたいです♪』

 

「了解。それじゃ、コップ手に取って」

 

メイビスがコップを取ると、レインは酒ビンを手に取り、コップの中に注いでいく。注がれていく酒を見て、「おーとっとと……」と言いつつ、ギリギリまで入れられた酒入りコップを片手に、笑顔で言った。

 

『それじゃあ、ゆっくり頂きながらお話しましょう♪』

 

「ああ、そうだね。それじゃあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『――頂こうか(頂きましょう♪)』」

 

 

 

それから試験参加者の乗る船が天狼島に辿り着く頃にはメイビスは完全に酔い潰れたのか、スヤスヤと寝息を立て、レインはため息を溢しながら痛む頭を冷水で冷やしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

時は遡り、ウェンディとシャルルがギルドに加入して数日後のこと

 

 

 

「ギルドに女子寮があるんですか?」

 

そう訊ねたのはギルドに入ったばかりの少女――ウェンディ。彼女が訊ねた相手は昔から知り合いである少年――レイン。

同じドラゴン――天竜グランディーネに育てられたために顔見知りである二人。そのためか、やはりウェンディも一番気を使わないで話すことが出来るのかもしれなかった。

ウェンディとシャルルのギルド加入もあり、女子メンバーはすでに女子寮での歓迎会を準備中のことだが、よく知らなかった彼女は親しい兄レインに話を聞くことにした。

そんな二人を端から眺める二匹の猫――ハッピーとシャルル。

二匹の猫の視線に気がつかないほどまでに会話に聞き入っていたのか、ウェンディは気がついてすらいなかった。

 

「ん? ああ、ちゃんとあるよ。結構距離も離れてないし。別にこの街の何処かのアパートとかでも良いかもしれないけどさ、安全面的にそこがいいと思う」

 

「安全面?」

 

「女子寮――つまり、フェアリーヒルズにはほとんどの女子メンバーが住んでてさ。エルザもいるし、その他の実力者もいる。――と言うことは、最悪泥棒が入っても“悪即斬!”って訳だ。それならウェンディも安心だろ?」

 

「なるほど……。そうですね、それじゃあ、わたしそうします!――ところでお兄ちゃんは男子寮なんですか?」

 

「ん? 違うよ? 一軒家を買ってそこで住んでる」

 

「今度お邪魔していいですか?」

 

「あー、うん、まあ、いいよ。――それなりに来る日とかは後にね?」

 

「はい!」

 

女子寮の話から一転し、気がつけばお泊まり会みたいな日付の話にも変わっていく二人の会話。いつもならウェンディと話しているはずのシャルルの視線を見て、ハッピーは嫉妬しているのかと思うのだが、今は口に出さず、ジーっとレインたちを見る。

 

それから数分間二人の滅竜魔導士は話し合い、それから漸くウェンディがフェアリーヒルズに向かうことになったところで、レインは何かを思いだし、悩み始めた。

 

「困ったなぁ……」

 

「どうかしたの? お兄ちゃん」

 

「この後、男子メンバーはギルドにあるプール掃除しないといけなくてさ。ウェンディたちの案内出来ないかなぁ……」

 

「そうなんですか……。――ってお兄ちゃん、女子寮に入ったことあるんですか!?」

 

会話の内容を聞いて可笑しい点を見つけたウェンディ。そのことをレインに問い詰めるように訊ねると、彼女の兄は普通そうな顔をして答えた。

 

「前にミラさんに女子メンバーが居なくて掃除とかに支障が出そうって時に頼まれてさ。一応良識人って扱いで許してもらった。別に変なことを考えたりしてないので悪しからず」

 

「やっぱりにそうだよね。てっきりお兄ちゃんがそういうことを……」

 

「ん? ウェンディ、そういうことってどういうこと?」

 

「え……、それは…その…あの………////」

 

説明しようとして何かを思い浮かべ、顔を真っ赤に染め上げるウェンディ。流石にやり過ぎたかと思い、レインが「冗談、冗談だって」と声をかけ、落ち着かせる。

 

「まあ、そんな訳だから。ハッピーは確か、フェアリーヒルズに行ったことあるんだよな?」

 

「アイ。オイラも案内できるよ」

 

「それじゃ、ウェンディたちを頼む。オレはバカナツとかが暴れないようにしてくるから」

 

そう言うと、レインはハッピーに何かを渡した後、ギルドにあるプールの方向へと向かっていった。レインの背中を見届け、ハッピーはウェンディたちを女子寮へと案内する。

 

「それじゃ、オイラについてきて」

 

未だにどういう魔法かはよくわからないエーラ”による羽根を広げ、ハッピーはウェンディとシャルルを連れてフェアリーヒルズへと向かっていく。

丘の上に立つそこは思ったよりも大きく、外見からしても綺麗なところだった。そんな中、そこへと向かった一同が目にしたのは猫のコスプレをした金髪の女性――ウェンディたちの知り合いである彼女――ルーシィだった。

 

「あの、ルーシィ…さん?」

 

ウェンディが声をかけると、ルーシィは振り返り、驚き、それから続いて服装――主に露出の激しい胸の辺りなどを隠す。

 

「う、ウェンディ!? それにシャルルにハッピー、どうかしたの? こんなところで」

 

「わたしたち、ここに住むことにしたんです。お兄ちゃんからの推薦も含めて、今日エルザさんたちが歓迎会をしてくださるそうなんです。」

 

「そうなんだ、――あ、そう言えば……ウェンディ、ここ家賃10万ジュエルなんだって」

 

「そ、そうなんですか!? ど、どうしよう……」

 

「あ、それならさっきレインがこんな手紙オイラに渡してたよ?」

 

貰っていた手紙の一つを手渡し、ウェンディはそれをよく確認してから開封する。そこには見覚えのいる文字の筆跡と彼の名前が最後に書かれていた。

 

 

 

 

 

 

〈家賃10万ジュエルってことを伝えるのを忘れててごめんな。でも、大丈夫。

 

 ウェンディが仕事に慣れて、報酬のお金での稼ぎが安定するまでは

 

 毎月10万ジュエルはオレの方で払っておくから。だから安心して他のメンバーと

 

 馴染めるように頑張ってくれ  レイン・アルバーストより〉

 

 

 

 

 

 

「最近よく思うんだけど、レインっていつもどれくらい稼いでるのよ……」

 

「「納得です(納得ね)」」

 

ハッピーとシャルルがそう肯定すると、ウェンディは不思議な気持ちで手紙を畳み、自分の荷物の中に入れる。

 

「お兄ちゃん、なんだがわたしに優しすぎる気が……」

 

「ウェンディ、アンタの予感、当たってるわよ、多分」

 

シャルルがウェンディの予想を肯定し、それから気になっていたルーシィの格好へと目が向いた。

 

「ところでルーシィさんはなんでその格好なんですか?」

 

「へぇ、猫の前で猫のコスプレ……ふふ、少しシュールね」

 

「ルーシィの趣味?」

 

「違うわよ!!」

 

猫コスプレルーシィの鋭いツッコミが入る光景を目にしつつ、ウェンディたちは女子寮へと入った。外見も壮美だったのだが、中も綺麗にされており、それはエントランスから伺えた。

 

「わぁ~、綺麗ですね」

 

「意外と良いところね」

 

「そうね」

 

「それじゃ、オイラ案内するよ。ルーシィは?」

 

「あ、あたしは用事あるから」

 

そう言うと、ルーシィは何処かに行ってしまう。彼女の背中を見送り、ウェンディたちは早速ハッピーの案内を受けながらヒルズの中を回っていく。

 

「ここが大浴場だよ。部屋にもシャワーはあるけど、お湯に浸かりたいときはこっち」

 

「大きいねー、シャルル」

 

「そうね。かなり広いわね…」

 

あまり湯気がモクモクとは上がってないが、確かに浴場ないも綺麗に掃除されている。途中、ウェンディはここも兄であるレインが掃除したのではないかと考えたが、考えるのを中止し、他の場所を見に行った。

 

その後も色々とウェンディは同じような悩みに頭を抱えそうになったが、自室を案内され、漸くその悩みは消え去った。

そしてウェンディたちは……

 

 

 

 

 

近くの湖畔にやってきていた。

 

 

 

自室の案内が終わったウェンディたちは待っていたエルザたちによる歓迎会として、湖畔に泳ぎに来ていた。

湖畔の砂浜を駆け回るレビィ、ラキ、ビスカ。

湖に浮かぶのはウェンディとエバーグリーンだ。

何故かジュビアは楽しそうにしていなかったのだが、おおよそ彼女はグレイでも見に行きたいのだろう。

 

「それにしても、楽しいですね」

 

「ああ、フェアリーテイルもフェアリーヒルズも、どっちも楽しいぞ」

 

ウェンディとエルザが楽しそうに会話を交わしている中、シャルルは砂浜でパラソルを広げ、優雅に寛いでいた。

 

「フン、皆ガキね」

 

「お待たせ致しました」

 

そんな白猫の側にネクタイまで締めたスーツ姿――カジノ店のディーラーのような服装のハッピーが飲み物を持ってきた。

 

「あら? オスネコの癖に気が利くのね」

 

「女子寮の皆さんによく言われます」

 

とりあえず飲み物を取ろうとしたシャルル。そんな彼女に小さな悲劇が訪れた。突然湖に浮かんだりバレーを楽しむ彼女たちに向き直ったハッピー。

それにより、シャルルが取ろうとしていた飲み物は宙を舞い、何処かに墜落する。唖然とするシャルルを置いて、ハッピーはいつもの乗りで“あれ”の開催を宣言する。

 

「それでは皆さん、例のやついきますよ!!」

 

すると、急展開よろしくとも言わんばかりにハッピーは早着替えし、砂浜に現れた3つの高さの違う椅子に座る女子たちも集合する。

突然のことに初めてのウェンディと飲み物を放り投げられたシャルルは反応できない。

 

「フェアリーヒルズ名物、恋の馬鹿騒ぎ~!!」

 

「「「「「わ~!!」」」」」

 

「グレイ様!!」「ラクサス!!」

 

始まって間もないのにお題を叩き込む二人。そんな二人を置いておいて……。

司会者ハッピーはお題をここで発表する。

 

「今回のお題は“フェアリーテイルで彼氏にしてもいいのは誰?”です。さぁ、どうぞ!」

 

「グレイ様、以上!!」

 

「ジュビア、それじゃあつまらないよ」

 

鋭く際どい指摘が入り、すぐさまジュビアの案は叩き落とされる。すると、勢いよく意見が減ったためにハッピーが訊ねる。

 

「他の人は?」

 

「え~……その~……」

 

「花が似合って、石像のような感じの……」

 

「それって人間ですか?」

 

完全にエバーグリーンは論外なところを言っていたようだ。ハッピーの質問は確実にそれが論外かどうかを確かめるには丁度よいと言える。

 

「エルザは?」

 

「いないな」

 

「即答だね」

 

「他の人!」

 

「ちょっとお題に無理があります! だってそんな人いる?」

 

確かにラキの言う通り、このままではこのお題は一向に進まない。そうなれば、当然この“恋の馬鹿騒ぎ”も終了である。

すると、何か思い付いたように何処からともなく訊ねた。

 

「レビィはどうなの?」

 

「私!?」

 

「例えば、ジェットとか、ドロイとか……」

 

「三角関係の噂もあるしね」

 

「冗談! チーム内での恋愛はご法度よ!! 仕事に差し支えるもん!!」

 

言い切って見せるレビィ。仕事熱心と見れば、お見事なのだが、一般的な視線から見ると、バッサリと切られた二人はさぞ悲しいだろう。

 

「トライアングル~、グッと来るフレーズね」

 

「三角関係……恋敵……!!」

 

「その真ん中に立つと、全ての毛穴から鮮血が……とか?」

 

などと次々に話がずれていく一行。その後も話し続けるが、ジュビアが妄想を始めたり、エルザについての疑惑が次々と生じたり、ルーシィの彼氏を考えているうちにギルド外や男ですら無くなったり、さらにはビスカの好きな人物を改めて暴露されたりと次第によくわからなくなっていた。

ところが、突然レビィがある人物を出した。

 

「そういえば、レインはどう?」

 

「あー、確かに見た目少年だけど、かなりしっかり者だよね」

 

「それにあの年齢でS級魔導士でしょ? かなりの実力者よね」

 

「ああ、確かにレインはとてつもなかったな。まさかとは思ったが、巨大な魔法そのものを吹き飛ばして見せた」

 

「な、なにそれ……。もはやそれ、人間なの…?」

 

「実は人間じゃなくて、別の生き物だったり……?」

 

などと酷いことに人間扱いされないというぢ状態に陥る。――まあ、本人は元人間の悪魔であるために事実は事実である。

 

「兎に角、レインはどうなの? みんな的には?」

 

というハッピーの質問。それを他のメンバーが答える前にある少女が発言した。

 

「お兄ちゃん、かなり鈍くて……」

 

ウェンディの残念さが少し混ざったそれを聞き、全員がへぇ~という納得を同時に漏らす。

 

「そうなの? 意外ね。結構鋭い洞察力あると思ったんだけど」

 

「――あれ? ってことはウェンディ、レインのこと、どう思ってるの?」

 

「ふぇ……!? あ、…その……えっと………」

 

聞かれたことにより、突然しどろもどろになるウェンディ。少しずつ赤くなっていき、顔はすでに半分近く赤くなっただろう時に追撃を加えるようにエルザが……

 

「ウェンディ。……レインのことが好きなのか……?」

 

「あ……その……えっと……うぅ~……///」

 

最後の一撃が加えた。一瞬で顔を真っ赤に染め上げたウェンディはモゴモゴと何かを言うが、回りには当然聞こえない。すると、決心したのか、ギリギリ聞こえるだろう声で呟く。

 

「……よく分かりません……。今までずっとお兄ちゃんとして…一緒にいたので……」

 

「確かに。ギルドでも“お兄ちゃん”って呼んでたし」

 

「そうね、それじゃあ、これから“さん”付けで呼んでみたら?」

 

「え……あ、はい……」

 

 

 

 

 

 

まさかこれがレインのことを“さん”付けで呼ぶ切っ掛けになるとは、以前のウェンディならば、きっと思っていなかっただろう。

――そして、これが兄として見ていた彼に別の目線から接することになるのだということも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クシュンッ!! う~ん、洗ってた時に水浴びすぎたのか…?」

 

一方のレインは予感のようなものがあったのだが、結局その予感に気がつくことはなかったのだが、次の日に色々と驚いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 




はい、今回途中でぶった切ってます。ホントすみません。

投稿送らせると脳内が次の話の構成で埋まってしまうので、早めにしたかったんです。

お許しを。それと次回から本格的に天狼島です。序盤はオリジナルからスタートだと

思いますが、お許しください!!m(_ _)mそれと後日オリキャラ募集を行う予定です。

無理のなく、やり過ぎない程度のオリキャラを無知な作者に教えてください。

お願いします。



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彼の魔力が溢れる島


さて、やっとこさ天狼島ですよ、みなさん。

今回大幅カット多いです。まあ、許してください。

それはさておき。定期報告でオリキャラ募集しております。奮ってご参加を。



「ふぇぇぇ………」

 

情けない声を漏らしたのは可愛らしい水色のしましま模様が入った水着を着て、テーブルに身体を倒して預けている藍色の長い髪を持つ少女。

つい先程まではいつも通りの服装を着ていたはずなのだが、この近海に入るに当たって服装は水着へと変わっていた。

それもそのはずであり、この辺りの近海は暖かい海流と雲が全くないとも言える天候のせいもあり、結構暑い。

マグノリアの街ではすでに夜など、かなり寒いのだが、それが一変するほどにここは暑くて仕方がないのだ。

そんな藍色の長い髪の少女――ウェンディの側には二人の女たちがいる。両方、ウェンディのようなパートナーではなく、S級魔導士昇格試験参加者なのだが、ウェンディ同様に暑さによってだらけてしまっている。

 

青い髪を持つ少女――レビィ・マクガーデン。

黒い髪を持つ女性――カナ・アルベローナ。

 

当然二人も水着だ。そんな彼女らの視線の先には一匹の青猫と金髪の女性もいる。

毎度お馴染みのハッピーとルーシィだ。

彼らもウェンディと同じパートナーとしての参戦だ。ルーシィに至っては備えられたチェアにだらしなく座り、ひたすら暑い系統の単語を連発している。

ハッピーに関してはジュースなどの小道具を置く小さな台に寝転び、同じく暑い系統の単語を連発するばかり。

互いにアイスになるとか、食べられるなど言っているが、正直片や人間アイス、片や猫アイスなど食べたくないだろう。

 

そんなこんなで彼らは試験会場である聖地天狼島へと向かっている。だが、流石にほとんどのメンバーが暑いと言っていてはキリがない。

――というより、これから試験の地である天狼島も暑いことには暑いと言える。つまり、今暑い暑いと言っていても仕方がないのだが、やはり何度も言うが暑いらしい。

そんな中、ウェンディがあることを思いだし、自分の足元に置いてあった何かの包みを見つけ、それを自分の前に配置した。

 

「ウェンディ、それなに?」

 

「見たところ、棒状のものが入ってみたいだけど……」

 

レビィとカナがそれぞれ呟き、その包みの中身を知らないウェンディは分からないと答える。しかし、差出人については遠に把握済みだ。よくよく見れば、分かりやすいように“ある人物”の名前の一部が包みに記されている。

 

――Vermilion(ヴァーミリオン)……と。

 

その名を見た途端に、ウェンディは誰かをすぐに察したのだが、恐らく彼のことだ。こういうことも予想しておいての判断もとい仕掛けてあるのだろう。

兎に角、中身は開けないと分からないのだが、ここでいきなり意地悪とも言える罠があるパターンに入れば、恐らくほとんどのメンバーが予選前に落ちてしまうだろう。

そう思うと、気が引ける。

 

「ウェンディ~……、それなに~……溶けちゃう……」

 

「これ……、開けていいんでしょうか……?」

 

ルーシィが未だに暑いと連呼するせいで、流石のウェンディも開けない方がいいという決心が揺らぎそうになる。事実、自分も暑いからだろう。

すると、それに便乗するようにレビィとカナもただ首を縦に振るだけだが、首肯した。近くを見渡せば、平気そうな顔をしているパートナー兼試験参加者のドランバルト、フリードとビックスロー、ジュビアが見える。

エルフマンやグレイも暑そうにしているが、ナツはそれどころではない。完全に船酔いし、何回か嘔吐物(キラキラ)を海へとぶちまけている。

それを見て、完全にウェンディの決心が彼女の中で音を立てて崩れ去り、しぶしぶ開けることを選んだ。

 

「そ、それじゃあ……、開けますね、みなさん」

 

包みに手をかけ、ゆっくりと巻かれたヒモを解いていき、布だけになったのを確認し、大丈夫なのかと不安になりつつも、ウェンディはその包みを完全に開け放った。

 

「……え? これって……」

 

恐る恐る中身のそれを見て、ウェンディは取り出す。それは綺麗な白色の布があり、持ち手用の棒と一緒に設置するためなのか土台もついていた。

それが指すモノと言えば当然あれしかない訳だ。

 

――現在ここにいるほとんどのメンバーが欲しがっているパラソル以外に他ならない。

 

「ぱ、パラソル……入ってました……」

 

「でかした、ウェンディ!!」

 

「それでこそ(オトコ)だ!! ウェンディ!!」

 

「わ、わたし…女なんですが……」

 

包みから出てきたパラソルを見て、暑がっていた男共――エルフマンとグレイが起き上がった。とりあえず、グレイは下半身をちゃんと隠してほしい。

早速彼らがそれを取ろうとするのだが、その前にウェンディがあるものを見つけた。包みに入っていた2本のパラソルの隙間に挟まっていたのは飾り気のない一通の手紙。

 

――間違いなく彼のちょっとした手紙だ。

 

それを見てすぐに封を開くと、中に入れてあった手紙からは彼の筆跡と共に内容が記されていた。

 

 

 

 

 

 

拝啓 S級魔導士昇格試験に参加するギルドの仲間たちへ

 

   このパラソルはここによく来るオレからのプレゼントだ。まあ、暑さ凌ぎくらい

 

   少しはしても許されるだろう。それぐらいじゃないと色々ストレス溜まるからな。

 

   ――まあ、度が過ぎると天狼島に入ってからが途方もなくかなり疲れるけどな。

 

   それはさておき。この二本のパラソルについてだが……。

 

   当然レディーファーストって言うモノが何処かの地方ではある。――と言う訳で、

 

   二本とも女子が使うといい。男子は暑さでこんがり焼けてチキンにでもなればいい。

 

   ――というより、そんな貧弱な男が試験に選ばれる訳ないか。まあ、女子は

 

   ゆっくり休め。根性みせろよー、男子~。ちなみに猫は女子と同じ待遇だ。

 

   まあ、試験頑張れ。――でも、とりあえずオレとギルダーツに当たったら……

 

   運が無かったと思ってくれ。

 

                          レイン・ヴァーミリオンより

 

 

 

 

 

 

「なんじゃそりゃあーー!!!」

 

「くぅ~!! 漢には厳しいぜ、レイン!!」

 

「オイラはパラソルOKなんだね」

 

「レイン、こういうのも予測してたのかな……」

 

「た、多分そうだと思います……」

 

グレイとエルフマンの嘆き声が広い海の上で木霊し、次々と女子と猫は同じ場所に集まり、パラソルを開いて、その下に出来た日陰に入る。

 

「なにこれ……、すごくすずしい……」

 

「だねぇ~……」

 

「レインって女の子に優しいね……」

 

上から順にルーシィ、カナ、レビィが感想と感謝を述べ、同じく黙ってはいるもののウェンディとハッピーも涼しそうだ。

少し視線をずらせば、グレイやエルフマンが暑がる姿が見える。対してさっきと変わらない者たちも当然居るのは居るのだが。

ふとそう思っていると、微かに揺れた船体により、ウェンディのカバンから中途半端に姿を見せていた小さな球体のラクリマが転がり落ちる。

それを見てウェンディは焦りながらも、回収し、それをテーブルの上に置くと安心したのか、息を吐いた。

 

「ねえ、ウェンディ。前から思ってたんだけど、それってなんなの?」

 

前から少しだけ見覚えがあったルーシィは疑問をここで解消するべく、ウェンディに訊ねた。

 

「えっとですね……。これは貯蓄用のラクリマで、レインさんがわたしに「常日頃から魔力を準備したり、使ったりするのに馴れた方がいい」って言われて、これにいつも全魔力の1割ぐらいここに入れてるんです」

 

「へぇ~、ところでそれ貯めてどうするの?」

 

「それは……わたしも聞いてません。後でレインさんに会った時に渡さないと行けないので、その時に聞いてみます」

 

謎の貯蓄ラクリマをカバンにしまいこみ、ウェンディは再びテーブルに身体を預けるが、そんな彼らを見下ろすようにある人物が姿を現した。

 

――三代目ギルドマスター、マカロフ・ドレアーである。

 

もうすぐそこまで見えかかっている天狼島を見て彼もそろそろ説明をするために出てきたのだろうが、その服装を見るとただの観光客としか言えそうにない。

「なんだよ、その服!!」と突っ込むグレイ。再び言うが、とりあえず下半身をなんとかしてほしい。流石に全裸になることに躊躇いなどは一切ないのかと言いたくなる。

先ほど彼が言ったのだが、天狼島にはかつて“妖精”がいたという。確証は無いが、この島から《妖精の尻尾》の原点が作り出されたとレインは言っていた。

 

――妖精に尻尾はあるのか? 永遠に謎故に永遠の冒険。

 

それこそがギルド――《妖精の尻尾》の由来だと彼は言っていた。今のウェンディには上手くは理解できない。それでも、彼には懐かしいのだろう。

 

そんなことはさておき。

マカロフは説明をするべく、語りだした。

この島に初代マスター、メイビス・ヴァーミリオンが眠るということを。

それを言い終えると、彼は自分の真横にラクリマビジョンを展開した。

そこには“闘”と書かれた対戦の間と何も起こらないと示される“静”。

そして……、ギルダーツやエルザ、ミラ、レインの書かれたマスには激しい戦いになり、突破するのが困難と書かれた“激闘”が記されていた。

何故かは不明だが、ビックリマークの本数が人によって違っていた。

ミラは2本、エルザは3本、ギルダーツは4本――レインは5本だった。

それが現す意味は……

 

「これ、レインに当たったら終わりじゃ……」

 

グレイが推測を口に出すが、恐らくそういう意味だろう。正直ギルダーツでも無理だろうが、あからさまに危険の表示が違っている。

すると、マカロフが咳払いを一回してから説明を開始した。

 

「一次試験で試されるのは“力”と“運”じゃ。当然“激闘”に当たれば、突破は困難となる。それを避けることのできる運も必要。当然“静”ならば、何もしないで二次試験に進めるぞ。

レインの提案もあり、“静”は今回2つ。“闘”は1つ。“激闘”は4つじゃ。まずは島から出てくるあの煙を目指すといい」

 

そう言うと、マカロフはすぐさま“試験開始”と宣言する。だが、流石に始めて良いのか分からず仕舞いだ。そんな彼らを差し置き、羽を広げたハッピーがナツに持ち上げ、空から島へと接近しようとする。

所々から聞こえる「せこい」や「ずるい」の声。

 

しかし、彼らは進めなかった。――突然壁のようなものに阻まれて。

 

「うぎゃあッ!?」

 

「五分後には解けるようになっている」

 

短い悲鳴をあげ、壁に衝突したナツたちを置いて、犯人であるフリードはビックスローと共に島へと先行する。

当然他のメンバーも術式の壁からは出られていない。――はずだったが。

 

「ごめんね、ルーちゃん!!」

 

「ギヒッ」

 

文字に詳しいレビィが一分でそれを解いたことにより、ガジルと共に続いて先行した。さらに続いてフリードと付き合いの長いエバーグリーンも当然、エルフマンと共に術式を変更し、自分達だけ進んでいく。

 

「あと何分くらい足止め?」

 

「恐らく4分です」

 

ジュビアの返答で大体のメンバーが大焦りするのだが、一人だけ慌てていないものがいたのである。――ウェンディをパートナーにしたメストだ。

 

「焦らないんですか?」

 

「いいや、大丈夫だ。ウェンディ、掴まってくれ」

 

「あ、はい」

 

自信満々な彼の様子に疑問を抱くものの、ウェンディは彼の手を握る。一瞬だけ謎の浮遊感があったのだが、気がつけばそこには島の上。向こうを見れば、みんながいる船が見える。

 

「え、えええええ!?!?」

 

「はは、驚いたかい?」

 

「しゅ、瞬間移動……」

 

「そんなところかな。それじゃあ、行こうか」

 

瞬間移動のお陰で時間を短縮できたメストが先を急ごうと指示する。しかし、ウェンディはあることに気がつき、それについて訊ねた。

 

「あ、あの……、少し服を着替えていいですか?」

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

ウェンディがいつもの服に着替え終わり、メストと共にルート選択に入った。すでにルートは3つ封鎖されていたが、まだまだ選ぶルートはある。

どれにしようか二人で悩んでいる最中、ウェンディは“とある何か”に気がついた。

 

「あれ?」

 

「ん? どうかしたのか? ウェンディ」

 

「いえ、その……。島から()()()()()()()()が感じるんです」

 

「なんだって…!?」

 

それを聞き、メストもそれを確かめようとするが、あまり感じ取れなかった。だが、ウェンディは違った。確かに島からは微弱ながらもレインの魔力で溢れ帰っていた。

それはまるで……、この島がレインの魔力で生き生きとしているように。

力強く、それでいてなんだか暖かさも感じる。そんな感覚に囚われつつも、ウェンディはメストと共にルート選択に戻った。

 

「どれにしましょう……」

 

「そうだな……。ここは運に任せてBルートにでもするかい?」

 

「そうですね。ここは運に任せてみましょう」

 

近くにあったBの看板の立てられたルートへと二人は入っていく。途中まで洞窟が広がっていたその道は、気がつけば綺麗で広い湖が広がる地底湖のような場所へと変わっていた。

湖の上を舞うホタルの光は幻想的で、ウェンディはそれに見入っていたのだが……、その湖でバシャバシャと音を立てる何かに気がついた。

 

「ふーっ……、漸く頭がしっかりしてきたなぁ……。まったく……妹を酔い潰すまでこんなに苦労するとはな……」

 

その声音を聞いた途端、ウェンディは後退りを思わずしてしまった。その様子にメストは首を傾げたのだが、次の瞬間その声の主がこちらを向いたことで理解した。

 

湖で顔を洗っていた者。

 

それはウェンディにとって、一番大切な兄であり、憧れの人。同じ師と親を持つ兄妹のような仲である――淡い金髪に一房の藍色の髪を持つ、白銀のコートを羽織った少年。

 

今回の試験史上、最難関と言われる最強の試練。

 

S級魔導士、《天空の刀剣》と《天竜》の異名を持つレイン・ヴァーミリオンだった。

 

「れ、レイン…さん…」

 

「ん? へぇー、ウェンディとメストか。ようこそ、地獄の一丁目(激闘の間)へ。まあ、とりあえず先に言っておかなきゃな――運が無かったな、二人とも」

 

 

 

 

 

 





可愛そうなウェンディ。いきなりこれですからね(笑)

ちなみにグレイたちは“静”の間に行きました。やったね、グレイ、楽できるよ(笑)

他は変わりないです。次回はウェンディが日頃、レインに軽い稽古をつけて

もらった成果が出るかも?の回です。ご期待あれ


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S級魔導士の実力

投稿遅れましたー、本当にスミマセン。

そう言えば、オリキャラに募集一人ほど案をくださいました。

感謝感激雨霰です。ぜひオリキャラ案を考えるのが苦手な作者に力を貸してください。

(力と言うよりは読者の皆様の地力を)

――さて、今回は前回のウェンディたちの前に立ちふさがったレインが試験官としての

判断を下す回です。恐らく駄文ですが、それでも良い方はゆっくり読んでくださいな。




「――運がなかったな、二人とも」

 

それは目の前に佇む一人の少年によって告げられた。

彼の容姿はちょっと見た程度では、恐れるに足らない歳相応の姿見である。特徴を挙げるとするならば、淡い金髪に一房だけが藍色に染まっているという髪色。ヘアスタイルも極々一般的な髪型に過ぎない。

他にも白銀色に装飾された飾り気は少ないものの丁寧に作られているコートを羽織っていることや、腰に巻いたポーチという服装だけだ。

――普通に見れば、ただの少年としか分からないだろう。だが、そこが彼の武器の一つだ。

 

見た目に反して、彼は魔導士ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》に所属するS級魔導士。当然実力はS級の名に恥じないモノであろう。

それに加え、彼には様々な魔導士から憧れや嫉妬を抱かれているほどの実力者。伊達に《天空の刀剣》や《天竜》の異名を持つだけのことはあるほどに。

それ故、彼は強く簡単に越えられるような相手ではない。それは魔導士でも、一般人でも理解できるだろう。

――だが、彼はそれだけではない。事実彼の恐ろしい所はただの実力ではない。彼が持つ巨大すぎる魔力と魔法を使わなくても並みの魔導士ですら圧倒する体術と剣術。

それを踏まえた彼自身の総合的な実力は恐らく、このフィオーレ広しと言えど、彼を越える魔導士など両手の数にも満たないことを示している。

だからこそ、S級魔導士を目指そうと今日まで奮闘してきた者たちにとって、彼とは当たりたくはない。もう一つ言えば、彼と互角に渡り合った男とも当たりたくはないだろう。

 

「それにしてもなぁ……。ルートが8つもあるのにオレに当たるって言うのは、ウェンディとメストは強運なのか、それとも凶運なのか……。ま、試験だし仕方ないか。一次試験に“運”って項目あるしな」

 

「なんてこった……」

 

「レインさん……」

 

二人が思わず後退りを微かにし、一応試験の場である地底湖の様子を確認する。地底……、その名に反しないようにここは当然ながら地下だ。

ここから距離を取り、広い場所で戦うという手段は取れないだろう。それに加え、ほぼ奇襲も掛けられない。当然彼は自分たちより先に来ているのだ。地形の把握にはあちらに軍配が上がるだろう。

 

――となれば

 

「…やっぱり、真っ正面から戦うしかないか…」

 

「分かりました。わたしは援護に徹します」

 

真っ正面から戦うことを選び、二人は自らの役割を簡単に分担すると、防御重視の構えを取り、レインの動きを観察する。

それを見て、彼は一時的にキョトンとしたが、逆に何かのスイッチを入れてしまったらしく、ワクワクが身体から溢れ出しているような雰囲気を醸し出し、同じく彼も腰を落としつつ、構え――こちらは攻撃重視――を取った。

 

「それじゃ、試験開始と行こうか。一応魔導士としての戦い方の講義も一緒にしてやるから、ちゃんと聞きつつ、勝機を見出だせよ?」

 

その瞬間、レインが靄のように身体の輪郭をブレさせ、その場から消え去った。小さな旋風を残し、消えた彼の姿に驚きを隠せず、二人はすぐに目で追って探そうとするが……

 

「――ま、それじゃ及第点にも行かないな」

 

その声が耳元で響くように聞こえ、聞こえたと同時に二人は後ろから爆風を受け、前方に吹き飛ばされ、倒れた。

 

「きゃっ!?」

 

「なッ…!?」

 

すぐさま先にメストは立ち上がり、レインの姿を探そうとするものの、見当たらない。何処を見ようと、何もないか、すでに旋風だけが残されている始末だ。

遅れてウェンディも立ち上がり、同じように周りを見渡すが、見つからない。ふと先程の爆風が何だったのかと気になり、彼女は振り返る。

 

「え……?」

 

振り返った彼女の前には本来爆発物などが破裂した際に出来るだろうクレーターが全くなく、傷は付いているものの地面に大きな損傷が見られなかった。

事実、ウェンディとメストには全く怪我らしい怪我がない。ならば、どうやったのかと考えそうになる思考をどうにか止め、少し瞳を伏せた途端、彼女は何かの流れに気がつく。

 

「…!? 後ろです、メストさん!!」

 

「なにッ!?」

 

「気がついたんだな、ウェンディ。でも気がつくのが少し遅いッ!」

 

背後に暗殺者よろしくと言わんばかりに現れたレインがメストの視界ギリギリに姿を見せるが、咄嗟のことで反応しきれない彼は勢いのついたレインの回し蹴りをマトモに受け、吹っ飛ばされた。

 

「ぐあっ!?」

 

「メストさん!!」

 

「――ウェンディ、一応相方狙われた時には自分の身を守ることも忘れずにな?」

 

吹き飛ばされたメストを心配してレインから目線を反らしたウェンディの背後に彼が忍び寄り、忠告を踏まえた声が彼女に届くと同時に右手を手刀の型へと変え、ポスッと頭に落とす。

 

「あぅ…!?」

 

「ふむふむ……。ウェンディ、頬っぺた柔らかいな~」

 

にゃにしゅるんでしゅか(何するんですか)…!?」

 

頭にチョップを入れられたウェンディが両手で頭を押さえた隙を狙い、レインは彼女の頬をつまみ、フニフニと触る。意外と伸びたり、柔らかいことに驚きつつ、感触を楽しむ。

当然そんなことをずっとしている訳にもいかず、少し怒ったウェンディが反撃をするべく、空気を吸い込んだのを見て、距離を取る。

 

「うぅ~……/// 天竜の…咆哮ォ!!!」

 

「うわっ……と――って危なッ!?」

 

顔ギリギリを狙った咆哮で頬に小さな傷を付けられるものの、それを避ける。避けられたことに驚いたウェンディだったが、突然自分の視界がクルリと一回転することに気がつき、直後にお尻をドシンと地面に打ち付けた。

 

「あぅっ!?」

 

「足元も注意しないとな、ウェンディ。あと、頬っぺた柔らかいな~」

 

「もう/// ふざけてるんですか!?」

 

「ん? 別にそんな訳ではないけど? そろそろメストも復帰するだろうし、一旦距離を……!?」

 

ヒョイヒョイとウェンディの攻撃を避け、後ろに下がるレイン。しかし、彼の言葉を遮るように、足元には攻撃を仕掛けようとしていたメストが準備しており、彼の拳がレインの喉元目掛けて放たれる。

――だが

 

「――ま、及第点ってところか……」

 

スレスレでそれを躱し、その反動を生かし、レインは頭を下にするように一回転し、両手で地面に手をつくと、そのままヘッドスピンを開始した。

 

「なっ!?」

 

「すごい……」

 

「ほらよッ!!」

 

ヘッドスピンにより、勢いがついた蹴りがメストの胴に直撃し、あまりの勢いのせいか、彼は再び吹き飛ばされる。

綺麗な反撃を決めた後、両手で地面を押し上げ、上手いこと起き上がると、頬についた小さな傷から流れた鮮血を手で拭い、息を吐く。

 

「ふぅ……。流石に至近距離の咆哮は避け切れなかったかなぁ……。メストもさっきのは良かったぞ~。あとは攻撃をどう当てるかの正確さ、攻撃自身の速さだけだな」

 

「ぐっ……。なんて強さだ……」

 

「大丈夫ですか、メストさん」

 

戻ってきたメストに近づき、ウェンディは治癒魔法で彼の傷を癒す。緑色の光が彼の傷の付近を覆い、すぐに見えていた傷は塞がった。

 

「ありがとう、ウェンディ」

 

「いえ、こちらこそです。――ここからですね、メストさん」

 

「ああ」

 

態勢を取り直した二人が構え、レインを見据える。先程とは目の色が変わったのを感じ、試験官であるレインもまた、嬉しそうに笑うと、次は構えを一切取らず、指先を曲げる。

 

「挑発しているのか…!?」

 

「(あの動き……前にも見たような……)」

 

記憶の片隅で思い当たる何かが出掛けたウェンディがそれを思い出そうとするが、――少し遅かった。となりにいたメストは警戒しつつも、レインに迫っており、自分が反撃しやすいように軽い攻撃を彼へと向けていた。

その瞬間、以前見たある光景が既視感(デジャヴ)としてフラッシュバックを起こした。天狼島に来る二週間前の稽古で見せた、カウンターのパターンを。

 

「メストさん、気をつけて!!」

 

「――ウェンディ、思い出すのが少し遅いな。あとメスト、油断大敵だ」

 

メストの放った拳が簡単に躱され、隙だらけの二の腕をレインが掴む。たった一瞬で腕を掴まれたメストは驚愕したが、彼の視界はグルリと一回転を起こした。

掴んだ二の腕を利用し、メストを自身の背へと回すと同時に勢いよく巴投げを放ったからだ。

ドシンと背中を打ち付け、視界が一瞬だけ赤く染まるメスト。援護に入ろうとしたウェンディが視界の端ギリギリでレインによって足をかけられ、転ぶところが見えた。

 

「反撃っていうのは攻撃の次いでにやるもんじゃない。反撃は反撃単体でこそ生きる。隙だらけの攻撃なんぞオレにはただ“殴ってください”と言わんばかりにしか見えないな」

 

「…なんてヤツだ……」

 

「うぅ~……、やっぱり手加減してませんか、レインさん!!」

 

いち早く起き上がったウェンディが試験官の彼に向かって叫んだ。確かに攻撃らしい攻撃を彼はウェンディに加えていない。

それどころか、ただ遊ばれているようにしか見えないのも現実である。それなら、確かに彼女が起こる理由は明確だ。

しかし、レインは悪びれもせずに、答える。

 

「別に攻撃していない訳じゃないぞ?」

 

「嘘ですよね。さっきからわたしの頬っぺた触ったり、転ばせたりだけじゃないですか!?」

 

「――いや、すでにウェンディはオレの魔法を受けてるけどな」

 

そう呟くと同時にウェンディの動きが突然止まり、身体がプルプルと震えながら硬直した。驚愕する彼女の首や腕、足には蛇のような紋章が浮かび、まるで縛り付けているようだった。

 

「な…なんですか……これ…」

 

「“拘束の蛇(バインドスネーク)”。捕まったジェラールが使っていた魔法の一つでな。一定時間、対象の動きを完全に封殺する魔法だ。頬っぺた触ってた時に使わせてもらった」

 

「うっ……動けない……」

 

「まあ、普通にはそれ壊せないしなぁ……。――さて、と。ウェンディは一時的に戦闘不能。正直なところ、すでに試験終了してる訳なんだけどな」

 

「なんだと、そんな訳が……ぐっ!?」

 

同じくしてメストの身体にもウェンディと同じ紋章が浮かび、二人して動けなくなる。恐らくだが、先程の巴投げの時に付けられたモノなのだろう。

二人揃って動けないことを確認し、試験官の彼はため息をついた後、どうしようかと考え込もうとして一度距離を取り直した。

先程まで彼がいた地面が突然風のブレスによって抉られたからだ。その瞬間から、レインの彼らを見定める目付きが一変した。

 

「そういや、そうだったな。――ウェンディは“静”。状態異常無効化(レーゼ)…か。支援特化型だったのを忘れてたな、もう少しで食らうところだった」

 

「わたしだって、戦えます。甘くは見ないでください」

 

ウェンディの目付きは力強く前を見据えたそれへと変化し、その目からレインは彼女にも覚悟があることを悟った。確かに少し手加減していたのかもしれない。

遊びすぎていたのかもしれない。――なら、少しぐらい見せてもいいだろう。

その判断がレインの中に渦巻いていた躊躇いの鎖にヒビを入れ、自身の中で眠っている悪魔としての破壊衝動の一端が力の制限を一つ上に持ち上げた。

 

「分かった……。――なら、怪我することは承知しておけ…挑戦者(チャレンジャー)共。これより先は次の世界へ(今より先の魔導)の一端だ。生半可なもんじゃないことを理解しておけ……」

 

静かに。ただ静かに忠告する彼の姿。一見は物静かな者が忠告してくる様子と酷似しているだろう。しかし、明らかに違う。

彼から溢れ出るのは高密度、高濃度、高出力の魔力。溢れ出る魔力が彼の実力、実績、背負った覚悟の大きさ、未来を望むことへの渇望、培ってきた多くの経験を具現化している。

それこそが彼。それこそがレイン・ヴァーミリオンであることの証明なのだろう。ならば、自分たちも覚悟を示さなければならない。

少しでも届かせなければならない。彼の言う通り、今まで自分たちが見てきた魔法――魔導の世界はあくまでも端っ子に存在する下級のものから中級のものだろう。

いくら太古の魔法(エンシェントスペル)、いくら失われた魔法(ロストマジック)と言えど、使うものの経験、実力でその威力と出来ることの幅は大きく広がる。

目の前にいる彼はウェンディの知らない先を知っている。だからこその忠告であり、彼自身が門番なのだ。

――それだからこそ……

 

「わたしも知りたい……。レインさんやナツさんのいる場所(せかい)まで…!!」

 

「オレもここで終わるつもりはないさ。悪いが、通らせて貰おう…!!」

 

力強い瞳を見せ、全身全霊をかけると言わんばかりの二人の姿に、レインは正直なところ胸を打たれていた。この二人なら、合格を言い渡してもいいと。

しかし、試験官であり、この島の間接的な管理者でもあるレインとして……認められない。理由など明確だ。

 

 

 

 

 

――そこにいる者が《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》の者ではないから、ただそれだけ。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

目を開ければ、そこにはいつもの優しい兄の姿があった。苦笑しつつ、彼は何かをしていた。怪しげな何かではなく、暖かくて優しい力を自分に与えてくれているような感覚が身体に染み込む。その感覚に目を覚ましたばかりの少女――ウェンディは思わず眠ってしまいそうになったが、何とか意識をハッキリとさせた。

 

「……ここ…は…?」

 

「さっきいた所と変わってないよ、ウェンディ。まあ、気絶してただけだったしな」

 

「…気絶……? …なんで……」

 

呟いた瞬間に、目を覚ましたばかりのウェンディの脳内である光景が微かながらも再生されるように出てきた。

 

飛びかかっては軽々と返り討ちにされ、身体に傷を作っている自分とメストの姿。

 

無表情のまま、襲いかかる自分たちをあしらい、強烈な反撃を一撃ずつ入れるレイン。

 

最後の最後まで力を振り絞り、二人同時に襲いかかるが、見事にスレスレの所を躱され、力尽きかけた自分たち。

 

そして……

 

 

 

恐怖を抱くしか無いほどの強烈で強力で強大な彼の魔力による絶対的な絶望感。身体の中に溶け込み、身体能力全てを凍りつかせ、動きを完全に封殺してしまうような戦慄が全身に走った時の気味悪さ。

自分の魔力とは比較にならないほどの強大さ故に自意識が朦朧とさせられた感覚。それから伝わったのは冷たく硬い地面の感触。

 

「…あ……」

 

負けたのだ。完膚なきまでに。最後の最後、とんでもない威圧による失神で、自分たちは気絶していたのだ。あれからどれほどの(とき)が過ぎたのだろうか。

それほどまでに記憶の断絶がある気がするが……不思議と長い時間気絶していたような感覚がしない。浮かび上がる疑問で思考がフル回転を始めようとした時……、目の前にコップが差し出された。

 

「まだ眠たいんじゃないのか? それでも飲んでゆっくり休むのも一つの手だ、ウェンディ」

 

「……ありがとうございます。頂きます」

 

礼を告げ、ウェンディはコップに入った液体を口に含む。思ったよりも冷たいことに驚いたが、それがただの水であることに気がつくと、すんなり飲み込めた。

キョトンとした彼女の姿を見て、渡した本人も何故かキョトンとしており、首を傾げていた。――が、すぐに何かを理解し、頭を抱えてため息をついた。

 

「なんで水を渡したんだ、オレ……。こう言う時はやっぱり回復力促進の効果が期待できる飲み物なのに……。はぁ……、怪我人の始末くらいつけないと行けないのに」

 

「あ、あの……。レインさん……?」

 

「ん? どうかしたのか、ウェンディ」

 

「えっと……、これ美味しいです」

 

視線を落とし、手に持ったコップの中身を見る。その様子を見て、レインも静かに息を吐くと、小さく呟いた。

 

「途中、手加減出来なくなった。ごめんな、ウェンディ。身体、痛まないか?」

 

「大丈夫です。ちゃんと治療してくれたんですよね、レインさんが」

 

「まあ、結構簡素だけどさ。メストの方は気絶したままだ。――いや、その方が良いかも知れないな」

 

「え……?」

 

ふと呟いたレインの言葉が飲み込めず、ウェンディは首を傾げる。だが、彼の雰囲気は変わらないのに何故か緊張感が空気を通して彼女にも伝わった。

ゆっくりと口を開き、レインはその言葉の理由をウェンディに伝えた。

 

 

 

 

 

 

「メストは《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のメンバーでも、ミストガンの弟子でもない。ギルドの内部を探りにきた評議院の一人だ」

 

 

 

 

 

 




さて、次回はメスト追っかけよ~♪ですね。まあ、途中で……なんでもないです。

前書きに書いたように作者に皆様のオリキャラをお願いします。本当に作者は

並みの方よりも平均して能力地低いです。運動なんて水泳以外何にも出来ません。

まあ、そんな作者ですが、頑張っていきます。次回は何と50話目です。やったぜ。

始めた日からそろそろ3ヶ月と¼が経過しました。まあ、それでも作者は元気に頑張ります。

次回もご期待あれ。


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憎しみの記憶

色々と案が増えてきて嬉しい作者です。

さて今回はゼレフ登場回ですね。それと、今回は今までのレインの謎の根本的な部分に

当たります。勘の良い人、すでにマガジン読み漁ってる人、ネタバレ読んでる人には

味気ないかもですが(笑)


「クソッ! オレが何をしたって言うんだ!!」

 

その声は地底湖にある細いに関わらず、頑丈に出来た柱に縛り付けられている男から発せられたものだった。

彼の手首には普段ならば、評議院が使っているはずの“魔封石”製の手錠が付けられ、どう考えても部外者が居なければ解除など出来ない代物である。

そんな彼の前に立つ少年と少女。

淡い金髪に一房の藍色の髪の少年は欠伸を噛み殺しつつ、小説を片手に読んでいた。一方の藍色の長髪の少女は少しムスッとしており、捕まえられた男を見ていた。

 

「……やっぱり、こいつがスパイか。う~ん、もっとこう……、難しい推理小説って無いもんかな……」

 

「レインさん、この人、どうするんですか?」

 

推理小説を読む少年――レインはそばにいるウェンディの問いを考えながら、読んでいる小説のページを進めていく。

時折彼が漏らす言葉と言えば、小説に関係する何かのみ。完全に捕まえた男の子のことなどそっちのけになっているであろう。

そんな彼を不思議そうにウェンディは見ているのだが、捕まえた男を一瞥し、それからため息をついた。

 

ため息をついたのにもキチンとした理由があった。

それはこの男――偽名メスト・グライダーと名乗る人物は評議院からのスパイらしく、レインがそれを見破るまではウェンディは気がつくことすら出来なかったのだ。

――と言っても見破るというよりは、ウェンディ自身に掛けられていた記憶操作魔法をレインの持つ《魔法解除(スペルキャンセル)》によって強制解除したまでの話だ。

それにより、彼女に植え付けられていたメストという人物がいたという記憶はすっかり除外され、元通りとなっている。

 

しかし、疑問がウェンディにはあった。

それはギルドメンバー全員にかけられただろうはずの記憶操作をレインだけは全く受けていなかったと言うことだった。

いくら《魔法解除》があると言っても、それは自身に作用させなければ発動しないし、魔法を受けた相手――仲間にも直接触れ、発動しなくてはならないものだ。

そうそう意識していつも使う訳ではないはず。それがウェンディの考えだった。

 

すると、それに気がついたのか、レインは小説をパタンと閉じ、ポーチに仕舞うとウェンディの方へと向き直り、それから少しの間を開けてから口を開く。

 

「オレだけがなんで記憶操作されなかったのか……ってことが気になったのか?」

 

「あ、うん。どうしてですか?」

 

「まあ、結構理由も簡単な訳なんだよなぁ。まず、一つ目。オレは一部を除いた魔法を視て、それを得る力――“魔導を見る力”がある。これはまず、ここに来る前に魔導図書館に行ってきたんだが……、この力は元より魔法に対しての耐性が極端に上がるのも一つの効果らしくてな。まあ、つまり……、これあれば、記憶操作などの魔法を自然と受けない」

 

「チッ……、まさかそんなものを持ってたのか……」

 

「はいそこ、後で尋問するから黙っとけ。――二つ目は、前に似たようなことをやられた経験があってさ、その時に“状態異常完全無効化(フルレーゼ)”を発動してたから、その時に耐性がついたままなんだろうな、お陰で助かった訳だし」

 

「なんだか、レインさんが可笑しい気が……」

 

「まあ、そんなこと言ってたらキリ無いと思うけどな。事実、オレは()()()()()()()()()()()()()()()状況だからな」

 

「え………戻らない? どういうことですか?」

 

突然のことに疑問符が出たままのウェンディ。あれ?可笑しいこと言ったか?という顔のままのレインだったが、もう一人驚愕している男がいたので、可笑しいのが自分だと理解し、ため息――自分への――をついた。

そもそも魔導士には基本的に自身の魔力を貯める器のようなものが存在する。当然それは使いすぎれば、魔法が使えなくなるのと同時に、空気中にある“エーテルナノ”を吸収し、魔力回復を始めるのを現している。

つまり、強くなればなるほど自身の魔力を貯める器が巨大化し、さらに魔力を蓄積していられるのだが、レインはそれが極端すぎるほどに大きすぎた。

ウェンディたちの魔力の器がお酒を入れる盃のようなものならば、レインの魔力の器は何十人以上の料理が入れられた途方もなく大きい大皿のレベルなのである。

それも今のレインはその魔力の器に全ての魔力が溜まり切らないでいる。実際ニルヴァーナの時に放った滅竜奥義改の大技も普通に毎日持ち得ている魔力を一週間分集めたものに過ぎない。もっともっと魔力は溜まるはずなのだが、何故か一定量を溜めてから回復が遅すぎるのだ。何度も疑問に思い、ある薬剤師の者に訊ねに言ったのだが……

 

――私にも分からない。アンタの魔力がどうしてそんな強大なのか、それ自体が一番不思議な話。……というより、人間は嫌いだよ!! とっとと帰れ!! 帰れ!!――

 

と返されてしまう始末。途中で「オレ、悪魔なんだが……」と言いたかったのだが、結局言えなかったのもまた事実である。

軽くその話をウェンディに――次いでに捕まえた男にも――しつつ、レインは自身がそんなに異常なことに落ち込む。

欠けた記憶にその答えがあるのだろうと思ってはいるが、ここ最近は思い出す前触れや切っ掛けが一つも無い。

そろそろ前触れや切っ掛けが無いと、このまま思い出せないような気がしてしまうのだが、それも悪くない気がしているのもレインの本音だ。

――目の前にいるウェンディにはよくそれで心配されてしまうのだが……。

 

「さて、と。――とりあえず、こいつどうしようか」

 

「そうですね……、マスターに引き渡しますか?」

 

「だなぁ、どうせメイビスの所だろうし……ッ!?」

 

何かを言い切ろうとしたところで、レインが急に身体から殺気を漏らした。突然のことでウェンディは驚いたが、空気が重くなったことに気がつき、彼を見ると……、いつもとは雰囲気が違っていた。それも何かの感情に囚われているような雰囲気だった。

ゆっくりと口を開き、溜め込んでいた空気と共に力強く、それでいて憎しみを込めた言葉を吐き出した。

 

「あの時のヤツかッ……!!!」

 

ウェンディにはその“あの時のヤツ”という言葉が分からなかったが、彼の雰囲気の急変と、島自身が微かに震えたことで事の重大さが理解できた。

――と同時に、レインは素早く捕らえていた男――偽名メストの首もとに手刀を叩き込み、気絶させる。急に力が抜け、倒れ付した彼に目もくれず、レインは地面を蹴り、地底湖の天井に穴を開け、外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「ナツ………」

 

黒髪の彼は確かにそう呟いた。今では見ない古い服装に身を包み、穏やかで優しそうな雰囲気を持つ彼。しかし、その彼は一瞬で周囲の植物を――生命を喰らい尽くした。

彼から発せられた黒い波動は呑み込んだモノを一瞬で生命として終わらせた。その謎の力がエルフマンとエバーグリーンのペアを襲おうとしたところに別チームだったナツが二人を助けた。その時、彼がそう呟いたのだ。

――だが、ナツの行動は呟いた彼に怒りを見せ、殴っていた。

簡単にひっくり返る彼。そんな彼を見ながらも、怒りを見せ続けるナツの姿。だが、殴られた黒髪の彼は涙を流し、何故か喜ばしい様子を見せていた。

 

「誰だ、てめえ」

 

「ナツ……」

 

ただひたすらにそう呟く彼。だが、そんな黒髪の彼に異変が再び生じようとしていた。突然頭を抱え込み、呻き、ナツたちに忠告するように告げた。

 

「離れ…るんだ……、じゃないと……みんな…殺して…しまう……」

 

「あ?」

 

なんのことだが、さっぱりなナツ。黒髪の彼の呻きは最大限にまで上がり……、今まさに先程の波動――彼がいうには“死の捕食”が始まろうとしていたその時……、“あの少年”が姿を現した。上空から奇襲を仕掛けるように、黒髪の彼を殴り飛ばし、降り立った少年――レイン。

いつも穏やかであり、少し厳しくもあるが、優しい彼の表情はいつもとは比較にならないほどに憎しみに包まれていた。怒りと憎しみが彼を支配しているように見えるほど。

 

「絶対お前は許さない……!! オレの妹を…メイビスをよくも……!!」

 

「メイビス!? メイビスって確か……二次試験の」

 

何かを思い出したナツ。そんな彼を見ようともせず、レインは倒れている黒髪の彼に怒りと憎しみを込めた視線を向けていた。

ゆっくりと立ち上がり、服についた砂を払い、黒髪の彼が顔をあげ……、固まった。そして、再び涙を流し始めた。

しかし、次はナツのことではなかった。その言葉はナツの前にたつ彼へと向けられていた。

 

「…レイン……無事だった…のか……。…あの時……消えて……しまった…のか…と……」

 

「なんのことを言ってるんだ、お前……」

 

意味の分からないことを告げた黒髪の彼、その言葉に疑問を抱きつつ、何かを続けようとしたレインが突然苦しみ出した。

左手で胸を押さえ、右手で頭を抱え込み、足は急にふらつき、膝から崩れた。

 

「がぁ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……!!! ぐあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……!!!

ウグッ……、あがぁッ……があ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」

 

苦しみの雄叫びを上げ、地面に転がる。そんな彼が危険だと判断したナツたちは彼を助けようとするが、彼から幾度となく吹き出した魔力の弾丸が普通の魔法とは比較にならないほどに危険され、助けることすらできなかった。

転がり続けたレインの瞳からは紅い鮮血が少しだけ流れ、口からも血が垂れる。何かが身体の中で暴れているのかと思えるほどに彼の様子は異常だった。

淡い金色の髪は点滅する光のように金から銀、銀から金へと変わり続け、彼の瞳もウェンディと同じ茶色から紅い瞳へと変化しようとしていた。

そんな彼を見て、事の発端とも言えよう黒髪の彼は彼の様子に驚きを隠せなかった。何かをした訳でもなく、何かを伝えようとしたには不十分なことしか言っていない。

しかし、彼には目に見えるほどの巨大な異変が起こりつつあった。このまま彼が壊れてしまうのかが先か、何かの異変が達成され、変化してしまうのが先か。そう思われたその時……、彼を追いかけてきていた少女が辿り着く。

 

「ッ!? お兄ちゃん!!」

 

「なっ……!?」

 

その声に思わずその場にいた全員が振り返った。陸路から追いかけてきていたのは、藍色の長髪の少女ウェンディ。その彼女はレインを見つけると、正気を失ったように駆け寄ろうとした。

 

「危ねぇぞ、ウェンディ!!」

 

「そんなこと…、お兄ちゃんが苦しんでるのに気にしていられない!!」

 

ナツの制止を振り切り、飛び交う魔力の弾丸をなんとか避け切り、ウェンディは変化を始めようとしていたレインの元に辿り着く。

 

「お兄ちゃん!! お兄ちゃん!!」

 

「があ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……!! ぐあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」

 

「あ…そうだ、治癒魔法でなんとか出来るかも!!」

 

苦しみもがく彼に緑色の暖かい光を与える。治癒の輝きは彼の身体を包み、少しずつ流れ続けていた鮮血を止めるが、彼の苦しみは止められない。

その光景はウェンディにとって絶望の一端でしかなかった。自分の力では大切な兄すらをも助けられないと言うことを見せつけられているように。

なにもできない、その言葉はウェンディにとってどれほどだ残酷なものだっただろうか。ツラく、苦しく、叫びたいほどの悲しみだっただろう。

――しかし、悲しむ前にウェンディは自然と彼の手を握っていた。

なにもできない自分に出来るのはただ小さく胸のなかで祈るだけ。幼き頃に熱を出したウェンディを看病した記憶喪失の頃のレインはそうしてくれていた。

今の状況とは度合いが違うのは分かっている。それでも、ウェンディにはこれしかできなかった。小さく懇願するように……。

 

「(お兄ちゃん……、戻ってきて……)」

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

真っ白で何もない世界。何処か懐かしくて、寂しくて、もう来たくはないと思ったこともある場所。そんな場所でレインは目を開いた。

起き上がり、意識を完全に取り戻すために首を振り、ため息をついてから周りを見渡し、愚痴るように告げた。

 

「またここかよ……。――ってことは…」

 

振り返り、レインはあるものを見た。そこにいたのは小さな少年の姿を模した何か。見覚えのある手に、思わずレインは嫌な顔をするしかなかった。

 

『君は相変わらずだねぇ』

 

「なんで生きてる。オレが喰らったはずと思うんだが……」

 

『まあ、確かに我は死んだよ。ただここにいるのはその魂の残滓ってところさ。君のせいでもあるけどね』

 

やれやれと言った様子でそれは首を振った。ふと思えば、確かにレインは六魔将軍の時の作戦で自我と身体を取り戻した身だ。

その時に喰らい尽くした魂の残滓。――つまり、こいつの正体は……

 

「悪魔か。久しぶりな気がするが……、まあいいか。――オレに何かようなのか?」

 

『そうだねぇ。どうせなら身体を寄越せって言いたいけど、まあ、いいよ。どうせすぐに消えちゃうしさ。――とりあえず、我が君を苦しめた訳じゃないよ』

 

「……だろうな。お前にそんな力残ってないだろうし」

 

『心外だなぁ。なんならここで君に一矢報いてもいいんだよ?』

 

「――報いる力残ってるのか、お前」

 

『……あーあー、もう。どうして人間って乗りが悪いかなぁ』

 

「オレが知っているとでも?」

 

『だねぇ、君は色々と()()()()()()()し』

 

流石に言い返せない。事実感情が抜け落ち始めているのは本当だ。すでにほとんどの感情が失われている気がする。人間にとっての大罪――7つで現したそれのうち、残っているのはほんの二つでしかない。それも“憤怒”と“傲慢”。

残りの“強欲”、“暴食”、“色欲”、“嫉妬”、“怠惰”は失われている気がするのだ、レインには。元々人間の身から強制的に悪魔へと変化したために手順を飛ばした代償が付きまとっている。だから、レインは感情が失われつつある。前にウェンディに指摘されたことがあったのも仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

そう思っていると、悪魔はゆっくりと告げようとしていた。

 

『ま、それは君の責任だ。我の知るところじゃない。――というのはさておき。君ってさぁ、なんでこうも記憶を失っているのかなぁ?』

 

「覚えてない。そこの記憶が無いから分からないな」

 

『だと思ったよ。それじゃ、一つだけ戻してあげるよ』

 

指をパチンと鳴らす。その音が耳に伝わり、脳内で何かの衝撃を走らせたのと同時に、レインの中にあった偽りの記憶が弾けて消えた。

消えたのは……

 

――アクノロギアによってグランディーネは尻尾を落とされ、魂を取られたという記憶。

 

消え去ったそれに気がつけないまま、レインは思い出そうとしたが、結局なにも思い出せず、取り越し苦労だった。

そんな彼を笑い者にしつつ、悪魔は答える。

 

『君ってさぁ、ホント、運命に操られているよね~。傑作だよ、アハハッ』

 

「なんか腹が立つな、その言い草」

 

『まあ、そう怒らないでよ。最後に一つ教えてあげるよ、一番大事なことをね』

 

「一番…大事なこと?」

 

不思議そうにその言葉を呟くレイン。笑いを堪えつつ、悪魔は周囲に広めるような言い方で、レインに伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『レイン・ヴァーミリオンは確かに118年前に誕生した存在さ。でも……君は――レイン・アルバーストは違う。レイン・アルバーストという存在は――400年前にいた人間だよ!!』

 

 

 

 

 

 




さて、より一層読者の方々は迷ったことでしょう。まあ、小説考えていると

基本的に作者の意向が分からないように仕向けたくなるのが私です(笑)

お許しください。まあ、これでより一層、アニメ、コミックスしか読んでない方は

楽しみが増えるでしょうと期待しています。さて、次はそろそろあれでしょうかね。

失われた感情という部分にも目を向けてくれると助かります。それでは、次回♪


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時代を裁き、滅ぼす悪魔

今回はついに登場です、あの悪魔が。

それにしても大魔闘演武が早めに書きたいですねー。多分書いてる時期は投稿が

週一以下になりそうですが(笑)

まあ、それはさておき。オリキャラ案募集中です。親族もいいですが、一から全くの

新しいキャラを作ってくれる方のほうが優遇したくなります。

なんだか自分が作り出した!って感じがしませんか?

まあ、作者の自分勝手な話です。さて、作者の雑談に付き合わなくても良いので本編を

どうぞ。


『君は……――いや、君という存在は一度生まれ変わってしまってるんだよ。時の歪みから一人の人間を守るために、ね?』

 

真っ白な世界で、レインという人間だった悪魔はそう伝えられた。

宙を浮き、好き放題に動き回る魂の残滓と化した悪魔に。

静かな沈黙が少年を覆い、勢いよく言い放った悪魔はニヤニヤと怪しげな笑いを隠さず、それを堂々と見せて彼の反応に期待する。

 

「オレが……――オレが400年前にいた人間だった? お前、何を言ってるんだ。ちゃんとオレはヴァーミリオンの血筋の人間として生まれ……」

 

『だーかーらー、それはあくまでヴァーミリオンとしての君だ。アルバーストの君とは違う人間、存在、生命さ。我だって知ろうとして知ったつもりは無いけどね』

 

正直なところ、驚いたことは否定できない。自分がそんな存在だったのかということを突然伝えられても驚く以外の何かが見つかるのだろうか。ふとそんな疑問が頭に浮かぶが、その途中……、レインの脳内であの二人の少女の姿がちらつき、無意識に……

 

「……フッ」

 

『?』

 

鼻で笑ってしまった。それを見て可笑しくなったのかと首を傾げる悪魔。だが、彼は顔を上げ、悪魔を見上げるようにすると、目付きを変え、言い放った。

 

「知るか、そんなこと。オレがどんなヤツかどうかなんてどうでもいいさ。ただオレに出来るのは、大切な家族(なかま)を守るだけだ。大切な妹二人(ウェンディとメイビス)を守り切ることだ。

オレの過去なんか知ったことかよ。またお前がオレの身体盗るための嘘だと判断してやるよ」

 

鋭い目付きで睨み、瞬時に瞳を紅く染め、魔力の鎖を背中から放ち、悪魔を絡めとる。絡め取られた悪魔は嫌な顔をした後、うんざりしたように告げた。

 

『ああ、そうかい。それなら好きにするが良いさ。君自身の本来の存在。我にとったら、たかが人間風情と変わらない。自分の運命に嘆き、苦しみ、死ねば良いさ』

 

皮肉を込め、最大限の威圧の混じった言葉を返す。それを聞き届けると、レインは両手を合わせるようにして、小さく“封”と唱え、悪魔を跡形も無く消し去った。

 

「ああ、分かってるさ。どうせオレは計画通りに行けば、死ぬ命だ。今頃後悔なんてモンは残しちゃいない。終わる時はお前も同じだ、悪魔風情」

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

空気に匂いがある。

すぐ側に熱を帯びた何かがいるのが分かる。優しい暖かさ、そう感じる何かが。ゆっくりと眼を開け、突然入った光に顔をしかめつつ、周りを見渡した。

眼を開いたことで、心配そうに側によってくるウェンディ、ナツ、エルフマン、エバーグリーン、ハッピー。それに……記憶が途切れる前には居なかったはずのリリーとシャルルもいた。

少し頭を動かせば、少し距離がある先に黒髪の彼の姿があった。

しかし、彼はまたもや涙を流し、こちらを見ていた。だが、レインにそれの答えが浮かぶような記憶はない。

それを考えようとしたが、考えることより先にウェンディが涙を流しながらレインの胸の上で嗚咽と共に泣き崩れた。

 

「うっ…んくっ…、うわああぁぁぁん!!! お兄ちゃぁんが……無事で…よかったぁ……」

 

「レイン。大丈夫か!!」

 

「……ウェンディ。それにナツ。…お前も、別に大したことはないっての……。なんか口の中が血の味で気持ち悪いけどな」

 

胸の上で泣き続けるウェンディの頭を撫でながら慰め、レインは大したことはないと全員に伝える。気のせいなら良いが、どれほどの損害を出したのだろうと思う景色が広がっていたのではないかと思えた。

そう思い、景色を見渡してみれば、周囲は穴だらけになっており、その穴のサイズはまるで銃弾の大きさのようなものが穿たれている。

そんな中、レインの視界内で黒髪の彼が何かを呟いている姿が見えた。

 

「ウェンディ………君も……巡り会えたのか……」

 

「(ゼレフ……。お前は一体…何者なんだ…? オレやナツ、ウェンディのことを知っているのか……?)」

 

その疑問が頭の中で堂々巡りを続けるが、結局答えは出ないまま、視線を仲間たちの方へと戻し、ゆっくりと起き上がる。

漸く落ち着いたらしいウェンディが目元を赤くしたまま、笑顔を見せてくれたのだが、泣きじゃくっていたことを思いだし、恥ずかしそうにする。

 

「……ウェンディ、ずっと側にいてくれたんだな。――ありがとう」

 

「あ……、うん///」

 

お礼をちゃんと伝えたのだが、どうしてウェンディは顔が赤いのだろう。

自らが鈍感なことに気がついていないレインは首を傾げたのだが、シャルルの視線が結構痛いことに気がつくと、悪いことをしたのかと思わざるを得なかった。

 

「――あれ? さっき向こうにいた人は?」

 

恥ずかしがって視線をずらしていたウェンディが周囲を見渡し、そのことを伝えた。全員がそれに気がつき、同じく周りを見渡すが、やはり黒髪の彼――ゼレフは見当たらなかった。

 

「(……姿を眩ましたのか。まあ、いいか。それにしても身体が少し痛いな……)」

 

頭を数回横へと振り、違和感を振り払うと、試しに腕を数回ほど回す。あまり覚えていない時間の間に無理な動きをしたのか、魔力を使いすぎたのか。

それはよく分からないが、身体に少し違和感があることにはなんとも気持ちが悪かった。思った通りに動けない、そう思うと戦闘の際の動きを考えないと行けないことに気がつき、ため息が漏れた。

 

「ん? そういや、お前ら。二次試験あるんじゃないのか? とっととメイビスの所行ってこいよ」

 

「あ!!」

 

「そうだった!! 行くぞ、ハッピー!!」

 

「アイサー!!」

 

すっかり忘れていた二次試験をレインのお陰で思い出すと、ナツとハッピーは即座に何処かに飛びだってしまった。同じくエルフマンとエバーグリーンもまた思いだし、何処かに走り去る。そんな二つのチームを見届けると、レインは立ち上がり、服についた砂を叩き落とす。

 

「さて、と。それじゃ、ウェンディ、シャルル、リリー。先にメイビスの所、行かないか?」

 

「うむ。だが、お前の身体は大丈夫なのか?」

 

「ああ、暫くしたら治るだろうしな。――ところで、シャルルとリリーはなんで天狼島にいるんだ?」

 

確かに何故二人もとい二匹がここにいるのかが不思議だった。試験の規約上はギルドマスター、試験官、参加者とそのパートナー以外の立ち入りは禁じられている。

それ故、シャルルもリリーも来ないと言っていたような気がするのだが……、大体言いたいことは予想できた。

 

「どうせ、メストは危ないとか、アイツは本当にギルドの一員なのか、って話じゃないのか? もしウェンディに何かあったら……っていうのが本音かもな」

 

「バ……!? そ、そういうのじゃないわよ!! 元々私はあんな変態に手を貸さなくていいって言ったのよ!!」

 

「――ところで、そのメストはどこにいるんだ?」

 

「気絶してる。さっきナツたちと合流する前に簡単にドガッと一発」

 

「…あはは………」

 

何の躊躇もなく首筋に一撃を加えた彼の姿を見ているウェンディは流石に何も言えない。なんだかそこに触れていいのか、触れては行けないのかと思わざるを得なかったのだろう。

――などと思っていると、急にレインの様子が変わった。何かに気がついたのか、何かを感じたのか。それは分からなかったが、とりあえず彼は地面に手を置くと、小さな声で何かをブツブツと唱え始めた。

 

「……………」

 

「どう…したんですか?」

 

「………、気のせいか。――いや、何もないよ。それにしても、この周囲に穿った穴、どうやって直そうか……」

 

周りを一瞥しつつ、悩む。まあ、簡単に砂や石を積めて埋めるのもアリなのだが、出来ればちゃんと直しておきたいのがレインの意見だ。

それに実際苦しんでいた時にしたこととはいえ、壊したとも言えるのは本人であるレイン。そういうのを直すのは当然自分でなければならない訳だ。

――などと考えていたのだが、コート右袖の裾をグイグイと引っ張る誰かに気がつき、振り返る。

 

「あの…、お兄ちゃん。本当に身体、大丈夫?」

 

「……ま、ちょっと痛いが、大丈夫だ。心配してくれてありがとうな、ウェンディ」

 

ソッと彼女の頭に手を伸ばし、優しく撫でる。撫でられたことで顔が再び赤くなるウェンディを見て、思い出したようにレインが「あ……」と声を漏らすが、どうも習慣付いたと言うべきか、癖になってしまったと言うべきか。

どうやら根気強く治そうとしなければならないようだと確信するのだが、それ以前にこの状況をどうしようかと思わざるを得なかった。

 

「えーっと……その……、ごめんな、ウェンディ。すぐに頭撫でたりして……」

 

「い、いえ…その…別に…あの………///」

 

「(ウェンディがしどろもどろになっているが……、あの二人は本当に兄妹の関係なのか?)」

 

「(さぁ? 私には分からないわ。けど、結構あの子も満更では無さそうみたいだし)」

 

二匹の生暖かい目が二人を見ていたと言うことに当の本人たちは気がついておらず、ただ互いに謝りあいを繰り返すばかりだったなど言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

しかし、彼らの楽しげな雰囲気をぶち壊すように、その時は来るべくして訪れた。

 

 

 

 

 

 

突然感じた絶対的な力の集合体と言うべき存在。

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと天狼島に張られた結界を()()()()、ソイツは島へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

額から突き出すのは対なる鋭利な凶角。

禍々しいまでのそれはまるで人々の心に畏怖をもたらすように。

 

 

 

 

 

 

背中――肩甲骨辺りから飛び出すのは雄々しくも不気味で妖しさを隠しきれないほどの凶翼。

薄い膜であるはずのそれには紅い液体がベットリとついたまま、それが固まったような気味の悪さがあった。

 

 

 

 

 

 

すでに両腕は人とは全く違う強靭でもはや人間の物だったとは思えない醜く、赤黒く、悪趣味極まりない魔物の凶腕。

切り裂かれた命が絡み付いたような、そんな妖しさがそれには存在していた。

 

 

 

 

 

脚ですら別のものだと言えた。骨格的には人間と差ほど変わらない。

しかし、それは膝から凶刃とも言える鱗を模した鋭い何かが突きだし、まるでドラゴンを思わせる凶脚だった。

 

 

 

 

 

そんな人間とは思えない姿をしたソイツは二人と二匹の前に降り立った。

 

 

 

 

 

 

「チッ……、エーテルナノ濃度が高ェな。気持ち悪くて行けねェよ。――ったくヨォ、なんでガキと猫風情を蹂躙しなけゃ、なんねェんだよ。退屈しのぎにだってなりゃあせんぞ」

 

紅い、血の塊のような瞳がレインたちをその眼に捉えた。畏怖を感じるなと言う方が可笑しいほどの不気味で妖しげで気味の悪いソレはすぐにウェンディの身体を強ばらせ、恐怖を抱かせた。

 

「……ぁ……ぁぁ………」

 

「ウェンディ、下がってくれ。コイツは人間じゃない……。予想通りなら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪魔だ。それもオレじゃ、殺せないぐらいのレベルの化け物だ」

 

 

 

その言葉を聞いたと同時にリリーも理解した。あれほどの実力を持つレインが勝てない、殺せないと称するということは――もはや、勝率など皆無と言うことに等しい。

ザザッと後ろに下がるウェンディたちを紅き瞳の視界に捉え、ソイツは感心したように呟いた。

 

「…ほう……。相手の実力を見定める力はあんのか、ガキ共。――にしても、この身体、あと数ヵ月持つか……いや、持たねェな。ここらでガキの身体を奪うのもアリか」

 

平然と告げ、その眼で二人を観察し、見定める。まるで食卓に並べられた食事をどれから頂こうか悩んでいる者のように。

すると、ソイツはニヤニヤと妖しい笑いを浮かべた後、舌なめずりをし、嘲笑うように言葉にした。

 

「決めた……。そこの女……。次の我の身体の社になってもらうか……。非力そうなガキの身体を取れば……もっと血を味わェそうだ」

 

「…ぁ…ぁぁ………(怖い……、身体が動かない………)」

 

恐怖で身体が言うことを聞かないウェンディ。それを見越し、あっという間にソイツは迫り狂う。狂喜の笑みを浮かべ、凶腕を彼女の首もとに伸ばしかけ……

 

 

 

――ガキンッ!!

 

 

 

硬質な甲高い音を立ててソイツは吹き飛ばされ、後退りをした。恐怖で縛られていたウェンディもペタンと座り込み、自分を助けてくれた人物を見上げた。

 

静かに、静かに立ち塞がる、少年。彼女にとっての唯一無二の兄であり、信じ続けられると自信を持って言える存在。

心の何処かではすでに特別な何かに成り代わっていそうな存在の彼――S級魔導士にして、ウェンディと同じ天空の滅竜魔導士。“動”の力を操り、魔法抜きでも実力は化け物と称され、《天空の刀剣》、《天竜》と謳われる存在。

 

――レイン・ヴァーミリオン。悪魔であり、人間もある、特殊な存在の彼が化け物の凶腕から救ってくれた。

 

それが心に浸透するように伝わると、ウェンディは無意識に呟いていた。

 

「……お兄ちゃん……」

 

「――心配するな、ウェンディ。絶対に君はオレが守る。一人のS級魔導士として……。一人の兄として……。目の前で大切な家族を奪わせはしない」

 

 

 

「抜かせ、人間風情。ガキは大人しく我に殺され、這いつくばれ。そして滅びよ、人間。我は審判者。全てを下し、滅ぼす最強の存在なり。時代を裁く我が名は“ERA”。親なるゼレフとの盟約、果たすために世界を破滅へと誘わん。その命、我が裁きの前にて朽ち果てよ」

 

 

 

「抜かしてるのはどっちだ、阿呆が。何が審判者だ。破滅させるだけの自分勝手な審判者なんて要るかよ、バカが。お前が“ERA”だろうと、オレは家族の敵を駆逐する。滅ぶのはお前だ、悪魔風情。それが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――オレの贖罪の一つとなるからな」

 

 

 

 

 

 

その声が消え去ると同時に、ウェンディたちの目の前で爆発に似た衝撃が破裂するように弾け飛んだ。

 

 

 





次回は結構投稿遅れたりするかもです。まあ、頑張っていつものペースで行きたいです。

出来れば10000文字は越えておきたいなぁー。

一話じゃ、物足りないって方もいそうだし……どうしましょうかね……(~_~)

まあ、それは次回出すまでに考えます。アニメも最終局面ですねー。

3期あるかなぁ~♪ 出来れば復活までの期間は一年以内にしてほしいなぁ~。

最新刊買いたい気持ちは山々ですが、SAOもありますからね~。ちなみにSAOの方も

ちゃんと進めてます。年明ける前には投稿する予定です。どうぞ、そちらもヨロシクです。

それでは次回、お会いしましょう~♪


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約束を果たすために 前編

今回はかなり、どキヅイ話です。

結構気分が悪くなるかも。

例えば、「コイツ最悪だろ」とか、「なんだよ、コイツ、たち悪すぎ」とかです。

まあ、次回に続くための必要な話なので……皆さん、心を鬼にして見守ってください。

P.S.

投稿遅くなると言ったな、あれは嘘だ。



激しく舞い踊る妖精と悪魔。

小さくもあれば、大きくもある宿命を背負いし者。

言い表すとすれば、それが思い当たる。

淡い金髪に藍色の一房の髪を持つ少年の眼は、いつになく本気だった。

相手が相手だからだろうか。確かにそれもあるかもしれない。

だが、少年の中に眠る小さな、小さな何かが彼をもっと本気にさせているのかもしれない。

空白の記憶。

その記憶の一部に、悪魔が関わっている。

そんな感覚が少年の中で巡っていた。何処かで、何処かで約束したような気がするのだ。

誰かが悲しまないように悪魔を滅ぼす、ただそんな約束を。

約束したのか、していないのか。

そもそも約束したのはいつのことなのだろうか。

疑問がこみ上げ、少年の脳内でパッと弾け、消えていく。

思い出せない。

ただ、それだけのこと。記憶など所詮は情報の塊だ。

それが何かの役に立つとは言い切れない。

忘れても大したことは無いような存在に等しい。

――だが、約束というのは違う。

それも記憶でありながら、それは“形”として残る。

誰と結んだとかは全くもってどうでも良い。ただ約束は果たさなければ行けないモノでしかない。そんな厄介な代物だ。

言葉は本来、“言の葉”。葉のように生い茂り、広がるもの。それがどんな効果をもたらすのか、それは実際に起こらなければわかるはずもない。

一つ一つが紡がれ、一つの大きな、または小さな物語となる。

それこそが人生というものでもあれば、伝説や英雄譚との成り得るものでもある。それ自体が“形”なのかもしれない。

ならば、人の人生というのはなんなのか。最終的に消滅だけの人――もしくは生物の人生は何の価値があるのだろう。

何十年も前――《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》が誕生してから少年はずっと思っていたことだ。

確かに人生など短くもあれば、長くもある。そんなものでしかないとも言える実感の無いもの。何も起こらない人生は味気なく、何かが起きすぎて途中で天に召される人生は逆に濃すぎて面白くない。

所詮、死ねば同じこと。死ねば結局、いつかは忘れ去られるだけ。

ずっとそう思っていた。

――だが、過去の記憶を取り戻し、改めて思い出せば、あることを境に自分の価値観が変わっていたことに気がついた。

全ての記憶を失い、廃人の如く壊れ切った自分に優しく、根気強く、笑顔と気持ちを注いでくれた少女。

あの少女の優しさは壊れた自分の心を潤し、もう一度立ち上がる力の源となった。

何故壊れていたのかは思い出せない。

それでも、あの瞬間だけは面白くないと言っていた自分の人生で唯一の面白さの始まりとなった。それだけは分かる。ただ、小さな暖かさがスーッと広がって……届いたことぐらいは。

恩返しがしたい、そう思えるようになったのは大体3年前ぐらいだっただろうか。

恩返しをして終わるのも一つだが、少年はそれで済ませたくは無いと思えるようになった。

それが密かな“ある感情”であり、それに気づくこともなくただ反芻していたことに。

それに気がつかなくても、少年は胸に宿った(ともしび)を忘れないように、ただ小さな縁を広げていく。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「――セイッ!!」

 

気合いの籠った一撃が迫り狂う悪魔の右腕に直撃する。威力のある一撃は悪魔の右腕の皮膚を切り裂くと思えたが、少しのダメージしか与えていないことに少年は気がついた。

 

――硬いな。それも防壁無しでこのレベルか。

 

胸のうちで小さく愚痴り、迫り来る大木のような凶腕の一撃を両手で防御する。

 

「ソラァ、吹っ飛べ!!」

 

「…グッ…!!」

 

――重すぎる。

 

瞬間的に感じ取れた。大木のような見た目に反することなく、その一撃は少年――レインを吹き飛ばした。

背中に衝突する木々がクッションとなり、痛みを微かながらに軽減するが、目の前が赤く染まりかけた。

 

「はぁ…はぁ……」

 

呼吸が乱れる。攻めても間髪入れずに襲い来る反撃の一撃を防ぐのがやっとだ。あれで直に殴られでもすれば、昏倒は免れないと言っても過言ではないだろう。

 

「(やっぱり、“ERA”は化け物か……。最強最悪の悪魔、伊達に異名通り、噂されるほどみたいだな。――にしても変だな。“ERA”は確か……消滅したって書かれてなかったか…)」

 

思い浮かぶ疑問を一旦頭を振って隅へと退け、目の前にいるソイツに意識を集中させる。まだ足が辣んで動けないウェンディのためにも、やはり出来るだけ遠ざけた方がいい。

あの悪魔に狙われているのは間違いなく、滅竜魔導士であり、幼い妹である彼女なのだ。

恩返しなんか今はどうでもいい。ただ守りたい、それだけだ。

 

「セイッ!!」

 

勢いに滅竜魔法の威力も加えた回し蹴りを悪魔の胴へと撃ち込む。流石の悪魔と言えど、威力をさらに増させた一撃で大したダメージは無いなどあり得ない。

微かながら身体が揺れ、踞る。――と思っていたレインの胴に大木のような凶腕がとんでもない速さで撃ち込まれた。

 

「グハッ……!?」

 

「遅い、弱い、温い。所詮はガキだ、弱ェよ」

 

メリメリと言わんばかりに腹へと力を加え、押さえ続けていたバネが元に戻ろうとする力のようにレインは吹っ飛ぶ。

再び木々が背中に何本も接し、勢いの力で折れていく。どんどん遠ざかる悪魔。それを反射的に理解し、吹き飛ばされる自分に抗うように、両足を地面に突き立てるように勢いを殺し、ゆっくりと速度を落とす。

漸く吹き飛ぶのが止まったが、思ったより衝撃が強すぎたために、吐き気を催した。

 

「ゴホッ……ゴホッ…。…なんつう…威力だよ、畜生が」

 

口から少しの鮮血が垂れるのを他人事のように見た後、ゆっくりとレインは息を吐き、再び空気を吸い込んだ。回復はあまりしないが、魔力でなんとか身体の強化ぐらいは出来るだろう。

 

――“天竜の羽衣”。

 

高濃度の魔力の膜を薄く自身に張り巡らせ、様子見だった気持ちを完全に切り替える。

瞳を紅く染め、足元から天狼島に預けていた自身の魔力を回収し、簡易式のドラゴンフォースを発動させる。

簡易式であるために鱗を食べた時の強制的なものよりも劣るが、持続性ではこっちに分がある。それにこの島に預けていた魔力は今のレインが抱えていた魔力より断然多い。

端から見れば、レインの魔力は何処かの魔導兵器クラスと比較にならないほどになっているだろう。

 

――だが、悪魔は狼狽えない。屁でも無さそうに嘲笑う。

 

「(やっぱり、化け物だな、コイツ。島の何割か吹き飛ばすレベルで殺しに行かなきゃ、勝てないか……)」

 

選択したくはなかったが、それしかないと思わざるを得なかった。レインの出生がどうであれ、ここはメイビスともう一度出会うことが出来た地。

ギルドの聖地以上に大切な場所だ。だが、それを捨てざるを得ないほど、あの悪魔は次元が違う。微かながらレインも震えている。恐怖かもしれないが、それ以前に別のなにかが反応している気がする。

 

「リリー!! ウェンディとシャルルを連れて、ここから離れてくれ!!」

 

「…!? お兄ちゃん!!」

 

「……分かった」

 

小さく頷き、リリーは本来の姿に戻るとウェンディとシャルルを抱えて、その場を後にする。

 

「お兄ちゃーん!!」

 

「レイン、アンタ、まさか…!!」

 

ウェンディとシャルルの声が残響として残るが、それもすぐに消えていく。彼らの姿が見えなくなるまで見届けると、息を吐いて……気持ちを締め直した。

 

「これで手加減しなくて済む」

 

「チッ、新しい社が逃げやがったか。後でゆっくりと奪わせてもらうか……」

 

「お前なんかにウェンディは殺らせねぇよ。悪魔なんざ、もう世界は求めてない。存在自体、消えてくれ」

 

「……そうか。なら、貴様は先に消え失せろ。我の前に立つ者は我が神罰にて葬り去る」

 

「何が神の罰だ。滅びるのは……お前らだ…!!」

 

靄のように姿を消すレインとERA。消えた二人のすぐ前で衝撃波が波打ち、周辺の木々を粉々に粉砕していく。

足元には小さなクレーターが穿たれ、石礫が空中に浮かび上がる。大気が震え、鳥や他の動物たちは一斉に逃げ去る音が聞こえる。

本能的に危険と判断したのだろう。正しき判断で良かったと思う。

右方向から放たれる強烈な一撃を難なく躱わし、そのがら空きの胴体に反撃を加える。

 

「天竜の鉄拳!!」

 

メリメリと抉り混むような一撃が脇腹に入り、さしものERAも仰け反るが、回し蹴りを叩き込んでくる。なんとか左手で防御するが、衝撃を殺し切れず、レインもまた仰け反る。

さらに狂気に満ちた爪による斬撃がレインのコートを引き千切り、小さくも爪痕を彼の左手に残す。その痛みを無視し、彼もまた風を纏った爪を高速でERAに叩きつける。

 

「天竜の双翼撃!!」

 

風の刃が悪魔を切り裂き、その勢いのままレインは次々に大技を叩き込んでいく。

 

「天竜の獄砕牙!!」

 

容赦のない一撃がERAの首めがけて放たれ、見事にそれが強打し、吹き飛ばす。――が、その勢いを殺し切り、迫っていたレインの顔面を掴むと、乱暴に放り投げた。

 

「ドラァッ!!」

 

「グッ……!?」

 

「消し飛べェ!!」

 

悪魔の口から放たれる真っ黒な輝きを放つ光弾がレインを包み込み、大爆発を引き起こす。爆発の大半を何とか躱わすが、羽織っていたコートは完全に塵と化し、レインもまた過大なダメージを受ける。

 

「まだまだオレはやれる!! 天竜の……大咆哮ォォ!!!」

 

自身の前に3つの魔法陣が展開され、そこから強大な魔力を秘めた天津風のブレスが放たれる。3つの咆哮はたちまち1つに集束し、とんでもない威圧感を秘めてERAへと接近していく。

 

「グオオオオオオ!?!?」

 

「オレたちの前から消え失せろォォ!!」

 

受け止めようとしたERAにさらに威力を高めて放つ。あまりの魔力にERAも驚愕し、大爆発にその身を巻き込まされる。

浮かび上がっていた瓦礫がパラパラと地面に落ち、大爆発によるクレーターが大きな穴を穿っていたことを示す。

安堵が込み上げたレインの背筋に瞬間的な戦慄が走り抜け、背後に迫る敵を反射的に迎撃する。目の前に死が迫り、ギリギリのラインに紅い軌跡を残す。

ERAの輝く紅い凶爪が妖しげに光る。あれほどの爆発をその身に受けたはずの悪魔は平然としており、嘲笑うような笑みを浮かべたまま、感嘆の声を漏らす。

 

「ガキにしてはやるなァ、貴様。人間じゃねェな、その動き。――悪魔か?」

 

「……ああ。まぁな。別にオレは人間のつもりだ。お前みたいに殺しはやらない。そもそも人を殺す必要すらない」

 

「フンッ、詰まらねェなァ、おい。悪魔ってのは基本的に衝動に駆られる存在だ。感情が高ぶれば、抑えが効かなくなり、全てを滅ぼそうとする生き物だ。貴様は自分に素直じゃねェな」

 

「んな感情に素直になる必要はねぇ。オレはオレだ。悪魔なんか知ったことじゃない」

 

「そうかよ、チッ。悪魔らしく何かを殺し、奪い、殲滅する。そんな悪心ありゃあ、貴様を同胞としてやりたかったんだなァ」

 

「………」

 

「例えば……、あの女を好き放題に壊してやるとかなァ?」

 

「貴様ァ!!」

 

レインの中で何かが跳ね、激情を押さえていた理性の枷が一つ弾け飛ぶ。全身の筋肉を収縮させ、勢い全てを足へと溜め、一気に放つ。

 

「滅竜奥義!! 天刃七裁き!!」

 

あらゆる方向から一斉に天津風の刃を創り出し、それらすべてと共にERAへと殺到する。瞬時に襲い掛かるそれらに翻弄される悪魔を他人事のように見ながら、その者の胴体に強烈な七つの強撃を叩き込む。

 

――まずは一撃!!

 

逆鱗の如き強打が悪魔の胴体にめり込むように放たれ、敵の口から紫色の鮮血が噴き出した。

 

――二連撃、三連撃!!

 

続いて連続で二発。手刀の印を結んだ両手で切り裂いていき、同じように鮮血が噴き出した。

 

――四連撃、五連撃!!

 

回し蹴りを胴体へと叩き込み、間髪入れずに爆発に似た衝撃を胴体を突き抜けるように放つ。

 

――六連撃!!

 

容赦なく縦断のような速度で裏拳を顔面に叩き込む。

 

「七連撃ィ!!」

 

最後の一撃はあっと言う間だった。一瞬のうちに手刀の印を結んだ両手を振るい、ドラゴンのアギトを思わせる切り傷の軌跡を宙にパッと輝かせる。

その瞬間、ERAの身体から鮮血が噴き出し、衝撃波が全身を蹂躙するように弾けた。

 

「グオオオオオオ!?!?」

 

ゆっくりと膝を地面に着け、沈黙するERA。それを荒い呼吸を直しながらレインは見る。腕に痺れが残り、力が上手く入らない。

あれほど強固な皮膚を切り裂いたこともあり、やはり腕にもダメージがかなりあった。そう思えるほどに、敵はかなりの強者だ。

流石はERAだと言いたいほどに。――しかし、なんだろう、この胸騒ぎは。少し上手くいきすぎている気がするのだ。

 

「(こんな程度のヤツじゃないはずだ……ERAは全ての生物を震撼させるほどの化け物のはず……)」

 

「………ククッ」

 

突然悪魔は微かに笑った。

 

「クククッ、アハハハハハッ!!!」

 

今度は狂ったように笑い出した。全身傷だらけだというのに、痛みや怪我を思わせないほどに相手は余裕綽々の態度を見せた。

 

「コイツはスゲェ、スゲェよ、マジモンの狂人じゃねェか!! あの女のことでそんなに強くなるのかァ、貴様はヨォ!! ――だが、やっぱ力が足らねェな。人間であり続けようとするからじゃねェか? とっとと堕ちろよ、悪魔擬き。そんでもって、あの女を好き放題に壊せよ。スッキリするだろうよ、今までの重荷が一気に消え去るんだからなァ!!」

 

「黙れ!!! オレは絶対、ウェンディには手を出す気はない。ただオレは守りたいんだ、もう二度と()()()()()はしたくねぇんだ!!」

 

――あんな想い?

 

あんな想いって……オレに何かあったのか?

思い出せない記憶に沈んでいる何かがレインの口から無意識に放たれる。自身の言ったことに疑問を抱きながらも、ただあの悪魔の誘いにだけは乗らないように自我を保つ。

先程の激怒のせいで、感情の昂りがかなり来てしまっている分、これ以上は抑えなければならない。六魔将軍以来は暴走がほぼ無くなったが、それでも抑えられるとも限らないため、レインは少し自分を恐れている。

そんな彼の心境を読んだかのように、ERAは不適に笑い、嘲笑う。

 

「恐れる必要が何処にあるってんだヨォ。貴様も悪魔だ、それ以上でもそれ以外でもねェだろ。好き放題やっちまえばいいんだよ。なんなら、我も手を貸してやろうかァ? この煩わしいほどの妖精の羽音消しの手伝いをなァ?」

 

「誰がそんなことするか!!」

 

――やッちまえよ、レイン。

 

「……!?」

 

――とっととやっちまって楽になれよ、レイン。

 

胸の中で何かが蠢き、囁いてくる。悪魔の声、そう言えるような妖しげで決して乗ってはいけない言葉。だが、それが魅力的に聞こえてしまうこともある。

そういうことを魔が指すと言うが、レインは決してそうは成りたくないと自信に呪いをかけるように心のなかで呟き続ける。

 

「(オレはそんなことに興味もない、家族(なかま)を殺したくない!!)」

 

――なにいってんだよ、レイン。お前は悪魔だ、化け物なんだよ。

 

「(黙れ、黙れ、黙れ!!)」

 

頭に直接響く声。目の前にいるERAもまた、そう囁きかけるように告げる。締め付けるような頭痛、気分が悪くなりそうなぐらいにレインは自分が分からなくなってくる。

 

「オレは……、オレは……、オレは……!!」

 

「とっとと堕ちろよ、悪魔擬きィ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――天竜の……咆哮ォ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

「なッ……!?」

 

目の前に突風の如きブレス放たれ、目の前にまで迫っていたERAは避けざるを得なくなり、回避行動を取った。

同様にレインも驚いたのだが、驚いたのはブレスが目の前に放たれたからではない。その咆哮を放った声の主に聞き覚えがあったからだ。

まだ倒れていない木々の向こうから見える幼き姿。藍色の長髪を持ち、可憐な様子を醸し出す少女。間違いなくウェンディ・マーベル。レインの大切な妹分だ。

 

「ウェンディ、なんで戻ってきた!?」

 

「お兄ちゃんだけ、残していけない。わたしだって戦えます」

 

「ふざけるな!! 前に話しただろう、悪魔は本当の化け物なんだ!!」

 

「ほう……、ククッ、社が戻ってきたか。――手間が省けたなァ」

 

そう囁くERAの声に気づくことなく、レインは戻ってきたウェンディに叱咤する。

 

「なんで待っていられなかったんだ!! ここにいたら危険だとあれほど……」

 

「もう…何処にいても同じだから」

 

「どういう…ことだよ…」

 

「“悪魔の心臓(グリモアハート)”が攻めてきた。ナツさんたちが戦ってる」

 

それを聞いてレインは驚いた。戦闘していたせいか、回りのことに意識がいっていなかった。その結果、闇ギルドの最強ギルドの一角――“悪魔の心臓”を侵入させてしまっていたことに。しかし、それはここに戻ってくる理由にはならない。

 

「そんなの理由にならないだろうが!! 隠れる場所ぐらいは何処かにあるだろう!!」

 

「うっ……で、でも!! わたしはお兄ちゃんが居なくなっちゃいそうだったのが嫌だったから!!」

 

「…ぁ………」

 

確かにそうかもしれない。事実先程までウェンディの介入がなければ危なかったかもしれない。そう思えば……感謝すべきなのだろう。

だが、咄嗟のことで何を言えばいいのかが分からない。

 

「……………」

 

沈黙するレイン。ウェンディが心配そうにそれを眺め、声をかけようとして……固まった。

 

「……ぁ………動け…ない……!?」

 

「ったくヨォ、そんな話なんざ興味ねェよ。我が言いたいのはなァ……。――とっとと、その身体よこせェ!!」

 

何かをグイッと引っ張る仕草をするERA。その瞬間、ウェンディが糸で動く人形のように強引に動かされ、身体を地面に引きずりながらERAの元へと向かっていく。

 

「きゃあっ!?」

 

「ウェンディ!!」

 

「ヨッと……」

 

引っ張り終え、自分の前に這いつくばらせると、強引にウェンディの髪を掴み、立ち上がらせ、悪趣味な笑いを浮かべ、嘲笑した。

 

「…痛い……お兄ちゃん……助けて……」

 

「ハハッ!! コイツはいい、意外としっかりしてんじゃねェか。ドラゴンの力――滅竜魔法を使えるガキ。こんなガキがいるのかよ、この世界はヨォ!! 意外とまだまだ見込みがあんじゃねェか!! まあ、身体奪うのはまだ置いとくか。――そんじゃ、やッちまェよ、“操り人形(マリオネット)”」

 

「え……!?」

 

最後の言葉を聞いた後、ウェンディは目の前で起こったことに驚愕した。突然自分の身体が動き、目の前にいたレインに向かって――咆哮を放っていたのだから。

 

「ガハッ!?」

 

まともに受けたレインは吹き飛ばされ、木々を突き破り、最終的に岩山に衝突する。口から鮮血が噴き出し、彼の額から血が垂れる。

 

「…お兄…ちゃん……。わたし…今…何を……」

 

「アハハハハッ!!! 最高だ、最高だァァァ!!! 兄妹同士で殺し合え、殺せ、殺せ、殺せェ!!! こういうのが楽しみなんだよ、愛した者同士や大切な兄妹同士、大切な仲間、相棒同士で殺し合う、醜い死に様がなァ!!!」

 

「ゴホッ……ゴホッ……。このゲス…野郎が………!!」

 

「…わたしが……お兄ちゃんを……そんな……いやぁ……」

 

目から涙が溢れ出し、ウェンディは現実を信じられないと言う様子だった。しかし、実際それは現実でしかなかった。

見えない糸に吊るされた人形のように、ウェンディは確かに兄であるレインを攻撃した。それもほとんど全力とも言えるブレスを容赦なく。

その現実がいかに彼女を傷つけたなど分かりはしない。だが、確実に彼女の心に影が落ちる。

 

「さぁ、もっとだ、もっと殺し合え!! 我の呪法、《操り人形(マリオネット)》の前で死に様を見せろォォォ!!! フハハハハッ!! 人間はやっぱ、殺し殺され殺し合うのがお似合いだァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 





ゲスって最悪ですね。書き終わって読み返すとホント思います。マジこれ最悪だわ。

結構良心が傷みました。ウェンディちゃん、可愛そうです(涙)

――多分恐らく、天狼島編終わったらそんな話は二度と無いです。

ご安心を。なんだか一気にお気に入り減りそうで怖いです(涙)

次回はもっと明るくて、レインが活躍する話にしたい。出来れば、そんな話にしたいです。

それでは次回お会いしましょう~♪


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約束を果たすために 後編

前回いろいろとゲス過ぎるERAにウェンディを人質に取られたレイン。

今回はその続きです。途中でなにそれ、お前チートか(笑)ってなったらスミマセン。

まあ、主人公も悪魔ですから。あと実力的にも化け物ですからと思ってサラリと

流してください。トイレみたいにです、はい。



どれほどの後悔が少年を襲ったのだろうか。

 

どれほどの憎しみが少年を襲ったのだろうか。

 

どれほどの絶望が少年を襲ったのだろうか。

 

それは全て、それを受けた少年にしか分からないだろう。

大切な妹を人質に取られ、その上にその妹に自分を襲わせている悪魔を見れば……。

怒り――純粋な怒り、憤怒の感情が少年の冷静さを欠けさせていく。

何百通りの呪詛が少年の中で繰り返されただろう。目の前で嘲笑うように高笑いをし、泣き叫ぶ妹を好き放題に操り、殺し合いをさせるその悪魔の姿に。

怒りが込み上げない訳がない。

そう言わんばかりのこの感情。憤怒の感情は少年に残った“七つの人としての大罪”の一つだ。すでに少年には記憶欠損の他にその大罪のうち、“色欲”、“強欲”、“嫉妬”、“怠惰”、“暴食”は失われた。何故だか、そんな感じがする。

いつも食事を取る量は一般的な量の半分に近く、何かをどうしても欲しいと思うようなことがない。睡眠を取りたいと思ったことも無くなっている。

何かを見逃すという人間らしい弱さも少年にはなく、作戦などもマトモに考えず、突撃することもたまにある。

服装に気を使うことも全くない。ギルドが出来た頃はもう少し気を付けていたのも覚えている。そんな感覚だ。少しずつ感情が奪われているのか、それとも消えてしまったのか。

それは少年には分からない。――だが、何故か今だけは憤怒の他に何かを感じている。

“傲慢”――プライドではない他のもの。けれど、それが分からない。とても不思議な感覚だ。昔はそれを感じて普通だったが、今となっては思い出せない。

そんな気持ちが少年――レインの中で現れては消えていく。そのことを気にするのも別に許されてもいいだろうが、彼はそんなことよりもただ……

 

 

 

 

 

大切な妹――ウェンディを助けることだけが、唯一の望みだった。

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「ぐっ……!?」

 

彼の両手は浅い切り傷ばかりになっていた。幾度となく、強烈な風のブレスを受けたからだろう。そのブレスは大切な妹から放たれ、その後ろでは悪魔が嘲笑う。

ブレスを放つ妹――ウェンディの目から幾度となく涙が溢れ落ち、謝罪の声がレインにも届く。何度も何度も謝り、その旅に涙を流す彼女の姿が彼の目に入る。

その旅に彼は堪えきれないほどの怒りを感じ、全身から殺気を漏らして、ウェンディを操る悪魔へと殺到する。

 

「貴様ァァ!!!」

 

「苦しめ、苦しめェ!! 所詮人間であるうちは我には勝てんぞォ!!!」

 

嘲笑い、両手で何かを引っ張る仕草をし、自身に迫り来るレインの眼下に強制的に彼女を移動させる。――盾だ、あの悪魔は大切なレインの妹を盾にした。

ウェンディが視界に入ると、途端にレインは動きが鈍る。その隙を突いて、ERAは強烈な一撃を容赦なく、彼の鳩尾に叩き込む。

 

「ドラアッ!!!」

 

「かはっ……!?」

 

「お兄ちゃん!!」

 

ウェンディの悲痛な叫びがレインに届くと同時に、彼は後退り、口から血を吐いた。神聖なる天狼島の大地に紅い鮮血が落とされ、強打を受けた少年は膝から崩れ、荒い呼吸を繰り返す。

 

「…はぁ……はぁ……。…ウェンディを……返せ……妹を……返せぇ……!!」

 

「…お兄…ちゃん……」

 

「アハハッ!! 返すかよ、間抜けがァ! 我の大切な社だぜェ?」

 

「ふざ…けんな……、ふざけんなァ…!! 貴様に、ウェンディの未来を…奪わせない……絶対に殺す、オレが……オレが!!!」

 

ふらつく両足を叱咤し、フラフラと立ち上がるレイン。彼の身体からは無数の切り傷が見え、そこから血が流れている。正直、立っているのがやっとのはずだった。

彼の紅く変化した瞳はより一層紅く輝き、目尻から鮮血が溢れ始める。こめかみには青筋が走り、鬼形相同等に怒り狂いかけている。

 

「ウェンディ…を……返せ……」

 

「しつけェつってんだろうがァァァ!!!」

 

強靭な禍々しい両足から生まれた速さ。それは一瞬でレインとの間合いを詰め、鋭い凶爪が彼の胸元を目掛けて向かっていく。

ゆっくりと近づき……――彼の胸元を抉るように降り下ろされた。

 

「…ぁ………」

 

「死ねよ、出来損ない風情がァ」

 

「…お兄…ちゃん……?」

 

凶爪がレインの胸に紅き軌跡を描き、それからパッと血飛沫が上がる。花火の如く空中を紅で彩り、その血飛沫を見た悪魔の狂喜が映る。

ゆっくりと前へと傾き、倒れるレインの姿。あまりの衝撃にウェンディは声が出ない。動けない身体から一筋の涙が溢れ落ち――ようとした瞬間、突然倒れかかったレインが耐え、凶悪な悪魔の右腕を捕らえた。

 

「何だと……っ!?」

 

「…やっと……、…やっと…捕まえた……、これで…お前だけを殺れる…!!」

 

「お……、お兄ちゃん!!」

 

兄の無事に少しだけ明るくなるウェンディを視界に捉え、レインは空いた右腕を振りかぶり、今までの怒りを込めた一撃を悪魔の鳩尾へと倍返しと言わんばかりに見舞う。

 

「オレと…ウェンディ…、何処からか見てくれている…グランディーネ……の怒り…。存分にィ…味わいやがれェ!!!」

 

強烈な一撃がERAの鳩尾に強打され、衝撃が悪魔の全身を突き抜ける。メリメリと音が鳴り、手に悪魔の骨格を砕き割る感覚が伝わる。

 

「天竜王の崩拳!!!」

 

「グオァァ……!!??」

 

破砕されていく肋骨や背骨。遂には強靭な皮膚を破り、肉をも断つ。紫色の鮮血がレインに降りかかり、彼の拳がERAの身体を貫通する。

 

「オレたちの前から…消えろォ……!!!」

 

右腕を振り抜き、悪魔を吹き飛ばす。高く高く吹き飛ばされ、ERAは近くの崖目掛けて飛んでいき、砂煙を上げて衝突する。

その光景を他人事のように眺め、レインも膝から崩れ、倒れ伏す。漸く呪法の効力が解けたウェンディが側に駆け寄り、すぐに両手を翳す。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!!」

 

「…ハハ……、無事か…? ウェンディ……」

 

「…う、うんっ…。…早く…手当てするね……」

 

暖かい光が身体に浸透し、苦しそうだったレインの表情が少し柔らかくなる。それを見て、ウェンディはホッとする。赤くなった目元で傷だらけの兄を見て、お礼を伝えようと口を開こうとする。

――だが

 

「ウェンディ、避けろッ!!」

 

「きゃっ!?」

 

瞬間的にウェンディを突き飛ばし、レインは身体を起こすと同時に何かを受け止めた。小さくウェンディが悲鳴をあげたが、幸い怪我もなく、ゆっくりと顔を見上げ、驚愕した。

 

「貴様……、まだ生きてやがったのか……!!」

 

「社を……、社を寄越せェェェ!!!」

 

胴体に風穴が空いたと言うのに、死なないERA。まだ生きている悪魔の空いていた風穴には何もないはずだったが、急におぞましい何かが姿を見せた。

 

『助ケテェ……、誰カァ……』

 

『オ母サン……、助ケテェ……』

 

『嫌ダァ、コンナノ嫌ダァ……』

 

『誰カァ……助ケテクレェ……』

 

空いた風穴から形を持たぬ何かが蠢き、涙のような黒い液体を溢し喚いていた。その中からは様々な人間らしき声が聞こえ、男の人や女の人、小さな子供の声から老いた人々の声が次々に聞こえる。そこから形を持たぬドロリとしたモノが動き、手のような何かが空を付かんでは風穴の中に呑み込まれていく。

 

「なんだよ…それ……」

 

「身体を奪われた人たちの…魂……? うっ……」

 

反射的に口を押さえ、ウェンディは気持ち悪そうにする。あんなものを見て平然としていられる方が異常だと言えるほどに、気分を害するものがそこにはあった。

 

「社を……、身体を寄越せェェェェェ!!! ニンゲンフゼイガァァァ!!!」

 

「ぐっ……!!!」

 

正気を失い、喚き散らすERA。彼の強靭な腕が強引に振るわれ、レインの防御を砕き割るように襲いかかる。

少しずつ両手に麻痺が生じ、腕の動きが鈍る。ゆっくりと腕が上がらなくなり、突き抜けた衝撃が両足にまで響き、動きをも鈍らせる。

 

「ぐっ………!!」

 

「ワレノマエカラ、キエウセロオオオォォォ!!!」

 

その一撃はレインの右肩に直撃した。ガコンと何かが外れ、視界が真っ赤に染まり、崖の下に向かって吹き飛ばされた。

何本かの木々を突き破り、最後に岩山に背中を打ち付け、レインの意識が霞み始める。

 

「(やべぇ……、意識が……霞む……。…ウェンディが…危ない……のに……)」

 

首を上げかけたが、そこで意識を失ったのか、レインは動かなくなる。その姿を見て、ウェンディが駆け寄るが、突然身体が動かなくなったのに気がつき、目を疑った。

ゆっくりと何故かレインの元に近づき、側に寄ると、彼に馬乗りし、勝手に伸びた両手が兄の首を捉え、絞め出した。

 

「ぐ……ぁ……ぁぐ……か……」

 

「いや、いやぁ……、止めて、止めてぇぇ!!!」

 

「ホロビロ、ムシケラァァ!! ガキノココロヲオルタメニ、ココデ、シネェ!!!」

 

格段に力が入り、さらにレインの首を絞めるウェンディの両手。本人がどれほど抗おうと、その手は言うことを聞かない。どんどん兄の声がか細くなり、気絶しているだろう意識が反射的にウェンディの手を退けようと伸ばした両手さえもプルプルと震え、力なく、地面に落ちる。

荒い呼吸の音が少しずつ消えていき……、遂には全く聞こえなくなった。

漸く身体の呪縛が解けたウェンディが急いで兄レインの口許に耳を寄せる。

 

「――――」

 

「…お兄…ちゃん……?」

 

聞こえない呼吸音。嘘だと信じ、次は彼の傷だらけだった胸元に頭を寄せ、心臓の鼓動を聞く。――しかし

 

「……聞こえ…ない……、…お兄ちゃんの…心臓の…音が……、聞こえ……ない……」

 

その事実はウェンディの優しく綺麗な心を粉砕した。ヒビが入り、花瓶がバラバラに砕け散るように。さっき以上の涙が目尻から流れ、絶叫する。

 

「いやぁ……そんな……わたしが……わたしが……お兄ちゃんを……殺し……ちゃった……。……そんな……そんな……うそ……いやぁ……いやぁあああぁぁ!!!!」

 

仰け反るほどに叫び、頭を押さえ、現実を受け入れまいとウェンディは泣き喚く。あれほど強くて、優しかった兄が死んだ。その事実は認めたくないだろう。

それも操られていたとはいえ、自分の手で絞め殺したのならば、尚更認めたくないだろう。

しかし、現実は残酷で理不尽極まりなかった。恐らく、兄レインの身体は冷たくなり始めている。暖かくて恋しいほどの懐かしさと暖かさは失われているのだ。

その事実と、自分が殺したと言うことがウェンディの精神を異常にさせる。頭を押さえていた両手はダランと垂れ下がり、涙が流れ続けるが、彼女の声はか細く、ひたすらに「嘘」と言い続けるだけ。優しげな瞳に宿っていた光は消え失せ、真っ暗な闇を映し出した。

 

「…そん…な……お兄ちゃん……が……」

 

「アハ…、アハハハハッ!!! ザマアネェヨ、ニンゲンフゼイガ!!! マサカ、ジブンノテデアニヲコロスナンテナァ!!!」

 

ERAの笑い声がウェンディの心に再度ヒビを入れ、彼女を壊していく。そんな彼女に再び呪法《操り人形(マリオネット)》の呪縛をかけ、自身へと引き寄せる。

フラフラとした足取りでERAの元に寄せられ、悪魔の前でウェンディは朦朧とする意識の中、棒立ちとなる。

 

「コレデヤシロがテニハイッタ。イマカラ、スグニウバッテヤル」

 

そう言うと、ERAはウェンディの着ていた服の首元に手をかけ、勢いよく縦に引き裂く。破れ行く自分の服すら、今のウェンディには関係なかった。

どれほどの羞恥を感じさせられようと、今の彼女には何も感じない。ただ、兄を殺したという絶望感が胸のうちに反芻されるだけだった。

小さな身体、その中でも小さな何かがヒラヒラと破れた服から見えかける。ゆっくりと悪魔は自身の右手を振りかぶり、彼女の身体を突き破ろうと前へと突き出した。

 

 

 

――その時、ERAの前からウェンディが消滅した。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「ここは……どこなんだ…?」

 

真っ白で何もない世界。自分の取り込んだ悪魔と出会う世界も似た感じだが、違っていた。本当に何もない世界。誰もいない世界だった。

 

「…オレ……どうなったんだ……」

 

そう呟くと同時に、目の前に幻影のような何かが見えた。ボヤけていたが、少しずつ鮮明になり、ハッキリと見えるようになった。

そこはギルドのあるマグノリアの街だった。しかし、何処か静かで、厳かな雰囲気に包まれていた。涙ぐむギルドのメンバー。それも天狼島に行けなかった居残りメンバーばかり。

そんな彼らが何か写真のようなものを持っていた。黒い額縁に納められたソレは……見間違える訳がない代物――遺影だった。

戦闘にいたマカオが持っていたのは三代目であるマカロフ。その横で泣いているロメオが持っているのは、ナツとハッピーの遺影。他のメンバーも同様に、エルザやミラ、グレイやジュビア、リサーナやエルフマン、フリードやビックスロー、エバーグリーン、ガジルやレビィ、ルーシィやカナなどといった遺影を持って参列していた。

唯一帰還したらしき、ギルダーツはまだ残っていたはずのもうひとつの腕ではなく、義手で顔を押さえ涙を流している。

その列の最後には涙をポロポロ流し、二つの遺影を持つ人外の少女――フィーリの姿があった。少女の手にはレインとウェンディの遺影。

それを見て……真っ白な世界にいたレインは理解してしまった。

 

――守れなかった。ウェンディも仲間たちも。

 

ただそれがツラいほどに心に響く。悔しいほどに守りきれなかった自分が憎くて仕方がないほどに。もっと何か出来ることはあったのではないかと思えるほどに。

 

「……畜生……、……畜生がぁぁぁ!!!」

 

ただそう叫ぶしかなかった。彼らにも自分にも未来がないと言うことに。恐らくウェンディは身体を奪われたままなのだろう。その事実が一番レインの胸に鎖のついた杭として刺さり混む。怒りが込み上げ、我慢できない。ただひとつ、苦しげに言うしかなかった。

 

「――力が欲しい……。守れるだけの…力が……。誰かを守れるだけの…力が……!!」

 

懇願するその姿。何故かそう懇願するのが、初めてではない気がした。前にもそう叫び、全てをリセットするように、自分ごと破滅させたような気がして仕方がない。

――だが、()()は違っていた。自分を閉じ込めていた殻のような何かにヒビが入る感覚がレインの中で突き抜ける。

ヒビという亀裂がピシッと走り、その割れ目から何か別のものが見えてくる。思い出せなかったことが少しだけ思い出せそうな気がする。

守れなかったという真実に亀裂が入り、守りきれるという自分勝手な自信が込み上げる。自分の中で何かが目を覚まし、咆哮をあげている感覚が全身に行き渡る。

次々と見えない“殻”に亀裂が入り、少しずつ壊れていく。力が込み上げ、まだ終われないと叫ぶ別の自分がいるのかと思うぐらいに。

自分の身体が変化を始めているというのに、レインはそれを知らないまま、ただ吼える。真っ白な世界を貫き、ヒビ割れた先にある大空(せかい)が見えると同時に、ただ……もう一度噛み締めるように呟いた。

 

「オレは……まだ終わっていない。――今度は全てを…守り切る……!!」

 

その言葉に答えたかのように、彼の身体で静まり返っていた心臓は強い鼓動を刻み始める。

失われていた大罪の一つ――求め続ける欲望たる“強欲”が再び眼を覚ましたとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

ERAは困惑した。一瞬のうちに目の前から消えた器という社に。絶対的な支配力を持つ自分の呪法を破って逃げられると思っていなかったからだ。

だが、悪魔は何かの気配を感じ、ゆっくりと振り返った。

 

「!?」

 

背後には死んだはずの少年が立っており、彼の両手には目の前から消えた少女が抱えられていた。殺気とは違う何かを発する彼。その彼の姿はさっきと違っていた。

淡い金髪の髪は白銀色に輝く銀髪へと変わり、血のように紅くなっていた瞳の色は、5つの大きさの円の模様が入り、中心は黒目だったが、その回りの円は交互に銀色と青紫色になっていた。それだけで止まらず、彼の両肩にはドラゴンを模した紋章が二つあり、その色は瞳の中にある銀色と青紫色だった。

 

「……ウェンディが無事で良かった」

 

「あ、れ…? …お兄ちゃん……?」

 

「――ああ、オレだ。安心してくれ」

 

ボロボロだったはずのレインの身体は傷ひとつなく、再びコートを羽織った原初の姿となっていた。さしものERAもあまりのことに驚愕したが、すぐさま攻撃を開始した。

 

「ワレノヤシロをヨコセェェェ!!!」

 

「――ウェンディはお前のものじゃない」

 

呟くと同時に、レインは回し蹴りをERAの脳天めがけて着弾させる。衝撃が悪魔の脳天に貫き、そのまま彼が気絶し、心臓を止めた崖の下の岩山に衝突する。

軽く息を吐き、レインは反論するようにERAに宣言して見せた。

 

「ウェンディはオレのものだ。お前なんかに渡さない」

 

「え………」

 

抱えられたウェンディは突然のことでよくわからなかったが、脳内でレインの言葉を何度も繰り返し、理解すると同時に顔を真っ赤に染め上げた。

湯気が上がりそうなぐらいに紅くなったウェンディ。そんな彼女を見たあと、レインはゆっくりと彼女を下ろし、自分の羽織っていたコートを被せ、彼女にだけ聞こえるように呟いた。

 

「すぐに片付ける。待っててくれ、ウェンディ」

 

その言葉を伝えると同時に、レインの身体は靄のように霞み、その場に小さな旋風だけを残し、自分たちを痛め付けたERAへと殺到する。

ほぼ零距離にまで接近し、すぐさま腰に手を当てると、それを抜き放つ。

 

「天魔零ノ刀剣!!」

 

抜刀された薄紫色の風で創り出された刀剣が空中に軌跡を描きながら、ERAを左腕を糸も容易く両断した。

紫色の鮮血が宙に飛び散るが、それがレインに降りかかるより先に彼は動き、悪魔を軽々と放り投げ、口を大きく開いた。

 

「天魔の激昂!!」

 

放たれたブレスはたちまちERAを呑み込み、大爆発を引き起こす。無惨に両足を吹き飛ばされ、鮮血を散らす最強最悪の悪魔の眼下――天竜の子(レイン)は迫っていた。

 

「キ、キサマァァァァ!!!」

 

強烈な反撃を加えようと身体を何とか捻り、ERAは禍々しい右腕を振りかぶり、それを迫るレインへと放つ。

しかし、その途中で驚かざるを得ないものを見た。関節が外れ、脱臼したはずの左肩を彼は無理やり力任せに戻し、その左手に滅悪魔法の加護を得させ、ERAの右腕と衝突させる。

当然特効効果を持つレインの左手が悪魔の右腕を粉砕し、声にもならない叫びが彼の耳に届く。それを聞き届け、彼は両手を腰に当て、静かに呟いた。

 

「旧き愚かな悪魔へと、悪魔を払いし、魔の法律。汝の叫びを無へと変え、我は罪に等しき天罰を授ける。――滅悪奥義」

 

その時のレインにはゆっくりと時間(とき)が流れていた。喚き叫ぶ悪魔を視界に捉え、ただ少年は無慈悲に、静かな怒りを込めて、その手を振り抜き、放った。

一瞬のうちに5回切り捨て、続いて4回。さらに加えて6回、最後に大きく三度切り裂き、静かに呟いた。

 

天羽々斬(アメノハバキリ) “終焉の息吹”」

 

その言霊が呟かれると同時に、最強最悪と恐れられた絶対なる悪魔、ERAは空中で全てを散らし、霧の如く、蒼穹に消え去った。

 

ただ地面に一人着地し、一人の少年は物寂しそうに小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

「――これでお前たちは自由だ、達者でな、魂たち」

 

 

 

 

 

そう呟くと、少年はユラユラと身体を揺らせ、バタンと倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼレフ書の悪魔、最強最悪の悪魔にして審判者ERA。ここに死す。

 

 

 

 

 

 

 




――ゲスキャラはロクなやられ方をしない。

まさにその通りの最後でした。まあ、レインの失われていた記憶の欠片が再び戻りました。

そんな訳でこんな色々と作者のぶっ飛んだ回でしたが、如何ですか?

こんな駄目な作者の拙作を見てくれる方がいるのなら、感謝感激雨あられです。

――まあ、それはさておきまして。

次回はちょいと戦闘シーンは無いかもです。多分ウェンディとの会話とかで終わりそう。

そんなのでも良かったら読んでくださいな。それでは次回お会いしましょう。

P.S.

レインはチートだって? HAHAHAHA~、何を今更です。半チートなのは何処の小説でも

似たようなものです。別にレインは完璧じゃないですよ? ウェンディが盾にされたら、

ほぼ反撃すら出来ない子ですし。


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優しき少女の言葉

今回は前回予告した通り、ウェンディたちとの会話回です。

全く持って戦闘シーンらしいものは存在しません。それでも良い方はどうぞ。

それと、最初の部分はグロ注意です。それが苦手な方は飛ばして、ホノボノとした会話

の方だけを読んでください。決してグロ注意な最初は食事中に読まないようにお願いします。

気分が少しでも悪くなるので。

P.S.
ウェンディは天使かつ妹キャラ、異論は言わせない。

Avisさんからのアドバイスで『///』←を撤去しました。上手いこといったかは
分かりませんが、気にせず読んでくださると嬉しいです。



X775年 7月7日 紅い満月が輝く夜の日。

後の世に“紅い満月の殺戮事件”と恐れられる惨劇の日。

 

銀髪の少年は震える手で、か弱き少女を抱えていた。周囲は炎の海と化し、悪魔たちが跋扈する。少年が色々と世話になっていた村に住む優しき村人たちは蹂躙され、それぞれの命を散らしていた。

 

ある者は食い殺され。

 

ある者は凌辱され。

 

また、ある者は勇猛果敢に立ち向かうも力が無いために、全身に恐怖を刻んで死んでいった。

 

そんな彼らの姿を少年が見たのは、彼らのために食べ物を取りに行った後のことだった。少年は持ち帰った食べ物を落とし、言い知れぬ衝撃を受けていた。

 

「……なんで…だよ………」

 

口からそれだけしか出なかった。出かける前はあれほど笑い声や元気そうな雰囲気を醸し出していた村人たちは、今や悲鳴と嘆きを溢し続けている。

同じように、村を襲撃した悪魔はケラケラと笑い、好き放題に村人たちを蹂躙する。酷いと言わんばかりの跡や、抉り取られた内臓などが散布する。

あまりの惨劇に村を救った過去を持つ少年ですら、正気を失いそうだった。笑えない……、こんなもの、笑える訳がないと心が叫ぶ。

そんな彼らと悪魔の狂喜の踊りが行われている中で、少年は見覚えのある少女を見つけた。言葉にならない何かが込み上げ、駆け寄る。

 

「――ナナ!!!」

 

少女の名を叫び、少年は無我夢中で走りだし、建物の残骸に背を預ける少女の元に急ぐ。何度ももたつきそうになる足を叱咤し、駆け出し、側に駆け寄る。

 

「ナナ!! 大丈夫…か……!?」

 

少年の眼に、あり得ないモノが入り込んだ。あり得ないモノの正体は思いもよらない、少女の身体にあった。

 

――巨大な眼だ。

 

少女の胴体に巨大な眼が埋め込まれている。それを見た途端、少年にはそれが何かが分かった。ゾッとするような過去の記憶の産物を思いだし、その禁忌とも言える名を恐る恐る口にしようとしたが、声が掠れた。

 

「嘘…だろ……、“悪魔の邪眼(グリモア・アイ)”……。…なんで…そんなものが……」

 

「ケホッ……ケホッ…!」

 

その名を口にした後に、ナナと呼ばれた少女が咳き込んだ。地面にポタポタと溢れる紫色の血液。下を向いていた少女が顔を上げると、それは少女の顔ではないと言えるものがあった。

少女の優しげな瞳。その瞳の中心――黒目だった部分が紅く輝き、白かった部分は黒く染まっていた。顔の半分から悪魔の鱗が浮かぶ上がり、耳は尖り、口から異常に発達した犬歯が顔を出す。額には謎の紋章が姿を現し、次々と侵食しているように見えた。

 

「…救世主の…お兄…ちゃん……?」

 

「…ナナ……、何があったんだ……? それ…どうした…んだ…?」

 

「…分から…ない…、目の前に…怖い…悪魔が…現れて……私の…お腹に……変な…の…付けて…消えちゃった……」

 

ドクドクと鼓動を打つように蠢き、ナナは口から血を吐いた。またもや紫色の血だった。それを見た少年は思わず、その症状の名を口をする。

 

「“悪魔侵食(グリモア・エラシオン)”……。まさか…寄生体を…埋め込んでいったのか……」

 

「…お兄…ちゃん……私…どう…なる…の…? 悪魔に…なっちゃう…の…?」

 

少女の問いの答えを少年は持っていた。しかし、答えられる訳がない。真実がどれほど残酷なものか、それを答えた時の少女の悲鳴が聞きたくなかった。これから起こることがどんなものかなど……。

 

――悪魔化した後に、少女を中心に悪魔が錬成されるなどと。

 

そんなことは言える訳がなかった。それが残酷だからという理由だけではない。この少女は両親を悪魔に殺されている。その悪魔になってしまうなど、口が裂けても言えなかった。

気がつけば、少年の眼から涙が溢れ落ちる。助けることが出来なかったこと、間に合わなかったと言うことが悔しくて仕方がなかった。

 

「…お兄…ちゃん……、私…悪魔に…なっちゃうん…でしょ…?」

 

「……ああ」

 

苦しさに耐えられず、少年は事実を答えてしまった。悲しむ少女の声が自分に突き刺さると思って、それを受け止めようとしていた。

だが、少女は悲鳴すら上げなかった。上げる所か、少女は微かに微笑んだ……。

 

「…そう…なんだ……。…私…悪魔になるんだ……、お兄ちゃんに…悪魔……倒してって…言ったのに……」

 

「…………オレも…ごめんな。…守れ…無くて……、約束…果たせなくて……」

 

涙が止まらない。少年が涙ながらに謝罪した。堪え切れない悔しさが込み上げ、握り締めた少年の手から血が垂れる。

 

「…ダメだよ……、お兄ちゃん…。…自分を傷付けちゃ……」

 

「……悔しくて……仕方が…ないんだッ…!! オレは無力で…何も……出来ない…!!」

 

「…ねえ…お兄ちゃん……」

 

少女が優しく微笑みかけながら、少年を見つめた。優しい表情が、少年の心に突き刺さる。見ていられなくて顔を背けた。だが、冷たい何かを感じとり、少女の方を振り返った。

少女から感じた冷たい何かは――鋭利な刃物だった。

 

「…私……お兄ちゃんにも…迷惑…かけたくない……。…ちょっと…怖いけど……、…私……みんなに…さよなら…しなきゃ……」

 

「…おい…、それ…なんだよ……。…なに…する気だ……ナナ…?」

 

少年が掠れた声で訊ねた瞬間……、目の前で赤い血が噴き出した。まだ侵食されていなかった腹部を――“悪魔の邪眼”ごと刃物で突き刺したのだ。

呻く少女の声が少年にも届いた。ゆっくりと力が刃物を持つ手から抜け、その手が地面に力なく落ちた。

 

「……ナナ……?」

 

「…えへへ……ごめんね…お兄ちゃん……。…私…自分から……大切な…命…捨てちゃった……」

 

「…なんで…自分の命を……断とうと…したんだ……?」

 

「……だって…お兄ちゃん……、優しいんだもん……、私が悪魔に…なったら……、倒せなく…なっちゃう…でしょ…?」

 

「……………ナナ……君は……」

 

「…でも……一人は……寂しく…ないの……お兄ちゃん…? ……私の…心……連れて…いって…いいよ…?」

 

「…ナナの…魂……を……?」

 

その言葉を聞いた途端、少年の脳内に“ある魔法”が浮かび上がった。

 

――禁忌魔法、《永劫魂臨》。

 

死する者の魂を永久に世に止める、禁忌の魔法。太古にいたと言われる一人のちっぽけな人間が、人生全てをかけ、造り出した魔法。

その者はそれを使用し、愛した者の魂と自らの魂をこの世に残させたと言われる。そんな魔法を少女は望んだ。

それまでして、少女はこの世に残っていたかったのだろうか。否、ずっと独りだった少年のために残ろうとしているのだろう。――だが、少年は首を振った。

 

「……こんな世界になんか…残らなくていい……。…君は…こんな世界に…残らなくて…いいんだ……ナナ」

 

「……お兄ちゃん……一人で…寂しく…ない…の…?」

 

「…ああ…。…君に…沢山…思い出を貰ったから…大丈夫だ…。…もう…寂しくないよ…、君がいてくれたから……」

 

「……良かった……、…お兄ちゃん……、…私……お兄ちゃんのこと…大好き……だよ……」

 

ゆっくりと少女から力が抜け落ち、目尻から一筋の涙が溢れ落ちた。暖かかった少女の身体が少しずつ冷たくなっていく感覚を手に伝えると、少年はゆっくりと立ち上がった。

 

「……うぐっ……ぁぁ……うあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」

 

周囲で業火が猛威を奮う中、少年は今宵の闇に吼えた。瞳が紅く輝き、彼の身体から魔力が漏れだし、少年は自らの存在ごと全てを滅ぼした。

 

それから“ある魔導士”が歴史の中から姿を消したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「……ぁ……ここ…は…?」

 

少年――レインは目を覚ました。そこは周囲が木で覆われた静かな場所。意識が途切れる前の場所とは、似ても似付かない場所だった。

 

「……何処だ、ここ?」

 

首を動かし、寝転んだままの体勢で周囲を見渡す。すると、隣には見覚えのある老人が横たわっていた。マスターであるマカロフだ。それも怪我をしているが、意識はあるようで、レインがこちらを向いたことに気がついていた。

ふと、記憶を駆け巡らせ、レインは浮かんだ言葉を口にする。

 

「オレが助けたのって……お爺さんだっけ…?」

 

「違うじゃろうが!!」

 

隣にいたマカロフが否定する。確かに記憶通りならば、レインが助けたのは大切な妹であるウェンディのはずだ。決して、老人ではない。

う~んと唸りつつ、首を傾げようと身体を動かすが、途端に身体が痛み、思わず顔をしかめる。そのことに気がついたのか、ちょっと離れた所にいた少女と猫二匹がこっちに駆け寄った。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「アンタ、起きたの?」

 

「どうやら無事のようだな」

 

「……ウェンディ、元気そうで良かった。――シャルルもリリーもさっきぶりだな」

 

レインは妹ウェンディの無事に喜びながら、合流できたシャルルとリリーを見て安心する。すると、白猫シャルルから辛辣な言葉が掛けられた。

 

「アンタ、なんて無茶すんのよ!! 肩の関節を強引に戻したり、化け物相手に一人で戦ったり!!」

 

「そんなこと言われてもなぁ……。実際、リリーがいても厳しいままだったろ…。死者が出るのはオレはごめんだ」

 

「かもしれないけど、アンタ!! ウェンディがどれだけ悲しんでたと思ってるの!!」

 

それを言われた途端、レインは思い当たったのか、黙り混んだ。確かにそうだ。どれだけ気絶していたのかは分からないが、意識を取り戻していなかった間、ウェンディは悲しんでいたかもしれない。そう思うと、胸が痛んだ。

 

「ごめんな…、ウェンディ」

 

「…ううん…心配かけたのは、わたしの方……。…お兄ちゃんに大怪我させちゃった……」

 

「別に大したことはないよ。たかが、脱臼だしな。オレは平気……っ!?」

 

起き上がろうとしたレインに激痛が襲いかかり、顔をしかめた。ウェンディが焦り、急いでレインは横たわることにする。どうやら動くのは無理そうだと理解して。

 

「……困ったな。これじゃ、動けるか、どうか分かんないな……」

 

「安静にしなきゃ、ダメ。お兄ちゃんは怪我人だから……」

 

「――ああ、そうだな。大人しく…しなきゃな」

 

レインは仕方なく納得した。まあ、シャルルやリリー、マカロフに言われた場合は無理にでも動くつもりだったが……、あんなに潤んだウェンディの目を見れば、頷くしかなかった。

しかし、レインはあるモノを目にし、顔を赤くした。咄嗟に両目を隠し、言いづらそうにするほどに。

 

「どうかしたの、お兄ちゃん?」

 

「い、いや、そ、その……。…ウェンディ……見えてる…」

 

「え……何が見え……」

 

レインの指差す場所を視線で追い、ウェンディは彼が言っていた“見えているモノ”の正体に気がついた。それに気がついた途端、顔を真っ赤に染め上げ、左手でソレを隠し、背中を彼らに向けた。ソレの正体など、言わなくても分かるだろう、鈍くなければ。

 

――胸である。見えていたのは、ERAによって裂かれた服から微かに見えていた、ウェンディの未発達ながら女の子の胸だった。

 

「きゃっ!? みみみっ、見たの? お兄ちゃん……」

 

「……見た。――というより見えた」

 

「~~っ~~!!」

 

「……とりあえず、ウェンディ。オレのコートでも被って隠してくれ……」

 

「…う、うん……」

 

「アンタ……、最低ね」

 

「……不可効力だ」

 

シャルルの痛すぎる視線がレインに突き刺さり、彼は顔を背けざるを得なかった。

 

 

 

 

 

落ち着くために少しの間を置いてから、レインはもう一度口を開いた。

 

「……そういや、オレ。どれくらい寝てた?」

 

「ざっと一時間といったところか」

 

「……アンタが寝てた間に、ナツも復活して、何処かに行っちゃったわ」

 

「へぇ。ナツが怪我してたのか? もしかして……そこで気絶しているヤツか?」

 

まだシャルルの視線が痛いのだが、さっきよりはまだマシと言えるだろう。少しだけだが…。

内心反省と不可効力だと言い訳を連鎖させるレインは、一度視線を落としながら、ゆっくりと起き上がり、向こう側で倒れている金髪の男を指差した。――不気味な格好をした男の甲冑の一部に描かれた紋章を見ながら。

 

「ええ。あの男、“滅神魔導士”らしいわ」

 

「“滅神魔導士”……ゴッドスレイヤー。神殺しの魔法持ちか」

 

「うん。ナツさんはその魔導士の魔法を食べるために、自分の魔力を空にしたみたい…」

 

「無茶なことするなぁ、アイツ」

 

「「「お前(アンタ)が言える義理か(じゃないでしょ)!!」」」

 

マカロフ、リリー、シャルルのツッコミを受け、レインは「あれ? そうだっけ」といった顔をする。少し変な顔をしていたのか、彼のコートを羽織り、恥ずかしさをなんとか紛らせたウェンディがクスリと笑うのを見て、彼は微笑んだ。

 

「ウェンディ、心配かけたな」

 

「…ぁ……、うん。…もう…こんなこと…しないで…?」

 

「ああ、約束する。妹に――大切なウェンディに心配はかけない」

 

その言い方に何か含みがあるのかと勘違いしたウェンディが再び顔を真っ赤にし、見悶えるのを見て、さっきよりも痛い視線をしたシャルルに頭を叩かれるレインだが、今度の今度は本人であるレインにはなんのことかよくわからなかった。

 

「ん? なんか変なこと、言ったか?」

 

「アンタねぇ、鈍感すぎよ!!」

 

「確かに。流石にオレでも気がつくぞ、さっきのは」

 

「う~ん?」

 

やはりなんのことか分からないレインは首をかしげる。しかし、側で横たわるマカロフは何故か驚きを隠せない表情で訊ねてきた。

 

「変な言い方じゃが……。――お主、前より()()()()()()()()か?」

 

「え……?」

 

その言葉を聞いて驚くウェンディ。流石のシャルルやリリーも首をかしげる。だが、レインは少し黙り混んだ後、答えた。

 

「――ああ、そうかもしれないな。“何か”を欲しいって思える気がする」

 

嘘偽りない笑顔を溢すレインの姿に、思わず大抵の事情を知ったウェンディとシャルルは微笑んだ。事情を知らないマカロフとリリーは、やはり首をかしげたのだが、その後、彼が悪ふざけで言ったことに驚かざるを得なかった。

 

「例えば、ウェンディが欲しいとか?」

 

「…え…………っ!!」

 

「あ、アンタ、何言ってるのよ!!」

 

「冗談だって、冗談。例えばの例えばだろ? 妹に手を出したいとか言う兄に見えるか、オレが。いつもウェンディのことばっか心配してるのに」

 

「あ、あの……そ、それは…それで……恥ずかしいよ…お兄ちゃん……」

 

「まさかアンタ……、時々女子寮付近に居ないわよね?」

 

「まさか、そんな訳する理由がないって。流石にそこまではしない、しない。それしてたら、ただの不審者だし。あ、でも……――わざと仕事先をウェンディと会わせたりした時が何回か……」

 

「レイン、シスコンなのか……」

 

「お主……いつも何をしておるのじゃ…」

 

「まあ、それはあくまでエドラス行く前だし。今はウェンディのこと、そこまで過保護じゃないぞ? 結構強くなってきたし」

 

悪びれもせず、レインは笑顔で話す。こう見ると、そこはかとなく、彼は前よりも明るくなったように見えるし、表情も豊かになっている。

ふとそんなことを考えていたウェンディの頭にポンッと手が置かれた。よく覚えている感覚に気がつき、顔をそちらに向ける。そこにいるのはいつも通り、兄のレインだ。

 

「――ま、オレにとってウェンディは大切な妹だし、オレ自身の希望でもある。ただ一つの望みと言えば、ウェンディが元気で居てくれること、それだけでオレは十分だ」

 

ニッと笑い、レインはウェンディの頭を撫でる。優しい手付き、ウェンディが嬉しいと思えるぐらいの力強さ、それを知っている彼だからこその褒め方の一つ。

それがウェンディには暖かく、心に染み渡る。――とここで、ふと思い出したことがある。操られていた時に確かレインの心臓が止まったのを覚えている。なのに、彼は生きている。

流石のウェンディも不思議で仕方がなかった。ここにいるのが、幻影じゃないことを微かに祈りながら、それを訊ねる。

 

「えっと……、お兄ちゃん…心臓…止まったのに…大丈夫だったの…?」

 

それを聞いた途端、シャルルたちは固まった。普通なら心臓が止まれば、ほぼ死んだも同然だ。それを聞けば、確かに目の前にいるレインのことが怪しくなるのも当然である。

すると、レインは首をかしげると唸りながら、答えた。

 

「う~ん? なんでだろうな?」

 

「え……?」

 

「いや、な? 確かにオレも死んだような気がしたんだけどなぁ……。やっぱり生きてる。だってほら、心臓の鼓動、感じるだろ?」

 

ウェンディの手を取り、それを自分の胸に当てる。少し慌てていたが、急に驚いたような顔をした後に、呟いた。

 

「本当だ。お兄ちゃんの…心臓の鼓動が聞こえる」

 

手から伝わる微かな震動。それは心臓の鼓動と間違いなかった。少し身を乗りだし、ウェンディは思いきって彼の胸に頭を寄せ、耳を胸に当てた。

 

――ドクン…ドクン…ドクン…

 

心臓の音がやっぱり聞こえる。優しくて落ち着く音が聞こえてくる。グランディーネと居たときに夜中に寂しくなったウェンディが目を覚ましていたレインの胸の上で眠った時と同じ、優しい音が聞こえる。

 

「(お兄ちゃんの心臓の音……、優しい音……)」

 

「おーい、ウェンディ。なんかウットリしている所、ちょっと悪いけど……、少し傷に当たってるから、そろそろ…な?」

 

「ふぇ……? ……あっ! ご、ごめんなさい!!」

 

急いで離れるウェンディを見つつ、レインは少し考える。

 

「(……やっぱりウェンディ、甘えん坊だな……)」

 

ボーッと考えていると、シャルルがジロッとこちらを睨み、威圧するように呟いた。

 

「ちょっとアンタ。さっき何か変なこと考えたんじゃないでしょうね?」

 

「ん? いや、別に。普通にウェンディが甘えん坊だな~と………あっ…」

 

心のなかで考えていたはずのことを思わずポロっと口に出してしまい、言ったことに気がついてから本人の方を見る。

 

「…うぅ~………!!」

 

かなり顔が真っ赤になっていた。まるで炎魔法で顔を炙られたかのように。少し目元がウルウルとしており、恥ずかしくて仕方がないような様子だった。

そんな妹ウェンディの様子を見てから、レインは「あ、これ、どうすればいいんだろう」といった顔をする。なんだか恥ずかしがる姿が誰かに似ている気がするが、気のせいだろう。

 

「……これ、しばらくオレ黙ってた方がいいのか?」

 

「そうね、そうしなさい。アンタが何か言う度にウェンディが恥ずかしくなってるから」

 

「そうだな、とりあえず、お前は怪我を治すことを優先した方が良さそうだ」

 

「全く……お主は鈍感の塊じゃのう」

 

「失礼なこと言うなぁ、マカロフさん。オレが鈍感の塊? それならマカロフさんは頑固の塊じゃないのか?」

 

「なんじゃと?」

 

「(あ、やべ。地雷踏んだな、これ)」

 

自分が言ってはいけないことを口にしたのに気がつきながら、レインはプイッと顔を背け、焦りつつも回りを見渡し直す。

相変わらず顔を背けた先でウェンディが顔を赤くしたままの様子が見えるのだが、それが何処か微笑ましいなと思いつつ、レインは静かに眼を閉じ、もう一度意識を手放した。

 




ウェンディ「お兄ちゃん、寝ちゃったね」

シャルル「なんで座ったまま寝てるのかしら?」

リリー「レインは相変わらず不思議だな」

マカロフ「(人間らしくなった…か。こやつ、本当に子供か?)」

レイン「……ウェンディ………怪我……してない……のか?……」

ウェンディ「……心配性なのかなぁ…お兄ちゃん」

シャルル「アンタが結構危なっかしいからじゃない?」


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銀と蒼


今回はすぐに次の話が浮かんだので投稿しました。

ちなみに今回の話は次回への繋ぎです。それとギルダーツが駆けつけるまでの時間稼ぎ

でもあります。まあ、こんな駄作かもしれない作品を読んでくれる方々に感謝の念

を送り続ける日々を過ごします。



「………、寝てる間に何があった、これ?」

 

寝ていたいという欲望を強引に捩じ伏せ、意識を完全に引き起こした銀髪の少年――レイン。彼は確か、夕暮れが来るより前に一度眠りについたのだが、起きてみれば、外は雨が降っているわ、目の前に捕縛して放置していたスパイがいるわ、と理解が追い付かない状態に陥っている。首を傾げ、状況を整理しようと思うが、どれほど寝ていたのかが分からない以上、予測すら出来ない。

 

「……ウェンディ。オレ、どれくらい寝てた?」

 

「えーっと……、大体2時間くらい…かもです」

 

「……で、オレが寝ている2時間にこれほどの出来事が起こったと?」

 

すっかりとまではいかない自身の身体の調子を確認しつつ、レインは岩陰で何やらゴソゴソしているウェンディの返答を待つ。

雨が降っているというこの状況、恐らくウェンディは着替えているのだろう。流石に何度も質問して困らせるのも悪いと感じたのだろうレインは少しだけ考えを纏めようと黙り混む。

 

「(闇ギルド《悪魔の心臓(グリモア・ハート)》の襲撃……。黒魔導士ゼレフ……。最強最悪の悪魔ERAの乱入……か。なんか気持ち悪いぐらいにイベントばっかりだな…今日。

まったく、誰が企画したものなんだよ、これ……。――そもそも偶然だったな、今回のは)」

 

少し話が逸れながらも、なんとか結論を出し、レインは胸のうちで答えを唱えるように呟いた。

 

「(何かが起こる前触れ……、“一つの時代の終わりを告げる境界”ってとこか……。過去にも何度か、そういうのが起こってるみたいだしな……)」

 

取り戻した記憶の欠片を利用し、今までよりも結論に筋が通ってきたことに喜びを感じたが、それどころではないと自分を戒める。

だが、そんな彼にも未だに解けない疑問がさらにキツく残ってしまっていた。

 

「(オレの正体…か。取り込んだ悪魔の話が本当ならオレは400年前の人間……、それでいてウェンディと出会っている……。恐らくウェンディと出会ったのはメイビスが居なくなってから……――いや、待てよ。……もしかしたら、メイビスと出会う前にウェンディと会っている可能性も否定出来ないな。記憶喪失の原因が何か分かれば………)」

 

「――あの…、レインさん?」

 

突然呼び掛けてきた者は意外にも結構近くにいた。それも隣にいたということに。それに気がつくと、思わず後ろに退いてしまうレインだったが、声の主が誰かを知った途端、少しため息が漏れた。

 

「――ウェンディ、突然は止めてくれ、結構ビックリしたから」

 

「ごめんなさい。でも、レインさん、何回声をかけても反応が無くて……」

 

「…あーー……ナルホド…」

 

確かに先程は周りが見えなくなるほどに熟慮しようとしていた所だ。お陰で途中で考えていたものをすっかり忘れてしまったが、まあ、色々と助かったことには代わりない。

あのまま、ずっと考えて続けていると最悪置いていかれるなどという場合もあったからだ。そう思うと、流石は我が妹と言いたくなるほどに。

 

――あくまでレインがシスコンだからであるが……。

 

「……ジーっ……」

 

「ど、どうか…したんですか?」

 

「いや、なんかウェンディって“くの一”って感じの服装も似合うんだなぁ~と。ちなみに別大陸にいる女の忍者のことな?」

 

「ふぇ…!? ……え……その……ありが…とう……」

 

顔をレインから背けるウェンディの横顔が結構赤いのが気のせいなら良いのだが、どうやら気のせいではないことを知らせる存在――周囲にいたルーシィやドランバルトの眼が痛い。

マカロフはどうやら眠っているようだが、恐らく怪我がかなりのものであったのだろうと、簡単に推測し、レインは外を眺めた。

あまり天狼島に立ち寄る時に見なかった悪天候。なんだか新鮮で……不気味な雰囲気に、思わずレインも苦笑いしか出来ない。

もしS級魔導士昇格試験が明日ならば……と思わざるを得ない状況だが、これはこれで経験が積めるなと思う、軽く戦闘狂(バトルマニア)のスイッチが入ったレイン。

今、この間にもレインは空気を微量に取り込み、自身の体力回復と魔力回復を続けている。同じく定期的に全員の眼を盗み、《天体魔法》にある“星々の恩恵”を発動したりと、実際の所は念のために備え、自分の治療を続けている訳でもあり、未だに戦い足りないと叫ぶ欲望が渦巻いていることに内心では失笑している。

 

「……そう言えば、ナツ。何処かに走っていった…って聞いたが、探し物は見つかったのか? 例えば……、メイビスの墓とか」

 

「ん? んなモン探してねぇー。ゼレフってヤツ見つけた。――けど、変なヤツに邪魔されて……」

 

「今に至るという訳です」

 

何故かクルリと一回転をし、ナツの説明をバッサリとカットするハッピー。流石にナツとしても、説明をカットされるのは気に食わないだろう。

それも正直なところ、ゼレフ見つけたという事実の後から今までのことが全く分からない。かの《妖精軍師》メイビスの兄であるレインと言えど、情報量の少なさには勝てそうにない。

思わずため息が何回か漏れるのだが、そんな彼らに一匹の空飛ぶ猫がやってきた。

 

――ウェンディの相棒猫シャルルだ。さっきまで偵察でもしていたのだろう。

 

「シャルル、どうだったんだ?」

 

「途中でギルドのキャンプを見つけたわ。そこに大体のみんなはいるみたい。でも、ガジルやエルフマン、ミラたちが重傷みたいよ」

 

「ミラさんまで……」

 

ルーシィが信じられなさそうな顔をしたが、まあそれも仕方がないと言える気がする。“煉獄の七卷属”のメンバーは基本的に四六時中戦闘でもしている者たちだ。

しかし、ミラは数年前に魔導士を止めてしまっている。“サタンソウル”も、いつぞやのはた迷惑な祭りで久しぶりに使ったものに過ぎない。

――となれば、武があるのは敵の方である。それに加え、今のミラは仲間を失うことを極端に恐れているために、多分全力が出せないのかもしれない。

 

などとレインの中で考えが纏まり、それを一旦何処かに沈める。今は敗北の理由など考えている場合ではない。

 

「――で、肝心の敵は何処だ?」

 

「向こう側の海岸ね。船が一隻止まってたわ」

 

「なるほどね……。そこ叩き潰せば終わるか。生憎こっちは基地無いしな……」

 

簡単に言って見せるレインにポカーンと口を開けたままの一同。不思議そうな雰囲気で首を傾げるレインだが、異常なのは自分だと理解し、黙っておこうと思った所に……

 

「オモシレェ! オレはレインと同意見だ!」

 

ナツ(バカ)が食いついた。どうやら釣り餌(選択)を間違えたようだ。考えもせずに爆弾発言を落とした自分に後悔しながら、レインは自分の身体の癒え具合を確認した。

少し左肩に違和感が残ってはいるが、対して気にならないレベルだ。それに加え、身体にあった切り傷は全部塞がっている。戦おうと思えば、戦える状態にある。

それに“アイツ”には同じ仲間だった者として、妹メイビスの信頼を裏切った敵としてのケジメをつけなければならないとレインも思っている。

正直ナツと同意見と言うよりは、さっきの発言は彼を見習ったモノとも言えるものだ。本人は気がついていないのだが……。

 

「ま、叩き潰すにせよ、一旦オレたちは態勢を整えないとな。キャンプを逆にやられたら、話にならないし」

 

そう言いながら、レインはまだまだふらつく足で立ち上がり、外の方を見る。立ち上がったのを見たウェンディたちが焦り、ふらつく彼を支える。

 

「まだ動いちゃダメです、レインさん!!」

 

「そうよ、アンタ、それでも重傷だった方なのよ!?」

 

「――そんなこと言われても、オレはやらなきゃならないことが生憎沢山あってね。まずはメイビスの所に行かなきゃならないんだ……!」

 

その言葉を聞き、ウェンディとシャルルは理解した。事情を知っているから、そう言われればそれで終わりだが、彼女たちはそれだけの理由には入り切らない存在だった。

何年間――いや、何十年間も抱え込んできた孤独と自分の正体を知る存在、弱みを決して見せようとしないレインが漏らした微かなモノを知っている者たちなのだ。

だからこそ……、レインのやりたいことの大きさ――規模が予想できる。

 

「取りに行かないといけないモノがあるんだ……、オレには。アイツらやメイビスがどれほど信じていたかを示すために……」

 

ゆっくりと両足に力を込め、レインは自分の足で身体をふらつかせずに立ち上がる。まだ安心は出来るか分からないが、それでも彼からは何かを胸に秘めていることが理解できた。

そんな彼に感化されたのか、ウェンディも決心し、口を開く。

 

「――なら、わたしも連れていってください」

 

「ウェンディ!?」

 

シャルルが驚く。いくらレインが一緒とは言え、彼は負傷者である。そんな時に“煉獄の七卷属”などに当たれば、無事でいられるか分からないかもしれないのだ。

それを口にし、ウェンディを説得しようとするが、彼女はそれを聞かない。さらに決心を強くし、レインに着いていくことを諦めない。

 

「連れていってください、お願いします、レインさん」

 

「………、今のオレじゃ、どれくらい守れるか分からないぞ、それでも…いいのか?」

 

「はい!」

 

ウェンディは力強く頷く。それを見て、ナツもまた立ち上がり、言った。

 

「なら、途中まではオレも行く。それならレインでも守りきれるんじゃねえか?」

 

「……まったく、アンタたちのこと見てられないわ。わたしも行く」

 

同じようにルーシィも立ち、外へと向かう。雨が降る中で彼らが少しずつ前へと進む。それを見たシャルルやハッピーも腹を括ったのか、彼らに着いていく。

そんな彼らの背後から、ドランバルトが叫んだ。

 

「君たちは自分の置かれている状況を理解しているのか!!」

 

「――ああ。理解しているさ。だがな……」

 

少し身体に違和感の残るレインだったが、力強く底冷えするような鋭い眼でドランバルトを見据え、堂々と宣言する。

 

家族(なかま)を傷つけられて、黙っていられる訳がないだろ? やってくれた分はとことん倍にして返す、それがオレだ。そんなオレがいるのが、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》だ。こんなオレに感化されたか、昔からこうなるようになっていたのかはオレは知らない。けどな、ギルドっていうのは家族(なかま)のために国だろうが、世界だろうが敵に回すようなモンだ。だからこそ、ギルドはもうひとつの家族だ。

だから先に言っておく……、評議院がなんだ、魔法界がなんだ。オレはオレの守るべきものを守りたい、それだけだ。そっちが“エーテリオン”でも撃つなら好きにしろ。そん時は、オレがそれを倍にして跳ね返してやるよ、それが嫌なら時間を稼げ」

 

静けさの中に――まだ一人で飛ぶことすら叶わぬ妖精の中に、一頭の竜がいたのは言うまでもない。妖精の成長を見守る者がそこにはいたことを評議院(彼ら)は知らなかっただろう。

その心の強さは“聖十大魔道”だからと言えるのだろうか。否、それ以上に彼は人間の持つ経験を遥かに凌駕している。ただそれだけだ、それだけでしかない。

けれど……、

 

 

 

だからこそ、レイン()は強い。それが理由なだけだ。背負うものが何だろうと構わない、罪であっても、なかまの命であっても、国でも、世界でも……。

ただ彼は全てを背負い、彼らの涙を拭うだけ。それが彼に込められた名前の由来なのだから。

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

ドランバルトと別れたレインたちは、マカロフを背負うナツを先頭に進んでいく。レインは念のためにウェンディの前を走っている。

何か異変があれば、彼女がストップをかけられるようにと。それを言われるまでもなく、感じていたレインは杞憂で終わると思いながら、走る。

 

だが、そんな彼らの前に……一人の男が姿を見せた。

 

身体からはとんでもない威圧感が発せられ、彼のいるところだけ雨がとてつもなく降り注ぐ。まるでそこに引き寄せられているかのように。そんな彼に畏怖を少しながら感じたナツたち。

レインの眼はかなり冷たく、冷酷な何かが滲み出そうになっていた。

見覚えがいるのか、無いのかはさておき。

その男はギリギリナツたちに届く大きさの声で呟いた。

 

「飛べるかな……、いいや、まだ飛べないな」

 

それが彼らに届いた途端、彼らに強烈な重力がのし掛かる。

 

「ぐおっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

「なに…これっ…」

 

「身体が……」

 

「じゅ…重力……」

 

地面までもが沈んでいき、彼らの身体に強く重力がのし掛かり続ける。痛みを含んだ声が周囲から聞こえる。そう…()()からだ。

 

「……………」

 

無言でただ一人、()()()()()。強烈な重力の中で。

 

「……? 何故立てる…? お前は飛べないはず……」

 

「…悪いな、オレは常に魔力を漏らしている訳じゃない。元はこれでも戦いなんて満更だったんだがな……、結局守るために力は必要だったと思えるよ、今も」

 

高重力がさらにレインにだけのし掛かるが、それでも彼は這わない。ただ立っている。一歩ずつ、ゆっくりと歩いていく。その男の元に。

ゆっくりとした足取りはやがて速くなっていき、最後には重力に押し潰された地面すらをも走り、蹴り、その男の目と鼻の先にまで接近した。

 

「なに…!? 飛べ……」

 

「そんなに飛びたいのか? だが、悪いな。生憎、空を飛んで良いのは……(ドラゴン)だけだ。お前は地面を這っていろ」

 

それを言い終わると同時に、雷鳴が空から墜ちるように……、天竜の子(レイン)は鉄槌を降り下ろす。

 

「天竜王の天鱗!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一撃は、ありとあらゆる猛者をも黙らせる。

 

 

 

 





そーいや、皆さんはクリスマスをどう過ごされますか?

え? 私ですか? それは当然……塾です。あー、畜生! なんで休ませてくれないんだ!

という感覚です。来てほしいような来てほしくないような感覚にとらわれています。

まあ、ゆっくりしていきましょう。次回は前書き通りギルダーツが来るまでの

レインVSブルーノートです。それでは次回~♪

P.S.
認めよう、フロッシュは可愛い。ローグの気持ちも分からなくはない。

それでも私はウェンディが好きだ。




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雨が降る曇天に

さて……。

それではまず謝罪をさせてください。

まずひとつ目。
投稿遅れてすみませんでした!! 親にガミガミ勉強しろ、勉強しろって急かされたんです!!

執筆終わってるのに投稿出来なかったんですぅ……(涙)

ふたつ目。
今回原作、アニメではギルダーツマジカッケェ!!回なんですが、残念ながら作者……。

カナを入れるのをすっかり忘れてました。投稿時間を設定するときに気がつきました。

本当にすみませんでした。カナファンの方、申し訳ないです。

みっつ目。
原作改変度が半端じゃないです。カナが居ないところとか、etc……。

以上で謝罪内容を終了します。本当にすみませんでした。次の投稿は出来るだけ早くします。

作者の現実が色々とカオスでして。大晦日から1月3日まで塾で半日(12時間)拘束でして、

マジで目が回りそうです。――ってか、私立行く場合は特進以上に行けとかふざけないで

くれよ……と思いましたね、ホント。まあ、そんな訳で作者苦しんでます。

頑張って投稿もします。絶対今年中には天狼島編の終わり付近まで行きたいです。

――という訳で作者の訳のわからない謝罪を見てくれた方、大切な人生のお時間を

とらせてしまいました。それでは小説の方へどうぞです。



その一撃はありとあらゆる猛者を黙らせた。

 

 

 

「ぐおぉぉっ!?」

 

髷を結い、コートの背には“蒼”の一文字が描かれた服装をする男は地面に叩き落とされたかのように、這いつくばった。

彼を中心に強烈な衝撃が走り、円形状に地面にヒビが入る。当然そんな衝撃が入れば、ガンっという音と共に地面の一部も陥没する。

 

「……………」

 

それを成した存在は一種の感情を抱いていた。それは“怒り”。仲間を傷つけられ、さらに傷つけられることが分かった彼は底冷えする瞳をその男に向けている。

 

「てめぇ……、そこまで飛べるなら……――メイビスの墓を知っているよな…?」

 

その男もまた、一撃ではやられず、立ち上がりながらそう訊ねた。だが、少年――レインは答えない。さらに冷たく鋭い視線をその男に見せる。

 

「……お前に教える義理はない。さっさと島から出ていけ、闇ギルド。最悪、全員半殺しじゃ済まさねぇぞ」

 

「……なんだと? その程度で半殺しに出来ると思っているの……か!? ――……てめぇ、その瞳は…なんだ?」

 

起き上がったその男がレインの瞳を見て驚いた。彼の瞳は本来、ウェンディと同じ茶色混ざりの黒目だ。時折、血のように紅く染まった瞳を見せたが、今の目は“ERA”を撃破した最後の姿と同じ目だった。

中心に黒目、それを囲うように5つの円があり、それが交互に白銀色と青紫色を繰り返す。そんな不思議な雰囲気を持つ瞳がその男を睨み続けていた。

その目を見て、その男――ブルーノートはそれの正体に近きものを思いだし、口にした。

 

「“悪魔の眼”……か?」

 

「残念ながらそれは違うな。……どうせプレヒトがそれを発現してるんだろ。オレには関係ない。――ただ仲間を守るだけの力が欲しい、それだけだ」

 

それを呟いた途端、瞳の中にある一つの円がパッと輝き、目の前にいたブルーノートに重力を与える。とてつもない重力に襲われ、ブルーノートも姿勢を崩した。

 

「さっきオレにかかっていた重力だ。返しておく」

 

「“反転”……リバース…か。」

 

悔しげに呟くブルーノートをレインはただ見下すような瞳で見ている中、彼の後ろには漸く態勢を立て直したナツとウェンディ、シャルルとルーシィがいた。

 

「ウェンディ、レインどうしちまったんだ?」

 

「……よく分かりません。なんだか記憶を取り戻した……って言ってました」

 

「記憶? どういうことなの、ウェンディ」

 

「それは……」

 

その瞬間、頭のなかで約束がちらつく。

 

――頼みがあるんだけどさ、聞いてもらえるか、ウェンディ?

 

――あ、はい。なんですか?

 

――ウェンディに話したオレの正体のこと、過去の事を秘密にしてもらえるか?

 

――えっと……、その……皆さんには言わないんですか?

 

――ま、必要な時に言うつもりかな。変な誤解とか招かれると逆に困るしさ。

 

天狼島に向かう3日前の夜に結んだ小さな約束。“小さな”――とは言っても、二人にとってはかなり重要なことであるソレは、ウェンディが勝手に他言していいものなのかすら、分からないものに成り果てていた。

 

「……今は言えません」

 

「……分かったわ。とりあえず、レインが強くなった…ってことなの?」

 

「多分…そうかもしれません」

 

少し寂しそうな目で彼の背中を見るウェンディ。そんな彼女の思いに気がつかず、彼らは同様に彼の背中を見ているだけだった。

ただ彼ならやってくれるという信頼を向けたナツたちと。

彼女の兄でもあるレインが何処か遠くにいってしまいそうな気がしたウェンディとシャルル。

同じ仲間のはずなのに、彼らのレインに向ける何かの本質は違うものでしかなかった。

 

「(お兄ちゃん……、何を見据えているんだろう…)」

 

彼女の不安が少し大きくなる。その時だった、突然目の前で大爆発に似た衝撃が発生する。

 

「意外とやるな、お前」

 

「ほう……、てめぇ、本当にガキか?」

 

ウェンディたちの目の前で起こった衝撃は二人によって放たれた。銀色の髪の少年と、微かに青みを帯びた黒髪の男――レインとブルーノート。

次々とレインは回し蹴り、右方向からの強打に似た拳をブルーノートへと目掛ける。それを何度も躱し、反撃を加えるが、同じくレインはそれを躱して見せる。

衝撃が空中で花咲き、同時に地面が抉れ、小さなクレーターが作られていく。少しずつ激しさを増す二人の戦いに、ナツたちは見ているだけしかできない。

 

加勢すれば、早く勝てるかもしれない。ナツたちの誰かはそう思っているだろう。

しかし、それは今戦っているレインにとっては……邪魔でしかないのかもしれない。

その例と言えば、先程とは言いづらいが、ERAとの戦いである。レインは何も言わなかったが、実際援護にきたウェンディは人質に取られ、彼はそのために大怪我をしている。

危うく死んでいたかもしれない状況と言っても過言ではないほどに。

それをウェンディがナツたちに教えているからこそ……、手助けが出来ない。レインと同格か、ソレ以上。そのレベルの実力を持つ者以外、彼を助けることが出来ない。

その事実に、ナツたちは打ちのめされる。

自分達では助力にもならない、逆に邪魔になるだけ、そう言わんばかりの現実に。

 

その最中、一度距離を取ったレインが両手をパンっと合わせ、小さく何かを詠唱するように唱え、発動させる。

 

天空の造形(スカイ・メイク) “天鹿児弓(アマノカゴユミ)”!!」

 

彼の後ろに突如として現れる大量の弓。それら全ては空気と風が圧縮されて創られた物だが、その矢先は光が当たるとギラリと輝くほどに鋭利な物だった。

その余りの多さにナツたちですら、恐怖と不気味さを覚える。敵として相対するブルーノートですら、顔を歪ませ、舌打ちを溢す。

 

「さて、避けられるか? オレたちはこんなところで足踏みする余裕は無くてな」

 

それを告げた途端、弓矢は一斉にブルーノートへと向き、彼はそれを気配で感じたのと同時に、指をパチンと鳴らした。

その音に反応し、空気で創造された弓から鋭利な矢が放たれる。

 

「チッ! 邪魔だ!!」

 

自身の前の重力を変動させ、弓矢を押し止め、さらにそれを圧力で砕き割る。だが、砕かれた弓矢から大量の水蒸気が吹き出し、霧のようなものが辺り一面を覆い隠す。

 

「な、なにが起こってんだ!?」

 

「霧…でしょうか?」

 

「前がよく見えない!」

 

口々に言うナツたち。そんな彼らは突然の浮遊感を味わった。何かが自分たちを掴んでいるような感覚、それが彼らにも分かった。

次々とうっすらと霧の奥で見えていた人影が消えていき、内心拐われているのかと思い、ウェンディは焦る。

 

「な、なに……」

 

驚いて大声が出そうになったウェンディの口を突如として何かが塞いだ。

 

「!? んー! んー!」

 

「シーッ……」

 

誰かに助けを呼ぼうと声を上げたウェンディの耳元で、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「(今は静かにしてくれ)」

 

「(お、お兄ちゃん……!?)」

 

彼女を抱えていたのは兄であり、先程戦っていたレインだった。その声を聞いた途端、安心感が沸き上がるが、疑問も当然出てくる。

 

「(み、みなさんは!?)」

 

「(大丈夫だ。霧が出てから、すぐにナツたちは向こうに連れていった。後はウェンディだけだ。安心してくれ、距離が結構あるから気づかれないだろうし)」

 

「(お兄ちゃんはどうするの?)」

 

「(アイツをここで倒しておく。追跡されるのも面倒だしな)」

 

濃霧で視界を潰されたブルーノートの横を一瞬で通り抜け、レインはウェンディを抱えたまま、向こう側の道に連れていく。

気配を一瞬だけ感じたブルーノートだったが、流石の彼と言えど、一瞬だけでは気がつけない。何処へ行ったかを考えているように、その場に立ったままだった。

濃霧を通り抜けた二人は向こう側の道で待っていた彼らを見つけ、安堵の息が漏れる。

 

「そっちに敵はいたか?」

 

「いや、いねぇぞ。――ってか、レイン!! お前あんなのも使えんのかよ!!」

 

「うるさい、黙れ、バカナツ。大声出すな。一応ここも安全とは程遠いようなモンだ。さっさとお前らはキャンプに向かえ」

 

その言葉を聞いたウェンディは驚いた。

 

「お兄ちゃん!?」

 

「さっき言っただろ、アイツをここで倒すって。ナツがいるんだし、大丈夫だろ、そっちは。余程の敵がいなけりゃ、コイツで十分だ」

 

「んだと、レイン!!」

 

「うるさい、黙れ、バカナツ。二度も言わせんな! ――って、アイツが気づいただろうが!!」

 

そう叫ぶと同時に、振り返ったレインが咄嗟に両手を交差し、蹴りを防御する。目と鼻の先には濃霧にいたはずのブルーノート。

 

「てめぇ、オレを侮辱してんのか!?」

 

「あーあー、どいつもこいつも……黙れって言ってるだろうが!!」

 

瞬時に蹴りの方向を両手で曲げ、いなすと同時に“天竜の鉄拳”をブルーノートの鳩尾に奇襲のお礼と言わんばかりに叩き込む。

 

「ぐほぉっ!?」

 

再び濃霧へと姿を消したブルーノートを追撃するべく、彼もまた濃霧に突撃する。その背中を見て、ナツたちは言葉を失った。

 

――これが戦争だということを改めて知って。

 

「……行きましょう、みなさん」

 

そう提案したのはウェンディだった。

それを聞いてナツたちは驚き、彼女へと振り返る。

 

「ウェンディ!?」

 

「多分わたし達じゃ、お兄ちゃんには迷惑なんです。さっきだってお兄ちゃんが気配に敏感じゃなかったら、わたし達かお兄ちゃんが怪我をしていたかもしれません。

――だから、行きま……しょう」

 

そう呟いたウェンディの最後の言葉は声が震えていた。久しぶりに怒られた、それもかなりの怒声で。そのことが彼女にはショックだったのかもしれないが、それ以上に彼女は再びレインに迷惑をかけることに恐れていた。

ERAとの戦いのように、再び彼に迷惑をかける、彼の命が脅かされるかもしれないと。

それが怖くて仕方がなかったのかもしれない。――だが

 

「分かった。アイツには後で色々聞かねぇとな」

 

「あと、ウェンディを怖がらせたこともね」

 

「あい! ――と言っても、レインは何て言うだろうね」

 

「多分……「少しは空気読めよ、お前ら!!」って言われそうね。まあ、わたしたちにも非はあるけど」

 

口々に彼らはそう言った。怒られたことを気にしていない訳ではないが、ただ自分たちにできることを考えている。

その光景がウェンディを――彼女の胸に刺さった言葉の杭の痛みを和らげる。“クヨクヨしない”、以前レインが彼女に向かって言った言葉が甦り、前へと進む助けとなる。

 

「フフ……そうかもしれませんね」

 

ウェンディの表情に光が差し込んだ。それを見て、彼らもまた笑う。

 

「そんじゃ、オレたちも行くぞ!」

 

「「「おー!」」」

 

ナツを先頭に彼らはギルドのキャンプがある方向へと走り出した。彼を――ギルド最強の魔導士たるレインを信頼して。

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、彼は小さく笑った。

 

「(やっと…か。決断するのが全員、遅いっての)」

 

胸の内で小さく愚痴り、レインもまた、目の前に立つ敵を見据える。彼が戦ったERAには及ばないが、あの男も当然かなりの実力であることは先程の戯れで確認済み。

――それならば

 

「手は抜けないよな。当然のことなんだけどな」

 

そう呟いた刹那、自身のかかる強烈な重力。動きが微かに鈍ったその時を見逃さず、ブルーノートは畳み掛ける。

右方向から勢いのある拳が飛来し、レインを打ち据えようとする。しかし、それを彼は予測し、その攻撃をほんの僅かな動きで躱し、胸もとに潜り込む。

拳をギュッと握り、魔力と力を込め、それを隙だらけの胴へと叩き込む。

 

「セイッ!!」

 

「ぐおっ!?」

 

ズザザ……と後退り、ブルーノートは荒い呼吸を溢す。レインもまた、深呼吸をし、魔力の回復と肉体の強化を図る。

 

「(重力系統の魔法にはやっぱり欠点あるよな。相手が馬鹿力なパターンとか、人間じゃないパターンとかな。まあ、オレは後者なんだが)」

 

このまま押し切る、そう言わんばかりにレインは態勢を整え、次にブルーノートが接近してくるのを待つ。彼の視線の先ではブルーノートが焦りを募らせているのが分かる。

 

「(さて、どう来るか……。いやはや、コイツは意外と楽しくなり……)」

 

胸の内でワクワクしていたレイン。そんな彼の口から血が垂れる。口のなか一杯に広がった血に驚き、我慢できずに彼は血を吐いた。

 

「がはっ……ごほっ……急になんだ…よ…おい……」

 

胸が痛み、咄嗟に手で押さえ……冷たい何かに気がついた。震える手を自身の前に出し、冷たい何かを確認し、言葉を失った。

 

――血だ。紅く綺麗に輝く血。人間が持つ血液の色。レインがまだ人間を止めていない証。

 

それを見た途端、レインはどうして血が出ているかを悟った。あの時だ。

ERAの胴体に風穴を開けるために、わざと一撃を胸に受けた時の傷だ。よくよく見れば、包帯を巻いているのが見える胸から血が出ている。その証拠に巻いた包帯は赤色に染まっている。

表面上、傷というのは塞がっているものだ。しかし、内側は違う。

血液が流れている以上は修復に時間がかかる。それ故、怪我をした場合は安静にすることが重要視されている。だが、レインは激しさのある動きを幾度となくしてしまった。

当然の報い、そう言われれば反論できないほどに。

 

「クソッ……こんな…時に……つくづく、オレは運が…悪いな……」

 

「――そうだな。てめぇは運が悪い、だからここで死ね」

 

目の前には当然のようにブルーノートがいた。拳が構えられており、それは迷いなく彼の胸を狙っている。恐らく重力で加速させているやもしれない一撃だ。

くらえば、ただでは済まないだろう。流石のレインも避けることができない距離。それ故に、彼は瞳を伏せた。

 

「(フン、覚悟を決めたか。なら……)」

 

覚悟を決めたと判断したブルーノートは容赦なく、その一撃を叩き込もうとする。その拳が彼の胸を打ち据える瞬間、レインは目を見開き、笑った。

 

「助けに来るのが遅いっての」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――わりぃな、少し遅れた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レインの後ろから茶髪の男が姿を現し、ブルーノートを吹き飛ばした。あまりのことに仰天する彼を差し置き、突如として現れた茶髪の男は苦笑いを溢す。

 

「ってかよぉ、お前なんでそんな怪我してんだ?」

 

「ん? 悪魔と本気で殺りあったからだろうが。――というか、ギルダーツ。お前帰ったんじゃないのか?」

 

「少し野暮用がな」

 

茶髪の男――ギルダーツはレインに肩を貸し、彼を壁際に寄せると、吹き飛んだブルーノートを睨み付け、口を開く。

 

「オレの悪友(ダチ)に何してんだ、お前」

 

その声はいつもの穏和な彼らしくない、怒気を孕んでいた。

 




ナツ「にしてもよぉ、レインってまた髪の色変わってねぇか?」

一同「今さら!?」

ナツ「え……、お前ら気づいてたのか…?」

ルーシィ「いやいや、普通気がつくから……」

ハッピー「あい。ナツってホント、細かい所、気がつかないね」

シャルル「――で、なんで髪の色がコロコロ変わるのかしらね?」

ウェンディ「えーっと……、お兄ちゃんが確か……「使う魔法の属性などに身体が対応
      しやすい魔導士のうち、ほんの一握りのさらに一握りに身体の一部が変化
      する者がいる」って言ってました」

ルーシィ「へー……ってなんでウェンディにだけ教えてるの? レインって。
     みんな教えてもらってないみたいだし……」

シャルル「「大切な妹だから」……じゃない?」

ウェンディ「しゃ、シャルル!?」

一同「納得」

ウェンディ「み、みなさんまで……」


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思い出す出会い

早速なんですが、今回。

前回との繋がりはほぼないです。完全にギルダーツの活躍なんてありません。

ギルダーツファンの方、本当にすみません。一応大魔闘演武編からレインまたは

作者視点ではなく、他キャラの視点にしようと思っています。

一度この話をギルダーツ視点にしたんですが、上手く行きませんでした。

まあ、それは勉強してなんとかしますので、本当にすみません。

――ところで、読者の方々はFAIRY TAIL ZEROを読みましたか?

レンタルでも借りられるようになっているので、ぜひアニメが放映され、それを見る

前に軽く読んでカットされたシーンや変えられているシーンを探してみてください。

結構楽しいですよ? あと作者にオリキャラの案を下さると助かります。

あと3人が未決定なんで沢山の案が欲しいんですよ。それも読者の方々からです。

知り合いからは色々と案を貰っていますが、今のところ作者が率先して「これだ!」と

言うのが中々にありません。それと、元ネタキャラがある場合はそれの記載も

お願いします。あ、でも作者。受験勉強とかあるので、映画とかのキャラは控えて

ください。スターウォーズとか結構時間長いんで。――というより作者見たことが無いです。

いや、これ本当にマジな話です。学生だからとかじゃなくて、綺麗に家族が見ている時間に

塾とかで居ないんで(笑)

まあ、そんな訳で無知な作者にご協力お願いします。

それと本編をどうぞ。今回はレインとメイビス回です。



天狼島 メイビス墓へと至る道にて

 

 

 

一人の少年が苦しげな呼吸を繰り返しながら、そこを一歩ずつ進んでいた。彼の綺麗な銀髪は微かな青みを帯び、彼の瞳はいつも通りの茶色混ざりの黒を見せる。

右手は洞窟の壁に置かれ、左手は自身の胸を押さえており、左手の甲には滴る鮮血が光で紅く怪しげに輝いていた。

何度か少年は立ち止まり、その度に血を口から吐く。止血が済んでいないために、彼の身体からは血が次々に失われていた。

歴戦を潜り抜け、過去に様々な冒険をしてきた流石の彼も、由々しき事態と漸く認識を改め、自身の胸を押さえる左手に魔力を集束させる。

淡い緑色の輝きが胸を覆い、その光の心地よさが少しずつ彼の表情に残った苦痛な顔つきを和らげる。漸く張り詰めていた息を吐き、少年はドスンと腰を下ろした。

 

「――ったく、色々と面倒事ばかりだな、ホント」

 

ツラさを感じさせないその声。先程までの彼の様子とは駆け離れた“それ”に誰かが居たのならば、驚くことだろう。

傷はどうしたのだ?と聞きたくなるのも分かる話だ。だが、彼の胸元にあった深い傷は形や跡を残すことなく、完全に()()していた。

あり得ない。そう言えばそうかもしれない。実質彼の使える魔法では完全に治癒するものはない。“天空の滅竜魔法”でさえ、傷を完全には癒し切れない。体力を回復させるものであるそれでは、傷痕残さずには出来ない。――しかし、彼はその魔法の正体を小さく呟いていた。

 

「《聖譜(テスタメント)》――絶対にして、ほぼ全てを叶える最強の魔法。“白”と“黒”、“光”と“闇”。その両方を兼ね備え、本来魔法の中枢に存在せし存在。かの黒魔導士ゼレフに対抗せんとし、“白魔導士”が創り出した魔導の深淵に最も近き魔法。

――何故それがオレに使えるんだ?」

 

疑問のままに彼は呟く。以前エドラスでも、この魔法のほんの一部、1%にすら満たないものを使用したが、今回使ったのはその魔法でもなかった。

“傷を癒す”――その根本を揺るがす魔法、《創成(クリエイション)》。元々あった部分の損傷を癒すのではなく、その組織が壊れていた、または失われていたということすらをも()()させる魔法。

それ故に“創成”。創り出し、それを成す。それが“白魔導士”が考えていたものだ。その魔法の異常さに流石の少年――レインも驚きを隠せなかった。

 

これ程の力があったのに、何故“白魔導士”は歴史から消えていったのだろうか?

 

何故こんな魔法を残し、それを自分が知っているのか? 

 

“魔導を見る力”に何故これが認識出来なかったのかと思ったのだ。認識できないのに何故知っている、何故使うことができる。それが疑問で仕方がなかった。

自分の存在――細胞レベルで埋め込まれた記憶の残滓なのか。はてまた、奴隷にされていた一年間の間、思い出せない何十年の間に無理矢理覚えさせられたのか。

それは彼には分からない。だが、ただ今はそのことに感謝を正直に述べた。あの深手を一瞬にして無かったことにしてくれたのだから。

 

「全く……、昔の魔導士はどうしてこうも常識外れというか、なんというか……。それにしても、こんな魔法があるなら死んだ人間も蘇生出来そうな気がするんだがな……、やっぱ禁忌に触れたくはなかったんだろうな」

 

染々と呟くと、レインは再び立ち上がり、今度は右手を壁に当てることなく、歩き出す。少しずつ、少しずつ暗かった洞窟の先が明るくなっていき、眩しい光が彼の目に届く。

滅竜魔導士故に視力が――彼はその滅竜魔導士の中でも視力が大きく段違い――優れすぎているために、眩しい光に目が潰れそうになった。

なんとかそれを堪え、彼は一歩を踏み出す。パッと周囲の暗さが消え去り、明るい空間が姿を現す。そこにあるのは、メイビスの墓。その回りには天狼島に来ているギルドメンバーが宴会をしても狭くはない大きさがあり、その空間に降り注ぐはずの雨は直前で霧散する。

“結界”、そう言い表すのが正しい何かがそこには張られている。――と言っても、これをあった本人には何の驚きも生じない。

そんな彼の目の前に墓の後ろから少女が姿を現した。淡い金髪の長髪に、いつもの白をメインとした服装、裸足、何もかもを見通す洞察力のある瞳。

紛れもなく、彼女は初代ギルドマスター、《妖精軍師》メイビス・ヴァーミリオン。

 

そして――

 

 

 

 

 

――ここにいるレインのもう一人の血の繋がった大切な妹だ。

 

 

 

 

 

「メイビス、ごめんな、この島でこんな大暴れして」

 

『いえいえ、構いませんよ。わたしも少し不注意だったと思います。まさかゼレフが来ていたとは思っていませんでした』

 

「――ああ、本当に予想外だったよ、オレも」

 

『思い……出したんですか?』

 

彼女の澄んだ緑色の瞳がレインを見据える。彼はその目を見て、苦笑しつつ、本当のことを述べた。こう言う時のメイビスは決して騙すことが出来ない。それは身をもって体感している。

実際聞くところによれば、ユーリは初対面ですぐにウソを見抜かれたと言っていた。彼らに言える言葉と言えば、ただ一つ。

 

そこが君たちの運命の分岐点だった。それだけである。

 

実際メイビスにとっても彼ら――ユーリ、ウォーロッド、プレヒトに出会ったのが運命の分岐点だった。レインもそうだ。彼らがあの日敗走し、あの場所に来ていなければ、レインも運命も変わらなかっただろう。

 

「ああ。全部じゃないけど、大体思い出した。まだメイビスが“ああなってしまった直後”から再びこの地で会う日までの記憶が思い出せないけどな」

 

『そうなんですか……。――さて、そろそろ本題を聞かせてくれませんか、兄さん』

 

二人の間に緊張感が訪れる。いつになく、彼女は静かに、ただ頭をフル回転させ、かつての異名の如く鋭い“答え”を探そうとする。

同じ血を流すレインもまた、同様に頭をフル回転させる。――と同時に口を開いた。

 

「ここに置いておいた“あれ”を回収しに来た。オレたちの記念の品々を」

 

『――“あれ”ですね。分かりました。それと、この島に保存していた魔力、持っていきますか?』

 

「ああ、全部じゃないけど、8割は持っていく。――それと今回、もしかすると、“妖精の球(フェアリー・スフィア)”を使わないといけなくなる可能性がある。

一つの時代に終わりを告げるアイツが来るかもしれない」

 

『……アクノロギアですか』

 

「ああ、オレは家族(なかま)を守る。そのために、彼らにその魔法をかけるかもしれない。かけた時、一緒に解除を手伝ってもらえるか?」

 

少しの不安が胸に(よぎ)る。過った理由も、実際ここにいるメイビスには魔力がほとんどないに等しい。本体は別の場所に眠っている。島の魔力を使えば、短縮が出来るかもしれないが、それでもこの天狼島の魔力の大半はレインの魔力だ。ここで8割回収されれば、魔力量が著しく下がる。その状態でも、手伝って貰えるだろうかという疑問が込み上げたからだ。

すると、メイビスはキョトンとし、ボーッと考えてからクスクスと笑い始めた。

 

「え……なんで笑うんだ…そこで…」

 

『ふふ……い、いえ…その…。…はぁ……』

 

「…た、ため息?」

 

『兄さん』

 

「はい!?」

 

ピシャリとした声がかけられ、突然のことでレインは変な声を漏らす。少しムスッとした顔をしたメイビスが少しずつレインに近づいていく。

何か怒らせることでもしたのかと頭のなかで記憶をまさぐるレインだったが、急に何かが触れた感覚を感じた。

懐かしい感覚。この世に生を受けて、自分の意識を持った年頃に母親に抱き締めてもらった感覚と酷似するそれにレインは思わず苦笑した。

 

「メイビス、なんか母さんみたいだな」

 

『そ、そうですか? ……ってそんなことよりもです! ――こういう時ぐらい、兄さんらしく、小さなお願い事ぐらいしてください。兄妹で無くても、わたしたちは家族(なかま)です。忘れましたか? わたしは“頼ってください”とあの時、ちゃんと告げましたよ?』

 

記憶の中に残る小さなもの。かつて、荒廃したマグノリアを建て直すことと帰る場所を前提に創られたギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》。その日、マスターとなったメイビスが告げたこと。

 

『わたしは、このギルドを和を重んじる家族のようなギルドにしたいです。仲間とは言葉だけのものではありません。仲間とは心、無条件で信じられる相手。

どうかわたしを頼ってください、わたしもいつかきっとあなたを頼る事があるでしょう』

 

『苦しい時も悲しい時もわたしが隣に着いています、あなたは決して一人じゃない。

空に輝く星々は希望の数。肌に触れる風は明日への予感。さあ、歩みましょう、妖精たちの(うた)に合わせて……』

 

その言葉がかつての偽りのレインにヒビを入れた。彼が生命の重さに気がつく始まりとなった。今のレインが――小さかったメイビスを守り、その命を散らそうとした彼に引き戻す一つ目の(かぎ)となった。

その言葉が胸のなかで光輝き、その暖かさがレインを変えていく。ERAとの戦いで心が揺らぎかけた弱い彼は少しずつ薄れ行き、メイビスが抱いた願いを継ぐ者としての器を造り出す。

白銀色の髪は金色の輝きが点滅し、彼の瞳に緑色の輝きを蘇らせる。

ゆっくりと自分という存在を構築し直し、レインはいつの間にか閉じていた瞳を開いた。彼の容姿は一切変わっていない。

変わったのは彼の心の持ち方。変わったのは揺らぐことのない強く頑丈な信念。もう一度、あの頃の彼らしく、それでいて彼ではない存在へと。

レインは昇華する。時代を見守り、家族(彼ら)を守る存在へと。音色(こころ)を響かせ、(ねがい)を叶え、人々の不運(なみだ)を拭い去る。

そんな存在へと、彼は自身を変えていく。大切な妹に支えられ、大事な記憶(思い出)という自分という存在の欠片を組み合わせて。

 

「――ああ、オレの自分勝手なお願いを手伝ってくれ、メイビス」

 

『はい♪ わたしに出来るなら』

 

胸に抱いた想いを。それを優しく抱き締めてくれるメイビスを。少年は願った。いつかメイビスが再び笑顔でこの世界で過ごせるように、と。

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

「――ところで、メイビス。いつまでオレを抱き締めてるんだ?」

 

『あれ? あ、そうでしたね。すっかり忘れてました』

 

漸く気がついたメイビスはレインの身体に回した両手を離すと、小悪魔っぽくニヒヒと笑う。少し恥ずかしさで顔が赤いが、嬉しさも少しあるのだろう。ふとそう受け取ったレインだったが、何故メイビスの暖かさが直に伝わったのかが不思議になり、訊ねる。

 

「それと、なんでメイビスは軽く実体化してるんだ?」

 

『確か、お酒を飲む前に兄さんがわたしに“ミルキーウェイ”を使用していませんでしたか? 多分その効果が残ってたりして』

 

「成程な。まあ、持続時間も伸びたみたいだな、やっぱり」

 

『あ、それと、兄さんが言うだろうと思って先に“これ”を準備していました』

 

少し墓の方へと戻り、その後ろからゴソゴソと何かを漁った後、メイビスが両手一杯の品々を持ってきた。小さな球体型の爆弾や鎖に繋がれた刃。小さいながら命が詰まった植物の種。

それと同じく球体型のラクリマ。それらをレインはメイビスからちゃんと受け取った。

 

「ありがとう、メイビス。全部残ってたんだな」

 

『ふふ~ん♪ これでもわたし管理はお手の物なんですよ~♪』

 

「――とか言って、昔大切な書類の一つを無くしたの誰だっけなぁ~?」

 

『ち、違いますよ!? あ、あれは夜遅くに片付けてて、一緒に書類と寝ちゃっただけです!!』

 

「どうして一緒に寝るんだが……。もしメイビス寝つきが悪かったら、書類ぐちゃぐちゃだったし……」

 

『け、結局大丈夫だったじゃないですか……』

 

「女子の部屋に入るっていう男子に取ったらキツイことを任されたのオレなんだけど……」

 

『う、うぅ………』

 

シュン…と落ち込むメイビス。少しからかい過ぎたかなと思ったレインは彼女の頭にいつもの癖で手を置き、優しく撫でる。

すぐに元気になる彼女を見て、彼はニッと笑う。かつては親友、悪友、大切な仲間として接した二人。今の二人は兄妹でありながら、何処かその枠に当てはまらない場所にいて……。

そんな二人の耳に小さな爆発が聞こえた。爆発したその方向はギルドのキャンプがある方を向いている。

 

「さて、最終決戦ってところかな」

 

『そうですね。――兄さん、大切な家族(なかまたち)を守ってあげてください』

 

「ああ、それがオレに出来ることだしな。任せてくれ」

 

受け取った道具を瞬時に割った空間にしまい、彼はメイビスに背を向け、歩き出す。洞窟に戻る直前に一度だけ振り返り、レインは約束する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが終わったら、今度はみんなでワイワイ騒ぎながらお酒でも飲もう、メイビス」

 

 

 

 

 

 

そう言った彼の顔は幸福と嬉しさに包まれていた。

 

 




メイビス「さて、わたしも準備しないといけませんね~」

一旦後ろに下がり、自分の墓に背中を預ける。

メイビス「それにしても思い出したって言ってましたね、兄さん。やっぱりギルドでの
     ことを覚えてそうですね。えーっと……」

脳内で懐かしい記憶の数々を駆け巡らせるメイビス。そのなかで“ある一件”を思い出し、顔を真っ赤にした。

メイビス「…ぁ………っ!?」

身悶えし、地面に転がり回る。

メイビス「わ、わたし…と、とんでもないことを…してました……」

後悔先に立たず。その言葉を思い出し、肩を落としたのは言うまでもない。


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希望の雨

今回は色々と疲れました。まあ、文字数云々もありますが、何度もセリフを書き間違え

たりして、原作通りで行こうとした所を何度もやり直しました。

結局諦めて原作読んだり、アニメ見たりとしました。まあ、パクりすぎないように

注意してます。さて、それでは作者のことに構わず、小説をどうぞ!!

P.S.
作者、なけなしのお金で原作50刊限定版、51刊限定版、そしてZEROを購入しました。

お財布結構寒いです(涙)

そういえば、前日クリスマスでしたね。まあ、私は“苦シミマス”でしたけど。

というよりも、ぶっちゃけてしまいますが……。

リア充? サンタ? なにそれ美味しいの? というか、リア充は爆発しろっていう

リア充爆殺委員会とか理事会が展開されてないの? へ? 討ち漏らし?

んなモン、そっちで裁き切れよ、知るか、リア充がなんだよ。――という感じです、私は。

え? そういう私はどうなんですかって? 大丈夫、クリボッチじゃないです。

だって塾の面子がいますしお寿司。一人じゃないです、志を共にする同志がいるので。

別にリア充爆殺とか言ってる人とかどうでもいいです。でも、リア充も尚更どうでも

いいです。とりあえず、ハッキリ言いましょう。メリークリスマス。

とりあえず、皆さん、一緒に十字架にかかった方のことでも脳裏に浮かべてケーキ

食べましょう。そうすれば、きっと来年も同じことが起きます。

永劫輪廻ですね、分かります。――と言う訳で、繰り返し小説の方をどうぞ。



その時、絶望に打たれたはずの少年たちに一筋の雷閃が走った。

彼らの前に立ったのは、かつての家族(なかま)。金髪の髪にその身に纏う雷。その姿を見間違うことはなかった。彼の名はラクサス。ラクサス・ドレアー。

ナツたちの仲間であり、ギルドマスターマカロフの孫。もう一人のS級の滅竜魔導士。ギルドから破門された彼が、敗北間際のナツたちの前に姿を現した。

誰もが自身の目を疑っただろう。しかし、彼から感じさせる威圧感と彼ならやってくれるという安心は紛い物ではなかった。

ギルドを襲撃した敵の親玉、ハデス。彼はラクサスに何かと重ねたようだったが、彼は怒りを込めた一撃を容赦なく叩き込んだ。

圧倒的な力を誇るハデスと互角に戦うラクサスの姿はナツたちの不安を取り除くものだった。

 

だが、ラクサスでもハデスを倒すことは出来なかった。ハデスが放った天照百式によるダメージは彼の動きを鈍らせるほどまでに。

避けることさえ、不可能な状況でラクサスは不適に笑い、ナツに己の魔力すべてを分け与えた。落雷がナツを襲ったように見えたその光景。

倒れたラクサスが何かを呟いた後、ゆっくりとナツは立ち上がった。ギルドの思いを背負って。ラクサスの思いも背負って。

 

 

 

 

 

 

立ち上がった彼――ナツの魔力は、普段の彼を遥かに凌ぐとてつもない魔力を秘めていた。熱き炎を纏いし身体には新たに雷を纏い、その姿はまるで炎と雷が融合を果たしているように見えるほどだった。

 

「雷を食べちゃったの……?」

 

「炎と雷の融合…」

 

「雷炎竜……」

 

上から順にルーシィ、グレイ、ウェンディが告げていく。とてつもない魔力に仲間である彼らも微かながらに恐れが生まれる。

それほどまでに感じたことのない魔力がナツから感じさせていた。そんな彼らの中で、一人だけ驚き以外に既視感を感じていた。

 

「エーテリオンを食べた時と同じ……」

 

エルザは呟いた。彼女の脳裏に浮かんだのは、楽園の塔でジェラールとの一騎討ちの際にエーテリオンを食らうナツの姿。

その姿はまるで荒ぶる竜の如く。正気を持たない竜のようにナツの力は巨大化、少しの攻撃で周りを吹き飛ばしていた。

その光景を目の当たりにしているエルザだからこそ、比較できるのだろう。だが、今の彼は反動の大きく大暴走のような有り様だったあの時とは違っていた。

ちゃんと自分らしい自我を持ち、それでいて圧倒的な魔力を備えている。エルザには――いや、仲間たちにはそんな風に見えていた。

 

「うおおォォォォ!!!」

 

「うぼぁ!?」

 

雄叫びを上げ、ナツは一瞬で距離があったハデスとの間を埋め切り、力一杯に込めた右腕を彼の顔面へとぶつけた。吹き出す炎がさらにハデスを押していく。

 

「らァッ!!!」

 

吹き飛ばし、再度強烈な攻撃――火竜の鉤爪と酷似するそれをハデスの脳天に直撃させ、一瞬のうちに彼を火だるまにするナツ。

しかし、流石闇ギルドの一角、前回の“六魔将軍(オラシオン・セイス)”をも越える“悪魔の心臓(グリモア・ハート)”のギルドマスターハデスは火だるまと化した自らに喝を入れるかのように、炎を消し飛ばす。

だが、炎を消し飛ばした彼の身に突然の落雷が墜ち、感電を起こす。

 

「ぐああああああ!?!?」

 

「炎の打撃に雷の追加攻撃!?」

 

「スゴい…!!」

 

あれほどまでに圧倒していたハデスに対し、優勢のまま連続で攻撃をし続けるナツの姿に、そこにいる仲間たちは感嘆の声を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

“悪魔の心臓”の所有する戦艦内にて

 

 

 

たった一人、ゆっくりとした足取りで銀髪の少年は歩いていた。彼が歩んできた道のりには数々の敵が倒れているが、誰も無傷で命に危険が及んでいる訳でもなかった。

ゆっくりと、ゆっくりと。彼は目的の場所を目指して迷うことなく進んでいく。曲がり角があっても、それに騙されることなく、彼はただ歩く。

元からその場所を知っているかのように。元からここで過ごしてきたように。

 

「成程な。確かに警備は厳重。――だが、やっぱ人間である以上は、睡眠欲に耐えられる訳がねぇよな。ま、これもアイツを叩くための布石だし、ちゃんとしておかないとな」

 

呟く彼の周りには小さな空気の塊が浮遊しており、その中には微量の粉が含まれていた。よくよく見れば、倒れている者たちの顔付近には小さな粉が少しでも付着している。

まるでそれを吸い込んでしまったかのように。彼の手には小さな袋が握られている。その袋の中身など、現状況からでも推測できるように――睡眠薬一択だった。

日頃から薬などを扱うことがある彼には睡眠薬を作ることや持ち運ぶことなど造作もない。彼は自分の特殊な身体のことを誰にも話さずに何十年も生きている。

だが、この一年で知られた――いや、まだ少数だが彼は話している。だからこそ、正体や隠してきたことなども今なら気にしないで済む。

すでに覚悟は決まった。この一年で全てのケリをつけることも決めている。トラブルさえなければ、この一年――いや、もう一年で……。

 

「――フッ、今は考えなくていいか……。オレは自分の役目を果たし切ればいい。大切な家族を守りきれれば、それでいい。あとは上手くやってくれる、“コードETD”はアイツに任せたらいいんだ。だから……」

 

少年――レインは小さく微笑む。しかし、次の瞬間には底冷えするような覇気を放ち、目の前からやってくる警備員の闇ギルドの者共を気絶させる。

まるで屍を踏み越えていくように、彼は進んでいき、再び口を開く頃には、彼の声音は低く、暗いものだった。

 

「――オレは妖精を守らなければならない。悪魔の時代は何れ……いや、すぐに終わりを告げる。オレという悪魔にも“終焉(ピリオド)”を打たなければならないんだ。

だから……それまでにオレを越えてくれ、()()()()()

 

ゆっくりと歩み、少年は瞳を一度だけ伏せる。瞳の奥に輝く小さな記憶。目の前で笑顔を溢し、記憶喪失の自らの手を取ってくれた優しい彼女の姿。それだけが――いや、それも含めてレインは願う。

 

――彼女(ウェンディ)に明るい未来(あした)がありますように。

 

そのことだけが漸く欲望を取り戻した少年の二つの望みの一つだった。願われている本人が知る知らぬを問わず……。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

所変わって“悪魔の心臓”が所有する戦艦の上層フロアにて

 

 

 

戦いは更なる衝突を起こしていた。先程の優勢変わらずしてナツは猛攻撃をハデスへと与えていく。一瞬のうちに距離を詰め、彼は雄叫びを上げながら攻撃をまた一撃と加えていく。

彼の炎と雷を纏った右腕が殺到する。

 

「オレたちのギルドを傷つけやがって…!!!」

 

「うごォっ!?」

 

その一撃がハデスを大きく後退りさせる。だが、それで止まる(ナツ)ではない。さらにもう一撃を叩き込む。

ボールの如く吹き飛ぶハデス。吹き飛んだハデスの勢いがフロアの地面を次々と抉っていく。ボロボロになっていく床が誰の目からでも分かるぐらいに。

 

「お前はァ!!!」

 

両手に巨大な煌炎を掲げ、その炎にも強烈な落雷の力を集束させる。漸く起き上がったハデスはそれを見て目を丸くする。

あまりにも大きく強烈な一撃が目の前にまで迫っているとならば、誰だってそうなるだろう。しかし、彼は止めない。仲間を傷つけられた。ただそれだけであって、それこそが彼にとってはツラく、苦しいことだから。

勢いよく両手を降り下ろし、巨大な落雷纏いし煌炎をハデスへと殺到させる。

 

「消えろぉぉぉォォ!!!!」

 

“雷炎竜の撃鉄”――その言葉が似合うその一撃が戦艦の側面の壁に亀裂を走らせ、大爆発が呑まれたハデスを包み込む。

一度距離を置いたナツ。彼の両腕に突如巻き付いた魔法の鎖。その発生源は大爆発を起こした煌炎の上から出た何かからだった。

 

「ハハッ!! 両腕を塞いだぞォ!!!」

 

高笑いを溢し、ハデスは勝ったと言わんばかりに自信満々の様子を見せた。だが、ナツはそれを力任せに引き千切った。

 

「ふんがァ!!」

 

「なっ……!?」

 

鎖を引き千切っても、ナツは止まらない。何かを吸い込む動作をし、彼は次々に炎を口の中へと溜め込んでいく。同時に彼へと集まるのは落雷。

その圧倒的な魔力の奔流が驚愕するハデスに(ほとばし)る。

 

「雷炎竜の……」

 

溜め込まれた炎と落雷が一斉に解き放たれた。

 

「咆哮ォォ!!!」

 

とてつもない勢いで放たれた咆哮はハデスを糸も容易く呑み込み、戦艦の側壁をも吹き飛ばす。吹き飛ばされたのは戦艦の側壁だけではない。天狼島の地形の一部をもその咆哮は貫き、抉り取っていく。破壊された規模はどれくらいだなど考える暇などなく、距離を開けて周囲にいた仲間たちまでもがその風圧に吹き飛ばされる。

 

「うおおお!?」

 

「きゃあああ!?」

 

ただ一人エルザだけが耐えるその中。漸く咆哮が消滅した頃には、呑まれたハデスは大の字に倒れ付し、その強烈なブレスを放ったナツはボロボロだった。

 

「……ぁ……………」

 

「…ぁ…………」

 

誰も声が出ない。それほどまでの一撃。それほどまでの光景。

 

「……勝ったんだ……私たち……」

 

ルーシィが呟く。その時、誰もが心の底から喜びが込み上げる。だが、魔力を使い果たした彼はユラユラと揺れ、背後に出来た大穴に吸い込まれるように落ちようとしていた。

その穴に身を委ねていくナツを見て、ルーシィはすかさず飛び込み、落ち行く彼の手を取った。

 

「…ナツッ!!」

 

「……た…、助かった……。…へへ…もう魔力がねぇや……」

 

その声は何処となく、嬉しさに満ちていた。

 

 

 

 

 

 

――◆――◇――

 

 

 

 

 

再び所変わって、“悪魔の心臓”が所有する戦艦の動力源にて

 

 

 

「――よし、これで完璧。誰も気がつかねぇだろ。まさか動力源の心臓の裏側、そこに爆発の大きな爆弾が3()()()セットされてるなんてな」

 

ゆっくりと降り立ち、レインは汗を拭う動作をすると、張り詰めていた息を吐いた。慎重な作業だった分、あとの見返りは期待できる。あとは何も余計なことをするヤツがいなければ…というところだ。ゆっくりと息を吸うと、彼は堂々と入り口の扉を開け放つ。

しかし、そこには警備兵など全くいない。そこにいるのは倒れ、眠っている者たちのみだ。その者たちをジーッと見たあと、彼は小さく彼らの肩を叩いた。

少しばかりの反応がある。その反応を確認したあと、すぐさま彼は距離を取っていく。一応警備を起こしておかないと変に調べられる可能性があったからだ。

警備兵の前に姿は見せていない。だから、ただの睡眠不足だと思われるだけで済む。彼らがゆっくりと起き上がるのを陰で見たあと、漸くレインは肩の力を抜き、上に上がる階段、もしくは何かを探す。今度は仲間たちを助ける番だと判断して。

 

「さて、と。ユーリ……、お前の爆弾はアイツを止めるために使わせてもらうよ。きっと届く、最後は元のアイツに戻ってくれる、オレはそう信じているから。

――だが、戻るまではケジメをつけさせてもらわないとな。メイビスの願いを裏切った罰だ、その身に刻め、プレヒト・ゲイボルグ……」

 

その声は誰にも伝わることはなかった。だが、その言葉はかつての戦友、かつての盟友たる少年の心を決定付けた。妖精は弱い、だが結束すれば強い。

けれど、裏切り者には容赦はない。そうやって家族を守ってきた。その決まりを決めた時にいたのならば、覚悟ぐらいは出来ているだろう。

だからこそ、少年はゆっくりと進んでいく。

 

裏切り者の彼を罰するために。

 

罪のない人々を滅ぼした彼を終わらせるために。

 

彼の叶わぬ夢を潰すために。

 

そして少年は畳んでいた巨なる白き翼を大きく広げた。

 

 

 

 

 

 

――◆――◇――

 

 

 

 

 

勝利に満ちた笑顔を溢す彼ら。その彼らがいる場所の向こう側で、再び悪魔は目を覚ます。

 

「大した若造共だ」

 

その声に誰もが驚き、震えた。何故なら、もう立てない、もう動かないと思っていたからだ。それほどまでに先程の猛攻撃は激しく、凄まじいものだったはずだ。

だが、ハデスはゆっくとだが立ち上がった。

 

「マカロフめ……、まったく恐ろしいガキ共を育てたものだ」

 

「そんな……」

 

ウェンディがあり得ないといった様子で声を漏らした。

 

「私がここまでやられたのは何十年ぶりか……」

 

発せられたのは邪気。その邪気に全員の身体が萎縮する。

 

「っ!?」

 

「嘘だろっ!?」

 

立ち上がったハデスを見て、グレイが声を漏らした。あれほどの外傷を受けて立てる者など彼らは見たことがなかった。――いや、たった一人だけいる。

彼らの仲間であり、最強の滅竜魔導士の彼だ。ニルヴァーナの魔法を吹き飛ばした彼と酷似するハデスの姿は恐ろしかった。

 

「このまま片付けてやるのは容易いことだが、楽しませてもらった礼をせねばな……」

 

「あの攻撃が効かなかっただとっ!?」

 

ハデスの変わらぬ言い回し。それは彼がまだまだ口調が変わるほどまでに追い詰められてはいないという証だった。

そんな中、ハデスは右手で自分の塞がれた右目に置かれた眼帯に目を当て、それを退けていく。少しずつ怪しげな何かが姿を現していく。

 

「《悪魔の眼》、開眼…!!」

 

一気に放たれた巨大な魔力と邪気。それらは一瞬でナツたちに恐怖を甦らせる。すでに満身創痍な彼らに告げる更なる絶望が迫っていく。

 

「うぬらには特別に見せて新是よう……」

 

ゆっくりと顕になっていくそれは赤く怪しげに輝く眼だった。

 

「魔導の深淵を……」

 

さらに高まる強大な魔力。それが彼らの心を打ち砕くように。

 

「ここからはうぬらの想像を越える領域」

 

「バカな……」

 

「こんなの…あり得ない……」

 

「こんな魔力は感じたことがない!?」

 

「まだ増殖していく!?」

 

そして、悪魔(ハデス)は宣言する。

 

「終わりだ、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》!!」

 

 

 

 

 

 

「魔導の深淵……?」

 

「なんという魔力だ……」

 

「……ぁ………ぁ………」

 

「ナツ、しっかりして…! お願い…!」

 

「かっ……かはっ……身体が………」

 

立ち上がろうとするナツだが、魔力の消耗とダメージがそれを阻む。ルーシィたちに迫る狂気の魔力がさらに強くなっていく。

 

「魔の道を進むとは、深き闇の底へと沈むこと」

 

ハデスは何かを語りだす。しかし、それが今の彼らに分かるものなのかは分からない。

 

「その先に見つけたるや深淵に輝く……“一なる魔法”!!

あと少し……、あと少しで“一なる魔法”に辿り着く。だが、その“あと少し”が深い。その深さを埋めるものこそ“大魔法世界”…!! ゼレフのいる世界…!!

今宵、ゼレフの覚醒と共に世界は変わる。そして、私はいよいよ手に入れるのだ、“一なる魔法”を!!」

 

ハデスが語るのは“ある一つの話の一説”。しかし、それを知る者などここには誰一人――いや、たった一人だけ存在した。ルーシィだ。

 

「“一なる魔法”?」

 

「(やっぱりこの話、どこかで……――ママ?)」

 

他の者たちとは違い、彼女だけには覚えがあった。それを最後まで覚えているかはともかく。

すると、ハデスは両手を掲げ、奇妙な構えを取り始めた。

 

「うぬらは行けぬ。大魔法世界には。うぬらには足りぬ、深淵へと進む覚悟が!!」

 

「なんだ、あの構えは……!?」

 

構えが完全に定まると共に、ハデスは一気に魔力を放つ。かのゼレフが記したとされる魔導書の一節にある魔法――いや、裏魔法を。

 

「ゼレフ書第四章十二節より…裏魔法、“天罰(ネメシス)”!!」

 

次の瞬間、辺りは一気に暗くなり、瓦礫からは次々と怪しげな何かが蠢き、生まれていく。まるでそこから次々に召喚させているかのように。

悪魔と呼ぶに相応しきそれが次々と誕生し、気味が悪い咆哮をあげていく。まるで産声をあげているかのように。

 

「瓦礫から化け物を作ってるのか…!?」

 

「ひっ……ぁ……ぅ……」

 

「深淵の魔力を以てすれば、土塊から悪魔をも生成できる…!! 悪魔の踊り子にして、天の裁判官。これぞ裏魔法!!」

 

ハデスの周囲に蠢き、産声をあげていく悪魔たち。その魔力は……絶望的なほどに強大だった。それをいち早く察知したエルザは青ざめていた。

 

「一体一体が何て絶望的な魔力の塊……、ありえん」

 

「怖い……怖い……怖い……、助けて……お兄ちゃん………」

 

ウェンディは両手で顔を覆い、恐怖に打ち負かされそうになっていた。

 

「(私が恐怖で震えている……)」

 

「(なにビビってんだ、オレは……!? 畜生……!!)」

 

「(怖くて……もうダメ……、誰か私たちに…勇気を……!!)」

 

強大すぎる魔力と敵を前にして、彼らは震え、立ち向かうことすらできなかった。

次第に全員が絶望に心を折られていく。完全に心が折れてしまう、その時だった。

 

――お前らの望みを、願いを言え。

 

「っ!?」

 

その声が響いた。懐かしくて優しくて、何処か儚い声。しかし、それは知っている。ここにいる全員が知っている声音だ。

 

――お前ら、何が欲しいんだ? 力か? 希望か? 明日か?

 

「……た……」

 

――何が欲しいんだ? お前らは。

 

「……した…」

 

――欲しいものを…本気で答えろ、妖精たち。望みを答えるんだ

 

絶望に心が折られかけた全員がその問いに対して、声を揃え、叫んだ。

 

明日(あした)が欲しい!!!」

 

その声は静かに木霊した。謎の行動にハデスは首を傾げかけた、その時。聞き覚えのある声が彼らに届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上等…!! その願い、オレが叶えてやるよ、“未来へと歩む者(妖精)たち”!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の輝きが圧倒的な魔力を誇り、全員を絶望へと墜としていた悪魔たちを葬り去った。その刹那の輝きが彼らの希望を照らし出す。

(そら)から降り注ぐ希望の閃光(あめ)。悪魔たちが断末魔を上げ、次々と消滅していく。消え去って、消え去って、土塊すら破壊していく。

終わりを告げない殲滅の光が彼らの希望を作り出していく。暗く輝きを失っていた空間が元の色を取り戻していく。

目の前に暖かい光が差し伸べられていく。希望がすぐそこにまでやってくる。目尻から溢れ続けた雫は自然と止まっていく。

 

「なにごとだ……、“天罰(ネメシス)”が…破れているだと……!?」

 

「――何が“天罰”だ。笑えるよ、そんなモン。審判者無くて、裁判官が存在するものかよ」

 

一閃の輝きが迸り、ハデスの背後へと降り立った。反射的に振り返ったハデスの頬を狙い、重く硬く、とてつもない魔力の籠った一撃が彼をも殴り飛ばす。

吹き飛ぶ彼の姿に誰もが信じられないだろう。誰もが目を疑っただろう。その光景を見て、ナツたちは驚くしか出来ない。

 

「まったく……、なんてみっともない顔してんだ、お前ら」

 

ゆっくりと砂煙が晴れていく。

 

「まずは涙を拭け、ガチガチになった肩の力を軽く抜け、そして笑え」

 

砂煙が徐々に晴れ、完全にその者――彼らに希望をもたらした者の姿が明らかとなる。

 

「忘れたか、オレはお前らの希望だ。本当に明日が欲しいと望めば、オレはどんな状況でも駆けつけてやる、安心して笑え!! オレは……どんな逆境をもぶっ壊してやるさ!!」

 

彼は――“妖精の尻尾最強の滅竜魔導士”は天高く、雄叫びを上げる。力強く、彼は笑いながら、仲間たちに希望の雨を降らせていく。

原点――(レイ)という名ではなく、悲しみを知り、優しくできる者として名付けられた彼が、仲間たちに希望を降らせる。

 

 

 

 

 

 

「――みんなで帰るぞ、仲間たちが待つギルドに!!!」

 

 

 

 

 

「「「「「レイン(お兄ちゃん)!!!」」」」」

 

 

 

レイン・ヴァーミリオンは絶望を払い除け、希望の光を照らし出す。

 

 

 




【重要事項】

現在オリキャラ募集をしております。

沢山の案を待っております。集まり次第、活動募集にあげたいです。

前回の活動募集でいくつかの外伝をやるといいましたが、このままの作者の投稿スピード

だとそれを書き終わると、大魔闘演武編にそのまま行きそうなので、そろそろ

募集期間が迫ってきています。恐らくこのままだと、知り合いと現在の募集案から

ギリギリ通るものを選んでなんとか継ぎはぎ状態で出してしまいそうです。

いい案がありましたら、お願いします。最悪、作者の無知な頭でなんとかします。



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天竜王を越える者


今回駄文要素8割越えです。途中で適当ではないんですが、結構文が変になりました。

時間が思ったよりも取れませんでした。申し訳ないです。

駄文でも良ければ、小説をどうぞ。

P.S.
FAIRY TAIL ZEROだー!! やったぜ、待ってたぜ!! これで正月を塾で潰された哀しさを

乗り越えられる――訳ないです。マジで塾とか時間泥棒。



「「「「「「レイン(お兄ちゃん)!!!」」」」」」

 

彼らの声、それを聞くことが出来た喜びがレインの中に小さく込み上げる。元々彼らが無事であることは予想の範疇。もし無事で無ければ、憤怒に身を任せていた可能性も無いわけではない。だからこそ、安心してしまう。自分の身のことも、仲間の身のことも。

彼らの声に答えるように彼は振り向き、クスリと笑ってから口を開く。

 

「ああ、帰りが遅いから迎えに来てやったぞ。――ったく、バカナツ。危うく向こうにいたオレやキャンプにいる皆ごと吹き飛ばす気か」

 

「………へへ…わりぃ……」

 

「ま、お前ら全員負傷してるっぽいな。ま、少し待ってろ。すぐに治癒を施……」

 

「――うぬはここで潰しておかなければならぬな」

 

「――それはこっちの台詞だ、プレヒト」

 

遠方で起こる砂煙の中から飛び出し、レインの背後から襲い来るハデスとそれを迎え撃つレイン。彼らの拳が同時にぶつかる瞬間、衝撃波が辺り一面を震わせる。

足元にクレーターが造り出され、彼らが地面を踏み込むとクレーターは大穴へと変化する。二人して空を舞う光景にナツたちは唖然とした。

一時的に空を舞うのはあり得る光景だ。しかし、彼らは浮き続ける。驚愕の直後、レインの蹴りがハデスの胴を抉り混むように放たれ、二人は漸く床の上に着地する。

 

「成程な。それが“悪魔の眼”か、プレヒト」

 

「やはりうぬも生きておったか、レイン。メイビスと同じ存在たる故か」

 

「一応それもある。だが、オレは少し特殊でな」

 

すぐさま駆け出すレイン。両足に強烈な風と圧縮された空気を纏い、地面を思いっきり蹴る。音速にも似た速さで彼はハデスの胸元にまで接近し、左手の甲でプレヒトの脇腹を殴り飛ばす。

 

「ごはァッ!?!?」

 

「――そうなる以前にオレはゼレフ書の悪魔だ」

 

とてつもない衝撃を散らし、吹き飛ぶハデスを尻目にレインは平然と秘密の一端を溢す。誰もがその言葉に驚いただろう。ウェンディは先に知っていたものの、他の者は知らない。

況してや、彼らの中にはゼレフ書の悪魔だった“デリオラ”に家族と師匠を奪われたグレイがいるのだから。

 

「……レインが」

 

「……ゼレフ書の…」

 

「悪魔……だと…!?」

 

驚愕するナツとルーシィ、エルザ。その近くで俯くウェンディ。予想通りと言えるほどにグレイは彼らと反応が違うものだった。

 

「どういうことだ、レインッ!! てめぇがゼレフ書の悪魔だと!?」

 

「――ああ、確かにオレはゼレフ書の悪魔だ。あくまでも後天的にだが」

 

ユラユラと立ち上がろうとし、何度も膝から崩れるグレイの姿。彼の問いにレインは何の躊躇いもなく、答える。

 

「てめぇが……“デリオラ”と同じゼレフ書の悪魔だと、ふざけてんのか!!」

 

「ふざけた覚えはないな。オレは正真正銘ゼレフ書の悪魔だ。まだ身体のほとんどは人間のままだけど、心臓を含む内臓のほとんどは悪魔と変わらない」

 

彼の声はやはり何故か儚げだった。何かに後悔している、そう読み取れるような雰囲気で。しかし、そんな彼に再びハデスが襲撃する。

 

「あれからうぬは何処に行方を眩ませたァ!!」

 

「ああ、それのことはオレも覚えてない。――が、お前がそっちに堕ちた理由は大体予想ができる。悪いが、ハッキリ言っておくぞ、プレヒト」

 

ハデスの放つ魔法弾をスレスレで躱し、最後に飛んできたそれを蹴り返す。蹴り返された魔法弾を避け、ハデスはさらに魔力を高め、再び構える。

 

「ゼレフ書第四章十二節より…裏魔法、“天罰(ネメシス)”!!」

 

土塊から再びその姿を現す無数の悪魔たち。強大な魔力の塊であるそれにナツたちはまた震え上がる。後ろの方で震えるウェンディの掠れ声が耳に届くと共にレインの眼は変化する。

茶色混ざりの黒目は一度瞳を伏せ、開く時には異質な眼に変わり果てていた。中心に黒目、それを囲うように5つの円が浮かぶ上がり、その円は交互に白銀色、青紫色に囲まれている。

全てを見通すかのようにその眼は澄みきっており、まるで彼の存在が如何なるものかを示さんとしていた。

 

「オレの前で……“天罰”などと綺麗事を抜かすなァ!!!」

 

その言葉が何かのトリガーとなっていたのかは分からないが、突如として彼の魔力が更に跳ね上がった。両肩に浮かぶドラゴンの紋章は彼の魔力の高まりを示すかのように激しく輝きを放つ。地面が揺れ、粉々の木材や土塊が浮かび上がる。

ハデスが産み出した悪魔たちが畏れを抱いたのか、少し後ろに後退った。あれほどの魔力を持つ存在までもが畏れ、震えた彼の魔力は仲間たちにすら畏怖を抱かせるものでしかない。

――だが、何故かその強さ、威圧感、自らと2つしか離れていない身体であるはずのレインの背はウェンディにとって、とても大きく見えていた。

 

「(これが……お兄ちゃんの…実力なんだ………、遠い…そんなに遠いんだ……)」

 

抱いた兄妹としての彼女の想い。今の彼女にでも分かるほどに、彼は遠過ぎる場所にいた。遠すぎて背中すらをも見えないほどに。彼は別の場所で嘆いていた。

見た目では彼は泣いていない。しかし、彼の秘密を知ったウェンディには見えていた。ハッキリと彼が常に涙を流しているように。

長すぎた彼の人生故にどれほどの存在を失ったのかなど、ウェンディには分からない。だが、彼は()()()()()()()()

その涙がいつ拭われるのかは誰にも分からないほどに。

 

「うぬは何故それほど深淵に堕ちたものを無下にする、何故に無下にするかァ!!!」

 

「無下になどしない!! 無下に出来るほど、オレは許されるような存在じゃねぇ!! 幾度となく戦火に、残酷な現実を見せ付けられてきたか、お前なんかに図れる訳がねぇ!! オレは光にいて光にはいない!! こんなのが夢ならとっくに醒めて欲しいくらいだ!!」

 

叫び彼の手は奇妙な印を結んでいた。それもハデスの同じ印を。その印にナツたちは驚く。まさか、彼も裏魔法を会得していたのかと言うことと、彼も深淵に堕ちてしまったのかと言うことに。だが、全員の予想を裏切るように、彼は何かを口にする。

 

「“嗚呼、汝等。何故にそれほど欲を持つか。何故に果て無き夢を追い求めるか。その夢叶わぬと知りながら、汝等は何故欲するか。孤独の海に沈みし魂の音色と、虚空の空に浮かびし器の終極を。汝等は何故罪を犯すか。汝等は何故闇へと堕ち逝くか。天の(きざはし)より君臨し、天狼吼えんか、無限之天獄。其は終わりを告げし天使の唄か。其は終わりを告げし神の怒りか”」

 

“詠唱”――その言葉を体現するその言霊はたちまち彼の魔力を一種の属性へと変えていく。しかし、その属性は誰にも答えられるほどに簡単ではなかった。五行の属性すらをも合わせ持ち、それ以外の全てを合わせるその魔力。

ハッキリ言って人間の成せるものではない。そう言わんばかりに神々しく、それでいてさっきとは段違いに恐ろしい何かが目の前にあった。

ゆっくりと円を描くように回した両手は漸く止まり、最後は「ロウ」と同じ印を結び終える。ゆっくりと呼吸するように彼は力を抜き、次の瞬間ハッキリとその名を口にする。

 

「《聖譜(テスタメント)》第八章五節より超絶審判魔法、《森羅万象(ジャッジメント)》!!!」

 

その途端、目蓋越しに眼を焼くような閃光が迸り、全てを呑み込む。おぞましいほどの冷たく震えの止まらない何かが彼らを包み込み、閃光が消えるまで彼らは呑まれ続けた。

再び眼を開く頃には閃光は消え失せ、身体には何の異常も無かった。だが、彼らの前に眼を疑うような光景が広がっていた。

 

「………ぁ…………」

 

「…なによ…これ……」

 

「…嘘…だろ……」

 

「…こんな…の……見たことがない……」

 

「…なんなんだ…さっきの魔法は……!!」

 

広がっていたのは全身に楔を打ち付けられ、金色の柱を幾つも刺された悪魔たちの姿。脳天を貫かれ、喉を貫かれ、胴体を四本もの杭で風穴だらけにされ、両手は元の原型を保てず、ボロボロになった木々のように腐蝕していた。

その姿となった悪魔たちが優に10体を越えている。あり得ない、その一言しか出ない光景。そんな中で唯一ハデスだけは耐え切っていた。外傷は無く、大きく魔力を消耗した姿。

だが、一番消耗していたのは他でもないレインだった。片膝を地面に着き、荒い呼吸を繰り返す。とてつもなく消耗したのが見て分かるほどに。

 

「…はぁ……はぁ……はぁ……、……くっ………魔力を一気に持っていかれた…な…これは」

 

「……まさかうぬが《聖譜》を使うとはな。それも難易度が一番高いとされている超絶審判魔法とは……。レイン、うぬは何故ゼレフを拒むか…」

 

「当たり前だ……。オレはアイツがいないと死するだけだが、それでも服従する気にも、盲信する気にも成れねぇよ。メイビスを裏切った…お前とは違う……!!」

 

ゆっくりと立ち上がり、彼は口角を少し上げ笑った。

 

「オレには守りたい家族がいる。だから……そっちには行かない。家族がいようといないと、オレはそっちには行かない。叶わぬ夢を止める、それだけがオレがお前にしてやれることだ」

 

瞳を伏せ、開くと彼の眼は元へと戻っていた。そう使い続けられるモノではないのだろう。消耗が激しい今に使うのは厳しいと判断したようにも見える。

 

「少し懐かしいモンでも見せてやるよ、プレヒト」

 

先程までと全くの疲れを見せない速さでハデスに接近していく。ハデスの放つ鎖がレインに飛来し、彼を貫こうとした瞬間、彼の袖からも何かが飛び出した。

 

――それは刃だった。鎖に繋がれた小さな小刀のような刃。

 

それが見事に鎖を弾き、その光景を尻目に告げる。

 

「オレは刃と踊る。自由自在にな」

 

「ほう……、ならば、私は魔導と踊ろう」

 

同じようにして放たれる鎖。刃と鎖が衝突し、それを互いに自由自在に操る。ぶつかる度に火花を散らし、二人して踊っているかのようだった。

何度か弾き合い、弾いた隙にレインは再び駆け出した。その動きに対応し、ハデスも駆け出す。肉薄し、互いの拳をぶつける。

少し距離を取ったレインが片手に握っていた何かを砕き割り、その手に砕いた何かの正体を纏った。

 

――それは火。メイビスにしか見えていなかったはずのゼーラという幻の少女の魔法。

 

灼焔(ゼーラ)!!!」

 

まるで“火竜の翼撃”を思わせるそれが振るわれ、ハデスの胴を打ち据えた。

 

「ぐほっ!?」

 

「…オレの…火竜の翼撃…!?」

 

「…いえ、あれは違います。お兄ちゃんの近くに…誰かの気配が…少しだけ感じます…」

 

驚くナツにウェンディは小さく否定しながら、レインの側にいた何かの気配を感じ取ろうとする。やはり分からない。けれど、何故か優しい気配。

彼女がそんなことを考えている一方で、レインは消えてしまった炎を感慨深く見ていたが、次に腰のポーチから別のラクリマを取り出し、砕き割る。同時にもう一方の手には種があり、それをハデスに投げつける。

 

緑樹(ウォーロッド)!!」

 

投げつけられた種は一瞬にして木々へと成長し、ハデスを貫こうとする。それに驚きつつも、彼は冷静に対処し、それを破壊する。粉々になった木々が飛び散り、割れた樹木の隙間から見えたのは、視界外からの至近距離攻撃を加えようとしていたレインの姿。

すでに彼の左手には雷が纏われており、それがハデスの顔面に直撃する。

 

轟雷(ユーリ)!!」

 

「ごはぁっ!?」

 

さしものハデスもここで吹き飛び、大きく仰け反る。態勢を取り戻すも、すでに足元付近から抉り混むようにレインの右手が炸裂する。

 

夢幻(メイビス)!!」

 

顎の辺りを直撃し、天井へと飛んでいくハデス。飛んでいったのを確認し、レインは膝から崩れた。荒い呼吸を再びすると、少しだけ何かを頭のなかで思い描いていた。

 

「(こんな時に使うことになるなんてな……、ホント、未来は未確定で面白いよ…)」

 

ふらつく足腰で何とか立ち上がり、仲間たちの元へと移動しようとレインが歩み寄る。

――しかし、その瞬間自分の回りに魔法陣が姿を現した。

 

「――しまっ……!?」

 

「“天照百式”!!」

 

怪しげな輝きと共にレインは吹き飛んだ。爆発による砂煙が起こり、彼の安否を覆い隠す。思わずウェンディは叫んだ。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「…レイン……!!」

 

「野郎……、アイツまだ動けんのかよ!!」

 

グレイが指し示す場所には外傷がかなり増えたもののハデスが立っており、彼は高笑いを溢していた。

 

「油断したな、レイン!! うぬは変わらない、最後に気を抜く所がなァ!!」

 

両手を掲げ、勝利を噛み締めるようにハデスは笑うと、そのままナツたちの方へとやって来る。進行方向からして狙われているのは……ウェンディだ。

最初に消し飛ばせなかったことに腹が立ったのだろう。実際ホロロギウムの助けは少し遅れていた。あのときに彼女を守ったのはレインが彼女に張っていた風の防壁だった。

あれが破壊されるまでの間にホロロギウムは間に合ったと言っても過言ではない。だからこそ、今度こそ彼女を殺そうとしていたのだろう。

 

「……っ!!(諦めたらダメ!! お兄ちゃんは大丈夫、私たちよりずっと強いから。それまで耐えなきゃ!!)」

 

「まずはうぬから消してくれる…」

 

ウェンディの近くにまでやってきたハデス。彼女を睨み、すぐさま首を掴んで持ち上げる。

 

「…うっ……苦し…ぃ………」

 

「やめ…ろォ!!!」

 

「ウェンディに…手を出すなァ!!」

 

「魔力さえ…あれば……!!」

 

「…許さんぞ…、ハデス…!!」

 

「フン…まずは一人、ここで片付けておく」

 

力を込め、ウェンディの首をさらに絞める。

 

「…ぐぁ…ぁぁ………(ダメ…意識が……遠退い…ちゃう……)」

 

首を絞める片手と違い、空いていたもうひとつの片手は手刀の印が結ばれ、それはまるで彼女を貫こうとしているように見えた。ゆっくりとそれが構えられ、狙いを定められると同時に、素早くそれは放たれる。仲間たちの叫びがゆっくりとウェンディの耳に届いていく。

まるで目の前の景色ゆっくりと動いているように――走馬灯が見えていた。

 

「(私たちじゃ……勝てない…んだ……ごめん…なさい…お兄ちゃ……)」

 

ゆっくりと最後の時を待つように瞳を伏せようとするウェンディ。そこへ彼の叫びが放たれる。彼――レインの声が。

 

「――まだ諦めるなァァァ!!!」

 

軋む身体を無理矢理動かし、駆け出した彼。右手を振りかぶり、それを勢いよく隙だらけのハデスへと容赦なく叩き込む。

 

「がはっ!?」

 

「妹は……ウェンディは殺らせねぇ!!! 仲間も誰一人…殺らせるかァァ!!!」

 

ハデスが吹き飛び、穴の空いた側壁の反対側へと飛んでいく。大の字に衝突し、衝撃が後ろに突き抜ける。

 

「……はぁ…はぁ……はぁ……。“星々の恩恵(ビネフィット)”!!」

 

仲間たちの足元に浮かんだ魔法陣から緑色の輝きが広がり、彼らの魔力と傷を回復させる。漸く一人で立ち上がれるほどに回復したナツ。ゆっくりと立ち上がると、彼らはハデスに向かって構えた。

 

「レイン……あとは任せてくれ、オレたちでなんとかする」

 

「少し休んでて」

 

「あとで話は聞かせてもらうぞ、レイン」

 

「ゆっくり休んでくれ、私たちでなんとかしてみせる」

 

「私も頑張ります」

 

魔力が回復されたことで立ち上がる仲間たち。彼らのレインを思う気持ちが存分に伝わり、思わず彼は苦笑いを溢す。――が、

 

「ハハッ、それは面白い冗談だな、お前ら。――だが、まだオレは戦える。最後にケリをつけよう、全員でな」

 

そこで“はい、そうですか”というレインではない。彼も立ち上がり、ゆっくりと息を吸う。微かながら回復する魔力。いつでも“あれ”を爆破してもいいが、それでもハデスはかなり強い。それはレインも理解している。だからこそ……もうひとつの“あれ”を使うべき。そう判断すると共に彼は小さく愚痴る。

 

「…オレ、賭け事苦手なんだよな……」

 

「え……?」

 

「ウェンディ、オレの無茶な願い聞いてくれてありがとう」

 

彼は感謝を述べながらポーチから何かのラクリマを取り出した。そのラクリマの形や色にウェンディは見覚えがあった。ギルドにやってきてからずっと毎日魔力を入れ続けたラクリマ。

そのラクリマが彼の手にあった。恐らく試験の時に気絶していた自分が落としていたのだろうが、彼はそれを持って少し微笑んでいた。

 

――何をする気なの?

 

その言葉がすぐに思い浮かんだ。だが、時既に遅し。彼はそのラクリマを砕き割った。一瞬にして溢れ出す高濃度の天空の滅竜魔法の魔力。ウェンディの魔力だった。

それも本人の持つ魔力限界を遥かに越える魔力量。それを彼は有ろうとことか、吸い込み始める。残らず彼へと吸収される自らの魔力。

前方にいたナツたちは驚きを隠せない。ナツ曰く、同じ属性――厳密に言えば、自らの出した魔法の属性は食べられない。だが、彼は全て食べて見せる。

謎の彼の行動にただ一人、ウェンディだけがレインの考えに気がつけた。

 

「(私とお兄ちゃんの滅竜魔法は厳密に言えば……“動”と“静”。少しの差があって同じ魔法じゃない……、っ!?――まさか……お兄ちゃんは!!)」

 

彼女の考えを立証するようにレインは口許を軽く拭った後、小さく呟いた。

 

「……ご馳走さま。ウェンディ、魔力ちゃんと受け取ったぞ」

 

 

 

そして彼は天高く吼えた。自らの持つ天空の滅竜魔法を更に強化せんと。

 

半分しかなかった欠片は漸く一つのモノへと戻り、ドラゴン――天竜グランディーネが

 

本来持つ威力の滅竜魔法へと進化する。彼の回りに巻き付くように纏われたのは強靭で

 

強烈な天津風。

 

微かに綺麗な銀髪は藍色の一線が縦に入り、背中に魔力の塊で出来た対の翼が

 

うっすらと現れる。

 

ゆっくりと呼吸するように靡き、彼の両腕は白銀の竜の鱗に包まれる。

 

まるでその姿は、天を修めし、竜の王――天竜王が更なる高みへと昇り詰めたかのように。

 

白き翼を持ち、強靭な両腕を持ち、彼は“王”を越えた“帝”へと昇華する。

 

その光景に彼女は思わず呟いた。

 

「…竜王を越えた天竜……。…“天帝竜”………」

 

 

 

 

 

天帝と化した一人の(少年)はこの蒼穹(そら)を翔け巡る。

 

 

 




ここでメモ的なもので更新。
活動報告のレインの項目がMAX+時間が無かったので。

・《聖譜》第八章五節 森羅万象

・モード天帝竜

P.S.
途中で魔法のルビで人物名出てますが、誰が誰の魔法かを分かりやすくするためです。

正式な魔法名出たらいいんですがね。原作も出てないみたいですしお寿司。


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暁の空に舞う妖精たち

新年、明けましておめでとうございます!!

今年も何卒、何卒!! 宜しくお願いします!!

――ということで現在地獄まっしぐらの作者、蒼き西風の妖精です。

全く休みのない正月のスケジュールに思わず涙がホロリと落ちました。

いやー、半日も塾に取られるとはね(涙) なんていうか、塾って頭の労働施設じゃない

んですか?って思いました。

日本の法律では8時間以内なんですけどね~と言いながら、文句をどっさりと持って

詰め寄りたいくらいに(笑)

さて、今回は大晦日に投稿予定だった話です。まあ、ハデスとのやっとの決着な訳です。

それはともかく。

最近思ったんですが、大魔闘演武編からの小説を投稿している方が多いみたいでして。

この話で60話目な現在、作者はふと思ったんです。

外伝編も大魔闘演武編以降も、もう一度別の方からスタートでいいんじゃないかと。

まあ、つまりですね。天狼島編でこっちを完結させて、次から別の方で投稿するって

いう風にしちゃえば、いいんじゃないかという話です。まあ、低評価の方って付けた後

読み返さないじゃないですか。――となると、評価が改められない訳です。

ならば、成長した作者の執筆スキルを披露出来るように、別の枠で投稿したらいい!!

という思考になりましてね(笑)

そんな訳で悩んでいるんですよ。なのでアンケート取らせてください。

このままっていう人は「このまま」と入れてください。

枠を移動がいい人は「別枠に変更」と入れてください。

多い方を選びますので、是非ともおねがいします。次の投稿は少し遅れる可能性が

大ですが。出来るだけ早く次のを出しますので、お許しください。

それでは本編どうぞ。読み終わったついでにアンケートをお答えください。

作者、嬉々として喜びますんで。



少年は更なる高みへと昇っていく。それと同時に深き深淵に潜っていく。どれほど昇り、潜っていくのか。それは本人しか分かる訳がない。

強くなっていくことに嬉しさを感じているのか、強くなっていくことに哀しさを感じているのか。そのどちらも含めているような表情で彼はゆっくりと今の自分を噛み締めるように、深呼吸を繰り返す。瞳は以前と変わってはいない。変わったのは、髪と両腕と背中だ。

 

銀色の髪に藍色の一線が縦に入り、腕は白銀の竜鱗に包まれる。強靭な鉤爪と変貌を遂げた指先が光を受けて鮮やかに輝く。

肘から刀剣のような切れ味を誇る刃翼が生え、腕は気がつけばドラゴンを思わせる姿へと変わっていた。

同様に背中からは魔力の塊で出来た対の翼がうっすらと生え、まるで人間からドラゴンへと変貌――いや、進化を遂げるように。

竜人を思わせるその姿に誰もが唖然としただろう。それほどまでに姿は変わっていた。それと同時に魔力も計り知れないほどに巨大化する。

彼から発せられる覇気は更なる強さを得て、立ち塞がる者共を圧倒的な魔力で威圧する。魔導の深淵――その言葉を忘れるほどに彼は強大な存在へとなっていた。

幻想的であるというのに彼の魔力による恐怖が現実的に思わせる光景。触れてはならない何かを開いたような感覚。だが、彼は笑った。

小さく口角を上げ、嬉しそうな声を漏らした。

 

――良かった。これで仲間を守れる……。

 

彼の声が仲間を縛っていた威圧感を和らげた。不思議と頼りにしてしまう。彼がまるで自分たちの切り札のように。

彼の眼はギラリと輝いたが、何故かそれほどまでに怖くはなく彼らしいと感じ取れた。先程の言葉があったからだろうか。

それとも……。ふとそう考えて仲間たちは一旦それを忘れることを選んだ。別に後で話せばいい。後でゆっくりと腰を据えて聞けばいい。また一緒に笑えばいい。

だから、彼らは目の前にいる敵を倒すことを優先した。そのために彼が治してくれた。そのために彼が再び力をくれたのだ。

今使わずして何時使うのだと、自らに呼び掛け、気合いを入れ直す。背後に立つ彼がさらに自らの身体を纏う風を強める。

風は昇華し、暴風へ。暴風は昇華し、神風へ。神風は昇華し、天津風へ。今思えば、その風は追い風だったのだろう。前へと進めるようにと。

それに気がついたのはあとのことだったが、それでも良い。ただ、今はギルドに帰りたい。それだけが彼らの願いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「モード天帝竜!!」

 

彼は叫ぶと共に自らの魔力を統制(コントロール)し始める。暴走を防ぐためか、何のためかは分からない。けれど、何かが変わったと言えるのは間違いなかった。

その姿を見て、自らの回りにいた仲間たちは驚きの声をあげた。

 

「……ウェンディの魔力を食べちゃったの……?」

 

「でも、それならウェンディは……」

 

「いや、違う。あれは船でウェンディが見せてたラクリマの中身だ」

 

「まさか……ナツみたいにするとは……」

 

「お兄ちゃん……大丈夫…なの?」

 

「……ああ。でもこれが何時まで続くか分からないけどな」

 

ウェンディの疑問に素直に答え、レインは爆発しそうな自身の魔力を一旦楽にするために、地面を思いっきり蹴り飛ばす。

猛スピードで空をも翔け廻り、一瞬のうちにハデスの眼下にまで接近した彼は右手を振るった。天津風を纏ったそれはとてつもない威力を発揮する。

 

「天帝竜の東風(エウロス)!!」

 

「がはっ!?」

 

鋭利な鉤爪が空間ごと切り裂くかのように大きく振り払う。直撃した攻撃はハデスの袖口を刈り取っていき、さらに彼に追加効果と言わんばかりに天津風が襲来する。

糸も容易く呑み込まれる彼を尻目に、レインは自らの右手を何度か握ったり広げたりを繰り返し、感覚を掴む。

 

「……よし、行ける!」

 

一度背後にいる仲間たちの元に戻ると、彼らに小さく耳打ちする。

 

「プレヒトの攻撃はオレが全部防ぐ。お前らはアイツに魔法を叩き込め。オレに考えがある」

 

「……分かった」

 

各々がコクンと頷き、それぞれで構える。一方のハデスは漸く天津風を切り裂くと、姿を現し駆け出した。両手は怪しく輝いており、魔法をすでに放つ直前といった所になっていた。

 

「消し飛べッ、ガキ共!!」

 

彼の手から放たれるかなりの威力の魔法弾。それの属性をすぐさま判断し、レインも同様に動き出していた。

 

「……闇系統の属性。なら……!!」

 

自身の右足に魔力を込め、左足を軸に一回転する要領で斬撃に似た天津風を放った。

 

「天帝竜の南風(ノトス)!!」

 

鋭い斬撃の風がスパンと容易く魔法弾を切り裂き、ハデスに迫る。なんとか躱した彼の元に雪崩れ込むのは二人の魔導士。

 

「雷炎竜の……」

 

氷の造形(アイスメイク)……」

 

再び雷を纏い、両手にそれぞれの属性を纏うナツと、両手に何かを造形するグレイの姿。さしものハデスと言えど、あの至近距離、あの体勢、魔法使用後では追い付かない。

 

「撃鉄ッ!!!」

 

氷魔剣(アイスブリンガー)ァ!!!」

 

ナツによる炎と雷の乱打。グレイによる十字の斬撃は見事ハデスに直撃する。声も出ないほどのダメージを与えた同時攻撃。当てたことに二人が口角を上げたのがレインには見えた。

しかし、ハデスもやられるままでは終わらない。それにあの回復力は正直言って異常だ。恐らくあれが原因だろうが、今のタイミングではない。

なんとか地面に足をつけ、ハデスは距離が近かった二人を魔法弾で吹き飛ばす。瞬時にナツ、グレイと入れ替わるタイミングで駆け出したのはルーシィとウェンディ。

魔力温存のためか、ルーシィは鞭――エリダヌス座の星の大河を握っている。同時にウェンディもまた、すでに口のなかにブレスを溜め込んでいた。

 

「天竜の……」

 

「ハァ!!」

 

鞭を勢いよく振るうルーシィと同時にウェンディも咆哮する。

 

「咆哮ォォ!!! 」

 

風のブレスと鞭がそれぞれハデスに迫る。しかし、ハデスはそれを躱し、すぐさま反撃と言わんばかりに二人に向かって魔法陣を展開する。

 

「しまった……!?」

 

「避けられ……!?」

 

「天照百……」

 

魔法を発動する瞬間、ハデスの眼下に移ったのは半分ほどドラゴンと化している少年の姿――レインがそこに迫っていた。

先程のブレスと鞭はあくまでも陽動。迫っているレインの姿を彼の意識から剃らせるために。発動する魔法より先にレインの左手がハデスの胴を抉り混むように放たれた。

 

「天帝竜の西風(ゼピュロス)ッ!!」

 

「ぐはぁっ!?」

 

ドラゴンの腕と化したレインの左腕の衝撃は計り知れないだろう。竜鱗によるダメージもあるそれに流石のハデスもかなりの勢いで吹き飛ぶ。

その瞬間、光を放ち掛けていた魔法陣は消え失せる。安堵が漏れるウェンディとルーシィ。

 

「油断するなよ、お前ら。あれでもアイツは二代目。あの程度でやられるヤツじゃない」

 

小さく頷き、気合いを入れ直す仲間たち。その刹那、再びハデスは砂煙の中から姿を現し、魔法の鎖を手から大量に放つ。

その一つがレインの右腕に着弾。引力によって彼が引き摺られる。

 

「チッ……!!」

 

「まずはうぬからだ、レイン!!」

 

鎖によって宙へと投げられる。空中でほとんどの自由が効かない状況の中、彼の回りに先程の魔法陣が展開される。

 

「天照百式!!」

 

光と大爆発に呑み込まれるレイン。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「レイン!!」

 

仲間たちの叫びが爆音に掻き消される。ニヤリと笑いを浮かべるハデスに大爆発の中から一筋の流星の如き閃光が空を彩る。

 

「なっ……あれを防いだ…だと!?」

 

「躱し切れはしなかったけどな。それでも大半は躱せる!!!」

 

白銀色の輝きを放つ左足が踵落としの要領で天から落とされる。両手で防いだはずのハデスが衝撃で両足から突き抜けた衝撃波に耐えられずに後ずさる。

 

「天帝竜の北風(ボレアス)ってな。ついでこれはオマケだッ!!」

 

ハデスの眼下に投げ込まれる小さな結晶爆弾。ハデスにも見覚えがあるそれに動きが鈍り、爆発に呑み込まれた。

彼から離れ、もう一度仲間たちの元に戻るレイン。やはり先程の爆発でダメージがあったのか、少しだけ苦笑いを溢している。

 

「(不味いな……、強制的に爆発させるのが手っ取り早いが効力がどの程度か分からない。やっぱ、誰かが手動で起動してくれないものか……)」

 

脳裏に映る設置型の結晶爆弾。威力は十分あるが、ここから強制的に起動させて発動するか、それ以前に発動しても上手く行くかが分からなかった。

レインが設置したのは50年近く前の旧式。今の強力な素材で作られている場合なら、爆発に耐える可能性があった。だからこそ、誰かが序でに爆破してくれないものかと考えていた。

ふとそんなことを考えている中、ハデスがまたもやあの構えを取り始める。

 

「またあれか……。一気に吹き飛ばすのが得策だな」

 

周囲の空気を大量に吸い込み、口の中で圧縮を強めていく。一気に吸いすぎたせいか、仲間たちも慌てて距離を取る。何だか睨まれているような気がするが、まあ後で謝ろう。

向こう側――ハデスの周囲から再び悪魔たちが精製された。今度は以前よりも強大な魔力で構成されている。一撃で吹き飛ばさせるか、吹き飛ばさないか。

色々と賭けだが――

 

「(負ける訳には行かないよな。それじゃ、一発容赦なく行くか!!)」

 

口の中に溜め込んだブレスを更に強く圧縮し、高濃度の魔力の塊へと変化させる。今にも爆発しそうな魔力の塊に流石のレインも冷や汗が噴き出た。

迫り狂う悪魔たちに目掛け、それを勢いよく彼は放った。

 

「天帝竜の……咆哮ォォォォォ!!!」

 

鋭利、強靭、強硬、それを重ね合わせたような爆発的な魔力――天津風のブレス。それらがたちまち悪魔たちを呑み込み、貫き、破壊していく。

天津風の洗礼を受け、巨大な竜巻の中で切り刻まれ、粉砕され、消滅していく悪魔たちの断末魔。それの木霊を許さない轟音。その咆哮はさらに戦艦の損傷を増やしていった。

驚愕するハデスをも呑み込み、またもやナツの放った“雷炎竜の咆哮”の二の舞を演じる彼ら。ブレスを放ち終えたレインは思わずため息をつくほどに。

 

「まったく……、何度やろうと“天罰”は下せない。それは判決合ってこその罰だ。先にオレを通していけっての。人を見る目はあるんでな」

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

一方その頃、ナツたちと別チームになったハッピーたちは

 

「オラアァァァァ!!!」

 

「ぐあああああ!?!?」

 

「こ、コイツ、強ぇ!!」

 

「ね、猫ってこんなに強かったか!?!?」

 

「いやいや、あれ猫じゃねぇだろ!!」

 

奮戦するリリーの背後でハッピーとシャルルは“ある物”を見て固まっていた。

見ていたのは巨大な心臓を思わせるそれを覆う機器に取り付けられた小さな結晶爆弾――だが、見た目的に大爆発ありそうなそれが3つも取り付けられているという状況だ。

あまりにも触るな危険のありそうなそれ。しかし、彼らはそれを触らなくてはならない状況にあった。何故なら……

 

「ねえ、シャルル。他にこれを壊せそうなのあった?」

 

「ないわ。これ以外無さそうね。こんなの着けてそうなのアイツくらいでしょうけど」

 

「確かにそうかも…。“レイン”ならやりかねないもんね」

 

「そうね。さっさとこれ、起動しちゃいましょ」

 

「アイ♪」

 

起動したそれの大爆発に失笑してしまう未来と、怒った敵の仲間たちが襲ってくる未来が訪れるとは彼らは思いもしなかった。

 

しかし、それがナツたちに勝利を与える切っ掛けとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

「流石にやってくれる。やはり私ではなく、ヤツが継ぐべきだったのだろうな」

 

染々と呟きつつ、ハデスは再びゾンビのように立ち上がった。まるで不死。そう思わせるほどの延々と起き上がってくるその姿に流石のレインも苦笑いと冷や汗を溢す。

ゆっくりと、近づいてくる彼。再びレインも構えるが、何かを感じて何故かニヤリの笑って見せた。

 

「(何故ヤツは()()()()()?)」

 

その答えを知る前にハデスは何かの痛みを感じ、怪しく輝いていた右目を押さえた。突如として力が抜けていく感覚に驚愕し、声を出せなくなるほどに。

それを確認したレインが微かに笑うと告げた。

 

「どうやら……。心臓、やられちまったみたいだな、プレヒト。まったく、お前は右目やられたからって盲目になったのか? ここにいるのは6人の魔導士だけじゃない。ここにいるのはお前たちが喧嘩を売った相手――メイビスの願ったギルドの形そのものだ」

 

そう告げるレインの背後。向こうに見えるのは一本の巨木。倒れていたはずの巨木――天狼樹は彼らを導き、支えるかのように再び空へとその葉を伸ばしていく。

 

「天狼樹が……」

 

「元通りになっていく……」

 

「それに魔力も回復してるぞ!!」

 

仲間たちの魔力が回復していくのを背後で感じる。士気が高まった仲間たちに頼り甲斐があるということに頼もしさを感じたレインはハデスにわざとらしく挑発を仕掛けた。

 

「心臓に持病をお持ちかな? なあ、()()()()?」

 

「私の……心臓を……。レイイィィィィィィン、貴様アァァァ!!!」

 

「フンッ!!」

 

怒りを顕にするハデスの顔面に突き刺さるのは倒れていたはずのラクサスの拳。

 

「ラクサス!?」

 

「今なら行ける、行けえええええ、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》!!!」

 

彼の声に応じたようにナツの身体からさらに威力が高まる雷と炎。同時にグレイやエルザ、ルーシィとウェンディもハデスへと走り出していく。

 

「これが最後のチャンスだ!!」

 

「回復した魔力全部をぶつけるぞ!!」

 

「――チィッ!! 来い、全て返り討ちにしてくれるわァァァァ!!!」

 

両手を合わせ、衝撃波に似た怪しげな魔力を撃ち出すハデス。爆発から流れたルーシィが先に最後の一撃を放ちに掛かる。

 

「契約まだだけど……!! 開け、魔羯宮の扉、カプリコーン!!」

 

「仰せのままに」

 

「お願い!!」

 

「ハッ!」

 

ルーシィが召喚したのはここにきて新たに手に入れたらしき星霊。どうみてもヤギ……いや羊だ。しかし、執事だ。あれだろうか、羊と執事を噛み合わせたのだろうか。

流石は星霊、別の意味で奥が深い。――スゴく不思議すぎて何も言えない。

 

「うぬは……!?」

 

「ゾルディオではありませぬぞ!! メェはルーシィ様の星霊、カプリコーン」

 

何度も殴打を受けた矢先に背後から迫るのはウェンディ。両手に魔力を溜め、新技を放とうとしていた。

 

「見様見真似!! 天竜の翼撃!!!」

 

「うぐおっ!?」

 

ナツとレインのをベースに改良したのか、そのままなのかは不明だが、強靭な対なる風がハデスを吹き飛ばす。大きく体勢の崩れたハデスにまたしても迫るのはグレイ。

両手を氷の刃と化させ、一気に魔力の限りに放つ。

 

「氷魔剣、アイスブリンガーァァァァ!!!」

 

「ごあっ!?」

 

鋭利な氷の刃に切り付けられ、さらに体勢が崩れた先にいるのはエルザ。換装を終えた彼女が纏うのは多数の刃を操る“天輪の鎧”。数多くの刃がハデスにさらなる追撃を加える。

 

「天輪 五芒星の剣(ペンタグラムソード)!!」

 

両手に持った剣が五芒星を描くようにハデスを切り飛ばす。漸く体勢が整ったハデスの背後に構えていたのは雷炎竜と化したナツ。

 

「うおおォォォォォ!!!」

 

「――クッ!! 悪魔の(グリモア)……」

 

瞬時に構え、迎撃しようとするハデス。しかし、ナツの方が一足先だった。胸元にまで接近され、漸くハデスは自身の行動が遅いことに気がついた。

 

「(ま、間に合わぬ……!?)」

 

「滅竜奥義・改!! 紅蓮爆雷刃ッ!!!」

 

炎と雷を纏った両腕が螺旋状に放たれ、強力な一撃がハデスを呑み込み、喰らった。

――だが

 

「まだ終わらぬぞォォッ!!!」

 

その強大な一撃を以てしても、ハデスはまだ立ち上がる。隙だらけのナツに致命傷を与えんとハデスは右腕を鋭く突き刺さんとしていた。

しかし、まだ()()()()()()()()。まだ最後の一撃を残す者が――自分達に明日を望めと叫んだ者が残っている。

全く同じタイミングでニヤリと口角を上げ、笑ったナツたち。彼らが口にした言葉は全くほぼおなじものだった。

 

「決めろ(て)、レイン(お兄ちゃん)!!」

 

「なぬっ!?」

 

ナツとハデスの間に無理矢理身体を突っ込み、構えた両手をハデスへと向けるレインの姿。その声に応じるように彼は頷き、叫ぶように答えた。

 

「――ああ!!! お前の言う通り、まだ終わらないさ、プレヒト!! 妖精はこれからもその空を舞う!! 人々の願いと共に、メイビスの夢物語は真へと変化し続けるんだ!! だからこそ……オレたちは明日へと歩む!! 歩んでいつか、辿り着くんだ、その先に!!」

 

白銀に彩られた両手は周囲の風や空気を掻き集め、ハデスを包み込むように集束する。何か彼が叫ぶ声が聞こえたが、レインは聞き逃した。別に聞けなくたっていい。

今、聞かなくていい。聞くべきなのは幼い妖精たちの飛び立つ羽音。

 

ああ、今も妖精たちが強く羽ばたく音が聞こえる。

 

背後でその羽を広げ、大きく飛び立たんとする彼らの想いが。

 

 

 

――これがオレの役目なんだな、メイビス。

 

 

ゆっくりと世界が加速するようにレインの魔法は更なる輝きを以て破滅の可能性を持った未来を照らし変え行く変革の一撃と化す。

 

「滅竜奥義・改!! 双嵐 天帝穿ッ!!!」

 

暴風と天津風の乱打に呑まれ行くハデスを彼は見送りもしなかった。収縮したそれが大爆発するのすら、見届けずに。

 

 

 

「――オレも進む。お前を踏み台にしてでも、オレは進む。家族を未来に導くために」

 

 

 

その日の暁は自棄に眩しいものだった。まるで自らの心をも映し出す鏡のように。

そんな暁を彼は静かに眺めていた。自らの身体から大量に魔力が抜けていくのを知らずに。

ゆっくりと視界がブレ、彼の意識は暗転する。

レインは最後に小さく何かを呟いたはずだったが、自分にもそれが分からなかった。

だが、最後に懐かしい声が聞こえた気がする。

 

 

 

 

 

――お疲れ様、お兄ちゃん。

 

 

 

 

 

思い出すと涙が溢れる。誰だったかを思い出せないけれど、レインは掠れ行く意識と倒れ行く身体の浮遊感に包まれながら、一滴の涙を残していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




改めてアンケート内容を明確にしておきます。

アンケートの議題

・外伝編、大魔闘演武編からをこのままの枠で投稿するか、別枠にするか。

このままの方は「このまま」と感想に記入。

別枠に変更の方は「別枠に変更」と感想に記入。

アンケートにご参加してくださると助かります。なるべく多くの返答があると、

作者の投稿――外伝編の投稿が早くなる可能性があります。

なのでご協力お願いします、以上です。

P.S.
最近フェアリーテイル ブルーミストラルを買いたいと思った。財布空だけど(笑)

ウェンディの出る話とフロッシュの出る話を見返してしまう。そのせいで口調が

ほとんど間違えていないことが多い。それに比べて主人公ナツの口調を再確認する

ことが最近になって多くなってしまうのは何故だろうか(笑) 謎だ。



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残された存在

皆さん、おはようございます。一週間ほど投稿していなかった不肖の作者です。

正月には色々とありましてね。塾でひたすら勉強させられたり、年玉で買った二機目の

ゲーム用VITAに一機目のデータを移し変え失敗で全部データ消えたりと(涙)

お陰でフルコンプ(トロフィー100%)してたゲーム4、5つほどのデータと労力が無に

帰しました(泣き笑い) マジでソニーさんの鬼畜さ半端ねぇ(笑)

メモリーカード入れ替えでいいじゃないですか、別にィィィ……。

細かい設定多すぎて訳が分からんよ、ホント。――と言う訳で血眼(ガチの血眼)で

作者大好き“英雄伝説”シリーズのトロフィー100%を日々励んでいました。

まあ、結果投稿が全くなかった訳です。ホント、スミマセン。次回から外伝編に突入

する予定なのでお楽しみください。それと投稿が週一になったりする日があったり

しますのでご了承を。それでは久しぶりの投稿です。どうぞ

P.S.
駄文要素9割でお届けします(キリッ

甘ったるい文章ですが、何卒ご理解を。投稿が空くと執筆が下手になりそうです。

まあ、実際下手くそなんですが(笑)

正月の餅といったら醤油焼き餅。異論は承ります。



 

 

 

「またそんなこと言ってるのか? オレは絶対にそれは手にしない、そう言ったぞ、昨日も」

 

 

 

反論の声を上げたのは、小さな身体でありながら自我がしっかりとしている銀髪の少年。彼の瞳には輝きは無いが、暗さも無い。

だが、彼の瞳に映るのは焔。自らの親を焼き滅ぼしたドラゴンの放った焔。その光景が眼から離れない。離してくれない。

眠れば、いつもその光景が夢として現れ、彼を眠りには付かせようとしない。憎しみに満ちた瞳ながら、彼の信念は決して揺るがない。

 

「オレは絶対に相手を殺す魔法は要らない。それも殲滅を重視しているお前の魔法なんか、絶対に必要としてはいない」

 

『ほう……? 汝は相変わらず(かたくな)に断る。何故そこまでして断るのだ? 自らの親、妹を殺したドラゴン共――人と共存を望まぬ其奴らを何故恨まぬ。何故憎まぬ。何故……殺したいと願わぬのだ?』

 

「何度も言わせるな。オレはそんなものを必要としていない。オレは誰かを守る力が欲しい、ただそれだけだ。お前もオレを拾うという建前でオレを本当の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)――完全なドラゴン殲滅しか望まない存在にするためじゃないのか?」

 

銀髪の少年の鋭い返しに目の前に佇む巨大な存在――ドラゴンは鼻で笑う。

 

『フンッ、よく分かってるのォ、汝は。我は盟友イグニールの望む“人と竜が共存する世界”が見たい。ただそれだけを望む。――しかし、もうひとつ望むとすれば……』

 

視線を少年から反らすドラゴン。その竜の身体には様々な人工的な武器が幾つも同化していた。人々が恐れの対象である竜を迎撃するために創造し――結果的に意味を成さないと知って捨て去り、忘れ去った技術の産物。

 

 

 

その技術の産物の名を――滅竜兵装。

 

 

 

その滅竜兵装が何故かドラゴンの身体には同化されていた。端から見れば、身体に兵器が刺さっているような状況に眼を疑うが、当のドラゴンは気にすらしていない。

隻眼のドラゴンは向こう側に広がる青空を見ていた。その青空には同じようにドラゴンが飛び交っている。

 

『我は生まれつき寿命は短い。普通のドラゴンよりあっという間の命だ。それ故、先代の我も命を枯らす寸前に我を生んだ。冥府を管理する我らの宿命故に次を紡ぐまで死ぬ訳にはいかぬ。それは理解しておろう、汝も。だからこそ、敵対勢力である奴らを殲滅せねばならぬ。我が一族の運命を紡ぐためにな』

 

「……るかよ……」

 

『何か申すならば、キチンと話せ、()()()()()()()()()()

 

レイン――そう呼ばれた少年はそのドラゴンを睨んだ。顔を上げ、声を大にして叫ぶ。

 

「知るか、そんなモンッ!! オレには関係ないだろうがッ!!! 子孫を遺すだと……? それがオレになんの関係があるんだ!! オレにそのための礎となれって言いたいのか!! 竜殺しの力を得て、全てを――敵対するドラゴンを殲滅するだけの道具になれって言いたいのか!!」

 

『……そうだ。汝のことを覚えている存在はもう居ない。大切な家族もいないのであろう? ――ならば、汝に残されたものは何一つ無かろう』

 

脳裏に映る灼熱地獄。村は焼かれ、人々は――家族は滅ぼされた。あの光景がまた蘇る。焔の嵐に呑まれる刹那、自らの妹が告げた言葉も。

 

 

――お兄ちゃん……生きて……。…二度と…悲しまないで……。

 

 

「……ぐっ…。確かにそうだ。――だがな、オレは家族のために生きなきゃならないんだ!! お前の勝手な願い、望み、企み。オレには一切合切関係ないだろうがッ!! なんでお前の手のひらで踊らなきゃならないんだ!!」

 

『……フンッ、ならここで死ぬか? 汝よ。ここで終わりを選ぶか?』

 

「……ああ、やってみろよ。オレを殺せよ、殺せばお前の――お前たちの計画は全部スタートからだ」

 

『汝は愚かだな。我以外にも盟友たちは既に自らの選んだ存在がいる。汝と変わらぬ齢の者たちがな』

 

「……卑怯者が……!!!」

 

吐き捨てるように愚痴ったレイン。だが、ドラゴンは容赦なく彼の上に自らの脚を下ろそうと構える。

 

『それではさらばだ。死する運命の者よ、冥府へ招待しよう』

 

勢いよく下ろされる強靭な脚。彼は舌打ちを溢し、噛み締めた口許から血を垂らす。迫ってくる脚が走馬灯のようにゆっくりと見える。

ゆっくりと迫り……、その脚は地面に降り下ろされた。少年のいた場所はすでにドラゴンの脚がある場所となった。

 

――だが、その刹那。ドラゴンの胴に一閃の光が迸り、血の華が青空に輝いた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「………また夢か。――というより、誰の記憶だよ。ドラゴンとオレ……か? いや、同じ名前の人間はいるだろうし関係ないか……」

 

ゆっくりと身体を起こし、レインは頭を押さえた。頭痛も微かにするが、それほど気になる訳ではない。気にするほどの痛みでもない。

最悪、ウェンディに治癒魔法をかけてもらうこともできるし、魔力を多く使用するが、《聖譜(テスタメント)》を使うという手段もある。

 

「……ところで、さっきから身体に何かが寄りかかってると思ったら、やっぱりな」

 

仄かに感じる優しい温もり。それを確かめるように起き上がった自分の身体からずれ落ちかかっている少女を見て苦笑する。

 

藍色の長髪を持つ少女――ウェンディ。

 

少し顔にも傷があるが、すぐに完治しそうなほどに彼女の傷は浅い。疲れていたのか、スヤスヤと眠っている。彼女はギルドの中で数少ない回復が使える魔導士だ。

そのため、仲間たちの傷も治癒魔法で治していたのだろう。いくらこの島がギルドの者に対して大いなる加護や魔力回復促進効果があるとは言え、使いすぎたのだろう。

 

「(まったく……。少しは自分のことも考えてくれてもいいのにな)」

 

「……んっ………んぅ………お兄…ちゃん………大丈夫……?」

 

優しい手つきで彼女の頭を撫でると、小さな寝言が漏れた。夢の中でも心配してくれているのかと思うと心配をかけないようにしないとなという気持ちが込み上げる。

 

――本当に優しいな、君は。

 

微かに微笑む自分に気がつかないまま、彼はウェンディの頭を撫で続けた。何故か撫でていると自分も落ち着く気がする。不思議な感覚に興味が湧くが、ここで考え続けるのも如何なものかと思い、今は休むことを選ぶ。

 

「……滅竜兵装か。竜王祭以前の古代兵器……気になるな、少し」

 

夢に出てきた言葉。何故か違和感のないそれに疑問符が頭に浮かぶ。それに加え、あの隻眼のドラゴン。何故か()()()()()()

 

「(何処かでオレはそのドラゴンと会ったことがあるのか? それに本当の滅竜魔導士? 竜殺しを目的とする真の意味での滅竜魔導士? なんのことかさっぱりだな、調べるか)」

 

ギルドに帰還してからも色々と調べる必要があるということに苦笑いしか出来ないが、それでも自分の記憶を取り戻すためだと納得させる。

 

――プニッ

 

そんな中、無意識で動かしていた両手が摘まんでいたものに意識が向いた。ゆっくりと視線をずらし自分の手がある方を見る。

 

「柔らかいな、やっぱり」

 

自らが摘まんでいたものを見て染々と呟く。摘まんでいたものの正体はウェンディの頬っぺたなのだが、一次試験の時に思った通り柔らかかった。

気がつけば触っていたために中々手を離せない。癖になる柔らかさ。病み付きとはこういうことかと思うレインだったが……

 

「……んぅ……あ…れ……? …お兄…ちゃん……?」

 

「あ……」

 

声が漏れた先を見ると朧気な意識でこちらを見る少女の視線とぶつかる。パチパチと目を開けたり閉じたりを繰り返すウェンディ。

しかし、何をされていたのかを理解すると同時に茹でられた海鮮物のように顔を真っ赤にし、羞恥の混ざった表情で勢いよく飛び退いた。

 

「おおおお兄ちゃん!? め、目が覚めたの……?」

 

「あ、うん。さっき起きたところ。えーっと……」

 

自らの両手をジーっと見つめ、試しに開いたり閉じたりする。ボーッとそれを見てから、真っ赤な顔のウェンディを見て率直に呟いた。

 

「頬っぺた柔らかいな、ウェンディ」

 

「ふぇ……? …え……あ…………っ!?」

 

さらに顔が真っ赤になるウェンディ。ワタワタと動きが不自然になり、頭から湯気を上げる。それを見てやり過ぎたと思うが遅かったと後悔するレインだが、彼女の様子がかなり変になっていく。

 

「あ、あの……、ウェンディ…さん?」

 

「……ぁ………ぁぁ………あぅ………」

 

プシューという音を立てそうなぐらいに真っ赤に染まりきったウェンディを見て、益々どうしようもない気がしてならないレインだったが、“あること”に気がついた。

 

「――そういや、なんでウェンディはオレの身体に寄りかかって寝てたんだ?」

 

「ふぇ…? え、あ…それはその……看病…してました」

 

モジモジと答える彼女。それを聞いて疑問が煙と化したのと同時に微笑んだ。ゆっくりと手を伸ばし、彼女の背に当て勢いよく抱き締める。

 

「っ!?」

 

「ありがとうな、ウェンディ。また気絶とかして迷惑かけただろうに、オレの看病してくれたんだな。本当にありがとう」

 

「……ぁ………うんっ……」

 

まだまだ顔は赤いながらも嬉しそうにしたウェンディの顔をオレは忘れない。それほどまでにその時の彼女の笑顔はオレの胸を打った。

 

「(守りたい、この子の笑顔を……。この力で助けられるのなら……――いや、助けてみせるよ、()()())」

 

無意識の心中で呟かれた誰かの名前。何故か懐かしくて寂しい響き。それに気がつくまでに彼は長い年月をかける。そんなことを露知らず、彼は抱き締めた妹の温もりに意識を手放していた。

 

「お兄ちゃん? 急にどうし……――きゃっ!?」

 

突然ガクッと倒れこむレインに巻き込まれ、敷かれた布に共に倒れるウェンディ。軽く頭をゴツンと冷たい地面に打ち付け、うぅ~と唸る彼女だが、自分を抱き締めたままスヤスヤと眠る兄の姿に笑みが溢れた。

 

「……ありがとう、お兄ちゃん。お疲れ様」

 

熱くなった目頭から溢れる一筋の涙。少女は一滴を地面に溢した。

 

――のだが、レインに抱き締められていたために他の人の様子を見に行こうとして後々悩み続ける羽目になるとは思ってもいなかった。

抜け出せないようにがっしりと捕まえられていたために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数時間後、天狼島は忽然と姿を消した。――いや、消滅した。一つの災厄(アクノロギア)によって。同時にその島でS級魔導士昇格試験をしていた《妖精の尻尾》主要メンバーは生死不明。それにより、数日の間にギルドの権威は失墜する。

 

 

 

 

 

それがX784年 12月16日のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

「……フィーリ、やっぱり忘れられないんだよね。レインさんたちのこと」

 

「…………うん」

 

ハルジオン港の船着き場でかつて天狼島があった方向を眺める白色の長髪の少女。髪の毛からはみ出る対の獣耳、大体尾てい骨辺りから出ているフサフサとした尻尾。

サラシを巻いた胸部とスカート、お気に入りのコートを羽織る姿。左手の甲にあるのは妖精を模した紋章。唯一失墜したギルドの中で他者から蔑まれない少女。

 

フィーリ・ムーン。現在生死不明とされているS級魔導士であり、聖十大魔道の一人である少年、レイン・ヴァーミリオンの拾い子兼娘の彼女はX791年において、数多くの魔導士から彼女はこう呼ばれていた。

 

――孤独の姫君。孤独を現す言葉として彼女は《狼姫》と称された。

 

“一匹狼”、空席となりつつある“聖十大魔道”の座に最も近き魔導士の一人。気がつけば、少女はそう言われているほどに強くなった。

強くなれば、必ず奇跡だって起こってくれるはず。そう信じて止まなかった彼女の心を打ち砕いた7年の歳月。その結果、彼女は人とは話さなくなっていた。

 

――唯一そこにいる別のギルドの少年を除いて。

 

灰色の長髪に緑の混ざった黒目を持つ見た目少女の少年。この7年の間に急成長を果たし、かつて《妖精の尻尾》を思わせる存在となったギルド《帝王の宝剣》エンペラーブレイド。

そのギルド屈指の実力者一人。それが彼――ムラクモ・アッシュベル。

2年前から自らのギルドに全く顔を出さなくなっていたフィーリと共に仕事に向かうパートナーである。

フィーリと同じ場所――左手の甲に彼は紋章を刻んでいる。冠を被った王が正面に構え、その手に握られる宝剣。それが彼のギルドの紋章である。

少しの間天狼島の方向を眺めた後、フィーリは軽く目尻を拭い、振り返る。儚さのある表情に誰もが悲しみを誘われるが、それは彼女にとっては要らぬ同情に過ぎない。

だから、彼――ムラクモは悲しみを誘われないように笑顔をフィーリに与えようとしている。振り返り、こちらに戻ってくる彼女に声をかける。

 

「それじゃ、ギルドに行こう。フィーリ」

 

「………うん、…分かった…」

 

船着き場を後にしようとするムラクモの背中を追うフィーリ。少しだけ立ち止まり、最後に一回だけ振り返り、いつもここにくると口にしている言葉を溢す。

 

「パパ、ママ、お姉ちゃん。……帰ってきて、私、良い子にして待ってるから…」

 

 

 

 

 

X791年止まっていた運命の歯車は再び回り始める。――終わらない絶望へと加速して……。

 

 

 

 

 

 




フィーリ「……………」

ムラクモ「あれからギルドに顔を出してるの?」

フィーリ「………全然…出してない」

ムラクモ「思い出しちゃう…から?」

フィーリ「………(コクリ)」

ムラクモ「そっか……。ところであの話、本当なの?」

フィーリ「……《妖精の尻尾(ギルド)》を脱退する話?」

ムラクモ「……うん」

フィーリ「……もう…あそこは持たない。パパたちの居場所は今年中に消えちゃう……」

ムラクモ「………」

フィーリ「…だから……お願いしていい…?」

ムラクモ「えーっと……なにを?」

フィーリ「…12月になったら…《帝王の宝剣(そっち)》に入れて……」

ムラクモ「………え、ええええ!?!?」



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外伝 其の壱 月を見上げし、孤独の少女
心を穿つ絶望



どうも皆さん、おはようございます。作者の蒼き西風の妖精です。

昨日は泣きそうになりました。だって一気に3人……いや、5人の方々にお気に入り

から外されてしまいました。恐らく作者が手を抜いたと思われたのか、それとも

下手くそだと判断されたのか……。どちらにせよ、作者の心に来ました(涙)

まあ、それを覆すために今回の話、張り切った訳ですとも。

遂に始まります、外伝編!! まずは外伝編一番目の主人公はフィーリ・ムーンです。

作者のない頭が考えた最初のオリキャラ。それがどんな風な心境なのかは今回の

話で。前回髪が白くなって登場した彼女。その理由は今回の外伝編に入ってます。

ということでその第一話をどうぞ!!

P.S.
七草粥を皆さんは食べましたか? 作者は食べていません。だって塾のせいで

御節を全く食べていませんから。弁当も結構少なめですので(笑)



あの日、私は何も知らないまま絶望を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日…パパ帰ってくるかな……」

 

長閑な自然に囲まれている家の静かなリビング。部屋にある椅子に一人ポツンと座る少女はふと呟いた。拾われ子ではあるが、少女の生活は充実している。不満など一切ない。

ほんの数ヵ月前まで野生を生きていたとは思えないぐらいに、彼女は幸せになっている。しかし、少しだけ不安はある。

拾われ子である以上、本当の親の温もりを知らないという現実からは逃げることなど出来やしない。

 

自分を産んだ母の顔も知らず。

 

自分の父の顔も知らず。

 

ただフィーリ・ムーンは闇雲に、がむしゃらに自然の中で生きていた。木々が生い茂る森の中を駆け抜け、見つけた獲物の首を噛み千切って確実に仕留める毎日。

一週間に一度は食事を取らないと助からないような不安定な生活。以前はそれが当たり前で、それが極々自然であるものだと認識していたほどに。

 

だが、数ヵ月前のあの日が人生の機転だったのだろう。金髪の長髪を持つ幽霊のような少女に声を掛けられ、何故かすんなり着いて行ってしまった自分にうんざりしそうになったあの時。何故か声を掛けた少女は聞き慣れぬ言葉を掛けてきた。

 

『こんにちは』

 

分からない。言語が違うせいか、全く以て理解できない。ただ何かを発しているのは分かるが、何を言いたいのか分からない。

キョトンとした私を見て、少女も何故か首を傾げた。だが、一応返事のようなことをしないと行けない気がして、私は口を開いて吠えてみた。

 

「がう」

 

かなり単純で簡単な答え。ただ単に吠えただけだ。人間の言葉にはあるまい。

当然普通ならば、すぐに察し、諦めるだろう。野生児のことなど、普通の人間は分かる訳もない。分かるとすれば、同じように自然の中を生き抜く狼。それも一番確率の高いのは同じ群れの狼たち。流石に人間には分からないだろうと私は踏んでいた。

だが、彼女は嬉しそうに笑うと返事を返した。

 

『がう、です』

 

なんで返してくれたの?

その疑問が私の中で渦巻いた。先程の“がう”はごく普通に人間のやり取りでいう“挨拶”のつもりで言ったはずだ。さっきのが何の言葉に当たるなどと目測がついている人間など聞いたことも見たこともなかった。

だからこそ、ただの野生児でしかなかった私には驚きが隠せなかった。ビックリした顔をそのままにしていると、再び彼女は嬉しそうに笑う。

 

『ふふ、なんだかお利口さんみたいですね♪ やっぱり見た目的にも女の子でしょうか?』

 

何のことだろう。おんなのこ? 聞いたことのない言葉。私のことを言ってるのかな。

再び疑問が込み上げる。今なら分かるが、この時言われていたのは私が女の子なのか、ということだった。やっぱりあの時の私の格好は人間的には目も当てられないような格好だったのだろう。自然の中を生き抜いていることもあり、本来の人間の身体とは違う感じだったのだと思う。自然には色々と危険なものも多い。切り株や木々から出ているトゲなども危険だ。

それによる怪我を緩和するために狼らしく体毛が生えていたのだろう。

今ではそんなものはすっかり見る影がない。寝ている間にママ――メイビスが苦労して刈ってくれたのだろうか? まあ、気にすることもないだろう。

 

それはさておき。

 

何のことだがさっぱりだったが、不思議と危険だと本能が感じなかったのは事実だ。その時の私にも彼女が浮かべる笑顔に安心を感じていた。

 

「………?」

 

思わず不思議だったために首を傾げた。すると、彼女は何かを勘違いしたのか、すぐに認識を改めようとしていた。

 

『あ、あれ? 男の子でしたか? それにしては顔の線も細くて美形……あ! 可愛い感じの男の子なんですね!』

 

さっぱり何のことだが分からない。おとこのこ? さっきとは違う言葉にさらに頭が困惑する。あまりにも分からない言葉が出現――当時の私の感覚でいうと――していたせいで、間の抜けた顔になっていたのか、彼女も間の抜けた顔になっていた。

 

『あ、あれ? 可笑しいですね……男の子じゃないのでしょうか……? ……やっぱり女の子……う~ん…?』

 

再び“おんなのこ”という言葉が出てきた。先程からずっと“おとこのこ”や“おんなのこ”と出ているが、やはり何のことだが分からない。

すると、彼女は一度私の前から立ち去ると奥の部屋のドアを開けた。隙間から見えた風景からして古臭そうな雰囲気だ。まるで遺跡みたいに。

少々ガラガラドッシャーンという音と彼女の悲鳴が聞こえたが、気にしないことにしておこう。少し経って、再び彼女が部屋から出てくる。

すこし(やつ)れていたが、何かを片付けていたのかもしれない。狼であったその頃の私も食事の跡をキチンと片付ける。外敵に追跡されないためと同胞の狼からは教えられていた。まあ、それは地方によるだろう。

 

それはさておき。

 

部屋から出てきた彼女が持っていたのは一冊の本。少し埃を被っていたが、それでも綺麗に見える。やはり本の表紙に書かれた文字の羅列も分からない。

すると、彼女はそれを勢いよく開き、適当にページを開いては閉じ、探し始める。しばらくして、諦めたのか表紙に戻り、最初のページを開けると、そこから再びページを開いた。

ジーッと眺めた後、見つけたのかそれを私に見せてきた。

 

『あなたはどっちなんですか?』

 

彼女は訊ねながら、指先で何かを示した。示された場所を視線で追うと、そこには狼の絵が書かれていた。あまりの細かさに思わず息を呑んだが、気になったそれを先に確認した。

“オス”、“メス”と表記されたそこには当然のように狼の絵があり、彼女はそれを指していた。ゆっくりとその絵を眺めていると、二つの書かれている絵に違う箇所が少し見つかり、それを注意して見る。それから、何を訊ねていたのかが少しだけ分かると私は前足――当時の私の感覚で――で示した。

 

『“メス”……やっぱり女の子なんですね♪』

 

“メス”、“女の子”? やっぱり何のことだが、分からない。けれど、私が人間の言葉でいう“女の子”というものなのだと理解することはできた。

なんで分かっただけでそんなに嬉しそうなのかがよくわからなかったが、次の瞬間、彼女が突然私を抱き締めてきた。

 

『~♪ やっぱり女の子らしさがありますね♪』

 

「っ!?」

 

あまりのことで吠えることも出来なかった。だけど、抱き締められて何故か悪い気はしない。不思議と優しい匂いもする。微かだが、温もりも感じる。今までギュッとされたことなんて全くなかった。だから、スゴく不思議。なのに不安は感じられない。

ふとそんなことを思っていると、彼女は私に何かを呟きかけた。

 

『人狼……でしょうか? う~ん? あ! いいこと思い付きました。言葉、覚えてみたくはないですか?』

 

言葉。人間の言葉のことだろうか。それを彼女は私に教えようかと聞いているのだろうか。さっきからの質問などで耳にした言葉が気がつけば馴染み始めていた。

少しずつ相手の言っている言葉が言えるようになってくる。それと同時に狼として生きられなくなっている感じもする。安心するのに不安も感じる。

なんでこんな気持ちになるのだろう? 嬉しいのに寂しい。そんな不思議な気持ち。それが胸の中で渦巻いていく。

だが、人狼である私の本能が“言葉”という新しいモノに興味を示し、そちらに反応した。

 

「……………」

 

口を開いて声を出そうとしてみるが、パクパクと口が動くだけ。それを見て、彼女も嬉しそうにして口を開いた。

 

『こ・と・ば、です』

 

「………………ば…」

 

『その調子です♪』

 

「………と……ば…」

 

少しずつ狼から遠ざかっていく。代わりに何かが近づいてくる気がした。嬉しそうにする彼女のお陰か、不安が少しずつ消え失せていく。

ゆっくりと。ゆっくりと。先程の“言葉”という単語を出せるようになっていく。パクパクとしか動かなかった口が音を発する。

か細い声が次第にしっかりしていき、ちゃんと音を強めていく。少し疲れる感じがしたが、それでも何かを出そうと無意識に身体が急かしている。

そして……

 

「…………ことば」

 

『……、ちゃんと話せましたね♪』

 

“ことば”、それが口に出た途端、身体から力がスゥーと抜けた。言えたということに嬉しさもあったが、完全に狼とは別の何かに変わり始めたという現実に涙が一滴だけ溢れた。

涙が溢れたことで彼女は大慌てし始めたが、キョトンとする私の姿に落ち着きを取り戻した。

 

「……ことば」

 

『言葉、沢山知りたいですか?』

 

「……………がう」

 

『分かりました。それではあの人が帰ってくるまでゆっくり練習しましょう~♪』

 

その後リビングに案内され、何処かから持ってきたコートを羽織った私は埃の被った本を開いた彼女――メイビスに次々と言葉を教えてもらった。

まだまだ単体でしか言えなかったが、ゆっくりと言えるようになると言われ、次々と“言葉”という知らない何かを貪っていく。久々にフル稼働する脳内に次々と詰め込み、気がつけば、沢山絵が入った本――今思えば、小さい子供用の本だったのだろう――を読み終わっていた。

時々コートから匂う誰かの匂いに何故か暖かさを感じているうちに、私の運命が変わりつつあった。とてつもなくゆっくりと回っていた歯車が少しずつ加速していく。

ゆっくりと。ゆっくりと。加速する運命の歯車。その歯車の加速に私は気がつけなかったが、あの人がやって来た瞬間にそれを少しだけ感じた気がした。

 

「おーい、メイビス。誰と話してるんだ?」

 

その声が一気に遅れていた私の時間を加速させるように運命の歯車は急激に回転していった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

朝食を済ませ、簡単に洗い終えるとフィーリはウェンディからの御下がりであるパジャマを着替え、いつもの私服――レインやウェンディからの必死の説得による服装、年頃の女の子が着るようなものを身に纏い、家から出た。鍵は当然閉めている。

開けられるものなら開けてみよ!、とレイン――パパが言っていた気がする。どうやら、色々と自信があるらしい。まあ、地下の様子を見れば一目瞭然と言えるのだが。

 

「……ギルドの方にお知らせ……来てるかな…?」

 

一応1日ごとに連絡をくれることを約束されている。延長されることも想定した上の判断だろう。まあ、パパである彼のことだ、一瞬で海の上を翔び、街を駆け抜け、戻ってくることなど造作もないはずだ。

それをしないのは私――フィーリから見てお姉ちゃんであるウェンディのことが心配で心配で仕方がないからだろう。

 

「……パパ、お姉ちゃんのこと…好きなのかな……」

 

ふと込み上げ、口にした疑問。食事の際にそれを訊ねると毎度のようにパパはそっぽを向いてモゴモゴと何かを言っている。

流石の人狼であるフィーリの耳でも聞こえないとなるとただの言葉ではない言葉なのか、小さすぎるだけなのか。

この謎だけは特に難易度がありそうだと思ったのは薄々感じ始めてからのことだ。それほどまでに彼はそのことを訊ねられるとボロを溢しそうで溢さない。

 

「………お姉ちゃんも時々…変……」

 

脳裏に浮かぶ姉と慕う少女の姿。何故かこちらも訊ねられる度に顔を茹でられたように真っ赤にし、モゴモゴと何かを言っている。

こちらに関してはフィーリの特化した耳に捉えてはいるが、「……えっと…その……あの……うぅ……」としか言っていなかった。

その度にため息をついてしまうのはどうしてかはフィーリにも分からなかった。

 

「……帰ってきた時に聞いてみよう…かな……」

 

気になることは聞くのが一番。フィーリはそうママと慕うメイビスに教えてもらった。こういうのは本にも載っていないから興味深いんです、と。

その解決案が何故それなのかはまだ若いフィーリには分かる由もない。ゆっくりと。ゆっくりと。マグノリアの大きな街の中を一人頭を悩ませながら歩いていく。

もちろん、向かう先はギルドに他ならない。別に今はお金も持ち歩いていない。それにこの容姿だ。普通に考えて近づいてくる者など、そういない。

やって来そうなのは知り合いか、俗に言う悪い人か。商売が何やらと口々に言いつつ、詰め寄るその者たちには魔法を叩き込んでいいとパパから言われている。

彼曰く「正当防衛だから、文句を言われる筋合いはない」らしい。

色々教えてもらったことが沢山ある、そんな何でもないそのことが嬉しくて仕方がない。それほど愛されている、そう思えるからだ。

 

「……着いた。…早速入らなきゃ……」

 

マグノリアにあるカルディア大聖堂の裏側方面にあるのが魔導士ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》。ここに前述通り連絡が入る。その連絡がどの時刻に届いたかは不明だが、それでも詳細を教えてくれるだろう。期待を寄せ、入ろうとドアに手をかけたところで、中から声が聞こえた。

その声はいつもの騒がしさ極まりないものではなく、深刻さが滲み出ている何かだった。

 

――さっき、評議院から連絡が入った……。

 

――ひょ、評議院!? なんで評議院が……、まさかアイツ等暴れたんじゃねぇよな!?

 

――違ぇよ……。て…天狼島が……。

 

――天狼島がどうかしたのか!?

 

不吉な予感。本能的にフィーリは判断した。

 

「(…なにが……あったの…?)」

 

聞き耳を立て、ドアに寄りかかる。人狼の少女の耳は遥かに人間を凌ぐ。だから、こういう聞き耳を立てるだけで大体の隠し話も聞こえてくる。

しかし、今回だけはその耳の利点が裏目に出る。向こう側で情報を聞いたメンバーが口にしたのは……。

 

 

 

 

 

 

――…天狼島が……()()()()…ってよ……。

 

 

 

 

 

「……………え?」

 

聞き耳を立てていたフィーリの耳にその言葉は確かに届いた――いや、届いてしまった。あまりのことに動揺し、腕に力が入る。

ギィィと音を立て、ドアが開き、メンバー全員がこちらを見た。全員の顔が蒼白だ。しかし、同時に何かこちらを憐れんでいるような眼だった。

恐る恐る口を開き……彼らの中の誰かが訊ねた。

 

「……き……聞いて…いたのか………お嬢ちゃん……」

 

声が出ない。悲しさが溢れて、感情の整理を間に合わせない。両手が突如として震え、嗚咽が漏れかけ、目頭がドンドン熱くなっていく。

ボロボロと目から滴が落ち、地面である石畳のストリートに跡を残す。見開いた眼から輝きが少しずつ薄れ、少女の心にまで作用する。

あれほど帰りを待ち望んでいた少女の心に一本の杭が勢いよく突き刺さり、そこから次々と亀裂がピシッ、ピシッと入っていく。

ゆっくりと、ゆっくりと、骨身に染みるように。少女の健気な心は音を立てて、崩れ始める。

 

「…あぁ……ぁ……あ………ぁあ……」

 

弱々しい声が漏れた。涙は次々と眼から溢れ、零れ落ちる。綺麗な藍色の長髪が逆立ち、瞳が少しずつ血のような紅へと染まっていく。

まるで眼から出血し始めているのかと思えるほどに。倒れそうになるほどに足腰が震えた少女は両手で眼を押さえた。堪え切れない感情の濁流に呑まれ、絶叫する。

 

「あああぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”……!!!!!」

 

まるで咆哮。それほどまでに強烈な叫び声はマグノリアの街全域を包むかの轟音だった。絶叫と言うべき悲鳴を上げ、フィーリは無意識に足元の石畳を一瞬にして凍り漬けにした。

 

「…な、なんだ……、なんだよ……この魔力……」

 

誰かが恐怖と共に呟いた。見たこともないほどに強烈でドロドロしたような魔力の奔流。溢れだした感情のようにフィーリの魔力は膨張していく。

そのまま暴走を起こしてしまうのか、最悪の展開を脳裏に浮かべていたメンバーたち。だが、フィーリは回れ右と言わんばかりに勢いよくメンバーに背を向け、駆け出した。

駆け出した少女はすぐさま飛び上がり、ギルドに近い家の屋根へと着地し、さらに加速するべく駆け出した。

 

「急に…どうしたんだ……?」

 

「おい見ろ!! あの嬢ちゃんが向かった方向、ハルジオン港だぞ!?」

 

「それ以前になんだよ、あれェ!? あの子が走り去った場所、全部凍ってんじゃねぇか!?」

 

よくよく見れば、フィーリが駆け出した石畳は全て凍り漬けになっていた。本格的な冬と同じような冷気を感じるほどに。

誰もが眼を疑ったその光景。少女が起こしたにしては度が過ぎたそれにメンバーの思考は停止する。あれが本当に少女のやれることなのか、と。

だが、そんな彼らのなかで誰かが口を開き、叫んだ。

 

「お、俺たちも行こう!! 今なら評議院とかと協力して皆を探せるかもしれねぇぞ!!」

 

「そ、そうだな、行こう!!」

 

そして、彼らは次々とギルドから出ると、勢いよく駆け出した。目的地はハルジオン港。それぞれの願いはただ……大切な仲間が無事でありますように……、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

嘘だよね、パパ、ママ、お姉ちゃん!!

 

私のなかにはただそれだけが渦巻いた。砕け始めた心がもう一度修復されていく。その言葉、想いだけが少女の支えだった。

いくら天狼島が消えたからと言って、それが仲間たちの生死不明と同じとは言えない。それに天狼島には結界がある。もしかしたら、結界のせいで認識出来ないだけかもしれない。

それなら頷ける、勝手に自分を理解させ、更に足に力を入れ、蹴り出す。

 

「(足だけでは遅い……。今だけは許して……パパ、ママ、お姉ちゃん!!)」

 

人目に付きづらい場所に入った途端、走っていた自身の両手を地面に軽くつけ、拾われる以前のように地面を強く駆け廻った。

腕として使っていたために前の足は動きが少し鈍く感じる。それでも走らないと行けないと自分を叱咤し、更に駆け出す。

景色が次々と過ぎ去っていく。日常茶飯事と言わんばかりに少女は壁すらをも駆ける。瞬間的に自らの魔力をブースターと化させ、更に更に加速する。

今ブレーキすれば、身体の何処かを痛めるだろう。今どこかで衝突すれば、軽い怪我では済まないだろう。それでもいい、ただ家族の安否が知りたい。

パパやママ、お姉ちゃんにもう一度会いたい。ずっと一緒にいたい。それだけを願い、少女はハルジオン港の裏通りを疾走する。

 

「(……光なんてものよりも速く、……もっと速く…!! 間に合って……、間に合ってッ!!)」

 

微かに自らのなかで産声を上げる少女にとっての原初の渇望。

“誰よりも速く、全てを奪われない速さを”、それが少女の中で形となる。魔力が更に込み上げ、急激に成長を果たさせていく。

魔力の器としても、一人の魔導士としても、一人の人間としても。感情の整理なんてどうでもいい、そんなものは後で調整すればいいと本能が叫ぶ。

(あお)き流星が星の緒を引くように漸く抜けた裏通りから港までの道を彩る。幸い対して人はいない。避けることなど造作もない。

 

「(……私は信じない……!! みんなが無事じゃないってこと……!! みんな、無事。絶対に生きてる。みんな、大切な人だもん……!!!)」

 

加速する自身と思考は漸く素直な自らを掴み始める。星の緒を引き街を走り抜ける少女は遂に港へと辿り着く。人々が海を見つめているが、そんなものは関係ない。

フィーリは高く飛び、海面に足をつける刹那、一瞬にして海面すらをも凍り付かせる。驚愕する人々の視線を感じるも、少女はもっともっと加速する。

レインですら出すのを控えているほどの速さを発揮し、一瞬のうちに大海を滑るように駆け抜けた。特化した眼に映る船の数々に少女はさらに気持ちを昂らせる。

 

「…やっと……届いたッ!!!」

 

急激な魔力消費と魔力回復に身体が悲鳴をあげ始めた。瞳から今度こそ血が垂れる。口から血が噴き出しそうになる。それでも耐えなければならない。

ここで弱音を吐きたくない。吐くなら家族が無事だと知ってからにしたい。私は自らに最後の叱咤をし、悲鳴をあげる自身の身体を無視し駆け抜けた。

 

漸く辿り着くとゆっくりと身体の加速した速さを落とし、ボロボロの身体で評議院の船に着地する。着地した途端、何人かの魔導士に囲まれたが、気にしてはいられない。

 

「退いて……」

 

「なんだ、君は!!」

 

「ここは評議院の船だぞ、なにしにきたんだ!!」

 

「子供か!? なんで子供がこんなところに…」

 

口々に呟く彼ら。囲まれたフィーリは己の力を収縮させ、強烈な魔力の覇気を放った。

 

「そこを退いてッ!!!!!」

 

放たれたそれに次々と気絶する一同。奥から異変を察知したリーダーらしき人物が出てくる。近くに少しだけ見覚えのある人間もいた。

 

「何事だ!?」

 

「と、突然子供が……」

 

「近くにいた者が一斉に倒れて……」

 

「……捕らえろ!! 何をしたかは分からんが今は捕らえるんだ!!」

 

「邪魔……するなァァァァァ!!!」

 

右手を思いっきり振るい、少女は雷球を自身の回りに展開し、それぞれを迫ってくる者共にぶつけた。一瞬にして感電し、その雷閃は船の上で閃光を迸らせる。

 

「な……!? なんなんだ、この魔法は……!!」

 

「ラハール!! 少し待て、あの子は確か、聖十の彼のところの者だ!!」

 

「パパと……、ママと……、お姉ちゃんは……どこ……教えて……!!」

 

すでに限界が迫っている少女の眼はとてつもなく鋭く普段の彼女の印象とは全く違うものだった。それを見て、ギルドに潜入していた男――ドランバルトはゆっくりと歩み寄り、一定の距離に入ると、申し訳無さそうに告げた。

 

「……済まない…。誰も…見つかっていないんだ……」

 

「……………え…?」

 

口元から血を滲ませたフィーリ。少女の口から掠れた声が漏れた。

 

「…本当に……済まない………。…()()……()()()()()()()()……!!」

 

「………う…そ……」

 

膝から崩れ、フィーリは震える両手で頭を押さえた。急激な痛みもあるが、それ以上に信じられない現実を知った。

 

――誰も助けられなかった。彼はそう言ったのだ。

 

確かに知っている匂いは全くといっていいほどしない。よく過ごしていた天狼島はフィーリから見ても見つけられない。彼がいつも使うからとフィーリにも見えるようにしていたはずなのに。それなのに見えない。――いや、そこにもう無いのだ。

 

天狼島はもう何処にもない。仲間たちも……何処にもいない。もう生きていない。

 

その言葉が少女の精神を完全に崩壊させた。眼から止めどなく涙を溢れさせ、今度こそ感情の濁流に呑まれた彼女は絶叫する。

 

「あぁ……ぁ………ぁあ……ぁ……うそ……いやぁ……みとめ…たく……ない……よ……。……ぁ…ぁあ…ぁ………あぁ……あああ”あ”あ”あ”あ”あ”………!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、少女の叫び声が天狼島近海で空しく響き渡った。

 

 

 

 

 




今のところ、外伝編一つの外伝につき、3~4話の構成考えています。

まあ、それぐらいが妥当だと思ってます。ちなみに今回は9000文字越えてました。

読みづらいかもしれませんが、感想良ければどうぞ。



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壊れた少女

今回は次回の話への繋ぎのようなものです。

そのため文字数も5600程度です。駄文要素は相変わらずですが、良ければどうぞ。

前回のパターンからして「あっ」となっている方もいると思われますが、それでも

良い方はどうぞ。繰り返しどうぞ。ネタを天丼させるつもりはないですので(笑)

裏話2を活動報告に追加しました。良ければ、軽く読んでください。

P.S.
第12回東方project人気投票には投票されましたか?←余談。東方好きの方はお忘れなく。



気がつけば、私はそこにいた。

周囲を見渡せば、様々なラクリマが浮いている場所に。浮いている半透明のラクリマには人が入っていた。誰も彼も両手、両足に鎖のようなものがついている。

よく見れば、私にもそれがついていた。少し重たいそれは不思議と別の重みを掛けているような感じだ。なんだか、自分は悪いことをしたんだという風に。

見渡せば、見渡すほど自分の置かれている状況が大体理解できる気がする。ほとんどの捕まっている者たちは悪そうな顔をしており、何か怪しげな企みを考えていそうな雰囲気だ。

けれど、一部――点々といる何には本当に罪を悔やんでいる者たちが見えた。恐らく自由になれたら何か目的を達成できるように励もうと考えている者たちだろう。

 

「……………」

 

虚ろな眼で私はその人たちをボーッと見ていた。何故か不思議な雰囲気が感じられたのだ。本当は優しい人、本当は良い人、本当は誰かのことを想える素敵な人。

そんな感じが伝わってくる。ここにいるべきじゃない、そう想える気がする。それでも捕まっているのだから、何かしてしまったのだろう。そう思うと、少し残念な感じがする。

 

――なら、なんで私はここにいるの?

 

突然小さな疑問が浮かび上がる。ボーッと仕掛けている頭で何度か必死に考えてみるが、()()()()()()。思い出そうとすると頭痛が走る。

大切な何かを忘れている気がする。自分がどうなってもいいから返してほしい、一緒にいてほしい、帰ってきてほしいと願った人たちがいたはずなのに。

 

「………思い…出せない……」

 

結局なにもでない。どれだけ考えても無駄だと言わんばかりに。不思議だ、考えても出ない時にいつも答えや考え方を教えてくれていた人のことが思い出せない。

独りぼっちだった自分を拾ってくれた人、一緒に居てくれた人の顔も声音も思い出せない。色々と感性がずれていた自分に本来の女の子らしさを教えてくれていたはずの人ですら思い出せない。今ある記憶が欠落している感じがするのに悔しいとも思えない。

なんでこんなことになったのだろう? なんで悔しいと思えないんだろう? なんで悲しくないんだろう?

少女の中でそれが浮かんで消えていく。消えてしまうほどに余剰で不必要なものなのかもしれない。大切なんじゃないか、そう思うのに勝手に消えてしまう。泡のように浮かんで……泡のように割れて消えていく。

 

「………私…何を……返してほしかったのかな…」

 

鎖に繋がれた両手を軽くあげ、それを眺めてみる。何故か手は傷だらけだ。少し皮膚が固くなったり、皮膚が破れたり、血が滲んだりしている。

それは足も同じだ。履いているであろう靴の面影など無いほどに傷で一杯だ。歩くことが出来るのか、疑問に思うくらいだ。それほどまでに手足は傷ついてしまっていた。

 

「……………」

 

痛みを感じない。――いや、感じているはずなのに痛くない。どうしてだろう? また疑問が浮かび上がる。それ以前に自分の名前以外の誰かの名前が思い出せない。前述の通り、顔も声音も思い出せない。

ふと、そんなことを思っていると、向こう側からカエルのような姿をした警備員の魔導士がやってきた。

 

「うわ、コイツ、起きてやがんぜ」

 

「マジかよ、こんな人間擬きが捕まるとか自体、予想外なのによぉ」

 

「………人間…擬き……?」

 

首を傾げ、なんのことだろうと考える。すると、彼らはこちらをもう一度見て、言葉を発した。

 

「ああ、テメェは人間擬きさ。人間と動物のなぁ?」

 

「……動物…?」

 

「んで、コイツ、何をしたんだっけな?」

 

「あれだろ、調査中の俺たちを襲撃したんだろ?」

 

「ああ、成程な。んじゃ、コイツに攻撃していいんだよなぁ?」

 

「……………?」

 

攻撃、その言葉の意味を探れるのかと首を傾げ、辺りを確認する。見れば、近づいてきたカエルは杖のようなものをこちらに向けていた。

なにも通さなかったはずのラクリマに通り抜ける杖。杖はこちらに照準を定めたかのように向き、光を放ち始める。

 

「……………?」

 

「泣けよ、罪人」

 

向けられた杖は輝きを放った。何かの魔法は壊れた少女を打った。鞭で打たれ続けたような痛みが全身に走っていく。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」

 

「ハハッ、ザマァねぇよなぁ!!」

 

「俺たち、評議院に逆らうからこんな風になるんだよぉ!!」

 

杖をこちらに向けたまま、魔法を打ち続ける彼らの片割れ。傷だらけの少女は魔法に打たれ続けたまま、痛みを感じて絶叫する。

塞がり始めた傷が再び開き、血が少し流れ出す。ラクリマの床が少しだけ赤く染まる。それを見て高笑いを浮かべる警備員のカエルたち。

それほどまでの仕打ちを受けるようなことをしたんだ、少女はそれを少なからず感じ取り、そのまま身を委ねようとした。

――だが、

 

「………ここ…で……」

 

「あ?」

 

「……………こんな…ところ……で…終われ……ない……ッ!!!」

 

「あ? なにいってんだ、テメ……」

 

無意識のなかに息を潜めていた何かが鎌首を持ち上げた。無意識の怪物がこちらに向けられていた杖を力強く握り、引っ張った。

グイッと強力な引きに耐えられず、ラクリマへと吸い込まれていく一人のカエルの評議院。外部からは中に入れるようになっていたのか、その者はラクリマへと入ってしまった。

 

「あ、やべえっ!?」

 

「お前、なにしてんだ!?!?」

 

「…………()()()()…♪」

 

悪魔のような笑みを浮かべ、無意識のなかの何かの眼を覚ませた少女は無理矢理引き入れたカエルの襟首を掴み、傷だらけの左手を固く握り、振るった。

 

「ぐほあっ!?」

 

「て、テメェ、な、なにしてんだ!!」

 

「……あはは…、あははッ♪ 痛いってどんな感じなの…? …聞かせて…、聞かせて……苦しいって…どんな感じなの…?」

 

捕まえたソイツに馬乗りになり、両手をブンブンと容赦なく振るう。殴るたびに自分の手から溢れる血と殴られたソイツから噴き出す血。

それが次々にラクリマの牢屋の床が次第に赤くなっていく。それでもなお、壊れた少女は止めない。容赦という言葉が存在するのかを疑うほどに殴り続ける。

 

「あはは……壊れちゃえ♪」

 

「ヒィッ!? やめ……やめてくれぇッ…!! それ…以上はやめでぐれぇ……」

 

泣き詫びるように降参と言わんばかりに降伏を示しているが、少女は笑い飛ばしながら殴り続ける。赤く染まっていく拳。それが何度も何度も彼を打ち据える。

彼の相方であろうもう一人のカエルの評議院はなにも出来ずに狼狽えている。まあ、普通はあんな風に抗われるなどと予想などしてはいないだろう。当然、対応できるはずのなくそのまま続いてしまうかと思われた。

そんな時、慌てふためく彼らの背後から老人がやってきた。

 

「そのようなことは止めなさい」

 

「……………誰…?」

 

「お、オーグ老師……、これはその…この犯罪者が…」

 

「彼女は犯罪者ではない。ラハールがカッとなってしまったのだろう。彼女を出しなさい、彼女に罪はない」

 

老師の男はそう告げ、ラクリマの牢屋を開けるように告げた。牢屋の扉が開き、微かに血が下へと垂れ落ちる。ボロボロの雑巾のようになったカエルがグニャリとした状態で少女の手から離され、大の字で倒れる。

相方らしき者はいそいそとその者を連れ、何処かに消え、少女はその人物と面を向き合っていた。何故か不思議と悪意を感じない老師に少女は身体に入っていた力の大半が抜け落ちる。

しかし、未だに手足の鎖は解かれていない。やはりまだ出してもらえないのだろう。

それ以前に先程まで殴り続けていたのだ。そう簡単に出してもらえる訳がなかった。さっきので罪を咎められるかもしれないのだから。

すると、オーグと呼ばれた男は徐に口を開き、訊ねてきた。

 

「何故、あんな風にいたぶった?」

 

「………分からない…」

 

「“分からない”……? なぜ……」

 

優しげに訊ねる彼の声。少女はゆっくりと両手を上げ、顔を覆って掠れた声で答えた。

 

「……分から……ない……分からない…よぉ………」

 

血塗れの両手から涙が落ちる。透明な滴は赤い床に落ち、光を反射させた。覆った両手を離した少女の顔に赤い血の跡が微かに残り、泣き面をその人物に見せた。

 

「……わ……わた……わたし……私は…誰を……返して…欲しかった…の………」

 

「……………」

 

先程の鬼のような猛威を振るっていた少女の面影はなく、そこにいたのは幼き弱々しい少女の姿だけだった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

それから3年の月日が流れた。無事フィーリは釈放され、ギルドへと帰還。何の問題もなく、ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》の魔導士となった。

だが、当然その頃にはギルドの権威など遠に失墜しており、依頼などほとんど無かった。いつも通り、残った依頼を受け、その報酬金の何割かをギルド運営に回す日々が続く。

 

そんなある日、フィーリは突然評議院に招集された。その知らせは当然手紙であった。差出人は少女を釈放するために色々と裏を回してくれた老人、オーグ。その彼から招集がされていた。場所はフィオーレ王国と同名の町、フィオーレ。そこにある魔法評議院会場ERA。

私はそこに呼び出されていた。

 

 

 

「………ここかな」

 

小さく言葉を発し、そのまま何の躊躇いもなく螺旋状の坂を登っていく。登る直前に町に住んでいる者たちがかなり驚きの眼を向けていたが、気にする必要はないだろう。

呼び出されているのだから、正々堂々、ズケズケと入っていっても何の文句も言われまい。差出人が前もって報告しているのならば、いざ知らず……。

 

少し面倒臭かったが、なんとか登り切り、巨大な会場の見える位置にまでやってきた。門番でもいるのではないかと思ったが、広い庭の至るところに映像ラクリマが見える。

恐らくこれでこちらの様子を伺っているのだろう。ふとそんなことを思っていると、向こう側から職員らしき評議院が眼をひん剥いて凝視していた。すぐさま何かと構えているが、武具の類い一つもない職員では勝ち目など一切ない。

 

すると、今度こそ武具を携えた者がやってきた。いつぞやの見覚えのある魔導士たちだ。

すると、彼らを制止して後ろからこちらに向かってくる人物と眼があった。頭にコウモリのような生き物を乗せた人物――オーグ老師本人だ。

一応彼らを背後において、彼はこちらを向いて話しかけてきた。

 

「突然呼んで済まなかったな、妖精の者」

 

「……………別にいいよ…、もう仕事なんてほとんど来ないから」

 

「………さて、お前に頼みたい依頼があって呼ばせてもらった」

 

彼は挨拶をした後、忙しいのか早めに用件を切り出して告げた。

 

「この依頼を受けてほしい」

 

提示されたそれを受け取り、確認する。それはS級クエストだった。詳細欄にはかなり細かくびっしりと書き込まれており、難易度は普通のS級とは違うように見えた。

 

「……………私、S級じゃない」

 

「それは承知している。――だが、他のS級魔導士が何度か失敗したという報告を受けている。それ故、儂らはこれを管理していた。報酬金に加え、こちらからも出すつもりだ。どうか受けてもらえぬか?」

 

「………イエス、ノーって答える権利、ある…?」

 

「……できれば、受けてほしい。だが、かなりの危険を伴う依頼だ。実施はSS級と代わりない。最悪は放棄してもらっても構わん、受けてもらえぬか?」

 

実際彼には世話になっている。牢屋から何とか出され、ギルドに帰ることが出来たのは一重に彼のお陰としか他に言えないだろう。

それに加え、ここで依頼を達成すれば、なんとか資金も手に入り、ギルドの仲間たちに顔向けも出来る。そうなければ、迷惑かけた分も返せる。

その想いが決意という導火線に火を着けた。小さく頷き、「分かった」とだけ伝える。ゆっくりと、彼から距離を取り、依頼書を持ったままその場を後にしようとする。

すると、後ろから誰かの声が聞こえた。

 

「……本当にいいのか?」

 

「………あのときの…」

 

そこにいたのはギルドに潜入していた人物。頬付近に十字の傷のある男、ドランバルト。記憶を消したり弄ったりすることの出来る魔法と瞬間移動の魔法が使える魔導士。暴走した私を止めてくれた人でもある。しかし、そのため何かを大きく今もなお失ってしまったが。

今でもあの時の牢屋で思い出せなかったことがそのまま思い出せない。

 

「…本当に覚えていないのか……?」

 

「…分からない……大切な何かを大きく欠けてるのは分かるけど…分からない……」

 

本当に思い出せない。不思議に思うときは多い。帰ってくる家だって自分が建てた記憶はない。自分が後天的に住み着いたとしかいいようがない。ポッカリと穴が穿たれたように一緒にいた人物だけが思い出せない。誰かがいたのは確実に分かっている。その理由など単純明快。家に自分以外の部屋が矢鱈目鱈に多いのだから。

すると、彼は頭を下げた。彼の知り合いかと思われる者たちが何故か慌てているが、それもそうだろう。たかが一般人、たかが魔導士に評議院が易々と頭を下げたのだから。

しかし、私にはその重みは分からない。背負うべく大切なものがほぼないのだから。

 

「…本当に済まない……」

 

「……あなたの…せいじゃない……。…多分無力な私が悪いから……」

 

それを告げ、私は大切なものを全て忘れたまま魔法評議院会場ERAを後にした。苦悩を抱えた人物が背後にいながらも。何も出来ないし、出来るわけもなく、私は大切なものを全て置いて……。私は一人のうのうと生き続けた。

 

 

 

 

 

それから再び1年の歳月が過ぎ……、私はギルドからも評議院からも姿を消した。巨大な傷痕をその場に残し、神隠しにあったかのように姿を消してしまった。

その光景も見ていた者は口々にこう言っていたらしい。

 

――化け物。

 

――暴走。

 

――急激に何かを思い出し、自らの存在を壊し始めた愚か者。

 

何故そうなったのか、口々に言った彼らには分かるまい。

――否、その者に理解されるような安いものではない。ただ、少女は忘れてほしくなかった。あれほどの実力を持ち、あれほどの魔導士を。自らの父代わりをしてくれた彼のことを。

 

ただ少女は失いたくなかった。忘れたくなかった。誰にも彼を忘れてほしくなかった。ただそれだけ……。小さな少女はあその日を境にな化け物と化す。

 

自らを心から救ってくれた彼が来るまでの一年間。少女は人でも狼ですら……無くなった。

 




裏設定

ラクリマの牢屋内で原作、アニメでは犯罪者は手足に手錠、足枷は無かったが、
天狼島中のジェラールの不可解な状態後、オリジナルで全員手錠足枷。
念には念をということにしておいてください。

――まあバッチリ、カウンターパンチ食らってた管理人カエル(笑)


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始まりの分岐点

どうも皆さん、おはようございます。蒼き西風の妖精改め、“天狼レイン”です。

ユーザ名を変更しましたが、これは理由があります。――まあ、面倒だったというのが

一番の理……ブベラッ!?

レイン「調子に乗るな、面倒で済ませたら勉強も生活も関係ねぇだろが」

……なんだか痛いことを言われた気がします。まあ、それもさておく訳ですが。

ところで皆さん。私が失踪したかと思いました? あれほど投稿ペースを馬鹿みたいに

早くしていたヤツが一週間近くメイン投稿を放棄するなんてって思いませんでした?

忙しかったんですよ、ホント。なんか願書がどうたらこうたらとか、

志望校別特訓じゃー/(°д°)/ガオーって叫ぶ塾教師が居たりと(涙)

英語とか何なの? 嫌いすぎて訳が分からん。嫌い以前に謎の言語じゃないですかね?

まだラテン語とかドイツ語の方が習いたいんですけど……。

それはさておき。久々の投稿ですが、今回はなんと10000文字です。

なんでこんなにはっちゃけたのか分からないんですが、まあどうぞ。

今回フィーリ登場部分は1割にも満たないです。まあ、ちょっとした理由があるので。

それではどうぞ。オリキャラも豊富です。

★今回のオリキャラ

・シャナ・アラストール(作者案)

・ムラクモ・アッシュベル(vitaフレンドBさん案)

・ラインハルト・エルドレイ(ニコニコ生放送メンバーの知り合いCさん案)
 ↑名前を少し変更しました。漸く調整が済みました、時間かけすぎてスミマセン。

P.S.
1/15と言えば……原作FAIRY TAIL 53巻発売日だー!!!ヒャッホォォォォ!!!
早速買いにいくぜエェェェェ!!!!

………財布が空っぽだったよ…パトラッシュ…………(涙)




4年前、《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》、《蛇姫の鱗(ラミアスケイル)》、《青い天馬(ブルーペガサス)》、《化猫の宿(ケット・シェルター)》による連合軍がバラム同盟の一角たる闇ギルド《六魔将軍(オラシオンセイス)》とぶつかった地、ワース樹海。

 

生い茂る草木。空へと鳴く鳥たち。静かに流れる川のせせらぎ。風に吹かれ、ざわめく木々。澄んだ空気と心地よい風。自然に満ち溢れ、何の危険も感じられないような静かな森林。

誰が見ようと安全だと感じられるほどに落ち着いた場所。しかし、木々が生えていない場所の大半は4年前、姿を現し崩れ去った平和を求めた者たちの想いの残骸。

それらが所々に残っており、石の建物などのものは木々に侵食されていた。巨大な生き物を思わせた“それ”の胴体には綺麗に真ん中を穿ったような大穴がある。

 

そんな残骸の向く先に荒廃した集落があった。既に人は存在せず、そこには廃れた建物がいくつも建てられている。猫を模したその建物は知っているものなら懐かしくもあるだろう。

しかし、懐かしいと感じるものの一部はすでにこの世にいないと思われている者たち。誰かに忘れられ始めているだろう者たちでしかない。

ギルドで唯一の生きた人間と言えた藍色の長髪の少女も帰る場所であるギルドにも、自身が住んでいた家にもいない。

もう誰もここにやってくることなどない。そもそもこんな辺境に集落があることすら知らなかっただろう。

 

だが、珍しくそこには来客がいた。

 

灰色の長い髪を持ち、黒に少しの緑が混じった瞳を持つ少年。見た目はどうみても少女だが、声音を除き、ちゃんとした男である。服装と言えば、一般人と然程変わらないもので、違う点をあげるとすれば、履いている靴に細工がしてあるといったところだ。

すると、辺りを見渡していた少年は興味深そうに染々と呟いた。

 

「……こんなところがあったんだね。――見たところ、誰か住んでいたんだろうけど…」

 

「………そうだね。………とっても静か」

 

灰色の髪の少年に答えたのは灼熱のような長髪の少女。瞳も灼熱のような色――言うなれば、灼眼といったところか――を持っており、黒い羽織りを羽織っていた。

彼女の着るTシャツにはいつも通りのセンスの悪い一文字があり、に酷いときは“無”や“零”だが、今日に至っては色関連なのか“緋”とプリントしてあった。

淡い赤色のスカートの腰にあるベルトには一刀が差してあり、黒い鞘には職人の技が光っていた。その訳は光沢は無くとも“それ”からは見るものだけが分かる何かがあったからだ。

ふと少女が軽く深呼吸をすると少年が彼女に軽い質問を投げ掛けた。

 

「相変わらず、“それ”持ち歩いてるんだね、シャナ」

 

「………うん。………あの人がくれたものだから…」

 

「あの人らしいよね、本当に。――えっと確かこう言ってたんだよね? 『神を信じるのが嫌なら信じなくていい。だけど、仲間が危ない時に神がそれを拒ませようとするなら、斬り捨てていいんだ』だっけ? すごい考え方だよね。でも……あの人らしいね」

 

「………うん、私も…そう思うよ。……“神殺し 煉獄の神刀(ムスペルヘイム・ミストルテイン)”……すごく良い刀。……今なら分かるもん」

 

優しく刀の柄を撫で、シャナと呼ばれた少女はクスリと微笑む。何処と無く幸せそうな顔。頭の片隅では助けてくれた恩人である“あの人”を想い浮かべているのだろう。

一方の灰色の髪の少年は刀の銘を聞くと、少しだけ考え込む。

 

「(6本ある伝説の“神殺し”の武具たち。その武具を手にしたものは圧倒的な実力を手にすると言われ、それぞれが特殊な効果を持つ。その一つ、シャナの“煉獄の神刀(ムスペルヘイム)”は相方する者の体力を熱によって奪う……か。本当に凄い刀だよね……どうやって創ったんだろう、それを創った人は……?)」

 

「………どうかしたの、ムラクモ?」

 

「あ、いや、なんでもないよ。少し考え事をね」

 

ムラクモと呼ばれた少年は少し誤魔化すと、仕事の依頼書をバッグから取り出すと内容を確認した。書かれていたのはワース樹海にある小さな洞窟に住まう何か。

近づくだけでそこに通りかかった人間、動物、植物、ありとあらゆる全てが引き千切られ、肉を持つ生物ならば、引きずり込まれるという……。そんな噂が立つほどに危険な敵、それが今回の依頼書の対象だ。一応こちらは三人で来ているが、実質これはSS級相当。それほどまでに危険な依頼。だが、報酬金はごく普通の依頼やS級依頼とは比較にならないほどのものだ。少しギャンブル気分だが、達成した場合はギルド的にも喜ばしいものだろう。

内容を再び把握したところで、向こう側から白髪の青年がやって来た。瞳を伏せているが、見えない訳ではない。少し訳があるだけの彼は此方に戻ってくると、握っていた神槍を地面に突き立てて休憩を取る。

 

「……まったく、なんだあれは…」

 

「どうかしたんですか、ラインハルトさん」

 

ラインハルトと呼ばれた青年は大きくため息をついた。黒いコートを羽織り、黒を重視した軍服のような格好の彼は見ただけでそれなりの実力者だと分かるほどの者であり、ムラクモたちが所属しているギルドのある街では彼を知らぬ者は全く居ない。

それどころか、他の街、他のギルドにも彼の噂は伝わっている。闇ギルドから恐れられるほどの彼につけられた異名は《白銀の黒獅子(レグルス・アルゲンテウス)》。

頭髪の色である白を銀とし、彼の使う魔法を比喩したらしいが、出所は不明なままだ。本人にはどうでもいい異名らしいのだが、彼曰く街でもそう言われてしまっているため、無視しようにも無視できない。

ムラクモが訊ねると彼は少し間を置いてから簡単に答えた。

 

「……地獄絵図といったところか。阿鼻叫喚ではなかったが、食い千切られた肉片や骨がいくつか落ちているのを目にした」

 

「地獄絵図……肉片に骨ですか? それほどまでにそこは酷かったんですか?」

 

「………さっきからする血の臭い、それが理由なの…?」

 

「――ああ、その洞窟の周辺だけが真っ赤に血で染まり返っていた。恐らくそこにいるのだろう、今回の対象(ターゲット)は」

 

「……確か、討伐依頼って半年前からでしたっけ?」

 

「半年前に評議院が周辺を訪れた魔導士からの報告で推測してからだな。それにしても――」

 

地面に突き立てた金色の神槍を握り直し立ち上がると、ラインハルトはシャナを一瞥すると、口を開いた。

 

「――卿もそれを持っているのだな」

 

「………私も驚いてる。……ラインハルトも持ってたんだ、“神殺し”」

 

「そうだな。まったく昔の魔導士とやらはどうしてこんな武具(もの)を思い付くのだろうか……」

 

金色に輝く神槍。それを地面から引き抜き、それを眺める。彼もまた、シャナと同じ“神殺し”の一つを携えた魔導士だ。槍の銘は“神殺し 運命の神槍(ロンギヌス・ミストルテイン)”。同じく神殺しの力を僅かながら持つ武器だ。

それに加え、所持者であるラインハルト本人もまた滅神魔導士。これほど相性の良い魔導士はいないだろう。

 

「そろそろ討伐を開始するか……。ムラクモ、シャナ。今回だけは油断をするな、相手はS級魔導士を圧倒する力を所持している可能性がある。最悪離脱、依頼を破棄する。分かったな?」

 

「はい!」

 

「………了解、援護は任せて」

 

「それでは移動するぞ、いつでも動けるように用意しておけ」

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「なんでこの辺りに闇ギルドの魔導士が出るんだ………」

 

「………さぁ? 多分気紛れ」

 

「それで済んじゃう話なの……?」

 

「確かに何故ここで出るのだろうな……」

 

それぞれ武器や魔法を展開したまま、彼らは目の前で気絶させた魔導士たちを一瞥した。大体6人だろうか、その者たちの服装には似ている点がいくつかあり、押された紋章は同じものだった。どこからどう見ても闇ギルドだと分かるほどに大きく……。

 

「ラインハルトさん、もしかして今回の対象は闇ギルドの所有する魔獣だったりするんでしょうか?」

 

「……そうかもしれんな。だが、まだ退くには早い。いざとなれば、評議院に通告後、連合軍として討伐が出来るかもしれんからな」

 

先頭にいる二人が互いの考えを共有する。一方、殿を勤めていたシャナが首を傾げ、幾度となく思考を巡らせる。思いついては途中で破棄し、それを繰り返すと彼女は口を開き、憶測ながら考えを口にした。

 

「………変な魔力を感じる。………なんだか気持ち悪い」

 

「気持ち悪い? どうしてなんだ、シャナ?」

 

「………なんだか()()()()()が混ざってる。……それもとっても想いが強いのに……その想いを隠してる………そんな感じ」

 

「想いを…隠してる…?」

 

「………うん」

 

寂しそうな顔をし、その魔力の持ち主を可愛そうに思うシャナ。何処と無く、彼女の過去に関係しているのか、無口で表情を余り出さない彼女が表情を出す。

それを見て、流石のラインハルトもムラクモも彼女のいう“優しい魔力”の正体が気になってしまう。――今までこんな風にいう彼女を見たことがなかったために。

 

「………隠された想い、か。それは“渇望”か、何かか? シャナ」

 

「………そうかもしれない。――でも、ただの渇望じゃない……。もっと……複雑で……何かを返してほしい……って願ってる」

 

「………“返してほしい”か。大切な存在(もの)を奪われたのかな……」

 

“大切な存在”――その言葉を呟き、ムラクモは寂しげな表情を浮かべ、青い空を見上げた。脳裏に焼き付いている最悪の日。轟音と爆炎が村を包み込み、人々と住み処を蹂躙する地獄のような光景。一瞬のうちの喪失、正しくそれが当てはまるだろう。

 

“あの人”が訪れ、自らの目標となった二週間後。

 

その日は自らの誕生日と同時に訪れた。祝われた出生の日はあの日から嬉しくなくなった。逆に傷口を抉るような痛みと哀しみに襲われるだけとなり、彼にとってはトラウマと何ら変わらない。

村にゼレフに関係する“何か”があったのか、それを求めた闇ギルドの者たちが容赦なく滅ぼしていくのをこの眼で見てしまった。

自らを地下に隠した両親が鎧を着た金髪の男によって焼き殺されるのも。その男が高笑いを浮かべ、容赦なく他の者も殺していく様を。

彼の記憶に離れようとも、離そうともしない“黒くおぞましい炎”。漸く分かったのは、その男が“滅神魔導士”であったことだけだ。

微かながらムラクモにも“復讐心”はある。ただそれを出さないだけ。ただそれを悟らせない。彼は静かに“怒り”を蓄える。ゆっくりと彼は“その者を殺すための刃”を――

 

「――クモ、ムラクモ。何をボンヤリしている?」

 

「……へ? あ、すみません、ラインハルトさん。少し嫌なこと思い出してました」

 

「……そうか。些かタイミングが悪いかもしれんが、()()()ぞ」

 

何故瞳を大方伏せているラインハルトが場所を特定出来るのかは不明でしかないが、確かに目的地である“血塗られた洞窟”の前に来ていた。

足元をよく見渡してみると、辺り一面に頭蓋骨やら肋骨、骨髄などが散乱している。少し真新しいのかと思える肉がついたままの骨もあれば、すでに腐り切った腐肉も当然そこにある。

洞窟前の木々の幹には返り血がこれでもか、というほどに付着し、前述の腐肉からはとてつもない異臭が発される。

正直ここにいると気分がマッハで悪くなると言えよう。まず骨が散乱している事態、非日常としか言えない光景でしかない。

 

「………臭いね、血の臭いがツラい…」

 

「私も同意見だ。偵察程度に来たときにも同様の気分を味わった。血生臭いとはこういうことか……」

 

「流石にこれはギリギリ予想……外ですね、ギリギリ所じゃなくて本当に予想外です」

 

「………帰っていい?」

 

「依頼を終えるか、破棄するまで待て」

 

「……じゃあ今すぐ破棄」

 

「決断早すぎない!? シャナ、一応これ仕事だからね!? 僕たち、ギルドの威信を微かながら背負ってるからね!?」

 

「………この状況で威信も糞もないよ?」

 

「………君、女の子だよね? どうしてそう……平然とそんな言葉出るの?」

 

「……気にしたらお仕舞い――いや、気にしないとお仕舞いかも」

 

「――みたいだね」

 

ムラクモ、シャナ、ラインハルトが同時に洞窟のある洞穴の上――崖のような所から魔法を放とうと企んでいた不届き者を視界に収めた。

それと、同時にすぐさまムラクモは小さく何かを呟いた。

 

「………《剣刃魔法(ブレイド)》、“超重力加速砲(レールガン)”」

 

背骨を対称軸とさせ、線対称に空気や風、土から造り出した無数の刃を展開する。展開された刃が一度収縮し、一本の強固で鋭利な刃を造り出すと、それを撃ち出すかのように他の刃がその刃を囲い、重力を掛け続けた。ミシミシという音が聞こえ、そろそろ粉砕してしまうのではないかと思うほどに重力が掛かり切った所で、彼は静かに告げた。

 

「――我が敵を撃て」

 

亜音速で撃ち出された“(それ)”は一瞬のうちに三人を狙っていた不届き者の足元を寸法違わず、狙い撃ち、大爆発を引き起こした。

それに加え、爆発を押さえ込むかのように展開される重力。恐らく当たっていなくとも動けまい。あれを逃れられる者など闇ギルドには中々いないのだから。

 

「まあ、こんな感じでしたが、どうでしたか?」

 

「よくやった。――さて、後は周囲を囲んだと勘違いをしている愚者に鉄槌を下さんとな?」

 

「………適当にやったらいい?」

 

「そうだな。死なない程度にやればいい」

 

「……了解、それじゃ、蹂躙を開始する」

 

それを言い切ると同時に二人は駆け出し、周囲に隠れていたであろう闇ギルドの者共に何の躊躇いもなく突撃。容赦なく薙ぎ倒していく。

 

「“白神の閃光(リューレ)”!!!」

 

黒い光の輝きに満ちた神槍が闇ギルドの者共を横一文字に薙ぎ払い、吹き飛ばす。時折断末魔のような悲鳴が上がったが、当然の報いだ。

襲う覚悟がないヤツに他人を襲撃する権利などある訳がない。況してや、覚悟もない者が戦場(ここ)に立つなと言えよう。

次々と容赦なく薙ぎ倒され、宙を舞っていく。すでに赤くなっていた地面に更に鮮血が落とされ、更なる赤みを増させていく。

縦横無尽に舞い踊り、それを楽しむラインハルト。彼の状況と光景に闇ギルドの者共は口々に何かを呟いていく。

 

「ば、化け物かよ……!!!」

 

「ま、まず、それ以前にあ、アイツ……《白銀の黒獅子》じゃねぇか!?」

 

「ま、マジかよ……。あんな化け物に勝てる訳がねぇ……」

 

あまりの強さに尻込みする彼ら。それを見て不思議そうにしつつ、縦横無尽に舞い踊っていた猛者たる彼は堂々と告げて見せる。

 

「フッ、今さら何を躊躇うか? 我等を殺るつもりでかかってきたのではないのか? まさか、今頃怖じ気づいたという訳ではあるまいな……?」

 

微かに開いた眼孔から輝く金色の瞳。ギラリと輝き、心臓を直接握るような恐怖が彼らを貫き、恐怖で身体が動かなくなり始めた様子を知りつつ、彼は笑い、告げた。

 

「しかし、今さらもてなす側が息切れでは興が冷めるというもの。一度仕掛けてきたのだ、終わるまで休むことは許さぬ。――さぁ、私を楽しませてくれ」

 

黒い輝きを放つ獅子のように獲物をその眼孔に捕らえた彼の猛威が襲撃するはずだった彼らに牙をむく。

 

 

 

「……“緋キ災厄之焔”」

 

シャナを中心に紅蓮の焔が円形状に展開され、急速な回転をしながら彼女に襲い来る者共を焼き尽くす。触れるだけで業火に全身を焼かれるような激痛に襲われ、身悶えするほどに泣き叫ぶ者もいれば、激痛に耐え切れず失神する者もいた。

その業火がかなり近い位置にあるというのに大元である少女は何のツラさや暑苦しさすら感じさせず、獄炎に焼かれ行く者共を冷ややかな眼で眺めた。

 

「………無鉄砲」

 

また一人見事に焼かれた。

 

「………無策」

 

さらに一人見事に焼かれた。

 

「………無謀で無能」

 

次々と焼かれていく。距離を取り、遠方から放たれた魔法ですら焼き消され、少女に届く気配などない。明らかに弱点らしい弱点を着いているはずの“風”や“水”ですら獄炎の前で無へと帰していく。

 

「………無駄なことし過ぎてる。私にはそんなの効かないよ?」

 

口を開き、告げた刹那の一瞬の隙。シャナの眉間と心臓辺りに鋭く尖った弾丸のような魔法弾が貫いた。ゆっくりと身体が倒れていき、地面にドサッと倒れる。

静けさが辺りを包み込む。撃ち抜かれた場所は眉間と心臓辺り。当然そこを撃たれれば人間は成す術なく死亡する。生々しく、誰かが見ていたら驚きを隠せない光景。

流石の彼らも歓喜のあまり狂喜乱舞する。無駄、無鉄砲、無意味。そう告げた少女は自分の隙を見せ、それで死んだ。馬鹿で無能はどっちだ、そう言わんばかりに彼らは狂喜に満ちた顔をさらけ出す。

――だが、

 

「………満足した?」

 

少女は極々自然に立ち上がり、微かに着いた砂を叩くと何事も無かったようにした。大きく欠伸を溢し、少女は腰に差した一刀を少しだけ抜いて納めた。

信じられないという顔が隠せる訳もなく、彼らは恐怖しながら少女に指を指しながら震えた口で言葉を発する。

 

「……う、嘘だろ……。確かに眉間と…心臓を………」

 

「……こ、こいつ……人間……なのか……化け物……じゃないのか……?」

 

「――……失礼だね。私はちゃんとした人間。ただ……私の魔法が可笑しいだけ」

 

穴が開いたままの眉間と心臓辺りから瞬時に焔がボッと上がり、一瞬のうちに傷口を完全に塞いだ。あり得ない光景にあんぐりと口を開けたままの彼らに面倒臭がりながらもシャナはかいつまんで答えた。

 

「……私の魔法、《灼刃煉獄(フレイムヘイズ)》は習得者自体を任意で焔に変えられる。だから今の私は焔そのもの、魔法も弾丸も通り抜ける。そして……」

 

指先で何かを摘まみ、それを彼らに見せつける。

 

「……勝手に私に触れたら焼かれる。私は触れる全てを焼き尽くす。そんな人でそんな魔導士。容赦なんて言葉も慈悲の言葉も中々ないよ?」

 

ドロドロに溶けた弾丸を手のひらで転がし、飽きたのか一瞬で焼き尽くす。フッと息を吐いて灰を吹き飛ばすと彼女は腰に差した一刀を抜いて彼らに突きつけた。

 

「……そろそろ茶番はお仕舞い。……遊びは好きだけど退屈は嫌い。……貴方たちは…面白い人たち? ――聞くのも時間の無駄だし、分からないから今から試すね」

 

駆け出した少女の回りから吹き荒れる獄炎が辺り一面を焼き尽くさず、敵だけを焼き尽くし、喰らっていく。

 

 

 

「――それじゃあ、僕も思いっきりやらないとね」

 

ムラクモもまた背筋を対称軸とし、無数の刃を展開した。ゆっくりと自らの手のひらから次々と小型の刃をさらに展開し、それらを目の前に跋扈する者共にその刃をさらけ出し、解き放たれる。

 

「ぐあああああ!?!?」

 

「グホァッ!?」

 

「があああぁ!?」

 

痛みに比例するような叫び声が空へと響き渡る。次々と刃に襲撃され、急所以外を的確に襲われ続ける。舞うように、同時に踊るように。彼――ムラクモは踊り子の如く刃を創造し、解き放っていく。

放たれた刃はそれぞれの属性を帯びる。風や空気からなら“風”などの属性を。土や岩などからは“土”などの属性が付与されている。

だから魔法で障壁を多少作って耐えようとしても容易に貫かれ、痛みが全身に走る。貫通能力が異常なまでに特化した魔法。創造することで魔力の限界が来るまで無限に創造する。

それこそが彼の魔法、師から教わった“失われた魔法”の一つ。

 

――《剣刃魔法(ブレイド)》だ。

 

その魔法によって造り出される刃は前述通り、限りはない。それを攻略しようと考えているのならば、黒魔術によくある魔力を奪う魔法以外の容易な手段はないだろう。

彼によって精製された刃たちは空へ無数に展開され、漸く態勢を立て直したばかりの者共に照準を定めた。ギラリと光に反射し輝く“それ”に彼らの大半は恐怖を感じ、動きが僅かながら鈍った。それが彼らにとっての勝機の終わり。そこで動けなければ、勝利など掴める訳がない。微かに哀れと感じ、ムラクモは指を弾いてパチンという音を鳴らした。

 

「――天の(きざはし)より降り注げ、“九重桜”」

 

九重に重ねられた刃たちが一斉に地面に存在する敵共を狙い、殺到する。その姿はまるで“雨”。“雨”でありながら色とりどりの刃が舞い落ちる様は“桜”。

“雨”でもあり、“桜”でもある。そう言わんばかりの刃たちが敵を蹂躙していく。普通に考えれば、この位の攻撃をしてしまうと多少の死人が出るだろうが、彼も並のS級魔導士に匹敵する強さを持っている。ちゃんと経験も豊富だ。そのための“4年間”だ。

かつてのあのギルドがもう無い以上、彼らの後釜に相応しいギルドなど無い。だからこそ、自分達が彼らの後身でなければならない。

前身があり、後身がある。それは重々承知だ。彼らを忘れてほしくない、それが彼らの所属するギルド――《帝王の宝剣(エンペラーブレイド)》の隠された意味なのだから。

 

「……ふぅ…、悪いね。僕たちは容赦が出来ない。けれど、相手の命は奪わない。だから君たちに出来ることは一つだよ。――大人しく罪を償え、愚か者」

 

底冷えするような眼孔を彼らに向け、灰色の髪の少年はすでに潰し終えた仲間たちの元へと戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

一通りの蹂躙を終え、漸くムラクモたちは洞窟の中へと入っていく。どこもかしこも見渡す限り返り血によって外壁すら赤く染まっている始末。

見ているだけでここで何が起こってしまったのかと容易に創造できるぐらいだ。それほどまでに酷い。時々足にぶつかる軽い何かを拾い上げて見てみれば、これまた骸骨だ。

地面に散乱するのも当然のように肋骨、脊髄などなど。骨ばかりで一食分の料理が完成してしまいそうだが、骨であるため栄養など一切ない。

ただの飾り――でも遠慮したいものだとムラクモはうんざりしつつ、思う。

 

シャナに関しては諦めたのか飽きてしまったのか、完全に焔に宙に燃やす以外の役割を全くせず、何かの本を一生懸命に見ていた。転んでしまいそうになるも踏みとどまるのは偶然なのだろうか、それとも必然なのだろうか。これまた謎が増えてしまう有り様だ。

 

「………シャナ、なに読んでるの?」

 

「………カッコいい感じの東洋の文字。漢字っていうみたい……。………私のこれも漢字だから」

 

「……あー…うん。…それね、今日は“緋”なんだ…?」

 

「……うん、この字好き。カッコいい」

 

「(……あ、あれ? 僕の知っている女の子の定義からかなりずれているような……?)」

 

「――ふむ、漢字か。……そういえば、何処かの魔法もその類いだったか?」

 

「……うん、“立体文字(ソリッドスクリプト)”のこと?」

 

「ああ。さて、それは兎も角。最深部はあとどれくらいだ、シャナ」

 

「………大体マスターにやってくる“お迎え”と同じくらい」

 

「そうか、ならもう少しか」

 

「いやいや、ラインハルトさん、そこは理解しちゃダメなヤツですから……」

 

「しかし、事実であろう。それに加え、当人もいない。愚痴を溢すなら今が潮時だ。これほどの好条件は無かろう」

 

「じゃ、私から。――……ロリコン」

 

「……多分それ、いきなり致命傷だよ、ホント」

 

「確かにシャナと変わらぬ齢の者が多いな……、早めに引導を渡しておくか」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいって、ラインハルトさん!! その神槍下ろして、呪いの言霊呟かないでください!!」

 

(ロリコン死すべし)(ロリコン死すべし)(ロリコン死すべし)(ロリコン死すべし)(ロリコン死すべし)(ロリコン死すべし)(ロリコン死すべし)(ロリコン死すべし)(ロリコン死すべし……)

 

「………そういえば、ラインハルトの大切な人。まだ私よりも身長あるけど、まだムラクモより少し高いだけだったね」

 

「まあ、“師匠”は色々と魔法に手を出しすぎてたから……」

 

「ほう……? まさか私の愛しき者を愚弄する気か、卿ら?」

 

「違いますから!! ホント違うんで、その神槍下ろしてください!!」

 

鬼形相でムラクモに迫るラインハルト。彼をなんとか宥めようと必死になるムラクモとそれを煽っていくシャナ。恐らく面白半分だろうが、あれを食らう覚悟など全く無い。

それ以前に愚弄したつもりも侮辱したつもりもなかったが、どうやら彼は“ロリコン”という言葉に過剰反応を起こしたせいで説得が困難になりつつあるようだ。

冷や汗を延々と流し続けるムラクモ。すぐそこまでラインハルトの神槍が迫っていた時、シャナが何かを見つけたのか声をあげた。

 

「……あそこ」

 

指差す場所にあったのは数多くの鎖に繋がれた少女。力なくダラリと身体は冷えた壁に寄りかかり、繋がれた少女は身動きすらしない。

 

「君、大丈夫!?」

 

急いで駆け付けるムラクモが少女に声をかけた。ゆっくりと目蓋が上がり、少女は光のない瞳で彼を見た。

 

「……………」

 

「良かった、ところで大丈夫?」

 

「……………パパ…は…どこ……?」

 

「……パパ?」

 

聞き返すが少女は再び気を失っていた。状況整理――という名の自らの落ち着かせをしていたラインハルトが顎に手を当て、考え込むと一つの結論を出した。

 

「……その少女。本当に人間か?」

 

「え? それってどういう……」

 

「頭部を見ろ。それは人間にないものだ」

 

手入れが出来なかったのか、毛先がボサボサの白い長髪。その長髪に紛れるようにしてあったのは対の耳。人間には無い、毛の生えた尖った耳。

それは少女が人ではないことを表していた。だが、冷え切っている彼女の身体からほんの僅かに感じる温もりは人間のようだった。

 

「………ラインハルトさん」

 

「……言わなくても分かるぞ、卿の言いたいことは」

 

「……私も予想してるから。いつも通りならほぼ当たるね」

 

彼らの小さな承諾。それを感じ、ムラクモは自分の決心を告げた。別に人助けのつもりはない。別に可愛そうだからなどではない。何故か、不思議なこの少女に惹かれたのだ。

不思議と白い長髪の人外の少女は何かを引きつけた。それはここにいるラインハルトやシャナも同様に。

 

 

 

そして少年の判断が彼らの未来を更に加速させる。絶望へと向かっていたはずの運命は静止し、微かな希望のある未来への扉が少しずつ開き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この子をギルドで預からせてください。少しの間で構いません。僕が全て責任を取りますから」

 

 




軽いネタバレ。

ラインハルトの使う魔法は“光の滅神魔法”。一般の滅神魔導士と違い、武器に効果を
追加付与する戦いを主体とする。
肉弾戦が決して出来ない不向きという訳ではなく、本人がその方が戦いやすいからである。
それに加え、使っている武器。“神殺し”の一つである“運命の神槍(ロンギヌス)”は
元より滅神魔法の力が微かにあるので、それを更に強化し、上乗せすることが出来る。
扱いずらい魔法に方向性を持たせるためかは不明である。


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守りたいと願ったこと

どうも皆さん、おはようございます。作者の天狼レインです。

ホント久しぶりですね。一週間と半分でしょうか? 最近忙しかったというのも

ありますが、なんだか書く気力が起きなかったというダメダメっぷりがあったのは言う

までも有りませんでした。ホント謝罪しかないです、なので作者はこのあと夜刀殿に

斬首されてきます。←夜刀殿=『神咒神威神楽』の敵の一人であり、真の主人公天魔・夜刀。

こと切れた私の屍を踏み越えてでも、皆さんは明日を迎えてくださいね。

――などという茶番はさておき。今回は前回の続きです。

と言っても今回。実は作者の私が調子に乗りまして、総計20012文字です(笑)

いや、ホント、これマジな話です。読んでて「うわー長ぇ」ってなります、きっと(笑)

て途中で前編と後編に分けようと思ったんですが、作者のパッシブスキル、『前後編に

分けると絶対に駄文』ってクソスキルが出てたので諦めました。なので、今回は

エンジンフルスロットルってな訳です。まあ、駄文だって思う方もいらっしゃると

思いますが、それでも言い方は読んでくださると嬉しいです。途中で疲れた場合は

栞機能などで途中までセーブして休憩終了後にお読みになってください。

注意はここまでです。それでは小説本編の方をどうぞ!!

P.S.
なんかオリキャラのフィーリが意外と可愛く思えてきてしまうシーンを書いた気がする。

多分私の勘違いだろうと思われるが……。



「ただいま~」

 

「ただいま……」

 

「ただいまだ」

 

フィオーレ王国に存在する小さな街、ハーブ。その街に唯一立つ魔導士ギルド《帝王の宝剣(エンペラーブレイド)》。未だ、ギルドとしては中規模に劣るものではあるが、実力ではすでに大規模ギルドと負けず劣らずと言えるほどに強者が集い、互いに腕を磨く。

それが彼らのギルド。設立されたのは1年前だが、それでも彼らはすでに王国の各地方で有名なギルドとして名を馳せている。

その例で言えば、同様に一年前、フィーリが達成して見せた高難易度であるS級クエストをも超える強さを誇った“あの依頼”。

あれと同じ難易度のものを幾度となく達成していることが理由だ。当然それを受けたのはS級魔導士であるが、ここ――《帝王の宝剣》に所属するその位に辿り着きし者は他のS級の者を圧倒するほどであった。

その一人である青年、ラインハルト・エルドレイが率いる一行が先ほどギルドに帰還した。

 

「お帰りッス、ラインハルトさん」

 

「お帰りなさい、ラインハルトさん」

 

「またまた達成して見せたんですよね、ラインハルトさん!!」

 

ギルドがここまで有名となった立役者たる彼の帰還。それを祝福するものはギルドに数多く存在する。先ほど、街中でも彼の帰還を祝福する住人たちの声は彼がギルドの中に入っていくまで止むことはなかった。それほどまでに彼は強く、そして――慕われるのだ。

 

「お、ムラクモ、お帰り~。相変わらず、女の子みたいだよなぁ、お前」

 

「だからそれを言わないでくれ、傷つくから……」

 

「今度女装して潜入系の依頼受けてみる?」

 

「……もうそれ以上は止めてください…ホント……お願いしますから……」

 

同じように帰還を喜んでくれる者たちもいる。ラインハルトと共に依頼に向かい、微力ではあったが、活躍した彼――ムラクモもこのギルドでも人気だ。

未だ、彼の容姿でからかう者もいない訳ではないが、別にそこまで強く気にする必要もない。そんなこのギルドを彼もまた好いている。念のために言うが、彼は男だ。

しかし、コンプレックスである容姿を弄られる度に涙目と弱々しい声になってしまうが……。

 

「シャナちゃん、お帰り」

 

「また容赦なく焼いてきたのか? 相変わらずクールだよなぁ、魔法は情熱的だけど」

 

「……ま、そんなところ。許可なく近づく人が悪い」

 

「辛辣だなぁ、そこが流石だぜ、シャナっち」

 

彼女もギルドの中でも街でも有名で、ここでは隠し事をしない。誰もいない所で彼女はいつもこの暖かさを嬉しげにしているのは内緒である。

かつて迫害を受けた過去を持つシャナにとってここは自らの羽休めの出来る場所の一つだ。本音と建前を使ってきた過去もある彼女にとって自然と身体の力を抜きやすくある。

しかし、本音を隠さないためにほとんどの確率で辛辣な言葉や毒舌を漏らすことがあるのは言うまでもなく、それで何人かは精神的にダメージを負っていたりする。

それでも彼女らしいと言えば、彼女らしいと言えよう。

今帰ってきた三人はこのギルドが誇る宝の一つであり、それぞれが上位の実力者である。

 

そして、この三人が帰ってくる度に元気よく彼らを迎える実物もまた、とてつない実力を持つ人物だ。ラインハルトと同じ白髪にややこしそうな髪飾り。白を中心とした着物に儚げな印象をもたらす少女。

 

 

 

このギルドに二人しかいないS級魔導士の一人。サクヤ・エルドレイ。

 

ラインハルトの義兄妹であり、彼の恋人だ。

 

 

 

奥のカウンターで注文をいくらか受け付けていた彼女は彼らを見つけるや否や、少し急ぎつつ、彼らを出迎えた。

 

「お帰りなさい。兄様(あにさま)、ムラクモ、シャナちゃん」

 

「ああ、ただいま帰った」

 

「ただいま、師匠」

 

「……ただいま、サクヤ」

 

笑顔を隠さず見せたシャナをすかさず抱き締め、嬉しそうに微笑む。そんな彼女に仲間たちは苦笑いと「いつも通りだな」と笑い声を漏らす。抱き締められたシャナは最初は喜んでいたのだが、気がつけば、強く締められているのと変わらなくなってきたために苦しげに声を漏らす。

 

「……サクヤ、苦しい」

 

「ふふ、ごめんなさい、シャナちゃん。ムラクモ、兄様に迷惑はかけてませんね?」

 

「あ、はい、大丈夫です………多分」

 

「分かりました、とりあえず後程で稽古をつけましょう。今度は兄様の足を引っ張らないようにみっちりと」

 

「ちょ…、そ、そういう意味じゃなくてですね、師匠……」

 

「サクヤ、別にムラクモは迷惑などかけてはおらぬ、心配せずともよいのだ」

 

「それなら構いませんわ。――でも(わたくし)は兄様に迷惑かける者は断じて許さない心得なので、そこは肝に銘じておくようにお願いしますね」

 

「……あ、はい…、気を付けます…(危機一髪……あとでラインハルトさんに感謝しておこないと……)」

 

「――ところで、ムラクモ。貴方が背負っているその()はどうしたのですか?」

 

喜ばしそうな顔をしていたサクヤが視線を移し、ムラクモが背負っていた白い長髪の少女を見て訊ねた。漸く気がついた仲間たちが次々と彼の回りに集まり、その少女を見つめる。

綺麗な肌とボロボロになった衣服。何処と無く奴隷や待遇の悪い環境にいた者を思わせる姿に痛々しさを感じつつも、何故か少女の放つ不思議な気配に目を離せない。

それに加えて頭部の長髪に埋もれるようにして飛び出ている尖った狼の耳。尾てい骨の辺りから出ているフサフサの尻尾。何れも汚れていたが、それでも美しさは変わらない。

 

「なんか可愛いな、その娘」

 

「確かに……」

 

「とりあえず、男性陣は一定距離を取りなさいよ。ラインハルトさんと背負ってるムラクモ以外」

 

「そーだ、そーだー。こんな可愛い娘、男性陣が近づいちゃダメでしょ」

 

「なんだよ、それェ!! ラインハルトさんはともかく……ムラクモずりィぞ」

 

「……いや、待てよ……。ああ見えてアイツは女子だろ……」

 

「ああ、成程……。確かに言われてみれば、アイツ本当に男か?」

 

「なんか酷くないかな、みんな!!!」

 

余りの言われようにやけくそ気味に声をあげるムラクモ。その隣では笑うのを我慢もせず、隠そうともしないシャナの姿があり、大笑い寸前といった所で憐れな目を向けてきていた。

 

「………シャナ、君って子は……」

 

「…別に憐れんでないよ? ……ただ、面白いだけ。それもいつも通りで」

 

「………やっぱりこの子容赦ない……」

 

先程まで帰路を共にした彼女に散々な言われ、流石のムラクモも――いや、それ以前に帰ってすぐに散々にからかわれた彼のメンタルはどれほど傷ついていただろうか?――すでに泣きそうになる。もう一度言うが、彼は一応男である。

 

「まあ、とりあえずサクヤ。この者を共に医務室に運んではくれぬか? もちろん、運び終えた後のことは任せたいのだが」

 

「はい、喜んで。私に出来ることでしたら、何でも致す所存ですわ」

 

「ああ。――ところでだが、あのマスター(ロリコン)は何処に消えたのだ?」

 

「マスターのことならお気になさらず。先程私が成敗致しました」

 

「フッ、流石だな、サクヤ。それでこそ我が妹、そして我が愛する人だ」

 

「はい♪」

 

すでに何処か別の世界に飛び立とうとしている二人はさておき。

 

ムラクモと女子メンバーは謎の少女を医務室に運んでいた。若干……否、かなり男性陣からの痛々しい視線を背に受けながら、ムラクモは黙々と自分ができることを進めていく。

外傷らしい外傷もなく、見た限りでは何も異常はない少女。ただ身体は極端に冷えており、手首に何かで締め付けたような跡がうっすらと残っている。

洞窟内部に転がっていたバラバラの骨などに関係あるかは不明だが、身体が冷えるほどに放置されていたのならば、今頃この少女はこの世にいないといえよう。

祿に食事も受けていないはずだ、というのは帰路についている最中にムラクモたちが纏めた結論だ。だからこそ、少し()()()()のである。

 

「(………君は…何者なんだ……? それに…親はいるの……?)」

 

心中で思わず呟いてしまう。何故か憐れみも感じてしまうほどに少女は儚げであった。ラインハルトやサクヤも白髪ではあるが、それでも活気や精気を感じるほどに元気だ。

しかし、この少女からは“生きている”という感じが伝わってこない。“生きた屍”、“壊れた人形”、“動かぬ傀儡”。脳内にそのような言葉の羅列が浮かぶが、すぐさま頭を軽く振って忘れようとした。目を覚ました時にいきなり憐れみの目を向けると刺激してしまうことも当然ある。だからこその配慮でもあるが、それ以上にそんな目で自らも見られたくないからだ。

すると、ムラクモと同じタイミングで医務室に入った仲間の一人――女の者がこちらを眺めた後にからかうようにわざとらしい笑い方をしつつ話しかけてきた。

 

「あれれ~? もしかして……ムラクモ。その子に興味湧いちゃった?」

 

「ち、違うからね!! 僕はただこの子がどうしてあんな所にいたかと考え……」

 

「はいはい、大丈夫、大丈夫~。みんなそうやって言い訳するから隠さなくていいよ~。私から見てもその子、綺麗で可愛いもんね~。容姿は女の子だけどちゃんとムラクモも男の子だし、興味湧いたりするのは分かるから~」

 

「……いや、ホント…そういう(やま)しいことは何にも無いんだけど……」

 

「ホント~? 怪しいなぁ~」

 

「……うん、ホント。何にも変なこと考えてない」

 

「……ホントかなぁ~? 突然この子が飛び起きて、その時にラッキーなこと起きても?」

 

「…なにその未知数……。どんなことしたらそんなラッキーなこと起こるの…? 逆に訊ねるけど……、あっちで「嫉妬してます全開で」って顔の彼らがわざとらしくそれを狙って挑戦してたけど、全部見事に失敗してたよね?」

 

「……あれはただ欲望丸出しのアホばっかだからじゃない?」

 

「なるほど理解……。確かにわざとらし過ぎてバレてたもんね…」

 

などと要らぬ話に花を咲かせる。他の者も当然部屋にいる訳だが、気がつけば全員作業を止め、ムラクモがしている話に食い付いている。

まるで釣り餌にかかった魚だ。何故これほど興味津々なのかが全くと言っていいほど僕にはさっぱりだ。近頃の彼女らはよく分からないと某恋人持ちのS級魔導士が言っていた気がする。それに嫉妬する彼らの姿も見たことがあるような……。

 

「それにしてもムラクモって純粋だよね~。なんだかラインハルトさんを除く男連中のアホたちと違ってなんだかまだ(けが)れてないって感じがするよ」

 

「……そう…かな?」

 

「うんうん。だってこの間、男連中のアホが見てたグラビア雑誌のワードが出た瞬間に顔真っ赤だったもん」

 

「……あれ、見られてたのか…………」

 

治りかけの傷口に再び刃物を突き刺されるような感覚に思わず僕はため息が出た。確かに僕はそういうことには奥手だ。全くもって知らなかったし、年頃の少年らしく気にはなる。

しかし、それ以前に聞いただけでも恥ずかしくなるのはどうしてだろうかと考える日々が続く。滅法弱いというのは自覚しているが何故か克服したいとも思えないし、思いたくない。

不思議と彼らに便乗――否、同類になってはいけないと思うのだ。目指すとならば、やはりラインハルトのような頼れる上司的な雰囲気の者や圧倒的な実力と誰もが認めてくれるような覇気を持っていた銀髪にコートを羽織る英雄になりたい。

 

――などと思うのだが、何故か目の前にいる彼女らは本人がいる前で何やら怪しげなワードが飛び出す会話をしているらしい。「攻め」がどうとか、「受け」がどうとかと僕には分からない領域を何度も巡っているらしく、見ている側とすれば、ラインハルトを除く男連中のアホと変わらぬ位の会話にしか見えない。

途中、何処かで聞いた“どんぐりの背比べ”という言葉や“五十歩百歩”という言葉が脳内に浮かび上がる。恐らくシャナが暇な時間に常時読んでいる東方のことが記された本に書かれている言葉の分類だと思うが、多分間違いないだろうと踏んでおこう。

 

「(………はぁ……どうして僕の回りにはマトモな人がこんなにも少ないのかな……。…ラインハルトさんも仕事中はスゴくカッコいいのに……)」

 

視線をずらし、医務室の外を見てみれば、何故か未だにイチャイチャしている彼らの姿が見えた。彼も何故かギルドに帰った時や僕の師匠である彼女といる時だけはあんな風になってしまう――否、不完全だからこそ人間なのだろう。

だからこそ、輝く。そう思えるこの頃。しかし、流石にギルドの常識人の割合が酷い有り様についてはどうにかしてほしい限りだ。変人が9割を占める所か、マトモだった者も変人に変えている気がする。事実、僕の目の前にいて、会話を持ちかけてきた人物も二週間前までは普通だった人の一人だ。今ではすっかり染まってしまっている。無論、そちらの色にだ。

などと諦めるしかないことをグチグチと脳内で思っているとベッドに寝かせた“あの少女”の口から音が漏れた。

 

「…………ゃ………」

 

「っ!?」

 

思わず振り返る。か細く弱々しい声。それでも音が漏れた。つまり、目が覚めようとしている。目が覚めたのなら聞きたいことが聞けるはずだ。耳をすまし、少女の声を捕らえようと意識を集中させる。

 

「……なきゃ………」

 

「……なきゃ…? …なんのことだろう……?」

 

「さ、さぁ…?」

 

聞こえた言葉に関連性のあることがないか彼女たちにも訊ねる。しかし、返答に期待は出来ない。まだそれだけでは分からないからだ。

すると、声が強くなり、ハッキリと少女は口にした。()()()()()()を。

 

()()()()()……()()()()()()

 

「っ!? みんな、伏せてッ!!!」

 

突然感じた狂気の魔力に我知らず叫んでいた。近くにいた彼女たちは速やかにそれに従った。その刹那、ベッドがグシャリとひしゃげ、同時に医務室の天井が吹っ飛んだ。

瓦礫が落ちてくるが、すぐに自らの魔法で切り刻み破壊する。生憎ギルドの構想上、医務室はギルドの中ではなく、玄関のように少し建物の外に出ていたために対して崩れていない。

しかし、それでも瓦礫はかなりのものだった。

 

漸く天井の崩落が終わり、顔をあげるとひしゃげたベッドの上に少女は立っていた。光が全く無かった瞳の中心には血のように真っ赤な輝きが放たれており、白い長髪は怒髪天のように翻され、逆立っていた。

男であるムラクモが入る前に着替えさせていたのか、少女の服装は患者などが着るものだったが、それの一部は先程の瓦礫で切り込みが入り、破れていた。

破れた箇所から見えた柔肌には微かに切り傷が見えたが、それも一瞬のうちに消滅する。血は流れていたが、何ともないと言わんばかりだ。

すると、少女はこちらを向いて小さく呟いた。

 

「……知らない人……、…それでも…奪われる前に……壊して…私が見守らなきゃ……」

 

それを呟くや否やムラクモの胴に鋭い鉄拳が突き刺さる。肺の中の空気が無理矢理吐き出さされるような感覚と視界が真っ赤に染まる感覚に吐き気が込み上げた。

 

「がはっ……」

 

「………生きた証…魂…記憶……。…私が見守るから…頂戴…? ……大人しくしてたら…楽になれるから………」

 

狂っている。反射的に感じた。背後にいる彼女たちもあまりのことに血の気が引き、真っ青だ。恐らく足腰がしっかりしなくなっているだろう。動こうにも動けないと後で口にするはずだ。そうなったら、どうしようもない。

口から垂れる血を他人事のように無視し、胴に突き刺さった鉄拳をゆっくりと引き抜く。かなりの力だが、それでもまだなんとか押し返せる程度だ。

 

「なに…するんだ……。…僕たちは君に敵意はないから……」

 

「……? …敵意? …私は知らない…、ただ奪われないように先に壊すだけ……」

 

鋭く突き刺さった鉄拳とは違う、もう一方の手が今度はムラクモの顔面を狙っていた。何とか間一髪避け、反射的に手加減した蹴りを少女に見舞う。

 

「……大人しく…したらいいのに……またぐちゃぐちゃにしなきゃ…いけなくなる」

 

「…まさか……あれは闇ギルドがしたんじゃなくて………――っ!?」

 

鋭い鉄拳が再び襲来する。

 

「……抵抗するのに……余所見って……余裕だね…? …そんなに私を簡単に殺せるの……?」

 

「(……この子に何があったんだ………)」

 

なんとか鉄拳を受け止める。肉薄する状況下、背後にいる仲間がどうしても気になってしまうが、致し方ないことだと自分に言い聞かせ、脳裏から外す。

 

まずは目の前のこの子をどうにかしないと……。

 

そう思った矢先、少女の口元から微かに炎が見えた。それが脳裏で警告音となり、一瞬の判断で少女から飛び退く。

飛び退いたと同時に少女の口からは真っ赤な炎が焼き放たれた。まるで獄炎。そう思わせるような勢いで業火が放たれている。床として使用していた木々はすでに炭化し、面影すらない。「へぇ」と言わんばかりの顔を見せ、続いて少女は手を軽く振り、雷球をいくつも作り出した。それ一つ一つがとてつもない魔力。恐らく当たれば気絶は避けられない。

 

「震え(おのの)灰塵(かいじん)と化せ……“雷狼の雷閃(スパーク)”」

 

目の前すれすれを雷球がいくつも通り抜けた。連なって動く雷球にムラクモも魔法で反撃せざるを得なかった。咄嗟に目の前に作り出した刃でその雷球一つを切り刻んだ。

しかし、切り刻んだ刃自体も恐ろしいことに一瞬で炭化し、灰に成り果てる。とんでもない火力だ。恐らく人が触れれば一瞬で消し炭だろう。

消し炭という言葉が出た途端に脳裏に毒舌少女であるシャナが浮かんだが、すぐに追い出す。今それを考えるほどの余力はない。

 

「…仕方ない。一度気絶させて捕縛してからにしないとっ!!」

 

目の前に大量の刃を作り出し、それを同時に放つ。流石に大怪我を負う気がしたが、それぐらいじゃないと大暴れされそうな気がしてしまった。

しかし、少女は大きく息を吸うと少しの間を置いてから叫んだ。

 

「我が前にて万物は冷静にあらず、ただ躍り狂え……“月狼の咆哮(ハウル)”……!!!」

 

まるで高音質の金属音を響かせたような耳をつーんとさせる絶叫にムラクモは反射的に耳を押さえた。背後でバタバタと倒れる音が聞こえ、瞬時にこの魔法が何なのかを悟った。

 

「(……精神に異常を来させて気絶などを起こす状態異常系の魔法っ……)」

 

耳を押さえている内に目の前の少女は軽々と飛来した刃たちを一蹴する。意図も容易く粉砕された刃。まるで傲慢(プライド)を砕かれたような気分になったが、それを気にするより先に少女が両手をこちらに向けて何かを呟いていた。――しかし、先程の絶叫で耳が上手く機能しない。視界が微かに歪んだ瞬時に少女の手から暴風が放たれる。

 

「埋め尽くさんと疾風は哭く、ただ犠牲(にえ)を喰らえ……“天狼の暴風(テンペスト)”」

 

視界が一瞬で暴風によって埋め尽くされる。避けようがないそれにムラクモは走馬灯を見始めた。ゆっくりと、ゆっくりと強烈な風の猛攻が迫り狂う。

 

「……間にあわないっ……!!」

 

自らの実力不足と判断力のなさで悔しさが込み上げた刹那――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッ、まだ間に合うぞ、卿」

 

――聞き覚えのある声が暴風を意図も容易く葬り去った。と同時に少女の足元目掛けて焔の柱が聳え立つ。すぐに回避されたが、連続での攻撃を防ぐことに成功する。

 

「……やっぱりめんどくさそう…」

 

「そう言うな、卿。これも一興、良き催しというものだ」

 

ムラクモの前に現れたのは白髪の青年であるラインハルト。灼眼に灼髪の少女シャナだ。何故かシャナは髪が少し乱れているが、眠っていたのだろうか。

 

「…ムラクモ……相変わらずだね」

 

「……ごめん」

 

「まあよい。被害が出たのは天井程度。まだ幾分かマシというものだ。この程度ならロリコンの懐から出させれば済む」

 

「――いやいや、辛辣じゃないですか、ラインハルトさん。なんだかギルドに帰ってきてからそればっかりじゃないですか…?」

 

「……気にしない方が良い。――それはともかく、何故こうなったのか説明を求める」

 

「……分かりません、ただ何か……“奪われたくないから壊す”と言ってました」

 

ゆっくりと息を整え、再び構える。それを聞き、ラインハルトは微かに笑うと、補助的に使用する“換装”で自らの愛槍たる“神殺し 運命の神槍(ロンギヌス・ミストルテイン)”を目の前に出し、握ると同時に構えた。

同時にシャナも腰に差した鞘から同種の“神殺し 煉獄の神刀(ムスペルヘイム・ミストルテイン)”を抜刀し、自らの使用する魔法である《灼刃煉獄(フレイムヘイズ)》の焔を纏わせ、構える。

 

「まあ、とにかく捕縛すれば良かろう。あとで抗おうともサクヤの前で無礼な態度など取れまい。取ればすぐに愛でられるのがオチというものだ」

 

「…あれは酷い……私も結構心にきた……怒らせたくない相手の一人……」

 

「……それ初耳だけどシャナ……そんなに師匠のって……」

 

「…うん、酷い……。…正直放ってほしいと思うくらいに…ベッタリ…。…私は結構遊ばれた……」

 

「フッ、光栄ではないか? 我が愛しきサクヤに愛されるなど」

 

「…嬉しい時期もあるけど、正直鬱陶しい時もある」

 

「…ならば、戦争だ。あとで卿には一片の慈悲もなく鉄槌を下そう」

 

「…上等。…あとでラインハルトの長い鼻を折るから」

 

「とりあえず……二人とも。前見てください…ホント」

 

敵と交える前に臨戦状態もとい宣戦布告を告げる二人に呆れつつ、ムラクモは接近してくる少女のことを知らせた。

大きく口を開け、少女からは鋭く尖った犬歯が見える。喉の奥の方が再び真っ赤に染まるのを確認してムラクモは叫び知らせた。

 

「炎のブレス、来ます!!」

 

「散開!!」

 

ラインハルトの号令と共に左右に飛び散る。先程までいた場所が業火に焼かれ、焦げ臭さを鼻に届かせた。やはりどう見ても火力が可笑しい。

 

「(どれくらいの実力者かは分からないけど、魔力が全然減ってない上にこの火力……。…あれ? 何処かで似た現象を見たような……)」

 

「“白神の法律(ロウ)”!!」

 

神槍を地面に突き立て、そこを中心に一気にラインハルトの魔力による波動を拡散させる。広がっていく光の高周波はたちまち触れるものにダメージを与えていく。

それを先に予想していたムラクモとシャナはすぐさま回避し、難を逃れる。だが、しょうもまた自らの両手を合わせ、一気に魔力を放つ。

 

「永劫の輝きに呑まれ焼かれよ……“白狼の栄光(グローリー)”」

 

同じ光の魔法。白き光と黒き光が衝突し、相殺される。流石のラインハルトも予想していなかったのか、驚くがすぐに立て直す。続いて神槍を降り下ろすが、少女は難なく避け、彼の胴に見た目からは予想できない重い蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐっ……!!」

 

「……強い人……魂……輝いてる……守らなきゃ……壊して……守らなきゃ…」

 

「――……壊れてるの貴方だと思う」

 

ラインハルトの背後からシャナは黒い焔を立ち上げさせ、それを少女に襲来させる。いつにも険しく、冷酷な顔で告げるシャナの形相は記憶にある限りでは見たことがない。

だが、少女はその黒い焔さえも容易に躱し、さらに自分の足元を一瞬で氷結させる。

 

「……永久不変に壊せ凍え、“氷狼の冥氷(ブリザード)”」

 

パキパキという不規則な音を鳴らしながら氷結していく地面。触れれば即座に凍らされると思われる“それ(冥氷)”にシャナは真正面から焔を叩き込む。

 

絶対に凍り付かせようとする冥氷と――

 

――絶対に消えず滅びず呑み込むことすら許さぬ獄炎が衝突する。

 

互いに相殺されつつも、互いに譲らない。獄炎は冥氷を呑み込み――冥氷もまた獄炎を焔など届かぬ極寒に閉じ込めようと猛威を奮う。

しかし、シャナが次第に押さえれていく。流石のシャナと言えど、魔力に限りはある。だが、あの少女は時間が立とうがお構い無く魔力が格段に上昇し続ける。

さらに魔法単体に注ぎ込む魔力量さえ、異常な範囲へと移っていく。本来なら人体に危険が及ぶだろうほどに。

 

「……っ!!!」

 

「シャナっ!!!」

 

彼女の身を心配しながら即座にムラクモは刃を少女へと殺到させる。飛来する刃に気がついたのか、少女は一旦下がると同時に刃を先程同様に意図も容易く破砕させる。

 

「……ありがと。――でも、さっきのは牽制するんじゃなくて攻めるべき」

 

「はは、ごめん。でも目の前で失う方が嫌だから」

 

態勢を立て直したシャナが立ち上がり、少し呼吸を落ち着かせつつ、少女を警戒する。先程の確認――手合わせの感覚で挑んでみたが、やはり油断は出来ない。

かなりの強者、そうラインハルトですら判断していると思われる横顔を見せた。あの華奢な身体の何処からあんな魔力が漏れだしているのかが不思議だが、それを意識する前に少女が畳み掛けてきた。

 

「……パパ…返して………」

 

「っ!?」

 

虚ろな眼で少女はその言葉を呟きながらムラクモに襲来した。その言葉のせいか、圧倒的な少女の速さのせいか。ムラクモは咄嗟に回避しようとするが、少女の蹴りが脇腹を見事に打ち据えた。衝撃が突き抜け、口の中に微かに血の味が滲む。

 

「がっ……!!」

 

「……弱い……けど…愛しい……壊して……あげなきゃ……奪われないように……壊して…」

 

「――そうはさせん!! ハァッ!!」

 

神槍で少女を突き刺さんとするかのような勢いで突く。しかし、その神槍が少女に当たることはなく、ただがら空きになった胴が少女の思う存分に叩き込める状態と化す。

だが、それをラインハルトは狙っていた。迫り来る拳を咄嗟に神槍を手放し、すぐさま左手でその拳を受け止める。

 

「っ!?」

 

「漸く捕らえたぞ。卿には返さねばなるまい利子があるからな」

 

金色の瞳が開き、軌跡を描くかのように鋭く少女を睨み付けると共に掴んだ左手で投げ飛ばした。見事に宙に浮かぶ少女。その隙を見逃さず、シャナがすかさず焔を襲来させた。

 

回避不可能、迎撃不可能。そう思われた一撃。だが、少女は予想だにしていない行動を取った。空気の層でしかない宙を()()()

ただそれだけでありながら何とも予想しづらい行動で一気に態勢を立て直すと同時に口から獄炎を吐いた。

衝突する業火。互いに衝突し合うが、流石にシャナの焔が押し切る。しかし、少女に殺到するが、その前で魔法自体が弱り、消滅する。

 

「……足りなかった…」

 

「いや、先程のは有効と見た。もう一度あれで攻めこむぞ、卿ら」

 

「はい!!」

 

「……了解」

 

今度こそ当てる。その勢いで再び攻めこむ。先程と違い、ムラクモが先制攻撃を仕掛けるのではなく、次は威力、多彩さで優れるシャナの焔が少女へに先陣を切る。

 

「……舞え、焔たち」

 

鞭のようにしなりながら焔が少女へと向かっていく。これも同様に少女は難なく獄炎で相殺させながら、自らに迫ろうとしていたラインハルトを視界に入れると共に彼に攻撃を仕掛ける。

 

「……そろそろ…壊れて……!!」

 

「それには頷けぬ…なッ!!!」

 

少女の拳をラインハルトは自らの神槍で受け止める。しかし、衝撃が身体に突き抜け、少し手元に僅かな揺らぎが生じた。

その隙を見逃さず、攻め入ろうとする少女。それを待っていたかのようにラインハルトは神槍を再び手放し、換装で消滅させる。そして――

 

「今だ、卿!!」

 

「――“超重力加速砲(レールガン)”!!!」

 

かなりの至近距離で刃を続いて精製し、それを容赦なく叩き込もうと照準を定めた。だが、その刹那、ムラクモの視界に驚くべきものが目に入った。

 

「っ!?」

 

大きく照準が狂い、少女の真横に圧縮された刃の弾丸が放たれる。絶対に狂わないはずの攻撃に驚愕するラインハルトとシャナ。二人はすぐにムラクモと共に距離を取ると、彼に訊ねる。

 

「……なんで外れたの…?」

 

「卿、何を見たのだ?」

 

警戒しつつ、訊ねる彼にムラクモはあり得ないものを見たような声で告げた。

 

「――涙が……見えました。あの子は泣いてました……」

 

「…っ!?」

 

「…なんだと…?」

 

あり得ない。そう言わんばかりの表情を浮かべ、向こうで動きを止めた少女に目を凝らす。すると、確かに少女の目尻からは一筋の滴が溢れていた。

虚ろで光が宿っていなかったその瞳には微かに光が戻っているのが伺えた。

 

「………私は…何を…してたの……? …涙……なんで……私…泣いてる…の…? ……私……私……なんで……あんな…こと……しちゃったの……?」

 

震えた両手をあり得なさそうに見つめる少女。距離を開けていたムラクモたちから見ても分かるほどに少女の雰囲気も魔力の昂りも全く似てもいない姿。

まるで人が変わってしまったかのように。それがしっくり来るほどに少女は何かが違っていた。すると、突然両手を大きく震わせ、少女はこちらにもはっきりと伝わる声で叫んだ。

 

「…ぁ……ぁぁ……ぁぁ……私…人を……たくさん……殺し……ぁあ……ああ……あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……!!!」

 

両手で顔を覆い、泣き叫びながら少女は天に向かって咆哮する。両手を顔から外す頃には潤ませた瞳がそこにはあり、逆立っていた白い長髪も元通りになり、血のように赤かった瞳も元の優しげな瞳へと変わっていた。

――だが

 

「……ぁ…あがっ……いやぁ……もう……殺したく…ないよぉ……いやぁ…そんなこと…ないっ……やめて……私は……もう……殺したくなんか…ないのに……頭が……割れる……ぁぁ……あ”あ”あ”あ”あ”あ”……ぁ………? ……………壊さなきゃ、ダメだよね……。……あはは……はは……っ!? …いや……壊さない…壊したくなんか……ないもん……私は…私……今の私が…ホントの私なんだ……パパや…ママ…お姉ちゃんが大好きな私が……ホントの……」

 

突如と意味深長なことを叫び、何かに必死で抗うような姿を見せる少女。しかし、すぐに先程と同じ黒い魔力と殺人衝動にでも駆られた口調に変わる。

フラフラと覚束ない足元がしっかりすると共に再び血のように真っ赤な瞳をこちらに向けた。それと同時にフワリと逆立つ長髪は怪しげな雰囲気を醸し出した。

それでもなお、少女は何かに抗っている。片方の瞳が血のように赤く輝き続ける中で、もう一人の自分が抗う。ただ自分を失いたくないために。

みすぼらしいほどの自分を見捨てず、暖かく見守ってくれた彼らを裏切らないために。

 

「…殺したくない……? さっきまでと何かが…違っていたあの子は……誰なんだ………」

 

疑問が渦巻き、頭が混乱する。どちらが本当の彼女なのかと追考が途絶えない。だが、混乱するムラクモの背後で彼らはハッキリと告げた。

 

「……ラインハルト、私決めた」

 

「……ああ、私も同じ考えだ。――あの者をここで()()する」

 

――え? なんて言ったんですか、ラインハルトさん?

 

ムラクモはその言葉が耳に届くと共に驚愕と疑念が浮かんだ。だが、彼はハッキリとそう告げていた。どう聞き間違えても彼はハッキリと言った。

処理する。それはつまり――殺す。彼はそうハッキリと告げたのだ。それに加え、シャナも同じ意見だと言った。――どうして?

 

「なんで殺すんですか、ラインハルトさん!!」

 

「……………」

 

咄嗟に頭に血が昇った。そう言っても過言ではないかもしれないが、ムラクモはラインハルトの胸ぐらを掴んでいた。何故そこまでしたのかは分からない。だが、無意識に掴んでいた。

 

「なんでそこまでするんですか!! 捕縛するという手段があるじゃないですか!!」

 

「……諦めよ、卿。あれでは正気を取り戻せはしない。取り戻したとしても罪悪感で心が病むだろう。そうなれば、何れ自らを滅ぼす。あの少女には終わりしか残ってはおらぬのだ」

 

「……なんで……そう…言い切ってしまうんですか……」

 

震える手でムラクモは彼の胸ぐらを掴み続ける。確かに彼の言う通りだ。もし助けれられたとしてもあの子は罪悪感で自らを責め続け、何れ死を選んでしまうかもしれない。

その確率がかなりの割合を占めているだろう。少女自らが先程何かを呟いていたように自らが起こした罪の重さで立ち直れはしないだろう。

――だが、ムラクモにはどうしてもあの少女を殺したくなかった。何処か自分の境遇と似ていたものを感じたのかもしれない。

しかし、それは自己投影による罪滅ぼしのようなものと然程の変わりはない。ただ、ただムラクモは思った。

 

――ここで失わせていいほど軽い命でも重い命でもないと。まだ終わる必要のない命だと。

 

だから、彼はラインハルトたちの前に立ち塞がった。

 

「っ!?」

 

「……卿、何の冗談だ?」

 

「……冗談のつもりはないです。ただ僕は貴方に従えない、ただそれだけです」

 

自らの回りに刃を展開し、それを仲間であるはずのラインハルトたちに向ける。どうしても納得できない――なら、それを訴え、想いを知ってもらうことだって必要だ。

大切なものを未だ失ったことがない彼に分からないことを。失ったことがあるムラクモ()が伝える。それの何が悪い、守りたいなら守ればいい。

守りたいと願うことになんの罪がある。何の咎がある。

 

「ラインハルトさん、貴方だってそういったはずです。守りたいと願うことに罪はない。始めた会ったあの日、そう言ったのを僕は覚えています。――だから、僕は僕の責任として、僕が守りたいと思ったこの気持ちを守らせていただきます。あの子をここで終わらせるなら、僕ごと殺してもらって構いません。仲間を守るためなら、どんなことでもする。それも貴方の言葉だから……」

 

展開された刃を一斉に彼へと放つ。それぞれの属性を帯びた“それ”は彼を違わず狙い降り落ちる。――九重桜。“雨”であり、“桜”。それが今の僕の気持ちの結晶、塊だと証明するために。

飛来した刃を見て、彼は呆れたが、次の瞬間には笑っていた。神槍を振り払い、飛来した刃の3割を消滅させると同時に自らの魔法を伝わせ、それの威力を余さず叩き込む。

粉砕される刃たち。それを幻想的に眺めながら彼は笑いたくなった衝動を押さえず、笑いながら彼の気持ちに対して答えた。

 

「フフ……ハハハハハハハッ!!! 良い、良いぞ、ああ、良かろう!! ならば卿ごと私は破壊(あい)するまでだ。我が愛は単純に愛することだけにあらず。我が愛は破壊をも愛する。我が愛は破壊と表裏一体にあり。卿を(ころ)すことすら愛である!!」

 

黒き閃光を神槍に伝わせ、彼は高々に笑う。狂喜のように。それも彼だ。人は皆、光があれば、影もある。光があるから影があり、影があるから光もある。

それでこそ、人。それだからこそ、人である。両者あっての拮抗であり、存続である。強すぎる光の前に影は無いのと同じで、暗すぎる影に光はない。

表裏一体、一心同体、それでこその光陰だ。陰陽もそれと同じ、陰ることと輝くことは原型として変わらぬ。人の中に渦巻く光が大きく出るか、影が大きく出るか。

それで人の性格も性分も決まる。誰が闇が悪いと定めた? 誰が光が良いと定めた?

そんなもの――

 

「ああ、糞喰らえだよ。そんなものは端から存在せぬ。否、存在するなら消えてしまえ。ハッキリ言えば、私もあの者と同じものを抱いていた時期がある。――それでこそ否だ。今も昔も私は変わらぬ。破壊することへの愛は消えてはおらぬ。ならば、だ。久しく忘れていたこの感情――破壊への愛を思い出させてくれた卿に感謝として伝えようではないか。

我が愛は愛することと破壊、それ即ち、殺すことも愛である!! その身にしかと焼き付けよ。我が愛を!!」

 

もはや誰と戦っていたのかを忘れるほどに彼は自らの中で湧き上がる狂喜に贄を与えようとする。いつになく彼は本気だ。しっかりと開かれた金色の瞳が物語っている。

冷や汗が頬を伝う。しかし、本気だったのはシャナも同様だった。

ゆっくりと焔を自身の回りに立ち上げ、自らが感じたことを素直に吐露する。

 

「……別に私は殺さなくてもいいよ。後片付けが面倒だから。――でも素直な気持ちとして言えば、このギルド、意外に気に入ってる。だから壊されたくない。……だからね、私も貴方が言うように守りたいよ…。裏切りなんてどうでもいい。――ただ貴方が敵なら消化不良にもならないし、……楽しくなれる。敵なら敵。私も貴方の敵、単純で明快……簡単な答え。

……だから私も貴方ごと焼き滅ぼすね。――私の背負うギルドの形と共に貴方を討つために」

 

鋭く輝く灼眼をムラクモに晒し、狂喜ではない別の感情を胸にする。ただ守りたい形が少し違うから。それだけの理由、でもそれだけじゃない理由。それを胸に少年と彼らは対立する。

どう考えても勝ち目は少年にない。それでもいい。伝えたい何かが伝えられるなら――

 

 

 

だが、その瞬間に少年の視界が歪み、一気に暗闇に沈んだ。突然味わった血の味に驚愕して。

 

「……そ…んな…………」

 

倒れ伏す少年の視界には驚愕する彼らが映っていた。誰やったのかは大体検討がついてしまった気がする。それでも何故か不思議な感覚だった。

この程度の怪我で死ねるような気がしなかったからだ。ただ後ろで自らと戦っていたような少女の気配が自らに近づいていた。

優しい自らに戻れた少女が「自分のために命を張らなくていい」と言っているような……そんな痛みと共にムラクモの意識は闇夜のような暗闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

「……………ぁ……」

 

空気に匂いがある。そんな感想を抱きながら少年は目を覚ました。瞳に届いた光が眩しくて驚き、咄嗟に目を瞑った。それでも慣れてくると自然と目蓋が動き、視界がハッキリとする。

ギルドを囲うように植えられている木々に住む鳥の鳴き声が聞こえる。しかし、変な感じだ。やけに身体は重い。指を動かそうにも上手く動かない。意識がハッキリとすると共にそれを強く意識する。別に指先がない訳じゃない。それに加え、大きな怪我を負った訳じゃない。

ならば、どうして身体が動かないのだろう。指先が動かないのだろう。――などと考えていると、視界の中にある少女が映った。白い着物に複雑な髪飾り。白い長髪に儚げな雰囲気を放つその姿は――

 

「……やっと起きましたか、ムラクモ」

 

――師匠だった。

 

「………あ…れ? …師匠…?」

 

「……どうやらあんまり頭は打っていないようですね…。兄様が少し心配そうにいうものでしたから、てっきり洗脳でも受けていたのかと思いましたわ」

 

「………?」

 

首を傾げてみる。これは動いた。すると、指先を動かせなかったことを感じたのか、サクヤは簡単には答えた。

 

「少しの間、動きを完全に止めさせてもらいました。……まだ軽い罰だと思ってください、本当なら私が完全に許すまで何も出来ないように縛るつもりだったのですから……」

 

――何それ怖い。

 

反射的に自分ではなく脳が思った。確かに師匠である彼女は様々な魔法を使える。その中で呪縛のような魔法があるのも知っている。それの威力も。

それを彼女は行使しようとも考えていたのだ。怖いと思って当然だろう。聞く所によると彼女の呪縛の類いの魔法は中級階級らしく、酷い魔法――つまり、上級の呪縛のような魔法には呪い殺すものもあるらしい。何ともえげつない魔法である。

――などと考えていると指先が動くようになっていた。サクヤがため息をつきながら解除したのだろう。視界の外で呆れる声が聞こえた。

 

「……まったく、兄様の変な癖を呼び覚ましてしまったようですね、ムラクモ」

 

――変な癖?

 

なんのことだがわからない。だが、すぐにその答えが脳裏に浮かんだ。

 

――我が愛は愛することと破壊、それ即ち、破壊することも愛である!!

 

彼は破壊――殺すことさえも愛だと告げた。それが彼の中で眠っていた癖。シャナの言い方で言えば、強い渇望の類い。これを呼び覚ました、そう師匠である彼女は言ったのだ。

 

「……本当に…すみません……」

 

「……反省しているようなら構いません。でも一つほど忠告をさせてもらいます。兄様からもう一つの破壊(あい)を受けた場合、生き残れる可能性はゼロに等しい。それだけは理解していてください。貴方は私の弟子、それもお忘れずにお願いしますわ」

 

スタスタという足音を立て、サクヤは消えた。よく見渡せば、ここはハーブの街にある自分の家だ。ギルドからかなりの近い場所にある実家だ。

記憶通りなら医務室は壊れた。だからここなのだろう。ふとそう考えながら、漸く自由になった身体を起き上がらせる。起き上がったと同時に見えたカレンダーは記憶にある日にちとは一週間ほど離れていた。

つまり、一週間も眠っていたことになる。そんな大怪我を負っていたのだろうかと考え込むが、あまりそこまでの怪我を負ったような気はしない。寧ろ、普通に朝起きたような感覚だ。

――などと考えていた最中、両足に感じた重みと仄かな暖かさ、それとなんだか柔らかな弾力のような何かにも気がついた。視線を下にずらし、その正体を見る。

 

そこにいたのは現在10歳の自分と然程変わらない少女。咄嗟にその少女を見て首を傾げた。ギルドにこんな可愛い子がいただろうか……。

別に今所属している彼女らが可愛くないとは言わない。しかし、今までそういうのに鈍いと自らでも実感している自分が可愛いと反射的に思ったこの少女に見覚えはなかった。

――いや、見覚えはある。だが、一週間経っている現在で記憶通りならもういないはずの存在だ。あのあと、わざと攻撃し、自分を眠らせた少女ならば、今頃はもうラインハルトたちによって……。

 

「……ん~………」

 

さらに深く考え込もうとしたムラクモ思考を掻き乱すような可愛らしい寝言が耳に届いた。まるで小さな動物――強いていうならば、犬や猫、リスのような謎生物辺りの動物のようなそんな生き物が出す寝言だ。そんな可愛らしい寝言を出した発信源を探してみると、やはりこの少女だ。綺麗な白い長髪から除く尖った耳がピクピクと動いている。少女の腰辺りからだろうか――その辺りから出ているフサフサの毛並みの尻尾がブンブンと千切れんばかりに振られている。もはや振りすぎだろうと思うほどに。

 

「……~♪ ……バパ……いっぱい…遊んで……いっぱい…遊んで………。…ママも……一緒……お姉ちゃんも……いっぱい…遊んで………」

 

嬉しそうな表情を浮かべ、少女は満足げに微笑む。夢を見ているのだろう。楽しかった夢、嬉しかった夢、暖かい日々の夢。そんな夢を見ているのだろうと思われた。

だからこそ、こんなに嬉しそうに尻尾が振られているのだろう。

――などと思考がさらにずれていく。少しの間、微笑ましく思える少女の寝顔を堪能してしまった後、漸く我に返り、ムラクモはまた思考を巡らせて現状を整理しようとした最中、両足の上で眠っていた少女は「…んん~……」という声と共に起きた。

 

――やはり、あの時の少女だ。ラインハルトたちと正面切る原因、理由となった少女。洞窟の中で倒れていた少女。暴走した少女。我に返り、泣いていた少女だ。

 

その少女は軽く人の両足の上で伸びをすると、大きな欠伸を溢し、目元を拭った。ふるふると頭を左右に振る。何度か頭を振り続け、漸く意識がハッキリしたのか、自分を見ている存在に気がつくと、そちらに顔を向けたのだが、ムラクモは不思議と視界に入ったフサフサの尻尾の方に目が行ってしまった。

 

すると、それに気がつくや否や、少女はガシッと両手でムラクモの顔を押さえると、無理矢理自分の方を向かせようと強引に動かす。途中で抗ってはいけないと判断し、素直にそっちに向くと、漸く少女が待っていたかのように口を開いた。

 

「……起きたんだ、おはよ」

 

「……あ、うん、おはよ……って違うから!!」

 

「……あ、“こんにちは”の間違いだったね」

 

「そうそう、こんにち……ってそれも違うから!!」

 

「………?」

 

首をかしげ、「はてなんのこと?」と言わんばかりにする少女に呆れそうになる寸前でなんとか踏み止まるとムラクモは少女に聞きたかったことを聞こうと口を開いた。

 

「君は誰な……」

 

「……お腹空いてないの…? 今なら作るよ…?」

 

意図も容易く攻撃を弾くかのようにムラクモの言葉は遮られた。それもかなりどうでも良さげなことで。だが、それを言われると同時に腹が鳴る。

 

「……………」

 

「……あと3秒で締め切るよ? 3……2……1…」

 

「…お願いします……お腹空きました」

 

謎のカウントダウンで急かす少女にお腹が鳴り、そろそろ何か食べたいと感じてしまったムラクモは懇願するような気持ちで素直にお願いした。

 

何故聞く側だったはずの自分がこの少女の手のひらの上で簡単に踊らされていたのかは分からなかった。ただ思ったのは反論や反抗をしようにも自らの身体の方がずっと素直で冷静だったということだった。

 

 

 

 

 

 

軽い昼食を済ませ、ムラクモはもう一度ベッドで休息を取っていた。正直先程の料理が軽い昼食だということにはかなりビックリした。普通の人が腕にのりをかけて作ったと言わんばかりの料理の数々。それも全て怪我などに効果があるものばかり。

今更ながら、驚愕せざるを得なかった。どういう料理の教わり方をすれば、ああなるのだろうか? などと考えていると、がちゃりというドアが開く音と共にその少女が現れる。

その姿は先ほどまで着ていた街の住人と同じ簡易なもの。それにエプロンが付け加わっただけの格好だった。その姿のまま、少女はこちらによると、口を開いた。

 

「……ありがと」

 

「……え?」

 

なんで感謝されたのか、分からなかった。しかし、すぐに理解する。もしかして、庇ったことと酷似したあれのことだろうか……。

 

「……うん、そのこと」

 

ムラクモが考えていたことが見透かされていたかのように少女はそう告げると、言葉を続けた。

 

「……少し不思議だった。…人間はみんな酷い人……そう思ってたのに貴方は少し違ってた。不思議と懐かしい気もした。…初対面だけど」

 

微かに少女の表情には笑みが宿っていた。まるであの暴走っぷりが嘘のように。すると、がちゃんという音が近くから聞こえ、その音の正体に目を向けた。

少女の手首には鎖はついていなかったものの、魔封石で出来た手錠がついていた。それが音の正体。それに気がついたのが分かったのか、少女はそれについても答えた。

 

「…一応暴れてもいいように…だって。…正直な所、暴れるつもりないよ? …まあ、つけられても仕方のないことしたんだと思う…」

 

「それって……あの…ワース樹海でのあのこと…?」

 

思わず出た言葉。出してからすぐに謝ろうと口を開こうとした途端、少女は首を左右に振り、「間違ってないよ」と言い表すかのように示した。

 

「…覚えてるよ、沢山の人…殺した時のこと。…今も目に見えない血の滑りが手についてる気がする…。洗っても…洗っても…無くならない感触。…殺したくてしたんじゃないの…分かってるけど…殺したことに代わりないもん…」

 

「……………」

 

思わず俯いてしまった。もっと早くこの少女の元に行けたら、罪をさらに背負う前で済んだかもしれないと。それを感じ取ったのか、少女はまた口を開き、それを否定する。

 

「……どっちにしても変わらないよ。…人を殺したら…もう手からこの感触は無くならないから。……それと……どうしても貴方に謝らないといけないことがあったから……。えっと…その……ごめんなさい」

 

少女はゆっくりと深めに頭を下げた。なんのことだが、分からなかったムラクモを見て、「あれ?」と首を傾げると、思い出させるために言葉を続けた。

 

「……その…最後の一撃はやり過ぎた……。…実際自我はなんとか戻ることが出来たから口で言えば良かったかもしれない…。…つい、突っ込んじゃう前だった貴方の右肩の関節、外しちゃったから……」

 

「……………」

 

流石になにも言えない。つい…で右肩の関節を意図も容易く、あと一瞬で外させることが出来るものなのか? まずその疑問が浮上する。確かにこの少女は強い。

しかし、強いの限度を越している気がするのだ。えーっと、君は何処かの拳法家ですか? それとも体術系統に詳しい人なの?

 

「…パパに教わった……いざという時、すさかず相手の背後に回ってこんな感じでガコン…って」

 

簡単に表現しようとして手で表そうとする少女。なんとも健気で可愛らしい……と思う時期もあったが、見ているだけでおぞましい気がしてきた。途中でそれを教えるパパ――おそらく父親だろう人物――にドン引きしそうになるほどに。

しかし、その教え方は何故か何処かで見たことがあったような気がするのだ。不思議な既視感に苛まれ、ムラクモは少女に訊ねた。

 

「……えっと……その……パパっていう人はどんな人なの……?」

 

「パパは強い人。優しくてカッコ良くて……大好きな人」

 

「……そうなんだ」

 

「…うん、()()でいつも()()()()()()()()()けど」

 

その言葉を聞いて驚愕した。思い浮かべた人物と全くもって同じだからだ。特徴すら重なる。コートをいつも羽織っていて銀髪。それでいて強い人物。

その人物にムラクモも出会っているからだ。それを聞いた途端、懐かしいていう哀愁以外にその人とどういう関係なのかを訪ねたいという衝動に刈られた。

 

「そ、その人の名前は……!?」

 

「……パパのこと? …名前は…レイン」

 

一度区切り、それから少女はさらに言葉を続けた。

 

「…()()()()()()()()()()。でも最近は…レイン・ヴァーミリオンって名前だった…。天狼島と一緒にいなくなっちゃった……」

 

 

 

 

 

その瞬間、外れていた運命の歯車が噛み合い、止めていた回転を再び再開した。急速に回転し、今までの遅れを取り戻すかのように。

 

運命は次第に巡っていく。あの日に向かって――

 

 

 

 

 




軽いネタバレ

フィーリが大暴走していた理由は簡単に言えば、ムラクモたち前回の話で襲撃した
闇ギルドのせい。彼らの筆頭っぽい人物がフィーリの心の傷を抉り、暴走させた
からである。つまり、一種の洗脳を施した。だからフィーリは虐殺に加え、大暴走を
した訳である。最後の部分でムラクモと話している時の状態と「壊す」と言っている
時では明らかに雰囲気が違うのがご理解頂けると思います。

P.S.
FAIRY TAIL ZEROをもう一度今度は一冊ではなく、何冊かにしてほしいと思うのだが…。
アニメ3話の内容とか漫画でも読みたかった……(涙)


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満月は今宵の闇を照らす

どうも、皆さん、おはようございます。前回投稿が遅すぎたので、今回は早めて見ました。

私立入試? 推薦入試? は? なにそれ? 私ソンナノシリマセンヨー。

まあ、そんなことはさておき。

今回もフィーリの外伝編ですねー。本編? あー、そんなのありましたねー。もちろん、

ちゃんとやりますよー。でも、最近本編の投稿枠を変更したくなってきました…。

以前変更しないことを決めたんですけど、評価させる方々の中に全部ご覧にならずに

途中で止めて評価してしまう方が多かったこともあり……、第一話からマシな文になって

いた方が良さそうな気がしてきました。つまり、今の枠の第一話などでは文下手のままだ

と判断されかねない気がしてきました。え? それなら文を編集し直せばって?

それなんですけどね……なんだかやる気が起きないんですよ……。不思議ですよね…。

――という話も置いておきまして……。

今回はついに外伝編の最終話です。大体前回の大魔闘演武後の話になります。

それではどうぞ。




「……はぁっ……はぁ……はぁ……っ……」

 

フィオーレ王国の街の一つ、ハーブ。その街に唯一存在する魔導士ギルド《帝王の宝剣(エンペラーブレイド)》。そのギルドにある一室にて一人の少女が床の上で大の字に倒れていた。天井に向かって荒い呼吸を繰り返し、ゆっくりと小ぶりな胸板を上下させる。

気がつけば、額から汗が噴き出していた。そっと瞳を閉じ、ゆっくりと開ける。

 

「……はぁ……はぁ………。…また失敗…したんだ……私…」

 

白い長髪から除かせる尖った人のものではない耳。尾てい骨辺りから生えているフサフサの尻尾。それがその少女フィーリ・ムーン――私の特徴だ。

数年前までの淡い藍色の髪は既に無く、たった一年近くのストレスで色は抜けてしまった。それでも別に構わない。

彼は――私を育ててくれた父のような人は生きているだけで喜んでくれるから。

 

「……………」

 

だが、私はきっと許して貰えないことをしてしまった。人を――沢山の人を……殺してしまった。いくら操られていたからと言っても、いくら自我が無かったからと言っても……。

その手で罪のない人の命まで奪ってしまった。その事実は決して消えない。忘れることなどしてはいけないものなのだ。

 

「……………」

 

自らの両手を天井に向け、それを眺める。綺麗な手だ。爪もちゃんと切ってあるため、衛生面でも問題はない。

――だが、その手には見えない何かがこびりついている。恐らくそれは血だろう。血の生温く、滑りのある気味の悪い感触。それが離れない。

いくら洗おうと、濯ごうと、取れる気配のしない感触。何処までもついてくる罪悪感の塊。忘れることを断固として許さないかのようにその感触と感覚は離れない。

今でもなんであんなことをしてしまったのかが分からない。狼の血が半分流れているから? それはきっと関係ないだろう。本能のままにしてきたとしても、それを抑えられなかった自分の責任だ。それはどう取り繕うと変えられない不変の真実。

 

 

そこへ自分を責めるだけとなりつつある私に、聞き覚えのある声が届いた。

 

 

「――修行の方は順調ですか?」

 

天井を見上げていた自分の視線をずらし、先程開いたドアから姿を現した者を見る。

自分と同じ白髪の長髪。複雑そうな髪飾り。白を中心とした着物。全体として和を重んじている服装に彩られる少女。《帝王の宝剣》が誇るS級魔導士の一人――サクヤ・エルドレイ。

儚げな印象がある彼女の手にはお盆があり、その上には湯飲みが置いてあった。恐らくは休憩でもしたらいかがですか?というやつなのだろう。

 

「………全然…進んでない」

 

「――それなら、少し休憩にしましょう、フィーリちゃん」

 

「……ちゃん付けは止めてほしい」

 

「ふふ。まあ、いいではないですか」

 

目の前に優しく置かれた湯飲み。起き上がり、それを眺め、少し匂いを嗅いでみる。とてもいい匂いだ。緑茶だが、かなり落ち着かせてくれそうな雰囲気もある。

今焦っても進まないだろう、そう判断すると私は大人しくそれに従い、湯飲みを持ち上げると、一口飲んでみた。

 

「……美味しい」

 

「それは良かったですわ。兄様もこれをお気に召していらっしゃるので」

 

「ラインハルトも? 少し意外。あの人はもっと東方とかの“和”よりこっちの方面の“洋”だと思ってた」

 

「ふふ、確かにそんな感じがしますね。私と兄様は生まれた大陸は違えど、好きなものには共通点が多いですから。最初は私も戸惑いましたから」

 

「……そういえば、ムラクモは?」

 

ふと脳裏に過った“お節介”のことを思い出す。彼のお陰で今も生きている私だが、あれからも彼はいつもお節介ばかりする。髪がボサボサだった場合は櫛を持ってくるし、朝食をたまたま食べていなかった場合は自分の寒い懐からお金をいくらか出そうとする。

そう言うところには感心するが、流石にしつこい時の方が多い。――それ以前に財布事情が厳しいなら自分のことを第一に考えるべきではないかと思うのだ。

 

「貴女の考えた通りですよ。今は仕事に出掛けてます。兄様にS級依頼へと連れて行って貰っている所です」

 

「…そっか」

 

聞く前から分かってはいたが、彼は金欠だ。まるでルーシィのように。彼女も月々の家賃にひぃひぃ言っていた。まあ、あれはナツがいることも含めて苦労人だろう。

 

――今思えば、このギルドと交流が出来てから一年が過ぎた。

 

魔導士の祭典と言うべき祭り、“大魔闘演武”。その祭りに置いて彼らが所属する《帝王の宝剣》は初出場ながら第二位――つまり準優勝という好成績過ぎる結果をおさめた。

それもあの《蛇姫の鱗(ラミアスケイル)》や《青い天馬(ブルーペガサス)》をも差し置いてだ。出場したのはムラクモ、シャナ、レーナ、アスフィリア、あと一人は……まあ、気にしなくてもいいか。

ラインハルトや目の前にいるサクヤは残念ながらSS級依頼に出掛けていたらしく、参加してはいなかったが、本当の主力抜きでこの成績とあらば、2年後には優勝しているだろう。

 

本当にこのギルドには個性的な人間が多い。ムラクモのようにお節介な者もいれば、シャナのように毒舌を平然と吐く者もいる。

レーナのように男の子っぽい少女も僅かにいれば、アスフィリアのように頼られると断れない不運な者もいる。

そんなギルドが暖かい。いつかの《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》を思い出す。もう戻れないあの生活。そう思うと胸が痛んだ時期があった。

 

――あの知らせを聞くまでは。

 

実際に現場に向かったというラインハルトが先月の下旬、こう告げた。

 

 

 

 

 

『エーテルナノ数値が元に戻りつつある。僅かだが、巨大な魔力の片鱗が見られる』、と。

 

 

 

 

 

その異常なまでの巨大な魔力の片鱗は私には分かっていた。彼だ。彼が生きているのならば……そう思うと自然と涙が溢れ、久しく忘れていた哀愁が込み上げた。

 

パパに抱き締めて貰いたい。ママに頭を撫でて貰いたい。お姉ちゃんと、シャルルと、一緒に出掛けてみたい。今なら大切に感じる仲間たちと話をちゃんとしてみたい。

 

その願いが胸のなかに渦巻いた。――それからだ。私があることを始めたのは。

 

「……そろそろ続きするね」

 

「一生懸命励んでください、私も影から応援していますから」

 

「…ん、ありがと」

 

湯飲みを片付け、部屋から退散するサクヤを見送り、私は部屋の中央で座禅を組むと、静かに瞳を伏せた。ゆっくりと息を吐き、静かに息を吸う。その繰り返し。

意識が少しずつ現実から離れていき、何処か別の世界に連れていかれるような感覚に身を任せる。まるで魂だけを引き抜かれるような感覚。何度も味わったこの感覚には馴れた。

最初は気持ち悪くなって何回か吐きそうになったのも今では懐かしい。ゆっくりと、ゆっくりと。吸い込まれていく。己の中で構築された精神の狭間(せかい)に。

 

 

 

「……………」

 

ゆっくりと瞳を開く。――と言ってもあちらでは瞳は伏せたままだろう。それでも私は瞳を開いている。言うなれば、心の瞳。感情などの全てが詰まった精神に置いての瞳だろうか。

やっと見えた光景。殺風景だ。何もなく、ただ真っ白な世界が広がっている。何処を見渡そうとも何もない。光が無いのに全てが見える。回りを幾度か見渡し、私は視界の中に入った存在に対して構えた。

苦笑する声が聞こえる。両手を上げ、またかとうんざりするような言いぐさの少女。

 

――何処からどう見えて私だ。だが、雰囲気も魔力の質も違う。あの時の……暴走しているときの私だ。

 

『また来たの……? いい加減諦めるか……身体を渡せばいいのに……楽になれるのに』

 

「……………」

 

答える義理はない。ただ私は構え、数秒後に迫り来る殺意の塊に立ち向かうべく、意識を集中させる。会話を成立させる気がないと悟ったのか、目の前の化け物は殺意を顕にし、駆け抜ける。

 

一瞬。たった一瞬で距離が埋まり、焦げ臭さを残すほどの速さで裏拳が鼻筋辺りを通過する。当たれば即敗北。今の私では攻撃を受けた後に反撃できる実力など皆無だ。力が足りない、魔力が足りない、経験も足りない。

まだ目指している自分に届く気配などない。()()()()()()()()()()()()()

目指している高すぎる存在には……届かない。絶対に倒さなければならない敵にはまだまだ遠すぎて背中すら見えない。

だからこそ――

 

「負けられない…っ……!!」

 

向かってくる鉄拳を紙一重で躱し、反撃とばかりに至近距離で雷球を叩き込む。感電する化け物。一旦距離を取り、呼吸を整えると更に追撃を加えるべく、加速(しっそう)を開始する。両足の裏から魔力の噴射をイメージし、速度を増した鉄拳を感電し続ける化け物の胴に叩き込み、隙を埋めるべく回し蹴りも叩き込んだ。

 

綺麗に宙に跳ね、見えないはずの地面に転がる化け物。だが、難なく立ち上がり、付けられた傷すら興味無さげにこちらを眺め、呟いた。

 

『……へぇ、前よりは…やるね…。――でもダメ……弱くて壊したくなる…』

 

呟かれた刹那、私の腹に衝撃が突き刺さる。耐えきれずに口から血が吹き出し、見事に吹き飛ばされる。さっきのお返しとばかりの鉄拳を受け、衝撃が全身に突き抜けた私は立ち上がろうにも力が入らなかった。

 

「……動け…ない……っ……」

 

『……なんでそんな無駄なこと…するの? …もしかして……本当に()()()()()()とでも…思ってるの…?』

 

「…うる…、さい…っ……!!」

 

麻痺の残る腕を振るい、近づいていた化け物に無理矢理回避行動を取らせるべく、大振りに動かす。それを哀れと思ったのか、少し油断していたのか。はてまた、ただ抗う姿を嘲笑おうとでも考えていたのか。

それは私には分からないが、化け物はニヤリと口角を上げ、さっきと同じ口調で続けた。

 

『……まだ認めないの……?』

 

「……………貴女にパパを語ってほしくない…」

 

心の底からの答えだ。化け物如きに大切な家族を語られたくない。況してや、大切な人が生きていないなどと語られる筋合いもないし、言われたくもない。

だが、化け物は平然と辛辣な言葉と現実を同時に叩きつけた。

 

『……彼の正体……貴女ならわかるはず…。…その人間にはない耳が…。…人間より発達した感覚が…。…何よりも告げているはずだと思うけど…? …()()()()()()()()ってことくらい。…言われるまでもなく…気がついてたんじゃないの…?』

 

知っていた。パパが人間じゃないってことくらいは。人間らしく振る舞っている――いや、本人は人間らしく過ごしているのだろうが、彼には以前から可笑しい点がいくつもあった。

 

とてつもない速さでの傷の治癒。人間では処理し切れないはずの膨大な不可がかかるはずの特殊な何か。本人が“魔導を見る眼”と称したそれ。

あれはただの人間じゃ処理など出来ずに精神が崩壊するほどの代物だ。私の本能がそれを考える度に叫んでいた。

根本的に分からなくてもあれがとてつもないものぐらいは分かる。それほどまでにあれは異常で人が持つには大きすぎるものだ。

それに加え、とてつもない速さの治癒力。人間なら数週間はかかるだろう傷すら彼は1日もかからずに塞がっているし、治ってしまっている。

その光景を私は何度も目にした。彼が寂しげな顔をしていた時も。彼が――パパがひっそりと涙を流している時も。

 

そして……時々“あること”を口にしていたことも。

 

 

 

――“コードETD”。その言葉の意味は私には分からない。ただパパは……――

 

 

 

「――それが…どうしたの…っ…、私はパパが居てくれるだけで……()()()()()()()()()()()()……。…私は皆を守りたいだけ……壊すのと守るのじゃ……全然…違うから…!!」

 

瞳を赤く染め、髪が逆立つ。急激に魔力の限界値が引き上げられ、急速な魔力回復が開始される。ゆっくりと身体から麻痺が分散され、感覚が戻る。

危険を感じたのか下がった化け物の表情には悔しさが微かに見られた。さっきので心に亀裂でも加えようとしていたのだろう。

 

ふざけるな。そんな簡単にもう折れたりなんかしない。簡単に折れるくらいに私は弱くない。弱くても諦めたりなんかしたくもない。ただ私は皆が守りたい。それだけで十分だ。

 

強く地面を蹴り、一気に間合いを詰める。閃光の如く疾走し、隙だらけの胴に揺さぶりをかけようとした時の利子を鉄拳として送り返す。

急速な加速を加えた鉄拳の威力に流石のあれも驚いたのか、防御に徹しようと構え――

 

「――させる訳がない…っ!!!」

 

完全ではない防御に向かって連続で鉄拳を叩き込む。微かに揺らぎ、隙間が作られていく。その隙間を糸が縫うように放電を放つ鉄拳が放たれる。

 

――雷球でダメなら直接叩く。

 

「……時には…馬鹿みたいに……やってみる…っ!!」

 

いつもうるさいとしか感じなかったナツのように、私は無我夢中に鉄拳を叩き込んでいく。肉弾戦なら彼のことを見習うことだって決して悪いことじゃない。

時には単純になってみるのも経験だと私が出会った暖かい人たち(ムラクモたち)から学んだ。難しいことなんて今考えていても分かる訳がない。

時間をかけて……ゆっくりと迷いが消え失せるまで、ずっと悩めばいい。人間はそういう生き物だと私は知っている。

 

「やぁっ!!」

 

鋭い掛け声と共に狙い違わず化け物の胴へと飛来する私の拳。だが、化け物はそれを受け止め、痺れすらも難なく流した。

再び口角を吊り上げ、不適に笑うと、瞬間的な殺意の塊をぶつけた。

 

「…かは…っ……!?」

 

ボールのように私は空白の狭間(せかい)を転がった。口元から血が垂れる。さっきのは蹴りだ。あれが蹴りなのか、疑いたくなるほどに衝撃はとてつもなかった。

まるで横から鉄筋で殴られたかのような……。ここが現実なら肋骨数本は持っていかれていただろう。それも左半身の辺りだ。最悪心臓が停止する可能性だってあり得た。

生憎この精神の狭間は身体が現実より速く動く。そのお陰でさっきは受け身と回避が咄嗟に出来た。でなければ、前述の如く最悪死んでいただろう。

それほど私の前にいる化け物(あれ)は規格外だ。あまり実感は無かったが、ムラクモやラインハルト、シャナと対等以上に競り合った時の私は自我のある私よりも強いだろう。

今の私ではラインハルトには届かない。しかし――だからこそだ。

 

「…私は私をコントロール出来るように…なるんだ……!!」

 

5年前は平然と狼としての人間より優れた力を使えていた。――いや、あれは言うなれば、端でしかない。力全体の約1%だ。紙屑なんかよりも小さく惨めなものだった。

目の前の敵は力そのものだ。私の持つ潜在的な何かだ。だからこそ、あれを自分で操れるようにならなければならない。あれが今の私を更に強くするために必要なピースなんだ。

 

「――っ!!」

 

再び見えない地面を蹴り、瞬時に距離を詰める。胸元に抉り込むように、そのイメージのまま拳を振るい、顎を狙う。頭の中でも顎は衝撃を伝えやすい。

上手く対人戦を行うものは隙あらばそこを狙う。それもパパから教わった。だからこそ、チャンスを掴むための布石作りを開始――

 

 

 

『……甘過ぎ…』

 

 

 

――しようとした刹那、感知出来ないほどの速さで殺意の槍が突き刺さった。空白の狭間であるはずのこの場所で地面から突然出現した鋭利な槍。

それが拳を構え、放とうとした私の左肩まで貫通する。正常に流れていたはずの血液が突如逆流――それどこか、肩の方まで押し戻される感覚が脳を強襲し、まるで滝の落差が生んだ激流のように口から血が大量に吹き出た。

 

「――――――!!!!!」

 

振り上げた拳の代わりに出たのは声も出ないほどの絶叫。激痛が脳を焼き尽くすかのような電撃となり、全身に駆け巡る。

あまりの痛みに、不快感に、私は左肩まで貫通された左手の拳以外の全身の力が急速に抜けるのを感じた。いくらここが精神の狭間だからと言って、これは予想外だった。

先程から時々口から吹いた血も可笑しいことではなかったのだと今ここに来て悟った。

 

「――…ぁ―…っ…――ぁ…――」

 

言葉が出ない。あまりの激痛に舌が縺れる。――否、元からこんな時に限って話せるものなどいないだろう。神経すらをも貫いた赤黒い槍。地面から生えた罪そのもの。

それが私に痛みをもたらす。痛みの変わらない者が強くなれないと言うのか…。その疑問が込み上げ――消える。考えようとしても激痛がそれをさせまいとする。

もがく。ただ痛みにもがく。痛みには慣れていない。だが、叫ばない。叫んで済むような痛みならすでに無いも同然だ。

額に玉のような汗が知らせる程に掠れそうな意識の最中、その槍を出現させたであろう敵は嘲笑の表情を浮かべ、淡々と告げた。

 

『……甘過ぎ…。…そんなんじゃ……私は殺れないよ…? …ううん、私…じゃないね…。…貴女が憎くて…仕方がない…敵…――そう、アクノロギアは……ね?』

 

「――ぁ――――れ」

 

少し言葉の欠片が口から掠れた声が漏れる。それは少しずつ強くなり、ハッキリと次の瞬間には痛みと共に吐き出した。

 

「――――黙れ!!!」

 

その言葉を吐いた刹那だけ、私は痛みを感じなくなっていた。――否、それを無意識に耐えていたのだろう。だが、それを知るより先に私は絶叫に乗せ、吼えた。

 

「貴女に…何が分かるの…!! …ただ…ただ私に引っ付いてるだけの…存在なのに……。力でしかない…貴女に何が…分かるの…!! …何も知らない…大切にしようとも…感じない貴女に……!!」

 

『……へぇ…。…大切に…しない…ね? …それなら私に呑まれた貴女が……殺した…命は…喰らった魂の…こと……考えたことがあるの……?』

 

「……っ!?」

 

その言葉は重く心にまで響く呪いの音だった。それがスイッチだったのか、突如私の耳に、眼に、認識の中に、おぞましい何かが写り込む。

小さな人の姿をした血の塊。血みどろで身体と思われる塊の全ては動く度に崩壊し、嘆きと痛みによる絶叫を叫ぶ。

呪われた禁忌に手を染めた者のような……醜い残滓だった。その残滓はこちらに気づくと口らしき穴を裂けんばかりに広げ、言葉を発した。

 

『……ねえ……なんで僕を殺したの……?』

 

その声音には何故か聞き覚えがあった。――否、聞き覚えがあるように仕込まれていたのだ。記憶の奥底に眠る小さな現実の欠片を、このために引き上げたのだ。

 

「……なに…これ……」

 

私は反射的に呟いていた。実際これが何なのか訳が分からなかった。ただおぞましくて……まるで暴走していた私のよう……――

 

「――…ぁ……」

 

気づくと同時に私はこれが何なのかを悟った。これは……暴走した私が殺した子供だ。ただ泣き叫び恐怖と絶望の色を浮かべ、死に絶えた子供の魂だと。

あの洞穴――洞窟の中で自我で暴走する寸前だった自らを押さえようとしていたあの時。この子供が運悪く来てしまった。

――周囲には飛び散った鮮血と、引き裂かれ内臓や脳、四肢がバラバラとなった闇ギルドの者たちが散乱していた現場に。

そして容易く私の自我と理性は吹っ飛んだ。暴走するままに子供の口を裂き、四肢を徐々に解体するような無惨で卑劣、人間のすることではないことを繰り返し――殺したのだ。

そこからは――覚えていない。ただ殺した。それだけだった。記憶が脳裏に再現(フラッシュバック)され、自我に亀裂が刻まれていく。

 

「……ぁ……ぁあ……ぁ………」

 

それと同時に一斉に地面から幾つもの槍の如き杭が私の身体を串刺しにしていく。口から再びき激流の如く吹き出す鮮血。本来なら出血多量であの世逝きだ。

それでも死ねない。死なない。何故ならここは現実じゃない。

けれども、ここは一つの現実でもある。自らの存在が定まる現実として――

 

『……ねえ……なんで僕を殺したの……? …ねえ……答えてよ……答えてよ……答えてよ……答えてよ……答えてよ……答えてよ!!! …なんで…僕が殺されなきゃなかったの…!?』

 

残滓は叫ぶ。怒りと絶望、恐怖、悲しみのままに。その咎を追及かの如く、その悲痛な叫びは数を増していく。串刺しにされた私の四肢から次々と心を侵食する亡者の嘆きが伝わってくる。

ダメだ、意識が持っていかれる。頭の中が真っ白になる。……もう放っておいて。

無責任だが、そう頭が悲鳴をあげる。理性も自我も追い付かない。もう楽になりたいと本心から思ってしまう。

ああ、もう楽になろう。楽になれば……それで終われるから……。

ゆっくり瞳から光を失せさせ、目蓋を閉じ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――現実から眼を背けるな、フィー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が覚醒した。四肢を包み込もうとした血の塊たちが動きを止め、霧のように霧散し、崩壊していく。驚愕する化け物の表情が見てとれる。

どうして? なんで驚いているの? なんで私は――眼を覚ましたの? 誰が呼び起こし――

 

「……パパ……?」

 

自然と私は口にしていた。頭に響いたあの声の発言者を。それでも疑問しか浮かばない。感じていた痛みすらどうでもいいの思えるほどに。

ゆっくりと意識が完全な状態へと戻る。停止していた脳が眼を覚まし、先程まで感じなかった何かの存在に気がついた。

目の前だ。そう、目の前だ。見えない。なにもない。それなのにこんなにも暖かい何かはあることを除いて感じたことがない。

そこに誰かがいるのだ。そこに大切な人がいるのだ。片時も忘れなかった大切な父のような人が。パパの――彼の魔力がそこに感じられた。

 

「……全く、世話をかけさせる娘だな、お前は。現実から眼を背けて何になるんだ?」

 

姿は見えない。だけど、感じる。彼はそこにいるのだと。

 

「……ぁ……」

 

言葉が出ない。それでも言葉の代わりに涙が溢れ出す。そこにいるのが彼本人ではないのがわかっているのに。そこにいるのが今の自分と同じ、ただの残滓でしかないのいうのに。

 

『…邪魔…すルな……、…お前ハ……何者ダ』

 

少しずつ私の姿見を持っていた化け物の輪郭がぶれ、よく分からない何かへと変わっていく。それと同時に話し方にラグが入ったかのように言葉が震え、片言のように聞こえるようになっていく。迫り来る化け物。それに対し、パパは――レイン・ヴァーミリオンは静かに左手を横一閃に払い、自らの残滓であるはずの魔力を使う。

 

『……ぐァっ…!?』

 

着弾する魔力の塊。魔法にすら儘ならないそれは微かに化け物を仰け反らせるが、すぐに態勢が元に戻ってしまうような弱々しいものだった。

それでも彼は残滓を構築している自らの魔力をためらいなく使い、時間稼ぎを始めた。

 

「……何者…か、確かにそうかもな。本当の俺はこの世にいるのか、いないのか。そんなもんは分からないし、まだ思い出せない。もしかしてたらこの残滓を生んだ俺でさえ、偽りだったとしても可笑しくない。フィーの前で笑っていた俺が本当の俺じゃないことだってあり得る」

 

「……ぇ………?」

 

私の前にいたパパは本物じゃない? それならパパは……?

 

疑問が浮かび上がる。だが、彼はそれを凪ぎ払い、消し飛ばすような鋭さで言い放つ。

 

「――だけどな。一つだけ確かに言えることがある。

それは俺が《妖精の尻尾》の魔導士で、フィーの保護者。親であるってことだ。それだけは俺が偽りだろうが、真実だろうが何一つ変わらない不変の現実だ」

 

ただ静かに彼はそれだけを確信して告げた。背後から伝わる覇気は本物だと理解できるほどに。頼りたくなる背中は色褪せることもなく、以前よりも強く覇気を放っていた。

 

『………保護者…? …笑ワせル。…邪魔ナお前は消エろ』

 

もはや私でもなくなった化け物は覇気による拘束すらをも駆け抜けた。迫り来る存在に臆することなく――否、自分が消えることを悟っていたのか、背中越しに私に彼は語りかけてきた。

 

「フィー、先に伝えておくからちゃんと聞いてくれ。……殺してしまった事実は変わらない。奪ってしまった命は戻らない。それは誰にだって分かってるもんだ。俺もそうだ。俺も沢山の人を殺した。忘れていた、その罪を。

ずっとお前を見守っている間に。やっと……思い出した。恥ずかしいことだが、俺も人のこと言えない。――だからこそ、だ。お前には……俺のようになってほしくない。誰にだって罪はある。それが大きいか、小さいか、その程度だ。あとは――分かるな?」

 

最後の言葉が伝わると同時に彼は綺麗に引き裂かれた。私には見えていないが、多分彼は引き裂かれてしまっただろう。恐らく狂気の鉄拳が残滓の胴を貫き、空いた風穴を化け物は抉じ開けたのだ。

まさしく消える姿は灯火。風前の灯火という言葉そのものを体現しているようなものだった。だが、消え行く中――彼は不適に笑い、優しげな表情で親らしく微笑みかけた。

 

「――別にフィーがどう変わってしまおうと俺は構わない。ただ帰った時に笑ってくれるだけでいい。ウェンディやメイビスと笑っているだけでいいから。

ただフィーはフィーらしく、無愛想でもいい。誰かに優しくしてあげられるようにいてくれ。

――約束を反故にしてごめんな、今度こそ守るから。2年後だ。2年後、皆で帰るから待っていてくれ、“帰るべき家(ギルド)”で」

 

 

 

そして彼の魔力はフッと消えた。――空白だった私の胸、その中に暖かい光だけを残して。何故か串刺しになっているはずの私の身体には痛みが無かった。

別に無責任に忘れてた訳じゃない。痛くない訳じゃない。ただ彼の――パパの暖かさがそれを癒してくれる。暖かさはゆっくりと私の身体に浸透する。

 

「………途中のは余計だよ…パパ」

 

『……余計ナ邪魔入ッタ、ソロソロ――堕チテ貰ウゾ、残滓』

 

吐き捨てるように告げ、再び化け物は私を取り囲むように血の塊を作り出し、呪いの如く吼えさせようとする。

再びあの子供の姿を取った塊が蠢き、こちらを見て憎悪と共に言葉を吐こうとした。

 

――その刹那

 

「……ん、決めた。私、もう迷わないから……」

 

迷いのない声と共に私は自らの全身に魔力を広く展開し、一瞬にして圧力を高めた波動で貫いていた槍のようなもの全てを粉砕する。

止まっていた流血が再び流れだし、口からも大量の血が溢れたが、それでも意識をしっかりと持たせ、瞬く間に駆け抜ける。

 

「セァァァァッ!!!」

 

さっきまでの加速をも上回る速さで私は距離を詰め、迎え打とうとした化け物の凶拳をも潜り抜け、自らの鉄拳を顔面に叩き込む。

衝撃波の如く顔面に響き、私と同じ顔がみるみるうちにバラバラになり、形すら止めていないものへと変わっていく。

 

『ガアァアァァ!?』

 

「ヤァッ!!」

 

続けて回し蹴りを放つ。思い描いたイメージはパパとお姉ちゃんの蹴り。あれを模倣するように鋭く、速く、容赦なく放った。

これも見事に命中し、再び化け物の身体に亀裂が入っていく。絶叫を上げ、攻撃された部位を押さえる。憎しみと怒りの混ざった形相をこちらに向ける。

 

『……ゼッタイゼッタイ、奪ッテヤル……!!! 二度ト目覚メナイヨウニシテヤル!!!』

 

急接近する化け物。咄嗟に避けようと思ったが、速すぎて間に合わない。咄嗟に両手で防御しようと構えた刹那――

 

 

 

「…………ぇ?」

 

 

 

――世界がぶれた。突然化け物の襲い来る速さが遅く見えた。何故か遅く見えた。逆に私の動きは普段より――いや、そんなものすら比較にならないほどに速かった。

遅いと分かった途端に反射的に避け、返り討ちにする。見事に吹き飛ぶ化け物が見せた驚愕と微かな畏怖の色は私にある実感を持たせるのに時間をかけなかった。

 

「――時が止まってる……? ううん、違う。()()()()んだ…」

 

私の身体に起こっていた現象。それは相手を圧倒するほどの速さ。それと同時に体感速度がまるで違っていたということ。

ずっと速く感じていたはずの敵の動きが遅く見えるほどの自分の体感速度。反撃として与えた拳が生んだ、とてつもない衝撃。

それが指し示した答えは――“自らの加速(アクセラレート)と敵の停滞(スタグネーション)”。

かつて願い、足りないとして崩壊した原初の渇望。私が――フィーリ・ムーンが望んだ“誰にも奪われないために欲した速さ”だった。

 

「…………そっか…。別に足りなかった訳じゃ…無かったんだ。…私が弱かったんだ……」

 

自らの弱さを噛み締め、私は自らの願いのまま、加速する。今度はいつもの5()0()()ほどに。

その最中、漸く起き上がった敵たる“それ”は顔をあげ、こちらを視認しようとして――宙を舞った。衝撃が全身を突き抜け、ただただ空を見上げる。空白で真っ白な空だけを。

 

『……馬鹿……ナ……。…何故…ダ……何故残滓に…敗れる……』

 

本人は気づいてないだろう。自らに50倍加速した分、私から押し付けられた5()0()()()()()を受けているなど。

閃光の如く疾走し、時の流れすら鼻で笑うように空間を――この世界を駆け回る少女の姿など、もう()()()()()()のだろう。

 

「――今度は1万倍に……!!!」

 

閃光の如く疾走していた少女はついに光ですら無くなった。視認できないほどに加速する。

もはや幻影のように残像を残すような手は抜かない。完全に殲滅する。二度と自分に負けないように。二度と甘い考えなどしないように。

 

――私は家族の敵を蹂躙し、仲間たちが迷わないように先導者(ミチ)になるんだ。

 

素早い、そんな言葉は何処に消えたのかと思うほど私は加速した。遅くなっていくもう一人の私を見つめながら。駆け抜けたい、もっと速く駆け抜けたい。

自らの欲望すら振り切るほどに私は駆け抜けたくなった。仲間たちが悲しまない未来を描きたくて。強く、激しく、残酷だった時の流れすら超越するぐらいに駆け抜けたい。

 

 

 

 

 

 

「――流星の如く疾走し、立ち塞がらんとする敵を斬り祓え。……奥義」

 

 

 

 

 

ゆっくりと地面に落下していく敵を見据え、魔力で鞘と刀を構築する。それを雷鳴の如く一瞬で抜刀し、私はその刹那を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

「――狼牙月光照・覇天」

 

 

 

 

 

狼の犬歯の如く鋭利な斬撃が、墜ちる前の命に真っ赤に彩られた血の華を咲かせた。

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「………疲れた」

 

目を覚ました頃には日が暮れ、満月が出ている時間になっていた。胡座をかいていた態勢から大の字に寝転ぶと天井を見上げ、私はクスリと笑った。

 

「……綺麗」

 

私の目に映ったのは部屋の外に見える夜空の満月と星々。いつになく綺麗で――なんだか懐かしくて寂しくなるような……――

 

「あれ? フィーリ、何してるの?」

 

ボーッとしかけていた私の元へ灰色の長髪を持つ少女――ではなく少年がドアを開け、声をかけてきた。朝から仕事に出掛けていたムラクモ・アッシュベルだ。

どうやら無事だったようで微かに安心してから私はいつも通りにからかうことにした。

 

「おかえり。懐暖まった?」

 

「……うっ…。…まあ、…少しは」

 

なんだか答えずらそうな雰囲気を出すムラクモ。それを見て脳裏に微かに浮かべていたことを訊ねた。

 

「……ふ~ん? もしかしてだけど……――今日、晩御飯食べないつもりなの?」

 

「ギクッ……」

 

当たりだった。どうやら彼は晩御飯を食べないつもりだったらしい。いくら金欠とは言え、食べないのは身体に悪いだろう。

ため息を少しつくと、私は起き上がり立ち上がると彼の方に向き直り、率直に答えた。

 

「そっか。…じゃ、晩御飯作ってあげるね」

 

「………へ?」

 

「ん? 何か変なこと言った…?」

 

「……え、いや…その……さっき晩御飯作るって………」

 

「当然」

 

「それって僕の家に来るってことじゃ……」

 

「当然。もしかして野宿する気だったの? 家そこなのに?」

 

「…………」

 

このあと何度か言い争うような形になったのだが、結局私が言い伏せる結果となった。どう言い訳しようか考えていたのか先を歩くムラクモの背中はがら空きだったが、不思議と脅かす気にも、からかう気にもなれなかった。不思議と懐かしくて――

 

「…………」

 

「…あれ? フィーリ、どうかしたの?」

 

――彼が振り返り、こちらを見てきた。少々動揺したが、それを隠しつつ私は自然と答える。

 

「ううん、大したことじゃない。――ただムラクモって本当に男の子か考えてただけ」

 

「……き、君までそんなこと言うの……?」

 

「冗談だよ。さ、そろそろ寒くなるから急ご」

 

彼の手を取り、一緒に駆け出す。夜の帳に包まれた星空の下、私は微かに笑みを浮かべて彼に笑いかけた。彼もそれに応じる。

それを感じ、私は夜空を見上げ、静かに呟いた。

 

 

 

 

 

「――パパ、ママ、お姉ちゃん、みんな。……ずっと待ってるよ。速く帰ってきてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かに、ただ静かに。狼の少女は満月を見上げ、未来(あした)を望む。

 

 

 






あ、それと投稿遅れてすみませんでした。まあ、今回は13000程度でしたが、やはり

どれくらいが読みやすいんでしょうか? それに関しても意見下さると嬉しいです。

今週の水曜日(2/10)は私立入試です。なのでこの日まで投稿が出来ないです。

英語を頑張らないと行けないみたいです(涙) まあ、なんとかします。

なのでこの作品と作者の応援をしてくださると嬉しいです。それでは次回。

今度はシャナメインの外伝編を少ししたいと思います。

P.S.
Dies iraeにかなり影響されてしまったかもしれない気がする……。
さ、流石最高の厨二病ゲーム……。十四歳神の洗脳には敵わないのか……。



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外伝 其の弐 緋色の焔、白銀に咲く
幕引きと幕開け


どうも作者の天狼レインです。え? なんで私立当日なのに投稿してるのって?

時間あったんです。一気に書き終えることができるほどの時間が。

さて、今回からシャナの過去についての外伝編です。今回は8000文字程度ですが、

内容は結構てんこ盛りですかね。それとタグに残酷な表現ありと入れてて良かったと

思います。今回のバイオとかグラセフよりも文的にキツイものが入ってます。

決してR-18に入るものではありません。寄生虫どうのこうのとか無いんで。アレハホントグロイ。

そんな訳でシャナがレインに会うまでの話をお送りします。それでは本編どうぞ。

――あ、それと食事中には読まないでください。前のフィーリとかよりもグロいんで。

P.S.
原作のシャナも結構な環境だったけど、こっちのシャナはもっと酷い気がする。
というか、私がそう言うのに慣れてしまっているのだろうか? 謎は深まるばかりである。





「泣き叫べ、劣等――今夜ここに、神はいない」
                    by ウォルフガング・シュライバー(Dies irae)





――まあ、勇者っぽいのは居ましたけどね、今回の話(笑)




フィーリとムラクモが元気良さそうに会話しながら夜のギルドの前のストリートを歩いている中。夜空を見上げる形で黒髪の黒羽織の少女がギルドの屋上にいた。

 

「……レイン元気かな…。怪我してなかったらいいな…」

 

ボーッとした頭を冷やしに少女がギルドの屋上にある塀に腰掛け、小さく呟く。紅蓮のように紅い、灼熱の長髪は今だけ黒く綺麗な長髪へと戻っていた。同じく灼熱の瞳も茶色混じりの黒目になっている。

これが本来の彼女の姿。この世に生を受けた時からの本当の彼女の姿だ。髪や瞳が灼熱のような色合いなのは彼女の使用する魔法の効力故だ。

様々な業火を操りそれを司る、その異能さ。それは人体に何らかの変化をもたらしている。こうして魔法の行使を完全に止め、警戒態勢を解かなければ彼女は本当の自分には戻れない。

 

「………メロンパン食べたいな。レインの作ったメロンパン…」

 

突如脳裏に浮かんだ大好物。あの甘さとカリカリ具合を越える同種のメロンパンには巡り合えていない。恐らくあのメロンパンこそが至高――故に

 

「あー、もう…!! レインの作ってくれたメロンパンが食べたい~!!」

 

彼女は落ちるかとハラハラさせるほどに塀の上で横になりジタバタする。普段の彼女からは予想もつかないほどの元気よさ。無口で毒舌というあの彼女は何処に行ったのだろうと感じる光景だが、この現場に遭遇したものは未だ居らず、今の彼女を知っているのも唯一レインだけだった。

 

「……レインに早く…会いたいな……。…いっぱい褒めて貰いたいな……あれからスゴく強くなったから……」

 

起き上がった彼女の頬は朱色に染まっていた。まるで彼のことを想い、恋しているかのように。普段の無愛想さからは予想のつかない、優しく健気な表情を浮かべ、彼女は懐かしい思い出に浸り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が彼に出会ったのは六年前――X783年のことだ。フィオーレ王国のあるこのイシュガル大陸の西にあるアラキタシア大陸より更に西の辺境にある大陸で私と彼は出会った。

大陸の名前はもう覚えていないが、私の生まれ過ごしてきた村はそんな辺境の大陸のさらに辺境にあった。農業が盛んで自然の恩恵によって村は何百年も存続していたと教えられていた。

 

当然自然があちらこちらにあるため、野生の動物も沢山いる。時に互いの望むものを交換しあったりするほど、この村に住む村人と動物たちは仲が良かった。

それが村の自慢の一つでもあったし、当時の私もそれが嬉しくて堪らなかったのだろう。子供たちは元気に原っぱを駆け回り、転んだり、喧嘩したり――そうやって幼少期の好奇心を満たしていた。

 

春は原っぱに咲く花を観察したり、春の優しい柔肌を撫でる風を存分に味わう。

夏はサンサンと照りつける太陽を背に受けながら川や小池で元気よく水遊び。

秋は美味しい秋の味覚に舌鼓を打ち、次に来る冬に備える。

冬は降り積もった雪で雪合戦をしたり、無事に春が訪れるように祈る。

 

そんな毎日の繰り返し。今ではすぐに飽きるようなものだけれど、当時の私はそれで満足していたのだと思う。

 

あの頃の私は無垢だった。無知で弱かった。普通の女の子だったし、今のように恐れられたり、仲間から賞賛されたりはしていない。

ただ元気に村のなかで幼少期を過ごし、成人してからも村のなかで結婚し、子を作り育て、老いればゆっくりと人生を振り返って終わりを迎えるはずだったのだろう。

 

――でも、人生に転機は訪れる。その転機が優しいものか、厳しく残酷なものか。それは人それぞれだ。ただ、私にとってその転機は残酷で非情極まりないものであったことは確かだ。

今でもそれを思い出すと身体の震えが止まらなくなったりする。恐怖と怒り、復讐したいと願ってしまう――そんな感情が胸の中で渦巻き蠢く気がする。

 

事の発端は私が5歳になった頃に訪れた秋のある日、村で行う収穫祭に必要な道具の材料である薪や木々、果物などを採集するために森の中に出掛けたことだった。

 

漸く5歳になり、私は自らの目で森を見ることができた。村では小さな子供――齢5歳に満たない子供は森に入れない決まりになっていた。

それ故、当時の私にとって新しい世界を見るかのような好奇心が生まれ、ワクワクしていた。早く採集を終わらせれば、少しぐらい森の中で遊んだり、いろんなものを見てもいいだろうと思って。今思えば、そんな気持ちを抱かなければ良かったのだと思える。

それでも――彼と出会うために必要だったと思えば……、そう思うと少しだけ苦しくは無くなった。

 

 

 

「おかーさん、なにをあつめればいいの?」

 

「薪と木の枝。それと果物よ。い―っぱい集めて皆に褒めてもらおうね、■■■」

 

あの頃の名前はもう捨てた。彼が居なければ、十の昔に私は死んでいた。だから私は昔の記憶があっても、その名前ではない。私はシャナだ。

そんな決意を抱くことになろうとも知らず、幼き頃の私は満足げに母の手を握り、ステップを踏むように元気よく森の中に入っていく。

それが全ての始まりであり――■■■と呼ばれていた頃の私に幕が引かれる日へのカウントダウン。

 

そして――シャナ・アラストールの人生が始まる日までのカウントダウンだった。

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

木々が生い茂り、微妙にじっとりとした微かな霧が発生している森の奥深く。そこに生える特殊な薬草やそこにしかない木の枝を取りに私と母親は来ていた。

採集など対して面白いことなど無いのだが、新天地と感じる故に私は楽しくて仕方がなかった。初めて見る外の景色は危険が全くない草原だけしか出たことのない私には輝いて見えた。

 

この時の私が今の私を見たらどう思うだろうか? 沢山の見たことがない景色を見ることが出来ることを羨ましがるだろうか? それとも、もう母親がいないことを哀れむだろうか?

まあ、当時5歳の私にはそんな区別もつくはずもなく、そんな区別がつくようになるのはその数日後だろう。

 

それはさておき。

 

幼い私が両手で漸く持てるほどに詰め込んだカバンからはみ出る薬草の数々と木の枝。それは誰が見ても子供にしてはよくやったと褒められる量だった。

満足げに微笑み、カバンの重さで覚束ない足元に注意しながら母親が取りに行った方向へと歩んでいく。何故かその時、不思議と霧が濃くなっていたことのだが私は気がつかなかった。

 

「っ!? …な、なに…?」

 

ガサッという音を立てる木々に驚き、少し足元がすくみそうになる。咄嗟に回りを見渡すが、何も見えな――突然道中で怪しげな何かが動いた。

 

「…………」

 

あんぐりと口を開け、固まる。しかし、固まった私に気がつかなかったのか、何も起こらないまま怪しげな何かは姿を眩ます。安堵し、木々が風で揺れているのだと無理矢理自分に信じ込ませ、再び歩き出そうと一歩進んだ時だった。

 

悲鳴が聞こえた。それも聞き覚えのある声。それは絶対に違わせることなく――

 

「――おかーさんの声!? ッ!!」

 

母親の悲鳴を耳にし、私は両手からカバンを落とし、そのまま駆け出した。途中足を引っ掻けさせようとする魂胆が丸出しの木の根があったが、それを咄嗟の判断で全て躱すと、村の子供で最速だった私が脚力をフルに使い、すぐに向かった。

向かった先に見えたのは、森の端だろうと思われる崖の岩壁を背にしてズルズルと後ろに後退する母親の姿。それに――

 

「……ぇ…? …クマ……なの…?」

 

クマらしき生き物だ。――いや、あれはクマだった。だが、それはクマであってクマではない。口から吐き出している呼気が紫色に怪しく輝き、血のように紅く染まった眼光。

返り血を受けたらしい鋭利で済むのかと思うほどに鋭い爪。クマ本体の身体からは何か可笑しなものが溢れ出しており、身体の表面に謎の亀裂が入っていた。

 

それはまるでクマの毛皮を被った化け物。恐らくは村の伝承にも載っていないだろう想定外の存在。正真正銘の化け物の姿だった。

 

恐怖に怯え、徐々に冷静さを失う母親。それを楽しんでいるかのように少しずつ距離を詰めようとするクマ型の化け物。あんな生き物がいるなんて――ふと私は思っていたが、それを心中で考えた後――

 

「…助けなきゃ……おかーさんを助けなきゃ…!!」

 

すぐさま近くの小枝を握るとそれを化け物に投げ付けた。

 

「あっちいけ!! 化け物なんか…あっちいけ!!」

 

今なら分かるが本当に幼い私は健気で――無知蒙昧だった。そんなもので何が出来る? そもそもそれで気が剃れたら次に狙われるのは私ではないか? と。

小枝が当たり、ゆっくりとこっちに振り返る化け物。やはりその眼光は元々のクマらしさなどなく、狂暴で血にまみれた存在を体現するものだった。

 

「――!?」

 

あまりのことに声が出ない。クマがゆっくりとこっちに向かおうと足取りを進めようとする。

自分に向いていないことに気がついた母親はこちらに気がつき、真っ青になった顔を向け、叫んだ。

 

「に、逃げなさい!! ■■■!! 逃げて村のみんなに伝えて!!」

 

「……い、嫌!! おかーさん、置いていけないもん…!!」

 

逃げろと叫ぶ母親に嫌だと断る私。いつもの生活から母親が消えることを拒みたかったのだろうと思うが、全てを失った後の私はこう思った。

 

――別に見捨てても良かったのだ。どちらにせよ、死んでしまうことに代わりないのだ、と。

 

そうなる未来を知らぬまま、私はいつも存在していた楽しくて幸せな刹那を逃さぬよう、母親を見捨てることを拒んだ。だが、ゆっくりと迫るクマ型の化け物の巨大さが私の決意をドスンドスンと立てる大きな音と共に鈍らせようとする。

当然のように私は後ろに後退した。しかし、あろうことか私は先程まで的確に避けていたはずの木の根に足を捕られ、尻餅をついて転んだ。

一気に恐怖が巨大化する。迫る化け物がさらに恐怖を掻き立てる。クマによってほとんど占められた視界の端で青い顔のまま動けない母親が映る。

 

私が死んだら……今度はおかーさんが殺される……!!!

 

突如感じた苦しさと微かな怒りが目の前にいる巨大なクマ型の化け物に対して理不尽さを感じさせた。

 

そもそもなんで私とおかーさんがこんな目に遭うの!?

 

胸に突然と怒りと共に沸き上がった言葉。

突然の理不尽さから来る怒りと力のない非力な私に対しての怒り。

それが少女の中で永久に眠り続けるはずだった“あるもの”の目を覚まさせる。ゆっくりと今よりは短い長髪を翻させるほどに立ち上がり、それと同時に私を中心とする突風が吹き荒れる。何かが寝覚める。その感覚が私の中で蠢き、一瞬のうちにそれが爆発的に広がり、本来は目覚めなかったであろう何かを封じる器のようなものを完全に破壊し切った。

 

「…お前なんか……――」

 

突風の中心にいる私の手に集まる謎の力。少しずつ集束し、収縮し、拡散しては、収縮する。ゆっくりと形作られ、赤い輝きを放ってそれは姿を現した。

 

炎だ。真っ赤に燃え盛る炎。こんな森なら少しだけ焼けば一気に広がる紅蓮の炎。それが無知蒙昧の私の手に渦巻き、形を形成し、紅蓮の剣を創造する。

 

――目覚めた魔法の才能。火魔法の才能。目覚めた時からすでに他者を圧倒するまでの魔法の原型。それが私の運命すら変える一撃と化す。

 

 

 

 

 

「――消えちゃえぇぇ!!!!」

 

 

 

 

 

紅蓮の剣を真っ直ぐ縦に降り下ろし、化け物を一刀両断する。抵抗するまもなく焼かれ砕かれ崩壊する化け物。断末魔が森全域に響き渡り、灰塵と化す。

紅蓮の剣は振るわれた後、一気に拡散し、消え去っていく。膝から崩れ落ちる私をすぐに血相が悪いままの母親は抱き止め、ギュッと抱き締めた。

暖かい。ただそれだけが私の心を癒した。ある日の私に起こった異変。それは今なら理解できるものであり――幼き頃の私には決して認めたくないものの始まりであった。

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

その次の日。荒れた森の有り様を目にした村人が前日に森に向かった私と母親に訊ねてきた。母親が代わりに説明し、なんとか問題にならずに済むと思われたが、村長にそれが嘘だと見抜かれ、真実を話すよう要求された。悩み悩んだ母親は渋々口を開き、こう告げた。

 

――■■■が魔法を使った……。紅蓮の剣で化け物を切り殺した、と。

 

それを聞いた村長の顔色がみるみる青くなり、恐怖の色が滲み出た顔つきで私を見た。周囲を見渡すと他の村人たちも顔色が青くなっていく。

まるで怖がられているようにだ。同年代の子供たちにはその理由がわかっていない。私もわかっていないのだ。

だが、母親を除く村人は口を揃えて、恐る恐るその禁忌の如き言葉を口にした。

 

――その子は……■■■は“魔女”だ、と。

 

当時の私は知らなかったが、村では魔力があるもの――つまり魔法が使えるものが魔物と同じ存在であることが分かった。特に女性ならば、魔法を使う女――魔女とされる。

それが表す真実は――その魔女を殺すことに繋がる。別に魔女に不老不死がある訳ではない。だが、その村では魔女や魔王、魔物は凶作や悲劇の兆し。殺さなければ村が滅ぶとされていたぐらいに恐れられ、疎まれる存在だったのだ。

何も知らないまま、私は詰め寄る村人たちから離れ、母親の後ろに隠れる。それと同時に子供を――私を離すまいと村人たちから距離を開ける母親。

 

その日からだ。毎日毎日、私の家には落書きや悪戯が頻繁に起こるようになった。村から出ていけという言葉はザラで、酷い時には「さっさと死ね」や「魔女の一家」などと周囲から叫ばれるようになった。友達だった子達や遊んでいた子供たちも私が窓から顔を出す度に石を投擲する。当たった額から血が溢れるのを見るとさらに勢いよく投擲を繰り返す。

窓ガラスが次々と割られ、嫌がらせがさらにエスカレートしていく。当然村の食物は配給されないし、自分達の家で作っている食物は全てダメにされた。

早く餓死しろと叫ぶ声が毎日毎日聞こえる。母親は家の出入りができる場所全てを封鎖し、襲って来ようとする村人たちから私を助けようと必死になる。

食べ物がなく、いつ殺されるか分からない状況で私と母親は極限状態となった。母親はストレスで性格が豹変しかけるまで苦しみ、私も日々の絶食や食べたいという欲望に心が歪みそうになる。

 

なんでこんなことになったんだ、と頭が自然と考え出す。

そもそも森の奥に出向かせたのは村人たちではないか。それにあんな化け物がいることすら知らなかった。それから逃れるために使ってしまっただけなのになんでこんな目に……。

 

そんなことを考え続ける日々が何日か続いた。しかし、それもすぐに終わりを告げることとなった。

 

睡眠欲求に勝てず、冷たい床の上で眠っていた私が目を覚ましたある朝。キッチンだった所に顔を出すと――そこには首を吊って死んでいた母親の姿があった。

 

ピクリとも動かぬ母親の姿に号泣する私。それと同時に家の封鎖部分を全て破壊し、流れ込んでくる村人たち。私と母親の遺体を見つけるや、すぐさま抵抗した母親の身体を無惨にも解体し、すぐさまそれを外に投げ捨てる。

次に見つけた私に無理矢理捕まえ、手首や足首に手枷や足枷をつけ、しまいには動物の如く首輪までつけた。ズルズルと引き摺りながら家から出された先に私は酷いものを見た。

 

――子供だ。私と同年代の子供の一部が炎の上で焼かれていた。ジューという油の焼ける臭いが蔓延し、それを眺める村人たちの嘲笑が聞こえた。

焼かれる子供の姿を見て泣き叫ぶ両親たち。しかし、彼らも続いて炎の上に投げ込まれ、容赦なく焼き殺される。次々と薪が足され、殺せ殺せと叫ぶ声が聞こえた。

 

「……ぁ……ぁぁ…………」

 

恐怖を感じた。あの村人たちがこんなに壊れるなんて思っていなかった。優しい村人たちという印象が音を立てて崩壊し、狂った形相を晒す化け物共に書き換えられる。

すぐさま私も引き摺られ、炎の上に連れていかれる。

 

「…い、嫌ぁ!!! 嫌ぁ!!!」

 

抵抗するが流石に子供の力では大人の力には及ばない。当然のようにズルズルと引き摺られる。皮膚が裂け、血が滲む。たま粒の涙を目尻から流し、私はただ泣き叫ぶ。

 

殺される。そう思った刹那、再び自らの手にあの感触が蘇る。一気に怒りと悲しみのままに紅蓮の剣を構築し、それを自分を引き摺る化け物に向かって叩き付けた。

 

「ギャアアアアアアアアアア!?!?」

 

悲鳴を上げ、炎を消そうとして無惨にも先に灰塵と化す。荒い呼吸を繰り返し、私は涙で滲んだ目で周囲を睨みつける。だが、村人たちは恐れることなく襲い掛かってきた。

力強く手が私の腕を取り押さえ、同胞を殺した化け物に人徳や人権などあるものかと言わんばかりに私の破れていた服を一気に破り捨てる。

抵抗する度に殴られ、意識が朦朧とする。動けなくなったのを見計らい、私を燃え盛る炎の前に作られていた牢獄らしき何かに投げ込んだ。

頭を強くぶつけたが、あまり影響がない。しかし、その衝撃は私を昏倒させるには丁度良かった。そのまま意識が無くなっていく。

無くなっていく意識のなか、最後に私の鼻に届いたのは――焼ける肉の臭いと死臭だった。

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと私は両腕、両足、胴体、首と木で作られた十字架らしき何かに括りつけられていた。抵抗すら出来ない。下の方にはすでに油のような臭いが立ち込める薪が揃えられていた。

私が目を覚ましたことに気がついた者がギョッとした顔で村長らしい人物に話しかける。それを聞いた村長もギョッとし、すぐさま何かを指示した。

指示された者が持っていたのは松明。――つまり、それで点火し、私を焼き殺そうと言うのだ。だが、生憎私は動けない。縛られる云々以前に殴られたことのせいで意識があまりハッキリしない上に身体が痛い。動く力すらない。

そして、火が薪につけられる。炎が少しずつ立ち上がり、一気に火の勢いが増す。身体が焼ける。熱くて耐えられない。

 

「……痛い……熱い……ぅぐっ……」

 

苦しさに声が漏れた。その声を聞いた者共が嘲笑し、一気に喚き散らした。

 

「魔女め!! さっさと死ねぇ!!!」

 

「てめぇなんざ生まれる必要なんかねぇーんだよ!!」

 

「さっさと死になさいよ、この魔女!!」

 

「そうだ、そうだ!! てめぇのせいで凶作になったらどうすんだよぉー!?」

 

狂っている。あんなのが私の求めていた刹那――楽しく過ごしていた日々だったのか?

 

それが突如として浮かび上がる。本当になんでこんな目にあってしまったんだと思った。別に私は悪いことをしていない。悪いのは全てあの時の化け物なのに。

私がたった一度村の外で魔法を使い、生きるために――抗うために魔法を使っただけなのに。私にどんな非があるのだろうと脳が叫ぶ。

涙が零れ落ちる。死にたくないと必死に喚きたくなる衝動に駆られる。涙がとまらず、私はただ焼かれる。少しずつ私を縛っていた木の十字架の根本が焦げ、折れそうになる。

ここで折れれば更なる激痛が私を襲うだろう。その恐怖が私を懇願させた。

 

「……お願い………なんでもいいからぁ…悪魔でも…なんでもいいからぁ…ぁぁ…。…私を……助けてぇ………」

 

人生で一番神に、悪魔に、なんでもいいから何かに強く願った。生きたいと願った。もうこんな場所から逃げたい、離れたいと私は強く強く願った。

命が燃え尽きる前に――私が本当に壊れてしまう前に、と。

 

その時だった。時間が止まったような感覚を感じた。でも時は止まっていない。だが、私の身体を縛る十字架の付け根に白銀の閃光が迸った。

それと同時に紅い斬撃が放たれ、狂ったように喚き散らしていた者共が一瞬で上半身と下半身を切り離され、血飛沫を上げて絶命していった。

その紅い斬撃は炎すら切り裂き、十字架に縛られた私をそのまま地面に倒れさせようとした刹那――ほんの一瞬で十字架を砕き割った少年が服すら無かった私を優しく抱き止めた。

 

「…ふぅ……、折角動物と仲が良いって噂の村に来たのに……。どうしてこんなに阿鼻叫喚なのかな…。オマケにこんな少女を服も着せずに十字架に磔にした上に焼き殺そうだなんてね。正直――許される訳がないよね?」

 

白銀の髪に何かの紋章を手に刻んでいた少年が鬼の如き形相で化け物共を睨み付けた。地面に突き刺した白銀の竜鱗に包まれた剣を一瞬で真横一文字に振り払い、者共を一刀両断していく。続いてその剣を消滅させ、背中に吊るしていた鞘から紅い太刀を抜刀するとそれを構えつつ、勢いよく疾走し、続けてすれ違い様に切り捨てた。

血のついた太刀を振うと、少年は優しげな目で私を見ると、小さく声をかけた。

 

「神でも悪魔でも無いけど――僕で良ければ助けるよ。ツラかったね、大丈夫だよ。後は僕に任せて、ゆっくり休んで」

 

少年の言葉に全身の力が抜け、意識がボーッとする私。向こうに少年は私の様子に安心ができる段階となったのか、あちらに向け直ると血の如く紅い瞳で彼の者共を睨み、宣言した。

 

「さぁて、覚悟は出来てるか……? 君たちには死後に天国なんて必要ない。僕が先に宣言するよ。君たちには地獄で罪を償い続け、泣き喚くのがお似合いだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが私と彼の――後にレイン・ヴァーミリオンと名乗る少年との出会いだった。

 

 

 

 

 

 




軽い説明とネタバレ。

5歳の頃のシャナが使った火魔法は決して《灼刃煉獄(フレイムヘイズ)》ではない。
あくまでもメイビスが幻魔法に目覚めたような感じであるためにちゃんとした枠組みの
魔法ですらない。そのため魔法の力を形成しても紅蓮の剣が限界である。
《灼刃煉獄》は後にレインが彼女に“生きるための力”という前提で教えることとなる。







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私の初恋

どうも皆さん、おはようございます。今日がなんの日か分かりますか?

そうです、今日は――第三次世界対戦だ。リア充と非リア充による論争合戦です。

つまり、ひたすら非リア充の方々がリア充に対し、爆ぜろ!!と叫ぶ日でもあります。

いやはや、恐ろしいこと、この上ない。え? 私ですか? 非リア充ですけど?

つうか、受験生が恋なんかすんなよ(笑) 自分の身を滅ぼすぞ、愚か者。

――愚痴もこれぐらいにして丁度バレンタインのお話を書こうか悩んでいたのですが、

シャナ編だったので。土曜日丸々潰して書き下ろしました。まあ、元からこの設定があった

んですが、タイミング良かったので、書くことにしました。

前回の話の冒頭でシャナの様子について“まるで恋をしているように”とありましたが、実際

彼女はレインに恋してます。まあ、その理由は今回の話です。つうか、基本的に主人公は

朴念仁。レイン・アルバーストの時期なんか朴念仁度はトップクラスですから(笑)

そんな訳で私のまだまだ“甘い”執筆スキルが書いた“甘い”話ですが、それでも良い方どうぞ。

ちなみにシャナはクールキャラに見えて、実際は乙女。恋する乙女なのです。

ギルドではクールを装ってるだけです。本人と出会ったら――もう分かりますよね?(笑)

P.S.
皆のもの、ハッピー(Frohe)バレンタイン(Valentinstag)!!
フハハハ、現実から逃れてしまっては行けないのだよ。私も非リア充だが、目は背けんぞ!!
こう言うときこそ空元気に祝おうではないか!!











……………リア充爆発しろ。






目映い光が目を焼いた。目蓋を開けることすら拒んでいたかのように。紅蓮に輝く炎と一瞬の閃光。それが私の――“シャナ”になる前の少女の運命を変えた。

阿鼻叫喚の村。滅べ、滅べ。死ね、死ね。そう叫ぶ人の形をした化け物たち。人の心の奥底は誰にだって理解できない。優しくても本当はおぞましいことや恐怖するしかないことを考えているかもしれない。それが少女を人間不信にさせる結果を生んだ。

守るための力を少しだけ手にできたというのに、少女は結局守られ、守りたかったはずの存在を目の前で失った。自らもあと少しで失うところだというのに、何も出来なかった。

 

だから少女は願った。未来(あした)が欲しいから。自分が生きていても許される世界が欲しいから。自分の存在意義が欲しいから――そのために少女は現実へと帰還する。

 

 

 

 

「……ぅ……んぅ………」

 

寝言を小さく口から漏らしながら、少女は目を覚ました。目映い光がそこにあると思っていたが、少女の眼に届いたのは暗い闇――夜空だった。

回りに強い光が無いためか、星々がその柔らかい光を放つ。さっきまで鼻に届いたはずの焦げ臭さや死臭、異臭は何処へやら。そんなものは元から無いように全く臭わなかった。

ゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡す。回りは木々に囲まれている。森の中だ。だが、こんな森は見たことがなかった。魔力に目覚める理由になった森とは雰囲気が違う。霧一つなく、森そのものが静かだ。夜だからか、それとも――

 

「……ん? あ、起きたんだ。よく眠れた?」

 

聞き覚えのない声が聞こえた。すぐさま声がした方を向き直ると、そこには白銀のコートを羽織った少年が焚き火の前に手を翳し、暖を取ろうとしていた。

 

「……………?」

 

誰だろう? 見覚えがない。村に――人の形をした化け物がいた村にあんな人はいただろうか? いや、いないはずだ。村ではあんな服装しないし、している人もいない。

なら――

 

ふとそう思った少女――私が首を傾げようとした刹那、頭の中であの時の光景の一部が姿を現す。一瞬で炎を切り消し、罵倒と呪詛を叫んだ化け物たちをあっという間に殺した少年。

そっと私に声をかけ、安心させてくれた――その少年がそこにいた。

 

「………なんのつも……っ!?」

 

思わず自分の口を押さえた。いつもの自分とは違う口調が口から出たことに驚いて。幼さの残る口調だったはずの私。村で一度意識を失った後、今まで何があったのだろうか。

驚く私に彼は何かを思い出したのか、苦笑しつつ声をかけてきた。

 

「…あ、…ご、ごめんね? 実は色々あってさ。君が眠ってる時に少し知識みたいなのを入れさせてもらったよ。まあ、それもあって口調が変わってたりするけど……。う~ん……やっぱり無断はダメだったかな……」

 

「……………」

 

「…えーっと…と、とりあえずその目…止めてほしい…かな…?」

 

「…最低」

 

「…う、うん…ごめん」

 

どうやらこの口調になってしまった原因は彼だったようだ。知識が以前よりもあるお陰が頭が以前よりも冴えているような気がする。

ジトーッと彼を睨みつつ、そろそろ立ち上がろうと身体に力を入れる。

だが――

 

「――っ…」

 

身体に痛みが走った。顔を歪め、痛みに堪えると立ち上がることを止め、もう一度身体を横に倒す。横になる方がやっぱり楽みたいだった。

すると、先程まで苦笑し続けていた彼がこちらに近づいてくる。普段なら知らない人がやって来たら距離を取るのだが、今は身体が思うように動けないために拒むことすら出来なかった。

 

「今は動かないでね。いつ怪我したのか分からないけど、身体に結構擦り傷とかあったから。あとは……打撲かな。一応手当てしてあるから安心してね」

 

確かに私の身体にそんな傷があった――と言ってもそんな感じがしただけに過ぎない。打撲は恐らく無理矢理捕らえられた時や反抗した時にできたものだろう。

擦り傷は身体を十字架に縛られた時にロープによる擦過傷や服を破られた上にほとんど裸だった状態で引き摺られた際に――

 

顔が急に熱くなった。焚き火の温度が熱い訳ではない。羞恥心を感じたからだ。“手当てしてあるから”、それはつまり――

 

「……ぁ…ぁぁ………」

 

「ん? どうかしたの?」

 

きょとんとする彼がさらに羞恥心を高めた。まさかごく自然に見ていたのか? いくら治療や応急処置とは言え、本当に彼は――そう思うとある言葉が口から漏れた。

 

「…………ぃ」

 

「へ…?」

 

「――変態、変態、変態ぃぃぃ!!!」

 

「えええええぇぇぇ!?!? な、なんで急に!? ぼ、僕は変態じゃないってば!!」

 

思わず出た三連続変態決めつけ宣言。勝手に決め付けられた本人にはかなりの精神的ダメージは見込めるだろう。それでも社会的死亡などの制裁は見込めない。

ここは森。恐らく近くに町がないから森で野宿しているのだろう。そうなれば、近くに人がいる訳がない。結局あまり意味はないのだ。――ただ目の前の本人はかなり焦っているが……。

 

「ぼ、僕はそんなんじゃないってば!! 第一そんなことした覚えは――あっ…」

 

弁解しようと必死になっていた彼が変態ではないということを証明するべく思い当たることを脳内で探していたが、あることを思い出した。

急に静かになり、顔を向こうに向け、背中をこちらに向ける。すると、突如地面に向かって転がり出した。突然のことに仰天し、開いた口が塞がらない私。転がり続ける彼は頭を抱え、ただただ叫ぶ。

 

「なんてことしてるんだ、僕はぁぁぁぁぁ!!! いやいや、なんで応急処置でなんでそこまでやったんだよぉぉぉ!!! 治癒魔法使えるのにぃぃぃ!!!」

 

「……………」

 

どうしてしまったのだろう。さっきまでのイメージが音を立てて崩壊してしまった気がする。優しげでカッコいい、そんなイメージ。助けてくれた時の彼のイメージが、今では見る影もない。――どうしてこんな風になってしまったんだろうか?

 

ふと浮かんだ疑問に答えられないまま、私は彼が転がり続けるのを止めるまで待った。数分間転がり続けた彼が漸く落ち着くと何故か今度は彼が顔を真っ赤にしていた。

 

「……………どうか…したの?」

 

何故こんな風に声をかけたのか分からない。だけど、これぐらいしか思い付かなかったのは事実だ。すると、それを聞いた彼が頭を地面に打ち付け――

 

「……本当にごめん…。もう変態でいいから………本当にごめん」

 

完全に壊れた。さっきまでの彼は何処に行ったのだろう? 今では自らを変態だと勝手に認め、自虐的になる彼の姿しか残っていない。しかも土下座だ。

正直なのか、バカなのか、それとも両方なのか。それを問答するより先に私は自然と口を開いて無意識に告げていた。

 

「…別にいいよ。…もう許すから」

 

あれ? 私は何をいっているの?

 

「……へ?」

 

「…だから…もういい…。そんなに…自分責めなくていい」

 

不思議と私はその言葉を口にしていた。操られている訳ではない。気がつけば告げていた。この少年のバカ正直さに負けたのだろうか。

いや、そんな感じではない。だけど、不思議とその言葉は私の口から出ていた。

ゆっくりと顔を上げ、彼は首を傾げていたが、自分が許されたことに気がつくと、笑顔を見せ、笑った。

 

「――ありがとう、許してくれて」

 

急に胸が苦しくなった。なんなんだろう、この笑顔は。まだ10代前半ぐらいだろう歳の彼が見せた無邪気なそれ。それを見ると何故か胸が締め付けられるような……。

そんなことに頭が上手く働かなくなっていた私に対し、彼は土下座を止めると、楽な姿勢になり、焚き火の方を向いてさっきまでしていただろう作業を再開した。

彼の行動が視界に入った私は問答するのを止め、そっちに顔を向けると、あるものを目にした。魚だ。それも見たことがない魚だ。不味そうには見えない。

グ~と小さな腹を鳴らす私にあの時の彼に戻った少年は魚を刺した串を焚き火の縁から取り出すと、それを少し冷ましてからかぶり付いた。

 

「………あ、旨い。考えていた通りの味になって良かった~」

 

まるで味まで計算していたかのように自分の作った焼き魚に安心すると、そのまま美味しそうに食べ続ける。やっぱり美味しいようだ。

――というより、美味しそうだ。なんだか欲しくなってきた。それでも、だ。

彼がいくらバカ正直だとしても、何を考えているのかがわからない以上は――こういうパターンでは誘いにのって食べてしまってはいけない。

勝手に脳に入れられた知識がそう物語るかのように私の思考に助力(アシスト)する。彼をまだ完全に信じてはいけない。

村を滅ぼすかと思うほどの勢いで斬り込んでいた時の彼の眼はただ怒った時の眼ではない。あれは純粋に殺意を漏らし、どう殺すか、どう動くかを考えていた本物の暗殺者のようなもの。今は優しい目付きだが、あの時はクマ型の化け物と同じ血のように紅い眼をしていたし、眼光だけで何かを切り裂けるぐらいに鋭かった。

だからこそ、彼のことはまだ信じられ――

 

「………ん? あれ? 食べないの?」

 

ニコニコしながら彼が焼き立ての串に刺した魚を私の前にまで持ってきた。熱々ではあるが、凄く美味しそうだ。食欲が祖剃られる。

さっきまだ信じないと決めていた信念が揺らぎそうになる。腹の虫が「早く、早く食わせろ」と言わんばかりにお腹が鳴る。

 

ぐっ……、耐えなきゃ…。あれを食べて眠ったりなんかしたらあとで何があるか分からないし……。それにあれだけバカ正直だけど本当は少しだけ我慢できなかったりしたんじゃ……。

 

知識が有らぬことを勝手に思考に付け加え、彼に対しての不信感を引き立てる。その勢いのまま私は強引に腹の虫を黙らせ、彼にキッパリと言った。

 

「…いらない」

 

「……そっか。それじゃ、僕が残り食べておくね。お腹空いたら言ってくれたら作るから」

 

断ってしまった。いや、断れたことに安心するべきだろう。もしあれが私の見ていない隙に睡眠薬を微量に盛られたものだったとしたら――。

 

そう考えると寒気がした。これ以上誘惑に負けまいと視線をずらし、大人しく横になる。良い匂いが鼻腔をくすぐる。食欲がわき、なんだか我慢しづらくなっていく。

さっき黙らせたはずの腹の虫が再起を計り、詰めかけるように私の理性を押し退けようとする。歯を噛み締め、なんとか耐える。

 

――と言うより先に何故ただの焼き魚からあんなに良い匂いがするのだろう? 彼は料理人でもあるのか? それともそういう風に細工しているのか? しかし、細工しているのなら食べられるものではないのではないか? だが、現に彼はあれほど美味しそうに食べている。

それなら――

 

押し流されそうになる理性。それに気がつき、頭をブンブン振り、邪なものを一斉に追い出す。なんとか我慢できた。安心しつつ、彼の方に向き直ると――

 

「ふぅ……、あと5本かな」

 

あれだけあったはずの焼き魚の串がたった5本と化していた。正直驚きすぎて言葉がでない。さっきまでの自問自答している間にあれだけの量を一気に喰らい尽くしたのだろうか?

――となると、あの5本が無くなるのも時間の問題ではないのか?

 

そう思った途端、簡単に理性が飛んだ。身体が痛かったはずなのにすぐさま飛び起き、彼の前に正座――そして両手を突きだし、今までの我慢を完全に忘れて言った。

 

「食べる!!」

 

「はは、そっか。じゃ、ゆっくり食べてね」

 

ニコリと笑った彼の手から私に皿と焼き魚の串が2本渡される。一気に渡さないのは恐らく落とさないようにとしてくれているのだろう。

しかし、私はそんなのに構わず飲み物を飲むように焼き魚をガツガツとかじっては租借し、呑み込んだ。

 

「美味しい……!! 美味しい……この魚、美味しい!!」

 

嬉しくなってきた。こんなに美味しいものを食べたのは久しぶりだ。すごく暖かくて懐かしくもあって、それでいて優しい味。塩味も適量で焼き魚によくあっていて、魚の身もホクホクしていて美味しい。なんでさっきまで変な意地を張っていたのだろうと思えるほどだった。

急いで食べた時に何回か咳き込んだが、彼が優しく背中を叩き、詰まらないようにしてくれる。飲み物も彼がちょうど良いタイミングで渡してくれた。

なんだか彼が私の保護者みたいに感じた。実際今も魚を食べている間、優しく頭を撫でてくれている。それが優しい手付きで、つい前まで知らなかったのに撫でられていても悪い気がしないのだ。そんな不思議な感覚に私は心地よさを感じていた。

全部食べ終わり、ほんのすこしお腹が好いていたが、彼には止められた。これから横になるのに食べすぎはよくないとのことだ。

母親といた時は少し反論したけれど、何故か反論が出来なかった。もう彼の魔法の術中なのだろうか? 操られてしまったのだろうか? そう思ったが、不思議と怖くなかった。

ゆっくりと眠気が私に襲い掛かり、私は――

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

あれから半年が経った。あのあと、私は眠ってしまったのだが、彼は何もしておらず、ただいつも通りにのんびりとしていた。今もなお、彼は私のそばにいてくれている。

あれからしばらくして彼がイシュガルという大陸の魔導士だったことを知り、仕事は大丈夫なのかと訊ねたが、彼は笑って答えた。

 

「別に大丈夫。あそこでバンバン働く必要ないし、どうせならこうやって有給休暇っぽくのんびりしていた方が僕には貴重な時間だから」

 

“あそこ”という言葉の意味はよく分からなかったが、それでも彼が勤めている仕事場のことだと理解した。あの村にもそういう機関があったのは覚えている。

あの村で起こったことも私のツラかったこともある日我慢できずに涙を流しながら吐き出した私を優しく抱き締め、慰めてくれたことも今では懐かしい。まだそれを吐き出してから半年も経っていないが。

そして、今は――

 

「それじゃ、教えた通りに魔法使ってみて」

 

「うん、分かった!」

 

――私の魔法の先生でもある。

 

この特訓は一週間ほど前からだが、前にクマ型の化け物を倒した時に感覚のようなものを掴んでいるお陰か、順調に魔法が使えるようになってきている。

言うまでもなく使う魔法の属性は火だ。つまり、弱い火から強い炎の類いを操る魔法などだ。

さっきから分かってはいたが、彼は本当に物凄い魔導士だ。様々な魔法も知っている。強い魔法も行使できる。それでいて町で聞いた魔導士のを噂で彼の名前が出ていた。それほどまでに彼は強く、有名だ。それを今さらながら驚いている。

 

「ハァッ!!」

 

炎で作り出した剣。以前のクマ型の化け物を倒した時よりも形が安定し、高火力な一撃が彼に襲い掛かる。しかし、彼はそれを涼しい顔のまま自らの魔法で迎え討たせる。

光輝いた手刀が容易く炎の剣を切り裂く。サッと散ってしまった炎の剣に呆然とする私の頭にポンと手が乗せられた。

 

「残念だったね。それでも前より形も威力も良くなってたよ」

 

「うぅ……」

 

あれでも彼は手加減している。魔力を身近に感じられるようになってから、彼から放出される魔力の量でどんな状況かが分かるようになった。

微量しか漏れていない――それはつまり、まだ手加減し続ける範疇だということ。それ故に彼はまだまだ私が未熟だと思っているのだろう。

それでも何故か馬鹿にされているとは思えなかった。日に日に彼は嬉しそうにしている。私が成長することを喜んでいるのだろうか?

不思議にしている私に彼は優しい手つきで頭を撫でた。

 

「偉い偉い。やっぱり火魔法に対して生まれつきの才能あると思うよ。普通ならここまで進歩しないから」

 

「…そうなの?」

 

「うん。前に魔法のこと知りたがってた子は魔力のコントロールも上手くいってなかったから。まあ、最後の最後でコントロールしてみせたけどね」

 

「…そっか」

 

嬉しくて仕方がなかった。半年前の私なら魔法どころか、魔力すら嫌いだった。自分がこんな目に遭ってしまった理由に少なからず魔力が関係していたのだから。

だけど、今は違う。そのお陰で彼に出会えた。運命というものがあるなら、魔力が目覚めること、それが即ち私の人生が別のものに変わるための必要不可欠なものだったのだろう。

 

――などと考えて入るものの、何時からだろうか。彼に褒められると嬉しくて仕方がなくなってしまった。もし人間に尻尾があるならば、彼に頭を撫でられ褒められ始めた頃から尻尾はブンブン振ってしまっているだろう。

本当にいつから彼に褒められることが幸せになっているのだろうか? 謎である。

 

「……ん? どうかしたの?」

 

「……なんでもない」

 

真っ赤な顔を背けるように彼から離れると、再び私は炎の剣を両手に構築し、それを構える。前より魔力を多めに使用している。ただ馬鹿の一つ覚えのように無駄遣いしている訳ではない。多めに使った魔力で炎の剣の相手に切りつける部分を強化している。

これなら簡単には砕かれない。それを見て彼は満足そうに笑うと、真剣な顔つきを微かに見せた。

 

「ヤァァァッ!!!」

 

気合いのこもった声で駆け出し、勢いよく剣を横に降る。

しかし、これを彼は容易く避ける。しかし、何本か髪の毛が宙に舞ったのを私の目はちゃんと視認していた。

 

――今度こそ!!

 

今度は袈裟斬りを彼に見舞う。だが、これも彼はサッと躱し、今度は髪の毛一本すら切ることを許さない。

 

――まだまだ、これから!!

 

今度こそしっかり当てて見せる。力一杯に真っ直ぐに降り下ろされる剣。これなら彼が避けた後に衝撃で少しは足元が揺れるはずだ。そこに横凪ぎ払いで当てることだって不可能ではない。そう思い、力一杯に降り下ろした。だが、彼は降り下ろされる剣から視線をはずすことなくジッと眺めていた。

 

――見えてる!?

 

確かに真っ直ぐ降り下ろした。しかし、炎の剣である以上は普通の剣と違い、核たる弱点が不鮮明で分かりづらいはずだ、しかし、彼はそれを見通すようにジッと見て、一瞬だけ魔力を多く使用し、魔法の濃度を高めた手刀を横一文字に振った。

 

パキンッ。

 

高音質な音が鳴り響き、強化されていた炎の剣が真っ二つに折れる。次の瞬間には私の手にある炎の剣の残骸と折れた先が一瞬で無に帰した。

倒れかかるように前のめりになった私を彼はすかさず抱える。転ばずには済んだ。しかし、彼に抱き締められているような感じになっている。

それを自覚した途端、顔がさっき以上に赤くなってしまった。彼はゆっくりと身体の力を抜き、こちらを見る。

 

「さっきのは良かったよ――ってどうしたの!?」

 

真っ赤になった私を見て彼は大慌てになる。しかし、私はそれどころではなかった。真っ赤になった顔のまま、冷静さを完全に失い、舌が縺れてなにも言えない。

 

「……ぁ……ぁぁ………わた……私……抱き締め…られ………ぁ」

 

ガクッ。

 

何故そうなってしまったのかは今でも分からない。だが、私は確かに気絶してしまった。何故だろうかは覚えていない。ただ久しぶりだったということと、男の人に抱き締められたことが無かったせいか。私は力なく彼の腕のなかで気絶してしまった。最後に目に映ったのは大慌てになっている彼の姿だった。

 

 

 

 

私が目を覚ましたのは数分後のことだ。幸い何も変なところがなかった。――いや、ただ気絶していたのだから何も怪我などしてはいないだろう。だが、彼は大慌てだったらしい。

もし彼が親だったら俗にいう親バカというものだったのだろうか? 

――などと考えて入るのだが、心拍数が上がったまま落ち着かない。そんなに彼に抱き締められたことが私を落ち着かせない原因となったのだろうか? ただただそれは謎だった。

だけど、分かることは一つ――

 

「……ぅぅ…彼の顔が見れない…恥ずかしくて…見れない…」

 

ただそれだけ。恥ずかしさ故に彼の顔をちゃんと見れなくなってしまった。早くさっきの出来事を忘れたいのだが、忘れられないのが現実。

こういう時は頭を殴るべきなのか? しかし、一撃で忘れさせることが出来るような代物は近くにない。当然私の小さな手では自分を気絶させることすら無理である。

――と考えているなか、あることを感じ、私は自然と口にした。

 

「……レインの身体…暖かかった…。…それに良い匂い…身体洗うのに気を使ってるのかな……。なんだろう…スゴく落ち着く…」

 

不思議だ。男のことをこんなに考えることは村ではなかった。見たところ彼もまだ少年と言ったところだ。それなのに不思議と気になってしまう。

 

なんでなのかな…。

 

知識に関係なく思考がそう告げる。疑問だ。彼によって手に入れた知識でもその正体が――その答えが浮かばない、分からない。

胸が苦しくなるのに、なんだか切なくなるのに――なんだか嫌にはならない感覚。不思議と彼を考えると心が暖かくなる。寂しくない。

最後に村で感じた恐怖もその安らぎに包まれていくような感じがする。無意識に微笑んでしまう。優しい。嬉しい。幸せ。そんなものが次々と湧き出す。

 

「…………なんだろ…この感じ…」

 

齢5歳の少女は真剣に悩む。答えのでない問いかけ。永久に続いてしまいそうな迷宮の中をグルグルと思考の旅人が進んでいく。

進み、進んで、行き止まる。戻って、進んで、立ち止まる。それの繰り返しが今もなお、行われている。膝を抱え、不思議な感覚に私はボーッとしてしまった。

だが、それをすぐに現実に戻らせるようなことを思い出す。

以前母親に訊ねたこと。赤子の頃に病気で死んでしまった父親との出会いの話を。その話の一部――母が嬉しそうに語ったある一節を。

 

 

――多分“一目惚れ”かもしれないわね。お父さん、すごく優しくて強い人だったから。

 

 

“一目惚れ”? 出てきた単語に首を傾げる。しかし、追加された知識がその言葉の意味を知らない訳ではなく――

冷水を頭から被されたかのように私は現実に返り、漸く収まろうとしていた胸の激しい鼓動が再稼働。さっきより顔が真っ赤に――紅に染まった。耳まで熱い。

何故そこまで赤くなり熱くなったか。それは追加された知識が“一目惚れ”という言葉の意味を詳しく知らせたからである。

 

“一目惚れ”――それは簡単に言えば、初めて見ただけで強く惹かれること。それは最終的に“恋”というものになる。“恋に落ちる”とは相手を好きになり――

 

――“一緒にいたい”と思うようになること。

 

その瞬間、頭が爆発しそうになった。頭から湯気が出てしまうぐらいに熱い。今からに来られたら何を口走ってしまうか分からないぐらいにだ。

 

「(こ、ここここここここ――恋ぃぃぃっ!?!?)」

 

自分でも暴走していることが分かった。それでも止められない。“一緒にいたい”というものに近いことを思ったことやそういう感情は最近感じていたことだ。

一目惚れではなくとも、“一緒にいたい”などと思ったことは否定できない。つまり、今の私が真っ赤になり、暴走しかかっているこの状況は――

 

「――…こ、恋…してるんだ…私……」

 

それを呟いた途端、私は必死に自分を押さえつけようと議論を始めた。

 

いや、待って!! まだ私5歳だから!! レインのお陰…ううん、彼のせいで歳に合わないことになってるけど、恋なんか……恋なんかしてないってば!! 恋ってもっと大きくなってからするものだし……。……あれ? ……それって…本格的な恋は大きくなってからだけど……この気持ちって……“初恋”?

 

それを浮かべた途端、自ら自爆したことを悟った。さらに我慢できないほどに顔が熱くなってしまった。今の私が小さな池に浸かったら恐らくお風呂でも出来るのではないかと思うくらいに。熱い、顔も手も耳も、全身が熱い。頭の中から彼のことが離れない。

 

「……わ、私……やっぱり…恋…して……――」

 

暴走する私。その刹那――

 

「ただいま~。あれ? 起きてたんだ、大丈夫?」

 

――恐らく朴念仁である彼が襲来した。彼の声が耳に届き、振り返って私は固まった。

 

「……………」

 

「あれ? ど、どうしたの? ()()()()()だよ?」

 

指摘された。顔が真っ赤なことを指摘された。その言葉が私の理性どころか、薄っぺらくなっていた平常心ごと粉砕し、私は――

 

「わひゃああああああ!?!?」

 

奇声を上げた。ジタバタと身悶えし、足元にあった石を適当に何故か彼に投げ付ける。今思えばなんてことをしているんだと思えるものだが、彼はそれに驚き、問答無用で飛んでくる石を弾く。

 

何の罪もない彼に向かって石を投擲し続ける私だったが、手から滑った石の一つが私の頭に直撃してしまい、私はバタンと倒れ、そのまま意識を失った。

漸く石の弾幕から逃れた彼はその光景に固まっていたがすぐに顔を真っ青にし、驚愕、慌て出し、彼は急いで私のもとに駆け付けた。

 

その夜、目を覚ました私は彼の顔を見ることどころか、彼の声すら聞くことが出来なくなり、野宿中の寝床であったテントの中から彼を追い出してしまう羽目となった。

毛布だけにくるまる結果となった彼は自分が何か変なことをしていないかを問答しながら寝ることになったらしい。

一方の私は羞恥と恋情の焔に身を焼かれながら、落ち着けない今宵の夜を過ごすこととなるのだった。

 

 

 

 

 

 

――齢5歳、何も知らなかった無垢で無知だった私は初恋を知る。

 

 

 

 

 

 




ここで一句。

リア充に対しての一句。

“ああ爆ぜろ 嫉妬に呑まれ 弄られろ” (´・ω・`)トモダチガサケンデタナァ……。

まあ、別にリア充がどうこうしようと私は知らぬ、存ぜぬ、興味ない。

しかし、調子に乗りすぎることだけは許さぬ。恐らく非リア充はそれを思っている。

こう言うときこそ某ニート神の言葉なり!!

某ニート神「異論は認めん、断じて認めん、私が法だ黙して従え」

――つうか、てめえはただの変態ストーカーだろうがあああああ!!!

                                (`・ω・´/)シ オワリ


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恋情の業火

どうも、皆さん、おはようございます。今回は一応シャナ編ラストです。

バレンタインで色々と鬱憤が溜まったり、甘い話が大嫌いになった人が居れば、

ブラウザバックを推奨します。今回は前同様に甘いです。――つうか、ラストが一番

甘いです。吐き出したくなるぐらいに甘いです。故に嫌いな方や苦手な方は回れ右。

それでもOKならどうぞ。

P.S.
シャナってやっぱツンデレだな(灼眼のシャナ談)
なので、こちらも素直になりつつ、ツンデレキャラにしましょうかね。
その方が可愛かったりして?



トントントントン……。

 

耳に届いたのは彼が包丁で野菜を切る音。焦らず慎重でありながら、それでいて遅すぎない速さ。それが耳に届く。何故だろうか、彼の野菜を切る音だけでヨダレが出そうになる。

別に依存ではない。ただ彼と過ごす日々が今まで過ごしてきた日々よりも濃密で記憶に残るのだ。それほど彼と過ごした日々が独特で特徴的、それでいて楽しかったのだ。

 

アラキタシアと呼ばれる大陸の隣、名前はよく覚えていないその大陸で私は彼と一時的な拠点としてアパートを借りていた。運良くその大陸では魔力というものが認められていて、私たち――魔法を扱える者たちに対する残虐な行いや刑罰は存在しなかった。

魔法を使える魔導士という存在は全ての人間のおよそ一割。だからこそ、私がいた村があった大陸には魔導士が一人もいなかったのだろう。

そう思えば、魔導士という存在は希少だ。たった一割。多いようで多くないその数は敬われるべきなのか、恐れられるべきなのか。それはその大陸の風習によって変わるのだろう。

 

そんなことを頭の片隅に置きつつ、私は彼がコネを使って用意してくれた魔導書を柔らかなソファーの上で読んでいる。初めてこのソファーを見た時は興奮が冷めなかったものだが、慣れてしまうとなんだか物足りなくもある。

だが、出掛けた後に座りたいと思うとどうしてかこれを思い出す。このアパートに帰ってくれば、言うまでもなく私はこれにだらしなく寝そべったり、横になったりする。寝転んでいる時は物足りなく感じるというのに不思議とこれが無いと違和感があるのはやはり慣れてしまった故にのことだろうか。

 

パラリと次のページに移ると、前と同じく冒頭からゆっくりと読み漁っていく。ローグ文字やレゾン文字によって書かれた文や説明書きがいくらかあったが、それでも私には読める。

読めるようになったのは大体彼と出会って半年を過ぎた頃だ。一から彼がゆっくりと、分かるまでちゃんと教えてくれたお陰だ。そのお陰で詰まることなく読み進めることが出来ている。

この魔導書も私の興味に合わせて前述通り、彼が自らのコネを使って用意してくれたものであり、内容の大半は火魔法に関するものだ。

一般的な火の魔法から少し強い火の魔法。強力な火の魔法や滅竜魔法と呼ばれる魔法についても彼が自分の頭にある知識で出来る限り教えてくれた。

――と言っても、専門的過ぎていたこともあり、途中でギブアップを何度もする羽目になったこともしばしば。

それでも満足であったことには代わりない。日数を重ねるごとに彼の言うことが理解できるようになった。それ故、難しい話も今では、ほとんど納得できる。

今もこうして魔導書を読み進めていく。気がつけば時間など一瞬だ。満たされた刹那(ひび)も気がつけば過ぎてしまい、終わってしまっている。

 

今も当然――

 

「ご飯出来たから早めに食べない?」

 

「うん。今行くから」

 

彼が料理をし始めてから読んでいた魔導書が半分にかかり始めた所で彼の行っていた調理が済み、こうやって食事にありつこうとしている訳だ。

集中すれば、人はその時を長く感じるらしい。それは今実際に起こっていたことでもある。私もこうやって魔導書を読むことに没頭していた訳だが、今みたいに読んでいる量はとてつもないのに時間はあまり過ぎていないということもある。

この逆も当然あり、私は普段そちらを体験することが多い。けれど、彼は時々寂しそうな顔をして言うのだ。

 

 

「僕にとっての満たされた刹那(じかん)は一瞬で過ぎてしまって――逆に満たされない、楽しくない時間は永遠に感じるんだ……」

 

 

――彼は私と違う時間を過ごしている。そう思えるその言葉に私は切なく、寂しく感じた。

どうして彼と同じ時を過ごせないのだろう。どうして彼と同じ苦しみを味わえないのだろう。どうして彼と同じ幸福に喜びを感じられないのだろう。

そう思う日々が幾度となく続いていた。今も強くは意識しなくなったとはいえ、その疑問はずっと堂々巡りだ。ずっと頭のなかで、疑問(わたし)答え(かれ)を追い掛ける。

“鼬ごっこ”と私のいた村があった大陸の方面では言うらしいが、正しくそれが合っていた。永劫続いてしまうのではないかと恐れるぐらいに答えは見つからないし、手が届かない。

そんなことをふと脳裏に浮かべながら食事を取る。すると――

 

「えいっ」

 

「あぅっ!?」

 

彼の指が私の額を弾いた。これもある地方でいう“デコピン”というものらしいが、それを私は綺麗に額へと貰った。少しヒリヒリする額を押さえ、油断していたせいで目尻からほんの少し溢れた涙を拭った。

 

「な、なにするのよ……」

 

「食事の時にもそんな顔して食べるの、君は? 作った側も食べる側もそれじゃ、楽しくないし、嬉しくない。違うの?」

 

核心を突かれた。彼はやっぱり気がついていたのだ。私が時々こうやって俯いているような顔をしていることに。多分彼のことだから内容にも気がついているのだろうと思う。

それでも彼はいつも通りの様子を装っている。ズルい。人がこんなに考えているのに……。それでも、彼が言ったことは正しい。だから――

 

「…うっ………うん、ごめん…」

 

私は謝った。まあ、当然のことだ。私だって彼のお陰で多少の調理が出来るようになったが、作ったご飯を元気のない状態で食べられても嬉しくないし、次も頑張ろうとは思えない。

故に私はいつも通りにすることにした。美味しそうに彼のご飯を食べる。ただそれだけをするために。

笑顔を取り戻した私を見て彼は嬉しそうに笑った。

 

「やっぱり君には笑顔が似合ってるよ。その方が可愛いから」

 

「…っ!?」

 

咳き込んだ。食べていたものが喉に詰まるかと思った。何をいきなり……。いやいや、それより前に彼はなんと言った? 笑顔が似合ってる? 可愛い? ……恐るべき朴念仁っぷり。

素直が一番なのは分かるけれど、流石にド直球過ぎるのではないのか…。

私が咳き込んだのを見て急に慌てる彼が視界に映った。「きゅ、急にどうかしたの…!? だ、大丈夫!?」だって? 原因は貴方にあるのに何を言っているんだろうか、この朴念仁は……。

 

漸く落ち着いた私と彼は速やかに食事を済ませると、互いの定置に戻った。私はソファーの上に。彼は皿を洗うべくキッチンに。

当然ソファーの上に戻った私は残り半分となった魔導書を読み進める。しかし……不思議と集中できない。近くに彼がいる訳でもなく、誰かに見られている訳でもない。

部屋の空気が悪い訳ではない。日光が入らない訳でもない。部屋が暗い訳でもない。気分が悪い訳でもない。――なのに集中が全くできない。

心臓が早鐘を打っている。別に不安な訳ではないし、怖い訳でもない。

ただ――

 

「…集中できないじゃない…バカぁ……」

 

久しく忘れていた彼に対しての恋心が疼いたのだ。別に恋心は普段から存在する。だが、強く意識した状態での恋心は久しく忘れていたのだ。

だが、彼のさっきの無意識で言ったのであろうあの言葉が導火線の消えていたはずの火を再び燃え上がらせた――いや、着火し直したのだ。

何処まで朴念仁は罪深いのだろう。最近知ったものである漫画?という絵と台詞ばかりの本に登場する主人公の如く、彼は本当に鈍い。

漫画を時折彼が買ってくれた際に読むのだが、朴念仁極まった主人公の行動に「早く気付いてあげればいいのに…」と思ったことがあったのだが――

 

「……まさか私が苦労する方なんだ………」

 

――私が漫画の主人公に恋心を抱くヒロイン――つまり苦労人のような羽目にあっていた。

 

 

「うぅ~……、本当に気づいてないのかな……レイン」

 

正しく朴念仁主人公に恋心を抱くヒロインだ。よくある展開過ぎて何も言えない。気になるのだが、聞きにいけない。聞いてしまったら変な風に誤解されたりしてしまうかも。

そんな考えが自分の行動を阻害する。――なんとも言えないぐらいに漫画と同じ状況である。

よくあるこの先の展開だが、こう言うときによくハプニングは起こるもの。

しかし――

 

「……起こらないよ…だってレインだし………」

 

ほとんど完璧である彼にそんなボロなど溢れる訳がなかった。ここ半年と数ヶ月、彼にできないことをいくつか探してみようと努力してみたが、悉く彼は容易くその幻想を粉砕した。

 

例えば、調理――と言ってもあのレベルだ。出会った日の夜に大した具材すらない状況で焼き魚ですら絶品クラスにしてみせた彼に調理面でボロが出るはずがなかった。

 

洗濯はどうだ?――と思った矢先、彼は何を考えたのか、主婦顔負けの知恵袋で汚れを見事に移し変えたり、真っ白に落としたり。

 

裁縫ならどうだ――という私の幻想も彼は打ち砕いた。実際私が今着ているシャツやパーカー?というものも彼が何度か自分のことを責めるぐらいになってまで私の身体に合うように測り直して、試行錯誤して作ったものだ。

お陰で着心地は最高である。文句の付け所がないせいで逆に怖いとしか言えないぐらいに。

 

これと同じように他も試したが、結局彼の弱点らしきものも見当たらなかったし、見つけられなかった。人間には絶対に弱点があると彼は言っていたが、彼にはその弱点が見当たらない。だが、彼は何処からどう見ても“()()”ではなかった。人以外に彼は分類できないだろう。などと今もこう思っている最中――

 

「クッキー焼けたから食べる?」

 

――私的に完璧人 兼 朴念仁の彼が襲来した。突然の彼の来訪に驚いて魔導書を投げ出しそうになり、必死に落とさないように悪戦苦闘していた私は見事にソファーから落ちる。

軽く打ち付けたお尻から走った鈍痛に再び目尻から涙が出たが、すぐさまそれを拭い、私は元気よく返した。

 

「うん、今行くから待ってて」

 

正しく既視感。正しくデジャヴというものだ。どう記憶を回帰させようと既知だ。果たしてさっきの問いかけと答え方に未知などあるのだろうかと考えざるを得なかった。

 

 

 

ゆっくりと茶を啜る。ほんの微妙に苦味がある。それでもこの程度の苦味はどちらかというと落ち着くし、気に入っている。彼曰く、もっと苦めの方が好みらしい。

一度それに挑戦して思わず吐き出した――というよりあまりの苦さに吹き出したのは言うまでもない。あれは今の私には遠いものだと実感した。

 

ほんのりと甘いクッキーにほんのり苦い茶。なんだかピッタリである組み合わせ。やはり、彼はこう言うところですら熟知しているのだろうか。

そんなことを考えていた私に彼はいつも通りの笑顔を振り撒きつつ、訊ねてきた。

 

「魔導書何処まで読んだ?」

 

「半分は済んだから…あともう半分くらい」

 

「そっか。次はなんの魔導書がいい?」

 

今月に入って魔導書の注文は40に突入した。それでも彼は余裕があるのか、注文することを躊躇わない。まあ、噂になるほどなのだからお金には困っていないのだろうと思う。

 

……ここは甘える方がいいのかな? 

 

ふと過った。確かに今のうちに彼から貰えるものは大切に、貰えるだけ貰っておく方がいいだろう。だが、流石に甘えすぎている気もした。

だから、これが最後――

 

「…だったら、“あれ”教えて欲しい」

 

「“あれ”って?」

 

首を傾げ、何のことかを教えて欲しいという顔をする彼に、私は言いづらそうにしつつも、本気でそれを願っているのだということを伝えるためにそれを口にした。

 

 

「――“忘れ去られし魔法(デリート・マジック)”、《灼刃煉獄(フレイムヘイズ)》」

 

 

「………」

 

呆気に取られた顔をする彼。それもそうだ。その魔法の名称は愚か、その魔法の分類すら知らぬだろう少女にそれを欲されてしまえば。

驚愕し、口を開けたままポカーンとしている彼の目の前に手を翳し、振ってみる。反応がない。少しやり過ぎたのだろうか。――いや、そうではない。

反応はしないものの、彼は微かに何かを考えているように見えた。瞳。彼の瞳に何かが映っている? 見たことのない紋章だ。羽根があり二匹の蛇が巻き付いた――なんだこれ?

 

「……………」

 

今度は私が開いた口のままポカーンとする番だった。こんなものは見たことがない。常日頃から彼の瞳にはこんな紋章が映っていたのだろうか? 今まで見た魔導書にすら載っていない。そんな摩訶不思議で謎の紋章。その紋章は不思議と私を惹き付け――

 

「――わぁっ!? ちょ、近い、近いってば!!」

 

「…ふぇ……?」

 

――ていたが、彼の声によって現実に引き返された。と同時に現実に引き返された私の目と鼻の先には彼の顔。変な紋章が消えた綺麗な瞳がこちらを見ていた。

近い。恐ろしく近い。その瞬間、顔が真っ赤に焼かれるほどに熱くなり――

 

「わひゃあああああ!?!?」

 

前回同様に驚愕と羞恥による謎の奇声を発した私は反射的に彼の顔にビンタを見舞った。

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

この大陸で住むために借りたアパートがある町から離れた場所にある平原に私たちはいた。

ため息をつき、何故こんなに痛い一撃を喰らう羽目になったのかと自問自答する彼と――素直になれないまま、彼の顔を見ようとも気遣おうともしない私。

なんとも気まずい空気が二人を包み込む。原因は私にあるのだが、中々言い出せない、切り出せない。故にこの様だ。文句を言われても反論できやしない。

 

私のバカ…。また反射的にレインの顔を叩いた……。そろそろ慣れないと迷惑かけるのに…。

 

ため息が出た。目の前を歩いていた彼の背がビクンと動き、足取りが重くなった。自分のせいだと思っているのだろうか? ならば、早く誤解を解かなければ――

 

でも言い出せない。言い出せないからこうなっているのである。全くといっていいほど、私は変なところだけ緊張する。――いや、これは緊張というより……

 

「(………恋心が邪魔してるのかな…)」

 

よくある例ではあるが、恋する乙女というものは中々素直になれず、言いたいことや謝りたいことを言い出せない――らしい。“らしい”というのは元より私は村にいた頃は女の子らしさが薄かった。基本的にまだ腕白な部分が残っていたと言える。

乙女や女の子らしさに気がついたのは彼と出会ってからである。それも恋心というものに気がついて以来だ。だから感覚のようなものが鈍い。

 

…これだったらもう少し女の子らしくしてれば良かった…。実際料理することすら最初は出来なかったし…。レインに手を握られただけで……うぅ…。

 

再びあの時の記憶が蘇りそうになり、沈めようと躍起になる。あれは本当に地獄かと思った。丁度1ヶ月ほど前に恋心に目覚めたせいで彼の顔を見られなくなっていた時に突如彼が料理の仕方を教えてきたのである。彼に触れないように、彼に顔を見られないように必死に頑張ってはいたが、手を俗にいう“猫の手”にしていないことで彼が大焦り。反射的にやり方を教えようと手を握った途端に私は火魔法に顔を炙られたかのように真っ赤になり、気絶した。

 

そう思えば、今はかなり成長したと思う。以前の触られただけ、顔を見られただけで真っ赤になり気絶していたあの頃とは思えないほどに進歩した。

気絶することは無くなったし、普段は彼の顔を見て話が出来るようになった。それまでの間に何度彼が落ち込んでいたかなど数えることすら無理である。

出会った頃に私が勘違いで吐き散らした変態決めつけ宣言3連続並みに彼は落ち込んでいたのだから。

 

――などと脳内で循環させていると、彼が決心したのかこちらを振り向いた。

 

「え、えーっと……本当にそんな魔法でいいの?」

 

彼が最終確認をしてきた。当然私は「はい」と頷かなければならない。あの魔法を選んだのにも理由があるから。

 

「…ぁ、うん…。あれを覚えたい…だから――」

 

最後まで言い切らなければ意味がない。

 

「――私に教えて、レイン」

 

その言葉は私の正直な気持ちだった。言ってしまえば、いつもよりも感情が籠っており、譲れないという言葉を孕んでいた。

その言葉を聞いた彼は少し俯いたが、すぐに笑顔を取り戻すと、私を引き寄せ、抱き締めた。

 

「――っ!?!?」

 

突然のことに頭が上手く働かない。湯気が出ていそうだ。真っ赤に、我慢できないぐらいの恥ずかしさと嬉しさが同時に押し寄せ、感情の整理が追い付かない。

それでもここで気絶したらダメだと自分に言い聞かせ、彼の方をちゃんと向き、訊ねた。

 

「……なにするの?」

 

「…え、えーっと、その……。……お(まじな)いかな? あの魔法の修得にはかなりのリスクがあるから。最悪精神崩壊じゃ済まない。彼も言ってしまえば、遺産。古代人たちが造り出した巨大な遺産の一角。だから――」

 

笑顔を私に向け、彼は告げた。

 

「――最悪の未来なんて望まないけどね。元気な君を今のうちに抱き締めておこうかなって」

 

「…ふぇ……!?」

 

過剰羞恥(オーバーヒート)。言うまでもなく限界をぶっち切ったと言えよう。さっきまでのでもかなり無理があったのに彼は容赦なく朴念仁っぷりを私に叩きつけた。

――当然、こうなる。

 

「…ぁ……ぁあ……あぁ……ぅ……ぅぁ……ば…ばばばば、バカァ!!! レインのバカ!! 飛びっきりの朴念仁ッ!!!」

 

大海の激流の如き恋情を押さえていた理性という堤防が轟音を立てて崩壊。我慢していた全てが一気に流れ出す。正しく激流。正しく業火。当然のように容赦なく彼を責めたてた。

キツイ罵倒を言われた彼は呆然とし、口を開けたままフリーズしている。真っ赤になった私は彼の胸をポカポカと叩く。しかし、彼には効いていないだろう。但し、肉体的にだ。

精神面ではとんでもない大打撃を受けているのではないかと思うが、その頃の私にそんなことを考える余裕などある訳がなく――

 

我慢の限界まで溜め込んでいた文句を吐き終えるまで繰り返し彼を罵倒し、叩いた。

 

 

 

数分後、落ち着いた私は息を吸って吐き、呼吸を整えた。ちゃんと彼を見て、謝る。

 

「…ごめんなさい……言い過ぎた…」

 

「……う、うん……結構…心に来るね、君の言葉って…あはは……」

 

放心状態とは正しくこれのことか。彼の顔から薄っぺらい笑顔以外のものが消えていた。さっきまでの緊張感も何処へやら……。

しかし、流石はS級魔導士。すぐに自分を取り戻すと今度こそ私に魔法を教えるべく――

 

 

――私の額に自分の額をくっつけた。

 

 

「……うぅ……これ…意味あるの…?」

 

「ごめん。これ以外に僕のじゃ、すぐに伝えられないから」

 

目を瞑り、意識を集中させる彼の顔を私を眺めながら、覚悟を決めると私も目を閉じた。魔力を感じられるようになったお陰か、空気の流れも微かに感じる。風の吹く方向も、空気中の湿り気も、彼の体温も。

ゆっくりと意識を集中させ、私はどんどん見知らぬ境地へと向かっていく。暗い、暗い暗黒の世界。何も感じられないその場所で私は何故か彼の温もりを感じていた。

彼と額をくっつけあっているからではない。もう外がどうなっているかすら分からないのだ。だからここで彼の体温も感じられる訳がなかった。それ以前にここは何処なのだろうか。

ゆっくりと思考がここが何処かということを考えていく。心の中でもないし、精神世界でもない。別の何処かでもないし、予想がつかない、考えが纏まらない。

 

 

何処だろう……、スゴく優しい感じがして……。レインの暖かさを感じる……。

 

 

その時だった。一気に視界が開けた。暗黒だけの世界が一気に消え去り、同時に青白い焔が灯る七つの柱に囲まれた場所に出る。

上には巨大な穴。下には数多くの本が見えた。焔が舞い、光が微かに揺れ動く。本が少しずつ上へと吸い込まれていく光景はなんとも非現実的だった。

図書館のようで図書館ではない。そう思えるその場所には彼の温もりが何故か充満していた。彼はここによく来ていたのだろうか?

 

すると、目の前に一冊の本が現れた。本の表紙には見覚えのない紋章――いや、見覚えがある。それも今日見たものだ。彼の瞳に浮かび上がっていた二匹の蛇が巻き付いた杖の紋章。

つまり、これは――

 

「……レインの中………?」

 

信じられない。ただ意識を集中させただけだ。だが、実際彼の温もりも感じ、それでいて彼の瞳に浮かび上がっていた紋章までもが関係しているとなると、外の世界にこんなものが存在する訳がない。そうなれば、自然と彼が関わることとなる。

同時に私がここにいる理由など単純明快であろう。彼の額を自らの額をくっつけ、そして意識を集中させた。故に彼は私の意識をこちらに呼んだ――のかもしれない。

流石に理屈が分からないものだ。今の私では到底理解すら出来やしない。だから、ここはどうするべきか、それを考えるのが先――

 

『Wollen Sie,was es zu schutzen?』

 

薄い輝きを放つ一冊の本が何かを訊ねてきた。当然私にその言葉が理解できる訳ではない。だが、何故かその言葉の意味がわかるような気がした。

 

――本は問いているのだ、“守りたいものは存在するか?”、と。

 

だから私は答える。

 

「…守りたいものならあるよ。今ならある」

 

その問いに私は答えた。それを聞いたのか、感じたのか。本は故に問う。

 

『Nichts fur zerstoren?』

 

――本は問う、“滅ぼすためではないな?”、と。

 

再び私は答えた。

 

「守る力だけで十分。私は人を殺すための力は要らない」

 

あの村で見たものは全て覚えている。故に私はあれを繰り返したくないし、あれを起こす側にもなりたくない。人を殺すための力も殺そうと思うこともうんざりだ。

殺されたくないし、殺したくもない。だから、私は答えた。

 

さらに本は私に問い掛ける。

 

『Oder Wert ist da?』

 

――本は問う、“それに価値はあるか?”、と。

 

確かにそんな持論は時には役にも立たない足枷となる。自らの動きを阻害し、その者の身を滅ぼすだけの邪魔物になる。故に古人の中にはそれを“理性”の一部だと語るものもいた。

だが、ただ滅ぼすだけの殺戮者になる気は毛頭ない。だから、私は再び答える。

 

「価値がないなら私が創る。意味を成さないなら私が意味を創る。無価値なものなんてない。私はそれを知ってるから」

 

より一層輝きを増させる本。まるで私のことを見定め、認めようか判断しているかのように。すると、本は最後の問いだというかのように強く光を放つと、最後に私に訊ねた。

それはその本の作成者――いや、その魔法の神髄たるものだったのだろう。今なら分かるし、あの時の私でも理解できた。元々、その魔法の根源は――

 

 

『Oder Gegner haben zu lieben?』

 

――愛なのだから。

 

最後の本の問い。それは“愛する者はいるか?”、ただそれだけだった。訊ねたときの声音が若干安らかで優しい音を紡いでいた。後に私が知ることとなる、この魔法の存在理由――建前。

それは究極の焔を求めたいが故に。だが、それは()()()()()

本当の理由はただ一つ。簡単で単純で、それでいて優しく素敵な理由。

 

 

 

 

 

――単純に愛したい。恋情の焔に焼かれ続けていたいほどに未来永劫、大切な者を愛したい。

 

 

 

 

 

ただそれだけだった。その気持ちは届かなかったのかもしれない。だから――いや、だからこそ、私は魔法そのものにも、作成者の想いと願いにも誓おう。

 

 

 

 

 

「いるよ。すっごく鈍くて、優しく強い人。ずっと側にいたいくらい――大好きな人が」

 

 

 

 

 

 

 

自分の存在全てを象徴する真実を口にし、私は恋情の業火に呑まれた。愛するが故の罪を背負い、それを誇りとするために。

 

 

 

 

 

 

「――紅蓮に染まる天空に、咲き誇りしは、我が想い。故に咲くは、愛の華。我は誓う。

愛したことを悔やまないと。愛したことを喜びとするために。“天穣の業火”よ、ここに来たれ。崩れ落ちよ、咎人共よ。汝らに一切の慈悲はない。我が愛に呑まれて消えよ」

 

 

 

 

 

無意識に私は詠唱という唄を口ずさんでいた。これが作成者の想いの言霊なのだろうか。

それと同時に自然と私の脳には魔法の記述全てが刻まれていく。これが魔法だとは思えない。入ってくる情報の大半は誰かの記憶だったから。優しく笑う者とその者と共に笑う女の人。

二人の側で笑っているのは――銀髪の少年の姿。見覚えのある少年の姿だった。

 

究極の焔はそんな記憶の残滓を乗せたまま、私の中に入り込んでいく。彼は言っていた。最悪の場合は“精神崩壊”だけでは済まないと。

確かにその通りだ。少し頭が痛い。苦しい。それでも魔法が委託されると同時に起きた、この流出は止めてはならないし、止めることすらできない。

身を投げ出す。差し出すではない。流れに呑まれるだけでもない。自分が流れとなる。ただそれを繰り返しだけ。私はそれを意識しながら記憶の残滓に触れていった。

 

 

 

 

 

 

――この魔法の誕生した理由を。強く愛を求めた理由を。そして、悲劇のあの日を。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

目を開ければ、自然と空が見えた。仰向けになっているのだろうか。不思議と地面も冷たいし、なんだか身体が熱い気がする。

別に変な気持ちも感じていないし、対して違和感として感じるほどでもなく、ただ空が自棄に綺麗だと思えた。目尻を拭えば、何故か濡れていた。

涙が溢れていたのだ。さっきまで見ていた記憶の残滓のせいだろうか。後半あれほど酷いものは見たことがなかったと思う。紅く染まった空と今見ている青い空では恐らく違いがある。

色だけではなく、ただ――

 

「――ツラかったのかな」

 

苦しかったのだろう。ツラかったのだろう。絶望というものを私は知っている。だが、それもさっきのものよりは優しく感じられるのかもしれない。

ふと込み上げた哀愁のようなものが再び涙を流させようとした時、私は何かに頭を撫でられた。だが、変に警戒するようなものではなかった。

優しい手付きで、私を落ち着かせてくれる――それは彼にしかできないもの。

 

「ただいま、レイン」

 

「…おかえり」

 

優しげな表情を浮かべた彼が私の顔をしっかり見て言葉を返した。彼には疲れが見えた。私には大した時間に感じなかったが、こちらでは結構な時間が経っていたのだろうか?

それとも、私をあちらに繋ぐのに体力を消費したのだろうか? それでも彼には疲れと一緒に達成感が滲んでいた。故に彼は嬉しそうだった。

 

「ずっとこんなの背負ってたの?」

 

「まあ…ね。でも、これのお陰で救えたものも沢山あるし」

 

嬉しそうに笑う彼の姿は私にとって他のものより愛しく見えた。あの魔法のせいだろうか? 

いや、元から思っていたのだ。思っていたけど私が素直じゃなかっただけ。

だから想いを膨らませよう。ここできっちり決めておこう。

 

彼は優しくて、強くて。それでいて――変な人。

 

故にこんな人だから私は惹かれたのだろう。正直、私は普通な人に惹かれるような女ではなかったのかもしれない。彼だから――かもしれない。朴念仁で正直、強くて誰かに頼られる。

だからこそだろうか、ここで疑問が浮かび上がった。

私みたいな変な子が惹かれるということは他にもどうせ好かれているのではないかと。

だから、私は小悪魔みたいに彼に告げよう、縛ろう、貴方は私のものだと宣言するために。

 

 

 

 

 

「ちょ、わぁっ!?!?」

 

 

 

 

 

私は踵を返すかのように振り向くと、彼を勢いのままに押し倒した。ゴツンと頭をぶつける音が聞こえたが、今は無視して彼の顔を凝視する。

驚き、そして首を傾げる彼に、私は悪戯っぽく笑った。紅蓮に咲く華のような姿と化した私。その私の髪は彼の視界を私以外の他から外した。灼熱の如き髪と瞳で私は彼に告げる。

いくら鈍くても分かるように、いくら鈍くても伝わるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いつもありがと。前から想ってた。好きだよ…レイン。他の子になんか渡さないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一世一代の大勝負に私は挑んだ。いつか彼と道も想いも結ばれるように――

 

 

 

 




さてと、ちなみに最後のシャナの言葉に対して。レイン(僕の方)はお返事は返せてません。

多分決着は大魔闘後半以降か、冥府の門くらいじゃないですかね?

そこのところがまだ決まってないんですよ。オリキャラをこうほ考えなければウェンディ

だったんですけど……。なんか気がついたら迷走し始めてました。ヤバイな、シャナも

フィーリもヒロインしてるわ(笑) ………ウェンディどうしよ?

P.S.
今回の話は11000文字位です。まあ、改行多めだったしなぁ……。


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第五章 滅竜演舞 渇望流出
おかえり、みんな… 前編


どうも、皆さん。作者の天狼レインです。投稿遅れてすみません。

まあ?今回は駄文要素多いかもしれません。まあ、それは置いておきまして。(ポイッ

今回は前編になっています。まあ、サブタイトル見たら分かりますよね。

それと本編の最後の方に久々にレイン登場します。しかし、かなり暗いこと言ってます。

というよりも自分のことを自虐的に言ってます。愚痴ってます。結構凄い過去を吐露

してます。まあ、7年もあれば失っていた記憶の大半は取り戻すでしょう。

今回、レインの愚痴部分で結構伏線を回収します。呼んでいたら、恐らく気がつく人は

気がつくでしょう。レインが何者か、どういう過去を辿ったか。これからどういう運命

を選ぶかとかね。まあ、そこを含めてお楽しみください。

フィーリ登場は次回です。それでは本編どうぞ。

P.S.
今回なんか文章がDies iraeっぽいです。なんでこうなった……。
あと今回出てくる異名はゾロアスター教って奴にあるザラシュストラ項目に出てくるもの
の一部です。確か裁きやらなんちゃらかんちゃらのやつです。属性も焔だったと思います。
興味のある人は調べてくださいな。結構面白いので。




「ふぁぁ……、うぅ…。…もう朝なんだ……」

 

眠気が取れないまま起床した少女は大きな欠伸をしていた。黒い長髪に茶色混じりの瞳。寝癖があったらしく綺麗な長髪はボサボサであり、目尻からたま粒の涙が溜まっていた。

指先で目元を何度か擦り、眠気を欠伸と共に追い出すと少女はトテトテと歩いていき、真っ先に洗面所で顔をしっかり洗う。冷たい水に何回か跳び跳ねそうになったが、それに耐え、綺麗に顔を洗い終わるとタオルで拭いた。

 

「…よし。そろそろご飯食べなきゃ」

 

目が覚めた少女はすぐにキッチンに向かい、適当なものを選ぶとそれで朝食を作り始めた。彼に習ったお陰で大概の料理はできる。だから朝っぱらから焦げたものを食べる心配など皆無だ。その分安心も出来るし、朝から調子良くいける。

慣れた手付きで薄く広がった卵を巻いていき、卵焼きを。ご飯も同時進行で炊き上げ、野菜も切り揃え、サラダに。その他のことも抜かりなく済ませてパジャマ姿のまま、テーブルに食事を置くと早速食べ始めた。

 

「……もぐもぐ……」

 

しっかりと噛む。噛まないと飲み込めないやよく噛んで食べることで消化が良くなるなどと何度も教え――もとい頭に叩き込まれたために無意識に噛むことにしている。

これも彼のお陰なのだろう。だが、色々と厳しかったのも言うまでもない。そんなことを頭の片隅で考えているとあることに気がつき、大慌てで寝室に戻った。

 

「あ、“あれ”何処に置いたんだっけ!?」

 

リビングから廊下に飛び出し、大慌てで駆け回る。駆け回った末に寝室に戻ると、掛け布団の中に置き忘れていた、鞘に納まった飾り気の少ない紅蓮に燃え盛るような姿の太刀を見つける。

 

「…あ、あったぁ……良かった~……」

 

そう呟くと安心したのか、息を吐くとそれを握り締めた。

何故それがベッドの中にあったのかなど、理由は至極単純。ただ一緒に寝ていた――いや、言うなれば、抱き枕代わりにして眠っていたのだ、()()()

左手に太刀を握ったまま、リビングに戻り、少女は再び食事を取り始めた。食べている速さはさっきと変わらない。ただ太刀があると言うだけで何かが変わって感じる。

独りじゃない、ずっと彼が見守ってくれている。その安心感がとても心地よく感じる。ヒヤリとした鞘の冷たさが少女の身体には馴染んでいた。

いつも身体が熱く中心から燃え上がっているような感覚に囚われている少女にとっては。

 

「ごちそうさま」

 

そうこうしているうちに食事を食べ終えると皿を急いで洗う。その最中、少女は鼻唄混じりだった。これも彼から教えてもらった曲だ。好きな曲一位といっても過言ではない。

 

「フンフンフフ~ン♪ フンフンフン~♪」

 

なんだかこれを鼻唄として歌うときが一番朝が来たと感じる。何故か“朝にはこれ”と言う感じに決まってしまっている。当然選ぶきっかけになった理由など無い。ただこれが安心する。

 

皿を洗い終えると少女はまた寝室に向かう。今度は着替えるためだ。すぐさまパジャマを脱ぎ捨て――ようとして急いで畳み直した。少し背筋に寒いものを感じたからだ。

別に大した理由はないし、咄嗟に脳裏で少し怖い顔をした彼の姿が浮かんだ訳ではない。

朝は少し寒い。そのため少女は急いで服を選ぶとそれを着る。短めのスカートによくギルドのみんなからセンス悪いのどうのと言われる一文字のTシャツ。いつも通りの服装だ。

それに加え、少女は手から焔をボッと出しつつ、それを横に広げるように動かす。すると焔は次第に温度が下がっていくかのように真っ黒な――常闇の如きマントに姿を変えた。

それを羽織るとスカートについているベルトに鞘に納まった大切な太刀を差し、着替えを済ませた。一見少女には少し似合わないような服装に見えるが、何故か雰囲気も合っていて、それらしいと感じさせられる何かがあった。

 

「よし、そろそろ行こっと」

 

最後に微かに残っていた眠気を小さな欠伸で押し流すと、寝室のベッドの隣に置いた小さな机の引き出しからメモを取り出すと、それを確認した。

 

「えーっと…マグノリアの街、魔導士ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》…。うん、これであってる」

 

読み上げ、メモを黒羽織のマントのポケットに突っ込む。ゆっくりと玄関を目指しつつ、少女は嬉しそうに微かに頬を染めたまま、呟いた。

 

「……レイン、帰って来てるかな……」

 

そして少女は家を出た途端に背中から焔の翼を展開し、空へと飛翔した。

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

ハーブの街でシャナがマグノリアを目指し、飛翔した数分後。

 

マグノリアの街の中心から離れた場所にある廃れた酒場に炎髪の少女が目指すギルドがあった。かつてマグノリア――いや、フィオーレに名を轟かせたギルド、《妖精の尻尾》。

そのギルドがそこに存在していた。しかし、以前の貫禄も威厳もそこにはなく――ただ押し込められていたという言葉が似つかわしい存在に変わってしまっていた。

丁度シャナが飛翔した頃、高利貸しの借金を取り立てにきた新しいマグノリアの代表ギルド、《黄昏の鬼(トワイライトオーガ)》のティーボ等が彼らのギルドを襲撃、思うがままに暴れ続け、中は滅茶苦茶にされていた。

彼らが去った後、何処から落ちてきたのかリーダスのスケッチブックがバサリと床に落ち、中からなにものより変えがたかったはずの彼らの絵があった。

 

 

「あれから7年か………」

 

葉巻を吸う男、ワカバがかつての懐かしい光景を思い出しながら呟いた。事実あれから7年が経過している。今ではすっかり歳を取ったと言えるだろう。

 

「懐かしいな」

 

顎に髭が生えた男。マックスもワカバに続いてその言葉を口にした。

 

「グス…。あれ以来、何もかも変わっちまった」

 

「天狼島が消滅したって話を聞いて、必死にみんなを探したよな」

 

あの日、ギルドの最強メンバーだったみんなが天狼島諸とも消滅したという知らせを聞いて彼らは一人の少女の後を追うようにハルジオン港から天狼島近海を捜索した。

だが、そこには島の残骸や停泊していた船の残骸も見当たらず、仲間たちの誰も見つからなかった。ただ見つかったのは泣き叫び、精神に異常を来した状態だった少女フィーリだけ。

あの後彼女が投獄された時は背筋に戦慄が走るほどに焦ったが、無事に出された。

しかし――

 

「……レインやウェンディがいなくなってからあの子も追うように行方が分からなくなったよな……」

 

「ああ…、今では生きてるのかさえ…分からねぇんだ……」

 

丁度3、4年前になるだろうか。フィーリの活躍がフィオーレ中に轟くほどになり始めた頃に評議院事態もそれを認識し、彼女を新しい“聖十大魔道”として認めようと召集したのだ。

聞いた話ではその際に受けとることになっていたのは第十位。7年前にジュラがその地位についていた所だった。その際にどの議員が漏らしたのかは分からないが、レインやマカロフの十位を破棄しようとしていたらしく――

 

「――丁度その時が最後の目撃情報だったよな……」

 

それがフィーリの最後の目撃情報だった。当然こちらも彼らは必死に探したが、見つからず、結果断念することとなってしまった。

唯一情報として提供されていなかったのが、ワース樹海の一角だったが、そこはギルド自体も立ち入りが禁止されていたために入れず、その上そこに入るための許可証もまたS級魔導士のみだったのだ。

 

「……もしレインやウェンディがいたら、俺たちのこと、なんて言ったろうな…」

 

「確実に怒鳴られるのは当然だろうな……」

 

7年前に幾度か見たが、ウェンディはともかく、彼の怒った時の形相は修羅や夜叉を思わせるようなとてつもなく怖いものだったのを覚えている。

それに加え、彼は微かに親バカを匂わせるような雰囲気を纏っていた。つまり、大切な娘的存在たるフィーリが行方不明など聞けば、怒鳴った後、血眼で探すだろう。

だが――

 

「…あのレインでさえ……もう……」

 

結局のところ、その者ですらここにはいないし、見つからなかった。あれほどの絶対的な実力と、あらゆる者から称賛を受けていた彼ですら。

正しく化け物。正しく、容赦ない世界にあらんとする天空からの裁きたる彼が。少年の容姿を除けば彼はとてつもない貫禄もあっただろう。あれから7年だ。その7年で容姿は変わっていたかもしれない。真実を知らぬ者共ならば、そう思うだろう。いや、そう思わざるを得ない。

当然だ。こんなにも近くに人外の存在がいるなどと。誰が予想できようか。否、出来まい。

故に――

 

「評議院の話が本当なら、“アクノロギア”ってのに島ごと消されたんだ」

 

彼らは知らない。今もなお、彼らが――いや、彼を除いた仲間たちがいつ覚めるかという眠りに身を任せ続け、絶対なる結界の中にいようなど。

その結界を解くべく、彼と彼の実妹が()()()()()()などと。

 

「実際、いろいろな機関が捜査に協力してくれたけど、何も手がかりは見つからなかった」

 

当然だろう。壊れる前に絶対なる結界がそれを防いだのだから。

それもこのギルドの者ですら僅かしか一切を知らぬ法。妖精三大魔法が一つ。《妖精の球(フェアリースフィア)》の発する効力、絶対である法。

ギルドメンバーをあらゆる悪から守る。それがその法であり、我がギルドの誇り。故に絶対。当たり前だ。手がかり? そんなものは壊されてもいないというのに残す訳がない。

誰も見つからない? そんなものも流されてもないし、吹き飛ばされてもない。誰かが見捨てられる訳がないだろう。これは守護なのだぞ? 守ることにおいて右に出るものなどいない。出られるものなら出てみせよ。試してやる。如何なる頑丈さ、強固さ、絶対さ。それ総てを試してやろう。――と、彼ならそう言うだろう、今も眠らぬレイン・ヴァーミリオンならば。

 

ふとしている間に時は進む。当然彼らの嘆き混ざりの会話も進む。

 

「そりゃそうだよ。あの日……天狼島近海のエーテルナノ濃度は異常値を記録してる。あれは生物が形をとどめておけないレベルの……」

 

「なんて威力なんだ!! アクノロギアの咆哮ってのは……!!!」

 

「だって……大昔にたった一頭で国を滅ぼしたっていう竜なんだろう!!? ()()が……そんなの相手に生きていられる訳が……!!!」

 

ウォーレンが悲痛な叫びを上げた。気持ちは分かる。くどいと一刀両断されてしまうだろうが、彼は人間じゃない。故にそう易々と死ぬような塵芥ではない。

当然彼は守りたいと願い続ける。それが彼だ。彼は守れるものを守りたいがために力を欲し、そこまで駆け上がった魔導士(もの)だ。悪魔に堕ちようが、堕ちまいが。彼にとって守ることは特別。自らの身を捨ててまで彼は守りたい誰かのために危険を承知で守ろうとする。

そして彼は《妖精の球》を発動させた。不安定ながらもそれは見事に“危険な存在(レイン)”を視認したアクノロギアが放った、威力を更に増させた咆哮すら防いだ。

一体それにどれ程の巨大な魔力を消費しただろう。それは彼にしか理解できず、知ることがない。急激に魔力が減った魔導士の苦痛などその者にしか分からんのだから――

 

「何で俺たちの仲間を……」

 

ふとドロイが悔しげに呟いた。実際そうだ。何故彼らが襲われることになったのかなど、襲った当の本人――いや、竜であるアクノロギアしか知らぬことだ。

 

ドロイのそれに続くように……

 

「あいつらがいなくなってから、俺たちのギルドは弱体化する一方。マグノリアには新しいギルドが建っちまうし」

 

それがあの“黄昏の鬼(柄の悪い高利貸し)”だ。

 

「“たたむ”時が来たのかもな……」

 

「そんな話は止めて!!!」

 

ワカバの言葉に怒鳴るラキ。流石にあれは怒られるだろう。不吉極まりない。そういうものは本当に最後という時にこそ使うべきであろう。まあ、当然のことながら彼がそれを認める訳がない。彼は初期から存在し、一度消えては戻ってきたのだから。

つまり、知っている。秘密も理由も由来も総て。

故に紡いできた何十年間を――メイビスの悩み過ごした日々そのものが体現した結晶(ギルド)を無駄にすることは許さんだろう。

 

その傍らで一人の男が項垂れたまま、何も呟かない。だが、うめき声だけを溢す。その様子に驚いたワカバは男を訊ねた。

 

「!! どうした、マカオ?」

 

暗い表情のマカオ。すると、彼は漸く口を開き、吐露した。

 

「………俺はもう、心が折れそうだ」

 

あれから7年間、ずっとこのギルドを支えてきたのは一重に彼のお陰だ。その彼はここまで疲弊している。それほどまでにこの7年間が厳しくツラいものだったのだろう。

 

「お前はよくやってるよ、マスター」

 

ただの気を紛らせるだけの言葉ではあるが、今のマカオには言われないよりは幾分かマシな言葉であった。

それに本心を刺激されたのか、マカオは更に悩みの種たるものを吐いた。

 

「あれ以来………ロメオは一度も笑わねぇんだ………」

 

そうして彼は泣き顔を晒した。それに引き摺られるように仲間たちも返す言葉を失い、その場を肌に刺さるような静寂が包み込んだ。

 

――そんな最中だった。外から大きな騒音を撒き散らしながら何かがこちらに向かってくる。

それに気がついた彼らは急いでギルドの外に出ていく。すると、そこには――

 

「お…おお……!!!」

 

「あれは!?」

 

空に浮かんでいたのは巨大な船。船体の側面には翼。巨大なラクリマが見えるそれは風の噂でよく耳に届く代物。

かつて妖精と天馬、蛇姫と化猫が連合軍として六魔を討つこととなった作戦で姿を見せた、《青い天馬(ブルーペガサス)》が誇る魔導爆撃挺、クリスティーナ。その改良型だった。

 

開いた口が中々塞がらない彼らに、聞き覚えのある声が届いた。

 

「くん、くん、くんくん、くんくん」

 

何故か挨拶代わりに匂いを嗅ぐイケメン(変なやつ)。それが船首に立っていた。もしここにエルザがいるならば、すぐさま嫌な顔をし、近づいたら問答無用で殴り飛ばしただろう。

それほどまでにキモ――変なやつだ、その男は。

そしてその男は匂いを嗅ぎ終えると同時に口を開く。

 

「辛気臭い香り(パルファム)はよくないな。とぅ!!」

 

もはや口癖と言うべきその言葉を告げ、男は船首から何の躊躇いなく飛び降りた。何度か回転しつつ、着地をバシッと決める――

 

「メェーン!!?」

 

「「墜ちんのかよ!!!」」

 

――はずだった。着地寸前に態勢を変え、そういう分野のプロビックリの着地を決めるかと思いきや、その男はそのまま頭を下に墜落した。更にギルド前の石畳を粉砕する。

あとで直す時には修理費を出してもらえるのだろうか。いや、逆に出してもらわないと可笑しい――ことにしておこう。

とにかく、その男は地面に突き刺さっている。どういう原理だろうか。

そんなことはさておき、この男こそが――

 

「あなたの為の一夜でぇす」

 

7年前より髪が長くなった《青い天馬》の主だった魔導士の一人。一夜・ヴァンダレイ・寿。その人である。変なところは相変わらず変わることなくこれである。

 

「おまえ……」

 

懐かしの戦友。それに出会えたせいか、彼らの気の持ちようが少しだけ変わっていた。すると、一夜に続き後続と言わんばかりに彼らも降り立つ。

 

「一夜様、気持ちは分かるけど、落ちついたら?」

 

「俺……空気の魔法使えるし」

 

「みんな久しぶり」

 

そう、彼らだ。

 

「やあ」「ヒビキ!」

 

「フン」「レン!」

 

「マカオさん、また老けた?」「イヴ!」

 

トライメンズの三人。彼らもあの時ではそれぞれで活躍を見せ――ていたと思う。

理由など単純。レインがニルヴァーナの魔法を相殺するという馬鹿げたことをしてしまったためにクリスティーナはただのお飾りになってしまった。

あれを考慮してたのか、していないのか、クリスティーナは改良型である。

 

そんな中、彼らの登場にドロイが口を開いた。

 

「か……かっけー………!!」

 

まあ、端から見たらカッコいいだろう。“ある部分”を除けば立派なイケメンであることは間違いない。ある部分というのも――

 

「ラキさん、相変わらずお美しい」

 

「お……お前眼鏡似合いすぎだろ」

 

「“お姉ちゃん”って呼んでいいかな?」

 

「あの……」

 

――正しくこれだ。何故か彼らは女性を手当たり次第に褒める。それも美しい人ほど褒めるのだ。どうしてこうなったのだろう。いや、それ以前にレンに関しては恋人(シェリー)がいるだろうが、と叱責されても仕方のない状況にある。もしエルザがいれば説教間違いなしだったと見える。

 

それに対し、マックスが叫ぶと続いて今度はキナナにナンパを仕掛ける。これまたどうしてこうなるのか、よく分からない。もしやあれだろうか。

青い天馬は四六時中ナンパの特訓をさせられるような場所なのだろうか。それって魔導士ギルドなのかと不思議に思ってしまう一同に、漸く態勢が整った一夜が彼らに叱責する。

 

「これ!! お前たち、遊びに来たんじゃないんだぞ!!」

 

「「「失礼しやした!!」」」

 

一夜の叱責から約一秒も立たずにすぐさま頭を彼女らに下げた三人に思わず謝罪を受けた当の二人は肩をビクリと震わせた。

 

「おい、一夜」

 

「一体、何が……」

 

漸く調子を取り戻したマカオとワカバは四人が何故訊ねてきたのかということを訊ねようとする。だが、その刹那――

 

「な、なんか暑くねぇか?」

 

「ホントだ、なんか暑ぃ……」

 

「可笑しいな、さっきまでこんなに暑くは……」

 

急激な気温上昇が彼らを包んだ。可笑しい。正しくそう言える。先程まで丁度いい気温だった周囲の温度が急激に上昇している。まるで近くに熱源が現れたような……。

ふとそう思った彼らが咄嗟に上を向いた時、()()()()()をはためかせ、降り立ってくる何かに気がついた。

 

巨大な焔。全てを呑み込んでしまうような強大な何か。圧倒的な圧力を感じさせるそれに彼らは本能的に畏怖を感じた。()()()()()()?

魔力の質が違う。高純度と言うべき、一切の無駄がない。純粋な魔力の塊だ。それなのに何だろう、この恐怖心を微かに芽生えさせる存在は。何かだ。何かがここに来る。別に敵対やこちらに対しての戦意、殺意は一切ない。だが、何かが分からないから怖い。

震えを微かに感じた。身体が震えてくる。何だよこれ。あり得ない。知らない何かがこちらに近づいてくるだけでなんでこんなに恐ろしいと感じるのかと彼らは思った。

それに加え、ここはマグノリアだ。いくら離れていようともこの辺りに闇ギルドなどの勢力が来るならば、評議院だって反応する。だから恐怖を感じさせるものは来ることができないはずだ。なのに――なんだ、これは。やはり分からない。なんだ、なんだよ、これ。

 

そう本能が叫び出す彼らはそのまま降りてくる何かに怯えていた。そして、ゆっくりと、ゆっくりと、それは近づいていき、降り立った。降り立った途端に紅蓮の大翼は姿を消し、それを発生させていた本人が姿を現した。少女だ。見たところ、ウェンディと年齢は変わらないようだった。それなのになんだろう、これは。

見たことのない魔力の大きさだ。――いや、ある。しかし、これよりも更に巨大だった。

彼だ、レインだ。彼と似ている。魔力の規模は違うが、似ている。

根本的な魔力の質が似ている。他の――普通の魔導士とは違う高純度と言える魔力。それが少女の身体から感じられた。

 

すると、漸く肩の力を抜いたのか、少女は軽くため息を溢すと、こちらを見て口を開いた。

 

「レイン……帰ってきてる?」

 

炎髪灼眼の少女はただそれだけを口にし、訊ねてきた。見た目ではそれほど怖いとは何も感じなかった。だが、内包する魔力の質が何故か恐怖心を抱かせる。

呆然としたままのこちらに怪訝そうな顔をすると、少女は再び訊ねてきた。

 

「レイン……帰ってきてる?」

 

「……いや、その……帰ってきてない」

 

声が震えていたが自然と口にできた。だが、それを伝えた途端、言い方に気を付ければ良かったとマカオはすぐに後悔した。何せ、レインは仲間たちと一緒に行方不明だからだ。

彼女も魔導士ならば知っているはすだが、傷口を開かせてしまったのではないかと思った。すると、予想だにしないことを少女は口にした。

 

「ふ~ん? まだ…なんだ。迎えにいく人いないからかな…。多分全員目が覚めてると思うけど……」

 

「目が……覚めてる……?」

 

なんのことだが理解できない。だが、何度も口にするうちに意味合いが段々と取れてきて――

 

「どういうことだよ、お嬢ちゃん…」

 

ワカバが驚いたまま訊ねた。意味が分かってきても呑み込めない。どういうことだと訊ねるしか答えがないのだ。

漸く感づいたこちらに少女は呆れ半分な表情でこちらを見ると、簡単に答えた。

 

「………なにって、()()()()()()()()ってことだよ」

 

「「「なっ!?!?」」」

 

マカオたちは驚愕した。もういないと思っていた仲間の一人が生きていると言われれば、当然驚く。それもこの少女はレインのことは愚か生きていることすら知っている。

それはつまり――

 

「あんた……レインの知り合いか…? それとも……評議院か何かの…?」

 

「……評議院の狗になったつもりない。あんなのただ上司(うえ)に尻尾振ってるだけの忠犬だし、私でも価値が見出だせない。なんてことは置いといて……まあ、そうだね。レインの知り合いというのは合ってるよ…?」

 

少女は前半評議院について軽く蔑むと自分がレインの知り合いであることを肯定した。驚いた。やはりレインは色んな所に知り合いがいるのだということが理解できた。

すると、先程まで空気だったトライメンズが命知らずに少女に近づき、ナンパを仕掛けようと動いた。――刹那

 

「……()()()()?」

 

殺意の籠った言霊が少女の口から放たれ、高純度な魔力が滾滾と溢れ出す。その魔力に圧倒され、彼らはそのまま動くことさえ出来ずに固まった。別に魔法による呪縛ではない。

ただ身体が硬直したのだ。近づいては行けない。そう叫んでいるのだ。本能的に危険だと察知したのだ。三人が動かなくなったのを確認すると、少女は再び口を開く。

 

「……そろそろ自己紹介した方が良さそうだね。……私はシャナ。シャナ・アラストール。魔導士ギルド《帝王の宝剣(エンペラーブレイド)》に所属する二年前にS級に昇格した魔導士」

 

「……シャナ? あれ…シャナって確か……」

 

「思い出した!! 《帝王の宝剣》のシャナって言えば、新進気鋭でありながら、すでにS級資格持ちの実力者。前回のあの大会にも出てた子じゃないか!?」

 

「それに確か異名は……《火焔天(アシャ・ワヒシュタ)》」

 

驚きを隠せない一同。先程まで殺意を向けられ固まった三人も漸く思いだし、今度は警戒態勢を取った。取った理由など前回のあの大会で彼らは彼女と相対している。

それと同時に順位で負けたことも思い出したからだ。

 

「まさか来るなんて……」

 

「お前…何のようだ……?」

 

「…君は何故ここに……?」

 

警戒しつつトライメンズの三人はシャナに訊ねた。すると、炎髪灼眼の少女は素っ気なく答える。

 

「……大した理由はないよ? ただレインが帰ってきてるかなって思っただけ…。それとあんまりその異名は好きじゃないから言わないでほしい…」

 

軽く要件を喋ると、シャナは《火焔天》というあまり喜ばしくない異名を言われたことに対して不服そうにし、それを口にしたマックスを軽く睨んだ。

インパクト的なものはないが、鋭い殺気のようなものを感じ、マックスは後ずさる。これを他の誰かが見ていたら腹を抱えて笑い、侮辱しただろう。しかし、恐ろしさを知らないものには分かるまい、この威圧感を。

 

「……………。ふぅ……そろそろ本題に戻ってもいいよ。私帰るから」

 

シャナは素っ気なく言うと、背中から先程の紅蓮の大翼を生やすと、そのまま飛翔しようと腰を屈めた。地面を強く蹴り、空へと舞おうとした刹那――

 

「一つ聞かせてくれるかい?」

 

ヒビキが止めた。シャナに恐れることなく見る。他のものは動くことすら叶わず、ただ過ぎ去るのを待つばかりなのに。彼らが見守る中、ヒビキは考えていたことをシャナに訊ねた。

 

「君とレイン君はどういう関係なんだい?」

 

その質問に虚を突かれたか、シャナも驚いた顔を見せた。腰を屈めたまま、指先を唇に添え、答えを纏め上げると、指先を退け、素直に答えた。

 

 

 

「私を救ってくれた命の恩人。……それと――私の好きな人」

 

 

 

それだけを答えると少女は今度こそ地面を蹴りあげ、空へと飛翔。続いてそのまま向こうの方へと消えていった。

それから2分ばかりの時間が経ち、彼らは地面に座り込んだ。威圧感だ。あの威圧感に疲れたのだ。呼吸を止めていたのかと思うほどに荒い呼吸を繰り返すと、マカオが漸く口に開いた。

 

「……な、なんだったんだ…さっきのお嬢ちゃんは……」

 

「分からねぇ、だけどとんでもねぇな……」

 

「あんな少女がS級なのかよ……」

 

「素晴らしい香り(パルファム)だった」

 

「一夜、今それは言わない方がいいんじゃないか?」

 

「だな…」

 

一人を除いてぐったりとした全員。それぞれで色々と口にする。そんな中、空を見上げたまま、少女に質問をしたヒビキは小さく呟いた。

 

「……好きな人…か。レイン君は本当に罪な人だね……。今度、青い天馬(うち)に来ないかと勧誘してみようかな…」

 

静かに、ただ静かにヒビキは感想を抱いた。飛び去る前に見せた少女の笑顔。うっすらと染まった頬。あれはやっぱり恋をしている少女の顔だ。

そんなことを微かに考えながら、ヒビキもまたかつて好きだった女性のことを頭の片隅で浮かべた。

 

 

 

 

 

 

――◆――◇――

 

 

 

 

 

丁度その頃、天狼島では……

 

結界を眺めたまま一人の少年が大きな欠伸をしていた。元気そうだ。ただ先程まで寝ていたのか、髪がボサボサである。ボサボサであろうと少年の髪は綺麗な銀髪だ。

それに加え、茶色混ざりの瞳が輝いている。何処にも不安を感じさせる要素はない。よもや外では自分達の安否を心底心配している者たちや怪我してないかと思う者たちがいるだろうに、彼はそれを容易く捨て去せるほどに健康そのものだ。

再び大きな欠伸すると、背伸びをする。悪魔であるためにこれ以上は身体が大きくなることもなく、当然成長することはない。まあ、言ってしまえば“器”に過ぎない。

レイン・ヴァーミリオン、レイン・アルバーストという人間の魂の器だ。どちらも自分。どちらも一つの魂だ。二つも名があるのは痒いことこの上ないが、それでも捨てるには勿体ない。どちらの名にも妹が存在するし、慕ってくれた人がいる。

それを片方邪魔だから捨てようなとど言ってみろ。その日にはどっちかの慕ってくれた人が呆れるか、嫌悪するか、それとも怒りの形相で襲ってくるかしかない。

つまり、要約すれば、大切な名前を捨てるなと言うことだ。それもどちらも大切な()()がつけてくれた名前だ。捨てるなど親不孝者でしかない。

 

だが、名前云々以前に悪魔に成り果てた奴である以上はどちらにせよ、親不孝者だ。生きるため、強くなるため、約束を守るため――いいや、違うね。

俺はただ死に絶えるという運命に嫌悪し、虫酸が走るような想いで毒薬を掴んだに過ぎない。

それがどんなものかも完全に理解せずに、薬だ、やった助かるなどと馬鹿げたことを考えて躊躇いなく毒薬を口にしたに過ぎない大馬鹿野郎だ。

 

生まれた頃はどれほど穢れていなかったのだろうかと思うほどに、今の俺はどうしようもない塵芥(ゴミ)だ。最初に訪れた残酷な運命から今までに何度も分岐点があり、結末が変わっていただろうに俺は自らのことだけを考えずに誰かのことばかり優先して――自分が救われない結末を選び続けた。

 

その結果、()()()大切な妹を失うわ、ある少女を庇って自らの存在自体が可笑しくなるわ、メイビスという二人目の妹を死なせてしまうわ、行く先々で大切に感じた人々が死んでいくわ、大切な妹に似た自らを禁忌に触れただの穢れているだの言った《死人使い(ネクロマンサー)》のような魔法を持ってしまった少女ですら腕のなかで死んでいくわ、純粋を体現した村の少女も自らの命を自分で奪う羽目になるわ――何度奪われたか分からなくなってくるほどだ。

他人の人生を狂わせることがお好きなのかね、俺は。そう自らに愚痴った。印象に残ったものだけを数えただけで全部で8つだ。共通点も全く一緒。呆れてしまうよ、本当に。

それら全部俺がこんな風に想ってしまったからいけなったんだ。

 

ただ――守ってあげたい。守り切りたい。

 

それだけを想った結果がこれだ。疫病神そのものだよ、俺は。

全くもってそれしか言葉にできない。これはあれか? “アンクセラムの呪い(タチの悪いあれ)”の別バージョンか? 守りたいと思うほどに奪われる? ふざけんな。俺はあと何回奪われればいいんだ? 運命(おまえ)の言いたいことはあれか? 俺は一生奪われ続けるのか? それこそふざけんな。

神がいるなら一刀両断にしてやりたいほどだ。

 

「……人を愛してはいけないか。まだそれの方が少しマシかもな」

 

今は眠っている“矛盾の呪い”に俺は小さく呟いた。愛さなければ大丈夫なものなら幾分かマシだ。何処かの穴蔵でずっと閉じ籠っていればいいだけだからだ。

だが、これは違う。閉じ籠っていれば確かに大丈夫だ。しかし、俺は悪魔。不老不死者ではない。悪魔の身体にも寿命はある。ざっと100年程度。俺の身体も実際後一年持つかってレベルだ。故にあと半年ぐらいで崩壊が始まる。回避するにはあの場所で再誕でもしなければならない。そうなれば、今度こそ歴とした悪魔だ。どっちにしてもクズでしかない。

かといって閉じ籠る以外に何処かをただ歩いていれば、自然と人には出会う。そして気がつけば守りたいと思う。そうなれば、また悪夢が始まる。一瞬で奪われる恐怖に苛まれ続ける。

ならば、いっそ死んでしまえばいいんじゃないかと思う。だが、死ねない。別に死ぬくらいはできる。怖いから死ねないんじゃない。生きたいという訳でもない。

 

ただ――もう想ってしまったのだ、二人も。今この結界で包まれた島の中に眠る藍色の長髪の少女と、外の世界で今も懸命に生きている焔に愛された少女。守りたいと想ってしまった。

だから死ねない。放っておけないのだ。二人には幸せになってほしい。未来を掴み続けて欲しいのだ。後悔しない人生を送ってほしい。それだけが俺の心残り。

俺に関わった時点で彼らの運命には常に絶望の未来が付き纏っている。いつ何処で絶望しかない未来が来るか分からない。7年前にもそんなことがあった。

 

ハデス――いや、プレヒトが最初にウェンディを消そうとした時のことだ。あの時も俺が関わっていなければ彼女はそこまで危ない結果にならなかっただろう。

俺と関わったから――ルーシィの星霊が助けに行く時に少し遅れた。あそこで俺がウェンディに結界を纏わせていなければ今頃ウェンディはこの世には居なかった。

俺と関わったが故に理不尽な終焉を迎える所まで行きかけたのだ。

 

それがこれからも続くと考えよう。そうなれば、俺はこんなところで死んではいけない。こんなところで死ねば、ウェンディやシャナだってそのうち死んでしまうだろう。それも望まぬ終わりを迎えるという結末で。そんなものは認めない。ああ、認めるものか。断じて認めん。

いくら俺のせいでも認められない。運命? 終焉? 絶望? ハッ、笑わせんな。お前らは纏めて俺と同じ塵芥だ。故に滅べよ。俺と共に消え失せろ。

 

自虐的に俺は胸のうちで叫んだ。だから想うのだ。強く、強く想うのだ。

 

別にもう守りたいと想わないから、誰かを見捨てたくないなんて想わないから――

 

 

 

 

 

――だから代わりに想わせてくれ。願わせてくれ。叶えさせてくれ。

 

 

 

二度と守りたいと願ってしまった相手を苦しませないために。

 

 

 

二度と残酷な結末、終焉、運命に彼らが翻弄されないために。

 

 

 

強く強く想うのだ。静かに冷静に、但し激情を秘めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――時よ止まれ。この瞬間、この刹那、他愛もなく平和でいつもの通りの日常こそが美しいから。だからお願いだ。叶えてくれ。俺みたいなクズでもこの願いだけは聞き届けてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして彼は静かに強く願った。満たされた日々だけを彼らに過ごさせてあげてくれ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが彼の願い。具現化してほしい渇望だから――

 

 

 

 

 

 




それにしてもシャナは一人かレインの時しか、ちゃんと喋らないんだなぁ~。

これが差べ――ゲフンゲフン、いや区別か。まあ、この方が可愛らしさがあるでしょうし。

などと考えているバカな作者もこれまで通りによろしくです。

――それにしても水銀ニート、今頃何してるかな……。あちらの牢獄にいるかな……。

あ、でも……脱走してそうだな…。またストーカーしてそうで怖い。

もうあれですね、言えることはただ一つ!! 黄金殿、いつもお疲れ様です(^^ゞビシッ


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おかえり、みんな… 中編

はい、どうも。不肖の作者、天狼レインです。またもこれだ。中編挟むような構成に

すんなよ、なにしてんだ私は……。それしか言えませんね、ホント。

今回久しぶりにレインが彼らしく登場します。つうか、内容をもっ増したかったんですが、

やり過ぎは注意だったので止めました。あと10000文字追加出来そうだったんですが、

そうなると中編が二つになりそうで……、いやそれって中編じゃなくね?

まあ、そんな訳でしっくりこない終わりです。それに関しては寛大な心で許してください。

P.S.
受験勉強頑張り中。故に投稿スピード減速。それにやる気も減少。
すげぇ、めんどい。ダルいです。あと眠い。睡眠時間が日に日に減っていく不思議。
おお、怖い怖い。




ハルジオン港から航海を開始した一隻の小舟。港を出るときは高々とギルドの紋章を挙げられはしなかったが、ここまで遠くに来れば堂々と挙げられる。

はためく帆を一人が監視し、他は皆自らの仲間たちが最後に消息を絶った天狼島を望遠鏡で探し回る。そこにいるのは今残っているギルドのメンバー全員ではない。

大体半分といったところか。半信半疑なのだからそれぐらいが妥当。これ以上人員を削げるほど今の妖精に力も地位もない。今や借金を返そうと必死になる程度なのだから当然だ。

故にこうやって半信半疑の中。旧知であり、戦友たる《青い天馬》の者共が提供してくれた情報の真偽を確かめに来ているのである。

だが、その一方であることに不思議な点が存在していた。

それは――

 

「なぁ、《青い天馬(ブルーペガサス)》の連中が言うことなら兎も角。なんで途中で颯爽と現れて消えたあの子が天狼島があるって情報を知ってたんだ?」

 

ふと込み上げた疑問を口にするマックス。確かにそうだ。いくら現在フィオーレ第二位のギルドの所属であったとしても流石に魔導爆撃挺を所有しているとは限らない。

なれば、フィオーレ中を回るなどということは限りなく不可能だ。

それに《古文書(アーカイブ)》の魔法を持っている魔導士がいるとも言えない状況である。

だがあの状況下であの少女シャナは平然と“生きている”ということを口にした。それも誤魔化す必要もないと言わんばかりの口調でだ。

彼女は見たところ火魔法を使う魔導士だろう。だが、他に何かの魔法を持っているようには見えなかった。本当は持っているのかもしれないが、それでも堂々と宣言できるような結果を持っている訳ではないだろう。

そう思うと疑問しか浮かばないのだ。

 

「だよな。でもなぁ……」

 

ウォーレンが何かを言おうとして口をつぐむ。

別に言おうとすれば言えたのかもしれないが、それはシャナという少女が言ったことよりも自信のないもので、それもその疑問に答えられるようなものですらなかったからだ。

当然だ。人の真相心理、分かるならば今の世の中全ての国が一つの国にでも纏められていただろう。それに反逆者なども即刻見つけ、すぐさま処刑でも処罰でもできる。

そうなれば、評議院も犯罪が起こった後から必死になって犯人を捕まえる必要すら皆無になる。簡単に言えば、心を読めるならば疑問などほぼ出来ないということだ。

故に今のこの疑問すら無に帰すことすら造作でもない。

 

そんな中、望遠鏡を除いていたビスカが一通りの捜索を一旦止めて、二人の方に向き直る。

 

「一応今見てみたけど、本当にこの辺なの?」

 

「何も見えてこないじゃないか」

 

それに同意するようにアルザックもまた、彼らの方に向き直る。やはりこの二人がそれを言うとなるとかなり怪しくなってくる。

二人はどちらも優れた銃の使い手だ。特にビスカは狙撃手。遠くを見ることや周囲に気を配るなど彼らには造作もない。ならば、その彼らが気がつかないというのは場所が違うのか、はてまた本当は彼らの持ってきた情報は嘘、偽りでしかなかったのか、とそうなってしまう訳だ。ここで諦めず、探そうだのなんだの言えることには言えるが、後々実際に見つからなければ笑い事で済まないし、当然時間の浪費であることを避けられない。

そんな彼らの集中力を途切れさせないようにと仲間たちはフォローを入れる。

 

「天馬の奴等の話じゃ、この海域でエーテルナノが何とか……」

 

「そもそもエーテルナノってなんだよ?」

 

「知るかよ。魔力の微粒子的な何かだろ?」

 

天馬たちの情報を再び盛り返し、なんとか集中力を保ってもらおうとするが、疑問が増えるとちゃんとした答えが出なくなる。そもそもここにいるメンバーは知識面では乏しい。

こういうものはルーシィやレビィの得意分野といったところだ。当然二人とも今では天狼島と一緒に行方不明の身である。つまり、答えられる者は一切いないという訳だ。

 

「本当にロメオを連れてこなくて良かった?」

 

「無理矢理にでも連れてくるべきだったかな……」

 

仲間の――いや、特にナツの帰還を待ち望んでいるのはマカオの息子ロメオ。あれから彼はマカオの言う通り笑わなくなっている。

そのためにこういう時こそ連れてくるべきだったかと思ったアルザックとビスカだったが……

 

「まだみんな生きてるって決まった訳じゃねぇんだ」

 

「ぬか喜びさせる訳には……」

 

事実そうだ。仮にここでナツたちが生きてるかもしれないとかロメオに伝えて来させよう。それから一生懸命にみんなで探す。だが、見つからなかった。

なら彼はどういうだろうか。「やっぱりナツ兄は……」や彼らに向かって「ふざけないでくれ」とでも言うだろう。見つかるかどうかの確率がかなり低いこの状況下、信じられるものはただ一つ。“本当に彼らが生きてここにいる”という実感と証だけだ。

それ以外に完全に信じられるものなど存在しない。だからこそ、ぬか喜びさせる訳にはいかなかったのだ。

だが……

 

「「レビィに会える!! レビィに会える!!」」

 

この駿足男(バカ)とこの体重増加男(バカ)は場違いなほどに喜んでいた。別に喜んではいけない訳ではないが、もし見つからなかった時に自らの首を絞めてしまうようなことはしないほうが利口だと思えるのだ。

故に……

 

「やかましい!!」

 

ウォーレンが二人を黙らせた。そして言葉を続ける。

 

「7年も連絡がねぇんだぞ。最悪の場合も考えろよ」

 

「お……おう………」

 

「もしや……」

 

「「……………」」

 

続けて口にした言葉が自分にも仲間たちにも突き刺さる。一応ここに来ている仲間たちは少しでも生きていると信じて来ている者たちだ。

故に自分達の気持ちを否定するような先程の言葉は出来る限り避けたかった。だが、二人を落ち着かせるのに必要だったのは言うまでもなく。

それが自分達に返ってくることもか分かっていたが、意外にもそれは心に冷たく響くものだった。

沈黙が彼らの間に訪れる。そんな中、海を見ていたマックスが何かを見つけた。

 

「なんだあれ……」

 

その声に気がつき、仲間たちもそちらに向き直る。

 

「……人?」

 

「まさか……海の上だぞ…」

 

ウォーレンが信じがたそうにする。その隣から狙撃手であるビスカがその正体に気がつく。

 

「ちょっと!! よく見て、あれ!!」

 

彼らが見つめる先には白い服を着た少女がいた。金色の長髪に緑色の瞳。頭には天使の羽根のような髪飾りをつけた――海の上に浮いている少女。

 

「た、立っている!?」

 

「誰なんだ!?」

 

アルザック、マックスが驚愕し、目を凝らす。すると、その少女の隣に立つもう一つの人影に気がついた。

 

「嘘……だろ……?」

 

「あの…姿……」

 

「おい……あれって……」

 

先程よりも驚愕する仲間たち。その視線が注がれる先にいたのは――少年。

腰まで伸びた銀色の長髪に茶色混ざりの瞳。白銀色に輝くコートを羽織ったそれは記憶が間違っていなければ、知っている人物の姿にそっくりだった。いや、そっくりではない。

()()なのだ。

《妖精の尻尾》が誇るS級魔導士が一人、レイン・ヴァーミリオン。

彼本人がそこに佇んでいたのだ。

 

「レイン!?」

 

「本当に生きてたのか!?」

 

「おーい、レイン!!!」

 

涙腺が緩む。涙が目尻から零れ落ちそうになる。だが、仲間たちの声に答えず、彼は謎の少女の方に向くと小さく頷き――何かを呟いた。

 

「Diejenigen , die den ewigen Schlaf losen――」

 

未知なる言霊が静寂に包まれる海上に響き渡る。聞いたことがない。その一言に尽きるそれは怪しげな雰囲気を醸し出していた。

 

「な、なんだ……?」

 

「レイン…どうしちまったんだ……?」

 

仲間たちが首を傾げる。しかし、彼は淡々とそれを続ける。

 

「Oh , tut mir leid , Fairy folk .

Es wurde in ein verschlossenes unterworfen , Me Sunden vergeben――」

 

そう告げる彼の姿は寂しげに、何かを乞うように見えた。しかし、何を告げているのかは彼らには分からない。ただそれは不思議な響きを散らすだけ。

 

「deshalb , Nun , aber aufwachen gut――」

 

その刹那、突如として小舟に強い震動が伝わった。周囲では津波が多発し、まるでレインの告げる言霊に反応しているかのような感覚に至らせる。

必死で仲間たちが小舟に掴まる中、彼は未だに揺らぐこともせず、少女と共にその場に立ち続けていた。

そして……

 

「Obwohl gute auflosbar in diesem Moment――Fairy Sphere!!!」

 

その言霊が放たれたと同時に海から出現する天狼島。現れた天狼島には損傷が全く見られず、かつてのままを思わせるものだった。

それに加え、島を覆う巨大な結界には妖精の紋章が刻まれ、白銀色の輝きを放っていた。完全に島が海上に出るとすぐさま結界は崩壊し、島は外気に触れた。

最後に大きな津波を巻き起こすとそれきり再び静寂が訪れる。

 

「て、天狼島……!?」

 

驚愕する仲間たち。そんな彼らの方を一瞥すると彼はコートを翻し、少女と共に島の方へと去っていく。

 

「お、おい!?」

 

「れ、レイン!! どこ行くんだ!!」

 

仲間たちの声が彼の背に向かっていくが、それには答えず黙々と島に向かっていくばかり。そんな彼の状態に彼らは不審なものを感じ始めた。

 

「ま……まさかレイン、忘れちまったとかじゃねぇよな……」

 

「…いや、それはねぇだろ……」

 

「もしかして……隣にいた少女が原因……?」

 

それぞれで模索する彼ら。もし仮にだ。7年の間にレインに何らかのことがあり、側にいた少女によって洗脳などされていた場合、先程自分達を無視した理由になる。

しかし、あのレインだ。あのレインがそう易々と操られる訳がない。そう信じる彼らだったが、このままでは置いていかれることに気がつき、すぐに我に返るとそのまま小舟を急いで天狼島へと進めていった。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

天狼島へ到着した後、彼らは大急ぎで小舟から降りると、謎の少女とレインを追いかけた。幸い視界にギリギリ止まる場所にいたために見失うことはなかったが、それでも二人は大の大人が全力で走っても追い付かず、距離すら埋められないほどの速度で駆け抜けていく。

これでは埒があかない。このままでは体力を切らした途端に見失い、捜索から始めることになってしまう。そう判断するや否や……

 

「ジェット!!」

 

「おうよ!!!」

 

マックスがすかさず指示を出し、それに答え《神速(ハイスピード)》を発動させるジェット。ギルドの中でも最速――だった速さを利用し、二人を追い掛ける。

流石のレインと言えども魔法を未発動では彼に追い付かれてしまうはずだ。

だが……

 

「(嘘だろ……追い付けねぇ……!!?)」

 

未発動であるというのにレインとその側にいる少女の速度はまだ速まるばかり。折角詰めた距離ですら少しずつ無かったことに変えられていく。

あり得ない。その一言に尽きる光景にジェットは走りながらも絶句した。

この7年の間に彼に何があったのか。それしか言葉に出来るものが無かった。

それでも負けじと彼は走り続ける。まだ視界にある今なら少しでも彼らのいく方向を掴めるはずだと信じて。

 

「うおおォォォ!!!」

 

走る。走る。走る。走る走る走る走る走る。ただ走り続ける。仲間たちを置いていくことになろうとも自分一人でもいいからレインを――

 

――そう思った矢先、何かを見つけ、立ち止まった。

 

「……ぁ…………ぁぁ…………」

 

弱々しく声が漏れた。目の前に広がっていた光景にあんぐりと口が開き続ける。信じられないと言ったような顔だ。

 

すると後方からかなり息を切らした仲間たちが追い付いてきた。

 

「…ジェット!!」

 

「……どうしたぁ?」

 

あれほど距離があっても、やっぱり仲間たちは追い付いてくる。当然だ、彼らも――いや、彼らは魂ある妖精の一人なのだから。今までこうやってギルドを支えてきた仲間たち。

そうでなければ、こうやってこんな早く追い付くことなど出来やしない。

 

「あの女は!?」

 

「レインは何処に行ったんだ!?」

 

すかさず仲間たちは距離を詰めつつ、訊ねた。だが、ジェットは何も答えない。ただ前の光景に唖然としているだけだ。そんな彼に違和感を覚え、彼らもまた追い付くや否やそれを見る。

そして……

 

「……ぁ……ぁぁ……」

 

ただ何も言えないまま声が漏れた。

 

目の前に広がっていたのは先程と何ら変わらぬ森の風景。

いや、違う。そこには先程とは違う一色があった。

森の中にポツリとある濃い桜色。桜髪の何か。身体半分ほど土や瓦礫に埋もれてはいるが、それでもその形は言うまでもなく――人間。

桜髪の身体中に包帯が巻かれた少年。記憶が正しければ、この人物は――

 

 

 

――ナツ。ナツ・ドラグニル。《火竜(サラマンダー)》と呼ばれた妖精の一人で最強チームの一人。

 

 

 

天狼島と共に消えたS級魔導士昇格試験の受験者。7年間探し続けた仲間の一人だった。

 

 

 

「ナツ……」

 

アルザックが漸く言葉を紡ぐ。しかし、依然として仲間たちは絶句したままだった。

だが、仲間の姿を見つけてなにもしない彼らではない。すぐさま小さな崖を滑り降りると、彼のもとに向かう。到着するとすぐに彼の名前を呼んだ。

 

「ナツ!! しっかりしろ!! おい!!」

 

「目ぇ覚ませ、この野郎!!!」

 

思いっきり騒ぎ立てる。大体緊急時に起こすときはこれが定石、定番と決まっている。

しかし、うるさいことは言うまでもない。つまり――

 

「だぁー!!! うるせぇぇェェ!!!」

 

――飛び起きた。ナツが目を覚ましたのだ。となればここからは俗に言うテンプレだ。

 

「「「ナツぅぅぅぅぅ!!!」」」

 

「ぐほぉ!!?」

 

ナツに飛び付く仲間たち。最後に止めを刺すかの如くドロイのプレスがナツを襲う。

小さく悲鳴を上げ、完全に意識が覚醒する。抱きついた仲間たち――と押し潰そうとしたドロイを払い除けるナツ。続いて口を開く。

 

「どうなってんだ、一体!? なんでお前らがここに?」

 

驚くナツ。しかし、別件でさらに驚くことがあった。

 

「つうか、お前ら老けてねぇか!?」

 

「お前は変わらねぇな……」

 

「てか、ドロイ、太ッ!!」

 

瞬時に見合わせた仲間たちが記憶にあるよりも老けていることに気がつき、驚いたのだ

――特にドロイの変わり様に。

それに答えるかのように泣きじゃぐる仲間たちは口を揃えて染々と呟く。

 

するとアルザックとビスカの後ろから聞き覚えのある声が続いて響く。

 

「あれもう朝? オイラの魚は?」

 

「「ハッピー!!!」」

 

驚きと嬉しさで涙が滝のように流れる二人。一方のハッピーは目元を擦って欠伸をするだけ。

 

「ちょっと待てよ!? 俺たち、さっきアクノロギアの攻撃を喰らってぇ……えとー……」

 

両手を頭につけ、記憶を探る。すると、自然と記憶は脳内で再生され――

 

「他のみんなは!!?」

 

ナツは他の受験者たちがどうなったかを訊ねた、まあ当然だろう。あれだけのブレスを防いだとは言え、完全に衝撃が消せる訳ではない。

当然吹き飛ばされはする。だからナツは土の中に半身埋まっていた状態だったのだ。

慌てるナツ。当然他の仲間を見ていない彼らも慌てる。

だが……

 

 

 

「慌てんな、バカナツ。お前が心配するほど、あいつらは柔じゃねぇし、俺が死ぬのを簡単に“はいそうですか”で許す訳ねぇだろ」

 

 

 

懐かしい声が響いた。すぐさま振り返るナツたち。すると、そこには銀色の長髪を靡かせ、コートを翻した少年の姿。それに加えた他の人影。

それは間違いなく――

 

「レイン!!?」

 

「みんな!!?」

 

他の受験者全員の姿だった。それも全員起きている。ゆっくりと崖から滑り降りる。

それから全員が降り切ると同時に再びレインは口を開いた。

 

「全く……無理矢理起こされるまで起きねぇとはお前は爆睡するのが好きなのか?」

 

「んだと、レイン!!」

 

「あー、はいはい、寝言は寝てから言おうなー? 爆睡大好きバカナツ君」

 

「起きて早々だけど、お前だけはここで殴るッ!!」

 

すぐさま火竜の鉄拳を発動。レインに襲い掛かるナツ。しかし、彼は大きな欠伸を溢すと彼の鉄拳を意図も容易く手のひらで受け止める。

 

「――なッ!?」

 

「起きて早々元気なモンだなぁ。まあ、とりあえずお前は二度寝でもしてろ、阿呆」

 

もう片方の手でナツの頭に軽くチョップを叩き込む。すると、ナツが簡単に地面に押し付けられ、そこを中心に地面にヒビが入り、爆発的に砂煙が舞い上がった。

 

「――がはっ!?」

 

「あ……。少しやり過ぎたか……」

 

地面に伸びるナツを見てレインはしまったなぁ…と言いながら頭を押さえた。すぐさま後ろにいたウェンディが飛び出し、ナツに治癒を施す。

 

「もう、お兄ちゃん!! ナツさんは怪我人なんですからね!!」

 

「ご、ごめん……。ちょっと手加減出来てなかったわ……ホント」

 

頬をプクーと膨らませ怒るウェンディに苦笑いで答えると、小さく微笑んだ。

 

漸くだ。漸くこの時が来た。7年待った甲斐があったものだ。

俺の大切な刹那。この瞬間、この時間がやっと戻ってきた。忘れてなどいない。否、忘れてたまるものか。たかが7年だ。忘れるほどの長い時の流れに晒されてはいない。

 

するともう一度復活したナツがまた飛び起き、気になっていたことを口にした。

 

「それよりもなんで俺たち無事なんだ!!?」

 

「確かに……あたしたちアクノロギアの攻撃を受けて……」

 

「あのあとどうなったんだ……?」

 

上からナツ、ルーシィ、グレイが疑問を口にする。当然他の受験者全員や居残り組の一部である仲間たちも首を傾げた。傾げていないのはレインぐらいだろうか。

すると、彼はニッと笑うと後ろを振り向いてある人物を呼んだ。

 

「そろそろ解説でもしないか、()()()()

 

『ええ、そうですね』

 

その呼び掛けに応じ、崖の上から謎の少女が姿を見せた。金色の長髪を靡かせ、微かに微笑みつつこちらを見る姿は不思議という言葉を思わせるほどに幻想的だった。

 

「「「誰!?」」」

 

仲間たちは瞬時に首を傾げつつ、告げた。まあ、当然だろう。初対面だ。

――というよりも普通なら顔を合わせることなど一生ないはずなのだから。

すると、メイビスと呼ばれた少女は崖からゆっくりと降り立ち、名乗った。

 

『私の名はメイビス。《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》初代マスター、メイビス・ヴァーミリオン』

 

「「「なぬぅっ!!?」」」

 

「「「なにぃぃぃ!!?」」」

 

突然のことに驚きを隠せず、驚く仲間たち。驚きが小さいのはウェンディとシャルルくらいだろうか。二人は知っていたのだからこれぐらいで十分だ。

その驚きを見つつもメイビスは話を開始した。

 

『あの時、私は皆の絆と信じあう心。その全てを魔力に変換させました。皆の想いは《妖精三大魔法》の一つ、《妖精の球(フェアリースフィア)》の()()を発動させたのです』

 

語るメイビス。それを聞き、仲間たちは瞬時に悟った。初代が助けてくれたのだと。それを言葉にしたのはマカロフだった。

 

「初代がワシらを……」

 

しかし、メイビスは首を横に振った。違う。その意思表示に彼らは困惑する。魔力を変換したのは間違いなく初代だ。しかし、それで守っていないと言うならば、誰が――

そう思った矢先、嬉しそうな顔をし、彼女はある人物の方を向いた。

レインだ。その視線はきっちり彼に向けられていた。

 

『いいえ、皆を守ったのは私ではありません。彼――私の大切な兄さんです』

 

「レインが!!?」

 

「そうだったのか……」

 

驚き、しかし、嬉しそうにする仲間たち。当然だ。仲間に守られた。それはギルドでは当たり前でそれでいて嬉しいことに他ならない。

こうやって生きているのは彼のお陰だと言えるのを噛み締めて何が悪いと反論できるほどに。

だが、その途中でエルザが何かに気がついた。

 

「少しいいでしょうか、初代」

 

『はい、なんでしょう?』

 

「先程あなたはレインのことを“私の兄さん”と言いましたか?」

 

その言葉にどよめきが走った。すっかり聞き逃していたが、確かに彼女はそう言った。

どう意味だ? それしか思い付かなくなる。すると、レイン自身が口を開いた。

 

「さて…と。前にも名乗ったが、改めて名乗らせて貰っていいか?」

 

それだけを訊ね、彼は軽く息を吐いてから声に出した。

 

「《妖精の尻尾》創成期メンバーが一人、レイン・ヴァーミリオン。メイビスの兄で、ゼレフ書の悪魔の一人。それが俺だ」

 

何の躊躇いもなく、ただ単純に静かに告げる。その言葉に誰もが驚き、声を漏らした。

 

「マジかよ……」

 

「創成期メンバーって……」

 

「つうことはレインは……120歳後半なのか…」

 

「それに…ゼレフ書の悪魔って……」

 

まあ、驚かないヤツなどいないほどの暴露だ。この反応が普通で当たり前。それは俺でもわかる。確かに俺がお前ら側なら驚くさ。――だから敢えて言おう。

 

「誰が言おうとこれは嘘偽りない真実だ。まあ、とりあえずこういうのはさっと呑み込んで馴れるのが一番だ。頭で理解しようとするのは時間かかるしな。

あと俺、これでもマカロフよりも歳上だからな? 人間――いや、なんでも通用するけど容姿ってのは宛にならないからなぁ……。これが典型的な例ってヤツだ」

 

堂々宣言する彼の姿。誰も反論など出来やしない。

だが、後方で青白い輝きが見えると同時にグレイが攻撃を仕掛けてきた。

 

「やっぱりてめぇ、悪魔だったのか!!」

 

「おいおい、なんで俺が攻撃されなきゃならんのだ。別に俺はお前の大嫌いなデリオラじゃねぇぞ。お門違いも甚だしいな、阿呆が」

 

「うるせぇ!! てめぇもデリオラもどっちにしようがゼレフ書の悪魔だろうが!!!」

 

氷で出来た鉄槌が降りおろされる。危ねぇ。いや、マジで危ねぇことこの上ない。こんな所で攻撃してくんな、ナツと同レベルか、てめぇは。

ハッキリと口にしてやりたいが、今言っても意味もねぇし、こいつが落ち着く訳でもない。

故に――

 

「ああ、そろそろ()()()()ぞ、お前の羽音(どせい)なんか聞いていても心地よくも何ともねぇよ。だから――とっとと黙れよ、餓鬼。俺は子守りするつもりは一切合切ねぇぞ」

 

その刹那、白銀に輝く閃光がグレイの腹に突き刺さる。貫通はしない。当然だ、貫通などさせれば死んでしまうからだ。この地を死者の血で染めるつもりは毛頭ない。

理由などただ静かに寝てもらおうと思っただけに過ぎない。

だからお願いだ、これ以上は喋るな、騒ぐな。待ても出来んのか、餓鬼が。躾されたきゃ、俺じゃなく別のヤツに頼めよ。

 

その想いと共に、傷口に触れたのか吐血し倒れ行くグレイを冷徹な眼で睨んだ。別に悪意もない。殺意もない。ただ一つ、俺は怒っている。

うるさいのもしつこいのも理由だが、一番の理由は仲間が側にいるのに気にせず襲って来たことに他ならない。だから眠れ、沈め、黙れ。一旦頭を冷やせ。

 

目の前でグレイが倒れる瞬間まで彼を睨むとレインはコートを翻し、頼んだ。

 

「ウェンディ、ソイツの治癒頼む。致命傷にはなってないから大丈夫だ」

 

「あ……うん」

 

レインの気持ちに気がついたのか、ウェンディは小さく頷きグレイに駆け寄った。

視界の端で緑色の優しい光が見えた。これで大丈夫だ。命に関わるようなことはしていない。ゆっくりとメイビスの方に歩み、彼女の隣に立ち止まると、やっちまったと言わんばかりに頭を押さえた。

 

「……はぁ……」

 

『やっちゃいましたね、兄さん』

 

ストレート一直線、曲がることなど毛頭ないかのような直球が俺の胸に突き刺さる。

それにこの笑顔だ。反論など何にも言えねぇ。だから敢えて自分を自虐する。

 

「全くだ。いや、全くその通りだな……。流石にやり過ぎたかもなぁ……。確かにうるさかったのはうるさかったんだが……」

 

『それでも仲間を守ろうとしたんじゃないですか?』

 

突然のフォロー。なんだろう、遊ばれているような気がする。それでも――

 

「気づいてたのか、やっぱり」

 

『当然です。これでも私、《妖精軍師》って呼ばれてたんですから』

 

これは細やかな妹からの励まし。何故だろうか、スゴく嬉しい。心にまで染み透るとはこういうことかと実感、納得できる気がする。

 

「…だな。……メイビス、少しお願いがあるんだが…いいか?」

 

『はい、なんでしょう?』

 

「あとで、俺の家に来てもらえるか? 俺たちの大切な“娘”にプレゼントあげたいからさ」

 

実際の娘ではない。というより血の繋がっている兄妹で結婚や出産など笑える話じゃない。近親婚と言うのだろうか。今まで行ったことのある大陸全て禁止されていたような気がするのは気のせいではないような感じがする。などと考えていると、メイビスはそんな俺の言い訳のような何かに気がつかないまま嬉しそうに同意した。

 

『ふふ、そうですね。分かりました。あとで合流しましょう。――それよりもこの現状どうするんですか?』

 

「……………手伝って貰えるか? 自分でしておいて何だが、解決できる気がしねぇ……」

 

 

 

 

 

あれから7年。漸く時が進みだしたと言うのに俺はいきなり修羅場(これ)らしい。

 

 

 

 

 

 




さて、次回こそこの話を終わらせないとね。そろそろ茶番挟んで急いで大魔闘演武に

行かなければ……。それと何処かの番犬ギルドに入れるオリキャラ決まりました。

しばらくしたら出ると思います。皆さんの予想を越える変態ですけどね(笑)



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おかえり、みんな… 後編

どうも、皆さん、受験終わってヒャッホーしてました、作者の天狼レインです。

いやー、自由っていいですね。ああ、素晴らしきかな、自由!!!

I'm freedom!!! 私は自由だー!!! イヤッフゥー!!!

――という訳でこんなテンションです。どうやら副首領閣下共々狂しているようです、私も。

Twitterでもテンション可笑しいですし、お寿司。まあ、気になさらず、自由なんだなーって

ことで見てください。さて、遅れましたが、“おかえり、みんな…”はこれで終わりです。

次回は魔法舞踏会のヤツでもしましょうかね。まあ、実質悩んでますが。

まあ、気にせず待ってください。駄文でお答えする気は毛頭ないので。

ちなみに今回は11958文字ぐらいです、確か。あれ? 12000だっけ? 忘れました。

まあ、そんなことはいらないので、どうぞ本編へお進みください。

P.S.
ヤバい、シャナも可愛いが、フィーも可愛い。フィーは別に嫁がせ……ゲフンゲフン。
どうしようか、ウェンディとシャナ。どっちも可愛くて仕方ないんだが。
よし、あのパターンのENDにするか。




「…ん~……」

 

小さくも可愛らしさのある寝起きの声を漏らしながら少女は目を覚ました。

癖なのか、お気に入りなのか。目覚めた少女の身体に巻き付いているのは掛け布団ではなく、フカフカの毛布。ここ一年ほどからだろうか。春夏秋冬、どの季節だろうか同じ毛布を寝るときに使用している。詳しく言えば、同じ毛布を何枚も持っていてそれを順々に使っている訳だ。不思議とこの柔らかい触り心地が癖になった。やはり自分の尻尾と似ているのだろうか。

それとも――

 

「………お姉ちゃんのお布団かな…?」

 

目元をゴシゴシと擦り、眠気を少しずつ飛ばしながら呟く。思い出してみると確かに似ている。初めてお姉ちゃんの部屋で眠った時に一緒に寝た、あのお布団に似ていた気がする。

やはり一度使って気に入ってしまうと癖になるのだろうか。それとも狼の本能的にフカフカしたものを好んだのか。どちらでも文句はない。ただ言えることは一つ。

 

これが俗に言う病み付きだということだ。

 

「………あったかい…」

 

寝坊助丸出しの顔を毛布に擦り付け、感触を感じる。フワフワ、フカフカ。ああ、ダメ。癖になる。病み付きになって離したくなくなる。

パパから貰った満月模様のコートの次に大切に感じる。それを感じたい、そう思うと何度も何度も顔を擦り付けた。

寝起きから数分。漸く顔を上げる頃には蕩けたような顔になっていた。

 

「…わふぅ……」

 

もはや言葉になっていない。ただ幸せそうな顔を晒す。惚けーとした顔で覚束ない足取りのまま洗面所にまで歩いていく。

辿り着くとチラリと鏡を眺め、すぐさま顔を洗う。バシャバシャと水を優しくかけ、水を止め、一息をつく。

 

「………つめたい…」

 

寝坊助には冷水を。そう言わんばかりの冷たさに少々驚く。あまりの冷たさに耳は垂れ下がり、尻尾も小さく丸まっていた。

いつも通りながらも、やはりこれの冷たさには馴れない。いや、馴れている者など稀ではないだろうか。特に寝惚けている時ほど、これの冷たさは計り知れない。

 

「……ふぁぁ~………」

 

身体の奥底に残っていた眠気を最後に大きな欠伸で追い出す。欠伸をしても少々頭はボケーとしていたが、首を横に振ってみると自然と眠気は抹消され、頭が冴え始めた。

 

「ん、よし…。そろそろご飯食べよ…」

 

普段と何も変わらぬ口調でフィーリはのんびりとした足取りのまま、キッチンに向かった。

嬉しいことに今日は寒くもなく暖かくもない、バランスの取れた気温。故に朝から寒さに震えることも、暑さにイライラすることもなかった。

特に暑い日は嫌いだ。あれはじっとりして首もとが主に気持ち悪い。身体だってベタベタする。パパたちに拾われる前なら気にせず池にでも飛び込めたが、今では飛び込める気がしない。理由は単純。羞恥心――恥じらいを知ったからだ。

一重に女の子になれたと言っても過言ではない。流石に今では服も着ずに生活するなどということは出来そうにない。実際あの頃も体毛があったために汗はかくし、暑かった。

どちらにせよ、私は暑い日が嫌いなのだ。

 

「……ご飯どうしようかな…」

 

冷蔵庫を開ける。勿論魔法で動いている。やっぱり思うのだ。7年前――もっと言えば、パパたちに拾われる前はこんなに便利なものは知らなかった。

首根っこを噛み切り、仕留めた獲物はあの頃ならすぐに食べなければならなかった。けれど、今なら違う。手に入れた食べ物はここに保存できるし、いざというときに残しておくこともできる。自然の世界ではそれはほぼ不可能。

そう思うと便利で仕方がない。けれど、中毒のようにも感じる訳だ。ここはやはり賛否両論と言うところだろう。

 

「フーフン~♪ フフーン~♪ フフン、フフン~♪」

 

鼻唄。何処と無く気に入っているもの。リズムはちゃんと取れているし、音程も取れている。全てはお姉ちゃんのお陰だ。パパも歌は上手いのは知っている。

いや、それ以前にあの人に苦手なものがあるということ事態知らなかった。それほどまでに完璧人に見えたのだ。料理、裁縫、洗濯、仕事全てに置いて弱点がないと思っていた。

けれど、彼にも弱点があったことを最近知った。彼が帰ってくると約束したこの年。少しでも喜んで貰えるようにと私は部屋の掃除をした。その際だ。日記のようなものが床に落ちた。

首を傾げてそれを拝借。中身を確認した。そこに書かれていたのは自分の想い。

仲間たちに対するメッセージも書かれていた。いつか話すつもりだったのかもしれない。

その中には私やお姉ちゃん、シャナのこともあった。

だからこそ知り得たのだ。彼の弱点が()()()()であることを。

 

「…頑張らなきゃ。パパが困らないように…私が強くならなきゃ。みんなを導くために…」

 

強ばった表情。それを感じると咄嗟に笑顔に戻す。お姉ちゃん曰く怒った顔をすると幸せが逃げる…らしい。別に鵜呑みにしている訳ではない。けれど一理ある気がするのだ。

特に私のために一生懸命に怒ってくれたことのある――

 

「――ムラクモ…」

 

彼などが一番分かりやすい。実際彼は私のためにキチンと怒ってくれたことがあるのだが、その日に限って運が悪い。転ぶ、切り傷が出来るは当たり前。

一番危なかったときは崖から転落というものだ。どれも彼は生存しているが、本当に危なかったときは時もあるため、怒ろうとしても途中で止めてしまうときがある。

それでも他人のために怒るところ、お人好し、自分など大丈夫と言った他人のために心配できる人なのだろう。だから…だろうか。

 

「…熱い……」

 

額や頬が熱を帯びる。少しだけいつもより熱く感じる。

 

「…ここが苦しい……」

 

小さな手で自らの胸を押さえた。心臓が早鐘を鳴らしている。息苦しい気もする。なんだか彼のことを考えると胸の奥が苦しくて、身体が熱くて。()()()()()()になる。

 

「……むぅ………」

 

鏡を見なくても分かるぐらいに顔は赤い。恥ずかしさや嬉しさ混ざりと言った所だ。となれば、この感情、この感覚は一つのことを現している。

だが、フィーリはそれを知らない。分からない。感じたことが初めてだし。理由も分からないのだ。これが何なのかさえ、分からないのだ。

不思議と苦しい。不思議と熱い。なのに嬉しい。なのに幸せ――幸福感を感じてしまう。

ああ何故? 何故こんな気持ちになるのだろう。それがフィーリの中で渦巻く。

 

「…ん……モヤモヤする」

 

モヤモヤが治らない。むしろ、それが強くなっていく。身体が熱くなり、胸が苦しくなるほど彼のことを考えてしまう。

それに加え、この間見たものも刺激的で、よくわからなくて怖いものだった。

原因は勿論、ラインハルトとサクヤだ。彼らはすでに同居している。だからギルドから帰宅する際も同じ帰り道で同じ時間に同じタイミングで帰る。

その時にたまたま彼らの姿が見えたために私は後を付けた。その時に見たのだ。

彼らが人目を隠れて、互いの唇を重ねている所を。思わず驚き、唖然としたが何だったのだろう。分からないから怖い。なのに互いに嬉しそう。あれは何なのだろう。

気になるけれど、怖い。だから何なのかが聞けないし、口にできない。朝食を食べながらも思考の片隅どころか大半がそれで埋め尽くされてしまった。

分からないから怖い。知りたいけど聞けない。不思議と気になるのに――何なのかが突き止められない。

それを知るべく――いや、それを含めて私は今日、あの男に挑むのだ。

 

「…確かめる。私が何処まで強くなったかを…」

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

疾風迅雷。紫電一閃。正しく一瞬を駆け抜けるのは一人の白髪の長髪を持つ少女。

本来ならば存在しない器官、頭部から生える尖った耳と腰骨辺りから生える尻尾を微かに揺らしながら、空間をその動きで引き裂くように駆け巡る。

これを見ている者の目には恐らく光などの亜音速染みたモノが走り去ったようにしか見えないだろう。それほどまでに少女は速く、ただ速く。世界を駆け抜ける。

 

その少女と相対するのは同じく白髪の長髪を揺らしながら、神々しい神槍を構える一人の男性。見開かれた瞳は金色に輝き、総てを視認せんと周囲を視界に収めている。

黒く遠方の国で扱われているような軍服を身に纏い、彼は周囲から黒い光を撒き散らし、自らに迫らんと世界を駆け抜ける少女を迎え撃つ。

 

両者ともに並みのS級魔導士を封殺できるほどの実力を持つが故に、乱入できるほどの隙は無く、者共はただその光景を見守るしかない。

もはや両者共に人外。人ではないと思わせる程の無茶苦茶を見る者全てに見せつける。

全方位から迫らんとする黒い光の束を容赦無く放つ男性。

それを一瞬で掻い潜り、男性の胸もとを狙って抉り混むような蹴りを叩き込む少女。

なんだこれは。そう言わせることが目的のような殺し合い(手合わせ)。唖然とするのは当然だ、()()()()

 

元より男性の方の異次元染みた強さは見ている者たちは知っている。あれは昔からそうだった。ギルド創設からあの強さは目の当たりにしている。

だが、少女の方は違う。

初めてここに来たのは3年前。未だギルドは違う者ではあるが、それでも彼女は既にギルドの者と大差なく、既にここにいる者のように馴染んでいる。

 

あれから3年。その3年間が彼女を出会い始めよりも成長させていた。正気を失っていたあの時とは違い、今の彼女には自分の限界や理性は当然存在する。

故に枷のようなものが存在し、その身が人間である以上は枷を破れないように大体は出来ている。いくら彼女が人間と狼のハーフとは言え、基本は人間だ。

 

だからこそ、彼女の今の強さには説明がつかない。たった3年で彼女はギルドで随一の実力を誇る者に相対している。勝つことは出来ては居なくとも、渡り合うことは出来ている。

それ事態が異常。それ事態が変なのだ。

彼女が戦っているのは、あの“ラインハルト・エルドレイ”なのだ。

最も“聖十大魔道”に近き者。それも――人類最強かもしれないと噂される者なのだから。

故にいくら彼が本気であろうと無かろうと、ただの魔導士に――ただのS級魔導士では太刀打ち出来ないのだ。かつて名を馳せた、あのS級魔導士以外は。

 

「――やぁッ!!!」

 

「――ハァッ!!!」

 

亜音速をも超える速度で迫る鉄拳をラインハルトは見事に神槍の腹で受けた。衝撃が走るが、それを容易く地面に往なす。

大した攻撃になっていないことを悟ると、フィーリは両足で神槍を蹴り、再び世界を駆け抜ける。別に総てを駆け巡っている訳ではない。

だが、彼女の疾走する姿はただ空間を走っているとは言えないほどに激しく、力強く駆けているのだ。それこそ極限を目指すかのように。

 

「――ッ!!!」

 

駆け抜ける。駆け抜ける。駆け抜ける駆け抜ける駆け抜ける駆け抜ける駆け抜ける。ただ総てを圧倒し、追い抜かせ。私より速い者など認めない。

私は先導者。私が未来を感じて、大切な仲間たちを導く。だから私は加速し続けたい。邪魔する者など永劫追い付けなくていい。

ずっとそこで、もがいていたらいい。ずっとそこで漂っていればいいのだから。

故に私は――フィーリは疾走する。

 

「ほう…。やはり卿は面白い。流石は“彼の者の遺産”。そうだ、そうでなければ心が踊らぬ、昂らぬ。故に私をもっと楽しませてくれ!!!」

 

彼女の加速による反動――停滞を押し付けられてなお、ラインハルトは高らかに笑い飛ばし、まるで子供のようにこの刹那を更に満足しようと自らを高める。

少しずつ白髪の長髪は金色に染まり、彼の魔力が更に膨大に極限を突き詰めようかと言わんばかりに巨大化する。

正しく覇道。彼が目指す道に邪魔などするべからず。彼の前に他者は立ち上がれない。

故にそこを引くがいい。私こそが覇者。我が覇道に耐えられる者こそ願い続けた好敵手に他ならんのだ。私はこの刹那に胸が踊っているのだ。

 

「――ならッ!! 私がッ、満足させてあげるッ!!!」

 

三連続に渡って叩き込まれる鉄拳に踵落とし。衝撃でラインハルトの足元に亀裂が入り、放射状に広がっていく。歯を噛み締め、伝わる衝撃を下へ下へと押し流す。

 

「――ッ!! ふ、ふは、ハハハハハハハッ!!! 素晴らしい、ああ、素晴らしいぞ!!! この感動は何時振りだ。血が騒ぐ。もっとだ、もっと私を楽しませてくれッ!!!」

 

歓喜。ただそれだけが彼を包む。久しぶりだ、こんな感動は。素晴らしい、素晴らしきかな。ああ、胸が踊る。ああ、血が騒ぐ。楽しい。楽しいのだ。

何度も言わないでくれと叫びたいほどに私の中で渦巻くのだ。これほどの戦いこそが我が望み。私はこんな戦いを求めているのだ。

――だが、

 

「――ああ、何故だ。何故()()()()。これほどの戦いは久しぶりだ。故に嬉しいはずなのだ。だが……足りん」

 

完全に金色に染まった長髪を靡かせ、覇気を放ち、王者の如き獅子の咆哮と共に天へと向け奮い立つ。彼の今の極限。それがそこまで迫っていた。

触れるだけで――いや、気配を感じてしまうだけで身体に麻痺が生じる。身体が震え始める。これがあの男の実力。今まで見せなかった本性のカケラ。

 

「ああ、もっと。もっと私を昂らせてくれ!! まだ足りんのだ、まだ私は物足りん。故にもっと強く!! 激しく!! 狂気乱舞するがの如くに踊ってくれッ!!!」

 

彼の渇望の一端が覇道として放たれる。“全力で総てを愛したい”。故に全力で戦う相手が欲しい。もっと私を昂らせろ。それが今の彼から放たれる渇望(もの)

強すぎる。その輝きは万象を破壊せんと神々しく、それでいて禍々しく鼓動を刻み、激しさを増す。

先程まで避けられていたはずの黒い光がフィーリの脇を掠める。速い。それでいて強い。最初とは全く違う。手加減していたのかと思えるほどに激化している。

 

これが――ラインハルト・エルドレイの真骨頂。彼だけで行う最高の舞踏。鉄風雷火の三千世界。ああ、なるほど理解出来る。だからこそ、私も駆けよう、走り抜けよう。

そうだ、私だってこんな所で終わるほど弱くはない。もっとだ、もっと。駆け抜けることに有限など要らない。世界は無限に広がる。未知はまだ尽きてはいない。

世界で感じなくなっても宇宙があろう。故にもっと駆けよ。私はまだまだ走れる、駆け抜けれる。疾風迅雷? 紫電一閃? ハッ、笑わせないで。

私はもっと速い。視認できないほどの激走、視認できないほどの絶走だって出来るんだ。

だから駆け巡れ、私の渇望、私の犯した原罪よ。永劫の円環を飽きるまで駆け抜けさせて。

 

 

「standig standig Kurs durch diese Welt」

 

絶えず絶えず私はこの世を駆け巡る。

 

「Schneller als das Licht! Alle Dinge in der Natur , durch alle laufen」

 

光よりも速く! 森羅万象、私は総てを駆け抜ける。

 

「Oh , lieber . In diesam Moment ist alles zu ubertreffen」

 

ああ、愛しきかな。あの刹那は何者にも勝るものなのだ。

 

「Regain So . erneut , Um den Tag zu Tag zu fuhlen gefullt」

 

だから私は取り戻す。もう一度、満たされた刹那を感じるために――

 

身体を巡る血。それはフィーリをフィーリ足らしめるモノ。その渇望は美しく、それでいて寂しく、強きモノ。原罪を背負い、それでもなお、生きようとする彼女の決意。

奪った命の数だけ、私は誰かを助けよう。それが私の宿命、決められた未来に相違ないのだ。

心に誓うのは盟約(ゲッシュ)。私を私に戻してくれた人々も、私が過ごしたいと願った人々も守るために、奪われないために。私は強くなろう。

駆け抜けよう、終わりなど認めない。死が迫り、私を喰らうまで――駆け抜け続けるために。

未来はある。絶望など認めない。終焉など持っての他だ。そんなものは断じて認めないし、存在などしなくていい。私はあの刹那だけを感じたいのだから。

 

 

「Briah , Mein Verlangen!!」

 

創造せよ――我が渇望!!

 

 

故に――絶対に負けない。私は極限など知らないし、認めない。願うことは未来を創る。

パパは、ママは、みんなが教えてくれていたから。

 

 

 

Eine(アイン) Faust(ファウスト) Kadenz(カデンツァー)

 

――“孤独刹那 独奏”。

 

 

 

蒼き流星の如く、自らよりも遅れる光の残滓を撒き散らしながら、フィーリ・ムーンは限界を突き破った。魔力は急激に失われる。だが、同時に魔力はそれ以上の速度で回復し、器自体の大きさを更に拡張していく。

ただの小皿が大盛り用の大皿。飾りとして掲げられるようなあの大きさにまで変わるかのように。それに加えた視界を狂わす、遅れた光の残滓。

視界に頼る者では決して彼女は止められないし、追い付けない。もはやその光の残滓は通り過ぎた後に来る光。故に彼女は更に遠い場所を駆けているに過ぎない。

そしてその加速は対象者にそれと同じ停滞を押し付ける。追い付けないのではなく、追い付けさせない。私は独り駆け抜ける。未来を感じて、仲間の道を輝きのある方へと導くために。

下らない? 確かに、そうかもしれない。だって危険を迎えることがないのだから。

共に乗り越える強さを失ってしまうことに相違ないのだから、確かにそうだろう。

別に仲間が弱いとは言っていないし、私もそうだとは思わない。

けれど、最悪の結末だけは逃れられる。絶対に奪われないようにすることが出来る。この速さを、渇望を、願いを無駄とは言わせない。駄目だとは言わせない。

言うことを聞かせたいのなら――止めてみたらいいんだから。

 

「遅いッ!!!」

 

迎撃せんとするラインハルトの黒い光を総て躱し、胸元にまで迫る。瞬間見えたのは、驚愕する彼の顔。ああ、確かにそうだろう。本能的に察したのか分からないけれど、私は確かにここにいる。蹴りあげる、そんな手段は私には通じないし、通じさせない。

 

「がはっ……」

 

鉄拳が突き刺さる。手加減はしている。本気でやれば風穴を開けてしまうことなど容易だ。それでも骨の何本かは持っていてしまったかもしれない。

それほどまでに強大かつ私は極限まで高められている。それこそ暗殺者の如き素早く確実なものかもしれない。

 

だが――

 

「……はぁ…はぁ…げほっ……ああ、素晴らしい。これならば…全力で破壊(あい)しても構わんのだろう? なぁ…サクヤよ?」

 

あり得ない。私から漏れたのはその言葉のみ。過ぎ去ったはずの時間が巻き戻されたかのように、私は彼によって捕まえられていた。右手を握られ、加速が出来ない。

いや、加速はしているが、彼に捕まえられているために停滞も受けてしまっている。

だから加速は打ち消されている。ただ走っているようにしか動けていない。

勝つために、彼を倒すために何とか離れようとして、やっと気がついた。

なんだ、この魔力は。彼からとてつもない極大の魔力が溢れていた。それこそ私を優に超えるほどの魔力が。今の私でなければ、すでに気絶していただろう程に。

 

「ああ、素晴らしい。ああ、心地よいぞ。卿は3年前とは比べられぬ程に変わった。それも予期せぬほどにな。ならば、私も魅せようではないか。卿がこうも魅せつけてくれたのだ、私もせねば後味が悪い。故に魅せよう、我が愛を!!!」

 

魔力が溢れ出した。彼の器が抑え切れぬ程に。美しく、繊細でありながら、強大で、神々しく、禍々しい。そんな極大の魔力。

それを見て私は――怯えた。怖くなった。身体の震えが止まらない。こんなの反則だ。勝てる気がしない。戦慄が背筋を走り、硬直する。戦くな? 戦慄くな? そんなものは無理だ。

怯えない方が可笑しい。目を開けているのがツラいほどに、これは異次元染みている。

久々に感じるのは絶望。失望。勝てないことを本能的に察した。ああ、駄目だ。

これは勝てない。それに彼は一度暴れだすと止まらないらしい。

故に――ここで死ぬかもしれない。反射的に悟った。身体から力が抜けた。ヘロヘロと膝を崩し、尻餅をつき、ただ恐怖に晒された。

 

「…………ぁ……」

 

もう動けない。動けなくなった私を見下ろし、ラインハルトは首を傾げながら告げた。

 

「どうした卿? まだ終わりではなかろう。戦いはこれからだが、何を臆している。まだまだ終幕には早いぞ。私を楽しませてくれるのでは無かったのか?」

 

どうして、こんなに怖いのだろう。本能的? いや、違う。似ているのだ。感じたことがあるのだ。何処かで、何処かでこれと()()()()を感じたことがある。そう思えるほどにそんなものがないはずの記憶が私を駆り立てる。

呆然とする私にラインハルトは溜め息をつくと、口を開いた。

 

「なんだ、終わりか? …仕方がない。ならば、卿も我が破壊(あい)の骸となれ。サクヤを除いて平等に愛してや――」

 

「――兄様(あにさま)? ()()()()()()()()()()()()?」

 

暴走する獣を落ち着かせるかのようにスパコン!とお盆で頭を叩く少女。驚愕し、地面にドタと倒れ伏すラインハルト。その瞬間、膨大な魔力は彼へと戻り、いつも通りと化す。

目を丸くする私に白髪の長髪に着物を着た少女は笑いかけた。

 

「全く貴女も無茶は行けませんわ。やはり貴女もムラクモと同じで無茶をしますね。あれほど注意したではありませんか。兄様を楽しませ過ぎては行けない、と」

 

サクヤ・エルドレイ。S級魔導士にして、ラインハルトの恋人。唯一彼の手綱を握る者。その彼女が見かねたのか、止めてくれたのだ。

怯える私の手を優しく握り、立ち上がらせると、溜め息を小さくついてから頭に手を置いた。

 

「……折角、強くなったのですから、こんな無茶し過ぎて大切な命を落とすのは勿体無いですよ。貴女にはまだ帰る家があるでしょう? それに帰ってくるのではないですか? 貴女の求めていた日々が。ですから――笑っていないとダメですよ」

 

「……ぁ………」

 

怯えた私から恐怖を取り除くように優しく、丁寧に励ましつつ叱る。頭に置かれた手が私を撫でる度に身体から余計な強ばりが抜けていく。

不思議だ。なんだかお姉ちゃんやママを思わせる雰囲気だ。それに後天的とは言え、同じ白髪なのだ。なんだか親近感が湧いてしまう。今そこで頭を押さえているラインハルトですら今まで感じていた怯えが消え、親近感を感じてしまいそうになる。

母性。それを象徴するかのように彼女は優しく、綺麗に見えてきた。あれ? 可笑しいな。なんだか不思議と甘えたくなってきてしまう。

 

「ふふ…、別に甘えて貰っても構いませんよ。シャナちゃんも時々甘えてくれますので。だから貴女も――安心してください」

 

気がつけば、私は抱きついていた。もうひとつの家族。そんな気分に浸った。不思議で、それでいてなんだか当たり前のようで。言葉では言い表せない感覚を味わっていた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

あれから数時間。気がつけば、夕方だった。朝起きてから、家には戻っていない。当然ではあるけれど、何故か一週間いなかったような気がする。

それほどまでに向こうでの時間が濃密で、記憶に残り易く、時間が長く感じられたのだ。

夕日に照らされながら、私はマグノリアの街に戻ってきた。周囲から聞こえるのはコソコソと話している者たちの声。

おおよそ、私が何故かつては最強、今は最弱ギルドの《妖精の尻尾》にいるままなのだろうとかだろう。事実今の彼らは弱い。仕事を満足に渡されないほどに。

 

それに比べ、私は《狼姫》と呼ばれた。今思えば何とも皮肉混ざりの酷い異名だ。無理矢理、孤独であることを思い出さされてしまう。うんざりと言えば、うんざりだ。

それでもなんだか心には響く。痛い。それでも耐えなければならない。

やっとだ、やっと。パパたちは今年中に戻ると言った。だから待とう。待って、彼らを笑顔で迎えるために。

 

その後、マグノリアから離れ、家のある森の中へと歩んでいく。夕方のために鳥の鳴き声は最小限。動物たちも我が家に帰っているだろう時刻だ。

帰る家がある。それはとても羨ましいことだった。別に帰る家はあるのだ。ただ中身が伴わないだけであって。しかし、動物たちには帰る家もあり、中身も伴う。

それが羨ましくて仕方がない。嫉妬しそうにもなる。それでもあとほんの少し我慢すればいい。だから嫉妬なんかしている暇はないのだ。そう自分に言い聞かせ、私は帰る家を目指す。

 

漸く辿り着くと、不思議と感慨深いものがあった。やっぱり久しぶりに帰ってきたような気がしてしまう。悔しいけれど、そう思ってしまう。

溜め息をつき、いつも通りにドアノブに手をかけ――

 

「…あれ?」

 

――中から声が聞こえた。誰かが家のなかにいる? そんなはずはない。この家の合鍵を持っているのはパパとお姉ちゃんだけだ。ママは幽霊だから気がつけば勝手にいるという話だったから持っていない。シャルルはお姉ちゃんといつも一緒にいる。

他に合鍵を持っている人などいない。――なら誰が?

そう思い、耳を澄ませた。少しずつ、声が鮮明に聞こえるようになってくる。

 

『さて、と。飾り付けってこんな感じでいいのか? 俺は女の子の喜ぶ飾り付けって分からないんだが……』

 

『大丈夫ですよ。お兄ちゃん、飾り付け上手です』

 

『ふふ、兄さんはこう見えてもギルドの創設した頃は求愛されること多かったんですから』

 

『そ、そうなんですか!?』

 

『ええ。でも全部断ってましたから♪』

 

『ま、何て言うか…その…、面倒って言うよりもなぁ……。釣り合う釣り合わない以前の問題だったんだよなぁ…。俺の好みじゃないっていうか…その……まあ、なんだろうな』

 

『えーっと、ちなみに好みってどんな方なんですか?』

 

『純粋』

 

『じゅ、純粋?』

 

『んで健気』

 

『け、健気?』

 

『最後に素直』

 

『す、素直? あれ? それって小さい子ってこと――』

 

『俺はロリコンじゃねぇから。ウォーレンとかあの辺りと一緒にしないでくれ。どっちかというと俺はシスコンだ。7年前にジュラが言ってたと思うぞ』

 

『へぇ、アンタ、そういうのが好みなの?』

 

『ま、そんなとこだと思う。可愛ければOKってほど単純じゃないからな。それで判断したら半分以上後悔するだろ、絶対に。料理出来ないとか掃除できないとか、そんなのはご遠慮願うわ、俺は』

 

聞こえた。聞こえた聞こえた聞こえた聞こえた聞こえた。聞き覚えのある声がこんなにも聞こえた。忘れたくない人たちの声がこんなにも聞こえた。

 

「……ぁ………」

 

声が漏れる。涙が目尻から溢れると、次からは川のように止まらなく流れ続ける。拭いても拭いても止まらない。治まらない。嬉しいのに、悲しい。

なんだろう、この気持ち。胸の奥が熱い。心臓に血が巡り始めたかのように、痛い。それでも嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 

「……ぁ…んぐっ……ぁ……ぅぅ……」

 

進みたい。中に入ってみんなの顔を見たい。元気でいることを伝えたい。だけど、足が進まない。震えてしまう。沢山の人を殺めた私が幸せになっていいのかと思ってしまう。

待ち望んだのに。待ち望み続けた刹那(日々)がそこにあるのに、進めない。進めないよ。

どうしたら……私はどうしたらいいの。幸福を手にして……いいの?

葛藤。それが込み上げ、私の行く手を阻む。苦しい。苦しいよ。分からないから……苦しい。

動けず仕舞いの私。だが――何かが私の背中を押した。

 

「……え?」

 

急に動き出す私の身体。視線だけで振り返る。何もない。けれど、何かを感じた。沢山の人の想いのような何かを。行っていいよ。行きなさい。後悔したダメだよ。

そんな声がこんな罪を背負っている私には恥ずかしながら聞こえた気がする。けれど、勝手な思い込みではないような気もしてしまった。

 

うん、分かった。今だけは甘えていいんだ。そう納得し、私は幸福へと歩み出す。玄関で靴を乱雑に脱げ捨て、ドタドタと廊下を駆け、リビングのドアを開けた。

 

パンッパンッ!!

 

クラッカーが割られる。中からリボンなどの飾りが飛び出し、私の身体に少し巻き付く。真っ白だった視界から見える大切な家族の笑顔。

 

「今まで待たせてごめんな、フィー!!」

 

『フィーちゃん、待たせちゃいましたね』

 

「お兄ちゃんと私で今日はご馳走作りました。一緒に食べようね」

 

「…フン、待たせた分のお返しぐらいしないとね」

 

パパ、ママ、お姉ちゃん、シャルル。待ち望んだ刹那。取り戻せないかもしれない、そう思った絶望の日々。苦しかった。ツラかった。壊れてしまいそうだった。

一度は死にたいとも思った。それでも、それでも。この時間が、この日々が取り戻せると、いつか戻ってくると信じていた。今なら本当に思える。ずっと隠していた想いに気がつけた今なら。大切な仲間も家族もいるこの刹那だから素直に言えることを。

 

「パ、パパぁ……ママぁ……お姉ちゃん……シャルルぅ……おか…おかえ……」

 

言葉が詰まる。涙で何も言えない。だけど、想いだけは伝えたい。涙で何も言えなくたって。苦しくたって、ツラかったとしても。

 

「……ぅぐっ…んぐっ………お帰り…なさい…!!」

 

彼らに抱き付くように、私は彼らの胸に飛び込んだ。

久々に感じた暖かさを、ずっと忘れないように。この刹那を守り続けるために。私は強くなった。だから認めてほしい。私もみんなを守れるということを。

でも、今だけは甘えさせてください。今だけは幼いままでいさせて。関が切れた堤防のように流れ出す感情をぶつけさせて。

 

「ぅぅ……うわああああああああああああん!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、今まで生きてて――生きていて良かった。帰ってこれたんだ、この日々に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――大好きだよ、みんな……。そして、お帰りなさい…!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




“孤独刹那・独奏”(アインファウスト・カデンツァー)

フィーリの渇望が具現化。人体に影響を及ぼした一種の魔法。純粋に区別すれば、魔法
とは違うものだが、限りなく原初の魔法。つまり“一なる魔法”に近い。
実際“一なる魔法”は“■”から生まれたものであるという説が有力で、渇望もまた強い想い、
“■”に近い場所にあるからである。
故にただの魔法では対立不可能。フィーリの渇望は単純に纏めれば、“加速”と“停滞”。
故に視認不可。それに範囲は少し広いために破る、または対立するには同系統か、
あれよりも強い渇望が必須である。実際ラインハルトのは渇望を創造するだけである
フィーリとは違い、回りにも影響をもたらすものである。
この理論を考え、構築していた魔導士が7年ほど前に存在している。今は行方不明。



※一応解説。これもプロフィールなどに記す予定。
 元ネタは“Dies irae”の主人公藤井蓮。彼の創造、“涅槃寂静・終曲”(アインファウスト・フィナーレ)。
 発動時の詠唱は僭越ながら作者のオリジナル。
 理由:元にしたいヤツが見つからなかったから。


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親馬鹿なる者

どうも皆さん、作者の天狼レインです。受験不合格でした、アハハ。

まあ、そんなことをクヨクヨしてても意味ないし、所詮何を頑張るかで価値が違うので

気にしません。受かっても真面目にやらなかったら塵芥に相違無いですし。

と言うわけで、今回は親馬鹿スキル発動のレイン登場。キャラ崩壊なんて茶飯事です。

まあ、レインが珍しく取り乱してるので面白いかもしれません。

それでは本編どうぞ。

P.S.
Fateで何故か☆4以上が全くでない。未だにサーヴァントが☆3構成(涙)




まずはどう始めるべきか。俺の場合、一言めはそれに限る。いきなり挨拶で始めるのは最早定番、定石と言っても過言ではない。

故に話し始めるならば、これからの方がいいだろうと思う。

 

しかし、あれだ。

当然俺たちが帰ってくるのを良い意味で良しとする者もいれば、嫌がる者もいるだろう。

例としてあげれば、闇ギルドの者たち。ただでさえ、今は此方側のギルドが成長し、7年前とは比べ物にならない程に強くなった分、彼らも強くはなっているだろう。

しかし、闇ギルドでなくとも気がついているだろうが、一角だった“バラム同盟”は崩壊間近。残すはただ一つ、()()()だけだ。

 

もう一つ例としてあげるならば、評議院だろう。特に常習犯のナツを筆頭にその他諸々までご帰還だ。これで何も起こらない方が可笑しい。

本当に何も起こらなかった場合はナツの頭でも殴っておいて、元通りに治しておこう。

アイツが損害出さない時点で事件、事故、天災、それら一つが確実に――いや、最悪の場合は全てが起こる可能性を孕んだ前兆と言えよう。

そんな彼らの思惑はさておくとして、こっちの都合で言えば、やっと帰ってきた、やっと帰ってこれた、と言うべきだろう。歓喜。喜ばしいことは喜ばしいことに相違ないのだから。

 

だが、俺の場合は少々残念に思う。この一年、どう抗おうが、どう動こうが――結局時代は移り行く。かつての静けさを保っていた時代は既になく。今あるのは激動迫る時代のみ。

弱き者は討たれ、強き者が残る。それが定石とならんとす、弱肉強食の日が迫っているのだから。そして――俺もまた、この一年で()()()だ。

 

言ってしまえば難だが、俺の身体はもう持たないだろう。あくまでも後天的。

先天的で悪魔なら兎も角。後天的でここまで肉体が持った方が驚きだと言われるだろう。悪魔になろうとした人間の成れの果て。別に否定はしない。否、否定は出来ん。

 

それでも構わない。選んだのは俺だ。進んだのは俺だ。ここにいるのも俺だ。

ならば、せめて…と言うやつだろう。ここで何処かの大陸で売っていた漫画みたく主人公が特攻をして敵と相討ちに散るという最後もいいかもしれないが、俺は悪魔だ。

主人公ではない。あくまでも時代という劇に踊る無様な役者に過ぎない。

そういうカッコいい役はあのバカにでも託すべきだろう。ああいうヤツは意外にも向いていたりするのだ。誰もが感動し、生き様を讃える――素晴らしい最期がある、そう俺は思う。

 

兎に角、俺は無様な悪魔なりにケジメをつけて散るべきだろう。

だが、散り方に気を付けなければ後々困る。ウェンディやシャナ、フィーリに変な残り香を残す訳にも行くまい。

 

それにしてもこうグチグチと自分を自虐し、自ら憐れんでしまう辺り、俺も歳を取ったと言うべきか。まあ、実年齢は軽く100を越えてしまっているのだが。

いや、それともあれだろうか――

 

 

 

 

 

今手元にある、この()()()()()()()のせいで柄にもなくしんみりと来てしまっているのかもしれ――

 

 

 

 

「あっ!! お兄~ちゃ~ん~?」

 

聞き覚えのある声が近くで聞こえた。視界の端で見えるのは藍色の長髪を下ろしている少女。同じ親の元に学び、過ごし、生活を共にした義理の妹であるウェンディに相違ない。

少々頬をプクーッと膨らませて、こちらに迫っている所を見ると、怒っている理由は――

 

「身体は未成年なんですから、お酒はダメです!!」

 

――あ、バレた。こっそり飲んでたのに気付かれたか。

 

「えー、いやな? 横にいるギルダーツがさぁ。酒に付き合えやとか言ってきたからさ? まあ、その――仕方なく?」

 

「おいコラ、レイン。なに人に罪を被せようとしてンだ?」

 

とりあえず、ギルダーツのせいにしておこう。これでヤツも同罪だ。――多分。

まあ、良心の塊であるウェンディはすぐに見抜いてしまうだろう。

それでも時間稼ぎには使える。要約すると、あれだ。ギルダーツは犠牲となったのだ。

 

それにしても酒を飲んだせいか、それとも7年間ずっと凍結封印から逃れたまま、隔離された状況で過ごしたせいか。なんだか今日はテンションが可笑しい気がする。

恐らく前者だろう。いや、前者であってくれ。後者だったら俺は頭の可笑しいヤツというレッテルを貼られて仕舞いかねない。

 

などと自らに問いたり言い聞かせつつ、俺は迫り来るウェンディから逃げる。上手いこと義妹は友達や仲間に頼んで俺の行動を制限しているようだが、ハッキリ言おう。

甘い、甘すぎる。これしきのことで仮にも聖十の一人である俺を捕らえられる訳がなかろう。故にこうやって逃げ回ることなど造作でもない。あとは手元にある酒を飲み干して謝れば一件落ちゃ――

 

「――あれ?」

 

すっとんきょうな声をあげ、俺は足を止めた。急に止めたせいか、追いかけていたウェンディが背中にぶつかり、転びそうになるも耐える。

すぐさま確保し、説教に入るのが社会の定石なんだろうが、ウェンディは俺の様子が可笑しいことに気がついたのか、訊ねてきた。

 

「えっと…お兄ちゃん? どうか…したの?」

 

「いや、な? その……酒がない」

 

「それって中身のこと…?」

 

「いや、そういう意味じゃなくだな……酒の入った()()()()()()()んだ」

 

「…ふぇ……?」

 

確かに先程まではあった。ちゃんと酒の臭いも漂っていた。しかし、気がつけば、それは無くなり、どこにいったかさえ分からない。

可笑しい。ハッキリ言って、これは可笑しい。どこにいった? どこに消えた? 油断していたのは一瞬だ。その一瞬の間に何があった? 気配があれば流石に気がつけたはずだ。

なのに全く気がつかなかった。どうしてだ? そんなに速いヤツがいただろうか?

ジェットの速さなら追い付けない人もいるが、それでも視認できないほどではない。

逆に俺ならもっと速いが、事実酒を持って追い掛けられ、ジョッキを見失ったのは俺だ。

つまり、俺よりも速いヤツで気配も隠すことができるヤツ。

 

「………なぁ、ウェンディ」

 

「はい、どうかしたの?」

 

「えーっとな。このギルドで俺より速くて気配も消せる魔導士いたか?」

 

「それはその……いなかった気が…」

 

「………なんかスゴく嫌な予感がするんだ、俺。なんか()()()()()()()()()()()()()()かもしれないってヤツだ」

 

こういう場合、大方嫌なことが起こる前兆だ。

例えにしたくはないが、評議院に入るとして。試験を受けたとする。その帰りから合格が言い渡される前に何かモノを落としたり、皿がピキッと割れたとしよう。

スゴく不安になる。嫌な予感しかしなくなる。実際それで落ちていたら更にタチが悪すぎる。

正しくこれと似ている――いや、同じ気がするのだ。

 

今の場合を先程と同じように言うとすれば、お酒を飲んでいた。追い掛けられ、酒入りジョッキが無くなる。疑問を抱く。嫌な場合を想像して不安になる。

そして――

 

 

 

「………ぷはっ…」

 

 

 

あ、嫌な予感がする。それも聞き覚えのある声で、大切な、大切な娘のような少女の声がする。それも不吉なものと混じって聞こえた。

気のせいだと思いたい。あの子がまさか()()を飲んでいないと信じたい。いや、本当にお願いだ。頼むからフィーリが酒を飲んでいるなどという現実を見せないでくれ。

絶対にそれだけはあってはならないと思うのだ。だってまだ12歳だぞ?

一応マグノリアでは15歳からだが、安全や健康面を考慮すれば、やはり20歳からだ。

だからこそ、お願いだ。マグノリアの決まりでも未成年であるフィーリが酒を飲んでいるなどという現実は――

 

 

 

「パパ、()()()()()()()

 

 

 

――残念ながらそこにあった。

 

「フィぃぃぃぃぃぃ!!?」

 

「フィーちゃぁぁぁん!!?」

 

度肝を抜かれたのは何時ぶりだろうか。本当に久しぶりな気がする。しかしながら、まさか身内に度肝を抜かれるとは思いもしなかった。身内に度肝を抜かれたのは初めてだ。

つまり、残念な意味で俺は驚かされてしまった訳だ。本当なら“強くなった”とか、“好きな人ができた”とか、“独り暮らし始める”とかで驚かせてほしかった。

いや、前者はいいとしよう。しかし、真ん中と後者は審議不可避だ。心配で夜に眠れなくなりそうで怖い。

 

別に親馬鹿という訳ではない。ただあの子(フィー)が可愛いだけだ。手放したくない。

そんな声をあげる親たちの想いは、よぉーく分かった。

それ関しては俺も納得しよう。同胞たちよ、と言いたくなるほどだ。だが、しかし。将来的に巣立つのは不可避だ。避けられるものではなく、来るべくして来るものなり。

その時は背中を押してあげるのが親というもの。それも納得だ。確かにそれは必要だ。

だから時に心を鬼にしたりするのが必要だ。“獅子は我が子を千尋の谷に落とす”、そう言うものである。それは理解できる、納得できる。これは何度も言うが分かっている。

しっかーし、これはどういうことだ? いつからこの子はこうなった? 7年の間に変なものを食べたのだろうか、見たり聞いたり学んだりしてしまったのだろうか。

兎に角、やることはただ一つに過ぎない。

つまり――

 

 

「よし、ウェンディ。今からフィーを捕縛する。捕まえたら早速治癒魔法でアルコール全てを消滅させる。所詮アルコールも毒だ。解毒の対象なり。故にさっさと解毒処理。OK?」

 

「……え、あ、はい。(お、お兄ちゃん…なんかいつもと違うような…)」

 

間違いなくテンションが可笑しいレイン。つい先程まで飲んでいた酒が無くなったのか、それのも酔いが先程ので完全に覚めたのか。

彼の目は誰が見ても――真剣(マジ)だった。完全に仕留める気だった。愛する我が娘を更正せんと奮闘する父親の如く。

如何せん、今の彼を止められる者など、この大陸に片手の指の数より少ないだろう。どうしてこうなったかなど聞かぬ方が身のためと言うものである。

 

やはりあれなのだろうか。

妖精の球(フェアリースフィア)》の中にいた者は全くといっていいほど変わらないが、そこから()()()()、外界の者は変わってしまうのだろうか。

勿論、この時の場合、外れていた者とは言わずもがなレインである。恐らく外れていたのは《妖精の球》だけではなく、羽目も外れていたらしい。要するに今の彼は壊れている。

主にテンションと自らの人格面で。

 

「フィー、ちょっと外に出てくれるか?」

 

「……?」

 

首を微かに傾げ、こちらをじっと見る。なんだろう、この純粋さを際立たせる瞳は。逆にこちらが悪いように思わせられてしまう程にだ。

多分こんな目で見られたら生粋の悪人でない限り、真面目に更正してくれるだろう。そうなれば、評議院も仕事が楽で済むだろう。牢の中で悪人が余計な反抗もしないし、大人しく罪業と等しい年月を牢で過ごしてくれるはずだ。

もしかしたら、フィーはそれで仕事もできるかもしれない。それでなくとも評議院がスカウトしに来るだろう。

ああ、そうか、確かに素晴らしいことだ。しかし、ハッキリ言おう。貴様らに娘はやらん。どうしても欲しくば、俺を倒して行け。

 

「質問いいか? フィー」

 

「どうかした? パパ」

 

「何故酒を飲んだ?」

 

「美味しそうだったから」

 

「そうかそうか。確かにそう思うのも無理はないと俺も分かるぞ、その気持ち。――で、なんで俺から奪った? それよりどうやって奪った?」

 

「パパが油断してたから。奪い方はこんな風にサッ…と」

 

両手を使ってやり方を説明してくれた。うん、可愛い。正直娘じゃなかったら少し気になってしまったかもしれない。いや、なんというべきか純粋。

ウェンディも結構純粋で素直なのだが、こっちはかなり純度高い気がする。多分ロリコンが近くにいたら四方八方から飛び掛かったことだろう。

当然その場合は全員血祭りだ。ロリコンに慈悲無し。貴様らに純粋な少女たちを汚させるものかと宣言してやりたいぐらいだ。特に妹、娘には絶対許さん、断じて許さん。

え? お前こそロリコンじゃないのかって? ――もう一度言ってみろ、喉笛掻っ斬るぞ?

 

「――コホン…。まさかとは思うが、フィー。お前S級魔導士になってたりしないよな?」

 

「違うよ」

 

「あー、そうか。7年の間、ずっとS級昇格試験無かったんだもんな、それはそうだよな。悪い、どうやら勘違いをし――」

 

「でも評議院から面倒くさいけど、S級昇格の推薦みたいなの貰った気がする。ちゃんとしたマスターが戻ったら上がれるみたい」

 

「……………」

 

絶句だ。まあ、確かに7年あればそこまで強くなってても可笑しくない。いや、なんというか、少し予想外だっただけだ。居残り組のマックスたちが前よりずっと強くなっていたのは分かった。確かに強くなった。上手くいけばナツを倒せるぐらいじゃないかと思う。

しかし、これはなんというべきか。7年前のこの子は不意討ちでもナツを倒せた。しかし、基本的な魔力の制御や少しの知識ぐらいしか無かったはずだ。

 

んで、7年経てば、これだ。気がつけば、居残り組を魔力面で軽く凌駕。恐らく実力も相応になっているだろう。――なんの冗談だ、これは?

いや、これは成長というより進化と言っても過言ではない。実力が上昇しているよりは倍加しているといった方が正しい。

伸び代がある。それは喜ばしいことだ。ああ、親として大歓喜ものだ。将来的にこの子が強くなってくれることがほぼ確定、および保証された訳である。

喜ばない親? ああ、ソイツは多分可笑しい。多分異常だ。魔導士というケースではなく、学生などのケースで考えてみろ。

学力が伸びやすく、将来的に優秀と言われてるのに親が喜ばない? ふざけてんのか。子供の成長、将来、これからの進歩。喜べないヤツが親をするな。

そういう話にまで接近するようなものだ。事実俺は嬉しい。娘がここまで強くなったのだ。ギルドの仲間としても家族としても嬉しくて嬉しくてたまらない。

狂喜乱舞しても間違いではない。だが――

 

「………とりあえず、フィー。簡単に訊ねるが、どれぐらい修羅場を乗り越えた?」

 

「えっと……、多分…100は越えてるかも…」

 

最初の無理難題SS級匹敵クエスト。自らの本性との対話もとい全面対決。ラインハルトとの試合というのなの一騎討ち。これは特に修羅場といっていい。

しかし、細かいのも含めば100は優に越える。つまり、強ち間違いではないし、この実力の理由の裏付けでもある。だから堂々と言える。

 

しかし、向こうは――

 

「……………」

 

口をあんぐりと開けたまま、固まった。可笑しいな…、パパはもっとしっかりしていたはずなのに。もっとかっこよくて堂々としてて……。

 

「パパ?」

 

呼んでみる。反応がない。まるで生きた屍のよ――

 

「………はぁ…、そうか。いやまさか、あんなに小さかったフィーが7年の間にこんなに成長しているなんてなぁ……」

 

――最後まで思い切るまでに復活した。それに加えて何かブツブツと言っている。少し怪しく思う。別に身内であり、信頼できて、安心できるパパだから怖くもなんとも無いのだが、時々こうやってブツブツと何かを考えられる時だけは少し嫌な予感もしてしまう。

特にパパは策略家と言っても過言ではない。何故ならママのお兄ちゃんだから。少し頭が混乱してしまいそうだけど、実際ママはパパと兄妹。なんだか私が変な呼び方をしているせいで誤解を招かれてしまうような気もしなくはない。

けれど、馴染んでしまった以上な治そうにも治せない。というより、治したくない。やっぱりこれが安心するから。

 

そんなことを胸のうちで考えていると、向こうでブツブツと言っていたレインが考えを纏め直し、こちらに向き直った。

 

「とりあえず、フィー。褒められるのと怒られるの。どっちが先がいい?」

 

「……ふぇ?」

 

思わず出てしまった腑抜けた声。それも仕方がないほどに正直驚いた。いきなり褒められるものと怒られるものを選べというものだ。確かに褒められるのは嬉しい。

けど、何故怒られるものも選択肢に入っているのだろう。疑問に思うのだ、ここが。

答えを出すべく少し考えようと手に持っていたものを何処かに置こうと思って――

 

「――あ」

 

――気がついた。これ、お酒だ。先程堂々と飲んだことを口にしたが、これは何処からどう見ても未成年は御法度のお酒だ。

 

つまりパパが怒っているかもしれない原因は――

 

「……じゃあ、その…怒られる方…」

 

「ふ~ん? フィーは後で褒められる方がいいのか…。成程な…――じゃあ、先に説教代わりの試合からやるか」

 

それを告げた途端、レインの足元が沈み、同時に放射状に亀裂が迸る。――戦闘態勢だ。

別に苛立ってはいないだろう。けれど、溢れる魔力は普段よりも濃密で膨大。危険度などSS級に若干劣る程度。

――いや、まだ1割出しているかどうか。そんな気がする。ラインハルトと戦ったからか。そんなものすら分かるような程に私は強くなったのだろうか。

 

今なら、少しでも守れる力があるかもしれな――

 

「――余所見や考え事は後にした方がいいぞ。それが命取りになるからな、フィー」

 

気がつけば視界から一瞬で消えていたレイン。すぐさま気配を追うが、見つからない。

しかし、聞こえた声から推測した場所を警戒し、不意討ちになりかねない一撃を防ぐべく、両手を交差した途端――

 

――ガンッ!!

 

強烈な蹴りが交差して防いだ私の両手に衝撃を伝える。痺れる。魔力で加速していたのか、それとも元よりの身体能力か。とてつもない一撃だった。

それに加え、殺気が無かった。それもそうだ。試合なのだ。殺す必要もないし、私は身内でもある。だから殺されはしない。けれど、怪我は覚悟させるつもりだったのだろう。

 

「容赦無いね、パパ」

 

「まあ、これくらいは避けるか、防いでくれると思ったからな。自慢の娘だし」

 

「ふふ、ありがと」

 

「んじゃ、続けるか」

 

それを口にした途端、またもや視界から消えた。けれど、次は()()()

いや、分かるようにするからだ。容赦がないならこちらも容赦しなくてもいい。殺さない程度にやり合えばいいのだから。それが一番明確で単純な答えだ。

 

「…加速(アクセラレート)

 

瞬間、私は加速した。まずは10倍速。音より若干遅い程度だが、それでもただの魔導士ならば、追い付けず見逃してしまうほどの速さだ。

急激に速くなった私に微かな驚きの色を見せるレイン。しかし、彼もまた加速する。魔力を噴射してスピードをはあげたのだろうか。

確かにあの膨大かつ高濃度の魔力なら尽きることはほぼ無い。それほどまでに彼は化け物のような魔導士だった。

 

互いの駆ける道筋が交差する刹那、すかさず拳を叩き込む。

だが、容易く躱される。それでも隙は見せない。速度を更に上げて決定的な敗因を潰す。

しかし、彼もまた速度を上げる。けれど、私はそれで負けるほど弱くない。

 

「…停滞(スタグネーション)

 

その瞬間、レインの動きが遅くなった。動きが鈍ると言った方が正解か。

私の加速した分の停滞を押し付けたのだ。既にここは私の渇望(ねがい)の範囲内。

だからこその特権。だからこその絶対的な拘束力。いくら加速しようと停滞で相殺すれば、動いていないのも同然に出来る。

 

「セイッ!!!」

 

鉄拳を叩き込む。今度は受け止められた。それでも加速分の速さに見合う衝撃だ。痺れない訳がない。驚いた表情を浮かべるレイン。

だが――

 

「…面白い。――なら、もっと俺に見せてくれ。全部受け止めてやる。なぁに、俺は簡単に死なないからな」

 

全力を――本気を出すように私に告げた。それもニヤリと口角を微かに上げ、楽しませてくれと言ったラインハルトのように。

 

「…うん。怪我しても知らないよ、パパ!!」

 

ならば、正直にその提案に乗ろう。私だって少し飽いていたから。同クラスの戦いが出来て、命の保証までついてくる戦いなどあまりない。

ラインハルトの場合は彼を熱くし過ぎると危険性が浮上してしまう。かといってムラクモは微妙に物足りない。シャナは容赦なく焔を次々と燃え上がらせ、周囲を焼け野原(バートランド)にしてしまう。正しく灼熱世界(ムスペルヘイム)と言ったところだろう。

だから待っていた。こうやって命の保証もあって全力を出せるだろう勝負を。

 

うん、期待してて、パパ。言葉にしないが、この戦いでそれを証明する。強くなったことを自慢するために。私だって誰かを守れるぐらいに強くなったんだと誇るために。

 

 

Eine(アイン) Faust(ファウスト) Kadenz(カデンツァー)

 

――“孤独刹那・独奏”。

 

 

高速詠唱。この区間にチマチマと詠唱は唱えてはいられない。相手が相手だ。そんな隙は当然与えてはくれない。だから、少々魔力消費量が増えるが即座に発動する。

全身から力がみなぎる。相変わらずこれには完全に馴れていない。それでもこれは私の力。私の願ったもの。私の渇望の具現化。拒む必要はない。ただ乗りこなせ――

 

「――行くよ、パパ!!!」

 

殺す気で倒す。それぐらいしないと勝てない。そう思ったから、そう理解したから。

だから加速する。追い付けないように、1()()()()

 

驚愕するパパの顔が見えた。流石にあの停滞は答えるだろう。大丈夫、攻撃は当てない。寸前で地面に着弾させて衝撃で吹き飛ばす程度に済ませるから。

 

だから――私に勝利を捧げて。

 

蒼き流星の如く疾走する私。光の残滓が遅れて棚引く。あれはただの残像。私はその先。当てられるものなら当てて見せて。

でもいくらパパでも当てられない。ラインハルトですら初撃は躱せなかったのだから。

 

「――ッ!!!」

 

殺気は出していない。だから追うことは出来ない。見つけることは出来ない。

 

 

 

――なのに、パパは()()()()()

 

 

 

「――よく頑張ったな、フィー。本当に強くなった。まさか“渇望具現(それ)”を使えるようにまでなっていたなんてな。正直ビックリした」

 

微笑みながら告げる。だが、何かが可笑しい。本来なら必死になる代物だ。

ラインハルトでさえ驚き、必死になりかけたのだ。それなのに――何故?

 

すると、それに答えるかのようにパパは静かに――

 

 

 

「なら、俺も少し見せるか。――永遠なれ、この刹那。故に我は願わん。強く、強く、誰よりも真摯に。かつ、激情と共に」

 

 

 

一瞬。たった一瞬、正しく刹那と言うべき時間に。レインの瞳に杖のような紋章が発現し、その言霊()告げ(奏で)た。

 

 

 

「今こそ、その刹那なり。永劫止まること無き、残酷非情なる時の流れよ。我が願いにより、その軋みを。その活動を。その鼓動を止めるがいい」

 

 

 

小さく呟き、そして願う。自らが今まで過ごした年月総てが生み出した悲願の願いを。

 

 

 

「――時よ止まれ、唯一無二なる刹那(いま)こそ美しいから」

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

「…………あれ?」

 

意識が覚醒した。目蓋が開いたと同時にさ迷う視線。しかし、すぐに視界に入ったのは彼。

パパであるレインの顔だ。優しく笑いかける彼の顔。

 

「目、覚めたか?」

 

「パパ…。私、どうなったの…?」

 

あの時のことだ。気がつけば、動けなくなっていて意識もそれを認識した途端に途切れた。

不思議な言霊を聞いてから、ほんの一瞬で。

 

「ま、ある意味での静止、停止って所だな。フィーも()()()()()()()使えるだろ?」

 

「パパも使えたんだ」

 

「まぁな。――というより忘れてたんだろうな、俺の場合は。全くもって俺は本当に罪重ね過ぎだろ。正直償い切れない気がするんだよなぁ」

 

そう言いながら、彼は私を立ち上がらせると自分も立ち上がった。一度空を見上げ、静かに溜め息をつく。目蓋を一度閉じ、開くとそこに迷いはなかった。

 

「さてと。さっき実はウェンディが後から来たんだよな。んでフィーが倒れてた訳だから怒られたんだよな、俺。兎に角、無事知らせに戻るか」

 

「……がう」

 

自然と懐かしいものが出た。7年前の私が使っていた受け答え。今は“うん”と言えるが、前は小さく吼えていただけに過ぎなかった。けれど、何故か懐かしいし、忘れ難そうで。

 

「ハハッ、それ久しぶりに聞いたな。ウェンディにも聞かせてみるか?」

 

「…うぅ……」

 

からかわれた。でもツラくはない。逆に嬉しかったりする。やっぱり時々思うのだ。

今のこの時間が嘘だったら、夢だったらどうしようと。それでもこんな風にしてくれるから怖くない。嘘だと、夢だと思わなくて済む。だから――

 

 

 

 

「そんなことより早く戻ろっ、パパ」

 

 

 

 

 

――忘れないように刻み付けておきたい。私はここにちゃんといる。みんなもいると、ずっと感じていたいから。

 

 

 

 

 

 




こっそり出てますね、レインの力の一端。

まあ、これに関しては彼の過去に深く関係するものなので、次第に明らかになります。

多分大魔闘演武ラストぐらいですね。

兎に角、ゆっくり頑張っていきますので宜しくです。

P.S.
最近のアニメに足りないもの。それはFateクラスの戦闘シーンである。



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酒という物は恐ろしいことこの上ない

前回、魔法舞踏会の話をかくかもしれませんと言いましたね? ――あれは嘘だ。

無礼を承知で別の茶番?回を用意しました。完全にネタ回か……となるでしょうが、心配

なさらずに。最後の最後でレインに纏わるものが一つ解禁されます。

まあ、少しずつ明かそうかなって感じにしてますので、今回だけです。少し大きめで

解禁するのは。それでは本編どうぞ。

P.S.
本日で今シーズンのアニメFAIRY TAILは終了。第三期に期待しようではないか、者共よ!!!





その日はいつも通り訪れた。

朝の光は眩しく寸法狂いなく、眠っていた俺の目辺りを照らし、無理矢理意識を覚醒させた。

お陰さまで不機嫌にはなるも、頭はわりとしっかりしていて起きやすくなっている。

まずは上半身だけを起こし、両手を天井に向ける。その勢いのまま背伸びをする。背伸びをする際にも容赦なく身体や意識から眠気という悪魔を追い出す。

 

もし、その眠気の悪魔が残っていたら? そんなものは気がつけば無かったことになる。いざというときは額を机に何度も何度もぶつけて無理矢理スッキリする方法だってある。

まあ、所詮は駆逐される存在。次の起床までは要らぬ役者であるため、ご退場願おう。

 

「ふぁぁぁ~……、大体寝てたのは3時間程度か。んで今が7時半。最低でも就寝したのは3時から4時半ぐらいか」

 

頭の寝起きトレーニング代わりに起床時間と就寝時間を計算する。勿論、可能性の幅もすぐさま導きだし、口にする。こうすることで自分が正常かつキチンと起床しているかを確かめている。今思えば、完全に悪魔なら睡眠時間は要らないような気がする。

そう思うと若干魅力的に感じるが、デメリットの方が多いし、面倒なので断固として遠慮する。それ以前にまず、これ以上悪魔になることすら御免被りたい。

 

「………さて。昨日は色々と大変だったなぁ。フィーと試合して、ギルドに戻れば女子共に捕獲されて家賃の話に強制加入。しまいに露骨なお金貸せ攻撃。

いや、お金が一気に飛ぶ苦しみは分かるぞ? それは俺も経験済みだし、一回それで死ぬかと思ったこともある。――けど、それはソイツが悪い。貯蓄しないのが悪いんだっての。

なんでお金を俺が出費するんだよ……。利子を十日一割(トイチ)にしてやろうか……」

 

とりあえず愚痴ろう。昨日ので軽く1億Jは持っていかれた。痛すぎる出費だ。一時的とは言え、あれはなんとも言えないほどにツラい。

だからと言って十日一割は鬼畜である。その言葉通り、十日に一割増えるペースだ。

 

例えば、1000万Jを借りたとして、十日後には1100万Jになっている訳だ。借りたお金が小さい時はまだ払えるが、この辺りになると払いづらいこと、この上ない。

そういうのが世界の何処かで平然と行われていると考えるとゾッとする。まあ、それはよく考えなかった返済者の落ち度と言うことにしておこう。

 

ちなみに本気で十日一割にする気はない。特にエルザの場合はもはや涙目になるほどだ。元々その魔法がスペースを取るのは分かっていたが、流石に部屋を借りすぎた。

文句しか言えんよ、全くもって。沢山あるといざという時に戦略立てやすいんだろうが、専用空間に入りきらないほどにあるものなど覚えていないだろうが、と言いたいほどだ。

 

「――なんて本人の前で言ったら、絶対喧嘩吹っ掛けてくるんだろうなぁ……。調べた所、エルザは誰かの喧嘩は止めるが、自分の喧嘩には有無言わせず続行するらしいし……」

 

情報の提供元はミラである。今の彼女とその頃の彼女は似ても似つかない。笑ってそれを教えることができる事態、もはや黒歴史を黒歴史と思っていない証拠だろう。

流石は元S級魔導士――いや、全く関係ないか。エルザは違うようだし、ギルダーツも変な所あるし、ラクサスも少々自分の過去や弱点とかは隠そうとするし。

 

当然俺だって、未だにウェンディにもメイビスにも、シャナにも言っていない秘密がある訳だ。全くもって自分に呆れてしまいそうだが、仕方ないことだ。

ただ()()()()()()()()。自分の重ねた災禍の如き原罪に。滅びる宿命にある自らに深く関わって欲しくなかったからだ。

 

「……ふぅ…。これ以上自分を蔑んでも何の意味もないか。別に憂鬱になっても差ほど調子は変わらないからな」

 

呆れたついでに溜め息を一つ。さてと。

そろそろベッドから出て朝食作ってフィーを起こすかね。まあ、フィーのことだ。どうせ既に起きているか、わざと寝たふりをして7年間分の悪戯か、突然抱きついてくるに違いない。

そういや二日前にもこんなことをされた気がする。いやはや。いつからそんな大胆で末恐ろしいことをするようになったんだか。将来が少し不安に――

 

「――ん? なんかさっき動いたような……」

 

むくり、むくりと動く何か。そんな感じのものを俺は探知した。空気の流れが変わった訳ではない。それに加え、部屋のなかで何かが動いた形跡もない。

ならば、何が動いた? カーテンだろうか? いや、それは違う。御生憎様、俺はカーテンをつけはするが、両サイドに縛って飾りとする派だ。

それに加え、いつも夜通しで作業する際にも基本は地下か、研究室紛いの場所でする。だから光が外に漏れることはない。

それにこの家の立地場所はマグノリアの街から少し離れた森の中だ。泥棒と仲間以外は来ない。当然泥棒に対しては無礼には無礼をと言わんばかりの大量の魔法の罠を仕掛けてある。

許可せず入ろうものなら死すら覚悟しろ。侵入など断じて認めん。

故に完全に要塞状態だが、それは許してほしい。

 

それはさておき、前述の理由を含め、蠢くものがいるはずがない。しかし、何かが引っ掛かる。そう言えば、昨日何かを忘れていたような気がする。

いつも俺はフィーが寝てから就寝する。まあ、念には念をと言うことだ。別にフィーが子供だから、ちゃんと睡眠を取らせたいという理由で監視しているつもりは――まあ、あるが監視と言う訳ではない。そこまで子供に自由を与えんというつもりなど毛頭ないからな。

そんな訳でいつもは最後に就寝する。しかし、確か昨日は――

 

「――先に寝てしまったな、俺」

 

ああ、思い出したぞ。イライラするぐらいの記憶を思い出したぞ、クソッタレ。

お金を巻き上げられた後、なんの理不尽かカナに酒比べに参加させられた。ウェンディのジト目が厳しく突き刺さる中、俺は我慢していたはずだが、無理矢理カナに飲まされた。

その後、飲んでしまったからには仕方がないと判断し、ガンガン飲んだのは覚えている。酒に対しての耐性は強くもなく弱くもない。だから酔い潰れることは当然ある。

あるのだが――何故か俺の記憶にはカナが目を回して倒れる所がハッキリ残っている。

はて……? なんでカナが酔いつぶれてるんだ? しかもカナが酔い潰れるってことは大量の酒を飲み比べたからに違いないはずだ。つまり俺もそれくらい飲んだということになる。

なのになんでこんなに頭が冴える? いつも通りの平常運転だ。可笑しい。いや、可笑しいぞ、これは。どうして酒を大量摂取したはずなのに元気なんだ?

普通は二日酔いコースにまっしぐら、朝からグロッキー間違いなしのはずだ。最悪トイレで嘔吐物をぶちまけることになるはずだ。――なのに何故?

 

「――……そういや、俺。いつから酒が強くないし、弱くないって言い出したんだ?」

 

思い返せば色々と不思議だった。確かに酒は好きでもないし嫌いでもない。当然どれくらい飲めるかなど理解した上で――理解した上で? 酒が飲める限界を俺は知っていただろうか?

いつも適当にその場のノリで飲んでいたのだぞ、俺は。だから完全に酔い潰れる前提で飲むことは中々――いや、ほぼ無かったはずだ。

よくメイビスが酔い潰れる所は見たが、メイビス曰く俺が酔い潰れる所は見たことがないと言っていた。おい、ちょっと待て。どういうことだ?

俺は限界まで飲んだことがないのか? いや、そんなはずは――

 

「――あったな。()()()()()()()()()()()()な、俺……」

 

それを悟ると同時に嫌な予感が一斉に押し寄せてきた。

おい、ちょっと待てよ。カナが酔い潰れた所は覚えている。しかし、その後だ。フィーより先に寝た前までの間は何をしていた?

そこだけ完全に記憶にない。可笑しい。可笑しいぞ。どういうことだ? そこまでガンガン飲んだのか、俺は? つまり、色々と理性なんぞ知らんと言った具合に飛んでいたことも考えられる程だ。つまり、俺はかなりヤバいかもしれない状況下にあった訳だ。

そもそも俺は酒を飲みすぎるとどういうことになるヤツなんだ? 泣き上戸? 笑い上戸? 甘え上戸? 怒り上戸? それとも完全なるヤバいヤツ?

全く持って予想がつかない。どうしてこうなった……。

 

「………ちょっと待て…、ならさっき動いたものって…」

 

ああ、本当に嫌な予感しかしない。酔いに酔って、仲間――それも女性陣に何かを変なことしてみろ、即刻俺は社会的に終わりだ。それこそ死よりもツラいものだ。

いやな? 確かに俺はどうせ死する運命にある訳だ。実際この肉体があと1年間持つかってぐらいだ。んでそんな俺が今ここで変なことをしてしまったとしよう。

意味がないんじゃないか? 折角残った一年間で出来ることをしておかないと行けないだろうはずなのに変なことで一気に全部水の泡。

そんな終わりなどあってはならんことだ。そんなことあったら血ヘド吐いてやる。

いやいや、それは今関係なくて、今重要なのは――

 

「――よし、動いた場所を確認するか」

 

落ち着け、俺。こう言うときは素数を数えるんだ。2、3、5、7、11、13、17、19……。

――いや、それこそ落ち着けよ、俺。今何時素数数えている暇があるなら、動いた場所を確認すべきだろう。

よし、とりあえずだ。とりあえず、まずはベッドから出よう。出たら部屋の中を捜索しよう。まずはこれでやることが決まった。この調子でドンドン進めていこう。

 

「よし、まずは掛け布団を退け――」

 

――た先に女の子。

 

「……………」

 

思わず絶句。あ……もう終わったわ。俺、人間として――いや、悪魔としてだろうか。とりあえず、なんでもいいからとりあえず終わった。

やってしまってはいけないことを――

 

「……ん~。……ん…? ……あ、パパ。…おは――」

 

 

 

 

「――うぎゃああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「――んで、つまりあれか? なんか一人って感じがして寂しくなったからベッドの中に入り込んできた、と?」

 

「ん、そんな感じ。パパ、先に寝ちゃったから少し寂しかった」

 

目の前に正座で座っているとは先程の女の子。本人曰くストレスや精神的な外傷で色が抜けてしまったらしい白い長髪に、髪の毛から出ている尖った狼耳。尾てい骨辺りから出ているフサフサの毛並みのいい尻尾。

着ているパジャマの中心の絵柄にはトレードマークと言わんばかりの満月。色は薄い藍色。

何故に自分の狼耳があるのにパジャマに猫耳フード付きなのかが不明で仕方がない少女の名前はフィーリ・ムーン。俺の預かっている人間と狼のハーフである人外の獣少女。

昨日も色々あって試合をすることとなった少女である。年齢は確定とは言い切れないが12歳である。愛称はフィー。最近の趣味はウェンディに遊んでもらうことだそうだ。

 

さて、それは置いておくとして。俺は現在頭に包帯を巻いた状態でフィーの話を聞いている。

 

「――まあ、確かに寂しいのは分かる。だけど、頼むから誤解を招くような真似は止めてくれ。別に起こされても俺は起こらないから先に言ってくれ。じゃないとかなり焦るから」

 

「……ん、ごめんなさい」

 

「……。まあ、少々安心した。酒を飲み過ぎた後の記憶がないから結構怖かったんだよなぁ……。もし変なことをしてたらどうしようかと思っ――」

 

「――パパって酔うと親しい人を抱き締める癖があるの?」

 

「そうそう、抱き締める癖が――へ?」

 

血の気がサーっとまたもや引いた。いや、引いたと言うよりは凍りついたと言うべきか。今、物凄く不吉なものが聞こえた気がするぞ? ん? 抱き締める? 酔うと親しい人を抱き締める癖? いや、そんなものは断じて――

 

「――フィー、それどういうことか聞かせてくれるか?」

 

「パパは覚えてないの?」

 

「……まあ、恥ずかしいことに何にも、な…」

 

「そっか。えーっと……、カナが撃沈した後、パパは見事に大体の男性陣を巻き込んで酒比べ。結局ナツ、グレイ、エルフマン、ハッピーを除いて男性陣は酔い潰れ。

そのあと四人が逃走したから、私が追おうとしたらパパに抱き締められて、褒められて、頭撫でられて――結構嬉しかった」

 

「……………」

 

あ、もう何も言えねぇ。いや、娘を褒めるのはこっちとしても楽しいし、喜ぶ娘の姿を見れるのは嬉しいことだ。しかし、な? 

聞いてて気がついたが、俺は色々ととんでもねぇことをしたらしい。男性陣全員が酔い潰れた? ちょっと待て、それってまさかギルダーツやマカロフ、ラクサスも酔い潰れたってことか? ――それって今の財政状況厳しい状態のギルドには悪影響じゃ……。

 

「それと私がパパにベタ褒め?された後にみんな距離を開けたみたいだけど、お姉ちゃんが結局パパに捕まって――」

 

「――よおぉぉぉし、それ以上は言うな、もう理解した。とりあえずあれだ、ウェンディに謝りに行くから。とりあえず一応粗品だがお詫びの品も用意しておこう。

謝る時はお詫びの品無しで本気で謝りに行くから。それ以上は言わないでくれ。今からすぐにフェアリーヒルズに直行するから、な? だからそれ以上言わないでくれ、頼むから」

 

無様極まれり。娘に土下座する父親とかどこの世界にするのだろう。それも迷惑をかけたとかいうことではなくて、それ以上は言わないでくれという責められたからという理由でだ。

まさに悪事や不倫を働いた阿呆の如くだ。いや、もう、なんも言えねぇ。

 

ウェンディにどんな顔して謝れば良いのやら。義理の兄ではあるが、兄貴失格だ。なんてことをしてくれたんだ、俺ってヤツは。いや、本当に最悪だ。あり得ない。

何がS級魔導士だ、笑わせる。まずは人間をやり直してこい。

――いや、やり直せるならやり直したいんだが。ってそんなことはどうでもいい。

とりあえずだ。とりあえず、全身全霊、誠心誠意、キッチリ、ハッキリと謝ろう。無礼全てをお詫び申し上げないと生きていける気がしない。いや、生きている気が全くしないんだが。

実際人間としては死んでいる身なので本当に生きた心地はしてない。謂わば、悪魔という人工心臓的なもので生命を維持している、そう言っても過言ではない。

 

ということすらどうでもいい訳だ、今のこの状況は。

とりあえず先手必勝――いや、違うな。背水の陣――いや、それも何か違うな。

あー、もう!! 兎に角素早くかつ丁寧に謝罪することが優先だ。

 

「よし、フィー。今日仕事に出かける予定はあるか?」

 

「無いよ。多分暇かも」

 

「OK、把握した。とりあえず、少しの間留守頼めるか?」

 

「え、あ、うん」

 

「じゃ、留守番頼む!!」

 

即座にフィーに留守番を頼むと俺は吹き抜け、殺到し、駆け抜けた後の轍を見させるが如く、家のなかを準備のために駆け回ると、その後すぐさま家を出た。

 

「……パパ。最後まで話聞いて欲しかった。お姉ちゃん、全然()()()()()()のに」

 

その時のフィーには嬉しそうに顔を弛ませてニヤニヤとした笑顔を溢していた藍色の長髪の少女の姿が脳裏に焼き付き、それを思い返していた。

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

フェアリーヒルズ。ウェンディの借り部屋にて。

 

綺麗に整理整頓された部屋。年頃の女の子らしい飾り付けが成されたその場所は、少々ずれた視点――ではなく、独特な趣味趣向を持つ女性陣の中ではある意味でごく普通のもの。

 

ある人は武器や鎧を大量にしまいこむだけの倉庫として。

 

ある人は昔の拷問道具や物騒なものを大量に置いてある部屋?として。

 

ある人は小さな図書館なら既に涙目と言わんばかりの自分用の図書館兼部屋として。

 

ある人は呪いの如く一途に思い焦がれる人に関するもの一色の部屋として。

 

そんな様々な趣味趣向を持つ女性陣。思い返すだけで周囲がずれていることを実感できる環境でやはりウェンディ・マーベルの過ごす部屋は極々平凡かつ自然なものであった。

そんな彼女の部屋にいたのは一人の少女と一匹の白猫。

当然の如く、部屋の持ち主であるウェンディとパートナー兼親友のシャルル。今は二人でお茶を飲んでいる所だった。

 

「悪くないわね。このお茶」

 

「そうだね、シャルル。お兄ちゃんが少し前にくれたの」

 

「へぇ、レインが? 相変わらず妹思いなのね」

 

「えへへ…」

 

「あら? 昨日の()()が嬉しかったの?」

 

昨日のあれ、それは別に現在空回りを続けているレインの考えているような疚しいや恐ろしいことではなく、ただ単にフィーと同じように褒められたり頭を優しく撫でられたりされただけなのだ。それもいつもよりも気を使っているかのように。

事実、昨日の夜。寝ようとしてもあのことが思い返されて中々に寝付けないことがあった程だ。結局諦めて起きていようかと思った途端に意識がフッ…と抜け、ぐっすり寝ていた訳だ。

それをシャルルに思い出さされると急に顔が熱くなり、どもった様子で反論する。

 

「そ、そそういう訳じゃ…な、ないよ…」

 

「アンタ…、またどもってるわよ」

 

「うぅ……」

 

「…それにしてもやっぱりアンタはアイツのこと、信じてるの?」

 

アイツ、それは当然のようにレインのことを指していた。つまり、レインのことを信じているか、と言うことだ。

何故そんな風にシャルルが話題を振ったのかと言うと、それはギルドに帰還してから数時間が立ち、皆がそれぞれの家に帰ろうとする少し前に彼の口から話されたことが原因だ。

 

 

――「少々、俺も仲間を今以上に信じてもいい気がしてな。とりあえず、俺の過去の一部だけは話しておこうと思う」

 

 

そう言って語られたのは彼が昔、エルザのように1年間という期間ではあるが、奴隷にされていたことである。初代マスター、メイビスが生まれてから1年後のある日。

レインの住む家に別大陸からの魔導士が襲来し、レインは拉致され、両親はレインという子供がいたという記憶を抹消された。

その結果、メイビス自体も知らなかったことになったが、今ではそれは修繕されたようだ。

しかし、その際にレインは片道2年かかる程の遠方の大陸に連れ去られた。その先にあったのはエルザが造らされていたのと同じ楽園の塔。

この者たちもまたゼレフの復活を願う者であり、フィオーレやアラキタシアでは危険だからという理由で遠方にわざわざ造った物好きだった。

そこでレインは1年間奴隷としと働かされた。だが、1年で終了したのは、ある転機が訪れたからだ。その頃、ただただこのまま終わる人生を認めなかった者たちと密かに作戦を立てていたレインは作戦を決行。その最中、研究室らしき場所で魔導書に書かれた“ある魔法”を目にし、それ以来あの“謎の眼”が使えるようになったことを話していた。

 

本来ならば本人がツラいという理由で控えるはずの過去だが、彼はそれをちゃんと話した。だからこそ、信じる米なのだろうが、ゼレフ書の悪魔であることも話した彼をどう信用すればいいのかということで今、仲間たちが悩んでいる所だった。

――しかし、前日に酒で二日酔いのためにほとんどのメンバーは今は考えていないだろうが。

 

それを思い返しつつ、ウェンディもまたちゃんと自分の考えを纏めていた。彼は時折自分の過去を話してくれていた。特別であるが、ちゃんと知らせてくれていたのだ。

そう思うと信用できる。

 

しかし、時々怖いのだ。あんなに自分の身を省みずに自分や仲間を守ろうとする自己犠牲の面。自らを忌むべき存在、消えるべきもの、終焉に何れ至る愚者と蔑む彼の姿、行動理念が。

自分が死んでも誰も嘆かないとでも思っているのかと強く迫らないといけないぐらいに。

彼は自分を助けるべき存在――救済に値しない存在であると既に決めつけているのだ。

 

だからだろうか。今まで彼とは義兄妹(きょうだい)のように育ってきたはずなのに、自分の義兄(お兄ちゃん)という存在以上に気になってしまう。

まるで自分に嵌めたはずの現実という鎖、枷、それらが全て消えてしまうような――何かに目覚めてしまうような気もしてしまう。

それが今、私の中で渦巻く不思議。

 

けれどそれは私が抱いた何かであって、彼のことを信じるかなどには関係すらない。

そして私は――ウェンディ・マーベルは彼のことをずっと信じている。

だからその質問は愚問だった。

 

「うん、信じてるよ。私はお兄ちゃんのこと疑わない」

 

ウェンディは素直に、それでいて純粋に彼を信じることを選んだ。いつだって彼は皆を()()()()()。強く、正しく、誰よりも大切な仲間のことを疑うことなく、強く歩んでいる。

だから疑わなくていい。別に信じ安すぎるのではない。確かに時折それで怒られる。けれど、大切なギルドの仲間を――たった一人戻ってきてくれた肉親の彼を疑う必要はないのだから。

 

「……そ。なら私も信じてるしかないわね。アンタのことだから、私も信じてないと不安がると思うし」

 

「そ、そこまで私って頼りないかな…?」

 

「ま、そうね」

 

「うぅ……」

 

またもシャルルにからかわれ、微かに落ち込む。

 

でも、ああ言ってシャルルもまた彼のことをちゃんと信じてくれている。親友だから――ううん、違う。

自分自身でそこまでキチンと理解し、判断したから。私が訊ねる前に自分の考えを纏めていたから答えた。それだけであって、それだけでない。

私には分かる。ずっと一緒だったから。

 

 

 

 

 

それから数分後。窓の方からノックが聞こえ、そこに話題の彼(レイン)が空中で土下座していたのは言うまでもなく。

それがしばらくの間、ギルドの中で微かな噂となるには時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。静寂の戸張が今宵の闇に落とされた時間。街ですら光を失い、ただ静かに、寂しさの感じるほどの暗黒世界。

それほど闇に満ちている時刻で、一人の少年は月明かりが輝きを容赦なく照らす天空にいた。

静かに息を吐き、空気を吸い込む。ただそれの繰り返し。仙人にでもなりたいのかと思わざるを得ないほどに静かに、ただ同じことを延々と繰り返す。

 

正しく回帰。寸法狂いなく、全く同じ動作を繰り返しているのだ。角度、高さ、息遣い、脈拍、心拍数、回りに散らせる魔力。どれも狂いがない。間違い一つ起こさない状態。

 

そうやって同じことを繰り返し続ける少年。ふいに少年は月の光に照らされ、姿を現した。月明かりに照らされ、反射し、輝くのは銀色の髪。白銀色のコート。手の甲に刻まれた金色の紋章。それは紛うことなく、彼――レイン・ヴァーミリオンの姿。

天空で飛翔を続けたまま、彼はその場所でただ静けさに包まれていた。

 

だが、月明かりが降り注いだ刹那、そっと閉じていた瞳を開いた。小さく息を吐き、吸う。

 

そして、小さく魔力で満ち溢れた言霊を口にした。

 

 

 

「《天体魔法》、“超重力断層(グレート・アトラクター)”」

 

 

 

その刹那、見渡す限りに浮かび存在していた雲が、ある一点に()()()()()()()()。次々と吸い込まれては跡形もなく消滅していく。

 

残滓? そんなもの誰が残っていいと認めた? 我に従え、消えるべきと定められたならば、潔く消え去るがいい。

 

まるでそう言うかの如く、ある一点に生じた空間の狭間と言うべき裂け目は強烈な重力の断層を生み出し、あらゆる物質を吸い込まんと大口を開ける寸前まで引力を強めていく。

だが、その力強さは彼が小さく呟いた、もうひとつの言霊で呆気なく散り失せた。

 

消滅せよ(ラディーレン)……」

 

その音が奏でられると同時に、サッ、と散って無くなった重力断層。しかし、そこを中心としたかなりの距離にあったはずの雲は飲み込まれ、戻ることなく満天の星空を地上にいるだろう者共に晒した。――いや、晒してはいない。この時刻は誰も彼も寝静まっているのだから。

 

ゆっくりと、ゆっくりと瞳を伏せ、彼は自虐的に笑うと、もの寂しげに呟いた。

 

「………やっと…思い出せたんだな…俺。…全く……傑作にも程があるだろ……。何処まで…お前は…俺のことを……本当の兄妹のくせして…愛する気だよ……、なぁ…()()()…」

 

誰にも伺い知れぬ、閉じた瞳の奥に浮かび上がるのは“焔”に愛された少女の姿。

その少女とピタリと狂いなく重なり、全く似ていないはずなのに何処か似ているのは“炎”に包まれ死んだ少女の姿。

 

どちらもまた絶望を知り。どちらもまた死する人々の苦しみを知る。

また愛すべき人を想い、その人のためならその者の糧にすらなれると思い込んでしまう。

哀れで空しく、儚くあれど、強く輝き、咲き誇る一輪の向日葵。

そう――間違えようが無いほどに酷似していたのだ、レインの瞳に浮かんでいた少女達は。

否、それは必然だったのだろう。忘れてはいたが、今なら思い出せる。

 

 

俺は間違いなく、“炎”に包まれ死んだ少女と――かつての実の妹であった少女と相思相愛の関係にあったのだから。

実の兄妹でありながら、呪われ、忌み子とされ、心許せるのは妹の他に両親のみ。

だが、父はその頃から妄信的だった。愛こそが万物(なにもの)にも勝る最強の武具であり、魔法であると信じ続けて。

 

そして――400年経った今ですら、俺は呪われていた。実際にそんなに長い間生きていた訳ではないと言うのに。

いや、あの頃の俺は遠の昔に消え、今いるのは新しい自分であると言うのに。

俺は結局抜け出せなかった、断ち斬れなかった、逃れられなかった。

かつての呪縛から。かつての失望と絶望から。当然の如く、かつての運命からも。

 

妹も――クロナもまた、逃れられなかった。いや、逃れるのを拒んだのだ。

今度こそ、今度こそと願い、苦しみ、足掻き、その唯一無二の渇望(ゆめ)を叶えんとするために。

“誰にも邪魔されず、誰にでも認められ、大好きで、愛しくて仕方がない兄に己の全てを捧げたい”、そんな純粋で無垢、無知蒙昧なる渇望(おわり)を求めるが故に。

 

兄妹だから許されず、忌み子同士だから認められず、力が無いから滅ぼされて、遠くから少しずつ歩むことさえ禁じられた、妹が生み出した渇望を叶えるための亡霊たち。

その亡霊は今もまた、俺の近くにいた。ああ、思い出した今なら分かる。前に出会い、愛され、目的のために別れるまで共に旅をし、笑いあった少女。

 

ああ、成程。確かに分かるまい。いやはや、何処まで執念深いのだろうか。

いや、一途なのだろう。俺の最初の妹は。今もまた俺を愛し続けているとは。

確かに。ああ、確かにだよ。7年も前からいたのか。ハハッ、ある意味驚きだ。感嘆する。

その苦労を、その強さを、その気持ちすら称するべき価値に値する。

 

故に笑おう。今まで苦労をかけた分を労うために。

 

故に謳おう。今までずっと追い掛けてくれていたことの疲れを癒すために。

 

故に――心の底から称賛しよう。その小さかったはずの一途な想いを。

 

 

 

 

 

「――ああ、本当にお前は無垢で無知蒙昧。全く……俺以外のことは全て盲目なんだな、愚かな実妹(クロナ)よ…。――いや、今はこう言うべきか」

 

 

 

 

 

 

微かに笑い、そして可愛そうにという想いを込めて、静かに呟いた。

ああ、君も呪われていたのか。成程、そこまで俺しか見ていなかったのはそれが理由だったのか。可愛そうに、クロナの渇望(ゆめ)を叶えるための命として生まれなければ幸せだったのに。――なあ、そうだろう?

 

 

 

 

 

 

「――“過去から来たりし一途な想いに呪われし少女(シャナ・アラストール)”よ」

 

 

 

 

 

 




あとが――げふんげふん、本日の愚痴。

FGOの☆5倍率は予想通りです、分かってました。けれど、☆4くらいはお願いします。
出てください。昨日当たったエリザベートぐらいしないんです、ホントお願いします。
それが無理なら運営さん。お願いだからサーヴァントと概念を分けてください。
もう概念はお腹一杯です。概念の☆5はもう沢山あるから要らないよぉ……。

白猫はお願いだからフェス限の出現倍率をあげてくれぇぇぇぇぇ。ノアっちが欲しいんだよ。
俺の☆4、☆5がダブルセイバーとアーチャーしかいないんだよぉぉ。
お願いだからノアっち下さい。無理なら及第点でネモ君を下さい。お願いしますぅぅぅ……。
執筆遅れたのクエストとかグルグル周回してたっていうこと活動報告で謝罪するからぁ……。



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天焔の舞踏会

どうも。投稿をかなりサボっていた?作者の天狼レインです。

今回は完全にシャナ編と対して変わってないほどにシャナメインです。

角砂糖10個入りの珈琲ぐらいの甘さがあるかもしれないのでそれが苦手な方は撤退を。

OKな方はそのまま特攻してくださいな。間違えてもリア充爆発しろやぁぁぁぁって

ならないでください。つうか、こんな一途で純粋かつ可愛い女の子いたら普通に萌える

気がするのは私だけではないはず……。照れ隠しに“禍焔剣(レーヴァテイン)”……

うん、悪くないな(^^ゞ なんてことはさておきまして。

どうやら今週末にDiesアカウント動くそうですよ? なので皆さん、水銀ニートを

思いっきりディスってやりましょう!!! アイツの愚行に値する暴言罵倒を容赦なく

畳み掛けてやろうではないですか!!! まあ、要するにカール・クラフト超ウゼェェェェ

です。まあ、気になさらず、本編どうぞ。私は発声練習もといタイピング練習を久しぶり

に使用かなと思います。何度もツイートしてやらぁってヤツです、はい。




「………魔法…舞踏会?」

 

「うん、そう。何だか面白そうなイベントがあるんだって」

 

「……………」

 

突然話し掛けてきた挙げ句、魔法舞踏会とやらがあることを知らせてきたのは目の前にいる、灰色の髪をした少女のような少年。

容姿は誰がどう見ようと、どう見間違えようと、絶対に少女なのだ。それは断言できる。

けれど、彼はキチンとした男子、つまり男だ。決して女ではない。それを知っているからこそ、少々警戒してしまう。

まあ、ギルドの仲間である以上は避けるつもりもないし、警戒したくはない。……ないのだが、どうしてもその容姿だと警戒してしまう。

よくある漫画のパターンでいう、女装した男の暗殺者が暗殺対象(ターゲット)に近づき、ザシュッと首筋に小さな刺し傷をつけて暗殺。または毒薬を混ぜた飲み物を上手いこと飲ませて毒殺というパターンと手法が全て酷似しているからだ。

そんなことを脳内で考えつつ、私――シャナは目の前にいるムラクモの話を聞いていた。

 

「………それで、私に得…あるの?」

 

「……うっ…」

 

ずいっと詰め寄り訊ねる。別に問答されることや他愛もない会話をするのは嫌いではない。

しかし、何故か彼はタイミングが悪い。空気が読めない訳じゃないが、本当に私の時だけタイミングが悪すぎる。

 

さっきだって私が柄にもなくワクワクしつつ、買ってきたばかりの小説を読もうとした所で、こうやって話し掛けられたのだ。

だから少し私は機嫌が悪かったりする。ずいっと近づいた拍子か、いつも気をつけているはずの魔力の制御に微かな綻びが生まれ、足元の床の一部が焦げ臭くなる。

確実にそれは木材が私の魔法による効果で微かに焼けたことを表している。いつでも何処でも私は本当に特殊な場合を除いて“焔”と一体化している。

 

例え暗殺者が来ようとも、例え自分より実力者の魔導士でも殺すことが不可能になるように。

決して消えない、滅びない、最強にして最高の焔。それが私の魔法、《灼刃煉獄(フレイムヘイズ)》。

故に私は火を操る魔導士の中では上位にいるらしく、唯一“焔”に愛され、それを操る魔導士として知名度が高い。お陰様で不本意ながら《火焔天(アシャ・ワヒシュタ)》等と呼ばれる始末。――全く、誰がこんな異名をつけたのだろうか。見つけたら炙ってやりたい。

 

「……それで魔法舞踏会がどうかした…?」

 

素っ気なく私は訊ねる。こう言うときはサッと訊ねて耳にして、あとは速攻読書に没頭するのが一番だ。私は今だって本を読むのが待ち遠しい。

一度本を読みに入れば、回りの音なんて聞こえないし、景色も見えない。所謂別世界だ。

逆にそれだと危なくないかと言われるが、全然大したことじゃない。

 

私の魔法に弱点はない。“ある魔法”を除いて消すこともできないし、攻撃をキチンと当てることすら出来ないからだ。

その“ある魔法”もただの解除魔法や魔封石で出来た手錠などでないし、そんなものより効力は圧倒的に高い。格が違う、一線を引くことすら容易いほどだ。

 

呆れたことにその魔法とこの魔法の考案者は同じだという。だから――と言うべきか、それとも残念ながらと言うべきか。

本来この魔法は最強の火魔法――もはや焔魔法と呼んでも良かったはずの絶対的攻撃力、支配力を持つ魔法だった。

けれど、この魔法の考案者はそれを解く魔法を作り出してしまった。

 

故に――最強だったはずのこの火魔法は唯一にして絶対に克服不可能な弱点を背負うこととなった。

 

だからこそ、完全に油断はできない。だが、何故か油断してしまう。人間だからではない。ただ、その唯一にして絶対に克服不可能な弱点である魔法が誰の手にあるのかを知っているから。ただそれだけ、それを私は知っていたから。

 

「実はね、その参加者の中にレインさんがいるって、フィーリが教えてくれたんだ」

 

「…………」

 

それを聞いた途端、私は無言で座っていた椅子から立ち上がり、本を閉じて机の上に置き、反射的にムラクモの胸ぐらを掴んで――

 

「……それ、本当…? 嘘じゃない…?」

 

――手っ取り早く脅し……訊ねた。

 

「…え、あ…その……」

 

「………嘘じゃない? レインが行くの…?」

 

「……あ、うん、はい。――というか、そろそろ首絞まっちゃう気がするから手を離して貰えると嬉しいなぁ………なんて」

 

「そ。なら、私行く」

 

素っ気なくそれだけを伝えると私は力の入っていた右手を下ろし、同時にムラクモを開放する。どうやら胸ぐらを掴むつもりで首まで絞め掛かっていたらしい。

やはり常人並みだった私がここまで強くなったのも、この魔法のお陰なのだろうか。

 

――ううん、それは違う気がする。何か別のもの。それが私を高めているような……。

 

それを口にし表してみるならば、“過去の願い”、“過去からの悲願”と言うべきか。そんなものが私を日に日に高め、強めている。

ハッキリ言って私は可笑しくなっている。初めてフィーリにあった時は彼女の暴走状態に容易く圧倒されたというのに、今では多少なら着いていける所までだ。

 

あの強い願い――“渇望の具現化”さえ発動されなければ、勝てるかもしれない程に。

 

あれが俗にいう“我が道を行く”という覇道の渇望の具現化。

もしそれがそうだとすれば、私の渇望は純粋に彼に――レインに愛してほしいと言った、道を求める程度のものでしかない。正しくそれは求道の渇望。

ラインハルトのようにただ純粋に“総てを愛したい”という覇道の渇望や、サクヤの抱く“ラインハルトの渇望(おもい)血肉(みちしるべ)になりたい”と言った強力な求道の渇望ですらない。

 

ただ私のは他力本願のもの。所詮は彼に愛されなければ真骨頂にすら昇り切れない程に無駄で無価値なものに等しいのだ。

漸く具現化まで辿り着いたが、所詮は中途半端な渇望。弱々しい求道に過ぎない。故に効力など非常に弱い。出来ることは自分の魔力を高め、周囲から大量に吸収する程度。

フィーリやラインハルトのように回りにも影響が少なからず出るものではない。

かといってサクヤのものも私とは比べ物にならないほどに圧倒的だ。

 

ただ純粋に、愛した者に――ラインハルトという男のために自らの総てを捧げようというもの。それは具現化するに当たって非常に強力なもの。

突如として魔力を倍加――膨大にし、それ総てをラインハルトに譲渡する。ただそれだけの単純明快(シンプル)で直接的、無駄の省かれた完璧なものだ。

 

――さて、ここまで言えば理解できる。言うまでもなく、私は弱い。

 

確かに彼を想い気持ちはサクヤにだって負けていないはずだ。だけど、実質的な力がない。支える覚悟はあっても()()()()()()()

それが分からない、思い出せない。だから私は進めないし、強くなれない。

今の私では彼を支えることも側にいることすら出来ないだろう。それは分かっている。

けれど、今の私では進めない。だから――いや、だからこそ私は彼に会いたい。

ムラクモに行くことを伝えたが、自分でも分かるぐらいに素直じゃない。自然と行きたいことを伝えればいいのに。なんで自然と言えないのだろう。

やっぱりまだ信じられないからなのだろうか。あの村での出来事が――今ではレイン以外に唯一自然と話し合える親友である、元奴隷の少女が捕まっていたあの現場を見たから。

人間という生き物が何のために生きて、何のために争って、何のために醜い生き様と死に様を晒す理由が。やっぱり私には――分からない。だから進めないのかもしれない。

そう思い、自らを自虐するように溜め息をつきながら私は支度をするべく家に戻る。

全ては明日。そう、明日だ。7年ぶりに顔を合わせ、会話を交わすだろうあの人を見て。

 

大好きで、愛し続けたくて、側にいたくて、背中を預けてほしい、命の恩人でもある大切な人――レイン・ヴァーミリオンと、もう一度巡り会うために。

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

そこは壮麗で目が痛くなるような輝きに満ちていた。

天井を見上げれば、シャンデリア。下を見下ろしても大理石。正しく貴族の豪邸だ。そもそもここは確か貴族の保有する城だった気がする。

何をどうすればそんな大金が手に入るのだろうか。まあ、どうせ先祖の功績や財産をかじっている可能性も考えられなくはない。

自分の力で未来の可能性を掴む人を見るのは好きだが、誰かに元から与えられたもので満足したり満喫したりする人は嫌いだ。

私は前述――彼に与えられた術を自らの手で開拓し、未来の可能性を掴んだ者だ。後述も含めて入るが、彼が与えたのはほんの欠片。故に私はそれを広げ、自由自在に使っている。

などと貴族への批判と自分の努力を比べてはみるものの飽きてしまった。それ以前に比べて得することなど何一つない。手に入るとすれば、それは傲慢。要するにプライド――誇りだ。

 

私にはそんなものはない――いや、そうとは言えないかもしれない。

レインのことを誰よりも愛している。それは間違いなく自信だ。誰にも負けてないという誇りでもある。故にこれはプライドと同種。

彼に正面切って告白したのは私ぐらいだろう。あれに私は一世一代の願いを込めたつもりでもある。彼と結ばれることが至高の夢。私の核たる渇望だ。

そのために生きている、そう言っても過言ではない。嘘にするつもりだってない。いざとなれば、色々と策を講じてこっちに気持ちを向かせればいいし、最悪はキセイジジツ?というものを作ってしまえば私の勝ち。絶対に誰にも渡さないし、負けたくない。

 

などと考えた末に――

 

「………似合って…るかな…?」

 

――私は緋色を所々に装飾した特注のドレスを纏っている。何となく他のドレスが自分でもお世辞にも似合ってると言い難い結果だったので、結局大好きな色であり彼に褒められた色を選んだ。そういや、私が彼と一度離れた時も緋色の空を眺めていた気がする。

 

「………レイン…褒めて…くれるかな…?」

 

脳裏に銀髪の少年が浮かび上がる。白銀色のコートを翻し、圧倒的な実力で有象無象の魔物を一掃していく修羅の如き姿。それでありながら優しさと年頃の少年らしさを失わない。

もし彼が変わってしまったとしても私の気持ちは変わらない。彼を愛しているこの気持ちは揺らがない。私は彼のもの。委ねる覚悟だってある。今回はその準備。

小さく力を拳に入れ、気合いも共に身体に滲ませる。入れるのではなく、浸透させるように。

 

「………えへへ…」

 

まだ彼と会っていないのに頬が緩んだ。今から彼と会えると思うと何だか嬉しくて仕方がない。それにここは舞踏会。彼だってタキシードとかを着ているはず。

ならば余計に緊張してしまいそうになるけど、彼はそんな緊張も解きほぐしてくれる。

それ以前に彼と話していたら緊張なんて忘れるし。というよりも彼はほとんど完璧にやって見せる人間――いや、悪魔だ。私だって気づいている。神でも悪魔でも何でも御座れ。

彼が何であろうと私は全力で向かい合い、愛するまで。だって好きなんだもん、彼のことが。

 

「…ふぅ……。そろそろレイン探さないと」

 

一応仕草にも気を使って、少し駆け足気味の時にはドレスの裾を摘まんで走る。理由はあんまり知らないけれど、多分引っ掛かったりして転ばないようにだと思う。

周囲に目を配り、髪色が銀色の少年を探す。もしかしたら魔法舞踏会の参加者としてマスクを被っているかもしれない。だから判断する点は限りなく難所にある。

まず髪色は同じ人物がいないとは限らないし、マスクを被っている以上は顔で認識出来ない可能性だってある。確かめようと思えば、声音を聞かなければならない。

仕草や癖を見抜かないといけない。でも、彼には特徴的な仕草がない。トレードマークと言うべきものはいつも羽織っているコートだけ。

だが、ここは舞踏会。最低限の礼儀と格好はせねばならない。故にそれには頼れない。

だから難しい。誰が誰で、何処にレインがいるか、分からないからだ。

 

ふと立ち止まり、周囲を見渡す。やはり誰も彼もが同じに見えてしまう。何処と無く違えど、マスクを被り、タキシードやドレスを着ているならば、区別できるのは髪色と髪型のみ。

そうなると私には分からなくなってくる。

こういう時に何故役に立たないのかな、私の身体に巡る彼の魔力の欠片は。仕方なく離別したあの時に私は欲しいものを聞かれ、望んだ。

 

最初はこう願った。

“私を一緒に連れてって。私をずっと側にいさせて”、と。

 

欲しいものではなかった。ただ一緒にいたいと願っただけ。けれど、それは彼の自由を奪うことと同じ。彼の望む自由を阻害するしか脳のない自分勝手な願望。

だから私はそれを願ったあと、無かったことにしてほしいと頼み、別のものを望んだ。

 

それがこれだった。

“一緒にいられないから魔力だけでも私に”。

その結果、私は彼の魔力をほんの一欠片ほど貰った。代わりに私は彼に自分の魔力の一欠片を譲った。ギブアンドテイク。そういうことに違いはない。

私が彼の存命に気がつけたのも、信じていられたのもそれが理由。彼の魔力は彼が死せば、ただの魔力と化す。そうなれば、別で流れている現状から、私の魔力と合体し、全く同じものとなってしまう。つまり、彼の魔力と私の魔力は別のもの。水と油のようなもの。

完全じゃない魔導士。それが私。当然彼もそうなってしまった。原因は私の我が儘。

だから返そう。今日この時を以て。彼に借りた分と利息も纏めて。

 

「……何処にいるのかな…レイン…」

 

もう一度周囲を見渡し、彼を探す。見当たらない。残念ながら近くにいない。いや、そもそも参加していない可能性だってあったはずだ。それを信じて来たのは私。

これを罪と判断するならば、悪いのは私――いや、ムラクモも悪い。デマ流した元凶だから。

兎に角、本当にいなかったら明日の朝、ギルドで顔を合わせた途端に“禍焔剣(レーヴァテイン)”をお見舞いしよう。そうすれば、こっちもスッキリするはず。

そう心に決めることにした。

 

でも、やっぱり残念かな。会えると思って、こんなにお洒落だって仕草にだって気を使って来てみたのにいなかったなんて悔しいから。

“骨折り損のくたびれ儲け”というのだろうか。東方の地域ではそういうのを聞いた気がする。

悔しいけど、諦めるしかないのかな。

首をすくめ、出口に出ようかと一歩を踏み出した。その刹那――

 

 

「やあ、どうも、お嬢さん。どうしたんだい、浮かない顔してさ。さあさ、そんな浮かない顔しないで、ここは一つ、僕と踊ってくれないかい?」

 

 

――脇役(モブ)のお出ましだった。それもチャラそうだ。この機会にナンパでもして女の子を捕まえようとでも思っているような口調と声音。心底私の癪に触るものだった。

 

「……………遠慮します。…あんまり私は上手く踊れないから」

 

断った。振り向き様に。最低限の礼儀を払いながらスパッと。これなら少しは興が冷めて諦めるはず――

 

「大丈夫、大丈夫♪ 僕がリードしてあげるからさ♪」

 

――食い下がってきやがった。口悪く心の中で罵っておこう。ウザイ、しつこい、めんどくさい。なんで食い下がってくるの? 丁重に断ったと思ったのに。

それともあれなのかな。上手く踊れない=上手くはないけど踊れると解釈でもしたのだろうか。ならば、余計にウザイ。ジトーとした目を試しに向けてみるが、全然気づきやしない。

………なんだろう、スゴくウザイ。さぁ、って感じに手を差し伸べてくるのが余計に癪に触る。少なくともレインならこんなにウザくしつこくめんどくさく感じさせることはしない。

もっと紳士的に、優しく相手に支えてほしいと言わんばかりにしてくるはずだ。あくまで自分は引き立て役。貴方こそが華である、そう見せてくれるはずなのに。

 

――脇役(コイツ)は全くの真逆。自分こそが華である。誘った女の子をリードするのは自分だ、そう言わんばかりである。

 

「………私、友達と待ち合わせをしてるので遠慮します」

 

簡易な嘘だ。友達なんて一人しかいない。私が助け、私も助けられた、元奴隷の少女だけ。彼女がいるのは《蛇姫の鱗(ラミアスケイル)》だ。参加すると言う話も噂も聞いていない。

それでもここを切り抜けるには使い勝手のいいもの。これできっと切り抜け――

 

「そうなの? ならその子とも踊ってみたいなぁ♪ 良かったら紹介してくれない?」

 

――まだ食い下がるか、この脇役(モブ)め。

 

八方塞がり、四面楚歌。既に囲まれ、脱出の糸口無し。笑えない。なんでこういう時にこういうヤツはしぶとく食い下がるのだろう。

コイツが闇ギルドならば間髪いれずに焔の弾丸で撃ち抜いたり、極熱の火柱で焼き払えたのに。こういう時がたまにあるから貴族や一般人は嫌いだ。

 

「……………」

 

黙るしかない。このまま黙り混んで興味が失せるまで待つ方法しかない。でも、この脇役(モブ)のことだ。しつこく食い下がるはずだ。獲物を逃してたまるかと言わんばかりに。

こうなればいっそのこと、首筋に打撃を瞬時に与えて気絶させて誰かに頼み込むか、このまま逃げるか、叫んで助けを求めるかの三択だ。どれも私の苦手とする分野。

こんなことをするくらいなら自力で打破する。――けれど、コイツは何処をどう見間違えようと貴族だろう。つまり闇ギルドではない。

だから暴力もとい実力行使は不可能。そんなことすれば、即刻評議院一斉集結からの検挙でアウトだ。やっぱり詰み手であることには代わりない。

こういう時に限って本当に私は運が悪い。悪すぎると言っても過言じゃないと思う。

気がつけば、悶々としている私に貴族らしき男は詰め寄っていた。もはや逃げ道もない。

 

そう思い、諦めてダンス一つくらいは踊ってやるかと観念しようとした刹那――

 

 

「――全く。近頃の紳士っていうのはナンパする其処らの奴らと変わらないのか? 呆れてモノも言えなくなるぞ」

 

 

鋭く。共に静けさを保ったまま、その声は響いた。その声音は何処か冷徹さが微かにあり、けれど優しさを隠し持っていて、強く心に響くもの。

聞き覚えがあって、それでいて心の底から安心できる。そしてそれは空間から突然現れたかのように気配と共に姿を見せた。

 

そこにいたのはタキシードに、少し長めになった銀髪と茶色混ざりの瞳、右手の甲には金色の紋章が刻まれ、左手には飲みかけらしい飲み物を片手に持つ少年。

 

「………ぁ……」

 

思わず声が漏れた。仕方がない。だってやっと会えたのに声一つ出さないなんて無礼もいい所だから。ああ、見間違えるはずがない。あれからほとんど変わらないから。

ううん、雰囲気が変わった。気配や口調も変わった。けどやっぱり本質は変わらない。

やっぱり彼だ。私が――シャナ・アラストールが常に恋い焦がれた彼だ。

声が震える。会えたのだ、だから緊張せずに、リラックスして声をかければいいのに。なんでだろう。声が震えてしまう。感極まって上手く声が出せない。

でも、出さなきゃ。伝えたいことは、嬉しいって気持ちは伝えなきゃ。

だから私は――

 

 

「……レイン…っ!!!」

 

 

――彼の名を呼んだ。微かに彼の表情が緩んだ。内心驚いていたのか、それとも安心したのか。彼も私のことを心配してくれていた。それだけなのに凄く嬉しくて――胸が熱くなる。

ギュッと自分の手を握り締め、胸に抱く。熱い。多分頬も紅潮して紅くなっているだろう。

それでもいい。この早鐘を鳴らす心臓を疎ましくなんて思えないから。

 

「………なんだい君は? この僕が紳士らしくないと言いたいのか?」

 

その声を聞いた途端、現実に引き戻された。ああ、そうだった。目の前にまだ脇役(モブ)がいたんだった。まだ幸福(メルヘン)に入るのは早かったらしい。

 

すると腹を微かに立たせた貴族らしき男にレインは自然と、臆することなく答えた。

 

「ま、そうなるな。さっきからよくよく見ていれば、夏の海辺でナンパしてるだけの者共に見えたからな。強く迫るのは流石にどうかと思うぞ? 同意を迫るのは紳士らしくないしな」

 

「なにをペラペラと……。なら君は僕より紳士らしいと?」

 

レインの弁論に腹を更に立たせたらしい男は逆に問い詰めようと迫る。しかし、レインは冷たい目付きでその者を睨むと口にした。

 

「そうだな。確かにお前なんかよりはマシだな。なんなら今からお前に辞書でも探してきてやろうか? “紳士”って言葉を一から引いて確かめるか? 別にそんなことする時間があるなら、別の女の方々を探して誘った方が得だと思うが?」

 

「…なん、だと……? 君はどうやら僕に喧嘩を売っているようだね…。いいよ、それなら買ってやろうじゃないか。君みたいな民草の相手をしてやるんだから光栄に思うといいよ。こうみえて僕は魔導士さ。それもS級魔導士にだって勝ったことがある。君程度のお調子者に負ける訳がないさ」

 

すぐさま構え、殺気立たせる男。それを見て、呆れたと言わんばかりの顔をしてレインは左手にもっていた飲み物を飲み干し、近くのテーブルに置いた。

 

完全に男の視界から消えた私はその光景を見て、軽い同情と哀れな男に呆れていた。どうやら頭に血が昇って気がつかないらしい。

魔力に差が有りすぎる。ハッキリ言って無謀だ。レインの全体の魔力の二割にすら満たない男では勝ち目はない。それにレインは気配に敏感で空間把握力は誰にも負けない。

つまり、勝負を持ち掛けた時点でその者の敗北は決していた。

 

「《立体文字(ソリッドスクリプト)》 “爆発(エクスプロージョン)”」

 

これから起こることを知らないまま、男は放った爆発をレインへと向かわせた。ゆっくりと距離が詰まっていく。勝利を確信する男の笑み。

だが、それは意図も容易く――

 

「――温い。こんなモン、バカナツの炎の方が面白いっての。終わりだ、終わり。飽きる以前の問題だ。とっとと寝てろ、半端者」

 

――スパンと右腕で凪ぎ払っただけで消滅し、その刹那。その男の首筋には手刀が突き付けられ、ドスッという音と共に衝撃が全身を貫いた。

 

「……がっ………」

 

膝から崩れ、床へと倒れる。そんな後ろ姿を彼は哀れみをもった目で見ていた。

 

「………ふぅ。成程な。確かに腕はいいんだろうな。――でも少し怠けたな。どうせさっきみたいに遊び呆けていたのか、それとも調子に乗っていたか、どっちかだな。よっ、と」

 

倒れた男を起こすと、彼は誰かに引き渡すべく動き始めた。誰も気がついていない。ドスッという音はした。けれど、近くにしか聞こえなかったのかもしれない。

この舞踏会には魔法で浮く舞踏場もあり、周囲はざわめいている。だから雑音の一つとして無視されたのだろう。そんなことをふと考えつつ、私は彼の後を追った。

 

 

 

 

 

 

「………全く、どうして変なヤツに毎度関わることになるんだろうな、俺」

 

「……………」

 

場所は外。舞踏会に隣接するベランダだ。7年前の舞踏会ではここにも人がいたらしいが、今年は珍しくいない。静かで夜の涼しさが心地よいくらいだ。

備わっていた椅子に座る彼に視線を送り、その姿を目に焼き付ける。

やっぱり彼だ。変わってない。髪を少し長くしたのか、7年前よりも銀色の占める面積が大きくなっている。けどやっぱり変わってない。

雰囲気は変わったけれど、私には前と同じに見えた。

 

Lange nicht gesehen(久しぶり)、レイン」

 

「ああ、Lange nicht gesehen(久しぶり)、シャナ」

 

また会えた時に使う言葉。二人の小さな約束。別大陸でよく使っていた言語の一つだ。発音はランゲ ニヒトゥ ゲゼーヘンだったと思う。でも通じてるからいいかな。

さっきまでの冷たさのあった声音は消え、前と変わらない親しみやすい声音に戻っている。やっぱりレインはこうでなきゃ。

 

「レインは変わってないね」

 

「そうか? 正直な所、口調も雰囲気もかなり変わってると思ったんだけどな」

 

「ううん、私には変わってないよ。どうなってもレインはレインだから」

 

我ながら恥ずかしいことこの上ない台詞だ。けど、死んでしまいたいと思うぐらいの羞恥ではなくて、照れ隠しのようなものに似ている気がする。

すると、レインも少し恥ずかしそうな顔をすると、一度咳払いをして、また口を開いた。

 

「それにしても、やっぱり7年経っているからシャナも大きくなってるとは思ったけど……」

 

そう言いつつレインはこちらをじっと見る。なんだか恥ずかしい。頬が紅くなったのが見えたのか、レインは少し慌てて視線をずらした。あれ? レインが朴念仁じゃなくなってる? 少しは女心が分かるようになったのかな…。

すると、そんな私の心の声を知らないまま、次の言葉を口にした。

 

「やっぱりシャナも大人っぽくなったというか…。なんか一緒にいた頃よりも()()()()()()()()()()()()?」

 

「…………ふぇ……?」

 

えーっと、さっきなんて……? 可愛くなった? ………それって。

それを考える前に私の頭は羞恥と嬉しさに包まれ、緊急停止した。私がもし機械だったら頭から湯気を立たせて動かなくなっていただろう。

実際機械でなくとも、私の顔は茹でられたエビやタコのように真っ赤になり、口は開いたり閉じたりを繰り返している。

やっぱりレインは何処まで行こうとレインだった。朴念仁も変わってない。一番変わってほしかったかもしれない部分が一番鈍いまま残ってた。

 

「…………」

 

「お、おーい? しゃ、シャナ? だ、大丈夫……か?」

 

慌て気味に彼は訊ねてきた。勿論、私にそんなものを答える余力はない。暴走しかけている思考と理性を止めなければ後々めんどう極まりないことに――

 

「――ば…、ば……、ば………、レインのバカぁ!!!」

 

――なってしまった。

舞踏会だから魔法自体を解除していたのにすぐさま発動。私を中心に焔が立ち昇り、それがレインに殺到する。

突然の襲撃を受けたレインは驚愕し、反射的に《魔法解除(スペル・キャンセル)》を躊躇いなく使用すると、唯一私の魔法を解除できるレインのそれは容易く焔を消した。

 

「あ、危なッ!? さ、流石にここでそれは危険過ぎるからな、シャナ!!」

 

「うるさい、うるさい、うるさ――い!!! 元々レインがあんなこと簡単に口にするのが悪いんだから!!!」

 

「あんなこと? いや、俺はただ単に可愛いから可愛いって言っただけなん……」

 

「ッ!? ぅぅ……うぅ~!! やっぱりレインは燃やすッ!!! 私の焔で丸焼きにするッ!!!」

 

容赦なく両手に焔で錬成した魔剣を握ると、レインに向かって飛びかかる。一方の彼は完全に呆然とし、今度は口をパクパクさせながら――

 

 

「――レインの…バカぁ――!!!」

 

 

――私の禍焔剣をその身に受けた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

それから数分後。漸く落ち着いた私はタキシードの端などが微かに焼けたレインに冷やしたタオルを手渡していた。舞踏会など完全放棄だ。

 

「……うぅ……レイン、ごめん…なさい」

 

「………まあ、少し服が燃えた程度だから気にしてない。こんなことになったのも多分俺のせいだろうし」

 

少し軽い火傷を負った両手の指先をタオルで冷やしつつ、彼は反省した。

私にも悪い所が――いや、ほとんど悪いのは私だが、謝らなければならないのにこう言う時に自分のせいだというレインのことがやはり嫌いになれない。寧ろ好きになってしまう。

悪いのは分かっているのに甘えてしまうのだ、彼の優しさに。悔しい。凄く悔しい。

 

本人は気づいてないだろうけれど、私は見事に彼の手玉なのだ。遊ばれているような感じがしてならない。でも――怒れないし、恨めない。

胸が熱くなって、彼に触れたくて、彼に撫でてほしくて、彼に褒めてほしくて堪らない。

やっぱり私は甘えん坊だ。やっぱり私は彼のことが好きで仕方がない。恋い焦がれるのがこんなに苦しいことだなんて思ってなかった。正直恋愛を舐めていたのかもしれない。

 

でも、実際は凄く苦しくて吐き出したいものだった。想いを伝えてしまいたい。けれど、断られたら嫌だし怖い。だから伝えられない。

これが長い間続くのだ。だから恋愛は難しくてツラいものなのだ。私はそれを初めて知った。

――けれど、凄く嬉しくて楽しくて、こんなに胸が踊る体験はしたことがない。ずっと彼のことを想っていられる、こんな素晴らしい気持ちに感謝が止まらない。

出来ることなら、彼に今ここで全てを捧げたいぐらいなのに。私は貴方のことが本当に好きだと伝えたい。前に伝えたい時よりもずっと強く想ってるんだ、って伝えたい。

 

ふと込み上げた感情が私の理性をドンドン押し流していく。なんだろう、我慢出来ない。どんどん頭が真っ白になっていく。

どうしたらいいのかな……。この感情を何処に押し出せばいいのかな。レインにこのまま全部受け止めて貰えばいいのかな。

 

少しずつ理性が削がれ、それと共に私は彼のそばにもっと近づいた。身体が触れあった。服越しだけど、彼の熱を感じる。

今度はもっと――近づきたい。少しずつ彼にさっきよりも近づいていく。視界に映るものが彼の顔と首回りにまで変わっていく。

レインの顔が赤くなっていた。私が何をしようとしているのか察したのか、それともただ私が近くにいることで暑くなってきたのか。

魔法を解いていないために灼髪と灼眼のまま、私はもっと彼に迫っていく。もう少しだ。

もう少しで、私が彼の初めてを――。

 

その刹那――急に私の身体から力が抜けた。フニャッと崩れ、私の身体は彼に受け止められる。視界が彼の顔から彼の首筋に移動する。

なんで力が抜けたのか分からない。けど、まだ早かったのかもしれない。まだ覚悟が足りないのか、それとも――。

分からないまま、私は動かなけなくなった。やっぱりまだ何か足りないと思ったのかもしれない。彼に全てを捧げる以前に私は彼のことをあんまり知らなかった。

それをすっかり忘れていた。私が見てきたのは彼の表面だけ。だから知り得ていない場所だってあったはず。だから力が自然と抜けたのか。確かにそうかもしれない。

無意識に私は――。

 

その時、私の頭に懐かしい感覚が蘇った。優しく丁寧に、心の底からおちつかせるように。彼は優しく私の頭を撫でた。

 

「……シャナ、この7年間よく頑張ったな。聞いたよ、沢山の人を助けたんだよな」

 

「………うん…」

 

大体3年前ぐらいの奴隷貿易事件のことが脳裏に浮かんだ。それは偶然だった。別の依頼で向かった先でたまたま見かけたのだ。

そして、私と似た髪の色をした少女がいたから――私は自分と重ね合わせ、助けに向かった。

それだけなのに、私は褒められた。真意がどうであれ、彼は人を助けたことを褒めてくれた。

嬉しい、嬉しいよ…。胸が苦しくて、胸が熱くて…我慢出来ない。

 

やっぱり私は彼のことが――レイン・ヴァーミリオンが好き。ずっと側にいたいよ。叶うならば、あんな風に忌み子のように扱われた私でも幸せを掴みたい。

彼と結ばれて、子供だって――願うならば。叶うならば今からでも欲しい。この渇望が達されることを私はずっと望んでいるから。

ううん、渇望なんていい。ただ私は彼と一緒にいたいんだ、って。

 

だから今は――我慢しよう。今はこの気持ちを沈めるために――次に出会った時に想いを絶対に伝えて、答えを訊ねるために。

 

 

 

 

 

 

「遅れたけど、レイン。踊ろ? いっぱい踊って、慰めて?」

 

 

 

 

 

彼のもとから立ち上がり、頬を紅潮させたまま私は彼を誘う。

けれど、彼は擽ったそうに笑って――

 

 

 

 

 

 

「……全く。女の子に誘われたら断れなくなるだろ? あと、誘う側っていうのは男に任せてほしいかな」

 

 

 

 

 

苦笑いを浮かべて、右手をこちらに伸ばして――

 

 

 

 

 

Wuerden Sie mit mir tanzen(俺と一緒に踊ってくれませんか)?」

 

 

 

 

 

 

優しく微笑みながら私に訊ねた。ああ、言うまでもないし、断るまでもない。私の心は常に変わらず、ただ一直線に続いていると言っても過言ではないから。

だから、断らない。だってレインの誘いだもん。好きな人の誘いに乗るのは、恋した者の宿命だと私は想うから――

 

 

 

 

 

 

Ja , freuen(はい、喜んで)

 

 

 

 

 

私にとっての最高の笑顔で答えるんだ。

 

 

 

 

 

 




………あ、やっぱシャナがメインヒロインかもしれないわ。ウェンディさん、ピンチですよ。

このままだとタグが“オリキャラがメインヒロイン”とかになっちゃいそうです。

まあ、それでも構いませんがね(笑) でも、シャナにはレイン同様に悲しき運命が待って

ますからね。え? 文句ですか? ああ、それなら水銀ニートのカール・クラフトにお願い

します。アイツが全ての原因です。私の心の持ちようもヤツが原因ですよ、皆さん。

P.S.
白猫でノアっち出なかった……(涙) けど、学園でミレイユちゃんとヨシュア君が出たから
満足です。欲を言うならば、シャルロットとガレアも欲しいかな。
ん? 学園クエスト? ああ、そんなの有りましたね。とっくに全部コンプしました。
あと昨日追加されたんでしたっけ? ダグラスファイアー。あれもコンプです。
明日は時間無いので早めにTwitterに証拠を提示します。興味あればどうぞ。

FGOでアーチャー(御宮 士郎)出た。……あれ? ☆5は? (´;ω;`)ブワッ


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動き出す運命の日

どうも、最近FGOが楽しい、作者の天狼レインです。

エミヤっちが出てからパーティーが少し強くなりました。あと一回で英基再臨終わり

そうです。無間の歯車があと一つ足りないです(涙) これはロボット共を殺戮の儀式に

付き合わせる必要がありそうです。なのでフレンドさんに力を大いに借りましょう。

他力本願乙? フッ、ならば私にジャンヌオルタを恵み給えよ。さすれば、自力で何とか

するんでな。――ってな訳で私に運気を渡してくれませんか? 勿論返しませんけど(笑)

まあ、そんなことはさておき。今回で小話は終わりです、多分。

次回から大魔闘演武編が本格的に始まると思います。なのでご期待あれ。まあ、忙しくて

中々投稿遅れると思いますが。それでも待ってくださると嬉しいです。

それでは本編どうぞ。

P.S.
なんか知らんが適当にイベントの札?回したら限定概念出たわ、両方とも。
つうか、モナリザ(偽)貯まりすぎて邪魔。今度カルデアの何とかと交換してやろう。




今でも覚えているし、忘れられないあの日。

漸く思い出してきた過去の一端。今では既に世間様は忘れているだろう。

どうも、俺は紅い満月というものを嫌悪しているらしい。その赤みを帯びたそれは今では殆ど見る影を持たないが、強く印象付けられると記憶というものは鮮明に残す。

 

血の生臭さ。地面に散布された内臓。死屍累々の光景。燃え上がる民家。跋扈する悪魔共。

ああ、どれを取っても嫌気が差し、気が狂いそうになる物ばかり。

 

村一番の猛者だった青年は幼き頃から握ってきた得物を手に取り、勇猛果敢に挑む。

だが古来より重視される数のいう武器に押され、最終的にはその暴力に打ち負け、全身を引き裂かれ、原型など見る影なく、ただの肉塊と化した。

 

村一番の淑女、誰にでも優しく平等であった教会のシスターは預かっていた子供達を守り切ろうと信仰していた神を一度だけ裏切り、自らも武器を取り応戦した。

けれど、彼女もまた武器を壊され、逃げ場を無くし、一人ずつ預かっていた子供を殺され、心を完全に壊された挙げ句、死するその瞬間まで絶望し続けた。

 

他も同様だ。皆それぞれ、各自で考え抵抗し命懸けで戦い――死んだ。死に方も人それぞれだ。青年のように引き裂かれ、肉塊と化して死んだ者もいれば、シスターのように絶望しながら死んだ者もいる。

 

そして、もう一人。俺の手のなかで死んだあの少女。気がつくのが遅かったが、あの子もまた――呪われていた。遠い過去からの悲願を背負わされ、どう足掻こうと死する運命しか残されていなかった者の一人だった。

村で唯一の特殊な魔法の適正があった少女に当時の俺は微かながらも驚いた。“この子になら他の皆を幸せにできる力がある”、そう信じられたから。

実施的にあの子の身体から感じられた魔力を細かく言えば、“恩恵”。自らを起点に周囲にも効力を発揮させることができる魔力の体質だった。正に希少中の希少だ。

生まれてこの方、そんな特殊な魔力の体質は見たことが無かった。だからこそ、ワクワクもしたし、この子なら沢山の人が救えると思えた。

 

だから俺は魔法を扱うに当たっての知識や技術を他の子よりも優先して教えた。日に日に上手になっていくあの子を見ているだけで、救えなかった人達よりも多くの人が救えると思って、恥ずかしながら調子に乗っていた。

けれど、それは見事に逆のパターンとして使われてしまった。“恩恵”、それは周囲にも効力を発揮させるもの。故にその力が悪用されれば、危険なものや危ないものですら周囲にも効力を発揮させることができたのだ。

 

だからあの子は悪魔共に眼をつけられ、腹部に“悪魔の邪眼(グリモア・アイ)”を植え付けられた。そこを中心に悪魔を一定距離内に出現させる、そんなものの効力を強めてしまったのだ。

結果村は滅びた。地図からも消えた。当時の光景は写真でしか残っていない。証言などない。だって村人は全員死んだからだ。当然俺だって全ての顛末を知っている訳ではない。

 

帰ってきたら既に()()だった。急いで血眼で探せば、この様。

あの子は――ナナは半身を悪魔にされ、村人はほぼ全滅。死屍累々の光景に唖然とするしか無かった。急いでナナを助ける方法を考えようとしたが、既に手遅れで。

俺は結局あの子が自ら命を絶つ瞬間をただ見ているしか無かった。そして、俺は自我を無くし、全てを滅ぼし去った。気がつけば、何処かの草むらで寝転がっており、普通に俺はマグノリアに帰ってきた。呆れた話だろう? 気がついた時の俺には記憶が無かったんだ。

結局それで俺はノコノコ帰ってきた。どの面を下げて帰っているんだ、と叱咤してやりたいが、残念無念、それは俺自身。叱咤することは出来ず、自虐しようが事実は変わらず、運命はケタケタと俺を嘲笑い、呪いは今でも俺の後ろに付き纏う。

 

だってそうだろう? 原初の根元たる実妹クロナは火に呑まれながらも自らの悲願を転生する魂そのものに植え付け、それは何度も何度も同じことを繰り返してきた。

その時代、場所に俺が居なければ、すぐさま死なせ、近くにいれば、すぐさま近づき、側にいようとする。けれど呪いがすぐに訪れ、転生体は死に至る。

また再び生まれては死に、生まれては死ぬ。それを繰り返した挙げ句、ナナの代にまで至り、笑えないことに今度は――シャナがその転生体だ。

 

間違いない。何かが似ていた。本人は多分気がついていない。俺を好きになることが必然で絶対的なものだったことなど。

自らがすぐに死する運命にあるのだということすら気がついていないのだ。だから思ってしまう。転生体として生まれなければ、ただの女の子として生きていけただろうに、と。

間違いなく俺の中に渦巻く罪科の一つはそれだ。叶わぬ贖罪でもある。

 

女難の相はないと言うのに、呆れるぐらいにそういう運は限りなく無い。もはや呪いだ。

――いや、呪いなのは理解している。生まれて、本質が定まってからずっとこれだ。

恐らく完全な形で死なない限りはずっとこれが付き纏うのだろう。残念極まりないが、俺には恋人一人も出来ない終わりが来るらしい。いや、それが普通というのが鉄板らしい。

 

だって《妖精の尻尾(ギルド)》ですらこれだ。マトモに結婚し、夫婦円満なのはアイザックとビスカぐらいだ。ジュビアは絶賛片思い中だし、ルーシィは未だに恋の経験無し。

カナはもはや酒が恋人。エルザは鈍いことこの上ないし、男勝り過ぎて色々とアウト。

ミラは平等である以上、本人がこれと思わぬ限りはない。レビィは惜しい所まで言っているのだが、本人も奥手だし、ガジルもハッキリ言って馬鹿野郎だ。いい加減気がついてやれよ。

 

そしてウェンディは――

 

「え、す、好きな…人ですか? …えーっと……うぅ……その……分かり…ません……」

 

これである。いや、義理ではあるがお兄ちゃんという立場的に妹に好きな人が出来たのなら応援してやりたい。けど、ちゃんとしたヤツで強くなければ断固として認めん。

ハッキリ言おう。俺を倒してから行け。でなければ、断じて認めん。

我ながら思うが、やっぱりシスコンなのは変わらないらしい。未だにメイビスが幽霊であることを抜きにしてもちゃんとした恋人が出来ないことに残念感が否めないのだ。

ん? ゼレフ? ああ、あれはノーカウントだ。偶然見てしまったが、あれはアウトだ。絶対に許さん。思い出してきて腹が立った。アンクセラムは理解しているが、後々の対応が悪すぎる。あと数回殴らないと気が済まなそうだ。

それと一番認めたくないのはフィーに恋人ができる件である。最近目にするが、フィーが空を見上げてボーッとする時がある。前兆だ、あれは前兆に違いない。

何だか気になる人でもいるのだろう。聞いてみたいが、鬱陶しがられるのは嫌である。この間だってマグノリアの街で買い物をしていたらウザがられる親子を見てしまった。

あれは傷付く。正直俺があれに耐えられる気がしなかった。

フィーに例えば――

 

「パパ、ちょっとウザイ…」

 

――と言われたら。多分その時は俺が呼吸しているか分からない。生きていたとしても黙ったまま、部屋のすみで落ち込んでいるかもしれない。

兎に角、こうなりたくないが故に聞けないのだ。気にはなるが、聞けない。なので本人が話してくれるまでは聞かないつもりだが、とりあえず情報収集だけはしておこうと思っている。

 

――さて。ここまで何度も自らのことを卑下したり、女性陣のばダメっぷりや控えめさを責めたり、妹たちの恋愛無しや愛娘フィーのことに関して考えてきた訳ではあるが、正直言って俺には考えないと行けない問題が多いらしい。

ちょっとしたコネで掴んだ情報に寄れば、評議院が今頃になって“あの事件”を調べているらしい。そろそろ年貢の納め時かもしれないが、そうなる前に隠蔽工作でもする予定だ。

それに加えてまずはギルドの名声を取り戻さないと行けない現状もある。ハッキリ言って想像以上に忙しい。過労死はしたくないものだ。

――と言ってみたが、悪魔である以上、完全に息の根が止まるまでは死ねない。それに事実、病気にはならないし、なれない。試しに夜更かし一週間を7年前にやってみたが、体調を崩す程度で風邪などには全くなりもしなかった。

 

「……………」

 

ふと現実に戻ってみる。さっきまで丁度良い暖かさでそよ風の吹いている昼寝のしやすそうな場所が家の中にあることに気がつき、瞼を閉じていた。

太陽の光に驚きながらも、少しずつ目は日光になれていく。滅竜魔導士だからか、身体の組織が常人の何倍も優れている。特に俺は眼が特化している分、太陽を直接することだって容易だ。けれど、暫く頭がガンガンするので控えている。

 

さて、と。

 

まずは意識を完全にこっちに引っ張ってくるべく、軽く瞳を伏せ、耳をすませた。微かな音も俺の耳には届く。別段、耳は普通の滅竜魔導士と差ほど変わらない。違うのは眼くらいだ。

眼と言えば――

 

「……………そろそろコイツの正体、探るか」

 

両手で自らの眼を覆う。グッと力を入れ、瞬時に魔力を流し込み、能力を解放する。両手を離すと、瞳は変化していた。茶色混じりの瞳でなく、それは神々しくあった。

蒼く輝き瞳には五つの環が大きさ違いにあり、その色は交互に白銀色と青紫色。核たる中央ちには小さすぎる紋章があり、それは何かに巻き付いた蛇のよう。

 

そう、これは彼が“魔導を見る眼”と言っていたものの本質だ。奴隷だった頃に忘却情報(ロストデータ)として研究が破棄され消去されていたものを彼が全てを瞬時に元通りにした結果、手にした力。研究報告によると、これは習得は出来るが発動すれば、人格を全て喰われ、死に絶える程の危険な古代魔法。――いや、魔法というよりは天則。

神々の創造せし範囲。魔法という存在自体の原点に最も近いものだったらしい。

そのせいか、研究は不可能とされていた。けれど、()()()使()()()

何の因果か、呪いのせいか。そんなことはどうでもいい。今気にしている暇はない。だから見通そう。これの真実を、本質を、核たる想いを。

 

「――魅せてくれ、その天則(せかい)を」

 

静かに願う。連れていってくれ、そこに俺の求めた答えが――願いがあるのなら。

このどうしようもない呪われた俺の人生で唯一の救いを、願いを叶える術があるのなら。

忘れたくない、もう二度と。奪われたくない、大切なものを。あの日々だけが回帰すればいいのに、あんな日なんて来なければいいのだ。だから続け、止まることなく回帰せよ。

みんなで笑い合え、騒がしくも幸せで。ツラくともずっとそばにいられる幸福の時よ。

“この幸福で永劫続いてほしい刹那よ、永遠なれ”。それが俺の願う――唯一の祝福だから。

 

 

 

 

 

 

――◆――◇――

 

 

 

 

 

「…………ああ…()()()。母さんとクロナが殺されたあの時、父さん――いや、アンタはそんなことを繰り返してたのか。呆れたよ」

 

全てを見た後、俺は嘲笑うように呟いた。見えたのは作り出した創造主の姿と根源。願いと目指した世界の在り方。

どうやらこんなものを作ったのは身内だったらしい。それも400年も残っていやがった、忌々しくも全ての絶望を打開する策の中枢に立つものだった。

古代から人は竜を拒み、あらゆる天災も拒んだ。故にそれを制する術を願い、探した。結果、それは絶対的なものを造り出したが――制御出来ずに放棄され、忘却の彼方に追いやった。

ああ、そんなもの当然だ、それはそうだ。なにせ足りてないからな、感情が。何者にも負けないと言う自信すらも。

だから会得できない、先に呑まれて死に絶える。ああ、当然だ、笑わせんな、三流風情が。そんな生易しい願いで――渇望でどうにか出来る程柔じゃないことは知っていたはずだろう?

 

シャナの持つ、“忘れ去られた魔法(デリート・マジック)”《灼刃煉獄(フレイムヘイズ)》。あれの根源は古代人の考案した術式と俺の父親が母親に抱いた愛の塊だった。

夫婦愛なんて言い方すれば、羨ましがられるようなものだ。新婚の夫婦みたく、それはそれは幸せだろう。絶頂期と言うべき素晴らしい時間だ。だが、父親の愛は少し違っていた。

何せ父親が愛していた妻は――俺の母親は父親の実妹だった。さっきそれが理解できた、知り得てしまった。つまり俺とクロナは()()()()だった。

二人揃って白髪を自らの魔力の膨大さで銀髪へと変色させていただけに過ぎなかったのだ。呆れた話だ。今の世では論外なくらいにとんでもないことだった。

まあ、確かにそうだ。俺とクロナが忌み子だの呪われているだの――()()()()()()かよ。

それで俺とクロナが生まれて、互いに同じ環境で互いを慰め合い、そばにいたから愛してしまった…と? ふざけるなよ、クソッタレが。

つまり俺は生まれた頃から弄ばれていたのか? 生まれる前からこんな運命が確定していた…と? 一体父親は――アンタは人生をなんだと思っていたんだ?

狂気の沙汰で愛した実妹の愛であの魔法を完全に完成させた? ならあのシャナが発する何者にも負けない綺麗な焔は――外道の愛から生まれた焔だったのか?

 

なら――俺のこの力は? 俺以外には馴染まず、使うことすら出来なくて、それでいてあらゆる絶望にすら打ち勝つ程の力のある魔法ばかりが眠るこれは――外道の総てだったのか?

 

……あぁ…成程な。やってくれやがった。アイツはずっと他人の人生を蹂躙していたんだ。本人が気付こうが気付きまいが、アイツは他人を巻き込み続けていたんだ。

俺が愛してしまったクロナの願いがこうやって受け継がれ、今ではシャナにまで昇り、呪われた俺はそれを知らないまま多くの人と関わった。そして関わられた人々は死に至る。そうやってずっと死んでしまっていた。

あの日だって。あの日だって。あの日だって。あの日だって。あの日だって。

メイビスもその被害者だったのだ。俺と関わったせいであんな風になって。

だから次は――ウェンディ達だ。また暫くしないうちに紅い満月はやってくる。それも笑えないことに7月7日の日。ドラゴン達が一斉に姿を消したとされる日。

俺にとってはその昨年に全てをまた奪われた日。紅い満月が人間を嘲笑いながらやってくる。

 

「ふざけるな……」

 

俺に言えるのは唯一これを除いて存在しない。俺だって凶災振り撒く権化だ。俺が関わるから皆が死ぬ。すでに関わってしまった彼らは絶望しながら死する未来しか残っていない。

ああ、成程。これが絶望か。正しく俺がその王――絶望王ってか? 

 

 

 

――ふざけるな、塵芥風情が。

 

 

 

 

 

最早口癖でも良い気がするよ、その言葉。ふざけるな、ああ、単純かつ素晴らしい言葉だ。正直馴れてしまったせいで分からなくなりそうだ、気が狂いそうだ、本当に。

知らなくて良いことを知ったからこうなった? ハッ、違うね。知らないといけなかったからこと知ったけれど、報われないことが確定していたと言うべきだ。

つまりあれだ。爆発することが確定している魔導爆弾を発動させて、それを好きな所に置き去って誰かを絶望させるのと何ら変わらない。

もう壊れてしまいたいぐらいに参ったよ。体内の悪魔? ああ、そんなヤツいたな。今なら渡しても構わないかもしれな――

 

 

 

 

 

 

ガブッ!!!

 

 

 

 

 

――卑屈になり心が折れる直前で、俺は意識を完全に覚醒させた。何かが俺の手を噛んでいる。それだけは分かった。だって左手がジンジンと痛むから。血でも出ているのではないか。

だから視線を少しずらして噛んだのが誰かを見る。あー、成程な。

やっぱそうか――フィー。君だったか。

 

「………お腹すいた」

 

俺の左手を噛んでいたのは愛娘。フィーリ・ムーン、愛称フィー。どうやらお腹が減ったらしい。何とも言えぬタイミングできたものだ。お陰で鬱にならずに済んだと言えよう。

しかし、事実フィーも俺に関わった身。どうせまた絶望しながら――

 

「――えい…!!」

 

ピシッとデコピンが炸裂する。不意を突かれ、珍しく後ろに倒れる俺に馬乗りになり、フィーはジーっとこちらを見つめていた。

何だか不機嫌そうにムスッとしている。何か怒らせるようなことをしただろうか?

すると、フィーは何かを言おうか少しか悩んだ後、口にした。

 

「パパ、一週間悩むの禁止」

 

「……は?」

 

唖然。最早言葉が出ない。いや、まあ、こう言うときにダメ押しやら文句なら分かる。けれど、何故に命令? しかも禁止型? 悩むの禁止って作戦の一つも練れないだろ。

なのにフィーは有無を言わせない剣幕を漂わせている。口を開け、喋ろうとすると両手で無理矢理口を塞ごうとする。あ、あれか? 娘に殺されそうなのか、俺? それとも悪戯か? いやいや、悪戯じゃねぇよ、これ。確実に怪しすぎる。フィーが何か変なものを喰って、少し可笑しくなったんじゃないか? 悩もうとするとまたもやデコピンの洗礼。何これ酷い。

それから数分間それが続いたために俺は大人しく黙っていることにした。すると、漸くフィーが口を開いた。

 

「忘れてるから今使う。約束したよね、パパ? “帰ってきたら言うこと一つ聞く”って約束」

 

「………へ? え、は? 今頃かッ!!?」

 

小さくコクコクと頷く少女を前に俺は口をポカンと開けたまま黙り混んだ。予想外にも程があるだろう。いや、あれから一週間が既に経過したはずなのだが。

 

「……むぅ…忘れてた」

 

「………」

 

あ、あれ…? フィーって少しドジっ子だったっけ? そんなイメージはないはずなのだが……。ああ、成程、あれか、あれなのか。ギルダーツが一見カッコいいけど、最近はカナにデレデレと同じヤツか。つまり、イメージなどは仮初めであって本質は違う…と?

いや、それは逆に怖い。ドジっ子にも種類があるが、包丁で指を切るようなドジっ子にはなって欲しくない。見てるこっちが怖い、背筋に冷たいものが走るから。

 

そんなことが頭の片隅――いや、大半で掠めていく中。フィーは微かな羞恥を追い出すと、自然な口調で言葉を紡ぐ。

 

「パパは無理し過ぎ。私にだってそれが分かるもん」

 

「分かる…ってあのなぁ……、流石にこれがどういうものかフィーが分かってる訳――」

 

「――あるよ。私は普通の人と違うから。それがどれだけ危険かも、私にはちゃんと見えてるから」

 

スパッと俺の言葉を切り捨て、理解していると言わんばかりに叩き込んでくる。何だかウェンディとやってくることが似ている気がする。前にもこんな感じで迫られたりしたような……。

 

「……なら、フィーは俺が()()で、()()()()()て、()()()()()いるか。それが理解できるのか? 俺はフィーの危険視するものと同種な危険物だぞ。だからこそ、今のうちに俺と距離を取ろうとは思わないのか? 俺の命があと一年も持たないのは分かっているんじゃないのか?」

 

この際だ。ハッキリ問おう。いくら愛娘と言えど、洒落にならない冗談を吐かないように躾なければならん。故に答えよ、真なるものなれば、許そう。

だが、それがもし、その程度のものならば――ただの薄っぺらい同情など心底下らんし、邪魔な荷物に過ぎない。故にその時こそ俺は本気で怒らなければならない。甘えさせ過ぎるのはその子のためにならないから。

 

「…私…は……」

 

突然俺が声を大きくし、叱るような口調で言ったせいか、フィーが声を震わせながら必死に自らの答えを紡ごうとする。何故涙がそこにある? 俺には分からない。でも、彼女にも――フィーリ・ムーンには絶対に否定したくないものがあったのだろう。だけど、俺にはそれが分からない。近くにあるかもしれないのに、俺には理解できない。もう……時間がないから。

 

――だから教えてくれ。

 

その言葉が聞こえたのか、感じたのか。フィーは息を吸い込んで、一気に言葉を放った。

 

「今のパパ、すごくカッコ悪い」

 

「……………は?」

 

府抜けた声が口から漏れた。ストレートに飛び込んできた言葉に唖然としたのか、それともくやしいのか。それは考えるまでもないが、今の状況で言えば唖然とした方に軍配が上がる。

それはさておき。今フィーはなんて言った? カッコ悪い? いや、そもそも格好をつけれるような人間じゃないし、そもそも人間ですらない。

そう言い訳……もとい語りかけようと口を開け――

 

「いつもパパは頑張ってる。それは私もちゃんと知ってるよ。だけど、今のパパはカッコ悪い。()()()()()()()()()()()と変わってない」

 

「……聞いてたのか、フィー」

 

首を少しだけ下に動かし首肯する。あの時はスヤスヤと寝息を立てていたはずなのだが、やはり狼とのハーフのお陰で周囲の音を聞き取っていたのかもしれない。

 

「パパは強いよ、私の自慢のパパだもん。でもパパはいつも独り。強くてもそれじゃダメ。せめて私にも背負わせて」

 

迷いの欠片一つない瞳でこちらをみる姿に俺は少々驚いていた。いつ散らしたのか、涙は何処にもなくただ真っ直ぐな瞳だけが注がれている。

本当なら父親らしくここは“うん”とでも頷いてやればいいのだろうが――俺はそれを“うん”と答えるつもりは一切合切存在しない。誰かに背負える程度なら既に背負ってもらっているさ。誰にも背負えやしないし、背負わせない。いくら娘だろうとふざけたことを言うんじゃねぇ。

荒れ狂う業火にその身を焼かれ奪われ砕け散る。そんな者共の怨嗟に耐えられるか? 俺でも時々狂いそうになる地獄絵図級の代物を。

故に俺の答えは単純明快、ただただ“ふざけるな”。それだけであり、それ一つで答えは十分だ。だからこそ――

 

「――フィー、いつからそんなに考えが浅くなった? 7年間で実力も知能も上がったのに考えが浅くなったか?」

 

「――っ!!! ……流石にパパでも許さない」

 

殺気を瞬時に漏らさせ、身構えるフィー。すぐにでも“渇望の具現化”すら可能な領域にあるあの子に俺はただ静かな怒りを放出させる。

 

「この際だ、ハッキリ言っておく。――ふざけてるのか、フィー? 高々数十人、数百人殺した程度の罪で俺の罪、業、呪いが背負えるとでも? 笑わせんな。そんなに背負いたければ、あと千人程度殺してこい。それなら背負えるさ、その前に怨嗟に呑まれるだろうけどな」

 

覇気と怒気。両方を同時に空間を包むように放出させていく俺にフィーは後退りを少しのみ行う。ああ、怖いかもしれないな。俺には残念ながら自分がどういう顔しているかがサッパリだ。相当怖い顔でもしてるのだろうな。

なら分かるだろう? 怖い顔をする以上は危険だ、怒らせるな、そう伝えている訳だ。だから引き下がれ、忘れろ、そんな愚かな気持ちは捨て去れ。

 

なのに、なのに――

 

「――…じゃ、パパはそんなに人を殺してどう思ったの?」

 

鋭く凛と響くような声が放たれ、フィーの殺気が更に濃くなる。それ所か、急激に魔力も上昇を始めていた。突き刺すような視線に、相対する者の心を挫くような殺気。

けれど、俺はそんな程度には馴れている。殺気のぶつけ合い? 互いに一歩も譲らない? 笑わせる――そんなものは弱者の戯言それ即ち言い訳に過ぎぬ。

真の強者なれば、一瞬の隙でどんな敵だろうと殺して見せる。俺だってそういう経験があって、今こうやって屍の山を乗り越えてきた。積み上げたのは経験と実力、屍の三つ。投げ捨ててきたのは信頼と幸福。そうやって俺は選択肢の度に最善を選んだはずなのに。

毎度毎度呪われた俺自身が疫災を呼び寄せる。最善の選択肢が最悪の選択肢へと変わる刹那、あれがどんなにツラく苦しく絶望的か。考えただけで気が狂いそうだ。

だからこそ、フィー。君には知ってほしくないのに。これ以上穢れずに人生を祝福と共に終わらせてほしいのに。だから答えよう、俺の絶望(こたえ)を。

 

「ああ、そうだな。確かに一人目二人目三人目。殺すだけ怖くなって逃げたくなる。でもな、フィー。百や二百――いや、五百を越える辺りで人っていうのは馴れる。もう正直人を殺すの何のには馴れた。正直殺さないってのはただの偽善にしか聞こえないぐらいにな」

 

「………そっ……か…………。馴れ…ちゃうんだ………」

 

俯き、哀れむような眼でこちらを見るフィー。もういい、気にするな。俺なんか全うな人間ですらない。元よりフィーを拾ったのだってメイビスだ。

いくら幽霊だろうと、思念体だろうと。心は人間のままだからこそ、あの苦しみを感じられ、後悔から未来を描けるまでになったのだ。

 

だが、俺は違う。俺の時間は止まったままだ。あの死が全身に廻る刹那。そんな一瞬に俺は止まったままだ。だから事実俺は人間じゃない。悪魔ですらない。悪魔だって肉体の綻びから来る崩壊には逃れられない。だけど、俺は悪魔と同じように肉体が朽ちようとも人間に戻れないし、悪魔とも違う何かである。もはや生きた屍同然だ。

 

だからこそ――いや、だからだろうか。

 

何か別のものが見えるのかもしれない。人間では見えなくて、悪魔でも見えない何か。それを知ることが出来て、伝えることが出来るのは――。

そう思うと、不思議と怒りも殺気も収まった。訳が分からない、それが俺の胸のなかで渦巻くものだ。けれど、訳が分からないからこそ――何故か落ち着いたのかもしれない。

 

すると、何だろう。不思議と考えてしまうのだ。思ってしまうのだ。愛しく思ってしまうのだ。悪魔なのに? いや、悪魔ですらない生きた屍同然なのに?

いや、それは違うかもしれない。人間だから? まだ俺が人間であるから? それこそが俺の至るべき答えなのか。分からんな、ああ、分からんよ。だから――面白い。

 

 

 

ゆっくりと。一度瞳を伏せ、感情全てを落ち着かせて――小さな覚悟(フィー)を見た。

 

成程、確かに強くなった。その歳でそんなものも出来る魔導士など余程の境遇に在らねば、出来るまい。事実、フィーはこの7年間ずっと修羅場の如き戦場(ばしょ)にいた。

それ故の結果、覚悟、実力なのだろう。

なら、俺がすべきことはなんだ? 親子喧嘩か? このまま互いに譲らず口論か?

 

 

いや、こういう時こそ――

 

「……………フッ…」

 

「………ふぇ?」

 

「フッ、ハハハハハハハッ!!!」

 

――笑ってしまうのも悪くない。

 

このまま険悪な雰囲気で済ませるのもいいが、やはり親子なのだ。だからこそ、平穏こそが望ましい。食事中に話の一つも出来ない程仲が良くないのは流石にメイビスが怒る。

仲が良くて、それでいて大切にしあって、それでこそ仲間、家族というものでしょう。

そう彼女なら怒りそうだ。だってそれは空っぽ同然の俺が唯一数十年の時を経ても幸福であり続けることができた数少ない成功例であり、自慢の誇れる大事な実妹なんだから。

 

「あー、もうめんどくさいな。分かった分かった、悩むの一週間止める止める」

 

「……………」

 

一気に興が冷めたのか、それとも唖然としているのか。殺気と魔力が同時に霧散していくフィー。そんな娘の頭に手を置き、少しばかり乱雑に撫でる。

クシャクシャと撫でると、そこにあったのはプクッーと頬を膨らませ、顔を手で直す姿。さっきまでの言い合いが嘘のように、元からなかったかのように消え去っていく。

 

「それでいいだろ? フィー」

 

「………むぅ…………」

 

「ま、それぐらいで良いんじゃないのか? そういう撫でてほしい所は今後好きな人にでも撫でて貰えばいいだろうしな」

 

その言葉が響き、それから数秒が経った頃、みるみるうちにフィーの顔が真っ赤になっていった。心なしか震えている。下唇を噛んで何かを我慢しているかのように。

 

「ん? ()()か?」

 

「…………うん……。……好きって訳じゃ…ないよ…? ……ちょっと…気になる…ぐらい……。…無茶…するし………ご飯時々食べないし………」

 

「んで、ソイツにご飯食べさせているうちに気にしてしまうぐらいになった…と?」

 

「……………うん…」

 

小さくコクりと頷き、頭から湯気をあげるフィー。答えたせいで余計に恥ずかしいのか、両手で顔を隠してしまう。うん、なんだろう、愛娘ながら恐ろしい。

多分大概の男はこれでドキドキするか、即刻求婚やら付き合ってぐらいは申し立てるだろう。ソイツらは問答無用で成敗だが。

まあ、フィーが気になる、または好きだというのなら親として尊重しよう。それこそが親としての義務であり責務とも言えよう。故に耐える。けれど、ソイツが見会わないのであれば即刻襲来、奇襲を仕掛けて討ち取るべし。

別に合いそうになければ潰してしまっても構わんのだろう? もしその相手とやらがカジノなどの博打好きなら即刻首根っこをむんずと掴まえ、即刻斬首してくれる。

 

――と思ったが、そんなヤツにフィーがこんな状態になる訳がなく、どちらかと言うより命の恩人だったり幼馴染みだったり、または一目惚れぐらいだろう。

明らかに最後のヤツは無いな。フィーはどちらかと言うと、恩義を感じやすい方であり、一目惚れなんて軽いものには興味一つ持たない。

元から一目惚れ系ならば、顔だけで中身残念なロキとかグレイもイケる口だろうし。まあ、そうなればヤツらには鬼畜と言われようが性格そのものを変えてやるまで。

人格も変わって優男や家庭思いに進化すれば、万々歳である。まあ、興味もなければ、そんなロキとグレイは気持ち悪くて我慢できないだろうが。

 

さて、と。そんなフィーの頭に優しく手を置き、軽く撫でてやる。パァっと明るく羞恥が薄れるフィーを見て、父親として嬉しく思いながら笑いかけてやる。

 

――やはりフィーはパパっこだ。残念ながらメイビスはあれでも多忙………のはず。向こうで頼んでいる仕事があるだろうし、今度フィーを連れていってやろうか。

まあ、そんなことしなくてもやって来そうではあるが。まあ、兎に角。俺も流石に頑固じゃダメらしい。早めに自分を見つめ直すとしよう。

 

 

 

 

 

だけど、今はただ――この幸福に身を委ねていたいな、そう嘘偽りなく答えられる。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

同時刻、魔法評議院敷地内、特殊管理資料室。

 

本来ならばグラン・ドマのような超がつくほどの階級にいなれけばならない程に入ることが厳しく、それでいて監視の目が1、2を争う程のその場所は陰湿な空気を漂わせていた。

鼻につくのは古い魔導書や書類の類いが放つ古臭さ。ラクリマなどで湿度はかなり低いが、それでも独特の空気を持ち、外界と切り離されたような感覚に陥る。

そんな場所で、二人の男が何かを探していた。

 

「おい、ラハール。本当にそんなものがあるのか?」

 

「ああ。確かに議長が私に調べるようにご命令された。恐らくは今のうちにあやふやな事件を解決させておきたいのだろう」

 

「そんなこと言ってもなぁ。流石にもう14年前だぞ? それも地図にすら残ってない村の事件だろ? 生存者が一人もいないんじゃ、どうしようもねぇだろ」

 

呆れ半分の気持ちで溜め息をつくドランバルト。一方のラハールは黙々と探し続けている。本来ならば二人はこんな厳重区域には入ることができない。

けれど、今回は別だ。それもそうだ、一番の権力者であるグラン・ドマ議長の命令だ。逆に弾くやら無視するなどすればそれこそクビ。解雇通知や謹慎間違いなしであろう。

当然その手伝いをすることとなったドランバルトもまた途中で作業放棄などすれば、即刻謹慎間違いなしであり、故に呆れながらもやるしかなかったのだ。

 

「全く……。頼むから今探してるヤツが呪いの類いじゃありませんように…っと」

 

微かに祈りながら、また一冊魔導書を手に取る。ズシリと重い。中身を確認してみれば、古代の国々の言葉だろうと思われるものばかりでサッパリだ。

絵柄で何となく一部は把握できるが、流石にそれで全貌は分かる訳がない。それを確認すると、もう一度元あった場所へと魔導書を戻す。ただこれの繰り返し。

 

 

 

それから数時間後。日がそろそろ沈んでしまうのではないかと思うぐらいの刻にて。魔導書を戻していた最中のラハールが怪しげな魔導書を見つけた。

 

「ラハール、それなんだ?」

 

「分からない…。兎に角、中身を確認してみよう。何か分かるかもしれない」

 

そう言うとラハールは魔導書の題名を読むべく、表紙を軽く叩いた。埃やらがブワッと立ち上ったが、すぐに霧散し、消えていく。

それを繰り返しているうちに、埃まみれだった魔導書の表紙が姿を表した。

そこにあった題名は――

 

 

 

「“魔導士の一部が持つ渇望による具現化現象について”………一体なんのことだ?」

 

「か、渇望? 渇望って確か……絶対に叶えたいとかそういうヤツじゃなかったか?」

 

「ああ。……それが具現化? つまり渇望自体が形になるということか?」

 

謎の魔導書――というよりは研究書に驚きを隠せない二人。興味が出てしまったのか、二人はその本を読み進めていく。

そこにあったのは“ある特殊な魔法”について。“渇望が引き起こす特殊現象について”。渇望には自らの信念を貫き通そうという“覇道”と道を求め進もうとする“求道”があるということなどが書かれていた。

そのなかでも目を引いたのが、最後の内容だ。この魔導書に書かれた通りの結果ならば、確実に“求道”の渇望は数が少ないが、ある一定条件が満たされなけば大体の危機にも対応できるという情報である。

もし数少ない渇望を具現化できる魔導士がいたとして、さらに数少ない“求道”の者が実際の現場では強いということになるからだ。

 

「………それにしてもだ。こんなもの、どうやって議長は――」

 

「――いや、それよりもだ、ラハール。この魔導書、誰が書いたか、残ってないのか?」

 

「…ああ、探してみる」

 

すぐさま本を見返し探していく二人。いくら何処を確認しようとそれらしい名前は見つからない。何度も、何度も見返すがやはり当たらない。

 

「…やっぱ腐ってたりして消えてるんだろうな…」

 

「そうかもしれないな…。事情を伝えれば復元の方にも力を入れられると思うが………」

 

そう決めつけ、本を閉じようとした時――

 

「――ラハール、ちょっと待ってくれ」

 

ドランバルトは何かが目に入り、彼を制止した。疑問に思うラハールだったが、親友であり共に戦ってきたドランバルトが嘘や偽りを申すことはないため、それを信じて本を彼に引き渡した。それから数分後、漸く気になったことが無くなったのか、ドランバルトは本をラハールに返す。

 

「もういいのか?」

 

「ああ。てっきり本の何処かに細工でもしてあるかと思ったんだがな」

 

「細工………か。兎に角、これは復元の方にも回してみるか」

 

「ああ、そうしよう。さっさとここでないと空気悪くてたまらねぇし」

 

「ハハ、そうだな。引き上げるとしよう」

 

 

 

 

 

 

その後、復元の方に向かう二人は互いに軽口を叩きながら部屋を出ていき、歩いていった。すぐさま警備が厳重となり、何者も許さぬ態勢となる特殊管理資料室。

それを背に歩いていくドランバルトとラハールは暫くしたある日に、とある人物の名と事件の真相の一面を知ることとなるのだった。

 

 

 

 

 

 




作者の期待している今季春アニメ。

・文豪ストレイドックス(ガチ) ・くまみこ(主に笑い用) ・双星の陰陽師(準ガチ)

・マクロスΔ(親が見るからついで) 

作者の視聴したいけど時間がなくて見れないアニメ

・Fate/Zero(もう一度見たい) ・Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 2期、3期

・ソードアート・オンライン 2期 MR編 ・FAIRY TAIL OVA 4話(修行の話)




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修行への布石

どうも、どうも。寝不足気味、作者の天狼レインです。

英語分からん。なのでサボろう。故に小説書こう。結果の投稿のテンプレです。

気になさらず。さて、今回は適当に繋ぎです。流してもらっても構いませんので。

それでは本編どうぞ。

P.S.
白猫で昨日追加されたばっかりなのに新タイプキャラ“エイジ”が単発で当たった。
あ、これ、今年の運使いきったわ………(涙)



ふと、俺は無意識のままに天井を見上げた。

ここ数日はいつも目にするボロボロの天井。どうみても廃墟よりマシと言う度合いだ。これが更に悪化、もしくは風化されたらあっという間に崩落するだろう。

けれど、不思議と天井は耐える。どんなにツラくとも、どんなに苦しくとも。

やはりこの世にある、あらゆる万象、理、総じて森羅万象と言うべき代物はどれもこれも“命”を持ち、それが続く限りはあらゆる困難に耐えねばならない。

人間だってそうだ。朝起きてご飯食べようとしたら貯蓄が無くて、それで腹ペコのまま過ごすやら何やらをする。そんな感じだ。突然仕事を辞めさせられたり、命にかかる事故に遭ったり。本当に碌でもないことだ。だから人間も何もかも、生き物全てはそれに慣れようとする。言わば、環境対応力のようなものだ。砂漠で過ごしていたら自然とその暮らしが気に入るのも、苦でもなくなるのもそれだろう。つまり、己が日常と化す訳だ。

となれば、今の俺の現在状況もそうである。時間が経つごとに慣れ、離れがたくなる。そんな日常で俺という存在を構築するピースの一つ。

 

けれど、日常には慣れることもあれば、慣れないこともある。

ちなみに俺の場合、この日常は馴れることがない。理由は単純明快。

いくら馴れてもアイツらは見事にその馴れを粉々にしてくる。いつもいつもそんなことの繰り返しだ。飽きることが嫌いだと語るヤツもここにくれば、少しは楽しめると思う。

俺もここにいる年数は結構長い方だ。それなのに馴れない。いや、馴れていたのに前述の如く砕かれたと言うべきだ。

まだ創成期の頃の方が馴れていたと思える。恐らく日常に飽きることが出来ないのは今の世代だろう。名を挙げればキリがないが、兎に角、ナツ、グレイ、エルザ。この三人は一度火がつくと周りなどお構い無く大暴れする。特にナツだ。

そう思うと、アイツが一番このギルドを変えたと言うべきか。まあ、確かにそうかもしれない。アイツは何処からでも喧嘩や厄介事、イベントや祭りをドンドン持ってくるヤツだ。

一種の商売人と言うことも言えなくはない。ただ極々一般的な商売人とは全く違うヤツだが。だってそうだろう? 極々一般的な商売人が“火の玉”になる訳もないし、大暴れすることも無かろう。故に特定するとすれば、“厄介事製造機(トラブルメイカー)”と言うべきだと俺は思う。まあ、事実そう思われているらしい。

結論を言えば、ここは飽きることがない。ただそれだけだ。それでも、楽しい。

だから俺はアイツらを――

 

 

 

――さて。

 

「日記に纏めるのはこれぐらいでいいか。昨日のぐらいは先に書けば良かったな。まさか、俺のいる場所を特定させるとは………」

 

第二ギルドと言うべき、このオンボロな酒場にある席の一角で、俺は机に置いた一冊の本を片手に取る。ズッシリとはしていないが、それでも本らしい分厚さ。

中を開けば、そこには文字がビッシリと。しかし、書かれた文章には纏まりもあり、それでいて違和感もない。自分でそう評価するのは気が引けるが、そういう感想を送られてきたのは仕方がないことだ。一体誰だ、俺なんかにファンレターを送ってきたヤツは。

などと愚痴ってみたが、また仕方がないことであることは分かっていた。それを一応覚悟した上で()()()()()を書いたのだから。

 

 

ハッキリ言っておいた方が良いだろうから言っておこう。俺はこう見えても5年――いや、12年程前から気紛れで小説を書いている。その上、何故か出版されてしまったのだ。

ただ単に寄稿してみただけなのだが、それが人気のこと。だからやるしかなかった。不定期ながらも俺はそうやって書くことになった。だが、一応こういうのは契約関係のものだ。

なので出版側は俺の送った小説をただ本にするだけだった。訂正部分は自分で判断して直している。向こうからは不干渉と定めたからだ。

そんな契約は極々一般的なら出鱈目だの何だのですぐに契約が切れるはずなのだが、どうやら先方は逃がす気がないご様子で、結局仕方なく書いてきた訳だ。

だが、流石に7年も放棄してたことになる訳だ。そのため誰なのかと調べられてしまった。その結果先日向こうが家まで訊ねてきてしまったのだ。

と、なると7年間の停滞分を取り返さないといけないことになり、そういう訳で今に至る。

そのせいで日々の日記が書けなかった。一応これでも長いこと生きている身だ。

だから忘れたくない。その結果俺は日記をつけることにした。それが今まで続けられている。ちなみにあの封印されていた7年間も同様に日記をつけている。

 

「………ふぅ…」

 

一度ペンを机に置く。両手を天井に向けて、背伸びする。身体から鈍いボキボキという音が聞こえた。どうやら身体に負担がかかっていたらしい。気がつけば、朝っぱらから来ているというのに3時間近く時間が経っていた。

さて、そろそろ身体を動かしたくなる時間だ。今から何をしようか。

そう思い、席を立とうとした所で――

 

「パパ~♪ マスターから昇格了承して貰えたよ~」

 

――嬉しそうに駆け寄ってくる銀髪の獣少女が見えた。

 

「ん? ああ、成程。フィー、S級昇格おめでとう」

 

「うん♪ ありがと、パパ」

 

トテトテと側までやってきた獣少女の頭に手を置き、優しく撫でる。ふと頭頂部から飛び出ているような感じで出現している尖った狼耳を見る。

あまり意識しなかったが、7年前よりもこっちも大きくなっている。まあ、人間半分であっても生き物である以上は成長する。

しかし、思うのだ、時より。愛娘フィーは人間と狼のハーフだ。本来狼の寿命は大体15まで行けばかなりのものだとされている。故にフィーがいくつまで生きることが出来るのか、そう思ってしまうのだ、特にここ最近は。

もし50歳ぐらいで尽きてしまう命なら可愛そうに感じてしまうのだ。人生長くも険しい。だから、だからこそである。

少しでも長く生きていてほしいのが、親としてでも思うことなのだ。

なのだが――

 

「えへへ~」

 

――こんなに嬉しそうにし、それでいて自分に負担やら何やらがかかっていない今の状況から見るとそういうのは見受けられないのだ。

それで安心とは言えないが、それでも娘は元気でいられる。そう思わざるをえなくて、だから嬉しくもある。

 

まあ、それならば、それならばだ。俺が浮かない顔をして心配させるのは無礼であり、親として恥ずべきことなのだろう。故に――

 

「よし、丁度良いし、昇格おめでとうパーティーでも開くか!!」

 

「うんっ…♪」

 

狼耳や尻尾を動かしながら嬉しそうに微笑むフィー。愛娘ながら末恐ろしいものだ。未だに齢12歳ぐらいでこの実力を保持し、それでいて自らの歩むべき道を理解し、真っ直ぐ進もうとしている。悪魔と化す前の俺でもここまでは強くも無かったし、それでいて道など一つだけ。ただただ唯一無二の妹を――メイビスの元に帰るがため。ただそれだけの道しか無かった俺とは違っていた。

多分二十歳になる前には恐らく俺を越えているかもしれない。魔力だって、このギルドではすでにエルザを越えかけている。後は経験をしっかり積んで、足元を確保すれば大丈夫だ。

と、なれば、やはり修行というのも必要不可欠。経験を積むには実戦も必要ながら、試合という形で積むのが一番安全且つ効率が良い。

そう考えると、やはり修行は必要となるし、いつやるかも大切だ。出来れば、他のヤツらも連れていって序でに修行させておきたい。

 

などと思っていると、最弱ギルド兼オンボロ酒場の付近で何か騒がしい。どうせナツが誰かに喧嘩を売ったのだろうが、そうなるとやはりアイツは暇だということになる。

恐らくナツが暇ならルーシィやハッピーも暇だ。そうなると、当然ウェンディやシャルルも暇だろうし、今のところ仕事が少なすぎる状態でグレイやエルザがいない訳がない。

と、なるとやはり最強チーム?はギルドにいることになる。丁度良いことこの上ない。上手いこと言いくるめてウェンディとエクシード以外はフィーの修行の餌……ゲフンゲフン。

………兎に角動く的にでもなってもらおう。そこで嬉しそうにしながら、まだ書きかけの小説の原稿を読もうとしているフィーも最近動く的がないと言っていたようだし。

 

「さて。そろそろ皆のところ行くか、フィー」

 

「うん。ところでパパ」

 

「ん? どうした?」

 

「この小説に出てくるヒロインの子、何だかシャナに似てるね」

 

「そうか? ま、一番書きやすかった感じだったしな。結構見知った身だし、意外とシャナって初心(ウブ)なんだよ、特に恋愛面」

 

「ふ~ん…? パパって罪作りだね」

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

「おーおー、どうやら戯れは終わったのか~?」

 

わざとからかいながら俺はフィーを連れて、先程戦闘をしていたらしい庭に出た。

うわー、これは()でぇ。砂埃が微かに舞っているし、よくよく見れば近くの森林が薙ぎ倒されているし。その上焦げ臭いときた。犯人はナツだ、言い訳なんぞ一切聞かんぞ。

どうせ馬鹿デカイ咆哮でもかましたのだろう。これまたよく見れば、マックスの髪が微かに焦げている。御愁傷様だ、マックス。それとよく生きてたな、流石は居残り組。

 

「あ、お兄ちゃん。執筆の方は終わったの?」

 

「ん? あー、あれな。いや、まだ、途中。こっちに来たのは休憩がてらと面白い話を持ってきてやったという所だ」

 

「あ? レインが面白い話? ぜってぇ、嫌な予感しかしねぇんだが」

 

「よしグレイ、そこに直れ。今なら楽に殺してやろう。首をスパッと一刀両断だ。料金は一回5万J」

 

「誰が直るか、やらねぇよッ!?!? しかも(たけ)ぇよ!!!」

 

よしグレイとの戯れは終了。これでヤツと遊ぶ日課は終わりだ。やはり毎日毎日からかっていると飽きてしまうな。ナツは単純かつ馬鹿だし、ルーシィはツッコミしかしないし、グレイは大体同じ反応だし、エルザは逆に迎え撃とうとするし。

やはりからかうとすれば――

 

「――ウェンディ、肩に虫」

 

「わひゃあああああ!?!?」

 

すぐさま飛び去り、肩に何もないのに追い出そうとしたり、手で払う義理の妹。うん、可愛い。なんか純粋で女の子らしくて、ギルドで一番普通な分類だ。

愛娘フィーでも時々女の子らしかぬ発言や行動を口にする。例えば、マカオやワカバが変なオッサントークをしている時、この獣少女は瞬時にハサミを彼らに見せる。

すると、彼らは黙り混み、急にギルドの端に逃げるのだ。恐らく男としての本能が瞬時に逃げることを選択させたのだ。

あとは女の子らしいアクセサリーなどの話をしている最中で、フィーは時折自分の手で捕まえて調理した動物の骨を隠し刀みたくアクセサリーにつけたら?と口にしていた。

安全面は確かに保証されるが、女の子としては保証されていない気がするのは俺だけではないはず。

 

さて、と。そろそろいい加減にウェンディに真実を伝えておこう。

 

「ウェンディ~」

 

「あ、あぅあぅ……」

 

どうやら精神的に疲れたらしい。まあ、オーバーリアクションは素晴らしかった。あとは少し落ち着いて考えてくれればノリもいい女の子になるだろう。

個人的にはそういう女の子ではなく、もっと女の子らしくて笑顔の多い子になってほしい。ハッキリ言えば、今のままで十分である。十分可愛いし、女の子らしい。

と、思っていると俺が言ったことで漸く気がついたウェンディがこちらに来て、ポカポカと小さな手で俺の胸を叩く。どうやらちょっと怒っているらしい。

 

「あー、うん、ごめんな? ウェンディがちょーっと油断していたと言いますか、可愛かったと言いますか……」

 

「うぅ~………。……ふぇ? かわ…い…かった? ――っ!?!?」

 

顔を真っ赤にして何やら「あぅあぅ」と未知の言語を話す義理の妹。どうやら羞恥で頭がオーバーヒートしたらしい。うん、やっぱりこちらも初心(ウブ)だ。

褒められることになれていない。それも姿見同年代に近く、親しい人物に褒められるということに。なんだろう、何かに似ている気がする。

 

――あ、小動物だ。天狼島にいたリスのような何かと似ている。あれも結構撫でられたりすると時折恥ずかしいのか巣に戻ってしまうことが多々ある。

今度ウェンディを連れて、向こうで見せてあげよう。本人が気づくかは分からないが、それでもクスリとは笑うだろう。可愛いと言いながら。いや、十分君も可愛いのだが………。妹とかお世辞は抜きにして。

 

「話が逸れたが、本題だ。まずお前ら――全員弱くないか?」

 

ズンッと抉り込むような言葉が彼らの心中を穿つ。恐らくさっきのは結構精神的にも来ただろう。まあ、それを承知で言ったのだから、当然だ。傷つけるだけ傷つけて放置するほど、俺は無責任でもないし、ドSでもない。だから道を指し示す。

 

「と、なれば、分かるだろ? 兎に角お前ら天狼組の大半は7年間のスランプが特典みたく付いてる。ならば、それを削ぐほどの特訓、修行は覚悟の上と俺は思ってる。

だから丁度良いし、ウェンディとエクシード以外はフィーの修行の餌食………ゲフンゲフン。………動く的になってくれ。多分それでいくつか解消するだろ」

 

「「解消するか(しねぇよ)ッ!!!」」

 

素早く且つ一切の無駄無くナツとグレイがツッコミを入れる。よし、良い反応だ。成程、こっちは腐ってないらしい。そもそも腐ってはいないが。だって7年間凍結封印されてたし。

すると、視界の端でエルザが不適な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「ほう………。それは反撃してもいいということか?」

 

まあ、一理ある話だ。動く的とは言ったものの、反撃しては行けないだのどうこう言ったつもりはない。故に反撃は認めることができる。だってそれでは実戦の役には一切立たないからだ。片方は避けを身に付けても攻撃が儘ならなければ塵芥も同然。石ころと同等だ。

 

と、いう言葉を聞き、スイッチが入ったのか、フィーも不適な笑みをうっすら浮かべると、口を開いた。

 

「うん、いいよ。でもそれは反撃する()()()()()()()……だけどね」

 

わざと一部を強調し、告げるフィーにエルザが眉をピクリと動かし反応する。おやおや、どうやら互いにライバル意識でも持ったのだろうか。

まあ、元よりエルザは素質だってある。しばらく修行すれば、フィーに近づくだろう。そうなれば、すぐに追い付くかもしれないし、逆に引き離されるかもしれない。

けれど、それこそがライバルというものだろう。あ~あ、俺もそういうライバルが欲しいものだ。ギルダーツとやり合えば確実に周辺が全壊するのは一目瞭然。

かと言ってエルザやラクサスはどうしてなのかは分からないが消化不良。フィーとやりあうのは不本意だし、それに戦い方が他とは異なってしまう。

確実に自らのうちで渦巻き続ける渇望が具現化してしまうまで行くだろう。そうなれば、周囲にどれほどの被害が出るか分からない。一度やり合った身で言えるのかは分からないが。

等々愚痴っていると、グレイが気になっていたことを訊ねてきた。

 

「んで、レイン。具体的に何処で修行するってんだ?」

 

「そうだなぁ。丁度“火の玉(ナツ)”に“半裸王子(グレイ)”、エルザにウェンディ、ルーシィもいる訳だ。全員の実力をまんべんなく上げるとすれば、やっぱり海だろうな」

 

「なんで海なんだ? レイン」

 

漸く体の調子が戻ったのか、起き上がるナツが俺に訊ねる。まあ、一番の理由はお前にあるのだが、気がついていないようだから説明しておこう。

 

「まずあれだ。ナツ、お前の魔法って“火”だろ?」

 

「お、おう…?」

 

「火の弱点って言うのは大概強烈な風やら怒濤に押し寄せる水流だったりする。もしそれが周囲全て、水で囲まれた場所なら“火”はほぼ出せない。けれど、出せれば、その分お前が強くなったことの証にもなる訳だ。弱点を乗り越えたんだからな。これの意味分かるよな?」

 

「え、えーっと……、つまりあれか? ギルダーツに最初はただボコボコにされてたけど、馴れたら少しは戦えるようになる…みたいな?」

 

「なんで疑問系ばかりか知らんが、まあ、そういうことだ。徹底的に弱点や足りない所を補い、尚且つ自分自身を磨き清めていく。基本修行っていうのはそういうもんだ。

ただただがむしゃらにひた向きにやれば強くなれるっていうのも強ち間違ってはいないが、効率が悪すぎる。そういうのは時間に余裕があるヤツか、()()()()()()()()()ヤツぐらいだ。故に俺たちに時間はない。のんびり出来る時間なんてほんの少しの気紛れ程度だろうな。一応お前らも聞いただろ? あの祭りのこと」

 

ピクリと反応するナツ、グレイ、エルザの三人。まあ、生粋の戦闘狂(バトルマニア)共にはこれ以上ない良き催しに見えるのだろう。序でにギルドの名声も取り戻せる、ハッキリ言ってお得過ぎる話だ。

他のメンバーもマカロフに仕方なく乗ることにしたし、乗る以上は全力を以て立ち向かうというヤツらもいた。例えば、年中真夏漢エルフマンとか。

今度余計な時に“漢ォォォ!!!”って叫んだら容赦無く地獄の片鱗を見せてやろう。静かになるなら少々の犠牲もやむを得ない。コラテラルダメージってヤツだ。必要最低限の犠牲、まあ、そういうことになる。要するに五月蝿いのが悪い。

 

と、ここである意見が浮上する。

 

「修行するのは良いけどよ、具体的に俺たちはどうする予定なんだ? 例えば、新しい魔法を覚えるとか、使えるようにするとかあるだろ?」

 

グレイがまず先制を切った。すぐさまそれを俺は叩き返す。

 

「自分的にまだ足りないと思った魔法から鍛えろ。それでも無いなら俺のところに来い。試験受けさせてやる。勿論、物理的だ」

 

微かに殺気を溢しながら告げるとグレイが少しだけ後ずさる。どうやら何を考え何をしようとしていたかを悟ったらしい。良い判断だ、俺でも多分そうするだろう。

突撃自爆または結果オーライにしようとするのはバカナツぐらいだ。アイツはどうして特攻したがるのかが全くもってよく分からない。

おい、炎竜王イグニール。ちゃんと育てたか? 変な方に教育していた訳じゃあるまいな?

 

「と、いう訳でだ。まずは俺に着いてこい。お前らにも悪い話じゃない所に行くから」

 

首を傾げ、困惑する彼らを背に俺は追随するように側にいるフィーをとことん可愛がりながら、先導していった。

妖精の名を冠する彼らなら誰もがほぼ知っているであろう、性格に難あり玄人薬剤師の元に。

 

 

 

 

 

 

――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

「………なぁ、ナツ」

 

「………んだ? グレイ」

 

「………この道、ぜってぇ見覚えあんだが」

 

「………だな、俺も見覚えある」

 

先導する銀髪少年――俺の後ろの方で呟きあう二人。普段は仲が悪い二人だが、どうやら今から向かう場所を悟ったのか、何故か嫌な顔をしながら話していた。

 

「………ポーリュシカの婆さんのとこ…だよな?」

 

「………」

 

もはや返事をするのすら面倒になったのか、ナツは無言で頷く。グレイも確信を得たのか、溜め息をついている。

一方の俺はと言えば――

 

「――やっぱ、さ。そろそろ新しい登場人物を出すべきなのかなぁ~って気持ちはある訳だ。実際今の所で主人公とメインヒロインが共に戦線張ってる訳だが、そこに強い敵がドンっと現れて二人の行く手を阻む、的なヤツも悪くはないんだが……。三人はどう思う?」

 

「う~ん、そうね……。確かにメジャーだけど、そういうのはアリかも」

 

「ああ。しかし、逆に味方として出すのも悪くはないと思うぞ」

 

「ですね。私なら味方の方が心強いです」

 

「成程なぁ、やっぱ味方の方がいいか。後から味方パターンも悪くはないけど、それもいいな。後でどうするかでキャラがかなり目立つし」

 

素早く提供してもらった案や考えなどを常備しているメモにサラサラと書く。勿論、メモ帳事態は魔法で浮かせ、右手でペンを持つ。その上で左手でフィーを可愛がる。

ダメだな、これ。完全にフィーを手放すのが惜しくなってる。この間、フィーが気になる人がいることを明かしたがこれだと中々ケジメがつかずに変なことをしでかしてしまいそうだ。

例えば、とんでもない誤解をしてソイツの首をポーンとゴア表現みたく撥ね飛ばしたり。地獄の稽古――という名目の一人リンチをしたり、と。

つまり、ボコボコにしてしまいそうだと言いたい訳だ。その時に自分をキチンと押さえられるか、スゴく心配である。まあ、その時その時で頑張ってきたはずだから少しは安心できる……と思う。………多分という不確定なものでしかないが。

 

その後目的地に着くまで三人からの意見をメモ帳に書き記した。気かつけば、かなりのページがそういう類いで埋まっていたが、まだページは余っていた。

 

「ポーリュシカの婆さん~。俺だ、レイン・ヴァーミリオンだ。少し話があるだが、いいか?」

 

メモ帳をポケットにしまいながら先程までフィーを撫でていた手で軽くドアをノックする。

コンコンという良い音が響く。流石木製。今度家のドアを一時的に木製に変えてみるか。

すると、意外に反応早く住人たる婆さんは姿を見せた。

 

「………なんだい、あんたかい」

 

「ん? 俺じゃ悪いか? なんならマカロフ連れてこようか?」

 

「………」

 

「あ、うん、分かったから無言で蟀谷(こめかみ)に皺寄せないで? 怒ってるよね。それ、怒ってるよね。しかも無言で」

 

一応謝りながらからかう。うん、俺って挑戦者。時々こうやって遊び心で接しないと飽きられるからな、仕方がない。――うん? 今日の朝も誰かと戯れたような……。

確かウェンディとフィーと………誰だっけ?

 

すると、ポーリュシカは俺の内心を察したのか、更に機嫌を悪くし――

 

「帰れッ、私は人間が嫌いだよッ!!!」

 

箒を振り回し、追い払ってきた。すぐさま後ろで控えていたナツやルーシィ、グレイ、エルザ、ウェンディとエクシード二匹が退散する。

一方の俺とフィーに関しては――

 

「いや、俺、悪魔だし」

 

「私、半分狼だし」

 

「……………」

 

暫く静寂がその場を包み込み――無言の後に、ポーリュシカは箒をブンブン回して俺とフィーを家の前から追い払った。

 

 

「全く………。…………」

 

一度だけ家の中に戻ると、彼女は比較的近い場所に置いておいた紙の束に目を向けた。

一つは少女に。もう一つは――

 

 

それから数分後。今度は自ら彼らの元に不思議な何かに誘われ赴くことになろうとは、この時のポーリュシカには分かる由も無かった。

 

 

 

 

 

 

――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

漆黒の帳に包まれた雲一つない夜空で。浮遊する物体。それは間違うことなく人の姿であり、どちらも幼く、大体15歳前に見えた。

 

一人は薄い紫色の長髪をリボンで纏め、片手に死神を連想させる大鎌を持つ少女。一つも殺気は出ていないものの誰にだって分かる程に異質さが滲み出ていた。

 

もう一人はと言えば、姿を隠すようにコートを羽織っており、顔は見えなかった。しかし、コートから出ている白くて長い長髪には何処か見覚えがあるようで、ないような。

ほんの僅かに見えるコートの裾から見える左足にはうっすらと輝く何かが見え、それは人ならざる何かだということを悟らせる。

 

「う~ん? やっぱり私のマスターは暫く向こうで様子を見るみたいですね~」

 

明るく、何処と無く無邪気さのある声音で薄紫色の長髪を持つ少女はニコニコと笑顔を振り撒く。当然その笑顔を見ているのはたった一人。

それに答えるように、コートを羽織る何者かも口を開いた。

 

「はい…そうですね……。出来れば、あんなことにならないようになってほしいです…」

 

もの寂しげに、淡々と告げる声音は少女のもの。それと同時に消失の後に感じる呆然としたものであり、喪失感と言うべき何かであった。それを聞き、少女は気軽に質問をする。

 

()()()ではマスターはどうなりました? もしかして、()()になっちゃったんですか?」

 

挑発染みた何かを感じ、ムッとするもコートの少女は答えた。

 

「はい…でも、今も戦ってます…。生き残っているみんなを助けるために…」

 

「成程~。流石はマスターですね~。人でも悪魔でも無くなった末の存在でありながらも、自らの力を他者のために使うべく奮い起つ。やはりあの人は“正義”を語る側の方なんですよね~、性質的な面では」

 

間違ってはいない。けれど、真に“正義”と言うならば、マスターと呼ばれる彼は既にこの世から去っている。悪魔であるが故にここまで存命したと言えるからだ。

しかし、彼は求めた。抗った。希望を失わないように、ただ自らの望む未来へ至ろうとした。けれど、彼は報われない。希望は輝きを薄れさせ、彼の心中に渦巻くのは混沌とした絶望の色合い一色。だから彼は絶望を誰よりも知っている。長く、且つ濃く彼は自らを呪ったし、絶望を繰り返し味わった。血ヘドを吐くような思いを何度もし、けれど、諦めずに立ち向かい、心どころか全てを砕かれ折られた。故に彼は私達から、こう呼ばれる。

 

 

 

誰よりも絶望を知り得て、それでも死ねぬ絶望の塊。――“絶望王”、と。

 

 

 

そして私達もまた各々が偽名を持ち、強く突出した大罪を持つ。

当然大鎌を持つ少女も偽名を持ち、大罪も持つ。私は兎に角人間のことが羨ましい。私だって人間()()()

けれど、私は生まれてすぐに忌み子扱いされ、恨み辛みを抱えたまま育ってきた。だから人を憎むことや恨むこと、妬むこと以外に知らなかった。

 

なんでアイツはそんなに嬉しそうなんだろう? 妬ましい。

なんであの子は美味しそうにご飯を食べるのだろう? 妬ましい。

なんであれらは幸せそうなのだろう。私達みたいに恵まれない子がいるのに。妬ましい。

 

兎に角私は今も妬ましい。故に私の大罪は“嫉妬”。けれど、絶望王たるマスターは私を認める。私と境遇が同じだったのかは知らないけれど、それでも彼は私に親近感を湧かせていた。

また、私は本名を持たない。けれど、新しく賜った本名ならばあるし、偽名だってある。

だから――

 

「――やっぱり妬ましいですねぇ~。この街の人達の血を半分ぐらい吸っちゃいましょうか。そーですねー、今あっちにいる貴方の血を飲んでみたかったですし」

 

などとからかってみるのが楽しくなってきた。やはりコートを羽織っているせいでよく見えないが、ムッとした顔になったのは間違いない。

 

「ふふっ、冗談ですよぉ~。まあ、そんなことする暇もないですし、やる気もありませんから。どうせ吸うなら――豪快に、且つ相手の命を吸い殺すまでやりたいですからね」

 

クルリンと回転し、コートの少女に背を見せながら、薄紫色の長髪の少女はニカッと笑うと、少女の名を躊躇いなく呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、私達も貴方のいう未来にならないために準備しましょうか。なのでキチンと教えるところは教えてくださいね? ――ウェンディ・マーベルさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回のキーワード?

・絶望王

・偽名

・ウェンディ・マーベル

・薄紫色の長髪を持つ少女

・嫉妬の大罪



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男たちの戦場 前篇


はい、散々Twitterで30000文字で出してやるぜ、ぐへへへとかほざいてた天狼レインです。

実はですね。調子に乗りすぎて40000文字に入りました。はい。

読みずらいことこの上ないので、前篇、後篇と分けることになりました。

散々待たせてスミマセン。ちなみに後篇は一週間後に出すつもりです。

日にち開けないとすぐに飽きちゃいますからね。それとテスト明日からだし(笑)

じゃあ、なんで小説書いてるの? Twitter更新してるの? アニメイト行ってたの?

白猫してるの? 答えは簡単です――現実逃避、それ以外に何がありましょうか。

てな訳で、前篇からぶっ壊れてくれよ、我が物語の主人公レインよ!!

P.S.
嗚呼、征服王。おお、征服王。汝は何故に舞い降りない? 我がカルデアでは御身が
征するだけの価値がないと仰いますか!!←要約:当たらないよぅ……(涙目)




その日はいつになく、騒がしく、且つ、活気付いていた。

理由は様々と言った所ではあるが、大きく分けて二つある。

 

一つは、男子陣が主に理由である。

まず基本的に脳味噌筋肉(ノーキン)が多い男子陣にとって“修行”という言葉じたいが最高であり、すべからく自らを鍛えるに相応しいものであるからだ。

特にナツやグレイ、ガジルなどがそういうヤツらだ。まだグレイはマシな分類かもしれないが。ただその問いに答えることができる理由は一つ。“やっぱ筋肉ムキムキでガッチガッチだったらカッコよくね?”的な願い故に、あるいは強さこそ正義的思考であるが故にだろう。

 

まあ、何度もそういう類いの馬鹿共を見てきた俺から言えるのは“心底下らん”という凄烈な毒舌一つなのだが、別に夢を見ることを否定はしていないことは理解してほしいものだ。

現に俺がそうであった。あくまでも過去の話だ。例として上げるが東方にある漢字の一つにこんなものがある。

そう、“儚い”という漢字である。見た通りの意味だ。“人”に“夢”と書いて“儚”。俺の勝手な解釈ではあるが、人は夢を見る。それが正しくとも間違っていようとも。もしくは大きくて素晴らしいもの、小さくて愚かなもの。それらが例え逆でも、人は何れ知ってしまう。

夢とは叶えることが一番難しく、そしてその未達成の結果に訪れる報酬はただ“絶望”だけであることを。もしそれが“絶望”でなくとも、“失意”や自信の喪失に繋がる。それすら踏み台にして次に取り掛かれる者など、ほんの一欠片と言うべき希少種の類いに過ぎない。

俺もまた、夢を見た。達成しようと努力した。何度も挫折しそうになっても、それを乗り越え、同様に夢へと歩もうとする者たちと同じように進んできた。

 

けれど――その夢は散った。ただ“仲間と後悔しない生き方をしたい”という夢は、その時の俺が覚えてなくても大切だった“ギルドマスター”でもあり、実妹でもあったメイビスの■■と言うべき終焉(終わり)によって、夢は散り失せた。

原因はあの男だ。だが、それ以上に俺は神という存在が憎くて仕方がない。未だにこの身は悪魔であると同時に不死者だ。悪魔である今なら死ぬことはできる。

けれど、悪魔であることを完全に拒んだ場合は――誰とも一緒には居られない。

言うまでもなくそれは、周囲に対して“死”をもたらす“死ねない病原菌”。それがあの“アンクセラムの呪い”だ。

ハッキリ言って俺はこれじたい知りたくもなかったし、この身に受けたくなった。そんな地からを賜りたくもなかった。でも――俺はメイビスを一人にしたくなかった。相談できる唯一の存在として、頼ってほしかったのに……。

 

――いや、この話は今するべきものではない。故、一度話を戻そう。

 

さて、もう一つの理由についてだが、女子陣にある。

こちらに関しては恐らく海に遊びに――ゲフンゲフン、海に修行に行きたいからという理由……らしい。

修行の計画を立てたのは俺だが、一応山などのことも考えておいたのだが、再確認してみれば、見事に海以外を断固拒否する。それもウェンディやフィーもそのメンバーだった。

大方ウェンディは虫が少々嫌いである。だから虫が多めの山は嫌なのだろう。なら、なんでフィーもなのかと思うのだが、これにも理由があった。

聞くところによると、最近フィーは泳げるようになりたいらしい。俺はてっきり7年間のうちに水泳の練習をしていたと思っていたのだが、ずっと陸上戦ばっかりしていたらしい。

そういえば、未だに家の中にある大きな風呂場で溺れそうになる時がある。いつもそれで悲鳴を上げては、救助される度にずっと風呂場を睨み付けていた。

まあ、狼という種類的に、そのハーフであるフィーは水を好むのか、好まないのかのどちらかとは思っていたが、後者だったらしい。

未だに不安要素があるらしく、時々泣き付いて、一緒に入ってほしいだのいう時は本気で焦った。お願いだから一人で入ってほしい。俺は言うまでもなく男だ。そっちは女だろう。

と、他にも理由があるようだが、主に理由はこれらしく、丁度水に触れる機会があるためにそちらを選んだとのことだ。

他の女子陣も大体似た理由。エルザは何処でもいいらしい。ルーシィはウェンディと似た感じの理由。レビィは……まあ、泳ぎたかったのだと思っておこう。

 

で、このように大歓喜している最強チーム()()()彼ら+αが目の前で、浜辺を目にして飛び上がった訳だ。

 

 

 

 

 

「ウオオォォォォォォォォォ!!! 海だあぁぁぁァァァァ!!!」

 

「おっしゃああああァァァァ!!! 泳ぐぜぇぇぇェェェェェ!!!」

 

「ねぇ、ルーちゃん。何して遊ぶ?」

 

「そうね、ビーチバレーとか……あとは」

 

「沢山ありますね」

 

「………み、水…た、沢山……お、溺れない…?」

 

 

 

 

 

 

 

上から順に“火の玉(ナツ)”、“半裸王子(グレイ)”、“自室図書館(レビィ)”、“小説家志望(ルーシィ)”、“義理の妹(ウェンディ)”、“狼少女(フィー)”。

なんだ、この阿鼻叫喚。可笑しいな、浜辺は元から騒がしいものだが、その喧騒八割がこいつらのような気がしてしまうぞ? なんだろうな、すごく恥ずかしい。なんで馬鹿共のせいでこんな仕打ちに遭わねばならん? ああ、そうか。こういう時こそあれなのだな?

 

 

「ちょっとお前ら、一旦落ち着け。じゃないと、全員揃って浜辺に埋め――」

 

「「「「「すみませんでしたッ!!!」」」」」

 

 

エルザ、フィー、ドロイ、ジェットを除いた他メンバーが同時に土下座。タイムはなんと驚くべき1.5秒。あれ? 人間ってそんなに早く土下座できるっけ?

しかも綺麗だと思えるぐらいにしっかりとしている辺り、コイツらやればできる。

ちなみになんで土下座をこんなに早く出来るようになったかは秘密である。別に熱血指導もとい、脅迫などは一切している()()()はない。

それになんでウェンディも土下座しているかがよく分からない。混ざって会話していたからだろうか? 別にお兄ちゃん、そんなことでは怒らないし、怒りたくもないです。基本妹には甘いのです、兄って生き物は。若干色々と俺が可笑しいのは疲れているから一択である。

俗にいう深夜テンションと原理は同じだ。

 

「よし、全員なんでもいいから話を聞け」

 

その瞬間、全員がそれぞれ正座、立ったまま、土下座のままという各々の態勢を取る。……いや、土下座しているヤツは一体全体何がしたい? それで疲れないのか? 逆に訊ねるが。

まあ、いいか。土下座していたいヤツはさせていればいいし。

 

「まず一つめ。一応俺らは修行の場所として海に来ている訳だ」

 

コクリと頷く一同。それを一瞥し、続けた。

 

「当然遊びに来た訳ではない。それは理解してるか?」

 

シュン……と落ち込む一同と再びコクリと頷く一同。だってそうだろう? 一応これは修行のために来ている。それを何度も何度も伝えておいた筈だ。

故に今頃言い訳される筋合いは一切ない。勿論、反対意見など今となっては役に立たない。

それを再度確認し、更に続けた。

 

「二つめ、メリハリをキチンと付けろ。守れないヤツはとりあえず、折檻OK?」

 

急激に首を縦に振る一同。流石に何人かが青褪めている。いや、うん、そんなことしないよ? 一応後から言おうと思ってるけどさ。そこまで俺はSじゃないからな?

 

「んじゃ、最後。他人に迷惑かけるな。これに関してはマカロフがあとで真っ青にならないように、という意味合い込めてる。忘れてほしくないのはマカロフが真っ青ってことは、当然メイビスもそれ知ったら真っ青になるか、泣くからな? 妹を泣かしてくれるなよ? ウェンディも同様だ。泣かせたら真っ先に滅尽滅相待ったなしだからな?」

 

最後をかなり語尾を強めて威嚇し、その上で注意を締め括る。やはり最初にドカンと一発ではなく、最後にドカンの方が俺としては合っている気がする。まあ、人それぞれだ、そんなものは。――と言ってみたが、俺は悪魔だった。

 

「………以上が俺の言いたいことだ。よし、後は好きにしろ。初日はぱぁーっと遊んでいいぞ、別に。それじゃ解散」

 

“解散”。その言葉が彼らの耳に届いてから数秒後。漸く完全にその言葉の真意を知るや否や、ナツとグレイは回れ右。即座に浜辺を駆け回った。

 

「うおっしゃあああァァァァ!!!」

 

「泳ぐぞォォォォォォォ!!!」

 

叫んだ瞬間、ドボンという音が聞こえた。多分飛び込んだのだろう。成程、ヤツらには特別な処置が必要らしい。後々そういう類いのヤツを考えておこう。

さて、こっちは――っと。

 

「………み、水…………」

 

「ふぃ、フィーちゃん、大丈夫?」

 

「……うん、多分…大丈夫…」

 

すぐそこに海があるというのに波が来るギリギリのラインで攻防戦を繰り広げる愛娘フィーと、それを見守りつつ助けの手をいつ出すか考えあぐねているウェンディの二人。

よく見れば、二人とも可愛らしい水着を着てきたようだ。ウェンディは基本的に青色と黄色をベースにしたもので、若干縁にフリルのようなものがついている。

次にフィーはと言えば、こっちも基本的にウェンディと何ら変わっていない。配色が違うと言うべきか。こっちは青色と白色がベースとなっており、フィーらしいものではあった。

 

しかし、なんだろう。ほぼ全く同じ水着をきていると言うのに何処か違うような気がしてしまう。さてはて、一体何処にそんな違和感を感じるようなものが――

 

 

 

「(あ………)」

 

 

 

――気がついた、否、気がついてしまった。

 

ウェンディは気がついていないのだろうか。ふと俺はそう思ったが、口にしてはいけない禁句であると瞬時に悟っていた。

以前7年ぶりの帰還時にリーダスの書いた絵を見て嘆いていたウェンディの姿。それを見てしまった俺には、それを言ってはいけないことが分かっていた。

だから口にしないし、すぐに忘れようと思う。そもそも女子の魅力やら何やらというのは外見と内側、そしてどれだけこちらを向いてくれているかということで評価すべきはずなのだ。

なのに、近頃の男共と言えば、呆れたものだ。マカオやワカバも良い年こいて、グラビアにデレデレしていたりと、ロメオが引いた様子をしていたのを俺は見ている。

普通親というのは子供の見本となるように居るべきだと思うのだが、あれではなんとも……。まあ、そういうのは人の選択肢。関係する時以外は気にしないでおくとしよう。

 

と、ここで漸くなのかウェンディが何かに気がついた。

 

「………フィーちゃん、もしかして()()より大…きい?」

 

「………?」

 

一度は首を傾げてこちらを見るフィー。しかし、ウェンディの視線を追うとそこにあったのは小さな膨らみ。女の子らしい、膨らみだった。

少し膨らんでいる自分のを見たあと、恐る恐る視線をウェンディの方へと戻すと――

 

「……………。お姉ちゃん、女の子のミリョク?は胸なんか関係ない」

 

キッパリと言い捨てた。あまりのことに悲しむ可能性があった筈のウェンディですら固まった。それどころか、完全に無表情のままフィーの方に近づいていく。

 

「………」

 

「………」

 

両者共に無言。視線を互いに交わし、それから互いに見えない言葉の矛を構えた。よく思えば、ウェンディたちは7年間年をとっていない。

と、なれば、フィーも大体推定12歳。つまり、ウェンディと同年代ということになる。

互いに12歳。身長が同じで、身体の鍛え方を考慮すれば、恐らくフィーの方が少し軽いかもしれない。ナツたちのようにガチガチ筋肉を鍛えている訳ではなく、しなやかで動かし易く負担のかかりづらいようにしてあると思われるからだ。

まずそれ以前に狼である以上、元々のパフォーマンスと言うべき身体能力もある。と、なれば、体重などウェンディと同じぐらいか、それ以下なのだろう。

 

なのに――

 

 

 

「フィーちゃん……私より大きい…」

 

「………?」

 

 

 

恨めしげにフィーの膨らみを死んだ魚のような目でウェンディは見ながらブツブツと言い始めた。こういうウェンディを見たのは初めてである。

 

「………フィーちゃん、7年の間に何かしてたの…?」

 

「……ううん、全然なにもしてない。ただ修行だけ。あとは料理いっぱい作って、それ食べてただけ」

 

料理、その言葉を聞いてウェンディが後退り。

彼女も料理を作れる女子なのだが、道具を使うことすら儘ならなかった筈のフィーが料理まで出来るようになったと聞けば、嬉しいはずなのだが、今の状態では完全に負けてしまっていると言えるかもしれない。

まあ、これについては現在萱の外まっしぐらの俺が料理のレシピなどを教えたり手伝ったりして得意になってもらうようにすればいい訳だ。一応予定に料理研究日とでも記しておこう。

 

と、ここでウェンディに変化が訪れた。普段なら大人しく恥ずかしがり屋な一面が露出しやすい彼女が突然フィーの膨らみに手を伸ばしたのだ。

 

「………柔らかい」

 

「……!? お、お姉ちゃん、き、急に…そこ…触っ…んっ!?」

 

うん、これはダメだ。禁断症状でも出ているのやら。コンプレックスだったのだろう“それ”にまさか7年前までチョコンとしていた可愛らしい妹分のフィーにまで負けてしまったかもしれないと思うと理性の壁が壊れてしまったらしい。

まあ、他の男子らしく考えれば、おおーとか、眼福とか思うのだろうが、俺にとっては正直そういいのは心底どうでもいいので、気になるのは二人の絆にヒビが入ることである。

なので、ここはフォローの一つや二つを入れておこう。本音を少し混ざらせて。

 

「二人とも、何してるんだ? ――ってウェンディ。現実に戻ってこーい」

 

「………ッ!? あ、あれ…? わ、私……!? ふ、フィーちゃん!? ご、ごめんね!!」

 

「……うぅ……お姉ちゃんに…襲われると…思った……」

 

ほんの僅か目尻に涙を浮かべつつ、フィーは両手で膨らみを押さえた。止めた分、触られていた時間は短かったのだが、まあ、ああいうハプニングに慣れていないのだろう。

それも身内と言うべき存在からだ。慣れないのも分からなくはない。俺だって色々ハプニングを………いや、それは言わないでおこう。最早悪夢か何かに近いものだし。

 

「んで、さっきのは姉妹のスキンシップか? にしてはウェンディ、ブツブツと怪しげに呟いてたが……」

 

「…ぅぅ……気がついたら…その…………」

 

目を下に向け、落ち込むウェンディ。見たところ本人に自覚はあまり無かったようで、完全にコンプレックスの刺激による理性ぶっ飛び後の無我の行動らしい。

まあ、当人はかなり反省しているようだし、ここは怒らずにフィーとの仲を取り持つのが筋というものだと俺は思う。

すると、ここで黙っていたフィーが決意を固めたように口を開いた。

 

「お姉ちゃん」

 

「ひゃ、ひゃい!?」

 

急激な緊張と謝罪のせいか、ウェンディは完全に虚を突かれたように変な声を漏らす。

それに構わず、フィーは堂々と、真剣な顔つきで豪語した。

 

 

 

「――胸は大きいと動くのに邪魔だよ。私これ以上は要らない」

 

 

 

「……………は(ふぇ)?」

 

 

 

突然の胸は大きくない方が良い豪語に、ウェンディどころか俺まで唖然とした。幸い周囲に人がいなかったらしく、先程の豪語を聞いているものはいない。

と、なれば、当然俺たちが黙ってしまうと沈黙に包まれる。聞こえるのはさざ波と青空をのうのうと飛び交う鳥たちの囀ずり。

 

それから数秒を費やし、漸く俺とウェンディは唖然としていた状況から我を取り戻す。

 

「………な、なぁ…フィー?」

 

「………?」

 

恐る恐る俺が呼び掛けるとフィーは首を傾げてこちらを見る。なんだか俺が可笑しいみたいなのだが……。

 

「さっきの宣言………なに?」

 

「神様への威圧」

 

愛娘はすっぱりと返す。あれ? 平常そうで怒ってらっしゃる?

 

「ふぃ、フィーちゃん? その…怒って…る?」

 

「ううん、怒ってない」

 

俺の疑問を汲み取ったウェンディが訊ねるが、本人は何ともなさそうに答えた。

が、しかし、前に足を進めてウェンディの手を握った。ジーっと見つめて、数秒。何かを考えながら、何度か唸り声を挙げつつも、決心し、ウェンディに向かって諭した。

 

「お姉ちゃん、まず胸が大きいと何か得することあるの?」

 

「え、えーっと……」

 

「私、7年でいっぱい女の人とすれ違った。けど、胸の大きな人、みんな肩が凝るって言ってた。それって得なのかな」

 

「え、えーっと……その……」

 

戸惑うウェンディ。に構わず、フィーは更に畳み掛けた。

 

「魅力とか母性的とか最近知ったけど、別にそれって胸が大きいの関係ないと思う。知り合いに落ち着いた雰囲気の女の人がいたけど、あの人はスゴく優しくて母性的だった。

でも、その人、胸大きくない。多分単純に優しくて器が広い狭いの話だと思う。だから胸は関係ない」

 

「…あ、あぅ………」

 

反論の余地なし。俺の目にはそう見えた。ウェンディの方は完全に自分を見失いかけている。このまま胸の大きさを気にする自分に戻るか、それとも吹っ切れてフィー同様に胸なんて知らない、女の価値は器の広さと優しさ。って方になるのかで完全に迷っている。

まるで“祭りのお店で美味しそうな串焼きを見つけたけど、極々普通の串焼きの店で買った方が安いけど、どっちの方を買おうか”などと悩んでいる一般人のようだった。

例えがくどい? そんなことは知らん。これ以外に合っているヤツが思い付かなかったんだ。仕方あるまいよ。

 

そんなことより兎に角今はウェンディをどうにかしてあげるべきだろう。まあ、俺の意見なんかで変わるだのどうだのは分からないが、とりあえず、フォローの一つや二つを入れておくべきだろう。なので――

 

「ウェンディ」

 

「お兄ちゃん………」

 

微かに虚ろになろうとしている瞳が見えた。ああ、これはヤバいな。もう少し後だったら完全に虚ろな目で暫く過ごすことになっていただろう。

そんな姿を他に見せる訳にもいかないし、当然そんな状態で修行なんて儘ならない。というよりもまず休憩時間で海すら楽しめない有り様になってしまうだろう。

だから俺は助け船?を出すことにした。

 

「俺も一応フィーと同じ意見だ」

 

「「………ふぇ?」」

 

キョトンとする二人。ウェンディならいざ知らず、何故フィーもなのかは分からない。

まさかとは思うが、俺も男だから胸の大きい方が良いなどと勘違いしていたのだろうか?

……いや、俺は――

 

「――正直言って胸の大きい人は大体苦手だ。フィーと同様に大きかったら良いという理由がよく分からないしな」

 

本音だ。だってそうだろう? まあ、大きいのが良いって人もいるのは分かる。けれど、当人の女性としたらどうだろう。前の方向に余計な負担がかかっているのと同じなのだぞ?

俺からしたら余計な労力の消費ではないかと思う訳だ。その分の労力を別に使った方が効率もいいし、後々自分の疲れを軽減できる。

大体それが理由だ。別に俺はロリコンではない。シスコンだ、それは理解済みである。

おい、誰だ。俺がロリコンって言ったヤツ、表に出ろ、滅竜奥義を叩き込んでやる。

 

「まあ――あ……うん。誤解されたくないんだが…あと、好みって理由もある…かな」

 

自分でなにいってるのか、よく分からなくなるが、まあ、これも本音だ。事実、俺がよく巡り会う少女は全員そうだったし、第一胸が大きいのが好きなのならルーシィやエルザとかに恋心やその他諸々を抱いただろう。抱かないのは恐らくこれが原因だろう。

まあ、別に後悔の一つもないが。それも好みだから仕方がない訳でもあるし。

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

三人の間に沈黙が再び訪れる。原因は俺だ。フォローにすらなっていない意見をぶちまけたのだから。………なんてことをしたんだ、俺は。

ここにハリセンだのタライだのがあれば、自分の頭をそれを殴っていただろう。半狂乱染みた状態で気が済むまで延々と。ひたすらにひた向きに、自分の頭を殴る作業へと。

見ていてそれは痛々しいことなのは理解している。だが、それぐらいしか思い付かない。なんでこうなのだろう、俺は。

 

と、不意に何か覚えのある気配を感じ取った。

 

兎に角その気配は隠すつもりを感じられなくて、それでいて俺と同じ――いや、俺の魔力を保持している存在であることが伝わった。

成程、これは間違えまい。絶対にあの子だ、あの少女だ。

 

眩しいぐらいの晴天の下、俺は顔を上げて空を見上げた。

 

そこにいたのは、太陽を背にしてこちらへと降り立とうとする小さな人影。背から突き出、羽ばたき、ゆっくりと降下するに至るそれは紅蓮の大翼。

周囲の空気が熱され、気温が同時に上昇する。魔導士でも無茶をすれば、熱中症で気を失う程に熱い何か。それは正しく少女の異名を体現するもの。

 

そして、少女は降り立った。

 

飾り気のない黒羽織を羽織り、ウェンディやフィーと殆ど同種の可愛らしい、且つ、少女のイメージを象徴するような緋と白を中心とした水着を下に着込みながら。

 

 

 

 

 

――《火焔天(アシャ・ワヒシュタ)》シャナ・アラストールは三人の前に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

「レイン、舞踏会以来だね」

 

黒羽織をバッと脱ぎ、同時に何処かへ消え失せさせると同時にシャナは駆け出し、若干油断気味の俺を押し倒した。

 

「グハッ」

 

軽く後頭部を打った。いくら砂浜でも痛い時は痛いのだ。時々砂の中にガラス瓶とか埋まってる時あるし。他にも貝殻やら何やらのetc……。

 

「あ、ごめん。怪我してない?」

 

俺を押し倒したまま、少しだけ起き上がりペコリと頭を下げるも、あまり謝罪されているという実感が湧かない。まあ、シャナのことだ。俺がこの程度で怪我をする程、柔じゃないことを知っているからしてきたのだろう。

謝った後に、顔を上げたのを見て確信することとなったが。だって見てくれよ、この笑みだ。完全に他のことを考えていただろう。そして怪しげな雰囲気を纏ってるし。

 

「……はぁ…。んで、シャナは海に遊びに……いや、絶対違うな、どうせ俺だろ?」

 

「うん♪」

 

「うん♪ってお前……、大魔闘演武が3ヶ月後あるだろ……。修行とかしてるのか?」

 

「ちゃんとしてるよ。でもついでだからレインと一緒にしたかった。あとで試合しよ?」

 

「あー、分かった分かった」

 

「やった♪」

 

まるで久しぶりに主人と出会った飼い犬……いや、シャナの場合は猫だろうか。

兎に角飼い猫よろしくと言わんばかりに甘えてくる。あまり期間が空いてはいないが、7年間ほど出会うことができなかった分を考慮すれば、まあ、許せる範囲である。

流石にここでケチケチするのも大人げない。見た目14歳の少年が何をいってるのかと言われそうだが、中身はれっきとした爺さんだ。これでも俺は120歳超えだぞ? 7年間起きっぱなしだったんだから前みたいに120歳前とか言えねぇぐらいだっての。

 

「そういや、結構前より性格柔らかくなったな。舞踏会の時はもっと固かった気がするんだが?」

 

「………うん、色々あったから」

 

「サクヤの仕業?」

 

溜め息を溢しながら言うシャナの姿に、横脇にいたフィーが原因を推理して口にする。

コクりと頷くかわりにシュン…と落ち込むような動きをする所から図星だろう。そのサクヤって人物。名前的に女の人のようだが、躾るのは慣れているのかもしれない。

と、言っても俺は大体放任主義なのだが。わざわざ枷だの決まりだのグダグダとほざくつもりもないし、御託を並べるつもりも一切無い。自由から何かを学んでほしい、それが俺の教育方針のようなものだ。自分でいうのも難だが、そういうものだと思っている。

え? ナツたちの土下座(あれ)のこと? ああ、あれは流石にしつこいうるさい鬱陶しいから躾てやったまでのこと。お陰で意外と静かになった。

 

などということはさておき。一度俺はシャナを立たせると、後頭部を擦りつつ、立ち上がる。まだ目がチカチカしたりするが、どうせ慣れるだろう。何せドラゴンの目だし。

まあ、厳密且つ正確に区分するならば、ドラゴンそのものの目ではないが。

 

「さてさて。んで取り敢えず、自己紹介でもしたらいいんじゃないか? ウェンディ、シャナ」

 

そう、この二人は初対面だ。それも俗にいう○○属性などで区分すれば、両者ともに妹属性と言うべきか。どうしてこんな知識があるのかと言えば、小説書くのに必要だったりするからなので悪しからず。というよりこんなもので興奮するような変態には絶対なりたくないし、なろうとは思わない。……なると、すれば――

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、どうも。麗しいお嬢さん方。此度は仲よろしく友達同士で海水浴を楽しみながら友好を深めるのかな? どうだろう? この僕をその楽園(ツァオル)に混ぜてはくれな――グフォァッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

――そう、コイツだ。ついに出やがったな、幼女趣味似非紳士(ロリコンフェミニスト)

 

 

 

 

 

 

 

「なんでお前がいるんだ、このクソロリコンッ!!! 三千世界の果てまで(あまね)く全ての人類がお前なんぞ求めてねぇ!!!」

 

 

 

遭遇開始(エンカウント)初撃暴言(ウェポン)、超ド直球(ストレート)死球(デッドボール)。効果など言うまでもなく、精神ダメージを与えるためのものである。

極々普通の一般人、その中のロリコンが聞けば大概項垂れ、心をほんの僅かに傷つけられるだろう。加えて、暴力(ウェポン2)鉄拳制裁が見事にクリティカルヒットし、ヤツは砂浜に頭部をめり込ませている。普通に考えれば、これで止めでいい。

だが、しかしである。コイツの場合は――

 

 

 

「さっすが、我が親友~♪ 相変わらず毒舌のキレで魔封石の手錠を切り裂けそうだね~♪ いやぁ、君のことだし、死んでないのは分かってたから嬉しかったよ、アハハッ」

 

 

 

全然へこたれない、落ち込まない。逆にそれを糧にするかのように元気が増す。可笑しいな、さっきキチンと鉄拳制裁で砂浜にめり込ませたはずなのだが。

頭から若干血を滴らせながら元気に今日も幼女趣味(ロリコン)道に走り出そうとするコイツを見て、俺は正直諦めてしまいそうだ。

が、今回はそうもいかない。何せ今回は近くに大切な妹と愛娘、さらにはシャナもいる。

三人揃って未だに若い女性の芽と言うべき存在。となれば、自然とこの変態は狂喜乱舞し、活気立つ。もはや手がつけられなくなる程に。

 

「おぉ~♪ なんだろうねぇ、親友~♪ これこそ選り取り緑と言うに相応しいじゃないかぁ~♪」

 

もう手付きやら目が怪しい。コイツはなんと言うべきか、タチが別の意味で悪い。所謂ムッツリスケベのロリコンと違い、コイツは恥じることもなく、全身全霊を懸けてド直球に立ち向かう、あるいは突撃する類いのロリコンだ。

一番危険で、且つ、止めるのすら面倒な方である。それに加えてコイツは不屈の幼女愛好心を持つ。故に眼下に幼女一人さえいれば、治癒力が圧倒的と言える魔物すら凌ぐ回復速度を誇る変態だ。となれば、一番容易く手っ取り早いのは殺せばいい訳だが、流石に殺すのはどうかと思ってしまう辺り、俺はマトモだと思える。一度血迷ってコイツの首をギリギリまで締めた者がいたような気もしなくはないからだ。

 

「お前なんぞに妹たちを渡さねぇし、指一本触れさせる気はねぇ。だから帰れ、土に還れ、生物皆の原点たる母なる大地に還れ、変態」

 

ウェンディとフィー、シャナを自分の後ろに下がらせ、構える。

兎に角今は“動けば半殺し作戦”で行くつもりだ。正直動けなくなるまで殴りたいが、それをするとこの変態は意地でも立ち上がるので逆にウザイ。

どうやら視界に幼女入るだけで至福らしい。……その眼孔に風穴開けてやろうか、変態。

 

 

 

鋭い視線で牽制する俺と、どうウェンディたちに近寄ろうかと模索する変態。二人の間で火花が飛び散りそうなぐらい睨み合っていた中で、俺はある異様な魔力に気がついた。

それも背後だ。しかもこれは――

 

 

 

「――あ……ヤバい」

 

 

 

 

 

こう表現してしまうのも可笑しいことこの上ないが、それは正しく那由多の果てまでも焼き尽くさんと煌々と、赫耀(かくやく)に天穣の業火が燃え盛っていた。

加えてシャナの眼が完全にあの変態を蔑んでおり、同時に殺さなくてはいけない対象として見ていることに俺は気がついた。

 

 

 

「……燃えちゃえばいいのに………。私の…業火で――」

 

 

 

大きく息を吸い込むと同時に天穣の業火に注がれた魔力が膨張し、ほんの僅かが爆発する。恐ろしい程の衝撃波が走り去り、周囲の魔導士がいれば、即座に危険だと判断し逃げようとする程に。正しくそれは太陽と言うべきか。願うならば、超新星爆発(スーパーノヴァ)だけはやめてほしいものだ。まあ、それは無理な話だろうなと()()してしまった訳だが。

 

 

 

「――灰燼へと帰せぇぇぇェェェ!!!」

 

 

 

太陽の如き天穣の業火が変態めがけて投下された。恐らく周囲を丸ごと焼き尽くす程の大規模破壊は免れないだろう。いやはや、どうして海水浴でこうなってしまうのだろうか。

請求されたら丁度良いし、《四つ首の番犬(クワトロケルベロス)》宛に送っておこう。そっちの変態(馬鹿)がこっちに来たからですって言って逃げよう、そうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、一部のビーチが灰燼と帰したのは言うまでもなく、一時期海辺周辺の気温までもが急上昇を起こしたのは内緒である。

 

ついでのついでながらあの変態に関してだが、どうやらいつも通りなんとかほとんどの魔力を使って凌ぎ切ったらしいが、正気に戻ってなお、シャナが愛刀で首を撥ね飛ばそうとしていたので、一応放置しておいた。生きていれば、また何処かで顔を会わせるだろう。

正直遠慮願いたいことこの上ないが。どれくらいかの度合い? そうだな、丁重に遠慮申し上げたい程だ。

 

 

 

 

 

 

 ――◆――◇――

 

 

 

 

 

 

 

あれから数時間が経ち、日は水平線の彼方に落ち消えた。鮮やか黄昏を眺めるのも一興だったが、やはり黄昏の後にあるのは漆黒の帳が下ろされてなお天穣にて輝ける星々の光芒。

つまり、星空だ。いつみても星空というものは素晴らしいものだ。悠々と、俺たちの届かない空間で漂い続ける星々の輝きがこの世界にまで届いている。

そう思うだけで神秘というものを感じよう。と、言っても中々こういうのを理解できないものもいるために語る時には興味津々な者や同種な者たちとするべきだと思わざるを得ない。

事実、俺や今行方不明らしいジェラールのように《天体魔法》を使う者は大体そういうのに興味を持ったりする。まあ、ぶっちゃければ、ロマンチストということだ。

自分で言うのも難ではあるが、多分そういう類いに僅かでも入っているのだろうと思う。まあ、こういうのはルーシィにでも聞いたりすれば良い話である。

何せ星々のことに詳しい、且つ、自らがそうである星霊たちと親しいからだ。それに本人も詳しく調べているのだから興味あり以外のどう判断を下せばよかろう?という話だ。

 

などと暗くなっている空を見上げていた俺はとりあえず疲弊している三人に声をかけた。

 

 

「大丈夫か、ウェンディ、フィー、シャナ。主に身体的、精神的に」

 

 

「…レインが慰めてくれるなら立ち直れる」

 

 

というシャナ。

 

 

「パパ、あんなのいるんだね…この世界に」

 

 

と若干話題がずれているフィー。

 

 

「……え、えーっと……大丈夫です、多分…ですけど…」

 

 

といつも通りより少しテンションが下がっているウェンディ。

 

 

兎も角まだ良かったと言うべきか。あの変態の開幕洗礼――まだあれで序の口の序の口――を受けて立ち直れなくなるような者を俺は見たことがある。

一番酷かったのはウェンディのような少女が半狂乱に狂い哭きながら“絶対に身長も胸も器も大きくなってやる”と豪語する程だったことだ。ちなみにその子は結局大きくならなかったとの噂が流れている。可愛そうだとしか言いようがない。逆に痩せ細ったとの聞いた。

恐らくストレスだろう。もう一度言おう。可愛そうに。

 

さて。現在俺たちは浴衣に着替え終わった所だ。なんで三人と一緒なのかはさっきのことで大丈夫かを聞くために呼び出しておいたのである。

見たところ、聞いたところ大丈夫らしい。シャナはこの機会にあわよくばと言わんばかりに慰めて、慰めてと言っている。こう言うときは軽く流して躱しておこう。

関わったら色々とあとが不味い気がする。逆に無視すれば、さっきみたいなのが拝めてしまう気がするので同様に。

 

いつもではないというのに既になれてしまった辺り、俺は意外と適応力があるのかもしれない。まあ、なければメイビス同様に軍師らしく指示も出せそうにないのだが。

 

などと心のうちでゴニョゴニョ言っていてもキリがないので、兎に角、全員が集まる予定である大広間に行くことにしよう。

一応この宿に他の宿泊客はいないが、流石に事情を知らない者にこれを見られると、妹を引き連れている兄として見られるのか、それともロリコン待ったなしの目でみられるのかが一切分からない。後者など絶対にお断りだ。んなこと言ったヤツを徹底的に絶望させてやりたくなる。そうだな、方法としては拷問フルコースで対応してやろう。

殺さない程度に殺してやる。言わば、そんなぐらいだ。これでも甘口と言えよう。本物の拷問などもっとエグいものである。鞭打ちだの、手首足首切断だの、火炙りだの、と数えるために上げれば、これまたキリがない。呆れてものが言えなくなりそうだ。

よく思い付いたな、昔の人。素直にぶっちゃければ、そんな感じだ。

 

さてさて。そろそろ本当に向かっておくとしよ……あ………。

そう言えば、一番やっておかなきゃならないことを忘れていた。

 

「悪い、フィー、シャナ。二人は先に行っててくれ。ウェンディと話しておきたいことがあってな。勿論、外野無し、盗み聞きアウトで」

 

 

「ん、分かった」

 

 

と返すのは素直で理解の早い我が愛娘フィー。

 

 

「………レイン」

 

 

と声音を低くしてこっちを妬ましいような恨めしいような目で見てくるシャナ。………いつからこの子はヤンデレというか嫉妬しやすいというか、兎も角そういう子になったのだろうか?

7年前に一度離別した際はもっと純粋且つ健気で、それでも今みたいな軽い嫉妬ぐらいを兼ねていた極々普通?の少女だったというのに。

いや、まあ、普通とは遠い気がするのは言うまでもない。だってそうだろう? 5、6歳だった少女が突然出会ってから年月がまだ浅い男に告白するなど。

今もはぐらかしてはいるが、いつ言及されるか分かったものではない。そろそろ返事をせざるを得ないだろう。だが、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それに――

 

 

 

「えっと……」

 

 

 

何故自分なのかが分かっていないまま待たされているウェンディをそのままにしておけない。加えて俺は義理であってもあの子の兄貴だ。

だからキチンと妹を誉め、優しく接し、家族として愛することぐらい許されても良いだろう?

 

微かに微笑み、俺はそれらしい理由を瞬時に脳内で構築し、シャナに頼んだ。

 

 

「ま、二人を先にいかせる理由は簡単だ。とりあえず、晩飯の死守を頼む。酒瓶あったら気を付けろ。聞くところによるとうちのギルドの女子共はどいつもこいつも酒癖が悪いらしい。晩飯をオシャカにされたら堪ったもんじゃないだろ? だから頼む。俺が行くと若干嫌な予感がするんでな」

 

 

そう言う俺の言葉に、思い当たることがあったウェンディとフィーは脳内で理解した。俺の自分勝手な解釈でならこうだろう。“ああ、あれか”、というヤツに違いない。

シャナはまだ知らないが、どうせ隠していても露見するようなものだ。誤解がないうちに話すつもりだから兎に角今は晩飯を死守してほしい。それが本音二割、建前八割である。

 

そう頼むと、シャナの表情はパァ…と明るくなり、なんたか頼まれたことが嬉しくて仕方がないような顔付きでニッコリしてから力強く頷いた。

 

 

「うん、分かった!! レインの頼みだもん、ちゃんと死守するから」

 

 

そういうとシャナはフィーを連れて大広間へと向かっていく。二人の背中を見送った後、漸く俺はウェンディと二人きりになった。

 

 

「さて、と」

 

 

背伸びを一度だけしてから俺は近くの縁側に腰を掛けた。瞳を軽く伏せ、開いた。それを済ませ、自分の横に座るようにと左手で縁側の木板をポンポンと叩いた。

それに従い、ウェンディもまた律儀に俺の左側の縁側に腰掛けた。ほんの僅か、沈黙が二人を包み込み、俺は空を見上げ、ウェンディは縁側にあった池に目を向けた。

 

僅かな沈黙を過ごし、俺は漸く口を開く。

 

 

「ウェンディ、不便はないか?」

 

 

「あ……それって……」

 

 

訪ねたのは健康面のことだ。いくら凍結封印の魔法とは言え、死んでいないのだから人間としての機能が死んでいないのと同じ。動いてなくとも生きている。

当然、突然封印が解けて違和感を感じたり、体調に変化が訪れているかもしれない。だからそれを訪ねたかったのだ。

 

だが、困惑する姿から察するに、主語が足りなかったらしい。やはり言葉は簡略化するものではないと悟ってしまいそうだ。まあ、理解したことに代わりないが。なので言い直す。

 

 

「身体に違和感を感じたりしてないか?」

 

 

言い直すと、すぐに質問の内容を理解したらしく、一度だけ頭を悩ませた。多分思い出しているのだろう、少し変だった時や違和感のあった時が無かったか、を。

 

と、ここでウェンディが口を開く。

 

 

「今のところはないから大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 

 

そうか。その言葉が聞きたかった。

本音をわざわざ口にするほど殊勝なことをする人間じゃない。だからこういうのは心のなかで呟くに留まる。けれど、安堵の表情だけは隠せなかったらしく、ウェンディがキョトンとしたまま、俺の顔を眺めていた。どうやら変な顔でもしているらしい。

 

頭を数回左右に振ると、俺はウェンディの身体を自分の方へと抱き寄せた。突然のことで驚き、身体が強ばるのを腕のなかで感じながら、ただ俺はちょっとだけ甘えたくなった。

 

「なぁ…ウェンディ。君にとって、“ギルド”はなんだと思う?」

 

メイビスは“ギルド”を家族と解釈した。幼い頃に両親を亡くし、俺という兄を知らぬまま、孤独に生きていたからこその願いであり、解釈。それは一種の心の持ち様と何ら変わらない。

 

だからこの質問はその人がどういう人かを瞬時に大方検討をつけることができる。

と、言っても解釈など人それぞれ、十人十色。千差万別と言うべきものであることに代わりはない。故、これでその人の人物柄を想像するのは失敬であると言えよう。

 

だが、それは一種の知恵とも言える。完全に信じられるなんてことは心理的に、人間として生まれたサガと言うべき理があるが故にあり得ないのだ。全生物共通とも言えるが。

 

例として――悪魔である俺にとって“ギルド”とは家族である以上に自らの手足やら胴体やらを縛り付ける鎖にしか感じられない。

何れ来る時にとって、ただの足手まといであり、邪魔以外の何かでしかないと、頭の片隅には考えざるを得ない。それを、そう思う俺を壊れていると言ってくれても構わない。

それでどうこうする以前に俺を殺す術を探す方が圧倒的に早いはずだ。などと自分を悲観しようと絶望しようと何も変わらない、壊れない、崩れ落ちることなく、ただただ人という翼は逢えなく天災やら寿命で地上へ墜つ。

人理を壊すには時代を燃やせ。天を紅く染めたくば、地上に地獄を顕現させよ。真に救済するならば、全人類の命を断て。不変の真理、故に下らないと言われる戯言の例だ。

 

つまり、俺が“ギルド”を家族である以上に邪魔な足手まといでしかないというならば、関わらなければいい話だったということだ。だが、俺は中途半端だった。

人間として生きていて、悪魔としても生きている。半々だからこそ、俺でいられるのだろうが、それ故に俺は他者を理解する脳を無くし始めていた。

次々と記憶が脳へとインプットされ、記憶が消え失せるのと同じだ。俺でいようとするから、曲げらない強い己をイメージし、ワクチンとして自らに投与する。

 

だから脳の残量が古くなって使い物にすらならない過去の自分ばかりが溜まっていき、今の自分を留めようとするから、他が消え失せ欠けていく。

結果俺は僅かずつ人間でありながらも人間でなくなろうとしている。未だ、誰もそれは気がついていない。メイビスですら気がついていないことだ。

だが、教えるつもりもないし、それを教訓にする気もない。例えそれが実の妹であっても。

 

 

 

だから――だからこそ、問おう。

 

 

 

君にとって“ギルド”が何なのか。それが俺に届く代物(願い)なのかを知るために。

 

 

 

 

「私にとって“ギルド”は――」

 

 

 

 

淡く微笑む、その少女に偽りはない。同時に、邪なる者でもない。敢えて言うならば、この子は()()()()()。天竜グランディーネの意志を継ぐかのように、この子は救えるものを救いたいと願っている。まるで聖人だ。

これならば、きっと俺の願った“劇終の結末(アクタ・エスト・ファーブラ)”は成就されるだろう。それと同時にこの子が――

 

 

――仮に救済の少女と称されても批判はされまい。だが、()()()()のだ。

 

 

無知蒙昧。少女は純粋であるが故に人間の裏を知らない。絶望を真に知らない。運命と時間の卑劣さ、残酷さを知らないのだ。

だからこそ、少女に――ウェンディ・マーベルには届くものがある。純粋故に、ただ馬鹿正直に。それだからこそ救える魂が近くに転がっている。

狂い惑いて、惑い狂える。狂気の果てに真理を見出だして。正気の果てに絶望を知り得て。そう、恵まれずに――“白銀”から“漆黒”に染まった者を助けることが出来ることを。

 

 

それが自分の望まない終焉(別れ)であろうと。

あるいは、相手が望む終焉(大願)であることを。

 

 

その一歩を踏み出してほしいから。いつまでも過去の亡霊にしがみついて欲しくないから。

愛しているからこそ、俺は――幕を引く。

 

 

だからその想いに答えてくれ――それと同時に裏切ってくれるなよ、我が愚妹よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺から誘った密かな会話を済ませ、俺たちは漸く集合の場である大広間の前にまで来ていた。

ウェンディは上機嫌だ。と、同時に俺も心なしか身体が軽い。責任感とやらが失せたからか。

これでさっきの問答も無駄ではなかったと言えるな。結果が期待以上だった。期待していて良かったと思えたのは久しいものだ。

 

――が、まあ、そんな堅苦しいことなど今は思い出さなくて良いだろう。

兎に角今は大いに楽しもう。騒ごう、歌おう、飲もう、食おう。柄にもなく胸が踊ってくる。あまり胸が踊る展開に陥ったことがないから判別は出来ないが、嫌な予感に嫌な予感が重ねられたと同じぐらいに、胸が踊っている。

 

 

さぁて、と。今宵は精々楽しませてもらお――

 

 

 

 

 

 

「ぎぃぃィィやぁぁァァァァァ!!!」

 

 

「助けてくれぇぇぇェェェェェ!!!」

 

 

「グレイ様ぁぁぁぁ………」

 

 

「アハハッ、アハハハハハハハ!!!」

 

 

「ナツぅ……ゴロゴロしてぇ~?」

 

 

「アンタは馬よ!!!」

 

 

「…あ、あいさぁ………」

 

 

「……なんで俺たち怒られてんだ……?」

 

 

「俺が知るかよ………」

 

 

「そこッ!! 私が話しているというのに何を余所見しているのだッ!!!」

 

 

「……ぷはっ……。やっぱり美味しいね、シャナ」

 

 

「……あぅ~……目が回りゅう~……」

 

 

 

 

 

――バタンッ。

 

 

目の前で起こってきた地獄絵図を目にし、それから数秒をかけ、現状を整理整頓する。少しずつ思考が纏まってくる。隣で口が開いたまま固まっているウェンディを軽く揺すって現実に引き戻しつつ、俺は結論を導きだした。

 

 

「ウェンディ、何か食べたい晩御飯あるか? 今から早急に作るから。ああ、心配するな、こんなこともあろうかと寝袋を用意しておいた。多少廊下で寝ても身体を痛めはしない。自分用の枕が必要なら、すぐに取りに行こう。あとフィーを確実に回収するぞ」

 

 

結論、扉を介して向こうは地獄(グラズヘイム)。行っちゃダメ、関わっちゃダメ。向こうで拾っていいのはフィーだけ。アーユーオーケー?

 

 

それからまたもや数秒をかけ、漸くウェンディは完全に我に返った。

 

 

「お、おおおおおお兄ちゃん!? み、みなさんはどうするんですか…!?」

 

 

「フッ、まあ……いいヤツだったよ…」

 

 

「そんな風に言ってもダメですっ!!!」

 

 

「ちぇ…」

 

 

どうやら義妹(いもうと)は厳しいようです。いや、うん。フィーだけ助けたらいいんじゃないかと思うのだが。あ、でも結構目を回してたし、シャナも回収するか。

だが――

 

 

「ウェンディ、あれ関わったらアウトだぞ、絶対。そこの所どうお考えで?」

 

 

「え、えっと……その……気絶させるとか……でなんとか……」

 

 

「それ事実上の俺だけの肉体労働だよな? 特にエルザ止めるの俺ぐらいしか出来ないだろ、あれ。しかもかなり酔いが回ってやがるし」

 

 

酒瓶片手に熱弁を奮う。そう、あれは完全に酔ったオッサンと何ら変わらぬ危険度を誇るものだ。カナが大体ああいう感じだ。それに俺は巻き込まれた前科を持つ。

そんで知りたくもなかった酒癖――抱き上戸を知った。特に可愛がっていると言うべき、ウェンディやフィーを抱き締めずにはいられなくなるとのこと。

……いや、もう、勘弁してください。次あれやったら首吊りしてしまいそうです。いくら悪魔だろうと羞恥心はあるんだからな? そこの所どうなんだろうな、本当に。

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「…………………」

 

 

「…………………」

 

 

沈黙の数秒間。黙り混んだ挙げ句思考停止に入りかけているウェンディを見つめながら、俺は切羽詰まった現状を打破すべく策を巡らせる。

こういう時こそ優雅たれ。予習は二倍し、余裕で達成せよ。さすれば、道は拓かれん。故、俺はメイビスと同等に近しい頭脳をフル回転させた。

俺だって影でコソコソしていたが、《妖精軍師》の代行であることに間違いはない。血筋以前に、俺とメイビスはどちらも勉学を好んでいる。事実、俺は8歳で拉致されるまで、ずっと書物を読んできた。だからあそこから脱獄できた。

人間として死してなお、俺は変わってないし、変わらない。人格と知識、どちらを取ると言えば、直ぐ様、俺は知識を取る。探究こそ、俺らしさがあると思えたからだ。それに実際今こうやって役に立っているのだから文句はない。

確立した完全なる策を練り上げ磨きあげ、確立する。勝利は我が手にあらん。

 

 

軽く瞳を伏せて、息を吐き、己を落ち着かせ――さて、そろそろ始めるか。

それでは久しく楽しませてくれ、我が遊戯(ごっこ遊び)にてな。

 

 

「…ウェンディ二等兵!!」

 

 

「…ふぇ……に、二等…兵?」

 

 

これの意味を察することができる者には分かるだろう。

つまり、そういうことだ。ただ単に俺は遊び半分で楽しもうとしているだけ。過去に色んな大陸を放浪したことがある俺は勿論のこと、この戯れの原型を知っていて改良したまで。

このハイテンション、高レベルな察し能力、合わせるという連携。これら全てが果たされていなければ、難しいにも程があるノリ。ああ、素晴らしきかな。久しく遊び心だけで胸が踊ってくる。

しかし、ウェンディの反応を見るに――成程、こういうのに慣れてないのか。

まあ、それでも強引に進めるが。軽く手の動きだけで何をするかを伝えて、扉を若干開け、向こうの様子を確認しつつ作戦の開始を待つ。

 

 

「我らの目的はフィーリ・ムーン、並びにシャナ・アラストールの二名。未成年者の保護である。即座に保護し、脱出後、二人からアルコールを解毒せよ。以上!!」

 

 

「…は、はいっ…!!」

 

 

何処で覚えたのか、若干覚束ない敬礼。うん、悪くない。けど――

 

 

「――ゴホン……。悪い、テンション可笑しいだろ、今の俺」

 

 

一応冷水をかけたようにあがる遊び心を沈静化してから、声をかける。極々普通の今まで通り、そんな俺の声を聞き直してホッとしたのか、ウェンディは肩の力を抜いてから口を開いた。

 

 

「その…えっと……どうしたの? お兄ちゃん」

 

 

「……現実逃避しないための作戦。正直一番手っ取り早いのは扉突き破って、強引にフィーとシャナを奪取すればいいんだが……流石にメイビスがあとで泣いちゃうから止めた」

 

 

「あぁ……まあ、初代はマスターでしたから…」

 

 

どうして、うちのギルドのマスターは破損だの修繕費だのの話を聞くと泣くのだろうか。プレヒトはさておき、メイビスやマカロフは当然の如く泣いたり怒ったり。

こういう所はやっぱりユーリに似たのだろうな。また……会えるなら会いたいと思う。まあ、俺がアイツと同じ所に逝けるかどうか、分からないが。

 

何せ俺は殺人鬼紛いの悪魔だった訳だしな。審判などと評して殺戮する。呆れて物が言えない。狂いに狂った挙げ句の光明見出だし、再び絶望の連鎖。切れない、壊れない、崩れない。

こんな三拍子はヘドが出る。それに――

 

 

――俺自身がそんな救済を()()()()()()

 

 

誰かに会いたいと願うことは悪くない。だが、その者と同じ善行をしたか? あるいはその者と同等の悪行を犯したか? 否、それは論外と言えよう。

俺は俺であり、ヤツはヤツ。故に同等などということは一切ない。同じ所に逝ける? ハッ、笑わせんな。同じ統括に入れるとでも考えていたのか? 下らねぇ、んなもん塵芥に等しい。

 

兎に角、俺は一人ではなくて、独りだ。そう、一人ではないのに独りなのだ。その真実は紛うことなく――

 

 

「――さて、と。本当にそろそろフィーとシャナを救出するぞ。じゃないと未成年の身体に悪影響でしかねぇ。んじゃ、突撃3カウント数えるぞ、俺が“ゴー”叫んだら突撃だ、OK?」

 

 

「はい!!」

 

 

いい返事だ。悪くない。その元気を続けてくれよ、ウェンディ。

 

 

3(ドライ)……」

 

 

軽く唾を飲み込み、息を潜める。扉は開いている。叫べばバレるだろう。だからこそ、静けさが必要だった。エルザの喧騒のお陰で一切バレていないようだが。

 

 

2(ツヴァイ)……」

 

 

扉の明け口に手を開け、魔力で軽く防御の結界――“天竜の羽衣”を久々に発動する。

一応ウェンディの肩に手をおいて同様に展開する。

 

 

1(アインス)……」

 

 

さぁ、迷うことはない。ただ任務を果たそう。フィーとシャナを奪取して逃走するだけの簡単なお仕事だ。報酬? ああ、あとから二人に褒められる。それだけで十分だろ、子供から金を取るような外道は犯さんよ。やるなら犯罪者から巻き上――ゲフンゲフン、没収するだけ。

当然のことだが、家にあるJは全部キチンと貯めた分だ。没収したヤツは大概ギルドに回ってきた損害賠償に送っている。え? 没収したヤツは本人たちに返さないのかって?

なら問うが、お前は今までにその金が何人の手に行き渡ったか分かっているか? 分からぬなら文句は言えんよ。だって没収されたヤツも真に自分のものではないのと同じなのだから。

 

 

まあ要するにだ――

 

 

 

 

 

 

「ゴーッ!!!」

 

 

 

 

 

――勝てばよかろう。力の限りを尽くして怨敵を蹂躙すればいい。ただそれだけだ。

 

 

 

 

 

扉をガンッと勢いよく開き、手前の方で転がっていたナツの悲鳴を無視。近くで笑い転がるレビィも同様に無視。

ウェンディと共に中心で酒をまだ飲もうとしている愛娘と既に目を回しているシャナを救出するべく突撃。

奥ではエルザによる説教とジュビアによる浸水奈落に囚われたグレイ。こちらを見て助かったとでも思っている可愛そうなグレイはその場で見捨てる。

まあ、乙女の気持ちを分からないヤツは一回ぐらい痛い目を見ろ。ジュビアらしいジトジトしたものをそこで味わってろ。と、コンタクトをぶつけ、それを理解したグレイが大声でこちらを呼ぶのが聞こえた。

 

曰く“おいぃぃぃぃぃ!!! ちょっと待てッ、助けてくれッ、頼む、今回ばかりは本当に助けてくれぇぇぇぇぇ!!!”とのこと。

 

――知らんよ、そんなこと。兎に角、仲睦まじくて良いじゃないか、ニヤニヤ。

 

 

 

と、そんな感じで仲間たちの必死の叫びを無視しながら、中央に辿り着くと、すぐさまフィーから酒瓶とコップを取り上げ、ウェンディに“ほい”と渡す。

察したウェンディの素早い行動で、フィーはおんぶされ、脱出不可。俺もシャナを抱き上げると、そのまま扉の方へと向きを変える。

ここまで計画通り。あとはエルザに気を付け、入り口前で翻弄されているナツを完全に見捨てれば完遂。あとは解毒等々をし、二人から事情を聞ければ尚良しと言ったところだ。

 

だが、中々に思いようにいかないのがこのギルドである。

 

 

 

「待てぇぇぇぇぇいッ!!! 酒も付き合えんのか、レインッ!!!」

 

 

完全にジェットとドロイを説教でボロボロにしたエルザ登場。片手に酒瓶。

しかもアルコール度数(たけ)ェよ!!! おい、ふざけんな、誰だこんなの持ってきたヤツ。アルコール度数65%? 普通に喉が焼けるわ、阿呆がッ!!!

それを付き合えと? ハッ――

 

 

「――んなもん、誠心誠意お断りだァァァァァ!!!」

 

 

酒瓶ど真ん中を狙って魔力を圧縮した弾丸のようなものを発射。狙い違わず真っ直ぐに宙を駆ける。

が、それを容易くお盆で弾く。どうやら近くに散乱していた晩御飯だったものの所から取ったらしい。小癪な。大人しく割られていろよ、クソッタレ。

すると、向こうはこちらの意図を読み取ったのか――

 

 

「レイン、貴様、酒を狙うとはどういうことだ!! こっちにこい、説教してくれるッ!!! ついでに酒を注げ、飲み交わせぇぇぇ!!!」

 

 

「誰が、んな危険地帯に行くかァァァァァ!!! つうか晩酌してほしいのか、説教したいのかどっちかにしろやァァァァァ!!!」

 

 

すかさず先程より密度、質を上昇させた魔力の弾丸を撃ち出す。さっきよりも加速され、難易度は更に増している。

だが、またもや、エルザはそれをお盆を器用に使って弾き飛ばした。吐息が荒い。どうみてもラスボス感が溢れている。目が真っ赤に発光して、顔回りを黒く影が出来ているってか?

 

 

――んな嗜好なんぞ、要らねぇわ。ふざけ過ぎだろ、クソッタレがァァァァァ!!!

 

 

心のからの絶叫を上げ、弾幕の如く撃ち続ける。魔力量の心配はない。当然だろ、誰だと思ってる? ――○○さんだぞ、と思ったヤツ、怒らないから出てこい。

 

 

「ウェンディ!!」

 

 

「うん、分かった!」

 

 

素早く指示を飛ばし、兎に角フィーとウェンディだけでも脱出させる。入り口でナツとルーシィが何やら変なやり取りをしていたのが目に入ったが、別にあの程度ならマシだ。

目の前のトチ狂い始めた《妖精女王》に比べりゃ、月とすっぽんってヤツだ。

 

 

「………あれ? …レイン……?」

 

 

などと考察していると、片手に抱えたままだったシャナが漸く意識を覚醒させた。

足が地面についていないことに気がつき、視線をさ迷わせ、誰かに抱き抱えられていることを理解し、それが誰かを悟ると――

 

 

「………ッ!? ぁ…ぁぁ………~~~っ~~~!!!」

 

 

――みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げ、自分の顔を俺の胸板に押し当て、顔を見せまいと隠し始めた。いや、もう、すっかり寝顔とか目を回した時の顔を堪能したんですが、それは。

中々見れないものを見れただけで、結構得したのは言うまでもない。7年前より大人っぽくなってたのは間違いないし、どっちかというと可愛らしさも増したというべきか。

まあ、兎に角、シャナは成長した。それだけでいい。いいんだが……

 

 

「シャナ、さっきから俺の胸板に頭とか寄せるのはいいが、頭突きは止めてくれないか? 地味に痛いぞ、それ」

 

 

鈍痛が定期的に響き、地味に痛い。本当に地味に痛い。若干照準がずれてしまいそう――

 

 

ズドンッ!!

 

 

「危なッ!? て、てめぇ、レイン危ねぇだろうが!!! つうか、助けろよ、さっきから無視すんなよ!!!」

 

 

――危ねェ。もう少しでグレイを撃つところだった。

 

 

それにしても……。エルザ、お前しぶとすぎ。いい加減酒瓶諦めろよ。俺はそれ割らなきゃ、あとでどうしようもねぇからやってるのに。また悪夢やら地獄に再来してほしくねぇから。

 

 

「……………」

 

 

…………もういいか。あとで酒瓶持ち込んだ犯人を説教すればいい訳だしな。

と、いう訳で――

 

 

――メイビス、あとで覚えとけよ。これでも俺、怒ってるからな?

 

 

ギロリと鋭い視線を天井へと向け、身体を震わせていたメイビスを睨み付ける。こちらの視線と怒りに気がついたメイビスもまた青くなり、さっと何処かに逃げ失せる。よし、隠れんぼか。捕まえたら覚悟しておけ。

 

 

と、いう訳でだ。エルザ、お前と付き合ってる暇はねぇ。

 

 

素早く回り込み、首筋に手刀を叩き込む。ドスッと入ったそれは確実にエルザの意識を刈り取っていき、そのまま眠りに落ちさせた。

若干手荒く畳の床に放置すると、俺はそのまま全速力で大広間を後にする。勿論、早く駆け抜けるため、シャナをキチンと抱き締めておいた。

抱き締められたシャナの状態を知らぬまま――

 

 

「~~~ッ!?!? ~~~っ~~~!!!」

 

 

 

 

 

 

――その後、ウェンディと合流した俺は自分の浴衣の胸辺りが真っ赤に染まっていることに気がついた。と、同時に止血キットやら治癒魔法が必要となったのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




簡単な今回のマトメ。

・開幕レインの自虐話。

・海でヒャッホー、数秒たたずに大体正座。

・ウェンディ暴走

・フィー、ウェンディに諭す。

・シャナ降臨、レインの後頭部ダメージ。

・万を持して変態登場(キリッ→数秒後に太陽投下。

・浴衣着て慰め談話。

・ウェンディへの問答。

・臨時特殊部隊、未成年者解放作戦開始。

・シャナ羞恥と歓喜で鼻血。

・前篇合計文字数22905。


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男たちの戦場 後篇

お久しぶりです! 半年と少しぶりですね、皆さん!
FAIRY TAIL 『天空に煌めく魔導の息吹』再スタートです!
色々調整してたりしてたので本当に遅れまくりましたが、これからはたまに更新できるように頑張ります。
応援してくださる方に感謝を、喝采を、祝福を!
と、いうわけで。
前回あれほど待たせました、後篇です。
文字数は宣言よりも減ってしまいましたが、それでも一部のキャラに視点を置いたりしているのでそちらに目を向けていただければなと。
あと若干ヒャッハーしてるキャラ多いかもです。
そこのところも苦笑いしながらどうぞ。
それでは久しぶりの本編をどうぞご観覧あれ!




緊急事態から数分が経ち、漸く俺たちは危機を脱した。

昼間は海辺に変態が出るわ。少し話した後に大広間に行けば、地獄絵図、もとい地獄(グラズヘイム)が展開されているわ。

ただ単に抱き上げて逃走図ろうとすれば、シャナが鼻血を出して気絶しかけていたりとか。

本当に目まぐるしいことこの上なかった。と、愚痴ってみたが一番の戦果と言えば、突撃班に犠牲者が出なかったことと、未成年者からアルコールという毒物を完全に解毒できたことだ。

少々問答を受けていたフィーも今ではすっかりいつも通り。

酒を飲んでしまった理由はメイビスが持ってきていた酒を、用意されていたものだと勘違いしたエルザによる愚行。それに巻き込まれた各々に囲まれた結果らしい。

シャナは一口ずつなら大丈夫だったのだが、ちょっとした興味でグイっと飲ませたら酔い潰れてしまったとのこと。その間フィーはずっと一人で美味しそうに飲んでいた、と。

 

いやいや、なんで平然と追加で飲んでるの? 止めようぜ、そこで。

 

とツッコミたかったのだが、現場にいなかった俺が言える義理でもない。大変最低なことだが、兎に角二人を尖兵として行かせていて良かったと思ってしまった。

俺が尖兵で行っていれば、飲まされ続けたあとの酒癖である抱き上戸が発動し、記憶が飛んでしまうと謝りようにも実感がないこともあり、どうすればいいか頭が真っ白になるところだった。お陰様で前にこんなことがあって頭は真っ白となった。

おのれ許すマジ、カナ・アルベローナ。こっちは好きでグイグイ酒を飲む訳じゃねぇんだよ。記念やら気晴らし、その他諸々の特殊な場合だけなんだよ。

 

と教えてやりたいのも山々だが、現在カナはエルフマン、ミラ、リサーナの班で修行を行っている模様。コイツは驚いた、アイツ山なんか登る体力あったのか。前に24時間耐久レースした時は結構バテていたような気がしたのだが。

 

――さて。

 

「ウェンディ、そこの桶に沈めてある冷えたタオル、こっちに渡してくれ」

「はい、どうぞ」

 

「ありがとな。ん、ちゃんと絞ってるな。ウェンディ、やっぱ慣れてるな、こういうの」

 

受け取った濡れタオルの感触を確かめつつ、褒める。嬉しそうに頬を少し染め、照れるウェンディの姿をしかと目に焼き付けて、俺はタオルを軽く畳んで横になっているシャナの額に置いた。

 

「よし」

 

「お兄ちゃん、シャナさんは大丈夫…なんですか?」

 

「ん? ああ、大丈夫だ。ただの貧血。鼻血出し過ぎたんだろうな」

 

原因もわかっている。が、なんで鼻血が出るに至ったかは皆目検討がつかない。いやはや、なんでこういう時に俺の脳はそこまで答えに近づいているにも関わらず辿り着けないのだろうか。俺の脳の責任か、それとも日頃から鈍いと罵られる俺の責任か。

もし、後者であるならば、可能性だの原因だのを演算している自らの脳が哀れに思える。

いや、恐らく後者なのだろう。首を傾げている俺にジトーとした目を向けたウェンディとフィーがそれを物語っている。

その冷たさ混じりの目を言葉に現せば、多分……。

 

なんでまだ気がつかないんだろう?

 

というヤツなのだろうと思う。本当にそうなのかを聞いてはみたいが、遠慮しておくに限る。こういうのは知らぬが仏と言うし、自分自身を守るための戦略の一つだ。

 

ところで

 

「二人は風呂に行かないのか? 今頃酔いが覚めただろう女子陣が向かってると思うんだが」

 

手伝ってくれていたウェンディは勿論、事情聴取を既に終えているはずのフィーも未だにここに滞在している。理由は分からないが、何か残る理由があるのだろうと思う。

例えば、ウェンディなら俺の予備で治癒魔法を行使出来るだろうし、他にも応急措置などはお手のものだろう。

続いてフィーだが、パッと思い当たるものはないが、親友なのかもしれないし、心配だという理由なのではないかと推測する。

 

だが

 

「あ……」

 

「………忘れてた」

 

二人は驚きつつ、腰を上げて立ち上がる。

どうやら素で忘れていたらしい。二人らしい感じもしなくないし、なんだか可愛らしくも感じる。悔しいが若干あの変態の感性が理解できてしまいそうになる。

が、すぐに同情を含めた全てを凪ぎ払い追い出し滅尽滅相。邪魔なヤツは直ちに除外だ、クソッタレ。この程度で流されていたらキリがない。

 

と理性と何かがほんの僅か拮抗し直ぐ様消滅した最中で、ウェンディがこちらを向いていた。

 

「それじゃあ、私とフィーちゃんはお風呂に行ってきます。シャナさんのこと、責任をとって看病してあげて、お兄ちゃん」

 

「うっ……、わ、分かった……」

 

言い返せない現実。事実、俺が原因らしいし。それに――

 

「――ま、俺も個人的にシャナに()用が出来たからな。看病ついでに片付けておくさ」

 

嘘偽りのない表情で、そう告げる。初めての喧嘩以来、ウェンディは俺の表情や雰囲気をよく確認するようになっている。

当然ながら大抵の嘘を見抜けるようにもなった。だから俺は心配ないように本当の表情で答える。すると、安心したのかウェンディはフィーを連れ、そのまま部屋を後にした。

 

肩の力を抜き、息を吐く。別にストレスになっていた訳じゃない。かといって嘘を突き通そうとしていた訳でもない。

 

ただ――

 

「――そこにいるのはお前か? シノア」

 

――怪しい気配を感じたから。

 

「あれれ~? バレちゃいました?」

闇夜を切り裂くように何もない部屋の隅から姿を見せたのは薄い紫色の長髪の少女。ゴスロリに似た服装を身に纏い、天使のような笑みを浮かべている。

 

が、それはあくまでの“表”であり、“裏”ではない。ゆえ、コイツの本性は別にある。

 

「また“あれ”やってるのか? 聞いたぞ。最近少年少女が何人か行方不明らしいな」

 

「やっぱりマスターは耳が早いですねぇ~。ええ、そうですよ、私の犯行です」

 

最近になって起こり始めた行方不明案件。その犯人が自分だと素直にシノアは認める。

何処にも悪意は感じられないが、それ故にタチが悪い。自分が悪いだの何だのを自覚していないのだから。

しかし、それを問えば、必ず問いた側は言いくるめられてしまう。

 

何故なら――

 

「――だって私の食料ですし、吸わなきゃ私は生きていけませんから~♪」

 

ニッと笑いかける。しかし、口元からは鋭く尖った犬歯。あれを喉元やら首に突き刺し、シノアは血を吸い、肉を喰らう。

その時点で彼女の正体は露見する。だが、露見はしない。知っている者はごく僅かだし、何より見た者はほぼ殺されている。

ある時はバラバラに解体され。またある時は腹を切り裂かれ。またまたある時は精神に異常を来しながら出血多量と共に目の前で死ぬ。

 

だから誰にも知られていない。知っているのは俺ただ一人。だが、俺は言わない。

理由など単純明快。それは俺が――コイツらの(あるじ)だから。

 

「んで? いつも通り吸い殺してるのか?」

 

「いえいえ。今回はすごく美味しい血を飲めたので長持ちさせたくてですね。吸う量も加減してますよ。人間三分の一でも死ぬときは死んじゃいますから。だからいつも四分の一です。その代わり、他の子は沢山飲ませてもらってます。もう何人か死んじゃいましたけど」

 

罪悪感ひとつなし。当然だ、それが自然の摂理である。

人間が他の動物を殺して喰らうように。吸血鬼である彼女もまた人間を殺して喰らうこともあるし、生き血を啜ることもある。生態系と同じだ。

彼女に人間を殺すなと言えば、それは即ち自分たちに他の生き物を殺すな、と言うことになる。そうなれば、人間は栄養失調で死亡する。

つまり止めてはならないし、止めさせてもならない。生きるためには必要不可欠だから。

 

「………趣旨は順調か?」

 

「ええ、勿論ですよ、我が王(マスター)。今評議院に“憤怒”が潜入してます。まだ気がつけていない所をみると、やはりガバガバ管理と警備みたいです」

 

「お前なぁ…然り気無く、あの無能共をディスってやるなよ……。まあ、実際ガバガバ管理の無能共だが……、二人を除いて」

 

「ん~、二人ですか。あ、そういえばですね。また“強欲”と“怠惰”、“傲慢”が殺しあってましたよ? あの三人仲悪いですよね~」

 

「……またかよ………。何度目だ、あの馬鹿共……」

 

頭に手をつけ、ため息を溢しながら呆れ果てる。

アイツらは最初からそうだ。合わないだの、一緒にいたくないだので殺しあって殺しあって、回りを巻き込む。

未だに死者が出てないのはコイツら纏めて化け物だからだとして。周囲に痕跡残したら評議院がしつこいと何度も言った筈なのに……。

 

「……ちなみに評議院にあの馬鹿共は見つかったのか…?」

 

「えぇ、そりゃ簡単に見つかりましたね。馬鹿丸出しって言ってもいいぐらいに」

 

「………殺したのか?」

 

「当然だ――って言ってましたね。まぁ~、私は評議院の人たちの味気ない血は死んでも飲みたくないですし、被りたくもないです」

 

「……成程な。火消しが面倒になるな、それ。どうせ向こうは検討か何かつけて文書とか探ってるんだろうな。例えば――“渇望の具現化について”とかな」

 

「あのメモ書き纏めでしたっけ? よく残ってましたよね、あれからかなり年月が経ってるはずなのに」

 

「つっても、オレが百年単位で生きてるせいで、そのかなりが短く感じるけどな」

 

「それは仕方ありませんよ〜。だいたい、うちの団員は軽く50は歳をとってるはずですしね。

と、言いましても、このシノアちゃんはピチピチ17歳なので〜す♪」

 

「そりゃそうだろ、吸血鬼なんだから。伝承曰く、血吸い喰らう不死鳥なんだしさ」

 

「それを言ってはつまらないじゃないですかぁ〜。サキュバスなんかとは一緒くたにされるのは不満ですが、生命力を喰らうのは変わりませんしね」

 

「淫魔は正直勘弁だな。あれと気はあわねぇ。まだ吸血鬼の方が何倍もマシだな」

 

「見直しました?」

 

「婉曲にディスったんだよ、気がつけよ」

 

「あははっ♪ 相変わらずの毒舌で安心しました。ところでですね、我が王(マスター)

 

「ん?」

 

「そこの、今はグッタリしてる子は誰ですかぁ〜?」

 

吸血鬼シノアが俺の前に寝かせているシャナを指差す。

グッタリしてる。

その言葉がすっと出てきたのは、微かに膨らんだ胸が浴衣の下から上下する様子と呼吸の状況、血の気からの判断だろう。

確かに体調が良くないことは正しい。

だが、何故コイツは舌舐めずりをしながら言ったのだろうか?

 

「おいコラ、シノア。まさかとは思うが、“美味しそう”とか思ったんじゃねぇよな?」

 

「あははっ♪ そんなワケないじゃないですかぁ〜……まぁ、ちょっとは思いましたけど」

 

「お前の“ちょっと”は本気ではアテにならねぇからな。ま、でも残念だな、シノア」

 

「へ?」

 

「シャナは火の魔法を操る魔導士だ。それも()()魔法のな。吸血されてれば、途中で目が覚めて、お前を焼き殺すだろうよ」

 

「あ、あの魔法ですか……そ、それは遠慮しますね、一瞬で灰になっちゃいますよ」

 

「ま、そういうことだ。諦めとけ」

 

「ふっふ〜ん♪ でもそれなら余計に楽しみですねぇ〜、血を吸える時が。極上なんでしょうねぇ〜、今からヨダレがとまりませんよ〜♪」

 

「諦めてねぇのか……ま、死なない程度に頑張れ。つっても、コイツを殺させる気はねぇから、そこの辺りは理解しとけ。やり過ぎたら、お前はバラバラにしてから天日干ししてやる」

 

「私、溶けちゃいますよ、それ!?」

 

「知らん」

 

「相変わらず容赦ありませんねぇ〜。……っと、さて、そろそろお暇させていただきますね。どうせ、向こうで三人喧嘩してそうですし」

 

「そうか。なら、伝言頼む。“じきに厄災が起こる。それまで牙と爪だけ研いでろ”ってな」

 

「えぇ、きちんと伝えますよ〜。次会うときは貴方がお戻りになられる時が嬉しいですね〜」

 

「それはまだ後だ。先に厄災を片付ける」

 

「分かりましたぁ〜、それでは♪」

 

ニッと笑い、吸血鬼は闇夜に溶ける。消えゆくその身、その視線の先に射留めるは気を失った少女の姿。

何れ相見えるかもしれない両者の腐れ縁を感じながら、俺はひとり愚痴る。

 

「“大罪の激痛(ギルティ・ペイン)”か……、いやはや、自虐にも程があるな」

 

「……かもね、 レイン。少しは自分に優しくしたら?」

 

何処からとなく声が聞こえた。しまった、という本音を隠しながら、俺は視線を下げる。

 

「……起きてたのか。さっきの話、全部聞いてたのか?」

 

「うん。いくらか、ね。変なのに見初められちゃったかな」

 

「だろうよ。あんなのまるで、“焦がれる者(イカロス)”と変わんなぁよ」

 

「イカロス?」

 

「あぁ、太陽に近づき過ぎて羽が溶けて落ちた、ってヤツだ。何処かの小説でそんなのがあってな。依頼で別大陸に赴いた時に愛読してた」

 

「そっか。なら、私は太陽なんだ……ふふ、なんだか嬉しいな」

 

「そうだな。フィーが月で、シャナが太陽。でもまぁ、仲はいいんだろ? 無理矢理酒を飲まされても怒らないんだから」

 

「ん、そうだね。敵対はしたくないかな。……今ならわかる。あの子はきっと優しい……余程のことがない限り誰かを殺せないから」

 

ゆっくりと身体を起こし、シャナは微笑む。

その表情に気恥ずかしさを感じながら、俺も微かな笑みを浮かべる。

 

「ねぇ、レイン」

 

「ん?」

 

「私がレインとずっと一緒にいたい、って言ったら……どうする?」

 

「……そうだな、多分、認めはしないだろうな。けど、それを阻む理由は俺にはない。ある意味、さっきのヤツもそんな感じだからな」

 

よっ、と。

そろそろ風呂に入らないとな、と思い、立ち上がる。シャナも同じく立ち上がり、微かに緩んだ浴衣の帯を締め直す。

えへへ、と微笑み、それから今は黒い髪を揺らしながら、俺の前を歩く。恐らく、シャナも遅れてだが、風呂なのだろう。

男湯、女湯と分かれている旅館の風呂なら心配など微塵もない。俺に関してはそれらしい感情は自分自身うんざりするほど存在しない。

 

が、僅かな不安が脳内に浮かぶ。

そういや、あの変態はどうなったのか、と。

流石にアレを食らいかけてボロボロに近いとは言え、それでもアレは自らを「変態と言う名の紳士だからね(キリッ」だの、「変態の汚名を受ける勇気ッ!(ドヤァ」だのとほざく奴だ。

絶対に碌なことにならない。もしや、今ですらそんなことをしでかしているかもしれない。

 

加えて、あの地獄から時間が経っている。あの部屋にいた者だって解放されているはず。ならば、男子勢が復讐しない道理はない。

アイツらのポリシーはおおかた、『倍返し』か、『殴り込み』でしかない。そうなると、最悪の場合、突撃するかもしれないーー女湯に。

 

「アイツら、何かしてたら絶対殺す……」

 

「レインも大変だね。ムラクモもいつもそんな感じだし」

 

「そうだな。アイツにも謝罪はしないとな。あんなことになったんだから」

 

「……気にしてないよ、きっと。ムラクモはそんなに弱くはない。フィーを守るために私やラインハルトに立ち向かえたんだから」

 

「ハハッ、そうか。そんなに格好ついたのか。成程な、後日殴り込……挨拶に行くか」

 

「言いかけたね」

 

「なかったことにはならない?」

 

「ダーメ、私が聞いちゃったから」

 

ふふっ、と小悪魔っぽく笑い、俺の前で何度か回りながら歩み続ける。何だか変わったな、という気持ちのよそで微かな喜びを感じる。

7年間も音信不通だったんだ、本来ならどれだけ苦しかったのか、すら理解し切れるかすらわからないほどだ。

けれど、シャナにはそんな暗さも辛さも感じられない。むしろ、それを糧にして先を見ている。

寂しくはない、だってレインは死なないから、と。

そう無言で伝えてきているように。

 

「ん?」

 

眩しい何かに気がつき、視線を送る。

そこにあったのは満月。雲ひとつない綺麗な満月だ。

フィーが喜びそうだ。そういや、拾った日の月も満月だった。

風呂に入りながら、フィーも見ているのだろうか。逆上せることはないだろうが、微かに心配だ。

そんなことを思いながら、シャナに視線を向ける。

 

「……綺麗」

 

「そうだな」

 

「ねぇ、レイン」

 

「ん?」

 

「昔の妹と、今の妹。どちらかを捨てないといけなくなったら……レインはどうする?」

 

瞬間、シャナがクロナと重なった。

なにも答えられない。正解がないからではない。正解ならある。それもいくらでもだ。けれど、どちらかを切り捨てることは今の俺にはできない。

例えそれが、かつての妹の亡霊に呪われたシャナであっても。再三に次ぐ器のような存在であったとしても。

俺にはきっと選べない。今もそうやって悩み続けているから。

 

そんな俺の表情をみて、シャナは淡く微笑み、それから瞳を伏せる。

ギュッと閉じた後、ゆっくりと開き、そっと言葉を送ってきた。

 

「別にもういいよ。レインは苦しまなくていい。

例え、私がずっと前から決められたそんな想いを抱かされてても。

例え、そのために生まれたんだとしても。

それでも、私は私。レインの妹がどうこうなんて興味ない。当然、私にはそんなの関係ない。好きになるのが確定してても、それから私がどうするかなんて、私が決めること。だからね、レインーー」

 

俺の浴衣の襟首を掴み、シャナはグッと引き寄せる。それに驚きながらも、距離が縮まり続け、僅かな隙を狙っていたかのように、恋する少女はそんな俺に迫って、唇を重ねさせた。

優しい感覚を感じ、それに驚いている間にシャナは終わらせる。離したあと、肩に自らの頭を乗せて、そっと言葉を紡ぐ。

 

「ーー初めても貴方にあげる。別に絶対に私を選んで、って訳じゃない。他の子が欲しがるかもしれないのはわかってる。けど、私もレインが欲しいし、やる事なす事に我慢なんてしない。

それにね、レインも私を欲しがってくれたら、すごく嬉しい。だからね、私は強くなって、ずっと一緒にいてあげたい。

例え、レインがみんなを裏切るような決断をしても、私は貴方の真意を理解する。本当の気持ちにもちゃんと気づいてみせる。

貴方の側には私がちゃんといる。この気持ちが形として実らなくても、それでも私は守りたいものを最期の時まで守り抜く。

こんな気持ちはきっと誰かのものじゃない、私自身のものだから」

 

月光の下で、一輪の紅い向日葵が咲く。

頰を朱に染め、はにかむように微笑む少女にーー俺は目を離せなかった。

 

 

 

 

 

 ーー◆ーー◇ーー

 

 

 

 

 

一方その頃。

風呂場ではある男たちの愚かなる計画が幕を開けようとしていた。

 

「紳士諸君! 日頃の恨みと欲望を晴らしたいかな!?」

 

「「「「「おう!!!」」」」」

 

「やられた分を倍返しにする覚悟はあるかな!?」

 

「「「「「おう!!!」」」」」

 

「幼女の胸元に飛び込み、スゥーハスゥーハしたいなッ!?」

 

「「「「「お……ん?」」」」」

 

「ならばこれより、『SBA』ーーサイレントバットアタック作戦を開始する。諸君、各々の位置に待機し、手振りでそれぞれ意思疎通を行うように!!」

 

何処が『ならば』なのかは不明な上に一度お前は死ねよ、と思わざるを得ないようなことを平然と口にした変態は兎も角。

男たちは数分前に発表された作戦の、決行の時を迎えていた。

 

現場指揮官はこの男。何度吹き飛ばされようと、何度殴られようとも怯まず、死地へと駆け抜け、評議員が飛んでくるようなことを時々起こす幼女趣味似非紳士(ロリコンフェミニスト)ーーカール・パラケルスス・ホーエンハイムだ。

所属は《四つ首の番犬(クワトロケルベロス)》であり、驚くべきことだが、この男はS級魔導士である。

尤も、聞こえしか良くないものであり、その実、コイツはドMの変態である。そのため、ドSの少女には特に目がない。

 

「ふっふっふ……現在、親友はここにはいない。ならばこそ、今こそ勝機ッ! たっぷり覗いてみせようじゃないか、同志たちと共に!」

 

ちなみに同士とはここに集っている愚かな男子諸君である。

どうやら各々、晩飯食べに言った時の暴走の借りを返したいご様子。

 

「おいナツ、お前は誰に仕返してやるんだ?」

 

「あ? んなもん決まってる。ルーシィだ!」

 

「アイサー!」

 

「俺はジュビアだな。もう少しで窒息するところだったしな」

 

「深く沈められすぎだろ……」

 

「だよな」

 

「さぁ諸君! 今こそ、我らの大願を叶えようじゃないか!」

 

男湯に漂う湯煙の中、男たちはそれぞれの獲物を見据えて、行動を開始する。

ナツ、ハッピーはルーシィに、グレイはジュビアに、ジェットとドロイはレビィだ。

勿論、ロリコンであるカールはウェンディ、フィー、シャナを獲物に覗きーーいや、もういっそ女湯へと突撃しようとしていた。

 

「まずはこの僕の魔法、《錬金魔法(アルケミスト)》をご覧あれ!!」

 

両手をパンっと合わせ、地面に手をつける。途端、魔力が彼の想像を(なぞら)えて求めるものを作り出す。

何故そこで幼女を作り出さないかといえば、そもそも作るための基盤は手が触れた場所の素材からであり、まず指向性がない。

そのため、ただの人形しかできず、本人からすれば、「可愛らしい反応が拝めない時点で論外じゃないか」となるらしい。

 

結局、今作り出したのは自分の足元から天へと押し出すような飛び込み台だった。要するに高台作って、風呂の湯の中に飛び込もうという魂胆だ。馬鹿だろテメェ、というツッコミが飛びそうな考えである。

そもそも計画考案者が作戦名であるサイレントを無視している時点で計画破綻は目に見えていた。

だが、愚かなる男子諸君はそのことに気がつかない。

 

「ふっふっふ……諸君ッ! 僕はこれより理想郷(アヴァロン)へと旅立たせてもらうよッ!」

 

「な、なんだよアレッ!?」

 

「造形魔法なのか、あれも!?」

 

「魔法なのか、錬金術なのか分かんねぇな」

 

「だな」

 

「あ、アイサー……」

 

「そのことについてはあとで話してあげようじゃないか! さて、僕はこれより急降下ダイブに入らせてもらうよ! 待っててね、愛しの楽園(ツァオル)、そして幼女たち!!」

 

高台が完成し、その眼下には女湯が広がる中。最後の難敵たる湯煙など知らんよと言わんばかりに飛び込もうとする変態。

その光景に驚愕する男数人と呆れる数人+猫一匹がいるが、それでもなお変態は楽園(ツァオル)を求めて飛び込んだ。

 

 

ーーはずだった。

 

 

ドゴオオオン!!! という爆裂が鳴り響き、高台は紅蓮の焔に包まれ大爆発。真っ黒焦げとなった男たちの勇者ーー世間的には変態はそのまま夜空に消えていったのだ。

その光景に誰もが唖然としながら、崩壊する高台の岩を各々で処理していく。

 

「……なんか爆発した、よな?」

 

「あ、あぁ……綺麗に、な」

 

「やっぱ飛びこむなんてロクなことにならねぇな」

 

「ホントだよ、だから覗くんだろ」

 

「だよねー」

 

「だなぁ。……だから誰かが鉄鎚降さねぇとならねぇんだよなぁ?」

 

不穏な雰囲気が男湯に瞬時に漂い、場を支配する中、覗きを働こうとしていた男たちは一斉にその声の主を確かめるべく、振り返った。

 

そこにいたのは、言うまでもなくーー

 

 

 

「よぉ、変態ども。股の()()とお別れする覚悟はできたか?」

 

 

 

大きめのハサミを片手に持って、もう一方に魔封石でできた手錠を持つ、銀髪の少年ーーレインの姿だった。

 

 

 

 

 

ーー◆ーー◇ーー

 

 

 

 

 

「……ふぅ。これでもう安全だね」

 

女湯にて、一人の少女が裸体を同性たちに晒しながら、天へと向けた右手を下ろした。その姿には威圧感を大きく感じさせる。

焼きつくような灼髪を揺らし、見通すような灼眼で夜空を視界に入れた。それから張り詰めていた緊張を解くように息を吐く。

それに呼応するように少女の容姿はみるみるうちに変化した。灼髪は黒髪へ、灼眼は茶色混じりの瞳へと。

灼刃煉獄(フレイムヘイズ)》を解いた後の少女ーーシャナにはあまり威圧感は感じられなかった。

 

「やっぱりレインの言う通りだった。男はやっぱりケダモノばっか。まともなのはレインとムラクモぐらいだね」

 

「シャナは相変わらずの命中精度だね」

 

「ふふ、ありがと、フィー」

 

「ナツさんたち大丈夫でしょうか……」

 

「た、多分もうダメかもしれないわね」

 

「グレイ様……」

 

「なんだ覗きか、別にそのくらい許してやっても構わなかったのだがな」

 

「そんなのエルザだけね」

 

「そ、そうなのか?」

 

「えぇ、そうね」

 

皆が同意する様子を見て、困惑するエルザはさておき。

女たちの危機を救ったシャナはゆっくりと足から風呂の湯に浸け、身体を沈めた。

 

「ふぅ〜……あったかい」

 

「ん、お風呂は良い文化」

 

「そうね。……ところで、お風呂は大丈夫なの?」

 

「ん、溺れる気配なし」

 

「足を吊った場合は?」

 

「お姉ちゃんに引き上げてもらう」

 

「私そんなにチカラはないかなぁー……」

 

「じゃあ、シャナが」

 

「その『じゃあ』が気になるけど、まぁその時は助けてあげる。ところで、フィー……ムラクモのこと聞かないの?」

 

プィッと母を背けるフィー。拗ねたかと思いきや、その実は頭部にある獣耳がピクピクと嬉しげに動いている。

 

「……ちゃんとご飯食べてる?」

 

「貴女に教えてもらったものをちゃんと作って食べてる。今の所ご飯を抜いた回数は少なめね」

 

「そっか……、ちゃんと食べてるんだムラクモ」

 

「恋する乙女」

 

「ブーメラン、って知ってる?」

 

痛いところを突かれ、黙り込むシャナ。フフンと自慢げにするフィーを恨めしげに見ている最中、湯の中でも揺れる尻尾に視線が向かう。

 

「尻尾触っていーー」

 

「流石にダメ」

 

「うっ……」

 

「お風呂は静かに入るもの。はしゃぐのはダメ。しかもここは私たちの家じゃない。だからダメ」

 

「……ん? じゃあ、風呂上がりーー」

 

「それもダメ。せっかく洗ったのに汗かく必要ない」

 

「人間、暴れなくても絶対に汗かくよ?」

 

「じゃあ、シャナは汗でビショビショのまま寝るの?」

 

「もう一度お風呂入るから大丈夫」

 

「…………シャナ、ズルイ」

 

「可愛いのがダメだと思う」

 

「……酔い、ちゃんと覚めてる?」

 

「うん、覚めてる覚めてる」

 

「……ホントに?」

 

「ホントだよ」

 

「……じゃあ、質問。

ここで私が尻尾触っていいよ、って言ったらどうする?」

 

「満足いくまで触る」

 

「……逆上(のぼ)せてる?」

 

普段しないような返答が返ってきたことで困惑するフィー。それに対し、シャナは指をワキワキと動かしながら、今か今かと尻尾を狙う。

この時のフィーは知らなかったのだが、シャナは普段ムスッとしている面が目立ってはいるが、ちゃんと女の子であり、可愛いものには目がなかった。

そのため、中々親しい間柄であるフィーの獣耳や尻尾を、たまに凝視したりしていた。会話するときにクールに振る舞ったりしていたのは、そういう面を隠すためだった。勿論、内心では触りたくて仕方なかったのだが、本人はあまりそれを見せたくなかったはずだった……。

現在ではこの通り、前述の酒による潰れや僅かに逆上(のぼ)せていることが、その枷を解き放っていたのだ。

 

「失礼だけど、シャナ。熱とかないよね?」

 

「ないよ。そもそも私自身が焔だし。今は違うけどね」

 

「……やっぱり酔ってないよね?」

 

「レインに解毒されてるから大丈夫」

 

「確かに……パパが手を抜くなんてことないし……」

 

原因が分からず考え込むフィーに、その背後から決定的な隙を狙うシャナ。その二人の姿に、誰も気がつかない中で、向こうで会話していたウェンディが気がついた。

 

(フィーちゃん、どうしたんだろう?)

 

疑問を浮かべながら、お湯の中を進んで近づいていく。ホワホワと立ち込める湯煙で前が僅かに見えづらくなり始める。

そんな中を進みに進み、ウェンディは先ほど二人がいたであろう地点に到達する。

 

「湯煙が濃くてよく見えない……、フィーちゃんは何処だろう?」

 

その場で止まり、首を傾げる。さてどうしよう、そう考えようと思考を巡らせた時だった。背後に人影が出現していたのだ。

そして、当然の如くーー

 

「ーー隙ありぃっ!!」

 

「わひゃあっ!?」

 

シャナが湯煙の中から出現した。

背後から襲撃を受けたウェンディは動くことすら儘ならないまま、シャナの餌食となる。

 

「わー、フニフニしてる……」

 

「やっ! やめっ、やめてくださいっ、んっ! そんなとこ触っちゃダメなですっ! んくっ! ひゃぁっ!」

 

「ふっふ〜ん、尻尾がダメならこれしかないよね」

 

「し、尻尾? んくっ! わひゃし、フィーひゃんじゃ、んっ! らいのにぃ……あっ! んぅっ!?」

 

「そんな訳ない、さっきそこにいたのはフィーだもん。嘘はついたらダメだよ」

 

「ほんひょにちらうのにぃっ……んんっ! ふぁっ! らめてくらはい、らめてくらはいぃぃっ!!」

 

執拗な悪戯を受け、声に艶が出始めるまでとなったウェンディが流石に耐えきれずに足腰が砕け、湯に半身が浸かる。

それに伴い、僅かにシャナの態勢も崩れるが、そこは空間把握の得意な彼女らしく、すぐさま立て直す。

とはいえ、その状況は流石に長くは続かない。かつて、フィーについた渾名の一つの由来通りの対応が発動したからだ。

 

「い・い・加・減・にーーしてッ!!」

 

「ひぎゃんっ!?」

 

湯煙の中から飛び出してきたのはフィー。その手は手刀に変えられており、それがシャナの頭頂部に振り下ろされた。

それを受け、何処ぞの悪党のやられ声のような悲鳴をあげるシャナ。そのまま、湯の中に軽く沈み、それから「え?」という顔を見せた。

 

「あれ? フィー? なんでそこに?」

 

「それは私の台詞。なんでお姉ちゃん襲ってるの、シャナ」

 

「フィーひゃん……たしゅすけてくれへ、ありがひょう……」

 

「お姉ちゃん、大丈夫? なんだが言葉遣いおかしいよ?」

 

「うぅ……胸触られてたら、そんな気分に……」

 

「まだ変な感じがする」とウェンディが恥ずかしげに胸を両手で押さえる姿を確認したフィーが般若の如き顔面をシャナに晒す。

あまりの怒りっぷりに流石のシャナも血の気が引き、すぐさま謝罪をウェンディに向けた。

 

「間違ってたとはいえ、散々遊んですみませんでした」

 

「……う、うん。だ、大丈夫だよ? なんかちょっと落ち着かないけど……」

 

「シャナ……あとで海辺に来てね。ちょっと遊ぼう(殺ろう)か」

 

「と、逃亡……ってありかな?」

 

「明日に伸びたら、もっと容赦なんてしないからね?」

 

「……はい」

 

念のためにエルザたちの元へと戻っていくウェンディを見送りながら、フィーは今一度念押しでシャナを睨む。

ショボンと落ち込むシャナ。それに対し、フィーは溜息をつく。一応嫌な予感が本能として感じていたために、無音でその場から距離を取っていたが、まさかウェンディが餌食になるとは考えていなかった。

ある意味、自分の落ち度である。それを痛感したフィーは軽く項垂れながら、湯の中から自分の尻尾を出して、それを自分で撫でる。

 

「はぁ……」

 

揺れに揺れるフィーの尻尾。その毛先を撫でながら、溜息をまたもつく。いまだ湯煙が立ち籠める中ではあるが、隙だらけだ。

しかし、そのことに猛反省中のフィーは気がつかない。背後からやってくるシャナの姿に。

またか、と思うだろうが仕方ないことだろう。だってシャナは現在テンション高すぎて自制が効いてないのだから。

 

そんなことを知らず、フィーは満月が光放つ夜空に目を向けた。無数の星空も浮かんでおり、幻想的な風景であることに間違いはない。

出来れば、レインとメイビスも一緒で見たかったことだろう。性別の違いとやらが、なんだか残念に感じる。

夜空に輝く瞬く星屑もまた酔狂なもので、かつては感じなかった哀愁のような微細なものも感じ入ることが出来る。

簡単にこの光景を言い表すなら、やはりあの言葉しかない。

 

「綺麗……」

 

他に感想なんていらない。細かいものは全部無言で察すればいい。わざわざ細かく研究するほどマニアではないのだ。

星空全てが全く同じだ、なんて無粋なことは言わないが、総じて綺麗なのは変わらない。ただその綺麗にどれだけの幅があるか。

総じた言葉である綺麗に良いも悪いも決めるのは、あまり良い気分ではないし、そもそも比べっこして互いを蔑む行為なんかは無意味だ。

ゆえに総じて綺麗でいいと思う。どこも綺麗なのは変わらないのだから。

 

「……………」

 

未だ濃いままの湯煙の中で、少しだけ腰を上げ、裸体を外気に晒した。暖まった身体に冷たい風が当たる。

少し逆上せたような感覚から覚めながら、人外の少女は自らの両手を見た。キチンと洗い、汚れ一つ見当たらない手のひら。

だが、そこには見えない血が付着している。殺してしまった人々の血だ。アレから何年か経った。もう迷うことはない。

それでも、奪った命と積み上げた骸は消えることはない。それこそ、歴史改変でもしなければ消えないだろう。

尤も、それは今の自分を全否定し、存在すら認めないことに繋がる。

 

結局、今ここにいるフィーリ・ムーンは永劫、人殺し(トガビト)でしかない。

ヒトの罪は一つしか背負えない。殺人一回が罪一つなら、きっとフィーは救われない。自分の死という罪を背負えないのだ。

加えて、他の罪はどうなるか。一つではない無数の罪をどうやって贖うのか。それは誰にも分からないし、理解できない領域だろう。

 

ただーーフィーリ・ムーンに救いはない。

 

背負う罪が定まり、愛する人が出来ても、その人の死という罪を背負えないのだから。

 

「……誰かを本当に好きになったら……私はどうしたらいいのかな」

 

微かに揺らめく心の温もりに手で包むように、そっと呟く。時に苦しく、時に暖かく、ツラく、悲しく、それでも嬉しいーーそんなごちゃ混ぜな想いに何度か考え込んだことはあったけれど、答えなんて見つかっていない。

それでも、傷ついた動物が安らぎを求めるように、この想いはみんなが帰ってくる前のあの頃に確かなもののように感じられた。

 

それは今でも変わらない。

 

本当に“好き”っていうのがよく分からないけれど、一緒にいて楽しいというのは分かる。それがまだ分からないからこそ、怖い。

大事な時に何をしてあげればいいのか、分からないからーー

 

「ムラクモ……ちゃんとご飯食べてるかな」

 

一同大丈夫だと聞かされたのに安心がし切れない思いで、満月の夜空に獣少女の呟きは闇に溶けた。

溜息を漏らし、少しずつ身体を湯に沈め直した。流石に寒くなったからだ。身体の熱を少しばかりコントロールすることも半分狼としての自分だからこそできる芸当だが、そこまでコントロールできる訳じゃない。精々簡単なことぐらいでしかなく、砂漠なんかじゃ意味はほぼない。そういう点では便利ではないし、外気に弱いのは人間と同じなのだ。そこを少し忘れていたことに失念していたことをフィーは今更ながらに気がついた。

 

「流石に冷えちゃった。お湯が暖かい……」

 

「暖かいのはお湯だけじゃないけどね」

 

「ふぇ……?」

 

「ーー隙ありっ!」

 

先程からの思考で完全に気配なんて探るのを忘れていたフィーの背後からシャナが飛びついた。まるでその動きは獲物を狙う肉食動物のよう。ただし、すぐに殺してくれる肉食動物と違い、今のシャナはたっぷりと可愛がった挙句、持ち帰るような存在だが。

 

「ふっふっふ……隙だらけだったよ、フィー♬」

 

「今すぐ離したら許してあげる……」

 

「それは無理なご相談かな。だってフィーは可愛いから」

 

「その理屈は可笑しーーんっ!?」

 

ビクンッと身体が跳ねるフィー。それをみ、ニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべながら、シャナは捕まえた獲物をじっくり楽しむ。

 

「ふにふにしてるね、フィー♬ やっぱりあの子と感覚が似てるなぁ〜♬」

 

「んっ!? そんなに、触らっ!? ない……でぇっ!? あっ! んっ!? やめ……!?」

 

「ダーメ、やめない。少なくとも今はやめない。あとでフィーにいっぱいお仕置きされるの分かってるから〜♬」

 

「倍返し……んくっ!? ……してや、あんっ! るんだからぁ……やっ! 覚悟……んっ! んぁっ……してぇーーひゃぁっ!?」

 

「可愛い〜なぁもう♬ そろそろ尻尾とかも触っちゃおうかなぁ〜」

 

「しょれだけは……んっ! ら、らめぇ……尻尾はやだぁ……!」

 

「フィーはホントに可愛いなぁ〜、私も妹がいたらこんな感じだったのかなぁ〜」

 

「んくっ!? あひゃあっ!? ふぁ……んっ、らめぇ……らめだってぇ……おねひゃい、らめて……らめてぇ!」

 

「にひひ〜♬ 可愛いな〜♬」

 

瞬間、フィーの中で何かが切れたような音がした。

額に血管が浮き出て、まだ動かせる右腕がシャナの腕を掴んだ。

 

「へ?」

 

「いい加減にーーしろッ!」

 

冷たい声音が漏れ、意図も容易くシャナを片手で放り投げた。宙を短い間ながら舞う少女。それは意図せずとも近くにいなかったはずのウェンディたちにも視界に入るものだった。

ドボンと湯船に落ちる。それから何度かぶくぶくと泡が立ち、シャナが姿を現した。

 

「な、投げられた……?」

 

「……ねぇ、シャナ」

 

驚愕している彼女に対し、冷たい声音を漏らすフィーはゆっくりと近づく。それに当然気がつくシャナだが、あまりの鬼形相に後退る。

だが、湯船の中ではあまり後ろに動くことも出来ず、むしろバランスを崩しそうになり、余計に距離を縮められていた。

 

「私ね……どんなことでも三度までは許すんだ」

 

「あっはい。……ん? これって二度目じゃ……」

 

「男も女も二まで数えられるならそれでいい」

 

「つまり?」

 

「じゃっじめんと・ぎるてぃ」

 

「デスヨネー」

 

すぐさまフィーがシャナの背後に回り、腰骨あたりに腕を回す。同時に勢いよく反り返る。腕を回されたシャナが宙に浮き、その後見事に湯船に沈まされた。

俗に言うジャーマンスープレックスである。

流石に脳天へ大ダメージを与える本家と同じことをしないフィーだが、それでも勢いよく湯船に突っ込んだシャナは一瞬のうちに意識を刈り取られ、そのまま湯船の上で浮かんでいた。

態勢を戻すとフィーは手で額を拭うようなら動作をした後、心配かけましたとばかりにウェンディたちの方へと一礼する。

 

「お騒がせしました」

 

「えっと……フィーちゃん?」

 

「どうかしたのお姉ちゃん」

 

「シャナちゃん……大丈夫?」

 

「大丈夫、多分」

 

「多分!?」

 

「そこらの魔導士よりは本当に頑丈だし、多分受身は取ってると思うーー気絶してるけど」

 

「それって本当に大丈夫なのかな……」

 

心配そうにこちらに近づくウェンディ。それに伴い、フィーもまたシャナの容体を確認しようと振り返り、彼女の額に手を当てようと手を伸ばす。

 

「あれ……?」

 

ぐらりと視界が歪んだ。

覚束ない足取り。次第に歪み増す視界。頭に手を置き、鈍い痛みを堪えようとするも、それは意味を成さずに膝が笑う。

そのままフィーの視界は横に流れた。慌てるみんなの姿を映して。

 

 

 

 

 

ーー◆ーー◇ーー

 

 

 

 

 

「逆上せただけだな。……ったくはしゃぎ過ぎだ」

 

「……ごめんなさい」

 

旅館の一室。そこには四人の少年少女と猫一匹がいた。比率は1:3。男一人の女三人。一見男からすれば天国のような環境だろうが、そうとも言えない。何しろ、その男がそういうことに興味が薄く、そもそも女三人のうち二人が病人だったからだ。

布団の中で安静にしているのは意識が戻ったフィーと未だ気絶しているシャナ。それをレインとウェンディ、シャルルが看病していた。

フィーとシャナの頭には大きめの氷嚢が乗っており、逆上せた身体を休ませていた。

 

「あの変態を片付けた後にどうしてそうなるんだか……まさか移ったか? それなら早めに解毒だ消毒だ殺菌だ。ウェンディ、俺のカバンからその他の類のものをーー」

 

「ーー移ってない。そもそも私はそんなのに移る理由が思い当たらない」

 

「だろうな。シャナもどうせーーアレではしゃいでたんだろうな。いやまぁそんな気は薄々してたが」

 

「お兄ちゃん、アレってなんですか?」

 

「ん? 気にすんな。ウェンディとフィーには色々早い」

 

「そうね」

 

「私もお姉ちゃんも、シャナと同じ歳なのに?」

 

「歳で判断するのは飲酒だけでいい」

 

「パパの身体は未成年だよ?」

 

「精神は百超えてるから」

 

「それは反則」

 

「仕方ないだろ。事実なんだから」

 

ぷぅ……と頰を膨らませ、フィーは「ずるい」とだけ呟く。幼さ残るその姿に苦笑を溢しながら、レインは髪を優しく撫でる。

安心した顔をしているが、実際のところ数分前は違っていた。男子全員の処断を決行しようと動いた途端、緊急事態とはいえ、躊躇いなく男湯に突っ込んできたウェンディ。

若く純粋な少女である彼女の目に映った何かが彼女をテンパらせたものの、急いでそちらに向かったレインは浴衣に着替えて二人の看病へと出たのだ。

ちなみにウェンディに何かを見せたものたちはレインの容赦と慈悲の一切ない『無回転クリティカルキック』で天高らかに蹴り飛ばされた。何処を蹴られたかなど男子なら大体察しがつくとのこと。

 

「それにしても男どもは何考えてんだか。覗きも無粋だが、飛び込む馬鹿は純粋に死ねッ!」

 

「お、お兄ちゃん、落ち着いて」

 

「レインの言うことも分かるけど、確かに落ち着きなさいよアンタは」

 

「パパ、しゃらっぷ。頭に響いちゃう」

 

「あっはい。……娘に黙れって言われた」

 

猛るように吠えていたレインを一言で黙らせたフィーの行いに、ウェンディは驚きを、シャルルは感心を抱いた。

感心はさておき、驚くのは当然だ。七年前の彼女は人間不信が今より酷く、一定の人以外は話すことすらしないほどであった。

それに伴い、レインやウェンディにベッタリだったほどであるため、こんな言葉を口にするとも思っていなかったのだ。

時の流れは恐ろしいものだ、とはよく言ったものである。

 

「……シャナは大丈夫?」

 

「あぁ、ただ逆上せただけだーーって言いたかったんだが、どうやらコイツは僅かながら酒が残ってたみたいでな。それではしゃいだんだろ。酒には耐性あまりないことがよく分かった」

 

「それ本人起きてる時に言わない方がいいわね。ショック受けそうだし」

 

「それ以前に私たち、未成年だから……」

 

「パパはずるい」

 

「仕方ないことだから諦めなさい」

 

「むぅ……」

 

ふたたび不服そうにするフィーを手慣れた動きで慰めながら、レインは少し前にあった出来事の思考へと入る。

 

(計画は順調……か。当初の予定より遅くれたが、誤差の範疇。イレギュラーにも対応可能。他に弱点らしい弱点はすぐには見つからない。期待通りの動きをしてくれてるな。問題は……)

 

そこで思考を止める。考えるまでもなかったのだ。問題点など山ほどだ。むしろ、今の今までその問題に至っていないのが不思議なほどだったのだ。

 

“大罪の激痛”。

『ギルティ・ペイン』としたそのギルドにはそれぞれ魔なる名と大罪が与えられる。その一人として吸血鬼シノアもまたそうであった。

与えられた大罪は『嫉妬』、魔名はギャラハッド。

完全であることを望んだが故の大罪。吸血鬼は思いの外、弱点が多い。業火や十字架がその例だ。

それだからこその『嫉妬』。彼女はそれを意識してなお、それを諦めようとしない。「愚かであろうと夢は果たします」とは彼女の弁だ。

 

このようにそれぞれに大罪と魔名を持つものが全部で8人所属している。一人一人がそれこそ聖十大魔道に匹敵する。

更に一部のメンバーはイシュガルの四天王と呼ばれる上位四人の喉元に食いつけるほどだ。

だからこそ、共倒れを恐れた。中でもシノアとの話で出ていた三人の関係は劣悪だった。それゆえに

 

(余計なことをしてくれるなよ……本当に)

 

計画を破綻させかねない。

共倒れは事が終わってからにしてほしいものだ。

それがレインの考えだった。

そして

 

ーーその時、浴衣の袖がぐいっと引っ張られた。

 

現実に引き戻されるような感覚を味わいながら、引っ張った誰かを視線で探した。すぐ近くにいた。

 

「パパ」

 

愛娘のフィーだった。

目が合うと彼女は何かを知っているような風に口にした。

 

()()()()()()()()?」

 

心臓が跳ねた。心を見透かされたような、そんな気持ちになるほどに。レインは初めて()()()

目を見開いて驚き、それからゆっくりと語りかけるように告げた。

 

()()()()()()()()()()()

 

穏やかに、しかし、何かを隠しているような感じを隠さず、レインはそれに答えた。

他人が聞けば、支離滅裂の言葉に聞こえるソレ。事実、それは何か真に迫ったようで壁一枚を挟んだような言葉。

だが、何かに気がついたフィーはそっと「そっか。でも、帰ってきて」と返すと、会話をそこで止めた。

 

ウェンディとシャルルは意味が分からず、互いに首を傾げる。困惑した顔を二人に向けるが、その話のようなものは一切口にしなかった。

ただそこから口にした言葉は他愛のない優しげなものばかり。まるで嵐が来る前のような静けさを持っていた。

 

「ウェンディ、シャルル、フィー」

 

そっとレインは三人の名を呼ぶ。眠るシャナの頭を優しく片手で撫でながら、穏やかに、そして何よりも現実的な想いを込めた上で、彼は自らの過去を振り返るようなつもりで『ある質問』を訊いた。

 

 

 

「人間は業の塊だ。罪と厄災をそれぞれが身に宿している。それは俺も同じで皆んなも同じだ。誰か火を放てば、それは広がる。止めるために水をかければ、それは止まる。そんな感じに人間は時に愚かで、時に賢い。

だからこそ問わせてくれーーお前たちは人間を信じ続けられるか?

また間違う。それだけならまだしも、さらに飛躍させ、手の施しようのない所まで迫らせる。ついには人間どころか全てに降りかかる日が来てしまうかもしれない。それでもーー信じられるか?」

 

 

 

 

それは彼からの最後通牒。

人間であって人間ではない彼が。

悪魔であって悪魔ではない彼が。

必死に抗い、歩み続けた後悔の轍と引き摺り続けた過去が創り出した、一握の願い。全人類に向けた『とある物語』。

何れ起こるーー災厄へのカウントダウンだった。

 

 

 

 




合宿初日を終え、妖精たちはついに合宿本格スタートを迎える。
だが、その頃、精霊界に危機が!?

次回、『まだタイトル考えてませんでした』。

と、いう感じで締めようと思ったのですが、タイトル思いついていない時点で無理だったなと後悔しております。
他に思いつかなかったので、どうしようもねー感じでして。
原作も白熱してきたので早めに演舞に行きたいなと思っています。
大会自体の流れは完璧にできておりますので、ご安心を。
作者の時間都合と手が動けば書けますので。
そんな訳で今回はここまで。次回をお楽しみに!



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Re:Zero

三ヶ月の投稿ですね、ホントすみません。
相も変わらずFGO没頭してました。てかなんで皆さんノッブ派なんだろうか……いや多分再臨素材云々なんだろうけど。

さて、そんなことは今は置いておき。
前回精霊云々の話をしたなーーあれは嘘だ。
テンプレの如く、実際はその後の放置された面子の話ですね。ただし、あの二人のことを完全に忘れて書いてました。あと名前すら思い出せなくなってしまいました。親切な方、感想と一緒に教えてください。そこ、wiki見ろとか言わない!

とまぁ、前書きはこの辺りで。それでは小説の方をどうぞ。


魔導士たちの祭典、『大魔闘演武』。

あと三ヶ月となった開幕までの日数の中、数多くの魔導士たちが一致団結し、己を磨き上げる。

優勝にあるのは栄光。最強のギルドという称号、あと多額の報奨金。前者を狙う者たちもあれば、後者を狙う者もある中、年月は問答無用で過ぎていく。

勤勉に過ごそうと、怠惰に過ごそうと、ほぼ平等に時間が過ぎて行く。若年の者なら然程気にならないだろうが、老年であるならば話は別だ。残り少ない命を何に使おうかと考える。

盆栽や散歩も良い。だが、孫の顔を見るのも良い。同年代の仲間たちと呑気に世間話をするのも良い。

他にもたくさんあるからこそ悩むものだが、後悔しない終わりが欲しいとは思う。

ゆえに、ある男は真剣に悩んでいた。

 

ーー寿命の概念を失い、戦死すること以外に終わることが許されない自分は他にやることがあっただろうか、と。

 

はあ、と溜息をつく。しかし、手元の動きは止めない。今も彼の手の中ではスポンジが油汚れと戦っている。

少量の洗剤と先人の知恵を駆使し、どんなしつこい脂も一網打尽!というショッピングみたいな説明をするかのように、あっという間に油汚れを退治してみせる自分の腕を見にやってくる客人の相手をすること三十分。

寿命が皆無と化した悪魔、ケイは来るべき日までを騒がしいものにし過ぎないように平穏の中で暮らしていた。

 

ざぁーと並み立つ眩しげな海面が広がるビーチの砂浜。そこに立つ何軒かの海の家ーーだった彼の職場は殺風景になりつつあった。

原因は分かっている。彼らだ。

七年前、フィオーレーーいや、イシュガル最強のギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》。その中の最強チームなんて呼ばれていた問題児たちだった。

事件が起こったのは昨日だ。

彼らがビーチに到着し、大人しく遊ぶのかと思えば、突然太陽を思わせる熱球が落とされるわ、巨大な怪獣が海から出現し、それを撃破するために魔法を行使すれば、弾かれた炎や氷が降り注いだり、砂嵐が巻き起こったりと、逆に被害が広がったのだ。

その結果、多くの出店が被害を受け、或いは恐れて退場。観光客もまた、怪我や事件に巻き込まれたくないためか、このビーチから去ってしまったのだ。

最早、営業者殺しの最悪な状況下なのだが、この海の家の店主は何を思ったか、「むしろ彼奴らから稼げばモーマンタイじゃろうに」などと言い切った。職場を間違えたかもしれない。

だが、流石に雇用期間を終えるまでに辞めるのは彼としても遠慮したかったのか、今もこうして職場でせっせと働いていた。

 

……のだが。

 

突如として砂塵が吹き荒れた。せっせと用意していたケイや店主をも巻き込み、洗面所の一部にすら入り込んだのだ。

口に入った砂を水道で洗い流し、どうしてこうなったのかと考える。原因は明白だが、未だ叫び声が聞こえていない。

不思議なものだ。よく気配を探れば、人数が減っている。まるで突然()()()()()()()()のようだ。

流石にこれは気になる。魔導士が突然消失……なんて事件は天狼島の一件で十分だ。近くにいて巻き込まれるのはもっと遠慮願いたい。

 

ならば、如何するか?

 

溜息をつき、面倒だと呟く。それから店主に聞こえるように一言、「外の様子を見に行ってきます」とだけ告げて、ケイは外へと飛び出した。

砂塵の飛んできた方向。その方向にきっと答えがあると思い、砂浜をビーチサンダルで駆けた。

手加減……なのかはさておくが、砂浜を抉りすぎないように駆けていく。むしろ今駆けた後ろが砂塵塗れなのではないかという考えが過るが、それでも歩みは止めない。

全てはあの日が訪れるまでの平穏のため。

駆けて、駆けて、駆けた。

 

そして、漸く辿り着く。

 

そこにあったのは全方向に飛び散ったような円を描く砂浜。その周りに佇む人影が3名。それも身長が子供のようだ。さては迷子にでもなったのか。或いは変なことをしていたのか。

そう思い、そこへと足を運んでーー気がついた。

 

「……………」

 

唖然。声が出ない。

まさか、と思うケイと裏腹にその相手は呑気に手を挙げ、声をかけてきた。

 

「よお、ケイ。仕事捗ってるか?」

 

銀髪の少年だった。

その姿は何度も見ていたし、その背中に追随したことだってあった。

何処かの人間と吸血鬼のハーフの小娘同様に信頼し、忠誠を誓った相手。

その魔力に紛うことはない。

その真実はたった一つ。

彼が我らが王であるということ。

つまりそれはーー

 

我が王(マジェスティ)、何故ここに!?」

 

仕えている王が目の前にいたということだった。

本来なら名高い王族に使う敬称を使い呼んだケイに対し、彼は苦笑しながら言葉を返す。

 

「忠誠心は嬉しいんだが、俺は王族なんかじゃないって。そもそも、アイツといい、お前といい……なんでそうも顔を見合わせるんだろうな」

 

「いやまぁ此度は偶然でして」

 

「まぁそれは俺も重々承知なんだが」

 

互いに苦笑しつつ、ケイは自らの王の御身に目を通す。

以前会った頃より変わっていたのは当然だ。銀髪は少し伸び、纏った魔力には別物のように感じる。

身長は変わっていないが、やはり覇気のようなものが強くなっている。それから察した彼は一つ言葉をかけた。

 

「例の計画は順次進行中です。各地に配備完了まであと一年と半分といったところです」

 

「ご苦労。あとも頼む」

 

御意、我が王(イエス・ユア・マジェスティ)

 

軽くお辞儀をし、ケイはゆっくりと王たる少年の元を去る。まずは職場の仕事を済ませることが先決だ。

期間内にやるべきことを終わらせればいいのだから、そう思ながら戻ろうと歩みを進めた。

 

その時ーー

 

ドクンッと心臓が跳ねた。

本能的にその場から退避する。退避完了と同時につい先ほどまでいた砂浜に業火が蹂躙する。

本来なら燃えようとも恐れるに足りないはずが、本能的に躱すことを優先したのに驚きながら、それをしてみせた者に目を向けた。

 

「……小娘、いったい何のつもりだ」

 

「やっぱりか」

 

そこにいたのは紅蓮の如き炎髪を揺らす水着姿の少女。齢十二と思わせる容貌でありながら、纏う覇気と魔力はただならぬものを感じさせた。表すならば、それは太陽。原初的な恐怖を感じさせるほどのものであった。

そこへゆっくりと別れたはずの王、レインがもう一人の少女と共に姿を見せる。

 

「まったく……。シャナ、気になるのは分かるが、いきなり即死級の一撃をぶつけるな。ケイじゃなきゃ死んでたぞ、フツーは」

 

「シャナ、どうかしたの?」

 

これまた驚くべきことだった。

レインと共にやってきた少女は人外の類い。人間と狼のハーフという存在だった。頭頂部の綺麗な髪から顔を出す尖った獣耳に、尾骶骨の辺りからはフサフサとした尻尾が出ていたのだ。

それをみ、呆れたような口ぶりでケイはレインに訊ねた。

 

「何故貴方は特殊な者たちをこうも拾うのですか……」

 

「別にいいだろ? 俺が育てると決めたんだからな。あとそれを言うならお前も似たようなものだろうに。生きてるのは悪いことじゃねぇんだからさ」

 

ニッ、と笑う少年に配下であるケイは諦めざるを得なかった。食い下がろうというかつての気持ちは遠に失せ、呆れてしまう。

前に同じことをしたのは誰の時だったか。指折り数えて、大方数十年前だったと思う。

確かあの時は“色欲”の奴を拾った時だろう。かつての彼女はかなり落ち着いた性格だったが、今は愚かしいほどでしかない。

 

原因は予想がつく。ーー我らが王だ。

彼はああ見えて、かつては人間だった悪魔を内面から狂わせるような才気を持つ。カリスマとでもいうのだろうか、何かと悪魔すら魅せてしまうのだ。だが、彼はほぼ無自覚。

そのため、役立とうとすると多少の無茶を通り越してしまい、少しずつ壊れてしまうのだ。

その点に関しては、ケイやシノアは壊れる素振りを見せない。元より、自分自身の戦果を誇るつもりが更々ないからだ。

一応、彼は自らの配下に加えるに当たり、条件の一つとして、絶対者などはいないと心に刻め、と告げたはずだったのだ。

だが、その一方で残りの四人は残念なことに()()なった。

今では絶対の存在のように思えているのだろう。彼以外の命令を聞かないかもしれない。いや、きっとそうだろう。それほどまでに彼に心酔したのだとも言えなくはないが、それはある意味、本末転倒に思えた。

 

ゆえに目の前の少女二人もまた、そうなってしまったのかと思いたくはなかったのだ。

 

「さて……小娘、何か用か?」

 

「ちょっとした興味。レインのことを特殊な呼び方する人を私は昨日会ったことがあるから貴方もそうなのかな、って」

 

「……成程な、シノアの奴か。どうしてああも奴は余計な事を……」

 

額に手を置き、溜息をつく。またかまたか、と何度も呻くように。

その一方で、シャナは確信を得た上で、ケイへと訊ねた。

 

「貴方も()()立場なの?」

 

含みをもった言葉に、真実を知ったのだなとケイは理解する。

本来なら、近い奴がーーこの場合なら、主たるレインの方から手を打つだろうはずが打っていないのだ。

ならば、何か重要な役を担うのかもしれない。そう判断し、致し方無しと分かる者にのみ伝わるように告げた。

 

「ああ、()()立場だ」

 

「分かった」

 

軽く頷き、シャナは構えた得物を下ろす。

煌々と輝く刀身。それが如何なる物かがケイには理解できていたのもあって、安堵が込み上げた。

いくらこの身がそうであろうとも、“神殺しの武具(その手)”の物に斬られる訳にはいかなかった。

例えそれが自分たちに特別弱点であるかどうかは関係なく。

一応視線をそちらへと向け確認する。得物を下ろしたとはいえ、臨戦状態なら不意打ちがまだ残っている。

しかし、彼女の炎髪がゆっくりと冷えるように黒へと戻る。

 

漸く、厄介事が片付いた。そう感じ、その場を今度こそ離れようと背を向けようとする。

だが、直後に

 

「お願いがある」

 

声がかけられた。またあの少女だ。

多少煩わしさを感じながら、振り向いた。

そして訊ねる。

 

「まだ何か用か?」

 

微かに声音を震わせて。苛立ちを感じているのだ、と教えるように。

けれど、シャナは悪びれることなく、真っ直ぐな思いで頼む。

 

「私と、一度でいいから戦って」

 

黒へと戻っていたはずの長髪が一瞬で炎髪へと変貌。薄れていた高濃度の殺気と魔力が高まり、臨戦状態へと移行する。

断ろうが逃す気はない、そう物語るかのように。

 

「シャナ、本気?」

 

「うん。大丈夫、胸を借りるだけだから」

 

心配げに声をかけた狼少女に心配ないと告げ、得物を再度構えた。それを見、肩を竦めた後、レインは口を開いた。

 

「ケイーー本当に一度でいい。戦ってやってくれ。

前にも似たようなことあっただろ?」

 

「それを言われると断りようが無いから困るのですが……」

 

「諦めてくれ。断ることすら多分シャナは許さないから」

 

「シノアの奴と気が合うでしょうね、私からすれば良い迷惑ですが」

 

皮肉を漏らし、仕方ないかと自分に言い聞かせる。それから右腕をゆっくりと上げ、そっと指をパチンと鳴らす。

 

瞬間、魔法陣が辺り一帯を埋め尽くした。

黒色のそれらが四人の足元へと展開され、怪しげな光をパッと放つ。自らが何者かに吸い込まれていくような感覚を味わいながら、景色はすぐさま変化していった。

 

 

 

 

 

ーーー*ーーー*ーーー

 

 

 

 

 

怪しげな光に目が眩んだ直後、眼下の景色は変わっていた。

無色。色という色の存在しない。この世のものとは思えない場所。地獄を思わせるような、残酷で吐き気を催すような世界とは裏腹に、何もなさすぎる。それが逆に怖い。そう思わせる世界。

視界に広がったのはそういう場所だった。

 

「久しぶりだな、ここも」

 

「えぇ、そうでしょう。何せ()()()も前ですからね。前より寂しくなってしまいましたが」

 

空白の世界。そう呼ぶに相応しい、“何もない”世界。

その場所で、少し離れた地点にレインとケイは立っていた。

もの寂しげな眼差しで自分が見せた空白の世界を見渡し、寂しいと遠慮もなく口にして。

それに同調するようにレインもまた、首肯する。

 

「本当に、お前は変わらない」

 

「もはや変わることすら諦めてしまいましたから」

 

残念そうに告げたレインの言葉に、自嘲気味にケイは答えた。それがどういう意味かを全て理解することができないシャナは、それでも、意志を変えることなく

 

「一戦、戦おう。偽りの名を語る者(コードネーム)

 

「ーーあぁ、そうしよう、小娘」

 

焔に彩られた炎髪が火の粉を散らす。瞳もまた、睨むだけで焼いてしまいそうなほどの灼眼へと変わり、其れ相応の覇気を放つ。

 

「《灼刃煉獄(フレイムヘイズ)》、よもやそれを操れる者がいようとは……。我が王よ(マジェスティ)、貴方は罪深すぎませんか?」

 

「望まれたなら与える。オレはいつだってそうしてきた。本音を言えば、後悔だってしたさ。こんなものを本当に与えてよかったのか、って。でも」

 

言葉を一度切って、レインは優しく微笑む。

 

「ーーシャナは運命なんか焼き切ってみせたから」

 

ただ過去からの祝福(のろい)に従わされるだけの傀儡ではなく、自分の意志でそれすらも乗り越えて。

シャナ・アラストールは、彼女以外の誰でもない存在になったのだと。それが彼の出した答えだった。

 

「……成程。貴方がそう言うのなら私も認めましょう。ーーならば」

 

「あぁ、遠慮はいらない。シャナに『“渇望”とは何か』、その本当の意味を教えてやってくれ」

 

御意、我が王(イエス・ユア・マジェスティ)!」

 

応答と同時に、二人は駆け出した。

直後に何処からともなく取り出した黒羽織を纏い、そこから愛刀『神殺し・煉獄の神刀(ムスペルヘイム・ミストルテイン)』を抜刀。刀身に元々備わっている漆黒の焔と自らの紅蓮の焔を纏わせる。

一方のケイは武具一つ出さず、徒手空拳だった。だが、ただの素手ではないことは、レインには劣るものの、数々の経験から理解できていた。あれが悪魔なのは分かっているからこそーーあの両手には何かがあるのだと。

 

「ハァァァッ!」

 

「ハッ!」

 

太刀と素手が交錯する。本来ならば一瞬で断ち斬れるはずのそれは断ち斬れるどころか、太刀と鍔迫り合いをすることさえ可能なほどに硬化し切っていた。血一滴どころか皮膚一つ斬り裂くことすら出来ないほどの硬度に、予想していながらも驚かずにはいられない。

 

「ーーッ!!」

 

「フンッ!」

 

鬩ぎ合っていた太刀と素手は両者が振り抜こうとしたことで一度衝突を止め、互いに一度距離を取らざるを得ないほどとなる。

 

「硬い……」

 

「太刀筋は悪くないーーいや、むしろ真っ直ぐか。成程、信念に見合うほどの代物ということか」

 

「それはーーどうもッ!」

 

軽く腰を落としてから、利き足で力強く地面を蹴る。斜めに身体を捻った回転を加えたことで、不可思議な動きを見せながらシャナは太刀をこれまでラインハルトにしか向けたことのないほどの速度で振り抜く。

 

「回転を加えた動き、珍しいものだがーー見えているぞ!」

 

ずっしりと重く、無駄な力を加えていない洗練された正拳突きがシャナの胴を狙って放たれる。当たれば確実に意識を刈り取るだろう一撃。シャナのような実力者であろうと、あのような回転を加えて突撃すれば、それを躱すのは中々に困難だった。例え躱したとして、その後の態勢は間違いなく崩れる。

だが、シャナにそんな常識は()()()()

 

「ーーいや、お前は見えてないッ!」

 

宣言するシャナは正拳突きが胴へと迫る直前に地面に自らの愛刀を突き立て、自身にかかっていた加速を無理矢理殺し、身体を太刀へと引き、鍔に足をかけて宙へと躍り出た。

正拳突きをギリギリで躱され、加えて見たこともないアクロバティックな動きを見せられたケイに微かな隙が出来た瞬間。

空中に躍り出た彼女は、《灼刃煉獄(フレイムヘイズ)》の魔力から極熱の焔を生成。そこから一振りの太刀を創り出して、ケイへと振り下ろす。

熱の余波で確実に損傷を負うだろう一撃。振り下ろされた一撃を身体に触れる直前でケイは回避する。

が、当然のように肩の辺りの皮膚は焦げ、黒煙を多少とも吐いた。

 

「硬くて重いのにーー速い」

 

「常軌を逸する動きとそれを支える魔法。恐ろしい逸材を見つけたものだ、我が王は。だがーー」

 

着地し、敵を多少なりとも睨むシャナ。それに対してケイは冷静に判断を下し、自らにかけていた枷の一つを破棄。

直後に呪力を再度全身へと回し直し、徒手空拳から八極拳へと切り替え、縮地というべき距離詰めで一瞬でシャナとの距離を詰め切る。

 

「なーー!?」

 

「遅いぞーー小娘」

 

直後にシャナの全身を途轍もない衝撃が襲う。胴へと当たる前に焔で創り出した盾で防いだにも関わらず、シャナはボールの如く吹っ飛び、地面を無様に転がった。

 

「かはっーー」

 

何度か地面を転がって、漸く動けるようになった直後、口が血を吐き出した。喀血に似た量が出たことで、シャナは警戒を強め、ケイを目で追おうとしてーー

 

「ーー何処を見ている」

 

「ーーッ!?」

 

背後に回った殺気の塊に、半ば賭けで左へと緊急回避。直後、自分が転がっていた部分がクレーターが出来るほどに凹み、衝撃波が空間を揺らした。

 

「躱したか、見事だ。時に襲撃してきた奴らはあれで終わっていた」

 

「それは……どうも。でもーーあれは確実に殺す気だった」

 

「あの程度で死ぬなら、その程度だと判断する気だったからな。我が王はこう告げた。『“渇望”とは何か』を教えてやれと。本来、“渇望”は強く願うことだ。語源は砂漠で彷徨い続けた者がオアシスを求めたことからだからな。死に触れてこそ理解できるだろう」

 

「そっかーーなら、私もおまえを殺す気で行っていいんだよね?」

 

「構わん。それぐらいで無ければ私は倒せん。この身は我が王以外に敗したことのない身だ。未知を見せるならば、歓迎しよう」

 

「ーー上等ッ!!」

 

急激な魔力の放出と共に、体内にある全魔力のうちで高濃度の魔力が凝縮。それらが一斉に握る太刀に纏わせる。

それらは最早、煌々と燃え盛る極焔。触れるどころか本来近づくだけでも焼却されるほどの代物だった。

されど、シャナのその身は既にそれそのもの。どのような焔も彼女自身に他ならない。ゆえにーー焔を操りし者では勝つことは不可能。

 

「Der antichristo stet pi demo altfiant , stet pi demo Satanase , der inan uarsenkan scal : pidiu scal er in deru uuicsteti uunt Piuallan enti in demo sinde sigalos uuerden . 」

 

叛逆せし汝ら、悪を以て悪為す諸悪と共にありき。

 

「Doh uuanit des uilo … gotmanno , daz Elias in demo uuige aruuarfit uuerde . 」

 

諸悪に連なりし根源を、我が焔は微塵残さず焼き滅ぼさん。

 

「so daz Eliases pluot in erda kitriufit , so inprinnant die perga , poum ni kistentit enihc in erdu , 」

 

例え、その果てにこの身、この命が死に絶えようとも。

 

「aha artruknent , 」

 

それでもーー

 

「suilizot lougiu der himel」

 

我が焔は彼のために、地も海も天も、そして万象すらも焼き尽くす。

 

未完成で未熟で灯り切らない、シャナの渇望。

愛しき彼のために、どんなことでもしてみせるという願いであり、その本質は覇道になりきれぬ求道。

中途半端であるがゆえに弱点の多いものであり、フィーリのような完成度は一つもない。

それでも、この願いを変えることなどするつもりはないと豪語するように、高らかに紡ぎ上げーー

 

「Briah , Mein Verlangen!!」

 

創造せよ、我が渇望!!

 

ーー今持てる総てを全力で、自らを再構築するかのように、万物万象を焼き尽くすかの如く、未完成な神焔として顕現させた。

 

「Lassen Sie dienen brennen alle , Firmament Flamme der ewigen Wiederkehr !」

 

万物万象を焼き尽くせ、永劫回帰の天焔!

 

触れれば決して逃すことはない、永劫纏わりつく滅殺の天焔。

それが未完成でありながらも、希ったシャナと融合した。

纏ったその身は御身と呼ぶに相応しき神々しさーー神性を会得した。その神気は、声音は、御身は、一切合切、拝謁する者を畏怖させた。

 

それは以前フィーが見せた完成された渇望の具現化、それに匹敵するほどでありながら、未だ未完成という将来性すら残している。

求道であるからこそ不完全で、求道であるからこそ臨界点には辿り着いていない。

 

「覚悟はーーいい? 私は出来ているッ!」

 

先に駆けたのはシャナ。地面がひしゃげるほどの脚力が渇望の強さを証明し、同時に今まで通りの対応では押し潰されるという警笛を吹き鳴らす。

 

「未完成でそこまで至るか、面白い。私を滅ぼせるものならーーやってみろ、小娘」

 

「言われるまでもーーッ!!」

 

一瞬で距離を詰め切ったシャナの太刀が心臓を突き穿つが如く突き出される。対して僅かに遅れたケイはそれでも致命傷を受けるつもりなど更々なく、硬化させた拳で太刀の切っ先を弾く。

僅かにずれ、太刀の切っ先はケイの脇腹を微かに抉り、隙だらけの彼女の身に勢いのある拳が迫る。

 

「ーー遅いッ!」

 

拳がシャナの脳天を打ち据えたーーその直後、シャナが一瞬で自らの発した天焔と姿を変え、触れた拳が白銀色の焔に焼かれた。

ただの焔であれば、気にすることはなかった。しかし、それは渇望の具現化、同時に魔法の原典に迫るもの。その身が人ならざるものであろうとも、浄化さんと輝き照らす滅殺の天焔。

そして、それは永劫にて回帰するーー不死殺しの焔に他ならない。

 

「ーーガァッ!?」

 

殴ったはずの拳が白銀色の焔に焼かれ続ける。どれだけ氣を操り、体内の水分や機能を抑えようとも焔の勢いは弱まらない。

対する敵を完全に燃やし尽くすか、或いは発顕者が渇望の具現化を止めるまで決してそれは消えることはない。

 

「滅ぼせるものならやってみろ、そう言ったよね。ならーー」

 

確かな確信と勝利の光景を浮かべて、神焔に揺れる太刀の切っ先をケイへと向けて、堂々と宣言する。

 

「ーー私は総てを燃やしてみせる。この想いは決して揺れないし、燃え尽きない。例え、どんなことになろうとも」

 

その瞳に一切の曇り無し。睨む総てが発火するほどの熱視線。

紛うことなく、其れは灼眼。その果てには未来すら見えていた。

そして、その御身を前にしてケイは微かな歓びと共に不敵に笑った。

 

「我が王よ、これは私も全力を出して宜しいかな?」

 

静かに、ただ静かに、そっと訊ねるように洩らした許可を求める声を、レインは決して聞き逃さない。隣に立つ愛娘フィーを安心させるように頭を撫でた後に、ハッキリした声で答える。

 

「構わん。五十年ぶりにお前の渇望を“許可”する。存分に輝かせるがいい、その願いを!」

 

篤と御覧在れ(イエス・ユア・マジェスティ)!」

 

“許可”、解除にも等しき真言を受け、瞬間、ケイの中に渦巻く魔力と呪力、その両方が流転する。混じり混じって巡り巡る。万物流転(パンタ・レイ)の名の下に。

 

「さぁいざ征かん、万物の原点へ! 総てを零へと還り給おうぞ!」

 

「させないーーッ!」

 

堂々と宣言するケイに対し、シャナはそれを防ぐべく駆け抜ける。不安になったからではない。危険を感じた訳ではない。ただただ真っ直ぐに、愚直なほどに敵の切り札を封じんがため。

だが、その愚直さがここにて不幸を呼ぶ。それが詰みだと気がつく訳もない。そもそもその願いはーー

 

「Atziluth , Mein Verlangen !!」

 

流出せよ、我が渇望!!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるがゆえ。

 

「Zurück zum Ursprung , Nichts ändern !」

 

総ては原点へと還り、総ては変わらぬ時を征く!

 

『巻き戻し』にして『停止』。複合する渇望が『覇』を唱える。その渇望の元になった願いは、唯一つ。“変わらない日々こそ愛おしい”。

変化することよりも現状維持を望んだ、永久不変の願いは『渇望の具現化』を経て、あらゆるものの反能力(アンチ・アビリティ)として起動した。

 

「革命する万物よ」

 

『渇望の具現化』より願いへ。

 

「革新する万象よ」

 

『魔法』・『呪法』より祈りへ。

 

「今こそ再び原点(ゼロ)へと還らん!」

 

青年の祈りはこれにて再び成就する。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーRe:Zero(リ・ゼロ)!」

 

 

 

 

 

 

 

その時ーー万物万象の歩みは後退す(巻き戻)る。

 

 

 

 

 

ーーー*ーーー*ーーー

 

 

 

 

 

目が覚めた時、シャナの視界に入ったのはレインの顔だった。

突然のことで急激に顔が真っ赤に染まり、反射的に鉄拳が彼の顔へと直撃した。顎の下から急激な衝撃を受け、流石の彼も顔だけ仰け反らせるが、暫くもしないうちに顎の辺りを摩る程度で復帰する。

 

「起きたと同時に鉄拳は酷いな、シャナ」

 

「……ごめん」

 

「まぁ殴られるのは慣れたから別に気にしないが……」

 

許してもらえた、そう思った直後、先程の決闘が脳裏に思い出された。同時にあの後、どうなったのだろうという好奇心も出る。

ゆっくりと起き上がり、レインの顔をしっかりと見て訊ねる。

 

「勝負は……どうなったの?」

 

シャナの質問に対し、レインは躊躇うことなく告げる。

 

「お前の負けだ、シャナ」

 

それを受け、やっぱり届かなかったか、と呟くシャナ。だが、この程度で歩みを止める彼女ではない。

すぐさま気を取り直し、彼に問う。

 

「私はどう負けたの? 敗因を教えて、レイン」

 

「敗因について、か。簡単に言えば、お前の『渇望の具現化(切り札)』を無効化されて徒手空拳で鳩尾に一発入れられて負けた、ってところだ」

 

「無効化……? どうして?」

 

「本来なら長くなるんだが……掻い摘んで言えば、単純にアイツのーーケイの渇望は“変わらない日々こそ愛おしい”っていう『巻き戻し』と『停止』の複合した願いだ。例えば、フィーの願いが『先導』と『速度』の複合みたいな感じでな」

 

「二つの副属性……私のは?」

 

「現時点では全部判別できてないんだけど、大方一つは『神罰』だ」

 

「『神罰』……?」

 

「お前の魔法、《灼刃煉獄(フレイムヘイズ)》と同じ副属性。元より『悪』と判断した相手に特効作用するもので、使用者が『善』に近いほど効果が上昇しやすいっていうものだ」

 

「……つまり、私は『善』?」

 

「ま、そうなるな。元々お前の行動は間違ってない。俺の知る限りじゃお前は一度も間違いを犯していない。だから途轍もなく其方に近い。その分、魔法の方も全力でお前を助けている。それが証明だ。実際、その魔法の使用者は今まで通りなら何年も持たないからな」

 

そう言われてシャナは嬉しそうに頰を朱に染める。こうやって正面を向いて褒められたのはいつぶりだろう。最近は褒められるよりも怒られることの方が多かった。フィーにイタズラしたりしたのがその例だ……と脳裏に怒られた例を出した際に疑問が湧いた。

 

「『悪』の判断基準って存在するの?」

 

「ん? それは個人差があるから一概には言えないな。でもお前がすぐに『悪』だって思えた奴は大抵がそうだろう」

 

「そうなんだ」

 

納得できる解答を受けてポンっと手を叩く。また知識が増えたと喜ぶ姿はレインの目からすれば以前と何ら変わらない。

子供っぽいのか、子供のままなのか。恐らく前者であることは確定だろう。でなければ恋愛云々の感情が堂々と出るはずもない。鈍すぎるとまで言われたレインであったが、この間の一件以来、そういうのにも気がつくようになったせいか、少し恥ずかしくもあった。

 

「ところで、フィーは何処に行ったの?」

 

喜んでいたのも束の間、シャナは我に返ったように近くにいないフィーが何処に行っているのかを訊ねた。

 

「フィーか? フィーならあそこだ」

 

大きめのパラソルで日陰の出来た砂浜にいたシャナ達とは裏腹に、指を指されたのは海辺の方。確かフィーはまだ海が苦手だったはずだが、と思い少しばかり不安になるが、レインが慌てていない所を見れば、その心配は杞憂であった。

 

「……ぷはっ」

 

息継ぎと共に海面から顔を出したのは白髪に狼耳の少女ーーフィー。遠目からでも間違いなく彼女であると判断できたのは他に理由があったが、確信したのはこの後だ。

 

「カニ捕まえたよ、パパ」

 

堂々と海面から姿を見せたのは大きく成長したカニ。背中の甲羅をガッシリと鷲掴みに、ギリギリハサミが届かない範囲を保ちながら、こっちに空いている手を振っていた。

 

「あとで旅館の方に提供しておくか」

 

「えっと……レイン? フィーって海苦手じゃ……」

 

あの勝負の前まで一人で海に入るのも嫌がっていたはずのフィーが堂々と海に入っているーーどころかカニを採った辺り潜水すらしているだろうという光景に単純な疑問を抱く。

 

「慣れたってさ。交代でお前の看病してたんだが、途中で一人で入って少ししたらあの様子だな。曰く『環境に適応するのは早めにしないと殺られるから』らしい」

 

「野生児根性……」

 

「元々そうだからなぁ……。かなり変わったけど根幹は中々変わらないのが現実ってことだな」

 

「《帝王の宝剣(エンペラーブレイド)》で仕事受けてた時もたまに四足歩行で崖とか戻ってたの思い出した……」

 

「そんなことまでしてたのか、うちの娘……」

 

「娘って言ってる辺り、父親が板についてるよ、レイン」

 

「知ってる」

 

互いに顔を見合わせ、クスリと笑う。

 

「ねえレイン」

 

「ん?」

 

「三ヶ月間修行手伝ってくれないかな?」

 

「別に構わないけど、ギルドの奴らと一緒にはしなくていいのか?」

 

「うん。一人は恋人連れて何処かに消えてるし、一人は雪山にいるし、一人は純粋に腕磨こうと頑張ってるから、私は私でやらなくちゃ」

 

その瞳に映っているのは確かな覚悟と、今回の敗北をこれからの自分の糧としたいという好奇心と貪欲なまでの勝利。

余程勝ちたいのだろうか、などという考えは無粋だと思えるほどのそれに成長したんだなという実の親のような気持ちでシャナの頭を優しく撫でる。

 

「そっか、なら手伝う。実際、うちのバカ(シノア)に見初められた以上、こちらに巻き込まれたのは言わずもがなだしな。ちゃんと手伝っておかないと護身もできるか分からないし」

 

「うん……っ、ありがとう、レイン」

 

「なんで泣いてるんだよ、お前は」

 

「分からない……でも嬉しくて。修行手伝ってくれるの久しぶりだから」

 

「そういやそうだったな。ざっと七年くらい前か。あの頃は何度もシャナに追い出されたり殴られたりしたなぁー……結構ツラかった」

 

「そ、それは……その……仕方ない、じゃない」

 

反論出来ずに下を向くシャナ。以前から反省していることを知っているレインは意地悪く肩を(つつ)いた後、笑って慰める。

 

「冗談だ。たまには意地悪するのも悪くないからな」

 

「むぅ……、そういう時のレインはいつにも増して生き生きしてるように見える」

 

「そうか? ま、それはそれで悪くないだろ?」

 

「はぁ……、うん悪くない」

 

ただただ自己を犠牲にするような態度の多かったレインにそういう面もあるのだ、という小さな発見。それを今日知ることができただけなのに、シャナの心は優しい熱に満たされた。

照れ臭そうに、それでいて嬉しそうに、彼女はそっと胸に手をあて、眼を伏せて、そっとまた眼を開ける。

今日、惚気るのはこれぐらいにしておこう。これから、或いは明日からか。楽しく厳しい修行が待っている。

褒美も歓喜も達成感も、全てが終わってからしっかりと噛み締める。そう誓って、シャナは元気よく日陰から飛び出した。

 

 

 

 

 

「ーーそれじゃあ、早速やろう? 私、あんな奴に二度と負けないから!」

 

 

 

 

 

一度の敗北では諦めない、屈しない、潰えない。

そうしてシャナ・アラストールは『希望』の光を誰より抱いた。




次回は一応ジェラール達との邂逅ーーの予定です。
まぁ、気分を変えて三ヶ月間での出来事を一部書いたりするかもしれないので未定ではありますが。
あ、念のために言っておきますが、魔法何処行ったし、という方に忠告しますと、『渇望の具現化』は一なる魔法に近い位置にあるけど、王道か邪道かといえば後者です。
こうならなければならないという覇道の祈りや、こうなってほしいという求道の祈り。本来信仰であるはずの一部が感情の大きな高ぶりによって形を得ている、というものなので。
この辺りはいつか勢力図とかをこちらで書いた際に補足説明します。


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