東方美影伝 (苦楽)
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紅霧異変
風見幽香田中田吾作に出会い、大いに赤面すること


東方Projectの二次創作小説です。

オリジナル主人公、独自解釈、独自展開を含みます。

原作作中の出来事、異変なども独自の展開、結末を辿ることがあります。


 風見幽香はどの季節も好きだ。夏の向日葵も、秋の彼岸花も、雪に耐える梅や椿も、四季折々の花を等しく愛する。それがフラワーマスター、風見幽香なのである。

 だが、そんな彼女にしても春の訪れはやはり心浮き立つものがある。厳しい冬に耐えてきた草木が芽を出し、蕾や花を付けるのを見るのは彼女にとって大いなる喜びなのだ。

 春になれば春告精の後を追うように彼女は幻想郷の山野を巡り、草花を愛でる。その日もそんな一日になるはずだった。何かが起こるという予感に突き動かされて、普段は足を運ばない幻想郷の端を巡る気になるまでは。

 そうして訪れた幻想郷の南端に近い林で、第百十八季 月と秋と木の年の春のある日、彼女は彼と出会った。

 

「外来人……かしらね」

 

 新緑に芽吹いた木々とその木陰で花開いた草花を愛でていた幽香は、春告精が通り過ぎて緑に色を変えた林の一角に立つ黒い人影に視線を向けた。樹冠から降り注ぐ春の日差しに照らされた「それ」は黒かった。頭の天辺から脚のつま先までを黒い外套のような物ですっぽりと覆ったその影は年齢や性別どころか体格すらはっきりとは見て取れない。何をするでもなく林の一部と化したように無防備に立ち尽くしている。神や妖怪、巫女や魔法使いのような神気・妖気・霊気のいずれもを感じない。

 冬の間は人里に行くことが希だった幽香も、流石にこんな怪しげな人物が人里に居れば噂好きの天狗の新聞などでなにがしかの話を聞くはず。そこまでを考えて幽香は目の前の影が外来人であろうと見当を付けた。

 

「あら?」

 

 と、影もこちらに気付いたのか身体全体を音もなくこちらに向けると、どこからともなく木枠の付いた白い板のような物を取り出した。どことなく人形のようなぎこちない動きが幽香の目に付いた。

 

『こんにちは』

 

 胸の前辺りに翳された白い板に黒い文字が浮かび上がる。何らかの魔法の道具だろうか。

 そんな疑問を胸に秘めて風見幽香は挨拶を返す。

 

「こんにちは」ちょっとした興味から名乗ってみる。

 

「私は風見幽香、貴方は?」

 

『私は田中田吾作と申します』

 

 白い板面に浮かび上がる文字。本体の方は驚いた様子も恐れる様子も見せない。間違いない、彼──名前からして彼だろう──は自分のことを知らない外来人だ。風見幽香の名前を聞いて何の反応も見せない人間は博麗神社の巫女くらいのものであり、彼女がこんな奇天烈な扮装をして自分のことを担ぐとは思えない。名前からして迷い込んだ農民だろう。妖怪に喰われなかったのは運が良かったのか。冬の間、力の無い妖怪は餓える。そして春の訪れと共に人里を離れた人間を襲うのだ。

 

『申し訳ありません。○○温泉へはどう行ったらよろしいのでしょうか?』

 

 幽香がそんなことを考えていると、板面の文字が変化した。○○温泉というのは聞き覚えがない。外の地名だろう。さて、どうしたものか。見たところ、自分の相手が務まる程の強者とも思えないが……。

 

「貴方、幻想郷って御存知?」

 

『話くらいは聞いたことがあります。神様や妖怪がおわす隠れ里だと』

 

 驚いた。この外来人は幻想郷の存在を知っているらしい。どこで知ったのだろうか。奇妙な風体やあの文字が浮かび上がる魔道具と合わせて興味深い。が、それならば話が早い。

 

「ここはその幻想郷」

 

 笑顔と共に少しだけ力を解放してみる。

 

「そして私は四季のフラワーマスター──花を司る妖怪よ」

 

 周囲の空気が変わった。それまでのどかに鳴いていた鳥たちが一斉に飛び立ち、餌を探しに出ていた小動物、虫たちが音を立てて遠ざかる。

 

『これはどうもご丁寧に。私は整体・指圧を生業にしております』

 

 幽香の期待に反して、黒い外套はぎこちなく頭を下げて文字を換えてみせた。恐れる様子も驚いた様子も見せないままで。

 

 頭のねじが緩んでるのだろうか。幽香は疑った。外来人は妖怪に対する危機感が薄く、襲われるまで気付かずに喰われることが多いと聞くが、流石に目の前の自分の解放した気配に気付かない程鈍感だと思えないのだが。現に自分が押さえていた力を僅かに漏らしただけで遠くに感じていた雑魚妖怪の気配すら逃げ出したというのに。

 

「貴方、どこか悪いの?」 

 

 迂闊だった。動作のぎこちなさ、全身を覆う奇妙な服装、それに加えて魔道具による会話、彼は何らかの障害を抱えているのだろう。重度の障害持ちであれば自分の気配に気づけないということも考えられる。どのみち、そんな身体で幻想郷で生きていくのは不可能だろうが。

 

『容姿と声に些かの問題がありまして、お見苦しい姿で失礼します』

 

 幽香は心の中で溜息をついた。流石にこんな相手を襲うのは彼女のプライドが許さない。かといって、彼をこのまま放置したら半時も経たないうちに雑魚妖怪の餌だろう。

 

「付いて来なさい」

 

 そう言って幽香は彼に背を向けた。

 

「人間が住んでいるところの近くまで案内するわ」

 

 偶には閻魔に言われているとおり、善行とやらを積むのも悪くないだろう。

 

 

 しきりに感謝の意をあの奇妙な板に掲示した彼を先導して歩く中、幽香は奇妙なことに気付いた。彼は動きこそぎこちなく見えるのに足は遅くない。流石に幽香が本気を出すわけにはいかないが、見かけよりずっと早く歩いているのだ。歩けないのであれば首根っこを掴んで飛んでいこうと考えていた幽香が拍子抜けする程に。南の林を抜けて無名の丘手前の草原に出たところで幽香は彼を振り返った。

 

『どうかされましたか?』

 

 彼の掲示した疑問文を無視して、彼を見渡す。相変わらず身長は……不明、体重も、骨格も、気も、魔力も、神力も、霊力も、気配も、身体の動きも、何一つ見て取れない。何よりも、それを不自然と思わなかった。

 

「貴方、何者?」

 

 自分の声が冷えるのがわかる。油断なく手にした日傘を構えながら目の前の正体不明の人物の一挙手一投足を見逃さないように見据える。

 

『人間の、整体・指圧師でございます』

 

「ゆっくりとその外套を脱ぎなさい」

 

 幽香は自分を欺いた目の前の何者かを睨みつけた。この風見幽香に不自然を不自然と感じさせずに情報を隠蔽した相手。隠蔽したのは彼の実力か、それとも纏った外套か。

 

『それだけはどうかご勘弁を。お見苦しい姿ですので』

 

「二度は言わないわ」言葉と共に日傘の先端に力を集める。

 

 幽香の本気が理解できたのか、額の付いた白板が音を立てて大地に落ち、黒い外套が翻り──世界は色を失った。

 

 幽香には太陽が陰り、世界の全てが色褪せたように感じられた。たった一つ、目の前の人物を除いて。ぬばたまの闇を形にしたような輝く黒い髪、星の光を集めたような白い肌、この世の物ならざる素材をこの世の物ならざる造形主が形作った奇跡。男の形をした美そのものがそこにあった。

 風見幽香は長い年月を生き、様々な美を見て来た。美術品、自然、神、人、花……。自らの美貌にも密やかな誇りを抱いてきた。

 しかし、それらは所詮美の影に過ぎなかったことを幽香は理性に依らず理解した。目の前に存在する物こそが美、そのものであり、その他は全て目の前の存在の出来の悪い影に過ぎないのだと。文字は月を差す指に過ぎないと言ったのは誰だったか。ああ、その通りだ。美とはあれを指す言葉に過ぎない……

 

 

 

 

 親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている。というのは夏目漱石の『坊ちゃん』の冒頭だが、それに従えば、親譲りでない容姿で昔から損ばかりしている、というのが僕の現状には相応しいのであろう。

 

 僕の名前は田中田吾作、年齢・十九歳?、職業・整体・指圧師、住所不定と怪しさ大爆発なのが自分のプロフィールである。

 何せ記憶喪失で、気がついたら指圧師をやっていたオヤジに拾われていたというのが一番古い記憶なのである。

 

 しかも、当時の僕は猿にも劣る知性しか無かったから、オヤジの見よう見まねで指圧の真似事をすることしか出来なかったらしい。と、いうのも、オヤジは盲人で隠れ里みたいな山の中の村で偶に来る客相手に指圧をやって生計を立てていた。僕には記憶も戸籍もないし近くに学校もないから教育なんて受けられなかった。当然読み書きもできなければ数も数えられない上に会話どころか声を出すのだって怪しい始末。そのくせ、外見だけは無駄に良かったらしく、鳥や獣まで僕の姿に見ほれて動きを止めたらしい。

 

 そんな状況で生きてこれたのは、オヤジが凄腕の指圧師で、僕にもその種の才能があったからだ。何せ、オヤジは人外相手の指圧師だった。人外と言っても動物なんかじゃない。所謂化け物から神様に至るまでの人間でない存在一般相手の整体・指圧師だ。

 なんでも、長く生きてると「澱」とか「穢」ってのが溜まるらしい。それを散らせるのがオヤジの指圧ってことで、世界のあちこちからお呼びが掛かってた。北の方の隠れ里に行った時、ユミールとかいう巨人を指圧して、謝礼代わりに知恵の泉の水をオヤジが僕に飲ませてくれた。なんとか人並みに知恵が付いたのはそれからだ。それ以前にも僕の外見のお陰で色々人外共にちょっかい出されかけてたらしいけど、オヤジがそれを食い止めてくれてたらしい。僕に記憶が無いのはどうもその類の話で呪いか何かで知性を奪われてたとか。それも僕の容姿が原因だったらしく、酷い話もあったものである。

 田吾作という名前はその時オヤジが付けてくれた。「お前なんか田吾作で十分だ」と言われたが、なかなかどうして響きが独特で悪くない。気に入ってる名前なのだ。

 それまでオヤジからは、おい、とか、ぼけ、とか呼ばれてた。今考えると酷い呼び名だけど、今でも懐かしい呼び名だから正直そういう類の悪口はあまり気にならない。

 

 人並みに知恵が付いてからは自分でもその手のお誘いは断るようになったし、いくつか闇妖精とかに道具を作って貰ったり護身用の道具を譲って貰ったりした。なんでも、僕の指圧は「存在の苦しみ」を消せるとか、「梵我一如」に至れるとかで長生きした連中には妙に評判が良かったからだ。

 ただし、この外見のお陰で女性陣には施療を拒否されるとか、妙な揉め事の仲裁にかり出されるとか、色んなトラブルがあったのは思い出したくない記憶である。そのうち、オヤジが亡くなって僕が後を継いで、あちこち旅をしながら整体・指圧師として暮らしている。

 と、言っても下手に街で顔を晒すだけでドライバーが僕の顔に見とれて交通事故が起きたりするので、闇妖精が作ってくれた姿を誤魔化す不審者ルックで彷徨かなければならないし、人とコミュニケーション取る時には文字が浮き出る会話板頼り。考えてみれば、それ以外も衣・食・住の全てを魔法の道具に頼ってる、僕。

 お陰で銀行やATMからコンビニに至るまで一般人向けの施設はまともに利用できないどころか、定住すらできないお尋ね者生活一直線。人間相手の仕事もやるけど、相変わらず人外相手の仕事で暮らしを立てている。

 今までの人生でつくづく思ったのは、人間・人外顔じゃないって事だ。容姿より内面である、重要なのは。

 

 それはさておき、こういう仕事をしてると、異界や隠れ里なんてのに入るのはざらだ。今日日人外の方々は僕らの住む世界からちょっとずれた異界に棲んでるのが圧倒的に多い。こちらとしても職質もない分、異界の方が楽なんだが……。今回もどこかの異界に迷い込んでしまったらしい。林道を歩いていた筈が、いきなり見覚えのない林の中に居た。前後左右どこを見渡しても道らしき物は存在しない。

 

 どうやら今回は幻想郷とかいうところに迷い込んだらしい。幻想郷は日本にある異界の中では割りと新しく、明治頃に作られた物だそうだ。そんな話を塵界──人界に住む化けダヌキ、佐渡の二ツ岩マミゾウさんから聞いたような覚えがある。

 ともあれ、風見幽香さんは親切だ。お言葉に甘えて案内してもらうことにする。いきなり火柱が吹き上がったり、年がら年中戦争してたりする所とは違って、幻想郷は割りと穏やかな異界のようだ。

 

 気を抜いて景色を見物しながら歩いていたのが拙かったのか、先導していた風見さんの雰囲気が変わった。ひょっとして、「誤魔化しの衣」に気付いたんだろうか。ああ、やはり気付いたらしい。どうやら風見さんは力の強い妖怪だ。普通の妖怪ならそのままスルーしてくれるんだが、仕方がない。この後の展開を予想しながら、「誤魔化しの衣」を解除する。

 と、風見さんの動きが止まった。うん、僕の素顔を見ると大抵はこうなる。某姉妹や某神様は、「自分たちに比べれば石にならない分遥かにマシ」とか言うけれど、全く救いにならないのは僕の気のせいではあるまい。僕は単なる人間なのだ。人間としてのまともな日常生活を営めない外見など、良くても悪くても不便という点では変わらない。

 あ、風見さんは呼吸まで止まってる。これはよろしくない。感受性が強い方々は偶にこうなる。どうも呼吸することも忘れて見入ってしまうらしい。風見さんは花の妖怪らしいので、感受性が強いのだろう。女性の方が僕に身体を触れられるのは嫌だろうけど、緊急事態なので勘弁して貰おう。

 

 

 

 

 ゆっくりと幽香は目を開けた。自分の頭と背には柔らかい感触。気分は爽快で、幽香はこれほど快適な目覚めを体験した事は無かった。

 

「気がつきましたか」

 

 それは声だったのだろうか。遙かな星々の間を吹き渡る風の音か、それとも天上遥か、非想非非想天のさらなる上で奏でられる音だろうか。意味が理解できたのにもかかわらず、幽香はそれを耳に届いた「声」だとは認められなかった。あんなに美しい響きが「声」ならば、自分たちの声とは何なのだ。「声」を冒涜する雑音の集まりに過ぎないのではないか。

 その幽香の疑問を裏付けるように、幽香の周囲ではあの「声」と共にあらゆる音が絶えていた。まるで「声」の余韻を汚すのを恐れるかのように。

 

『ご迷惑をおかけしました。お体の方は大丈夫ですか?』

 

 目の前に差し出された掲示に漸く外部へ意識を向ける。そこには掲示を身体の前に浮かせた黒ずくめの姿があった。少なくとも、あれは現実だったのだと幽香は大きく息を吐いた。周囲も音に満ちる。木々を揺らし草原を吹き抜ける風の音、鳥や虫の声。

 

「かつてない位絶好調よ。これは貴方が?」

 

 それだけを口にして幽香は思わず顔をしかめた。我ながら、何と耳障りな「音」を出すのか。これはとても「声」と呼ぶには値しない。

 

『すみません、呼吸が止まっていましたので少しだけ治療のために指圧させて頂きました』

 

 その掲示に、幽香の顔は瞬時に耳まで赤く染まった。あの美しい存在に身体を触られた!

 これ以上無い程の羞恥に全身が燃え上がるような気がした。

 

『申し訳ありません。あの、皆さん同じ反応をなさいますが、私は気にしてませんから』

 

「貴方、按摩なのよね?」

 

『ええ、言ってみれば按摩です』

 

「……何となく理解できたわ」

 

 幽香は勢いよく立ち上がると、視線を逸らして歩いてきた林の方を見つめた。

 

「その外套、どこで貰ったの?」

 

『遙か北の果ての地で、施術した闇妖精の職人に作って貰いました』

 

 できるだけ掲示のみを視界に入れるように努力しながら幽香は頷いた。確かに、あの容貌では外はまともに歩けまい。自分が横たわっていた何かの毛皮も、彼が治療した存在からの贈り物なのだろう。

 

「とんでもない人間に出会ったものね」

 

 身体の調子を確かめながら、彼の耳に届かないように呟く。身体はかつて無い程好調で力がいくらでも湧きだしてくるようだ。今なら幻想郷の強者達をまとめて相手に出来るだろう。精神的な代償は大きかったが。思い出すだけでまた顔に血が上りそうになって、慌てて意識を逸らした。

 

『あの、もしよろしければ本格的に施療させて頂きますが』

 

「……これは本気じゃなかったの?」

 

『とりあえず、呼吸を戻しただけで風見さんの疲れを癒すまでには』

 

 その文章に風見幽香は戦慄した。「とりあえず」でこれなら、「本格的」にやられたら自分はどうなってしまうのだろうか。その畏れが背筋を奔る。それはあまりにも甘美な畏れでもあった。

 

「今のところは遠慮しておくわ」

 

『そうですか。お疲れになったら仰って下さいね。ご迷惑を掛けたお詫びにいつでも施術させて頂きます』

 

 幽香は自分がどんな表情をしているのかわからなかった。

 

 

 

 

 風見幽香さんとはあの後直ぐに別れることになった。まあ、僕の容貌を見せられた上に声まで聞かされたのだから当然だろう。誰が顔を見せるだけで呼吸を止め、一声で動きを止めるような奴と同行したがるというのか。久しぶりに顔を晒して動揺していたとは言え、声まで出してしまったのは大失敗だった。近くに音に敏感な何かが居なければ良かったが、大丈夫だったのだろうか。

 正直、あの場で怒り狂った風見さんに襲われても不思議ではなかった。しかし、そんな不安とは逆に人里への道まで教えて貰って友好的に別れることが出来た。風見さんは余程温厚な妖怪なのだろう。いつか何かでお礼が出来れば良いのだが、あの様子では指圧でのお礼は無理だろう。何か彼女が喜ぶような物を贈れないだろうか。そんなことを考えてみても、とんと思いつかない。そもそも女性と話した経験も仕事以外では碌に無いのだ。つくづく偏った人生である。気がつくと日が大分傾いてきた。これ以上余計なトラブルを引き起こす前に人里にたどり着かないといけない。足を速めるとしよう。

 

 

 

 

 田中田吾作と名乗った黒い外套姿が丘の稜線を回り込むのを見届けて、風見幽香は振り返ることなく、背後に声をかけた。

 

「貴女が彼を呼んだの? 八雲紫」

 

「いいえ、違うわ」

 

 声をかけられた紫色のドレスを纏った女性──幻想郷の創造主たる大妖怪──八雲紫は、身を乗り出していた空間の隙間から幽香の背後に降り立った。

 

「ぱっとしない顔ね」

 

「あら、ご挨拶ね」

 

 振り向きざまの幽香の言葉に、紫は眉をひそめたが、幽香は気にも留めなかった。今し方別れた「美」そのものに比べれば目の前の妖怪の外見など何だというのか。それにしてもどうしてこう自分も含めて耳障りな「音」を用いて会話しなければならないのだろう。

 

「それで、何があったの? 彼は何者?」

 

「貴女、覗き見が趣味のくせに肝心な物を見逃したとでも?」

 

 幽香は問い返した。この狡猾な妖怪がおよそ幻想郷で起こることを覗き見していないなどということはあり得ない。

 

「隙間が閉じたのよ」

 

 幽香の疑問に紫はあっさりと自分の手札を晒して見せた。

 

「彼があの板を落としたところでね。次に開いた時には、彼があの板を貴女に翳していたわ。それで、何があったの?」

 

「ああ、成る程。主人より余程物の道理がわかってるようね」

 

 幽香は楽しげに笑った。成る程、八雲紫の不細工な隙間とやらは、あの「美」に耐えられなかったのか。主より恥という物を理解していると見える。自分が彼に触れられていたであろうその時も見られてはいなかったと思うと、思わず笑みが大きくなる。

 

「秘密よ。何なら腕尽くで聞き出してみる?」僅かに日傘を握った手に力を込めた。

 

「ご自慢のスペルカード・ルールとやらでも、それ以外のやり方でも構わないわよ?」

 

 実際、今ならば目の前の妖怪だろうが閻魔だろうが鬼だろうが、まとめて相手に出来る自信があった。かつて無い程身体が軽く、力に満ちている。

 

「……やめておくわ。今の貴女相手は苦労しそうだもの」

 

 あっさりと引き下がって見せた紫に、幽香は軽く舌打ちした。今の自分相手に勝つつもりでいるのは気に入らないが、目くじら立てる程の事も無い。今の彼女はすこぶる機嫌が良いのだ。目の前の不細工に恵んでやるのもいいだろう。

 

「色男よ」

 

「は?」

 

「とんでもない色男の指圧師よ、彼は」

 

 呆気にとられたような紫にそれだけを告げて、風見幽香は日傘を翳して空中へ浮かび上がった。やはり今日は素晴らしい日だ。滅多に見られない物をいくつも見ることが出来た。

 これも皆彼のお陰だ。田中田吾作、次に会った時はどんな「お礼」をしようかと考えながら、風見幽香は家路についた。

 

「色男の指圧師ねえ」

 

 扇で口元を隠しながら、八雲紫は飛び去る幽香を見送った。隙間が自分の意に背いて閉じるなどと言うことは彼女の長い生の中で一度として起こった事は無かった。それに加えてあの風見幽香の様子。以前会った時とは比べ物にならない程、力と生気に溢れていた。 あの空白の時間に何があったのか。そして、あの外来人はスペルカード・ルールを普及させようとしている今の幻想郷にとって有益な存在なのか、有害な存在なのか。もし、後者であるならば……。

 妖怪の賢者は隙間に身体を沈めながら、忙しなくその怜悧な頭脳を働かせていた。

 

 

 

 

 人里の北、霧の湖の畔に建つ幻想郷には珍しいゴシック様式の外装を鮮やかな朱色で染め上げられた洋館──紅魔館。その一際豪奢な主人の居室で十六夜咲夜は彼女の主、「永遠に紅い幼き月」レミリア・スカーレットと向かい合っていた。

 

「くれぐれも失礼の無いように、当家の賓客として迎えるのよ」

 

「畏まりました」

 

 主人の命にそれだけを答えて、瀟洒なメイド長は時を止めて主の部屋から退出した。人里を西から目指しているという、田中田吾作という黒ずくめの外来人を客人として紅魔館へ迎え入れるために。

 

 忠実な従者が自分の命に従ったのを確かめて、レミリア・スカーレットは体格にそぐわぬ豪奢で大きすぎる椅子へとその小さな身体を沈めた。目を閉じて垣間見た「運命」に思いを馳せる。

 

「綺麗……」

 

 雲間から差す一条の光、ヤコブの梯子のように先程垣間見えた運命。それはあまりにも美しく、あまりにも魅力的なものとしてレミリアの脳裏に焼き付いていた。

 

 吸血鬼異変以来敵視され続けている紅魔館。それを当主として導くにはレミリアはあまりにも非力で経験不足だった。泣きたくなる程に。

 この幻想郷で紅魔館が存続するために、なによりも地下に幽閉されたままの妹、フランドールのために、田中田吾作という名の外来人が必要であると。

 

「頼んだわよ、咲夜」

 

 ぽつりと漏らしたその呟きは、紅魔館とその住人の運命を覆う闇へと溶けて消えた。




菊地秀行先生の作品の主人公的な外見のキャラクターを幻想郷にぶち込んでみたかった。今は反省している。どうして自分は格好いいキャラクターを描けないのか。


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田中田吾作紅魔館を訪れ、八雲紫疲労困憊すること

読み直して一箇所、致命的なミスがありましたので修正しました。
ついでにタイトルも 2013/01/26


「やはり、運命は見えないか」

 

 レミリア・スカーレットは自室に忠実なメイド長のエスコートを受けた客人を前にそう呟いた。頭から足までをすっぽりと漆黒の外套で覆い、目すらも外套のフードが作る闇の中へと隠した客人の顔は、闇を見通す吸血鬼の魔眼をもってしても輪郭さえ把握することが出来ない。

 レミリアの持つ「運命を操る程度の能力」ですら見通せぬ運命と同様に。だが、確かに一時だけとは言え、眩しい閃光のような運命が見えたはずなのだ。

 にもかかわらず、レミリアの前の客人は日が落ちて活動時間を迎えた紅魔館の各所に蟠る闇を素材とした出来の悪い粘土細工の人形とでも評するべき姿としてレミリアの座す玉座の正面にぼうと立ちすくんでいた。

 

『初めまして、レディ・スカーレット。田中田吾作と申します』

 

 胸の前辺りに浮かせた白い板にそう文章を浮かび上がらせて、黒い外套の塊はぎこちなく上半身をレミリアの方に折り曲げて見せた。 

 

 ちらりと自らが座す主人用の椅子の左手に控える咲夜に視線を向けると、咲夜は小さく首を振って見せた。右側に立つ紅魔館の門番を務める紅美鈴に視線を向けると、「気を使う程度の能力」の持ち主であり、武術家である彼女も同様に小さく首を左右に振って見せた。つまりどちらにとっても──正体不明。先代当主が作った隠し部屋でこちらを観察しているパチュリーと小悪魔も何の動きも見せないところからすると、あの二人にとっても今は様子見の段階なのだろう。

 

「ようこそ、お客人。私が紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ。紅魔館は貴方を歓迎するわ」

 

 腕と翼を大げさに広げて歓迎の意を表してみる。笑顔に、少しだけ牙を覗かせて。

 

『有り難いお言葉、痛み入ります。このような立派なお屋敷に招いて頂き、感謝に堪えません。私は容姿と声に些かの問題がありまして、お見苦しい姿と返答をお許し下されば幸いです』

 

 人影は微動だにせず、ただ板の上の文字のみが浮かび上がって新たな文章を紡ぎ出す。それに何を感じたのか、咲夜と美鈴の緊張が高まったのをレミリアは感じ取った。だが、それで慎重に振る舞うには彼女はあまりにも誇り高く、遠回しに相手を見定めるにはあまりにも経験が足りなさすぎた。

 

「単刀直入に聞くわ、貴方は何者? 何故そこまで厳重に姿を隠してるのかしら?」

 

 

 

 

 幻想郷には温厚な方々が多いのだろうか。自分で言うのもなんだが、こんな怪しげな風体の存在をわざわざ使いまで出して迎え入れてくれるとは。日本では殆ど仕事はしてこなかったけれども、二ツ岩さん辺りから話が伝わっているんだろうか? そんな疑問を感じてしまう。

 迎えに出てくれたのは十六夜咲夜さん。紅魔館というところのメイド長なのだそうだ。案内されて辿り着いたのは、紅に染め上げられた湖畔の洋館。

 その第一印象の通り、紅魔館の豪華な部屋で僕を迎えてくれたレミリア・スカーレットさんは吸血鬼らしい。こちらに目を凝らしていたところからすると、何かを「視て」いたようだ。人外の方々の年齢は外見からは判断できないので、衣を纏った今の状態ではスカーレットさんがこの衣を見通せるかどうかはわからない。

 十六夜さんともう一人、スカーレットさんを挟んで反対側に居る名前を知らない人民服とチャイナドレスを合わせたような服装の方がピリピリしているが、僕が不用意に衣を脱いだのならともかく、相手が見通す分には僕の責任ではないので見通されたところで良心の呵責に悩まされる事は無い。一応、二層構造の「誤魔化しの衣」の間には「統一言語」で「覗くと危険!」の注意書きが挟んであることだし。というか、正直そこまで面倒は見ていられない。衣を見通せるような存在なら自分で対処して欲しいというのが正直な気持ちだ。

 

 ああ、どうやらスカーレットさんは衣の中身が見通せないようだ。しかし、どこまで率直に答えるべきだろうか? スカーレットさんが直球で質問してくれたので、こちらも直球で質問してみることにする。

 

 

 

 

『申し訳ありません。どれくらい率直かつ正確にお答えしたらよろしいでしょうか?

 1.外交官の公的発言レベル

 2.安全圏まで夜逃げした後に嫌な上司に残していく置き手紙レベル

 3.息を引き取る直前の遺言レベル                』

 

 私の質問に返ってきたのは、そんな人を喰ったような質問だった。こいつは私をおちょくっているのだろうか? 表情や身体の動きが見て取れないのが憎らしい。咲夜も美鈴もなんとも言えない表情で私とこいつを見つめている。パチェと小悪魔はどう思っているのかしら。

 

「3.よ。……下手な回答は、そのままそれが遺言になると思いなさい」右手を前に出してこの無礼者に爪を見せつけてやる。

 

『容姿と声が常人からかけ離れすぎて、物理的に視聴が危険なレベルだからです』

 

 何の逡巡もなく綴られた文に、紅魔館の生き字引に向かって思念を飛ばしてみる。

 

(パチェ、そんなことがあり得るの?)パチュリーの魔法で連結されているため、打てば響くように返事が返る。

 

(神話や伝説ではよく有る話ね。レミィも知っているでしょう? ゴルゴン三姉妹の話は)

 

 確かに、顔を見るだけで石になってしまう怪物の話は有名だ。だが、目の前のこいつは名前からしてゴルゴン三姉妹とは違う。偽名だろうか?

 

(とりあえず、腕か足だけでも衣から出して貰ったらどう? 私の考えでは、あの衣は全身を覆っていないと全ての効果は発揮しないと思うわ。レミィの能力まで退ける衣服……後で調べてみたいわね)

 

(お願いだから、個人的な好奇心は後回しにして)

 

「よかろう。では、腕だけでも見せよ。それでお前の言葉の真偽の一端はわかるだろう」

 パチェとのやりとりを悟られないように、一息おいて要求してみる。

 

『わかりました』

 

 無造作に差し出された「それ」に全員の視線が吸い寄せられた。

 

 ──闇の中から白い光が生まれた。紅美鈴は餓えて辿り着いた紅魔館で出された食器の輝きを想起した。十六夜咲夜は始めてレミリアに贈られたクリスタルの花器を、小悪魔はかつての戦で悪魔の群れを焼き払った裁きの光を、パチュリー・ノーレッジは自らが最初に灯した魔法の光を、レミリア・スカーレットは父を失った冬の夜を照らした月光を、八雲紫は博麗大結界が成立した時に差し込んだ一条の光をそれぞれ幻視し、否定した。

 違う、これは自分がこれまで見た最も感動した時よりずっと──

 

 

 八雲紫は「それ」を優美で複雑な曲線を有する何か別の次元の存在の写像として把握した。複雑な曲線を描く多次元方程式を無意識のうちに導きながら、八雲紫はその曲線を目で追い続け……

 

「手、ですかね、あれ?」

 

 自分でも自信が持てない推測を恐る恐る確かめるように口にされた紅美鈴の言葉に、紫は絹糸のような細さまで閉じかけた隙間を慌てて広げた。手なのか、あれが。何度見直しても、「あれ」を曲面として構成する個別の曲線の方程式を無数に導いても、それが自分の知っている「手」の認識に結びつかないことに妖怪の賢者は愕然とした。自らに関する『幻想郷縁起』草稿の一節が脳裏をよぎる。

 

「つまり、境界を操る能力は、論理的創造と破壊の能力である。論理的に新しい存在を創造し、論理的に存在を否定する。妖怪が持つ能力の中でも神様の力に匹敵するであろう、最も危険な能力の一つである」

 

 それは完全な事実ではないが、全くの虚構でもなかった。

 

  御阿礼の子の受け継いだ知識と知性は、時に比喩や暗喩をもって事実の向こうに存在する確かな真実を伝える。

 

 しかし、今、八雲紫の神にも比すべき強力極まりない能力は目の前の存在に無力だった。本当の「美」とは知性や論理では決して把握することも理解することも出来ず、ただ、感性と不完全な知覚によって感じることしか出来ないのだから。

 何者が「美」そのものを論理的に否定できるだろう。それに何の意味があるのだろう。自分にとって天敵に近い四季映姫・ヤマザナドゥの「白黒はっきりつける程度の能力」であっても、あの「美」に白黒は付けられまい。

 

 

 レミリア・スカーレットは眼前に展開された「運命」の輝きに圧倒されていた。「運命」という太陽を覆っていた夜の帷が失われたように、レミリア・スカーレットは自らを灼く「運命」の輝きに照らし出されていた。

 「運命」はギリシア神話が示すように、しばしば糸に例えられる。モイライと呼ばれた三人の女神──クロートーが紡ぎ、ラケシスが割り当てて図柄を描き、アトロポスが断ち切って定めるのだと。

 レミリア・スカーレットの能力もそれに近い。複雑に絡み合った個人の運命の糸が織りなす大きな未来という織物の図柄をレミリアは別の図柄に変えることが出来る。

 問題は、それは一本一本の運命の糸の無事を意味しないということである。絡む糸が増える程、変える絵柄が複雑な程、レミリアをもってしても個別の運命の糸の先は見通せなくなるのだ。紅魔館の行く末という絵柄を変えるために、住人達の一人一人の運命が見通せなくなるように。

 さらに織物と違い、未来は変化する。言わば終わりのない絵柄を、大切な糸を一本たりとも途中で切らさぬように編み上げる作業は、偉大な神にのみ許された所業である。

 しかし今、レミリアは目の前に姿を現した「運命」に圧倒されていた。太陽のように輝く一筋の糸。それはあまりにも美しすぎた。周囲の糸との織り目を眩く照らし出す程に。

 

「っっっっっっ」

 

 レミリアは歯を食いしばって紅魔館の未来を読み続けた。それが神ならぬ身にとって身体と魂を焼く負担であろうとも。紅魔館の皆に最良の未来をもたらすために。

 

「お嬢様!」

 

 悲鳴のような咲夜の叫びを最後に、レミリア・スカーレットの視界は暗黒に閉ざされた。

 

 

 何時ものこととは言え、溜息の一つもつきたくなってくる。溜息をつくと余計に状況が悪化するのがこれまでの経験で明らかだから、溜息すらつけないけれども。

 全身を人目に晒すよりはマシだと思って手だけ出したら何か凄いことになっている。確認するけど、僕は要望に従って外套の中から右手出しただけだからね。最後の審判においても僕は断じて悪くないと主張させて貰おう。誰か良い弁護士希望。高給優遇委細面談。

 チャイナ服の人はこっちを怯えたような目で見てるし、スカーレットさんは倒れて十六夜さんに介抱されてる。……見たところ大きな問題は無さそうだけど、フードも取ってきちんと「診」た方がいいかもしれない。

 それと、あちらの両端がリボンで括られた空間の裂け目からこちらを見てる人は誰なんだろう? 初対面だよね?

 

 あれ、壁っぽいところが開いて白いブラウスと黒いスカート姿で翼がある人が凄い勢いで出てきた。こちらの方は誰?

 

 

「パチュリー様、しっかりして下さい! 美鈴さん、パチュリー様が!」

 

「パチュリー様!」

 

 血相を変えた小悪魔が隠し部屋の扉を蹴破るように飛び出してきたことで、部屋の中は更なる混沌に包まれた。意志の力を振り絞って紅美鈴は「手」から視線を引きはがし、小悪魔の腕の中でぐったりとしているパチュリーを見て青くなった。

 一跳びで小悪魔の元に駆け寄り、パチュリーの気の流れを確認する。頭部──脳で気がこれまで見たことがない程激しく循環している。こんな症状は見たことがない。どうしたらいいのか、どうしたら。

 レミリアを床に横たえた咲夜を横目で確認する。時間を止めて貰うべきなのか、しかし、咲夜もこんな症状は……。そこまで美鈴が考えた時、

 

「皆さん、目を閉じて下さい。『目を開けて下さい』と言うまで目を開けないように」

 

「声」がした。それは、古の知られざる神々の厳かな託宣にも似て──

 

 

 八雲紫は幻想郷と人界の間に位置する自らの屋敷の自室で身体を布団の上に静かに横たえた。言葉に依らず自らの式である藍に、自室に近づかぬよう、物音を立てぬよう、自らをしばらく起こさぬよう、こちらを心配する藍に、厳命して、ようやく身体の力を抜いた。自らの聴力の境界を弄って外部からの物音を遮断する。今は誰の声も聞きたくない。

 あれは拙かった。あのままでは「彼」の「顔」を見ることになっていただろう。今の状態でそれはあまりにも危険だった。まさか「手」と「声」だけで大妖怪八雲紫がこれほど消耗するとは。

 

(霊夢なら何の問題もないでしょうけれど、私では、ね)

 瞼の裏に浮かぶのは、彼女の切り札にして秘蔵っ子、何物にも囚われることのない博麗の巫女。

 

 その俤を打ち消して、冷徹に現実を把握する。「彼」と自分との相性は悪すぎる。ある意味で四季映姫にも勝る絶対の存在とは。

 

 しかし、収穫はあった。「彼」を相手にするために自分は正面から正攻法でなければ駄目だということ。姑息な策謀も、罠も、不意討ちも無駄であることを、八雲紫は理性と知性に依らずして理解していた。むろん、相応の対策と保険を欠かすつもりはないが。

 

(幽香も「色男の指圧師」とはよく言ったものねえ……)

 

 剛胆にも「彼」をそう評してのけた風見幽香への賞賛を最後に脳裏に浮かべると、境界の妖怪は眠りの世界へ旅立った。心身を休めて次の局面に備えるために。

 

 

 やれやれ、何とか三人への施療を終わらせて衣を纏い直し、十六夜さんと紅さん──紅美鈴さんに三人の介護をお願いすることが出来た。現在は宛がわれた客室でぼんやりしている所である。本来なら物置や地下室の方が有り難いんだが、流石吸血鬼の館。窓がない部屋が多いのは僕にとって好都合だ。いや、衣を「自室」以外で脱ぐつもりはないんだけどね。

 

 まず、スカーレットさんは「能力」──「運命を操る程度の能力」だそうで、驚嘆──を使いすぎて眼と魂がぼろぼろになっていたので、風見さんの時より気合いを入れて指圧させて貰いました。流石は高位の吸血鬼、魂さえ癒えればあっという間に身体も回復して、五分で目覚めてくれたのは幸甚だった。実際、スカーレットさんが目覚めるのがもう少し遅かったら十六夜さんに黒髭危機一髪状態にされてたかも。スカーレットさんが目覚めるまで親の敵を見るような目で睨まれてました、僕。十六夜さんのプレッシャーのお陰でちょっと気合い入りすぎてスカーレットさんに日光や流水への抵抗が付いたかも知れません。……弁護士必要かなあ。

 

 次のノーレッジさん──パチュリー・ノーレッジさん──七曜の魔女は知恵熱でした。これは悲しいことに僕を見た人には割りとよく出る症状なので、頭触るだけで何とかできました。ただ、元々身体が弱かったようなので、呼吸器と胸筋系を少し。魔法の詠唱にも大事だと思うのでサービスを。これくらいなら懺悔しなくても大丈夫だよね? 背中触っただけだし。施術後、紅さんが驚いていたのはなんでだろう?

 

 最後の患者はあの翼がある人で小悪魔さん。彼女が一番重症で、存在自体が消えかけてました。何でも好奇心が抑えられずに施術中の僕の顔を至近距離で見上げたとか。肉体を持たずに魔力で身体構築してる悪魔だとそれはキツイよねえ。非常事態とは言え、申し訳ないことをしたと反省。普通はこういう事故がないように、持ち歩いてる特製の治療室で施術するんだけど。 すいません、天使の方々。悪魔を一人位階上げちゃったかも知れません。これ、どう考えても悪行だよねえ。小悪魔さんにやり手の弁護士を紹介して貰おう。ジェシカ・フレッチャーかペリー・メイスンさんクラスの人を。

 

 そう言えば、結局あの裂け目からこっちを覗いてた人は誰だったんだろう? 誰も教えてくれなかったけど。

 

 

「パチェ、それに小悪魔、貴女たち一体何やってるのよ」

 

 十六夜咲夜を従えて、大図書館に付属する魔術実践用の広大なホールに顔を出したレミリア・スカーレットは呆れたように口にした。

 視線の先では、先程までベッドに伏せっていたはずの万年半病人の魔法使いと、その使い魔の下級悪魔が、1943年のクルスクもかくやという大砲撃戦を繰り広げていた。

 

「火符アグニレイディアンス!」

 

「獄符コキュートス……とでも名付けましょうか?」

 

 パチュリーが全方位に放った炎を、小悪魔はいとも容易く巨大な氷柱を生み出して相殺していく。

 

「おや、パチュリー様、レミリア様がおいでになりましたよー」

 

 小悪魔の言葉に軽く頷いて、パチュリーはレミリアの前の床に降り立った。小悪魔もパチュリーに後ろに続く。

 

「あらレミィ、身体の方はもう良いの? 大分無茶したと小悪魔に聞いたけど」

 

「それはこっちの台詞だ。そろそろ起きた後だと思って様子を見に来れば……」

 

「だって、未だかつて無い程身体の調子が良くて魔力が漲ってるんですもの。試したくなるのが魔法使いの性よ」

 

 眉をひそめて見せたレミリアに、パチュリーはしれっと言ってのけた。

 

「隠しても無駄よ、レミィ。貴女も似たような物でしょ。嬉しくて堪らないのを押し殺してる」

 

「ああ、生まれてからこんなに調子が良かった事は無い。今なら陽光も克服できそうだ」

 

「御陰様で私も位階が上がりましたしね-。同期の連中、悔しがるだろうなー」

 

 レミリアの言葉にほくほくした顔で小悪魔が同意した。

 

「まあ、見たはずの顔はすっぽり記憶から落ちちゃってますけど、いや、残念無念です」

 

 その言葉に、レミリア、パチュリー、咲夜、三人の視線が小悪魔に集中した。

 

「お前、見たのか……」「無謀ね」「無謀ですわね」

 

「いやあ、振り返ったオルフェウスの気持ちがよくわかりました。人間、駄目だと言われると好奇心が掻き立てられるんですね!」

 

「貴女、人間じゃないでしょうに」

 

 咲夜の言葉にも、小悪魔は動じない。

 

「しかし、あの人何なんでしょうね? 本当に人間ですか? 魂奪ったらさぞかし出世できるでしょうねえ」

 

 小悪魔の言葉に三人とも押し黙った。レミリアとパチュリーが目にしたのは「手」と「運命」、咲夜はそれに加えて「声」も耳にしている。お陰で咲夜は未だに音声を聞くのが苦痛だった。忠誠心溢れる瀟洒なメイドはそれを欠片も態度には出していなかったが。

 

「先生だ」

 

「はい?」

 

「田吾作先生と呼べ。紅魔館の当主として命じる。私達の主治医に失礼は許さん」

 

 断固たるレミリアの言葉に、パチュリーは静かに応じた。

 

「決めたのね。それで、『見えた』のかしら?」

 

「ああ、見えた。先生にフランを任せようと思う」

 

 レミリアの言葉にパチュリーは僅かに瞑目し、目を見開いて頷いた。

 

「貴女の決定に従うわ」

 

「パチェはあれほど反対していたのにな」

 

 悪戯っぽく笑ったレミリアに、パチュリーも苦笑した。

 

「それは言いっこなしよ。……本で読んだ知識が全然当てにならないことがあるって、身に染みて理解したところだから。傷口に塩を塗り込む、だったからしら? そういう真似は止めてちょうだい」

 

 レミリアは笑いを収めると、傍らに付き従う咲夜を振り返った。

 

「そういうわけだから、先生にはくれぐれも失礼がないようにな。晩餐の準備も任せる」

 

 レミリアの言葉に、咲夜は困ったように言葉を返した。

 

「それが……」

 

「何か問題でも?」

 

 口を挟んだパチュリーに目礼して、咲夜はレミリアに向かって口を開いた。

 

「その、先生は『迷惑を掛けることになるので食事は自分で用意し、自分の部屋で食べる』と」

 

 怪訝そうな顔をしたレミリアと、頷いたパチュリー。

 

「ああ、先生が物を食べるところを見たら又騒ぎになりますからねえ」

 

 小悪魔の言葉にレミリアの顔にも理解の色が広がる。

 

「『入浴や洗顔、その他も全て自分で何とかするから』と仰いました。『部屋も窓のない部屋を』と」

 

「フランと同じだな」

 

 レミリアのぽつりと零した呟きに、答える言葉はついに無かった。

 




右手一本で三人(実際には四人)K.Oしたでござる。
そしてどうしてこんなに話が進まないのか。
実質、手を見せただけで終わってしまった。

異変が起こるまでどれくらいかかるのかなあ。

明日以降、もう少し紅魔館メンバーの視点を増やすかも知れません。

ご意見、ご感想、などありましたらお気軽にお寄せ頂ければ幸いです。


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フランドール・スカーレット田中田吾作と出会い、己を知ること

 

 十六夜咲夜は地下室へ続く階段を下りながら、「能力」を使って背後の人影を振り返った。止まった時間の中で静かに佇む黒い影とその胸の前に浮かぶ白い板は、咲夜が出会った時そのままの姿だった。自分の「能力」──「時間を操る程度の能力」で停止させた時間の中で動けるはずがないのに、それでも咲夜は身構えてしまう。気圧されつつ、それでもあの衣を剥いでみたい、という欲求が捨てられない己を咲夜は自嘲した。これでは小悪魔のことをとやかく言えないではないか。「蘭陵王を見ましたね」と隔意無く笑っていた美鈴に比べて、何と我が身の卑小なことか。しかし、今は主の命を果たさねばならない。能力を解除して声をかける。

 

「こちらです。お気を付けて」

 

 相変わらず、自分の声にもかかわらず何と不快な響きなのだろう。

 

 

 あの後直ぐ、全員集合したあの部屋で自己紹介と謝罪を受けた。スカーレットさんを始め、全員が非礼を謝罪してくれた。なんていい人達なんだろう。その上で、スカーレットさんから、地下に居るというスカーレットさんの妹、フランドール・スカーレット嬢の診察を頼まれた。もうそろそろ深夜なのに、これから直ぐに診て欲しいというのは流石吸血鬼。こちらとしても、異界では何が起こるかわからないことを熟知しているので用は早めに済ませたい。二つ返事で引き受けさせて頂いた。色々と聞いてみたいことはあるが、まずは施術が最優先だ。

 しかし、吸血鬼の館だから仕方が無いと言え、暗い。躓いたりして転んだら大変なことになるので、十六夜さんの言葉に従って足下に気をつけてそろそろ進むことにする。

 

 

 急角度の不快階段を下り、迷路のような地下通路を抜けた先にその扉はあった。頑丈で無骨な金属の扉。装飾の代わりにパチュリー・ノーレッジ謹製の魔法陣が彫り込まれたその扉の向こう側に棲む者を十六夜咲夜は識っており、かつ、知らなかった。

 識っているのは、彼女──フランドール・スカーレット──が咲夜の主であるレミリア・スカーレットの妹であり、「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」の持ち主であり、紅魔館で最も危険な人物である、ということ。彼女が眠っている時に能力を使って世話をしている咲夜も、それ以上のことを知らない。何故に危険なのか、何故にこの部屋に495年も棲んでいるのか。

 足を止め、振り返って客人に扉のことを説明する。

 

「この扉の向こうにもう一つの扉があります。外側の扉が完全に閉まっていないと内側の扉は開きません。そして、内側の扉が完全に閉まっていないと外側の扉は開かないのです。……その内側の扉の向こうに妹様がおられます」

 

『わかりました。よろしければ、後ろを向いていて下さい』

 

 淡々と綴られる文章に、咲夜は息を飲んで黒い影の背後に踏み出した。自分は小悪魔とは違う、と言い聞かせながら。

 

 扉が開く重々しい金属音。やはり足音は聞こえず、再び扉が閉じる金属音。振り向いた咲夜の目の前には、先程と変わらぬ佇まいの閉じられた扉が残された。

 

 

 ──私はずっとこの部屋でアイツを閉じ込めている。アイツが部屋から出たら、皆が壊れてしまうから。お姉様も、パチュリーも、他の皆も。壊れてしまったお母様のように。だからアイツを閉じ込めないと。お母様を壊したアイツを。家庭教師の先生を、お付きのメイドを、色んな人たちを壊したアイツ。私はフランドール、フランドール・スカーレット。アイツは……

 

 静寂を破った金属音に、フランドール・スカーレットは読みかけの書物から顔を上げた。あの音は外側の扉が開く音だ。何万回も聞いたお陰で覚えてしまった。続いて外側の扉が閉まる音がする。きっと食事を持って来たのだろう。もうしばらく待ってから差し入れられた食事を取りに行けば良い。食器を返す時に今度はどの本を頼もうか。と考えかけて、フランドールは現実に引き戻された。

 また、扉の開く音がする。ここしばらくは開くところを見たことがなかった内側の扉が。扉の隙間から光が漏れる。

 いけない。アイツが出てきてしまう。アイツが出て行ってしまう。アイツが壊し……。

 

  そこまで考えた時、「それ」は闇の中から現れた。何度か見たことのある紅魔館のランタンと共に。揺れるランタンの光に照らされて。フランドールが認識できたのは、光が背後に映し出した影だった。重く、古く、輝きを失ったドアを覆い、揺らめく影の美しさよ。そこまで認識し、その影を生み出した光を遮る「もの」に焦点を合わせようし……フランドール・スカーレットの思考はそこで停止した。

 

 十六夜咲夜が戻った客間は、一人を除いて咲夜が客人と共に後にした時のままだった。長方形のテーブルの短辺──客を迎える主人の席に座したレミリア、そのレミリアの右側の長辺の端に並んで座った小悪魔とパチュリー。テーブルを挟んでパチュリーの反対側に座っていたはずの美鈴は咲夜が案内に立つのと前後して門に戻っているはずだ。

 

「それで?」

 

「あの衣装のままでお部屋に入られました」

 

 咲夜の返答にレミリアは軽く頷いて見せた。

 

「これで、後は結果を待つだけね」

 

 そのレミリアの言葉に、小悪魔が反応した。

 

「レミリア様の能力を疑うわけじゃありませんけど、本当に先生が何とか出来るんですか? というか、そもそも私、妹様がどういう状況か知らないんですけど」

 

 小悪魔の言葉に、レミリアはちらりと右後ろに控えた忠実なメイド長に視線を奔らせた。

 

「そうね、貴女と咲夜は知らなかったわね。フランは、あの子は、私の罪の象徴なの。……無謀で、傲慢で、『能力』さえあれば何でも出来ると思っていた頃の私の」

 

 

 ノックしたんだけど聞こえたかなあ? この扉分厚すぎて普通にノックしたんじゃ聞こえないと思うんだけど。呼び鈴とかもないようだし。十六夜さんが入室の注意とか教えてくれなかったんだけど、大丈夫だろうか。

 あ、やっぱりフランドール・スカーレットさんらしき人が机の前で椅子に座ったまま固まってるよ。驚かせちゃったかな? それにしても真っ暗闇でも本が読めるというのは羨ましい限り。

 え、いきなり表情が変わりましたよ? なんだか目が充血して目つきが険しくなって手を開いて……。ああ、あれで物を壊すのか。フランドール・スカーレットさんも僕と似た「物」が見えるんだ。

 

 

 ’フランドール・スカーレット’は自らの手の中の「目」を凝視し、そして、それを認識することを拒絶してその意識を失った。それは、彼女が認識するには、あまりにも美しすぎた。

 

 

 フランドール・スカーレットさんが一度目を閉じて、目を開いたら今度は無表情になった。防衛反応? わからない。けれど、一つだけわかることがある。彼女たちはとても傷ついた状態のまま固まってしまってるんだ、ずっと。だから物を壊してしまうんだ。いいだろう、凝りを解すのは指圧の十八番だ。全力で行く。

 

 

”フランドール・スカーレット”はもう一度「目」を手にしようとして、「それ」の言葉を聞いた。永劫の空虚を満たした星々の誕生の谺だったのか。それとも、万物皆消え果てて冷え切った宇宙の最後の吐息なのか。

 

「限りあれば吹かねど花は散るものを 心みじかき春の山風」

 

 

 気がつくと、フランドール・スカーレットは不可思議な空間に漂っていた。刻一刻と淡く色を変える果ての見えない奇妙な空間は、不思議と落ち着けた。落ち着けたのは、全身に感じる不思議な心地よさによるのかもしれない。ふと気付くと、向こうから何かが漂ってくる。無表情な顔、金色の髪、枯れ木に宝石を鏤めたような翼、間違いない、アイツだ。お母様を壊したアイツだ。

 何かの気配に振り向くと、そちらからも何かがやって来る。血走った目、殺意に歪んだ口元から見える牙、白鑞のような肌、やっぱりアイツだ。家庭教師の先生や妖精メイドを壊したアイツ。

 

 アイツの名前は……

 

(フランドール、フランドール・スカーレットよ)

 

 気がつくと、目の前にアイツが居て、今まで見たこともないような穏やかな表情でそう告げた。そうか、そうなのか。アイツの名前はフランドール・スカーレットなのか。初めて知った……違う、知って……忘れて……いた。

 

(そうよ、貴女はずっと彼女──私の名前を忘れていたの)

 

 そういってアイツは少し寂しそうに微笑った。そして穏やかに尋ねてきた。

 

(貴女の名前は?)

 

 私? 私の名前は、フランドール・スカーレット! えっ? ……なん……で……

 

 封じていた、切り離していた、目を逸らしていた、無かったことにしていた記憶が蘇る。

 

 ──母親を壊してしまったこと。父親の恐怖を受けて閉じ込められたこと。それを認められずに、そんな自分を許せずに、許せない自分を「アイツ」と呼んで自分ではないと否定した。

 しかし、現実の自分は閉じ込められたまま。現実と認識のギャップを埋めるために、彼女は更なる自分を生み出した。手当たり次第他人を襲う「アイツ」、「アイツ」を封じるために自分は地下室に引きこもっているのだと。それは自分を守るための彼女の鎧。

 

(嘘、嘘、嘘! あんたなんか、アイツなんか私じゃない。私とは違う!)

 

 フランドールは絶叫した。

 

(いいえ、貴女は私よ、フランドール)

 

 目の前のアイツは静かにそう告げた。

 

(その証拠に、感じるでしょう? 私も感じているあの人の指を。優しく身体を解きほぐしてくれるあの人の指の感触を、貴女も感じているでしょう?)

 

 ──確かに感じる、ぬくもりに満ちた指が優しく指を、腕を、足を、背中を刺激するのを。

 

(それに、起こった出来事も貴女の記憶とは違うわ)

 

 えっ?

 

(身体の感覚に集中しなさい。潜るわ)

 

 潜る?

 

(ええ、集合的意識の彼方。宇宙の記憶、「識」の海へ)

 

 ──潜っていく。潜っていく。身体を優しく押さえる指のリズムと合わせるように。気が付くと、フランドールは知らないはずの懐かしい景色の中に居た。

 

 

 ……お父様!

 

 記憶に残る父親の威厳に満ちた姿。豪奢な内装の一室はフランドールが知らない彼の居室だろうか。

 いきなり扉を蹴破るような勢いで飛び込んできたのは、最後に見た時より随分か弱く見える彼女の姉。

 

 お姉様?

 

 血相を変えて飛び込んできた娘に笑顔を見せる父。

 

「どうしたね、レミリア」

 

「フランとお父様の運命が見えたの!」未だかつて自分が見たことのない、恐怖と不安に震える姉の姿。

 

「フランが、フランがお父様を壊しちゃうの!」父の顔が強張る。

 

 ──景色が変わる。

 

「やめて下さい、貴方!」「フランを殺さないで!」

 

 お母様、お姉様?!

 

 見覚えのある地下室。ベッドに眠る自分に近寄る無表情な父親。取りすがるのは母親と姉。

 

「私が運命を変えるから! 変えてみせるから!」血を吐くような姉の叫び。

 

 ──景色が変わる。

 

 吹き飛ぶ地下室。混乱する邸内。その隙を突いて侵入してくる吸血鬼ハンター達。

 

(ハンターの襲撃とそれと私の暴走が重なった。お姉様は咄嗟に私がお父様を壊す運命を変えたけど、それによってお母様の運命が変わってしまった)

 

 お母様! 嫌ぁあああああ!

 

 ハンターの銀の剣で心臓を貫かれ、灰と化す母親。

 

 ──景色が変わる。

 

「もはや二度とフランドールが自分から地下室から出ないように、あれの記憶を書き換える」

 

「お父様、それは!」

 

 あの当主の部屋らしき場所で向かい合う父と姉。

 

「レミリア、お前の改変した運命が何をもたらしたか、何を奪い去ったか忘れたわけではあるまい」

 

 血が出る程唇を噛みしめる姉。

 

「全てが上手く行く程お前の能力は万能では無いのだ。人間の力がいや増すこの時代に、私が滅びる訳にはいかん。この条件が飲めぬなら、あれを処分せざるをえん」

 

 そんな……

 

(お父様も苦しかったのでしょうね。父親と当主の最大の妥協点として、自分の「記憶を操作する程度の能力」で私の記憶を書き換えることにした。二度と自分から部屋を抜け出さぬように)

 

 ──景色が変わる。

 

 ベッドで眠る自分に手を翳す父親。

 

 ──景色が変わる。

 

 血を吐き、目から血を吹きながら見えぬ何かを改変しようとする姉。垣間見えた、妹がが家庭教師を吹き飛ばす運命、それを変えようとして苦闘する。妹に罪を負わせないように。

 

 ──景色が変わる。

 

 再びベッドで眠る自分に手を翳す父親。

 

 ──景色が消え、再び揺蕩う不可思議な空間で、フランドールは自分と向き合っていた。

 

(これで理解できたでしょう? 貴女の記憶は書き換えられた。お姉様は私が他人を壊さぬように必死で運命を操作し、お父様が改変前の運命を記憶として私に植え付けた。でも、私はその記憶を自分の物として受け入れられず、その記憶を持った自分を分離してしまった)

 

 わかったわ。

 

 フランドールは溢れる涙のまま頷いた。

 

 私、お姉様にずっと助けられていたのね。知らなかった、何も。

 

(これで、自分のことを受け入れられる?)

 

 受け入れてみせるわ。今度は私がお姉様を助けてみせる。

 

(そう、では、私は安心して私になれる)

 

 最後に一つだけ教えて?

 

(何?)

 

 貴女はだあれ? 「アイツ」は私だけど、貴女はだあれ?

 

 フランドールの前で、フランドール・スカーレットの姿をした「何か」は楽しそうに笑った。

 

(よくわかったわね、賢い娘)

 

 同時にフランドールは自分が拡大していくのを感じた。その瞬間、フランドールは、、それぞれの自室で禁足処置に不満を言う妖精メイド達であり、客間で給仕する十六夜咲夜であり、自分の過去の所業を語るレミリア・スカーレットであり、興味深く耳を傾ける小悪魔であり、小悪魔をたしなめるパチュリー・ノーレッジであり、一人門番を務める紅美鈴であり、……幻想郷そのものであり、太陽系であり、フランドール・スカーレットを構成する素粒子の一つでありながら、互いに関連し、相互依存し、縁起によって成り立つこの世界全てでもあった。たった一つの要素、田中田吾作のみを除いた。

 

(貴女たちは「私」を様々な名前で呼ぶわ。行を志す者は大日如来、苦行に勤める者はブラフマン、道を究めんとする者は元始天尊。「私」はいずれでもあって、いずれでもない)

 

 フランドール・スカーレットでもあるその存在は告げた。

 

(この時、この場所では、U.N.オーエンとでも名乗っておきましょうか)

 

 優しく身体を刺激するリズムと共に、拡大した「自分」が縮小し、単なるフランドール・スカーレットという個の存在に戻っていくのをフランドールは感じていた。

 

(また何時か会いましょう、フランドール・スカーレット。もし戻った時に覚えていたら、あの人によろしくね)

 

 

 レミリアの長い独白が終わると、客間には沈黙が訪れた。小悪魔と咲夜は今し方聞かされたフランドールに関する事実を自分の中で咀嚼していた。

 

「喉が渇いたわ。咲夜、全員に紅茶を。その後、貴女も相伴しなさい」

 

「畏まりました」

 

 言葉と同時に、テーブルの上に人数分の紅茶のカップが並ぶ。

 

 優雅にカップを口元に運んでから、レミリアは物問いたげな小悪魔に視線を向けた。

 

「何か聞きたいことがあるようね?」

 

「それでは、お言葉に甘えて。先代の死後、妹様を何とかしようとされなかったのですか? レミリア様なら何とか……」

 

「ええ、レミィがその気になれば、フランは何とか出来たでしょうね。代わりにどうにかなっていたのは、貴女かもしれないけれど」

 

 小悪魔の言葉に被せるように口を開いたのは小悪魔の主である七曜の魔女。親友に感謝の視線を送りつつ、レミリアが口を開こうとした時、地下から鈍い衝撃と振動が二回伝わってきた。

 

「咲夜!」

 

「お嬢様、妹様がこちらに向かっておられます」

 

 レミリアの言葉に、間髪入れずレミリアの右後ろという定位置で返事を返す忠実な従者。

 

「片っ端から屋敷のドアを吹き飛ばしながらこちらに」

 

 そのままの位置から続報が寄せられる。

 

 その場の全員が期待と不安を交錯させる中、何かが壊される音が連鎖して近づいてきて、客間の扉が大きく開かれた。フランドールとレミリアの視線が刹那の間交錯する。そこに込められたのは如何なる想いなのか。

 

「お姉様、ごめんなさい!」

 

 レミリア・スカーレットは、弾丸のような勢いで弾丸のような勢いで扉、椅子、テーブル、最後に自分を吹き飛ばしながら組み付いてきた妹を、まだ何も知らずに済んだ時のように優しく抱きしめ返した。

 

「謝るのは私の方よ、フラン。辛い目に遭わせて、ごめんなさい」

 

 

 やり過ぎたかなあ。見事に拉げてるというより吹き飛んでるよね。あの分厚いドアが、二枚とも、紙切れみたいに。フランドール・スカーレットさんが読んでた本が気になって机の前に行ったのが幸いだった。クリスティの『そして誰もいなくなった』とはなかなか渋いチョイス。それはともかく、今更ながらベッドとドアの直線上に居たら即死だったね、多分。

 部屋の中もえらいことになってるし。これで多分能力使ってないんだからなあ。凝りは取れてたし、施術が終わった時には落ち着いてたように見えたけど、目を覚ましたとたんロケットみたいにすっ飛んでいったよ。素でこれってことはないよね? 上の方でも何か音がしてたし、弁償しろとか言われる前に逃げた方が良いような気がしてきた。




寝て起きて夜書いたラブレターは朝見直せ理論でちょこちょこ修正。

ご不満、ご指摘などありましたらお気軽にお寄せ頂ければ幸いです。


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紅魔館の住人異変を企み、田中田吾作三つのお題に頭を捻ること

一応、これで決定と言うことで。

足りない分は先々でフォローを。


 フランドール・スカーレットは幸せだった。あの後で、壊したドア、家具、その他諸々のことで姉に叱られたことも、姉、咲夜、パチュリー、美鈴、小悪魔と並んで、紅魔館の一員として先生に紹介されたことも、姉と一緒のベッドに入ったことも、姉にしがみついて眠りに就いたことも、誰かの存在を隣に感じながら目覚めたことも。

 彼女にとって、全てが初めて体験することだったから。隣に寝ている姉の腕にそっと頬を寄せてみる。

 フランドール・スカーレットは間違いなくこの瞬間、幻想郷で最も幸福な存在であった。

 

 

 レミリア・スカーレットは幸せだった。彼女自身の能力で結果的に不幸にしてしまった妹と和解が出来たのだから。忠実なメイド長にも言えない秘密──嬉しくて妹と抱き合って大泣きしてしまったこと──すら目覚めてみれば、恥ずかしくも嬉しい思い出の一つになっている。

 これからも、妹や友人、従者達と共に楽しい思い出を増やしていくのだ。妹の柔らかい頬の感触を左腕に感じながら、レミリア・スカーレットは薄く開いていた瞼を閉じた。吸血鬼の視力をもってしても見えない闇の向こうに、彼女の望みを実現させるための微かな道筋が燐光のように光って視えた。

 

 

 十六夜咲夜も幸せだった。いきなり扉が破壊され、中をのぞき込んで風のように去って行った妹様の所為で震え上がった妖精メイド達を指揮して、壊れた扉や家具の片付けの指揮を執っていても。彼女は、彼女の主の笑顔を見るのが好きだった。それを見るためならどんな労苦も厭わない程に。

 妹様と抱き合った瞬間のお嬢様の顔は、これまで見たことがなかった幸せそうな笑顔だった。ならば何も思うことはない。

 あの笑顔をもたらしたのが先生の手腕であるならば、これまでの隔意も全て捨てよう。先生はお嬢様や妹様の恩人である共に、私自身の恩人でもあるのだから。

 

 

 なんとか損害賠償請求は免れたらしい。最悪、物納か労働力の提供まで考えていたので密かに胸をなで下ろす。改めてフランドール・スカーレットさんを交えての自己紹介。全員に感謝される。上手く行ったようで良かった。やはり施術が上手く行って感謝されるのはいいものだ。フランドール・スカーレットさんは僕の顔を見たがったが勘弁して貰う。流石に今から倒れた人を診るのはちょっとしんどい。そう伝えたら、素直に謝って引き下がってくれた。いい人だ。スカーレットさんはしきりに恐縮していた。詳しい話は明日というか今日起きた後、改めてということで失礼させて貰う。

 

 ……部屋に戻ったところ、部屋のドアも吹き飛んでいた。最初から壺の中で練るつもりだったので僕への影響は少ないが、部屋を変えてくれるという。新しい部屋で壺を出して、中の自室で入浴後、就寝。

 

 

 フランドール・スカーレットははしゃいでいた。降り注ぐ春の陽光も、頬を撫でる春の風も、中庭の花々も、それにやってくる蜜蜂や揚羽蝶も、何もかもが目新しく、興味深い。 もちろん、本で読んで知識としては知っていた。どういうものなのかも理解している。「壊す」ことは容易い。しかし、実際に自分の五感でそれらを感じるのは、全く違っていた。

 

「フラン、はしゃぎすぎて手に力を込めては駄目よ。テーブルが壊れるわ」

 

「はい、お姉様」

 

 姉に窘められて、テーブルに手を突いて乗り出していた身体をそっと椅子の上に下ろす。如何にも職人が手を掛けて作った品物らしく、落ち着きのある鋳鉄製のチェアと自分の拳より厚いテーブルの板も、自分がほんの少し力を込めただけでばらばらになってしまうことを、フランドールは起きてからの短い時間の間に学んでいた。聞けば、人間はこれより遥かに壊れやすいらしい。

 自分の能力を使わなくても、物や人は簡単に壊れるのだと初めてフランドールは理解した。未だにその実感はないが。

 ふと、自分が今の自分になる前に聞いた言葉を思い出す。

 

「限りあれば吹かねど花は散るものを 心みじかき春の山風」

 

「……妹様、それは?」

 

「ゆうべ、先生から聞いたんだと思う」

 

 フランドールは声をかけてきた隣のテーブルの小悪魔の方に振り返りながら言葉を続けた。

 

「あの時のことはあんまり覚えてないけど、この言葉は覚えてる」

 

 他に覚えているのは、初めて感じた自分を解していく他人の指の感覚。あれが──先生。それと、奇妙に印象に残る名前、U.N.オーエン。あれは「誰」のことだったのか。

 

「リズムからすると日本の和歌かしらね?」

 

 小悪魔の向いに座ったパチュリーが口を挟む。

 

「和歌?」

 

「日本の定型詩の一種で、5、7、5、7、7の音節で成り立つ──で合ってる? パチェ」

 

 今度は自分の向かいに座った姉が興味深げに口を開いた。

 

「概ね、それで正しいと思うわ。──限りがある命だから、風が吹かないでもいずれ花は散ってしまうのに、忙しない春の山の風が吹いて花を散らしてしまうの残念なことだ──くらいの意味かしらね」

 

 パチュリーの言葉に、フランドールは思い返した。ああ、そうなのか、自分は。

 

「花にとっての春の山の風だったのね」

 

 パチュリーが無言で小さく頷いた。

 

「今はもう違いますよね、妹様?」

 

 小悪魔の言葉にしっかりと頷いてみせる。そう、もう私は無闇に花を散らしたりはしない。

 

「先生が来たようね」

 

 姉の視線の先を追うと、咲夜に続いて屋敷を回り込んで、ぎくしゃくと進んで来る、黒い姿が見えた。その後を人民帽を被った赤いお下げの美鈴が対照的に迷いのない足取りで続く。

 

 

 レミリア・スカーレットは緊張していた。咲夜にエスコートされて、「先生」が自分の左側に付き、美鈴がその正面に座るのを見て唇を舐める。最初に合った時と変わらない、頭から足の先まで、何一つ彼を露出しない服装。あの中で、あのあり得ない手の持ち主は何を考えているのだろうか。

 自分は紅魔館全てをチップにした賭けに、妹の恩人を巻き込もうとしている。そのことに、思わずテーブルの上の手に力が入る。

 だが、どれだけ目を凝らしても、博麗の巫女と境界の妖怪の関わる運命ははっきりしなかった。あの二人には自分の力が及ばない。見えたのは先生が関わる運命のみ。他者の運命まで照らし出す美しい輝きを思い出して、レミリアはフラッシュバックによる目眩を歯を食いしばって押さえ込んだ。

 先生も、妹も、その場に居る全員が自分に注目している。胸を張れ、躊躇うな、レミリア・スカーレット。

 

「我々、紅魔館は異変を引き起こす。ついては、先生にも協力して貰いたい」

 

 

 あの、「異変」って何でしょうか? 言葉からして穏当じゃないんですが。整体師や指圧師に異変に協力ってなんですか? 5W1H的に疑問が一杯です。あ、最初から説明して下さる。それは有り難い。見回すとフランドール・スカーレットさんもわかってないっぽいからね。

 

 スカーレットさんの話をまとめるとこうだった。幻想郷は外の世界で劣勢になってきた人外達のための異界らしい。そして人外の存在に人間が欠かせないので人間も住んでいる。現在のような形になったのは一世紀と少し前。この辺りは幻想郷の住人の一般教養なのだそうだ。

 フランドール・スカーレットさんは興味深そうに聞いている。ノーレッジさんは本を引っ張り出して読んでいる。小悪魔さんは僕とフランドール・スカーレットさんを等分に見ていて、スカーレットさんの後に立つ十六夜さんと、僕の向かい側の紅さんは話を聞きながらも緊張を解かないでいるようだった。

 

 幻想郷を管理しているのは、境界の妖怪「妖怪の賢者」八雲紫さんと博麗神社の巫女「楽園の素敵な巫女」博麗霊夢さんで、協力して幻想郷を囲む結界の維持や最低限の秩序の維持を行っているのだそうだ。

 紅魔館は先代当主の時に幻想郷にやって来て、その秩序に挑戦して破れ──スカーレットさんとフランドール・スカーレットさんのお父さんを含め多数の人外や人間が亡くなった。それを「吸血鬼異変」と呼ぶらしい。

 そして、そのあまりにも凄惨で犠牲の大きな戦いをきっかけに、スポーツ的な決闘方法であるスペルカード・ルールが生まれ、「妖怪の賢者」八雲紫さんがそれを普及させようと尽力しているのが現状と。

 

 

 レミリア・スカーレットは瀟洒なメイド長が完璧なタイミングで用意した、適温の紅茶で喉を潤した。先生の前でもあり、自分用とフラン用の紅茶にも血液は含まれていない。

 

 先生の治療を受けてから、吸血衝動が起こらないのは、日光や流水へ耐性が付いたことと何か関係があるのだろうか。いや、語りたくないことから意識を逸らすな。昨夜から今まで話してみてわかった。今のフランは賢い子だ。言わなくても理解し、言わなかったことに余計に傷つくだろう。

 

「『吸血鬼異変』の後の紅魔館の立場は微妙だ」事実のみを簡潔に伝える。

 

「事件に関係した妖怪や人間たちには極一部の例外を除いて、憎まれ、恐れられている。幻想郷のルールに従わないのではないか、秩序ばかりでなく、幻想郷そのものを破壊するのではないかと危惧する者も居る」

 

 フランの肩がぴくりと動いた。フランが気付いた通り、危惧されてるのはフランの存在だ。境界の妖怪はフランの能力を危険視している。幻想郷を危険に晒すと判断すれば、あの妖怪はフランの処分を躊躇わないだろう。

 

「また、それとは逆に、先代当主が亡くなった後の紅魔館を与し易し、スペルカード・ルール普及の前に潰すべしと考えている妖怪達も居る」

 

 美鈴に視線を送る。美鈴と咲夜にはいつも苦労を掛けている。パチュリーと小悪魔にも。

 

「故に、異変を引き起こすことで、紅魔館の力を示し、スペルカード・ルールでの解決に従うことで、幻想郷で共存する一員であることを示す。その為の異変だ」

 

 美鈴は何度も頷いている。フランも口元を引き結んで頷いた。パチェは本をめくる手を休めている。先生は何時ものように黙って座っている。

 

「また、この異変はフランドール・スカーレットとレミリア・スカーレットのお披露目でもある」

 

 フランがはっとしたように顔を上げてこちらを見た。軽く頷く。そうよ、フラン。これは私達姉妹が初めて共同で行う大きな仕事。その意味でも失敗は許されない。

 

「身勝手なお願いであるのは重々承知の上でお願いする。どうか私達に協力して欲しい」

 

 深々と頭を下げる。先生は私の頼みを聞き入れてくれるだろうか。

 

「レミィ、先生が質問してるわよ」

 

 パチェの声に頭を上げて先生の方を見る。先生の前の掲示板には、文章が浮かび上がっていた。

 

『それで私は何を協力したら良いのか、教えて下さい。起こそうとしてる異変がどんなものであるかも』

 

「先生、有り難う!」

 

 嬉しそうなフランの声。だが、問題はこれからなのだ。後者は私にも説明できるが、前者については断片的なイメージしか「視」えなかった。先生にはあのイメージで、求められている役割が何かわかるだろうか?

 

 

 うん、話を聞いてみると、異変と言ってもそんな無茶苦茶な目的ではないようだ。戦争で決めていた物をスポーツの大会に変えるようなイメージが近いだろうか。もちろん、聞いた話では死の危険もあるようだが、それは人界の格闘技も同じだろう。「絵になるからギャラルホルンを吹いてみないか」とか、「美人コンテストの審査員をやれ」とか言われるよりよっぽどマシだ。前者は断りましたよ、全力で。後者は近いことをやる羽目になったけれども。

 

 しかし、この判じ物は正直困る。一つ目は、僕とスカーレットさんが日傘をさしたチェック柄の服装の女性と話しているヴィジョン。これはなんとなくわかった。僕とスカーレットさんが風見幽香さんと話し合うというヴィジョンだろう。しかし、残りの二つがよくわからない。僕がスカーレットさんとフランドール・スカーレットさんに何かを渡しているヴィジョンと、誰か二人組を施術してるヴィジョンと言われても……。

 しかも、そのヴィジョンを思い出しただけでスカーレットさんが倒れそうになって十六夜さんの介護を受けてるから、それ以上の情報は得られそうもないし。

 スカーレットさんにわからない相手が誰なのか僕にわかるわけがない。とりあえず、物を渡す方から考えて見よう。手持ちの道具で渡せそうな物は……。あ、確か先程の話で、スペルカードはイメージで生み出す技だが生み出せなくて困ってると聞いた。それなら役に立つかも。

 

 

 お姉様が真っ赤になってよろめいて、咲夜に介護されてる。大丈夫かな。先生が誰か二人組を施術しているヴィジョンの、その相手を思い出そうとしていたみたいだけど。

 えっ、先生が動いて?

 

 フランドールの前で、田吾作の右側の黒衣が翻った。黒いもの先には白いもの。その白いものが空を踊って何かを空中から誘っている。

 

 ──ああ、あれは先生の手だ。私を治療してくれた先生の手。それが空中から何かをつかみ出したんだ。

 

 目を閉じていたレミリア・スカーレットを覗いた全員の視線が釘付けになった。その光景はこの世ならぬ劇場で演じられる、異界の舞踏のように思われた。異界の舞踏は二度行われ、二つの何かが空中から誘われた。神楽が二柱の神を呼び出したように。

 

 ああ、差し出したその「手」の美しさよ。フランドール・スカーレットはそれに惹きつけられ、テーブルの中央に何かが二度置かれても、その「手」が再び現世と異界を隔てる闇の帷のような衣に覆われて視界から消えるまで「手」から視線を逸らすことが出来なかった。彼女が自分の目の前におかれた何かに視線を移すことが出来たのは「手」が再び仕舞われた後だったのである。

 

 片方は冷たく、冷酷に敵を撃つ戦いの歌を詠っていた。もう片方は、世界を焼き払う熱情を伝えていた。

 

「お嬢様、もう大丈夫ですか?」

 

 咲夜の腕の中から身体を起こしたレミリアと、自分の席から手を伸ばしたフランドールは、同時にそれぞれの何かを掴み取った。二人の手の中で、何かは姿を変える。

 

 それは器だった。二人の力を吸い上げ、相応しい形に顕現させるための。レミリアの手の中で朱色の槍が形を為し、フランドールの手の中で炎の剣が産声を上げる。

 

「お嬢様!?」「妹様!」咲夜と美鈴が見守る前で、それらは再び姿を変えて、一枚の札へと変化した。

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』」

「禁忌『レーヴァテイン』」

 

 姉妹がそれぞれの手の中に残されたカードの名前を呟く。

 

「スペルカード? でも、さっきのは確かに?!」

 

 田吾作へと顔を振り向けたパチュリーの前で、板が文字を浮かび上がらせた。

 

『以前、治療代代わりに頂いたんですが、使い道が無いから困ってました。「影」だから一度しか使えないようですし、ここで使われて役に立てば本望でしょう』

 

『これで多分、二つ目も片付きましたね。最後の一つはどうしましょう?』

 

 

 ああ、成る程。ここで使うために預かってたのか。いずれ役に立つ、そう言って渡された理由がわかった。所謂、パズルのピースが填まる感覚というのはきっとこれなんだろう。あんな物騒な武器の「影」なんて何の役に立つかと思ったらこんな使い道があったとは。神様とかは使い道がよくわからない物ばかり報酬にくれて困る。きっと、運命が見える人同士で上手に帳尻を合わせてるんだろうなあ。

 

 しかし、最後の一つは難問だ。デルフォイの神託じゃあるまいし。わかりにくすぎるよ、これ。仕方がない、起こそうとしている異変の具体的内容を聞いてから考えますか。

 

 

 レミリア・スカーレットは生まれたばかりのスペルカードを仕舞い込んだ。感覚は掴んだ。イメージに自分の力を流し込んでカードを生み出す。先生が私達に与えてくれたのはそれだったのだ。有り物の武器を使う咲夜、自分の身体の延長の美鈴、技術としての魔法の使い手のパチェと違って、私は強力なスペルカードが生み出せなかった。きっとフランもそうなのだろう。それを解決してくれたのだ。これで後は自分で何とかできるだろう。

 一つ目のヴィジョンも何とかなりそうだ。風見幽香──お父様が集めた妖怪の群れを一蹴したフラワーマスター。八雲紫と並ぶ最大の脅威。先生と面識があるらしい。話し合いで何とかなるのだろうか? だが、相手はわかっているのだ。会ってみなければ始まるまい。

 

 では、最後の運命を顕すヴィジョンが意味する物は? なんでもいい、思い出せ。

 

 

 第一ヒント、異変はスカーレットさんが生み出した紅い霧で幻想郷を包む。可能な限り生命力の収奪は押さえて、挑戦者──多分博麗霊夢さん──を待つ。

 第二ヒント、僕が二人組の女性を施術する。

 第三ヒント、果物と焼き芋の香りがした気がする。

 

 これ、どういう三題噺なんですか。知識豊富だというノーレッジさんも頭を抱えてるし、フランドール・スカーレットさんは最初から首を傾げっぱなし。紅さんと小悪魔さんは最初から試合放棄状態で、十六夜さんは唸ってるスカーレットさんに飲み物を勧めている。

 え、貴女はこの前の人。どこから現れたんですか? そして何故、十六夜さんと紅さんは血相変えて立ちはだかってるんですか?

 

 

「ああ、成る程」

 

 八雲紫は隙間の中でほくそ笑んだ。確かにこれは彼女達には難問だろう。幻想郷の住人や、幻想郷での生活についての知識が足りなさすぎる。

 

 しかし、幻想郷の生みの親である彼女にとっては容易すぎて謎とも呼べない組み合わせだった。彼女達が考えている異変を夏に行えば、出穂期に紅い霧が幻想郷を覆い、確実に秋の収穫に影響が出るだろう。そして、収穫を左右するのは、その次の季節を顕す二人組の神の片割れに他ならない。スペルカード・ルール普及のため、スペルカード・ルールに基づく異変は歓迎する。

 だが、必要以上に人里に被害を与えるような異変は困るのだ。風見幽香、レミリア・スカーレット、それに何より、フランドール・スカーレットの有様を見れば、彼の施術がどれほど秋穣子の力を増すだろうか。

 

 風見幽香と話を付けておくのも同様の理由だ。彼女の愛する花に影響を与える異変なのだから。それに、因縁の相手であり、代替わりし、彼の施術を受けた吸血鬼に興味が湧かない筈がない。

 

「先生の役割は、異変の後始末、もしくはそのための仕込みというわけね」

 

 妖怪の賢者の笑みが深くなる。フランドール・スカーレットは安定した。これで無理に彼女を排除して、「全てを受け入れる」という幻想郷の建前を管理者自らが崩すという事態を避けられる。建前論を除いても、厄介な能力持ちの姉妹を相手にわざわざこちらから危険な橋を渡る必要は無い。

 

 そして、彼は幻想郷のために有用だ。幻想郷内部での価値は博麗霊夢には及ばないだろう。幻想郷において彼女は無敵だ。だが、幻想郷を守るのにはそれだけで十分だろうか? かつての苦い記憶が蘇る。記憶という名の水面に映った満月と共に。

 

「奇貨居くべし、ね」

 

 それに何より、

 

「もしこれが上手く行けば、今年は諦めて貰った幽々子の願い、来年の春には叶えて上げられるかもしれないわね」

 

 彼女の親友がぽつりと零した呟きを思い出す。

 

 そう、太陽を克服した彼女達がもはや紅の霧に拘る必要は無いとは言え、別の異変に変えさせるのは論外だ。彼女には天候に影響を与える異変が収穫に与える影響をどの程度局限できるか知っておく必要があるのだから。

 

「さて、それでは迷える子羊を導くのも『妖怪の賢者』の務め。そろそろ『先生』とも顔を合わせる頃合いでしょうし」

 

 そう呟いて隙間を開いて紅魔館の中庭に降り立った八雲紫の顔は、普段通りの余所行きの笑顔に戻っていた。

 

「そのお話、きっと私がお役に立てますわ」




前書きにも書きましたが、ご都合主義、妄想、捏造なんでもござれのルール無用のデスマッチですので、ご注意下さい。

ご意見などありましたら、利用規約を守った上で自由にお知らせ下さい。

異変本番までが遠いでござる。
あと何話書けば紅霧異変が終わるのか。


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風見幽香妖怪の山を訪問し、射命丸文動き出すこと

2013/01/20 午前9:00頃、ご指摘を頂いた脱字及び気付いた誤字を修正。

ご指摘、有り難うございました。


 それは、何時梅雨が始まってもおかしくないような水無月のある日──

 

 哨戒天狗の仕事は大体が単調で退屈な物である。鬼が去ってから随分歳月が過ぎたとは言え、妖怪の山の天狗達の結束力と戦力は幻想郷随一である。それに真っ向から挑むような命知らずは存在しない。精々が道に迷った杣人か、外来人。妖怪だとしてもこの山が天狗の縄張りとは知らない新参か迷子で、哨戒に当たっている当番が声をかければ大抵はそれで片が付く。

 故に、待機時に暇を潰すために、それぞれが何らかの趣味を持つことになる。絵を描く者、写真に凝る者、木工や彫刻を行う者……。

 犬走椛の趣味は将棋であった。中将棋──世間一般でいう将棋──では物足りないと、同じく将棋好きの仲間達と改良した「天狗大将棋」を楽しんでいる。今日も昼までは非番だと、友人の河童である河城にとりと一局指していたのだが……。

 

 遠くから聞こえる侵入者を知らせる呼子笛の音に友人に中座を詫びて飛び上がると、自らの「能力」──「千里先まで見通す程度の能力」を使う。

 

「拙い」

 

 視界の中に見えた、哨戒の白狼天狗や応援の鴉天狗の包囲の輪を無人の野を行くが如く悠然と闊歩する侵入者を、犬走椛は知っていた。

 風見幽香。現在の幻想郷で最も危険な妖怪の一人がそこに居た。鴉天狗の放つ鎌鼬、タイミングを合わせて斬りかかる白狼天狗の斬撃を、視線を向けることすらせずに手にした日傘で打ち払う。

 

 そして──光が奔った。日傘の先から生まれた極太の光の奔流が、鴉天狗白狼天狗を問わずに薙ぎ払っていく。

 

「くっ」

 

 椛は牙を咬み結んで激情を閉じ込めた。能力では見えているのに、風見幽香までは届かない。視界の中で、応援に来たと思われる鴉天狗指揮の下の部隊が一斉に襲いかかる。

 

「やめろっ!」届かないと頭の片隅で理解しつつ声を張り上げる。

 

「侵入者、侵入者!」「敵は一名、纏まって掛かれ!」「手強いぞ、気をつけ」

 

 再び一閃。ただそれだけで十指に余る天狗達が地に墜ちた。だが、彼らの犠牲の間に、椛はようやく風見幽香の行く手を遮る位置まで辿りついた。

 

「温いわね」風見幽香は呆れたように口を開いた。

 

「稽古台どころか、障害にもならないじゃない。数に奢って怠けすぎよ」

 

「風見幽香、天狗の領域に何の用だ?」

 

 剣を抜き放ち、盾を翳して身構えた椛に、風見幽香は視線を向けた。

 

 今、自分は墜とされた。椛にはそれがはっきりとわかった。打撃も弾幕もない。それどころか、身動き一つすることなく、風見幽香は自分を墜としたのだと。無言で剣を収め、盾を持った腕を下ろす。

 

「へえ、他の連中より見所があるわね」

 

 幽香の視線が幾分か柔らかさを帯びた。

 

「貴女、名前は?」

 

「椛、犬走椛。白狼天狗だ」

 

「では椛、射命丸文に伝えなさい。『風見幽香がちょっとした遊びに付き合って欲しい』と」

 

 風見幽香はふわりと浮き上がると、傍らの樫の老木の大枝へと腰掛けた。

 

「それと、自分が墜とされたこともわからないような未熟者を送って寄越すのはやめなさい。わざわざこちらが教えるのは興醒めもいいところよ」

 

 

 射命丸文の朝は不規則だ。朝早くからスクープを求めて飛び出すこともあれば、宴会や夜の取材で昼を過ぎてごそごそと起き出すこともある。天狗の寄り合いでもない限り、気ままに過ごすのが彼女の日常だ。素晴らしきかな我が人生。

 

 生憎今日は厄日だったようだ。昨夜はネタ集めを兼ねて訪れた人里の酒場で鯨飲してしまい、帰宅は丑三つを過ぎた頃。それから寝床に潜り込んで、今日は昼まで朝寝と決め込んだのだが。戸を叩く音と聞き慣れた声ががなり立てる。

 

「ちょっと文、あんた一体なにやらかしたのよ!」

 

「はいはい、はたて、朝っぱらからどうしたのよ?」

 

 最低限の身繕いをして戸を開けると同時に飛び込んできたのは、姫海棠はたて。腐れ縁の自称ライバルである。はて、はたてが血相を変えてくるようなことがあっただろうか? 首を傾げる間もなくはたてが堰を切ったように喋り出す。

 

「どうしたもこうしたも、あんた名指しで風見幽香がカチ込んで来たのよ! 哨戒天狗達がまとめて吹き飛ばされたわ!」

 

「あやややや、幽香さんにカチ込まれるような覚えはないんですがねえ。何ですか、言論弾圧ですか? 私の記者魂は暴力には屈しませんよ?」

 

 一瞬で眠気が吹き飛び、新聞記者モードに入る。これは紛れもなく大スクープの予感がする。

 

「馬鹿言ってないで、さっさと来なさい。椛がどうしてもあんたに先に伝えないとといけないって査問に出るのを拒んでるんだから」

 

 あの堅物が査問に出るのを拒む? それ以前に査問?

 

「一体、何があったのよ」

 

 自分を引っ張るはたてに続いて家を出る。

 

「だから風見幽香があんたを名指しで殴り込んできたのよ。椛も他の連中に続いて迎撃に出たけど、一戦も交えずに伝言だけ持って帰ってきたばかりか、守備隊が風見幽香に向かうのも止めたから天魔様直々の査問にかけられるのよ!」

 

 はたては宙に舞い上がった。そのまま寄り合い場の方へ向かうのに自分も続く。

 

「でも、その前にどうしてもあんたに伝言を伝えるって聞かないのよ、ほら」

 

 天狗の里の寄り合い場は里の中央に位置する吹き抜けの高床の建物である。荒らしの時以外は四方の壁が取り外されており、誰でも自由に寄り合いの内容を聞くことが出来る。

 その寄り合い場の階の前で、武装を取り上げられ、守備隊の鴉天狗二人に挟まれた犬走椛がこちらを見上げていた。その前に着地する。

 

「椛、何があったの?」

 

「文さんに風見幽香から伝言です。『風見幽香がちょっとした遊びに付き合って欲しい』と」

 

 硬い表情で椛は語った。

 

「それと、『自分が墜とされたこともわからないような未熟者を送って寄越すのはやめなさい。わざわざこちらが知らせるのは興醒めもいいところよ』と。自分は……」

 

 椛は強張った口を懸命に動かして言葉を続けた。

 

「相手が身動き一つしないまま墜とされました」

 

「敵前逃亡した臆病者の戯言だ」

 

「天狗の面汚しめ。さ、行くぞ。大天狗様がお待ちだ」

 

 最後に頭を一つ下げると、両脇を固める二人の鴉天狗に付き添われて椛は階を上がっていった。

 

「何なのよあいつら、態度悪いわね。椛はそんなことするような奴じゃないのに」

 

 鴉天狗達に聞こえないように小声で、憤懣やるかたないように吐き捨てるはたてを余所に、文は自分の考えに沈んでいた。自分の勘が警報を鳴らしている。おかしい、何もかもが自分のイメージと違う。はたての言うとおり、椛は職務放棄や敵前逃亡できるような人柄ではない。そんな奴なら、わざわざ査問の前に自分に直接伝言を伝えたりしない。

 そして、風見幽香も、殴り込みや手合わせ──理由に心当たりはないが──はともかく、敵対姿勢を取った椛を無傷で返したり、妙な忠告をするような妖怪ではなかったはずだ。

 

「これは、自分の目で確かめる必要がありますね」

 

「え、何、ちょっと文、待ちなさいよ!」

 

 そう、わからないことは自分で納得いくまで確かめるべきなのだ。文はそれがわかってない未熟記者を尻目に風に乗って舞い上がった。

 

 

「意外と早かったわね」

 

「幻想郷最速を舐めないで欲しいですね」

 

 なんだこれは。これは本当に風見幽香なのか。

 

 それが、射命丸文が樫の大枝に腰を下ろし、右手で老大木の幹を愛おしげに撫でていた風見幽香を見た時の感想だった。

 これまで遭った時の風見幽香は、友好的な態度を取っていた時ですら、大妖怪としての気配を身に纏っていた。たとえ幽香が自らの意志で押さえ込もうと、文クラスの妖怪には隠しきれない存在感。それが微塵も感じられない。ただ、空気に溶けるように、樫の木の一部になったようにそこに居る。いや、風見幽香は本当にそこに存在するのだろうか。姿を見、言葉を交わしてすらそれを信じられない程、風見幽香は自然に溶け込んでいた。

 

「何が、あったんですか?」

 

「ちょっとした心境の変化よ」

 

 風見幽香は緩やかに枝から降りて大地に立った。

 

「今まで肩肘張りすぎてたことに気付いた、といったところかしらね」

 

「それで、私にわざわざ付き合うようにを伝言を寄越したんですか?」

 

「そうよ。古い付き合いの貴女に、心境の変化を真っ先に伝えたくて。これって記事になりそう?」

 

「ニュースバリューは今ひとつですが、深い記事になりそうな気がします」

 

「あら、有り難う。お世辞でも嬉しいわ」

 

 風見幽香は嬉しげに微笑んだ。

 

「お世辞なんてとんでもない」

 

 射命丸文は言葉で相手を測る。蝙蝠が音ならぬ音で測るように、相手に言葉を放ち、返ってきた反応で相手を測る。しかし、今の幽香は深い森の様で、その輪郭が掴めない。

 

「や、やっと追いついた、文! と、風見幽香?! あんた、哨戒天狗達をどうしたのよ?!」

 

 漸く追いついて来たはたて。頼むから、もう少し注意深くなってくれ。長生きしたかったら。

 ああ、あまりにも風見幽香に意識が集中して考慮の外だった。あちこちに外傷もなく倒れている天狗達。

 

「寝ているだけよ。そちらの天狗、よかったら起こして連れ帰ってくれないかしら?」

 

「はたて、今は起こさない方が良いです。幽香さんが仰るように眠っているだけでしょう。少し、静かにしていて下さい」

 

「え、ええ、わかったわ」

 

 流石に空気を読んだのか、はたてがそっと自分とも風見幽香とも距離を取った椎の若木の側に舞い降りる。

 

「どうしてわざわざ気付かせたんですか? 今の貴女なら、私の家どころか、天魔様の屋敷にだってそのまま入れるでしょうに」

 

 幽香はくすりと笑った。

 

「それで警備の天狗が処分されるのは可哀想じゃない」

 

「あんたのお陰で椛が処分されそうなのよ!」

 

 ああ、黙っていろと言ったのに。しかし、気持ちは理解できる。はたてはああ見えて人情家だ。椛の扱いに我慢できなかったのだろう。

 

「あの子、処罰されるの?」

 

 不思議そうな顔をした幽香に断言する。

 

「処分を受けないように私が上申します」

 

「そう、天狗もそこまで腐ってないわけね」

 

「腐ってる連中も多いですけどね。流石に天魔様はそこまでボンクラじゃないでしょう」

 

 哨戒天狗とは即ち偵察役だ。偵察役は情報を持ち帰るのが仕事。臆病で結構。勇敢に戦ってそこらに転がって何一つ伝えられない連中より椛の方が余程有能だ。面子に拘る連中はそれがわかっていない。

 

 風見幽香が愉快そうに笑う。

 

「そこまで言って大丈夫なの?」

 

 おい、そこの自称ライバル、その心配そうな顔付きをやめなさい。

 

「ジャーナリストは真実を暴くのが使命ですから」

 

 だから、その呆れたような顔をやめなさい、はたて。

 

「さて、それではそのジャーナリストさんに大サービス」

 

 笑顔のままで風見幽香が口を開く。はたても顔を引き締める。

 

「ちょっとした遊びで私に勝ったら、とっておきの特ダネを提供するわ」

 

「?!」「!!」

 

 口から漏れそうになった驚きの声を押し殺して、問いかけてみる。はたても口元を押さえている。

 

「私が負けたらどうなるんですか?」

 

「参加賞はヒントだけね」

 

「受けなかったら?」

 

「さあ、どうしましょうか。このまま家に帰るか、それとも受けたくなるまで前に進むか」

 

 風見幽香は首を傾げて見せた。

 

「棒でも倒して決めようかしらね。それも一興」

 

「どんな遊びなんですか?」

 

「簡単よ。貴女は私に弾幕でも攻撃でも一発でも当てたら勝ち。私は貴女を気絶させたら勝ちね」

 

 風見幽香、花の大妖怪、四季のフラワーマスターは涼しい顔でそう告げた。

 

 余程の自信があるのか。かなり風見幽香に厳しい条件ではあるが。少し考えてしまう。だが、その一瞬の逡巡が間違いだった。

 

「あんた、文を舐めすぎよ! あんたなんか私が相手で十分だわ」

 

 熱血娘が暴走してしまったのだ。

 

 

「もうすぐ梅雨ね」

 

 妖怪の山の麓の森の一角、一際大きな椚の木の下で、秋穣子は空を見上げてそう呟いた。梅雨は嫌いだ。冬の次に。神社のないこの身を恨めしく思う季節だから。普段は仕事が増えるため、神社持ちの身を敬遠しているが、流石に雨や雪の日は神社が欲しくなる。

 さくさくと足音が聞こえる。山の方を見に行っていた姉の静葉だった。先程から山の気が乱れているため、様子を見に行っていたのだ。姉は仕事柄、山の様子が気になるのだろう。自分が何かあると人里周辺の田畑の様子が気になるように。

 

「風見幽香が来ているわ。天狗と争っているみたい」

 

「うわっ」

 

 姉の困ったような顔に、自分も似たような顔をしていると思う。あの戦闘凶はどうにも苦手だ。同じように植物を愛する者同士、向こうは隔意を抱いていないようだが。

 

「良い機会だから、少し早いけど移動する?」

 

 例年、梅雨になると玄武の沢近くの洞窟に移っているのだ。あそこの岩は中々居心地が良い。人里から離れるのが不満なくらい。

 

「待って、誰か来るわ」

 

 姉の感覚は自分より鋭い。こういう点は羨ましい。自分ががさつなように感じられて嫌になるが。

 

 姉と並んで来訪者を待ち受ける。杣人か誰かだろうか?

 

 さほど待つこともなく、姿を現したのは二人。どう見ても幼い女の子に見える。片方は水色の髪に白い肌、薄い桃色のドレス。もう片割れは金の髪に白い肌、真紅のドレス。しかし、何より特徴的なのは、背中から生えた蝙蝠のような羽と、宝石のような羽。そして、二人に共通する真紅の瞳。

 

「もしかして……吸血鬼?」

 

 姉の訝しむような呟きに、思わず声が出てしまう。

 

「吸、吸血鬼?!」

 

 冗談ではない。先年の吸血鬼異変で幻想郷全域を荒らし回った吸血鬼とは。神だから血を吸われる心配が無いのだけが救いだ。風見幽香といい、吸血鬼といい、今日は厄日か何かなのだろう。後で雛に厄を祓って貰った方が良いかもしれない。

 

 こちらの混乱を余所に、二人の吸血鬼は、ドレスの裾を持ち上げて優雅に会釈した。水色の髪の娘が口を開く。

 

「初めまして、秋静葉様、秋穣子様。私は紅魔館の当主レミリア・スカーレット。これなるは妹のフランドール・スカーレットです。本日は私達の話を聞いて頂きたく、伺いました」

 

 思わず姉と顔を見合わせる。吸血鬼が神に話? どういう風の吹き回しだろう。

 

 

「それでは、私、射命丸文が開始を告げます。双方ともよろしいですか?」

 

 射命丸文は地上に降り立ち、森の上で距離を取った二人に呼びかけた。片や今どきの念写記者姫海棠はたて、片や四季のフラワーマスター風見幽香。風見幽香はトレードマークの日傘すら手にせず、両手を胸の前で組んで悠然と空に君臨しているように見えた。   

「問題無いわ」「いつでも良いわよ」

 

 二人の返事が返ってくる。流石のあの無鉄砲も緊張しているようだ。風見幽香の許可を得てから、倒れていた天狗達を起こして──本当に寝ていただけだったらしい。フラワーマスターの術だろうか?──何人かに報告に帰らせたから邪魔は入らないだろう。残りの連中は私と同じように地上に降りて空中の二人を見守っている。

 

 勝てないとは思うが、はたてには勝って欲しいと思う。スクープのネタのため、ではなくて純粋に友人としての感情だ。何より、あのフラワーマスターの鼻がへし折れるところが見たいという気分はある。天狗だけに。周りの天狗達もそう思ってるのだろう。風見幽香を見る視線が険しい。

 

「それでは、始めて下さい!」

 

「連写『ラピッドショット』!」

 弾幕をばらまきつつ強引に方向転換。速度の利を活かして弾幕で相手を覆い尽くすつもりだろう。

 

 だが、

 

「あややや、これは困りましたね」

 

 周囲の天狗達のざわめく声が聞こえる。彼ら彼女らもわかっていないのか。

 

 意識を失ったはたてが幽香に抱えられている。幽香が何かしたようには見えなかった。だが、弾幕を撃っていたはたては意識を失い、それを幽香が墜ちる前に拾い上げたように見えた。写真は撮ったが正直インパクトが薄い。

 そのまま風見幽香は地上へ降りてくるので、意識を失ったはたてを受け取って草の上に寝かせる。ついでに一枚はたての写真を撮っておこう。

 

「この鴉天狗、経験不足ね」

 

「仰る通りです」

 

 はたての実戦経験は少ない。おそらく椛以下だろう。椛が気づけた何かに、はたては気付けなかったのだ。

 

「姫海棠も大したことないな」「がっかりだよね」「結局、口だけか」 外野の天狗達がここぞとばかり囀る。

 

 ──濃密な敵意を感じた。

 

 息が苦しくなる程の研ぎ澄まされて濃密な、鬼気と呼べる程の敵意。鬼気に当てられた哨戒天狗達がばたばたと倒れる。風見幽香の仕業だ。

 

「どうしてですか?」

 

 半ば答えを理解しつつ、尋ねてみる。

 

「単なる気分よ。陰口は好きじゃないわ」

 

 風見幽香を問い詰めつつも、理由はわかっていた。よく我慢したものだ、あの風見幽香が。今までなら全員が惨たらしい死体になっていただろう。彼女は彼女の美意識を傷つける者を許さない。それが力不足や愚かさに依るものであったとしても。

 だが、風見幽香は確かに変わったのだ。

 

 今の敵意を感じたのか、はたてが小さくうめき声を上げた。気が付いたようだ。

 

「大丈夫、はたて、状況がわかりますか?」

 

「あ、うん、文? ……あ、私、負けたんだ」

 

 身体を起こしたはたてが沈み込む。

 

「相手の実力くらい理解できないと、死ぬわよ?」

 

 さらに追い打ちをかける風見幽香。これは間違いなく人の傷口を抉って喜ぶ人種だ。

 

「あまり傷口に塩を塗り込まないでやって下さい。彼女は引き籠もりの内勤記者なんですから」

 

「酷い追い撃ちね」それは貴女が言って良い台詞じゃありません。

 

「文、貴女も十分酷いわよ」

 

 それは失礼。真実を発表するのがジャーナリズムの務めですから。

 

「気分が削がれたわ。今日の所は此処までにしておきましょう」

 

 そう言って踵を返す風見幽香。愛用の日傘を拾い上げる。

 

「ま、待ちなさいよ」 

 

 その後を立ち上がったはたてが追いかける。どれだけ無謀なんですか、貴女。

 

「何かしら?」

 

「あんた、約束したくせにスクープのヒント与えてないじゃない、約束くらい守りなさいよ!」

 

 頑張ったはたてがそう思う気持ちはわかる、わかるのだが……。

 

「ヒントなら十分与えたじゃない、ねえ」

 

「確かに。約束を履行して頂いたと思います」

 

 これは風見幽香に同意せざるを得ない。それがわからないからはたては記者として一流になれないのだ。

 

 はたてにはわからなかったようだが、報酬は既に払われている。風見幽香の変化こそが最も大きなヒントだ。あれほどの大妖怪を変化させる程の何か、その何かのために彼女がわざわざ動いたのだ。それだけでも是非ともスクープせねばなるまい。その前に、今回の一件の報告と椛の弁護を片付ける必要があるが。 

 まあ、今の一幕で椛の弁護は大分楽になった。風見幽香のあれは、おそらく「不射の射」だろう。名人は矢を射るのに弓矢を必要とせず、射ることすらないと言う。信じられないが、風見幽香はその境地に至ったのかも知れない。写真で表現できないのが残念でならない。

 

 それにしても、このライバル

殿には一言くらい文句を言っても良かろう。部屋に籠もって念写ばかりでは、こういう荒事の取材は務まらないのだと。

 

 

 わざと目立つように高度を取って妖怪の山を後にする風見幽香は上機嫌だった。射命丸文とやり合えなかったのは当初の予定通りなので問題は無い。どのみち、普通に「手合わせ」を要求したところで、あの鴉天狗はなんだかんだと避けてしまうのは長い付き合いで理解している。

 ギリギリの「手合わせ」ならばこの前のあの姉妹の分で十分だ。やはり、「戦うべき理由」がある戦いの方が面白い。「戦うべき理由」は時に技量を凌駕する輝きを見せてくれるのだから。

 それに、勝敗に拘るつもりもない。八雲紫の思惑通りにスペルカード・ルールが普及すれば、これからの幻想郷で命のやりとりは減るだろう。どうしても「負けられない」戦いは減るのだ。その「負けられない戦い」だけ勝てばいい。

 

 「限りあれば吹かねど花は散るものを 心みじかき春の山風」

 

 フランドール・スカーレットが、片腕を失い、胸を貫かれた後で呟いた和歌。後で聞くと、「能力」を妄りに使わないための戒めだという。

 

 あの、誰よりも破壊に特化した「能力」を持つ娘が、花を散らさないように、この風見幽香を相手に心を折らず、狂気に陥らずに最後まで戦って見せた。ならば、自分も花を育てるべきなのだろう。

 

 ──この私がこれだけお膳立てしたのだから、上手くやりなさいよ。

 

 天狗の風に拾われないように、心の中でそう呟く。これだけかき回しておけば、噂好きで耳聡い天狗達といえども妖怪の山の麓での静かな動きには気がつくまい。只でさえ、あの姉妹は秋以外の季節では影が薄いのだから。後は、レミリア達の説得次第だ。同じ姉妹ということで、吸血鬼姉妹に正面から正直に打ち明けて頼むように勧めたのは、あの田中田吾作だった。スペルカード・ルールでの「説得」を勧めた自分や、騒動を引き起こしての強制引っ越しを提案した八雲紫とは大違いだ、と苦笑する。

 確かに、田吾作「先生」の立場では、施療に「追い込む」ことに抵抗があるのだろう。 そうでなくても、迷い込んだ幻想郷で、吸血鬼の姉妹に親身になる程のお人好しだ。正道を歩くのが彼の流儀なのかもしれない。

 

 さて、ヒントは与えた。あの鴉天狗はこの騒ぎ自体が陽動だと気付いて、異変前に紅魔館に辿り着けるだろうか。辿り着ければ大金星で独占取材、辿り着けなければ事後の取材で頑張れということ、どちらに転んでも事態に大きな影響は与えまい。八雲紫らしい、手の込んだ仕込みではあるが、時にこういう小細工も必要なのは理解できる。自分の好みとは離れているが。

 なにより、事の成り行きを知った鴉天狗が「あれ」をどうやって筆で表現し、記事にするのか。まったく、最近は楽しみが多すぎて困る。種を蒔き、水を与えた。後は花を咲かせるのを塒で待つばかり。

 

「新聞記者の筆力が試されるわね、射命丸文。精々頑張りなさい」

 

 呟いた言葉は風に乗ってあの鴉天狗に届いただろうか?




ゆうかりんちょっとデレるの巻
(片腕ちぎって心臓ぶち抜いた後でだけど)

天狗三人娘登場。はたてはやれば出来る子、経験不足なだけで。
逆に考えるんだ、後発な分、射命丸とは別方向に成長できると考えるんだ。

秋姉妹の情報が手元に少なすぎて辛いでござる。
幼女組がちょっと精神年齢高めなのでそれに合わせて「お姉ちゃん」は封印の方向で。

正直、過渡期の幻想郷はわからない。こんな時期を選んだ自分の馬鹿、馬鹿、馬鹿。

やはり当初の構想通りもっと後の時代にするべきだったかとちょっと反省。
でも、異変の前後を書きたくなったんだから仕方ないよね。

また明日頑張ります。


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秋姉妹吸血鬼姉妹の特訓を目撃し、姉妹の絆深まること

一応、これで本投稿ということで。


 費長房は、汝南人なり。かつて市掾を為す。市中に売薬の老翁あり、肆頭に一壺を懸け、市を罷るに及び、すなわち壺中に跳び入る。市人これを見る莫かれど、ただ長房楼上に於いて之を見る、異ならんや、因りて往きて再拝して酒脯を奉ず。翁、長房の意その神なるを知り、之に謂いて曰く、子、明日更に来るべし。長房、旦日復た翁を詣る、翁すなわちともに壺中に入る。唯だ見る、玉堂厳麗にして、旨酒甘肴、その中に盈衍するを、共飲おわりて出ず。                   『後漢書』巻八十二下「方術列傳」

 

 

 秋静葉は戦慄していた。目の前で繰り広げられる惨劇に。自分と穣子が座す大陸風の観とは渓流を挟んで反対側の岸になる岩場の上空で展開されるのは、惨劇としか呼べない光景だった。

 

 「行符『八千万枚護摩』」

 

 隙間妖怪の式神、九尾の狐の放った無数の弾幕が全方位からレミリア・スカーレットを襲う。

 

「紅符『スカーレットシュート』」

 

 自らの弾幕で相殺した僅かな間隙に身体を滑り込ませようとしたところで、

 

「式輝『狐狸妖怪レーザー』」待ち構えていたように光の筋が彼女を襲う。何よりも恐ろしいのは……

 

 放たれた光線はレミリアの右足を易々と切断した。血煙を上げて腿の部分で断たれた右脚が岩の上に落ちる。

 

 九尾の狐の弾幕は、悉くが致傷どころか致死の威力を秘めていることは明らかだった。これは手加減された弾幕ごっこなどではない。レミリアの傷は再生しているとは言え、間違いなく式神は本気で攻撃している。

 

 自分達が座す観の下、渓流の岸辺で見守る彼女の妹の態度を見てもそれがわかる。この位置からは表情こそ見えないが、固く握りしめられた拳。全身は細かく震え、姉が被弾する度に身体が強張る。

 

「……な、なんなのよ、これ」

 

「特訓ですわ、弾幕ごっこの」

 

 無理矢理絞り出したような震える穣子の声に、応えがあった。いつの間にか、式神の主が自分と穣子の後の席に着いていたのだ。

 

 これが訓練だというのか、こんな凄惨なものが。唖然として八雲紫の顔を見つめる。

 

「あら、決着が付くようですわよ」問い詰める前に、八雲紫は扇子で戦場を指した。

 

「ひっ」穣子が引きつったように息を漏らす。私は声すら出ない。

 

 確かに「特訓」は終わっていた。詰め将棋のように無慈悲に放たれた弾幕の直撃を受けて頭部を失ったレミリア・スカーレットの身体がぐらりと傾いて落下するという形で。あわや岩場に激突、と思われた時、突然現れた銀髪のメイドがその身体を抱き留めた。そのままこの壺中天の出口へと主の身体を抱いて飛び去っていく。

 

「この後、きちんと手当を受けますので、ご安心下さい」

 

 隙間妖怪の声に続いて、式神の声が響く。

 

「フランドール・スカーレット、次は君の番だ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 どこか嬉しそうな響きを秘めた声と共に一礼して、今度は吸血鬼の妹の方が宙に舞い上がる。

 

 ──嬉しいのだろうか、姉の無残な姿が。あの娘もやはり吸血鬼らしく、凄惨な戦いを好むのか?

 

「あの娘は、自分の番が来たことで、姉があれ以上傷つかなくなったことが嬉しいのですよ。何時もは再生するのを待って訓練が続きますから」

 

「っ!」

 

 八雲紫の言葉に口に出しかけた言葉が止まった。穣子も信じられないというような顔をしている。

 

「自分が傷つくより、大切な自分の姉が傷つく方があの娘にとっては何倍も辛いのです」

 

 八雲紫の言葉に、私は猛烈に自分を恥じた。あの娘達への申し訳なさで胸が一杯になる。

 

「じゃ、じゃあ、なんだってあんな酷い訓練を?!」穣子の声が遠くに聞こえる。

 

「自分を認めて貰うためですわ」

 

 訓練はまだ続いている。フランドール・スカーレットも何発か式神の弾幕の直撃を受け、その都度身体の何処かを失い、再生している。血塗られた賽の河原の苦行のように。

 

「フランドール・スカーレットの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』は既に御存知でしょう?」

 

 妖怪の賢者の言葉に無言のまま頷く。本人の口から語られるのも聞いたし、実際に大岩を簡単に壊すところも見た。信じられない程凶悪な能力。

 

「あの娘は、その『能力』を自分が乱用しない存在であることを伝えるために、ああやって訓練しているのです。自分の危機であっても、只一人の姉が傷ついても、弾幕ごっこで自分を主張するために」

 

 信じられなかった。呆然と未だに続く「訓練」を見る。傷ついても、撃たれても、相手に通じない弾幕のみを放ち続ける小さな姿。

 

「そして、貴女方に、自分たちの覚悟を伝えるために」

 

 

 紅魔館の一室、自分たちのために新しく作られたと思われる神棚の付いた和室に入るなり、秋静葉は崩れ落ちた。真新しい畳の藺草の匂いも、四方の壁と柱の檜の匂いも、後で静かに戸を閉める穣子も、何もかもが遠い。

 

 信じていなかった。この紅魔館に来たのもあの二人に続いて現れた八雲紫を恐れたのに過ぎない。到着してから聞いた話も疑っていた。吸血鬼がそんな殊勝なことを考えるなんてありえない。異変を起こすための口実だろうと。そんな都合の良い指圧師なんているわけがない。壺中天だって、八雲紫なら何とか出来る、そう思っていた。

 それでも付いてきて話を聞いたのは、他人事だと思っていたからだ。二重の意味で。所詮、余所者の吸血鬼の問題だ。まかり間違って巻き込まれても、苦労するのは妹の穣子だ。そう斜めに構えていた。

 

 なんて──醜い自分。

 

 もう限界だった。抑えてきた涙が一気に溢れ出す。醜い自分、惨めな自分、何より、今回のことに何も手助けできない無力な自分……。

 

 ──人の役に立つ穣子が羨ましい。何時も思っていたそのことを、今程感じた事はない。

 

 自分達をこの部屋まで案内してくれた十六夜咲夜と名乗る使用人頭の話では、最初にあの姉妹が本気で戦ったのは、あの風見幽香らしい。「あれに比べれば今日の訓練は遥かにマシですわ」彼女は静かにそう語った。自分が替われないのが何より悔しいのだと。

 

 ああ、私には彼女の気持ちは痛いほどよくわかる。自分が本気で手助けしたいのに、何も出来ないのがこんなにも辛いのだから。

 風見幽香も私達を秘密にこの屋敷に案内するために動いたらしい。風見幽香すら役に立てるのに、私には何も出来ない……それが何よりも悔しく、悲しかった。

 

 

 秋穣子はドアの奥に新しく建て付けたように見える襖を静かに閉めた。糸が切れた操り人形のように崩れ落ちて、声を上げずに泣き出した姉の背中を見つめる。

 

 思えば、何時も姉は名前の通り静かだった。がさつな自分と違って大声も上げず、落ち着いて正しい判断を下してきた。

 今回のことも、姉の同意がなければこの屋敷まで来ることはなかっただろう。あからさまに胡散臭い吸血鬼にスキマ妖怪。顔を洗って出直せと言いたくなるような荒唐無稽の話。何度席を立とうと思ったことだろう。

 

 本当はこの「能力」だって大して素晴らしいとは思っていなかった。豊穣神としては中途半端。神社も建ててもらえない、何時妖怪になってもおかしくないような零細神。ものぐさで、かっこ悪い、芋女神。

 

 ──でも、今はそんな「能力」が嬉しい。

 

 ──だからこそ、泣いている姉の気持ちが少しだけわかる。

 

 さあ、自分に出来ることをしよう、秋穣子。何時もは姉がそうしてくれているのだから。

 

「姉さん、私考えたんだけど」

 

 姉はまだうつむいたままだ。

 

「今回の一件、願いを叶える代わりに何して貰おうかって」

 

 怪訝そうな顔で振り返る姉。ああ、そんな顔をしちゃって。美人なのが台無しよ。

 

「それでさ、全部終わったら、紅葉一度も見たことない子もいるから、紅葉狩りしながらの宴会を捧げて貰うってのはどう? 全員参加で」

 

 

「もう、何よ、文の奴!」

 

 姫海棠はたては焦りながら空を翔けていた。

 

 文の口添えで、簡単な聞き取りではたての身柄は解放された。その後、文が一人で天魔の所に残ったばかりでなく、帰り道で風見幽香のくれたヒントの解説までされた。文に借りを作ったばかりか記者の心得まで諭されたのだ。文の親切が却ってはたてを追い詰める。

 

 せめて、文が動けないうちに手掛かりだけでも、と思って妖怪の山を飛び出して、幻想郷を回るが、何分、足を使った取材の経験が殆ど無い彼女には、どこが怪しいのか見当が付かない。

 

 霧の湖を過ぎて、悪趣味な館が見えてくる。何時だったか、念写したそのままの姿で。鉄製の門にもたれ掛かって足を投げ出した門番の寝顔まで念写した写真とそっくりのような気がした。低空飛行に切り替えて、館の周りを一周してみる。

 窓が少ないため、屋敷の中の様子は掴めない。中庭にいた妖精メイド達は驚いたようにこちらを見るが、相変わらず門番は気持ちよさそうに夢の中だ。

 

「当家に何か御用でしょうか?」

 

 かけられた声に振り返る。銀の髪を三つ編みにして左右に垂らし、ホワイトブリムを着けたメイド服姿がこちらに向かって一礼する。

 

 噂に聞く紅魔館のメイド長か。はたての頭が動き出す。ここで事を構えるのは拙い。どのみち、門番があの様子では大したことは起きていまい。

 

「いえ、興が乗って飛びすぎただけよ。失礼したわ」

 

「左様ですか」

 

 メイドが頭を下げるのを見て、はたては踵を返した。

 

 次は人里でも当たってみるべきか。

 

 

 ──大した物ね。

 

 十六夜咲夜は紅美鈴の演技に感動した。流石は、「居眠りの演技をさせたら幻想郷一ですから」と笑っていただけのことはある。鴉天狗にあそこまで接近されても居眠りの演技を崩さないとは。自分にはとても真似ができない。「私と咲夜さんは全部終わるまでは先生の指圧を受けられませんね、外の仕事が多いですから」と笑顔だったのも。

 自分はあの「手」が我が身を触ると思うだけで真っ赤になってしまうのに。そんなことを考えながら咲夜は美鈴の側に降り立った。

 

「ふわぁ……咲夜さん、もう食事の時間ですかぁ?」

 

 全く、どこからどう見ても今起きたばかりにしか見えない。本当に大した物だ。

 

 

 レミリア・スカーレットは上気した顔で、先生の居室を後にした。訓練の後は何時も受けており、施術の間中目を閉じているとは言え、やはり恥ずかしい。とにかく、先生は美しすぎるのだ。フランは純粋に楽しみにしているようだが。

 

 少し頬の火照りを冷ましてから部屋に帰ろうかと、紅魔館では珍しく窓がある二階の踊り場に向かう。窓を開こうとして、降り出した雨に気付く。梅雨が訪れたのだろう。梅雨が終われば夏、そして──

 

「いよいよ、ね」

 

 肩越しに掛けられた声に振り返る。紫のドレス、金の髪。見せる表情は常に謎めいた微笑。

 初めて遭った時は何も出来なかった。二度目に遭った時は憎んだ。三度目は困惑した。今は……どうなのだろう?

 

「有り難う、八雲紫」

 

 すんなりと頭が下がった。

 

「これまでの助力に感謝する」

 

「何のことかわからないわ」苦笑する気配。

 

「幻想郷の管理者は中立よ。時々式神が勝手に行動してるみたいだけど。私は外来人に幻想郷の知識を伝えて、勝手に行動した式神を連れ戻しているだけ。引っ越しを考えていた秋の神様を拾ったのはそのついで。お礼を言われる筋合いはないわ」

 

「ああ、私の勘違いだったようだ」

 

 そう口にした時、既に気配の主は消え去っていた。様々な意味で劣等感を感じなくなったのは、先生のお陰だろうか?

 

 

「今日は藍、何時もより優しかったかな。お客様が来ているからかな?」

 

 フランドール・スカーレットは姉の寝室の隣に用意された自室でベッドに横になった。咲夜にお願いした、姉の部屋に直通のドアを横目で見ながら今日の訓練を振り返る。幽香に言われた習慣だ。

 

 今日の訓練についてはお姉様が傷つくのを見るのはやはり慣れないが、後は大丈夫だ。今の自分にとっては身体が吹き飛ばされる程度は問題ではない。身体をバラバラにされても平気なのだから。「自分の力の使うべき時を見極めること」「弾幕ごっこは勝敗より自分を伝えることを重視」幽香が教えてくれたこの二つのことはきちんと守れている。

 

 なにより、訓練の後は先生の指圧が待っている。フランドールはあの、自分が広がっていくような感覚が大好きだった。先生のことを考える。

 

 誰よりも、言葉では表せない程、綺麗なのに、指圧の時以外は姿を隠している先生。食事もお茶も一緒に取れない先生。自分の力と同じように、先生はその美しさをいざという時まで使わないようにしている。先生も自分と同じだと思うだけで、フランドールは心が温かくなる。

 

 先生に対する唯一のちょっとした不満は、自分のことを名前で呼んでくれないこと。お姉様も未だに名前で呼んでもらえないから仕方が無いのかもしれないけど。

 

 ささやかな不満を抱いていても、フランドール・スカーレットは概ね満足だった。

 

 

 八雲紫は隙間を閉じて薄く笑った。

 

 そう、礼を言われる筋合いはないのだ。私は私の都合で動いているのだから。

 

 紅魔館の姉妹は見事に秋姉妹の心を獲った。藍に今日は可能な限り惨たらしく殺すつもりで攻撃せよ、と言い置いた甲斐が有ったというものだ。最悪、藍に憎まれ役を押しつけることも考えていたが風見幽香のお陰で余計な恨みを買わずに済んだ。幽香に関しては望外の結果だ。スペルカード・ルールは未だ定着したとは言い難い。少しでも実力者の賛同を取り付ける必要がある。天狗もここで突いておけば幻想郷中に速やかに今回の異変の顛末と、スペルカード・ルールの効果が広まるだろう。

 

 それにしても、最近のレミリアは同性から見ても魅力的になったと思う。

 

「……私もそのうち先生の施術を受けようかしら?」

 

 

 壺での特訓から帰ってきたスカーレットさんとフランドール・スカーレットさんの方は大丈夫そうだ。あまり無理して欲しくはないんだが、そう言えない事情が人それぞれにあるのはわかっている。

 二人とも、ここ二ヶ月程の鍛錬と施療のお陰で、余程のことがない限りは身体を再生して問題が無いようなので、軽く心身をリラックスしてもらうのに留めておく。

 

 秋静葉様、秋穣子様との話し合いには僕は参加しない。八雲紫さん──あの空間の裂け目にいた人──は、どうやらこの幻想郷の管理人的な立場にいるらしい。判じ物を解くのに必要な情報を色々と教えて貰った。

 端的に言えば、収穫に被害が出るのを防ぐために、秋静葉様、秋穣子様のお二方に協力して貰うという話らしい。

 その際の話の持ちかけ方で僕とは意見が分かれた。八雲さんは幻想郷の管理者だけあって、根回しや駆け引きが上手いやり手の政治家タイプのように見えた。

 交渉に行って実は武闘派だという事がわかった風見幽香さんとは当に対極だ。こちらは、スカーレットさん及びフランドール・スカーレットさんと血みどろの激闘を繰り広げたあげく、異変を黙認するだけではなく、協力してくれる。

 後は、秋静葉様、秋穣子様のお二方だけなのだが……。

 

 紹介されたお二方は何故かやる気満々で二人で気合いを入れておられた。段取りとしては異変が解決したらその後にお二方の出番が来ると言うことで、それまでは僕と一緒に待機するらしい。

 なんでも、解決に来る博麗の巫女の博麗霊夢さんは、異変の最中に出くわした怪しい奴はまず取りあえずぶちのめすという第一種の過誤を恐れないタイプのようだ。

 おとなしく、お二方と避難することにする。

 

 後は、スカーレットさん達の頑張りに期待するだけだ。




藍様は優しいので、ちゃんと服が破れないように手加減してます。

ミスした若い衆を必要以上にボコってみせて、堅気の人をどん引きさせて話の主導権を握るのは、その筋の人たちですので皆さんもご用心下さい。

日曜の方が時間が足りないってどういうことなの……。

次回はいよいよ紅霧異変になるといいなあ。

それでは、また明日頑張ります。


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紅霧異変始まって一同頭を抱え、田中田吾作居心地の悪い思いをすること

とりあえず、ひとまずこれで。


 妖怪の賢者は頭を抱えていた。

 

「マイペースなのは理解していたつもりだけど、どこまで暢気なの、あの子」

 

 風見幽香は苛立っていた。

 

「私が異変を解決しても良いのよね?」

 

 紅魔館の主は青冷めていた。

 

「……自発的に終わらせた方が良いのか?」

 

 大図書館の魔女は我関せずと読書に勤しんでいた。

 

「想定外の事態だけど、最終責任はレミィにあるわ。私は只の脇役よ」

 

 紅魔館の門番は寝ていた。

 

「誰も来ませんね……zzz」

 

 

 幽霊達が冥界に帰って行く盆過ぎに始まった紅霧異変は、関係者全員の思惑を越えて、月が変わった後も継続していたのである。

 

 異変解決を志す者が、誰一人として異変首謀者に挑まなかった故に。

 

 彼等彼女等の名誉のために書き加えておくが、異変解決を志した者が存在しなかったわけではない。「普通の魔法使い」霧雨魔理沙は解決のために動いていた。人里の退魔師たちも独自に異変解決のために動いた。

 しかし、彼等の多くは異変によって活性化した妖精や妖怪達との戦闘にに忙殺され、首謀者の影すら踏むことは出来なかったし、普通の魔法使いは未だ経験不足で、幻想郷を迷走しては手当たり次第に弾幕ごっこを挑むという迂遠な方法を選んだ結果、妖怪の山にまで喧嘩を売って状況を更なる混迷の坩堝に叩き落としていた。

 

 後のインタビューで、この異変において参謀役を担った「七曜の魔女」パチュリー・ノーレッジはこう語っている。

 

「レミィ──レミリア・スカーレットの力が私の予想以上に強くなっていたのよ。お陰であの勘だけで動いている巫女を除いて誰にも尻尾を掴まれないような見事な紅霧を展開してしまった。勘違いしないで、責任は動かなかった博麗の巫女の巫女にあると言わざるを得ないわ。そのためのスペルカード・ルールでしょう?」

 

「紅霧異変の真実に迫る」花果子念報 特集原稿覚え書き

第百十八季 長月の項より抜粋

 

 

「厄いわ」

 

 鍵山雛は自らを祭った小さな祠の裏で、目の前の二人の神と一人の人間?を見つめた。彼女の集める厄を恐れて普段は殆ど人気が無いそこは、お盆過ぎから客人を迎えていた。彼女は孤独を苦にしないが、賑やかなのも嫌いではないのだ。残念なことに、この紅の霧が辺りを包みこむ前に訪れた客人達は、酷い有様だった。ぼうっと突っ立ってるように見える、何故か厄が取り憑かない黒い影を除いては。

 胸の前に浮かせた板で意思を疎通する奇妙な外来人。秋姉妹は多くを語らなかったが、自分のような事情があるのだろうか? つい、気になってしまう。 

 

 

「ど、どうしよう、姉さん」

 

 秋穣子は涙目になりながら姉に縋るように尋ねた。姉も青い顔で首を振っている。

 

 紅霧発生までは予定通りだったのだ。一時的に居を紅魔館の神棚に移し、妖精メイドや吸血鬼! の信仰を受けて力を蓄え、異変が始まる前にこっそりと、人目に付かない友人の厄神の所に保護して貰う。

 同行する田中田吾作と名乗る人間?があの胡散臭い衣と壺中天で厄から逃れられるという予測を元にした行動だったが、そこまでは確かに上手く行った。誤算は、博麗の巫女が異変解決に乗り出さなかったこと。

 最初の数日は、「怠け者だ」「腰が重い」などと笑っていられた。次の数日からは、紅魔館に行って異変を中止して貰おうという焦りとの戦いだった。

 

 しかし、もう限界だ。自分の力を持ってしても凶作はもう免れないだろう。この時期に二週間も日光が当たらないというのは稲の実りには致命的だ。姉が司る山の紅葉も今年は駄目だろう。

 里人は餓え、その膨れあがった敵意と憎悪は紅魔館──あの姉妹に向けられるに違いない。

 

「貴方、何とか出来るんでしょ! 何とかしなさいよ!」

 

 気が付くと、姉の静止を振り切ってあの胡散臭い外来人に詰め寄っていた。

 

 

「わかりました。お二人とも壺の中にお入り下さい」

 

 鍵山雛は瞳を閉じた。せめて、「声」の余韻に少しでも長く浸りたくて。音が絶えた暗闇の世界の中で、ひたすらあの響きを想起しようとあがく。無駄な試みなのがわかっていても。もしも、厄が完全に存在しない世界があったとしたら、その世界の住人はあんな声で話すのだろうか。

 

 どれくらい時間が経ったのか、沈黙と暗闇を破ったのは、傍らに突然出現した大きな神気だった。目を開けると、静葉でも穣子でもない、だが、両者の神気を感じる女神が、人里に向けて飛び立つ所だった。

 

(厄いわね)

 

 雛はそっと心の中で呟いた。

 

 

 秋静葉でも秋穣子でもなく、同時に秋静葉でも秋穣子でもある存在は壺中天を飛び出すと、人里に向かって紅の霧を切り裂いて飛んだ。

 

 わかる、今ならわかる。過去と現在と未来は一つの存在の異なる側面に過ぎない。丁度今の自分が、秋静葉でもあり秋穣子でもあり、その他八百万の秋の神でもあるように。

 

 夏は未だ至らざる秋の側面であり、冬は過ぎ去った秋の別の側面に過ぎない。ならば、自分達が力を振るうのに、何の支障があるだろう。

 

 信仰は力の源である、ああ、その通りだ。過去、現在、未来の信者達全員が力を貸してくれる。

 

 ──ならば、起こせない奇跡など存在しようか!

 

「聞け、人里の者達よ!」

 

「案ずるな、私達がお前達をこの霧から守護し、豊作を約束しよう! 『秋』の名に懸けて! やがて訪れる実りの秋のために!」

 

 その時、人里で農業を営む者達、山を生業の場とする者達全てが、紛れもない神の声を耳にして頭を下げた。信心深い者はそのまま跪いて耳を澄ませる。

 

 今年の確かな豊作と山の恵みを約束する偉大な女神の声に。

 

 

「お、おい、霊夢。いきなりどうしたんだよ?」

 

 霧雨魔理沙は驚愕した。異変解決の途中で休憩に立ち寄った博麗神社で、やる気なさげに境内の外に広がる紅の霧をぼけっと見つめながら縁側でお茶を啜っていた博麗霊夢が、いきなり血相を変えて立ち上がったのだから。

 

「魔理沙、行くわよ」

 

 そのまま、符、針、幣、そして博麗の秘宝である陰陽玉を取り出して身につけた霊夢の覇気が魔理沙を圧倒した。

 

「そりゃ良いが……いきなりどうしたんだ? 血相変えて」

 

 どういう風の吹き回しなのだろうか? 先程までは確かに、「うーん、この異変は放っておいたら解決するんじゃない?」などと言って自分の異変解決の誘いに乗らなかったのに。

 

「私の勘が告げてるのよ。このままだと、いずれお茶の代わりにお釜の焦げ汁か雑草汁飲む羽目になるって」

 

 厳しい表情でそう告げた霊夢に普段のともすれば怠惰な巫女の俤はなく、そのまま軽やかに空中に飛び上がった。

 

「まったく、何処の何奴だか知らないけど、余計なことをしてくれるわね」

 

 吐き捨てる霊夢に続いて、遅れないように箒に跨がって飛び上がる。

 

 

 あの距離まで詰め寄られると伝言板が意味なくなるのが難点だよねえ。まあ、いきなりだったから今回は仕方ないか。

 御二人同時施術というのはちょっと大変だった。タイミングを合わせないと上手く行かない。秋静葉様と秋穣子様の御二人で協力して頂けば何とかしてもらえるかな、と思ってやったけど、なんと習合なされるとは予想外だった。

 見た感じ、大分力が上がっておられるようだったから、なんとか凶作が回避出来ることを願う。

 しかし、幻想郷に来てから思いっきり腕を振るう機会が増えて嬉しい。余所の異界だと色々しがらみがあるから全力出せなかったり、出すと怒られたりするからなあ。今回は此処の管理人である八雲さんのお許し得てるから大丈夫だと思うけれども。

 

 壺から外に出ると、厄神様──鍵山雛様がこちらに視線を向けてきた。一礼して、落としておいた伝言板を胸元に戻す。

 

 あれ、なんでそんな露骨に残念そうな顔をされるんですか、鍵山様?

 

 そして、辰巳の方角から伝わってくる敵意は一体何なんだろう? もしかして、僕、誰かの虎の尾を踏みました?

 

 

「藍、私は部屋で休むから、後のことはよろしく」

 

 八雲紫はそう忠実な式に告げた。

 

「畏まりました……」

 

「何か言いたいことがあるなら、遠慮せずに言いなさい?」

 

 いつも通り頭を下げたものの、どことなくすっきりしない表情の自らの右腕に問いかける。

 

「では、伺いますが、事の顛末を見届け無くてよろしいのですか?」

 

「あら、師匠としては弟子が気になる?」

 

「そういうわけではありませんが、スペルカード・ルールを導入した初めての異変解決ということもあります。果たして博麗の巫女が勝利し、抑止力たり得るかという懸念が否定出来ません」

 

 生真面目に尋ねる可愛い従者に笑いかける。

 

「藍は心配性ねえ」

 

「紫様」

 

「この件に関しての私の役割は終わったわ。後はお願いね」

 

 きっぱりと告げる。

 

「畏まりました」

 

 今度こそ、深々と頭を下げた藍を背後に、紫は自室への隙間を潜り抜けた。

 

 そう、今回の一件の最も重要な局面は既に過ぎているのだ。霊夢が動いた以上、異変が思い描く絵柄で終結するのは間違いない。

 

 田中田吾作──やはり欲しい。使い勝手が良すぎる。まさか、あんなやり方で何物にも縛られぬ博麗の巫女を動かしてみせるとは。どうやって霊夢の尻を叩こうか苦慮していた自分が道化ではないか。

 なんとしてでも幻想郷の住人に引き入れたい。

 

 妖怪の賢者は静かに更なる一手を練り始める。

 

 

「何でも良いですから、異変について知っている情報を教えて下さい」

 

 姫海棠はたては、太陽の畑で風見幽香に向かって土下座した。夏のこの時期、向日葵が咲き誇るこの畑も、異変以来紅の霧が覆っている。天狗の記者達が総掛かりでも発生場所の見当が付かない紅の霧が。

 天狗としてのプライドなどもうどうでも良かった。どうしても情報が欲しかった。あの日からの連日の捜索の空振りと、先程人里の方向に感じた神気と響き渡った思念、今回も文に先を越されたという想いが、はたてを極限まで追い詰めていた。「自分は新聞記者としては無能なのではないか?」胸の中で囁く声がどうしても否定出来ない。結果、取材結果、記事でしかその声を否定出来ないのだから。

 

 

 風見幽香は、自らの前で土下座する鴉天狗を前に思案した。この鴉天狗は運が良い。先程までなら、顔を見た瞬間に四肢を引き千切ってやったところが、漸く役者が揃って舞台の幕が開いたところなのだ。

 しかも、幻想郷全体に響くような開幕の鐘で。あれならどんな怠け者でも動き出すだろう。紅魔館に滞在時に世話した花を通じて向こうの様子は見られるが、折角の大舞台だ、観客が少々増えても構うまい。一度叩きのめされた相手、この風見幽香の前に土下座した勇気に免じて。決して、ここしばらく羽虫のように取材と称してしつこく付き纏ってくれた射命丸文への意趣返しなどではない。

 

「紅魔館よ」

 

「は?」

 

 自分が情報を出すとは思っていなかったのか、驚いたような顔を上げた鴉天狗の間抜け面が可笑しい。

 

「あらゆる雑事を無視して霧の湖の畔の紅い洋館へ行きなさい」

 

 間抜け面が見る見る満面の笑みに変わる。が、これだけでは面白くない。一言釘を刺すことにする。

 

「その代わり、無様な記事を書いたらどうなるか、わかっているわよね?」

 

 

 筆者が紅魔館に到着したのは、門番の紅美鈴、メイド長の十六夜咲夜が博麗霊夢の前に力尽き、霧雨魔理沙はパチュリー・ノーレッジの前に屈して、フランドール・スカーレットと博麗霊夢が弾幕で対決している最中で、紅の霧に煙る洋館を背景に、羽を持った影と巫女服の影が激しく動いて交錯し、互いを色鮮やかな弾幕が包みこんでいた。

 恥を忍んで申し上げるが、筆者にはあの勝負と、それに続くレミリア・スカーレットと博麗霊夢の対決を読者の皆様にお伝え出来るだけの筆力がない。何を書いても誇張したデマ記事になってしまうだろう。掲載した写真もご覧になっているとおり、動きに追随出来ず、弾幕を躱す両者の写真一枚ずつである。

 よって、当事者へのインタビューを持って当日の対決のまとめとさせて頂くことをご了承願いたい。

 

「本当に、強かったの一言です。鬼気迫る強さでした。『万人之敵』というのはああいう人のことを言うんでしょうねえ」

 

博麗霊夢戦を評して、紅美鈴

 

「全身に目が付いているようだったわ。……お嬢様方に顔向け出来る戦いが出来ていたらいいのだけれど」

 

博麗霊夢戦を評して、十六夜咲夜

 

「いやー、魔法を覚えたてとは思えませんでしたね。気迫も十分。度胸は満点。早死にするか上り詰めるか、中間がない感じですね」

 

霧雨魔理沙戦を評して、小悪魔

 

「弾幕を恐れない、見切りが果断、大技の使い所を間違えない。叩けば叩く程伸びるタイプね。スペルカード・ルールというのは彼女の為にあるようなルールと言っても過言でないくらい。敗北を糧にきっと強くなるでしょう」

 

霧雨魔理沙戦を評して、パチュリー・ノーレッジ

 

「ん、全部自分は出し切れたと思う。お姉様の妹として胸を張れるよ」

 

博麗霊夢戦を評して、フランドール・スカーレット

 

「皆、よくやってくれた。紅魔館の主として誇らしい戦い振りを見せてくれた。我々が誇り高い吸血鬼の血族であることを幻想郷中に示せたのではないかと思う。博麗の巫女も噂に違わず見事な戦い振りだった。我々の敗北を認める」

 

今回の異変を振り返って、レミリア・スカーレット

 

「おいおい、私に聞くかよ。虐めだぜ、まったく。今回、私はいいとこなくボコボコにされちまったってのに。小悪魔があれで小悪魔ってのが信じられないぜ。パチュリーにはホント完封されるし。ま、次は見てろってとこだな」

今回の異変を振り返って、霧雨魔理沙

 

「これ、謝礼出るんでしょうね? それならいいわ。……とにかく、めんどくさい連中だったわね。全員が全員最後のスペルカード使うまで粘ってくるし。異変起こした連中が皆あんな感じならやってられないわね。もちろん、最後はぶちのめしてやったけど。……そうそう、今度異変起こしたら私がギタギタにするから覚悟しておきなさい、って言ったら全員嬉しそうに笑ってたけど、何なの、あれ? 変態の集団? まあ、負けた後はあっさり異変終わらせた分、これまでの連中よりマシだと思うけど。……ところで、人里でのうちの神社の評判はどう? 参拝客、じゃなかった、お賽銭は増えそうなの?」

 

今回の異変を振り返って、博麗霊夢

 

※なお、宵闇の妖怪と氷精は、博麗の巫女の説明をしただけで逃走したため、インタビュー出来なかったことをお詫び申し上げます。

 

「紅霧異変の真実に迫る」花果子念報 特集原稿覚え書き

 第百十八季 長月の項より抜粋

 

 

「私の勝ちね?」

 

「ああ、私の負けだ。異変を終熄させよう」

 

 最後のスペルカードをブレイクして、自らの勝利を告げた博麗霊夢と、自らの敗北を宣言したレミリア・スカーレットがゆっくりと地上に降りてくるのを、姫海棠はたてはカメラを構えることなく見つめていた。紅の霧があたかも幻であったように晴れていく。

 

 おそらく、今、双方を勝者と敗者として写真に撮って記事にするのが記者としては正しいのだろう。文なら迷わずそうするのだろう。

 しかし、途中からとはいえ、紅魔館での対決を見つめ続けていたはたては、どうしてもそういう気分になれなかった。

 

 それでいいではないか。文には文の、自分には自分のやり方がある。激闘を繰り広げた両者を囲むように、はたてと同じように対決を見守っていた紅魔館の面々と霧雨魔理沙が近づいていく。

 

 最後に一枚、全員の集合写真を撮らせて貰おう。我ながら良い思い付きだとにんまりしたはたての耳に、一番聞きたくない声が入ってきた。

 

 

「あやややや、出遅れてしまいましたか」

 

 射命丸文は姫海棠はたての姿を目にして、そう口にした。それと共に、現場の写真を一枚押さえておく。異変の顛末を書いた記事は「文々。新聞」の目玉記事なのだが……。

 

 しかし、はたてもスクープ出来たとは限るまい、と思考を切り替える。なにせ、こちらには人里の救世主となった秋姉妹の合体技の写真という特ダネがあるのだ。

 途中で追求を諦めてこちらに来たお陰で、何故か二人に分離後、顔を真っ赤にして逃げ出した秋姉妹へのインタビューが出来なかったのは残念だが、こちらは少し落ち着いてから再度記事にしても良いだろう。何故あんな力を発揮出来たのか、二人にはゆっくり話して貰う必要がある。

 

 さて、ライバル殿の手の内を見せて貰いましょうか。

 

 そう思った矢先、はたてが振り返って声をかけてきた。

 

「ねえ文、あんたの言ってた『現場が大事』って言葉の意味が、やっとわかったような気がする、私」

 

 少しは記者らしい、良い顔をするようになったじゃないですか、はたて。

 

 ちょっと手強くなるかも知れませんが、私は負けませんよ。記者としての格の違いを見せて上げましょう。

 

 

 秋静葉は、羞恥に悶え、転げ回っていた。

 

「あ、あ、あ、あ、あ」

 

 茹だった頭ではまともな言葉も出てこない。

 

 あんなに美しくて、あんなに気持ちよくて、あんなに力漲って、あんなに妹と一体化して、あんなに調子づいて、あんなに大きな態度で、あんなこと言って、あまつさえ、あんなに大きな力を振るってしまった。

 

 一連の成り行きが走馬燈のように頭の中を周り、その度に身が縮むような恥ずかしさに襲われる。

 

 昂揚した気分のまま神力を送って里の畑の作物を守り、山々の恵みを保護した後、天狗の写真と取材で正気に戻ると共に、湧き上がる羞恥心と後悔。

 

 こ、こ、こ、この私があんなコトをしてしまうなんて……。

 

 玄武の沢の馴染みの洞窟の、入り口を封鎖して静葉は顔を押さえて転げ回っていた。外から響いてくる、妹の声も聞こえぬままに。

 

 

「姉さん、此処を開けてよ、お願いだから!」

 

 他人が沸騰すると、自分は却って冷静になる、そんな話を聞いたことがあった。その時はそんなものかと聞き流していたが、今それを自分が体験しているんだ。

 

 秋穣子は、洞窟の入り口を塞ぐ大岩の外から声をかけながら、そんなことを考えた。

 

 ついでに、岩戸に隠れた天照大御神を引っ張り出そうとした天津神もこんな気分だったのかと考えながら。分離した時に、残った神力を大分姉に持って行かれたため、やはりこの大岩は一人では動かせそうもない。

 

「ほぅ……」

 

 思わず、溜息をついてしまう。

 

 ──溜息をつくと言えば、田中田吾作のあの美しさ。出雲で見かけたことのある大国主命が美男子だともてはやされ、自分も今までそう思ってきたが、彼の美しさは根本的に違う。少なくとも、大国主命は影ながらとはいえ、顔を見つめることが出来たのだから。

 

 そして、あの指圧。自分と隣で指圧を受けていた姉の境界がなくなるような感覚。その後に過去、未来に広がっていく自分達。

 

「気持ちよかったなあ」

 

 つい、素直な気持ちが口から零れてしまう。あれが信仰を得た状態なのだろうか? 神社を持つような神々は皆あんな感覚を感じているのだろうか。今まで、神社を持つなんて面倒ごとが増えるだけだと思っていたが……

 

 うん、割りと良いかもしれない。

 

 宮司には彼なんてどうだろう……

 

 そう考えただけで、胸の熱が一気に耳まで上がり、穣子は顔を押さえて洞窟の入り口で転げ回った。 

 

 

 紅の霧は晴れた。どうやら無事に異変は終わったらしい。やれやれと思うけど……

 

 秋静葉様と秋穣子様が帰っておいでにならない。何かあったのだろうか。

 

 隣で鍵山雛様がこちらをずっと見つめておられる。伝言板で理由を聞くと、悲しそうな顔をされる。何かあったのだろうか。

 

 どなたでも結構ですから、この状況を何とかして下さい。お願いします。




事件が記者を育てる、のだそうです。
名記者の影には、転機になった事件が必ず存在すると。

大学デビューやお酒を飲むなど、ハイテンションの時の言動は気をつけましょう。
後で布団の中で思い出して転げ回る羽目になります。

ゆで理論とか嫌いじゃない。

明日は紅霧異変のエピローグが書けたら、と思っております。


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異変解決して霧雨魔理沙修行に励み、博麗霊夢一時の安息を得ること

一応これで本投稿とします。

誤字、脱字、不適切な表現、表現以前の問題などありましたら、お気軽にご指摘下さい。


「うおりゃあ!」

 

 気合いと共に霧雨魔理沙は箒の軌道を強引にねじ曲げた。身体に掛かる遠心力と慣性によって悲鳴を上げる身体を無視して、地面すれすれから急上昇して木々の間を乱れ飛ぶ弾幕を躱す。頭から血が下がって視界が暗くなる、ここは勘だけが頼りだ。

 

「光符『ルミネスストライク』!」

 

 囮兼目眩ましの弾幕を放つと共に右にターン。追い打ちの通常弾。居た。大木の影からこちらに向けて盾と剣を構えて突進してくるが、真っ向勝負は望むところだ。

 

「狗符『レイビーズバイト』!」

 

「彗星『ブレイジングスター』!」

 

 押し寄せる狼の顎と駆け抜ける彗星が交錯した。

 

「今日はしてやられたな」

 

「これで二勝五敗か、まだ大分負け越してるなあ」

 

 対戦相手の犬走椛と共に、滝の側で喉を潤す。空は既に高さを増し、木々の葉も色づき始めているが、弾幕ごっこで火照った身体には冷たい水が心地良い。

 

 先日の紅霧異変での調査時に弾幕を交えた犬走椛とは、なんとなく意気投合してこうして一緒に弾幕ごっこの訓練をする間柄になった。共に倒したい目標が居るということ、相手のスタイルが目標のスタイルと通じるところがあるということで、最近は良く弾幕を交えている。

 

「二人とも精が出るねえ」

 

「にとりか」

 

「にとりも元気そうで何よりだ」

 

 滝壺から顔を出した知り合いに椛に続いて軽く挨拶して、椛の方に向き直る。

 

「今日はありがとな、また付き合ってくれ」

 

「ああ、こちらこそいい訓練になった。次は何時にする? 明日は一日非番だから付き合えるが……」

 

 有り難い申し出だが、片手を上げて謝絶する。

 

「悪いな、明日は紅魔館に行くんで付き合えないんだ」

 

「そうか、頑張れよ」

 

 ニッと笑う椛に笑い返す。

 

「今度こそ、パチュリーにむきゅーと言わせてやるさ」

 

 傍らで処置無し、とでも言うように首を振るにとりを無視するように、拳を突き出してみせる。

 

「そっちこそ、私が言うのもなんだが幽香は私より数段手強いぜ」

 

「言われるまでもない」

 

 笑顔で椛と拳を合わせる。そのまま箒に跨がって飛び上がりながら、明日の対戦のことを考える。人里での仕事のために、パチュリーが相手してくれるのはここしばらくは週に一度と決められてしまった。勝てば好きな本を借りて行って良い、という破格の条件を突きつけられているだけに断りづらい話なのだ。

 椛との対戦を振り返る。木々の間を縫っての弾幕は、図書館での対戦を想定したものだ。椛の目とそれによる障害物をものともしない正確な弾幕は、パチュリーの精緻な弾幕を想定するには十分な相手だった。

 

 しかし……

 

「やっぱり、弾幕はパワーだよな」

 

 そう、今の魔理沙のスペルカードはパチュリー相手では威力が足りないのだ。先程の狗符「レイビーズバイト」は彗星「ブレイジングスター」で抜けた。おそらく、恋符「マスタースパーク」でもなんとかなるだろう。

 それに対して、パチュリーの殆どの弾幕は今の魔理沙のスペルカードでは突破出来ないだけの威力を秘めているのだ。

 

「まったく、どれだけバケモノなんだ」思わず毒づいてしまう。

 

 高速の詠唱、緻密な魔術構成、顕現した魔力の密度、パチュリー・ノーレッジはどれをとっても超一流の術者だった。

 

「それでいて力も強いんだから詐欺だよな」

 

 正面からの魔理沙の箒による突進を軽々と片手で受け止められた時には思わず目を疑った。そのパチュリーが、「レミィやフランは私以上よ」とさらりと言うのだから恐ろしい。

 

 だが、

 

「上等だぜ」

 

 魔理沙の顔には不敵な笑みが張り付いていた。そう、壁は高ければ高い方が良い。その方がやる気も出るし、越えた時の達成感も高まるというものだ。現に、霊夢はその壁を越えて見せたのだから。

 それに、紅魔館に行けば勉強が出来る。なんだかんだ言いつつ、パチュリーと小悪魔はそれまでほぼ独学で勉強していた魔理沙の面倒を見てくれた。本こそ、小悪魔やパチュリーに弾幕ごっこで勝たなければ持ち出せないが、自分で書き写すなら書き写したノートは持ち出せるし、特別に危険な書物でなければ閲覧は自由。それが最初に弾幕ごっこで敗北した魔理沙が受け入れたルールだった。

 それが魔法使いとしてどれだけ有り難いことか、有り得ないことか、魔理沙はよく知っていた。その話をした時、常に沈着冷静な知り合いの人形遣いが珍しく目を丸くしていたのを覚えている。

 

 さあ、家に帰って今日の反省点をまとめ、明日の対策を練ろう。そして明日はそれを実地に確かめるのだ。

 

 霧雨魔理沙は充実していた。

 

 

(本当に、魔理沙の言った通りだったわね)

 

 アリス・マーガトロイドは驚きを隠しきれなかった。目の前に広がる果ての見えない書架の列と、その中に収められた無数の書籍が、若干の例外を除いて全てアリスに解放されているという。それは、アリスの常識と照らし合わせば、当に狂気の沙汰とでも言うべきことだった。

 紅霧異変の一件が載った天狗の新聞が届けられた頃、魔法の森で出会った魔理沙の話。当初は何時もの通り魔理沙が自分を担いでるのだろうと思って気にも止めなかった。

 それが半信半疑に変わったのは、昨日の新聞で、紅魔館の面々が人里で神社の建立するという記事と、実際に作業を行っている途中の写真を確認したからだった。

 土系の魔法を使用しているのであろう、予定地の大地が平坦になる所を捉えた連続写真と、そこに据えられる礎石が宙に浮く写真。そこに紹介されていたのは、「七曜の魔女」パチュリー・ノーレッジ。

 自らの魔法を人前で堂々と、神社の建立のために使ってみせる魔女は、図書館から動くことなく知識を秘匿する人嫌いの研究者、というアリスの先入観を覆した。

 さらに、それに付随したインタビューでは、まだ一般開放こそ出来ないが、紅魔館内の図書館の利用については相談に応じる用意がある、とのコメントが、紅魔館の主レミリア・スカーレットの同意と共に掲載されていたのである。

 早速、相談に訪れたアリスに出された条件は、「自分の技術に関して、公開出来る部分を書物として書き記して定期的に納入すること」とされた。本当にそれだけでいいのか、と聞き直すアリスに、紅魔館当主の吸血鬼、レミリア・スカーレットはこう口にした。

 

「自分の名前を著者として冠し、今後幾多の読者に読まれるであろう本の内容をどうするか、それはお前の自由だ」と。

 

(上等よ、その挑戦、受けるわ)

 

 アリスは心の中で決意を固めると、司書として紹介された小悪魔へ声をかけるべく、その姿を探し始めた。

 

 

「これは大した光景だな」

 

 上白沢慧音はそう口にした。実際、大した光景だった。人里の北側に広がる田園、その中央部に島のように残っていた岩で出来た小山が見事に取り除かれ、均された台地の上には、高床式の社が形を見せ始めていた。何より、普通の普請と異なるのは、田の畦道を人が担いで運ぶには難儀するような柱や板が、空中に浮かんだ人影によって軽々と運ばれていることだった。

 人民帽を被った長身の影と、ともすれば幼児ではないかと思わせるような体格の宝石を鏤めた羽を持った影が、大人二人かがりで持ち上げるような柱を一人で軽々と運び、指示された通りに渡し、あるいは地面に置いていく。地面に置かれた柱は、紫色の魔女が手を一振りするだけで誰も手を触れずに空中に浮き、棟梁の指図の通りに移動して勝手に組み上がる。

 そんな夢のような光景が、慧音の眼前──畦道を伝って行った田の向こう側で繰り広げられていた。

 

「霧雨のご主人も来ておいででしたか」

 

「これは、慧音先生、見回りご苦労様です」

 

 近づく人の気配に振り返った慧音の前に立っていたのは、彼女の旧知の人物だった。紺の絣の着物に黒の帯を締めた鶴のように細身の人物は、人の良さそうな笑みを浮かべて頭を下げた。

 人里で道具屋を営むこの人物が声を荒げたり怒りを見せた姿を、慧音は彼の若い時から一度も見たことがない。噂では、彼が怒ったのは二度だけ。一度目は彼の妻となる女性との交際を周囲にからかわれた時、そしてもう一度は──慧音は彼が激怒して魔理沙を勘当したということを未だに信じられないで居る。

 

「ご主人は、こちらの宮座にお入りになったのですか?」

 

 慧音の問いかけに、彼は困ったような笑みを浮かべた。

 

「いやいや、こちらは十分に氏子がおられるようなので、うちは相変わらず博麗さんの方です」

 

「何か、気になることでもお有りですか? 毎日見ておりますが、紅魔館の妖怪達はあの通り、真面目に働いております」

 

 慧音が寺子屋の授業前と授業後にこうして普請現場を見回っているのは、そのためだった。人里に迷惑を掛けたお詫びに、人里を守護した秋姉妹の神社を建立したい。そういう話が人里にもたらされたのは異変が解決して直ぐのことで、人里での緊急の寄り合いの後、いくつかの条件が付けられてその申し出は了承された。

 人外からの申し出とは言え、人里でも、農家を中心に秋姉妹の神社を求める気持ちが強かったことが後押しした。慧音がここに居るのも、いくつかの条件の一つである。

 

「よーし、休憩にするぞー!」

 

 棟梁のかけ声で、作業していた人員が道具や資材を置いて思い思いの木陰に腰を下ろしていく。銀の髪のメイド服が、飲み物や手ぬぐいを配って回る。

 

 霧雨の主人は、そんな光景に眼を細めて口を開いた。

 

「昨日、天狗の新聞を読みまして」

 

「ああ、私も読みました」

 

「恥ずかしながら、この年になるまで魔法がどういうものか良く知らなかったのですよ。退魔師の方々が使う術は若い時に見ましたが、あれは火を出したり、相手を吹き飛ばしたりするようなものでした。……こんなことも出来るのですなあ」

 

 慧音は何を口にするべきか迷って、結局口を閉じたまま頷いた。慧音とて魔法に詳しいわけではないが、魔法が危険なものであることは知っていた。おそらくは、七曜の魔女がやってのけた方が例外であろう、ということも。

 

「それでは、私はこれで失礼します」

 

「はい」

 

 頭を下げて、去って行く紺絣の姿を見送ると、慧音は普請現場へと足を向けた。

 

 

「あれは人里の守護者よね? 何かあったのかしら?」

 

「随分、慌ててるみたいですねえ」

 

 人里での秋姉妹の活躍を記した「文々。新聞」と、紅霧異変の当日現場インタビュー記事が目玉の「花果子念報」のそれぞれが好評を博したことで、牽制をしながらも次なる目玉、「妖怪が普請する神社密着取材」を行おうとしてる姫海棠はたては射命丸文と顔を見合わせて首を傾げた。

 上空から普請現場に近づくと、厳しい表情の上白沢慧音が紫の袱紗を大事そうに抱えて、人里に向けて全力疾走しているのである。

 

「慧音さーん、一体何があったんですかー?」

 

「ちょっと文、抜け駆けは無しよ」

 

 面識のある文が先ず声をかけ、それにはたてが釘を刺しながら続く。

 

「何かと思えば、天狗の新聞記者か、そちらも?」

 

「姫海棠はたてです。今後ともよろしくお願いします」

 

 辺りを見回して立ち止まった人里の守護者の前に、文と並んで舞い降りる。

 

「そうだな、お前達も見てくれ」

 

 興奮を隠せない様子で、震える手で袱紗の結び目を解く慧音の手元を、文とはたては固唾をのんで見守った。

 

 ごくりと唾を飲み込んだのは、自分か、それとも文か。はたては食い入るように袱紗の中身を見つめた。

 

 秋静葉 様

田中神社

 秋穣子 様

 

 それだけが記された、彫刻飾りも何もない素っ気ない額。しかし、その文字の美しさたるや、この世の物とは思えなかった。墨痕淋漓にして流麗、鳳凰が宙を舞う如く華麗で、麒麟が大地を御するが如く優美、一文字とて忽せにしない書でありながら全体としては何よりも優しい印象を与える、その書の非凡さよ。筆を執る生業の記者として、はたては自らの文字の下手さを嘆いた。

 

「私は長いこと歴史書を編纂してきたが、今日程自分の手蹟の拙さを嘆いた事は無いよ」

 

 静かに語る歴史家の気持ちが切ない程理解出来てしまう。この書を見て、記事を書かねばならないのか。この文字の横に見苦しい活字が並ぶと思うだけでげんなりする。

 まるで、天狗の新聞の活字の汚さを示すための記事ではないか。

 

 ノロノロとカメラを取り出す。見ると、傍らの文も難しい顔で自慢のカメラを構えていた。連続するシャッター音。シャッターを押しながら思う。写真で果たしてこの文字の美しさを捉えることが出来るのか、と。

 

「それでは、私はこれを御阿礼の子に見せてくる。里の外に出られない彼女もこれを見ておくべきだろうからな」

 

 そう言って、何度も失敗しながら袱紗を結び直して駆け去った慧音を、はたては文と並んでぼんやりと見送った。

 

「……文」

 

「……なんですか?」

 

「あの人、飛べないの?」

 

「興奮しすぎて、飛ぶのを忘れているんでしょう」

 

「そう」

 

「ああもう、辛気くさいっ! こうなったら、是が非でも秋姉妹に話を聞かないといけませんねっ!」

 

 突然叫んで飛び上がった文を、はたては呆然と見送った。

 

「……抜け駆け?!」

 

 そこで、一度大きく息を吸う。落ち着け、姫海棠はたて。文と同じ事をやっていては駄目だとわかった筈だ。考えろ。

 

 ……紅魔館。そうだ、今、あの神社の普請を行ってるのは紅魔館の住人達の筈。彼女達なら何かを知っているかも!

 

 姫海棠はたても空へ舞い上がった。

 

 

 レミリア・スカーレットはフランドール・スカーレットと共に、紅魔館の門まで進み出た。静かに目の前の月光に照らされて猶黒い、最初に出会ってから全く変わったように見えない人影に声を掛ける。

 

「行くのか、先生」

 

 それは、自分が「視た」確定事項。だから、妹と自分だけで見送りに出たのだ。

 

『はい』

 

「神社の棟上げも、皆が楽しみにしてる紅葉狩りの宴会も未だなのに?」

 

 フランドールが絞り出すように続ける。地下から出て来てから、ついぞ聞いたことの無かった声色で。

 

『ここでの僕の仕事は終わったと思います。それに』

 

 ぐにゃりと歪んだ黒い人影、いや、歪んだのは人影を取り巻く空間そのものか。

 

『予約していた次のお客さんが痺れを切らしてしまいました』

 

 歪む、空間が、その向こうに何かがある、見てはいけない虹色の何かが。

 

「待ってちょうだい、それなら、次の仕事を予約するわ!」

 

 隙間から身を乗り出した、八雲紫が叫ぶ。

 

「来年の皐月に、治療をお願いしたいの!」

 

「予約、確かに承りました」

 

 それは、月光が見せた幻だったのか。異界の響きだけを残して、田中田吾作と名乗った奇妙な外来人は、幻想郷から掻き消えた。いくつかの変化と、いくつかの置き土産と、自分の名前が付いた神社を幻想郷に残したまま。

 

「彼は、行ってしまったわ」八雲紫が、酷く耳障りな声でそう呟いた。

 

 だが、その耳障りな声があたかも救いの福音であるかのようにフランドール・スカーレットは微笑した。その耳障りな声こそが、最後の言葉が幻で無かった証なのだから。

 

 レミリア・スカーレットはそっと妹の頭に手を置いて、自室に向かって歩き出した。

 

 

「これでやっと安眠出来るわね」

 

 博麗霊夢は自室の寝床に横たわった。

 

「ま、つかの間の平穏でしょうけど」

 

 そのまま掛け布団を引き上げると、そっと目を閉じる。

 

 

「人里に新たな神社」 文々。新聞 第百十八季 神無月の項より抜粋

 

 今まで、博麗神社しか存在しなかった幻想郷に、二つ目の神社が誕生した。その名も、田中神社──その名の通り、人里の北の田園の中に残された巨石を紅魔館当主の妹、フランドール・スカーレットが砕いて作られた神社である。祭神は秋の神である秋静葉様と秋穣子様。紅霧異変での償いのために紅魔館の妖怪達が協力し、収穫が守られたことに感謝した人里の農家が中心になって建てられた神社である。

 神社名の由来に関しては、「山と田を繋ぐ神社だから山田神社か、田の中にあるから田中神社か、結局秋様達がお決めになって田中神社となったと聞いております」(棟梁の源造)とのこと。

 

 特筆すべきは、その正面に飾られた額である。祭神と神社名だけが書かれた簡素な額だが、そこに書かれた文字はあまりにも美しい。「美しすぎて何も言えません。誰が書いたんですか? その人を連れてきて下さい!」(御阿礼の子・稗田阿求)「私もそれなりに長く生きているつもりだが、あれ程の手蹟に出会った事はない」(寺子屋教師・上白沢慧音)と人里を代表する文筆家両名が絶賛している額は一見の価値有り。

 

 祭神御二人は、「自分達の神社が出来たことはとても嬉しい。あの額の文字はどこの神様に見せても羨ましがられると思う」(秋静葉)、「これからは姉と協力して秋の恵みをもたらして行きたい。神社の分、責任を痛感している」(秋穣子)、人里を守った御二人の習合に関しては、「あれに関しては何も申し上げられない」(秋静葉)、「必要になったらまたやるかも」(秋穣子)とのことである。

 

 また、当面、田中神社は宮座と呼ばれる農家の代表によって年替わりで神主が務められる当家制が取られる模様。神主に関しては、「今はそれで十分です」(秋静葉)「いずれ、相応しい人が来たら考える」(秋穣子)と現状で問題ない模様。なお、田中神社は紅魔館に分社が置かれている。

 

 いずれにせよ、人里を守護する神社が出来たことで、これまでその役目を担ってきた博麗神社側の出方が窺われる(射命丸文)

 

 

「謎の書道家は外来人?」 花果子念報 第百十八季 神無月の項より抜粋

 

 人里で話題となっている田中神社の額だが、同一人物が書いたと見られる額がそれ以外にも存在したことが記者の独自の調査で判明した。

 

 一つ目と二つ目の額が見られるのは、霧の湖の畔の紅魔館である。紅魔館の入り口の『紅魔館』という額と、紅魔館内部の田中神社分社の『田中神社』の額である。

 

 そして、三つ目と四つ目の額が見られる場所は妖怪の山にほど近い、厄神の祠である。直接、厄神に遭うことが危険であるため、人里の代表がそっとお供え物を置いていくだけの簡素な祠であるが、最近掛けられたと思しき祠正面の額と、祠の壁に掛けられた奉納額の文字が田中神社の額と同一人物によるものと確認できる。

 

 内容は、正面の額が『厄神之祠』。

 

 壁の物が、

 

 『勸君金屈巵 満酌不須辞 花發多風雨 人生足別離』 于武陵の漢詩である。

 

 これに関しては、

 

「これ、井伏鱒二という外の詩人が『厄除け詩集』という訳詩集を出してるから、その洒落でしょうね。訳詞ではこうよ。

 

『コノサカヅキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ 』」(八雲紫)

 

 という識者のコメントがある。

 

「厄いでしょう? 私の宝物よ」(鍵山雛)ということからして、厄神本人もかなり気に入っていると見られる。

 

 いずれにせよ、稀代の名筆と言えるが、厄神に遭遇する可能性が高いのでわざわざ見物に行くことはお勧めしない。記者は取材のため厄神に遭遇した後、全治一ヶ月の重傷を負ったことを付記しておく。

 また、別れの詩を書いたことも含め、紅魔館関係者は、その額を書いた人物は外来人であり、既に外の世界に戻ったことを明らかにしている。(姫海棠はたて)

 

 




これにて、紅霧異変編ひとまずの終了でございます。

語られなかった人、ちょっとだけ顔を出して流されてしまった人、それぞれの事情はあれど、それぞれに時を過ごして舞台は妖々夢へと移ります。

そして、妖々夢以降は主人公は幻想郷に定住します。本来なら作中で説明すべき事でしょうが、敢えてこれだけはメタで説明させて頂きます。

思えば、SSを書こうと決意した時、ROM専だった時から考えてみました。

読み手は纏まった量がないと感想を書けない。書き手は感想がないとモチベーションが維持出来ない。

なら、一章までは毎日書いて毎日更新すれば良いじゃない。(マリー・アントワネットっ面で)
こんなことを考えていた当時の自分をぶん殴ってやりたくて仕方が無いです。

とりあえず、明日からは五時に起きて書籍文花帖などを読みあさらなくて済むと思うとほっとしております。

朝ネタ出し→休憩時プロット組み→夜執筆で更新してました。

こんな無茶が出来たのは、一重に皆様からの感想、評価、UAのお陰です。
こんな癖のある二次創作にお付き合い頂きまして、本当に有り難うございました。

そして、よろしければこれからもまたよろしくお願い申し上げます。

一応の評価が頂ける分だけ材料は出たと思いますので、ご意見、ご感想などお寄せ頂けましたら幸いです。

ハーメルンのルールに従う限り、酷評、駄目出し大歓迎です。天子さんに勝るドMを自覚しておりますので。放置プレイだけはご勘弁を。





以下、解放されて緩んだテンションでの戯言が続きます。



うどんげ設定どうしよう……。だ、脱走兵……。

風神録がもはや原形を留めなくなったでござる。

なに、主人公がチート過ぎる? 逆に考えるんだ、儚月抄の八意XXに対抗するには、もっとチートさせる必要があると考えるんだ。

実際儚月抄無かったらこの話は生まれなかった。公式であそこまでやって良いなら、自分でも何か書けそうだと思った、今は反省している。

ゆうかりんはもっと血生臭いシーンを出したかった。ぶっちゃけ、最初のスカーレット姉妹との対決はどこかに入れたかった。

ごめん、美鈴、門番として名無し妖怪相手に頑張ってるのに、そんなこと書いても誰も喜ばないと思ってカットしたら出番が殆ど無くなった、マジごめん。

そして、最大の犠牲者、チルノとルーミア。主人公は護衛抜きで外で歩く必要も意欲も無いから出番ないのさ。名前出たっけ? 出してなかったような……。

主人公ェ……。どちらにとっても相性が悪い者同士だから対面はお預け。

日常編、面子が揃ってないと幻想郷内での生活がなあ。永夜異変くらいまで行けば賑やかになるけど、現状ロック掛かってる場所多すぎ。

現状での魔改造リスト

・おぜう様:究極生物一号
吸血の必要なし、完全体カーズ様程度の再生能力。視るだけならかなり運命視れます。

・妹様:究極生物二号
吸血の必要なし、完全体カーズ様程度の再生能力。今日の私は絶好調なんだ! 惑星だって壊してみせる、程度の能力。「フォーオブアカインド」使うとガチで地球ヤバい。

・ゆうかりん
肉体はビオランテ程度のタフさ。
『ブッ殺す』って思った時にはすでに行動は終っているからだッ!! 『ブッ殺した』なら使っていいッ!!、程度の能力。

・秋姉妹
合体すると術式解放時の旦那並みのタフさ。
でも、やれることは姉妹二人分。でも、効果範囲パネェ。

・パチュリー
ダークシュナイダー並みの魔術師。

・小悪魔
スライムだと思ったらフラックだったでござる。


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春雪異変
八雲藍重荷を背負い、八雲紫幽明結界を解くこと


レティさんの出番追加しました。

一部表現を改訂しました。

西行寺桜を西行妖に改訂しました。

おまけを削除しました。


 八雲藍は音を立てることなく神社に続く石段の最上段に舞い降りた。急用でなく独りで神社を訪れる時は、必ずそうするのが藍の癖だった。鳥居の前からではなく、直接本殿の前に降りるのでもない。ささやかな藍の拘り。

 前夜に降った雪が博麗神社を白く彩り、日が高く上がっているというのにしんと静まりかえった境内には足跡一つ付いていない。

 

「全く、あの巫女は」と、溜息一つ零して藍は足跡を付けぬように僅かに地面から浮き上がると、裏手の母屋へと滑るように宙を舞った。

 

「お断りよ」

 

 座敷で火鉢を抱え込むように暖を取っていた博麗霊夢は一言で切り捨てた。

 

「だが霊夢、弥生の頃ならまだしも、皐月にもなってこの気候は明らかに異変だ。博麗の巫女として異変解決に動くべきだろう」

 

 藍は穏やかにそう伝えた。幻想郷始まって以来とも詠われた見事な紅葉の秋のお陰か、師走に入るまで続いた暖かい日も、年の暮れになると寒気に席を譲った。以来、そのまま冬が幻想郷を覆っていた。例年であれば既に田植えが終わり、茶摘みが始まっているこの時期になっても、人里の田畑は冬枯れの景色のまま、水が張られる気配も見せない。

 

「何度言われても、この件で私が動くつもりはないわ」

 

 火鉢の上の鉄瓶を取って、傍らの水差しから水を注ぎ、温度を調整する。次いでお湯を急須に注ぎ、蒸らしてから茶碗に煎れる。

 一連の動作を流れるような手つきで行って、霊夢は初めて藍の方へ視線を向けた。

 

「紫はなんと言ってるの?」

 

「……紫様は冬眠なさっておられる。だから私がこの件に関して紫様の代理として動いているんだ」

 

 特に眼力など感じない。威圧感も何もない、自分の何十分の一以下しか生きていない小娘の視線だが、藍はこの視線が苦手だった。

 

「そう。とにかく、私は動くつもりはないから。……最近、気合い入ってる魔理沙にでも頼んでみたら?」

 

 そう言って、茶を飲み干した霊夢は再び火鉢の前に手を翳した。

 

「そうか」

 

 そう言って踵を返した藍に、後から声が飛ぶ。

 

「素敵なお賽銭箱は向こう。お賽銭箱は入れたのが妖怪でも気にしないから、遠慮しなくていいわよ」

 

 母屋の脇から飛び立ちながら、藍は主と自らの式のことを想った。主からは霊夢が動かないこともあり得ると告げられていたが、あの巫女にこちらの手の内を見透かされているようで、どうにも落ち着かない。

 

「藍、今回の一件では貴女が私の代理として、霊夢と協力して幻想郷の管理者としての立場を貫きなさい。私に遠慮は無用よ」

 

 敬愛する主の言葉が蘇る。

 

 ──頼むぞ、橙、紫様の力になってやってくれ。

 

 

 霧雨魔理沙は冷やされていた。

 

「厄介な相手だぜ」

 

 口の中でそう呟く。対戦相手──紫の髪に藍色に近い上着を纏った冬の妖怪──レティ・ホワイトロックの弾幕はその悉くが極寒の冷気を伴い、掠めるどころか至近弾でさえ、確実に魔理沙の体温と体力を奪っていた。

 二枚目のスペルカードをブレイクしたとはいえ、凍えそうだ。

 

「この季節の私は無敵よ」

 

「成る程、確かに、自分で黒幕というだけの事はある」

 

 魔理沙は箒の上で頷いて見せた。愛用の箒もあちこちに氷が付着している。

 

「だが、ちょいとばかり弾幕にあつさが足りないぜ!」

 

「彗星『ブレイジングスター』!」

 

 

「あれ?」

 

 レティ・ホワイトロックは戸惑った。箒に乗って突撃してきた魔法使いは、自分を攻撃するどころか、掠めることもなく周囲を飛び去っては大きく迂回してまた少し離れた場所を通過して行く。敵わないと見て自棄を起こしたのか。

 

「それなら、私が眠らせてあげるわ。安らかな春眠」

 

 ──白符「アンデュレイションレイ」

 

「いや、こいつは準備運動さ」

 

 弾幕の向こうで、白黒の魔法使いが不敵な笑みを見せた。暖められた空気と冷気を伴った弾幕が接触して霧を生み出し、その姿が隠れる。

 

「しまっ」

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

 レティは霧を貫通した光の奔流に飲み込まれた。

 

 

「で、結局お前さんが黒幕ってのは単なるハッタリかよ。まあ、『くろまくー』なんて暢気に出てきた時からそうじゃないかと思ったが」

 

 霧雨魔理沙は箒から降りて頭を掻いた。ぼろぼろになって地面に舞い降りた対戦相手を遠慮無く見渡す。長引く冬を異変と睨んで調査に出たが、引っかかるのは異様に元気なチルノと、自称「くろまくー」の冬の妖怪。武者修行にはなると睨んで戦っては見たものの、異変解決の手掛かりにはなりそうもなかった。

 

「そんなこと言わないでよ。これあげるからさ」

 

 差し出した薄桃色の薄片──桜の花びらを手に取る。

 

「こいつは?」

 

「くろまくさんからのプレゼント。この気候で桜の花びらって怪しくない?」

 

「確かにな。でも、なんでヒントくれるんだ? 冬が続いた方が都合が良いんじゃないのか?」

「あまり冬ばかり続いても疲れるのよ。今回は秋が強かったから、最初は良かったけど。それにほら、白い黒幕って格好良いでしょ」

 

「寒すぎるぜ、それ」

 

「仕方ないじゃない、私はそういう妖怪なんだから」

 

 

 八雲藍の式神、橙は怯えていた。

 

 ──だから、藍様がアイツには手を出すなって仰ったのに!

 

 無鉄砲な相棒への恨み言が脳裏に浮かぶ。

 

 目の前では、藍から何があっても手を出すなと言われた何人かの妖怪の一人、風見幽香が先程と全く変わらない外見のまま、実に楽しそうな笑顔を浮かべて楼観剣を握りしめたまま地に倒れ伏す相棒──魂魄妖夢を見下ろしていた。

 

 自分は止めたのだ。思うように春が集まらないことに苛立った相棒が、固く禁じられている相手の所から春を奪おうとするのを。

 しかし、この頭が固い無鉄砲は、「このままでは幽々子様の元には帰れない」と言い張って、半ば橙を引き摺るように、無名の丘を目指すように南から歩いて来ていた風見幽香の元に舞い降りたのだ。

 それからのことは思い出したくもない。妖夢は一方的に名乗りと用件を伝え、相手が笑顔で「手合い」を受けると、いきなり斬りかかった。力の限り風見幽香を切り刻んだ。「斬れぬ物など何も無い!」と豪語するだけあって、確かに楼観剣は見事な切れ味で、風見幽香を至る処で切断し、貫通し、力尽きるまで一方的に斬りまくって、最後に妖夢は倒れた。 にこやかな笑顔のままの風見幽香の前で。

 

「それで、次はそちらの化け猫が相手してくれるのかしら?」

 

 笑顔のままこちらに視線を向けてきた風見幽香に、橙は無言で首を左右に振った。涙が溢れそうになるのを必死で堪える。

 

「橙、お前は私の自慢の式神だ。私の代わりに紫様を頼む」

 

 藍様の言葉が頭に浮かぶ。藍様の式、紫様の式の式として、無様なところだけは見せられない。それが橙の最後の拠り所だった。

 

「そう、それならそっちの半人前を連れて帰りなさい」

 

「は?」

 

 思いも寄らない風見幽香の言葉に、橙は耳を疑った。

 

「二度は言わないわよ?」

 

 言葉の温度の変化に、橙は震え上がった。慌てて妖夢の側に駆け寄って担ぎ上げると、そのまま後ろも見ないで逃げ出す。

 

 振り返っても風見幽香の姿が見えなくなるところまで逃げて、橙は漸く速度を落とした。後で文句の一つも言ってやろうと、やり遂げた笑顔で意識を失っている相棒の顔を見下ろしながら。

 

 

 脱兎の如く逃げ出した化け猫の姿が見えなくなるまで見送って、風見幽香は歩き出した。 

 あれは確か白玉楼の庭師と、隙間妖怪の式の式。それだけでもう今回の話の根と幹が見えてくる。

 柄にもなく感傷に浸って、あの時と同じルートを歩いていたら未熟者が切りつけてきたが、あの程度で今の彼女を斬ることなど出来はしない。庭師の主直々のお出ましであるなら話は別だが。

 紅魔館の方からも、合流時間と場所の指定が来ている。そろそろ出かけるべきだろう。

 そこまで考えて、幽香は湧き上がる喜びに口の端をつり上げた。今度はどんな舞台になるのだろうか。精々未熟者達にも頑張ってもらわなければ舞台は盛り上がらないというものだ。そこまで考えて、左手上空を見上げる。

 

「それで、態々何の用かしら? 私は今から約束があるのだけれど」

 

 

「しばらく見ないうちにバケモノっぷりに磨きが掛かったな、幽香」

 

 箒と共に霧雨魔理沙は舞い降りた。幽香の手前で着地する。実際、遠目に見かけた時は何をやっているかわからず、近寄ってその光景を確認した時、背筋に冷たいものが流れた。

 

 風見幽香は、あの剣士の剣を無抵抗で身に受けていた。笑みを浮かべながら。袈裟懸け、唐竹、横薙ぎ、あらゆる角度で斬られ、剣光が身体を突き抜けるのをはっきりと見たのにも関わらず、剣先が通り抜けた後の風見幽香の身体には傷一つ無い。

 

「あら、有り難う」

 

 幽香は眼を細めた。悪戯っぽい笑顔を浮かべて口を開く。

 

「実のところ、物を斬ったり撃ったりするのにはね、ちょっとしたコツが要るのよ。私も最近までわからなかったから大きな事は言えないけど」

 

「らしいな。椛がぼやいてるよ。どれだけやっても勝てる気がしないってな」

 

 魔理沙の言葉に、幽香は笑みを大きくした。

 

「あの白狼天狗ね。それがわかる辺り、見所があると思うわ。そう、貴女と訓練してたのね」

 

「ああ、だが、今日来たのは別件でな。こいつを見て貰いたくて来たんだ」

 

 ポケットから瓶に入れた桜の花びらを取り出す。普通の桜と違う感覚を秘めた桜。

 

「こと花に関しては幽香が幻想郷一だと思ってる」

 

「それは光栄ね。……それにしても、貴女も他人を頼ることを覚えたのねえ」

 

「それを言ってくれるなよ。独学の限界に気付いたってところだ」

 

 魔理沙は横を向いて帽子のつばで赤くなった顔を隠した。

 

 幽香は魔理沙の手にした桜を一瞥した。軽く頷いてみせる。

 

「冥界の桜よ」

 

「冥界?」

 

 怪訝そうな魔理沙に、幽香は右手の人差し指を立てて見せた。

 

「そう、死者の霊魂が向かう先、幽冥結界で隔離され、西行寺幽々子──さっき私を切り刻んでくれた庭師の主人が管理する場所よ。今から急いで追いつけるかしらね?」

 

 

「お邪魔するわね」

 

「おや、アリス様。ようこそ大図書館へ」

 

 アリス・マーガトロイドは勝手知ったる大図書館の入口を潜った。既に顔馴染みとなった小悪魔と挨拶を交わす。

 

「パチュリーはいるかしら?」

 

「申し訳ありません、パチュリー様は内職の打ち合わせで人里の方に出かけられております。夕方までには戻られると思いますが」

 

 そうか、少し行き詰まっているエクトプラズムの扱いについてパチュリーの意見を聞ければと思ってやって来たのだが。それはそれとして、いくつか気になったことがある。

 

「内職?」

 

「ええ、錬金術の副産物として、塩や燃料を人里に卸しているんです。その注文を取りに行かれました」

 

「意外と俗っ気のあることに自分の技術を使ってるのね」

 

 アリスの言葉に、小悪魔は愉快そうに笑って見せた。

 

「パチュリー様、今、人里の役に立つ魔法に嵌まってますから。今まで引き籠もりだった反動で、紅魔館の賢者様って言われると気分が良いらしいですよ」

 

 アリスは思わずくすりと笑った。あの、本の虫のように無表情に机に向かう魔女の意外な一面を聞いた気がして。

 

「それで得られる収入も馬鹿になりませんし」

 

 小悪魔がほくほくした表情で耳打ちした数字に、アリスは驚いた。……自分の人形劇や人形販売とは桁が違う。研究費のために、少しそちらの商売も考えてみるべきだろうか?

 

「それに、こんな天候が続くと、塩取りも、薪取りも人里じゃ厳しいらしいですよ」

 

 小悪魔が真顔に戻ってそう告げる。

 

「そうかも知れないわね」

 

 アリスも真顔で頷いた。確かに、四月や五月に吹雪くような天候では、妖怪の山の麓にある塩水の井戸での塩取りや、林に入っての薪取りや炭焼きは難しいだろう。

 

「そう言えば、レミリアとフランドール、それに咲夜も見てないけど?」

 

 小悪魔は満面の笑顔で答えた。

 

「ええ、本日は当家の恩人がおいでになりますので、迎えに出かけられています」

 

 

 八雲紫は白玉楼の庭に立ち、立ち待ち月の光に照らされた西行寺幽々子と、幽々子の前の西行妖を眺めた。隙間を通じてレミリアから連絡があった。先生がおいでになったそうだ。間に合った。安堵の想いが胸を満たし、想いを過去に向ける。

 

 ──あの時も、こんな月夜だった。生前の幽々子と初めて出会った夜。月の光に誘われて彷徨い、風に乗る桜の花びらに誘われて、西行妖の下に佇む西行寺幽々子に出会ったのだ。

 あれからどれくらいの歳月が流れたのだろう。幽々子は亡霊になり、西行妖は封印された。あの時の景色はもう戻らない。

 

「月やあらぬ 春や昔の春ならぬ 我が身一つは もとの身にして」

 

 幽々子に聞こえないように在原業平朝臣の歌を呟いて、幽明結界を解除する。

 

 やはり霊夢は恐ろしい。紅霧異変と同じく、今回の春雪異変も、達成した方が首謀者が困ることをきちんと見抜いて山のように動かない。歴代の博麗の巫女と比べてもずば抜けた勘の鋭さだ。

 しかし、こうして幽明結界を解いた以上、霊夢も動かざるを得まい。これで西行妖の力は顕界にも及ぶのだから。後は、西行妖が咲くか、それとも封印されるか。それだけだ。

 

 ──果たして自分はどちらを望んでいるのだろうか?

 

 

 西行寺幽々子は自分と西行妖を眺めて、何かを考えている八雲紫を見つめた。幻想郷を誰よりも愛しながらも、自分の異変の企てに尽力してくれた友人を。

 何故、ここまで良くしてくれるのか、異変が始まってから自分と西行妖を見て、何を考えているのか。聞きたいことは沢山あったが、幽々子はそれら全てを月光で洗い流した。

 

 ──八雲紫は大切な友人──それだけでいい。胸に秘めた想いは、その気になった時にきちんと伝えてくれるだろう。

 

 西行寺幽々子はそう考えて、自らの従者に想いを寄せた。春を集めに行って、随分と凹んでいたようだが、大丈夫だったろうか?

 なにせ、訓練と気合いは十分だが、この白玉楼を出た経験が圧倒的に足りないのだから。

 

「妖夢もまだまだ半人前ねえ」

 

 幽々子の呟きに、同意するように西行妖が揺れた。

 

 

「やってくれるわね、紫。まさか本気でここまでやるとは思わなかったわ」

 

 博麗の巫女としての身支度を調えながら、博麗霊夢は毒づいた。薄々感づいていたが、今回の異変の絵を描いた人物が誰か、それがはっきりとわかった。何のためにこんな馬鹿なことをやってのけたのか、それはわからないが。

 

「ま、何時ものようにぶちのめして聞き出せば済む事よね」

 

 博麗の巫女は神社を後にした。

 

 

 小野塚小町は驚愕した。三途の川の川岸に船を繋いだところで、怖い上司に捕まったのだ。また、何時もの説教かと今日の休憩時間を頭の中で指折り数え、来たるべき苦行に備えた小町の予想を、映姫の言葉は裏切った。

 

「映姫様がお出になるんですか?」

 

 公私の区別が明快で、職責に忠実な幻想郷担当の閻魔が、地上の異変のために自ら動くという。これを驚天動地の事態と呼ばずしてなんと言おう。

 

 思わず向けた疑問の視線に彼女の上司は厳しい表情で頷いた。

 

「今し方、幽明結界が解かれました。異変解決は博麗の巫女の仕事ですが、この件に関しては私の監督責任です」

 

 そのままの表情で冥界の方を見つめると、四季映姫・ヤマザナドゥは小町の方に視線を戻した。

 

「幸い、今私は非番です。動いても支障は無いでしょう。小町はサボらずに仕事を果たすように」




かっとなって投稿した、今は公開している。
と、いうわけで差し替える可能性が高いですが、妖々夢始まりました。

あっという間に終わりそうですが

ぶっちゃけ、最初に話を理解した時、これ、主人公勢が結界破らずに西行妖咲いたらどうなるんだろう、四季様の責任問題になるのかなあ、ゆかりん困るだろうなあと思ってしまいました。

その想いが形になっています。


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白玉楼に役者集い、立ち待ち月夜の活劇始まること

今日はこれで一杯一杯です。

もうこれ以上脳が働きそうもないので、これで仮更新とさせて頂きます。

この後、25日の午前1時くらいまでは食事や入浴しながらネットとかしてますので、何かありましたらお気軽に感想などに書いて頂ければ対応させて頂きます。



 魂魄妖夢は案じていた。白玉楼に続く長い石段の登り口で、後に残った橙の無事を。

 

 ──橙なら無事だ。あんな人間の魔法使いに負けるわけがない。そう自分に言い聞かせても、風見幽香との一件が頭をよぎり、不安が込み上げてくる。

 

 完敗だった。いや、それ以前に勝負にすらなっていなかった。自分の祖父──魂魄妖忌から受け継いだ剣術と自分の「剣術を扱う程度の能力」は一流だと思っていた。自分の主からは「妖夢は半人前ねえ」と口癖のように言われるものの、それは主自身や祖父と比べての話だと思っていた。

 

 だが、

 

思い出しただけで身震いが込み上げる。悔しさ、怒り、無念、そして恐怖で。笑っていた。風見幽香は自分が切りつけている間中、楽しくて仕方がないとでも言うように、笑っていた。

 

 橙は最初から止めていた。橙の主である藍に忠告を受けたのだという。「風見幽香、レミリア・スカーレット、フランドール・スカーレットには何があっても仕掛けるな」と。 自分はその橙を振り切って仕掛けた。思うように集まらない「春」のこともあったし、初めて外部の妖怪と協力して何かを行うということで、橙への対抗意識もあった。

 

 そして、

 

 妖夢は項垂れた。マヨイガで目覚めた時、橙は告げたのだ。自分達を追ってきてる人間の魔法使いが居る、自分が足止めするから妖夢は春を渡しにいけ、と。

 白玉楼に戻り、幽々子と紫に全てを報告した。

 

「そう、ご苦労様。紫、橙に迷惑を掛けたわね」「ご苦労様ね、妖夢。橙のことなら心配要らないわ、あの子も良い経験になったでしょう」

 

 幽々子も紫も、自分を責めず労をねぎらってくれたのが却って辛かった。

 

「っ!」

 

 視界の隅に黒い点が映った。数は二つ、橙ではあり得ない。ぎり、と歯を食いしばって、妖夢は双刀を抜き放った。

 

 

 霧雨魔理沙は冷静だった。気負いすぎてはいけない。弾幕はブレインだ。弾幕ごっこが始まる前に既に勝負は始まっている。いずれも二人の師匠──パチュリー・ノーレッジとアリス・マーガトロイドに身体に叩き込まれた教えだった。

 最高の博麗の巫女である霊夢ならこんな注意は要らないだろう。ちらりと自分に遅れて付いてくる博麗霊夢を振り返る。

 だが、他ならぬその博麗霊夢からの頼みなのだ。なんとしても叶えてやりたい。

 

「魔理沙、一つ頼みがあるのよ」

 

 マヨイガで化け猫を打ち倒し、冥界に向かう途中で出会った霊夢は真剣な顔でそう言った。

 

「今回の異変の背後には紫が居るわ。こうして生きている私達が冥界に突入出来るのがその証拠よ。あいつが冥界と現世を隔てる結界を弄ったの」

 

「私は、あいつと決着を付けなければいけない。そこまでに敵が出たら、頼める?」

 

「任せとけ」

 

 あの時の自分は満面の笑顔だったと思う。自分が、異変解決で、博麗霊夢に頼まれたのだ。こんなに嬉しいことはなかった。ずっと、足手まといではないかと思っていた。なんとかして霊夢の隣に並びたかった。その機会が訪れたのだ。失敗は許されない。魔理沙は呼吸を整えた。鍛錬を指導してくれた紅美鈴の言葉が蘇る。

 

「良いですか、呼吸はあらゆる技術の基礎です。緊張した時、怯えた時、怒った時、まず何よりも先に呼吸を整えて下さい」

 

 見えた。確かにあの時幽香に斬りかかっていた剣士だ。

 

 

 妖夢の前に現れたのは、紅白の巫女装束を纏った少女と、箒に跨がって大きな帽子を被った少女だった。

 箒に跨がった少女の方が口を開く。

 

「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ。異変の解決に来た。あんたは関係者って事で合ってるか?」

 

「ここは冥界の白玉楼、生者は立ち入ることが許されない、早々に立ち去れ」

 

 楼観剣を突きつけて宣言する。それに対して、魔法使いは大仰に肩をすくめて見せた。

 

「成る程なあ。だからあの化け猫はおいて行かれたのか。可哀想に、仲間なんだろ? 薄情な話だぜ」

 

 かっと身体が熱くなった。顔に血が上るのがわかる。

 

「もう一度言ってみろ」

 

 スペルカード・ルールでの撃退を幽々子様から厳命されていなかったら、叩っ切ってやるのに!

 

「何度でも言ってやるさ。幽香に相手にもされず、仲間をおいて逃げた薄情者」

 

 見られていた! 自分の一番無様な姿を! もう限界だった。

 

「白玉楼剣術指南役、魂魄妖夢、推して参る!」

 

 

 ──かかった。

 

 魔理沙は相手が挑発に乗ったことを確信した。眼で霊夢に合図すると、放たれた弾幕を箒を返して距離を取ることで回避する。

 

 頑張れよ、霊夢。心の中でそう呟いて、怒り心頭に発した人魂を引き連れた二刀流の剣士と相対する。

 

「……こっちも頑張らないと自分が危なそうだぜ」

 

 

「あらあら、妖夢、相当怒ってるわねえ」

 

 隙間越しに観戦していた幽々子が扇子で口元を覆ってそう口にした。

 

「あれだけ言われたら、真面目なあの子は怒るでしょう」

 

 ……霧雨魔理沙があそこまで挑発してくるとは予想外だった。霊夢の邪魔をさせないために自分に注意を惹きつけたか。

 

「でも、ちょっとだけ嬉しいのよ」

 

「何が?」

 

「あの子が、他人のことを気にしてあれだけ怒ったことが」

 

 幽々子は慈母のように微笑んだ。

 

「あの子は、妖忌と私だけしか見てなかったから」

 

 昔から、幽々子は妖夢のことになるとこういう表情をする。

 

「……手元に置きすぎたかしらねえ」

 

 少しだけ、嘆くように、悔いるように幽々子は呟いた。

 

「これから変えれば良いじゃない」 

 

 そう、成功しても失敗しても次を手繰り寄せる。それが私の役目だ。

 

「そうね、有り難う、紫」

 

「どういたしまして。友達ですもの」

 

 さて、私は霊夢を迎えるとしよう。あの子が、どこまでやれるようになったか見せて貰おう。

 

 

 無縁塚から白玉楼へ向かう途中。既に冥界側の領域で、四季映姫・ヤマザナドゥは足を止めた。

 

「惨いことを……これは貴女の仕業ですか、風見幽香」

 

 映姫が目にしたのは、ぼろぼろになって意識を失って浮遊する、ルナサ、メルラン、リリカのプリズムリバー三姉妹の姿だった。

 

「勘違いしてるようだけど、私ではないわ」

 

 映姫の行く手を遮るように宙に浮くのは、四季のフラワーマスター風見幽香。左手に畳んだ日傘を持ち、顔には常に絶やさない微笑を浮かべて。

 

「それに、この先に行かないのは彼女達にとって救いだと思うわよ」

 

 思わせぶりな幽香の台詞に、映姫は眉をひそめた。

 

「貴女の仕業でないというならそれでいいでしょう。本来であれば、貴女の日頃の所業について説教があって然るべきですが、生憎私には時間がない。白玉楼まで行かなければならないのでこれで失礼します」

 

「邪魔すると言ったら?」

 

 風見幽香は楽しげにそう口にした。

 

「排除して進むまでです」

 

 映姫は、笑顔のままの幽香を睨みつけた。

 

「今の私は急いでいます。邪魔立てするようなら容赦はしませんよ」

 

 

「待ってたわ、霊夢」

 

 八雲紫は、白玉楼の門上で博麗霊夢を迎えた。

 

「紫」

 

 博麗霊夢は正面から紫の目を見つめた。

 

「私は、あんたが何を考えてこんなことを始めたのか、知らないし興味もない。ただ、」

 

「こんな面倒くさいことに私を引きずり出したツケは、利子を付けて払って貰うわ!」

 

 

(どういうことだ?)

 

 相手のスペルカードによって放たれた弾幕を躱しきって霧雨魔理沙は内心で首を傾げた。確かに相手──魂魄妖夢と名乗った二刀流の剣士──の動きは俊敏で、剣から繰り出される弾幕は鋭利、こちらの弾幕は楽々回避されるか、さもなければ切り落とされてしまう。

 

「弾幕を切り払うなんてどんな曲芸だよ、それ」

 

「曲芸ではない、魂魄流剣術だ!」

 

 怒号と共に繰り出される弾幕は時に魔理沙を掠めて浅手を負わせる。まるで、鋭い剣が魔理沙の身体を掠めたように。

 

 にも関わらず──怖くない。

 

 アリス・マーガトロイドの「どう躱そうと所詮アリスの手の上で人形として踊らされているような不安」、パチュリー・ノーレッジの「回避しようがしまいが押し寄せる、山が迫ってくるような圧倒的な存在感」。

 そして、一度だけ対戦したレミリア・スカーレット相手の「絶望」。そういった「怖さ」が妖夢の弾幕には存在しないのだ。

 

「獄界剣『二百由旬の一閃』!」

 

 弾幕は早く、鋭いが、軽い。自分がなくなるかも知れない、落とされたら目覚めないかも知れない、という怖さを感じないから、ゆとりを保って回避出来る。あの橙とかいう化け猫と同じだ。

 

「妖夢、お前、実戦の経験無いだろ」

 

 確信を言葉に変えて突きつける。

 

「な、何を言う!」 ほら、図星だった。

 

「弾幕ごっこの先輩として助言してやるぜ」

 

「恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」

 

 パチュリー、見てるか? お前に教わったことを、私がこいつに伝える番らしい。

 

「弾幕には、自分を込めるんだ」

 

 

「……有り得ません」

 

「流石は閻魔の裁きね、こちらのきつい所を的確に突くわ」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは唖然として目の前の光景を見つめた。自らの、審判「ラストジャッジメント」を回避しようともせずに無防備で受けて、顔を顰めている風見幽香を。

 

 自分はこんなところで油を売っている場合ではないのだ。だからこそ、自分の行く手を遮る風見幽香に、初手で最大級のスペルカードを使ったのに。

 風見幽香はそれを身動ぎすらせずに受け止めて、猶も自分の前に立ちはだかっている。有り得ない、有ってはならないことだった。

 

 目の前で。風見幽香は頭を一つ大きく振って普段のような笑みを浮かべた。

 

「まさか、これで終わりじゃないでしょうね?」

 

「くっ、審判『十王裁判』!」

 

 

「恐ろしいわね」

 

 八雲紫は、博麗霊夢を前にそう呟いた。自分が対戦して初めて実感出来る博麗霊夢の恐ろしさ。

 

「スペルカードは自己の表現であり、弾幕ごっことはコミュニケーションの一形態である。……殺し合いですらそうであるように」

 

 パチュリー・ノーレッジは弾幕ごっこをそう分析して見せた。それはおそらく正しいだろう。

 

 では、自分の弾幕を悉く無心に躱されたら? それはコミュニケーションの拒絶、対話者としての自己の否定ではないのか?

 

 その答えがここにある。

 

 博麗霊夢は、八雲紫の使用した二枚のスペルカードを弾幕一つ放つことなく悉く避けきって見せ、八雲紫の前に浮いている。

 まるで、自分に影響を与えようとする全ての存在から自由であるかのように。

 

 ──幻想郷における最強の存在が八雲紫の目の前にいた。これが、当代の博麗の巫女。

 

「それで終わりじゃないでしょう?」

 

「もちろん、お楽しみはこれからよ」

 

「あっそ」

 

 やる気の無さ気な言葉に笑顔で答える。そう、先にこの存在と戦った紅魔館の面々への顔向けのために、なによりも、幽々子のために、このままで終わるつもりはない。

 

 

 魂魄妖夢は白玉楼に続く石造りの階段に崩れ落ちた。負けてしまった。幽々子様のために勝たなければならなかったのに、その想いだけが空っぽの頭をぐるぐると回っている。

 ふと、月の光を影が遮り、妖夢はぼんやりと顔を上げた。自分を破ったはずの魔法使いが帽子を右手で胸に当て、こちらに向かって深々と頭を下げていた。

 

「ごめんな、あんな酷いこと言って」

 

 そして、恥ずかしそうに言った。

 

「私はさ、弾幕ごっこで殆ど勝ったことがないんだよ。だから、ああでもして隙を作るしかなかったんだ。一緒に居た友達、霊夢って言うんだけど、あいつをどうしても先に行かせたくてさ」

 

「ほんっと、ゴメン」

 

 そこでもう一度深々と頭を下げる。

 

 唖然としていた妖夢は立ち上がった。

 

「いえ、良いんです、負けたのは私が未熟だったからです」

 

 そう口にした途端、何かがすとんと自分の中に入ってきたような気がした。そうだ、根拠もなく勝てると思い上がっていた自分。相手は悪口も辞さない程必死だったのに、自分は幽々子様のためにそこまで必死だっただろうか?

 

「その、良かったら、魔理沙……さん、私に弾幕ごっこのことを色々教えてくれませんか?」

 

 きっと、自分はどうしようもない半人前なのだ。まずは、そこから始めよう。

 

「いいけど、私は弱いぜ」

 

 魔法使いは笑顔で頷いて、

 

「なにせ、負けることに関しちゃ幻想郷一だからな」

 

 悪戯っぽく片目を瞑って見せた。

 

 

「奥義『弾幕結界』!」

 

 弾幕が弾幕を生む。弾幕が連鎖して立体的な結界を形作り、それらの全てが結界の内部の一点、博麗霊夢に向けて一斉に牙を剥く。

 

「『夢想天生』」

 

 八雲紫の奥義に、博麗霊夢はこの夜、初めてスペルカードを使って見せた。霊夢の周りを陰陽玉が守護するように回転し、輝く札を生み出していく。

 

「単純な数では『弾幕結界』を破れな?!」

 

 紫の目の前では信じがたい光景が展開されていた。数で勝る紫の弾幕が霊夢に向かって殺到し、その悉くが霊夢の身体をすり抜けた。

 

「これが霊夢のスペルカード、ね」

 

 驚愕と共に紫は悟った。これが博麗霊夢を象徴するスペルカードなのだと。相手の攻撃を無効化しながら、自分の攻撃=意志を強引に押しつけてくるとは、なんとも霊夢らしい。

 

「世話焼かせるんじゃないわよ」

 

 霊夢の言葉と共に、紫に輝く札が殺到した。

 

 

「貴女に、何があったというのですか?!」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは眼前の存在に心からそう問いかけた。こんな状況でなければ、「今の」風見幽香を理解するために浄玻璃の鏡を使っていただろう。

 映姫の視線の先で、十王の裁判全てをその身に受けた筈の風見幽香は身体の様子を確かめるように軽く身体を動かしていた。

 

「『十王裁判』を受けても平気だなんて……」

 

「他人の権威を借りたスペルカードより、本人の裁きの方が効くのね」

 

 風見幽香は得心がいったように頷いた。何でもないことを話すように口を開く。

 

「裁きを受けようがどうしようが、私は私ということに気付いただけよ」

 

 映姫は僅かに考え込んだ。この風見幽香に対して、最後のカードを切るべきか否か。審判「ギルティ・オワ・ノットギルティ」でこの場で直接に罪を問うか否か。

 

 ──その答えが出る間に、濃密な死の気配が押し寄せた。

 

「どうやら、時間切れね。続きはまた今度」

 

 風見幽香は無造作に映姫に背を向けた。そのまま白玉楼の方向に向かう。

 

「待ちなさい!」

 

 映姫もそれに続く。

 

 

「……容赦なくやってくれたわね」

 

 八雲紫は満身創痍になりながら、白玉楼の前庭に寝そべった。「夢想天生」に加えて追撃の「夢想封印」は流石の大妖怪といえども酷く堪えた。気を抜くと意識を持って行かれそうになる。

 

 鈍った感覚にもはっきりと伝わってくる濃密な死の気配。西行妖が花を開き始めたのだ。身体を起こそうと首だけ持ち上げて、八雲紫はゆっくりと全身の力を抜いた。

 

「女を待たせるなんて、酷いですわ、先生」




昨日の更新分に、レティさんの出番を追加しました。
大して分量があるわけではありませんが。

あとは、おまけを削除しました。

雛人形と一緒で、いつまでも嘘予告を載せておくと、実際にそれを書く日が来なくなるってばっちゃが言ってました。

以下、本日の更新分です。

脱初心者、初心者を容赦なくボコるの巻。

ゆうかりんと霊夢はガチで相手の心を折りに来ます。

弾幕ごっこに関する苦楽流の解釈です。

もちろん、これは美影伝世界の幻想郷でも極一部のインテリの見解で、チルノとか霊夢はこんなこと考えずに弾幕ごっこやってます。
今回は偶々そういうことを真面目に考える人たちの弾幕戦だったので、ああいう話になりました。

ほら、剣術書書いちゃう人とか居るじゃないですか、剣禅一致とか。ああいう感じです。

次はゆゆ様の出番ですね。頑張ります。


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西行妖花を開き、博麗霊夢世の不条理に憤ること

少し手を入れました。
引き続き、ご指摘をお待ちしております。1/30


「ほとけには桜の花をたてまつれ 我が後の世を人とぶらはば」

 

 西行寺幽々子はお気に入りの和歌を口ずさんだ。白玉楼の内庭、自らの前に浮遊する紅白の巫女装束を纏った存在──博麗霊夢を歓迎するために。

 

「貴女、本当に紫を倒してきたの? 凄いわねえ」

 

 つい、問いかけてしまう。この少女がここまでやって来たことで、それが紫が敗れたということの疑う余地のない証明であっても。

 

「魔理沙のお陰よ」

 

 最強の博麗の巫女は、そう口にした。

 

「魔理沙が居てくれなかったら、こんなに順調に来れてないでしょうね」

 

 淡々とした口調に、僅かな感謝の色を滲ませて。

 

「あら、羨ましいわね。それなら私も紫の分まで頑張らないといけないわ」

 

 言葉と共に挨拶替わりの牽制の弾幕を放つ。風に揺れる柳の枝の様にしなやかに回避する巫女に、追撃のスペルカード。

 

「亡舞『生者必滅の理 -死蝶-』」

 

 巴を描くように無数の紫色の蝶が舞う。本来であれば、掠めただけで人を死に至らしめるそれは、弾幕になっても、一撃で人の生きる気力を根こそぎ奪うだけの威力を秘めていた。まともに受ければ、気の弱い者であれば三月は床から起き上がれない蝶の群れを、まるで蝶が自ら当たることを恐れて避けるかのように霊夢はすり抜けていく。

 

「ねえ、一つだけ聞いてもいい?」

 

 スペルカードをブレイクして、今度は霊夢の方から口を開いた。

 

「ええ、良いわよ」

 

 この、飄然とした巫女が何を問うのか興味があった。

 

「何のためにこんなことやってるの?」

 

「この桜の下にはね、何者かが封印されているのよ」

 

 幽々子は詠うように口にした。

 

「春を集めれば、この桜の封印が解けて満開になると同時にその何者かも復活する」

 

 そう、どうしても気になる。封印されている者の正体が。

 

「私はそれが知りたいのよ」

 

「貴女、もしかして、本物の馬鹿?」

 

「あら、馬鹿とはご挨拶ねえ」

 

 流石に、こう正面から言われると気に障るので、蝶を時間差で放つが、相変わらず当たらない。少し悔しい。

 

「もしかして、本当に知らない? 紫の奴から聞いてないの?」

 

 訝しむような巫女の態度が妙に気になる。

 

「何を?」

 

「あの桜の『力』って貴女の弾幕から感じるのと同類よ」

 

 

「成る程ねえ。幻想郷中の春を集めてその西行妖とかいう桜を咲かせる、か。……なんともスケールの大きな話だな」

 

 霧雨魔理沙は感嘆した。並んで石段上空を飛びながら西行妖を目指す魂魄妖夢に質問する。弾幕ごっこ心得その一、敗者は勝者に情報を提供する、の実践である。

 

「でも、なんで態々そんなことするんだ? 何か特別な桜なのか? 青い花が咲くとかさ」

 

「さあ、そこまでは私にもわかりません」

 

 どうにも真面目そうな庭師兼剣術指南役は訥々と答える。

 

「でも、幽々子様は一緒に気になる何かが封印されてると仰ってました」

 

「封印ねえ」

 

 魔理沙は首を捻った。

 

 ──封印されてる物を何故今になって? そもそも何が封印されてるんだ? そこまで考えて、

 

「っ! 畜生め!」

 

 魔理沙は危うく墜落しかけた。なんとか頂上の見えてきた石段の脇に箒を不時着させて、犬のように四つん這いになって呼吸を整える。ここ数ヶ月で急激に馴染みになった「濃厚な死の感覚」それも今回のは特級品だ。まだ手の震えが収まらない。

 

「大丈夫ですか? 魔理沙」 

 

 慌てて隣に降りて来た妖夢を手で押しとどめる。呼び方はちゃんと頼んだ通り呼び捨てになったようだ。そんな些細なことに意識を向けて、なんとかあの感覚を身体から追い払う。

 

「ああ、なんとかな。妖夢は大丈夫か?」

 

「私は半霊ですから、こういうのには耐性が有ります」

 

「なら、行けるな」再び、箒に跨がり大地を蹴る。

 

「どう考えてもその桜は碌な物じゃないぜ」

 

 しかも、そこにはおそらく霊夢が居るのだ。

 

 

「拙いわね」

 

 博麗霊夢は視線を西行妖に向けた。間違いない。目の前の西行寺幽々子のスペルカードに合わせて、段々とこの拗くれて苔一つ付いていない桜の巨木から放たれる死の気配が強くなってきている。西行寺幽々子の居場所を突き止める要因になった、周囲を覆った死の気配が。

 

「確認するけど、本当に大丈夫なんでしょうね?」

 

 のほほんとした笑顔を崩さない亡霊に再度言質を取る。

 

「心配性ねえ。大丈夫よ、開花しても私が責任を持って管理するわ。私の『死を操る程度の能力』で」

 

 悪い予感が消えない。 

 

 

「紫が負けるのも納得ね」

 

 西行寺幽々子は笑顔のまま、内心で舌を巻いた。これが博麗の巫女か。常人なら押しつぶされてもおかしくない西行妖の漂わせる死の気配の中で、平然とこちらの弾幕を避けてみせる。

 しかも、まだスペルカードを一枚も切っていないのだ。弾幕ごっこで勝利するのは至難の業だろう。勝つにせよ、負けるせよそろそろ潮時だ。片を付けなければ、西行妖が開花してしまう。勝てば良し、負ければ西行妖を鎮めねば。

 

「身のうさを思ひしらでややみなまし そむくならひのなき世なりせば」

 

 身体の中から湧き上がってきた言葉を放つ。

 

「反魂蝶 -八分咲-」

 

 

「夢想天生」

 

 博麗霊夢は整然と広がる桜色と紫色の破滅を前に、自らの切り札を切った。これまで、こんなに短期間に連続して使用した事は無い。

 

(これを使えるのは魔理沙のお陰ね)

 

 自分の存在を蝕むような消耗に耐えながら、相棒に感謝する。彼女の助けがなければ、これを二回使ってなお余力を残すことは不可能だっただろう。異変が始まってからは自分の勘に従って極力、霊力を温存した。異変の調査も魔理沙に任せ、露払いまでやって貰った。これで負けたら魔理沙に合わせる顔がない。物事に拘らないと言われてはいるが、自分にも意地があるのだ。友達におんぶにだっこは申し訳ない。

 

 

 八雲紫は識の海の境界で浮遊していた。八雲紫が個として存在出来る境界。自分が自分でなくなる限界。存在という軛から半ば解き放たれて。

 

 嗚呼、存在するということは、こんなにも苦痛で、重荷で、辛くて、悲しくて、──愛おしいのか。こうなって初めてわかる、自らの妄執とも言える思い入れ。

 

 殺した。傷つけた。奪った。盗んだ。虚言を口にして他者を動かした。時に脅し、時に宥め、利で釣り、理で説き、情に訴えた。月に妖怪を率いて攻め込んだ。人を掠った。世界を区切った。自らの腹心にも、親友にも真実を告げることなく異変を引き起こした。

 

 ──全ては幻想郷の為に。たとえ、地獄に落ちようとも後悔はない。何度生まれ変わっても、何度やり直したとしても、自分は同じ事を繰り返すだろう。

 

(本当に?)

 

 自分の中で問いかける声がする。

 

 本当だ。幻想郷の為ならば、自分はどんな悪事でも笑って働くだろう。舌を引き抜かれても嘘を突き通すだろう。

 

 ──それならば、何故、こんなに心が苦しいのか。

 

 わかっている。自分自身は騙せない。もう真実から目を背けられない。幻想郷の為だけなら、こんな危険な橋を渡る必要は無い。大切な霊夢、掛け替えのない幽々子、なにより幻想郷それ自体を危険に晒す異変が幻想郷の為だけであるはずがない。

 

 ──八雲紫の為──

 

 そう、自分は現状に耐えられなくなったのだ。

 

 幽々子が自分と知り合った時の記憶を失ったままでいることに、幽々子に西行妖の真実を黙っていることに、藍が唯々諾々と自分の命令に従うだけの存在であることに、霊夢が霊夢自身の判断でしか動かないことに、映姫が常に正論を振りかざして泥を被る自分を認めないことに、そしてそんな自分が理解されないことに。

 

 だから、封印の詳細を伝えずに幽々子の願いを叶えるべく動いた。藍に管理者代行を押しつけた。幽明結界を解除して霊夢を動かし、映姫を刺激した。心の奥底に潜んでいた自分のエゴの為に。

 

 何より、そんなことも気にならない程、自分は──八雲紫は──歪んでいたのだ。

 

 

「紫もきっとこれでやられたのね」

 

 西行寺幽々子は、自らの弾幕が博麗霊夢をすり抜け、逆に輝く札が自らを打ち据えるのを諦観と共に受け入れた。手加減されたのか身体へのダメージは然程でもないが、抵抗する気力はもはやなかった。

 

「敗者は敗者らしく、後始末でもしましょうか。妖夢はちゃんと出来てたかしら?」

 

 自らの従者に思いを馳せながら、西行妖を振り向いて、そこで西行寺幽々子は動きを止めた。

 

 西行妖が燐光を放っている。満開になったのだ。溢れ出てくる彼女にとって馴染みの気配。

 

 そして、

 

 西行寺幽々子は、白い経帷子に包まれた自分自身が、地面から浮き上がってくるのを目の当たりにした。自分が自分に引き寄せられ──西行寺幽々子はおよそ千年余りの清月を経て、再び肉体を手に入れた。一瞬後に魂魄と共に消滅する肉体を。

 

 

「駄目です、止まって!」

 

 霧雨魔理沙は、立ち待ちの月に照らされた広大な白玉楼の一角を覆うように立ち上った桜色のドームを目にした。内に月光を受けて光る何かを大量に含んだ薄桃色のドームが次第に広がっていく。妙に惹きつけられる光景、あの中に入りたいという欲求が魔理沙を突き動かす。どうして妖夢は止めるんだろう。

 

「何で止めるんだ、妖夢? ってえ!」

 

 いきなり妖夢に頬を張られた。真剣な顔で妖夢が覗き込む。

 

「あれは危険です。あれに触れると死にますよ!」

 

「あ、ああ、有り難さん」

 

 ぶるりと一つ身震いする。そして、妖夢に張られた逆の頬に一発気合いを入れて、箒を前に進める。

 

「死ぬ気ですか?」

 

 妖夢が慌てて隣に並ぶ。

 

「あっちに相棒が居るんだよ! 妖夢のご主人も!」

 

「いえ、幽々子様は亡霊ですから……兎も角、私もお供します!」

 

 

「やはり西行妖ですか」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは眉をひそめた。白玉楼の一部から立ち上ったあれは、西行妖の力の発露だろう。そのまま放置しておけば、あれは溜め込んだ春と共に顕界に流れ出し、生けとし生ける者全てを死に誘うだろう。「沈黙の春」という単語が頭をよぎる。

 

 最悪の事態を食い止めるべく、映姫は先行した風見幽香に続いて西行妖の元へ向かった。

 

 

 西行寺幽々子は涙を流すことなく泣いていた。

 

 忘れていた肉体の感触と共に、記憶が蘇る。父のこと、西行妖のこと、あの春の夜に出会った初めての友人のこと、父の死と、望まぬ力を得た自分と西行妖のこと。

 

 そして、理解した。何者が、何のために西行妖と共に封印されていたか、八雲紫が何故自分にそれを告げずに、異変を起こすのを手伝ったか。

 

 愚かだった。あまりにも愚かだった。自分は、大切な友人を悲しませただけではなく、苦しませ続けていたのだ。

 

 そして愚かにも好奇心で友人の傷口を抉っただけでなく、博麗の巫女まで危機に晒している。

 目の前で西行妖の力に抗う博麗の巫女に向かって、幽々子は声無き声で哀願した。もう既に死んでいる身の愚かな自分などは見捨ててくれと。自分には存在する価値など無いのだと。

 

 

「何が大丈夫よ、あの脳天気亡霊!」

 

 博麗霊夢は、満開となった西行妖から津波のように押し寄せる「死へ誘う力」から自らを陰陽玉で守ると同時に、西行寺幽々子の周囲に結界を展開した。肉体と合一した亡霊は、この結界を解いた瞬間に蘇り──そして消滅するだろう。そんなことをさせるつもりはない。自分にツケを残して逃がしてなどやるものか。

 その一方で、周囲を埋め尽くして溢れかえる桜色の「死へ誘う力」を陰陽玉による結界越しに確認する。西行妖の溜めに溜め込んだ「死に誘う程度の能力」の具現がもはや物理的な圧力を持って周囲を埋め尽くしているのだ。

 今の霊夢は、濁流の中で子供を抱え上げている母親だった。いずれ力尽きれば霊夢は死に、幽々子は消滅する。

 

 だが、霊夢の直観は、自身の死を告げてはいなかった。

 自分の中で呼吸するごとに削り取られていく霊力を感じながら、霊夢は西行妖を睨みつけた。

 

「『世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし』って奴ね」

 

 返事は、上空からの笑いを含んだ声だった。

 

「それだけ元気なのは大したものだ──フラン」

 

「はい、お姉様」

 

 

 フランドール・スカーレットは姉の言葉に従って、手の中の「目」を選り分けた。彼女のスペルカードである「フォーオブアカインド」は四人のフランドール・スカーレットに分かれるのではない。

 

 ──三人のフランドール・スカーレットとU.N.オーエンとに分かれるのだ。

 

 U.N.オーエンでもある今の彼女にとって、眼下に広がる西行妖から放たれている「力」の「目」だけを選び出すのは児戯に等しい。それに、今は先生の前なのだ。自分の能力で先生の手助けをできる喜びに顔を輝かせながら、フランドールは「目」を無造作に握り潰した。

 

 

「魔理沙、気が付きましたか?!」

 

 魂魄妖夢は驚愕した。あれ程までに濃密だった死の気配が、闇夜の明かりを吹き消したように消えていた。少しずつ範囲を広げる薄紅色の半球──桜の花片に満たされた空間──にも、もはや死を感じさせるものは何も無い。

 

「ああ、何があったんだ? 霊夢か?」

 

 その言葉に畏怖の念が沸き起こる。博麗の巫女とは其程の者なのか。では、自分の主はどうなってしまったのか。

 

「幽々子様!」

 

 妖夢は全力で西行妖と共にいるであろう、自分の主の元に向けて薄紅色の空間に突入し、そして、その光景を目にした。その姿を見るだけで恐怖が蘇る、風見幽香の後ろ姿ごしに。

 

 

「妖夢、ちょっと待てよ!」

 

 急激に速度を上げて桜色のドームに突入した魔理沙は、春の暖かな空気に包まれた。宙を舞う桜の花弁と辺りに満ちる春、ここの建物は和風ながら全体としてはどこか大陸の影響を感じさせる広大な白玉楼の一角にそれはあった。

 

「霊夢……と、紅魔館の連中?」

 

 一際大きく、年を経て、枝を広げた一本の黒々とした桜。その前に浮かんだ白衣に身を包んだ桃色の髪の白鑞のような美女が妖夢の主、西行寺幽々子か。その前で陰陽玉を従えながら幣を身体の前に翳す自分の親友、二人を見下ろす建物の上に佇む無表情に金髪美女を横抱きにした銀髪のメイド。

 そして──夜と月の支配者、悪魔の羽を持つ紅魔館の主、レミリア・スカーレット、その妹である破壊の申し子、フランドール・スカーレットを従えて、霊夢と幽々子の間に立つ漆黒の人影。頭から脚のつま先まで漆黒の外套で包んだ人影は、闇が形を為したように見えた。

 

「どうやら間に合ったようね」

 

 隣から掛けられる笑みを含んだ聞き覚えのある声。

 

「幽香か、一体何が始まるんだ?」

 

 一瞥した風見幽香は、初めて目にする表情で、届かぬ恋を内に秘めた乙女のように微笑んだ。

 

「言葉では表すのは私には無理ね」

 

 

 博麗霊夢は納得した。

 

 なるほど、これが美か。

 

 立ち待ちの月の光に照らされて、紅魔館の吸血鬼二人が見守る中、黒衣を纏った「美」はゆっくりと結界の中の西行寺幽々子に近づいた。その足取り、地に映した影。霊夢は初めて知った。本当の「美」とは、一挙手一投足どころか落とす影まで美しいのだと。

 

 差し出された手が無造作に結界を越える。これも仕方がない。あんなものを止められる結界は張れないのだから。

 

「岩間とぢし氷も今朝はとけそめて 苔の下水みちもとむらん」

 

 届いた声は春の幻なのか。周囲を舞う桜の花片に溶けて消えた。

 

 

 西行寺幽々子は目を開いた。絶望に打ち拉がれて自らの消滅の刻を待つだけの幽々子の耳に届いた歌。それを告げた「声」の主を確認したくて。

 

 目を開いた瞬間、西行寺幽々子は停止した。身に満ちる絶望も、悔恨も、自己嫌悪すら「それ」を間近で見てしまった幽々子にとっては無意味だった。その瞬間、「美」とそれを感じる存在のみに意味があった。

 

 それに続く西行寺幽々子という不確かな実在そのものを揺さぶる衝撃。西行寺幽々子は、再び自らがこの世界に確たるものとして生まれ出でたことを五感に依らずして実感した。

 

 

 耳から流れ込む「美」と共に延ばされた手の形を取った「奇跡」が西行寺幽々子の頭頂部を軽く触れる。霊夢は静寂を破らぬように長く微かに息を吐いて、幽々子の周りに張った結界を解いた。もうこの結界は必要ない。舞い落ちる桜の花片のように幽々子が奇跡の具現に支えられて地面に降り立つ。

 

 

 八雲紫は、自分の奥底から浮き上がるように目を覚ました。目の前には、西行妖を背後に走り寄ってくる友人の姿。言わなければならないことはわかっている。

 

「御免なさい、幽々子」

 

「御免なさい、紫」

 

 ああ、自分達は友人だ。こんなところまで息が合うのだから。八雲紫はもう涙を抑えられなかった。子供のように泣きじゃくりながら掛け替えのない友人に告げる。今まで言えなかった言葉を。

 

「今まで黙っていて御免なさい。言わずに異変を起こしてしまって御免なさい」

 

「今まで忘れていて御免なさい。ずっと思い出せなくて御免なさい」

 

 もう言葉は要らなかった。友人の身体の温もりを抱きしめながら、八雲紫は親友と一緒に、自分が空っぽになるまで泣いた。

 

 

 十六夜咲夜は目の前の光景が信じられなかった。

 

 一時期とは言え、自分達の生殺与奪を握っていた筈の幻想郷の支配者、油断ならない妖怪の賢者は何処にも居なかった。ただ、友人に長い間言えなかった秘密を打ち明けて謝る一人の少女がそこに居るだけだった。

 視線をこの奇跡の立役者の方に移す。自分と同じような誇らしげな光景の主と主の妹に寄り添われた、黒衣の影を。先生は何時ものように、有り得ない光景を出現させたとは張本人とは思えない程ひっそりと佇んでいた。

 

 

 魂魄妖夢は滂沱の涙を流していた。

 

 正直な所、妖夢には何が起こったのか全くわかっていなかった。あの魂を吸い取られるような美しすぎて恐ろしい光景も、傍らの風見幽香がそこに居る理由も、始めて見る四季映姫の茫然自失とした姿も。

 だが、そんなことは問題ではなかった。西行寺幽々子が子供のように泣きじゃくっている。八雲紫と抱き合って、笑いながら泣きじゃくっている。それだけで、妖夢の目から涙が溢れてくる。

 自分が何故泣いているのか理解出来ないまま、魂魄妖夢も泣き続けた。

 

 

 風見幽香は喜びに打ち震えていた。

 

 これほど見事な花が咲くとは。だから先生は素晴らしいのだ。少女のように泣きじゃくる八雲紫と西行寺幽々子、それを信じられないような顔で見つめる四季映姫、これだけで当分楽しめるだろう。

 

 ──その前の有り得ないような光景を除いたとしても。

 

 静かに涙を流す庭師と、未だ固まったままの魔理沙、一人だけ不機嫌な様子の霊夢に順に視線を移す。

 

 ──花も人も色々に咲くから面白い。

 

 最後に幽香は自分と同じように、目の前の光景を静かに見つめる西行妖に視線を向けた。

 

「『匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ』 ……やはり桜は、咲いた方が良いわね」

 

 

 博麗霊夢はこの世の不条理に憤っていた。

 

 人の形をした「美」があの忌々しい桜に「手」を当ててから紅魔館のメイドの腕の中に抱えられていた八雲紫の額に軽く触れて再び外套を纏うまでを瞬き一つせずに見届けてから、泣き声が聞こえてくる方向に背を向けて、美味しい所を持って行った紅魔館の連中と諸悪の根源を見つめながら。

 

 前回は何とか我慢できたがもう限界だった。

 

 異変を起こした連中ばかりが良い目に遭って、解決した自分達が苦労だけでは、あまりにも報われないではないか。こんな理不尽はたとえ神や仏が許しても、この博麗霊夢が許さない。

 

 ──文句言う奴らは誰であろうとぶちのめす。

 

 

 いやあ、今回は焦りましたよ。スカーレットさんとフランドール・スカーレットさん、それに十六夜さんが迎えに来てくれたのは有り難かったけれど、いきなりスカーレットさんに抱え上げられて空中旅行に行く羽目に。

 

 途中、よくわからない三人組に襲撃されたので、どうなるかと思ったけれど、十六夜さんがあっという間にスペルカードによる決闘でやっつけてしまったとのこと。時間を操る方々のやることはもうわけがわからない。

 

 やっとのことで到着した雲の上の巨大なお屋敷で待っていたのは、ぼろぼろになっていた八雲さんでした。「自分のことは良いから幽々子を」とか言われても放っておけませんよ。 八雲さんは酷く疲れていた。やはり異界を管理するというのは心労が溜まるんだと思う。疲れていると碌な事を考えないので、身体の疲れを重点的に取る。寝てしまった八雲さんを十六夜さんに運んで貰ってスカーレットさんの案内で今回の治療対象の方の所に向かう。

 近づくのが大変そうだったけれど、そこはフランドール・スカーレットさんが一撃で何とかしてしまった。凄い。

 

 今回の本命は、なんと亡霊、しかも肉体に戻って消滅しそうになっている亡霊の方だった。ここまで来てしまうと、普通のやり方だとちょっと難しい。なんとか肉体を維持しつつ霊魂が存在出来るように、霊魂で肉体を保護して貰うようにチャクラを開く。

 このやり方は本人の霊力を沢山使うので、それを補うために生き返ったら健啖家になると思うけれども、健康な証ということで勘弁して貰えたら良いなあ。二ツ岩さん曰く、「沢山食べる女性の方が魅力的」らしいので、その線で言い訳を考えておく。もう一つ、西行さんに縁がある方らしいので、西行さんの和歌で励ましてみる。

 最後にスカーレットさんに言付けていた風見さんの指示で、大きな桜に施術する。これは結構簡単で、自分が桜であることを自覚して貰うだけで何とかなった。桜だから生き物を死に誘わなければならない理由は特にないわけだから。どうしても死に誘うのが好きなら、そういう仕事に就けば良いと思ったが、ご本木には特にそういう希望はないようだった。

 これで今回の施術は終わり、ならめでたしめでたしだけど、何か紅白の服装を着た巫女さんがこちらを睨んでいる。あれは噂の博麗の巫女、博麗霊夢さんだ。何か気に障ることをやってしまったのだろうか? 恐ろしいので大人しくしておく。

 




 終わりませんでした。誠に申し訳ありません。切りの良い所で切って次話は水曜日の夜には上げたいと思います。

 ご指摘を頂いて、改定の方に手を付けておりますが、改定すると更新出来ない法則が発動してしまい、まずは次話を投稿する方を優先させて頂こうと思っております。

 改定しようとすると迷いが出てしまい、続きが書けなくなってしまうのです。こんなイロモノな話書いて大丈夫だろうか、面白いと思って貰えるのだろうか、と迷いが出ると恐ろしくなって一文字も書けなくなるのがよくわかりました。

 私は脳内麻薬出して勢いで書いていかないと駄目なタイプのようです。

 以下、いつも通りのネタ話を。


紫は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の天人を除かなければならぬと決意した。紫には天界がわからぬ。紫は、幻想郷の牧人である。ほらを吹き、外来人と遊んで暮して来た。けれども博麗神社に対しては、人一倍に敏感であった。

ゆかりん=メロス、ゆゆ様=セリヌンティウスを書いてみたかった。今は反省している。

音高くお互いの顔殴って友情深める前に、ゆゆ様が邪知暴虐な天人をこまっちゃんの所に一発で送りそうで話にならない気がするのですよ。

ゆかりんは普通に寝てて期日までに間に合わないか、隙間で移動して走らない紫になりそうだし。


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異変解決して四季映姫頭を悩ませ、小野塚小町大いに焦ること

今回も仮投稿で、タイトルから弄るかも知れません。

誤字、脱字、表現、文章、内容についてご指摘がありましたら、お気軽にお寄せ下さい。


(何故、こんな状況になっているのでしょうか)

 

 四季映姫は困惑していた。今夜の出来事は何から何まで悩みの種だった。

 

 まず、突然の幽明結界解除。解決しようと自ら出向いてみれば、行く手を阻む風見幽香、新しく定められたルールに従って弾幕での排除を試みるも、渾身の弾幕でも風見幽香は無傷で飛び去る始末。

 

 次に、開花した西行妖の力に慌てて駆けつける最中に、突然消える西行妖の力、ようやく辿り着いた西行妖の傍らに見た物は……

 

 映姫は悔悟棒を握る手に力を込めて、脳裏からあの記憶を追い出した。自身の「能力」によって判決には影響を与えないとは言え、非番ながらも閻魔の身、部下や裁く相手に情けない姿は見せられない。

 

「こほん」

 

 映姫は一つ咳払いして意識を目の前に向けた。白玉楼の一室で自らの裁きを待つ、最後の頭痛の種の二人に。

 

 西行寺幽々子と八雲紫は神妙な面持ちで、背筋を伸ばして映姫の前に正座していた。普段の春の穏やかさに加えて秋の愁いを身につけた、どう見ても神仙としての気配を漂わせる西行寺幽々子と、普段の韜晦するような態度をどこかに置き去りにしたように自然体のまま、澄み切った眼差しで静かにこちらを見つめる八雲紫。

 

 そして、どちらもが、「今回の異変は自分の浅慮が引き起こしたことであり、速やかに厳しく罰して頂きたい。その代わり、他の者の責任は不問に」と言い張って止まないのである。

 

 映姫は、一体、貴女方は何処の誰なのかと尋ねたい気分だった。そればかりではない。浄玻璃の鏡で確認しても信じられない事実。何故、消滅するはずの亡霊が指圧で神仙に至ったり、隙間妖怪が自分を見つめ直して生き方を変えようとするというのか。

 自分の日頃の説教は──いくらこの世ならざる外見の持ち主の業とは言え──指圧に劣るものなのか。映姫は受けた衝撃を表情に出さぬよう意志の力で押さえ込んだ。

 昔聞いた閻魔仲間での落ち込んだ話──自分が地獄行きを宣告した盗人にお釈迦様が救いの糸を垂らした──を思い出し、それに比べれば、と自分を奮い立たせて処分を告げる。

 

「西行寺幽々子はこれまで通り、冥界の管理を怠りなく勤めること。八雲紫は速やかに幽明結界を再構築すること。ただし、西行寺幽々子の現状を鑑みて、幽明結界はこれまでよりも緩く、冥界に生者も滞在可能な結界とする。それに伴って予想される幽霊や生者の混交に関しては、両名が責任を持って取り締まること。これが貴女方への処分です」

 

「それでは軽すぎます。顕界を危険に晒した浅慮にはもっと重い罰が必要です」

 

 西行寺幽々子が真剣な眼差しでこちらを見つめ、

 

「幽々子に関してはともかく、私はせめて悔悟棒で打たれるべきです」

 

 八雲紫が縋るように言葉を続ける。

 

 映姫は頭を抱えたくなった。自分が西行寺幽々子や八雲紫を打てる筈がないのだ。

 

 まず、異変を起こした妖怪を現時点で閻魔が裁いてしまっては、スペルカード・ルールの意味そのものがなくなってしまう。そもそも、異変を起こすことは罪ではないという前提の元に成り立つルールなのだ。それを閻魔自身に破れというのか。

 内に鬱屈したものを抱え込んで幽明結界を解除したことは問題であるが、誰かが幽明結界を解除しなければそもそも冥界に生者が立ち入ることは不可能なのだ。異変解決者として博麗の巫女が解除するか、幻想郷の管理者として八雲紫が解除するのかの違いでしかない。

 動機に関しても、本人が反省しているのであれば咎め立てすることは無用。実際、現在の幻想郷のあり方が八雲紫と博麗霊夢、とりわけ八雲紫に重責を負わせているのは事実なのだから。長年蓄積された疲労でおかしな判断をしたとしても現時点でそれは責められまい。

 何より、犠牲を出さずに解決された異変の処理に関して非番の閻魔が口を挟むのは越権行為に他ならない。これで自分が悔悟棒で八雲紫を殴りつければ、自分への不満を口実に職務外で暴力を振るう職権乱用ではないか。

 

「これは最終決定です。異論は認めません。両名とも、反省しているのであれば、それはこれからの生き方で示して下さい。裁きは貴女方が死んだ時に下します」

 

(今の貴女方が私の裁きを受けることになるかどうかはわかりませんが)

 

 最後の言葉を喉の奥に飲み込んで、映姫は席を立った。一刻も早く戻ってあの、田中田吾作と言う名の外来人について調べたかった。

 浄玻璃の鏡で調べようとした自分を、博麗の巫女、紅魔館の主、そして風見幽香までもが真剣な表情で止めたあの外来人。今の問題は彼に依る所が大なのだから。

 

(その前に、小町の仕事ぶりを見てから帰りましょうか)

 

 何故か無性に、小町の声が聞きたかった。

 

 

「んー、もう終わり?」

 

 博麗霊夢は目を見開いた。うつぶせになった自分の視線の先には、白玉楼の客間に掛けられたれた床の間の日本刀が見える。あの二刀流の庭師の趣味だろうか。

 ゆっくりと身体を起こす。身体が軽い。借りた風呂で入浴しても治まらなかった、霊力の使いすぎによる頭痛も、連戦による疲労も見事にぬぐい去られている。これならこれから始まる宴会も十二分に楽しめそうだ。用意されていた着替えが経帷子というのが気に入らないが、それくらいは許そう。

 

(紫とか人外共が懐くのも納得ね)

 

 視線を施術者に向ける。既にあの黒衣で頭から足先までをすっぽりと覆った田中田吾作を。

 

 自分が不可分であるはずの「能力」からも解き放たれて、博麗霊夢が博麗霊夢としての存在から解放される感覚は、他に例えようもない程寛げた。

 

(人外専門にしておくのは惜しい腕前ねえ)

 

 人間相手は不得手だからと言われたが、頼んで施術して貰っただけのことはあったと満足げに頷いて、霊夢は立ち上がった。

 

「先生、有り難う。魔理沙と替わるわね」

 

 

「凄い腕だぜ、先生」

 

 霧雨魔理沙は心から賞賛した。軽く身体を動かして身体の状態を確かめる。熱、痛み、引きつり、疲労感、倦怠感、それらの全てが綺麗に押し流されているのは、自分でも信じられない程だった。

 霊夢に先生の施術を受けるのを誘われた時には、恥ずかしすぎて堪らなかったが、いざ施術されてみるとその腕前に感嘆するばかりだった。

 

(パチュリーと小悪魔が誉めていたのはこれか)

 

 図書館で、パチュリーと小悪魔が遠い目をして語っていたのが今なら腑に落ちる。尤も、先生の話では、『人間相手では全力が出せないので精々体調を整える程度』らしいが。

 

(これでセーブしてるなら、全力を出されたらどうなるんだ?)

 

 そう疑問に思いかけて、自分で答えを思いつく。あの桜の袂で見た光景を。あれが先生の全力なのだ、おそらく。

 

(亡霊を仙人にしちまうんだからなあ)

 

 先生の黒い姿に視線を送る。霧雨魔理沙は理論より自分の経験を信じる。で、ある以上、あれは現実の光景だったのだ。

 

『何処か、調子が良くない所とかありましたか?』

 

 先生の前に浮いた板──伝言板というらしい──に現れた文章を確認して、慌てて否定する。

 

「いや、調子はばっちりだ。先生、有り難さん」

 

 

 どうも、博麗霊夢さんがこちらを睨んでいたのは、「自分にも施術してくれないのは不公平だ」ということだったようだ。そう言われても、今回は八雲さんの予約でこちらに来たのだし、そもそも自分は人外の施術が主なので人間相手では色々とやり難い、と断ったのだが、博麗さんは押しが強く、結局今回の功労者である博麗さんと人間の魔法使いである霧雨魔理沙さんの施術を行うことになった。

 部屋と布団を借りることが出来たので、博麗さん、霧雨さんの順で施術を行う。博麗さんは凄い、の一言である。経絡も霊体も見事なまでにバランスが取れている。やはり「特別」な存在なのだろう。

 それでも、人間なので「存在」に起因する疲れは取れていないようだ。ギリギリまで深く施術する。「重い」存在はそれだけ疲労が溜まるのだ。これで疲れが取れてくれれば良いけれども。

 霧雨さんは博麗さんに比べるとずっと普通の人寄りの身体だけど、その分、酷使しているようだ。極限まで心体を使って自分を鍛える。求道者の心と体だと思った。少しでもそれを癒やせるように、時間を掛けて入念に施術する。

 人間相手の施術は普段と勝手が違うから緊張するが、何とか上手く行ったらしい。二人に感謝されるのは少し面映ゆいが、この仕事をやっていて一番嬉しいことには変わりない。

 今から宴会らしいが、僕は酒を飲まないので、遠慮させて貰って壺の中で休むことにする。

 

 

「映姫様、向こうはもう片付いたんですか」

 

 小野塚小町は覚悟した。異変の規模からして上司の帰りはもっと後になると踏んでいたが、予想を遙かに上回る速さで帰ってきてしまった。まさか夜が明ける前に帰ってくるとはお釈迦様でもご存じなかろう。気配で目を覚ました目の前に上司の顔があるのは、何度やっても最悪の目覚めだと断言出来る。今度こそ説教は免れまい。

 

「小町も疲れているようですね。無理せずに上がりなさい。私もこれで上がります」

 

 そう言い残して彼岸へ飛び去った四季映姫を見送って、小町は悟った。時として優しい上司は怒った上司より恐ろしいという真理を。

 

「……もしかして、あたい、映姫様に見捨てられた?」

 

 

「幽、幽々子様、私がここで本当によろしいのですか?」

 

 魂魄妖夢は落ち着かなかった。白玉楼の大広間で開催された、異変解決記念の手打ちのための宴会で、妖夢は上座に座す博麗の巫女と霧雨魔理沙に続く席次を与えられたのだ。

 開け放たれた戸口からは、春の朝の日差しと共に桜の花片が流れ込んでくる宴席で主賓に近い席を与えられるだけでも落ち着かないのに、それに加えて、

 

「良いのよ、妖夢には苦労を掛けたのだから、今日はそこで持てなされる側よ」

 

「幽々子の言う通りよ、藍も落ち着きなさいな」

 

「紫様がそう仰るのであれば……」

 

 穏やかに微笑む主とその友人が調理から給仕まで行い、あまつさえ全員に酌をして回っているとあっては、とても落ち着いて宴席を楽しむ気分には慣れなかった。見ると、向かい側に座った紫の式神である八雲藍もどこか居心地が悪そうに膳に箸を付けずに、自らの主を見つめている。

 

「藍様、紫様のお料理美味しそうですね!」

 

 その隣の自分の相棒はにこにこ笑って膳の上の鮎の塩焼きを見つめているのだが。とはいえ、主が手を付けないため、自分も我慢しているようだ。八雲紫が自分の席に着いて飲み始めるまでそのままだろう。

 

 一方で、上座に座った博麗の巫女と霧雨魔理沙は、舐めるように杯を口にし、一口一口噛みしめるように膳の上の肴を味わっている。下座側では、紅魔館の主従と風見幽香が談笑している。

 

「あの、幽々子様」

 

 宴席に足りない人に気付いて、妖夢は恐る恐る幽々子に声をかけた。

 

「どうしたの妖夢、何か口に合わなかった? 私がもっと料理出来ればよかったのだけど」

 

「貴女はお嬢様だったから仕方がないわよ。その後は亡霊生活が長かったのだし」

 

「い、いえ、そうではなくてですね……」

 

 妖夢は軽口をたたき合う主と友人に躊躇いながら、疑問を口にする。

 

「もう一人のあの田中様は?」

 

 田中田吾作と名乗った主の恩人が居ない。あの太陽の輝きに勝る容姿を闇のような衣に包んだ不思議な客人が。

 

「先生なら、もうお休みになられた」

 

 答えたのは、下座で銀髪のメイドから箸の扱いを教わっていた紅魔館の主だった。

 

 ある意味、一番の功労者なのに何故?

 

 妖夢の疑問に答えたのは、上座の博麗の巫女だった。

 

「魂魄妖夢だったかしら? あんた、先生の顔見ながらでまともな宴会になると思う?」

 

「……無理だと思います」

 

 妖夢は首を左右に振った。あの容姿を前にして酒食を楽しむというのは無理だろう。しかし、だからといって、一人だけ除け者にしたような形なのは……。

 

 魂魄妖夢は目の前の杯を煽った。甘いはずの酒は、妖夢の気分を表すように、どこかほろ苦かった。

 

 

「お酒も、肴も美味しいわねえ」

 

 西行寺幽々子は膳の輪の中に設えられた自らの席で杯を干した。口の中で風味を楽しんでから喉の奥へと酒を送る。生姜に添えられた嘗め味噌ごと一口噛んで、生姜の歯ごたえと香り、嘗め味噌の旨味を堪能する。

 

「そんなに違うものなの?」

 

「雲泥の差よ」

 

 興味深そうな顔で杯を満たす友人に目礼して、杯の酒を味わう。

 

「亡霊だった頃、あんなに沢山頂いていたのは、そうでないと飲食の気分が味わえなかったからだもの」

 

 鮎の塩焼きの腸の部分を一口。独特の香りと塩気が口の中を満たす。

 

「肉体があるっていいわねえ」

 

 心の底から幽々子は呟いた。沈んだ様子の妖夢を一瞥して、頷く。

 

「これも博麗の巫女と先生のお陰、何かお礼をしたいわね」

 

 その幽々子の言葉に、妖夢が顔を上げる。

 

「私も何かお礼をしたいです」

 

 満足気に頷いて、幽々子は紫を見つめた。

 

「と、いうことなんだけど、何か良い考えはないかしら?」

 

 友人の問いに、妖怪の賢者は眉を寄せた。

 

「それがこれと言って思いつかないのよ、ねえ?」

 

 下座へ声をかける。

 

「私達もそれで困った」

 

 紅魔館の主が答えを返す。

 

「先生は、お酒を召し上がりません。食事も御自分で用意されて一人で召し上がられます、」

 

「済む所はあの壺の中、服はあの外套で意味はなし……外套を脱いだ時に釣り合う服なんて用意出来ないでしょうね」

 

 十六夜咲夜の言葉を、風見幽香が引き取った。

 

「異性は……どうなのでしょうか?」

 

 おずおずと口にした八雲藍に視線が集中した。

 

「藍、貴女……はまだ先生の姿を見たことがないのだったわね」

 

 紫の言葉に周囲は無言で頷いた。

 

「先生相手に自信を持って自分を差し出せる者が此処に居るか?」

 

 レミリア・スカーレットが周囲を見渡した。

 

「そ、そんなに怖い外見なんですか?」

 

 橙がおっかなびっくり口を挟む。

 

「逆の意味で恐ろしいです。私はあんなに美しい方を見たことがありません。美しすぎて、恐ろしい」

 

 魂魄妖夢が溜息をついた。

 

「先生は、自分の腕を振るえて、他人の役に立てるのが嬉しいって仰ってたよ」

 

 それまで黙り込んでいた、フランドール・スカーレットが口を開いた。そう、フランドールが忘れるはずがない。あの時、先生が示した言葉を。

 

 何か助けてくれたお礼をしたい、と口にしたフランドールに、先生は示したのだ。

 

『自分の能力が全力で振るえて、それが他人の役に立つほど嬉しいことはないです。だから、フランドール・スカーレットさんが幸せになってくれるのが一番のお礼です』

 

 西行寺幽々子の頬を涙が伝った。八雲紫は助けを求めるように、博麗霊夢の方に視線を向けて、軽く頷いてから口を開いた。

 

「先生には、幻想郷にずっと滞在して貰って恩を返していけばいいんじゃないかしら」

 

 

「美味いな、酒も肴も」

 

 霧雨魔理沙は目の前の料理と酒に舌鼓をうっていた。山菜の和え物のほろ苦さも、焼いた鮎の香ばしさも、炙った獅子唐の辛さも、今夜は一際鮮烈に感じられる。

 

 先生のことは気にならないでもないが、自分達より長い付き合いの紅魔館組や風見幽香が気にしてない様子なので、魔理沙も気にしないことにした。先生が参加する気なら、連中が万難を排して何かするだろう。

 魔理沙はそこまで考えて、傍らの霊夢に視線を向けた。何時ものうわばみっぷりは影を潜めて自分のようにちびりちびりと味を楽しみながら飲んでいる。時折座敷に舞い込んで切る桜と朝日を愛でながら、下座でなにやら話が盛り上がっているのを聞き流して酒と肴を存分に楽しむ。

 

 酒と肴が残り少なくなってきた所で、魔理沙は快い酔いと共にふと浮かび上がった疑問をめっぽう勘が良い友人にぶつけてみた。

 

「なあ霊夢。冥界ってのは何でもこんなに美味いのか?」

 

「この料理と酒は紫が用意したものでしょうし、紫は料理の腕も可成りのものらしいけど」

 

 そこまで口にして、霊夢は杯を干した。その杯に酒を注ぐ。

 

「悪いわね……一番の要因は私達自身ね」

 

 また一口。

 

「正確には、先生の施術のお陰かしら。味覚も含めた感覚というより感性が研ぎ澄まされてるわ」

 

 霊夢が獅子唐を口に運ぶのを見て、魔理沙も残った山菜の和え物に箸を伸ばす。確かに、普段より苦みと塩気と僅かな旨味を深く感じ、魔理沙は唸った。

 

「先生は、そんなことまで出来るのかよ?」

 

「出来るんでしょうね」

 

 霊夢はあっさり頷いて、視線を下座に向けた。

 

 いつの間にか静かになっていた下座の方に視線を向けて、魔理沙は西行寺幽々子の頬に光るものを見た。

  

「それで魔理沙」

 

 見てはならない物を見た気がして、慌てて声を潜めた霊夢の方に顔を寄せる。

 

「毎回こんなだったら異変解決も少しはやる気が出ると思わない?」

 

 魔理沙は相棒の意図する所を正確に汲み取った。

 

「霊夢、流石お前は異変解決の専門家だぜ。私はそこまで気が回らなかったよ」

 

 

 目が覚めたら、八雲さんから僕が幻想郷に定住して、異変を解決した人に施術してもらえないかという話が来ました。昨日の宴会の間に全員一致で話が纏まったとか。

 幻想郷はいい人が多いし、腕の振るい甲斐のある仕事も多い。しばらくは此処に滞在してもいいかもしれない。よろしくお願いします、と答えたら全員に喜んで貰えたので、感激。今日は良い日になりそうだ。

 

 前言撤回。僕が何処に棲むか決めるのに弾幕ごっこを持ち出そうとする文化にはどうも馴染めそうにない。先行きが不安です。

 

「幻想郷に遅い春の訪れ」  文々。新聞 第百十九季 皐月の項より抜粋

 

 本年の春は例年に比べて非常に遅かったが、その原因に関しては、冬の妖精の仕業、春告精が掠われた、昨年の秋のあまりにも見事な紅葉をねたんだ桜の精の仕業、などの噂が飛び交っていたが、本紙記者は他紙に先駆けて真の要因を解明することに成功した。

 

 遅い春は即ち異変であり、異変の要因はなんと冥界は白玉楼にある西行妖と呼ばれる桜の木だったのである。千年以上もの間、花を咲かせることがなかったこの桜を咲かせるために、幻想郷中から春を集めたことが、遅い春に繋がったとのこと。

 

 異変の動機に関しては、

 

「やはり桜は咲いてこその桜よ。でも、私が異変を起こした訳じゃ無いわ」(花の妖怪・風見幽香)

 

「あの木の根元に封印されていた、大切な物を取り戻すためだったかも知れないわね」(冥界の管理人・西行寺幽々子)

 

 などの証言が得られている。

 

 異変を解決したのは、博麗の巫女である博麗霊夢、及び、普通の魔法使い霧雨魔理沙の両名である。両名は冥界と顕界を隔てる幽明結界の向こう、冥界の白玉楼の咲き誇る西行妖の前にて異変の黒幕達との激闘を制して、幻想郷に春を取り戻したのである。

 

「とにかくきつかったわよ。寒いのは苦手だしね。今回の功労者は間違いなく魔理沙よ。うん、色々あったけど、終わりよければ全て良し、ね。次に異変が起こっても全力で解決に行くわ。異変を起こすつもりがある奴は覚悟しておきなさい」(博麗の巫女・博麗霊夢)

 

「色んな相手と弾幕ごっこしたな。まあ、全部良い勝負だったよ。今回は自分でも異変解決に貢献出来たと思うから気分が良いぜ。何か困りごとがあったら霧雨魔法店までご一報下さいってところだな」(普通の魔法使い・霧雨魔理沙)

 

 幻想郷に遅い春が訪れた今、我々はこの二人の偉業を称えるべきではないだろうか。(射命丸文)

 

「異変起こす人、解決する人」花果子念報 特集原稿覚え書き 第百十九季 皐月の項より抜粋

 

 紅霧異変の特集でも双方のインタビュー記事を本紙に掲載した通り、異変を起こす側にも、解決する側にもそれぞれの事情や立場、意見が存在するのは読者諸氏も御存知の通りである。

 今回は、先日の「春雪異変」の当事者へのインタビューを通して、異変を起こす側のメリットや心構え、異変を解決する側のメリットと心構えそれぞれを掘り下げてみたい。

 

「『春雪異変』を引き起こして得たもの」 冥界の管理人・西行寺幽々子

 

「私があの異変を通じて得た物は、まず古い友人との友情を確かめ合えたことね。ほら、困った時の友人が本当の友人と言うでしょう? 

 

 後は、上司の方にも私がおかれていた立場を再確認して頂いたし、従者の成長にも繋がったわねえ。自分も以前より健康的になったのも良かった点ね。異変によって知り合いも増えたし、行動範囲も広がった。

 

 冥界も結界のあり方が変わったお陰で、生者の方々にも白玉楼に遊びに来て貰えるようになったのよ。今年はもう間に合わないけれど、来年は是非西行妖も含めた、白玉楼の桜を皆さんに見に来て頂きたいわ。もちろん、そのまま冥界に移住して頂いても構わないわよ?

 

 話が逸れたけれども、自分の環境に不満を持っているなら、思い切って異変を起こしてみるのも手じゃないかしら? くよくよ悩んでいるならすぱっと異変というのも有りだと思うわよ。もちろん、自分の責任でね」

 

「『春雪異変』を解決して得たもの」 普通の魔法使い・霧雨魔理沙

 

「異変解決の醍醐味は、先ず弾幕ごっこ。これに尽きるぜ。普通の勝負以上にお互いがお互いを賭けた真剣勝負が出来るんだ。これを捨てる手は無いと思うぜ。

 

 弾幕ごっこが好きなら一度は異変解決に乗り出すべきと断言できる。それによって知り合いも増えるしな。弾幕ごっこってのはギリギリのところで自分の表現だから、正々堂々と戦えば、勝っても負けてもお互いのことがよくわかるから知り合いも増える。異変を解決したら知名度も上がるしな。

 

 後、忘れちゃいけないのが異変解決後だ。異変を無事に解決出来たら、相手持ちで只酒只飯飲み食いし放題の大宴会だ。さっきまで戦ってた連中と飲むのもやってみれば気持ちいいぜ。今ならそれ以上に期待出来るサービスが付くからな。勇気を出して異変解決にチャレンジすることをお勧めするぜ」

 

「異変を起こすにあたっての心構え」 冥界の管理人・西行寺幽々子

 

「異変を起こす時に大事なのは、信頼出来る仲間を集めることね。一人で異変起こすのは大変よ。何かあった場合も助けて貰えないし。私も、一人で異変を起こしていたらこうして取材に答えていられなかったと思うわ。

 

 後はきちんとルールを守ることね。各種の決闘ルールに従って対決し、破れたら素直に異変を終了させる。負けっぷりが悪い敗者は嫌われるわよ? 

 

 そうそう、負けた後は勝者の要望に応えて宴会を開催して手打ちにすることになったから、その準備や予算を忘れずにね。お金がないなら後で働いて返すのも有りらしいわよ?

 

 これは強制ではないけれど、お風呂やお医者様の手配も喜ばれるわね。一度で懲りずに何度でも異変を起こすつもりなら、そこらの配慮は忘れない方が良いと思うわ」

 

「異変を解決する時の心構え」 普通の魔法使い・霧雨魔理沙

 

「今まで二回異変解決に挑戦して思ったのは、闇雲に異変の黒幕を捜し回っても駄目だって事だな。特別勘が鋭いとかでなければ、何かおかしな手掛かりを調べて、それからあたっていった方が良い。

 

 その時も、できるだけそれに詳しい知り合いとかに知恵を借りるのも手だぜ。調査が終わって敵の本拠地がわかったら乗り込んでいって弾幕ごっこだ。調査にせよ、弾幕ごっこにせよ、日頃の準備や努力が物を言うのが異変解決だ」

 

 以上、実際に異変を起こした人物、解決した人物の生の声である。これから異変を引き起こしてみようと思った方にも、解決してみようと思った方にも参考になるのではないだろうか。本記事が読者の方々の快適な異変ライフのお役に立てば幸いである。(姫海棠はたて)




これにて、「春雪異変」ひとまずの終了でございます。

感想の方で質問やご意見を頂きましたが、自機組の魔改造はありません。

元から強い人、努力で強くなる人、半分人間の人とか色々居ますが、基本的に魔改造は無しで話の中で成長したりしなかったりします。

今回の被害者

四季映姫・ヤマザナドゥ
小野塚小町

東方キャラで大好きなんですけどね。今回の話では貧乏くじを引いてしまいました。
まあ、これから長い付き合いになりますので、今回は顔見せ程度と言うことで。

今回の魔改造

西行寺幽々子+(肉体+人間の頃の記憶)

殆ど仙人ですね。能力が能力ですので、なるべく使わない方向で。

八雲紫-(後ろめたい秘密+慢性疲労+妙な拘り)

儚月抄読んで思ったのは、この二人妙な拘り捨てて従者への優しさ+すれば無敵じゃないかな、ということでしたので、その方向で。余計な能力とかはいらんでしょう。

次回以降は今回触れられなかった里とか天狗達とかその他諸々の日常を挟みつつ、萃夢想、永夜異変と話が続いていきます。

月人組書きにくいんですよね、えーりんとか頭良すぎて何考えてるのかさっぱりわからんです。

と、いうことで何時もながら嘘予告です。

東方兎兵ウドンゲ

 依姫の手を逃れた鈴仙を待っていたのは、また地獄だった。逃亡の後に住み着いた欲望と暴力。因幡てゐが導いた迷いの竹林。知性と怠惰、頽廃と停滞とをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、ここは幻想郷のゴモラ。
 次回「永遠亭」。来週も鈴仙と地獄に付き合ってもらう。


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閑話・萃夢想
魂魄妖夢木を活かし、射命丸文特ダネを嗅ぎつけること


自分で気付いた部分だけちょこちょこ修正しました。

誤字、脱字、文章表現、話の展開、読みたいキャラクターのシーンなどありましたら、お気軽に意見をお寄せ下さい。


「凄いわね」

 

 秋穣子は感嘆の声を発した。用水路の堰が外され、柔らかな春の日差しを反射して水路をしぶきを上げながら流れる水が乾いて枯れた草がへばり付く田に流れ込み、一面を春の景色に変えて行く。

 

 そして──

 

 紫色の髪の魔女が手を一振りするだけで、泥に濁った田の水面が激しく動き、波打ち、命を持ったように動く泥が畦を厚く上塗りする。おそらくはかなりの人手と時間を必要とするであろう、人里最外周部の田の代掻きを、「七曜の魔女」パチュリー・ノーレッジは一人でやってのけているのだ。

 

「こんなものでいいかしら?」

 

 怜悧な魔女の声に、意識を軽く田に向けて田の状況を確認する。本領発揮可能な季節ではないとはいえ、大幅に増えた信仰があれば豊穣神としてこの程度の事は造作も無い。

 

「もう少し底を均すような感じでお願い」

 

「わかったわ」

 

 指示に応じて、再び魔女が手を動かす。視線を感じて振り返ると、田の持ち主の陽次郎がこの区画に水を導く堰の前で手を合わせてこちらに深々と頭を下げているのが見えた。彼は確か農家の次男で、ここが初めて持った田の筈。愛着も一入なのだろう。

 そこまで考えて、穣子は軽く陽次郎の方に頷いて見せた。魔女の手柄を横取りするようで申し訳ない気持ちもあるが、信仰と名誉はこちら、収入の分配は向こうが多めという事で話がついている以上、有り難く表に立たせてもらう。この調子なら、数日中に田植えも始まり、秋の収穫も期待出来るだろう。

 

(変われば変わるものね)

 

 昨年と比べれば自分達の置かれた状況は恐ろしく変わってしまった。素朴だが、よく手入れされた神社、定期的に寄せられる賽銭と奉納品、なによりも、里の農家が寄せる信仰心と心からの尊敬の眼差し。神社持ち、氏子持ちの神とはこういうものか。

 もう、以前のような野良神には戻れまい。おそらくは姉も同じ気持ちだろう。

 

「これくらいでどう?」

 

 この状況の仕掛け人の一人の声に、意識を引き戻す。

 

「十分よ。ご苦労様。次は向こうの田をお願いね」

 

 

 秋静葉は感嘆の吐息を漏らした。十数体の人形が舞い踊るように動き、急斜面に生えた朝露を纏う茶の新芽を摘み取っては茶畑の隅に置かれた人形より大きな籠の中に入れていく光景と、それを演出した「七色の人形遣い」アリス・マーガトロイドの手腕に。

 

「籠、交換しますよー」

 

 明るく声をかけて茶で一杯になった大きな籠を空籠に交換し、そのまま片手で満杯の茶籠を持って丘の麓の作業小屋に飛び去ったのは紅魔館の門番の紅美鈴。作業小屋では本来茶摘みを行うべき人員が茶摘みの代わりに茶蒸しの作業を行っており、彼女は離れて見回る冥界の庭師と共に作業小屋の人達の護衛も行っているのだ。異変のお陰でこの辺りの妖怪や獣が餓え、茶農家の皆はこの人里から少し離れた岡での茶摘みを不安がっていた。だからこそ、静葉が「偉大な神の威光に屈服した妖怪達を使役して」茶摘みを行っている。

 

 幻想郷の有るべき姿と現実としての異変の後始末、その両者の妥協点が静葉が今置かれている立場だった。

 人は妖怪を恐れなければならない。故に、必要以上に妖怪が友好的に見られる事態は避けなければならない。その一方で、妖怪の力無くして人里が成り立たないのもまた一面の事実なのだ。特に春雪異変によって農作業全般が大幅に遅れてしまっている現状では。

 

 その状況を見て取って、助力を申し出たのが紅魔館とそこに良く出入りする面々だった。既に神社の勧請という前例があったこともあり、里に良く来ているパチュリー・ノーレッジが田中神社に話を持ち込み、春雪異変が終熄する前に既に計画は立てられていた。

 

 故に、秋静葉は此処に居る。目の前で自分にはとても出来そうにない精密作業を汗一つかくことなく複数併行して行っているアリス・マーガトロイドに申し訳なく思うと共に、その卓越した技術に敬意を抱かずには居られない。彼女は一番茶の茶摘みが終わり次第、穣子が監督する田植えの作業も行うという。自分や紅美鈴、それに冥界の庭師の魂魄妖夢はそちらに先んじて炭焼きのための伐採と植林の方だ。

 

(収穫祈願祭での習合、やってみましょうか)

 

 秋静葉は胸の中でそう呟いた。恥ずかしいので習合はあまり気が進まないが、それで信者の人達が喜ぶのであれば、自分も出来る限りのことをするべきではないか。あれは妹の力であると共に、自分の力でもあるのだから。

 

 秋静葉は両手を小さく握りしめた。

 

 

「橙」

 

 八雲藍はマヨイガで猫達に餌を与えている橙の背後から声をかけた。

 

「藍様、お仕事、終わったんですか?!」

 

 顔を輝かせて立ち上がり、こちらに寄ってくる橙に軽く頷いてみせる。

 

「ああ、これは紫様から我々にと頂いたお弁当だ。一緒に食べよう」

 

 手にした紫色の袱紗に包まれた四段のお重を見せる。

 

「お茶を入れてきますね」

 

 弾むような足取りで囲炉裏端に向かった橙を見送って先程の事を思い返す。

 

「ご苦労様ね、藍。これはご褒美。橙と一緒に食べなさい」

 

「私も一部手伝ったのよ。後で感想を聞かせてね」

 

 博麗大結界北東側の境界の引き直し作業を終えて報告のために訪れた白玉楼で、柔らかに微笑む主とその友人。

 

(紫様は変わられた)

 

 胸の中で呟く。これまで自分にあのように無邪気に振る舞うことはなかった。自らの式にすら素の自分を晒すことが無かった主がその構えを解いた。そのことが長年仕えてきた藍にとって大きな驚きだった。

 指示にしても、これまでは意図を明かさずに緻密な指示を出し、それに完璧に従うことのみを要求してきたのが八雲紫という主人であった。それが今回の異変で幻想郷の管理者を代行させる際には、意図こそ明かさないまでも代行者として自分で判断して自由に振る舞うことを命じ、解決後の結界の管理に至っては「『幻想郷に新風を吹き込むために』最善と思う事をせよ」、とまで命じたのである。

 

(あれで紫様の期待に応えられただろうか)

 

 結界の引き直しに伴い、これまでよりやや緩めに論理結界を設定してみた。その分、結界の見回り頻度は上がるが、それは自分と、少しずつ橙にも受け持たせるつもりでいる。

 正直に言って、これまで主人の命に忠実な式神であることを期待され、自らもその期待に応えようと生きてきた身としてはいきなりの方針転換は辛いものがある。

 

「藍様?」

 

「ああ、少し考え事をしていたよ。今そちらに行こう」

 

 茶の支度が出来たらしく、自分におずおずと声をかけてきた橙に返事して、藍は橙の後を追った。

 

 そうだ、迷うことなどはない。如何なる事であれ、主の要求に応えるのが式神ではないか。そう自分の中で結論を出して。

 

 

「花もみな散りぬる宿は 行く春のふるさととこそなりぬべらなれ」

 

 西行寺幽々子は呟いた。八雲藍が去った後の白玉楼の庭先で、舞い散る桜の花弁の中。

 

「気が早いわね、幽々子。桜が気を悪くするわよ」

 

 並んで藍を見送った八雲紫が愉快そうに笑った。

 

「仕方がないわ。お客様が皆帰ってしまったんですもの」

 

 幽々子は紫に向かって頬を膨らませて見せた。

 

「以前は二人と幽霊で十分だと思っていたけれど、あれだけ賑やかなお客様が居なくなると寂しいわ」

 

 宴会に使用した広間の方に視線を投げる。

 

「仕事さえきちんと目処が付けば、顕界に出られるようになるわよ。閻魔様もそれをご承知の上で結界のあり方を変えるように指示されたんでしょうし」

 

 紫は真顔でそう口にして、悪戯っぽく笑った。

 

「それとも、妖夢がそんなに心配かしら?」

 

「妖夢は大丈夫。若いうちに沢山失敗した方が良いのよ」

 

 ──私のように大きな失敗をする前に。

 

 幽々子は最後の言葉を胸の奥に収めた。微笑して逆に紫にやり返す。

 

「紫の方こそ、藍が戸惑っていたようだけど?」

 

「まず隗より始めよ」

 

 八雲紫は自らの忠実な式神が飛び去った冥界の空に視線を向けた。

 

「幻想郷が変わるのであれば、管理者も変わらなければならない。そして、私が変わるなら、真っ先に藍にそれを伝えなければならない」

 

 身体ごと幽々子に向き直り、正面から目を合わせる。

 

「言葉だけでなく、私の態度で。そうでしょう?」

 

「そうね」

 

 幽々子は頷いて、傍らの庭石の上に置かれた朱塗りの盆から酒杯を二つ取り上げた。一つを親友に手渡す。

 

「乾杯しましょうか」

 

「何に?」

 

「難儀な主人を持った従者達の先行きに」

 

「「乾杯」」

 

 

 魂魄妖夢は躊躇した。自分が切るべき小楢の木に、風見幽香の姿が重なって見えたのだ。頭を振って風見幽香の影を振り払う。ここは冬景色の無名の丘ではなく、春景色の里山で、自分が向かい合っているのも風見幽香ではなく、伐採を指示された小楢の木に過ぎないと自分に言い聞かせる。

 だが、一度生じた迷いは消えず、妖夢は構えた楼観剣を下ろした。風見幽香に一太刀も浴びせられず手も足も出ないままあしらわれ、その後怒りに身を任せて霧雨魔理沙に敗北したあの時から自分の剣に自信が持てない。

 

 ──もし、木すら切れなかったら。その恐れが身体を縛る。

 

「妖夢さん、何かありましたか?」

 

「申し訳ありません。……剣を振るうのが恐ろしくなりました」

 

 木の梢を押さえて、木を倒す役だった紅魔館の門番の紅美鈴が降りてくる。仕事の相方にまで迷惑を掛けた自分に怒りと情けなさを感じながら、魂魄妖夢は自分の抱える問題を口にした。

 

(「何かあったら隠さずに打ち明けて周りの人に相談しなさい」)

 

 自分を送り出す時の、自らの主の餞の言葉を思い出して。

 

 

「うーん、それは災難でしたねえ」

 

 紅美鈴は頷いた。目の前で項垂れる、大きな人魂を連れた剣士には心からそう思う。いきなりの実戦があの風見幽香相手、しかも攻撃を悉く当ててそれが全く通用しないで倒れたのであれば、自分の剣に自信が持てなくなるのも無理はない。それはおよそ武道に身を捧げた者にとっての悪夢なのだ。

 

(お嬢様や妹様のように、それより酷い物を乗り越えようとする方ならまた話は別でしょうけど)

 

 自分の主達が風見幽香に立ち向かった時のことを思い出す。あれは見ていて本当に辛かった。自分達の運命を切り開くために、自分が傷つこうが相手に通用しなかろうが、限界を超えて立ち向かったあの姿勢を、この目の前の少女に今の時点で求めるのは酷だろう。

 

(魔理沙さんのようにも行かないようですし)

 

 かといって、霧雨魔理沙の、敗北をそのまま自らの力に変える独特の力もこの少女は持たない。あれは霧雨魔理沙という「気持ちよく敗北し、かつ気持ちよく相手を勝利させる」希有の人柄によるものなのだ。彼女なら素直に相手の力量を賞賛し、それを負けん気に変えて努力に励むだろう。パチュリー・ノーレッジに力負けした後、自分に指南を頼んできたように。

 

(やれるだけやってみますか)

 

「少しここで待っていて下さい」

 

 自己嫌悪で打ち拉がれている少女に一声掛けてから、美鈴は空中に飛び上がって伐採する木を選んでいるはずの秋の神を探した。自分も色々と悩んだことがある。その経験が少しでもこの生真面目な剣士の役に立てることを願って。

 

「静葉様、ちょっとよろしいですかー」

 

 

「魂魄妖夢、貴女に木を切って貰うのは、この木を活かすためです」

 

 魂魄妖夢は意表を突かれた。紅美鈴と共に目の前に降りてきた、秋の女神の口から出た言葉に。

 

「木を活かすため、ですか」

 

 妖夢の言葉に、紅葉を表す衣装を身に纏った女神は穏やかに頷いた。

 

「そうです。こちらを見て下さい」

 

 少し離れた場所にある切り株へと案内される。風雨に晒されて変色した切り口を持つ切り株の周囲から、若々しい枝が生えて新しい葉を付けていた。

 

「萌芽と言います。この生えた蘖がまた木に育ってこの森の一部になるでしょう」

 

 再び元の木の前に引き返しながら、秋静葉は妖夢に向かって言葉を続けた。

 

「ただ伐採するだけなら美鈴に引き抜いて貰っても、折って貰ってもいいのですが、この木を活かすためには貴女に切って貰う必要があるのです」

 

 そして、妖夢を見て微笑んだ。

 

「あまり気負わずとも大丈夫です。失敗したら私が木に謝りますから」

 

「静葉様より私の方が謝り慣れてますから、それは私に任せて下さい。自慢じゃありませんが、謝罪をさせたら紅魔館一です」

 

 紅美鈴が胸を叩く。

 

「……有り難うございます」

 

 妖夢は深々と頭を下げた。今から自分が切る小楢の木に向き直って楼観剣を脇に構え、美鈴が位置に着くのを待つ。

 

「準備できました」

 

(活かすために切る)

 

 梢を押さえた美鈴の声に、軽く息を吸って、吐きながら踏み込み、腰を沈めて捻り、そのまま両手を振り抜く──残心。

 

 あの時を思い起こす手応えとは呼べない程の手応え。

 

 しかし──

 

「お見事です」

 

 美鈴がゆっくりと地上一尺程のところで横に断ち切られた小楢を横たえていく。

 

 庭師であったのに、何度となく枝を打ち、葉を払ったのに、自分はそんなことを考えたこともなかった。風見幽香に襲いかかった時、霧雨魔理沙に斬りかかった時、自分は何を考えていたのか。

 

「活かすために切る」

 

 妖夢はもう一度呟いた。

 

 

「これは、浄玻璃の鏡に頼ることなく自分で調べろ、ということなのでしょうね」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは、自分の執務室の机に向かって、書類を読み返した。何度読み直しても内容が変わるわけでもないそれを、手が空く度に読み返してしまう。

 

『田中田吾作に関する浄玻璃の鏡の使用を厳禁する』

 

 自らが出した調査願いに対する回答が一行だけ書かれた素っ気ない、公式な文書を。

 

 ──博麗の巫女や風見幽香の「忠告」は妥当だったと考えざるを得ない。それだけの何かがあの人間の過去にあったのか。確かに容姿は非凡であるし、指圧の腕も神がかり的だと推測出来るが──

 

 映姫はそこまで考えて、書類を未解決事項・継続の書類入れへと仕舞い込んだ。自ら出向くにせよ、しばらくは先になるだろう。幽明結界のあり方が変化した事による幽霊の管理、西行寺幽々子の身の上に起きたことに関しての報告書など、急を要する仕事が裁判以外にも山積みである以上、自らが調査に行くなどという贅沢は許されないことはわかっている。

 

(小町にそれとなく様子を調べて貰いましょうか)

 

 仕事に対する姿勢は誠実とは言い難い部下だが、その分だけ世故に長けるし顕界の住人とも気軽に話せる分、調査という点では頼りになるかも知れない。

 

 映姫はそう結論付けて、次なる裁判のために執務室を後にした。

 

 

「盛況ですねえ」

 

 射命丸文は呟いた。眼下に見える田中神社は建立当時とは大きく姿を変えていた。神社までの参道は、人一人通るのがやっとの畦道から、荷車すらすれ違うことが可能な立派な石畳へと変わり、参道から社に至る通路も、土を固めた坂から大岩の名残を削った石段へその座を譲っている。

 境内も、本殿に加えて宿泊所兼寄り合い所が作られ、榊の他に、楓、栗、柿の木などが神社を取り囲むように植えられ、田園の神社としての堂々とした佇まいを見せている。

 そしてその田中神社は、これから収穫祈願祭が開かれるとあって、然程広くない境内から石段の下まで農家を中心とした人で賑わっていた。石段の下に見知った姿を見つけて文は群衆を驚かせないようにゆっくりと舞い降りた。

 

「あやや、慧音先生もお出ましですか」

 

「射命丸も取材で?」

 

 文の声に、上白沢慧音は振り返った。突然舞い降りた天狗に驚きを見せた周りの人々に、軽く頷いて問題がないことを態度で示す。

 

「ええ、此処は今一番注目されてる場所ですからね」

 

 取材用の口調と笑顔で本心を隠しながら、文は内心で舌打ちした。寺子屋の教師の口ぶりでは、もうはたては来ているようだ。

 今の文にとって、姫海棠はたてはライバルとまでは行かないまでも、昨年のようにわざわざ足りない点を気軽に指摘してやるような相手ではなくなっていた。紅霧異変以来記者として開眼したらしいはたては、速報性と記事の文章で文に後れを取っているのを逆手に取った、当事者のインタビュー記事と里の暮らしに密着した記事によって確実に人里での購読者を増やしていた。

 特にこの田中神社と秋姉妹との繋がりを活かしての農事関係の記事と広報記事に加えて神社への置き新聞は文にとっても衝撃を受けるような手法だった。

 つい先日の春雪異変にしても、異変の記事で先手を取った文を当事者へのインタビュー記事と秋姉妹直々の農事の手助けの広報で鮮やかに差して見せたのだ。

 事件性の少ない神社の収穫祈願祭に文がわざわざ足を伸ばした理由もはたてへの対抗意識だった。妖怪には兎も角、人里ではそれなりのニュースバリューが見込める。そう文も判断したのである。

    

「昨年、今年と異変が農家にとって大事な時期に起こったからなあ。秋様達のお陰で助かったという農家も多い」

 

 慧音は文の言葉に頷いて見せた。周囲でも慧音の言葉に同意する声や頷く姿が目立つ所を見ると、やはりこの神社は農家にとって大きな存在のようだ、と文は自分の判断の正しさを再確認した。

 

「お出になるようだ」

 

 前方から伝わってくるざわめきと慧音の声に前方に意識を向けると、高床式の社殿から、紅葉を表す祭祀服を身に纏った秋の女神──紅霧異変の時に一度だけ姿を見せた秋姉妹の習合体──が姿を現した。

 

(これは思わぬ成果ですね)

 

 内心で呟きながら、素早くカメラのシャッターを押す。そのまま続けざまにシャッターを切って、文はぎょっとして手を止めた。

 

「厄神……」

 

 慧音の呟きと共に、集まった人々のざわめきも大きくなる。秋の女神に続いて社殿の帷から姿を現したのは、その存在だけで周囲に厄を与える厄神の鍵山雛だった。その力の程は、対抗心を燃やして突撃取材を行ったはたてが怪我をしたことで、文も十分に理解していた。思わず逃げ腰になりながら、連続してシャッターを切る。

 

「皆の者、静まれ! この社にいる限り、厄神の厄が皆に及ぶことはない」

 

 神社の外まで響く凜とした声に、集まった人々が一瞬で静まりかえる。

 

「かつて我らが山野に起居していた折り、鍵山雛に大いなる恩を受けた。その恩を今こそ返したいと思う」

 

(この筋書きを書いたのはやはり「七曜の魔女」ですかねえ)

 

 厄神の祠を田中神社内に置くことを告げる秋の女神の声を聞き流しながら、文はこの裏で動いたであろう紅魔館のブレインの姿を脳裏に浮かべた。女神と厄神という恩恵と祟りを前面に出して、影で実利を得ているであろう黒幕を。

 

「もう一人、皆に紹介したい者がいる」

 

 女神の声に、文は再び社殿に意識を向けた。

 

「あやややや、これはまた何とも……」

 

「何者だ、あれは?」

 

 帷の奥に姿を消した厄神と入れ替わるように姿を現したのは、頭の上から足下まですっぽりと黒い外套のようなもので全身を覆った黒い影だった。年齢、性別どころか身長や体型まで見当が付かない。社殿の中の影が出来損ないの人の形を取って立ち上がったような姿は、胸の前に枠の付いた白い板のような物を付けている。

 

「この者、田中田吾作は、故在って顔も、声も出すことは出来ぬが、我らの恩人であり、この神社の客人でもある外来人だ。どうか皆もそのつもりで接して欲しい。この通りだ」

 

 頭を下げた女神に、一同からどよめきが上がる。

 

「ああ、あの板のような物に文章を浮かべてやりとりするわけですか」

 

 文の鋭い目は、社殿の前の高床に立つ人影の胸の板に、

 

『田中田吾作と申します。お見苦しい姿で恐縮ですが、何卒よろしくお願いします』

 

 と浮かび上がったのをハッキリと見て取った。

 

「何とも気の毒な話だが……まさか興味本位で記事にするのではあるまいな」

 

「私も記事にして良いことと悪いことの区別くらい付きますよ」

 

 慧音の言葉に、文は真剣な表情で答えた。

 

(これはどう考えても記事にして良い、いや、記事にすべきことですけどね)

 

 胸の奥でそう付け加えて。

 

(七曜の魔女が糸を引いていると思っていましたが、考えてみれば紅霧異変の時から怪しい外来人の話は有ったんですよね。これは特ダネの予感がします)

 

 射命丸文は、それからの秋の女神の豊作祈願の踊りを余所に、どうやってはたてを出し抜いてあの外来人とコンタクトを取るか、そのことを考え続けていた。

 

 

 結局、博麗神社、紅魔館、田中神社、厄神の祠をぐるぐる回ることになりました。突発的に風見さんのお宅や霧雨さんのお宅にお邪魔することもあるかもしれない、とのこと。

 それは兎も角、なんと秋静葉様、秋穣子様の紹介で人里の皆さんの前で挨拶することに。正直、胃が痛いのです。人前に出るのは苦手なので。とはいえ、どう考えてもこの風体では不審人物なので、信用のある神様が氏子の皆さんに紹介するという形が良いだろうと言われると、それはその通りなのです。妖怪より怪しいよねえ、我ながら。

 

 なんとかお披露目が終わりました。そのうち、人里の守護者という方に紹介して貰えるそうです。早く厄神様の祠に行きたい。




お待たせ致しました。
リアルで少し立て込んでおりまして、三月まではペースが落ちると思われます。
週二更新できたらいいなあ、ということで。

さて、いよいよ萃夢想突入ですが、もはや原作とはかけ離れた幻想郷になりつつあります。ここまでは比較的年表沿いに進んできましたが、これ以降は年表からも逸脱して事件や異変が起こり始めると思います。

一応、自分の中では辻褄を合わせる方向でテーブルを組んでおりますが、何分一人の作業では気付かないことも多かろうと思います。

その場でお返事出来るかわかりませんが、何かお気づきの点など在りましたらご指摘頂ければ大変有り難いです。


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上白沢慧音厄神を頼り、人外集って宴会に興じること

次話は来週の月曜日の24:00までか火曜日の24:00までに投稿する予定です。

それまでは仮投稿と言うことでよろしくお願いします。

誤字、脱字、表現、内容などについてご意見があればお気軽にお寄せ下さい。

2013/02/09 11:30に感想でのご指摘を頂いて誤字を修正しました。


「御免下さい」

 

 上白沢慧音は田中神社の社殿に向かって声をかけた。昼下がりの神社は閑散としており、境内には神主役も含めて人の気配がない。

 

(夜に来るべきだったか)

 

 慧音は自分の判断の拙さを悔やんだ。御阿礼の子の熱意に負けて、稗田の屋敷を辞去したその足で神社までやって来たが、考えてみれば神社の主も含めて今日は朝早くから総出で田植えや炭焼きに出払っている筈である。

 

「っ!?」

 

 出直そうかと考えて、慧音は高床の上、社殿入り口の臙脂色の帷の影から湧きだしたように、黒い人影が立っているのに気付いた。

 

『ようこそお出で下さいました。何か御用でしょうか?』

 

 人影の胸の前でそう表示された板が、

 

『驚かせてしまったようで大変申し訳ありません』

 

 に変わるのを、慧音は目の当たりにした。

 

「いや、こちらこそ失礼しました」

 

 慌てて慧音は頭を下げた。間違いない、昨日紹介された田中田吾作と名乗った外来人だ。農作業に参加出来ないために居残りで留守番をしているのだろう。そこまで考えて、慧音は口を開いた。

 

「私は人里で寺子屋の教師を務めている上白沢慧音と申します。厄神様はいらっしゃいますか?」

 

『直ぐにお呼びします。上がってお待ち下さい』

 

 慧音はその文字に導かれるように社殿に続く檜の階段を上った。帷を潜った先には十畳ほどの拝殿が広がり、左右の障子から春の柔らかな光が入り込んでいた。御簾に隔てられた奥の十畳ほどの本殿には誰の姿もなく、神座に二つ臙脂色の座布団が置かれているのである。

 拝殿に置かれた中央の座布団の前で黒い人影は軽く頭を下げると、慧音とすれ違うように帷を潜って拝殿から出て行った。両脇の障子戸を開けることなく。

 

(まさか、手も不自由なのか)

 

 座布団に腰を下ろしながら慧音は暗澹とした気分になった。昨日は人里で彼の面倒を見ることも考えてはいたが、手まで使えないとなればそれも望めまい。耳は聞こえるようだが、喋れず、手が使えないのであれば人里では穀潰しの厄介者でしかないのだ。

 

(秋様達が恩人だと仰るのが唯一の救いか)

 

 慧音はそう思った。神社の主であり、農家からの信仰が篤い秋姉妹の恩人であれば、神社で養われても目の敵にはされまい。おそらくは、それが彼のためには一番良いのだろう。

 当人に外の世界に帰る気があれば、自分も博麗の巫女に口添えして……

 

「待たせて御免なさいね」

 

 自分の考えに浸っていた慧音を、涼やかな声が現実に呼び戻した。いつの間にか、御簾の向こうの本殿に、朱色の衣装と翠の髪が印象的な女性が立っていた。その脇に、影のように黒い人影を従えて。

 

「そのままで構わないわよ、私は只の留守番だから」

 

 慌てて平伏しようとした慧音に、厄神は軽く押しとどめるような仕草をして見せた。

 

「楽にして、と言っても厄神相手では無理かしらね」

 

 悪戯っぽく笑って厄神は真顔になった。

 

「厄神の鍵山雛よ。私に何か御用?」

 

「大変恐縮ですが」

 

 厄神と田吾作が腰を下ろすのを待って慧音は口を開いた。厄神がやはり自分で濃緑の座布団を持ち出してそこに腰を下ろす一方で田吾作は影が蟠るように畳の上に身体を沈めた。その光景から慧音は自分の推測を確信する。やはり、田吾作は手が使えないのだ。

 気の毒な外来人への同情を抱きながら、慧音は言葉を続ける。

 

 人里には御阿礼の子──稗田阿求──がいること。彼女は幻想郷縁起を執筆するために、十代に渡って転生を繰り返していること。その影響で寿命が短く、人里から外に出て危険を冒すことも許されないこと。天狗の新聞で厄神の祠の話を聞き、それ以来ずっと願っていたこと──

 

「厄神様が見事な漢詩の額をお持ちと伺いました。どうか、それをお貸し頂けないでしょうか?」

 

 慧音は深々と頭を下げた。物に拘らない、透き通った御阿礼の子が唯一拘った「物」。慧音自身も花果子念報でその存在を知って以来、何時かは見たいという欲求を抱いてはいたが、それ以上に阿求の切なる願いをどうしても叶えてやりたかった。

 慧音が頭を下げたまま、沈黙が続く。

 

「顔を上げてちょうだい」

 

 厄神の穏やかな声に慧音は顔を上げた。眼前には、右手の人差し指を立ててくるくると指を回す仕草の厄神と、頭を下げる前と全く変わった様子を見せない黒い姿があった。

 

「申し訳ないのだけど、あれは向こうの祠に作り付けてあるから直ぐには動かせないのよ」

 

「そうですか」

 

 慧音は頷いた。元より、今日明日になどと考えているわけではない。興奮した阿求に押し切られたとは言え、それくらいは慧音も理解している。だが、続く言葉に慧音は自らの耳を疑った。

 

「でも、あの天狗も知らない額なら上げられるわ」

 

 思わず、まじまじと顔を見つめた慧音に向かって、厄神はそっと右手の人差し指を唇に当てて見せた。

 

「一刻半ほどしたらまたいらっしゃい。誰にも内緒にね」

 

 

「寺子屋の先生、何かあったんでしょうかねえ?」

 

 射命丸文は首を傾げた。眼下の神社の拝殿から出てきた上白沢慧音は妙に強張った足取りで階段を降りて、境内から参道へとぎくしゃくと進んで行く。

 

(そちらにも興味はありますが、今日の目当てはそちらじゃありませんからね)

 

 慧音が十分に神社から離れるまで見送って、文は拝殿の前へと舞い降りた。

 

「御免下さーい」

 

 先程の慧音のように拝殿から奥へと呼びかける。あの黒い姿が現れることを期待して文は帷の奥の暗がりを見つめた。

 

(誰も来ませんね)

 

 文は首を傾げた。もう一度、風に乗せて呼びかける。

 

「御免下さーい!」

 

 昼下がりの春の日差しが神社の境内を満たし、どこからか飛んできた蜜蜂が境内を巡って再び去って行くも、拝殿はおろか神社の境内には声も、人の動きもない。

 

(何かあったんですかね。厄神の厄に当たったとか)

 

 そう考えて、文はぶるりと震えた。昨年のはたての惨状が頭をよぎる。

 

(しっかりしなさい、射命丸文。はたてが田植えに同行している今が千載一遇のチャンスなんですから)

 

 文は軽く両手で顔を押さえて自分に活を入れた。これは二重の意味のチャンスなのだ。

 

「何かあったんですか? 大丈夫ですか?」

 

 声をかけながら軽く宙に浮き、拝殿から本殿を覗き込む。御簾が下ろされたままの本殿にも人影はない。

 

 そのまま、拝殿の外周を覆う回廊沿いに裏へと向かう。本殿の奥の雨戸が仕舞われた障子のみの戸をするりと開けて、そっと部屋の中を文は覗き込んだ。床の間らしき八畳の間は物も無くがらんとしており、床の間に白い壺が一つぽつんと置かれているだけだった。

 

「厄神様、田中さん、居られませんかー!」

 

 声をかけながら次々と戸を開いて回るも、秋姉妹の私室らしき六畳の間二部屋、床の間から続く囲炉裏の間、土間から納戸、風呂場に至るまで文は人の影を見ることは出来なかった。

 

(おかしいですねえ)

 

 土間に続く玄関の戸を静かに閉めて、文は空に舞い上がった。上から神社全体を眺め渡す。

 

(土間と水回りを除いては高床なので、地下室とかは有り得ない筈ですが)

 

「何やってるのよ、文?」

 

 聞き覚えのある声に顔を上げると、滑るように滑空してくる姫海棠はたての姿があった。

 

「あややや、はたてはもうお帰りで?」

 

 予想外のはたての帰還に咄嗟に取り繕った文にはたては胡散臭い物を見るような視線を向けた。

 

「予想以上に早く田植えが終わってね。あのメイドとか人形遣いは農家に転職した方が良いんじゃない、って思うくらいよ」

 

 そこで言葉を切って、文の顔を覗き込む。

 

「そ・れ・で、あんたは一体何をやってたの? キリキリ吐いちゃいなさい」

 

「いや、それがですね」

 

 文は頭をフル回転させて言い訳を捻り出した。昨日の夜に小耳に挟んだ噂を撒き餌として差し出す。

 

「厄神様が今度こちらで人形の販売などを始められると伺ったんで取材に来たんですよ。でも、残念ながら居られないようで……」

 

「厄神様の? 厄神様は留守番をしておられるはずだけど……」

 

 視線を神社の方に向けるはたてに釣られるように文も視線を落とした。二匹の天狗が見下ろす視線の先で、八畳間の障子がするりと開いて、厳粛な顔の厄神が姿を現した。その荘厳な雰囲気に、二匹の天狗は言葉を失い、厄神が本殿に姿を消すまで黙ってその姿を見つめていた。

 

「厄神様、居られるじゃない! ってちょっと文! あんた待ちなさいよ!」

 

 我に返ったはたてが詰め寄るより早く、射命丸文は人里の方向へと飛び出していた。胸にいくつかの疑惑を抱えて。

 

 

「上司公認の散策ってのは良いもんだねえ」

 

 小野塚小町は大きく伸びをした。春の日はそろそろ西に傾きかけたが、未だ日が落ちるには早い。そんな時刻から大手を振って人里を歩ける自由を小町は満喫していた。ついつい足が酒と染め抜かれた暖簾に向きかけるのを何とか押さえる。

 

(危ない危ない、一杯やる前に最低限の事はしておかないとね。映姫様たっての頼みだ)

 

 小町は思い詰めた様子の映姫を思い出した。全く、あんな顔で自分の所に来られては堪らない。おまけに「小町、小町は良く人里に行きますか?」などと聞かれた日には、いよいよ最後かと覚悟を決めたというものだ。

 

(とはいえ、改まって人里での噂とか聞かれてもねえ)

 

 小町は腕を組んだ。大鎌は流石に目立ちすぎると置いてきたものの、死神の馴染みなど人里には殆どいないのだ。それこそ、酒場で一杯やりながら周囲の話に耳を傾けるか──

 

「ああ、あの子が居たよ」

 

 小町は手を打った。どちらかと言えば映姫の方が馴染みが深いが、その繋がりで自分とも顔見知りの上、死神にも偏見を持たない人里の記録者を思い出して。今から行って話を聞けば、帰りに一杯やるくらいはお堅い上司も許してくれるだろう。

 

 

「それくらいですね」

 

 語り終えて、稗田阿求は温くなったお茶で喉を潤した。春雪異変のこと、最近話題に上ることが多くなった紅魔館の賢者のこと、田中神社に厄神が滞在していること、黒ずくめの奇妙な外来人のこと、秋姉妹が妖怪を使って農作業を行っていること……自分が知っている最近の噂は一通り語ったはずだ。

 突然尋ねてきて、人里の話を聞きたいと言われた時には何事かと思ったが、期待には応えられただろうかと目の前の陽気な赤毛の死神を見つめる。

 

「いや、期待以上だったよ、有り難う。どうもあたいは里に伝手がなくてねえ」

 

 座布団の上に豪快に胡座をかいて、出された茶を熱いうちに飲み干した小野塚小町は、目の前で手を合わせて見せた。

 

「いえ、お役に立てばなによりです」

 

 阿求はその言葉にそっと胸をなで下ろした。この、同席しているだけで気分を明るくする死神の役に立てたことが嬉しかった。

 

「阿求様、お話中失礼します」

 

 襖の向こうから声がした。

 

「上白沢先生が荷物をお持ちになってお出でになりました。『どうしてもご覧に入れたいものがある』と仰っておられます」

 

「直ぐにお通しして下さい」

 

 自分の顔が一瞬で上気したのが阿求にはわかった。答える声がうわずる。上白沢先生は自分の願いを叶えてくれたのだ。

 

「来客かい? なら、あたいはこれで」

 

「いえ、お待ち下さい。小町様にもお目に掛けたいのです」

 

 

 上白沢慧音は震えていた。これを見て奮い立たない文筆家が居るだろうか。目の前では、稗田阿求が顔を袂で拭っている。

 

「慧音先生、有り難うございます。これで、どんなことがあっても最後まで頑張っていけます」

 

 振り返った阿求は、涙に濡れた顔のまま、そう言って笑った。誰もが笑みを返したくなるような、そんな満ち足りた笑顔で。この子は、この小さな身体で筆に人生を捧げることを改めて決意したのだ、そう慧音は悟った。

 そして、そのことを心から祝福出来ることも。

 

「うん、うん」

 

 慧音も頷き、頷いて初めて自分も涙を流していることに気が付いた。

 

 

(恐ろしいねえ)

 

 小野塚小町は胸の中でそう呟いた。元の通り濃緑の袱紗に収められた額に描かれた文とその文字は、覆いを掛けられたにも関わらず、小町の中に焼き付いていた。

 

『蓋文章經國之大業 不朽之盛事 

 

 年壽有時而尽 榮樂止乎其身 

 

 二者必至之常期 未若文章之無窮』

 

 たった三行の文章。それは文字の形をした黒い光だった。それを見た者の魂に焼き付ける光。

 

(「けだし文章は経国の大業にして不朽の盛事なり」)

 

(まさしく文章というものは国を治めるのに匹敵する永久不滅の大事業である)

 

(「年寿は時ありて尽き、栄楽は其の身に止まる」)

 

(寿命は時の経過で尽き果て、栄華や快楽もただ生きているその個人の物に過ぎない)

 

(「二者は必至の常期にして、未だ文章の無窮なるに若かず」)

 

(その二つには限りがあり、優れた文章が不滅でその影響に限りがない事に遠く及ばない)

 

 小町は額に記されていた文章を思い描いた。文筆とはほど遠い生き方をしている自分でさえ、これほど印象に残り、あの額を元通り包みこむのに渾身の意志の力を必要としたのだ。

 あれが目の前で涙を流す二人に与えた影響はどれほどのものか、小町には想像出来なかった。小町が感じたことはただ一つ。阿求はこれからあの額を掲げて、人里の人々とは違った、他人より短い生を生きていくのだろう。他人を羨んだ時、落ち込んだ時に見つめながら。おそらくそれは、とても素晴らしいことで──酷く切ないことのように小町には感じられた。

 

(映姫様が気に掛けておられたのはこれかい)

 

 小町は二人に掛ける言葉を見つけられないままそっと立ち上がり、気付かれないように静かにその部屋を後にした。

 酒と、他愛のないお喋り、それに上司の説教が今は無性に恋しかった。

 

 

「皆さん、本日は大変ご苦労様でした。皆さんのおかげで予定より早く田植えを終えることが出来ました。大したお持てなしは出来ませんが、どうか楽しんで下さい、乾杯!」

 

「乾杯!」

 

 アリス・マーガトロイドは秋静葉の乾杯の音頭に酒碗を掲げた。そのまま酒碗を口に運び、芳醇な香りと甘みを口全体と鼻腔で味わう。溜息を一つついて余韻に浸ってから、斜め向かいから笑みを含んだ視線を向けているパチュリー・ノーレッジを軽く睨んだ。

 

「貴女、こんな良い目に合ってたわけね」

 

「だから今回誘ってあげたんでしょう」

 

「七曜の魔女」はアリスの追求をあっさりと流して見せた。杯を干した後で、アリスに対する反撃の狼煙を上げる。

 

「大体、私が誘ったとして以前の貴女は素直に誘いを受けたのか疑問なのだけれど。……先生のことも含めて」

 

「それは否定出来ないわね」

 

 反撃しようとして言葉に詰まったアリスは酒碗を口に運んだ。普段は飲み付けない清酒がこれほど美味に感じられるとは。やはり、「先生」の手腕に依るものなのだろうか。

 思い出しただけでアリスは恍惚としかけた。目の前のライバルに醜態を見せたくない一心で意識を逸らす。傍らの人形達も普段より機嫌が良いように見えた。

 

「人形まで施術するとはねえ」

 

 話題反らしのためにそう口にしてみる。自分に続いて人形達の指圧を行うことを提案した先生、彼の目に世界はどのように見えているのか。アリスはふと疑問に思った。

 そのまま周囲を見渡す。夕日の最後の残照が微かに残る田中神社の集会場は、秋静葉を始めとする今回の異変の後始末を手伝った人外達の宴会場になっていた。上から吊された魔法のランタンに照らされた二十畳敷きの大広間には、秋静葉、紅美鈴、魂魄妖夢、十六夜咲夜、パチュリー・ノーレッジ、小悪魔に結界の修復を行っていた八雲藍、橙とアリス自身を加えた面々が集って思い思いに宴を楽しんでいる。

 全面を開いた座敷の外、篝火が見えるのは、神社の外の広場で農家の人々が行っている宴会だろう。向こうは秋穣子が主人役を務めているとアリスは聞いていた。

 当初は人外は何処か余所でという話だったのだが、今回の働きに感謝した農家の人々が、集会場を使うように勧めたのだとも。

 これだけのことを演出して見せた魔女に対する賞賛と僅かな嫉妬を改めて言葉に載せてみる。

 

「意地が悪いわね、パチュリー」

 

 アリスの言葉に、小悪魔が乗った。

 

「そうなんですよ、聞いて下さい。パチュリー様は事もあろうに私を留守番にしようとしたんですよ。あんまりじゃありませんか」

 

「貴女は咲夜やアリス程役に立たないでしょう。そのくせ、報酬だけは人一倍欲しがるんだから」

 

 呆れたようなパチュリーの声。

 

「それはもう、こんなチャンスは逃せませんよ。先生の施術を逃すなんてとんでもない!」

 

 力説する小悪魔の言葉に、アリスも思わず頷いた。あの魔理沙や霊夢が食い下がったというのもよくわかる。大仕事をして、入浴して、先生の指圧を受けて、酒宴を楽しむ。これ以上の極楽がこの世に存在するだろうか。アリスはもう一口、日本酒を口に含んだ。

 

(人形に爆弾を仕込むのはもうやめようかしらね)

 

 取り留めのない思考を巡らせながら。

 

 

 鍵山雛は繕っていた雛人形をランタンの明かりに翳した。衣装のほつれが繕われているのを確認して箱に収め、裁縫道具を片付ける。自分に宛がわれた八畳間の床の間に置かれた壺を見つめながら耳を澄ます。遠くから聞こえてくる喧噪。宴会は盛り上がっているようだ。

 祭りの音を楽しむのは慣れている。これまで、ずっとそうだったのだから。遠くから聞こえてくる音が雛にとっての祭りだった。それは今でも変わらない。

 変わったのは、自分と同じように他人とは違う生き方、楽しみを持っている仲間を見つけたこと。田吾作が休んでいる壺を見ながら、人里にいるという御阿礼の子に思いを馳せる。彼女には、自分達が贈ったあの額に込められた想いが伝わったのだろうか、と。

 

 

 本日は皆さんで田植えの手伝い。僕と鍵山様は神社で留守番である。適材適所ということで自分を納得させる。おそらく僕が作業したら皆さんの足を引っ張るだけだろう。

 昼過ぎに来客がある。驚かせてしまったようで恐縮する。やはり自分が留守番に向かないことを再確認。わかっていたがつくづく共同生活に向いてない。

 来客は人里で寺子屋の教師をしている上白沢慧音さん。なんでも、僕が書いた額を貸して欲しいとのこと。あれは鍵山様に贈ったものなので、他人に見せるのは、と思ったのだが、事情を聞いて驚いた。

 稗田阿求という人は凄いと思う。自分の生き方を貫いている。そんな人に何かしてあげたいのは鍵山様も同じ気持ちだったようで、こちらを見ておられたので、新しい額を書きます、とお伝えしたら嬉しそうに頷いておられた。

 少しでも応援する気持ちが伝わるように、壺の中で用意して頂いた額に書くのは『文選』収録の「典論」、魏の文帝の著作の一節だ。鍵山様と二人分の願いが届くように、鍵山様に見守られながら書く。

 出来上がった物は鍵山様から上白沢さんへ預けてもらった。その後、予定より早く皆さんが戻ってくる。

 どうやら田植えは順調に終わったらしい。その後、参加した方々を順に施療。小悪魔さんはノーレッジさんの希望でノーレッジさんの監視+目隠し付きでの施療となった。また、マーガトロイドさんに、一緒に作業したと伺った人形の施療をお願いしたら、驚いたような顔をした後嬉しそうに頷いてくれたので施療する。

 

 厄神様の祠に行けると思っていたら、明日からしばらくは博麗神社に滞在する模様。

 

 

「杯、空いてるわね」

 

「有り難うございます」

 

 十六夜咲夜は恐縮して秋静葉の酌を受けた。

 

「お酒、苦手だった?」

 

 訝しげな静葉の言葉に苦笑して答える。

 

「いえ、普段は給仕する方ですから、される方は不調法で」

 

 杯を口に運ぶと喉の奥に熱さが少しずつ染み通る気がした。

 

「遠慮せずに飲みなさい、貴女とアリス・マーガトロイドが今日の功労者なのだから」

 

 静葉の言葉に周囲から賛同の声が上がる。

 

「そうですよ、咲夜さんとアリスさんで半分以上植え付けたようなものじゃないですか」

 

「はい、本当にお疲れ様でした。お体の方は大丈夫ですか?」

 

 美鈴の賞賛の声に、妖夢の気遣わしげな声が続く。

 

「大丈夫よ、先生のお陰で疲れが取れたのは、貴女達も同じでしょう?」

 

 咲夜の言葉に全員が頷いた。

 

「何というか、あれはもう言葉にならないな」

 

 静かに杯を傾けていた八雲藍がそう口にした。首を振って言葉を続ける。

 

「紫様から伺ってはいたが、いざ自分で見て、体験するとな」

 

 そのまま杯を手放した右手で顔を覆った。

 

「先生に異性を、などと口にした自分が恥ずかしい。……こんな私だから紫様の期待に応えられないのだろうな」

 

「藍様、そんなことありません! 先生が凄すぎるんです」

 

 橙の言葉に、妖夢が続いた。

 

「至らないのは私の方です。私は今まで、何も考えずに剣を振るっていた。『切ればわかる』それだけを信じて。あげく、幽々子様を危険に晒し、何も出来なかった。橙にまで迷惑を掛けて」

 

 懺悔するように妖夢は頭を垂れた。

 

「従者失格の未熟者です」

 

「よ、妖夢は頑張ったよ、ほら、風見幽香にも立ち向かったし!」

 

 藍に縋り付くように慰めていた橙が顔を起こして妖夢を見つめる。咲夜は溜息をついた。

 

「貴女達は考え違いをしています」

 

 その言葉に、藍、妖夢、橙の視線が咲夜に集中する。

 

「従者の働き振りを評価するのは従者本人ではなく、主人でしょう。従者が自らの働きを評価するとは烏滸がましいではありませんか」

 

 湯飲みに酒を注いで一気に呷る。この不心得者達に従者としての心得を教えてやろうと十六夜咲夜は決意した。

 

 

「皆さん、真面目ですねえ」

 

 紅美鈴は大根の浅漬けを口にした。次いで湯飲みを傾けると、ほのかな辛みと塩を焼酎が押し流していく。

 

「何時も、こんな調子なの?」

 

 囁くような秋静葉の声に、美鈴は笑って首を左右に振った。

 

「咲夜さん、何時もはもっと隙を見せませんよ。完璧瀟洒なメイド長ですから」

 

 美鈴は視線を落とした。湯飲みの底に残った水面を見つめてから、湯飲みに焼酎を満たす。

 

「同じような立場の皆さんと一緒に働いて、飲んで、話すって機会がありませんでしたからね」

 

 美鈴は湯飲みを軽く掲げて見せた。

 

「偶にはこうして咲夜さんも羽根を伸ばした方がいいんじゃないですか? 御自分達が残られて、咲夜さんを送り出されたお嬢様や妹様はそのつもりだと思いますよ」

 

 

「ようこそ、紅魔館へ。紅魔館の当主、レミリア・スカーレットと」

 

「フランドール・スカーレットは」

 

「客人を歓迎する。たとえそれが、招かれざる客であっても、だ」

 

 レミリア・スカーレットはワインが注がれたグラスを掲げて見せた。闇に包まれた紅魔館の前庭に用意されたテーブルに妹と共に着きながら。

 

「へえ、霧になった私に気付くとはね」

 

 声と共に周囲から何かが萃まる気配。瞬く内にそれは二本の長い角を持つ影へと姿を変えた。

 

「新顔さんにも中々やるのがいるなあ」




何時もながら内容が薄い話で申し訳ありません。
盛り上がるような状況になる前に終わってしまいました。

世間では受験シーズンで受験生の方々お疲れ様です。

私が学生だった頃、こんな話を聞きました。現代文の問題です。

Q1-1.以下の文において、どのような理由で小野塚小町には酷く切ないことのように感じられたのか、その理由を二十字以内でまとめよ。

「おそらくそれは、とても素晴らしいことで──酷く切ないことのように小町には感じられた。」

Q1-2.また、作者はどのような意図からこの文を書いたのか。作者の意図を百字以内で論述せよ。

という設問があって、実際にその小説の作者が名前を伏せて正直に回答したら不適切な回答と見なされて、点数が貰えなかったそうです。

自分が何かを書く側になって、初めてその話が実感として心で理解出来たような気がします。だからどうしたと言われると困りますが、苦楽は受験生の方々を心から応援しております。

また、当時こんな勉強が何の役に立つのかと思っていた受験用の古文、漢文、数学、etc、SSを書く時に役に立っております。当時の先生方に何の役に立っているのか申し上げることが出来ないのが残念ですが。

それでは、次こそは活劇を書けることを願いつつ。


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レミリア・スカーレット溜息をつき、伊吹萃香心地よく目覚めること

悩みに悩んでこうなりました。
この話は多分、かなり手を入れると思います。

誤字脱字、文章、構成、内容についてご意見をお願いします。

2013/02/16 タイトル変更、表現一部修正しました。


「鬼は、人を騙したりなんかしないのにっ!」

 

 痺れる身体を叱咤してそれだけをなんとか言葉にして、想いと共に叩き付けた。

 

「勅命故、許しは請わん」

 

 錆びた声が、鋼の意志を伝えて寄越す。目が霞んで逆光になった男の顔が見えない。振り上げられた刀が光を反射する。

 

「御首級、頂戴致す」

 

 

「薄いけど、良い酒だ」

 

 伊吹萃香は一つだけ空けられていた席に着き、フランドール・スカーレットと名乗った金髪の少女から受け取った玻璃の酒杯を一気に干した。葡萄の風味、甘み、酸味、渋みが口から鼻に抜けると共に、酒精が喉を滑り降りていく。

 

「名乗り遅れたね。私は伊吹萃香。鬼さ」

 

 自分の名乗りにも、蒼髪の少女と金髪の少女は驚いたような顔を見せない。その事に萃香は少しだけ気を良くした。中々どうして新参の妖怪にしては肝が据わっている。なにやら大きな異変を起こしたというのも頷ける話だ。これなら久しぶりに楽しめるかも知れない、その思いが萃香の笑みを大きくした。

 

「それで、その鬼の伊吹萃香殿は我が紅魔館に如何なる用件で滞留しておられたのか?」

 

 霧になった自分を見抜き、鬼の名乗りを受けてなお微塵の畏怖も恐怖も、緊張すら見せることなく、レミリア・スカーレットと名乗った蒼髪の少女は口にした。

 

「んー、こっちに出てくるのは久しぶりでねえ。彼方此方見て回ってたんだけど、お陰であんたらみたいな面白いのに出会えた」

 

 鬼には及ばないが、中々の「格」だろう。萃香はそう評価し、賞賛した。地下の力が全てという世界も悪くなかった。だが、あそこではもう真剣勝負に応じてくれる相手が居ない。萃香が態々見限ったはずの地上に出てきたのは、新しい出会いと勝負を求めての事だった。この新顔達なら。

 

「どう? 私といっちょ本気で勝負してみない?」

 

 

「いいよ。それでカードは何枚にする?」

 

 フランドール・スカーレットはポケットのスペルカードを取り出して見せた。「鬼」の萃香は強者だろう。あの巫女の時のように楽しめるかも知れない、という期待を込めながら。

 

「何だよ、それ。私は本気の勝負って言ったのに」

 

 だが、返ってきたのは失望を滲ませた言葉と、嫌な感じの視線だった。何か自分はいけないことをしてしまったのだろうか。助けを求めて姉の方に視線を向け、フランドールは姉が悲しげな視線を伊吹萃香の腰に付いた瓢箪に向けて小さく頷いたのを目にした。

 

 

 ──やはりこうなったか。

 

 レミリア・スカーレットは内心で溜息をついた。「視えていた」とはいえ、実際にその場面になるとどうしても気が重い。だが、これもこの幻想郷にスペルカード・ルールを普及させるのに必要なことなのだろう。レミリアはそう「運命」と折り合いを付けて口を開いた。

 

「貴殿は誤解しているようだが、我々にとって『本気の勝負』というのはスペルカード・ルールに基づいた『決闘』なのだ。能力を使ってしまっては」

 

 レミリア・スカーレットは叶わないと知りつつ願った。自分達の気持ちが目の前の剛力で、頑健で、汎用性の高い能力を持った「鬼」という妖怪に通じるように、と。

 

「勝負にならない」

 

 

「はっ! とんだ臆病者の嘘つきだね!」

 

 伊吹萃香は激昂して立ち上がった。今度こそ真剣勝負を楽しめると期待が膨らんだ分、裏切られた失望と憤りは大きかった。博麗の巫女が考案し、八雲紫が勧めているというスペルカード・ルールと「弾幕ごっこ」など、萃香にしてみれば弱者保護のための題目、遊戯としか思えなかった。

 

 ──全身全霊を賭して、全ての能力を最大限に引き出して相見えるのが鬼にとっての真剣勝負。その申し込みに児戯で答えるばかりか、その言い訳に嘘をつくとは! 

 

「霧になった私を見抜いたからには少しは骨が有るかと思ったけど、嘘をついて真剣勝負を逃げるようじゃ!?」

 

 そこまで口にして伊吹萃香は席を擦り抜けて飛び退った。一瞬で酔いが醒め、慄然として席に着いたままの吸血鬼の姉妹に視線を送る。存在を散らして警戒していた自分に、予兆も、気配も感じさせることなく伊吹瓢を消して見せた相手。霧化して腰に付けていた鬼の力にも耐える自慢の瓢は跡形もなく消滅していた。

 

「こんなものが貴女にとっての真剣勝負なの?」

 

 漸く山の端から姿を現した細い月の光に照らされて、悲しげにフランドール・スカーレットと名乗った少女はそう口にした。軽く握りしめた右手をテーブルの上に乗せたままで。

 

「フランの能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』なのだ。その気になれば霧になったお前はもちろん、あの月や、この大地──星そのものだって破壊出来るだろう。お前が身に付けていた瓢箪のようにな」

 

 静かに、レミリアが告げた。そのまま萃香に視線を合わせる。

 

「だが、我々はそんなものを勝負だとは思わん。一方的に相手を壊せば勝ちなのか? 星ごと相手を壊せば勝ちなのか? そんな真剣勝負とやらに何の意味がある? 行き着く先は破滅でしかないのに」

 

 内に滾る激情を秘めた真紅の瞳と、対照的に淡々と紡がれた言葉は萃香を貫いた。能力まで用いた真剣勝負を望んだ自分に「弾幕ごっこなら」と姉妹が答えた理由を萃香は理解した。

 

「立ち去るがいい、鬼よ。此処にお前の望むような真剣勝負は存在しないのだから」

 

 レミリア・スカーレットの厳かな言葉に圧されるように、伊吹萃香は自分を散らした。

 

「太陽の畑にいる幽香なら貴女の相手をしてくれると思うよ」

 

 途方も無く危険で、優しい存在の声を聞きながら。

 

 

「あれで、良かったのかな」

 

 霧と化した鬼が去って行くのを見送りながら、フランドール・スカーレットはそう呟いた。あのひとの大切な物を壊してしまった。その思いがフランドールに重くのし掛かる。あの瓢箪を「壊した」時に感じたものは、あの桜の「力」を「壊した」時のものとは全く違っていた。

 

「それはこれから成り行き次第ね。でも」

 

 答えは姉からではなく、予想もしない空中から降ってきた。

 

「紫……」

 

 フランドールが見上げた空中に開いた隙間から、「妖怪の賢者」が音も立てずにテーブルの脇に降り立った。

 

「有り難う」

 

 そのまま、フランドールに向かって頭を下げる。

 

「鬼はとても誇り高くて頑固な種族。言葉だけで納得させることは誰にも出来ないでしょう」

 

 八雲紫は頭を上げて痛ましげに伊吹萃香の去った太陽の畑の方角を見つめた。そう、幾度となく騙されて、失望して幻想郷を去った鬼を言葉だけで説得するなど、萃香の友人である紫をもってしても不可能だろう。

 しかし、だからこそ紫は信じている。今の幻想郷とその住人達が、伊吹萃香──鬼を動かすことを。

 そして、その最初の切っ掛けが、「世界と共に持ち主を焼いた神器」を表すスペルカードを持つ、誰よりもスペルカード・ルールを必要としている存在によってもたらされたのだ、ということも。

 

「フランドール・スカーレット、貴女の行動は必要なことだった。私はそう思うわ」

 

 ──そう、萃香のためにも、幻想郷のためにも、きっと。

 

 

 風見幽香は太陽の畑の北の外れに立ち、花が咲くように顔をほころばせた。花達を怯えさせる風に乗って流れてくる戦いの気配、伝わってくる怒りと破壊の衝動が彼女を楽しませる。

 

 彼女はゆっくりと口を開き、今夜の相手に相応しい挨拶を紡いだ。

 

 

 伊吹萃香は煮え滾っていた。霧と化し、太陽の畑へと風を巻いて奔る間にも。激情が萃香の身体を中から押し破ろうとする。

 

 ──格下だと思っていた。臆病者の嘘つきだと思っていた。その相手に自分は気圧され、言葉を返すことも出来ず、あまつさえ──畏れを感じたのだ。今も彼女達の言葉に従っている。この、鬼の伊吹萃香が。

 

 やり場のない怒りと破壊衝動が、萃香の中で出口を求めて暴れ回る。

 

 荒れ狂う激情を抱えたまま、萃香は嵐のように空を駆け、果てしない苦行の果てに辿り着いた太陽の畑で、

 

「風見幽香よ。名乗りなさい、臆病者。相手をしてあげるわ」

 

 伊吹萃香は噴火した。

 

「伊吹萃香っ!」

 

 もはや名乗りではなく、咆哮と共に萃香は丈の伸びてきた向日葵を背後に従える、楽しげな笑みを浮かべた長身の影に躍りかかった。

 

 

「っ!」

 

 射命丸文は身体を強張らせた。風が運んできた、南へ向かう怒りと激情の塊の気配を感じ取って。それは、天狗にとって可能ならば記憶の彼方にのみ仕舞っておきたい存在。

 

「帰って来たというんですか、鬼が」

 

 ──しかも怒り狂って

 

 文は一つ身体を大きく震わせて、風に乗って気配を追った。遠くに見える田中神社を後にして、身体の震えが恐怖なのか武者震いなのか自分でもわからないままに。

 昼間から追い続けていた謎の外来人の存在は文の脳裏から消えていた。

 

 

「このっ、妖怪風情がっ!」

 

 萃香は吠えた。風見幽香と名乗った獲物を、萃めて引き寄せ、渾身の力を込めた両腕を叩き付ける。萃香の能力故に、躱すことも威力を殺すことも出来ないはずの一撃は、笑顔のままの幽香の手によって、軽々と逸らされて空を切った。

 

「ぐっ!」

 

 返礼とばかりに無造作に突き出された幽香の掌底は、霧と化した萃香を打ち据えた。身体でも精神でもなく、萃香自身を。

 

「なんで、私の拳は当たらなくて、お前の拳ばかりが当たるんだよ!」

 

「何でも何も、相手とまともに向き合ってないのに勝負になるわけがないでしょう」

 

 空中で距離を取って思わず口から漏れた萃香の言葉に、呆れたように風見幽香は応じて見せた。

 

「相手を相手として認めて、同じ土俵に立って、相手をきちんと見ないと勝負にならないのよ」

 

 その言葉は、先程の一撃よりも鋭く萃香を撃った。それは、鬼を頂点とする自分の価値観──格付けの否定。

 

「この私に、鬼に、戦う前から相手を同格の相手として認めろと?」

 

 萃香の言葉に、幽香は微笑して見せた。

 

「鬼がどれほどのものか知らないけれど、スペルカード・ルールから逃げた貴女は」

 

 残酷なまでに優しく。

 

「同じ土俵にすら立てていないでしょうに」

 

「うわぁぁぁあああああ!」

 

 頭が真っ白になる感覚と共に、伊吹萃香は突進した。

 

 

 射命丸文は息を飲んだ。文の視線の先で起きていることは、酷く滑稽に見えて、その実恐ろしいことだった。

 青々とした向日葵の畑を背景に、空中に佇む風見幽香を殴り、引き裂き、咬み千切る双角の鬼──かつての妖怪の山の四天王──伊吹萃香。

 笑顔のまま、萃香のなすがままに殴られ、引き裂かれ、咬み千切られながら瞬時にその身体を元に戻し、無造作に萃香に一撃を加えて萃香の存在自体を揺るがす風見幽香。残酷な妖怪の戯れのような光景はいつ果てるともなく続き、次第に「鬼」の存在が薄くなって行く。

 

 

(昔、鬼と人間は人攫いと鬼退治という信頼関係で結ばれていた。それを裏切ったのは人間だ!)

 

 幽香の腹を抉って訴える萃香に、幽香は冷徹に胸への突きで返す。言葉に依らない、残酷な対話。

 

(それは本当に信頼関係だったのかしらね。鬼の一方的な思い込みでなかったと言える?)

 

(人を掠う時だって、鬼はちゃんと勝負してた。勝負に負けた人間を掠ったんだ!)

 

(きちんと説明して、同意を得てから勝負したの? 脅しではなくて)

 

(それは、鬼を恐れた人間が仕方なく受けたこともあったさ。でも、それは鬼が強すぎるからやむを得ないことなんだ)

 

(その強い鬼が何故嘘をつかれ、裏切られたくらいで人間から逃げたのか聞きたいわね。鬼の「強さ」というのは腕っ節と身体の頑丈さだけなの?) 

 

 萃香の動きが止まった。言い返したくて、伝えたくて、でも、その言葉は萃香の奥底に留まっていた。

 

 ──嫌なんだ、信じていた相手に裏切られるのは。辛いんだ、好きな相手に嘘をつかれるのは。だって、自分達は、人間が好きだから──

 

「もう一つ、貴女の好きな真剣勝負とやらを続けたらね」

 

 風見幽香は静かに言葉を口にした。

 

「続ければ続けただけ相手が減るのよ」

 

 ──それは、鬼達が密かに抱いてきた恐怖。「真剣勝負」がお互いの全てを出し尽くした命のやりとりであれば、勝てば勝つ程相手が減っていく。鬼と真剣勝負するような勇者や強者はそう簡単に現れるものではないのだから。

 だからこそ、逆に「真剣勝負」に重きを置いた。徐々に忍び寄る破滅から目を背けて、「真剣勝負」の価値を高めて、何時か自分が体験出来るようにと。

 スペルカード・ルールに反発したのも、それがますます「真剣勝負」を駆逐すると思ったから。

 

 しかし、その「真剣勝負」の先に在るものを、あの悲しい目をした少女が、否応もない形で自分に突きつけたのだ。

 

(「こんなものが貴女にとっての真剣勝負なの?」)

 

 フランドール・スカーレットの言葉が、伊吹萃香の心の奥で谺していた。そして、萃香は何故自分が反論もせずにあの場を去ったのか、畏怖を感じたのかを理解した。

 

 自分は、あの少女に象徴される、スペルカード・ルールが統べる「幻想郷」が、自分達がそれを受け入れて変化することが、──恐ろしかったのだ。

 

「そんな当たり前のことから目を背けてる姿が」

 

 風見幽香は、ゆっくりと右手を伸ばして掌を萃香に向けた。

 

「まるで、昔の私を見ているようで目障りなのよ」

 

 最後の一撃と共に、伊吹萃香は闇に沈んだ。

 

 

 射命丸文は呆然と目の前の光景を見つめていた。風見幽香が翳した掌から放った光の柱が伊吹萃香を飲み込み、光が収まった時には鬼の四天王は力なく大地に倒れていた。

 

「殺した……の?」

 

 文は、恐る恐るそう呟いた。自分達天狗の畏怖の的であった鬼が地に伏せている。それは有り得べからざる光景であり、文は自慢のカメラを構えるのも忘れて静止していた。

 

「随分と手荒くやったものね」

 

 その、文の硬直を解いたのは、新たな声だった。風見幽香の傍らに現れた、隙間から身を乗り出して見覚えのある壺を抱え上げた「妖怪の賢者」は、呆れたような口調でそう言った。

 

「昔の自分を見ているようで、少し力が入ったのよ」

 

 風見幽香は、まるで翌日の天気の話をするように平然と返し、射命丸文はそんな二人の大妖の態度に恐怖した。

 

 ──この二人にとって、「この状況」はその程度の意味しか持たないのか。

 

「さ、早く萃香を入れて。……貴女も診て貰った方が良いわよ」

 

「お言葉に甘えるとしましょうか」

 

 「四季のフラワーマスター」が伊吹萃香の身体を抱え上げると、「妖怪の賢者」が壺を翳し、

 

「えっ?!」

 

 伊吹萃香と風見幽香の身体は文の視界から消え失せた。

 

「ま、待って!」

 

 八雲紫は射命丸文を一顧だにすることなく隙間の中に姿を消し、その隙間も閉じて後には、風に揺れる向日葵と、山の端に姿を消そうとする月と、呆然とする射命丸文だけが残された。

 

 

 ──伊吹萃香は夢を見ていた。ある人間の男の夢を。その人間に取り憑いたように。

 

 男は平安の都に、武家貴族の長男として生まれた。男の父親は武家としては高位の鎮守府将軍にまで上り詰め、諸国の受領を歴任したやり手であったが、それだけに灰汁も強く、出世のためなら手段を選ばないところがあった。

 

 男が二十歳を過ぎた頃、男の父親は己の立身出世のために、己の政敵を陥れ、上司を裏切って密告した。父親の上司は太宰府へ左遷され、父親はその功で昇進したが、男は密かに心に期した。

 

「俺は父親のようにはなるまい」

 

 萃香も男に共感した。そういう卑劣な行為はしてはならない。男が二十五歳になる頃、男の父親はあまりにも恨みを買いすぎて、邸宅を武装した集団に襲撃され、白昼堂々と焼き討ちまで受けたが、男と萃香はそれを醒めた目で見ていた。

 

「あれ程のことをしていれば、我が父ながら自業自得であろう」

 

 男の言葉に萃香も頷いた。男も武家貴族の一員として出仕し、父親の縁から藤原氏に仕える形で年を重ねていた。下げたくもない頭も下げ、貴族の我が儘に振り回されたが、「父親のようにはなるまい」という意志だけは持ち続け、後ろ暗いことだけは断り続けた。

 萃香も、そんな男と初めて間近で見る宮仕えというものを興味深く観察した。

 

 やがて、男も妻を迎え、子供が生まれた。萃香にとっても自分が家族の長になり、子供を持つというのは初めての経験だけに、男の子供達に夢中になった。子供が笑うのを楽しみ、泣くのに困り、病になると狼狽えた。男は子沢山だったから、萃香もその分、幸せな気分になった。

 

 男は沈着冷静で剛胆な気質が認められて昇進し、四十を過ぎた頃から権力者の藤原道長に気に入られ、道長の庇護の下で昇進を重ねた。父親と同じように受領を歴任して財を蓄え、それを惜しげも無く道長に還元して信用を勝ち得た。赴任先からも妻や子供達に手紙を書き送り、それに和歌を付ける程の子煩悩の教養人でもあった。

 萃香には和歌は合わなかったが、家族を思う男の気持ちは良く理解出来た。男の子供達が元服し、あるいは髪を結って巣立つ時には、萃香も喜び、別れに涙した。

 

 男は武家らしく武勇にも長け、藤原氏の命により土蜘蛛を始めとする様々な妖怪を正面から挑んで退治した。安倍晴明らと共に道長の命を救ったこともある。萃香は、男の武勇を好ましく思った。

 

 やがて、男も老いた。若い時から鍛え上げた身体は病を寄せ付けなかったが、朝夕射る矢は昔程飛ばなくなり、闇夜で盗賊を見つけた目は書見に苦労するようになり、馬に乗るのも、刀を振るうのも少しずつ辛くなっていった。

 萃香は、初めて人の老いというものを理解した。息子達も妻を迎え、娘達は嫁ぎ、このまま静かに穏やかに別れの日を待つばかり、そう思っていた萃香は驚愕した。

 

「私に、大江山の鬼を討てと?」

 

 自宅に勅使を迎えた男は、久しぶりに衣冠束帯して平伏した。慎んで詔勅を承った後、男は勅使にそう問いかけた。

 

「左様、関白殿への献上品が奪われるようではもはや捨て置けぬとの御上の仰せであり、この任を任せられるのは、左馬権頭殿以外に居られぬと」

 

 萃香は呆然とした。初めて男が何者であるかを理解して。男は詔勅を受けた。元より他に選択肢などはなかった。息子、娘、孫達一族や、一族と主従関係にある全ての人々のため、男は別れの水杯を酌み交わし、老いた弟や同じく老いた郎党を従えて鬼を退治するために屋敷を後にした。

 

 男の武勇と人柄を惜しんだ石清水八幡宮・住吉大社・熊野大社の三柱の神から神便鬼毒酒と兜を授かった後、男は静かに口を開いた。

 

「朝恩に報いるため、儂はこれより畜生以下の所業に手を染めねばならぬ。山伏の姿を借り、酒食を共にした相手に毒を盛り、その寝込みを討つなど天地に許されざる行いよ」

 

 そこで、男は一座を見渡した。

 

「故に、ここからは儂一人で行く。皆はここに留まれ」

 

 その言葉に、老いた郎党達と男の弟は泣いた。全員が、男が今まで如何に卑劣な所業を嫌ったのか知っていた。そして、全員が自分も共に罪を犯すと言って聞かなかった。

 

 伊吹萃香は声を上げて泣いた。男の事を知ってしまった今、どうして以前のように男を嫌うことが出来るだろう。憎むことが出来るだろう。

 

 嘘は嫌いだ。偽りも、騙し討ちも許せないことに変わりはない。

 

 しかし、人間の側にもそうせざるを得ない事情があることを、伊吹萃香は実感した。身を切られるような切なさと共に。

 

 

 あの瞬間、最後の太刀が急所を逸れたのか、それとも逸らしたのか。男を見続けた萃香にも終にそれはわからなかった。男は鬼を退治して都に戻り、それから三年程して亡くなった。最後の刻まで、息子にすら鬼退治の詳細については語ることなく。

 

 

 伊吹萃香は大きく伸びをして目を覚ました。見覚えのない和室に敷かれた布団の中で。何か長い夢を見ていたような気がしたが、その中身は思い出せそうになかった。 ふと気付くと頬が涙で濡れていたが、気分はかつて無いほど爽快だった。

 開け放たれた障子からは朝の光が差し込み、どこからか味噌汁と米が炊ける匂いが漂ってくるのを感じて、萃香は微笑した。

 

 ──今日は良い一日になりそうだ。




伊吹萃香さんのお話でした。
東方で一番よくわからないキャラクターなんですよね、この人、鬼ですけど。
出てくる作品、台詞を読めば読む程わからない。
萃夢想の台詞と儚月抄と茨歌仙読んでどうしようかと思いました。

そして、わからないなりに考えて、こういう話になりました。
個人的には、勇儀姉さんの方がわかりやすいです。

割りと笑ってスペルカード・ルールに乗りそうな気もしたんですが、それだと不満を抱えたままのような気もします。うん、わからんです。萃香さんファンの方のご意見をお待ちしております。

こういう内容ですので、批判酷評ウェルカムです。何か心に引っかかる点などありましたら、存分にお寄せ下さい。

個人的に、妹様が最もスペルカード・ルールから恩恵を受けるキャラクターだと思っております。あのルールが存在しない幻想郷では最優先抹殺対象でしょう。次点は幽々様ですかねえ。

おぜう様は妹様の安全装置かなあと。二人はドラキュラ、ということで、基本的に活躍は二人セットです。

源頼光さんについてはウィキペディアとか見て頂くとわかりますが、大江山の鬼退治の元になった匪賊退治は死ぬ三年前の1018年の出来事です。生年は説が分かれてますが、若い方を取っても年金支給年齢を過ぎてます。

こんな爺さんに鬼とガチ勝負しろってどう考えても無理なので、金時神社の伝説とかは大幅に前倒しにして990年の出来事にしてますが、この年は藤原定子が入内したり(慶事は死穢を嫌います)、藤原兼家(道長の父ちゃん)が死んだりしてるので、多分鬼退治どころじゃなかったような気がします。

東方視点だと割を食う人なんですが、教養人であったり政界遊泳も親父さん程阿漕じゃなくて上手くやってたりと、結構個人的には魅力的な人物じゃなかったかと思います。

それでは、次回は萃夢想本編に入るかと思います。


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百聞より一見を望んで稗田阿求足を運び、博麗霊夢他人に主役を譲ること

次話投稿まで仮投稿となります。

さらに、その後も連絡せずに修正・加筆する場合があります。
ご了承ください。

誤字、脱字、表現、内容についてご意見がありましたらお気軽にお願いします。

2013/02/17 0:30 ご指摘を受けて誤字を訂正しました。


「よくやるねえ」

 

 河城にとりは呆れたように呟いた。今日も天狗の領域にほど近い妖怪の山の渓谷で、弾幕が交差する。

 

 それまでと異なるのは──

 

「山窩『エクスペリーズカナン』!」

 

 上を取った白狼天狗を中心にした弾幕の渦が広がりながら周囲に放たれ、一拍遅れて放射状に弾が射出される。

 それに対するは半身たる人魂を引き連れた剣士。

 

「符の弐『心眼迷想斬』」

 

 脇構えに構えた長刀から青白い光が吹き上がり、弾幕の渦を切り裂いていく。弾幕を切り裂いたところで光の刃は力尽きたように消え、

 

「両者スペルカードブレイクで引き分けだな」

 

 決着を告げたのは、エプロンドレスと鍔広帽を身につけた普通の魔法使い。

 

「風見幽香にぎゃふんと言わせ、パチュリー・ノーレッジにむきゅーと言わせる会」は参加者が増えたのだ。

 

「世の中には物好きがいるもんだ」

 

 河城にとりは首を振りながら、滝の方へと向かった。三人分の水を汲むために。

 

 

「魔理沙、彼女は本当に弾幕勝負の初心者なのか?」

 

 犬走椛は信じられないと言ったように尋ねた。

 

「ああ、この前が初陣と聞いたぜ?」

 

 霧雨魔理沙は答えながら視線を椛に続いて舞い降りてきた魂魄妖夢に向ける。

 

「はい。人を相手にしたのはついこの前の異変が初めてです。それも、風見幽香と魔理沙を相手に二戦しただけで」

 

 生真面目に答えた魂魄妖夢に椛は笑顔を向けた。

 

「それにしては大した物だ。私もうかうかしては居られないな」

 

 近寄って右手を差し出す。

 

「白狼天狗の犬走椛だ。妖怪の山の哨戒役を務めている。よろしく頼む」

 

「魂魄妖夢です。冥界の白玉楼の庭師兼剣術指南役を務めております。よろしくお願いします」

 

 妖夢は紅葉の手を握り、お互いに手の剣だこに気付いて笑みを大きくする。

 

「やれやれ、二人とも剣術使い同士の上に風見幽香が相手だから、私だけ除け者だぜ」

 

 魔理沙がそのやりとりを見ながらおどけてみせると、妖夢は慌てて口を開く。

 

「いや、そんなつもりは」

 

「からかわれてるだけだよ。私は河童の河城にとり、よろしくね」

 

 にとりは声をかけてから、三人に湯飲みを手渡して、竹筒から水を注ぐ。

 

「私から言わせると、三人とも同類だよ。朝から弾幕ごっこに夢中になるなんてさ」

 

 にとりは礼を言って水を流し込む三人に呆れたような視線を向けた。

 

「まあ、そう言うなよ。私はこれで異変を解決してるんだからな。回り回って幻想郷やにとりの為になってるんだぜ」

 

「あー、確かにねえ。天狗の新聞で読んだけど、この前の春雪異変を解決したんだって? 流石に冬が続くと困るからねえ」

 

 にとりは魔理沙の言葉に頷いて見せた。

 

「申し訳ありません」

 

 頭を下げる妖夢に、にとりは慌てて手を振って見せた。

 

「ああ、もう終わったことだしね。気にしなくていいよ。大体、食事や酒をたかっていくそこの魔法使いの方がよっぽど困りものなんだから」

 

「それはさておき、妖夢、お前なんか修行でもしたのか? 私と対決した時より強くなってるように思えたんだが」

 

「それは私も聞きたいな。正直に言えば、最近、どうも伸び悩んでいる気がするんだ」

 

 魔理沙の言葉に、椛が食いつく。

 

「いえ、修行という程のことはありませんが」

 

 妖夢は二人に向かって口を開いた。「相手を活かすために斬る」あの時以来、ずっと剣を振る際に心がけていることを伝える。

 

「成る程ねえ。パチュリーが『弾幕に自分を込めろ』と言ってるのと似たようなものかもなあ」

 

 魔理沙が顎に手を当てて考え込むと、椛も唸った。

 

「何のために剣を振る、か。確かにそんなことは考えても見なかったな」

 

 得心がいったように大きく頷く。

 

「……今までは、任務だからと当然のように剣を振るってきたが、それでは風見幽香程の相手には届かないのかも知れない」

 

「非科学的な話だねえ」

 

 にとりは大きく肩をすくめて見せた。

 

「さて、それじゃ今度から妖夢も入れて三人で訓練と言うことでいいか?」

 

 魔理沙の言葉に、椛は頷いた。

 

「願ってもない。お陰で次回まで色々と考えることが出来た。ところで、これから二人はどうするんだ?」

 

 椛の言葉に、箒に跨がりながら魔理沙が答える。

 

「ああ、これから宴会なんだ。私が幹事だから色々手配しなけりゃならない」

 

「またかい? この前も宴会だとか言ってなかった?」

 

 怪訝そうなにとりに、魔理沙は頭を掻いた。

 

「いや、何となく宴会気分になってなあ。じゃ、妖夢、行こうか?」

 

「はい、それではお二人とも、今日は有り難うございました」

 

「またねー」

 

 にとりは飛び去っていく二人に手を振ってから、眉を寄せた椛に視線を向けた。

 

「どうしたのさ、椛? 何か気になることでもあった?」

 

「ああ」

 

 椛は訝しげに頷いた。

 

「宴会の話を口にした時、妖気を感じたと思ったが」

 

 

「大丈夫か、阿求」

 

 上白沢慧音はそっと稗田阿求に手を貸して、空飛ぶ絨毯から降りるのを手伝った。博麗神社に続く石段を背にして、阿求の顔を覗き込む。

 

「大丈夫です。空を飛ぶというのはこんな感じなんですね」

 

 稗田阿求は興奮に紅潮した顔で物珍しそうに博麗神社周囲の森を見渡しながら口を開いた。

 

「『百聞は一見にしかず』の言葉通り、やはり自分で体験してみないと何事もわからないことを思い知りました」

 

「それは同感だけど、無理をしては駄目よ。『命あっての物種』とも言うでしょう」

 

「はい」

 

 阿求の移動手段として空飛ぶ絨毯を提供し、自らも護衛として同行したパチュリー・ノーレッジが静かに諫める。阿求が頷くのを確認して、石段の上に視線を向ける。

 

「今日も盛り上がっているようね」

 

 パチュリーの言葉通り、まだ日が落ちきっていないというのに石段の上から陽気な声が漏れてくる。

 

「ここまで来ておいて言うのもなんだが、酒を飲めない阿求では妖怪達の集まった宴会など楽しめないぞ」

 

 慧音の言葉に、紫色の袱紗を背中に背負った稗田阿求は、強く頭を振った。

 

「いえ、やはりこの額に恥じない作品を書くためには、自分で体験しないと駄目です。かの司馬公も自ら諸国を旅して『史記』を書いたと聞き及びます。司馬公に及ばぬ非才の私が、どうして伝聞だけで書物を記すことが出来るでしょうか」

 

 熱の籠もった阿求の言葉に、慧音は僅かに視線を動かしてパチュリーと目を合わせた。パチュリーが軽く頷いたのを確認して、口を開く。

 

「わかった。ただし、連中は宴会を楽しんでいるのだから邪魔にならぬようにな。それから、勧められても酒は断るように」

 

「はい」

 

 真剣な表情で頷いた御阿礼の子に、慧音は心の中で溜息をついた。

 

(何事もなければ良いが)

 

 そう思いながら、先導するパチュリー、それに続く阿求の後から苔むした石段を登る。このような状況に至った経緯を思い起こしながら。

 

 事の起こりは、あの額が届いた翌々日の朝早く、稗田の家人が慌てた様子で慧音の寺子屋を訪れたことだった。兎に角一度屋敷に来て相談に乗って欲しいということで、寺子屋の授業が終わった昼過ぎに稗田の屋敷に足を運んだ慧音を待っていたのは、覚悟を決めた面持ちで袱紗に包まれた額を背負った阿求と、困ったような表情の家人達。

 双方の話を聞くと、阿求が幻想郷縁起とは別の幻想郷に関する書物の執筆のために自ら幻想郷の各地に足を運ぶことを決意し、それを家人が丸一日がかりで必死に止めようとしていたのだという。

 当然、慧音も阿求を止める側に回ったのだが、阿求の決意は固かった。「より良い著述のために」と言われてしまうと、慧音としても正面から反対し辛いところがある。押し問答の末、護衛と移動手段を確保出来たら、ということで双方が妥協した。

 そして、何の因果かその双方が阿求と共に訪れた田中神社で一度に揃ってしまったのである。

 

 

「結論から言えば、可能ね」

 

 話を一通り聞き終わって、パチュリー・ノーレッジはそう口にした。

 

「本当ですか?!」

 

 寄り合い所の机を挟んで向かいに座った花の髪飾りを付けた小柄な少女の顔が明るくなり、その隣の人里の守護者の顔が難し気な表情を浮かべるのを見ながら、「七曜の魔女」は言葉を続けた。

 

「移動の手段の方は私が昔作った『空飛ぶ絨毯』が有るわ。あれなら貴女でも乗れるでしょう。護衛の方もこちらで手配出来る」

 

「で、では?!」

 

「少し落ち着きなさい。いくつか条件があるのよ」

 

 興奮のあまり、どもりながら身を乗り出した少女を軽く押しとどめる。

 

「まず、当然ながら料金を頂くわ。一回につきこの程度ね」

 

 パチュリーはそれなりの金額を提示する。遊び目的の遊山ではないのだと思わせる程度の金額を。

 

「次に、このことは人里には内聞にね。私達については許可した事を除いて外に出す文書には残さないように」

 

「それは!」

 

 異議の声を上げかけた少女を、パチュリーは軽く手を挙げて制した。

 

「貴女や人里の守護者が読む個人的な日記などに残す分には構わないわ。……意味はわかるでしょう?」

 

 口を噤んで頷いたのを確認して次に移る。

 

「最後に、行き先に関しては事前に希望をそちらが提案して、こちらの了承を得ること。これは言うまでもなく安全確保のためよ」

 

 視線を上白沢慧音に移して、彼女が小さく頷くのにパチュリーも頷いた。

 

 

「随分と入れ込んだのね」

 

 条件を受け入れた来客二人が帰った後、隙間から姿を現した八雲紫はそう口にした。

 

「魔女として『らしくない』のはわかっているわ」

 

パチュリーは即座に言葉を返した。それは彼女も紫が気付いていることに気付いているという証。

 

「あの子に同情した気持ちは私にもわかるような気がするけれど」

 

 八雲紫は目の前の魔女に視線を向けた。「先生」と出会うまでは持病のために紅魔館から外に出ることが希だったという事実が信じられない程健康そうな姿を。

 

「けれど、私的な文書とは言え、記録を残すことを許可したのは何故かしら? 外に漏れれば困ることはわかりきってるでしょうに」

 

「……残して貰いたかったのよ」

 

 「大図書館の主」の返事はややあって聞こえてきた。

 

「今の幻想郷と、私達のことを。公に出来なくても」

 

 八雲紫も僅かに口を噤み、それからそっと言葉を返した。

 

「そうね。それも良いかもしれないわね」

 

 

「あら、珍しいお客ね」

 

「こんにちは」

 

 稗田阿求は挨拶を返した。自分達を目敏く見つけて、盛り上がっている宴会の場から離れて出迎えた博麗の巫女に。時折人里で見かける巫女も、博麗神社で見ると何か違って見えるのは、阿求の高揚した気分がそう見せたのか。

 傾いた太陽の仕業か酒精の仕業なのか、顔を赤らめた巫女がパチュリーと慧音に素っ気ないとさえ思える挨拶を交わす間、阿求は博麗神社の境内を見渡しながらそんなことを考えた。

 先日訪れた田中神社より一回り広い境内は、思い思いに陣取った人外達で賑わっていた。阿求の近く真紅の天鵞絨らしき敷物付きで陣取って給仕服の女性に傅かれているのは、人里でも噂に上ることが多い紅魔館の吸血鬼姉妹か。吸血鬼姉妹の向こう側で向かい合って杯を傾けているのは、人里でも目にする人形遣いのアリス・マーガトロイドと花の大妖怪風見幽香。それから少し左側の木の陰で二人、なにやら話し込んでいるのは鴉天狗の新聞記者達だろう。境内の近くで話し込んでいるのは「妖怪の賢者」八雲紫と誰だろうか、見覚えのない水色の着物の女性と人魂を従えた二本の剣が目立つ少女。その右側で賑やかに酒杯を手にしながら傍らに楽器を置いているのは騒霊達だろう、その他神社の拝殿近くではしゃいでいる水色の氷精と緑色の妖精など、目立つ参加者達を一人一人見渡しながら、稗田阿求は感動に震えていた。

 

 ──自分は今、話に聞くだけだった宴会の場に立って、自分の五感でそれを感じているのだ。

 

 それは、おそらくこの場の参加者達にはわからない感動。そして、感動に震えていたからこそ、阿求は悪戯っぽく笑った博麗の巫女と、普通の魔法使いに気が付かなかった。

 

「よーっし、全員注目!」

 

 耳元で魔理沙の叫ぶ声を聞いて跳び上がりそうになった阿求の身体を、肩に置かれた博麗の巫女の手が押さえた。

 

「はいはい、この子は人里の──『幻想郷縁起』を書いてる稗田阿求ね。宴会慣れしてないから無理に酒を勧めたり絡んだりしない。……守れないとぶっ飛ばすから覚悟するように」

 

 それに返ってくる様々な反応に、呆然とする阿求の肩を軽く博麗霊夢が叩いた。

 

「ほら、貴女のお披露目よ。何か言いなさい」

 

 逆の肩を、霧雨魔理沙が軽く押す。

 

「何、そんなに緊張しなくていいぜ? 思いついたことを何でも言えば良いんだ」

 

「え、え、え?」

 

 阿求は狼狽えた。屋敷から出ることすら滅多になく、知り合い以外に話した経験など皆無と言っても良い阿求にとって、書物や伝聞で知っている人外達相手に何かを話すというのはあまりにも予想外で、難易度が高すぎた。

 

「あ、あ……」

 

 言葉に詰まって近くに居る筈の慧音に助けを求めようと、顔を動かす。と、動いた首筋に感じる額の感触。それだけで、混乱していた阿求の頭が冷静さを取り戻した。「蓋文章經國之大業 不朽之盛事」求聞持の能力など無くても決して忘れることの出来ない額の一節が心に浮かぶ。

 

 ──そうだ、自分は、此処に居る方々を知るために此処に来たのではなかったか。

 

 臆する自分を叱咤して、稗田阿求は前に進み出た。意外そうな顔をした魔理沙と、軽く頷いた霊夢、止めようと進み出ようとしたところをパチュリーに押さえられた慧音に気付かないまま。

 

「皆さん、私は、皆さんのことを書物に残したくて伺いました。稗田阿求と申します。お酒は飲めませんが、よろしくお願いします」

 

 精一杯振り絞った声は、耳を聾するような人外達の歓迎の声に迎えられた。

 

 

「何よ文、全然飲んでいないじゃない」

 

「ちゃんと飲んでますよ、はたて」

 

 射命丸文はそう言って姫海棠はたてをあしらった。日が高いうちに始まった今日の宴会も、そろそろ日が山に近づき、春の日が終わろうとしている時間。しかし、妖怪の時間はむしろこれからなのだ。文の時間も。

 

「それにしても初々しくて可愛かったわねえ。御阿礼の子は」

 

 西行寺幽々子と魂魄妖夢の主従に挨拶をしている稗田阿求、酒杯を片手にそちらを見つめているはたてに文は内心で溜息をつく。

 

(よくもまあ脳天気に酒を飲んで好き放題言えるものです)

 

「人里から出ること自体が初めてに近いそうですから、無理もないでしょう」

 

 文ははたてに話を合わせながら周囲の気配を伺った。居る、確かに。文の目にも捕らえられないが、文の感覚は、この場に漂う感じたことのある妖気──山の四天王、伊吹萃香──の存在を感じ取っていた。

 

(他に気付いていそうなのは、八雲紫は確実として……風見幽香に西行寺幽々子ですか。紅魔館の姉妹はわかりませんねえ。それに、博麗の巫女や七曜の魔女も)

 

 それとなく周囲に目を配りつつ、最大のお目当てを探す。来ていないことがわかってはいても。

 

(やはり田中田吾作は来ていませんね。まあ、秋姉妹や厄神を始め、来てない面々もいますから、来てなくても不思議ではないんですが)

 

「文、あんた何か芸をやりなさいよ、芸を。あの子に見せる奴。今こっちに呼ぶから」

 

 文は無言で目の前の大徳利を掴むと、滑らかにはたての口の中に押し込んだ。

 

 

「どう? 一通り話してみて」

 

「はい、やはり話を聞くだけとは大違いでした」

 

 一通りの挨拶周りを終えた稗田阿求は、席を立って自分を迎えた八雲紫の問いかけにそう答えた。からかわれたり、感心されたりと反応は様々だったが、阿求が事前に思い描いていたより随分と好意的だったように思う。わざわざ、お付きの十六夜咲夜に命じて絞った葡萄の果汁を阿求のために用意してくれたレミリア・スカーレット、自分も本が好きだと微笑んだフランドール・スカーレットには、悪魔と悪魔の妹などという印象は欠片もなかった。

 妙に自分の頭を撫でたがった鴉天狗と、それに冷めた視線を送っていたもう一人。人形遣いとフラワーマスターは礼義正しく挨拶を返し、冥界の管理者は包みこむような雰囲気で隣にいた従者をからかっていた。握手した氷精の手は冷たかったが、一緒にいた大妖精共々阿求の仕事に関心を寄せてくれた。「あたいの大活躍をちゃんと書くのよ」という言葉が餞だったにせよ。騒霊三姉妹の「手慰み程度の演奏」も、阿求の心を激しく揺さぶった。

 

 

「でも、そのまま書くわけにはいかないんですよね……」

 

 阿求は顔を曇らせた。そう、目の前の「妖怪の賢者」からの依頼で、人間と人外の間の緊張感を保つため、『幻想郷縁起』には誇張された話を収録することになっているのだ。

 

「それに関してだけど」

 

 八雲紫は居住まいを正した。

 

「改めて、幻想郷の管理者としてお願いするわ。貴女が出来る限り正確に幻想郷を著述した書物を」

 

「いいんですか?!」

 

 信じられないような朗報に、阿求の顔が輝いた。

 

「閲覧者は秘密を守れる者に限られるでしょうけど」

 

 八雲紫は頷いて、阿求の背負っている袱紗に視線を向けた。

 

「その額を背負ってるのに、今の『幻想郷縁起』を書くだけで満足しろ、とは言えないでしょう?」

 

「有り難うございます」

 

 阿求は深々と頭を下げた。

 

「紫、あんた大人気なく阿求に頭を下げさせてるんじゃないわよ」

 

 割って入った声に顔を上げると、いつの間にか博麗霊夢が阿求の側まで近寄ってきていた。

 

「失礼ねえ、一通り挨拶回りが終わったから、これからの著作について話していたのよ。阿求ちゃんが頭を下げたのは純粋な感謝の念からよ」

 

 紫は眉をひそめて見せた。大仰に口元に扇子を当ててみせる

 

「人気者は辛いわ」

 

「あんたのその自画自賛はどうでもいいけど、まだ挨拶回りは終わっていないわよ」

 

「えっ?」

 

 息の合ったやりとりを見つめていた阿求は我に返った。今この場にいる面々で、挨拶をしていなかった相手がいただろうか。もう一度確認してみるが、やはり見落としはない。

 

「まあ、阿求が気付かないのは仕方がないけど、あんたは最初から気付いていたんでしょ」

 

 霊夢は正面から紫の顔を見つめ、張り詰め始めた空気に阿求は息を飲んだ。

 

 自分に気付かれずにこの場にいる誰か、という存在に背筋が寒くなる。

 

 ──黄昏時、「誰そ彼」と書いた言葉に相応しく、忍び寄る夕闇の帷が、少しずつ全員を覆い隠していく。その中に、自分が知らない何かが隠れているのだろうか。

 

 阿求は周囲を見回した。

 

「私はこれ以上只酒を飲ませるつもりはないし、阿求が挨拶回りに来てるのに、答えないのは失礼じゃない?」

 

「こう言ってるけど。どうするの、萃香?」

 

「そこまで言われて出ないのは鬼の名折れだねえ」

 

 声は、阿求の背後からした。

 

 

「……汚いですね」

 

 射命丸文は自分の顔に吹きかけられた清酒を手巾で拭った。やはり、田中神社の家捜しは失敗だったと改めて思う。そもそも、厄神の滞在していた神社を捜索したのが間違いだったのだ。今度、あの神社で売られている厄除け人形を複数購入しようと心に決めて、文は目の前の鴉天狗の姿を取った厄の塊に視線を向けた。

 

「だ、だって、鬼よ、鬼」

 

「静かにしなさい、はたて。萃香さんに失礼でしょう」

 

 文は素早くはたての背後に回って押さえ込んだ。山の四天王、伊吹萃香に目を付けられては敵わないし、それ以上に天狗だから鬼に与するなどと、風見幽香に思われるわけにはいかなかった。先日の悪夢は未だ文の脳裏に焼き付いている。

 見たところ萃香は元気そうだが、文はあの場面を最初から最後まで見ているのだ。あれと同じ目に遭わされては堪らない。鬼なら耐えられるかも知れないが、文ではそのまま赤毛の死神から説教好きの閻魔の所に直行する羽目になるだろう。

 兎に角ここは忍の一字と心に決めて、射命丸文は息を殺した。

 

 

「それで、あんたがこの異変を引き起こしてた張本人ね」

 

「ああ、確かに宴会を萃めて起こしてたのはこの私、伊吹の萃香さ!」

 

 萃香は大声で名乗りを上げた。

 

 ──中々どうして目の前の巫女も、人里の記録者も肝が据わっている。「先生」も含めて、鬼でも攫えない人間に続けざまに会えるとは、今の幻想郷も悪くない。やはり、霧になって彷徨くだけでは見えない物が沢山ある。紫や幽香の言う通りだ。

 ここらでもう一つ、弾幕ごっこ──「勝負」──が言われたように楽しいのか、試してみるのも良いだろう。

 

「私とやり合おうって奴はいるかい?」

 

 高々とスペルカードを差し上げる。

 

 

 稗田阿求は声もなく目の前の光景を見つめた。

 

 残照を西の空に残して星が輝き始めた濃紺の空を背景に、色取り取りの弾幕が交錯する。それは地上に現れた幻想そのもののように阿求には思われた。

 対峙する幻想の体現者達。特に、伊吹萃香と名乗った鬼は、圧倒的な強さで次々と挑戦者を退けていた。真っ先に挑んだ氷精のチルノ、次いで異変解決と意気込んだ霧雨魔理沙を鎧袖一触で退け、アリス・マーガトロイドの無数の人形が繰り出す流星雨のような弾幕を、豪快な岩投げで凌いで見せた。

 

 そして今──

 

「禁忌『レーヴァテイン』!」

 

 夜空を焦がすような巨大な剣が闇を裂き、無数の炎を撒き散らす。

 

「符の参『追儺返しブラックホール』!」

 

 鬼が生み出した漆黒の球体が炎を喰らいながら、紅と金の少女を引き寄せていく。やがて、フランドール・スカーレットが闇の球体に捕らえられ、勝負は終わった。

 

「私の負け。参りました」

 

「有り難う。良い勝負だったよ」

 

 負けた吸血鬼も、勝った鬼も笑っていた。勝負出来ることが楽しくて堪らないように。いや、吸血鬼だけではない。氷精も、魔法使いも、人形遣いも、悔しがったり、相手を賞賛したり、さばさばしていたりと反応こそ異なっていたが、皆どこか清々しい表情をしていた。

 そして今も、負けた者も未だ挑んでいない者も、勝負を食い入るように見つめて声援や賞賛、慰めの声を上げている。

 それが、稗田阿求が初めて目にする「弾幕ごっこ」だった。

 

 

「そろそろ霊夢の出番じゃないかしら?」

 

 八雲紫は目の前の博麗の巫女に声をかけた。鬼の手強さは伝わり、萃香にも今の幻想郷の良さ、スペルカード・ルールを用いた「勝負」の楽しさが伝わっただろう。後は、博麗の巫女が弾幕ごっこで勝負して、異変の幕を降ろすだけ。そう紫は読んでいた。

 

「そうね、そろそろ幕引きの頃合いだわ」

 

 博麗霊夢は八雲紫の言葉に頷いて、

 

「妖夢、貴女が私の代わりに勝負して」

 

 西行寺幽々子と共に鬼の勝負を見守っていた魂魄妖夢に無造作に巫女の責務を投げて見せた。

 

「わ、私が、ですか?」

 

「あら、妖夢、大役ね」

 

「霊夢、貴女は何を考えているのかしら」

 

 突然のことに驚いた妖夢、そんな妖夢を見て微笑む幽々子を余所に、紫は霊夢に詰め寄った。

 

「この異変を手っ取り早く解決することに決まってるじゃない」

 

 霊夢は平然と答えた。

 

「妖夢は今から勝負が終わるまで、博麗の巫女の代理ってことで」

 

 視線を、未だ宙に浮いたままの伊吹萃香に向ける。

 

「そっちもそれで異存は無いわね?」

 

 

「一応聞くけど、本気?」

 

 伊吹萃香は愉快そうに問い返した。実際、萃香の気分は最高だった。「弾幕ごっこ」は自分が思っていたよりずっと楽しかった。同じ土俵に上がっての「勝負」は相手が伸び伸びと自分を出しているのがはっきりと見て取れた。

 チルノの純粋さ、魔理沙の素直さ、アリスの慎重さ、そしてフランドールの喜びが萃香を満たした。おそらく、自分がスペルカードに乗せた思いも、伊吹萃香が如何なる存在であるかも、対戦した相手に、いや、そればかりではなく、勝負を見ている観衆にも伝わっていただろう。

 勝負を終えた萃香には、自分に向かって小さく感謝の念を込めて頷く、レミリア・スカーレットの姿が見えていた。研ぎ澄まされた感性のお陰で、飯も酒もかつて無い程美味い。これで今日の勝負に勝てば、まだしばらく宴会を続けて只酒を浴びる程飲むことが出来るだろう。伊吹瓢を失っておつりが来る成果だった。

 さらに、慌てる八雲紫が見れたのだ。酒の肴としても申し分はない。そう思いながらも、萃香は油断していなかった。

 博麗霊夢の目は、魂魄妖夢という剣士の勝利を確信していた。

 

「もちろんよ」

 

 霊夢はきっぱりと頷いた。辛うじて山の際に残る最後の残照に視線を送る。

 

「もう夜だし、妖夢が負けたら今日の勝負はお終いで良いわ。好きなだけ酒を飲んで行きなさい」

 

「その勝負、乗った」

 

 ──さあ、魂魄妖夢──半人半霊の剣士──はどんな勝負を見せてくれるだろうか?

 

 

 魂魄妖夢は静かに跳び上がって、伊吹萃香──幻想郷から失われた鬼──と対峙した。八雲紫の話では、鬼は途方も無く強い種族ということだったが、妖夢の心は落ち着いていた。

 

(「何も考えずに、一番大事なことだけ念じて剣を振りなさい」)

 

 それが、自分を代わりにと推薦した博麗の巫女の言葉であり、妖夢の主人もそれに大きく頷いた。

 

(「流石は博麗の巫女ね」)

 

 で、あるならば、魂魄妖夢は迷う事などない。これまでの全ての出会いに感謝して、妖夢は腰構えに構えた楼観剣を振るった。

 

「活かすために斬る! 奥義『西行春風斬』」

 

 

 伊吹萃香は感心した。舞い散る桜の花片を思わせる剣筋で斬撃が迫る。魂魄妖夢の人柄を表すような、不器用で無骨で真っ直ぐな剣。

 だが、それと同時に萃香にはその斬撃の間隙もはっきりと見えていた。

 

(この勝負、貰ったよ!)

 

 間隙に身体を滑り込ましながら、自らのスペルカードを発動させようとして、伊吹萃香は動きを止めた。萃香には、滑り込むべき間隙に自分を斬ろうとする太刀が見えたのだ。一度として忘れたことのない、あの男の最後の一太刀。

 

 反射的にそれを躱そうとして妖夢の弾幕に身を晒しながら、伊吹萃香は理解した。男の最後の一撃の意味を。

 

 ──男も、萃香を活かすために斬ったのだ。

 

(参ったなあ)

 

 萃香の鼻の奥がつんと痛んだ。

 

 

 八雲紫は呆然と見つめた。自分でも信じられないという顔をした魂魄妖夢と、自分から妖夢の弾幕に引き寄せられたように動いて動きを止めた伊吹萃香を。

 

「ご苦労様、妖夢。降りてきて一杯やりなさいよ。あ、この宴会と次の宴会は全部そこの鬼持ちだから」

 

 自分の席に向けて足を運んでいた博麗霊夢はそこでぴたりと足を止めて振り返った。

 

「それと、代理だったのは『勝負が終わるまで』だったから、異変解決宴会での権利は私の物ね。まあ、お情けで妖夢にも権利があることにしてあげるけど」

 

 そして、今度こそ脇目も振らずに自分の席に着いて、酒碗を呷って見せた。

 

「試合に勝って、勝負に負けたわね。妖夢はまだまだ精進が足りないわ」

 

 紫は、手酌で酒を呷る博麗の巫女と。妖夢を手招きする冥界の管理者に交互に視線を向ける。

 

「……幽々子には何が起こったかわかってるの?」

 

 紫の問いに、紫の親友は楽しげに笑いながら答えた。

 

「紫にもわからないことがあるのねえ」

 

 そして、まだ要領を得ない顔の自らの従者に声をかけた。

 

「妖夢、疲れてるところを悪いけど、酒器をあと二つ用意して頂戴」

 

「幽々子様、二つですか?」

 

 怪訝そうに問い返した妖夢に、空中から声が降ってきた。

 

「ああ、私からも頼むよ。私の分と、あともう一人分をね」




と、いうわけで萃夢想本編が終わりました。


それでは、次回は四日後程度を目処に。
更新時間は基本24:00前までを考えております。









以下は蛇足となりますので、余計な情報が必要ない方はここで閉じて頂ければ幸いです。









萃夢想自体は後始末で後一話必要だと思います。その後に閑話が続くか、永夜異変に飛ぶかは考慮中です。








今回のお話。

・霊夢さんマジ最強

そろそろ美影伝で何故に霊夢さんが最強なのか、わかってこられた方もおられるかと思います。
儚月抄を読んで、私は彼女を勝利と実利のためには手段を選ばないお方だ思っております。

・主人公ェ

相手が鬼で、弾幕ごっこの話となるとどうしても影が薄くなります。
活躍を期待された方、誠に申し訳ありません。
次話ではちゃんと出番があるはずです、きっと。メイビー。
また、永夜異変では出番が増えると思います。

・僕のあっきゅんがこんなに活動的なわけがない

……申し訳ございません。
色々考えてもう少しアグレッシブに頑張って頂くことになりました。
と、言いますか、あの内容の『幻想郷縁起』の為に短い寿命と百年の強制労働を強いるのはちょっとどうかと思いまして。
タイトルを『東方美影伝』にする前は、『幻想郷年代記』にしようかとも考えておりましたが、ここまでタイトルの理由付けを引っ張るのも如何なものかと思いまして、現行のタイトルになりました。

・妖夢さんが人斬りじゃない!

色々悩んでこうなりました。ご意見、ご感想をお待ちしております。







※永夜異変では萃夢想とはがらっと話の色合いが変わると思われます。
割りと無茶なノリが戻るというか……。







以下、ちょっとしたお願いを申し上げます。

苦楽の手の内など作品を楽しむ際には不要、と思われる方は以下をお読みにならない方がよろしいかと思われます。









よろしいでしょうか?









一応、この話を書く時には、

・異変を起こす側の事情+捏造設定
・田吾作の引き起こす災厄
・その異変における自機組の活躍
・変化した幻想郷の風景


を四本柱に、その異変ごとのお題に即して話を考えて、プロットから必要と思われるシーンを抜き出して書き起こしております。
ですから、この柱が好きだ、読みたい、とか、これはもう少し減らせ、とか言って頂けると、読者の皆様が何を楽しみに読んで居られるのかわかりますので、もしお気が向かれたら、感想を書く際に教えて頂ければ幸いです。


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四季映姫説教を受け、姫海棠はたて安堵すること

何時もの通り仮投稿となります。

誤字、脱字、文章、構成、内容など、何かありましたらお気軽にご意見をお寄せください。

予告なく改訂する可能性が高いです。

2013/02/21 01:11 ご指摘を頂いて誤字修正


「閻魔の本業は人を裁くことであって説教ではない。それなのに自らの説教で人が動かないことを嘆くのは思い上がりも甚だしい。そう、貴女は少し増長している」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは口を開いた。目の前の分からず屋に道理を説こうと。

 

「何を言うのです。私は地獄行きを少しでも減らそうと、罪を少しでも軽くしようと日夜勤めているのみ。貴女から的外れの批判を受ける覚えは有りません」

 

 映姫は反論した。どうしてこの相手はこうも筋が通らないことを押しつけるのか。

 

「説教がいけないというのではない。説教を繰り返したのにも関わらず、結果として誰も行動を改めないのが問題だと言っている。そう、貴女は少し説教が下手すぎる」

 

「ぐっ」

 

 映姫は言葉に詰まった。目の前の相手は映姫の痛いところを的確に突いてみせたのだ。

 

「そもそも、貴女の説教は相手の立場や気持ちを斟酌せず、上から一方的な意見を押しつけるばかり。貴女が閻魔でなければ誰もあんな説教を最後まで聞きはしない。そう、貴女は少し権威に頼りすぎる」

 

「相手の事情を斟酌する必要などはないでしょう。裁判は上の立場から下の立場を一方的に裁く物。そこに斟酌や共感などは無用です」

 

 映姫は反論した。罪人の事情など斟酌するのは百害あって一利ない愚行ではないか。

 

「元より、説教は裁判ではない。裁判は動かぬ確かな判決が必要だが、説教は相手を動かして行いを改めさせる必要がある。相手の心を動かさずして、どうして相手の行いを改めさせることができますか。貴女は他者の罪を見いだすばかりで美徳に目を瞑り、善行を押しつけるばかりで行いを誉めない。そう、貴女は少し他者への思いやりが足りない」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは諄々と説いた。どうやらこの相手は最初から説かないと無理なようだと内心で溜息を付きながら。

 

「現に、貴女は部下の小野塚小町の行動すら改めさせられないではありませんか」

 

 映姫は言葉を失った。

 

「裁判にしても、他の閻魔はきちんと相手の事情を斟酌し、その上で相手が納得出来る裁きを行っているのに、貴女は能力に頼り切って他者を顧みようともしない。一事が万事この調子で努力しないから、貴女は説教が上手くならないのです。そう、貴女は少し能力に頼りすぎる」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは黙り込む映姫を前に言葉を続けた。

 

「だから、貴女は権威も能力も通用しない局面では無力なのです。先日の風見幽香のように」

 

 少しは相手も理解しただろうか。四季映姫・ヤマザナドゥは相手の様子を窺った。何かに耐えるように正座して膝の上に置いた手を固く握りしめる姿を。

 

「今後、幻想郷では『弾幕ごっこ』による勝負で意見を通すことが増えるでしょう。正しい主張が『弾幕ごっこ』で覆されるようであってはいけません。貴女も精進して言葉で相手を動かせるようにするのが肝心です」

 

「成る程、上から正論だけを語られるのがこんなに腹立たしいとは思いませんでした」

 

 俯いていた映姫は顔を上げた。正面の鏡で見慣れた顔に視線を送る。

 

「少なくとも、貴女に、いえ、『私』にだけはそんなことを言われたくはありません。どの顔で他人事のように語れるのですか!」

 

「『私』の事だからこそ私が言えるのです。裁く者は誰よりも自分に厳しくなければならない。私が『私』を批判せずして誰が私を批判するのです!」

 

 

 四季映姫は頓悟した。自らに説教する自分と、その自分に反論する自分を見つめながら。

 

 裁く自分と、裁かれる自分、それを見つめる自分、裁きにも、説教にも、その全ての自分が必要なのだと。思えば、これまでの自分は高みから説いているつもりで、ただ説く自分──相手と向かい合いながら相手を認めない自分──でしかなかった。

 そして、本当に高みにありて説くとは、今の自分のように、説く者、説かれる者、そしてそれを見る者、その三者全てを超えた所から説かねばならないのだ。丁度、今の「四季映姫」がそうであるように。

 

(自力でこの境地まで辿り着けるでしょうか)

 

 四季映姫は自問した。今のこの境地は仮初めに至ったもの。もうじき、身体を押す指の感触と共に自分から失われるだろう。それからは己一人で「慣れ」と「飽き」とそれらが産む「作業」という見えない敵と戦っていかなければならないのだ。常にこの境地にあって他者を導くことを目指しながら。

 

(いえ、元より地蔵とはそういうものでしたね)

 

 四季映姫は苦笑した。自分はそんなことも忘れてしまっていたのか、と。四季映姫の出発点である地蔵とは釈尊の入滅後、弥勒菩薩の降臨まで衆生を導く者ではなかったか。地蔵が閻魔に選ばれたのも、生者と死者を導くためではなかったか。裁きや説教など、そのための手段に過ぎなかった筈なのだ。

 

 ──さあ、戻ろう。自分の存在が少しでも他者を良い方向に進ませる手助けになるように。

 

 次第にはっきりしてくる身体を押す指の感覚に導かれるように、四季映姫の意識は覚醒に向けて進み始めた。

 

 

『お体の具合は如何ですか?』

 

 気が付くと、四季映姫は見慣れない畳の部屋で布団に伏せていた。目の前には、黒ずくめの人影が白い板に文字を浮き上がらせている。

 

(ああ、此処は田中神社で、私は彼の施術を受けていたのでした)

 

 映姫はぼんやりとそこまで思いだし、

 

「問題ありません」

 

 咄嗟にそれだけを口にして、それだけではあまりに失礼だと起き上がりながら急いで言葉を重ねる。

 

「かつて無い程快調です。有り難うございます」

 

 実際、心、体ともにこれまで感じたことがない程快調だった。肩も、目の奥も、胃も、腰も、自分を悩ませていた不快感が春の残雪のように消えている。何よりも、自分が進むべき方向が見えたということが、映姫に落ち着きと意欲と活力を与えていた。

 

『それは良かったです』

 

 文字だけがそう書き換わると、黒い人影は闇が伸び上がったように立ち上がった。映姫に伝言板のない方を向けると、鈴の澄んだ音色が人影の向こう側から響いた。ややあって、板の間に通じる障子が開いて、鍵山雛と秋静葉、秋穣子が続いて部屋に入ってきた。映姫は布団を畳み、その間に三者が座布団を用意する。

 映姫の横に三者が座ると、田吾作の黒い姿は床の間に置かれた壺の中に吸い込まれた。

 

「それで、閻魔様の見立てはどうですか?」

 

 堅い口調で、秋穣子が口を開いた。映姫が田吾作を訪ねてきた時、一番緊張して見せたのは彼女だった。尤も、程度の差こそあれ彼女の姉も、厄神も、映姫の田吾作に対する評価を気にしているのは同じということが同席しているだけで伝わってくる。

 

「私には彼を測りきれません」

 

 映姫は正直に告げた。浄玻璃の鏡を用いず、素顔を見、施術を受けた今の田中田吾作に対する評価を。三者の顔に浮かんだのは同意の色だった。

 

「おそらく、私はこれからずっと彼を見続けることでしか彼を理解できない。いや、最後まで彼を理解できないかも知れない」

 

 それは、四季映姫・ヤマザナドゥとしての言葉。

 

「何か、私達にできることはありませんか?」

 

 秋静葉が口を開いた。

 

「姉さんの言う通り、私達は先生の世話になりっぱなしです。今日だって、閻魔様が先生に罰を与えるつもりなら代わりに受けるつもりでいました」

 

 秋穣子も続き、鍵山雛も黙って頷いた。

 

「それも私にはわかりません」

 

 能力を使えば、強引に白黒付けることはできるだろう。しかし、今の映姫にはそうすることに意味が見いだせなかった。代わりに彼女達に告げる言葉を自分の中から汲み上げる。

 

「彼は、これからも人並みの人生を送ることはできないでしょう。人並みの幸福を味わうこともできないでしょう。そして、それでいながら否応なく多くの存在に影響を与える。見返りを求めることなく」

 

 映姫は、田吾作の入った壺に視線を送った。

 

「何より、彼はおそらくそのことを不幸だとは思っていないのです」

 

 秋姉妹は驚いたように表情を動かし、鍵山雛は目を閉じて頷いた。

 

「彼は美しすぎ、その業が素晴らしすぎる。どちらか片方だけならもう少し違った生き方ができたかも知れませんが」

 

 

「それで、初めて目にした弾幕ごっこの感想は?」

 

「素晴らしかったです」

 

 パチュリー・ノーレッジの疑問に、稗田阿求はそう答えた。既に幻想郷は夜の帷に包まれ、先行する上白沢慧音を加えた三人が後にした博麗神社と、行く手遥かに見える人里の明かりを除いては、星が辺りを照らすばかりだった。次第に神社の喧噪と明かりが遠ざかっていくのを、阿求は名残惜しげに振り返った。

 

「皆、楽しそうでした。特に……伊吹萃香さんが」

 

 最後に挨拶した時、白玉楼の主と自分を破った剣士、妖怪の賢者、それに誰もいない席に置かれた酒器を前に、楽しげに酒を飲んでいた鬼の姿を思い出す。幻想郷から失われたという鬼は、あの場の誰よりも楽しんでいたように見えた。そして──

 

「霊夢さんは何時もあんな感じなんですか?」

 

「ええ、霊夢は何時もあんな感じよ」

 

 我関せずと一人手酌で酒を酌み、それでいて何故かその存在が場を盛り上げる不思議な存在。己の責務を無造作に他人に課し、それで異変を解決してしまった博麗の巫女。阿求は彼女を除いたあの宴会を思い描いた。どうもしっくりこない。彼女がいて初めて場が纏まる、そんな気がした。

 

「あ」

 

「どうしたの?」

 

 唐突に阿求は気付いた。

 

「皆が『納得した』からなんですね」

 

 阿求は呟いた。

 

「負けても楽しそうだったのも、霊夢さんの突拍子もない言動も、あり方も全て」

 

 負けた方が、周りが──納得してしまったのだから仕方がない。

 

「なるほどね」

 

 パチュリー・ノーレッジは頷いた。博麗霊夢が何故「楽園の素敵な巫女」なのか。「七曜の魔女」はそれを伝えてくれた少女に心からの賞賛の言葉を贈った。

 

「貴女、良い物書きになれるわ」

 

 

 先日の伊吹萃香さんに続いて、本日は閻魔の四季映姫様を施術することに。伊吹さんの時はいきなり八雲さんから話が来て驚いた。伊吹さんは風見さんとやりあったとかでぼろぼろだったので施術。

 伊吹さんも大分疲れていた。強いひと程こんな感じに疲れることが良くある。強いから一人で溜め込んで、疲れてしまう。八雲さんや風見さんと同じだと伝えたら、二人とも苦笑していた。

 伊吹さんが目を覚ました後、壺の外に出たらなんとそこは白玉楼だった。冥界にふらふら生きた人間が入って良いのだろうか。管理者の西行寺幽々子さんの許可が下りたので大丈夫だと信じたい。

 伊吹さんはすっかり元気になったようで、西行寺さんの作った朝食を何倍も食べていた。そのうち、自分を施術した人が見たいと言うことで、やむを得ず姿を晒すことに。外套を被った後、溜息を付いて「私は天蓋に映った月は割れても、本物の月は割れない。先生も攫えないなあ」と笑っていた。

 攫われたら困るのでその旨を伝えると、また笑っていた。ともかく、攫われずに済んだらしいので安心する。

 その後は八雲さん、風見さんと三人でなにやら話をすると言うことで、西行寺さんに白玉楼の中を案内してもらうことになった。とはいえ、二百由旬もあるのでは到底回りきれるものではない。先日のことでお礼を言われつつ、庭を拝見する。西行妖も花を咲かせて満足そうだった。

 その後、三人と合流すると、伊吹さんが「腕が鳴る」と笑っていた。僕には関係のない話のようなので壺に戻る。

 

 それから数日してノーレッジさん達が博麗神社に宴会で出かけるというので、入れ替わりで八雲さんに田中神社に戻して貰ったところ、閻魔である四季映姫・ヤマザナドゥ様がおいでになった。なんでも、僕が幻想郷に害を与えるのではないか、関わった人に良くない影響を与えるのではないか、見極めて頂けるらしい。

 指圧師が害を与えては商売にならないので、そういうことならこちらからお願いしたい、と申し上げたら、何故か秋静葉様、秋穣子様が驚いておられた。

 そんなに厚顔無恥な輩に思われていたのだろうか。そうだとしたら言動を改めなければいけないと思った。

 四季様の前で姿を晒した後、四季様に施術することになった。やはり四季様も疲れが溜まっておられる。同じ閻魔でも以前に施術した包公はもう少し疲労が軽かったのに。

 幻想郷の閻魔は忙しいのだろうか。それとも、四季様が真面目なのだろうか。お人柄からすると後者のような気がする。僕の指圧で少しでも四季様が楽になると良いと思う。施術が終わって結果を伺うと、施術は良かったらしいが、僕がどうなのかは今後の言動次第とのこと。考えてみれば当然であるが、「お前は存在自体が邪魔だ」と言われなくて良かった。

 でも、その後、神社の雰囲気が何故か暗いように思えた。何か良くない話が合ったのだろうか?

 そうこうしていると八雲さんがやって来て、明日、博麗神社で皆に施術して欲しいとのこと。何でも、伊吹さんが異変を起こして、それを皆が解決したということらしい。

 嬉しかったのは、稗田さんが博麗神社に出かけて異変解決の現場を目にしたと言うこと。しかも、贈った額を背負っていたとか。どこか沈みがちだった鍵山様も、この話を聞いたら明るくなられた。僕も嬉しい。八雲さんの話では、稗田さんはこれから新しい幻想郷についての本を書くために、幻想郷を彼方此方見て回るようだ。影ながら応援したい。

 

 

「宜しかったのですか?」

 

 十六夜咲夜はそっと主人の耳元で囁いた。文無しで宴会の手配などできないと開き直って笑いながら酒を飲んだ伊吹萃香と名乗る鬼。その鬼の負債を半分肩代わりすると申し出た気前の良いレミリア・スカーレットの申し出の後で。御阿礼の子が帰った後は本格的な人外達の時間、嫌が応にも宴会は盛り上がりを見せている。

 

「咲夜には何時も苦労をかけるわね」

 

「いえ、そのようなつもりは決して」

 

 労るように微笑む主の言葉を慌てて否定する。

 

「わかっているわ。これは私とフランの我が儘よ」

 

 そう言って紅魔館の主は妹に視線を向けた。視線を受けたフランドールは、御阿礼の子が飲んでいたのと同じ、葡萄の絞り汁が入ったグラスを置いて咲夜を見上げた。

 

「足りなかったら私も働くよ!」

 

「妹様、それには及びません。紅魔館の財政はそれしきの支出でどうにかなるようなものではありませんから」

 

 主の妹に頷いてみせながら、咲夜は内心の驚きを押さえ込んで見せた。この異変と先程の弾幕ごっこにそれだけの価値が──

 

「ええ、私とフランにとってはそれだけの意味があったのよ」

 

 主はその妹と顔を合わせて咲夜が思わず見惚れるような笑顔を見せた。

 

 

「残りの半分はいずれ働いて返すよ」

 

 伊吹萃香は博麗霊夢に笑ってそう答えた。

 

「本当でしょうね?」

 

「ああ、私は嘘が嫌いだからね」

 

 真面目な表情で頷いてみせる。

 

「今夜と明日の宴会の片付けは私がやるよ」

 

 そう言いながら、気持ちの良い負け方の魔法使いに視線を送る。

 

「わかったよ。私が幹事をやる」

 

 魔法使い──霧雨魔理沙は頷いた。萃香に向けて不敵な笑みを見せる。

 

「その代わり、今度また勝負してくれ。今度は負けないぜ?」

 

「良いとも。だが、簡単に勝てる程私は甘くないよ?」

 

 機嫌良く再戦の約束に応じる。ああ、これも弾幕勝負ならではのことか。また、勝負が楽しめるのだ。きっと、魔理沙は力を付けてくるだろう。萃香は次の勝負を思って笑った。

 そのまま、まだ納得がいかない様子の剣士と古なじみの酒器に酒を注ぐ。

 

「どうしたのさ、二人とも。器が空いてるよ?」

 

「色々納得いかないのよ」

 

 八雲紫はそう答えた。

 

「特に私が貴女の保証人になったこととか」

 

「おお、やはり古い友人は頼りになるねえ」

 

 萃香はにやりと笑った。中々どうして博麗の巫女は抜け目がない。事の軽重を見抜いて要所を外さないのは見事なものだ。自分が幹事と話している間に抜け目なく今回の異変を嗾けた張本人に釘を刺して見せたらしい。

 

 それに比べてこちらはどうか……と、萃香はもう一人の立役者に視線を向けた。

 

「さあ、折角の鬼のお酌、一気に飲むのが礼義よ?」

 

 主に無茶振りされている生真面目な剣士に。

 

「あまり意地悪しないで欲しいなあ。その子は私を倒した勇者なんだ」

 

 なんとなく、無茶振りで困った誰かの思い出が脳裏を掠めて、萃香は助け船を出した。

 

「そうね、御免なさいね、妖夢」

 

 冥界の管理者は少し目を見開いてから眼を細めた。軽く頭を下げてから、酒器を無人の席に向けて掲げて口に運んだ。

 

 ──ああ、此処に一人、自分の気持ちをわかってくれる相手がいる。

 

 萃香も、酒器を掲げてから一気に酒を飲み干した。主の無茶振りから解放されて、少しずつ酒を飲んでいる剣士に視線を送る。

 この真っ直ぐな剣士が最後までその剣を貫けるようにと願いを込めて。

 

 

 姫海棠はたてはごくりと唾を飲み込んだ。自分に対して精一杯の応援を送る。

 

(頑張るのよ、私。文を引き離すチャンスなんだから)

 

 ちらりとライバルの方に視線を送る。風見幽香に捕まって、酌をさせられている射命丸文に心の中で両手を合わせ、はたては今回の取材対象──山の四天王、伊吹萃香──に近づいた。

 

「おお、鴉天狗とは懐かしいね。こっちにおいでよ」

 

 本人の手招きに応じて、鬼と、少し詰めて席を空けた妖怪の賢者の間に腰を下ろす。それだけではたての胃はきりきりと痛んだ。

 

「ど、どうも、こんばんは。鴉天狗の姫海棠はたてと申します」

 

 名乗って、顔馴染みになった半人半霊の剣士の差し出す酒器を口に運び、一気に喉の奥に流し込む。こんな取材は素面でやっていられるものではない。

 

「やあ、良い飲みっぷりだねえ。流石は天狗。もう一杯」

 

 鬼が注いだ酒をそのまま一息で飲み干し、酒精の助けを借りて口を開く。

 

「山の四天王の伊吹萃香さんですよね?」

 

「それはもう昔の話、今は只の伊吹萃香だよ」

 

 二本角の鬼はそう言って懐かしそうに笑った。

 

「山の天狗は元気にやってる?」

 

「はい、天魔様を中心に、何時鬼の方々が戻られても大丈夫なように山をまとめております」

 

 そこで一度呼吸を整えて、一番恐ろしい質問を恐る恐る口に乗せる。

 

「直ぐにでも山に戻られますか?」

 

「そのつもりはないよ」

 

 はたての気持ちを知ってか知らずか、萃香はあっさりと答えた。

 

「仕切るのも、宮仕えをしたりさせたりするのも、もう沢山だ」

 

 そう言って、萃香は向かいに視線を向ける。誰も座っていない、酒器だけがぽつんと置かれたその席を。

 

「そうですか」

 

 はたては安堵の吐息を押し殺した。この一言だけで突撃した甲斐はあった。この記事だけで天狗の間では記事が成功することは確実なのだから。

 そして、はたては高揚した気分のお陰で鬼の次の言葉に不用意に答えてしまう。

 

「天狗もその方がやりやすいんじゃない?」

 

「はい、そうですね。鬼の居ぬ間のなんとやらで……」

 

 そこまで口にして姫海棠はたては動きを止めた。ゆっくりと視線を巡らす。あからさまに笑いを堪えている妖怪の賢者、扇で口元を覆って目だけが笑っている冥界の管理人、気の毒そうに目を伏せている白玉楼の庭師。

 

(なんとか半殺し程度で済みますように。それが駄目ならどうか文がこの特ダネを記事にすることだけは避けられますように)

 

 無人の席に視線を止めてから、覚悟を決めてはたては最後の伊吹萃香に視線を向けた。

 

「正直者だねえ」

 

 伊吹萃香は肩をふるわせて笑いを堪えていたが、はたてが視線を向けた途端に爆発した。

 

「いや、天狗にしては珍しい。気に入ったよ」

 

 なんとか笑いを堪えて萃香が肩を叩くまで、はたては魂が抜けたようにその場に佇んでいた。

 

 

「それで、私をこちらに呼んだのは何故ですか?」

 

 射命丸文は、はたてが向かった伊吹萃香が大笑いしている方へ視線を向けた。小柄な萃香がはたての肩を何度も叩いており、八雲紫、西行寺幽々子の二人は扇子を口に当てて笑いをかみ殺している。

 

(はたて、何をやったんですか、貴女は)

 

 自分が向こうの席にいないことにもどかしさを感じつつ、自分に酌をさせている風見幽香に視線を向ける。

 

「この前の夜、私の畑の周りでうろうろしていたからよ。私に何か用事でもあるのかと思って」

 

 風見幽香は微笑したままそう口にした。恐ろしいことにこの妖怪はこの笑顔のままで伊吹萃香に散々千切られ、咬み割かれたあげく、萃香を倒して見せたのだ。内心の戦慄を押し殺しつつ、文は単刀直入に勝負に出た。

 

「あの壺はなんですか? 萃香さんはどうやって直ぐにあんなに元気になったのですか?」

 

「博識な貴女は知ってるでしょうけど、あれは壺中天。仙人が作った異界を収めた壺らしいわよ」

 

 無造作に返された幽香の言葉は、文の推測を裏付けるものだった。

 

「萃香が元気になったのは、あの中で治療を受けたから」

 

 そこまで話して、幽香は薄いぐい飲みを口に運んだ。すかさず文は酒を注ぐ。本題はこれからなのだ。

 

「その治療を行ったのは誰ですか? あの田中田吾作という外来人ですか? 彼は一体何者なんですか」

 

「申し訳ないけれど、それらの質問には答えられないわね」

 

 大妖怪、風見幽香は楽しげに笑った。

 

「秘密を漏らすと、怖ぁいお化けに酷い目に遭わされるもの」

 

「そこを何とか、お願いします」

 

 文は表情を改めて頭を下げた。これは単なる記事のためではない。文自身も気になっているのだ。あの正体を掴ませない外来人が何者であるのか。

 

「射命丸文」

 

 その表情より、その言葉に込められた何かに射命丸文は反応した。下げていた頭を上げて、正面から風見幽香に向かい合う。

 

「世の中には、傍観者では決して辿り着けない物事があるのよ。それを知りたいなら、」

 

 風見幽香は厳かに告げた。

 

「当事者になることね」

 

 

「連夜の宴会は鬼の仕業?!」 文々。新聞 第百十九季 水無月の項より抜粋

 

 昨今、博麗神社で連日のように開かれていた宴会は、幻想郷から失われて久しいと思われていた鬼の仕業であることが判明した。宴会を引き起こしていたのは、「小さな百鬼夜行」伊吹萃香。強大な鬼は大胆にも自らが酒宴を楽しむために、幻想郷の有力者達を萃めての宴会を実行したのだ。

 この企ては、宴会の最終日に宴会に御阿礼の子が参加したことで発覚。当代の博麗の巫女が萃香にも挨拶するように御阿礼の子に促したことで、伊吹萃香が姿を現したのである。

 その後、宴会に参加した有力者達との激しい弾幕勝負で、氷精チルノ、「普通の魔法使い」霧雨魔理沙、「七色の人形遣い」アリス・マーガトロイド、「悪魔の妹」フランドール・スカーレットなどの並み居る猛者を打ち破った伊吹萃香だったが、博麗の巫女の指示で最後に立ちはだかった「半人半霊の庭師」魂魄妖夢の秘剣の前に力尽き、異変は幕を閉じた。

 なお、伊吹萃香は当分は博麗神社に滞在する模様。(射命丸文)

 

 

「幻想郷に鬼の帰還」 花果子念報 第百十九季 水無月の項より抜粋 

 

 幻想郷から失われたと思われていた鬼。それが再び幻想郷に姿を現したのだ。この鬼、伊吹萃香はその「密と疎を操る程度の能力」を用いて幻想郷の各地から人間や妖怪を集め、博麗神社で隔日の宴会を開いたのである。その理由については「いやあ、噂に聞く『弾幕勝負』をやってみたくてね。酒も飲みたかったし」(伊吹萃香)との証言が得られている。

 宴会最終日に自ら姿を現したが、それについても「稗田阿求だっけ? あの子が全員に挨拶すると言ってくれたからには姿を見せないとね」(伊吹萃香)ということらしい。姿を現した後、「今度は負けないわよ」(氷精チルノ)、「いやあ、負けた負けた。強かったよ。次は負けないぜ!」(霧雨魔理沙)、「力が強かったし、あの岩は脅威ね」(アリス・マーガトロイド)、「正々堂々勝負して、とっても楽しかった!」(フランドール・スカーレット)を倒し、「何故自分が勝てたのか未だにわかりません」(魂魄妖夢)の前に敗れ去った。

 なお、魂魄妖夢を自分の代わりに推薦したのは、「妖夢が一番あの鬼を倒すのに適任だったからよ。他の理由はないわ」(博麗霊夢)ということらしい。

 かつては妖怪の山に住んでいたというが、「もう山に戻るつもりはないよ。これからは一人で好きに暮らすつもり」(伊吹萃香)ということで、しばらくは博麗神社を塒とするとのこと。

 幻想郷に久方ぶりに帰還した鬼は、その戦歴からも強大さが伝わってくる存在である。今後もその動向に注意して見守りたい。(姫海棠はたて)




これにて、閑話・萃夢想は終了でございます。


次回はまた四日後の24:00までを予定しております。

以下、蛇の足となりますので、余計な物をお読みになりたくない方はここでお戻りください。

















終わった、燃え尽きちまった、真っ白にな。


今回はタイトルからしてクレイモア地雷ですが、映姫様なら直球勝負だろうなあ色んな意味で、と思いましたのでタイトルも直球勝負です。

やはり、オリ主物で説教は外せないでしょう。
するのもされるのもえーき様ですが。

ビーボより美味いのはビーボだけ。
えーき様に説教出来るのはえーき様だけなのです。

でも、これ自分に言われたら腹立つだろうなあ、きっと。

演説とか説教とか上手い人はガチで上手いです。
カエサルとか、お釈迦様とか。特にお釈迦様、対機説法で相手に合わせて説教の内容やスタイルを自由に変える超絶技巧派ですから。

とりあえず、昔のNOVAのCM見て、「超一流のよくできました訓練」を受けようと思ったり思わなかったり。

構成に関しては、前回の萃香さんの話と今回のえーき様の話を混ぜたくなかった&前回のラストまで田吾作パートを挟みたくなかったのでこうなりました。

ご意見等ありましたらよろしくお願いします。

後はまあ、萃香さん絡みは前回で殆ど終わってるので、後はおまけです。
設定の辻褄を合わせようとしたりしなかったり。

霊夢さんほっとくとフリーダムに動きすぎる。

はたて可愛いよはたて。
文は考えすぎてあと一歩踏み込めないタイプかなあと。


月人&兎組、うどんげは設定がわからん、えーりんは思考がわからん、姫様は趣味がわからん、てゐは人柄がわからんとわからんづくしで頭を抱えておりましたが、開き直ってマイウェイで行かせて頂きます。


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