オーバーロード 破壊の魔獣 (源八)
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一巻目
転移


旧版の序章から二話の最初までを見やすいように纏めました。
見直すと変だった部分をかなり修正しています。


はくたくはコンソールに積もった埃を払い体の端子と直結する。最終アップデートを済ませると急いでログインする。パスワードは体が覚えていた。意識がゲーム世界に投入されるまでの間に一言呟く。

 

「ユグドラシルは一年ぶりか…別ゲーのアップデートで忙しかったからな…」

 

DMMO-RPG 『YGGDRASIL』(ユグドラシル)

サイバー技術とナノナノテクノロジーによって実現した、仮想世界に現実にいるかのごとく遊べるゲーム。ユグドラシルはその技術を用いたMMORPGの金字塔だ。自分、プレイヤーネームはくたくはその中でも「社会人かつ異形種」である事が加入条件のギルド「アインズ・ウール・ゴウン」に所属している。

当初はギルドには入らずソロで冒険を楽しむつもりだったが、PKペナルティが無い異形種狩りと偶然見つけた隠し種族の特性の組み合わせの結果、かなりの数のプレイヤーから討伐対象とみなされてしまった。そこをナザリックのギルドメンバーに助けられ、成り行きでそのままギルドに加入した。ギルドではソロプレイヤーでは体験できなかっただろう素晴らしい日々を過ごした。ネットゲームでソロを貫いてきたはくたくにとってそれは新鮮な体験だった。

 

だが楽しい事には終わりがある。社会人という制約のせいか、様々な事情でだんだんとギルドメンバーは集まらなくなり、ぽつぽつと引退者も出始めた。ギルド拠点は段々と寂しくなっていく。そういうはくたく自身も段々と別の新作ゲームに時間を取られていき、ここ一年は別ゲーに入れ込みユグドラシルにログインしていない。そしてギルドマスターからのメールで今日がユグドラシルのサービス終了日だと知る。いかに大作とはいえ12年の歳月には勝てなかったということだ。

 

ログインするとギルドメンバーが自動転移される場所である、ギルド拠点ナザリック地下大墳墓9階層円卓(ラウンドテーブル)にはくたくは現れる。そこには既にギルドマスターであるモモンガが待っていた。

 

「お久しぶりですモモンガさん。一年ぶりですね」

「はくたくさん!今日は来てくださりありがとうございます」

「ほとんどログインしなくなって済みません・・・」

「社会人ギルドですから。仕方ないですよ」

 

モモンガは一年ぶりにログインしたはくたくを責めることなく許す。

 

「そういっていただけると有難いです。今日が最終日なんですよね」

「はい・・・」

「最後ですし、いろいろと思い出話でもしましょうモモンガさん」

「そうですね!最後ですししみったれたのはやめましょう」

 

 

 

 

 

その後モモンガとはくたくの間でギルドの栄光の時代の思い出話が弾む。訪れに来る数少ない引退していないギルドメンバー達とも最後の時間を楽しむ。そしてサーバーダウンの時間が近づく中、円卓の椅子に座る者はわずか三人。

 

「そろそろ睡魔がやばいので…次に会うのはユグドラシルⅡとかだと良いですね。今日は本当にお会いできて嬉しかったです。本当にギルドの維持お疲れさまでした。では失礼します」

 

上位スライム種古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック。ウーズ)のギルドメンバーへろへろがログアウトしギルメンが集まる円卓に残るのは二人だけにだけだ。一方に座るは豪奢なアカデミックガウンを羽織る死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の最上位種死の支配者(オーバーロード)。邪悪な造形の白骨化した骸骨は黒いオーラを纏い、眼窩には赤い光が灯る。ギルドマスターであるモモンガだ。もう一方は魔獣(マジック・ビースト)の特殊条件を満たす事でなれる、サーバーで彼だけが発見した隠し魔獣種原始の獣(タラスク)。鋼青色の強靭な鱗、猛禽類のような手足、しなやかな棘付きの尾、光沢を持つ棘の付いた鋼青色の頑強な甲殻、地龍を思わせる頭部に二本の角、鋭い大量の歯、ドラゴンを想起させる暗緑色の目と舌。凶悪な外見をもつ魔獣で、今は防具の類は纏わず指輪を4つ付けるのみ。ログアウトせず最後まで残ったギルドメンバーのはくたくだ。

 

「とうとう二人だけにだけになりましたね」

 

静寂に耐え切れなくなったはくたくはモモンガに話しかける。

 

「そうですね。ここに残ったは私たちだけです」

 

そう返すモモンガの言葉から寂しさが滲む。理由は明らかだ。彼は誰よりもギルド維持に努めてきたというのに、今この場に残るのが自分含め二人だけだからだろう。だがモモンガはそれに不満こそあれギルドメンバーを恨んではいないだろう。社会人ギルドという性質上リアルを優先するのは仕方がないのだ。間を持たす為にはくたくは話を続ける。

 

「私は別に最後までここでもいいですがモモンガさんは何か考えでもありますか?」

「アインズ・ウール・ゴウンの最期は玉座の間で迎えたいと思っています」

「それはいいですね。もう時間も押してますし行きましょう」

 

待ってれば誰かが新たに来るのではないか?そういう疑問は二人とも発しなかった。二人とも言葉にはしないが理解している。この場にもう新たに訪れるものなどいないという事を。二人は席を立ちコンソールを開いて玉座の間に相応しい格好へと装備を変更していく。モモンガはブーツ、上着、小手、マント、各種アクセサリを全てを神話級(ゴッズ)の物へ。はくたくも装備可能な手甲、足甲、面頬、指輪、ネックレスを同じく神話級(ゴッズ)のものに着替え、巨大な斧(グレートアックス)を装備する。着替え終えたはくたくがモモンガを見やると、彼の目線はアレへに向かっていた。

スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。ゲーム内で最強の一角を担う杖であり、ギルドの象徴であるギルド武器。所持を許されているギルドマスターでありながらワンマンを嫌いあくまで皆の調整役に専念していたモモンガが杖を持っている所をはくたくは見た事が無い。律義な彼の事だ、最後の日になってもこれを自分が持っていいのかどうか迷っているのだろう。そう思ったはくたくは彼の背中を押す。

 

「ギルドを支え続けたモモンガさんにはその杖を持つ資格があると思います。それに最後の最後までお飾りなんてそいつも嫌でしょう?」

「いや、しかし…そうですか。そうですね、ありがとうございます。」

 

モモンガはためらいながらも杖に手を向け、暫くしたのち決心したのか杖を掴もうとする。その手に自動的に杖は吸い付き、どす黒い赤色のオーラを発する。

 

「似合っていますよ。モモンガさん」

「ありがとうございます。…作りこみこだわり過ぎですよ皆さん」

 

二人とはいえユグドラシルプレイヤーでも所持するものが少ない神話級(ゴッズ)アイテムに身を包んだ二人の威容は往時のギルドを想起させるには十分だ。

 

「では行きましょうか、はくたくさん。ギルドの最後を玉座で飾るために。」

 

モモンガの言葉は若干気障な感じがするが、それくらいの感傷に今日は浸ってもいいだろう。はくたくは黙って頷き、モモンガとともに円卓(ラウンドテーブル)を後にした。

 

 

 

 

 

二人が階段を降りナザリック大墳墓10階層に到達すると、複数の人影に遭遇する。ナザリックの執事であり家令の仕事も行うという設定の白髪の老紳士セバスと配下の六人の武装メイドチーム、プレアデスだ。モモンガはセバスの設定を確認するためにコンソールを開き、しばらく瞑目したのちにはくたくに問う。

 

「彼らも玉座の間に連れて行きませんか?多少の賑やかしにはなります」

「まあ最後の最後ですし配置換えしてもいいかもしれませんね」

「ええそれでは、『付き従え』」

 

モモンガが発したコマンドワードを受けて二人の後ろに七人は突き従う。暫く進むと玉座前の大広間に到着する。ここは防衛用のゴーレムと攻撃クリスタルが設置されたソロモンの小さな鍵(レメゲトン)。そこを通り過ぎ5メートルはある彫刻の施された巨大な扉を開ける。そこがギルド拠点最深部、玉座の間。ユグドラシルでもトップクラスの美しさを持つ玉座の間だ。いたずら好きのギルドメンバーだったるし★ふぁーの罠がないか若干警戒しながら二人は巨大な玉座の位置まで移動する。

そこには異形の美女がいた。

このNPC名はアルべド。ナザリック地下大墳墓階層守護者統括であり、ここナザリックにおいて無数にいるNPC達の頂点に立つキャラクターである。製作者はタブラ・スマラグディナ。病的なほどの設定魔で知られていた。はくたくは彼女が持つ物に目をやり驚く。彼女が持つ奇怪な短杖、それはユグドラシルで最も貴重なアイテムの一つだからだ。

 

(設定魔とはいえ勝手にワールドアイテムまでNPCに渡していたとは)

 

「モモンガさん、これってアレですよね?」

「ワールドアイテムの無断移動はルール違反ですが…まあ最後です、別にいいでしょう」

 

モモンガは玉座に座り連れてきたセバスとプレアデス待機していたアルべドを跪かせると、コンソールを開いてアルべドの設定欄を閲覧し始める。はくたくはその隣に立ち玉座の間に掲げられたギルドメンバー達の旗を眺め、かつていた仲間達と過ごしたギルドの全盛期を思い出す。世界を冒険し、敵対ギルドの拠点を叩き潰し、1500人からなるナザリック討伐隊をも撃退した、栄光の時代を。視界の端で何かモモンガさんが「ビッチとかないわー」とか呟いているが気にしない。ギャップ萌えのタブラさんの事だからそれくらいの設定は盛り込んでいて当然だろう。旗をすべて眺め終え時計を見る。あと五分でサーバーダウンだ。

はくたくはこれが最後だと思いモモンガに声を掛ける。

 

「モモンガさん」

「は、はい!」

 

何故か慌ててアルベドの設定コンソールを閉じてからモモンガはこちらを向いた。はくたく手を差し伸べながら言う。

 

「モモンガさん、このギルドのおかげで私はこのユグドラシルで最高の体験をする事が出来ました。それもモモンガさんがずっとこのギルドを支えてくれていたお陰です。本当に有難う御座いました。そしてお疲れさまです」

 

差し出された手を握り返してモモンガは短く答える。

 

「こちらこそ最期まで付き合って貰いありがとうございます」

 

双方に様々な思いが二人の中に湧き起こるが決して口には出さない。長い握手を終えた二人は手を放し前を向く。時間を確認すれば、あと三十秒でサーバーダウンの時間だった。

はくはく目を閉じサーバーダウンに備える。

10、9、8、7、6、5、4、3、2、1…0。

だが、予定された時間を過ぎてもサーバーダウンは起こらなかった。

 

 

 

 

 

「ん…?」

「あれ…?」

 

二人が疑問の声を上げる。おかしい、時刻が来たのにサーバーダウンで強制排出されない。はくたくは時計を見る。時刻は0時00分37秒。サーバーダウンの延期?そう思いコンソールを開こうとし、開けない事に気付く。あらゆるコマンドを試してみたがログアウトはできない。異常事態だ。隣を見るとモモンガも自分と似た事を試して失敗しているようだった。

 

「モモンガさんこれは一体?」

「ログアウトできませんね。コンソールも開けずコマンドも効かない。GMコールも駄目です」

「最終日にトラブルですかね?せめて有終の美を…あっ」

 

はくたくは思わず言葉に詰まる。ある事に気がついたからだ。モモンガの口が動いている。モモンガも同じ事に気づいたようだ。

 

「口が動いていますよはくたくさん。それに表情も」

「そっちも口がカクカク動いてますね。まさか新規実装?」

 

はくたくは口には出したがそれはありえないと考える。無断のアップデートやログアウトの禁止は電脳法違反だ。精神をゲームから離脱させる手段を奪うのは場合によっては監禁や誘拐が適応される程の重罪なのだ。

 

「一体何が起こっているんでしょう?」

「さっぱりわかりません。どうにか外部と連絡を取らないと」

 

ここで二人の会話に第三者が割り込む。

 

「はくたく様!久方ぶりのご帰還を守護者を代表してお祝い申し上げます!」

 

NPCであるアルべドが進み出ていきなり喋り出したのだ。それもプログラムにないような事を。はくたくの脳内では連続で起こる事態にパニックが生じようとしていた。それをどうにか気合でねじ伏せ、アルべドに返答する。

 

「うむ、お前も相変わらず元気そうで何よりだ。私はモモンガと話があるので少し下がっていろ」

「はっ」

 

短く返事をしたアルべドは少し後ろに下がり跪いて待機する。

 

(何言ってんだ俺。NPCに対するおままごとをする年齢じゃないぞ)

 

だが今の会話をはくたくは、現実に生きているものと交わしていたと直感してしまった。

 

(ゲームが現実になりNPCは生きている?訳が分からない。とりあえずモモンガさんと善後策を話し合おう)

 

「モモンガさんこれからどうします?」

「とりあえず現状の情報が全く足りませんね。さっきのはくたくさんとアルべドとの会話、本当に生きている人間と話しているようでした」

「それもアップデートの可能性は?」

「ありえないですね。コンピュータ技術が幾ら進歩してるとはいえ、そこまでのディティールをゲームで再現することは不可能です」

 

最新の量子コンピュータとナノマシンを用いたゲームとだろうと今の現状を再現できるような性能は無い。

 

「ゲームではない?モモンガさんもこれがゲームではないと考えているのですか?」

「ええ。はくたくさんも感じませんか?これが現実であると」

 

確かにこのリアル感はゲームで無いと直感できる。だが今自分は魔獣になっているのだが。自分が突然人間から化け物になったとなどそうそう信じられない。だが人間でない体にも関わらずそれに違和感を感じないという事がそれが事実だと告げている。モモンガが言葉を続ける。

 

「ナザリックの外がどうなっているか調査する必要がありますが、自分たちが行くのはリスキーですね」

「ならば誰かを調査に出すと?」

「ええ。ついでに幾つか検証もしてみましょう」

 

モモンガさんはセバスの方を向くと普段からは想像できない威圧的な声で命じた。

 

「セバス、大墳墓の外に出て周辺を調査しろ。友好的な知的生物がいたら交渉して連れて来い。調査範囲は周辺一キロ。戦闘行為は極力するな。あとプレアデスの一人を連れて行き、万が一お前が戦闘になったら撤退させ把握した情報を持ってこさせろ」

「はっ」

 

セバスが跪拝しプレアデスの一人を連れて玉座の間を退出する。

 

「残りのプレアデスは九階層で侵入者に備えろ」

「畏まりました、モモンガ様」

 

残りのプレアデスも同じく跪拝し玉座の間を出て行く。玉座の間に残るのははくたく、モモンガ、アルべドだけだ。アルべドが当然訪ねてくる。

 

「ではモモンガ様、はくたく様、私はいかがいたしましょう?」

 

冷静な指示にはくたくが流石はギルドマスターと思っていると、モモンガはアルべドにも続いて指示を出す。

耳を疑う指示を

 

「ではアルべドよ我が元に来い。む、胸を揉む」

 

(えっ何言ってんだこの人)

 

「モモンガさん一体何を!?」

「いやこうすれば風営法に引っ掛かってGM飛んでこないかなって」

 

しどろもどろにモモンガが答える。

 

(まあ一理あるけどその方法でいいの?)

 

「一理ありますが…アルべド怒るんじゃな」

「どうぞモモンガ様!!好きなだけ触ってください!!」

 

はくたくの言葉を遮ってアルべドがモモンガに喜色満面で胸を突き出した。

 

(・・・アルべドがいいならまあいいか)

 

「じゃあ自分は後ろ向いていますからモモンガさんどうぞ」

「あっはいすみません」

 

はくたくは後ろを向いている間背後から聞こえる、あっ…とかあん…ふわぁとかアルべドが上げる妖艶なあえぎ声を聞き流す。はくたくはモモンガがアルべドの設定欄を見た時にアルべドがビッチだと言っていたのを思い出す。

 

(なるほどアルべドはビッチね。そこまで考えてモモンガさん胸揉もうと考えていたのか)

 

しばらくするとモモンガから声がかかったので振り向く。モモンガは妙に落ち着いている。

 

(なぜ賢者モードになってるんだ?)

 

一方アルべドは目を濡らし顔が紅潮している。

 

(こっちは発情モードだこれ!)

 

「すまなかったなアルべド」

 

モモンガがアルべドに詫びる。大きく息を吸い込んだアルべドからはくたく本日二度目の驚愕発言を聞く。

 

「モモンガ様、ここで私は初めてを迎えるのですね?」

 

(タブラさんビッチと言っても限度がありますよおおおお!)

 

服はどうするだのはくたくに見てもらうか否だのとマシンガンのように捲し立てるアルべドをどうにかモモンガは押しとどめる。

 

「よせ、よせ。アルべド。」

「え?畏まりました」

「今は緊急事態。そのような時間はない」

「も、申し訳ありません!緊急事態に己の欲望を暴走させてしまいました」

 

モモンガはひれ伏そうとするアルべドを手で押さえた後、はくたくに向き直る。

 

「NPCは私の指示に従っているみたいです。風営法にひっかかかる行為も大量にやってみましたが何も起きませんでした」

「そうですか。じゃあこれがゲームじゃなく現実と仮定して今からどうします?」

「早急の問題としてNPCの忠誠を確認する必要がありますね」

「何処かに集めて確認しますか?」

「六階層のアンフィテアトルムにしましょう。いざという時にあそこならはくたくさんも本来のサイズで戦えます」

「そうですね。あそこなら自分も本気を出せます」

 

モモンガはアルべドに振り向き、今から一時間後に第六階層の闘技場(アンフィテアトルム)に階層守護者を集めるように指示を出している。アルべドが玉座の間を出ていき玉座の間にははくたくとモモンガだけが残される。今まで張りつめていた緊張の糸が切れた。

 

「あ~疲れた」

「モモンガさんがいきなりアルベドの胸を揉むからびっくりしましたよ!」

「すみません。混乱していてあれが最適解だと」

「モモンガさんにもですがアルベドの反応にもびっくりしましたよ。モモンガさん、コンソールでアルべドがビッチって確認してたからああ言ったんですよね?」

「えっ…ええ」

 

軽い冗談を幾つか交わした後二人は気を引き締めて次の行動に移った。はくたくはモモンガのアルべドに関するへの歯切れが悪かったことが引っかかっていたが、気にしている暇はない。出来る限りの現状確認をして一時間後には階層守護者と対面しなければならないのだから。

 

 

 

 

二人が階層守護者との接触の前の準備としてまず最初に確認したのは、玉座の間の前にあるレメゲトンの防衛機構の確認だった。ゴーレムと天井のクリスタルが二人の制御化にある事を確認すると二人は安堵する。これでナザリック守護者全員が反逆してもここで防衛線を張ればまず負けることはない。

緊急時にははくたくが前衛を務めモモンガが後衛兼レメゲトン制御をする手筈だがモモンガははくたくにもレメゲトンのゴーレムとクリスタルの命令権を与える。これは信頼してるぞというアピールだろう。はくたくにモモンガを裏切る気は毛頭もないが改めてそう示してくれると安心できる。

 

「さて次はどうしますか?モモンガさん」

「第六階層に行って魔法やスキルが問題なく使えるか確認しましょう」

「あそこへは徒歩で?」

「いや、まずはこのリングの力から検証しましょう」

 

二人とも強力なエンチャントが施された指輪を複数装備しているが、前衛職のはくたくと後衛職のモモンガでは装備している指輪の種類は全く違う。だが二人が共通して装備している指輪がある。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。ギルドの紋章と同じ意匠が象られたこの指輪は、ナザリック内地下大墳墓内で名前が付いている場所であれば無制限に転移が出来る。外部から内部へも同様に可能だ。防衛上の理由で特定個所以外で転移魔法を阻害している大墳墓では、このギルドメンバーにだけ配布されているこの指輪を所持する者のみがナザリック内で自由に転移をする事が出来る。

はくたくは種族ペナルティにより通常課金なしで2つ、課金拡張で10個装備できる指輪を課金で拡張していても4つしか装備する事が出来ない。それでも枠の一つをギルドメンバーの証であるこの指輪に当然使っていた。

 

「はくたくさんコレの使い方はー」

「ええ、なんとなく分かります」

「それではやってみましょう」

 

本能的に指輪の力の行使方法を理解した二人は指輪の力を解放する。はくたくは一瞬視界が真っ暗になり、次の瞬間少し暗い通路にいる事に気付く。ユグドラシルでの転移と同じだ。

 

「成功しましたね」

「ええ。これで何があっても直ぐにレメゲトンに退却できます」

 

成功に若干浮かれていたはくたくはモモンガの言葉に気を引き締める。これから異変後に初めて第六階層の守護者に合うのだから。




最初のほうは深夜の勢いで書いていたから改めて見ると修正箇所山盛りだった…


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闘技場

旧版の二話と三話の纏めになります
同じく修正箇所が多々…


第六階層に転移した二人が一方通行の通路を進んでいくと闘技場入り口の格子戸が見えてきた。入り口から漂う森の香りが二人に改めてこれがリアルであると感じさせる。

 

「モモンガさん、匂いますか?」

「ええ。第六階層は森林がありますからね。」

「自分は鼻がありますがモモンガさんはどうやって匂いを?」

「・・・よく分かりません。声帯のない自分が今どうやって会話してるのかすらも。まあ今考えても仕方ないですね」

「ここの階層守護者は」

「アウラとマーレですね。ぶくぶく茶釜さんが製作したNPCです」

 

格子戸に二人が近づくと格子戸は自動的に開く。二人はそのまま開いた場所へと進む。そこはローマのコロッセウムを想起させる巨大な闘技場。無数に設置された永続光(コンティニュアル・ライト)により周囲はかなり明るい。客席には客としてゴーレムが配置されている。ここは円形劇場(アンフィテアトルム)

ゴーレムが観客、貴賓席にギルドメンバー。侵入者の殺戮が演目の劇場だ。ゲーム時代は1500人の討伐隊以外の侵入者は全てここで撃退された。はくたく自身もここで多くの侵入者を倒し、喰らった。二人は闘技場の中心まで進み上を見上げる。空はには本物と見まごう程の夜空が広がる。だがここは当然地下だ。第六階層に夜空があるのは、自然を愛したギルドメンバーが空を再現しためだ。今は夜空だが日中は太陽が浮かび外と同じように階層を日光で照らす。

 

(いや、嘗てあったような空を再現したかといったほうが正しいな)

 

はくたくは自分の知る日本の空を思い出す。スモッグに覆われ一年間の殆が曇りだった日本の空を。自然を愛したあのギルドメンバーはたとえ偽りでも、ここに本来あるべき自然を再現したのだ。しばらく美しい夜空を眺めていると、貴賓席の方から元気な声が聞えてきた。

 

 

 

 

「とあ!」

 

その声の持ち主は六階建てに近い高さの貴賓席から跳躍し、見事な一回転を決めて着地する。

 

「ぶい!」

 

満面の笑みでピースを作る。完璧な着地をアピールしているのだろう。飛び降りてきたのはここ第六階層の階層守護者であるダークエルフの双子の片割れのアウラ。少年のような格好をしているがれっきとした可愛らしい女の子だ。アウラが小走りでこちらに近づいてくる。小走りなのは見た目だけでかなりのスピードだ。敵対しているような表情ではないがはくたくは念の為いつでも飛びかかれるように意識する。罠であった場合、即座に爪と角と牙で斬り裂き自らの胃袋に収めるために。アウラのステータスとサイズならば少しダメージを与えれば生きていてもステータス判定に失敗するため、問答無用で消化できるはずだ。アウラは二人の前で急ブレーキする。その動きはこちらに土がかからないように計算済みだ。そして「ふぅ」と汗をぬぐう仕草をした後、子供らしい笑顔で話しかけてきた。

 

「いらっしゃいませ、あたしたちの守護階層へモモンガ様。そしておかえりなさいませ、はくたく様!。この日をずっと待っていました!」

 

そう言うと自分達の前で跪いた。

 

(アルべドの時もそうだがNPCの反応を見るに自分は一年間インしていなかっただけなのに、ナザリックからいなくなっていて帰還した事になっている?)

 

とりあえずいきなり襲いかかれる事はないと確信し、モモンガと目を合わせ警戒を解く。自分は体から力を抜きモモンガもスタッフを握っている手を緩める。

 

(玉座の間ではモモンガさんに殆ど任せっきりだったな。今度は自分の番だ)

 

はくたくは一瞬どうするか考えてから声を掛ける。

 

「久しぶりだなアウラ。留守の間もしっかりしていたようだな。ここにはモモンガとやる事があって来たのだが、マーレは何処にいるんだ?」

 

そう問いかけるとアウラはさっと貴賓席の方を向く。はくたくがそちらに目を向けると丁度貴賓席から飛び降り駆け寄ってくる姿が見えた。双子のもう一方のマーレだ。アウラとそっくりの顔をしているが髪型と服装が違う。スカートを穿き仕草も女の子っぽいが、れっきとした男の子だ。アレも当然付いてる。

 

「マーレ!!早く来なさい!至高のお方を待たせちゃだめでしょ!」

 

マーレも小走りに見えてかなりのスピードでこっちに来る。はくたくの見立てではアウラより速い。マーレはアウラの横まで来るとアウラと同じように跪く。

 

「モモンガ様第六階層にようこそ、そしてはくたく様お帰りなさい!」

 

ここでモモンガが小声で話しかけてくる。

 

「とりあえずこの二人は大丈夫そうですね」

「そのようですね。じゃあ残りのメンバーが来る前に実験を終わらせてしまいましょう」

 

気合の入った例の支配者ボイスでモモンガが二人に話し始める。

 

「二人とも腰を上げよ。ここに来たのはちょっとした視察と実験、あとははくたくの肩慣らしの為だ」

 

アウラとマーレが立ちあがる。二人を代表してアウラが質問する。

 

「実験ですか、その実験ってモモンガ様が持ってるその例の伝説のアレを使うので?」

 

二人がキラキラとした目をギルド武器に向けている。

 

(伝説のアレ?)

 

「ああ、その通り。このスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使う。…そうだな、このスタッフを解説してやろう。この七つの蛇が加える宝石はそれぞれが神器級アーティファクト。そしてこれらはシリーズアイテム。よって…」

 

ギルドメンバー全員で作りあげたギルド武器について聞かれたからか、モモンガの解説に力が籠る。平時ならともかく時間が無い今は止めなければ。はくたくが小声で耳打ちする。

 

「モモンガさん、検証時間無くなりますよ!」

 

ハッと気がついたモモンガはルド武器の説明を切りあげる。

 

「…まあともかく世界に二つとない凄い杖というわけだ。この杖の性能の確認と杖から召喚した物ではくたくさんの肩慣らしをやる。二人とも分かったな?」

「了解しました。しもべに標的を準備をさせます」

「それと一時間後に階層守護者が集まる。…現状の確認とはくたくさんの帰還を階層守護者伝えるためにな」

「え?ならそのための準備を」

「その必要はない。時間が来るまで私達の検証でも観てると良い」

「了解しました。モモンガ様、はくたく様」

 

守護者が集結する前に自らの力を確かめておく必要がある。やる事はゲームと同じだが、今はゲームと違い負ければ死ぬ。はくたくは生まれて初めて本当の命の奪い合いをする覚悟を決める。

 

 

 

 

 

はくたくはモモンガがアウラのしもべが用意した藁人形を吹き飛ばすのを眺めている。モモンガの魔法は使えるようだ。自分はこの肉体を完璧に使えるか確かめなければならない。モモンガと交代し、設置された藁人形と対峙する。

 

(まずは体のサイズを少し戻そう)

 

はくたくの今のサイズはギルド加入後あまりの巨躯に施設が利用できないために、サイズ変更が出来る課金職業<サイズチェンジャー>で縮めたサイズだ。その職業の特殊技術(スキル)を使いサイズを元のサイズに近付ける。はくたくの体がぐんぐんと体が大きくなり本来のサイズの半分程度まで巨大化する。本来の半分ではあるが体長10メートル、体高7メートルはある。さながらおとぎ話や大昔の映画に出てくる『怪獣』だ。

 

(サイズはこれくらいでいいかな。まずは体の動きから)

 

はくたくは藁人形に全力で突進し爪を振るう。抵抗なく藁人形は切り裂かれる。そのまま棘が着いたを尾を振るい近場の藁人形をバラバラにする。

 

(うん、身体能力は問題なく発揮できているな。次はスキルだな)

 

定位置に戻り別の藁人形に意識を向け、タラスクの固有スキル<棘射出>を発動させる。頭部の角が爆発音をあげ驚異的な速度で射出され、藁人形に綺麗な穴を穿つ。目的を達した、射出された角は既に朽ち始め塵に還りつつある。一方角があった場所にとてつもない速度で角が再生され、既に元のように角が生えている。続いて残りの評的に棘が付いた甲羅をむけ同じくスキル<棘射出>を発動させる。甲羅の棘が複数同時射出され残っていた藁人形の標的は全て射出された棘によって貫かれる。

 

(棘も問題なく射出できるな。あとはあのスキルの確認だ)

 

横にどいて待機していたモモンガに向き直り提案する。

 

「モモンガよ肩慣らしは終わったのでスタッフからスパーリング相手を召喚してくれ。相手はそうだな、根源の火精霊(プライマル・ファイヤー・エレメンタル)を頼む」

 

小声でモモンガが告げる。

 

「一応最上位精霊ですけど大丈夫ですか?」

 

自信を持って返す。

 

「スキルは発動できました。これなら余裕です安心してください」

 

モモンガは頷くとスタッフを掲げた。

 

「わかった。では出でよ!|根源の火精霊召喚《サモン・プライマル・ファイヤー・エレメンタル》!」

 

スタッフの蛇が加える赤い宝石が煌めき、モモンガがスタッフを付きつけた先に火球が生じる。そして藁人形の残骸を巻き込みつつ巨大な炎の渦が巻き起こる。どんどん渦が巨大化し熱波が二人を襲うがモモンガもはくたくもこの程度の熱量何ともない。モモンガはマジックアイテムで本来弱点である炎への完全耐性を保有しているし、はくたくの炎耐性は溶岩の海を泳いでも何ともない程に高い。そして巨大化した炎の渦が人型の化け物の形を取った。根源の火精霊。元素精霊(エレメンタル)の最上位クラスでレベル80後半のモンスターだ。アウラとマーレが目をキラキラさせながらスタッフの力の発動にに拍手をしている。

 

「いざとなれば攻撃を中止させます。根源の火精霊よ、はくたくを攻撃せよ!」

 

臨戦態勢のはくたくに根源の火精霊が襲いかかる。はくたくは根源の火精霊の繰り出した拳を受け止め、がっつり四つを組む。根源の火精霊は大きめの部類モンスターに入るがはくたくも負けていない。流石に接触すれば若干の炎ダメージを受けるが、ダメージを自動回復する常時発動型特殊技術(パッシブスキル)  <再生(リジェネレーター)>によりやけどを負う端から回復していく。妖巨人(トロール)等が持つ似たような自動回復スキルは炎や酸で阻害されるがはくたくのスキルは高レベルモンスターの炎をものともせず傷を修復していく。

 

(痛みを感じるが精神の中でそれを隔離できている…これなら腕がもげても戦えそうだ)

 

冷静に状況を分析し、今度はこちらから攻撃に移る。根源の火精霊の拳を握り潰し、怯んだ隙に爪による斬撃、角による刺突、尻尾による打撃を加える。だが純粋な魔法生物である元素の精霊への物理攻撃はあまり有効ではない。引き裂かれ、穴を空けられ、打ち据えられても体を元に復元し襲いかかってくる。

 

「まあそうなるな。だがこれならどうかな?」

 

再び四つを組むがはくたくは先ほどのような攻撃は繰り出さず

根源の火精霊に噛みついた。

根源の火精霊の体に喰い付き、喰いちぎった炎の体を飲み込む。先ほどのように喰いちぎられた箇所が元どうりに修復するかに見えた。だが喰いちぎられた箇所は修復しない。その事実に根源の火精霊は驚愕の叫びを上げる。

 

これが隠し種族原始の獣(タラスク)の最も驚異すべきスキル世界を喰らうもの(ワールドイーター)。有機物無機物あらゆるものを喰らい、その糧とする。喰らったものに応じて一時的なバフ効果を得る事が出来るこのスキルは、当然敵対プレイヤーやそれが身に付けるマジックアイテムも含む。それから得られるバフ効果でさらに暴れプレイヤーを捕食する。ひとたび捕まれば装備品を全ロストする可能性。その危険度からナザリック地下墳墓への侵入者やアインズ・ウール・ゴウンの敵対者たちの間で、はくたくは最も恐れられたギルドメンバーの一人だった。

 

根源の火精霊が食われた箇所を回復できないのはその個所を満たす魔力を喰われたためだ。必死にはくたくの拘束から逃れようとするも、食らった魔力からのバフ効果で再生スキルと力が強化されつつあるはくたくから逃れられるわけはなく、根源の火精霊はそのままはくたくに貪り喰われた。

 

 

 

 

 

アウラとマーレからの大きな拍手を背に体を普段ののサイズに縮小しながら観戦していたモモンガの前に歩いて行く。

 

「いやー、相変わらずはくたくさんの戦い方はえげつないですね」

「死霊使い、それもえげつない隠し玉を持ってる人が言いますかそれ」

「スキルや魔法はゲームの時と同じように使えるみたいですね」

 

二人が検証結果について情報交換しているとアウラとマーレが近づいてくる。二人とも口調をくだけた感じから支配者口調に切り替える。

 

「これがアイテムインベントリ空け方だ」

「なるほど。それでセバスはなんと言ってた?」

「ナザリック周辺は草原に。モンスターも知的生物も無し。天空城も浮かんでいない」

「沼地ではなく?やはり全く別世界に転移したという事か?」

「そう考えて戦略を練ったほうが…うん?」

 

気付くと近くに来ていたアウラとマーレが揃って口を開く。

 

「流石はアインズ・ウール・ゴウンを象徴する武器ですね!凄い力でした」

「そのあとの精霊とはくたく様の戦いもそ、そ、その、凄かったです」

 

次々とアウラとマーレが双方を誉めたたえる言葉を矢継ぎ早に繰り出していく。悪い気分はしないので二人は双子の頭を撫でる。

 

「あ、ありがとうございますモモンガ様」

「ありがとうございますはくたく様。えへへ…」

 

(それにしても可愛いなー。茶釜さんいい仕事してます。男の娘ってのは良く分かりませんが)

 

そう思いながら先ほど教えてもらったやり方でインベントリからグラスと無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレスウォーター)を取りだし、グラスに無限の水差しから冷たい水を注ぎ飲む。さらに二つのグラスを取りだしアウラとマーレにも普段のねぎらいとして飲ませる。そして一応もう最後の一人にも勧める。

 

「モモンガも一杯どうかな?」

 

当然予想されていた答えが返ってくる。

 

「いや、この身には水は不要だ。そもそも喉も乾かないからな」

 

無限の水差しと双子から返されたグラスをインベントリにしまいつつ考える。アンデットは食事睡眠が不要だ。自分も神話の怪物のような体になった。先ほどの戦いでも全く恐怖は感じず、自分の中にあったのは相手を叩きつぶし、喰らいたいという闘争本能。自分の身に起こった変容に身震いする。だがモモンガの事も考える。

 

(生物飛ばしてアンデットになったからなあ、モモンガさん。恐らく自分よりも強烈な変容を体験しているはずだ。相談に乗らないといけないかもしれない)

 

モモンガに双子を任せ、はくたくいろんな事をぼんやり考えた。気が付くと、守護者たちに指示しておいた集合時間まであと僅だ。闘技場に転移門(ゲート)が開く。

守護者たちが集結を始めた。



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忠誠の儀

旧版の四話と五話の纏めです。
修正箇所若干あり


「おや、わたしが一番でありんす?」

 

開かれた転移門から奇妙な言葉遣いの美少女が出てくる。その美少女はモモンガとはくたくの前まで進み膝をついた。

 

「至高の御方の命により馳せ参じましたでありんす。我が愛しの君」

「そしてはくたく様。よくぞご帰還なされたでありんす」

 

一見肌の露出が少ない服に身を包んだ只の美少女だが、正体は吸血鬼(バンパイア)の上異種である真祖(バンパイア)。ナザリックの第一から第三階層までの守護者シャルティア・ブラッドフォールン。

 

「息災で何よりだシャルティア」

「うむ、お前も相変わらず美しいな」

 

モモンガとはくたくはそれぞれアドリブで答える。二人ともぶっつけ本番だ。モモンガに美しいといわれたシャルティアが瞳を潤ませる。

はくたくは守護者たちが自分がここから姿を消し、再び帰還していたと言っている事について考える。

 

(シャルティアも自分の事をいなくなっていたと思ってたのか。ログインしなくなる=いなくなるという事なのか?他の引退したり疎遠になったギルドメンバーも同じように考えているのか?)

 

二人への挨拶が終わるとシャルティアは立ち上がり何やらアウラと良い争いを始める。チビ介だの偽乳だの互いを罵っているが険悪な雰囲気はない。兄弟喧嘩のようだ。二人を止めるかどうか迷っていると、非人間的な声が闘技場に響く。

 

「サワガシイナ」

 

それは二足歩行の巨大な昆虫。フォルムは蟷螂と蟻を合わせて悪魔が歪めたような異形。冷気を纏った外骨格は白銀のオーラを放ち、尾や全身から氷柱のような鋭いスパイクが飛びだす。武器として白銀のハルバードと、ドス黒いオーラを放つメイスを携えている。種族<蟲王(ヴァーミン・ロード)>のナザリックの第五階層守護者コキュートス。

 

「御方ノ前デ遊ビ過ギダ」

 

アウラとシャルティアを諌める発言をするも二人は口喧嘩を止める気配は無い。そろそろ止めるべきかとはくたくが口を開こうとするが、一足早くモモンガが二人を止めた。

 

「二人とも、はくたくの前で児戯は止めよ」

「「申し訳ございません!」」

 

はくたくはコキュートスとも双子やシャルティアと似たようなやり取りを済ますと、闘技場の入り口から歩いてくる二人の影に気付く。前を歩くのはアルべド。後ろに従うように男が一人従う。アルベドはモモンガとはくたくに十分に近づくと二人に深く礼をする。後ろの男もそれに従い優雅な礼を見せる。

 

「皆待たせてしまったようで申し訳ない。そしてはくたく様、ご帰還喜び申しあげます」

「別に待たせてなどいないぞデミウルゴス。時間通りだ」

「お前も変わらないようだな。嬉しいぞデミウルゴス」

 

デミウルゴスと呼ばれた男の第一印象はやり手のビジネスマン。日焼けした東洋系の顔にオールバックの髪、きっちり着こんだスーツと丸眼鏡。だが尻尾と浅黒い炎のオーラ、邪悪な雰囲気が彼を人間ではないという事を雄弁に語る。ナザリックの第七階層守護者種族<最上位悪魔(アーチデヴィル)>のデミウルゴス。

モモンガが守護者達を見回す。

 

「これで皆集まったようだな」

「では皆、至高の御方に忠誠の儀を」

 

守護者たちがアルべドを前に立てる形で横に整列する。先ほどまでとは全く違う真剣な雰囲気だ。

 

(え?忠誠の儀って何?)

 

平静を装っているが内心では戸惑っているはくたくはモモンガを見る。骨の顔から表情は読み取れないが目から自分と同じ心境だと察する。守護者たちは整列が終わると右から順に進んで跪き礼をしていく。

 

「第一、第二、第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

「第五階層守護者、コキュートス。御身の前に」

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に」

「お、同じく、第六層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。御身の前に」

「第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」

「守護者統括、アルべド。御身の前に」

 

全員が跪く。アルべドがそのまま言葉を続ける。

 

「第四階層ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。……ご命令を、至高なる御方達よ。我らの忠義全てを御身に捧げます」

 

平伏する六人を前に二人はどうすればいいのか混乱していた。

 

(何だこれ。どういうリアクション返せばいいのかさっぱり分からん)

 

はくたくは先ほどのようにモモンガを見やる。目で二人は会話する。

 

(ここは代表してギルドマスター、お願いします!)

(いやいやいや、それは無いでしょう。ここは帰還したはくたくさんが!)

 

このようなやり取りを十数秒した挙句、覚悟をきめたモモンガが口を開く。

 

(一番槍ありがとうモモンガさん!出来る限りフォローします!)

 

モモンガは恐怖効果や能力ペナルティを与えるスキル『絶望のオーラ』を起動する。

 

(お、なんかそれっぽいし自分も合わせるか)

 

はくたくもモモンガに合わせて切っていたパッスブスキル『畏怖すべき存在』のオーラを放つ。低レベルの相手に恐怖と怯え効果を与えるがレベル100である守護者には効果はない。だが支配者っぽい感じが出ることを狙ってオーラを発散させる。

 

「皆、お、面を上げよ」

 

モモンガの一言で一斉に頭が上がる。一糸乱れぬ素晴らしいシンクロだ。

 

「では皆……良く集まってくれた、感謝しよう」

 

(うん、感謝は大事だよね)

 

「感謝など!我ら全員至高の御方に忠義のみならずこの身全てを捧げた者たち。至極当然のことでございます」

 

(なんというか凄い忠誠度だな)

 

モモンガさんがこっちをチラ見する。

 

(次はこっちの番だって事か)

 

頭をフル回転させはくたくは話を進めるための言葉をどうにか吐き出す。

 

「お前たちの忠誠を喜ばしく思う。お前たちであれば我々の考えを理解し、今ナザリックで起こっている自体にも問題なく当たれると確信したぞ」

 

アルべドが守護者を代表して答える。

 

「ありがたきお言葉。我々一同粉骨砕身してその問題にあたります。その問題とはいかような物で?」

 

「うむ。それについては帰還したばかりの私よりモモンガのほうが上手く説明できるな」

 

はくたくはモモンガに目線で合図をする。モモンガは頷き、守護者へ説明を始めた。ナザリック地下墳墓全体が何らかの現象に巻き込まれた事、現在偵察に出したセバスからナザリックが草原に転移した事を。守護者達からはその転移について思い当たる点はないという事、各階層に今の所転移に影響されて異常が起こっていない事を知らされた。それを受けて二人がどうするべきかを考えていると、偵察に出ていたセバスが帰還し地上の詳細な様子を報告した。だがその内容に先行報告以上の新しい情報は無かった。

 

(情報が全くない。とりあえずは警備を固めて情報収集だ)

 

「モモンガ、今は情報を集める事と警備を固める事に集中すべきだ」

「そうだな・・・そうしよう」

 

モモンガが守護者たちに警備を固める事、ナザリックを周辺から見えなくする隠蔽工作を施す事などを的確に指示していく。

 

(今指示出来るのはこれくらいだろう。後は二人で相談してから決める事だ。そして最後にこれだけは確認しておかないとな)

 

モモンガが指示を出し終えたのを見計らってはくたくは守護者達に尋ねる。

 

「モモンガからの指示は終わったようだな。ならば私から最後に聞きたい事がある。別に聞く必要のない事ではあるが何分久方ぶりの帰還でな。改めて聞いておこう。…お前たちにとってモモンガと私とは一体どのような存在だ?正直に答えよ」

 

忠誠の儀の順番に従ってはくたくは守護者達に問う。

 

「先ずはシャルティア」

「モモンガ様はまさに美の結晶。その白きお体と比べれば、宝石すらも見劣りしてしまいます。はくたく様はモモンガ様とは違った力の美というものを体現する御方と思うでありんす」

 

(異形種的には自分とモモンガさんはイケメンなのか?モモンガさんの方が好みのようだが)

 

「次はコキュートス」

「オ二人トモ守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者に相応シキト考エマス」

 

(二人ともロールプレイビルドだから君たちの相手次第だときついんだけどなあ…)

 

「アウラ」

「慈悲深く、配慮に優れたお方たちです」

 

(配慮…できてたかなあ)

 

「…マーレ」

「す、凄く優しい方たちだと思います」

 

(これくらいの評価だとやりやすいな)

 

「デミウルゴス」

「モモンガ様は賢明な判断力と、瞬時に実行される行動力を兼ね備えた方。まさに端倪すべからざる、という言葉がふさわしいお方です。はくたく様は偉大なる力と破壊の行使者でありながら叡智も備えるお方と考えております」

 

(評価高い!ちょっと自分たちを買いかぶり過ぎだよ!こちとら小市民なのに!)

 

「セバス」

「モモンガ様は至高の方々の総括であり、我々を最後まで見はなさず残っていただけた慈悲深きお方です。はくたく様も我らを見はなさず、再びこの地の戻ってきてくださった慈悲深き御方と考えております」

 

(…これは守護者皆の考えの代弁だろう。自分も慈悲深き方と考えてくれるのか。いや、慈悲深さはモモンガさんからは一等落ちるかな?)

 

「最後にアルベド」

「モモンガ様は至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であります。

そして私の愛しいかたです!はくたく様は力と知性両方に優れ、それを持ってアインズ・ウール・ゴウン及びモモンガ様をお支えになられる素晴らしきお方です」

 

(愛しいお方?タブラさんアルべドにビッチに加えてモモンガさん好きって設定してたのか?例の乳揉みOKもビッチじゃなくてモモンガさんが好きだったからか?)

 

「…なるほど、お前たちの我々に対する思いが以前と変わらない事を嬉しく思う」

 

こちらが聞きたいことは終わったとモモンガに合図をする。

アインズが締めの挨拶をする。

 

「各員の考えは理解した。それでは私の仲間が担当していた執務の一部までお前たちを信頼し委ねる。これから私とはくたくで話し合う事があるのでこれにて解散とする」

 

モモンガがレメゲトンへ転移した。

 

「私からも以上だ。では各員今後も忠義に励め。解散」

 

はくたくも指輪を起動させ同じくレメゲトンへと転移した。

 

 

 

 

 

転移したレメゲトンで二人は肩を落とす。肉体的な疲れはないが、慣れない事をした為か心の疲労が酷い。

 

「疲れましたね…」

「ええ…」

「何、あの高評価は」

「あの目、本気でしたね。予想以上の忠誠っぷりでした」

「しかしモモンガさんモテますね。本当にしっとマスク持ってます?」

「な!」

 

モモンガがはくたくを睨む。クリスマスに長時間インすると持たされる非モテの勲章、しっとマスク。当然モモンガもはくたくも大量に所持している。

 

「そんな目しないで下さいよ。シャルティアとアルベドが自分とモモンガさんを見る目は全く別物だったじゃないですか。それにモモンガさんアルべドからは愛してるなんて言われてたじゃないですか!」

「まあそれはそうですけど…」

 

相変わらずアルべドに関する歯切れが悪い。はくたくそれを無視して提案する。

 

「それじゃあ。これから自分の部屋に戻って現状を確認した後、モモンガさんの部屋で話し合いませんか?」

「そうしましょう。では一時間後に」

 

二人は話を打ち切るとレメゲトンから各自の部屋に転移した。

 

 

 

 

 

9階層の自室に戻ったはくたくは装備していた手甲、足甲、面頬、斧をインベントリにしまい、ソファに腰を下ろす。魔法が掛けられているソファははくたくの背中の棘で破れることなくはくたくを受け入れる。はくたくは天井を見上げ、しばし目を閉ざす。

 

(根源の火精霊との戦闘での疲労はないけど、精神的に参りそうだ。だけどまだ休むべきではないのは分かっている)

 

目を開き、はくたくはインベントリから分厚く重い一冊の本を取り出す。それは百科事典(エンサイクロペディア)。プレイヤー一人一人に開始時に与えられ、持ち主が破棄しない限り消失も奪われる事もないアイテム。これには各プレイヤーが出会ったモンスターのデータが自動的に登録されていく。だが登録されるのは画像、名前、元ネタのみであり、それ以上の情報はプレイヤー自身が調べて書きこまなければならない。またプレイヤーが自由に記事を作成する事も出来る。未知を楽しむゲームというユグドラシル運営の意図を体現したアイテムだ。

 

これをはくたくは自身のメモ帳として使っていて、所持しているアイテムの説明文、自身が取得した種族と職業の詳細、フレーバーテキストをコピペし記事にしていた。はくたくはモモンガとの話し合いの前にこれを紐解く事で、自身がどうなっているかを把握することにしていた。百科事典を開く前に、部屋の端に待機しているお付きのメイドに飲み物を頼む。

 

「なにか飲み物を用意してくれ」

「畏まりました。何に致しますか?今用意できるのは、紅茶、コーヒー、酒でございます」

 

コーヒーを頼もうと考えたが酒にする事にした。ユグドラシルで酒はバフ効果と酩酊、二日酔いのデバフ効果があるアイテムだった。はくたくは種族由来の無効スキルでデバフ効果を無視出来る。

 

(気分転換が必要だ。ゲームと同じなら酔っぱらう事もないだろうし)

 

「酒をロックで頼む。種類はお前に任せる」

「畏まりました」

 

銀のワゴンからメイドが酒を取り、魔法で氷が解ける事のない氷入れから冷やしておいたグラスに入れ、酒を注ぎマドラーでかき混ぜた後はくたくに差し出す。

 

「アルフヘイム産ウイスキーでございます。御口に合うとよいのですが」

「うむ、ありがとう」

 

はくたくは手に取ったグラスを眺めた後、酒を一口含み…味わう間もなく飲み込む。グラスをまじまじと眺めた後、何も言わずそのまま全て飲み干す。天井を見上げ、目を閉ざし唸る。

 

「はくたく様?」

「あ、何でも無いぞ。いい酒だな。もう一杯用意してくれ」

 

不安な顔をしたメイドを安心させると再び酒が注がせ、酒で満たされたグラスを眺める。そして再び一口含み、今度は味わってから飲み込む。溜息を付き、思わず頬が緩む。

 

(旨い。余り酒は飲まない方だったがこれが今までの人生で一番うまいと断言できる。…酒好きなギルドメンバーならもっと上手い表現が出来るだろうな)

 

環境破壊がとことん進んだ日本では、主流のアルコール飲料は殆どが工場で製造されている。昔ながらの製法の酒も多少はあるが超が付く高級品。まして昔のビンテージものはその希少性から金持ち、その中でもさらに選ばれた一部にしか許されない贅沢品である。ビンテージがれだけ貴重かというと、一攫千金を願い、放棄された過去の建物や施設を探索して酒を見つけ出そうとする者がいる位だ。はくたくが今飲んでいるウイスキーがもし元いた世界にあれば破格の値が付けられる事だろう。

 

(こうなってから何もかも驚きの連続だな)

 

もう一口含んでからグラスを置くとはくたくは百科事典を開く。探すのは自身の取得した種族レベルと職業レベルの記事だ。記事から自身の能力、身体状況についてある程度把握できるはず。目当ての記事を見つけると、はくたくはそれに目を通していく。

 

 

 

 

 

はくたくのレベル振り分けはかなり種族レベルへと偏重している。

内訳は種族レベルが80、職業レベルが20だ。

PVPやパーティーを想定しない、ソロで山野を駆け、狩りと採集によって

食いつなぎ拠点で補給を行うことなくひたすら冒険をするための構成だ。

 

取得している種族レベルの例としては

堅い装甲をもつ<陸鮫(ブレイ)>

岩と鉱石を主食とする<深い穴を掘るもの(デルヴァー)>

金属を腐食させ喰らう事から冒険者から蛇蝎のごとく嫌われる<錆の怪物(ラスト・モンスター)>

などがある。

 

残りの20レベルで

<レンジャー>と<ローグ>、その複合職の<スレイヤー>

ギルド加入後に取得した課金職<サイズチェンジャー>を取得している。

 

そして種族レベルとプレイ内容から偶然解放された魔獣系種族の隠し最上位種族

原始の獣(タラスク)を限界レベルの5レベルまで取得している。

 

これらからはくたくが保有する特殊能力は以下のようになる

まず取得した種族レベルから得られる戦闘系特殊能力は

 

攻撃系特殊能力

鋭敏嗅覚、視覚強化、隠密看破、透明看破、夜目、無視界戦闘、神速の反応、クリティカル熟練

出血化クリティカル、よろめき化クリティカル、クリティカル強化:噛みつき

ふっ飛ばし攻撃強化、薙ぎ払い強化、迎え討ち、付き飛ばし強化、マルチアタックⅤ

攻撃部位:(噛みつき、爪、棘、角、尾)、強打、飲み込み、強力跳躍

施設破壊Ⅳ、攻城戦Ⅲ、物理接触無効無視、サイズ補正:超巨大

 

防御系特殊能力

上位物理無効化Ⅳ、上位魔法無効化Ⅲ、斬撃耐性Ⅴ、打撃耐性Ⅴ、刺突耐性Ⅳ

魔法耐性Ⅳ、属性耐性Ⅳ

完全耐性:酸・毒・麻痺・病気・即死・石化・能力値ダメージ・生命吸収・精神操作

クリティカル無効、酸素耐性Ⅲ、飲食耐性Ⅲ、睡眠耐性Ⅲ、移動阻害耐性Ⅳ

 

などがあり職業レベルからは

 

追跡、観察、武器習熟(斧)、中装鎧習熟、二刀流、、急所攻撃、精査妨害、

恐るべき射程、武器投擲、サイズ変更

 

次に隠し種族原始の獣(タラスク)の5レベルから以下の特殊能力を持つ。

 

レベル1 オーラ『畏怖すべき存在(フライトフル・プレゼンス)』Ⅴ

     体高×10メートルの範囲の自分を視認したレベル60以下の

     相手に恐怖、怯え効果を与える。はくたくの最大サイズは体高15m

 

レベル2 『再生(リジェネレーター)(特殊)』

     強力なリジェネ効果のパッシブスキル。アイテム、魔法、武器、スキルよる阻害無効

     死亡時遺体にさらなるダメージを与えない場合、一定時間後自動蘇生する

 

レベル3 『甲羅(超常)』外皮鎧扱いの為胴鎧は装備不可となる。第七位階以下の魔法無効

      物理軽減Ⅴ、魔法軽減Ⅴ、魔法反射(30%)

 

レベル4 『棘射出』頭部の角と甲羅の棘を射出する。棘と角は一定時間で復活

      刺突属性、出血効果、よろめき誘発

 

レベル5 『世界を喰らうもの(ワールドイーター)』有機物、無機物を問わず殆どの物に

      飲み込みの特殊能力を適用できるようになる。消化した物に応じてバフ効果

      プレイヤーや装備しているマジックアイテムも消化する事が出来、それらは特に

      強力なバフ効果を得る事が出来る。

      生物が飲み込まれた場合、能力値による判定が行われ失敗した場合即死し消化される

      能力判定に成功すれば即死しないが、常時物理酸毒の複合スリップダメージ

      体内で能力値判定に成功し、死ぬまでに内部から一定ダメージを与える事で脱出可能

 

これらの特殊能力に加え以下のペナルティが存在する。

 

頭・胴・肩装備不可、アクセサリー装備制限(指輪、首、鞍のみ)、指輪拡張4まで

サイズ縮小時能力値最大25%制限、一部施設利用不可(サイズ縮小時は除く)

魔法詠唱不可、マジックアイテム使用制限

PK禁止地域での被PK強制許可、サイズ補正:超巨大 等

 

根源の火精霊との戦闘で特殊能力が本能的に使用できるのは確認できている。爪、角、尾による連続攻撃はゲーム的にはマルチアタックのスキルを使用したものだ。特殊能力の<再生>、<棘射出>、<世界を食らうもの>は問題なく使用できている。はいえこの世界で戦闘になった時に自分の能力を把握できていないのは、レベル100相当ないしそれ以上の存在と敵対した場合致命的になりかねない。きっちり百科事典に目を通し情報を頭に改めて叩き込んでおく。それ以外にも確認すべき内容が記載されていると判断した記事にも目を通していく。

 

 

 

 

 

百科事典を読み終えるとインベントリにしまう。酒を飲み干し壁の時計を見やると、あと少しでモモンガとの相談の時間だ。

 

(さて、今後の方針についてモモンガさんと話し合わないといけないな)

 

「私は今からモモンガと話をしてくる。内密の話だから供は不要だ」

 

立ち上がり、お付きのメイドにそう告げると自室を出る。はくたくは酒のバフ効果で若干足取りを軽くしながらモモンガの部屋へ向かった。



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夜空

旧版六話と七話の纏めです。


モモンガの部屋の前まで来たはくたくは扉をノックする。来客の確認に来たメイドにモモンガに会いに来たと伝える。少ししてメイドが再び扉を開けたので中に入り応接間でモモンガを待つ。応接間のソファーに腰掛けて待っていると人払いを済ませたモモンガが対面に座った。

 

「さてモモンガさん今後について話し合いましょうか」

「はい・・・ってはくたくさんなんか酒臭いですよ?」

 

モモンガの目が若干厳しい。緊急事態に飲酒は何事だといった感じだ。はくたくは急いで釈明する。

 

「すみません、気つけに一杯と思ったら美味しくてつい。酩酊効果は無効化されてるから酔っぱらってないですよ」

「そうですか。じゃあ本題に入りましょう」

 

まずは二人が今までに把握した事の確認から始める。はくたくは闘技場の戦闘と百科事典の内容を参照した結果、転移前に獲得している特殊能力や性質を今も受け継いでるという事を伝える。モモンガも似たような事を行っておりこれについては確実だという事が分かった。確認した仕様を実演する為はくたくはインベントリから一つかみのユグドラシル金貨を取りだす。

 

「見ててくださいモモンガさん」

 

はくたくは金貨を口の中に放り込み、バリバリと噛み砕いてから飲み込む。金属の味が口内に広がるが、不思議と美味しく感じる。

 

「うえーそれ体大丈夫なんですか?」

「・・・金属は結構イケます。多分そこらへんの土も栄養に出来そうな感じですね」

 

次にモモンガがグレートソードをドレスルームから持ってくる。

 

「これの装備に必要な筋力の条件は満たしているので持つ事は出来ます。しかし」

 

モモンガが剣を上下に持ちあげる。だが両手で握り構えを取ろうとするとモモンガの手から剣が滑り落ちる。横から見ているとモモンガが剣を持つ手を急に手放したようにしか見えない。

 

「こうやって『装備』しようとするとこの通りです」

「しっかり握っているのに落としてしまう?」

「ええ。装備に必要な筋力を満たしているのに。スタッフは振るう事が出来ました」

 

モモンガが取り落としたグレートソードをはくたくが拾い上げる。はくたくは剣を両手で握り構え、振る。同じように片手でも構え、振る。何の問題もない。

 

「自分は戦士系のスキル持ってるから使えるのか。モモンガさんスタッフ貸してくれません?」

「ええ、振ってみてください」

 

モモンガにグレートソードを返し、替わりにスタッフを受け取る。魔法効果はないが殴打ダメージに特化したものだ。必要筋力を満たしているので当然持つことはできる。だが構えようとするとスタッフを取り落としてしまう。拾い直し両手で握り構えようとしたが同じ結果に終わる。はくたくはスタッフを拾いモモンガに返す。

 

「スタッフを装備出来るクラスを取得していないとはいえ変な感じです」

「これが似たような形状でもクラブなら」

「装備出来るんでしょうね。これをどう解釈すればいいんでしょうか」

「ゲーム内で得た能力を行使できるが、同時にゲームの内容に縛られている」

「そういう事でしょうね」

「情報が足りないですしとりあえずそういうものだとしておきましょう」

 

二人は再びソファーに腰掛け議論を始める。とりあえずは偵察と情報収集、周辺地理の把握に努める。人間の国家があるなら敵対行動は慎む。自分たちと同じように転移してきたプレイヤーがいたなら敵対せず協力関係を築く。それが無理なら最低でも中立関係を目指す。自分達のようにギルドメンバーが転移してきているのか、転移してきているかもしれないギルドメンバーを探すためにどうするか。

様々な基本方針を二人はすり合わせていく。直近の方針として人間国家が存在するなら接触を持ち、なるべく高い地位で庇護に入る。転移してるかもしれないギルドメンバーに気付いて貰う為に名声を各地に広める。守護者に防衛能力と忠誠度向上の為に指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を渡す。

以上の事が決まった。

 

「なんか穴だらけな気がしますね」

「仕方ないですよ。こんな事考えるの初めてですし」

「まあ困れば守護者にも意見を聞いてみましょう」

「そうですね。ああそうだはくたくさん」

 

そうモモンガが言った後はくたくの脳内にモモンガの声が響く。

 

『今後自分たち以外がいる場所で相談する時はこれを使いましょう』

『これは…魔法の<伝言(メッセージ)>ですね。分かりました』

 

モモンガは魔法<伝言>を使えるがはくたくは使えない。モモンガに<伝言>を使って欲しい合図を幾つか決める。一通り話が終わった二人は溜息を吐く。

 

「肉体的にはともかく精神的に疲れました」

「ええ。私はアンデットなので疲れは気分の問題でしょうけど」

「それは羨ましい。新しい体にも慣れましたかモモンガさん?」

「ええ、この見た目にはどうにか。しかし…」

「どうかしたんです?」

「実は…」

 

モモンガは平坦な声で自分の精神状況を話す。感情の激しい起伏が抑圧されて平坦な物へと変わる。食欲も睡眠欲も感じない、性欲も殆ど無い。

 

「それはなんと言うか、大変ですね」

「まあ慣れでしょう。はくたくさんは?」

 

はくたくも自分の状況を話していく。力に漲る四肢や尻尾を操る感覚。人間だった時より鋭敏で拡張されている五感。モモンガのような感情抑制はないが、戦闘時に恐怖や怯えを全く感じなかった事。そして生命を殺戮する事への充足感。

 

自分達は一体何になったというのか。

 

互いの状況を話し終えた二人は無言になる。雰囲気を変えようとはくたくが質問する。

 

「そう言えばモモンガさんアルべドの事話す時何か隠していません?」

 

モモンガがビクリと反応する。やはり何かある。

 

「あー、モモンガさんもしかしてアルべドに何かやらかしましたか?」

「ええ、はくたくさんに説明しようと思っていました」

 

モモンガははくたくにサーバーダウン直前、アルベドの設定を閲覧した時に設定文の「ちなみにビッチである」を「モモンガを愛している」に書き換えた事を白状した。はくたくはアルべドの一連の行動を思い出す。乳揉みOK、私の初めて、私の愛しいお方。

 

(うわーないわー。まあゲーム終了直前の衝動的な行動を責めても仕方ないよね。でもさっき飲酒咎めた分の仕返しくらいはしてやろうかな?)

 

「あーあタブラさんアルべド寝取られちゃいましたね。いやこれはどっちかというと

『タブラさん娘を下さい!』案件かなー?」

「ああああすみません!すみません!出来心だったんです!」

 

モモンガは両手で頭をながら身悶えしている。精神抑制も働いているようだが何度も感情が湧きあがっているようだ。

 

「今年はしっとマスクが増えないよ!!やったねモモンガちゃん!」

「あばばばばばばばばば」

 

 

 

 

 

ひとしきり笑った後、酒の件の仕返しを終え満足したはくたくはモモンガを許す。

 

「いやーこっち来てから一番笑わせてもらいましたよ」

「本当にすみません。タブラさんになんと言えば…」

「アルべドの件はもうなるようにしかならないでしょう」

 

はくたくはモモンガに提案する。アンデットとはいえ気分転換は必要だ。

 

「モモンガさん、ちょっと二人だけで気分転換に外に出てみませんか?」

「それ守護者やメイドたちが共を付けたがるんじゃないですか?」

「極秘でやる事があると言えばいいし、もし誰かに誰何されてもお忍びで視察という事なら邪魔は入りませんよ」

「そうですね。じゃあ地上に近い中央霊廟に行きますか」

 

モモンガが外で待機していたメイドを呼び戻した後、極秘の用事だから供は許さないと告げた。その後二人は指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)の力を発動させ地表に一番近い中央霊廟に転移した。

 

 

 

 

 

だがお忍び視察という名目の気分転換は早くも失敗する。転移した途端デミウルゴスの配下三体に出食わしたからだ。配下の三体は、凶悪な悪魔のイメージまんまの憤怒の魔将(イビルロード・ラース)、黒革のボンテージに身を包んだ女の体と黒いカラスの頭の悪魔嫉妬の魔将(イビルロード・ラスト)、前の開いた鎧を着た美男子に黒い蝙蝠の翼にこめかみから二本の角と欲望に輝いた目を持つ悪魔強欲の魔将(イビルロード・グリード)。どれもデミウルゴスの守護階層第七階層にいるべきレベル80台の強力なモンスターだ。

 

『はくたくさん、これは一体?』

 

さっそく<伝言で>モモンガがはくたくに話しかけてくる。

 

『厳戒態勢という事でアルべドとデミウルゴスが配置を変・・・あ、デミウルゴスですよ』

 

魔将の後ろにいたデミウルゴスがこちらに近づいてくる。魔将もデミウルゴスの後ろに従いこちらにやってくる。距離が詰まるとデミウルゴスが上品な動きで片膝を付き、魔将もそれに倣う。

 

「これはモモンガ様にはくたく様。近衛も連れずにここにいらっしゃるとは、一体何事でしょうか?」

『思ってたよりはるかに早くばれちゃいましたね?どうしますモモンガさん』

『打ち合わせ道理お忍びで視察に来たという話で行きましょう』

「さっそくお前たちに見つかってしまったな」

「私とモモンガは仕事の進捗具合の確認と労う為にこっそり見周りをしようと思っていたのだ」

 

(大丈夫かな?別に変な事言ってないよな)

 

はくたくとモモンガの不安は杞憂に終わる。

 

「なんと我々を労う慈悲を与えてくださるだけでなく、その為に供を付けないとは。このデミウルゴス御二方の深い配慮に感服いたしました」

『どうやら成功したみたいですね』

『よし、これで外に行け』

「ですが、やはり供を連れずに、となりますと私も見過ごすわけにはまいりません。ご迷惑とは重々承知していますが何とぞこの哀れな物に寛大なる御慈悲を賜りますようお願い申し上げます」

『あーやっぱり供を付けてほしいみたいですね』

『じゃあ一人だけ許可してみたらどうです?モモンガさん』

「ならば一人だけ同行を許すぞデミウルゴス」

「私の我が儘を受け入れてくださり、感謝いたします」

 

デミウルゴスは後ろに控える魔将に指示を出す。

 

「ではお前たちはここで待機し、私が何処に行ったか説明しておけ」

 

『『お前が来るんかい!』』

 

二人は同時に脳内で叫ぶ。

 

「うむ、シモベも同意したようだし行くか、モモンガ。供をせよデミウルゴス」

 

頭を下げるデミウルゴスの横を二人が抜けるとデミウルゴスが立ち上がり従う。二人はデミウルゴスを連れ巨大な霊廟を出ると、そこには満点の空が広がっていた。

 

「綺麗だな」

「ああ・・・」

 

モモンガとはくたくは短く言葉を交わすが、その裏では<伝言>で会話する。

 

『うわー!!こんな綺麗な空は初めて見ますよモモンガさん!』

『ユグドラシルや六階層の空も素晴らしかったですが本物がこれほどとは・・・』

『空気も美味しいです、本当に美味しい。外で人口心肺無しに過ごせるなんて夢みたいです』

『ちょっと空飛んでみません?』

『いいですねえ。魔法お願い出来ます?飛行のマジックアイテム持ってますけどデミウルゴスもいますし』

『分かりました』

 

モモンガが<集団飛行(マス・フライ)>を発動させ三人が中空に舞い上がる。どんどんと速度を速めひたすら上昇していき、数百メートル進んだ所でゆっくりと停止する。二人は周囲を見回す。そこには日本ではとうの昔に失われた自然の美しさが広がっていた。はくたくが無言でそれを堪能していると、ぽつりとモモンガが呟いた。

 

「ブルー・プラネットさんがここにいれば何て言っただろうか・・・」

 

ギルドメンバーで最も自然を愛した男。彼はせめて仮想の世界ではと第六階層の夜空を作り込んでいた。はくたくは彼がメンバーを相手に第六階層の夜空を用いて天体の講義をしてくれた事を思い出す。彼ならこの夜空を見てなんと言うのだろう。はくたくはブループラネットの天体講座を思い返しながら、彼に教えられた星座が無いか探す。だが北半球南半球どちらの有名な星座も満点の夜空には存在しなかった。

 

(あるべき場所に星が無い。ここは地球ではない、いや魔法が使えるんだから別次元の可能性も高いのかな?)

 

「現実の世界とは思えない・・・キラキラしていて宝石箱みたいだ」

「ええ本当に。ブループラネットさんがここにいないのが残念だ」

「この世界が美しいのは、御二方の実を飾るための宝石を宿しているからに違いないかと」

 

後ろからデミウルゴスの御世辞が聞こえてくる。

 

「この美しい宝石箱が私たちの為にあるか。どう思うモモンガ?」

 

はくたくはモモンガに問う。

 

「この世界が宝石箱ならこの宝石は我々で独占すべきものではないな。ナザリック地下大墳墓を、そしてわが友たちとこのアインズ・ウール・ゴウンを飾るものだろう」

「なんと魅力的な御言葉。御二方が望まれるのならば、ナザリック全軍を持ってこの宝石箱をすべて手に入れてまいります。それを御二方に捧げる事、このデミウルゴスこれに勝る喜びは御座いません」

 

二人は目を合わせる。部下は二人が命じれば本気で世界征服するつもりなのか?

 

『これ本気(マジ)ですかね?どう思いますはくたくさん』

『流石に雰囲気読んで言った冗談でしょう』

「この世界の事が全く分からない状況でその発言はどうかな?我々はこの世界ではちっぽけな存在の可能性もあるぞ?ただ・・・・うん。世界征服なんて面白いかもな」

「世界征服か。ロマンはあるなモモンガ」

 

デミウルゴスの期待に応えた演技をするモモンガにはくたくも合わせる。世界征服、それは男のロマン。だが当時の「世界」を征服した帝国がどうなったかなんて、歴史を紐とけば幾らでも出てくる。世界征服に現実的なメリットなど存在しない。知恵者の設定のデミウルゴスなら分かっているはずだろう。

 

景色を楽しむために振りむかなかった二人は、結局デミウルゴスが二人の言葉にどのように反応したか、気付く事は無かった。

 

 

 

 

 

夜空を十分堪能したモモンガとはくたくは、地上でナザリックの隠蔽工作をするマーレを陣中見舞いの為に地上へ降下を始める。所用が出来たデミウルゴスと途中で分かれた二人はマーレの近くに降りる。二人が着地する前にこちらに気づいたマーレが駆け寄ってくる。急いだ駆け足の為かスカートがぴらぴらと揺れている。

 

(うーん見えそうだ。いや見たいわけではない!断じて!!)

 

制作者ぶくぶく茶釜のアウラとマーレの完成お披露目に呼ばれたときの事を思い出す。そういう趣味は持ち合わせていないはくたくは性別設定ミスじゃないのか?と他のメンバーに漏らした所を茶釜に見つかり滔々と説明された事を思い出す。その説法には何故か茶釜のリアル弟であるメンバーペロロンチーノも加わっていた。

 

(男の娘だっけ?あんなに可愛いのに男・・・男・・・)

 

はくたくは男の娘概念について考えるのを止め、マーレとアインズの会話に加わる。

 

「今私とモモンガはお前たちの働きを見廻っているところだ。ナザリックの為に働くお前たちを労う為にな。何故供をつれていないと聞いていたな?それが近衛を付けてない理由だ。供をゾロゾロと引き連れていればお前たちも心休まるまい」

「そういう事だマーレ。見た所完璧に使命を果たしているようだな。我々が満足しているという証に何か褒美を与えようと思っている」

「あ、ありがとうございます。モモンガ様、はくたく様。で、で、でも褒美なんてもらえません!僕たちは至高の方々に使えるためにいるんだから、仕事をこなすのは当たり前です!」

 

一応確認をするためにはくたくは合図の一つを出す。頭の中に<伝言>のネットワークが繋がる間隔を感じてからモモンガに話しかける。

 

『モモンガさん褒美でアレ(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)渡すんですよね?』

『はい。でもなんか受け取りそうにない雰囲気ですね』

『ならこれからも忠誠を尽くすことへの褒美として渡しましょう』

『その線で誘導してみます』

 

<伝言>の回線を切ったモモンガはマーレに提案する。

 

「そうか?ならばこうしよう。今後も我々に忠誠を尽くし、忠実に使命を果たしていく事に対する褒美を兼ねていれば問題ないだろう?」

「も、問題ないんでしょうか?」

 

はくたくもマーレの背中を押す。

 

「ああ。問題は無いとも。モモンガ、アレを渡そう」

 

モモンガがアレ(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を取りだすとマーレの目が変わる。

 

「そ、そ、それは至高の方々しか所持を許されない至宝の一つ!う、受け取れるはずがありません!」

 

合図しなくても今度は<伝言>が飛んでくる。

 

『これ受け取れないって言ってますけどどうします?』

『指輪を渡す目的と、他の階層守護者にも渡す事を説明してそれでも駄目なら命令って事で押し切りましょう。ナザリックの防衛能力強化のために階層守護者にはどの道渡さなければならないですしね』

 

「私とはくたくで決めたのだが、何らかの襲撃の時には各階層守護者には各階層の指揮官になってもらう。その際本部である10階層に転移出来ない、撤退できないというのは非常に不味い。だからこの指輪を渡すのだ」

 

「で、ですがなんでぼくが…もしかして他の守護者にも渡すんでしょうか?」

 

(お?いけそうな雰囲気だ。けしかけるか)

 

はくたくが後押しをする。

 

「その予定だ。だがマーレ、その働きぶりを評価してお前が最初だ。褒美として最初に受け取る栄誉を与える」

「で、ですけど…」

「臣下の身では受け取れないというお前の気持ちも理解できる。だが命令として受け取れ。これを用いてナザリック、そして私やモモンガの為に貢献せよ」

 

モモンガから指輪(リング・アインズ・ウール・ゴウン)から受け取ったマーレは、感激した様子で感謝の意を伝えてくる。だがはくたくはそれマーレの言葉や態度よりも気になる部分があった。それはマーレが指輪を嵌めた箇所。左手の薬指。

 

(結婚指輪じゃないのに…骨と魔獣だけど一応男のはずなのに…)

 

はくたくが再び茶釜に説法された男の娘概念について思い出していると後ろから声がかかった。

 

「モモンガ様。それにはくたく様」

 

振りむくと月明かりの下に神々しい女神がいた。その後ろにはデミウルゴス。月明かりを背に舞い降りてくるアルベドの美しさに、はくたくは記憶にある彼女の残念美人像を一時忘れた。

 

「デミウルゴスから仔細聞き及んでおります。我らを労うために供を付けずお忍びで見周りとはそのご配慮、守護者一同感謝の極みでございまうぇええ!!!」

 

話の途中で突如アルべドが目を零れ落ちそうなほど目を剥き、ギョロリとマーレの指輪を見る。顔は一瞬で再び元に戻ったが、視線はマーレの薬指の指輪から離れない。

 

「ど、どうしたアルベド」

「・・・・何かございましたか、はくたくさま?」

 

指輪、薬指、モモンガを愛している。これらからはくたくは一つの結論を導き出す。マーレが危険だ。とりあえずここから離れさせよう。はくたくは<伝言>の合図をさりげなく出しながらマーレに話しかける。

 

「マーレよ邪魔をしたな。休憩を取ったのちに再び作業に戻ってくれ」

「は、はい!ではモモンガ様、はくたく様、失礼します」

 

走り去るマーレを見ながら<伝言>が繋がるとはくたくはすぐさまモモンガに命じる。

 

『緊急事態です、モモンガさん。今すぐアルベドに誉める場所見つけて指輪を渡してください』

『え?本来の予定では・・・分かりました』

 

遅れて察したモモンガはアルべドに話しかける。

 

「それでアルベドはここに何のようだ?」

「はい、デミウルゴスからモモンガ様とはくたく様がこちらに視察でいらっしゃると聞きましたので、ご挨拶にと。ただ、このような汚い格好で申し訳ございません」

 

はくたくの目にはアルベドの服は特段汚れているようには見えない。はくたくはモモンガがアルベドに上手い事返すように祈る。

 

「アルベドよ、お前の輝きはその程度の汚れで損なわれるようなものではない、相変わらず美しいままだ。確かにお前のような清廉な美女を駆け回らせるのは悪いと思っている。だが今は非常事態だ。申し訳ないが今少し我慢してもらうぞ」

「モモンガ様、あなたの為ならば幾ら駆けようとも問題はございません!」

『モモンガさん今です!指輪を渡しましょう』

「お前の忠義、感謝するぞ。そうだ、アルべドよお前にも渡す物がある」

「―――何を・・・でしょうか?」 

 

目を伏せ感情を抑えてはいるが期待しているオーラがダダ漏れだ。モモンガは指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を取り出しアルベドに差し出す

 

「守護者統括のお前にもこれは必要だからな」

「…感謝いたしますモモンガ様」

 

はくたくとモモンガは指輪を受け取ったアルベドを観察する。アルベドは指輪を両手で握りしめ少しうつむいている。感情を抑えててはいるが、口元は痙攣し翼がビクビクと震えている。おそらく指輪を貰った事が余程嬉しいのだろう。

 

『とりあえずどうにかなったし、ここから撤退しましょうモモンガさん』

『え、ええ・・・』

「それではアルべドよこれからも忠義に励めデミウルゴスには―――」

 

今デミウルゴスにアルべドと同じように指輪を渡すのは得策ではない。

モモンガの発言にはくたくは口を挟む。

 

「またの機会だ」

 

モモンガははくたくに合わせる。

 

「そうだな、デミウルゴスにはまた後日としよう」

「畏まりましたモモンガ様、はくたく様。御二方からかの偉大なる指輪を戴けるよう努力してまいります」

「よし、ではすべき事も済んだ。私たちは九階層に戻るとするか」

 

アルベドとデミウルゴスが頭を下げたのを目にした二人は指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)

を起動させ転移する。転移する直前はくたくは「いよっしゃああああああ!」という声を聞いたような気がした。

 

 

 

 

 

第九階層の入口に転移した二人は歩きながら<伝言>で会話する。

 

『アルベドが指輪を見た時はどうなるかと思いましたよ』

『アルベドには自分の所へ報告に来た時に渡す手筈でしたからね』

『気分転換に外に出たのにここまでトラブルになるとは。ちょっと軽率でした』

『いやいや、私も夜空を見てかなり気分が良くなりましたから謝らなくていいですよ』

『そう言ってくれるとありがたいです。モモンガさんはこの後どうします?自分はちょっと寝ようかと』

『自分は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で周辺を探ってみます』

『分かりました。疲れないとはいえあまり根を詰めないで下さいね。何かあったら困りますし』

『そうですね。適度に休憩を取る事にします。では、はくたくさんまた明日』

 

二人は指輪でそれぞれの自室へと転移した。

 

 

 

 

 

はくたくは自室に戻ると併設された浴室の用意をメイドに指示する。大して汚れてないとはいえ、寝る前に風呂に入らないのはなんとなく嫌な感じがしたからだ。十分後、メイドから準備が出来たと伝えられた浴室に向かうのだが、後ろからメイドが付いて来ている。

 

「・・・どうして付いてくる?」

「はくたく様の背中を流すのを手伝おうかと」

 

(色々とお付きのメイドが世話を世話をしてくれるのも悪くはないが風呂場にまでついてこられるのはちょっと気が休まらないな…)

 

「今日は一人で入る。不要だ」

「畏まりました」

 

九階層の41人の部屋はロイヤルスイートをイメージしたものになっているが、各ギルドメンバーの趣味に沿ったカスタムが施されている事もある。自室のデフォルトの浴室は高級ホテルのジャグジー付き風呂だが、はくたくの自室の浴槽は石造りの伝統的な温泉旅館の風呂を模したものになっている。

 

浴室に入ったはくたくは体を洗おうと持ち込んだタオルに石鹸を付けようとして気付く。タオルは鱗や突起がある自分の体を洗うのに適していない。たおるが鱗や突起に引っ掛かかってしまう。どうしたものかと周囲を見回し、いい物を見つける。風呂場に備え付けられたボディブラシだ。石鹸を付け泡立てたブラシで手足と胴体を洗った後、取手付きブラシで鏡を見ながら甲羅を磨いていく。十分洗ったと感じたはくたくはシャワーで泡を流す。

 

風呂に入る準備が出来たはくたくは浴槽の前に立つ。このように並々と湯が湛えられた風呂に入るのは初体験だ。日本で水は貴重なため都市部ではスチームバスにしか入れない。汚染されていない温泉を利用した浴場もあるが、そういう場所はかなり高額な料金を取られる。それに旅行は昔ほどメジャーな娯楽ではない。温泉旅行などしようものなら温泉に入る為だけに殺風景な景色を延々と見る破目になる。それならば仮想世界を楽しんだ方がよっぽど娯楽になるというものだ。

 

意を決しはくたくは足を湯に付け、そしてそのまま体をザブンと湯に沈める。大量の湯が零れ浴室に湯気が充満する。足を伸ばしリラックスする。

 

「あー極楽極楽、って言うんだっけ?確かこういう時は」

 

昔見た資料映像を思い出しながら一人呟く。水が貴重で無かった昔はこのような大量の水を用いた入浴法がメジャーだったらしいが、当然だなと思う。スチームバスとでは気持ちよさが全く別物だ。湯の温かさが全身を通して体に染みわたっていく。

 

少し子供っぽいと思ったがある事をやってみたくなった。湯の中に潜り浴室を泳いだり、バシャバシャと湯を飛ばす。ひとしきり遊び満足したため浴槽の端にもたれかかり、はくたくは考え事を始める。

 

(最初はとんでもない事に巻き込まれたと思ったがこういう体験が出来るなら、全部が全部悪い事ではないな。明日の朝食も酒の旨さを考えるとかなり期待できそうだ)

 

(アルベドの件は…モモンガさんに言った通りなるようにしかないだろう。モモンガさん案外スケベだしもしかしたら今頃アルべドとお楽しみかも)

 

(いや、確か性欲が殆ど無くなったって言ってたからそれはないな。アンデットの体はメリットもデメリットも大きそうだったな。…そう言えば自分の性欲はどうなった?)

 

自分の性欲はどうなっているのか。はくたくは自分の下腹部を意識しながら観察する。腹部はなめらかな鱗に覆われてつるりとしている。生殖器や排泄口の類は一見見当たらない。

性器は本能的にその手の目的に使用する物が体内に格納されている事がなんとなく分かる。性欲の確認は風呂で背中を洗わせるためにメイドに水着でも着せて、一緒に入浴してみれば分かるだろう。だがそれでメイドにムラムラした場合、自分は異種交配を好む変態になるんじゃないか、という疑問が沸き起こる。それについてはなるようになるさと深く考えず、はくたくは次に排泄口が無いという事を考える。モモンガと違い物を食べるのに排泄をするための穴が無いのはどういう事か。そういえば異変が起こった時から数時間たっているが、便意や尿意の類は全く感じない。自分が食べた物は質量保存を無視して何処かに行っているのだろうか。これは無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)あたりでひたすら水を飲めばどうなっているか分かるだろう。

 

 

 

 

 

そういう事を考えていると体が芯まで温まる。はくたくは浴槽から上がり風呂場を出る。脱衣所で体を拭こうとするが、一人ではタオルで上手く背中を拭けない事に気付く。仕方が無いのでメイドを呼び背中を拭かせる。いい年して背中を拭いてもらうのは少し気恥ずかしいが、先程メイドは背中を流そうと付いてきたのだから変な行動ではないだろうと考えた。体を乾かした後メイドに朝までモモンガや守護者からの用以外は取り次ぐなという事と、モーニングコールをするように指示し主寝室に入る。そのままベッドに倒れ込み目を閉じる。

精神的な疲れからか、すぐさま睡魔が襲って来たはくたくは考え事をする間もなく眠った。



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カルネ村の戦い①

旧版八話と九話の前半の纏めです。


はくたくはメイドのモーニングコールで目を覚ます。人間の頃とは違い寝ぼけることなく目が覚めた瞬間思考が冴え渡る。寝室を出たはくたくは若干の期待をしながらメイドに聞いた。

 

「おはよう。朝食の準備は出来ているかな?」

「既に用意は出来ております。こちらの部屋にどうぞ」

 

自室に併設された食堂にビュッフェスタイルでかなりの種類の料理が用意されていた。

 

肉料理 ハム、カリカリとそうでないベーコン、ポークとチキンのソーセージ

卵料理 オムレツ、フライドエッグ、スクランブルエッグ、ボイルドエッグ

主食 プレーントースト、フレンチトースト、クロワッサン、ノアフィグ、各種ジャムとバター

野菜 生野菜のサラダ、ポテトサラダ、フライドポテトと複数種類のドレッシング

スープ ブイヨンスープ、オニオンスープ、コーンスープの三種

デザート 季節のフルーツとコーヒーゼリー

 

料理が載せられたトレーには魔法が掛けられ、それぞれの料理の食べ頃である温度を保っている。10人前はあるだろう量と種類に一瞬圧倒されたが平静を装い席に着く。

 

「まずは何をお持ちいたしましょうか?」

「いや、ビッフェスタイルだ自分で取ろうと思う」

「わざわざ席をお立ちになららなくても私たちに命じてくだされば」

「いや、構わない」

 

悠長に持ってくるのを待たず早く食べたかった。席を立ち皿に目についた適当な料理を皿に載せていく。皿が一杯になったら再び席に着く。ナイフとフォーク、箸が用意されている。料理の内容的にここはナイフとフォークを使うべきだが使い慣れている箸を取った。はくたくは箸を手に取り動作を確認する開く、閉じる、掴むすべて問題ない。人間であった頃のように滑らかな動作で箸が使える事にホッとする。一流ホテル顔負けの出来の料理をあっという間に平らげ、別の料理を盛る。再び料理を口に運ぼうとしたところで手を止め、待機しているメイド達を見た。昨日からはくたくにの部屋には一人のメイドが常時待機しているが、今は朝食の準備と片づけの為か三人のメイドが待機している。彼女たちの事で気になった事があった。

 

「お前たちはもう朝食を取っているのか?」

「はくたく様の食事の片づけをした後食堂で取る予定です」

 

(朝食はまだ取っていないという事か)

 

食を取る間ずっとそばで畏まられるのは落ち着かない。

 

(一つ提案をしてみるようかな)

 

「そうか…ならお前たちも私と一緒に朝食を取ったらどうだ?」

「そ、そのような事、私たちには恐れ多くて出来ません!」

 

(マーレと同じパターンか。もうちょっと気軽に接してくれる方が有難いんだけどなあ)

 

「私は飲食不要のマジックアイテムを所持しているから、わざわざこのような食事を取る必要はないし、食事なんてその気になればその辺の石でも齧ればそれで足りる」

「至高の御方がそのような物をお食べになさらなくても」

 

「それでも」メイドの言葉を遮る。

 

「それでも食事を取るのは私の趣味みたいな物だ。趣味だからこれだけの種類と量を全て食べきる必要も、食べる気も無い。また、残った物を捨てるのはナザリックの資源を無駄にする。今ナザリックが置かれている事態を考えればそれは褒められる事ではない。それに、一人で食事を取るのはすこし侘しいんだ。それでも私の要望を聞いてはくれないのか?」

「はくたく様が望まれるのであれば、そう致します」

 

一般メイドの自分たちが至高の御方と食事など畏れ多いことは出来ないが、それを望まれるのであれば話は別。三人のメイドは食器を用意すると各自皿を持って料理を取り始めた。だが彼女たちは気を遣ってかはくたくが手を付け終わった料理からしか取らない。

 

(別にこっちに気を効かせずに好きなの取ればいいのに。そんなに食い意地はってるように見えるのか俺)

 

はくたくは皿にまだ取っていない料理とデザートを取った。

 

「残りはお前たちの好きなようにせよ」

「はくたく様ありがとうございます」

 

食事しながらメイドたちを観察して気付いた事がある。彼女達の食事スピードはかなり速い。主人の前だからか若干仕草が堅い感じはするが、皿へ山盛にした料理があっという間に消えていく。メイドたちは皿を空にすると料理を再び皿に盛り付け、もぐもぐと食べ始める。いい食いっぷりだ。

 

(美少女の大食いはなかなか見ごたえがあるな。日本の食糧事情が良かったころはこういう娯楽があったらしいけど)

 

10人前はあった量の料理は全てあっという間に空になった。はくたくは自分に感謝を伝えた後片づけを始めたメイドたちを眺めつつ、出されたコーヒーを飲みながら今日のスケジュールを考える。

 

(とりあえずは自身の能力と体の仕様についてきちんと調べる事から始めるかな。まずはその前にモモンガさんの所に行くか。多分昨日からずっと遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を弄っているだろうし、何か見つけたかもしれない。)

 

はくたくはコーヒーを飲み干しメイドたちにモモンガの所に行くと伝えた後、食後の運動も兼ねて歩いてモモンガの部屋へ向かった。

 

 

 

 

 

モモンガの部屋に入ると予想した通りモモンガは遠視の鏡を弄っていた。横にはセバス。モモンガは睡眠も食事も必要ないとは言っていたが、人間だった精神が擦り切れないとは限らない。肝心な時にモモンガに判断を間違われるわけにはいかない。はくたくは適当な椅子を取り、モモンガの少し後ろの遠隔視の鏡を覗ける位置に椅子を置き座る。

 

「おはようモモンガ。まさか一晩中それを弄ってたのか?」

「ああ。今ちょうど俯瞰の高さの調節方法を見つけたろころだ」

「・・・一晩中休みなく?」

「別に肉体的にも精神的にも疲れないから問題ないだろう?」

「そうかな?その体でもリフレッシュは必要だと思うぞ。オンオフの気持ちの切り替えをしたほうが仕事の効率が良くなる」

 

セバスの方を向き命じておく。

 

「私が言っても効かないだろうから、モモンガが根を詰めてるようなら休ませてくれ。場合によっては」

 

(少し意地悪をしてやろうか)

 

「アルベドを呼んでモモンガをベッドに連行させても構わない」

「ちょ!」

 

こちらを睨んだモモンガから<伝言>が飛んでくる。

 

『何言ってるんですか、はくたくさん!』

 

『いやー今日は「ゆうべはおたのしみでしたね」って言うつもりで来たんですよ。そう思ってたらモモンガさん休まず遠隔視の鏡弄ってるしリフレッシュが必要かと。冗談ですよ』

『冗談でもそういう事は止めてほしいです。アルベドはあの感じだと本当に押し倒してきそうですし』

『リフレッシュすべきってのは冗談じゃないですよ』

『ええ…そうですね、セバスに怒られない程度に休みを取るようにします』

 

元NPC達は言葉を額面どうりに受け取りそうなのではくたくは訂正しておく。

 

「セバス、後半のアルベドを呼べというのは冗談だ。本当に実行しなくてもよいぞ」

「はっ」

 

モモンガの方に向き直りここに来た目的の話をする。

 

「それではその鏡で人がいるような所が無いか探してみようじゃないか」

「ええ」

 

モモンガははくたくに鏡の操作方法を教えながら景色を切り替えていく。一晩中弄っていたおかげかその操作は慣れた物だ。遠隔視の鏡はというとゲーム時代より視点の自由度が上がっている。ゲーム時代はエロ目的の規制の為に制約があった視点移動が、今は自由に出来るようになっていた。ギルドメンバーのペロロンチーノはかつてこのアイテムを使って都市の通行人のパンチラを見る事に失敗していた。パンチラが見たくなったわけではないが、興味が湧いたためモモンガと操作を替わる。はくたくは大きく視点高度を上げ、ナザリックの周囲を見回す。すると優れた視力が南西の方向に人工物らしき物を発見した。

 

「何か見つけたぞ!」

 

若干の期待をしながら南西へと視点を移動し、俯瞰高度を下げる。どうやら村のようだ。更にズームすると何やら人が慌ただしく出入りをしている。

 

「これは…祭りか?」

 

後ろから映像を見ていたモモンガが呟く。

 

「いえ、これは違います」

 

それに同じく横で見ていたセバスが答える。セバスの口調は堅く視線は鋭い。はくたくは嫌な予感を感じながら、更にズームし地上視点に切り替える。そこでは虐殺が行われていた。粗末な服を着た村人を全身鎧(フルプレート)で武装した騎士らしき集団が村人に剣振るい殺していた。辛うじて徒歩の騎士の手を逃れた村人も馬に乗った騎士に追いつかれ、馬上から切られるか馬に踏み砕かれている。抵抗など一切見られない、一方的な殺戮だ。

 

「ふむ…」

 

正直なところ何も感じない。人が蟻の殺し合いを見て何も感じないのと同じだ。自分はもはや人間ではないのだから当然の感想だ。だが、はくたくはそう思ってしまった自分自身ににうろたえる。後ろのモモンガ似たような動揺を感じたのだろうか?はくたくはモモンガに問いかける。

 

「…正直に言うと、この光景を見ても何も感じませんでした。そっちはどうです?」

「私も何も感じません。本来なら…卒倒しててもおかしくはないでしょうね」

 

二人とも素が出ているがそれどころではない。二人とも今まで感じていた肉体の変化以上に、自らが人間ではない何かに替わってしまった事を自覚してしまったからだ。

 

はくたくは鏡に向き直り、惨状の場面を切り替えながら分析する、この騎士たちが何故村を襲っているのか。村を見た所文明の発展具合は大体中世辺りだろうか?ならばこの村は宗教異端の疑いで制裁を受けたのかも。他にも軍事目的の略奪、敵対する勢力の挑発行為、またはその国の騎士に偽装した他国の工作。この世界が元いた世界の中世と同じくらいの社会と考えると、今騎士が行っている虐殺にも正当化出来る理由が沢山存在するだろう。襲撃したのが山賊の類ならばもっと話は単純だが、村を襲っている騎士たちが武装した正規兵となれば話は幾らでも複雑になる。

 

結論。外部の状況が不明な今迂闊に介入すべきではない。見捨てるべきだ。

 

 

だが…本当にそうだろうか。

 

 

鏡の映像は家族を逃がそうとしている村人が、騎士と揉み合っている映像を映していた。村人は抵抗むなしく二人の騎士によって抑え込んでいる騎士から引き剥がされ、押し倒された騎士は激高したのか、引き剥がした二人に立たされた村人に剣を何度も突き刺している。

 

 

・・・・この状況に何も思わないのが本当に正しいのか?

 

 

気のせいだろうが、死につつある村人がこちらに向き「娘たちをお願いします」と言った気がした。

ありえない。

 

 

・・・・・・・

 

 

「どういたしますか?」

 

セバスが訪ねてくる。この村に介入すべきではない。見捨てる。はくたくはセバスに返そうとするが、声は出なかった。なぜならセバスの面影に見たのだ。かつて自分を救った純白の聖騎士を。

 

 

 

 

 

はくたくが隠し種族を見つけたいう情報が掲示板に流れた途端、はくたくは種族解放条件の情報を要求するプレイヤー達からPKを含む嫌がらせを受け続けていた。彼らの余りの粘着っぷりに暫くユグドラシルから離れようかと思っていた。討伐隊に追い詰められ覚悟を決めたはくたくの前に颯爽と現れPKプレイヤーを一瞬で屠り、自分をギルドに勧誘してくれた純白の聖騎士、たっち・みー。はくたくを助けた理由を問うと彼はこう答えた。

 

 

 

――誰かが困っていたら助けるのは当たり前――

 

 

 

セバスの制作者はたっち・みーだ。だからかなのか、彼の事を思い出してしまった。改めて鏡の中の惨状を見たはくたくは決意する。

 

この村を助ける。

 

例え体は人すら喰らう化け物になったとしても、人の心まで完全に失ったわけではないはずだ。モモンガに向かい、自らの決意を告げる。

 

「モモンガさん私はあの村を助けに行きます。リスクを考え、あなたは待機していてください」

 

敵の実力が分からない以上、自分が返り討ちにあう可能性を考えると当然だ。

 

「はくたくさん、私も村に同行します。その…『誰かが困っていたら助けるのは当たり前』ですからね」

 

はくたくは気付く。モモンガもセバスの面影に自分と同じものを見た事を。ならばその提案は断れない。

 

「ならば一緒に行きましょう!」

 

モモンガがセバスに指示を与える間にはくたくは武装を整える。黒色の手甲、足甲、面頬を着け、指輪とネックレスを戦闘用の物に変更し、防具と同じ黒色の巨大な斧(グレートアックス)を手に取る。

 

鏡の場面ではこけた妹らしき小さい少女を庇った、姉らしき少女が背中を切られている。もう時間が無い。指示を出し終えたモモンガがスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで少女たちの場所へ<転移門(ゲート)>を開と、はくたくは迷わず転移門へと身を投じた。

 

 

 

 

 

妹の手を掴み少女は走る、村の外の大森林へ逃れるため。突如村を襲った騎士たちは容赦なく村人を殺した。捕まれば命はない。森まであと少しだ。そう思った矢先に後ろから鎧が擦れる金属音が聞こ始めた。気づかれた。妹手を握る手に力を籠め懸命に走るが、石に躓き妹が倒れてしまった。妹を助け起こし再び走ろうとするが、すぐそばで金属音が止まる。追いつかれた。咄嗟に妹を庇った背中に剣が振り下ろされ激痛が走る。せめて妹だけは。自分が盾になり騎士の剣を掴めば妹が逃げる時間を稼げるかもしれない。覚悟を決めた少女は振り返り、再び振り下ろされる剣を待ち構える。

 

 

だが、その剣は振り下ろされることはなかった。

 

 

転移門(ゲート)>を抜けたはくたくに先ほど鏡で見た光景が広がる。少女達に止めを刺そうとしていた騎士たちに冷酷な視線を向ける。突然武装した魔獣が現れたことに驚いたのか、騎士は剣を少女に振り下ろそうとした手を止める。状況を把握したはくたくは、まずは騎士と少女を引き離すべく攻撃を繰り出す。

 

一気に騎士との距離を詰め、特殊能力(スキル)<ふっ飛ばし攻撃強化>を使用しつつグレートアックスで左切り上げに騎士を薙ぐ。仮に騎士に攻撃を防御されても、騎士を吹っ飛ばすことで騎士と少女の間に距離を作り、自分を盾にできると考えたからだ。予想外の事態に反応出来るように全力では攻撃しない。はくたくの斧の攻撃を騎士は防御せずを体で受けた。しかも斧で攻撃したにもかかわらず、斧から物を切った感触が伝わって来ない。はくたくは予想外の事態に騎士から距離を取り構える。

 

(まさか幻術かダミー?もしくは攻撃無効化系のスキルか?いやそれは自分のスキル<物理接触無効無視>で無効化されているはず…)

 

はくたくは騎士から目を離さずにこの結果を分析するが、騎士が正解を教えてくれた。騎士の腰の左から右肩にかけて綺麗に切断され、騎士が崩れ落ちる。物言わぬ二つの塊になった騎士の切断面から血と臓物の匂いが周囲に漂う。

 

(騎士が防御しなかったのはこちらに反応できていなかったから、斧に手ごたえがなかったのは騎士の防御力があまりにも低かったからか。この世界の敵に全く攻撃か効かないという訳ではないようだな。)

 

はくたくは構えを解き、助けた二人の少女を眺める。「ヒッ」と悲鳴が聞こえるが当然だろう。いきなり化け物が現れてさっきまで自分を殺そうとしていた騎士とはいえ、人間を真っ二つにしたのだから。叫び声をあげないだけ褒められたものだ。どうやって二人を安心させたらいいか考えていると転移門からモモンガが出てきた。モモンガは嫉妬マスクを被り、手にはガントレットを嵌め、いつもはだけさせているローブをきっちり着ていた。骨が見える個所は全て覆われているから、一応人間に見える。

 

(やりたい事は分かるけど、なんで嫉妬マスクをチョイスしたんだ)

 

それはクリスマスイブの十九時から二十二時の間に二時間以上ユグドラシルにいると、問答無用で運営から渡されるマスク、嫉妬する者たちのマスク。略称嫉妬マスクだ。クリスマス当に日これを付けていない者はPKされる確率が跳ね上がる。そういう逸品だ。当然はくたくも複数枚所持している。

 

「一緒にいくって言ったのに先行しないでください」

「まあ騎士は倒せたし結果オーライということで」

 

はくたくの聴覚と嗅覚が新たな敵の気配を捉える。

 

「おっと新手のようですね」

 

近くの家の脇から新たな騎士が出てきた。こちらに気が付いた騎士の動きが止まる。今度は自分の番だとモモンガは騎士に広げた手を向ける。

 

「<心臓掌握(グラスプ・ハート)>」

 

モモンガは一から一〇ある魔法の位階の中で第九位の高位魔法を発動させる。心臓を握りつぶし即死させ、即死に抵抗しても追加で朦朧効果を相手に与える、死霊系魔法に長けたモモンガの十八番だ。

 

「ぐはぁ・・・」

 

即死効果の抵抗に失敗した騎士は心臓を握り潰されその場に崩れ落ちる。

 

「・・・あれ?」

「自分が倒した騎士も牽制攻撃で真っ二つですよ。こいつらが強いかもってのは杞憂でしたね」

「いや、防御はともかく攻撃力は高いかもしれないし油断は禁物ですよ。<中位アンデット作成死の騎士(デス・ナイト)>」

 

モモンガが特殊能力でアンデットを作り出す。召喚したデスナイトはレベル35のモンスター。レベル100帯では全く役に立たない強さだが、便利な特殊能力を所持している。敵のヘイトを引きつけるスキルと、どんな攻撃も一度だけHP1で耐えるというスキルだ。騎士たちのの攻撃力を確かめるのに最適な盾役だ。

中空から黒い霧がにじみ出し、心臓を潰された兵士に覆いかぶさる。霧が騎士に溶け込むと、騎士が不自然な挙動で立ち上がった。立ち上がった騎士の口からゴボゴボと黒い液体が噴出し騎士の体を覆っていく。

 

「げっ」「うわっ」

 

二人は声を上げる。ゲームでこのスキルを使うと中空からモンスターが登場していたが、今は死体を媒介に生成している事に驚いたからだ。黒い液体に覆われた騎士の体が変化していく。数秒後には液体は消え、二メートル超の巨躯の黒騎士がそこにいた。禍々しい深紅の文様と棘を生やした鎧に身を包み、タワーシールドとフランベルジェを手に持つ。露わになっている死者の顔には腐り落ちた眼球の代わりに、生者への憎しみと殺戮への期待が籠った赤い光が灯っていた。

 

「死者を素材に生成されるようになっているのか?」

「まあ検証はおいおいやる事にして、とりあえず指示出してみましょうよ」

「えー、デスナイトよこの村を襲っている騎士―――」

 

モモンガははくたくが両断した騎士を指差す。

 

「―――を殺し村人を守れ」

「グォォォォォオオオオオオオ!!」

 

叫び声を上げたデスナイトは村の方向へと駆けだした。ゲームだと召喚者の周辺に待機し敵を迎撃するだけだったデスナイトだが、今は命令をされればそれ以外の行動も出来るようだ。

 

「行っちゃったよ…盾役だけで先行してどうするよ…いや命令したの俺だけどさぁ…」

 

頭を書きながらぼやくモモンガにはくたくは吹き出す。モモンガが睨んでる気がするのでフォローする。

 

「まあ色々と命令が出来る事が分かったしいいじゃないですか」

「やはり一度スキルと魔法は全て検証するべきですね」

 

二人が先程倒した騎士達から騎士たちの強さを推測していると、転移門の展開時間ギリギリでアルベドが到着した。

 

「モモンガ様、はくたく様、準備に時間がかかり、申し訳ありません」

 

アルベドは黒い甲冑に身を包んだ完全武装だ。肌の露出はない。

 

「いや?そうでもないぞ。丁度いいタイミングだ」

「ありがとうございますモモンガ様」

「それでセバスから作戦内容は聞いているな?」

「この村を襲撃している騎士の排除と村人の救出と聞いておりますはくたく様」

「よし。では騎士を片付ける前に―――」

 

少し考え、はくたくはインベントリから治癒のポーションをモモンガに渡す。

 

「その、自分の見た目だと二人が怖がるのでモモンガがそこの二人を治療をしてくれ。その二人から情報を集めた後、二人は先行させたデスナイトと合流して村人を救出して欲しい」

 

自分はどうするのか?と二人は言いたげだ。

 

「自分は村の周囲で警戒している騎士を排除する。その後は周辺の森で後詰の隠密部隊と周辺警戒にあたろうと思う。自分が居ないほうが助けた村人たちとの交渉や情報収集が円滑に行われるだろうからな」

 

二人の怯えようを見れば自分の見た目が村人に与える影響は一目瞭然だ。自分が居ないほうがモモンガが村で行動しやすいだろう。

 

「はくたくがそれでいいのならそうしよう。騎士は雑魚だがそちらは単独行動だ。何かあったらすぐに退却しろ」

「分かっている」そう言いながら<伝言の>合図を出す。

 

『どうしましたはくたくさん?』

『そこの二人の治療のついでに自分についての記憶を消しといてください』

『最初から自分たちは二人で村を助けに来た。そういう事ですね』

『そういう事です。それでは行動を開始しましょう』

 

はくたくは少女たちへの治療を始めたモモンガ達と分かれ、道を逸れ森から村の周辺へと向かった。



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カルネ村の戦い②

旧版の九話後半と十話の纏めです


<鋭敏嗅覚><視覚強化><追跡>などのスキルで村周辺に展開している騎士の配置は容易く掌握できた。徒歩の騎士が三人、騎乗した騎士が三人の合計六人だ。

 

(さっきは村人の目があって出来なかった事も出来るな)

 

一番近くにいる騎乗した騎士と徒歩の騎士の二人組に目を付ける。

 

(まずはコイツらからだ)

 

はくたくは森から出て全力で突進し右手の斧で騎兵を馬ごと両断する。そしてもう一人が反応して騒ぐ前にヘルムを毟り、口を塞ぐように左手で頭を掴む。混乱して暴れる騎士が、こちらの目を見るまで待ってから告げる。

 

「騒いだら今隣にいた奴と同じ運命をたどるぞ。いいな?」

 

騎士が理解した表情をするまで待つ。それから喋れるように掴む位置を変える。

 

「今から言う質問に答えろ」

「わ、わかった話すから命だけは」

「お前の所属とこの村を襲撃した目的を言え」

「我々はバハルス帝国の騎士で、この村の襲撃を指示されている」

 

バハルス帝国、全く聞いた事が無い国名だ。やはりここは異世界なのか。また、兵士の命の危機にしては整然とした答え方に違和感を持つ。出鱈目、もしくはあらかじめ与えられた偽装身分(アンダーカバー)を答えたかもしれない。

 

(ここはすこし揺さぶってみるか)

 

首を掴む力を気絶しない程度に強める。

 

「こちらが化け物だからと言って舐めないで欲しいね。このような小さい村を、わざわざこれだけの部隊で襲撃するのは不自然だ。何か隠してはいないか?」

 

騎士の顔に斧を押し付け、刃を額に少しだけ食い込ませる。もう少し力を込めれば騎士の頭のスライスの出来上がり。額から出た血が騎士の顔を伝ってから首を掴む力を緩める。せき込んだ騎士は顔面蒼白になりながら捲し立てる。

 

「う、嘘をついていました。我々は本当は帝国の騎士ではなく、スレイン法国の部隊です!帝国の騎士に偽装してこの一帯の村を襲撃するように…これ以上は何も知りません!本当です!」

 

騎士の答えを聞いてはくたくは顔をしかめる。騎士が嘘をついていた事は想定内だ。だが、顔をしかめた理由ははこの襲撃がバハルス帝国ではなく、それに偽装したスレイン法国という国の作戦という事だ。

 

(これはどう転んでも面倒な事態になるな…)

 

はくたくは掴んだままの騎士を見る。相変わらず顔は恐怖で青い。だが、正直に喋った事で僅かだが見逃されるかもという期待が目にある。

 

(彼には悪いが、姿を見られた時点で生きて返す気はない。ここはひとつ検証につきあってもらおう)

 

「なるほど、情報提供感謝する。『そこに転がっている騎士のよう』にはしない」

「あ、ありがとうございま」

 

騎士の言葉が途中で止まる。自分を掴む化け物がミシミシと音を立てて巨大化しているからだ。

 

「だが、姿を見られてしまった以上、お前を生きて返すわけにはいかない」

「たす―」

 

はくたくは騎士が叫ぶ前に頭を口の中に突っ込む。そのまま蛇が丸呑みするように騎士を呑んでいく。体の半分まで吞み込んだが騎士は元気に脚をばたつかせている。両手で騎士の脚を掴み、一気に口の中に押し込んだ。喉を通るときに騎士がうごめく感触があったが、胃に収まると一瞬でそれはなくなった。恐らく胃袋で消化の抵抗判定に失敗し分解されたのだろう。残された馬と騎士の死体も食べる。味は血と臓物と生肉の味だが不味いとは感じない。馬肉は結構イケる。騎士のほうも着ている鎧がアクセントになった。

 

(とうとう人間を食べてしまったが、やはり何の感情も湧いてこないな。不味く感じないのは頭の中で普通の料理を食べる時と、別の精神回路が働いている気がするからそのおかげかな?)

 

はくたくは数十秒で馬と騎士を喰い終えた。そこに生物がいた形跡は残された血のシミだけになった。

 

「さて…」

 

周囲を見回すと先程食べた騎士が落とした剣を見つけた。剣を拾い手に当て勢いよく引いてみるが掌に傷はつかない。スキル<物理ダメージ無効化Ⅳ>により半端な武器では傷すらつかない。騎士たち全員の武装がこの程度なら、村の中心に向かった二人もおそらく無傷だろう。剣をデザートとしてバリバリ食べながら村の周辺を右回りと左回りどちらで掃討するか考えていると、隠密スキルで隠蔽された足音を聞きつける。振り向くと忍者装束に身を包んだ蜘蛛が森から出てきているところだった。この蟲モンスターは八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)。透明化能力と首狩り(ヴォーパル)の連続攻撃能力をもつ厄介なモンスターだ。モモンガがセバスに指示していた、村に送り込む隠密能力持ちの後詰だろう。透明化の能力を使っているが、<透明看破>の特殊能力を持つはくたくには意味が無い。八肢刀の暗殺蟲ははくたくの前に来ると透明化を解除し跪く。

 

「はくたく様、我ら先発隊はモモンガ様の指示ではくたく様の周辺掃討に加われと指示を受けました」

 

八肢刀の暗殺蟲から先発の隠密部隊の内訳を聞く。八肢刀の暗殺蟲十五体と影に潜むことができる悪魔のシャドウデーモンが十六体。周辺にいる残りの騎士は四人。騎士の強さを考慮するとオーバーキルだ。

 

「お前たちに命ずる。村周辺の騎士を排除しろ。出来れば生きて捕獲し捕虜にしておけ」

 

了解を示す礼をすると八肢刀の暗殺蟲は再び透明化し離れていく。はくたくは周辺を眺め、村と周辺を見渡せるポイントを見つけそこで待機する。聴覚を研ぎ澄ませると、村の中心での騒音とは別に村の周辺四か所からくぐもった悲鳴と殴打音がした。暫くして再び八肢刀の暗殺蟲が現れ騎士の拘束に成功したと報告しに来た。

 

「御苦労。捕虜は一か所に置き見張りを付けろ。残りは村の周辺に潜伏し警戒にあたれ」

 

再び八肢刀の暗殺蟲が消える。暫くして村中心の騒ぎも収まった。予想通りモモンガと<伝言>が繋がる。

 

『はくたくさん、村の騎士を排除し、数人だけ脅した後に解放しました』

『こちらも周辺に展開している騎士は増援のおかげで問題なく拘束しました。こいつらはナザリックに回収しましょう。あと一つ問題が』

『問題?』

 

モモンガにこの騎士たちはバハルス帝国という国家の兵士に偽装したスレイン法国の部隊だという事を説明する。

 

『どこかの国家の兵士だとは予想してましたが偽装とは』

『騎士の強さはともかく、厄介事に首を突っ込んでしまった事は確実です』

『情報ありがとうございます。その情報に気を付けながら村で情報を集めます』

『こちらで周辺警戒するので村の方は頼みます』

『あとこれからはモモンガではなくアインズと名乗ります』

 

二人が以前話し合った時に決めた取り決めだ。ナザリックの代表となるモモンガが外部と接触をする時から、モモンガはより知名度の高いギルド名のアインズ・ウール・ゴウンに改名する。

 

『了解しました。それではこっちに適宜<伝言>で村で集めた情報を教えてくださいね』

『はい』

 

<伝言>の繋がりが切れたはくたくは周辺の警戒に戻った。

 

 

 

 

 

はくたくは森の中で寝っ転がってアインズから<伝言>で伝えられる情報を分析していた。警戒を解いているのは、自身の警戒範囲と周辺に分散した隠密部隊の警戒網が被っているからだ。自分も警戒してもいいが、肉眼で確認する隠密部隊のほうが自分より正確な情報をよこしてくれるだろう。

 

アインズの情報から分析するとまずこの村はかなり文化水準は低い。白湯を用意するのも火を熾すことから始めるから一苦労といった感じだ。だが都市部を見るまでこの世界全ての文化水準が低いと断定はすべきではない。この世界にも魔法は存在する。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の存在も同様だ。魔法の存在は食べた騎士の鎧や剣から僅かだがバフ効果を得たため確認済みだ。だがどの程度のレベルの魔法までが一般的かは村人の知識不足で分からないらしい。

 

(魔法の考察はモモンガさんに任せよう。全く魔法が使えない自分が考えても仕方がない。餅は餅屋と言うしね)

 

通貨に紙幣は使われず、金貨銀貨銅貨といった金属貨幣が使用されている。貨幣は周辺国家で同一のものが使われているようだ。紙幣が発明され流通していないのにもっと先の発明である共通通貨は採用されているとなると、元いた世界と経済史が全く違っている。

一番頭が痛くなったのは周辺地理だ。この周辺にある国家はリ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国の三カ国。締め上げた騎士が吐いた情報にも出ていたが、こんな国名世界史で全く聞いたこともない。ここが元いた世界とは全く違う世界ということがほぼ確定した。

 

周辺地理はナザリックやこの村がある地域を中心とすると、北西に王国、王国と山脈を挟んで北東に帝国、南方に法国がある。ここは三カ国の交通の要衝で一応王国領だが、三カ国が絶賛係争中の地域だ。ナザリックをどこかの国家組織の庇護に入れる戦略を考えていたが、こんな政情不安定な地域で迂闊にやれば、ナザリックはたちまち紛争に巻き込まれるだろう。村の生活基準や襲撃していた騎士達の戦力をナザリックと比較すると、ナザリックは莫大な経済力と軍事力をこの世界では持っている可能性が高い。正直、周辺国家とナザリックが接触した場合、どうなるのか予想ができない。

 

しかも騎士の情報が本当だと仮定すると、自分たちは王国と帝国を争わせる為の法国の不正規戦部隊に介入してしまった。既に紛争の当事者だ。

 

(この介入が不味いことにならないといいなあ・・・)

 

一旦手を出した以上覚悟を決めなければ。それに騎士の強さのように、こちらの最悪の予想は外れることもあるとはくたくは楽観的に思う。一応右も左もわからない時に場当たり的に人助けをしただけだという言い訳も効く。

 

最後に言葉だ。アインズが普通に会話できているのが不思議だったが、アインズ曰く発音と聞こえてくる音が全く違う。某古典漫画に出てくる翻訳コンニャクを食べたみたいだとのことだが、もはや異世界だからそういうものなんだと納得するしかない。

もっと情報収集が必要だ。はくたくとアインズはそう結論づけた。

 

 

 

 

 

村で死んだ村人の葬式をするらしい。はくたくはアインズから死者を蘇生すべきか相談される。

 

『一応蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)で村人を蘇生できますけど・・・どうします?』

『蘇生した場合のリスク計算ができません。止めた方がいいかと』

 

魔法が存在するとはいえ葬式が行われるということは、この世界で蘇生魔法はまず使用されていないという可能性が高い。

 

人を蘇らせる。文句なしの奇跡だ。それにも関わらず、歴史には意外と人を蘇らせることができた者が記されている。はくたくは彼らが辿った運命を思い出す。磔、石打、火刑、首切り、暗殺、追放。奇跡を行うものは尊敬され、称えられ、崇められ、そして疎まれ嫉妬される。殉教者の仲間入りなんて勘弁だ。

 

『・・・そうですよね。これは使わないことにします』

 

アインズの返答は重い。今から埋葬される人たちは自分たちが見捨てたも当然だ。そうはくたくも考えていると、八足刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が現れる。

 

「はくたく様、後詰の本体が到着しました。私以下、総勢四〇〇のシモベが待機しています」

 

総勢四〇〇。命令を出した時点では敵戦力が不明だったから仕方がないとはいえ、敵の排除が終わり戦力分析が終わった今では過剰戦力で不要だ。アインズに確認したうえで、八足刀の暗殺蟲とシモベの指揮に来ているアウラとマーレ以外は撤収させる。村での情報収集や葬式に思ったより時間を取られ、それらが終わる頃には夕方になっていた。

 

 

 

 

 

ここから撤収する直前になって伝令の八足刀の暗殺蟲から、アウラがこの村に新たにやって来る戦士集団を発見したとの報告が来た。さらにその集団を追っているらしき魔法詠唱者の集団もいるらしい。はくたくは二つの集団の特徴を伝令に訪ねる。戦士風の集団は統一されていない武装をしており、魔法詠唱者達の服装からは所属を示すような意匠が排除されているとの事だ。

 

「傭兵集団にそれを追う非正規戦部隊か?なんにせよ面倒だな」

 

当然アインズにも同様の連絡が行っている。<伝言>がアインズから飛んで来た。

 

『取りあえず村に向かっている戦士集団に村長と会います』

『わかりました。何が起こるかわかりません。気を付けてください。何かあれば駆けつけます』

 

 

 

 

 

はくたくは遠く離れた丘の上から村を何かあれば突入する為に監視する。村の広場に馬に乗った戦士たちが整列し、アインズと村長が隊長らしき男と会話をしている。戦士のリーダーらしき男が馬を降り、アインズに礼をする。

 

(モモンガさん感謝されてる?)

 

アインズから<伝言>が飛んでくる。

 

『彼らは王国の王直属部隊で、いま私と話しているのがリーダーの王国戦士長のようです』

『一応王国の村を助けたわけですし、友好的な関係を結べそうですか?』

『ええ。ですが…』

 

言い淀む原因はあの魔術師集団のことだ。ちょうど後ろで伝令の八足刀の暗殺蟲が奴らが村を包囲するように動き始めたと伝えに来る。

 

『それはあの魔術師集団、おそらくここを襲った騎士たちの本隊を排除してからですね』

 

 

 

 

 

アインズが王国戦士長との短い話し合いで分かった事を<伝言>ではくたくに伝える。まず王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが言うにはあの魔術師集団はおそらくスレイン法国の特殊部隊、六色聖典の内の一つ。そして目的はおそらくガゼフの暗殺。戦士長を誘うために帝国騎士に偽装した部隊に、辺境の村を襲わせていたということだろう。そして戦士長達は不利を知りながら、村の人を逃がす隙を作るために打って出る。アインズは戦士長に力は貸さないが、村人は自分の名に掛けて守るという事になった。

 

『アインズさん…<伝言>や二人きりの時は前と同じモモンガでいいですか?なんか奇妙な感じが』

『別にかまいませんよ』

『モモンガさんどうします?この状況』

 

はくたくが考える今取るべき最適な行動は即時撤退。村人を全員口封じし、我々がいた痕跡を残さず消した後に撤退する。だがガセフにアインズが名乗った手前もうそれは出来ない。となると次善は王国戦士たちとガゼフを助けて恩を売ることだ。

 

『戦士長に入れ替え人形を渡しておきました。彼らと法国の部隊を戦わせ、頃合いを見て入れ替わります』

 

入れ替え人形。消費することでチームとチームを入れ替えることができるマジックアイテム。ユグドラシルのアイテムガチャにおける外れアイテム枠だ。

 

『彼らのピンチに助け船を出してさらに恩を売るという事ですね』

『そういう事です』

『村を包囲する彼らが召喚している炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)でした。実力を隠しているのでなければ我々の手で撃退出来ます』

 

毒を食らわば皿まで。一回王国側に付いたのだから下手にふらふらせず、この場では徹底的に王国側に付き恩を売るべきだ。ただし、法国側にその情報がなるべく漏れないようにする必要もある。つまり、あの魔術師集団は全員拘束しなければならない

 

『全員が戦士長を狙わずに何人かは村の包囲に残ると思いますが、それはこちらの隠密部隊で排除ということで?』

『お願いします』

 

一つ気になったのは、会話の中でアインズがガゼフに好印象を持っていることだ。

 

『それにしてもそのガゼフという王国戦士長、中々熱い人ですね。モモンガさん、もしかして気に入りましたその人?』

『ええ。あの強さには正直憧れます』

 

アインズが憧れたのは彼の肉体的な強さではなく、死ぬ可能性があろうとも迷わず死地に飛び込むことができる、彼の意志の強さだろう。ああいう人間はなかなかいない。

 

『恩を売っても勿体ないということはないですね』

『ええ』

『それでは入れ替え人形を使ったら合流しましょう』

 

はくたくはガゼフを観戦できる位置に移動を始める。

法国特殊部隊の実力を見せてもらおう。



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陽光聖典①

微修正しました


「はくたく様ここが観戦にいいと思います」

 

王国の戦士達と法国特殊部隊の戦いを観戦すべく森の中を疾走するはくたくは途中でアウラと合流する。アウラは観戦できる場所を探してくれたようだ。両者がぶつかる場所を見渡すのに適した森の中の少し小高い丘に着いた。かなり距離があるがはくたくの視力なら何の問題もない。そこにはマーレもいた。

 

「お、お待ちしておりましたはくたく様」

「うん、長時間警戒御苦労。観戦場所も確保してくれたようだな」

 

陽光聖典の四五名は既に村周辺に展開し、王国の戦士を待ち構えている。はくたくはアウラとマーレの頭を撫でて労ってから胡坐をかく。王国戦士が到着するまでに二人の法国特殊部隊の評価を聞いてみる事にした。

 

「二人はあの魔術師集団をどう評価する?」

「アイツらまともに警戒も出来てませんし、アタシに任せていただければ一瞬でやっつけますよ」

「め、命令されれば、やっつけます!」

 

(・・・倒せるかどうか聞いている訳じゃ無いんだけどなあ)

 

アインズの予想だと包囲している奴らは三位階魔法、出来て四位階程度の魔法しか行使出来ないらしい。それならば守護者たちが雑魚と判断するのも仕方ない。土煙と蹄の音が聞こえ始める。開戦の合図だ。

 

「さてお手並み拝見と行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

王国側の作戦は騎兵の突撃で法国側を引きつけ、一撃を与えた後に離脱。村人を逃がしかつガゼフも逃げる。この二つを同時に達成するにはこれしか手段が無い。王国側の作戦は途中まで上手くいっていたが、ガゼフが馬に精神系魔法を駆けられ落馬し離脱に失敗。離脱した戦士達もガゼフを守るために戻ってきてしまった。法国側は次々と王国戦士達の突撃地点に転移して包囲網を完成しつつあった。

 

「詰みだな」

 

はくたくは王国側が敗北すると予想した。法国側の召喚する天使たちは物理耐性を持つが、王国戦士達の武装に魔法は込められていない。天使で足止めをしつつ魔法でトドメを刺して終わりだ。ガゼフが健闘はするだろうが、天使の物理耐性を突破出来ないだろう。

 

だがはくたくの予想は裏切られる。ガセフの剣に微光が宿ると天使の体を両断したのだ。

 

「あの技は何だ?武器にエンチャントした?」

 

はくたくのスキル構成は職業<スレイヤー>の技巧系戦闘能力と、種族<タラスク>の破壊力を組み合わせた変則系であり純粋な前衛職ではないが、最低限の知識として前衛職のスキルは大体把握している。記憶にあるユグドラシルのGVGやPVPでもあのような技は一回も見た事は無い。アインズにも後で確認を取るが、ほぼ確実にこの世界特有の技術だろうと判断する。

 

「お前たちは今の技を知っているか?」

「いえ、知りませんはくたく様。申し訳ございません」

「し、知りません。ごめんなさい!」

「謝る必要はないぞ。私だって知らないんだからな。二人ともよく見ておけ。これからはああいう技を使う奴らを相手にするかもしれん」

「「はい!」」

 

会話する間にもガゼフは次々と知らない技を天使たちに繰り出していく。六体への同時攻撃、姿勢の強制回復、攻撃速度の加速。どれも知らない技だ。

 

「ユグドラシルにない技術か・・・」

 

ガゼフ程度の戦士がああいう技を使ったとしてもナザリック的には大した脅威にならないが、もし完全武装したレベル100相当の戦士がこの未知の戦闘技術を駆使して来たら?初見殺しの怖さはユグドラシルで嫌という程叩き込まれた。未知=危険だ。足元を掬われない為に、あの技術について何処かで学ぶ必要がある。

 

はくたくは観察を続け、ガゼフはあの技術を使えるようだが、部下は使えない事に気付く。王国戦士たちは一人、また一人と天使の攻撃と放たれる魔法で沈んでいく。ガゼフは戦況をを打破するために敵のリーダー、停止中は視界内の天使の防御力を上げる監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を召喚している男を倒そうとするが、天使に妨害され近づく事が出来ない。王国戦士が減るたびにガゼフへの天使の攻撃と魔法攻撃の頻度が増えていく。

 

王国側の戦士達はよく訓練され士気も高いが、法国側の隊員達はさらに錬度が高い。統制された動きでガゼフを足止めし、確実に王国戦士を倒していく。使う魔法は拙いが、集団としての錬度は目を見張るものがある。

 

(特殊部隊の名は伊達ではなかったという事か)

 

部下は全て倒れ、ガゼフの顔にも疲労が見え始めた。魔法と天使の集中攻撃を受けガゼフがとうとう膝をついた。だが気合で再び立ち上がる。戦士長と法国側のリーダーが何か会話をしているが、距離が遠すぎて内容は分からない。だが内容は予想できる。トドメを刺す前の会話だろう。

 

「そろそろ交代の時間じゃないかな?」

 

はくたくが呟いた途端ガゼフと戦士達が忽然と消え、アインズとアルべドが現れる。アインズから<伝言>が来る。

 

『合図したらこちらに来てもらうので、近くで待機してください』

 

了解の返事を返しはくたくは立ち上がる。

 

「さて出番だな。…二人も一緒に来るか?」

「もちろんです!はくたく様やモモンガ様の活躍を近くで見たいです!」

「ぼ、ぼくも見たいです」

「なら一緒に行くか」

 

はくたくはアウラとマーレと共に移動を始めた。

 

 

 

 

 

陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインは不慣れな任務が無事に達成されつつある事を神に感謝する。陽光聖典は本来亜人狩りを主任務としている。ガゼフという一国の英雄の暗殺は、本来ならば英雄クラスの隊員だけで構成された法国最強の漆黒聖典がやるべき仕事だ。だが今は漆黒聖典は破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活に備えて、真なる神器<ケイ・セケ・コゥク>の守護で身動きが出来ないために自分たちにお鉢が回ってきた。我々の作戦を支援する筈の諜報部隊風花聖典も裏切り者の追跡でこちらを支援する余力は無い。不向きな任務、得られるのは僅かな支援。この状況では工作により本来持つべき宝具を一切装備せずに来た今がガゼフを倒す最初で最後の機会だ。王国の英雄であるガゼフを抹殺し、王国を弱体化させ法国が併呑するための布石とする。人間が一致団結しモンスターや亜人に対抗する。法国の掲げる理想の礎石に彼はなるのだ。

 

魔法の集中攻撃を受けとうとうガゼフが膝をつくが、再び立ち上がり叫ぶ。

 

「俺は王国戦士長!この国を愛し、守護する者!この国を汚す貴様らに負けるわけにいくかあああ!」

「その国に愛する価値はあるのかね?」

「なんだと?」

 

ニグンはガゼフの言葉に冷ややかに返す。

 

「貴様のそのザマが答えだよ。王国戦士長殿。王国貴族は意味もない政争を繰り返し国を腐敗させ、貴様のような貴重な人材を浪費する。しかるべき装備も人材もお前に与えられない。そのような国に忠誠を捧げる価値はあるのかね?」

 

ガゼフは一瞬逡巡し、力強く答える。

 

「俺は俺を引き上げて下された王、そしてその民に忠誠を果たさなければならない!」

「なるほど、見上げた理想だ」

 

ニグンが部下に指示を出す。天使がガゼフを包囲し始める。

 

「だが理想で目が曇っている。お前はここに来るべきではなかった。判断を誤ったお前はここで死に王国の崩壊は早まる。そして我々法国が王国の民を導く。貴様はその礎石となるのだ」

「…お前にここに来た俺の考えは分かるまい。・・・・行くぞ?」

「強がるな。その傷、立っているのもやっとだろう?安心しろ、機密保持の為にあの村人も口封じする。一緒にあの世への供をさせてやろう」

「ふっ」

 

ガゼフはニグンの言葉を聞き笑みを浮かべる。

 

「・・・・・何がおかしい?」

「あの村には俺より強い人がいるぞ。お前たち全員でも勝てないだろうよ」

 

ハッタリだ。王国内にガゼフより強い人間など殆ど居ない。ましてこんな辺境になど。

 

「ハッタリで私を騙せるとでも?これ以上は時間の無駄だな。さらばだガゼフ・ストロノーフ」

「天使たちよ」

 

トドメを刺せ。ニグンはそう言おうとした。その瞬間ガゼフと戦士達は消え替わりに未知の二人が現れた。

 

 

 

 

 

「はじめまして、スレイン法国の皆さん。私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと親しみを込めて呼んでいただければ幸いです」

 

ニグンは喋らない。状況判断が出来ないからだ。

 

「そして後ろにいるのがアルベド。私たちは皆さんと交渉しに参りました。少しばかりお時間をいただけないでしょうか?」

 

アインズ・ウール・ゴウン。ニグンは王国の要注意人物リストを思い返すが、その名前は無かった。偽名の可能性がある。とりあえず向こうの話に乗って情報を集めるべきか。また相手の交渉自体が我々を罠に嵌めるための時間稼ぎの可能性も考慮する。ニグンは部下に合図で周辺を魔法で探査させる。

 

 

 

「あいつら探査魔法を使ったみたいですけど、アタシのスキルで妨害しておきました」

 

近くの森にははくたく、アウラ、マーレが待機しているが、アウラのレンジャーのスキルで三人は隠蔽されていたため、ニグンの部下は気付けなかった。

 

 

 

―――反応なし。部下の合図を確認したニグンはアインズに顎をしゃくり会話を続けるよう促す。

 

「時間をいただける事を感謝したい。まず最初に言っておきますが、あなた方では私には絶対勝てません」

「無知とは罪だな。我々の実力を知っているのならば、そのようなことは口が裂けても言えまい」

「私はあなた達の戦いを全て観察し、実力を見極めたうえで必勝の確信を得たからここにいます。そうでなければ既に戦士長にしたようにここから転移していますよ。」

 

魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)であれば遠隔攻撃が常道だ。そうでなはなく正面に来たという事は我々全員を相手出来る何か奥の手がある。ニグンはそう考えつつ、脳内に一つの疑問が沸き起こった。

 

「―――ストロノーフ達を転移させただと?」

 

法国の魔法詠唱者が修める転移魔法にそのような魔法はない。

 

「ええ。村の中に転移させました」

「嘘などついても…何?」

 

ニグンは村周辺に待機させている者に連絡を取ろうとするが、その部下達と連絡が取れない。

 

 

 

 

はくたくはハッとする。忘れていた。村の隊員を拘束していない。

 

「そういえば村周辺に待機してる法国の隊員はどうした?」

「モ、モモンガ様がこちら転移した時点で八肢の暗殺蟲に指示を出して捕えさせました」

「そうか。ご苦労」

 

はくたくは自分のうっかりをマーレがフォローしてくれた事に安堵する。

 

(あぶなかった。モモンガさんとの作戦忘れてた…ナイスだマーレ)

 

 

 

 

「ああ、村周辺にいたあなたの部下は拘束させてもらっています。殺してはいないので安心してください」

「何だと!」

「そして交渉に入る前に最後の質問です。あなた方が召喚しているその天使は、第三位階辺りの召喚魔法で召喚している炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)ですね?」

「…そうだが?それよりも私の部下を拘束したと言ったな?」

「回答ありがとうございます。なるほど…ならばユグドラシルの召喚モンスターと同じ…ああ失礼。拘束したのはこれからあなた方との交渉をするに当たって邪魔になるからですよ」

 

未知の転移魔法を使い、第三位階魔法まで使える部下を拘束できる。ニグンは目の前の得体のしれない男に最大限の警戒をしながら聞く。

 

「それで交渉したい内容は?」

「単刀直入に言いましょう。我々に降伏しませんか?」

「な…!?」

「我々としては現時点で王国法国ともに干渉したくはなかったのですが、成り行きで村を救ってしまってね。王国側に関わった手前戦士長を見捨てるわけにはでいかないのですよ。我々の面子に関わる。かといってあなた方をこのまま逃して我々の情報を拡散されると困る、そう言う事です。抵抗しなければ命は補償しますし、危害も加えません」

 

我々に向かって降伏しろだと?狂人の戯言を。そうニグンは言おうとするが、目の前の仮面を被った男の雰囲気が変わった事を感じる。アインズは両手を広げ言い放つ。

 

「それに、我々の名にかけて庇護化に置いた村人を殺すと言ったお前たちを、ただで返す気はない」

 

殺気と圧倒的強者の威圧感が目の前の男から滲み出る。部下がそれに怯え、ニグンも背中にびっしりと汗をかく。本能が教える。降伏すべきだと。だが我々は陽光聖典。裏の部隊とはいえ依頼で他国に出向いて亜人を狩る事も多い。それによって法国は他国に人類の守護者という立ち位置を示してきた。そんな我々が、たった一人の魔法詠唱者に膝をつくわけにはいかない。死の予感を噛み殺しニグンは命令する。

 

「天使達を突撃させよ!近寄らせるな!」

 

二体の炎の上位天使が突撃する。ニグンの予想を裏切りアインズは何もせず―――天使の剣がアインズを貫く。アインズは回避も攻撃も防御もせず、剣に貫かれた。部下からは安堵の息やハッタリかという声が聞こえるがニグンはアインズから目を放さない。部下に短く聞く。

 

「何故天使を下がらせない」

「その、そう命じているのですが」

 

 

「これは交渉決裂ということですね?」

 

 

死んでいるはずの男が天使の剣に貫かれながら平然と話す。致命傷を負っているはずだが平然としている。天使が下がらないのはアインズが天使の頭を掴み放さないからだ。ニグンは目の前の有り得ない光景に思わず叫ぶ。

 

「馬鹿な!」

「言ったでしょう?あなた方では私に勝てないと」

 

アインズが両手の天使をすさまじい速度で大地に叩きつける。物理耐性を持つ天使だが桁違いの衝撃の前にあっけなく光の粒となった。軽く手を払いながらアインズが告げる。

 

「さて、交渉は終わりという事なら私の仲間を呼ばせてもらいますよ」

 

 

 

 

 

はくたくにアインズから<伝言>が来る。

 

『はくたくさん、出番です』

「さてアウラ、マーレ我々も行くぞ」

 

はくたくはなんとなく、アウラとマーレを両手に抱える。

 

「はくたく様!?」

「え、えっ?」

 

二人が声を上げる。

 

「そのような事をなさらなくてもアタシたち歩きます!」

「お、お姉ちゃんの言う通りです」

 

気分でやってみたとはいえず、少し考えそれっぽい理由を話す。

 

「お前たちを運ぶために抱えたのではない。この状態で近づいて相手の反応を見るためだ。あいつらが私をお前たちの上司と見破ればそれなり目を持っていると、私をお前たちが使役する魔獣と見るのなら、奴らは大したことはないと分かるだろう?」

 

なるほどと二人は感心する。納得してくれたようだ。それと二人が誤解しないようにアインズの名前の件を説明しておく。

 

「それとモモンガは今はアインズと名乗っているから、敵の前でモモンガと口にしないように」

「了解しました」「分かりました」

「それでは行こうか」

 

はくたくは二人を抱えながら森を出ると、アインズの元に歩き始めた。




ニグンがちょっと綺麗になって賢くなったり
アインズ様が交渉しようと優しくなってたりします。
最初の降伏で縛につけば殺さないけど抵抗するなら仕方ないね!


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陽光聖典②

情報系魔法と攻勢防壁のくだりを追加しました
誤字脱字微修正しました
少しだけ加筆しました


「さて、交渉は終わりという事なら私の仲間を呼ばせてもらいますよ」

 

ニグンはアインズの言葉を聞き返す。

 

「仲間だと?」

「あなた方との交渉を円滑に進めるために近くで待機して貰っていたのですが、交渉が決裂した今もう待たせる意味はないのでね」

 

感知魔法には反応は無かった。ニグンは探知した部下を睨むと、部下は有り得ないという顔をしている。アインズの今までの発言が真実なら、こちらに感知させなかった可能性は高い。周囲を見回すと、近くの森から体高が4メートルはある魔獣が出てきていた。地龍を思わせる頭部には二本の角、鋼青色の体に猛禽類のような手足としなやかな尾、鋼青色の棘の生えた頑強な甲殻を備えている。顔と手足に装甲を纏い両手にダークエルフの双子を抱えていた。その魔獣はアインズの目の前まで来ると、両手に持つ双子を下に降ろした。ニグンは魔獣が降ろしたダークエルフの双子を観察する。子供ではあるが装備するアイテムからは並大抵の物ではないオーラを感じる。仲間と言うのはこの二人の子供の事かとニグンは判断した。

 

「仲間はその二人で全員か?」

「私はアインズの仲間の数に入れてくれないのかな?」

 

ニグンは声を発したのが魔獣である事に驚く。人語を解する魔獣は殆どの場合強大だ。そんな魔獣と友人という目の前の男はいったい何者だ?

 

「私の名前ははくたく、アインズの仲間だ。それとニグン殿一つ訂正させてもらうがこの二人は我々の部下だよ。で、だ。アインズにも聞かれただろうが私も聞いておこう。降伏しないか?」

 

目の前の魔獣から再び降伏を提案され、ニグンは敵戦力を分析する。魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)、魔獣、ダークエルフの双子、甲冑を身にまとった女。数ではこちらが圧倒的だが個々の実力差は未知数、いや相手の方が強いと仮定する。先程アインズは天使の攻撃を無効化したが、隠し玉がアレだけでない可能性は多いにある。導き出される結論は即時撤退。ニグンは転移魔法の合図を出す。自身も転移魔法で作戦前に示し合わせておいた地点に転移する―――

 

転移が出来ない。もう一度魔法を発動させるが転移しない。

 

「ああ、言うのを忘れましたがこの周辺には転移を阻害する魔法を展開させています」

 

なんといった事はない事のようににアインズが告げた。信じられないが現に転移は出来なかった。撤退がかなわないとなれば戦うしか道はないが、ニグンは迷う。勝てるのか?周囲を見れば連続して起こる異常事態に部下が狼狽し始めている。早く決断しなければ部隊の統制は崩壊してしまうだろう。ガゼフを逃がすわけにもいかない。ニグンは覚悟を決める。アインズは何らかの能力かマジックアイテムで天使の攻撃を防いだが、いつまでも防げるものではないだろう。天使の飽和攻撃でリーダーであろうアインズを仕留める。

 

「・・・・それは受け入れられない。話は終わりだ。全天使を仮面の男に突撃させよ!」

 

天使が一度に攻撃するべく展開を始める。はくたくは気楽な雰囲気でアインズに聞く。

 

「降伏せず戦うみたいだが、どうするアインズ?」

「纏めて吹き飛ばす…守護者たちは下がれ」

 

アルべド、アウラ、マーレが後ろに飛び退く。展開した天使が四方八方からアインズに飛びかかり、アインズが無残な串刺しになるかに見えた。

 

「<負の爆裂(ネガティブバースト)>!」

 

黒い波動がアインズを中心に周辺に走り天使を全てかき消した。はくたくは効果範囲にいるがスキルで強化もされていない負の爆裂(ネガティブバースト)程度の魔法ならスキルで無効化出来るため無傷。

 

「アインズさんRPGの魔王みたいでいいですねそれ」

「はくたくさん口調戻ってますよ?」

「ああそれなんですけど…どうも守護者たちは私たちが喋ってる時の口調は気にしてないみたいですよ?思い返せば最初に第六階層に集めた時も問題なかったですよね」

「そうなんですか?なら止めますか。これ面倒ですし」

 

天使たちを吹き飛ばした後、二人が日常会話をしている間ニグンは今目の前で起こった事を考えていた。天使たちの消え方は明らかにダメージを受けて死亡した時の消え方だった。奴はあれだけの数の天使全員にダメージ与え殺すことができる。ニグンはその事実をどうにか飲み込むと、ガゼフが転移する前に告げた言葉を思い出した。

 

(あの村には俺より強い人がいるぞ。お前たち全員でも勝てないな)

 

我々では勝てない―――ニグンは思わず懐の神官長から託された切り札を掴む。これを使うべき時だ。時間稼ぎを部下に指示しようとするが、一足遅く恐慌状態に陥った部下が勝手に攻撃を始める。様々な魔法がアインズとはくたくに殺到しているが二人には意に介さない。

 

「・・・これもユグドラシルの魔法だ。弱いけど」

「彼らが自前で習得したのか、プレイヤーから教わったのか。聞きたい事が増えて行きますね」

「そうですね。しかし無効化の特殊能力(スキル)で痛くも痒くも無いとはいえ、こうも乱射されるとうっとおしいですね。あ」

 

はくたくは魔法をめくら打ちする隊員たちに忠告をする。

 

「アインズさんはともかくこっちには魔法を撃たないほうが」

 

忠告は間に合わず甲羅が反射した聖なる光線(ホーリーレイ)が隊員を吹き飛ばす。吹き飛ばされた隊員は死んではいないようだが、倒れたまま起き上がらない。先程まで乱射されていた魔法がピタリと止まる。

 

「・・・こういう風に反射するから止めた方がいいと言おうとしたのに」

「ひやぁぁぁあああああ!」

 

自分たちが血反吐を吐きながら修めてきた天使も魔法も全く効かない。その事実に耐えきれず狂乱状態になった隊員の一人がスリングで鉄の礫を放つ。礫がアインズの仮面めがけ飛ぶが、一瞬でアルベドが割り込み隊員に礫をはじき返した。礫を放った隊員の頭が消し飛ぶ。

 

「…は?」「…えっ」

 

アルベドの動きにも反応出来なかったニグン達では、スリングを放った者が何故死んでいるのか理解できない。アインズが彼らに説明する。

 

「すまない。私の部下がスキルで礫を撃ち返してしまったようだ。防御魔法を掛けていたようだが、それを超える攻撃を受けてれば破られるのは当然だろう?」

 

そしてニグン達を無視してアルベドの方を向く。

 

「しかしアルベド、あの程度の飛び道具の攻撃は私のスキルで無効化されるのは知っている筈だ」

「至高の御方にあのような下賤な飛び道具、失礼にも程があると判断しました。御許しを」

「アルベドの言うとおりです。あんなへなちょこ攻撃アインズ様に失礼です!」

 

後ろからアウラもアルベドの行動を肯定する。マーレも首を縦に振っていた。

 

「まあそれも一理あるか。それで、そちらはもう手札切れかな?」

 

アインズが一歩踏み出す。チャンスは今しかない。ニグンは懐から切り札であるクリスタルを取り出しながら叫ぶ。

 

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)よ、かかれ!お前たちも死にたくなければ私の盾となり時間を稼げ!最高位天使を召喚する!!」

「つぎは私の出番と言う事でいいですね?」

「ええ」

「下がれ、アルベド。私がやる」

 

はくたくは巨大な斧(グレートアックス)を右手に持ち、アインズめがけ飛んでくる鎧に身を包んだ天使の前に立ちはだかる。監視の権天使は突撃する勢いを生かしたメイスの一撃をはくたくに繰り出す。横から見れば相当の速度だが、はくたくから見ればそれは欠伸が出るほどのスローモーションだ。斧の初撃でメイスを持った手を斬り飛ばし、二撃目で胴体を左薙ぎにする。監視の権天使は動きを止めた後、胴から二つに分かれ光の粒となって消えた。ニグンは一瞬で自らの生まれながらの異能(タレント)によって強化された上位天使が蹴散らされたにも関わらずうろたえない。手の中の切り札に込められた魔法が発動しつつあったからだ。

 

「認めよう、貴様らの強さは我々以上だ。だがそれも最上位天使の前では塵芥の一つにすぎないと知れ!」

「アインズさんあれ魔封じの水晶です。中身が最高位階の召喚天使だと」

「ええ、分かってます。それに我々の知らないモンスターを召喚するかもしれません」

 

ニグンが手に掲げているクリスタルは魔封じの水晶。使いきりだが魔法を込める事ができ、ニグンが持つグレードのものは最高位階の第十位階まで込める事が出来る。もしあの中に第十位階の天使召喚魔法が込められていれば、熾天使(セラフ)クラスの天使が召喚される。その場合熾天使の攻撃力や所持しているアンデットや悪魔、属性(アライメント)が悪に傾いている存在への特効スキルにより、これまでのように無傷では済まない。また、アインズの言うとおり未知のモンスターが召喚される可能性もある。

 

「アルベド、スキルを使用し私を守れ」

「はっ」

「アウラ、マーレは私の戦闘補助を頼む」

「了解しました!」「はい!」

 

アインズの前でアルベドが構え、はくたくの後ろでアウラとマーレが迎撃準備を整える。ニグンの手の中のクリスタルが破壊され、光と共に天使が召喚される。ニグンが歓喜の声で叫ぶ。

 

「見よ!これが最高位天使の尊き姿だ!出でよ威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!!」

 

光り輝く翼の塊の異形が現れた。翼の塊から王笏を持つ手だけが飛び出している。下位天使とはかけ離れた姿だが、天使は上位になるほど異形である事が多い。周囲が明るく照らされ清浄な空気が満ちる。

それに当てられたのか、直前まで絶部の表情を浮かべていたニグンの部下たちが希望に満ちた顔で歓声を上げる。アインズやその仲間や部下は英雄、いや英雄上の実力を持っているが神の力の前では無力だ。ニグンがアインズ達を見ると言葉が出せないでいるようだった。

 

「声も出ないか?これが最高天使の姿だ。これは本来魔神のような存在に使われるべき物だが、お前たちの実力はこれを出すに足ると判断した。光栄に思うがいい。」

「なんということだ・・・」

「これが・・・最高位天使?」

 

アインズと先程監視の権天使を切り捨てた魔獣が呟く。アインズは仮面を片手で覆い、魔獣はうつむいている。それを絶望の呟きと勘違いしたニグンは優越感に浸りながら言葉を続ける。

 

「我々の任務はガゼフを始末すること。その為にはあらゆる障害を排除しなければならない。お前たちは偉大な英雄に比する力がある。この最高位天使を召喚させなければならない程のな。お前達と出会う場所が違えばこうして剣を交える事も無かっただろう。個人的にはお前たちを我々の同胞として迎え、共に法国の理念に奉仕したいとさえ思う。だが今回の任務でそれは出来ない、残念だ。だが我々は覚えておくぞ。お前たちのような最高位天使の召喚に値するものがいた事を」

 

自らの言葉に酔いつつニグンはアインズ達を見る。アインズは肩が震えている。死の恐怖を感じているのだろう。

 

「怖がる事はない。最高位天使の力で一撃で」

「「アーッハハハッハハハハハッハハハハ!」」

 

堰を切ったようにアインズとはくたくが笑い転げた。

 

「なっ何がおかしい!」

 

ニグンは彼らの頭がおかしくなったのかと思った。

 

「いっいやすまないニグン殿、ド、ド、ドミニオンが最高位天使とは知らブフゥ」

「フー…アンデットだから笑いも抑制されるのは困りものだ。すまないなニグン殿悪気は無いのだがちょっと予想と違ってフフッ」

「・・・魔神をも消滅させる力を前に狂ったか?」

「ま、ま、魔神ですってよア、アインズさん」

「神様なんて雑魚ボスな、なのに」

 

抑えきれなくなったのか二人は再び笑い出す。アインズは笑い転げるのとピタリと笑い止むのを繰り返している。気味が悪い。暫くして落ち着いたのか二人は平常運転に戻った。

 

「フー…アルベド下がっていいぞスキルを無駄撃ちさせてしまったな」

「アインズ様、想定外の物が召喚される場合を予想したのは正しい判断でした。謝る必要など」

「アウラ、マーレ、お前たちもリラックスしていいぞ」

「わかりましたはくたく様」「わ、わかりました」

 

「貴様ら最高位天使を前にいい態度だ」

 

顔には出さないがアインズ達の余りの態度にニグンに不安と恐怖が再び忍び寄ってくる。いや、ありえない。ニグンは首を振る。この最高位天使はかつて猛威を振るった魔神をも消滅させたのだ。もう考える必要はない。最高位天使の力を解放させれば片が着く。

 

「人類では到達できない力で消え去るがいい!<善なる極撃(ホーリー・スマイト)>を放て!」

 

「そういえばアインズさんはダメージを受ける実験やって無かったですし今やりましょうよ」

 

「そうですね。ニグン殿その攻撃はこちらに撃ってください」

 

気楽な態度でアインズがニグンに手招きする。言われるまでもない。その態度を攻撃を受けてからも出来るか楽しみだ。威光の主天使の王笏が砕け天使の周囲を囲む。主天使が召喚ごとに一度きり使える、魔法の威力を増加させるスキルだ。そして天使の魔法が発動する。

光の柱がアインズに落ちた。清浄なる力により悪しきものも善なるものも全てを消滅させる光。アインズは光に包まれ消し飛ぶ―――筈だった。ニグンはありえない物を目にした。アインズは消滅することなく立っている。しかも光の中で平然と隣の魔獣と話をしている。

 

「おっちょっと痛いですよはくたくさん。・・・ですが行動に問題は無いですね」

「痛みが精神に影響を与えないのは自分と同じようですね」

 

光の柱が消えていく。ニグンの目にはアインズが傷付いているようには見えない

 

「ニグン殿実験感謝する」

「あ・・・」

 

ニグンは自分たちの持てる力全てをぶつけても平然とする相手に言葉を失う。そしてニグン達はアインズの後ろで目を光らせ、どす黒い殺気を放つアルベドの視線を受け固まった。

 

「か、か、かとう、かとうせいぶつがああぁぁあああ!」

 

アインズの背後に控えていたアルべドが両手を掻き毟るように蠢かしながら叫ぶ。

 

「わたしのだいすきな、ちょーあいしているお方に痛みを与えるなど、ゴミである身の程を知れええぇぇ!ここから絶対生きては返さないいぃぃ!いや、持ち帰ってありとあらゆる拷問に掛けてやるわあああぁぁぁ!ああぁぁああ!憎い!憎くて憎くて心が弾けそうぉおおおおおおお!」

 

「ア、アルベド落ちつけ!」

 

はくたくが抑えようと声を掛けるもアルベドが止まる様子は無い。

 

「落ちつけアルベド!」

 

だが、アインズが声を掛けるとアルベドはピタリと止まる。

 

「し、しかしアインズ様、御身を傷付けた相手を前に落ち着けとは―――」

「先程のは実験だった。ダメージも私の計算通り。召喚された天使の脆弱さを除いて、ここで起こっている全ての事態は私の手の中だ。お前がそのように憤る理由など無い」

「・・・全てがアインズ様の御手の内とは知らず、取り乱してしまい申し訳ございませんでした」

 

頭を下げようとするアルベドをアインズは手で制する。

 

「お前の私の身を案じての怒り、嬉しく思うぞ。謝る必要などない」

「なんと有難き御言葉!」

「アルベド、お前のような美人にはそのような顔は似合わないぞ。笑顔の方が似合うし、その、魅力的だぞ」

「わ、私をアインズ様がび、美人と!くふー!それにみ、魅力的!くふー!」

 

アルベドが正気を取り戻したため、はくたくはアウラとマーレを確認する。アルベドのように暴走する気配はないが二人とも若干目が険しい。

 

「やはりお前たちも怒っているのか?」

「当然です!命令されればすぐにでもやっつけますよ」

「や、やりますか?」

「いや、あいつらへの制裁は私がやろう。それでいいですよね、アインズさん?」

 

先ほどとは違う意味で興奮するアルベドを抑えているアインズが返事をする。

 

「ええ。後の処理は好きにしてもいいですよ」

 

はくたくはニグン達の方に向き直る。もうじき夜だ。これ以上グダグダするのは時間の無駄だ。次の一撃で彼らの心を折ると決める。

 

「ちょっと身内のせいで待たせてしまったようで申し訳ない。それがあなた方の最高戦力と言う事ならば、こちらも全力を出してあげましょう」

 

はくたくは職業<サイズチェンジャー>のスキルを完全に切る。ミシミシと音を上げながら体が巨大化していく。元の大きさまで戻ったはくたくを見たニグン達に絶望の色が再び浮かんだ。

 

そこには体長21メートル、体高15メートルの小山程の大きさの魔獣がいた。その魔獣は大きくの伸びをした後再びニグンに話しかける。声で大気が震えた。ニグンの周囲からは歯が鳴る音が大量に聞こえる。直感したのだ。我々の最高位天使ではこの化け物に勝てない。

 

「やはり元の大きさが一番しっくりくる。何時もは何処からでも目立つからこの体を縮めているんでね。じゃあその天使を戴くとしますか」

「主天使よ、その化け物に<善なる極撃(ホーリー・スマイト)>を放て!」

 

命令を喉から絞り出しながらニグンは祈る。効いてくれ。再び光の柱が落ちてくるが、魔獣に当たる直前にかき消えていく。アインズには効いた魔法が無効化されている。

 

「残念だが、この甲羅は第七位階までの魔法を無効化する」

 

魔獣から絶望の事実が告げられる。光の柱を無効化しながら。ニグン達の顔をはくたくは観察する。

 

(あとひと押しだな)

 

はくたくは素早く威光の主天使を掴む。主天使は暴れるが、桁はずれの腕力の前では意味を成さない。はくたくは翼の一つを喰いちぎり、喰らう。

 

(同じ魔力で構成されたモンスターだが炎の精霊とは違った味わいだな)

 

炎の精霊は熱々のスープなら天使はアイスクリームだ。

 

 

ガツ、ボキリ、ゴクン、ガツ、ブチィ、ゴクン、ガツ、ボキリ、ゴクン。

 

 

静寂が広がる中はくたくが天使を食らう音だけが響く。羽を四分の三程喰われた時点で、力尽きた主天使は光の粒となって消えていった。

 

「さて…」

 

彼らの切り札を惨殺したはくたくはそう呟くと再びニグン達を観察する。震える者、涙を流す者、感情が抜け落ちた者、壊れた笑みを浮かべる者、ひたすら神へと祈る者。三者三様だが抵抗の意思を持つ者は一人もいなかった。

 

(戦意を完全に喪失したようだ)

 

「ニグン殿」

 

「は、はい!は、はくたく様」

 

はくたくはニッコリと笑顔を浮かべて提案する。それはニグンたちからは、化け物が牙を剥いたようにしか見えなかった。

 

「最後にもう一度だけ聞こう。降伏しないか?」

 

 

 

 

 

この場にいた陽光聖典の隊員は全て八肢刀の暗殺蟲によって締め落とされた上で手足を縛られ顔に黒い袋を被せられていた。縛られるまで一人も抵抗しなかった。

 

「さて、最後の仕上げだな。マーレよ村の周辺で八肢刀の暗殺蟲が捕えた奴らを持ってきてくれ」

「り、了解しましたはくたくさま」

 

マーレはぺこりと頭を下げた後転移した。

 

「纏めてナザリックに送るんですか?」

 

アインズがいつものサイズに縮んだはくたくに問う。

 

「いえ、彼らは我々の顔を見ていませんから、別の使い道があるんですよ」

 

マーレが転移して戻って来た。足元には縛られ頭を布で覆われて気絶した者達がいた。内訳は最初の襲撃にいた騎士が四人と、村周辺に残っていた陽光聖典隊員が六人。

 

「マーレ、離れていろ」

 

はくたくは縛られた捕虜を斧で殺す。単純に首を刎ねるのではなく、戦闘中に切り殺した風を装うように切る。アルベドにやらせてもよかったが、自分で捕虜にトドメを刺す。自衛ではなく絶対必要というわけでもない事で部下の手を汚すのは何となく嫌だった。十人全てを処理し終わったはくたくは斧の血振るいをする。草原にビシャッと血が跳ねた。彼らからは情報を引き出すのではなかったのかとアインズが問う。

 

「はくたくさん、何故彼らを殺したので?」

「私たちは陽光聖典を辛くも追い返した。戦士長にはそう言う事になっていますよね。それなのに死体の一つもなければおかしいでしょう?騎士の死体は…騎士が陽光聖典の加勢に来たという事にすれば、村の襲撃が法国の計略だという説得力も増すからです」

「ああ…そういうことでしたか」

 

ここにいた陽光聖典の隊員の死体では王国で万が一蘇生された場合に、我々の余計な情報が王国側にわたる。村で八肢刀の暗殺蟲が捕えた奴らならば、蘇生されてもいきなり意識を奪われた以外の情報は出てこない為、引き渡す死体に最適だ。

八肢刀の暗殺蟲が荷車に死体を載せていると、突然空間が大きく割れる。それは一瞬で元に戻ったが、アインズとはくたくはその意味を理解していた。

 

「今のは・・・見られましたかねアインズさん」

「即座に攻勢防壁で反撃しましたし、偽装魔法もかけていました。偽装が破られた感じは…ないです。相手にはただの草原しか見えていないでしょう」

「そうだといいですが。攻勢防壁の魔法は?」

「範囲強化した<爆裂《エクスプロージョン》>です」

「ここにいた奴ら位の実力なら、向こうの目撃者は全員死亡ですね」

 

法国に渡す情報を最低限にしつつ、王国関係者に恩を売ることができた。ここでやることは終わりだ。

 

「じゃあ我々は捕虜を連れてナザリックに帰還します。アインズさんとアルベドはこの死体を戦士長に引き渡した後帰還でいいですか?」

「はい。それじゃあナザリックでまた」

「マーレ、私とアウラ、シモベ、捕虜をナザリックに転移させろ」

「はい」

 

一瞬視界が暗くなりナザリックの入り口に転移する。アウラとマーレ、シモベ達に命ずる。

 

「捕虜はとりあえず氷結牢獄に収容しておけ。その後の対応はアインズから聞け」

「はくたく様は?」

 

アウラが代表して聞いてくる。

 

「私はこれから休息を取る。お前たちも捕虜を収容しアインズに引き継いだ後、特に追加の命令が無ければ休むといい。一日仕事だったからな」

 

全員が了解の礼をしたのを確認してから、はくたくは汚れを風呂で落とすために指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で第九階層へと転移した。




仲間がいる分アインズ様は書籍版より割と有情ですが
ニグンさんは果たして生き残れるのか
次回を待て!


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戦後処理

旧版十三話と十四話の纏めです。
複数ヶ所を修正しています。


カルネ村からナザリックに帰還しはくたくは、自室の風呂で汚れを落としてから従業員食堂へ向かう。

 

「部下がどのような食事をしているかを把握するのは大切な事だ」

 

お付きのメイドにそこに行く理由を聞かれてはくたくはこう答えた。

 

(まあ本当は食堂の飯が食べてみたかっただけなんだけど)

 

こちらに来てからナザリックの飯に味を占めたはくたくは、従業員食堂の飯が気になっていた。それに自分の食事とあまりにグレードが違えば少し考える必要があるというのもあった。自分だけ贅沢をするというのは気が引ける。

 

 

 

 

 

メイド達の食事の時間に合わせ指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で食堂の入口まで転移し扉を開ける。従業員食堂は白を基調とし、第九階層の他の場所とは違って余計な装飾は施されていない。食堂では今何かしらの担当を受け持っていない一般メイドが、ほぼ全員食事を取っておりプレアデスも全員がいた。食堂では彼女たちの食事量を考えてか、ビッフェスタイルが取られていた。メイド達が会話をしながら食事を取っている為かなかなかの騒ぎだ。メイドたちの中で、扉を開けたのがのがはくたくである事を理解したものから、食事を止め立ち上がった。それを不審に思った者も入口を見、慌てて立ち上がる。先程まで喧騒に包まれていた食堂に今は静寂に包まれている、一糸乱れぬ動作で全員が礼をした。

 

(なんか自分が邪魔をしたようだ・・楽にしてていいのに)

 

「はくたく様、ここには何の御用で?」

 

これをどうしたものかとはくたくが入り口で考えていると、メイド達を代表し、プレアデスのユリがはくたくの前に進み出て訪ねる。助け舟を出されたはくたくはお付きのメイドに言ったことをユリに繰り返した。

 

「お前たちがどのような食事を取っているのか少し気になったのでな、ここの晩飯を食いに来た。部下の福利厚生を確認するのは上に立つものに取って重要だからな。お前たちは私を気にせず食事に戻ってほしい」

 

はくたくは全員が席に着き食事を再開したのを確認してからユリに指示を出す。

 

「プレアデスは全員ここにいるか?」

「はい」

 

アインズと話し合った時にプレアデスに人間と接触する任務を与えることを決めていた。これを機に食事中に軽く会話をして、その任務の適任者を選んでおこう。

 

「どこかに席を確保してもらえないか?あとプレアデス達も集めてほしい。食事をしながら少々聞きたいことがあるのでな」

「畏まりました」

 

はくたくはビッフェ台に向かう。おかわりを取りに並んでいるメイド達が列を譲ろうとするのを手で押さえ列に並ぶ。出されている料理は数は多くないがどれも旨そうだ。ビッフェ台を見回し何を取るかはくたくは決めた。

 

前菜にシーザーサラダ。スープはクラムチャウダースープ。

メインに茄子とペンネのアラビアータとローストビーフ。

ドリンクにウーロン茶、デザートにアップルパイ。

 

複数の皿に盛ったそれらを器用に持つとはくたくはユリが確保している席に向かった。テーブルの端にはくたくの席がありそこを上座に左右にに三人づつプレアデスが分かれてはくたくを待っていた。左手にソリュシャン、シズ、ナーベラル、右手にユリ、ルプスレギナ、エントマ。はくたくが席に着くとプレアデス達も座る。はくたくが手を合わせ食事を始めてから彼女たちも食べ始める。最初に口を開いたのは先程と同じくユリだ。

 

「それではくたく様が我々に聞きたい事とは?」

「ああ、アインズと話し合って決めたのだが、お前たちから何人か選んでナザリックの外で任務を与えようと思っていてな。それに関することでいくつか質問したいことがあったのだ」

 

ナザリックの外で特別任務を与えられると聞いてプレアデス達に緊張が走る。自分がその任務に選ばれるためにはくたくの言葉を一言も逃さないようにする。はくたくがスライス前のローストビーフをナイフで切りながら話しかける。

 

「そうかしこまるな。もっと砕けた感じでいいぞ・・・それにしても旨いな。いつもの食事もこんな感じか?」

 

口に入れたローストビーフから肉汁があふれる。肉の質、焼き加減、グレイビーソース、すべて完璧だ。

 

「そーっすね。晩飯はちょっと豪華だけどいつもこんな感じっす」

「ルプスレギナ!はくたく様になんて口の利き方を」

「ユリ姉、はくたく様砕けた感じでいいって言ってるっすよ?」

「ナザリックの外でかしこまった口調で話しかけられると怪しまれるからな。砕けた感じで話せるかは大事だ」

 

ルプスレギナを注意するユリを窘める。偽装身分(アンダーカバー)次第では口調が変えられることは重要だ。言われればラフな話し方もできるルプスレギナに心の中で加点する。

 

「部下がきちんとした食事をとれているようで何よりだ。ん…?」

 

はくたくはシズとエントマが食べているものが皆と違うことに気付く。シズは何かよく分からない不明半透明の飲物で、エントマは飲物は皆と同じだが、緑色の固形物を食べている。

 

「シズとエントマは皆と違う食事を取っているようだが?」

 

ナーベラルが答える。

 

「シズは自動人形(オートマトン)なので専用の高カロリーの液体が主食です。エントマは蜘蛛人なので人間の代用品であるグリーンビスケットを」

「そうなのか?じゃあスライムのソリュシャンはどうなんだ?」

「私は生きた人間が好みですが、普通の食事でも大丈夫ですわ」

 

(外部で普通の食事を取れないエントマとシズは外に出すことができないな。ユリはナザリックの仕事を任せなければいけないから…)

 

となると、外に出す事が出来るのはナーベラル、ルプスレギナ、ソリュシャンの三人だ。彼女たちが人間をどう思っているのか聞いてみる事にする。

 

「ナーベラル、ルプルレギナ、ソリュシャンに聞くが・・・その、人間をどう思う?」

 

ナーベラル

「下等生物です」

 

ルプスレギナ

「おもちゃっす」

 

ソリュシャン

「溶かすといい声をあげますね」

 

(どーしてそーなるの!?)

 

三者三様の答えだがどれも人が居る場所に派遣するにはかなり不安になる内容だ。今考えている派遣先は、

冒険者としてエランテルに行く

アインズとはくたくのお付き

カルネ村の監視と護衛

セバスと組んで商家の娘と執事として王都で情報収集

以上のの三つで、下に行くほど難易度が高い。はくたくは別の質問をしてみる。

 

「人間に危害を加えてはいけないという命令を守れるか?例えば…酒場で尻を知らない酔っぱらいの男に触られても我慢出来るか?」

 

ナーベラル

「御命令とあれば腕を折るだけで許します」

 

ルプスレギナ

「命令なら仕方ないっすねー。でも許可が降りればセクハラの仕返しするっす!」

 

ソリュシャン

「それが任務の為であれば如何様にでも我慢します」

 

(ナーベラル、アウト!!)

 

「ふむ…アインズとの話し合い次第だがお前たち三人に後々外で働いてもらう事になる。残りの三人はすまないがナザリック内、もしくは人間の前には出ない任務を頼む事になるな」

 

はくたくはい残り組の顔をうかがう。

 

「私たちは至高の御方のご意向に従います」

「ユリ姉さまと同じですぅ」

「・・・了解」

「そうか。ではナザリックを出る者も出ない者もこれまで通り忠義に励め」

「「「はっ」」」

 

(居残り組と出張組で喧嘩しそうになくてよかった・・・)

 

はくたくは話すべき事は終わったので食事に戻った。食べながら会話の内容を元に頭の中で三人に任務を割り振っていく。

 

(一人は不安だからナーベラルは自分たちの手元に置ける冒険者。人当たりの良さそうなルプスレギナは村の監視。一番融通効きそうなソリュシャンが王都で情報収集だな。)

 

食事を終えたはくたくは食器を返却しようとするがユリが替わりにやると言ってきかないので片づけを任せ、自室に指輪(リング・オブ・アインズ・ウール。ゴウン)で転移した。

 

 

 

 

 

自室に戻ったはくたくは書斎で本を読みながらまた酒を飲んでいた。ユグドラシルには著作権切れの本が大量にアイテムとして存在しているため、古典が好きなら読む本には困らない。今日開けた酒はアルフヘイム産ブランデー。葡萄の香味とほのかな樽香が素晴らしく、度数は40度だが口当たりもいい。最初はグラスでちびちび飲んでいたが、途中からロックと水割りも試す。デバフの酩酊効果は無効化されるのでペースはかなり早い。本を読み終わる頃には一瓶空にしてしまった。

 

(度数40を一瓶…人間時代ならとっくの昔に病院送りの量だな)

 

美酒に囲まれながらアル中にならない体に感謝しつつ、大きく伸びをしてから本を棚に戻す。読んでいたのは「ガリア戦記」。なんとなく本棚に突っ込んでいたこの本を選んだ理由は、古代の英雄であるカエサルから今の状況へのヒントが得られないかと考えたのだ。ギルドの策士だったぷにっと萌えほど頭が回らないことは自覚しているが、はくたくなりに本から幾つかの教訓を得た。

 

まず、戦争というものは勝つべくして勝つという事だ。戦争では戦術と戦略を駆使し、戦闘に持ちこまれた時点で既に勝ちが確定しているような戦い方をしなければならない。ナザリックがこの世界に出て行けば、どこかの勢力と闘争状態になる可能性は非常に高いのだ。

 

「もう法国の部隊と戦闘したしな・・・・」

 

はくたくは呟く。あれはかなりの賭けだった。結果として法国と敵対する可能性を抑えつつ、王国の有力者と良好な関係を結べたものの、陽光聖典の実力次第では、はくたく達は返り討ちに合い、ガゼフは死にナザリックは法国と敵対。このようになる可能性もあった。そうならなかったのは単に運が良かっただけだ。

とはいえ失敗を恐れて慎重になり過ぎてもこれは不味い。手を考えるうちに詰みでは意味が無い。

 

(となると失敗はこれからも山ほどするだろう)

 

アインズもはくたくも一般人がいきなりナザリックを与えられて異世界に放り出されたのだ。全てが上手く行く訳が無い。だが、はくたくは失敗を犯す事自体にはそこまで深刻に考えていない

 

(致命的な取り返しのつかない失敗をしなければいい。最後に勝者になれていればそれでいい)

 

二つ目の教訓は、致命的な失敗以外を恐れる必要はないという事だ。偉大な英雄カエサルとはいえ、その人生で全く失敗をしなかった訳ではない。失敗はその後に上手く挽回できればそれでいいのだ。致命的な失敗、ナザリックの陥落や自身の死のような事態にさえならなければ失敗は問題ではない。これまで指導者とは完全無欠な存在であるべきと思っていたはくたくは肩の荷が下りた。

 

最後に情報の重要性。カエサルが戦争や征服、その後の統治で成功し失敗も挽回出来たのは現地の情報に精通し常に適切な手を打てたからだ。ならばはくたく達はアインズと決めた通り、冒険者を装い現地で情報を集めなければならない。ナザリックの者に集めさせてもいいが、ナザリックの者特有のバイアスがかかる為、ある程度は実際に自身の手で現地を見る必要がある。

 

情報という事ではくたく一つ思い出した。拘束した陽光聖典だ。第五階層の氷結牢獄に入れた後は帰還したアインズに任せたため、今彼らには尋問が行われているはずだ。彼らの供述された情報が気になるが、今から行っても纏まった情報は得られないだろう。

 

(明日全員の尋問が終わった後に整理された情報を受け取ったほうがいいかな)

 

アインズに現況を聞いてもいいが、アインズの手を患わせるのも悪い。そう結論付けるとはくたくは書斎から寝室に向かった。

 

 

 

 

 

目覚めたはくたくは朝食を手早く済ませアインズの部屋へと向かう。アインズの部屋の扉をノックし、出てきたメイドに用件を伝える。案内された執務室にはアインズとアルベドが二人きり。

 

「おはようアインズさん、アルベド」

「おはよう」

「おはようございます、はくたく様」

 

執務机の手前に置かれたソファと机には幾つかの物品と数枚の紙が置かれている。

 

「ただ今アインズ様に拘束したスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典についての報告を済ませた所です。わざわざここに赴かれなくても、今からはくたく様の所に報告に参る予定でしたのに」

「それは二度手間だろう?お前の手をこんな事で煩わせたくは無い」

 

はくたくはアルベドの礼を手で制しながらソファに腰掛ける。報告書から読むかと思ったが、物品の方が気になるのでそちらから手に取る。

 

「奴らの装備していた物です。パンドラの鑑定によれば大したものは無いとのことですが」

 

隣に移動してきたアルベドが報告書の一枚を取りはくたくに渡す。物品のリストとそれに対するパンドラの評価が記載された目録だ。パンドラズ・アクター、モモンガの創造したNPCで歩く黒歴史のナザリック出納係。アイテムフェチで鑑定能力のある彼の鑑定ならば信頼出来るだろう。はくたくはもったいつけた筆跡で書かれた目録に目を通していく。

 

 

鹵獲品鑑定目録 鑑定者 パンドラズ・アクター

①金属糸で編まれエンチャントされた衣服鎧―――素材、エンチャント内容ともに低品質。

②エンチャント済みマント―――同上。

③騎士の防具と剣―――同上。

④ニグンの所持していた魔封じの水晶。―――使用済み、再チャージ可能。

⑤背嚢―――エンチャント<内部拡張><軽量化>。制限重量120キログラム。

無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)の劣化版。

⑥旅に必要な品々―――割愛。

⑦ポーション瓶―――効能は低級の治癒効果。時間劣化あり。エンチャント<保存>。

未知の色と劣化についてアインズ様の判断をお願いします。

 

 

どの物品もナザリックの基準に照らせば大したことはない。だが最後のポーションの項目が気になる。はくたくは机に置かれているそのポーションを手に取った。ユグドラシルでは治癒のポーションは赤いが、このポーションは青い。

 

「この青いポーションについて何か分かりましたか?」

「ポーション製作係に見せましたが何も。我々の知っている製造方法や素材を使っていないという事だけしか」

「戦士長の使った技、エンチャント、魔法と来てこのポーション。この世界には我々の知らない事だらけのようですね」

 

はくたくは情報を手に入れなければという思いを改めて強くする。ポーションを置き、残りの羊皮紙を手に取るとアルベドがそれについての説明をする。

 

「こちらは陽光聖典の隊員を尋問して得られた内容です」

 

(それにしては薄っぺらいな。どういう事だ?)

 

一抹の不安を感じながらはくたくは調書を読んだ。

 

 

陽光聖典尋問調書 作成者 ニューロニスト・ペインキル

陽光聖典隊長 ニグン・グリッド・ルーイン

低強度の拷問では口を割らず。中強度でも同様。高強度は精神崩壊のリスクを避けるため、治癒した後に応援人員に<支配(ドミネイト)>を掛けさせて聴取開始。

①作戦内容―――王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺

②作戦期間―――三ヶ月

③部隊規模―――陽光聖典、王国内部協力者のみ。風花聖典以下六色聖典の支援なし

この後、六色聖典について質問し、ニグンが答えようとするとニグンが死亡。死因は不明。

何らかの魔法を警戒しアルベド様に連絡を取るも警戒網に感知無し。

数人の陽光聖典部下を用いた聴取でも、同様に意に反する質問に三回以上答えた場合死亡した。

隊員からの聴取内容を以下に記述。重複は割愛済み。

①隊員が使えるの魔法は第三位階、体長は第四位階まで

②我々の本来の任務は亜人狩りであり今回は特殊だった

生まれながらの異能(タレント)を持つ者が偶に生まれる

④法国は人間至上主義を掲げ亜人を弾圧している

⑤今回の作戦に王国貴族の内通者を協力させた

⑥アインズ様、はくたく様のような存在は知らない

捕虜の損耗を考慮し尋問を中止。

尋問の方針について上層部の判断を仰ぎたい。

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

読み終わった報告書を机に投げ出しはくたくは両手で顔を覆った。

 

(失敗する事もあるかなって思った矢先にこれか…)

 

「はくたく様?」

「はくたくさん?」

 

二人が話しかけるがはくたくは答えない。暫くした後、大きく息を吐いてからアルベドに指示をする。

 

「アルベド、メイドを連れて部屋外に出てくれ。アインズさんと話がある」

 

不安な表情でアルベドが伺う。

 

「…我々何か失敗をしたのでしょうか?」

「いやそういう問題ではない。再び呼ぶまで入ってくるな」

「・・・畏まりました」

 

アルベドがメイドを連れ一礼をしてから部屋を出る。それを確認してからアインズがはくたくと向いのソファに座った。

 

「やっぱり不味かったですかそれ?」

「不味いってレベルじゃないですよモモンガさん!なんでいきなり拷問しちゃってるんです?」

「アルベドがニューロニストに尋問させるか聞いてきたので」

「そのままGOサイン出したらこの調書が上がってきたと?」

「はい・・・」

「そういう事でしたか。きちんと指示しなかった我々の失敗ですね・・・」

 

はくたくは大きくため息をつく。予定では隊長以下陽光聖典の捕虜は、第六階層で軽労働に従事させつつ懐柔策を行って情報を引き出すつもりだった。懐柔が上手く行けば、隊長と部下数人を魔法による監視を付けた上で解放する選択肢もあった。ニグンをパイプ役として仕立て上げ、法国との対立を回避する為に。

魔法の実験と拷問や魔法を使った情報収集は最後の手段と考えていた。彼らを拷問に掛け、しかも隊長を死亡させてしまったのは最悪だ。ニグンはこちらに協力しなくても人質として丁重に軟禁しておくべき人間だった。はくたくの頭の中で立てていた計画が音を立てて崩れていった。

 

「・・・隊員はともかく隊長を蘇生できませんか?」

「それは考えましたけど」

「どうしてやらないんで…ああ」

「そうです。ホームポイントでリスポーンする可能性があります」

 

ユグドラシルでは死亡時に蘇生魔法をかけられた場合、二つの選択肢がある。一つ目はその場での蘇生。二つ目は指定した拠点でのリスポーン。この世界でもユグドラシルの仕様そのままだった場合、その場復活ならいいが、指定したホームポイントを選ばれると逃げられてしまう。ニグンが復活地点を選べるなら、拷問され、魔法をかけられ死亡したここで復活する訳が無い。

 

「はあ…終わった話をしても仕方が無いです。今後の話をしましょうモモンガさん」

「そうですね。残りの捕虜はどうします?」

「あの中で生かす価値があったのは隊長だけです。こうなっては解放するわけにもいかない。彼らには可哀そうですが有効活用してしまいましょう」

「自分たちだけで効率よく出来ますかね?部下に任したほうがいいかもしれません」

「うーん・・・そうだ!デミウルゴスに任せたらどうです?」

「はくたくさんナイスアイデアですよ。賢い彼なら私たちよりもいい感じに彼らを扱ってくれそうですね。」

「そうと決まれば、まずはアルベド達を呼び戻しましょう」

 

幾つか打ち合わせをした後にはくたくは扉を開け、廊下で待機させていたアルベドとメイド達を呼び戻す。

 

「話し合いは終わった。皆入ってもいいぞ」

 

部屋に入ってきたアルベドは堅い表情で二人に尋ねる。

 

「それでいかようなご処分を?」

「そういう話ではないと先程もいったろう?多少の認識の齟齬があっただけだ。確認しなかった我々の失態だよ。お前たちに落ち度はない」

「アインズ様、そうだとしても…」

「指示を正しく解釈出来なかったお前たちの責任だと言いたいのだろう?それは違う、我々の責任だ。それに程度幾らでも挽回出来る範囲だ。問題は無い。それに以前も言ったがアルベド、お前には笑顔が似合う。必要もないのにそのような顔をするな」

「くふー!…了解しましたアインズ様…くふふふ」

 

はくたくは厄介なことになる前にパンと手を叩きアルベドを正気に戻す。

 

「その件についてはもういいな?それではアルベド、デミウルゴスをここに呼んでくるよう手隙のプレアデスに伝えてくれ」

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

優雅な仕草と共にデミウルゴスが執務室に入ってくる。はくたくが腰掛けるソファーの手前で止まり、そこにいるはくたくと奥の執務机に座るアインズにこれまた優雅な仕草で礼をする。

 

(何処でこんな作法を習ったんだろう…)

 

「デミウルゴス、只今参りました」

 

座ったままアインズとはくたくは返事を返す。

 

「来るのが早いなデミウルゴス」

「至高の御方のお呼びとあれば、出来る限りの力を持って馳せ参ずるのは当然です」

「そうか。嬉しく思うぞ。あと私はこれからはアインズ・ウール・ゴウンと名乗る。後で皆にを集めてそう伝えるつもりだ」

「なるほど…承知いたしましたアインズ様」

「話すのに立ったままも難儀だ。ここに座れ」

「ありがとうございます、はくたく様」

 

はくたくに勧められデミウルゴスは先程までアインズが座っていたソファに腰掛ける。

 

「まずはこれを読んでもらおう」

 

はくたくから手渡された尋問調書をデミウルゴスは読んでいく。読むスピードははくたくよりかなり速い。読み終わった頃を見計らってはくたくが声を掛ける。

 

「なかなか厄介だろう?」

「彼らの死因について何かお二方は御存じで?」

「魔法は私の管轄外だ。アインズさんは?」

 

はくたくは事前に打ち合わせた通りにアインズに話題を振る。

 

「知らないですね。この世界の我々の知らない何かだと思います。そこでデミウルゴスお前の出番という訳だ」

 

アインズの言葉をはくたくが引き継ぐ。

 

「捕虜からの情報収集と魔法の実験を並行して行ってもらう。必要とあれば捕虜を使い潰しても構わん」

「この三回の自白による死までに重要な情報を引き出すのに私が最適と」

「それが無ければそのままニューロニストに任せていた。…やれるかデミウルゴス?」

 

アインズとはくたくはデミウルゴスを祈るように見る。やってもらうと言ってくれなければ少々不味い事になる。デミウルゴスは自身に満ちた顔で答えた。

 

「彼らから至高の御方の期待に恥じない情報を引き出して見せましょう」

「そうか。アルベド、ニューロニストの調書を」

 

アルベドがデミウルゴスから調書を受け取り、アインズに渡す。アインズがそれに数行を書き足しアルベドに渡し、再びデミウルゴスに渡す。調書には陽光聖典の捕虜たちの管轄をデミウルゴスに引き継ぐ事と、これからの捕虜尋問で拷問及び魔法の使用はアインズに許可を得てからという旨が書き足されていた。

 

「では現時点を持って陽光聖典捕虜の管理をデミウルゴスに受け継ぐ。捕虜を引き取る際にニューロニストへそれを渡しておけ」

「了解しましたアインズ様。では失礼いたします」

 

アインズとはくたくに礼をした後デミウルゴスは部屋を出て行った。同じく決めていた通りに、アインズがアルベドに指示を出す。

 

「先程デミウルゴスに言ったが、私の改名を皆に伝える。皆を玉座の間に集めよ」

「承知致しました」

 

アルベドも準備の為に部屋を出て行く。

 

「皆が集まるまで私とアインズで内密に話し合うから、メイドもここから出て行くように」

 

はくたくがメイドを追い出し、再び部屋に二人だけとなった。

 

「モモンガさん、何とかリカバリー出来ましたね」

「デミウルゴスが優秀で助かりましたよ」

「法国にはこれから気を付けて当たらないといけませんね…」

「とりあえず法国が調査する可能性の高いカルネ村には現在シャドウデーモンを複数配置しています。追加でプレアデスも一人派遣しようかと思っています」

「それについてですが、食堂で…」

 

二人は短い時間の間に幾つかの事を話し合っていった。

皆を集めた玉座で何を言うべきかについても。



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伝説

これで一巻分は終わりです。


「守護者の集合が終わりました」

 

セバスがアインズの部屋に報告に来る。後ろにはアルベド。

 

「そうか。私とはくたくはアルベドとともに向かうからセバスは先に玉座の間に向かってくれ」

「了解しました」

 

セバスが退室し、部屋に残るのはアインズ、はくたく、アルベドの三人。打ち合わせも終わり後は玉座の間に行くだけだがその前にアルベドに聞かなければならない事がある。

アインズが覚悟を決めアルベドに指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を渡した後に尋ねる。

 

「アルベドよ。お前は私をあ、あ、愛しているのか?」

 

指輪を迷いもなく左手の薬指に嵌めたアルベドの翼がビクリと反応する。

金色の目を期待に輝かせながらアルベドは答える。

 

「はい!もちろんでございますアインズ様!指輪を渡された後にそのような事をおっしゃられるという事はこれはプロポーズ!!!

そして守護者を玉座の間に集めたのは私との婚約発表という事ですね!!」

「そ、それは・・・」

 

(まあシチュエーション的にはそうだよな)

 

はくたくは話が脱線しないようにする。

 

「落ちつけアルベド。アインズさん、説明を」

「は、はい。んん・・・アルベドよ、実はお前が私を愛しているというのは、実は私がそうあれと歪めてしまった物なのだ。だから…」

 

アインズは口ごもる。希望すれば元に戻すと言おうと思っていたが、戻し方が分からない。

スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンと玉座のマスターコンソールで修正が出来ないのは確認済みだ。

アルベドが微笑んだままアインズに語りかける。

 

「アインズ様が変えられる以前の私はどのような私だったのですか?」

「それは…」

「恋多き乙女…と言った感じかな?少なくともアインズさん一筋といった感じではなかった。アルベド、アインズさんは今は手段を見つけてはいないが、お前が希望するのであれば手段が見つかり次第元に戻したいそうだ」

 

アインズだけでは話が進みそうにないと思ったはくたくは助け舟を出す。

アルベドは迷いなく答える。

 

「そうであれば、私としてはこのままでもよい事だと思います。それにアインズ様がそうあれと決めた事で、どうしてアインズ様が御心を痛められる事がありましょう?全てはアインズ様の御心のままに・・・」

「しかし…」

「しかし?しかし何でしょう?」

「・・・・・・・・」

 

アルベドの微笑を浮かべながらも気迫がにじみ出る顔にアインズは黙る。

 

(よし!押し切られるな。よかったよかった。まあしっとマスク最大保持記録タイのモモンガさんがサキュバスに勝てるとは思ってなかったけど)

 

はくたくはアインズと二人きりの間に相談された時は口には出さなかったが、内心ではアルベドを元に戻すことには反対だった。その理由はアインズの心労の軽減だ。自分は一応生物の体を持っているため幾らでも気晴らしは出来る。だがアンデットの体のアインズはどうだ?眠れず、食事も取れず体はスカスカの骨。肉体的精神的には問題なくても心は摩耗する。アルベドが傍にいればモモンガも心が癒されるのではと考えていた。

 

「アインズ様、よろしいのではないでしょうか?」

「え?」

 

アルベドがアインズに畳み掛ける。

 

「アインズ様、重要なことは一つだと思います。ご迷惑でしょうか?」

「い、いや、そんなことはないぞ」

「ならばよろしいのではないでしょうか?」

「私はお前の創造主タブラさんの設定を歪めたのだぞ?いいのか?」

「タブラ・スマラグディナ様であれば娘が嫁に行く気分でお許しくださると思います」

「・・・・そ、そうか?」

 

アインズの視線がはくたくに向かい「助けて」と訴える。

はくたくは頷く。アインズは一瞬希望を持つが、その希望は打ち砕かれる。

 

「ギャップも萌えが信条のタブラさんなら許してくれると思いますよ。玉座での予定にはなかった婚約発表、入れてもいいんじゃないでしょうか?」

「ちょっとはくたくさん!」

「アインズさんだって下心が無けりゃああいう事しなかったでしょ?」

「それは…」

 

アインズがうつむき口を閉ざす。

 

(痛い所を突いてしまったか。やはり設定書き換えた事に責任感じているんだな…)

 

「とりあえずその件は後にしましょう。もう少し状況が安定してからでもいい事です。それでいいなアルベド?」

 

アルベド微笑を湛えて返事をする。

 

「はい、時間は幾らでもございます」

「そう言う事ならこの件は終わりでいいですね?アインズさん」

「ええ…それでは守護者を待たせていますし、玉座の間に向かいましょう」

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓第十階層、玉座の間。

今ここにはナザリックのほぼ全てのNPCが集っている。それに加え各階層守護者の選りすぐった高レベルのシモベも集められている。彼らは扉から玉座まで走る赤い絨毯の左右に分かれ控えている。音一つ立てることなく跪く彼らからの忠誠心を一身に受けながら玉座に座るアインズは口を開いた。

 

「まずは我々が勝手に動いた事を詫びよう」

 

声音からは謝罪の雰囲気は全く感じられない。これはあくまでも建前であり、謝罪する事で彼らを信用していない訳ではない事を示すためだ。

 

「何があったか仔細はこの後アルベドから聞くように。ここに皆を集めたのはこの事を伝える訳ではない。先程我々と言った事から察した者もいるだろうし、既に階層守護者から話を聞いたり、姿を目にした者もいるだろうがここで改めて伝えておく」

 

レメゲトンと玉座の間を隔てる扉があけ放たれる。

 

「はくたくさんが帰還した」

 

扉を開けた者―――いや魔獣は絨毯を進む。

甲殻を背負う頑強な体、猛禽類のような手足、しなやかな尾を鋼青色の鱗が覆う。

地龍を思わせる頭から二本の角を生やし、甲殻からも鋭い棘が複数突き出している。

黒い手足を足甲と手甲で覆い、片手に同じく黒色の巨大な斧(グレートアックス)を携えている。

ゆっくりと絨毯を横断し玉座への階段を上がると玉座に座るアインズの横に立つ。

はくたくは斧を杖のようにして柄で床を突きカツンという音を響かせる。

跪き頭を下げたままの部下を一度見渡し皆の意識が自身に集まっている事を確信し声をかける。

 

「皆面を上げよ」

 

バッという音を立てて全員が顔を上げる。その顔には全て歓喜の色が浮かんでいた。

もう一度全員を見渡してからはくたくは言葉を続ける。

 

「まずはお前たちと共にいる時間が短くなっていった事、そしてその事でモモンガさんに迷惑をかけた事を謝りたい。モモンガさんが一人でナザリックにいる事を知りながら、そしてお前たちが私を待ち侘びていた事を知りながら、そうしてしまった事を」

 

はくたくは本心から頭を下げる。これはモモンガへの、そしてこうして意志を持ったNPC達への自分なりのけじめだ。

NPC達に動揺が走るが、それをアインズが手で制しはくたくに応える。

 

「私はこうして帰ってきたはくたくさんを許そうと思う。お前たちの中で言いたい事がある者は今進み出よ」

 

暫くした後にアルベドが一歩進み出る。

 

「何だ?アルベド」

「我々は至高の41人に仕える為に生きております。仕えるべき御方が再び帰還した事を喜びこそすれそれに不満を持つ者など居る訳がありません」

 

アルベドの言葉に皆が首肯する、中には涙さえ浮かべている者もいた。

はくたくは頭を上げ、全員の表情を確認した後に告げる。

 

「お前たちが私に替わりなく忠誠を誓ってくれる事を嬉しく思う。…湿っぽい話は好きじゃない、話題を変えよう。アインズさん」

 

はくたくの言葉を受け継ぎアインズが続ける。

 

「そうですね。お前たちをここに集めたのは、はくたくさんの帰還を伝えるだけではない。私は名前を変える。これからは先程はくたくさんがそう呼んだように―――」

 

アインズは玉座の後ろに掲げられているギルドサインを指し示す。

 

「アインズ・ウール・ゴウン、アインズと呼ぶが良い。意義のあるものはいるか?」

 

立つ者はいない。

 

「よろしい。では次に指揮系統についてだ。これまでナザリックの方針が割れた場合、我々は多数決を取ってきた。だが今は二人だ。ナザリックが割れる事を防ぐため、最終的な指揮の優先度は私が一番、はくたくさんを二番目とする。これはあくまで指揮権に関する事だけだ。それ以外においてはこれまでと同じである事を忘れるな。そして新たにギルドメンバーが帰還すれば再び元に戻すという事も覚えておけ」

 

これは二人の話し合いで最後まで揉めた事だった。はくたくはこれはどうしても必要という事でアインズを説得した。これからの方針で二人の意見が違う事が出てくる可能性を考えると考えておかなければならないからだ。ナザリックを割らない為というはくたくの言でアインズはしぶしぶ納得したが、はくたくにはもう一つ理由があった。

 

(ナザリックが割れた場合、自分に着く奴は少ないだろうからなあ)

 

聞けば彼らは否定するだろうが、最初から最後までギルドに尽くしたアインズと帰って来たばかりの自分とで忠誠度に差があるのは当然だろう。想像したくはないが、いざとなればどうなるかは嫌でも予想できる。

 

「これはアインズさんと自分で考えが割れた場合にのみ適用されるし、大抵の事では話し合いで決着がつくだろう。お前たちが深く考える必要のない事だ。頭の隅に入れて忘れなければいい。次にアインズさんから我々の指標となる方針が示されるので皆傾聴せよ」

 

暫く待ち全員が聞く準備が出来てからアインズは玉座から立ち上がり床に手に持つスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを突き立て宣言する。

 

「かつていた世界では私のこの名を、このギルドを知らぬものはいなかった。お前たちに厳命する!この世界でも同様に我が名を、そしてアインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説にせよ!」

アインズは力の有る声で続ける。

「この名を地の果てまで、地に、天に、海に轟かせよ。この世界の全ての知性ある者にアインズ・ウール・ゴウンの名を刻みつけるのだ!」

アインズの宣言が広間の全員に染みわたり、二人を除く全員が一斉に音を立てて頭を垂れる。

はくたくが彼らに告げる。

 

「今は雌伏の時だが、それはいつかナザリックがこの世界の表舞台で最も輝くための準備と心得えよ。アインズさんから他に何か?」

「いえ。では以上で我々からの話は終わりだ。これからも忠義に励め」

 

二人は玉座から退室し、レメゲトンから指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で転移した。

 

 

 

 

 

二人が消えた玉座の間では熱狂が渦巻いている。彼らが使えるべき主が一人帰還し、さらに果たすべき使命を与えられたからだ。ナザリックに仕える者にこれを勝る幸せなど存在しない。

 

「皆、頭を上げなさい。重大な話があります―――デミウルゴス」

「畏まりました」

 

デミウルゴスはアインズとはくたくの発言を皆に教える

 

「アインズ様とはくたく様が夜空に上がられた時、アインズ様は私にこう仰いました。『この世界が宝石箱ならこの宝石は我々で独占すべきものではないな。ナザリック地下大墳墓を、そしてわが友たちとこのアインズ・ウール・ゴウンを飾るものだろう』そして最後にこう仰いました。『世界征服なんて面白いかもな』と。それにはくたく様が『世界征服か。ロマンはあるな』と返されたのです」

 

それを聞いた者の目に炎が宿る。それは決意と忠誠の色だ。

同じ目をしたアルベドが全員を見渡し、宣言する。

 

「至高なる二人の真意を受け止め、それに応える事こそ真の忠義である。ナザリック地下大墳墓の最終的な目標はこの世界―――この宝石箱をお二方に捧げる事とだと知れ」

 

全員が声を揃えて宣言する。

 

「「「この世界を我らの主たちの手に」」」




二巻目からはもっとオリ要素入れれるように頑張ります


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キャラ紹介
補足 はくたくの設定


逐次改変追加やると思います

元ネタのタラスクって何だよ?って人向けURL
https://hobbyjapan.co.jp/dd/news/mm3.5/tarrasque.htm
http://hobbyjapan.co.jp/dd/news/mm_4th/0305_01.htm


○プレイヤーネーム

はくたく

冒険者時 ハク

 

○ステータス

取得総計レベル100

種族魔獣

種族レベル80lv  ブレイlv15 デルヴァーlv15 ラスト・モンスターlv10 タラスクlv5(隠し種族)他

職業レベル20lv サイズチェンジャー(課金) lv5 レンジャーlv5 ローグlv5 スレイヤーlv5

属性 中立 カルマ値0(真なる中立)

 

能力表(最大値を100とした場合)

HP、物理攻撃、物理防御100

素早さ、魔法防御90

特殊攻撃、特殊80

MP、魔法攻撃10

 

攻撃系特殊能力

鋭敏嗅覚、視覚強化、隠密看破、透明看破、夜目、無視界戦闘、神速の反応、クリティカル熟練

出血化クリティカル、よろめき化クリティカル、クリティカル強化:噛みつき

ふっ飛ばし攻撃強化、薙ぎ払い強化、迎え討ち、付き飛ばし強化、マルチアタックⅤ

攻撃部位:(噛みつき、爪、棘、角、尾)、強打、飲み込み、強力跳躍

施設破壊Ⅳ、攻城戦Ⅲ、物理接触無効無視、サイズ補正:超巨大

 

防御系特殊能力

上位物理無効化Ⅳ、上位魔法無効化Ⅲ、斬撃耐性Ⅴ、打撃耐性Ⅴ、刺突耐性Ⅳ

魔法耐性Ⅳ、属性耐性Ⅳ

完全耐性:酸・毒・麻痺・病気・即死・石化・能力値ダメージ・生命吸収・精神操作

クリティカル無効、酸素耐性Ⅲ、飲食耐性Ⅲ、睡眠耐性Ⅲ、移動阻害耐性Ⅳ

 

職業レベル

 

追跡、観察、武器習熟(斧)、中装鎧習熟、二刀流、、急所攻撃、精査妨害、

恐るべき射程、武器投擲、サイズ変更

 

隠し種族原始の獣(タラスク)の5レベルの特殊能力

 

レベル1 オーラ『畏怖すべき存在(フライトフル・プレゼンス)』Ⅴ

     体高×10メートルの範囲の自分を視認したレベル60以下の

     相手に恐怖、怯え効果を与える。はくたくの最大サイズは体高15m

 

レベル2 『再生(リジェネレーター)(特殊)』

     強力なリジェネ効果のパッシブスキル。アイテム、魔法、武器、スキルよる阻害無効

     死亡時遺体にさらなるダメージを与えない場合、一定時間後自動蘇生する

 

レベル3 『甲羅(超常)』外皮鎧扱いの為胴鎧は装備不可となる。第七位階以下の魔法無効

      物理軽減Ⅴ、魔法軽減Ⅴ、魔法反射(30%)

 

レベル4 『棘射出』頭部の角と甲羅の棘を射出する。棘と角は一定時間で復活

      刺突属性、出血効果、よろめき誘発

 

レベル5 『世界を喰らうもの(ワールドイーター)』有機物、無機物を問わず殆どの物に

      飲み込みの特殊能力を適用できるようになる。消化した物に応じてバフ効果

      プレイヤーや装備しているマジックアイテムも消化する事が出来、それらは特に

      強力なバフ効果を得る事が出来る。

      生物が飲み込まれた場合、能力値による判定が行われ失敗した場合即死し消化される

      能力判定に成功すれば即死しないが、常時物理酸毒の複合スリップダメージ

      体内で能力値判定に成功し、死ぬまでに内部から一定ダメージを与える事で脱出可能`

レベル5まで種族レベルを取得する事でワールドチャンピオンと同じくワールドアイテムの効果を受けなくなる

 

○種族ペナルティ

頭・胴・肩装備不可、アクセサリー装備制限(指輪、首、鞍のみ)、指輪拡張4まで

サイズ縮小時能力値最大25%制限、一部施設利用不可(サイズ縮小時は除く)

魔法詠唱不可、マジックアイテム使用制限

PK禁止地域での被PK強制許可、サイズ補正:超巨大 等

 

○所持品、装備品

モモンガが所持しているような消費アイテム一式

神器級 面頬、手甲、足甲、グレートアックス(長柄の巨大な片刃戦斧)

伝説級 破城鎚 攻城櫓 騎乗用鞍、投げ斧(フランキスカ)

聖遺物級 手甲&足甲(アダマンタイト製) ポール・アックス(槍、斧、槌の機能を備えたハルバードの亜種)

 

 

○見た目

造形はD&Dのタラスクまんま

体長21m、体高15m、体重130t(サイズ縮小解除時)

二足歩行の四足獣。鋼青色の強靭な鱗、猛禽類のような手足

しなやかな棘付き尾、光沢を持つ棘の付いた鋼青色の頑強な甲殻

頭部は地龍に似た造形、二本の角、鋭い大量の歯、暗緑色の目と舌

 

○ナザリック加入エピソード

魔獣を初期種族にプレイを開始。ゲームを始めた目的は冒険と伝承の怪物への憧れから。種族を選んだ理由は魔獣種族は悪食で補給を供わない冒険に強いため。異形系PKにめげずソロで種族レベルを上げながら冒険を続け、育成とプレイスタイルから偶然隠し種族タラスクを発見。ぶっ壊れステに歓喜するもペナルティのPK禁止地域無しにより、人間プレイヤーから追われる身に。

ナザリック近郊でツヴェークを捕食しつつ、討伐隊から逃げるさなか偶然ナザリックに近づき、討伐隊を侵攻と勘違いしたナザリック勢が討伐隊をPKし助かる。しかしナザリック勢から討伐隊によってトレインされたモンスターと勘違いされPKされかけるも、何とか事情を説明し事なきを得て、境遇を気に入ったギルドメンバーから勧誘を受けそのままナザリックに加入。

 

○ギルド内での立ち位置とか戦闘スタイル

現在の外見は隠し種族タラスクの外装に手を入れたもの。サイズがでかすぎてギルド施設に入れないため通常時は課金職業でサイズを縮小している。ギルドでの役割は防衛戦での一番槍、PK時の囮、GvG時の特攻要員など。敵対ギルドの拠点襲撃時は施設破壊とNPC殺害を担当。戦闘スタイルは強力な物理攻撃と再生能力を生かした前面での継続戦闘。

 

○はくたくの攻略方法

耐性と防御力は高いけれども攻撃は通るしサイズ補正で回避が難しいので、バフを得る前に魔法と遠距離攻撃を一点集中させる

死亡時に星に願いや下位互換のウィッシュ系魔法使うと問答無用で拠点リスポンさせる事が可能

食べられた→消化されて装備アイテム全ロストする前に自殺してリスポンしましょう

プレイヤーやNPCを食べられてバフがやばい事になった→あきらめましょう



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二巻目
準備


玉座の間での宣言から数日後。

ナザリック地下大墳墓九階層第九階層のアインズの部屋にある執務室。ここでアインズ、はくたく、アルベド、デミウルゴスが議論を交わしていた。アインズとはくたくが提示する策に守護者二人が助言を行い、それを元に修正案をまとめていく。粗方の作業が終わり、残すは二つとなった。一つ目は補給について。

 

「食糧、ポーション、スクロールに必要な資材はどうなっている?」

 

アインズの問いにアルベドが応える。

 

「食糧に関しては備蓄およびナザリック内の自給自足体制が整っております。ポーションに関しても今のところは問題はありません。スクロールについては素材の問題が」

「現地の羊皮紙が使えないのだったな」

 

デミウルゴスが報告書を読み上げる。

 

「はいアインズ様。セバスがエランテルで購入した現地の魔術師が使うスクロール用の羊皮紙は第一位階までしか魔法を込められませんでした。カルネ村でルプスレギナに買い取らせた複数の家畜から作成した物も同様の結果に終わったと、司書長からの報告が上がってきております」

 

はくたくがデミウルゴスに疑問を投げかける。

 

「現地人はその羊皮紙でもう少し高い位階の魔法を込められているのにどうして我々は出来ないんだ?」

「我々とはスクロールの製法が違うのかもしれません」

「我々と似た魔法を使うのにか…。そういえば例の青いポーションの解析はどうなった?」

「例のポーションは製法も使用する素材も全く違うということしか分かっておりません」

「そうか、製法のことは置いといて、アインズさんスクロールの皮の問題どうします?」

 

話を振られたアインズは暫く考えた後提案する。

 

「代替品が見つかるまでは高位階を込められる皮の使用は凍結すべきだと思います」

「自分はスクロールを種族ペナルティで全く使えない為専門外です。アインズさんがそう判断するならそれでいいと思います」

「分かりました。アルベド、司書長にドラゴンハイドの使用を制限するように伝えろ。そして代替素材の捜索はデミウルゴス、お前に任せる」

「「畏まりました」」

 

デミウルゴスは遠隔地でアインズが倒し名声を上げるための魔王をでっち上げることになっている。その一環で羊皮紙の代替品も探してもらおう。

 

今人間と接触する任務に就いているのは三人。カルネ村の護衛兼監視役のルプスレギナ、商家の令嬢と執事として今はエランテルに滞在しているセバスとソリュシャン。また準備が整い次第シャルティアを実力者の確保を目的としてナザリックの外に派遣する予定だ。

 

はくたくはシャルティアが血を見ることで狂乱状態になるペナルティを所持していることが気になったが、それについてアインズが呼び出したシャルティアに問いただすと「だいじょうぶでありんす」と答えていたので気にしないことにする。自分の案のほうが優れていると思わない限りアインズの判断に口を出す気はない。

 

(さて、次が最後の議題だ。揉めないと良いけど)

はくたくがそう思う中アインズが最後の議題を話始めた。

 

「最後に、情報収集とアインズ・ウール・ゴウンの名声を高める一環としての冒険者モモンについて」

 

捕えた陽光聖典からこの世界にも冒険者が存在する事は分かっている。強力な冒険者は尊敬され更に高額の報酬とギルドの情報網を利用する事が出来る。しかも流れ者が多いため前歴は問われない。人間社会に潜入するにはうってつけだ。

 

「私が冒険者モモンとしてエランテルで活動する訳だが、私の相棒としてはくたくさんをハク、冒険者仲間としてナーベラルをナーベとして同行させる」

「どうして私を同行させてくれないのですか?私の防御スキルは冒険者としてもお役に立つと思うのですが」

「それは・・・」

 

アルベドがアインズに抗議する。アインズは初日のお忍び視察の事でセバスとアルベドにやんわり咎められたらしく、上手く返せない。幾つかの理由を挙げるがアルベドは納得していない。はくたくも説得するが―――

 

「アルベド、アインズさんを余り困らせるな。陽光聖典からの聴取で悪魔は人間にかなり忌避されている。私は魔獣だが、ビーストテイマーが冒険者組合にテイムした魔獣を登録する事が出来るから街に同行できるのだ。彼らの言だと悪魔を従える冒険者はまず居ない。だから―――」

「だからこそ悪魔をも従える冒険者モモンという箔が付きます」

「むむむ・・・・」

 

そこまで新人冒険者がやるのは怪しまれないか?はくたくはそう思うがアルベドを説得できそうにないので声には出さない。アインズとはくたくの説得が続くがアルベドは折れない。仕方ないのでアインズが命令しようとすると、デミウルゴスが何かをアルベドに囁いた。その途端アルベドの表情が険しい表情からいつものアインズを見る時の微笑みに変わる。常人よりもアインズの聴覚は鋭いがデミウルゴスが何を話したかは分からない。だが更に聴覚が鋭いはくたくはデミウルゴスがなにをアルベドに囁いたかを聞いた。

 

「これはウルベルト様が話していた事だがね、理想の妻『せんぎょうしゅふ』というものは夫が出張する間家を大切に守り帰って来た夫を出迎えるものらしい。ここはアインズ様が不在の間ナザリックを完璧に管理する方が、アルベドがアインズ様の理想の女性に近づくと私は思うよ?」

 

(いいぞデミウルゴス。夫婦は共働きが当たり前だしたっちさんみたいに嫁さんが専業主婦はステータスだったけど、理想の妻とはまた違うような・・・?まあとにかくナイス!)

 

はくたくはこれを機に話をたたみに掛る。

 

「その様子だと分かってくれたようだな?アルベド」

「はい、はくたく様。私がナザリックに残りアインズ様の御帰りを待つ。それでいいですねアインズ様?」

「う、うん。我々が不在の間ナザリックを頼むぞアルベド」

「話すべき事も終わったしじゃあ自分はもう行く事にするよ」

 

話すべき事は全て終わったと判断したはくたくは席を立つとアインズが問う。

 

「はくたくさん何処に行くんです?」

「第六階層でコキュートスを待たせているんです。外に出る前にちょっと戦闘の勘を取り戻そうかと」

 

 

 

 

 

「待たせたようで済まない。思ったより議論が長引いてな」

「はくたく様トオ手合ワセデキルノデアレバ、幾ラ待トウトモ」

 

第六階層の闘技場の通路ををはくたくが歩く。その後ろにコキュートスと救護班として治癒魔法が使えるメイド服を着た二足歩行の犬、メイド長のペストーニャが従う。

 

「そうか?戦闘の勘を取り戻すためにお前に無理を言っていると思っていたが」

「至高ノ御方の模擬戦ノ相手ヲ務メルノハ名誉ナ事デス」

「そういうものなのか?」

「ハイ」

 

闘技場に入場したはくたくとコキュートスが向かい合う。ペストーニャは観客席で待機している。

はくたくは身体を少し巨大化させ、コキュートスとルールを確認する。

 

「施設を破壊する類の攻撃は使用禁止、どちらかが『参った』と言うまででいいな?」

「ソレデ問題ゴザイマセン。…はくたく様ハ全力ヲ出セル様ニハシナイノデスカ?」

「元のサイズになるとここを壊しかねない。闘技場に自動修復機能はあるが、下手をすると外に出ているアウラとマーレを呼び戻さないといけないからな。それは避けたい。まあハンデと受け取ってくれ」

 

はくたくは面頬を装着しグレートアックスを構え、コキュートスも複数の手にそれぞれ武器を構える。

 

「それじゃあ始めようか」

 

 

 

 

 

 

数十分後、決着はまだ付いていなかった。

手数で攻めるコキュートスに対しはくたくは攻撃を受け流しながら特殊能力(スキル)<急所攻撃><クリティカル熟練>を用いて確実にダメージを与えていた。攻撃力はコキュートスが若干勝るが、はくたくの優れた防御力と回復力によりじわじわと差が開き始めている。

はくたくの体には無数の傷が走る。傷は骨が見える程の深手の為回復は遅い。甲羅はひび割れ、片目は潰れている。コキュートスも外皮鎧の至る所がひび割れそこから青い体液が滲む。大顎の右側を毟り取られ、尾とメイスを掴んでいた腕の一本は切り飛ばされ地に転がっていた。

二人は互いにけん制攻撃を交えながら会話する。話の雰囲気は日常会話のそれだが交える武器の速度は速い。

 

「流石ハハクタク様。堅実ナ戦イブリ」

「そう褒めてくれるのは嬉しいがいいのか?時間はこっちの味方だぞ」

「ナラバ、攻メサセテ戴ク!」

 

はくたくは<再生>のスキルを一時的に潰れた目に集中させる。全身の傷から痛みが走りこから再び出血するが無視する。目を回復されアドバンテージを失いたくないコキュートスが仕掛ける。目が再生する間の僅かな時間はくたくは全力で攻撃を受け流す。

繰り出されるハルバードを斧で弾き、小太刀の連続切りを爪と体捌きで最低限の傷で受け流す。コキュートスの本命は潰れた目の死角からの大太刀、斬神刀皇。

はくたくはコキュートスが繰り出す必殺の斬撃を避けない。斧を手放し踏み込み間合いを詰め、手甲で受ける。

コキュートス必殺の斬撃は手甲で弾かれた。

 

「ムッ!」

 

いかにコキュートスが所持する二十一の武器の中で最も切れ味が鋭い刀とはいえ、物打ちを外しては神器級のはくたくの防具を斬る事は出来ない。コキュートスは小太刀を振るおうとするが、それよりも速くはくたくの拳がコキュートスの脇腹にめり込み、コキュートスは吹っ飛ばされる。

はくたくは壁に叩きつけられたコキュートスに追い打ちをかけず、手放したグレートアックスの所まで行き足で蹴り上げ再び手に取る。潰れた目には既に輝きが戻り、全身の出血も治まっている。

斧で肩をトントンと叩きながらコキュートスに声を掛ける。

 

「これで目も治った。コキュートス、そろそろ参ったを言ったほうがいいんじゃないかな?」

「ソレヲ言ウニハ未ダ早イカト」

「ほう」

 

コキュートスが起き上がる。ハルバードと小太刀をしまい、三つの手で斬神刀皇を構える。

 

「スキル発動…阿遮羅嚢他(アチャラナータ)!」

 

コキュートスから闘気が迸る。

 

(これは不動明王撃の構え。職業<アスラ>の一日一度きりのスキル攻撃で賭けに出るか)

 

「それが奥の手かコキュートス」

「三毒ヲ斬リ払エ・・・・・倶利伽羅剣!!」

 

地を蹴ったコキュートスは一瞬で間合いを詰め、スキルで最大強化した全力の一撃をはくたくに振り下ろした。はくたくはその一撃を左の掌で受ける。手甲ごと斬り裂かれる左腕で無理やり太刀筋を反らしつつ、右手の斧でコキュートスの腕を斬り飛ばす。宙にコキュートスの三本の腕と斬神刀皇と、衝撃に耐えきれなかったはくたくの左腕が舞った。

不動明王撃の衝撃で闘技場を土煙が覆う。暫くし土煙が晴れると、そこには全ての腕を失ったコキュートスと、斧をコキュートスの首に当てているはくたく。

 

「参リマシタはくたく様。マサカハンデ付キデ圧勝サレルトハ。流石ハ至高ノ御方デ有ラレマス」

「圧勝か?結構危ない場面もあったと思うがな。これで模擬戦は終わりだ。ペストーニャ、コキュートスの治療を行え」

「はくたく様ガ先デハ?」

「<再生>のスキルがある私よりお前が先だ」

「ゴ配慮有リ難ウ御座イマス」

 

はくたくは面頬と斧をしまい、吹き飛ばされた左腕を探す。左腕は闘技場の隅に転がっていた。左腕を拾い肩の切断面にぐっと合わせる。少しすると左腕が繋がり、再び動くようになった。

コキュートスを見るとペストーニャの治癒魔法をによって既に全快している。こちらに治癒魔法を掛けようとするペストーニャを手で制し、普段のサイズに戻りながらコキュートスに近づく。

 

「はくたく様、治療はよろしいので?・・・・わん」

「ペストーニャノ治療ヲ受けナイノデスカ?」

「いや、一つ検証をしようと思ってな」

 

はくたくはインベントリからアルミホイルに包まれた大きな塊を取りだす。アルミホイルを解くとその中には巨大なステーキが入っていた。

 

「ソレハ・・・肉?」

「エンシャントドラゴンの特大ステーキだ。ここに来る前に料理長に焼かせておいたが、ちょうど肉汁が落ち着いた所だな」

 

はくたくは肉に齧りつく。それを見ているコキュートスとペストーニャの目が驚きに変わる。はくたくが肉を喰らう度に<再生>で治癒されていた傷の治りがどんどん早まっているからだ。はくたくがステーキを食べ終わる頃には負傷は全て癒えてしまった。

 

「ユグドラシルのドラゴンステーキのバフ効果は体力と防御力の上昇。それに加えて自分はワールドイーターのスキルでリジェネ効果の強化が出来るのを確かめたかったのでね。それには傷を受けないと始まらないだろう?ペストーニャに無駄働きをさせる訳にもいかないからな」

「戦ウ前ニ食ベテオケバ戦イヲ更ニ有利ニ出来タノデハ?」

「仲間とPKをしていたころは、戦闘の前に食事やポーションでバフを重ねがけしていたがこれは模擬戦だからな。それに、それぐらいのハンデは必要だったろう?」

「確カニ。流石ハ至高ノ御方、ソノ力ニ改メテ感服致シマス」

 

コキュートスとペストーニャが頭を下げる。

 

「頭を上げよ。それではペストーニャは仕事に戻ってくれ。コキュートスも・・・そうだ、コキュートスも体が汚れているし一緒に風呂に行かないか?」

「御手合ワセ戴イタ上ニ其処マデシテ下サレル訳ニハ」

「…嫌か?」

「滅相モナイ!!ソノ様事ハ御座イマセン!」

「じゃあ決まりだな。行くぞ」

 

 

 

 

 

第九階層の大浴場に二人の声が響く。

 

「昔メンバーによく言われたんだが…外皮鎧は裸じゃないよな?」

「ソノ通リデス!私モ同僚ニ何度モ裸ト言ワレタ事ガ」

「お前も言われたのか!俺たちは全裸の変態じゃないよな!違うよな!」

「はくたく様ノ仰ル通リデス!我々は変態デハナイ!」

「だよな!胸をはだけさせた骸骨や何も着てないスライムに言われたくないよな!」

 

何故か闘技場で戦うよりも風呂場での会話が二人の信頼関係を強くした。




外皮鎧は全裸じゃない!
コキュートスのスキルはドラマCDで使ってたやつを適当に補完しました

グレートアックスはアルベドの持つバルディッシュと似たような長柄の斧ですが、バルディッシュのような三日月の刃ではなくて普通の片刃の斧が付いているのをイメージしてもらえれば。


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冒険者

連休中にもう一話は投下したい。
冒険者の時の口調について説明を追加しました


三重の城壁で囲まれた王国の城塞都市エ・ランテル。この都市の一番外側の門に併設された検問所に詰めている隊長は大きく欠伸をした。開門する朝は忙しいが、今は昼。まばらにやってくる旅人や行商人を相手にするだけだ。不審な者を通さない重要な仕事ではあるが、都市に入る者がいなければ暇なのだ。

隊長が部下に買いに行かせた昼食を食べようとすると、外が何やら騒がしくなリ始めた。食べるのを止め、外に出る準備をしていると部下が報告に来る。

 

「隊長、来てください」

「何があった」

「不審な二人組がいます」

「分かった。私が話を聞く」

 

立て掛けていた剣を腰に付け詰め所を出た隊長は、一目で騒ぎの原因である二人を見つけた。まず一人目は漆黒の金属鎧を着ている戦士。魔獣に騎乗している。鎧には金と紫の華美な装飾が入っており、値段は幾らするか見当も付かない。グレートソードを二本背負い深紅のマントで覆っている。冒険者は魔獣を騎乗動物にしている事があるが、この男が騎乗している種類の魔獣を見た事はない。

二人目は一言で言うなら絶世の美女。こちらは鎧を着せた立派な馬に跨っている。年齢は十代後半から二十代。冷たさを感じさせる切れ長の黒い瞳、艶やかな黒髪のポニーテール、労働を感じさせない色白の肌。10人いれば10人が振りかえる美貌を辺りに振りまいている。このあたりでは見ない人種だ。南方から来たという商人がこんな感じだったろうか?

 

美女に見惚れている部下の頭を叩いて正気に戻し、魔術師組合へ今日の担当を呼びに行かせる。隊長は何かあった時の為に残りの部下を連れ二人に声を掛けた。

 

「エ・ランテルに入りたいとのことだが、少し聞きたい事がある。詰め所まで同行してもらいたい」

 

美女の顔が若干険しくなる。彼女が何かを言おうとする前にそれを鎧を着た戦士が手で制して答えた。

 

「私たちはここに冒険者の登録に来たのだが、何か問題が?」

 

冒険者志願。隊長は二人の様相にある程度納得する。冒険者というものは異質な人間が多い。これから名を売ると言うのであればなおさら目立つようにしているのも当然か。

 

「問題と言う訳ではないが、魔獣を市内に入れると言う事であれば規則で幾つか聞く事がある」

「・・・分かった」

 

男が魔獣を降りる。美女の方は馬を降り、馬を手のひらサイズの像に戻す。周囲にいた全員が馬がマジックアイテムだった事に驚いた。

 

「それでは案内してくれ」

 

 

 

 

「暇だ・・・・」

 

はくたくは詰所の近くで座ってぼんやりと空を眺めていた。鞍は外して横に置いてある。詰め所にアインズとナーベラルが連れて行かれ、自分も付いて行こうとしたのだが、責任者らしき男に止められてしまった。

自らをアインズの騎乗獣にする案はナザリックの者たちからは反対されたが、誰かを乗せる事はユグドラシル時代によくやっていたので抵抗感は無かった。よくギルドメンバーを背中に乗せて戦ったものだ。敵対ギルドの拠点を襲撃した時には破城鎚や攻城櫓を背負った事もあった。

はくたくは兵士や足止めをくらっている者から、興味と恐れの混じった視線を受ける。子供がはくたくに近づこうとするが、親に引きとめられていた。

 

(検問の反応やこの周囲の視線を見るに、自分みたいなのは珍しいんだろうか…ありふれた存在なら行動が楽になるのになあ)

 

暫くするとアインズとナーベラルが帰ってきた。詰所の窓からは少し前にやってきた、魔術師らしき男が驚きの顔でこちらを穴が空きそうな程見つめている。

 

「モモン、詰め所で問題は無かったか?」

「いや、何も。それじゃあ行こうかハク、ナーベ」

「はっ、モモン―――さん」

 

そこにいた者全員の視線を浴びながら、二人と一匹は門をくぐった。

 

 

 

 

 

隊長が彼らが門をくぐるのを見送っていると、部下が話しかけてくる。

 

『彼らはいったい何者ですか?』

『遠くの国から冒険者になりに来たと言っていたが、それ以上の事は分からん』

『あいつがあんなに驚いてるの初めて見ましたよ。何があったんで?』

『あの美女が使っていた馬のマジックアイテムを魔法で調べたら、少なくとも金貨千五百枚はする事が分かったそうだ』

『そんなに!』

『さあ、仕事に戻るぞ。今考えなくとも、彼らが見た目どうりの実力ならあっという間に街の噂になるだろうよ』

 

 

 

 

 

冒険者ギルドに向かいながら<伝言>でアインズが詰め所で起こった事をはくたくに説明する。

 

『ここに来た目的やら色々と聞かれましたが、問題はありませんでした』

『街からやって来た魔術師っぽい奴に睨まれてましたけど?』

『ああ。あれは私たちを調べるために魔術師ギルドから派遣された男だそうです。私たちに<魔法探知(ディテクト・マジック)>を掛けたのに欺瞞魔法で何も分からなかったからでしょうね』

『検査した手前、文句は言えない訳ですね』

『ええ。彼から魔術師ギルドにいい感じで噂が流れると良いのですが』

『しかし、それだけではあの視線はちょっとおかしい気がします』

『一応何も調べさせない分からせないというのは怪しいので、ナーベラルに渡していた動物の像・戦闘馬(スタチューオブアニマル・ウォーホース)を調べさせたのですが、どうも彼らからするととんでもない価値があったらしくて』

『それが?それって騎乗召喚アイテムガチャのコモンアイテムですよね?』

『ええ。ですがこれを調べた魔術師は腰を抜かしてましたよ』

 

カルネ村で捕えた騎士や陽光聖典からある程度の現地通貨を得たが、大半はセバスとソリュシャンの二人に工作費として渡してしまった。現地通貨を得る手段としてナザリックで余り価値の無いアイテムを売る事も考えていたが、あの程度のアイテムでさえ貴重と判断されるのならば迂闊に売る事は出来ない。

 

『それだとアイテム売却による金策は止めた方がいいですね』

『ええ。これからの冒険者稼業でそれなりに稼げればいいんですが』

 

周囲の目を集めながら暫く歩いた後に三人は目当ての意匠が記された看板を見つけた。捕虜からの情報が正しければあれが冒険者組合の建物のはず。アインズを先頭に建物に入ると、全員の目線がこちらに向いた。中にいた冒険者たちは職業もランクもバラバラだが全員が今入ってきた三人、いや二人と一匹を見る。その視線を受けながらアインズ達はカウンターまで行きアインズが受付に一言告げた。

 

「ここで冒険者登録が出来ると聞いたのだが」

 

 

 

 

 

組合から出てきたアインズとナーベラルは組合から支給された銅のプレートを付けていた。はくたくはプレートを付けてはいないが一枚の羊皮紙を持っていた。

 

「これで冒険者としての一歩を踏み出したという訳だなモモン」

「ああ。だが魔獣を冒険者として登録するというのは無理だったようだ。すまない」

「まあこの許可証を貰えたからとりあえずはいいという事にしよう」

 

アインズとはくたくは対等の関係、ナーベラルはアインズの付き人という設定なので冒険者の時には敬語は使わない事になっている。はくたくは手の羊皮紙を広げる。自身をモモンの使役する魔獣として登録し、エ・ランテルでの滞在を許可する旨の文章と冒険者ギルドの印が押されている。これでここに来るまでのように一々巡回の衛兵に誰何されるような事にはならないだろう。国によっては亜人の冒険者がいるのだから、人語を解するはくたくを冒険者として登録できないかアインズは頼んではみたが、規則で突っぱねられてしまった。

 

「アイツらを少し痛めつけて登録させてきましょうか?はくた――ハクさん」

「呼び捨てでいいぞナーベ。我々は新参者なんだから悪評を立てるような事は慎まなければならない。それに、そんなことしなくてもじきに向こうからプレートをよこしてくれるさ」

「というと?」

「冒険者ってのは一言で言えばモンスターの掃除屋だ。登録時の説明にあったが彼ら基準で強いモンスターを倒せる、ミスリルランク以上の冒険者ってのは何所でも不足している。適当に強いモンスターをぶちのめせば、余所に引き抜かれないようにそれくらいの事はしてくれるだろうよ」

「なるほど。そこまで考えになられていたとはさすがはハク――さん」

 

(いやいや買いかぶらないで欲しいんだけど。というか規則で断られたぐらいで実力行使に出るって、やっぱ手元に置いといて正解だな)

 

「あれが組合から紹介された宿屋で合っているかな?どうだナーベ?」

 

アインズが一つの看板を指差す。ナーベラルが組合から渡されたメモを確認した。

 

「そのようです。モモンさ――ん。しかし本当にあのようなボロ宿に滞在されるので?」

 

(さっきから様って言いそうになってる・・・)

 

「今は駆け出し冒険者。あれに泊まるのが分に合った生活だろう。」

 

アインズがそう言うと、三人は宿屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

場末の酒場。入った酒場兼宿屋はそう言うのがふさわしい様相を呈していた。床はゴミや食べカスで汚れ、店内は灯りに乏しく薄暗い。客は一人を覗いて全員男であり、柄の悪そうな雰囲気が酒場全体から漂う。

酒場の客は何かを眺めている女一人を覗いて全員が、新参者のこちらを値踏みするように粘つく視線を投げかけていた。ある者は戦士の装備に、ある者は美女の美しさに、ある者は魔獣の力強さに。それぞれ自分が一番気になる者を観察していた。

 

『これはなんというか・・・・』

『如何にもな場所、って感じですねモモンガさん』

 

アインズとはくたくはナーベラルを連れ店の奥まで進んでいく。周囲の目線が気になるが無視する。店の奥のカウンターには頭を剃りあげ、屈強な体をした店の主人と思われる男が掃除をしながらこちらを見ている。

 

「宿だな。何泊だ」

 

アインズが一瞬考えた後、男に答えた。

 

「一泊でお願いしたい」

 

男の視線がアインズとナーベラルのプレートに向かう。

 

「・・・お前ら銅のプレートか。相部屋でいいな?泊まるなら魔獣は裏の厩舎をタダで使わせてやる」

「三人部屋、無ければ四人部屋にしてくれ」

「・・・お前ら組合にここを紹介されたんだろ?新人がここに連れてこられる理由を知っているか?」

「いや、知らない。教えてくれるか?」

「少しは手前の頭で考えろ!その兜の中身は空っぽか!」

 

屈強な男に苛立った声で恫喝されても三人は何とも思わない。子供が怒った所で怖がる必要など無いのと同じだ。はくたくがアインズと主人の会話に口を挟んだ。

 

「それを教えるのもアンタの役割だろ?腹の探り合いはさっさと止めて教えてもらいたいな」

「・・・お前喋れるのか?」

「喋れないと思っていたのか?あと畜生じゃないんだから裏の厩舎は勘弁してくれ」

 

酒場の主人は短い間驚いた顔をしていたが、すぐに顔を何時もしているだろうしかめっ面に戻る。

 

「相部屋を勧める理由を教えてやる。ここに泊まるのは銅と鉄プレートの駆け出しが多い。そいつらで横の繋がりを持つなり、チームを組む為ってのが理由だ。個室で寝泊まりすると他人との接点は出来ないからな。もう一度聞くぞ。相部屋と個室どちらだ?」

「個室で頼む。飯は不要だ」

「三人でも自信ありってか?まあいい。前払いで一日八銅貨だ」

 

アインズが革袋から銅貨を主人に支払い、それを受け取った主人が裏に消える。主人は帰ってくるとアインズに鍵を投げた。薄暗いがアインズは暗視能力によりそれを問題なく受け取った。

 

「それが部屋の扉と荷物を入れる宝箱共有の鍵だ。階段を上がってすぐ左の部屋を使え」

 

アインズがはくたくとナーベラルを連れ階段へと歩き始めようとすると、それを妨害するように足が横から投げ出された。足を出した男は下品なにやけ顔をしている。男をを咎める者は誰もいない。アインズとはくたくは余りにテンプレートすぎる展開に苦笑した。二人は<伝言>で打ち合わせをする。

 

『こうも映画や小説まんまの事をやられるとは思ってなかったですね』

『通過儀礼って奴でしょうが・・・はくたくさんどうします?』

『舐められるってのは気に入りませんし死なない程度に脅かしてやりましょう』

 

アインズは差し出された足を蹴り飛ばす。かなりの力で蹴り飛ばされたのか。足を差し出していた男はバランスを崩し椅子から転げ落ちた。

 

「おっと済まない。この兜のせいで見えなかったようだ。許してくれ」

「手前ぇ・・・・舐めた真似しやがって!」

 

立ち上がった男は怒りのせいか若干顔が赤い。男の視線がアインズ、はくたくと移りナーベラルで止まる。

 

「てめえの無礼はその美人を一晩貸してくれたら許してやるよ」

 

(予想通りすぎて演劇でもやってるみたいな気分だな)

 

殺気を放ちながら進み出ようとするナーベラルに手を上げて牽制しながらはくたくは一歩前に出る。

 

「ここでは抑えろナーベ。・・・おい!お前」

「な、なんだ!?やろうってのか!」

 

アインズではなく、はくたくが出てきた事で男の手が剣に伸びる――が、はくたくが胸倉を掴む方が速かった。

 

「それは抜かないほうがいいぞ?怪我したくないならな」

 

はくたくはそのまま片手で男を持ちあげる。周囲がざわめき始めた。

 

「は、放しやがれこの化け物!」

「放してほしいか?なら放してやろう」

 

はくたくは逃れようと必死にもがく男を放してやった。正確には放り投げたのだが。男は一度天井にぶつかり間抜けな声を上げた後、テーブルの一つに叩きつけられた。男はうめき声を上げているから死んではいないが、起き上がる様子は無い。

 

「最初に喧嘩を売ってきたのはその男だ。他に文句のある奴はいるか?」

 

はくたくは回りを見渡すが、誰も抗議はしない。

 

「文句はないようだな。壊れた物の弁償は――」

「俺たちがやっておきます!」

 

間髪いれず投げ飛ばされた男と同じテーブルに座っていた男が答えた。奴の仲間だろう。

 

「じゃあ頼む。それでは行こうモモン」

 

改めて三人が階段に向かおうとすると

 

「おっきゃああああああ!」

 

という絶叫が背後で起こった。振り返ると赤毛の女が立ち上がって怒りの形相でアインズに迫ってくる。アインズの前まで来るとその女は抗議の声を上げた。

 

「あんたら待ちなさい!」

「私たちが何か?」

「何かじゃないわよ!あんたのシモベがあの男をぶん投げたせいで、私の、私の大切な治癒のポーションが割れちゃったじゃない!弁償しなさいよ!」

 

はくたくが投げた男のせいで彼女のポーションを割ってしまったらしい。

 

「たかがポーションだろ?」

 

はくたくがボソッと呟くとその女がギョロリとはくたくの方を向いた。

 

「何よ、あんたなんかに私のポーションの価値が分かるの?あれは私が毎日倹約を重ねに重ねてやっと買ったポーションなの!それを」

「それがあんたにとって大切なのはよく分かった。それなら弁償は喧嘩をふっかけてきたそいつらにするのが筋だろう」

「毎日飲んだくれてるあいつらに払える訳ないわよ!あんたの主人はそんな立派な格好してるんだから、治癒のポーションの一つや二つ、それか代金の金貨一枚と銀貨十枚位は持ってるでしょ!」

 

これは少し対応に困る。アインズもそう思ったのか<伝言>が飛んでくる。

 

『はくたくさん、ちょっと困ったことになりましたね』

『これ、突っぱねたらケチが見た目だけの貧乏人に見られますよね』

『ですが手持ちの治癒のポーションは赤いから怪しまれます』

 

この世界に出回っているポーションは青い。赤いポーションを渡すのは・・・いや、それを逆手に取ろう。はくたくは一つのアイデアを思いついた。

 

『・・・いや、渡しましょう。私に考えがあります』

『なんです?』

『時間をかけると怪しまれるのでとりあえず渡してください。部屋で話します』

 

アインズが低級治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出し、女に見せた。

 

「治癒のポーションだ。これで問題は無いか?」

「・・・ええ。それならひとまず問題は無いわ」

 

女が手をポーションに伸ばすが、その手がポーションを掴む直前に手をヒョイとアインズが引っ込める。

 

「え?」

「ただし渡すには条件がある。さっきの発言を訂正しろ。私とハクとは友人だ。主人とシモベではない」

 

アインズは先程の女の発言が気に入らなかったのだ。女はポーションを取り上げられて一瞬ムスっとしたが、謝罪した。

 

「適当な事を行って済まなかったわ」

 

アインズははくたくを見る。はくたくは肩をすくめる。アインズは女にポーションを渡す。

 

「これでこの件は終わりだな」

 

アインズ達は宿屋の階段に足を掛けるが、登らず宿屋の主人の方に振り返る。

 

「忘れていた。冒険に最低限必要な道具を用意してくれ。組合でここで頼めば用意してくれると聞いている」

「夕飯までには用意が出来る。金を用意しとけよ」

「ああ。じゃあ行くぞ」

 

そして三人は宿屋の階段を上がっていった。

 

 

 

 

 

「どうしてあのポーションを渡したんです?」

 

部屋に入って早速アインズが聞いてくる。ベッドに腰掛けながらはくたくは答えた。

 

「この世界のポーションは青い。そうですね?」

「ええ。ですから怪しまれるんじゃないですか」

「そこまで計算済みですよ。あの場で彼女がポーションを受け取らなかったら、少し不味かったですけどね」

 

はくたくの聴覚には階下のあの赤毛の女と酒場の主人の会話が聞えている。あの女はブリダと言うらしい。

 

「下の会話を聞いてますが酒場の主人もブリダも…すみませんあの赤毛の女の事です。二人ともあのポーションの色については知らないみたいですね。なので酒場の主人の伝手でリィジー・バレアレという一流の薬師の所へ鑑定に持っていくみたいです」

 

そこまで言うとアインズもはくたくの目的を察した。

 

「・・・もしかしてあのポーションを専門家に見せるのが目的ですか?」

「そうです。エ・ランテルの外にシャドウデーモンと八肢の暗殺蟲を待機させてますよね?シャドウデーモンにあのブリダという赤毛の女を監視するように伝えてくれませんか?」

 

アインズが<伝言>を使ってシャドウデーモンに尾行の指示を出す。

 

「監視するように伝えました。我々が直接持っていくと問題があるかもしれないから彼女に持っていくように仕向けた、という事ですね」

「ええ。向こうの技術で作れない物を見せた時の反応が分かりませんから」

「薬師がポーションを見た後は?」

「薬師が興味を持ったなら向こうからこちらに接触してくるでしょう。危険なものと判断された場合は、隠密部隊に口封じとポーションの回収を頼もうかと思います」

「分かりました。それにしても・・・予想はしてましたが・・・」

 

アインズが周囲を見回して溜息をつく。部屋には小さな机とマットの代わりに藁が敷かれている宝箱付き寝台、それだけだ。ナザリックと比べたら犬小屋に等しい。

 

「まあ最底辺の宿ですからこんなもんでしょう。ランクも上がればきっといい宿に泊まれますよ」

「そうだと良いですけど。それにしても冒険者って現実になると夢の無さそうな職業ですね」

「まあそんなもんですよ。憧れの職業に実際になってみたら思ってたのと違う、アインズさんも経験しませんでした?」

「ああ・・・社会人になりたての頃はそんな感じでした」

 

はくたくはナーベラルがブリダに殺気を放ってなかった事に気付く。

 

「そういえばナーベラル、ブリダへの殺気をよく抑えたな」

「はくたく様が押さえろと指示されたので、あの場では抑えていました」

「そうか。これから冒険者として行動するからには似たような事はこれからもあるだろうから頼むぞ?」

「はっ」

 

(そういう感情を抱くなってのが理想だが、抑えられるならまあいいだろう)

 

はくたくはアインズに提案する。

 

「こうして宿も取れましたし、外に行きませんか?」

「そうしましょう。私とはくたくさんは街を見て回る。ナーベラルはここで待機しシャドウデーモンの報告を受けろ。あとアルベドに定時連絡をしておけ」

「了解しました」

 

二人は部屋を出て階段を下りると再び酒場の視線を集めながら街へと出て行った。



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市場

エ・ランテルは三重の防壁によって大きく三層の区画に区別されている。外側は軍事区画。中央は行政区画。そしてその間の居住区画だ。その居住区画で最も広く日中は露店とその客がひしめく中央広場で、アインズとはくたくが群衆の目を一身に集めていた。

 

『この街に来てからずっと注目されていますね』

『いいじゃないですかモモンガさん。冒険者として群衆の耳目を集めておいて損は無いですよ』

『そうですけど、落ち着きません』

 

二人は一店ずつ店を回って店主から商品の詳細と値段を教えて貰う。それをメモしつつ必要だと判断すれば購入して無限の背負い袋に入れていく。店を一周した二人はベンチに腰掛け、<伝言>で分かった事を話し合う。

 

『ここは食べ物が多いので余り収穫はありませんでしたね』

『聞いた事も見た事もない作物や品種が多すぎます』

『ですが幾つか分かった事もあります。市場を回って分かったんですが、魔法か何か別の原因で元いた世界の中世よりも食事の質がいいです。それに砂糖や塩、香辛料の値段が思っていたよりも安い』

『作物の質は分かりますが、調味料がそんなに重要なんです?』

『塩は海田を使って精製するのはかなり手間ですし、岩塩でも産地から輸送コストがかかります。砂糖や香辛料はここの気候を考えると、ずっと南方の作物なので貴重品の筈なんですが』

『詳しいですね』

『ゲームの説明の受け売りなんですけどね』

 

はくたくがユグドラシルから浮気していたゲームの一つに大航海時代の船乗りを体験するゲームがあった。そのゲームから昔は砂糖や香辛料が貴重な貿易商品だった事を思い出したのだ。

 

『はくたくさんは果物を買ってましたがどうしてです?』

『単純に味見したかったから』

『本当に言ってますかそれ?お金を無駄遣い出来ないんですよ』

『冗談ですよ。今から理由を説明しますから』

 

はくたくは袋から緑色の熟れて無さそうな、オレンジに似た果実を取りだす。

 

『オレンジという名前ではありませんが、我々の世界のオレンジに似ています。モモンガさんは気付きませんか?』

 

オレンジをアインズに投げる。

 

『只の熟れていないオレンジじゃないですか?・・・いやもしかして』

『そうです。その状態で熟れています。これはユグドラシルのオレンジです』

『黄色から緑に熟れるのなら・・・確定ですね』

 

オレンジはユグドラシルの初期のアップデートで食物と栽培植物として追加されたが、実装ミスで成長期と収穫期の色が逆になっていた。開発はそれをネタとして修正せずを仕様にした。はくたくはアインズからオレンジを返してもらい、ナイフでスマイルカットにし食べる。

 

(育て方が悪いのか味はかなり劣るけど、ナザリックのオレンジと同じだ)

 

『ナザリックのオレンジに近い味がします』

『自分たち以外の誰かがオレンジをこの世界に持ち込んだ?』

『そうとしか考えられません』

 

二人は新たこの世界に他のプレイヤーがいるかもしれない証拠を手に入れた。この辺りで集める情報は集めたと判断し、二人は<伝言>の会話を打ち切り立ち上がる。

 

「さて、夕方までもう少し時間があるがどうするモモン」

「ここで売っていない武器や防具を買いに行こう」

 

はくたくは組合で貰ったエ・ランテルの概略図を開く。武器や防具は鍛冶屋街で買えるようだ。

 

「鍛冶屋街は・・・こっちだな。先導するから付いてきてくれ」

 

二人は立ち上がり鍛冶屋街へ歩き出した。

 

 

 

 

 

エ・ランテルにある製造に職人が必要な品を扱う店舗は、職業ごとに集まって区画を形成している。その区画の一つの鍛冶屋街を二人は歩いていた。扱われる商品は需要と供給の関係で革と鋼鉄を使用した物が殆どだ。それの製造販売と修理が職人たちの仕事の大半となっていた。品ぞろえの中にアダマンタイトはおろかミスリル、オリハルコン製の武具でさえ数えるほどしかなく、それらもショーケースの肥やしか貴族の儀典用の実用性に乏しいものだった。エンチャントを施した武具を売る店も一つ二つ回ってみたが、二人の目を引くようなものは無い。はくたくはアインズに確認する。

 

「エンチャントされていたアイテムはどうだった?」

「大したものは無かった。幾つか知らないエンチャントもあったが、我々が知るエンチャントのマイナーチェンジ版と言った感じだった」

 

はくたくが周囲を見回して店舗の感想を述べる。

 

「どの店も初心者向けの商店って感じだ」

「組合の説明だとここにはエ・ランテルが軍事拠点という関係で王都よりも優れた職人もいるって話だったが」

「それを踏まえると、単に王国の技術力が低いという事じゃ・・・ん?」

 

はくたくは開けた場所に人が集まり、何か騒いでいる事に気付いた。

 

「あそこで何かやっているようだ。行ってみないか?」

 

 

 

 

 

広場では即席の台の上で一人の男が口上をあげていた。隣には何かが書かれた看板と武骨なミスリル製の全身鎧(フルプレート)が設置されている。二人は看板に何を書かれているかは読めないが、男の口上から彼が何をしているかは分かった。この鎧は王都の一流の職人が作ったもので、鋼鉄の武器程度では斬る事は出来ない。銀貨一枚で鋼鉄の武器で試し切りが出来て、鎧を斬る事が出来た場合は金貨十枚を進呈するという事らしい。周りを取り囲んだ群衆から何人かが挑戦したが全員失敗していた。はくたくはアインズに提案する。

 

「モモン、あれに挑戦してみないか」

「あの試し切りに?」

「街を練り歩いただけで騒ぎになるんだ。ここで一発成功すればいい感じに名を売れるぞ」

「ふむ・・・やってみるか」

 

二人が台の男に歩み始めると自然と群衆が道を開けていく。アインズが口上を上げる男に話しかける。

 

「試し切りをやりたいんだが」

 

男が群衆に宣言する。

 

「新たな挑戦者が現れました!立派な鎧を来た冒険者です!この挑戦者は見事金貨十枚を得る事が出来るのか!」

 

アインズは男に銀貨を渡し、試し切り用の武器を取った。取ったのは用意された武器の中で一番大きい両手剣。試し斬りに使用した者が居ない為刃零れはない。アインズは鎧の前に立ち剣を構え、

 

「ハアッ!」

 

という気合の一声とともに鎧に振り下ろした。ガギィという音がし、鎧に数センチ刃が食い込む。

 

(背中のグレートソードなら真っ二つに斬れただろうけど・・・今のモモンガさんはレベル30の剣士だから少し荷が勝ちすぎたかな?)

 

「さて、斬る事は出来たのだから金貨十枚を戴こう」

 

どうやら男はアインズが鎧を斬る事が出来るとは思っていなかったようだ。苦し紛れの言い訳をする。

 

「は、刃が少し喰い込んだだけで、これでは着用者は傷付かないし斬ったとは言えない」

「汚ぇぞ!」「さっきと話が違うじゃねえか!」「俺達を騙す気か!」

 

群衆が男にブーイングを始める。この男はどうやら自分たちが来る前にかなり儲けていたようだ。このままでは男は群衆によって台から引き吊り下ろされるだろう。はくたくは跳躍し台に上がる。周囲が自分に注目してから男に尋ねる。

 

「なあ、着用者が傷付く斬り方をすればいいんだな?」

「ああ。そうだ」

「モモン、銀貨をもう一枚渡してやれ。この鎧を男が言い訳出来ないように斬ってやろう」

 

アインズは男にもう一枚銀貨を渡してから群衆に提案する。

 

「彼は私の友人で、私よりも武器の扱いに長けています。彼が鎧を斬る事が出来たならばこの場は丸く収めて、この男に危害を加える事は止めてもらいたい」

 

はくたくは見回して群衆が提案に同意したのを確認した後に、用意された武器の中から片手用の戦斧を手に取り感触を確かめる。

 

(造りは悪くない。これならいけそうだな)

 

はくたくは戦斧を右手に握り、全力で鎧に袈裟斬りを繰り出した。群衆は戦斧の軌道を捕えられず一瞬はくたくの右腕が霞掛かるのが見えただけだ。キンッという音が響き、一瞬の間をおいて鎧の右肩から左腰に綺麗な一本の亀裂が走り鎧の上半身が地に落ちた。鎧が地に落ちたと同時にはくたくが使っていた戦斧はバラバラに砕け散る。群衆は目撃した物の衝撃からか誰も声を発しない。ミスリルの全身鎧はアダマンタイトに劣るとはいえその防御力を考えれば、鋼鉄の武器で一刀両断にされるなど有り得ないのだ。

 

「肩から腰に掛けて真っ二つ。誰かがこれを着ていたら死んでるだろう。これで文句はないな?」

「は、はい!」

 

男はアインズに金貨が入った袋を渡す。アインズは中に金貨が十枚入っている事を確かめると懐にしまった。

 

「確かに金貨十枚貰い受けた。ハク、もう夕方だから宿屋に帰るとしよう」

「分かった」

 

二人は広場を後に宿屋へと向かった。彼らの姿が見えなくなってから群衆は稼ぎ扶持を失って茫然とする男を放置して、今見た光景について議論を始めた。

 

 

 

 

 

「ちょっとやり過ぎてしまいました。あれでは冒険者モモンより自分が強いという事になってしまいます」

「まあ実際私はステータス的にはレベル30代の戦士で、はくたくさんはレベル100じゃないですか」

 

夜、宿屋の部屋で二人は演技を止めて歓談していた。ナーベラルの<兎の耳(ラビッツ・イヤー)>、はくたくの<隠密看破>、アインズの防諜魔法で盗聴の心配はない。

 

「戦士化魔法使って普通に鎧を着てもいいんじゃないですか?」

「それも考えましたが、一回戦士化魔法を解かないと緊急時の対応が出来ませんから」

 

アインズは一時的にステータスを戦士ビルドに変更し、戦士系武器の装備制限を解除する魔法を持っている。だが使用中の常時MP消費と魔法使用が制限される事を考慮してそれは使わず<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>によって造られた鎧と剣を身に纏っている。ステータスは魔法使い用ビルドのままなので戦士だとレベル30代相当のステータスしかないが、即座に魔法を発動できる。

 

「それもそうか。ナーベラル、シャドウデーモンから報告はあったか?」

「はい」

 

ブリダはあの後薬師リイジー・バレアレの元にポーションを持って行き鑑定を依頼した。リイジーはポーションを鑑定すると非常に驚き、それを真なる神の血を示すと言った。効能に金貨八枚、付加価値を含めて合計金貨三十二枚を買い取り代金としてブリダに提案し、ブリダがそれを拒否すると金貨一枚と引き換えに渡したアインズ達の情報を受け取った。

 

「・・・との事です。アインズ様、はくたく様」

「釣りは大釣果といった所かな」

「真なる神の血、だから我々の赤いポーションは貴重ではあるけれども異端の品や禁製品、という訳ではないようですが」

「とはいえこれもマジックアイテムと同じく貴重過ぎて金策には使えませんねアインズさん」

 

金貨三十二枚。現地の金銭感覚は身についていないが、市場を見て回ったおかげでそれがかなりの大金という事は分かる。現地では製造できない貴重品、そんな物を市場に大量に流せば競合する業者から目を付けられてしまうだろう。

 

「それでシャドウデーモンはどうします?」

「これ以上ブリダを尾行しても意味はありませんし、明日彼女が冒険者ギルドに行けば、上位クラスの冒険者の誰かが感知しかねません。引っ込めましょう」

 

アインズがシャドウデーモンに撤退命令を出す。

 

「撤退命令を出しました。そう言えばナーベラル、定時報告でアルベドは何か言ってなかったか?」

「はっアインズ様。アルベド様はナザリックでせんぎょうしゅふとしての任を全うしているとのことです」

「・・・・・」

 

アインズの口がパカリと空いた。不審に思ったナーベラルが聞く。

 

「アルベド様に何か問題が?」

「いっいや問題はない。ないとも」

「それでアインズさん明日はどうするんです?」

 

はくたくは固まりそうなアインズに話しかける。

 

「あっ明日は冒険者組合で簡単な仕事を受けてみようかと」

「分かりました。ではそれまで時間がありますしちょっと出かけてきます」

 

はくたくは窓を開ける。

 

「ちょっと何処に行くんですか?」

「ここで寝るのも味気ないんで城壁の上で夜空見ながら野宿でもしようかと」

 

こんな場末の宿よりも、満点の夜空の方が何倍も価値がある。

 

「・・・何かあったらすぐに戻ってきてくださいね」

「分かりました。夜明け前には戻ります」

 

はくたくはそう言うと窓から道路へと音もなく降り立ち、闇の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

はくたくは深夜のエ・ランテルを誰にも気づかれることなく進む。街にはポツリポツリと<永続光>による街頭があるのみでかなり暗い。夜目が効く者でなければ素早く動く影が何なのか分からないだろう。もし通行者がいても鋭敏な五感と感知系のスキルで会わないように避けていく。そうして進んでいき一番外側の城壁の内壁までたどり着いた。エ・ランテルの一番外側の城壁は分厚く、一定間隔で円形の監視塔がある。はくたくは一息で外壁の上部通路まで跳躍した。周囲を観察し夜警の兵士から見つからない場所を見つけるとそこに移動して寝っ転がる。城壁からエ・ランテルの外を見れば、まばらに開拓村や農地はあるものの殆どは月明かりに照らされた森と平原が果てしなく広がり、宝石のようにきらめく満点の夜空と合わさって最高の風景をはくたくに見せていた。

 

(最高の景色だ。それ以上に言うべき言葉は無いよ)

 

はくたくはインベントリからワインと無限の背負い袋を取りだす。袋から昼間に市場で買っておいた酒のツマミになりそうなものを出し、それを肴にワインを飲み始める。宿屋を出たのは夜景が見たいというのもあったが飲食不要なアインズと不要になるアイテムを着けたナーベラルの目の前で酒盛りは気が引けたのだ。

 

(本当はモモンガさんと酒盛り出来たらいいんだけど・・・実際モモンガさんはこっちに転移してきてから自分が享受してる恩恵の大半を感じる事が出来ていない。これは近いうちにどうにかしないといけない案件だな)

 

はくたくは夜景とツマミを肴にワインを一瓶飲み干すと、夜明け直前まで眠った。夜明け前に酒が抜けきっているのを確認してから酒盛りの片付けをし、街の人々に気づかれないようにひっそりと宿屋へと戻って行った。



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初依頼

エランテルに来てから二日目の明朝。冒険者組合のボードに貼りだされた依頼の前で、冒険者のモモン、ハク、ナーベの三人が立ち尽くしていた。

 

((文字が読めない・・・))

 

言葉はこの世界にある謎の法則でどうにかなったが、それも文字まではフォローしてくれない。文字解読が出来るアイテムはそれが必要になるであろうセバスに渡してしまった。二人はこれをどう突破するべきか<伝言>で話し合う。

 

『どうしますモモンガさん?自分たちは遠くからやって来た事になってるので、文字が読めないのを理由に代読を依頼しても不自然ではないと思いますが』

 

自分たちは遠くの国から冒険者を志願してこの地まで旅してきた事になっている。この辺りの文字が読めなくても不審には思われない筈だ。

 

『私たちが文字が読めないとばれると、騙そうとする輩が出が出てきそうなのでそれは最後の手段にしたいです』

『ああ、その手のトラブルはなるべく避けたいですね』

 

文字が読めないのを良い事に自分たちを騙そうとする輩に付きまとわれるのは嫌だ。仕事の契約書だと思ったら奴隷契約書だった、なんて勘弁だ。

 

『文字解読のスクロールを持ってくるのを忘れた自分の責任です。どうにかするんではくたくさんとナーベラルは付いて来てもらえますか?』

『何か良い考えが?』

『ええ。元営業的にはあまりやりたくありませんがね・・・・』

 

アインズは張り出された依頼書から一番上の一枚をひったくるとカウンターの受付嬢に付き出す。

 

「この依頼を受けたいんだが?」

「これはオリハルコンプレート以上のの冒険者が対象の依頼ですので・・・」

「知っている。問題はない」

「すみませんが規則ですので」

「つまらん規則だな。我々に昇格試験を受けて昇格するまでカッパーの仕事を受けろと?」

「クラス分けは多くの人々の安全の為にある規則です」

 

(元営業ならやりたくはないっていうのはこういう事か)

 

はくたくはアインズのやろうとしている事を理解した。アインズは上位クラスの任務を無理やり受けようとし、ある程度無理を言って押した所でサッと引き下がる。そうする事で自分たちに都合のいいカッパークラスの依頼を受付嬢に持ってこさせるように誘導する腹積もりだ。アインズは営業マン時代に嫌だった客を自ら演じているのだからかなり辛いだろう。

 

「・・・言っておくが私の連れのナーベは第三位階の魔法を使える」

 

アインズが無理を言う為に自分たちの実力をアピールする。第三位階の魔法が一般的な魔法使いの限界というのは捕虜から確認済みだ。周囲の冒険者のアインズを見る目が発言で変わった。駆け出しの傲慢な冒険者を馬鹿にする目から、言い放つ実力が真偽か確かめようとする目に。アインズはさらに追い打ちを掛ける。

 

「私の友人の魔獣の強さは、組合が言う所の難度に換算すると120相当だ」

 

ナーベラルに向いていた視線が全てはくたくに向かう。「嘘だろ」「本当かよ」といった囁きが聞こえる。今ここにいるのは最高ランクでもミスリルプレートの冒険者だ。アインズの言葉が正しければ、どうひっくり返ってもモモンが連れている魔獣に自分たちは勝てない。全員でかかって足止めがやっとだろう。

 

「そして私もこの二人に匹敵するだけの戦士。オリハルコンはおろかアダマンタイトの難易度でもこなせると自負している」

 

最初の頃と冒険者達の放つ雰囲気がガラリと変わる。冒険者は実力主義だ。今の発言が真実であればアインズ達にカッパーの依頼が見合ってないというのは当然だ。

 

「それでも規則ですので。申し訳ございません」

「そうか。無理を言って悪かったな」

 

頭を下げた受付嬢に合わせてアインズも頭を下げる。だがアインズとはくたくは内心ガッツポーズ取っていた。

 

((ここまでくればあと一息))

 

「そうであればカッパーの難易度でいいから一番難しいのを見繕ってくれ。張り出されているのは依頼の期日が押しているものだろう?少しなら日が離れている貼られていない依頼でも構わない」

「畏まりました」

 

((よし!))

 

完璧な誘導だった。<伝言>でアインズがはくたくに自慢してくるのも当然だろう。

 

『はくたくさん、これが営業の力です』

『受付を誘導しつつ我々の実力もアピール。さすがです』

『その場の勢いで適当にはくたくさんの難度を言っちゃいました』

 

冒険者たちがモンスターの強さの指標として難度という尺度を使っている。はくたくが組合で説明されたモンスターと難度の関係は、感覚的にユグドラシルのモンスターのレベルを三倍した感じだった。はくたくを難度120とするとユグドラシル換算ではくたくは約レベル40の強さという事になるだろう。

 

『王国戦士長がレベル30代ですしまあ妥当な範囲だと思いますよ』

 

国家最高の剣士なのだから、現地の強者の基準としてガゼフは適当だろう。

 

『さて、どんな仕事が来ますかね』

 

二人がいい気分で受付嬢がカウンターの後ろにある羊皮紙の束から依頼書を取りだすのを待っていると、

 

「カッパー以上の仕事を探しているのなら、私たちの仕事を手伝いませんか?」

「あん?」「うん?」

 

後ろからシルバープレートを付けた男に声を掛けられた。

 

 

 

 

 

ごねたとはいえ所詮受けられるのはカッパーの依頼。シルバープレートを付けた冒険者から仕事を持ち掛けられたのならば、それに乗ったほうがいい。そう判断したアインズとはくたくは彼らの提案に乗る事にした。組合の一室で彼らから仕事の内容の説明を受ける。

 

「まずは自己紹介から始めましょう。私が『漆黒の剣』のリーダーのペテル・モーグです」

 

先程自分たちに声を掛けた男がリーダーのようだ。このあたりでは一般的な金髪碧眼に特徴のない整った顔をしている。皮と鎖帷子を金属の帯で補強した帯鎧(バンデットアーマー)を着こんでいる。

 

「次にメンバーを紹介します。あちらがチームの目と耳を担当する野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブ」

 

痩せ気味の金髪の男が軽く頭を下げる。来ている皮鎧はレンジャーらしく防御よりも動きと静音性を重視している。

 

「彼は森司祭(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。治癒魔法と自然を操る魔法と薬草知識に長けていますので何かあったら彼に相談をしてください」

「よろしくお願いする」

 

褪せた草色の皮鎧を着た恰幅のいい男が重々しく口を開いた。はくたくの嗅覚へ先程から彼の下げた袋から刺激臭がやって来ている。

 

「最後に、魔法詠唱者(マジック・キャスター)でチームの頭脳のニニャ・ザ・詠唱者(スペルキャスター)

 

最後に紹介された彼女は茶色の短髪に碧眼で中性的な美しさが印象的だ。顔に微笑を浮かべているが若干堅さを感じる。魔法詠唱者らしく皮の服にベルトでこまごました物をぶら下げている。アインズは一発で魔力系魔法詠唱者と判断したが、はくたくには判断できなかったので質問する。

 

「ペテルさん質問してもいいかな?」

「ええ、どうぞ」

「彼女は魔力系魔法詠唱者ですか?」

 

誰の事を指しているのか分からなかったペテルが首をかしげる。はくたくの言葉を受け、一瞬ニニャの表情が仮面の微笑から驚きの表情に崩れ、再び元の表情に戻るとはくたくに指摘する。

 

「僕は男ですよ?」

「?・・・ああ!どうも人間の性別を見極めるのが難しいので。とんだ失礼を」

「構いませんよ。女と間違われる事もありますしね。質問ですが、私は魔力系魔法詠唱者です」

「了解しました」

 

『はくたくさん、ニニャは男じゃないんですか?』

『ええ。匂いで分かりました。何やら事情がありそうですし触れないほうがよさそうです』

 

(この世界であの年の女性が一人身となると、隠しておかなければトラブルもあるのだろう)

 

ニニャはペテルの方に恥ずかしそうに振り返る。

 

「ペテル、その二つ名止めませんか?あなたがそれを誰かに言う度にこっちは恥ずかしいんですよ?」

「え?良いじゃないですか。名前負けしない生まれながらの異能(タレント)持ちなんですから」

「彼は生まれながらの異能を持っているので?」

 

はくたくはニニャが生まれながらの異能を持っている事に食い付く。同じくアインズも身を乗り出す。陽光聖典の捕虜から生まれながらの異能というユグドラシルには無い能力がこの世界にある事を聞き出していた。例えば隊長のニグンは「召喚モンスターの強力化」という生まれながらの異能を持っていた。

 

「ニニャは魔法適正という生まれながらの異能で魔法の習熟に八年かかる所を四年で終わらせたんだっけ?ニニャは彼の師匠の弟子たちの中で、最年少で独り立ち出来る許可を貰ったこの街の有名人です」

「ほぉ・・・」

 

はくたくはアインズの反応が気になる。武技と同じく現地特有の能力を欲しいのだろうが、迂闊な行動をしてもらっては困る。はくたくはテーブルの下で隣のアインズの足を軽く小突く。

 

『ニニャさんをなんかしようとか考えてません?』

『<星に願いを(ウィッシュ・アポン・スター)>で生まれながらの異能を剥がせないかなと』

『まだ現地勢力について把握してませんし警戒されるような事は止めましょう』

 

<星に願いを>は経験値を消費して自信に有利な願いをかなえる超位魔法だ。それであれば生まれながらの異能を奪取できる可能性もある。だが現状では敵対や警戒されかねない事は極力するべきではないだろう。

 

「生まれながらの異能なら、わたしより有名な人がいますけどね」

「バレアレ氏であるな!」

 

ダインの上げた姓をはくたくは聞いた事がある

 

(バレアレ、確かブリダがポーションの鑑定してもらった薬師と同じ姓だ)

 

「その人はどのような生まれながらの異能も持っているのですか?」

 

はくたくの問いに四人が顔を見合わせる。反応から見るに、知っていて当然の情報だったようだ。

 

「私たちは旅をしてここに来たのでこのあたりの事には詳しくないのです。実は昨日ここにきたばかりなんですよ。良ければ教えてくれませんか?」

 

アインズがはくたくの質問をフォローする。その言葉に四人は納得したようだ。ペテルが代表して話しを続ける。

 

「なるほど。目立つ三人なのにあなた方の噂を聞いた事が無かったのは、このあたりの人ではないからですか」

「ええ」

「名前はンフィーレア・バレアレ。名の知れた薬師の孫に当たる人物で、彼の持つ生まれながらの異能は「ありとあらゆるマジックアイテムを使用可能」です。話によると系の違う巻物(スクロール)どころか、血筋や能力、種族で制限されるアイテムでも使用可能とのことです」

「なるほど・・・」

 

はくたくは相槌を返しながら内心ほくそ笑む。どうやら現地の薬師のユグドラシルのポーションの反応を確かめるついでに、優秀な生まれながらの異能持ちと接触できる機会を得る事が出来ていたようだ。これはうれしい誤算だ。

 

『モモンガさん、じきにリイジーから接触してくるでしょうが、薬師よりもその孫の方が要注意人物ですね』

『ええ。ですが関係を持っておけば我々に有利に働きます』

「どうかされましたか?」

 

二人の反応を不審に思ったペテルが尋ねてくる。慌てて二人は意識を四人に戻す。

 

「いえ、気にしないでください。そちらの紹介は終わりましたし、私たちの番ですね。彼は友人のハクで、こちらはナーベ。そして私がモモンです。私が戦士で、ナーベは魔法詠唱者です。ハクは斧を使う戦士ですが感知系のスキルも使えます。よろしくお願いします」

「「よろしくお願いします」」

 

アインズに合わせてはくたくとナーベラルも軽く頭を下げる。

 

「こちらこそよろしくお願いします。モモンさんたちが私たちを呼ぶ時は名前で読んでいただいて結構ですよ」

「そうですか?では有難くそうさせてもらいます。では自己紹介も済みましたし、仕事の話に移りましょう」

 

 

 

 

 

ペテルの説明を要約すると彼らがやるのはモンスター討伐だ。特に依頼主がいる訳ではないが、街道沿いのモンスターを狩ると強さに応じて組合から報奨金が出る。その報奨金を報酬として二チームで折半するという訳だ。折半とは新人のカッパー冒険者相手に随分気前がいいが、我々の実力を確かめるという目的もあるからだろう。彼らと行動を共にする事で得られる事が多いと判断したアインズとはくたくは依頼を受ける事にする。

 

「あなた方の仕事に協力させていただきたい。それでは共に仕事を行いますし、顔をお見せします」

 

アインズがそう言うとヘルムを外す。もちろんむき出し骸骨ではなく事前に幻術で作りだしている顔を見せる。幻術の顔は宿屋を出る前にはくたくが監修し、アインズが作った最初の顔よりも美系に修正した。アインズは乗り気ではなかったが、はくたくはイケメンが得をする事を。元いた世界で嫌というほど知っているのでアインズをどうにか説得した。

 

「ナーベさんと同じ黒髪黒眼という事は南方の出身ですか?あちらではモモンさんと似た顔立ちが一般的らしいですが」

「ええ。かなり遠方から来たんですよ」

 

嘘は言っていない。遠方だが次元も違う彼方から来たとは言わないだけだ。

 

「意外と年行ってるな」「ルクルットより格好いいですけどね」「第三位階の使い手と同格ですからそれぐらいの年齢になりますよ」「ナーベ女史のような美女を連れているのも納得である」

 

モモンガの顔についての感想が四人から聞こえてくる。

 

『モモンガさん顔を美系にしといて正解でしたね』

『そのままの顔でも良かったと思うんですけど?』

『この世界何故か美系ばかりですから、あのままだと下から数えた方が早かったですよ?』

 

この世界は街を行く人はおろか、カルネ村の村人までもが顔が整っていた。この世界は美人が多いというより不細工が少ないのだ。アインズが最初に作った顔ではこの世界では平均点行くか行かないかといった感じだった。

 

『そう言うはくたくさんはどうなんです?』

『自分は魔獣なんで人の尺度は当てはまりません』

 

はくたくはアインズの攻撃をかわす。アインズが睨んでいる気がするが気にしない。

 

「さて、顔見せは終わりましたし隠させていただきます。三人が全員異邦人だと知られると厄介事に巻き込まれるかもしれませんのでね」

 

アインズはヘルムを被り直し話を進める。

 

「さて、これから共に仕事を行いますし疑問があれば今解決しておきましょう。我々に質問はありませんか?」

「はい!」

 

アインズの問いにビシィと音が聞こえそうな勢いで手が一本付き出る。ルクルットの手だ

 

「どうぞ?ルクルットさん」

「モモンさんとナーベさんはどのような御関係ですか?」

 

『これどういう意味で言ってるんでしょう?』

『分かりません』

 

「私とナーベは冒険者仲間ですが」

 

ルクルットはナーベラルに手を差しのべながら言い放つ。

 

「惚れました!一目惚れです!つきあってください!」

 

(はあ?!)

 

思いがけない発言にはくたくは戸惑う。全員の目線がルクルットに向かい、冗談ではないという事を理解すると今度はナーベラルに向かう。ナーベラルは溜息をつくと、ゴミを見るような目線でルクルットに告白の返答をした。

 

「黙れ、下等生物(ナメクジ)。身の程をわきまえなさい。舌を引き抜いて欲しいの?」

 

(あれ?ナーベラルさん?)

 

麻痺した思考をどうにか動かして何か言う前にルクルットがナーベラルに返答する。

 

「厳しいお断りの言葉ありがとうございます!では友達からお願いします!」

「死ね、下等生物(ウジムシ)。お前が私の友人?そのいやらしい目をスプーンでくりぬいてさしあげましょうか?」

 

(人間に失礼なことされても抑えてって言ったのに・・・)

 

はくたくが頭を抱えているうちにモモンとペテルがこれ以上傷を広げないうちに話を纏めにかかる。

 

「・・・仲間がそちらにご迷惑を」

「いえこちらこそ。ルクルット!」

「いやー、ナーベちゃんは照れてるだけブフォッ」

 

ルクルットが余計な事を言う前にペテルが肘鉄を叩きこんだ。

 

「本当にすみません!我々の準備は終わっているので、モモンさん達の準備が終わり次第出立するという事でいいですか?」

 

最低限必要な物は宿屋で調達している。食糧は用意していないが、ははくたくは現地で食糧を調達できるので、あとはアインズとナーベラルが怪しまれない分の食糧があればいい。

 

「我々も食糧の調達が終わればすぐに立てます」

「ここに来たばかりですし、店にこだわりが無ければ組合のカウンターですぐに準備して貰えますよ?」

「そうですか。ならそれが良いでしょう。時間を掛けたくありませんから」

「では行きますか」

 

全員が立ち上がろうとするとドアがノックされる。ナーベラルがドアを開けるとそこには驚きの表情を浮かべる受付嬢がいた。いきなり戦闘態勢に移行したナーベラルは腰の剣に手を伸ばし―――何かやらかす前にナーベラルの頭にアインズとはくたくのチョップが叩きつけられる。「?」といった表情を浮かべるナーベラルを無視してアインズが受付嬢に問う。

 

「どうしましたか?」

「モモン様にご指名の依頼が入っております」

 

 

 

 

 

 

「僕が依頼させてもらいました」

 

受付嬢の後ろから部屋に少年が入ってくる。アインズ達と漆黒の剣の皆に軽く礼をする。

 

「始めまして。ンフィーレア・バレアレです。それでは依頼を、と言いたいところですが何かありましたか?」

 

一同の雰囲気でンフィーレアは自身が依頼を出すのが遅かったと察した。アインズが一同を代表して答える。

 

「ええ。実は今先程漆黒の剣の皆さんと仕事をする契約を交わしたのです。済まないが君の依頼は後日か別の冒険者に頼むという事で」

「モモンさん!名指しの依頼ですよ」

「ですが、一度受けた依頼を保護にするというのは余り良い事ではないですよね」

「しかし・・・」

 

(これはモモンガさんが正しいな。短期的な利益を優先しないほうがいい)

 

はくたくはアインズの判断を支持する。名指しの以来というのが冒険者的には重要そうではあるが、先に決めてしまった依頼を蹴る事は余り褒められた事ではないだろう。ペテルがもごもごと何か言っているが、要するに我々の仕事とは価値も稼ぎも違うから約束を反故にしても構わないという事だ。依頼を反故にするのはやはり冒険者の道義に反するのだ。それに、ンフィーレアの依頼はリィジーの件だろう。向こう側は多少の時間なら自分たちを待つだろうとはくたくは踏んでいた。

 

『はくたくさん、私にいい考えがあるので任せてもらえますか?』

『仕事の交渉事はモモンガさんの方が慣れていますしお任せます』

 

アインズが提案する。

 

「ではこうしましょう、ペテルさん。バレアレさんから契約内容や報酬期日を聞いてから考えるという事で」

「我々は構いません。我々の件は特に期日が決まっている訳でもありませんしね」

「ではこのまま漆黒の皆さんが立ち会ったまま話し合いましょう。そのうえで折り合いがつかなければ漆黒の皆さんの依頼を優先させていただきます」

「私たちも同席しても良いのですか?」

「私たちは冒険者としては掛け出しですし、皆さんの意見を参考にしたいです」

 

全員がンフィーレアを上座に座り直すと、依頼者の少年が依頼内容を話し始めた。

 

 

 

 

 

フィーレアの依頼は、森での薬草採取と森までの街道を往復する間の護衛だった。アインズ達だけでも依頼をこなす事は可能だが、全員の顔を立てつつ情報収集と言う目的のためにそうはしない。漆黒の剣もンフィーレアの依頼に噛ませ、ンフィーレアから報酬は全員で頭割、道中のモンスターの報奨金は二チームで折半するという事でアインズが上手く纏める。出発までの準備に関しても抜かりなく進んでいく。

 

(さすがは営業マン、こういう事はお手の物だな。さて、少年に聞いておく事があるな)

 

「幾つか質問しても良いかな?」

 

ンフィーレアは自身が入ってきてから一言も言葉を喋らなかった魔獣が言葉を話す事に一瞬たじろぐも、すぐに笑顔になりどうぞと進めてくる。有名人なだけあって知らない事に直面する事には耐性があるのだろう。

 

「私たちがここにきてまだ二日と経っていません。それなのにどうして知名度もコネもないモモンを指名したのですか?それにこの依頼は突発的な物ではないですし、毎回頼んでいた冒険者が別にいたのではないでしょうか?彼らではなく我々を指名したのはどうしてですか?」

 

自分たちを指名したのは十中八九例のポーションの件があったからだろうが、一応腹を探っておいた方がいい。少年の目は長い髪に隠れており何を考えているのかは読みにくい。

 

「まず毎回雇っていた方ですが、彼らはエ・ランテルから別の街に拠点を移してしまったんです。それで新しい方を探していたのですが、うちに来た方から幾つか噂を聞きましてね」

「噂?」

「一つ目は立派な鎧を着た戦士が魔獣と美女を連れて冒険者になりに来たという噂。二つ目はその戦士がランクの上の冒険者を吹っ飛ばしたという噂。三つ目は鍛冶屋街でやっていたミスリル製鎧の試し切りの見せ物で、その戦士の連れていた魔獣が鎧を真っ二つにしたという噂。先程受付で尋ねたのですが、ここ数日で冒険者登録を行ったのはモモンさん達だけでした。という事は今街で噂の有名人はモモンさんだと予想して、その有名人をこの機会に雇ってみようと思ったんです」

「色々と調べているようで感心します。確かに噂の冒険者というのは私達ですし、噂の内容もほぼ事実です」

 

(客と言うのはブリダの事だろう。鍛冶屋の件も調べている。本当の事を言っていないが、嘘も言ってはいない。なかなか面白いじゃないか)

 

「それにカッパーという事はお安いでしょ?長くお付き合いできればと思いまして」

「確かに。我々はカッパーですから実力の割にお買い得ですね」

 

はくたくは自分が聞くべきことは終わったので質問権を皆に返すと噂の件で幾つか質問が飛んでくるのでアインズが答える。暫くすると仕事の件や噂の件の質問も出尽くしたと判断したンフィーレアが締めくくった。

 

「では準備を整えたら出発しましょう!」

 

全員は立ち上がり、昨日と同じく冒険者たちの視線を集めながら街へと出て行った。




ニニャは原作と展開を変えようかなと思っています


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護衛

ンフィーレアと冒険者二チームはエ・ランテルを北上し、今は森の外縁に沿って東へとゆっくり進んでいた。平野を東に進んでから北上するルートもあったが、今回はモンスター狩りも兼ねているためモンスターと遭遇する確率の高い森のそばを通るルートを取っている。一行はンフィーレアの乗る馬車を中心に、前方警戒をルクルットとはくたくが、側面護衛をペテルとダインとニニャが、後備えにアインズとナーベラルという隊列を組み移動している。はくたくとアインズはここまでの行程で、幾度かルクルットの発言とナーベラルの態度に幾度か肝を冷やしながらも、漆黒の剣とンフィーレアから様々な情報を得る事が出来た。

 

(漆黒の剣を依頼に組み込んだのは正解だったな)

 

彼らから魔法や武技、有力な冒険者や周辺の情勢についてなどを聞き出し、はくたくは陽光聖典捕虜から絞り取った断片的な情報の穴埋めをしていく。

 

(このあたりで香辛料が比較的安い理由が魔法で作り出しているからとは、ンフィーレアから聞かされるまで思い付きもしなかった)

 

話を聞けば聞くほどより専門的な疑問が増えていく。今の所、彼らは進んで情報をアインズに提供してくれている。

 

(彼らがやたらと協力的なのはあのデモンストレーションが効いたからかな?)

 

アインズ達は出発する前に、街の外で彼らに軽いデモンストレーションを見せた。彼らにナーベラルの<電撃(ライトニング)>と、アインズとはくたくが巨木を一太刀で断った所を見せたのだ。それによって彼らに残っていた、自分たちの実力に対する不信感が消えたようだ。自分たちが大言壮語ではなく裏打ちされた実力を持っているからこそ彼らは協力的なのだろう。また出発するにあたってはくたくが装備を整えるとそれにも彼らは驚いていた。アイテムの質もそうだがモンスターがアイテムを使いこなすというのも珍しいようだった。

 

(街にいる間は何もつけていなかったけど、二級装備を着けただけであんなに驚かれるとは思わなかった)

 

はくたくとアインズはエ・ランテルに行くにあたって貴重品を持ちこむ際のトラブルを避けるため、いつもの神器級のマジックアイテムは外している。それらの代わりに伝説級と聖遺物級のマジックアイテムを装備している。はくたくはアクセサリの類はすべて外し、暗赤色のオーラを纏う手甲と足甲を嵌め、長柄の戦斧(ポール・アックス)を手に持ち、投げ斧(フランキスカ)を二本ベルトで腰に付けている。

手甲と足甲は合わせてセットの剣闘獣の装甲という防具で、装着者の防御力と筋力と命中補正を強化する。ポール・アックスの刃は穂先と槌頭と斧刃を合わせた形状をしている為刺突斬撃打撃を使い分けることができ、込められたデータクリスタルは物理攻撃力と耐久力に特化している。フランキスカは投擲用に調整された短めの柄と上向きに湾曲した斧頭を備えた斧で、これも同じく物理攻撃力と耐久力に特化している。防具とポールアックスはソロ時代に使っていた聖遺物級のアイテムだが、フランキスカは別でギルド加入後もモンスター狩りとPVPで愛用してきた伝説級の投擲武器だ。

アインズも複数の聖遺物級のマジックアイテムを装備しているが、<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>によって外装を統一している為、外からは甲冑一式とマントしか見えない。そのためはくたくのように漆黒の剣の面々に個別のアイテムについて根掘り葉掘り聞かれる事はなかった。

 

(魔法ってのは色々便利だよな。テレポートしたり外装統一したり幻術使えたり。こんな事になるなら魔法詠唱者にしておくんだったよ)

 

森の外縁を歩きながら歓談しているとンフィーレアが気になる事を言った。

 

「このあたりから『森の賢王』のテリトリーに入るので、強力なモンスターはいないはずです」

「森の賢王ですか」

「ええ。このあたり一帯を支配している魔獣です。それのおかげでこのあたりにはモンスターが少ないんですよ」

 

アインズがカルネ村で集めた情報を思い返す。

 

(森の賢王は情報によると確かこの周辺の森の主だったか?魔法を使用する恐ろしい魔獣で森の奥に塒があるせいか目撃情報は少ないがいる事は確からしい。モモンガさんは情報から森の賢王の正体は鵺だと予想していたな。その魔獣が本当に数百年も生きているのならば素晴らしい知恵を備えていたり、自分たちが知らない事も知っているかもしれない。自分たち以外のプレイヤーの存在とか・・・)

 

はくたくが森の賢王について考えていると、再びルクルットがナーベラルに絶対成就しないアプローチをしているが無視する。はくたくはルクルットとナーベラルの件はアインズに丸投げする事にし決めている。自分はアドバイスこそすれ、最終的な人事はアインズが決めているのだから今胃を痛めるのはアインズの役割だ。それでもナーベラルが爆弾発言は聞き逃さなかった。

 

「やっぱりさー、口では否定してるけど、ナーベちゃんとモモンさんって恋人関係なんじゃないの?」

「こっ、こ、ここ恋人!?何を言うのですか!私なぞではなくアルベド様という方が!」

「なっちょいおま!!」「おいぃ!」

 

はくたくはナーベラルの超ド級の爆弾発言に思わず振り向く。ナーベラルは自分の失態に気付いたのか青い顔で口を押さえている。

 

(うーんルプスレギナを冒険者にするよう進言すべきだったかな・・・・いや今更考えても後の祭りか)

 

前に向き直るとペテルがアインズに謝っているのが背中から聞こえるが、ルクルットは相変わらず軽口を叩いている。はくたくは会話に参加せずに景色を眺めていると、森の方向からこちらに進んでくる足音を察知した。隣を見るとかなり遠い為ルクルットは近づいている集団にまだ気付いていない。はくたくはアインズにハンドサインを出す。

 

<二足歩行生物の群れ、小規模、小型中型混合>

 

「ハクが何かの集団を感知しました。馬車を止めてください」

 

アインズの宣言を受けて馬車が止まり、漆黒の剣の面々に緊張感が漂う。ルクルットも地面に頭を付け、こちらに向かってくる音に遅れて気付く。ルクルットが森の一角を指差す。

 

「あっちから来ているな」

 

全員がその方向を暫く観察していると、森が揺れ木立の間から平原へモンスターの群れが平原へ姿を現す。小鬼(ゴブリン)が15体、人食い大鬼(オーガ)六体、そして―――最後に現れたオーガと同じくらいの大きさの巨人を見てンフィーレアが声を上げる。

 

「あれは・・・もしかして妖巨人(トロール)!?」

 

それに緊張した声音でペテルが返す。

 

「あれはトロールですね。我々だけでは撤退すべきモンスターですが、どうしますモモンさん」

 

トロールの難度は金プレートの冒険者が適正だ。単体ならともかく、ゴブリンとオーガのオマケつきでは漆黒の剣の一行だけではかなり厳しい。だが今はアインズ達がいる。

 

「私とハクが正面からゴブリンとオーガを蹴散らしてトロールを仕留めます。ペテルさんたちはナーベと共に零れた敵の処理とンフィーレアさんの護衛をお願いします」

「相手はトロールですけど大丈夫ですか?」

 

アインズは自信たっぷりに答える。

 

「あの程度の雑魚に苦労していたら単なる大口たたき(ビッグマウス)ですからね。これを機会に我々の実力を見ていただきます」

「我々の支援魔法は必要ですか?」

「私たちは結構ですので仲間の補助に専念して戴いて構いませんよ」

「了解しました。ではルクルットが彼らを平原に誘導するので、彼らが森から離れてから攻撃をお願いします。我々もモモンさん達の戦闘を出来る限り支援します」

「それではお願いします」

 

アインズ達との作戦会議が終わるとペテルは仲間に指示を出していく。彼らはペテルの指示を一言で理解し、阿吽の呼吸でスムーズに戦闘方針を決めて行く。はくたくの隣でそれを見たアインズがほうと感心した息を漏らす。自分たちが策士ぷにっと萌えや防衛指揮官のぶくぶく茶釜の指揮の元で発揮していたチームワークに比べると稚拙ではあるが、彼らにそれに繋がる片鱗を見たのだろう。はくたくはナザリックに入りたての頃を思い出しながらアインズに声を掛ける。

 

「いいチームですね」

「ええ。もう少し鍛えれば上のランクも余裕でしょう」

 

二人は懐かしい気分で彼らが準備を整えるのを見守った。

 

 

 

 

 

ルクルットが放った矢の挑発に乗せられたモンスターたちがこちらに突撃して来た。オーガを戦闘にその後ろをゴブリン、トロールの順でこちらに向かってくる。モンスターが距離を詰める間にルクルットの矢がゴブリンが数匹仕留め、ニニャがペテルに防御魔法<鎧強化(リーインフォース・アーマー)>を飛ばし、ダインの<植物の絡みつき(トワイン・プラント)>で発生した蔦がトロールを足止めする。

 

(うん、いい連携だ)

 

彼らが必死に迎撃するなかはくたくとアインズは武器を手にのんびりとモンスターへ歩いていく。モンスターとの距離が詰まってくるとアインズは150センチを超えるグレートソード二本を軽々と構え、はくたくも200センチを越える長物のポール・アックスを軽く振りまわしてから構える。アインズが巨大な剣を棒きれのように軽々と扱う様は堂々たるもので、はくたくも長柄武器を扱う動きからは歴戦の戦士の武器に習熟した雰囲気が漂っている。

 

「あなた方は・・・なんという・・・」

 

アインズとはくたくを見た全員を代表してペテルが言葉を喘ぐように漏らす。戦士として彼らがどれだけの鍛錬と経験を積み上げてきたのかを即座に理解したからだ。自分たちと彼らは同じ冒険者だが、彼らは立っている次元が違う。そうペテルは確信する。

二人の威圧感を受けてオーガは変わらず突撃を続けるも、ゴブリンが避けるように遠回りを始めるとそれに合わせてはくたくも動き出す。

 

(オーガはモモンガさんに任せてこちらはゴブリンを殲滅する事にしよう)

 

視界の端にアインズによってトロールが一撃で両断されるのを納めながらはくたくはゴブリンの前に立ちはだかる。ゴブリンの数はルクルットの矢によって数を減らし今は12体。

 

「お前たちの相手をしてやろう」

 

はくたくを倒さなければペテル達を襲えないと判断したゴブリンははくたくを囲み始める。自分を支援する為動こうとするペテルを手で制する。

 

(モモンガさんがオーガを一人で相手しているのに、こっちだけ手伝ってもらうのは格好悪いからな)

 

ゴブリン10体がはくたくを包囲する。少し体格と装備がいいゴブリン二体は後ろから他のゴブリンに指示出している。はくたくはそのリーダー格らしき二体に声を掛ける。

 

「準備は終わったかな?」

「カコマレタ、デモニゲナイ」「コイツハバカダ」

 

ゴブリン達がはくたくを嘲笑する。自分たちに包囲されているのに何もしない事を馬鹿にしているのだ。自分たちよりも強そうな魔獣とはいえ数でかかれば勝てると踏んでいるのだろう。

 

「どっちが馬鹿か、すぐにわかるだろう」

 

そう言い放ったはくたくがリーダー格に一歩踏み出すと

 

「カカレ!」

 

包囲したゴブリン一斉にはくたくに飛びかかる。が―――

 

「邪魔だ」

 

飛びかかったゴブリンは全員バラバラに砕け散りながら弾き飛ばされる。周辺にボトボトとゴブリンの内臓やバラバラになった体が落ちていく。はくたくはポール・アックスを数度振るって飛びかかったゴブリンを全て槌頭で叩き飛ばしたのだ。リーダー格のゴブリンとはくたくを見守るペテル達には、一瞬はくたくの腕と得物が消えるとゴブリン達が吹き飛び、物言わぬ肉塊になったようにしか見えなかった。

アインズとはくたくの戦いを見ていたペテルは呟く。

 

「信じられない・・・オリハルコンどころかアダマンタイト級なのか・・・」

 

一滴の帰り血も浴びていないはくたくは残る二体のゴブリンに向かって歩きながら声を掛ける。

 

「さて、馬鹿がどちらか明らかになったな」

「ニ、ニゲ―」

 

はくたくはゴブリンが逃げ出そうとする前に素早くフランキスカを投げつける。脳天に斧を受けゴブリン二体が仰向けに倒れる。アインズの方を見ると最後のオーガを処理し終えたようだ。はくたくは歩いてアインズに合流する。

 

『モモンガさんいい動きしてますね』

『本職のはくたくさんに比べればまだまだですよ』

『さて、残るはトロールですがどうします?』

 

トロールは蔦の縛めから逃れつつある。トロールは強い再生能力を持つが、首を斬り飛ばすか脳幹を完全に破壊すれば問題はない。

 

「私に任せては貰えないでしょうか」

 

いつの間にか二人の後ろにナーベラルがいた。

 

(ンフィーレアを護れって言ったんだけどなあ。多分さっきの失敗を取り戻したいんだろう)

 

『ナーベラルに任せてみませんか?』

『そうですね。彼女だけ皆さんに実戦を見せていませんし』

「ナーベラルよトロールを排除しろ。ただし使う魔法には気を付けろ」

「はっ」

 

ナーベラルが二人の前に進み出る。蔦の縛めから解き放たれたトロールは一番近いナーベラルに向かって突進を始めるが―――

 

「焼け死ね。<魔法最強化(マキシマイズマジック)電撃球(エレクトロ・スフィア)>!」

 

ナーベラルがトロールに向け広げた手の中で、通常の二倍の大きさの電撃球(エレクトロ・スフィア)が作られトロールに放たれる。愚鈍なモンスターが避けられる訳もなく電撃球はトロールを直撃する。魔力で強化された電撃球によってトロールを中心に周辺に電撃が飛散し、昼だというのに更に明るい光が周辺を照らし出す。強化された電撃球を直接受けたトロールは、のたうつように痙攣した後に煙を上げながら大地に転がる。強力な再生能力も体内から電撃で焼かれてしまっては意味はない。風に乗って馬車にまで獣肉を焦がした匂いが届いた。

 

 

 

 

 

死体から生臭い匂いと焼け焦げた匂いが漂う中アインズ達と漆黒の剣がモンスターの死体から耳を剥ぎ取っていた。はくたくも二匹のゴブリンの頭からフランキスカを引き抜き、こびり付いた脳漿を死体で拭うと耳を切り取る。

 

「すみません、耳を切り取ると知っていればもうちょっと綺麗にやったんですが」

 

はくたくは耳を集める面々に謝罪する。ゴブリンの大半をバラバラ死体にしてしまい耳集めが若干手間取ることになってしまった。ペテルが代表してはくたくの謝罪に返す。

 

「いや、戦闘で殆ど何もしていない私たちに謝る必要はありませんよ」

「そう言っていただけるとありがたいです」

 

はくたくは焼け焦げたトロールの死体と周辺を探すように見渡すアインズとナーベラルに気付く。集めた耳をニニャに渡しアインズの横に立つ。

 

「モモン、どうかしたのか?」

「ん?ああ。遺留品(ドロップ・アイテム)を探していた」

 

<伝言>に切り替えて話を続ける。

 

『ユグドラシルのようにデータクリスタルをドロップする訳ではないようですね』

『ですがこちらはこちらでいい事もあるようですね』

 

はくたくはトロールの傍に落ちている焼け焦げた棍棒や防具を指差す。

 

『ああいう装備品はユグドラシルだとドロップ制限がかかりますが、こちらではそうではないようです』

『という事は』

『PKに成功すれば相手の装備を根こそぎ奪えます』

 

アインズとはくたくの中にPKギルドの暗い欲望が燃えあがる。ユグドラシルではプレイヤーをPKしても一番高価なアイテム一つだけしかドロップしないが、この世界にそんな救済措置は存在しないのだ。只のゲームバランス上の制限なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。馬車の方角からの声に二人は我に帰る。どうやらペテル達がゴブリンとオーガの耳を集め終わったようだ。トロールの耳を切って三人が馬車まで戻ると、漆黒の剣とンフィーレアが口々に三人へ賛辞の言葉を投げかける。

 

「すごかったです、モモンさん!あの腕力はいったいどんな鍛錬をして身に付けたのか、戦士として教えてほしいです!」

「ハク殿のあの武器捌き!達人としか言い様が無いのである!」

「いやいや、最後にナーベちゃんが見せたビリビリ球もすごかったぜ?トロールを一撃で仕留たんだからな」

「ええ。第三位階の魔法どころかそれの強化まで修めているなんて凄いです!」

 

ナーベラルが当然といった感じ鼻を高くしているが諌める気はない。はくたくもこれ程の純粋な賛辞を受けた事が素直に嬉しかったからだ。

 

「皆さんもこの程度、研鑽を詰めば出来るようになりますよ」

 

アインズが謙遜して言った言葉にペテル達は苦笑いを浮かべている。彼らがどれだけ努力を積み重ねてもたどり着けない高みを「この程度」と言われればそのような顔をしても仕方がない。彼らをはくたくがフォローする。

 

「才能や運というものがこの世にはあるので、努力すれば皆さんが私たちのように絶対になれるとは断言できません。ですが、皆さんが努力すればきっとミスリルやオリハルコン冒険者になれると思いますよ」

 

これははくたくの心からの言葉だ。たとえ才能や力に恵まれなくても経験と努力で辿りつける領域、そこまでは彼らが辿りつけるだろうと。はくたくの言葉でペテルたちの顔が少し和らいだ。

 

「そう言ってくれると有難いです」

「では行きましょう。野営までにもう少し距離を稼げます」

 

再び陣形を組み歩きながらペテル達は確信する。今自分たちが共に旅する人たちは、偉大なる英雄として、この世の誰もが名を知る、英雄譚に出てくるような冒険者になるのだと。



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野営

日没まで時間はあるが一行は野営の準備を開始する。明りが無いため夜になるとまともに作業が出来ないからだ。アインズは野営地を囲むように、棒と紐と鈴を利用した鳴子による警戒網を作成し、はくたくは近くの森で薪を集めている。

 

(これだけあれば朝まで持つだろう)

 

薪を十分に集めたと判断したはくたくは薪を小脇に抱えて野営地に帰る。薪集めなど雑用もいい所だがはくたくは存外この作業を楽しんでいる。キャンプをするという事が初体験で新鮮な体験だからだ。屋外でキャンプを張るというような行為を含む、アウトドアの概念は元いた世界では廃れて久しい。流行などの問題ではなく環境汚染でアウトドア全般が物理的に不可能になってしまった。肺が腐る空気と酸性雨の中での野営など自殺にしかならない。

そして、はくたくはナザリックでの贅沢と同じくらいにこの世界の自然にも惹かれている。生まれてからずっと灰色の世界で過ごしてきた身にこの世界は美しすぎる。

 

(この世界におけるナザリックの立ち位置が安定したら、一人で未開の自然を旅しよう。いや、モモンガさんも誘ってみるか)

 

はくたくとアインズはこの世界をどうこうする気はない。火の粉がかかれば当然払うが。ナザリック周辺の自治さえ認めてもらえれば、それ以上の事を周辺国家に要求する気はない。ナザリックの安定さえ確保すれば守護者に留守を任せて暫く放浪するくらいは可能だろう。

また人類を救うとか滅ぼすとかそういう事も無駄に背負う気はない。面倒は嫌いだ。だが、人間が増え過ぎれば何か対策をする可能性はある。人が世界に満ちるとどうなるか結果はすでに知っている。

 

(人口増加による環境破壊は再現したくない。今くらいの文明レベルで緩ーく繁栄していれば何も干渉する気はないけど)

 

薪を小脇に抱えながら鳴子を避けて野営地の中に進む。ニニャとアインズ、ナーベラルはキャンプから離れた場所で会話をしている。同じ魔法詠唱者という事で聞きたいことが山ほどあるのだろう。はくたくは即席の竈を作っているルクルットの所までたどり着くと彼の横に薪を置く。

 

「薪の準備ご苦労様っす」

「どうも。今日の晩飯は何を作るんですか?」

「固焼きパンに乾燥イチジク、ナッツ類。そして俺がこの竈で作るシチュー。結構料理に自信はあるけど、あんたの口に合うかは分からないぜ」

「人間の料理でも問題はないですよ。よければ、そのシチューのレシピを教えてもらえませんか?」

 

ルクルットが快く教えてくれたレシピをはくたくはメモする。干し肉、ニンニク、根菜、小麦を香草、塩、胡椒で煮た簡素なシチューだ。

 

(何か足りない気がする・・・メモをナザリックの料理長に渡して意見を聞いてみるか)

 

「ハクさんって生肉とかをガツガツ食べるのかと思ってたけど意外とグルメなんだな」

「まあそういうのでも構わないですが・・・調理した物の方が美味しいですし」

「へぇー」

 

はくたくとルクルットが食について意見を交わしているとアインズとナーベラルとニニャがこちらに帰って来る。<警報(アラーム)>とかいう警戒用の魔法を掛け終わったのだろう。向こうで彼らが生まれながらの異能について話していたのはここからでも耳に入って来ていた。

 

「・・・という事ですので私に弟子入りは申し訳ないですがお断りさせていただきます。やる事がありますので」

 

はくたくはアインズがニニャを師匠に出来ないか聞いた時のニニャの態度に興味を引かれる。ルクルットとの会話を切りあげニニャに尋ねる。

 

「そのやる事について教えてもらえませんか?言いたくなければ別に構いませんが」

 

近くにいたルクルットがふざけた表情を止めてこちらを見ている。

 

(あっ、聞いたら不味い話題だったかな?)

 

先程からニニャの顔が暗い。顔に表れているのは敵意と憎しみが混ざり合ったものだ。

 

「済みませんが、チームとは関係のない事なので…」

「そうですか?モモンが色々と教えてもらっているようですし、それへのお返しに我々がそれについて何かできるかもしれません」

 

本来話を聞いただけでそこまでする必要性はない。自分たちが生まれながらの異能持ちに少し恩を売っておきたいだけだ。

 

「あなた方になら話してもいいかもしれないですね。…私のやる事、というのは姉を助けることなんです」

「・・・その感じだと単純な借金とかそういう物ではないようですね」

 

(ニニャの態度から考えるに・・・復讐?)

 

「ええ。貴族を姉を攫われたんです」

 

ニニャから聞いた話は中々に悲惨な話だった。

 

(会話に貴族のことが出てくるたびに態度が変わるのはそういうことだったのか)

 

ニニャは貧しい村に生まれ親を早くに亡くすも姉、ツアレニーニャ・ベイロンと二人で慎ましく暮らしていた。そこに貴族が現れて姉を攫ったのだ。数年後偶然魔法詠唱者に才能を見いだされ拾われ、修行を経て一人立ちし冒険者になるも姉は、とっくの昔に貴族が王都の娼館に売り飛ばしておりそこからは行方知れず。というものだった。横で聞いたいたアインズが思わず言葉を漏らす。

 

「それは…酷いですね」

「この国で貴族はやりたい放題です。どんな横暴も許されているのが現状ですよ」

 

アインズがはくたくに問う。

 

『はくたくさん、何か助けられるかもって言いましたけどどうしますか?』

『セバスとソリュシャンがシャルティアの得物を引っ掛け次第王都に向かいますよね?セバスに任務の一環として探らせてみようかと』

『あともう一人当てに出来る人物がいますね。カルネ村で恩を売った王国戦士長が』

『そういえばそうですね。…やっぱりその手の事で頭の周りはモモンガさんには勝てないようです』

『そう思っているのなら、後は上手く纏めるんで任せてもらいますか?』

『ええ』

 

アインズがニニャに約束する。

 

「ニニャさん我々は実はエ・ランテルに来るまでに、名は明かせませんが…王都の有力な人物と偶然知り合いになっているんです。王都に行く機会があればその人にあなたの姉について調べてもらいましょう」

「本当に・・・いいんですか?」

 

ニニャの顔には期待と不安が入り混じっている。

 

「ええ。その人ならば快く協力してくれるでしょう」

「ありがとうございます!どうかお願いします!」

 

ニニャがアインズの手を握理ながら何度も頭を下げる。藁にもすがる思いなのだろう。その頃はくたくは馬車に乗せていた無限の背負い袋を探っていた。

 

(自分から言った手前、何もしないというのはね。・・・おっ)

 

はくたくは袋の隅に押し込まれていた物を取り出す。質素な木彫りの狐をぶら下げているペンダントだ。

 

(これなら使い捨てで機能的にもいい感じだな。ニニャがこれを売ったり奪われても問題にならない)

 

はくたくはニニャにそのペンダントを放る。

 

「ハクさん、これはなんですか?」

「それを身に付けていれば危機に陥った時にちょっとした助けになるでしょう。モモンのように情報を渡せない代わりに私からはそれを差し上げます」

「高価なものなんですよね?情報だけではなくこのようなマジックアイテムまで、貰うわけには」

 

受け取りを拒むのを予測していたはくたくはニニャを説得する。

 

「あなたの姉について調べても何も分からない可能性もありますからね。それに貴方の姉の失踪にはろくでもない輩が関わっていると思います。そういう時にそれがあれば役に立つと思いますよ」

「それでも何の対価もなしに受け取るのは」

「それは自分には何の価値もなくなった物なのでね。手元で腐らせるよりかは危機に陥りそうな人に渡したほうが、それの有効活用出来ますから気にしないでください」

「では、有難く貰っておきます。モモンさんとハクさんが私を必要とするときにはぜひ協力させてください」

 

ニニャがペンダントを首に掛ける。それをはくたく先程までの優しい声とは裏腹に打算の目で見ていた。そのペンダントが発動するような状況を考えているからだ。

 

(それを着けていれば、確かに死の危険を回避できる確率は高くなる。その結果生き残れば自分たちに彼女は恩を感じるだろう。・・・だが生き残った時にそれが幸せかどうかまでは保証していないからな)

 

「辛気臭い話はそれまで。飯の準備ができたぜ。あっちの三人を呼んでくれないか?あ、ナーベちゃんは俺と一緒に準備しようぜ。一緒に愛の共同作業しない?」

「死ね、下等生物(ゲジゲジ)。その舌を切り落としますよ?…私が三人を呼んで来ます」

 

ルクルットの軽口とナーベラルの毒舌も雰囲気を変えるときには役に立つ。

 

「では私たちで食事の準備をしてしまいましょう」

 

ナーベラルが武器の手入れをするペテルとダイン、馬の世話をしているンフィーレアの三人を呼んでくるまでに食事の準備を終わらせてしまおう。

 

 

 

 

 

日が沈み世界が闇に包まれる直前の薄暗い中、一行は薪の爆ぜる音を囲んで食事を始める。メニューは先程聞いた通りだが、ルクルット特製シチューは材料の割に出来がよさそうだ。はくたくはシチューを受け取りながら、少し後悔していた。

 

(こういう事になるなら料理系の職業とっとけばよかったな)

 

ナザリックで料理を試してみたが料理ができる職業レベルをとっていなかった結果、肉をフライパンで焼けば炭の塊を、鍋を使えば焦げ付かせ炭の混じった謎の物体しか作ることができなかった。ユグドラシル時代でソロの時はその辺の石でも拾って食えばそれで済んでいたし、ギルド加入後はコックのメンバーがいたから職業レベルを振る必要がなかったのだ。

 

(ユグドラシルの食材を使ったバフ効果のある料理は無理だったが、現地の食材でも同様に無理かどうかは検証する必要があるな)

 

はくたくは現地食材を使った調理検証を頭の中の予定表に書き込むと、シチューの椀を受け取って固まっているアインズを見る。

 

(そして、モモンガさんにどうやってこの状況をやり過ごさせよう)

 

自分とナーベラルは食べても問題ないがアインズは幻術で体があるように誤魔化しているだけで飲食は不可能だ。無理やり食べたとしても食べた先から食ったものをダダ漏れにしてしまうだろう。ルクルットがシチューに手を付けようとしないアインズを不思議に思ったのか問いかけてくる。

 

「もしかして何か食べられないものとか、嫌いなものでも入ってた?」

「いえ、そういうわけではないのですが。ちょっとした理由がありまして」

「ちょっとした理由?」

「ええ。私の故郷の戒律では、命を奪った日は4人以上で食事をしてはいけないというものがありましてね」

 

(上手い理由だ。民族や宗教的な理由という事であれば突っ込みにくい)

 

「ほう・・・この辺りでは聞かない教えであるな。とはいえ世界は広い。遠い地ではそういう教えもあるのであろう。ナーベ女史やハク氏も同じ教えを信じているのであるか?」

 

はくたくは少し考えてから答える。

 

「ナーベはそうですが、私は違います。ヒトが信じる類のモノは何も信じていませんよ」

 

魔獣が人間と同じ宗教というのもおかしいだろう。彼らの不審者を見るような視線が和らいだところでアインズが話を変える。

 

「ところで皆さんのチーム名は漆黒の剣ですが、誰も漆黒の剣はもっていませんが何か理由でもあるのですか?」

 

それを切欠に道中と同じように彼らから情報を聞き出していく。二人が知らない事について振られた時は、はくたくが人間の世界について詳しくないという事で逆に教えてもらう方向でうまく誤魔化す。

 

『交渉となるとモモンガさんに負けますが、こういう会話だと自分の立場が役に立ちますね』

『はくたくさんがいなければボロを出さないためにここまで会話に入ることはできませんでした』

『そうですか?モモンガさん一人でもうまくやれると思いますけど』

『そんなことはないですよ。それにしてもあのチームを見ていると昔の自分たちを思い出します』

『ほぉ?モモンガさんも昔はあんな感じでしたか』

 

モモンガの言う昔はアインズ・ウール・ゴウンを結成する前の初期メンバーの集まりの頃だろう。はくたくはギルドの中ではナザリック占拠後に加入した後発組なのでそういうチーム立ち上げの時代はあまり知らない。<伝言>の内輪話がそういう方向に向かっていると、うまく会話に混ざっているンフィーレアが漆黒の剣に似た感想を抱いたのだろう、漆黒の剣の面々に質問する。

 

「皆さん仲がいいですね。冒険者の皆さんてこういう風に仲が良いのが普通なんですか?」

 

リーダーのペテルが答える。

 

「互いの命を預けますからね。互いを良く理解していなければ、いざというときにチーム全体を危機に晒しますから。仲が悪いってほうが珍しいと思いますね」

 

ルクルットが同意する。

 

「冒険者チームは仲が良いのが普通だな。偶にチーム内に女がいて揉めるってのがあるけどうちにはいないしな」

 

ルクルットの言葉にニニャは微妙な顔をしている。

 

「・・・そうですね。チームに女がいればルクルットが問題を起こしそうです」

「おい!ニニャその言い草はないぜ」

「ニニャの言うとおりである」

「ダインまで!」

 

はくたくはニニャの反応と残りの三人の反応から、自分たちに隠しているのではなく彼らもニニャを女と知らないことを確信する。

 

(彼らもニニャが女と気づいていないのか。まあ隠しているなら明かさないほうがいいな。…ルクルットの事を考えると)

 

ニニャを改めて観察すると、髪を伸ばし身だしなみを整えればそれなりの見た目になりそうだ。綺麗というよりは可愛いといった感じの女の子になるだろう。

 

「それに、私たちのチームは全員の目標が統一されているってのも大きいと思います」

 

彼らの目標はチーム名の由来になっている4本の伝説の剣―――既に一本は国内の「蒼の薔薇」が持っていることが判明した―――を手に入れることだ。ギルドマスターとしてニニャの言葉に共感したのかアインズが同意する。

 

「ニニャさんの言う通りです。皆の目標を統一されてるか否かはチームの質を大きく左右します」

 

ンフィーレアはアインズのその言葉を不思議に思ったようだ。

 

「モモンさんはもはチームを組んでいたんですか?今は二人組、いや三人組のようですが、冒険者のチームは四人から五人が普通と聞きますが」

「それは・・・」

 

アインズは言葉に詰まる。自分たちのギルドの顛末をうまく言葉にできないのだろう。はくたくはアインズほどユグドラシルに入れ込んではいないが、アインズがギルドが過疎ってからもほぼ毎日ログインしていたことは知っている。そんなアインズがギルドついて上手く誤魔化しながら話すのは難しいだろう。

 

(ここは自分が代わりに上手く言い換えるか)

 

「モモンの代わりに説明しましょう。モモンは昔もっと大きい冒険者チームのようなものを率いていました。自分もそれに加わった一人です」

 

面々がへぇ―といった声を上げる。

 

「自分はこういうなりなので、特に敵対する訳でもないのに人間に追われましてね。追い詰められた所を偶然モモンのチームに助けてもらったんですよ。私が加入した時は20人位のチームでその後も人数が増えて一番多い時は41人でした」

「今三人組なのはどうしてですか?」

 

ペテルたちなら絶対に問わない事をンフィーレアは聞く。冒険者チームが人数を減らした理由がいい事である確率は低い。

 

「様々な理由ですね。冒険者と兼業していた稼業が忙しくなった人、結婚で身を固める人、有名な所に仕官が通った人。色々ありましたが彼らが死んだからいなくなった訳ではないですよ」

「ええ。彼らは最高の友人です。今は彼らと共に冒険はできませんが、彼らと過ごした日々は忘れられません」

 

アインズがようやく口を開く。頭の中で上手く整理がついたのだろう。ふと気が付くと手の中のシチューの椀が冷め始めている。

 

「少し長話してしまいましたね、美味しそうなのに冷めては勿体無い。それでは我々は向こうで食べますので。モモン、ナーベ行こう」

 

三人は立ち上がり、食事を抱えて少し離れたところに移動を始めた。

 

 

 

 

 

「どうです?近接職をやった感想は」

「見よう見まねですから正直上手くやれているか」

「傍から見る分にはモモンガさんは筋は良いですね。ある程度場数を踏めばいい戦士になれますよ」

「今彼らは私達の事をどういう風に言ってますか?」

「・・・「モモン」の腕前は中々高評価みたいですよ。王国戦士長並みだとか」

 

はくたくは向こうから聞えてくる内容をシチューを食べながらアインズに伝える。シチューの味は素朴だが悪くない。

 

「そうですか?はくたくさんの方が凄いと思うんですが」

「普通はグレートソード二刀流なんてしませんから、モモンガさんはインパクトあるんですよ」

「…え?」

 

(知らなかったの?)

 

「剣は専門外ですけど二刀流にするのは手数を増やす為ですから、長物でかつ重量で叩き斬るグレートソードは二刀流に不向きですね。普通は長物でも片手半剣(ハンド・アンド・ア・ハーフ)位までしか二刀流にしないですよ」

「どうして最初にそう指摘してくれなかったんですか?」

「どうしてって・・・てっきり目立つためのアピールかと」

 

(それにウキウキしながらドヤ顔ダブルソードしてたし…)

 

この冒険者はモモンガの気分転換を兼ねているので、水を差すような事は言いたくなかった。

 

「はあ…今更戦闘スタイル変える訳にもいきませんしこれで行きますよ。目立つようですしね。はい、これも食べてください」

 

アインズからアインズとナーベラルの分のシチューとパンを押し付けられる。ナーベラルは飲食不要のアイテムを身に付けているので食事は必要ない。はくたくは自分の分をすでに食べ終わっているので快く受け取る。一息でシチューを食べ終わると両手にパンをもって立ち上がる。

 

「ちょっと外の空気を吸ってきます。モモンガさん器をあっちに返してくれますか?」

「分かりました。でも余り遠くには行かないでくださいね」

 

はくたくは鳴子をかわし野営地からこちらが見えなくなる程度の距離進む。灯りが無い為真っ暗だが<夜目>のスキルがあるため移動に問題はない。一見すると何も内容に見えるがはくたくは複数ののモンスターを感知している。焚火の灯りという物は存外遠くまで見えるためモンスターを引きつける。モンスターが襲ってこないのはこちらが警戒しているからだ。

 

「ふむ…近場にいるのは(ウルフ)だけだが、夜来られても面倒だな」

 

はくたくは<畏怖すべき存在>のオーラを最大レベルで発動する。そのままパンを食べながら野営地を大きくぐるりと周る。こちらを見ている生物を十分脅したと判断したはくたくはオーラを切る。すると周辺の平原や森からザワザワといった音が一斉に聞こえた後に、何も聞こえなくなった。

 

「ハクさん一体何をしたんだ?」

 

野営地に戻ると少し不安な顔をしたルクルットが不安な顔で尋ねてくる。周辺のざわめきを感知したのだろう

 

「こちらが寝ている間に野生生物に襲われないように、あいつらをちょっと脅かしただけですよ」

「そうだったのか。てっきり何かヤバイのがこっちにくるのかと思ったよ。そうだ!ハクさんから少年に別種族の視点から恋のアドバイスをしてもらおうぜ」

「ちょっと、その話はもう終わったのに蒸し返さないでください!」

 

 

食事を終えた一同は明日の行動に差し支えが無い時間まで歓談した。

 

 

 

 

 

それと同時刻、エ・ランテル墓地に隠された地下神殿。そこで金髪の女と禿頭の男が言葉を交わしている。禿頭の足元には新鮮な死体。

 

「<不死者創造(クリエイト・アンデット)>」

 

死体が動死体(ゾンビ)となってムクリと起き上がり奥の死体保管場所へと向かっていく。

 

「ンフィーレアちゃんを攫おうとしたけどいませんでしたー」

「…この死体がそれの替わりとでも?無意味に人を殺すのは止めろ。何者かにここを勘づかれるとも限らん」

「えー私の趣味だしー」

 

アンデットを扱う死霊系魔法詠唱者の秘密結社ズーラーノーン。彼らはその幹部高弟十二人、その内の二人だ。死霊術師風の格好をした禿頭の男はカジット。もう一人の女はクレマンティーヌ。外套に隠されクレマンティーヌの格好は分からない。

 

「お前だって風花聖典にここを嗅ぎつけられたくはなかろう?」

「・・・りょーかーい。外でアタシが仕入れてきた情報知りたい?」

 

カジットは無言で頭をしゃくる。

 

「あの薬師の孫は薬草取りに出かけたから帰ってくるのは二日後の夕方。護衛に雇ったのは銀プレートのチームと今街で噂になってる新人さんだってー」

「新人と言うとあの戦士と魔法詠唱者と魔獣の三人組か?攫う時に鉢合わせしても大丈夫なのか?クレマンティーヌ」

 

カジットは街に行かせている弟子からその新人についてある程度知らされていた。なんでも将来有望な冒険者チームらしい。

 

「…カジッちゃん舐めないでよねー。戦士に魔法詠唱者に魔獣でしょー?新人なら何時も通りアタシがスッといってドスッ!で終わりじゃん」

「・・・その呼び方は止めろといっただろうが。まったく」

「あー早く帰ってこないかな―?この街の何もかもぶっ壊したくて堪んないんだよね!」

 

女は笑う。これから自分たちが引き起こす惨劇を想像して。




主人公が渡したアイテムのネタばらしは数話後です。


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再訪カルネ村

冒険者の朝は早い。夜明け前に朝食を済ませると手早く準備を整え夜明けと同時に出発する。朝食は固焼きパンに昨日のシチューだった。昨晩に打ち解けた一行の雰囲気は明るい。警戒のために隊列は組んではいるが森の賢王の領域にかなり入りこんでいるため警戒は薄い。アインズとニニャがこの世界の竜について話すのを聞いているうちにカルネ村が見えてくる。

 

「皆さん、あれがカルネ村・・・」

 

朝から起源のいいンフィーレアがカルネ村を見て不安な顔をする。

 

「…おかしい。あんな柵前はありませんでした」

「このあたりは辺境なんだからモンスター対策であるのが普通じゃね?」

「それはそうなんですが、カルネ村は森の賢王がいますからこれほど厳重な柵は作っていなかったんです」

 

はくたくやアインズは彼らに口を挟まない。ここに来た事はない事になっているのだから。今いるのはアインズではなく冒険者モモン一行だ。

 

『エ・ランテルにこの襲撃の情報は行っていないようですね』

『あの少年は惚れた人の村が襲撃されたのに平気ていられる人間ではなさそうですし、薄々そうだとは思っていましたが』

『はくたくさんどうして公表されていないと思います?』

『王国としては法国と事を構えたくないからでしょう』

 

法国もこの一帯の領有権を主張しているが主に争っているのは王国と帝国だ。陰謀を公表しなかったのは王国上層部の藪を突いて三国で最も国力が大きい国が出てくるのを避けたいという判断だろう。

ナーベラルに<飛行>と<不可視化>を使わせ偵察させて一行を安心させ進ませる。畑にゴブリンが潜んでいる事をはくたくと偵察に出したナーベラルは知ってているが彼らには話さない。ルプスレギナからの報告でエンリが<小鬼将軍の角笛>からゴブリンを召喚している事は把握済みだ。

 

(自分がゴブリンごときを感知しないのはおかしいからな)

 

はくたくはアインズと申し合わせた通り一行がゴブリンの待ち伏せ地点に入る直前に動きだす。唐突に道の左右に広がる麦畑に腕を突っ込み、麦を全身に巻きつけたゴブリンの首を掴んで引っぱり出す。反対側の麦畑にも腕を突っ込み似たようなゴブリンを引っ張り出す。

 

「うわっ!」「放せ!」

「これは…ゴブリン!」

 

即座に警戒態勢を取る漆黒の剣とンフィーレアはアインズに任せ、はくたくは麦畑の中に呼び掛ける。

 

「訪問者をこういう風に歓迎するのがこの村の流儀か?隠れるのは得策ではないぞ」

「ばれちまいましたか」

 

前方の麦畑から複数のゴブリンが武器を構えながら顔を出す。どれも野生のゴブリンと比べ装備も体格も良い。村から一匹のゴブリンがこちらに近づいてくる。体格と装備をみるに彼がリーダーだろう。そのゴブリンがある程度離れた所から先頭のはくたくに呼び掛けてくる。

 

「よろしければ部下を放してもらえませんかね?荒事は少なくしたいんでさぁ」

「そちらがこちらに危害を加えないと約束するならな」

「約束しますぜトゲトゲの兄さん」

 

(トゲトゲ・・・)

 

はくたくは掴んでいたゴブリンを優しく降ろす。解放されたゴブリンはこちらを警戒しながらリーダーの後ろへと下がっていく。後ろではくたくの行為にンフィーレアや漆黒の面々が何か言っているがアインズが押さえる。

 

「そちらが仕掛けてこないならこちらからは何もしない」

「そいつはありがてぇ。アンタと後ろの全身鎧の人とその隣の姉さんからはヤバイ雰囲気がバリバリ感じるんでねぇ」

 

(角笛から出てきたゴブリンは野生よりも言葉が上手いし頭も回るようだ)

 

「薬草取りに来た薬師とその護衛に対して随分警戒するんだな」

「村が帝国騎士の格好をした奴らに襲われたんで念の為って奴でさぁ。今来る姐さんに確認して貰えば警戒は溶けるんで辛抱してくだせぇ」

 

ゴブリンの言葉を受けてンフィーレアが何か騒いでいるが、出入り口から現れたエンリを見てそれよりも大きくその名前を叫ぶ。

 

「エンリ!」

 

それにエンリも大きな声で返す。その声は親しい間柄の人物への好意に溢れたものだった。

 

「ンフィーレア!」

 

二人のやり取りを見てはくたくは昨日の晩のンフィーレアの恋話を思い出す。

 

(昨日言ってた好きな人ってエンリだったのか)

 

 

 

 

 

「世間ってのは狭いですね。あの時助けた少女がンフィーレアが懇意にしている少女と同一人物とは」

 

エンリが召喚したゴブリンというトラブルはあったが、一行は村に入る事が出来た。今アインズ達は村を小高い丘から眺めている。眼下では村人がゴブリンから弓の訓練を受けていた。あのような襲撃があれば当然だろう。

 

「そうですね・・・はくたくさん、ちょっとまずい事になったかもしれません」

 

アインズの声が変わる。

 

「何かありましたか?」

「村に潜ませているシャドウデーモンからですが・・・ンフィーレアがアインズがモモンだと気付いた可能性があると」

 

村を見るとエンリの家からこちらにンフィーレアが走ってくるのが見える。

 

「どうして気付かれたんです?」

「エンリに使ったポーションの情報からです」

「あ、あー」

 

(さっきは衝動的に村を助けたのも良い事があったなとか思ってたけど撤回、撤回だ!)

 

「始末しますか?」

 

ナーベラルが殺気を漂わせ始める。

 

「いや、それには早いな。それはこっちに来て話を聞いた後からでも遅くはない。はくたくさんそれでいいですね?」

「そうですね。まだばれた事がマイナスかどうか判断できません」

 

ンフィーレアが息を切らせながらこちらにやってくる。丘を登り切ったのだろう

 

「さてどっちに転ぶかな」

 

到着したンフィーレアは息を整え汗を拭うと、意を決したのかアインズに正面から向き合う。

 

「モモンさんがアインズ・ウール・ゴウンさんなのでしょうか?」

「そうだ」

 

ここは変に誤魔化さないほうがいいだろう。

 

「ありがとうございます。この村を、エンリを救ってくださって。何か理由があって名前を隠されているのは分かりますが、どうしてもこの村―――いえ、エンリを、僕の好きな女性を助けてくださった事にお礼を言いたかったんです」

「そうか、ナーベは少し離れていろ。三人で話す事がある」

 

ナーベラルが少し離れた所に行ったのを確認してから、はくたくはンフィーレアから依頼を受けてから確認したかった事を質問する。

 

「ここに来たのは礼を言いに来ただけじゃなくて、別に何かあると思うんだが」

「ええ。実は…」

 

ンフィーレアがこれまでの経緯を説明する。彼がこちらに接触したのは、やはり赤いポーションの出所とのコネ作りが目的だった。アインズ=モモンがばれたのはポーションのせいであり、ナーベラルのアルベド様発言は根拠の補強程度だった。

 

「そういう理由からモモンさんを雇ったんです。すみません」

 

ンフィーレアは頭を下げる。それを見て二人は顔を見合わせる。謝罪理由が分からないからだ。

 

「謝る必要があるのか?」

「え?」

「自分たちと知り合うきっかけに欲しかっただけだろ?依頼内容も正当な物。何が問題なんだ?」

 

しかもそうなるように誘導したのはこちらからだ。

 

「モモンの言うとおりだな。実の所君との接触自体は織り込み済みだったからな」

「どういう事ですか?」

「この耳は地獄耳でね。ポーションを渡した冒険者が君の店に鑑定に行った事は知っていた。じきに接触が来ると思っていた所に―――君が依頼に来たという訳だ」

「何もかもお見通しという事でしたか…」

 

アインズが本題に入る。

 

「それで、ポーションの製法を知ってどうするつもりだったんだ?」

 

ンフィーレアは考え込んた後に答える。

 

「そこまでは考えていませんでした。僕もおばあちゃんもあくまでも知識欲の一環だったので」

「それならば別にどうもしないさ。金儲けや悪用する意図が無ければ問題はない」

「そうですか……やはり……エンリが憧れるだけの人ですね」

 

ンフィーレアがアインズを見る目はまるでスーパースターを見るファンのようだ。先程からのンフィーレアをみていたはくたくはしみじみとこう思う。

 

(若いって、いいなあ)

 

好青年と感心している場合ではない。確認すべきことはまだある。

 

「モモンとアインズが同一人物と知っているのは君だけか?」

 

ンフィーレアが頷く。

 

「そうか。それは良かった」

 

こちらにとっても、ンフィーレアにとっても。

 

「それではこれからもその事は秘密にして欲しい。自分やナーベを連れているからモモンは目立つんだ、良くも悪くも。凄腕の剣士に加えて魔法の達人となると目立ち過ぎる。そして力に吸い寄せられるのは君のような人間ばかりではない、生まれながらの異能で有名な君ならわかるだろう?」

「はい、この事は誰にも言いません。改めて、エンリとこの村を救ってくださってありがとうございました」

 

ンフィーレアは二人に真剣な眼差しで、心からの感謝の言葉を伝える。そんな態度に照れくささを感じたのかアインズが照れ隠しをする。

 

「村を救ったのは偶然、たまたまですよ」

「それならばあの角笛は必要なかったはずです」

「あれはハクが昨日ニニャに渡したアイテムと同じ、自分には必要のなかった物ですよ」

 

その言葉を聞いてもンフィーレアは、彼らはそれ程のアイテムを惜しみなく与えられるのだと更に瞳を輝かせるだけだった。

 

 

 

 

 

森に向かう打ち合わせを終わらせたンフィーレアが村へ帰っていく。それを二人が眺めていると、アルベドの言葉を洩らした時のように青い顔をしたナーベラルがこちらに戻ってくる。戻ってくるやいなや

 

「申し訳ありません!」

 

と言って勢いよく頭を下げた。そして

 

「アインズ様とはくたく様のご計画を滞らせた罪、この命を以て謝罪を!」

 

首に剣を当てようとするナーベラルに二人のチョップが飛ぶ。

 

「止めろ、ナーベラル」「簡単に命を捨てるな」

「も、申し訳ございません」

 

(失敗したからって直ぐに物理的に詰め腹を切るような真似はやめてほしいんだがなあ。悪の秘密結社じゃあるまいし)

 

「誰にでも失敗はあるのだ。同じ失敗を繰り返さなければそれでいい」

「アインズの言うとおりだな。それに今回の件は元はと言えば我々が現地民に渡したポーションが原因だ。お前が気に病む必要はない」

「で、ですがはくたく様」

「この村とナザリックは繋がりがある。お前の失言が無くてもあの少年はいつか気付いただろうさ。それに結果として悪くはなかったのだから、お前が今後注意してくれればいい」

「畏まりました。二度とこのような失敗を犯さないように注意します」

 

(人間の下等生物呼ばわりも止めてくれたらいいんだけど、無理だろうなあ…)

 

「まあ、彼は我々に必要となればナザリックに連れていく事になるかもしれんが」

 

彼の生まれながらの異能を<星に願いを>で引き剥がせた場合、それはアインズはくたく両者にとって魅力的だ。彼の能力はアインズにも効果的だが、特にはくたくの重い種族ペナルティ<マジックアイテム使用制限>さえ打ち消せるかもしれないのだ。

 

「では今すぐに?」

 

はくたくは再びナーベラルをチョップする。今度は先程よりかなり優しいが。

 

「もう少し考えろ、それは最終手段だ。友好な関係を築けている今は必要ないし、それに今彼は依頼主だ。まったく…アインズさん、例の件はアウラに連絡済みですか?」

「ええ。昨日の内に」

「ではそろそろ時間ですし村に行きましょう」

 

 

 

 

 

森の中で一行は警戒しつつ薬草集めに勤しんでいた。森での薬草採集はモンスターと遭遇する危険があるが、天然ものの薬草を使うと薬効が養殖の薬草と比べ一割程良くなるらしい。はくたくは匂いで薬草を嗅ぎつける事を期待されていたが、匂いから薬草の場所までは分かっても雑草と薬草を見分ける事が出来なかった。それでも効率が上がった一同から感謝はされたのだが。

 

(採集系の職業を取らなかったとはいえ、この仕様の壁に当たるたびに訳が分からなくなる)

 

採集を初めて小一時間程経ったころ、森がざわめき始めた。

 

「なんかこっちに来てるぜ。多分やばい奴だ」

 

ルクルットが異変に気付いたようだ。

 

「でけぇのが蛇行しながらこっちに向かって来てやがる。森の賢王じゃないかこれ」

 

モモンはなんといった事はない感じでペテルに聞く。

 

「それでは打ち合わせ通り皆さんは撤収、我々が殿を務めるという事でいいですか?」

 

ペテルは信頼した表情で頷く。

 

「ええ。それでは後はお願いします。くれぐれも無理をしないでくださいね」

 

森の中に一行が消えて行くのを確認してからナーベラルが訪ねてくる。

 

「ではアインズ様、予定通りこの後はアウラ様が誘導してくる森の賢王を従わせるという事ですか?」

「ああ。それにしても彼ら一片も我々を疑っていませんでしたね」

「彼らは実力主義ですからね。ンフィーレア君はなおさらでしょう」

 

アインズ達は昨日の晩に既に森の賢王を捕える事を決めていた。一行が森に入って暫くした後にアウラが森の賢王を誘導、それをアインズ達が捕えてエ・ランテルに連れ帰る手筈だ。魔獣を従えるというのは冒険者にとってステータスと言うのは体験済みだ。このあたりでポピュラーな奴を連れて帰ればより名声が速く広がるだろうと判断したのだ。

 

「おっと、そろそろ来ますよ」

 

はくたくの聴覚がやって来る存在が近い事を知らせる。その存在はこちらに接触する前に止まり、少し離れた木々の陰からこちらをうかがっている。ナーベラルを下がらせ二人が待ち構えていると空気がしなり、アインズに鞭のようなものが飛んできた。アインズは剣を盾のように構えるが―――

 

「よっと」

 

その鞭が剣にぶつかる直前にはくたくが横からそれを掴む。それは鞭ではなく堅い鱗に覆われた尻尾だった。

 

(魔獣の位置からここまで大体20メートルかな?鵺はこんな攻撃してこないからモモンガさんの予想は外れだな)

 

はくたくは次にこの攻撃を分析する。

 

(この攻撃…漆黒の剣なら受ける事も出来ずに一撃で死ぬな。ということはこの尻尾の持ち主が森の賢王という事は確実だろう)

 

森の賢王が尻尾を引き戻そうとしているが、はくたくの握力から逃れる事は出来ないようだ。森の賢王が抗議の声を上げる。

 

「それがしの尻尾を放すでござるよ!」

「ござる・・・」「それがし・・・」

 

二人は顔を合わせる。この語尾はどういう事だ、と。アインズが考察する。

 

「翻訳するとこういう口調になるんじゃないですかね」

「現地の古い言葉を使っているのでしょうか」

 

(日本語に変換すると一番近いのがこのござる口調という事か?)

 

「それがしの尻尾の一撃を掴むとは見事でござる。それに免じて尻尾を放し森から出るのであれば追わないでおくが…どうするでござるか?」

「そういう訳にはいかないな。我々はお前を捕まえに来たんだから…なっ!」

「何?…おおおおおおおお!?」

 

はくたくは尻尾を引っ張り森の賢王を引きずり出す。巨体が茂みをかき分け二人の前にその姿を現す。その姿を見た二人は強い衝撃を受ける。はくたくも思わず掴んでいた尻尾を放してしまう。出てきたものが余りに予想していた物と違っていたからだ。尻尾を引っ込めながら森の賢王が二人の態度に胸を張る。

 

「それがしの威容を見て驚いたようでござるな!そちらから驚愕と恐れが伝わってくるでござるよ」

「うーん・・・」

「なんというか・・・」

 

はくたくは首を捻る。コイツを言い表す言葉が喉まで出かかっているが、出てこない。アインズも同じようだ。

 

「はくたくさん、こういう動物って何って言うんでしたっけ」

「・・・あっ!」

 

はくたくは手をポンと叩く。ある動物を思い出したのだ。思い付かなかった理由は、目の前のとサイズが違い過ぎるからだ。はくたくは森の賢王に問いかける。

 

「ちょっと聞きたいんだが、お前の種族名は・・・・・ジャンガリアンハムスターとかじゃないか?」

 

二人の目の前にいる森の賢王、それは尻尾を除けば巨大なジャンガリアンハムスターまんまの姿をしていた。



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森の賢王

「それがしは生まれてこの方ずっと一人で暮らしてきた故に同族を知らないでござる。もしかしてそなたはそれがしの種族名を知っているでござるか?」

「うーん・・・」

 

森の賢王がはくたくに尋ねてくる。改めて森の賢王を観察するが、その姿はどう見ても巨大なジャンガリアンハムスターにしか見えない。あの長い尻尾とサイズを除いて、ハムスターを飼っていたギルドメンバーに見せられた画像と森の賢王は瓜二つだ。

 

「ハムスターという似た動物を知っている事には知っているが、サイズはもっと小さかったしそんな尻尾は無かったから別種だな」

「そうでござるか・・・それがしも同族と子孫を作らねば生物として失格なゆえ期待したでござるが・・・」

「そうか・・・役に立てなくてすまんな」

 

はくたくとアインズのやる気が急激に失せて行く。森の賢王という呼び名からもっと賢者のようなモンスターと思っていたら、可愛らしい毛玉が出てきたとあってはやる気が霧散してしまっても仕方ない。

 

「はくたくさんどうします?コレを連れ帰っても仕方がないような」

「さっきの尻尾を受けた感じ王国戦士長位の強さはありますね。現地で使うには丁度いい強さですし持って帰りませんか?」

「そうですね。仮に役に立たなくても現地のオリジナルモンスターですからアウラに渡せばいいですし」

「さっきから何を話していると思ったら、そなたらはそれがしを捕える気でござったか!そうはいかないでござるよ!」

 

森の賢王もとい巨大ハムスターが頬を膨らませ戦闘態勢を取るが、こちらには可愛らしさしか伝わってこない。

 

「それがしの領地に入り込みあまつさえそれがしを捕えようなどと考えるとは傲慢な!無駄話は終わりでござる。命の奪い合いをするでござる。それがしの糧となるでござるよ!」

「・・・らしいですけどどうします?戦いますか?モモンの戦士レベルを考えるといい練習相手ですが」

「いい年して巨大ハムスターと戦えなんて勘弁してくださいよ・・・おい、森の賢王といったな」

「なんでござるか全身鎧の者よ」

 

初めてアインズに話しかけられた森の賢王は戦闘態勢を少し緩める。

 

「・・・私達を見て何か感じないか?私は戦士に、はくたくは只の魔獣にしか見えないのか?」

「…何が言いたいのかよく分からないでござるよ。煙に巻こうとしても無駄でござる、さっさとかかってくるでござるよ!命の奪い合いでござる!」

「賢王の癖に<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>や<魔力の精髄(マナ・エッセンス)>の魔法やその類のスキルも無しか…外れだ。そもそも見た目が超巨大ハムスターって時点で外れなんだよなあ…はくたくさん、弱めのオーラで片を付けてしまいましょう」

「わかりました」

 

アインズとはくたくは指を森の賢王に突きつける。魔法の類が来ると判断した森の賢王は警戒態勢を取る。

 

「<絶望のオーラ>」「<畏怖すべき存在>」

「「・・・レベル1」」

 

アインズとはくたくから精神に恐怖を与える寒気が周囲に広がる。森の賢王はそれに中てられた途端、全身の毛を逆立て悲鳴を上げながらひっくり返った。

 

「降伏でござる~それがしの負けでござるよ~」

 

(賢王とはいうが所詮はハムスター・・・)

 

モコモコの腹を見せながら情けない声を上げる賢王を見て二人は完全に気が抜けてしまった。

 

「殺しちゃうんですか?それなら皮を剥いでいいですか?そいつから良い皮が取れると思うんです」

 

何時来たのか、木の上からアウラが森の賢王を見下ろしている。皮を剥ぐと聞いた森の賢王は尻尾を抱えてブルブル震え出す。森の賢王は円らな瞳を潤ませながらアインズとはくたくを交互に見る。

 

(そんな目でこっちを見るな。なんかこちらが悪い事をしてる気分になるじゃないか)

 

「実力は分からせましたし、連れて帰りましょう」

「ええ。では、森の賢王よ、私の真の名はアインズ・ウール・ゴウン、こちらははくたくという。我々に仕えるならば殺しはしない」

「あ、ありがとうでござるよ!命を助けてくれたこの恩、絶対の忠義で二人にお返しするでござる!」

 

(もうちょっと格好いい魔獣なら格好いいシチュエーションなんだが、巨大ハムスターだと締まらないな)

 

はくたくは自身に忠誠を誓い、同じように忠誠を誓の証としてアインズに体を擦り付けている賢王を見ながらそう思った。

 

 

 

 

 

森を出てンフィーレアと漆黒の剣に合流する。森の賢王を彼らに見せると最初は警戒していたが、二人が賢王を支配している所を見せると安心したのか警戒を解いてくれた。漆黒の剣の面々は森の賢王に近づきまじまじと賢王を眺めている。

 

「これが、森の賢王ですか・・・」

 

森の賢王を見ながらニニャが呟く。本当に森の賢王か疑っているのだろう。

 

(でかいから初見のインパクトはあるけど、所詮はハムスターだからな。コイツ魔法を仕えるみたいだし、それを見せたら信じてくれるかな?)

 

「すごい…何て立派な魔獣なんだ!」

 

(えっ)

 

ニニャは心の底から感激しているようだ。

 

「瞳から強大な力と英知を感じるのである!」

 

ダインの言葉に皆が頷いている。

 

(強大な力と英知?ハムスターに?)

 

「こんなの偉業を成し遂げるたぁ、ナーベちゃんを連れ回すだけの力はあるわ。こりゃ参ったぜ」

 

ルクルットは感心している。

 

(偉業?これが…)

 

「これほどの魔獣と遭遇していたら、我々だけでは皆殺しにされていたでしょう。流石の三人、お見事です」

 

(まあその評価は間違っていないんだけどさあ…ハムスターだよ?)

 

漆黒の鎧全員から賞賛を浴びながら、アインズとはくたくは顔を見合わせる。

 

『はくたくさんはコイツから何か感じますか?』

『いや・・・尻尾が変なだけのでかいハムスターとしか』

 

自分たちにはハムスターにしか見えないのだが、もしかして森の賢王は自身の姿を偽る常時発動型特殊技術(パッシブスキル)を持っているのではないだろうか?はくたくは森の賢王を詰問する。

 

「おい、お前皆に変な幻とか見せていないか?可愛いと思われていないぞ」

「殿、それがしはそのような能力を持っていないでござるよ」

「ハクさんはこの魔獣が可愛いと思うのですか!」

 

はくたくの可愛いという発言に全員がとんでもないという反応をする。ダインだけは理解したような表情で頷いている。

 

「ハク殿は人間ではないのだから我々とは感性が違って当然なのである」

「いや、私も可愛いと思いますよ。ほら、この円らな瞳とか可愛らしくないですか?」

 

アインズも森の賢王が可愛いという事に同意すると、全員が目をこぼれ落ちそうになるほど目を見開いた。どうやら自分たちが森の賢王に抱いた感想はこの世界の常識をかなり逸脱しているようだ。

 

「モモンさんはこの魔獣の瞳が可愛らしいというんですか!」

「え、ええ」

「信じられません。流石はモモンさんです。ニニャはこの瞳をどう思う?」

「…深みのある英知を感じさせる物で、この魔獣の強大さを感じます。どうやっても可愛らしいとは思えません」

 

(??????)

 

はくたくは全員の態度からニニャの言葉がこの場にいる者の共通認識だと理解し自分の感性との隔絶に目眩がした。

 

(ちょっと待てよ、自分を紹介した時はこんなこと言わなかったよな)

 

はくたくは森の賢王の隣に立つ。

 

「そう言えば皆さん、自分と森の賢王を比べるとどっちが強そうに見えます?」

 

漆黒の剣の一同は顔を合わせた後、ペテルが代表して答える。

 

「はくたくさんも森の賢王と同じ位強大な魔獣に見えますよ」

「なん・・・だと・・・」

 

(巨大ハムスターと同等だと…なんだこの敗北感は…)

 

『はくたくさん、見栄張って大きくなろうとしないでくださいね?』

『しませんよ!・・・ちょっとやろうかと思いましたが・・・』

 

ナーベラルに感想を聞いても瞳から力を感じさせると答えられ、二人が頭を悩ませているとンフィーレアが不安そうに問いかけてきた。

 

「その魔獣を連れ出すと、カルネ村にモンスターがやってくるようになりませんか?」

「おい、お前がいなくなるとどうなるんだ?」

「村と言うのはあれでござるな?ふむ…実の所それがしとこの村の安全は関係ないでござる。最近森の中に変な奴らが来たでござるよ。そいつらは近づく物を全て殺しながら、何か大きい物を建てているでござる。殿達がここに来る前にトロールと遭遇したのもそいつらのせいで森が荒れているからでござるな。それにそれがしはこの領地に居座ろうとしない限りやってくる者を追わないでござる。つまりそれがしがいようといまいと移動するモンスターがこの村を襲う可能性は変わらないでござる」

 

ンフィーレアは森の賢王の答えにショックを受けているようだ。

 

『コイツの言ってる森の中で大きい建物を建設しているのって私たちの事ですよね?』

『変な奴らってのは、モモンガさんがアウラに建設を命じた避難所兼物資集積所を建ててるシモベでしょう』

 

ナザリックが森の中に作っている避難所の分、森の縄張りが崩れてモンスターが森の外へ押し出されたというわけか。

 

『自作自演ですがンフィーレア君に恩を売る機会です。彼の恋人が居る村を守ってあげましょう。元々カルネ村は重要な足ががりですから守るのは決定していますしね』

『モモンガさん、彼に対価として何を要求します?』

『今は思いつきませんし、恩を売るだけ売っておいて必要になったら返してもらいますよ』

 

先程からこちらに向かって口を開きかけ、それから閉ざすという行為を繰り返していたンフィーレアが、意を決したのか口を開いた。

 

「モモンさん、ハクさん」

「なんでしょう?」

 

アインズの声音は得物を捕えたという気持ちを隠そうとしているからか若干優しい。

 

「モモンさん!僕をあなた達のチームに入れてください!」

 

ンフィーの提案を要約すると、恋人のいる村を守る為にずっと自分たちを雇う事は出来ない。だから自分たちのチームに入って魔法詠唱者として強くなりたいという事だった。そう言うンフィーレアの表情には自分たちのように損得の計算無しの、大切な人を守りたいという男の真摯な思いがそこにはあった。はくたくはそれを眩しく感じるし、少し羨ましい。

 

「……はっ、ははははは!」「ははっ」

 

二人は明るく笑う。決して彼を馬鹿にした響はない。笑い止むとアインズはヘルムを脱ぎ、深々と頭を下げ、はくたくもそれに倣う。アインズが朗らかに告げる。

 

「君の気持は分かった。チームに入りたいとの事だが、君は二つの加入条件の内片方しかクリアしていないのでそれは出来ない」

 

異形種かつ社会人という加入条件を彼は片方しか満たしていない。それに加え隠し条件のギルドメンバーの過半数の賛成が必要だ。未だ在籍している四人の内二人が行方不明の今、アインズとはくたくが賛成したとしてもギルドメンバーを増やす事は出来ない。その代わりにはくたくは気前よくンフィーレアに掛けあう。

 

「だが、この村を守るという件については喜んで力を貸させてもらおう。ただ、場合によっては君の協力も―――」

「はい!やらせていただきます!」

「詳しい話はエ・ランテルに帰ってからでいいかな?モモンと私が君のおばあさんと話し合う事があるからな」

「はい。ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

森の賢者の協力により薬草も普段より多く集める事が出来た。採集を終えた一行は森の賢王を引き連れカルネ村に凱旋した。一行はカルネ村で入植者用の空き家を借りて一泊する。明日の明朝に村を出発して夕方にエ・ランテルに到着の予定だ。アインズ達と漆黒の剣で空き家をそれぞれ貸し切り、ンフィーレアはエンリの家に滞在している。一行はエンリの家で食事をした後解散しそれぞれの家に分かれた。

借りた家の中でアインズ、はくたく、ナーベラルがテーブルを囲む。森の賢王改めハムスケ―――アインズ命名―――はドアで腹がつかえたため外で寝泊まりだ。

 

「少し予想外の事態がありましたが、英雄モモン計画は良いスタートを切れそうですね」

「ええ…ですが、明日本当にハムスケに乗って凱旋するんですか?」

 

アインズからはやりたくないというオーラが滲み出ている。

 

「彼らのお墨付きは貰いましたし、村人の反応も確かめたじゃないですか」

 

はくたくはニヤニヤしている。自分たちの感覚ではハムスケに乗っての凱旋は只の罰ゲームだ。

 

「・・・はくたくさんが乗ってみては?」

「魔獣が魔獣に乗るのは変ですよ?それに勇者モモンの宣伝になりませんよね」

「うっ」

 

アインズは頭を抱える。

 

「いい年してメリーゴーランドに乗る破目になるなんて…」

 

アインズが呻くのを楽しんでいると民家のドアが唐突に開き、閉じる。村人が見ればドアがひとりでに動いたように見えるが、はくたくとアインズにはルプスレギナの姿が見えている。家の中に入るとルプスレギナは透明化を解除した。はくたくは彼女に声を掛ける。

 

「よく来たなルプスレギナ」

「只今参りましたアインズ様、はくたく様」

「ここに呼んだのはお前に命じていたカルネ村の監視の件でだ…アインズさん」

 

アインズがハッとする。

 

「え、ええ…んん!ルプスレギナよ、お前にはシャドウデーモンと共にカルネ村の監視を命令していたな」

「はい、アインズ様」

「命令を変更するので心して聞け。シャドウデーモンは監視の一体を除いて全て撤収し、お前には今後直接カルネ村と交流してもらう。ナザリックと村とのパイプ役をを任せる」

「はっ」

「村への援助ですがはくたくさんは何をしたらいいと思います?」

 

話を振られたはくたくは少し考えた後に答える。

 

石の動像(ストーン・ゴーレム)はどうでしょう?あれが村にあれば開墾や土木作業が簡単になります。村の防御施設の建設も早まるでしょう」

「そうですね、まずはそれから行きましょう。ルプスレギナよ、我々がここを発ってから数日後にゴーレムをカルネ村に連れてきて、私からの援助として村人に与えよ。村人にゴーレムについての知識が無ければ使い方も教えてやれ」

「畏まりました。ではナザリックで準備をしますので、失礼します」

 

ルプスレギナは再び透明化を使い出て行った。はくたくは村の保護について尋ねる。

 

「村の防衛に関してはとりあえずは彼らだけで頑張ってもらって、ルプスレギナから何か報告が上がり次第対策を練りますか」

「そうですねとりあえずは何もしないでおきましょう。必要になればナザリックからシモベを森に派遣すればいいだけですし」

 

はくたくは大きく伸びをし、ベッドへ向かう。

 

「では話し合う事も終わりましたし、明日まで仮眠を取らせてもらいます。明日の英雄モモンのエ・ランテル凱旋が楽しみです」

 

アインズが再び声にならないうめき声を上げた。



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凱旋

一行は早朝にカルネ村を出発しモンスターと遭遇する事もなく、夕暮れ時にはエ・ランテルに帰還した。一行が行くエ・ランテルの大通りは<永続光>に照らし出され昼とは違った様相を呈している。通りから女子供が消え替わりに仕事帰りの男達が行きかい、店からは帰宅する前に一杯ひっかけている男たちの陽気な声が灯りと共に通りに漏れ出していた。一行は通りのど真ん中を通行しているが、邪魔する者はいない。通行人はこちらを目にした途端道を開け、一行の中のある人物を見ながら近くの者と放し始めるからだ。通りだけでなく店の窓からも多くの客が一行の中のある人物を見物し、見た物を客同士でそれについて話し合っている。

はくたくは注目の元となっている巨大ハムスターに乗り猫背で俯いている全身鎧の男に声を掛ける。

 

「凱旋なんだから顔を上げろよモモン」

「・・・恥ずかしいんだが・・・」

「ハクさんの言うとおりです。モモンさんが謙遜する必要はありませんよ」

 

ニニャがはくたくに同意する。ハムスケに乗ってエ・ランテルに凱旋したアインズは周囲の耳目を集める事に成功した。目撃者の会話に耳を傾ければ、誰もがモモンへの驚きと賞賛、森の賢王への若干の畏怖を口にしている。英雄モモンの宣伝としてこれ程効果的な物はそうそう無いだろう。問題は、アインズにとっては巨大ハムスターに乗せられての市中引き回しは羞恥プレイにしかならないという事だが。

 

『もう耐えられません…降りてもいいですか?』

『冒険者組合までは我慢しましょう』

『うう・・・』

 

「街に着いたので依頼は完了ですね」

 

アインズが苦悩しそれをはくたくが楽しんでいる間、ペテルとンフィーレアが報酬について話し合っている。森の賢王の協力で珍しい薬草や素材を大量に集める事が出来たため、ンフィーレアは自分たちに追加報酬を払うようだ。

 

「それでは我々はこのままンフィーレアさんの所で荷降ろし、モモンさん達は組合で登録が終わり次第こちらに来るという事で」

 

アインズ達も漆黒の剣と荷降ろしを手伝うという提案はペテル達から戦闘でこちら任せきりだったお返しという事で丁重に断られた。

 

「それではお言葉に甘えて我々はコイツを組合に登録してきます」

「トロールを倒した報酬は明日組合から支払われますから、明日、我々が初めてあった時と同じくらいの時間に来ていただけますか?」

「了解しました。では明日という事で」

 

アインズ達はンフィーレアと漆黒の剣に別れると組合へと向かう。取り巻きがいなくなった分、戦士と美女と魔獣二体は余計に目立つ。ンフィーレア達が見えなくなるとナーベラルが疑問の声を投げかけてきた。

 

「彼らに討伐報酬を持ち逃げされるかもしれませんが、よろしいのですか?」

 

羞恥プレイに耐えているアインズの替わりにはくたくが答える。

 

「持ち逃げされても報酬に固執しなければ金に汚くない所を見せられるから構わん。例の見せ物で稼いだ金貨とンフィーレアからの報酬があれば暫くは金に困らんしな」

 

金貨十枚で自分とハムスケの食事を考慮しても数カ月は食いつなげる。それにランクは最低だが今回の件で仕事が舞い込んでくるだろうから、はした金を持ち逃げされても運転資金に困る事はない。

 

「確かに・・・流石は至高の御方であられます。はくた―――」

 

ナーベラルの頭に軽いチョップが落とされる。

 

「ハクだ。気をつけろ」

「失礼しました。…ハクさんやモモンさんがその程度の金に固執するというのもおかしいですね」

「それにだなナーベよ、お前には彼らがその程度の金の為に長期的な信用を損なうような人間に見えたのか?自分はそうは思えないのだが。お前はもう少し人間について考えろ」

「はっ」

 

ナーベラルが少し考えた後、彼女なりに彼らが持ち逃げしない理由を述べた。

 

「そういえば、あの下等生物(ガガンボ)共はモモンさんやハクさんの圧倒的な力にひれ伏していましたね。あの態度を考えれば報酬を持ち逃げして怒りを買うという行為には及ぶはずはない。そういうことですね。流石は至高の御方。そこまでお考えになれれているとは」

「まあ・・・そういう考え方もあるな、うん」

 

(人間社会の信用とか信頼について考えて欲しいって意味だったんだけどな…)

 

アインズはハムスター騎乗羞恥プレイに、はくたくはナーベラルのナザリック脳に悩ませながら冒険者組合へと向かって行った。

 

 

 

 

 

一方その頃、ンフィーレアと漆黒の剣は積荷を運び終えた所だった。

 

「皆さんお疲れ様です!モモンさん達が来るまで家でゆっくりしてください。母屋に冷やした果実水があります」

「そいつはありがてぇ」

 

汗をにじませたルクルットの声に他のメンバーも同意として頷く。

 

「それではこちらに」

 

ンフィーレアが母屋へ案内しようと向かうと、母屋への扉が向こう側から開かれた。

 

「お帰りなさーい。待ってたよー。やっと帰って来たね。君に用があるから心配してたんだよ?今日帰ってくるのは知ってたけどこんなに遅くなるとは知らなかったからずーっと待ってたんだからぁー」

 

母屋から出てきたのは可愛いが、何処か破綻した雰囲気を漂わせる金髪の女だ。

 

「ど、どなたですか?」

 

面喰らっていた漆黒の剣の一同はンフィーレアが彼女を知らないと言った瞬間、ンフィーレアを女から引き離し警戒態勢を取る。そうするだけの雰囲気が女にはあった。

 

「ひっどぉーい!まだ何の用か聞いてないのにその態度は無いでしょー?まあ君を攫いに来たから正解なんだけどさー。アンデットの大群を召喚する<不死の軍勢(アンデス・アーミー)>って魔法を君に使ってもらうために来たんだよね」

 

その女はその後もペテル達とンフィーレアにベラベラと自分たちが何をするかを説明する・

 

「ニニャ、ンフィーレアさんを連れて冒険者組合へ行け!モモンさんを呼ぶんだ!」

 

彼女がそうするのは彼らを逃がさない自身があるからだ。そう判断したペテルは覚悟を決めると指示を飛ばしつつ武器を構え、後ろに下がるニニャとンフィーレアの前に壁を作る。ダインとルクルットも同じく壁に加わる。彼らを見捨てろと指示されたニニャは迷う。

 

「ですが・・・」

「我々も死ぬ気はありません。時間稼ぎをするだけです」

「そういう事である!ニニャ早く逃げるのである!」

「早くモモンさんとナーベちゃんを呼んでこい!」

「みんな…」

「んー。お涙ちょうだいだねー、うん。でも誰も逃がさないよー。逃げられると困っちゃうからねー」

 

彼らの言葉が嘘ということはニニャも分かっている。だからこそ彼らの覚悟を無駄にする訳にはいかない。ニニャがンフィーレアの手を引き入口に向かう為に後ろを振り返ると、

 

「……遊び過ぎだ。例の新人が帰ってくる前に終わらせるぞ」

 

禿げ頭のアンデットのような男が入り口から入って来きた。退路を塞がれてしまった。

 

「でもー、カジッちゃんが悲鳴漏れないように準備してくれてるし一人くらい遊ぶ時間はあるでしょ?」

「ふん、好きにしろ。あとその呼び方は止めろ」

 

スティレットを取り出しながら、ニンマリと歯をむき出して笑う女の目がニニャへ向けられる。ニニャは思わずはくたくに貰ったペンダントを握りしめる。

 

「退路は断った事だしやりましょうかね!君たちに教えてあげる・・・私が遊ぶのはそのニニャって子だから」

「―――っ」

 

ペテルの盾と剣を持つ手に力が籠る。戦闘開始を宣言した女は、ペテルが反応できない速度で間合いを詰めスティレットを額へ突きだす。ペテルは急いで盾を持ちあげようとするがそれよりも速くスティレットが迫り―――そこでペテルの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

ハムスケの登録には一時間ほど掛った。はくたくの登録で写生を経験済みなので以前より30分ほど短縮されてはいるが。金を払って魔法を使えば一瞬で終わるが、アインズがはくたくの登録時に『絵画に興味がある』という言い訳を使った手前そうすることは出来なかった。

 

「さて登録は済ませたし、ンフィーレアの所に向かうか」

 

アインズは颯爽とハムスケに飛び乗る。身体能力を生かした優雅な動きに周辺から驚嘆の声が上がる。女性からの黄色い声や冒険者からの熱い視線にもアインズは平然としている。はくたくはそんなアインズの態度に少し興を削がれる。

 

「どうしたモモン。さっきはあんなに恥ずかしがってたのに」

「もう慣れた。メリーゴーランドにおっさんが乗って何が悪い」

 

(慣れたというよりやけっぱちだな)

 

「おぬしら、もしやわしの孫と薬草の採集に行った者じゃないか?」

 

出発しようとしたアインズとはくたくは老婆に呼びとめられる。その老婆が誰かは見当が付いている。

 

「誰だ?」

 

はくたくに問いかけられて一瞬驚くも老婆は答えた。

 

「リイジー・バレアレ。ンフィーレアの祖母じゃよ」

「やはりそうでしたか。あなたの言うとおり我々がンフィーレアさんをカルネ村まで護衛した冒険者です。私がハク、森の賢王に乗っているのがモモン、こちらはナーベです」

 

三人が頭を下げる。

 

「その魔獣を森の賢王と言ったが」

「ハムスケでござる!以後よろしくお願いするでござるよ!」

「なんと、この精強な魔獣がかの伝説の森の賢王!」

 

リィジーの大声でハムスケの正体をしった冒険者たちが一層驚愕の表情を浮かべ「フフン」とハムスケがドヤ顔をする。それを見たはくたくは再び若干の敗北感を感じた。モモンがリイジーに答える。

 

「ええ。組合にはコイツの登録に来てたんです。お孫さんは薬草を持って先に帰宅しました。私たちもこれから報酬を受け取りにお宅に向かう所です」

「そうか。わしも家に帰る所だったんでな。ご一緒しても良いかな?」

 

リイジーの目には自分たちへの興味の色が見える。

 

「ええ。歩きながら今回のお孫さんとの冒険についてお話しましょう」

 

 

 

 

 

「ンフィーレアもいっぱしの男になって来たようで嬉しいよ」」

 

店への道中で今回の冒険についてアインズとはくたくはリイジーに掻い摘んで説明した。ンフィーレアが自分たちの仲間になりたいという申し出た事を聞いたリイジーは孫の成長を知って喜んでいる。店が見えてきた所ではくたくは異変に気付く。遅れてアインズも気付いたようだ。はくたくはリイジーに問う。

 

「リィジーさん、あなたの所では死体やそれに準ずる物を扱いますか?」

「いや、そんな物は扱っていないが…死霊術師じゃあるまいし」

 

少し考えた後、リィジーに告げる。

 

「あなたの店から新しい死体の匂いがします。それも複数」

「なんじゃと!」

「何があったか分かりませんが急いだ方がいいですね」

 

全員が店まで駆ける。アインズが店の前で簡単な指示を出す。

 

「ハクが先頭、その後ろが私。リイジーさんは私の後ろについてきてください。ナーベはリイジーさんを護衛しろ。ハムスケは裏口を見張れ」

 

ハムスケが裏口に行ってから、はくたくは店の扉を開ける。鍵は開いたままだ。屋内で長物は扱いにくいためはくたくはフランキスカを右手に持つ。店の奥の扉間を勢いよく開き、出た通路を右に曲がる。進むほど血の匂いが強くなる。通路奥の扉前で止まる。

 

「この扉の奥には何がある?」

「や、薬草の保管庫で裏口に通じる扉があるんじゃが」

 

はくたくは勢いよく扉を開け中に踏み込む。そこにあったのは4つの死体―――いや奥の一人は辛うじて息がある。死体は漆黒の剣のペテル、ルクルット、ダイン。瀕死はニニャ。

 

「こ、これはいったい・・・」

 

はくたくに続いて部屋に入ろうとするリイジーをアインズが止める。突然、ペテルの死体がぎくしゃくと動き起き上がろうとする。だがそれが立ち上がる前にフランキスカがペテルの首を断つ。同様に動き出したルクルットの首も断つ。はくたくがそうする間にダインが立ちあがる。ダインの額には致命傷であろう刺突武器で空けられた穴が開いている。ダインの顔は青白く目は濁り切っている。死者が自然の理を無視して動く、それを人は不死者(アンデット)と呼ぶ。

 

動死体(ゾンビ)!」

 

ダインがこちらに詰めよる前に飛来したフランキスカがダインの首に突き刺さる。首を半ば断たれたダインが倒れ伏す。ここで何が起こったかを理解したリイジーが孫の名前を叫びながら外へ駆け出した。アインズがナーベラルにリイジーを守るように命令を下している間に、はくたくはニニャを調べる。まずはトラップが仕掛けられていないかを調べる。自分たちがPKをする際によくプレイヤーの死体や瀕死のプレイヤーに罠を仕掛けていたからだ。トラップが無いとこを確かめると、はくたくはニニャの体を横たえ、身に付けていたペンダントを引っぱり出す。木彫りの狐は真っ二つに割れていた。

 

「存外早く役に立ったな」

 

そのペンダントは<疑死の首飾り(ペンダント・オブ・フォックス・スリープ)>。装着者が瀕死になった時に自動的に<疑死(フォックス・スリープ)>と簡単な妨害魔法を装着者に掛ける。はくたくがソロ時代にモンスターから逃げる際に使う為に大量に買い込んでいた最後の一個。ニニャに渡したのは危険なモンスターでパーティが全滅の憂き目にあっても、彼女だけは生き残れるようにするためだった。ここでニニャを拷問した誰かは彼女が死んだと判断して放置したのだろう。仲間のゾンビに喰われなかったのも妨害魔法のおかげだ。死体を片付けて布をかけたアインズがはくたくの後ろからニニャを覗き込む。

 

「はくたくさん、彼女を治療します」

「ちょっと待ってください」

 

アインズがインベントリから<大治癒(ヒール)>のスクロールを取り出し使用しようとするのをはくたくは制止する。

 

「これも使わないと駄目ですよ。多分ショックを受けているでしょうから」

「ああ。そうですね」

 

はくたくは一本のポーションを取りだす。ポーションには<恐怖除去(リムーヴ・フィアー)>の魔法が込められている。

 

「ではお願いします」

 

アインズがスクロールに込められた大治癒をニニャに発動させる。スクロールが燃えあがると、ニニャの砕かれた全身の骨や裂けていた肉がみるみる元に戻っていく。完全に治癒したニニャが目を開けると、意識を失う前の恐怖を思い出たのだろう、必死の形相で暴れようとする。はくたくはそれを抑えつけ、口にポーションを流し込む。ポーションの効果はすぐに現れた。恐怖の表情があっという間に消え、正気を取り戻したニニャの目がはくたくとアインズを見た。

 

「…ハクさん?それにモモンさん…」

「済まないが薬で強制的に鎮静させてもらった。簡潔に何があったのか教えてほしい」

 

ニニャがゆっくりと起き上がる。

 

「は、はい。…皆さんと分かれた後ここで積み荷を運び終えたら、女の戦士と禿げ頭の男の魔術師が現れてンフィーレアさんを攫いに来たんですそれで…ペテルたちはンフィーレアさんと私を逃がそうとしたんですが…」

 

ンフィーレアの視線が布をかぶせられた三人に向かう。

 

「そいつらは攫う目的について何か言ってなかったか?」

 

ニニャが記憶を辿る。

 

「確か・・・ンフィーレアさんの生まれながらの異能を使って叡者の額冠というアイテムをを無理やり使わせると言っていました」

 

(自分たちと似たような事を考える奴は当然いるわな)

 

「そのアイテムの効果は?」

「分かりません・・・そのアイテムを使うとアンデットの軍隊を呼びだす第七位階魔法<不死の軍勢(アンデス・アーミー)>が使えるようになるとしか」

「モモンはその魔法を知っているか?」

 

アインズは首を横に振る。

 

(この世界独自の魔法か…第七位階だから大したことはないか?)

 

「奴らは何処へ?」

「エ・ランテルの墓地区画です。あの血文字は…ブラフです」

「よし、何が起こったかは大体分かった。少し休め」

「ンフィーレアが!わしの孫がどこにもおらん!」

 

帰って来たリイジーにアインズが冷静に応える。

 

「ニニャを治療して事情を聞きました。ンフィーレアは生まれながらの異能目当ての者に攫われたようです」

「なんと!それでこの者たちは?」

「我々と一緒にお孫さんの依頼を受けた冒険者チームです。私たちをこの店で待っている筈でした」

「そうか…それでンフィーレアを攫った理由はなんじゃ?」

「アンデットの大群を召喚するマジックアイテムを無理やり使わせるようです」

「そんなものを使って孫は大丈夫なのか?」

「それは分かりません。ですが、この様相を見る限り…」

 

ンフィーレアの運命を考えたリイジーの顔が青くなる。アインズはリイジーに持ちかける。

 

「我々に依頼したらどうだ?まさに冒険者が解決すべき案件だろう?アレを調べたお前なら、我々がこの街で一番この事件を解決する公算が高い事も分かっているはずだ」

 

リイジーは驚愕の表情を浮かべる。

 

「まさか…おぬしら、最初から」

「そう言う事だ。さあ、雇うのか雇わないのかどっちだ?…言っておくが、高いぞ」

 

リイジーが覚悟を決めたようだ。

 

「いかほどなら満足する?」

「―――全てだ」

「なに?」

「お前の持つ全てだ」

「おぬし…」

 

リイジーが後ずさる。ここに来てから最も驚いたようだ。

 

「ンフィーレアを無事に連れ帰って来たのならば、全てを差し出せ」

「おぬしらは・・・人の魂と引き換えに願いを叶える悪魔では無いだろうな?」

 

はくたくが口を挟む。

 

「悪魔は魂を代価にする上、その願いを歪めて叶える。願いをキッチリ叶える我々を悪魔とは心外だな。それで雇うのか?」

「雇う!雇うとも!わしの持つ全てを差し出す。孫を救ってくれ」

 

アインズが頷く。

 

「契約成立だな。では早速街の地図を持ってきてくれ」

 

リイジーが直ぐに地図を持ってくる。

 

「今からンフィーレアの正確な場所を探る。あいつらが嘘をついた可能性もあるからな。その間リイジーとニニャは他の部屋で何か証拠になる者を探して欲しい」

「わかった」「分かりました」

 

アインズは適当な理由を付けて二人を追い出す。彼らがいなくなってから、はくたくがアインズに聞く。

 

「何か証拠でもありましたか?」

「それは―――」

 

アインズが<伝言>で誰かと短く会話する。

 

「誰ですか?」

「エントマです。後から掛け直します。奴ら、ペテル達の冒険者プレートを持ち去っている。そこから探知します」

狩猟戦利品(ハンティング・トロフィー)?奴ら馬鹿なんですかね」

 

はくたくはアインズがナーベラルに『誰でも楽々PK術』を教えている間、ペテル達の死体を検分する。

 

(三人とも刺突剣で急所を一撃だな…苦しまなかったのがせめてもの救いか。彼らが死んでも何も感じないが、関わった手前敵が取れるなら取ってやろう)

 

「はくたくさん、彼の居場所が分かりました」

 

はくたくは<水晶の画面(クリスタル・モニター)>で浮かび上がる映像を見る。そこには墓地で無数のアンデットに囲まれたンフィーレアがいた。何故かスケスケ衣装に着替えさせられている。

 

「墓地で確定ですか。第七位階でこの軍勢…コストパフォーマンスはよさそうですね」

「どうなさいますか?低級アンデットの大軍など転移か飛行で回避すればよろしいと思いますが」

「馬鹿を言うなナーベラル。それでは事件が大事にならない」

 

?マークを浮かべるナーベラルにはくたくが説明する。

 

「これを呼び出した奴はこれで何かやらかすつもりだろう。ンフィーレア救出のついでにそれも解決すれば我々の名声も広がって一石二鳥という訳だ」

「なるほど・・・流石は至高の御方。我々では思い付きもしない深謀遠慮でございます。それではこれからは隠密能力に長けたシモベを墓地に送り込み、事態が大きく動くまで高みの見物をされ、最高のタイミングで打って出るのですね?」

 

はくたくはナーベラルの提案に感心する。

 

(それは思い付きもしなかったな。いや、待てよ)

 

「ナーベラル、それは最適解ではないぞ。確かに最高のタイミングで事件を解決というのは一見理想的だ。だが今の我々に限っては違う」

「というと?」

「森の賢王だ。カッパーのルーキーが森の賢王をねじ伏せる。これだけでも偉業なのに更に帰還した当日にアンデットの大軍を撃破するのは不自然すぎる。たとえそれが事実としてもな。我々に対して邪推する輩が出てくるだろう。痛くもない腹を探られるのはうっとおしい。だから完璧なタイミングではあえて出ない、が正解という訳だ」

「人間の心理まで精通なされるとはさすがでございます・・・私の浅慮をお許しくださいはくたく様」

「謝る必要はない。これからも恐れずに提言するといい」

 

アインズがドアへ向かいながら確認する。

 

「それでは我々はこのまま墓地へ向かい適当にアンデットを蹴散らしてからンフィーレアを救出、というここですね?」

「ええ。それでいいと思います」

 

アインズはドアを開け放ち声を張り上げる。

 

「ンフィーレアの居場所が分かった!我々は今から墓地へと向かう!」

 

廊下をリイジーとニニャが走ってくる。

 

「奴らの居場所が分かったんじゃな?」

「ええ。ニニャの言うと通り墓地にいます。数千のアンデットのオマケつきで」

「なっ」

 

(ちょっと吹かし過ぎじゃないかな?)

 

「大丈夫だ、私たちならば突破できる。問題は墓地からアンデットが溢れる可能性があるという事だ。リイジーは多くの人間にこの事態を伝えてほしい。お前なら耳を貸す人間もいるだろう。ニニャは冒険者組合にこの事を伝えろ。冒険者が大量に必要になるだろうからな」

 

ニニャが頷く。

 

「分かりました。冒険者組合にこの件を伝え次第皆さんに合流します」

「いや、それは必要ない」

 

はくたくはニニャの提案を拒否する。

 

「今はポーションが効いているが、効果が切れたらある程度ショックがぶり返すだろう。ニニャは冒険者組合で待機しろ」

「ですが…私も皆の敵を討ちたいです!」

「敵は強い。お前まで死なせたらペテル達に顔向けができんからな。安心しろ敵は討ってやる」

「つっ…分かりました」

 

ニニャが涙を浮かべて頷く。アインズ達はアインズを先頭に店の出口へ向かう。

 

「話しは終わったな?時間が差し迫っているので早速向かう」

「アンデットの軍勢を突破できる手段はあるのか!?」

 

アインズとはくたくはリイジーを振り返る。アインズは背負ったグレートソードを、はくたくは自身の肉体を指差す。

 

「「ここにあるだろ?」」




という事でオリジナルアイテムのネタばらしでした。<疑死>だけだとゾンビになったペテル達に食べられちゃうので探知妨害の魔法も発動するようにしました。

ニニャが生き残ったのはカジットがアインズ一行を警戒してクレマンティーヌに撤退をせかしたことも関わっています。撤退を急かすカジットのせいでクレマンティーヌはニニャの死亡をきちんと確認しなかった、という訳です。

はくたくで一回写生をしたおかげで登録時間を短縮できたのも大きいです。原作通り90分掛ったらせっかく生き残っても衰弱死コースでしたね。


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不死の軍勢

今回はちょっと短めです


襲撃してくるのはせいぜい動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)。何時もと同じ退屈な任務、その筈だった。今扉を隔てた向こう側には千を超えるアンデットがひしめいている。壁の上から槍で必死にアンデットを突いたが効き目はなかった。しかも隣の同僚は内臓の卵(オーガン・エッグ)の放つ腸に巻き取られ壁の内側に落下し、アンデットに貪り食われた。あいつがいるから壁の上からアンデットの数を減らす事は出来ない。今はアンデットが扉を叩くに任せている。

 

「神よ・・・!」

 

兵士は槍を握りしめながら神に祈る。アンデットたちが扉を壊そうとする音は時間と共に強くなっている。あと数分もすればアンデットが扉を破り自分たちを殺すだろう。いや、殺されるだけならまだいい。アンデットとなり彼らの仲間入りをする羽目になるかもしれない。それだけはは嫌だ。そう兵士が思っていると、後ろから声がした。

 

「門を開けろ」

 

 

 

 

 

「このあたりのアンデットは一掃しましたかね」

 

アインズが剣に付いた血を振り飛ばしながらはくたくに尋ねる。門の辺りにいたアンデットはは数十秒でアインズとはくたくに殲滅された。周辺にこちらを襲ってくるアンデットはもういない。はくたくはここが門から見えない事を確認するとアインズに提案する。

 

「そうですね。提案なんですが、ここで二手に分かれませんか?」

「そうする理由が?」

「アンデットの軍勢は自分とハムスケで蹴散らして衛兵や冒険者を守りつつ、夜明けまでアインズさんの邪魔をしないように誘導します。その間にアインズさんとナーベラルで首謀者の排除とンフィーレア君の救出するって作戦を今考えたんですが」

 

アインズは少し考えた後に頷く。

 

「それでいきましょう。空からの抜け駆け対策をやっておきます。<下位アンデット作成・骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)>」

 

10羽のボーン・ヴァルチャーがアインズの周囲に沸き立つ。

 

「空から墓地に侵入者が来たら追い返せ。出来る限り殺すな」

 

アインズの命令を受けたボーンヴァルチャーが骨の翼をはためかせて墓地の空へ散っていった。

 

「それではアンデットはそちらにお任せします。行くぞナーベラル」

「はっ」

 

アインズと空に浮かぶナーベラルは墓地の中心地へと消えていった。

 

「さてハムスケ、こっちも動くぞ」

「了解でござる」

「ちょっと待て、雑魚を蹴散らすなら元の大きさがいいな」

「元の大きさ、でござるか?」

 

はくたくは体のサイズを元の大きさまで戻す。このサイズならばハムスケも少し大きいハムスターみたいなものだ。はくたくがハムスケを見下ろして目を合わせた瞬間――

 

「ゲェー!」

 

ハムスケはひっくり返って腹を見せながら叫ぶ。そのまま足をばたつかせながら叫び続ける

 

「殿が大きくなったでござるー!怖いでござるー!」

 

ハムスケの情けない声に森の時のように脱力感がはくたくを襲う。

 

「・・・落ちつけ。そのコントみたいなリアクションをやめろ」

「申し訳ないでござる。まさかそれが殿の本来の大きさでござるか?」

「そうだ。普段は色々面倒だから体を縮めている」

「なんと!想像を絶するその巨躯!二人とも強大な力はお持ちだと思っておりましたが……このハムスケ、さらに忠義を尽くすでござるよ!」

「一応言っておくがアインズの正体も戦士じゃなくて骸骨の魔術師だから覚えておけよ」

「分かったでござるよ」

 

元の大きさになったはくたくに気付いたアンデットの群れがこちらに近づいてくる。はくたくは自身の大きさに合わせて巨大化したポール・アックスをインベントリから取り出し軽く振り回す。

 

「さあ行くか。ハムスケは少し離れてついてこい」

 

はくたくはそう言うとアンデットの大軍へと駆け出した。

 

 

 

 

 

(飽きた…)

 

はくたくがポール・アックスを振るい、血と肉と臓物が空に舞う。爪を振るい、血と肉と臓物が空に舞う。尻尾で薙ぎ払い、血と肉と臓物が空に舞う。最初こそ面白く感じたが、十分もするとこの作業にすっかり飽きてしまった。低級アンデットの攻撃は欠伸が出るほど遅く単調、こちらからの攻撃はどんな物でもオーバーキル。飽きないはずがない。

 

(大昔の黎明期のゲームには似たようなことをするゲームがあったらしいが、昔の人々は何が面白くてこんな草刈りじみたことをやっていたんだ?)

 

「殿、役に立てなくて申し訳ないでござるよ」

 

頭の上から張りのない声が聞こえる。はくたくはハムスケを攻撃に巻き込まないように頭の上に乗せて戦っている。巻き込まない自信はあるが万が一攻撃が当たればハムスケがアンデットと同じ運命を辿るだろう。

 

「最初からお前の戦闘能力にはそこまで期待していないから気にするな」

「申し訳ないでござる・・・」

 

はくたくは武器の構えを解き周囲のアンデットを片付けたはくたくは大きく欠伸をする。後ろから二十体ほどのスケルトンが周辺にいる最後のアンデットとしてこちらに向かって来たが尻尾の一振りでバラバラにした。はくたくがほかの場所のアンデットを倒すために移動を開始する。その時、聴覚が複数人がこちらに向かってくる足音を聞きつけた。金属のこすれる音と整然とした足音はそれがアンデットではない事を示している。

 

(冒険者かな?頑張っているようだしちょっと釘を刺しておくか)

 

そう思った矢先アインズから<伝言>で連絡が来る。

 

『ミスリルプレートの冒険者がボーン・ヴァルチャーを一体倒しました。こちらに向かってくるかもしれません』

『分かりました。ちょっとした『説得』をして追い返しておきます』

 

はくたくは足音の方向に向かった。

 

 

 

 

 

冒険者チーム「天狼」のリーダー、ベロテは仲間とプラチナプレートの冒険者チームを二つ連れて墓地を進む。昨日一カ月かかった任務をやっと終えて宿屋で休んでいる所を組合から緊急招集されたため最初は不満だったが、アンデットの大軍が発生したとあっては話は別だ。組合長から壁の防衛は低ランクに任せ自分たちはプラチナプレート冒険者二チームと共にアンデットの発生源の特定と可能ならそれの排除を依頼された。ベロテは即決で依頼を受けた。

 

「アンデットの強さは大したことはないが…数が多すぎる!」

 

ベロテはミスリルの剣で複数のゾンビを一気に切り捨てる。墓地に踏み込んで最初に遭遇したボーン・ヴァルチャーはかなり強力なアンデットだったが、それ以外はゾンビやスケルトン、ワイトが大半だ。自分たちやプラチナプレートの冒険者の敵ではない。問題は数だ。墓地内に踏み込んでからひっきりなしにアンデットの襲撃を受け前進は遅々としたものとなっている。

 

「一度撤退すべきか?」

 

ひとまず近くのアンデットは撃退したが、遠くには未だ雲霞の如くアンデットがひしめいている。自分たちはまだ余裕があるが、プラチナプレートの幾人かに疲労の色が見え始めている。ベロテが撤退を考え始めた時、仲間のレンジャーが青い顔で話し掛けてきた。

 

「巨大な何かがこっちに来てる。今すぐ撤退すべきだ」

集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)か?」

 

レンジャーは首を振る。

 

「何倍も大きくて速い。こっちに真っ直ぐ来ている」

「分かった」

 

ベロテは剣を振って全員の注目を集める。

 

「皆、仲間が何か危険な物を感知した。今から撤退す―――」

 

ベロテは声が出なくなった。墓地の闇の中に、あまりに巨大な魔獣を見たからだ。他のメンバーも遅れてソレの存在に気付くが誰も声を発しない。本能で理解したのだ。あいつには勝てない、やり過ごさなければならない、と。だが彼らの祈りはあえなく砕かれる。その魔獣はこちらを見るとアンデットを薙ぎ倒しながら恐ろしいスピードで真っ直ぐこちらに向かって来た。

 

「プラチナプレートは俺たちの後ろに下がれ!」

 

ミスリルとはいえここまで上り詰めてきた冒険者としての矜持という物がある。ベロテは覚悟を決めて指示を飛ばした。みるみる内に魔獣が近づいてくる。その魔獣は頭に強大な魔獣を乗せていた。小さい方でさえ自分たちには手に余るだろう。魔獣はこちらの魔法の射程に入る前に小さい方を頭から降ろしてからこちらに近づいてくる。行く手を塞ぐアンデットを斧のようなもので薙ぎ払いながら。

 

「<火球(ファイヤーボール)>」「<魔法の矢(マジック・アロー)>」「<衝撃波(ショック・ウェーブ)>」「<大地の束縛(アース・バインド)>」「<拘束(ホールド)>」「<閃光(フラッシュ)>」「<鎧強化(リーンフォース・アーマー)>」「<下級筋力増大(レッサー・ストレングス)>」「<下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)>」「<魔法の武器(マジック・ウエポン)>」

 

マジックキャスター、ドルイド、クレリックが各自一番効果的と思う魔法を発動していく。だが魔獣に向けた攻撃魔法や補助魔法が効いているようには見えない。後ろから放たれる補助魔法を受けてベロテの能力も向上するが、アレに対抗できるとは到底思えない。レンジャーが悪態をつきながら放った矢が弾かれた。自分たちと魔獣を隔てていたアンデットの最後の群れが排除された。魔獣は自分たちの目の前まで来ると何もせずにこちらを眺めている。ベロテたちが攻撃を仕掛けるか否か迷っていると、魔獣が思いもよらない言葉を話した。

 

「皆さんは冒険者組合から派遣された人たちですか?」

 

 

 

 

 

はくたくはハムスケを頭に乗せ再びアンデット無双を始めた。ハムスケが質問する。

 

「殿、あちらの方々と何を話していたでござる?」

「夜明けまで墓地に入らないように頼んできただけだ」

「あの者たちは攻撃してきたでござるが問題ないでござるか?」

「あの程度の魔法効きはしない。それに攻撃は向こうのちょっとした勘違いという事だったから問題はない」

 

はくたくは頭の上で自分を称えるハムスターを無視し先程の冒険者の事を考える。

 

(それにしてもミスリルプレートの冒険者が大人しく言う事を聞いてくれてよかった。戦闘なればあとからややこしい事になるからな。それにしても彼らは自分をハムスケより弱いとは思っていなかったな。やはり大きさってのは現地民にも分かりやすい指標なのだろう)

 

そんな事を考えているとアインズ達が向かった霊廟を中心にぐるりと一周し、アンデットの大軍を粗方倒し終えた。まだ少し残っているが全て倒すと夜明けまでに誰かがやって着かねないから放置する。はくたくはハムスケを頭から降ろす。

 

「アンデットの相手は終わったでござるか?」

「ああ。いまからアインズ達の所へ向かう…おっ?」

 

霊廟の方を見ると骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が飛んでいる。骨の龍は今まで相手していたアンデットとは一段レベルが違う。

 

「あっちにちょっとは歯応えのある敵がいるかもしれんな。行くぞハムスケ」

「殿ぉーおいて行かないで欲しいでござるよー」

 

はくたくは骨の龍がいる方向へと駆けはじめた。



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十二高弟

カジットは刺された肩を押さえながら大きく喘ぐ。先程から驚異的な能力を見せつけていた女冒険者が、クレマンティーヌと戦っている男の声聴いた途端身に着けていたものを変え、さらに<次元の移動(ディメンショナル・ムーブ)>を用いて近接戦を仕掛けてきたのだ。必死でスケリトル・ドラゴンに命令を出し女との距離を取る。

 

「転移魔法を用いた奇襲がお主の切り札か」

「そんなわけないでしょ?こういう風に殺せるという実演をしただけよ」

 

カジットはその言葉の意図を理解できない。この女はまだ隠し玉を持っているというのだろうか。

 

「魔法で儂を殺せるとでも?魔法に対する絶対耐性を持つこのスケリトル・ドラゴンを倒せるものか!」

「スケリトル・ドラゴンの能力は第六位階以下の魔法の無効化。つまりそれ以上の魔法を使える私の攻撃は無効化できない」

「第七位階魔法が使えるだと!馬鹿を言うな!」

 

カジットは吼える。そんなはずがないと。だがナーベラルの両手に間にのたうつ電撃がそれが偽りでないとカジットに訴えてくる。

 

下等生物(ミノムシ)と話をするのこれで終わり。そう思うのならばその無知を身を以て知りなさい」

 

ナーベラルが<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェインドラゴンライトニング)>を放とうとすると遠くから声が掛かった。

 

「選手交代だナーベラル」

 

カジットはいきなりあらわれた巨大な化け物への恐怖から、ナーベラルに差し向けようとしたスケリトル・ドラゴンを引き戻す。はくたくとナーベラルはカジットを完全に無視して会話する。ハムスケはここに来る前に邪魔にならないように冒険者を留める任務を与えて置いてきた。はくたくはナーベラルがあの服を着ているということを、アインズがこいつらを始末するから正体を隠す必要はないと指示したと判断する。

 

「雑魚アンデットの相手も飽きた。スケリトル・ドラゴンを見てこちらの様子を見に来たんだが、あの男は誰だ?」

「あの男はカジットという者でこの騒動の首謀者の内の一人と思われますはくたく様」

「ふむ、漆黒の剣を殺した刺突武器使いはアインズが相手をしているのか?」

「はい。アインズ様はクレマンティーヌという女と戦っております」

「状況は大体わかった。おいお前」

「なっ、何だ」

 

はくたくに急に話しかけられたカジットはビクリと反応する。

 

「お前たちが召還した雑魚にも飽き飽きしていたところだ。ナーベラルに替わって相手をしてやる」

「・・・・・・」

 

カジットははくたくの声に答えない。すぐさまスケリトル・ドラゴンに乗り空へ逃亡を始めた。

 

「第七位階を使う魔法使いに、アンデットの大軍を蹴散らす化け物だと…」

 

カジットは上昇するスケリトル・ドラゴンの背中にしがみつきながら呟く。カジットは二人組の冒険者が来てから<不死の軍勢(アンデス・アーミー)>で呼び出したアンデットがかなりの速さで滅ぼされているのは召還モンスターとの繋がりを通して感じていた。それを行っていたのが大勢の兵士や冒険者ではなく、あの化け物だったとは思いもしなかったが。

 

「五年かけた計画を破棄するのは口惜しいが、あのような規格外が現れたなら仕方あるまい」

 

カジットは歯噛みする。五年の歳月をかけた街の人間をすべて殺しその負のエネルギーを以て自身をアンデットとする計画が今水泡に帰しようとしている。クレマンティーヌはあの戦士を倒したとしてもおそらく逃げられないだろう。カジットが今後の展望と、とりあえずはどの隠れ家に身を寄せるかを考えていると、下から冷たい声が響いてきた。

 

「逃げられると思ったのか?」

 

次の瞬間強烈な衝撃をうけカジットは宙に投げ出される。穴だらけになったスケリトル・ドラゴンと共に落下する彼に理解できたのは、スケリトル・ドラゴンが巨大な何かに貫かれ滅ぼされたという事だけだった。

 

 

 

 

 

はくたくはスケリトル・ドラゴンに乗って逃げようとしたカジットを甲羅の棘を飛ばして撃墜した。カジットは<飛行(フライ)>を使えないのか、無様に落下して行き、はくたくから近い地面に墜落した。落下地点からうめき声が聞こえるため死んではいないようだ。

 

「どうしてあのカジットとやらは戦わずに逃げたんだ?」

 

隣にいるナーベラルに尋ねる。

 

「はくたく様の威容に恐れをなしたのかと。はくたく様から逃げ切れるわけが無いという事を理解できない辺り所詮は下等生物(ベニコツキ)ですね」

「そうか」

 

(ハムスケの一件があってから少し見た目に自信を無くしていたが杞憂だったかな)

 

はくたくが体を縮めながらうめき声がする方向に進むと、手足が折れ曲がったカジットが這っていた。その無様にはくたくは少し落胆する。

 

「ユグドラシルではスケリトル・ドラゴンを召還する魔法は記憶になかったから期待していたが、<飛行(フライ)>や治癒魔法も満足に使えないのか」

「ぐっ・・・・」

「この男の切り札は先程のスケリトル・ドラゴンかと」

 

はくたくがカジットに投げ掛けた声に後ろからナーベラルが答える。

 

「そうでもないかもしれんぞ?」

 

はくたくは這いつくばるカジットの上から優しく言葉をかける。声音は優しいがこの状況では挑発であり侮蔑だ。

 

「ほらさっさと手足を治してかかってこい。もう少し歯ごたえがあるものを出してみろ。例えばそうだな…スケリトル・ドラゴンが呼べるなら不死の竜(ドラゴリッチ)とかは呼び出せないのか?」

「化け物め・・・突然現れたおぬしらなんぞにわしの悲願を・・・阻止されるとは・・・」

 

はくたくは涙を流しながら呻くカジットに大きくため息をつく。

 

「悲願が何か知らんがろくでもないことだろう?そんな事知るか。ナーベラルこいつを始末しておけ。マジックアイテムがあれば回収しろ」

「はっ・・・至高の御方を化け物と言った罪、その命をもって償え下等生物(ノミ)が」

 

戦闘音が聞こえてくる方向にアインズがいるとあたりを付けたはくたくはその方向に歩き出すが、その前にナーベラルに指示しておく。

 

「こういう事をする奴だ、賞金首かもしれん。首実検が面倒になるから電撃は止めておけ」

「畏まりました。それでは・・・<溺死(ドラウンド)>」

 

(よりによって<溺死>か。組合に見せる死に顔が余りよろしく無い事になりそうなんだが。まあナーベラルの獲物を横取りした訳だし好きにさせてやろう)

 

はくたくがアインズに向かって歩き出すと後ろの方から、カジットがたてる断末魔のゴボゴボという音がしばらく聞こえていた。

 

 

 

 

 

(なんで剣捨てて抱きしめてるんだ?)

 

アインズとクレマンティーヌを見たはくたくはそう思った。しかもアインズは鎧を解除している。

 

「これはこれは愛の営みを邪魔したかな」

「はくたくさん?違います!これはそう言う奴では」

「あっそ」

 

アインズが否定する。両目に刺突剣が刺さっているのは何かのギャグなんだろうか。

 

「ナーベラルと一緒にカジットを始末したんでこっちに来たんですが、コイツが漆黒の剣を殺した奴で?」

「ええ。そうです」

「さっきから何を…な、なんで!外せない!」

 

いまアインズの拘束から逃げようとしているのがナーベラルが言っていたクレマンティーヌという奴だろう。

 

「アインズさんそいつを抱きしめている訳ですがどうするんです?」

「もう少し弱ければ漆黒の剣の短剣でトドメを刺そうと思ってたんですが、強さに免じてこのままへし折ってあげようかと」

「放せえぇぇええええ!」

 

アインズが漆黒の剣がお揃いで持っていた短剣をインベントリから取り出し再びしまう。はくたくとアインズが会話をする間もクレマンティーヌは必至の形相で逃れようともがいている。

 

「一応彼らの敵討ですから殺すのに異存はないですけど、その殺し方はちょっと…」

「何か問題でも?」

「組合が首検証する時にあまり好印象をもたれない死体になる気がするんですけど」

 

ああ、とアインズが頷く。

 

(自分よりかはモモンガさんそういう方面に気が効きそうなもんなんだがなあ。漆黒の剣殺した件結構怒ってたのか)

 

「そいつの強さはどれくらいですか?」

「王国戦士長と同等くらいです。いや、スピードならこいつのほうがすこし上です」

 

(ガゼフと同等なら結構貴重じゃないか)

 

「武技とか体験したいんでそいつとちょっと戦ってみたいんですけどいいですか?」

「別にいいですよ」

 

アインズがクレマンティーヌを放す。クレマンティーヌはアインズが落としたスティレットを拾い素早く下がる。はくたくは提案する。

 

「クレマンティーヌだっけ?自分に一太刀入れる事が出来たら見逃してやっても良いぞ」

「…それは本当?」

「嘘だったほうがいいのか?」

「・・・・・」

 

クレマンティーヌは無言でスティレットを構えた。

 

(魔法詠唱者と本気で戦士ごっこをした後でも心を折れずに闘う気があるというのは感心するな)

 

「アインズさん漆黒の剣の短剣を貸して下さい」

「・・・・?分かりました」

 

アインズがはくたくに短剣を投げる。はくたくは短剣を受け取るとインベントリにしまい、ポール・アックスを構える。

 

(ガゼフクラスという事なら最初は手加減してやるか)

 

「それでは行くぞ」

 

はくたくは一気に間合いを詰め牽制の突きを繰り出す。クレマンティーヌはそれを全て紙一重でかわしていく。はくたくが突きクレマンティーヌがかわす、それを数度繰り返す。

 

「そちらから攻めてこないのか?」

 

はくたくの挑発にクレマンティーヌは乗らない。というよりも乗る事が出来ない。

 

(攻められないないんだよ。こいつ身体能力は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の野郎と同じくらいだが明らかに戦い慣れていやがる)

 

クレマンティーヌは心の中でそう毒づく。アインズも身体能力は常軌を逸していたがはくたくのように武器の扱いに熟練してはいない。長物の懐に潜り込もうにも間合いを把握して隙のない攻撃を繰り出されては難しい。

 

「ならばこちらから行くぞ」

 

はくたくはポール・アックスを大きく振りかぶり致命的な速度で斧刃をクレマンティーヌに叩きつける。スティレットで受ければ剣と腕を破壊するだけの威力がある一撃だ。はくたくの脳内には彼女が取るであろう回避行動とそれへの対応が既に練られている。だがクレマンティーヌは回避行動を取らない。<不落要塞>ではくたくの一撃をスティレットで弾き返した。

 

(武技だな。だが―――)

 

一気に間合いを詰めるクレマンティーヌを、はくたく弾き返された勢いのままに一回転しつつ尻尾で迎え撃つ。クレマンティーヌは突進体勢から<流水加速>を発動させその尻尾を掻い潜り、回転の勢いを生かして再び襲い来るポール・アックスを大きくバックステップしかわした。

 

(反応速度向上の武技はガゼフが使うのをみていたが、やはり身を以て体験するのは大きいな)

 

その後もはくたくは手加減して戦う事で武技をクレマンティーヌから引き出していく。しばらくして彼女から学ぶことは無くなったと判断したはくたくは彼女に宣言する。

 

「これが武技かいい経験になった。時間も押しているしそろそろ終わりにしようか。…本気で来い」

 

クレマンティーヌははくたくから遊びの雰囲気が消えたのを感じる。

 

(今までは手加減だったって事ね。このままで終われるか。一杯食わせてやる)

 

スティレットに込めた魔法は使いきったが只のスティレットでも目の前の魔獣は何かを用いて攻撃を無効化した骸骨とは違って、当たりさえすれば殺す事は出来なくても傷付けるくらいは出来る筈だ。それに戦士の勘が一撃当てたら見逃すという目の前の魔獣の言葉は真実だと教えてくる。一撃当てれば生き残りの目はまだある。だがその一撃が果てしなく遠い。

 

「行くぞ」

 

深呼吸をしたクレマンティーヌは身を沈め、今までと同じく武技<疾風走破><超回避><能力向上><能力超向上>を展開しながら突進する。先ほどと同じようにはくたくが繰り出すポール・アックスを<不落要塞>で弾く。弾かれた勢いを利用してもうポール・アックスが襲いかかってくる。それを<流水加速>でかわし、はくたくが回転しながら繰り出す尻尾の一撃を再び<不落要塞>で弾く。武技の連続仕様で体が悲鳴を上げるがクレマンティーヌは意に介さない。そして回転の勢いをのせたポール・アックスの最後の一撃を<流水加速>で避けついにスティレットの間合いにまでたどり着いた。

 

「食らえ!」

 

クレマンティーヌは全身全霊を込めてスティレットを突きだす。狙うははくたくの目。極限まで高められた間隔の中でゆっくりとスティレットがはくたくの目に迫り―――その感覚の中でクレマンティーヌは驚愕する。引き延ばされた時間の中でさえ目で追えないスピードではくたくが手にした黒い短剣でスティレットをいなしたのだ。腕を突きだし切った状態で圧縮されていた時間が再び進み始める。

 

「いい夢は見れたか?」

 

(不味い―――)

 

クレマンティーヌがスティレットを引き戻すよりも速く強烈な衝撃が彼女を襲った。クレマンティーヌの視界の中で天と地がぐるぐる回る。クレマンティーヌは視界が高速で回転するという事は自分が怪力で殴り飛ばされ宙を回転しているからとぼんやり理解する。

 

(やっぱりあの魔獣も、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と同じで手加減してたのね・・・・)

 

半ば諦観に支配されつつある彼女の意識は、投擲され自身に高速で飛来する黒い何かを胸に受けると闇の中へと沈んで行った。



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事件の顛末

はくたくはクレマンティーヌの死体を見下ろす。胸には漆黒の剣の短剣が深々と突き刺さり心臓を貫いている。

 

(これで敵討ちは出来たってことでいいかな)

 

はくたくは短剣を引き抜きインベントリにしまう。無限の水差しで先ほどの戦闘やアンデットを蹴散らしたときに付着した血やその他もろもろを洗い流す。死後硬直が始まる前にどうにかクレマンティーヌの死に顔を整えていると、アインズ、ナーベラル、ハムスケがこちらに来た。あらかじめ教えていたからかアインズ本来の姿でもハムスケがは同様してない。クレマンティーヌの死体を見下ろしながらアインズが確認する。

 

「死んでいますか?」

「ええ。トドメはきちんとこの短剣で刺しましたよ」

 

はくたくはクレマンティーヌを貫いた短剣をアインズに返す。

 

「それではンフィーレアを助けに行きましょう。ナーベラルとハムスケは死体と周辺のアイテムを回収しておけ」

「畏まりましたアインズ様」

「了解したでござるよ」

 

 

 

 

 

霊廟の中にンフィーレアは立っていた。男だというのに変なスケスケ衣装を着せられ、頭にはサークレットを付けられている。それに加え目を剣で潰されていた。ンフィーレアは何らかの精神支配を受けており二人に反応する様子は無い。はくたくがアインズにンフィーレアを任せて霊廟内を探索しているとアインズがンフィーレアの精神支配の原因を突きとめたようだ。

 

「原因が分かりました」

 

はくたくがアインズの横に立つとアインズがンフィーレアが被っているサークレットを指差す。

 

「この叡者の額冠というアイテム――ニニャが言っていた奴ですね、これがンフィーレアをこの状態にしています」

 

アインズははくたくが叡者の額冠を手に無造作に取ろうとするのを手で押さえる。

 

「外せば発狂します」

 

アインズが叡者額冠の説明をする。このマジックアイテムは装着者の自我を封じる事と引き換えに装着者そのものを高位階魔法を吐き出すアイテムにするようだ。ンフィーレアの精神を壊さずに外すにはアイテムを破壊するしかない。

 

「破壊しましょう。少々レアですが性能自体は大したことありませんし」

「そうですね。クエストをわざと失敗なんて嫌です。<上級道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)>」

 

崩れ落ちるンフィーレアをはくたくは抱える。

 

「目の治療はこちらでやっておきますからアインズさんはアイテム回収して見た目を元に戻しといてください」

「わかりました。それにしてもPKしたら全取りってのはいいですね」

 

二人はユグドラシル時代とは違いアイテムを全て奪える事実にPKプレイヤーとして暗い笑みを浮かべたあと、それぞれの仕事に取り掛かった。はくたくは霊廟内にある台座の一つにンフィーレアを横たえ、治療薬(ヒーリング・ポーション)を取りだす。

 

「レベルは低いから下級治療薬でもいいだろうが念の為」

 

ポーションの栓を抜くとゆっくりとンフィーレアに飲ませる。顔に走る一直線の傷が時間を逆行させるように癒えていく。精神支配から解放され傷も癒えたがンフィーレアは目覚めない。精神的な負担が大きいのだろう。はくたくはインベントリから取り出した毛布でンフィーレアを簀巻きにして担ぐと霊廟を出た。

 

 

 

 

 

霊廟の外では鎧と剣を再構成したアインズとナーベラルとハムスケがはくたくを待っていた。

 

「これ面白いですよ」

 

はくたくはンフィーレアと交換でアインズから黒い不格好なオーブを渡される。

 

「この石ころの何処が面白いんです?」

「効果は微妙ですがこのオーブ、死の宝珠は喋るんです。知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)ですよ」

 

ユグドラシルには無かった種類のアイテムだ。はくたくがオーブをしげしげと眺めていると頭に声が響いた。

 

 

―――お初にお目にかかります、偉大なる『破壊の王』よ

「頭の中に声が聞こえますね。死の宝珠よ、何故私を『破壊の王』と呼ぶ?」

―――私が召喚したアンデットを造作もなく屠られた故

 

(なかなか力関係ってのを理解しているじゃないか)

 

「そうか。物分かりがいい奴は嫌いではないぞ」

―――偉大なる『死の王』と『破壊の王』に敬意と崇拝を捧げます

 

(死の王ってのはモモンガさんの事か)

 

はくたくはアインズに尋ねる。

 

「コレどうするんですか?」

「ハムスケに使わせて様子を見ます」

「分かりました。ハムスケ受け取れ」

 

はくたくはハムスケに死の宝珠を放る。ハムスケはそれを素早くキャッチした。

 

「使えるか?」

「使えそうでござるよはくたく殿!・・・これ五月蠅いでござる!アインズ殿の元に戻りたいと五月蠅いでござるよ」

 

はむすけは死の宝珠を頬に仕舞った。オーブをモゴモゴと口の中で転がしているようだ。はくたくがアインズに提案する。

 

「回収作業も終わったようですし帰りませんか?」

「そうですね。ではンフィーレアを連れて凱旋しましょう」

 

大きくマントをはためかせながらアインズが締めくくった。

 

 

 

 

 

「あー疲れた」

 

アンデット騒動の次の日の朝、宿屋内。先日泊まった部屋に入るなりはくたくはベッドに腰掛ける。疲れというのは肉体的な物ではなく精神的なものだ。

 

「はくたくさんが墓地ではしゃぎすぎたからですよ」

「すみません…」

 

ンフィーレアをリイジーの元へ連れ帰る、そこまでは良かった。リイジーは涙をこぼしながら何度も頭を下げ、必ず報酬を支払うと約束した。問題はその後の組合での聴取だ。証言者としてミスリル冒険者を連れた組合長に長時間拘束されたのだ。はくたくは昨日の聴取を思い出す。

 

 

 

 

 

上級冒険者用の会議室で聴取は行われた。会議室にいるのは組合長であるブルトン・アインザック、冒険者チーム「天狼」のリーダーベロテ、そしてアインズ一行だ。

 

「昨晩に起こった事の大体の経緯は分かった。最後に聞きたい事がある」

 

アインズが事件について話しても構わない範囲で組合長に説明した。長い説明を聞き終えた組長が緊張した趣ではくたくの方を向き尋ねる。ベロテの表情も硬い。

 

「城壁の衛兵と複数の冒険者チームからの報告なのだが、昨晩の墓地でアンデットの大軍とは別に巨大な魔獣が暴れまわっていたという目撃証言がある」

「それは私の事ですね」

 

はくたくは自身の事だとあっさり認める。元々そこまで隠す気は無かった事だ。はくたくの言葉を受けて経験豊富な冒険者であるアインザックは表情にこそ出さなかったが目には驚きの色がはっきりと出ている。

 

「・・・本当かね?」

「今から外に出て実演してもかまいませんよ?」

「組合長、彼の言っている事は本当です。あの姿を見間違う筈がない」

 

アインザックにベロテが証言する。はくたくは昨晩墓地から追い出した冒険者の中にベロテがいた事を思い出した。

 

「あなたとは昨晩会いましたね」

「ええ・・・」

 

ベロテがはくたくを見ている。その表情は恐れと畏怖が半々といった所か。頭の中で整理を付けたアインザックが口を開く。

 

「その事について何故組合に申告していなかったのかね?」

「誰にも聞かれなかったので」

「それもそうか。しかし今でも信じられないよ。君のような存在について我々の記録には無かったからな」

「でしょうね。特にPRして回っている訳でもないですし」

 

はくたくは肩を竦める。

 

「ハク君、組合からの要請としてエ・ランテル内では必要でない限りその…支障が無ければそのサイズのままでいてもらいたいのだが」

「分かりました。特に問題はありませんよ」

「よろしく頼むよ」

 

組合長とベロテの気が緩む。彼らが緊張していたのはこの件についてだったのだろう。

 

「事件で疲れているだろうに長時間拘束して済まなかったなモモン君」

「いえいえ。組合長も組合として必要な事をやっているだけです。謝る必要はありません」

「では私はこれからこの事を魔術師組合や都市長に伝えなければならないので失礼させてもらう。だがその前に」

 

アインザックはモモンとナーベに加えはくたくにミスリルの冒険者プレートを渡す。

 

「私としてはアダマンタイトのプレートを渡したいのだが、何分前例のない事だからな。とりあえずはそれで我慢して欲しい」

「特例として昇格を認めてもらえただけで満足です」

「では、改めてこの街の者として街を救ってくれた事に感謝する」

 

アインザックとアインズ達は固く握手を交わした後に解散した。

 

 

 

 

 

はくたくは昨晩の事を思い出したついでにある事を思い出す。

 

「そういえばエントマから何か話があったんじゃないですか」

「ええ。今からアルベドに確認します」

 

アインズが<伝言>でアルベドと会話を始める。アルベドと会話しているアインズが言葉を洩らす。

 

「・・・何だと?」

「どうかしましたか?」

 

はくたくはアインズに尋ねる。声の調子には信じられないという雰囲気がある。アルべドとの会話を終えたアインズははくたくに告げる。

 

「シャルティアが我々に反旗を翻しました」

「は?・・・・ええええええ!」



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三巻目
ワールドアイテム


ナザリック九階層アインズの部屋にはくたく、アルベド、アウラ、マーレ、コキュートス、セバスが集まっている。ドアを誰かがノックしするとアルベドが訪問者を確認に向かう。そのあとはくたくの元に戻り誰が来たかを告げる。

 

「デミウルゴスが到着しました」

「入れろ。これで全員揃ったな」

 

デミウルゴスは入室しはくたくに一礼すると口を開いた。

 

「シャルティアがナザリックを裏切ったというのは本当ですかはくたく様」

「ああ。手に入れた情報を分析するとその可能性は高い」

 

シャルティアの件を受けてはくたくは外に出でていた階層守護者とプレアデスは全員ナザリックに帰還させるようアインズに進言した。デミウルゴスははくたくの許可を得てから他のものと同じようにソファに腰を下ろし、ナザリックに属する者として当然の質問をはくたく投げかける。

 

「シャルティアへ討伐隊は何時差し向けるのですか?」

「アインズと私はその前にやるべき事があると判断した」

「しかし、至高の御方に反逆する者を処分なさらないのですか?」

「至高の御方の判断に口をはさむというのデミウルゴス!」

「・・・その通りですねアルベド。申し訳ございませんはくたく様」

「構わない。そう考えるのは当然だからな」

 

アルベドの連絡を受けアインズとはくたくはナーベラルを宿屋に待機するよう命ずるとすぐさまナザリックに帰還した。玉座のマスターコンソールの情報と第五階層氷結牢獄にいるアルベドの姉ニグレドによる情報系魔法の調査から、二人はシャルティアが精神支配された上でエ・ランテル近郊に放置されているという事をつきとめた。

その後どうするかという段階で二人の意見が分かれた。

はくたくの案ははアインズ、アルベド、はくたく、マーレによる少数精鋭の討伐隊と、シャルティアが囮だった場合逆に敵を包囲するデミウルゴス、アウラ、コキュートス及び高レベルのシモベによる伏兵部隊の二段構えでのシャルティア討伐。アインズの案はまず、有益な効果を経験値と引き換えに叶える事が出来る超位魔法<星に願いを>をノーコストで発動できるアイテム流れ星の指輪(シューティングスター)を用いて精神支配の解除を試すというものだ。

精神支配を受けたシャルティアが罠ならば解除の為に接近するだけでも相当危険だ。はくたくがアインズの案に反対したのはそのためだった。結局ははくたくが折れまずはアインズの案を試しそれが駄目ならはくたくの案を実行するという事になった。

一応の結論を出した後、アインズは冒険者組合の会合――強力な吸血鬼、おそらくシャルティアの事だろう――に出向いた。はくたくはナザリックで待機している。

 

「全員が集まったし皆に今回の事態について説明しようと思う。現在シャルティアはエ・ランテルから少し離れた地点に精神支配された状態で放置されている。現在シモベによる監視体制を敷いているが動きは無い。セバスの報告を鑑みるにセバスと分かれた後に何者かによって精神支配されたようだ」

「ドノヨウニシテ敵ハアンデットノシャルティアヲ精神支配シタノデショウカ?」

 

アンデットは種族の基本能力として精神作用を無効化する事が出来る。コキュートスの問いは当然だろう。

 

「分からない。だからこそ外に出ていた者をナザリックに呼び戻した。シャルティアから情報を聞き出していた場合危険に晒されるからな」

 

はくたくは指を三つ立てる。

 

「アインズと私はシャルティアを洗脳した可能性は少なくとも三つあると考えた。一つ目はこの世界のマジックアイテム」

 

この世界には叡者の額冠のようなユグドラシルには無かったアイテムが存在する。その中にアンデットを従えるアイテムがあってもおかしくはない。

 

「二つ目はこの世界で開発された魔法」

 

ニニャからユグドラシルにはなかった魔法の存在や、新たな魔法の開発がされているという事を聞き出している。現地魔法にアンデットを支配できる魔法がある可能性はある。開発されている魔法の効果と位階は比例する。この予想が当てはまった場合、シャルティアを支配できるような呪文を使える術者はプレイヤーと同等の実力を持っている、もしくは現地魔法を習得したプレイヤーだろう。

 

「三つ目は生まれながらの異能(タレント)

 

ンフィーレアのような破格の生まれながらの異能持ちが居るのだから、アンデットを支配する能力の生まれながらの異能持ちがいる可能性はある。

 

「そしてシャルティアへの対応だが、まずはアインズが超位魔法<星に願いを>を行使できる流れ星の指輪でシャルティアの精神支配解除を試みる。それに失敗した場合…お前たちの力が必要になってくるかもしれん」

 

はくたくの後半の言葉を受けてこの場にいる全員の表情がさらに引き締まる。それはシャルティア及び彼女を洗脳した者との戦闘を意味するからだ。

 

「アルベド、シャルティア討伐隊と伏兵部隊の選抜は終わっているな?」

「既に完了しております」

「よし。・・・そろそろアインズから連絡が来る時間だ」

 

はくたくがそう言うと丁度アインズと<伝言>が繋がる。

 

『冒険者組合の会合が終わりました。出現した吸血鬼はシャルティアで確定です。自分たちが一時間後にシャルティアの居る場所に行く事になりました』

『こちらで伏兵と討伐隊の準備をさせます』

『あとミスリルのチームが勝手について来るのでそれを始末する準備もお願いします』

『分かりました』

 

「一時間後に作戦開始だ。アルベド、準備を開始しろ」

 

 

 

 

 

「第二部隊は既にここから離れた場所で待機しています」

 

冒険者チーム「クラルグラ」のリーダーイグヴァルジの頭から投げ斧(フランキスカ)を引き抜きながら完全武装したはくたくがアインズに状況を説明する。はくたくはアインズと森で合流すると即座にフランキスカを彼らの内二人に投擲し、イグヴァルジとその隣の男は反応する暇もなく死んだ。残りの二人もについても逃げ出す前にアルベドがスキルで気絶させた。

 

「そういえばアインズさんは、彼らについてくるなと警告はしなかったんですか?」

「一応、ついて来たら死ぬとは言いましたが彼らはついて来ると言って聞きませんでした」

 

(予想通り自分たちに嫉妬する輩が出てきた訳か)

 

「それなら仕方がないですね。彼らには良いサンプルになってもらいましょう」

 

はくたくは彼らを纏めてアインズが造り出した転移門(ゲート)に投げ込んだ。転移先で待機するシモベによって彼らはナザリックにまで送られる。

 

「邪魔者は始末しましたし、シャルティアがいる所まで案内しますのでついて来てください」

 

はくたくはナーベラルとハムスケに見送られながらアインズ、アルベド、マーレを連れシャルティアの所へと向かう。その途中でアインズが告げる。

 

「<伝言>では伝えませんでしたが、アンデット騒ぎの首謀者はズーラーノーンというアンデットの秘密結社の人間だったようです。しかも不味い事にあの二人の遺体が消失してしまいました」

「それは本当ですか?」

 

彼らを蘇生され尋問されると色々と不味い事になるのは明らかだ。

 

「ええ。彼らについて会合に来ていた都市長の歯切れが悪いので自分が部屋から出た後に魔法で盗聴したんですが、衛兵詰め所の安置所に置いていた遺体が消えてしまったと言っていました」

「彼らの死体は機を見て回収する手筈でしたが・・・・シャルティアの件でそこまで手が回りませんでしたね。回収したのはズーラーノーン、はたまた別の組織か・・・」

 

(蘇生された場合少し不味い事になるな。いやここは前向きに考えよう)

 

「彼らから引き出せる情報は少ないですしそこまで深刻に考えなくても大丈夫だと思います。それにこの件のリスクはモモンが英雄として名を高めれば高めるほど小さくなりますしね」

「どういうことです?」

「人には自分の信じたい物を信じる性質があります。モモンが英雄として名を高めれば高めるほど人々はモモンの正体がアンデットだとは信じないでしょう。そしてモモンがアンデットだと主張する人間が出てきたら、そいつが死体を回収した奴です」

「今はシャルティアの件に集中しますか」

 

 

 

 

 

森の大きく開けた場所にシャルティアはいた。ニグレドの魔法で見た時から全く身動きしていないようだ。

 

「シャルティア」

 

アインズの問いかけにも感情の抜け落ちた表情をするシャルティアは答えない。予想していた反応であるが改めてはくたくは目の前の状況に驚く。

 

「アンデットの精神支配、一体どうやったのやら。シャルティアの今の状態についてアインズさんの意見は?」

「シャルティアは精神支配を受けた後、命令が空白のままで放置されていると思います」

「精神支配を受けた演技をしている可能性は?」

「その可能性はありますが・・・陽光聖典の捕虜を精神支配した時の状態に酷似していますからその可能性は低いかと」

 

はくたくは周囲の状況と、伏兵部隊から何の感知報告も来ていない事から現状を考察する。

 

「あくまで推測ですが・・・シャルティアは精神支配を仕掛けた者を相討ちになり、精神支配を仕掛けた者の死体ないし重症者となったその者を別の誰かが回収して撤退したという事でしょうか?」

「撤退していない可能性はあります、気は抜けません。それではさっさと無効化してしまいましょう」

「・・・それを使うのはもったいなくないですか?」

「また話を蒸し返すんですか?シャルティアの身には替えられないと言いましたよね?」

「そうでしたねすみません」

 

(とうとうレベル1ダウンの魔法効果をノーコストで発動できるアイテムを使うぐらいなら、自分たちと守護者でシャルティアを倒したほうが良いとははっきりと言えなかった。自分が間違っているのか?)

 

はくたくがそんな事を思っているとアインズが流れ星の指輪を作動し、アインズを中心に超位魔法特有の巨大なドーム状魔法陣が展開される。

 

「それでは行きます…シャルティアに掛けられた全ての効果を打ち消せ!」

 

アインズがそう宣言した瞬間、魔法陣が攻撃等によって中断された時のようにバラバラに砕け散る。アインズとそれを見たはくたくは大きく動揺する。

 

「―――な、なんだと?」「馬鹿な!」

 

(おそらくアインズさんは出現した選択肢から魔法効果の無効化を選んだはずだ。超位魔法による効果は通常の魔法やアイテムの効果に優先する!それが無効化された・・・まさかシャルティアはこの世界特有の何かでは無く―――)

 

アインズとはくたくはほぼ同時に同じ結論に到達する。アインズがこれまでになく狼狽して叫ぶ。

 

「全員撤収だ!近くにこい!」

「分かっている!早くしろアルベド!マーレ!」

「は、はい!」「はい!」

 

アインズは全員が詰まると即座にあらかじめ設定して置いたナザリック近郊の撤収ポイントに転移する。だがアインズとはくたくは転移後も警戒を解かない。はくたくが叫ぶ。

 

「追跡者に警戒しろ!」

 

アインズとはくたくは何時でも戦闘に移れる態勢を取る。少しして伏兵部隊が同じように転移してくる。はくたくはフランキスカを構え、敵が現れたら即座に叩きこめるように全神経を集中する。それからしばらくして、誰も追跡してこないと確信してから二人は緊張を解いた。はくたくは大きく深呼吸をするとアインズに話しかけようとするが―――

 

「糞が!糞!糞!糞!」

 

アインズが罵倒を繰り返しながら大地を何度も蹴り上げる様に声を掛けるのをためらう。精神の沈静化が何度も起こっているようだが怒りが収まる様子はない。

 

(確かにアレにはビビったが…ここまで怒るか?)

 

守護者やシモベ達が怯え始めているのに見かねたはくたくは意を決してアインズに声を掛ける。

 

「アインズさん落ちついて下さい…皆が怯えています」

 

皆のといった途端アインズはピタリと暴れるのを止める。

 

「頭は冷えましたか?」

「ええ、すみません。怒りのあまり我を忘れてしまいました」

「それで、あの時何が起こったか説明してくれますか?・・・予想は付いていますが」

「まずその前に<星に願いを>について説明します。この魔法は願いを叶える魔法に変化していました。当然願いに応じて消費する経験値は増えますが。おそらく、生まれながらの異能でさえ奪えるようになっています」

「それは凄いですね」

 

アインズはこまごまとした仕様の変化をはくたくに説明する。様々な事がゲームから現実へと変換される時に変化していることは既に体験していた。この魔法も同じようにゲームから現実に移行するにあたっての変化したのだろう。

 

「ですが魔法は無効化されました。超位魔法に打ち克つ力は一つしかありません」

 

超位魔法や神器級アイテムに優先する物などユグドラシルには一つしか存在しない。

 

「それは―――」

 

二人の声が重なる。

 

「「世界級(ワールド)アイテム」」



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宝物殿

今回短めです


アインズとはくたくはナザリックに戻ると直ぐにアルベド、ユリ、シズを連れてナザリックの宝物殿へと向かった。そこに保管している世界級(ワールド)アイテムを持ちだすために。宝物殿の最奥区画の霊廟の入り口でアインズは自らが創造した領域守護者パンドラズ・アクターと対面している。パンドラズ・アクターは創造主の説明をオーバーアクションを交えながら聞く。

 

「―――という事でワールドアイテムが必要になったのだ」

「なるほど外ではそのような事態になっているのですか。ではモモンガ様、ついにあれらが力を振るう時が来たのですね!」

「う、うむ」

 

(うわキツイ)

 

はくたくは思わずビシッとポーズを決めたパンドラズ・アクターから目を逸らす。ハニワ人間のドッペルゲンガー、軍服、気障な台詞廻し、オーバーなアクション。どれか一つもしくは二つなら耐えられる。だが全部備えているとなると『歩く黒歴史』だ。横から見ていてこれだ、創造者のアインズの心境はいかほどだろう。

 

(あっ沈静化した)

 

やはり歩く黒歴史ノートには耐えられなかったようだ。

 

「…持ちだすのは<強欲と無欲><ヒュギエイアの杯><幾億の刃><山河社稷図>を持っていく」

「畏まりました」

 

シャルティアの精神支配がワールドアイテムと分かった今、外に出すレベル100守護者にはワールドアイテムを打ち消せるワールドアイテムを持たせなければならない。アインズは既にワールドアイテムを所持している。

 

「はくたくさんはワールドアイテムを持つ必要は無いですよね」

世界を喰らう者(ワールドイーター)でワールドアイテムの効果を防げます」

 

はくたくの隠し種族タラスクのレベル5で取得できるこのスキルは、ギルドメンバーたっち・みーの所持する職業ワールドチャンピオンと同様にワールドアイテムの効果を打ち消せる副次効果がある。

 

「それでは霊廟に取りに行きましょう。…どうしたパンドラズ・アクター?」

 

アインズはパンドラズ・アクターが何か言いたそうなのに気付く。

 

「そのような事態であれば、私の力が必要になるのではないでしょうか?ここを出て他の階層でも働いた方がよろしいかと愚慮します」

「・・・お前は切り札だ。外には余り出したくない」

「ここから出したくないのは分かりますけど、パンドラズ・アクターに指輪を渡しましょう。彼は活用すべきです」

 

パンドラズ・アクターはドッペルゲンガーとしてギルドメンバー41人の姿と能力を八割という制限とはいえ全て行使できる。アルベドやデミウルゴスに匹敵する頭脳の持ち主という事も考えると使いようはいくらでもある。アインズの自身の黒歴史をしまっておきたい気持ちは分かるが宝物殿で腐らせるには惜しい人材だ。アインズはしばらく考え込んでいる。

 

「・・・・・・・」

 

パンドラズ・アクターは片手を胸に当ててアインズへ自らをアピールしている。それを見たシズが

 

「うわぁ」

 

と小さく声を上げる。

 

(また沈静化した)

 

長考の後にアインズは指輪をパンドラズ・アクターに投げた。

 

「お前の存在をナザリック内に周知する。暫くしたらここから出ても構わない。お前の能力には期待しているぞ。それと私は名前を変えた。今後はアインズ・ウール・ゴウン、アインズと呼べ」

「畏まりました、必ず期待に応えて見せます。私の創造主、アインズ様!」

 

パンドラズ・アクターがビシリと芝居がかった仕草で敬礼を決める。それを見たアインズの精神が再び沈静化した。

 

(モモンガさん、心中お察しします・・・・そういえばパンドラズ・アクターは何処までギルドメンバーを模倣できるんだ?)

 

はくたくはパンドラズ・アクターの能力を確かめたくなった。ここに来た時にはタブラ・スマラグティナの姿を取っていたが、自分の姿を何処まで再現できるのだろう。

 

「パンドラズ・アクター、試しに自分の姿になれるか?」

「…申し訳ありませんが、はくたく様の姿を取るにはこの場は手狭かと」

「ならそのままでいい。自分の能力をどの位まで模倣できる?」

「はくたく様の力の八割を模倣する事が出来ます。しかし全てを喰らい糧とするその御身の力は私の力ではとても」

 

ドッペルゲンガーの能力で課金職業サイズチェンジャーや種族タラスクのスキルワールドイーターは模倣できないというのはユグドラシルから変わっていないようだ。

 

「ならばアインズの格好になれるか?その軍服のままで」

「それならば可能でございます」

「えっ」

 

アインズが止める間もなくパンドラズ・アクターの姿が歪み、次の瞬間には軍服を纏ったアインズが現れた。

 

「いかがでしょうかはくたく様」

「うん。次はそのコートに片袖だけ通すのとか止めてきちんと軍服を着てみろ」

「畏まりました」

 

パンドラズ・アクターが着崩していた軍服を直す。

 

「うん、軍服に骸骨は悪くないな。そう思わないかアルベド」

「アインズ様は何を着ても似合うと思います」

「我が創造主の御姿を褒めて頂きありがとうございます!」

 

パンドラズ・アクターは大げさに礼をする。

 

(そのポーズで台無しだけどな!)

 

「おーいちょっとこっち来ーい!」

 

耐えかねたアインズがパンドラズ・アクターを部屋の隅に引っ張って行く。二人は「元の姿に戻ってくれ。あとその敬礼は止めないか?」「我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Fottes Wille)」「ドイツ語だったか!それも止めような?」「はあ」「本当に頼むよ?」といったやり取りをした後戻ってきた。

 

「待たせました、はくたくさん行きましょう。指輪をパンドラズ・アクターに渡してください」

 

アインズとはくたくはパンドラズ・アクターにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡す。今から向かう霊廟にいるゴーレムはこのアイテムを持っていると攻撃する。ここに来るにはこの指輪が必要なためそれを知らない侵入者はゴーレム達に袋叩きにされる。ギルド拠点が陥落した後の征服者への最後の嫌がらせだ。

 

「アルベドはここで待機しろ。パンドラズ・アクターはユリとシズを使ってシャルティアの蘇生資金を玉座の間へ動かしておけ」

「了解しました」

 

アルベド達の深いお辞儀に見送られながら二人は霊廟の奥へと向かった。

 

 

 

 

 

「はくたくさん、話があります」

 

霊廟の最奥部からワールドアイテムを回収したアインズははくたくに宣言する。

 

「シャルティアとは私一人で戦います」

「…正気ですかモモンガさん」

 

神官系職業と物理系職業を兼ね備えたシャルティアは信仰系魔法詠唱者で肉弾戦等にも長ける。それに加えアンデットのシャルティアにはアインズが重点的に修めている死霊系魔法は聞き目が悪い。

 

「シャルティアとモモンガさんは7:3ですよ?」

 

シャルティアの職業構成は自己回復と攻撃手段に富み単独で戦闘を継続できるようになっている。はくたくも通常のポーションや魔法のバフ効果だけでは6:4をつけられる。神器級アイテムや最上位の金属を喰い潰してバフを得ていいなら話は別だが。

 

「分かっています」

 

アインズは短く平たい木の棒を取り出すと霊廟のゴーレムが保持するアイテムに近付ける。木の棒がアイテムに触れるたびに文字が浮かび上がる。

 

「作戦は考えていますか?それに勝算はあるんですよね」

「シャルティアのスキルとMPを使いきらせた後戦士化魔法を使いここのアイテムを装備して肉弾戦に持ちこみます。その後は<失墜する天空(フォールン・ダウン)>で押し切るつもりです」

 

PVPに慣れたアインズならではのアイデアだ。だが―――

 

「もしシャルティアがスキルやMPを温存したら?」

「そうならないように誘導するつもりです」

「分が悪い賭けですね・・・・そこまでして一人で戦う理由はなんです?」

 

シャルティアが精神支配されたと知ってからのアインズの態度からなんとなく予想できる。

 

「この世界に自分たちのようなプレイヤーがいる可能性は高いと分かっていました。それなのにワールドアイテムの可能性を考慮できなかったギルドマスターとしての自分の責任だからです。それにナザリックのNPC達は皆の忘れ形見です。彼らが殺し合う姿を見たくありません」

 

後半のNPC達への思いがアインズの本音だろう。はくたくにもそのような気持ちはあるが合理性に優先する程ではない。こちらに転移してきてから薄々アインズとの違いは感じてきたがここで改めて自覚させられた。これが人間だった時の違いなのか種族としての精神構造の違いなのか今となっては分からないが。

 

(こうなったモモンガさんに何言っても説得は無理だろうな。ならば…)

 

「分かりました。ですが一人で戦うにも条件があります。不足の事態に備えて自分とアウラ、マーレを後方で待機させてください。後は出来ればですが不測の事態が発生した場合に確実に撤退するためにヴィクティムも連れて行きたいですね」

 

先程のアインズの言葉を考えれば却下されるであろうヴィクティムの出撃をはくたくはあえて聞く。ヴィクティムの死亡時に発動する足止め系スキルがあれば撤退する事態になっても容易だからだ。

 

「守護者の蘇生が出来るか分からないのでヴィクティムを連れていくことはできません」

 

断られるのは想定済みだ。それでも聞いておかなければならない。

 

「分かりました。では最後に約束してください。勝てないと判断したら後方の自分たちを呼ぶと」

「約束します」

 

アインズははくたくに頷く。はくたくは大きくため息をついた後に肩をすくめる。

 

「勝算はかなり低いですね。もしこのPVPに自分が賭けるならシャルティアの方に賭けますよ」

「はくたくさん、一つ忘れていませんか?」

「?」

「自分のPVP勝率は六割ですが、情報が揃った状態では八割を超えています。そしてシャルティアについて制作者のペロロンチーノさんを除いて一番詳しいのが自分です」

 

アインズは自信たっぷりに宣言する。

 

「経験と情報の差で勝ちを掴んでみせますよ」




三巻分終わったらオリジナルエピソードが入ってくると思います


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アダマンタイト

ノロウィルスのおかげで投稿が遅れました。
週一か週二を目標に投稿していきますのでよろしくお願いします。


はくたく、アウラ、マーレは高台からシャルティアの元へと向かうアインズを見送った。アウラとマーレには<山河社稷図><強欲と無欲>をそれぞれ装備させてある。遠ざかるアインズを見る二人の視線は不安げだ。はくたくは二人に問う。

 

「アインズがシャルティアに勝てるか不安か?」

「あたしはそうは思いません!」

「ぼ、僕もアインズ様が勝つと思っています」

「お前たちの不安は正しい」

 

シャルティアがPVPに慣れたプレイヤーならばアインズが勝てる可能性はゼロに近い。

 

「アインズは死霊系魔法に特化したアンデットの魔力系魔法詠唱者でシャルティアは肉弾戦闘に長けた信仰系魔法詠唱者。有利不利で言えばアインズがかなり不利だ」

「そ、それならばどうしてアインズ様は御一人で戦おうとしているんです?」

「お前たち守護者を集めて説明したようにこれが罠であった場合、単独でシャルティアと戦えば敵は罠を警戒して攻めにくくなる。それにアインズと自分はお前たちよりも戦闘経験に長けている分不利を埋める事が出来るからな」

 

宝物殿を出た後アインズの部屋に階層守護者とパンドラズ・アクターとセバスを集めてアインズがシャルティアと単独で戦うという事を彼らに説明した。反対するデミウルゴスに手が折れたがどうにか全員を説得する事が出来た。彼らはナザリックからシャルティアとの戦闘を観戦している。

 

「あそこでは言わなかったが理由はまだある」

「それは何ですか?」

「アインズはお前たちの事を大切に思っているからだ。お前たちを創造した仲間から預かったアインズはギルドマスターとして、お前たちが殺し合う姿を見たくなかったんだろう」

「アインズ様・・・」

 

はくたくからアインズの真意を聞いたアウラとマーレは涙ぐむ。

 

「アウラ、今は感傷に浸っている場合ではない。自分とマーレに隠密魔法を掛けろ。そろそろ戦闘が始まるぞ」

「了解しましたはくたく様」

 

高台から見える森の中の開けた場所に巨大な魔法陣が展開される。アインズがシャルティアに超位魔法を仕掛ける準備を始めたのだ。はくたくもインベントリから十数個のポーションを取り出し瓶ごと口の中に放り込む。これらは各種ステータス、耐性、感覚を向上させるものだ。はくたくの体に力が漲り感覚が研ぎ澄まされていく。

 

「アウラはアインズの召喚したモンスターと共同して周辺の監視、マーレは自分とここで待機だ」

 

はくたくが胡坐を組み戦場を眺めていると魔法陣が発動した。超位魔法<失墜する天空>の巨大な白熱した火柱が上がる。アインズとシャルティアの戦闘が始まった。

 

「御手並み拝見といかせてもらいますよ」

 

 

 

 

 

戦闘開始から十数分後、アインズのスキル<あらゆる生あるものの目指す所は死である>によって砂漠化した大地で繰り広げられる戦闘はアインズの筋書き通りに展開していた。シャルティアはスキルとMPを使い果たし、戦士化魔法を発動させ霊廟から呼び出したギルドメンバー達の武器と、ワールドチャンピオンの鎧に身を包んだアインズとの肉段戦闘を余儀なくされている。課金アイテムによる補助を受けているとはいえ、PKKギルドのギルドマスターの地位は伊達ではなかったという事だ。後は一撃で仕留められるまでシャルティアの体力を削った後に冷却時間を終えた超位魔法<失墜する天空>を発動すれば終わりだ。

 

「アインズの勝ちだな」

 

はくたくは立ち上がるとアウラに尋ねる。

 

「アウラ、戦闘開始から今までで何者かがここに接近したり潜んでいるという事はないか?」

「はい。アタシや集眼の屍(アイボール・コープス)の探知に反応はありません」

 

超位魔法の準備段階、シャルティアとの戦闘中、アインズの勝利がほぼ確実になった時点、どのタイミングでも何者かが現れるという事はなかった。

 

(本当にシャルティアは放置されていたという事か?)

 

今持っている情報から断定はできないが、その可能性が高いだろう。

 

「自分はアインズの近くに行く事にする。最後は目の前で見たいからな。お前たちは指示があるまでここで待機しろ」

「「畏まりました」」

 

はくたくは高台を飛び降りるとアインズとシャルティアの元へと向かった。

 

 

 

 

 

はくたくが現場についたのは決着がつく直前だった。はくたくはシャルティアから交戦対象に入らないだけの距離を取って二人の戦いを見届ける。アインズはシャルティアの攻撃を盾で防ぎながら、最後のひと押しである超位魔法のタイミングを伺う。そしてアインズはシャルティアの大ぶりな攻撃を弾き飛ばすと、戦士化魔法を解除し超位魔法を発動させた。さらに超位魔法の準備時間をゼロにする課金アイテムを発動させようとするが―――そこでアインズの動きが一瞬止まる。

 

(不味い―――)

 

ここでシャルティアの一撃を受ければアインズが今まで積み上げてきた作戦は全て水泡に帰してしまう。はくたくは介入するべく即座に投げ斧(フランキスカ)を振りかぶる。だがはくたくは投擲する直前に後方からシャルティアへ向けられた殺気を察知し斧を引き戻す。その殺気を直接当てられたシャルティアは攻撃を一瞬遅延させた。その一瞬でアインズは課金アイテムを使用し超位魔法<失墜する天空>を発動させる。超位魔法を受けてシャルティアは消滅していった。

 

(今のは…アウラのスキルか)

 

アウラがスキルを発動してシャルティアの動きを一瞬止めたのだろう。はくたくは砂漠の中に歩を進め、シャルティアが残したアイテムを見下ろしている。

 

「なかなか見ごたえのある戦いでしたよ」

「勝っても全く嬉しくないですけどね」

 

(アウラの介入に気付いていないな。これについては黙っておこう)

 

アインズはシャルティアのアイテムを一つ一つ丁寧に拾う。

 

「今後の予定は?」

「シャルティアを蘇生した後に冒険者組合に今回の件について報告に行きます」

「それなら、冒険者組合に行く前に調べたい所があります。デミウルゴスとアウラも連れていきたいですね」

「何処を調べるんですか?」

「シャルティアがここに来る前にいた場所ですよ」

 

 

 

 

 

「この死体を見てどう思う?」

「シャルティアが血の狂乱を発動していたのは確実かと」

 

はくたくの問いにデミウルゴスが応える。シャルティアを蘇生した後、はくたくはデミウルゴス、アウラを連れシャルティアが襲撃した盗賊が塒にした洞窟を調べていた。吸血鬼の脅威が去れば冒険者組合が調査に来るため、その前にここを調べておく必要があったのだ。今いる広場には数十人分の死体が散乱し酸鼻をきわめているがそれにショックを受ける者はいない。死体の数の割に少ない血の量を考えると、シャルティアが殺した相手の血を貯蔵し様々な用途に仕えるスキル<血の貯蔵庫(ブラッド・プール)>を使用していたのだろう。またそれによって血を浴びると暴走する特殊能力<血の狂乱>の狂乱状態になっていた事も確実だ。

 

「私やアインズがお前たちに任務を与える場合、ある程度は各自の裁量に任せてはいるが・・・これは少々遊び過ぎだな」

「あの馬鹿!」

「シャルティアには私から言い含めておきます」

 

何をシャルティアに告げるべきか考えているであろうデミウルゴスの視線は鋭い。

 

(シャルティアが復活してすぐさま「乳が無い」とぬかしたのを聞いて青筋立てていたからな)

 

「今回の調査結果を纏めてシャルティアに説明しておけ。だが叱咤する必要はないぞ。操られてたとはいえアインズと戦った事自体がシャルティアにはショックだろうからな」

「畏まりましたはくたく様」

「それにアインズが言ったように、今回の件はワールドアイテムの存在を予測できなかった我々の責任だ」

 

三人は洞窟を出てシャルティアが冒険者チームを襲撃した地点に移動する。そこには五人の冒険者の死体が転がっていた。

 

「さてここでシャルティアは冒険者を一人取り逃がした訳だがアウラ、何か分かる事はあるか?」

 

アウラが盗賊の塒となっている窪地を駆けあがりある地点でしゃがみこむ。

 

「シャルティアがここで眷族の<吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)>を召喚していますね。取り逃がした人間を追う為かな?」

「その兼属はどうなった?」

「全て滅ぼされちゃってますね。場所はアインズ様が戦った所です」

 

わざわざ出向いて調べてはみたが分かった事は殆ど無い。明らかになったのはシャルティアがこの手の任務には不向きだという事くらいか。

 

「デミウルゴス、シャルティアの記憶が欠落している為わざわざここを調べた訳だが、シャルティアが洗脳される前に何が起こったと思うかこたえよ。推測で構わん、情報が少なすぎるからな」

 

デミウルゴスは一枚の羊皮紙を手にしている。冒険者組合からアインズが提供させたブリダの供述書だ。

 

「アインズ様が冒険者組合から引き出した情報とこの場の状況を考えるに、シャルティアは我々と敵対していない何者かと偶然の遭遇の結果ああなったというのはどうでしょうか?もちろん敵対者が精神支配を仕掛けた可能性も否定できませんが」

「それはシャルティアがこの森にいた時に、偶然ワールドアイテムを持った者も同じくいたという事か?」

「はい。精神支配後の対応を考えると、シャルティアが冒険者を始末すべく放った眷族がここを何か別目的で通過していた者を襲い、兼属を滅ぼされたシャルティアがその者たちを襲い防衛目的でワールドアイテムを行使された、という可能性もあります」

「ああ…」

 

有り得ない話ではない。敵対者が仕掛けたのならばシャルティアを洗脳した後の対応が不自然すぎた。第三者がワールドアイテムを防衛目的に使用しシャルティアを無力化した後に撤退、というのは精神支配したシャルティアを放置したという事を考えると敵対者という想定より説得力がある。そしてデミウルゴスの予想が正しかった場合こちらにとってかなり都合が悪い。血の狂乱で暴走状態のシャルティアを返り討ちにしたのならばむしろこちらの管理責任を問われても仕方がないのだ。心配の種を一つ増やしたはくたくは懐中時計を取り出す。まだまだ考えるべき事はあるが、吸血鬼を撃退した冒険者としてエ・ランテルに凱旋しなければならない時間が迫っていた。

 

「デミウルゴス、この場で分かった事は纏めて後からアインズにも報告しておけ」

「畏まりました」

 

はくたくはデミウルゴスとアウラと分かれアインズ達との合流地点に向かった。

 

 

 

 

 

夕方にアインズ一行が傷だらけでエ・ランテルに帰還し、冒険者組合で報告を終えるとアインズ達は治療と装備の修復を施された後に宿屋での待機を命じられた。翌日、冒険者組合では明朝に帰還した調査隊の報告内容と同行したミスリル級チーム「クラルグラ」の全滅という事を踏まえモモン、ナーベ、ハクの三人をアダマンタイト級冒険者とする事が決定した。正午にアインズ達は冒険者組合へと呼び出され、組合長アインザックと都市長パソナレから感謝の言葉とアダマンタイトの冒険者プレート、墓地でのアンデット騒ぎの解決及び強力な吸血鬼討伐として金貨500枚を受け取った。アダマンタイトのプレートを付けて組合の階段を下りてくる三人をその場に居合わせた全員が注目する。その中には見知った顔もいた。

 

「モモンさん!」

 

ニニャがこちらに駆け寄ってくる。

 

「そのプレート、非常に強力な吸血鬼を討伐したというのは本当だったんですね」

「ええ。そちらはどうなりましたか?」

「アンデット騒ぎも落ち着いたのでペテル達の埋葬も終わりました」

「そうですか。ちょうど良かった、ニニャさんに渡す物があります」

 

アインズは懐からはくたくがクレマンティーヌの心臓を貫くのに使った漆黒の短剣を取り出す。

 

「アンデット騒ぎの首謀者のトドメをこれで刺しました。これを渡そうと思っていたんです」

「そうですか。ペテル達の敵を討ってくださりありがとうございました」

 

短剣を受け取ったニニャが深々と頭を下げる。顔を上げたニニャにはくたくは問う。

 

「ニニャは今後どうするつもりなんだ?」

「王都に行きます。僕は今回の事件で力の無さを実感しました。王都の師匠の元でもう一度魔法について学び直しながら新しく入るチームも探そうと思っています」

「そうか、応援しているぞ。王都に寄る事もあるだろうからその時にまた会おう」

「はい!」

 

アインズ達はそれぞれニニャと握手を交わした後分かれた。

 

 

 

 

 

「しばらく滞在する事になるだろうから先に渡しておく」

 

アインズはエ・ランテル最高級の宿屋「黄金の輝き亭」の受付に金貨を十数枚渡すと替わりに鍵を受け取る。いきなり宿屋に入って来た冒険者に店員や客から向けられた怪訝な顔はアダマンタイトのプレートを見た途端に納得の表情へと変化した。これまでの木賃宿で十分だがアダマンタイトのプレートを持つ者がそのような場所に泊まるべきでないというアインズの提案は正解だったようだ。店員に最高級の部屋へと案内される。部屋を退出する店員に夕食が不要の意を伝え、店員が部屋から遠ざかってからはくたくは口を開く。

 

「あー疲れた」

「そうですね。墓地の事件から休み無しでしたから」

 

アインズが兜を脱ぐ。鎧を解除しないのは、今着ている鎧は魔法で創造した物ではなく実際に鍛冶長に造らせ傷を着けさせたものだからだ。

 

「このプレートを獲得したんだから駆けずり回った甲斐はあります。一つトラブルはありましたが」

 

はくたくは首に掛けられたアダマンタイトのプレートを指で弾く。トラブルという言葉にアインズの目の炎が強まる。

 

「あの場所を調べてシャルティアに精神支配を掛けた不届きものについて何か分かりましたか?」

「シャルティアと接触をした者については何も分かりませんでした。デミウルゴスに纏めさせてるのでそっちから聞いてください」

「そうですか…」

 

アインズの目の炎が弱まる。

 

(時々怖いんだよねこの人)

 

骸骨の顔から表情は読み取れないが内心にはシャルティアを精神支配した者への怒りが燻っているだろう。はくたくは気分転換を提案する。

 

「こういう時は考え込んでも仕方ないです。ナザリックに帰って風呂に入って気分転換しましょう!」

 

アインズは少し考えてから頷く。

 

「それもそうですね。8階層の銭湯に一緒に行きませんか?自分はああいう所に行った事がないんですよね」

 

はくたくは膝を叩く。

 

「それならそうしましょう。ナーベラルは誰かが我々を訪ねてきてもいいようにここで待機しておけ」

「はっ」

「それでははくたくさん行きましょう」

 

アインズが<転移門(ゲート)>を発動し、二人は転移門の中へと消えて行った。



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四巻目
攻勢準備


色々あって創作意欲が減退してましたが復活しました。
おのれスカイリムとFALLOUT4


「…よし」

 

シャルティアの一件から数日後。アインズはナーベラルと共に冒険者モモンとしてナザリックを離れている。一方はくたくはナザリックの自身の居室にいた。そこで何をしているのか。彼は巨大な鏡の前に普段付けている装備を全て外し、装飾のない黒い金属の指輪を付け立っていた。はくたくはその指輪を起動させる。指輪の効果はすぐさま現れた。はくたくの体がグニャグニャと変形し始め数秒後にははくたくがいた場所には一人の人間がいた。いや、その人間には常人と違う所が一か所あった。爬虫類じみた瞳孔の瞳が暗褐色に輝いている。

 

「おお、成功だ」

 

巨大な鏡の前で指輪以外一糸まとわぬ全裸の男は指輪に込められた魔法が成功した事に喜ぶ。はくたくはシャルティアの事件から外部の世界に警戒する必要性をより強く感じていた。そこで一つ思いついたのが、自身もアインズ=モモンのように別の顔を持つ事だ。はくたくは本来の姿でナザリックの外に出ているのでナザリックの者として振る舞う仮初めの姿を用意する。だがアインズと違い人型でないはくたくはアインズのように鎧と幻影魔法で誤魔化すことは出来ない。

そこで<変身(ポリモーフ)>の魔法を使用してみた。指輪に込められた魔法は第八位階<上位変身(グレーター・ポリモーフ)>、効果は対象を別生物への変身だ。通常は人間や亜人が使用し自身を強力なクリーチャーやエレメンタルに変身して自身を強化する魔法だ。今回は逆に魔獣であるはくたくを人間に変身させた。変身系魔法はデータクリスタルによって変身後の姿をある程度カスタマイズできる。はくたくはパンドラズアクターに宝物殿からこの指輪を探させる時にギルドメンバーが残したデータクリスタルからモモンの幻影魔法の顔と似た人種のデータが込められたものも持ってくるように頼んでおいたのだ。

今回使用したデータは細身で筋肉質の長身。精悍な顔はこの世界の人間ならばモモンの幻影の顔と同じ南方の出と分かる特徴を備えている。現実の顔を元にしたモモンの顔と比べていささか美系ではあるが。眼球が魔獣の頃のままというのは想定外だがおそらくデータクリスタルに目は弄らないとでも記述されていたのだろう。

はくたくはさっそく人間の姿を取った自身を調べる。

 

「これで一時的に人間に戻れた、という訳じゃないようだな」

 

人間の体になってまず感じたのは四肢のバランスの違いと尻尾の喪失から来る違和感。はくたくの『基本』は魔獣の姿であり、今はそれを無理やり捻じ曲げた形でしかないということか。

 

(魔法一つで人間になれるなんて都合よすぎるか)

 

いつまでも裸でいる訳にもいかないのではくたくは用意していた服を着る。その上にいつもの防具を装備すれば南方から来た軽装戦士がそこにいた。

 

(目は…タレントのせいだとでも言い張ればいいか。それにしてもここまで人間っぽくなれるなら魔獣として表に出たのは失敗だったなあ)

 

はくたくは人間への変装が想定より上手く行ったという事実から自分の浅慮を恥じる。これならば人間の冒険者として表の世界に出て行った方が色々と都合が良かっただろう。だが終わったことは仕方がない。気持ちを切り替えはくたくは後ろで待機しはくたくを見守っていたパンドラズアクターへ労いの言葉を掛けた。

 

「モモンと並んでも問題ない風貌のデータクリスタル。宝物殿の膨大なデータクリスタルの中から適切な物を選ぶとは流石だ」

「その様なお褒めの言葉を戴き恐悦至極です」

 

パンドラズアクターは労いの言葉に大仰な礼を返した。至高の四十一人からの労いの言葉はナザリックの者にとって最高の褒美なのだ。

 

はくたくはパンドラズアクターを下がらせると早速仕事に取り掛かる。蜥蜴人(リザードマン)の村へ侵攻する兵の編成と段取りを決めなければならないのだ。

 

 

 

 

時は少し戻り、シャルティアを蘇生させた時の事だ。ナザリック強化計画に取り掛かると宣言したアインズにアルベドが提案したのだ。人間の死体では低レベルのアンデットしか生成できないならば、亜人種のリザードマンならばどうでしょうか。リザードマンの集落を攻め滅ぼして死体を集めましょう、と。

 

(アライメント極悪は流石だったな…)

 

アルベド提案を受けてすぐさま<伝言>会議を行った二人は強化が必要とはいえ、いきなり侵略行為に出るのにはNOということで共通見解を得た。二人が否定的な意見を述べて誘導しようとするも守護者統括はそれを上回るメリットを示すことで自らの提案を強化していく。

困り果てた二人だがアルベドと同等の知力を持つデミウルゴスが助け船を出した。リザードマンの集落を襲撃するのは同じでも目的を攻め滅ぼす事から支配する事にすればいいと。ナザリックの強化として幾つもの力を束ねる、場合によってはナザリック外の何かを支配する時が来るだろう。その際に上手く統治するための実験場にしてはどうかと。アンデット化の素材も侵攻の過程で確保できる。これにはアルベドも反論できない。アルベドは自身の提案とデミウルゴスの提案好きな方を選んでくださいと後退せざるを得なかった。当然二人はデミウルゴスの提案に飛びついた。

 

侵攻部隊の編成はアインズからはくたくに一任された。冒険者組合からの依頼ではくたく向きでない任務の間にそれをする時間がある事に加え、はくたくはナザリック内ではいわゆる「タカ派」に属していたからだ。はくたく自身はそう思っていなかったが能力の関係上ギルドが責める時にはほぼ出張っていた為、ナザリック内では防衛や生産よりも攻撃に長けた者たちと親しかったと言うのは事実ではあった。編成にあたってアインズから幾つか条件が課されている。

 

侵攻担当はコキュートス。守護者の中でナザリック防衛以外の命令が与えられていない彼を抜擢する。次に部隊指揮官の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を除き自然湧き(ポップ)するアンデットで構成する事。ノーコストで出せる兵にどれだけの戦力があるかの評価の為だ。最後にリザードマンを圧倒しない程度の戦力である事。コキュートスが本来の役割で無い役割を果たせるか確かめるためだ。物量で押しつぶすだけなら誰にもできる。この敵が善戦するくらいの戦力と言う所ははくたくを悩ませた。

 

(リザードマンの集落ってどれくらいの戦力なんだ?)

 

アウラの報告書を読んでも湖周辺に複数リザートマンの集落がありますよとしか分からない。向こうの戦力が分からなければどれだけの兵が必要かわからにではないか。はくたくは少し考えた後に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を起動させた。遠隔視の鏡を湖に向けリザードマンの集落がある地域を映しだす。村の一つに焦点を合わせそこにいるリザードマンの数をざっと数える。数え終えると次の集落に焦点を合わせる。全ての集落を見て回りはくたくはリザードマンが全ての集落を合わせても1500匹は越えないと判断した。

 

(軍の戦闘力は武器性能×兵員数だったっけ?)

 

どの集落にも森司祭(ドルイド)らしきリザードマンがおり、こちらは指揮官のエルダーリッチ以外は魔法が使えない。こちらは獣の動死体(アンデット・ビースト)骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)という機動戦力が使える。こちらの個々の戦闘員は知性を持たない。双方の有利不利を踏まえると武器性能はほぼ互角と判断した。はくたくはそれら勘案しつつコキュートスが月並な指揮で勝利したとし、その後も部隊が作戦可能な損害に収まる兵力は幾らかを計算する。

 

(うーん、少なめに見積もって3750、多めに見積もって4500あれば大丈夫かな)

 

はくたくは適当な情報収集で見積もった必要兵数である事、防衛側が地勢に詳しく有利である事、別にコキュートスの敗北が見たい訳でもないという事で4500の兵を与える事にした。次は兵科だ。ぱっと思いつくのは歩兵と騎兵による包囲戦術、陽動部隊と伏兵による挟み打ち戦術、アンデットである事を有効活用した同士討ちを無視する弓兵やエルダーリッチによる射撃戦術。兵科はコキュートスがどのような戦術を取ってもいいように歩兵弓兵騎兵、複数種類のモンスターで構成する事にする。はくたくは無い頭でどうにか軍勢の内訳を絞りだした。

 

 

 

 

リザードマン攻撃部隊

担当 コキュートス

動死体(ゾンビ)1800体

骸骨(スケルトン)1800体

獣の動死体(アンデット・ビースト)350体

骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)200体

骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)350体

部隊指揮官死者の大魔法使い(エルダーリッチ)1体 護衛血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)2体

 

りざーどまんに1週間の猶予を与えその後集落を一つづつ攻め落とし配下に置く。彼らがバラバラに抵抗するなら個別に攻め落とし、一致団結するならば一度の会戦によって決着を付ける事。

 

 

 

 

(こんな物でいいだろう)

 

はくたくは部隊の内訳と上記の支持を紙に書きつけた。これをアルベドが確認し問題なければそのままアインズに決を求める。アルベドが問題ないと考えればアインズもはくたくの案を追認するだろう。はくたくは改めて内容を確認する。これが自分の手を離れれば一つの民族の運命が大きく変わるのだ。確認し終えたはくたくは覚悟を決め部屋に待機しているメイドを呼んだ。

 

「これをアルベドの所へ」

 

賽は投げられた。




軍事記述はスーパーににわかです。
それは置いといて疑問なんですが、ファンタジー世界で三兵戦術や諸兵科連合やランチェスターの法則の概念って通用するんでしょうか。
ランチェスターの法則は

昔ながらの戦いの第一法則 Ao-At=E(Bo-Bt) (軍の戦闘力)=(武器性能)×(兵員数) 
近代戦の第二法則 Ao×Ao-At×At =E(Bo×Bo-Bt×Bt)  At =√(Ao²-Ex(Bo²-Bt²)) (軍の戦闘力)=(武器性能)×(兵員数)²

AoはA軍の初期の兵員数
Atは時間 t におけるA軍の残存する兵員数
BoはB軍の初期の兵員数
Btは時間 t におけるB軍の残存する兵員数
Eは武器性能比(Exchange Rate)=(B軍の武器性能)÷(A軍の武器性能)

だったはずです。多分。ファンタジー世界だと多分武器性能Eの値が滅茶苦茶になりそうですね。雑兵が何万いようがEの値がぶっ飛んだアインズは独りで皆殺しちゃぶ台返しが出来る訳ですから…


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支配

「お前たちを支配下に置く事にした。さりとて無価値な物は不要。一週間の猶予の後に軍を差し向けるからそれと戦い自らの価値を示せ」

 

おおむねその様な意味のメッセージを伝える先触れを蜥蜴人(リザードマン)の集落にを送ってから一週間がたった。その間アインズが冒険者組合から請け負った仕事の途中にトブの大森林に封印されていた魔樹を討伐するという事件があったものの、それ以外には特に何もなかった。魔樹ザイトルクワエはこの世界では文句なしの世界の危機ではあったが、階層守護者達の前では只のサンドバッグでしかなかった。湖ではリザードマンが一つの村に全集落から集まり防御を固めている。彼らは各個撃破されるよりも一致団結することを選んだようだ。こちらとしても手間が省けて嬉しい事だ。

 

はくたくは自身の居室で展開しつつあるアンデットの軍勢を遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で眺めていた。コキュートスからはアウラが建設中の要塞での観戦を勧められたが断わった。指揮に口を出さなくとも自身の評価をする人物が近くにいては指揮官の邪魔になるだろう。はくたくはこれから始まる戦闘に内心かなり興奮していた。アインズ・ウール・ゴウンは少数精鋭ギルドであるからしてこのような大規模部隊対大規模部隊と言う戦闘は初めての体験なのだ。これからの展開を予想しているとアンデット軍の布陣が終わり、リザードマンも村から出撃を始めた。戦闘開始だ。

 

 

 

 

 

リザードマンとアンデット軍が戦闘を初めて2時間後、沼地にはアンデットの屍が散乱していた。敗北。完膚なきまでの敗北である。アンデッド軍は指揮官のエルダーリッチを滅ぼされ撤退、残存兵力は全部合わせても1000体にを切る一方、リザードマンの死傷者は100に満たない。

 

「・・・以上だ」

「敗北、それも完敗だなコキュートス」

「ハッ!」

 

玉座の間にアインズとはくたく、階層守護者、高位のシモベが集められていた。シャルティアの裁定とデミウルゴスへのねぎらいが終わり、コキュートスの番となった。はくたくの状況説明の後、アインズは今回の会戦は我々の敗北だとコキュートスに告げる。頭を深く下げるコキュートスの巨体は一回り縮んで見えた。

 

「此度ノ戦ノ敗北、誠ニ申シ訳アリマセン。責任ハ―」

 

謝罪の言葉を続けようとするコキュートスをはくたくは手で押さえる。

 

「謝罪する必要はない」

「シカシ―」

「二度も言わせるなよ。謝罪の必要はないと言ったんだ。顔も上げろ」

「ハッ!」

 

コキュートスは顔を上げた。はくたくはアインズと話し合っておいた今回の戦の意図を説明する。

 

「今回の戦、始まった時点そもそも勝ち目は薄いと思っていたからな。勝ち負けは端からどうでも良かった」

 

コキュートスや守護者達ははくたくの言葉を理解しかねているようだ。アルべドとデミウルゴスはそうではないようだが。はくたくは言葉を続ける。

 

「コキュートス、お前はナザリックを守るために創造された、そうだな?」

「ソノ通リデス」

「ナザリックを守る戦士として創られた。今回のように軍を指揮する者としてではなくな」

「ハイ」

「ということは今回の任務はお前にとって未知ことだった。慣れぬ事を何のアドバイスもなくやらせれば失敗するのは当然。それが謝罪が要らない理由だよ。…無論お前が問題なく任務を果たしてくれると期待もしていたが」

 

守護者達はまだ納得いかないと言った感じだ。はくたくにコキュートスは当然の問いをする。

 

「ナラバ何故私ニ軍ノ指揮ヲ任セタノデスカ?」

「質問に質問で返して悪いがコキュートス、今回の結果から何を学んだ?勝つには何が足りなかった?」

 

コキュートスはしばし考え、自らの足りなかった点を述べた。

 

「リザードマンノ実力ヲ侮ッテイマシタ。モット慎重ヲ期スベキダッタカト」

「敵を侮る、強者の悪い癖だな。他には?」

「情報不足ダッタカト。相手ノ戦力、地形。ソウイッタモノガ不確カナ状態デハ勝算ハドウシテモ低くナルト思イ知リマシタ」

「『彼を知り己を知れば百戦して殆うからず』だな。情報収集は大切だ。斥候を出すなり、魔法で調べるなりすべきだったな」

「指揮官ノ不足モ問題デシタ。低位ノアンデットデスカラ、臨機応変ニ対応デキル存在ヲ付ケル存在ヲ付ケルベキデシタ」

「下士官というのだったかな?それが居なかったと。他にはあるか?」

「リザードマンノ武器ヲ考エ、動死体(ゾンビ)ヲ主ニブツケ疲労ヲ誘ウ、モシクハ個別ニ動カサズ全テヲ一度ニブツケルベキデシタ」

「なるほどなるほど。それ以外にはあるか?」

「申シ訳アリマセン。今スグ思イ付ク事ハ以上デス」

「色々学んだようだな。それではもう一度似た事を任せた時に同じ失敗は繰り返さないな?」

「絶対ニ!」

 

はくたくはコキュートスの決意に頷く。

 

「我々が何故お前指揮を任せたのか?だったな。…我々は強い、だが経験を積み更に強くなる事が出来る。それをお前たちに知ってもらいたかった・・・これが応えになるかな」

 

守護者達に理解の色が広がっていく。それを確認にしたはくたくはアインズにバトンを渡す。

 

「では今後の予定について頼むアインズ」

「ああ。守護者達と私、はくたく全員で出撃だ。兵としてナザリック・オールドガーダー、エルダーガーダー、マスターガーダーを動員させろ。カルガンチュアも出せ。明日、リザードマンの度肝を抜いてやろうではないか」

 

 

 

 

「「あー」」

 

アインズとはくたくはアインズの居室で二人きりになるや演技を止めた。はくたくは椅子にもたれかかりアインズも執務机に突っ伏している。アインズは冒険者として常にワールドアイテムを使ってきた者からの接触を警戒し、はくたくはナザリックに居る時はあったものおのナザリックでアインズから頼まれたナザリックの運営代行にリザードマンの統治準備などで休む暇はなかった。こちらに来てから一カ月と少し、二人に休養日は無かった。

 

「これが終われば一息つけますかね?」

 

突っ伏したままアインズが呻く。

 

「冒険者としての地場は確保できましたしきっと休めますよ。ちょっとやりたい事もありますしね」

「何をやりたいんですか?」

 

はくたくは一枚の報告書を取り出す。セバスが王国で見聞きした事が書かれたものだ。そこには帝国首都に闘技場があると書かれていた。

 

「人間に変装して帝国の偵察に行こうかと思っています。ついでに闘技場で外貨獲得ですね」

「ああ、いいですねそれ」

 

二つ返事でアインズが応える。まだ机に突っ伏したままだ。

 

「シャルティアへの罰どうしよう…」

「ギルド長が考えてください」

 

はくたくはアインズの悩みを受け流す。

 

「えー…あ、はくたくさんはデミウルゴスの言っていたアベリオンシープって何か分かります?自分は合成獣(キマイラ)の一種かと思うんですが」

「いや、全然分かりませんね。皮の現物を見れば何か分かるかもしれませんが」

「持ってますよ」

 

アインズは一枚の羊皮紙を机から取り出し投げた。それを受け取ったはくたく羊皮紙を観察する。

 

「うーん…」

 

(モンスターの革だからもっとゴワゴワしてるかと思ったが柔らかいな。むしろ普通の家畜、羊や牛の羊皮紙に近い)

 

見た目では分からない。ならば匂いだ。加工されて薄くはなっているが僅かに元の生物の匂いがあるだろう。羊皮紙を鼻に近付け匂いを嗅ぐ。

 

(・・・・)

 

羊皮紙の匂いから導き出される答え。だがその動物(・・)な訳がない。その筈がない。はくたく羊皮紙を爪で裂き口に放り込む。そして羊皮紙の味で確信した。

 

(おいおい嘘だろデミウルゴス。羊と言ったじゃないか。両脚羊…両脚羊…)

 

頭の中で両脚羊と言う語句を反芻する。そしてギルドメンバーが悪ノリで語っていた知識の一つにその語句が出てきた事を思い出す。聖王国産両脚羊とはつまり…

 

「嗅いだ事の無い匂いと味ですね」

「はくたくさんにも解らないとなるとこの世界特有のモンスターでしょうね」

 

嘘をつく。アインズに告げるかどうかはデミウルゴスを問いただしてからだ。頭の中の予定に一つ書き加えておく。

 

(何かが一つ片付いたと思ったら一つやることが増えるのにはうんざりだ…)

 

 

 

 

 

リザードマンの村近くの湿地に二つの巨石。片方にはアインズと守護者達が並び、もう一つの巨石には本来の大きさのはくたくが腰かける。背後にはアンデットの大軍だ。巨石の下には二匹のリザードマンが這いつくばっていた。アインズがリザードマンに話しかけた。

 

「我々の実験への協力、感謝する。お前たちは自らの価値を証明した。我々の支配下に入る事を許そう。さりとて君たちも敗北した相手の支配など受けたくないだろう?だから今から四時間後に再び攻めるとしよう。攻め手は一人。私の信頼出来る側近だ。もし君たちが彼と戦い再び勝利したならば、我々は君たちから完全に手を引くし、被害に応じた謝罪金も支払おうじゃないか」

 

(おーえぐいえぐい)

 

はくたくは内心毒づく。自分たちがやることは客観的に見れば酷い。必要ではあるが。

 

「降伏を…」

 

絶望がにじむ声でザリュースと名乗ったリザードマンが声を絞り出す。

 

「戦わずして降伏などつまらない事を言わないで欲しい。勝ち逃げじゃないか?」

 

はくたくはアインズの言葉に付け足す。

 

「一種の通過儀礼(イニシエーション)だよ。やらない訳にはいかない」

「話は以上だ。四時間後にたっぷり楽しんでくれ。湖の氷は暫くしたら解除しておこう。ではさらばだリザードマン。<転移門(ゲート)>」

 

アインズが別れを告げ転移門に消えると守護者達もそれに習いリザードマンに別れを告げてから転移門に消えていく。はくたくが体を縮め最後に転移門の前に移動する。はくたくは転移門を潜る前にリザードマンの方に振り返り小さく告げた。

 

「戦うのは五人でいいぞ」

 

被害は最小限に。リザードマン二人が言葉の意味を理解したのを確認してからはくたくは転移門を潜った。

 

 

 

 

 

アウラが建設中の要塞にアインズ達は引き上げた。要塞の一室でアインズはシャルティアを四つん這いにさせ、その上に座っていた。はくたくは微妙な表情でそれを見る。

 

「…それが考えていたシャルティアへの罰?」

「はい」

「…辛くないかシャルティア?」

「全然苦しくありません!それどころかご褒美です!」

「お、おう」

 

(罰どころか喜んでるじゃないか。原因は…ペロロンチーノだな)

 

形は一応罰にはなると納得し、はくたくは自らが座る玉座を撫でた。デミウルゴス特製全てが骨製の玉座の二つの内の一つだ。少々趣味が悪いが出来も座り心地もいい。一部に人間の骨がありそれがどこで取れたかを考えなければの話だが。

 

「日曜大工が趣味とは知らなかったぞ。いい出来だ」

「お褒め戴きありがとうございます」

 

デミウルゴスが恭しく頭を下げる。アインズに今後について聞く。

 

「この後はコキュートスがリザードマンと戦って終わりで?」

「そうです」

 

(只の公開処刑になるだろうな)

 

 

 

 

 

「見事な戦いぶりだった」

「アリガトウゴザイマス」

 

奇跡が起こる訳もなく、コキュートスと戦った五人のリザードマンは討死した。

 

「それでは今後の統治はコキュートスに一任する。コキュートスから支援要請があれば協力せよ。コキュトス、リザードマンにナザリックへの忠義を植え付け、英才教育を施すのだ。詳しい方法はお前に一任する。協力が必要な時は何時でも頼ってくれ」

「畏マリマシタ。ソレデアインズ様。アノリザードマンハドノヨウニ処分サレルノデスカ?」

「あのリザードマン?」

「ハッ。ザリューストシャースリュート言ウ者デス」

「ああ。死体は回収しスキルによらないアンデット作成手段の実験に使うつもりだ」

「――ソレハ惜シイカト」

「どういう訳だ?」

「彼ラニ強者ニモ怯マヌ、強者ノ輝キヲ見マシタ。アレハ材料ニスルニハ勿体ナイカト。替ワリニ死者ノ復活ニ関スル実験ニ使用シテハイカガデショウ?」

「ふむ…」

 

アインズは少し考え込み、その間にはくたくと<伝言>で話し合う。

 

『はくたくさん、コキュートスの提案どう思います?』

『悪くないと思いますよ。実験もできますしリザードマンも驚かせます』

『実験をもう少し利用できそうなんですよね…』

 

アインズがコキュートスに問う。

 

「リザードマンに代表となる者はいるか?」

「白イリザードマンガオリマス。ドウモ森司祭(ドルイド)ノ力ヲ持ツヨウデス」

「あれか!そうか、なるほど・・・」

 

白いリザードマンははくたくにも記憶にあった。少し前にリザードマンの村を覗いた時に、今蘇生を検討しているリザードマンとの交尾を見せつけてここの空気を凍らせたメスのリザードマンの事だろう。

 

『白いリザードマンと蘇生するリザードマンはつがいで間違いないですよね?』

『現場を見ましたからね。間違いないと思います。』

『彼女に夫を蘇生する引き換えに同族が裏切らないか監視をするように頼めますかね?』

『それは…』

 

取引した場合と、取引せず蘇生だけした場合。はくたくは両方のメリットを比較し、答える。

 

『悪手と思いますね。アレだけ脅しておけばリザードマンに反抗する気はないでしょう。外部から反乱を唆される可能性はありますが…幸いあの集落は他の勢力からは孤立していますから、我々が外部との接触を管理すれば問題ないです。よって起こる可能性の低い反乱を抑えるために取引するよりは、タダで蘇生して彼らに恩を売る方がいいと思います』

『そうですか…なら取引は無しで行きます』

 

「白いリザードマンを連れてくるまでにどれくらいかかる?」

「オ許シヲ。ソウ仰ラレルト思ッテ、近クノ部屋ニ呼ンデオリマス」

 

アインズとはくたくは顔を見合わせ、次にデミウルゴスに顔を向ける。デミウルゴスは顔を軽く横に振る。

 

『凄い成長ですよこれは』

 

はくたくはアインズの言葉に頷く。

 

『男子三日会わざれば刮目して見よ、って奴ですね』

 

「では、この部屋に連れてくるんだ」

 

 

 

 

その後はリザードマンを蘇らせたアインズは神のごとき扱いというのもあって問題なくリザードマンに支配は受け入れられた。次の日、ひとまず必要な人員や物資の手配を終えたはくたくはデミウルゴスと設置された転移ゲートの前にいた。この先はデミウルゴスが運営する「牧場」に繋がっている。

 

「特にお見せする様なものは得にございませんが」

「そう謙遜するな。使用に耐える羊皮紙の確保、見事な成果だぞ。お前が運営する「羊」の牧場に興味が湧いたのだ。羊皮紙の加工をする者達もねぎらってやらねばな」



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牧場見学

人間牧場~?何の事かな~?


ナザリックから南西、法国と聖王国の間のアベリオン丘陵。この荒野では無数の亜人種部族が群雄割拠し争っている。そういった部族の一つ、オーク部族の曲がり牙<クルックド・タスク>の集落。

 

オーク達の住居である天幕の中に一つだけ巨大な天幕が張られている。放浪する種族であるオークに似合わないその天幕の重厚な造りはオーク達が設営した物ではない。デミウルゴスがナザリックから持ち込んだものだ。デミウルゴスはこのオーク部族を支配下に置き、この地での魔王作成や牧場経営の為に使役している。

 

 

 

 

その巨大天幕の内幕。中央に二つ設えた純白の、骨で出来た玉座の一つにはくたくは座している。その横にはデミウルゴス。周囲にはデミウルゴス配下の悪魔たちが跪いている。

 

「ふう・・・」

 

はくたくは座ったまま、牧場で見て来た事を脳内で反芻する。皮の加工、屠殺と給餌、そして交配。精神が変化したおかげで『羊』が責め苦を負わされる様を見せられようが、はくたくには何の良心の呵責もなかった。『羊』の皮を剥ぐのも林檎の皮を剥くのと差は無い。だが最後に見た交配には表には出さなかったものの、内心動揺してしまった。

 

(ペロロンチーノさんのお勧め作品にああいう作品もあったけど、実際やってるのを見るのはキツいな…しかしどうやってコレを軌道修正するべきか…)

 

聖王国産両脚羊の羊皮紙に込められる魔法は第三位階までの為、攻撃魔法を込める用途には向かない。しかし、低位階魔法には<伝言>を筆頭にナザリックの活動を円滑にする魔法が多い。そのため低位階用羊皮紙は需要が高く、その補給はナザリックの早急に解決すべき重要問題だ。両脚羊の羊皮紙が供給されれば、ナザリックの補給問題の一つが解決する。

とはいえ罪のない『羊』を問答無用で誘拐し、治癒魔法を使用した拷問に近い収穫を行うのはさすがに抵抗がある。はくたくの感性は問題無しと言っているが、人間だった時の理性は否と言っている。それにこの牧場をナザリックが運営しているという事実を、人間種プレイヤーが嗅ぎつける可能性もある。デミウルゴスが証拠を残すヘマをするとは思わないが、大規模な誘拐を隠し通すのにも限度はある。

 

(かといって羊皮紙の補給を止める訳にもいかない。露見の可能性と露見した時のリスクを少なくするしかないか。となると、羊の調達先を変えるのが手っ取り早いかな…)

 

「はくたく様、気分がすぐれませんか?やはり交配場を見るべきではなかったかと」

 

長考するはくたくにデミウルゴスが伺いを立てる。

 

「ん?ああ、問題ない」

 

(さて、どう誘導したものか…)

 

はくたくは暫く考え、デミウルゴスに話しかける。

 

「低位階の羊皮紙の補給はナザリックの重要課題、よく解決してくれた。しかし皮肉だな。羊皮紙を扱う者が羊皮紙に向いているとは」

「全くその通りではくたく様」

 

デミウルゴスが笑みを強くする。この牧場はデミウルゴスの趣味と実用を兼ねているのだから笑みも強まるというもの。

 

「あの『羊』は聖王国から仕入れてきているのだな?」

「はい。潰して肉にして不足した分は聖王国から連れてきています」

「証拠を残すような事はしていないだろうが、万が一牧場について我々と同等の実力を持つ人間が嗅ぎつけた場合は?」

「問題ありません。ここで行われることは全て、アインズ様が倒す事になる『魔王』が責任を被る手配になっております」

「そうか」

 

(自分が心配するような事はデミウルゴスなら対策を立てるよね)

 

「だが、魔王の登場とアインズの討伐のタイミングは我々で握っておきたい。この牧場がより露見しにくいようにしなければな。デミウルゴス、『羊』の仕入れ先を変える事は可能か?」

「と、いいますと?」

「このあたりの国家は支配領域の治安を確保出来ていない。至る所に盗賊や山賊、野盗、追いはぎの類がいる。そういった集団から『羊』を仕入れることは可能か?」

 

デミウルゴスは逡巡の後に答える。

 

「可能です」

「ならばその様に取り計らえ。人間は現実の全てが見えるわけではなく、その多くは自らが見たいと思う現実しか見ない。犯罪者が消えた結果には彼ら自身が勝手に都合のいい理由を思い付くだろうさ」

「ではそのように致します。仕入先を切り替えるとして、今飼育している家畜はどうなされますか?」

「そうだな…」

 

アレを解放する事は出来ない。であれば哀れな羊に残された道は一つしかない。

 

「無駄にせず大切に使い潰せ」

「畏まりました」

「異種交配はそうだな…アレを担当している悪魔は誰だ?」

 

デミウルゴスは一体の悪魔を指し示す。

 

「あちらのサキュバスです」

 

はくたくは指し示されたサキュバスを手招きする。

 

「私が異種交配の実験を担当しています」

 

一歩進み出たサキュバスの美しい美貌は緊張に凍りついている。

 

(あそこに妊娠している『羊』はいなかったからな。成果を出せなかった事を問い詰められると思っているのだろう)

 

「そう堅くならないでいい。で、今からいう質問には率直に応えてほしい。どう答えても罰したりはしない」

「は、はい」

「それなりの期間実験を行っている訳だが、その…しかるべきタイミングに実験を行っても成功しなかった訳だな?」

「その通りです。父親と母親の種族を入れ替えた場合でも交配に失敗しました」

「分かった。下がっていいぞ」

 

(冒険者組合でハーフエルフやハーフドワーフはいると聞いたんだけどな。種族の差があり過ぎると失敗するのだろうか?)

 

「デミウルゴス、これは推測だが人間種や亜人種の異種交配は、近しい種族間で無いと成功しないのではないか?人間ならば近縁種の人型種族、亜人ならば近縁種の亜人種族とのみ交配が可能なのではないだろうか」

「その可能性はあります」

 

(デミウルゴスはまだ実験を続ける気だな)

 

「ならば、成功率の低い事に手を掛ける事は無い。その分のリソースをよりよい革を探す事に裂いたらどうだ?」

「しかし…」

「続ける利点があるのは分かっている。それでも中止せよ」

 

利点を挙げようとするデミウルゴスを制する。デミウルゴスが成功の見込みが少なくても『羊』の実験を続ける理由がある事ははくたくにも分かる。

 

(もしオークと『羊』の異種交配種が生まれて繁殖に成功したら、その種の起源を隠蔽してしまえば『羊』から非難される心配が無くなるものな。『羊に似た何か』を心配する余裕は『羊』に無いだろうし。でも、そういう事にあまり手を付けたくは無いな)

 

「ナザリックの進む道の前に人間やそれ以外の種族が掲げるつまらん規範や道徳が立ちはだかろうと、自分やアインズはそれを障害とは思わない」

 

ならばナザリックの利益になる実験を何故中止させるのか。デミウルゴスや跪く悪魔達に疑問が浮かぶ。

 

「何故中止するかと思っているのだろう?何故なら、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンは」

 

一旦言葉を切る。

 

悪ではあるが残酷ではない(・・・・・・・・・・・・)、からだ」

 

(これでどうだ?)

 

ユグドラシル時代、ギルドは設立の経緯からしてPKよりもPKKが多く、売る喧嘩よりも売られた喧嘩の方がはるかに多かった。むろん正当防衛ではなく過剰防衛の類が多かったが。悪のロールプレイ集団ではあるが悪質プレイヤー集団ではなかった。間違ったことは言っていない筈だ。

はくたくはここに来る前に考え、デミウルゴス達を説得する為にひねり出した言葉が期待通りの効果をもたらすように祈る。次第にデミウルゴスと悪魔たちに理解の表情が広がっていく。デミウルゴスが丁寧に頭を下げる。

 

「仰せの通り、交配計画は中止いたします」

「分かってくれたようだな」

 

(モモンガさん程じゃないが、支配者ロールプレイも出来そうだな)

 

はくたくは胸を撫で下ろす。

 

「つまらぬ理由ではくたく様のご判断に異を唱えた事をお許しください」

「デミウルゴス、謝る必要は無い。お前が異を唱えたのもナザリックの利益を思っての事だろう。それの何処に責を問われる故があるのか」

「そう言っていただき有難く存じます」

「うん。そういえば気付いたのだが」

 

はくたくは話題を切り替える。

 

「『羊』の皮を剥ぐ時、魔法で家畜の意識を奪わないのか?お前が手ずから作成した治癒魔法に関する報告書に、治療される側が拒否すれば治癒効果が減退すると書かれていた筈だが。家畜に不必要な苦痛を与える必要は無いだろう…」

 

 

 

 

はくたくはそれ以外にも牧場を見て気付いた点について幾つかデミウルゴスに問い、幾つかの指示を出した。どれも家畜の苦痛を軽減するものだった。

それを終えると、はくたくは玉座から立ち上がる。

 

「ここで確認すべき事は終わった。私はナザリックに帰還する」

 

はくたくは転移門に向かった。

 

 

 

はくたくは転移門を潜る前に振りかえり、見送りに来たデミウルゴスに何のことは無いといった風に告げる。

 

「ああ、アインズはこの牧場が飼っているのは混合獣(キマイラ)だと思っている。いいな?」

 

デミウルゴスは、はくたくの言葉が意味する所を察する。アインズは知っているが知らない。

 

「承知いたしました」

「よし。では今後も忠義に励めよ」

「はっ!」

 

はくたくはナザリックへの転移門を潜った。

デミウルゴスははくたくが転移門に消えた後も礼を崩さず、暫く経ってから任務に戻った。

 

 

 

 

これから暫く王国と帝国では街道での犯罪被害が激減する。市井の多くの者はその事に気付かず、また気付いてもそれを不審には思わなかった。日々を忙殺される多くの者にとって、被害が増えるのではなく減るという事に気を裂く余裕は無かった。治安関係者が不審に思うも、調査報告からは犯罪者の塒がもぬけの空になっている事が分かるのみで、それがなぜ起こったのか、何を意味しているか理解する者はいなかった。

 

ある一人を除いて。




家畜を虐待したら駄目だよね!


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帝都

バハルス帝国の首都アーウィンタール。活気あふれる大通りを周囲の視線が集中する二人組がいた。

二人組の一人は女性。地味な旅装に身を包み、チョーカーと眼鏡を身に付けている。艶やかな黒髪は夜会巻きに纏められている。そして十人が十人振り向くほどの、知的さを漂わせる美貌を周囲に漂わせている。仕立てはいいものの地味な衣装はその美貌を損なう事もなく、かえってその美しさを際立たせている。

 

もう一人は男性。男の身長は百八十センチ前半・歳は二十代前半だろう。黒髪に若干日焼けした健康的な肌は帝国出身ではなく南方の出を想起させるが、暗緑色の目がその男の出自を不明にしている。こちらも女性と同じく地味だが仕立てのいい旅装を身に付けているが、さらに武具を着こんでいる。

 

手甲と足甲を付け、背に長物の斧を背負い、腰には二振りの投げ斧。さらに投げナイフを複数、肩に掛けた革ベルトに固定している。軽装の戦士といった出で立ちだ。

 

多くの見物人は彼らを冒険者とみなしたが、目ざとい者は冒険者が常に首から下げているプレートがない事に気がつき、彼らを冒険者ではなくワーカー、冒険者組合を通さずに汚れ仕事を含む多様な仕事を請負う者たちと予想した。もしくは、闘技場で選手になろうとしている者か。彼らは帝国闘技場がある方向に向かっていた。

 

 

 

 

人間に変装したはくたくは周囲を見回しながら帝都の大通りをゆっくりと進む。隣には冒険者に変装したプレアデスのユリが付き従う。熱気に満ちた街を見回してはくたくはユリに話しかける。

 

「ユリア、帝都はなかなかいい街だな」

「そうですかジョン?特に目を見張るものはあるように思えませんが」

 

二人は本名をではなく、ユリは一字付けくわえてユリア、はくたくはジョン・ドゥ(名無しの権兵衛)から取ってジョンという偽名で呼び合っている。

 

「確かに、我が家(ナザリック)と比べればこの街は取るに足らない場所だろうさ。いい街、というのは少し前に見て来た比較対象(エ・ランテル)と比べて、だな」

 

はくたくは軽く石畳を踏みカツンと音を立てる。

 

「市内や街道の道路がきちんと舗装されている。商業にしろ軍事にしろ道路は欠かせないが、敷石舗装と泥の道では輸送効率が段違いだ」

 

弱兵の王国は敵に利用される事を恐れ街道整備が殆ど進んでいない。強兵の帝国はその心配もなく街道整備を推し進めている。道路を整備すればより早く軍を動かせ、侵攻も防衛も素早く行える。商業を活性化出来るオマケつきだ。はくたくは次に警邏として巡回している騎士を見る。

 

「警邏が巡回し治安もいい。兵士の装備や錬度も王国の衛兵とは雲泥の差だな」

 

王国では衛兵の武装が統一されていなかったのに対し、帝国ではどの騎士も同じ防具と武器を支給されている。それだけ大量の装備を一度に用意できるだけの国力を有している証拠だ。

 

「それに人々の活きがいい。景気が良いのだろうな」

「なるほど。流石ですね」

 

はくたくはぷらぷらと手を振る。

 

「お世辞はよせ。その辺を見て適当に思いついた事を言っているだけだ。うちの内政に詳しい奴(デミウルゴス)に比べさせればもっと気が付く事があるだろう」

「そうですか」

「・・・・」

 

はくたくはユリをまじまじと見る。

 

「何か顔についてますか?」

「いやな、エ・ランテルに連れて行ったお前の妹はもしかしてこういう事(演技)が苦手だったのかなと」

 

帝都に来てから幾つかあった、ナーベラルならば殺気を放ったり演技が崩れそうな場面でもユリは平然としていた。不快感を覚えたかもしれないが、少なくとも表には出していない。呼び名を間違ったり、事前に打ち合わせていた演技から外れる事もなかった。

 

「…妹が何かやらかしたのなら、後で私から言っておきますが」

 

ユリの眼鏡がキラリと光った。はくたくはユリがナーベラルを叱ったら色々と不味い事になる予感がした。

 

「いや、その必要は無い。あれは・・・そうだな・・・」

 

はくたくはナーベラルの不審行動の原因が何かについて思案する。

 

「お前の妹は少し仕事について気負い過ぎなのだ。そのせいで心に余裕がなく、演技が硬くなっている。それに、自分が行きたがる上司(アルベド)が睨みを聞かせている。そんな状況では多少は甘く見てやらないとな」

「そうでしょうか?仕事はきっちりこなすべきと思いますが」

「モモンが言っていたんだが、先日、しつこく言いよってきた貴族を腕を締め上げるだけで追い払ったそうだ。少し前なら手討ちにしてただろう。成長しているのだからもう少しすればヘマもしなくなるだろう。さらにプレッシャーを与えるような小言はもう少し待ってやってくれ」

「分かりました。ジョンがそこまで言うなら仕方がないですね」

 

ユリがふぅと溜息をつき、はくたくは胸をなでおろした。

 

 

 

 

はくたくは闘技場で選手としての登録と説明を受けている。手続きは、試合の中で負った負傷にたいする免責誓約書などこまごました契約書類にサインし、さらに参加出来る競技などについての説明を長々としてから、ようやく終わった。

 

「―――以上で説明を終わります。何かご質問はありますか?」

 

受付嬢が質問を促す。はくたくが聞きたい事は二つ。

 

「今日の出場枠はあるか?」

「少々お待ちください」

 

受付嬢が横に積み上げられている書類をめくり始める。少しして返事が返ってきた。

 

「トーナメント前座の一対一の試合枠が空いています」

「ではそれに参加しよう。それとここには併設の賭博場があると聞いたんだが、自身の勝敗に賭ける事はできるか?」

 

選手は腕に覚えのある者ばかりだから似た事をよく聞かれるのだろう。受付嬢はよどみなく答える。

 

「大丈夫です。ですが、出場者とその関係者は自分が負ける方には賭ける事ができません」

「当然だな」

 

自分で負ける方に賭けてわざと負ける事を禁止するための措置だろう。

 

「質問は以上だ」

「それでは、こちらが登録証のプレートと試合登録の割符です。試合時間の一時間前までにこれを持ってここに戻ってきてください」

「分かった」

 

はくたくはカウンターにおかれた登録証と割符を受け取る。

 

「試合まで少し時間がありますが、どうします?」

「そうだな…」

 

後ろで控えていたユリが尋ねる。さてどうするかと考えるはくたくの鼻が、屋台から漂う匂いを捕えた。

 

「小腹もすいたし観客向けの屋台を回ってみるか」

 

 

 

 

闘技場に併設された賭博場。張り出された午後の対戦表を前に、博徒が熱を持った議論を繰り広げていた。

 

「今回も武王がトーナメント最安牌だな」

「そりゃそうだろうがお前オッズが低くて賭けにならぇよ」

「違いねえ」

 

「おい、午前の魔獣戦闘に出てた<フォーサイト>は何処の冒険者チームだ?帝国のチームじゃないだろ」

「冒険者じゃなくてワーカーらしいぜ」

「ワーカーか。また試合に出るかもしれないし要チェックだな」

 

「おい、このエルヤーと対戦するジョンって奴は誰だ?」

 

ある男が対戦表に記された一つの名前を挙げる。

 

「いや、知らないな」

「登録表に名前がない。だとすると今日登録した新顔だな」

「誰か見た奴いるか?」

「見てない」「俺も」「同じく」

「今日登録した奴なら見たぞ」

 

見たと言った博徒に周囲の博徒の視線が集まる。

 

「どんな奴だった?」「戦士か?魔法詠唱者(マジック・キャスター)か?」

「斧を持っていたから戦士だと思う。あと隣にすげぇ美人がいた」

「美人?」

「ああ。そこらの貴族なんて目じゃねえ美人だ」

「他には?」

「すげぇ量の飯を食ってた」

「・・・はあ?」

「いや凄かったんだって!屋台のメニュー全部食ってたんだ。ありゃ二〇人前はあったな」

「それはすげぇけど、強さと関係ないじゃねぇか!」

「そいつが誰か知らんが、エルヤーの勝ちは変わらんだろうよ」

「<天武>のエルヤーな。アイツ、いけすかないが無敗だからな」

 

直ぐにジョンの名前は忘れられ、別の選手へと話題は移っていく。

もっとも、忘れられたのもそこに一人の美女が現れるまでの事だったが。

眼鏡をかけた美女が賭博場に足を踏み入れた。その余りの美貌に、博徒の視線が彼女に集中する。鉄火場には場違いな美貌を周囲に振りまきながら、美女はカツカツと受付カウンターまで進む。そしてカウンターにずっしりした革袋を置いた。

 

「ここで闘技場の選手に賭けられると聞いたのですが」

「はい」

「トーナメント前座のジョンとエルヤーの対戦で、ジョンの勝ちに賭けます」

「幾ら賭けますか?」

「その革袋に入っている中身全てです」

「えっ」

 

受付が革袋を開くと中には王国金貨がぎっしりと詰まっていた。

 

「お、お客様、額に間違いはございませんか?」

「はい。ジョンの勝ちに王国金貨250枚を掛けます」

 

念を押す受付に当然のように美女は応える。その言葉を聞いた周囲にざわめきが広がる。

 

「畏まりました…では試合後の払い戻しにはこの札をお持ちください」

 

受付から札を受け取ると美女はわき目も振らずに賭博場を出て行った。あの美女と、彼女に金貨250枚を賭けられたジョンとは一体何者なのか。賭博場は彼女が消えた途端、議論が爆発した。

 

 

 

 

『紳士淑女の市民の皆様、栄光ある帝国闘技場へようこそ!午前の部最初の試合はエルヤー・ウズルズ選手とジョン・ドゥ選手のエキシビジョン・マッチです』

 

マジックアイテムで拡大された音声が五万人の観客を収容する円形闘技場に響き渡る。はくたくは持ちあげられた格子戸を潜り、広場へと進み出る。闘技場は異様な熱気に包まれていた。

 

(ユグドラシルのPVP大会とは大違いだな。あれは…もう少し醒めてた。まあこっちでは本物の命と金が賭けられているから当然といえば当然か)

 

はくたくは闘技場の中央へとゆっくり進む。はくたくが中央の指定位置に着くと、向かいには既に対戦相手のエルヤーが試合開始の合図を待っていた。司会が口上を述べている間、手持無沙汰になったはくたくは対戦者に声を掛ける。

 

「これが初試合なんだ。どうかお手柔らかに頼むよ」

「・・・・」

 

エルヤーははくたくの声を無視し、嘲りとも侮蔑とも取れる表情を向けている。

 

(?)

 

はくたくにそういった顔を向けられる理由に心当たりは無い。首を傾げ、もう一度話しかける。

 

「聞えなかったのか?お手柔らかに、と言ったんだが?」

「・・・・」

 

エルヤーは答えない。

 

(なんだコイツ。ちょっとおちょくってみるか)

 

PVPにおいて利用規約に引っ掛からない範囲での挑発はよくあることだ。

 

「何か言ったらどうだおい?耳が聞こえないのか?それとも喋れないのか?」

 

はくたくのあからさまな挑発にエルヤーが反応した。

 

「人間モドキが私に話しかけないでもらいたい。その目と髪と肌。どうせ南方の野蛮な劣等種でしょう?」

 

(ああ、そっちの線だったか)

 

はくたくは眼前の男の態度に納得がいった。この世界の人間は生存領域をモンスターや亜人に圧迫されている。

そのせいか、人間以外に差別感情を持っている者がそこまで珍しくない。ここまであからさまにする人間は少ないが。

 

「これは劣等人種こときが人間様にお声をおかけして申し訳ございませんでした」

 

エルヤーに笑みを浮かべながら慇懃無礼に礼を返す。

 

「・・・二度と軽口を叩けないように切り刻んで差し上げましょう」

 

一見冷静を装っているが、ば内心怒り心頭なのがバレバレである。

 

「おおそれは怖い」

「無敗の私に何時までその減らず口が開けるか楽しみですね」

 

(聞きもしないのにベラベラと喋ってくれるな。初試合が無敗記録持ちとは運がいい)

 

エルヤーが無敗記録持ちならば、ジョンが勝った場合の払い戻し倍率は相当高いだろう。

 

『―――果たしてこの無名の新人選手は無敗記録を誇るエルヤーを破る事が出来るでしょうか?もしくはエルヤーの無敗記録がまた一つ伸びるだけなのか?この一戦目を離すな!』

 

試合開始の銅鑼が大きく鳴らされた。



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帝都2

トーナメント戦の前にある何の事もない前座。無敗を誇る戦士がそれまでのように勝ち星を一つ得、ルーキーが闘技場の手荒い洗礼を施される。その程度の試合になるはずだった。それが今、帝国首都アーウィンタールの闘技場をこれまでにないほど湧かせている。

連戦連勝の強者であるエルヤーの鎧は所々へこみ、体には泥が付いている。一方挑戦者に傷は一つもない。滅多大番狂わせが起ころうとしている。

 

 

「この減らず口をいつになったら塞いでくれるのかな?エルヤー殿」

「・・・黙りなさい」

 

試合開始から余有の表情を崩さないはくたくの言葉にエルヤーは顔をゆがめる。

 

(認めたくないが、こいつは強い)

 

エルヤーは心の中で毒づく。試合開始とともに<縮地改>で間合いを詰め、居合抜きで一刀のもとに切り捨て、侮辱の代償を払わせる。だが、試合開始とともにエルヤーが放った斬撃は事もなげにかわされ、斧の反撃を食らう事となった。その後もエルヤーが繰り出す斬撃は全てかわされ、反撃を返されていた。どれも軽い打ち身の為戦闘に全く支障は無いが、エルヤーの当初の目論見から比べれば無様を晒している。

 

「これはどうです!<空斬(くうざん)>!」

 

刀を上段から振り下ろす。武技によって作り出された斬撃が空を走り、はくたくに迫る。その斬撃をはくたくは半身ずらすだけでかわす。標的を外した斬撃が後ろの壁で弾ける。

 

「それも武技か。その移動法といいなかなか面白い」

「武技を知らないとは。それでも戦士ですか」

 

はくたくは似たような事をクレマンティーヌ言われた事を思い出し苦笑する。

 

「その戦士ですらない相手にてこずっているお前は何だ?」

「黙れ、黙れ、だまれええええ!!」

 

エルヤーは笑うことはあるが笑われることは殆ど無い。はくたくの挑発に体から火が出そうなほどの怒りがこみ上げるが、攻撃には出ない。自ら手を出せば反撃を食らう事を忘れるほど、我を失っていはいない。そしてはくたくは、既に目の前の男の戦力分析を終えていた。

 

(クレマンティーヌと比べればはるかに劣る。ガゼフよりも弱い。アダマンタイト、いやオリハルコンクラスの冒険者と同じくらいかな?)

 

はくたくはエルヤーをこの世界ではそこそこ強い方と結論付けた。武技の観察も終え、もう戦闘を続ける必要は無い。

 

「さて、そろそろ終わらせようか」

「ッッッ!!<能力向上>!」

 

いきなり眼前に迫ったはくたくが振り下ろすポール・アックスを、咄嗟に武技で肉体を強化したエルヤーは刀で受ける。

 

「ぐっ!」

 

想像以上に重い一撃に筋肉と腱が悲鳴をあげ、エンチャントで耐久度を強化されているにも関わらず、刀の刃が僅かに欠けた事にエルヤーは驚愕する。だが受けきれない訳ではない。

 

「おっ」

「舐めるな!」

 

エルヤーが先程までよりも鋭く反撃を繰り出す。はくたくは斬撃をバックステップでかわし、そのまま距離を取る。はくたくはエルヤーが受けきれない程度の強さで繰り出した攻撃を、エルヤーが防いだ事に少し驚いていた。

 

(能力が底上げされたあれはクレマンティーヌも使っていた技だな。やはり武技にはよく警戒しておかないといけないな)

 

「なかなかやるじゃないか。では今度こそ終わらせるか」

 

はくたくは一息にエルヤーとの距離を詰めポール・アックスを振り下ろす。エルヤーは先程のようにくたくの一撃を刀で受け、反撃に移ろうとするが―――それよりも速くはくたくの第二撃がエルヤーに迫り、それを防がざるを得ない。さらに第三撃、四撃、五撃と流れるように連撃が繰り出されエルヤー反撃に移るどころではない。だが、エルヤーは辛うじてはくたくの連撃を全て防いでいる。エルヤーは歯を食いしばり、きしむ手で刀を放さないように耐える。

 

(奴の体力にも限界がある。今は耐える時だ)

 

どんなに体力があろうとも限界が必ずある。連撃が途切れた瞬間、そこに自身の全力の一撃を叩きこむ。武技<能力向上>にさらに<能力超向上>を重ねがけし猛攻に耐える。

本来なら取得できないにレベルにもかかわらず武技<超能力向上>を体得したエルヤーは天才剣士であるといえるだろう。この判断も相手が自分よりもある程度優れた相手ならば、正しいものだった。

 

 

だが彼の相対する相手は―――

 

 

(ありえない)

 

彼ははくたくの攻撃が衰えるどころか段々と重く、速くなっていることに気付いた。必死で連撃を防ぎながらはくたくの顔を見る。その顔には汗一つ浮かんでいない。

 

(俺は天才なんだ!武王を破り帝国一の剣士になる男だ!こんな得体のしれない奴に敗れるなどありえない!)

 

エルヤーは突きつけられた現実を拒否するために精神力で肉体から限界まで力を引き出す。だがそれも彼を確定した運命から僅かな時間伸ばしたに過ぎずなかった。ついに叩きつけられる衝撃に耐えきれずエルヤーの体が吹き飛んだ。エルヤーは地面を転がるが素早く立ち上がる。

そこで気付いた。刀がない。目の前に転がる刀を見つけ、拾おうとするが右腕が伸びない。

 

(?????)

 

左腕を伸ばすが同じく刀を掴めない。エルヤーは自身の腕を見た。両腕がへし折れ、あらぬ方向を向いていた。

エルヤーがその事実を受け入れ、叫ぶよりも先にはくたくが繰り出すポール・アックスの石突が彼の鎧を砕き、鳩尾にめり込む。肺から空気を絞り出されたエルヤーは意識を失った。

 

 

―――彼より遥かに強かったのだ。

 

 

 

 

 

闘技場の試合から数時間後、帝都の高級宿屋の一室。はくたくがユリとささやかな祝杯をあげていた。

 

「闘技場での勝利、心からお祝い申し上げます」

「ありがとう。まあ只の茶番だったがな。あれならユリでも勝てただろう?」

 

はくたくの問いにユリは黙って頷く。椅子に座るはくたくの手には革袋が二つ。革袋の中にはファイトマネーと賭けで稼いだ交易共通白金貨がそれぞれ100枚づつ入っている。革袋の重量に満足したはくたくは呟く。

 

「これだけ稼げれば、暫くアインズは金に困らないかな?」

 

アダマンタイト冒険者の報酬は高額ではあるが、アダマンタイト冒険者としての偽装生活に、王都に出向いたセバスの調査任務、リザードマンの村の開発と稼いだ端から金が出て行くのには困っていた。この臨時収入ようやく一息つけるというものだ。はくたくは懐中時計で時刻を見る。

 

「さて、そろそろ時間だな」

 

はくたくがそう言うと、目の前に転移門が開かれる。転移門をくぐってシャルティアが現れる。シャルティアははくたくの手前で跪く。

 

「はくたく様、只今参りんした」

「この程度の用で呼び出して悪いな」

「そんなことは無いでありんすはくたく様。…今守護者で一番手が空いてるのは私でありんすから」

 

シャルティアの言葉に若干の自嘲が含まれている。

 

「今回の帝国にお前を連れて行っても良かったんだが、お前の顔を誰に見られたか分かっていないからな。すまん」

 

シャルティアを洗脳した者が何者か分かるまで、シャルティアは表に出る任務に回す事は避けたい。

 

「はくたく様が謝る必要はないでありんす。全て私の落ち度でありんすから」

「そうか。…今は雌伏の時。ナザリックが表に出るようになれば、シャルティアにも表で任務を任せる。その時は頼むぞ」

「はい!」

「さてシャルティア、受け取れ」

 

はくたくはシャルティア白金貨が入った革袋を一つ投げる。

 

「それをナザリックに持ち帰ってくれ。それとアインズがナザリックに帰ってきた時に、予定よりも滞在は短くなるかもと伝えておいてくれ」

「畏まりんした、はくたく様」

 

革袋を大事に抱えながら、シャルティアは転移門に入って行った。

 

「さて、明日は闘技場で午前の部で戦ってから帝都観光としゃれこもうじゃないか」

 

 

 

 

はくたくは昼食を屋台で済ませ、ユリと帝都北市場を散策している。午前の試合ははくたくが戦わずに終わった。何故なら、対戦相手の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が自らが繰り出す魔法を、はくたくが尽く無効化した時点で降参してしまったのだ。第三位階の魔法が通じないというのは珍しかったらしくそれなりにウケたが、血が出なかった分前日よりは受けが悪かった。

北市場の出店の一つ、生活用マジックアイテムを販売する天幕で見つけた物にはくたくは驚く。

 

「これは…冷蔵庫と扇風機じゃないか」

 

はくたくは冷蔵庫のドアを開いたり、扇風機のスイッチを押して仕組みを確認する。元いた世界の物と比べればいささか原始的ではあるが、機能やデザインは明らかに冷蔵庫と扇風機のそれである。これは自分たちのようにこちらに転移してきたプレイヤーが考案した物ではないだろうか。偶然現地人が同じものを発明した可能性はあるが、<保存(ブリザベイション)>の魔法があるこの世界で冷蔵庫をわざわざ開発する必要性は低い。これがプレイヤーの発明の可能性が非常に高い。はくたくは商人に尋ねる。

 

「これは誰が発明したものなんだ?」

「ここにある品々の多くは200年ほど昔の、『口だけの賢者』という牛頭人(ミノタウロス)が発明した物です」

「口だけ?」

「『口だけの賢者』はこういったアイテムを色々発案したのですが、それを作る事が出来ず、何故そういう形状を取るのか、どういう理屈でそれがそういう結果になるのかといった説明も全く出来なかったため、そう呼ばれたそうです」

「それで『口だけの賢者』か」

「ですが、戦士としては超一流だったそうです。斧の一振りで竜巻を引き起こしたり、斧を大地につきたてて地割れを起したとか。あと数十年前の話ですが、その賢者が残した武器でビーストマンの巨大ゴーレムを撃退したという話もありますね」

「なるほど。色々教えてくれて済まないが、旅の身だからこういった家に置くアイテムは買えないのを忘れていたよ」

「それならばこの品はどうでしょうか?同じく『口だけの賢者』が考案した物で、簡単に火を付ける事が出来る一品です」

 

商人は小さな道具をはくたくに見せる。形状からなんとなく予想が付くが、念の為仕組みについて商人に尋ねる。商人の実演も見たうえではくたくはこれをオイルライターと確信した。燃料のナフサやベンジンは錬金術油で代用している。

 

「これならかさ張らないな。それで、これは幾らかな?」

「本体とメンテナンス用の道具、予備の錬金術油と火打石を合わせて銀貨15枚です」

「わかった」

 

はくたくは革袋から公共共通銀貨を15枚取り出して商人に渡し、ユリがライターが入った袋を商人から受け取る。その後は二人で市場の商品を一通り見て回ってから帰路に着いた。

 

 

 

 

二人が物見遊山を終えて宿に帰り着くころにはもう日が暮れ始めていた。宿に二人が入ると、それを受付が見るやいなや、こちらに血相を変えてやって来きた。はくたくは嫌な予感を押し殺して受付に尋ねる。

 

「何か問題でもありましたか?」

 

(トラブルになるような事は起した記憶は無いんだが)

 

「ジョン様宛に、皇帝陛下から手紙を預かっています。昼過ぎに使者が来られてこれを」

 

受付から一通の羊皮紙を受取る。羊皮紙は帝国の紋章で封蝋がされている。紙質もこの世界の基準で考えれば特上の部類だ。

 

「皇帝からの手紙をここであけるのも何だその、アレだから部屋で読む事にするよ」

 

部屋に戻ったはくたくは、早速文字を解読するマジックアイテムの眼鏡を付けて手紙に目を通す。

 

(闘技場で派手にやらかせば貴族でも食らいつくと思っていたが皇帝から手紙が来るとは思ってもなかった。さて何が書いてあるかな)

 

はくたくは手紙に目を通すと考え込む。もう一度読み返しまた思案する。暫くそれを繰り返してからユリに<伝言>スクロールを渡し指示を出した。

 

「アインズに<伝言>を至急折り返すようにいってくれ。相談したい事がある」



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帝都3

皇城のメイドに案内された応接間ではくたくは一人手持無沙汰にしていた。ユリを宿屋に待機させ、早朝に再び訪れた皇帝の使者の馬車に乗り、皇城のメイドに案内されたのがここである。

はくたくは部屋の調度品を観察し自身が案内されたのは最高クラスの来賓向けの部屋と予想した。その後は壁に掛けられた連作の絵画――おそらく帝国建国の物語を表わしている物――を見ながら、昨夜宿屋でアインズと<伝言>で交わした会話を思い出していた。

 

 

 

 

「はくたくさん、何かそっちで問題でもありましたか?」

「帝国の皇帝から城に招待されました」

「え?」

「宿屋に帰ってきたら、皇帝が直々の聞きたい事があるから城に来るようにと書かれた手紙があったんですよ。明日使者が迎えに来るそうです」

「なにか目立つような事しましたか?」

 

はくたくは闘技場で二回戦った事、帝都の市場を見て回った事を説明した。

 

「モモンガさんはなにがあちらの興味を引いたと思いますか?」

「多分…魔法を無効化したのが不味かったと思います。どんな魔法を使ってきました?」

「えーっと、<魔法の矢(マジック・アロー)>、<火球(ファイヤーボール)>、<衝撃波(ショック・ウェーブ)>、<睡眠(スリープ)>、<混乱(コンフュージョン)>、<暗闇(ダークネス)>…他にもありましたが全て第三位階までの攻撃魔法と状態異常魔法ですね」

「攻撃魔法の無効化が目立ったと思います。上位モンスターの特殊技術(スキル)ですから」

 

この世界だと魔法の無効化スキル、しかも第三位階以上の無効化となるとかなり珍しいと言う事か。皇帝がそんな者を一目見てみたいと思うのは当然だろう。

 

「それで、明日皇帝と会ったほうがいいですか?それとも無視してナザリックに帰りましょうか?」

「こちらで冒険者として最高位のアダマンタイトになっても国王からは何のアプローチもありませんし、皇帝に直接接触出来る機会もそうそうないと思います。はくたくさんは皇帝に会ってください」

 

アインズのGOサインが出た。次は相手に見せる範囲について確認だ。

 

「皇帝には何処までこちらの情報を公開していいですか?あと皇帝から仕官の話が出てきたらどうしましょう」

「あー…そこらへんははくたくさんが自由に判断してください」

 

丸投げである。

 

「いいんですか?相手は鮮血帝ですよ」

「鮮血帝?」

「親衛隊の軍事力を背景に貴族の粛清と改革を推し進めている若き皇帝の二つ名ですよ。正直、彼は自分たちよりリーダーとして何枚も上手だと思います」

「そうですね。こっちのナザリック運営はアルベドやデミウルゴスに頼って何とかという感じですから」

「で、そんな相手に何の心構えも無しに出て行ったら不味くないですか。なんというか、口先で身ぐるみ剥がされそうな気がするんです」

「そう言う事なら、何処まで話すか決めましょう」

「ええ。では―――」

 

はくたくはそこで言葉を切る。装備している指輪に反応があったのだ。頭の中に行使され妨害した魔法と魔法の発動された位置についての情報が流れ込む。

 

「今、探知魔法を妨害しました。魔法の発動場所は帝国魔法省がある所ですね」

「さっそく探りを入れてきましたか」

「皇城に入れる人間になんの探りも無い方がおかしいですよ。別に妨害出来ていますから問題ないです」

「話を戻しますか、どこまで向こうに教えるかですが―――」

 

 

 

 

ナザリックの存在は教えない、仕官は断る、はくたくの正体はほのめかす程度までならOK。アインズとの打ち合わせで決めた内容を脳内で反芻していると、ドアがノックされ、老人が一人部屋に入ってくると丁寧に礼をした。

 

「お待たせしたようで申し訳ない」

「そんなことはありませんよ。それで…どなたでしょうか?有名な方とお見受けしますが、この辺りの事情に詳しくないのでね」

 

一目見てもマジックアイテムと分かるアイテムを複数身に付けていることから、はくたくはこの老人をそれなりの地位と予想する。

 

「私は主席宮廷魔導氏のフールーダ・パラディンです。あなたが皇帝陛下にお見えになる前に、簡単な取り調べに来ました」

 

いきなり皇帝の面前に素性不明の戦士を連れていく訳にはいかないのは当然である。しかも探知魔法を防いだ戦士をやいわんや。フールーダ本人がここに出張ってきたという事は、帝国ははくたくを評価しかつ警戒していると思っていいだろう。

 

(思ってたより大物が出て来たな。ここはプランBで行こう)

 

 

 

 

ジョン・ドゥと名乗る、闘技場で無敗記録を誇るワーカーを一蹴し、さらには第三位階の魔法を無効化した戦士が闘技場に現れた。帝国は闘技場の選手から特に優秀な者に任官の声を掛けている。リクルーターから上がってきた情報に皇帝とフールーダは大いに興味を引かれた。

すぐさま調査を指示するものの、帝国諜報部の調査は、二人組が数日前に帝都にやってきたという事しか着きとめられず、魔法省は探知魔法を妨害される始末。

探知魔法を妨害できるという事は、この男は戦士でありながら、魔法にも秀でている可能性がある。そんな人物を放置するわけにもいかないので、皇城に呼びつけフールーダが直接その人物を調べることとなった。

フールーダは目の前の男を生まれながらの異能(タレント)―――魔法系魔法詠唱者が使用できる位階に応じて発するオーラでみる力―――で見る。だが、男からはなんのオーラも見えない。

 

(昨日の一件からして、常に探知防御をしているのか?)

 

素性不明の男はフールーダが心の中で思った昨日の一件について早速指摘してくる。

 

「帝国の魔法詠唱者の頂点に会えて光栄です。取り調べ、ということは昨日私に探知魔法を仕掛けて来たのはもしやあなたで?」

「やはりお気づきになられてましたか。私の部下があなたに探知魔法を使用しました。無断であなたを調べようとした事は謝罪いたします」

「別に構いませんよ。あなた方がそうした理由は理解できますし。ただ、次からはお勧めしませんよ。自動攻撃をいつも解除しているとは限りませんから」

 

探知防御をしているのだ、もう少し文句を言われると思っていたのだが。それよりも自動攻撃という言葉が気にかかる。この男は探知に対する報復手段を持っていると言っているのだ。

 

「承知しました。それでは本題に入りましょう。私の部下が闘技場で目撃したのですが、第三位階の魔法を無効化したとか?」

 

この役を買って出たのもコレが効きたかったからだ。防護魔法によって無傷で防ぐ事ならば出来る。だが第三位階魔法の無効化となると自らの力量では荷が重い。この男が帝国には知られていない特殊技術(スキル)、武技、魔法、マジックアイテム、タレントのいずれかを所持している可能性は高い。

 

「その通りです」

「どのように無効化したのですか?探知魔法を防御したように、何か魔法を無効化しているマジックを所持なされているので?もしくは武技や魔法を行使したのですか?よろしければ後学のために教えていただきたいのですが」

 

正直、教えてもらえると思ってはいない。だが効かないままでは自らの知識欲を抑えられないし、反応からなにか掴めるかもしれない。少しして反応が返ってきた。

 

「あれはマジックアイテムの力ではありません。・・・一部の種族は魔法を無効化出来る事は御存知ですよね?えー、つまり、その…そう言う事です」

 

言葉が頭に染みわたるのに数秒かかった。人間種と亜人種にその様な能力を持つ種族はいない。そこから導き出される応えは一つ、この男は人間ではない。報告書の容貌の中に目についての記述を見つけた時からこの可能性は候補にあったが。第三位階の魔法を無力化出来るモンスターとなると限られるし、人間に変装出来る種族となるとフールーダの知識にも当てはまるものは無い。この男、一体どこからやって来たのか。

 

「その目の事を聞いてから、可能性は想定しておりました。あなたは人や亜人ではないという事ですか?」

「はい」

「ふむ、では第何位階まで無効化出来るのですか?」

 

応えないだろうが、聞かなければならない。

 

「第三位階程度なら問題ありませんが、上限については何とも言えませんな。そうだ、フールーダ殿は<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>を修めていますか?」

「その魔法は修めておりますが?」

 

それと魔法の無効化能力に何の関係があるのか。

 

「こういった能力は本人の強さ、生命力に比例して強くなる、そうですね?」

 

頷き肯定する。強力なモンスターほど耐性や無効化能力は優れている傾向にある。

 

「今から探知妨害のマジックアイテムを外しますので私に<生命の精髄>を使ってみてください。経験豊かなフールーダ殿なら、そこから私がどの程度の位階まで無効化出来るか推定できるのでは?」

 

任務には素性を探る事に加え、力量を量る事も任務に含まれている。提案を受けよう。

 

「やってみましょう」

「ではこの指輪を外してから、<生命の精髄>を使用してください」

 

男がフールーダに右手を見せ、そこに嵌められた一つの指輪を外す。

 

「<生命の精髄>」

 

フール―ダが魔法を発動する。その瞬間、フールーダは生命の奔流に圧倒された。

 

 

 

 

アインズとはくたくは今回の謁見に際し二つのプランを立てていた。プランAは情報を出さず、目立たないように努める案。向こうがこちらを低く見ていた場合や重要視していない場合にこの対応を取る事にしていた。プランBはナザリックの存在やはくたくの正体を隠しつつ、こちらの実力をある程度向こう側に見せる案。こちらを重要視していた場合は、こちらのプランでBどれくらいの重要度かを調べる。

取り調べに来た人物がフールーダだった時点でプランBを実行する事にした。探知魔法を防御する指輪をはずし、とりあえず<生命の精髄>を使わせてみたのだが…

 

(さて、吉と出るか凶と出るか)

 

はくたくはフールーダを観察する。目には驚愕の色が浮かび、顔色は青く、汗をびっしりとかいている。なんというか調子が悪そうだ。

 

「大丈夫ですか?」

「え、ええ。よろしければ、指輪を付けていただけないでしょうか?」

 

はくたくが指輪を付け直すと、フールーダは汗をぬぐいグラスから水を飲んでいる。その手は震えていた。もう一度汗を拭ってからこちらに向き直る。

 

「あなたの実力の程を見させてもらいました。幾つか質問を用意していましたが、これ程であるのならばお手数をおかけする訳にも行きませんな。一つに絞りましょう」

 

指輪を外して探らせたのは悪くなかったか?

 

「この国に来た目的はなんですか?」

「ちょっとした観光と路銀稼ぎです」

 

これは本当の事で嘘でも無い。今の所は。

 

「それだけですか?」

「ええ。むしろこちらがあなたがたが私に何の用があるのか聞きたいのですが」

 

実際こっちは何の用か言われないまま呼び付けられたのだ。

 

「申し訳ないが、それについては陛下にお聞きください」

 

フールーダが立ちあがる。そしてこちらに最初よりより丁寧に頭を下げる。

 

「ではこれで取り調べは終わりです。しばらくすれば案内の者が来ますので、それまでお待ちください」

 

そう言うと静かに部屋を出て行った。

 

 

 

はくたくが適当に時間を潰していると、思っていたよりも速く案内のメイドが来た。案内されたのは謁見の間ではなく執務室。モンスターとおおっぴらに会えないだろうから当然か。メイドが執務室の扉を開く。

 

(さてここからが正念場だ)

 

はくたくは扉をくぐり、皇帝のいる執務室へと足を踏み入れた。



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