罪深き萌えもん世界 (haruko)
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第0話 1 始まらない

萌えっこもんすたぁ、ちぢめて萌えもん。

この世界に存在する不思議な生き物で、人間と萌えもんは一緒に生活したり、一緒に遊んだり、一緒に萌えもんバトルをして強くなったり、そうやって人間と萌えもんは世界中で共存して生きている。

 

 

 

 

 

これはそんな世界で生きている、

萌えもんを持たない少年のお話。

 

 

 

 

 

ここはカントー地方の片隅、マサラタウン。

カントー一小さいとされている限界集落で何もないまっさらな街とさえ言われているが、そこにはカントー地方で最も有名な人、オーキド博士と呼ばれている人が、日々萌えもんに関する研究をしている。

 

 

「そういえば、もうすぐ萌えもんリーグのシーズンですね、博士」

 

「おお、そうじゃ。そのリーグを目指して旅に出るためにレッドとグリーンとブルーは明日萌えもんをもらいに来るんじゃからのう」

 

「は? なんですかそれ? 聞いてませんよ?」

 

「ん? 言っておらんかったかのう?」

 

「勘弁してくださいよ博士、萌えもんたちの状態チェックするのは俺なんですよ?」

 

「おお、すまんすまん。じゃがうちのポケモンたちの体調チェックはいつもお前がしっかりやってくれているじゃろうに。問題ないわい」

 

 

全く、おおざっぱな爺さんだな。

この耄碌の始まっている爺さんこそが萌えもん界の権威と呼ばれているオーキド博士。人呼んで萌えもん博士だ。若いころにこの研究室を作ってからうん十年ここに引きこもり萌えもんの研究だけをし続けてきたという名実ともにド変態の爺だ。

 

 

「……貴様今なにを考えておる」

 

「何も。あ、俺萌えもんチェックいってきまーす」

 

「こら待てミ」

 

 

 

 

バタン

…………

 

 

 

 

 

「相変わらず勘だけは鋭い爺だぜ」

 

「四年も一緒に研究所にいれば考えてることもわかるってことじゃないですか?」

 

「実際他の研究員は別の研究所に派遣されたりしてそんなに長いことここにとどまらねーしな」

 

「そうね、もともとこの町狭いから生まれた時から知り合いみたいなものだし、案外一番博士と付き合い深いんじゃないの? ミズキ」

 

「反吐が出るからやめろ。終わったぞおまえら」

 

「わーい。サンキューミズキ」

 

「ごくろーさまです、ミズキ様」

 

「おつかれさま。ツンデレミズキ」

 

「怒るぞ?」

 

 

 

今俺の目の前のベッドの上で跳ねたり座ったりくるくる回ったりしてはしゃいでるのが俺たちが研究しているこの世界の生物、萌えもんである。

 

 

 

今しゃべっている中で一番はしゃいでいる元気な男の子は

とかげ萌えもん、ヒトカゲ。

おしとやかで優しい、気のつかえるかわいい女の子が

たね萌えもん、フシギダネ。

生意気ながらも本当は爽やかでいい娘な

かめのこ萌えもん、ゼニガメ。

三匹とも俺が卵を孵し、育てた萌えもんだ。

 

 

 

このカントー地方の初心者トレーナーたちはこの三匹の中の一匹を選び萌えもんトレーナーとしての一歩を踏み出す。

その中の一人であるレッドとグリーンとブルーが明日こいつらの誰かと一緒に旅に出るのだ。

 

 

「まあレッドもグリーンもブルーもいい奴だからさ、一緒に楽しくやってくれよな」

 

「あたしはあんたが連れて行ってくれるのを期待してたんだけど?」

 

「そういうなって、ゼニガメ。楽しい旅ができると思うぜ。あいつらと一緒ならさ」

 

「うおー、もえるぜぇ! 俺早く萌えもんバトルしてみてぇ!」

 

「焦るなよヒトカゲ。あと十数時間のがまんだろ?」

 

「わたくし、うまくやっていけるでしょうか? ご迷惑かけないか心配で心配で……」

 

「大丈夫、誰と一緒でもお前はうまくやれるよ、フシギダネ」

 

 

三者三様の反応を見せているがなんだかんだ言って全員楽しみで仕方がないようだった。

まったく、かわいいやつらめ。

 

 

「おら、もう休め。明日ははええんだぞ」

 

「「「はーい」」」

 

 

元気よく返事をした三匹は飛び跳ねながら自分たちの布団にもぐりこんでいった。

 

 

 

 

 

「ねえミズキ」

 

「なんだよ、まだ起きてたのか、ゼニガメ?」

 

「俺も起きてるよ」

 

「わたくしも」

 

「おいおい」

 

 

明日早いって言っただろうに。

 

 

「とっとと寝ろ。明日からは大変なんだぞ」

 

 

 

 

「ミズキ」

 

「どうした?」

 

「私たち、今日旅に出るわ」

 

「なんだよ? さみしいのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてミズキはトレーナーにならないの?」

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

「博士から、子供が萌えもんを持って一人旅をすることの年齢制限は十歳であると聞いております」

 

「ミズキってもう十四歳だよね? なんでまだここでじっちゃんの手伝いしてるのさ」

 

 

 

あの爺、余計なこと言いやがって。

 

 

 

「何でもねえさ、まだ俺はここにいて研究がしたい、それ以上も以下もねえよ」

 

 

 

 

「実は私たちね、誰がミズキに選ばれるか勝負してたのよ」

 

 

 

 

は? と思わず声が出る。

 

 

 

 

「俺たちがここに来たのが一年前くらいなんだっけ? そっから今までミズキに世話してもらってさ。ミズキと一緒に旅したいな、って俺が言ったんだ」

 

「そしたらゼニちゃんが大暴れしちゃいまして、それならばとわたくしが、全員でだれが選ばれるか勝負しましょう、という提案をさせていただいたのです」

 

「ちょ、ちょっと!!」

 

 

 

ゼニガメが顔を赤らめて怒っている。

それを微笑ましく思いながらも、心中はあまり穏やかではなかった。

そんな風に思ってくれた、言ってくれた萌えもんは四年間で初めてだった。

いや、そんな風に思ってくれることなんかあるはずないと思っていた。

 

 

「と、とにかく!」

 

ゼニガメが仕切りなおす。

 

 

「私たちはそうやって勝負してたの。それなのにミズキは旅に出ない。だから博士に聞いたのよ。なんでミズキは旅に出ないのか? ってね」

 

 

「しかし、博士にもお答えをもらうことはできませんでした」

 

 

「だからここを離れる前にミズキに聞こうと思ったんだ。なあミズキ、俺たちと旅するのは嫌なのかよ?」

 

 

「わたくしたちと行くのが嫌なのであれば、そういってもらって結構ですよ?」

 

 

「私たちはミズキが好きなのよ。だから納得したいだけ。お願いミズキ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒトカゲ。

フシギダネ。

ゼニガメ。

 

 

 

 

 

 

俺は、

おれは、

ほんとうは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、そんなたいそうな理由はねえさ。じゃあな、いい夢見ろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか。でもやっぱ残念だったなあ……」

 

ヒトカゲがそう言って眠りに落ちる。

 

「わたくしもです。あなたとの旅を味わいたかった……」

 

フシギダネがそう言って眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

「わかったわ。

でもねミズキ、これだけは覚えておきなさい」

 

 

ゼニガメが今にも落ちそうな眼をして

 

 

 

「どうした?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は明日来るトレーナーと一緒に最強の萌えもんになる

あとから来たって遅いんだからね」

 

 

 

 

 

 

 

そういいながら気絶するかのように眠りの世界へと意識を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう、ヒトカゲ。

うれしかったぜ、フシギダネ。

肝に銘じておくよ、ゼニガメ。

 

 

 

 

そして、

卑怯で卑屈で

お前らから逃げるしかできないこの俺を、

 

 

 

 

許してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余計なこと言わないで下さいよ、博士」

 

「悪かった」

 

三匹が眠って数時間、ミズキはいつものようにデスクワークへと戻っていた。

 

「あいつらはおぬしのことを親のように慕っておったからのう。わしが何かを言って言いくるめるのは違うと思ったんじゃ」

 

「単に言い訳が思いつかなかっただけなんじゃないんですか?」

 

「……」

 

このくそじじい。

 

 

 

 

 

 

 

「ミズキよ」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ許せんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何の話ですか?」

 

 

「お前はこの四年間でたくさんの萌えもんと接し、すべての萌えもんに愛情を持って育ててくれた。そろそろ自分を許してやってもいいころじゃろう。明日の九時、三人はここを出るそうじゃ」

 

 

 

 

そうですか、としか返せない。

 

 

そして次にくる言葉もわかっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミズキ、お前も一緒に「博士」

 

 

 

 

 

 

 

静かで、小さくて、力強くて、

遠いのか近いのかもよくわからない。

そんな声をオーキドは受け取る。

 

 

 

 

 

 

「俺があいつらに与えてたのは愛情なんかじゃありませんよ、それに……

 

 

 

 

 

 

『四年も一緒に研究所にいれば考えてることもわかるってことじゃないですか?』

 

『実際他の研究員は別の研究所に派遣されたりしてそんなに長いことここにとどまらねーしな』

 

『そうね、もともとこの町狭いから生まれた時から知り合いみたいなものだし、案外一番博士と付き合い深いんじゃないの? ミズキ』

 

 

 

 

その通りだよな。みんな。

 

だからこそ、この人に嘘はつかないさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「許すとか、許さないとか、そういう事じゃないんですよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺には、そんな資格はないんですから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミズキ……」

 

「風に当たってきます」

 

 

 

 

乱暴に空いた扉の音が酷く虚しいことだった。

 

 

 

 

 

 

 




感想、評価、改善点、必要なタグ、等々
ありましたら是非、遠慮なく言ってください。
精一杯の努力でお答えしたいと思う所存にございます。
初投稿のぺーぺーの精一杯ですが…


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第0話 2 最悪の出会い

マサラ唯一の海岸沿い。

ここから萌えもんを使って海へ出れば、グレン島という活火山のある島へ行ける。

しかしマサラから船が出ることはない。

だから基本的にトレーナーはグレン島を目指すとき、カントーの南側にあるセキチクシティから出るフェリーに乗ってふたご島を経由していくのが今の主流である。

まあつまり、この海岸はいつ来ても静かな、ミズキの安らぎスポットなのだ。

 

「ふう……」

 

仕事に行き詰ったり、悩み事があったりするときにはここにきて夜空の星を眺める。ありきたりだがそれがミズキの息抜き法だ。

 

 

そしてそれはマサラに来てから毎日続いている。

 

 

この世界であまり焦点があてられることはないが、ミズキはかなり頭がいい。

機械の扱い、データの管理もさることながら、大方十代の子供が目にすることなど無いような単語が連なっている書類の整理など、研究員としてはかなり信頼がなければ任されないような仕事をしているし、事実それをすべてこなしている。

それに加えて、ミズキは萌えもんに関する知識もかなりのものがある。

今カントー地方で確認されている萌えもんは全部で百五十匹と言われているが、ミズキはそれのすべての萌えもんのタイプ、使える技、基本ステータス、特性などを網羅しているし、それを戦闘、育成に生かすための知識も蓄えている。さらに他地方の萌えもんでも研究所にあるデータの限りはたいていのことは頭に入っているといった具合だ。

 

 

そんな男が仕事で行き詰ることが早々あるはずもなく、

要するにここへ来るときはいつも悩み事の方が原因なのだ。

 

 

さざ波の音が暗い景色に溶け込んでいく。

相変わらずここは一人でいるには最高のスポットだった。

 

田舎の星空ということもあって、かなりきれいなものなのだろう。

もっともここ以外の星空など知らないが。

 

冷たい砂浜に仰向けに転がり、手を空にかざし指の間から星を見る。

ゆっくりこぶしを閉じ、また開き、つかめないという感触を繰り返し、

 

そうして、一分、十分、一時間。

時折見える流れ星が、視界の隅へと逃げていく。

何も起こらず、何もせず、ただただ時間を流している

それだけがミズキを支配し、ミズキを世界から逃がしてくれる。

 

 

 

 

『そろそろ自分を許してやってもいいころじゃろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勘弁してくださいよ、博士。

俺は希望を持ってはいけない人間なんです。

 

 

 

 

 

 

一生贖罪し続けなければならないんですよ。

 

 

 

 

 

 

俺があいつらを育てたのも、

博士のところにずっといるのも、

萌えもんを持つことすらしないことも、

 

 

 

 

 

 

世界に懺悔をしたいだけなんですから。

 

 

 

 

 

 

 

腕に付けた時計に目を向ける。

十時を回ったところで三本の針は動くのをやめていた。

 

「やべ、今何時だ?」

 

 

 

博士のところに戻らねば。

そう思い我に返ったその時だった。

 

 

 

 

 

突如感じた謎の違和感がミズキを襲う。

これまで一度も感じたことのない、暗闇の中に放り込まれた異物のようなものを感じた。

 

 

 

 

 

 

気配を感じる。

波の音がおかしい。

この町の夜がこんな騒がしく感じたことは初めてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

波打ち際に誰かがいる?

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いて息をのみ、音を出さないように深呼吸をする。

 

 

 

 

かなりの星が出ているとはいえ、街灯もないど田舎の夜だ。何かを探すにはあまりに視界が悪い。

しかし、萌えもんを狙った悪党がこの町に来たということもあるかもしれない。

基本的に何もないマサラではあるが、すぐ近くにオーキド博士の研究所があり、そこにはあいつらも眠っている。夜中この町に忍び込み、萌えもんを誘拐してやろうという考えの持ち主がいないとも限らない。

もしそんなことがあったら。

あいつらが悪に奪われたら。

 

 

 

それがもし、

R(ロケット)団のような奴らだったとしたら。

 

 

 

絶対にさせない。

 

 

 

足元に水を感じる場所まで移動した後、何者かの気配をたどってなるべく音を立てずに歩く。

自分は萌えもんを持っていない。だがそんなことはどうでもいい。

やるしかないんだ。

いら立ちと焦りが心を支配するが、抜き足と警戒を解かない。

 

 

 

 

 

そこまで思考して異変に気付く。

 

 

 

 

 

 

動いていない?

 

 

 

 

 

くどいようだが場所は海岸、波打ち際だ。近くに身を隠す場所なんてない。

悪事を働こうとしているものがそんな場所でいつまでも堂々と立っているはずがない。

そもそもこの町の萌えもんを奪うことが目的であるR団ほどの組織の仕業であるならば、大量に人員を投入し、押し切るのが一番早い。

一見単純に感じるが、この町の規模を考えれば泥棒として忍び込むより、武力制圧してしまう方がよっぽど足が付きにくいという利点がある。

それすらも気づかないというのはどうにも考えにくい。

 

 

そして心が落ち着き、手や足の感覚が戻ってきたとき、ようやく一番の異変に気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

気配を感じるのもそうだった。

波の音がおかしいのもそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも一番変だったのは、

塩と同時に風で運ばれてくる嗅ぎ覚えのある鉄の匂いだった。

 

 

 

 

 

 

 

数分間警戒し続けていたのは、血まみれの萌えもんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「野生のラプラスじゃな」

 

あの後、ミズキは血みどろになったラプラスをかかえ、研究所へと戻ってきた。

今は研究所内の萌えもん専用のカプセル型ベッドの中で体を休めている。

 

「かなり血を流してひどく衰弱しておる。お前が運んでこれたということはこの娘はまだ子供じゃ。海の萌えもんとはいえこの体で泳ぎ続けたせいで体力が持たなかったのじゃろう」

 

「治せるんですか? 博士?」

 

「血こそかなりの量じゃったが致命傷と判断できるような傷はなかった。不幸中の幸いとはいえひとまずは大丈夫。今はよく眠っておるよ。お前さんのおかげじゃ」

 

緊張の糸が切れ、近くの椅子に崩れ落ちる。オーキドはやれやれといった表情で優しくこちらを見つめている。

 

「しかし、ラプラスとはまた珍しい萌えもんですね。確かカントーではまだ学会でもラプラスの生息地は発表されてないんですよね?」

 

「うむ。かなり人になれた性格であると同時に他の萌えもんに対して警戒心が強い種でもある。よって他の萌えもんが生息している地帯に顔を出さないというのが現状な有力な説じゃな。他地方ではほかの萌えもんも寄り付かない洞窟の最深部のほとりでの発見例もあるそうじゃ」

 

「そんな萌えもんがどうしてこんなところに……しかもおおけがをして」

 

「うむ。それにミズキよ。気になることはもう少しある」

 

「え? 他にも何かありましたか?」

 

「うむ、むしろこちらが本題じゃ」

 

そういうとオーキドは席を立ち、キッチンの方へと向かおうとするがそれをミズキが無理やり制し、少し軽い声色で言う。

 

「いいですよ。俺がやります」

 

そういいながらキッチンへと向かい専用のコップにミルミキサーを用意する。

 

さて、今日はどれを淹れようか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ、美味い」

 

「どうも」

 

ドリップがちょっとうまくいかなかった。

しかしやっぱりマダツボミ農園の豆は香りが抜群だな。

 

「それで。何が気になることなんですか? 博士」

 

「ああ」

 

オーキドは元いた場所に腰掛け書類をどかしコップを置き、話し始める。

 

「これはあのラプラスをカプセルに寝かせる前に軽く手当をしたときに気付いた事じゃが、あのけがは人為的なものではない。他の萌えもんの技によって付けられた傷じゃった」

 

「? 人じゃなくて萌えもんに付けられた傷だったなら、特に気にするものではないんじゃないですか? さすがにあそこまでぼろぼろにするのはかわいそうだとは思いますが、萌えもん界にも、自然の摂理、ってものがあるでしょうし」

 

「まあきけ。確かに自然の成り行きに対してわしらが口をはさむのは無粋であり、文明を進化させてきたトレーナーたちのタブーであるというのはわかる。しかし今回のラプラスは不可抗力の淘汰を受けたとするには状況があまりに不自然じゃ」

 

「……どういうことですか?」

 

「いいか、まずラプラスの首筋には焼け焦げたような跡があった。海面を移動して生活をしているラプラスにじゃ」

 

「海の上でかえんほうしゃを受けたってことですか? いやでも、海上にそんな鳥萌えもんがいるなんて考えにくいし、そもそも海面でほのおタイプの攻撃を受けたのであれば水中に潜ってやり過ごすことだってできるはず……」

 

「その通り。ほのお・みずというタイプの萌えもんがこのカントーにいない以上、おそらくこのけがはでんきタイプの攻撃によるものだと思われる」

 

「でんきタイプ? ああなるほど、強力な電撃攻撃によるマヒによって擬似的なやけど状態を併発してるってことですか」

 

「おそらくな。さらに腕の方を見てみると、しめつける攻撃を受けたかのような、強い圧迫をされた跡があった」

 

「しめつける系の攻撃……メノクラゲやドククラゲ、シェルダーとかでしょうか? いや、でもシェルダーはでんきタイプの技を覚えないですし、メノクラゲ、ドククラゲの場合はあれだけやられているラプラスがどく状態に侵されていないというのはかなり不自然だ」

 

「そうじゃな、まあこれは今答えを出すにはちと情報が足りん。いったん保留して最後の問題へ行くとしよう」

 

「お願いします」

 

博士がふぅ、と一息つき、残りのコーヒーを流し込む。

ちなみに俺は話を聞きながら温かいうちに飲みきった。飲み忘れて冷めたコーヒーを後から流し込むという行為が俺はすさまじく嫌いだからだ。

 

「ごちそうさま。さて、ミズキよ。ここからがこの話の重要なところじゃ」

 

はぁ、と返事をする。

正直、ここまでの話を聞いていても博士が何を言おうとしているのか全く見えてこない。

途中までは、実演形式でのプロファイリングを付ける練習でも教えているのかと思ったが、博士の表情を見るに、もっと深刻な問題であると推測される。第一博士は傷ついた萌えもんを研究に使うほど性格の悪い人じゃない。

博士は何かを伝えたいんだ。

自然の生業から少しずれてしまったと思われるあのラプラスの、何かを。

 

 

 

 

 

 

 

「あのラプラスのしっぽ、そこにはな、

軽く凍傷の跡があったんじゃ」

 

 

 

 

 

 

「凍傷の……跡?」

 

 

 

 

 

きょとんとした表情を浮かべるミズキに博士はなおも鋭い目を向ける。

 

「れいとうビームのような攻撃ってことですよね? でもそれだけなら該当する萌えもんなんてカントーだけでもかなりの数いるんじゃないですか? というかそもそもラプラスにれいとうビームって……」

 

そこまで言ったとき、ミズキは自分の発言にハッとする。

 

 

黙想……

 

ラプラスに対してれいとうビーム?

ラプラスはみず・こおりタイプ。れいとうビームはあまりにも効力が薄い。

もともとラプラスを仕留める気なんてなかった?

いや、それだとほかの攻撃の説明がつかない。

れいとうビームを打たなければならなかった。

なぜ?

付属効果のこおり状態に期待したから?

ばかな。

海上で敵の動きを止められるくらいのこおり状態にするなんて、そうそうできるものじゃない。

そもそもラプラスをこんなにボロボロにできるほど戦力で圧倒しているんだ。

今更こおり状態にしてなんになる?

 

 

 

 

落ち着け。

発想を変えよう。

ラプラスに効力の薄いれいとうビームを打ったんじゃない。

 

逃げ惑うラプラスに後ろから打つ技として選択するくらい

自分のれいとうビームに自信があったんだ。

 

 

 

 

 

れいとうビームをメインウェポンとして判断できるような萌えもん。

 

さらに海での戦闘においてラプラスの行動範囲を追ってこれるほどに優れた機動力。

 

 

 

 

 

つまり、

 

「犯人は、みず・こおりタイプの萌えもんか!」

 

「そういう事じゃ」

 

 

 

なるほど、ラプラスの体の手当てをしただけで、ここまでの情報を読み取ったのか……

さすが博士だ。

 

 

「ということは、犯人はやっぱりパルシェンでしょうか? でもパルシェンは確かでんきタイプの技を覚えないし……」

 

「ふむ。ではここでさっきの手の話に戻そう」

 

「手? ああ、しめつける攻撃を受けたかのような跡ですか?」

 

「そうじゃ。はたしてそのあとは本当にしめつける系の攻撃でつけられた跡なのか」

 

「いや、博士が言ったんじゃないですか、しめつける攻撃でできたような跡って」

 

 

 

「ふむ。では言い方を変えよう。あれは本当に物理攻撃でできた後なのだろうか」

 

 

 

物理攻撃じゃない? 圧迫された跡が?

 

落ち着け、もう一度考え直そう。

 

再黙想だ……

 

 

そもそもよく考えてみればおかしい。

でんきタイプ、こおりタイプで遠距離攻撃を仕掛けていた相手が、わざわざしめつける攻撃をするために接近戦を行うだろうか。

それほどまでにしめつけるに自信があったのだろうか?

いや、違う。さっきの思考で相手がみず・こおりタイプなのはほぼ間違いなくなった。

という事は、相手は遠距離から使えるしめつける攻撃を行った?

つるのむち? 違う。

 

さっきと同じだ。もっと発想を変えよう。

遠くから、触れずにラプラスに対してしめつけるのような圧迫のダメージを与えることができる技、それは……

 

 

「サイコキネシス!」

 

「その通りじゃ」

 

 

わかってしまえばなんてことはない。

相手は結局遠距離から自分の打てる技をラプラスに向かって放っていたにすぎなかったのだ。

少し不謹慎だとは思うが、なるほどなかなかに面白い。

自然の出来事ではあったが幾重にも積まれたミスディレクションが思考を思いっきり攪乱した。正直なかなかに考え込まされた。

だが、あとは答えにたどり着くだけだ。

 

「つまり、今回ラプラスを襲ってたのは、みず・こおりタイプで、10万ボルトやサイコキネシスやれいとうビームが使える……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう……ことか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーキド博士はミズキが気づいたことを察し、窓際の席へと移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぜ……そこまでする必要があったんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

「過去にはいろいろあるものじゃろう。人間も、萌えもんもな」

 

 

 

 

 

 

 

ミズキにはうなづくことしかできなかった。

 




イメージのなかのラプラスは

身長 主人公の腰ぐらいまで
体重 50キロぐらい

ってかんじです


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第0話 3 過去と未来

「おはようミズキ! 俺たちの萌えもんはどこにいるんだ!?」

 

「ばか! すみませんミズキさん。いつもいつも」

 

「気にすんなグリーン。レッドはそうでなくちゃな」

 

「まあまあ、浮かれるのも仕方ないって話よ。今日から私たちは萌えもんトレーナーなんだから。ミズキ、さっそく私たちの萌えもんを見せてちょーだい!」

 

「わかったわかった。ちょっと待ってろブルー」

 

 

マサラタウン史上でもかなりの大事件が起きた夜が明け、予定通りレッド、グリーン、ブルーの三人が萌えもんを受け取りにやってきた。

 

マサラという町に存在する家は、両手で数えれば事足りるぐらいの数しか存在しない正真正銘のど田舎だ。だから今、この町の子供はというとミズキを含めた四人しか存在しない。

だから四人は一緒に遊び、三人はミズキによくなつき、いつしか周りは四人を本当の兄弟のように扱い始めた。

 

もちろんミズキも三人のことが大好きだ。

 

鼻に絆創膏を付けてるような絵にかいたようなわんぱく坊主のレッド。

博士の孫であり、仏頂面だけど、実は熱く優しい心の持ち主のグリーン。

ボーイッシュな服でいつも元気なおてんば娘のブルー。

 

俺なんかを本気で慕ってくれているこいつらが大好きで大好きで仕方がない。

 

だからこそ、ミズキは大切に育てた萌えもんを、こいつらになら任せられる、と心の底から思っている。

 

 

 

「ミズキ! 俺は元気な熱いやつがいいぜ!」

 

「俺は……ようやくこいつらと離れられるんだから、物静かで落ち着いたやつがいいですかね」

 

「ちょっと! どういう意味よ! 私はそうね……私をなめるな! って感じの気の強い娘が好みかしら」

 

「わかったって。ったくせわしないやつらだ」

 

 

こりゃ決まったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ、俺の相棒はお前だ! ヒトカゲ!」

 

「おうよ! よろしくな! あかいの!」

 

「よろしく。フシギダネ。一緒に頑張ろう」

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。グリーン様」

 

「ゼニガメ。絶対みんなより強くなるわよ!」

 

「いいこと言うじゃない。よろしくね、ブルー」

 

 

一通り萌えもんに関する説明を終え、それぞれの相棒となりうる最初の萌えもんは

レッドがヒトカゲ。

グリーンがフシギダネ。

ブルーがゼニガメを持っていくことになった。

想定通りというか予定通りという感じだ。

まあうれしい反面もちろん切なさも感じる。

だがもともとあの三匹は俺がこの三人にわたすために育てていた萌えもんだ。

こうなるのは卵をもらった時からわかっていたことだし、もう餓鬼でもないのでごねたりしない。

 

ただ、昨日のことをちょっと思い出して、

こいつらの目をしっかり見ることができないっていうだけの話なのだ。

 

 

 

「うむ。レッド、グリーン、ブルー。いよいよこれからきみたちの物語が始まる。夢と冒険と萌えっこもんすたぁの世界へ、レッツゴー!」

 

「「「おー!!!」」」

 

いや、それなんなんですか。

 

 

 

 

 

 

「お前たち、これからどうするつもりなんだ?」

 

「俺は今日中にニビシティに着くつもりさ。前進あるのみだぜ! なっ、カゲ」

 

「おっ! いいじゃん! さすがだぜレッド!」

 

「脳筋め……俺はお爺ちゃんにお使いを頼まれているので一回マサラに戻ってきて、ついでにフシギダネを育成していこうと思います」

 

「よろしくお願いします。グリーン様」

 

「私はそうだなぁ、ゼニちゃんのほかに新しい萌えもんを捕まえようかしら。やっぱり早いうちにパーティはそろえたいしね」

 

「私一人で十分なんだけどね。まああなたがそうしたいならいいんじゃないかしら?」

 

研究所の外で、三人がそれぞれの三者三様な今後の予定をを話してくれた。

それを聞いて、思わずミズキのほほが綻ぶ。

 

それでいい。

ここから先のお前らの道は、誰の後ろでもない、お前らの道だ。思うように進めばいい。

萌えもんマスターになる道は、自分で探して作る道だ。

 

「そうか。頑張れよ。おっとそうだ、これは俺からの餞別だ。持って行け」

 

「うわあ、捕獲用のもえもんボールだ! ありがとうミズキ!」

 

「い、いいんですかミズキさん、こんなにもらっちゃって?」

 

いいのいいの。厳密には俺からの餞別ではないし。

 

「あら、気が利くわね。ありがと、ミズキ」

 

「おうよ。おまえら、しっかりやれよ。目指せ萌えもんマスターだからな?」

 

「あったりまえだ。絶対最強のトレーナーになるんだ。じゃあな、みんな!」

 

意気揚々とレッドが草むらの中へと消えていった。

 

「じゃ、私もそろそろ行こうかな。じゃあね、ミズキ、グリーン。次会うときはバトルだからね!」

 

ブルーも楽しそうにゼニガメと手をつなぎ歩いて行った。

 

 

 

「さてと、グリーン。お前はいかないのか? 博士のお使いって確かトキワシティなんだろ?」

 

横にいるグリーンに目線をやると、グリーンは真剣な表情でこちらを見ていた。

 

ちょっと嫌な予感がしてしまったのは、目が昨日の博士とすごく似ていたからだろうか?

 

今更ながらよくよく思い返せば、グリーンは今朝来た時からちょっと様子がおかしかった。

気遣い屋で表情があまり変わらないのはいつものことだが、今日はかなり俺のことを気遣っている感じがする。いつも博士に気遣われている俺だからこそ気づけるくらいの些細なものではあるのだが。

 

そして、

 

「ミズキさん、お話があります」

 

嫌な予感というのはなかなかに的中するものなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおミズキ? 見送りは終わったのか? すまんがちょっと探し物を手伝ってくれんか。あたらしく頼んでおいたもえもんボールのケースがどこかに消えてしまってのう。む、グリーン、お前もまだいたのか。ちょうどいい、お前も少し手伝ってくれ」

 

 

どたどたと自分の研究資料で埋もれた机の上をごった返しにしている博士を尻目にすっかりぐちゃぐちゃになってしまった研究所の奥の扉を開ける。

後ろの方で顔が引きつっているグリーンに、左手の人差し指で唇を抑えるポーズをとりながら右手で手招きをする。

 

「博士すみません。ちょっとグリーンと奥の部屋で話してるので探し物終わったら呼んでください。あ、片付けは自分でやってくださいね」

 

 

 

 

 

「よ、よかったんですか?」

 

「研究所の中に落ちてたのを拾ってお前らにわたしただけだ。ちゃんと棚にしまっておかなかった博士が悪い」

 

ゴリゴリという心地いい音を聞きながら背中越しに席に会話をする。

砕けた豆の心地いい香りが部屋いっぱいに広がり、紙の擦れたにおいがした部屋を俺の至福の空間へと変える。

 

「今日はジョウトのポポッコ印の豆、『風雲』だ。砂糖とミルクは?」

 

「砂糖はいいです。ミルクを一つ」

 

「いいねぇ」

 

博士の孫であるグリーンは、ほかの二人とは違い、いつも遊んでいた十四歳の俺とはまた別に研究員としての俺の顔も知っている。グリーンは子供ながらに礼儀も知っていたし、研究員の立場からしても追い払うわけにもいかなかったので、軽く書類の整理や片づけを頼んだところ、博士の孫とは思えないほどきれいに書類をまとめてくれたのでそれ以降は俺の助手の役割を担ってもらう事にした。

その時に俺が出してやったコーヒーをうまそうにのんでいたことから、俺の飲み仲間のようなものでもある。

 

「おいしいです」

 

「当たり前だ」

 

食器がぶつかる音だけが部屋の中に響き渡る。俺からすればかなり滑稽なのだがグリーンはいまだ真剣そのものだ。

 

「で? 話ってなんだ?」

 

ガチガチなままのグリーンのためにもこちらから話を進めてやる。まあ正直内容はわかってると思うんだが……

 

 

 

 

「ミズキさん、俺たちと一緒に旅に出ましょう」

 

 

 

ほらな。

 

「断る」

 

即答する俺に対してグリーンは眉間にしわを寄せる。

 

「どうしてですか!? ミズキさんほどの人であれば旅に出て、修行をして、萌えもんを捕まえて強くなればジムリーダーにだって勝てる、いやジムリーダーになれるかもしれない! それだけじゃない、萌えもんマスターになることだって、ミズキさんなら夢じゃない!」

 

「なんだよ、お前さっき萌えもんマスターを目指すって言ったのは夢だったのかよ。俺は悲しいぜ」

 

「揚げ足を取らないでください!」

 

机をたたくなよ。コーヒーがこぼれるだろ。

 

「ミズキさん。俺はあなたのことをお爺ちゃんの次に尊敬しています。あなたは俺のことを、『オーキド博士の孫』ではなく『グリーン』として接し、俺やレッドやブルーに萌えもんのことをたくさん教えてくれました。今日、俺たち三人がトレーナーとしてマサラを発つことができたのはあなたのおかげです」

 

「大げさだよ。お前らはなるべくしてトレーナーになったんだ。俺は年長者としての責務を果たしたに過ぎないのさ。お前らが気にする事じゃない」

 

「俺たちだけじゃない。フシギダネ達だって、俺たちとの隔たりができないように俺たちに合った萌えもんに成長するように育成してくれたんでしょう。萌えもんの自我を損なわず萌えもんの性格を調教しながら、萌えもんに好まれているトレーナーなんて、俺は見たことも聞いたこともない」

 

 

 

こいつ……

俺の近くにいただけで、それを感じ取っていたってのか?

こいつが俺が萌えもんの世話をしているところを見る場面なんて、数える程度の回数しかなかったはずなのに……

トンデモねえ子供だ。助手にして直々に知識をくれてやったのは正解だったようだな。

 

 

 

「はっ。俺からすればお前の方が天性のものに恵まれてると思うけどな」

 

「俺の話はいいんです。ミズキさん、俺は自分が萌えもんマスターになることよりもミズキさんに萌えもんマスターになってもらいたいとすら思っています」

 

おいおい。

 

「お前が俺に対してどう思おうが勝手だ。だがな、今日からお前は萌えもんトレーナーなんだ。お前に強くなろうという野心がなくてどうするんだ? 後ろ向きなトレーナーなんかに、萌えもんはついて行かないぜ」

 

「わかってますよ。これでもあなたの助手ですから」

 

 

少しばかり涙を浮かべた顔を上げて、歯を食いしばりながらこちらを向く。

こんなに感情をあらわに、咆哮し、苦しむグリーンの姿は初めて見た。

 

 

「俺、今から、誰にも言ったことのない俺の夢、言いますから」

 

 

カップに残ったコーヒーをすべて飲み込み、一呼一吸をして心を落ち着かせている

 

 

 

「俺の夢、それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最強の萌えもんトレーナー、ミズキに勝つことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……」

 

最後のコーヒーを飲みこむ。あまり味を感じなかったが、生まれて初めてまとわりつくこの香りにいらだった。

顔を上げると、そこにはほほを真っ赤に染めて今にも逃げ出しそうなグリーンの顔があった。

ちょっと吹き出してしまいそうになるが、無理やり抑え込む。

 

ここでグリーンの勇気に真剣に答えなければ、俺は一生後悔する。

 

 

 

ここのところの俺は謝ってばっかりだな。

 

 

 

 

グリーン、許してくれ。これが今の俺の精一杯なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「自首をすることができない殺人犯、ってのは、どういう気分だかわかるか?」

 

「……何の話ですか?」

 

グリーンが軽くぐずりながら問いに問いで返す。

 

 

 

 

心の優しい少年がいて、その少年には、ずっと信じていた人がいた。

世界中のだれよりも好きで、世界中のだれが悪く言おうがこの人に一生ついていくんだと決めていた人がいた。

 

 

そして少年はその人にあっさり裏切られた。

 

 

ある日、男は言う。

 

やってほしいことがある。

 

少年は二つ返事でうなずいた。彼のことを信じすぎていたのだ。

 

 

 

そして、終焉は唐突にやってくる。

 

 

 

 

 

男に騙され、少年は町に猛毒をばらまくためのスイッチを押してしまった。

 

 

 

 

 

少年は真っ青になり、自分が何をしたのかわからなくなり、一度その場から逃げだした。

 

しかしあとから我に返り、自分のした過ちを認め、自首し、ことのすべてを伝えよう。

 

何日も何日も一人で苦悩し、ようやく少年は答えを出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、本当の悪夢はここからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警察のところへ行くと、少年は哀れな子犬を見るような目で歓迎された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は自分のことを少年がばらしてしまわないように、事件の全貌を改竄したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年がいくら騒いでも、誰もが事件で壊れた少年に対する憐みの目を向けた。

少年がいくら泣いても、誰も自分を捕まえてはくれなかった。

 

 

 

 

 

少年がいくら吠えたとしても、罪を償うことはできず、

少年は被害者という刻印を体に張り付けて生きていくことになった。

 

 

 

 

 

死のうかとも考えた。

でも少年はそれが最低の選択肢であることに気が付いてしまった。

 

 

今自殺をする。

それは償いでも何でもない

ただの逃げ。

 

 

死ぬのなんて簡単だ。

だが、自分一人が死んでも自分が犯した罪の清算をできるはずがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ならば、

 

 

自分は生きよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は残る人生すべてを人のために捧げよう。

 

 

 

 

自分の心で牢屋を作り、

自分というものを可能な限りなくし、

懺悔の坂を限りなく歩こう。

 

 

 

 

 

 

「それが世間知らずの哀れな、ヒーローを気取ったクソガキの末路だ」

 

 

 

 

 

 




グリーンに力を入れすぎて、ラプラスを入れることができませんでした。
そして三話目にしてまだ主人公はマサラタウン……

次回ついに主人公がマサラを出る! かも……

乞うご期待!!


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第0話 4 そして時が動き出す

すみません
パソコンがバグって投稿できませんでした
そして長い、長すぎる……
プロローグは4話でおさめなきゃと思ってやりすぎました



「それが、ミズキさんがこの町を出ない理由なんですか……」

 

昔語りの口調で話す俺の話を黙って聞いていたグリーンの第一声は、くぐもって潰れそうな声だった。

 

「ばーか、ちげーよ。たとえばの話だ。どっかの少年がそういう状況だったとき、同じことをお前は言えるのか? っていいたいだけだよ。俺は」

 

こんな言葉がやさしいグリーンにどれだけ卑怯で効果的な言葉か、俺はしっかりわかっている。

グリーンはこんなにも大人びているが、俺との四年の差はでかい。口論で勝つなら、そこでつついてやればいい。それだけの話だ。

 

「百人が山に登るなら、そこには百通りの道があり、山を登った後、後ろを向けば他の奴らが選んだ百通りの道が下につながっている。人がいれば人の数だけ過去と未来があるんだ。過去を探るのは無粋だし、未来を固めるなんておこがましいってもんだ」

 

グリーンはわかりやすく肩を落とした。

仕方がない。おそらく、グリーンの中の優しい俺は話に耳を傾けていたんだろう。そして、弟分の夢を聞いて、その想いにこたえて立ち上がっていたことだろう。

 

 

だが残念ながら、俺の思い描いたコースは、グリーンの直線な道のりとはまったくもって非なるものだった。ということだ。

 

 

「悪かったな。でも感謝はしてるぜ。それだけ俺のことを高く評価してくれて、それだけ俺のことを信用してくれて、正直思いが揺らがなかったかって言われたら嘘になるさ。でもな、俺の心も、お前の思いと同じくらい固まっちまってるんだ。俺は俺の夢のために、ここを出ようとは思えない。かといって、お前のためにここを出てトレーナーになったって、それこそ萌えもんはついてきてくれない。だから俺はお前たちとはいけない」

 

 

もちろん世話をしてきた子供から目標にされていたっていう事実は素直にうれしい。兄貴冥利に尽きるってもんだ。

しかし、そのほんのわずかな希望も、持たせることはゆるされない。

それがわがままな俺に課せられた使命ってもんだ。

 

 

 

「わかりました」

 

 

 

ふう、と一息つく。

正直言って、レッドはレッド、ブルーはブルーですさまじいものがあるが、グリーンは実は三人の中でもかなりの頑固者だ。自分の考えを絶対に曲げず突き通す。だからこそ、同じように頑固ではあるものの根本的な柱がずれているレッドとはしょっちゅう喧嘩をしていたし、女の子的な考えでグリーンを否定するブルーに対してはいつも言い争いになっていたりした。

まあなんだかんだ言って似た者同士だから結局仲直りするのだが。

 

 

そんなわけで、グリーンはとてもあきらめの悪い子なのだ。

 

 

 

 

「じゃあ、ミズキさん。俺のお願いを一つ聞いてくれませんか?」

 

 

「内容によるな」

 

 

 

 

 

 

 

もし……

 

 

 

だったら……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……相変わらず底意地の悪いやつだな」

 

「あなたの助手ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミズキ、グリーン。話は終わったのか? それならちょっとこっちを手伝って「グリーン、今日はもう遅いから、お使いは明日の朝にした方がいいんじゃないか? ね、博士」

 

「いや、萌えもんボールの在庫が見つからないからグリーンには早く「だそうだ、グリーン。今日のところは家に帰って休め。出発はまた明日の朝にすればいい」

 

「そ、そうですね。ごめんなさいお爺ちゃん。今日のところは家に帰りたいと思います」

 

「お、おお、そうか。ところでミズキ、お前何かわしに対して隠し事「じゃあな、グリーン。しっかり寝て明日に備えなさい」

 

 

博士がわちゃわちゃとうるさい気がするがたぶんきのせいなのだろう。心当たりないし。

そういってグリーンを見送った後、何も気にせず奥の研究室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

「はあ」

 

再び『風雲』を挽いて落ち着く。

子供の成長は早いものだ。いや、世間的には自分も立派な子どもなのだが。

多少頭はいいとはいっても、去年まで自分の後ろをとことこと歩いてくるだけだった少年が、いつの間にか後ろから自分の背中を押してくるようになっていた。

そしてそれでも自分は動かない。

本当につくづく情けない兄貴分だ。

グリーンだけじゃない。レッドにも、ブルーにも、俺が勝っているところなんて年齢以外に何一つないのかもしれない。

それでいてあいつらに対して面倒見てきた年上面している自分はどれだけ滑稽なことだろうか。

しかし、自己嫌悪もほどほどにしておかないと、あそこまで俺を尊敬してくれているグリーンにも申し訳ないし変な思考もこの辺にしておく。

 

「しかしやっぱりうまいな」

 

「とてもいい香りですね、心が落ち着きます」

 

「だろ?」

 

 

ん? 俺は今誰と話した?

はっとして横を見る。

血の色をフラッシュバックさせる、遠くを見ているような眼が必死によじ登ってこちらを見ている。

 

 

「おお、お前か。もう体は大丈夫なのか?」

 

「ええ、おかげさまで。あなたがわたしを助けてくれたのですか?」

 

かわいらしい声で俺に反応してくれたのは、昨日自分がここに運び込んできた、小さなラプラスだった。頑張ってこちらの顔を見ようとカプセルから出ようと背伸びしてこちらに顔だけをのぞかせた姿はまさしく年相応の子供といったところだろう。だが随所に昨日の傷が残り、やつれたかのようなパーツがちらほらと見える。

しかし、それを感じさせないほどに、かわいらしく透き通った声が印象的だった。

 

「あ、ああ。治療をしたのは博士だし、回復したのはその萌えもんセンター特注のカプセルのおかげさ。俺はここまで運んできただけだよ」

 

「博士?」

 

「オーキド博士、この研究所の主さ」

 

「ああ、あの方がそうなのですか。その方とは今朝、わたしが起きた時に軽く話し、その時にあなたのことも聞いたのです。わたしをここまで運んできてくれたのはあなたなのでしょう? 礼を言います」

 

そういう言いながらカプセルをよじ登り、上に立つが、萌えセン使用のベッド型カプセルの外ガラスは、唐突な落石などの外からの衝撃に弱くならないよう反円を描くような形で作られている。

よって上の開き口から一人で出ようとすると、

 

「わー!」

 

落ちる。

 

「ぎゃん!」

 

 

予想通りラプラスは滑り台のようにカプセルの表面をなぞり、床へお尻を強打した。病み上がりということもあり倍痛いだろう。

 

「大丈夫か」

 

「だ、大丈夫です」

 

腰をさすりながら立ち上がる。あまり大丈夫そうには見えない。

それでも体裁を保ち、自分の方に向かって礼をしてきた。なんだこいつ、かわいいな。

 

「ところで、ここはいったいどこなのでしょうか? もともといた島から、どれだけ流されてしまったのか……わたし、これまでに陸に上がったことがなくて、地上の地形はあまり詳しくないんです……」

 

「ん?」

 

「え。わ、わたし、何かおかしなこと言いましたか?」

 

「ああ、いや」

 

意外だった。実は今全身を見て気が付いたのだが、このラプラスはかなり陸上の戦闘に優れたタイプの個体だった。海上で生活するラプラスは、基本的に半身が海に使っているため、残りの半分の急所を覆い隠すため、『シェルアーマー』と呼ばれる甲羅を背中に背負っている。しかし、この娘のシェルアーマーはかなり小さくまとまっており、スカートも少し短く、歩くのに苦にならないような進化を遂げている。

てっきり、どこかの陸上で生活しているタイプの変異個体だと思っていた。

まあ、海での生活に支障をきたすほどの変化ではないし、ラプラスは生活ベースが水中での萌えもんなのだから不思議でないと言えば不思議でないのだが。

大方、陸で卵がかえったラプラスが物心つく前に本能的に海に出たとか、その辺だろう。

 

「んで、島だっけ? ここはマサラタウン……って言ってもお前らにはよくわからないよな。近くに人間が住んでる場所とかはなかったのか?」

 

「人間……ああ、住処から西の方にずっと泳いで行ったら一度だけ人間の島に着いたことがあります。確かそこの方々は、ぐ、ぐ、グリムトウ? って言ってたかな?」

 

「グレン島のことか……てことはお前の出身地の近くの島ってふたご島か。なるほど……あの辺は知性が高くて縄張り意識の強い萌えもんが多いということでB級危険区域に設定されてるからな。今までラプラスの生息地が不明なままだったわけだ」

 

独り言のように感心してつぶやくと、目の前、いや、正確には目下にいるラプラスが口を抑えながら、明らかに失言したと言わんばかりのポーズをとっている。

いきなりなんだ?

 

「どうした? また具合でも悪くなったのか?」

 

「い、いえ! な、何でもないです」

 

? ああ、なるほど。

 

 

 

 

「心配すんな。生息地のことは別に誰にも言わねーよ」

 

 

 

 

ラプラスが驚いた表情をこちらに浮かべている。

その頭を、軽く、優しくなでてやる。

 

 

 

 

「信じろ、な?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 

優しい子だ。この子は、自分以外を思える萌えもんなんだ。

なのに、どうしてなんだ。どうして。

 

 

 

「ラプラス」

 

「はい? なんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

「そんなにお前が大切に思っている同種に、どうしてやられてしまったんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

当人は口を半開きにして俺の目の前で固まってしまった。

まあその反応をくれるだけで、それほど俺の発言は予想外で、的を射たものだったってことがわかる。

軽くうぬぼれは入るのだが、この研究所を支えるトップ2の俺とオーキド博士の考察だったのだ。それなりに当たってる自信はあった。

 

当たっていてほしくなかった。

 

「なんの、話ですか?」

 

やめろよ、とぼけないでくれ。痛々しくて見てられない。

いったい、なぜ俺はこの子にこんな質問をしたのだろう?

こうなることはわかっていたことじゃないか。

どうしてこんなことを聞こうと思ってしまったんだ?

この子を守ってあげるため? 違う。

この子の今後を心配したため? 違う。

命を助けたことで気持ちが上からになっていた? あるかもしれないけど本質じゃない。

 

俺はいったい、この子に何を感じたのだろう?

 

 

 

「わたし、わたしは別に、辛くも、何もなくて。ただ、ちょっと……

 

 

 

「いい」

 

 

 

「えっ」

 

「答えなくていい、悪かった」

 

 

 

何とも言えない空気が部屋を包み込む。

時間が止まったかのようにすら思えるほど、そこは無音で、不動だった。

いったいラプラスは今どんな思いなのだろう。

どれほどまでに辛いのだろう。どのようにつらいのだろう。

それをわかろうともしてないくせに、俺はいったい何がしたかったんだろう。

 

 

「頭を冷やしてくる。適当にあるもの食ってくれ」

 

 

 

 

 

研究員の共有スペースへと戻るとさっきまで大騒ぎしていたオーキドが、すでに自分のデスクに腰をおろし、ラジオを聞いていた。

 

探し物してたんじゃなかったのかよ……

 

その探し物の原因が自分であるということも忘れて、ミズキはただひたすらにオーキドに対して苛立ちを覚えていた。

理由は簡単、ただのやつあたりだ。

自分のとった行動がよくわからない。自分が何をしたかったのかよくわからない。

そんな状態に、ミズキは今までになくイラついている。

 

だからだろう。博士の真剣な表情に気が付けなかったのは。

 

「ちょっと! 探し物してたんじゃないんですか!? 周りも汚いまんまだし、片付けてくださいって言いましたよね!?」

 

「ミ、ミズキ、お、お前!」

 

 

 

依然、黒づくめ集団の目撃情報を追っています。以上、萌えもんニュースでした。

続いては、オーキド博士の萌えもん講座……

 

 

 

黒づくめ?

 

まさか!?

 

まさか!!!!!!!!

 

「博士!」

 

殴りかかるような剣幕でオーキドの胸ぐらをつかむ。

 

「奴らが帰ってきたんですか!? 解散したんじゃなかったんですか!? どういうことですか、博士!?」

 

「落ち着け! 落ち着けミズキ!」

 

「落ち着けるわけないでしょう! なんで隠してたんですか! こんな、こんな、こんなことを」

 

「落ち着け!」

 

「っっ」

 

博士が無理やり、手を口に覆いかぶる。

呼吸が整ってきたころに、博士の顔に目をやる。

 

ああ、俺は何をやっているのだろう。

勝手に苛立って、勝手に切れて、勝手に暴れて。

大切な恩人の胸ぐらをつかんで。

さっきラプラスに言ったじゃないか。頭を冷やしてくるって

 

 

「すみませんでした。博士」

 

博士の手から離れ、一歩下がった位置で深々と頭を下げた。

 

「いや、きにするな」

 

博士も落ち着いた様子で返す。

 

「いえ、今のはただのやつあたりです。やってはいけないことをしました。本当にすみません」

 

「だから気にするなと言っておろう。二、三日お前さんにかくしていたことは事実じゃ。今奴らの情報を渡すことは、お前にとってプラスにならんと思ってのう」

 

「すみません、ありがとうございました」

 

しかしどうする。

R団を野放しにすることは絶対にしたくない。

それをしてしまえば俺がここで懺悔をする、誓ったことの意味がなくなる。

そもそもなぜ今更復活したのだ。それさえ分かれば対処の使用もあるというのに。

ああだめだ、今日は本当にいろいろなことがありすぎてうまく思考ができていない。

どうすればいい? どうすれば奴らを止められるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミズキ、わしからお前に提案じゃ」

 

 

 

 

ずい、といきなりオーキドがミズキへと顔を近づける。

超直ちょっと気味が悪かった。

 

 

 

 

 

「な、なんですか、博士。いきなり」

 

 

 

 

 

 

「ラプラスと一緒に旅に出ろ」

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

本日二度目のTHE W○RLD。

時が止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんですか博士藪から棒に。昨日行かないってしっかり答えたじゃないですか。俺にはまだ自分を許すことは……」

 

 

 

 

 

「これはお前が許すための旅ではない。お前が過去のお前を切り離すための旅じゃ。お前は今、過去という足かせのせいでほかのだれにも頼るという行動をとることができない。だからここに閉じこもり萌えもんももたない。そうじゃろう」

 

 

本筋ではないが全くないとは言い切れない話にミズキは軽くうなずく。

 

 

「こんなことをお前に言うのは無神経だと思うかもしれん。だがあえて言おう。ミズキ、今R団が復活したことをお前はチャンスだと思うべきじゃ。自分の怒りの清算どころにも逃げられてしまい、罪の居場所すらなくなってしまったあの時とは違う。どうじゃ? 今がお前を縛る鎖のカギを捜しに出る一世一代のチャンスだとは思えんか?」

 

 

ミズキはその場で考え込む。いや、しかし、

 

 

 

「博士が言いたいことはわかります。でも、そんな俺の私欲のために、ラプラスを巻き込むことはできません。そもそも俺はそれをやろうと思えばやるタイミングはいくらでもありました。ですが俺は、絶対にそれをしないとここで働くことを決めた時に誓ったんです。俺にはラプラスを利用するなんて、そんなことできません」

 

 

 

「ああ、わしも昨日まではそんなことを言うつもりはなかった。だが、今日になってこんなことを言い出したのにはわしなりの理由がある」

 

「理由?」

 

「そのラプラスじゃよ。あの子はお前と一緒に、お前を引っ張るわけでも、お前の陰にいるわけでもなく、お前と一緒に横を歩ける萌えもんだと思ったからじゃ」

 

 

 

 

 

いいか、ミズキ、よく聞け。あのラプラスはな、

 

お前と同じ目をしていた。

 

お前がこの町に来た時と同じ、先を見ることができない瞳をしていた。

 

まぬけな理由だと思うか? わしは本気でそう思っておる。

 

あの日のお前と今朝のあの子は、同じようなおびえ方をしておったからのう。

 

きっとお前らはお互いがお互いの弱いところを支えあえる存在になれるじゃろう。

 

わしはそう思う。

 

 

 

 

「だそうだぜ、どうする、ラプラス。行くか行かないかはお前の自由だ」

 

オーキドの最後まで聞くや否や、ミズキは何も言わずにすたすたとラプラスのところへと戻り、一言一句正確にオーキドの言葉を復唱した。

 

「それをこたえる前に、お聞きしたいことがあります」

 

「俺の過去以外なら大抵のことにこたえよう」

 

「あなたはその話を聞いてどう思ったのですか? 私と一緒に旅に出たいと思ったのですか?」

 

まあ、その質問は来るだろうとは思っていた。

萌えもんとしては当然の疑問だ。自分がしたがう親を決めるのだから。

完全に予想通りだったから、予定通りの答えを言う。

 

 

「わかんね」

 

 

「わからない?」

 

「ああ。まったくな」

 

不思議そうな声、とも言えない、ある程度棒読みに近い声でやり取りが続く。

 

「お前と接していて、自分の中に気持ち悪い違和感を感じていたことは事実だ。だが、それがお前と俺の類似点にシンパシーを覚えたものなのかはわからないし、同族嫌悪だったのかもしれない。別にお前をパートナーにするために助けたわけでもないし、っていろいろ考えたらよくわかんなくなった。俺がここにとどまる理由はほとんど博士に完全ロンパされちまったし、もう俺にきめられることはない。だからもうお前に直接聞きに来た」

 

 

「なるほど」

 

 

「さあ、ラプラス、どうする。

外に出るとしたら俺の目的はただ一つ、

『R団の壊滅』だ

俺と一緒に来ることになれば必然的にお前にもそれに手伝ってもらう事になる。決して楽な旅にはならない。それでも俺についてくる、と言ってくれるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうひとつ、質問させていただきます」

 

 

 

「なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたのその目的は、『野望』と言えるものでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が生きる理由のすべてだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お爺ちゃん、ただ今戻りました」

 

「おおグリーン、すまなかったのう。昨日なくなったボールの補充まで頼んでしまって。ほれ、これは小遣いじゃ」

 

「い、いや、いいよ。大丈夫」

 

翌日、軽い罪悪感を一人で感じてしまったグリーンは、朝一でトキワのフレンドリィショップへと足を運び、お使いの命を果たしてきた。

 

「それじゃあ、お爺ちゃん。今日こそ俺も出発します」

 

「ああ、しっかりやるんじゃぞ。正直渡しておいてこういうのもなんだが、ほかの二人に任せても図鑑が完成するとは思えん。お前だけが頼りじゃ」

 

「ははは。そうだお爺ちゃん。ミズキさんは? 最後に挨拶がしたいんだけど?」

 

「ミズキはまだ寝とるようじゃのう。全く、こんな日に限って寝坊しよって。ちょっと待っとれ、はたき起こしてやる」

 

「いや、それならいいよ。代替のあいさつは昨日済ませたからね」

 

「おお、そうか? よし、それじゃあ行って来いグリーン」

 

「はい、頑張って一人前になって見せます」

 

 

その日、遅ればせながら、三人目のトレーナーがマサラから旅立った。

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

「いきましたか?」

 

 

「ああ、もう行ったよ。しかしなんでわざわざグリーンと時間をずらしたんじゃ? 一緒に行けばよかったじゃろうに」

 

 

「いいんですよ、これで」

 

 

今、一緒にここを出ちまったら、約束が違っちまうもんな。

 

昨日情けない姿を見せちまったぶん、

俺は過去を清算して、

お前の理想の‘‘萌えもんトレーナーミズキ,,として、お前と約束を果たして見せる。

 

 

「それにお前、ボールはもっと持って行った方がいいと思うぞ。萌えもんを捕まえることはそう簡単なことじゃないことはお前もわかってるじゃろう」

 

 

「捕まえませんよ」

 

 

「な、なに?」

 

 

「昨日も言ったでしょ。俺は自分の目的のために萌えもんを使うのはしたくない。

だから俺は俺たちと一緒に野望をかなえようと言ってくれる萌えもんと一緒に旅をします」

 

 

なっ、相棒。

 

 

「出てこい、スー!」

 

 

赤い光線とともに現れるその姿。

昨日までまとっていた重苦しい雰囲気が消え、

体が本来の美しい色を取り戻している。

こちらももうすでに、少し鎖が外れたようだ。

 

「お呼びでしょうか。マスター」

 

「出発だ。これから俺たちは絶対に逃げられない旅への一歩を踏み出すんだ」

 

「逃げませんよ。わたしたちは為すべきことを為さなければいけません」

 

「そう、俺たちには罪がある。逃げてはならない過去がある」

 

「この旅は、贖罪と払拭の旅でもあるのです」

 

「行こう」

 

「行きましょう」

 

 

 

 

 

 

「「望まれない者たちの旅へ」」

 

 

 

 

 

 

「一晩のうちにずいぶんと仲良くなったもんじゃのう」

 

 

研究所の外から聞こえる、きまった、とか、練習の甲斐が、とかがオーキドの溜息を一つ増やした。

 

 

 

 

なら契約をしませんか?

 

契約ねえ。

 

はい。わたしとマスターはそれぞれの野望を達成するまで、この契約を守り続ける、というものです。

 

お前にもあるのか、野望とやらが。

 

はい、もちろんマスターにはこれを私が達成するために協力してもらいます。楽な旅にはならないと思いますが。

 

はっ、じょうとうじゃねぇか。弱音はいて逃げるなよ。

 

逃げませんよ。そのための契約なんですから。

 

 

 

 

 

契約者 2人

ミズキ、スー

 

契約1

我々は互いの過去に関せず

 

契約2

我々は互いの野望のために尽力し、中断およびそれに準ずる行為のすべてを禁ずる

 

契約3

大なり小なりの野望を携え、既存の契約者と同等およびそれ以上の野心を持つ者のみ、新たな契約者としてパーティに加入することを許可する。

 

野望

ミズキ

R団を壊滅させる

スー

誇れるような自分となり、故郷に帰る

 

契約4

楽しい旅であれ

 

 

 

 

過去

ミズキ、スー   不明

 

 

 



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第1話 1 トレーナー

パソコンのバグがなおらんのでちょっとこれから遅くなるかもです
許してください



 

 

「さて、そうして俺たちの旅は始まったわけだが、基本的には俺の目的の最短ルートを通って行くっていう旅の形になるけど、大丈夫か」

 

「はい、もちろんです。マスターとともに歩き、強くなり、誰もがわたしを一人前のラプラスと認めるまで旅を続ける。それがわたしの目標ですから」

 

1ばんどうろの草むらをかき分け歩きながら、二人は今後の計画を話し合っていた。

萌えもんトレーナーは基本的にはボールの中に萌えもんを入れて、野生萌えもんが現れた時に自分の萌えもんを出して戦う。それは、萌えもんをしまってさえいれば、よほど気性の荒い個体でないかぎり、出会いがしらで野生萌えもんがトレーナーに攻撃してくるということはそうそうにないからだ。そうすることによって、戦う必要のない萌えもんを選別することができる。

そして、一番の理由は、萌えもんボールというものが存在する中でわざわざ萌えもんを隣に連れて歩くのが異端である、という、所謂世間体というやつだ。

連れているトレーナーが後ろ指を指される、とは言わないが、かなりトレーナーとして目立つ存在になるだろう。そうなると強いトレーナーとして有名になれば、恐れられて相手をされない、弱いトレーナーとして有名になれば、甘く見られて相手にされない、というような不都合が発生する可能性がある。

そもそもそういうデメリットを抜きにしても、日本人の特徴として、あまり周りから外れるような行動をとらないというものがあるのだ。

 

にもかかわらず自分はラプラス、愛称スー、を外に出したまま一緒に歩いている。

 

その理由としては、スーにいち早く大地に慣れて欲しいというものがある。

これからスーには間違いなく陸上で戦闘をしてもらう事が多くなる。スーは見た限りでは陸上の先頭が苦になるような体ではない、むしろ昨日までは気づいていなかったが甲羅のサイズやスカートの短さに加えて、足回りの筋肉もみず萌えもんのそれとは比べ物にならないほどしっかりしている。やはりラプラスに陸上系萌えもんの血が混じった固有種なのだろう。

まあそんなことはどうでもいい。

 

契約1

我々は互いの過去に関せず

 

俺には俺の過去があり、

スーにはスーの過去がある。

 

それでいいのだ。

 

さて、話を戻すと、それならば外に出して少しずつ地上という文化に慣らしていけば、そん所そこらの下手な萌えもんよりも陸上戦闘が得意になってくれるのではないか。そういう風に思ったのだ。

地面が固ければ着地の時に足が痛む。

地面がぬかるんでいれば移動の時に足を取られる。

そういう当たり前のことを、少しずつけいけんちとして覚えていってもらう。これは絶対にのちにプラスになってくれる。

 

 

まあ、そういう理屈的な考えももちろんあるのだが、

一緒に旅した方が楽しいでしょう?

 

 

「マスター! マスター! 見てください! あんな萌えもん見たことないです!」

 

「ああ、あれか。あれはねずみ萌えもん、コラッタだ。いちばんどうろで一番ポピュラーな萌えもんだな」

 

「すごいですマスター! こんな世界見たことありません! 萌えもんが土の上を走っています! 萌えもんが植物の中に隠れています! 人の住まう地上というものはこんなに広くて不思議なところなんですね。わたし感激しました! マスターについてきてよかったです!」

 

少しだけ先にとがって先端は丸い特徴的な手をパタパタとはためかせながらスーはあたりを走り回っている。そこまで喜んでくれるのであればトレーナー冥利に尽きるというものだ。そして予想通り、初めて自分の足で歩く萌えもんとしてはどう見ても動きが機敏だ。

この動きにもともとのラプラスの能力。もしかしたらこちらとしても、最高の相棒を連れてこれたのかもしれない。

 

「お前が喜んでくれて何よりだよ。これはお前の経験を積むための旅でもあるんだからな。ま、ゆっくり進もうぜ」

 

「はい、あ、でもマスター……」

 

「ん?」

 

「マスターの野望は、そうゆっくりしていることはできないんじゃ……」

 

思い出したかのようにはしゃいでいたことを申し訳なさそうにこちらへと振り返る

 

R団をつぶす。

 

それが俺にとってどういうことを意味しているのか。

それをしっかりとスーは理解してくれているようだった。

そしておそらく、それを野望として打ち立てている意味も……

 

「いいのさ」

 

「え?」

 

「いいんだ。どうせ急いだって短縮できる時間は限られてるし、焦りは余計な結果を生むことだってある。だったら情報収集しながらじっくり確実に詰めていくのが筋ってもんさ。

それに 契約4 楽しい旅であれ だろ?」

 

「っ! はい!」

 

そういうとスーは嬉しそうに町の方向へと走っていく。

ありがとな。スー。お前と一緒なら、この旅をやり遂げられる気がする。

そんな気がしてきた。

 

とはいえ、焦らないようにとはいっても、のんびりしてていいわけでもない。

まずは情報収集、トキワシティだ。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、スー。ここがトキワシティだ」

 

「うわぁ!」

 

感嘆。

その感情が分かりやすく伝わってくる。

マサラタウンから来たカントーのトレーナーは間違いなくこのトキワシティに来ることになる。そしてマサラ以外の町を知らない子供たちは自分たちの世界の狭さに愕然とするのだ。今のスーのように。

 

「マ、マスター! 博士の研究所みたいな建物がいっぱいあります!」

 

「ああ、そうだな。あとで適当に説明してやるよ。しかしまずはちょっとやりたいことがある。付き合ってくれるか?」

 

「は、はい……」

 

明らかに落胆するスーに対してちょっとした罪悪感を覚える。

許せ。

 

 

 

場所は変わって22ばんどうろ。スーは町の方向に体を向け、未練ある故郷を離れるかのような目を向けている。

 

「わかったわかった。俺の用事がすんだら美味しいものたくさん食べさせてやるから」

 

「!!!」

 

あ、こっち向いた。こいつ、くいしんぼうだったのか。

 

「わ、わかりました。それで手を打ちましょう」

 

「よだれよだれ」

 

 

 

「で、マスター。この草むらで何をしようとしているんですか?」

 

「萌えもんバトルさ。ちょっとお前の戦闘力を図らせてもらうぜ」

 

「ああ、なるほど。わかりました。で、どのように戦えばいいのですか?」

 

「まあ戦い方に関してはバトル中に俺が判断するからお前は言うとおりに、なるべく作戦に先入観を持たずに臨機応変に動いてくれればそれでいいさ」

 

「作戦に先入観を持たず? どういう意味ですか?」

 

「まあ戦っていけばそのうちにわかるさ。よし、じゃあまずお前のつかえるわざを教えてくれないか?」

 

「っ」

 

瞬間、スーの表情が少し歪む。 なんだ?

 

「どうした? 何か癇に障ることがあったか?」

 

「い、いえ。何でもないです。えーと、私のつかえるわざは、うたう、なきごえ、みずでっぽう、しろいきり、あやしいひかり、それぐらいですね」

 

「なるほど……」

 

正直言って想定以下だった。グレン島近くに生息していたラプラスということだったので、かなり成長している、明確に言うと攻撃手段としてのしかかり、欲を言えばサポートとしてあまごいあたりまで覚えていてくれると助かる、ぐらいに考えていた。わざから逆算するに、おそらく生後1年たったかたってないかぐらいなのだろう。

 

まあいい。こいつはいま磨けば光る原石なんだ。

トレーナーとしての腕の見せどころじゃないか。

 

「わかった。とりあえず俺たちの初陣をするにあたってふさわしい相手を探しに行くとしよう。俺たちに今足りていないのは、ほかの何よりも『実戦経験』だ」

 

「はい、マスター。質問です」

 

「はい、スー君。質問を許可します」

 

「野生萌えもんと戦闘してけいけんちを積むという方法を取らないのはなぜなのでしょう?」

 

「うむ、至極あたりまえな疑問だな。それに関しては俺がこの場で教えてやってもいいんだが、これも体で体感した方が早いだろう。とりあえずトレーナーを探して一戦交えてみようぜ」

 

さてと、じゃあ誰と戦おうか。

当然戦う相手はだれでもいいというわけではない。

もちろん強い相手弱い相手なんて選ばずに戦うことができればそれが一番だが、明らかに勝てない相手に挑んでスーを落ち込ませるような結果にしてしまうのは最悪だ。

だが、戦い方のなっていない相手を選んで戦ったところで、これからのスーにプラスにならない。

初陣の相手はそう、理想を言うのであれば、

 

スーがいくら一人で頑張っても勝つことができない相手に俺が勝たせてやる

 

これが一番だ。

しかしそのための相手を探すというのはどうにもこうのも……

 

 

 

 

「ミズキ! ミズキじゃない!」

 

 

 

 

そのとき、どこからか声が聞こえてくる。

ん? どこだ?

スーとゆっくり話し合いをするために萌えもんのいる草むらを避け、かなり開けた道路にいるため、人が隠れるような場所はない。

 

「うえよ、うえ!」

 

言われてから上を見る。

いや、声を聞けばお前だっていうのはわかってたんだけど……

 

「パンツ見えてるぞ。ブルー」

 

「えっ!? きゃーーーーーー!!!」

 

「ちょっ! おまっ!」

 

どうやってかは知らないが空中浮遊をしていたブルーはいきなりスカートを抑えたことによって空中で両手がふさがり、そのままパンツが見える位置にいた、つまり真下にいた男のところへ落下した。

 

「だだだだだ、大丈夫ですか!? マスター!」

 

「だから言ったじゃねえか、重くてとっても無理だって」

 

翼を動かしながらバサバサと音を立てて降りてきたのはことり萌えもん、オニスズメだった。

なるほど、おおかたブルーが捕まえたオニスズメに対して「空を飛んでみたい」的な駄々をこねたのだろう。そりゃあオニスズメの体躯じゃあ人を持ち上げて長時間飛び続けることはそらをとぶを覚えていたとしてもかなり難しいだろうに。

 

「失礼ね! 全然重くないわよ!」

 

「いや、そういう問題じゃねえだろ。てか降りろ」

 

「えっ、きゃあ! ミズキのスケベ!」

 

「なんでだよ」

 

一発華麗な平手打ちをくらう結末となった。納得いかん。

 

「お前が上にいるときに声をかけるからそういうことになるんだろうが」

 

「だからってわざわざ言わなくてもいいじゃない! もう、男って最低!」

 

ぎゃあぎゃあといきなり騒がしくなってしまった。さすが年頃の女の子というべきか。

 

「ってそれはそうとミズキ! あんた旅に出ることにしたの!?」

 

「ああ、まあな」

 

ブルーは明らかに驚愕の眼差しを向ける

当たり前か。こいつを含めた三人はどれほどまで頑なに俺が旅に出なかったかを知ってる。

グリーンは顕著に俺のことを心配していたが、ブルーとレッドにだって少なからずそういう思いがあったのだろう。

 

「ふーん。マサラに引きこもり続けてたあんたがねえ……ようやく決心したんだぁ。で? その娘があんたの萌えもんってわけ?」

 

いぶかしげな眼でこちらに質問をしている。ああ、そういえば博士以外こいつのこと知らなかったな。

 

「おうよ、俺の相棒、ラプラスのスーだ」

 

「よ、よろしくお願いします。マスターにはお世話になっています」

 

まだほとんどお世話してないけどな、と突っ込むのは無粋だろう。

そんなくだらないことを考えている間、ブルーはスーの体をくまなく、それこそなめまわすように見ている。見られているスーは縮こまってしまい、気を付けのポーズをとったまま固まっている。

おいおい、可哀そうだろうが。

 

「ふーん、ミズキをやる気にさせた娘なんだからなんかすごい萌えもんなのかと思ったけど、なーんか普通っぽいわね。むしろちょっと弱いんじゃない?」

 

「あう」

 

あーあ、スーが落ち込んじまった。やってくれるぜ、ブルーのやつ。

 

 

 

ん、まてよ……

 

 

 

「まあいいわ、どうせ最強のトレーナーの称号を手に入れるのは私たちなんだから、そもそもミズキがいくら頑張ったって無駄なんだもん。じゃあね、ミズキ。萌えもんも捕まえたし、私はそろそろ次の町へ」

 

 

 

 

「まちな、ブルー」

 

 

 

 

言いながら右腕をいっぱいに広げて通り抜けようとするブルーをとうせんぼうする。

 

 

「……なによ」

 

 

「確かに俺はお兄さんだが、自分の萌えもん小馬鹿にされて黙って入れるほど大人じゃなくてな」

 

「あら、小ばかにしてるように聞こえた? 謝って欲しいなら謝るわよ?」

 

「いや、いらねえさ。ぶっちゃけそっちはおまけだからな」

 

「何の話よ?」

 

 

 

「いまや、俺とおまえはただの仲良し幼馴染じゃねえ、二人の旅するトレーナーだ」

 

 

 

 

目があったらバトルだろ?

 

 

 

 

「あんた正気? あんたのてもちってそのラプラス一匹だけなんでしょ?」

 

「おうよ。ついでにこれが初バトルだ」

 

はぁ、とあきらめたかのように深いため息をつく。

あまくみられてるなあ、俺もスーも。

 

「いいわ、やりましょう。萌えもんトレーナーの先輩としてデスクワーク大好きなミズキちゃんに戦い方を教えてあげようじゃない」

 

「おーおー。教えてくれやブルー先輩。ルールはどうする? 公式ルール制か、野試合用の無制限制か?」

 

「公式ルール。数はそっちに合わせてあげるわ。一対一の一本勝負。先にひんしになった方の負けよ。

 

「一対一? なめんじゃねえよ」

 

「は?」

 

 

 

 

「何体使ったっていいからかかってこいよ。年上のハンデだ。全員まとめてなぎ倒す」

 

 

 

 

「……なめてるのはどっちよ」

 

「どうだかな」

 

「いいわ。そのルールでやってあげる。一匹目で倒しちゃえば問題ないんだから!」

 

「いい気迫だな。三分後に開始だ。しっかり作戦たてときな」

 

「そっちこそ!」

 

 

 

 

背を向け離れていく二人の姿にスーはただただ驚くだけだった。

 

 



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第1話 2 敗北の苦渋

パソコン快調な今のうちに投稿。
というわけで初バトルです。一話にしようと頑張りまくった結果超長くなりました。
これからバトルの度にこれって大丈夫か、自分?



 

「いいんですかマスター! あんなこと言って!」

 

ブルーのいる草むらから少し離れた道の片隅で、スーは挑発的なふるまいのおやに激昂していた。ミズキはというと、今にも眠りそうなポーズで木に寄りかかりながらなにやら怒りのままに自分の萌えもん(ゼニガメとオニスズメがいるのはわかるが他にいるかはわからない)に指示をしている、というよりぶつけている、ブルーの方を見ながらメモを取る。

 

「なーに。ブルーだっておそらくまだ一戦か二戦ぐらいしかしてないんだろう。それで運よく勝っちまってるから少し思い上がっちまってるんだ。だからあれぐらい言ってやった方が今後のためになるのさ」

 

「そうじゃなくて! いや、そっちもですけど!」

 

「なんだよ。戦う前に体力使うなよー?」

 

何を焦っているのかわからない、とでも言いたげなすこぶる穏やかな表情が、かえってスーの焦りをあおる。

 

「いや、だから……何体使ったって倒してやる……って……」

 

「おお、そのつもりだぜ。まあ多くても三匹くらいだと思うけどな」

 

「だって! わたしまだ萌えもんバトルなんかしたことないんですよ!?」

 

「俺だってしたことないさ」

 

「じゃあなんであんなに自信満々にハンデなんかあげちゃうんですか!」

 

もはやスーは目じりに少し涙をためながらミズキの胸をポカポカとたたく。

おお、涙目で見上げるその姿はどうもS心を刺激して……おっと、いかんいかん。

 

「すまんすまん。お前に相談もしないで勝手に決めちまったことに関しては悪かったと思ってるよ。ただな、そんぐらい軽く思えるくらいの気概がなきゃあ、俺たちの旅はいつまでたっても終わらないぜ?」

 

「えっ」

 

 

「ハンデも、マイナスも、不安も、関係ない。すべてをのみこんで、そのうえでもっと上を目指す。俺たちはもともと、そのために旅を始めたんだろ?」

 

 

スーは、ハッとする。

 

 

「俺たちが叶える野望は重りをつけていかなきゃいけないような場所にあるんだぜ?」

 

 

「マスター……」

 

「それにな、俺は別に挑発するためだけにあんなハンデを渡したわけじゃない。聞け、スー」

 

スーを胸の位置に抱き留め、耳元で静かに告げる。

 

 

「俺はお前を強くできる。誰もが認める最高の萌えもんにしてやれる。お前の野望をかなえてやれる」

 

 

 

俺のすごさを証明してやるよ。

 

俺は別に伊達や酔狂でR団をつぶすって言ってるわけじゃねえのさ。

 

 

 

「作戦会議は終わったの? もっと念入りにやっといたほうがよかったんじゃない?」

 

「必要ねえさ。どうやったって俺とスーが勝つ。俺たちは俺の戦法とスーの能力で、もっともっと上を目指す。いや、目指さなきゃいけない高みがある。そのためにはここで負けるわけにはいかない」

 

「何の話だか分からないけど、私にだって夢くらいあるわよ! 私は萌えもんマスターになるの! だからミズキには負けないの!」

 

「そうかい。まあ、お互いそんなことはどうでもいい、勝った奴が勝者なんだ」

 

 

 

 

――――――――――――――――――戦闘開始――――――――――――――――――

 

 

 

 

「いけ、オニスズメ!」

 

「GO スー!」

 

相手はオニスズメ。十中八九さっきの娘なのだろう。

スーが相手にするにあたって、不利なのはとり萌えもん特有のかなりの素早さ。逆に有利なのはこちらの攻撃が遠距離攻撃であることだ。この戦闘における此方の目標は、相手の萌えもんの全滅だ。それを達成するにおいて最も重要なのは、『ダメージを受けず』、かつ『疲れる前に相手を倒す』。これに尽きる。

直接攻撃タイプの相手にダメージを受けずに勝つことはみず萌えもんにとっては難しいことではない。遠距離攻撃に専念すればいずれ相手を一方的に攻撃することができるようになるだろう。

問題となるのは、疲れる前に、の方だ。

どれだけスーが素早いタイプのラプラスだったとしても、空を自由に動き回る機動力を持ったオニスズメにひんしとなるダメージを与えるにはそれなりに時間がかかる。時間がかかればダメージはなくても体力が減る。それは避けたい。

つまり大切なのは、最小限のダメージでオニスズメの動きを封じること。

 

「スー、みずでっぽうだ! あてるまで打ち続けろ!」

 

「オニスズメ! 空へ逃げるのよ!」

 

ブルーのオニスズメは自慢のスピードでいち早く空へと飛んでいく。スーから打ち出されたみずでっぽうは重力に逆らえずに雨のように地上にもどってくる。

いくら打っても空を旋回しこちらの動きが見えているオニスズメにはどう頑張っても当らない。空に虹が虚しく架かる。

 

「あら、ミズキ? 私の手持ちを全部倒すのよね。それにしては随分と頼りないみずでっぽうにみえるけど?」

 

「どうだかな。スー、次はうたうだ!」

 

指示と同時に辺りにラプラスの歌声が響き渡る。

うたうは成功すれば相手をねむり状態にすることができる。萌えもんバトルで一般的に扱う状態異常をおこす技の中でもねむり状態を起こす技はかなり重宝される。

捕獲の際には捕獲率を上げ、戦闘の際は相手を一定時間完全に動けない状態に持ち込む、かなり強力な技だからだ。

 

しかし、もちろん成功すれば、の話。

 

「空中を自由に動き回っているオニスズメに対して、成功率の低いうたうなんて言う技が聞くと思って? そもそも私は、そういう技に対しての防御策もちゃんと用意してあるのよ。オニスズメ!」

 

その合図と同時にオニスズメは激しく体を動かし両翼をバサバサとせわしなくはばたかせ始める。自身の羽ばたきによって音に関する攻撃を自分でシャットアウトしているわけだ。これでうたうは、いや、なきごえも同時に封じられた。

 

「参ったぜブルー。空中を飛びまわられて攻撃は届かねえし、擬似的なとくせい‘‘ぼうおん,,までつけるなんてな。いやーまいったまいった」

 

「何よその言いぐさ。この戦法はね、私がマサラにいるときからしっかり考えた来たものの一つなのよ。年下だからってバトルが下手だなんて思ってると痛い目見るわよ!」

 

「ほー、勉強熱心なこったな。じゃあそんなお前に俺からも一つ授業をしてやろう」

 

「何よ?」

 

 

 

「ノートに書いた戦術通りに物事を運べること。それはそれで素晴らしいことだ。計画的に物事を進めて、すべて自分の思い通りに片づける。それができれば一番だと思う」

 

 

ただな、

 

本当に優れたトレーナーってのはな、思考するのをやめないトレーナーのことだ。

 

 

 

「っ」

 

ブルーは嫌そうな顔をする。自分の努力を否定されたかのような気分になったのだろう。悪いな、ブルー。お前にも強くなってもらいたい以上、お前をここで強いトレーナーにするわけにはいかないんだ。

 

 

「本当にすごいトレーナーってのは、相手の萌えもんがどんな予想外なことをしても、戦術にどんな事故が起きたとしても、それをすべて良しとして勝利を目指せる奴のことなんだよ。スー、しろいきりだ! オニスズメの視覚を奪え!」

 

「! はい!」

 

 

道路の真ん中にスーが口から吐き出した白の濃霧が立ち込める。その霧はやがてスーを飲み込み、二人が互いに見えなくなるようにし、最後に頭上のオニスズメを飲みこむ。

 

「お、オニスズメ。きりばらいよ! しろいきりを吹き飛ばして!」

 

「無駄だ、いまのオニスズメに指示は届いていない」

 

「あっ」

 

ようやくブルーは自分の失策に気が付いた。

今回のブルーの最大の失策、それは『戦いにおける聴覚の重要性を知らなかった』ことだ。

 

音が聞こえない。

 

それは先頭においてはあるいは視覚を失う事よりも恐ろしいことなのだ。

もっと正確に言うと音が聞こえない状況というのは視覚というアドバンテージを十分に生かせなくなってしまう。

今回がそれの顕著な例だ。

結果的にオニスズメは聴覚と資格の両方を失い、パニック状態になってしまっているはずだ。

そして焦るオニスズメに残された選択は……

 

「くるぞ、スー! 甲羅で受けろ!」

 

どういう指示なのかよくわからないままスーはオニスズメがいた方向に背を向ける。

すると背後からの、ガンッ、という鈍い音とほんとに軽い衝撃を覚えた。

 

「いまだ! 振り向きざまにみずでっぽう!」

 

「はい!」

 

直撃。

 

しろいきりを突き破るように放たれたみずでっぽうによって打ち上げられたオニスズメは濡れた地面にべしゃ、っと着地する。

至近距離からのみずでっぽうに加え、シェルアーマーに突撃したことによるはんどうダメージも受けているんだ。

完全にひんし状態だろう。

 

 

「どうだ、スー。俺は口だけの男だったか?」

 

「最高です! マスター!」

 

いい笑顔だ。完全に自信がついたみたいだな。

もしこの後に負けたとしても、俺たちにとっては大収穫だ。

負けねえけど。

 

「さあ、まだいるだろ。こいよブルー。お前のすべてを見せてみろ」

 

オニスズメをボールにしまいこみながら、こっちをにらみつけるようにしてこちらに答える。

 

「言われなくてもそうするわよ! ミズキなんかに舐められたまま終われるもんですか! いくわよ! ゼニちゃん!」

 

「よっこらせっと」

 

二番手はゼニガメか。正直ちょっと顔を合わせづらいが身から出たさびだししょうがない。今の俺はスーのトレーナー、スーが勝てるよう尽力するだけだ。

 

「久しぶりな感じがするわね。こんにちは、ミズキ。さっきブルーから聞いたから知ってはいたけどほんとに旅に出ることにしたのね」

 

ブルーと似たような反応だったがこっちの方が気持ち驚愕が多く感じた。当然と言えば当然なのだが。

 

「おうよ。悪いな。お前らからの誘いを断ったのに、次の日になあなあと顔を合わせることになって、結果的にお前らを二回も裏切ることになっちまった」

 

「別にいいわよ。子供じゃないんだから。振られたことを相手のせいにしたりしないわ。未練たらたらじゃあブルーにも失礼だしね」

 

「違いないな。ああ、こいつが俺の相棒になった、ラプラスのスーだ。スー、こいつは俺が研究所で世話してた三匹のうちの一匹、ゼニガメだ」

 

「あ、ど、どうも。マスターにはいつもお世話に」

 

まだほとんどお世話以下略。

 

「よろしく。といっても、今の私とあなた、並びにミズキは相対してる。楽しく会話はまだ早そうね」

 

「その通りだな。さあ、ブルー。またせたな、いこうか」

 

ゼニガメの後ろのブルーの眉間が大分増えてきたところで、第二ラウンドの開始を宣言する。

 

 

――――――――――――――――――戦闘再開――――――――――――――――――

 

 

さてと。率直に言うとかなり厳しい。

このバトルでスーがつかったわざはうたう、しろいきり、みずでっぽう。

カントー萌えもん教会の制定した公式ルールより、『萌えもんのわざはそのバトル中に最大四種類のみを使用して戦うものとする』とある。

要するにスーは、あやしいひかりとなきごえのどちらかしか使うことができない。

なきごえは論外。あやしいひかりもかなり有用だが引導火力として扱うにはどうにも足りない。

しかし今のわざだけではダメージソースはみずでっぽうだけ。

ゼニガメを倒すにはあまりに厳しい。

 

わざだけ考えれば、の話だがな。

布石はまいた。

後はお前しだいだぜ、スー。

 

「いくわよ、ゼニちゃん。あわ攻撃!」

 

ゼニガメの口からすさまじい量の泡の弾幕が現れる。さすがにこれをよけきるのは無理だな。

 

「みずでっぽうで撃ち落とせ!」

 

水流の勢いに負けて次々とあわ攻撃がはじけていく。もともと広範囲に攻撃できる代わりに威力が抑え目な技だ。防ぐこと自体に苦労はない。

しかし、あわでこちらの素早さを封じに来たのか。スーを見てしっかり素早さを警戒しているあたり、勉強していたというのは伊達じゃないらしい。

 

「スー、あやしいひかりだ。こんらんを狙え」

 

「申し訳ないですが、惑ってもらいます」

 

スーの胸元に重ねた両手の中にぼんやりとした妖光が集まっていく。

 

「あれを見たらだめよ、ゼニちゃん、からにこもる」

 

ゼニガメは殻にこもり、あやしいひかりを目に入れないようにする。

なるほど。どうやらブルーは、相手が使うであろう厄介なわざ、を入念に勉強したようだ。着眼点ははかなりいいと思う。しかしやはり今のブルーに必要なのは予想外に対する適応性。それをこのバトルで学ばせてやる。

 

「スー、しろいきり」

 

そしてもう一度辺りに濃霧の空間を作り出す。

 

「そっちこそ、攻撃がワンパターンなんじゃない? それの攻略法は、さっきあなたが見せてくれたわ。ゼニちゃん、みずでっぽうよ。霧をはらうの!」

 

「まかせなさい」

 

二人のいるバトル空間全域に水がまき散らされ、勢いよく霧が晴れていく。まあもともとしろいきりは視界をつぶすためのわざじゃない。このあたりが限界なのだろう。

そして、予定通りだ。

 

「もう一度、しろいきりだ」

 

「なにっ!?」

 

今日三度目のわざが決まりまたも全員の姿が見えなくなる。

そしてブルーはいら立ちを隠せずにいた。

 

「何よミズキ。あんた、そのワンパターンでこっちの攻撃疲れを誘発してる気なの? 馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ! てきおうりょくが足りないのはどっちか、思い知らせてやるわ」

 

そう、そしてお前とお前の萌えもんが選ぶ行動はただ一つ。

 

「みずでっぽうを打ちながら突っ込みなさい! 霧をはらしてたいあたりよ!」

 

正面突破。予定通り。

そして俺のまいた種が、芽吹くとき。

 

「ぎゃん!! 」

 

「ぜ、ゼニちゃん!」

 

指示の後に真っ白な空間に唯一響いたのは攻撃を繰り出すはずのゼニガメの悲鳴だった。

 

「どうしたの、たいあたりよ!」

 

「まって、足が、うまく動かないの」

 

「どうして!?」

 

「わからない。なにも、見えなくて……」

 

笑みがこぼれる。わかったか? ブルー。これが相手を混乱させる、戦術ってやつだ。

 

「いくぞスー、手前の地面に向かってみずでっぽう! 最大出力だ!」

 

「えっ? はっ、はい!」

 

なぜかわからないがゼニガメが苦しんでいる。

そんな状況でなぜミズキは相手ではなく地面を攻撃するのだろう。

 

ブルーはもちろん、スーすらもそんな気持ちでわざを放っていた。

 

 

誰もわかっていない、俺の指示の本当の意味を。

誰も気づいていない、俺が今、チェックをかけたということを。

 

 

「きゃああああああああ!!!!!」

 

「ぜ、ゼニちゃん!?」

 

あーあ、ゼニガメが悲鳴を上げたことで

ブルーも一緒にテンパっちゃった。それじゃあバトルは勝てねえぜ?

 

「い、いったい何をしたのよ。あんた」

 

「知りたいか? じゃあ教えてやるよ、と言いたいところだが、考えなきゃ人は成長できないからな。一つ問いに答えてもらおう」

 

 

「だくりゅう、ってわざを知っているか?」

 

 

「濁流?」

 

ブルーは頭に疑問符を浮かべている。いや、ミズキからすればブルーの姿なの見えないのだが。

 

「ホウエン地方っていう異地方で使われることのあるわざなんだがな、わざ‘‘なみのり,,にじめんタイプわざの性質を混ぜ込んだ強力なわざでな。主に、みず、じめんタイプの萌えもんがよく使うみずタイプわざなんだ」

 

「……それが今、どう関係してるのよ」

 

わからんか、なら答え合わせといこうかね。

 

「スー、霧をはらしてやれ。みずでっぽう」

 

再び激しい水流によって、視界がみるみるはれていく。

 

 

 

そして、見えてきた景色に、ブルーは衝撃と絶望を受けた。

 

 

 

「……ブルー、ミズキ。目が痛い。何も見えない。それに動けない……」

 

 

全身泥まみれで倒れこみ、土と同化したゼニガメの姿だった。

 

「ぜ、ゼニちゃん。大丈夫!!!?」

 

泥だらけのゼニガメに駆け寄り、抱きかかえながら顔を拭いてやる。

実質的なサレンダーだな、こりゃあ。

ミズキとスーも少し遅れて、ぬかるんだ地面を慎重に歩きながらゼニガメへと駆け寄っていく。

 

 

「大丈夫か、ゼニガメ? すまなかったな。汚しちまって」

 

「し、心配なんてするんじゃないわよ。これは勝負なんだから、負けた私に情けなんかいらないわ。けほっ、けほ」

 

土が口の中にも入ってしまったようだ。当然だな。ゼニガメはこのドロドロのぬかるみの中に突っ伏していたんだから。

 

「だ、大丈夫ですか? ゼニちゃんさん? あの、えっと、私……」

 

「だから謝らないでよ、私は負けて、あなたは勝ったのよ。おめでとう、スーちゃん」

 

「いえっ、私は何もしてなくて。ただマスターの指示に必死に従ってただけだったし……」

 

「何言ってんだ。お前が俺の作戦を成功させてくれたから勝てたんだろうが。まごうことなくこれは俺とお前の勝利だよ」

 

「そういう事よ」

 

「あう、あ、ありがとうございます」

 

ほめられなれてないのが目に見えてわかるようだった。やっぱかわいいな、こいつ。

 

「さてと、まだてもちは残ってるのか? ブルー」

 

声をかけるも、ブルーは抱えたゼニガメから視線を逸らさない。

 

「いるけど、降参よ。ゼニちゃんがここまで圧倒されて負けを認めないほど、私は頭が悪くないから」

 

かなり心にきているようで、泣きそうになりながら顔を上げず答えた。

 

「だから教えてちょうだい。いつからあなたの予定通りだったの? いつからあなたの作戦は動いてたの? いつからこの最終形を思い描いてたの?」

 

 

「お前が俺の予想通り、オニスズメを先発させた時から」

 

 

ブルーは驚愕のあまり顔を上げ、ゼニガメは腕の中でくすっと笑い、仕掛けた側のスーですら、何も言えずただただ固まっていた。

 

 

そして何事もなかったかのようにミズキが一枚の紙をメモから破り、ブルーへと投げる。

 

「今の対戦、俺たちにとってはメリットだらけだった。その礼だ。バトル前に俺が作ってた戦略用紙だ。お前にやるよ」

 

そういうと後ろを向いてすべて終ったといわんばかりにすたすたとトキワへ戻っていく。

 

「ほら、スー。早く宿を探そうぜ。頑張ったご褒美にいいものいっぱい食わせてやるよ」

 

「!!! はい!!! それでは、今日はありがとうございました!!!!」

 

その日一番はきはきとしゃべって足取り軽く離れていくラプラスの存在に、二人は苦笑いしかできなかった。

 

 

 

 

 

「嵐のような奴らだったわね」

 

ゼニガメが自分の上の主へとむかって軽口をたたく、が、ブルーからの応答はない。

みるとブルーは、一枚の紙を片手にしながら、プルプルと体を震わせていた。

 

 

 

「これって…………」

 

 

 

自分はすごい人に喧嘩を売っていたのかもしれない。

一人、泥の中に残されたブルーは終わってから一人の男のすごさに気が付いたのだった。

 

 

 




ミズキ 
萌えもんトレーナー 駆け出し 14歳
てもち スー
服装・見た目 白いTシャツ
       黒のジャケット
       サッカー地の紺色長ズボン
       他地域に応じた寒暖対策
もちもの 萌えもんボール×5
     メモ帳
     キャンプセット・食器類
     食材
     ミルミキサー
     コーヒー豆各種


カントー図鑑ナンバー 131 ラプラス
愛称 スー
がんばりやなせいかく たべるのがだいすき
Lv7のとき、マサラタウンで出会った。


ほんとは1-1で書くはずだった情報です。
パソコンが好調な今のうちに書きます(二回目)


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第1話 3 見えている場所

アニポケXY&ZのPVが底抜けにかっこよかったので作りました。
ゲッコウガかっこいいなぁ……


ちなみにですがこの物語の萌えもんは出てくるとしてもダイパまでにしようかなと思っています。
その先は自分があまり知らない、というのが主な理由です。
なのですが、BW以降にも好きなポケモンはちょくちょくいるので、出してもいいかなと思っている自分もいます。

まあ、基本的にはカントーの子たちを出していく予定です。
基本的には←ここ重要



 

 

 

「わたし、わたし、マスターと結婚しましゅ」

 

「涙流すな、無茶言うな、飯中に喋るな、うれしいけどさ」

 

ホウエン地方トウカシティ産ジグザク豆のコーヒーを顔をぐしゃぐしゃにしながら夕飯を食べるスーを見ながら一服していた。

 

町に戻った後、スーとの口約を果たすためレストランを探していたのだが今日はトキワシティ唯一の大型レストランが定休日だったようで、スーは絶望の表情を見せ、「なんでしまっているんですか!」、「そんなに私が嫌いですか!」などと騒ぎ立て、その後四肢を地面に打ち付け、そのまんまorzのポーズをとったかと思えば「マスターのうそつき」、「マスターの卑怯者」だのなんだのと騒ぎ始めたので仕方なく予約を入れた宿屋まで引きずってきて、休んでおけといったのちに町の人たちへの挨拶がてらR団の情報収集に向かった。そしてそれをすべて終えた夕暮れ時に宿に戻るとスーは騒ぎ疲れたのか座布団の上で眠ってしまっていたので、起こさぬように持ち合わせの食材で料理を作り、スーを起こしてふるまったところで冒頭に戻る。

 

「マスターは神様です、天使です、女神様です」

 

「わかったわかった、ありがとさん。誰も取らないから落ち着いて食え」

 

正直近隣の人たちと話していたら買い出しに行くのを忘れてしまって持っている食材と木の実だけで作ることになってしまい、あまりいいものではない上に和室にはかなり不似合いな料理となってしまったのだが満足してもらえたようで何よりだ。

 

「マスターは本当に何でも知ってて何でもできて、何でも作れるんですね」

 

「評価のポイントが料理がメインじゃねえか。まあ正直家事にはそれなりに自信はある。大分前から研究所のまかないのほとんどは俺が勝手に作ってたからな。むしろ俺がいなくなった後の研究所がどうなってるのか今更ながら心配になってきたぐらいだ」

 

ちなみにミズキが出発してから三日後には来客に出す粗茶を探すだけでてんやわんやになったというのはまた別の話だ。

 

「ふう。ごちそうさまでした。わたし、もう死んでもいいかもしれません」

 

「死なれたら俺が困る」

 

「当然、冗談ですよ。まだ野望も序盤の序盤じゃないですか」

 

「その通りだよ。おら、今日の対戦の反省会するぜ」

 

「あっ、あの、マスター……」

 

「ん?」

 

「デザートとか……作れますか?」

 

「……反省会が終わったら冷蔵庫に入ってるモモンブラン食っていいよ」

 

「マスター愛してます」

 

「お前の愛は大安売りだな!」

 

そうして長い長い道のりを経て、反省会が始まった。

 

 

 

 

 

「はいマスター、質問があります」

 

「なんだ? 今日の戦法のことか?」

 

「はい。オニスズメが出てきたときから戦法が決まっていた、って言いましたよね。あれってどういうことですか?」

 

「そのまんまの意味さ。すばやさが売りのオニスズメは先方として出てくる確率が一番高いだろうなと踏んで、予想通りオニスズメが来たから当初の計画通りことを進めた。それだけのことだ。今回の場合ブルーにてきおうりょくがどうとか言ってた俺が一番教科書に沿った戦闘をしてたってことだな」

 

底に煎った豆の粉がたまり、かなり苦くなった残りのコーヒーを飲み込みながら答える。

 

「オニスズメが先方で出てきやすい、というのはさすがに理解できました。でも、そこからマスターがどういう風に思考して、どういう風に戦略を組み立てたのか。わたしはそこが知りたいです。正直わたしは途中から、何が起きたのかよくわかりませんでしたし、最後にマスターがすべて想定通りだった、といったことで、さらによくわからなくなりました」

 

「わかったわかった。なら最初から説明してやるよ」

 

そういうとミズキは胸ポケットから愛用のメモ帳を取り出して二枚破り、一枚を横向きにおいて真ん中に一本線を引く。スーは少し考えて、髪全体がバトルフィールドなのだと理解する。

そしてもう一枚には、ブルー、ミズキ、と名前が書かれ、その下にお互いがつかった萌えもんの名前が書かれる。

 

「まず、先方がオニスズメであると仮定した。そして俺側にある情報として、ブルーはゼニガメを持っている、というものがある」

 

二枚目の紙の左側に「ブルー、オニスズメ→ゼニガメ」と書き、右側のスーという名前の下に、今回つかったわざが羅列されていく。

 

「1ばんどうろと22ばんどうろでゼニガメに変わるエースを捕まえ、この短期間でゼニガメを超える成長をさせられたとは到底思えない。というわけで、相手の大将がゼニガメである。ここまで推測できることがわかるな?」

 

スーは無言でうんうんと首を縦に動かす。

 

「そこで今わかっている情報で一番重要なのは、普通に戦っていたとしたらどっちと戦うことになっても持久戦で負ける、これだ」

 

てもちを書いた紙の下に、持久戦、と書き、その上に大きくペケを付ける。

 

「空中から戦況を見て、自由に攻撃のタイミングをうかがえるオニスズメ。こちらから有効な攻撃手段を持っていないしそもそもレベルの負けているゼニガメ。正面からぶつかっては単純に実力勝負になって今は勝てない。わかるな」

 

少し悔しそうな表情でうなづくスーを見て、ミズキは思わずにやける。

そうだ、そのくやしさが大事なんだ。

 

「で、ここまでの課題として

1 オニスズメを地上に下ろして攻撃する。

2 ゼニガメにダメージを与える方法を考える。

3 1、2をこなしながら速攻で決める。

この三つに定まったわけだ」

 

デザートのことも忘れてどんどんどんどん戦略解説に前のめりになっていく自分自身にスーは気づいていない。トレーナーとしてはうれしい限りである。

 

「そして1の解決策として、オニスズメとブルーのことを分断する、という手段を思いついた。理由は簡単。萌えもんに限らず、いきものはパニックになってしまったとき、一番なれた行動をとりたいと思うから。あのオニスズメは、周りが見えなくなり、聞こえなくなるというパニックを攻撃という行動で振り払いたいと思うから」

 

それは不安を振り払える自信のある行動をとりたいというのもあるし、何かをすることで失敗した時の免罪符にするというのもある。少なくともいつ攻撃が飛んでくるかもわからないバトル空間の中で待機という行動をとれる度胸の据わった萌えもんはそういないだろう。

 

「こちらのわざはまだ三つしか透けてなかったからな。残りの一つはさらに不安をあおることになる」

 

「残り一つ? 残りはなきごえとあやしいひかりでしたよ?」

 

「あー、その辺の説明はまた今度だな」

 

そういえば公式ルールなんて知ったこっちゃないわな。

 

「とにかく、ここまで相手の行動を予測できりゃあ、あとは一番ダメージの少ない方法で倒すだけってわけよ。まあ、あの‘‘ぼうおん,,はばたきはうれしい誤算だったけどな。当初の予定ではうたうになきごえも併用して完全に音の聞こえない場所までとびたたせるつもりだったんだ」

 

「なるほど」

 

そこまで考えて手持ち全員勝負を持ちかけてたんだ。

あくまで不可能じゃない、絶対に勝てるという自信、確信をもって。

やっぱりすごい人だ。この人は。

そういう風にスーは思った。

 

 

そしてその後に、その認識は己の主を表すには足らなさすぎると感じるのだった。

 

 

「というところがオニスズメを倒すまでの方法だったんだが、俺はこの時点で次戦、および次々戦のゼニガメ戦のための布石を三つうった」

 

「へ?」

 

み、みっつ?

スーは困惑する。当然だ。

本当にミズキがすべてを考えて策を実行していたとするのなら、指示していたのはミズキでも、布石をうつ行動とやらを実行していたのはほかでもないスー自身なのだ。

それはつまり、スーは自分で行った行動の意味を三分の一も理解していないということだ。

 

「どれのことですか? 一つもわからないです!?」

 

「一気に言うぞ。一つ目、執拗にみずでっぽうで狙い続けた。二つ目、常に上に向かって攻撃を放ち続けた。そして三つ目、しろいきりの振り払い方を教えた。この三つだ」

 

????????

 

「お、教えてもらっても全然わからないです……」

 

「じゃあ先に結果を思い出してからなぜああいうことが起こったのかっていうのを逆算して考えてみようか。さて、スー。俺がいろいろ仕込んだ結果、ゼニガメは最終的にどういう状況になった?」

 

「なぜか身動きが取れなくなって、そのあとわたしのみずでっぽうで泥だらけになったみたい、でした」

 

「正解。じゃあ、なぜ身動きが取れなくなったか。これは今回の答えであると同時に、近いうちにお前に体で感じて欲しかったことでもある」

 

「? なんですか?」

 

「地上の土が多分に水を含んでいる状態、このことを地面がぬかるんでる、っていうんだけど、まあ簡単に言うと、土が俺たちいきものの重さに耐えられなくなって足が土に埋まってしまうような状態のことを言うんだ」

 

「へぇ。海底ではいつも砂はさらさらとしていて身動きができなくなるほど体を取られたことないので全然知りませんでした」

 

「だろうな。でもバトルが終わってお前もあの上を歩いただろう? ああいう状態のことを泥濘と呼ぶんだ。悪条件で戦うことに慣れてる萌えもんならともかくとして、まだ経験の浅い萌えもんたちが戦うにはあまりに厳しい状況だってことだ」

 

なるほど知らなかった。

こおり状態やマヒ状態にする以外に地上ではそんなことで相手の動きを制限することができるのか。

雨上がりに歩くときは注意しなければ……ってまさか!?

 

「マスター! まさか最初っからそれが目的でみずでっぽうをうち続けたんですか!? オニスズメに闇雲にうっても当ることはないと理解しながら、すべて下に落ちていくことを計算して!?」

 

「おお、察しがよくなってきたじゃないか。そういうことだよ。上にわざををうってるからって目的が上にあるとは限らない。みずでっぽうという攻撃わざを放っているからって相手を倒したいとは限らない。作戦に先入観を持たず、って言ったのはそういうことだ。二手、三手と搦め手を使うならば、それまでのわざはたとえ最大わざだとしても布石となるんだ。覚えておいてくれ」

 

もはや唖然とするしかなかった。この人はそれを対戦を持ちかける前に思考したというのか? 遅くても木陰で休んでいた時には、すべての作戦を組み立て終えていたというのか?

 

だが、ミズキの思考はほかの者が見上げている場所の一つ上を行く。

 

「だがこの作戦には問題がある。地面がドロドロになるまでみずでっぽうをうち続けることはかなりのリスクがかかる。なぜなら俺の求めるフィールドの完成前にブルーに気付かれたら意味がなくなる。いや、それどころかそれまでのみずでっぽうの労力も無駄になり、一気に敗色濃厚となる。じゃあそれを回避するにはどうするか」

 

簡単だ。

搦め手をもう一つ、二つ増やすことで、相手の視点をずらせばいい。

 

「これが相手を欺く基本だ。さっきお前には先入観を持たないでほしいといったが、相手はその逆、先入観を持ってもらいたい。だから俺は二つ目と三つ目の仕込みを行った」

 

「常に上に向かって攻撃を放ち続けた、と、しろいきりの振り払い方を教えた、というやつですか」

 

「そう、そもそも今回の戦闘でこの作戦を立てた時から一貫して絶対にブルーに悟られまいとしていたことがあった。それは、こっちにはまともな決め手がないということだ。どれだけ仕込みをしたとしても、それさえばれたらおしまいだ。ブルーは持久戦のスタイルにシフトしてくるだろうからな。今回はうまくはまらなかったがあいつもそれなりに頭はいいんだ」

 

「なるほど。でもそれと二つ目と三つ目の仕込みがどうつながるんですか?」

 

全ての情報を書き終えたメモ用紙を手に取り凝視しても、スーには一番大事なそれが見えてこない。

 

「その二つの共通点を言ってみろ」

 

「共通点? 攻撃しながら別のことをしている、とかですか」

 

「90点だな」

 

「おお。じゃあ残りの10点はどこですか?」

 

「みずでっぽう、って単語が入れば100点だ」

 

はー、とスーは声を出す。

なるほど、確かにどちらもみずでっぽうを使った搦め手のようだ。

でも、

 

「それで、どうしてそれがトラップになるんですか?」

 

スーにはそれが一番わからない。

ここまで言われても罠の正体にたどり着かない。

それをやったのは自分だったにもかかわらず。改めて自分はいかに先入観を持ってバトルしていたのかと思う。

そしてもう一つ、

 

 

「俺はその二つの行動によって、ゼニガメが自分から自分の足元にトラップを仕掛けることを誘発した」

 

 

この人はどこまで上が見えてるのだろうと思う。

 

 

「……ああ!!」

 

「ようやく分かったか。オニスズメにみずでっぽうをうち続けたのは水たまりを作るためだけじゃない。あえて上への攻撃を乱打することによって地面から意識を遠ざけた。そして、あえて自分でしろいきりを突き破るみずでっぽうをうち、ゼニガメに次のしろいきりの突破口を見せつける。そしてこれ見よがしにあやしいひかりを見せつけてここからの持久戦は不可能だと思わせる。最後にしろいきりを展開して、ゼニガメ自身に自分をとらえる呪いのフィールドを作る手助けをさせた。それが俺の作戦の全貌だ」

 

まあ、細かいところを掘り出せばまだまだいくつか残ってはいる。しろいきりで何度も景色が見えたり消えたりすることで一時的に目を疲れさせて、より地面の異変に気づかれにくくするだとか。

だが、そこまですべて話さなくても目的はすでに完了している。

今回の目的、それは最初に相手を探していた時と同じ、

俺の力でスーを勝たせる、だ。

それさえできたら万々歳だった。最初っからスーにすべての戦略を理解してもらう必要はない。そもそも今回の戦闘はブルーにも言ったが贔屓目なしにこちらにはメリットだらけの戦闘となった

そう思っていたミズキは再び手元に意識を戻す。

 

「ふたを開けてみればおれがやったことは、

 

ゼニガメを泥で捕まえることに全力を尽くした

 

これに尽きる。だが、対戦に必死なブルーやゼニガメはもちろん、たとえ他人が見ててもそれに気づくことは難しい。そういう状況を俺が作るからだ。とまあこういう風に、トレーナー戦だからこそ、相手の挙動を読んだりすることで成長できることも多い。これがお前にトレーナー戦をしてほしかった理由だな」

 

最後にペンをとん、と置き、今日一日のまとめとして、長くかかった質問の返答をする。

 

「……」

 

「どうだ、スー。初めて萌えもんバトルをやってみてどう思った? トレーナーに指示をされて動いてみて、どういう風に思ったんだ?」

 

反省会なのだから、当事者の心を聞かなければ終われない、それぐらいの思いで出た質問だった。しかしその想いを受け取るスーは、重く、辛く、苦しそうだった。

 

「やっぱりマスターはすごいですね。本当に何でも知ってて何でもできて、何でも作れるんですね」

 

ミズキは何も言わず、ただただ黙して答えを待った。

 

「だからわたしは今日、マスターのことが昨日の数倍大好きになりました。マスターは絶対に契約を守ってくれる、いや、守るために必死になってくれる人だと思いました」

 

でも、わたしは。

 

「そんなマスターにわたしはなにもしてあげられません。レベルは低くて、バトルの経験も少なくて、おくびょうな、ダメな萌えもんです。もちろん、私はマスターと一緒にいたいですし、途中で投げ出そうだなんて思いたくありません。ただ、今日見せてくれたマスターの実力があまりに高くて、わたしは今の自分が不安で不安でたまらなくなったんです。せっかくマスターがわたしを引っ張ってくれたのに、私は自分で歩くこともできなかったことが、少し怖かったんです」

 

もう、一回逃げたから。

自分の未来から、逃げたから。

自分でたてたマスターとの契約が不安になったんです。

 

「ごめんなさい、マスター。わたし」

 

 

 

「スー」

 

 

 

「……はい」

 

「これ、なんだかわかるか?」

 

「はい?」

 

そういいながらミズキが取り出したのは、かちゃかちゃと軽く音が鳴る半透明の小さな四角形、所謂フロッピーディスクというやつだ。

 

「な、なんですかそれ? 機械?」

 

「まあそうだな。これは俺が研究所にいるときに作った萌えもん育成用のデータの入ったフロッピーディスクでな、この中に書き込まれてるデータには萌えもんに普通に鍛えるだけでは覚えられないわざを覚えさせることができる特別な育成法が入っている。一般的にはその名もずばり、『わざマシン』って呼ばれている」

 

「わざましん……」

 

「そう、こいつを使って俺がお前にトレーニングをしてやればこのフロッピーの中に入っている特別なわざを覚えさせることができる。まあ、そんなに時間をかけるわけにもいかんからトキワの森を超えながらってプランにはなるが」

 

「ま、マスター、私の話聞いてくれました?」

 

「なに? 馬鹿にするな。ほら、モモンブランだろ」

 

ことんと机にタッパーとその上にフォークを置く。

 

「違いますよ! そうじゃなくて」

 

「なあ、スー。俺たちって最初っから強くなくちゃいけなかったか?」

 

「え?」

 

「俺たちの旅は最初から強いやつらが適当にカントーを回るだけの旅だったのか?」

 

「いえ……ちがいます」

 

「俺はお前を最高の萌えもんにするためにすべてを捧げ、お前は俺がR団と戦うためにすべてを捧ぐ。それが俺たちの契約だろ?」

 

「はい……」

 

 

「ならさ、今弱いことは何も罪じゃあないさ」

 

 

青く美しい毛並みの頭を優しく優しくなでながら答える。

 

「俺はすごいだろ?」

 

「はい」

 

「でも俺は戦えなかった。お前が来てくれなかったら、俺は戦うことができなかった。それは俺にとってとんでもなく大きなことだった。だからお前が今できないことは、俺が絶対なんとかする。お前が俺にできないことを、俺と一緒にやってくれたから。そうやって俺たちは強くなる。それがチームだろ?」

 

「……はいっ」

 

「任せとけ、絶対お前を強くする。今日はそのための第一歩だ」

 

「ありがとう、マスター……」

 

座っている自分の足元で、嗚咽をかみしめている姿は、絶対に忘れられないものになるだろう。

それほどまでに今日は自分たちにとって、大きく、大切な一日だった。

 

 

 

 

 

「マスター……大好きです……むなぁ」

 

すごい寝言だな。

ベッドを使ってみたかったのか、ボールの中が好かないのか、甘えたいのかは知らないが、一緒に寝たいと申し出てきたスーを一人布団に残し、ミズキは街を一望できるベランダのテラスでコーヒーを一服していた。

 

ちなみに、本人いわくコーヒーは目覚しではなく嗜好品なので寝る前にのんでも支障はきたさないとの事だ。研究員のくせに当然理屈はない。

 

「むなぁ、どうですかぁマスター。わたしのわざはー」

 

部屋の中から理想の夢で幸せをつかむスーの声が聞こえてくる。

少し恥ずかしいものの、やはり悪い気分ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なあ、クライ。

 

俺、見つけたぜ。最高の相棒を。

 

弱いけど、がんばりやで、くいしんぼうで、とってもかわいい俺の仲間。

 

 

 

 

 

 

 

今ならいける。ようやくいける。

 

 

やっとお前との約束を果たせる。

 

 

 

 

 

 

 

そいつと一緒に絶対お前を迎えに行く。

 

 

 

 

 

 

絶対に行くから。

 

 

 

 

 

 

待っててくれよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親友。

 

 

 

 

 

 




描写が細かすぎた気もします。

とりあえずミズキができるトレーナーである、というする話をどこかで入れたかったのでその辺をうろうろしてたブルーさんに犠牲になってもらいました。

ごめん、ブルー。

これにて一話終了 次回からトキワの森~ニビ編になる予定です。
乞うご期待。


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第2話 1 げきりん

 

 

 

「あやしいひかりだ! 敵を足止めしろ」

 

「くそ、キャタピーが!」

 

 

 

「コクーン、固くなるだ!」

 

「……みずでっぽう」

 

 

 

「ビードル、どくばり攻撃だ!」

 

「わざは使わず最小の動きでよけるんだ! いいぞ、みずでっぽう」

 

「ああ、ビードル!!」

 

 

むしとりしょうねんたちとのしょうぶにかった。

けいけんちをえた。スーはレベルがあがった。

 

 

「そうだ、スー。最後の動きはかなり良かった。相手のどくばりに臆することなく攻撃に転じることができてたからな、あとはわざの威力、そして応用性を鍛えればもっとスムーズに戦えるはずだ」

 

「はい、マスター!」

 

トキワの森もかなり終盤に近づいたころ、スーはいくつかのトレーナー戦を経て、かなり陸上の戦闘を理解し、自分で動くことを覚えていた。

コンマ一秒単位ではあるがミズキの指示より先に行動を起こすこともあるし、何よりブルーとの戦闘ではほとんど見られなかった、3Dな動き方ができるようになった。

この成長はこれからの戦いでかなり大きくなるだろう。ミズキも昨日萌えもんセンターでフロッピーと一緒にパソコンから取りだしたステータスチェッカーと育成用メモに、先ほどまでのバトルのポイントを書き込みながらうれしそうに笑う。

 

「そういえばマスター、次はどんな街へ向かっているんですか?」

 

「ああ、そういえば言ってなかったか? 次に向かう町はニビシティ。昔ながらの文化、伝統にかなり重きを置いているタイプの町だ。一番有名な施設は『ニビ科学博物館』、そしてなんといっても『萌えもんジム』がある」

 

「萌えもんジム? どんなところなんですか?」

 

「一言でいうと、最強の萌えもんトレーナーを目指す子供たちに与えられる試練、ってところかな? 戦い強くなることを目的とした萌えもんトレーナーは、セキエイ高原ってところで行われる萌えもんリーグっていうカントー全域を巻き込んだ一大大会に出て、最強のトレーナーの称号、萌えもんマスターとなることが最大の目標となっているんだ」

 

「萌えもんリーグ。なんだかよくわからないけどかっこいいですね!」

 

「……まあそういう認識でいいや。というわけで俺たちみたいに旅に出ている萌えもんトレーナーはみんな萌えもんマスターになろうと頑張っている。ただこれが楽じゃあない。何せ萌えもんリーグに出場しているカントーのトレーナーすべてを倒し、その後で過去に萌えもんリーグに出場し覇者となった経験を持ち、その中でも萌えもんリーグの協会に実力を認められた四人の化け物、『四天王』と戦って勝たなければいけない。そこまでやってやっと萌えもんマスターとして認められ、リーグ殿堂入りを果たすこととなる」

 

「なるほど。じゃあマスターもそれを目指すんですか?」

 

「いや、俺はとりあえずR団をつぶす、っていう目的を果たすためだけに旅に出ているから、萌えもんリーグに出るために時間をかけている暇がない、っていうのが正直な話だ」

 

「え? 暇? リーグに出るための手続きって時間がかかるものなんですか?」

 

「ああ。ここで一番最初の、萌えもんジムっていうのが返ってくるんだ。萌えもんリーグに出場したいトレーナーなんて山ほどいるし、そいつら全員に出場チャンスを与えてたら何年たったってリーグは終わらない。だから地方各地には協会が定めたジムを受け持っているジムリーダーってやつがいて、そいつらと戦って認めてもらうとトレーナーズバッチっていうバッチをもらえる。それを八つ集めることができてようやく萌えもんリーグの出場資格が手に入るんだ」

 

「はー。で、やっぱり強いんですか? じむりーだーって」

 

「強い。正直この地方にも笑えないレベルの強さのやつも結構な数いるな。リーグに出るために特訓に特訓を重ねてきた挑戦者の萌えもんたちを最初の一匹ですべてしとめることができる。全員が萌えもんリーグ上位ランカークラスの実力と言っていい。まあ、細かいことを言うとバッチ一個のトレーナーに対してはこれぐらいの力で戦う、みたいな規定もあるらしいんだけどな。とりあえず、とる戦術は間違いなくトップの人間たちから八つのバッチを獲得するってのは一朝一夕の訓練でできることじゃないってことだ。ちなみにジムリーダーがバッチを渡す条件ってのは、バトルで負けたトレーナー、じゃなくて、自分がリーグに推薦するに値するトレーナー、っていうことになってるみたいだから実際は対戦して負けたトレーナーにもバッチをあげてしまうジムリーダーも他地方にはいるみたいだがな」

 

「へぇー。やっぱり面白いですね。人の世界って」

 

「確かにな。ま、みんな萌えもんも萌えもんバトルも大好きってことだ。お、ようやく見えてきたな。あそこがニビシティだ」

 

話している間にトキワの森を抜け、ついに噂のニビシティへと足を踏み込む。

相変わらずスーは慣れない人工物の景観に目をキラキラさせている。トキワシティに比べるとニビシティの建物は博物館をはじめとしてかなり質素で大人向けなものが多いため、ミズキのような研究員としての目線はともかく、あまり町としては子供が好むような場所ではないのだが、スーにとっては移る景色全てがアトラクションに見えるようだった。

 

「マスター、この町では何をするんですか?」

 

「そうだな、個人的にはやっぱりニビ科学博物館に興味があるな。古代の萌えもんの生活とか、人間との共存法とかはかなり興味があるが、基本的には宿で休憩してすぐにおつきみやまの方面へ行く事になるかな。今回の旅じゃあせっかくのジムにも用はないし、適当に旅の準備をして明日には出発しようと思ってる」

 

「わかりました。じゃあ今からそこに行きますか」

 

「そうだな、もう宿は取ってあるから他にすることもないし」

 

町の入口の掲示板で建物の位置を確認していると、

 

 

 

 

「わかったよ! 俺は必要ねーってことなんだろ!」

 

「違う!」

 

 

 

 

何やら背後の草むらから穏やかでない声が響き渡る。

まあ、無視してやってもよかったのだがあまりに聞き覚えのある声にさすがに知らんぷりするのも薄情なので首を突っ込んでやることにした。これまでに幾度となくはいてきた諦めという種類の溜息をつき、振り返って近くの草むらへと足を運ぶ。

 

「違わねーよ! 俺と挑んだって勝てねーって言いたいんだろうがよ!」

 

「だからそうじゃなくて!」

 

「うるせーレッド、ヒトカゲ。お前らいったい何してんだ?」

 

そこにいたのは涙目な人間一人と涙目で包帯まみれな萌えもん一匹だけだった。

 

 

 

 

 

「ほれ、オレンジ。お前好きだったよな」

 

「さんきゅ。あれ、ミズキもオレンジ? コーヒー好きなんじゃなかったっけ?」

 

「缶コーヒーまずくて嫌い」

 

「ああ、そうなの……」

 

二人の喧嘩を仲裁した後、成り行きで四人そろってニビ科学博物館へと足を運ぶことになり、今は自己紹介を済ませスーとレッドは化石コーナーを一緒に周っていたので自分とヒトカゲは部屋の隅の方のベンチに腰掛けながら話してまっていることにした。

 

「で、結局旅に出てるわけ?」

 

「ちょいと事情が変わっちまってよ。悪かったな、ヒトカゲ」

 

「もうヒトカゲじゃなくてカゲだ、レッドにそう名付けられたからな」

 

「そっか、悪かったな、カゲ。いっしょにつれてってやれなくて」

 

「いいよ、どうせ俺はもうレッドと一緒に最強の萌えもんになるって決めたんだ」

 

「ほう……」

 

ニビシティまで来てぼろぼろな体でもめていたのだから何か問題でも起こったのかと思ったが話を聞いている限りでは仲はかなり良好のようだ。ヒトカゲをレッドの相棒にするために育成した身としては少なからず安堵する。

 

「そこまで言えるんならなんでさっきはけんかなんかしてたんだ? お前もそうだがレッドはああ見えてあんまり怒ったりしない奴なんだぜ?」

 

「そんなこと俺だってもうわかってる」

 

「じゃあなんでだ? というかその体、お前ら一体何があったんだ」

 

そこまで聞くとカゲは悔しそうに下唇をかみ、膝の上に握り拳を作る。それに応じるように生命線のしっぽの炎がいきなり激しく燃え上がる。ジャケットの裾が少し焦げてしまい、焦ってばれないようにそこを握りつぶす。

 

「あいつが! あいつが悪いんだ! あのジムリーダーが、レッドをバカにしやがったんだ!」

 

自分の手をジュースで冷やしながら、激昂するヒトカゲを軽くなだめて話を聞く。

先ほど軽く触れたがカゲはもともとそんなに喧嘩っ早くも怒りっぽくもないため、これほどまでしっぽの炎があらぶっているカゲは初めて見た。

 

「落ち着け。冷静になってゆっくりと事情を話してくれ」

 

「あいつは、あいつは!!」

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

それは今日の午前中、俺たちがニビジムへ挑戦した時のことだったんだ。

 

 

『ショウシャ、ニビジムリーダー、タケシ』

 

 

「カゲ! 大丈夫か! カゲ!」

 

「な、なんとかな。大丈夫、休めば元気になるさ」

 

「ごめんな、カゲ。ごめんな……」

 

そんでレッドは俺を抱えたまま萌えもんセンターへ行こうとしたんだ。そしたら……

 

「弱すぎる。貴様、レッドとか言ったか。お前のようなものはもう二度とこのジムの敷居をまたぐんじゃない。時間の無駄だ」

 

「な、なんだとこの野郎!!」

 

「か、カゲ! もういいよ、いこう」

 

「よくねえよ! やい、ジムリーダー! 確かに俺たちはお前に負けたさ。だがな、どうして一回負けたぐらいでそこまで言われなきゃあいけないんだ!」

 

「愚かな。わからないなら直接言ってやろう。ただでさえ良好とは言い難い相性の対戦においてただただ突っ込んでくるだけの初心者丸出しの馬鹿に対して使っている時間は俺にはない。挑戦者ならば何者でも迎え撃つのがジムのルールだがあいにくと俺は記念受験感覚の餓鬼に時間を割いてやるほどやさしくない。以上だ、帰れ」

 

「なんだとぉ……」

 

「いいよカゲ! 俺が弱かったのは紛れもない事実だよ」

 

「レッド……」

 

「すみませんでした、タケシさん。俺たち、頑張って強くなるので。もっと戦略とか勉強して、強くなってからくるので、もう一回だけチャンスを頂くことはできないでしょうか? お願いします。この通りです」

 

「レッド! お前何してんだよ! やめろ!

 

レッドは俺をごつごつとしたジムの床にゆっくり下ろした後、そのままの膝をついた体制で、上半身を前に倒した。所謂、土下座というやつだった。

 

「お願いします。もう一度だけ、もう一度だけ、挑戦させてください。お願いします」

 

「やめろ、レッド! やめてくれえ!」

 

正直俺は泣き叫んだ。

時間で見たらまだ二日と少ししかたっていないが、俺はレッドのことが大好きになっていたから。そんな姿絶対に見たくなかった。

俺が弱いせいで。

レッドにまで辛い思いをさせちゃって。

それで、

 

 

 

 

 

「惨めだな。トレーナー気取りのクズが」

 

 

 

 

 

そういわれた瞬間、めちゃくちゃキレちゃって、なんかよくわからなくなって、

気が付いたら萌えもんセンターでレッドが俺のこと見下ろしてて、

 

 

 

ああ、俺負けたんだなあ、って思ったんだ。

 

 

 

 

 

「俺が弱っちかったせいで、レッドがばかにされて、レッドが酷い目にあって、俺、悔しかったけどあいつのこと殴れもしないで。うっ……ううううぅ」

 

いつの間にだったかは気づかなかったが、カゲは激しい自責の念と一矢も報いることのできなかった力不足による悔しさでぼろぼろと涙を流していた。その後も喧嘩になった経緯を必死に説明してくれたようだったが、九割言葉にできていなかった。

 

かわいそうに、とは思わない。

同情は先に虚しさしか生まない。

弱ければ望むようにはならない。強くならなければ上がれない。

ある意味そのジムリーダー、タケシとやらは正しいのだ。

 

「ただいま戻りましたマスター……って何があったんですか!?」

 

「か、カゲ? どうしたんだカゲ、まだ傷が痛むのか!?」

 

「いや、ちがう。ちがうんだよぉ、レッドぉ……」

 

 

 

ああ、タケシとやらは正しい。

だが、そいつは同時に触れてはならないものに触れた。

 

 

 

 

「レッド、質問に答えてくれ」

 

「な、なんだよミズキ。今それどころじゃ」

 

 

 

 

「本当に、記念受験感覚の餓鬼、って言われたのか?」

 

 

 

 

「っ! カゲ、お前話して……」

 

「質問に答えてくれ、

 

 

 

本当に、戦う価値のないトレーナー気取りのクズ、って言われたのか?

 

 

 

「……うん、言われた。でもしょうがないんだ。ジムリーダーの萌えもんたった一匹にぼろぼろにされちゃったし、戦い方がへたくそなのもわかってたことだし。気を取り直して次頑張れば……」

 

 

 

「今のお前の心が折れてることなんか、カゲ以外でも見ればわかるぞ」

 

「っ」

 

レッドが明らかに驚愕の表情を見せる。自分で気づいていなかったのか。重症だな。

 

「カゲが落ち込んでるのは、相手を倒せなかったからじゃない。自分が負けたことでお前が立ち上がれなくなっちまうことを何よりも恐れているからだ。そして今、それは現実になろうとしている。レッド、お前は切り替えて前を向いているんじゃない。後ろを向きながら前に進もうとしているだけだ」

 

今度はレッドが唇をかむ。似た者同士な二人の表情が今は重く苦しく切ない。

 

「わかってるよ。このままじゃダメなことぐらい、わかってるんだ。でも、俺は馬鹿だから、グリーンとブルーとミズキと違って、攻撃することしかできないから。でも、それじゃあだめだから。それでカゲが酷い目に合っちゃったらって考えたら、もう俺どうしたらいいのかわかんなくて……」

 

 

 

「わかった。不器用なお前なバカ二人の、必死な気持ちは伝わった。じゃあ、最後にこれだけ答えてくれ」

 

 

 

 

お前らはタケシをどうしたい?

 

 

 

 

「「た、倒したい」」

 

 

 

 

どうして?

 

 

 

 

「「カゲ(レッド)をひどい目に合わせたから」」

 

 

 

 

 

 

 

 

涙声だけど、

上出来じゃねえか。

 

 

 

 

「お前ら、明日は俺を見てろ。戦術ってやつを教えてやる」

 

 

 

ついでにクズをぼこぼこにする。

 

俺の友達をクズ呼ばわりした。

俺のげきりんに触れた罪の重さを教えてやる

 

 

 

「スー、悪いが明日の予定は変更だ。ぶっ壊したい奴がいる」

 

 

 

「仰せのままに。やりましょう、マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

契約1、2、3、4   瞬間凍結

 

ニビ 瞬間契約 ジムリーダータケシを倒す

 

 

 

 

 

 



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第2話 2 戦う意味

2月5日追記 タイトル変えました


 

旅館のカーテンの隙間から漏れる光での朝の目覚めはすこぶる快適なものとなっただろう。

予定の正午までの時間は約五時間。それまで一秒たりとも無駄にすることはできない。

今日の相手はジムリーダーだ。いくら対策したってしすぎだということにはならない。

 

「出てこい、スー」

 

萌えもんボール唯一のスイッチを押すと、軽いフラッシュとともに青い相棒が姿を現す。

 

「おはようございます」

 

「おはよう。さて、早速で悪いが聞かせてくれ。スー、今日の戦闘は契約とは一切関係ない、俺の私戦だ。お前に付き合う義務はない。いや、むしろ一昨日の対ブルー戦とは比べ物にならないぐらいの厳しい戦闘になると考えてまず間違いない。下手すりゃ今後の旅に支障をきたすけがをするかもしれない。それをわかっていながら、俺はお前を利用しようとしてる。それでも、俺と一緒に戦ってくれるのか?」

 

「はい」

 

想定通りの即答だった。

 

「水臭いですよマスター。わたしはあなたに従います。わたしはあなたの望みを叶え、自分の理想に近づくために、強くなると誓いました。わたしのことは気遣わずマスターはわたしを使ってください。頼りないかもしれませんが、わたしはあなたの剣となり、あなたの心に答えて見せます」

 

いい志だ。ならば俺も、それ相応にこたえよう。

 

「命令だ。一緒にタケシを倒してくれ」

 

「勝ちましょう。まだまだ若輩者ですが、マスターと一緒なら負けはありません」

 

先日の戦闘は、スーの心を揺らした代わりにスーの心に柱を刺した。

ブルーには今度全力で料理をふるまってやろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ジムリーダーっていうのはいうなれば、萌えもんのタイプのエキスパートの集まりだ。ニビジムのタケシはいわタイプの使い手。注目すべきは何と言ってもその恵まれた体躯によって作り出される圧倒的なぼうぎょりょくだ。並みのこうげきならかわすことなく受け止めてそのままカウンターで攻撃することもできる。接近戦はかなり不利になると思う。こういうのはあれだがヒトカゲが真っ向勝負で突っ込んだとしてもまず勝てないだろうな」

 

先日と同じようにミズキは愛用のメモを取出し、イシツブテ、イワーク、サイホーンなどなど、出てくる可能性のあるいわ萌えもんの名前を片っ端から羅列していく。

 

「あれ? でもいわタイプってことはたしかみずタイプの攻撃に弱いんですよね? みずでっぽうとかなら遠距離から攻撃することもできますし、私たちがかなり有利になるんですよね」

 

スーが思いついたかのように発言するが、もちろんそれだけではこの作戦会議を終われない。

タイプ相性が良ければ勝つ。

そんな理屈がまかり通るのであればそもそも萌えもんバトルは最初に出した萌えもんの相性で決まってしまうことになる。それで勝ち負けが決まるのならば誰も最強なんて称号を目指しはしない。

思考することで、下馬評のすべてがひっくり返る。逆に言えば、タイプ相性が良くても一つの奇策で壊滅する。だから萌えもんは面白いのだ。

 

「その通り。だがそれだけでは勝てない。いわタイプはみずタイプに強い、いわタイプは遠距離攻撃に弱い、そんなことはタケシが一番よくわかっているはずだ。それでもいわタイプでジムリーダーとして君臨している以上何かしらの対策を持っていると考えるのが妥当だろう。それにスーはみず・こおりタイプの萌えもんだいわタイプの強力なわざを受けたら見過ごせないダメージを受けるのもまた事実」

 

メモの一枚目はかなりペケ印で染まってしまったため、ゴミ箱に放り込み二枚目に書き直し始める。

スーにはよくわからない作戦がすさまじい勢いで書きなぐられていくが、それと同時にすさまじい勢いで没の作戦が増えていく。

不意にミズキはペンを止め、正面の相棒へと向き直る。

 

「正直に言おう。今回のバトル、かなり高めに見積もって、勝率は約三十パーってところだ」

 

二人はかなり渋い顔で見つめあう。

 

「低いですね」

 

「そもそもかなりの確率で勝つことが不可能になる、所謂『詰み』の状態が発生する。すばやさが高すぎるいわ萌えもんがいたら詰み、空飛ぶいわ萌えもんがいたら詰み、リーグの規定はよくわからないけどレベルが離れすぎてたら詰み、俺の作戦を一瞬でも悟られたら詰み。自惚れ抜きに俺以外のトレーナーがこの戦力差をひっくり返すのは至難のわざだろうな」

 

ボールペンのお尻を口元におき、苦しそうな表情を浮かべる。

 

 

 

「でも、勝つ手段はあるんですよね?」

 

 

 

……一日二日でずいぶん俺の株は上がったもんだ。

なら全力で答えなきゃな。

 

 

 

「賭けに出る。ニビジムは最大三対三の公式ルールらしい。これからの俺の予想ががあたっているのなら勝率は七割まで引き上げられる」

 

 

 

絶対勝つ。もはやこれは、レッドたちのためだけのバトルじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「……そこの後ろの餓鬼には二度とジムの敷居をまたぐなと言っておいたんだが。餓鬼だから伝わらなかったのか?」

 

「てめっ」

 

「落ち着けカゲ。今日は俺たちのジム戦だ」

 

右側のレッドのそばについているカゲを右手だけで制した後、タケシへと向き直る。

 

「どうもこんにちは。昨日電話で対戦予約をさせていただきました、マサラタウンオーキド研究所出身駆け出しトレーナーミズキと申します。今日はあの有名な『固い男』の二つ名で知られるタケシさんと戦えるということで胸を借りる思いで挑ませていただきたく思います」

 

ニコニコという擬音が似合いそうな顔で礼儀をわきまえただけの言葉をミズキがポケットに手を突っ込みながら言う。足元のスーの顔が引きつる。

 

「汚い作り笑顔だな。闘志が隠しきれていないぞ」

 

腕を組みながら鼻で笑うタケシに対して、ミズキはすっと自分の顔を真顔に戻す。ミズキの周りにいたレッド、カゲ、そしてスーでさえその瞬間の空気に凍える。

 

「すみませんねえ。なんせもともと来たくもなかったジムに来ざるを得ない事情ができてしまったもんで。どっかの頭悪い誰かさんに一般常識っつーものを教育してやらないといけないんですよ。未来の教育者である研究者としてはね」

 

「だったら貴様のお友達に己の力量を見図る技術を教えてやったらどうなんだ?」

 

「まあそうですね、それに関しては今日のジム戦を通して自分の実力やら戦略やらの勉強をしてもらうんで許して下さいな。さて、じゃあここからが本題です。ニビジムリーダータケシ、昨日のレッドに対しての発言を撤回し、謝罪する気はありますか?」

 

「謝る? ふざけるな。なぜ俺がクズに対して謝らなければならない? 俺にはそいつのような雑魚どもの相手をしている時間はない。俺にはいわ萌えもんとともに最強のトレーナーとしての覇道を作り上げるという野望がある。そのために俺は厳しい試験を受け、ジムリーダーとなり、強いトレーナーと戦う事だけを楽しみにしてきた。だが、ふたを開けてみればリーグ協会に俺が配置されたのはニビシティ。そこのクズレベルの餓鬼しか来ないカントー地方の末端ジムだ。もううんざりなんだよ、雑魚のお守りに時間を取られるのはな。ジムは強者の成長のためにある。弱者のたまり場などではない。文句はあるか」

 

自分のどこが間違っている? とでも問いたげな顔で萎縮したレッドに目をやる。

いらだつことは隠せないがここは我慢の時だ。

 

「ふざけんな! てめえがってな事情でレッドにぼろくそに言いやがって! 謝れよ! レッドに謝れぇ!!!」

 

「か、カゲさん! 落ち着いてください!」

 

スーが後ろからカゲの両腕に手をまわして体を固める形になる。

その姿を見ながらタケシはくすくすと馬鹿にした笑いを浮かべ、カゲに相対する。

 

「単細胞の馬鹿め。昨日言ったことをもう忘れたのか? 俺にはお前らにかまっている時間などない。なんならお前らを追い払うのに使った俺の時間を返してほしいぐらいだ」

 

「なんだとごらあ!」

 

今にも火が出てきそうな勢いで食って掛かる。おいおい……

 

「おい。キレるのは勝手だが俺の相棒に迷惑かけんなよ。これからそいつ使ってジム戦やるんだからな」

 

「うるせえミズキ! お前も黙ってないでなんか言えよ! レッドの敵討ちに来てくれるんじゃなかったのかよ!」

 

「誰がそんなこと言ったよ。俺がやるのはジム戦。ついでにお前らへの授業だ。仇討なんか自分でやれ」

 

「なにぃ!?」

 

カゲは絶望したような表情でこちらを見る。

 

「逆に聞くが、俺が勝ったらお前らの気が晴れるのか? 俺が勝ったらレッドの折れた心は回復するのか? そうじゃねえだろ。自分が勝たなきゃ、自分がもっと強くならなきゃ、レッドはもう一度立ち上がれない。そう思ってたからお前は泣いたんじゃなかったのか」

 

はっ、としたカゲを見た後、スーを自分のところへと呼びなおす。

 

「ふっ、貴様はそれなりにわかっているようだな」

 

「そうですね。人には目線というものがあります。俺たちから見たらあなたの振る舞いはクズそのものですが、あなたにはジムリーダーとしての苦労や苦悩があったうえでその言葉を言ったことでしょう。だから俺は、あなたに文句はありません」

 

ふっ、という声の後に、カゲの歯ぎしりが響き渡る。

 

「無礼ではあるがなかなか見えてる子供じゃないか。で? そこまで考えて、貴様はここで何をするんだ?」

 

「そうですね……わざわざ戦う理由をつけるなら、ここであんたをスー一匹でぼろぼろにすれば負け犬ジムリーダーとなってレッドをはじめとした新米トレーナーの挑戦を拒めなくなるとか、長いこと同じときを過ごしたカゲの敵討ちだとか、スーがどれだけあなたに立ち向かえるのか知りたいだとか、そういうことも言えるんですけど、まあもうちょっと単純な思考でいきましょうか」

 

「なに?」

 

もともと柔らかくはないタケシの顔がさらに険しくなる。

 

 

 

 

 

「実はあんた、さっき俺とスーに対して使っちゃいけないNGワードを使っちゃったんすよ」

 

「はぁ? NGワード?」

 

 

 

 

 

野望。

それは俺たちにとって、お互いをつないだ大切なもの。

軽々しくない、崇高なもの。

 

 

 

 

 

「自分の未来を免罪符にして、人を傷付けるあなたは俺たちとは違う」

 

 

 

 

あんたは嫌いだ、だから潰す。

 

 

 

 

 

「俺が使うのはこのラプラス。他は一匹も使わない。三匹全部こいつで抜ききる。文句を言いたきゃかかってこい」

 

 

 

 

 

「あまり調子に乗るなよ、ガキが」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――公式戦開始―――――――――――――――――

 

 

 

 




次回が長くなるのは明白なので今回は短め。
知略家であり激情家なミズキの本質が少し見える回かも。

次回ニビジム戦、まだ二匹目の萌えもんが決まってない! 
乞うご期待。




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第2話 3 戦慄の戦略


10000文字オーバーです(震え声
自分の友人にラプラスドールを買ってきてもらった結果高ぶりすぎてしまいました。

読むときはお時間にお気を付け下さい。



 

 

 

「いけ、イシツブテ」

 

「GO スー」

 

第一ステージはイシツブテか。とりあえず最悪の詰み状況は回避できたみたいだな。

がんせき萌えもんイシツブテ。その体はトレーナーがやさしく砂で磨けば磨くほど固く強く成長するといわれている。さすがにいわタイプのエキスパートを名乗るだけあってイシツブテのコンディションは最高レベル、最初っからかなり厳しい。

しかも相手が得意とするのはクロスレンジの打撃戦。ブルー戦のような仕込をしてる時間もない。

 

「いけ、イシツブテ。突進しろ」

 

すさまじい勢いでイシツブテが突っ込んでくる。速い。あれがいわタイプの萌えもんの動きか?

 

「走れ、スー。的を絞らせるな」

 

「はい!」

 

スーが右前方へ全力で駆け出す。確かに相手のすばやさも大したものだがそれはもちろんイシツブテの中でだ。まだまだ小さく体重の軽いスーのスピードなら振り切れる。

だがこちらの手持ちは一匹のみ。持久戦は当然今回もしかけられない。

勝負を決めるのは、最初の五分だ。

 

「ほう……ラプラスにしてはなかなかいい動きだな。だが、ぼうぎょの構えがいつまでもつかな? イシツブテ」

 

タケシの声と同時にイシツブテが振り返り、再び突進を仕掛けれくる。

ちっ、さすがに戦略ってもんをわかってやがる。

完全にこっちが速攻で決めようとしているのをわかっていて、わざと愚直に突っ込ませている。イシツブテを完全におとりとして使っている。

あまり好きな作戦ではないが、さすがはジムリーダー。やってることが合理的だ。

 

「スー、みずでっぽうだ。近づける前にたたけ!」

 

「あまい! イシツブテ、がんせきふうじだ。防御壁をはれ!」

 

イシツブテがその場で両拳を地面にたたきつけ、その力によって地面から巨大な岩の柱が五本、正面のフィールド横方向にに出現する。岩のカーテンによってみずでっぽうは完全にはじかれ、スーの位置からは完全にイシツブテが視認できない状態となった。

わざの応用性も抜群、これがジムリーダーか。威張り散らすだけの実力は持ち合わせてるってことか。

 

「どうだ、そろそろ見えるか? 格の違いが」

 

がんせきふうじの壁はちょうどフィールドの中心辺りにあり、そこをはさんでむこう側にスー、こちら側にイシツブテがいるため姿を確認することはできないが声の調子から言ってかなり勝利を確信しているようだ。相手のどや顔が目に浮かぶ

それでいい。

スーを見て、俺を見て、どんどん自分に酔いしれろ。

そこが俺たちの唯一の勝機だ。

 

「一気に行くぞ。イシツブテ、いわくだきからいわおとし! 」

 

叫びが届くや否や、イシツブテは自身で作った巨岩を破壊し、砕いた岩を自慢の力で二人の頭上に分投げるす。本来洞窟などの限定的な条件でのみ最大威力を発揮するいわおとしをジムフィールドで活用するために考案されたのだろう。

しかしどう考えてもイシツブテ自身もいわおとしの射程圏内に入ってしまっている。いわタイプとはいえ見過ごせないダメージが入るはず。

 

「仕上げだ。イシツブテ、まるくなる」

 

此方の考えを見透かしたかのようにイシツブテはおそらく想定されていたコンボの最終体制へとはいる。

なるほど、まるくなるによってもともとのぼうぎょりょくをさらに高めたイシツブテなら、己のいわおとしの自爆ダメージでは雀の涙ほどのダメージしかならないだろう。

 

「これが俺たちの実力だ、お前たちでは俺の戦略を超えることなどできはしない。とっととつぶれて眼前から失せろ」

 

確かに。数少ない経験ではあるが、こんなコンボを披露するトレーナーはこれまで一人もいなかった。いわタイプのジムを任されるものとして、推敲を重ねて作り上げたのだろう。

よく考えられた行動だ。

 

 

そう。ただ、それだけ。

 

 

よく考えられた、机の上だけで完結する動きだ。やってることはブルーと同じ。いや、こいつは自分の萌えもんすらも傷つけてそれを作戦と呼ぶ。萌えもんと一緒に強くなろうと思って努力したブルーにすら及ばない。

 

 

 

 

それでお前は最強になるとのたまわったのか。

 

 

それでお前は俺の友達の心に傷をつけたのか。

 

 

それでお前は野望という言葉を口にしたのか。

 

 

 

 

バカにするなよジムリーダー。

 

 

 

 

お前の独りよがりな戦略じゃたどり着けない、俺たちの信頼を見せてやる。

 

 

 

 

「スー、CROSS!」

 

 

 

「! それは……」

 

 

 

そう、あの時の……

 

 

 

 

 

 

 

 

『ああ、そうだ。スー。今から萌えもんバトルの時の決まりごとを少し決めておくぞ』

 

『決まり事? どういうことですか?』

 

『ああ、要するにだ。俺たちの指示を相手に聞かれちゃいけないとき、俺の指示が遅れたら致命傷を受けるとき、そういう時が来たとするだろ?』

 

『はあ』

 

『そういう時にだ。俺たちの中でいくつかの決まったパターンで作戦を作っておく。そして俺がその作戦名を宣言した時、その後の俺の指示に従って決まった動きをする。要するに作戦指示の暗号化をするってことだ』

 

『おお! かっこいいです!』

 

『というわけで、何個かの非常事態に分けて作戦を三つぐらい先に作っておくぞ』

 

『はい!』

 

 

 

 

 

『ま、マスター。これ、本当にやるんですか?』

 

『怖いか?』

 

『いや、まあ、かなり……』

 

『悪いな。これは絶対ここから先に必要になる特訓だ。少なくともR団と戦うためには俺もお前も普通のままじゃあいられない。だからここで一度、俺は心を鬼にさせてもらうぜ。この特訓ワンセットが終わるまでは今日森から出ない』

 

『ほ、本当にできるんですかよね?』

 

『安心しろ。絶対できる。お前はお前のやることをやり、俺は俺のやることをやる。それが俺たちの信頼関係だろ?』

 

『いや、でも……』

 

『スー』

 

『……はい』

 

『俺は嘘をつくような男か?』

 

『! いいえ』

 

『お前が震える戦術で戦った俺はお前の信用に足らない存在か?』

 

『いえ! そんなこと!』

 

 

『大丈夫。必ずできる。俺を信じろ』

 

 

『……はい!』

 

『まあ、もちろん練習を重ねたうえで絶大な信頼を作り上げた後でできる戦術だからな。当分使うことはねえだろうさ。そりゃあミスれば大怪我だしな』

 

『そ、そりゃそうですよね』

 

 

 

 

 

 

 

 

コンマ一秒、砕けて舞い散る岩の隙間から主人の瞳を映しこむ。

本気だった。

そうですよね。マスターは嘘なんてつきませんものね。

 

 

 

 

信じてますよ。マスター。

 

 

 

 

最後の景色にそれを映しこみ、スーは自分の思考を飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーからの了承の合図が見える

走り回った結果のほぼ偶然だったが、位置関係が幸いした。

 

 

 

 

任せろスー。

必ずこっちに来させてみせる。

 

 

 

 

さあ、タケシ。

覚悟しろ。格の違いを教えてやるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『イシツブテ、セントウフノウ。ラプラスノカチ。ジムリーダータケシハスミヤカニニヒキメノモエモンヲセンタクシテクダサイ』

 

 

町の設計上底まで広くないジムの中に無機質な声が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理解が追い付かない、というのが正直な感想だった。

今目の前には自分の必勝パターンを作った萌えもんとそれを受けている萌えもんがいる。

そしてその奥に対戦相手がいる。

絶望の表情が見えるはずだった。

ましてや、相手の萌えもんは最初で最後の一匹。いわこうげきをくらえばひとたまりもないこおりタイプのラプラス。

負けるはずもない。

瞬殺するはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

なぜ、イシツブテが倒れている?

 

なぜ、みずでっぽうをくらっている?

 

なぜラプラスが倒れていない?

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が砂埃で視界を奪われていた数秒に

何が起きた……?

 

 

 

 

「貴様ら、いったい何をした……!」

 

 

 

 

いつの間にか二人並んでいる餓鬼と嘲笑した挑戦者とハイタッチをしているその萌えもんの勝ち誇った顔を見ながらタケシはただただ怒りの表情を浮かべることしかできないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、こんらん状態に陥ったのはタケシだけではなかった。

 

「カゲ、今いったい何が起きたんだ……?」

 

化け物を見たかのような調子の声で、ジャッジコンピューターの後ろのベンチに見学として座っているレッドが言った。

 

「俺たちが一瞬でやられちまった必殺コンボを受けて、俺たちと同じように岩に取り囲まれて、そこまでは俺にだってわかった。でもそこからだ。いったいミズキは何をした?」

 

 

数字を言った。

 

 

いや、何を言っているのかとかそういう事じゃなく、

それしか言えなかった。

 

 

なんといったって本当にミズキは数字いくつかを言っただけだったのだ。

 

 

ミズキがいきなり英語を叫んだかと思ったら、今度はすさまじい数の数字を呟きまくって、それをきいたラプラスは何事もなくステップを踏むかのように落石を片っ端からよけはじめ、無傷で突破したかと思ったら振り向きざまにイシツブテに向かってみずでっぽうをうって一発KO。言葉で言ったらこれだけになるが、俺には何が起きたのか意味が分からない。

 

ミズキは最初からあの攻撃を予想していた?

 

ラプラスの能力はそれほどまでに高かった?

 

全然わからない……。

 

「なあ、カゲ。お前、ミズキが何をしたか分かったのか?」

 

正面のフィールドにくぎ付けになっていたため目を合わせずに会話をしていたレッドが久しぶりに思いながらカゲの顔を見る。

 

 

正直、ぎょっとした。

 

 

カゲは顔を真っ青にしながら両手で体を抱えて凍えるようなポーズで震えていた。

 

 

「か、カゲ!? どうした!?」

 

本気で心配になったレッドは無理やり覚醒させるようにカゲの体をめちゃくちゃにゆする。

 

 

「正気じゃねえよ……あいつら……」

 

「はあ!? 何の話だよ! 落ち着け!」

 

 

カゲはうわごとのように少しずつ感情をレッドに伝える。

 

 

「俺の位置からは見えた……あいつらは、あいつらのは……信頼なんてレベルじゃない!」

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ、落石の中で、目をつむってたんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

「マーベラス。としか言いようがないな。ご苦労だった、スー。イシツブテを無傷で倒せたのは間違いなくお前の功績だ」

 

相手をしっかりと目で見据えながら、やんわりとスーの頭をなでる。

 

「そんな……わたしだって驚いてるんです! マスターの言ってた通りでした! まさか本当にあんなことがわたしにできるなんて!」

 

その場でむじゃきにステップを踏むスーの姿は本当にただの子供のようで、一瞬ジム戦であることを忘れかける。

 

「なーに言ってんだ。本来一二回の練習でできるもんでもねえし、やる予定もなかった。俺はやるしかなかったからやったまでだ。全部を前のおかげだよ。誇りに思え」

 

さてと……

 

ちょっとした作戦のスイッチはあったがここまでは予想の範疇。

問題は間違いなくここからだ。

おそらく残るは、エース級二体。

 

 

「まだまだ行くぞ、スー。ここからが本当のバトルだ」

 

 

「今ならいける気がします! 任せてくださいマスター!」

 

 

スーに勢いがついたことに関してはうれしい誤算ではあったのだが、まあ勢いだけで勝てる相手でないのはイシツブテだけで十分わかった。

後は残りがサイホーンあたりであってくれることを切に願うばかりだな……

 

 

 

 

「……いったい何をしたのかはわからないままだが、少々敵をなめすぎていたようだな」

 

 

けっ、そのままなめててくれりゃあ幾分楽にもなるのによう……

 

 

 

「いいだろう、ここからは俺も本気でいこう。後悔してももう遅い! いけ!」

 

 

 

 

こ、こいつは……

 

 

 

 

「……表に出たのは久しぶりだな。まあいい。ぶった切る」

 

 

じゃきん、じゃきん、という音をたてながら自慢の腕を研いで素振りを始める。こげ茶っぽい体の先の銀色の金属はかなり映える。

それが見えた時に願いははかなくも崩れたのだとさっと理解しため息も出ない。

 

 

「カブトプスだと!」

 

まずい、とんでもなくまずい。

 

カブトプス。こうら萌えもん。

グレン島の萌えもん研究所でつい最近古代の化石から復元することに成功した株との進化系。カントー地方では数少ないのいわ・みずタイプの萌えもんで、水陸両用のスーにかなり似た能力の萌えもんと言えるだろう。

 

そう、スーとかなり似た種の萌えもんなのだ。

 

萌えもんバトルをするにあたって、同レベルのトレーナー同士が、同族で、同じわざを使い、同じレベルである萌えもんで戦うとき、勝負を決めるのはなんだろうか?

 

 

答えは一つ、けいけんちだ。

 

 

戦闘に対する慣れ、土壇場での地力、予想外に対する判断、理由を挙げればきりがなくなるが、同条件で戦闘をする場合は戦闘経験を積んで相手から技術を盗んできたベテランの方が圧倒的に有利。

 

相手はジムリーダー。こちらはマサラを立ってから一週間とたってはいない。

経験の差は歴然だ。

 

 

さらにもう一つ。

カブトプスなんて萌えもんが出てくるのは完全に自分の計算外だった。

 

 

言い換えるならば盲点だった。

まさか、化石萌えもんがこんなところで出てくるなんてという思いと、もしかしたら出てきてほしくないという願望の表れもあったのかもしれない。

もう一ついうと自分自身化石萌えもんという存在を博士から聞いて研究していたのはかなり最近の話で知識が足りなかったということもある。

とにかくカブトプスに対しての対策は正直まるで考えていない。

 

 

 

 

落ち着け。

 

 

 

 

自分で言ったんだろ。

 

優れたトレーナーってのは、予想外の出来事を上から飲みこめるトレーナーのことだって。

 

 

 

 

 

久しぶりに黙想だ。

十秒で終わらせる。

 

 

 

 

カブトプス。鋭い鎌から繰り出されるこうげきはきゅうしょを狙えばいちげきひっさつ。

鎌を生かすことができるわざが、最低一つ。多くて三つ。

そして自身のタイプを生かすなら、みずタイプのわざといわタイプのわざを一つずつ。

サポートわざが一つくらい。もしかしたらサブウェポンになる予想外なわざを一つぐらい持っているかもしれない。

そしてタケシはこの中から四つを選択して使ってくる。

もしサブウェポンにすいとる系のライフゲインのわざがあったら持久戦になって詰み、わざがいわタイプで統一された最悪の相性だった場合も詰み。

試合前にスーに言った、詰みの発生率もかなり高い。

けどそこをくぐりさえすれば……そして、俺の予想が正しければ……

 

 

勝負を決めるのは、わざの選択。

 

俺とタケシ。どちらがうまくわざを使えるかで決まる。

 

 

 

 

 

「またせたな、スー」

 

「いいえ、まったく。勝てますよね、マスター」

 

「たりめーよ。俺を誰だと思ってる」

 

当たり前だ。俺たちは、こんなところで止まれない。

こんな奴に、負けてられないんだ。

 

 

「スー。お前は今から俺の指示に従い続けろ。何を言われても不思議に思わず、愚直に俺に従い続けろ。俺の指示で表情を変えるな。それでお前は確実に勝てる」

 

 

「……そんな指示、いりませんよ。最初っからずっとそのつもりでしたから!」

 

 

「走れ、スー。全力疾走だ! めちゃくちゃに動き回れ!」

 

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

「攪乱作戦か」

 

カブトプスの目の前でどたばたと前後左右に走り回る敵の姿を見て、タケシは冷静に推理する。

カブトプスのすばやさと鎌の一撃を恐れ、極力動き回ることで的を絞らせまいとしている。カブトプスに対し自分たちは接近戦を持ち込むことができず、なるべく近寄られないように動き回りチャンスをうかがう。理由としてはそんなところだろう。

当然一瞬で決めることは望ましい。だがその短絡的な思考では奴を倒せないことはイシツブテが証明した。

ならばこちらは三体目につなぐ、そのためにダメージを相手に重ねる、それだけを目指して攻撃すればいい。

このバトル、本来はすべてにおいてこちらに歩のある勝負なのだ。ならば相手の奇策に惑わされず、淡々と作業していけばいい。

 

 

「カブトプス、焦るな。こちらは相手が仕掛けるまで、動く必要はない」

 

 

カブトプスは軽く頷き、構えを崩さずスー、というよりはその後ろのミズキに対して正対する。

 

「スー、しろいきりだ。相手の視界を奪え!」

 

ラプラスが走りながら口から煙幕のようなものを吐き始める。なるほど、まずはこちらの身動きをとれなくする、ひいては素早さを封じに来るのか。

 

「させるな、カブトプス。つるぎのまいで弾き飛ばせ」

 

風をまとうように激しい舞はスーから生み出された靄をすべて弾き飛ばし、そのうえでカブトプスは自分の力を鼓舞するように舞を続ける。

 

どうだ、挑戦者。

これ以上踊られたら貴様らは勝ち目がなくなるだろう。

今こっちはお前らの唯一の砦、ラプラスの耐久力、それを上回るこうげきりょくを得ようとしているぞ。

焦れ、おびえろ、竦め。

そしてお前らがとる行動は……

 

 

「スー、足を止めてみずでっぽう! 最大出力だ!」

 

 

急いでつるぎのまいを止めようと攻撃してくる!

 

 

「カブトプス! こっちもみずでっぽうだ! 相手のこうげきを止めろ!」

 

 

 

 

 

 

 

きたっ……

……勝利のためのワンチャンス!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「スー、突っ込め!!」

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何!」

 

冷静に行動しようと心掛けたタケシの心が再びゆれる。

つるぎのまいを止めるためにやむなしにみずでっぽうをうってきた。そう思ったためにこちらもみずでっぽうで迎撃し、相手の動きを止めてから接近戦を仕掛けに行く。これがタケシのプランだった

 

なぜ奴らの方から突っ込んでくる……!

 

相手は接近戦で優位に立つことができないために攪乱作戦をとったと考えていた。事実、ここまでラプラスがつかってきたこうげきわざはみずでっぽうのみ。ここにきてわざわざみずでっぽうをくらいながらこちらの得意な接近戦へ赴いてくるのか、まったくもって理解できなかった。

よもや、接近戦でカブトプスに有効な一撃をここまで隠し持っていたという事だろうか……それは考えにくい。それなら最初のラプラスの動きは完全にラプラスの体力を使うだけの無駄な行動だったことになる。有用な攻め手があるのなら、つるぎのまいをする前のカブトプスと接近戦で殴り合い、さっさと倒すのが最善策だ。まだこちらが二匹目なのにそんな後先考えない責めをする挑戦者でないことは先ほどまででわかった。

そもそもラプラスがみず・こおりタイプとはいえ、無駄にみずでっぽうを受けてしまってはほんの少しずつでもダメージは入る。現状相手にとっては、どんな小さなダメージでも受けてしまっては悪手なのだ。

 

ということは、相手はこちらがこうげきを仕掛けてくることを待っていたことになる。

その結果、俺たちからみずでっぽうを引出し、それを好機と見て突っ込んできた……

 

 

 

 

 

!!!

 

 

 

 

 

なるほど……ついに読めたぞ……貴様らの戦略が!!

 

「カブトプス、みずでっぽうを止めろ! 突っ込んでくるラプラスをそのまま迎え撃て!」

 

 

 

奴らの狙い……それは、我々からみずタイプのこうげきわざを引き出すこと!!

 

 

 

「ちっ、スー! そのまま突っ込め!」

 

 

 

やはりな。

 

 

 

萌えもんには、バトルを優位に働かせるために自然の中で身に着けた固有能力、とくせいと呼ばれるものがある。

たとえばイシツブテだったとしたら、とくせい、がんじょう。

これは、相手から一撃で倒されるタイプのわざに対して耐性を持つ、というとくせいで、山や洞窟で生活することの多い萌えもんであるイシツブテが環境の中で身に着けた能力。

カブトプスだったら、とくせい、すいすい。

あまごい状態の時に場に出ていると、すばやさが格段にアップする。

これは古代に湿地帯に住んでいたカブトたちが、雨の時に素早く行動して天敵から逃げるために身に着けた能力だ。

このように萌えもんには必ず一つ、バトルで有効に働かせることのできるとくせいを一つは持っているのだ。

 

 

 

そして、ラプラスのとくせいの一つ。

 

 

 

ちょすい。

 

 

 

水タイプのこうげきわざのエネルギーを吸収し、自分の体力へと変換してしまうという、みずタイプに対してかなり有利になれるとくせいだ。

 

 

 

やつはこれを利用した。

 

 

 

イシツブテとの戦闘を経て、直接的なダメージを受けることはなくてもかなりの体力を消耗した。やつはそれでまだ見ぬ三匹目と戦うことが不安だった。

そこでカブトプスを見て、ラプラスの体力を回復し、同時に接近して近距離でこうげきをたたきこむことで一気に相手を倒し、万全な状態で三匹目を迎えるチャンスだと考えた。

最初のただ疲れるだけのめちゃくちゃな動きも、のちに回復する予定だったと考えれば説明がつく。

 

 

 

敵ながらあっぱれ、と言わざるを得ない戦略。

 

 

だが、もう遅い。

 

 

戦略は敵にみやぶられた時点で、戦略としての意味をなさなくなる。

 

 

現にこちらが目論見に気付いたことで貴様のラプラスが受けることができたみずでっぽうはほんのわずか。あれでは全快は見込めない。

 

 

 

しかも貴様はいま、ラプラスの突進を止めることはできない。

ここでラプラスを引かせてしまえば、奴の一番恐れる、持久戦が始まってしまうことは間違いないからだ。

貴様はダメージを承知で、自分の萌えもんを突っ込ませることしかできない。

 

 

 

「カブトプス、きりさくだ!」

 

 

「……失せろっ!!!」

 

 

 

カブトプスのきりさくがラプラスの肩口に突き刺さる。

どう見たってきゅうしょにあたった。クリティカルヒットだ。

わかりやすく顔が歪んでいくのが自分の位置からわかる。だが、ラプラスは倒れず、引くこともせずに踏みとどまった。

ほう、さすがの耐久力だな。

 

 

 

「がんばれスー! みずでっぽうだ! カブトプスの体制を崩せ!」

 

 

 

至近距離からのみずでっぽう。決してカブトプスが苦手なわざではないが、さすがにきりさくの当たる至近距離からのこうげきでは少なくないダメージを受けてしまう。ましてはカブトプスはいわタイプの中では軽量級だ。軽々と水流にのまれ、フィールド中央まで運ばれてしまう。

 

 

 

「そこだ! 地面にみずでっぽう!!」

 

 

 

なにを、とほんの一瞬戸惑うタケシだが、すぐにその意味を理解する。

すさまじい勢いで放たれた水は、カブトプスの足元に広がり、泥水の川のような状態になる。

大の字でフィールドの中心にいたカブトプスにはたまったものじゃないだろう。ダメージによってうまく動けずに軽く溺れてるような状態だ。

カブトプスの真下の地面はかなりやわらかいすな地帯に、いくつかの鋭い石が転がっている状態となっている。

最初のイシツブテのいわくだきの結果だ。そこに激しい水流をたたきこんだとしたら……

 

 

 

「だくりゅうのようなこうげきに、砕けた石によるだげきこうげきまで入ることになる、か。なかなかよくできた戦法だな」

 

 

 

カブトプスが一撃でやられたというのにもかかわらず、にやにやとした顔でタケシは萌えもんボールにカブトプスを戻す。ジム内に再び機械音が響き渡る。

 

 

 

「これでようやく一対一となったわけだ。正直驚いた、というか油断していた。まさかラプラス一匹と戦略だけでここまで追い詰められるとは思っていなかった」

 

パチパチパチと雨だれのそうな拍手がひびく。当然ミズキは笑わない。

 

「で、どうする? まだやるのか? さっきのカブトプスとの戦闘でお前のラプラスはどう見ても致命傷を負ったぞ。まあクリティカルヒットしてくれたのはうれしい誤算だったんだが、きりさくはもともとそれを狙うわざだ。まあ、運が悪かったとあきらめてサレンダーしてくれ」

 

ミズキがスーに目線を移す。自分の方へと肩を抑えながら歩いてくる自分の相棒はひどく息を切らしていた。見た限りでは押せば倒れる、といった印象を受ける。

 

「まあ別に続けてくれてもいいんだがな。それならそれで俺は最後の一体で貴様の唯一の萌えもんを再起不能にしてやるまでだ」

 

三つ目のボールをお手玉するようにまわしながら返答を待つタケシ。

もはや勝ちは決まった。

そう言いたげなのは客席にいたレッドたちですら感じとって、ただひたすらに強く膝の上で手を握っていた。

 

もう無理だ。

勝てるはずがない。

最初から三対一なんて無理だったんだ。

 

 

 

 

 

 

「さっさと次の萌えもん出せよ。こっちはずっと待ってんだ」

 

 

 

 

 

 

「お前……正気か?」

 

「お前こそ何ぬかしてんだ。勝手に話を進めやがって、そんなにこっから負けんのが怖えのかよ?」

 

 

 

……落ち着け、ちょうはつにのるな、とタケシは自分の心に言い聞かせる。

奴のラプラスは満身創痍。どう見ても気絶の一歩手前だ。

ここから奴が勝つには、

 

ダメージを受けずに攻撃をかわし続け、敵を倒す

一撃を耐えた後に相手を一撃で沈める

 

このどちらかしかない。

前者は不可能。なぜなら俺の最後の萌えもんはそれを許さない萌えもんだから。

後者はもっと不可能。なぜなら相手はボロボロなうえに火力が優れているとはお世辞にも言えないラプラスだから。

 

 

 

唯一の気がかりはラプラスのわざ。

 

 

 

ラプラスはここまで

みずでっぽう

しろいきり

この二つしか使っていない。

まだ二つわざを隠し持っているはずだ。

 

だがそれももはや関係ない。

ここまで使うことができなかったのなら、大したわざが残っているはずがない。

もはやラプラスはボロボロだ。

いいわざを持っていたのなら既に使うタイミングは山ほどあったはずだ。

 

 

 

 

俺の勝利は揺るがない。

もう奴にはうつすべなどありはしない。

 

 

 

 

「……いいだろう。貴様の相棒とやらを二度とたてないように一撃でぐしゃぐしゃにしてやる!!」

 

「やってみろ。勘違い男」

 

 

 

 

 

 

 

 

ラストバトル。

 

 

 

 

三匹目の萌えもんは

 

 

 

 

 

 

「ぐわぁおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

イワーク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

速攻で仕留めてやる。

 

 

 

 

「イワーク! ロックカット」

 

 

 

 

イワークは突然、自分の体をたたきながら傷をつける。

表面岩、と呼ばれるいわタイプ特有の体表の岩、所謂人間の皮膚のような岩を剥がし、削ることによって自分の体を研磨していく。

それによって超重量級のイワークは、地上でとんでもないスピードを得ることとなる。

 

 

 

 

 

「スー、なきごえ」

 

 

 

 

 

くわぉわぉわぉぉぉ。

文字で表現するならこんなところだろうか? 何とも言えない音だった。

だが耳の具合とは裏腹にタケシは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

それが三つ目のわざか。

 

 

 

音系のわざでも最低ランクと言っても過言ではない、初期の初期のわざ、なきごえ。

間違いない。奴にもう打つ手はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなものが効くか! これで終わりだ、イワーク! すてみタックル!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝った!

勝った!!

勝った!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コレニテ、リーグニンテイ、モエモンバトルニビジムセンヲシュウリョウイタシマス』

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 

誰に、というわけでもなく軽く会釈をした後、頭を上げながら振り向き、レッドたちと一緒にフィールドを去る。サイズが小さいままの空の萌えもんボールを愛しい人からのプレゼントのようにやさしく手に包んだまま、自動ドアをくぐり外の空気を思いっきり吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ。あほみたいに疲れた。もう二度とジム戦なんかやりたくねえ!」

 

「右に同じです。全身痛いよぉ、ますたぁ」

 

 

 

 

 

涙目になりながらスーが見上げてくる。

 

 

 

 

 

「ほんとに悪かったな、俺の我が儘でこんなことになって。でも、まあ、チョーかっこよかったぜ。ありがとう、スー」

 

そういいながら軽くコン、と大きくしたボールをスーにぶつける。

 

「えへへ、またご褒美に美味しいごはんですよ、マスター」

 

 

 

 

少し痛みで顔をゆがめながらも満面の笑みを浮かべながら、ボールの中へと戻っていく。

 

 

 

 

「さてと、お前ら。いろいろ話すこともあるから、俺の泊まってる旅館に先行ってくれ。俺は先に萌えセン行ってスーのこと回復してくるからよ」

 

旅館の住所と部屋番号の書いたメモを押しつけながら、そういってミズキは足早にその場を去る。

 

 

 

 

翻したジャケットに光る四角いバッチがそれはそれはよく似合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残されたのは今まで友達だった男のすごさを理解し放心状態となった一組の男たちだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……申し訳ありません、負けてしまいました。

 

えっ、いや、あの、すみません。正直な話、なんで負けたのか、まったく分からなかったんです。

 

勝ったと思った。

 

最後、間違いなくこうげきが当たったのに、奴の萌えもんは立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ボス……あいつは何者なんですか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニビ 瞬間契約 ジムリーダータケシを倒す CLEAR

 

 

 

 

 

 





タケシ

イシツブテ ♂ がんじょう
いわくだき
いわおとし
がんせきふうじ
まるくなる

カブトプス ♂ すいすい
きりさく
みずでっぽう
つるぎのまい

イワーク ♂ いしあたま
ロックカット
すてみタックル


ミズキ

スー ♀
みずでっぽう
しろいきり
なきごえ
????


当初の予定ではカブトプスにはあまごいを使ってもらう予定だったり、イシツブテは完全に一撃でやられる予定だったりとマイナーチェンジをしまくった結果めっさ長くなってしまいました。

次回、レッドとの戦略解剖編





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第2話 4 海の技 陸の加護

待って下さった人がどれだけいるかはわかりませんがお待たせしました。
これまでに比べて投稿が遅くなってしまいました。申し訳ございません。
一応理由といたしましては

・夏が終わりリアルがかなり忙しくなった
・やる気の問題
・先日からちょくちょく言ってた絶不調パソコンの修理

となっております。
ゆえにこれからは早ければ週一、遅ければ月一ほどの投稿ペースになってしまうかもと思われます。
ゆっくりと完結を目指していこうとは思っていますのでご支援ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします。


追記 ロックカットとボディパージの効果をごっちゃにしている個所があります。本編には特に影響しないため無視しといてください


 

 

「マスター、おかわり!」

 

「はいはい」

 

受け取った旅館備え付けの和風の陶器に何とも不似合な洋風のスープが注ぎ込まれる。四人で囲む食卓ということで、先日の五割増しで料理を作ったにもかかわらず、すでにキャンプ時用に持参してきた大なべの底が見えている。笑顔の男と萌えもん一匹に招待客一人は唖然とするだけでいまだほとんど箸をつけていなかった。

 

「どうした? 食わないのか?」

 

ミズキがいったん鍋にお玉を入れ、先に淹れておいたコーヒーを飲みながらその固まっている招待客に向き直る

 

「いや、食べてるは食べてるんだけど……」

 

「あの女はカビゴンか?」

 

「いーや、俺の愛するラプラスさ」

 

頭に丸くたたまれている耳がぴくっと動いた。聞こえていたらしい。そして軽く赤い顔を隠すように一心不乱に真ん中の肉料理にかぶりつく。

 

「しかし、ミズキ。これ全部お前が作ったのか? 旅館で頼んだわけじゃなくて?」

 

「こんな和風の旅館できのみ入りミネストローネなんか出てくるかよ。旅先では旅館で料理を頼むより適当に食材を買ってくる方が安上がりだし、何よりスーが俺の飯を気に入っちまったらしくてな。基本的には自炊だ」

 

「ああ、カゲ知らなかったのか。ミズキって料理だけじゃなくて家事全般すごくうまいんだぜ。うちのかあさんがたまに休みの日に家事手伝いとして雇ってたくらい」

 

ええ……と言わんばかりの表情でカゲがこちらを見る。なんだよ、俺が自炊できちゃ悪いってのか?

 

「イメージに合わねえ」

 

ほっとけ。

 

 

 

 

 

「んで? そろそろ解説してくれるんだろうな?」

 

「まあな。じゃなきゃ俺たちがジム戦をした意味もお前らがここに来た意味もなくなるしな」

 

孤軍奮闘したご褒美ということで大量に作ってあげた料理をすべて平らげ苦しそうにひっくり返っているスーを横目にカゲがテーブルをはさんでミズキに要求する。

それにこたえるように最近お馴染みのメモ帳が出てきた。

 

「これは今朝、俺がスーと一緒に話して決めておいた作戦だ。それを見て、お前らはどう思う?」

 

それを持っているカゲを膝の上に置き、頭の上から覗き込むようにしてレッドが小さな何枚かのメモ用紙を確認する。

はじめに目についたのは、いわ萌えもんの名前。レッドも知っているようなメジャーな萌えもんの名前が多い。おそらく出てくる萌えもんを予想したものなのだろう。実際にこの中のイシツブテとイワークは出てきたのだ。

その次に書いてあったのは四角の枠の中に無数の矢印があっちこっちに書きなぐられてるような図だった。ところどころに漫画で出てくるとげとげした吹き出しのような、おそらく衝突のことを表している、ものが書かれている。これでだいたいの動きを解説したのだろうか。

その後にも、相手の使うであろうわざ、こちらの使えるわざが書かれていたりととにかくすごい量のメモであった。

 

そしてその膨大な量の文字で、赤い丸で囲まれたワードに目を止める。

 

 

ロックカット。

 

 

タケシのイワークがつかったいわタイプの萌えもんのすばやさを飛躍的に増大させるわざだ。

もともといわタイプはその体の重さゆえに力は強くぼうぎょは固い、その代わりに動きは鈍重であるといった、所謂ハードパンチャーのような萌えもんがほとんどであり、そのいわ萌えもんのすばやさを増大するというロックカットというわざはかなり有用なものである。現実タケシのイワークもそれでとんでもないスピードを手に入れて、渾身のすてみタックルをぶつけてきたのだ。

 

「ロックカットがどうかしたのか?」

 

カゲが問う。このメモの何を見せたいかは分かったが何を言いたいかが分からない。

 

「ロックカットがどういうわざか知ってるか?」

 

「……どういうわざか? いわ萌えもんがつかうすばやさを高めるためのわざ……」

 

「俺が言いたいのは、どういう原理ですばやさを高めるわざなのか、って話だ」

 

「原理?」

 

今度はレッドが不思議な顔をする。

 

「萌えもんの世界に物理法則を無視したわざなんて存在しない。それぞれのわざには効果があり、その効果を生み出す理由がある。しっぽをふるでぼうぎょりょくが下がるのは相手をちょうはつしてぼうぎょという行動を薄くするから。なきごえで相手のこうげきりょくが下がるのは高波長の音波を発することで相手の三半規管にダメージを与えこうげきの力を弱めさせるから。当然ロックカットというわざにもいわ萌えもんのスピードが上がるカラクリが存在するんだ」

 

「そりゃあやっぱり、軽くなるから? ロックカットによって体を削り、身軽にすることによってもともとの筋力で軽くなった自分の体を扱うことができるようになる。それに相手に体重の重さを利用されることもなくなる、だからロックカットってわざは強いんだろ」

 

レッドが答える。さすがにタケシに挑むにあたって前情報は調べたのだろう。

 

「そう。その通り。いうなればロックカットっていうのは、自分の体をわざと傷つけることによって一時的に無理やり戦闘を有利にすることができる一種のドーピング効果なんだ」

 

気が付くとミズキはまた一枚メモを取出し解説するための文字を書き始める。

 

「はあ……で、それが一体今回の戦闘と何が関係するのさ?」

 

 

 

「大ありさ。俺が今回の戦闘で狙っていたのは、

ロックカットを使うエース級のいわ萌えもんだからな」

 

 

 

当然レッドとカゲには?マークが飛び交う。そんな二人の様子を横目に見ながら倒れているスーは誇らしげににやにやと笑いを浮かべている。

 

「……タケシがロックカットを使ってくることを狙ってたってこと?」

 

「大正解」

 

いやいやいやいや、とレッドが思いっきり首を振る。

 

「わからないじゃん。タケシがロックカットを使ってくる萌えもんがいるかどうかなんて」

 

「その通り、わからない。だが俺たちはいることにした。いなかった場合はおとなしく負ける、それぐらいしないと勝てない戦力差があった。だから賭けに出たんだ」

 

あんまり好きな手段じゃないが、と付け加えた。

 

「……まあ、それはじゃあいいよ。でもなんでロックカットを狙ったのさ? さっき俺たちに言わせたように、ロックカットっていうわざはいわタイプの必殺技みたいなものなんでしょ?」

 

「そのとおり。確かに性能だけ考えたらロックカットはタケシの虎の子の必殺技だろう。実際俺たちもイワークよりももっとこうげきりょくの高いロックカットを使う萌えもんがいたら勝てなかったかもしれない。だが、仮に、ロックカットを使ってきた萌えもんのこげきを一発、たった一発でいいから耐える。それさえできれば勝つ事が出来るという確信があった。だから俺は終始、タケシの最後の萌えもんのロックカットを見据えてバトルし続けたんだ」

 

「???? 何が何だか分からなくなってきた……」

 

わかりやすく頭を抱える。

 

「まあ今は俺が最後の萌えもんにロックカットを使わせることを目標にしたことを覚えておいてくれ。そしてそこまでプランを立ててジム戦に挑んだ。そして多少のイレギュラーはあれど予想していたイシツブテはノーダメで突破することに成功した。それでパニックに陥ってもらうのが理想ではあったんだがさすがはジムリーダーって感じだったな」

 

 

そして次に出てきたのはカブトプス。

 

 

「正直カブトプスに関しては本当にただの想定外だった。一個たりとも対策を用意してなかったし、スーにも何も伝えてなかった。あとから思えばだが、カブトプスは最悪の相手だったといえるだろう。だからその場で勝つ方法を考えたんだ。ただ勝つ方法じゃなく、相手の最後の萌えもんからロックカットを引き出すような、そんな作戦を考えた」

 

「……で、ラプラスのとくせいを利用して戦おうっていう作戦を思いついたわけだ。ちょすいで回復しながら相手の体力を削り、最後の一匹を万全な体制で迎えよう。そうすればタケシも全力で最後の一匹で倒そうと向かってくる。ひいてはロックカットを使ってくる可能性も上がる。そういう考えだったんでしょ? でもその目論見ってタケシにばれたんじゃん。どうやってそっから勝つ事が出来たんだよ? わけわかんねえ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あってたのは最初の一言だけ。あとは全部不正解だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? どういう事?」

 

目を丸くする、とはこのような顔を見て思いついた言葉なのだろう、とミズキは思った。

 

「どうもこうもねえよ。お前でもそういう風に考えれたっていう事はタケシも同じような考え方ができただろう。もっと言えばタケシなら、その前の全力疾走はみずでっぽうを引き出すためのおとり動作だったってところまで気づいていたかもな」

 

レッドから見て、その顔はどう見ても作戦をみやぶられた者の笑顔ではなかった。

 

「だが、そこから先は読めなかった。おそらくタケシはお前と同じような予想を立て、みずでっぽうを中断し、鎌を使った接近戦に切り替えた。そうすれば倒すことはできないまでも、スーに対して致命傷を与えることができる。それさえできれば最後の一匹でスーを仕留めることができる。こういうように考えた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その思考こそが俺の仕掛けた最大のトラップであるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺がさっき言ったように、お前の予測、並びにタケシの推測はそのほとんどが間違っていた。俺は相手の体力を近距離戦で削ろうなんか考えてなかった、万全な体制で三匹目に臨む気もなかった、タケシの全力を引き出すことでロックカットを使わせようという気もなかった、そして何より」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺のスーは“ちょすい”ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周りの酸素が一気に消し飛んだような気分を味わった。

 

 

 

 

「ラプラスのとくせいには二種類ある。一つ目は戦闘での効果を実感しやすいゆえに、かなりメジャーなとくせいとなっている、ちょすい。海で育ち、海の加護を受けたラプラスがみずのエネルギーを体の中に流し込む力に目覚め、みずタイプのわざを自分の体力に変換してしまうというとくせい。そしてもう一つ」

 

 

 

 

 

陸の力強さをその身に宿し、その自らの背中に背負う甲羅の力を体に流すことであらゆる攻撃から受けるダメージのスイートスポットを少しずつずらすことのできる、オーキド博士が甲羅の名とともに名づけたとくせい、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“シェルアーマー”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かにちょすいと違いあまり表だって役に立つことはないと言えるとくせいではあるが、よりラプラスの耐久力という面を光らせているのはほかでもないこのシェルアーマーだ。だから俺はこれを利用しようとした」

 

 

思いついたのはカブトプスの攻略法を探すために相手の体をじっくりと見定めた時。

 

俺が研究所で見たカブトプスの姿より、腰より下の筋肉がしっかりとつき、腕の鎌が大きく見えた。

 

そのとき、ふと考えた。

 

もしかしてこいつは、いわタイプの萌えもんとしてではなく、いわタイプ殺しの萌えもん殺しとして育てられた一撃特化型のカブトプスなのではないかと。

 

一人一殺の覚悟として相手にこうげきする、そういう役割を与えられたほかのいわタイプとは違うパワータイプなカブトプスなのではないかと。

 

つるぎのまいを使ったとき、俺の疑問は確信に変わった。

 

ならばカブトプスがメインのわざとして狙っているのは

 

鋭い鎌から放たれる、スピードを殺したカブトプスによるいちげきひっさつ。

 

 

きりさく。

 

 

「タケシは自分が育てたカブトプスが最低限の仕事を失敗していることなど考えてすらいなかった。俺があの段階で最終局面の撒き餌をしているなんて考えもしなかった。その結果、きりさくがクリティカルヒットした、なんて言う幻想を抱きながらラストバトルへと突入する」

 

 

 

あと一撃さえ当てれば勝てる。

そんな精神状態でタケシはイワークのボールをほおったことだろう。

 

 

 

 

 

そこまでくれば相手の行動なんて決まってくる。

 

 

 

 

ロックカットがあるなら即座に使う。

 

 

 

 

 

タケシの中での負け筋は、

スーが技をかわし続ける。

これしかなくなった。

 

 

 

 

 

 

ならば、回避能力、という隙間を最後に完全に埋めるために、必ず勝利に研磨をかける。

 

 

 

 

 

自分で建てた勝利の体を、少しずつ自分で削り落としているとも知らずに。

 

 

 

 

 

「そこで俺たちはロックカットの隙を狙ってなきごえを放つ。ここまで欺き、体力を節約してきたことでなきごえさえ入れば一発くらいは確実に耐えられる。そう思った」

 

 

 

ここまで来てやっと俺の予定通り。

そこで俺はスーに最後の指示をだした。

 

 

 

 

俺たちがここまで、育てに育てたとっておきの若芽。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“しおみず”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、塩水?」

 

五分ぶりくらいに声を上げるレッド。この反応から察するにほとんど知らないわざらしい。まああまり実用性に優れたわざとも言い難い代物だから仕方ないと言えば仕方ないのだが……

 

「一昨日あたりから俺がスーに特訓を施して覚えさせた新しいわざだ。傷だらけの人間が海水につかるとしびれるような痛みが走るのと同様に、戦闘によって受けたダメージが多ければ多いほど使われた萌えもんにダメージが増える、という具合の面白いわざだ」

 

擦り傷に塩を塗りこまれたら痛いだろ?と付け足すと黙って聞いたままのカゲとスーの二人が顔をゆがめる。想像したら痛かったらしい。

 

「いや、でも! イワークはあの時ノーダメージだったじゃんか! 確かにみずタイプのわざはイワークには大ダメージを与えられるだろうけど、一撃に至るまでの力になるなんて思えない! 傷のないイワークにどうやってしおみずを」

 

 

と言い終わる前に、はっ、という声を上げる。

 

 

 

 

 

……傷?

 

 

 

 

 

「ようやく気づいたか。ま、そういうことだ」

 

 

 

 

 

 

まさか、そのために待っていたというのか。

そこで決めるために、

その一発で決めるために、

 

 

 

 

 

危険を顧みずイシツブテに突っ込んで、

効かないわけじゃないみずでっぽうに突っ込んで、

研ぎ澄まされたきりさくに突っ込んで、

 

 

 

 

 

ロックカットで相手が体を削りだすのを待っていたというのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「研磨、っていうのは要するに、人間でいうあかすりみたいなものだ。古い表面をそぎおとすことで、より美しく新しい体を作り上げる。さらにいわ萌えもんにとっては体重を一時的に絞ることもできる」

 

 

 

 

 

そう、体を傷つけることによって。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「自傷だろうが研磨だろうが体にできた傷は傷。しおみずの弱点に例外などない。結果的にタケシのイワークは最後に、自分の予想だにしていない反撃を受けたことと、弱点わざを受けたこと、そして何より、自分がうったわざによってパワーアップしたわざを受けたことにより、通常の二倍三倍、いや、五倍ほどのダメージを与えられただろう。そんなもの耐えられるはずがない」

 

 

 

 

 

 

 

 

結果、タケシは溺れた。俺とスーの作り出した海に。

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、わざわざ一つ一つ説明していったらこんなもんかな、と最後に一言付け加えて、萌えもんバトル講座を終える。ここのところ偉そうに解説してばっかりのような気がする。全く、もう当分やりたくないものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして本講座唯一の生徒と言って差し支えないレッド君はというと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肩をふるふると震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何か納得のいかないことがあったのだろうかと顔を覗き込むが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みたこともない形容しがたい笑顔を顔に浮かべている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、やはりレッドはわかりやすくていい。

 

 

 

 

 

 

 

興奮しているのだ。

 

 

 

 

 

 

たぎっているのだ。

 

 

 

 

 

 

戦いたがっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼろくそに言われて肩を落としていたペーペートレーナーはもうそこにはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いるのは戦略という名の麻薬にのまれた、新生の戦闘狂だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズキもつられてにやりと笑う。

 

 

 

 

 

それでこそ俺がここまで発破をかけた意味があったってもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張れよ、レッド。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしたんだよ、

と肩を揺らしているカゲの姿が、あまりにも場違いで面白い夜のことだった。

 

 

 

 

 




ようやくニビシティ突破。
並びに幼馴染三人衆のだいたいの性格も見せる事が出来ました。


とはいえ正直今回はあまり自分の中では納得のいかない仕上がりに。
多分ジム戦でもっとやっておきたいことがあったからか、そもそもそろそろ投稿しておきたいと思って作品として先走ってしまったのか。

不安定なことこの上ないお粗末な小説ではございますが楽しんでいただければこれ幸いでございます。


では次回。ついにパーティに新展開!?


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第3話 1 共に歩くこと 

 

 

 

「(3.6)、(4.2)、(1.1)、(-4.5)、いまだ、しおみず!」

 

スーは振り向きざまに丸い掌を前にかざし、目の前にドッチボールほどの大きさと形をした液体の玉を作り出し、それこそ投球するかのようなフォームで自分の後方にいたミズキの方向へ投げ飛ばす。投げつけられた水球は、後方で降りかかっていた木の葉の中心へ入ったのちに爆発するようにはじけ、打ち落とす。

元来、しおみず、というわざは傷だらけの相手に対して、水流でこうげきするのではなく、相手をぬらし、傷口を開かせることによってダメージを与える近距離専用わざであるため、そこまで広範囲をこうげきできるわけではないうえに、傷のない相手に使ったとしても効果の見込めないわざなのだが、そのまま利用するのではあまりにも使用範囲が限られるということで、なるべく広く、遠くへ飛ばせるようにとミズキ自身が考えた方法だった。

撃ち落とされた葉は全て少しずつ湿っていることが確認できるとミズキは顔をほころばせる。

 

「動きが完璧だな。この数日間で完璧に陸の動きをマスターできたといっていいだろう。実戦で『CROSS』が使えたのもお前にとってかなり追い風になった」

 

木陰でキャンピングセットの椅子に座り朝一番に挽いたコーヒーをすすりながら空いている手でスーの頭をなでる。冷たい体ですり寄ってくるのがとても愛らしい。

 

「えへへ。あ、そういえばマスター、カゲ君たちに『くろす』のことは教えなくてもよかったんですか?」

 

「いいんだよ。ニビジムに再挑戦するあいつらにそんなもん教えたら負けず嫌いなあの二人のことだ、絶対に真似しようとする。けがするのがオチさ」

 

 

達観したような顔で言う。

不可抗力だったとはいえぶっつけ本番でそんな危ないことをやらされたと思うと乾いた笑いを上げるしかできないスーだったがその直後にミズキに信頼してもらえていると思うと頭の上の手がより一層温かく感じた。

 

 

「こないだ言った通りだよ。あれは本来絶大な練習を積んでお互いの信頼関係が完璧になって初めて成功率が99%になる作戦だったんだ。ニビジム戦は成功した時のメリットが絶大だったうえに正攻法で戦ったって勝てる確率が低すぎる博打試合だったから仕掛けただけ。どれだけ凄腕のトレーナーだろうが絶対なんてないんだから、やらなくていいならやらないのが正着打だ」

 

 

やはり使わせたくない作戦を使ったという自責の念があるのだろう。ミズキは軽く唇をかむ。

 

 

 

今回つかった戦術、『CROSS』。

 

 

 

三度偉そうな解説をはさむのであれば、それは最大特化の回避術。

落石、毒雨、弾幕などの突発的な全体攻撃に対処するためにミズキが考案した、スポーツ用語でいうところの、オートマティックプレーというものだ。

方法としては難しいものはない。先に萌えもんと合言葉を決め、そこからこうげき全体が見える位置にいるトレーナーが被弾しないように指示を出すだけ。

ミズキたちの決めた合言葉と指示で解説するのであれば、

 

 

 

作戦開始の合図は、

 

 

・『CROSS』と叫ぶ事

 

 

 

作戦の中身としては、

 

 

・叫んだ瞬間にミズキの方向を向き、自分とミズキを結んだ直線をY軸とし、スーの歩幅一歩分を一メモリとした二次元グラフを作り、ミズキの指示する座標に動く

 

 

というもの。

 

 

 

まあ研究者の性としてミズキにとって一番説明のしやすい理系的な説明にはなってしまったが直球に言えば先に解説したとおり、トレーナーが自分の萌えもんが、被弾しないように指示を出すだけ、なのだ。

 

 

 

 

 

ではなぜこれが危険でやるべきではない作戦なのか?

 

 

 

 

 

まず第一。カゲが気づいた通り、指示される萌えもんは目をつむっておく必要がある。

 

 

 

 

戦闘中に視覚を失う。

それがどれほど恐ろしく不安であるかというのは、対ブルー戦でオニスズメが証明してくれている。

 

 

 

 

ではなぜそれが必要なことなのか。

 

 

 

 

それはこの作戦の一番多い失敗原因は『トレーナーと萌えもんの意志がずれる』ということだからだ。

萌えもんがトレーナーの指示に対して一瞬でも疑念を持つようなことがあればこの作戦は完全に破綻する。指示する時間も惜しくなる全体攻撃を相手どる行動として開発された以上、足を止めるなどというのはもってのほかだ。指示される萌えもんは自分の運命を完全にトレーナーに任せる覚悟が必要になる。

 

そしてこの作戦の欠陥として、そもそも目を開けたまま動こうとすると、自分の中でせっかく作り上げたグラフの軸がずれてしまうということがある。

生き物の五感というものはもともとかなり適当に作られた感覚であり、最初に視覚が決めた座標をそのままなぞろうとすることなど不可能に近い。ましてやこの作戦は前後左右に動き回る指示を与えることを強いられる作戦だ。視覚で作り脳内で決めた座標軸などあっという間にずれてしまうだろう。それをある程度防ぐためにも、目をつむるという行動は必須となる。

 

 

そしてその条件がこの作戦が危険である二つ目の理由に直結する。

 

 

 

 

二つ目の理由。それは、トレーナーの技量だ。

 

 

 

 

当然ながら、萌えもんはバトルをすれば疲れるし、足にけがをするかもしれない。心が昂ぶっている場合もあれば、沈んでしまっている状況もある。そうなった場合、もちろん萌えもんたちの歩幅というのは変わってくる。足が痛ければ歩幅は縮み、気分が良ければ歩幅が伸びる。

本来歩幅というのは物差しとして扱うことは極めて困難となる指標なのだ。

しかし、トレーナーが萌えもんの行動を一から十まで管理しなければならない都合上、それが出来なければ成功などはあり得ない。

 

 

 

 

 

そう、そこまでできて初めて真価を発揮するこの作戦を、ミズキ以外が行動に起こそうと、いや、まず作戦として扱おうとするだろうか?

 

 

 

 

 

当然ノー。

 

 

 

 

 

よってミズキが戦術として学会で発表したこの作戦の論文は、世に知れ渡る前に萌えもんリーグ協会で破棄された。

協会のやつらとしては、自分たちが発表を認めたそんな作戦をにわかトレーナーたちが実践して、けがをして、協会にクレームをつけてこられるのは困るのだ。いや、正確に言うとそんなクレームにいちいち対応している暇は彼らにはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

作戦として不完全なものを戦術として認めることはできない。

 

 

優れた戦術とは万人が扱うことのできる戦術のことだ。

 

 

 

 

 

 

協会の言い分にミズキはほとほとあきれていた。

 

万人が扱って強いのが戦術なら、最強の戦術を全員が使うような世になったら何が面白いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

優れたトレーナーがリスクを冒してこそ理想の戦術は成立する。

 

 

大敗の確率を回避して勝利を追うなどおこがましい。とはミズキ談。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、

今回その作戦を使用して協会公認のジム戦を制した。

 

 

 

 

 

 

それは、ミズキにとっての協会への腹いせの意味もあったのだ。

 

 

 

 

ミズキがR団の次に嫌いな、萌えもんリーグ協会への嫌がらせ。

 

 

 

 

 

 

当然スーには言えたものじゃないが……

 

 

 

 

 

「まっ。こんな田舎の辺鄙なジム戦で勝ったくらいで協会の耳に届くとは思えないけどな……」

 

「? 何の話ですか?」

 

「いーや、なんでもねえさ」

 

 

そう、これは契約の外。

俺の個人的な復讐だからな……

スーを巻き込むわけにはいかねえよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあそれはそれとして……。さてと、次だな」

 

 

 

 

 

 

 

考えているうちに冷め始めてしまったコーヒーを一口で飲みこんだ後、腰についている青色の萌えもんボール、正式名称スピードユニオンうんたらかんたらボール、略してスーパーボールに手をかける。

スーパーボールは通常の萌えもんボールよりも少々お値段のかさむ代わりに萌えもんを捕まえる確率が上がった新型の萌えもんボールだ。

ちなみに、当然ミズキはこのボールを買いに行ってはいない。契約に反さず行動するのなら自分で増やすこと絶対にないし、これから先絶対に増やすこともない。

そんな本来不必要なボールを通常サイズに膨らませた後、にらみつけたまま軽く止まり、一つため息をつく。

あまり気は進まないが、このまま放っておくわけにもいかない。

 

 

「出てこい」

 

 

観念したかのようにミズキはボールを目の前にほおる。

 

 

スーの丸みを帯びた巻耳とは違い、角のように頭から出ているとがった耳。足元を見ると小さくて弱弱しい脚は地面との接点を持っておらず、首に巻いた茶色のマフラーが黄色かかった全身にマッチしていてかわいらしく見える。

研究所のパソコンで見たデータ上の姿とほぼ相違なかったが、ただこちらに対しておびえるようにちいさくなり、震えている手のスプーンが印象的だった。

 

 

 

 

ねんりき萌えもん  ケーシィ

 

 

 

 

特殊な理由でほかの萌えもんよりも捕まえることが非常に困難な種の萌えもんで、数多いる萌えもんの中でもかなり優秀なエスパータイプのアタッカーとして成長することが期待される大器晩成型のレア萌えもんである。

 

 

 

なぜそんな萌えもんをミズキが手に入れているのか。

協力してくれる萌えもんだけ仲間にするのではなかったのか。

そもそもいつの間に仲間に加えたというのだろうか。

 

 

 

 

 

その説明をするためには、今朝の旅館を出発しようとチェックアウトの手続きをしていた時に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミズキ兄さーーーん!」

 

 

正直悪寒が走ったのを覚えている。

 

 

それはスーのための長い長い朝食をとり終わり、おつみき山を目指す準備としてどこで野宿をすることになったとしても問題なく過ごせるように常時持ち歩いている最低限のキャンプセットや調理器具、そしてこれからのスーの育成のために研究所から取り寄せたわざマシンを含めたいくつかの機器などの大量の荷物をラウンジで整理していた時のことだった。

既にスーはボールの中にしまい一人静かに出発する予定だった気の抜けていた自分はその声に対し朝の体を無理やり覚醒させボールに手をかけ戦闘態勢を取っていた。

 

「な、なんだよ。いきなりそんな怖い顔しちゃって」

 

「……お前……レッドだよな?」

 

「グリーンに見えるか?」

 

手元の赤い帽子、赤い上着に青のジーンズ、足元でくすくすと笑っているカゲの姿。

間違いなくレッドであることは想像に難くない、が、俺の頭の中にいるレッドと一致しているかは別問題だ。

極論メタモンのへんしんってことかもしれん。

 

 

「お前の名前は?」

 

「マサラタウンのレッド」

 

「俺の名前は?」

 

「ミズキ兄さん」

 

「お前が最後に寝小便垂れたのは?」

 

「……七歳の時」

 

「見栄張るな。九歳だろうが」

 

「なんで知ってるんだよ!!」

 

 

おっとっと、と口抑えている。なるほど、俺の知っているレッドのようだ。

 

 

「なんだよいきなり。ミズキ兄さんなんて。グリーンに態度を直され続けてたけど結局呼び名も変えなかったくせに」

 

「まあまあいいじゃない。年上に対する礼儀ってもんを覚えたんだよ、俺も」

 

ふーん、と適当な返事をするが、なるほど。

帽子を脱いで挨拶。ところどころピシッとした不似合な身だしなみ。

俺に会いに来るということで彼なりに身なりをわきまえているように見える。

一応嘘ではないようだ。

 

昨日一昨日のお灸と教育がしっかり届いた結果らしい。

 

此方としてはそこまで頑張っていただくようなこともなかったのだが、やる気が出てくれたのであればそこまでの経緯は俺にはどうでもいいことだ。

 

「まあ元気になったのなら俺はいい。で、お前らは今日もタケシのところへ行くわけか?」

 

「おうよ! 今度こそあの野郎に目に物見せてやるぜ! お前が昨日教えてくれたこいつでな!」

 

 

言うな否や、カゲはその場で構えを始めた。ふんっ、という声とともに、生まれ持った太めの腕に力を籠め、その腕からヒトカゲ特有の腕の先端のするどいツメまでが怪しくはっこうする。その後腕の色合いは通常の物に戻るものの、そのツメは本来の何倍もの硬度をもって、敵の萌えもんに襲い掛かることだろう。

 

 

はがねタイプの標準わざ、すべてをきりさく“メタルクロー”

 

 

俺が昨日、話が終わった後にちょちょっと特訓して教えてやったわざだ。

 

 

「これさえあればもうあんなやつ怖くねえや! 昨日の借りは速攻で返してやる!」

 

ぶんぶんとわざを振り回すカゲ。

 

 

危ういな。

 

 

そう思ったので、足元で騒がしいやつがぶんぶん振り回している腕を無理やり止める。

カゲはぎょっとしてこちらを見る。そこまでおびえることもないだろう。ヒトカゲのメタルクローごとき、片手で止めることなんてわけない。

 

 

「相性がいいわざを覚えていたから勝てるほど、萌えもんバトルは甘くない。いいか、もう二度となめた言動をとるな。お前は格下だ。すべてを捨てて挑戦しろ。それでようやく互角以下だ」

 

カゲが先生に褒めてもらおうと思ったら逆に叱られてしまった小学生のように顔をゆがめてしゅんとする。しかし甘やかしたところで前進しない。

 

「そもそもメタルクローも覚えないでタケシに挑戦なんて考えなしにもほどがある。世間には六体フルメンバーをジム戦ごとに総とっかえし続けて戦うようなトレーナーもいるし、それは決して卑怯でもない。強くなる、ということをもっと真剣に考えろ」

 

 

わかっているな、と最後にレッドに尋ねる。レッドはまっすぐこちらを見て、力強くうなづく。どうやらもうわかっているようだ。

頑張れよ。良くも悪くも、カゲのトレーナーはお前しかいない。

 

 

 

「ありがとう、ミズキ兄さん。ミズキ兄さんのジム戦みて、話聞けて。俺、萌えもんバトルで最強になるっていうのがどういう事なのか、ようやくちょっとだけわかった気がする」

 

「そうかい。頑張れよ。わりぃが俺たちはもう行くぜ。お前たちの前でこんなこと言うのはあれだが、ニビジム戦はあまり予定にない挑戦だった。一日ぶんの時間を捲くために俺たちは今日中におつきみやまのふもとまで行く」

 

じゃあな、と声をかけて旅館の代金を適当に払って出ようとする。

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 

 

 

当然この声の主はレッド。なんだよ、まだなんか言いたいことがあるのか。

 

「いや、まだ一番大事な用件を伝えてないんだよ」

 

「なに?」

 

じゃあ最初っから見送りに来たわけじゃなかったのか。ちょっとでも感心した俺がばかだった。

 

「用があるならとっとと言え。再三言っているとは思うが、俺はそこまで暇じゃない。かわいい弟分のために、一日だけ時間を割いてやったんだ」

 

 

 

「わかってるって。今日俺たちがここに来たのは、ミズキ兄さんにこいつをもらってほしいからなんだ」

 

 

 

そしてレッドのバッグから出てきたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このスーパーボールというわけだ」

 

現れた瞬間今まで特訓に使っていた木の陰へと身を隠したケーシィとスーパーボールを視線の上で重ね合わせ、青色のケーシィを瞳の中に映す。

改めてみても目の前のケーシィに違和感を覚えるようなことはない。しいて言うのであれば明らかに極度のおくびょうものであるという事と、ケーシィという種から感じる雰囲気としては、知識よりもはきはきとしているように感じたことだろうか。

 

 

 

「……唖者……いや、唖萌えもんとでもいうべきか? 人間と同じように萌えもんも口を利くことができなくなるケースがある、とは聞いたことがなかったな。はたしてこれが唖者と同列で扱っていいものなのかどうかは正直まだ測り兼ねるが……」

 

「マスター……」

 

悪い癖、不謹慎であることは重々承知しているが、これも科学者研究者の性といったところだろうか。情報として新しい事象が出てきたのなら、倫理的でも、感情的でもなく、理性的にとらえようとしてしまう。

結論を言うと、このケーシィはものが言えない、言葉を話せない萌えもんらしい。

これが生まれつきのものであるのか、何らかの事故による後天的なものであるかは今の状態では判別できない、加えて、このまま野生に返すわけにもいかない、契約とやらに反することはわかるし、話せない萌えもんと旅を続けることが困難であることもわかるが、そうかそいつを見捨てずにつれて行ってやって欲しい。

といったところまでが旅館で連絡を取った博士の意見だった。

 

 

完全に同意見ではあるが、それで被害をこうむるのは俺とスーだ。

俺たちは到達するべき未来がある、それを邪魔することは何萌えもんたりとも許されない。

 

 

 

 

 

 

そもそもなぜレッドは、このケーシィを捕まえることに至ったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

答えは至極簡単なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トキワの森でぼろぼろの体でスーパーボールを持ちながら歩いている変なケーシィを見つけたから萌えもんセンターに連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

要するに、迷子さんを保護したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が入ることのできる、もっと正確に言うと、自分を一度捕まえたことのあるスーパーボールを持ち歩きながらテレポートも使わずにトキワの森を歩いているケーシィ。

不自然な点がありすぎてどこから考えればいいのかわからないレベルだ。

そしてそのおくびょうものケーシィがものの言えない唖萌えもん。

 

 

 

何が起きたのか想像することは難くない。

 

 

 

 

 

 

ここまで考えて、

 

 

ケーシィに何が起きたのか

 

 

それはだいたいわかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがそんなこと俺はどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちに過去は必要ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

必要なのは、揺るがぬそいつの野望だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケーシィ」

 

びくっ、と体を跳ね上げて、手招きしているこちらを木の陰から涙目で伺う。そしてまるで魔王に立ち向かうことを決心した勇者のような顔(半泣き)で一歩ずつ地面を踏みしめこちらへと近づいてくる。いくら俺でも少しは傷つくんだが……

 

 

もしかしたら一分くらいたったかもしれないというほど遅いスピードでケーシィは椅子に掛けている俺とその横のスーの目の前まで到達する。遠目からでもわかっていたことだが尋常じゃないほどこちらに対して警戒心、というよりも直球に恐怖心を覚えているのがわかる。とくせい、いかくを持っている萌えもんと対面したりしたら心臓が止まってしまうのではないだろうか。

 

「とって食いやしないさ。ちょっとそこで話を聞いてくれ」

 

痙攣しているようにすら見えるくらいおびえているため見逃してしまいそうになったが、ケーシィは小さく小さくその場でうなずいた。

 

 

ここで手元にスーパーボールを取り出す。

当然、先ほどまでケーシィが入っていた、あのボールだ。

 

 

 

 

それを見せつけるようにその場で落として見せる。

 

 

 

 

最後にオーキド博士に心の中でほんの少しだけ謝罪の弁を述べて、行動に移す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スー、のしかかり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

べきぼきばりぃ。

とでも言い表せばいいのだろうか。とりあえず不快な音が、その空間を支配する。

 

 

 

スーが足をどかした後に残っていたのは、ケーシィの住まいだったもの。

 

 

 

腰を抜かし、逃げることはしなかったものの再びその場で異常なほどケーシィが怯えはじめる。

 

まあそうなるのは想定内。これを見せつけないことには話が進まない。

 

 

 

「ケーシィ。おびえるなとは言わない。だから、そのまま俺の話を聞いてくれ」

 

「!!」

 

震える体を無理やり押さえつけているようにも見えるポーズで、そこに残る。

 

可哀そうだと思わないと言えばうそだが、こいつをスーパーボールに押し込めて俺が旅をしても、誰も得をすることはない。俺も、スーも、ケーシィも。

 

 

だから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前に目的はあるか? それは、『野望』足りえるものか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺にできることは聞くことだけ。

 

 

 

「……」

 

 

 

「お前が口をきけないことはもう俺たちはわかっている。そのうえで俺はお前に聞く。俺たちとともに歩き、進み、俺たちを利用してでもたどり着きたい場所が、お前にはあるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ選べ、

 

俺たちと来るか、野生へ帰るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前が俺たちと行くならば、

 

 

 

この萌えもんボールに触れてくれ。

 

 

 

 

 

 

お前が野生に帰るなら、

 

 

 

そのままどこへでも行ってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前が俺たちと行くならば、

 

 

 

俺たちはお前を差別しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前が俺たちと来るならば、

 

 

 

 

俺たちはお前に同情しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対高みへたどり着く

それが俺たちの契約だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

契約者 3人

ミズキ、スー、シーク←NEW

 

契約1

我々は互いの過去に関せず

 

契約2

我々は互いの野望のために尽力し、中断およびそれに準ずる行為のすべてを禁ずる

 

契約3

大なり小なりの野望を携え、既存の契約者と同等およびそれ以上の野心を持つ者のみ、新たな契約者としてパーティに加入することを許可する。

 

野望

ミズキ

R団を壊滅させる

スー

誇れるような自分となり、故郷に帰る

シーク

???

 

契約4

楽しい旅であれ

 

 

 

 

過去

ミズキ、スー、シーク   不明

 

 

 

 

 

 




カントー図鑑ナンバー 63 ケーシィ
愛称 シーク
おくびょうなせいかく のんびりするのがすき
Lv5のとき、3ばんどうろで出会った。




記念すべき二匹目です。みなさんかわいがってあげてください。


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第3話 2 ゆめくい

 

 

 

 

「よーしおまえら。今日はここで野宿だ」

 

「ああ、とうとうこの時が来てしまったのですね……」

 

「……?」

 

「ああ、気にしなくていいぞシーク。そいつは豪華な飯が食えないのが不満なだけだ」

 

満天の星空に浮かぶ満月に少し足りない月が街灯のない道を照らしている。ある程度の視界は確保できていると言えなくもないが野生萌えもんに奇襲をされることも考えればやはり野宿という選択は妥当と言えるものだろう。

荒らしまくったフィールドをスーとシークに整えさせている間に、テントとたき火の用意を始める。これが自分たちの旅始まって以来、初のキャンプとなる。

ちなみにトキワの森に行くまでの何度かはトキワシティに戻って食事をとっていた。たき火で料理を作ろうとして器具を取り出したミズキに向かってスーがこの世の終わりのような表情で「これだけですか……?」とぬかしたためだ。

幸いトキワの森自体を抜けるのは一日で済ませることができたためテントを拠点としなければならない状況はなかったが、先のことを考えていくにあたって何度も何度も町に戻るわけにもいかない。

 

「これから最低でもあと何回かは野宿しなきゃいけなくなると思うから、ちゃんとやること覚えておくんだぞ。そのうちお前らにもキャンプの用意をしてもらうんだからな」

 

「はーい……」

 

(……こくこく)

 

まだ少しおびえながらも素直な返事を動きで表してくれるシークに対し、スーは明らかに不満丸出しの態度をとる。

食欲となると相変わらずめんどくさい性格だ……

とりあえずおつきみやままで言ったらふもとの萌えもんセンターでたらふく食わせて機嫌を取ることにしよう。

そう考えながら、ありったけの食材を出して夕飯の準備へと取り掛かる。

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「おいしかったです……とてもおいしかったです……でも足らないです……」

 

(ぱちっ)

 

シークの小さな手を合わせる音が余計にスーから悲壮感を漂わせる。

お前鍋の中いっぱいのシチューの八割くらい平らげただろうが……とは思わない。さすがに何度も一緒に食事をすればこれでスーが満足するとは到底思えない。

しかし道中で運べる食材の量、翌日も野宿となる可能性も顧みれば一回の食事の量はこれくらいが限界だ。相棒として旅を続けていく以上、さすがにいくらか譲歩してもらわないと困る。だからここくらい我慢してもらおう。

 

「そら、食ったらもう寝るぞ。明日はさっさと起きて暗くなる前におつきみやままでいくんだからな。ああ、そうだ。お前らどこでねる? テントで寝てもいいし、ボールで寝てもいいぞ」

 

「今日はボールで寝ることにします……おやすみなさい、マスター……」

 

山で遭難した被災者か、ってくらいに精神的にボロボロなスーは自らのボールに手をかけておとなしくミズキの腰元へと吸い込まれていく。

そんなに少なかったか、たき火で作った特大鉄なべシチューが。

 

「シーク。お前はどうする?」

 

(……ちょいちょい)

 

シークは自らの黄色くかわいらしさの残る小さな手で真上を指さす。

ミズキは目線を指先の景色へとずらす。自分がテントを張る際に目印として決めたそこそこ太い木の大量の枝葉が生い茂っている。

 

「もしかして……木の上で寝るって?」

 

(こくん)

 

ゆったりと首を動かしてシークがうなづく。

 

「いいのか? 今はたき火で暖をとれてるから大丈夫だろうけどここから夜は冷えてくるぜ? そりゃテントもそんなに暖かくはないけど外よりはましだ」

 

そんなミズキの話をしている間も、シークは木々を見つめている。

無視している、というよりは、何かを見据えている。そんな風にすら見える横顔に、ミズキはそれ以上話すことをやめる。

 

 

 

 

 

過去にはいろいろあるものじゃろう。人間も、萌えもんもな

 

 

 

 

 

久しぶりに頭をよぎるオーキドの声。

そう、あいつもまた、耐え難い何かがあったのだろう。

辛く、切なく、苦しく、触れられたくない、罪の過去。

それに触れないのが俺たちの契約なのだから。

 

 

 

 

 

「おやすみ、シーク。また明日な」

 

 

 

軽く振り返ると、シークはいつの間にか五、六メートルほどの位置にある太い枝に腰掛けていた。

自分の位置から月と重なって見える姿が、何とも言えずきれいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? なんでお前は起きてるんだ?」

 

「……」

 

自分の目線を枝にちょこんと腰掛けながら黄昏ている黄色い子供から自分の作った携帯端末の表面に移すと深夜というより早朝と呼ぶにふさわしい時間が表示されている。あと一時間もしないうちに空は白み始めることだろう。

 

「まさかお前……全然寝てないわけじゃないだろうな?」

 

「……」

 

よくわからん。だが図星っぽい。

 

「はあぁ。なんだよ、結局外じゃあ眠れなかったのか?」

 

首を横にふるふると動かす。おびえながら涙目で真下にいる此方を見据えるその姿には何とも言えない黒い感情がこみ上げてくるがそれをぐっと抑え込む。

 

「じゃあなんだ……やっぱり俺たちについてきたことを後悔してるのか?」

 

「!」

 

さっきよりも鋭い動きで首を振る。

 

なんだこいつ。

スーとは違うジャンルでまたかわいいな。

 

「……まあいいや。とりあえず、俺も今からそっちに行くよ。ちょっと二人で話そうぜ。夜が明けるまでボーイズトークってのもまた乙なもんだろう」

 

 

 

あ、言い忘れてたかもしれませんが、シークは♂ですよ。男の娘です。

 

 

 

きょとんとした顔のシークを尻目に気に手をかけて登ろうとするがなかなか上へと進まない。当然だ。自分たちが上に登れるほどの大木なのであれば枝分かれするのはかなりの高位置となり、下の方は足を引っ掛けることすらままならない直径が自分の腕幅より大きい円柱を登って行かなければならないということだ。人が足をかける場所などどこにもない木を登っていくなど、漫画でもなければできるわけがない。

 

木を両腕でがっちりつかんだポーズのまま、地面に落下し尻をうちつけた自分の姿はどれほど滑稽だっただろう。

 

「いったぁ! くっそぉ……ちょっと待ってろよシーク、すぐ行くからな……ってあれ?」

 

半泣きになりながら顔を上げるとそこにはからからと風で音を鳴らす枯れかけの木の葉しか残っておらず、ミズキの求める新たな愛らしき仲間の姿はどこにもない。

 

(ちょいちょい)

 

「っておわあ!」

 

(びくっ!)

 

突然の肩の感覚に悲鳴に近い声を上げてしまい、たたいた本人であるシークを驚かせる結果となってしまった。声を出せないからしょうがないと言えばしょうがないのだが、夜中に無音の中肩をたたかれるのはあまりにも心臓に悪い。

 

「す、すまんシーク。驚かせる気はなかったんだが……」

 

「……」

 

謝るミズキに対し、自分を落ち着かせるように深呼吸をした後、右手をこちらに差し出してくる。

 

「? 握ればいいのか?」

 

(こくん)

 

言われるがまま、いや、なされるがままに握りつぶしてしまいそうなほど細くちいさな手を握り締める。

 

 

 

 

その一瞬で自分の見える景色が一変した。

 

 

 

 

まず最初に飛び込んできたのは自分たちが昨日の朝出発してきたニビシティ。外から見たその町は中でみていたものとはまるで違う整然たる美しさがあった。灰色の町、とさえ蔑称されるカントーの中でもマサラに並ぶ田舎町だがミズキ個人としてはタマムシのような人の騒がしさに息の詰まりそうな町よりも好みの町だった。

 

その次に振り返るとこれから超えるべき大きな山、おつきみやまが眼前に立ちふさがる。

その大きさに一瞬圧倒されるも、今いる場所を瞬時に思いだし、先ほどのシークをまねて深呼吸をする。

心を落ち着かせてもう一度灰色の壁を瞳に映す。月が山の頂点より一つ高い場所に位置している。自分は見ることはできないが明日の満月にここにいる事が出来ればさぞかし風流なことだろう。

 

「美景、とはまさにこのことだな。ありがとな、シーク」

 

「……」

 

左手に伝わる体温が少しだけ暖かくなったように感じたのは自分の希望的観測だったのかもわからないが、ほんの少しだけシークのきんちょうかんがとけたように思えた。

 

 

 

 

“テレポート”

 

 

 

 

ケーシィの代名詞とすら呼べるわざで、戦闘状態からの離脱が主な効果、そのほかに対人戦においてもかなり応用の効かせる事が出来る技だ。

ケーシィはそのわざで瞬時に天敵から逃げることで小さい力をカバーし、厳しいやせいの世界を生き延びているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、と。なんで起きてたんだ」

 

木の上での体制のとり方をマスターするまでに四苦八苦した後、ようやく本題へと戻ってくる。位置取りとしてはミズキが木の幹に右腕を捲きつけながら左手でシークと手をつないでいる状態だ。

 

「……」

 

シークはこちらを見ながらも何も言わない。正確に言うと言いたくても何も言えないのだろう。

 

自分に伝えようとしてくれているものの、伝える手段が分からない。そういった表情に見えた。

 

なぜわかるのかと言われたら、つぶらな瞳がこっちを見続けているからとしか言いようがない。

 

ただまあ、それなりに自信を持てる推測であることは確かだった。

 

 

「わかった。これからお前と会話をしたいときには、俺がお前に質問をする。その質問に対して、YESなら俺の手を一回、NOなら二回たたいてくれ。わかったか?」

 

つないでいた左手を放して開き、右手を見つめているシークの目の前に出す。

 

「……」

 

ぽん。

 

オッケーだな。

 

 

 

「眠れない、という事ではないんだよな?」

 

ぽん。

 

「眠らない……いや、眠りたくないのか?」

 

「!」

 

ぱちん、と少しだけ音が強くなる。強くうなづきながら一回たたく、という行為を何度も目の前で続けている。

 

また珍しい個体のケーシィだな。

 

 

ねむっていることが多い、というよりはねむりながら生活している、とさえ称されているのがケーシィという種族である。

そもそもケーシィは、一日十八時間はねむってすごし、寝ている間に体内に力を蓄え、果てにはねむったまま超能力を使う事が出来るとまで言われている。

その凄さは起きているやせいのケーシィを拝む事が出来ればその一年は災厄を避けられるという言い伝えもある地域があるとかないとか。

 

 

そんなケーシィのシークがねむりたくないなんて……

 

「やっぱり、俺たちが信用ならなくて安心して眠る事が出来ないわけじゃあ……」

 

「!!」

 

 

 

ぱんぱんぱんぱんぱんぱん!!!!

 

 

 

「いたたたたたた!! わかった!! わかった!! 意地悪して悪かったから! 泣くなたたくな! 二回でいいんだよ!!」

 

 

ひりひりする手をひっこめてべそをかいている少年の頭を優しくなでる

 

臆病者のくせに案外アグレッシブな奴だ……

 

 

「ええと、じゃあ……なんでねむらないんだよ?」

 

一瞬戸惑うようなしぐさを見せたので、もしかしたら過去の話題に触れてしまったのかと思った。だとしたらそれはとんでもない契約違反だ、と少し冷や汗をかくが、どうやら様子を見ているとそういうわけではないらしい。

単純にYES,NOで答えられない質問が来たので戸惑っているだけのようだ。

少し安心するものの、今更ながらかなり無神経な質問であったことを反省する。

しかし、このままでは先に進まない、どうしたものか……

 

 

 

その時、左側の体に違和感を覚える。

 

 

 

目線を落とすとシークがしがみついていた。先ほどまではかなり落ち着いていた震えも再発していた。

わけもわからないがとりあえず落ち着かせるためにシークを膝の上に載せて後ろから抱きしめる。その表情は、何かから一心不乱に逃げようとしているようにさえ見えた。

 

 

 

「おちつけ、シーク。大丈夫だ。俺はここにいる。ここにいるぞ」

 

 

 

乱れた呼吸が少しずつ安定したテンポに戻っていく。

 

自分の腕の中で力を抜いていくその姿は夜を恐れて眠れない子供そのものだった。

 

 

ああ、懐かしいな。旅に出る前はグリーンも、眠れないのなんのとどたばた騒いで研究所の俺の部屋に駆け込んできたりしてたっけ。

あいつはああ見えて結構怖がりだからな、そういう時はいつもこうやって……

 

 

 

 

 

 

ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

シーク……もしかしてお前……

 

 

 

 

 

 

夢が怖いのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!」

 

 

いきなり振り向き、自分の腰にあるミズキの左手の指を一本ずつつかんでパーの形に開き、一発だけ、ぱあん、と小気味いい音を鳴らす。

 

 

 

なあんだ。そういうことだったのか。

 

 

 

悪夢に夜を支配される。

 

過去にとらわれた者ならば、一度や二度は経験したことがあるだろう。

 

こいつも同じだ。

 

それこそさっきの印象通り、

こいつは夜を恐れる子供そのものだったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だったのならば、

やはり俺はこいつを連れてきて正解だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほかのだれにもできないことを、俺はこいつにしてやれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『み、ミズキさんの部屋に来るとなんだかよく眠れるんですよ……ほ、ほんとですよ! 別に俺が怖くてここにきてるわけじゃあ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し前のことを思い出して軽く吹き出してしまったのをシークが不思議そうに見ている。

 

 

 

 

 

ありがとな、グリーン。お前のおかげで何をすればいいのか分かったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるべく優しく、傷物を壊さないように、ぼろぼろと崩れ落ちることがないように、そっとシークの体をなでる。

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大丈夫だ、シーク。安心しろ。

 

 

 

 

悪夢なんか俺がみさせない。

 

 

 

 

俺とともに歩いてくれる仲間の夜を、夢なんかには崩させない。

 

 

 

 

全部まとめて食ってやるから。

 

 

 

 

いい夢見ろよ。おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しまった……」

 

 

シークをここで寝かせたら、俺はどうやって下りればいいんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャケットにしがみついたままのかわいらしい仲間をはたき起こすことなどできるはずもなく、ミズキは人生で初めて、木の上で夜明けを迎えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー。日の出がきれいだなー。

 

 

 

 

 




自分がシークを好きになるための回です


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第3話 3 ほしい仲間

 

 

 

 

 

「お久しぶりですね博士。へっ、へっ、へっくちゅん!」

 

『おおミズキ。なんじゃ、風邪か?』

 

「はい……おそらくは……」

 

『なんじゃ情けない。体調管理も旅する萌えもんトレーナーの大切な仕事の一つじゃぞ。研究者が倒れるのとはまたわけが違うんじゃ。シャキッとせいシャキッと』

 

「返す言葉もないです」

 

『まったく。ああそうそう。お主が設計を手掛けた萌えもんの状態を確認することのできるステータスチェッカー。あれの商品化が決定したぞ。従来のポケギアの機能に追加する形にして販売を開始したいとここからかなり西にあるホウエン地方という場所のデボンという大企業の目に留まったとかで……」

 

自分のことにもかかわらずオーキドの事務報告など興味もないと言わんばかりに、座っている丸椅子をくるくるとまわしながら辺りを見回す。これから登山を始めるのであろうトレーナーたちがせわしなく行ったり来たりしていた。

 

 

結局柔らかい寝顔で熟睡しているシークを自分の手ではたき起こすことなどできるはずもなく、まぶしい朝日と冷たい朝風をその身にしかと刻み込みミズキは案の定風邪を引いた。

 

それでも今日の日が落ちる前に萌えもんセンターまでたどり着くことに成功したのはひとえに普段は無駄な戦いを好まず俺の指示するトレーナー戦以外は全く手を出さないス―が率先してやせい萌えもんを駆逐しまくっていたからに他ならない。途中から俺たちの通る道がモーゼの十戒のごとく、すーっとできて行ったのはある意味圧巻とすら言えた。ぶっちゃけトレーナーとしてはその場を収めるべきではあったのだが、どうにも俺に止める事が出来るとは思えなかったため断念。俺に残ったやることと言えば、胸の中で眠り続けているシークをなでながらおとなしくスーについていく事だけだった。空腹の力たるや恐るべし。

 

 

ちなみにシークが寝てる状態でどうやって俺が木から降りてこられたのかというと、通りかかったむしとりしょうねんに頼み込んでスピアーをお借りしておろしてもらった。

その時点で日は大分高くなっていたのでボールの中で一人待っていたスーはかんかんに怒っていてなおのことその後の暴走を止める事が出来なかったという裏話もある。

 

 

まあそんなことがありながらも飯を食わせれば機嫌を直してくれるこいつは本当にいろんな意味で良い相棒だと思う。

 

 

まあ、それはともかくとして。

 

 

そんなこんなで萌えもんセンターの食事にありついていたところ、ロビーから連絡が入ったのが先刻の話。何やら備え付けのテレビ電話でオーキド博士に連絡を取れとのことだった。

旅を出てから博士と連絡を取ったことはないため、博士はこちらの居場所など分からない状態で連絡したはずだ。つまり少なく見積もって後二件、ニビとカナダあたりの萌えもんセンターにも伝言を頼んだのだろう。そうまでしてミズキに伝えたかったことということは重大な用事である可能性が高いと考え、急いで連絡を取って今に至る。

 

 

『……であったから、その新たな機器をデボンは『ポケナビ』という名前を付けてホウエンで先行発売するそうじゃ。それにはホウエンが盛んであることで有名な『コンテスト』のための機能も追加するということで』

 

 

「博士。前置きはいいんで。本題に」

 

 

『……まったく、せっかちじゃのう。まあいい、茶を濁していても仕方ない。そのためにわしはお前さんを送り出したんじゃからのう。おつきみやまをのぼる前に連絡が出来て良かったわい』

 

「ってことは……まさか……」

 

『ああ、おそらくそのまさかじゃ。いま、おつきみやまでは……』

 

 

 

 

 

 

 

「おーい! 大変だ!! 誰か来てくれ、またやられたぞ!!!!」

 

 

 

 

 

 

「!!! すみません博士! 切ります!」

 

『み! ミズキ!?』

 

ぷつん。

 

 

 

通話終了のボタンを押したのちに、声の方向へ走る。入り口付近にはすでに先ほどまでロビーで準備をしていたトレーナーたちで人だかりができてしまっている。人ごみを無理やり押しのけて騒ぎの中心を視覚に入れると、何とも見るに堪えない状況だった、と言わざるを得ない。

倒れ伏している男とその男のつれであろうに三人のそばにすっと座り、体の状態を確認する。

 

 

 

 

 

腕にはかみつかれたであろう跡。

 

 

額には物理攻撃による打撃痕。

 

 

そして背中には焼き切れるといわんばかりの真っ黒な焦げ跡。

 

 

 

 

 

誰がどう見ても萌えもんにやられたことは明白であった。

 

 

 

 

 

「誰か! ジョーイさんを早く連れてこい!」

 

「ダメだ! さっき同じようにやられた奴を連れて病院のラッキーも全部まとめて集中治療室に入っちまった!」

 

「なにぃ! じゃあこいつはどうしろってんだよ! わざの直撃を何度も喰らっちまったんだ! このままじゃ死んじまうよぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さわぐな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どたばたとうるさい野次馬も合わせて、ミズキが一括して黙らせる。

全く、人というのは非常事態に落ち着くということを知らないから困る。

 

 

 

「て、てめえ!」

 

脇にいた連れの一人のタンクトップに角刈りの男がミズキのジャケットの胸ぐらをつかむ。ボタンが一つ飛んで転がっていくのが見えて少し落ち込む。

 

「これが落ち着いていられるか! 人が死にかけてんだぞ! ダチが死にかけてんだよ! これが落ち着いて」

 

 

 

 

 

「黙って従えドポンコツ」

 

 

 

 

 

「なっ!」

 

 

驚いた拍子に腕の力が緩まったため、無理やり拳をはたき落して再び男に対面する。

 

 

傷口をいち早くふさぐこと、やけどを無理やりにでも収めること、決して体温を下げないこと……

 

 

 

 

 

「今から俺が指示するものを持ってこい。ありったけだ。急げ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました! 急患の方をこちらに運び込んでください!」

 

「こっちー」

 

ラッキーの間の抜けた声に一瞬空気が悪くなるが、そんなことにいらだっている場合ではないと周りの数名が男の四肢をもって担架へと運ぶ。最初は煩わしいほどに群がっていたやじ馬たちも事態が収まってくると次第に自分たちの作業へと戻っていた。

人一人の命の事態であるにもかかわらず彼らの無責任さにかなり不快感を覚えるがそれでも最後まで協力してくれた数名に感謝の言葉を述べて、もともといた電話の前の椅子に腰かけなおす。

 

とはいっても自分も大したことをしたわけではない。すりつぶしたチーゴのみをたっぷり塗りこんだ包帯をやけどの跡にかぶせるように巻き、あとは体力回復の作用のあるきのみを片っ端から口移しで飲ませただけだ。まさに応急処置、といったものに収まってしまったがそれでもやらないよりは幾分ましだっただろう。萌えもん研究のついでに勉学に勤しんでいたこちらからすればあれくらいなら朝飯前だった。

 

「お、おい……」

 

することもなくなり椅子の上でくるくると回りながらどうしようかと考えていると、先ほどつかみかかってきた、タンクトップ兄さんがこちらに向かってくる。

 

「さっきは悪かったな……ありがとよ、助けてくれて」

 

「いい。それより、聞きたいことがある」

 

いきなりミズキがするどいめに切り替わったことに少し面を食らっていたようだが、お構いなしに質問をぶつける。

 

「さっきのあいつはなんだ? いったい何が起きたらおつきみやまでああいう被害を受けることになる?」

 

明らかにほのお系の萌えもんにやられたような跡だった。おつきみやまでそんな萌えもんが発見された例はない。ほとんど洞窟で出てくる代表的な萌えもん、例外でレア萌えもんピッピが出るって話は聞くが、それでもやせいのピッピにあそこまでできるはずがない。

 

「……お前知らないのか、あの噂を」

 

「噂? 知らんな。旅に出たのはごく最近なんだ」

 

「……そうか……実はつい最近になっておつきみやまの中で異変が起きているみたいでな。まだ駆け出しの新米トレーナーたちがハナダへ行くために洞窟に入るとみんなぼろぼろにされて帰ってくるって話らしい。それで個々のジョーイさんとジュンサ―さんが洞窟をしばらく通行禁止にしたらしいんだが、それを聞いたあいつが、俺はそんなに弱かねえって言って……」

 

なるほど話が読めてきた。助けておいてあれだがどこの世界にもそういう迷惑を顧みないバカはいるものだ。そうして人の忠告を聞かずに突っ込み案の定の結果で帰ってきたという話だろう。もっと言えばジョーイさんが集中治療室にこもる羽目になった同じような状態のやつというのも同じようなバカの仕業だったのだろう。どこまでも自業自得な話だ。

 

「んで? そいつらは何にやられたってんだ?」

 

「……」

 

なぜがタンクトップは押し黙る。おいおい、ここまで来て話したくないということもないだろうに。

 

 

 

「わからなかったんだ。速すぎて、何が何だかわからねえうちにぼろぼろにされて……本気でやばいと思ったから、急いであなぬけのヒモを使って離脱してきたんだ……」

 

 

 

「……ふーん」

 

残念そうにつぶやく。

戦いのスタイルぐらいは知っておきたいものだったが、そもそもあそこまでぼろぼろにされたのならそれも無理かとあきらめる。

 

 

 

「ただ……」

 

 

 

「ただ?」

 

 

 

 

 

 

「人間なんて殺してやる……って……そう叫びながら攻撃してきた……」

 

 

 

 

 

 

「……なるほどねぇ」

 

 

唇に人差し指を当て、何かを吟味するかのように、少しずつ脳内でまとめ上げる。

 

 

 

つい最近から始まった本来そこにいるはずのないタイプのかなり実力のある萌えもんによる人間へのこうげき。

 

かみつきの跡にやけどの跡。

 

閉鎖された洞窟。

 

先ほどのオーキド博士からの連絡。

 

はたしてどういう関係があるのか。はたまた全くの無関係なのか。

 

 

 

 

 

 

「……ま、行ってみなきゃあわからんなぁ」

 

 

 

 

 

 

どのみち博士からの連絡が俺の予想通りの物であったならば、

 

 

 

いや、違うか。

 

 

 

十中八九、俺の予想通りである以上。

 

 

 

俺は止まっちゃいられない。

 

 

 

 

「お、おい! どこ行くんだよ!」

 

タンクトップが肩をつかむのをうっとうしそうに振り払いながら立ち止まる。

 

「みりゃあわかんだろ。ここで手に入る情報はもう尽きた。酒場に用がなくなったのなら次のマップを目指すのさ。RPGの基本だろ?」

 

「バカ言え! 俺の話を聞いてなかったのか! 殺されるかもしれねえんだぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

「殺されないかもしれないだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

楽しそうに笑いを浮かべる少年は、先ほどのれいせいに話を進めていた男とは別人のように見えた。

 

 

「それに、俺思うんだよねえ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その萌えもんと、仲良くなれそうな気がするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? そのこを仲間にしたいんですか?」

 

「まあな。まあ高望みはしないさ。第一目標はこの山を今日超えること。それさえできれば上出来だ」

 

「……マスター。嘘はダメですよ」

 

(こくこく)

 

ばれてーら。

 

センターから外に出ればすぐに洞窟の場所はわかった。どう見ても進入禁止を表そうとしている標識が山ほどおかれている場所があった。散々さっきバカにしておいてなんだが、ここまでされると入りたくなるという心理はわからないこともない。

 

 

 

横にスーとシークを並べ、通行止めをけり倒しながら中へずんずんとはいっていく。

 

「マスターのそういうところ、嫌いじゃないですよ」

 

「おお、うれしいフォローをありがとう」

 

(ぽかぽか)

 

横並びに歩くミズキとスーの後ろからシークが弱い弱いパンチを太ももあたりにぶつけてくる。

モノを言えないシークだが言いたいことは100%わかってしまう。『危ないんだからやめようよ』だ。

まあ当然そういうわけにもいかない。

 

「さてと、ここか」

 

やがて頭上三メートルほどの大穴までたどり着く。さっきの話を聞いた後からか、恐ろしいものが待ち構える大穴のようにさえ見える。

しかし、思うことは変わらない。

 

「悪いなシーク。恨むなら俺たちと契約した自分を恨め」

 

 

そういうと今まで自分の足元でせわしなく動いていたシークの腕がピタッと止まる。

 

うーむ、やはりスーとはまた違った魅力のある萌えもんだ。

掛け値なしに俺にはもったいない娘だと思う。

 

 

「さてと、じゃあ改めて言おうか。今回のとりあえずの目標」

 

 

一つ、今日中におつきみやまを突破する事。

 

一つ、マジギレほのお萌えもんに接触する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つ、R団に接触する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 接触するだけでいいんですか? 『ぶっ潰す!』とかじゃないんですか?」

 

「もちろん潰す。だが、こんな辺鄙な山まで出張ってる奴らを倒したところで組織としてダメージがあるとは思えない。わざわざ俺たちの存在を警戒されるようなことをする必要はないさ」

 

「ああ、なるほど……」

 

 

「だからぶっちゃけ最初に行ったことは半分嘘で半分本当なのさ。今回の最優先の目標は、おつきみやまを抜けること。R団に関しては会うことがなければ会わなくてもいいし、ほのお萌えもんだって、本人がついていきたくなけりゃあ連れて行くつもりなんてまるでないし」

 

 

 

 

「でも、仲間にしたいんですよね?」

 

 

 

 

 

「まあね」

 

 

助けてあげたいなんて高尚なことを言うつもりはないけどさ。

 

何分俺たちも助けてほしい側の人間萌えもんもの集まりだし。

 

でも、だからこそ、あってみたい。話してみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、楽しく旅する友達を探しているんじゃない。

 

 

 

 

 

楽しく死ねる、同士を探しているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかっていますよ。だからマスターはその子に利用してもらいたいんですよね」

 

 

 

 

 

 

 

はん。

 

 

 

「さあ、どうだかな」

 

 

 

 

 

緩む口元を手で多い、洞窟へと一歩を踏み出す。

 

 

先陣を切るミズキ。

 

微笑みながら後ろを行くスー。

 

よくわからないという顔をしながらもとたとたとついてくるシーク。

 

 

いびつながらも土台は出来上がっている、

そう思えた。

 

 

 

 




最近一話一話が短い気がしますが、基本的に一気に長くなる前触れだと思ってください。
一つの物語ごとにメインストーリーが一個ある感じにする予定なので


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第3話 4 拳の先に

あけましておめでとうございます(旧暦並み感

遅れて本当に申し訳ないです。
やっと再びリアルに余裕ができてきたのでここから数話は投稿ペースを早くできると思います。
待っていて下さった少数派の皆様、是非こんな自分ですがこれからもよろしくお願いいたします。


 

 

 

「洞窟、って言っても中は明るいんですね」

 

「おつきみやまは最上段の天井が筒抜けになっていて、その名の通りそこから月が望めるそうになってるんだ。そしてこの山最大の特徴はこの壁でな」

 

こんこん、と脇の壁をたたく。

 

「実はこの壁には、特定の萌えもんを進化させるために必要なエネルギーを蓄えた石、“つきのいし”の成分がかなり多分に含まれているんだ。それによって天井から受けるつきのひかりを自身に吸収することによって洞窟全体をぼんやりと照らせるくらいにははっこうしてるってわけさ」

 

そしてその光の力にいざなわれてくる萌えもん、固有名詞を出すのであればニドランやピッピといった将来的につきのいしの恩恵を授かって進化するような萌えもんがこの洞窟に集まるということだ。

 

「しかし、その中のどの萌えもんも人間をあそこまでぼろぼろにするようなほのおこうげきをうつような者はいない。そもそもおつきみやまにはさっき言った例外の萌えもん以外はほとんどがいわ、じめんタイプでほかはズバットぐらいだ」

 

もっと言えばマサラで研究者として働いてきたときでも、ほのお萌えもんはおろか、おつきみやまで事件が起きたなんて言う話すら聞いたことがない。ここの萌えもんはほとんどがおだやかなせいかくで敵が近づいてきたとしてもよっぽどのことがなければ逃げることを優先するような萌えもんばかりだ。だからこそおつきみやまはつい最近まで何の整備もなしに一般人に開放されるような洞窟だったのだ。

 

「なるほど……じゃあなんで今になってそんな事故が起こるようになっちゃったんでしょう?」

 

 

 

 

「そうだな……あるいは事故じゃないとか」

 

 

 

 

「……やっぱりそうなるんでしょうか」

 

「さすがに無関係とするには無理があるだろうな。時期が合いすぎてる」

 

「……?」

 

あいも変わらず話の筋を理解しきれていないシークが腕の中からこちらを見上げている。ああ……、小動物をめででいるかのような気分だ……

 

「ま・す・た・ぁ!」

 

そしてそこよりもさらに低い位置から抗議の声を上げるスー。

こいつらの一挙手一投足に骨抜きにされそうだ。

自分でもわかるほど呆けてしまっている顔を無理やり戻してから応対するために向き直る。

 

「おお、悪い悪い。んで? どこまで話したっけ」

 

 

 

「だから! R団が何かしてるんじゃないかって話です!」

 

 

 

「ああ、その通りだな」

 

歩を止めないまま世間話をするかのように奥へ奥へと進んでいく。普段月明かりがあまり届かず壁のはっこうが弱い階層まで下りてきたので、シークを左腕に映しながら背中のバックを下ろしてカンテラを取り出す。“フラッシュ”が使える萌えもんがいれば話は別だがそのために萌えもんを仲間にすることなど当然したくないので洞窟に入るための荷物はセンターで入念に選別してある。

 

「よしっと、ついた。どうだシーク、怖くないか?」

 

うなづく。よし。

 

「しかしかなり静かだな。最悪洞窟に入った瞬間に襲撃されることも想定してお前らを出しておいたんだが、ほのお萌えもんはおろかほかのやせい萌えもんもほとんど見当たらないぞ?」

 

「だからマスター! なんで私の話を無視するんですか!」

 

「ちゃんと聞いてるって。あ、クッキー食べる?」

 

「いただきます!」

 

……自分でやっておいてなんだがこいつの性格とか感性はこれから先もうちょっと洗練させるべきのような気がしてきた。下手すれば将来的にご飯を持ったトレーナーについて行って離れ離れにならないとも限らない。

 

「……一応言っておくけど、別に無視してるわけじゃねえよ。ただそこまで神経質になることではないっていう話だ。最初に言っただろ? 今回の最優先事項は『この山の突破』だ。少し残念ではあるがほのお萌えもんに会えないのならそれはそれで受け入れるし、R団に接触できなかったとしたら次の機会を目指せばいい。旅はまだまだ始まったばかりなんだ、急がないとは言わないが目標に焦ることもない。歩いている途中で見かけたらいいな、っておもっときゃあいいのさ」

 

軽く頭をなでてやるが、スーは解せないといった顔を変えない。クッキーを咥えながら。

 

 

 

「まあ……そうも言ってられないみたいだけどな」

 

 

 

「へっ?」

 

シークをいったんボールの中へと戻し、カンテラをしまう。両手を開けた状態で足を肩幅に開き軽く曲げる。自分なりの戦闘態勢。野戦でのポーズだ。

 

「な、なんですかマスター。いきなり警戒しだして」

 

「いきなりじゃねえさ。さっき言ったろ。洞窟に入った時からこうげきを受けることくらいは覚悟してたのさ」

 

「で、でも、いきなりなんだか雰囲気が変わっちゃって……」

 

 

「ああ変わったよ。雰囲気がな」

 

 

はっ、とスーは周りを見回す。

 

 

 

 

萌えもんが全くいない。

 

 

 

 

入り口の時からそうだった。

洞窟なのに萌えもんがほとんど見当たらなかった。

 

 

しかし今は少し違う。

 

 

全くいない。

 

 

 

 

 

「お前と初めて会った時を思い出すよ。まあ今度は意図的に息を殺してるだろうけどな」

 

 

 

中を歩いてから十五分ほど経過しただろうか。

道中でおびえながらこちらを見ていたイシツブテやズバットを懐かしく思う。

それほど怪しく嫌な静寂だった。

 

「気を張れ。くるぞ!」

 

 

 

 

 

叫び声を聞いたスーの警戒の体制をとるタイミングは最悪だった。

 

 

 

 

 

爆音。

 

閃光。

 

灼熱。

 

 

 

 

 

音が聴覚を奪い、光が視覚を奪い、温度が触角を奪う。

いざ敵を探そうと集中力を高めた瞬間の爆破襲撃。

 

 

 

スーは衝撃で浮き上がりそうになる体を何とか地に押さえつけ、自分なりに情報を整理する。

 

目も、耳も、肌もうまく機能していない。

そんな状況だが、焦りは禁物。

これはミズキから教わったことだった。

 

 

 

 

間違いなく、例のほのお萌えもんが襲ってきた。

 

 

 

 

ならばいったいどうするか?

 

 

闇雲にみずでっぽうをうつか。

違う。ミズキに被害が及ぶ可能性が高い。

 

“しろいきり”で攪乱。

……無理だ。暗闇の中で正確にこちらを狙うことのできる相手が目くらましにかかるとは思えない。

 

逃げるか。

論外。相手の狙いは間違いなく人間の方。ほおっておけばミズキがやられてしまう。

 

 

 

 

 

どうすればいい? 早く決断しなければ……

どうする、どうする、どうする………

 

 

 

 

 

すると、数秒悩んだ後、わずかに回復した目がかろうじて見たものは、赤い光に包まれていく自分の体だった。

 

相手のこうげきかと思い、振り払おうと抵抗した後、それが萌えもんボールの放つレーザーであることに気が付いた。

 

「な、なにを!」

 

 

どちらが上かもわからない状態で顔を動かし見た景色は、

体から火花を散らす萌えもんの姿と、

開いた左手でボールを扱うミズキの姿だった。

 

 

 

 

 

「……さあ、これで一対一だ。お話ししようぜ。ワンちゃんよお」

 

しっかりと牙の食い込んだ腕を顔の前まで移動し、暗闇に光る縦長の瞳を歪んだ視界でしっかりととらえる。そいつはこちらの問いに答えることもなく、顎の力を強めながら文字に起こしようのない低いうなり声を上げる。その声はまさに猛獣。厳しい自然の中で研ぎ澄まされたやせいの強さが計り知れる。

 

「……話すことなど何もない。人間は殺す。そのためにわっちはここにいる」

 

腕を加えたままこちらの質問に回答してくる。橙色の体毛に入った黒線の模様が少し赤く光っているのが見える。それがこの萌えもんのこうげきの合図であるということをミズキは知識で知っている。

 

「っこの!」

 

首根っこをつかみ、腕から無理やり引っぺがして遠くへ思いっきりほおり投げる。空中で体を回転させ、着地と同時に四肢を踏んじばり瞬く間に体制を整えるとそいつは赤いせん光を発しながらわざを発動させる。

 

 

 

 

 

このわざは……まずいかもなぁ……

 

 

 

 

「正気の沙汰じゃないな」

 

「ほめ言葉として受け取っておいてやるよ」

 

強い口調を崩してはいないミズキではあるものの、ところどころ服や髪が焦げ付き右腕は力がなくなりだらんと下に垂らしたままである。

 

 

 

そしてそんな姿を下から見上げる萌えもん、ガーディは熱い視線を送る。

 

 

 

「わっちのこうげきを止められないと悟るや否や、ほのおが一番弱まるタイミングを見切り、こちらに飛び込んでくるとは」

 

「わざがわざだったもんでね」

 

 

 

“オーバーヒート”

 

 

 

まさかこんなところでお目にかかるわざだとは思わなかった。

威力としても効果範囲としてもほかのわざよりも群を抜いた、ほのおタイプ最大級クラスのわざである。

ガーディを中心に円形に壁が広がるように迫りくるほのおを見た時、ミズキのとった対策は一つ。

 

突っ込む。

 

「あんなもの、よけられなければ受けるしかない。受けるしかなけりゃあ受けるダメージを減らすしかない。簡単なことだ」

 

「それが狂気だと言っている。わっちのわざの威力を理解しておきながら、それに恐れず走り出すことのできるその精神がな」

 

しかも最初の衝撃でまだ目も耳もうまく機能していないはずだというのに、その男はぶれる事無くこちらを見据え、聞き逃すことなくこちらと会話している。

とんでもない回復力、そして判断力。

 

「恐ろしい人間もいたものだ」

 

「言いたい放題だな。ところで、話すことなど何もないんじゃなかったのか?」

 

「安心しろ。評価が変わろうと殺すという決意に変化はない!」

 

「そりゃ何より……っだ!」

 

ミズキは右足をその場で振り上げこうげきしながら距離をとる。完全にあてる気で放った蹴り上げだった。

ガーディは身をかわしながら驚愕する。攻撃してきたことではなく、萌えもんを出さずにこうげきしてきたことに対してだ。

 

 

 

「あえてもう一度言わせてもらうが……貴様正気か?」

 

「殴った方が分かり合えることもあるだろうさ」

 

 

 

話しながらお互いに十分に距離をとったと認識すると、ガーディはほのおでけん制を入れるが、ミズキは踊るかのようにそれをかわす。まるでこうげきの出所を完璧に把握しているかのような動きに違和感を覚えた。

動き回りながら周りを確認すると、先ほどまで薄暗かったこの階層にぼんやりとした明度が加わる。

なるほど、これならばたとえ人間でもこちらの動きをとらえることぐらいは可能だろう。壁の“つきのいし”の成分が自分のほのおわざから発せられる光エネルギーを吸収したらしい。

 

だが、それでも、

 

「足技だけで勝てるほど、わっちは甘い相手じゃない」

 

相手の右腕はいまだぷらぷらと垂れ下がったまま。

あれでは相手からこちらにこうげきすることはおろか、全力で走って向かってくることも至難のわざだろう。

そして血はいまだ流れ続けているまま。多量出血と腕の痛みで拳を握ることもままならないはず。

拳を握れないようなものに負けるほど自分は弱くない。

 

 

 

 

 

 

わっちは弱くない。

 

 

 

『もっと強くなれ! 何のために貴様はここいるんだ!』

 

 

 

弱くちゃあいけないんだ。

 

 

 

『代用品は代用品らしく壊れるまで働いていりゃあいいんだ』

 

 

 

わっちは代用品なんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

「……きめた」

 

「……なに?」

 

 

“オーバーヒート”の反動のせいでほのおの勢いが著しく低下してしまっているせいか、結局すべてのこうげきを見切られてしまい歯噛みする。一撃で仕留める予定だったとはいえ、完全にわざの選択ミスだったと心の中で反省する。

そのよけた本人であるミズキは軽く服の状態と呼吸を整えながらにやにやした顔をこちらに向ける。

 

「何を決めたって? 降参の決意か?」

 

「降参したら見逃してくれんの?」

 

「愚問だ」

 

「だろうな。残念ながら俺は無駄なことはしない主義だ。それにそれじゃあ俺の目的は達成できない」

 

「……目的?」

 

 

 

 

 

 

 

「お前のニックネームは"フレイド"だ」

 

 

 

 

 

 

 

『貴様の役割は壁役(ポーン兵)だ』

 

 

「……なんだって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前を俺の仲間にしたい」

 

『ポーンはさっさと進みやがれ!』

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちと一緒に旅に出ないか?」

 

『けっ、また後衛から代わりを拾ってこなきゃあならねえじゃねえか』

 

 

 

 

 

 

 

仲間。

 

 

 

 

『ポーン』

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

「……気に入らないか?」

 

 

 

ふっ。

はは。

 

 

 

 

 

「ははははははははははははははは!」

 

 

 

 

仲間。旅。愛称(ニックネーム)

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 

 

 

 

本当に楽しそうな声を上げ、

 

 

 

 

 

「だったら、わっちに一撃いれてみせろ!」

 

 

 

 

 

 

はしりだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黙想。

 

ガーディがこちらへ向かって全速力で向かってくる。

いま、ガーディは“オーバーヒート”のデメリット効果により遠距離戦を不得手としている。それは向こうも重々承知していることだろう。

だからこそのここにきての接近戦。

 

 

 

 

 

近接強打(インファイト)

 

 

 

 

 

うけてたつ。

 

 

 

 

 

かわすなんてありえない。

このまま逃げていたって限界は来るんだ。

だったら相手が自分の間合いに入ってくれるこの一瞬は逃せない。

そして何より、

 

 

 

 

 

『わっちに一撃いれてみせろ!』

 

 

 

 

 

ここで引いたら男が下がる。

 

 

 

 

 

 

さてと……

 

 

 

 

 

「こいやあああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやって殴った? その右腕で」

 

「“こんじょう”で」

 

「三度言おう、貴様正気か?」

 

「冗談だよ。種はこいつだ」

 

壁に寄りかかりながら服をまくった右腕を上に掲げてひらひらとこれ見よがしに動かず。

いつの間にか垂れ流していた流血は止まり、今まで焦げた跡だと思っていたそれは凝固した血液であることが分かった。

 

「すべての動物の血液っつーのは健康体であればあるほど鮮やかな赤色をしているもんだ。まあそれは血液中に存在するヘモグロビンが赤い成分を持っているからなんだが、こいつは酸化することにより凝固し、色が黒くなる。経験あるだろ。かさぶたってやつだ」

 

「まさか貴様、止血していたのか……わっちのほのおで」

 

「正解」

 

仰向きに寝そべりながら息をのむ。

 

狙っていたのだ。この男は、

自分が近接強打(インファイト)することを、

そうして近づき、ぼうぎょがおろそかになった瞬間を、

自分のけがという弱さを強さにかえて、

虎視眈々と狙っていたのだ。

 

「最初に俺が言ったじゃねえか。殴り合って分かり合うってな」

 

「正気かもしれないが人間じゃないな」

 

「手厳しい」

 

くっくっく、と声が二つ漏れて合わさる。

横に並んで上を見た。どれだけの時間、よけあい、殴り合いを続けていたのだろうか。いつの間にか月が見える。ここはおつきみやまの最上段のど真ん中、天井の抜けた月見スポットだった。

 

「貴様と鬼ごっこをしている間に、とんでもないところまで登ってきてしまったようだな」

 

「だな。だれかさんのほのおのせいでだいたいの荷物が全滅しちまったところだからもうすぐ出口なのはかなり助かる」

 

「自業自得だ」

 

「反論なし。よっと、じゃあ俺はそろそろ行くぜ。今日中にこの山を越えちまいたいんでな」

 

そういうともはや防寒の意味を成しているのかも怪しい穴だらけのジャケットを羽織りながら立ち上がる。ぼろぼろの服の穴から、いくつもの青あざが顔をのぞかせている。

 

全く倒れなかった。

全く弱くならなかった。

 

 

 

自分は、負けた。

彼に、男として。

 

 

 

 

『負けたものに価値などない』

 

 

 

 

「ほれ」

 

 

 

ハッと我に返ると、

ドロドロの汚い右手が差し伸べられていた。

 

 

 

 

 

 

わっちは、この手をつかんでいいのだろうか?

 

 

 

 

わっちに、そんな資格はあるのだろうか?

 

 

 

 

わっちに……

 

 

 

 

 

「…………おい、お前は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな会話を引き裂いたのは

 

 

 

 

本日二度目、そして一度目とは比べ物にならない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だいばくはつだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!! いまのは!!」

 

まさか、奴らが、

 

 

 

 

「……R(ロケット)団」

 

「! お前、知って」

 

 

 

いきなり襲われたとき、

“オーバーヒート”を受けた時、

思いっきりなぐり合ったとき、

 

 

 

一度たりとも物怖じすることのなかったミズキが、

この日、初めて恐怖する。

 

 

 

 

「うがああああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

“いかく”

 

 

 

 

それは敵の戦意を削ぐためにガーディが自然界で身に着けた“とくせい”

強い敵倒すべき敵に出会ったとき、出会った瞬間に優位に立つため、自分の力を誇示することで敵をすくませ、その者のこうげきりょくを削ぎ落すという効力を持った萌えもん界でもトップクラスの汎用性を持ったとくせいである。

 

 

 

しかし、ガーディのそれはミズキの頭にある知識のそれとは一線を画すものだった。

 

 

 

体は震え、力は抜け、膝は本来の仕事を全うすることもなく崩れ落ち、差し出した腕は持ち上げる事が出来なくなって、何もかもがダメになる。

 

 

 

 

これがやせいの強さ。

 

研究所にいたミズキが持ちえなかった、内にではない、表に出す感情。

 

 

 

 

 

そして音の方角へ走り去っていったガーディに、

かける声が一つも浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

「シーク、スー。出てきてくれ」

 

 

腰の抜けた状態のまま、ボールのスイッチに何とか触れる。

 

「ちょっとマスター! 一体なんてことをして……って、きゃーーーーーー!!!!!!」

 

「!!!!!!!!!」

 

 

スーとシークがまあ予想通りの反応をしながら登場した。

当り前だろう。ボールの中にひっこめられてもう一回呼び出されたと思えばぼろぼろの主人が地面に突っ伏している。スーもそうだが、シークにとっては軽いホラー体験となってしまっただろう。あとでしっかり謝っておかなければ。

 

「まま、マスター! いったい何がどうなったんですか!」

 

(こくこくこくこく!)

 

心配してくれている二人の体を無理やり杖にするような形で体を起こす。

 

「まあ心配すんな、けがは大したもんじゃない」

 

「大したもんじゃって……そんなわけ!」

 

 

 

 

「すまん。言うことを聞いてくれ」

 

 

 

 

口を開けた状態でスーが固まる。

そのスーを胡坐をかいた状態で膝に抱き、シークに向き直る。

 

 

 

 

「シーク。“テレポート”で俺を運んでくれ。R団がいる場所へ」

 

 

「!!!!!」

 

膝の関節あたりを二回たたく。NOの合図。

“そんなぼろぼろじゃ戦えない”という事なのだろう。

今の自分の姿に対する恐怖もあるのかもしれない。まだ戦闘のできないシークにミズキをこんな姿にした者のいるおつきみやまは一刻も早く離れてしまいたいことだろう。

 

 

だが、

 

 

 

 

「頼む」

 

それは許されない。

 

「俺がやらなきゃあいけないんだ!」

 

 

 

 

力は抜けても

腰は抜けても、

表の怒りで負けても、

 

 

 

「あいつに任せてちゃダメなんだ! 俺がやるんだ! やりきるんだ!」

 

 

 

奥底の怒りは負けられない。

 

 

 

 

「そのために俺は旅に出たんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

膝を一回たたいたのちに

 

 

 

右腕をつかんできたシークの体の、震えはすでに止まっていた。

 

 

 

 

待ってろガーディ。

 

 

 

 

 




めっちゃ長くなるといったな、あれは嘘だ。


いや、ごめんなさい。
ほんとにあほほど長くなりそうだったんで結局分割しました。
次回、たぶんおつきみやまを超えられると思います。
第三話ラスト! ガーディは仲間になるのか! 続く!


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第3話 5 かなしばり

タケシ戦ぶりの10000文字です。
本来ならば前回と同じ話にまとめようとしたのですが前回と合わせると17000文字ということでさすがに断念しました。その代りにはやめの投稿となります。

アニポケではサトシゲッコウガが大暴れしてますね。
自分もミズキラプラスとかやってみたいものです。


 

 

 

わっちは人間が嫌いだ。

 

 

自分たちが萌えもんよりも偉いと思っていて、

 

『もっとつよい萌えもんを使わなきゃだめだ!』

 

萌えもんの気持ちなど考えもしないで、

 

『ひんしになっちまった……使えねえ萌えもんだぜ』

 

卑怯な手でわっちらを捕まえて

 

『マヒで動けなくしてダメージを与えるんだ』

 

努力を認めようともしないで、

 

『くそっ。もっと強く育てなくちゃあ』

 

わっちらの後ろで威張り散らすだけ。

 

『そうじゃない、上だ! なんでよけられないんだのろま!』

 

 

 

 

唐突に表れて、

 

瞬く間に消えて、

 

わっちのすべてを奪っていく。

 

 

 

 

『おっ、強そうなガーディ!』

 

『いただき!』

 

『俺が最強の萌えもんに育ててやるぜ!』

 

 

 

 

そんな彼らが、大嫌いだった。

 

 

 

 

そしていろんな場所を回り、

おつきみやまにたどり着いて、

そこで幾度となく通過していくトレーナーを見てきた。

大人であったり、子供であったり、男であったり、女であったり、白人であったり、黒人であったり、新米であったり、熟練であったり。

 

 

 

だが、わっちからすれば誰もかれも等しく同じクズに見えた。

 

 

 

そしてこれまでに見てきた人間の中でも群を抜いて汚く、臭く、みていられない最低の人間たちを初めて見たのは、まだ記憶に新しい話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく。なんで俺たちがこんななんもない辺境の地まで足を運ばなきゃいけねえんだよ?」

 

「仕方ねえだろ。ボスがつきのいしを探して来いって指示を出したんだ。ここに来るしかねえだろうが」

 

「うだうだ言ってねえで働け」

 

萌えもんの技でばらばらに砕けた壁の前で何十人という単位の人間が作業をしている。洞窟にすんでいる萌えもんたちは怖がってちっとも出てこない。

 

「自分の萌えもんの進化のいしをこんなところにまで取りに行かせてるんだ。よっぽど大切なもんなんだろう。それを任されてるんだから信頼されてるってことだろうよ」

 

「なるほどなあ」

 

「でもそろそろ俺たちも暴れまわりてぇよなあ。町とかぶっ壊しまくってよお。金も萌えもんも奪いつくしてやりてえじゃねえか?」

 

「確かに。最近のボスの要求って自分の萌えもんや幹部の萌えもんの育成のために軍を動かしてるだけだよなあ。俺たちしたっぱはたまったもんじゃねえよ」

 

「だからお前らは馬鹿なんだよ。いきなり下手に暴れまわったって反撃されて崩れ落ちるだけだろうが。だったら世間には『R団はもう解散した』っていう風に装っておいて水面下で破壊活動の下準備をしていた方が今は楽なんだよ」

 

「おお、なるほど! さすがだなあ!」

 

バイトをしている最中に世間話をするかのようにわるだくみをする男たち。

影でおびえる萌えもんたちのことなどお構いなしに採掘の手をとどめずに探し物を続ける。

 

「おい、荷物運びのA班の萌えもんがもうぼろぼろになったってよ」

 

「ああ? その辺のやせいのやつ捕まえてくりゃあいいだろうがよ。労働力なんざいくらあってもたりゃしねえんだ」

 

「ああ、じゃあ俺が言ってくるわ。ついでに俺の萌えもんの新技試し打ちしてくるぜ!」

 

「おい! 捕まえる前にぼろぼろにすんじゃねえぞ」

 

まるでスキップするかのようにうれしそうにその場を去っていく軽い男の後ろ姿を見てさぼりたかっただけなのだということを理解する。まあこのあたりの萌えもんに負けるようなことはさすがにないだろうから気にせずに作業を続けておけばそのうち帰ってくるだろう。

 

「おい、止めなくていいのかよ」

 

同じ部隊に配属されてもう長い小太りの男が声をかけてくる。

 

「知るか。適当に遊んだら帰ってくるだろう。今はつきのいし探しが先決だ」

 

帽子を深くかぶった痩せても太ってもいない普通の成人男性のような男は、適当にあしらう。

 

「いやあ、でもなあ……」

 

「なんだよ? 言いてえことがあるならはっきり言えよ」

 

先ほどまでの男との会話で少し疲れを感じたためかいらつきを隠そうともせずに聞く。

 

「いや、だってよお。俺たちの前に何回か別の小隊が任務失敗して戻ってきてるって話だろう?」

 

「ああ、あの上層部に『何が起きたのかよくわからなかった』とかいう報告をして首をきられた馬鹿小隊の話か」

 

「俺も最初はただのほら話だと思ったよ。でもさあ、俺実は、ハナダで変な噂きいちまったんだよ」

 

「噂?」

 

「そう。最近おつきみやまにとんでもない強さのほのお萌えもんが住み着いて、通る人間を片っ端から黒焦げにしてるって話。実際おつきみやまから帰ってきた黒焦げのけが人がハナダじゃ最近増えてるんだってよ」

 

「ふーん」

 

わざとらしく興味のなさそうな返事をしながら作業の手は絶えず動かす。

 

「ふーんって……お前、それがもし本当だったら俺たちもやべえってことじゃねえか。もしそんなつええ奴がいたらと思うとよう……」

 

「バカじゃねえのかお前。そんなのいるわけねえだろうが」

 

目に見えていらつきの度合いが増していく帽子の男に対して、おびえていた方の小太り男は唖然とした表情を向ける。

 

「な、なんでだよ? 現に俺たちの仲間の小隊は任務に失敗してるわけだし、もしかしたらそいつらもそのほのお萌えもんにやられちまったんじゃあ」

 

「おつきみやまにそんな奴がいるなんて聞いたことねえし、だいたいそんだけ噂になってる萌えもんの種族もわからねえだなんてそれだけで眉唾物だ。大方、やせいのピッピのゆびをふるで出たほのおわざかなんかを見た誰かが話を大きくしたんだろうさ」

 

「で、でも! ハナダにいたけが人はどう説明すんだよ?」

 

「餓鬼が火の不始末で怪我したのを隠してるだけなんじゃねえの? まあ、ピッピにやられたなんて恥ずかしくて言えないプライドの高いトレーナーって線もあるが。んで、そんな噂に便乗して任務失敗をごまかそうとしたから、その小隊も首を斬られたってとこだろ」

 

「な、なるほど……」

 

「おら、わかったらお前を手を動かせ。いちいちそんなしょうもないうわさを真に受けてんじゃねえっつーの」

 

「わ、悪かったよ……」

 

つきのいしの見つからないいら立ちや、別小隊の失敗の尻拭いをさせられているという現実が余計に彼の平穏を乱しているようだった。

 

「てか、あいつはいつまで遊んでやがる? お前ちょっと一回呼んで来い」

 

「ああ、そうだな……」

 

のそりと立ち上がろうとしたその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「ぎやあああああああああああああああああああああ!!!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ今の声!」

 

「外からだぞ!」

 

中にいた数人を連れて悲鳴の聞こえた入口へと走る。

 

 

 

 

 

 

 

自分たちであけた穴の入口まで戻ると、

そこには黒焦げとなった大量の元仲間たちの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい! お前ら、誰にやられた!?」

 

一番近くにいた体を無理やり起こしてきつけを行う。

みたところ死んではいないようだが、どう見ても全身やけど、はたまたそれ以上に悪い状態であることが見て取れる。

そして意識が戻ったその者の声を聴いて初めて、その男は初めに自分たちと作業していた、今から探しに行かせようとしていた男だと気付いた。

 

「わ、わからねえ……」

 

「わからねえだと! ふざけるな! いったい何があったんだ!」

 

「お、おい、それ以上は……」

 

「わ、わからなかった。誰にやられたのか、何でやられたのか、俺たちも俺たちの萌えもんも、気が付いたら、やられてた」

 

「っひ、ひいっ!!!」

 

脇にいた先ほど話していた小太り男が腰を抜かして尻もちをつく。

 

「なんだ今度は!」

 

 

「ま、まだいる! やっぱりいるんだ! ほのお萌えもんが! 最強のほのお萌えもんが!」

 

 

言われてからあたりも見回すと、確かに何かの気配を感じる。

しかしどこにいるのか全くつかめない。恐ろしいすばやさで自分たちの周りを動き回っているということはわかった。

 

「ど、どうすんだよ! このままじゃあ俺たちもやられちまうぜ!」

 

その声を皮切りに残った奴らもざわざわと騒ぎ始める。

くそっ。雑魚どもが。

 

「黙ってろ。いったんここを離れて体勢を立て直してだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間。

気配が一気に後ろに移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

頭のいいその男は、戦闘において背後を完全にとられるということが何を意味するのか。

それを理解してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

やられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

男は目を開ける。

 

意識がある?

 

そして自分の手元に目を落とす。そこには五体満足の体があった。

 

なぜ? 自分は完全にやられたはず。

 

そう頭の中で思い、こんらんした状態で恐る恐る後ろを振り返ると、

 

 

 

 

 

ぼろぼろのガーディがそこに倒れ伏していた。

 

 

 

 

 

「が、ガーディ?」

 

腰の抜けていた男が恐る恐る目の前の青あざだらけの動かない萌えもんに近づいていく。

しかし、それはまったくもって動く気配を感じない。

 

「……けがをした体でこの人数の仲間とその萌えもんたちをこんなにしたってのか。あの一瞬の隙に」

 

改めて首をまわして見渡すと、少なく見積もっても全体の半分はやられたことだろう。おそらく機能するこちらの戦力は二けたにかかるかかからないかぐらいの人数しか残っていない。

 

「こいつが例のほのお萌えもんってことか?」

 

「ああ。まさか本当にいるとはな」

 

しかし、けがをした体であの速度を出しながら戦闘をするのはさすがに無謀だったのだろう。完全に力尽きてしまっている。

 

「お。俺、いいこと思いついた!」

 

「あ?」

 

「こいつ、ボスに献上すればいいんじゃねえか!? そしたらここでの作業ももっと楽になるし、これだけ強けりゃボスも喜んでくれるだろう?」

 

「……たしかにな」

 

素直にそれはいい考えだと思った。このままでは作業もままならないのでどのみち本部に戻って作業員の補充をする必要がある。ならばこいつを捕まえてボスにわたせばこの惨状の言い訳とすることもできる。

 

「よし、じゃあ俺が捕まえるぜ」

 

 

そういいながら前にずかずかと出ていくと、それに反応してか、かすかに前足が動いたのが見えた。

 

 

「おい。まて、そいつ、意識が戻ったぞ」

 

そういわれてからのボールを構えていた男も一瞬固まる。

すると、確かにのそりのそりと動きだし、低く野性的な唸り声を響かせる。

 

「ぐっ、かはっ、ああ。まだだ、まだ負けてないぞ」

 

「ふっ、安心しな。もう俺たちはお前とはたたかわねえよ。お前は今から俺が捕まえる。これからはR団の萌えもんとして生きていくんだ」

 

「な……にぃ……」

 

無理やり体を起こしてこちらをにらむが、もはやそれにおびえる者もおらず周りにいる残った仲間たちもそれを見てにやにやといやらしい笑顔を浮かべている。

 

「ふざけるな。誰が貴様らの萌えもんになんぞ……」

 

「安心しな。逆らえるのは今だけだ。ボールに入っちまえばあとはこっちのもんなんだからよ」

 

下種な笑いが場を支配する。先ほどまでおびえていた軍団とは思えないほどだが、その恐怖の反動でそう思う気持ちはわからなくもないので無言で事の巻末を見届ける。

 

 

 

「そら、くらえ。萌えもんボール!」

 

 

 

弧を描くその赤いボールはガーディの額あたりをめがけてきれいな回転で向かっていき、

 

 

 

 

 

「わっちを…………なめるなあ!」

 

 

 

 

 

全力で振り上げた後ろ足でまるで“まわしげり”をうつかのようにボールをはじき、

 

 

 

「ぎゃん!」

 

 

 

はじかれたボールは戻ってきて男の顔にクリーンヒットする。

 

 

 

「人間に使われるなんて……真っ平御免だ!」

 

「てめえ……」

 

男がガーディに向き直る。きっちりとボールの跡が残ってしまっているその顔で怒りでわなわなとふるえているさまはすごく滑稽だ。帽子の男を筆頭に、何人かは苦しそうに笑いをこらえている。

 

「よかったなあ。ガーディにゲットしてもらえて」

 

「うるせえ! この死にぞこないが! だったら力づくで捕まえてやる!」

 

 

さっきの一撃で完全に力尽きてしまったガーディに対して男は怒りのままにガーディに向かって突っ込んでいく。

そのままボールを投げりゃあ捕まるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おりゃあああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう叫びながら男は、ガーディを通り過ぎ、より奥まで走って行ったあと壁にぶつかって気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう。何とか間に合ったみたいだな」

 

「“あやしいひかり”のこんらん効果は失敗することだってあるんですからね。しかもこんな遠距離で。本当に危機一髪だったじゃないですか」

 

「勝てば官軍。細工は流々、仕上げを御覧じろ。終わりよければ何とやら。俺は結果だけを求めるのさ」

 

「物はいいようってやつですね」

 

「まあ真面目に話すのであればレベルの上がったお前の能力ならそれぐらいやってくれなきゃ困るの」

 

「信頼して頂けてるんですよね」

 

「そうともいう。シークもお疲れさん。ここまでずいぶんと無理させたな。しんどかったろ?」

 

「……」

 

ぽんぽん。

 

「……ありがとよ。さ、こっから先は戦闘だ。シークは先にボールに戻っててくれ。行くぞ、スー」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

しゃべりながら黒い影がいくつかこちらに近づいてくるのがわかる。

まずい。なんだかわからないがすごく嫌な感覚を覚える。

 

「ちょっとまててめえらあ!」

 

するとその影の後方からすさまじい怒号が聞こえてくる。先ほど壁に突っ込んでいったあいつだ。

 

「何が起きたのかはよくわからなかったが、さっきのへんな光はのはてめえらの仕業か!? 俺たちR団に対してなめたことしてくれるじゃねえか!」

 

「自分がいいようにあしらわれただけのくせに団のネームバリューで“いかく”するとは、三下、したっぱの極みだな。いかくの方法、ガーディにならった方がいいんじゃねえのか?」

 

「なんだとごらあ! このクソガキ、もうゆるさねえぞ!」

 

叫びながら腰のボールに両手をかけ、思いっきり投げる。

 

「ズバット! アーボ! 奴らを蹴散らしてやれ!」

 

そういいながらいかりくるう男から放たれた萌えもんボールは、青と紫の色を基調とした二匹の萌えもんをそこに召喚する。

 

 

 

……すすの付いたぼろぼろのスカート、汚れた髪の毛。本来の色とは程遠い肌。

そこには本来の姿から想像するのは少し難しいやさぐれきった目をした萌えもんたちの姿があった。

 

 

 

「……一応、お前に聞いておくことがある」

 

「ああ!?」

 

「お前、萌えもんが好きか?」

 

「はあ?」

 

言っている意味が理解できないと言わんばかりの反応を見せる。

 

「お前はなぜその萌えもんたちを捕まえたんだ?」

 

問いに少し固まった後、馬鹿にした笑いがその空間を支配する。

 

 

 

「そんなもの決まってんだろ。俺のために働かせるために使ってやってんだよ。しょせん萌えもんなんざ使い捨てのどうぐなんだ! この世界には使い捨てられるどうぐがそこらじゅうに転がってる! だから使ってやってるんだよ、わりいかよ!?」

 

 

 

醜い笑い声を背景に、

途中乱入の少年、

 

 

 

「よかったよ。お前らがずっとクズのまんまで」

 

 

 

ミズキは安堵の表情を作る。

 

「あ?」

 

 

 

 

「お前らがこの四年間で改心でもしてようもんなら、俺のこのたびはここで終わっちまうからな。面子揃えて“契約”なんてものまで作って、トレーナーの俺が、必要ありませんでしたじゃあみっともねえだろう?」

 

 

 

「何の話をしてやがる」

 

 

 

「安心しな。てめえらみてえなクズは全員、俺がぶっ飛ばすって話だよ」

 

 

「な、なにぃ……!」

 

 

 

 

 

 

どうやらその発言は手前の小太り男だけでなく、

奥にいた軍団のいら立ちのゲージも一緒に刺激したようで。

 

 

 

 

 

 

怒りで我を忘れた男たちによって、

 

開戦の一砲が鳴る。

 

 

 

 

 

 

「お前ら全員俺に続けえ! このクソガキを叩きのめしてやるぞ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「おおーーーーー!!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなに強くなかったですね」

 

「あんな奴らがニビジムのタケシより強いはずはねえさ。入り口で言ったろ。こんな場所にきている奴らなんざ軍のしたっぱしかいねえってな」

 

「そうですね。あ、そういえばマスター! けがはもう大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だよ。さっきまで立てなかったのはけがのせいじゃなかったし、一応殴り合いの中でも致命傷は避けてたつもりだしな」

 

体の汚れをはらいながら、そのトレーナーと萌えもんは状況報告を済ませていく。

その周りには殴られ蹴られわざを当てられ、一人と一匹に見事に完封され倒れ伏すR団員たちの姿。

 

 

 

圧倒的な敗北だった。

 

 

 

 

開戦に出遅れて残った最後の一人、帽子の男はただただ唖然とするだけだった。

 

なぜ自分はこんなところで窮地に追い込まれているのだろうか?

 

自分はエリートだった。

 

人一倍勉強して、萌えもんリーグの協会の役員になり、順風満帆な人生を送る予定だった。

 

なのに、自分は就職に失敗した。

 

その後の人生は下り坂。他に自分にできることもなく、自分のことを評価してもらう事などできなくなった。

 

そう、自分は、自分を認めないくだらない世の中に復讐するためにR団に入ったのだ。

 

幹部になり、ボスの役に立ち、そしていずれはR団の次期首領となる。

 

そのためのまっすぐな道を歩いていくはずだったのに、やっと上り坂が見えるようになるはずだったのに……

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔を、するなあ!」

 

「うぐっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「てめえら、少しでも俺に近づいてみろ。このガーディの首元掻っ切ってやるぞ!」

 

ミズキとスーが声のする方向に顔を向けると、そこにはぼろぼろのガーディを吊し上げ首元にナイフを当てる男の姿があった。もう指先一つも動かせないといった体のガーディはほとんど反抗することもなく、腕の中で苦しそうな声を上げる。

 

「ごほ、げほ」

 

「さあ、そこのお前はさっさとラプラスをボールに戻しやがれ! そしてボールを足元に置いて跪け!」

 

完全に男の目は血走っている。とても正気だとは言えないだろう。

 

「……R団、あんな事までやるんですね」

 

スーは怒りに震える。

この旅の始まりの刻、スーはミズキから聞いていた。R団の悪さ、醜さ、凄惨さ、あくどさ、いやらしさ、汚らしさ。

しかし、いざ対面して感じると、人間の汚さというものはスーの想像をはるかに超える、初めて心を許した人間がミズキであるスーには理解しがたいものだった。

 

こんなのが人間なのならば、こんな人間を見続けたのならば、

人間を殺してやるという発想になるのも仕方ないのかもしれない。

 

しかし圧倒的に状況が悪くなったのは事実である。もちろんガーディを見殺しにすることなどできはしない。しかし、ここで男の要求に屈してしまうことはそれこそ思うつぼ。自分がボールに戻った後、ミズキが何をされるのか。無事に帰してくれるわけがない。

 

「どうしましょうか、ます」

 

 

たぁ、と言おうと口を動かしたが、うまく声が出せずに固まってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてみるミズキの表情だった。

 

怒り、とも、哀しみ、とも、恐怖、とも違う。

 

 

 

 

 

 

何もかもが抜けきっているかのような目、

全てを捨ててしまったかのような、残念そうな表情。

 

 

 

 

 

 

 

燃えたぎるような感情に諦めと憐みが混ざったかのような、

見ていてつらい、さみしい顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らみたいなやつがいるから、ガーディが辛い思いをするんだろうが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さく、小さく、耳元でささやく時に使うような声で、ミズキは自分の思いをぶつける。

 

 

 

 

「何ぶつくさ言ってやがる! さっさとラプラスをひっこめやがれ! さもなければこいつの命は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺れよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

は? やれよ?

 

「お、お前。なにをいってんのかわかってんのか?」

 

 

「いいから殺れよ。本当にそいつを殺す気があるのならな」

 

「ひっ!」

 

おびえた、怯んだ、この俺が。

こんなガキの睨みだけで。

 

……違う、こいつはガーディなんてどうでもいいと思ってるんじゃない。

俺はこいつを殺せないと思っているのだ。

こいつは俺のことを、なめているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふざけるなあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっ殺してやろうじゃねえかあ! よく見とけこのクソガキがああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は思いっきりナイフを振り上げ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

振り上げた状態で制止する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

は? う、動かない?

 

こつん、こつんという音が響く。子供がこちらに近づいてきているのだ。

 

お前、何をしやがった。いったい俺に何をした。

 

声に出そうとするが、まったく声帯がふるわない。

 

おびえて出ないのではない。全く動かないのだ。

 

まるで“かなしばり”にあったように。

 

 

 

 

 

 

近づいてきたその子供は、こちらの腕からガーディを無理やり引っぺがし、何事もなかったかのように去っていく。

 

 

 

 

 

 

待て、お願いだ、俺を戻してくれ。

 

 

 

 

 

 

「……ま、マスター?」

 

「行くぞ、スー」

 

 

 

 

 

 

お、おい、待ってくれ、たのむ、たのむからよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ。忘れてた。おい、あんた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういいながら、振り向き、右手の親指を前に向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢幻の悪魔に注意しな。

 

 

 

 

 

闇はあんたの心を貪る。帰ってこれるかはあんた次第だ。

 

 

 

 

 

死にたくなけりゃあ頑張るんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――常闇の間、夢幻の回廊―――――――――――――――

 

 

 

 

……動ける。

 

「ここは……どこだ?」

 

首も回せるようになったので辺りを見回す。

 

 

 

どこを向いても、黒、黒、黒。

 

一寸先も見えはしない。

 

 

 

ガキは? ガーディは? ラプラスは?

 

 

 

「どこへ消えた?」

 

いや、もはやそんなことはどうでもいい。

動ける。

逃げられる。

 

 

「出口を探そう」

 

 

とりあえず闇雲に動くんだ。

 

きっとどこかに出口はある。

 

 

 

 

 

 

 

……もうどれぐらい歩き回っただろうか……

 

一時間くらいのような感覚もあるし、数分間のような感覚もある。

 

もしかしたら何日もさまよっていたのかもしれない。

 

出口が全く見つからない。

 

それどころか、自分以外の物がないにもない。

 

壁も、空も、空気も、

 

今自分がいるここが本当に地面なのかも把握できない。

 

一体自分は何をしているのだろう。

 

 

 

 

 

もういやだ。

 

 

 

 

 

帰れない。

 

出られない

 

死のうにも、腹がすかない。

 

痛みも感じない。

 

空気を吸いたいとすら思わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だれか……だれかここからだしてくれえ! もういやだあ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ココカラデタイノカ?

 

 

あんたは誰だ?

 

 

トウテルノハワレダ。ココカラデタイカ?

 

 

……出たい。もういやだ。ここはもういやだ。

 

 

……ツイテキタイノナラバツイテクルガイイ。

 

 

こ、ここから出られるのか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……アア、ココカラデラレル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「空が白み始めてるな、もう夜明けだ」

 

「マスターが一人で戦うなんて無茶をしなければもっと早く踏破できましたからね!」

 

「必要だったんだから仕方ないだろ」

 

「全くもう……。で、マスター。よかったんですか?」

 

自分たちが上ってきた山道を振り返りながらスーが尋ねる。

それに倣ってミズキも足を止め、眺める。朝日をバックにしたおつきみやまがまぶしいながらも美しい景色だった。

 

「……仕方ねえだろ? 残念だけど、あんなことがあった後で『俺と一緒にこい』なんて無神経なこと言えねえよ」

 

自嘲気味な笑いをこぼしながら、元の道に戻って進み始める。それにスーが小走りで追いついてもう一度横並びに歩き出す。

 

「それはそうですけど……マスターがあんなに思ってた娘だったのに」

 

「そんなことより」

 

そういいながらミズキは目線を正面から右下、つまりスーの方に移す。

 

 

 

 

「お前こそ、いいのか? 俺に質問しなくて」

 

 

 

 

「……何がですか?」

 

「とぼけるのも無理があるだろうよ。というか本来とぼけるべきなのは俺だけどな」

 

力のない笑いで空気を和ませようとしているのがわかるが、あまり効果はない。

 

だからこそ、

スーはしっかりと答えなければならないと思った。

 

 

 

 

「聞きませんよ、わたしは」

 

 

 

 

「……」

 

その場で足を止める。目線はスーに落としたまま。

 

「話したくなったら話してください。それまでわたしはまってます。かくいうわたしもマスターに待ってもらっている身でありながら、マスターにはもうすでに数えきれない恩があります。マスターにどんな過去があっても、わたしはマスターを信じます」

 

それに、

 

「契約、ですよね?」

 

 

 

 

わたしたちにはわたしたちの過去がある。

わたしたちは野望をかなえるために全力を尽くす。

 

 

 

 

「それでいいんですよね?」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

いきなり早足になって隠そうとしていたミズキのうれしそうな横顔を、スーは見逃してはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「今の話は本当だろうな」

 

 

 

 

 

 

 

「「!!!」」

 

驚いて軽く構えながら振り向いた二人の目の前には、

 

 

 

「過去の話はしない。野望はかなえる。今の話に嘘はないんだろうな」

 

 

 

茶けた橙色の体毛を揺らすガーディ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっちもついていってやる。そのかわり、腑抜けたことしたらその首もらうぞ。主」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“フレイド”だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、ボスのお使いついでに自分用のつきのいしもほしいと思ってこんなところまで来てみれば……どういう状況ですの?」

 

「あ、あなたは! はっ! どうやら先行して捜索に向かわせていた小隊が何者かによって壊滅させられたようで、ほとんどの物はいまだ意識不明の重体のようです」

 

おつきみやまの見張りとして駆り出されていた男ははきはきとした口調で目の前の女性に先だって与えられた情報を話す。

 

「ふーん。で、その犯人さんはどちら様ですか?」

 

「そ、それが……」

 

「? どうなさいましたか?」

 

「それが、意識ある小隊員のほとんどが、『あたりが薄暗くて顔を確認できなかった』と主張しておりまして、百六十ほどの身長の男であるということは判明しているんですが……」

 

「ふーん。使えない殿方たちです事」

 

「……あ、そういえば、隊員の中に一人おかしなことを言っている者がおりまして……」

 

「おかしなこと?」

 

「はい、何でも……」

 

 

 

 

悪魔にだまされた、とかなんとか。

 

 

 

 

「悪魔に、だまされた……」

 

「は、はい。何度聞いてもそれしか返さなくて……あ、そいつは今タマムシの精神科医に送り込んだんですけど……」

 

 

 

 

 

「……あー、そうですの。でもその人、もう治らないと思いますわよ?」

 

 

 

 

 

「は?」

 

「……ふふっ、なんて。情報、ありがとうございました」

 

「あ、どうも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボスの言っていた通り、

戻ってきていたんですわね。

 

 

 

 

 

 

 

ということは、近い将来、会えるのかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふふふふふ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

契約者 4人

ミズキ、スー、シーク、フレイド←NEW

 

契約1

我々は互いの過去に関せず

 

契約2

我々は互いの野望のために尽力し、中断およびそれに準ずる行為のすべてを禁ずる

 

契約3

大なり小なりの野望を携え、既存の契約者と同等およびそれ以上の野心を持つ者のみ、新たな契約者としてパーティに加入することを許可する。

 

野望

ミズキ

R団を壊滅させる

スー

誇れるような自分となり、故郷に帰る

シーク

???

フレイド

ある人間を探す

 

契約4

楽しい旅であれ

 

 

 

 

過去

ミズキ、スー、シーク、フレイド   不明

 

 

 

 

 




長かった三話もようやく完結。
シークにフレイドにミズキの設定。
意外と今後に響く回になりました。


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第4話 1 拳の果てに

どっかで見たことあるタイトルですねえ……主に一週間ほど前に。

この回投稿と同時に「主人公チート」のタグを追加しました。



 

 

 

「んぐっ、むぐっ、ぷはあ! ごちそうさまでした!!」

 

「お粗末様」

 

(ぱん)

 

「……主は料理がうまいのだな。自然ではまず味わえない味、美味だった」

 

「カレーなんて誰でもうまく作れるもんさ。あ、お前コーヒー飲む?」

 

「コーヒー?」

 

「あ、知らんか。じゃあ淹れてやるよ。スーも飲むか?」

 

「……それ、少し苦手です」

 

「あ、そう……シークは?」

 

(ぱんぱん)

 

あ、嫌いなのね……

少しさみしい。

 

フレイドを仲間に加えた後、日の出とともにハナダシティに入ることに成功したまではよかったのだが、ホテルをとったのちに休もうとすると約一名がごはんごはんと騒ぎだし、外食してこいとカードを渡せば市場の方からとんでもない量の材料を買ってきて『準備はしました』と言って暗に作れと命令してきたのが先刻の話。食のこととなるとどうにも周りが見えなくなるのはこいつの悪い癖だと思うのだが、それでもがっつり作ってあげるあたり自分も大分親馬鹿、いや、トレーナーバカなのだろう。

 

ちなみに蛇足の情報だが、我々四人の配置としては、横長の机の横の位置に自分とフレイドが横並び、そして膝の上にシークを載せて向かい側をスーが占領している形である。

 

なぜ四人でそんなアンバランスなスーをいじめているかのような配置をとっているのかと言えば理由は簡単。それほど広く取らなければスーの分がならべきれないのだ。

 

「……苦いな」

 

「この苦味が心を溶かしてくれるんだぜ。まあ今は鉄の味しかしないけどな」

 

「わっちとなぐり合った後一晩中歩いて山を突破したんだ。傷が癒えているはずがないだろう」

 

「へっ。お前こそ、俺にぼこぼこにされた後なのによくもまあR団と戦闘できたもんだよ。ほめてやる」

 

お互いにわかりやすいほどの挑発を浴びせる。火花が散るとは二人の目線の間に見えるこれのことを言うのだろう。

 

「……傷が癒えたらもう一度決闘だ。油断しなければわっちの負けはないぞ、主」

 

「仲間だからって拳を緩めるほど男は曲がっちゃいねえぜ? 俺は」

 

「……お願いですから二人とも、旅に支障が出ないようにしてくださいね」

 

(こくこく)

 

「支障は出ねえよ。死傷者は出るかもしれねえけどな」

 

「自分のことか? ちゃんとわかってるじゃないか」

 

 

 

 

 

「「はっはっはっは」」

 

 

 

 

 

「「……」」

 

 

 

 

 

「表に出ろ負けわんこがあ!」

 

「上等だ化け物主!」

 

「やめてくださーーーーーーーーーーーい!!!!!!!」

 

静かにデザートをほおばるシークの口から小さく小さくため息が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。お前ら! こっち来てみろ、すげえことになってるぞ!」

 

「いいぞにいちゃん! ぶっとばせー!」

 

「わんこのほうもまけんじゃねえぞ!」

 

「……もう……なんでこうなってるんでしょうかね、シークちゃん」

 

ギャラリーに紛れるスーは自分の腹のあたりでシークを抱えながら答えを期待せずにつぶやく。

 

(ふるふる)

 

わからない。そりゃあそうだろう。

 

 

 

場所は萌えもんセンターの真ん前。

結局二人は休むこともなくずたぼろの体で戦闘を始めてしまった。

あの体で動き回れるというだけでもう驚きに値するのだがまず最初に驚いたのはフレイドの動きだった。

結果的にスーとシークはおつきみやまではフレイドの戦闘を見ることはなかったため、この戦闘(と言っても相手がミズキだが)がフレイドの実力を見る初の機会となった。

 

 

 

そしてそれを見て感じたのは、とんでもないすばやさ、こうげきりょく、わざ、それらを総合したフレイドの能力だった。

 

 

 

戦闘経験がほとんどないシークはもちろんのこと、これまでにもう二ケタに及ぶ回数の戦闘をミズキと一緒にこなしてきたスーですら手がすくむ、それほどの実力差が二人にはあった。

 

 

何回シミュレーションしてもスーはフレイドと同じ動きをする事が出来ない。

自分の姿を重ね合わせようとするとそれを拒否するかのようにフレイドは自分が想定した動きをコンマ数秒早く行う。それが歯がゆくて仕方がなかった。

 

 

(ジムリーダーにも勝ったのに。私だってずっと……今までずっとマスターと戦ってきたのに)

 

 

 

 

そしてそれよりも驚いたのはほかでもないそのマスター、ミズキの動きだった。

 

 

 

 

(フレイドさんの超スピードに……食らいついていってる……)

 

 

 

ミズキは人間だ。ついていってると言っても種族の限界というものがある。ゼニガメやニョロモは生まれながらにしてすばやさを伸ばすことは難しく、逆にギャラドスやスターミーなんかはとても素早く動く事が出来る。

それと同じで、どれだけすごい人間でもガーディという種族に対してかけっこで勝ることは不可能だろう。

 

 

 

ではなぜミズキはフレイドと互角の動きが出来ているのだろうか?

 

 

 

スーはこれまでの旅の経験、主にミズキと一緒にいた時間のおかげでそれを理解することができた。

 

 

 

 

 

 

圧倒的な判断能力と決断力。

 

 

 

 

 

 

避けきれないから避けなくてもいいこうげき。

体勢を崩してでも絶対に受けてはいけないこうげき。

こうげきを受けてもいいタイミング、ダメなタイミング。

 

 

次にどんなこうげきが来るか、どのわざをうつか、どこに動くか、様々な情報から練りだされる予測。

 

 

現状把握能力、情報の取捨選択のタイミング、戦いにおける技量。

負けているステータスすべてを補って余りあるほどにパーフェクトだった。

 

 

それ故にミズキの行動は洗練されきったものとなり、ガーディの超スピードについて行っているかのような錯覚を起こす。

 

 

 

 

「すげー! なんだよあの動き! 本物の萌えもんバトルみてえだ!」

 

「いいぞー! もっとやれえ!」

 

噂が噂を呼び観客と二人の戦場に投げ込まれる御捻りの量はどんどん増えていった。

 

 

 

 

 

 

 

一体この中に何人いるのだろうか。

この人のすごさを完璧に理解している人は。

 

 

 

 

 

 

 

いや、たぶん自分もすべてを理解しきれていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって、

 

 

こんなに楽しそうな顔をしているマスターは、初めて見たのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごほっ、かはっ。おい、スピード落ちてきてるじゃねえかよ。“こうそくいどう”は打ち止めか?」

 

「はぁ、はぁ。そ、そっちこそ。膝が笑ってきてるぞ。どうやらわっちの動きについてくるために酷使しすぎたようだな」

 

「生意気言うなよこの駄犬。あと一時間やるか?」

 

「たった一時間か……と言いたいところだが、正直言って次がラストだな」

 

「おいおいまじかよ……実は俺もだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっへっへっへ」

「ふっふっふっふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑いながら二人は軽く距離をとって足に力を入れる。

 

 

「三つだ」

 

「乗った」

 

 

ミズキは手のひらを軽く開き、フレイドは四肢を地面につける。

二人がそれぞれ最速で走り出すための構えだ。

 

 

「行くぞ」

 

「ああ」

 

 

 

 

一……二の……

 

 

 

 

 

 

「さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃん達かっこよかったぜ!」

 

「ああ、そりゃどうも。ありがとうございます」

 

「いやあ熱い喧嘩だった。またやる時は言ってくれ! 絶対見に来るからな」

 

先ほどまで見学していた男たちはホクホク顔でミズキとフレイドに握手を求め、楽しそうに帰っていく。

 

「喧嘩はやるのを予告するものでもないだろう……」

 

明らかにふてくされた表情でフレイドが吐き捨てるようにつぶやく。

 

「まあそういうなって。いつの間にかこんなにお金投げ込んでくれてたんだぜ。感謝の一つでも言わなきゃ罰が当たるってもんだよ。返すのもそれはそれで失礼だしな」

 

左手の中いっぱいに小銭を抱えたミズキが答える。何枚か札も見える。確かにこれだけもらっておいてみるんじゃねえとは言いづらいだろう

 

「……今のわっちが笑顔で応対できるわけないだろう」

 

「再戦ならいくらでも受け付けてやるよ。勝ち逃げなんざ男が下がる」

 

「忘れるなよ今の言葉……」

 

「ちょっと。こんなことまたやる気ですか!」

 

(ぽかぽかぽかぽかぽかぽか)

 

最終的な決着はまたもやミズキの辛勝となった。

結局最後まで見ているだけとなってしまったスーとシークは足元で猛抗議を始めているがまったくもってミズキとしては聞く耳持たず。

そして当の本人、フレイドはというと、唇をかみ切りそうなほどに悔しがっていた。

 

「全く、まさか条件が対等の状況で負けるとはな。なかなかもって歯がゆいものだ」

 

「何言ってんだ。こんな場所ではじめちまったからギャラリーがわらわら集まってきてオーバーヒートみたいな大技が使えなかったんだろうが。全然対等な条件じゃねえよ」

 

「……気づいていたのか」

 

「当たり前だろ。基本のスペックでいったらそりゃ人間の俺がお前に勝てる道理はねえさ。俺は小細工が得意なだけだ」

 

「……人間離れした人間がよくいう」

 

 

 

 

そういっている二人はやっぱり楽しそうで、

それを見ていたスーはどこかに遠いものを感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かああああ! やっぱ疲れた体には風呂だ風呂風呂! 染み渡るぜえ!」

 

「……現実として怪我にしみ込んでいるけどな。わっちは痛いぞ」

 

確かに。しかしそれを差し引いたとしても温泉というものには人を虜にする魔性の魅力みたいなものがあるんだよ。俺も理屈はよく知らないがな。研究の範囲外だ。

 

「……人というのはわからんものだ」

 

とかなんとか言いながらもフレイドはかなり長い時間温泉につかっている。さっきの一騒ぎが終わってから“疲労回復、滋養強壮、何でもござれのハナダ天然温泉”と銘打って開かれているここに来てからかれこれ三十分は経過しただろうか。シークは早々に限界が来たようで一人脱衣所で牛乳を飲みながら待っていてもらっている。スーともども、昨日今日と自分とフレイドのせいで散々連れまわしてしまい多少の罪悪感は覚えるもののそれでも温泉の魅力には勝てない。

 

 

 

 

 

「しかしお前って風呂に入ってもダメージうけたりしないんだな。水は苦手なんだろ?」

 

フレイドの後ろに座って鬣を洗いながら素朴な疑問をぶつける。

 

「確かに得意なわけではないが触れたらダメージを受けるというわけでもない。そもそも触れることすらできないんだったらわっちらの種族は雨が降ったら全滅してしまうことになるだろう」

 

「それもそうか。ほれ、おっけー」

 

「ふん、交代だ」

 

「え、お前が俺の体洗うの?」

 

「……なんだ? 不服か?」

 

「いや……だって……」

 

ミズキはフレイドの前足を持ち上げ軽くつつく。かわいらしい肉球がフニフニという感触を伝える。

 

「にっ、肉球を馬鹿にするな!」

 

「いや肉球は馬鹿にしてねえけど」

 

 

 

 

 

 

 

「おー。位置は低めだがなかなか気持ちいい……」

 

「ま、また、馬鹿に、してるなあ……」

 

どうやら怒っているようなのだが背中越しに聞こえてくる声は明らかに必死に背伸びしてお父さんの背中を洗ってあげようとしている子供の声にしか聞こえなかった。

 

「おお、じゃあ頑張って肩のところも洗ってくれるか?」

 

「か、肩? ふ、ふん、いいだろう」

 

そういうと、少し呼吸音が聞こえた後、ふんぬー、とか、ぬぅおー、とかいう掛け声と同時に肩甲骨ぐらいのところまで一瞬あかすりがふれてまた元のところへ戻っていく。

……あ、ジャンプして必死に洗おうとしてくれてるんだ。

 

「くっ、も、もう少し……」

 

「ああ、もういいよ。よく考えたら肩だったら自分で洗えるし」

 

ひょいとタオルを奪い取り何事もなかったかのように自分の肩を洗い始めるミズキの後ろ姿を見ながら、なぜか疲れているフレイドはぽかんと口を開けた後、わなわなと肩を震わせている。

 

 

 

「わっちをこどもあつかいするなぁーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く貴様というやつは。どれだけわっちのことをバカにすれば気が済むんだ」

 

再び温泉に戻り今度は貸切り状態の露天を楽しむ二人。と言っても怒るフレイドをたしなめながらミズキが連れまわしているだけなのだが。

 

「まあまあ。仲間の歓迎みたいなもんだと思ってくれ。俺はかわいい娘はいじめたくなっちまう健全な十四歳の男の子なんだ」

 

「十四歳!? 主、貴様十四なのか!? 子供ではないか!?」

 

隣に座って肩まで浸かっていたフレイドが湯から飛び出してくる。ちょっと温泉が目に入って痛かったがわざわざ指摘することもないだろう。

 

「お前らほどじゃねえ。だいたい人間の中では十歳越えりゃあ大人として旅に出ることを許可されるんだ。十四歳なんて珍しくもない」

 

平然と答えるミズキに対していまだフレイドを不思議そうな眼差しを向け続けている。

 

「主、老けてないか?」

 

「うるせえ。全然若々しいだろうが」

 

「いや、おもに精神が」

 

「……自覚はある」

 

……仕方ないだろう。十歳のころから研究所にいて四年間、千四百六十一日ありとあらゆる研究データを見続けてきたれっきとした研究者なんだぞ。精神年齢も老けるっつーの。

 

「しかし十四歳であの動きか。いったんどれだけ戦闘経験を積めば人間にあんな動きができるようになる? 主は軍の経験でもあるのか」

 

「契約1」

 

「……そうだったな。悪かった」

 

「別に。悪気がなければ謝る必要はねえさ。話してみなけりゃそれが禁則がどうかなんてわかりゃしない」

 

気にしていないのをアピールするかのようにお湯を救って顔を洗いながら穏やかな表情を見せる。

 

「……感謝する」

 

「感謝ついでに一つお前に聞いてもいいか?」

 

表情を朗らかな笑顔から、口元の引き締まった真剣な表情へと写し、隣に向き直る。

 

「答えられる範囲なら答えよう」

 

フレイドはこちらを向かずに手元の毛並みをいじくっている。しかし、決して適当に回答しようという思いでないのは伝わった。

 

 

 

 

 

「なんで俺たちについてきてくれた?」

 

 

 

 

 

「……」

 

しばしの沈黙。フレイドが少し腕を動かすちゃぷちゃぷという音だけがその場を支配する。

 

「正直お前が俺たちと一緒に来てくれた理由があまりわからない。お前の目標は人探しだ。簡単な目標だとは思わないが俺たちと一緒にいることで達成できるという保証もない。お前が俺たちについてきたとしても大したメリットがないように思える」

 

もちろん一緒に来てくれてうれしいけどな、と付け加える。

 

「お前は『人間は殺す。そのために自分はそこにいる』といった。ならばその目標を切って俺たちについてきてくれたのはなぜだ? 俺はいったい何をお前に見初められたんだ? 差支えなければ教えてくれないか?」

 

 

 

そうだな、とひとつぶやきし、

 

 

 

「逆に聞くが、貴様はなぜわっちを仲間に引き入れようと思った?」

 

 

 

へっ? と予想だにしない質問に変な声が出る。

 

 

 

「うーんと……そうだな。なんというか……教えろって言われたら難しいけど……」

 

 

 

なんか、俺とか、スーとか、シークに似たものを持ってんじゃねえかなあって……

そんな気がした。

本当に、なんとなくって感じだけどな。

 

 

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

 

 

『じゃあな、ガーディ。俺たちはいくよ』

 

『残念だけど、お前のことを仲間にするのはあきらめることにする』

 

『でも、一つだけ頼みがあるんだ』

 

 

『確かに、人間ってのはひどいやつがたくさんいる』

 

『汚い奴も、醜いやつも、卑怯な奴も、浅ましいやつも、たくさんいる』

 

 

 

 

『でも、どうか、人間全員を嫌いにならないでくれ』

 

 

 

 

 

 

「お前に頼まれたからな」

 

「……フレイド。お前……」

 

「夢の話だ。忘れろ」

 

 

そういいながら露天風呂の岩まで上がって頭のタオルで軽く体をふく。

 

 

 

「ただ一つ。お前に言っておくことがある」

 

 

 

「……なんだ」

 

 

 

真剣な表情でフレイドの目を見る。

光る瞳はきれいなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「案ずるな。お前はわっちが背中を預けるに値する人間だ。今日改めて認識した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

 

 

「上がるぞ。長湯しすぎた」

 

 

 

 

「顔、赤いぜ」

 

 

 

 

「長湯のせいだ」

 

「そういうことにしておいてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、クライ。

またいい仲間が一人増えたぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……あ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脱衣所に行くとシークが一人で衣類籠の中で丸まって寝ていた。

涙がつたった跡がある。マジでごめん。シーク。

 

 

 

 




自分毎回飯のシーン書いてるなあ……
一話に一回出てきてる気がします。スーのせいです。


カントー図鑑ナンバー 58 ガーディ
愛称 フレイド
いじっぱりなせいかく かけっこがすき
Lv21のとき、おつきみやまで出会った。  


こんなやつがおつきみやまで頭張ってたらパラスとか絶滅しそう……
ちなみにガーディがミズキを呼ぶときの「主」は「あるじ」です。


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第4話 2 一人飴と鞭

スーちゃんに厳しい回が続きます


 

 

 

 

 

「……シーク、許してくれよお。悪かったって……なっ? 夕飯は美味しい物作るからさ」

 

(……ぷいっ)

 

「シ~クぅ~」

 

温泉から上がり、今日の宿屋を取ろうとハナダの町を歩いている一行ではあったもののその中の一人、シークは完全にへそを曲げてしまいミズキが四苦八苦しているところから始まる。

定位置とばかりに腕の中に納まっているシークではあるがいくらミズキが顔を動かしても全く目を合わせてすらくれない。

 

「……まるでデートの待ち合わせに遅刻した彼氏の言い訳のようだな」

 

「ずいぶんと明確なツッコミですね……というか待たせたのはフレイドさんもじゃないですか」

 

「わっちは主の長風呂に付き合ってやっただけだ」

 

 

シークのご機嫌を泣きそうになりながら取ろうとしているミズキはさっき熱く語り合った自分の主とは別人のようでフレイドは思わず笑いをこぼす。前にいるミズキは必死すぎて此方を気にする様子もない。

 

 

「というか……私もずっと待ってたんですけどね……」

 

「ん……ああ……」

 

当然のことながら一人で女風呂に入っていたスーはそんなミズキを見つめながら疲れた顔をしている。

ちなみにスー曰く、こおりタイプも交じっている自分としてはねっとうの中に何時間もいたら逆につらいから外に出て待っていたとのこと。

 

「だったら貴様も主にごねてくればいいじゃないか。夕食の権利くらいはもらえそうだぞ」

 

「それはとっても魅力的ですけどね。いいです。わたしはシークちゃんより大人ですから。大人は我慢が出来るんです」

 

フンス、とない胸を張って自慢げに言うがなんとなく力がないということをフレイドは感じ取っていた。

 

我慢、ねえ……

 

「ちなみにどれほど待ってたというんだ?」

 

「え、そりゃあ……シークちゃんと同じですから一時間とかそれくらいかと」

 

 

 

 

 

 

「ふーん……なぜ嘘をつく?」

 

 

 

 

 

 

スーは目を丸くして驚く。声にしたくても声をうまく出せない。そんな状態のように見えた。

 

「硫黄と石鹸の匂いがほとんど抜けていないのに加え、髪もかなり濡れたままでいる。ドライヤーも碌にかけずにそのまま出てきたのだろう。男はドライヤーをかけずにそのまま出てくることも考えられるからな。もっと言えばわっちらが露天風呂で話をしていた時、どうも女風呂の方から一つだけ全く消えない気配を感じた。その時は特に気にも留めなかったが、あれは貴様の物だろう?」

 

追い詰められていくかのようにスーの歩幅が少しずつ小さくなっていく。ミズキの歩幅は変わらぬまま進んでいくため二人はどんどん取り残されていく。

 

「な、なんで……?」

 

「それはわっちのセリフだ。なぜ隠す?」

 

フレイドにスーを追い詰めたいという思いは微塵もない。フレイドはただただスーの行動が理解できないから聞いているだけ。

しかし、現実としてなぜかスーは答えたがらない。

 

「露天風呂にいたら男湯の会話が聞こえてきた。盗み聞きでも何でもないし、特に何の問題もない、自然なことだ。わっちらとしても特に聞かれて困るようなことを言ったわけでもない。なぜ貴様はあそこにいたことを隠している? わっちはそれが知りたいだけだ」

 

フレイドはふと横を見ると、そこにスーはいない。そこからもう少し首をひねれば足を止め、うつむきながらわなわなとふるえるスーがいた。

 

「ま、マスターは、マスターは気づいてましたか?」

 

「……さてな、人間に気付けるはずがない……と言いたいところだが、あの男なら気づいていたかもな」

 

顔を上げた時にこちらに向けた目は不安を体現するかのような目だった。

 

 

「おーい。お前ら、何してんだ? 昼飯食いに行くぞー!」

 

 

首を元に戻して前を向くとかなり離れたところでミズキが二人に手招きをしていた。

 

「わ、わたし……わたしは……」

 

そしてそれすらも聞こえていないかのように、うわ言のように、スーは言葉を紡ごうとする。

 

「……別に話したくなければ話さなくてもいい。悪かったな。今日はどうも余計な発言が多い日のようだ。主の饒舌に感化されたか」

 

そういいながらフレイドはミズキの方へと歩いていく。

最後の発言でスーの体が少し反応したことには、気づかないふりをすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「……主、なんだ。このピンク色の料理は?」

 

「……俺の腕によりをかけた手持ちのモモンのみを全部使った極上スイーツ」

 

「……昼食にスイーツを食えと?」

 

「それは甘いもんが好きなシーク用だよ。スーの分はそこの鉄なべ。俺たちの分はそのわきの小鍋だ」

 

旅館に入るとすでに食事は始まっており、小さな一口でピンク色のケーキを少しずつ頬張りながら幸せそうな顔をしているシークの姿とそれを見ながら一安心しているミズキの姿があった。

 

「……カップルだな」

 

「シークは男だ。あほなこと言ってないで早く食え」

 

「ああ、そうだな……いただく」

 

そういいながらシークもミズキに支持された鍋の前に座って食事を始める。目の前にミズキによってよそわれた茶碗とお椀が一対ある。茶碗の中身はつやつやの白米でお椀の方は鍋の中身、野菜やら肉やら大量のきのみやらが食べやすくなるまでじっくりと煮込まれ出汁がとられた特製スープだ。

 

食欲をそそられる匂いにフレイドは軽くがっつくようにお椀に口をつける。

 

「……やはりうまいな。ラプラスがあれだけ食べる理由もわかる」

 

「ありがとよ。作り甲斐があるってもんだ」

 

ミズキも嬉しそうにしながら自分の席に着くが、そこで正面に違和感を覚える。

 

「……どうした、スー? 食べないのか? たくさん作ってあるから遠慮しなくていいんだぜ?」

 

みるといつもすごい勢いでご飯を書き込む姿ではなく、ちょこんと座ってじっとこちらを見ているスーの姿があった。

 

「……いえ、何でもないです。頂きます」

 

 

そういいながらようやく口をつけるが明らかにいつもと違って食事のスピードが遅く、結局ミズキたちが食べ終わった後に鍋の中身を少し残して箸をおいた。

 

 

「……ごちそうさまでした」

 

「おいおい……マジでどうしたんだよスー? どっか調子が悪いのか?」

 

「……いえ、本当に何でもないです。ご心配かけてすみません、マスター」

 

そう謝りながらも彼女の目線は一度もミズキと会うことはない。明らかにいつもと何かが違う。

 

「……俺はこれからハナダの岬って場所に行く予定だったんだけどよ。スー、お前ボールの中で休んどけ。何があったかわからねえけどそんな状態で戦闘になったらとてもじゃないけど動けないだろ」

 

「いえ! そんなこと……」

 

口調自体は強いものだったが、最後まで言い切ることもできない。そんな雰囲気を感じさせるような声だった。早々に食事を終えてミズキの元に戻っていたシークが不安そうにスーの顔を覗き込む。

 

「今はもうフレイドだってシークだっている。お前一人が頑張る必要はない。ダメなときはしっかり休んで次に備えるんだ。それが仲間ってもんだろう?」

 

説き伏せるようにミズキが言う。その言葉に、一瞬スーは身を固めるが、すぐに力を抜き、

 

「……そうですね。いったん休ませてもらいます」

 

とぼとぼとテーブルのわきを歩きミズキの近くまで来ると、腰のボールにポンと触れ、自分でその中へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「……主、どう思う?」

 

「……ずいぶんとお前が気にかかってたみたいだな」

 

「……やはりそうか」

 

フレイドが少しだけ肩を落とす。ミズキは全く話を理解していないそぶりのシークの頭をなでながら軽く息を吐きながら続ける。

 

「ま、そういうことだ。お前が加入する前までは仲間を増やすことにはちゃんと賛成してたんだけどな。お前の実力を見て引き気味になってんだろ」

 

「主を取られるかもしれない、という事か」

 

「大方そんな感じだろう。今まで自分が戦わなければいけないっていう責任感にとらわれすぎていたんだろうな。それはたぶん二人目の仲間がシークだった、ってのも一つの要因だ」

 

お前も俺たちの仲間なのにな、とシークを顔の前まで持ち上げて言う。シークは内容がすべてわかっているわけではないがミズキの言葉に思わずうれしそうな笑みをこぼす。

 

「……のんきな男だ。仲間に馬鹿にされていたというのに」

 

抱えられたシークを見ながらフレイドが呆れ声を漏らす。

 

「別にスーもシークを馬鹿にしたかったわけじゃない。深層心理ってやつさ」

 

「……なるほどな。じゃあ奴は……」

 

「ああ、今自分がなんでこんな思いをしてるのか、ってことが分からずに悶々としてるだろうな」

 

腰の萌えもんボールを手首でコンコン、とたたきながらつぶやく。

 

 

 

 

 

 

 

フレイドは先ほどのスーとの会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

最初に自分が質問した時の、答えたくて答えられない、答えるための言葉を知らないような、あの表情。

 

 

……いや、実際はその表現も正確じゃなかった。

 

実際にスーは答えたくても答えられなかったのだ。

 

自分で思い返してみても、今の現状が不思議に思えて仕方なかったのだろう。

 

 

 

 

わざわざ露天風呂に残って二人の会話を聞いていたことが。

 

 

 

それを二人にばれないように行動したことが。

 

 

 

二人の信頼し合っていることがわかるような会話を聞いて、自分が苦しんでいるということが。

 

 

 

 

 

 

 

不思議で不思議で仕方なかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてったってスーはまだ子供だ。俺みたいに無駄にけいけんちを積んでるわけでもなければお前みたいに陸での旅に慣れているっていうわけでもない。初めてだらけに困惑している段階なんだよ」

 

髪をいじりながらミズキは自分の推測を話し終える。ふと横を振ると明らかに少し肩を落とした様子のフレイドの姿があった。

 

「……やはりわっちは悪いことをしたようだな」

 

「してねえよ。風呂でも言ったろ。悪気がなけりゃ謝る必要なんてありゃしない」

 

「悪気がなければ何をしてもいいという事でもないだろう」

 

そういいながら悔しそうに拳を作る。

 

「今回はそれに該当しない、ってこと。結論だけ言えばこの一件はスーが一人でいじけてるだけだ。お前が反省する必要はない」

 

本当に何でもない事のようにふるまいながら、食器の片づけを済ませていく。

 

「……それでいいのか。主」

 

あんなに仲が好さそうに振る舞っていた二人だったのに、信じられない。という表情をつくる。

 

 

ミズキは壁に寄りかかりながらグーとパーを繰り返す自分の手を見つめる。特に意味はない行動だが話が長くなった時の間つなぎとしてよく行う行動だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前を仲間にする前に、スーとこんな会話をした」

 

 

 

「……? 会話?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちは、楽しく死ねる同志を探す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレイドは一瞬戸惑った顔を見せるが、すぐにふわりと表情を崩す。

 

「……なるほど。言いえて妙な言い分だな」

 

「取り方次第だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しく死ねる、同志。

 

 

 

 

 

それはお互いをお互いに利用しあい、自分の目標のみを目指す。

 

そういう、聞くだけなら嫌な関係。

 

 

 

 

 

 

しかしそれは、ミズキの契約、というファクターを通せば話が変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自己犠牲の精神はいらない、という事か」

 

「理解が早くて何よりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズキはこう言っているのだ。

 

『自分を利用してくれない奴は必要ない』、と。

 

一人で悩み苦しむのはやめろと。

 

不器用に、遠回しに、適当に、告げているだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前を捕まえる前まではスーもその辺は理解してくれていたんだけどねぇ。今のままじゃあ最悪スーとはサヨナラだな。残念な話ではあるけれど」

 

立ち上がりながら何でもない事のようにそんなことを話すミズキに背筋が凍るものの、その後体中を電流が駆け巡ったかのような衝撃を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この男は……違いすぎる。今まで見てきた人間と。

 

 

 

フレイドは今まで逆の人間を山ほど見てきた。

 

 

 

『利用できない奴は必要ない』

 

 

 

そんな人間たちに嫌気がさし、自分はおつきみやまにいたのだ。

 

 

 

そんな人間たちを片っ端からやっつけるためにおつきみやまにこもっていたのだ

 

 

 

そうして自分はミズキに会えた。

 

 

 

そうして今自分はここにいる。

 

 

 

 

 

 

初めてフレイドは神というものに感謝をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スパルタだな。主は」

 

「……うれしそうに言うな。にやつきを抑え切れてないぞ。ドМかよ」

 

フレイドはとっさに口元を抑える。

そしてスーに微量の申し訳なさを感じたが、それすらもすぐに忘れるほどに興奮していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この男の一番になりたい。

 

この男を利用し、利用されたい。

 

この男と野望をかなえたい。

 

 

 

 

 

 

 

この主とともに、ずっとずっと旅をしたい。

 

この人とならそれも許してもらえる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

はっ、と意識を元に戻すと、ミズキは自分の食器をあらかた片づけて皿洗いをするためにキッチンにいる。テーブルに残っといたのはミズキの据わっていた座布団の上にちょこんと座るシークだけだった。

 

「……貴様はいいのか? ケーシィ」

 

(……?)

 

なにが? とでも言いたげな顔をこちらに向ける。

 

「今の話は聞いただろう。主はとんでもない人間だ。わっちにとっては理想のトレーナーだが、お前にとってもそうとは思えん。あいつの最低限の理想をこなせなければ今言っていたように捨てられるかもしれないぞ? それでいいのか、貴様は?」

 

 

フレイドとしては正直どんな答えを望んで聞いたというわけでもなかった。

おびえるだけならそれでもよし。それで逃げ出すならそれもよし。

自分は最後の一人になったとしても、ミズキとともに歩み続ける。そう決めたからこその確認するためだけの質問だった。

 

 

 

 

そんな質問を受けてシークは、自分の手のひらをじっと見つめていた後、

 

 

 

 

 

 

フレイドの前足を一回たたいた。

 

その動作の意味はすでにミズキから聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……くっくっくっくっく……あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

 

 

 

 

 

 

 

笑いが止まらない。おくびょうなそぶりをしておきながら、大した気構えの持ち主だ。

 

「……長い付き合いになりそうだな。よろしく。シーク」

 

そうして二人はお互いの右手を握り合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

それをキッチンの窓口から覗く幸せそうな顔のミズキは、思わず一つのボールに手をかけた。

 

 

 

 

 

「……このままじゃおいてかれちまうぜ。スー」

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろを向くと鍋が沸騰し始めていた。

温めなおしていたスーの昼食の残りだ。

 

 

 

 

 

 

「誰か、食う?」

 

「もらおう」

 

(こく)

 

 

 




おくびょうなシークは公式で甘いものが好きなのです。


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第4話 3 ミズキ的どろぼう論

※ミズキも投稿主も泥棒ではありません






最後にバレンタイン的なおまけもつけてみましたのでどうぞご覧下さい


 

 

 

 

 

ハナダの岬を目指すため、ミズキは荷物とシークを抱えながら岬へと向かう桟橋の手前まで足を運んでいた……のだが、

 

 

 

「さあミズキ! 勝負よ勝負よ! 今度こそ負けないんだから!」

 

「……間の悪い女」

 

「な、なんですってぇ!」

 

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる幼馴染の額を腕で抑えつけながらミズキはあからさまな落胆の声を上げる。むきーとオコリザルのように叫びこちらに向かってこようとする幼馴染をたしなめている周りの萌えもんたちに悪いのでからかうのはここまでにしておく。

 

「……こんなところで何やってんだよ、ブルー」

 

「もちろん。あんたを待ってたのよ! さあミズキ、つべこべ言わずに勝負なさーい!」

 

「断る、いくぞフレイド」

 

「勝負は公式戦の三対さ……ってこらーーーーー! 無視すんなーーーーー!」

 

ああやべ、またからかっちった。反応がいいからついつい遊んでしまう。

 

 

「主、お前のこれか?」

 

 

横のフレイドが中指を立てる。こらこらそれは間違ってるぞ。

 

「っていうかお前結構そういう話題好きな」

 

「だ、だ、誰がミズキの彼女なんか、い、いい加減にしなさいよ!」

 

ブルーが顔を真っ赤にして答える。久しぶりにかわいい人間を見た気がする。

 

「ちょっとブルー。せっかくまってたっていうのに話が進まないじゃないのよ」

 

「ブルー……短気」

 

「ケッ。前にぼこぼこに負けてからというもの再戦するってここ何週間かずっと騒いでたからな」

 

「うるさいうるさいうるさーーーーい!」

 

こっちのセリフだ。めちゃうるさい。

 

 

しかし全体的に行動はギャグっぽいものの周りの萌えもんたちに目を通すとなかなかいい面構えのパーティに仕上がっていた。

ミズキが最初に目を止めたのは見覚えのある水色の体躯により高度の上がったであろう甲羅を背負う元友達、

 

 

「よお、ビジュアル面もさることながら、体もなかなか大きくなっていい肉のつき方してるじゃねえか。レベルにしたら18、19ってところか? 成長したな、ゼニガメ」

 

「さすがになかなかいい目してるわね、でももうゼニガメじゃないわ。カメールよ。そういうミズキこそ、相変わらず突拍子もないことしてるみたいじゃない」

 

ゼニガメから進化したかめ萌えもん、カメールは顔に青あざを作るミズキとその隣のこれまた傷だらけなフレイドを見比べてくすくすとした笑いをもらす。

 

「あなたたちでしょう? 朝っぱらから大暴れした人間と萌えもんのペアっていうのは。今ハナダの噂を独占してるわよ。あなたたち二人」

 

「げっ、マジか」

 

「……そりゃああれだけ暴れればそうなるのも無理ないと思うがな」

 

「あんたも暴れた張本人じゃないのかよ」

 

そういいながら脇にいたブルーの萌えもんの二匹目、最初に対戦した時にもいた、オニスズメが会話に割り込んでくる。

 

「よう、オニスズメ。お前も久しぶりだな。どうだ、ブルーを運べるようになったか?」

 

「……定期的にやらされるんだけどな、“そらをとぶ”を覚えてなきゃできるものもできねえさ」

 

「苦労してるねえ、お前さんも」

 

まるで人生を達観した居酒屋のオヤジどものような会話に周りにいる萌えもんたちがおもわず笑う。そんな周りの目線を無視してミズキは最後の一人に話しかける。

 

「お前は前回のバトルでお目にかかることはなかったな。俺はミズキ、こいつがシーク、そんでもってこっちにいるのがフレイドだ、よろしく」

 

ひょい、ひょい、ひょいと人差し指を動かしながら自分の周りにいる仲間たちを紹介していく。最後に指を刺されたフレイドは自分に向けられた指をペッとはらって軽く体裁を整える。

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかるブルー殿にそのお連れ。わっちは主に命を授かり任せるもの、種はガーディ、名をフレイドと申し上げる。以後よろしく」

 

 

 

 

 

半足を引き、右腕を胸の下につけ、左腕を背中にしまう、というどこぞの貴族に遣える執事のようなポージングを取りながら挨拶、と思わしき言動をとる。

 

 

今朝からずっと思っていたことだがこいつちょこちょこ人間の一般常識を勘違いして覚えてないか?

 

 

さてそんな挨拶をうけた張本人たちはというと、

ブルーはほほをひきつらせ、

カメールはきょとんとした顔で、

オニスズメは目を見開いていた。

 

まあそうなるだろうなぁ。今の自分もブルーたちから見れば大して変わらない表情をしていることだろう。

 

 

 

「……しゅはミニリュウ。おなまえはりゅーちゃん。おんなのこです。どぞよろしく」

 

 

 

ただ一人、初めて見るふわふわとした雰囲気の全体的に青い体躯に青いスカート、ポニーテールの女の子、ミニリュウだけがまったりとその挨拶に反応した。

 

どうやらフレイドに倣って自己紹介のお返しをしようとしたらしいのだがどうにもその笑顔から出るほのぼの感が言葉と合わない上に、手や足の動きが行動にうまく合わず……その、なんというか……『シェー』みたいなポーズになってる……。

 

「……違うぞりゅう殿。逆手はこう、そして利き腕は動きに合わせてだな……」

 

「……むぅ。なかなか難しきこと……」

 

なんか講義が始まっちゃった。まあいいか、楽しそうだし。

 

 

「……とりあえずしばらく放っておくか。お前ら、ケーキ食べる? 昼間の残りだけど」

 

「ミズキが作った料理なんて久しぶりね。頂くわ、コーヒーもお願いね」

 

「はいはい、デンリュウ印の電撃コーヒーな」

 

「わかってるう」

 

そう言いながらカメールは肘で脇腹をつつく。懐かしい雰囲気に顔をほころばせる。

 

「食う食う! もう俺疲れたんだよ」

 

「あいよ。じゃあテーブル立てるからお前も手伝え。オニスズメ」

 

「ほいほーい」

 

 

 

そういいながら道のわきでティータイムの準備を始める一同。

……そういえばなんか今日食ってばっかりのような……

 

 

 

……気のせいか。

 

 

 

 

 

「てか私を無視すんなっつてんだろーがーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

……すっかり気分はお気楽モードの他の面々の心にブルーの叫びが届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー。おいし。そういえばミズキ、スーちゃんはどうしたのよ? 逃がしちゃったの?」

 

「いいや、ちゃんといるさ。今は体調が悪いみたいだけどな」

 

テーブルにスー入りのボールを置く。それとミズキの顔を交互に見ながらコーヒーをすする。

 

「……喧嘩でもしたの?」

 

「キレあうだけの喧嘩で収まってくれりゃあこの上なく楽な案件なんだけどねぇ……なあ、フレイド?」

 

「同意見だな。まったく女というものは度し難い」

 

冗談交じりに二人は言う。カメールのゼニちゃんとその隣に座るふてくされた顔のブルーは何を言っているのかわからないという表情で軽く笑っている二人を見る。

 

「……ねぇねぇししょー。どういう意味?」

 

「……りゅう殿も修行して強くなればいずれ言っていることがわかってくるさ」

 

「……わかった。強くなる」

 

小さな手でしゅっ、しゅっ、しゅっとシャドウボクシングの真似事をしながらフレイドの膝の上にいるミニリュウのりゅうちゃんが答える。

 

「ずいぶんなつかれたな」

 

「わっちはこんなつもりじゃなかったのだが……」

 

「あんた、ブルーよりりゅうになつかれてるかもな。ブルーは捕まえるときに必要以上にぼろぼろにしてからというものずっとりゅうにビビられたまんまなんだ」

 

テーブルの上に乗っかりながら一心不乱にケーキを食べながらオニスズメのおにぽん君がばかにしたようにつぶやく。

 

「……ふんっ!」

 

「ああ! 俺の分のケーキ! ブルー、お前何しやがる!」

 

「じぶんの“おや”を敬わないからそういうことになるのよ! ミズキの萌えもんを見習いなさい!」

 

「なにい! そんなこと言うならミズキのだんなみてえに敬われるようなマスターになってみやがれ!」

 

「なんですってぇ!!!」

 

二人そろって立ち上がりテーブルのわきでどたばたとけんかを始める。手元のシークが埃が付かないように自分のおやつをすっと遠ざけたのがちょっと面白かった。

 

「楽しい旅をしてるみたいだな」

 

「……おにぽんもあれはあれでブルーのことを信頼してるんだけどね。ちゃんと指示には従うし」

 

「わかるさ。お前らはいいパーティだ」

 

ほほを引っ張り合っている二人を見ながらミズキは自分のコーヒーをすする。

しびれるほどまろやかな味が鼻を突きぬけた。

 

 

 

 

「で? お前らなんでこんなところで立ち往生してたんだよ? まさか本当に俺たちを待ってたわけじゃねえだろ」

 

砂糖とミルクをたっぷりいれたコーヒーをスプーンでかき混ぜ小指で味を確認しながらゼニに質問をする。ちなみにこのコーヒー、というよりカフェオレ、はもちろん自分用ではない。シーク用だ。

 

「まあ半分くらいは本当にそうよ。実は昨日からちょっと事情会ってハナダはおつきみやまから入ってきた人が町を出る事が出来ない隔離の町になっちゃったみたいなの。それでやることもなくなっちゃったから情報収集してたらミズキたちと思わしき噂を聞いたからここで待ってたってわけ」

 

「隔離? おいおい、確かにハナダはアクセス方法がちょっと特殊な街だが出入りが出来ねえってことはねえだろうよ」

 

作ったカフェオレをシークにわたし、いったん別の席に座らせて戻ってきたミズキが聞く。

 

「主、アクセス方法が特殊というのはどういうことだ?」

 

ミズキと同じようにカフェオレを作り、りゅうにそれを渡して別の場所、というかシークの隣、に座らせて戻ってきたフレイドがテーブルの下からちょこんと顔をだしミズキに質問する。

いったんフレイドを持ち上げ元の席に戻そうと立ち上がったミズキの視界に自分たちがいるテーブルのわきの小さなベンチで二人並んで両手で紙コップを持ちながら熱々のカフェオレを恐る恐る飲むシークとりゅうの姿が映った。

 

「ヒマワリの種をかじるハムスターを見続ける飼い主の気分」

 

「? 何の話だ」

 

「いや、何でも」

 

フレイドを椅子に座らせなおしてからようやく再びゼニへと向き直る。

 

「……ひみつきち用のちいさなイスでも買ってきたら? 萌えもん用に」

 

「ほぼ同じことを考えてた。で、フレイド、なんだっけ?」

 

「アクセスが特殊な街とはどういう意味だといった」

 

「ああ、そうだったな」

 

そういいながらミズキは右肩越しに親指を自分の後方へと向ける。

 

「後ろの馬鹿でかい建物が見えるか?」

 

そうミズキが言うとフレイドは不安定ながら椅子の上に立ち右手を額あたりにあてて見通す。

 

「……ああ、見えるな。なんだあれは。萌えもんジムとかいうやつか?」

 

「残念ながら違う。ハナダのジムはもっと町の中心の方にあるさ。あれは家だ。ただの民家だよ」

 

「民家!? あれが民家だと!? いったい何人住むためにあんなでかさが必要なのだ!」

 

「……だよなぁ」

 

ため息交じりに軽く笑う。まったくえらい事するやつがいるものだとあの家が建ったことがニュースとなった当時のことを思い出す。

 

「おつきみやまからハナダシティに到着した俺たちみたいなトレーナーが次の町を目指すためには東側の広い道路を通ってクチバシティを目指すかイワヤマトンネルの登山を目指すかっていうのが王道のルートだったんだ。だが、少し昔にハナダ出身の大富豪が旅を終えてこの町に戻ってきて、川沿いの景色が美しいとか何とかであそこにでかい家を建てたいと町のお偉いさんにごねだしやがってな」

 

まさかそんな話が通るはずもないとだれもが思い一定期間その一家に対する否定批判の嵐だったのだが、あくる日の朝刊にそれまでのニュースがなかったかのように『斬新』だの、『個性的』だの記事が出ていて、ほとんど外の町を知らない子供のミズキですら目を丸くしたのを覚えている。そして金持ちは何でもできるのだと小さいながらに悟ったのだった。

 

「それで買収された町の役人たちがその馬鹿どもに出す事が出来た唯一の条件っつーのが『庭を一般の通行人に開放する事』ていうものだった。そうしてこの町は唯一無二の町外へのルートに家が建ってるっていう間抜けな街になったってわけだ」

 

「……人間社会も奥が深いのだな」

 

フレイドが呆けた顔で言う。そんな深い話じゃない。人はだいたいおろかしいってだけの話だ。

 

「で? まさかその馬鹿富豪たちがとうせんぼうしてるってことじゃねえだろうな?」

 

「違うわ。今回ばっかりは一応その馬鹿富豪たちも被害者よ」

 

「被害者? 何のことだ?」

 

 

 

 

 

「かわいそうに、あのいえ、どろぼうにはいられたんですって。はんにんもわかっているわ。R団のしわざよ」

 

 

 

 

 

「ふーん」

 

「……なるほど」

 

事情を知るものからすればわざとらしいほどれいせいに、二人は手元の紙コップを口につける。

 

「最近はそいつらの活動も増えてきたらしくてね。けいさつもやつらのあくじにはほとほとこまってるんですって。その家をくまなく調べてるんだけど盗まれたもの以外はほとんどいつもと変わってないとかで、その犯人をハナダから出さないようにするためにそこの家の庭が今通行禁止になってるのよ。確か盗まれたのはその家の主人が作ったわざマシンとか言ってたかしら」

 

「……なるほどねえ」

 

「……迷惑な話だなぁ」

 

ほぼ同時に紙コップをテーブルに置いて二人がつぶやく。二人のコップに歯形がしっかり残っていたのはゼニは気のせいだと思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、どうする主」

 

「泥棒さんをとっ捕まえて情報を吐かせるところまでできたら理想だな」

 

ブルーたちと別れた後、三人は当初の予定通りハナダの岬を目指すため、ゴールデンボールブリッジへと足を運んでいた。

 

「ゴールデンボールブリッジ……金た」

 

「いうな」

 

左手を振り下ろし軽くチョップを入れる。

……唯一の♀であるスーが出てなくて良かったかもしれない。

 

「いてっ……しかしなぜこっちへ来る? 町で起こった問題なのだからまずは町を探索するのが筋なのではないか?」

 

「確かにな。だがそれで見つかるならハナダの警察がもう見つけているはずだろう。当初の目的をこなすという意味でも、俺たちはまずは岬を目指す」

 

それに、と言葉をつなげ、

 

「ちょっと気になることがある」

 

「気になること? さっきの話でか」

 

「ああ、さっきカメールからもらった情報にだ」

 

フレイドは歩きながら腕を組んで考えるポーズをとる。それをまねしてシークも腕を組みながら小首をかしげている。

 

「……わざマシンを奪った、って件だ」

 

「わざマシン? ああ、言ってたな。お前も持ってるあの四角いのことだろう?」

 

「ああ、まあ丸いのもあるけどな。俺が持ってるのはだいたいフロッピー型だ。手元の端末で使うからな」

 

まあそんなことはどうでもいい。重要なのはわざマシンだけわざわざ泥棒が盗んでいったということだ。

 

「……そんなに不思議なことなのか? 別に泥棒が何を取ろうが泥棒の勝手だろう?」

 

フレイドが不思議そうな顔をする。まあ人間界の事情が分からなければ確かにそんなもんだろう。

 

「お前がもしどろぼうするために金持ちの家に忍び込んだとする」

 

「……わっちはそんなことしないぞ」

 

「例えばだっつーの、想像の話だ。もしどろぼうに入ったとしたら、どんなものを盗もうとする?」

 

「……価値のあるものじゃないか?」

 

「そうだな。じゃあ、部屋の真ん中に置いてある金の置物と、同等の価値の引出しに入ったお金、どっちを盗む?」

 

質問の意図も分からないままに、フレイドは直感で思うことを言う。

 

「置物の方だ。さっさと奪って逃走したいからな」

 

「不合格だ」

 

「なぜだ!?」

 

「泥棒だったとしたらっつったろ。今のお前の答えは泥棒の気持ちになれていない」

 

つまらなそうに言うミズキに対し、フレイドはふてくされたような態度をとり、例によってシークは何一つわかっていない。

 

「……“どろぼう”なんてしたことも覚えたこともないんだ。わかるはずないじゃないか」

 

「拗ねんな。いじけるだけじゃ話は進まねえだろ。それに人間も萌えもんも何がけいけんちになるかわからないんだぜ。そのうちお前も“どろぼう”を覚えるかもしれないんだ。考えることに無駄はない」

 

左手で頭を押さえながらわっしわっしと鬣をかき乱すように撫でる。

 

「……答えはなんだ? なぜ置物はダメなんだ?」

 

「なぜ置物がダメか、答えは簡単。目立つからだ。泥棒は自分がなるべく目立たないように行動したい。あわよくば盗まれた人間が気づかないようにどろぼうを終了したい。部屋の真ん中にこれ見よがしに置いてある金の置物なんかとったら『泥棒が入りました』って言ってるようなものだからな」

 

ドラマなんかでよくある、明らかに泥棒が入りましたみたいな部屋が散らかりまくった状態で放置されることなんか現実ではそうそうない。泥棒はあくまで自分がどろぼうしたことがばれないのが最重要事項。盗む側からすれば盗む金額なんて五十万くらいを超えたらあとは大差ないのだ。

 

まあ、ピッキングの跡がどうしても残ってしまうだとか、窓に穴をあけて入っただとか、そういうことがあったのならば話も変わるがカメールの話を聞くにそういう犯人につながりそうな痕跡はなかったらしい。

 

「……なるほど、確かに。それで、それが今回の件にどうつながる?」

 

「今回の犯人はやってることがそれとは全く逆だ。わざマシンなんか安けりゃデパートに行けば三千円以下で売ってることもあるし、ちょっとプログラミングをかじっていれば自分で作るのだってそう難しいわけじゃない。そして何より、旅の経験がある萌えもんトレーナーなのならばわざマシンはたいていの人間が常備してる」

 

確かに自分の家や別の場所にしまっておく人がいないわけではないがそいつらだってたいていのやつは『転送システム』ってやつを使っていつでもどこでも取り寄せる事が出来るっていうのがわざマシンというものの利点だ。というかそういうものとして俺がデザインしたんだけど。

 

「とまあ、そんなところだな。結論を簡潔に言うのであればわざマシンは、高価で、盗みがばれないもの、っていう条件に一番不適切なものだと言ってもいい」

 

そして案の定速攻で警察に通報され、まだこの町を出てないんじゃないかということでハナダシティは今隔離されている。これで何も裏がなければ相当な間抜けだと評価せざるを得ない。

 

「……主の考えすぎじゃあないのか? そいつにとってそのわざマシンがとんでもなく高価に見えたということかもしれないし、昨日みたいにR団の末端のしたっぱがあほをやってるだけかもしれないじゃないか」

 

「確かに。だが言ったろ、あの家は役所に無理を通せるほどの大富豪の家なんだ。そんな家から何十万か無くなった所でだれが気付ける? さっき言った泥棒の理想をこんな簡単に達成できる。もし金が奪えなくてもそれでわざマシンを一つ盗んでいくなんてあほなことをする必要はゼロだ。おとなしく撤退してまた次を狙えばいい」

 

話している間に橋の入口についてしまったため、入り口の片側に寄りかかりながら話を続ける。

 

「……主の言いたいことはわかった。じゃあなぜそんなことをしたんだ? 今回のR団の目的はいったいなんだ?」

 

「……その謎を解くカギはこの先にあるんじゃねえかと俺は睨んでる」

 

先ほどのように親指を使って今度は横を指す。指を向けた橋の先には何人かのトレーナーがまるで門番のようにこっちを向いて待ち受けている。

 

「……なんだ、これは?」

 

「そっちにある看板に書いてあるだろ。ゴールデンボールブリッジ勝ち抜きバトルだってよ。勝ち抜けた奴には景品も出るらしい。だが重要なのは開催期間だ」

 

フレイドは振り返り呼吸がしづらくなるほどめいっぱい首を上に向ける。看板の文字がかろうじて見えてくる。

 

「な、るほど。すっ、こし、妙だなっ」

 

「……持ち上げてやろうか?」

 

「うるさい! ちゃんと見えたぞ!」

 

おちゃらけた調子でフレイドをからかいつつもミズキは表情を元に戻す。

 

 

看板に書かれたそのイベントの開催期間は、昨日の昼から明日の昼まで。

 

 

「唐突に出てきたイベントとしてはタイミングが合いすぎてる上に期間が短い。まるでこの三日間に合わせるために作られたような行事だ」

 

「しかも条件も厳しめだな。てもち萌えもんも四体以下で回復なしの五連戦、と書いてあるぞ」

 

「初めから通過させる気のないイベント……まあ意地の悪い見方をすればどうとでもなるな」

 

「で、どうするんだ、主。ラプラスはひきこもり、シークは戦闘未経験。まともな戦力はわっち一人。五連戦を勝ち抜く算段はあるのか?」

 

 

 

 

看板を見ていたフレイドはにやつきながら振り向きそういうと、

そこには、予想通りにやついた顔の主が自信満々に立っていた。

 

 

 

 

 

 

「ばーか。俺がお前に聞こうと思ってたんだよ。その怪我で俺の指示をこなせんのか? ってな」

 

「ふっ。この程度。怪我と呼ぶのもおこがましいな」

 

 

 

 

 

 

楽しそうに笑う二人。

 

 

 

 

しかしミズキはまたすぐに素顔に戻る。

 

 

 

 

 

「フレイド。ここは絶対突破するぞ。ついでにシーク、お前にも戦闘させるから準備しろ」

 

そういいながらシークを下に降ろす。

 

一瞬戸惑いの表情を見せるシークだったが、自分の顔を軽く一発たたいた後、ミズキの足元をポンとたたく。心の準備は完了らしい。

 

 

 

しかしそんなシークとは裏腹に、フレイドはいまだ少しこんらんしていた。

 

 

 

「主。なぜここでシークの初戦闘をこなす? 負ける心配をしているわけではないがあまりにタイミングが読めない」

 

 

 

別に自分に戦闘を一任されなかったことに不満があるわけではない。ただ、負けてはいけないというこの状況でシークの初戦闘という試運転をこなしている余裕はないのも事実。また後日、適当な野戦で、もっと楽な環境で、シークをのびのびと育成する、という選択を取らない理論派のはずのミズキの行動がフレイドを混乱させていた。

 

 

 

「悪いな二人とも。今日一日、ちょっと負担をかけることになる。また今度、スーと一緒に謝るよ」

 

 

 

「どういうことだ。いったい何を考えている。ちゃんとわっちらに説明しろ」

 

 

 

 

 

 

 

ふぅー、と深いため息をつき、ミズキは、苦虫をかみつぶしたような表情を作る。

 

 

 

 

 

 

ちょっと事態は深刻だ。

 

 

 

 

 

 

「俺の、最悪の予想が全部あたってると仮定したならば、

これから先、とんでもなく厳しい旅になる」

 

 

 

 

 

 

ミズキは顔を右手で覆う。そして本当に申し訳なさそうな声で言う。

 

 

 

 

 

 

 

「今日この後、ハナダジムでジム戦をする。そんでもって、たぶんいまのスーは勝てない。お前ら二人に勝ってもらわなきゃいけない。この戦闘はその慣らしだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 おまけ

 

 

 

 

 

「なあ、スー。これ何?」

 

「バレンタインチョコです! 手作りですよ!」

 

ドシーン。

 

「……ちなみに聞くけど……モチーフは何? この謎の銅像みたいなの」

 

「? マスターですよ?」

 

「……いや、うれしいよ。うれしいんだけどさ。まず……でかくねえ?」

 

「いつもマスターには美味しいものをいっぱい作ってもらっているので私もお返しにマスターにいっぱい食べてもらおうと思って作りました!」

 

「……何グラム分作ったの?」

 

「二キロぶんのチョコを溶かして作りました!」

 

「……それで今朝金よこせってせびってきたのね」

 

「さあマスター。どうぞ!」

 

「まて、スー。抜け駆けは許さん、全員のチョコを見せてから主に選んでもらうというルールにしただろう?」

 

「……むぅ、でもマスターはわたしのを選んでくれますよ! そして完食してくれますよ」

 

「完食前提なの?」

 

「ふっふっふ。自信満々でいられるのも今のうちだぞスー。主は今からわっちのチョコに感動しむせび泣くに決まっているからな」

 

「出てくる前から泣きそうだけど。てかフレイド、お前男じゃん。なんで俺にチョコわたすんだよ?」

 

「? 友チョコなどという文化もあるのだろう? ならば何ら問題ない」

 

「だからお前のその偏った知識はどこからのものなんだ?」

 

「そんなことより、見よ主。わっちのチョコを!」

 

デデーン。

 

「……赤いんですけど」

 

「ふっふっふ。体の芯から温まる、ハバネロチョコだ!」

 

「ああ、もうだめだこいつら……」

 

(ちょんちょん)

 

「ん? ああー。シーク。お前も作ったの?」

 

ぽん。

 

「……一応聞くけど、変なことしてない?」

 

ぽんぽん。

 

「よし、見せてくれ」

 

ぽん。

 

カタン。

 

「……板チョコ? シーク、お前は市販のものにしたのか?」

 

ぽんぽん。

 

「……ちゃんと溶かして作ったの?」

 

ぽん。

 

「……板チョコを?」

 

ぽんっ。

 

「……意味あったのか? それ? いや、めちゃくちゃすごいけどさ。寸分もたがわず板チョコだけど」

 

「主。そんなことを言うんじゃない。ちゃんとシークは主に食べさせるための自分のチョコを作るために一回溶かして作りなおしたんだぞ」

 

「……どういう事?」

 

「シークは自分の好みのチョコを作るために一回溶かして砂糖を入れてからもう一回板チョコを作り直したんだ」

 

「……チョコに……また砂糖いれたの?」

 

ぽん。

 

「……どれくらい? 一杯?」

 

ぽんぽん。

 

「……二杯?」

 

ぽんぽん。

 

「……三杯?」

 

ぽんぽん。

 

「……一袋」

 

ぽん。

 

「……シークは甘いもん好きだもんなあ……」

 

 

 

 

 

 

「さあマスター。三つのチョコが出そろいましたよ!」

 

「主。一つを選ぶんだ」

 

(じーーー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ばーか。一個なんか選べねえよ。もらったチョコは全部食う。それが男の嗜みだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……後日タマムシ病院に一人の男が担ぎ込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハナダってゲームのストーリー上
外に出るために穴の開いた家を通らなきゃいけない
っていう謎の町なんですよね
進み方はある程度ゲームのストーリーに準拠したいのでその問題をを自分なりに解消するための設定です。



なお、自分は泥棒ではないので泥棒の考えることなどわかりませんので疑問に思ったとしてもスルーしていただけると幸いです。


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第4話 4 絶対戦闘 

20話130000文字使ってハナダシティのジム戦までしか行けない投稿者がいるらしい。



……すみません。これから頑張っていきたいと思います。許してください。何でもはしないけど。


第4話 4a 4話 4の前編です。


追記:タイトルからa消しました。詳しくは次話で


 

 

 

ぴーんぽーん。

 

「……マサキさーん。俺です、ミズキです。なんで出てくれないんですか? おーい」

 

かれこれ何十秒かノックとチャイムを交互にし続けているのだが全く変わりない現状にいらだち始めるミズキを見ながらフレイドが言う。

 

「……主、留守にしているという可能性はないのか?」

 

「ないね。あの引きこもりが。俺の知ってる限り太陽を浴びるのだって三ケ月に一回ぐらいだって言ってたし、自分の転送システムを使い潰して買い出しにだっていかない人だ。わざわざあんな状態の橋を通って外に行くわけがない」

 

がちゃがちゃとノブをいじくり倒したり中を覗き込んだりしながらミズキが絶対の自信を持って断言する。

 

「……ダメ人間なのか? マサキ殿は?」

 

「そんなことはないんだけどね。むしろ人間と萌えもんのための偉大な発明をした俺がオーキド博士以外で尊敬する数少ない研究者さ」

 

そういいながらノックをし続けていた右手をさすりながらドアから離れる。やれやれみたいな態度をとっているが下から覗き込むととても素敵な素敵な顔をしていた。

 

「フレイド。やれ」

 

「……いいのか?」

 

「許可する。マサキの分際で俺を無視するなど許される所業じゃない」

 

「……尊敬しているんじゃなかったのか?」

 

軽くため息をつきながらドアから距離をを取ろうとするフレイドだったが振り向いた途端何かに左腕をつかまれる。つかまれると言っても力が特別強いわけではなかったので振り払おうと思えば振り払えたのだが、ちょっと目線を下ろせば見える黄色い腕でだれに掴まれているのかは察しがついたのでそのまま停止し振り返る。

 

「どうしたシーク。危ないぞ?」

 

ミズキはそう言ってシークを抱えようとしたがシークは目の前にパーを作る。最初は軽くこんらんしてしまったがそれが静止を望んでいるポーズであるということに気付いた。

 

(ちょいちょい)

 

自分の思いが伝わったと判断したシークは次に二人の目の前に掌を上に向けてだし、親指以外の指で手招きをする。

 

「……ああなるほど、つかまれってことね」

 

その言葉にうなづきながら足で遠慮がちにミズキに軽く蹴りを入れる。喧嘩をうっているように見えないこともないがそれがYESの合図であることは直ぐにわかった。

 

 

 

 

「やっぱ便利だな、“テレポート”。別にドア吹き飛ばしても構わなかったんだが、気遣いありがとよ、シーク」

 

「……シークが気を使ったのはマサキ殿の方だと思うがな」

 

ぼそっとつぶやくが頭をなでられ幸せそうにうなだれているシークをみてもうどうでもよくなる。そんなことより……

 

「……ここがマサキ殿の家か」

 

「ああ。話に聞いてた通り、俺が留守にしてる時の博士の研究所並みに酷いな」

 

フレイドが呆れたような声をだし、ミズキがばかにしたような発言をするのも無理はなかった。

足の踏み場もない、とはこのことを言うのだろう。床一面に敷き詰められた、というより無造作にばらまかれた資料の数々に、本棚に入ることを拒否したかのようにそこらじゅうに平積みされていたであろうほんの山々。一枚その辺の紙をつかんでめくればむし萌えもんが住み着いていそうなほどである。

 

「見苦しいというほかないな。玄関でこれってどうなってんだよ、どれも簡単に手に入る資料じゃないのに。こりゃドア燃やさなくてよかったな。改めて俺からも礼を言おう、サンキューシーク」

 

ポンポンと頭を軽くたたきながら苦い顔をして言う。暴力的というか戦闘的な一面を多く見ていたフレイドとしてはやはりこの男も研究者なのだなと話に聞いていたことを再認識する。

 

「で、主。ここからどうする?」

 

「マサキを探す。聞きたいこともあるんだがまずはこの現状に説教が必要だ」

 

イライラした顔を隠そうともせずに適当な部屋へと入ろうとするが床の資料がつっかえドアが開かなかったことでさらに不機嫌が増していたがそれでも床の資料を除けるときの扱いはとても丁寧だったのが少し面白かった。

 

「……さてと、わっちも探すか。シーク、一緒に来るか?」

 

ミズキに降ろされ立ち尽くしていたシークに対して手を差し伸べる。

少し悩んでいたようだがどたばたとすさまじい音がこぼれてくるドアを数秒じっと見つめてからよたよたとフレイドの元まで近づき手を取る。

 

「手を離すなよ。危ないぞ」

 

言われるがままについていくシークとフレイドはまるでおせっかいな兄と引っ込み思案な弟だった。まあ見ようによってはエスコートにも見えなくもないのだが。

 

なるべく紙を踏みつけないように慎重に歩くシークは自分の左手を握ってくれているフレイドの右手を、ぽんぽんぽん、と三回たたく。

 

「……三回? シーク、それはどういう合図だ?」

 

部屋の中をガサゴソと軽く片づけながらフレイドはつぶやくように聞く。

それに対しシークは、ちょいちょい、とフレイドの体をつつき、頭を下げる。うなづいているわけではなく、ぴちっとした気を付けの形から深々と体ごと下げているような形。

 

「……三回はありがとう、という解釈でいいのか?」

 

ぽん。

 

「どういたしまして」

 

二人はくすっと笑う。

 

 

 

 

 

 

「う、う~ん。ねむ~。……って誰やあんさんら! またあの黒づくめの男たちの仲間かいな! あいにくやけどマサキは留守やさかい出直してきてや!」

 

うさん臭いしゃべりを扱う謎の生命体を見つけることになったのはそれから五分ほど家の中を探し回った後のことだった。

 

「……コガネ弁を話すピッピ? なんだか妙に人間味があって気味が悪いな」

 

「……本来なら萌えもん差別、と言いたいところだが粗方同意しよう。なんとなく見ていて不快だ」

 

どうやらシークも同意見のようでミズキの足元でこれまでにないような震え方をしている。見てはいけないものを見ているような、そんなリアクションだ。

 

「ああこんちわ、ぼく萌えもん……てちゃうわい!」

 

「うわ、しかも超寒いノリツッコミしだした……もういいや、帰ろうお前ら」

 

「一刻も早くここを出よう」

 

最後に力強く足を一回たたく音が響く。満場一致。

 

「「おじゃましました~」」

 

「ってちょいちょいちょいちょい!! まってーな! あんさんたちあの黒服男たちとは関係ないん?」

 

必死の声で呼び止めるピッピもどきの質問に、これでもかというほどけだるそうな声で形だけの応答をする。

 

「あー、そうですねー。おそらくかんけーないとおもいますよー。それじゃあおげんきでー」

 

「だからまってって!後生の頼みやさかい、ちょっとわいに協力してーな」

 

「いやだ」

 

「そんなつめたいこといわんといてぇ。よっ! だいとうりょう! にくいねー!」

 

おだて文句の定型文のような返しにどんどん疲れが蓄積していくかのような思いだった。

 

「……俺たちはただマサキさんに会いに来ただけなんだけど……はぁ、転送システムのプログラミング手伝ってた時は会うのを楽しみにしてたってのに、何が悲しくてこんな謎ピッピの相手をしなくちゃならねえんだ……」

 

「は? プログラミングの手伝い? ぼっちゃんまさか、ミズキって研究者の遣いでここまで来たんかいな?」

 

「いや遣いっていうか……」

 

「だったらちょうどええわ。ワイがマサキや。ミズキはんに伝えてここに来てもらってーな」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

……山積みの本が一冊落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「……行くぜマサキさん。暴れて分離に失敗したら死ぬからな」

 

「おいこらー! 何不吉なこと言っ」

 

「スイッチオーン」

 

二つ並んだカプセルがすさまじい音を立てて振動し始める。やがてある程度の時間がたつと赤いランプが緑に変わりふしゅーと軽く煙を出す。

 

「おいこらミズキ。お前さんなんちゅーこと言うねん!」

 

「助けたお礼は?」

 

「……ありがとうございました」

 

「よろしい」

 

ご満悦な表情でミズキは尊敬する年は一回り上の先輩の下がった頭を上から眺める。

 

 

 

 

「……いやーそれにしてもまさかミズキはんがこんな子供だったとはパソコンでやり取りして時には気づきもせーへんかったわ」

 

「俺だってマサキさんがピッピもどきだったなんて思いもしませんでしたよ」

 

「だからそれは実験のミスやって言うてるやろが!」

 

「……しかし間抜けな話だな。自分の作った機械の点検中に誤作動に巻き込まれてピッピと合体してしまい、戻るには自分が機会に入った状態でボタンを押してくれる人が必要と……主のこの男に対する態度の理由が粗方見えたな」

 

「そういう事。研究者としては一級品だけど人間的にはただのアホなのさ」

 

「こらっ! 知り合いとはいえ初対面のくせになんちゅう言い方するんや!」

 

そんな会話をしながら四人は片っ端から部屋を掃除する。マサキは最後までいらないとごねたが最終的にはミズキの一声によって開始が宣言された。いわく、『これだけの宝の山が床で雑魚寝をしているなど我慢できない』との事。

 

「いやー、しかしこの部屋ってこんなに広かったんやな。まともに床見たのいつぶりやろ?」

 

「言っとくけどあんたのためじゃないぞ。研究資料とこれを作った世界の科学者たちのためだ。次来た時に少しでも部屋が汚れてようものならここの家俺が買い取ってホームレスにしてやるからな」

 

「……冗談やんな?」

 

「あ?」

 

「……気を付けます」

 

二十代中盤の男が齢十四の少年に説教されているその状況を見て、フレイドは今度は一流の研究者である、という情報を疑い始めるのだった。

 

 

 

「んで? ミズキはんらはいったい何しにここまで来たん?」

 

ようやくテーブルと床がある程度見えてきたところで、マサキは思い出したかのように言う。

 

「……当初の目的では挨拶しに来るだけだったんですけどね。ちょっと聞きたいことがあって来ました」

 

「聞きたいこと?」

 

 

 

「あなた、ここ二、三日、R団に狙われてたんじゃないですか? おそらく『技術者としての力を借りたいからR団のけんきゅういんとして働いてくれ』みたいなこと言われて」

 

 

 

「!? なんでしってんねん!?」

 

驚くマサキを尻目に、ミズキとフレイドは少し顔をゆがませながらも目を合わせうなづく。

 

「やっぱりあの泥棒事件はマサキさんをハナダシティから逃がさないためのバリケードだったのか」

 

「……どうやら主の言っていた『最悪の予想』とやらがみるみる現実味を帯びてきたな」

 

「……こりゃジム戦は免れねえな。くそったれ……」

 

苦悶の表情を浮かべる。初めて見るそんな表情にフレイドもシークも思わず少し目を背ける。

 

「ちょっと待ちいや! 勝手に納得するんやない! ちゃんと一から説明せえや!」

 

マサキは大げさなハンドシグナルとともに叫ぶ。

無理もない。だが、あえてミズキは無視して思考する。

 

「……主?」

 

「……ミズキはん? どないしたんや?」

 

 

 

「……マサキさん。あなたに一つ、お願い事があります」

 

「……お願い?」

 

 

 

 

 

「少なくとも俺は、あなたのことを友達だと思ってます。友達を俺たちの都合に巻き込むことは心苦しい。契約者(なかま)ではない、友達(たにん)にこんなことを頼むなんて……本当はこんなことしたくないんです。でも、無理を承知でお願いします。どうか、どうか俺を助けてください!」

 

 

 

 

 

涙交じりの声で叫びながら、ミズキは床に頭を付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうも、あなたが今日の私の対戦相手のミズキ君ね。私はハナダジムジムリーダーのカスミ。みずタイプの萌えもんのエキスパートよ。よろしくね」

 

目の前の水着姿のジムリーダーは優しい笑顔を作りながらこちらに手を差し出す。

ミズキはその手を無視してフィールド内へずかずかと入り込み、中を見回す。タケシの時の無機質で冷たい長方形の枠があるだけのフィールドではなかった。

フワッと香る塩素の匂いに一面の青。ところどころにカラフルなラインや番号の振られた台座。それらはすべて自分たちの知っているプールの特徴だった。

 

 

想像しろと言われてできるプールと目の前のものの大きな違いは二つ。

 

 

まず一つ目は大きさ。

 

明らかに人間が泳ぐために解放されるようなものの大きさよりも一回りも二回りも大きく、深く作られている。おそらく大型のみず萌えもんの水中戦闘に適応した方だろう。小さく見積もってもキングラー、大きく見積もるならギャラドスが目一杯暴れまわれるくらいの大きさがあると言っていい。本気で来るならそのあたりの萌えもんの対策もしておかなければ一瞬で負けるだろう。

 

そして二つ目に水面の浮島だ。

 

本来レーンを分けるためにつけられるコースロープは存在せず、その代わり、というわけでもないが円盤状の浮島がまばらにぷかぷかと浮いている。陸上系の萌えもんがみず萌えもんと対等に戦うために作られている処置なのだろうが当然固定されているわけでもないためそこに立って戦うことは困難であることが予想される。

 

 

「私のジムでの対戦はそのプールの中とプールサイド。そこがバトルリングよ。ちなみに、連続して水面に顔を出さずに潜っていい時間は八分まで。八分を超えたらその時点でその萌えもんは戦闘不能扱いになるから気をつけなさい」

 

フィールドの前で立ち尽くしているミズキに後ろからカスミが忠告しながら向かい側のプールサイドへ歩く。その説明を聞きながらミズキは誰に言うわけでもなくなるほどとつぶやく。

水面に潜っている時間が無限であるならば、みず萌えもんを持たないトレーナーはカスミの萌えもんに絶対に攻撃を当てることができないということになる。

さらに制限時間をつけることによって無理して戦う萌えもんの窒息事故も防ぐ事が出来るというわけだ。

なかなかどうして合理的である。

 

 

「で? あなた、なんでマサキさんと一緒にいるの?」

「おおきに、カスミはん。えろうすみませんなあ。こんな近くに住んでるのに初めましてになってしもうて」

 

気楽にいつもの調子でマサキがミズキの後ろから出てくる。

 

「……観客なら別の入口からフィールド外の観客席に行ってもらわなきゃ困るわよ?」

 

「もちろん、入り口でもそういわれました。でも俺が断ったんです。マサキさんは審判なんで」

 

完全に対面まで歩ききったカスミはきょとんとした顔を向けてくる。

 

「審判? なんでわざわざ? ジムには萌えもんジム審判用のコンピューターが配備されているわよ?」

 

「もちろん存じ上げてます。しかし、それでは駄目だから、マサキさんにお願いしたんです」

 

「駄目? いったい何の……」

 

 

 

 

 

 

 

「カスミさん。あなたに絶対戦闘(absolute battle)を申し込みます」

 

 

 

「!!? なっ、なにを」

 

 

 

 

 

 

 

俺からの要求は

 

 

 

 

 

―――――――――――――R団としてのあなたの情報です―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いったい何のことかしら?」

 

「萌えもんであらゆる悪事を働く集団、R団は何かしらの理由でマサキさんの技術力を必要とする状況に陥った。早速あなた方はしたっぱを連れてマサキさんの家に押しかける。しかしそこには変なピッピが一人いるだけ。マサキさんを拉致するあなたたちの計画は一時暗礁に乗り上げた」

 

平然を装うカスミに対してミズキもまた淡々とした口調で言う。

 

「しかし、拉致して研究技術を貰い受けるという目的の都合上、町はずれに住んでいていなくなっても気が付く者はいない一流けんきゅういんのマサキさんほど条件に合った人はほかにいない。しかし待てども待てどもマサキさんは全く家に帰ってこない。そこでR団は考える。まさかマサキは何かを察知してどこかに隠れているのではないかと。そしてそこまで思考した末に、つい最近、強硬手段に出ることにした」

 

カスミの表情が少し歪み始める。そんなカスミの表情が見えているのかいないのか、ミズキは薄い笑みを浮かべていた。

 

「完全に無意味な大富豪の家でのわざマシンの窃盗。そして岬への一本橋での条件の厳しい勝ち抜きイベント。それによるハナダという町の実質的な封鎖をすることでマサキさんを町から逃がさないようにし、岬に向かう人間を橋のイベントでシャットアウト、そうすることで安全に岬の方の捜索を進める事が出来る。まさか万が一勝ち抜きバトルを成功させた人間はスカウトして取り込んでしまう、っていう保険をかけていたってところまではちょっと読めませんでしたけど、だったら最後の一人にしたっぱを配属すべきじゃなかったっすね。あなたが直々にそれを受け持ってりゃあ、さすがの俺でもお手上げだったのに」

 

両手を水平に横に出しながら「やれやれ」と言わんばかりに顔を横に振る。審判の位置まで移動したマサキが引きつるほどの完璧なちょうはつだった。

 

「……だらだらと無駄な推理をご苦労様ね。推理小説でも書いてた方がいいんじゃないの? 現実はもっとシビアなものよ」

 

「残念なことに、ここまでこの町の警察の動きやイベント事にタッチできる個人権力を持ってる人となると、ジムリーダーしかありえません。認めてください、そしてあなたの知っていることを自分に話してくれませんか?」

 

「あら? 話し合いだけで解決できるなんて思わないから仕掛けたんでしょ。賭けバトルを」

 

 

今度はミズキが下唇を噛む。カスミの言うとおりだった。

 

 

 

 

 

 

絶対戦闘(absolute battle)

 

 

 

 

 

 

早い話がこの世界の行政、萌えもん協会が認めた、公式戦の賭けバトル。

絶対戦闘成立の条件は三つ。

 

 

 

・両者の賭けバトルを行うことに対する同意

・一番近い役場でのバトルを行うことの先だった申請

・絶対戦闘を取り仕切るための専用の資格を持つ審判の用意

 

 

 

バトル形式は普通の公式戦と違い、奇数回数の一対一の萌えもんバトルの勝ち星数、つまり、お互いに五人の萌えもんをもってバトルするならば、一対一の萌えもんバトルを五回行い先に三勝した方の勝ちとなる、という遥か昔の一騎打ち式の決闘を模した対戦方法となっている。

 

 

 

そして一番重要な、このバトルに勝利した者の特典として、

 

 

 

・バトル前の互いのトレーナーの要求に確実に応じなければならない

 

 

 

という、その名もずばりな絶対的な公式戦である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……確かにそれは有効な手段ね。でもそのバトルを成立させるには越えなきゃいけない壁があるはずよ。『私から自主的に行った、絶対戦闘への同意』という、越えられない壁がね」

 

「拒否するってことは、俺の推理を認めるってことですか? 俺が求めるのは『R団としてのあなたの情報』です。本当に知らなければたとえあなたが負けても、『知らない』と答えればいい。俺に何を要求するにも、R団じゃないあなたにとってはメリットだらけの申し出だと思いますが?」

 

「無意味なことは誰でもしたくないものでしょう? わたしはあなたに求めるものなんか何もない。だから対戦は成立しない、という事よ。わかった? 少年」

 

「でももう申請しちゃいましたけどね、役場に」

 

「……は?」

 

やる気をなくしたと言わんばかりに帰ろうとするカスミに対して背中から衝撃の走る言葉をあっけらかんとしながら投げつける。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!? もう申請した!? 私に話す前に!? わたしの署名とか私があなたに要求する条件とか私が書かなきゃいけない箇所がいっぱいあるでしょ!?」

 

「はい。もう全部俺が書き終えましたよ。安心してください。ちゃんと筆跡は変えました、ばれません」

 

少しの沈黙の後、顔に手を当ててカスミはそれはそれは深いため息をついた。

 

「……もういいわ、私が今から役場に言って取り消してもらえば済む話だしね。書類の偽造は犯罪よ。よく覚えておきなさい、坊や」

 

「……もしかして、自分の要求する条件を自分で決められなくて怒ってたりしてますか?」

 

「……そこ以外にもいろいろ言いたいことはあるけど、そこもそうよ。ある程度無茶な自分の要求が通ってしまうことがこの賭けバトルの真髄なのよ。それを自分で勝手に決めるなんて、どうかしてるわ」

 

「それなら安心してください。絶対にあなたが受けてくれるような報酬を提供できると思いますから」

 

「……もういいわ。君と話しても話が進まない。私は絶対その勝負を受けない」

 

明らかに頭に怒りのマークを浮かべ、踵を返してフィールドから出ていこうとするカスミに対し、ミズキはニヤッと笑い告げる。

 

 

 

 

 

「俺がもしこのバトルで負けたら、サカキへの復讐をあきらめます」

 

 

 

 

 

振り返りながらカスミはミズキににらみを利かせる。今までのどの表情とも違う、ただ単純に、相手をつぶすと言わんばかりのいかくだった。

 

 

 

 

 

「……あなた……なんでボスの名前を」

 

 

 

 

 

「ようやくR団の顔になったな。こんにちは、悪党」

 

 

 

 

 

それにつられてミズキも薄ら笑いの表情を崩した。

 

 

 

 

「なんならボスに連絡を取る時間を上げてもいいですよ。あなたが負けたら大切な自軍の情報をあなたの独断で行った行動で吐き出すことになってしまうんだ。しっかり考えて答えは出すべきかと」

 

 

 

 

 

隠すこともなく苛立ちが募る顔をみせる。握りこんでいる拳は、目の前に自分がいたならばとっくに飛んできていただろう。

 

 

 

 

 

「……タケシが言ってた生意気なガキっていうのはあんたのことだったのね」

 

 

「……やっぱタケシも仲間だったか。雰囲気からなんとなく予想はしてたが……」

 

 

 

 

「いいわ、どうせ私が勝つんだから、確認の時間なんて必要ない! 絶対戦闘、受けようじゃないの!!」

 

 

 

「……そう来なくっちゃ」

 

 

 

表情はぎらぎらと燃え滾っている後ろで、心の中は深い深呼吸で落ち着かせる。

落ち着け、まだ第一関門。チャンスが回ってきた段階なんだ。

 

負けられない。いつもどおり、負けることはできない。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんじゃまあ、両者の同意も得られたっちゅうことで、このバトルの審判、および記録係をさせていただくマサキです、よろしゅう頼んます」

 

「お願いします」

 

「……お願いします」

 

もうとっくに終わっている自己紹介を形式上のために行う。対面している相手が軽い会釈をしたために不機嫌そうな顔を浮かべるカスミも頭を下げる。

 

「じゃあまずは、さっき決めたルールの確認や。勝負は一対一の試合を三回行う団体戦。先に二勝した方の勝ち。チャレンジャーミズキの敗者への要求は『カスミは今後一切R団に関することはミズキの命に従うこと』、ジムリーダーカスミの敗者への要求は『ミズキのサカキという男の命にそむくような行動、態度、それに準ずるすべての行為を禁止するという公約を結ぶこと』。間違いあらへんな?」

 

「はい、問題ないです」

 

「ええ、間違いないわ」

 

これは対戦が完全に決定する前に審判としてのマサキと最終確認した結果だ。

単純にみるだけならばこの二人の言いたいことというのは、お互いに『逆らうな』というこの一点だった。しかしミズキの要求にはちょっとしたわけがある。マサキの今後だ。

 

今マサキはピッピから人間の姿へと戻ってしまっている。そしてR団であるカスミの前に出ているということは、この対戦が終わればマサキは再び追われる日々に逆戻りということになる。それを防ぐための要求。要するにミズキの要求というのは、カスミから情報をもらう、というミズキの要求と、これから先ハナダで安全に暮らす、というマサキの要求を一緒くたにしたものということだ。

 

 

 

 

 

あなたの今後も自分の賭けに託してほしい。

 

それがミズキがマサキに審判を頼んだことの真意だった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな対等なように見えてうまくミズキの思惑の紛れた要求に、ミズキもカスミも二つ返事でOKサインを出す。

 

 

 

正反対の要求をする二人だが頭の中身は全く同じ。鏡写しのようだった。

 

 

 

 

絶対に負けない。

そういう、自身でも、確信でもない。この世の心理、不変の事象のように、自分たちが負けることはありえない、と思っているのだと、にらみ合う二人を見ながらマサキは思う。

 

 

 

 

 

「じゃあ、絶対戦闘の特別ルールを適応するで。二人とも、てもちの萌えもんフルオープンや」

 

 

そう、これも絶対戦闘と普通の公式戦の異なること。

 

 

 

・対戦相手の萌えもんを事前にすべて知る事が出来る

 

 

 

先述したとおり、この対戦のルールというのは、遥か昔の誇りと位の高い貴族や王族の一騎打ちの決闘をモチーフとした対戦である。

 

誇りをかけた一対一の勝負において、フルオープン、手の内のすべてを見せて戦うことにより相手に敬意を払い、相手と対等な条件下で戦う。

 

それを再現するような、絶対戦闘の伝統ルール。

 

 

 

 

そして実際の対戦でこの制度の気を付けるべき点は、

 

・戦闘に出てくる萌えもんは知る事が出来るが、どの萌えもんが何番目の試合に出てくるかはわからない

 

という点だ。

 

 

 

「いくぜ、俺の契約者(なかま)たち!」

 

 

そういいながら三つのボールを真上にほおり投げると、着地と同時にもう見慣れた影が目の前に現れる。

 

 

「……なかなかすごいフィールドですね」

 

「わっちへの嫌がらせにしか見えないな」

 

(……)

 

ため息交じりに前回との違いを再確認するのは、唯一のジム戦経験者のスー。

言っていることはマイナスだが、滾るような表情をしているのは、タイプハンデなどもろともしないと言わんばかりのフレイド。

恐る恐る片手をみずの中に突っ込んでぴくっとしているのは、何でもないようないつもの風体で、自分の初勝利に闘志を燃やす熱い男の娘のシーク。

 

 

それぞれが目の前の景色に三者三様の感想、反応をする。

 

 

 

そのパーティを無言で見つめるジムリーダーカスミの表情は、ミズキの知る一番嫌いな奴らの表情になっていた。

 

「ふーん。ラプラスにケーシィにガーディねえ……そっかそっか」

 

すると朗らかな笑顔を作り直し、自分の番とばかりに三つのボールを上に投げる。自分の時と同様に着地した瞬間に出てくる三つの影。しかしミズキは先ほどのカスミと同じ反応でそれを見届けることはできなかった。

 

「……マジかよ」

 

「……まずいですね」

 

「さすがは一つの町の頂点だな」

 

(……)

 

まず目に入るのは、よく似た体をした、遠目に見ると色違いにも見えるような二人の萌えもん。一回り小さな左端の萌えもんは、茶色い体に首に一つ深い赤色のブローチを付けた恰好をしているのに対し、右端の一回り大きな萌えもんは紫色の体に今度は透き通るような赤色をしたネックレスを首から下げている。見るものがみればこの二人が同種であるという判断を下すのは難しくないだろう。

 

 

「ほしがた萌えもん、ヒトデマンとスターミー……」

 

 

そしてその二人よりもひときわ目を引くのは真ん中にいる萌えもんだった。

 

 

頭についている赤の水晶のような球体が時折こちらに光を送っている。その球体はその萌えもんの感情を表すためにはっこうしていることを知っているミズキはあれは臨戦態勢に入っている合図のようなものなのだろうと推測する。

そしてそれよりも目立つのはその下、一見すると超ロングの髪の毛のようにも見える灰色のそれは、海での天敵をなぶり殺しにするための恐ろしい武器であり、媒体であり、拘束具なのだ。

 

 

「そして、くらげ萌えもん、ドククラゲか」

 

 

どの萌えもんも水中戦でトップクラスのこうげきやぼうぎょができる萌えもんだ。

毎度のことながら圧倒的に不利な状況に、ミズキは思わず頭を抱える。

 

 

 

「あらあら、戦意喪失しちゃった?」

 

うれしそうに聞いてくる眼前の相手に対し思わず歯噛みする。

 

「大丈夫ですよ、さあ、さっさと行きましょうか」

 

「ちょっと待って」

 

最初に出す萌えもんを宣言しようとした瞬間にカスミはパーを前に突き出す。

 

「ねえ審判、まだ先鋒の萌えもんを決めてない状態だったなら、相手の萌えもんを見てからでも作戦会議のために対戦を遅らせることは可能よね」

 

「……ルール上は可能やな。宣言した萌えもんを今からチェンジすることはでけへんけど、両者の同意さえあれば一時間までなら伸ばすことは可能や」

 

「じゃあお願い。今から一時間延ばして頂戴」

 

「……何のつもりですか?」

 

「ちょっと追加したい条件が出来ちゃったのよ。両者の同意がありさえすれば、今から役場に行って書き換えてきても構わないはずよね?」

 

「ああ、チャレンジャーの同意さえあればやけどな」

 

「ふーん、じゃあさ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が勝ったら、その娘欲しいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………へっ? わ、わたし?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まっすぐ向けられた指をたどると、自分の最初の相棒が、顔を青くして驚いていた。

 

 

 

 

 





はい。新しい独自設定です。

絶対戦闘。

食戟のソーマにおける食戟だと思ってください。


厨二くさいという文句は受け付けません。名前が他に浮かばなかったんです。


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第4話 5 嫉妬

結局前編後編で収まらなかったので従来通りに投稿します






 

 

 

 

 

 

場所は移ってハナダジムの挑戦者用控室。結果として一時間の作戦会議の時間をもらったミズキは三人全員を前に並べ、それぞれの顔を見る。戦う気満々の表情をしたシークとフレイドに挟まれているスーは、見るからに気落ちしている。

 

 

「さてと、じゃあ今から作戦会議をやるぞ。まず順番としては先鋒にシーク、次鋒にスー、大将はフレイドだ。文句ないな」

 

「ま、待ってくださいマスター! わたしを大将戦に出させてください!」

 

「……理由を聞こうか」

 

「わたしの運命がかかってるんです! わたしの力で勝利を決めたいんです! 大将をわたしに任せてください」

 

涙声になりながら足元で懇願するスーに対し、二人の男がこれでもかというほど冷ややかな目を浴びせる。

 

「決めりゃあいいさ、次鋒戦でな。先んじて俺たちが二勝すればフレイドの出番もなくジム戦終了だ」

 

「勝てるわけないじゃないですか! 相手はジムリーダーなんですよ!? ほとんど戦闘もしたことなくて、まだ勝ったことのないシークちゃんが、ジム戦で勝てるわけないじゃないですか!」

 

 

 

そう。実はシークはまだ戦闘で勝ったことはない。

 

確かにスーのいる前や先ほどのゴールデンボールブリッジである程度の戦闘をこなしたことはあるのだが一人で相手萌えもんを戦闘不能に追いやったことはいまだなく、フィニッシュはすべてスーとフレイドに任せていた。実質的に一対一の実力勝負は今回が初の戦闘となる。

 

 

 

割れんばかりの声で壁に寄りかかっているミズキの足にしがみつきながら訴える姿を見た後、フレイドは自分の右に視線をずらす。

 

 

 

 

『たぶんいまのスーは勝てない。お前ら二人に勝ってもらわなきゃいけない』

 

 

 

 

ミズキはそういった。ならばシークが負けるということは今回のバトルはもう勝てなくなくことを示している。

 

あんな言い方をもろにされたらシークは委縮してしまうのではないだろうか。そう思いながらシークの表情をうかがう。

 

「……ラプラスは今こんらんしているだけだ。本心であんなこと言いたいわけじゃない。あんまり気にするなシー」

 

 

 

 

 

ク、と言おうとしたところでフレイドは気づく。全くもっておびえず、騒がず、祈りをささげるように胸の前で手を組み、“めいそう”しているシークの姿がそこにある。

 

 

 

 

普段のおくびょうな姿からは想像もできない、

 

落ち着いた、澄んだ池に落とされた一つの波紋に飲みこまれるような、近づきがたさ。

 

 

 

 

やせいで生きてきたフレイドは、そんな感覚を覚えた。

 

 

 

 

ふと顔を上げて前を見た時のシークの瞳は鋭かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

フレイドは自分の杞憂に憐れみを覚え、心配を消して騒ぐスーに向き直る。

 

落ち着いた状態のシークと対比してみると、必死の形相で騒ぎ立てるスーの状態はあまりに醜く、苦笑が漏れるほどの道化っぷりだった。

 

 

ミズキもそれに気づいてか、少し表情を和らげたが、すぐに引き締め冷たく言う。

 

 

 

 

 

「いい加減にしろ、スー。これはお前だけのバトルじゃない。負けられないのは俺たちも同じだ。一人でギャーギャーわめくんじゃねえ」

 

 

 

 

 

先ほどまで大暴れしていたスーはその一瞬でピタッと止まる。

 

 

 

駄々をこねるだけの子供。

 

今のスーはまさにそれだけだった。

 

親に一括されて、正論を唱えられ崩されて、ただただいじけるだけの子供。

 

 

 

フレイドは理解する。

 

ミズキは子供に甘いわけではなく、ともに進む同志たちだけに甘いのだと。

 

 

 

 

 

 

「シーク。おいで」

 

 

体をスーからこちらに向けたミズキが軽く屈んで手を下ろす。めいそうをやめたシークがいつものようにとてとてと歩き差し出した手に乗っかり抱きかかえられる。

 

 

 

 

「スー。今から言うことをよく覚えておけ」

 

 

 

 

シークを抱えながらフィールドへ向かうミズキは顔を向けないままに言う。

 

 

 

 

 

 

 

「今のお前はすっからかんだ。このジム戦、俺がお前を勝たせることはできない。だから俺はシークを全力で勝たせる」

 

 

 

みておくことだな。このバトルを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで一時間や。お二人さん、もう時間の延長はでけへんで」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

「問題ないです」

 

「了解や。じゃあ両者、萌えもんを」

 

 

 

 

「GO シーク」

 

「いっけー、My Steady!」

 

 

 

 

二人の萌えもんがそれぞれの目の前の浮島に姿を現す。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――絶対戦闘開始―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相手の先鋒はヒトデマンか。まあそうだろうな、一手目からエース級を出すこともないだろう。様子見も兼ねてってことか」

 

「……」

 

控室のモニターを見上げながら述べるフレイドの感想に、まったくもって関心を示さないのはスー。重々しい空気がその空間を包み込んでいた。

 

(……地獄だな、主もボールにしまって言ってくれればよかったものを)

 

といっても試合を見せておくことも重要なのは間違いないのですぐさま自分の心の中で撤回をする。

 

 

 

 

 

 

 

「マスターは、私が要らなくなったんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだって?」

 

聞こえていたし理解もしていたが、形だけの返答で時間を稼ぐ。

 

スーが言っているのは間違いなくあの賭けのこと、カスミは戦闘開始の直前に申し出てきた追加条件、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私が勝ったら、その娘欲しいな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーを賭けろ。

 

 

 

 

 

その要求に対して、ミズキの答え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それで納得するのなら』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

即答。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの男は勝つ気しかないのだろう。だから負けた時の条件などどうでもいい。そういう事だろうさ」

 

なるべく何も感じていない体を装い、フォローになるかもわからない、腫物に触るように言葉を紡ぐ。当然スーにはまるで響かず、まったく体を動かさずにモニターを見続けている。体とは対照的に心が暴れまわっていることは見ていて痛々しいほどに伝わってくる。

 

 

「わかってます。わたし、わかってるんです……」

 

 

呟くたびに小さくなっていくその声にフレイドはスーが少しずつ遠くへ離れていくような錯覚をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり先鋒はケーシィなのね。その子で本当に勝てると思ってるの? それとも絶対戦闘を私に申し込むための数合わせかしら?」

 

「うちの面子に捨て駒なんかいません。調子づいてると痛い目見ますよ? タケシさんから教わってないんですか」

 

 

 

「……上等じゃない。後悔するんじゃないわよ! ヒトデマン、“バブルこうせん”!!」

 

 

 

鮮やかな泡の弾幕がフィールド全体を埋め尽くし、こちらへ迫ってくる。純粋にみているだけなら美しいものだがシークにとっては七色の壁が勢いをつけて迫ってきているようなものである。

 

それだけでも十分恐ろしいこのこうげきだが、ダメージを受けた萌えもんの体を滑らせすばやさを下げる追加効果というおまけつき。

 

 

 

素早さが一つの売りであるシークがこれを受けるわけにはいかない。

 

 

 

「シーク、“テレポート”!」

 

 

 

瞬間シークの姿は消え、バブルこうせんの壁が通過したカスミから見て手前の浮島に着地する。

 

「……すばやいわね。さすがにただただ負けるわけはないってことか」

 

「当たり前だ。全員俺の大切な仲間だよ」

 

「あら、その割にはラプラスを賭けるっていう交渉はあっさり乗ってくれたじゃない。あの娘にはそんなに思い入れはないってことかしら?」

 

「……おしゃべりする余裕はあるんですか? 油断大敵、火の用心ですよ。シーク、“めざめるパワー”!」

 

シークが持っているまがったスプーンを前にかざすと、周りにプールの水が集まり一本の光の柱となって、その体からは想像もできないようなスピードと威力で正面のヒトデマンへと向かっていく。

 

 

細い身なりから勘違いされがちだが、ケーシィの戦闘適性は二段階進化を残している萌えもんとしては破格の物と言っていい。戦闘慣れしているジムリーダーの萌えもんとはいえ当たれば間違いなくダメージは通る。

 

 

 

 

 

 

そう、あくまで、当たれば、の話。

 

 

 

 

 

 

「火の用心? 私には必要ないわね。消せばいいのよ。“みずでっぽう”!」

 

 

“めざめるパワー”の正面に立ったヒトデマンの口からそれは放たれ中心でぶつかり合う。すさまじい勢いの水流は徐々に、というより一気にシークの手元まで飲みこんでくる。完全なる力負けだった。

 

 

「シーク、かわすぞ。“テレポート”」

 

 

めざめるパワーの力を緩めることなく今度は隣の浮島へと座標を移す。それまでシークのいた場所を弾丸のような水の塊が通過していく。

 

水とは本来重いものだ。高い場所から海に飛び込んだりした際には、小学生がイメージするような包まれるような感覚はまるでなく、コンクリートに打ち付けられたようなダメージを受け、たいていの場合は死に至る。

 

 

 

 

 

 

 

水は恐ろしい凶器になりうる。

 

 

 

 

 

シークの躱した水流が背後の壁に跡を残しているのを見て、そんな事実をまざまざと見せつけられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり駄目じゃないですか……」

 

開戦と同時にぶつかり合ったひとくだりを終えてからの展開は、ただただ一方的なものだった。

最初こそシークはたまにこうげきわざを繰りだしていたが、ヒトデマンとの攻めの割合は時間が経過するとともに、1:2、1:3とどんどん差が開いて行った。徐々にシークとミズキの行動は、テレポートでかわす場所の指示に集中しだして、カスミとヒトデマンはある程度テレポートされる浮島を先読みしてこうげきを繰り出している。

そしてカスミのこうげきで変化があったのはもう一つ。

 

「“スピードスター”を乱用してきたな。ある程度のこうげきをしていちげきひっさつは難しいと判断したからか、躱すのが極めて困難なわざを使って体力を削りに来ている。シークも躱しきれないと判断したものはなるべく浅く受けてダメージを軽減はしているがこのままではそれもただの時間稼ぎだな」

 

フレイドは腕を組みながられいせいに状況を分析する。いくらテレポートが優秀な移動わざだとしても当然わざとしてのスペックの限界がある。シークの使っているテレポート、あれには使うわざとわざの間に何秒かのタイムラグが生じるという攻め手として使うには致命的な欠陥がある。つまりシークがテレポートを使って近づいたところで次のこうげきもテレポートも使えないと瞬間的に使うことはできないということだ。だからこそ、テレポートを使ってわざを避けるということはフレイドが先に言った、時間稼ぎにしかならない、という現実に直結する。

 

「さあどうする主。今のままでは着実にダメージレースで負けるだけだぞ」

 

にやにやとしながらモニターで苦しそうな表情で思考を巡らせているミズキに対してつぶやく。

 

「……フレイドさんは、マスターを信頼されてるんですね」

 

「ん?」

 

右に首を回す。自嘲的な笑みを浮かべながらスーが少しだけうつむいていた。

 

「フレイドさんは……マスターが絶対に勝つと思われているから、そんなに楽に見ていられるんですよね。だってわたしはマスターに負けると思われてるんですから。シークちゃんが負けたらフレイドさんに回るまでもなくジム戦は終了、そうならないと思っているからそんなに余裕でいられるんですよね」

 

 

どうしてこんなことを言うのだろう?

 

 

どうしてこんな嫌味な言い方しかできないのだろう?

 

 

自分で自分のことがどんどん嫌いになっていく。

 

 

 

フレイドさんが来てからというもの、

 

 

 

 

 

わたしはどんどん汚くなる。

 

 

 

 

 

いや、違う。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの汚いところがどんどん浮き彫りになっていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……別に信頼してないさ。負けたら負けたで面白いじゃないか」

 

「えっ?」

 

あまりに予想外な答えに思わずスーは目を丸くする。

 

「あれだけ自信満々で、わっちに喧嘩を売ってくるような主が自分の憎くて憎くて仕方のないR団にぼこぼこにやられて涙目で帰ってくるだなんて、面白くて面白くて仕方ないじゃないか。そうは思わないのか?」

 

「で、でも! シークちゃんと私が負けたらこのジム戦は」

 

「負けてもいいさ。わっちには特に実害はない。お前がいなくなったところで新しい仲間を探せばいいし、主がそれで心が折れて契約破棄を行うようならそこで見限って新しい主を探せばいい。シークはどうするかはわからないがな」

 

 

 

 

 

 

どうでもいいさ、という声が聞こえてくるような口調で言うフレイドに、スーは感情を抑えきれずにフレイドの胸ぐらをひねりあげて壁にたたきつける。

 

肺の空気を一回すべて外にはじき出されたフレイドは全身で足りない酸素を補うように呼吸しながらつかみかかってくるスーの腕をつかみ返す。

 

 

 

 

 

 

 

「なん、で、あなたみたいな人がぁ!」

 

 

 

 

 

 

ふー、ふー、と息を荒らげ下から血走った目で見上げにらみつける。そのまま何を言うわけでもなくフレイドを釣り上げたまま膠着する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、本当に、なんなんですかその眼はぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

今日何度スーに向けたかわからない冷ややかな目。チクリチクリと刺すような、憐れみという刃をのど元に突き立て苦しめるような、それでいて此方のことなどどうでもいいとでも言いたげな、しようと思えばいくらでも負の解釈ができるような、残酷な瞳。

 

 

 

 

 

 

 

「マスターは、マスターは、わたしのマスターだったのに! わたしが弱くても、ダメでも、情けなくても、群れから追い出されたわたしでも、そばにおいてくれる理想のマスターなのに。わたしはマスターが大好きなのに! どうしてあなたみたいな人がマスターの隣にいるんですか!? どうしてそんなどうでもいい人があの人と一緒に戦うんですか!? どうしてわたしじゃなくてあなたがマスターに信頼されるんですか!? なんで、なんで、なんで………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでわたしじゃなくてあなたなんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、わたしは本当に…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっちは主を利用する。それが主の願いだからだ」

 

「!!!」

 

それって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、どぱぁーん、という音が二重になって響き渡る。扉の向こうから聞こえてきたおとと、モニターから聞こえてくる少しだけ遅れた音が重なったのだろう。

 

 

 

 

 

「試合が動いたみたいだぞ。どうする? 愛しのマスターの命令を、守らなくていいのか?」

 

 

 

 

よくみておくことだな、この試合を。

 

 

 

 

確かに、ミズキはそういった。

 

 

 

 

 

フレイドは、もう何をすればいいのか、砂漠で道標をなくした旅人のような目でこちらを見てくるスーのもはや自分をつかむことのできていない手のひらを乱暴に払い落としてモニターの前へすたすたと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラプラス。お前にいいことを教えておこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫉妬の心は卑しい罪だ。

 

 

 

 

わっちはそれを誰よりも知ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚えておけ、と一言付け加えて、抱きつきあう姿の変わったシークとミズキの姿をモニター越しに笑みを浮かべながら見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーがフレイドにつかみかかる少し前、

 

 

 

カスミは焦りを覚えていた。

 

 

 

(ちょこまかと逃げ回り続けて……このままじゃまだ決めきれない)

 

何回似たような指示を繰り返し続けているだろうか。みずでっぽう、バブルこうせん、スピードスターと此方が叫べば、テレポートテレポートめざめるパワーとあちらが叫ぶ。確かにスピードスターだけは少しずつ命中しているが、クリティカルヒットは一度もない。それどころかもはや相手はスピードスター以外のこうげきは完全に見切り、テレポートもなしに体捌きだけでこちらのこうげきをかわす始末。大したダメージではないとはいえめざめるパワーの制度と威力も少しずつだが上がってきている、というよりは相手がヒトデマンの動きに慣れ始めてきてしまったのだろう。

 

 

(このままわざの打ち合いを続けたら、ラッキーパンチで負ける可能性が出てくる……)

 

 

ならば水中に入ればいいか、と考えるがすぐに頭で否定する。

 

 

(この状況で水中に入ってもアドバンテージを生かしきれない……)

 

ヒトデマンは今わざを三つみせている。萌えもん協会が定めた公式戦のルールより、一試合に使える技は四つ。そのうちの三つを見せてしまいしかも三つともこうげきわざ。もっと言えばその三つのこうげきわざは水中で放っても特に利点のない、むしろ失敗したり勢いが死んだりとマイナスの面が強いわざばかり。この作戦で仕留めきれなかった時のことを考えると四つ目の選択肢を新しいこうげきわざで潰してしまうことは好ましくない。

 

 

相手のテレポートとめざめるパワーに、陸上戦でのわざをかなり引き出されてしまっていたことに気づきギリッと下唇を噛む。

 

 

時間がたてばたつほど相手の勝率はかさ増しされる。

 

 

ならば……

 

 

 

 

「ヒトデマン、“バブルこうせん”よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三度、バブルこうせんの指示が飛ぶ。しかし、ミズキは直ぐにそれまでのこうげきとは方向性が違うことに気付く。

 

「弾幕系……いや、違う。目くらましか!」

 

「正解。でも遅いわ。行くのよヒトデマン!」

 

あわの向こう側でカスミから行動の指示が飛ぶ。しかしその行動に対してミズキが対策をとることはない。いや、できない。

 

 

 

(泡のカーテンか。考えやがったな。これで戦法が先バレすることはなくなった)

 

 

 

カスミの指示と同時にヒトデマンがとった行動は、バブルこうせんをフィールド全体にばらまく、というものだった。

これによりシークとミズキは周りの状況を把握しきれないということに加え、シークの行動を制限することにもつながる。周りの浮島が見えなければシークが動き回ることもテレポートすることもできない。一回でも水に落ちようものならヒトデマンに水中に引きづりこまれてぼこぼこにされてお陀仏だ。

 

 

(俺がスーによくやらせる戦法だけどな……対面するとこうも鬱陶しいもんか)

 

 

今度はミズキが歯噛みする。しかしすぐにシークに指示を出す。自分が使う戦法だからこそ、打開策を思いつくのも早かった。

 

 

「“めざめるパワー”で泡をぶち抜け! 視界を晴らすんだ!」

 

 

指示を受けたシークは回転しながら先ほどのヒトデマンのようにフィールド全体にわざを打ち込む。スーのしろいきりもそうだが所詮は別の用途のわざ、適当な攻撃をうてばすぐに晴れる。

 

 

 

しかしそれでもカスミの策を止めるには少し時間が足りなかった。

 

 

 

「……消えたか」

 

 

ある程度視界が晴れてきたところで見えた来たのはしたり顔で腕を組みながら対面に仁王立ちしているカスミの姿だけ。どれだけ二人が見回してもヒトデマンをとらえることはできない。

 

 

まずい。今のバブルこうせんが次の行動への仕込みだったとするならば、次の一撃で確実に決めにきてるはず!

 

 

 

 

「シーク! 気をつけろ! くるぞ!」

 

 

 

 

その大声を最後に水面に気を張り、それまでの乱戦で荒れに荒れたプールサイドや欠けた浮島のある空間に不似合な静寂が訪れる。

シークは軽く足を開き、スプーンをより強く握りしめながら胸の前にかまえて足元からの襲撃に備える。

 

水面を見る。穴が開くほど見る。しかし居場所はわからない。それどころか波紋一つとしてたたず、生物の気配も感じない。

 

 

 

 

 

!!

 

 

 

 

 

「シーク!! 前だ!!!!」

 

 

「ヒトデマン! “みずでっぽう”、最大出力よ!!!」

 

 

 

 

 

 

正面の浮島に突如現れるヒトデマン。

 

 

 

 

 

 

その口から放たれる激流に、一気にシークは飲まれ見えなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

「っ! “ほごしょく”……」

 

 

 

 

 

 

 

姿が消えたとした瞬間に、水中に潜んだとしか考えなかった思い込み。

 

その時ヒトデマンは隠れもせずに、堂々とシークの正面の浮島に移動していたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

四つ目のわざ、“ほごしょく”で、周りの景色に同化しながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シークとヒトデマンを正面に見据えた視界の端で、カスミが誇る。

 

 

 

 

どんなものだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くそ、くそ、くそ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそがああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんてな。

 

 

 

 

予定とは違うが……待ってたぜ、ヒトデマン。お前が射程に入るのを!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シーク。“こらえる”!!!」

 

 

 

 

ミズキの叫びにシークは答え、相手のわざに対し、足を扮地張り正面から受け止める。

 

 

 

 

「! しまっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カスミの表情が一変する。

気づいたな、だがもう遅い。

勝利のカードは出そろった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒトデマン! 距離を取りなさい!」

 

 

「逃がすかよ! “でんじは”!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みずでっぽうを打ち終わったヒトデマンがよろけながらも思いっきり後ろにジャンプしようとかがむその瞬間に、すべてを耐えきりぼろぼろのシークが不可視の縄で相手をからめ捕る。ヒトデマンは足元を誰かに掴まれたかのような動きで浮島からにげることに失敗する。

 

 

 

 

 

 

「大技で仕留めようとしたのが裏目に出たな! シーク、“めざめるパワー”! 最大出力だ!!」

 

 

 

 

 

見せつけるかのように相手の敗北の原因の一つとなった最大出力を宣告する。

しかしさっきとは状況が違う。

 

 

 

 

 

 

 

しびれで片膝をついたヒトデマンに、もはや逃げるすべなんかない!

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっけぇえええええええええええええええ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりのわざの光の強さに目を閉じたカスミが最初に見たのは、

 

 

 

半泣きになりながら主人に飛びつくユンゲラーと、

 

 

 

愛しいわが子を抱きしめるようにぼろぼろの体を受け止め離さない挑戦者で、

 

 

 

 

 

 

 

後ろを見て最初に瞳に映ったのは、

 

 

 

 

壁にたたきつけられた自分のヒトデマンの、完全敗北した姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――絶対戦闘――――――――――――――――――

                   一戦目

              ×ヒトデマン‐ケーシィ○

              決まり手 めざめるパワー

 

 

 

 

 

 

 

 




ねんりき萌えもんのシークがねんりき使えないという事実を知ってたやつ出てこい
俺は知らなかった(滝汗)
故にプロットから大分変化した出来となった





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第4話 6 最良を求めて

どれだけの人が待っているのか、いや、どれだけの方々にこの小説を待っていただけているのか。甚だ疑問ですがお待たせしました。4-6話です。

昨日アニポケを見ました。かわいいオンバット君がかっこいいオンバーン君に進化しました。
しかしうちのシーク君は進化しても挙動が変わりません。なぜ? そんなことをおもいながら作りました。どうぞ。





 

深夜の三時を回った所だろうか。

 

 

借りた宿のベッドの上でパッと目を覚ますと、寝る前に見た天井から九十度横に首を向けた体制だった。そのまま目に映る青の景色を頭の中で反芻すると、それは仲間の体であることを理解した。

 

 

のりもの萌えもん、ラプラスのスー。

 

 

体のあらゆる場所に包帯を捲いたその娘は、寝返りを打ち顔をこちらにむける。そうやって見せた寝顔はだらしなく涎を垂らした、何とも情けない、憑物が取れたような表情だった。よく見ると目元に涙の跡が残っていて、またいっそうに笑いをあおる

 

笑いに声を載せることを無理やりこらえ、体を起こしながら正面のベッドに目線を移す。

そこには口がきけないハンデがありながら一回り大きくたくましくなった強く純粋な心を持った二人目の仲間の黄色い、これまた包帯だらけの体が眠りについた時と寸分たがわず同じ体制で健やかな眠りを過ごしている。

 

 

ねんりき萌えもん、ユンゲラーのシーク。

 

 

初勝利を飾り、進化した後も変わることのないおどおどとした態度を寝顔から思い出し、また一つ苦笑する。

 

 

そうしながら最後に左前の自分の対角線上にあるベッドに目線を移し、

 

 

 

そのベッドがもぬけの殻であることに気付く。

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ、はっ、やぁ! ぜあぁ!」

 

旅館の外に出て軽くあたりを探してみると桟橋の近くの草っぱら、ちょうど昼間にブルーたちとお茶をしたあたりから、空のベッドの主であり、今の自分の主でもある少年声が聞こえてくる。

 

あまり音をたてないように近づいていくと、そこには月明かりに照らされながら前後左右に様々な動きをしながら飛び回っているミズキがいた。

 

 

「……空手に合気道、カポエラと……太極拳か?」

 

「ん? ああ、フレイドか。そんな大層なもんじゃない。これは単なる運動だよ。どこの拳法でもない。独学だ」

 

動きを止めたミズキがこちらを見て反応する。迷惑はかけまいと軽く身を隠してたが見つかっては仕方がないと手招きする主のもとへと駆け寄っていく。

 

 

 

「こんな時間に何をしている? 今日一日の成果を考えれば、昼まで寝ててもおつりがくるぞ」

 

「確かにな。まあちょっと眠れなくてな。体を動かしたくなったんだよ」

 

首からたらした真っ白のタオルで汗をぬぐいながらスクイズボトルに口をつける。タンクトップにしみ込む汗の量から数分の間に出てきたわけではないということは容易に推測できる。

 

「お前も飲む? プロテイン」

 

「遠慮する」

 

そういいながら差し出されたボトルを手のひらでぐっと押し返す。

 

「残念。うまいのに」

 

ニタニタとした顔でちゅーちゅーと吸いながらベンチにかける。

 

 

 

 

「で、お前はなんで俺を探してたわけ? 着替えを届けるために来てくれた忠犬には見えねえけどな」

 

「当たり前だ。主がこんな時間にトレーニングすることなど予想できるか」

 

馬鹿にされたような気分になったフレイドがそっぽを向いたので頭をなでて落ち着かせてやる。軽く照れながら手をはらい、こちらに向き直る。

 

 

 

 

 

「レポートの再提出をしに来ただけだ」

 

 

 

 

 

「……ほう」

 

ボトルの空気を出し入れしながら、ミズキは激動の刻を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ものの見事にボロボロだな。勝てたのが奇跡だったんじゃないか?」

 

ハナダジム第一戦後。新たな姿、ユンゲラーとなったシークと手をつなぎながら控室へと戻ったミズキは笑顔なフレイドの冷たい一言で歓迎された。文句の一つも言ってやろうと思いフレイドの方へ手を伸ばしたが手を放した途端にシークがふらつきフレイドに体を預けるような形になり、支えるフレイドにじっと見つめられながら微妙な顔でミズキが言い訳を並べ始める。

 

「……“こらえる”で作るワンチャンスを狙うっつー作戦の都合上こうなることはわかってたんだけどな。お前の言うとおり、勝てたのは運がよかったのと、こいつが俺の予想以上に頑張ったからさ。ご苦労さん、シーク」

 

空気をごまかすようにぽんぽん、と少しだけ体の大きくなったシークの頭を軽くなでると、足元でシークがぺしぺしぺし、とスプーンを使って三回たたく。

 

 

「……主、『ありがとう』、だそうだ」

 

 

「……どういたしまして」

 

 

少し顔を逸らしながら言うミズキの姿を見ながらシークとフレイドが顔を見合わせ笑う。

 

「シーク、よく覚えておけ。あれが俗に人間社会で言う、『ツンデレ』というやつだ」

 

「……?」

 

「だからお前の半端な人間知識はいったいどこから拾ってきたものなんだよ」

 

呆れた表情をした後、ミズキとフレイドが空気が漏れるような声でぷっと笑い、再び控室が笑い声に包まれる。

 

 

 

 

しかしいつまでも笑ってられない。まだ一勝。勝利まではあと一勝だ。

 

 

 

 

「フレイド。スーは?」

 

 

いったん疲れ切ったシークをボールにしまって回復装置のレバーを引き、振り返りながらフレイドに聞く。それに対し、フレイドは自分から見て左方向、ちょうどモニターの真ん前辺りを左手の親指で指し示す。その先にはサイズを小さくする前の萌えもんボールが青いベンチに転がっている。スーが入ったボールであることは容易に想像できる。

 

「さっきの試合みてなかったのか?」

 

「いや、基本的には見てたさ。多少トラブルもあってラストアタック前の攻防辺りは見てなかったがな」

 

「トラブル……ねぇ……」

 

訝しむような目を部屋の隅で壁に寄りかかり吹けもしない口笛を吹きながらわざとらしくよそ見をしているフレイドに向ける。

 

「……正直すまん。あまりに見ていられなかった」

 

「まあどうでもいいんだけどな。俺のプランに支障はねえよ」

 

そういいながらベンチを仲介してフィールドにつながる扉へと向かうミズキは右手に持つ萌えもんボールを頭の横に掲げながらぷらぷらと横に振る。

 

「……結局のところ、主の言った通りなのだと思う。ラプラスは、ただただ嫉妬でいじけているだけだ。契約のこと、わっちら仲間のこと、主の思想、そのすべてが奴の中で小さくなってしまっているのだろう。そこにとどめとしてジムリーダーの賭けの提案が入った」

 

「カスミだってばかじゃない。それを理解してスーを賭けに出せって言ってきたのさ。戦えるかどうかも怪しいシークにタイプ相性の悪いフレイドをみて、懸念事項はスーだけだと思ったんだろう。じゃなきゃあみずのエキスパートであるカスミがいくらレアなみず萌えもんとはいえ陸上個体であるスーを欲しがるわけがない。いやらしい精神攻撃だよ」

 

「じゃあなぜそれをラプラスに言ってやらない? どのみちラプラスには負けてもらう予定だからか?」

 

 

別にフレイドはミズキを責めたいわけじゃなかった。むしろ自分にはそんな資格すらないことも自覚している。しかし、先ほどのやり取りから感じてしまうスーへの罪悪感のようなものから、ついつい余計なことを言ってしまう。

 

 

そんなフレイドに対しミズキは、一つ、思い切り息を吐く。

 

 

「言ったからどうなる? 別にカスミはお前が欲しいわけじゃないとでも言った方がよかったのか? いらないけどお前に精神攻撃するためにわざわざ賭けを申し出てきたんだから気にするな、って言えばよかったのか?」

 

 

平坦な口調のミズキの言い分は圧倒的に正しい。フレイドはただただ口ごもるだけだった。

 

 

「……なら、それを知っていてなぜ主はあの賭けを受けた? 確かにラプラスに勝ち目がないのであればあの賭けはそもそも主の計画には関係しないだろう。しかしそれでも賭けを受ける理由にはならない。現実、ラプラスの落胆の上塗りをするだけの結果になってしまった。貴様は何を思ってカスミの要求に応じたんだ?」

 

 

ぼそぼそというような声を出しながらミズキに問う。

 

 

 

 

フレイドは、『勝つのだからどうでもよかった』、という答えを予想していた。

 

 

 

 

常に視界に自分の道をとらえ、覇道を歩いているようなイメージがそぐう自分の主は、そんな傲慢な答えをするのだと勝手に身構えていた。

 

 

 

 

 

しかし、フレイドもまだまだ分かっていなかった。

 

 

 

自分の主は、傲り、驕慢する人間なんかではなく、

 

 

 

 

 

ただただ自分と仲間の利を求める、

強く、欲深い人間であることを。

 

 

 

 

 

 

「0点だ。お前のレポートは根本から間違えてる。それじゃあ答えは教えてあーげない」

 

 

 

 

 

 

悪戯な笑みを浮かべながら、ミズキはプールサイドへと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は言った。わっちは根本的に間違えている。主の思考を取り違えていると」

 

「……ああ、言ったな」

 

正確に言えばそこまで言っていないが今指摘するべき場所はそこではない。言いたいことは間違ってなかったのでミズキは素直にそれに頷く。

 

「それで? わかったのか? 俺の考えていたこと。俺の望んだこと。俺の想いが」

 

「それを当てる前に、まずは聞きたいことがある」

 

「ん?」

 

 

 

 

「今日のお前はどこまで本当で、どこまで嘘だったんだ?」

 

 

 

 

ミズキは、何もせず、ただただいつものようにくすっと笑う。

 

 

冷たい夜風が大量の汗をなでるように冷やしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、第二戦目すべてを小説に起こすような機会があれば、とてもつまらない文章になったことだろう。

 

 

 

それほどまでにひどい試合だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんなのよあなたたち……なんなのよぉ!」

 

沈黙を破ったのはジムリーダーカスミ。

 

ヒトデマンを出して挑んだ一戦目。カスミは安牌だと思っていたケーシィに敗北し、黒星を一つつけられた。その事実だけでも心に来るが、二敗したら絶対戦闘に敗北する。もう負けることはできない状況まで自分は追い込まれている。

一瞬たりとも気を抜けない。そんな気概を持って挑んだ第二戦目は、

 

 

 

 

 

「あなた、なんでそんな落ち着いてられるのよ。自分の、自分の萌えもんが、こんなにいいようになぶられてるのに!」

 

 

 

 

勝るドククラゲ、圧倒されるスー。

 

 

 

 

 

一方的だった。

 

 

なんということはない。スーはドククラゲの見かけによらないすばやさに翻弄され、見かけどおり有能な触手に自由を奪われ、予想通りにどくこうげきを受けて、予想通りにしめつけられている。

 

特筆して書くこともできやしない。完全なるスーのみず萌えもんとしてのスペック負けだった。

 

 

以前ニビジムでカブトプスと戦ったときに同じような窮地に陥ったことがある。スーに仕事が似ている相手との戦闘。今回、その時よりも幾分かましな点はいくつかある。

 

 

その最たるものとして、ドククラゲには引導火力がない。つまりスーを倒す確実な攻め手を持っていないということがある。

 

カブトプスの際には鋭く研ぎ澄まされた鎌によるいちげき、すいとる系統のライフゲインなど、警戒しなければいけないわざが山ほどあったし、どれをまともに受けても致命傷だった。ドククラゲにはそれがない。

 

 

 

しかし、今のドククラゲ、ひいてはカスミには、それを補って余りある莫大なプラスポイントがある。

 

 

 

それは、みず萌えもんとして、スーに相対していることだ。

 

 

 

繰り返し話していることだが、スーはラプラスの陸上個体である。海で暮らしていた時間は長いが肉体は彼女が地上生物であると判定している。その判定には逆らえない。

 

 

遊泳をすれば相手より遅く、水中にいれば地上よりも疲れ、みずでっぽうをうてば相手より弱い。

 

 

ある意味スーは、フレイドよりずっとこのハナダジムの挑戦に向いていない萌えもんだった。

 

 

 

 

 

「あなた、本気でラプラスに何もしないつもり?」

 

カスミは自分を落ち着かせ、静かに自分の相手に問う。それに対しその相手は眉一つ動かさずに、自分の前の浮島で、叫びも上げずにしめつけられ続けている自分の萌えもんを見つめている。

 

 

思えばこのバトルが始まった時からおかしかった。

 

この奇妙さを伝えようとしても難しいが、自分がいくらドククラゲにこうげきの指示をだし、相手の体力を削っても、勝利に近づいている気がしない。

 

どれだけどくにしてもひざを折らず、どれだけしめつけても声一つ上げず、審判のマサキが思わず目を背けるほどのサンドバック、いや、ゾンビのような状態。

 

ゲームで言うなら、何度攻撃しても黄色ゲージにならないバグの根源と戦っているような気分だった。

 

その想いはドククラゲにも伝わっていたのだろう。

“しめつける”こうげきと“どく”状態のダメージとで着実に相手を弱らせている自分の相棒は、どんどん腰が引けてきている。

 

 

 

(……いけない。これが彼の作戦かもしれない)

 

深く考えれば考えるほど、敵のどつぼにはまっていくように思える。

底なし沼に沈みたくなければ、沼の近くに行かないこと。

相手の土俵に入る前に、けりをつける。

 

 

 

 

「ドククラゲ! みずにその娘を引きずり込みなさい! 水中で相手にとどめを刺すのよ!」

 

 

 

 

言われるや否やドククラゲは自分の触手に相手をからませたまま、水深何メートルあるのかというプールへ見えなくなるまで沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

そのまま何が起こるわけでもなく、ただただプールの表面の波紋が作る景色を見続けるだけの時間が四分、五分と流れていく。

 

 

 

 

「……今度は何をたくらんでるかは知らないけど、もう終わりよ。あなたの声はもう届かない。水中であなたのラプラスは私のドククラゲにかなわない。早いうちにサレンダーするべきね、私としても賭けの対象であるあの娘がこれ以上使えなくなるのは不本意だから」

 

 

カスミは腕を組みながらなるべく落ち着き、無感情な声で、刑を宣告するかのようにミズキに諦めの言葉を促す。

 

 

結局ミズキは何のアクションも起こさなかった。スーがいくら殴られようがしめつけられようが苦しめられようが、その瞳に一切の動きはない。時折自分の手のひらの機械に目線を落とすが何をしようというわけでもない。そもそも不正を働くような機械ならばジム内に持ち込むこともできないだろうから、あれの役割はせいぜい萌えもんの体調確認ぐらいだろう。

 

 

「……手立てがないならあきらめるのもトレーナーの務めよ。いや……トレーナーの責任と言ってもいいわ。これ以上、自分の萌えもんを傷つけないで」

 

 

 

 

 

 

 

カスミの困ったような顔に、ようやく目線をこちらに向けながら、ミズキは穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなセリフも言えるんですね。R団じゃなかったならば、もっと仲良くなれたのに」

 

 

 

 

 

 

 

そういいながらまた機械に目線を落とす。訝しむような目を作りながらそれを睨むカスミに対し、ミズキはそれを高々と掲げる。

 

「これは別におかしなもんじゃないですよ。もうすぐ商品化される機械、ポケット萌えもんナビゲータ。通称ポケナビです。発売されたらどうぞよろしく」

 

客にするような笑顔で応対するミズキの態度に、少しカスミは寒気を覚える。先ほどまでの暗く冷たい何を見ているかわからないような目をした男と同じ人間とは思えなかった。

 

 

「ああ、機能はいろいろついてるんですけど、安心してください。今のこれは単なる時計ですから」

 

 

「……時計?」

 

 

それで先ほどまでの行動か、とカスミは理解する。しかし、行動の意味は理解できても思考な中身をまるで理解することはできない。

 

 

 

「……それで? まさかあなた、タイムアウトの引き分け狙いなの? 言っとくけど、私の萌えもんの体内時計はそこまで馬鹿じゃないわよ。このルールのジム戦なんて、わたしたちは何百とやってきてるんだから」

 

「もちろん、わかってますよ。俺もそこまで馬鹿じゃないんで」

 

 

 

そういいながらもミズキは時計から目を離さない。言い知れぬ圧迫感に襲われたカスミも思わず自分の腕に目を落とす。

 

 

 

タイムアウトまで、あと一分半といったところだろう。

 

 

 

「……無駄よ。残りの時間でドククラゲがあなたの萌えもんにとどめを刺すことなんて難しくない。仮に無理でもわざわざ引き分けの時間まで粘る必要はないわ。ラプラスを置いて上がってくれば、それだけでわたしたちの勝ちは揺るがな」

 

 

 

 

 

 

「誰が引き分け狙いって言いました?」

 

 

 

 

 

ミズキはそういいながら、後ろを向いて数歩歩きだす。そしてある程度離れた場所で叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ないですよ、離れないと」

 

 

 

 

 

 

 

そう叫んだあとは、一瞬、

 

 

 

 

 

 

 

 

魚雷が爆発したかのような水柱が上がり、

 

 

 

 

幻想的な怒りの咆哮が轟き、

 

 

 

 

狂気の顔を浮かべ現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げ遅れたカスミはかなりの水をかぶることとなり、

 

 

歪んだ視界から、

蒼いオーラのような何かを纏う相手の姿に、

触れてはならぬものに触れられた怒れる竜の面影を見た。

 

 

 

 

 

 

 

ミズキは笑い、目を見開き、右手を前に出し、この試合初めてこうげき指示を出す。

 

 

 

 

 

 

「水面をみろ! “れいとうビーム”!」

 

 

 

 

 

 

狂笑の面を一瞬素顔に戻したスーは、声の主の咆哮を一目見る。

 

 

 

そして数秒もたたないうちに、宙で体を思いっきり逸らし空気を蓄え、体内の冷気を一気に吐き出す。

 

 

 

 

 

今日何度したかわからない呆けた表情をさらすカスミ。

 

 

 

 

 

 

 

爆発的な威力のビームは、プールをスケートリンクに替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も見えていないのか、

他に誰もいない氷の上で、怒りのままに体を振り回し続けるスー。

 

 

 

 

 

そんなスーの下の分厚い氷が数回音を鳴らした後、

 

 

 

 

無情なブザーがジム内に響く。

 

 

 

 

『8分ケイカ、8分ケイカ。ドククラゲ、セントウフノウ。ドククラゲ、セントウフノウ』

 

 

 

 

 

 

 

 

突然ドアが開く音が聞こえ、ペタペタと濡れたプールサイドを小走りする音が聞こえてくる。

 

 

「主!」

 

 

ミズキに控室のフレイドと歩けるまで回復したシークが走ってくるが、途中でその足を止める。

その目線の先には、まるで闘牛のように暴れまわるスー。

 

足元の氷で何度も滑り、体を打ち付け、もう一度立ち上がり暴れまわる。

 

それを何度も繰り返している。

 

 

 

 

数回繰り返す様を見て、体の固まる他の物を尻目に、コツコツコツとミズキは氷のフィールドに足を踏み入れる。

 

 

 

 

それに驚くフレイドは止めようと足を踏み出そうとするが、シークに腕を引かれとめられる。

 

 

 

 

「お疲れスー。もうバトルは終わったぜ。お前の勝ちだ」

 

 

 

 

そういってコートの中心まで歩いて言ったミズキの言葉にスーの体は反応する。しかし、目の焦点は定まっておらず光がない。声も獣のような唸るような声が出るだけだった。

 

 

 

 

瞬間スーが足元を蹴ってミズキに飛びつく。決して“じゃれつく”なんて生易しい威力の物でなく、腹部に思い一撃が入り、意識が飛びかけるのを無理やり抑え込む。

 

 

 

「ラプラス!やめろ!」

 

 

 

意識を再度目の前に向けると、吠えるスーを無理やりシークが“ねんりき”で押さえ込み、隙をついたフレイドが羽交い絞めにしていた。おそらく自分を助けるために“テレポート”で駆けつけてくれたのだろうと推測し少しうれしくなるが、スーは一向に収まらない。

 

このままでは倒れるまで暴れるかもしれない。

 

 

 

 

そう誰もが思った矢先、ミズキはスーに右手をかざす。

 

 

 

 

 

「落ち着け。スー」

 

 

 

 

 

背後にいたために何をしているのかは把握できなかったが、抑え込むのに全力を尽くしていたシークとフレイドは、抗う力が緩まっていくことを肌で感じていた。

 

 

 

 

 

「…………ま……す……た……ぁ?」

 

「ああ、俺だ。お前のマスター、ミズキだよ」

 

そういいながら近づいてきたミズキは、フレイドから奪いとるように自分の胸の中へスーを抱き寄せる。スーはまどろむ目を開きながら抜けていく力でミズキの胸をぎゅっと掴む。

 

 

「ご、めん……なさい」

 

 

「何を謝るんだ。ジム戦はお前の勝ちだよ。俺はお前を勝たせてない。お前一人でもぎ取った勝利だ」

 

 

「わ、たしひとりで?」

 

 

「ああ、よく頑張った」

 

 

涙をこらえるような表情で訴えかけるスーに対してミズキは優しい笑みを返す。

 

そして安心したスーははっとした後後ろを振り返る。

 

 

 

「フレイドさん、シークちゃん、ごめんなさい。わたし……今日は……」

 

(……)

 

シークは少し考え、とたとたと歩き近づいた後、スプーンで四発ぺしぺしとすーの足をたたく。

 

「……気にするな、という意味だろうな。同感だ。お前は勝った。今はそれだけでいいんじゃないか? ゆっくり休め、スー」

 

 

そのフレイドの言葉を皮切りに、先ほどこらえていた涙があふれ出てきたかのように泣きじゃくるスー。そしてそれを見守る三人は、顔を見合わせ、少し微笑む。

 

 

涙の声が寝息に変わるまで、誰もその空間を崩すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スーに竜族、すなわちドラゴンタイプの血が流れているのはだいぶ前から知ってたことだ。というよりは最初にあいつの体つきを見た時から推測はしていたから実際は出会って対面した時から予想はしてたことになるのかね。ただそれは隠したい過去の一部なんじゃないかと思っていたから今まで特に触れることはなかった」

 

場所は移って近くのベンチ。フレイドを膝の上に載せながら頭越しに会話をしている状態だった。

 

「しかしわっちのパーティ加入によって自分の実力に自信がなくなってしまっていたスーが自信を取り戻すためには圧倒的な勝利が最適な起爆剤だ。だからこそそれを利用したわけだ」

 

「スーにはいうなよ。あくまでスーは自分の力で勝利したんだ」

 

肌寒くなってきたためにフレイドを抱きしめながら会話をしていたミズキは少し顎を引き真下のフレイドにくぎを刺すように言う。

 

「言わないさ。言う意味がない。わっちはスーが嫌いなわけではないからな。むしろ今回の一件を超えてスーも、そしてシークも大好きになる事が出来た」

 

ふふっと笑いながら言うフレイドの鬣をなでながら、ミズキもつられて幸せそうに笑う。

 

 

 

 

「それで? どこまで想定通りだったんだ?」

 

 

 

 

冷たく、というわけではないが、少しだけ声のトーンを落としたフレイドが振り向かずに背後のミズキに問う。

ミズキは何も答えず、何も聞いていないように、フレイドをなでる手を止めない。

 

「わっちのレポートが0点であるならば、わっちの考えが根本から間違っていたならば、その根本とはどこにあったのか。わっちは控室でずっと考えていた。しかしいくら考えてもその答えは出ない。どうしてもそれはわからなかった、試合が終わるまでは」

 

 

 

そう、試合は終わり、

 

スーは勝った。

 

 

 

「最終的にスーは主に頼ることなく、自分の力で勝利をもぎ取った。そこまで来てようやく気が付いた。端から主はあの二人だけでジムを勝ち抜くつもりだったのではないかと」

 

そこでフレイドは振り向く。やはりミズキは何も変わらず、少し笑っている。

 

「……なんでそう思った」

 

「そう考えればすべてがうまくはまるからだ」

 

そういいながらフレイドは自分の小さい指をミズキに差し出しながら一本ずつ指折りをしていく。

 

 

スーは嫉妬の想いを糧にし、理解し、乗り越え、自身を取り戻した。

 

シークは自分が勝たなければという想いで発奮し、見事初勝利を挙げユンゲラーへ進化した。

 

フレイドは戦うことなくチームの皆に実力を認めてもらい、そのうえで苦手なみずタイプと戦わずしてジム戦を終えた。

 

マサキはミズキの賭けに乗ることで、無事自分の平穏を手に入れた。

 

ミズキはR団に勝利し、欲しい情報を手に入れた。

 

 

 

「わっちらの勝利を前提とした場合、主の行動は主側の者すべてに最高の結果をもたらして終わる結果となった。これは単なる偶然とは思えない。いや、我が主がこれをすべて偶然で創りだしたとは思えない」

 

それに、と言いながらフレイドは続ける。

 

「スーの怒りの力を利用しドククラゲに勝ったことだって、本来だったらギャンブルだ。スーが怒りを爆発させる前にノックアウトされてしまうかもしれない。しかし、スーは“シェルアーマー”だ。どれだけ直撃のこうげきを受けても致命傷になることはない。必ず倒れる前にスーは我慢の限界が来る。そう思ったからあんな一見無茶苦茶に見える作戦をとった。もっと言えばカスミの提示した賭けを利用し、スーの心を煽っておいた。ドククラゲにやられ、なぶられるうちに確実にキレて爆発するように」

 

 

 

すたっ、とベンチから降りたフレイドは、真剣な顔でミズキを見る。

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでがわっちの作り上げたレポートだ」

 

 

 

 

 

 

 

その眼を見返したミズキは立ち上がり答える。

 

 

 

 

 

 

「95点。優等生をもって幸せだよ、俺は」

 

そういって荷物を持って宿に戻る。その後ろ姿を追いかけるフレイドは喜ぶ口元を抑えきれずに少し音が上がった声を出してしまう。

 

 

 

 

「の、残りの5点はどこにある?」

 

 

 

 

ミズキは悪い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「教えない。俺は生徒に答えを渡さない主義なんだ。再提出はいつでも受け付けてやるよ。100点は自分で目指すものだぜ」

 

 

「……スパルタだな、主は」

 

 

「うるせえドM犬」

 

 

くすくす笑いながら並んで歩く二人の歩調は軽快だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

R団に勝利し、欲しい情報を手に入れた、か……

 

 

 

 

 

あれは本当に俺の求めた答えだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

少し考え、頭を振る。

 

 

 

 

 

……答えを先延ばしにしても仕方はない。

 

 

 

 

R団を壊滅させる。

 

 

 

 

自分はそのために生きているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちの勝ちです。質問には答えてもらいますよ

 

 

……言っておくけど、私は大したことを知らないわ。内部情報なんてほとんど持っていないわよ。うちの組織は慎重派なの。拷問を受けても情報を吐かないように、本部の場所さえ知りはしないわ。私に来るのは指令だけ

 

 

……ええ、もちろん。知ってることだけ答えてもらって構いません。俺は別に組織思いなあなたのことは嫌いじゃないので、当然拷問なんかもしませんよ

 

 

……甘い男ね。で、何を聞くのよ?

 

 

 

 

 

 

あなたとサカキ以外の、ジムリーダーのR団は、誰ですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿の部屋まで戻りベットに腰掛けるミズキは、ぐっすりと眠る仲間を一瞥した後、ベッドサイドランプのもとにあるパンフレットを取り、数ページめくる。

 

 

それはカントー地方に来た別地方のリーグ参加のトレーナーのための協会発布のものだった。

 

ミズキが開くページには、カントーのジムバッジを司る八人の顔写真が印刷されていて、その脇にはそれぞれのジムリーダーの一言コメント、そしてそのジムリーダーのいる町はどこか、といった情報がすべて書き込まれていた。

 

 

 

 

 

 

部屋備え付けのボールペンを机から抜き取り、二箇所にペケマークをつける。

 

 

 

 

 

あと、六人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで、なんであなたまで……」

 

 

 

演技の必要がないただ一人の空間に、悲痛な嗚咽が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――絶対戦闘結果――――――――――――――――――

                   一戦目

              ×ヒトデマン‐ケーシィ○

              決まり手 めざめるパワー

 

                   二戦目

              ×ドククラゲ‐ラプラス○

              決まり手 れいとうビーム

 

                  勝者 ミズキ

                  審判 マサキ

               




前にポケナビの話題に触れたときに名前を萌えナビに変え損ねたのは内緒のお話。


長かったハナダ編がついに完結!


次々に明らかになっていくスーの過去! ミズキのすごさ! シークの語録! フレイドの無駄な人間知識! 


一体彼らはどこへ向かうのでしょうか? 続く。


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第5話 1 新しい旅 新たな火種


久しぶりの日常、というわけでもないけど、まったり回です。





 

 

 

 

 

夕方までには次の町に行こうというプランの元、ハナダの町を出ようとしている四人の会話は何とも言えない表情で主を見上げるフレイドの言葉から始まった。

 

「……この数日間で何度言ったかわからないが、あえて重ねて言うぞ。貴様本当に人間か?」

 

「……昨日までつけてた包帯が、全部とれちゃいましたね……」

 

「俺が知るか。俺は普通の人間だ。文句は俺の体に言え」

 

(ぱちぱちぱちぱち)

 

二人がこちらの腕を見て渋い表情を浮かべるなか、シークだけが素直に主の身を案じ祝福してくれる。

 

「シークぅ。俺の味方はお前だけだよぉ」

 

言いながらシークを抱え上げ抱きしめながらもこの激動の二日間を振り返りながら二人の言い分ももっともであることを痛感する。

 

「わっちと二回本気で戦闘した傷が一日で癒えるのが普通の人間のできることか!? 見ろ! この二人の包帯の数を! 萌えもんですらこの様だというのに人間が先に完治するとはどういうことだ!?」

 

耳が痛い話だなあ、と思いつつも適当に流しつつもそのまま歩き出す。

 

「だから俺は知らねえって。うだうだ言ってると置いてくぞ」

 

「ぬっ! そうだ、主! 治ったのなら再戦だ! 次こそ貴様の顔を土につけて見せるぞ!」

 

「……ほう。懲りないのう。この駄犬は」

 

「『再戦を断るのは男が下がる』のだろう?」

 

「負けが嵩む前に撤退するのは立派な戦略だと思うけどね」

 

「ふっ。昨日までのわっちと思わないことだ。貴様を地獄に落とす戦略は昨晩練りに練りつくした」

 

「無駄な努力、って言い方は好きじゃないけどな。そういう状況のために『徒労』って言葉は存在するんだぜ?」

 

二人そろってピタッと歩を止め、一定距離を取り真剣な目で相対する。

 

「……焼き潰してやる」

 

「捻り殺してやる」

 

 

「人様のお庭で何をやりだすつもりですか! やめてくださーい!」

 

 

 

 

 

 

その日のハナダの昼時はとある豪邸のそばで修羅と焔の妖怪が暴れまわったという話でもちきりだったとかじゃなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げふっ、ま、また負けた……」

 

「十年早い。お前の売りは持ち前のすばやさと遠距離からのとくしゅこうげきだろ。だがここ三日間の連戦で俺はお前の動きに大分目を鳴らす事が出来たからな。だったら次はスピードを生かした近接わざより正確性を重要視したほのおこうげきに重点を置いた方が勝率は高い。“インファイト”を好みすぎてるんだよ。それで何回“しっぺがえし”くらってるんだ」

 

「ぐぬぬ。しかし、萌えもんとしてそんなわざだけで攻撃して人間の主に勝利するわけには……」

 

「プライドっつーのは上に立つ奴が持って初めて意味をなすものなんだよ。一丁前なこと言ってないでとっとと俺に勝ってみせろ」

 

椅子に座ってふてくされている傷だらけのフレイドにその傷をつけた張本人であるミズキが手当てをしているという現状を見て、スーから少し笑いが漏れる。

 

 

「全く、仲良しさんなんですから」

 

 

「お?」

 

「ん?」

 

(……)

 

スーの言葉に思わず三人は顔を見合わせる。

 

「へっ? 何かわたし、変なこと言いました?」

 

一人顔を見回しながらきょとんとした顔を浮かべるスーを見て、我慢できなくなったミズキとフレイドの二人はケラケラと笑い、声を上げないシークでさえも、にっこりとした笑顔をスーに向ける。

 

 

「ちょ、ちょっと! なんですかいきなり人の顔見て笑い出しちゃって! みなさん、とっても失礼ですからね!」

 

 

スーの場違いな声が笑い声にハミングする。

 

 

 

 

 

 

「あーあ。わらったわらった。悪かったな、スー。反省してる」

 

「いやー申し訳ないなスー。唐突に楽しくなってしまったんだ。反省している」

 

(ぽんっ)

 

スーの方にシークが一回手を置く。普段の「YES」の合図だから同調したいだけなのだろうが状況から言って憐れんでいる、所謂「肩ポン」の形に見えなくもない。

 

「……絶対反省してないですね!」

 

 

ぷんぷん、と言わんばかりに前をどたどたと進んでいくスーを見つめながら、後ろの三人はもう一回くすっと、今度は優しい笑いを向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

スーは気づいていない。

 

昨日同じように暴れまわったミズキとフレイドに対し、自分はただただ嫉妬するだけだったということを。

 

 

 

 

 

スーは気づいていない。

 

自分が成長したことを。

 

 

 

 

 

昨日、ずっとスーを思い続けていた三人には、

それがよくわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、茶番もそこそこに。そろそろ本格的に次の町を目指すとしましょうかね」

 

「茶番!? わたしは茶番のためにひとしきり笑われたんですか!?」

 

「本格的に目指す? 移動手段でも手に入れたのか?」

 

「無視ですか!? 無視なんですか!? ちょっと!?」

 

「おお、察しがいいなフレイド。大当たりだよ」

 

「……シークちゃあん」

 

(なでなで)

 

進化したことでさしてスーとの身長の差がなくなったシークは少し背伸びをして涙目になるスーの頭を軽くなでる。

 

「……いじめがいのある娘だなあ」

 

「……悪い顔だな主」

 

「いやいや、フレイド様には構いませんて」

 

「……で? 移動手段とは何のことだ」

 

「お、強引に逸らしたな。まあいいや」

 

そういいながらミズキは先ほどの戦闘で軽く煤けた上着の裏ポケットから黄色く少し丸みを帯びた小さな端末を取出しそれの下側に、黒いコードと小さな四角形の正体不明の電子機器がつながったプラグを差し込む。

 

「それが主が開発したとか言ってたポケナビというやつか?」

 

「そ、この黄色いのがな。だがこっちの機器はまた別件だ」

 

四角形の機器を片手で少し上げ、もう片方の手でそれを起動させながらフレイドとの会話を続けていると、ナビから音が鳴り響く。

 

『イクーゼ ハゲシクモエルバトルー』

 

「のわ! な、なんだ」

 

「……お。グッドタイミング」

 

ぴっ、とポケナビの真ん中の青いボタンを押してミズキはそれを耳に当てる。どうやら電話の機能もついているらしい。

 

「もしもし。ああ、マサキさん。先ほどメールしたとおりです。今すぐ作動させてください。はい、はいはい。お願いします」

 

ぴっと再度ボタンを押して今度は四角形の物体を前に掲げる。

 

「……これはいったい何をしようとしているんですか?」

 

 

ようやくもどの状態の戻ったスーがフレイドを連れてこっちの方へ歩いてこようとしたのを、ミズキは声で制止する。なぜか、と問おうとした瞬間に、疑問は驚愕に変化し吹き飛んだ。

 

 

四角形の機器の画面が光ったかと思えば、その前にじてんしゃが姿を現した。

 

 

「……マサキさん。“リアライザー”、完成ですね」

 

「リアライザー? 主、それはいったいなんなんだ?」

 

初めてみるじてんしゃという物に目を輝かせるスーとシークを尻目に、フレイドはミズキの手の中にある四角形に興味を持ち続ける。

 

「うーん。簡単に言うと“持ち運べるどうぐあずかりシステム”かな。お前は知らないかもしれないけど俺はいつも町を出る前にいろいろバックの中身をパソコンの前で選別してるんだ」

 

「ああ、いつもパンパンのバッグを持ち歩きながら旅してたんですよね。今日は持ってないですけど」

 

自転車から興味をこちらに移したスーが言う。

 

「その通り。今までは何とかそれでこなしてきたがここから先もっと大所帯になった時にいずれ厳しくなってくるだろ? っつーのをマサキさんに相談したら『試作製品のモニター扱いになるけど使ってみるか』ってことでこれを俺に預けてくれたってわけだ」

 

小さな機械を見せつけるようにひらひらを手を上げて振る。

 

「なるほど。それで今まで嵩張る荷物になるということで利用できなかったじてんしゃを用意したというわけか」

 

「大正解。幸いハナダにはじてんしゃショップがあるからな。これを昨晩に受け取ってからすぐに買いに行ったよ」

 

くすくす笑いながら、いまだじてんしゃに興味津々のシークを持ち上げ前かごに載せ、脇にいたスーを持ち上げ後ろに乗せる。

 

「お前は一人で走れるだろ。それともボールに入っておくか?」

 

「馬鹿にするな。わっちのスピードは知ってるだろ。その程度のじてんしゃの速度に負けることはない」

 

「なにおう、と言いたいところだが、正直あまりいいもんではないからなあ。店で一番安いものを買ってきただけだったし」

 

がちゃこん、という安っぽい音を立てて跨りながら愚痴をこぼす。

 

「ほー。いったいいくらだったんだ?」

 

「100万」

 

「はっ?」

 

「1000000円」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わってヤマブキシティ北部。

 

「はあ? 通行止め? 四方の通路全てですか?」

 

「ああ。何でもヤマブキシティ全体で大々的な改装工事をやるらしいよ。かなり前から計画していたんだけど、最近シルフカンパニーが費用を全額負担したことでついに行動に踏み切ったとかって話を聞いたけど」

 

「はー。太っ腹な社長様がいらっしゃること。大富豪ってのはそこら辺にいるもんなんだねぇ」

 

「「(……)」」

 

「……なんだよお前ら」

 

周りの三人が何とも言えない表情を浮かべてまっすぐにこちらの目を見ている。なんだよ、言いたいことがあるなら何でも言えよ。

 

「別に」

 

「何も」

 

ぽんぽん。

 

「……俺は四年間研究員してた時の給料と賞金が丸々バンクしてあるんだよ。それこそ一生くいっぱぐれないくらいにな」

 

言い訳にもならない言い訳を並べる。が、当然それで、なるほど、と話が片付くはずもなく、

 

 

「普通の研究員が普通に働いてそんなことになるのか?」

 

 

という質問が飛んでくるのは自然な流れで。

 

「……」

 

「ならないんじゃないですか」

 

「ほう、一番俺のバンクの恩恵を授かっている奴が何を言うか。せっかくだれかさんのために野宿の時でもいつでも食料を転送できるリアライザーなるものを入手したというのに」

 

「マスターは神です。神が何をどう使おうと神の勝手なのです」

 

「お前もなかなかに簡単な奴だな」

 

シークが全員を傍観しながら、やれやれ、みたいな態度をとっていたのに気が付く者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、どうしたもんかね」

 

ヤマブキシティに門前払いを食らってしまったミズキ一行は5ばんどうろへ戻って立ち尽くしていた。

 

「そのヤマブキとかいうところしかハナダから隣接する町はないという事か?」

 

「あるにはある。だが隣接しているというにはかなり厳しい場所にあると言わざるを得ないな」

 

何せハナダの脇道から思いっきり最東端にそれたイワヤマトンネルという洞窟を通って通過しなければならないというルートだ。こう数日のうちに何度も何度も登山なんぞしたくないというのもあるが最大の理由はほかにある。

 

「そのトンネルは暗いんだ。おつきみやまと比べるととくにな。トンネルを掘ったはいいんだが位置が今言った通りなもんだから整備に行くやつがだれもいない。さらには野生のゴローンなんかが侵入者に対して“じばく”や“じしん”なんかしてくるからたちが悪い。誰かが入る度に地形変化が行われちまうから地図を作ることもできなくて掘った奴らもお手上げって状態だ」

 

いまやイワヤマトンネルまで行くやつは自信家の命知らずか自殺志願者しか行かないとまで言われる始末だ。まあもともとヤマブキシティがなくカントー地方が東西南北に四分割されていた時代に使われていた過去の遺産のようなものなのでそういわれるのも無理はないが。

 

「じゃあどうする主?」

 

「……どうせ進めないんだったらいったんハナダに戻ってマサキさんと対策立て直すか。カスミとは『絶対戦闘』での契約があるから今のところハナダにいれば安全だしな。せっかくだからスーとシークの回復期間に充てるっていうのもありか」

 

「……あまり気は進まないが妥当なところだな。おい、お前らとしてはどうなんだ、スー、シーク」

 

フレイドはそこで振り返る。しかしそこにはミズキと手をつなぎながら歩くシークの姿しか見当たらない。

 

「……スーはどこだ」

 

「さあ? あいつは好奇心と欲望の塊みたいな生き物だからな。俺たちと一緒に考えてるのは性に合わないんじゃないのか?」

 

何時ものことだと言わんばかりのミズキにフレイドはやれやれといったポーズをとる。

 

「安心しろ。どうせそのうち戻ってきて騒がしくなるさ」

 

「今の発言のどこをどうしたら安心できるん「ま、マスター! こっちに来てくださーい!」

 

 

言葉を遮られた上に嫌な予感的中で悲しそうな残念そうな表情をしているフレイドを見てミズキはくくくとこらえるように笑う。

 

 

「あそこ! あそこに変な家があります!」

 

 

スーが騒いで指差す先には通路に囲まれるように立っている一軒の家があった。ああ、なるほど、そういえばこんなところがあったな。確かにこれは変な家だ。

 

どのように変な家かと言えば、最大の特徴は立地条件だ。不動産屋にこんな家が紹介されていたら本当にこの家を売る気があるのかと思うような条項が並ぶことだろう。

 

「……この段差を登る事が出来ない限りは上から段差を飛び下りてこなければいけないわけか。なるほど、変な家だな」

 

「天然のホームセキュリティだな。当然これにも理由はあるさ。ちょうどいい、この家を訪ねてみようか。スーとシークの医療に専念するっていう目的にも一致する施設だ」

 

そういうとミズキは振り返りシークと手をつなぐ。それだけで全員が次にやろうとしていることを理解しシークにつながっているミズキの体にしがみつく。

 

 

 

 

三人が一瞬目をつむり、次にあけるとそこは件の施設の前だった。

 

「やはり便利だな。テレポートは」

 

感心するように言うフレイドにほかの二人も同調する。

 

「カスミ戦の要わざでもあったしな。戦闘離脱用のわざだと思ってるやつが多いがコントロールできる奴が使えばこんなに有用なわざもない」

 

「わたしもすっかり甘く見てました。ごめんなさいシークちゃん」

 

そういうスーをシークは笑顔で四発ぺしぺしとたたく。

 

「さてと、しかし初めて見たな。これが“そだてや”か」

 

「そだてや? 主、それはいったいなんだ?」

 

「そだてやっていうのはその名の通り、萌えもんを育てるための施設だ。トレーナーの中には自分で萌えもんを育てるという技術がなかったり時間がなかったり気概がなかったりするやつがいる。そういうやつらに代わって萌えもんを立派に育て上げてやるっていうのがここの目的だ」

 

「……あまりいい気分はしないな。萌えもんを捕まえておきながらそういうことをする輩がはびこっているという事実は」

 

「フレイドさん……」

 

苦い顔をするフレイドにスーはこれまたつらそうな顔を向ける。

 

「余計なことを言ったな。忘れてくれ」

 

「……まあお前の気持ちはよくわかるさ。こういう施設で商売ができるっていう現状は俺もどうかと思うしな。だがこの施設の目的はほかにもあるんだ」

 

そういいながらミズキは家のわきの方に見える柵の中の牧場を指さす。

 

「あそこがこのそだてやのオープンスペースだ。あそこはいろんなトレーナーから預かったたくさんの萌えもんが遊んだり、走ったり、戦ったりして自分で成長してもらうためっていうのが基本の利用目的なんだが、優秀なそだてやは萌えもんの『タマゴ』を作ることを任されていることがある」

 

「タマゴ?」

 

「そう。ちょっと言い方は悪いが『萌えもん交配』だ。俺はスーを捕まえてから旅に出たが最初からてもちを持たずに萌えもんがゲットできることなんてそうそうありはしない。そういう初心者トレーナーのためにカントー地方ではヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネの三種を専門のそだてやがタマゴから返し、ある程度のレベルになるまで鍛えてから初心者トレーナーに任せるっていうシステムだがあるんだ」

 

「カゲ君やゼニちゃんがそれにあたる子たちですね」

 

スーが思い出したかのように言う。

 

「そういう事。そだてやを営んでる人たちっていうのは、そうやって幾千の萌えもんの育成に携わってきた萌えもんブリーダーのスペシャリスト達なのさ。そういう理由からそだてやの人たちはトレーナーを隠居した老夫婦とかが多いんだけどな。そんな人たちがいる場所だったらお前らの息抜きにもピッタリじゃないかって思ったわけだ」

 

スーとシークの頭をガシガシと撫でながら言う。二人が照れた笑顔を浮かべる中、フレイドはまだ怪訝そうな顔で牧場を見つめている。

 

「……まだ何か気に食わないことがあったか? フレイド」

 

少し悲しそうな優しい声で、ミズキは聞く。

 

「いや、そだてやという場所のシステムはわかった。すべて認めたと言えば嘘にはなるがある程度理にかなった施設であることも理解したつもりだ」

 

「……なら、どうしたんですか?」

 

 

 

 

 

「いや、なに。だったら今日は休業日なのではないか、と思っただけだ」

 

 

 

 

 

昼の只中にすっからかんな牧場を見つめ、つぶやくフレイドの言葉にミズキは眉間にしわを寄せる。

 

 

 




総合評価100を突破しました!
……というのを後書きで言おうと思って話を書いていたらいつの間にか100を大きく上回っていました。嬉しい悲鳴です。

見てくださった皆さん、感想をくださった皆さん、お気に入りしてくださっているみなさん、評価してくださった皆さん、本当にありがとうございました!





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第5話 2 敵との距離

本編に入る前に少しだけ、

わずらわしく感じた方はスルーしてください。






活動報告のほうにも書かせていただきましたが、先日、この「罪深き萌えもん世界」が一瞬だけとはいえ、日刊ランキング18位に顔を出しました!
こんなにたくさんの方に見ていただけるとは夢にも思っていなかったので、本当に感激しました。harukoは本当に幸せ者だと思います。
少しでも自分の作品を見てくださった方々、お気に入り登録してくださった方々、評価、感想をくださった方々には本当に感謝しています。
これからもがんばります! ありがとうございました。


では、本編をどうぞ!


 

 

「で? お前らは上からの連絡が来るまで、ここで待機してたってことか?」

 

「そ、その通りだ! 俺たちは命令されてただけなんだよ! たのむから見逃してくれ!」

 

口元に手を当て、シークの“ねんりき”で体を固められている男の顔を眺めながら思考する。

 

 

そだてやの周りを軽く調べて全ての扉や窓が閉じられているのを確認した後、シークの“テレポート”で不法侵入してみると、そこにいたのは腕を縛られ目隠しをされた老人一人とその周りに立つ黒ずくめの男たち、まあここでぼかしても叙述トリックにもなりゃしないからはっきり言うとR団だった。

 

 

そしてそいつらちゃっちゃと蹂躙し老人を縛っていた縄をほどいてからそのままR団を捻り上げる。ん? 戦闘描写? 負けるわけないだろう。

 

 

 

当然といえば当然だが、ここにはタケシやカスミ以上の実力者などいやしない。はっきり言ってレッドやブルー以下のやつらが集まった烏合の衆だ。疲れが残っている二人のことを考慮してもフレイド一人が全力を出せばおつりがくるレベルだった。

 

 

ぼろぼろになったリーダー格の男を一人捕まえた後はあっという間。蜘蛛の子を散らすようにほか数人はしっぽを巻いて逃げて行った。おつきみやまでも思ったことだが所詮は自分たちがやりたいことをやるために固まっているに過ぎない。一枚岩な組織が最高に強いとは思わないが一枚岩にすらなれない奴らに自分たちのチームが負ける道理はない。

 

 

そうやってそだてやのじいさんをを助け、残った一人の男から聞き出した情報をまとめると、

 

 

・自分がハナダの富豪の家からわざマシンを盗み出して着た張本人である

・カスミの手引きでハナダシティの警護を掻い潜り抜け出したは良いものの、逃走中にそだてやのじいさんに姿を見られてしまった

・仕方ないからじいさんをひっ捕らえたはいいが、ここからどうすればいいかは何も考えていなかった

・こうなったらとじいさんを監禁し、どろぼう事件のほとぼりが冷め、次の指示が来るまでここに隠れている予定だった

 

 

との事である。

 

 

……はっきり言って全体の計画性がザルであるとしか思えなかったがそれもこの男のR団という組織内での立場なんかをれいせいに見てみればどうしてそんな作戦が実行されたのかなどすぐにわかる。

 

 

(……トカゲのしっぽ切りか。つくづく気に入らない組織だな)

 

 

シークに縛られスーとフレイドにげしげしと蹴りをいれられうなだれている男を見ながら少しだけ憐みの視線を向ける。

 

時間稼ぎのための泥棒行為なんて、組織の重役がまかされる任務じゃない。そもそも、逃走経路を用意していない作戦を簡単に組織が容認するはずがない。その点を考えるに、この男は、特につかまっても問題ない人間として作戦を任されていたのだろう。かわいそうとは思わないが、同情の感情もないことはない。

 

 

 

 

 

まあ、あった所で自分の目的のための踏み台であることには変わりないのだが。

 

 

 

 

 

 

「おいあんた。いったい誰の差し金だ?」

 

 

 

老人を別の部屋に移し休ませた後、戻ってきたミズキは開口一番にそういった。

 

 

 

「……俺たちは自分に来た指令がだれからの者かは把握していない。もらった指令をやり遂げているだけだ」

 

 

顔を動かすこともできない男は目だけをミズキの方からそむける。

 

 

「たとえ一番上にいるものの情報を吐くことはできなくても、お前が情報をもらった人間がいるはずだろ。そいつのことを言えって言ってんだよ」

 

 

その眼の動きに合わせ体を移動したミズキが再び問う。

 

そうすると男は口を閉ざしたまま下を向く。

 

 

その下向きの顎を拳で軽くかち上げ、無理やり上に向けて首に二本指を強めにあててすっとなぞる。首の皮膚の表面に赤い跡が残る。

 

 

何を言いたいのかはすぐにわかった。

 

 

「ひっ」

 

 

「もう一度聞いてやる。吐ける情報全部吐け。そうすりゃ命くらいは善処してやるよ」

 

 

恐怖のあまり歯がかち合っていない状態で命乞いを交えて悲鳴を上げる。

 

 

「か、カスミ様だ! ハナダジムジムリーダーカスミ様だよ! あの人の指令で俺は作戦を……」

 

 

 

 

 

「この期に及んでしらばっくれる気なら、俺もそれなりの対応をするぜ」

 

 

 

 

 

そういうミズキは右腕を前にだし、中指を一本突き出す。

 

 

 

 

 

なにを、と言いかけたその瞬間に、R団の男、そしてスー、シーク、フレイドまでがミズキのただならぬ雰囲気にのまれる。

 

 

 

 

 

 

男とシーク、フレイドがただただ体を固める中、スーは一人思い出していた。

 

 

 

 

 

(あの構えは……おつきみやまの時の)

 

 

 

 

 

このままではまずい。

 

 

 

 

 

 

そう考えたのは、この後に何が起こるか察しているスーだけではなかった。

 

 

 

 

 

「! まっ! 待ってくれ! 信じられないかもしれないが本当だ! ハナダジムのカスミ様はR団の幹部なんだよ!」

 

 

「仏の顔も三度まで。今ので二回目、あと一回だ」

 

 

 

 

 

瞬間。苛立ちで震えるミズキの体に、何かが集まる。

 

黒い、何か。この世の言葉で表しきることは難しいような、何か。

 

 

 

 

今度はそれに反応したのはフレイドだった。

 

 

 

 

 

 

(まるでジム戦の時のスー……)

 

 

 

 

 

 

あの時の怒れるスーの体に見えた、蒼い、竜の瘴気。

 

 

 

しかし今見えているそれは、そんなきれいなものではない。

 

 

 

 

漆黒。

 

月並みな表現ではあるが、そこに見えたのは、深い深い闇。

 

 

手を伸ばしたら飲みこまれ、腕から先が消えてしまいそうなほど恐ろしい、暗闇だった。

 

 

 

 

 

 

「た……頼むよ……俺……これ以上下手なこと言っちまうと……殺されちまうんだよ……」

 

 

シークの緊縛が解けた男ではあったが決して逃げることもなく、その場に完全にへたり込む。腰は抜け、涎は垂らし、失禁して服は濡れてしまっている。体に力が入っていないということは、誰が見てもわかることだった。

 

 

そんな男の悲惨な状態を見ていても、ミズキの表情は変わらない。

 

 

 

強欲なまでに、自分の目的を見据えていた。

 

 

 

 

「安心しろ。俺に従えば殺しやしないさ。ただし……俺に逆らえば、死よりももっと辛く、苦しい、常闇がお前を待ってるけどな」

 

 

 

 

そういいながらミズキは右腕をそのままに左手も右腕の横にだし、正面にパーを作る。それは一つ一つ折れていく。カウントダウンであるということに気付くのに、二秒要した。

 

 

 

 

 

 

「3……2……1……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、マチス様だ! 作戦決行を宣告したのはマチス様! クチバジムジムリーダー、マチス様だよぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでわかったんですか? あの人が嘘をついてたって」

 

「簡単な話さ。ハナダシティのR団はカスミを通して実質俺が掌握してる。なのにいまだに潜伏したまま上司からの命令もないってことは少なくともカスミ直属の部下ではないってことだ」

 

「ああ、なるほど」

 

牧場で走り回るフレイドとそれに必死についていくシークを望める窓のそばに寄りかかりながらキッチンを借りて自分で淹れたコーヒーをすすりスーからの質問に答える。

 

「……体を休めるのが目的なのに、大暴れですね。あの二人は」

 

窓枠にしがみつきながらスーが言う。

 

「一応シークには激しい運動は控えるように言っといたよ。フレイドは……まあ、今日はほとんど一人だ頑張ってくれたからやりたいようにやらせてやるさ。そだてやの娘たちも楽しそうだしな」

 

そだてやに預けられていたはずの萌えもんたちは、裏の物置の中に押し込まれていた大量のボールの中から発見されていた。男曰く、「上司からの連絡が入ったら、ついでに萌えもんたちも奪っていく予定だったから」とのこと。まあ動機を妥当だとは思うがそれでフレイドに気付かれてしまったわけだからやはりこの作戦自体逃走に関してはあまり練られていない計画だったことがうかがえる。

 

 

「何はともあれ、これで一件落着だよ。じいさんも俺たちに感謝してるから一泊ここに泊まっていいって言ってくれてたし、設備も自由に使い倒していいとのお墨付きだ。結果的にすべて良い方向に動いた。めでたしめでたしだな」

 

 

コップを思いっきり傾けてからにした後、それを置くためにキッチンへと足を運ぼうと動く。

 

その時に見えた、少しだけ歪んだ主の表情を、スーは見逃していなかった。

 

 

 

「本当にそう思ってますか? マスター」

 

 

 

「……なんだよ? 藪から棒に」

 

 

「さっきのマスター、本気でした。何かはわからないですけど、また、あれ(・・)、やろうとしてましたよね。脅しでも何でもなく、本気で」

 

 

「……フレイドだけならまだしも、お前に気付かれてちゃあおしまいだな」

 

 

そういうとキッチンから戻ってきたミズキは、そばにあったイスに腰掛けながらスーの方を向く。観念したかのようにちょっと明るい笑みを浮かべていた。

 

 

「……なんですかそれ。わたしだってマスターの仲間の一人ですよ」

 

「わるいわるい。んで? なんでそう思ったんだ?」

 

「……なんでとかはないです、特には。それだけわかりやすく不機嫌だったってことですよ。さっきのマスターは」

 

「さすが俺の仲間だ」

 

表情を崩さずに二杯目のコーヒーに口をつける。

 

 

「……なんで、そんなに今日は不機嫌だったんですか? 少なくとも、そだてやさんに来る前まではいつも通りのマスターだったのに、ここに来てからは変だったと思います。どこがとかはやっぱりわからなくて、なんとなくでしたけど」

 

 

申し訳なさそうに尻すぼみになっていくスーを見ながら、ミズキは窓の方に目を向ける。その様子を見ていたスーではあったが、ミズキの目が外の萌えもんたちを眺めているようにはどうしても思うことはできなかった。何を見ているのか、よくわからない、そんな目だった。

 

 

 

 

 

「独り言だと思って聞いてくれ」

 

 

 

 

そう一呼吸おいて言った。

 

 

 

 

 

 

 

「実感してたんだ。R団ってやつらのことを」

 

 

 

 

 

 

 

 

「実感……ですか?」

 

聞こえなかったわけではない、思考するための時間稼ぎとして、ミズキの発言を繰り返す。

 

「俺の旅の目的をな」

 

ミズキが自分の左胸に親指を突き立てながら言った。スーはそのミズキの様を見て、聞きに入る。

 

 

「俺は『R団をつぶす』っていう野望を掲げて旅に出ている。その目的は『過去の清算』であり、それが全てだ。だからR団が今何をしているのか、何をしようとしているのかなんて興味がなかった。ただ俺は気に食わない奴らが再び現れたのが気に食わなかっただけだった。だけどおつきみやまから数日間、幾度となくR団にかかわって、戦って、ぶっ飛ばして、ようやく分かったことがあった」

 

 

突き出した左手で右手を握り締めながら言う。

 

 

 

 

「R団は、『悪』だった」

 

 

 

 

スーは何も言わずにミズキを見つめる。いや、何も言えずにミズキを見つめることしかできずにいる。

ミズキは少し呼吸を整えながら続ける。

 

 

「俺はもともとR団が正義だろうが悪だろうがどうでもよかった。たとえどちらだとしても、お前らと誓いを立てた以上は、俺の野望は絶対だ。達成するまで何が起きても曲げることはないものだ」

 

 

 

でも、

 

 

 

そういいながらミズキは様々を思い出す。

 

 

 

「R団は悪だ。正の皆に近寄るだけで負に落とすような害悪だ。そんな奴らに俺は抗おうとしている。このままR団と戦おうと思えば、ほかの人にも危害が及ぶ」

 

 

「そんなこと……」

 

 

「ないとは言えない。いや、むしろマサキさんやそだてやじいさんの一件を経て俺は確信した。あいつらは自分たちの利のためならば、平気で人を利用する。あいつらと戦うということは、カントー地方を巻き込むといっても過言じゃない」

 

 

椅子から立ち上がったミズキは静かにスーの近くまで歩き、膝を落としスーを抱き寄せる。

 

 

「俺はまだわかっていなかった。俺の行動が、俺のやり方が、俺の想いに値するものだったのかどうか。俺はまだ理解できていなかったんだ。その末路が今日の俺さ。はっきり言って、焦ってたんだ。次第に大きくなってくる、俺の敵の足音に」

 

 

 

 

 

 

泣いていない。むしろ声はしっかりとしていて、スーを落ち着かせる優しい声だ。

 

 

 

 

 

そこでスーは、これはミズキの悲鳴ではなく、本当に単なる独白のようなものであるということに気付く。

 

 

 

 

 

 

 

それに気づけばなんということはない。

 

 

今のミズキは大学に迷う受験生のようなもの。

 

 

 

 

 

 

進むべき道は決まっている。ならばすることは、背中を押すだけ。

 

 

 

 

 

 

 

「マスター。やめてくださいよ。どうせあきらめる気なんかないんでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

背中越しに、ふっ、という音がした。ミズキが、少し笑った音だ。

 

 

 

 

 

 

スーは喜ぶ。ようやくミズキの背中を押す事が出来た。

今まで自分は支えられるだけだった。ようやく支える側に立てた。

 

 

 

 

 

自分を抱きしめる主の腕の強さが、すっと消え失せたのが印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………以上がおつきみやま、並びにハナダシティの近況報告ですわ。結論としましては下っ端たちの戦力はほぼ崩壊。マサキを誘拐する作戦もすでに凍結していて、カスミもR団としての機能が停止している状態だといえるでしょう」

 

 

円卓上のテーブル座る数人の男女に聞こえるように、丁寧なしゃべり口調をした女性のきれいな声が響き渡る。しかしその声を聴いた者たちは一人残らず顔をしかめた。

 

 

「shit! 迷惑な話だぜ! 勝手に絶対戦闘なんか受けて、俺たちの情報を吐いちまったってのか!」

 

 

机をたたきながら怒る男を対面の女性がたしなめる。

 

 

「まあまあいいじゃない。どうせまだ大したことはつかめていないわ。せいぜい戦力の確認ってところじゃないかしら」

 

 

「さすがですわね。今知られている情報は、R団の『ジムリーダー』としての戦力、というところが精いっぱいだったようです。カスミにはボスの情報はほとんど与えていませんでしたから」

 

 

補足するように報告の女が書類を読む。

 

 

「しかしタケシとカスミがやられたとなれば相当な手練れであるといえよう。加えてR団に敵意を持っていることも明らか。然らばどうする? 次は拙者が出るか?」

 

 

「いえあなたの持ち場からいって、今ハナダ近辺にあなたがいることは不自然よ。ここはわたしが狙って……」

 

 

「stоp! いいかお前ら。そのミズキとかいうガキは俺が仕留める。確かお前の町は今封鎖中だったな?」

 

 

「……ええ。その通りよ」

 

 

古風な男を抑えて名乗り出た女は、最初に机をたたいていた男の言葉に抑えられ、起こしかけた体をもう一度椅子につける。

 

 

 

 

 

 

「ならば奴が次に来るのは俺の町に違いない! 俺がそこで仕留めてやるよ! このマチス様がなぁ!」

 

 

 

 

 

 

「……盛り上がっているところ申し訳ありませんが、最終決定をするのはボスです。どうですかボス? いったい誰に任せますか?」

 

 

報告の女が円卓の席から少し外れた大きな机の前に両手を顎に合わせ座っている男に話題を投げる。

 

 

「ふむ。たしかに言い分にも納得ができる。マチス、次の作戦はお前に一任する。絶対戦闘を挑むことも許可しよう」

 

 

「よっしゃあ! そうと決まれば早速俺は町に戻るぜ! タケシとカスミを圧倒した奴だな! 今から待ち遠しくてたまんねえ!」

 

 

どたばたと騒ぎながら乱暴にドアを開け走るように出ていく。

 

 

「……ボス、本当にあいつでいいの?」

 

 

「なあに。失敗したら次はお前らに出番が回ってくるだけの話だ。不安ならば準備しておくがいい」

 

 

「……なら私、準備に戻るわ」

 

 

「拙者もそうさせてもらおう」

 

 

そういった二人は一瞬にして姿を消す。部屋に残った二人はその様子を見て、流石、などとつぶやく。

 

 

「……さて、俺も少しやることがある。少し出てくるから留守を頼むぞ」

 

 

そういって男は椅子に掛けてある上着を羽織る。

その様子を見ている報告の女はくすっと笑う。

 

 

「うれしそうですね。サカキ様。そんなに彼が待ち遠しいですか?」

 

 

「……そんなわけはない……というのはうそだな。ジョーカー……いや、今はミズキだったか?」

 

 

「はい、そのように聞き及んでおります」

 

 

「そうか。ミズキ……なんにせよ数年ぶりの再会だ。最高の演出でもてなす必要がある。お前も準備しておけ、エリカ」

 

 

「あら? 私もですか?」

 

 

「とぼけなくともいいだろう? お前も楽しみにしているはずだ。奴との再会を」

 

 

「ええ、まあ。でもボスほどではありませんよ」

 

 

ふん、と鼻を鳴らし、当然だ、と吐き捨てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「数年ぶりの我が子との対面だ。喜ばなければ嘘だろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

再開の刻は近い。

 

そう思うエリカだった。

 

 

 

 

 







ハナダからそだてやに行くまでに2話も使ってちゃあそら進まんわな汗


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第5話 3 戦闘狂


どうでもいいことかもしれませんが、
自分は基本的に、町、ないし、町に向かうまでの道中、のどちらかで一話が切れるようにしていきたいと思ってます。





 

 

 

 

 

 

「すみませんおじいさん。一晩泊めてもらった上に道案内までしてもらって」

 

「なあに。危ういところを助けてくれたお礼だからな。そもそもこの“ちかつうろ”の管理は私が任された仕事だ。これぐらいしても問題なかろう」

 

そういいながらそだてやじいさんはミズキを先導しながら暗がりをずんずん進んでいく。

 

そだてやの一室で朝を迎えたミズキたちが次はどこに進もうかと思考していたところ、部屋に入ってきたじいさんの提案で歩いているのがここ、“ちかつうろ”だった。

じいさん曰く、ヤマブキシティのお偉いさんが工事中の通行のための救済措置として先にクチバシティに向けて開通させておいた通路であり、そこの管理人として、実績を持って、信頼でき、通路の近くに仕事場を持つ自分が抜擢されていたとの事らしい。

 

「本来なら一般開放しておいても問題ないということで引き受けたんだがな。あんな奴らがいるとわかっては全員無許可で通すわけにもいかないんだ。まあ君なら安心だ」

 

前を歩きながらそう呟くそだてやの後ろでミズキが軽く顔をしかめる。

 

 

あんな奴ら、とは当然、R団を指しているのだろう。

 

 

昨日のスーとの会話を思い出し、少し腰のボールに触れる。

 

スーはああ言った。自分の相棒は自分の願い、想いをすべて理解し、言ってくれた。

いや、スーだけじゃない。フレイドも、口は利けずともシークだって同じことを思い、言ってくれるだろう。

 

 

R団は悪。ただひたすらに加害者だ。

 

 

でも、俺は、ただの被害者ではない。

 

 

そのことを再び思いだし、唇をかむ。

 

 

 

 

「時にミズキ君。君は何を思っている?」

 

 

「はい?」

 

 

そんなことを考え歩いていたからか、唐突に前から飛んできた質問に対しそんな声を上げてしまう。

 

「い、いきなりなんですか?」

 

冷静を無理やり装いながら聞く。

此方を見てもいない前方の老人に対して取り繕おうと髪をいじくってしまったことが少し悔しかった。

 

「私も職業柄困った人をごまんと見てきたのでな。君みたいな人の目も幾度となく見てきたよ。上手に育成してあげられなかった子供、引っ越しの際に連れて行けずに泣く泣く頼みに来た青年、事業のために他の時間が取れなくなった大人。その人たちは苦しみ、痛み、同じ目をして私のところに来たよ。君と同じ目をしてな」

 

 

ミズキはぎくりというような表情を作った後、少し顔を上げ前を見るが、強くなってきた光に思わず顔をしかめた。

 

 

「年の功からの助言を一つ」

 

相変わらず振り向かないままに右手人差し指を一本立てる。

 

 

「『迷った時は初心に帰る』。行き詰ったらやり直すという事は決して恥ずかしいことではない。むしろ成功とはいかに自分のマイナスを客観視できるかと言ってもいい。自分を見つめなおすことは後退ではない。覚えておきなさい」

 

 

ふう、と息を吐いた後、右手をそのまま前に突き出す。

 

 

「あそこが出口だよ。クチバまではほぼ一本道だから案内は必要ないだろう。私は今日も仕事があるから残念だがついていけるのはここまでだ。これからもがんばってな」

 

ようやく振り向いたかと思ったら自分の肩をぽんとたたき、暗い道へと引き返していく。

ミズキはハッとした後、ぽかんというような顔を無理やり戻し、またじいさんの後ろ姿を見据えて一言叫ぶ。

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

 

言った後思いっきり外への階段を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

「楽しそうですね、マスター」

 

「なんだなんだ? わっちらの知らぬ間に何かあったのか?」

 

「ふふっ。やっぱ先輩の意見は聞いとくもんだな。『目』ときたもんだ」

 

外の空気を吸わせたいといつものようにボールから出しておいたスーとフレイドが不思議そうな顔を見合わせ、その後ろからシークが続いて歩いていた。その様子を視界の隅にとらえながら、ミズキは数週間前のことを遥か昔のことのように思い出していた。

 

(オーキド博士も言ってたな。『目でわかる』って)

 

「? マスター?」

 

少し視線を落とし見上げてくるスーの顔を正面にとらえ、わしわしと頭をなでまわす。

 

「お前のおかげだ。ありがとな、スー」

 

「……えへへ。なんだかわからないけど、ほめられちゃいました」

 

頭を押さえながらスーが照れているのを見て、フレイドは軽くぶすくれ、シークがそれをポンポンとなだめる。いつもの調子が戻ってきたようだった。

 

 

 

「さてと、そんなことを言ってる間にもうすぐクチバだ」

 

「はいマスター! クチバシティとはどういった場所なんでしょうか?」

 

スーがピシッと右手を挙げて質問する。ミズキはそれを見てくすくすと笑いながら答える。

 

「クチバはカントー地方で最も海産業を発展させている町だ。規模としてはそこまで大きな街じゃないけど別地方からカントーに来るトレーナーたちが乗ってくる船があったり、美味しい食べ物があったりと、この地方の町としては重要度がかなり高い場所だよ。それになんといっても海に面したところだからな。みずタイプの萌えもんの過ごしやすい環境が整ってる場所だよ。お前はかなり居心地のいい街かもしれないな」

 

「ほう。港町か。わっちはいくのは初めてだな。興味深い」

 

パッと声の方を見ると質問に答えたはずのミズキの言葉に反応したのはフレイドの方で、スーの方に視線を移すと無言でうんうん頷いていた。

 

 

 

「海、海、食べ物……海産物……」

 

 

 

「……お前の興味はそっちなのね」

 

 

真面目に一個一個説明してやった自分がばかみたいじゃないか……

 

 

 

 

『イクゼ ピンチハチャンスダーゼー』

 

「……主、鳴ってるぞ?」

 

「ん? ああ。メールか。何事だ?」

 

さてまずは何をすべきかと考えようとしたミズキの思考を割ったのはポケナビから鳴る電子音だった。

 

「めーる? お手紙ってことですか?」

 

「ああ。そういう事……あらま、これまたタイムリーなメールだな」

 

「! もしかしてお食事券とかですか!? マスター、読んでください!」

 

ぴょんぴょんとはねながらスーが言う。その口からはまだ涎が垂れたままだった。

 

 

……こいつ、クチバを飯の町か何かと勘違いしているんじゃなかろうか。

 

 

そんなことを思いながらも自分の周りの三人を見て、何が書いてあるのかを知りたいのはスーだけではなさそうだと判断したミズキは起動した画面を見ながらそれを読む。

 

 

「拝啓 暑さ厳しき中、ミズキ様のご健康、及びそれに準ずる……えーい! 煩わしい!」

 

 

そういいながらミズキは結びのあいさつ文を思いっきり指でスライドして飛ばす。何をやっているのか把握していない三人は主の奇行に体を少しすくめていたが当然ミズキはそれに気づいていない。

 

「……つきましては一般公開に先立ちまして、ミズキ様、並びにそのお連れ一名様をクチバシティ発アサギシティ行のサントアンヌ号試乗会でご批評、ご批判を頂きたく思い筆を執らせていただきました……だとよ。送信元は……シルフカンパニーか」

 

「……フレイドさん。どういう意味だったんですか?」

 

苦い顔をしてスーがフレイドに助けを求める。

 

「わかりやすくいえば、豪華客船にただ乗りできる権利をもらったということだな」

 

「どうやら俺が以前開発を手助けした新作の商品が完成間近になったからそのお礼ってことらしい」

 

何事もないことのようにとんでもないことを言う自分たちの主にもはやだれも反応しなくなったのは慣れというやつだろう。

 

「さて、どうする? 正直俺はどっちでもいいんだが、だれか行きたい奴はいるか?」

 

「はい! 豪華な船で豪華なご飯が食べたいです!」

 

「わっちはどっちでもいい。旅の方針は主に任せる」

 

(ぽんぽんぽんぽん)

 

シークは四回たたく、つまり自分のことは気にするな、という事だろう。

 

 

賛成一票(飯)、無効票二票か。

スーには飯を食わせるだけで解決するから実質三票無効票である。

 

 

あまり行く意味はないかもな、と思う。せっかくこんなものをもらっておいてなんだが、特に豪華客船に興味があるものがいないのであればはっきり言って時間の無駄だ。特にクチバにとどまるような理由もないのでこのまま飯を食わせた後通過してしまってもいい。

 

「やめとくか。おとなしく宿を探して……」

 

「そういえば主。その招待券は一人まで同伴可能なのだろう?」

 

体を半回転させ町の方へ歩き出そうとするミズキに対し、フレイドが横につき会話を続ける。

 

「? ああそうだな。それがどうかしたのか?」

 

「……豪華客船、男に渡される二人までの招待券、これはもしや……」

 

そういうとにやにやしながらフレイドは、

 

 

 

 

 

「デートのための“ふねのチケット”なのではないか!?」

 

 

 

 

 

アホなことを言い出した。

 

 

 

「……何を言ってるんだこのマセわんこは……」

 

呆れたような声をフレイドに出すが、その時のミズキは無意識のうちに歩を止めていた。

 

 

数日前、マサキとの一件を思い出す。

 

 

 

 

 

『……いやーそれにしてもまさかミズキはんがこんな子供だったとはパソコンでやり取りして時には気づきもせーへんかったわ』

 

 

 

 

 

マサキはミズキという人間が、齢一四の子供であることなど知る由もなかった。

 

 

パソコン越しで関係を築いた人間の年齢など知ることはできない。

 

 

 

それは個人だろうが企業だろうが同じではないだろうか?

 

 

 

 

 

「まさかこれ、本当に俺が成人だと思ってプレゼントされたものなんじゃあ……」

 

 

 

 

 

ミズキは大きくため息をつく。真意はわからないが、確かにこれはペアで来ることを前提としたようなチケットのようだ。

 

 

ならば自分にはなおのこと必要のないものである。

 

 

自分は今一人旅をしている最中だ。誰かを誘って船に乗ろうなどと誘うのは、その辺の他人にするような行為ではない。野郎となんか行きたくないし女性にやったらもはやそれはただのナンパだ。

 

 

 

 

かといって今から自分が呼びつけて二つ返事で来るような人間は自分の知り合いには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

……一人いたな、そういえば。

 

 

 

 

 

この近くで再会して、

 

 

 

 

 

自分との仲も良好で、

 

 

 

 

 

豪華客船とかそういうの大好きで、

 

 

 

 

 

暇人な、かわいらしい女の子が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーあーあー。いぃ~~き~ぶ~ん~」

 

「……ブルー。おばさん臭いわよ」

 

「いいじゃないの~。戦い通しで疲れたのよ~。しばらくここでゆっくりするわ~」

 

ハナダ温泉のマッサージチェアに腰掛けながら気の抜けきった声を出す自分たちの“おや”に、悲しそうな憐れむような目を向けるゼニ、おにぽん、りゅうの三人は顔を見合わせ息をつく。

 

「……俺はこんな奴につかまるんじゃなくてミズキのだんな見てえにイカしたトレーナーに捕まえてほしかったぜ……」

 

「おー。わたしもししょーにまたあいたい」

 

「りゅう。おにぽんのはあなたとは違うのよ」

 

相変わらず話を理解していない独特のリズムを持ったりゅうに対してゼニはツッコミをいれながら温泉にいるにもかかわらず疲れた顔をして、荷物置きとなっている近くのソファーに腰を下ろす。

 

その時、小さな機器がふるえながらブルーのバックから零れ落ちてきたことで、一瞬体をすくませる。

 

「……なにこれ。電話? ブルー! なってるわよー!」

 

「う~ん。めんどくさいから適当なこと言って切っておいて~」

 

マッサージを中断することなく椅子越しから右手だけを上げてプラプラと振る。

 

「全くもう……だらしないんだから……」

 

ゼニはそれを見て今日何度目かのため息をつく。

 

「……女ってのはみんなあーなのかね……たまったもんじゃないぜ」

 

「……? りゅーちゃんもブルーみたいに強くなる?」

 

「なるななるな。ありゃ強いんじゃなくて横暴っていうんだ。どうせ強くなるんだったらミズキのだんなやフレイドの兄さんみてえに強くなりな」

 

「おー! ししょーやだいししょーみたいになるー!」

 

右手を突き上げぴょこぴょこと楽しそうに跳ねるりゅうの頭を優しくなでるおにぽんを尻目にゼニは爪を駆使してボタンを押して電話に出る。

 

 

 

 

「もしもし? 申し訳ありませんがブルーは只今立て込んでおりまして……あら、ミズキじゃない? どうし」

 

 

 

 

そこまで話したところでゼニの右手から手ごたえが消える。

 

 

 

 

「はーい。ミズキ? どうしたのよ、電話なんて珍しい。やっと私と勝負する気になったのかしら?」

 

 

 

 

後ろを振り向くとバスローブ姿のブルーが電話の応対をしながらうれしそうに鏡を見ながら髪を手櫛で整えていた。

 

その手前でりゅうをなでながら嘆息しているおにぽんと顔を見合わせ、出発の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マチス様、例の少年がやってきました。同伴は萌えもんが数体と、少女が一人。部屋は102号室です」

 

二人が船内に乗り込む姿を斜め上からとらえるカメラの映像を見ながら男が楽しそうに喉を鳴らす上司に報告する。

 

「Gооd! 第一段階は成功だ!」

 

手に持ったスーパーボールを握りつぶさんとする上司の顔は、狂気に満ちた笑顔をしていた。

 

「……それにしても、こいつがタケシとカスミをねえ……」

 

部下の肩に体を預けるように身を乗り出し画面を見つめるマチスを見て、周りの者は「いつものあれか」とつぶやくだけだった。

 

 

 

 

 

 

「……いいねえいいねえ! 死んでるような無機質な目のくせにやる気に満ち溢れたあの表情、イってなけりゃあありえねえ! 久しぶりに楽しくなっちまいそうだぜえ! ああ、あの口からどんな言葉が出て来やがる!? あの体は何をするために鍛え上げられた!? ああぁ、奴と全力のバトルがしてぇんだよ俺はぁ!」

 

 

 

 

 

 

食い入るように、とはこのことだろう。食いしばる歯の隙間から涎はこぼれ、モニターの角を鷲掴みにしている手には血管が浮き出ている。

 

興奮状態であることは一目瞭然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいてめえら。わかってんな。作戦に変更はねえ。ねらいは……こいつだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

新たにまかれた火種は、しっかりと根を据えて芽吹いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






マチスさんのキャラはこんなのでいいのだろうか……?


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第6話 1 見る目 見られる目

ちょっと間が開いて申し訳ありません

少し話を進めるのに難航してしまいました。



作者は江迎ちゃんが好きです。


 

 

 

 

 

「……はい。招待状を拝見させていただきました。それでは、船上パーティをごゆっくりお楽しみください」

 

腕に布をかけた如何にもという雰囲気を持った服装の男の許可を得た一行はタラップを登って大きな大きな鉄の塊の中へと入っていく。不思議そうな目で辺りを見回す萌えもんたちもそうだが、キラキラした表情で小奇麗な船内を見回す少女の姿に、ミズキは思わず笑みをこぼす。

 

「お気に召したなら何よりだ。わざわざ誘った甲斐があったってもんだよ」

 

「べ、別に私はこんなところ興味なかったんだけど? ぼっちのミズキが一緒に行く友達がいなくてどうしてもっていうから来てあげたんだけどね」

 

少し乱れている髪と息を整えて平然を装ってブルーが答える。

 

「……ミズキ、誰かと一緒に来なきゃダメだったの?」

 

「いや、一人でも来れたぜ」

 

ミズキがさらっと言う。

 

「そもそもミズキのだんなから連絡が来る前まではハナダを動く気もなかったくせにっていってぇ! 何しやがんだブルー!?」

 

「あ、あんたがくだらないこと言うからでしょ!」

 

顔を真っ赤にするブルーを見ながら二人を囲んだミズキたちは微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……ここが俺たちの部屋か……さすがにシルフの奴らが出資しただけのことはあるな。こりゃまぎれもなく豪華客船の一室だ」

 

「マスター! ベッドがまふまふですぅ!」

 

「おー。きもちいーですししょー」

 

ドアを開けた瞬間に女子二人が部屋の中のベッドに走り飛び乗る。

 

「二人とも、あまり暴れすぎないようにな」

 

「……やっぱ女ってのは騒がしくて好きになれねーぜ俺は。ブルーに連れまわされてっからなおのことそう思うよ」

 

「そうか? ブルーも結構かわいいところあると思うけどねえ。なあブルー?」

 

部屋を一瞥しながらそこまで話したところで隣に同意を求めようとするが空振りに終わった。

それまで隣を並行して歩いていたブルーがいつの間にか消えていることに数秒困惑するが、思いっきり部屋を見渡した後もう一度自分の隣を見ると、淡い青色で統一された女の子らしくかわいらしい服に不似合なほど顔を赤くしながら体を丸くしてかがめているブルーの姿が少し目線を下げたところにあった。

 

「……おーい。ブルーさーん?」

 

「な、なんで……」

 

そして顔を上げたブルーは体をプルプルと震わせながら叫ぶ。

 

 

 

 

「なんでベッドが一つしかないのよー!」

 

 

 

 

「……もともと一人用の部屋だからだと思うけど?」

 

何の問題が? とでも言わんばかりの表情を浮かべながらミズキが言う。フレイド以外の萌えもんたちはそんなブルーを見てぽかんという表情で、フレイドだけが口角が上がるのを必死に抑えていた。

 

 

しかし、そんなマセ犬フレイドもブルーの本気には勝てないんだろうなぁ……なんて考えながらミズキはすっとしゃがんでシークの耳をふさぐ。そしてそれに倣うようにゼニがベッドのりゅうの耳をふさいでいた。その脇のおにぽんは深い深いため息をついていた。

 

 

 

 

 

ああ、こいつらも経験済みなのか。あのモードを。

 

 

 

 

 

そう思いながらシークを回転させるようなしぐさでシークごと体をブルーの方に向けて軽く深呼吸する。

 

 

 

 

 

 

「だ、ダメよミズキ……私たちはまだ子供なのよ……そりゃあもう十歳だし、旅に出られる年齢だけど、やっぱりそういうのってもっとお互いのことを知ってからじゃないと……いや、ミズキが嫌いなんて言ってないわよ? でもやっぱりわたしたちにはまだ早いかなーなんて……いつかはそういうこともいいと思うけど、私の理想のシチュエーションっていうのがあるのよね……それをまず聞いてくれるかしら? あのね。場所はそんなに望まないのよ。一軒家の畳の上とかでもいいの。むしろそういう少し手狭な場所が私は好き。暮らしていくんだったらいつも相手の顔を見ていられる方がいいからなの。でもシャワーの順番にはこだわりがあってね? 私が先でミズキが後。なんでかっていうと私は基本的に布団の中で待っていたいのよ。男の人に来るタイミングはまかせて私はただただその時を待つ。その時間ってとっても幸せだと思わない? あっ、でも最初はちゃんと優しくしてね。二回目からは何をされても大丈夫だとは思うんだけれどやっぱり一生に一度の経験は大事にしたいじゃない。それで子供は二人かな。私は一人いれば十分なんだけどやっぱり年を取ってから一人っ子の子供に『兄弟が欲しい』なんて言われるのはつらいじゃない。でもやっぱりそこは時の運よね。いくら対策したってできちゃうときはできちゃうし、できないときはできないんだものね。大丈夫。私はそれをミズキのせいにしたりはしない。たとえ子供が出来なくってもミズキはミズキで私は私。それは変わらないことだもの。でもってねミズキ、あなた、味噌は赤味噌、白味噌のどっちがすき? あ、なんで今聞くのかとかそういうのはなしよ? だっていずれは知らなければいけないことじゃない。知らないままではいられないわ。さあミズキ。ここの選択が全てを分けるわ。あなたのこれからの一生の御御御付けは今ここで決定されるんだから。さあ選びなさい! 白か! 赤か!」

 

「じゃあお前のパンツの色で」

 

「へっ? 今日はピンク……って何言わせんのよ!」

 

うずくまってぼそぼそつぶやいていた状態から思いっきり立ち上がって背後のミズキに裏拳を飛ばすがひょいと体を曲げてそれをかわす。躱した裏拳を頭に少しかすらせたミズキに抱えられた定位置のシークが頭を押さえて少し泣きそうになってから、“じこさいせい”を発動していた。

そして他の五人はというと、にたついていたフレイドと大はしゃぎだったスーは案の定顎が外れそうなほどに間抜けに口を開け、ゼニとおにぽんは毎度のことというそのままの表情を浮かべ、りゅうは一人きょとんとしていた。

 

 

 

 

「あれがブルーの必殺技。己が妄想で周りのすべてを冷ややかな風で包み込む、“妄想暴走(こごえるせかい)”だ」

 

「いやいや、あれは思考で我欲を現実の世界に映しだす、“想像爆発(サイコシフト)”よ」

 

「へっ、そんなちゃちなもんじゃ断じてねえ。あれは自分の世界だけを確立する。自分の欲しい時間をぶっ飛ばす、そんなトンデモねえ、“時空切取(あくうせつだん))”だよ」

 

「とりあえずブルー殿もまともな人間でないということはわかった」

 

「おい、誰をもって、“も”って言ったんだ?」

 

「「「「「ミズキ(だんな)(マスター)(主)(だいししょー)でしょ?(だろ?)(ですね)(だが?)(ですか?)」」」」」

 

「……」

 

泣きそうになった。

 

 

 

 

ちなみに、試乗会だから日帰りなのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? これからどうするつもり、ミズキ」

 

「よくもまあ平然と続けられるもんだな」

 

「それで? これからどうするつもり、ミズキ」

 

「……そうだなあ、招待状には本当に自由に回っていいって書いてあるぜ。下船するときに感想みたいなアンケートを書くこと以外は特に条件はないみたいだ」

 

「スルースキルが高いな主」

 

「それがマスターです」

 

大概の面子が死んだ目のまま会話が進んでいくその空間はさっき何の用事か部屋に入ってきたボーイが無言で扉を閉めるくらいには不気味だった。

 

「ふーん……かなり設備も充実してるし、今日限定で受けられるサービスも多いみたいだな。おっ、もうすぐホールで立食パーティが始まるみたいだぜ」

 

「! 行きましょうマスター! お願いですマスター! 行かせてくださいマスター! マスター! マスター! マスター!」

 

「うるせえうるせえ。ちょっと待ってろっつーの」

 

そういいながら辺りを見回しながら皆とアイコンタクトを取りつつ右手を上げる。食事に行きたいものの点呼を取るためだ。

 

そして見事なまでに無反応。そりゃそうだ。ブルーたちはともかく、俺たちは乗船前にしっかり食ってきたんだから。

 

しかしこれでもかというほど目を輝かせたスーの想いも無碍にするわけにもいかない。

仕方ない……こいつらには待ってもらって俺がスーに同行するか。

 

 

「ミズキ。あたしがいくわ」

 

 

そんな自分の心を知ってか、ゼニがピシッと右手を挙げて立候補する。

 

「ん? ああ、ゼニ。行ってくれるのか?」

 

「せっかくだし、あたしも料理を味わってくるわ。スーちゃんとお話もしたいしね」

 

「サンキュ。じゃあこれ持ってけ」

 

そういいながらポケナビを渡す。

 

「このページ開いて会場で見せれば中に入れるはずだから」

 

「わかったわ。行きましょう、スーちゃん」

 

「はい! 食べましょう! ゼニちゃんさん!」

 

言いながらスーはゼニの手をつかみとんでもないスピードを出して会場の方へ向かっていった。

 

「走るなよ~……っていっても遅いか。お前らも自由に歩き回っていいぜ。下船の時間までにここにいてくれりゃあ問題ないからな」

 

開けっ放しにされたドアを閉めながら部屋の方を向きミズキが言う。

 

 

 

「ししょー。りゅーといっしょにおそとにいきましょう?」

 

 

 

そういいながらりゅうは右腕を前に差し出し片足を後ろに引く。何をしているのか理解できずに一瞬固まるフレイドだったがすぐにそれが、乗船前にタラップの前にいた男の、「エスコート」する時のポージングであることに気が付いた。

 

「……りゅう殿。それは本来わっちがりゅう殿に行うものであってだな……」

 

「? ししょー、さそったらだめでしたか?」

 

「……いや、何でもない。行こうか、りゅう殿」

 

そして改めてフレイドがりゅうの手を取り、外に出ていく。

……なんというか、アンバランスでかわいい二人だ。

 

 

 

「……んじゃ、あまりものでペアになるか、シークのね……兄さん」

 

(……?)

 

小首を傾げながらおにぽんの肩を軽くポンとたたく。

 

 

 

 

 

もっと強くひっぱたいでいいぞシーク。そいつ、姐さんっていいかけたからな。

 

 

 

 

 

そんな感じで二人が出ていき、いつの間にか個室に二人きりとなったことに気付いたブルーはまたしても顔を赤らめバーストモードに入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? 兄さんは行きたいところはあるのか?」

 

(……)

 

必死にとことことおにぽんの後ろをついていきながら肩を二回たたく。

 

「なし……ね。まあ、暇つぶしにその辺をうろついてりゃいいか」

 

そして自分の服の裾をつかむシークを引っ張りながら、大きな船内をずんずんと歩いていく。ふと後ろを見るとシークの不安げな表情と目があい、おにぽんは軽くため息をつく。

 

「なあ、シークの兄さん。兄さんはもうユンゲラーなんだろ? いくら近接戦闘で弱くったって、エスパータイプがカントー地方屈指の強さを持った萌えもんってのは有名な話だ。そんなにおびえることねーんじゃねえの? あんたは強いんだから、堂々としてりゃあいいじゃねえか」

 

攻め立てるような、焚き付けるような、追求するような口調で言うおにぽんの言葉に、シークは歩を止めうつむき、ぐっと服をつかむ力を強める。

 

「……ま、偉そうなことは言いたくないけどさ。ちゃんと自分で行動できないと、自分でやりたいこととか、欲しいものとか、そういう、譲れない大切なことがあった時に困るぜ。『俺はこれをこうしたいんだ!』って、きちんと主張できないとな」

 

 

歩きながらそこまで言ったところで、自分の腕から引きずるような感覚がふっと消えたことに気付く。

 

振り返ると、下唇を噛みちぎるように歯に力を入れ、辛そうにしているシークがいた。

 

「兄さん……? いったいどうし」

 

 

 

 

「ねえねえ、あの娘ケーシィじゃない!?」

 

 

 

 

シークに声をかけようとしたその瞬間、後ろから黄色い声が聞こえてくる。

振り返ろうとした瞬間に瞬間に横を抜けて行った三人の女のうちの一人がシークを抱きかかえた。

 

 

「あら、この娘ケーシィじゃないわよ。進化系のユンゲラーだわ」

 

「えー!? この娘この大きさで進化形なのー!? かわいい~!」

 

「誰の萌えもんなのかな?」

 

「ユンゲラーなんて捕まえるのは超難しいレア萌えもんよ!」

 

「ゆずってくれないかしら~?」

 

 

物を言えないシークを捕まえて好き勝手言いまくる、見るからに金持ちの娘たちといった若い身なりに似合わない宝石をつけているような集団に、おにぽんは少し苛立ちを覚えるも無理やり自制しシークを助けようと声をかける。

 

「……あの~」

 

「ねえねえ。確かユンゲラーって、交換したら進化するタイプの萌えもんよね?」

 

「そうそう! もっと強くなるのよねー!」

 

「だったらさ! この娘のおやから交換してもらったら、進化したこの娘をもらえるんじゃない!?」

 

「それいいね! パパに頼んで交換に出す萌えもんもらって来ようっとー」

 

「ちょっと!? この娘は私がもらうんだからね!」

 

 

おにぽんの声はやかましい身勝手な声にかき消される。

 

 

 

いら立ちを我慢できずに一発“なきごえ”でもうって黙らせてやろうかと考えたその時。

 

 

 

 

 

 

ばたばたばた、と床に何かを打ち付けるような音が響いた。

 

 

 

 

 

 

それは目の前に突っ伏している女たちが、崩れ落ちた音であることは想像に難くなかった。

 

 

 

 

 

「……シークの、兄さん……?」

 

涙のにじんだ瞳の奥に、恐怖か、憤怒か、判別の付かないような何かを浮かべたシークは、手元にバチバチと青白い閃光を浮かべ、倒れる三人の中心に立っていた。

 

 

 

 

音を出せないその口を少しだけ動かし、震えるその姿を、おにぽんは見届けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、ししょー。うみがきれいですー」

 

「本当だな。風も気持ちがいい。海上というのは陸とはまた違った魅力があるのだな」

 

甲板まで登ったフレイドとりゅうは大きく体を伸ばしながら海を眺める。試乗会である現在、港に停泊しているだけで動いているわけではないが、心地よい波風が体をくすぐったくなでるのがまた気持ち良くなる。

 

「? ししょー、うみのうえはじめてですか?」

 

「ああ、わっちは海を見るのも初めてだ。生まれてからずっと陸で生きてきた」

 

不思議そうな顔で下から眺めるりゅうにフレイドが答える。

 

「おー。りゅう、うみのうえすきです。だからししょーもすきになってください!」

 

ぴょんぴょんとはしゃぐように飛び跳ねながら、フレイドと無理やり目線を合わせながらりゅうが言う。

 

「……気持ちはうれしいが、わっちはみずが苦手でな。海にはうまく近づけないんだ」

 

楽しそうなりゅうに対し申し訳なさそうにほほを掻きながらやんわりと断りを入れる。そんな返しにりゅうは一瞬少しさみしそうな顔を浮かべるがすぐに顔を振り、拳を天に思いっきり掲げて言う。

 

 

 

 

「じゃありゅうはこれからつよくなって、いつかししょーをりゅうのすきなうみのうえにごあんないします!」

 

 

 

 

きょとんとした顔のフレイドを置いて、りゅうは続ける。

 

 

「ブルー、いってました。りゅうちゃんはつよくなれば、いつかとべるようになるそうです。とべたらししょーをうみのうえにごあんないできます! そしたら、うみのことすきになってくれます!」

 

 

高らかと宣言するりゅうを、フレイドは無言でじっと見つめる。

 

 

「……やっぱり、ダメでしょうか……?」

 

 

 

 

「……いや、楽しみにしてる」

 

 

 

 

「! はい!」

 

 

やったー! といいながら甲板の上を跳ね回り、どんどん離れていくりゅうをフレイドは外側の柵に寄りかかりながら愛おしそうに眺めている。

 

 

 

 

「あ、そうだ! ししょー!」

 

ひとしきり甲板を一周してきたりゅうが再びフレイドに声をかける。満面の笑みを浮かべるりゅうに、思わずフレイドも笑みをこぼしながら応対する。

 

「はいはい、どうした?」

 

子供をなだめるような優しい声。

完全に気が抜けた、楽な気分だった。

 

 

 

 

だからだろう。

一気に現実に引きもどされた時、予想だにしないダメージを受けたのは。

 

 

 

 

 

 

「わたし、ししょーみたいにつよくなりたいです! ししょー、つよくなるほうほうをおしえてください!」

 

 

 

 

 

 

『おまえ! 強いな! 俺もお前みたいになれるように頑張るよ!』

 

 

 

 

 

 

「っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

体の血液が一気に逆流するような、心臓が体を一気に跳ね上げさせるような、そんな気持ちの悪い感覚を覚えた。

 

 

 

 

「? ししょー?」

 

りゅうは、なぜフレイドは苦しんでいるのだろうか? とでも言いたげな顔で食いしばるフレイドの顔を覗き込むようにして、目を合わせる。

 

「ししょー? ごきぶんわるいですか?」

 

心配するりゅうを尻目に、フレイドは辛そうな顔を隠すこともままならずに、甲板の隅に体を寄せようと這うように進む。

りゅうはそんなフレイドの肩を何とか支えようと力をいれながらフレイドの動きに体を合わせ手伝う。

 

 

やがて端にある給水タンクの裏まで移動したフレイドは糸が切れたかのように力を抜き、タンクの足に寄りかかりながら吐いた。

 

 

「……ししょー。りゅう、わるいことしましたか?」

 

 

ひとしきり嗚咽が収まった後、フレイドは口を抑えながら首を横に振り、静かに答える。

 

 

「……かっこ悪いな。わっちは」

 

 

「そんなことないです! りゅうがわるいです……」

 

 

 

 

 

「いいや……わっちが悪い。わっちが弱いのが悪いんだ」

 

 

 

 

 

うつむいたまま、くぐもった声で言う。

 

 

 

「……ししょー、よわいですか?」

 

 

「ああ、弱い。りゅう殿よりよっぽど、弱いよ」

 

 

「……そんなことないです。りゅう、まだだめだめです」

 

 

「そんなことない。少なくとも、わっちなんかを尊敬してくれている、わっちがさっき見たりゅう殿は強かった。それに比べて……」

 

 

口を抑える手を握りこみ、それを、自分の眉間にぶつける。

 

 

 

 

 

「っ! わっちは! 目指してもらうような強い萌えもんじゃない!」

 

 

 

 

 

物をよく知らないりゅうでも痛いほどに伝わる、悲痛な声が二人だけの空間に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「りゅう殿……わっちみたいにならないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は、いつの間にか胸を貸しあい、辛い涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




スーゼニペア、ミズブルペアも一話にまとめてしまいたかったのですがそうすると長い上にうまく作れないので若干尻切れトンボになってしまいました。申し訳ありません。



さあ、ここまででブルーのキャラが完成されつつありますね。

自分のイメージとしては、

(江迎怒江+御坂美琴)÷2

みたいな子です。

知らない人は特に気にしなくてもいいんですけど……

まあなんでこんなに突然キャラ押ししてきたかっていうと今話を超えたら当分でなく(げふんげふん


そんなブルーをよろしくお願いします。


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第6話 2 油断

今回、あんまり萌えもん関係な(殴


 

 

 

「隠し事?」

 

「……はい」

 

出てきた料理を一通り食らいつくしたのちの食休みとしてとった時間に、スーがゼニにそんなことを言い出したのは会場の表にあるソファーに腰掛けていた二人の会話の話題にミズキが上った時のことだった。

 

「……そりゃあ、一緒にいたら隠し事の一つや二つはあるものじゃない? 私だってブルーに何もかもを任せてるわけじゃないし、ましてやあなたとミズキは人と萌えもんの違いはあれど、立派な異性なんだから」

 

スーに対し、ゼニはそんな言葉をかける。言ってからスーの顔を見たゼニは、スーの瞳の真剣さを見て、自分が吐いた適当な言葉を後悔した。

 

「……そういう事じゃないんです。わたしたちの……誓いの話です」

 

「誓い?」

 

 

先ほどよりも声を落としたゼニの質問に対し、スーは自分たちの契約のさわりだけを話した。もちろんミズキの野望やほかの者の野望など話さない。あくまでさわり、約束事の場所だけだ。

 

 

 

 

「そう、それでミズキは、あなたと契約して、一緒に旅に出たんだ……」

 

 

 

 

「はい……」

 

 

 

 

ゼニは、正面よりやや上向きに顔を上げ、思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

『どうしてミズキはトレーナーにならないの?』

 

『そんなたいそうな理由はねえさ』

 

 

 

 

 

 

 

「わたしも……もっとミズキのことを思えれば……ミズキと一緒に旅を……」

 

 

 

 

 

呟くようにそう言ったあと、ハッとして隣を見るが、スーは何を思っているのか、うつむきながら固まっている。

 

聞かれていなかったことに一瞬安堵しつつも、いったいスーが何を言いたいのか、改めてたずねる。

 

 

 

 

 

 

「わたしは、マスターにわざを隠してました」

 

 

 

 

「……わざ?」

 

「はい。それはわたしのすべて、わたしにとってのこの旅のすべてです」

 

そういってスーは自分の手のひらを膝の上に置き力を加える。さみしそうな、遠くを見る目が印象に残る姿だった。

 

 

 

 

「それが……スーちゃんの過去、ってこと?」

 

 

 

 

体をこちらに向けてスーが頷く。

 

 

「……深い事情は分からないけど……それがスーちゃんの話したくないことなんだったら、話さなくてもいいんじゃないの? だって、あなたたちの契約っていうのはそういうものなんでしょう?」

 

「はい。わたしたちは、触れてほしくない過去に干渉はしません」

 

「だったら……」

 

 

 

 

 

「でも、マスターは知ってたみたいです。わたしが隠していたことを」

 

 

 

 

 

「……知ってた? 隠し事を?」

 

 

ゼニの確認のような問いに、無言の頷きでスーは答える、

 

 

「ハナダジム戦、マスターはわたしの力で勝ったといいました。でも、それは違います。あのジム戦は、わたしのからをやぶってくれたから、80%しか使えていないわたしの力を120%引き出してくれたから勝てたんです……マスターの力になりたいのに、私は結局マスターに頼ったままでした」

 

 

何の話なのかもよく分からない状態ではあったがあえて細かく問うことはせず、むくっと上がったスーの顔をゼニは見る。悲壮や嫌悪のような負の感情は見られない。ただただ、心中を吐露している、独り言とも違う、正の心で吐いている愚痴を聞いているような感覚だった。

スーは少し笑いながら話を続ける。

 

 

「わたしはマスターの力を利用します。これからもずっとマスターの矛となって敵をうち、盾となって害をはじきます。それがわたしにとってプラスに働くからです。でもわたしは、もっと与えられる萌えもんになりたいんです。マスターの志には少し反するかもしれませんが、マスター……いえ、マスターにも、シークちゃんにも、フレイドさんにも、何かをもたらせるような、そんな立派な萌えもんになりたいんです」

 

 

そしてスーは丸っこい自分の手を軽く握りこみ胸に当てる。

 

 

 

 

 

「それが、わたしが立てた誓い、野望だからです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……昔ね。ミズキが大切にしていたマグカップを割っちゃったことがあったのよ」

 

 

「……へっ?」

 

 

戸惑った顔のスーにくすりと笑いながら、ゼニは続ける。

 

 

「それは私が初めてこうげきわざを覚えたころの話だったんだけどね、そのころ私はどこでも誰にでもそれを見せてはしゃいでたのよ。研究所のみんなもそれを見せたらすごくほめてくれてね、それで気分もよくなっちゃって。でもミズキだけは、『あんまり調子に乗るなよ』って言ってほとんどほめてくれなかったの。それがとっても腹立たしくて。絶対に見返してやる、って思ってミズキの目を盗んで調整カプセルの中から抜け出して、わざの練習をしてたのよ。そしたら、案の定」

 

 

ぱりーん、を両手を開く動作に合わせて効果音を口でつけながら言う。

 

 

「机の上から落としちゃってね」

 

 

はーあ、と過去の自分に落胆しながら続けるゼニの話を、スーは真剣な表情で見つめていた。

 

 

「そのあと、事情を話して博士に頼んだのよ。『同じものを買ってきてくれ』ってね。博士は少し苦い顔をしたけど、お願いを聞いてくれたの。ミズキはその時別の町に用事があったみたいだったから、すぐに買ってきさえすればばれないからってね。博士のおかげでとりあえず代わりの者を用意できて、その時は事なきを得たのよ」

 

 

その時はね、とつなぎ、続ける。

 

 

「途中で耐えられなくなっちゃったのよ。ミズキがそのカップでコーヒーを飲んでる姿を見ているのが、途中で辛くて仕方がなくなったの。それでカップを割ってから一か月くらいたった後だったかな、ミズキに打ち明けたのよ。『そのカップは自分が割ってしまった』ってね。そしたらあいつ、なんて言ったと思う?」

 

 

楽しそうに聞くゼニに対し、口だけ軽く笑いながらスーが答える。

 

 

「『気にすんなよ』……とかですか?」

 

 

「あー。確かにそれもミズキっぽいわね。でも違うわ」

 

 

ミズキはね、こういったのよ。

 

 

 

 

 

 

『ご苦労さん』

 

 

 

 

 

 

「あいつ、わかってたのよ。私が何かで悩んでるってことに。最初っからずーっとわかってて、そのまま一か月、何も言わずにずーっと待ってたんだって」

 

 

一瞬あっけにとられたスーだったが、その後、すぐにもう一度笑う。

 

 

「確かに、そう言いますね。マスターは」

 

 

「でしょ? 私が本当にミズキに心を開くようになったのはそのころからだったわ。今思えばだけど」

 

 

声を出して笑ったあと、ゼニはすっと遠い目に戻す。

 

 

 

 

 

 

「だからね、あいつに嘘はつけないわよ」

 

 

 

 

 

 

「っ!!!」

 

 

言葉を失ったスーは口を半開きにしたまま固まる。

そんなスーの顔を視界の隅にとらえながら正面を向いたゼニが続ける。

 

 

「わたし、一回聞いたのよ。なんでミズキはそんなに気を使うのがうまいのか? なんでこちらの考えてることがわかるのか? どうしてそんなに上手に人のために行動できるのか? ってね。そしたら、こんなこと言ってたわ」

 

 

 

 

 

 

なんとなく、わかっちまうんだ。『弱さ』ってやつが。

 

 

 

俺自身、弱さの塊みたいな人間だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスターが……弱い?」

 

「ええ、そういったわ。決して謙遜なんかじゃない。辛そうな顔でね」

 

思い出しながら少し顔をゆがめてゼニが言う。

 

 

「まああいつの弱さなんて私たちが考えてもわかるものじゃないわ。私が言いたいのは、あいつが人の想いに限りなく敏感で、鋭敏な奴だってことだけよ。あいつは弱さを知っているし、時にはその弱さを利用したりもするかもしれない」

 

 

 

でもね、

 

 

 

「あいつは、決して弱さに付け込んだりはしないわ」

 

 

 

ソファーからひょいとおり、スーの正面に立ったゼニは、じっとスーの瞳をとらえる。

 

 

 

 

 

 

「スーちゃん。あなたがずっとミズキと旅を続けていくのであれば、これだけは覚えておいて」

 

 

 

 

 

ミズキに弱さを隠していくことは不可能よ。

 

 

 

 

 

『弱さを知っているミズキに甘えて、そのうえでミズキのために頑張る』

 

 

 

 

 

のか、

 

 

 

 

 

『弱さをすべて受け入れたうえで、ミズキと一緒に進む』

 

 

 

 

 

 

のか。

 

 

 

 

 

それはいつか選ばなければならなくなるわ。

 

 

 

 

 

 

「忘れないで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねえミズキ。どこに行こうかしら?」

 

「どこでもいいぜ。もともとお前はこういう豪華客船とか好きだったなと思って誘ったんだ。お前の好みに任せるさ」

 

「そ、そう。じゃあ……」

 

言いながらすごい勢いでパンフレットをめくり続けるブルーの後ろから、ミズキは何とも言えない表情を作りながら覗き込む。

長旅のための大型客船ということで、ゲームセンター、出店、食堂、萌えもんバトル用コートなど、船内の施設がかなり充実しているため数時間の暇つぶしに困ることはなさそうだった。

 

しかし、明らかに様子のおかしいブルーはそんな施設の説明を完全にすっ飛ばしで何を思ったかエンジン構造のページを開いて「ど、どこにいこうかしらねえ?」などとつぶやいている。

 

「……ったく。せっかく分かれて回ってるんだ。あいつらとかぶっても面白くないだろ。なら出店とか行くか。欲しいものあったら買ってやるよ」

 

「! う、うん!」

 

そういって振り向いた時のブルーの笑顔が熱気を帯びて真っ赤に染まっていてちょっと魅力的に見えてしまったのは自分が悪いわけではない。断じてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うわぁ……」

 

その後、知らず知らずのうちにミズキに手を引かれ知らず知らずのうちにスキップ交じりになってしまっていたぐらいにテンションあげあげこんらん状態になっていたブルーを一気にさめさせたのは出店に並ぶ商品の目の前にたてられている札の0の個数だった。

 

そう、繰り返し言うが、サントアンヌ号は長旅大好きセレブ達御用達の、超豪華客船。当然そんな奴らに満足してもらう出店となれば並べるものはすべて一級品。防犯のために店内の商品はすべてショーケース入り。宝石類はもちろん、お茶請けの和菓子さえ最低四つは0が並ぶような値段設定になっている、といった具合だった。

 

「おっ。こっちのケーキなんかきれいだな。スーに一個買って行ってやるか」

 

真横の、どんな食材を使えばこんな値段になるのか? と問いただしたくなるほどのケーキを平然と購入し、手元の端末で転送するミズキを、場違いな場所に来てしまったという緊張感や何をすればいいかわからないという虚無感で固まってしまっているブルーが、ぎぎぎ、と音が出そうな動作で体を動かしミズキを見つめている。

 

「さてと……ん? どした、ブルー? 欲しいものあったのか? アクセサリーコーナーはあっちだぜ」

 

そう言いながら自分の横を抜けて指差した方向に歩いて行こうとするミズキの服の裾を軽くつかんでついていく。はたから見れば迷子を嫌う幼子そのものだがブルーとしてはこんなところでミズキとはぐれたらどうすればいいかわからなくなるという不安からくる真っ当な行動だった。

そんなブルーの想いを察し、ミズキは何を言うわけでもなく無言ですたすたと歩いていく。

 

 

 

 

「おら、これなんかどうだ。お前に似合いそうだけどな」

 

そう言ってミズキはガラスケースに人差し指をつける。とりあえずその指のを見てみたブルーだったが、数秒も待たないうちにその指差した宝石と同じくらい顔を青く変色させた。

 

「いやいやいやいや! 駄目よこんなの! 絶対ダメ! 買っちゃだめだからね!」

 

「? 気に入らなかったか?」

 

「そういう問題じゃなくて! いや、だから! こんなの買ったら我が家の家計は火の車なのよ」

 

「?」

 

軽く例のモードに入っているブルーに向かって、きょとん、としたミズキは、「何か問題でも?」とでも言いたげな表情で見る。しかしブルーは首をすさまじい勢いで横に動かしながら値札を見る。五つまで0を数えたところでもう一回声を上げた。

 

「と、とにかく! 気持ちはうれしいけど、もっと安いのでいいから!」

 

「……わかった」

 

憮然とした表情で別の場所に向かうミズキの後ろ姿を見ながら、ハッとして周りの目線に気付き、青い顔を少し赤くした後その目に気付かないふりをしてミズキの後について行った。

 

 

 

「はてさて、どうしたもんか」

 

頭をガシガシと触りながら上を向き、宝石から反射する光で疲れた瞳を少しだけ休ませる。何分、女の子に渡すプレゼントを選ぶなんて初めての体験だ。普段使わない頭の使い方をして、割増しで疲れている感覚がある。

とりあえずレッドやグリーンのはパッと印象に合うものを買った。あいつらならどうせもらえるものは何でも喜んでもらってくれるだろう。しかしそれと同じようにブルーのものを選ぶのはあまりに失礼、というよりは無神経だろう。

 

 

「うーん……ん?」

 

 

ふと黙想を中断し、あたりを見る。いつの間にか自分の位置から少し離れた、店の端でしゃがんでいるブルーの姿をとらえ、そっと近づいていく。

 

 

ガラスに両手をつけて曇らせないように息を抑えているその姿は、さっきよりも少しだけうれしそうにしているように見えた。

 

 

 

「……気に入ったのか?」

 

 

 

「……気に入った……っていうのかな。なんだろ……よくテレビのお金持ちなんかが言う、『出会った』、って感覚なのかな。まるで、わたしの想いを載せたみたいな、そんな宝石に見えたの。もちろん、うぬぼれだとは思うけど……」

 

 

「……へぇ」

 

 

聞きながらミズキはそれをじっと見る。

 

 

 

さっき自分が選んだ宝石は、自分なりにブルーに合ったイメージカラーを選んだつもりだった。青、というよりは、かなり水色に近いような明るい色で、活発でいてきれいないでたちのブルーにはピッタリだと思ったのだ。

 

 

 

 

しかし、今のブルーが見とれているそれは、

青は青でも、『蒼』、と言いたくなるような、深い深い青だった。

 

 

 

 

「いお……らいと? って読むのかしら、これ?」

 

 

 

「惜しいな。そのi(アイ)は、『い』、じゃなくて、そのまま『あい』って読むんだよ」

 

 

 

 

そう言ってミズキは振り向き、片手を上げる。近くにいた女性がそれに気づき、近寄ってくる。

 

 

 

 

「これ、アクセサリーになってるものってありますか?」

 

 

「はい。指輪、ネックレス、ブローチ等ございますが……」

 

 

「指輪で」

 

 

「ちょ!? ミズキ!?」

 

 

 

 

「かしこまりました。彼女さんへのプレゼントでしょうか?」

 

 

 

 

「まあ、そんなもんです」

 

 

 

 

無愛想な雰囲気で答えるミズキを見ながら、店員は微笑み、ブルーは真っ赤になりながら腰くだけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あんたいったい何考えてんのよ!?」

 

「いらねえの?」

 

「いるわよ! いるに決まってるじゃない! ありがとう!」

 

店を出た後すぐに、ブルーはそんなことを言いながらミズキから箱をひったくる。

 

「全くもう……」

 

怒っているようなそぶりを見せるも、隠しきれずにその顔から漏れだす笑みをミズキは見逃さない。

 

 

 

 

 

「ほんと、ミズキってそういう人よね。いつだって人のこと考えて、人を楽しませて、人を幸せにして……」

 

 

「ばーか。いきなり何言ってんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ミズキ? 私、ミズキが好きよ」

 

 

 

 

「……ああ、知ってるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

歩みを止めずに、ミズキは答える。何でもない、日常会話の一コマのように、表情を変えず、トーンを変えず、答える。

 

 

「ねえ、ミズキ。私のことは好きなの?」

 

 

「ああ、好きだね。お前も、レッドも、グリーンも、みんな大好きだ」

 

 

 

純粋に言っているのであればこんなに残酷なセリフもないが、もちろんミズキは理解して言っている。

 

ブルーの臨む答えは、そんな生ぬるい答えではないことを。

 

 

 

 

 

 

 

「ミズキ……私は「ブルー」

 

 

 

 

 

 

無理やりさえぎり、さみしそうな、歯がゆそうな目をするブルーに、必死に冷徹な目を向ける。

 

 

 

 

ブルーが何を言うか。何を言おうとしているのか。

 

分かる。分かってしまう。

 

やはりこの頭は恨めしい。

 

 

そして、恨めしいと思いながらも、それを使う自分は、やはり罪深い、最低の男だ。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は言ったよな。昔、お前に」

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺がお前の気持ちに答えることはない』

 

 

 

『お前を傍に置いておく気はない』

 

 

 

『俺がお前の手を引くことはあっても、お前と手をつないで進む気はない』

 

 

 

 

 

 

 

『それでも好きでいるのなら、お前は勝手に俺を好きになれ』

 

 

 

 

 

 

 

『俺は絶対に、それに報いることはないけどな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ええ。言ったわ」

 

 

「……なら、俺にそれ以上求めるな。俺はお前を仲間だと思うことはあっても、それ以上に思うことはない。ずっと言っていた通りだ」

 

 

 

「……そうよね……そうなのよね」

 

 

 

 

目を伏せ、表情が見えなくなったブルーは、そっとミズキの横を抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと、お手洗い、行ってくるわ。先に……戻っていて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

ブルーの姿が曲がり角に消えて行ったのを見届けた後、ミズキは壁に拳を思いっきりたたきつける。

 

 

 

 

 

「……卑怯者」

 

 

 

 

 

ゼニガメから、ヒトカゲから、フシギダネから逃げてしまったあの時から、

 

 

 

自分は何も変わってないじゃないか。

 

 

 

 

突き放すだけなら事情を話せばいい。

 

それを隠すのは、巻き込みたくないとか、そんなきれいな理由じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「……好きだから」

 

 

 

 

ここが、好きで、居心地がいいから。

 

 

 

 

甘えているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……逃げるなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? なんでこんなに空気が重い訳?」

 

部屋に戻ったミズキの開口一番のそのセリフに、六人がそろって無言を返す。

 

シークは椅子の上に丸まり、いつにもまして震えている。

おびえている、というよりも、何か、憤りを感じているかのような雰囲気を出しており、それを気にしているおにぽんは不自然なほど自分から視線を外している。

 

フレイドはベッドの上で目を腫らし、同じように目を腫らして眠っているりゅうをなでながら黙り込んでいる。こちらは直ぐに視線が合い、軽くこちらに頭を下げる。なんとなく、「すまない」と言っていることを感じ取った。

 

そして立ちっぱなしのスーはというと、何やらゼニに吹き込まれたのか、いつになく真剣な表情で自分の世界に入り込んでいる。さしずめ真剣に思考するときに自分がよくやる黙想のようだった。

なぜゼニに吹き込まれたと思うのかというと、横でゼニが頑張れ、という視線を送っているからに他ならない。余計なことを言っていないことを願うばかりだな。

 

 

 

一つため息をついた後、部屋の隅にある机に軽く寄りかかる。

どうにかしようかとも思ったがどうやら全体の雰囲気を見るに、悪い事ばかりおこったわけでもなさそうなのでこいつらのことはこいつら自身に任せておくことにしよう。ちょっとめんどくさいとか思っているわけではない。

 

 

 

 

 

それに、俺は俺で考えなければならない事が出来ちゃったしな。

 

 

 

 

 

「すみません。ミズキ様、今部屋にいらっしゃいますでしょうか?」

 

「! はいはい」

 

そんなミズキの思考を断ち切るようにノックの音と同時に声が聞こえてくる。声から察するに、部屋を出る前にも来てくれた船のボーイさんだろう。特に警戒もすることなく、ドアを開ける。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「こちら、お届け物になります」

 

見るとボーイの手元には、タオルのような白い布が何かを包むような形状で折りたたまれていた。見た目だけでいったいそれがどういうものなのか判断することはできないが、まともなおとどけものがこんなずさんな形で梱包されるはずがないと気付くやいなや、一気に警戒の姿勢を取る。

 

「ご安心ください。危険物でないことは自分が保証しましょう。なんならここでお見せしましょうか?」

 

「……いや、いい。どうも御苦労さま」

 

一気に嫌な気配を吐き出したボーイをさっさと追っ払った後、部屋の中心まで戻ったミズキは乱暴にタオルをはらう。今まで自分の世界に入っていた周りの皆も意識を戻し、動けないもの以外はミズキの周りに集まった。

 

 

 

「……? ポケギア?」

 

 

 

それはこの地方のほとんどのトレーナーが所持しているアイテム、ポケット萌えもんギア。略してポケギアだった。自分がポケナビを制作するもととなったジョウト地方出の電子機器である。

 

 

 

 

 

「あら? それ、ブルーのじゃない?」

 

 

 

 

 

「なに?」

 

 

 

 

 

ゼニのセリフに反応したミズキは、すぐにポケギアを起動させて画面を起こす。

 

 

 

 

するとポケギアは使用中のメールフォームを画面に映し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを見たミズキは、

 

 

 

気を抜ききった先ほどまでの自分を後悔し、

 

 

 

思わずポケギアをぶん投げようとしたところを、シークの“ねんりき”に無理やり抑え込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バトルルームに Cоme оn。 by マチス』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




良く見直したらポケギアも萌えギアにし忘れてました。ばーか。


次回、久しぶりのバトルです。



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第6話 3 求めるもの

遅れて申し訳ございません。もう手遅れな報告ですが、ここから更新ペースが落ちます。



忘れたころに必ず連投が始まるので是非お気に入りから外さずに待っていて下さると幸いです。遅くても今度の長期休みには戻ってきて十話くらい投稿していくと思います。




話は変わりますが風邪で倒れるサトシと男装セレナがかわいかったです。


 

 

 

 

「バトルルームにお呼びしたのはミズキ様だけでございます。他の方々はぜひ、客席の方へお上りくださいませ」

 

 

乗船時の男と似たような、黒服がバトルルームへの通路で、当たり前のことを言っている、と言わんばかりの表情で立ちふさがる。そんな男を無言でにらみつけるミズキの後ろから、はじかれた者たちの怒号が飛び交う。

 

 

「ざけんじゃねえ! ブルーは俺たちの“おや”なんだぞ“! 俺たちが行くのは当然だろうが!」

 

「そうよ! だいたい、なんでブルーがこんな目に合わなくちゃあいけないのよ! あんたたち、いったい何が目的なのよ!?」

 

 

ヒステリックな叫びが鉄の通路に響き渡る。黒服の男はにやりとした笑みを浮かべ、その前のミズキは全く微動だにしない。

 

 

「あなたたちにお話しする必要はございません。こちらから出す条件は一つ。『ミズキ様とマチス様による一対一の非公式絶対戦闘の承諾』。万が一マチス様が敗北した場合、人質は解放しましょう。しかし、ミズキ様が敗北した場合、もう二度と、我々に害を及ぼすことの無いように……

 

 

 

 

R団の傘下に加わっていただきます

 

 

 

 

「! R団!?」

 

ゼニやおにぽんが一気に警戒の体制を強め、りゅうが後ろでただただおびえている最中、ミズキ、スー、シーク、フレイドの四人は、何でもないようなリアクションで聞き続ける。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! いろいろおかしいけど、そもそも非公式の絶対戦闘なんて、受ける意味はないわ! わざわざあなたたちの土俵に上がる必要なんてない! 今から私たち全員で殴り込めばいいんだから!」

 

「そ、そうだ! だいだい、『非公式』ってことは形だけの戦闘(ケンカ)ってことだろう!? それじゃあお前らが約束を守る保証もねえ! ミズキのだんな、こんなのやることねえぜ!」

 

「おや、残念ですね。ならばブルー様がどうなっても構わないということでよろしいですね?」

 

「て、てめぇ!」

 

掴みかかりそうになるおにぽんをゼニが後ろから引き止めるが、そのゼニも歯をくいしばって耐えているようだった。そんな二人に近づきながら、男は目の前でしゃがみ、子供と目線を合わせるようにして言う。

 

 

「何か勘違いしておられるかもしれませんが……我々はあなた方にお願いしているわけではありません。これは命令です。そもそもR団に逆らうあなた方に払う敬意などないのです。ミズキ様、あなたをとらえるだけなのであればあなたが船に乗った時点で我々の勝ちは決まっている。それでもただ襲撃を仕掛けるのではなく、こうしてわざわざ戦闘の場を設けて差し上げているのは、ひとえにマチス様が楽しみたいからにほかなりません。あなたたちはただ、マチス様の願望をかなえる、駒となっていればそれでいいのです」

 

 

下種な笑顔を隠そうともせずにおにぽん、そして振り返り様にミズキに安い兆発を放つ。

 

 

「てめえ! いい加減にしやがれ! だんな、今すぐこの男をぼこぼこに……」

 

 

 

 

 

 

「フレイド、準備しろ。スー、シーク、三人を連れて上にあがっとけ」

 

 

 

 

 

 

「「了解(です)」」

 

 

(ぺし)

 

 

シークが一発ミズキの足をうったのを最後に、ミズキとフレイドは前へと進み、スーとシークは後ろに戻っていく。

 

 

「! だ、だんな!? なんで!」

 

 

「お前ら、さっさとスーたちについていけ。これは俺が挑まれたバトルだ」

 

 

コキコキと体を慣らしながら、ミズキが振り向かずに答える。スーとシークは固まっているりゅうの手を引いて、客席への階段を上っていく。その場に残ったのは、ミズキとフレイド、そして、おにぽんとゼニだった。

 

 

「賢明な判断ですね」

 

 

黒服の男のそんな嫌味にも反応せずに、おにぽんとゼニは全くその場を動かない。

 

 

ゼニは何かを思うように黙り込んでいるが、おにぽんはというと、みてわかるほどに激昂している。

 

 

「なんだよ……なんなんだよ! なんであんたはR団に狙われてるのかとか、なんでブルーが人質に取られたのかとか、そういうのは一切説明しないくせに、俺たちは黙って自分に従えって!? 結局あんたも、あいつらと同じかよ! 自分さえよけりゃあそれでいいのか! あんたのせいで、ブルーはさらわれたんじゃねえのかよぉ!?」

 

 

「ちょっと! おにぽん、言い過ぎよ!」

 

 

再びおにぽんをゼニが抑える。しかし、今度は体を振られしっかり押さえる事が出来ないでいる。

 

 

「うるせえ! あんたはブルーはどうでもいいのか! あいつらを倒せりゃあそれでいいってのか! ブルーは、ブルーはあんたのことを、ずっとずっと想ってたんだぞ! ふざけんじゃね」

 

 

 

 

 

「いくつか言いたいことはあるが、一個だけてめえの勘違いを訂正させてもらおう」

 

 

 

 

 

黒服の先導に従い、歩き出したミズキは、ぼそりとつぶやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、ブチ切れてるよ。お前以上にな」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後に聞こえた耳をふさぎたくなるいやなおとで力が抜けたおにぽんは、それがミズキの歯ぎしりの音だったことに気づき、しりもちをついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の対戦フィールドで特筆すべきことは何かというと、特徴がない、という事だった。

 

ニビジム戦では地面は砂。潜れる深さもあり、いわタイプのわざで利用することもできると、まさにいわタイプのためのフィールドだった。

ハナダジム戦は言わずもがな。プールを基に作られた、水中戦という慣れない状況下でのみずタイプとの対戦を強いられるフィールドだった。

 

 

では今回のフィールドはどんな仕掛けがあるのか。

 

 

はっきり言って何もない。オーソドックスな、教科書通りのノーマルフィールド。

 

下を見ると、少し土っぽいがガチガチに固め敷き詰められた床があり、ある程度の破壊力のあるわざでなければ潜るどころか罅を入れることもままならないであろう薄茶色の地面を作っていて、その上に白線で行動範囲とセンターラインが引かれている。長旅をするサントアンヌ号の旅行者たちがずっとここで楽しめるように耐久性に重点を置いて作られたことが推測される。

 

周りを見ると数メートルほどの青っぽい壁があり、目線を少し上にあげるとスー、シーク、ゼニ、おにぽん、りゅうが顔をのぞかせていて、その周りには全員の同じ仲間であろう先ほどと同じ黒服の男数十名がフィールドを囲むように陣取っている。唯一先ほどと違うことは、スーツのようなぴっちりとした高級感のある黒服から、『R』の文字が際立つ自分が大嫌いな服装に代わっていたことだった。

 

 

 

「一対一とか言っといて、舌の根乾かぬうちにこれかよ。やってくれんじゃないの、マチスさん」

 

「Nоn Nоn。こいつらはバックアップさ。てめえが途中で逃げ出さねえようにするためにな。まあてめえが船に乗った時点でお前をとらえろっつーBossからの指令は半分クリアしたようなもんだからな」

 

コートに向き直り正面を向いたミズキは、けっ、と吐き捨てるように言いながら今回の敵を改めて認識する。

 

 

 

クチバジムジムリーダー、マチス。

 

 

 

軍人上がりのアメリカンな迷彩柄の服を肌に直接身に着け、その服の間からは仕上がった体が見え隠れしている。それなりに鍛えていると自負しているミズキであるが乱闘で勝ち目はないだろう。

そもそも乱闘であれば罠にはまった自分たちには勝ち目はない。ならば、なぜマチスはわざわざこんな舞台を設けたのか?

 

 

 

ミズキはいら立ちを隠すことなくマチスに言う。

 

 

 

「……俺にはあんたの趣味に付き合ってるような暇はないんだけどな」

 

 

 

「……ヒュー、Cool。聞いた通りの頭脳だな」

 

 

 

マチスは楽しそうに首を鳴らす。

ニタニタとした卑しい笑いに思わずミズキは唇をかむ。

 

 

 

 

「そう、俺様は強いやつと戦いたいんだ。軍にいたときだってそうだった。はむかってくる奴は全員黒焦げにし、倒し、壊滅させ、立ち上がるやつをまた倒して、気が付きゃ後ろのカスどもにあがめたてられ、大佐なんてくそいらねえ称号ももらった。はっきり言って煩わしかったよ」

 

 

自慢するような口調ではなく、むしろ忌々しい過去を話すかのような口調で言う。

 

 

「だから俺様はその地位を利用してジムリーダーになった。だが結局やることは軍の時と一緒だ。カスみたいなトレーナーを次々潰していくだけの作業。刺激が足りねえ。戦っているっていう実感が足りねえんだよ! 勝つか負けるかの瀬戸際の勝負、俺様が求めてるのはそれ一つだけ! お前とならその実感が得られる! さあ、ヤろうぜ! 全力のバトルを! 気が狂っちまいそうなほどに滾るバトルをしようじゃねえかよぉ!」

 

 

涎を垂らさんばかりに長い舌を伸ばしながらの不気味な笑顔は場の空気をこおりつかせるには十分な力を持っていた。上から見ていたスーたちは言葉をなくしており、りゅうとシークにいたっては体を寄せ合いおびえている。

そしてその周りのしたっぱたちはニタニタとしたいやらしい笑いをミズキへと向けている。

 

 

 

 

任務の遂行を目的としているならば、このバトルは全く必要のないものだ。

 

先ほどの黒服が言っていたように、奇襲をかけるなり、睡眠薬を盛るなりすれば、自分はともかく、萌えもんたちは無力化できることだろう。

 

しかし、したっぱたちはこの作戦を容認している。

 

それはなぜか。

 

 

 

 

 

簡単だ。誰もマチスが負けるなどとは、露ほどにも思っていないのだろう。

 

 

 

それほどまでに彼は強いのだろう。

 

 

 

 

 

 

しかし、そんなことはどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

「……あんたのその汚ねえ欲望を満たすためだけに、ブルーに手を出したのか?」

 

 

 

「Aha~?」

 

 

 

笑顔を崩さずにマチスが反応する。

 

 

 

 

「……その反応を見る限り、俺の作戦は正解だったみてえだなぁ……」

 

 

 

 

そう言いながらマチスは右腕を高々を掲げ、パチンとはじく。

 

 

 

 

 

「俺は心配だったんだよ、俺たちの罠にはまっちまったことで、てめえのやる気がなくなっちまうことがよお。だからお前の女を先にとらえた……こうするためになあ!」

 

 

 

 

 

 

そう言ってマチスが右手を上げるのを合図に、本来の審判位置のやや後ろあたりの床が開き、

 

 

 

下から大きな大きな椅子がせりあがる。

 

 

 

 

 

そこには、手足を椅子につなぎとめられた眠ったままのブルーの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「ブルー! ブルーーーーーー!」

 

 

「動くな!」

 

 

 

 

 

叫び、飛び立つ寸前だったおにぽんを傍にいたしたっぱが地面にたたき伏せる。

 

 

 

 

「かはっ! て、てめぇ……離しやがれ!」

 

「それ以上暴れるならば、あの小娘はどうなっちまうかわかんねえぜぇ?」

 

地面に伏せさせられているおにぽんに、別のしたっぱがしゃがみこみながら、わざとらしい嫌な言い方でおにぽんに告げる。

 

 

 

 

 

 

「絶対戦闘の賭けの確認だ」

 

 

マチスは懐からすっと一本のカギを取り出す。

 

 

「俺様が負けたら『この小娘を開放するためのカギを渡す』。お前が負けたら『R団の傘下に下る』。もしも、途中でこの戦闘から逃げようものなら……」

 

 

 

マチスは腰から一つボールを外し、審判位置、つまりブルーの目の前にほおる。そのボールがはじけると同時にまばゆい閃光がフィールドを包み、思わずミズキたちは目をつむる。

 

 

 

 

 

そして再度目を開き、唇をかむ。

 

 

 

 

 

「俺様のライチュウが、この小娘を二度と動けなくしてやる」

 

 

 

 

 

ボールを投げた手をそのまま自分ののどへと持っていき、親指だけを下に下げて手を横にずらす。古いヤンキーのちょうはつのような動作だった。

 

 

 

「こ、この野郎! なんでそいつなんだ! 俺と、俺と勝負しやがれえ!」

 

 

 

上で騒ぎ、抑えられているおにぽんを一瞥しながら、ライチュウに目を向ける。

 

 

 

普段はかわいらしくその姿を彩る丸い耳が思いっきり鋭く天を衝いている。体内でんきが最大まで“じゅうでん”されている証拠だ。そして椅子に座りながら動かないブルーの首元までまっすぐ伸ばされているするどいしっぽは、進化前のピカチュウにはない汎用性を持ったものであり、今回はその性能の一つである、でんげきの発射砲台を担っている。

 

 

なるほど、発射されれば黒焦げだろう。二度と動けなくする、というのが脅しでないことは十分にわかる。

 

 

分かるからこそ、いらだちは募る。

 

 

 

 

 

 

「さてと……じゃあそろそろスタートだぜ。まずは俺様の萌えもんからお披露目と行こう」

 

 

そして二つ目をボールを取り、高らかに上に放り投げる。

 

 

 

 

「Come on 、エレブー!」

 

 

 

 

 

バリバリバリ、という気持ち良くすら聞こえる轟音と共に、フィールドを雷(いかずち)が駆け巡る。

それが地面に吸い込まれた後、腕を振り回す姿を目視できるようになり、動く体の端々からパチンパチンと“せいでんき”がはじけている。

 

 

「でんげき萌えもん、エレブー。でんきを食べてそのまま体内に電気をため込む性質からでんきタイプのミラーマッチにめっぽう強い……か」

 

 

秘密兵器はまた次回だな……

今回は純粋なほのおの力で戦うしかない。

 

 

 

「GO、フレイド」

 

 

 

フィールドに入る前に戻しておいたフレイドのボールのボタンを押す。再び場に出てきたフレイドも少し苦い顔を作る。

 

「……強いな」

 

「ああ。これまでのお前の相手と比べても最高クラスだ。気を引き締めろ、油断したら一瞬で逝くぜ」

 

 

ミズキが腕を組みながら答える。

 

 

その姿を見たフレイドはふっ、と一つ笑いエレブーに向き直る。

 

 

 

 

「……そのふてぶてしい態度、物怖じしない姿勢、俺様の目に狂いはなかったな」

 

 

 

 

マチスの言葉を眉一つ動かさず体勢を崩さずそのまま聞く。

 

 

 

 

 

「てめえは俺様と同じ臭いがする。目的のために何でもできる、孤高の強者の臭いがな」

 

 

 

 

 

「ほざいてろ。俺はブルーを取り戻す。そのためだったら何でもする」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――戦闘開始―――――――――――――――――――

 

 

 

 

「先手必勝! エレブー、“かみなりパンチ”だ!」

 

腕を振り回しバチバチと火花を散らしながらどこどこと一直線に近づいてくる。

 

 

 

腕を組んだままフレイドに出す指示を考えるために攻撃を受けるまでの数秒間で思いっきり思考を回す。

 

 

 

エレブーは速い。

 

 

フレイドはスピードにかなり自信がある種の萌えもんだ。これまでの自分との戦闘で見せた“こうそくいどう”を筆頭に、わざを繰りだすまでの瞬発力も、直線的な動きはもちろん曲線的な動きでさえ、スーやフレイドとは別の次元ともいえる動きを展開できる。

 

だが前にもふれたことだが、萌えもんの成長レベルにはガーディという種族の限界値がある。

 

 

そしてエレブーのすばやさともなると、その限界値を悠々と超える事が出来る。

 

 

少なくともたんじゅんにかけっこをしあって、フレイドの勝てる相手ではない。

 

 

 

「フレイド、迎え撃て! “ニトロチャージ”!」

 

正面から思いきり突き出している拳に頭から突っ込むかのように、自分のわざをぶつけに行く。

 

 

 

雷と炎の力が場の中央で激突し、弾け、四散する。

 

 

 

「……悩んだ結果、すてみの特攻か? どこまでも俺様の予想通りの直球の男じゃねえか」

 

楽しそうな笑いがやたらとミズキの逆鱗を刺激する。

 

「勝手に評価するのは結構だがな、本気でこないと痛い目見るぜ? タケシとカスミはそうやって負けていった」

 

「安心しろ。俺様はいつだって本気だからよ。本気でやらなきゃあ、遊びは楽しくねえだろう! “かわらわり”だ!」

 

 

体だけを中央に残した二人は無理やり体制を立て直し、指示に従い行動を起こす。

一瞬早く動き出したエレブーの振り上げた腕は先ほどの“かみなりパンチ”を繰り出した右腕であり、ぱちぱちという音が軽く帯電していることはミズキの位置からでも判断できた。先の交錯で力をはじききれなかったのだろう。とくせい、“せいでんき”との兼ね合いもあるのだろうか、“かわらわり”にもしびれ作用が付与されているらしい。

ともかく、交代できない一対一のこの戦闘、“まひ”状態になったら実質負けみたいなもんだ。

 

 

「ほのおではじき返せ! “ニトロチャージ”!」

 

 

“かみなりパンチ”で浮いた体を無理やり地面につけたフレイドは再び自らの体にほのおを展開する。振り下ろした腕をほのおの鎧が無理やりはじいてフレイドへのダメージを小さく抑える。

しかしそれは言葉の通り鎧をまとうようなもの。衝撃は消せずフレイドは軽く後ろにのけぞる。

 

「大丈夫か、フレイド!? いったん退け!」

 

「逃がすなエレブー! “10まんボルト”!」

 

「“かえんほうしゃ”!」

 

距離を取った二人の間で、再び二つの力が交錯し、はじける。枝垂れ花火のように黄色い火花が二人の前にはらはらと落ちてくる

 

遠距離戦はほぼ互角。近距離戦は相手がちょっと上か。

 

組んだままの腕の力を少し強めながら冷静に分析する。

 

 

 

「エレブー、ガンガン行くぜ! “かみなりパンチ”!」

 

「“ニトロチャージ”!」

 

 

 

間髪入れずに攻撃の指示を出すマチス。それにつられるような形でミズキも先ほどと変わらぬ指示を出す。

当然結果も先と変わらず。エレブーとフレイドはぶつかり合い、中央に体だけを残す。

 

 

 

手ごたえを確かめるように拳を握り直し笑みを浮かべるエレブーを尻目に、マチスは少しだけ笑みを崩す。

 

 

 

 

 

(こいつ……勝つ気があるのか?)

 

 

 

 

エレブーに指示の声を飛ばし続けるマチスは、じっと正面で腕を組みながら仁王立ちしているミズキを見据えながら考える。

 

 

先ほどのファーストコンタクトは間違いなくこちらの攻め手の確認をするためのものだった。じゃなければ正面から対抗してくる意味はない。

 

そしてガーディとエレブーの単純な力の差は感じ取る事が出来たはず。

 

ならばなぜ二度にわたって正面からこうげきを迎え撃つという選択を取る?

 

 

 

 

(あの目……勝負を投げた男の目じゃない)

 

 

 

 

Crazy、という言葉を一瞬だけ浮かべたが即座に捨てる。

 

奴が勝利をあきらめていないなら、奴の行動には必ず理由がついてくるはずだ。

 

 

 

階級を上げようという想いを持つものが、敵の主力ばかりを落とそうとするように。

 

 

腹を空かせた歩兵たちが、戦闘兵よりも先に貨物輸送の人間を狙うように。

 

 

力なきものが、甘い蜜を吸うために上官に媚び諂うように。

 

 

 

人間の行動理念は大小の欲から始まる。それは軍でも戦闘でも例外ではない。

 

奴は何か得を得るためにわざわざエレブーと対面したはず。

 

 

 

考えられるとするならば……

 

接近戦に持ち込みたい……いや、違う。接近戦は完全にエレブーが制している。接近戦は奴にとっては悪手以外の何物でもないはずだ。

 

ならば持久戦になる前に決着をつける気か……それもない。そうならば“ニトロチャージ”というわざの選択はどう考えても悠長だ。

 

 

 

ならば……ダメージを受けること自体が目的の時。

 

 

「“きしかいせい”か」

 

「……」

 

 

答えない。当たり前だと思う反面、図星を突かれたのだろうと少しだけ楽観視する。

 

 

「ダメージが欲しけりゃあくれてやるよお! “10まんボルト”!」

 

「“かえんほうしゃ”!」

 

 

再びこうげきが空中で重なり、はじけあう。

腕で火の粉が顔につくのを防ぎながら、軽く舌をうつ。

 

 

(徹底してクロスレンジでしか戦わないつもりか)

 

 

相手の“かえんほうしゃ”がこちらの遠距離わざをはじくためだけに選択されているわざであることに気づき、歯噛みする。

これでエレブーは残りのわざに遠距離わざを選ぶ意味はなくなった。どんなわざを放ったとしてもはじくことだけ集中すればさして問題ではない。そう言いたげな“かえんほうしゃ”だった。

 

 

 

いいだろう。乗ってやる。

 

 

 

「Go、エレブー! 連続で“かみなりパンチ”だ!」

 

今度は両腕に電気を流したエレブーがガーディの正面から襲い掛かる。

 

それに対しガーディは躱すことも逃げることもなく、ただただその場で構えている。

 

 

やはりある程度ダメージを受けてから、“きしかいせい”の一発逆転を狙うつもりか。

 

 

「怯むなエレブー! そのまま突っ込め!」

 

 

だが、ここでひいては話は進まない。

 

相手自らがダメージを受けてくれるというんだ。ここで引いたら勝てる物も勝てなくなる。

 

 

「タイミングを見ろ。一発は自力でかわすんだ!」

 

 

その指示を聞き、一気に気が集中したのが見て取れた。

この交錯は奴らの思い通りになりそうだ。

 

 

エレブーの左手の“かみなりパンチ”は屈んだガーディの頭の上を少しだけかすめて通過する。

しかしその返す刀で右手を思いっきり真下に向かって振り下ろす。明らかに躱すことのできない、直撃のタイミング。

 

 

「“ニトロチャージ”!」

 

 

またしてもそれをほのおを展開して無理やりはじき、接近戦の範囲から逃れる。

 

自分で望んだ接近戦にもかかわらず、少し敵をつついて逃げていくようなこの状況。

 

マチスの疑問は確信に変わる。

 

 

(奴の狙いは“きしかいせい”の一発KO。それならば連続した“ニトロチャージ”にも納得がいく!)

 

 

「……フレイド、準備はいいか?」

 

「問題ない。万全だ」

 

 

相手が次の戦術を決めたらしい。腕を組み思案しているミズキを見ながら、マチスはこみ上げる笑いを無理やり噛み殺していた。

 

 

“ニトロチャージ”でわざを受け止め続けていたのは、ダメージを受けるため。

そしてもう一つ、自分のすばやさを高めるためだ。

 

 

“ニトロチャージ”というわざには、こうげきする役割ももちろんあるが、使うたびに体を刺激し、高め、使い手の速度を上昇させるという役割がある、

 

それを利用してこちらのこうげきを流しつつ、自分のすばやさを高めていたというわけだ。

なるべくこちらに悟られないように。しかも先に目を慣らさせないように、準備段階では素早く動かず、目が追い付かないうちに速攻で決めようという算段なのだろう。

 

 

 

なんというしたたかな子どもだろう、と、マチスは少しだけ汗を垂らす。

 

 

 

 

「フレイド! “こうそくいどう”だ!」

 

 

 

 

瞬間、ガーディが視界から消える。

 

 

勝負をかけてきたな。

 

 

“ニトロチャージ”を重ねに重ね、とんでもないスピードを手に入れたガーディの“こうそくいどう”はまさに目にもとまらぬ速さ、といったところだった。

さらに末恐ろしいことは、このスピードを、あのガーディはダメージを受けた体で行っているという事だ。

普段それほどの傷を受けない人間がそれのすごさを認識しろというのも難しい話だとは思うが、事実、それはとんでもないことだ。

 

 

部品の一部が欠けた戦闘機がマッハの速度を出したらどうなるか。

 

 

答えは割と簡単。空中分解する。

 

 

壊れた機体が無茶な駆動をしようとすれば当然故障はたちどころに影響を及ぼす。

 

 

萌えもんもそれと一緒だ。

傷を負った体で普段よりもっと速度を出すなど、正気の沙汰じゃない。

そして、そんなことをやらせるトレーナーも。

 

 

 

「やっぱお前も、俺様と同じなんだな。くぅ~、楽しくなっちまうぜ!」

 

 

「そうかい。だが、残念だな。楽しい時間もここまでだ」

 

 

 

楽しそうな声を上げるマチスをにらむミズキの顔は真剣そのもの。そろそろ仕掛けてくるのだろう。

 

 

 

(……来い。仕掛けてきた瞬間。貴様の終わりだ)

 

 

すさまじい速度で動き回り、こちらの攻撃をかわしつつ、勝負を決める算段なんだろうが……エレブーはその策をぶち壊すすべを持っている。

 

 

 

 

 

でんきタイプの必中わざ、“でんげきは”

 

 

 

 

 

接近してきた瞬間に、そいつをぶち込み、Game overだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「来るぜ、エレブー! 目を凝らせ。奴の動きに集中しろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、

 

 

マチスの背中をあやしいかぜが吹き抜けた。

 

 

 

なんだ? なんだ、この悪寒は?

 

 

 

 

何をされるかわからないが、何かが起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなマチスを見ていたミズキは、驚いたような、感心するような顔でぼそっとつぶやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい勘してるぜ。さすが軍人。もう遅いけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてミズキは、バトル中ずっと組んでいた腕をようやくすっと崩し、右手人差し指を天井に向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フレイド! 上を向け! “はじけるほのお”!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エレブーが自分の場所からマチスの方に振り向くと、その直線状にいたフレイドは上に炎弾を飛ばす。

 

 

 

 

 

それを目で追うマチスとエレブーは、そのわざの特性を把握していなかった。

次に何が起こるのか気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほのおの塊は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼん! 

という大き目の音を立てながら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閃光や火柱を飛ばしながら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ぐ、ぐわああああああああああああああああ!」」

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴を上げるマチスとエレブーは涙が勝手にあふれ出る目を抑え、その場に崩れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

やられた。

 

 

 

 

 

 

“きしかいせい”は完全なフェイク。

 

すばやくなったガーディの姿をとらえるために、俺たちが目を凝らした瞬間(・・・・・・・・・・・・)を、

 

 

 

 

 

 

狙い打たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずい……今のエレブーは完全に無防備だ。

 

 

 

 

 

 

 

かといって無理やり指示を出すことは下策。

 

 

 

 

 

 

 

このままでは……やられる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、視界を奪われたマチスに、さらに予想外の音が舞い込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐわあぁ!」

 

 

「あっちぃ!」

 

 

「ま、マチス様ああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なにぃ!」

 

 

 

 

聞こえてくる団員たちの悲鳴に、思わず顔を上げ音の咆哮を見る。だが、当然ふさがったままの目には色の無い景色しか映らない。

 

 

 

 

 

「いったい何が起きている……てめえ! いったい何をしてやがるぅ!」

 

 

 

 

 

マチスの怒号に、部下たちの悲鳴だけが帰ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

ふざけやがって……

 

 

 

 

 

 

 

ようやく回復してきた目を、ほんの少しずつ、開いているか気づかない程度の薄眼を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、三度驚愕する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「What‘s happen!? いったいなんだこれは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴のような問いを投げるが、もちろん答える者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マチスの問いに答えるのは、目を開けた先に待っていた、真白い景色と泡のカーテンだけだった。

 

 

 

 

 

 




マチスはこの話で仕留める予定だったのですが予想外に長くなったので分割しました。
良かったねマチス。


この話を書いていたとき、謎の違和感に襲われました。
最初はなんだかよくわからなかったんですが、よくよく考えてみりゃあフレイドってミズキの指示で戦うの初めてなんですよね。それでした。


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第6話 4 強者

宣言通り遅れました。申し訳ないです。


 

 

 

戦場においては、いかなることがあっても敵から目を背けることはあってはならない。

 

これは軍で銃火器の訓練中に上の者たちが口を酸っぱくして言い続けた心がけだった。

 

 

高威力のこうげきを繰り出す前は、敵から片時も目を離さない。

 

必中を狙うため、Friendlyfire(友軍誤射)を避けるため、風が吹こうが砂が飛ぼうが瞬き一つも許されない。

そう言われ続けた。

 

 

以前ミズキも、音を手放したおにぽんから視覚も奪うことによってほとんど無傷で勝利する、という戦術を取ったことがある。

 

 

改めて言うまでもないことかもしれないが、視覚というのはそれほどまでに重要なものだ。

 

 

 

 

 

 

しかし今回に関してはその認識は少しだけ裏目に出た、と痛む目を抑えながらマチスは思った。

 

 

 

 

相手の作戦はこうだった。

 

 

まず本当は素早いはずの自分の萌えもんにあえてハードパワータイプのような真正面からのぶつかり合いを仕掛けさせる。そうして自然にダメージを蓄積させつつ、“ニトロチャージ”で体を温め加速の準備。もっと言えばわざと遅いスピードを見せ、相手の目を慣らさせておくことで後の速攻こうげきの布石を捲いておく。

 

 

そうして“こうそくいどう”でこちらの目線を完全に振り切り、渾身の力で、ぼろぼろの体で、“きしかいせい”をぶち込み逆転KO。

 

 

 

というシナリオだと思っていた。

 

 

 

“こうそくいどう”で視界から消えようとするガーディを、無理やりとらえようと、全神経を目に集中させた。

 

 

 

 

 

 

そんなこちらをあざ笑うかのような、爆発。

 

 

 

 

 

 

相手の一挙手一投足を見逃さない。敵の動きを先の先まで予測し、一秒でも早く敵の行動を認識する。

 

そんな毎日叩き込まれた心得のような習慣化した行動を、逆手に取られた。

 

 

 

 

 

結果、視界は奪われた。

 

 

目で敵をとらえようとした矢先に目を奪われたマチスは、滑稽にさえ感じる自分の状況に歯噛みする。

 

 

 

 

 

 

しかし、マチスの悪夢はまだ終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったいこれは……どういうことだ!?」

 

 

怒りを心に無理やり押し込めながらつぶやいた結果、プルプルと震える声が小さく小さく漏れてくる。

そんな自分を無理やり落ち着かせ、状況をなるべくわかりやすく整理する。

 

 

 

 

目の前に広がる雲の中にのまれたかのような光景。

 

 

 

 

状況が状況でなければその白と泡が生み出す七つの光色に見惚れていたかもしれないが、そんな心の余裕はなかった。

 

 

 

 

何をどうしたら、ガーディにこんな状況が作り出せるのか?

 

 

 

 

もともと多くないガーディの知識を頭の中で無理やりかき集めて整理するが、答えは全く見つからない。

 

そもそもこの戦闘でガーディはすでにわざを四つみせている。

 

 

“ニトロチャージ”

“かえんほうしゃ”

“こうそくいどう”

“はじけるほのお”

 

 

これらのわざからこの状況を作り出す方法など、逆立ちしたって出て来やしない。

 

 

 

 

 

 

 

答えが出ない、という状況から、出て来る答えは一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

反則(イカサマ)

 

 

 

 

 

 

 

だれがどうやったのかは知らないが、自分が最高に昂ぶる舞台は、謎の横やりで台無しにされた。

その現実がマチスの昂ぶった心を触り、さっきとは違う熱が頭の中を支配する。

 

 

 

 

 

 

楽しいバトルを望んでいたのに。

ピリピリとした、熱い戦闘を望んでいたのに。

戦いを求むこの気持ち、分かり合えると思ったのに。

 

 

 

 

 

 

「ライチュウ! 小娘を黒焦げにしてやれ! “10まんボルト”ぉ!」

 

 

 

 

 

 

怒りに任せた乱暴な声がフィールドの中にこだまする。

 

 

 

 

 

 

が、自分の臨む反応が返ってこないという現実についに耐え兼ね、

 

 

 

絶対強者の余裕を持ったマチスの顔から表情が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「哀れね」

 

「そうですね。女の子を人質だなんて、絶対に許せません」

 

「わっちは見事に時間稼ぎに利用されたわけだな。相も変わらず性格の悪い主だ」

 

 

 

 

 

 

そして霧の中から聞こえる何の変哲もない普通の会話に、これ以上ないほど顔をゆがめる。

 

 

 

 

 

 

 

「……てめえら……いったいそこで何してやがる! ライチュウ! とっととそいつらを黒焦げにしろ! “10まんボル」

 

 

 

と、と言おうと口を動かしていた自分の顔に、むぎゅう、と何かが叩きつけられ、思わず体のバランスを崩す。

下半身に思いっきり力を入れ倒れかけた体を無理やり元の位置に戻すと、自分の下にどさりと音を立てて落下した何かを見る。

霧の立ち込めるその場で目を凝らすと、少し焦げてくすんだ橙と黒の縞模様の毛並みが目に入り、大量の汗がしたたり落ちる。認めたくないが、完全に自分のライチュウだった。

 

 

 

「でもフレイドさん、よく気が付きましたね。誰よりも早くブルーさんの場所に走って行ったじゃないですか」

 

「“はじけるほのお”なんて、1on1で使う理由なんて何一つないわざを主が選択する理由を考えれば、主がこの勝敗を見ていないことは直ぐにわかる。だったら目的は『ブルー殿の救出』以外にないだろう? 最速状態のわっちが助けに行くのは当然のことだ」

 

「お見事ね。不安になるくらいの信頼の深さだわ」

 

「……やっぱりおししょーはすごかったです!」

 

 

 

 

まるでもうすでに勝利したような雰囲気の会話がさらにマチスの感情を逆撫でする。

 

 

ふざけるな、まだこの場所は自分の(エリア)なんだ。

 

人質さえ逃がすことがなければ、まだいくらでも勝機はある!

 

 

 

 

「エレブー! 弾幕を吹き飛ばせ! “でんげきは”!」

 

 

 

その瞬間にエレブーの手のひらにすさまじい勢いででんきエネルギーの塊が集まり、先ほどのフレイドと同じように、空中にそのこうげきを打ち上げる。その光球が霧で見えなくなるまで登ったところでマチスは自分の目を伏せる。

 

 

 

本来こんな使い方をするわざではないということ、相手のわざの使い方をまねていること、相手の後の先を取っていること、一度かかった罠を反省した行動をとっていること、その一つ一つの現実をマチスはかみつぶすようにしてこらえる。

 

 

 

やがて“でんげきは”は弾け、その電撃が起こす爆発が霧をはじき、舞い散る閃光が泡を割る。

 

 

 

 

そしてマチスは何度目かわからない脳内ショートを起こす。

 

 

 

 

 

 

周りのしたっぱが一人残らずやられてしまっているのは仕方ない。“はじけるほのお”による予想外のこうげきでできた隙を突かれ、上の萌えもんたちにやられてしまったのだろう。

 

萌えもんたちとミズキが人質のそばに合流してしまっているのも仕方ない。相手の作戦にはまってしまったのだ。ある程度は相手に都合のいい陣形が組まれることは予測できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ、人質を抱えている(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所謂お姫様抱っこでブルーを抱えているミズキは、冷え切った目を浮かべながら萌えもんたちの真ん中を進み、少しずつマチスに近づいていく。その歩みに呼応するように後ずさりするマチスの腰は、すでに完全に引けている。エレブーはそんなおやの前に出てミズキを制止させるが、肝心のマチスに指示を出す力がない。

 

 

「て、てめえ……どうやって、だ、だってカギはここに」

 

 

そう言いながら内ポケットをパンとたたく。掌に何か違和感を感じる事が出来たマチスはすぐさま服の内側に手を突っ込み、違和感の正体を引っ張り出す。

 

 

 

……が、当然そこに自分の望むものはない。

 

 

 

 

 

 

「ス……スプーン……」

 

 

 

 

 

手に入る力の強さとは裏腹にマチスの勢いがどんどん小さくなっていくのがミズキにはもちろんみている萌えもんたちにも、悲しいことにエレブーにさえ手に取るように分かった。

 

 

 

 

 

 

「……てめえか! ユンゲラー!」

 

 

 

「大正解。五分前に答えを出してりゃ百点だったな。ま、レポートの期限外提出は一切認めないけど」

 

 

 

そう言いながら肩に乗るシークに軽く微笑む。

 

 

 

 

 

「“トリック”……」

 

 

 

 

 

もう何度もやられているが、改めてやられたのだと頭を抱えた。

 

 

 

 

 

とくしゅへんかわざ、“トリック”。

 

エスパータイプの萌えもんの多彩さ、へんげんじざいっぷりを体現しているかのようなわざでその効力も普通の戦闘を有利に進める“なきごえ”の様なわざとはまた一つ線を引く特殊なわざのうちの一つ。

 

 

 

 

『相手と自分がもっているどうぐをを入れ替える』

 

 

 

 

本来ならば相手萌えもんから有用などうぐを強奪したり、不要な道具を押し付けたりするためのわざなのだが、

 

当然、人に使えない道理はない。

 

 

 

「返してほしけりゃ返してやるよ。もう必要ないからな」

 

 

 

そういうとシークが手元から“ねんりき”で相手の眼前にカギを差し出す。その気があるのかないのかは不明だが前でふわふわと浮かぶそれはマチスを“ちょうはつ”しているようにしか見えなかった。

 

 

 

それを右手で思いっきり横にはじいた後、しぼるように問いを出す。

 

 

 

「なぜだ……なぜ、そんな連携が出来た……」

 

 

もはや座り込んでしまったマチスを見ながらミズキは無言で耳を貸す。

 

 

「絶対戦闘を持ちかけたのはここに来てからだ。事前にこんな打ち合わせができるわけねえ。第一打ち合わせできたにしても、ユンゲラーの動きは不自然だった。まるで『人質を連れ去るためにはカギが必要だったことを最初から分かっていたかのような作戦』だった。いったいてめえは何をした?」

 

 

ゆっくりとたどたどしく話す。煩わしい英語が挟まらないのが本当に追い詰められている証拠なのか、とミズキは勝手に解釈する。

 

 

 

 

 

 

「当たり前だろ。事前に打ち合わせなんかしてねえよ。戦いながら考えた作戦だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……No sense(ばかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

ありえない。

 

萌えもんにあれだけの指示を出しながら、

 

他に、戦闘外で、相手を出し抜く事が出来るなんて。

 

 

 

 

 

いや、そんなことよりも、

 

 

 

 

 

 

「……たとえ、たとえてめえが、ガーディに指示を出しながら、ガーディのための戦略を考えながら、俺様を出し抜くプランを立てる事が出来たとしても! それが伝わるわけがねえ! 声も出さず! 合図も送らず! てめえの仲間はてめえの作戦を全部理解できたってのか!」

 

 

 

 

 

 

「その荒唐無稽な話を現実にする切り札を、渡してくれたのはお前だぜ」

 

 

 

 

 

 

言ってミズキはゼニにブルーをいったん任せ、シークをおろした後、懐に手を突っ込み、引き出す。

 

 

 

 

 

 

二つの指でプラプラとぶら下げるそれを見て、青ざめるマチスの顔は悲惨だった。

 

 

 

 

 

「ポ……ケ……ギア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対戦の時の正面の景色がリフレインする。

 

 

 

 

 

 

その景色の隅に映っていたのは、ずっと腕を組みながら(・・・・・・・・・・)対戦に臨むミズキの姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしがミズキのポケナビを持ってたのは、完全に偶然だったんだけどね」

 

 

「ブルーをさらったことを知らしめるための演出として使ったんだろうが、完全に墓穴を掘ったな」

 

 

ゼニとミズキが笑い、答える。

 

 

 

「腕の中で……メールを」

 

 

That‘s right(そのとおり)

 

 

 

 

 

 

 

口角を釣り上げたその表情の後ろに、大きな大きな影を見たのは自分だけだったということをマチスは知らない。

 

 

 

 

 

 

「え、エレブー! 突っ込んで“フラッシュ”だ! 俺が逃げるための時間を稼ぐんだ! 早くしろ!」

 

 

 

 

 

 

目の前にいるエレブーの背中越しに心の底から声をだし、叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、エレブーは動かない。

 

 

 

 

 

 

「え、エレブー?」

 

 

 

 

恐怖のあまりに思わず声が裏返る。泣きかけているのは明白だった。

 

 

 

 

「エレブー? どうしたんだエレブー!?」

 

 

 

 

 

エレブーは何も言わず、振り向き、マチスの腰に手をかける。

すなわち、自分のボールに手をかける。

 

 

 

 

マチスが声を上げるまもなく、エレブーはボールに戻っていった。

 

 

 

 

 

「……な……なんで?」

 

 

 

 

 

「お前に愛想を尽かせたんだよ」

 

 

 

 

 

再び冷たい目に戻し、残酷な現実を無機質に伝える。

 

 

 

 

 

「ば、ばかな。だって、エレブーは俺の……俺の……」

 

 

 

 

 

 

「道具か?」

 

 

 

 

 

 

続けようとした言葉を思わず飲みこむ。

 

 

 

 

 

 

「エレブーは別に、お前を認めて従っていたわけじゃなかった、ってことだな」

 

 

 

 

 

 

強いお前を恐れ、強いお前と一緒にいれば、自分も強くなれると判断した。

 

 

 

 

 

「弱者に成り下がったお前に、付いていく意味はなくなったんだ」

 

 

 

 

 

「ばかな……ばかな……そんな」

 

 

 

 

 

絶望するマチスを上から見下ろしながら、ミズキは声を投げ下ろす。

 

 

 

 

 

 

「お前、言ったよな。俺とお前は似ているって。俺とお前は、目的のために手段を選ばない孤高の強者だって」

 

 

 

 

 

 

 

 

一緒にすんな。

 

 

 

お前は、孤高の強者なんかじゃない。

 

 

 

どんな手段でも使う事しかしかできない、底辺の弱者だ。

 

 

 

 

 

 

 

「戦闘狂と、勝つことだけ事しか能のないクズと、俺を一緒にした時点で、お前の負けは決まってたんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脱力したマチスが落とした、まがったスプーンのきんぞくおんがひびきわたった。

 

 

 

 

 

 

「……これは、返してもらうぜ。シークの大切なものなんでな」

 

 

 

 

 

拾うついでにマチスの顔を覗き込む。

 

 

 

 

 

「……嘘だ……嘘だ……こんなの……これは夢だ……悪夢だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、あんた。何言ってんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホントウノ悪夢ハココカラダヨ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろ姿を見た三人は嫌なものを察し、三人は吹き出す謎の妖気に体を震わせていた。

 

 

「ゼニさん、先に出ていましょう」

 

「りゅう殿。貴殿は見なくていい」

 

(ぽんぽんぽんぽん)

 

スー、フレイド、シークはそれぞれ、三人の手を引き、三人が何かを言う前に、空間を後にする。

 

 

もう、今の彼に対して、何をすることもできやしない。それがわかってしまったから。

 

 

 

 

 

 

彼は、おにぽんに、言っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺は、ブチ切れてるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後にスーが少し振り向いた時、右手の小指を差し出す姿が目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢のような夢幻(ゆめ)にご招待だ。

 

 

 

 

お前が本当に強ければ、帰ってこれるかもしれないぜ。

 

 

 

 

死にたくなけりゃあ頑張るんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――常闇の間、夢幻の戦場―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「こ、ここは?」

 

 

 

 

暗い。どこだ?

 

 

 

ガキやガーディがいない。他に誰もいない。

 

 

 

 

逃げ切れたのか?

 

 

 

「ふ、ふは、はは」

 

 

 

 

HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!

 

 

 

 

やった、やったぞ!?

 

 

 

 

 

 

「俺は、俺は、俺様は、あの悪魔からにげきっ

 

 

 

 

 

 

ブシュ。

 

 

 

 

 

 

「……った?」

 

 

 

 

 

 

What? Why?

 

 

 

 

 

 

どうして? なぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ自分の体から刃物が突き出している?

 

 

 

 

 

 

「戦場においては、いかなることがあっても敵から目を背けることはあってはならない」

 

 

 

 

 

 

最後の力で後ろに首を回すと、軍時代の、大嫌いな上官がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

起き上がり、腹を触る。何もない。

 

 

 

 

 

 

 

「……夢?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思った瞬間に、視界がズレる。

 

 

 

 

 

 

そしてズレたのは視界ではなく自分の顔の方であるということに気付く前に、

 

 

 

 

 

 

「刀は近づかれる前に銃で制せよ」

 

 

 

 

 

 

 

べシャリという体が崩れる音を聞いて意識を手放す。

 

 

 

 

 

 

 

起きる。

 

 

 

 

死ぬ。

 

 

 

 

起きる。

 

 

 

 

死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

十を超えたあたりで腰に手をかけるも、萌えもんボールはそこにはなく、その隙をつかれ死んだ。

 

 

二十を超えたあたりで対抗しようと思い至り、拳をふるうも相手が萌えもんを繰り出し、なすすべもなく死んだ。

 

 

百にさしかかろうというときに、自分に死を運ぶその者たちが、自分が利用し、使い、殺めた者たちであることに気づいてから死んだ。

 

 

 

 

 

死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数えるのをやめてから数百の死が訪れ、戻った体を持ち上げるための心がなくなりかけたころだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ココカラデタイノカ?

 

 

……てめえは誰だ?

 

 

トウテルノハワレダ。ココカラデタイカ?

 

 

……出してくれ。ここから出るためなら何でもする。たのむ、出してくれ。

 

 

……ナンデモ、ダナ?

 

 

……ああ、何でもする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……デハ、コレガ、

 

 

 

Last firld ダ。

 

 

 

 

 

 

 

うつぶせの状態から、首にだけ力を入れ、無理やり頭を前に向ける。

 

 

 

 

 

 

 

黄と橙のきれいな脚が、二本ずつ見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……エレブーと……ライチュウ?

 

 

 

 

 

 

 

「た、たのむお前ら! 俺はお前らに勝てば助かるんだ! たのむ、負けてくれ! お前らを育ててやった恩を忘れたのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

起きることのできない体で吐いたそのセリフに、どれだけの力があっただろうか?

 

 

 

 

 

 

 

「……あなたを信じて、ついて行ったのに」

 

「……あなたが強いから、従っていたのに」

 

 

 

 

 

 

 

傍観している悪魔は思う。

 

 

ナカッタノダロウ、と。

 

 

 

 

 

 

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワレハカレラニショウリスレバヨイトハイッテイナイノダガナ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊急事態発生、緊急事態発生。

 

ターゲット拘束失敗。ターゲット、萌えもんトレーナーミズキ。

サントアンヌ号を早急に出向させ、下船を阻止せよ。

 

 

マチス様は意識不明。原因の究明を急ぐ。

 




マチスのメンタルが豆腐すぎるような気がしますが

・最高に楽しい戦闘を望んだのに裏切られたこと
・戦闘の戦略、戦闘以外での計画、二つで完全に上をいかれたこと
・絶対強者としてのプライドをズタズタにされたこと

この辺を考えれば戦闘狂の精神が壊れるのも妥当かなと思いこうなりました。
マチスファンのみなさんごめんなさい。


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第6話 5 脱出は終わらない

クチバ編、もとい、サントアンヌ号編がここまで長くなるのは自分も想定外でした。


 

 

「いたぞー! 追えー!」

 

曲がり角の壁に軽く寄りかかりながら息を整えていたミズキたちの耳にそのつかの間の休息を断ち切る怒号が響き渡る。壁を蹴り飛ばしスタートを決めて赤く美しい絨毯のうえを全力で走り抜けながら船の中をずんずんと下に進んでいく。わざわざ甲板ではなく下に逃げる理由は言うまでもなく、上には一般客がいるからだ。

 

「けっ、気持ち悪いほどにぞろぞろと。ご苦労なこった」

 

ミズキが負け惜しみに近い悪態をつく、がそれにこたえるほど余裕のある者はいない。必死に走りすぎて答えられない者、あっけにとられている者、そもそも理解できていない者などさまざまいるがいるが、そのすべての原因はミズキの速度だった。

 

「……それが気絶した人を抱えて走っている人間のすばやさか?」

 

「俺にいちゃもんつける暇あったらあいつら少しでも撃退してこい」

 

吐き捨てるようにそんなことを言いながら唯一ミズキの横を走るのは、背中にりゅうをのせ、珍しく四足で動くフレイドだった。

ちなみに必死に背中にしがみ付いているシークとミズキのやや後ろを滑空しているおにぽんはかろうじてついていく事が出来ているが他のすばやさの高くないみず萌えもん二人は息を切らしながらやや距離の開いた位置から必死についてきている。ボールに仕舞ってやってもいいのだが敵の数が数であるため万が一のために対抗手段は用意しておいた方がいい。というより仕舞った後にボールを奪われるという最悪のシナリオを避けるためだ。

 

 

とはいえ、体力の多いスーはまだしも、ゼニは陸上を走り続けるのは厳しいか。それに表情には出さないが、エレブーとあれだけの戦闘をした後のフレイドもかなり限界が近いはず。

 

 

ならば、フレイドとおにぽんを顎で制止させながら振り向き、肩をちょいと動かしシークを肩に登らせる。

 

 

「シーク、“リフレクター”」

 

 

シークが肩によじ登ってからジャンプし、走ってきた二人とR団の間に入り、前に出した掌に力を集める。

 

何の考えもなしに突っ込んできたR団たちは見えない壁に思いっきり体をたたきつけ後ろに弾ける。

 

 

「いってえ! な、なんだこりゃあ!」

 

「かくとう班を連れてこい! “かわらわり”でぶち破るんだ!」

 

 

さすがに判断は適格だな、と素直に相手の機転に感心する。

 

が、それが成功するかは別問題。

 

 

状況を理解し、いち早く後ろに叫び声をあげた男は、ほどなくして自分も“リフレクター”に顔をたたきつける。

当然望んでのことじゃない。後ろの一つの波のごとく走ってくる仲間たちに押し込まれたのだ。

 

 

「ば、馬鹿野郎! 何してやがる! 止ま、ぐえ」

 

 

潰れたケロマツの悲鳴のような声を最後に、壁越しに顔が見える何人かが気絶する。

 

 

「ざまあみろ。それが統率者のいなくなった軍の末路だ」

 

 

そしてドアを蹴破りながらずんずん下へと下っていく。

 

 

 

目的は一つ。逃走用のボートだ。

 

 

 

 

 

 

立ち入り禁止の動力室に忍び込んだ一行はエンジンの陰に身を隠しパンフレットを見ながら現在位置を確認する。

 

「……こんなところに隠れてていいのか? さっさと逃げちまった方がいいだろ。“リフレクター”もそう長くは持たないぜ?」

 

「逃走経路は重要だよ。行き詰ったらほぼアウト。それにここなら、もし見つかっても逃げる側の俺たちに利がある。むやみに暴れたら心中するだけだからな」

 

真後ろの何をしているのかもわからないゴーゴーと音を鳴らす巨大な機械をたたきながらミズキは目をそらさずにおにぽんの問いに答える。

 

「でもミズキ。ボートなら、甲板にある救命ボートを使った方がいいんじゃない? なんでわざわざ下に降りてくるのよ」

 

今度はゼニが横からパンフレットを覗き込み、船の上の方についている“緊急用の備え”という項目の吹き出しを指さす。そこには確かに救命ボートの存在を示唆する記述があった。

 

「確かにボートを手に入れるだけならそれでいい。だが逃げ切らなきゃあいけないとなるとただのボートじゃ厳しくなる。救命ボートのほとんどは超簡易的な広がることだけに重点を置いたゴムボートで進む手段はオールだけってのが多い。船から狙い打たれてしまいだ。そもそも甲板まで登るんだったら結局乗客に被害が出る、それじゃあ下に逃げてきた意味がない」

 

「じゃあどうするん……」

 

 

文句を言いかけたおにぽんは口をつぐむ。パンフレットから顔を上げると、無理やり自分を落ち着かせ、思考を巡らせているミズキの顔があった。

 

 

「『あなたをとらえるだけなのであればあなたが船に乗った時点で我々の勝ちは決まっている』……ね。全くもってその通りだ。非の打ちどころがねえ」

 

 

くっくっく、と声を漏らす。

 

 

「……ミズキのだんな」

 

 

額と首筋の汗を羽で拭ってくれたおにぽんに軽く微笑み、すぐに目を戻す。

そんな二人を、ブルーの快方に回っていた数人を含めた全員が見守る。

 

 

「安心しろ。ぜってえお前らは俺が逃がす。俺は契約は破らないぜ?」

 

 

この場に合わない優しい声が帰って不安を煽っていく。じんわりと湿っている自分の羽を握りこみながらおにぽんは声を出す。

 

 

「……俺が間違ってた」

 

 

「……何が?」

 

 

ミズキは何事もなくといった雰囲気で応答する。

 

 

「……俺はあんたに……最低なことを言った」

 

 

 

 

あんたも、あいつらと同じかよ! 

 

 

自分さえよけりゃあそれでいいのか! 

 

 

あんたのせいで、ブルーはさらわれたんじゃねえのか!

 

 

 

 

 

「……俺は、俺は、あんたのことを、勝手に、勝手に勘違いして……」

 

 

「勘違いじゃないさ。俺が否定する事が出来たのは、『ブルーのことは何とも思っていない』ってことだけだ。正直言って、ブルーを助ける事が出来たのも、運がよかったってだけのことだしな。謝られるような筋合いはない」

 

 

お前は何も間違っていない。間違ってるのは、いつだって俺だ。

 

 

俺はあいつらと同じだ。

 

 

自分さえよければそれでいい。

 

 

ブルーは俺のせいでさらわれた。

 

 

ブルーの想いを踏みにじっている。

 

 

 

「その通りだよ」

 

 

「違う! あんたは、あんたは、あんな奴らと一緒じゃあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違わない。俺は、R団と同じだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたぞ―――! 奴らは動力室だ!」

 

 

「! けっ、もうきやがったか」

 

 

「だ、だんな……」

 

 

「さっさと逃げるぞ。話はあとだ」

 

 

ブルーを持ち上げ、立ち上がるミズキを見ていたおにぽんは、

 

ゼニに頭をたたかれるまで動き出す事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうとう追いつめたぞ……」

 

「ここなら“リフレクター”で封鎖される心配もない。囲め!」

 

じりじりと近寄ってくる弧を描くように並んだ敵の壁から遠ざかるために後ずさりすると、やがて後ろからガシャン、という音とともに衝撃が加わる。ちらりと横を見るとそれが金属製のシャッターであることが分かった。当然航行中に開くことの無い、一つの乗下船口だ。

 

「……まいったねこりゃあ。結局何一つ見当たらなくて藁にもすがる思いで駐車場まで来たっていうのに、見事なくらいに何もありゃしない」

 

軽い口でいうミズキだったが目を見れば真剣であることは一目瞭然だった。

そう、当然ミスでこんなところまで来たわけではない。

 

 

 

 

やる気なのだ。退路を断れたこの場所で。

 

 

 

 

「基本的には自由に動け。ブルーは俺が死んでも守る。ここを突破すりゃあ勝機はある」

 

 

「全く。最初からそうすればよかったんだ」

 

「上でやったら乗客にも被害が出るじゃない」

 

「フレイドさんも本心で言ってるわけじゃないんですよ」

 

「じゃれてる場合じゃねえだろ。ここで勝って……だんなにしっかり……」

 

「……りゅーちゃんもがんばります。恐いけど……たたかいます」

 

(……ぱしっ)

 

 

 

 

 

目の前に数十のボールが放られはじけたその瞬間に大乱闘は開幕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

押されてるな……

 

 

 

ブルーを抱え相手のウツドンやズバット、ゴルバットたちののどく攻撃ををかわしフレイドに指示を出しながらありがたいほど無駄に広い駐車場のスペース全体を見渡してミズキが思ったのはそれだった。

クチバという発展途上の町で行われる試乗会ということもあり、車で乗り込むような者たちはそういなかったのだろう、車と大きめの私物が隅に二三個ぽつんと置かれているだけであり、ミズキたち七人が暴れまわることのできるスペースは確かに存在した。

 

 

じゃあR団を圧倒できるかと言われればそうではなかった。

 

 

 

 

その原因はミズキにある。

 

 

 

 

いや、正確に言えばミズキは何も悪くない。問題はミズキの指示スピードだ。

 

相手は数十の萌えもんに対し一人ずつトレーナーをつける事が出来るほどの人数であり、その者達すべての相手をするための指示はミズキ一人で出している。

 

他地方で行われているバトルに、“ダブルバトル”や“トリプルバトル”といった萌えもんを複数一度に戦わせる形式のバトルがある。

そのバトルの難しさはコンビネーションや相性の良さなど、バトルが始まる前の準備の関係上、基本的にはシングルバトルの萌えもんとは違う、ダブル、トリプルバトル専門の萌えもんを育成しなければいけないというところもあるが、それをクリアしてもうまく行かない、最大の難所がある。

 

 

複数の萌えもんに対する同時指示だ。

 

 

萌えもんバトルは待てばこうげきを打つタイミングが回ってくるようなゲームではない。連続攻撃が可能であり、ほおっておけば一度もこうげきすることなくバトルは終わる。

 

複数式萌えもんバトルは自軍の萌えもんの戦闘状況すべてを完璧に把握し、こうげきわざコンビネーションわざ、ぼうぎょわざ、積みわざを繰りだす必要がある。

 

 

ましてや今は六対数十。

 

 

全て状況把握しながら、六人全員に的確な指示を与えることなどほぼほぼ不可能に近い。ましてやゼニ、おにぽん、りゅうはブルーの萌えもんであり、わざの把握もままならない。必然的にパーティは散らばり、自分で指示を出す事が出来るのはフレイドのみとなっている。

 

 

 

……さあ、厳しいな。速いところ逃走手段を手に入れなけりゃあ話にならない。

 

 

 

 

「! 主!」

 

 

 

声のかかった方を向くと、目の前が橙色で支配されていてその後自分の体が後ろに吹っ飛ぶ。再びシャッターに体をたたきつけすさまじい音を立て、体の酸素をすべて吐き出すこととなったミズキはせき込みながら自分の体を起こそうとする。ブルーを前に抱えながら逃げていたのが幸いだった。

 

 

「す、すまない主。力が強すぎた……」

 

「いや、いい。それより、ありがとよ。助けてくれたんだろ?」

 

右向きに首を回転させると紫色の粘液を纏った鉄製のシャッターが少し液状化していた。ウツドンの“ようかいえき”。人が食らったら一瞬のうちにヨーグルトだ。

 

「らしくないな。考え事か?」

 

「さすがに状況が状況だからな、思考時間の0,1秒が惜しくなるぐらいだ」

 

 

顔を上げると、にやにやとしたR団員が先ほどと同じように自分を中心に弧を描くように並んでいる。チェックをかけた気分なのだろう。先ほどに比べ取り囲んでいる人数は少なくなったがそれでもこちらを動けなくするには十分だった。

 

 

「もう逃げられねえぜ。てめえは生け捕りにしないといけねえんだ、痛い目見る前にさっさと降伏すりゃあ傷つかずに済むんだぜ?」

 

 

三下顔の三下台詞を吐く三下君とその部下共の四下軍団が作っているスクラムの隙間から他の面々の状況を確認する。

 

すさまじい数倒れているR団員越しに皆の姿が見える。比較的近くで戦っているスーやゼニ、りゅうに対し、おにぽんとシークはやや遠い。おにぽんは上、シークは隅で戦っている。

おにぽんは空中戦、シークは“テレポート”を駆使して戦った結果こうなったのだろう。おにぽんはズバットたちを掃討しながら、こちらの様子をうかがっている。助けに入ろうとしているのはわかるが、雲のように蠢く空中毒萌えもんの量を見る限り難しいだろう。むしろ全員に言えることだが、あの軍勢を自分の指示抜きに戦っているのだから、皆萌えもんとしての実力は相当なものなのだろう。

実際フレイドが自分と一緒にいるのは、自分の指示を聞くため、というよりも、ブルーを抱えながら戦う自分を守るため、という面が強い。

 

頼もしくもあり、トレーナーとして情けない思いもあるが、今はそんなことを言っている時間はない。

 

 

今の自分にできることは、助けを期待して待つことじゃあない。

 

 

 

 

 

トレーナーとして、

 

 

 

最善を尽くすことだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

そう心の中で結論をだし、ブルーをその場に降ろしたミズキは両手を上にあげる。

 

 

 

 

 

 

……頼むぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へっ。降参か。なかなかに利口じゃねえか」

 

そういうとリーダー格の三下は後ろのしたっぱから手錠を渡され近づいてくる。

 

フレイドはその男に対しぐるるると声を荒らげ威嚇を続ける。

 

「おっとぉ? お前が今暴れるならその女が毒塗れで死ぬだけだぜ?」

 

男が指差す上を見ると数体のズバットがこちらをにらみ滞空している。

ぐっ、とフレイドは悔しそうにしながら、ミズキと同じように両手を上げる。

 

 

「そうそう。そのまま両手を前にだしな。これで捕獲完了だ」

 

 

勝利を確信した男が一歩二歩とミズキに近づく。

 

言われるがままにミズキが両手をその男の前に差し出したとき、

 

 

 

初めて男は異変に気付く。

 

 

 

 

 

 

「……お前、いったい手の中に何をもってやがる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

いやあ、だって、落し物はちゃんと持ち主に返さないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「“トリック”!」

 

 

 

 

 

 

突如ミズキが差し出す手から小さなアルミの塊が姿をけし、大きな鉄の塊が姿を現す。

 

 

 

 

 

「貴様! いったい何を」

 

 

 

 

 

三下リーダー格の男は、それがこの空間の隅に有った、大きめの私物(・・・・・・)ことモーターボートであるということに気付く前に、

 

 

 

 

 

消えた。

 

 

 

 

 

あっけにとられるしたっぱやズバットたちを尻目に、三下と入れ替わる形でその場に現れ右手にまがったスプーンを持った(・・・・・・・・・・・・・・・)シークにミズキは感嘆の声を漏らす。

 

 

 

「……“サイドチェンジ”か。120点だシーク。俺の理想以上のことをしてくれた」

 

 

頭をガシガシと撫でた後、即座にボールを三つ取出し近くで戦う三人に赤いレーザーを当てボールにしまう。三人と戦っていたウツドンやワンリキーは最後のこうげきを空かしてその勢いで転がっていた。

 

 

空中で固まっていた数体のズバットはあっけにとられているすきに、おにぽんによって弾き飛ばされている。

 

 

 

 

 

もはやこれから数秒間、奴らに自分達を止める術はない。

 

 

 

 

 

「フレイド、シャッターだ! “フレアドライブ”!」

 

 

 

 

 

ミズキが躱しに躱し続けた“ようかいえき”でずたぼろになっていたシャッターは、ひしゃげ、溶け出し、崩れ、簡単に大穴を作った。船の真後ろに穴が開いた形であるため風邪こそ感じないが、数十メートル下の青い景色をとらえ、間違いなく外の海であることを確信する。

 

 

 

 

ここまで来たら脱出するのはもう早い。

 

 

 

「シーク、“ねんりき”!」

 

 

モーターボートを持ち上げるシークを肩に載せ、ブルーを抱えなおしたミズキは、おにぽんとフレイドに顎で食い食いとサインを送る。乗れの合図だ。。

 

 

四人を乗せたボートは間抜けに空いた大穴をくぐり、空中浮遊の状態で数時間ぶりの外の世界へ繰り出した。

 

 

驚愕のあまり動けずにいたしたっぱたちは、我に返りすぐに携帯機器を取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう。さ、流石だぜだんな! あ、あんな状態からこんな方法で逃げ切っちまうなんてよ!」

 

外に出て数秒後、初めて声を出したのは、息を切らしたおにぽんだった。その表情は安堵と不安の半分半分で埋め尽くされている。

 

「と、ところでよぉ、だんな。さ、さっきの動力室でのことなんだが……」

 

 

 

 

 

 

「きぃぬくな。まだ逃げ切ってはいねえよ」

 

 

 

 

 

 

そんなおにぽんを鋭い顔で一蹴する。まだミズキの目線は船を方向を向いていた。

 

 

 

「だ、だんな? それってどういう……」

 

 

 

 

おにぽんがそん呟きかけた瞬間、

 

 

 

 

 

落ちた。

 

 

 

「どわあ!?」

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

「限界か……シーク!」

 

 

 

 

乱暴な着水の衝撃に足を踏ん張り耐えきったミズキは肩に目をやる。口にはできないが、明らかに限界、というのを普段のかわいらしい顔をゆがめて表現していた。

 

 

 

「……さすがにこの重量の物体を“ねんりき”で運び続けるのは無理があったよな。悪かったな、シーク」

 

 

そう言って肩からおろしたシークをその場で横にする。そしてその隣にブルーを寝かせ、操縦席に体を載せた。

 

 

 

「さてと……モーターボートなんざ構造しか知らねえが、やるしかねえよな……」

 

 

「だ、だんな……」

 

 

そう、まだ逃げ切れてはいない。

 

 

今、自分たちは、やっとの思いで船から脱出しただけだ。

 

 

 

 

 

 

「本当の勝負は……こっからだ……」

 

 

 

 




シークはどの話でも陰の功労者であると同時にエスパータイプ全般に言えることですが高性能になりすぎないようにしなければならないというのがつらいところですね。
その点をいくとシークは+と-の要素をうまく合わせたとてもいいキャラだと思います(熱い自画自賛


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第6話 6 キラキラ

最長 13000文字になります。切りどころがなかったのとハナダ編より話数を多くするのはどうかと思ったというのが原因です。

毎度のことですが、読むときはお時間にお気を付け下さい。




7/27 追記 夏休みに入った後連投開始します。信じて下さい。 


 

 

「スー、ゼニ、右に曲げろ! フレイド、薙ぎ払え、“かえんほうしゃ”!」

 

 

クチバから数キロ離れているであろう沖合のど真ん中のだいばくはつを伴う戦闘はもうすぐ数分たとうかというところだった。

 

 

ようやく海の上に出ることのできたミズキたちだったが、雨のように甲板の敵から降り注ぐどく萌えもんの“ヘドロばくだん”に悪戦苦闘していた。

ミズキからすれば予想通りの結果ではあるがそれでも辛いことに変わりはない。

 

 

大型の船から一隻の小舟を打ち落とすことなどそう難しい事じゃない。上から全体攻撃を仕掛ければ耐久力の高くない船ならすぐに沈んでくれるだろう。

ましてや相手は“ヘドロこうげき”に“ようかいえき”を混ぜ込んで飛ばしてきている。自分たちは当然ながら、船がそれを一発うけても致命傷になりうる。

結果ミズキたちの行動はほぼ制限され、せっかく手にしたモーターボートも碌に進める事が出来ずにひたすら回避に徹していた。

しかしそれも時間の問題だということはミズキも重々承知している。

 

そもそもミズキはモーターボートの運転なんかうまくない。その進み方と言ったらそれっぽい方向に前進するだけであり、細かいハンドリングに関しては船のわきにいるゼニとスーに任せている状態だ。

どくこうげきの性質上直接攻撃主体のおにぽんに戦わせるわけにもいかないし、小舟の上という不安定な足元であることも災いしフレイドの戦闘能力も半減しているため、戦闘においても逃走においても水の中にいられるゼニとスーは生命線だった。

 

それだけに自分やミズキを運ぶことのできる“なみのり”を覚えていないことは悔やまれるが今はそんなことを言っている場合ではない。

 

 

「主、どうする!? このままではもうジリ貧だぞ!?」

 

「わかってるっつーの!」

 

必死にハンドルを切りながらミズキが答える。

 

「だんな! やっぱり俺があいつらを倒しに行ってくる!」

 

「やめとけ。近づいた瞬間お前に標的が移るだけだ」

 

「それなら、俺をおとりにだんなたちが逃げられる! 成功すれば俺もすぐに逃げるから!」

 

「そんなもの、作戦とは言えねえよ。ただの丁半博打、成功する見込みがない。失敗したら海に落下してデッドだ」

 

「……でもよお……」

 

 

 

「言ったろ。ぜってえお前らは俺が逃がす。お前らは絶対俺が守る」

 

 

 

 

とかっこつけてはいるものの、このままでは厳しいのはかえんほうしゃを見るより明らかだ。

ミズキは手元のガラス板の向こうにあるメーターの赤い針に目をやる。最左端すれすれのところをプルプルと震えていた。

 

「……くそ! 充電くらいこまめにやっとけっつーんだよ金持ちが!」

 

誰に言うわけでもない情けない悲鳴を上げながら白いボディを蹴り飛ばす。

 

 

そう、このままではまずい理由の一番はこれ。

 

 

運転席についてから気が付いたがこのボート、モーターバッテリーがほぼほぼ上がりかけていた。

これでは速度を上げられないしそもそも岸までバッテリーが持つかも疑わしい。

だからと言って今すぐ動こうにも毒の雨がこちらの事情を気にしてくれるわけがない。

 

 

しかしようやく運転にも慣れてきて、ゼニとスーが迎撃に回る事が出来始めてきた。

ある程度ならば、このまま逃げ切ることは可能だろうが……

 

 

 

「っ! まずっ!」

 

 

 

 

急激にハンドルを切ったことによりフレイドとおにぽんが体を揺らす。何事かと思った二人だったが直進するはずだった場所から大きな着弾音と水柱が上がったことですべてを察した。

なぜそんなぎりぎりの運転になってしまったのか。

 

 

 

 

「……限界か」

 

 

 

 

背後から聞こえてくるバスン、ブスン、という音がすべてを物語っていた。

 

 

 

 

 

ここでミズキは初めて顔を上げるが船の上にいる奴らのニヤケ面が目の前に見えるように感じた。

 

 

 

 

 

何とも言えぬ不快感を押し殺し逆転のためのプランを瞬時に練る。

 

 

 

 

 

 

 

考えろ。0.1秒でプランを練るんだ……集中力を練り上げろ。

 

 

 

 

 

 

……黙想……。

 

 

 

 

 

空のおにぽんやゼニやスーに頼んでどうにか海を運んでもらう?

 

 

……無理。一人でも厳しいのに気絶したままのブルーまで連れて陸まで運べるわけがない。

 

 

 

 

 

ここから敵を迎え撃つ?

 

 

……もちろん無理。相手のこうげきを打ち落とすので精いっぱい。

わざを打ち下ろしている相手に対し、わざを打ち上げているこちらがかなうわけもない。

 

 

 

 

 

船に戻る?

 

 

ありえない。次に船に戻ったら本当に逃げる手段がなくなる。

 

 

 

 

どうする、どうする、どうする、どうする?

 

 

 

くそっ、ようやく運転には慣れ始めてきたってのに。

 

 

 

 

 

バッテリーさえ、バッテリーさえあれば……

 

 

 

 

 

 

 

「……主?」

 

 

運転席を離れ、後ろの自分たちの方に歩いてくるミズキに、フレイドは驚いた表情を浮かべる。ミズキの顔をのぞこうと顔を上げると、視界の奥に萌えもんに指示を出すR団の姿が見えていらっとしたが、その声すらも無視していた。

ミズキはその脇を何も言わずに通り過ぎ、船の後ろへ歩いていく。

 

 

 

 

 

「スー、ゼニ。10秒時間を稼いでくれ」

 

 

 

 

 

「! はい!」

 

「……任せなさい!」

 

 

その声を合図にするかのように、再び爆発音が響きだす。

 

……いや、R団がこちらの動きを待ってくれていたわけではないので実際はずっとスーとゼニが迎撃してくれていたのだが、集中状態を解除したミズキにはそれが唐突に再始動したように聞こえただけだったのだが。

 

 

ミズキは船の後ろに向かうと、モーターの手前のところで何やらごそごそと動き始める。

 

 

「確か……ここの下だったはずだ……」

 

 

そういうとミズキは仁王立ちの状態から思いっきり拳を振り上げ、たたきおろし、

 

 

 

 

ボートを砕く。

 

 

 

 

 

「な! だ、だんな! 何やってんだ!」

 

 

あまりの窮地に気をちがえたかと心配するおにぽんだったが、脇にいるフレイドはというとその後のミズキの行動を真剣なまなざしで見つめている。

落ち着いた二人に狂気を覚えたおにぽんを尻目に自分であけて船の穴から何かをごそごそと掻き出している。

 

 

 

 

「ほらよ、フレイド。秘密兵器の出番だぜ」

 

 

 

 

そう言ってフレイドに何かを渡すと、再びミズキは運転席に戻る。

 

 

「お、おいおい。そんなことしたって、もうバッテリーは……」

 

 

 

 

ないならあるもので戦えばいい。

 

それでも足りなきゃ補えばいい。

 

 

 

 

「スー、ゼニ。今から思いっきりこうげきをうて! フルパワーを使い切り、三秒たったらこっちに乗り込め! おまえらがこのどくの雨をどれだけはじききれるかが勝負だ!」

 

 

 

 

「「了解、マスター(ミズキ)」」

 

 

 

 

さあ、集中だ。

 

 

 

 

もうモーターは半壊した。

 

 

 

 

この船以外に俺が海を渡る手段はない。

 

 

 

 

正真正銘ラストチャンス。

 

 

 

 

脱出できなきゃ俺の負けだ。

 

 

 

 

がっちりハンドルを構えるミズキの、落ち着いた声でのカウントダウンに、全員の首から冷や汗が垂れる。

 

 

 

 

3。とつぶやくとスーは最大パワーの“みずでっぽう”を放つ。

 

 

 

2。とつぶやくとゼニは最大パワーの“みずでっぽう”を放つ。

 

 

 

 

1。とつぶやくと二人のパワーで毒の弾幕に隙間ができる。

 

 

 

 

0。の声はモーターの音とバチンという軽快な破裂音にかき消される。

 

 

 

 

 

「行くぜフレイド!」

 

 

 

「承知!」

 

 

 

 

 

 

 

『“ワイルドボルト”ぉ!』

 

 

 

 

 

 

 

みず萌え二人がフルパワーで作ったわずかな毒のカーテンの隙間。

 

 

そのわずかな時間を、先ほどとは比べ物にならない速度で動くモーターボートが狙い、盗む。

 

 

 

今日何度目かわからないR団の間抜け面を見ながら、射程の外へと抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

勝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思い、安心したのが間違いだったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

数十秒間海上を駆け抜けた後、

 

 

 

 

 

 

 

バスン、ブスン、という、悲しい音が再び響き、

 

 

 

 

 

 

 

船は、止まる。

 

 

 

 

 

 

「! フレイド!」

 

 

 

 

バッテリー、アクセル、ハンドル、自分の場所に問題がないことを確認した後、真後ろを振り向く。

 

 

 

 

スー、ゼニ、おにぽん、いつの間にやら起き上がっていたふらふらとしたシークの中心に、

 

 

 

 

青白い光を体からぱちぱちとほとばしらせ、

 

 

 

 

 

 

 

倒れるフレイドの姿があった。

 

 

 

 

 

「……てめえ……ふざけんじゃねえぞ」

 

 

フレイドのそばまで寄り添うミズキが振り絞るようにそうつぶやく。

 

 

「……いや、だんな。フレイドの兄さんはすげえ頑張ってよ……必死に頑張ってたんだぜ……そんなに……ってシークの兄さん?」

 

 

悲しそうな顔でフレイドを擁護するおにぽんを、後ろからシークが二回たたく。

 

 

「……マスターは別にフレイドさんを責めたいわけじゃあないんですよ」

 

 

「黙ってろ。責めたいに決まってんだろ。俺はこの作戦にかけてモーターの配線壊しちまったんだぞ」

 

 

しゃがむミズキはフレイドを抱え、顔をなでる。ほほのあたりが少し紫色にこけているのがわかる。“どく”状態だった。

 

 

 

「……隠してやがったな。俺をかばった時か」

 

 

 

フレイドにシャッターにたたきつけられた時だろう。

 

 

時間も考えれば体力のほとんどは持って行かれていたはずだ。

 

 

その体ででんきのダメージが自分に返ってくる“ワイルドボルト”なんて使ったらこうなることは容易に想像できる。

 

 

「……わる…………かった。あ……るじ……」

 

 

「俺の作戦丸つぶれだよ馬鹿野郎が、余計なことしやがって」

 

 

そう言ってボールをフレイドにそっとあてる。赤い光に包まれる前に苦しい声と二つのちぎれたコードを残しボールに吸い込まれていく。

 

 

そのボールを腰のホルダーにつけ、顔を上げる。少し離れはしたが、まだまだ逃げ切ったとは言えない距離で、R団がどたばたと騒いでいるのが見える。あんなでかい船がそう簡単にUターンできるはずもないが、追っ手のことを考えるならばまだまだ安心できる距離ではない。

 

 

「そもそも船にちょっと穴もあけちまったからこのままじゃ陸までたどり着けないしなぁ……こりゃまいったまいった」

 

 

「ちょっとミズキ。まいったじゃないでしょ! 早く次の作戦をっ!」

 

 

 

 

 

と言いかけたところで、声は途切れる。

 

 

 

 

 

気づかれないようにホルダーから外しておいた二つのボールに、シークとゼニは問答無用で吸い込まれていった。

 

 

 

「……またそうやってあなたは……一人で戦う気なんですね」

 

 

あっけにとられるおにぽんをよそに、スーはおつきみやまで自分が同じようにボールに閉じ込められたことを思い出す。

 

 

「わたしたちには自分を利用させるくせに、自分はわたしたちのことばっかり心配して……ずるいですよ」

 

 

「これが一番効率的なんだよ。残って一人で戦えるのは俺だけだ。それにあいつらの目的は俺の捕獲。俺がおとなしく投了すりゃあ奴らがお前らを追うことはない。そうなればお前らが俺を助けに来れるだろ?」

 

 

「そんなの……そんなの!」

 

 

 

 

 

「うるせぇ」

 

 

 

 

ボールの光をスーに当てる。最後の歯がゆそうな顔が印象的だった。

 

 

……大方、自分が“なみのり”を使えればどうにかなったとか思ってるんだろうなあ。

 

 

苦笑した後、最後に残ったおにぽんへと体を向ける。

 

 

「さてと、マチス戦ではお前に仕事をやれなかったからな。喜べ、おにぽん。今日一の仕事が残ってるぜ」

 

 

唯一外に残された放心状態のおにぽんがハッと我に返ると真ん中の席からブルーを抱えたミズキがこちらに顔を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ブルーを助ける。これがお前の任務だ」

 

 

 

 

 

 

 

「……俺が……ブルーを?」

 

 

ミズキが自分の目の前にそっとブルーを下ろし、ブルーと自分のベルトを外す。そして自分の、ホルダーにボールが六つ付いたベルトをブルーにつけ、何もついていないベルトを自分に捲いた。本気で一人で残るつもりなのだと、今更ながらに思う。

 

 

「いや……俺は一人でブルーを運べる力なんて……」

 

 

「あるよ。その力を、さっきお前は手に入れた」

 

 

そう言いながらミズキはおにぽんの体をつかむ。体がこわばるおにぽんをよそに、ミズキは微笑む。

 

 

「やっぱりな。さっきの戦闘でレベルが上がってる。まあ“そらをとぶ”を覚えたわけじゃないから少し辛いかもしれないけど、ブルー一人運ぶくらいならいけるはずだ」

 

 

ミズキはそういって、再び船の方向を見る。すでにゴルバットが三人ほど、こちらめがけて向かってきている。

 

 

「さっさといけ。奴らの狙いはこの俺だ。お前らにこうげきすることはない」

 

 

「え……あ……う……」

 

 

声にならない声を漏らすおにぽん。その頭の中はいろいろな思いが駆け巡っている。

 

 

 

 

このままミズキを見捨ててもいいのか?

 

 

 

 

ブルー一人を助け出した方がいいのか?

 

 

 

 

一人だけでも戦うべきなのか?

 

 

 

 

いったい何が正解なのか?

 

 

 

 

 

 

 

「お、俺は……俺は……どうすれば」

 

 

 

 

 

 

 

「おにぽん」

 

 

 

 

 

 

 

たのむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「! うわああああああああああああああああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルーの首元をつかんだおにぽんが泣きながら飛んでいく。

 

 

 

かなりふらふらしているが、まあもう何キロも離れていないだろうし大丈夫だろう。

 

 

 

 

さてと、と一息つく間もなく、かわいらしくも恐ろしい八重歯をこちらに向けて降りてくる三体の萌えもんに相対する。

 

 

 

 

 

 

ゴルバット×3……

 

 

 

 

 

 

 

さすがに勝てないな。

 

 

 

 

 

 

 

でも……おにぽんが逃げるための時間稼ぎくらい……

 

 

 

 

 

 

 

「来いよ。伊達に毎回フレイドと戦ってるわけじゃねえってところを見せてやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けほっ……まあこうなるよなあ」

 

 

かすむ視界で体を無理やり制御しながら、浸水だらけでずたぼろのボートのふちに手をかけ寄りかかる。正面には歯を赤く染めた二人のゴルバットが自分の方を見て、ようやくかという表情をする。

 

 

(まあ一体撃退しただけでも上出来か)

 

 

そう考えながら自分と同じように運転席で倒れこんでいるゴルバットに目をやる。軽く血を吐きながらこちらをにらんでいる。

 

 

(あの力を何回も使うわけにもいかないしなあ)

 

 

自分の右手を開きながら見る。

 

 

 

 

今まで使った力は小指と親指。

 

 

 

 

それにこれの標的は本当に嫌いな奴って決めてるからなあ……

 

 

 

「さすがにR団に使われてるだけの萌えもんたちに使うことはできないな」

 

 

 

そして咳き込みながら血を吐き出す。もう内部までずたぼろのようだった。

 

 

 

さてと……あとは殺されないことを祈るだけだ……

 

 

 

両手を上に掲げるが、まだゴルバットはちがづいてこない。まだこちらの手を警戒しているようだった。

 

 

ああ、そういえばさっき降参するふりをして“だましうち”を決めたんだっけか。

 

 

しかしこちらが本当に弱っていることを確認すると、翼の先端を向けて近づいてくる。最後に気絶でもさせる気なのだろうか。うっかり死なないようにしてくれりゃいいんだが。

 

 

 

 

 

 

……あーあ。みんなに悪いことしたな。今回はかなり失敗だった。

 

 

 

 

 

 

スーは怒ってるだろうし、シークはおびえてるだろうし、フレイドは結構落ち込んでるだろうし、ゼニは悲しんでるだろうし、りゅうは理解できてないだろうし、

 

 

 

 

 

 

 

 

なんといっても、おにぽんに悪いことをした。

 

 

ブルーをひどい目に合わせ、最後にはつらい選択をさせた。

 

 

 

 

 

 

ゴルバットから目をそむけ、上を見る。腹が立つほど天気のいい、青空だった。

 

 

 

 

 

 

「悪かったな……おにぽん……生きて帰ったら、謝るからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“きゅうけつ”を受けた体のせいで、視界が歪み、太陽も少し曲がって見えてきた。ゴルバットに気絶させられる以前の問題かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

空に見たくないものを見たのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな小さな叫び声に、ゴルバット二人はきょろきょろと辺りを見渡す。しかし声の正体は見当たらない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そりゃそうだろう、だって声の主は、今のミズキから見える位置、つまり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上空から突っ込んできているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおりいいぃぃぃやああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

垂直落下してきたそいつは、思いっきりゴルバット一人に渾身の“でんこうせっか”をたたきこみ、

 

 

 

 

 

 

 

船を真っ二つにかちわった。

 

 

 

 

 

 

「! うそだろ!」

 

 

 

 

 

 

船が割れてしまったこともそうだが、ミズキが驚いたのはもうひとつ。

 

 

 

 

今おにぽんは一人でゴルバットに突撃を決めた。そう、一人(・・)で。

 

 

 

 

 

 

おにぽんの大切な、大切なパートナーの姿がない。

 

 

 

 

 

ならばいったいどこに?

 

 

 

 

 

その答えは引き続き真上を向いているミズキの視線の先に有った。

 

 

 

 

 

「だんなぁ! たのんだぁ!」

 

 

 

 

「っ! うそだろぉ!」

 

 

 

 

不安定極まりない足場で、ふらつく体を無理やり起こし、負荷に備えて体を構える。

 

 

 

 

 

ドシーンという効果音が付きそうな勢いで、ブルーが上から降ってきた。

 

 

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

声にならない激痛が全身を支配する。特に“きゅうけつ”を受けた右腕からの出血量たるや見ていられないほどだった。

 

 

 

 

「だ、大丈夫か? だんな?」

 

 

 

「ば、ばかやろう……」

 

 

ブルーを抱えたまま悶絶しているミズキが歯を食いしばりながらおにぽんに吐き捨てる。

 

 

「わ、わりぃ……そんなぼろぼろになってるなんて思わなくてよ……」

 

 

「そっちじゃねえ」

 

 

 

 

「なんで戻ってきた!」

 

 

 

 

おにぽんをにらみつけるミズキはそのままブルーを任せ、すぐそこでとんでいる最後のゴルバットに向かう。

 

 

 

 

「さっさと逃げろ」

 

 

 

 

笑う膝を無理やり抑え、体を構える。しかし、右腕は完全に上がってくれなくなっていた。

 

 

「だんな……」

 

 

「とっととにげろ……ここは俺がどうにかする」

 

 

 

 

 

 

 

「……いやだ」

 

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 

振り向くと真っ二つになった船の先端の浸水の心配のない場所にブルーを置き、こちらへ向かうおにぽんがいた。

 

 

 

「……おい」

 

 

 

 

 

「俺……考えたんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

このままミズキを見捨ててもいいのか。

 

 

 

 

ブルー一人を助け出した方がいいのか。

 

 

 

 

一人だけでも戦うべきなのか。

 

 

 

 

いったい何が正解なのか。

 

 

 

 

 

「必死に考えた、何をすればいいのか、自分が何をしたいのか、何を信じるべきなのか」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

「わからなかった」

 

 

 

 

 

 

 

結局正解は、求まらなかった。

 

 

 

 

だから、

 

 

 

 

 

 

もう考えない。

 

 

 

 

 

 

「もう、俺は何も選ばない」

 

 

 

 

 

 

全てを守る。

 

 

 

 

 

 

ブルーも。

 

 

 

 

ミズキのだんなも。

 

 

 

 

ゼニも、りゅうも、スーねえさんもフレイド兄さんもシーク兄さんも。

 

 

 

 

何も捨てない。全部守る。

 

 

 

 

 

 

俺はもうブルーを、

 

 

 

ブルーが愛するあんたという人を、

 

 

 

 

裏切らない。

 

 

 

 

 

 

それが、あんたに酷いことを言った俺に、

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺にできる……けじめだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぶしいねえ」

 

 

「……茶化すなよだんな。言ってて恥ずかしいんだぜ?」

 

 

茶化しちゃいねえよ、本当にまぶしいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

お前の体からあふれ出る、輝かしい希望の光が。

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!! これは!!!!」

 

 

 

そう、ゴルバットがお前の決意表明をわざわざ待ってくれる道理はない。

 

 

 

おびえていたんだ。おにぽんに。

 

 

 

 

 

 

おにぽんの体からほとばしる……進化のエネルギーに!

 

 

 

 

 

 

ほどなくして変化は始まった。

体全体が一回り大きくなる。顕著だったのは翼と嘴だ。翼は力強くはばたけるような筋力と衝撃を受け止めるための柔らかい羽毛が発達している。それに対し嘴はひたすらがんじょうに、それでいて細く、鋭く、とらえた敵を薙ぎ、穿つように研ぎ澄まされた武器となった。

 

 

 

 

 

 

「やったな。それがお前の成長の象徴、進化した姿、『オニドリル』だ」

 

 

「オニ……ドリル……」

 

 

声がふるえているが、おびえていると勘違いするほどミズキの頭は悪くない。

 

歓喜に震えているのだ。

 

自分の想いが形になり、夢をつかんだという現実に。

 

 

 

「だんな! 乗れ!」

 

 

 

翼を広げ、軽く屈んで構える。

 

 

「……サンキュー!」

 

 

多少体を引きずりながら、背中に飛び乗る。進化した姿からは、人一人も二人も苦としない、屈強な力が感じ取れた。

 

 

ブルーを足でつかみ、二人を連れたおにぽんは、オニスズメの時とは比べ物にならない速度でかっとんでいく。そのまま乗っているだけでは振り落とされかねなかったので、おにぽんの背中をがっちりとつかむ。

 

 

 

「うお! っくぅ! さすが進化系! 早いぜおにぽん!」

 

 

海上というフィールドから、一気に空中へと躍り出たオニドリルの速度に、ミズキは思わず素直にはしゃぐ。体の痛みはすでに吹っ飛んでいた。

 

少し下を見ると、手持ち萌えもんを出し切ったR団たちがギャーギャーと此方を見て叫んでいる。けっ、ざまあだ。

 

 

「よっしゃあ! このまま一気に……っ!」

 

 

 

おにぽんがクチバを目指そうと方向を切り替えたその瞬間、

 

 

 

 

そうはさせないといわんばかりに立ちふさがる青い影。

 

 

 

 

「さすがにいつまでもビビッててはくれないか」

 

 

 

当然、最後のゴルバットだ!

 

 

 

 

「きしゃあああああああ!」

 

 

 

「があ!!! こ、これは……」

 

 

「ぐうっ! き、気をつけろ……ゴルバットの“いやなおと”だ!」

 

 

一戦交えたからこそ分かる。このゴルバットは、明らかに野戦慣れしている。

ジム戦のようなルールにのっとった試合ではなく、戦闘(ケンカ)用にそだてられた萌えもんだ。

 

それがどういう事かというと、レギュレーションにとらわれない汚い戦法が得意だという事。

 

 

「っ! 来るぞ! “つばさでうつ”だ!」

 

 

おにぽんは羽をほんの少し傾け、右回りに旋回することでかわそうとする、が、“いやなおと”で狂った三半規管がそれを許さない。おにぽんは望む軌道から少しずれた、不安定な飛行で旋回する。その結果、

 

 

「があ!」

 

「だんな!?」

 

ミズキが左の肩を抑える。完全に狙われているな、と確信する。下にいるブルーが狙われているわけではないのが不幸中の幸いか……

 

「き、気にすんな……それより、集中しろ。来るぞ!」

 

自分たちの背後から迫りくるゴルバットは、いったん追うのをやめ自分の目の前で翼を閉じる。この構えは……きついな。

 

「“スピードスター”だ!」

 

「っ! くっそお!」

 

必死に躱そうと“こうそくいどう”で加速するおにぽんだったがそれを超える速度、そして量を持った星形の弾丸が二人を射抜く。

 

「かはっ!」

 

「だ、だんなぁ!?」

 

そのままミズキが前に、つまりおにぽんの背中に体を預けるように倒れこむ。

 

 

 

 

 

「や、やりやがったなこの野郎!」

 

 

 

 

 

怒りに任せ、逃走を忘れ、振り向こうとする。

 

 

 

 

 

 

「……待…………て………」

 

 

「! だ、だん」

 

 

「そのままだ…………悟られず……逃げながら……俺の声を聴け……」

 

 

 

背中のミズキの絶え絶えの声が頭を支配する。

 

 

 

なんという酷なことを言うのだろうか?

 

自分は今すぐ振り向いて奴に一撃与えてやりたいのに。

 

あのけたけた笑う憎き蝙蝠に一撃をいれたくてたまらないのに。

 

 

 

 

 

しかし、おにぽんは疑わない。

 

 

 

 

 

「……わかった!」

 

 

 

前へ、“こうそくいどう”を続ける。

 

 

 

その後を、コルバットが必死についてくる。

 

 

 

 

しかし、差は広がらない。それどころか、ミズキとブルーを運んでいる分、おにぽんはスピードに乗りきれない。その結果、距離は少しずつ縮まっていく。

 

 

 

 

「それで……いい……あとは…………俺の合図で……」

 

 

 

呟くミズキに、おにぽんは疑念を持たない。

 

 

もう疑わないと、決めた。

 

 

 

「あんたに従う! 俺はもう、あんたの契約(やくそく)を疑わない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦っていた時に思っていた。

 

 

“きゅうけつ”とは、なんて強力な攻撃なのだろうか、と。

 

 

そんな弱いわざがなんになる? と感じる人たちもいるだろうが、少なくとも自分はそうは思えなかった。

 

 

 

人も、萌えもんも、血がなくなれば動けない。

 

 

 

そんな当たり前の現実を、久方ぶりに痛感した。

 

さらに、血が足りなくなれば考えが廻らない。

 

正確に言うと考えを巡らせるための脳が正確に機能してくれなくなる。

 

 

 

 

体を封じ、頭脳を封じる。

 

 

 

 

生きるか死ぬかの戦場において、こんなに強いわざがあるだろうか?

 

 

 

 

 

ゴルバットたちと戦い、痛感した。

 

 

 

彼らは紛れもなく、戦場を生き残るために育成された、マチスの部隊の萌えもんであると。

 

 

 

トレーナー狩りを主とした、“きゅうけつ”を切り札とした萌えもんであると。

 

 

 

 

文字通り、身をもって痛感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ならば、

 

 

 

 

今多量の出血でずたぼろの自分は、

 

 

 

 

 

“きゅうけつ”をもって倒すことのできる最高の的なのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、慣れたトレーナーがそばにいれば、今の自分など恐れるに足らぬことぐらい見ればわかる。

 

 

 

 

 

 

が、ゴルバットに指示を飛ばせるトレーナーは、今頃豪華な船の上。

 

 

 

 

 

ならばゴルバットは今、トレーナーに出された指示を忠実に守っているに過ぎない。

 

 

 

 

 

ミズキを捕らえろ、と。

 

 

 

 

 

 

 

ならば間違いなく、自分を狙って“きゅうけつ”を決める!

 

接近戦を仕掛けてくる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのタイミングを!

 

 

 

その一瞬を!

 

 

 

わざを受け、ずたぼろにされたこの体で!

 

 

 

敵を学んだ、この体をもって見極める!

 

 

 

 

 

 

 

 

「今だぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

ミズキの声とほぼ同時に、体を思いっきり回転させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

大口を開けたゴルバットは、隙だらけだった。

 

 

 

 

 

 

「“ドリルくちばし”いいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

「うおおおおおおおぉぉおおおおおおぉおおぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………てな具合で見事俺は何事もなくクチバに生還したってわけなんだあだだだだだだだだだだだだ!!!!!!!」

 

萌えもんセンターの病院の一室で哀れな一人の男の叫び声が響き渡る……いや、八割自業自得なのだが。

 

「……あの……スーさん? できれば“きゅうけつ”でずたぼろの右手をひねるのはやめていただきたく思うのでございますけれども……」

 

「……マスターなんて大っ嫌いです……」

 

(ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん)

 

「いたたたたたたたたたた! シークストップ! ストップ! “スピードスター”のダメージがあああああああああ!!!!!!」

 

ベッドのわきのスーと寝ている自分の腹のあたりで涙を浮かべるシークが自分の体をひねったりたたいたりつねったり殴ったりと大暴れだった。

ちなみにフレイドはというと土壇場で力尽きてしまった自分に責任を感じているらしく報告の途中から部屋の端っこで体育座りでうずくまっていた。

……いや、責任感じていじけてるくらいなら助けてほしいんですけれど……

 

「いや、だからよ……別に俺は自分のことを犠牲にしたわけでも何でもなくて、損得勘定を考えた結果俺だけつかまって後でお前らに助けてもらうのが一番確実だなと思ったまでであってだな……」

 

「マスターなんて大、大、大っ嫌いです!!!」

 

(ぷいっ)

 

……ちょっとだけ泣きそうである。

 

 

 

 

 

 

あの後、サントアンヌ号は何事もなかったかのようにクチバ沖をぐるりと一周してから港に帰還した。

 

下船した金持ちどもは口をそろえてもう一度乗りたい、ぜひ近いうちにツアーを計画してくれと絶賛だったそうだが、唯一乗客の一人から試乗会終了後にクチバの沖合に出て楽しむためのモーターボートがなくなっていたとかいうクレームが来て、試乗会チームの親会社であるシルフカンパニーが弁償することになったとかいう話も聞いたが心当たりが全くないので関係のない話なのだろう。

 

マチスが動けなくなったことが原因か、R団の行動は耳にしていない。少なくとも上司の指示なしに一般の萌えもんセンターに殴り込みに来るような根性と勇気のある奴らではないということは自分がよーく知っている。

 

かといって自分がこの町にいる限り、正確に言うとブルーのそばにいる限り、ブルーに被害が及んでしまう可能性は捨てきれない。むしろ可能性だけ論じるなら大いにあるといっていい。

 

ずたぼろの体を引きずり歩いた挙句にセンターの前でぶっ倒れていた自分を治療して病室に放り込んどいてくれたクチバのジョーイさんには本当に悪いが、退院を知らせずに出て行った方がいいかもしれない。早急にこの町を出ると決めた今、入念な検査とか言われてここに留められるのはデメリットでしかない。

 

 

 

「むなぁ……マスターの……ばーか……」

 

(……ぎゅっ)

 

そんなことを考えていた時にふと我に返ると、もういつの間にか部屋の消灯時間が過ぎていたようで、窓から照らす月明かりが自分にしがみ付きながら眠る二人の顔を照らしていた。

 

「……悪かったな」

 

二人を起こさないように上半身を上げ、比較的まだ動く左手で二人の頭を優しくなでる。二人の目には少し塩の跡があった。泣かせちゃったな。

 

「主」

 

思わず体がびくッと反応してしまったのが少し恥ずかしかったが平然とした表情を作り直して部屋の入口に立っていた声の主に顔を向ける。

 

「……お前、まだ起きてたのか? 明日一番でここを出るぞ。この町はもう長居したくない」

 

「……倒れてしまって、本当にすまなかった」

 

「黙れ。反省するなら次に生かせ。次に過去のこと以外を俺に隠したらお前はクビだ」

 

「……わかった」

 

頷きながらフレイドは振り向き、背伸びしながら引き戸を引く。

 

「客だ」

 

 

 

 

 

「よお、おにぽん。調子はどうだ?」

 

「……怪我して入院してんのはだんなだろ? それは俺が言うべきだろうが」

 

「お前のじゃねえよ。ブルーの調子だ」

 

入ってきたおにぽんの顔が少しだけ陰る。

 

「……感電による気絶だって」

 

「……まあそうだろうな」

 

二人がそろって唇をかむ。

 

「後遺症は?」

 

「残らないとは思う。でも、あと一日は寝たままかもしれないって」

 

「……お前らには本当に迷惑をかけたな」

 

「黙れ。とでもいえってか?」

 

「……立ち聞きなんて趣味わりいな」

 

「あんたらの話を待ってたんだよ」

 

くっくっく、と笑うミズキはいつもより少し辛そうだった。

 

「……ブルーの病室に案内してくれ」

 

「へっ? いやでもあんた……その体で立ち上がるのは」

 

おにぽんが制止しようと駆け寄る。が、その時にはすでにミズキは起き上がり、包帯を引っぺがし、輸血の注射針を無理やり引っこ抜いていた。その穴を剥がした包帯で無理やりふさぎ、巻き直す。

 

「もう治った。行くぞ」

 

傍に寝ている二人を起こさないように立ち上がった後、自分の毛布を二人にかけて、病院のスリッパをはき、部屋を出る。

 

そんなミズキにしっかり慣れたフレイドはその姿を見て苦笑し、ちょっとだけ慣れだしたおにぽんはその姿を見て呆れていた。

 

「あの人……本当に人間かよ」

 

「わっちはもうそのセリフは言い飽きた」

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻に二人できたからか、ブルーの病室はすぐ隣にあった。

 

開けると奥には自分のように包帯まみれだったり輸血の管が伸びていたりはしないものの、一日起きることがないという情報を先に聞いているからか少し痛々しく見えるブルーの寝姿とその傍の椅子にちょこんと座るゼニとりゅうの姿があった。

 

「ミズキ……」

 

「! だいししょー!」

 

しー、と指を口に当てりゅうを制する。そして、同時にいまだ起きてブルーを待ち続けているこの三人に感服すると同時に危うさを覚える。

 

(……まあいいか。そこをどうにかするのはブルーの仕事だな)

 

二人が空けてくれたスペースに収まる形でブルーのベッドのわきにつけ、覗き込む。縁起でもない言い方だが、死んだように安らかな寝顔だった。

 

「悪かった……っていったらこいつも怒るんだろうな」

 

「今日気付いたけどブルーって結構だんなに似てるからな」

 

「あら、今更ね。そっくりよ。偏屈でいじっぱりなところとか」

 

「? だからふたりともつよいですか?」

 

「うるせえっつーの」

 

笑いながらブルーに向き直る。

気のせいか、少し笑ったように見えた。

 

 

 

ふと、手元の指先に目が留まる。

 

 

 

 

 

 

 

「……つけてくれてたんだな」

 

 

 

 

 

 

 

必死すぎて気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

左手の薬指。

 

 

 

 

 

その指輪に、軽く触れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(逃げないで。待ってるわ、ミズキ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……? ミズキ?」

 

不思議そうに顔を覗くゼニや、不審がっている皆をよそに、頭の中を駆け巡る言葉を反芻する。

 

 

 

 

 

 

待ってるわ。ミズキ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ」

 

 

 

 

 

 

 

何が待ってるだ。

 

 

 

 

都合のいい幻聴聞いてんじゃねえぞ。

 

 

 

 

 

 

 

俺にそんな夢を見る資格なんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブルー…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なあ、なんで俺なんだよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よりにもよって、俺じゃなくてもいいじゃねえかよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前にそんなに期待されたら、俺は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えるしかなくなっちまうじゃねえかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルーの左手を右手でつかみ、左の胸へ運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんな、ブルー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部片付けたら…………必ず、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がもっと強くなったら、必ず、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部話すから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待っててくれ、なんて、言える立場でもないんだけど、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待っててくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう行くのよね?」

 

翌朝、こちらの病室にゼニたちが見送りに来てくれていた。ラッキーたちに気付かれる前にここを出ようとしていたので時間は相当早いのだが、全員で見送りに来れるということはこいつらは一睡もしなかったのだろう。

しかし、あえて触れずにそのまま話す。

 

「ああ、R団に感づかれても困るからな。誰にも迷惑かけないように、誰にも知られず一人で出る。“テレポート”でな」

 

皿に乗ったケーキを幸せそうにほおばるシークの頭をなでながらミズキが言う。

 

「……許してもらえたの?」

 

「もともとスー用に買ってたケーキだったけどな。助かったぜ」

 

冗談っぽく額の汗をぬぐうような仕草を見せる。しかし言っていることは本気っぽかった。

 

「わたしはまだ許したわけじゃないんですからね! マスター!」

 

その隣にいるのは、シークに渡した一切れを除いたホールケーキ一つを怒りながら頬張るスーだった。

悪かったって、といいながら必死にスーの機嫌を取ろうとするミズキは新鮮で三人はおかしそうに笑った。

 

 

 

「じゃあね。いろいろありはしたけれど、悪くない時間だったわよ」

 

「……あんたのおかげで、俺は一つ大きくなれた。ありがとな」

 

「だいししょー! ありがとうございましたー!」

 

「そういわれると救われる気持ちだよ。ありがとう」

 

そしてミズキたち三人はシークの肩につかまる。準備完了の合図だ。

 

 

 

 

「シークの兄さん……俺もこれから頑張るからよ……あんたもがんばれよ!」

 

「……」

 

(ぱしっ)

 

 

 

 

「りゅう殿。貴殿との時間、わっちにとっては大切なものになった。次に会うとき、わっちはりゅう殿よりも強くなっていられるよう、努力する」

 

「……はい! りゅーもししょーとのおやくそくまもるため、がんばります!」

 

 

 

 

「スーちゃん。私の言ったこと、忘れちゃだめよ」

 

「……はい。ありがとうございました! ゼニちゃんさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズキに言ったことが嘘だったわけではない……が、

自分たちだけの旅ではありえない、クチバでの激動の一日がようやく終わりを告げたのだと、少しだけ安堵する三人。

 

 

 

 

 

ちなみに、ミズキが病室を抜けだしたことで、関係者の三人にはジョーイさんからの尋問が待っているわけなのだがそれはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでマスター? 次の目的地ってどこなんですか?」

 

「……」

 

「……マスター?」

 

 

 

 

 

 

 

『逃げないで』

 

『迷った時は初心に帰る。自分を見つめなおすことは後退ではない。覚えておきなさい』

 

「……そうだな。自分のことを思ってくれる女の子と、年の功の意見を参考にしよう」

 

 

 

 

 

 

 

次の目的地はシオンタウン。

 

 

 

 

 

 

 

萌えもんの終わりの町にして、俺のすべてが始まった町だ。

 

 

 

 




進化シーンのイメージはシトロンのうた、『キラキラ』をイメージしました。


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第7話 1 異端の町の異変

お待たせして大変申し訳ございませんでした。


 

 

 

 

 

ぷっ、と口の中から液体を吐き出す。あまり見たくはなかったが、吐き捨てた方向を見ると赤い唾液が木製の橋に付着していた。その後ほほを触るとまた、手が赤く染まる。

 

足が動くだけ幾分ましだろうかと思っていたが、この出血ではすぐに力尽きるだろうなと思ったレッドは背後の柵に背中を任せ寄りかかる。

 

「カゲ……大丈夫か?」

 

「ケッ……こんなダメージ、屁でもねえよ」

 

そういう相棒の体を見る。どれだけいいように考えたとしても、絶好調の体とは思えなかった。

標準の萌えもんより一回り大きくしっかりとした体格に、敵を食らいつくさんとする鋭い瞳、ごうごうと燃え盛るしっぽのほのお、そのすべてがいつもより小さく見えた。

 

体は震え、瞳は濁り、ほのおはどんどんと勢いを失っていく。レッドは彼との長い付き合いから、これは恐怖のサインではなく、純粋な疲れによる限界なのだと悟る。

 

 

 

「……くそ」

 

 

 

いくられいせいを装って状況を分析したとしても、打開策は一向に思いつかない。

 

どれだけ力が劣っていても、どれだけ体格が劣っていようとも、瞬時に驚愕のウルトラCなプランで敵をぶち破る、自分の尊敬する兄貴分を思い出す。

 

 

 

そうだ、俺は格下だ。なりふり構ってなんかいられない。

 

 

 

痛みをぐっとこらえ体を起こし、顔を上げる。目の前にはいら立ちの表情を前面に押し出した、怒れる強大な萌えもんの姿があった。

 

 

 

 

 

いねむり萌えもん、カビゴン。

 

 

 

 

 

力で真っ向勝負したって、勝ち目がないのは十分にわかった。

 

 

 

だったら!

 

 

 

「カゲ、“ほのおのうず”!」

 

 

指示を受けたカゲはしっぽで自分の尻を思いっきりひっぱたき、どう見ても無理やりに体を起こして臨戦態勢に移る。

再度燃え上がるしっぽから放たれた炎は直線を描きカビゴンの周囲を足元から焼き、動きを封じる。

カビゴンは顔の前に腕を交差させ頭を炎による熱から守る。しかし、“ほのおのうず”の真骨頂はそこにはない。

 

 

「くぉおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

ほのおの渦中のカビゴンから悲鳴のような声が漏れる。

 

そう、“ほのおのうず”の最大の特徴、『持続ダメージ』と『萌えもん拘束』だ。

 

単純な性能、こうげきりょくや飛距離、命中率を考えるのであれば断然“かえんほうしゃ”や、“だいもんじ”を使用すべきである。しかし、萌えもんバトル。特にルールのない野戦においてはそれだけを使っていても勝てない。

 

カントー地方の萌えもん屈指の体力、ぼうぎょりょくを誇るカビゴンからすれば、削りダメージは大した痛手にならないことはレッドもわかっている。大切なのはもう一方だ。

 

「よし、これでしばらく動けない!」

 

もともとカビゴンは素早くない。しかし、機動力が『1』から『0』になるのはえらい違いだ。もはやカビゴンはこちらの位置さえ認識できずに身に降り注ぐ渦からの火の粉を払うのに必死になっている。

 

 

 

今しかない!

 

 

 

 

 

 

「行くぞ! カゲ!」

 

「おう! こっから逆転」

 

 

 

 

 

 

カゲが言い切る前に首根っこをつかみ、走り出す。

 

 

 

 

 

 

「はっ?」

 

 

 

 

 

 

「にげるんだよぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 

 

 

 

 

戦いの後遺症である、ところどころ焦げ付いた木製の橋を思いっきり蹴り飛ばしながら全力で走る。

 

 

 

……が、ある程度の距離を離したところで膝が砕け、思わず地面に片手をつける。息切れをどうにか整えながら、後ろを見る。“ほのおのうず”の効力が切れ、自由となったカビゴンと目があった。

 

 

「おい! レッド、どういうことだ! 俺は戦うぞ! あんな野郎絶対ぶっとばして」

 

 

「勝てないよ。今のカゲと俺じゃあ勝てない。俺だって気づいたんだ。お前はもうとっくにわかってただろ」

 

 

口を少し抑え、深呼吸しながら再び前に歩きはじめる。急いでいるつもりではあったが体が全くついてきていない。足の遅いカビゴンにどんどん差を詰められていることからもそれは明らかだった。

 

 

「! っちい! やっぱり追っかけてきてるじゃねえか! ここはやっぱり俺が戦うしか」

 

 

「いや、カゲ。下だ! カビゴンの足元を見ろ! “かえんほうしゃ”!」

 

 

カビゴンに向かって走り出そうとしていたカゲは無理やり一歩目を抑え込み、困惑した表情のまま言われるがままに“かえんほうしゃ”を放つ。

 

 

それをカビゴンは煩わしいものを振りほどくが如く、ほのおを大きな足で払いのけ進んでくる。

ずん、ずんと一歩一歩の力強い足音が“かえんほうしゃ”をうち続けるカゲの心の不安を煽る。

 

 

「がああああっ!」

 

 

口から放たれるほのおの威力が上がる。文字通り、最後の力を振り絞り命の炎を燃やしているのだ。

 

 

 

 

しかしそんなことお構いなしと言わんばかりにカビゴンは歩みを止めない。

 

 

 

 

一メートルずつ迫る巨体の重圧から、熱いカゲの体から冷や汗が垂れる。

 

 

 

 

 

 

 

(も、もう、げんかい……!)

 

 

 

 

 

 

口から出ていたほのおは途切れ、そのままカゲは前へと突っ伏す。

 

 

 

 

「く、そ……が」

 

 

 

 

咳き込んだ時に思わず口から炎が漏れる。完全に自分の中の力は空っぽになった。

 

 

 

脱力した体を必死に動かし、ほんの少しだけ顔を上げて前を見る、

 

 

 

 

 

何かされたのか、とでも言いたげな表情のカビゴンがドシン、ドシンと迫ってきていた。

 

 

 

 

 

くそ……倒せなかったか。

 

 

 

 

もう声を出すこともままならないため、心の中で吐き捨てる。

 

 

 

まずい。完全に状況が悪化した。これじゃあレッドを逃がすこともできやしない。

 

 

 

……やられる!

 

 

 

 

 

「カゲ。ご苦労さん」

 

 

 

 

 

背後からそんな落ち着いた声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

馬鹿野郎。

何してるんだ。

早く逃げろ。

 

 

 

 

 

 

口の動きだけで自分の意志を伝えようとしたカゲだったが……

 

 

 

 

 

 

そんなカゲの行動より先に、事態は動いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぉおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

響き渡ったのはカビゴンの悲鳴と、ばきべきと崩れる墨化したカビゴンの足元の橋だった。

 

 

 

 

 

 

 

音が完全に途絶えるころには、カゲはのどの状態を回復し、レッドは力を抜きその場に座り込んでいた。

 

「そういう……ことかよ」

 

「これしか……浮かばなかったんだ。奴からにげる方法は」

 

力なく笑うレッドに対し、先に言え、と悪態をつく。

 

「ほら、早いとこ萌えもんセンターに戻ろう。残念だけど、捕獲失敗だな」

 

「ああ。でも、あいつの言ってること、本当だったな」

 

「……その話も含めて、萌えもんセンターで状況を整理しよう」

 

よっこらせと立ち上がり、ずたぼろのレッドに肩を貸し、元来た橋の道を戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐわああああああおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

背後から聞こえた咆哮が、すぐに足を止めることになったのだが。

 

 

 

 

レッドとカゲはお互いにお互いの青い顔を見合わせ、油が切れたロボットのようにぎこちない動作で後ろを向く。

 

 

 

 

水の中を器用に泳ぎながら、橋に上がりなおすカビゴンの姿がそこにあった。

 

 

 

 

「…………嘘……だろ?」

 

「泳げんのかよ……あの体で」

 

 

 

 

そのつぶやきを最後に、レッドはその場にへたり込む。完全に脱力してしまった。

そんなレッドを背中に守るようにカゲがカビゴンに相対する。

 

「カゲ……逃げろ……もうほのおわざも使えないんだろ」

 

「見縊るな。たとえほのおがなくたって、俺にはまだまだわざがある!」

 

しかし、そう強がるカゲも、もう限界なのは火を見るより明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、当然ここにきて、カビゴンが情けをかけてくれるはずもない。

 

 

 

 

 

 

「けっ! 上等だ! 最後の最後まであがいてやるよ!」

 

 

 

 

 

 

そうだ。こんなところでへたってたら、あいつにきっと笑われる。

 

 

 

 

 

「奇跡の一個でも起こすまで、あきらめてたまるかってんだ!」

 

 

 

 

 

カゲは走りだし、腕を突き出す。自分が最も自信を持つ、腕力だけのはがねわざ。

 

 

 

 

“メタルクロー”

 

 

 

 

聞くわけがない。わかっている。

しかし、それでも、カゲは全力で腕を振りかぶり、自分より二回りも大きい山のような体格のカビゴンに突っ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うがあああああああああああありゃあああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カゲ! 顎だ! 顎をうちぬけ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、声が響き渡る。

 

 

 

レッドの声ではない。そもそもレッドは真後ろにいる。カビゴンの後ろから指示を出せるわけがない。

 

 

 

しかし、瞬時に、その声が信用できる声だと判断する。

 

 

 

 

 

 

 

そしてカゲは、軽くしびれる足で無理やり体を浮かせ、一撃を放り込む。

 

 

 

 

 

どごっ、という鈍い音が鳴り響くと、

 

 

 

 

ほのおこうげきでは一度もびくつか無かったカビゴンの体が、ずれた。

 

 

 

 

「! こ、これって!」

 

 

 

 

どういうことだ、という前に、目の前の状況が一気に変わる。

 

 

 

 

 

 

 

正面からカビゴンの顔に一撃いれて空中にいた自分の体が、なぜかカビゴンの背中を見ながら座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

「ナイスファイトだったぜ」

 

 

 

 

 

自分と位置が入れ替わった男の優しい声が耳に届く。

その声を聴くや否や、アドレナリンによる感覚麻痺のみで動いていたカゲはふっと力を抜き、意識を手放す。

カゲの耳に最後に飛び込んできたのは、カビゴンの悲鳴と、カビゴンが倒れこんだ時の爆音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は移り変わって萌えもんセンター。トレーナー用開放スペースの片隅で、ミズキと包帯まみれのレッドは反省会を開いていた。

 

「今回のお前の失敗は、圧倒的な勉強不足だ。カビゴンには『あついしぼう』っていうとくせいがある。身に覆われた大量の脂肪が、温度変化から守ってくれるから、ほのおタイプやこおりタイプのわざにめっぽう強くなるっていうとくせいだ」

 

「……だからカゲがいくら攻撃してもダメージを負わせられなかったんだ……」

 

「それに攻撃方法もまずかった。カビゴンは体重が重い。体重が重いってことは重心が座ってるってことだ。そんな相手の重心の近く、今回で言うとカビゴンの胴体部分か、をたたいても重たい感触を感じるだけで大きいダメージを与えることはできない」

 

備え付けられたホワイトボードにペンを走らせながら大きい黒丸を書き、その上に小さい黒丸を乗せたような図を描く。

 

「それ……何?」

 

「カビゴン」

 

「……」

 

「主の弱点をようやく一つ見つけたな」

 

フレイドに拳骨を一発いれて話に戻る。

 

「そういう時はなるべく重心から離れた場所を狙う。俺がカゲに指示したのは、頭にこうげきすることだったな。そうすれば重心が下にあるカビゴンは回転による勢いを抑えきれずに体制を崩す。こういうのを力学の用語で『モーメント』っていうんだが、まあ知るわけもないよな」

 

最後にちょんちょん、と証明終了のしるしを書き入れ、ホワイトボードを消す。

 

「まあそういうことだ。お前は最初っからあそこにカビゴンがいることはわかっていた。だったならば突っ込む前にカビゴンの情報を調べておくべきだった。『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』。情報ってのは大きな武器だ。今回偶然俺が通りかからなかったら危険だったというのを認識して、しっかり反省しておくことだな」

 

「はい……」

 

膝の上に置いたカゲの入った萌えもんボールを握り締めながらレッドが悔しそうに返事をする。

 

「……まあ、そう落ち込むな。確かに反省点はあったが、褒めるべき点も山ほどあった」

 

「えっ?」

 

「かなわないと判断して、捕獲をあきらめ逃走を選んだこと。カビゴンの体重を利用して、橋を焼いて水に落とすという搦め手を扱ったこと。どっちも以前のお前だったなら想像もつかなかったような作戦だよ。お前は気づいていないだろうけどな」

 

さらに言えばこいつらはシオンタウンから南下してきた。ということはあの過去の遺産とまで称されているイワヤマトンネルを通過してきたという事なのだろう。その事実だけで自分の中のレッドの評価はうなぎのぼりである。あそこはただただ突っ込むしか能のないバカが通れるほど楽な道じゃあない。ニビであったレッドと比べれば今のレッドは月とすっぽん。日進月歩。男子三日会わざれば刮目して見よだ。立派なトレーナーの顔になっている。

 

「それにカゲも成長している。リザードになっていたのは当然だが、技のキレも、地力も以前見た時とは段違いだ。お前もトレーナーとして成長しているあかしだよ。ほれ」

 

そう言ってレッドの目の前に、萌えもんボールを一つ置く。レッドはそれがいったい何のことか把握できずにきょとんとしている。

 

「頑張ったご褒美だ。欲しかったんだろ? カビゴン」

 

「!? い、いいの!?」

 

「ああ、俺には必要ないからな。その代り、代わりの萌えもんボールを一つもらうぜ。もともと必要な分しか持ち歩いてねーからな」

 

そういうミズキは自分の腰についている空のボールを一つ持っていくが、レッドはそれも聞かず、ミズキに褒められたことと、カビゴンを手に入れた喜びで今にも飛び上がりそうなほど喜んでいる。

 

「ありがとう! ミズキ兄さん!」

 

「お、おお……」

 

ああ、そういえば、そんな呼び方に代わってたっけ……

 

今まで小生意気な弟のように接してきた分、久しぶりの反応に少し戸惑う。

 

「ああ、そうだ。おい、レッド。その代わりといっちゃあなんだが、いくつか聞きたいことがある」

 

「聞きたいこと? ミズキ兄さん以上に俺が知ってることなんてほとんどないと思うよ?」

 

「知識はな」

 

言う人が言えば嫌味全開な発言だが、ミズキが萌えもんやそれに沿う知識に関してはカントー随一のトレーナーであるということを理解しているレッドやスーたちは苦笑いだけで済ませてくれる。

 

「俺が欲しいのは情報だ。この町に入ってからまっすぐ萌えもんセンターに来れたんだから、少なくとも何日かはここにいたんだろ? お前がこの町で得た情報を俺にもくれって言う話だ」

 

「ああ、なるほどね。いいよ、何?」

 

 

 

 

 

この町、いったい何があった?

 

 

 

 

 

「……やっぱり気づいてたんだ」

 

「気づかない方がどうかしてる。町の入口に差し掛かってからずっとだ。ストレートに言うなら、気持ち悪いんだよ、この町のすべてが」

 

シャツの襟もとに人差し指を引っ掛けはたはたと揺らしながら言う。

 

「そりゃあ、シオンタウンはタマムシシティやセキチクシティみたくでかく発展した都市じゃないし、萌えもんの魂が眠る街と言われることもある。カントーの中でもあまりいいイメージを持たない人たちは山ほどいるだろう。だが、少なくとも、俺が知っているこの町の住人達は、この尊い紫苑の町柄を愛している。一見すると薄気味悪いこの町の瘴気を、この町の住人達は受け入れている」

 

「詳しいね、ミズキ兄さん」

 

「まあ、昔な」

 

ともかくそんな奴らが、と言いながら、ミズキは萌えもんセンターの窓の外を見る。

 

「あんな姿でうろちょろしてて、不思議に思わないわけがないだろう」

 

ミズキが背中越しに親指で指差す方向を、スーとフレイドは窓枠に手をかけよじ登りながら見る。

そこに広がる景色を見れば、ミズキが、あんな姿、と称したくなることも納得だった。

 

 

ゾンビが街を徘徊しているかのようだ、と形容しても大方差支えない……いや、もう言ってしまおうか。そう言い表すのが一番適格だと思えるほど、その光景は異質だった。

 

 

「うろちょろしている住民の目に光がない。まるで生気とか、魂とかを奪われたかのような顔だ」

 

 

妙に実感のこもった声で、それでいてれいせいに分析する。

 

「そしてもう一つ。別件か同件かは定かじゃないがずっと気になっていることがある。お前がよーく知っているであろうことだ」

 

「……? 何の話?」

 

 

「さっきのカビゴン。いったいお前はそいつに何をした?」

 

 

「な、何もしてないさ。俺は、普通にカビゴンと戦っただけだ」

 

「じゃあなんでカビゴンがあれだけ暴れることになるんだ?」

 

そう、ミズキの一番の謎。萌えもんセンターまでレッドと同行し、あまり好まないご高説をたれてまで時間を取った理由だ。

 

食事をしていないときはほぼ寝ているとまで言われる野生のカビゴンは一日のほとんど、いや、一生のほとんどを寝て過ごすといっても過言ではない。

まあ、それ故に育てればもっととんでもないポテンシャルが文字通りねむっているという事の裏付けでもあるのだがまあそれは今回どうでもいい。

 

「カビゴンは本来腹の上を子供たちの遊び場にされても怒らないといわれるほど温厚な萌えもんだ。野戦においても、戦う事より逃げることよりまず眠ることを優先する。それぐらい怒りという感情に縁遠い萌えもんだ。そんなカビゴンが怒り狂ってお前たちを積極的に襲っていた。その理由が全く分からない」

 

まあ、カビゴンの琴線に触れる事が出来ないわけでもないのだが、少なくとも今のレッドにそれが出来るとは思えない。ここにいてそれができるのはせいぜい俺とシークぐらいだろう。

 

 

 

 

「……実は、カビゴンが暴れまわってたのは、今日始まったことじゃないらしいんだ」

 

 

 

 

「……何?」

 

横目で窓の外を見ながら、いやそうに口を開き始めるレッド。それを見て、件の二つのことは無関係でないことを確信する。

 

「実は……この町に来てすぐに……」

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、なんだよこの薄気味悪い街ぃ……」

 

「もうとっととこんな町出ようぜ。なんだかこええよ、ここのやつら」

 

レッドとカゲはそういいながらタウンマップで逃げ道を探すように進路を考える。

一心不乱に地図を見ているが、実のところあまり集中できておらず、周りのゾンビもどきたちと目を合わせたくないだけだった。

 

「でもどうするよ、町のやつらがみんなこんな状態じゃあまともに話も聞けねえぜ?」

 

「うーん。そうだなあ……仕方ない、あてずっぽうでいいからとりあえず南の方からこの町を出て……」

 

 

 

 

「やめなよ」

 

 

 

 

軽く丸まった背中をピシッと伸ばし、思いっきり前にステップした。臨戦態勢を取った、というよりはほぼ反射的なものだったが、とりあえず背後の何かから距離を取る。

 

「ちょっと、女の子に対してそんな態度はないんじゃないの」

 

声の主は自分よりもやや小さな少女だった。

全身薄い茶色のワンピースを着て、肩辺りまで伸びたこれまた茶色の髪をたなびかせ、くすくすと笑うその笑顔は何処か妖艶で、それでいて儚げな雰囲気を感じさせる

 

本来なら見惚れるようなその光景に、レッドはガチガチに体が固まり冷や汗を垂らす。

 

「まあいいわ。あなたたち、旅の人なんでしょ? おいでよ、お茶ぐらいなら出すわ」

 

その女は振り返り、すたすたと歩いていく。わけもわからず呆然と立ち尽くしているレッドたちを、ドアを開けながら手招きし、誘っている。

 

「……どうすんだよ、レッド?」

 

「……行きたくないけど、ようやくまともに話せる第一村人なんだ。ぜひとも話は聞きたいところだ」

 

「うへえ……あの得体のしれない女から話を聞くのかよお」

 

あからさまに嫌そうな声を上げるカゲ。だがレッドもそれを否定しない。

 

 

『異常な状況で一番怖いのは異常な状況の中に整然と存在する正常である』

 

 

ミズキに無理やり読まされた小難しい本の中に、そんな話が有ったのを思い出した

 

 

 

 

 

「紅茶とコーヒーのどっちがいい? お砂糖は自分で取っていいわよ」

 

「……じゃあ、紅茶を」

 

応接室みたいな場所のソファーにかけるレッドは借りてきた猫のように固まっていたが、彼女はそんなレッドを見ながらも楽しそうに紅茶を注ぐ。

 

「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」

 

「……ありがとう」

 

カップを手に取り口にそそぐ。もともとミズキほどこういったものに入れ込まないレッドは善し悪しがわかるわけでもないが、それでもなんとなく、いい匂いだなあ、位は感じた。というよりも、味はほとんど覚えていなかった。

 

 

「それで、なんで俺たちを呼んだのさ?」

 

 

レッドは早速本題に切り込む。本音を言えば、話を聞けたら後は早々に立ち去ってしまいたかった。

 

「うーん。その前に、先にあなたたちからの質問を聞いておこうかしら」

 

そういいながら少女はソファーに深々と座り込む。長い話になることを想定しての者だろう。

 

「……この町の人たちはいったいなんなんだ? ずっとあんな状態で生活しているのか?」

 

「そうね。みんなずっとあんな状態よ。一週間前位からね」

 

「一週間前?」

 

「ええ、そう。ちょうど一週間前。変な男たちがこの町に来たのとほぼ同時期よ」

 

「変な男たち? なんだそれ、誰だよ?」

 

「知らないわよ。私、この町からあんまり出たことないんだもの。外のことなんて知らないわ。私が知ってるのは、この町のことだけ。その男たちがあそこに入って行ってからというもの、この町の人たちと、この町の周りの萌えもんたちが、おかしなことになったってことよ」

 

レッドは冷や汗をぬぐい、ふう、とひとつ息を吐く。ここの住民がもともとあんな風だったわけではないことに安堵すると同時に、新たな謎が大量に現れ、一気に不安が押し寄せてくる。

 

「なんだよ、それ。結局何もわかってないんじゃねえか」

 

思わず悪態で動揺をごまかす。が、いつの間にか少女の顔は真剣な顔に代わっていた。

 

「わたしは町の外のことは何も知らない、って言ったのよ。逆を言えば、町のことなら何でも知ってる」

 

自分の紅茶が入ったカップを優雅にすすり、言う。

 

 

 

 

 

「この町の状況は、その男たちのせいじゃないわ。私の友達が作り出したものよ」

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 

 

 

 

「まあ、その男たちも原因の一端ではあるんだけどね。男たちはあくまで引き金にすぎないの。今シオンタウンを脅かしているのは、私の親友なのよ」

 

 

 

 

 

 

「……ずいぶん話が飛躍したな」

 

「俺だってわけがわからなかったさ。だから話半分で切り上げて、とっととこの町を出ていくつもりだったんだけど……」

 

「なぜか暴れまわってるカビゴンに返り討ちにあったっていうわけだ」

 

ミズキの発言で絵に描いたように肩を落とすレッド。全く、考えなしではなくなったもののまだまだ思慮深さのようなものは足りてないようだ。

 

「で? お前、これからどうするんだ? 俺がカビゴンを捕獲したから、一応12ばんどうろは開けた。もうこの町にとどまる必要もないんだろ?」

 

にやにやと笑いながら意地悪く尋ねるミズキに対し、レッドはその名のように赤くした顔をぷいと横に逸らす。

 

「……仮にも、危険を先に知らせてくれたんだ。お礼はするさ」

 

「素直じゃないねえ。グリーンやブルーにそっくりだ」

 

「誰が!」

 

かっかっか、と明らかに馬鹿にした笑い声をあげるミズキに対し、レッドは再び赤面しながらぎゃあぎゃあと騒ぐ。

 

「ていうか、ミズキ兄さんこそどうすんだよ。兄さんはこの件、本当に無関係だろ。わざわざ首を突っ込む必要もないじゃん」

 

「ああ、まあ、そうだなあ」

 

無理やり話題をそらしたことは明らかだったが、話も進めたいため茶化さず答えることにする。

 

「まあ、正直お前の言う通りではあるんだが、この事件は、俺個人としても興味がある。そして何よりこの事件、俺が片付けなきゃいけない事件である可能性がある」

 

きょとん、とした顔を浮かべるレッドに対し、ミズキは少し顔をゆがめ、ため息をつく。

 

「ま、その前に、話を最後まで聞きに行こうか」

 

そういうとミズキは久方ぶりに席を立ち、入り口の方へ歩いていく。

 

「ちょ、ちょっと兄さん! いったいどこ行くのさ!?」

 

「この町で情報収集するんだったら、行けるところは一つしかないだろ? ちょうど俺もそこに用があったんだ」

 

「……ま、まさか……」

 

顔を青ざめさせるレッド。そんなにその女が怖かったのだろうか。

 

 

 

 

 

「あってみようじゃねえか、その儚げな幽霊もどきちゃんにさ」

 

 

 

 

 

 




次回は早めに投稿できるかと思います。たぶん。


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第7話 2 ゆめくい

もしかしたら今回の回は駆け足に見えるかも……
説明回は難しいです。



どうでもいいことですが、初めて予約投稿なるものを利用します。


 

 

「だから! ドリップが雑すぎるって言ってんだろ! それにペーパーは先に濡らしておくんだ! お湯は100℃にしたものを20センチ以上離して注ぎ込むんだよ! だー、入れすぎだ!」

 

「うるっさい! もうちょっとだからおとなしく座って待ってなさいよ!」

 

「……どうしてこうなった」

 

「俺に聞くな」

 

「マスターですから」

 

「あの苦汁のことになるといつもこれだ」

 

(こくこく)

 

 

萌えもんハウスに到着し、早々にこんな状況になっていることに頭を抱えるレッドとカゲ。ちなみにその横に座るシーク、スー、フレイドの三人は毎度のことと言わんばかりに微動だにせずに目の前に出された茶菓子をほおばる。正確に言うとフレイドは早々に食べ終わってしまった二人にあげてしまったので食べていないのだがそこは今はどうでもいい。

 

 

 

 

 

「さてと、まずは俺の弟分にありがたい忠告してくれたことを感謝する。おかげでこいつは九死に一生を得た」

 

「あ、ありがとう」

 

一通りの享受を終えカップの乗ったトレーを運びリビングに戻ってきたミズキはソファーのシークを膝の上に乗せ座り、隣のレッドの頭をがしっとつかみ、無理やり下に下げ礼を言う。

 

「いいわよ、礼なんて。それより、どうしたの? 一応南口は通れるようになったんでしょう?」

 

「まあな。ただ、こいつがどうしても命の恩人に義理を果たしたいっていうもんだからな。兄貴分としてはお手伝いしてやろうかなと思ったわけよ」

 

「んなこと言ってない!」

 

反論するレッドをそのまま手で頭を抑え込み黙らせる。笑いながら前に向き直ると一瞬少女の瞳に陰りが見えたが、すぐに笑顔を戻した。

 

「……私のお願い、聞いてくれるってこと?」

 

「レッドがやる気だからな。俺はあくまで付添いの予定だけど」

 

「……ありがとう」

 

一呼吸置いた少女が自分のカップに口をつける。一口飲んだ瞬間に明らかに表情が少し和らいだのを見ていたミズキは小さく笑った。

 

 

 

「さてと、じゃあ君が知ってることを話してもらおうか。レッドに話したことが全部じゃあないんだろ?」

 

「……ええ。こんな言い方するのは良くないかもしれないけど、信用できない人には話したくない内容だから」

 

「……願いを聞いてくれる人間以外には話さない、ってわけか」

 

「……ごめんなさい」

 

「何を謝る。当然のことだ。むしろ友達のことをべらべらしゃべって人に任せる奴の方が信用ならないさ。そして、それだけ友達思いなあんたが自分で助けに行かないんだから、『自分ではダメな理由があるから』、だろ?」

 

そういってミズキは三つボールを取出しテーブルに置き、膝の上と隣にいる自分の萌えもん三人を見る。それを見た三人は理解したと同時に自分でボールを触り、ボールの中へと戻っていく。レッドもそれに気づいてカゲをボールに戻す。

 

少女は驚愕の表情をみせた後、安心したように微笑み照れくさそうに茶髪をいじくる。

 

「話したいことだけ話せばいいさ。その情報をどう扱うかは俺たちの仕事だ」

 

少女はミズキの顔を見た後、ちらりとレッドの顔に目線を移す。無言でうなづくのが見え、歓喜に震えそうな声を無理やり抑え込み、話し始める。

 

 

 

 

 

「わたしの友達は……今、萌えもんタワーの中で……暴走しているの。私のお願いはただ一つよ。彼女を……私の親友を止めて欲しいの!」

 

 

 

 

 

一瞬だけ声がふるえていた、と気づいてしまったミズキだったが、指摘することなく話を続ける。

 

「……暴走? 君の友達の暴走が、この町の事態を引き起こしてるっていうのか?」

 

「……その通りよ。あの娘の力は、この町のすべてを飲みこんでしまったの」

 

「ちょ、ちょっと待って! じゃあ、あんたの友達ってまさか……」

 

 

 

「ええ、わたしの友達は……萌えもんよ」

 

 

 

唖然とするレッドに対し、だろうなという表情のミズキ。

 

「何を驚くことがある。むしろこれだけの事態を引き起こしてるのが人間の方が驚きだよ」

 

「いや、まあ、そうかもしれないけど、友達っていうからには人のことかと……」

 

何を当たり前のことを、と言わんばかりのミズキに、落ち着きを取り戻そうとするレッド。この違いはミズキにとっての萌えもんが対等な『契約者』であるのに対し、レッドにとっての萌えもんが、自分が使役する『戦闘仲間』といった意識が残っているせいだろう。

 

「それで、君の友達が暴れまわっているっていうのは理解した。ここまでは俺がレッドの話を聞いて予想できる範囲だったしな。俺が本当に聞きたいのはその先だ」

 

ミズキは横目でちらりと窓の外、萌えもんタワーを視界に入れてから向き直り、顔の前に指を立てる。

 

「第一に、その萌えもんは『どういう暴走をしているのか』。いかに強力な力を持った萌えもんが暴れたとしても町一個がこんな簡単に支配できるものなのか、という事。第二に、『町の人たち、萌えもんたちはいったい何をされたのか』。ただ攻撃されているわけではないのはわかる。でも、萌えもんのわざで何を受けたらあんな風になってしまうのか、という事。そして最後に、『なぜ俺たちに異変が起きないのか』。俺、レッド、そして君、あと何人かの住民にジョーイさん。この町にいる生き物すべてに異変が起きているわけではないという事。まあ、全員に作用していたらこの小さな町はとっくに崩壊してただろうから、不幸中の幸いというべきなんだろうけどね」

 

恐ろしいことをさらっと言ったミズキに対し、これまた何でもない事のように少女が答える。

 

「その三つの疑問は全部一つの回答で解決するわ。正確に言うと一つ目の疑問に私が答えれば後は芋づる式に答えが出て来る、って感じだけどね」

 

精一杯話についていこうと集中していたレッドはいったん思考を中断し、顔を上げてミズキを見る。するとミズキは、口に手を当てて苦々しい表情を作っている。少し無音の時間が続いて、両手で顔を覆い、天を仰ぐ。悔しくもわからず、投了した、という事だろう。

 

「わからねえ。一応原因の候補がないわけじゃないが、現実的じゃなさすぎる。たのむ、教えてくれ」

 

「……そう。でもね、実際の原因も、現実離れしてるかもよ」

 

「は? いったいどういう」

 

 

 

 

 

「彼らはね、抜き取られたのよ。体力(HP)を、寝ているうちにね」

 

 

 

 

 

ミズキの表情がとたんに青ざめ、歪む。予想外、というよりは、信じられない、という表情に見える、と、一人話を理解できていないレッドはミズキを見ながらそう思う事しかできなかった。

 

「馬鹿な……そんなことがあってたまるか! あのタワーから……町の外まで……そんなことが……」

 

「やっぱり……あなた、想像はしていたのかしら。すごく頭がよさそうだものね」

 

「…………化け物かよ」

 

「萌えもんよ、すごく純粋で、かわいらしい、わたしの親友」

 

そういう少女の顔も笑っていない。落胆と多少の諦めが混じったような、そんな表情だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! 二人そろって勝手に納得してないで、ちゃんと俺にも説明してくれよ! いったい何が原因なのさ!」

 

ようやくしゃべれる時間が来たといわんばかりにレッドが心からの声を出す。それを聞いたミズキは苦い顔を崩すことなくため息交じりにレッドに答える。

 

「……さっき、萌えもんセンターにいた時、町の住民たちを見て、『ゾンビ』、と形容したな」

 

「え、あ、うん……」

 

唐突な話題の変わり方に戸惑いながらも頷く。

 

「……若干大げさに表現したつもりだったが、図らずもそれが今回の件の原因に近い表現だった」

 

「は? どういう事?」

 

 

 

 

「『ゾンビ』っていうのは、どういう状態だと思う?」

 

 

 

 

「……どういう状態って……」

 

ゾンビ。

映画や小説の恐怖の対象として度々登場する架空生物。

科学者によって作られた生物兵器であったり、怨念による死者の逆襲のための蘇生であったりと、物語によって理由付けは様々であるが、統一して言えることは、『死者の体が動き出す』という事である。

 

「……そりゃあ、腐った死体が『うぼぉおお』、って感じで迫ってきて……」

 

「なんで死体が動けるんだ?」

 

「……そんなの、お話だからでしょ? 現実にそんなことがあるわけないじゃないか」

 

「お前はいつも俺の予想通りの誤解答をしてくれるな。生徒としては満点だけどトレーナーとしては0点だぜ」

 

わざとらしく馬鹿にした笑いをするミズキにレッドは少しむっとする。

 

「思い込みっつーのは慢心の一つだ。萌えもんバトルでもそうだろ。一見したら“ほのおのうず”より“かえんほうしゃ”の方が強く見える。しかし役割に着目すれば“かえんほうしゃ”ではこなすことのできない“ほのおのうず”の仕事がある。ありえないってのはありえないんだぜ」

 

「……じゃああるのかよ。死体が動くことが」

 

「あるかどうかはわからない。だが、現実そういう事がある、と主張している学者がいることも確かだ」

 

そういいながらミズキは指を折りながらどこの国の物かもわからない名前をつらつらと並べていく。

 

「まあ、もちろん、俺はこんな知識自慢をしたいわけじゃない。俺が話したかったのはその中の一つの説の話だ。まあ、そのまま話してもわかるはずはないだろうから適当に噛み砕いて説明するのなら……

 

 

 

 

もし、生物が自分の死に気付かず死ねば、その生物は生ける屍となる。

 

 

 

 

「……筋肉が死を認識しない状況下で生存しているならば、それはゾンビと言えるんじゃないか、っていう学説だ。なかなか面白い」

 

だろ? と、隣を見ると頭から白い煙を吹きそうになっているレッドがいた。脳の許容量が限界を超えたらしい。

 

「……それ、あり得るのかしら?」

 

「基本的には絵空事、机上の空論以下だ。だからこそ、世に出てない学説なんだからな」

 

「! なんだよ! じゃあ結局関係ないじゃん!」

 

ショートしていたレッドが意気揚々と復活する。カゲも含めてなぜこいつらはどうも言動が小者くさいのだろうか……

 

「じゃあ今の話も含めて、俺たちの発言を考えてみろよ」

 

「兄さんたちの発言……? ええと、なんだっけ?」

 

 

 

 

 

 

ゾンビ。

 

 

 

 

 

死んだことに気が付かない。

 

 

 

 

 

 

体力を取られている。

 

 

 

 

 

 

寝ている間に。

 

 

 

 

 

 

 

!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

ま、まさか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、あの人たち! 体力がなくなってるのに気付かないで!?」

 

「……大正解。上出来だ」

 

ミズキは悲しそうな顔で外を見ながらつぶやく。いや、でも……

 

「ちょっと待ってよ! そんなこと、できるの!? 寝ている間に、相手に気付かれずに体力を奪い取って、それでいて体力を奪われていることすら気づかせないなんて、そんな馬鹿な事が出来るの!?」

 

「できる。萌えもんならな」

 

 

 

寝ている敵から、痛みもなく、気配すらも感じさせず、体力だけを盗み出す技。

 

 

 

 

 

 

ねむる相手の頭の中だけを、ひたすら貪り、食らいつくす技。

 

 

 

 

 

 

“ゆめくい”

 

 

 

 

 

 

「……“ゆめくい”?」

 

「ああ。タイプはエスパー、と言っても、性質上ゴーストタイプが使うことが多いわざだけどな。寝ている相手のゆめを経由して相手のエネルギーを直接貪り、自分の中へと取り込んでしまうっつー、萌えもんバトルにおける横紙破りの必殺技だ」

 

ねむる相手、という、対象の限定こそあるものの、シングルバトルにおいては無類の強さを発揮するわざである。なぜなら、本来、一対一の戦闘において相手からさいみん系のわざを受けてしまうということは相手に対して反撃を行うことは一部例外を除いてほぼ不可能となる。そんな状況の相手を起こすことなく体力を奪い取ってしまうわざ、そんなわざが弱いはずがない。

 

当然、相手取るのは厄介この上ないわざだ。

 

「……いや、でも、本当に“ゆめくい”が原因かどうかは……」

 

「わかるさ。というより、そう考えるとつじつまが合う。カビゴンの件も含めてな」

 

「……あっ!」

 

そう、そして、これこそが、カビゴンを怒らせる数少ない方法の一つなのだ。

 

カビゴンという種は、ねむりのエキスパートである。ねむりさえできれば機嫌がいい。逆を言えば、ねむりを妨げる者は何人たりとも許すことはない。それがカビゴンだ。

 

萌えもんは戦闘する機会が多い分、人よりも自分のステータスの変動に敏感である。住民たちは気づけなくても、シオン付近の萌えもんたちは体の異変に気が付いていたのだろう。特にカビゴンは自分の至福の時間である睡眠中にこうげきされていたのだ。どれだけ不快な思いだったかは想像するに難くない。

 

そして、だからこそ、この町に来てから一度も寝ていない二人や、元の体力が多いこの少女のような若者やジョーイサンたちはまだ異変が起きていないのだ。

 

「そう、そう考えればすべてのことにつじつまが合う。つじつまをあわせるだけならな」

 

「……わかってるわ。ありえないって言いたいんでしょ」

 

「勘違いするな。信じたくないわけじゃない。俺はトレーナーであると同時に科学者だ。どんな物事も現象として受け止め、考えるだけの度量は持っているつもりだ」

 

だが、と少し首を振りながら続ける。

 

「そんな広範囲で、“ゆめくい”なんていう大技を放ち続けるなんてそんな冗談みたいな話があるのか? 萌えもんが? 何日も何日も? “ほうでん”しっぱなしの発電機みたいなものだ! すぐにショートするに決まってる!」

 

 

 

 

 

 

「でも、できるの。あの娘なら、マーちゃんなら、そんな無茶苦茶も可能なのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無音の空間に変化した後、ミズキは少女の目を見続ける。先ほどまでの不安げな表情とは違う、確固たる思いがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……信じられない」

 

 

 

「……そう」

 

 

 

「兄さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、自分で確かめに行く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「! それって!?」

 

「まあ、レッドの付き添いはするって言っちまったからな。それに、俺はトレーナーであると同時に科学者だからな、気になることは知りたくなるのさ」

 

「なんだかんだ言って兄さんも素直じゃないよね」

 

「一人で行くか?」

 

「一緒によろしくお願いします、兄さん」

 

「よろしい」

 

くすくすと響く笑い声が、気持ち良かった。

 

 

 

 

 

「さてと、じゃあ行く前に、俺の用事も済ましておくか」

 

「? 用事? ここでかしら?」

 

「ああ、そうそう。君、この施設の娘なんだろ?」

 

「え? え、ええ、まあそうね……」

 

歯切れの悪そうな返事に一瞬疑問符が浮かぶが、気にせずに問いを続ける。

 

「ここにフジってじいさんがいるだろ? 俺はその人に会いに来たんだ。今いないのか?」

 

 

「……ああ、フジさんね。ここ何日か帰ってないわよ」

 

 

「……ここ何日か? それっていつからだ?」

 

「……たぶん、五日か六日ぐらい…………!!?」

 

 

 

そこまで少女が口にしたところで、三人は同時にタワーに目を移す。

 

 

 

「……なんですぐに気付かないのやら、っつー愚痴はこの際おいておくことにしよう。めでたく好奇心と当初の目的のベクトルが一致したな」

 

「……ごめんなさい」

 

「謝るなって。言ってんだろ、全部一致したって。やりたいこととやらなきゃいけないことがまとまったんだ。素直に喜ぶべきことだろうよ」

 

そういって茶色いきれいな髪の頭を軽くなでる。少女は照れくさくも嬉しそうに頭を抑える。

 

「行くぞ、レッド。頭ん中でごちゃごちゃ考えんのはここまででしまいだ。こっから先は、謎が解けるまで、『正面突破』だ」

 

「よっしゃあ! ようやく俺の得意分野だぜ!」

 

意気揚々とハウスを出て行ったレッドの後ろ姿を見て、少し空気が明るくなったことを感謝しながらミズキも後に続こうとする。

 

が、手首の服をつかまれ、立ち止まる。当然つかんだのは茶色の少女だ。

 

「……どうした?」

 

立ち上がって出ていこうとしていたミズキは、振り返り、軽く腰を落として尋ねる

 

 

 

 

 

 

 

「……助けて」

 

 

 

 

 

 

私はいいの。

でも、あの娘は。

あの娘は、わたしのせいで今もあそこで苦しんでるの。

お願い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの娘を……助けて! ジョウ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

「? どうしたの? 兄さん?」

 

 

「……なあ、レッド。俺、あの娘に名乗ったっけ?」

 

 

「……名乗ってなかったと思うけど?」

 

 

「……そっか」

 

 

 

 

 

 

手のひらを顔の前にだし、開いて閉じてを繰り返した後、

 

握った拳で頭を一発殴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

痛かった。




ちなみにゾンビ云々のところは自分の好きな漫画のゾンビ論を少し参考にさせていただきました。




さて、次回、萌えもんタワー編なのですが、少し賛否の別れそうな話になります。
こんな言い方をすると少し波紋を呼びそうなのでもうストレートに言ってしまいますが、初代以降のポケモン(萌えもん)が出てきます。すなわち、カントーにいないはずの萌えもんが出てくるということです。
もしかしたら初代ポケモンしか出てこないと思って読んでいた方がいたら申し訳ございませんが、これは当初から決めていたことだったので、そのまま書かせていただきます。
是非、今までどおりに読んでいただけたら幸いです。



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第7話 3 貪る夢魔の涙

連投するとか言いつつあんまりできてない件

違うんです! プロット段階でちょっとしたミスが出てしまい訂正してたら遅くなっちゃっただけなんです! これから頑張るから許してください!

まじめな話自分のよりよっぽどすぐれた小説が自分のよりぽんぽん投稿されていくのを見て投稿ペースだけいっちょまえおじさんだなあとか思うのは一度や二度ではないです。でも、それでも見てくださる方にはこれからもがんばっていい話を提供していけたらと思ってますのでよろしくお願いします。


話は変わりますがアニポケが最高にかっこいいです。次週カロスリーグ決勝戦なのですが是非サトシに優勝してもらいたいですね。アニポケのかっこよさは自分が小説を書くためのエネルギー源になります。


 

 

 

 

「う、薄気味わりぃ……」

 

紫苑の瘴気のような霧が立ち込めているのは萌えもんタワー、三階層。

 

もともと萌えもんたちが安らかに眠るための場所であるため、当然といえば当然なのだが、大量に立っているお墓でできた通路を進むのは決して気分のいいものではない。

本来なら毎日来ているであろう町の者たちがあんな状態だからだろう、供えられてから時間がたって茶色がかった花や食べ物の何とも言えない腐臭が立ち込め不気味さに一層拍車をかけている。

 

それでもこんな場所で一人になるわけにはいかないと、何の気なしにずんずんと進んでいくミズキの影を霧の中にとらえ必死に追う。

 

「ま、待ってよ兄さん! はぐれたらまずいんだからもっと一緒に行動してよ!」

 

叫ぶレッド。しかしレッドの声がまるで聞こえていないかのようにミズキは少しも歩く速度を変えずにどんどん前へと進んでいく。

ミズキだから、と言えばそれまでではあるものの、まるでロボットがプログラムで動くかのように一つも速度を変えずただただまっすぐに進むその影に、レッドは一層言い知れぬ不安感を覚える。

 

 

 

「まっ、ちょっと、待ってってば、兄さん!」

 

 

 

その不安に押しつぶされそうになったレッドは、一瞬だけ全力をだし、ミズキに追いつき腕をつかみ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐしゃりとその手を握りつぶした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………へっ?」

 

 

 

 

 

 

 

何が起きたのか判断する思考が停止してしまったレッドは、拒絶することもなく手元を見る。

 

 

 

 

 

そこには、おそらく、手の形をしていたであろう、薄緑色の固形物が自分の手からあふれ出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………痛いじゃないかよ…………れっどくぅん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

爛れ、腐り、融けた顔が、振り返り、睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

頭が真っ白になり、今日、何度も聞いた単語が脳を支配する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゾンビ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ起きろ馬鹿野郎」

 

「いったぁ!」

 

頭に受ける鈍痛によって一気に脳が覚醒する。

 

指と足に力を入れ、自分のことを見下ろすミズキと会話するために起き上がろうとしたところで、自分が横たわっているということに気付く。

 

「……いったい何が……」

 

そういいながら体を起こそうとしたレッドは今度は腹部、背部、そして右脚部の激痛に悶絶し倒れ頭を打ちつける。打ち付けた時の感触でようやく気が付いたが、どうやらミズキは膝枕で快方してくれていたらしい……何とも言い難い感情が心を支配するが、今はそんなことを言ってられない。

 

「服、捲ってみろ」

 

「……へ、に、兄さん? や、やっぱりそっち系の……」

 

そこまで言ったところでレッドの腹に人形のように振り上げられた右の拳が落ち、刺さる。

 

「~~~~~~~~!!!!!!!!」

 

「何がやっぱりだ」

 

そういいながらミズキは再び悶絶するレッドの紺のアンダーシャツをめくり、腹部を両手でつかみ、親指を動かしながら難しそうな目をしている。

 

「……相当くらったな」

 

「な、何が……?」

 

痛む腹から搾りきるようにして問いをかけるレッドに、ミズキは天井の方を見据えながら答える。

 

 

 

「洗礼がもう始まってるってことだよ」

 

 

 

そういうとミズキはゆっくりレッドの上半身をおこし、脇の墓石に寄りかからせる。罰当たりなのは当然承知してのことだろう。

そして体を起こしたレッドは、うつむき、初めて自分の体を見て驚愕する。

 

 

「な、なんじゃこりゃあ!!」

 

 

思わず大声が出てしまい、再び痛んだ腹部を抑える。

 

しかしミズキは今のレッドを見て笑う余裕などなかった。むしろレッドの反応は至極真っ当なものであったとさえ思う。

 

 

 

レッドの体には、多人数で囲まれ、数分間殴り続けられたかのような青痣の跡があった。

 

 

 

「……三階に足を踏み込んだ瞬間、何が起きたか覚えてるか」

 

「……覚えてない」

 

レッドの記憶にある光景はミズキがぼろぼろになってしまっている例の状況だったのだが、当然それは真実ではないのだろう。

だとすればいったん自分に何が起きたのか、レッドには皆目見当もつかなかった。

 

「……見てみな」

 

ミズキは自分のみている天井方向を指さす。相も変わらず部屋全体に嫌な霧が立ち込めていて、ミズキが何を示そうとしているのかが分からない。

 

「……霧のせいで全然見えないけど」

 

「霧じゃねえよ。よく見てみろ」

 

 

 

 

クーックックックックック。

 

 

キャーッキャッキャッキャ。

 

 

 

 

濁った霧をよーく見ると、全身を紫色のロングスカートがつつんだかわいらしい姿の萌えもんが、現れたり消えたりを繰り返している。

 

一点を凝視し続けて、半透明な姿が三秒間くらい見えるだけだったから、今まで気づいていなかった。

 

「も、萌えもん!?」

 

「ゴースにゴーストだ」

 

ガスじょう萌えもん、ゴース。そしてその進化系のゴースト。

 

カントー地方におけるゴーストタイプの萌えもんの代名詞であり、ルール無用の野戦においてはそのいやらしい戦い方からその姿を見た時にはすでに負けているといったことも平然と起こり得る。まさに今のレッドの状態だ。

 

「お前はこのフロアに足を踏み入れた瞬間、奴らの“さいみんじゅつ”にかかってねむりの世界に落ちたんだよ。全く、不用心にもほどがある」

 

「さ、“さいみんじゅつ”なんて用心できるもんじゃないだろ!」

 

レッドの苦し紛れの抗議もミズキの冷めた目で一蹴され、少しレッドの腰が引ける。

 

「相手が“ゆめくい”を使うっていう情報があったんだ。“ゆめくい”が寝ている相手に作用するわざだっていうのはさっき説明しただろ。だったらねむりの対策をしてくるのは当然の用意だろうが」

 

そういいながらミズキは円錐に近い形状の青い物体をレッドに渡す。

 

「……これは?」

 

「“カゴのみ”って名前のきのみだ。少しかじって口に入れといて、やばいと思ったらかみつぶして飲みこめ。ねむり効果を無効化できる」

 

「に、兄さんの分は?」

 

「……俺はいいんだよ。もともと、そういうのに強いから」

 

そういい終わるとミズキはすっと立ち上がり、手元のポケナビとそれに接続したリアラーザーを掲げ、手元にゴーグルと双眼鏡を足して二で割ったかのような形状のごつごつとした機械を取り出す。

 

「……なに、それ?」

 

「これが俺の対策だ。今回の話を聞いた時に、マサキさんに頼んで転送できるようにしてもらっておいたんだ」

 

ミズキはその機械をレッドの頭に取り付ける。取り付け方はゴーグル、というよりは機器を付けたヘルメットのような感覚で、自分の正面にレンズが来て、そこから景色が見えるようになっている。

 

ちょっとだけ重くなった頭をグイッと上げ、再び頭上を確認する。

 

「……うへえ」

 

レッドがレンズを通して再度天井付近の霧を覗くと、そこにはお世辞にもいい印象を与えることの無い、おぞましい光景が広がっていた。

 

「そいつは“シルフスコープ”。ゴーストタイプや、そのほか姿を消す萌えもんに対応した、特殊偏光レンズを使ってるんだ。嫌なもんいっぱい見えただろ?」

 

レッドはミズキの調子づいた言葉にも反応せず、ただコイキングのようにぱくぱくと口を開いている。

 

「ゴースとゴーストが……めちゃくちゃいっぱい……」

 

「ざっと五十……いや、八十から百はいるかもな。こんな量のやつらから“さいみんじゅつ”を食らえばそりゃあ一歩部屋に入った瞬間夢の世界だ」

 

レッドは痛む体を無理やり起こし立ち上げ、思わず腰の萌えもんボールに手をかけ迎撃の一撃を加えようとするが、それをミズキが片手をレッドの前にだし、制止をかける。

 

「やめとけ。パワーの無駄遣いだ」

 

「なんで!? こいつらの中に目的のやつがいるかもしれないだろ!?」

 

「いねえよ。お前、博士から萌えもんずかんもらってるんだろ? それでこいつらのレベルを確認してみろ。俺の見立てじゃあせいぜいレベルはオーバー15のアンダー19……いや20ってところか?」

 

萌えもんずかん。

今回対して重要とならないため解説はさらっと済ませるが、簡単に言えば、萌えもんのデータ記録帳だ。萌えもんと会うたびにその萌えもんのデータが記録され、トレーナーが旅を終えるころにはそのずかんはまさに完璧な萌えもんずかんになるというオーキド博士の世界トップクラスの発明であると同時に、オーキドという人物を、世界的に有名なオーキド博士としている所以でもある。当然ミズキもプログラミングは手伝った経験があるのだが、ミズキがそれを博士から受け取ってない理由は単純明快。

 

「……本当だ。ゴース、レベル15、17、18。ゴースト、レベル20.わざ、“さいみんじゅつ”、“したでなめる”、“ナイトヘッド”、“うらみ”、“のろい”……」

 

ミズキの観察眼にひやりとする。そりゃあこれだけの目を持っていればずかんなんて必要ないだろうと納得する。さしずめ歩く萌えもんずかんだ。

 

「こいつらがそんな強力な“ゆめくい”を使えるわけがない。原因の本元はもっと上の階にいるはずだ。行くぞ」

 

そういって群がるゴースたちの真下を、シルフスコープもつけずに一直線に階段の方へ歩いていく。途中でミズキの頭の上でうろちょろしながら一生懸命“さいみんじゅつ”にかけようとしていたゴースたちが無視されすぎててかわいそうに見えたのはレッドの中だけでの秘密だ。

 

 

 

 

 

その後二人は四階、五階と何事もなく進んでいく。まあ、実際何事もなく進んでいたのはミズキだけでレッドは眠気に襲われる度に苦虫をかみつぶしたかのような顔でとてもしぶい味のカゴのみをかじっては眠気を覚まし、近くのゴースたちを追っ払うという行動を繰り返していたのだが。

 

「全く……いったいこいつらはなんで俺たちにこんなことをしてくるんだ?」

 

五回から六階へ進む階段を上りながらレッドが思わず愚痴をこぼす。ある程度体の調子が戻ってきていることに安心しつつ、ミズキはレッドの疑問に答える。

 

「ゴーストタイプは総じてむじゃきでイタズラがすきっていうのもあるかもしれないが、やっぱり例のお友達が原因だろうな」

 

「……? 例のマーちゃんがあいつらに命令してるってことかよ?」

 

そういうレッド自身も、自分の言っていることに違和感を覚えている。その姿を見て少しずつ考える力がついてきたことを喜ぶが、今は時間をかけてレッドを育てる時間はないため、ミズキは直ぐにそれを否定する。

 

「あの少女の言うことを鵜呑みにするなら、マーちゃんとやらは暴走状態になってしまっているはずだ。そんな状態のやつがゴースたちに明確な指示を出すとは考えづらい。だとすれば、あれは単なるゴースたちのイタズラなのかと言えば、それもNOだ。一人一人が単体で侵入者に“さいみんじゅつ”をかけているならいたずらで済むが、あれだけの量の萌えもんが一致団結して、一歩踏み入れれば即“ゆめくい”の餌食となる催眠空間を作り上げている。偶然の一致とは思えない」

 

「……じゃあどうして」

 

「服従してるのさ。マーちゃんとやらの力は、身近にいる同系列の萌えもんであるあいつらが一番よく分かってるんだろう。自分たちには勝てない力を持った奴が現れた、だから自分たちはそいつの下につく。そういう自然の摂理さ。その証拠に」

 

ミズキは振り向かずに親指で後ろ、つまり今通ってきた五階の部屋を指さす。レッドはその指先に目線を移し、シルフスコープのスイッチを入れる。

 

「…………あっ!?」

 

なぜ通った時に気が付かなかったのだろうかと少し自分の注意不足に落胆する。天井付近を見てみれば三回の時との違いは一目瞭然だった。

 

「ゴースが減って、ゴーストが増えてる!」

 

「そういうことだ」

 

そこまで言われればレッドもこれがどういう状態なのかわかった。上の階層に来れば来るほど、進化前のゴースは減り、進化後のゴーストが増える。つまり、階が高くなればなるほど、言い換えるならば、マーちゃんに近づいていけばいくほど、力の弱い萌えもんは姿をけし、実力のある萌えもんだけが上に残って、自分たちの主に近づけさせまいとする。いうなればこの萌えもんタワーは、階層の高さがそのままヒエラルキーになっているのだ。

 

 

 

「そしてそれは、この上に、ヒエラルキー最上位の主がいることの裏付けに他ならない」

 

 

 

ミズキはそこまで話すと階段の途中で急に足を止め、大きく大きく深呼吸をする。

 

「み、ミズキ兄さん?」

 

不安げなレッドの声が、しんとしたその空間で不自然なほどに響き渡る。

 

「準備しろ。さっきの階の様子から予想するに次の階に……そいつはいる」

 

そしてミズキは腰元のボールを三つ、真下の階段に置き、開く。

 

「……お前ら、準備しろ。本気の野試合だ。俺の指示に少しでも遅れたら負けると思え」

 

いきなり雰囲気を豹変させるミズキ。そしてミズキの表情を見て、出てきた三人の萌えもんも一気に険しい顔つきに変化する。

 

「……強いんですね」

 

確認するようなスーのつぶやきに、ミズキは無言でうなづく。

 

「……エレブー戦は不完全燃焼だったからな。思いっきり行くぞ」

 

軽く屈伸運動をしながら準備をするフレイドに、ミズキは、ああ、と答える。

 

(……)

 

少し目じりに浮かぶ涙を自分の指で払うシークに、ポンと手を乗せ軽くなでる。

 

「基本的には“CROSS”のシステムで指示を出す。精密な動きをするための作戦じゃなくて俺の指示速度を上げるための策だから目をつむる必要はないが、基本は一歩をカウント一とした座標軸上で動け。わかったな」

 

「「了解(ぽん)」」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 

 

 

戦闘ムードの空気に水を差す、という言い方は悪いだろうが、いきなりやる気になったミズキの変化に置いてけぼりを食らったレッドが流れを止める。

 

「レッド、お前も準備しろ。ただし、生半可な育成しかできてない萌えもんは出すな。お前は自分のパーティの中で最強の萌えもん一匹だけに指示を出せ。そうでもしなきゃ普通は指示がおっつかないからな」

 

「いやだから待てって! そもそも俺たちはマーちゃんの暴走を止めに来たんだろ!? そりゃ場合によっては戦闘になっちまうかもしれないけれど、まずは話し合いから初めてさあ……」

 

そこまで言ったところでミズキは開いた掌を横にだし、レッドの眼前で制止させ、レッドを黙らせたところで、今度は人差し指で腹を刺す。

 

 

 

 

 

 

 

「お前のその腹の大量の青あざ、いったい誰にやられたものだと思ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

「……誰ってそりゃ……俺を眠らせたゴースやゴーストが……」

 

 

 

 

 

そこまで言って、レッドは思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

『ゴース、レベル15、17、18。ゴースト、レベル20.わざ、“さいみんじゅつ”、“したでなめる”、“ナイトヘッド”、“うらみ”、“のろい”……』

 

 

 

 

 

 

青あざ? いったいどのわざを受けてそんな傷が出来たんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ま、まさか……」

 

 

 

 

 

 

 

思わず力が入っていた拳を開くと、じんわりと汗がにじんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「そう、お前はもうこうげきされてたんだよ、三階上の敵からな」

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘だ。そんな、馬鹿な。

腹をさすりながら頭を振るが、傷が痛めば痛むほど、脳は覚醒し、恐怖は煽られる。

 

 

 

 

 

 

「そんな離れた場所から、こんな傷を……そんなこうげき……」

 

「……お前が眠りに落ち、その場で倒れ、俺が気付いてお前をはたき起こすまで、約十五秒。その間お前は、ひたすらこうげきされ続けていたってわけだ」

 

 

 

十五秒。

萌えもんバトルの試合をするのであれば、様子見の一撃が出るか、出ないか。それくらいの時間。

そんな短時間で、ここまでずたぼろにできるものだろうか?

いや、できていいのだろうか?

 

 

 

「そして……」

 

 

 

 

言いながらレッドの肩を軽くたたくと、

 

 

 

レッドは糸が切れた人形のように階段の下へ転がり落ちていく。

 

 

 

 

「うおっ! くぅ! がはっ!」

 

 

 

 

ある程度転がり落ちたところでミズキはシークに“ねんりき”の指示をだし、こちらへ呼び戻してやる。

いつもならただ不機嫌に怒りを表すだけだったかもしれないが、今のレッドは自分の異常に気が付けないほど馬鹿ではない。

そして、馬鹿ではないゆえに、圧倒的力に対する恐怖は加速する。

 

 

 

 

 

「か、体に、うまく力が入らない……」

 

 

 

 

 

「……たった十五秒。だが、お前は町のやつらよりも、もっと近くで夢をさらしちまったんだ。お前が悪夢に対応するために用意した体力は、すでに奪われていたんだよ」

 

先ほどカゴのみを出した時と同じように、肩に下げた小さなバックから今度は黄色く少し丸く、太いきのみを取り出す。

 

「気づいてなかったかもしれないが、お前、ここまで登ってくるだけで結構な回数ふらついてたんだぜ。体力回復の“オボンのみ”だ。何個かかじっとけ」

 

言われるや否やレッドはそのきのみを一心不乱に噛り付く。体が本能的にそのきのみを欲しているのがよく分かる状態だった。

 

 

 

「さてと、レッド。どうする?」

 

オボンのみを食べ終わった頃合いを見て、ミズキが言葉を発する。

 

「ど、どうするって……」

 

 

 

 

 

 

「死ぬぜ? お前」

 

 

 

 

 

 

聞いた瞬間、心の奥にずしんとくる、熱を感じない声音だった。

 

 

「俺はこの上にいるフジのじいさんと、不審者たちに用がある。だから行く。ただそれだけだ。お前みたいに人助けのために来たわけじゃない。もとはお前の手伝いっていう名目だしな。確かに科学者としての好奇心もあったがそんなものは後付理由だ。俺は自分に利がないことは絶対しないと決めてるからな」

 

少しスーとフレイドが笑いをこぼしたが無視して続ける。

 

「お前には危険を冒す理由はない、だろ? 恩返しは失敗したって言っとけばいい。義理を通してずたぼろになるのなんか馬鹿らしいだろ。別に今から引き返したって俺はお前を責めやしない。むしろ、これから本気の戦闘をするのであれば弱ってるお前は俺の足手まといにしかならない。それでも来るなら止めはしないが、俺はお前を守りやしない」

 

 

冷たく、こおりの刃を首先に突き立てるように、一つ一つ突き放す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「選べ。人に任せず、自分の意志で。『来る』か、『止める』か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんな厳しいこと言っちゃってよかったんですか? マスター」

 

階段を上っていると、スーが不安げにつぶやく。

 

「あれくらいが妥当だと思うがな。主の言うとおり、中途半端な気持ちで来た者の尻拭いをわっちらが出来るような戦いじゃない」

 

珍しく本来の四足歩行の姿でシークを背中に乗せて階段を上っていくフレイドが厳しい意見を言う。が、この場にいるだれも、シークさえもそれを否定しない。

 

全員感じ取っているのだ。歩けば歩くほど、嫌な空間が近づいてくるような、息の詰まりそうな何かが近づいてくるような感覚を。

 

「下らねえこと言ってる場合じゃねえ。気抜いてたら死ぬのはレッドに限った話じゃねえんだからな」

 

そして最後の一段を登り終えたミズキが部屋の隅々までを見回し、ここまでに幾度もなく見てきた大量の墓でできた道を確認した後、少しだけ苦い表情をつくる。

 

 

「……中身自体はさっきまでの階と大差はない……が、お前ら、気づいてるな」

 

「……当たり前だ、やせいで生きていたわっちらをなめるな」

 

フレイドがいきり立った声で反応する。なるほど、四足歩行で構えているのは体をやせいの状態を思い出して戦闘するつもりだからなのだろう。それを察してかシークもフレイドの背中から降り、自分の力でその場に立ち、構える。

 

「……いますね」

 

 

 

そう、いる。この階に。

 

 

 

何故も、何もない。ここに来さえすれば、万人がわかる。

 

 

 

この途方もない、エネルギーの質量、圧力に。

 

 

 

 

 

 

階段までの歩き方とは打って変わり、まるで地雷原にいるかのように、たっぷり時間を使い、一歩一歩を吟味しながら歩みを進めるミズキたち。ふと気が付くと、あごから汗がしたたり落ちる。

 

 

 

 

……どこからくる? どこにいる?

 

 

 

 

その手の判断能力、すなわち相手の行動や気配といったものを読み取り先の先を取るのが得意なミズキでさえも、相手の居場所がわからず、フレイドの嗅覚をもってしても、相手を捕らえることすらできない。それは相手がゴーストタイプだからなのだろうが、この状況下ではそれはとてつもないディスアドバンテージになる。

 

 

なまじ敵がいることがわかってしまっている分、いつ来るのかという恐怖と、張り詰める緊張感で体力はゴリゴリと削られていく。

 

 

 

気を抜いたらやられる。

 

それが全員の共通意識であるため誰も何も言葉を出すことなく、少しずつ、少しずつ、形だけでも前進していく。

 

 

 

やがて進んでいくと、墓石の迷路は折り返しのようになっていた。それすなわち、墓石はこのフロアを完全に縦に真っ二つにしていたという事なので、フロアの南東から北へ進んできた四人は、ここまででこのフロアはあと半分であると判断する。

 

 

 

 

 

折り返しが見えたところで、全員の心の中に、ほんの少しの想いが出来た。

 

 

 

 

 

早く進みたい、この息の詰まる場所を出たい。

 

 

 

 

 

 

 

だからだろうか。

 

 

 

 

 

 

そこを折り返すその瞬間、生まれた、油断。

 

 

 

 

 

 

見えない景色に対する、警戒が弱まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

折り返し再び進もうとしたミズキの姿が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈍い音とともに、三人の視界から、消える。

 

 

 

 

 

 

 

うまく声を出せない三人は、信じられないものを見たかのような顔で、固まった体を無理やり動かし、後ろを振り向く。

 

 

 

 

 

 

 

そこには、あるとわかっていても、信じがたい景色。

 

 

 

 

 

 

 

飛ばされた衝撃で数個の墓石を砕き、壁にたたきつけられたミズキの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「かはっ! くっそ、やってくれるぜ……」

 

 

 

 

 

肺の中の空気が全てはじき出されてしまい、咳き込むと口から血が漏れる。

 

 

 

 

「ま、マスター!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うごくな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

スーの悲鳴を皮切りに、三人がミズキに駆け寄ろうとするのを、ミズキが一括し、目で制する。

 

 

 

 

 

 

 

「……お出ましだ。俺にかまってる暇なんかねえだろ。丁重にもてなしてやりな」

 

 

 

 

 

 

 

ミズキを向いてる三人とは違い、ミズキはずっと正面を見ている。

 

 

 

 

 

 

 

だからいち早く、異変に気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで……ここに……いや、そんなことはどうでもいいか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラガラと崩れる墓石の破片を服から落としながら、何度も咳き込む体を抑え込み、立ち上がって相対する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで……泣いてんだよ……お前」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズキの言葉に三人も反応し、後ろを振り向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

半透明な体はミズキの言葉にこたえるかのように徐々に実態を表し、その姿を露わにする。

 

紺のローブは小さなその身より少し大きく、長い髪と顔以外をすっぽりと覆い隠している。一つに束ねられている後ろから伸びる長い髪も十分に特徴的だが、正面から見るミズキたちにはローブの隙間から口元から上だけがほんの少し見える彼女の表情に注目が集まる。

 

 

うつろな瞳から漏れ落ちる涙。

 

 

それだけで遠目でもはっきりととらえられる、感情。

 

 

 

 

 

 

哀。

 

 

 

 

 

ミズキ、

スー、

シーク、

フレイド、

 

 

 

 

 

 

 

四人が歯がゆいほどに、痛いほどに伝わる想い。

 

 

 

 

 

 

 

悲哀、

悔恨、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……後悔、か」

 

 

 

 

 

 

 

それを理解したその瞬間四人の表情から、先ほどまでの彼女が発する重圧に耐える苦しさが消える。

 

 

理解、してしまった以上、彼女が放つ悲しみの波動を、苦しむ道理はない。

 

 

彼らもまた、苦しんできた者たちだから。

 

 

 

 

 

「……戦いやすくはなったかもな。感情を持たずにあばれているものを相手どるよりよっぽどやりがいがある」

 

「……素直に助けたいっていえばいいじゃないですか」

 

(ぽん)

 

フレイドは四肢を地につけ、足の具合を確認し、

スーは軽く手を前にだし、戦うための構えを取り、

シークはどこからかスプーンを取出し、右手に持ち、

 

ミズキに準備OKを伝える。

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだな……あの手のやつは話し合うより、もっと分かり合える方法がある」

 

 

 

 

 

 

 

ゴキゴキと指を鳴らすミズキに、フレイドだけが少し体を震わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、お互いのすべてをさらけ出して、殴りあおう(語り合おう)ぜ。ムウマちゃんよお!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ムウマの叫び声を皮切りに、野戦(ケンカ)の火ぶたが切って落とされる。






ムウマ小っちゃくてかわいいと思います。


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第7話 4 パンチの鬼

全然連投できてねーじゃねえか!!!!

……すみませんでした。

あっ、タイトルはエビさんとは無関係です。



アニポケはすごいことになってますね。先週何も知らずにポケモンを見てた兄が「今日のポケモンは映画やってるの?」と真剣に聞いてきましたw 確かに、ジガルデのあの暴走っぷりとXY&Zの作画を考えれば納得でもありますけど。
ああいう盛り上がってるアニメをみるとテンションあがって筆まめになるので助かります。


10/24 追記 サボってはいないのに全くシーンが進みません。消して書いての繰り返しでもうちょっとかかりそうです。できれば十月中に投稿します。すみません。

11/6 追記 できない約束はするものじゃないという母の言葉を思い出します。
もう下手なこと言わずにひたすら書くので待っていただける人はもう少しお待ちください。


「(3.5)、“れいとうビーム”、(2.2)、“サイケこうせん”、(-3.6)、“かえんほうしゃ”!」

 

軽くステップを踏み、首をくにっとのけぞらせ、流れ弾をかわしながら三人同時に指示を出す。指定の位置まで移動した三人は、息を吸い込み、掌をかざし、手抜きなしの全力のエネルギーを自分のわざに注ぎ込む。撃ち込まれた三つの遠距離射撃はまっすぐに、風を切りながら勢いを殺さず目標に向かって直進した。もちろん、当たれば“ゆめくい”で奪った体力ごと吹き飛ばしてしまうことは間違いないだろう。

しかし、すでに数分戦い続け数十発と打ち込んだミズキは勝利を確信したりすることもなく、まっすぐ相手の瞳を見つめる。

 

 

その瞳は、淀み、歪み、潤んでいる。

 

 

その目と会話することもできず、こちらの力は、相手の叫びとともにねじ曲がる。

 

 

「……リセットだ。戻ってこい」

 

すっと汗を拭い去りながら戻ってくる三人を待ち、素早く荷物からボトルを取出し自分で飲んだ後に、三人にも飲ませる。一応間接視野でその間も視界の隅にムウマを捕らえ続けるがその甲斐もなく、まるでこちらを見ようともせずに宙で蹲り……というのも変だが、宙で丸くなっていた。

 

「……どう見る主、あの挙動」

 

呼吸を整えながらフレイドが尋ねる。まあ、一番不可解で不快な思いをしていたのは戦っていた本人たちだろうから、そういう質問も来るであろうことはミズキも予想していた。

予想していたが、悔しいことに答えが出ない。

 

「……わからないな。突っ込むお前らに反撃を仕掛けていることから、戦意がないわけじゃないのはわかるが……」

 

なんだろう……この違和感。

 

お互いが本気で戦闘しているのに、相手から勝気を感じない。

必死に戦っているにもかかわらず、それでいて無気力も感じる。

 

 

例えるならば、ゲームで何度も復活するCOMを練習相手にわざを決めようとしているような感覚。

 

 

……どう切り崩すのかを考えさせている……?

 

 

「……まあ、いま敵さんの思考を読みとるのは厳しそうか」

 

暴走状態って話だし、論理で動いてない可能性も大いにある。それよりも今すべきことを考えるべきだ。

 

「マスター。あの壁、どう突破すればいいんでしょう……」

 

「正確に言えば壁とは言い難いな、あれは。むしろ来たものを跳ね返すだけの壁だったら、力で押し切れたんだけどな」

 

ミズキの言葉に三人も唸る。わざをうっている張本人たちとしては、ムウマの周囲のあの念波の真の異質さは触れている者にしかわからないのだろう。

 

 

 

「“サイコウェーブ”をあんな使い方するだなんてな。正直言って目から鱗だった」

 

 

 

エスパーわざ、“サイコウェーブ”。

 

体内の念(エスパー)の力を外に押し出し、コントロールすることでこうげきするわざ。

一般的なトレーナーの評価、並びに萌えもん協会の考察としては、実戦レベルA~Eの判定の中のD-だったか……とにかくろくな評価を受けていなかったことを覚えている。

その要因の一つは、エスパータイプのわざが他タイプのわざに対し、かなり応用性が高く選択の幅が広いというものがある。

直球に言えば、“サイコキネシス”や“サイケこうせん”をメインのわざに据えればいいため、『わざを四つ選択する』というルールが存在する公式戦でわざわざ一枠分わざ候補を圧迫するほど“サイコウェーブ”に価値はない、という判定が下ったのだ。

 

しかし、ムウマの周りにいまだ巻き起こる、薄紫色半透明無臭無風の“たつまき”のような何かを見ながらその判定は大間違いであったのだなということに思い、少しだけ協会の人間たちにざまあみろと心でつぶやく。

 

まあ、そんなミズキ本人も現在その技に苦しめられているわけだが……

 

 

 

ムウマが戦闘が始まるや否や巻き起こした件の竜巻は、場を完全に膠着させた。

いや、正確に言えばミズキはわざを打ち込む角度や種類、タイミングをずらしながらこうげきを打ち込み続けたのだが、まったく成果がなかったため膠着状態と言って遜色ない状況に陥ってしまった。

 

 

 

 

わざを受け止める、ではなく、

相手の力のベクトルに合わせ、念の波をわざに沿わせ、いなす。

 

 

 

それが、念波の壁(サイコウェーブ)の効力だった。

 

 

 

 

「……言うは易く行うは難し、だな。シーク、あれ、できるか?」

 

(ぽんぽん)

 

即座にふくらはぎ辺りを強く二回たたく。まあ、そうだろうな。

 

思いっきり思考する体制をとるため脇の砕け横倒しになった墓石に腰を据え、周りに三人を集める。

 

「……受け止めず、受け流すからダメージを受けない無敵の壁か……」

 

そんなもの、自在にコントロールすることもさることながらその場に持続させるなんて芸当、化け物じみているとしか言いようがない。

 

 

 

「……で? もう様子見は十分だろう」

 

「マスター、指示をください。絶対に、破って見せます」

 

(……こくっ)

 

 

 

軽く下に視線を落とすと、三つの熱い視線がまっすぐに突き刺さる。

 

 

 

「……信頼されてるねえ」

 

 

 

苦笑しながら立ち上がり、顔に手を当て指の隙間からムウマ、ひいては“サイコウェーブ”の壁を見る。

 

 

 

「…………さっきまでのこうげきで、だいたいあれのシステムは分かった……仕掛けるぞ、フレイド」

 

「ふっ、やっぱりわっちの力が必要だという事か……」

 

そういって嬉しそうに前に進み出るフレイドの後ろ姿を少し悔しそうにスーが睨む。

 

「……嫉妬すんなよ、見苦しい」

 

「し、してないですよ!」

 

軽く頭をなでる手をそっと外して振り向いたスーの顔は赤みがかっていた。少し楽しく笑ってしまうが今はあくまで戦闘中だ。

 

「まあ、適材適所ってやつだよ。肉弾戦はフレイドの仕事。お前たちには別の仕事があるってだけだ。なっ? シーク」

 

いきなり振られてきょとんとするが、シークは直ぐに頷いた。

 

 

 

「俺は俺の、シークはシークの、フレイドはフレイドの、お前はお前の仕事をし、互いのすべてを利用する。それが俺たちの契約であり、俺たちの切れないつながりだ。だろ?」

 

 

 

「……はい!」

 

顔に両手でぱんっと一発いれ、両頬をほんのり赤く染めたスーを見ていたミズキは、それをじっと見つめるムウマの瞳に気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

「(0.12)。走れフレイド、“こうそくいどう”!」

 

CROSSの指示方法でフレイドを一気に正面に、すなわち、“サイコウェーブ”の中核に引きこもっているムウマに向かって直進させる。

 

フレイドが加速し近づいていくのに比例するように“サイコウェーブ”の念力が強く、大きく高まっていくのがミズキの位置まで十分伝わってくる。ムウマを中心に、力は波紋のように広がっていき、立ち込めるエネルギーがミズキたちの呼吸を詰まらせる。

 

「っ! とまるな、“ニトロチャージ”!」

 

心の焦りを払拭するかのように、大声で追加の指示を出す。トレーナーの不信感が萌えもんに伝わってはいけない。『トレーナーは萌えもんの前で堂々とあれ』。トレーナーズスクールで子供たちが真っ先に習う萌えもんバトルの心得が、頭の中をふと過った。

 

そんな意識を知ってか知らずか、フレイドも四肢に渾身の力を籠め、全身を燃え上がらせ突進する。ぱちぱちと音を立て風を切る体は、温度によりさらに細胞が活性化し一回り体を大きく見せる。

クチバでの実戦でミズキが多用したもあってか、もともとパーティの中で最も優れていたフレイドの技のキレがさらに増しているのが、遠目に見てもはっきりとわかる。

 

 

しかし、そんなフレイドを相手に見てもムウマは表情一つ崩さず、一心にフレイドを見つめている。

 

 

いや、依然として苦しげな表情は変化していないから、表情を崩していないというのも間違いなのだが、少なくともフレイドのわざを見ても驚愕や恐怖といった心を持っていないことは見てとれた。

 

見て取れたからこそ、ミズキの不信感は募っていく。

 

 

 

(今のフレイドを見て、顔色一つ変えない……)

 

 

 

人間や萌えもん、いや、それに限らず、生者は『死の恐怖』というものから逃れられないようにできている。

 

それは不変の真理であり、この世で曲げてはいけないものでもあり、曲げようのないものでもある。

 

 

『死』。

 

 

時間の感覚に差異はあれど、それはすべての生物にいつか必ず訪れる。

 

だからこそ、生命は尊ばれ、粗末に扱う者は罰せられる。

 

それはどんなに強い萌えもんでも、ゴーストタイプとして生を受けても例外ではない。

 

 

 

だからこそ、あのムウマの対応は不自然であり、無気味だった。

 

 

 

それほどまでに自分の“サイコウェーブ”に絶対的な自信があるのだろうか?

だとしたらなぜ“サイコウェーブ”をこうげきのために展開しないのか。

 

 

 

 

おそらく、答えは、あの壁を崩した先にある。

 

 

 

 

 

「いまだ! シーク、“かなしばり”!」

 

フレイドの“ニトロチャージ”が竜巻に直撃するまで三メートルといったタイミングで、ミズキの隣にいるシークが、スプーンを握る腕に渾身の力を込めると同時に、ムウマの表情が一瞬だけこわばる。

 

 

 

 

そう、一瞬だけ。

 

 

 

 

一秒経つか経たないか。

 

 

ミズキも測定できないほどの反応速度で、シークのエスパーによる拘束を弾き飛ばした。

 

 

……レベルが違いすぎる、と、ミズキはそう思った。

 

 

 

よく育っている、という意味でもそうなのだが、実戦による経験値が高すぎる。あの反射神経は先天性のものではなく、自然の中で生きる術として培われた能力だろう。

 

 

 

 

だが、シークもフレイドも焦らない。

 

 

 

 

当然、“かなしばり”が成功することに越したことはなかっただろう。

 

しかし、失敗したからと言って、悲観的に思うことはない。

 

 

 

 

狡猾で、聡明で、強欲な自分たちの主人が、

 

相手のレベルを見誤るはずはない。

 

 

 

 

 

 

 

“かなしばり”がはじかれることを、想定してないはずがない。

 

 

 

 

 

 

「スー! “あやしいひかり”!」

 

 

 

 

シークがいたはずのその場所で、

スーが手元に黄色い閃光を作り出す。

 

 

 

 

それを見てしまった……いや、見せられてしまったムウマは、ついに少しだけ表情を変える。

 

 

 

 

 

 

旅が始まって間もないころ、

まだスーしかいなかった時のころ、

初めてブルーと萌えもんバトルを行ったとき。

 

ゼニに放った“あやしいひかり”は“からにこもる”によって回避されたことがある。

 

 

“あやしいひかり”は使えば相手を必ず“こんらん”状態にする、なんていう便利なわざではない。むしろ同種のこんらんわざに比べれば少し扱いづらいわざだ、位にミズキは思っている。

 

それはなぜか?

 

 

 

知っている者には対処される。これだけだ。

 

 

 

“あやしいひかり”は相手の視覚を通じて脳に訴え、誤情報を送り込む……といった性能のわざだ。

イメージとしては、トリックアートが壁一面に張ってある部屋を眺め続けると気分が悪くなる、みたいなことだと思ってくれればいい。

まあ、萌えもんによってわざの性質は多少違うが大方ほとんどの萌えもんがこうやって相手を“こんらん”状態にしているのだ。

 

 

では、これの対処法は何か。

 

 

 

見ない。

 

 

 

単純にして明快。惑わす景色を見なければいい。

 

そしてこれは、ちょっと戦闘法をかじった萌えもんトレーナー、ないし萌えもんならばそう難しい事ではない。

 

ましてやムウマはゴーストタイプ。

“あやしいひかり”のことはもっと感覚的に理解できているはずだ。

 

それこそ、わざが発動すると感じた際に、スーから視線をそらす、位のことはやってのけるだろう。

 

 

 

事実、この戦闘が始まってからすでに三度、ムウマは“こんらん”を回避し続けている。

 

 

 

 

 

ならばなぜ、ここにきてわざが決まったのか。

 

 

 

 

 

当然、ミズキの仕業である。

 

 

 

 

 

“あやしいひかり”とは違い、ミズキはここまで、“かなしばり”を一回も使わなかった。

 

すなわち、ムウマは“かなしばり”というわざの存在をまだ認識できていなかったということだ。

 

いくらフレイドのこうげきに恐怖しなかったといっても、それは目の前で起こり、目の前で完結していた出来事の話。

いきなり原因不明の緊縛にあえば、恐怖はなくても、驚愕し、原因を探ろうとする。

 

 

 

そう、原因を探ろうとして、顔を上げ、敵を見る。

 

 

 

 

 

そうすれば、シークやミズキのそばにいるスーの、光は必ず視界に入る。

 

 

 

 

 

 

「っ!!!」

 

 

 

 

 

 

スーがかかった、と確信した瞬間、スーとシークを囲み捕らえるように青白い火の玉が身の回りを回りだした。

その火の玉が二人の体がずしりと重くなり、崩れるスーの手元から、光の力が小さく消えていく。

 

スーがもう一度掌をかざし、光球を作り出そうとしても、形になる前に力は霧散し、やがて体を起こすこともままならなくなる。

 

 

 

ムウマがつかったわざは、多様なエスパータイプのへんかわざの一つ。

 

 

 

 

“ふういん”

 

 

 

 

その力でスーとシークの体の自由、そして数個のわざのエネルギーを奪う。

 

そして我に帰ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

ムウマは気づかない。

 

 

 

 

“ふういん”というわざを放ったその一瞬、“サイコウェーブ”の竜巻から意識を手放したことを。

 

 

 

 

ムウマは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬を待ちわびている、強欲な男がいることを。

 

 

 

 

 

「突っ込め! “フレアドライブ”!」

 

 

 

 

 

 

数度、わざにより加速したその体を全身からにじみ出る熱が包み込み、炎の弾丸と化したフレイドが竜巻にその身を当てた。

 

 

 

 

 

 

念の流れはその勢い、熱量を抑えきれず、まるでゴムを指で押しこんでいるかのように、竜巻の表面がぐにゃりと凹み、薄紫だったその表面の色は次第に暖色に飲まれていき……

 

 

 

 

 

 

弾け、消える。

 

 

 

 

 

 

突っ込んだ勢いのまま床に体を打ち付けたフレイドは、痛みをかみしめ一度バウンドした体で受け身を取り、顔を上げて驚いた顔のムウマを視界に入れる。

 

 

 

 

「っ! “オーバーヒート”!」

 

 

 

 

あえて、この距離、この場面での最大わざの指示。

 

 

 

決めわざ。それを指示で認識したフレイドは、わざのはんどうで痛む体をきあいで抑え、仁王立ちの状態から大きく息をすいこみ、

 

 

 

 

 

ムウマめがけて、全力で、放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

……つもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレイドの全身を使った苦しそうな呼吸音のみがその場に響き、それ以外は時が止まったかのように固まっている。

 

 

 

そう、

“オーバーヒート”は、でなかった。

 

 

 

 

「があっ!」

 

 

 

 

「フレイド!?」

 

 

 

 

何秒止まったかわからない。もしかしたら三秒とたっていなかったかもしれない。そんな時間を動かしたのはムウマからの無慈悲な一撃。

爆音とともにフレイドの体が宙に浮きあがったと同時、ミズキは駆け出し推測した落下地点に滑り込み、フレイドを直接キャッチする。

 

背中を地面に打ち付けるも、必死に平常を装い、フレイドを抱えて後ろに下がる。振り向く前にちらりとムウマを見直すが、一切こちらを見ずに蹲っていたため、警戒を解いてスーたちがいる場所まで戻り、数個きのみを食べさせる。

 

「……あんなタイミングで“うらみ”を使われるのは想定外だった。“かえんほうしゃ”で順当に攻めるべきたった。悪いな、フレイド。今のは俺の失態だ」

 

「……謝るな。短期決戦に持ち込もうとしただけだろう。手の内を見れたのなら上等だ」

 

「……次はわたしが前に出ます。マスター、策を下さい」

 

腕まくりの動作をしながら一歩進み出るスーの後ろには、その行為自体をうれしく思いつつも現状を厳しく思うミズキの姿があった。

 

正直言って、フレイドのさっきの交錯は千載一遇のチャンスだった。

もう同じ手を使う事が出来ない以上、スーが出るのは順当ではある。しかし、スーには先のフレイドほどのスピードがなければ接近戦の爆発力もない。

 

 

ふと、ハナダの一件を思い出すが、すぐに却下する。

 

 

あんなもの無闇に使えないし、たとえ使えたとしても、こちらに耳を貸す事が出来なければこうげきのタイミングを指示することはできない。スーがただただ怒り狂うだけでは、あの“サイコウェーブ”は破れない。

 

 

ならシークは?

 

 

……論外。シークに破らせようとするならば、あのサイコウェーブを超える念の力が必要になる。

それにたとえ破れたとしても、シークにはその後の引導火力がない。安易に近づけばフレイドの二の舞になる。

 

 

 

 

 

 

さて、どうしたものか……?

 

 

 

 

 

 

思考の海に意識をおとそうとしたその瞬間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何を楽しそうにしてんのよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

透き通るような震え声が、フロア全体に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

再び一瞬時が止まり、ゆっくりと四人が声の方向に顔を向けると、ローブの隙間から歪みに歪んだ表情を見せるムウマの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早く、早く……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く私を、殺しなさいよぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スー、シーク、フレイドの三人が、何とも言えない表情を作っていたその時、

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだと?」

 

 

 

 

 

 

 

背後から、背筋の震える声を聴く。

 

 

 

 

 

 

はっきり言って、

見たくなかった。今のミズキの表情を。

知りたくなかった。今のミズキの感情を。

 

 

 

 

 

 

しかし、反射的に顔を向けてしまう三人。

 

 

 

 

 

 

そして、三人が表現しようのない感情を持った表情が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

「お前ら、下がれ」

 

 

指を鳴らし、首を鳴らし、体を整え終えたミズキは、

 

 

 

 

「こっから先は……俺が行く」

 

 

 

 

ある意味、予想通りのことを言い放つ。

 

 

 

 

言いながら先ほどからわざが掠っていたせいで擦れてぼろぼろになったシャツを脱ぎ捨て、一四歳の子どものものとしてはあまりに引き締まったその肉体を露わにしながらミズキはそれを歯で抑え、両側に引き裂き、二枚の布にする。

 

その二枚をさらに数回破き切れ目を入れ、長い二本の包帯上の布を作り、それをスーとフレイドに一枚ずつ投げる。

 

訳もわからないままの二人はひらひらと宙を舞うそれをキャッチし、指示されるままに拳を握りこむミズキの両手に巻きつけていく。なるほど、拳に巻きつけて欲しいから自分たちにそれを任せたのだなと、こんらんが一周回ってれいせいになってしまったスーが思う。

 

やがて捲き終えて立ち上がるミズキの後ろ姿を見ると、両手の先の丸く膨れ上がったグローブのような布塊がどうにも不恰好に見えて仕方がなかった。

何の意味が、と問おうとしたスーにかぶせるように、ミズキが次の指示を出す。

 

 

 

 

 

「スー、“左手にれいとうビーム”。フレイド、“右手にかえんほうしゃ”」

 

 

 

 

 

「はあ!?」

 

焦り素っ頓狂な声を上げるスーと、ただただ後ろでおどおどするシーク。

そして、理解してしまい、ため息をするフレイドの姿がそこにあった。

 

「……貴様ぐらいのものだな。そんな方法でゴーストタイプを……」

 

「さすがに霊は殴れないからな。俺が触れるにはこうするしかない」

 

何を、と言おうとしたところで、スーもあっと口から漏らし、理解する。

 

「……“れいとうパンチ”と、“ほのおのパンチ”を……無理やり作ろうと……」

 

「大正解」

 

顔は笑顔を作るミズキ。しかし、もう旅の付き合いの長いスーは、その冷たい声を察してしまう。

この人は、また、無茶をするんだ。

 

「そんな……わたしがやります! わたしはまだ動けますから! マスター、わたしを使ってください!」

 

 

 

「駄目だ」

 

 

無情にも切り捨てられた懇願。何時も、いつもそうなのだ。

自分を責めるスーに、数歩前に出たミズキは一言、振り向かずに言う。

 

 

「勘違いするな。お前らがダメだから俺が行くわけじゃない」

 

 

うつむくスーは顔を上げる。ミズキの後ろ姿越しに、先ほどまでと違いこっちに明確な敵意を向けるムウマの瞳がちらりと見えた。

 

 

「あれは俺が殴る必要がある……いや、それもちょっと違うかな……」

 

 

先のムウマの叫びひとつで、一体どこまで理解したのだろうか? それはスーにはわからないが、一つだけわかったことがある。

 

 

 

 

 

 

「俺が、ぶん殴ってやりたくなったのさ。死にたがりの甘ったれの……クソ餓鬼をな!」

 

 

 

 

 

 

 

ミズキは、いらだっていた。

 

 

 

 

 

 

スーも、シークも、フレイドも、

もはや止める術はない。と静かに悟り、

 

 

 

萌えもんバトルは終戦し、

 

 

 

二人っきりの殴りあい(語り合い)が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回のムウマの“サイコウェーブ”はポケモンSPECIALのミュウツーの技を参考にさせていただきました。
初代最弱わざと名高いサイコウェーブをあれだけ強技に変えることができる日下先生は天才だと思います。


そういえばどうでもいいことですがもうすぐこの小説書きだして一年になりますね。
もっとも実際にちゃんと投稿できている期間は半年ぐらいですが……
一年を迎えたらまた言うつもりですけど一年を迎えた日に投稿できるかという問題もありますので先に書かせていただきます。

読んでくださっている皆さん、ありがとうございます! これからもよろしく!


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第7話 5 初

三か月もあけてしまったのは久方ぶりですね。数少ない待って下さった皆さん、大変お待たせいたしました。

しかも結局長くなりすぎたため、話は二分割になりました。もう半分はなるべく早めに投稿します。


間が開きすぎて前回投稿の際はXYの佳境だったのに今やもうサンムーンが始まりました。時がたつのは早いものです。
いつかZ技もこの小説で使えたらいいかもとほんの少しだけ考えました。


 

 

 

ムウマは思う。

 

認めたくないと。

 

 

彼らの戦い方を。彼らの想い方を。彼らの信じ方を。

 

 

それを信じてしまっては、もう、いよいよ、自分は駄目になると思った。

 

 

だから、彼女は思った。

 

 

 

自分の生き方、そして死に方を否定した、この男にだけは、

 

 

 

殺されてはやらないと。

 

 

 

 

 

 

 

これまで、ミズキは幾度となく、『短期決戦』というものを強いられてきた。

 

 

 

ブルーとの初バトルに始まり、タケシ、フレイド、カスミ、マチスと、思えばこれまでの戦いという戦いはすべて特攻に次ぐ特攻で突破してきた。

まあ、それは対戦相手の萌えもんが毎度毎度相当な実力者であり、普通のトレーナーの旅と違い、萌えもんの育成に重きを置いていないミズキの萌えもんとでは経験が違うということもあって、戦力差が圧倒的であるというのが主な理由だった。

 

 

 

しかし、今回のミズキの『短期決戦』は、事情も違ければ状況も違う。

 

 

 

それは、すでに一度二度交錯しただけで、鈍りだしているミズキの動きを見れば一目瞭然だった。

 

 

「やっぱり無茶ですよ……あんなの、普通の人間が一分も動けるはずないじゃないですか……」

 

「そんなことを言って主が帰ってくるはずないだろう。あの男を止められなかったわっちらにできることは帰ってくるのを待つだけだ」

 

(ぽん)

 

へたり込んだ自分の腰を一回たたくシークの力が弱弱しい。スーは二人が、『自分達だって心配なのだ』と訴えているように聞こえた。

 

 

 

そりゃそうだ。あんなの、心配にならないはずがない。

 

 

 

両手の先にほのおとこおりの球をぶら下げ走り回る決死の形相のミズキが目に入れ、軽く下唇を噛む。

 

 

 

 

 

ゴーストタイプの萌えもんに、物理攻撃はこうかがない。

 

空中に浮いている萌えもんに対して、じめんタイプのわざが効かないように。

エネルギーをいなされてしまうじめんタイプに対して、でんきタイプのわざが聞かないように。

固く重く強い鋼鉄の身を宿した萌えもんにたいして、どくタイプのわざが聞かないように。

 

なぜ、などという意味はなく。

 

宙にあるものが下に落ちるように、

 

火をつけたら熱くなるように

 

呼吸を止めたら人が死ぬように、

 

当たり前のことのように。

 

 

ゴーストタイプの萌えもんに、殴りかかっても触れる事すらできはしない。

 

 

そう、普通はそこで諦める。

 

 

諦め、有効なタイプの萌えもんに戦闘を任せるか、わざを変えて搦め手で攻めるか、逃げることだって出来るだろう。

 

 

 

 

拳に火をつけ、拳をこおらせ、強引に属性を付加させて戦おうとするなど、する理由は一つもない

 

 

 

そしてそんな状況で持久戦を行おうなど、全身に油を塗りたくりながらギャロップの背に乗るくらい無茶なことだった。

 

 

 

しかし、この男をこの世に現存する物差しで測ること自体、大いなる間違いである、と、相手どるムウマもにわかに感じ始めていた。

 

 

「……」

 

 

ムウマが頭の中で数々の思考を回し続ける間も、ミズキは地を駆け、宙を舞い、拳をふるい続ける、が、それでもムウマには一発たりとも当たらない。服を破りバンテージを作ったがゆえに無防備になった上半身は、交錯の度にところどころ少しずつ赤く、そして青く、さらには黒く変色していく。時間とともに背中の毒々しい色の傷跡が艶やかになっていくのは極限の緊張状態によってにじみ出る脂汗のせいだろう。

やがてミズキはステップを乱し、着地にも失敗してふらつくことが多くなっていた。両手の火球、氷球を床や壁についてしまい、顔をゆがませたことは一度や二度ではない。

もしかしたらもうとっくに両手に感覚などないのではないか。そんな想像を、目の前をかすめる炎の拳が払拭する。

まだキレは残っている。が、上の空のムウマにすらも当らないほど、ミズキのスピードは時間に反比例して落ちている状態であるともいえる。

 

 

「……帰れ。すぐにさっきの暴言を詫びて、帰れ」

 

 

ミズキを見下しながら言ったムウマの顔は、まったくの無。ミズキたちを見て苦しんでいた時でも、自分を殺せと激昂していた時でもない、何も思っていないだけの無表情。しかしながら、刺すような鋭さを持った、怒気を感じる声。

 

先刻まで町を飲みこむほどの大暴れをしていただけに、今の何気なく落ち着いた表情の口調はかえって不気味で、不安を煽る。

 

 

しかし、そんなムウマを見て、ミズキはくすくすと声を漏らす。

 

 

 

 

「ようやくちょっとはしゃべるようになったな。図星突かれて余裕がなくなったのか?」

 

 

 

 

言うや否や、ムウマが睨み、ミズキは一瞬で顔をゆがませ劈く様な悲鳴を響かせる。

 

 

「がああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

ミズキはその場で両膝をつき、前に倒れこむように両肘を床につけて四つん這いの体制になる。何とか件の燃え、凍る両手を床につけることは阻止したものの、苦悶の表情はある程度遠くにいるスーたちからも見て取れた。

 

 

「マスター!!?」

 

 

スーは反射的に駆け出そうとする。が、うつむきながらも腕の隙間から睨みつけるミズキの瞳が、来るな、と、強く制していた。

その後ゆっくり立ち上がったミズキは、再度、振り向かずに燃える右手を上に掲げ、ゆらゆらと揺らして自分の無事をアピールする。

しかしそれを信じて安心するほど、ミズキの契約者たちは薄情で間抜けではない。

 

 

「あのバカ主……。“やけど”と“こおり”が裏目に出てるじゃないか!」

 

 

直接一撃もらったミズキを除けば、一番早く状況を理解したフレイドはそうつぶやく。

 

 

 

「かはっ……っぺっぺっ」

 

口の中の傷をなめまわした後、一通りの血だまりをつばに乗せて吐き捨てながら腕先に目を落とすと、ほつれて落ちた布の隙間からレッドの腹に見たものと同じ青あざがほんの少しだけ見えた。明らかに他の、胸や腹や背中のしめつけられたような跡とは違う、とくしゅわざによるダメージ痕であると判断したミズキは、おそらくこの布の下の手のひらはやけどやら凍傷やらダメージによる鬱血やらでとんでもないことになっていることだろうと想像し、少しだけ顔をしぶくする。

 

「……やっぱりレッドをこうげきしたのもその“たたりめ”か……とことん状態異常の相手に特化した戦い方……これだからゴーストタイプは……」

 

「……」

 

無言でにらみを利かせ、容赦なく二打目を打ち込もうとするムウマを見て、まだ動く足に全力で力を籠め、瞳から広がる念波を躱しながら懐に潜り込んでいく。

しかし、数階層下のレッドにまで炸裂したムウマのわざを近距離にいるミズキが透かしきれるはずはなく、一度目の衝撃とまではいかずとも、再び両腕に見えない負荷がかかり、痛みが頭を支配する。

 

だが、それでも足の力だけは緩めずに突っ込んで来たミズキが放つ弧を描く様な“ほのおのパンチ”がムウマに襲い掛かる。

 

これまでの動きの落ち方、ふら付き方からまさかわざを受けながら突っ込んでくるなど想像もしていなかったムウマは、一瞬回避に時間をかけた。

 

 

その結果、ほんの数センチ、ローブの先を右手が掠め、小さな火が上がる。

 

 

「!!」

 

 

反射的にそれを消そうと動こうとした。

 

 

 

その瞬間を、歪んだ笑みを浮かべたこの悪魔が、見逃すはずはない

 

 

 

次の瞬間には、目の前にともった種火は消え、一瞬だけ聞こえた火が消える音の後、冷たく鋭い鈍痛を伴う衝撃が体全体に響き渡る。

 

 

小さな体は後ろにはじけ飛び、壁にたたきつけられる寸前でブレーキがかかったようにスピードを落とし、空中に留まる。ゼロになったわけではないが、追加の衝撃が減った分ダメージは半減だっただろう。

 

 

むしろ一撃をいれたミズキの方が崩れ落ちているのだから、この戦いの分の悪さたるや底知らずである。

 

 

 

しかし、それでもミズキは笑う。腕を胸の前で上下にクロスさせ肩から上腕にかけた筋肉を伸ばし気持ち程度に腕の疲労を抜きながら、少し嫌味に、少し楽しげに、愉快で邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「……ようやく一撃か……まあ、仕方ねえな。おら、来いよ? まだ殴り足りねえぜ?」

 

「……その体でよくそんなセリフが吐けたものね。あなた、自分で思っている以上に、今、醜くて哀れよ」

 

 

辛さに潰れ、暴れていただけの数分前の状態に比べ、時間を重ね、頭が冴え始めているムウマには、ミズキの振る舞いが虚勢であることはわかっている。

 

長く見積もって後五分。五分もすれば彼の体はガタがきて、燃料が切れたかのように崩れ落ちるだろう。

 

だからムウマは、自分から前には出ない。

 

自分はここで、『死』を選択しない。

 

この男に殺されてやらないと決めた以上、ここで彼の“ちょうはつ”に乗り、こうげきに出る手は一つもない。

 

 

 

「……哀れなのはお前だろう?」

 

 

 

「は? 何よいきなり? 打つ手無くなっておかしくなったの?」

 

 

 

冷めた声を上げるムウマ。しかし、ミズキは何も動じず、嫌味のように冷めた声を返す。

 

 

 

 

 

 

 

「お前の心は、何をそんなに必死に守っている?」

 

 

 

 

 

「お前の心には、何が残っている?」

 

 

 

 

 

「ムウマ」

 

 

 

 

 

 

 

「お前が、信じていたものは、なんだ?」

 

 

 

 

 

その瞬間、明らかにムウマの様子が変わる。

 

文字に起こせないような叫び声をあげた後、今まで見せていた、あらゆるわざを乱射しだす、

 

 

が、まだそれはいい。

 

 

 

 

問題となるのは、その、わざの軌道。

 

 

 

 

しかし、それは“サイコウェーブ”をはじめとした今までの精密な扱いからなる洗練されたわざではなく、子供が駄々をこね、積み木を投げつけるような道理の無い、ただただ暴れるだけのこうげきだった。

 

 

「な……いきなり何がっ!?」

 

ミズキの後方で見守っていたスーたちは、流れ弾を必死に避けながらも今の状況に対するこんらんを拭い切れずにいる。

これまでの数分間ずっと戦闘を見守り続け一度も目をそらすことをしなかったスーたちだったが、今になって初めてあのムウマがいかに優秀であったかに気付いたと同時に、今のムウマがいかに異常かという事に気が付いたからだ。

 

「……今まで一発も無駄弾を撃っていなかったくせに……いきなりなんだこれは……主はいったい何をした……?」

 

 

いや、そんなことを言っている場合ではない。加勢に行くべきだ。

 

 

そう思っているのは決して一人ではなかったが、弾幕のように降り注ぐムウマのわざをかわし打ち落とし守りを固める三人は、ミズキに近づくことすらままならずにいた。

 

 

すまない、そう声をかけようと一瞬ミズキの方を見たフレイドは、声をなくす。

 

 

 

 

そこには、これを機とばかりに躱しながら前進し、開いた距離を詰めていくミズキがいた。

 

 

 

 

「来るなぁ……! 来るな来るな来るなぁ!」

 

叫ぶムウマ。

それを聞くこともなく、交代のねじが外れた歩兵のようにミズキはどんどん前へと進む。

当然その間もムウマのこうげきは止まず、むしろ量自体は激しさを増す一方だが、それをミズキは首を傾け、半歩だけ体をずらし、最小限の動きを以てすべてのこうげきをかわしていく。ミズキの眼力もさることながら、ムウマのこうげきが崩れ始めていることの裏付けでもあった。

 

 

「……どうした? 落ち着かないとあたらないぜ?」

 

「うるさい! うるさいうるさいうるさぁい!」

 

 

その声を皮切りにミズキは思いっきり足に力を入れ大きく加速をかけ、ムウマはこうげきの量を増やす。

……が、まさしくムウマのこうげきは量が増えただけ。今の彼女にそれをコントロールしきる力などない。

自分の限界を理解しているかどうかが、この交錯の勝敗を分けた。

 

 

「くっ!」

 

 

「これで……二発目!」

 

 

全てをみきったように躱しきったミズキはムウマの懐まで入り込み、左手で体に重い一撃を入れる。軽く後ろに吹き飛び今度は壁にたたきつけられてしまったムウマは肺の空気を吐き出しきってしまい、そのまま動きを鈍らされゆらゆらと地面に落ち伏せる。

 

 

「かはっ! ……はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

 

 

左手の擬似“れいとうパンチ”をうけたからか少ししびれてしまった体を、壁を支えに無理やり起こす。ちょうど正面方向に、自分で作った血だまりの上に堂々と仁王立ちするミズキがいた。

 

 

こんな奴に、こんな奴に、こんな奴に。

 

 

「……どうだ……醜くて哀れな人間に、二発も殴られた気分はよ?」

 

 

心を見透かすような、悔しさの想いを器用に引っ張り上げるような声。

痛みが全身を駆け巡るのを必死に我慢しているのは明白なのだが、それをおくびにも出さずにただただあたかも勝者のような笑みを浮かべるミズキに、さらにムウマの苛立ちは増す。

 

 

カ行の音と気息音の中間のような音を上げながら再度突っ込んでくるムウマの体も、かなり限界が近づいていた。まっすぐ空中を突き進むその動きは軸がぶれ始め、余計な動きが多く混ざっている。

ジワリジワリとこうげきを重ね、圧をかけ続けるミズキの攻めは、着実にムウマの体力を奪っていたのだ。

 

 

ムウマの“たいあたり”

いや、わざですらない、ただの突進を何のけなしにひらりと躱すミズキ。

ムウマが器用に宙で向きを変え、何度も続けるがかすりもしない。わざの弾幕も軌道を読み、すべてをかわしたミズキにとっては、この程度のことは例えこんな状態の体でも造作もないことだった。

 

 

 

そして再度、今度は自分のやや前方の地面に、右手でムウマを殴りつける。

 

 

 

殴られ軽く転がったムウマは、それでももう一度体を起こし、ミズキを睨む。

 

 

 

「……大した精神力だな。まだ闘争心が消えないのか」

 

 

 

「ふーっ! ふーっ!」

 

 

 

整わない呼吸で無理やり体内に酸素を取り込むその行為をすでに瀕死であることの裏付けと取ることは難しくない。

服の隙間からほんの少しだけ見えるムウマの顔は、戦闘開始時よりも明らかに一回り大きくはれ上がり、痣と血と火傷が入り混じっている。

 

思いっきり起き上がり再び攻撃を仕掛けようとするが、その心意気に体はついてこず、思わずその場で顔をうち、じめんに突っ伏す。

明らかに自分の状態を見誤ったムウマの失態だが、人間相手にそんな醜態をさらしてしまっていること自体が萌えもん、ムウマにとっては屈辱的なことだった。

 

 

くそぉ、くそぉ、くそぉ!

 

 

 

 

 

 

「わたしは! わたしは負けない! あんたたちなんかに、負けるわけにはいかないのよ!?」

 

 

 

 

 

 

「負けたら、守りきっていた自分の信念が、壊れてしまうからか?」

 

 

 

 

 

ムウマの目を覚まさせるが如く、

冷ややかな声が響き渡り、

 

 

燃え上がった戦いを収めるが如く、

水をうったような静けさが支配する。

 

 

 

 

驚愕の顔を変えられずに大口を開けてミズキを睨み、息を吸うのすら忘れて数秒後に咳き込むその様子はのちに思えば笑い話になるが、その空間に笑いは生まれない。

 

 

「な……んで……」

 

 

「『なんでお前がそれを知っている?』……か? さあな」

 

 

言いながら両手をぐっと一つにくっつけ、ぼろぼろになった両腕の先を重ね合わせ、炎と氷を相殺させる。

 

 

この現状における、事実上の戦闘放棄。

 

 

の終焉を意味していた。

 

 

 

 

「なんとなく、わかっちまうんだ。『弱さ』ってやつが」

 

 

 

 

俺自身、とは、続かなかった。

 

 

 

 

「俺は、お前が嫌いだと思った」

 

 

身体を起こせず床に伏した状態のムウマを見おろすが、声は優しく、染み渡るようで、見下しているような思いは一切感じ取れなかった。

 

 

 

 

 

「最初にお前が殺せと叫んだ時、俺はお前を見誤っていたと思った」

 

 

 

 

何かから逃れる為、死を選ぶ、

 

おくびょうものであると。

 

 

 

何かに耐えきれず、死を選ぶ、

 

ひきょうものであると。

 

 

 

 

「過去から、罪から逃げて消えてしまうような奴は、絶対に許せないと。そう思った」

 

 

 

でも、お前は必死に戦っていた。

辛いながらも、前を向いていた。

 

 

 

お前は、逃げてなどいなかった。

 

 

 

 

 

その強さは、死に逃げるおくびょうものの持ち得るものでは到底なかった。

 

 

お前は、『死にたがりの甘ったれのクソ餓鬼』などではなかった。

 

 

 

ただ、自分の罪に押しつぶされて、自分の先に、一寸の光もない、常闇を見てしまっているんだ。

 

 

 

 

そういうやつの行動原理は、知っている。

 

 

 

 

誰かのため、だ。

 

 

 

 

 

「お前の中に、あるんだろう? 大切な誰かとの、大切な何かが」

 

 

 

 

 

 

 

ミズキは、右手先の大方が炭化した布を手から払い、黒々とした右手を差し出す。

手首から肩口にかけての露出していた肌は、傷と流血による痛々しさで見られたものではないからか、そんな手でさえも神聖で美しく成立したものに見える。

 

 

 

 

 

 

「来い。お前のすべてを俺によこせ。その代り、俺のすべてでお前の望みをかなえてやる」

 

 

 

 

 

 

「……ばっか見たい。人のこと殴り飛ばして、文句言って、それでわかりあったから、仲間になろう? 頭のネジ五、六本外れてるんじゃないの……」

 

 

 

 

 

「……かもな」

 

 

 

 

 

うつむきながらも、必死に身体に鞭をうち、のそりと起き上がったムウマは、頭のローブを脱ぐ。

 

 

 

 

 

露わになった表情は、何とも言えないものだった。

 

全てを諦めた表情とも、未来を見据えた表情とも、苦悩を飲み込み燃える表情ともとりがたい、それでいてこちらをにらむ目は鋭く、無表情とも遠い。

 

全く違う感情をないまぜにしてしまったかのような、そんな雰囲気。

 

そしてその表情を鮮やかに彩る、この世のものとは思えないほどの深く、黒く、赤いブローチがさらに彼女の怪異的な風体を際立たせているように思えた。

 

 

 

 

 

「……かわいいじゃねえの」

 

 

 

 

 

ミズキのとっさの軽口を無視し、その場で立ち上がり、

 

 

 

 

 

 

 

右手を前に差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

そうしてミズキは、五歩ほど空いた二人の間の距離を、右手を差し出したまま詰める。

 

 

 

 

 

 

ミズキの話を聞きながら、ずっと援護の体制を崩さず、待ち続けていたスーたちも、息を吐きながらその場にしりもちをついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間。

 

 

 

 

ミズキがやってしまったと、

 

 

気づくまでのコンマ一秒。

 

 

 

 

 

ミズキは完全な無防備となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……知った風な口を聞くなああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

差し出していた掌の角度を、ほんの少し前に向け、

 

 

 

 

 

エネルギー波が放たれるまでの数秒。

 

 

 

 

 

 

先のコンマ秒単位の遅れからすれば、なんてことの無い時間。

 

 

ミズキの判断能力をもってすれば、“サイケこうせん”の動線を導き出し、回避行動を起こすには十分すぎるほどのチャージ時間。

 

 

 

 

 

しかし、再びミズキはコンマ一秒の失敗をする。

 

 

 

 

 

血液不足による思考能力の欠如。

 

 

先の交戦による体力の限界。

 

 

“サイケこうせん”の乱打による床面の悪化。

 

 

自らの流血による摺動性の上昇。

 

 

常識外れの無茶な運動後の、会話中にかかる体内への負担。

 

 

 

 

 

これだけ悪条件が重なった状態で、いつもの動きが出来るはずがない。

 

 

 

 

 

とっさに前に跳ぼうとしたミズキは、膝から床へ崩れ落ちる。

 

 

 

 

 

涙をこらえきれず、喚き叫ぶムウマの虚ろな瞳は、完全に対象を捕らえていた。

 

 

 

 

 

 

何かを言いながら近寄ってくる、三人の契約者共の声もむなしく聞こえる。間に合わないことなど、考えるまでもない。

 

 

 

 

 

顔だけを前に向けた状態で、固まってしまったミズキには、景色のすべてがスローに見えた。

 

 

 

 

 

“サイケこうせん”が手から放たれ、

 

 

 

 

“サイケこうせん”が自分へと直進してくる。

 

 

 

 

 

 

 

旅が始まって以来、ミズキは初めて、自分の選択の失敗を思い、恥じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、目を閉じる。もはや、0%の可能性に賭けるような、味わった経験のない苦痛が一週回って焦りを忘れた脳を支配する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、マスターーーーーーーーーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲痛なスーの叫びを最後に、ミズキは五感をすべて投げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一気に終わりまでいく予定だったけどさすがに二万文字をこえる可能性すら出てきたので分割しました。なので次は早めに投稿できると思います。←今度は嘘にならないように頑張ります。



あと個人的な意見ですけど、アニメサンムーン、思ってたより悪くないです。
XY&Zと完全に別物のカートゥーンとか見てる気分にはなりますが。
モクローかわゆす


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第7話 6 重い違い 想い誓い

新年あけましておめでとうございます。


どうにかこうにか三が日を使い作り上げました。ポケモンタワー完結編です。


 

 

 

……ヒサシブリダナ?

 

 

……ある意味お前とは初めましてだけどな。

 

 

随分ト冷静ナコトダナ。ヒトノコカラスレバコレハ異常体験トイエルモノダロウ?

 

 

俺が人の子? はっ。お前が言うのかよ。俺に力を貸し与えている、お前が。

 

 

……愚問ダッタカナ。

 

 

おいおい。反省してんじゃねえよ、らしくもねえ。お前の罪はそうじゃねえだろう?

 

 

真ニ『ゴウマン』ナノハ我ガ半身ニシテ我ノ本体。我ノ人格データハ共ニ過ゴシタ貴様ノデータニ近イモノニ日々進化、イヤ、変化シテイル。

 

 

なるほどね。だから俺が知っているあいつよりも、言葉もうまいわけだ。片言は抜けてねえけどな。

 

 

ソウイウコトダ。

 

 

 

じゃあ、あえてこう言おうか?

 

『似合わねえ真似するんじゃねえ』。

 

俺はあいつが好きだ。厚顔無恥で、傲岸不遜で、高慢ちきなあいつのことが大好きだ。あいつの姿で、似合わねえことを言うんじゃねえよ。

 

 

 

 

 

 

……ソレデイイノカ、ジョーカー?

 

 

 

 

 

 

 

……良いも悪いもねえんだよ。これが俺だ。

ジョウでもジョーカーでもない一人の男。

 

萌えもんトレーナー、ミズキなんだ。

 

 

……アア、理解シタ。モウナニモイウマイ。

 

 

ありがとよ。

 

 

 

 

 

 

 

……デ? 死ンデシマッテココハアノ世ナワケカ?

 

 

……さあな、次に目を覚ました時のお楽しみさ。まあ、現世じゃないなら地獄だろうけど。

 

 

何ヲ今更。極楽浄土ヲ期待シテイタワケデモアルマイ。

 

 

当然。罪深き人の世を生きた者が、閻魔の御膳以外のどこに行くよ。上じゃあ天使に唾吐かれちまう。

 

 

清算ハ、マダ遠イノカ?

 

 

……遠いなんて次元じゃねえさ。もともとあるかもわからないゴールだ。俺が走りをやめちまったら、その時点で先はなくなる。だが進みたくても進めない。夢のような話だな。

 

 

ヒニクダナ。

 

 

ああ、本当に……その通りだな。

 

 

 

 

 

 

マアシカシ……マダ逝クノニハハヤソウダナ。

 

 

……わかるのか?

 

 

アア。ココハ我ノ空間。貴様ハ己ガ扱ウ催眠空間ニイチジテキニ墜チテイルダケニスギナイ。

 

 

……そうか。だったらここが……

 

 

 

 

 

 

ソウ。『常闇ノ間』ダ。

 

 

 

 

 

 

……暗く、冷たいな。奴らが帰ってこれないのもわかる。

 

 

オイ、自責スルナヨ。罪トハイツデモ人ノ中。物ヤ能力ニ罪ハナイ。

 

 

馬鹿にすんなよ。さっきも言ったろ。俺は俺の意志でこの力を使ってる。無闇に使ってるつもりもないし、使ったことを後悔したことなんざ一度もない。

 

俺はただ、正直に、当たり前に、強欲に、最良を求めて動くだけだ。

 

 

……ソウダナ。

 

 

てか、だったら最初からわかってたんじゃねえか。何が地獄だ。性格わりぃことしやがって。

 

 

イッタハズダ。我ノデータハ貴様ノデータヲ取込ミ変化サセタモノデアルト。

 

 

……なるほどな。それは道理だ。という事はこれは一種の臨死体験か?

 

 

ソウデハナイ。

今回ノコノ一件ハ貴様ガコノミソウナ、モット論理的ナ結論ニ帰結スル。

 

 

随分小難しい言葉をつかえるようになったな。さすがは俺の経験をインストールしているだけのことはある。

んで? 何が原因だって言いたいわけ?

 

 

 

 

 

 

貴様ハ、クジケタ。

 

 

 

 

貴様ハ、自分ノ中ノ夢ノエネルギーヲコントロール仕切レナクナッタ。

ダカラ、飲マレタ。タダ、ソレダケノコト。

 

 

 

 

 

 

……俺が、死を覚悟したから……って言いたいのか?

 

 

不服カ?

 

 

いいや、至極納得した。

化け物みたいな力を使いこなすのは、化け物じみた精神だけってことか。

 

 

……嫌味ナ言葉ヲ選ブノハ自分ヘノ戒メカ?

 

 

どうとでもとるがいいさ。

 

 

ソウサセテモラオウ。

 

 

 

 

 

……ずいぶん長話しちまったな。じゃあ、俺はそろそろ行くぜ。見せたくない姿を見せちまった奴らが、俺の目覚めを待ってるからな。

 

 

……大シタ自信ダ、トハイワナイデオコウ。ソレガ貴様ラノ繋ガリ方ダトイウノナラナ。

モウ二度トココニハ来ルナ。ココハ貴様ガ来ルニハ少々クラスギル。

 

 

 

 

ああ、もう、来ねえよ。

俺は、もう二度と、折れない。

 

お前たちを、助けるまではな。

 

 

 

 

アア、ソレデイイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず帰ってきたのは、味覚。鉄の味が頭に広がり、自分のいる場所が現実であることを確信する。

 

その後に、嗅覚。肉を無理に焦がした、不快感で支配するような臭いが頭を揺らす。

 

さらに、触角、そして聴覚。少しだけ体を動かすと、鈍い音がしたかと思えば全身が鈍痛に攻め立てられ、くぐもった声を思わず漏らすと同時に、自分がほんの数センチ落下したことを理解した。

 

そして最後に視覚を戻し、地面に突っ伏した自分の状態を把握した後、激痛による悲鳴を噛み殺しながら腕を使って自分の上半身だけを起こし、すぐ近くの壁に体を横たえ、真下に目を落とす。

 

目に移るほとんどの箇所は変色を起こし、自分の接する床面が歩けば音が響き渡りそうなほどの血だまりを作っていることまでは予想通りだったが、皮膚の一部が焼けただれていることは想定外だった。

立ち上がろうと軽く力を入れると右足から頭に警告が昇ってくるような感覚を覚える。どうやら足もかなり限界がきているらしい

 

最後に顔を上げ全体を見渡せば、何が起きたのかは一目瞭然だった。

 

 

真正面に見えるのは、もがく一つの影と、それを“メタルクロー”で組み伏せる一人の萌えもん。そしてその下には、床を抉るように円形に広がる爆発根。いわゆるクレーターのようなものに見える。

 

顔を動かすと痛みが走るため目線だけで右に動かす。

右には、安堵の表情で崩れ落ち、へたり込んでいるシーク、そしてその隣に、上を向いて、必死に涙を隠すフレイドの姿。

左には、四つんばいで打ちひしがれているスー、そして……

 

 

 

 

 

 

不器用に包帯を巻きつける、レッドの姿。

 

 

 

 

 

 

「……よお。ちっとは覚悟を決めてきたのか?」

 

 

「! 気が付いたのか!」

 

 

レッドの声に、皆が思わず反応し、取り囲むように集まってきて泣き顔を無理やりな笑顔に変える。

 

 

ああ、なるほど。

 

自分は、こいつに救われたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズキが生を投げだしたあの瞬間、

 

 

本来、全てが終わり、焼け焦げた跡だけが結末として残るはずだったあの瞬間、

 

 

 

 

 

それを崩した、崩す事が出来た唯一の存在。

 

 

 

 

 

状況を知る誰もが、驚き、慄き、固まったあの瞬間に、

 

 

 

 

 

 

動くことのできた、何も知らない、無知の遅刻者。

 

 

 

 

 

当事者の誰よりも素早く動ける部外者。

 

当たり前だ、何も考えなくていいんだから。

 

 

 

 

 

知り合いが危険だから助ける。約束なんか知ったことではない。

 

 

そうやって思考をショートカットできた、唯一の存在。

 

 

 

 

 

「カゲ! “かえんほうしゃ”!」

 

 

 

 

 

“サイケこうせん”とミズキの間に割り込む形でとんできた火炎弾は、ぶつかり合い、エネルギーを拡散させ、爆発を起こした。

 

 

 

その副産物で受けたのが、この火傷を含めた負傷というわけだ。

 

 

 

 

 

 

「……今回ばかりは礼を言う。助かったよ、レッド……いつっ!」

 

「馬鹿者! 動けるわけがないだろうが!」

 

フレイドが無理やりに起き上がろうとするミズキを諌める。しかし、フレイドが何かをするまでもなく、ミズキは力なくその場に崩れ落ちた。

 

糸が切れた操り人形の様なその風体はとても安心できるものではなかったが、それでもまっすぐに前を見据えている瞳は、四人の不安をさらに煽るものだった。

 

 

「どけえ! そいつは! そいつだけは! 私が殺してやるんだぁ!」

 

 

「黙ってろ!」

 

 

同じ目線で伏しているムウマが暴れるのを、馬乗りの状態のカゲがもう一度“メタルクロー”で組み倒す。もともと能力は高くても腕力が強いわけではない上に、ミズキとの戦いで消耗しきっているムウマの抵抗など意に反さず、力強く抑え込んでいた。

 

 

「……兄さんはもう動かなくていいよ……」

 

そんなカゲの行動を遠巻きに見ながら、ミズキをゆっくりと床に降ろし、爪が食い込むほど強く拳を握りこみながら言う。

 

 

 

 

「兄さんを傷つけたあいつを、俺は許せない! あいつは、俺がやる!」

 

 

 

 

嗚呼……

 

 

前を見据えるその瞳。

 

 

 

 

大きく暖かく感じるその背中。

 

 

 

 

心の中に秘めた、熱く滾る思い。

 

 

 

 

やはりこれが、レッドの本質なんだ。

 

 

 

 

轟轟と燃え盛る火柱ではない、もっと芯に響くもの。

 

 

 

 

“秘めた情熱”

 

 

 

 

「……やっぱり、お前はそういうやつだよなあ……」

 

 

 

そういうとミズキは歯を食いしばりながらも立ち上がり、前にいたレッドの肩に腕をまわしながら抱きつくような体制でもたれかかる。

 

 

 

「……? 兄さん? 何を」

 

 

 

 

 

 

「……ごめんな、レッド。俺は、お前のそんな想いを踏み躙る、悪い兄貴だよ」

 

 

 

 

 

 

どういう事? と、レッドが声を出す前に、レッドの体は一気に力を失っていく。

足で踏みしめようとするも、脳がぽーっとして足まで指令が届いていないような、寝ぼけているような感覚。

 

 

「……これは俺からのお詫びを込めたプレゼントだ。やっぱりお前にはこの石を用意して正解だった」

 

 

フラフラのミズキの腕の中に収まったレッドは、そのセリフと、ミズキがポケットから出した、赤く、紅く、燃ゆる火焔のような色を放つ宝石が中心にはめ込まれたブローチを見たのを最後に、ゆっくりと訪れる脱力感に抵抗することをやめ意識を落とす。

 

 

左腕だけでレッドを抱え込んだミズキは、レッドが来ている赤い上着の白い襟元に、そっとブローチをつけておく。元気なレッドにピッタリな印象を受ける上着の赤に対して、黒々とした奥ゆかしささえ覚えるブローチの紅はまた違った意味で印象的だった。

 

 

 

「だからこそ、あいつをお前に任せるわけにはいかない」

 

 

 

レッドの体制を横にして、自分が寝ていた跡が残っている壁際に今度はレッドを寝かせ、戸惑いの表情を消しきれていない自分の萌えもんに指だけで指示を出す。

 

手前に四本動かして、寄ってこい。

真下に一本動かして、ここにいろ。

それだけ。

 

 

 

 

 

「お前は、俺が傷ついたことが許せないだろう。お前は、あいつのことを許さぬままに戦うだろう。お前の熱い情熱を、あいつにたたきこむだろう」

 

でも、それじゃあだめなんだ。

 

「あいつと分かり合うためには、俺が行かなきゃいけないんだ。あいつとこれから歩み始めるには、本当の意味であいつと、同等(おなじ)にならなきゃならないんだ。あいつに熱をたたきこむんじゃない。自分の中の、ほんの少しの熱を、あいつに溶かし込まなければならないんだ」

 

それは、お前がやってはいけないことだ。

 

 

 

 

お前はまだ、罪を知らないから。

 

 

 

 

罪の、冷たさを知らないから。

 

 

 

 

そして、お前には罪の冷たさを、知ってほしくなんかないから。

 

 

 

 

「待ってろよ。レッド。俺は、あいつと、『契約者』になってくる」

 

 

 

 

 

 

「……どういうことだ、ミズキ!? お前、レッドに何をした!?」

 

「……大丈夫だ、眠ってるだけだよ……レッドのそばにいてやってくれ」

 

「……お前」

 

暴れるムウマを今もなお組み伏せてくれているカゲに、壁際のレッドを快方してくれという指示が何を意味するのか。考えるのが苦手なカゲでもさすがに察する。

 

これから何をする気なのか。何がしたいのか。

 

「……死ぬ気じゃないだろうな?」

 

「……バーカ。そんなわけねえだろ。安心しろ、少し寝たから体力は回復した。さっきみたいなポカはありえねえよ」

 

いぶかしげにミズキを覗き込むが、まじめそのものな瞳を返すミズキに、状況を理解していない自分が言い返せることなど何もないと考え、ムウマから手をそっとはなし、馬乗りの状態を解除する。もちろん、その瞬間からムウマは自由になり、ミズキに再度“サイケこうせん”を撃ちこむことは可能だったが、敵意こそ消えていないため警戒は緩めないがミズキを睨みつけ相対していることから少なくとも即座にこうげきをする気はないと判断し、おとなしくその場を外れてレッドのもとへ向かう。

 

「……後で、きっちり説明しろよ」

 

「……いつかな」

 

 

 

そういってミズキのわきを通り過ぎるカゲは、レッドのことに頭が切り替わっており、

 

 

 

ミズキの体の流血は、すでに止まっているということに気付かなかった。

 

 

 

 

 

「よお、ただいま」

 

「……化け物め」

 

「おいおい、めったなこと言うなよ。俺は人間さ。ちょっと人の道から外れているのは自覚しているが、化け物なんて大それたもんじゃない。お前も俺も、結局はただの人間と萌えもんなのさ」

 

ついさっき殺されかけた相手に対して飄々と答えを返すミズキは手のひらを水平に横に出しながらオーバーなコントのようなアクションをつけるが、それで笑いが起こるはずもなく、ムウマの苛立ちはさらに上がる。

 

「あんたのそのわかったような口ぶりがわたしは大嫌いなんだよ! 何が『お前のすべてを俺によこせ』だ! 何が『望みをかなえてやる』だ! たった数回言葉を交わしただけで、たった数回なぐり合っただけで、わたしのことが分かったつもりか! そうやって、わたしの心に、土足で入ってくるんじゃなぁい!!!」

 

 

 

 

言いながら構え、溜め、再びミズキめがけて放たれる“サイケこうせん”。

 

 

 

 

わざをうつ、と決意してから3m半の位置にいる自分に着弾するまで2,50秒といったところだろうか。さらに細かく時間分けするならば、脳から体へのインパルスに0,12、溜め時間になんと1,11、発射から着弾まで1,27。そりゃあ、さっきまでのぼろぼろな自分じゃ避けられないはずだ。

 

 

 

なんていう適当なことを考えながら、片足を軸に体全体を270°回転させる、所謂ピボットターンのような動作で、何でもない事のように回避する。

 

数発乱打するが結果は同じ。軽いジャンプや首を傾けたりといった動きが増えただけで、一発たりともかすりもしない。完全にミズキの体のキレはムウマと戦う前のもの……いや、タワーに入る前の万全な状態のそれまで回復していた。

 

 

「く、くっそぉ……」

 

 

次第に肩が上下する動きが増えてきたムウマ。当然だろう。ムウマは先の戦闘から一つたりとも回復をしていない。いくらダメージが少なくても、撃ち疲れや重圧によって奪われる体力が消えるわけではない。

やがて前に掲げていた掌が、骨が抜かれたかのようにだらんと下に垂れ下がる。先ほどの乱打も考えると、撃ててあと一発だろう。

心底悔しそうにしながらもにらむ瞳だけはそらさずミズキをしっかりとらえ続けている。

 

 

「……お前は、お前は! 私が絶対に殺してやるんだぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

「やってみろよ」

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

完全に思わぬ返しに、ムウマも、後ろで眠るレッドの周りに集まっていた四人も同じような反応をするが、ミズキは気づかないふりをしてずんずんと前に進み出る。

 

「殺したいんだろう? やってみろよ。一発、お前のわざを、ここにぶち込めば俺は死ぬんだぜ?」

 

間を詰め、ムウマの右手を自分の左手で取り、引っ張って自分の左胸に当てる。ムウマのかわいらしい顔が目の前で難しい表情を作る。

 

「ば、馬鹿じゃないの……さっきあんた、わたしの一撃で死にかけたじゃない……まだ私を仲間にしようなんて、説得しようなんて考えてんの……? この期に及んでまだ、私があんたを殺さないとでも……」

 

 

 

 

「一発目。俺の腹部に直撃。しかし距離があった為軽傷」

 

言いながらミズキは右手を掲げながら、親指から一本ずつ指を曲げていく。

 

「二発目。フレイドに直撃。しかし致命傷には至らず」

 

「三発目。乱打の皮切りとなった一発。しかし命中せず」

 

「四発目から何発かは正真正銘めちゃくちゃな攻撃。完全に自分でコントロールできていない状況で打った数発」

 

一つずつ、一つずつ。指を曲げながらカウントするミズキを、誰も止めようとはしない。ゆったりと一発ずつ何かをカウントしていくミズキの指は、とうとう往復し二週目に入った。

 

 

 

 

 

「十三発目。俺の足元にいかくの意味を込めた(・・・・・・・・・・)一発……だったが、馬鹿な俺は回避しようと焦り、体勢を崩し体を床に倒したことにより、直撃(・・)

 

 

 

 

 

「!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

全員、そこで、気づく。ミズキが、何を言いたいのか。

 

 

 

 

「いや、いや、いやぁ……」

 

 

 

 

「十四発目。俺が回避した後、七発目と九発目で作った壁の大穴を通るように発射。当然俺には当たらず」

 

 

「十五発目。俺が回避した後、四発目と八発目で作った大穴を通るように発射。当然俺には当たらず」

 

 

「やめて、やめて、やめてぇ……」

 

 

「十六発目から十九発目まで。同じく、人が死なないように、塔が崩れないように、細心の注意を払いつつ、こうげき」

 

 

 

 

 

 

「いやあああああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二十発目。最後の”サイケこうせん”……は、撃つ事が出来ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜならお前は、

 

 

人を殺したくなんてないから。

 

 

争いたくなんてないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

泣きじゃくるムウマと、そのまま動かないミズキ。そして、それを見ながら呆然とする四人。

 

考えてみればおかしな話だった。

 

ここはバトルフィールドじゃない。洞窟でも、草むらでもない。バトルする環境としては、まったく整ってないといっていい。

 

こんなところで、ムウマは暴走状態を起こし、数多の“サイケこうせん”をがむしゃらに何発も発射した……ように見えた。

 

そんなことをすれば、建物はたちまち崩れ落ちてしまうに決まっている。

 

「彼女が……そんな、細心の注意を払いながらこうげきをしていただなんて……」

 

スーがぼそりとそうつぶやく。全員同じことを言いかけていたがスーの言葉に頷くことはしない。理解はできるが想像がつかない。その想いまで一致していた。

 

 

 

 

 

 

「そんな奴が、そう簡単に『自分を殺せ』だなんていうはずがない。俺たちよりも強く、俺たちを疎ましく思いながらも俺たちの命を奪わずにいてくれた優しいお前が、『死にたがりの甘ったれのクソ餓鬼』なわけがない」

 

 

 

 

 

 

そう言い切るとミズキは、親指だけ飛び出た右拳をおろし、握っていた左手に右手を重ねる。

 

 

 

 

 

「俺と一緒に来てくれないか?」

 

 

 

 

 

お前は、言った。

 

 

 

知ったような口をきくなと。

 

 

 

自分の心に、土足で踏み入ってくるんじゃないと。

 

 

 

 

 

 

俺は別に、知ったような口をきいてお前のことをすべて理解したつもりになりたいわけじゃない。

 

 

 

 

 

過去に踏み入って欲しくないという想いは、俺たちは誰よりもわかっている。

 

 

 

 

 

俺は別に、お前の心に土足で踏み入り、荒らしまわりたいわけじゃない。

 

 

 

 

 

土足で自分の心の部屋に閉じこもってしまっているお前と、一緒に外に出たいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、お前と一緒に行きたいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

重なる手が、温かい。

 

 

 

 

 

さっきまで火がついて、氷がついて、

自分に殴りかかってきていた拳が、今はこんなにやわらかい。

 

 

 

 

さっきまで憎くて仕方がなかった男の鼓動が、今はこんなに心地いい。

 

 

 

 

何なのだろうか。この人は。

 

 

 

 

 

分からない。

 

 

 

 

 

認めたくないような暗い影と、信じたくなるような優しい陽の、中間のような存在。

 

 

 

 

この人になら、少しだけ…………

 

ほんの少しだけ…………

 

 

 

 

 

ミズキが握るムウマの右手の力がそっと抜ける。

 

「……わたしは、強くも、優しくもない。あなたより小さくて、あなたより醜くて、あなたよりも汚い」

 

「そんなことはないさ」

 

「ある。だって、私は……」

 

 

 

 

 

この弱さのせいで、友達を殺した。

 

 

 

 

 

「……」

 

「わたしは、もともと弱かった。弱くて弱くて仕方がなくて戦いたいだなんて思ったこともなかった。唯一めざめたこの“暴食(ゆめくい)”の力だって、一度だって制御できたためしはないし、勝手に発動してしまう。だからわたしはどこに居たって、誰かの大切な何かを奪い続ける事しかできなかった」

 

わたしは、満たされる夜が大嫌いだった。

わたしが夜に満たされることは、名も知らぬ誰かからわたしが奪い取ってしまうことだから。

 

 

 

 

でも、それでも、あなた以外にも、わたしを認めてくれる人はいた。

 

 

 

 

たった、一人だけ。

 

 

 

 

『あなたは人より劣ってなんてないわ。ちょっと人より多くのものを抱えてるから、少し遅れてるように見えるだけなの。私はあなたのその力、すごく素敵だと思うわよ。だから、一緒にがんばりましょう』

 

 

 

 

彼女は、わたしを認めてくれた。

 

自分の力も満足に扱えず、一人蹲っているわたしと、友達になってくれた。

 

わたしは彼女が、大好きだった。

 

彼女と一緒にいるときだけは、心が安らぎ、体が休まり、少しだけ力も抑えることが出来ていた。

 

 

 

 

でも、わたしとずっとともにいた彼女は、少しずつ、少しずつ、体が弱ってしまっていた。

 

 

 

 

彼女と一緒にいたかった。でも、彼女に隣にいて欲しくなかった。

 

何処かへ行くといっても聞いてくれない。優しい彼女は自分をほおっておけないという。

 

残酷な優しさだった。

 

わたしにできることは、早くこの力を自分のものにする事だけだった。

 

 

 

 

 

そして徐々に弱る彼女と一緒に過ごす日々が続いていると……奴らが来た。

 

 

 

 

 

彼女は……逃げ遅れた。

 

足を、縺れさせて。

 

 

 

 

 

「そんな彼女はわたしに言った。『生きて』って。『頑張って』って」

 

「……それが、お前の中の、『大切な何か』か」

 

「わたしは必死に生きようとした。彼女の分まで、彼女がわたしに託してくれた分まで、必死に生きて恩返ししようとした。力をコントロールして、彼女が笑ってくれるように努力しようと頑張った」

 

 

 

でも、できない。そもそも、それを達成したとしても、その時に、笑ってくれる彼女はいない。

 

 

 

「……死にたかった! 消えてしまいたかった! わたしがここにいる理由なんて、生きているための理由なんて、一つだって残ってなかった! でも、彼女は『生きて』って言った。何もない私に、『頑張って』って言ってくれた! 今のまま死んであの世に行っても、わたしは彼女に合わせる顔がないの!!!」

 

 

 

「……だから、『わたしを殺しなさいよ』か……」

 

 

 

つまるところ、こういうことだ。

 

 

 

 

 

彼女は、仕方なく(・・・・)死にたかった。

 

 

 

 

 

友達との、やくそくを、守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……違う」

 

 

 

 

 

 

違うだろ。そうじゃないだろ。

 

 

 

 

 

 

契約(やくそく)っていうのは、そういうものじゃないだろう。

 

 

 

 

 

そんな揚げ足取りみたいな死に方をさせるために、そんなことを言ったんじゃないだろう。

 

 

 

 

 

お前の親友は、今のお前のことを見て、『助けてくれ』って言ったんだよ。

 

 

 

 

救ってくれって、泣き叫んでいたんだよ!

 

 

 

 

 

 

「……お前の心の中にいるお前の友達は、今のお前を見て、笑ってるのか?」

 

 

「……え?」

 

 

涙を見せまいと顔をそむけていたムウマが、思わずこちらを向く。

 

 

「よくやったなって、頑張ってるなって、その調子だって言ってるのか?」

 

 

「わ、わたし、わたしは……」

 

 

 

流れる涙をふき取る事さえせずに、左手で頭を抑えながらうめき声をあげる。

 

 

 

「お前の心の中の親友は、土足で心の部屋に一緒にいるお前に、何も言ってくれないのか?」

 

 

「あ……あ……」

 

 

ほほを伝う涙を止めようとすらせずに、嗚咽を漏らしながら目を見開く。戦う前の虚無に捨てられたかのような無の眼からは想像もできないような、活きた瞳だった。

 

 

 

 

 

「お前の友達がお前の肩に乗っけたのは、ただ重いだけの苦しみだったのか? 違うだろ。お前が前に進めるために、お前が抱えている荷物を下ろして新たな道を進むために、自分の『願い』を、『生きて』って願いを託したんだろうが」

 

 

 

 

 

「う、あ、う」

 

 

 

 

 

彼女は、戸惑う。

 

 

 

 

 

彼女の近くには、なかった。

 

 

 

 

 

泣きたいときに泣ける、

人の胸の中という場所は。

 

 

 

 

 

「……来い」

 

 

 

 

 

 

 

「う、うわああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

泣き、喚く。

無垢な、声を上げて。

 

 

 

 

 

 

彼女に託された力は、重すぎたのだ。

 

 

与えられるものが少なかった彼女は、愛着の無い、自分の荷物だけを抱え込むことしかできなかったのだ。

 

 

 

そして、今まで抱え込んできたものが、今ぼろぼろと崩れ落ちる。

 

 

 

 

器の中の、哀しみ、苦しみ、憎しみが、今、滝のように外にあふれ出る。

 

 

 

 

その器には、今、別のものをいれたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムウマ……お前の『野望(ねがい)』はなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……強くなりたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を。

 

 

 

 

約束を。

 

 

 

 

大切なものを。

 

 

 

 

 

 

今度こそ守るために。

 

 

 

 

 

「ああ、任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がお前に見せてやる。

 

お前が託された命の、美しさ、素晴らしさ、尊さを。

 

 

 

 

 

俺がお前に与えてやる。

 

お前の、強さの可能性を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フジろうじん。そろそろお身体も心配になるころでしょう。さっさと教えてくださいませんか。あなたの研究データを手に入れるための、パスコードを」

 

「……何度も言ったはずです。この子の母親に手を出したあなたたちに、渡すものなど何もありません」

 

「ですからそれは不可抗力ですよ。その子の母親が先にこちらに手を出してきたんですから。正当防衛ですよ、正当防衛。ねえ、ぼく?」

 

ろうじんのひざ元にいるその娘が、顔をそむけ、がたがたと震えるのを見て白衣の男はいやらしく笑う。ろうじんはその男を一度睨んだ後、優しくその娘の頭をなでる。

 

「わたしを殺したければ殺しなさい。その時には、永遠にあなた方はデータを奪う手段を失いますがね」

 

「こ……このじじい!」

 

 

 

 

 

拳を振り上げたその瞬間、響き渡った爆発音が白衣の男、はぐれけんきゅういんの動きを止める。

 

 

 

 

 

「な、何事だ!」

 

 

叫ぶと同時に、服の下の通信機が電子音を鳴らしふるえる。

 

 

「おい、どうした! いったい何があった!」

 

 

『こ、こちら六階から七階への階段を警備中のA班……何者かに突破されました!』

 

「な、なんだとぉ!」

 

『こちら七階入り口のB班です! 混戦状態! 四番隊まで瞬く間に戦闘不能!』

 

『こちら七階防御班のC……うわああ!』

 

 

どんどん近づいてくる地鳴りのような爆発音と、悲惨な現状を知らせる無線機のタイミングがあっていることから、この音がその侵入者が出しているものだと察し、冷や汗を垂らす。

このままではまずい。

 

 

「おいじじい! 立ちやがれ!」

 

 

無理やりフジろうじんを引き上げたけんきゅういんはボールを一つ投げ、ゴルバットを出し、片手で無線機を持ち指示する。

 

 

「おい、いいかお前ら! 俺はじじいをつれてゴルバットでここを脱出する! お前らは俺が逃げるための時間を」

 

 

 

 

といったところまでで、全隊員からの通信は切れ、

 

 

 

傍のゴルバットも、こおりづけになり、倒れる。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

「……ぬるいんだよ。それに遅すぎる」

 

「……たっぷり休んでいましたから。いくらでも動けますよ」

 

「……それに鬱憤もたまっている。わっちは奴らを許さない」

 

「……」

 

 

 

 

当然シークにそんな意図はないが、スプーンで一発ぺしっと出した音が、けんきゅういんにはたまらなく恐怖を煽ってくるように感じた。

 

 

 

 

 

「なあ、そこのお前。聞きたいことがあるんだが……」

 

 

 

 

 

ガラガラを殺した“はぐれけんきゅういんのフジオ”ってのは……お前か?

 

 

 

 

 

「ひぃ!!!」

 

 

 

 

 

思わずしりもちをついた男の首からは、任務の際には常につけておくよう言われているネームプレートが垂れ下がっていた。

 

 

自分の胸元に目線が下がっていることに気が付いたフジオは必死にそれを隠す……

 

 

 

 

 

 

が、当然、遅い。

 

 

 

 

 

 

「……そうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマエカァ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃ!!!! ち、ちがう。あれは、ちがうんだぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴様には、救いすら与えない」

 

 

 

 

 

 

 

左手、人差し指を向けるミズキから、三人は一斉に目をそらす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢幻の穴がお前を堕とす。

 

 

 

 

注意……しても無駄だ。理不尽な力に揉まれて死ね。

 

 

 

 

お前がガラガラにやったようにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――常闇の間、夢幻の落穴―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは……どこだ?」

 

 

 

フジろうじんも、あのガキも、萌えもんたちも、いない。

 

 

 

「いったい……どこに?」

 

 

 

漆黒の中を動き回ろうと、一歩踏み出そうとしたその瞬間。

 

 

 

気付く。

 

 

 

自分の周り一歩分以外には、足場が、ない。

 

 

 

地面が見えるわけではない。下に何かが見えるわけでもない。

 

全て等しく、黒だ。

 

 

 

でも、何故だかわからないが、わかる。

 

 

 

一歩でも踏み出せば、堕ちる。

 

 

 

堕ちたら……

 

 

 

 

「死……」

 

 

 

 

そういいかけたところで、体が、浮く。

 

 

 

 

そう感じた、が、それは違った。

 

 

 

 

誰かに背中を押され、体が虚空に投げ出されたのだ。

 

 

 

 

「だ、れが」

 

 

 

 

そういって振り返り、最後に見た色は。

 

 

 

 

頭にかぶる、真白な骨と、

 

 

 

体を覆う、薄茶色の服と、

 

 

 

背景に溶け込みそうな、真っ黒な瞳。

 

 

 

 

「ガラ、ガ、ラ」

 

 

 

 

それに何かを言う前に、男は遠くへ堕ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずい、まずい、まずい!

 

 

 

 

 

 

もう何分経ったのだろう?

 

 

 

 

黒以外に景色はないから判別はできないが、今の速度はすさまじいものになっているはずだ。

 

 

この状況で床にたたきつけられようものなら、確実に死ぬ。

 

 

 

「くそお、くそお!」

 

 

 

ここまでか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまでか。

 

 

そんなことを考えた自分は、この闇を甘く見ていたのだろう。

 

 

どれくらい、このまま過ごしたのだろうか。

 

 

 

一日? 一カ月? まさか、一年?

 

 

 

その感覚すらも奪われる。

 

 

 

死ねないことが、これほどまでに苦しいなんて、考えたこともなかった。

 

 

 

もう……いやだ……誰でもいい、何でもいい。

 

 

 

目に移る何かを見たい。自分以外の何かを感じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう……もう落ちるのは……いやだぁああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢幻の悪魔は、闇に溶け込み、じっと見つめている。

 

 

 

 

しかし、声をかけることはしない。

 

 

 

 

何をするわけでもない。今日の彼の残された仕事は……

 

 

 

 

 

 

何もしないことだけ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

契約者 5人

ミズキ、スー、シーク、フレイド、マリム←NEW

 

契約1

我々は互いの過去に関せず

 

契約2

我々は互いの野望のために尽力し、中断およびそれに準ずる行為のすべてを禁ずる

 

契約3

大なり小なりの野望を携え、既存の契約者と同等およびそれ以上の野心を持つ者のみ、新たな契約者としてパーティに加入することを許可する。

 

野望

ミズキ

R団を壊滅させる

スー

誇れるような自分となり、故郷に帰る

シーク

???

フレイド

ある人間を探す

マリム

強くなる

 

契約4

楽しい旅であれ

 

 

 

 

過去

ミズキ、スー、シーク、フレイド、マリム   不明

 

 

 

 

 

 

 





カントー図鑑ナンバー 圏外
後のミズキによる図鑑アップデート後のぜんこく版図鑑ナンバー 200 ムウマ
愛称 マリム
まじめなせいかく ちょっぴりみえっぱり
Lv32のとき、ポケモンタワーで出会った。



愛称に一番悩んだ子です。


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第8話 1 ものひろい 別れ 再出発

投稿ペースの遅さに一番焦っているのは自分です。


最近書いては消してが増えてきました。
自分に対する要求が高くなってきたのはいいことなのかもしれませんが速度をがんばりたいものです。


 

 

 

「……最近多いな。この光景」

 

起きて一番にミズキの瞳に映ったのは寝ている自分の腹辺りに馬乗りになりながらこちらの顔を覗きこんでいるシークの顔。ちらりと見える太腿に見惚れてなどいない、断じてない。

そして右のわきに橙色の毛並みを整えて気にしてない体を装いながらもちらちらと此方の様子をうかがっているフレイド。クチバの時にも思ったことだがとことん素直じゃない奴だ。

そして左のわきにはクチバの時とは違い、怒りを思いっきり露わにするというよりはただただ悔しさを抱え込みながらもこちらを心配しているスー。フレイドもこれぐらい素直に表情に出してくれればいいのにと思ってしまうほどわかりやすい表情で自分のことを見つめていた。

 

 

そしてそっとシークを持ち上げ、膝に抱え込みながら上半身をおこす。抱き心地がいつもと違うと感じてしまったのは体中に巻きつけられたこの包帯のせいらしいが今はそんなことはどうでもいい。

 

 

「いったい今は何日の何時だ? あの後一体どうなった?」

 

 

そう、けんきゅういんにはなった一発を最後にミズキは気絶してしまっていた。

 

元より人間の限界を二個か三個ほど上回った状態で何時間という単位で大暴れしていたのだ。終盤はアドレナリンによって“まひ”した感覚でむりくり体をふるっていたにすぎず、蓄積した疲れが一気に襲ってきたといわれても自分の体に文句をつけることもできない。むしろそれまで動いてくれていたことに感謝すべきなくらいだろう。

 

 

しかし、それを加味しても見過ごせない事態が窓の外にはあった。

 

 

時間はどう見ても夕暮れ。

 

 

自分達がタワーに入ったのが昼の一時か二時くらいだったことと自分の怪我を考えればそれくらい寝てても妥当と考えることもできるが、その現実を素直に受け取るには見過ごせない事実があった。

 

 

 

 

外の住人達は、明らかに自分たちがみた者とは違う。

 

 

 

 

この町の雰囲気を壊すかのように大はしゃぎする馬鹿者どもこそいなかったが、誰もかれも明らかにその身に生気を宿し、活気に満ちた目をしていた。

 

活きた目で、嬉しそうに、萌えもんタワーへ向かっていた。

 

 

 

 

おそらく、マリムが力を垂れ流している間、彼らは塔の中の墓参りすらままならなかったのだろう。だからこそ、問題がなくなり、意気揚々としている。それはわかる。

 

 

 

 

だが、いくらなんでも早すぎる。

 

 

 

 

マリムに奪われたHPを取り戻し、ぼろぼろになった塔を修繕し、R団が起こした事態を終結させ、再び日常へと戻る。

 

 

そんなことが、半日で、二、三日で行えるはずがない。

 

 

つまり……

 

 

 

 

 

「君が寝ていたのは一三日と六時間じゃよ」

 

 

 

 

 

ドアを開けて入ってきた老人が、さらりと衝撃的な事実を告げる。

 

 

「……冗談だろ?」

 

「こんな嘘を言って何になる? まあ、信じる信じないは勝手じゃよ。ほれ、めざめの“チーゴ茶”じゃ。“やけど”にも効くぞ」

 

片手に持っていた盆の上の湯飲みを脇の机に置き、そのまま机に据えられた椅子に腰かける。さすがにコーヒー以外はいらない、というのも失礼な空気だったので一応飲んでみたが意外にうまかったことは伝えておこう。他の誰に飲ませても文字通り“にがい”顔をしていたが。

 

 

 

「さてと、まずはお礼からじゃな。連中から助けてくれたこと、そして……」

 

言いかけたところで老人が横を向いたので、つられてそちらの方を向くと、短く細い骨を抱えた茶色い服に包まれた小さな子ども萌えもんが、頭の骨のメットを深くかぶり、こちらと目を合わせないようにしながら、老人の方までとことこと寄ってくる。

やがて足元まで来ると、ミズキがシークにやっているように、膝に乗せて頭をなでながら言う。

 

「この娘の母親の仇を討ってくれたこと。感謝するよ、本当にありがとう」

 

「……礼ならレッドに言ってやってくれ。あいつがいなかったら、俺は何もしなかったし、何もできずにくたばってた」

 

「ほっほっほ。レッド君も君と似たような事を言っておったよ。『礼なら兄さんに言ってくれ。自分はその子に、何もしてやる事が出来なかった』とな。そしてもう一つ、彼のリザードが言っておったよ。『次に会うまで待っていてやる』だそうじゃ」

 

一瞬だけ笑みをこぼしたが、その後すぐに思い出したかのように腰に触れる。自分が普段から着用しているボールホルダー付のベルトがなかった。

 

「俺の、俺のボールは?」

 

「ほれ、ここにあるよ」

 

湯飲みが置いてある自分のわきの机の引き出しを開き、ボールが四つついたホルダーを取り出し、ベルトごとこちらに渡してくれる。その中の一つだけ『入』を表すボールを手に取り、上半身を老人に向ける。

 

「……それが、あの娘のボールかい?」

 

「はい……」

 

その状態から、ミズキはめいっぱいまがるだけ体を曲げ、頭を下げる。何をしているのかわかった順、フレイド、スー、シークの順に、それにならって頭を下げる。

 

 

「ほっほっほ、なんじゃなんじゃ?」

 

 

楽しい声が響き渡っても、ミズキたちは苦しげな表情を一つたりとも崩さない。

今から自分たちが言うことが、どれだけ酷で身勝手なことかは、四人が一番わかっていたからだ。

 

 

 

「許してやってくれなんて、無神経なことを言うつもりはないし、言いたくもない……けど、ほんの少しだけ、こいつを、認めてやってください。こいつを、俺の旅に連れて行かせてください」

 

 

 

 

 

 

マリムが抱えた罪は、簡単に許していいものじゃない。

 

 

 

 

罪滅ぼしと人は言うが、本当に償うべき罪というものは簡単に滅ぼしていいものじゃない。

 

 

 

 

それを誰よりも理解したうえで、彼女を連れていくと言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

頭を下ろしてからほんの少しだけ沈黙があった後、少しだけお茶をすする音の後にゆっくりと声が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

「……わしからも一つ、頼ませてもらおう」

 

 

 

 

 

その娘を、幸せにしてやってくれ。

 

 

 

 

 

「……いいんですか? そんな簡単に」

 

 

 

 

 

「言いも悪いもない。その娘は、ただ、必死にあがいただけじゃ。こいつと、こいつのお母さんのために、一生懸命もがき、苦しんだんじゃ。それだけで、十分じゃよ。町のみんなには、ほとぼりが冷めてからわしが言っておこう。なあに、全てを受け入れ、そっと美しく溶かし込むのがシオンという町じゃ。お前さんも知っておろう」

 

 

「……覚えていてくれたんですね。俺のことを」

 

 

ひげをいじくりながらほんの少しだけ笑ったじいさんは膝の上のカラカラを椅子に置き直し、お盆を持って部屋を出ていく。

 

ああ、いいなあ。この町は。

 

少しだけ、ほんの少しだけ無茶をして、この町を取り戻せてよかった。そう思う。

 

 

「……何がほんの少しですか……」

 

「俺に無茶をさせたくなきゃあ圧倒的に強くなることだな」

 

「はん、表に出るかクソ主」

 

「捻り潰してやろうかこの駄犬」

 

掴みかかろうとしたところでスーによる拘束とシークによる“ねんりき”が入り、再び仰向けになることを余儀なくされる。二人の目がマジだった……超こええ。

 

正直俺が寝て起きたという事は体が完全である証拠なのだがそんなことこいつらに言っても納得するとは思えないため素直にもう一眠りしようかと思ったその時、

 

 

 

 

「ねえ……お母さんはぁ?」

 

 

 

 

声に反応し左へ顔を向けると、顔を隠している骨の隙間から見える瞳に少しずつ涙がたまっていくのが見えてしまう。

フジろうじんがいなくなったことで、R団に監禁されていた時の様々な恐怖がフラッシュバックしてきたのだろうか。

 

椅子からこちらのベッドに飛び乗ってきたカラカラは半身を起こしたミズキの横まで来て、すがりつくようにして声を上げる。

 

 

 

「お母さんは……どこに行ったのぉ?」

 

 

目をそらしたり、歯を食いしばったり、涙をこらえたり。

 

その場にいる者たちが三者三様の対応を取ったその時、

 

 

 

 

ミズキは、

 

笑っていた。

 

 

 

 

 

「……お母さんはな、いま、お友達のところにいるんだ」

 

 

 

 

 

優しく微笑み、優しくなでながら発した言葉に、

嘘はなかった。

 

 

お母さんは、いる。彼女の、心に。

 

 

 

 

 

「……お友達って……マーちゃん?」

 

 

 

「……ああ」

 

 

 

 

「なんでマーちゃんのところにいるの……? マーちゃんはどこ?」

 

 

 

 

 

「……マーちゃんは今、ちょっと暗い所にいるんだ」

 

 

「暗いところ?」

 

 

「ああ……暗くて、遠くて、寒くて、苦しくて、一人じゃあとてもこらえられないような、辛い場所にいるんだ。だから、お母さんは、マーちゃんについて行ってあげたんだ」

 

 

「……なんでマーちゃんはそんなところにいるの?」

 

 

「……出たくても出られないんだ。出口がどこにあるかもわからないような……辛いところなんだよ」

 

 

それまで同情の眼差しを向けていた三人が、一斉に目を背ける。

分かっている。これがどれだけ酷なことなのかということぐらい。

 

 

「……だから、待っててやってほしいんだ。マーちゃんのことを。今はとっても無理だけど、きっと、君が待っててくれればきっと、マーちゃんはお母さんと一緒に、君の元に戻ってくるから。もっともっと強くなって、戻ってくるから」

 

 

歯を食いしばりながら、最後の一言を紡ぎ切り、その後に三人を目で制する。

絶対に、泣くな、と。

 

 

 

 

 

 

 

「僕ね……お母さんが、大好きだったんだ」

 

 

 

 

 

 

泣くな、泣くな、泣くな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもね、それとおんなじくらい、マーちゃんも大好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ああ」

 

 

 

 

 

あー、こりゃ無理だな。三人はボールに戻しておいてやりゃあよかった。

 

 

 

 

 

 

「マーちゃんはね。僕が嫌いな怖い夢を、食べてくれたんだって。だから僕、マーちゃんのこと、大好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………そうか」

 

 

 

 

 

 

 

「だから、僕、マーちゃんのこと、待ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか、抱きしめていた。

優しい、この子を。

罪を知らない、まっさらなこの子を。

 

 

 

 

関わって欲しくなかった。自分たちの旅に。

会いたくなかった。自分たちの旅では。

 

 

 

 

 

 

「…………R団!」

 

 

 

 

 

 

だからこそ、より一層、許せなくなった。

 

 

 

 

R団も………………自分の罪も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………少々辛い役をやらせたかな。すまん。そして、もう一度言おう。ありがとう、ジョウ」

 

「やめてくださいよ。自分の行いの後始末です。礼なんて言われる立場じゃない」

 

辺りは暗くなり倒れてから十四回目の夜に突入し、自分の萌えもんが寝静まった頃合いを知ってか知らずか、フジろうじんが部屋に入ってくる。が、そちらに目も移さずに萌えもんの入ったボールを磨き、月明かりに照らし輝きを確かめるその姿にフジは思わず苦笑を漏らす。

 

「……そして、今の俺はミズキです。世界で一番偉大な博士から授かった、大事な名前です」

 

「……そうかい」

 

ミズキは机にボールを並べ、四つ目のボールに手をかける。

 

「……いかに力を抑えられないと言っても、ボールの中から力が漏れるわけではないのか。それならばまずは一安心じゃな」

 

「ああ……しかし、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。それじゃあ俺がこいつを連れていく意味はないし、何より、こいつが前に進めない。こいつ自身が強くならない限り、こいつは一歩を踏み出せない」

 

ボールを握り締める力が少しだけ強くなる。

 

「当てはあるのか? 強くする当ては」

 

「……一つだけ」

 

 

言葉の内容とは裏腹に陰りのある顔を見せるミズキに対し、フジはそれ以上の言及を避ける。

その気遣いにミズキは痛いほど心の中で感謝をするがそれを読み取るものはここにはいなかった。

 

 

 

「……それで? いったいシオンへは何をしに来たんじゃ?」

 

「……フジろうじんの顔を見に、ご健康ご多幸の確認に……という答えでは不満ですか?」

 

「ほっほっほ。いくらでも拝むがいい、こんな顔がみたければな」

 

 

そういいながら窓際へと移動し月明かりを眺めるその横顔に、ミズキは先ほどまで感じていたものとはまた違う懐かしさを覚える。

 

 

 

(……ああ、そういえば、オーキド博士もこんな感じだったっけ)

 

 

 

そしてこういう時の博士がやることは決まっている。

 

 

 

一気に、こちらに踏み込んでくるんだ。

 

 

 

 

「じゃが、それが目的ではないんじゃろ? 八年もここを開けておいて、いきなり来て何も用がないは通らんよ」

 

 

「……なるほど。ごもっともです」

 

 

そうか……もう八年になるのか。

 

 

 

 

俺がここを出て、そして……

 

 

 

 

クライを…………

 

 

 

 

「……? どうした?」

 

 

「いえ……何でも」

 

 

馬鹿か俺は。

 

ここで感傷に浸ってどうするんだ。

 

 

 

ブルーから言われたんだろ。

 

 

 

 

逃げるなよ。

 

 

 

 

過去から、罪から。

 

 

 

 

向き合うんだろ。

 

 

 

 

 

 

「……失った記憶を、拾いに来ました」

 

 

 

 

 

 

「ほう…………」

 

「……驚かないんですね。我ながら、少し突拍子もないことを言ったと自負していますが?」

 

「長く生きた爺を見縊るもんじゃない。今の君を見て異変に気付けんほど耄碌はしとらんつもりじゃよ」

 

戸惑いもあったが受け入れてくれたことはすなおにありがたく受け取り、早速本題に入る。

 

 

 

「記憶喪失……という事かい?」

 

「いえ、すこし違います。現に俺は、フジろうじんのことを覚えているし、この町のことも覚えていました。ここを出てから何があったかも覚えていますし、己が罪を忘れたことなどありません」

 

右の掌を左胸に当て、握りこみながら呟き、続ける。

 

 

「俺のこれは……記憶破壊……いえ、記憶損傷、ってところでしょうか」

 

 

「ほお……」

 

興味深そうな声を上げた後、ほんの少し申し訳なさそうにしたフジに気にするなという合図の手を振る。不謹慎な考え方をしてしまうのはミズキ自身もよくやることであるため責めるつもりはなかった。

 

 

「ちょっとした……本当に、ちょっとした不幸がありましてね」

 

自分の頭を触りながら嘲るように言う。

 

「俺の頭に別のデータが無理やりインストール(・・・・・・・・・・・・・・・・)されちゃいましてね……記憶が部分的に焼けきれちまっている、とでもいいましょうか」

 

「なるほどのう……それで当時の言葉づかいも忘れておるというわけじゃ」

 

その一言に、ミズキの顔が少し呆けた顔を作るが、それを見てフジろうじんはまた楽しそうに笑う。

 

「よいよい。気にするな。言葉遣いが丁寧になったんじゃ。成長を喜ぶべきじゃろう。礼儀正しくて何を考えているのやらとも思ったが、これで納得がいったわい」

 

その一言に少し恥ずかしくなり顔を伏せたミズキを見ながらひとしきり笑ったあと、部屋を出て行ったフジろうじんは、少しして、またチーゴ茶を持ってきてくれた。

 

 

「聞きたいことは多かろう? 何でも話すさ。聞いてみなさい」

 

 

「……ありがとうございます。フジろうじん」

 

 

 

 

 

「俺は……どんな子どもでしたか?」

 

「ふむ……というのはどういう事じゃ?」

 

「今の自分と、どこが違って見えますか、という質問です」

 

少しだけお茶を飲み、頭を覚醒させてから話し始める。自分が聞き、フジが返す、という形式の為、必然的に静かな語り合いとなる。その無音は不思議と心地よかったため答えを待っている時間は苦ではなかったが、ない記憶を聞こうとしているため、殊更発言には気を使い失礼のないように言葉を選んでいた。

 

「ふむ。とりあえず……その時から成長した部分……というわけではないだろうね……人間的に全く別人に代わってしまったところ……と捉えればいいかな?」

 

確認のようなつぶやきに、ミズキが無言でうなづく。

 

 

 

「そうさな……昔の君は……もう少し我が儘だったというように思うよ」

 

 

 

「……」

 

思い切り息をつきたかったところを、すんでのところで飲み込み、続きを促す。

 

「もちろん、これは子どもだから、というような理由のものじゃない。もっと、君の本質的なものだったと思うよ。はっきり言って、わしは君があの黒い男たちを倒し、わしらのことを助けてくれた時、わしは目を疑ったよ。あのジョウが、とな」

 

「……さっき言った通りですよ。俺は、俺のためにやったんです。フジろうじんに用があった、R団をつぶしたかった、マリムを仲間にしたかった。それだけです」

 

「その考え方が、もうわしの知っているジョウとは似ても似つかない思想じゃよ。人の精神がどれだけ成長したとしても、思想の本質が変わることなどありえない。おそらく、その失った記憶に影響されるものじゃろう」

 

言われてミズキは歯噛みする。

 

正直に言って、ミズキは自分の記憶の状態がどれだけひどいものなのか、測り兼ねていた。

 

自分の過去を知っている者がいないのだからそれも当然なのだが、最大の要因は、単純な『記憶喪失』との相違点だった。

 

 

何を忘れているのかがわからない。

 

 

これが最大の問題だった。

 

 

記憶喪失ならば、思い出そうとして思い出せないものが忘れていることだとわかる。

 

しかし、ミズキのそれは、わけが違う。

たとえば、今回のようにシオンタウンのことを思い出そうと思えば思い出せるし、フジろうじんのことも、この施設の場所も寸分たがわず思い出せる。

 

しかし、この施設での、自分の振る舞い方さえも忘れていて、それを思い出す事さえかなわない。

 

記憶喪失がタンスの引き出しがなくなることだとするならば、記憶損傷は引出しの中の小物の一部が盗まれてしまったようなものだった。

 

 

(しかもどうやら、無くなった小物はかなり多いみたいだな……)

 

 

目をそらしてきた現実と向き合い、今まで逃げていたことに後悔を覚えるミズキだった。

 

 

「ふむ……ならばこの施設での思い出を、一つ一つ振り返っていくとしようかの」

 

 

そういうとフジろうじんは部屋の隅の棚の奥から一冊の本を取り出し、ミズキの目の前に持ってきた。古く煤けてはいたが埃かぶってはいなかったため、よく取り出していることがわかる。

 

表紙には掠れかけた文字で、『想いで』と綴られていた。

 

「アルバム……」

 

「ああ、君が子供のころの写真じゃよ」

 

そうしてフジろうじんは、少しずつ、ゆっくりと、一枚一枚写真の想いでを語ってくれた。

 

 

「これはみんなで西までピクニックに出かけた時の話じゃよ。君は一番後ろで不機嫌そうについてきておった」

 

「こっちはみんなでお誕生日会をした時かね。君は甘いものは好きじゃないと一人で拗ねておったよ」

 

「今度はみんなで買い物じゃな。欲しいものでいっぱいだった君がいっつも真っ先にはしって言っておったよ」

 

 

時には楽しそうに、時には悔しそうに、時には嬉しそうに、一つ一つの想いでをかみしめるように教えてくれるフジろうじんを見ながら温かい気持ちになりながらも、自分の状態の深刻さにシーツの上の拳を軽く握りしめる。

 

 

 

覚えていることも、確かにあった。

 

間違いなく、そこにいたのは自分であるはずだった。

 

 

しかし、その想いでのほとんどは、自分が行ったものであるという事が信じられないようなものばかりだった。

 

まるで他人の日記を見返しているような気分。

 

フジろうじんが自分を見て、『本質が違う』と表現するのも納得だった。

 

それを見ているミズキですら、この写真に写っているのが本当に自分なのかを疑いたくなるような話だった。

 

 

 

「……どうやらわしと同じ感情にはならなかったようじゃな」

 

はっとミズキが顔を上げると、フジろうじんは話をやめ、こちらの顔をうかがっていた。

 

「……すみません」

 

「何を謝る? それを確かめるためにここに来たのじゃろう。だったのならば謝るでない。自分を下げることになるぞ」

 

言うとろうじんは持っていたアルバムをそっと閉じミズキに預けて、交換にからになった湯飲みを持って立ち上がった。

 

「もう遅くなってしまったな。そのアルバムは君に預けよう。もはやそのアルバムに写っている子供たちはここにはおらんしの。記憶の足しにしなさい」

 

最後におやすみ、と一言添えて、部屋を出て行ったフジろうじんの背中を見ながら、もらったアルバムを握り締め、布団に倒れこむ。

 

 

 

シオンに来たのは、正解だった。

 

マリムを仲間にし、R団にダメージを残し、記憶の一片を拾い上げることもできた。

 

少しだけ危ない目にあいもしたが、得られた結果はほぼ百点だったと言えるだろう。

 

 

 

 

……ほぼ。

 

 

 

 

『君が寝ていたのは一三日と六時間じゃよ』

 

 

 

(……いくらなんでも時間をかけすぎた)

 

仰向けの状態で両掌を目の前にだし、三つ指を織り込んだ手を眺める。

 

(時間と、力。失ったものも、でかい)

 

 

 

 

「もっと、もっと強く……」

 

 

 

 

 

 

「呆れた。まだ強くなるつもりなのね」

 

 

 

 

 

 

「……よお、まだいってなかったのか」

 

寝る体制のまま顔も動かさずに答えるミズキに、声の主は顔をゆがめる。

 

「ひどい反応ね、驚いてもくれないなんて」

 

「アルバムも見たばかりなんだ。お前が何者だったかなんか、馬鹿でも気づくさ」

 

「……そっか」

 

少しだけ笑ったその娘は窓枠の部分に腰掛け、無理やりミズキの目線に入ろうとするが、身長の高くない彼女が頑張ってもかすかに茶色い肌が視界の隅に移るだけだった。

 

「これでも、大きくなったんだけどね、あなたと遊んでた時に比べたら」

 

自分の目を見て馬鹿にされていると感じたのか、ふてくされたように返す。その言い方にミズキも思わず笑い、目線だけすっと横にずらす。

 

 

「……約束は、きっちり守ったぜ」

 

 

「ええ、信じてたわ。あなたなら、マーちゃんを助けてくれるって」

 

 

声の主、ガラガラは、月明かりを見ながら笑っていた。

 

 

 

身体を起こし、受け取ったアルバムの最後のページを開く。

 

そこに入っていた写真は、同じような背丈の子どもと、萌えもんたち。

この施設にいる者たちの、集合写真。

 

そしてそこに写る、笑うミズキと、腕の中のカラカラ。

 

「……そっくりだよ。お前の息子と」

 

「ええ、マーちゃんが守ってくれた、私の自慢の息子だもの」

 

最高に楽しそうな笑顔を作り、ミズキの言葉に全力の肯定を見せる。

 

「……悪かったな。お前のことを忘れちまって」

 

「……気味が悪いからそういうのやめてくれない? 私の知っているジョウと違いすぎてね。助けてやった、感謝しろ。ぐらい言ってくれないと」

 

その言葉を聞き、最近自分が、自分の片割れ(・・・・・・)に言ったことと、ほぼ同じことを言われ思わず嘲り笑う。

 

「そうかい。だったら、やっぱり『ジョウ』と『(ミズキ)』は別人なんだな」

 

「……どうかしらね。私はそうは思わなかったけど」

 

否定的なミズキをさらに否定すると、窓のふちから思いきりジャンプしたガラガラが自分の手元にダイブする。

 

「おっと……怪我人に何しやがる」

 

「治ってるんでしょ。どんな体してるのか知らないけど」

 

そういってガラガラは力を抜き、ミズキに体をゆだねる。

 

「わたしは、一目であなただってわかったわよ。たとえ何が変わっても、あなたはあなた、ジョウはジョウ、そして、ミズキはミズキなのよ」

 

 

 

そういって下から自分のことをまっすぐに見つめるガラガラを、

抱きしめようとした腕が、虚しくも空を切る。

 

 

 

「……限界かしらね」

 

「……いくのか?」

 

「ええ。もともとここにいるべきじゃないのよ。未練残して去りたくなかったからここで誰かを待っていただけ。それもなくなったからね」

 

「こいつに、会わなくていいのか?」

 

先ほど磨いていたボールをひとつつかみ、掲げながら言う。

誰のボールかは言うまでもなかった。

 

「……いいのよ。もう、いいの」

 

 

 

 

 

なぜ、とは聞かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。ミズキ。これからも、マリムをお願いね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起きた時には、まるで夢なんじゃないだろうかという気分だったが、

 

 

手元に残ったマリムのボールがそれを否定するかのように輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くのか?」

 

「はい。少しここに止まり過ぎました。俺たちは、進みます」

 

翌朝早くにこっそり抜けてしまおうとしたミズキを目ざとく見つけたフジろうじんによって振る舞われた朝食をスーが申し訳ないくらい流し込みいただいた後、必要な荷物をいくつか用意してもらった挙句外に出るときっちり見送ってもらっていた。

 

「……西かい?」

 

「はい。少し予定を変えて、マリムを強くすることにします」

 

 

目指すは、タマムシシティ。

個人的な感情としては、行きたくないがそんなことを言っている場合じゃない。

 

 

「そうか。それじゃあ、これは新しく旅立つ『ミズキ』への餞別じゃ」

 

 

そういうとフジろうじんは少し大きめのアタッシュケースの様な鞄を取り出すが、ミズキはそれをすぐに抑える。

 

「もう十分すぎるくらいご迷惑をおかけしました。これ以上は……」

 

「何を言う。君はわしらを救ってくれたんじゃ。感謝してもしきれん位なんじゃよ。気を使うくらいならもらっておくれ。それがわしらは一番うれしい」

 

ほほを少し掻くミズキに、変わらぬ笑顔でフジろうじんはケースを開ける。

 

 

「……これは」

 

 

「ほっほっほ。性は隠せんのう。ニャースも殺す好奇心を孕んだ目をしとる。さすがは研究者じゃな」

 

そういわれて少し恥ずかしくなるが、その気持ちを差し引いても目の前のそれは驚愕するものだった。

 

 

 

 

 

「……キーストーン」

 

 

 

 

 

「知っておるか。さすがじゃな」

 

笑うフジの声すらも届かないほどに、今のミズキは興奮の坩堝にいた。

 

黒いリストバンドの様な器具にはめられたその石は、遺伝子を思わせるような柄に幻想的な光を放ち、ゆらゆらと揺れているように見える。

 

思わず何の気なしに出してしまおうとしたその手を寸前で理性がセーブする。

 

「う、受け取れませんよ! こんなとんでもないものを!」

 

ひっこめようとしたその手をそっと手で包んだフジろうじんは、軽くミズキの腕を引き、リストバンドをはめてやる。

 

「いいんじゃよ。もはやわしはこれを研究する気力もない。ならばお前さんの様な未来を見据える若者の糧になるのが一番じゃ。それに本当は欲しいんじゃろ。顔に出とるぞ、オーキド研究所所属研究員」

 

反論しようとすることすらできなかった。

全てその通りだった。

 

いまだかつて世界の名だたる研究者が束になってかかっても完全に解明することのできていない未開発の分野。

萌えもんの進化の可能性を抱えた、萌えもん界のパンドラの箱。

 

 

 

メガ進化。

 

 

 

いらないわけがない。

調べたくないわけがない。

使いたくない、わけがない。

 

 

 

欲には、逆らえなかった。

 

 

 

「ありがとう……ございます!」

 

 

「ふむ……ようやく素直になったの。少しだけジョウに戻ったわい」

 

 

 

そういうとフジろうじんは、ケースを持って振り返り、自分の家へ戻っていく。

 

 

 

 

 

「結局、世話になってばっかりになっちまったなあ」

 

情けないと思うのは勿論だが、そんなことをいっている間にも、時間はどんどん過ぎていく。

 

 

 

 

フジろうじんの為にも。

 

ガラガラの為にも。

 

マリムの為にも。

 

そして、

 

フレイドの為にも。

 

シークの為にも。

 

スーの為にも。

 

 

 

 

 

「進もう。次へ」

 

 

 

 

 

残された時間は…………もう、長くないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

契約1、2、3、4   瞬間凍結

 

タマムシ 瞬間契約 マリムの野望を優先解決する

 

 

 

 

 



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第8話 2 亀裂

本当に久しぶりの連投です。

前半チョイギャグ 後半真面目


 

 

「それで? 『当て』とはいったい何のことだ?」

 

クチバに行く道中と同様の“ちかつうろ”の中をマリムを除く皆で歩いていた時にフレイドがふと口にする。その言葉にはほんの少しだけ棘のようなものを感じる。

おおかた初の“契約凍結”にまだ納得が言ってないのだろう。ニビシティですでに経験済みのスーと今日も腕の中でまったりと過ごすシークに比べて今日のフレイドはかなり不機嫌なオーラを全身に纏っていた。

 

「そんなに嫌な顔すんなって。確かに俺たちの旅は野望に向けた契約の旅だ。最短距離を進むに越したことはないさ。だが別に空白の時間をゼロにしなければいけないわけじゃない。無駄じゃなければ寄り道も必要だろう」

 

そういって頭をガシガシと撫でるがまだフレイドは険しい表情を崩さない。

 

「もう……フレイドさんってば、いったい何がそんなに不満なんですか? マリムちゃんのことを考えててマスターがかまってくれないからですか?」

 

「違う。主がいなければ何もできないお前と一緒にするな」

 

 

その言葉を境に、二人の間でぴしっ、と音が鳴る。

 

 

「……シーク、みるなみるな」

 

「……?」

 

 

ミズキは抱えているシークの目線を手のひらで覆う。シークは掌を必死に外そうと小さい力で抵抗するが、ミズキは負けじとがっちりと抑えながら、火花散る二人から距離を置く。

 

 

「……言い過ぎたって謝るのなら今のうちですよ」

 

「何か問題でもあるのか? 最近の戦果とわっちらの実力を照らし合わせれば、わっちの発言は妥当性があると思うが?」

 

「へぇ~~。最近マスターの作戦で失敗続きのフレイドさんからそんなセリフが聞けるなんて思いませんでしたぁ」

 

「あ゛あ゛!!」

 

おお、スーがフレイドを“ちょうはつ”している。

スーのあんな一面がみられるなんて……あいつらも仲良くなったもんだなあ。

腕の中でシークが小刻みに震えているけど気のせいだろう、うん、気のせい気のせい。

 

 

「……わっちに実力が劣っているからハナダでグダグダいじけてた間抜けはどこのどいつだこの小娘!」

 

「はー!? 毎度毎度自分のマスターにケンカ売っては負けてる犬さんがそんなこと言っちゃうんですかぁ!」

 

あーあ。二人ともスイッチ入ってるよ。どうしたもんかねえ……。

 

「シーク。止める?」

 

目隠ししたままのシークが両手でばしばしとミズキの両腕をたたきまくる。うん、何回たたいたかはわからないけどたぶん答えはNOなのだろう。

 

 

「いいですかフレイドさん? この際だからはっきり言わせていただきます! マスターの相棒にして最強の矛となり得るのは、初代パートナーのこの私です!」

 

「……出会うのが早ければ最強の矛か。ずいぶんと安い称号をぶら下げてるんだな」

 

 

ああ、これ、ダメだ。

 

 

最後の言葉を皮切りに二人は振り向き、大股で三歩距離を取る。

これはミズキとフレイドが道中、いつもの喧嘩をする際に最初にやる儀式みたいなものだった。

 

 

 

「さーてと、どっちが勝つかなー」

 

そんなこと言ってる場合じゃないと言わんばかりに腕の中のシークが大暴れをする。

 

……そんなこと言ってなきゃやってられない状況なんだもん。

 

 

 

 

 

「ぶっ飛べ負け犬ぅ!」

 

「沈めクソアマぁ!」

 

 

 

 

 

“ちかつうろ”は勝手に通っていいって言ってくれた管理人のフジろうじんの笑顔を思いだし、これまでのフレイドとの戦闘を少しだけ反省するミズキだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……気が済んだか馬鹿ども」

 

「「すみませんでした」」

 

包帯だらけの体で謝罪する二人を見おろしながら、首を動かし周りに目をやる。十万単位の弁償で収まったらいい方だろうかというほどにぼろぼろになった『つうろだったもの』の残骸が広がっていた。

下がったままの二人の頭をぺしぺしとたたくシークがこの空間唯一の癒しだ。

 

「……まあ、お前らが想っていることを吐き出せるようになったことが分かったっていうのは、ある意味チームとしては僥倖だしな。今回だけは許してやるよ」

 

「「はい」」

 

ちなみに結果としては勝負は引き分けだ。ダメージが深刻になる寸前で涙目のシークと自分が仲裁に入った。

ん? 最初から止めろって? 不完全燃焼の爆弾二つ抱えたまま旅なんかできるかい。

 

 

 

 

 

「で、犬の方の馬鹿。お前は何がそんなに不満だったんだ?」

 

「……わざわざ契約を曲げてまでムウマの野望を優先してやる理由があったのか、という事だ」

 

腕の包帯を煩わしそうにしながら結果不機嫌なままのフレイドが言う。

 

「わっちから見ても、あのムウマのレベルはこの中の誰よりも高い。単純な能力ではもちろんだが、ゴーストタイプという恵まれたタイプも手伝って、奴の戦闘汎用性はこのパーティ……いや、全萌えもんの中でもトップクラスだ。わざわざ旅の時間を割いて奴の強化をする理由はあるのか?」

 

べた褒めしているように聞こえるが、フレイドの言っていることに誇張や測り違いはない。

ぶつりこうげきを無効化できるタイプ相性やあのこうげきりょく、ぼうぎょりょく、わざのレパートリーを考えれば今前線に出したとしても即戦力として扱えることは間違いない。

むしろ我々が束になってかかっても止められないような力を持った者が味方に付いてくれたのだ。これ以上の強化が必要かどうかというのは至極真っ当な疑問だろう。

 

「なるほどな、それでマリムの野望を優先するのが納得いかなくて拗ねてたのか」

 

「拗ねてないと言ってるだろう!」

 

きっ、と睨むフレイドを堂々と適当に流しながらも、ミズキの目はそっと真剣な目に変わる。

 

 

 

「でもな、俺は今のままのマリムじゃあ、とてもじゃないが戦力にはならないと思っている」

 

 

 

その言葉に三人はピタッと止まり、ミズキの顔をじっと見つめる。

 

「……理由を聞こうか」

 

ミズキの少し前を歩いていたフレイドはそっとちかつうろの壁に寄りかかる。自分が納得する説明をするには長い話になるとでも思ったのだろう。

 

「そんな小難しい理由はないさ。いや、むしろシンプルで明快な理由だ」

 

 

 

今のやつには自信がないのさ。

 

 

 

「……そこがわっちの一番理解できない点だ」

 

 

 

フレイドは自分の手で鬣をくしゃくしゃとまわしながら少し声を荒らげ言う。

 

「悔しいが、わっちらは奴に完敗した。ほのお、かくとうで近接戦闘型のわっち、エスパーで遠距離攻撃補佐のシーク、みず、こおりで中距離攻撃兼中距離攪乱型のスーが、主の作戦を遂行した結果、惨敗した」

 

言うのも嫌だ、と言わんばかりの口調で一つ一つ呟く。言葉が進んでいくごとに、三人の空気は次第に重くなっていく。

 

「そんな奴が、『弱い』だと! ちょっとわざ(ゆめくい)がうまく使えないからって『自分は弱くて弱くて仕方がない』だと! そんなこと言われて納得が出来るわけがないだろう!」

 

“とおぼえ”の様な叫びを聞き、ミズキは今のフレイドの心情の大方を理解する。

 

 

 

(こいつ……やっぱり拗ねてるんじゃないか)

 

少し笑いかけたところを無理やり心の中に抑え込む。

 

 

 

 

フレイドは『嫉妬』している。

 

 

 

 

これが全てだ。

 

 

 

自分より強いマリムが、自分よりさらに上を目指している。

それを、俺が優先しようとしている。

 

それに、嫉妬している。それだけだ。

 

(かわいいやつだなあ……)

 

しかし、それでチームに亀裂が入るのはいただけない。

今こそ契約は凍結しているが、旅の基本は『楽しい旅であれ』だ。

 

一つ咳をはらい、気持ちを切り替えてフレイドに向き直る。

 

 

 

「お前ら、『ムウマ』っていう種族がどんなわざを覚える事が出来るか知ってるか?」

 

 

 

「へっ?」

 

その質問に間の抜けた声を上げたのはスーだった。いや、声を上げてはいないだけで、シークも同じような気持ちだろう。ちょっと下に視線をずらすと手元で丸まっている黄色いそいつがきょとんとした顔でこっちを見上げている。

 

「マスター、いきなり何の話を……」

 

スーのその純粋な質問は、一転して呻くような声に変わったフレイドの言葉が遮る。

 

 

 

 

「ま……まさか……」

 

 

 

 

「おお、気づいたか。さすがだな。馬鹿わんこから(かしこ)わんこに昇格させてやろう」

 

そんなおどけたミズキの答えに反応する事さえせずに、フレイドは自分の頭を片手で抑え少しうつむく。

フレイドがムウマの覚える技をすべて知っているとは思えない。つまり、ミズキに言われた言葉の端々から、自分で結論にたどり着いたのだろう。ハナダのころの直線的な考え方しかできなかった彼に比べれば日進月歩の成長を褒めてやりたいところだが本人がそんな状態じゃないので今回は少し自重する。

 

「ちょっと! 納得してないで説明をくださいよマスター! いったいどういう意味ですか!?」

 

そしてまだわかっていないスーが場違いに声を荒らげる。

……お前ももうちょっと考えられるようになろうな。

なんて馬鹿なことを言っている時間じゃない。そろそろ真剣に話し始めないとな。

 

 

 

 

 

 

「いいだろう、結論だけ言ってやる。

 

『ムウマという種族にとっての“ゆめくい”っていうわざは、何の役にも立たない』

 

いわゆる死に技だ」

 

 

 

 

 

 

「…………えっ?」

 

体温がもともと低いスーの体に、もっと違う、冷たい電流の様なものが駆け巡り、もともと青いスーの表情をさらに青くする。

 

 

「ムウマっていう種族はな……あいてをねむらせる状態異常わざを……一切覚えないんだよ」

 

 

スー、そして、腕の中にいるシークの体が一瞬跳ねる。今ミズキが口にしたことが、何を意味するのかを理解したのだろう。

そしてフレイドは変わらぬ体制のまま、気まずそうな顔で口を歪める。散々言いたいことを言ってしまったことを後悔しているのだろう。

 

 

 

 

 

 

萌えもんには、覚えられるわざ、覚えられないわざがある。

 

 

まあ、ちょっとした例外は数種類いるが基本的には、

 

1.その萌えもんが成長することによって覚えられるわざ

2.わざマシンを使ったちょっとした裏技のような形で覚えられるわざ

3.親からのいでん(・・・)で覚えているわざ

4.ちょっと特殊な技能を持つ人が教えてくれるわざ

 

この四通りに限られる。

 

 

 

うちのユンゲラー(シーク)で言うのであれば、

1. “テレポート”、“ねんりき”など

2. “めざめるパワー”、“でんじは”など

3. “サイドチェンジ”など

4. “こらえる”など

 

 

 

というように分けられる。

こんな感じで、本来やせい萌えもんとして萌えもんバトルをしている状態では絶対に覚える事が出来ないわざを覚えさせることはできるはできる。

 

 

 

しかし、シークにフレイドの“フレアドライブ”を覚えさせることは絶対にできない。

 

 

 

これは萌えもん、ユンゲラーとしての能力の限界、体の限界であり、教える人の技能の問題ではない。

ユンゲラーの体内には

体からほのおを噴き出し、身にまとい、相手に突っ込む

というわざを使うための器官がない。

 

 

 

だからわざを使えない。という事だ。

 

 

 

 

 

それと同じで、ムウマは“さいみんじゅつ”も、“あくび”も使う事が出来ない。

 

 

 

という事は、眠っている相手を対象とするマリムの最強わざ、“ゆめくい”を使う機会はない。

 

 

 

スーの“うたう”と合わせて使うという事もできなくはないが、少なくともシングルバトル、特に一対一で戦う絶対的戦闘なんかでは絶望的だ。

 

 

 

 

 

 

 

彼女が持つ自慢のその刀には、鞘も柄もない。

傷つけずにしまっておくこともできず、うまく掴むことさえもままならない。

 

 

 

 

それがマリムの苦悩だ。

 

 

 

 

「だが、今のマリムの問題の本質は、そこじゃない」

 

 

 

 

勿論、これから先の戦いの話をするのであれば今のマリムは自分たちにとって十分すぎるほどの武器になる。

 

“サイコウェーブ”をあそこまでコントロールできる技術。

“サイケこうせん”の連射、速度、威力。

“ふういん”、“うらみ”をあそこまでうまく使う判断能力。

 

“ゆめくい”なんてわざを無理矢理に活用しなくてもマリムは立派な戦力であるし、たとえ何もできなかったとしても野望を携え進む限りはマリムは我々と同じ契約者だ。

 

 

 

しかし、夢喰いはマリムの罪の象徴だった。

 

 

 

「“ゆめくい”なんて使わなくてもいい。そんなもの無視しておけばいい。過去の罪である“ゆめくい”の力はひとまず忘れて念の力の劣化版である“サイケこうせん”“サイコウェーブ”で戦ってくれ。これがどれだけ酷なことか、お前らならばわかるだろう」

 

三人はすぐに頷く。ミズキも当然だ、と言わんばかりの表情をつくる。いや、言わんばかりではないだろう。それが理解できることは、彼らにとっては『当然』なのだ。

 

 

 

「……奴の野望を優先させる理由は納得した……だが、それならばなおさら最初の疑問が気になる……主の言う『当て』とは何のことだ?」

 

フレイドのつぶやきにスーとシークも思い出したかのように反応する。

 

「主の推測が全て当たっているとして……いや、当たっているのだろう。ならば、マリムの『強くなる』なんていう野望が一朝一夕で叶うとは思えない。少なくとも、わっちら全員の野望より優先して片付ける事が出来るとは思えない」

 

 

 

 

 

「出来る」

 

 

 

 

 

フレイドの問いに返したミズキの答えは、苦悶の表情と驚愕の答えだった。

 

 

 

「ま、マスター?」

 

 

ミズキの正面にいたスーは、その歪む表情と虚ろげな瞳を思い出していた。

 

 

 

それは、そう。

 

フレイドが人質に取られたとき。

 

そだてやを救ったとき。

 

マチスを倒したとき。

 

萌えもんタワーで戦ったとき。

 

 

 

その時と、同じ顔、同じ瞳だった。

 

 

 

 

 

「マリムの体を、弄る」

 

「マリムの“ゆめくい”のエネルギーを、別のエネルギーとして作り変える」

 

 

 

「マリムを……“しんか”させる」

 

 

 

 

瞬間、衝撃があったかと思えば、体が壁にたたきつけられ、その勢いのまま受け身も取らずに倒れこみ、そのまま起き上がれなくなる。床に伏せたまま前を見ると思わず落としてしまったシークが腰を抑えながらおびえていた。

 

一瞬でこんなことを出来るすばやさ、そして組み伏せられている両腕がどんどん熱くなっていることから、犯人は直ぐにわかった。

 

「いってえなあ、フレイド」

 

「貴様! 今自分で何を言ったかわかっているのか!」

 

ふーっ、ふーっ、と息を荒らげる口からは微量の熱が漏れ、ミズキの肌に触れやけどを負わせる。それでもミズキはペースを崩さず、フレイドはそんなミズキの姿にいら立ちを煽られる。

 

「言うに事欠いて『人体実験』をするだと!! 仲間の体を弄るだと!? 正気で言っているのか貴様!!」

 

明らかに危険な状態だとわかるほどフレイドが感情的になっているのは見ていたスーもわかった。しかし、止めに入ることはない。

 

手を出していない、声を上げていないだけで、スーの想いはフレイドと一致していた。

だからこそ、ミズキの答えを待っていた。

 

「……お前らになんと言われようと、俺はやる」

 

「っ!」

 

フレイドはミズキを抑えつけていた手を放し、次は右手で頭をつかみ床にたたきつける。頭を持ち上げると額から血が伝い、床にぽたぽたと垂れる。

それに構いもせず、そのまま左手をミズキの首に当てる。

 

 

 

「おい主、いや……人間。わっちは貴様に言ったはずだ」

 

 

 

フレイドが何を言っているのか、すぐにわかった。

 

 

 

 

 

 

 

腑抜けたことしたらその首もらうぞ。主。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、覚えてるよ。俺は、契約は守る男だ」

 

そういったミズキは下半身を海老反りにし、足を背中にいるフレイドの股下に入れ、カタパルトの要領でフレイドを弾き飛ばす。

剥がされたフレイドは直ぐに着地し、四肢を床につけミズキを“いかく”する。

それに対しミズキはパタパタと新しい服についた埃をはらうだけであり、まったく戦闘の意志を見せない。

 

唸り声を上げるフレイド。すでに口からは“ひのこ”が漏れ出している。ミズキの答え次第では、どうなるか。想像に難くない。

 

それでも、スーも、シークも止めない。

 

ミズキは、自分を囲むように陣取っているフレイドとその両脇のシーク、スーに向き合うように立ちなおす。

 

 

 

 

 

「俺は、野望(もくてき)の為なら何でもする」

 

 

 

俺は、マリムに誓った。

 

 

強くする、と。

 

 

強さの可能性を、俺が与えてやる、と。

 

 

 

 

深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。

理から外れた願いを、常識的に叶えられるはずはない。

 

 

 

 

ムウマの一段階上の力。そんなこの世にあるかどうかもわからないような力。

それを達成するためには、俺はどこまでも堕ちてやる。

 

 

 

 

 

「……これが俺の覚悟。俺の在り方だ。当然、これはマリムだけじゃない。お前らの野望も同じくだ」

 

 

俺は、契約は、守る。

 

 

どんな手を使ってもだ。

 

 

 

 

 

一頻りの沈黙の後、敵意を消した無表情のフレイドが重々しく口を開く。

 

 

「……その考えの果てが……お前が潰す、R団ではないのか?」

 

 

 

「……かもな」

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、フレイドは無言でちかつうろを抜けていく。

 

 

 

 

その後を軽く追いかけ、フレイドの後ろ姿と、こちらの顔をうかがいながら、真ん中でシークがおどおどとしている。

ほんの少しだけ笑った後、ボールを取り出す。

 

 

「……ちょっと難しかったよな。悪いな、シーク。戻っててくれ」

 

 

言ってシークを戻し、何を言うわけでもなく歩きはじめるミズキを、スーが追う。

 

 

 

 

「……私は、マスターと、堕ちますよ。どこまでも」

 

 

スーは、言う。

 

 

「……そうか」

 

 

ミズキが、答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい機会だから言っておくぞ、スー」

 

「……はい?」

 

 

 

 

俺たちは、契約という絆でつながった、仲間だ。

 

だから、絆意識を覚えることは重要だ。うまく連携を取れるかどうかにもつながるし、信頼関係は強さになる。

だから俺はお前とフレイドの仲が進展するように仕掛けたこともあったし、厳に仲良くなっていることも僥倖だと言った。

 

 

 

 

 

 

だが、決して、執着するな。

 

 

 

 

 

 

「ど、どういう意味ですか?」

 

「……そのまんまの意味だよ」

 

 

 

使い潰した歯磨きのように。

 

自分の頭の形に変形した枕のように。

 

手の油で錆びつきだした鋏のように。

 

 

 

 

使い捨ての、どうぐのように。

 

 

 

 

 

 

 

「捨てるときは、何も思わず、捨てろ」

 

 

 

 

 

 

 

じゃないと…………思いすぎると、碌なことにならないぜ。

 

 

特に、俺たちみたいなやつらはな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗いちかつうろの、出口が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第8話 3 暗雲


この小説で一、二を争うほどの重要キャラ(になる予定)のキャラの登場です。


 

 

 

「フレイド。歩くスピードが速い」

 

「……」

 

その声を無視してフレイドはどんどん前へと進む。

ちかつうろをでてからタマムシまでの道はほぼ一本であるため自分が先導する必要はないが、それでもまとまって動いた方がいいことに変わりはない。

……なんて言う提案をする資格が今の自分にないことなど分かっているため、ミズキもそれ以上は何も言わない。スーもそれをわかってか、何も言わずに自分のわきを歩いてくれる。

 

「ま、マスター。タマムシシティにはいったい何があるんですか?」

 

空気を変えようとしたのかスーがぎこちない表情で質問をする。別にミズキとしてはそこまで無理をしているわけでもないのだが気遣い自体はうれしかったので素直に答える。

 

「タマムシはカントー1、2を争う発展都市だ。ヤマブキは仕事場のあるビル街になっているという面が強いが、タマムシは仕事に行くための人が住む家や快適に暮らすための商業施設に恵まれている、所謂“ベッドタウン”と呼ばれるような町だ。当然買い物なんかを目的として通う人間もいるし、まあ……あんまり健全じゃないことをやるやつらもいるが、今回は別にどうでもいい」

 

そういいながらミズキはポケナビを起動しスーに渡す。そこにはタマムシデパートの情報が出ており、様々な商品やサービスがとんでもなく大きな建物の中にこれでもかというほど詰め込まれているのが分かった。

 

「まあ、わざマシンを買ってパワーアップを図るのも一つの手なんだが、今回の目玉は四階の特設コーナーだ」

 

言われてスーは四階の商品の項目を見ると、そこには人形やらメールやらのコーナーのわきに“しんかのいし”のコーナーがあった。

 

 

 

「よお、フレイド。お前、“しんか”する気はあるか?」

 

 

 

「ない」

 

 

 

一つとしてある気を乱すこともなく言い放つフレイドに少しだけ苦笑いする。

 

「……即答かよ。機嫌が悪いのは承知しているが、旅の障害を生むなら見過ごせねえぜ?」

 

「違う」

 

乏するような少し強い口調でも声色を変えずにぴしゃりと言う。

 

「わっちはこの姿で強くなる。昔から(・・・)決めていることだ」

 

「……そうか。悪かった」

 

「『悪気がなければ謝る必要はない』。貴様の言葉だ」

 

軽率な言葉に後悔するミズキと、いまだ微妙な表情のフレイドの間に再び訪れる嫌な空気にスーは息を詰まらせる。

 

 

本当に……このままでいいのだろうか?

 

わたしたちは、このままで、旅を続けられるのだろうか?

 

 

 

 

 

「ずいぶん難儀なせいかくの娘と旅をしていますのね。まあ、癖と気が強い娘が好みなことは、昔から変わってないようですけど」

 

 

 

 

 

三人が三様の想いを抱えながらタマムシシティの入口に差し掛かった時に、そんな声が耳に届く。

 

声の方向に目をやると、そこには花柄の和服にほんの少しの化粧をした、スーたちから見てもきれいな女性が案内板の前で凛と立っていた。

少し前を歩いていたフレイド、脇を歩いていたスーは即座に距離を取り、ミズキの両脇で体制を整える。

 

「あら。嫌われてしまいましたかしら?」

 

柔らかく笑うその女に対し、スーとフレイドは全神経を尖らせて不釣り合いなほどに警戒する。何も知らない者がみれば、何をしているわけでもない女性を、二人がいかくしているだけのように見えるが、彼女の放つ独特の雰囲気は、それが間違った行動ではないという事を証明している。

 

「では、改めまして。どうも、タマムシジムジムリーダー、エリカと申します」

 

その言葉を終えた瞬間、空気が変わる。

フレイドは四肢をつけ、スーは手を前にだし、わざの構えを取る。

初めてみたエリカですらわかる。戦闘態勢だ。

 

 

が、ミズキが広げた手により、制止する。

 

「っ! おい」

 

「マスター!?」

 

「ちょっと待ってろ」

 

そういってミズキは数歩前に出る。止めようとするスーとフレイドの声を無視して彼女に対面するミズキの表情は、二人が初めて見る顔だった。

 

 

 

「お久しぶりです。エリカさん」

 

「ええ、お久しぶりですわね。かれこれ何年ぶりになるかしら?」

 

「……四年(・・)です」

 

「あらあら、もうそんなに……いやですわね、年を取るのは」

 

「安心してください。変わらずきれいなままですよ。気味が悪いくらいにね」

 

「華道は自分も商品ですから。それにアロマは専門分野ですし」

 

 

この会話を聞いてこの女性、エリカが味方である、と楽観視するほど愚かではない。

……が、そんなエリカと平然と会話をしているミズキの意図を読むことがかなわなかったフレイドは、スーに目線を送り、構えを崩さずに待つことしかできなかった。

 

そんなフレイドの想いを知ってか知らずか、刺すような空気の中で平然と話は続く。

 

 

「なんでエリカさんがこんなところに? 今はまだ昼前だし、ジムの受付時間内ではないんですか?」

 

「……ふぅ。わざと言っていますの? てっきりわたくしを間接的に呼び出したものだと思って喜んでいましたのに……」

 

そういいながらエリカはそっとミズキの後ろに指をさす。

そこは先刻、ミズキたちが一悶着の後に抜けてきた“ちかつうろ”だった。

 

「……ああ、なるほど。こっち側のつうろの管理人は……」

 

「そういう事ですわ。全く、『“ちかつうろ”で暴れている者がいる』なんて通報を聞いて確認しに来たら、昔の知り合いに出会うだなんて茶飲み話にもなりませんわ」

 

「申し訳ないですね。修理費はしっかり負担させていただきます」

 

「構いませんわ。どうせ実際に関わるのはわたくしではなく協会の方ですから」

 

「……そうですか。もっと壊しとけばよかったですかね」

 

「あらあら」

 

袖を口元に当て、上品に笑うエリカにつられるようにミズキも笑う。酷く聞き心地の悪い楽しげな声が、ぴりつく二人の表情を曇らせる。

何か言おうと言葉を思いついては、これではないと却下するという事を頭の中で続けるうちに、話が進む。

 

 

 

「それで、いったい何の御用なのかしら?」

 

「……一応一回とぼけておきましょうか、何のことですか?」

 

「ふふふ、本当に変わりませんわね、安心しましたわ」

 

言いながらエリカは少しずつ近づく。一歩近づくごとに二人も体を強張らせるが、あまりに無警戒なミズキが二人の行動を否定するように立っていた。

 

「もうお気づきでしょうけど、あなたの動きはこちらにも伝わっていますわ。とはいえ、最低限のものではありますけれど。もちろん、ボスの耳にも届いていますわ」

 

その瞬間、ほんの少しだけ口を渋く閉じるが、スーたちに気付かれていないことに内心ホッとしつつ表情を戻す。

 

「その状態でわたくしの町、タマムシまで足を運んだのです。何かないなんてくだらない嘘が通用しないことくらい、わたくしより頭のいいあなたが気付かないはずがありませんわ」

 

「……普通に自分の萌えもんを強化しに来た可能性だってあるでしょう」

 

「あら、ならば早急にわたくしの前から逃げることをお勧めしますわ。“テレポート”あたりで大至急デパートまで飛んでしまえば、わたくしが探し出す前に好きな“どうぐ”を見繕う事も可能でしょう」

 

「……まったく、顔なじみで、しかも戦力が透けてるってのはめんどくさいことこの上ないですね」

 

自嘲気味に笑うミズキと、それを見て笑うエリカ。

 

歪な二人の笑顔で形成されていた上っ面の仲良しトークに、とうとう亀裂が入る。

 

 

 

「エリカさん。お願いがあります」

 

 

「……わたくしがそのお願いを、聞く必要はありますの?」

 

 

「ありませんね。でも、聞いてください」

 

 

先ほどまでふざけ半分に会話をしていたミズキには不似合いなほどにまっすぐな瞳でエリカを見つめる。

 

 

「もう。意地が悪いですわ」

 

 

 

そう言い、抑えているエリカの指の隙間からうかがえる表情は、

 

恍惚に満ちていた。

 

 

 

「わたくし、その瞳に弱いんですのよ」

 

 

 

艶やかな声で言ったエリカの顔を、表情一つ変えないミズキが、そのまま続ける。

 

 

 

 

 

 

「タマムシシティにある、研究所を貸してください」

 

 

 

 

 

 

「……マサラタウンに戻ればいいではないですか。カントートップクラスのシステムが用意されていることも調べはついておりますのよ?」

 

 

「……意地が悪いのは、どっちですか……」

 

 

「さあ、何のことやら。でも、言いたいことはしっかり伝えないと伝わらない者ですわよ。この状況で『言外を察せ』なんて、そんな卑怯はいかにR団でも許しませんわ」

 

 

ふふ、と悪戯な笑みを浮かべるエリカ。それに対し、ミズキはあきらめたような表情でつられて笑った。

 

 

 

 

 

「俺が昔、R団を抜ける前に、あなたに渡した萌えもんの“しんか”についての研究データ。あれを返していただきたい」

 

 

 

 

 

エリカが今までのものとは違う、ほんの少しだけ嫌らしげな笑顔を浮かべたのと同時に、

 

どさりと何かが落ちる音がした。

 

 

音の方に目を落とす。

 

 

フレイドが、いじけるように座り込む音だった。

 

 

 

「……フレイド」

 

「……」

 

 

 

ミズキはそっとボールに手をかけ、フレイドに向け、ボタンを押す。

 

何の抵抗も反応もなく、フレイドは光に当たり、ボールの中へと戻っていく。

 

 

 

「……マスター」

 

「……俺は悪くない」

 

「……はい」

 

ミズキのつぶやきに、スーはそう答えるしかなかった。

いや、現実として、冷静に状況を鑑みれば、ミズキは本当に悪くない。

 

 

ハナダのスーと同じようなことだ。

 

 

理想を抱いて、現実との差異を受け入れられず、そのまま沈み、墜ちていく。

 

 

言ってしまえば、ミズキのことなど、察すことが出来る機会はいくらでもあった。

 

いや。おそらく、フレイドも、スーも、シークだって、薄々は感じていたことだろう。

 

 

ただ、

きっと違うと、

自分の勘違いだと、

信じていた。

 

 

 

自分達の主が、そんな人間であるはずがないと。

 

 

 

ミズキは、理想のトレーナーであると。

 

 

 

根拠も、理屈もなしに信じていた。

 

 

 

それが、今回の結果を生んだ。

 

 

 

 

ミズキもまた、罪を抱えたものである以上、そうであるはずがないのに。

 

 

 

だから、ミズキは、謝らない。

 

 

 

 

「お待たせしました。すみません、エリカさん」

 

「いいえ、むしろいいものを見せてもらいました。久しぶりに『ジョーカー』を見た気分ですわ」

 

「……俺は、『ミズキ』です」

 

「ええ、あなたは『ミズキ』ですわ。でも、わたしが好きなのは、『ジョーカー』ですのよ」

 

 

 

エリカとの会話で初めて、ミズキがわかりやすく、苦しそうな顔を作る。

 

 

 

「それで? 俺の願いは、聞き入れてくれるんですか?」

 

無理やりエリカの言葉を切るように、元の話へ戻す。

 

 

 

「ふふっ。別にわたくし個人としては受け入れてしまっても構いませんわよ。あのデータはもう使用済みですし、そもそもあの研究室はもともとあなたがつかっていた場所ですから。なんら不都合はございませんわ。でも……」

 

 

 

そういいながらエリカはゆっくりと歩き、ミズキの後ろまで回り込むと、

 

そっとミズキを抱き寄せる。

 

 

「やっぱり、わたくしにもメリットがありませんと」

 

 

耳に息がかかるほど密着した状態で、楽しそうにゆっくりとつぶやく。

 

「あ、あなた! マスターに何を!」

 

「あら、スーちゃんさん。こうげきしますの?」

 

腕を前にだし、わざの構えを取ったスーに対して、ミズキを抱きしめたままくるりと回転し、スーに相対する。後ろから抱きしめているエリカがスーと相対しているのだから、当然その間にはなすがままのミズキがいる。

 

「スー、いい。何もするな」

 

「っ! でも!」

 

「それ以上やるなら、お前も戻すぞ」

 

右腕のひじから先だけを動かし、ボールに手をかけたミズキによって、スーは悔しそうにしながらもおとなしくなる。

 

「賢明ですわね。で? あなたはわたくしにいったい何をしてくれますの?」

 

 

 

 

 

「……俺が出来る事、何でもします」

 

 

 

 

 

「マスター!!!?」

 

 

「ふむ……魅力的なお誘いですわね」

 

再び声を荒らげるスーをよそに、一層艶やかな声を使ってエリカがつぶやく。

 

 

「『何でも』っていうのは……」

 

 

 

言うと、左手を使いミズキの顔を無理やり左に回転させ、

 

 

 

頬に唇を当てる。

 

 

 

「こういう事でも、構いませんの?」

 

 

 

「……それを、あなたが望むなら」

 

 

 

 

 

エリカが突然手を放したため、思わずミズキは前によろける。

 

スーに心配され、支えられながら後ろを振り返ると、また最初の柔らかい笑顔が待っていた。

 

「ならば、わたくしと戦ってくださいな。勝てば研究所くらい、使い放題ですわよ。お得意なのでしょう?」

 

何のことを言っているのかは、すぐにわかった。

 

 

絶対戦闘。

 

 

「やっぱり、意地が悪いのはあなただ……」

 

 

 

 

 

 

勝てるわけがないじゃないですか。俺が、あなたに。

 

 

 

 

 

 

ミズキの発言。そしてその発言すらも、言うと思っていたと言わんばかりに、表情を崩さないエリカ。

自分は決して、フレイドほど心が揺れていたわけではない。

そう思っていたスーだったが、ここにきて驚愕のあまり少し涙を流しそうになる。

 

ミズキが、

あのいつでも我々に勝利への道を照らしていたミズキが、

作戦が失敗に終わることはあっても、決してあきらめるという行動はとらなかったミズキが、

 

 

挑戦前に、さじを投げた。

 

 

それだけでスーは動転していたが、さらにここで“おいうち”がかかる。

 

 

「俺に、萌えもんバトルを教えてくれたのは、他でもないあなたなんだから」

 

 

そこで、ようやく理解した。

 

 

 

自分達の前にいる、この人は、

 

 

とんでもない人なのだと。

 

 

 

 

「正直ですわね。嘘でも強気な発言で鼓舞した方がよかったんじゃありませんの?」

 

「鼓舞で調子を上げてどうにかなる戦力差なら、いくらでもやりますけどね」

 

にこやかなエリカとは裏腹に、真剣そのものな顔に変わるミズキが、話に誇張がないことを証明していた。

 

「ふふっ。では、正直者には一つ、イトマルの糸を垂らしてあげましょうか」

 

そういうとエリカは懐から、一枚の紙を取出す。

 

「こちら、参加してみてはいかがですか?」

 

差し出されたそれを無言で受け取り見てみると、ミズキの顔がわかりやすく驚愕の表情に変わった。

 

 

「……エリカ、争奪戦トーナメント?」

 

くすくすと馬鹿にしたような苦笑を漏らしながら、エリカが言う。

 

「最近、普通のジム戦とはまた別の、邪な想いで絶対戦闘を挑んでくる殿方たちが後を絶ちませんの。もちろんわたくしが承諾さえしなければ賭けバトルは成立しませんが、負けるのが怖いおくびょうもの、と揶揄されるのも不愉快でして。かといって全員の挑戦を受けているほどわたくしは暇ではありません。というわけでタマムシという町を挙げて催したのがその大会ですわ」

 

「……住民も町も、頭の悪いやつらばっかりだという事はわかりました」

 

「あら、わたくしはかなり気に入っていますのよ? 特にチラシの写真撮影はヤマブキの方から人を集めて最高のものにこだわりましたの」

 

チラシを持っていた右手を少し下にずらすと、エリカとその周りを埋めるくさ萌えもんたちが満面の笑みで写っている写真があった。

しかし、ミズキの注目はそこにはなかった。

驚いたのは、その写真の下。戦闘における、ルール説明だった。

 

 

 

1. トーナメントを勝ち抜いた一人のみ、タマムシジムジムリーダーエリカに戦闘を申し込む権利を与えるものとする

2. エリカとの戦闘はレインボーバッチを賭けたジム戦、及び交渉権を賭けた絶対戦闘を合わせたものとする

3. 全戦闘は大会として公のものとする

4. トーナメント、及び、エリカとの絶対戦闘は1対1の萌えもんバトルによって決着されるものとする

 

 

 

 

1対1の、萌えもんバトル。

 

 

唯一、勝てる可能性のある、短期決戦中の短期決戦。

 

 

 

 

 

「あなたは……何が狙いなんですか?

 

 

 

 

 

「……さあ?」

 

 

 

 

 

 

悪戯な笑みを残し去っていく彼女の後ろ姿を見ながらチラシを握り締めるミズキ。

 

 

自分はマスター(ミズキ)を超えるあの人と戦うのだと絶望を心に残すスー。

 

 

現実に打ちひしがれるフレイド。

 

 

皆を支える力がないと嘆くシーク。

 

 

 

 

 

全員の心に共通して存在するもの。

 

 

 

 

 

 

 

暗雲。

 

 

 

 




マリムを出せない……


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第9話 1 二つの道と一人のゴール

 

 

 

フレイドは、信じる、という事を、理解していなかった。

『信頼』というものを、違えていた。

 

 

 

ミズキに嫌悪を抱いたわけではない。

もともと彼らの契約は、

お互いを疑わず、考えず、それでいてもっと上を目指す。

 

そんな矛盾めいたつながりだ。

 

 

 

スーはミズキを愛していた。

 

陸上型ラプラスの子どもという出来損ないの自分を、ぼろぼろだった哀れな自分を、救い、連れて、高みを見せてくれるとふてぶてしく宣言した、自分のはるか上を目指すミズキを心の底から受け入れ、彼の隣という光り輝く席に着くために彼に忠誠を誓っていた。

 

 

シークはミズキを尊敬していた。

 

自分の弱さを受け入れたうえで、何もない自分を拾ってくれて、それでいて自分に強さを与えてくれた、自分にないものを持った圧倒的な男の背中に、シークは憧れ、羨み、そして、崇拝していた。

 

 

マリムはミズキに心酔していた。

 

あって間もないという事はあったが、自分が理解しきれていなかった親友の願いすらもすべて理解し、自分の清も濁も飲み込んだうえで自分の願いを叶えてくれる、自分の道を示してくれると言ったミズキを、マリムは無条件で信用していた。

 

 

 

比較対象が悪い、と言ってしまえばそれで終わるが、三人と比較すると、フレイドのミズキへの想いは、空ろで、浅はかなものであったと言わざるを得ないだろう。

 

 

フレイドの『信頼』は、『盲信』と紙一重だった。

 

 

フレイドは、人間が嫌いだった。

この世のどんな生き物よりも、人間という生物が嫌いで、おつきみやまにこもっていた頃も、日に日にその想いは増していくばかりだった。

 

そうして幾分かの日が経ち、ミズキに会った。

 

フレイドはミズキの言葉、行動、思想、その一つ一つに心を動かされた。

自分を前に萌えもんをしまい、自分と相対し殴り合い、倒した自分に手を差し伸べる。

全く合理性のないその行動に、フレイドはそれまでに感じたことの無い感情を覚えた。それは確かだ。

 

 

 

しかし、フレイドは、ミズキを、『良い人に感じすぎていた』。

 

 

 

コントラスト効果、と呼ばれる心理学現象がある。

 

例えば、引っ越しの作業をしているときに30キロの荷物を持ち運んだあと、10キロの荷物を運ぼうとすると、普段より軽く感じてしまう。

 

より大きな負荷がかかった状態で何かを行うと、その行動が普段より楽だと錯覚し、より素晴らしいものを感じた後だと、多少良いものが嫌なものに感じる。

大幅なマイナスはプラスを呼び、圧倒的なプラスはマイナスを生む。

 

それがコントラスト効果だ。

 

 

フレイドは、『ミズキはR団なんかに似ても似つかないような、自分の理想のトレーナー』であるという幻想にとらわれ過ぎてしまった。

 

 

マイナスが大きかった分、ミズキを絶対的なプラスであると信じた。

 

 

 

 

 

だからこそ、フレイドは折れていた。

 

 

 

 

 

スーは、ミズキに『並ぶこと』を求めた。

 

 

しかし、フレイドは、ミズキに『自分より遥か先にいること』を求めた。

 

 

 

ミズキは、違う、と。

 

ミズキは、R団とも、他の人間たちとも、そして……

 

 

 

 

自分とも違う、と、思い続けた。

 

 

 

 

思い続けることで、忘れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「こいつが惜しけりゃ俺たちを逃がせ」

 

 

 

 

 

 

「お前らが……弱いせいだろうが」

 

 

 

 

 

 

ミズキも、一人の『契約者』であり、

大罪を抱えた、咎人であるという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しばらくの間、フレイドは出せないな。マリムも実質戦力外。今動けるのはお前たちだけだから、お前らの意見も交えつつ、これからどうするかの話し合いを始める」

 

タマムシ萌えもんセンターについたミズキはロビーに座り話を始める。淡々と状況を語る口調から何かを感じ取ったのか、スーとシークは必要以上に反応もせずに小さく頷く。

 

「まずはこいつに参加するかどうかの話からだ。はっきり言って俺は、参加したくないと思っている」

 

右手で強く握りしめるチラシの頭を左手で軽くデコピンではじきながら忌々しそうに言い捨てる。おどけているがふざけてはいないというのが伝わった。

だからこそ、スーは少し顔をゆがめる。

 

「……マスター。我が儘は駄目ですよ」

 

「……わかってる。俺の個人的な感情で決定しているつもりはない」

 

握り締めていたチラシをそのまま目の前のテーブルにたたきつける。その音に驚くシークに軽く謝りながら頭をなでながら、チラシの右下を指でトントンとたたく。

 

「はっきり言って、100%罠だ。エリカが去ってからずっと考えていたが、このルールの中にエリカが有利になる要素は一つもない。完全に俺たちのために作られたかのようなルールだ。よって、エリカがこれを俺たちに薦める理由も一つもない」

 

言いながらミズキは、苦々しい顔をさらに歪める。

そう、罠だ。

 

でも、それ以外に、マリムを強くする道はない。

 

エリカの考えを理解できずに作戦を授けてやれない歯がゆさと、それでも今残されている道はこれしかないという思いのジレンマが余計にミズキを苦しめていた。

それはスーたちも、十分に感じている。

 

 

「……でも、やるしかないんですよね」

 

 

スーは顔を上げ、まっすぐな瞳でミズキを見る。

ミズキのように、知恵も能力もない自分には、全力を尽くすことしかできない。だからこそ、目の前に道が一本しかないのなら、そこを進む以外できはしない。

 

スーは、一度言った。

自分はミズキの矛であり、盾であると。

 

ミズキの目の前の道が、どれだけ険しく荒れた道であろうと、自分が通してみせると、そう心の中で誓っていた。

 

 

「だから、わたしは」

 

 

 

 

だがそれも、ミズキに険しい道を行く、強い意思があっての話。

 

 

 

 

「仮にこのルールでエリカに挑んだとしても、勝率はほぼ、0%だ」

 

 

 

 

「……えっ?」

 

その声が自分から漏れた声であるという事にも気づかないほど、スーは狼狽えていた。

 

スーは、エリカが、とんでもない人物であると、先ほど理解したと思っていた。

だが、まだまだ理解は足りていなかった、と、今気づいた。

 

 

 

「お前は、道が一つしかないと思っているみたいだが、それも違う」

 

 

大きくため息をついたミズキは座っているイスに大きくのけぞり、天を仰ぐ。

まさか、泣いているのだろうか、とは、言えなかった。

 

 

 

「俺たちには、道なんてない」

 

 

あるのは、道でも何でもない。

 

上が見えない崖か、底が見えない谷かの、クソみたいな二択。

 

 

あるかもわからないマリムを強くする他の方法を探す旅に出るか。

 

 

罠だとわかっている戦いに挑み、万が一、億が一の薄い可能性を拾いに行くか。

 

 

「そのどちらかだ」

 

 

その後の無言は、どれほどの長さだっただろうか。

 

反論も、同意も、意見も、何を発することもできなかったその空間は、今のミズキたちの心情を完全に表していた。

 

 

 

 

 

その静寂を壊したのは、すこし遠くから届いたガシャンというきんぞくおんだった。

 

 

一斉に音の方向を見ると、車椅子で思い切りスピードを出す二十代半ばの足に包帯を巻いた男のそばで、点滴を床に倒した老人が腕を抑えていた。

 

「おい、じいさん! 大丈夫か!?」

 

ミズキはすぐに老人に駆け寄り、腕の針を少し緩め、点滴を起こした。一緒に駆けつけてきたスーに老人を任せ、出入口に逃げる車椅子の男へ視線を移す。あの男の危ない動きが老人を倒したことは明白だった。

 

「こらあ! ノブヒコくん!」

 

「へっ! ベッドなんかでじっとしてられるかよ!」

 

倒れる老人と自分のそばでジョーイさんが悲鳴に近い叫び声をあげるが、男は反省する気配もなしに意気揚々と駆けていく。

 

 

少し気持ちが苛立っていたこともあり、やや“やつあたり”気味に走り去る男を敵認定したミズキは怒気を孕んだ声で指示を出す。

 

 

「シーク! “ねんりき”だ! 奴を止めろ!」

 

 

左手を前に突出し、シークの代名詞である遠距離エスパーわざを宣言する。

 

距離は約10m。目標の速度は時速5キロほど。

外す道理などない。

 

 

……にもかかわらず、男は気持ちいいほどのタイヤの音を鳴らしながら病院の外へ抜けて行った。

 

驚いた表情で目線を落とすと、自分の指示に対して構えも取らずにただただ呆然としているシークの姿があった。

 

「……シーク?」

 

その言葉を聞くか聞かずか、シークは見たこともないような表情で駆け出し、車いすを追って病院を抜けていく。あまりに必死に腕を振り、全力で走るその姿に思わず固まってしまったミズキは、さして早いわけでもないシークを追う事が出来なかった。

 

 

スーとジョーイさんとラッキーが苦しむ老人の周りで騒ぎ立てているのを後ろに、ミズキはシークの瞳をもう一度思い出し、深くため息をついていた。

 

 

 

 

 

場所は変わり、タマムシシティ中央区、ゲームセンター。

 

車椅子の男はいらだっていた。

 

本来座るために用意されている丸椅子を避け、機械の前に陣取っているその男はタンタンタン、と連続でボタンを押し、レバーを引き、それを繰り返す。ただただそれだけのことがうまく行かず、いら立ちのあまり軽く拳で画面をたたき、他の客と店員からの視線を集めているがそのほとんどはいつものことかと無視を決め込む。

 

いちいちその行動を注意されるのも腹が立つのだが、自分がスロットに負けていらだっているのが「いつものこと」とされているのにもまた腹が立ち、貧乏ゆすりの量が増える。

 

そうしているうちに次第にやかましいほどにがなり立てる機械音がどんどん耳から遠のいていき、何を考えるわけでも、何を感じるわけでもなく、いらだちすらも薄れていき、まるで自分自身も機械の一部になったかのような状態で数十分、数時間が経過する。

それが彼の日常だった。

 

最初のうちは必死に勝利を求めていたような気もする。

目押しは可能なのかどうか。当り台はどこの確率が多いか。どのくらいやればスリーセブンが起こるのか。

だがその感情も一週間もすれば薄れていき、そこから先はただひたすらに「時間を消費してくれる」ことを求め続けた。

無感になり、無心になって、いつの間にか一日が終わってしまうようになれと、そう願い続けていた。

 

 

そうして今日も用意したコインが半分を切り、脳が半覚醒状態ぐらいまでまどろみ始めたころ。

 

 

足元に謎の感触を覚えた。

 

 

 

「……なんだよ、お前は?」

 

 

 

目線を下に降ろすと、自分の足の服の裾を小さな手で弱弱しく引っ張る小さな萌えもんの姿があった。

覗き込むと吸い込まれそうなほどにまっすぐなその目はこちらをしっかりと捉えている。

尊敬の様な、感動の様な、はたまた落胆の様な、そんな目だった。

 

「この……離れろぉ!」

 

掴まれた足を大きく動かし、自分を掴んでいる萌えもんを振りほどく。引きはがされたその黄色い萌えもんはそのままの勢いで後ろに転がり、床に体を打ち付けた。

 

「ったく。どこのどいつだよ……こんなガキの萌えもんをほったらかしてるやつはよお」

 

言いながらその萌えもんを見ると、今度は泣きそうな眼差しでこちらを見つめている。それに一層いらだった男は、そのまま無視して帰ろうとしたその時、その萌えもんが握りしめていた小さな棒状の金属の“どうぐ”に視線を落とす。

 

 

「っ! お前、それは、“まがったスプーン”……」

 

 

「そのユンゲラー……シークって愛称なんだが……そいつがケーシィのころからずっと手放さないんだよ。そんなもの持ち続けてどうすんだよ、って言ったんだがなあ」

 

声に反応して後ろを振り向くと、一人の男がだるそうに頭を掻きながらこちらを見ていた。この萌えもんの“おや”であるという事は容易に想像できた。ちなみに『そんなもの』云々の件は完璧な嘘でそんなことは言ったこともないのだが今回それはどうでもいい。

 

その声をかけてきた張本人、ミズキをよく見ると、けだるそうな振る舞いとは裏腹に瞳は鋭くこちらを見据えていた。

 

「……け、ケーシィ……お前、まさかあの……」

 

そして、件の黄色い体の小さな萌えもん、ユンゲラーの方に目線を移すと、涙をいっぱいに溜めた目でスプーンをこちらに掲げ、一発足をぺしりとたたいた。男は知る由もないが、それはYESの合図だった。

 

「お、お前が……あの……ケーシィ……」

 

男はゆっくりと体を曲げ、シークの方へ手を伸ばし……、

 

 

 

 

 

「…………今更何しにきやがったぁ!!!」

 

 

 

 

 

胸ぐらをつかみ、筐体の画面へと投げ飛ばした。

 

身体を液晶にたたきつけられたシークは空気を肺から叩き出され思わず咳き込み、それに呼応するかのように男の体もいきなり動かしてしまったことがたたり、走る激痛に耐えきる事が出来ず、二人は同時に意識を手放した。

 

如何に普段からうるさいゲームセンターと言えども、これだけ暴れれば目立ってしまい、周りの目線が一気に唯一意識を保っているミズキに集まる。そのミズキは見せつけるかのように大きなため息をついて、シークを車椅子の男の膝に乗せ、萌えもんセンターに戻っていく。

 

 

 

 

 

「言われた通り連れてきたんですから、せめて事情の説明くらいしてくれますよね? ジョーイさん」

 

点滴が動き続けていることを証明する音以外は何もないその一室で、ミズキはきぜつしている男を快方しているラッキーを尻目に、ベッドに腰掛け膝の上に据わるシークにやさしく包帯を巻きながら自分に『ゲームセンターに行っただろうから連れ戻してきてくれないか』と嗾けたジョーイさんに向き合う。シークが飛び出してしまった以上追うことは確定していたのだが、重ねて自分の萌えもんにけがさせられた挙句余計な荷物を運ばされたことでミズキの苛立ちは増加の一途をたどっていた。

 

「本当にごめんなさいね……でも助かったわ。私が言っても、いつもなかなか戻ってくれないものだから」

 

そう言って笑うジョーイさんは、ラッキーに対してわざの指示を出す。それを受けたラッキーから透き通るような高音が部屋全体を支配して、空気をまったりと和らげる。ラッキーの“いやしのすず”だった。

 

「……なにか、問題でも抱えているんですか?」

 

心を落ち着かせたミズキは再びジョーイさんを見る。

ジョーイさんはとても悲しそうな表情を作り、自分の後ろの男を見ていた。

 

 

 

「彼はからておうのノブヒコくん。かくとうタイプの萌えもんのエキスパートで、少し前まではヤマブキシティの道場で“ジムリーダー”に就いていた人よ」

 

ジムリーダー、という言葉に一瞬ミズキが眉をひそめるが、それを隠すようにわざとらしく驚いた表情を作る。

 

「ジムリーダーですか……今の彼からは想像もできないですね」

 

すると左腹部に軽く二回衝撃が伝わる。下を見ると、少し涙を浮かべたシークが自分を二回叩いていた。ミズキは優しくシークをなでた後にそっと抱きしめ、目線でジョーイさんに続きを促す。

 

「今のヤマブキジムジムリーダーは、誰か知っているかしら?」

 

「エスパータイプの萌えもんの使い手、ナツメさんですよね」

 

すぐに答えた後、自分で言った言葉を反芻して事実を察する。

 

「……“ジムリーダー”を奪われた、という事ですか」

 

「……そう、彼はナツメさんと、ヤマブキジムジムリーダーの座を賭けて、“絶対戦闘”を行い、負けてしまったの」

 

 

正解したことでミズキは自分の中である程度のストーリーを作り上げていた。

 

 

ここで少し前に触れた、萌えもんジムの話を取り上げる。

 

萌えもんジムとは萌えもん協会によって決められた実力者たちが“ジムリーダー”としてバッチを任され、数多来る挑戦者たちの萌えもんリーグ挑戦を阻むための門番のような役割をするための場所となっている。

まあその他の財政的、もしくは立地的、というような別の理由で設営されているジムも他地方にはないこともないそうだが、今回のヤマブキジムはそれに該当しないためひとまず除外させてもらおう。

そして今回重要となるのは、ジム設営の際のルールだ。

 

基本的には、ジムリーダーとして協会に認められる実力を持ってさえいれば、どこにジムを構えたとしても問題はないという事にはなっている。

 

が、ジムリーダー同士の実力差が問題視されないように、とか、各町の経済作用も加味して、とかなんやらかんやらの理由があり、『一定の地域に公式ジムは一つしか設営できない』というルールが協会によって設定されている。

 

まあ、ほとんどのジムリーダーの場合、設営の場所は自由と言っても、自身の故郷、もしくは住居の町にジムを構えるのがふつうであるためこのルールが問題になることは数少ない。

しかし、その数少ないケースに今回は当たったわけだ。

 

先ほどのジョーイさんの発言から、このノブヒコ青年はかくとうタイプのジムを経営していたのだろう。

それならば、エスパー萌えもんの使い手であるナツメに勝てる道理はない。

 

タイプ相性という問題もそうだが、根本的に、接近戦で相手に思い一撃を与えんと戦うかくとうタイプに対して、遠距離から相手の行動を制限するわざに特化したエスパータイプというのは萌えもんバトル界においても屈指の噛み合わせの悪さだ。

よって、カントー地方においては、エスパータイプは最強で、かくとうタイプは最弱であるという考え方を強く持つ人も少なくない。

 

それくらいに勝ち目のない組み合わせと言えるのだ。

 

「そして、ノブヒコ君には更なる不幸が重なったの。再挑戦の特訓をしている最中に、体を壊してしまったのよ」

 

「……病気か何かですか?」

 

「いいえ」

 

病気ではなくて突然体を壊した。それだけで一つの推測を立てるミズキだったが、ジョーイさんの表情がその推測が正しいという事を雄弁に語っていた。

 

「暴行事件の被害に遭ったのよ。犯人は結局捕まらずじまいで、彼は心と体に深い傷を負ってしまったの」

 

その言葉を受けて後ろを向くと、よく見ればベッドや脇の机には、彼の私物と思われるような雑誌や手帳などが散乱していて、そこにいるのがかなり長いという事を証明するような状態だった。

 

 

ミズキはふーんと言いながら机の上に載せてあった大量の紙をかき分け、その中の一つを持ち上げてそこに書かれていることを読む。そこには彼の個人情報の後に、術後の経過、治療方針などがびっしりと書き連ねてあった。

 

 

 

「……でも、怪我、そこまで重いものでもなさそうですね」

 

 

 

「! わかるの?」

 

「いえ、知識だけで、実際こういうものを見たのは初めてですけど」

 

言った後、二本の指で投げるように飛ばしてラッキーに渡した後、寝ているノブヒコの方に目線だけ動かす。

 

「重いものではないって言い方は少し間違いかもしれないですけどね。実際体にボルトをいれたりだとか、初めの数週間は金具がはめてあってしゃべれなかったりだとかもあったみたいですけど、少なくとも、何か月も車いす生活を余儀なくされるような後遺症が残るような怪我とは思えません。程度の違いは有れど、ほとんどの怪我は骨折と打撲で済んでいるみたいですしね」

 

ミズキの言葉が正しいことを証明するかのように、ジョーイさんは片手で顔を抑え、言う。

 

「そうなの。本来ならノブヒコ君の怪我は、もう何か月も前に治っていて、とっくに退院できているはずのものだったの。でも……」

 

「明らかに環境と精神が病状を悪化させているんですね」

 

全てを悟ったミズキが先読みして言葉を紡ぐ。

 

「ええ……特に重たいのは精神の方みたいでね。はっきりとした事情はまだ話してくれたことはないんだけど……何か思う事があるみたいで……それを振り切ろうとして今日みたいに勝手に病室を抜け出しちゃうみたいなんだけど……」

 

悪循環、ってわけだ。

 

 

 

「絶対戦闘で負けたことか、暴行の時の恐怖の後遺症か、はたまた……」

 

 

 

そこまで言った後、ミズキは膝の上で小刻みに震えるシークを右腕で抱えるように抱きしめながら、ゲームセンターのノブヒコの様子を思い出す。

 

 

 

 

 

 

『…………今更何しにきやがったぁ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

「……別の理由からか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、奴に今まで何があったのか。これから奴に何が起こるのか。そんなことは俺たちの旅には関係のない話だ」

 

ジョーイさんが職務に戻った後、ミズキとシークも部屋を出て、待合室まで足を運び、誰もいないそこでベンチに腰掛け、シークと会話を始める。さっきまでの様子から一転し、ミズキはあっけらかんとしたいつもの軽い様子に戻っていた。

本当に先ほどまでの会話が何も無かったことになってしまったのかと錯覚するような、尊敬する主人のその表情に、シークは思わず寒気を覚えてしまっていた。

 

「一応関わったことの状況理解として最後まで話は聞いては見たが、結局のところ愚図がいじけて凡骨になったっていうだけの話だ。俺たちが奴に関わるメリットなんざ何も……」

 

 

 

そこまで言ったところで、ミズキは口を動かすのをやめた。

 

 

 

……いや、それは正確ではなかった。

なぜならミズキは、話すのをやめたのではなく、話す事が出来なくなったのだ。

間抜けに口を開けたまま、外に出た舌先をしまう事すらできなくなっているのがその証拠だった。

 

 

 

ミズキは、瞬間に、体を動かせなくなっていた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 

シークは睨みつけながら、力を抜かず、全力の“かなしばり”をミズキへ向けていた。

 

 

 

 

それが、この主にとって、さして抵抗にも、反逆にもならないことはわかっている。

 

 

 

しかし、それでも、シークは、初めてミズキに反抗した。

 

 

 

「……があ!!!!」

 

 

 

そして、当然のことのように、ミズキはそれを自分で振り払った。

 

 

 

 

殴られる。怒られる。

 

そう思ったシークは、思わず目をつむる。

 

 

 

 

 

しかし、帰ってきたのは、今日何度も感じた、優しい感触。

 

 

 

抱擁だった。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 

頭に疑問符を浮かべるシークの耳元で、少しだけ息を切らしたミズキが囁く。

 

 

 

 

 

「シーク……お前にとってあの男は、それぐらい大事な……大切な男なんだな……」

 

 

 

「!!!」

 

 

 

ぺしん。

 

一回背中からスプーンの音が鳴る。

 

 

 

 

 

 

「……あいつがお前の、この旅の目標だったのか?」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

ぺしん。

 

 

再び、一回鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、今の(・・)あいつが、お前の追い求めた野望の果て(もくひょう)なのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

ぺしぺしっ、と、二回音が鳴る。

 

 

 

 

 

 

「……わかった」

 

 

 

 

 

俺に、任せろ。

 

 

 

 

 

 

そうつぶやいた後、ミズキは腰のボールに手を掛ける。スーのボールだ。

 

目の前に出てきたスーが、自分を目にとらえたところで、宣言した。

 

 

 

 

 

「……山か、谷か。絶壁か、峡谷か」

 

 

 

道は決まった。

 

 

 

 

 

 

「俺たちは、タマムシで、エリカに勝つ!」

 

 

 

 

 

 

 





第9話はこの作品の一つの山になる予定です。


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第9話 2 横一列

月一ペース位は守り続けたいという意地


 

 

 

 

 

 

いつもよりも集まる視線が多い、と感じるのは、決して気のせいではないだろうといつものようにスロットへ向かうノブヒコは思っていた。

ふと液晶画面に目線を移すとゴローニャが画面上から落下してきて出ている図柄を一つずつずらしていく、所謂チャンスタイムが発生していた。期待しないながらも画面に集中していると、案の定チャンスタイムは止まり、外れの音が鳴り響く。

くそっ、とつぶやいただけで周り二、三人の目線を集めているのだから先日の騒ぎでいかに悪目立ちしたかがわかる。

 

ベッドで眼を覚ましたノブヒコはまるで何事も起こっていないかのように日常へと戻っていった。

病室を抜け出したことに対して説教をしに来たジョーイさんの態度もいつもと変わらないと言っていいものであったし、話を聞こうとするもただ少し笑いを浮かべるだけではぐらかされてしまっていた。当然病院内を軽く見て回るくらいのことはしたし、外を抜け出し情報を集めたりもしたが、件の男とユンゲラーの姿は影も形もなかった。

 

そのまま数日たった今でも結局もう一度見つけることは叶わず、すでに別の町へ旅立った後だと結論付けたはいいものの、こうして何も考えずにスロットを回し順調に手元のコインを減らしている今も、頭の中ではそのことばかりを考えていた。

 

自分は、

怒っているのか、

悲しんでいるのか、

苛立っているのか、

苦しんでいるのか、

 

彼らを探して、どうするのか、

何を言いたいのか、

何をしたいのか、

何ができるのか、

 

そもそも、なぜ会いたがっているのか?

 

その自問に答える者はいない。

自答さえも、できなかった。

 

 

 

「一枚、もらうぜ」

 

 

 

その思考をかき消したのは、自分の成果であるコインを奪っていった、一人の男にかき消された。

唐突な出来事に驚いたノブヒコは、れいせいになろうと自分を落ち着かせたのち、頭の中で声の主に検索をかけるがヒットしそうでしない聞き覚えがあるか無いかの中間のような声に戸惑い、一瞬メダルが奪われたことに対する怒りも忘れる。

が、次の瞬間には、それとはまた別種の怒りが脳を支配した。

 

「てめえは……」

 

「シークの“おや”だ。ミズキ、そう呼んでくれ」

 

そうして平然と隣に座ってスロットを始めた男を胸ぐらをつかんでやろうと突き出した右拳は軽く手首を掴まれ止められる。さらに怒りを深めたノブヒコは振りほどこうと力を強くするが、ミズキが空いている方の手で真後ろを指さす。そちらを向くと先ほどまで檻の中の動物を見るような目線を向けていた男たちが、今度は明らかに非難を込めた目線をこちらに送っている。さらに遠くには、店員が二人ほどこちらの様子をうかがいながらひそひそと話しているのが見えた。先日の一件を境にかなり警戒されていることは明らかだった。

 

「そう騒ぐなよ、めんどうくさいのが嫌いなのはみんな同じだろう?」

 

どの口が、と騒ぎたかったがそれすらもわかりきっているかのように飄々とスロットを続けるこの男は、もはや何を言っても動揺させることはできないだろうとあきらめたノブヒコはため息をついて自分のスロットへと向き直る。

するとすぐに、自分の目の前に手が伸びてきた。

またコインを、と思って止めかけたが、その手は逆に一掴み分のコインを気持ちいい音を立てて落としていった。隣を見ると小気味よいリズムを刻みながらボタンを押す男の目の前で、“777”がそろっていた。

 

「一枚目のお返しだ」

 

余裕そうにそういうミズキは、何も気にしていないかのように続きを始める。

一度騒ぎたてることをがまんしてしまった以上、どうにかして暴力以外でこいつを見返してやりたいと思ったノブヒコは、いつにもまして真剣に画面に集中する。

 

 

 

「ジョーイさんからだいたいの話は聞かせてもらったよ。治り、悪いんだって」

 

「関係ねえだろ」

 

他にも言いたい愚痴など山ほどあったが、なるべく会話をしたくないという想いがその一言で終わらせた。

まだ会うのは二度目、まともな会話に至っては今日が初めての男だが、こいつが来てから自分の生活はかき乱されている、と感じているノブヒコは、自分の心の中にこの男を一歩たりともいれたくないと考え始めていた。

だからこそ、彼の言動にも平静を保ち、素気ない対応を心がけていた。

 

「何が原因か、自分ではわかっているのか?」

 

「……」

 

答えない。もちろん、いかにゲームセンターがうるさく会話に向かない場所であるとしても、隣の席の発言が聞こえないはずはないため、意図的な無視。

ここから先は、触れられたくない心の空間(パーソナルスペース)であると言わんばかりだ。

 

それが察せないほど、ミズキは心に疎くない。

 

 

が、それを尊重するかは別の話。

 

 

 

「じゃあ、親切な俺がその原因をわかりやすく解説してやるよ」

 

 

 

理性を忘れて暴れまわりたくなる衝動をぐっとこらえる。それを実行してしまうには場所が悪いという事もあったが、何より本気で喧嘩をするならば車椅子の自分が勝てる道理はないことはわかっていた。

だが、それを理解していても、ノブヒコの堪忍袋は破裂の一歩手前だった。

 

この嫌味で偏屈な男の端正な横顔を思い切りぶん殴ってやりたい。

心の底からそう思っていた。

 

 

 

「『病は気から』って言葉がある。気持ちの持ちようで病気にかかったり治ったり、重くなったり軽くなったりするっていう諺だ。聞いていりゃあほみたいな話だと思うやつもいるが、実は医学的に証明されている話なんだ」

 

知っている。わかっている。

思わずそう言いそうになる口をつぐむ。

 

「俗にいう『プラシーボ効果』だ。脳が勘違いを起こし、それが直接体に影響を齎しちまう。真っ赤に燃えているように見えるが実はまったく熱くない物体に触れた時、その思い込みだけで“やけど”になってしまうってやつだな」

 

それだろ? という言葉を最後に、隣の男が嫌な笑顔を見せつける。

無意識のうちに自分の拳は殴りつける準備を整えていた。

 

「知識自慢ならよそでやれ。俺には関係ない」

 

強気に振る舞おうとしたせいか、はたまた図星をつかれた同様からか、突っぱねるための声がふるえる。しかし、それにすらミズキは反応せず、話を続けていた。

 

「ならば、骨折の完治が遅れているお前は、負の感情に脳が引っ張られているんだろう」

 

そういうとミズキは、自分の腰から一つボールを抜き、指先でくるくるとまわし始める。

 

自分では顔色一つ変えていないつもりだったのだが、ミズキからは少なくとも真顔には見えなかったらしく、こちらの顔を見るや否や表情を一気に暗く落とした。

 

 

「……こいつが俺のもとに来たのは、今からほんの数か月前の話だ」

 

 

その瞬間にノブヒコは自分の表情が完全に崩されてしまったことを自覚する。自分の掌を頬につけると、少し痙攣しているのを感じた。

その反応を見て、ミズキは自分の推測が正しかったことを確信する。

 

「ナツメがジムリーダーに就任したのは、年単位で前の出来事だ。という事はお前のその怪我の原因となった事件は、少なく見積もっても一年より前のはず。ジョーイさんが何も知らない以上、治療期間が遅れる原因は、その時期の出来事に少なからず関連しているはず。つまり……」

 

軽くボールを宙に投げ、戻ってきたところをパシッと取る。

 

 

 

「こいつがお前のところを去ってから、少なくとも一年以上は経過しているってことだ」

 

 

 

何もかもを見通されたノブヒコは、握っていた拳をそっと話し、苦しそうな顔を見せる。まるで推理で追い詰められた犯人が、投降するような素振りだった。

 

 

「ジョーイさんに聞いた事故の現場はヤマブキシティ。そこからタマムシ病院に運び込まれたと仮定したならば、こいつがお前のもとを離れたのもそのどちらかの場所のはず。だが……」

 

今度は回していたボールを小さくし、指と指の隙間におさめ、そのまま同じ手で黄色い端末、ポケナビを片手だけでいじり始める。器用さに感心したが、それは決して心に余裕があったからではなく、心の中が空っぽで何も考えられなかったからに他ならない。

 

そんなことを考えていると、ミズキはその機械を自分の目の前に差し出した。

ポケナビを見たことが無いノブヒコだったが、その画面が、自分の知っている萌えもんのデータを表していることは直ぐにわかった。

 

そして、ミズキが何を言いたいのかを理解し、思わず涙をこぼしかける。

 

 

「俺が“ケーシィ”と出会ったのは、“3ばんどうろ”。まあ正確に言うと、こいつを見つけたのは俺の弟分で、見つけた場所は“トキワのもり”なんだが、それは今回どうでもいい。重要なのは……

 

 

 

“ケーシィ”がお前のもとを離れ、“シーク”になるまでには空白の数か月が存在するってことだ。

 

 

 

 

 

何が原因でノブヒコの下を去ったのか、彼がノブヒコに対し今何を思っているのか。

 

そのすべてがわかることはない。

 

 

しかし、理由もなく、数か月、自分のボールを持って(・・・・・・・・・・)、ずたぼろになりながら自分の足で歩き回ったシークに、野望(もくてき)がないはずがない。

 

 

 

 

彼は、必死に、探していたのだ。

 

 

 

 

ノブヒコを、探していたのだ。

 

 

 

 

 

「……シークは、口がきけない」

 

 

「!!!! 何だって!」

 

 

うなだれていたノブヒコの体に、衝撃が走りぬける。

 

「……やっぱり後天的なものだったのか」

 

ノブヒコの反応で確信したミズキは、即座にその原因を想像し、一つの仮説にたどり着く。

 

「人間の唖者と同一に考えるのなら、心因的な原因。極度のストレスによる自閉症の一種か……」

 

「じ、自閉症って……それじゃあまさか……」

 

皮肉にも自分がその状態に陥りつつあったノブヒコは、ミズキの仮説を即座に理解し、顔をぞっと青くする。

 

 

「俺と離れたことが原因で……」

 

 

ミズキはそれを聞き、否定するわけでも、フォローするわけでも、激昂するわけでもなくただただ一つの情報として頭に入れる。

冷静な判断であり、冷徹な判断でもあるが、それでもミズキは話を進める。

 

「シークは、一人を怖がっていた。一人の夜を、一人で見る夢に震えていた」

 

一体、どんな夢を見ていたんだろうな、と言って、ミズキは話を締めくくり、席を立つために荷物をまとめ始める。

立ち上がる際に隣を見ると、数秒前まで呆けた顔を浮かべていたノブヒコが、決意の表情を作っている。

 

 

おそらく、何か言う覚悟を決めたのだろう。

 

立ち上がっているミズキに対し、熱い目線を送っていた。

 

 

 

 

 

その熱くまっすぐな視線の先のミズキは、

冷ややかな目線を作っていた。

 

 

 

 

 

何だそれは?

 

 

 

 

まさか、お前は、それでシークに並んだつもりでいるのか?

 

 

 

 

ミズキ(自分)という何物かもわからないトレーナーを頼り、

旅を続けるために必死に戦い、

強くなるために必死に努力し、

 

野望のために死に物狂いで苦しむ毎日を選択した、シークの覚悟に。

 

 

 

 

たった数秒の覚悟で、並んだつもりか?

 

 

 

一度心を折ったお前が、今の数秒の心変わりで、シークを理解したつもりか?

 

 

 

この前シークに言ったあの一言をなかったことにするつもりか?

 

 

 

なめるな。

 

 

 

 

「お前にシークは渡さない」

 

「なっ!?」

 

口を開けようとしたノブヒコを封じ込めるようにミズキが言い放つ。

ノブヒコは、自分が発言する前に、発言に対する答えが返ってきたことに驚愕するが、お構いなしにミズキは続ける。

 

「今のお前に、シークはふさわしくねえんだよ」

 

言うだけ言ったミズキは稼いだコインを入れ物に入れて積み重ね、すべて持ち上げたままジャラジャラと音を立てその場所から離れていく。

一瞬固まっていたノブヒコが自分も同様に席を離れようとし、コインをしまおうと出した右手は手元のコイン入れの中で空を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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30000UA感謝記念 ~劇場版予告とちょっとした裏話~

見る必要はあまりないですが見て行ってくれるとうれしいかな~





 

 

 

 

 

「……お前ら、『生きている間に一番やりたいこと』って、考えたことあるか?」

 

誰も答えはしない。

 

 

『心臓の音がやたらとうるさく聞こえる』、なんていうマンガみたいな場面にさえ、幾度となく巡り会ってきた男は、自分の自信の原動力としていた今までの戦いを思い出す。

 

血を血で洗う死闘。

涙が傷に沁みる苦痛。

 

体を裏返して全身を火に焼かれ、凍りに晒され、稲妻に打たれ、念力にねじ切られるかのような痛み(ダメージ)

 

 

 

齢十いくつかの少年にとって、圧倒的、爆発的な『けいけんち』と断言することに遜色ないそれはしかし、目の前の二枚の壁を前にして、広大な海という舞台の中で揺れる波に引きちぎられた藻の欠片が如く、情けなく、薄っぺらく、役に立たないものであるという事を痛感した。

 

 

『自分は、伝説を知っている男だ』

 

 

そんな経験にすがってここまで来ていた自分を、戻って殺してやりたくなるほどに今の自分は恨んでいた。

 

 

 

しかし同時に、それを、手遅れになる零コンマ数秒前に察する事が出来たという最後の幸運にだけは、すなおに感謝の想いを覚えた。

 

 

 

今の自分の命は、世界の気まぐれが引き延ばした、拾われた命。

 

 

 

ならばもう、

(過去)は、いらない。

 

 

 

自分が必要とするものは、

愛する者たちと共に生きるための、野望(未来)だけ。

 

 

 

「俺はさあ、もう、すべてやりきったと思っていたんだ」

 

 

 

誰かは言った。

 

 

『人は、二つ夢を持つべきだ』

 

 

曰く、

一つの夢に情熱を注ぎ、

一つの夢に尽力し、

一つの夢に食らいつき、

 

 

一つの夢に燃える者は、

一つの結果で燃え尽きる。

 

 

 

それが成功か失敗かは関係ない。

 

 

スポーツが全て。研究が全て。萌えもんバトルが全て。

一つのことに粉骨砕身、一球入魂、全力投球。

 

 

それが悪いことなはずはない。

 

 

 

しかし、その夢が終焉を迎えた時、燃え尽きた男は如何なる末路をたどるのか。

 

 

 

 

「灰になってから動くことを考える馬鹿なんざいるわけねえや」

 

 

 

言うまでもない。終焉なのだから、終了だ。

 

 

 

 

 

「でもよお……死んでも(・・・・)やらなきゃいけねえことも、世の中にはあるんだよ」

 

 

 

 

 

聞いてか、偶然か。

その言葉の終わりを皮切りに、

壁による、ほんの少しの呼吸と、指一本の動作が起こる。

 

 

 

 

たった、それだけ。

 

 

 

 

それだけで伝わる、格の違い。

 

 

 

吸って吐いただけの吐息が自分の時を奪い、

動かした指が起こした風が自分の空間を奪っていく。

 

 

そんな錯覚。

 

 

いや、もしかしたら錯覚でもないのかもしれないが、それを判別する頭さえも、今はまともに稼働しない。

 

 

 

 

しかしそれでも、

少年、ミズキは、

 

 

一歩を前に踏み出した。

 

 

 

 

 

 

「その力、もらうぜ! 『ディアルガ』! 『パルキア』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンオウ地方、テンガンざん頂き。

 

やりのはしらにて、魂の最終決戦。

 

 

唸る咆哮、ずれる時。

 

 

振り抜く腕、ねじれる空間。

 

 

そして、その先の出会い。

 

 

 

              劇場版『罪深き萌えもん世界』

 

 ――――――――――――ディアルガVS()パルキアVS()ミズキ――――――――――――

              ~歪んだ世界で出会った奇跡~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺、マサラタウンのサトシ! えっと……君は?」

 

 

「……ミズキ。そう呼んでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

近日公開(大嘘)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シーク「(30000UA記念、みんなでこれまで見てくれた皆さんにお礼を言おうの会)」←プラカード

 

 

ミズキ「…………おい、なんじゃこの話は」

 

スー「30,000UA記念だそうですよ」

 

フレイド「物語が重要な場面に差し迫っているというのに何を遊んでいるのだ執筆者。しかも30,000とはまた中途半端なときに……」

 

スー「本人いわく、10,000、20,000の時にも何かしたかったけど何もできなかったからだそうですよ」

 

フレイド「愚かな……」

 

ミズキ「……ちなみに上の話は、本編が終わってほんの少ししてからの話でもうすでに内容は仕上がっているが、本編のネタバレを大いに含んでいるから完結までは基本的に投稿出来ないという事だそうだ」

 

スー「どうやらまだ見ぬお仲間さんたちもフルで活躍する予定なので次の話を書くことさえも許されないみたいですね」

 

フレイド「そもそも主がテンガンざんにいる理由さえもネタバレになるからまともに解説できないという始末だ。なぜ今書いたかと言われれば答えられないぐらいのものだな」

 

ミズキ「どんな形であれ皆さんにお礼を言いたかったというのはわからんでもないが……まあ言ってても仕方ない。これからいったい何をするんだ?」

 

 

 

 

 

 

シーク「(これまでの話の解説兼制作秘話←出来る限り)」

 

フレイド「……解説と言ってもだな……」

 

スー「求められてるかどうかもわからないものですからねえ……お礼になってすらいないような……」

 

ミズキ「まあ、いらない人には嘘予告だけで戻ってもらうとして、少数派のために少しだけしゃべるとしようかね」

 

 

 

シーク「(第0話)」

 

 

 

ミズキ「話のスタートだな。プロット段階で最初に決めたことは『スーをてもちに加えて旅をすること』だ」

 

フレイド「……別にケチをつけるわけではないが、なぜラプラスなのだ? 別に御三家を連れて行っても問題はなかっただろう?」

 

ミズキ「それは単純明快。投稿者が無類のラプラス好きだからだ。この話を作るに至った要因として、主人公の相棒がラプラスである小説が見つからなかったから自分で作ってやろう、という事が大きかったらしい」

 

フレイド「安直な……」

 

ミズキ「まあ、言ってしまえば見切り発車だったみたいだけどな。かわいいラプラスを書きたいという作者の願望によって作られた小説だからゆるーい日常系を書く事が出来ればそれでもよかったが作者はその手の話が苦手でな、王道なストーリーをチョイスしたらしい」

 

スー「か、可愛いだなんて……」

 

ミズキ「ちなみにスーっていうニックネームは自分がパールで最初に育成したラプラスのニックネームをそのままもらったものらしい。性別もその娘を参考にしたんだとさ。ちなみにポケモンじゃなくて萌えもんの話を書いている理由の一つとして、『萌えもんが好きだから』、『作者の技量の問題でしゃべれないポケモンにすると一番書きたい道中がうまくかけないから』というのもあるが最大の理由として『ラプラスを相棒に据える以上ポケモンで進めるには無理があるから』という事があるそうだ」

 

フレイド「なるほどな。だからスーを動かしやすくするためにも、陸上個体という設定をつけたわけだ」

 

スー「まあ、それについては他の理由もありますけど、今のところはなせるのはそれくらいですね」

 

 

 

シーク「(第1話)」

 

 

 

スー「初戦闘です」

 

ミズキ「萌えもんのストーリーを書く以上切っても切れない戦闘シーンだな。正直俺、『ミズキ』が頭のいい研究者であるという設定が重くのしかかることに気付いた回だったらしい」

 

フレイド「賢い設定の主が戦う以上スーやわっちたちのスペックだけで戦うような話は面白みに欠けてしまうからな。そこからの戦闘も基本的には主が練りに練った戦略で戦うことを義務付けられてしまったという事だろう」

 

スー「戦略を考えること自体は楽しいけどそれをすべて文字に起こそうとすると必要以上に長くなってしまうことも多く、最近では戦闘回は10,000文字以上がデフォになってしまったのが作者的に痛いミスだったとの事です」

 

ミズキ「まあ、俺の設定を鑑みれば俺が研究者であることは外せない設定だったというのも間違いない事だから、それに挫けず、楽しんで書いていきたいとの事だ」

 

フレイド「そんなところか。7話までやるからな。ポンポン行くぞ」

 

 

 

シーク「(第2話)」

 

 

 

スー「ニビ編。タケシ戦ですね」

 

ミズキ「この話は正直、作者最初の挫折ポイント、見切り発車の悪い部分が前面に出た回だったそうだ」

 

フレイド「ん? そんなに悪いようには感じていなかったがな。ニビジム戦の出来も、ひとまずは満足しているんだろう?」

 

ミズキ「内容自体はな。問題はこの話を作るにあたっての前段階で発生した。それがこれだ」

 

 

シーク「(話の設定上、『ミズキ』がジムに行く必要がない)」

 

 

スー「ああ……気づいてなかったんですね」

 

ミズキ「そう、俺はR団に対する復讐を目的に行動しているから、基本は町は素通りできてしまうという問題が発生した。だからここで本来出す予定の無いレッドを出すことになってしまったというのがマイナスポイントだ」

 

フレイド「そんなものプロット段階で気づくだろう馬鹿者が!」

 

ミズキ「ニビジム戦の内容自体も途中でかなり書き換えがあったから少し不安定な投稿になったのが反省点だな。その割に自分ではそこそこ気に入っている戦闘らしいけど」

 

スー「一番やりたかったことは“ロックカット”に“しおみず”を重ねるという演出ですね。ちなみにわたしのとくせいが“シェルアーマー”になっているのも育成したラプラスのとくせいをそのまま合わせたんだとか」

 

フレイド「一致させた方が愛着がわくから、という理由で“ちょすい”で作っていたプロットを無理やり捻じ曲げたらしいからな。全く、無駄な苦労が好きなことだ……」

 

 

 

シーク「(第3話)」

 

 

 

スー「何より大きいイベントは、シークちゃんとフレイドさんの参入ですね」

 

ミズキ「ぶっちゃけシークもフレイドももっと後に出会うはずだったんだがな。意味もなく生息するはずのない萌えもんを登場させるのは作者も好きじゃないらしいから、本来ならシークはハナダ、フレイドはシオン隣で出会うつもりだったらしい」

 

フレイド「ほー。ならばなぜわっちらは第3話でまとめて登場になったんだ?」

 

ミズキ「後でも話すが一番の要因は、その時点でハナダ戦のプロットが固まっていたからだな。早急に仲間を集めて、絶対戦闘の流れに持っていく必要があったんだ。それにちょうどいいイベントがR団しかなかったから、そっちはフレイドのイベントにして、シークはレッドが連れてきたって流れにしたわけだ」

 

スー「なるほど。それにそのままでいくと、パーティが増えるのがかなり遅くなっちゃいますもんね」

 

ミズキ「そういうこと。軽くネタバレになるが残りの仲間がもう少し遅い登場になるから、その帳尻合わせって意味でも先に登場させたってわけだ」

 

シーク「(ちなみに『シーク』は『seek』(探す)からきているそうです)」

 

フレイド「わっちの名前にも意味はあるそうだがそれは機会があったらだな」

 

 

 

シーク「(第4話)」

 

 

 

スー「はい。ハナダ回です」

 

ミズキ「自慢っぽくて恥ずかしいが、自信作の話だな」

 

フレイド「スーの成長回として作る、シークを進化させる、わっちのキャラを確立させつつハナダジムをわっち抜きで突破する。一番思い通りに書く事が出来た話だそうだ」

 

ミズキ「絶対戦闘のルールは突発的に作ったルールだったらしいが設定や対決方法がとても描きやすくかなり重宝しているらしい」

 

フレイド「交代戦なんかはただでさえ多い字数がもっと多くなってしまうからな。いつかは書くかもしれないが、一対一のルールはやはり書きやすいようだな」

 

スー「とにかく、やりたいことをきれいに整理して終わらせる事が出来たから一番満足している話との事です」

 

 

 

シーク「(第5話)」

 

 

 

スー「まあ……正直に言うと、あまり言う事の無い回ですね」

 

ミズキ「言ってしまえば、クチバに行く理由をつける回だからな」

 

フレイド「先述していたことが響くのはここらへんだな。アニメでサトシが近いジムを目指し続けるのとは違い、いちいち町を動くのに理由がいるという難点だ」

 

ミズキ「こういう回を出来る限りテンポよく進めるというのは、今後の課題の一つだろうな」

 

 

 

シーク「(第6話)」

 

 

 

スー「はい、クチバ戦です」

 

ミズキ「作者的には大問題回だな」

 

フレイド「……ふむ、全体的にまとまりがなくなってしまっていたような感覚があったな」

 

ミズキ「はっきり言ってサントアンヌ号乗船はあまり予定になかったからな。かなり即興で作ったためにああいう結果になってしまった」

 

スー「案の中にはクチバはいっそ飛ばす、というのもありましたけれどもマチスさんが絶対に出る機会を逸すことになるという事でそれはさすがにかわいそうなので話を作りました」

 

フレイド「しかし、船の上で敵組織と争いという絶体絶命の状況を余儀なくされてしまいそこからどうやって脱出するかという新たな問題も浮上してしまったわけだ。船だけに」

 

ミズキ「結果的に『ミズキ』というキャラクターに傷をつけてしまったのではないかと心配したがここまで完璧すぎるという事が目立っていたためここいらで『ミズキ』はすごいやつであっても超人ではないという事を描写することにしたんだそうだ」

 

スー「そのへんはマリムちゃん回でも反映されてますね」

 

フレイド「一応馬鹿作者も失敗を糧にしているという事だ。許してやってくれ」

 

 

 

シーク「(第7話)」

 

 

 

スー「マリムちゃん回です」

 

フレイド「今話すことが出来る回の最後だな」

 

ミズキ「そしてハナダ並みに制作に苦労した回でもあるんだ」

 

スー「まあ確かに、久しぶりに仲間が増える回でしたからね。ある程度はしんちょうでもよかったと思いますけど……」

 

ミズキ「いや、実はこの話、作り上げてから一回消してすべて一新した物を投稿したんだ」

 

フレイド「……そんなことして投稿が遅れていたら世話無いな。良い話を作ろうという義務感にとらわれすぎなんじゃないのか?」

 

ミズキ「まあないとは言わないが、そのほかにもこの話が難航した理由がある」

 

スー「戦闘シーンですか?」

 

ミズキ「いや、マリムはお前ら3人とは違い、『過去がある程度分かった状態』で仲間に迎え入れたからだ」

 

スー「ああ……なるほど」

 

ミズキ「この話の一番と言ってもいいテーマの中には、『俺たちの過去』という重要なファクターがある。1個目のプロットを作った段階では『ミズキは危なげなくマリムを抑え込み、説得することで仲間にする』という内容だった。しかし、作って読み返してみたら、どうにもマリムの決意とか、過去に対する想いとかが安っぽいように映ってしまった。だからこそ、マリムには最大限抵抗をし続けてもらったうえで魂の説得で仲間にする、というようなシチュエーションを作りたかった」

 

フレイド「で? 試行錯誤した結果がジム戦でもないのに6個構成というわけか?」

 

ミズキ「そういうことだ。マリムは久しぶりに増える仲間だったから丁寧に扱いたかったという事と、タマムシシティの話にも1枚噛むキャラにする予定だったから、時間をかけてでも話を作りたかったってわけだ」

 

 

 

シーク「(今の段階で話せることはこんな感じです)」

 

ミズキ「話の根幹にかかわるような質問じゃなければ、これまでの話の中で疑問に思ったことなんかには答えていきたいと思っている」

 

スー「ぜひ、これからもharukoを見捨てる事無く、いつの日か最終回を迎え、嘘予告の話を書き上げるその時まで付き合ってください!」

 

フレイド「馬鹿作者には死んでも月1ペース位は守るようにと言っておく。これからもわっちらの活躍を見守りながら、ぜひ気が向いたら感想なんかを残して行ってくれるとうれしいぞ」

 

 

 

 

 

シーク「(それでは、今度は60,000アクセス記念でお会いしましょー)」

 

 

 

 

 

 



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第9話 3 なつき

えー、まずは一言

遅れて本当に申し訳ございませんでした。

あとがきにも書くつもりですが精神的な事情と私生活的な事情が重なり半年もの間放置してしまうという結果になってしまいました。


もしよろしければ、自分がプチ失踪する前に投稿した最後の話がおあつらえ向きにあらすじのような振り返りになっているためもう一度話を思い出したいという方々はそちらを見て少しでも思い出していただければ幸いです。



では、本編をどうぞ。



 

 

「返さないってのは、どういう事だ? あんたは俺にユンゲラーを返す為に、俺のところに来たんじゃないのか?」

 

場所は変わってゲームコーナーのとなり、“けいひんこうかんじょ”。

 

ミズキは背後のノブヒコの声に耳を傾けながら、手に入れたコインを手だけが見えている店員に渡し代わりに出てきた萌えもんボールを受け取る。ポケナビでデータを読み取り、中身が間違いないことを確信したのちに、ようやくノブヒコに向き直る。

 

「ついてこい」

 

そう一言だけ言ったミズキはすたすたとその場を後にする。どこに行こうとしているのか、何がしたいのかもわからないまま、ノブヒコは自分でタイヤをゆっくりとまわしながらミズキの後を追っていく。

 

 

 

 

何も言わずに歩き続けるミズキがようやく止まったのはタマムシシティの東の外れ、今日ミズキがエリカと会合した場所を少し奥に進んだ原の上だった。

ミズキはそこで振り返り、ノブヒコに向かってボールを構える。そのボールは、先刻、コインの景品交換によって手に入れていたものだった。

 

「来い」

 

ミズキは一言そういうと、ボールをほおる。中から出てきた萌えもんは、不機嫌そうな表情を浮かべ睨みながらその角ばった電子的な体をミズキにごつごつとぶつける。

 

 

 

ノーマルタイプのバーチャル萌えもん、ポリゴンだった。

 

 

 

「……で、『来い』って、いったい何のことだよ?」

 

困惑の表情を浮かべるノブヒコの質問に、ミズキは足元で暴れるポリゴンをたしなめながら答える。

 

「トレーナー同士なんだ。萌えもんバトルに決まってるだろう」

 

ミズキは言い切る。それを聞いたノブヒコは、さらに困惑の表情を強める。

 

「……まさか、そいつで戦うつもりか」

 

いまだ暴れるポリゴンを見ながら呟くように言う。

 

『景品』に限らず、人からもらった萌えもんがいう事を聞かないという事は多い。

所謂『なつきど』などと呼ばれているものであり、オーキド博士をはじめとした各地方の権威たちが確実にわざやしんか、バトルに影響を及ぼすものとして発表し、協会が公式に認定した萌えもん用語の一つである。

 

様々な現象に影響するため、一概になついていなければいけないというわけではないが、今回ノブヒコが言いたいことを簡単にまとめると、

 

基本的にはなつきどが低ければ低いほどバトルでは不利

 

という事である。

 

 

 

「ああ、そうだ。こいつでお前のトレーナーとしての実力を見てやるよ。そっちは何人でもいい。全力でかかってこい」

 

 

 

ここまでのミズキの様々な行動により、ノブヒコの感情はかき乱されていた。

 

最初はいらつき、次は驚き、そして感謝し、または困惑し、しまいにはもう一度いらついた。

 

自分を諭すような言動にいらつき、ユンゲラーに驚き、ユンゲラーを連れてきてくれたことに感謝し、なのに返さないと宣言され困惑し、そして最後に、

 

 

トレーナーとして侮辱されたことに、それまでの様々な感情の羅列を吹き飛ばしてしまいそうになるほどに激昂した。

 

 

 

奴は言った。自分のことをジョーイさんから聞いたと。

 

ならば知ったはずだ。自分が曲がりなりにも元ジムリーダーであるという事を。

 

聞けば分かったはずだ。自分がかくとうタイプのエキスパート(専門家)であるという事を。

 

 

 

ノーマルタイプの、なついていない、育ててすらいないポリゴンを使い、

 

苦手なかくとうタイプの使い手である、自分に勝とうとしているという事が、

 

 

 

ぼろぼろに崩れかけつつも、必死に壊れないように抱え続けていた、自分の中の最後の誇りを踏みにじられた。

 

 

 

「覚悟しろよ……俺が勝ったら、ユンゲラーは返してもらうからな!!」

 

 

 

 

 

 

ノブヒコが礼節すら捨てて投げた言葉と二つのボールが戦いの火ぶたを切り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信じてやまない相棒が崩れ落ちるさまが、戦いの幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ま、こんなもんか」

 

抑揚のない声で言い放ったミズキは、いまだ勝利に喜ぶポリゴンを見せつけるかのようにボールにしまう。しかし、ノブヒコの心中にはそんなミズキの振る舞いにいらだつ余裕すらも残されていなかった。

 

 

「……俺の、エビワラーが……俺の、サワムラ―が……」

 

 

かつて、ともにジムを守ってきた自分の相棒。

これまで、支え続けてくれた自分の仲間。

 

 

その二人が完膚なきまでに叩きのめされたという現実を受け入れられなかったノブヒコは、思わず車椅子から転げ落ち、それでも這うようにしてうつぶせに倒れる二人を抱え込む。

 

 

その状態から顔を上げると、ミズキはゲームセンターで見せたものかそれ以上に冷たい瞳でこちらを見ている。

明らかに、失望の眼差しだった。

 

 

 

 

 

「その程度の腕しかないから、ジムはとられて、自分の萌えもんに逃げられるんだよ」

 

 

 

 

 

唇を千切りそうなほどに歯を食いしばり、二人を抱えていない方の拳を手のひらに爪が食い込み血が滲むほどに握り締める。

病室にこもり続けていた間、久しく感じることの無かった感情に心を支配された。

 

 

 

が、その握った拳を振りかぶることはなかった。

 

 

 

 

かっとなった頭とは裏腹に、状況は冷酷なまでに今の真実を伝えてくる。

 

 

 

自分は、負けたのだ。

 

 

 

 

勝ったらユンゲラーを返せ。

 

 

 

 

絶対戦闘で正式に決定したわけではないが、そう自分で宣言した以上この戦闘には、ノブヒコ自身の実力をミズキに知らしめてやろうという意図が少なからずあった。

 

 

自分の実力を見せつければ、

自分の強さをわからせれば、

真にユンゲラーの親にふさわしいのは、どちらか、

 

 

力で見せつけてしまえばいい、という思いがあった。

 

 

 

 

そして、その結果がこれだ。この情けない姿だ。

 

もはや自分の吐く言葉に、重みも、威厳も、力もない。

 

それを理解してしまったノブヒコは、頭が冷えると同時に胸元まで上げた拳をだらりとおとす。

 

 

 

「言い返すだけならタダだぜ?」

 

「うるせえ。引き際ぐらいわかっている」

 

 

ジムリーダーだからな、という言葉は無理やり飲み込んだ。

これ以上過去の栄光に縋り付く行為は惨めを上塗りするだけだ。

 

 

それを見たミズキは崩れ落ちているノブヒコを抱え上げ、車いすに戻してやり、ボールを二つ目の前に差し出す。ふとしてそれは自分が車椅子から転げ落ちた際に落としたエビワラー、サワムラーのボールであることが分かった。ひんしの二人をボールに戻せという事だろう。

 

ボールのスイッチを押して二人を戻しながらミズキの顔を見る。

ミズキもノブヒコをじっと見つめるだけで、何を言う事もない。

 

 

一体次に自分は何を言われるのだろうか?

 

 

見た目こそミズキのことをにらみつけ、敵対の体裁をまもったままでいるノブヒコだが、心中はそんなことを考えるので精いっぱいだった。

 

 

 

ユンゲラーは俺の萌えもんだ。

お前のような弱いやつには渡さない。

もう二度と俺たちに近寄るな。

 

 

 

何を言われても涙を流してしまいそうな気さえする。しかし、もう自分にはそれを否定する材料さえない。

 

 

ジムリーダーの座は奪われ、

怪我をしたかと思えばそのまま腐り続け、

挙句二対一の萌えもんバトルで完膚なきまでに打ちのめされる。

 

 

思い返せば思い返すほど、自分はユンゲラーに見捨てられて当然の人間だったような気がしてきた。

 

そんなことを考えていると、ついにミズキが動いた。

 

 

現実から目を背けるように、ノブヒコは思わず顔をそらし、目をつむる。

 

 

 

 

数秒間、空白の時間が生まれる。

 

 

 

 

恐る恐るノブヒコは目を開き、正面を向きなおすと、

 

 

 

一つ、ボールを差し出される。

 

 

 

 

 

「三日やる。こいつをお前なりに育ててみな。結果次第じゃあお前のことを、少しぐらいは見直してやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいっ!? こら、暴れるんじゃねえ!」

 

「イヤダア! イヤダア!」

 

タマムシの西側、マンションなどの大きな建物が目立つ住宅街の末端に立つ小さな一軒家の中で、生活音ではありえない、ガシャンガチャンという不快音とともにコンピューターが調律したかのような電子的な悲鳴が響き渡る。

一軒家の持ち主はノブヒコであり、電子的悲鳴の主はノブヒコの腕の中にいる先ほどまで対戦相手として敵対していたポリゴンであり、不快音の正体は車椅子が暴れるポリゴンとぶつかり合う音である。

 

ポリゴンを差し出したミズキは、あの後、「なんでこんなことをするんだ?」というノブヒコの質問に答えることもなく無言で紙を一枚差出し、そのままタマムシへ去って行った。

紙を見るとそこには電話番号と泊まるホテルの名前が記されていた。何かあったら連絡してこいという事なのだろうが、おそらく電話でこの行動の意図を聞いたところで答えてくれることはないのだろうと察した。

 

その後ジョーイさんに自宅休養の許可をもらい、家に帰ってからまずサワムラーとエビワラーの手当てを終え、放っておくわけにもいくまいと恐る恐るポリゴンを外に出したところで前述した場面に戻る。

 

 

「何が『嫌だ』だ! こっち来ておとなしくしやがれ! 傷の手当てをしなきゃならねえんだよ!」

 

「イヤダァ! 触ルナア!」

 

「このっ!」

 

思わず声を荒らげようとする。

確かにこの傷をつけたのは自分達なのだからその当人に手当をされるのが気に食わないという気持ちは理解できるが、そんなものこっちだって同じだ。

そもそも、悔しいがダメージの大きさで言えばエビワラーたちが受けたダメージの方が与えたダメージよりも大きい。それなのに手当をしてやっているのだから感謝こそされど文句を言われる筋合いなどない。

 

その旨を乗せた罵声を口にしようとした瞬間、視界が一気に横に傾いた。

 

 

「なっ!」

 

 

エビワラーたちに助けを求めることもできずに床に体を打ち付けたノブヒコは、何が起きたかも理解できずに打ち付けてしまった治療中の腕と足を抑える。

 

「の、ノブ!」

 

「だいじょうぶか!?」

 

治療を終えた後、今日一日はもうおとなしくしていろという指示を受け、部屋の隅にいたエビワラーとサワムラーが心配そうな声を上げて近寄ってくるが、そんなことよりもノブヒコの心は痛みによる苦しさ半分、あとの半分は怒りで満ち溢れていた。

 

視線をエビワラーとサワムラーのさらに奥に移すと、車いすをひっくり返した張本人であるポリゴンがふてぶてしい態度でふんと鼻を鳴らす。

結果論でもそれがいい事であるとは言い難いが、その瞬間にノブヒコの体から痛みが吹き飛び、全身を怒りが支配した。

 

 

 

 

「……ああ、そうかよ! 勝手にしやがれ! どうせ俺にはお前の面倒を見てやる、技量も義理もねえよ!」

 

 

 

 

先刻までの騒がしさから一転。家の中を静寂が支配し、病人用のスプーンとフォークが皿とぶつかり合う音だけが部屋の中に響き渡る。

一人暮らしゆえに家具を気にする機会もないため、以前適当にほりだしものいちで買ってきたずっしりつくえに、同じくほりだしものいちで買ってきたちいさなイスを合わせた少しアンバランスなダイニングテーブルで食事をとる。食事も買い置きの惣菜を並べただけの簡素な夕飯ではあるものの、怪我で料理が出来なくなってから長らく続くこの食卓に異を唱える者はもはやいない。

現に今、ノブヒコから見て右側の縦長の席に手前からエビワラー、サワムラーが座っており、ノブヒコと同様のメニューを食べているが、文句の一つを告げることもなく黙々と自分たちの料理を食べている。

 

が、こと今日に限っては、何かを気にして目線を動かしているようで、あまり味わって食べているようには見えない。

 

 

いや、二人が何を気にしているのかは、彼らの目線を追わずともわかる。

 

 

「……」

 

真正面に空いている席の、さらに奥。

そこには、簡易的に作った木箱のテーブルに並べた料理に見向きもせずに、蹲るポリゴンの姿があった。

食事に文句を言うことはないが、なぜ口をつけないのかを言う事もなく、じっとノブヒコの方を見つめにらみつづけているその姿と空気感に堪え切れず、思わずエビワラーが口を開く。

 

 

「おい、ノブ……やっぱり口に合わないんじゃないか?」

 

「一口も食ってねえだろ。関係ねえよ」

 

一蹴するノブヒコに今度はサワムラーが口をはさむ。

 

「にしたってダメージも受けているんだ。一口も食わないままじゃあまずいだろ?」

 

「治療も食事もあいつが拒否したんだ。放っておけ」

 

さらに冷たく言い放つ。昼間のごたごたも相まって不機嫌が最高潮に達していることを察したエビワラーはそのまま黙ることにしたが、ポリゴンを心配したサワムラーはめげずに言う。

 

「しかしあの仕打ちはいくらなんでも……せめてこっちのつくえで一緒に食おうぜ。確かどっかにケーシィがいたときにつかってた椅子が……」

 

 

 

 

「やめろ!」

 

 

 

 

思いきり机をたたいた拍子にスープが入った皿が床に落ちるが、それも気に留めず、ノブヒコは火が付いたかのように思いを口走る。

 

「あれは……あれはあいつのためのものだ。ケーシィのためのものだ! あんな奴に使わせるためのものじゃ」

 

 

そこまで言ったところで、ノブヒコの顔の横を何かが勢いよく通り過ぎる。

 

 

背後から聞こえてきた、がしゃん、というおおきな音から、それが皿であったという事を把握した。

 

しかし、それを把握するより早く、ノブヒコはお返しと言わんばかりに自分が握っていたフォークを投げつけていた。

 

直線的に正面へ向かっていたそれは、突然発された光によって弾き飛ばされ音を立てて床に落ちた。エビワラーとサワムラーはあまりに一瞬に起きた出来事に何が起きたかはわからなかったが、少なくとも何かが起こってしまったことは理解する。

 

恐る恐る二人が目線を右にずらすと、皿を投げ、フォークを“サイケこうせん”で迎撃した本人であるポリゴンが、木箱に手をかけノブヒコに負けず劣らずの敵意を向けていた。

 

 

「てめえ……なんだその目はあ!」

 

 

声を荒らげるノブヒコは、怒りのままに立ち上がろうとするが、それを悟ったエビワラーとサワムラーに抑えつけられる。

 

「落ち着けノブ! 今の言い方はお前も悪かっただろ!」

 

「エビの言うとおりだ! 頭を冷やせ!」

 

二人は落ち着かせようと丁寧に諭すが、完全にキレてしまったノブヒコは止まらない。

 

 

 

「うるせえ! 俺に指図してんじゃねえ! 俺の何が気に食わねえってんだ!? だまっていう事聞きゃいいんだよ! なんで俺がこんなことしなきゃならねえんだ!? なんで俺がこんな目に合わなきゃならねえんだ!? なんで俺だけ、こんな目に合わなきゃならねえんだよお!?」

 

体の痛みも無視して叫びまわるその姿は、とても年相応のそれとは言えず、漏れ出すように口から出てきた言葉は、ポリゴンに向けたものなのか、エビワラーに向けたものなのか、サワムラーに向けたものなのか、シークに向けたものなのか、はたまた、ミズキに向けたものなのか、それすらもまともに判別できないほどに、支離滅裂でめちゃくちゃだったが、誰が聞いても心地いいものではないことだけは確かだった。

 

「の、ノブ……」

 

その何とも言い難い主人の姿に、サワムラーは思わず呆気にとられる。

 

 

 

 

その一瞬が、この壊れかけた空間に対するとどめだった。

 

「っ! サワ!」

 

「えっ」

 

 

 

 

呼ばれてふと顔を向けようとそこには、

愛する主人の拳があった。

 

 

 

 

「かはっ!」

 

「サワ!?」

 

「あっ……」

 

 

 

 

 

ノブヒコの癇癪は止まった。

 

 

 

 

 

しかし、結末は、望まない方向へ向かったものだったが。

 

 

 

 

 

「い、いってえ……」

 

「サ、サワ!?」

 

エビワラーは壁に体をたたきつけられ包帯を巻いた箇所を抑えるサワムラーの傍へと駆け寄る。

 

「大丈夫か!? 傷が開いたのか!?」

 

「だ、大丈夫だ。大したことない」

 

それが強がりであるという事は彼の浮かべる苦悶の表情からすぐに読み取る事が出来た。エビワラーは直ぐに追加の手当てをしようときずぐすりを探す為に振り返ると、そこには放心状態のノブヒコと、その奥で騒ぎの結末に涙を流すポリゴンがいた。

 

 

 

 

 

 

「お、俺は……俺は……」

 

 

 

 

 

 

「ウウゥ……帰セェ! 僕ハ、僕ハアノ人ノ所へ帰ルンダア!」

 

 

 

 

 

 

 

泣き、喚き、呻き、戸惑う。

誰一人、何も得られることの無かった阿鼻叫喚の一日目は、哀しみの幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 




えー、ここまで見てくださった方々、ありがとうございます。



そして、こんな自分の小説を待って下さった方々、
改めまして、本当に申し訳ございませんでした。
以下、言い訳になります故、見たくない、聞きたくない、という方は無視の方向でお願いします。






プチ失踪の主な理由といたしましては、
・成績悪化
・就活開始
・うまくかけないことによるモチベーション低下

というこの三つになります。
中でも一つ目、二つ目は即座に解消できるものではないため、これから先に投稿速度を上げるという事も難しいのが現実です。
しかし、なんとかかんとか時間を作り、コツコツ執筆は進めていきたいという思いはありますし、書きたい話は山ほどあります。
これからは出来る限りお待たせしないよう精いっぱい努力しますので、もしこんな自分でよろしければ、これからも応援の程をよろしくお願いいたします。


そして最後に、

こんな自分の小説をまだ応援してくれている皆さま。
ほったらかしの小説を信じてお気に入りしてくださっている皆様
感想で応援を下さった方
リアルで応援してくれている友人

全員に支えられて今回、半年ぶりの投稿までこぎつける事が出来ました。
みなさん、本当にありがとうございました。
これからもどうか、harukoをよろしくお願いいたします。







フレイド「月一更新は死んでも守れと言っただろうがあ!!!!!」

haruko「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!!!」


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第9話 4 計画

タイトルつけるのやめようかな……


何とか2017年にヘッドスライディング投稿です。そのせいでもないですが少し短めなので少し早目のお年玉投稿も狙っています。


それではみなさん、よいお年を。


 

 

 

 

「マスター? 本当にあの人にシークちゃんを渡しちゃうんですか?」

 

スーは恐る恐ると言った声色で窓際のベッドに腰掛けながら月を見ているミズキに話しかける。これがノブヒコとの戦闘を終え、ホテルにチェックインして部屋に入ってから初めてのミズキとの会話だった。

 

「わかりきったことだ」

 

「そう……ですよね」

 

此方を向くこともなく、声色一つとして変えずに答えたミズキに対し、スーはそれ以上の言葉もなく軽くうつむく。

 

 

シークは口がきけない。

 

それでも、今のシークの様子、シークの振る舞いを見ていれば、そんなことは馬鹿でも分かる。

 

 

 

 

彼は、シークの野望なのだろう。

 

 

 

 

ならば自分たちに、口出しする権利など何もない。

 

契約2。

 

ここでシークを引き留めるという事は我々の最も大きなつながりである契約にそむくことを意味する。そんなことを、ミズキがよしとするはずがない。

 

 

そんなことは、最初からわかっていたことだ。

わかっていた、事なのだ。

 

 

 

 

 

 

「あんな状態のトレーナーに、シークを渡しはしねーよ」

 

 

 

 

 

 

わかっていた、はずだったのだ。

 

「……え?」

 

思わぬ答えにスーは思わず勢いよく振り向くが、そこには何度見ても表情一つ変えずに淡々と語る凛々しい姿の愛するマスターがいるだけだった。

 

 

「そうさ。あいつらをみてりゃわかる。今のあいつらが二人でくっついたところで、誰も幸せになれはしない。今のシークと奴は、俺たちの様な共依存なんて簡単な状態じゃない。互いに肩を貸し合っているわけじゃなく、互いに互いの全体重を支え合っている。奴はシークが必死に自分のことを探して、長い時間をかけて帰ってきたという結果だけに縋り付き、シークはそんなみっともなく頼りなく情けなくも望み続けていた主人の隣という場所に噛り付く」

 

 

 

 

 

お互いがお互いのことを引きずり続け、二人そろって夢幻の奈落へ堕ちていく。

それだけだ。

 

 

 

 

 

「じゃあ……いったいどうするんですか?」

 

先ほどとは変わって、震えの中に力強さを込めた声色でスーが言った。

震えには先の答えを聞きたくないという思いが、力強さには答えを聞きたい思いがそれぞれ半半ずつ込められた結果だろうとミズキは判断した。

だからなのか、ミズキはその問いに答えることをせず、無言でスーの視線に答える。

 

「シークちゃんを、見捨てるんですか?」

 

ミズキの心象を知ってか知らずか、ミズキが口を開くよりも先にスーが追加の言葉をかける。

 

 

 

あんなに頑張っていたシークちゃんは……

あんなに一生懸命だったシークちゃんは……

才能の無いトレーナーにほれ込んでしまったシークちゃんは……

そんなトレーナーをぼろぼろになるまで探し回っていたシークちゃんは……

そんな主人に縋り付くことを野望に掲げてしまったシークちゃんは……

 

 

 

 

 

「もう、幸せになることはできないんですか?」

 

 

 

 

 

鼻をすすりながら振り絞るように言うスーの姿にミズキは思わず視線を外し、小さくため息をつく。

 

 

 

 

 

 

 

(だから執着するなって言ったんだ)

 

 

 

 

 

 

 

落ち着け。見えていた結果だろ。

こうなることを理解したうえで、タマムシの行動を選択したはずだ。

今更何を動揺している?

 

頭をガシガシと乱暴に掻き回しながら落ち着かせ、ほんの数秒だけぴたりと止まる。

 

 

 

 

黙想だ。落ち着け。思考の歯車を止めるな。

 

 

 

 

 

俺は何を躊躇している?

 

 

分かりきったこと。

 

 

 

 

失う事だ。

 

 

 

 

何を?

 

 

 

大切なものを取り返したくて始めた旅で、

 

過去の自分と向き合うために過ごした中で、

 

再び動き出した時間で、

 

 

 

 

運悪く(うんよく)手に入れた、大切なものを。

 

 

 

 

 

 

 

甘ったれるな。

 

 

 

 

 

自分でフレイドに言ったことだ。

 

 

 

 

 

 

 

『俺は、野望(もくてき)の為なら何でもする』

 

 

 

 

 

 

 

嘘偽りも誇張もありはしない。

 

 

 

 

 

 

 

自分の敵を間違うな。

自分の言葉を違えるな。

 

 

 

 

 

 

 

お前はオーキドに何を言った?

お前はグリーンに何を言った?

お前はブルーに何を言った?

お前はレッドに何を言った?

 

 

 

 

 

お前は今までいくつのものを切ってきた?

全てを金繰り捨ててここまで何をしに来たんだ?

 

これからどこへ行くんだ?

 

 

 

 

 

 

自分が進み道を、見失うな。

 

 

 

 

 

 

例えその道が悪路でも、

例えその道が悪道でも、

 

 

 

その道を、一人で歩むことになったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター? マスター!?」

 

ふと我に返ると、スーがベッドに腰掛ける自分の足元で怒りを表していた。何事かわからなかったミズキは、足元にしがみ付くスーが何だかかわいくなり、思わずスーの頭をなでるがスーはそれにより怒りをさらに深めてしまう。

 

「ちょっとマスター! 私は真剣に話をしているんですよ!」

 

「ああ、わかったわかった。悪かったよ。俺も真剣に考えごとをしてたんだ。許してくれ」

 

その言葉自体に嘘はないが、降参と言わんばかりに両手を掲げ、悪い悪いと謝る姿はひかえめに言っても馬鹿にしているようにしか見えない。

 

「……もういいです! 知りません!」

 

吐き捨てるように言ったスーは脇の布団に飛び込み、枕に顔を押し付けながら静かになる。涙をぬぐっているのはわかったがそれを指摘する理由はない。

それにはぐらかせるのならばはぐらかそうと考えたのは確かだが、もとよりミズキにはスーを困らせるような理由もない。フレイドがへそを曲げている今、スーはパーティ最高戦力だ。ここでモチベーションを下げられるのは今のプランに支障が出る。

 

 

 

仕方ない。

先に困るか後に困るかの違いだ。

 

 

 

事が終わってからなら何を思われても問題ない、なんて言ってる場合じゃない。

 

 

 

今回の計画は綱渡りだ。

後ろにいる奴らが綱を揺らすようじゃあ、渡り切れる道理はない。

 

 

ならどうするか。

 

進ませればいい。

 

 

綱が安定する、最も進みやすい速度を、最も安定する形を、

俺が作るんだ。

 

 

 

 

 

「シークのわざを覚えているか?」

 

 

 

 

 

「……シークちゃんのわざ?」

 

枕から顔を外したスーが、こちらを向いて訝しげに呟く。ミズキが何の話を持ち出そうとしているのか理解できずに、再び誤魔化しをかけようとしているのかと警戒するような目をしていた。

 

「そう。奇しくもほんの少し前に“ちかつうろ”で話題に挙げたことだ。萌えもんにはその萌えもん特有の使うことが出来るわざ、使うことが出来ないわざがある。それには、種族的な壁による『おぼえるわざ』、の違いだったり、バトルによる『けいけんち』の量の違いだったりするわけだが、今のシークが使えるわざには、はたしてどんなものがあっただろうか?」

 

そう言いながらスーを見るミズキは、少しおどけながらも仲間のことを真剣に思っている、いつものミズキの調子だったため、スー自身も、真剣に答えるべき質問なのだと察する。

 

「ええと、確か……」

 

そう言いながらスーは自分の記憶のアルバムを一枚ずつめくり、シークと一緒にいた場面、シークがわざを使っていた姿を片端から思い出す。

 

“テレポート”

“めざめるパワー”

“でんじは”

“こらえる”

“ねんりき”

“サイケこうせん”

“じこさいせい”

“リフレクター”

“トリック”

“サイドチェンジ”

 

「こんな感じだったと思いますけど……」

 

「よく覚えてたな。まあ、使ってないだけで覚えてるわざもまだあるんだが、今お前が知ってるはずのわざはそれで全部だ。たいしたもんだよ」

 

褒められたスーだったがそれを喜びはしない。スー自身、シークやフレイドやマリムのつかえるわざを把握することは当たり前だと思っていた、いや、教えられたからだった。

 

そう、それは、他でもないミズキに教えられたことだった。

 

最初に疑問に思ったのはまだフレイドすら加入していない頃、仲間になったばかりのシークに戦うためのわざを教えようと道中で特訓をしていた時のこと。

シークがわざマシンでわざを覚える特訓をしている最中、スーはボールの外に出され、その特訓を見ているよう指示を受けた。

一時『はい』と頷いたスーだったものの、それをしている理由がわからず、時間が進むにつれ特訓を見ているだけで動いていない自分がもどかしくなり、自分の周りだけで軽く運動をしておこうとしたとき、ミズキがこちらを向き大声で叫んだのだ。

 

「しっかり見てろ、余計な事するな!」

 

味方に見せることはほとんどなかった怒号に思わずスーは体をすくめた。

 

 

しばらくはわからないままだったが、それの意味を理解したのはサントアンヌ号の乱戦の時だった。

あのとき、スーたちは初めてミズキと離れ、ミズキの指示なしに戦うことを余儀なくされた。当然自分の判断でわざをだし、自分の判断で行動を決定する必要があった。

 

そこで必要とされたのは、シークやゼニたち、他の萌えもんたちとの連携。いや、連携が必要かどうかの判断だった。

 

自分の敵を迎撃しながらも、スーは周りの状況を確認し、自分が助けに行かなければいけない状況なのかを確認した。しかし、圧倒的な量の敵を前に悪戦苦闘しているのは誰もかれも同じで、誰が優勢である、劣勢であるという事も出来ず、結局助けに行く、敵を任せる、という判断をすることもできないままであった。

 

 

そう、シークを除いて。

 

 

シークは自分たちの位置からずっと離れた場所で戦っていた。エスパータイプという事で警戒されていたのか、左から右から上から下から、ありとあらゆる方法で攻め立てられ、一人仲間内から隔離されていた。

 

 

だが、しかし、スーはシークを、『助けない』という判断をした。

 

 

なぜならシークには“ねんりき”がある。囲まれたって相手を押さえつける力がある。

なぜならシークには“サイケこうせん”がある。包囲網を突破する力がある。

なぜならシークには“サイドチェンジ”がある。位置を入れ替える一発逆転の力がある。

 

 

そう、スーはシークを理解している。だからこそ、助けない。

 

 

仲間を知るという事は、それだけ仲間を信頼できるという事であり、仲間を心配できるという事だ。

それをミズキは、自分で考えさせてくれたのだ。

だからこそ、スーはシークを好きになれているし、フレイドも、マリムも、当然ミズキも、仲間だと思っているのだ。

 

 

だからこそ、その質問に、確認以上の意図がないことは察しが付くし、

だからこそ、ミズキがシークをどう思っているのか、そうしたいのかを知りたいのだ。

 

 

 

「そう、俺はシークに、これまであらゆるわざを覚えさせて、それを使ってシークと戦ってきた。もちろん、もともと覚えていたわざも含めて、いろんな相手と戦えるようにレベルアップを図った」

 

そういってミズキは荷物の中から一枚機械を取り出す。これまで幾度となく見てきた、使ってきたもの、わざマシンだった。

人差し指と中指でそれをはさみ、見せびらかすように動かしながら言う。

 

「戦闘手段として“めざめるパワー”を覚えさせたこともあったし、補助の手段として“でんじは”も覚えさせた。敵と戦い、けいけんちを積ませてどんどんシークは強くなっていった。だがな……」

 

 

 

 

そんなわざの中に、一個だけ例外のわざがある。

 

 

 

 

「なんだと思う?」

 

「……例外?」

 

そのミズキの言葉に、スーは首をかしげる。

わざに例外? そんな特殊なわざをシークは使っていただろうか?

 

 

少なくとも、スーがみていた中で、シークがそのわざを使ったことにより、おかしな挙動を取るようなことはなかったし、どのわざもかなり有効に使っていたことを覚えている。

 

……違う。そのわざがおかしい、なんていう話じゃない。そのわざが“例外”であるという話だ。

 

 

 

 

わざの違い? こんな話を、何処かで……

 

 

 

 

「あっ、“ちかつうろ”で……」

 

 

「そう。マリムの話をする時に、こんな話が出てきたよな。ならば、例外のわざってのが、どれかもわかるはずだ」

 

 

 

 

スーはひとつ深呼吸をし、ぐっと力を入れてから口を開く。

 

 

 

 

「“こらえる”」

 

「正解だ」

 

 

スーは体の力が抜き取られたかのような錯覚を覚えた。そして、その理由もはっきりしていた。

分かってきたのだ。ミズキの言いたいことが。

分かってきてしまったのだ。ミズキの言いたいことが、自分の望みとはずれた答えであるという事が。

 

 

 

 

 

「俺は“こらえる”なんて言うケーシィ(シーク)に合わない、近接ぼうぎょわざを覚えさせたことはない」

 

バッサリと言い捨てるミズキ。しかし、すぐに言葉を付け足す。

 

 

「だが、“こらえる”はケーシィ(シーク)にとって特殊なわざだ。“ねんりき”や“サイケこうせん”なんかとは違い、特殊な技能を持っているトレーナーが教えない限り、絶対に覚えることはできない」

 

 

ならば誰が?

問うまでもない。

 

 

いるじゃないか。覚えさせそうなトレーナーが。

 

 

 

 

からておう(あのひと)が……シークちゃんに……?」

 

「だろうな」

 

 

 

後ろからの声に驚き振り向くと、ミズキが自分で入れたコーヒーを口につけていた。ほろ苦くも優しい良い香りが部屋全体を包み込む。

 

 

 

「ま、俺なら覚えさせられても、絶対に教えないけどな。ケーシィが敵に懐を取られた時点でほとんど負けだし、そこから有効に働くわざもないんだから近接戦闘になった時のために“こらえる”を覚えさせるなんて愚の骨頂だ。馬鹿のする事、と言い換えてもいいね」

 

酷い言い方ですね。というスーの声を聴きながら、ミズキは笑ってコーヒーをすする。その顔に、人を侮蔑するような意図は見られなかった。

 

 

当たり前だ。ミズキは一度、そのわざに救われているのだから。

 

 

 

 

「……よく言ったものだよな」

 

 

 

 

馬鹿と天才は紙一重。

 

 

 

 

「これってさ、馬鹿みたいなことに大真面目に取り組んで、その馬鹿を通しきっちまう奴が一番すげえってことなんだよな。はてさて、あいつはどっちに転ぶのか」

 

 

 

 

 

その時、ポケナビが鳴り響いた。

 

 

 

 

 




ご迷惑をかける一年でした……


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第9話 5 計画通り

お年玉投稿です。
カレンダーを見ていないのでわかりませんがお年玉投稿です。


 

 

 

「俺には無理だった」

 

場所は昨日同様、タマムシの外れ。夜中にSOSコールにも似た内容の電話を受け、ノブヒコに呼び出されたミズキはスーを連れてここに来て、ノブヒコの話を聞いていた。

見りゃわかる、という本音を飲み込み、ボールを差し出すノブヒコとその両脇にいる二人の萌えもんに交互に目を移す。増えている傷もそうだが昨日よりも明らかに彼らの空気が落ちている。何が起こったかなど想像に難くない。

わきで負のオーラを放つスーを右手で軽く撫で、なだめる。それらに向けるスーの冷ややかな目からは、落胆と猜疑が見て取れた。ちょっとくらい感情をうちに閉じ込めておく訓練でもしてやろうかと他人事のように考えた後、頭を切り替えノブヒコの発言を待つ。

 

「俺はお前みたいに、こいつになついてもらう事も、こいつと話をすることもできなかった」

 

泣きそうな顔を見るに、どうやら昨日よりも心の進歩はあったとみていいらしい。

……もっとも、成長した結果現実に絶望し、心が折れていたら進歩してないのと大差はないが。

 

「……あと二日あるだろ。泣き言言ってる暇があったら家で研究でもしてみたらどうなんだ? 少しは何かわかるかもしれねえぜ」

 

「っ!」

 

突き放すような言動にノブヒコは何とも言えない表情を作り、唇をかみしめ、こちらを睨む。

その後、崩れ落ちるかのように膝をつき、そのまま手をつき、頭を下げる。

いわゆる土下座だった。

エビワラーとサワムラーは、そんな姿に思わず目をそらす。

 

「頼む! こんなわけ分からねえ嫌がらせみたいなことは止めて、ケーシィを返してくれ! あいつは俺の……俺たちの仲間なんだ!!」

 

 

 

「嫌がらせ?」

 

 

 

唐突な低い声に、ノブヒコがびくつく。

冷たい温度が自分を中心に蠢いているかのような錯覚に陥った。

 

 

 

 

スーは、分かりやすいほどに怒っていた。

 

 

 

 

思わず迎撃の体制を取ったエビワラーとサワムラーは後にその様子を、

 

『怒りの塊と対峙したようだった』

 

と形容した。

 

 

 

 

 

「あなたはっ! マスターがどんな思いでっ!」

 

 

 

 

そういってスーが一歩踏み出し、両脇の二人が思わず一歩後ずさった所で言葉が途切れる。

 

 

 

 

恐る恐るノブヒコが顔を上げると、そこにいるのはボールを握りしめるミズキだけだった。

 

 

 

 

「全く……どうしても自分で見定めたいっていうから、外に出しといてやったっつーのによぉ……」

 

ボールを見つめ、喜びと悲しみが綯交ぜになったかのような笑い方を見せたミズキは、表情を消した後再びノブヒコに向き直る。

 

「んじゃ、俺のために怒ってくれたスーに免じて、一つだけヒントをくれてやるよ」

 

そういうとミズキは、ノブヒコを指さす。

 

 

 

「お前にとって、仲間とはなんだ?」

 

 

 

「……仲間?」

 

言われたノブヒコは上半身をおこし、両脇を見る。そこには彼のラプラスにおびえながらも、自分を守ろうと、助けようと、戦おうとしてくれた、包帯だらけの仲間がいた。

 

自分のせいで傷ついたというのに、自分のせいでひどい目に遭ったというのに、自分を諦めずについてきてくれている仲間が来た。

 

そうだ、彼らは、仲間だ。ずっとずっと、仲間だった。

 

 

 

ならば、ケーシィは?

 

 

 

「お前は萌えもんを見る時、何を見ている?」

 

 

顔か?

 

身体か?

 

強さか?

 

時間か?

 

種族か?

 

個体か?

 

努力か?

 

なつきか?

 

 

「お前にとって、エビワラーと、サワムラーと、シークと、ポリゴンの違いはどこにある?」

 

 

 

 

 

それがわからない以上、泣こうが喚こうが暴れようが、お前にシークは渡さねえよ。

 

 

 

 

 

 

「……俺にとっての……仲間」

 

ベッドでうつぶせになりながら、一人で呟いたその言葉は、答えが出ないまま空気に融けていく。

ミズキに言われた言葉を頭で幾度となく反芻し実際に口に出してみるものの、全く答えに近づくことはなかった。やはり何の意味も持たない、自分達にケーシィを渡さないための方便なのではと思考がそれることも少なからずあったが、その度にあのラプラスの怒りが否定する。

 

 

あれだけ萌えもんに愛されているトレーナーが、そんなくだらないことをするはずはない。

そんなことはわかっている。

 

 

ならば、あの男と自分の違いはなんだ?

 

 

ポリゴンは言った。

 

 

 

『帰セェ! 僕ヲ、僕ヲアノ人ノ所へ帰セェ!』

 

 

 

彼はいつの間に、そこまで愛されていた?

 

 

 

彼は間違いなく自分の目の前で、ポリゴンを手に入れた。

それから戦闘を行うまで、一度たりとて言葉を交わすことすらなかったはずだ。

 

 

 

彼の言葉を借りるのならば、ポリゴンにとって彼は、間違いなく『仲間』なのだろう。

 

 

 

ならばなぜだ?

 

いつ彼はポリゴンに見初められた?

 

なぜ俺はポリゴンに嫌われた?

 

 

 

「一体……何が違うってんだよ……」

 

 

 

 

 

 

「俺たちには……なんとなくわかるよ。あいつが言ってること」

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

ベッドから飛び起きるように体を起こしたノブヒコは、思わず体に走る激痛さえも無視して声がしたドアの方向に目を向ける。

そこには、自分が『仲間』であると信じるサワとエビが、何とも言えない表情をして立っていた。

 

「ど、どういうことだ!? お前ら!?」

 

「言葉の通りだよ。俺たちは、あのミズキってやつが言っていたこと、わかる気がするんだ。たぶん、俺たちも、少し前から思ってたことだから」

 

そんな馬鹿な、とでも言いたげな表情のノブヒコと、静かな佇まいを崩さない二人の温度差が空間に妙な空気を漂わせる。

 

「な、なんだよ? ならなんでそんなこと黙ってたんだ!?」

 

ノブヒコの言葉に二人は思わず視線をそらすも、覚悟を決めたのか、絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

 

 

「……ノブ。俺たちは、お前のことが好きだ。仲間だと思っている」

 

 

 

「わ、わかってるよそんなの……それが何

 

 

 

 

「ノブ。お前は本当に、俺とサワのこと、仲間だと思ってるか?」

 

 

 

 

あまりに予想外なその言葉に思わず絶句し、時間が止まる。感情の整理が追い付かず、怒ればいいのか、悲しめばいいのか、それさえも判別できずにいた。

 

「そんなのっ」

 

数秒し、ようやく声が出る。しかし、当たり前じゃないか、と続ける前に、サワが追撃の言葉を放つ。

 

「お前は、俺たちを強くしてくれた。いろんな技を教えてくれたし、いろんな経験も積ませてくれた。一緒にジムを守ってたときだって毎日楽しかったし、ジムリーダーじゃなくなった今だって、お前はお前だ。感謝してるし、ずっとついていくつもりだよ」

 

「でも、お前といる時、たまに思うんだ。俺とサワはお前の目に、どんなふうに映ってるんだろう、ってな」

 

「……どんなふうにって……」

 

言っている意味が分からない。

仲間、以外にどう映っているというのだろうか。

 

 

「ノブ。お前は、自分は『人間』で、俺たちは『萌えもん』だと思ってるよな?」

 

 

「……? そりゃそうだろ。現にお前らは萌えもんで、俺は人間だ」

 

エビのその言葉に碌に考えもせずに本音を返す。しかし、それを聞いた二人の表情は明らかに濁った。

 

 

 

「そうじゃないんだ……そうじゃないんだよ、ノブ。あのミズキたちを見たらわかるだろ!? あいつらに、そんな小さい壁はないんだ! あいつらは、『仲間』なんだよ!」

 

 

 

サワは叫ぶ。その目には、うっすらと涙がたまっていた。

 

「な、なんだよ、サワ……お前、いったい何を言って……」

 

「まだわからねえのかよノブ!? サワが言っていることが! 俺たちの言いたいことが!?」

 

サワの言葉を受け、エビも叫ぶ。悲痛なまでに騒ぐ二人の態度に、ただただ困惑するだけのノブヒコとは明らかな壁が出来ている。

 

 

「俺たちはな、うらやましかったんだよ! あいつとあいつの萌えもんが!」

 

 

壁に拳をたたきつけるエビの姿に、サワが思わず目をつむり、顔を背けた。その表情に残るのは、後悔の想いだった。

 

 

 

「ポリゴンはな、あのトレーナーと一緒にバトルしていた時、本当に生き生きと戦っていた。ただ後ろから『ああしろ、こうしろ』と喚き散らすだけの指示じゃない。ポリゴンが一番動きやすく、ポリゴンが一番うちたいわざを理想のタイミングで指示し、ポリゴンが失敗した時は気にしないように失敗を取り返すような指示をする。あいつらは、あの一瞬で心を通わせたんだ。ポリゴンとあのトレーナーは、あの時、一緒に戦っていたんだよ(・・・・・・・・・・・)!」

 

 

 

エビに言われ、ノブヒコは昨日のバトルを思い返す。

 

 

 

『ポリゴン。いきなりで悪いが、バトルだ。一緒に戦ってくれ』

 

『……ははっ。俺は気に食わないけど、負けたくはないってか。相当な“まけずぎらい”だな』

 

『ポリゴン。落ち着いて距離を取れ。“サイケこうせん”!』

 

『ダメージは大きいか? よし、“じこさいせい”だ!』

 

『いいぞ! かわせ!』

 

 

 

『ありがとう、ポリゴン』

 

 

 

 

「あいつは、ポリゴンと一緒に戦い、心を通わせたんだ。お前は、どうだ? 俺たちの気持ちになって、俺たちのことを考えたことがあるのか?俺たちがお前のために戦うことが当たり前だと思っていて、お前の指示を聞いて戦うことを当たり前だと思っていたんじゃないのか?」

 

「あ……う……」

 

言い返す事が出来ずに、言葉にならない音を漏らす。

完全に図星だった。

 

その表情を見たサワとエビは、昨日のノブヒコの発言を思い出す。

 

 

 

『うるせえ! 俺に指図してんじゃねえ! 俺の何が気に食わねえってんだ!? だまっていう事聞きゃいいんだよ!』

 

 

 

とっさに出てきたあの発言こそ、ノブ本人さえも気づいていなかった、ノブの本音だったのだろう。

そう理解したサワは一層深い悲しみに飲まれ、エビはさらに怒り狂う。

 

「ふざけんなよ……ふざけんなよ! お前がそんなんでどうするんだ!? お前がそんなじゃあ、今までお前についてきた俺たちは一体どうなるんだ!? ただの馬鹿か!? 愚かで間抜けか!? お前は本当に、ケーシィにふさわしくないトレーナーなのか!?」

 

サワとエビが、こんな思いを抱えているなんて、知らなかった。

こんな思いを隠していたなんて、まったく気づかなかった。

 

 

 

「俺たちはなんだ!? お前の言う事を聞くために育てられたのか!? 俺たちはお前のもちものなのか!? 俺たちはお前の言う事を聞くだけの人形なのか!?」

 

 

 

「なあ、ノブヒコ…………答えてくれ」

 

 

 

 

「「お前は本当に、俺たちと一緒にいたいと思っているのか!?」」

 

 

 

 

 

ノブは思いだしていた。

 

自分が、ジムリーダーとして様々な挑戦者を迎え撃ち、天狗になっていた時のことを。

 

そんな天狗になっていた時に、やってきた女にジムを奪われたことを。

 

その後、エビやサワにごめんの一言を言うこともなく、新しく捕まえたケーシィとともに無茶な特訓を始めたことを。

 

そんな特訓をしている最中に、怪我の原因となる事件が起きたことを。

 

特訓の疲れが原因で、自分たちは逃げ遅れたということを。

 

ケーシィが逃げたとわかった時、心配の気持ちよりも先に、怒りを覚えたことを。

 

 

 

 

 

そしてそんな振る舞いをしてきた自分に、今まで何も思っていなかったということを。

 

 

 

 

 

「……俺は、ケーシィに戻ってきてほしいんじゃなかったんだ」

 

涙を流しながらポツリポツリと話し始める。

 

「ノブ……」

 

声をかけると同時にノブヒコは体を二人に向け、頭を下げる。

 

 

「俺はお前らのことも、ケーシィのことも、ちゃんと見ていなかった」

 

 

それが、俺の罪だったんだ。

 

 

「強い萌えもんは俺のステータスになり、弱い萌えもんは俺の恥になる。勝負に勝ったら俺が強くて、勝負に負けたら俺の育て方が悪かったとしか思っていなかった」

 

 

 

 

ケーシィに帰ってきてほしかったのは、ケーシィと一緒にいたかったんじゃない。

『ケーシィに逃げられた情けないトレーナー』になりたくなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

「本当にすまない」

 

 

 

 

 

涙声でそういって、独白を締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、ノブ。お前はこれからどうするんだ」

 

 

 

 

 

エビは抑揚のない声で聴いた。

優しさも、怒りもない、単純な質問。

意図に気付いたサワも、何を言うこともなく、耳を傾ける。

 

 

 

 

 

「俺は…………」

 

 

 

 

 

俺は…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三日やるって言ったってのに一日ごとに呼び出すんじゃねえよ」

 

さらに翌日の昼、先日同様にミズキは外れに呼び出されていた。指定された時間にその場所に行くとそこにはすでに、ノブヒコ、エビワラー、サワムラー、さらには、ポリゴンが並んで立っていた。その景色に軽く笑みをこぼすミズキだったが、それを隠すように憎まれ口をたたく。

 

「あんたの言うとおりだった。俺には、ケーシィを連れていく資格はない」

 

ミズキの“ちょうはつ”にノブヒコが返す第一声はそれだった。言葉とは裏腹に声には自信がみなぎっており、少なくとも後ろ向きに出した言葉でないことはわかる。

 

「……それで……?」

 

「…………資格が欲しい」

 

まっすぐな瞳をミズキに向け、強い口調で言う。

 

 

 

「今の俺は、ケーシィを連れていく資格がない……だから……」

 

 

 

 

勝負をしてほしい。

 

 

 

 

「……ほう……」

 

「もう一度、俺がケーシィにふさわしいトレーナーであるかどうかを、見定めるテストをしてほしい」

 

たのむ、と言って、頭を下げる。それに倣って、エビワラー、サワムラーが頭を下げる。

 

「ポリゴン、お前はどうする?」

 

「……モウ少シ、コイツト一緒ニイル」

 

「そうか……」

 

そうつぶやくと、ミズキは一枚の紙を投げる。

それは頭を下げていたノブヒコの正面に落ちたので、ノブヒコはそのままそれを拾った。

 

 

 

「俺はそれに出る。俺に認めて欲しけりゃ、お前もそれに出て、俺と戦え」

 

 

 

そう言ってミズキは去って行った。

 

 

 

 

 

 

口元が吊り上っていたことに、気が付く者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、

 

 

ノブヒコ()をトーナメントに引きずり出す』

 

 

第一段階は成功。

 

 

 

 

 

 

…………これだけ時間を使って、これだけ策を練り上げて、これだけ人を利用して。

 

 

 

 

0%の勝率が、0.1%に増えるだけ。

 

 

 

 

 

『うっ……ひっく……えぐっ』

 

『あらあら。泣いては勝てる試合も勝てなくなりますわよ』

『……もういいよ。どうせ、俺なんかが、エリカさんに勝てるわけないんだ……』

 

『あきらめますの? 闇雲に出したわざがきゅうしょに当たるかもしれません。相手が転んで自滅するかもしれません。あきらめたら勝率は0%になってしまいますわ』

 

『無理だよ。そんな可能性、低すぎるもん』

 

『関係ありませんわ。可能性なんて、0か100でなければあとは大差ありません。手持ちのカードが弱ければ、カードの切り方で強くする。それが出来るから、萌えもんバトルは面白いんですのよ』

 

『……? カード?』

 

『ふふっ、ジョーカーにはまだ難しかったですかね。では、今日の特訓はここまでにしましょうか?』

 

『……ううん。最後まで頑張る』

 

『……それでこそ、ボスの一人息子ですわ』

 

 

 

 

 

……そうですよね。エリカさん。

あなたに教えてもらったんだ。

 

 

 

俺は俺流にカードを切り、

 

 

あんたを、倒す。

 

 

 

 

 

 




ミズキがあんまり出ないとすごい書きづらいという事が判明しました。


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第10話 1 沼に嵌らぬ為には

……成績悪化により一年余裕が出来ました(目そらし


 

「マスター、朝ですよ」

 

相棒の声を目覚ましに体をベッドから起こす。心地いい目覚めだった。そのまま立ち上げ狼とすると腹部から大きな塊がごろんと布団を転がる。どうやらシークがミズキの体にしがみ付いて寝ていたらしい。

 

「……まったく。結局ビビりなのは治らないまんまか」

 

そう言いながら優しく頭をなでるとシークも眠そうに眼をこすりながら体を起こし、ミズキと目を合わせる。

 

「よう、おはよう。いい夢見れたか?」

 

「……」

 

じっと見つめたままほんの少し考えるようなそぶりを見せた後、ぺしっと太腿をたたく。

 

「……そうか」

 

そしてミズキはシークを抱えながら立ち上がり、軽く伸びをしたあと、ベッドを椅子代わりにして座り、起こしてくれたスーに向き直る。

 

 

 

「……いよいよですね」

 

「……いよいよもなにもねえよ。いつも通り、契約通り、野望のために尽力するだけだ」

 

 

 

ミズキはいつもの調子を崩さずにそういうが、あれだけ戦うことを嫌がっていたのに一日二日で気持ちの整理がつくはずがないことを、スーはわかっていた。

 

そう、強がりだ。

 

しかし、それを指摘することはない。

 

 

ミズキはきっと、本音ではエリカと戦いたくはないのだろう。

絶対に勝つことはできない、と思っているからなのか、過去が絡む私情になるのかはわからないが、少なくとも、『エリカと戦うか否か』という二択を迫られていた時のミズキは、いつものミズキとは違っているように感じた。

 

 

 

勝てるわけはない。

戦いたくない。

今回はあきらめよう。

 

 

 

そう言ってしまえば、彼はどれだけ楽だっただろうか。

 

 

 

しかし、ミズキはその道を選ばなかった。

なぜか。考えるまでもない。

 

 

 

スーたち(自分達)のためだ。

 

 

 

ならば、出来ることは一つだけ。

 

 

 

「さて。そんじゃ、作戦会議と行こうかね」

 

 

 

我らがマスターの想いに、全力で報いる事だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ミズキ」

 

「おう、来てたか」

 

大会会場まで足を運ぶと、参加者と観客が混ざった大勢の人がごった返している入り口で、一人異彩を放って他の人たちから距離を取られているノブヒコがいた。いつもの車椅子に身を預けた姿ではなく、松葉づえを駆使し、エビワラーとサワムラーの肩を借りながらも、しっかりと自分の足で立っていた。

 

「いいのか?」

 

「ああ。お前の言うとおり、もともと治ってる予定の怪我だしな。それに、真剣勝負をやるってのに、いつもの姿じゃ格好がつかねえ」

 

「ふっ。今のお前の姿も格好いいとは思えないけどな」

 

そう言ってミズキはノブヒコの全身を見回す。武道における強さの象徴である腰の“くろおび”とそれを目立たせるような真っ白な胴着が今のノブヒコとのアンバランスさを強調していて、さっきから振り返り此方を見ている者たちは隠す気もなしにくすくすと嘲笑っている。

 

 

「……いいのさ。すぐに、笑えなくしてやるからよ」

 

 

その一瞬、ノブヒコの真剣な表情を見た者たちだけが、彼を笑う声を潜める。

 

「……ミズキ。俺は確かに、少し前まで、情けないほどに弱かったかもしれない。でも……でもな……」

 

 

 

俺はケーシィを、あきらめられない。

 

 

 

「だから俺は、このトーナメントを勝ち残る。勝ち残って、お前にも、エリカさんにも勝って、そして……俺はいつか、昔の俺よりもっと強くなって、もう一度、ヤマブキのジムリーダーになる!」

 

強く言い放ったノブヒコの言葉に、ミズキは頬を緩め、言う。

 

 

 

「……やってみろ」

 

 

 

 

 

「つよいつよいつよーい!! なんという強さでしょう! 一回戦、二回戦と相手の萌えもんを一撃KO! かかった時間は二試合合わせてわずか八秒! 元ジムリーダーの肩書は伊達じゃない! からておうノブヒコ選手、その強さは本物だー!!!!」

 

がなるような実況の声と、弾けるような観客の叫び声が壁掛けのモニターから響き渡り、ノブヒコは思わず耳をふさぐ。大会運営者のやる気ある雇用選考と控室の整った設備をすこし恨めしくおもってしまう。

 

「でもまあ、確かに言いバトルだったよ。ありがとう、サワ、エビ」

 

「……この程度で褒めてくれなくてもいいさ」

 

「ああ、実況が無理に盛り上げてるだけで実際は相手が大したことないだけだった」

 

辛辣、とも思える二人の言葉だったが、実際は二人の言うとおりだった。一人目の出した萌えもんはコラッタ、二人目の出した萌えもんはディグダ。萌えもんの“あいしょう”や“ステータス”を碌に知らない新人のトレーナーが作戦も立てずに突っ込んできたから“マッハパンチ”や“けたぐり”一発で仕留める事が出来ただけだった。

 

「まあ、そんなんでも勝ちは勝ちだ。参加人数が全員で64人だったはずだから……」

 

「全部デ6戦。後3戦で決勝ダ」

 

ポリゴンが言いながらトーナメント表を渡す。それには勝ち上がった選手たちに赤い線が引かれており、対戦相手がすぐにわかるようになっていた。

 

「ありがとう、ポリゴン。次はお前に出てもらうからな。準備しておいてくれ」

 

「フンッ」

 

そう言ってポリゴンは少し離れたところで体を動かし始める。

 

「ははっ、あいつの“なまいき”なせいかくも慣れりゃあ可愛いじゃねえか」

 

「人も萌えもんもそれぞれ“せいかく”と“こせい”があるってことだ」

 

「……ああ、そうだな。いま、実感してるよ」

 

 

それは否定したり、矯正したりするものじゃない。

ノブヒコはしみじみとそう思い、気づかせてくれた男に感謝をする。

 

 

……あ、そういえば……

 

 

「ミズキはどこだ? 当然、勝ち進んでいるんだろ?」

 

そう言って一回戦、二回戦と出番がなく、同時に行われていた他のバトルを見に行っていたポリゴンに話題を振る。

 

 

するとポリゴンは動きを止め、ほんの少し苦い顔を作った。

聞かれたくないことを聞かれてしまった。

そんな表情に見て取れた。

 

 

 

「……おい、ポリゴン。まさか……」

 

 

 

ふらふらとポリゴンに詰め寄るノブヒコから、思わずポリゴンは目をそらす。

その振る舞いにノブヒコは勿論、エビとサワも驚愕する。

 

 

「まさか……本当に?」

 

「おいおい……」

 

「ミズキのやつ……もう負けて……」

 

 

 

 

 

「あーあ、疲れた。やっぱ最近はフレイドに頼りすぎてたのかもなあ。なあ、シーク」

 

「(ぺしっ)」

 

「戦略が疎かになってんのかねえ……久しぶりに気合をいれなおさなきゃ……どうした、お前ら? 間抜け面で」

 

 

 

 

 

唐突に控室のドアを開けて入ってきたミズキに、三人はきょとんとした表情を向ける。

信じられないものを見るかのような表情を無理やり戻した後、再度ポリゴンに詰め寄る。

 

「な、なんだよポリゴン。ちゃんと勝ち残ってるじゃねえか!?」

 

「び、びっくりさせやがって……」

 

「……あんなやり取りした手前、どっちかが決勝いけませんでしたなんて情けなさすぎるからな……」

 

三人はポリゴンが冗談をしたのかと安堵するが、ミズキを見つめるポリゴンの表情は険しさを緩めなかった。

 

「……何ダサッキノバトルハ?」

 

「……何のことだか」

 

すたすたと去っていくミズキ。そして傍にいたシークが、こちらにほんの少し頭を下げた後、ミズキの後ろにとことことついて行った。

 

「……おい、ポリゴン。どういうことだよ」

 

「……アアイウコトダ」

 

ポリゴンが角ばった手で指差した先にあるテレビでは、先刻までやかましいほどの声を張り上げていた実況、解説者が一回戦、二回戦の映像を見ながら討論していた。

 

 

『いやあ、解説の“萌えもん大好きクラブ”会長のスキゾーさん。ここまで二回戦、全48試合を6つの別のフィールドを使うことで怒涛の勢いで進めてきましたが、どれも手に汗握る素晴らしいバトルでした。スキゾーさんは特に注目した試合などはございましたでしょうか?』

 

『ノブヒコ君。いやあ、好きですねー』

 

『なるほど。一回戦、二回戦と一撃KOのからておう、ノブヒコ君が気になっているという事ですね。確かにあのエビワラーとサワムラーの動きは素晴らしいものでした。ここからの戦いにも、期待できそうです。それでは、ここからは現在残っている16人の一回戦、二回戦の試合の様子をVTRで振り返りながら解説していたただきましょう』

 

そう司会者が宣言したところで、控室にいた人間のほとんどが一つしか存在しない備え付けテレビの前へと集まってきた。

一瞬驚いたノブヒコだったが、考えてみればそれも当然だった。何せここにいる人たちは、二回戦を勝ち残った人間たちであり、裏を返せばノブヒコ同様、他の対戦を見る事が出来ていない面々に他ならない。萌えもんバトルは相手がどんな萌えもんを持っているのか、相手がどのような戦い方をするのかといった情報戦の側面もあるため、ここで対戦相手の対策を作ろうという魂胆なのだろう。

 

いまだ輪を外れてシークの手当てをしているミズキを覗いた15人が、周りに目線で敵意を表しながらメモを片手に画面を見る。

 

『まずはクチバシティよりお越しの、“ふなのり”のシゲロウさん。コダックの“みずでっぽう”を使うのがうまいですねー』

 

『いやあ、好きですねー』

 

 

…………

 

 

『ヤマブキシティよりお越しの“サイキッカー”のタクミさん。スリープの“さいみんじゅつ”がはまっています』

 

『いやあ、好きですねー』

 

 

…………

 

 

『セキチクシティよりお越しの“ぼうそうぞく”のゴウケンさん。マタドガスのコンビネーションわざが光ります』

 

『いやあ、好きですねー』

 

 

…………

 

 

『なんとジョウト地方からお越しの“ぼうず”のチンネンさん! 今回はエリカさんに求婚のチャンスを頂きたいとはるばるタマムシまでやってきたとの事です!』

 

『いやあ、好きなんですねー』

 

 

…………

 

 

その後、トレーナーの情報とバトルの様子が画面に流れるという繰り返しが10分近く続いたのちに、待ち望んだ16人目の名前が呼ばれた。

 

 

『最後になりますは、マサラタウンよりお越しの“かけだしトレーナー”のミズキさん。なんとトレーナーになってからまだ数ヶ月ほどで、旅をしながらはるばるタマムシまでやってきたとの事です』

 

『いやあ、好きですねー』

 

『では、そんなミズキさんの対戦の様子です。ミズキさんは一回戦、二回戦を同じ萌えもん、『ユンゲラー』で突破していますね。このユンゲラーは接近戦を得意としているようで、“ドレインパンチ”を駆使して戦い、勝利を手にしています』

 

 

 

「はあ? ユンゲラーに“ドレインパンチ”?」

 

サイキッカーのタクミがそうつぶやいたのを皮切りに、ミズキの二回戦の映像が始まる前に溜まっていた人垣が一気に散らばる。ミズキの一回戦の試合が終わり、二回戦に画面が切り替わるころには、画面の前にはノブヒコ達しか残っていなかった。

 

しかし、続けて二回戦を見ていたノブヒコ達も、1分、また1分と時間が経つごとにその表情をどんどん曇らせていく。

 

画面に映るのは必死に“ドレインパンチ”を繰り出すシークの姿と、それをあざ笑うかのごとく受け止め、反撃する相手のアーボック。ひかえめに言っても大苦戦、直球に言うなら泥仕合だった。

 

『おっとここで“しねんのずつき”がクリティカルヒット! アーボックがダウンし、大熱戦をミズキ選手とユンゲラーが制しました!いやー、手に汗握る接線でしたねえ、スキゾーさん!』

 

『いやあ……すきですねえ』

 

最後に盛り上げようとする司会の声と、少し気を使うような声色のスキゾーさんの言葉で、映像は締めくくられた。

振り向くとすでに何人かは係員に呼び出されており、それ以外のトレーナーたちは自分の萌えもんと一緒に情報を共有しながら対戦を立てていた。

 

 

そんな中、トーナメントの一番端に位置するミズキはシークを抱きかかえながらベンチで横になっていた。

 

 

 

 

 

「モルフォン、“サイコキネシス”!」

 

「ポリゴン、“テクスチャー”だ!」

 

『おーッとこれはうまい! ノブヒコ選手、“テクスチャー”をうまく利用し、エスパータイプになることによってモルフォンの“サイコキネシス”ダメージをいなしましたー!』

 

『いやあ、好きですねー』

 

「ちい、ポリゴンなんて萌えもんまでもってやがったのか……せっかくかくとう萌えもんの対策をしたってのに……退けっ、モルフォン!」

 

「逃がすな! “サイケこうせん”!」

 

「ああ!? モルフォン!」

 

『距離を取ろうとしたモルフォンの背中に“サイケこうせん”が炸裂! こうかはばつぐんだー!』

 

「モルフォン、戦闘不能。よって勝者、ヤマブキシティのノブヒコ!」

 

『決まったー! からておうノブヒコ選手、これで3回戦も突破だー!』

 

 

 

 

「ふー、なんとかなったな。ポリゴン、ごくろうさん」

 

「さすがに3回戦だ、全体のレベルが上がってきている」

 

「でもここまでは何とかなった。でも、問題なのは次からだ」

 

再び控室に戻ってきたノブヒコは、3人と向かい合い、ポリゴンが持っているトーナメント表を覗き込む。

 

「我々ハ3人ダ。トイウ事ハ、次カラハ二度目ノ出場二ナル」

 

「ああ、これまでより厳しい戦いになるだろうな」

 

サワの言葉に、全員が無言でうなずく。

 

先ほども言った通り、萌えもんバトルは情報戦の側面もある。相手がどのようなタイプの萌えもんで戦い、どのようなタイプのわざを使うのか。それを知ったうえで戦うのと知らない状況で戦うのとでは全く別のバトルになると言っても過言ではない。事実今戦った“ぼうそうぞく”のゴウケンもこちらの二回戦までの選出を踏まえたうえで、かくとうタイプが苦手な、むしタイプのモルフォンを選出していた。

 

エビ、サワ、ポリゴンという手持ち萌えもん、さらにわざを多少と言えど他の出場者たちに見せてしまった以上、次からのバトルはさらに対策が厚くなっていくに違いない。

 

気合を入れなおそうと顔を上げ、全員の顔を確認しようとすると、三人の目線は現行のバトルを移すモニターに向いていた。

 

 

『おーっと、ここで“しねんのずつき”がヤミカラスに炸裂っ! ヤミカラスがひるんでしまった隙を逃さず、ユンゲラー、“ドレインパンチ”で追撃を決めたぁ! ミズキ選手とユンゲラー、下馬評を覆しチンネン選手のヤミカラスを退け、4回戦に進出だー!』

 

 

「……けっ、運のいい男だ」

 

 

モニターの前にいた“サイキッカー”のタクミが、いらだった表情でミズキの戦いに苦言を呈す。同じエスパータイプの萌えもん使いとして、ミズキに思うところがあるのだろうか、ミズキをかなり下に見ているような印象を受ける。

しかし、同様に4回戦への進出を決めモニターを見ていた他の選手たちも、タクミの意見に大方同意していた。

 

あくタイプの萌えもん、ヤミカラスに、エスパータイプのわざ、“しねんのずつき”は基本的に“こうかがない”。

それは、なぜ、などという疑問を持つものでもなく、萌えもんバトルにおける常識、不変の真理である“タイプ相性”に基づくものだ。

 

ならば、なぜシークの“しねんのずつき”はあくタイプのヤミカラスに命中したのか?

 

試合を最初から見ているわけではないノブヒコにも、それぐらいのことは推定できた。

 

 

ユンゲラーのとくしゅへんかわざ、“ミラクルアイ”。

 

 

ユンゲラーが体から出している特殊なα波によって敵の萌えもんの波長を読み取り、本来当たらないはずのエスパーわざを当ててしまうというまさに横紙破りのエスパーわざ。

 

おそらくミズキは、試合開始の直後に“ミラクルアイ”を発動し、エスパーわざが当たるように仕込んでいたのだろう。

 

 

それはわかる。しかし、それをした理由がわからない。

 

 

萌えもん協会のわざ判定では、“ミラクルアイ”は判定Eとなっている。

基本的にC以上が実践級のわざであると扱われるため、“ミラクルアイ”は“コンテストバトル”などの魅せ勝負や、所謂遊びプレイ用のわざ。つまり戦力外判定を受けているわざだった。

その理由として一番大きいのは、わざわざ“ミラクルアイ”を使ってまで、エスパーわざをあくタイプに当てる利点がないという事だった。

 

そうまでしてエスパーわざを使わなくても、サブの別タイプわざを使えばいいし、戦えないならば別の萌えもんが戦えばいい。

 

わざわざ実践で使うレベルのわざではない、というのが、このわざに対しての評価だった。

 

 

ならばそんなわざを率先して使い、戦うミズキの評価はどうなるかは想像に難くない。

 

 

ただでさえミズキの肩書は“かけだしトレーナー”なのだ。

戦術性の低さを“きょううん”で補い、勝ちあがるド素人という評価をするのは至極あたりまえであると言えた。

 

 

 

 

 

しかし、そこで楽観視して気を抜くほど、気持ちを新たにスタートしたノブヒコ達は甘くない。

 

「……何ヲ企ンデイル?」

 

ポリゴンが呟いた。エビもサワも口には出さないがポリゴンに同意し、同時に思考を始める。

 

ミズキの戦闘を肌で感じていた三人は、あれが彼の実力でないことは直ぐにわかる。

しかしだからと言って、それは『違和感』と片付けてしまってもおかしくないものであり、それでミズキが勝ちあがっている以上、誰に問うこともできないようなものだった。

 

 

「……もしかして、実力の差を見せつけようとしているのか……?」

 

 

「「ッ!!」」

 

 

サワの言葉に、思わず二人は反応する。

 

そんなこと……と否定の声を上げようとしたエビだったが、『ケーシィを取り戻すため』というこの大会本来の目標を思い出し、思わず口をつぐんだ。

 

自分達は『ケーシィの“おや”としてふさわしい実力であることを見せつける』という野望(目的)の下、この大会に参加している。そしてそれは、いくらノブヒコの自立の“てだすけ”をしてくれていたミズキであっても、ケーシィの現在の“おや”であるという立場からすれば望ましくない結果に違いない。

 

ならばどうするのか。

 

ノブヒコを大会に引きずり出し、圧倒的な実力差を見せつける。

 

“からておう”ノブヒコの得意な、ユンゲラーの苦手な近接戦闘を用いて、圧倒する。

 

我々にも、ケーシィにも、自分が最も『ケーシィにふさわしいおや』であることを証明する。

 

 

そのための、意思表示であるとするならば……

 

 

 

 

 

 

「余計なことは考えなくていいよ」

 

「っ! ノブ?」

 

思考の海にはまりかけた三人の意識を引き上げたのは、ノブヒコの声だった。

 

「どうせ戦術の組み立てとか、罠の張り方とか、頭脳戦で俺があいつに劣っていることなんて、ハナから分かっていたことじゃないか」

 

そんなマイナスな言葉を発するノブヒコの表情からは、逆に自信のようなものが見て取れた。

 

「わかっているさ。彼には彼の計画がある。それこそ、俺には想像もつかないような、捲っても捲っても裏が続く様な、途方もない戦略の迷路があるんだろう。でも、そんなものは関係ない」

 

そう言いながらノブヒコは、自分の足に巻いてある包帯を外す。

 

「おいっ、ノブ! それは……」

 

止めようとしたサワを制止し、ノブヒコは歯を食いしばった。

 

 

 

まだ痛みはあるのだろう。感覚も戻っていないだろう。

 

 

しかし、おぼつかない足取りで、壁に寄り添いながらではあったものの、確かに、ノブヒコは自分の足で、一人で、立ち上がっていた。

 

 

 

「奴は必ず勝ちあがってくる……俺も必ず勝ちあがる! そして俺たちは決勝で戦い、俺が勝って、ケーシィを取り返す!」

 

 

 

 

「「……ノブヒコ……」」

 

 

 

 

彼は、変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 




皆さんはスキゾーさん、ご存知でしょうか?
アドバンスジェネレーション時代にアニポケに出ていたあの人です。


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第10話 2 本当は

俺「マリムとフレイドが一年出てないことに気付いてしまいました……」

フレイド「馬鹿執筆者め」

マリム「呪い殺されたいのかしら?」


 

 

 

 

「くっそぉ……なんでだよ、なんで俺が……こんな奴に……」

 

「何でも何もないさ。萌えもんバトルは結果が全て、とは言わないが、それでも結果は正直に、全てを表してくれるものだ」

 

息切れするユンゲラーと、その奥にいる“サイキッカー”のタクミに対して、ミズキは淡々と現実を投げかける。

 

「くっそお……この俺が、エスパー萌えもん使いのこの俺が、ユンゲラー対決で負けてたまるかあ!」

 

声に呼応するように相手のユンゲラーが全力で駆け出す。

 

が、指示を待っていたユンゲラーよりも一手先に、シークは動き出していた。

 

駆けだした瞬間に、苦手な懐に潜り込まれたユンゲラーと、今大会、誰よりも近距離戦を戦い続けてきたシーク。

 

当然、わざを決めるのは、シークが先となる。

 

 

「シーク。“ドレインパンチ”」

 

 

報告に近いような指示に反応し、シークは自らの拳を突き上げ、

ユンゲラーの“きゅうしょ”を的確に狙い打った。

 

 

 

崩れ落ちるユンゲラーを見つめるシークは、物か無しげな表情を浮かべ、

そんなシークを見つめるミズキは、ぼそりとだれにも聞こえぬ言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「ユンゲラー、戦闘不能。ユンゲラーの勝ち! よって勝者、マサラタウンのミズキ!」

 

 

 

 

 

 

 

「今回エリカと戦うのは、スー。お前だ」

 

「わ、わたしですか!?」

 

「……嫌ならそう言え。正直言って今回の作戦は俺も最善である自信がないからな。お前たち二人が拒絶するなら俺に説得する権利はない」

 

「いえ、嫌なわけではないんですけど……」

 

正直に言って意外だった。

ミズキに聞いた話ではエリカはくさタイプの萌えもんのエキスパートであるとの事。カントー地方におけるくさ萌えもんのほとんどは『くさ・どく』の複合タイプであるため、実質ミズキのてもち萌えもんは全員エリカの萌えもんに対して弱点を取る事が出来ることになる。

 

自分のこおりタイプわざ。

シーク、マリムのエスパーわざ。

フレイドのほのおわざ。

 

そんな状態で唯一、くさタイプに対し、不利になり得る自分が選出されるとは思っておらず、スーは驚いた。

 

「なぜ、わざわざわたしを? 遠距離戦闘が得意なシークちゃんや、多少調子は悪くてもあいしょうばつぐんなフレイドさんを出した方が、勝ちやすそうな気がするんですけど……」

 

スーの至極真っ当なクレームに、ミズキは顔をしかめる。

 

「……マスター?」

 

「……ああ、そうだ。くさはほのおに弱く、ほのおはくさに強い。それが常識だ。誰にとってもな」

 

忌々しげにつぶやくミズキを、スーとシークはじっと見つめた。

 

 

「そんな当然の戦略では絶対にあの人は倒せない。99%、なんてぬるいもんじゃない。100%、確実に負ける」

 

 

思わずスーは息をのむ。事の深刻さを、ミズキの一挙手一投足が物語っていた。

 

ミズキは、軽々しく『絶対』や『確実』などという『100%』を意味する言葉を使わない。

 

その言葉を使うときには『一つの例外の可能性もない』と断言できる時にしか使わない。

可能性を追いかける者として、簡単にそんな言葉を使って、諦めるようなことはしたくない。

 

それがミズキの研究者としての信条だった。

だからこそミズキは、そのような言葉を一種のタブーとして扱っていた。

 

 

 

 

「エリカさんは、天才だ」

 

 

 

 

そんなミズキが、自身のルールの破るかのように、タブーを重ねる。

 

「ほのおタイプだからとか、弱点を突くからだとか、意表をつくからだとか、そんなものでは一切越えられない壁が、俺とあの人の間にはある。断言しよう、マリムを出しても、シークを出しても、たとえ万全の状態のフレイドを出したとしても、彼女に勝てるわけがない」

 

拳を握りこみながら語るミズキは、いつものれいせいに作戦を練り上げる頼れるマスターの姿ではなく、憎きR団に向ける爆発前の様なマスターでもない、それまでに見たことの無い表情だった。

 

 

「だが、スー。お前ならば、ほんの少し、ほんの少しだけだが、勝てる可能性はあると俺は睨んでいる」

 

 

「……わたしが?」

 

「ああ、そうだ」

 

ミズキはそういって、スーの腕や足を掴み、軽くもむ。相棒の成長を確信したミズキは、軽く微笑む。

 

「エリカさんはもう何年もの間、タマムシジムを守り続けている。当然、数多の挑戦者を迎え撃ち続けてきたはずだ。ジムリーダーに挑戦しようという者たちなのだから、前情報を持って、くさタイプの対策をしてきた奴らがほとんどだろう。つまり、お前の言うように、ほのおタイプやエスパータイプの萌えもんで挑戦してきた奴らがほとんどだったはずだ。裏を返せば……」

 

ミズキはスーの頭に手を置き、目を合わせた。

 

「わざわざ陸上個体のみずタイプで戦おうとするようなチャレンジャーはいなかったはずだ」

 

そう、対戦経験が多いという事は、対応してきた数も多いという事だ。

ましてやエリカはこちらの戦力をすべて把握していた。という事はユンゲラー(シーク)ガーディ(フレイド)の対策はすでに厚くしている可能性の方が高い。

という事は逆に、みずタイプであるラプラス(スー)の対策は薄くなっている可能性はある。

そしてスーはみずタイプだが、同時にこおりタイプでもある。受ければ不利だが、攻めれば有利を取ることも難しくない。

 

「……が、当然この前提は間違えている可能性があるし、たとえあっていたとしても先んじて行っていた通り、一回意表をつけば勝てるほどエリカさんは甘くない。たとえ作戦通りに行ったとしても、実際のバトルは針の穴に糸を通すような緻密な戦略を寸分の狂いもなく実行して初めてまともな勝負ができる。それぐらいの勝率だ」

 

 

それまでのミズキの発言を総合すれば、その長々とした、戦いたくない子供の言い訳にさえ聞こえる言葉が大げさでないことは直ぐにわかった。

 

 

「そのうえで聞くぞ。スー」

 

「やります」

 

 

だからこそ、スーは考えるまでもなく即答した。

 

何という事はない。

スーが不安に思ったのは、自分がエリカに勝てる実力を本当に持っているのかわからなかったから。

自分のミズキ(マスター)が勝てる可能性があると言った以上、それを疑うことはない。

 

 

 

 

「……そうか。ま、お前はそういってくれるよな」

 

 

 

 

そうつぶやいてとっさに顔をそらしたため、ミズキの表情は読み取れなかった。

 

 

 

 

「さて、シーク。次はお前に聞く番だ」

 

一呼吸置いた後、そういって今度はシークと向き合う。

射抜くようなミズキの視線に思わずシークは体を震わせるが、ミズキはそれを無視して言葉を続ける。

 

「今言った通り、エリカさんと戦うのをスーに任せる以上、スーにトーナメントに参加させるわけにはいかない。疲れを残してしまうこともそうだが、これ以上エリカさんにスーの戦い方を見せるわけにはいかないからな」

 

数日前のエリカの口ぶりを考えれば、エリカがこちらの戦力をある程度把握しているという事は察しが付く。が、エリカがスーの戦い方を完全に理解しているかと言われれば、それもNOだろう。

萌えもんバトルに必要な情報というのは、人からの又聞きで得られるほど簡単なものではない。もちろんその情報が使えないわけではないが、一番重要なことは、その萌えもんの戦い方を生で見て、自分の萌えもんと戦っている様をイメージするという事だ。

 

あの動きをした際には、こういう動きで返す。

あの動きをするときは遅いから、こういう攻撃で攻め立てよう。

 

自分の目で見た情報というのは、人が話したことから想像して得られる情報とは違う。

自分の脳内で正しく動かす事が出来る、活きた情報である。

 

だからこそ、そんな活きた情報を、この大一番の戦闘を控えた時に見せるわけにはいかない。

 

 

 

「だからこそ、シーク。トーナメントの六戦全て、お前一人で突破してもらう必要がある。延いては……

 

 

 

 

 

 

 

 

お前に、ノブヒコを倒してもらう必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

聞いた瞬間に、シークはもう一度体を震わせたかと思えば、すぐに固まった。

同じく、スーもその言葉を聞いた瞬間に、思わず目を見開き、ミズキを見たが、ミズキは『わかっている』とでも言いたげな表情をしながら、スーが声を荒らげようとするのを目で制した。

 

 

自分達は、互いの(かこ)には干渉しない。

それはスーとミズキが最初に決めた、彼らにとって不可侵の契約(ルール)だった。

 

 

踏み入られたくない領域がある。触れられたくない過去がある。明かされたくない罪がある。

それをスーとミズキはその身を以て、痛いほどに理解していた。

 

 

だからこそ、ミズキは、野望(みらい)についての言及をしても、過去について尋ねることはしなかった。

 

 

 

しかし、今回のこれはグレーゾーン。

一歩間違えれば、過去をぐちゃぐちゃに掻き回されることになりかねない。

 

 

 

 

いくらマスターに絶対の信頼を置くスーだとしても、今回のミズキの作戦は納得がいくものではなかった。

 

 

 

 

シークは口がきけない分、感情を行動で表現する。だからこそ、シークの心持は体が正直に語っていた。

スプーンを握りこむ拳は次第に強くなり、膝を床について、もともとさして大きくないシークの体がさらに小さく縮こまっている。

 

 

 

 

「スーにも言ったが、今回ばかりは断りたければ断ってもかまわない。その時はまた1%でも勝てる可能性のある作戦を考えるだけだ」

 

 

 

 

「っ! そんな言い方!」

 

 

 

 

スーは初めて、ミズキに声を荒らげた。それほどまでに今の発言は、優しすぎるスーにとっては許されざる発言だった。

ミズキは『作戦を考える』と言った。だが、そんなものは嘘だ。それが出来るならば、最初からこんな提案をするはずがない。

ミズキにはもう後がない。だからこそ、シークは選ばなくてはならない。

 

 

 

 

信頼しているミズキ(おや)の命で、

 

信愛しているノブヒコ(元おや)と戦うことを。

 

 

 

 

こんなもの、選択でも何でもない。

どちらから外れるわけにもいかない。どちらからずれても、苦しむことになるのはシークだ。

 

 

 

 

スーはミズキに抗議をしようと、思い切りミズキを睨みつける。

 

 

 

 

 

 

すると目線の先には、表情を右手で覆い隠している、ミズキの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ごめんな、シーク」

 

 

 

 

 

 

ぼそりとこぼれた小さな声は隣にいるスーにだけ届き、シークに届くことなく消えて行った。

 

普段の気丈な態度からは、信じられないような弱弱しい風体。

あまりに予想外のその様子に、スーは思わず目を見開き、思い切り胸をしめつけられた。

 

 

 

 

「っ……ます」

 

 

 

 

 

たぁ、と言葉をひねり出そうとしたスーの発言を切るように

ミズキのひざ元にシークが“テレポート”し、

 

 

 

 

 

 

ミズキに抱きついた。

 

 

 

 

 

 

「シーク……」

 

 

 

 

 

 

シークは何をするわけでもなく、ミズキの体にしがみ付くように両腕を離さなかった。

 

シークのその行動に、ミズキはいつもの優しい表情で、抱擁を返す。

 

 

 

 

 

「シーク……俺と一緒に、戦ってくれるか?」

 

 

 

 

 

答えは、ミズキの胸にずしりと響く、一発の拳だった。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

そんな二人の様子を見ていたスーの表情からは先ほどまでの怒りが消え失せ、

打って変わって悔しそうな想いが支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『決まったぁ! なんという速さ! なんという強さ! 4回戦までの大接戦が嘘だったかのような完封! 同種族のユンゲラー対決にほぼ無傷の完全勝利! その名は萌えもんトレーナーミズキ! 決勝進出だー!』

 

『いやあ、大好きですねー』

 

決勝に進むトレーナーを決める試合で起きた予想外の展開に湧く観客席と実況席とは裏腹に、フィールドの二人は静まり返っていた。

 

「……嘘だろ……負けた……? エスパー対決で、俺のユンゲラーが……負けた?」

 

「別にお前のユンゲラーがエスパー対決で負けたわけじゃない。事実、お前のユンゲラーの方がレベルも上で、わざの威力も段違いだった。一発でも直撃を受けたら、負けていたのはこちらの方だった」

 

うなだれるタクミに対して、強力なエスパーわざの衝撃で凸凹になったフィールドを指さしながらミズキが言う。

 

「っ! なんだそれは! 慰めのつもりか!? ふざけやがって!!」

 

今にも殴りかからんとするタクミはミズキの位置まで駆け出そうとしたその瞬間に、タクミの体がぴたりとかたまる。

驚いたタクミが目だけを動かし原因を探ると、正面には先ほど自分のユンゲラーを打撃で圧倒した相手のユンゲラーが、自分にスプーンを向けて立っていた。

 

その事実に、タクミは怒りを消し去るほどの驚愕を覚えた。

 

 

先ほどまで、しつこいほどに物理わざしか使用しなかったユンゲラーに、

強力な“ねんりき”で抑え込まれているという事実。

 

 

それが何を意味するのか。

理解した瞬間に、タクミはジワリと目を潤ませた。

 

 

 

「慰め? 別にそんなつもりはないさ」

 

 

 

言いながら、ユンゲラーを持ち上げ、軽くなでながら、そいつは言った。

 

 

 

「ユンゲラーがエスパー対決に負けたんじゃない。俺がシークを勝たせ、お前がユンゲラーを負けさせたんだ」

 

 

 

 

萌えもんは、必死に戦った。

俺たち萌えもんトレーナーの役目は、勝たせること。

 

俺たちのために戦ってくれている萌えもんたちの、必死の想いに答える事。

 

 

 

 

「お前はそれがわかってなかった。俺みたいなトレーナーに、自分が負けるはずはない。そうやって傲り、トレーナーとして、『萌えもんを勝たせる』という使命を怠けた」

 

 

 

 

弱い偶像の俺を見て、自分の萌えもんを見ていなかった。

 

だから、負けた。

 

 

 

 

「それだけだ」

 

 

 

 

 

立ち去るミズキの眼差しは、会場モニターを移すカメラを射抜いていた。

 

 

 

 

 

 

「……ついに来たか……」

 

控室で準備をしていたノブヒコは、モニター越しにミズキと目線を合わせる。

 

 

 

 

画面が切り替わった後は、手元のボールを強く握りしめ、思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に、勝つ」

 

 

 

 

 

 

エリカ争奪戦トーナメント決勝戦

ミズキVSノブヒコ

 

 

 

 

 

苦しみ、哀しみ、歯がゆさ、もどかしさ、痛み、憎しみ、妬み、嫉み。

 

 

ありとあらゆる感情の列車が、今、誰も知らない終着駅へと向かう。

 

 

 

 




相変わらず過去の話題に触れる話では細心の注意を払って書いてるので文字数に対しての疲労感が半端じゃないです。


ちなみに次回、ようやくミズキ対ノブヒコになるわけですが、そもそも最後にまともな戦闘描写をしたのはミズキ対マリム戦。萌えもん同士となるとサントアンヌ号までさかのぼります。
……みなさん、こんな小説ですがこれからもよろしくお願いします。


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第10話 3 表の裏の裏の裏

でました一万文字オーバー


 

『さあ、長らくお送りしてきましたタマムシシティ開催、「エリカ争奪戦トーナメント」と銘打たれたこの大会。このような盛り上がり方になるとはだれが予想できたでしょうか。方や初戦から5回戦まで圧倒的な強さを見せつけ、怒涛の勢いで勝ち上がってきた強さの男。方や初戦から苦しみ続け、危険な戦いを何度も潜り抜け、気が付けば残った結果は「ユンゲラー一匹で決勝までたどり着いてしまった」という策略の男。力と知恵のぶつかり合い、熱い試合になること間違いなしの決勝戦を前に、コロシアムの熱気は最高潮に達しています!』

 

控室から熱のこもる実況を聞いていた二人から見ても、その実況の表現が比喩でないことが伝わってくる。今もなお熱く語っている実況の後ろから、半ば悲鳴にさえ聞こえる大歓声の波が押し寄せてきていることがその証明だった。解説席のスキゾーさんが解説そっちのけで耳をふさいでしまっていることにくすっと来てしまう。

 

「こんな歓声、ジムリーダーの時にだって浴びたことねえよ……」

 

「安心しろ。今のお前は、ジムリーダーの時よりも数段強くなっているはずだ。歓声にこたえられる力がある」

 

予想だけどな、と付け足して笑うのは、余裕なのかそうでないのか一心不乱に手元のメモ帳に何かを書き込みながらノブヒコの嘆息に答えるミズキだった。

 

「……ずいぶんアナログだな」

 

「昔からの癖だ。便利なものはいくらでも増えていくが、習慣ってのは変わらない。それに、こっちの方がデータが飛ぶ心配がないから好きなんだ」

 

努力が一瞬で消えていくのは、嫌いだからな。

 

憂い交じりの声でそうつぶやく。

 

「……結果が消えてしまっても、努力が消えたことにはならないさ」

 

「……かもな」

 

いいながら一枚紙を千切り、ポケットに入れた後、荷物を一か所にまとめる。準備完了の合図だろう。

 

空気がほんの少しぴりついたその瞬間に、見計らったかのようにドアが開いた。

 

 

「ミズキさん、ノブヒコさん。お時間になりましたので、A会場にスタンバイしてください」

 

 

 

ついに、その時が来たのだ。

 

 

 

「おい」

 

すぐに扉を出ようとしたミズキを、ノブヒコが止める。

 

「……約束は、覚えてるよな?」

 

「ああ……俺は約束にはうるさい男だからな。一言一句、正確に覚えてるよ」

 

それだけ言うと、ミズキは部屋を出てずんずんと進んでいく。それを追いかけるがまだ本調子ではないノブヒコはほんの少し遅れて後ろを歩いていく。

 

それからしばらく無言が続いたが、A会場へと到着し、登場口が分かれたところで再び二人はお互いを向きあう。

 

「じゃあ、俺はこっちだから」

 

「あ、ああ……」

 

結局何を言うわけでもなく自分のスタンバイ場所へ歩いていくミズキの背中を、ノブヒコはほんの数秒だけ見つめた後、ミズキが再び曲がる寸前のところで声を上げた。

 

 

 

「ミズキ!」

 

 

 

ミズキは声に反応し、首だけを向ける。

無表情と言って差支えない程度の表情だった。

 

 

 

「俺とお前は、これから戦う! そしてその戦いには、俺たちの大切なものがかかっている!」

 

 

 

意図が読めないまま、ミズキはその言葉に頷いた。

 

 

 

「俺は……どっちが勝ったとしても、バトルの後で、お前と楽しく話せる自信がない!」

 

 

 

ピクリとだけ表情が動いたようにも見えたが、顔をしかめるほどの驚きはなかったのか、ミズキはそのまま再び頷く。

 

 

 

 

「だから……先に言っておく!

 

 

 

 

 

 

ありがとう!

 

 

 

 

 

 

「…………バーカ」

 

 

 

そう言って曲がり角に消えていくミズキは、ほんの少しだけ笑っているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは皆さん、お待たせしました。両選手の、入場です!』

 

実況のその声を皮切りに、観客席の盛り上がりがさらにボルテージを上げる。悲鳴のようだった歓声は一体感という力を得て、一つの塊のような轟音を生み出していた。別に自分の応援で集まったわけでもないはずなのに一斉に自分の名前をコールする観客たちに気恥ずかしさを覚えつつも、感謝する。

 

『東口より入場するは、元ジムリーダーという肩書をひっさげ第一戦へ舞い戻ってきたその男。今日、我らがエリカ様に挑戦し、かつての栄光を取り戻さんという気迫は決勝までの5戦をほぼ完封という結果からも見て取れます。圧倒的速さ、圧倒的強さ、はたして決勝では何を見せてくれるのか。“からておう”、ノブヒコー!』

 

『いやあ、好きですねー』

 

「「「「「「ノッブヒコ! ノッブヒコ! ノッブヒコ! ノッブヒコ!」」」」」」

 

苦笑いして応援のコールが聞こえる方向に手を振ると、野太い歓声が力を持って帰ってきた。喜ぶべきか悲しむべきかはわからないが、自分の戦闘スタイルは男のファンに受けがいいらしかった。

 

『続きましては西口。もはや彼を新人と呼ぶのは彼のバトルへの冒涜でしょう。決勝までの5回戦。こちらはそれをユンゲラー一匹で戦い続け、見事勝利を収めてきた彼の実力は、もはや疑う余地はありません。今日、カントーのトレーナーたちは、萌えもんバトルの世界に超新星が姿を現したという事を確信したことでしょう。“かけだしトレーナー”、いや“エリートトレーナー”、ミズキー!』

 

『いやあ、好きですねー』

 

「「「「「「ミズキくーん! がんばれー!」」」」」」

 

それに対して対面の相手は、どうにも“おとなのおねえさん”受けがいいらしく、自分と同様に苦い顔を作っていた。しかし、自分とは違い、うれしいながらも恥ずかしいという感じよりも、本当に困っているような印象だった。

 

「……あんまり慣れねえな。歓迎ムードってのは」

 

「いいじゃねえか。応援してくれてんだからよ」

 

「完全アウェイなことが多い旅路だったもんでな……」

 

どんな旅路だ、という言葉でからかう前に、ミズキがボールを前に放った。

 

 

 

「さあ、行くぜ。シーク、GO!」

 

 

 

『き、きたー! 何という事でしょう、ミズキ選手! これは勇気か? 誇りか? 意地か? 決勝戦までもあのユンゲラーで戦うつもりだー!』

 

『いやあ、大好きですねー』

 

身体の傷がかなり目立つ小さな体を少し曲げながらストレッチをすることで戦う意思を表していたシークを見て、バケツをひっくり返したようなテンションに変化する会場とは裏腹に、ノブヒコの心は水をうったように落ち着いていた。

 

予想が出来ていたからではない。

予想を放棄したからこその落ち着き。

 

相手がユンゲラー(ケーシィ)であろうとも。

相手が別の萌えもんであろうとも。

 

相手が奇策を仕掛けようとも。

相手が珍策を練ろうとも。

 

 

 

「真正面からぶっ飛ばす! 行くぞ!」

 

 

 

そうして構えたボールをほおる。

 

 

「勝負だ、ケーシィ」

 

 

出てきた萌えもんは直ぐにファイティングポーズをとり、左の拳をシークに突き出す。

 

それにこたえるように、スプーンを握る右手を突き出した。

 

 

『対するノブヒコ選手はエビワラーです! “あいしょう的”には、ユンゲラーの方が圧倒的に有利ですが、接近戦のスキルとしてはエビワラーが圧倒的に有利だと言えるこの対面。一体、どんなバトルになるのでしょうかー!』

 

 

 

「さあ、行くぜ! ノブヒコ」

 

「勝負だ! ミズキ!」

 

 

 

 

              ミズキ VS ノブヒコ

                決勝戦 開始

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

シーク。今回お前には、接近戦を軸に戦ってもらう。

 

 

……ああ、そうだ。しかも少し前のハナダ戦でやった、呼び水にするための接近戦じゃない。お前が苦手な、超接近戦。少なくとも4回戦。出来るなら5回戦までは、遠距離わざの発動は禁止。このルールで戦ってもらう。これが今回の作戦の第一段階だ。

 

 

……ありがとよ。それじゃあ理由を説明する。今回、お前のバトルで鍵となるわざは二つ。

そのひとつ目が、“ドレインパンチ”だ。

 

 

そう。ケーシィ種にとっては特殊おしえわざに分類されるわざで、相手をぶん殴りながら拳を通して相手の体力を横取りするっていう、近接版“すいとる”みたいなわざだ。

 

 

はっきり言って今のシークの実力じゃあ、トーナメントを一人で勝ち上がることなんざ到底できない。シークの成長はそりゃあ著しいが、それでも一人で6連戦を勝ち上がる実力者になれたかと言われれば答えはノーだ。ジムリーダーへの挑戦権をかけた大会である以上、敵もそこそこの腕であることは間違いない。だからこそ、勝ち残るためにはわなを仕掛ける必要がある。そのための接近戦、そしてドレインパンチだ。

 

 

ユンゲラーに接近戦なんて、本当なら適切な戦い方じゃない。そりゃそうだ。エスパータイプにはそんなことをしなくても戦う方法はごまんとあるし、何よりこうげきりょくが高くないユンゲラーという種族が近接わざで戦うメリットは皆無であると言っていい。そんな戦い方じゃあ、いくら俺が最善の指示をしたところで、勝つ確率は下がるだろう。

 

 

 

だからこそ、敵の本当の油断を誘える。

 

 

 

この作戦のメリットは大きく分けて2つ。

 

1つ目は、本気で苦戦できること。

 

 

ある程度のトレーナーになれば、本気で戦っているのか、そうでないのかなんて言うのは、戦い方を見ていればわかる。だったら俺たちは、接近戦に全力を尽くすことによって、あたかも全力で戦い、苦戦しているかのように演出する事が出来る。そうすれば俺たちがトーナメントを勝ち上がるなんてことは誰も思わなくなるし、そうすれば俺たちを対策するという優先順位も下がる。

幸いにも俺はまだ萌えもんトレーナーになってからほんの数か月ほどの“かけだしトレーナー”だ。ちょっと勝ち残ってたところで、素人のまぐれぐらいに思ってくれる可能性は高い。

 

 

そして2つ目、これが“ドレインパンチ”だ。

 

 

さっきも言ったが、シーク一人でトーナメントを勝ち抜くにはまだまだ実力が足らない。だから敵を油断させるために接近戦だけで戦うわけだが、もともと苦手な戦い方で複数回戦闘するんだ。結局決勝に行くまでには、ダメージも疲れもたまりきる。

そんな状態じゃあ、勝ち抜くことはできない。

 

だからこその接近戦、だからこその、“ドレインパンチ”だ。

 

 

 

 

シーク、お前が5回戦までやることは、

 

接近戦を仕掛けて、“ドレインパンチ”を多用することで敵を油断させつつ、決勝戦まで勝ち上がることだ。

 

 

 

 

そこまで進めば、

そうして決勝まで進める事さえできれば、

 

 

 

 

 

 

2つ目のわざが生きてくる。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

まず仕掛けたのはなんとシーク。

開始の宣言と同時に全力で自分の下へ突っ込んでくるシークの姿に、エビは思わず尻込みする。

確かに、シークは物理攻撃で戦っていた。それはモニターでずっと見続けていた。

しかし実際にそれを目の当たりにすると、やはり信じられないという思いがエビの脳をよぎり、瞬間の判断を鈍らせる。

 

「“ドレインパンチ”!」

 

「かわせ!」

 

声に反応し我に返ると、自分より一回りは小さいシークが眼前に迫る。寸でのところで顔をそらし、直撃は避けたものの、掠った拳の痕が頬に残る。

 

「もう一発! “ドレインパンチ”!」

 

「エビっ! 距離を取れ! “こうそくいどう”!」

 

「っ!」

 

すぐに二発目の行動に転じたミズキたちをみて、ノブヒコは一度距離を取らせる。ステップを踏みながら加速して逃げていくエビをシークが追い、二発目の拳をふるう。それが当たらなかったことを確認した後、仕切り直しのためにシークはミズキの下へ戻っていった。

 

「エビ、大丈夫か?」

 

わざが当たっているわけではないためノブヒコが言ったその言葉に確認以上の意味はない。しかし、エビはほんの少しだけ乱れた呼吸を整え重々しく口を開く。

 

 

「……あいつ、本気だった……本気で、俺の顔を殴ろうとしてたよ」

 

 

交錯の時に自分の目に飛び込んできた瞳を見て、エビはれいせいにそうつぶやいた。

あれは、身内に遠慮して、尻込みしている奴の目じゃなかった。

 

「……いいぜ。それでこそ勝負だ!」

 

自分の両拳を胸の前でぶつけ、鈍い音を二回ならしシークとじっと目を合わせる。

 

 

「行くぞノブ! ケーシィ……いや、ユンゲラーに勝つ!」

 

 

「いけっ、エビ! “れんぞくパンチ”!」

 

 

指示を聞くや否やエビは姿勢を低く構え、弾丸のような速度でストレートに突っ込んでくる。速度の地力こそシークの方が上ではあるものの“こうそくいどう”ですばやさが上がったうえに戦闘慣れしているおかげで目が慣れているエビの方が攻めに関しては一枚上手だろう。そう判断したミズキはノブヒコの指示に合わせるように指示を出す。

 

「かわせ、シーク! 一発も受けるな!」

 

散弾銃のようなエビの“れんぞくパンチ”を紙一重でかわしていくシークの姿に、大声で応援していた会場全体がいつの間にか食い入るように戦闘を見つめていた。

 

シークはこれまでのミズキとの旅で、一対一の経験もさることながら、多対一の経験も少なからず積んでいたことによって、もともとのエスパーの力も相まって『敵の行動を先読みする』という技術を大きく向上させていた。加えて今大会において接近戦での戦いを強いられたシークは、接近戦を得意と言えるようになったとまではいかないものの、肉弾戦を得意とする萌えもんとの戦い方を学びつつあった。

 

躱せるこうげきは動きを最小限にして躱し、躱しきれないこうげきは自分から“ドレインパンチ”を合わせて相殺し、いなす。

 

そんな完璧な対処を続けていたシークの振る舞いに、止まっていた会場の時間が再び動き出し、塞き止めていた何かが壊れたかのように大歓声が巻き起こる。

 

『もっ、申し訳ありません皆さま! 戦闘のレベルがあまりにも高くわたくし、思わず実況を忘れてしまいましたー! 素晴らしいバトル! 何というバトル! 息もつかせぬ攻防とはまさにこのことか!? 攻めるエビワラー! 守るユンゲラー! なんという互角の大接戦! 勝敗が全く分からなくなってきましたー!』

 

『いやあ、好きですねー』

 

「「「「「「ノッブヒコっ! ノッブヒコっ!」」」」」」

 

 

「「「「「「ミッズッキ! ミッズッキ!」」」」」」

 

 

再び大騒ぎする観客をよそに、エビとシークの攻防を見て苦い顔をしたのは意外にもミズキの方だった。

それは決してシークのふがいなさによるものではない。シークが必死に自分の指示に従い、忠実に自分の作戦を実行してくれていることはミズキが一番よく分かっていた。

しかし、そんなシークでも覆せない状況が出来つつあるという事も、ミズキはすでに理解していた。

 

 

 

(……まずい)

 

 

このままでは、第二のわざに行く前にシークは潰れる。

 

 

「エビ! “ばくれつパンチ”!」

 

 

「っ! シーク! 受けるな! 後ろに跳べ!」

 

 

 

“れんぞくパンチ”の弾幕の一発として放たれた一撃はしかし、そのほかのパンチとは一線を画す破壊力を持っていた。

いなすための“ドレインパンチ”を用意していたシークだったがその手を引き、思い切り足を突き出して真後ろにジャンプする。指示からの行動が一手遅れた為完全に回避することはできなかったものの、自分から下がったことによってパンチによる衝撃を半減させる。自分で無理やり飛んだ勢いのままパンチを受けたシークは着地に失敗しゴロゴロと転がりながらミズキの下へと戻ってくる。

 

『おーっとここで“ばくれつパンチ”がさくれつぅ! “こうかはいまひとつ”とはいえ、これはきいてしまったかー!?』

 

「シーク! 大丈夫か!?」

 

「(……)」

 

答えはしない。が、無言で立ち上がり敵を見据えるその姿から、闘志が折れていないことを察する。

 

 

(考えろ……次の攻め手を……)

 

時間はない。試合開始の合図から、もうすぐ一分は立とうとしてる。

 

 

 

(時間がない……勝つためには、残り一分だ……)

 

 

考えろ……。黙想だ。一秒でも早く思考をまとめ上げろ。

 

 

 

 

 

 

想定外なのは、エビワラーの攻撃スピード。

そして、わざ選択。

かくとうタイプのわざで特攻ではなく、“れんぞくパンチ”という、ミズキにとって予想外な、効果的なわざ選択。

勿論、ノブヒコがこちらのプランをすべて理解してわざを選んだわけではないだろう。

偶然による産物。いや、違う。ノブヒコがもっている(・・・・・)ことの証明か。

 

体力を少量でも削られるわけにはいかないこの状況で、ずいぶんと厳しいわざを選んでくれたものだ。

 

シークは良くやっている。俺の細かい指示なしに、自分の判断であの攻撃を捌いてくれている。あの防御力の向上は、数少ないうれしい誤算だった。

しかしもう二度とぼうぎょに回ることはできない。

一度守りの体制に入ったならば、“れんぞくパンチ”で攻め立てられ、隙を見せれば“ばくれつパンチ”で一発KO。

 

 

あのわざを使うチャンスがない。

 

 

ならどうする? 策を変えるか?

 

 

……ダメだ。策の変更をシークに伝える手段がない。

仮に伝えられたとしても、戦闘中にそんなことをすればシークはこんらんしてしまう。

 

 

それに仕込みはもう終わった。これをものにしない限り、俺たちに勝利はない。

 

 

 

選択は二つ。

 

 

攻めるか、守るか。

 

 

 

 

 

 

 

「エビ! 大丈夫か!?」

 

数十秒前に同じ質問をしたノブヒコだったが、今度のは鬼気迫る声色だった。それは主導権をつかんでいるはずのエビが攻めあぐねている様子を心配しての言葉だった。

 

「……大丈夫だ、多少の打ち疲れはあるが、ダメージじゃない」

 

深呼吸をして落ち着くエビの姿に、その言葉が強がりでないことを理解し胸をなでおろす。

 

 

「俺には何の問題もないさ。ユンゲラーが強い、それだけだ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

そう言った二人は、まっすぐに正面を見る。まだまだやる気の目を向けた、ミズキとユンゲラーがそこに立っていた。

 

 

「……様子をうかがっているのか?」

 

 

エビのつぶやきにノブは同意し、そのうえで別の可能性を探る。

 

 

まず考えられるのは、罠。こちらがこうげきを仕掛けてくることを誘っている状態。

これの可能性は高い。相手はあのミズキなのだ。無策で固まってしまっているとは考えづらい。

そして対処の方法もわかっている。牽制のわざを選ぶか、何もしないかだ。

 

 

次に、時間稼ぎ。これは様子をうかがっていることに近いが、少し違う。

 

無策か、計画か。この違いだ。

 

時間稼ぎの場合は無策だ。今も彼の頭の中では、この時間をフルに使い、とんでもない作戦が寝られているという可能性が、低いとはいえある。

そしてその場合の対処も単純だ。即座にこうげき。考える暇を与えない。

 

 

 

つまり、自分の選択は二つだ。

 

 

攻めるか、守るか。

 

 

 

(どうする……)

 

 

 

 

 

「何悩んでるんだ?」

 

ほんの数秒ノブヒコが黙りこくった後、エビの声と拳を打ち鳴らす音で覚醒する。

 

「……エビ?」

 

「お前が言ったんだろ? 『余計なことは考えなくていい』って」

 

「っ!」

 

そう。言った。

彼は自分より賢い。だからこそ、自分はそれに惑わされず、自分の戦いをするのだと。

 

「おら、もう一回言ってやれよ。相手が何をしてこようが、俺たちにできる事なんて一つしかないだろうがよ」

 

「……ああ、そうだな!」

 

俺たちは、俺たちにできることは。

 

 

 

 

 

 

「「真正面からぶっ飛ばす!」」

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、攻めか。

 

 

 

「そう来なくっちゃな。行くぞ、シーク!」

 

 

 

 

 

 

 

勝負はここから、40秒だ

 

 

 

 

 

 

『な、なんと! にらみ合いの時間を切り裂くかのようにユンゲラーとエビワラーがほぼ同時に走り出しましたあ! これは再び、先ほどの息をのむような接近戦の幕開けかあ!?』

 

実況はここが佳境と判断したのか、一気に声を張り上げて観客たちの熱を煽る。

そしてその判断は正しい。当事者の二人も、それを感じていた。

 

 

この交錯は、この戦いのターニングポイントだ。

 

 

「エビ、“れんぞくパンチ”!」

 

 

「ひきつけろ!」

 

 

エビは先ほど同様、いや、同様では耐えきられると判断したのだろう、それ以上の速さでシークへとこうげきを仕掛ける。それに対しシークはスピードをほんの少しだけ緩め、再び受けの体制に回ろうとしていた。

それを理解したエビはさらに足に力を入れ、“こうそくいどう”の要領で爆発的にスピードを上げ、シークに突っ込む。シークが受け止める体制を整えきる前に一撃を加えようという判断だった。

 

そう考えたエビの思考に合わせるかのように、エビの耳に指示が届く。

 

 

「“ドレインパンチ”!」

 

 

シークが、一転して拳を突き出し、攻めに転じてきた。

勢いづいた“れんぞくパンチ”を止めることは叶わず左手で放った初撃を空かされ、シークがこうげきの射程内へと忍び込む。

 

が、ノブヒコは狼狽えない。

予想通りだったから、ではない。

予想など、何もしていなかったからだ。

 

 

相手が何をして来ようが、関係ない。

何が来たとしても、対応してみせる。

 

 

そんな気概が、心構えが、バトル中の瞬時の判断を生む。

 

 

 

「合わせろ! “ばくれつパンチ”!」

 

 

 

それは、先ほどシークが行った対処法。“れんぞくパンチ”に対し、“ドレインパンチ”をぶつけることで相殺する、シークが今日の経験から生み出した戦い方。

わざを盗んだ、という意識はノブヒコにはなかった。彼の経験からくる最適解が、それだっただけ。

 

しかし、それは完璧だった。

 

 

シークが思いっきり振り抜いた“ドレインパンチ”に、重ねるようにして“ばくれつパンチ”をつなげる。

 

右手と右手。

力と力。

 

 

わざとわざのエネルギーのぶつかり合いにより、爆音が発生し、

 

 

競り負けた一方は、体勢を崩して吹き飛んだ。

 

 

 

 

『“ばくれつパンチ”が決まったー! 先ほどは透かされた形になりましたが今度はクリティカルヒットぉ! ユンゲラーたまらず自陣まで後退! これは効いているぞー!』

 

 

「畳み掛けろ! もう一度“ばくれつパンチ”!」

 

 

競り勝ったエビを止めることなく、力のこもった指示を出す。

吹き飛ばされ、ふらつきながらもまだ立っているシークを確認し、追撃を仕掛ける。

細かい指示はなかったが、ノブヒコの意図を感じ取ったエビは、自ら“こうそくいどう”でシークの下へ全力で駆けた。

 

 

 

 

 

 

それを見て、ミズキは、笑った。

 

 

 

 

 

それは当然、喜びの笑みだ。

 

 

 

 

 

「シーク! “サイコキネシス”!」

 

 

 

シークはその場に思いっきり自分の足をたたきつけ、踏ん張ったのちにスプーンを前に構え、力を込める。

スプーンから放たれる七色の念波、念の力の塊は豪快にうねる波のように進み、エビを飲み込まんとした。

 

 

『こ、ここで“サイコキネシス”! ここでエスパーわざ! 何という事だー!』

 

 

それは盛り上げるための実況には聞こえず、本音が思わず漏れてしまったような叫び声だった。しかし、それも無理はなかった。

 

 

トーナメントで、6戦をも行って、ずっと、頑なに使わなかったわざ。

使えばもっと楽に勝てたはずの試合でさえ、まったく使わずに終わらせたわざ。

 

おぼえていない。得意じゃない。使いたくない。

 

所詮は個人の感情の問題だ。ここまで使わない理由などは、いくらでも思いつくだろう。

 

 

 

 

 

しかし、ここにきて、この決勝の舞台の大一番で、ようやく初めて使うなど、会場のだれも予測することはできていなかった。

 

 

 

 

 

 

「エビ! “みきり”だぁ!」

 

 

 

 

 

 

が、しかし、エビは、発生から着弾までのその刹那の瞬間にこうげきを“みきり”、わざを外させた。

 

 

 

対象を外した虎の子のエスパーわざはドームの壁に激突し破壊する、という無残な結果に溶けた。

 

 

 

 

 

『よ、避けたー! 何という事! 何という事!? 信じられません! ノブヒコ選手はあの攻撃を予知していたとでもいうのかー!?』

 

 

 

 

 

 

無論、そんなはずはない。

それどころかノブヒコは、ミズキの行動など一つも読むことはできていなかった。

 

だが、ノブヒコは予測を諦め、対策を練った。

 

 

 

『まだ、何かあるかもしれない』

 

 

 

ノブヒコはミズキに対して、そう思い続けることにした。

 

それが、ノブヒコの、作戦とも呼べない作戦。

 

 

 

 

しかし、それがはまり、結果、とっさの“みきり”というわざ選択を生んだ。

 

 

 

 

「決めろエビ! ばくれつパンチ!」

 

 

 

 

 

そう、思った。

 

その瞬間にノブヒコの背筋に、何かが走った。

 

それは、強者特有の悪寒。

 

 

 

 

 

ノブヒコの策は完璧だった。

後はノブヒコは、その策に徹底すべきだった。

 

 

ノブヒコの失敗はただ一つ。

 

 

安心したこと。

 

 

ミズキの策の、一つ裏をかいて、ほっとしたこと。

 

 

接近戦と見せかけて、遠距離戦。

この策を、突破して喜んだこと。

 

 

 

 

 

「“みきり”は連続じゃ使えない。集中力を必要とするからな」

 

 

 

 

 

ノブヒコは知らなかった事。

 

それは、ミズキが、過程をひっくり返して綯交ぜにしても、勝利を求める男であるという事。

 

 

裏を書かれても、最後に表に戻せる男であるという事。

 

 

接近戦(ドレインパンチ)と見せかけて、遠距離戦(サイコキネシス)

 

 

表と見せかけて、裏。

 

 

 

 

そしてさらに、

 

 

 

 

「“カウンター”!」

 

 

 

 

 

表。

 

 

 

 

 

 

 

 

わざが決まった瞬間だというのに、観客も、実況も、ノブヒコでさえも言葉を発さない。

 

 

 

 

頭蓋骨を直接ハンマーで殴られたかのような、とんでもない衝撃。

 

 

 

 

それが、全員の時を止めた。

 

 

 

 

しかし、ミズキは、時間は、止まらない。

 

 

 

「あと、3秒」

 

 

 

「うっ……かはっ……」

 

 

「! エビっ!」

 

 

 

 

“カウンター”を完璧にくらい、ダメージを隠しきれないエビ。

 

 

 

 

退け。ノブヒコがそう指示を出そうとした瞬間。

 

 

 

 

シークがエビを弾き飛ばした。

 

 

 

 

そして、弾き飛ばされたエビを、

 

 

 

 

まばゆい光の塊が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

2つ目の鍵となるわざは、

 

 

 

 

特殊こうげきわざ。

 

 

 

 

“みらいよち”だ。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

最後に、裏。

 

 

 

 

 

 




戦闘終了じゃないぞよ


もうちっとだけ続くんじゃ


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第10話 4 渾身の三歩

 

 

 

ミズキたちには、『信頼』というつながりがある。

ミズキたち自身が、それがまぎれもない真実であるという事を確信している。

 

ミズキにつき従う彼らの振る舞いや、ミズキが彼らに与える戦法を見れば、他の誰が見たとしても、『信頼』という言葉を浮かべることだろう。

 

もっとも、それをミズキたちは契約という言葉で置き換えているが、それは今回どうでもいい話だ。

大切なことは、

 

 

互いを『信頼』してつながる、トレーナーと萌えもんは、強い

 

 

というこの事実。

 

 

指示に対する反応の速さ、指示を受けた時のわざの威力、相手のわざのかいひりつ。

 

その他、科学では解明しきれていない多くの力。

 

 

理屈で説明できるものは多くはないが、それは萌えもんバトル界でもはや常識とさえ言われている一つの事実だった。

 

 

 

 

ならば、ノブヒコ達はどうなのだろうか?

 

 

すれ違っていたノブヒコ達と、ミズキたちの違いはどこにあるのだろうか?

 

 

 

 

それは偏に、『信頼の種類』の違いだった。

 

 

 

 

 

 

人と人。

萌えもんと萌えもん。

 

そして、人と萌えもん。

 

 

 

 

生き物同士が接することで、どうしても発生する、心の溝。

 

 

心を通わせるため、

溝を超え二人で語り合うため、

 

 

そのためにかける心の橋、それが『信頼』。

 

 

 

 

ミズキはいつでも、誰かと心を通わせるために自分から相手に『信頼』の橋をかけていた。

 

 

スーには、想いを語ることで。

 

 

シークには、道を示すことで。

 

 

フレイドには、行動と誓いによって。

 

 

マリムには、拳と説得によって。

 

 

そしてそれに答えたスーたちは、自分たちの『信頼』の橋をミズキへかけなおす。

 

そうしてできた二本の架け橋が、ミズキと萌えもんたちの心をつなぐ絆であり、鎖でもあった。

 

 

 

 

 

それに対しノブヒコ達は、『相手の信頼を信頼』していた。

 

 

ノブヒコは萌えもんたちが自分につき従うことを『信頼』し、萌えもんたちはノブヒコが自分たちの想いに答えてくれることを『信頼』した。

 

 

己の居場所に相手が、橋をかけてくれることを信じた。

 

 

それは、歪で、半端だった。

 

 

互いに向かい合い、語り合い、ぶつけ合う事を怠った彼らはほどなくして歪み、別々の場所で半分だけ出来た橋は、儚く崩れ落ちた。

 

 

 

しかし、彼らは崩れなかった。

それを防いだのは、互いに互いを諦められない、ほんの少しの心の強さ。

 

 

 

向き合い、語り合い、ぶつけ合った彼らは、急速に橋を組み立てなおし、一本の頑丈な『信頼』をくみ上げた。

 

 

 

 

 

そして、

そのたった一本の橋は、

 

 

 

 

 

 

ミズキたちのそれよりも、太く、強くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

そう、“みらいよち”だ。それで時間差攻撃を仕掛ける。

 

それまでの戦いはダメージを取ることに徹する。

エスパーわざ、接近戦、ぼうぎょわざ、その場に応じた戦法を駆使して、ダメージを取りつつ、“みらいよち”までの時間を稼ぐ。

 

 

 

 

……それで勝つ。

 

 

 

 

……? どうした、シーク? 何か言いたいことでもあるか?

 

 

……そうか。ならいい。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ばくれつパンチ”に対する“カウンター”。

 

そしてその直後の“みらいよち”。

 

多少の想定外にも対応しきり、完璧に決めた。

 

 

 

 

 

 

しかし、砂煙が止んだフィールドに現れたのは、

 

 

 

それでも立ち上がるエビの姿だった。

 

 

 

 

 

 

『……たっ、立っている……? 立っているううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!! なんという事でしょう! ノブヒコ選手のエビワラー! あの猛攻を受け、あの怒涛の連撃を受けてなお、たちあがりましたーーーー!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の作戦が、戦術が、

彼らに、完全に打ち破られたのだという事を察した。

 

 

 

 

ミズキにも、シークにも、落ち度はなかった。

必殺の作戦は、必勝の策は、成功していた。

 

 

 

 

決めきれなかった原因。それは、

 

 

 

 

 

 

『エビ! がんばれぇ!』

 

 

 

 

 

 

“みらいよち”に飲まれたエビへの、ノブヒコからの渾身の叫び。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、立っている、というよりも、立つことに全力を注いでいる、という方が正しいと言える状態だった。

拳のグローブは破れかかり、だらりと下がる左腕からはぽたぽたと方から流れ出てきた血がそのまま垂直にしたたり落ちている。視線をそのまま足に降ろせば足は踏ん張りを失っており、軽く震えさえも見えた。

 

 

押せば倒れる。まさしくその言葉がふさわしい風体だった。

 

 

 

 

押せば。

 

 

 

 

本来ならば簡単であることを例えるためのその言葉が、果てしなく遠く、とてつもなく重くのしかかる。

 

 

 

エビから手前に視線を落とすと、温存に温存を重ねてとっておいた体力をすべて使い果たし、肩で息をしているシークの姿があった。

 

 

……当然だ。

“カウンター”は相手が殴りかかってくる勢いを利用して受けたダメージを倍返しにするわざだ。ダメージを無効化するわざじゃない。

いくら“ドレインパンチ”を使い、注目をノブヒコに押し付け、体力を温存しながら戦ってきたと言っても、トーナメントの全六戦、全てを戦ってきたシークが“ばくれつパンチ”の直撃を受けたのだ。これまで必死に誤魔化し続けてきた疲労は、受けたダメージとともに爆発的に身体全体に広がっていた。

 

 

 

 

(……もう、わざをうつ力が……ない……)

 

 

 

 

体力、疲労、ダメージ、パワーポイント(PP)

 

 

 

 

れいせいに状況を判断できるミズキの頭脳が、シークの状態を鑑みて、はじき出した結論は、無情だった。

 

 

 

 

 

 

 

「エビ! がんばれ! 相手もボロボロだぞ!」

 

 

 

「っ! うおおおおおお!」

 

 

 

そんなミズキの思考を知ってか知らずか……いや、十中八九知らずに、エビに必死に声をかけているだけだろうが、ミズキにとって最悪の行動をとる。

 

ノブヒコの声に反応したエビは思い切り歯を食いしばり、大声を上げながら一歩、また一歩とシークの場所へと近づいてくる。

立っているのもやっと。そのミズキの判断をぶち壊したその力は、ノブヒコへの『信頼』とそれにこたえるための『気力』に他ならなかった。

 

 

 

『……すっ、すごい! なんという執念! 何が彼をそうさせるのか! 彼は何を想うのか! ぼろぼろの体に鞭をうち、一歩、また一歩と、勝利をつかむために歩を進めていきます! こんな素晴らしい萌えもんバトルを、わたしは生涯見たことがありません!』

 

 

熱を持った実況にあれだけの熱で返していた観客たちが、無気味なほどに静まり返っていた。

実況の言う、素晴らしいバトルの結末を静かに見届けようと集中してみていたトレーナーたちが数十人。エビの振る舞いに恐怖を覚え目を背けていた子供がほんの少し。

残りの人々は、二人の全身全霊のバトルに、涙していた。

 

 

 

 

しかし、そんな会場の静かな盛り上がりとは裏腹に、エビが一歩ずつ、踏みしめながらシークに近づいてくる姿を見て、ミズキは静かに察してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シークに、近付いてくるエビを、迎え撃つ力はない。

エビはわざを一つ打てば、いや、わざを使わずとも、拳でそのままシークに一発をお見舞いするだけで、勝利を手にする事が出来る。

 

 

 

 

 

 

 

当然、エビが一歩ずつ近づいてくる最中も、ミズキの頭は思考の回転を止めることはない。

しかし、わざを四つまで使い切り、こうげきする力が底を尽きたシークに勝利をもたらすなんて言う都合のいい作戦を思いつくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

無理だ。

 

終わろう。

 

 

 

 

 

 

 

サレンダー。

 

 

 

 

 

 

 

ミズキの口が、それを発そうとしたその瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

それをかき消した大音量。

 

 

 

 

 

 

それは、大量の拍手と、爆音の実況。

 

 

 

 

 

 

『な、なんとなんとなんとぉーーーーーー! エビワラーに歩みに答えるように、ユンゲラーも一歩ずつ近づいていくーーーーーー! 今大会を締めくくる最後の一撃は、今大会を大いに盛り上げた二人の真っ向勝負の接近戦で締めくくられるのかーーーーー!?』

 

 

 

 

 

 

 

「な……!?」

 

 

 

 

 

 

審判の方に向きかけた顔を正面に戻すと、実況の目が間違っていた、などという、あり得ない可能性が頭から消えていく。

 

 

 

 

 

息を必死に整え、顔に流れる血を小さな手で拭い、自分はまだ戦えると言わんばかりの表装で歩を進めるシークの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

何を。

 

 

そう言いかけたその瞬間に、

 

 

 

 

ミズキに背を向け進むシークの姿が、

とある日常の一コマをフラッシュバックさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……『AUTO』ですか?」

 

「ああ、そうだ。と言っても、『CROSS』とは違って作戦とか技術というほど大層なものでもない。どちらかと言えば心構えに近いものだな」

 

「心構え……ですか?」

 

ああ、と一言はさみ、ミズキは少し険しい表情を作る。

 

 

 

それはシークに戦闘を覚えさせるのは早いと考えていたミズキが、シークには技の習得を命じ、スーには実践的な戦闘をたたきこんでいる最中のこと。

事の発端はスーの発言。ニビジムで『CROSS』を成功させたことで、さらに他の作戦を覚えておきたいと言い出したことからだった。

 

最初こそミズキはただの興味本位だと判断し、駄目だ必要ない、の一点張りだったのだが、もっと、マスターのために強くなりたいと言われてしまっては無下にすることもできず、スーのやる気に押され、一つだけ教えてやるという事で決着した。

 

 

 

「いいか、スー。俺たちはこの先、強大な敵や、辛い相手と戦わなければいけない時がきっと来る。そしてその時には、俺の力が、作戦が、通用しなくなっちまうってことも起こり得る」

 

「そ、そんな!?」

 

「仮定の話だ。当然俺はそんなことがないように、全力で作戦を練るし、一回や二回作戦がつぶれたから崩れるなんてことは絶対にないように戦い続ける。が、それでも、俺の力が相手に及ばなかった時があったならば、その時、この『AUTO』は発動する」

 

ミズキはいいか、と前置きに、しっかりとスーの目を見て言う。

 

「俺が必死に作戦練り上げて戦って、どうしても勝てなかったならば。俺がお前たちを勝たせる事が出来なかったならば。今度はお前たちが俺を勝たせるんだ」

 

「……わたしたちが……」

 

「そう。『AUTO』は俺の指示から『独立する』指示だ。俺の作戦がつぶれた時に、お前らは俺の指示から離れ、自分が想う最善の動きをし、戦う」

 

「で、でも! マスターの作戦で勝てない相手に、わたしたちが適当に動いて勝てるわけが! それに、適当に動いたらそれこそマスターの作戦がおかしくなっちゃうんじゃ……」

 

「そんなことは気にしなくていい。作戦が失敗して負けるのは、トレーナーの責任であって萌えもんの責任じゃない。それに、お前たちが自由に動いてくれた時のメリットもちゃんとある」

 

 

最大のメリット、それは、お前たちが自分で動いてくれれば、俺にはその数秒、思考する時間が発生する事。

 

 

「お前たちが俺の指示なしに動けば、俺はお前たちの動きを見ながら、次の指示を考える時間が得られる。『AUTO』中はお前らに送る指示を考えなくていいわけだからな、当然頭に余裕ができる……が、お前が言った通り、次の作戦が思いつく前にやられてしまったら結局この作戦は水泡に帰す。だからこそ、これは作戦じゃない。最初に言った通り、心構えみたいなもんだ。大切なのは……」

 

 

 

 

戦いの中で、諦めないことだ。

 

 

動かなければ何も変わらない。だが、

 

 

諦めなければ、何かが起こる。

 

 

 

 

「……はい!」

 

「ま、CROSSの時にも言ったが、こんなことやらないに越したことはない。日々の特訓で、そういうことを意識しながらやれってことだ。そら、戦闘訓練に戻るぞ」

 

そう言ってミズキは振り返ろうとすると、

 

 

 

 

そこには、こちらを見上げるシークがいた。

 

 

 

 

「……どうした? シーク?」

 

聞くが、シークは何も言わず、木の傍まで走っていき、“めざめるパワー”の特訓に戻っていった。

 

 

 

その背中は、いつものかわいらしい仕草とは違った、ほんのすこしのたくましさが垣間見えた。

 

 

 

 

「……シークちゃん……」

 

 

「……あいつも、あいつなりに進もうとしているんだろうな」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

そう。

あの時の、あの背中だ。

 

あの背中に、そっくりだった。

 

 

 

違ったことは、一つ。

その背中が、大きく見えたことだけ。

 

 

 

 

 

 

 

聞いていたんだ。あいつは。

 

 

 

 

 

 

 

シークは『AUTO』という作戦を、すべて理解しているわけではない。

 

『AUTO』はいうなれば時間稼ぎの戦術。萌えもんたちがミズキから独立しその間にミズキの思考時間を稼ぐという作戦。

とすればあえて自分からエビに合わせて前に出ていこうとしているシークの行動は、それとは真逆。ミズキの思考時間を、余計に削っていると言われても仕方のないものだった。

 

 

 

途中からしか聞いていなかったのかもしれない。

聞いていたがそもそもよく分からなかったのかもしれない。

 

 

 

しかし、ミズキは、

 

 

そんなちぐはぐなシークの行動から、

 

 

口をきけぬシークの、雄弁に語る背中から、

 

 

 

一つの事実を感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シークは、まだ、諦めていない。

 

 

 

 

 

 

 

(……だっせえ、俺)

 

 

 

おくびょうで、かわいらしくて、よわっちくて、なさけなくて、

ぼろぼろで、立っているのもやっとで、わざも打てなくて、

 

 

 

 

そんなシークが、まっすぐに勝利に手を伸ばしているというのに、

 

 

自分は、なんだ?

 

 

 

 

これが、あのシークのトレーナーか?

 

 

 

 

タクミに、ノブヒコに、説教をした男の姿か?

 

 

 

 

これがみっともなくなくてなんだ?

 

 

 

 

 

自分の愚かしさにほんの一瞬だけ後悔し自嘲するが、今、そんな時間はない。

 

 

 

 

 

 

今は、

シークのこの勇気を、

己のすべてをかけてサポートする。

 

 

 

 

 

 

この試合に、勝つ。

 

 

 

 

 

 

ミズキの中にあるのは、

それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シークの行動は、ミズキに前を向かせた。

 

シークの行動に、会場は沸いた。

 

 

しかし、シークの行動で最も心を動かされたものは、別にいた。

 

 

 

エビ、ではない。

 

そもそもエビは歩くのすら決死の想いだ。シークの行動を考える思考回路はもう残っていなかった。

 

 

では、誰が?

その答えは……

 

 

 

圧倒的優位な状況下でありながら、苦しそうにするノブヒコのしかめっ面が物語っていた。

 

 

 

(なんで……こっちに向かってくる?)

 

 

ノブヒコは、考えた。

 

なぜ、向かってくる? 近づけば、エビが優位になることは、前半戦で完全な答えが出ている。

もはや“カウンター”が使えない以上、エビに近づくことは悪手以外の何物でもないはずだ。

ならばなんだ?

エビに近づくことで、成立する作戦とはいったいなんなんだ?

 

 

 

考えても、答えは出ない。

当然だ。

答えは、ない。

 

無駄な、無意味な、奇怪な行動をとった。

 

それが正解。

 

 

 

しかし、ノブヒコがそこにたどり着くことはない。

いや、もしかしたら、試合が始まる前のノブヒコだったならば、その結論を出せたかもしれない。だが、今の彼には不可能だった。

その結論を出すためには、ノブヒコは、ミズキの策に飲まれ過ぎた。

 

 

 

エビは、ミズキの作戦によって今、ぼろぼろにされてしまっている。

それは、ミズキの作戦に対し、その場で対応してみせる、という策で対抗したノブヒコの失態だった、と、ノブヒコは思っている(・・・・・・・・・・)

 

 

 

だからこそ、ノブヒコは思えない。

 

その作戦は、あと少しで成功だったという事を。

 

ミズキの策は、ノブヒコとエビによって、すでに破られているという事を。

 

 

 

 

ミズキとシークは、今、追い詰められているという事を。

 

 

 

 

 

ノブヒコは気づけない。

 

 

 

 

 

 

シークが踏みしめた、『渾身の三歩』は

 

死んだ作戦に、再び息吹を吹き込んだ。

 

 

 

 

 

エビの歩み。

頼もしかったその歩みが、自分を苦しめるカウントダウンに感じる。

 

 

エビと、シークの足が止まる。お互いの、射程距離だ。

 

 

周りがやたら静かで、心臓の音がやたらうるさく感じる。

 

 

自分の仕事はわかっている。

決断だ。

 

 

エビに何をさせるかを考えることだ。

 

 

ふとミズキを見る。何も指示を出していない。完全に止まっていた。

 

 

 

自分に先手を取らせる気だ。

 

 

 

 

そう考えた瞬間に、それまでの様々な思考をすべて吹き飛ばした。

 

 

 

 

ミズキはこちらに先に動かせるつもり。

あと一発攻撃を当てればこちらの勝ち。

 

ならば、指示は一つ。

 

 

 

出来うる全力のこうげき指示で、

かたをつける。

 

 

 

そして、ノブヒコは、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「“ばくれつパンチ”!」

 

 

 

 

 

 

 

必要のない、大技。

残りの力、全てを振り絞った、ひっさつわざ。

 

 

 

 

 

シークの想いに答えるべく、れいせいになったミズキだからこそ、

人の弱さに敏感な、『弱さの塊』であるミズキだからこそ、気付けた。

 

 

 

 

 

その指示が、今までとは違う

 

シークに心を揺らされた男の、

 

『魂』の無い指示であるという事を。

 

 

 

 

 

 

 

(……見えた!)

 

 

 

 

 

 

シークが、あがき、もがき、はいずり、掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

勝利への、ワンチャンス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シークぅぅ!!!! 転べ(・・)ぇぇ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、シークは、その場で、

 

 

糸が切れたかのように倒れ、転がる。

 

 

 

 

体格が小さいシークの、さらに下。

 

 

 

めいちゅうりつが低い、“ばくれつパンチ”は、

本来シークがいた位置を通過し、

 

 

 

シークを仕留めるはずのその勢いは、

そのままエビへはじき返る。

 

 

 

 

ふらつく、エビ。

 

 

 

 

そして足元には、倒れているシーク。

 

 

 

 

エビは、

シークに、

つまづき、

 

 

 

 

おおきく体を地面に打ち付け、倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

「エビっ!?」

 

「シーク!」

 

 

 

 

最後の交錯で、倒れこんだ二人。

 

ピクリとも動かない二人を、会場全体が、静かに息をのみ、見守る。

 

 

 

 

 

 

 

「両者、ともにせんとうふのう! よってこの勝「待て」!?」

 

 

 

 

 

 

「俺の仲間の決死の努力、踏みにじってんじゃねえよ」

 

 

 

 

 

審判の宣言を遮ったのは、ミズキの声。そして、

 

 

 

 

必死に上半身をおこし、拳を天に突き上げる

 

 

シークの姿。

 

 

 

 

 

 

「っ! エビワラー、せんとうふのう! よって勝者、“マサラタウン”のミズキ!」

 

 

 

 

 

 

 

『きっ、決まったーーーーーーーーー! やはり既にエビワラーは限界が来ていたーーーーーーーーー! 萌えもんバトル史に残る大接戦に競り勝ち、見事トーナメント優勝を飾ったのは、ミズキ選手! エリカ様への挑戦権を獲得したのは、ユンゲラー一匹でトーナメントを勝ち上がってきた超新星、ミズキ選手だーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』

 

『いやあ、大好きですねー!』

 

 

 

 

 

 

 

実況の声を合図に、会場全体の大喝采が始まり、

激動のトーナメントは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど」

 

トーナメント実況席のさらに奥の部屋、大会本部と銘打たれたその場所で、エリカはモニター越しに大会を観察していた。

 

「どっちも一度倒れたら、二度と立ち上がれないほどのダメージ量。ならば相手に倒される前に、自分で倒れて回避しようと……相手が転ぶことまで計算済みでしょうか?」

 

言いながらラフレシアが運ぶお茶でのどを潤す。

 

「まあ、ずいぶんと悪戦苦闘していたようですけれども……あなたはどう思いますか?」

 

 

 

 

そう言ってエリカは、湯飲みを机に置き、腰掛けていたイスから立ち上がり、ドアへ問いを投げかける。

 

 

 

 

ほどなくしてドアはガチャリと開き、スーツの男が一人入ってくる。

 

「……知っていたのか?」

 

「もちろん。会場で見ていたのでしょう? それで……」

 

 

 

 

 

どうでしたか、ボス。

 

 

ご子息の戦いぶりは。

 

 

 

 

 

「……どうというほどのこともないな」

 

「あら、手厳しいですわね。一応、作戦にはめて勝利したのでしょう?」

 

「あの程度、作戦というレベルではない」

 

言ってボス、サカキはエリカが空けた席へ座る。

 

「“みらいよち”の使い方が不自然だ」

 

「あら? そうでしたか? うまく“カウンター”と合わせて決まっていたように見えましたが?」

 

「……ユンゲラーの得意わざ、“テレポート”を頑なに使わなかったことを考えれば、何か切り札を隠していることは容易に想像できる。公式戦ではわざは四つに制限されているからな」

 

「ああ……なるほど」

 

序盤に“みらいよち”を発動し、“ドレインパンチ”でけん制し、“サイコキネシス”と“カウンター”を使う予定だったのであれば、早々にわざは四つ埋まってしまっている。ミズキは“テレポート”を使いたくても使えなかったのだ。

 

「相手に恵まれたな。考えなしの直球男を悩ませれば、勝利はたやすい。なんてことはない。見ての通りの結果だ」

 

 

モニター見ながら呟く。モニターには、立った状態で悔しそうに拳を握りこむノブヒコと、へたり込んだ状態でぼろぼろのシークを抱き留める、ミズキの姿。

 

 

 

「……腑抜けたな」

 

 

 

男、サカキは残念そうに言った。

 

「鋭さがない」

 

「……いいことなんじゃないですか? 『ミズキ君』にとっては……」

 

 

 

エリカのセリフを聞いた途端、サカキは椅子から立ち上がり、ドアへと向かう。

 

 

 

「あら? 私たちのバトル、見ていきませんの? 一時間もすれば始まりますけど?」

 

「準備がある」

 

そう言って部屋を出ようとしたサカキは、最後に振り向き、言う。

 

 

 

 

 

 

「エリカ。命令だ。『ミズキ』を壊せ」

 

「仰せのままに」

 

 

 

 

 




とうとうエリカ戦


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第11話 1 怠惰

戦闘前にチョイ短めの準備回。

エリカ戦の構想はまとまってるから次もすぐ出します。


追記 3/29
タイトル変えました……大失態


「はい、ジョーイさん。シークを、よろしくお願いします」

 

そう言ってポケナビの通話電源をオフにした後、控室の隅にあったてんそうシステムにボールを一つ乗せる。

 

「……シーク。よく頑張ったな。ゆっくり休んでくれ」

 

ボールが贈られるのを見送った後、振り返って、スーと向き合う。

 

「さてと……ここまで来たぜ。スー」

 

「……はい」

 

安堵や、高揚の想いは一切ない。重々しい空気に拍車をかける、ほとんど聞いたことがないミズキの低い声が部屋を支配する。

 

「もう何度も言った話だが、エリカさんはこれまでのトレーナーとは格が違う。俺が知っているあの人のトレーナーとしてのスキルは、今の俺と比較しても比べ物にならないような腕の持ち主だ。四年前の段階でな」

 

壁に寄りかかりそういうミズキの額には、じんわりと汗がにじんでいた。呼吸はいつもよりも早く、顔色は急速に白く薄く落ちていく。

 

ミズキの精神は、すでに極限状態まですり減ってしまっていた。

 

しかし、体の状態とは逆に、話を進める中でミズキの言葉はより強く、より確信めいた口調へと変わっていく。

 

「……だが、俺たちは負けるわけにはいかない。俺たちは今、シークの想いで生かされているんだ。壊れて止まることがあっても、引き返すことがあってはならない。俺たちは、前に進むしかないんだ」

 

「……はい!」

 

想いを確認し終わった後、気が抜けたのか、ミズキは崩れ落ちるようにその場にへたりこむ。

 

「ま、マスター!?」

 

「……はあ、大丈夫だ。少し……疲れただけだ……」

 

少し笑った後、スーを自分の下へ抱き留める。体温が低いみずタイプの萌えもんであるスーでさえ、ミズキの体が冷たく感じた。

 

「作戦は……はぁ、伝えた通りだ。確認は……このメモで……。俺は……寝る……」

 

そう言い残したミズキは、スーを抱きしめたまま、スイッチが切れるかのように眠りに落ちた。

 

 

 

「……マスター……」

 

 

 

スーは片手を自分の腰を掴むミズキの手を握り締め、開いた手でミズキの額の汗をぬぐうが、完全に眠りに落ちても一向に引かない汗を見て、スーはそれが、疲労によるものだけではないという事を理解した。

 

時折見せる、魘されるような表情が、スーの心をしめつけた。

 

 

 

 

 

 

スーは、ミズキの最初の契約者だった。

スーは、それを誇りに思い、時折それが、良くも悪くもスーに影響を及ぼすこともあった。

 

ミズキと出会ってからのスーは、『ラプラス』ではなく『スー』となり、スーの中には常にミズキがいた。

 

だからこそスーは、旅の中で、喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、ミズキが感じたすべてを感じ、ミズキのことを理解したうえで、ともに旅を続けてきたつもりだった。

 

 

 

一時の感情に狂ったこともあった。

 

しかし、ミズキと別の方向を向くことなど、スーは考える事が出来なかった。

 

 

 

 

 

しかし、

 

そんなスーには、

 

タマムシに入った時から、いや、タマムシを目指すと決めた時から、

 

 

 

 

だんだんとミズキのことが、わからなくなっていった。

 

 

 

 

そしてそれは、フレイドにも、シークにも言えたことだった。

 

フレイドの行動にも、シークの行動にも、スーは幾度となく違和感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

今まで納得していたはずのミズキの言葉が理解できない。

 

今になってミズキのことを知り挫けるフレイドが理解できない。

 

辛かろうと思いやる自分をはねのけるシークが理解できない。

 

 

 

 

タマムシに来てからのスーは、なぜ? の連続だった。

 

 

 

 

 

理解できたのは、

シークと、ミズキの、決意を見た時。

 

 

 

 

 

その時スーが感じたのは、

 

不甲斐なさ。

 

情けなさ。

 

圧倒的な、自責の念。

 

 

 

 

 

スーは、ようやく分かった。

自分と、彼らとの、大きな違い。

 

 

 

フレイドは、ミズキの過去を知り、挫けていた。

しかしそれは、ミズキの過去が認められないからではなかった。

 

シークは、ノブヒコと戦うことにおびえていた。

しかしそれは、元“おや”と戦うことが嫌だからではなかった。

 

ミズキは、エリカと戦うことを恐れていた。

しかしそれは、エリカに勝つ事が出来ないからではなかった。

 

 

 

 

 

 

フレイドも、シークも、ミズキも、そして、マリムも。

 

 

 

 

 

 

自分の過去と、戦っていたんだ。

 

 

自分の罪に、苦悩していたんだ。

 

 

 

 

 

自分には、それがなかった。

 

戦う、心の強さがなかった。

 

立ち向かう、勇気がなかった。

 

 

 

 

『いつか選ばなければならなくなるわ』

 

 

 

 

いつか、ゼニに言われたことだった。

 

自分の弱さ()を受け入れられずに、一人、逃げた。

 

向き合うことに、背けた。

 

だからこそ、このありさまだった。

 

 

 

だからこそ、ミズキとシークが、

ノブヒコに勝利したあの瞬間に、

 

 

 

違う涙が流れた。

 

 

 

 

スーは涙をぬぐい、控室に返ってきた二人を迎えた。

何かを言おうとしたのだったが、自分が欠ける正しい言葉が見つからなくて、俯き、黙りこくってしまった。

 

 

すると、自分の目の前に、気配が現れた。

顔を上げるとそこには、ボールに戻され、転送される寸前の応急処置を終えたシークがいた。

 

 

「……シークちゃん?」

 

 

何を、と尋ねようとしたその瞬間。

 

 

 

 

頬を、張られた。

 

 

 

 

「……シー、ク、ちゃん?」

 

 

 

 

もともと大した筋力がない上に、体力も残っていないシークの張り手など、強く打てるはずもなかった。

 

 

 

 

 

しかし、スーが受けたその張り手は、スーの体に響き渡った。

 

 

 

スーは、また、涙をこぼした。

 

 

自分は、おかしいのかもしれない。

 

スーは思った。

 

 

 

 

だって、聞こえたのだから。

 

 

 

 

 

『頑張れ』

 

 

『負けるな』

 

 

 

 

 

スーは確信していた。

 

 

 

 

 

今のは、シークから、自分への、

 

 

 

 

『怠惰』だった自分への、メッセージであると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本日、幾度となく試合を重ね、もはや見慣れたはずのこのフィールドから、今はただならぬ緊張感を感じます。あの二人の激闘の興奮冷めやらぬ中ではありますが、刻一刻と新たな戦いの幕開けが近づいてきています。この瞬間、この状況で実況を行えるというこの事実に私は感謝してもしきれません。それでは、本大会、ラストバトル。見事トーナメントを勝ち上がり、挑戦権を獲得した男、“マサラタウン”のミズキ選手 VS タマムシジムジムリーダーエリカ様によるジム戦、絶対戦闘(absolute battle)の開幕です!』

 

『いやあ、好きですねー』

 

実況の声を軽く耳に入れながら入場口で構えるミズキの頭の中は、大会出場を決めてから幾度となく行ってきたバトルシミュレーションで頭がいっぱいだった。

 

作戦はもう決まっている。

自分が思いついた中でも、最も勝率が高いものであることも間違いない。

 

しかし、その作戦をもってしても、ミズキの頭に勝利のイメージは全くわかなかった。

 

 

(……俺が、エリカさんに……勝つ?)

 

 

そんなことが……出来るのか?

 

 

作戦を考えて、練り上げて、イメージし、絶望する。

それをミズキは、何日も続けてきた。

 

 

 

しかし、ここにきて、それらのすべてを振り払い、強い表情で前を向く。

 

 

 

(落ち着け、ミズキ。お前は、決勝戦で何を見た?)

 

 

 

自慢の仲間から、奴ら(・・)とは、違う強さを見たんじゃなかったのか?

 

 

 

信じろ、

 

自分と、

 

 

 

仲間の強さを。

 

 

 

 

『それでは、入場して頂きましょう! まずは東口、もはや説明不要の強さ! 我々は認める必要があります。彼を“かけだしトレーナー”と呼んだ失敗を。ユンゲラー一人でトーナメントを勝ち抜いたその実力。決勝ではどんな戦術、戦略を見せてくれるのでしょうか!? “エリートトレーナー”ミズキの登場です!!』

 

 

「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「ミッズッキっ! ミッズッキっ! ミッズッキっ!」」」」」」」」」」

 

 

決勝でノブヒコの応援をしていた者たちも半数ほどミズキの応援へと移っていたため、決勝と入場の時よりもさらに大きな歓声が襲い掛かるが、それを気にすることもできないほどミズキの集中力はこれまでの旅の中でも最高潮に達していた。

 

「行くぞ……スー! GO!」

 

一対一のバトルゆえに先んじて登録した萌えもんを出すだけなので絶対戦闘特有の見せあいは今回発生しない。

よってミズキは早々にスーを出してしまい、場の空気に鳴らしてしまうという選択をした。

 

 

『こっ! ここにきてまさかの新しい萌えもん!? ミズキ選手、なんと繰り出したのはラプラスだぁ! これまでのユンゲラーの怒涛の戦いはこのジム戦のためにラプラスを温存するための、布石だったのかぁ!?』

 

 

実況の驚愕の声と会場のざわめきに、ミズキはほんの少しいらっとする。

 

 

(……スーに無駄な緊張を与えて欲しくないんだけどな)

 

 

無理だとわかっていてもそんなことを想わずにはいられず、歯噛みしていると前にいるスーが振り向きもせずに静かに言う。

 

 

 

 

「……マスター。勝ちましょう」

 

 

 

「っ……ああっ」

 

 

 

 

ぞわりと全身を駆け巡るその声色から、スーの計り知れる思いを感じたミズキは、問題はないと判断した。

 

 

もう、こちらの体制に憂いはない。

後は……

 

 

 

 

『さあ、それでは! 登場して頂きましょう! ジムリーダー、エリカ様の登場です!』

 

 

 

 

俺が、あの人を、

超えられるかどうかだ。

 

 

 

着物に袴を着て番傘を刺した独特のスタイルでゆったりと歩いてくるその姿に、会場は自分の時とは全く違うベクトルの盛り上がりを見せる。女性は歓声というよりも金切り声に近い音をだし、男性は応援というよりも口から漏れだすような声で喜んでいた。その状況にほんの少しだけくすっと来るが、エリカがトレーナーゾーンに到着し、こちらに目線を向けると同時に、深呼吸をして気合を入れなおした。

 

 

「……よくもまあ、たった二匹の萌えもんでここまで来ることが出来たものですわね。素直に感心しますわ」

 

「師匠の教えがよかったんじゃないですか?」

 

「あらあら。小生意気だったジョーカーが、こんなお世辞まで覚えてしまって……」

 

口元に手をやり、上品に笑う。

そんな様子を見て、ミズキは冷静に分析する。

 

(……フレイドのことも情報にあるはずなのに、スーを選出したことに驚いている様子はない……想定の範囲内ってわけか)

 

まあ、そこまで期待していたわけじゃない。あくまで作戦の副産物だ。

 

「さて、それでは……わたしのパートナーのお披露目と行きましょうか」

 

そう言ってエリカは、蒼い花びらのシールが張られたスーパーボールを手元に掲げる。

 

 

 

それを見たミズキは、顔をしかめた。

 

 

 

 

 

 

 

予想外だから、ではない。

予想通りだからだった。

 

 

 

 

 

『エリカに対する作戦はこれで行く……ああ、あと、エリカが出してくる萌えもんは見当がついてる。十中八九これだ』

 

『えっ? な、なんでエリカさんが出してくる萌えもんがわかるんですか?』

 

 

 

『……ああ、それはな』

 

 

 

あの人は、俺と同じくらい性格が悪いからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「嫋やかに舞い、美しく狂う紅と蒼の花よ、乱れ咲け」

 

エリカのボールから現れたその姿に、思わずミズキは息をのむ。

分かっていたのだ、彼女が全力で来ることは。

 

分かっていたはずだ。

一対一の、絶対戦闘。

 

ここ一番で、俺に対して、選択する萌えもん。

 

 

 

 

『こ、この萌えもんはぁ!?』

 

 

 

 

さあ、始まる。

 

 

 

恐れていた、戦いが。

 

 

 




プチクイズ
エリカが出した萌えもんとはなんでしょうか?




結構多めにヒントが出てるので想像がつく人はもうついてるかもしれませんが……


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第11話 2 食虫植物

本編の前に少しだけ報告。

先日活動報告の方に、自分がこれまでに触れたポケモン作品をまとめておきました。
ほんの少しこの小説に関わることも書いたので、暇があれば見ていただけると嬉しいです。
でも見なくても問題ないものでもあるので、気になったら見てみよう、程度で。





それでは、答え合わせです。

4/1 スマホより追記
久しぶりにランキングに乗りました!
皆さん、本当にありがとうございます!


 

「……おい。なんだよ、あの萌えもん?」

 

「ばか、あんた忘れたの? 少し前に、新種の萌えもんとして発表されてたじゃないのよ」

 

「……あー! 何年か前に発表された……」

 

「そうよ。確かにくさタイプの萌えもんだったわ」

 

「カントーじゃ見ることの無い萌えもんだ……確か名前は……」

 

 

 

 

 

観客たちのざわめきをよそにミズキは冷え切った頭で、登場したそれと向き合う。

 

「……まさかこんなふうに相対することになろうとは、この世の中とは真、不可思議に満ち溢れておりますわね……ですが、昔の男だからと言って手心を加えるほど、わたくしは優しい女ではありませんことよ?」

 

「……全然期待してねえから安心しろ」

 

優しく、冗談交じりにそんなことを言った彼女の登場とともに、フィールド全体に“あまいかおり”が立ち込める。本来、やせい萌えもんをおびき寄せる効力があるその香りだが、思わず冷や汗をかいてしまったミズキは、そんな憎まれ口しか返す事が出来なかった。

両手に咲いた美しい紅と蒼の花を軽く振ってこちらにアピールをするその姿は、懐かしさや親しみよりも、恐怖やいら立ちを煽るものだった。

 

「……久しぶりだな。ロズレイド」

 

「いやですわ、ジョーカー様。昔のように、『ミラちゃん』とお呼びくださいませ」

 

体をくねらせるその女に、その名はやめろ、と吐き捨てるように言ったミズキは、そのままキッとエリカを睨むが、エリカはわざとらしくやれやれと言った素振りで挑発するだけだった。

 

「エリカお嬢様から聞きましたわよ? わたくしを進化させたあの石のサンプルデータを返してほしいって」

 

「ああ、そうだ。もともと俺が開発して、お前にくれてやったのものだ。俺が返してくれっていうのは、不思議なことじゃあないだろう」

 

「あら? 女性にプレゼントした物を、お別れしてから返せだなんて、無粋なお願いだとは思いませんの? 女心は紅葉のごとく、移り変わりが激しいものなんですのよ?」

 

「……男ってのは未練がましい生き物なんだよ」

 

「ふふっ。それが本当に未練なのであれば、わたくし個人としましては返してあげるというのも吝かではありませんけれど」

 

口元を右手の赤い花で隠し上品に笑いながらも、ぎろりと力強い目を作り、スーを睨む。

スーは体をびくりと震わせるも怯まず、強い視線を返す。

 

「ずいぶんとかわいらしい娘を連れてらっしゃいますのね。その娘が噂のあなたのパートナーかしら」

 

「始まる前からいかくしてんじゃねえよ」

 

「そうですわね。では、そろそろはじめましょうか?」

 

ミズキとミラの会話を遮るようにそう言ったエリカは左手を伸ばし、審判へと向ける。我々の話が理解できなかったのか、呆けていた審判は、開始を促されていることに気付き、背筋を伸ばした。

 

 

 

「さあ、もう後戻りはできませんわよ」

 

 

 

「……そんなもの、とっくにできなくなってるよ。あんたたちに、背を向け走り出した時からな!」

 

 

 

「……やれやれ。わたくしとしては、あまりモチベーションが上がらないのですけれども……仕方ありませんわね、昔の仲間(元カノ)から今の仲間(今カノ)への、“やつあたり”といきましょうか?」

 

 

 

「わたしは……勝ちます。勝たなきゃ、いけないんです!」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――絶対戦闘開始―――――――――――――――――

 

 

 

「スー! “あられ”!」

 

指示と同時にスーは自分の右手と左手、それぞれに力を集め、右手に氷の塊を、左手に水の塊を作る。まず、氷を天高く打ち上げ、フィールドの真ん中を表すセンターサークルまで飛ばし、それを水の塊で打ち抜き、フィールド上を影に変える簡易的な雲を生成する。

 

『さあ、ついに始まりました。エリカ様 VS ミズキ選手! まず動いたのはミズキ選手! “あられ”を利用してラプラスにとって有利な環境を整える算段かー!?』

 

「……なるほど」

 

そうつぶやいたエリカの目が、すっと細くなり、ミズキとじっと見つめている。

 

(……入ったな。スイッチが)

 

ミズキは、それがエリカの、『人や、萌えもんを観察するときの表情』であることを察し、気合を入れなおす。

 

「ミラ。“グラスフィールド”!」

 

言われたミラは片膝をつき、地面に両手を添え、力を込める。その瞬間に地面に植物が生い茂り、フィールド全体が草原化する。

数秒もしないうちに、激しいあられが生い茂る植物に打ち付ける凸凹なフィールドが完成した。

 

『ここでエリカ様! “グラスフィールド”を展開ー! 天候、“あられ状態”は、雪の環境に適応できないこおりタイプ以外の萌えもんにダメージを与え、“グラスフィールド”は、くさタイプのわざのダメージを追加するという効果を持っています。互いに得意であり、互いに相手が不利な状況を作り出しましたー!』

 

(……それだけじゃない。“グラスフィールド”には、じめんに触れている萌えもんの体力を、少しずつ回復する追加効果がある。“あられ”によるダメージを、軽減しに来た)

 

此方の勝ち目を的確につぶしにかかる、詰将棋の様な的確な選択に内心苛立ちつつも、気丈な態度を保ちながらスーに指示を出す。

 

「走れ! 相手に接近するんだ!」

 

それを聞いたスーは互いのわざにより混沌化したフィールドに向かって全力で駆けだす。普通のラプラスよりも素早く動けるその特徴を存分に生かし、フィールド全体を駆けまわることで相手を翻弄する。

 

「なるほど……さすがの速さ、と言ったところでしょうか」

 

しかし、エリカにあせる様子はなく、静かに右手を突き出し、指示を出す。

 

「ミラ、右前方。“ヘドロばくだん”」

 

「っ! “れいとうビーム”!」

 

エリカの指示を聞いたミズキは即座に迎撃の指示を出す。

すさまじい速度で両手から一発ずつ放たれたどくの弾丸は走るスーの移動先をしっかりと捉えていた。スーは自分が出来うる限りの速さで口から氷のエネルギーを吐きだし、寸前のところで二発とも当たる前に爆ぜさせる。どくが飛び散り地面にしみ込むさまを見ながら、改めて敵の実力を肌で実感し、背筋が凍る。

 

(完全に、狙い打たれてた)

 

闇雲に乱打されたこうげきでもなければ、命中に比重を置いたこうげきでもない。

一発一発にこちらを仕留める力があるこうげきであったことを、スーは確信した。

 

「あら、一応挑戦するだけの実力はあるのですね」

 

「はぁ、はぁ、どうも……」

 

疲れからではなく、緊張感から呼吸を乱すスーと、一歩も動かずに優雅にこちらを見下ろすミラ。

 

たった一度のやり取りで、思い知らされる格の違い。

 

 

そしてそれを感じていたのは、スーだけだはなかった。

 

静まり返る会場、観客は勿論、実況さえもあまりのレベルの違いに思わず息をのむ。

 

 

そして誰よりも今の交錯を重くとらえていたのは、ミズキだった。

 

 

(……“ヘドロばくだん”……さすがに“グラスフィールド”を使ったからと言って、くさわざだけで攻めてきてくれるほどあまかねーか)

 

 

くさタイプは、みずタイプに強い。

 

しかし、くさタイプは、こおりタイプに弱い。

 

 

だからこそ、スーのこおりわざでくさわざを捌ききる事が出来れば、勝てる可能性は飛躍的に上がった……のだが、そんなミズキの希望は希望ですらない、淡い期待であったことを思い知らされる。

 

 

(……くそっ。気落ちするな。後手に回れば負ける事なんざ百も承知だ。俺たちが勝つためには)

 

 

 

俺があの人に、勝つしかない。

 

俺の戦略で、あの人の策を超えるしかないんだ!

 

 

 

「スー、全力で“しろいきり”だ! フィールドを飲み込め!」

 

「はい!」

 

スーが思いっきり空気を吸い込み、体内で真白な氷の粒子に変えて大量に吐き出す。フィールドの大部分は霧に飲みこまれ、わざを受けたミラとエリカはお互いがぎりぎり見えるほどまで視界を失う。

 

『おーっと、ここでラプラス、“しろいきり”でロズレイドの視界を奪います。これではエリカ様はうかつに動く事が出来なーい!』

 

『いやあ、好きですねー』

 

「……ああ、マチスとの戦いで使っていたという、目くらましの戦法ですわね」

 

しかし、エリカは言いながら違和感を覚える。

 

マチス戦の時とは状況が違う。

マチス戦ではスーは外野として参加していた。

だからこそ、盤面を埋め尽くす目くらましは成立したのだ。

 

しかし、今回は一対一。しかも逃げることのできないバトル。

 

ならばなぜ、見えないほどの霧を捲いた?

 

その答えは、すぐに出た。

 

「行くぞスー、『CROSS』だ! 正面!」

 

「……これはタケシの時の戦略だったかしら?」

 

細かく聞いているわけではないが、彼ら独自の移動指示の方法だったはず。

ここで使うという事はつまり、視覚を必要としないような特殊な移動法なのだろう。

 

「来ますわよ」

 

「はいはい」

 

適当な返事とは裏腹に真剣な表情で霧中を見つめるミラは、先ほど同様片膝をついて待機する。

 

「(5.3)、(2.5)、そこだ! “れいとうビー」

 

「ミラ、今です」

 

「っ!」

 

表情は見えないが、射抜くような冷たい声の指示に、それがそのままスーの危険を示していると直感したミズキが、すぐに指示を切り替える。

 

「スー! そのまま俯け!」

 

わざを発射する寸前のスーは、口を開けたまま顎を引き、その状態で“れいとうビーム”を発射する。わざを当てるために接近したスーとミラのちょうど中間の地面にヒットしたことで小さな爆発が起こり、その爆風に煽られることによって少々のダメージと引き換えに、擬似的な自陣への“とんぼがえり”を可能にする。

強引な脱出方法ではあるが飛んできたスーと共にどくの塊が霧を突き破ってきたことから、自分の判断が間違いでなかったという事を確信すると同時に悪化する現状に思わず眉間にしわがよる。

 

「大丈夫か、スー!?」

 

「けほっこほっ、はい!」

 

勢いのいい声を返すスーだったが、多少ダメージを負ったことは隠せない。むこうも同様の状況であろうことは間違いないが、攻めているはずのこちらがいつの間にか後手に回ってしまっている、と感じているのは決して間違いではなかった。

 

「あーあ、埃が付きましたわ。それにお気に入りのマントもびしょびしょ」

 

今の一連のやり取りで、両手の花でパタパタと体をはらいながら不機嫌そうに言うミラとそれを見て優雅に笑うエリカの姿が確認できる状態まで、霧は晴らされてしまったことに心の中で舌打ちをしながら、そのまま思ったことを口にする。

 

「……なぜ、スーの居場所が正確にわかった? 完全に視界は奪っていたはずだ」

 

「……ふふっ。なら、久しぶりの授業と行きましょうか?」

 

そう言ってエリカは楽しげに、人さし指で二回、ノックするように地面を指さす。

 

「足音、察知する技術は教えたでしょう?」

 

「……あんたの“グラスフィールド”でそれがつぶれているから、わざわざこんな戦術を取ったんだ」

 

芝生の上では足音はなりづらく、いくらエリカと雖も察知はしづらいはず。そうおもっての行動だった。

 

「ふむ。考え方は80点ですわね。経験の差が惜しいところですわ」

 

「わたくしたちの様なくさタイプは、植物と一心同体なのです。中にはしぜんのちからそのものを使ってフィールド全体をコントロールして戦う萌えもんもいるくらい。植物のざわめきを感知したうえでその上を動く敵の行動を把握するなど、目でとらえるよりたやすいこと」

 

マントを翻し、ドヤ顔を浮かべるミラの話に、真剣な表情を返すミズキは不安と怒りで押しつぶされそうな心を冷静な頭で押さえつけながら平然とした態度で接する。

 

「……それで、新しい攻め手は思いつきましたか?」

 

「……さあね、俺はあんたほどやさしくないから、作戦をしゃべってやる気はないね」

 

「残念。では、待つのは怖いので、今度はこちらから攻めていきましょうか」

 

思っても無いくせに、と毒づく前に、エリカが動いた。

 

 

「ミラ。そろそろまじめに動きなさい」

 

 

「……はぁ、仕方ありませんわね。エリカ、終わったらいいポフレと玉露、用意してくださいな」

 

 

ふざけた調子でそういったミラは、スーに見せつけるかのように、一歩で爆発的に加速する。

 

 

『うぉーっと! 今度はエリカ様から仕掛けます! ロズレイド、草原と霰と毒だまりのフィールドに足を踏み入れ、一気にラプラスとの距離を縮めにかかりましたー!』

 

「冗談じゃねえ! 縮めてたまるか! スー、“れいとうビーム”!」

 

「躱しなさい」

 

スーが出来る限り最速で口にエネルギーをため込み数発乱射するが、造作もないと言わんばかりに舞うように避けるミラにとってはその攻撃は時間稼ぎ以上の何でもなかった。

強力なわざゆえに乱射に向かない“れいとうビーム”というわざの弱点を見事に疲れていた。

 

「ちっ! スー“しろいきり”だ!」

 

『ここでラプラス、再び“しろいきり”を展開! しかし、“しろいきり”はすでにエリカ様によって破られてしまっている現状で、ミズキ選手には立ち向かう術はあるのかー!?』

 

「お手並み拝見、と行きましょうか」

 

エリカはいっそ楽しむような態度で、霧が展開されていく様を見守る。そんなエリカを尻目に、駆けるミラは躊躇なく霧の中へ飛び込む。

 

「スー、動くなよ」

 

「……なるほど。足を動かさなければ悟られることはないと……でも動かなければ同じこと。ミラ、“ヘドロばくだん”!」

 

ミラは霧に紛れる前に視認していた方向を向き、“ヘドロばくだん”を発射する。霧を突き破るように進むそのわざはしかし、ミラに手ごたえを与える事無く地面にぶつかり爆発して霧を消し去るとともに消えた。

 

「……! ミラ、上です!」

 

「“れいとうビーム”!」

 

「っ! このお!」

 

降りかかるように襲い掛かる光線に、先ほど同様舞ながら躱すように努めるものの、流石にふいうちとしての効果も相まってよけきれなくなったミラは、“ヘドロばくだん”を放ち、“れいとうビーム”をつぶしながらバックステップで自陣へ戻る。

 

「逃がすな! 追え!」

 

「下がりながら“ヘドロばくだん”!」

 

「『CROSS』!」

 

その宣言にスーは即座に目を瞑り、全てをミズキに託す。

それまでの移動指示の簡略化のために使われていたものではない。ニビ戦以来の、純正の『CROSS』だった。

 

 

「(1.1)、(3.5)、(2.0)、ターン!」

 

意趣返しのごとく、スーが踊るように“ヘドロばくだん”をかわしていく様に、ミラは表情をピクリと動かす。

口からエネルギーを一発ずつ吐き出すスーのこうげきとは違い、ミラは両手を使ってこうげきを生成している。言い換えるのであれば、こうげきは単純にスーの倍の回数であるわけだ。それを走りながら乱射しているにもかかわらず一発も当てる事が出来ずに、それどころか距離を引き離すことすらできていない状況であった。

 

それを可能にしているのは、ミズキの指示、そしてその指示に対する、スーの信頼だった。

全てはスーがミズキにゆだね、ミズキが答えるからこそなせるわざ。

 

ミラとスーのレベル、けいけんちの差を、埋めうるものだった。

 

それを理解し、ミラは苛立つ。

 

「このっ……さっさと、離れなさい!」

 

 

 

 

その苛立ちが、あり得ないはずのミスを誘う。

 

 

 

 

「ミラ!」

 

 

 

 

「っ! しまっ!」

 

 

それはほんのわずか。

実況はおろか、観客席の最前列にいた目の肥えたトレーナーでも気づかないほどの差。

 

 

 

その“ヘドロばくだん”は、それまでよりも、わずかに大きかった。

 

 

強力になった。などと楽観視できる状況ではない。

 

 

エリカの脳裏にあるのは、先刻の決勝戦。

 

 

強いわざには、はんどう(リスク)が伴う。

 

 

 

この息の詰まるような、

ラプラスに張り付かれたような状態の攻防から、

早々に逃げ出そうと焦ったツケ。

 

 

 

“ヘドロばくだん”をかわしたスーは、ついにミラの懐に潜り込む。

 

 

 

 

「いけえ、スー! “れいとうビーム”!!」

 

 

 

 

とっさに弾き飛ばせない、苦手なクロスレンジに潜り込まれたミラは、

 

なすすべなくエリカの元まで、弧を描くように吹き飛ばされる。

 

 

 

 

『き、決まったー! 本バトル初の直撃(オープニングヒット)を決めたのは、ミズキ選手のラプラス! ロズレイドのこうげきをかいくぐり、見事“れいとうビーム”の直撃を決めたぁ! こうかはばつぐんだぁ!』

 

 

 

 

 

 

「ミラ……ダメージは?」

 

「……問題ないわ、ちょっとふいうちで食らっただけよ」

 

「……ならば反省なさい。今の一撃は、あなたの慢心が招いたものです」

 

「……ええ」

 

「……スー、いったん退け。こっちも次の攻めに備える」

 

 

 

いたって冷静にそうスーに告げるミズキであったが、内心は柄にもなく動揺するとともに、小躍りをはじめそうなほどに高揚していた。

 

 

 

(……俺が……当てた? こうげきを……エリカさんに? 何度挑んでも、一発たりともダメージを与える事さえかなわなかった、あのエリカさんに?)

 

 

 

バトル中。

絶対戦闘。

敵は憎きR団で、ジムリーダー。

 

 

様々な事実がミズキの中で、ほんの数秒ではあるものの、完全に吹き飛ぶ。

 

 

(俺が……エリカさんを……ハメた?)

 

 

一瞬気を抜き、笑みさえ漏らしかけたミズキだったが、一度深呼吸をした後で両手で自分の頬をはり高揚を追い出し、『通用している』という事実だけを残す。

 

 

 

 

 

「……勝つぞ! スー!」

 

 

「! はい!」

 

 

 

 

 

ミズキの想いを感じ取ったスーは、さらに力強い返事を返した。

 

 

 

 

 

 

「もうさっきみたいな失態はありえないわ。エリカ、指示を出しなさい!」

 

(はてさて、一体何を仕掛けたのやら……)

 

声を荒らげるミラを細い目で見ながら、エリカは冷静に思考する。

 

(わかっていることは、ミラが必要以上にあせってしまっていること。“れいせい”なせいかくであるはずのミラが、焦ってわざを失敗するような局面だとは思えなかった)

 

ジョーカーに思い入れがあったからこそ?

 

 

いや、違う。

自分の萌えもんがそこまで弱いはずはない。

 

 

そもそも、乱れ始めたのはバトルの途中からだ。その理屈ならばバトル前から多少なりとも変化が発生しなければおかしい。

 

(……一つ分かることは)

 

 

 

「スー! ガンガン行くぞ! “しろいきり”!」

 

 

 

 

(わたくしは、随分と面倒な子を育ててしまったのかもしれませんわねえ……)

 

 

 

 

まあ、いい。

 

どうせただ勝つだけじゃあ、私の任務は果たせない。

 

 

 

「ならばわたしも、あなたを見習って、もう少し楽しむことにしましょうか?」

 

人さし指と親指で輪を作り、それを通して霧に消えていく無表情のミズキを見ながら、呟く。

 

 

「“ヘドロばくだん”で吹き飛ばしなさい!」

 

 

視界を失った状態においては敵方に軍配が上がると判断したエリカは、早々に霧をはじきとばす。とすると、“ヘドロばくだん”を決めるより先に、“しろいきり”を突き抜けてスーがこちらに全力で向かってくる。

 

「なっ!?」

 

「ミラ、怯んではなりませんわ! 迎撃なさい!」

 

「スー! 『AUTO』!」

 

“しろいきり”をはさみ、この場で唯一何も見えぬ状態のミズキは、躊躇なくそれを宣言する。本来の用途とは違う作戦の宣言ではあったが、正しくその指示を理解したスーは、聞くや否や自分の判断で全力の“れいとうビーム”を放つ。

 

「ミラ! 落ち着いて躱しなさい!」

 

「追撃だ、スー! “れいとうビーム”!」

 

ミズキの指示からこれまでの連撃よりもテンポを上げてきたと感じたミラは、これまでの移動速度では間に合わないと自ら判断し、素早くその場から離れるために一度目のステップの着地の瞬間に、片足だけで方向転換をする。かなり無理やりな動きではあるが、“れいとうビーム”の直撃を受けるよりはましである、という考えのもとだった。

 

 

しかし、

移動しながら自分が元いた場所に目をやるが、

飛んでくるはずのこうげきは来ない。

 

 

「ミラ!」

 

 

そして気付く。

 

 

スーは、まだ攻撃を放っていないことを。

 

 

見えていないミズキから、的確な指示が来るはずはないと。

 

 

ミズキからの指示は、ブラフであるという事を。

 

 

 

そして気付かない。

 

 

 

無理やり動いた先の足元は、先ほど避けながら躱していた“れいとうビーム”で、こおりづけになってしまっていることを。

 

 

 

氷の地面に足を滑らせ、体勢を崩したミラの体に、

力を込めた、“れいとうビーム”が炸裂する。

 

 

 

 

『き、決まった! 決まってしまったー! 二度目の“れいとうビーム”直撃ー! これは効いているぞー!』

 

 

 

 

 

実況がそう叫び、ミズキ動揺状況が見えないミズキの後ろ以外に位置する観客たちが歓声を上げる。ミズキは、実況によってスーの作戦成功を知り、ほっと胸をなでおろす。

 

 

 

 

 

 

そう、

安心。

漫然。

 

 

 

 

 

 

気を抜かず、勝利を強欲に追い求めるミズキが格上と戦うとき、常に味方であったそれが

 

 

 

 

 

今、ミズキに牙を向け襲い掛かる、悪魔へと変わる。

 

 

 

 

 

 

「“ヘドロばくだん”」

 

 

 

 

 

 

その声を聴いた瞬間に、

ミズキは、息をのんでしまう。

 

 

 

 

そして指示を出そうと息を吸い込んだところで、

相棒が宙を舞い、霧を突き破り、とんでくる。

 

 

 

『おーっと、ロズレイド、すかさずラプラスに反撃の“ヘドロばくだん”がヒット! これは効いている! エリカ様、これでこの試合初のクリーンヒットを奪いましたー!』

 

 

 

「スー!?」

 

「けほっ、ごほっ」

 

 

腹部に直撃したのだろう。呼吸がままならないほどのダメージを受けてしまったスーは受け身も取れずに転がりながら草原に着地する。

 

ミズキはその様子を見て、自分を恥じた。

 

 

馬鹿か俺は。

まだ終わったわけじゃないのに、何をしている?

 

 

ほんの一瞬深呼吸をはさみ、気持ちを切り替えた後、『なぜ決まらなかったのか?』という方向へ疑問を移す。

 

 

(“れいとうビーム”の直撃が二発。耐久力はさして高くないロズレイドを倒すには、十分なダメージになったはず)

 

しかし、今確認すると、多少は息を乱しつつも、どう見積もってもせんとうふのうとは言い難い、それどころか、まだまだ戦えるミラの姿が見て取れた。

 

(考えるべきは、俺に見えていなかった数秒間)

 

直撃というのは飽くまで実況の声で判断したものだ。

誰にもばれずにきゅうしょを外してこうげきを受ける。そんなことは、エリカにとっては造作もない事。

 

(“こうごうせい”……いや、ないな。そのための“あられ”でもあったんだ)

 

ロズレイドが使用できる回復わざ“こうごうせい”というわざは、太陽光を使って体内エネルギーに変換し、体力を回復するというわざだ。スーの“あられ”によって天候が悪い今の状況では大した回復は見込めないし、何よりスーが“あられ”を使った状況下にそんなわざでわざスペースを消費してしまうなどという愚行をあの人がとるはずはない。

 

 

「はあっ、まったく。小賢しい事ばっかりしてくれるわね……」

 

 

思考を断ち切ったのは、ミラの恨み節の様な呟きだった。

 

 

「……気持ちわりぃしゃべり方が取れたじゃねえか。そっちの方がかわいいぜ。『ミラちゃん』?」

 

「……あら、あなたはこっちの方が好きなのね。じゃあ、無理しなくてもいいのかな」

 

笑う二人だが、どちらも心中はおだやかではない。

頭の中をフル回転させ、現在状況を確認する。

 

お互いに答えは出ない。

だが、先に割り切ったのは、ミズキの方だった。

 

(……ミラにダメージがないわけじゃない。それに、まだエリカは、わざを二つ残している)

 

 

せめてあと一つ、早急にわざを引き出さなければ、全ての流れを持って行かれる。

此方に優勢に動いている今こそ、自分たちは焦る必要がある。

 

 

「スー、いけるか?」

 

「はぁ、はぁ……まだまだぁ!」

 

 

少し呼吸は荒くなってきたものの、スーの勢いをつぶすわけにはいかないと、ミズキは指示を出す。

 

 

「よし、走れ、スー! “れいとうビーム”!」

 

 

 

 

それをきき、一気に駆け出すスーを見て、

 

 

 

 

 

 

笑うのは、エリカだった。

 

 

 

 

 

「『罠を仕掛ける罠師は無防備である』。わたしたち策略家にとって一番のカモは、『ちょっと賢いお馬鹿さん』。そう教えましたわよ」

 

 

 

 

 

エリカは説き伏せるようにそう言う。

 

 

 

肺を握りつぶされ、

酸素が頭に回らなくなる。

 

 

 

エリカのあれは、油断じゃない。

獲物を捕らえた、喜びの笑みだ。

 

 

 

 

「止まれ! 行くなぁ!」

 

 

 

 

ミズキの叫びに反応したスーは振り返るが、

無情にも、体は追いつかなかった。

 

 

 

 

スーは、その場で、倒れこんだ。

 

 

 

 

 

「ミラ、“ヘドロばくだん”」

 

 

 

 

 

再び、スーの体が、宙を舞う。

 

 

 

 

 

 

 

「スーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

ミズキのポーカーフェイスは完全に崩れ去り、

その表情は、絶望の一色に飲まれた。

 

 

 

「がああ! ああっ!」

 

 

 

草むらをのた打ち回るスーを見て、今度はミズキが膝をつく。

 

れいせいに勝率を計算し、敵の感情すらも計算して勝利を目指す、強欲な姿は微塵もなく、戦意喪失ともとられかねないようなありさまだった。

 

 

 

「ま……す…………たぁ!」

 

 

 

足をふるえながらも立ち上がる、スーの決死の声に顔を上げ、エリカの楽しげな顔を見て、ミラの嗜虐的な笑みを見て、最後に、審判の、不安げにこちらを覗き込む姿を見る。

 

(っ! まずい!)

 

終了を宣告する機をうかがっていることに気付いたミズキは、すぐに立ち上がり、自分の胸を思いきりグーでたたく。軽くむせ返るほどな強さを持ったその拳は、自分のやるべきことを思い出すには十分だった。

 

 

「……すまなかったな、スー。情けない主人でよ」

 

「ぜぇ、はあ……ま、まったくですよ、マスター。わたしは、まだ負けてないんですからね」

 

 

強がる相棒の姿が心をつく。背中のシェルアーマー以外の体が、ほとんど流血の赤か、鬱血の青か、それらが混じった紫色に染まってしまっていることから、もうすでに肉体は臨界点を突破しているにもかかわらず、自分を鼓舞してくれるスーに、思わず目が滲む。

唇をかみしめ、目元をぬぐい、流れる涙を強引にとめ、ようやく思考できる程度に冷えた頭が戻ってきた。

 

(考えろ……一体……何が起きている?)

 

先ほどは情報が足りないと判断し、こうげきにうってでたが、今度はその逆。情報過多で頭がこんらんを起こしていた。

 

まず、スーの状態だ。

体の表面がずたぼろなのはしょうがない。自分のせいで、“ヘドロばくだん”の直撃を二度も受けてしまっているのだ。ダメージは免れないだろう。

 

問題はそれを受ける前。

スーは、転んだ。

 

しかも後ろから見ていたミズキは、それが躓いたことによるものでないこともわかっていた。

 

(下半身の脱力……膝から崩れ落ちていた)

 

要するに、スーは、二打目を食らうその前から、体力の限界(・・・・・)が来ていたという事だ。

 

……そんなはずはない。ありえない。

ラプラスの耐久力は、みず萌えもん全体の中でも群を抜いている。

 

たった一撃、“ヘドロばくだん”を受けただけで、そんな深刻なダメージを受けたとは考えにくい。

 

 

 

 

……そこまで考えたところで、ミズキの頭に電流が走る。

 

 

 

 

……“ヘドロばくだん”?

 

 

 

 

……なぜだ? なぜ、“ヘドロばくだん”だったんだ?

 

 

 

 

スーの“れいとうビーム”を迎撃するためのわざ選択としては適当だ。くさ・どくタイプのロズレイドが扱うメインウェポンとしては、間違った選択じゃない。

 

 

 

しかし、ダメージを与えるわざという側面からみれば話は変わる。

 

 

 

一打目、二打目。それはともに、スーに技が当たることが確定した場面。

 

その状態ならば、“ヘドロばくだん”よりも、くさタイプのわざを選択した方がもっといいダメージを与えられたはずだ。

 

わざと? 違う。意味がない。

くさタイプのわざを使えば今頃きめられていたんだ。

 

つまりエリカは、あの瞬間、すでに、

 

 

 

 

 

くさタイプのわざを、使えなかった(・・・・・・)

 

 

 

 

 

「……あら、ようやく“あられ”も止みましたわね。これで少し、ましなフィールドになるかしら?」

 

 

 

 

エリカがそうつぶやいた途端、“グラスフィールド”の効力も切れ、フィールドにはスーが作った氷の痕と、ミラが作った毒だまりが数か所残っている。

 

 

 

 

 

……………“グラスフィールド”? 毒だまり?

 

 

 

 

っ!

 

 

 

 

 

「ってめえ! まさか!!!!!!?」

 

 

 

「……ふふふふふふ」

 

 

 

 

ありえない……そんな馬鹿なこと……

 

 

 

 

「出来るかよ……そんなこと、てめえが、ジムリーダーが、ロズレイドが……」

 

 

 

「……作戦なんて、そんなもの。やる意味が0%じゃなければ、後の確率は大差ない。それは意味のある作戦ですわ」

 

 

 

 

「っ! スー!?」

 

 

 

 

我に返ったかのようにミズキは、スーの名を叫ぶ。

 

 

 

「……な、に……こ……れぇ?」

 

 

 

右手で胸を抑えながら膝をつくスーの呼吸は、ひゅー、ひゅー、と空気が抜けるような音を立て、リズムもぐちゃぐちゃに乱れていた。

 

明らかに先ほどまでよりも悪化している状態を見て、ミズキは自分の推測が確定したことを理解し、両拳を爪が食い込むほど握りしめる。

 

 

 

「“どくどく”……」

 

 

 

「ご明察」

 

 

 

“どくどく”。

萌えもんには、どく状態という状態がある。

 

以前、サントアンヌ号脱出の際に、フレイドが苦しめられていた状態異常だ。

 

時間が経つごとに、自分の体力を、ジワリ、ジワリと蝕んでいく、まさに、毒。

 

 

しかし、“どくどく”がもたらす状態異常は、そんな生易しいものではない。

 

 

“どく”ではなく、“もうどく”。

 

 

本来のどくとは違い、最初のうちはダメージ力が少なく、影響力は微々たるものではあるが、時間がたてばたつほど体全体に広がっていき、どんどん奪う体力が増えていくという最悪のわざ。

 

「最初にスーが近づいた時点で、スーが逃げる前に仕掛けていたのか……“グラスフィールド”もスーのどくダメージを隠すため……」

 

“もうどく”状態の達の悪さは、最初のうちはダメージが小さいことにある。ダメージに気付くようになったころには、今のスーのように、手遅れになってしまっているという事は、少なくない。しかもエリカは、そのカモフラージュとして、わざと“グラスフィールド”で、スーを回復させていたのだ。“グラスフィールド”がなくなり、フィールドからの援助がなくなった瞬間に、スーの体内のどくが、爆発するように。

 

「そういう事。ならばその毒だまりも、ただの“ヘドロばくだん”の残骸でないことはお判りでしょう?」

 

エリカの言葉が、一つ一つ、ミズキの崩れかけた心をさらに切り刻んでいく。声を震わせないようにすることが、今のミズキが出来るせめてもの抵抗だった。

 

「…………“ベノムトラップ”」

 

ミズキが俯き呟いた声は、小さいながらも、しっかりとエリカの耳に届いた。

 

“ベノムトラップ”。

 

それは、くさタイプで使える者はほとんどいない、ロズレイドが使うわざ。

“どく”を体内にため込んでしまった愚か者に、さらにダメ押しを与える罠。

 

足を踏み入れたが最後、毒は相乗効果で体に広がり、スピードも、パワーも、本来の力を半減させられてしまうわざ。

 

「この手の戦法が得意なわけでなかったのですが、仲間の助言はちゃんと聞いておくものですわね。さて、では問題です。スーちゃんは、何回そのわざに足を踏み入れてしまったでしょうか?」

 

分かるはずがない。そんなものを数えている余裕は、ミズキには存在しなかった……が、いまだ深刻なダメージが見えないロズレイドを見れば、少なくとも初撃の時点で一回は踏み入れてしまっていたのだろう。

スーの当てた“れいとうビーム”は、すでに力の入らない状態のものだったという事だ。

 

「ちなみに正解は、一撃目の前に一回、二撃目の前に二回、計三回ですわ。“しろいきり”を乱用しなければ、スーちゃんの速度が変化したことに気付けたかもしれないですけど……まあ、あなたの作戦の都合上、それも難しかったのでしょうね」

 

目を細めたエリカの視線に、ミズキは頭を射抜かれたような錯覚に陥る。

 

「……ばれてたってわけだ」

 

「『温度を下げて、思考力の低下を狙う』。なかなか面白いプランだったと思いますわ」

 

絵に描いたようにミズキは肩を落とし、うなだれる。

 

 

そう、それがミズキの作戦。ミズキがエリカに仕掛けた、ひっさつの罠。

 

 

“あられ”で天候を変更し、“しろいきり”を充満させ、外れようと躱されようと“れいとうビーム”を連打する。

愚直に、ロズレイドの弱点である、こおりタイプのわざを使い続ける。

それは、全てこのため。

全ては、フィールド全体の温度を低下させ、ロズレイドの苦手な環境を作り出すため。

苦手な温度下で戦う事を強いられたロズレイドは、いつの間にか苛立ち、注意力は散漫になり、ミスを産み、そのミスがまた苛立ちを産む。

 

 

その悪循環に引きずり込む。それがミズキの作戦だった。

 

 

「……それを成功に見せかけるために、わざとわたしに伝えなかったってわけ?」

 

「敵を欺くにはまず味方からですわ」

 

ミラは何よそれ、と悪態をつきつつも、作戦としては理解していたため、ミズキの方へと向き直る。

ミズキは真っ青に変化した顔を今更ながら隠すべく、右手で口元を覆う。

 

 

ミズキは思う。どこでミスをした? と。

 

 

そしてすぐに思う。わかるはずがない、と。

 

 

 

 

ミズキは奇しくも、今までのミズキの対戦相手と、同じ感情に支配される。

完全にはまった屈辱、悔しさ、そして、怒り。

 

 

 

 

(くさタイプのジムリーダーが、みずタイプの相手に、くさわざを使わないなんて、わかるわけがないだろうが……)

 

 

 

 

そう、エリカの作戦は、あり得ない。

 

 

 

開幕に、“グラスフィールド”、

こうげきに、“ヘドロばくだん”、

仕込みに、“どくどく”、

駄目押しに、“ベノムトラップ”

 

 

 

これで、わざは四つ。

 

つまり、エリカは、今対戦で、

 

 

 

早々にわざ枠を四つ、使い切っていたのだ。

 

 

 

くさのこうげきわざを、選択せずに。

 

 

 

作戦が失敗したら、どうするんだ。

そのわざじゃあ、巻き返すことは不可能じゃないか。

 

 

 

口元まで出てきた、その言葉を飲込んだ。

 

 

その言葉は、何の意味もない。

失敗して、いないんだから。

 

 

 

「……で、これだけあなたの時間稼ぎに乗ってあげてるんですから、何か思いついたんでしょうね?」

 

「……よく言う。スーの体に完全にどくが回りきるための、あんたの時間稼ぎだろうが」

 

「よくできました」

 

エリカにはもう攻め手はない。

だからこそ、もうエリカが、攻めてくることはない。

 

エリカにとって重要なことは、素早く終わらせることではない。

安全に、終わらせることだ。

 

手の内をすべて晒したエリカが、満身創痍とはいえ、まだあきらめていないスーの下へ飛び込むことは、万が一の負け筋を産む。

 

0.1%の可能性さえも許さない。

 

 

来るべき勝利の時が来るまで、決してあわてることはない。

 

 

 

 

 

 

甘く香り、

敵が愚かにも近づいたときのみ、ゆっくりと動き、捕食する。

 

 

 

 

 

 

『食虫植物』。

 

 

 

 

 

 

大分前から静まり返ったままの実況と観客の頭に、そんな異名が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、エリカの萌えもんはロズレイドでした。


そこそこヒントを出したと自分では思っていますが、最大のヒントとしては

「ミズキが進化に関するデータをエリカに渡した」
ことと
「そのデータを使ってマリムを進化させる」
予定だったということです。

原作ゲームでロゼリア、ムウマが進化するためのものは、対になっているというのがヒントですね。
あとはエリカ様のボール出した時の口上とか。


それともう一つ、
「”しろいきり”使ってるんだから”ベノムトラップ”で能力下がらないんじゃね?」
という意見があるかもしれないので、先出の補足。

自分の”ベノムトラップ”のイメージとしては、トラップというくらいなので、先打ちして仕掛けるもの、という印象でした。というわけで本作の”しろいきり”で”ベノムトラップ”をすべて防げてしまうのは、逆に不自然かなと思いました。
というわけで、本作の”しろいきり”の効果としては

”しろいきり”の中にいる間、”なきごえ”、”すなかけ”のような能力降下わざを防ぐことはできるが、”しろいきり”より先に展開された今回の”べノムトラップ”のようなパターンは防ぐことができない

という事にします。
納得いかないかもしれないけれども、そもそも本小説の”しろいきり”は目くらましとして大活躍なのでそれ以外の性能は抑え目、という事で一つよろしくお願いします。



……てか、エリカ戦終わってねえじゃねえか!
タマムシ編なっげえ……テンポ悪くて申しわけないです……


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第11話 3 決着

前話に追記もしましたが、再度お礼とご報告。

久しぶりにこの小説がランキングに顔を出しました。
罪深き萌えもん世界がランキングに乗ったのは自分の知る限り二度目なのですが一度目と同じくらいうれしかったです。みなさんありがとうございました。
これからは長期間途切れることがないように不定期ながらもがんばっていきますのでこれからもよろしくお願いします。


では、タイトルからもわかると思いますが、エリカ戦、決着です。


スーの苦しげな呼吸音だけが響く空間で、ミズキはずっと考え続けた。

 

 

もう時間はない。

 

勝ちに行くためのスーの体力は、今も刻一刻と“どくどく”によって蝕まれ続けている。しかし、成功していた……いや、成功していると思わされていた作戦にミズキはかなりの戦力と代償を支払ってしまった。

 

作戦失敗で残った結果は、

 

 

“もうどく”状態で体はボロボロ、“ベノムトラップ”の効果で体に力も入らないスー。

わざはすべて消費しつつも、いまだ動きにキレがあり、ダメージを最小限に抑えたミラ。

 

 

ここから勝利する方法など、あるはずがない。

そんな会場全体から漏れだしてきた心の声が、ミズキには聞こえてきたような気がした。

 

 

 

 

(……手はある)

 

 

 

 

スーには、一つ残っている。

 

 

 

ひっさつの、きしかいせいのわざ。

 

 

 

“ベノムトラップ”の影響も受けない、スーが使える唯一のわざ。

 

 

 

 

 

(……いや、足りない)

 

 

 

 

 

歯ぎしりがいやなおとを立てる。

 

 

“あられ”

“しろいきり”

“れいとうビーム”

 

 

あと、一つ。一つだけ。

 

 

 

“ベノムトラップ”は、こうげきだけを制限するわざではない。

毒の沼を踏みしめたスーの足は、紫色に変色し、立っていることもままならない状態であることは一目瞭然である。前半のバトルの柱であったスーのすばやさは、すでに奪われてしまっていた。

 

 

 

(……わざを当てる手段が……ない)

 

 

 

エリカと共に過ごし、幾度となく戦ってきた経験が、

そして、これまでに培ってきた膨大な知識が、ミズキの耳に不可能を囁く。

 

 

“れいとうビーム”を二発。

これはミズキにとって、奇跡に等しい成果だった。

 

 

エリカの掌の上であったとはいえ、その二回は、エリカに勝利するため、エリカと対等に戦うためにミズキが己の中の苦悩、恐怖と戦い、等々手に入れた奇跡の一端だったのだ。

 

 

だからこそ、わかる。

今から、策もなしに、エリカの指示をかいくぐり、ミラに詰みの一撃を加える。

 

 

それが、どれだけ難しい事か。

 

顔の前においていた右手の意図しない震えが、ミズキの心中を雄弁に物語っていた。

 

 

 

 

 

「……それで、まだやりますの?」

 

 

 

 

 

ハッとして、正面を向くと、うっすらと笑みを浮かべたエリカが、細い目でミズキの瞳を貫いていた。

 

「さっさとサレンダーしてしまう事が、あなたの萌えもんの為だと思いますけれど?」

 

エリカは嫌らしくそう呟く。だが、その言葉に間違いなどなかった。

エリカは、この後だって容赦はしない。今は時間をかければスーは勝手に体力がなくなり、倒れるからこそ何もしないだけであり、ぼろぼろのスーを見て情けをかけているわけではない。むしろ、スーが近づいてきた瞬間に、一撃でその意識ごと刈り取る準備を、万全に整えていることだろう。

 

今の状態のスーに、そんな一撃が当たったら、致命傷だ。

 

 

 

 

このバトルの話ではない……スーの……今後の話だ。

 

 

 

 

この状況でのサレンダー。

 

それは、恥でも何でもない。むしろ、トレーナーの責任だ。

 

 

 

 

 

 

「……シークに、あんたに、教わったんだ」

 

 

ミズキは、そういって、人差し指をエリカに向ける。

 

 

「シークには、勝率の作り方を。そしてあんたには、勝利の作り方を」

 

 

エリカは言った。

 

 

『可能性なんて、0か100でなければあとは大差ありません』

 

 

シークに、教わった。

 

 

萌えもんバトルに、0%はないという事を。

 

 

 

 

「俺は、足掻く。可能性が少しでもあるなら、俺は絶対にあきらめない!」

 

 

 

 

ミズキのその宣言に、

 

 

エリカの表情は、今日初めて、

 

 

歪んだ。

 

 

 

 

『エリカさん。俺、可能性がなかったとしても、絶対にあきらめない!』

 

 

 

 

エリカは思う。

 

ああ、あなたは本当に……

 

 

 

 

 

「……弱くなったのね。ジョーカー」

 

 

 

そうつぶやいたのは、エリカではなかった。

 

 

 

「……ジョーカーって呼ぶなって言ってんだろうが、ミラ。俺はミズキだ」

 

「ええそうね。あなたはジョーカーじゃないわ。まさかわたしが愛した男が、ここまで腑抜けているだなんて、思ってもみなかったわよ。こんなふうになってしまうんだったら、エリカに完封されて、泣きわめいていたあの頃の方が、十倍マシだったわね」

 

言葉を取り繕う事すらもせず、無表情で罵倒したミラは、フィールドに唾を吐き捨てた。

 

「……どういう……ことですか?」

 

今度は痛みにこらえるスーが、うめき声を押し殺しながらミラに問う。

 

「言葉の通りよ。確かにあの頃、ジョーカーはわたしたちに勝つことはできなかった。でも、少なくとも、どんな状況でも勝ちを諦めることはなかったわ。たとえ、勝てるわけがなくてもね」

 

「っ!?」

 

その言葉に、ミズキは強烈な違和感を覚え、思わず両手で頭を抑える。

 

「……勝てるわけ……なくても?」

 

「……記憶が飛んでるって話、本当だったのね」

 

がっかりだわ、とても言わんばかりの表情で、ミラは冷ややかな目を向けた。

 

「まさかあなたが、見えてる勝ちしか追えないような、チキン野郎に成り下がっているだなんて、考えたくもなかったわ。よっぽどどうしようもない萌えもんに囲まれて過ごした時間が長かったのかしら」

 

「っ!」

 

「あら、図星疲れてしんどくなっちゃったかしら、お山の大将さん? そんなこと、自分の萌えもんたちにばれたら、裸の王様だってことがばれちゃうものね」

 

「エリカ様。それ以上のトレーナーに対する“ちょうはつ”行為は認められません」

 

「……ミラ、それぐらいにしなさい」

 

ミラの明らかな挑発行為を諌める審判とエリカをよそに、ミズキは怒るわけでもなく、黙り込んだ。

他のどんな感情よりも先に、歯がゆさが心を支配していた。

 

 

 

 

(……俺が……見えている勝利しか追っていなかった?)

 

 

 

 

ミズキが思い返していたのは、トーナメント決勝戦。

 

自分は、降参を宣言しようとした。

 

それはなぜか?

 

 

勝ち目が、なくなったからだ。

 

 

 

自分の中で、あの瞬間、シークが勝つという事を想像できなかったからだ。

 

 

 

ミズキは、以前、言った。

 

 

 

『諦めなければ、何かが起こる』

 

 

 

しかし、現実として、ミズキは、シークよりも先にあきらめた。

 

 

 

なぜか?

 

 

 

ミズキにとってその言葉は、

 

『勝ち目がなくても最後まで頑張る』

 

という意味ではなく、

 

『ほんの少しの勝率を引き上げるために頑張る』

 

という事だったからだ。

 

 

 

その結果、ミズキは勝負を諦め、

 

 

そんなミズキの手から離れた、諦めないシークに勝利をもらった。

 

 

 

どんなことでも一度は受け止め、考え、冷静に計算し答えを出す。

 

 

 

 

そんなミズキの性分が、ミラの言っていることが正しいことを物語っていた。

 

 

 

 

 

 

「でも、それでも! 俺は……今の俺は!」

 

 

 

 

 

 

 

「わたしをまたいで、勝手に話を進めないでくれませんか……」

 

 

 

 

 

 

ドスの利いた、底から這いあがってくるような低い声が、ミズキの言葉を切り裂いた。

 

 

エリカは目を細めてスーを見つめると、思わず声を漏らし、目を見開く。

 

 

ぼろぼろだったはずのスーの姿が、

陽炎のごとく歪んで見えた。

 

 

「……さっきからごちゃごちゃと人のマスターに向かって、言いたい放題言ってくれましたね」

 

息を切らしながらもいまだ力強いスーの声を聴いたミラは、驚きつつも答える。

 

「事実を言ったまでよ。弱くてぼろぼろのあなたと一緒にいる今のそいつはわたしたちといた時よりも圧倒的に弱い。それはこの結果を見れば歴然。それに少なくとも、わたしはいまのあなたより、昔のその男のことを知っている。それが適当なことかどうかは、あなたには判断できないはずだけど?」

 

 

からかうような口調で、スーに言う。

 

 

(昔の女の影に狂う女の姿。醜いわね)

 

 

そう思い、さらに挑発の言葉を重ねようとしたミラの声に、スーの言葉が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

「んなことはどうでもいいんですよ……」

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

予想外の言葉、そして迫力に、ミラは思わず冷や汗を垂らす。

 

 

 

(……何なの、この力……この勢い)

 

 

 

怯むミラを尻目に、エリカは一つのことを思い出す。

 

 

 

 

『竜にやられたわ。気を付けて』

 

 

 

 

「これが、カスミの言っていた……」

 

 

 

 

 

しかし、ミズキだけはわかった。

 

 

 

この力は……カスミ戦の比ではない。

 

 

 

自分が利用すべく引き出した……自分がわざと引き出した程度の怒りの、比ではなかった。

 

 

 

 

「過去なんてどうでもいい。マスターの過去は、マスターのもので、わたしが触れていいものではないから……それが、わたしたちの契約だから……」

 

 

 

 

「っ! スー! まてっ!!」

 

 

 

 

ミズキの必死に伸ばした右手は、

 

 

 

ミズキの想いは、

 

 

 

届かない。

 

 

 

 

 

「昔のマスターが何を言われてようと、どうでもいい。昔のマスターより、今のマスターが弱くてもどうでもいい。わたしたちが弱いとけなされても、どうでもいい。でも!」

 

 

 

 

 

ミズキが止めようとした、

スーのミズキへの想いは、

 

 

 

 

 

蒼い炎のような竜のオーラと共に、

 

 

 

 

 

 

「今のマスターを、わたしたちのマスターを、あなたたちが何も知らないミズキ(マスター)を!」

 

 

 

 

 

爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿に……するなあああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

「っ!!!! この力は!!!!!?」

 

 

 

 

 

「うおおおおおおああああああああぁーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

声にならないような咆哮が、

会場全体に響きわたり、

 

 

 

 

怯んだミラが思わず瞬きをしたその刹那の瞬間、

 

 

 

 

スーが数十メートルという距離を一瞬で詰めていた。

 

 

 

 

 

「っミラ! 躱しなさい!」

 

 

 

 

 

そのエリカの指示を待たずに、ミラは回避行動をはじめていた。

 

そうしてスーの拳をかわしたミラは、頬を伝う血が、拳によってつけられたことを理解し、寒気を覚えた。

 

(“ベノムトラップ”にかかったはずなのに、拳で切れるほどのスピード……!)

 

スーに、何が起きたのかなど分からない。

ただ一つ言えることは、今のままでは、まずいという事だけ。

 

「うがぁ!」

 

「っ! くっ!」

 

スーの度重なる追撃を最小限の動きだけで躱そうと試みるミラだったが、ただ暴れるようなこうげき方法に掠る回数が増えてきたミラは、それが愚策であると考えた。

 

 

(全力で動いて躱しつづけるしか……ない)

 

 

エリカがみて、そこから指示を出すのを聞いていたら、間に合わない。

全ての攻撃を、自分だけで躱しきる。

 

 

ミラは、そう決心した。

 

 

 

 

 

ミラが苦しみながらもスーの乱撃をかわしている一方で、ミズキは決してこの状況を喜んでなどいなかった。

理由は明白。

 

(スーの限界が……近い)

 

スーのあれは、これまでのダメージを回復したわけではない。いや、むしろその真逆と言ってもいい。

回復したから猛スピードを出せるようになったわけではない。

むしろあれは、最後の灯。

 

空になる寸前の燃料タンクから、最後の一滴まで絞りつくそうとしているだけだ。

 

 

 

もって、十秒。長くて、二十秒。

 

 

 

そう、ミズキは結論付けた。

 

しかも、問題は、それだけではなかった。

 

 

 

「スー……何も見えてないのか?」

 

 

 

スーの意識は、飛んでしまっていた。

 

 

 

そう、スーの動きは、ミラを捕らえているわけではない。

ミラが規格外のスピードで動くスーのこうげきをかわし続けられる理由はそこにあった。

 

 

 

今スーは、己の中にある、全てを食らいつくさんとする竜の本能に従って動いているだけ。

 

 

 

ミラを敵として視認し、襲い掛かっているわけではない。

気配のする方へ動き、拳を突き出す。

 

 

いくら速度があったとしても、単調な動きだけではミラを捕らえられない。

 

 

 

 

 

(どうする? 今からスーを止めるなんて不可能だし、仮に止めても速攻で燃料が切れて倒れるだけだ……今のスーは、意識が飛んでるからこそ動けているんだ)

 

 

 

 

 

しかし、スーが指示を聞いてくれない限り、ミズキは何をすることもできない。

 

 

 

 

 

時間に追い込まれたミズキは、

ほんの数秒、黙想に入った。

 

 

 

 

この十数秒を、生かす策を考えようとした。

 

 

 

 

だからこそ、気づくのが、ほんの0,1秒遅れてしまった。

 

 

 

 

逃げ惑っていたミラが、

エリカの目の前にいたことに。

 

 

 

 

「っ! エリカ!?」

 

 

「っ!」

 

 

 

 

躱しながらミラは驚愕の声を上げた。

当然だ。ミラがそんなことを狙う理由はない。

ミラとて、一瞬でも気を抜けば、スーに食われていたかもしれないのだ。現在位置の把握など、出来る余裕はまるでなかった。

 

 

 

そして本能のままにこうげきをつづけるスーは、

 

寸前までミラがいたはずの場所、つまり、

 

 

 

 

 

エリカへ拳を繰り出した。

 

 

 

 

 

今のスーが、生身の人間に襲い掛かる。

 

 

その恐ろしさから、会場全体、ミラ、そして、エリカさえが、目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

そして、叫び声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

「スー!!!!!!!!!!! やめろおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

その声を聴いてほんの数秒たち、

一人、また一人と、みんなが少しずつ目を開け始める。

 

 

 

 

 

 

「…………止まってる?」

 

 

 

 

 

誰かが言った。

 

そう、スーは、

意識を失い動き続けるだけだったはずのスーは、

 

 

 

その焦点の合わない漆黒の瞳で、ミズキを見つめ、固まっていた。

 

 

 

 

「……スー、お前」

 

 

 

 

 

呆気にとられたミズキの次の言葉を待たずして、盤面は動いた。

 

 

 

 

 

「“ヘドロばくだん”!」

 

 

 

 

固まるスーのわきにいたミラは、その指示を聞き、我に返って両手の花を正面に構える。

 

 

 

バトルは、終わっていない。

スーのこうげきを躱したミラは、スーのすぐそばにいる。

 

スーは、止まっている。

 

 

 

卑怯な、と罵ることはない。

 

これは、バトル。萌えもんバトルだ。

 

萌えもんバトルでは、審判の終了の宣言以外で、終わることなどありえない。

 

考えることをやめた方が負けるのだ。

 

 

 

 

 

 

エリカは、それを理解していた。

 

 

 

 

 

そして、それを理解していたのは、エリカだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スー! 追え!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、それを理解していたもう一人、ミズキは、即座に指示をスーに飛ばす。

 

 

 

恐怖心を無視して、指示を出したエリカ。

罪悪感を吹き飛ばし、指示を出したミズキ。

 

 

 

 

 

似た者同士の二人の対戦は、遂に終局を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

スーが、自分の方を向いた瞬間に、ミラはこれまでの攻防から悟った。

 

(……間に合わない!)

 

スーが足を踏み込み、自分に襲い掛かる速度。

自分が“ヘドロばくだん”を撃ちこむ速度。

 

それを計算し、ミラは考える。

 

(決めるのは今じゃなくていい。今駄目なことは、捕まること!)

 

ミラは忘れてはいない。

スーは、限界なのだ。“もうどく”状態の上、“ベノムトラップ”もかかっているのだ。

 

いくら一時のパワーアップをしていても、一発程度なら耐えられる。

 

問題は、捕まってしまう事。乱打を浴びてしまう事。

 

 

 

(ならば……逃げる! とにかく、広い場所へ!)

 

 

 

そうしてミラは、その場を離れ、広い場所へとかわそうとする。

 

 

 

そう、広い場所。

エリカの目の前という、狭い場所から、広い場所へ。

 

 

 

 

 

つまり、ミズキのいる方向へ、動いた。

 

 

 

 

 

「スー!!! こっちを向けえ!!!」

 

 

 

 

 

意識が飛んでいるはずのスーに対し、ミズキの指示。

 

 

 

 

 

馬鹿な。

そう言いかけたミラだったが、

 

 

 

 

 

首をこちらへ向けたスーと目が合い、思わず呼吸が止まり、全身の血が引いていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

ミズキは、驚いた。

 

 

 

意識を飛ばしていたはずのスーが、自分の声を聴いて止まってくれたことを。

 

 

 

だからこそ、わかった。

 

 

 

意識を飛ばしていても、スーに自分の声はとどいているという事を。

 

 

 

そして、気づいた。

 

 

 

右も左もわからないようなスーが、唯一向く事が出来る方向、それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺に向かって、撃てぇ!!! “こおりのいぶき”!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

スーは、反応できない。

だから、もう一歩、とにかく遠くへ。

 

 

 

 

 

 

そのこうげきはそんなミラの、背中を、

 

 

 

“きゅうしょ”を

 

 

 

射抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

それを受け、前向きに二回転して動かなくなるミラ。

 

 

 

 

その後ろで、ふらつきながら、拳を振り回すスー。

 

 

 

 

 

 

 

ミラが倒れた瞬間、走り出し、スーを抑え込んだミズキは、涙ながらにスーを抱きしめながら、その宣告を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーミズキ、反則負け! よって勝者、“ジムリーダー”エリカ様!」

 

 

 

 

 

 




エリカ戦、決着。でもタマムシ編はまだ終わらない。
10話が区切れないで9話ぐらいになりそう……



どうでもいいけど、ロズレイドってもともとの姿がすでに萌えもんっぽい気がする。


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第11話 4 計画完了

 絶対戦闘
 勝者 ??
決まり手 ??





エリカ戦はこういう決着にすると決めてました。


ミズキは力尽きねむりにつくスーを抱きしめながら、何も言わずにその宣告を受け、エリカはミラをボールに戻しながら一言、あら、と言ってその宣告を受けた。

 

 

静かなフィールドと打って変わって、審判のその言葉に大きな動揺を見せたのは、観客たちだった。誰一人として大きな声を出したわけではないのに、全員のざわつき声が塊となってうなりを起こしていることが、その動揺が大きなものであるという事を証明していた。

 

「……えっ、反則負け……?」

 

「嘘……なんかルールを破ることしたか?」

 

「あれかしら……」

 

「いや……でも……」

 

 

『静粛に、静粛に願います』

 

 

そんな会場を収めたのは、マイクを持ち、フィールドの中心に座っているミズキのわきに立った審判の声だった。

 

 

『ミズキ選手は今の絶対戦闘において、二つのルール違反を犯しました。一つ目は、『萌えもんが、相手の萌えもんトレーナーに対して、妨害行為に及んだ』こと。そしてもう一つは、『萌えもんバトルにおける、わざの使用制限を破った』こと。この二つであります』

 

 

きわめて義務的、そして説明的に、仕事であると言わんばかりに、審判は淡々と報告を行ったが、その言葉に観客は鎮まるどころかさらにざわめきを増した。

 

「でも、ラプラスのこうげきはわざとじゃなかっただろ」

 

「そうよ。ミズキ君はちゃんとやめさせたじゃない」

 

「それに、わざの使用制限って、あのラプラスのスピードが増した奴のことだろ?」

 

「でも、あれってそもそもわざだったの? なんてわざ?」

 

会場全体の空気を総合してみると、ミズキの負け、という判定に、懐疑的な意見が多いように感じられる。しかし、それは偏に、彼らがミズキたちの戦いぶりを目の当たりにし、感動したが故に味方をしていたい、こんな終わり方をしてほしくないという思いからきているものであり、ルールを正しく理解している者たちが判定に異議を唱えているというわけではなかった。観客席にいる、『同情で審判が結果を覆すことはない』と理解しているトレーナーたちは、他の客と同じ思いでありながらも何も言えず顔をゆがめていた。

 

そして、審判の判定に困惑してしまっているのは、客席だけではなかった。

 

 

『……こんな終わり方でいいのでしょうか。こんな終わり方になってしまっていいのでしょうか!? 解説のスキゾーさん! ミズキ選手は本当に、反則負けになってしまうのでしょうか!?』

 

決勝戦、そして今の絶対戦闘を見て、最も心を動かされていた実況が、本来してはいけないトレーナーへの想いの肩入れを隠すことすらも忘れてスキゾーに尋ねる。

 

『……反則が確定したというわけではありません』

 

それを受け、スキゾーも普段の温和な雰囲気を落とし、真剣な表情で解説を始める。

 

『一つ目の反則、『トレーナーへのこうげき』。これに関してはどちらとも言えます。何せ意識を飛ばしたラプラスがロズレイドを狙いこうげきした時の流れ弾がエリカさんに向いてしまったという事ですので、乱暴な言い方になりますが、ロズレイドの責任ともいえるわけですから。おそらく今回問題となるのは、二つ目の反則でしょう』

 

『わざの使用制限、ですね?』

 

『はい。ラプラスが使用したわざで、確定しているわざは、“あられ”、“しろいきり”、“れいとうビーム”、“こおりのいぶき”です。萌えもん協会によって定められた公式ルールによると、萌えもんバトルに使う事が出来るわざは最大四つまで、と決まっているため、五つ目のわざを使ったとすると、ラプラスは反則負けという事になってしまいますが……』

 

そこまで言ったところで、スキゾーはいったん押し黙る。沈黙に耐えかねた実況は、恐る恐る口を開いた。

 

『で、では、あの蒼いオーラを纏うわざが、五つ目のわざに……』

 

『おそらく、今回の論点はそこでしょう』

 

スキゾーがびっ、と目を開き、実況へ顔を向ける。

 

『あのわざは、ミズキ選手がラプラスに指示をしたことで発動したものではありませんでした。かといって、ラプラスが自分の判断で、発動を行っていたのかと言えばそれも違う。あのわざは、エリカさんのロズレイドがミズキ選手に対し、投げかけた言葉にラプラスが反応し、発動したわざであるというように見えました』

 

『た、確かに。ミズキ選手とラプラスが、自発的に発動したようには見えませんでした』

 

『そうですね。ミズキ選手にもあれは想定外の状況だった、という風に考えられます。そして、それを引き出したのは、ロズレイドの、ミズキ選手による“ちょうはつ”行為。反則とされる『トレーナーへのこうげき』に、直接的に、という記述は有りません。つまり、ロズレイドの行動がミズキ選手への妨害行為であると判定されるならば、先に反則をし、場を乱したのはエリカさん。ということになります……が』

 

そこまで言って、スキゾーは今度は残念そうな表情を作る。

 

『あのわざが、『ミズキ選手たちが、事前に発動を計画したものではない』という証明が必要になります。そしてその証明は、ほぼ不可能であると言えるでしょう』

 

スキゾーの言いたいことを理解した実況は、スキゾーに合わせて深いため息をつき、残念そうな顔で俯く。

 

 

やったことを証明する。これは、出来ない事じゃない。

 

誰かに証言してもらう。

物的証拠を見せる。

状況証拠を集める。

 

そうやって証明することは、多少難しいこともあるが、可能だ。

 

 

それに対し、

やってないことを証明する。これは、とても難しい。

 

誰かに証言。

見えないところでやっていると言われる。

 

物的証拠。

あるはずがない。やってないんだから。

 

状況証拠。

やっている状況証拠ですら信用ならないのに、やってない状況証拠なんか意味がない。

 

 

 

反則などするはずがない。たとえこの会場の全員がそう唱えたとしても、

審判は、『ミズキがやってない証明』が出来ない以上、一番安定した選択を取るしかない。

 

 

 

そして、二人の嫌な予想通りに、試合は終幕に向かっていた。

 

 

 

やがて観客は一体となり、抗議の意味を込めた会場全体のミズキコールが始まるが、無表情の審判はそれさえも意に返さず、粛々と決着を言い渡す。

 

 

 

 

 

『よって真に残念ではありますが、萌えもん協会制定のバトル規則と、伝統的絶対戦闘における規則に従い、『トレーナーへこうげき』し、『わざを五つ使った』ミズキ選手は失』

 

 

 

 

 

 

『黙りなさい』

 

 

 

 

 

 

いつの間にか後ろから出てきていたモンジャラから受け取ったマイクを手に持ったエリカの発言に、会場全体が静まり返る。

 

観客たちは自分たちに対する発言だったかと息をのむが、エリカの視線が自分を貫いていると気付いた審判だけは、先の発言は自分への物言いなのだと理解し、冷や汗を垂らす。

 

「え、エリカ様? 何を……?」

 

「何を、ではありません。わたくしは、『黙りなさい』と言ったのです」

 

次の言葉を言う前にエリカにそう言われた審判は、言葉を返せず思わず黙り込む。

そんな審判から少し目線を下げると、目が点になったミズキが、見上げるようにこちらの顔を覗きこんでいた。その状況に少し微笑んだエリカは、続けて、今度はマイクを使い、言う。

 

『トレーナーへのこうげき? わたくしはあんなもの、反則などとは思いません。むしろ、挑戦者がラプラスに停止を命じたことを利用し、ラプラスが動き出す前にと、とどめの“ヘドロばくだん”を撃つように指示しました。それは、わたくしがそれを反則とはとらえなかったことの、証明ではなくて?』

 

「そ、それは……」

 

「そうだそうだー!」

 

「いいぞー! さすがは我らがエリカ様だー!」

 

考える隙間もなく援護射撃の様な観客からの歓声をあび、審判はいい訳を口にすることすらもできなかった。

 

『さらには、わざが五つ? ちゃんちゃらおかしいですわね。ならあなたに聞きますが、あれはいったいなんというわざなのでしょうか?』

 

『……げ、“げきりん”! そう、“げきりん”です! ラプラスが使う、“ドラゴン”タイプのわざ、あれなら説明が』

 

『つきませんわね』

 

ばっさりと、エリカは切り捨てた。

 

『“げきりん”はたしかにすさまじい威力のわざですわ。それこそ、先ほど相手方のラプラスが見せたような、すさまじい攻撃を生み出す可能性も、無いことはないと言えるでしょう』

 

少しだけ笑顔を取り戻した審判が、反撃と言わんばかりに理屈を考えるが、少し考えたところでエリカから先に、追撃と言わんばかりの理屈が飛んでくる。

 

『ですが、忘れてはいませんね? ラプラスは“ベノムトラップ”を受けていました。“こうげき”は勿論ですが“すばやさ”も落ちていたのです。“げきりん”というわざは飽くまで、怒り狂い、その怒りのままにこうげきを繰り出すことで本来出しえない力で相手にダメージを与える技。彼女のあれ(・・)は確かに常識を超えた力を有してはいましたが、わざの威力が変化することはあっても、わざの効力が変化することはありえません』

 

 

 

 

つまり、あれは“げきりん”ではなかったという事です。

 

 

 

 

エリカからの厳しい追及に引き腰になってしまった審判は、

強くマイクを握りこみ、立場も忘れた口調で叫ぶ。

 

 

 

 

 

『じゃ、じゃあ! あれは一体なんだったんですか!? ラプラスの、あの力は!?』

 

 

 

 

 

その言葉に、

エリカは、笑う。

 

 

 

その笑顔を見た審判は、気づけば尻餅をついていた。

 

話していた彼と、ずっと目を離さなかったミズキだけは、見えた。

 

 

 

 

今までの優雅なものとは違う。

エリカの、邪悪な笑みを。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あれが、なんだったのか。それがわからないあなたに、それを理由に反則負けを言い渡す権限はありませんわ』

 

 

 

審判は自分の失言に気付く、が、もう遅い

 

審判が訂正するよりも先にエリカのその発言を理解した会場は、一斉に大きな歓声をあげた。

 

しかし、そのバケツをひっくり返したかのような大騒ぎとは裏腹に、フィールドの空気はさすような冷たさを増していた。

 

『あなたにわからない以上は仕方ありません。未発見のとくせい。未発見の萌えもん(ラプラス)自身が持つ力。可能性を考えるだけなら、いくらでもあり得るのですから。では、改めて結果をお願いしますわね』

 

今度は優しい表情をこちらに向けるエリカに対し、はっとした審判は首を大きく振り、立ち上がって宣言する。

 

『わ、わたしは、萌えもん協会直属の、公式審判です! 審判として、自分の思った判定を、そう簡単に覆すことは』

 

 

 

『わたくしはタマムシ萌えもんジムリーダーのエリカです。そしてこれは、トーナメントの特典であり、絶対戦闘であると同時に、ジム戦でもあるのです』

 

 

 

エリカは、笑顔のまま、目だけ細め、言った。

 

 

 

 

「わたくしには、負けを認めたトレーナーにはジム戦勝利の証を与えるという、大切な義務があるのです。それは、あなたの立場とか、プライドとか、そんなくだらないゴミなんかよりも、とても尊くて重いものなんですのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一度だけ言いますわ。

 

 

改めて、判定、

 

 

 

お願いしますわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういう事だ」

 

「……なにがですか?」

 

絶対戦闘が正式に決着し、バトルフィールドから立ち去ってすぐにミズキは走りだし、反対側の通路へと向かった。角を曲がったその先の通路の真ん中には、質問を茶化しながらも明らかにミズキが来るのを待っていたエリカが、植物でできた“ふわふわのイス”に腰掛けながらお茶を啜っていた。

 

「なぜ、あんな茶番までして、俺を勝たせたんだ?」

 

今にも殴り掛からんとする勢いのミズキに対し、手前のラフレシアとモンジャラがそれを警戒し、わざを打ち込む体制を作る。

 

「下がってなさい。構いませんわ」

 

そのエリカの一言で、二人の萌えもんはエリカの足元まで下がる。それでもなお、エリカを守ろうと気を張る二人の様子が、エリカの無警戒をさらに際立たせた。

 

「茶番だなんて人聞きの悪い。先ほど申し上げた通りですわ。わたくしは確かにR団。ですが同時に、ジムリーダーでもあるのです。誤審を見逃して、わたくしの勝利と判定させるわけにはいかないから、わたくしの思うことを言っただけ」

 

 

「……ああ、そうだな。あんたは、間違ったことも、嘘も言ってない」

 

 

そのミズキの発言に、エリカの湯飲みを運ぶ手が止まる。

 

 

 

 

 

「だが、嘘以外にも、言ってないことがあるはずだ」

 

 

 

 

 

「……何のことやら」

 

「気づいてないとは言わせねえぞ」

 

エリカの退路を断つような意図の発言ではあるが、それを聞くエリカはさらに楽しそうに口を歪曲させる。

その反応に、ミズキは自分の90%の疑惑が、100%に達したことを察する。

 

 

 

「わざと、審判に誤審させやがったな」

 

 

 

「さっき言ったでしょう。わたしは、自分の思ったことを言っただけ」

 

「審判があんたに都合よく解釈するようにな」

 

 

 

 

 

……そう、あんたは嘘は言ってない。

 

あんたの言うとおりだ。スーがつかったわざは、五つ(・・)じゃない。

 

 

 

 

 

六つ(・・)だ」

 

 

 

 

 

“こおりのいぶき”を待つまでもない。

スーは、とっくに反則負けだった。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

無言で停止するエリカにかまわず、ミズキは続けた。

 

「すべてはあんたと、審判が言った通りだ。スーのあの挙動、あれが“げきりん”以外にはありえない。だが、あれが“げきりん”だとするなら、スーの劇的な加速と、パワーアップに説明がつかない」

 

 

 

 

当然だ。あれは“げきりん”であり、“げきりん”ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

あの時、スーが無意識に発動した力は、二つ。

 

 

 

こうげきわざ、“げきりん”。

 

そして、もう一つ。

 

 

 

 

龍のエネルギーで己を鼓舞し、“こうげき”と“すばやさ”を引き上げるとくしゅわざ。

 

 

 

 

「“りゅうのまい”」

 

 

 

「……へえ」

 

 

 

エリカはそうつぶやき、再び湯飲みを口につける。

まるでミズキの言葉が、何でもないことかのように振る舞うその姿に、ミズキの苛立ちは加速する。

 

 

 

「あんたは、気づいていたはずだ。他でもない、カスミ戦を先に聞いていたはずのあんたなら、スーの中にある“ドラゴンの血統”を先に知っていたあんたなら」

 

「……ふぅ。顔なじみに戦力が透けてるってのはめんどくさいことこの上ないですわね……って、これはあなたのセリフでしたか」

 

「……答えろ! エリカ!」

 

着物の片襟を掴み、ひねりあげる。

 

 

 

 

 

「あなたは……何が狙いなんだ!」

 

 

 

 

 

 

ここで、逃すわけにはいかない。

 

 

はっきりさせなければならないのだ。

 

 

 

 

 

この人は、敵か。

 

 

 

 

 

それとも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わたしからも、聞きたいことがありますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

あなた、あれが、“げきりん”と“りゅうのまい”であるという事に、気づいていたんですの?

 

 

 

 

 

 

 

「……当たり前だ。スーは、俺の相棒だ!」

 

 

相棒のわざがわからないはずがない。

そんなもの、萌えもんトレーナーなら当然だ。

 

 

 

強く答えるミズキに対し、エリカは逆に冷めきったような顔でミズキを見つめる。

 

 

 

「ああ……じゃあ、こう言い換えましょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

あなた、

あの時点で、

わざを五つ使っていたことに、気づいていたんですの?

 

 

 

 

 

 

 

「っ! わざを……五つ?」

 

思わず拳から力が抜け、エリカに脱出を図られるが、それすらも意識に内容な表情で、ミズキが呆然としていた。

 

エリカはせき込みながらも、心配する萌えもんたちをたしなめながら、言う。

 

 

 

 

「あなたの言い分ならば、あなたが『ミズキ』として勝利の可能性を追うことを徹底するのであれば、公式戦のルールを犯したあの瞬間、あなたは、降参すべきだったんじゃありませんの?」

 

 

 

 

 

降参、すべきだった?

 

 

 

 

 

そうだ、その通りだ。

 

 

 

俺は、あの時、

スーを止められなかったのだ。

 

 

 

あの瞬間、俺は、負けていたのだ。

 

 

 

 

 

ならば、なぜ。

俺は最後まで戦った?

 

 

 

 

 

エリカが、こんなことをする結末など、想定できるはずがなかったのに。

 

 

 

 

 

勝ち目が、勝つ手段が、なくなったはずなのに?

 

 

 

 

なぜ?

 

 

 

 

 

「なぜ、あなたは、勝ち目がなくなっても(・・・・・・・・・・)、あきらめなかったのでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

エリカは、

悪戯が成功した子供の様に、笑った。

 

 

 

 

 

「なぜ、あなたは、勝てたのでしょう?」

 

 

 

 

 

そう言うとエリカはミズキに近づき、手元にくしゃりと何かを握らせる。

 

 

 

 

 

それは、バッジ。

 

 

 

そして、『交渉権』と書かれた、一枚の紙。

 

 

 

 

 

 

 

「わたくしがやりたかったこと。わかってくれましたか?」

 

 

 

 

 

ねえ、ジョーカー?

 

 

 

 

 

 




ミズキ、絶望。


主人公チートのタグは外しましょうかね?


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第12話 1 悪戯

かれこれ十数話分くらいタマムシを書いてる気がします


「……おい、新入り! そんなところでさぼってんじゃねえぞ! 仕事しろ仕事!」

 

そこは先日一悶着起きた件のゲームセンターの片隅。機械の爆音に負けじと声を張り上げて怒鳴り散らす中年の男に対し、説教を受けた男は平謝りを返すも去った後に軽く舌打ちするだけで店の隅から離れようとはしない。ストレス発散のための機械がそこらじゅうにあるのにできないという状況が、彼の苛立ちに拍車をかけていた。

 

そう、男は決してサボるためにそこにいるわけではない。むしろ彼にとって重大な仕事の真っ最中だった。ただし、中年の男の指示する仕事とはまるで違う内容のものではあるが。

 

(見張りなんてくそつまんねえ仕事、さぼっちまえばよかった……)

 

とは言いつつも時間が決まった当番制であるため、問題が起こった場合すぐに自分の責任であることがばれてしまうのでそれは単なる願望に終わる。

 

再び説教を受けることになっても面倒だと考え、仮初の仕事をしているフリでもしておこうかと我に返ったその瞬間、正面から声をかけられる。

 

「……あの、すいません。おたずねしてもよろしいですか?」

 

「ああ、はい。いったいなんでしょうか?」

 

みてみると自分より少し年下、17、18くらいだろうか、のカジュアルな服装の青年が申し訳なさそうにこちらを見ている。そんな様子を見て、もっと別のやつに聞けよ、という言葉を無理やり飲み込み、いったん仕事を全うしようとスイッチを社交的なスイッチをオンにする。

 

 

 

「『またまた、タマタマ』」

 

 

 

しかし、すぐにそのスイッチは切れた。

 

 

 

「っ! 『カブトはとぶか』……新入りか?」

 

「はい、交代です」

 

お互いに作った表情を瞬時にけし、頭を近づけながら低く小さい声を交わす。

 

「……? 交代? まだ三十分しかたってねえけど?」

 

「はい。何でも別件で頼みたいことがあるので僕と交代して来てほしいと、幹部の方が」

 

「別件? まあいいや。じゃあ頼んだぞ」

 

そう言い男は、自分が見張っていた場所に張ってあったポスターを剥がし、いくつかボタンを押す。すると右手にある商品を並べるための陳列棚の後ろのスペースの床がひとりでに動きだし、その下から階段が現れる。割と大きな音が出ていたような印象を受けたが、なるほど、ゲームセンターでそんな大きな音が出たところで、クレームを言ったり怪しんだりする人間はそう多くはないだろう。と、見ていた青年は心の中で思う。

 

 

「んじゃ、俺は行くけど、少ししたらちゃんと元通りに戻しておいてくれよ」

 

 

「ええ、どうもありがとうございました。それでは、おやすみなさい(・・・・・・・)

 

 

「? 何を」

 

 

 

そう言いのこし、男は、

 

倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は? あんたは入れない?」

 

 

それは絶対戦闘と同日、数十分ほど時間を取り心の整理をつけたミズキが、『交渉権』を行使しタマムシに存在する研究所を貸してもらおうと“大会本部”の部屋にてエリカに交渉していた時のこと。

具体的な要求としては、『研究所に存在するメインコンピュータの使用権をよこせ』というものだったのだが、早速ミズキのプランは暗礁に乗り上げた。

 

「……どういう事だ。仮にもジムリーダーで組織のトップをはっているあんたが、その組織が利用している研究室に入れねえってのは?」

 

「ジムリーダーで、組織のトップだからこそですわ」

 

椅子に腰かけ、机を飾る生け花を作りながらエリカは言った。まじめにやれ、とミズキは言ったが、それがあなたの要求ですか? と返され、それからは何も言わなかった。

 

「あなたが戦った“おつきみやま”にいた者たちが最たる例ですが、本部で働いているものたちとそのジムリーダー直属の部下たち以外はわたしたち“ジムリーダー”がR団であるという情報は与えていないのです。いくらタマムシシティにいる構成員たちと言っても、わたくし研究に関しては畑違いですから直属の部下というわけでもございませんし、したっぱたちのせいでわたしたちの情報が筒抜けになってしまうのはいささか不本意ですので。と言っても、あなたはカスミに直接聞いてしまったので、あまり意味の無い工作となってしまいましたが」

 

「……ああ、なるほど。つまり、ジムリーダーとしてのあんたが、アジトに入ろうもんなら大惨事、ってわけか」

 

「ええ、ジムリーダーにかぎつけられた、などと騒がれては、あなたも作業することはできないでしょう?」

 

図星だった。

ミズキがタマムシで研究を行っていた頃は、アジトの場所も違ければ、設備も違い、もっと言えばかけられる時間も違った。いくら以前使ったデータを流用して使うと言っても、一度作るのに半年以上かけたデータをそんな一瞬で再構築できるわけがない。

たっぷり時間を取るには、アジト内での戦闘は極力避け、気づかれないうちにすべてを済ませるという事が絶対条件だ。奴らの仲間であることを知られていないエリカを連れて行き、見つかろうものなら混乱は必至。戦闘は免れないだろう。

 

しかしエリカを連れて行かないことにも問題はある。エリカを自由にしてしまう事だ

 

エリカは、戦力が尽きたからこちらに従っているわけではない。あくまで絶対戦闘に負けた、という体裁があって、それを守っているだけだ。

絶対戦闘はこの萌えもん世界に存在する絶対のルールであり、そのルールにそむいたものは厳しく罰せられる。しかしそんなもの、この人がどこまで本気で守るつもりかも疑わしい。

いま彼女を野放しにすれば、どういう動きをしようとするかなど想像も予想もすることはできない。現にミズキと会ってからの彼女は雲のようにつかみどころがなく、理解できない行動、言動の連発だった。

 

背を向ければ、いつ刺されるやもわからない。

せっかく握ったそんな人の手綱を簡単に手放すわけにはいかない。

 

 

「……わかった。だったら、あんたへの要求はこうする」

 

 

 

 

 

 

今日一日、俺の作戦に協力しろ。

 

 

 

 

 

 

「……わたくしに、R団襲撃のてだすけをしろと?」

 

「……ああそうだ。ただし、今日一日だけでいい。あんたを誘拐して、あんたの部下や協会のやつらに目をつけられても面倒だからな」

 

何でもないことのようにしゃべりながら、ミズキはエリカの正面においてある湯飲みを手に取り、口にする。

 

「……わたくしの情報が嘘である可能性や、わたくしが途中で裏切る可能性は?」

 

エリカのその発言にミズキは睨みだけを返し、湯飲みを一気に傾け全てのみ込んだ後テーブルにたたきつける。

 

 

 

 

 

「……来るのか? 来ねえのか?」

 

 

 

 

 

低い声で、そう呟く。

 

 

 

 

 

「……はい。お供させていただきますわ」

 

 

 

 

 

エリカは楽しそうに、そう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Worning! Worning! 侵入者! 侵入者! 見張りが何者かに襲撃され、侵入者を許した模様。見つけ次第、位置情報を報告せよ』

 

アジト内に響き渡る警報をバックに、黒ずくめの男が二人、動揺の服装の女が一人、愚痴交じりに廊下を駆けだす。

 

「侵入者だあ? 誰だよ、そんな馬鹿な事するやつは?」

 

「R団に刃向おうなんてな。命知らずか、ただのバカかのどっちかでしょ? くだらない。すぐに捕まって終了よ」

 

「んなこたあどうでもいいんだよ! なんで、休憩中の俺たちまで緊急出動しなきゃならねえんだ! ふざけやがって!」

 

「ならば、寝てればいいんじゃないですか?」

 

 

 

「「「……え?」」」

 

 

 

声に反応し後ろを向いた三人だったが、振り向いた瞬間に顔全体に毒々しい色の粉がふりかかり、視界がふさがれる。

 

「な、なんだこりゃあ!?」

 

「おい、これは、もしかして……」

 

「“ねむりごな”……ぐぅ」

 

気付いた時にはもう遅く、彼らの景色に最後に写ったのはせっせと自分たちに“ねむりごな”を振りまくモンジャラの姿だった。

 

眠りに落ちた三人を確認し、廊下の影から一組の男女が姿を現す。

 

「さて、これで服は手に入りましたわね。多少は潜入も楽にはなるでしょう」

 

「……楽しんでんじゃねーだろうな?」

 

「自分の組織に牙をむける。こんな愉快なシチュエーション、楽しまなければ嘘ですわ」

 

せっせと女性団員から団服を脱がすエリカから視線をそらし、敵がいないかを確認しながらミズキは会話を続ける。

 

「で、再度確認するが、あんたがこのアジトについて知っていることは本当になにもないんだな」

 

「ええ。入ったことも初めてですわ。あなたに伝えた『合言葉』と、『昔ジョーカーがつかっていたタマムシアジトの設備はすべてここに移転されている』という事以外、わたくしが知っていることは何もありません」

 

はっきり言ってそれも眉唾物だったのだが、一番嘘くさかった『合言葉』が本当だった以上、いったんは信じるしかないだろうとミズキはあきらめたかのようにため息をつく。

 

「ああ、あと、逃げることを警戒して無理にしゃべりかけようとしなくても大丈夫ですわよ」

 

「大丈夫か大丈夫じゃないかは俺が決めることだ」

 

「だったら直接目で見張っていればよろしいのに。わたくしは別にかまいませんわよ?」

 

「さっさと着替えろ」

 

「はいはい……んっ、着替え終わりましたわよ。ちょっときつめですが、まあ許容範囲ですわ」

 

 

その発言を受けて振り向いたミズキは、飛び込んできた映像に思わず目をそらす。

 

エリカがいなかった……わけではない。『R』のロゴが目につく黒ずくめのシャツにスカート、そして同じく正面に『R』の帽子。普段見慣れない服装で少しの新鮮味は覚えたものの、想定通りの服装のエリカがちゃんとそこに立っていた。とある一部分のサイズが合わなくて服がパンパンになり、やたらと強調されてしまっているがそれもこの際どうでもいい。

 

 

 

「……なんで下着までひん剥いてやがる」

 

 

 

問題なのはそのエリカの足元に転がっている、全裸で爆睡中の女団員だった。

 

「わたくし、着物の時には下着はつけていませんので」

 

拝借しましたわ、と言って自分の着物を手元に抱える。なるほど、その脱衣した後には確かにエリカの下着はない、とそこまで思考したところでれいせいに考えている自分が逆に気持ち悪くなり、無言でリアライザーを起動し着物を転送する。

 

「便利なものですわね。生け花の作品を持ち帰る時にほしいものですわ」

 

「下らねえこと言ってる場合じゃねえんだよ。行くぞ」

 

さっさと着替えを終えたミズキが、廊下の遠くから走ってくる団員たちを親指で指差し言う。彼らに合流し、紛れるつもりらしい。

 

「はいはい。では、いきましょうか」

 

そう言うエリカは、やはり楽しげだった。

 

 

 

 

 

「いたか?」

 

「いません」

 

「そっちは?」

 

「全く見つかりませんわね」

 

「……こちらも同じく、見つかりません」

 

やたらと仕切り、全体を見渡す男の指示に従うふりをしながら動いていたミズキは、しばらくしてから頭を悩ませる。

 

 

 

(……どういうことだ?)

 

 

ポスター裏にあった隠しスイッチ、我々の存在を知らせる警報機、勝手に動く床の防犯。

 

R団員のしたっぱどもと一緒になって走っている間、明らかに大きなシステムによって作動しているものがいくつも確認できた。4年前自分がつかっていた設備かどうかは定かではないが、少なくとも大型のコンピュータが備え付けられているというエリカの話は嘘ではないはず。

なのに……そのコンピュータを扱っている階にどうしても行けない。

今のところ捜索している階は、B1、B2、B3、B4の四階層。しかし、その四階のどこにもそれらしい設備は見当たらない。

考えられる可能性は……

 

「何かわかりましたか?」

 

そうやって思考を回していると、エリカがミズキの方に顔を乗せ小声で囁く。振り払うのは簡単なのだが今は少しでも知恵が欲しいため致し方なしと推理を話す。

 

「……どこかに特殊な手順でしか入れない部屋がある可能性がある。そしておそらく、コンピュータ室もその部類だ」

 

「まあ、そうですわね。ですが、どこにあるのでしょう? それらしき場所や、それにつながりそうな通路は、今のところ見つかりませんでしたけど」

 

その通りだ。しかしだからと言って人に尋ねるという事はできない。こんな時に「VIPルームにはどのようにいけばいいんですか?」などと聞くのは「自分、不審者なので捕まえてください」と申告しているようなものだ。侵入者がいると全員が躍起になって探している最中にわざわざそんな場所に行きたがる馬鹿はいない。

 

どうしたものかと考えていると、その思考を寸断する怒号が鳴り響いた。

 

「おい、お前ら! さぼってんじゃねえ! より広いB2とB3をもう一回探しに行くぞ!」

 

「……はい、了解しましたわ」

 

 

仕方ない、今は従おう。

 

そう考え、エリカに倣って移動しようとした瞬間に、ミズキは違和感を覚える。

 

 

「……より広いB2とB3?」

 

 

 

そう呟き、ほんの一瞬立ち止まる。

 

 

 

 

「……ジョーカー、行きますわよ」

 

 

 

 

「……ああ、わかった」

 

 

少し笑みをこぼしたミズキは小走りで前にでて、人差し指で「ついてこい」と合図をした。

 

 

 

 

 

B2に入り動く床を利用して他団員たちの視界から離れたミズキとエリカは、部屋の片隅で捜索の振りをして体を寄せ合い、小声で話す。

 

「……それで、何かわかりましたの?」

 

「わからねえのか。これだよ。これが隠し通路だ」

 

ミズキはそういって、右手の裏拳で二回、鉄製の扉をたたく。垂れ下がっている点検中の札が乾いた音を鳴らした。

 

「……エレベーター?」

 

「ああ、そうだ。間違いない」

 

「根拠は?」

 

「広さと場所だ」

 

そう言ってミズキはポケナビを取出し、地図の機能を開く。するとそこには自分たちを表す赤い点と、階層ごとの部屋の配置図が表示されていた。

 

「……マッピングしていたんですのね。まめなこと」

 

「見ろ。B1とB4、明らかにおかしい」

 

無視されたことに少々頬を膨らませるエリカだったが、四画面同時に展開された地図を見比べるとすぐに目つきを鋭くし、なるほど、と小さく言った。

 

「こうして俯瞰で見ないと案外わからないものですわね」

 

「仕方がない。あの動く床のせいで、平面感覚を奪われてしまっていたからな。まさかこんなに広さに差が出ているとは思わなんだ」

 

二人の言うとおり四つの地図を見るとB1とB4にはB2、B3に比べてかなり狭く、先ほどまでの捜索では全く見つける事すらもできなかったデッドスペースが存在していた。

 

「そして、こうだ」

 

さらにミズキは三つの地図をスライドさせ、現在いるB2の地図に重ねると、ちょうどB1、B4のデッドスペースとなっていた箇所が、地図上の赤く点滅する点と重なっていた。

 

「捜索中に気になっていたんだ。このエレベーター、点検中で今は使われてないはずなのに、表面には目立った汚れがない。それに、B2のここにはエレベーターの扉があるのに、他の階層にはそれがみられなかったからな」

 

「……このスペースに、エレベーターでしか入れない場所があるってわけですわね」

 

そう言ってエリカはエレベーターのボタンに触れるが、ボタンは点灯しない。それを見たミズキはエリカのわきにしゃがみこみ、ボタンの下を見つめる。

 

「……鍵穴か」

 

「“エレベーターのかぎ”……まあ、ここの責任者が持っていると考えるのが妥当でしょうか?」

 

ミズキも同意する。

特別な部屋へ行けるエレベーターの鍵を任されている者なのだから、R団員の中でも長らくここで勤務することを想定されている人間であり、そのような鍵を任せても心配ないと判断された人間だろう。という風に考えていけば、おのずと答えは見えてくる。

 

「……だいたい検討はつきましたわね」

 

「ああ。後は作戦だ」

 

「あら? もう思いつきましたの?」

 

「時間は待っちゃくれねえからな。協力してもらうぞ?」

 

「……『協力しろ』って言っていただけた方がわたくしとしては興奮するのですけれど?」

 

「黙ってやれ」

 

「ああん、いけず」

 

やり取りのくだらなさに思わず笑みをこぼしてしまったミズキは、にやつくエリカの視線に気付き、すぐに落ち着く。

 

 

 

(……ばかか、俺は。何和んでやがる)

 

 

 

まるで遊んでいるような感覚さえ覚えてしまったという現実に、ミズキはイラつくばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

ミズキたちがそんな画策をする一方で、R団たちの捜索は激しさを増していた。

 

「B3捜索班。侵入者は?」

 

『はっ! まだ見つかっておりません!』

 

「引き続き探せ!」

 

『了解!』

 

「B2班は?」

 

「いえ、まだ……」

 

「探せ!」

 

「りょ、了解!」

 

苛立つ一人の男は壁に寄りかかり、指を何度も壁に打ち付け音を鳴らしながら指示を飛ばす。お前も探せ、という意見の一つも出そうなものだが、そんな彼の態度に文句を言う人間はいない。むしろこれ以上彼の機嫌を損ねないためにもさっさと見つけようと躍起になるものばかりだった。それは彼がこのアジトにおける最高責任者であり、やすやすと動くわけにはいかない理由があるからだ。

 

 

「……くそっ。これだけ探して、なぜ見つける事すらできない」

 

 

部下たちが三々五々散って行ったあとで、男は一人考える。

捕まえる事が出来ないのはわかる、だが、見つける事が出来ないのはおかしい。本当に侵入者などいるのかどうか、疑いたくすらなってしまう。

 

しかし、警報が鳴っている以上、侵入者は間違いなくいる。

ならば、一体なぜ……

 

 

 

そんな侵入者たちにとっては厄介な思考に陥りかけたその瞬間、事態は動いた。

 

 

 

「……少しいいか」

 

男はふと我に返り、足元に目を落とす。するとそこには、息を切らせた萌えもんが自分のズボンの裾を引いていた。

 

「……ガーディ? なんだ、誰かの萌えもんか?」

 

「我が主が……侵入者を発見した」

 

「何!? 本当か!?」

 

顔をほころばせた男はしゃがみこみガーディに顔を近づけるが、ガーディは浮かない顔をしたままだった。

 

「……どうした?」

 

「我が主たちは、侵入者たちに応戦され、やられてしまった」

 

「なんだと!?」

 

ガーディの発言に男は声を荒らげる。しかし、怒気を孕んだその振る舞いから、襲撃された者たちを心配しているわけではないことが分かった。

 

「クソ、間抜けどもめ!! この騒動が終わったらクビにしてやる……」

 

苛立つ男を、ガーディは冷めた目つきで見つめる。

 

「おいお前、ぐずぐずするな! そいつがいた場所へ案内しろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ! お前たち!?」

 

そう言いながら倒れる二人のもとに駆け付ける。男の方の体を無理やり起こし、顔をはたいて覚醒させることで情報を聞こうとする。

 

「……す、すみません。我々も応戦したのですが……」

 

「ち、力及ばず……やられてしまいましたわ」

 

そう言いながら倒れる二人と応戦したと思われる片膝をつく萌えもん、モンジャラを見て、男は相手がこうげきを仕掛けてきたということを察し、ボールに手をかけ臨戦態勢を取る。

 

「おい、お前! そいつはどこに消えたんだ!?」

 

怒鳴り声に反応した男は震える腕を無理やり持ち上げ、動く床の近くにおいてある荷物の影を指さした。

 

「あっちに……逃げました……まだ、いる……」

 

 

その声に反応したかのようにその影は動きだし、影から影へと逃げていく。

 

 

「クソっ! 逃がすか!」

 

男はその影を追いかけようと踏み出したその瞬間に、影の主は動く床を踏み、回転しながら視界から消えてゆく。

 

 

「ふっ、かかったな! その床はB2の入口に向かうようになってるんだ!」

 

 

ざまあみろ、と言わんばかりの表情で追いかける男は同じく動く床を踏み、移動している間に連絡を入れる。

 

「『B2より連絡! 侵入者はB2入口へ向かっている! 繰り返す、侵入者はB2入口へ向かっている! B1、B3捜索中の班は、B2へ向かい逃げられないように固めておけ! 繰り返す……」

 

そう言いながら、男は消えて行った。

 

 

 

 

 

 

「……行ったな。フレイド、首尾は?」

 

むくりと起き上がり体の埃を落としながら男、ミズキはフレイドに尋ねる。

 

「当然、上々だ。まさか本当にわっちが“どろぼう”することになるとは、思っていなかったがな」

 

そう言いながらガーディ、フレイドは起き上がったミズキに鍵の束をほおり投げる。その中には先ほど男がミズキに駆け寄った際に、フレイドが“どろぼう”を仕掛けたことによって手に入れた、“エレベーターのかぎ”もあった。

 

「サンキュ……エリカ、さっさと起きろ。時間はねえんだ」

 

「感謝の言葉は?」

 

「……陽動ありがとよ、モンジャラ」

 

「……いえいえ」

 

まあ良しとしましょうか、と言って立ち上がるエリカ。そして親しげに答えるモンジャラに、フレイドは何とも言えない表情で見つめていた。

 

「……“みがわり”、強力なものだな。自分の意志で、あそこまで動かせるものなのか」

 

「あれは植物系萌えもん……というよりエリカのモンジャラ特有の力だ。普通の萌えもんが扱う“みがわり”はHPの一部を利用して出す体力の塊みたいなものだから文字通り身代わり以上の役割はない。だが、エリカのモンジャラはそれに自分の体から伸ばした蔓を混ぜ込み、コントロールすることで一定距離ならコントロールできるようになっているんだ」

 

エレベーターを弄りながら後ろ手に答えるミズキにフレイドは半分感心し、半分はもやもやした感情を覚えていた。その表情をちらりと見たミズキは、まだ割り切れていないという事を察しこちらも申し訳ない気分になる。

せめて触れてやるまい。そう考えていたミズキを、相も変わらず予測のつかない女が予測のつかない行動で邪魔をする。

 

「……意外でしたわね」

 

「……何がだ」

 

「あなたですわ、フレイド君」

 

軽く唇をかむミズキだったが、制止の声を上げる前にエリカが次の言葉を放つ。

 

「てっきりあなたは、このタマムシにいる間は戦えないものだと思っていましたから」

 

「……ふん、貴様には関係の無い話だ。R団」

 

「あら、今わたくしは、ジョーカーに従って動いていますのよ? という事はあなたとわたくしは味方。味方の戦力が気になるのは、至極当然のことですわ」

 

「……」

 

「無駄話はそこまでだ。準備が終わった」

 

そう言いながらミズキは立ち上がりコードが飛び出した配電盤から離れ、下へ向かうボタンを押す……が、変わらず点灯することはない。

 

「本当に準備、終わってますの?」

 

「ああ……どうやら普通の建物の設備の逆で、非常時にはエレベーターの電源が切れるようになっているらしいな。ま、そんなもの、どうとでもなる。なあ、フレイド」

 

「ああ、いつぞやのリベンジと行こうか」

 

そう言って歩き出そうとしたフレイドは一度止まり、振り向かずにエリカへ一言告げる。

 

 

 

 

「わっちは、お前を信用などしていない。そして、主への不信感を、完全に拭い去る事が出来たわけでもない……」

 

 

 

だが、とはさみ、続ける。

 

 

 

「そんなわっちに主は頼んだ。『お前しかいない』と言った。という事はわっちがみていないところで、スーも、シークも、今、この状況を作り出す為に必死に頑張ったという事なのだろう?」

 

 

 

 

そんな奴らの魂のバトンを、わっちが私情でぶった切るわけにはいかない。

 

 

 

 

「それだけだ」

 

 

 

 

そう言い残してフレイドは配電盤の傍へ行き、飛び出していたコードを二本自分の手でつかみ、力を込める。

 

 

 

「フレイド、“ワイルドボルト”!」

 

「うおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

渾身の力を込めたフレイドの電力はエレベーターへと送り込まれ、とうとうボタンを転倒させる。

 

 

 

 

「……さすがはあなたについていける娘、と言ったところでしょうか?」

 

「……どうだかな」

 

 

 

 

エレベーターの扉は、開いた。

 




別にギャグにしたつもりはないのですがなんか書いてて楽しい回でした。

全国三人くらいのフレイドファンのみなさん、お待たせしました。
約一年ぶりのフレイドです。

どうでもいいことですがフレイドのわざを調べなおそうと思い、ヤフーで「フレイド」を検索しようとしてしまいました。


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第12話 2 歯車崩壊

VSノブヒコとVSエリカってわけた方がいいかな?
って思ったのでノブヒコ戦を10話、エリカ戦を11話に変えました。
つまりこれは12話 2になります。
……タイトル気にしてるの俺だけ説。





 

 

 

「……下から順番に回る予定だったが、いきなりあたりか」

 

「! お前たち、何をしている! ここは関係者以外立ち入り」

 

「はいはい、邪魔ですわ。モンちゃん、“ねむりごな”」

 

「なっ!? Zzz……」

 

エレベーターが動いたことを不審に思ったのか、ドアの目の前で待機していたその男をエリカが軽くいなすのを横目にミズキは“ちか4かい”に足を踏み入れる。

 

まず耳に聞こえてきたのは機械が起動していることを示す轟音であり、エレベーターの電気が停止していたにもかかわらず動いているという事、そして侵入者がいるという警報が鳴り響いていたにもかかわらずこの男はここに居続けたという点が、ここがアジトにとって重要な部屋であるという事を証明していた。そして辺りを見回すと複数個起動しているにもかかわらず画面がすなあらし状態で停止している小型モニターがあり、正面を向くと様々なシステムが実行中であることを映し出した大型のモニターが置かれている。それを見てミズキはふぅと息を吐き、ほんの少し安心した表情を作る。

 

「……監視カメラはくぐれていたみたいだな。注意を払った甲斐はあった」

 

「モンちゃん、大活躍ですわね。今回の件でR団をクビになったら一緒に泥棒でも始めましょうか?」

 

「まっとうに生きろ馬鹿者」

 

「えへへ……ぶい」

 

フレイドの発言に冗談のように言うモンちゃんことモンジャラだが、実際今回の一件においてエリカを引き入れたことによる一番の誤算はモンジャラの大活躍だった。

 

“ねむりごな”による敵の無力化。

“みがわり”による陽動作戦。

“つるのムチ”による監視カメラの破壊。

 

エリカを引き入れる際のメリットとして考えてはいたものの、まさか隠密行動という分野においてモンジャラがここまで有能とは思っていなかった。

その活躍には素直に感謝するがしかし、ミズキは気を緩めずに一番手近のキーボードをたたき、機能停止していた画面を一つ自分の手でコントロールする。

ほんの少しの間そのまま黙りこくっていたミズキだったが、一つ、ふぅと呼吸をいれた後、三人の方を振り返り言った。

 

「……間違いない。俺がつかっていたコンピュータシステムがここにそのまま流用されている。おそらく、昔のデータも……」

 

「ほら、言った通りでしょう」

 

「ああ……はっきり言って、あんたの発言が全て本当のことだったというのは、いまだに信じられねえがな」

 

「ふふっ」

 

そんな会話をはさみながらミズキはそのまま片手でキーボードをたたき、現在のメインのシステム、防犯システムから独立させてソフト内のデータを探る。

 

「……とりあえず、防火シャッターでも作動させてある程度追っ手の動きを封じておくか」

 

「いいんですの? あなたがここにいることがばれてしまいますけれど?」

 

「エレベーターを使ったことはいずればれる。モンジャラの“みがわり”ももうばれてるだろうしな。だったら大したデメリットにもならない」

 

そう言いながらミズキは会話中も絶えず動かしていた手をいったん止め、最後にエンターキーを押すと同時にまだ生きている監視カメラに逃げ惑うしたっぱたちの映像が映し出される。

 

「これだけこんらんを招けたんなら、とりあえず時間稼ぎとしては上々だろう。さて……」

 

ミズキは監視カメラの映像を画面端に追いやり、画面に新しいウィンドウを開く。そこには夥しい量のデータが保存されたファイルが数十個にわたって映し出されていた。その中からいくつかのファイルをクリックし中身を捜索するミズキだったが、ファイルの中身を一つ、また一つ確認していくにつれて無表情が次第に歪んでいった。

 

 

「……消されてるな。まあ、妥当と言えば妥当だが」

 

 

「あらら、残念。発表すれば幾分かのお金になる結構な研究でしたのに」

 

幾分かのお金、というエリカの発言でフレイドは何時ぞやにミズキが超高額のじてんしゃを簡単に購入していたことを思い出し眉間にしわを寄せる。

 

「……で? そのデータは、簡単に作り直せるものなのか?」

 

「無理だね」

 

フレイドの質問に、ミズキは即答を返す。

 

「あれは俺が半年以上かけて作った、研究データの結晶だ。時間、という点でもそうだが、研究っていうのはその時、その瞬間のひらめきに偶然が重なってようやく成立するものなんだ。日付、室温、気圧……すべてが少しずつずれるだけで、結果はすべて変わってくる。今からデータを作り直すことなんざ、不可能だ」

 

 

「でも、手段はあるんでしょう?」

 

フレイドは次の言葉を発する前に、エリカが言う。

その言葉に、ミズキは笑う。

 

「簡単だ。再構築がダメなら、復旧すればいい」

 

そう言ってミズキはリアライザーから一枚のディスクを取り出す。それはフレイド達もよく目にしていた、わざマシンの形状に近いものだった。

 

「それは?」

 

「お手製のプログラムさ。まあ、内容を簡単に言うのであれば……」

 

言いながらディスクをモニター脇のディスクパックに差し込み、二、三秒待つと、画面に新しい窓が現れ、膨大な量の数字の羅列が現れる。

 

 

 

「内部データを搾り取るプログラムだ」

 

 

 

そしてそのまま待っていると画面が切り替わり、一枚の画像と数十万文字にわたるデータのまとめが現れる。それを見たエリカはほんの少し目を見開き、へぇ、とつぶやく。ガラスの様な塊の中に目を背けてしまいそうなほどに輝かしい力が詰め込まれ、中心がほんのりと発光しきらめいていることが画像からでも見て取れた。

 

「……間違いないですわね。わたくしのミラがロズレイドになった時のしんかのいし、“ひかりのいし”ですわ」

 

エリカのつぶやきに答えるように、ミズキはディスクを取出し掲げた。

 

「パソコンにおける削除っていうのは、データをこの世から消し去るっていう事じゃない。あくまでパソコンの中の容量を開けるために一回見えない場所へデータを追いやってしまっているだけだ。だがコンピュータっていうのは優秀なものでな。自分で削除したデータは『一回削除したデータ』として、ちゃんと覚えているものなんだよ」

 

「……ああ、なるほど。そのディスクは」

 

「そ。『削除したデータ』をコンピュータから搾りだし、復元するソフトっていうわけだ」

 

そしてミズキはコードを引きずりだし、新しく取り出した機材とパソコンをつなぎ始める。コードはマジックテープで装着する頭や手首に巻くバンドに伸びていて、フレイドはみていてあまりいい印象を感じることはなかった。

 

「フレイド、別室に患者搬送車……動くベッドがあるはずだ。持ってきてくれ」

 

そしてそんなミズキの指示から、フレイドが感じたその印象が正しいものであったことを察する。

 

「……何をするつもりだ」

 

「今更なに馬鹿なこといってんだ。最初から言ってただろうが」

 

そう、最初から言っていた。当然、フレイドもわかっていた。

 

分かったうえで、いつの間にか言葉が漏れていた。

 

 

「今からマリムの闇のエネルギーを“しんか”の力に変換する」

 

 

「……一応聞きますけど、それ、どれぐらいの確証があって言ってるんですの?」

 

今度はミズキの計画の全貌を今初めて知ったエリカが、フレイドに代わって質問を投げかける。

 

「……さあ。体内に存在する力を無理やり別のエネルギーに変換、なんて、さすがにやったことないからな」

 

右手でパソコンと機材をつなぎ、片手でキーボードをたたきながら真剣な表情で言う。その姿に改めてフレイドは、主の本気を肌で感じた。

 

 

 

「ただ、推定でものを言うのであれば、成功率は10%もないかもしれないな」

 

 

 

だからこそ、その発言は許せなかった。

 

シークの。

スーの。

マリムの。

皆の必死の想いを背負って、なぜそんな言葉が吐けるのだ。

 

拳を握り、叫びながら一歩を踏み出そうとした瞬間、フレイドの体は空中で回り、冷たい床にたたきつけられた。

体の痛みに悶えながらも違和感に気付いたフレイドは自分の足先を見ると、青みがかった蔓が自分の足に伸びておりその蔓の先にはむくれた顔で自分を制するモンジャラの姿があった。

 

「っ! 貴様!」

 

「……ジョーカー、まだある」

 

静かに言ったモンジャラはその後ミズキの方を見て、でしょ、言わんばかりの表情でミズキの発言を促す。そのやり取りは、二人の、ひいてはミズキとエリカたちの関係性が見えたような気がして、フレイドは怒りなのか悲しみなのかわからない感情を抱えて黙り込んだ。

 

「……ムウマが“しんか”できると考えたこと。それは別に、無根拠じゃない」

 

モンジャラのそれにこたえるように、ミズキは話を始める。

 

「“ひかりのいし”を作るために、いろんな場所を回ってデータを集めたことがあったからな。その時にロズレイド同様にしんかできる可能性のある萌えもんをリストアップし、その萌えもんたちのデータを集めた。その中に、ムウマもいた。まあ、ロズレイドがメインだったから、それ以上深入りをすることはなかったけどな」

 

「ああ。そんなこともありましたわね」

 

声の方向を向くと、エリカがからからとベッドを押しながら、別の部屋から出てきた。何を言われようがやめる気などないという意思表示にすら見える二人の振る舞いが、フレイドの心を一層揺らす。

 

「……だから、可能性はあると言いたいのか」

 

「あくまで10%以下の可能性だけどな」

 

エリカが運んできたベッドに機材を置き、準備完了と言った状態。

それを見て動こうとした瞬間に、足にまかれた蔓が力を増す。

 

「……そんな実験じみたことに、マリムを巻き込む気か」

 

「実験じみた、ね……まあ、否定はしない。研究者がデータと推測に基づいてことを起こすのだから、紛れもなく実験だ」

 

表情を変えずにそんなことを言うことができるミズキに、フレイドはわかりやすく怒りを覚えた。

 

 

 

「……そんな言葉で、わっちに信用しろというのか!?」

 

 

「お前に信じろとはいっていない。これは、お前との契約じゃないんだからな」

 

 

 

フレイドが二の句を告げる前に、ミズキがベッドの上にほおったボールが弾けた。

 

「……よお、久しぶりだな。マリム」

 

「……ええ、久しぶりね……あなた、やつれた? なんか、変よ」

 

マリムのその言葉に、フレイドは思わず息をのみ、ミズキの方を向き直った。

……フレイドにはミズキの何が変わったのか、何もわからなかった。

 

そんなフレイドの驚いた眼を見た後、視線を上げてニヤつくエリカの顔を見て舌打ちをしたミズキは、マリムに向き直る。

 

「……別に。気のせいだろ」

 

「……馬鹿」

 

ミズキの目の前でそう吐き捨てたムウマはそのままゆっくりと降下し、ローブを翻してベッドに腰を下ろす。

 

「……私を外に出してくれたってことは、そう言う事なんでしょ? そのために、頑張ってくれたんでしょ?」

 

「当たり前だ。俺は」

 

契約(やくそく)は、守る男」

 

「そういう事だ」

 

マリムの笑顔に、ミズキは思わず顔をそらした。

 

 

 

 

 

そして、そんな二人のやり取りを見て、

フレイドは一瞬、呆然とする。

 

なぜ? そんな風に思える?

 

フレイドの心の中は、それでいっぱいだった。

 

 

それを見たエリカはため息をつき、モンジャラは静かに“つるのムチ”をしまう。

 

 

「『……自分と一緒になって、罵倒の言葉を浴びせて欲しかったのに』 そんなところでしょうか?」

 

エリカの言葉にフレイドは渾身のにらみを返すが、怒りの感情以上に困惑が自分を支配し、うまく言葉を作れずに押し黙る。

そんなことをしていると、今度はモンジャラが口を開いた。

 

 

 

 

「……あなた、何がしたかった? 結局、何に怒ってた?」

 

 

 

 

それを言われたフレイドは、今度は怒りを一つも覚える事すらできず、ただただその言葉に動揺する。

 

 

 

 

「……わっちが、何に怒っていたか……?」

 

「あの娘の為? でも、あの娘、うれしそうだよ」

 

大量の蔓に埋もれた指先は、泣きながらも確かに笑顔のマリムを指していた。

 

それを見て、フレイドは考える。

 

 

マリムのため? 

違う。怒っていたのは、ミズキの行動。ミズキの振る舞い。

マリムのことをやり玉に挙げてミズキを攻め立ててはいたものの、結局マリムの気持ちなど、考えてはいなかった。

 

 

 

スーの為? シークの為?

違う。ここに来るまでに言った通り、スーたちの努力に報いるためにここに来たのならば、今の自分の行動は矛盾だらけだ。

 

 

 

 

ならば、何のため?

 

 

 

マリムの為でも、スーの為でも、シークの為でも、当然、ミズキの為でもない。

 

 

 

 

ならば、誰のためだ?

 

 

 

 

そこまで考えたところで、答えは出た。

 

気付いて、しまった。

 

 

 

簡単な消去法だ。もう、答えは一つしかない。

 

 

 

 

 

 

全ては、自分の為。

 

 

 

 

 

全ては、自分の気に入らないことを、拒絶していただけ。

 

 

 

 

スーは言った。

 

 

フレイドは、ちゃんと罪と向き合った、と。

 

 

 

 

 

それは、間違ってなどいない。フレイドは、スーと違い、罪から逃げなかった。

 

 

 

 

しかしフレイドは、向き合い方を間違えていたのだ。

 

 

 

 

本当にフレイドが、過去と向き合い、戦う覚悟を持っていたならば、

 

 

やるべきことは、ミズキと争う事ではなかったはずだ。

 

 

 

全てを理解したうえで、ミズキを、許すべきだったはずなのだ。

 

 

 

それは簡単ではなかったかもしれない。

しかし、フレイドはそれが出来るだけのものを、ミズキからもらっていたはずだった。

 

 

 

優しさ。

楽しさ。

喧しさ。

 

そして、強さ。

 

 

 

なのに、いつの間にかそれが見えなくなっていた。

自分にとって最高のトレーナーは、最高であることが当たり前になっていた。

 

 

 

 

ミズキとともにいることで、罪と、過去と、向き合えるようになるのだと、錯覚を起こした。

 

 

 

 

 

そしていざ、向き合うその時が来た瞬間に、挫けた。

 

 

 

 

 

自分の怖いもの、恐れる結果から、逃げた。

 

 

 

 

 

それが、決定的な間違いだった。

 

 

 

 

 

 

「……一人で勝手に空回りするのは、あなたたちの得意わざですか?」

 

 

「うるせえ」

 

 

二人のやり取りにフレイドが我に返ると、ミズキの瞳はまっすぐにこちらを射抜いていた。

一瞬だけ見えた悲しげな瞳は直ぐに影を落とし、鋭い目つきに切り替わる。

 

その瞬間にフレイドは、

ミズキが自分に、実は誰よりもミズキにすがっている自分に、

 

 

弱さを見せまいと頑張ってくれていたことに、ようやく気が付いた。

 

 

そしてそれに気づいた時、マリムの言っていたことが、とたんに見えてきた。

 

 

あれだけ強く見えたミズキが今は、ぼろぼろに見えた。

 

 

「フレイド。俺はお前に言いたいことがあるし、たぶんお前も、俺に言いたいことがあるんだろう?」

 

「……」

 

 

ミズキの問いに、フレイドは答えない。いや、答えられない。

 

言いたいことは、あるはずだ。

言わなければいけないことが、あるはずなのだ。

 

しかし、それが浮かばない。あるのに、言葉にならない。

 

 

 

 

「だから、あとでいい」

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

「今は俺を信用しなくてもいい。俺がお前の野望達成の仲間としてそぐわないと思ったなら、その時は俺を殴ればいい。俺の下を去ればいい。俺の、首を奪えばいい」

 

 

 

 

フレイドは、わかった。

 

 

 

自分の一番欲しい言葉をくれる。

 

自分の一番を探し出すための時間をくれる。

 

 

 

 

「だが、今俺が信用できなくても。たとえ俺が、お前の死ぬほど嫌いなR団と同じだとしても。今、この瞬間だけは、契約のために尽力しろ」

 

 

自分は、この人に、

 

優しくも厳しく、美しくも汚い、

 

そんな矛盾だらけの、自分の中の『最高のトレーナー』、ミズキに。

 

 

 

 

 

「『マリムの“しんか”』。そのために、お前がやるべきことをやれ」

 

 

 

 

 

 

甘えていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずれた歯車が、無理やりに動きだす。

その瞬間はいい。ある程度は理想の動きをしてくれる。

 

しかしそれは、不安定で、

致命的な場所で、致命傷を起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……サイドン、“つのドリル”だ。ちか4かいを目指せ」

 

 

 

 

 

 

 

崩壊は、近かった。

 

 





一番書きたくて、
一番書きたく無い回が、
近付いてくる……


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第12話 3 戦いたくない

更新ペースって結局時間の都合というよりは心の状態に左右されるんじゃないかなと思います。
忙しい時に時間がないというよりは、忙しい時には心に余裕がなくて執筆している時間が取れない、みたいな。

というわけで、今心に余裕がないので更新ペースが落ちる気がします。


 

 

 

「……本当に、いいんだな?」

 

「断ってもいいのかしら? 別の方法で、わたしを強くしてくれるの?」

 

「……すまん」

 

「謝らないで。わたし、感謝してる。あなたが、わたしの強さの可能性をくれるっていったこと。わたしのために、頑張ってくれたこと。わたしの力を、奪い取ってくれること」

 

そう言ってマリムは、優しくミズキの手を両手で包み込む。

 

「……こんなことを言うのは間違っているが、今でも思う。もっと他に、確実な方法があったんじゃねえかってな」

 

「そんなことを言うのは間違っているわ。無いから、こんな選択をしたんでしょう。最善と判断したからこそ、こんな選択を」

 

重々しくいうミズキの声に対し、マリムはわざとらしく飄々とした声で返す。

 

 

 

ミズキは、マリムにすべてを話した。

 

 

今からマリムの体を改造(いじく)るということ。

ここはR団のアジトであるということ。

マリムの力を、“しんか”のエネルギーに変換すること。

成功率は高くないということ。

失敗したら何が起こるか、わからないということ。

 

 

 

それをすべて話したうえで、マリムはすべてを承諾した。

 

 

 

「わたしは、あなたのものだから」

 

「……お前は、ものじゃない」

 

「いいのよ。わたし、あなたが手を差し伸べてくれた時に決めてたの。あなたにすべてを預ける、あなたにすべてをかけるってね。ここで壊れても悔いはないわ」

 

「っ! 下らねえこと言ってんじゃねえ!」

 

 

 

「……なら、壊さないでね」

 

 

 

「っ!」

 

虚ろげで儚げな瞳を浮かべてそう言い放ったマリムに、ミズキは思わず吸い込まれそうな感覚に陥った。

 

「ちょっとだけ、昔話の時間をくれる?」

 

昔話。

その言葉に少しだけドキッとしたが、マリムの弱弱しくもしっかりと此方を射抜くその瞳の力に本気の想いを見たミズキは、軽く頷いた後エリカに視線を送り、それにエリカはわざとらしくやれやれと言った表情を返して部屋の隅へと移動していく。

 

人払いをしてくれたことを理解したマリムはやんわりと笑い、口を開いた。

 

 

 

「……わたし、戦う事が嫌いだったの。相手を傷つけて、自分が生き残って、その先に何があるんだろうと、ずっと思ってた。だから戦場から逃げてきた」

 

 

「……なぜだ?」

 

マリムの一言目に、早速フレイドが口をはさむ。それはおそらく、かねてからの疑問だったのだろう。矢継ぎ早にマリムへと言葉を投げかける。

 

「お前の実力があれば、戦い抜くことなど容易だっただろう。“ゆめくい”を嫌っていることは知っている。だが……」

 

「そこまでだ、フレイド。踏み込み過ぎるな」

 

聞きたいことが一気に弾けるフレイドに対し、ミズキはそれをすぐなだめる。いくら話してくれていると言っても、言いたくないことはあるだろう。それに自分から踏み入っていくのは契約違反だ、という判断だった。

 

しかしれいせいにフレイドをなだめる一方で、フレイドと同様の疑問も抱えていた。

 

 

“ゆめくい”が罪の象徴と化したのは、シオンタウンの事件があったから。

今戦えなくなってしまったのは、罪につぶされてしまったから。

 

 

しかし、マリムは最初から戦うことを嫌っていた、と言った。

つまり、戦いを嫌う理由は、“ゆめくい”ではないという事だ。

 

 

「いいのよ。もともと、少し話す予定だったから」

 

そんなミズキの想いを知ってか、答えるようにマリムは言い、独白を続けた。

 

 

「……私が生まれた場所は、戦う事が全てだった。萌えもんは戦力、わざは武力、心は気力。戦い以外は死と同じ。そういう場所だったの。わからないかもしれないけどね……」

 

 

「……いや、わかる」

 

辛い日々を思い出しながら言葉を紡ぐマリムに、フレイドは力を振り縛り一言だけ返す。そんな二人の様子を、ミズキは慰めたい衝動を必死に抑え込みながら見守る。ここで自分が中途半端な言葉を投げかける事こそが、戦う二人に対する最大の侮辱であると理解していた。

 

 

「そんな仲間たちを見ているのが、嫌になった。力が全ての世界に、嫌気がさした。戦わないことを笑われる日々が、たまらなく辛かった。だから、逃げた。すべてをめちゃくちゃにして、そこから逃げた」

 

 

そこからは、逃げてばかりだった。

 

わたしの力におびえるもの。

わたしの力を利用するもの。

わたしの力に苦しむもの。

 

全てから逃げた。

 

 

「逃げて逃げて逃げて、そして、出会えた。わたしを、わたしの力を褒めてくれた人。わたしの存在を認めてくれた人」

 

 

「……それが、ガラガラ」

 

 

ミズキは、優しく温かい心を持った友達の名前を呟く。

 

 

「うれしかった。人を傷つけるだけのわたしの力が、素敵だと言ってくれた。臆病なだけのわたしの弱さを、優しさと呼んでくれた。わたしの友達でいてくれた」

 

 

いてくれた、のに。

 

 

一瞬声が上ずったことに、触れる者はいなかった。

悔しさと辛さをかみ殺して飲みこんだマリムは、さらに続ける。

 

 

「結局わたしは、自分の力も、自分の心も、自分自身も愛せなかった。唯一無二の最愛の友達が、好きだと言ってくれたわたし自身を、好きになる事が出来なかった」

 

 

好きになれずに、彼女を失ってしまったわたしは、また一人になった。

もう、ずっとひとりなんだと思った。

だから、親友の願いを間違えてしまい、生きなければという使命と、死にたいというねじまがった想いの檻にとらわれ、出られなくなってた。

 

 

 

 

そこに現れたのが、あなた。

 

わたしの間違いを、正してくれたのが、あなた。

 

 

 

 

「……マリム」

 

 

 

「こんな人、もういないと思ってた。わたしの力を必要とするんじゃなくて、こんなわたしを強くしてくれると言ってくれた。弱い私を認めて、強さをくれると言ってくれた」

 

 

 

 

弱さを否定してくれた、ガラガラとも違う。

弱さを認め、前に進むための勇気をくれた。

 

 

 

 

 

罪を、否定してくれた。

 

 

 

 

 

「……わたし、初めてよ。誰かのために……いや、誰かのためにじゃなくっても、自分から戦いたいと思ったことなんてなかった。戦うための力が欲しいだなんて、思ったことなかった。わたし、心の底から、あなたの役に立ちたいと思った。あなたがくれる優しさを受けて、あなたを、あなたが抱きしめてくれた自分を好きになりたいと思った」

 

 

 

 

 

だから、

 

 

わたしは、あなたを信じてる。

わたしは、あなたを信じられるの。

 

 

 

だから……お願いね?

 

 

 

 

 

 

ミズキ。

 

 

 

 

 

 

 

ミズキが言い返す前にマリムは遠く離れたエリカにウインクをし、それを受けたエリカは軽く笑い、十分に近寄ってから右手を上げる。そして今度は同じく近寄ってきたモンジャラが受け取り、マリムに向かって“ねむりごな”と“しびれごな”の複合わざをかける。意識を無理やり奪う、簡易の麻酔薬だ。

 

 

 

「無駄な時間を喰ったんじゃありませんの?」

 

 

「……無駄じゃねえさ」

 

 

 

ベッドの上で眠りについたマリムを見守り、そうつぶやいたミズキは自分で自分の顔を強くはたき、人差し指で軽く自分の瞼をなで、表情を切り替える。

 

ベッドを引きずりながら大型モニターの目の前に移動したミズキは、まるで壊すかのような勢いでキーボードを素早くたたく。

 

 

「……主」

 

「フレイド。お前は敵が来たら迎撃してくれ」

 

振り向かず、手も止めず、当然のように命令をするミズキ。しかし、ほんの少し震えているように見えたその姿がフレイドはとてつもなく遠く感じ、ああ、と返すことしかできなかった。

フレイドは、強く拳を握り、エレベーターの戸を見つめた。

 

 

 

「「何としてでも……必ず……」」

 

 

 

二人の決意が、固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら! 何としてでも必ず見つけ出せ!」

 

「し、しかし……これだけ探しても見つからないというのは……」

 

「それに、防火シャッターが作動していて、思うように動く事が出来ません。やはりこれは誤作動ではなく、敵がシステムコントロールルームで操っているのではないかと……」

 

「うるさい! クビにするぞ! さっさとやれ!」

 

「「はっ、はい!」」

 

ミズキたちが消えてから幾度となく行われてきたしたっぱたちとのやり取りに、責任者である例の男は毎度冷や汗を流していた。

 

(……“エレベーターのかぎ”を奪われたなんて、言えるはずがないっ!)

 

そう。男はすでに自分たちが捜索できる階層にミズキたちがいないという事は理解していた……が、自分の立場、そしてプライドが邪魔をし、それを口にできずにいた為かれこれすでに数十分無駄な捜索が続いていた。

 

(どうする……こんな失態が本部に知れたら……私の出世街道が……)

 

ぶつぶつと一人で呟く男を、さらに追い詰める報告が続々と届く。

 

 

『B3捜索班より報告! シャッターの誤作動により、B3からB2への階段がシャットアウト! B3に隔離されました!』

 

『B1捜索班より報告! 同じく、シャッターの起動により、階段がふさがれ移動困難!』

 

 

「くそっ!」

 

「隊長! やはりエレベーターを使いましょう! このままでは、このアジトは崩壊します!」

 

「う、うるさい! 私に指図するな!」

 

「仮にシャッターが作為的なものでなく誤作動だとしても、B4に行けばその原因もはっきりするはずです! 隊長、エレベーターを使いましょう!」

 

「くっ……」

 

明らかにしたっぱたちの言い分の方が正しい状況であるため権力を行使したところで彼の言い分にただただ従うものは次第に少なくなっていった。このままでは、自分に反抗して暴れる者がいてもおかしくないほどの状況だった。

 

 

 

(どうする!? どうする!? どうする!?)

 

 

 

苦い顔を作る男に対し、したっぱたちは声を潜め、次第に事情を察し始める。

 

「隊長? どうしたんですか?」

 

「何か、問題があったんですか!?」

 

「隊長……まさか……」

 

 

「う、うるさいうるさい! 貴様らしたっぱは、黙って俺に従っていれば」

 

 

 

 

その時、

したっぱたちの後方で大きな破砕音が響き渡る。

 

 

 

視線を移すとその音が、

崩れ落ちてきた天井が床にたたきつけられた音だとわかり、

 

 

 

その穴から降りてきて着地したサイドンと、

そのサイドンがかついでいる二人の男が、したっぱたちの頭に新たな疑問を産んだ。

 

 

 

「……き、貴様らが侵入者だな!? いったい、何の目的でこのアジトにやってきた!?」

 

「……」

 

いち早く硬直から復活した男は怒鳴り声を浴びせるが、男たちは何も答えない。

それを見て男は心の中で、好都合と考えた。

 

(この男たちが侵入者だったという事にすれば……)

 

ミズキたちと直接会話をしていたこの男には当然、目の前の彼らが件の侵入者でないという事はすでに分かっていた。が、ミズキたちを見つけたその瞬間に、鍵を盗まれた彼の失態はしたっぱたちに知れ渡る。

 

(ならばこの男たちを侵入者として捕獲すればしたっぱたちの信頼を取り戻し、奴らのことをなかったことにすれば、私の出世街道は守り通せるっ!)

 

 

実際には“エレベーターのかぎ”を紛失していたという事実は時間が経てば明るみに出てしまうのは防がれないことなのだが、追い詰められた男にはそのプランが名案にしか思えなかった。

 

そして、その段階で考えることをやめた男は、すぐに計画を行動に移す。

 

 

 

「いけっ、ゴルバット! 奴らを捕らえろ!」

 

 

 

そんな思いで放られたボールから出てきたゴルバットは、一直線にサイドンへと向かう。

やれやれ、と言った表情で黒のスーツに黒のハットをかぶった男が指示を出そうとしたところで、もう片方の男がそれを制す。

 

 

「……BOSS。ここの不始末はこのわたくしが」

 

 

BOSS、と読んだその男とは対称的に白のスーツを着た水色髪の短髪の男は、向かってくるゴルバットに合わせるようにボールを投げる。

 

 

「ドガース、“ヘドロこうげき”」

 

 

ボールから出てきたドガースはそのままの勢いでゴルバットに“ヘドロこうげき”を放つ。想定よりも早いそのこうげきにゴルバットは何とか直撃を避けようと身をそらすとヘドロはゴルバットの左の翼に当たり、

 

 

 

そのままゴルバットは、地面に落下した。

 

 

 

声を上げようとしたしたっぱたちは落ちたゴルバットをみて、息をのむ。

 

 

 

ゴルバットの翼には、穴が開いていた。

 

 

 

「……ど、どくタイプ萌えもんのゴルバットの翼を、どくわざの“ヘドロこうげき”で……」

 

「あ、あの人たちって!?」

 

 

したっぱの一人が気付き声を上げたのと同時に隊長と呼ばれていた男もそれに気づき、膝から崩れ落ちる。

 

「あ、あなたは……R団幹部……」

 

 

 

「「アポロ様!」」

 

 

 

本部所属の幹部がなぜここに?

 

アジト所属の全員がそんな思いに支配されていた最中に、

 

一人の発言で、さらにそれを上回る衝撃が走る。

 

 

 

 

 

「お、おい。今さっき、アポロ様があの人のことを……BOSSって」

 

 

 

 

 

誰がその言葉を吐いたか、などという確認を始めるよりも先に、腰を抜かした隊長を覗いた全したっぱが膝をつき、整列する。

 

 

 

 

「「「「「「ぼ、BOSS! 初めまして!!!」」」」」」

 

 

 

 

やれやれ、と言った表情でそれを一瞥したスーツの男は、そのまままっすぐへたり込んだままの隊長の正面へ歩いていく。

 

初対面とはいえ、組織のBOSSから見下ろされることとなったその男は、声にならない悲鳴を上げながら尻を引きずり後ずさることしかできなかった。

 

「……あ……え……」

 

「ふ。そうびくつくことはない。別に今のこうげきで君をどうこうしようなどとは思っていない。君たちは私のことを知らなかったのだから」

 

優しいとも、恐ろしいとも、無関心であるとも取れるような声で、スーツの男は言った。

 

「君たち。侵入者は、見つかったのか?」

 

「は、はっ! B1からB4までくまなく探しましたが、発見には至っておりません!」

 

「これより、エレベーターを使ってB1とB4の特別室に向かう予定です!」

 

「……なるほど」

 

怖気づいた男をまたいでしたっぱたちと会話をした後目線をエレベーターへと移し、最後に真下の男を見つめる。

 

 

「……責任者は君だな。私を、コンピュータ室へ連れて行ってくれ」

 

「……あ……う……」

 

 

その申し出に耐えきれず男は思わず目線をそらすと、それを見てスーツの男は尻餅をついた男へと右手を伸ばす。

 

 

「ひ、ひぃ!!!」

 

 

怯えて両手を前に構え目を瞑っていると、胸に一回、そして太ももに二回ほど、軽くたたかれたような印象を受けた。

 

 

 

「……なるほど。鍵は奪われているようだな」

 

 

 

その一言で、顔の血の気が一気に引いていくのを感じた。

 

 

 

「……アポロ。ここの始末はお前に一任する。片づけておいてくれ……私は当初の予定通り、サイドンで下に向かう」

 

「はっ!」

 

後ろを向き歩き出したスーツの男は、アポロに指示を出しながら再びサイドンの方に乗る。

 

 

 

 

 

「ああ。あと、ここの責任者には、別の者を立てておくように」

 

 

 

 

 

降格が決まった男の絶望の声は、“つのドリル”の音に溶けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、そのころ……

 

 

 

 

 

「なんだ……これは……?」

 

 

 

 

 

ミズキが、呟く。

 




進まんなあ……


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第12話 4 絶望に次ぐ絶望

只今スランプ中。
でももう二度と無断で半年もあけたくない。


そう言う思いでモチベーションを上げようとポケモンセンターに行ってみると、なんとラプラスフェアの真っただ中!

大量購入して帰ってきました。


 

「……主?」

 

フレイドの心配そうな声に振り向くことすらもせずミズキは唇を噛みしめ、正面の大型モニターを見つめる。

モニターには、英語や数字の羅列で埋め尽くされた例の過去のデータから復元したレポートやミズキがプログラムに出す毎秒何十文字という指示を直接受けて実行するためのメッセージウィンドウの中心に、“ひかりのいし”の一部が軽く黒ずんだような画像データが鎮座していて、その脇に大きく表示された180程度と60程度の数字が上下に並び、小刻みに下一桁を変動させていた。

 

どれだけその画面を真剣にみても、根本的な知識が不足しているフレイドやエリカが状況を理解するという事はなかったが、少なくとも芳しい状況ではないという事だけはミズキの表情から察する事が出来た。

当のミズキはキーボードをたたくスピードを速めるが、表示される文字列が増えること以外に変化は見られない。ミズキの頬を嫌な汗が伝うことを除いて、何かが変わることはなかった。

 

 

「……クソっ、何だこれは!?」

 

 

苛立ちに任せ机に拳をたたきつけるミズキをみて、フレイドは焦って駆け寄り服の裾を引きミズキをなだめる。

 

「落ち着け主! 何があった!?」

 

見たことの無いただならぬ雰囲気のミズキにあせるフレイドを見かねてか、はたまた自分が蚊帳の外にいることにしびれを切らしたか、呼吸を乱すミズキとフレイドのやり取りにエリカが入る。

 

「……ムウマちゃんに、石が合いませんでしたの?」

 

エリカは推測できたわずかな場合の数の中で最も大きな可能性を占めた事象を呟いた。

別に正解をするつもりだったわけでもない。ミズキに状況解説をさせるための、いわば話題のつなぎの一言。だからこそ、外れても問題はない。

 

 

ミズキの回答は、そんな風に考えていたエリカの表情さえも驚愕に変えるものだった。

 

 

 

 

「…………()だ」

 

 

 

 

 

「……逆?」

 

そのつぶやきにほんの少しだけエリカの方向に首を傾け頷くことで答えたミズキは、続けて、モニターの中心よりやや右、件の二つの数字を指さす。

 

 

 

 

「……上が、石とマリムの親和性。下が、石に対するマリムの力の浸透率。それぞれ単位は%。要するに、マリムと石の相性レベルが180%(・・・・・・・・・・)そして完成度が60%(・・・・・・・)ってことだ」

 

 

 

 

何だと。とつぶやくフレイドと、黙りこくってモニターを見つめ、今もなおせわしなく指を動かすミズキの表情が、うっすらと重なって見えた。

 

 

「……どういう事なんですの?」

 

「……わからねえ……いったい何が起きてるんだ……」

 

「主! ちゃんと説明しろ!」

 

口から意図せず“ひのこ”を漏らすフレイドの勢いに、言いたくもない、というような態度のミズキもしぶしぶ口を開く。

 

「…………今言ったことが全てだ。親和性が俺の予想以上に高すぎて、マリムの力をもってしても“しんかのいし”は完成できなかった」

 

「だからそれがどういう事だと言っているんだ!? 予想外に相性がいい? それで何で失敗するんだ!?」

 

「……相性がいいことが問題じゃない。相性が、良すぎる(・・・・)のが問題だって言ったんだ」

 

ミズキはそういって今度はマウスを使い、新しい小窓を開きそこにレポートをペースト、さらにものすごい勢いでデータを片っ端から入力していく。ほどなくしてその画面には、漆黒の色に全体を塗りつぶされた、怪しい光沢を浮かべる石の画像が映し出された。

 

「……これが俺の理想としていたもの。マリムを進化させるための可能性を秘めた石、“やみのいし”だ。本来俺は、マリムの暴食(夢喰い)の力を利用し別のエネルギーに変換することでこの石を完成させようとしていた。そのためのプログラムを、用意していた」

 

それが先ほどまで羅列していた英数字の山の正体だろう。それをサポートするために、ミズキはずっとキーボードでデータを打ち込み続けていたのだ。

 

「だが、マリムの中にあるエネルギーとしんかのいしがもつエネルギーは本来別のものであると同時に、光と闇、相反する二つのエネルギーでもある。その二つのエネルギーを強引に合わせ、進化の力へと変換し、じっくりといしそのものになじませる。そうする予定だった」

 

 

「っ! まさか!」

 

 

完成予想図とされる画像と現在の石の画像データを見比べ、フレイドはようやく状況を察する。そして同時に、今の状況の異常性を理解した。

 

 

 

そう。エネルギーの変換は、成功した。

マリムのエネルギーは、すべて石へと変換された。

 

 

 

 

「だが、その異常なまでの適合率の高さで、石が完成しきる前に、マリムのエネルギーが全て吸い取られちまった」

 

 

 

 

 

もう、

マリムの力は使えない。

 

 

 

 

 

「……パーセントってのは、高けりゃ高いほど優れてるってわけじゃねえ。100%っていうのは、考えうる事態をすべて考慮したうえですべての条件が合致した時に初めて起こりうる完成形だ。それ以上の値は無駄……いや、過剰な結果を引き出してしまう分、余計とさえも言えるんだよ」

 

「……主」

 

歯がゆい思いが口から零れ落ちたかのようにそう吐き捨てたミズキは、同時にぴたりと手を止め、再び思い切り拳を握り机をたたく。しかし、フレイドはそれをとがめられなかった。

 

 

「……ダメだ。力が、足らない」

 

 

フレイドが絶望しミズキに声を求めようとする前に、ミズキは久方ぶりにキーボードを離れ、エリカに近づきおもむろに団服の胸ぐらをつかんだ。

 

 

 

 

「……何ですの? 乱暴は嫌いではありませんけれど、“やつあたり”はほどほどにしていただかないと……」

 

 

 

 

 

 

 

「データは……クライのデータはどこへやった!?」

 

 

 

 

「……さあ?」

 

 

 

 

怒号と悲鳴の区別がつかなくなったような叫びにもひるまず、エリカはれいせいに答える。

 

 

 

 

「……確かに、あの娘のデータがあれば、あの娘の常識はずれな力が一端でもありさえすれば、石のエネルギー作成の役に立つかもしれませんわね。でもそんな持ち出されたものの行方など、研究者でもないわたくしからすれば知りようもない話。結局のところ、“やつあたり”に過ぎませんことよ?」

 

 

 

 

「……ちっ」

 

 

 

 

「……」

 

 

睨むミズキ。だがエリカの真っ当な言い分に言い返すこともできず、ただただ黙り込む。

 

 

 

 

 

「……それと、これはR団としてではなく、共犯者としての意見ですが……」

 

 

 

 

 

常に危機感は持っておくべきだったかと思いますわ。

 

 

 

 

 

どういう事だ?

 

 

 

ミズキがその言葉を紡ぐ前に、

 

耳に、異音が届いた。

 

 

 

 

金属が何かを削り落とそうとしているような、高く速い音。

 

 

その音に、ミズキの頭から一気に熱を奪い、冷えた頭がその音の正体を冷酷に告げる。

 

 

 

 

 

「……なんで……なんでこんな組織の末端のアジトに、奴が来る?」

 

 

 

 

 

消え入りそうな声に怒りを込めて、ミズキが呟く。

 

エリカは、妖艶な笑みで返した。

 

 

 

 

何を焦る。

分かっていたことだ。

この人が、信用ならないことぐらい。

 

それを承知で無理やり引き入れたんだ。

 

 

 

 

何を驚く。

警戒していたことだ。

 

 

 

 

敵のアジトに潜入。

本部への通信。

 

 

 

 

 

BOSSが。

 

 

 

 

 

奴が。

 

 

 

 

来ることぐらい。

 

 

 

 

 

頭で理解していることを、心で逃げるな。

 

 

抗え。

現実に。運命に。

 

 

 

 

 

 

 

「……フレイド、準備しろ」

 

 

ミズキは思い切り息を吐き、無理やりに呼吸を落ち着かせフレイドに言う。

そのすべてが消え失せた抜け殻のような表情に、フレイドは一瞬戸惑いを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

「……悪夢の、始まりだ」

 

 

 

 

 

 

その一言を待っていたかのように、

天井が、抜けた。

 

 

 

 

 

 

フレイドは砂煙に視界をふさがれるも四肢で地面をしっかりと踏みしめ、体を震わせ毛を逆立たせて敵を“いかく”する。ミズキの指示に忠実に従った、という事もあるがその行動をとらせた根本の要因はフレイドのやせいの本能だった。

 

 

目の前に、強い敵がいる。

 

 

気配が、空気が、感情を高ぶらせる原因不明の雰囲気が、

 

その事実を何よりも雄弁に語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……久しぶりだな。会いたかったぞ」

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうだな。俺は、会いたくなかったよ(俺も、会いたかったぜ)

 

 

 

 

 

 

 

二人の声に、

フレイドは、怯えた。

 

 

 

 

聞きようによっては優しくすら聞こえるはずのその声音。

適度に低く、落ち着かせる二人の声。

 

 

 

 

 

 

 

それが体をなでた瞬間、

 

フレイドの闘争心は恐怖に、

全身の震えは武者震いから慄きへと変わる。

 

 

 

 

 

 

 

なんだ、これは。

 

 

 

 

口から出そうとした言葉が、喉に詰まる。

張り詰めた空気に、呼吸の時さえも奪われる。

 

 

 

 

 

(これが、この男が、)

 

 

 

 

 

我が主の、野望。

 

 

戦うべき、宿敵。

 

 

 

 

 

 

「……四年、だったか? 早いものだ」

 

 

 

 

 

そんなこちらの想いなどお構いなしに、男は言葉を続ける。

 

 

 

 

砂煙で見えないながらも男を必死に警戒し睨み続けていたフレイドは、

 

破壊音に反応し、振り返る。

 

 

 

 

そこには、机を掴み、握りつぶすミズキの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……てめえを、罪を、壊すために旅に出たんだ! サカキ!!!」

 

 

 

 

 

「……久しぶりだなあ。ジョーカー(我が息子)よ」

 

 

 

 

 

 

砂が晴れ、スーツの男の優しい笑顔が見えたその瞬間、

 

 

ミズキは走り出した。

 

 

 

 

 

 

「主!?」

 

 

フレイドが手を伸ばす。

しかし、その制止もむなしく、ミズキは一直線にサカキへ駈け出した。

 

 

「俺は、あの日から! あんたを恨み続けた!!! あんたを憎み続けた!!! そして幾年も苦しみ続け、俺は今! この場所に、この舞台にたどり着いた!!!」

 

 

 

 

ミズキは全力で、人の体を超えたその体の全力でもって、スーツに手を入れたまま仁王立ちし全く体制を崩すことの無いサカキに向かって駆けた。

 

 

 

 

 

「すべては、てめえを殺すためだ!!!!!! サカキィィィィィィ!!!!!!」

 

 

 

 

 

ミズキは、サカキの顔にめがけて、

飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

それを見たサカキが、

ふっと表情を落とし、呟く。

 

 

 

 

「“アームハンマー”」

 

 

 

 

 

サカキに思いきり伸ばした左拳は、視界の脇から滑り込んできたサイドンの拳に阻まれた。

 

 

空中で腹に受けたミズキはその場で吐血をまき散らし、

放物線を描きながらフレイドの元まで吹き飛ばされ、床に強く打ちつけられる。

 

 

 

 

「……弱くはあったが、愚かではないと思っていたのだがな」

 

 

「主!!!!!?」

 

 

 

 

サカキの捨て台詞を聞くことさえもせずにフレイドは床に倒れ伏し口から血をこぼすミズキに近寄る。見た目通り特攻失敗のダメージは大きかったようで、うつ伏せから腕を使って起き上がることもままならない状態だったもののサカキを睨むその鋭い視線からは闘志は微塵も消えてはいなかった。

 

「……何度も挑み続けるゴキブリ並みの根性だけは忘れてはいなかったか」

 

「かはっ! はぁ……おかげさまでな」

 

「……肩、貸しましょうか? 一応今は共犯者なわけですし」

 

「……いらねえよ。奴は、俺が戦わなきゃならねえんだ。俺一人で、戦わなけりゃあならねえんだよ!」

 

「……威勢はいいが、だけで終わりではあるまいな」

 

挑発をする時でさえ、何も思わぬような声でしゃべるサカキに、フレイドは再び寒気を覚える。

戦う相手から、敵う、敵わないではなく、逃げ出したいと思ったのは、生まれて初めてだった。

 

 

 

 

「……それで、エリカ。お前はいったい何をしている?」

 

サカキは少しだけ視線を横にそらし、エリカへと向けて質問をぶつける。

 

「何をしている、とは?」

 

「何のつもりでR団のアジトに潜入、などという馬鹿なことをしている、という事だ。謀反のつもりか?」

 

「ちょっと童心を取り戻して、ジョーカーと遊んでいるだけですわ。ご心配なく。これが終わればすぐに戻ります」

 

「おー、サカキ。私たち、楽しかったよ。だから、エリカ許してあげて?」

 

モンジャラのひどく的外れな発言に苦笑しながらも、すぐに表情を戻して言う。

 

「……任務は?」

 

「問題なく。まあ、任務の後はあまり考えていませんでしたので、その辺はお任せいたしますわ」

 

「……ふむ、ならまあいいだろう。反抗期を正すのも親の務めか」

 

「……ごほっ、親……だと……?」

 

その一言に反応したミズキは腕に力を籠め、体を半分だけ起こし、叫ぶ。

 

 

 

「……うるせえ、てめえが、施設から俺を拾っただけのてめえが、俺を利用して育てただけのてめえなんかが、親を名乗ってんじゃねえ! 俺の親は、『ジョウ』をくれたフジろうじんと、『ミズキ』をくれたオーキド博士だけだ!」

 

 

 

 

ミズキがそう叫んだ瞬間、

一つの影が、駆け出した。

 

 

 

 

「……怒りに狂い、馬鹿の一つ覚えか」

 

 

 

 

 

その影の正体、フレイドを見て、サカキはそう呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そのまま聞け、フレイド。俺は、まだ立てる」

 

サカキがエリカとやり取りをし始めたころ、駆け寄ってきたフレイドにミズキが小声で話しかける。

 

「っ! 主?」

 

「反応するな。そのまま、俺の言葉だけを聞いていろ」

 

背を向けたサカキ、そしてエリカにばれないように、ほんの少しだけフレイドは頷く。

 

「吹き飛ばされたのはわざとだ。お前に指示を出す隙を作るため。立てないと思い込ませるため。敵に、油断させるため……」

 

血走りながらも空ろな目や今もなお“アームハンマー”を受けた腹部の出血の状態を見てもとてもそうとは思えなかったが、ミズキの口調は有無を言わせぬ確固たる強さがあった。

 

 

 

 

「俺が次に声を荒らげたら、それを合図にサカキに突っ込め」

 

 

 

 

「……無理だ。わっちの力では、奴には勝てないっ」

 

「ああ……わかってる」

 

フレイドの弱気な発言にも動じず、ミズキは言った。

 

 

「大丈夫だ……お前には、俺がついてる」

 

 

それでも、フレイドは頷かない。

恐れていることもある。が、それよりももっと、本質的なこと。

やせいを生きたフレイドの、やせいを生きたが故の弱さ。

 

 

敵と戦い、敵を知った百戦錬磨の肉体が、この場での戦闘を拒絶していた。

 

 

 

 

それを知ってか知らずか、ミズキの血塗れの右手がそっと頬を撫でる。

 

 

 

 

「勝たなくてもいい。5秒……いや、2秒でもいい。サカキと、サイドンを足止めしてくれ」

 

 

 

 

 

 

そうしてくれれば、俺が決める。

 

 

 

 

 

俺が奴らを全力で、常闇の中へ引きずり込む。

 

 

 

 

 

 

そうしてミズキは、声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

フレイドは、指示通りに走り出した。

 

恐怖に打ち勝ったわけではない。

むしろ、一歩、また一歩と近づくごとに強く感じる相手の圧に、自分との格の違いをまざまざと見せつけられるような思いだった。

 

フレイドが走り出す事が出来たのは、ミズキの為。

 

 

ミズキのために、戦いたい。

ミズキの優しさに、報いたい。

ミズキに対するこれまでの非礼を詫びたい。

 

 

その想いは当然あった。

しかし、走り出す事が出来たのは、別の理由だった。

 

 

 

 

(……主の手は、震えていた)

 

 

 

 

ミズキは、肉体も、精神も強かった。

ミズキは、理想のトレーナーだった。

 

 

だが、ミズキと深くかかわれば関わるほど、ミズキは自分の理想からかけ離れていった。

 

フレイドは、それが辛かった。

 

 

だが、

ミズキをちゃんと見る事が出来るようになった今ならわかる。

ミズキと向かい合う事が出来るようになった今ならわかる。

 

 

 

 

 

強いミズキを、弱くしたのは、自分だ。

 

 

 

 

 

情けなかった。

消えたかった。

顔を伏せて、駆け出したかった。

 

 

 

 

 

(わっちは……大馬鹿者だ!!!!)

 

 

 

 

 

だからこそ、駆けた。

渾身の力を、足に込めた。

 

戦いに、踏み切った。

 

 

 

 

 

自分が惚れた、強い(ミズキ)を取り戻す為に。

 

 

 

 

 

 

 

「ほう……早いな。“こうそくいどう”か」

 

サカキは素直に関心の声を上げるも、特段ぼうぎょの体制を取ることはない。フレイドの動きは捕らえつつも、ミズキへの視線も外すことはなく、隙というには程遠い反応しか見せなかった。

 

(関係ない……もとよりわっちにできることは、主のために走ることだけ!)

 

「サイドン。“ロックブラスト”」

 

「ぐぅっ! ふ、フレイド! 飛べ!」

 

腹痛とこみ上げる吐き気を噛みしめ半身だけ起こしたミズキの全力の指示を聞き、フレイドがノータイムでジャンプすると、即座に大きな鈍い音が足元に響く。転がり逃げながら着地したフレイドは元いた位置を見ると砕けた岩とコンクリートの残骸と、大きな穴がそこにはあった。

 

 

「気を抜くな! くるぞ!」

 

 

はっとしたフレイドは前を向く。

眼前に迫った岩の塊が、視界をすでにふさいでいた。

 

「首を捻れ! ダメージを落とせ!」

 

「くっ!」

 

フレイドは間一髪でダメージをいなし、再び前を向くと、すでにサイドンは次弾を手元に用意していた。ほほを伝う一筋の流血で、熱くなっていた頭が冷える。

 

(“ロックブラスト”……連続攻撃か!)

 

 

フレイドが考えたのは、その一瞬。

 

 

考え事ともいえない、わざを認識したというだけ。

 

 

しかし、その一瞬の隙に、サイドンはすでに三発目の発射と、次弾の装填を同時に行っていた。

 

(っ! はやっ)

 

 

 

 

「フレイド! 撃ち抜け! “インファイト”!」

 

 

 

 

「っ! うおらあ!」

 

逃げ足をその場で踏みしめたフレイドは、渾身の右拳を前へ突き出す。

轟音と激痛を伴った拳は、弾けるように血を噴き出したが、その代償に岩の弾丸は石の礫に成り下がった。

続けて四発目も飛んできたが、その球をフレイドは余裕をもって前に進み出ながらも躱す。

 

 

「……砕くことで拳を犠牲に回避時間を短縮したか……」

 

 

 

「行けえ! フレイド!」

 

 

 

フレイドは最後の五発目をジャンプでかわし、左拳を振りかぶり、飛びかかるようにサイドンへと向かう。

 

 

 

 

先ほどのミズキと、同じように。

 

 

 

 

「……“アームハンマー”」

 

 

 

 

来た。

 

 

先ほどと、同様のわざ。

 

 

 

 

だが、ミズキの心境は、先ほどとは全く違っていた。

 

 

 

 

(“アームハンマー”は、もろ刃の剣。次の行動のためのすばやさを犠牲に、相手に全体重をたたきつけるわざ)

 

 

 

 

そして、二発目。

 

フレイドは、それにあたるより先に行動できる!

 

 

 

 

サイドンの拳が構えられ、フレイドに届くまでのその一瞬。

 

 

ミズキが待ち望んだ、一瞬が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

「フレイド! “もえつきる”!」

 

 

 

 

 

 

ミズキに呼応するように、フレイドが叫び、

 

 

 

 

サイドンの目の前に、

ほのおの壁が立ちふさがる。

 

 

 

 

それは、一瞬だった。

 

 

ほのおタイプのわざの中でも最上級の火力わざ。

 

その一撃で、体内のすべてを出しつくし、目の前のすべてを燃やし尽くすおおわざ。

 

 

 

 

 

しかし、その一撃ですら、サイドンをひるませることもかなわない。

 

 

 

 

 

分かっている。

 

 

 

 

必要なことは、

サイドンの動きを制限すること。

サイドンに、サカキのことを守らせないこと。

 

 

サイドンの視界を奪うこと。

 

 

 

そして、フィールドを埋め尽くす圧倒的ほのおで、敵の視界を、ほんの数秒奪うこと!

 

 

 

 

立ち上がる。

狙いを定める。

撃つ。

当てる。

 

 

 

 

これだけの作業。

奴に気付かれたら、成功できるわけがない。

 

 

 

 

 

だが、

奴がこちらを見えていなければ、

奴のサイドンが動けなければ!

 

 

 

 

ミズキは立ち上がり、血が滴る右手を左手に添えて正面に構える。

 

 

 

そして同時に、

 

鈍い音とともに、ほのおの壁が薄れていく。

 

 

 

 

フレイドのくぐもった声が聞こえたが、今は気にしない。

 

 

 

 

 

ひたすら、待った。

頬が完全に消え去り、眼前にサカキが再び現れるのを、待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

それはミズキにとって、永遠とすら感じる時間。

自分の呼吸と同時に、世界が止まってしまったのではないかと思うような、錯覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

サカキが目の前から消えた最後の景色に、ミズキの時間は完全に止まった。

 

 

 

 

 

「ば……か…………な……」

 

 

 

「やはり、まだ立てたか」

 

 

 

 

 

その声は、部屋の中で、静かに響き渡った。

 

 

 

 

こつ、こつと二つほど、どこからとも判断の付かない足音が耳に届き、

 

 

 

 

それが、サイドンの後ろから聞こえてきていたのだという事がわかったのは、

サカキの姿が見えてからだった。

 

 

 

 

「……ごほっ! かあっ!」

 

体内のすべてのほのおを使い果たし、橙色の艶やかな毛並みを煤けた灰色に変え、“アームハンマー”を受けたであろう腹を抑えながら苦しむ自分の足元まで飛ばされたフレイドに労いの言葉をかけてやる余裕すら、ミズキにはなかった。

 

 

「悪くない選択だった。いや、むしろ最良の選択であった。愚かであった。と言ったことは訂正しよう……いや、それも違うな。エリカの仕事ぶりを褒めるべきかな?」

 

 

「お褒めに預かり光栄ですわ」

 

「……熱い」

 

どこから取り出したか扇子で仰ぎながら受け答えするエリカとモンジャラを余所に、ミズキは現状に絶望する。

理解した、理解できてしまった。

 

サカキの取った行動も、そして、

 

自分の策が、読まれていたという事も。

 

 

 

 

「貴様の考えることなど、すべてお見通しだ」

 

 

 

 

なあ、ジョーカー。

 

ミズキの思考に合わせるように添えられたその言葉に、ミズキは強く下唇を噛んだ。

 

 

 

 

「……右腕を犠牲に、“アームハンマー”のダメージを軽減したな。腹についている血も、腕からのものがメインだろう。肋骨二本と言ったところか。まあ、立てないことはあるまい」

 

 

 

エリカの時とも、違う。

 

エリカには、戦略家として、やられた。

自分の先述の上を行く戦術に、追い詰められた。

 

 

 

しかし、今は。

この瞬間は。

 

 

 

 

相手の、

 

圧倒的な、

 

 

 

 

悪に、負けた。

 

 

 

 

ミズキという一人の男が、サカキという一人の男に、負けた。

 

 

 

 

「……その指は、確かに切り札だ。“いちげきひっさつ”、と称したとしても、間違いではないだろう。あたれば、の話だがな」

 

 

 

 

右手、左手、合わせて十発。

指先を向ける。

直線に飛ぶ。

使いきりである。

 

 

 

 

「これだけわかっているのなら、対処はそう難しくはない」

 

 

 

 

軽々という。しかし、エリカは内心、ぞっとしていた。

 

 

 

(……直線的なこうげきを避けるために、サイドンの後ろに隠れた)

 

 

 

フレイドの、“もえつきる”こうげきに飲まれた、サイドンの後ろに。

 

 

 

確かに、サイドンは熱に強い。

その分厚く固い鎧のような皮膚は、二千度のマグマの中を悠々と歩きまわる事が出来るとさえも言われている。その体を壁にするという事は、理にかなっていると言えるかもしれない。

 

 

しかし、だからと言って、あの全身全霊の“もえつきる”をみて、それを受ける萌えもんの後ろに隠れるだなんて……そんな……そんな馬鹿なこと……

 

 

 

 

(……そっくりじゃないですの)

 

 

 

 

最初に自らの体を使って餌巻きを行い、ずたぼろとなったミズキと、自慢の黒いスーツにところどころ穴が開き、炎症を起こしているサカキ。

 

 

 

 

二人を見て、エリカは軽く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが現実だ。お前が俺の下を離れ、必死に重ねた想いの末路だ。お前は、弱くなった」

 

「……うるせえ」

 

 

 

 

 

 

もはや、意味をなさないただの悪態。

ミズキには、この圧倒的実力差を埋めうる策は残されていないという事を、もはやほのおを履く力もないフレイドは察した。

 

 

 

 

 

 

(わっちは……わっちは……たった二秒の隙を作ることすらできなかったっ……)

 

 

 

 

悔しさの涙を飲み込み、真白に燃え尽きた体を無理やり起こし、フレイドは立ち上がった。しかし、潰れた拳を構え主の前に立ちふさがるその姿は、悲しくも敵をけん制する事すら叶わない。

ゆっくりと近づき、一発殴る。

それだけで、何の危険もなく倒せる。一目見て、それがわかる状態だった。

 

 

 

しかしサカキはそれをせず、その場で一人、雨だれのような拍手を送った。

 

 

 

 

 

 

 

「……はっはっは。素晴らしい気概だ。それでこそ、俺が待っていた甲斐があったというもの」

 

 

 

 

 

 

「……待っていた、だと?」

 

サカキの言葉にミズキは違和感を覚え、時間稼ぎの意を込めて呟く。

 

「む? エリカ、言っていなかったのか?」

 

「……ああ、そういえば。言ってなかったような気がしますわね」

 

ぽんっ、と手をたたきそうなおっとりとした勢いで、エリカが言う。

 

「ふむ、なるほど。ならば改めて、言わせてもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ってこい、ジョーカー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 

 




ポケスぺの話ですけど、


ポケモンずかんの説明文まで有効活用してるの本当にすごいと思う。


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第12話 5 ジョーカー

絶望に次ぐ絶望の後。

羽ばたき、もがき、足掻き、あとは堕ちるだけ。


 

「……意外だったよ。あんた、冗談言えたんだな。笑ってやる余裕がないことが、申し訳ねえよ」

 

既に機能しない右腕をだらりと下げ、時間とともに削れていく体力と戦いながらも気力だけで警戒の姿勢を保っているミズキが、サカキに向かって吐き捨てるように言う。

そんなミズキの様子にサカキは、驚きも、喜びも、哀しみもせずに、ほんの少しだけ笑いながら呟く。

 

「冗談でも戯言でもない。端から決めていたことだ。知っていたのは、エリカだけだがな」

 

その発言を受け、キッとエリカに鋭い目線をぶつけるが、エリカはとぼけた表情を崩さなかった。

 

「聞かれてませんもの」

 

悪びれもせずそんなことを言うエリカにミズキは何を言う事もせず、再びサカキに向き直る。怒りが支配した脳に血が上り、心なしか視界をふさぐ出血は加速していた。

 

「……どういうつもりだ。なぜ貴様らが、今更俺を必要とするんだ!?」

 

「……今更、というのはご挨拶だな。別に我々は、お前が不必要になったことも、お前を切ったこともない。お前が我々の下を、勝手に離れただけだ」

 

 

その言葉に、

ミズキは、思いきり駆け出し、

 

 

 

足を縺れさせ、目の前に崩れ落ちた。

 

 

 

足に力を入れ、駆け出し、拳を作り、突出し、殴る。

 

 

 

そんなミズキの計画は、はじめの一歩で頓挫した。

 

 

 

成功するだなんて微塵も思っていない。

ただ、心が、体が、頭よりも先に無茶を実行していた。

 

 

顔を思い切り床に打ち付け、頭の出血に鼻血まで加えたミズキが、それでもしっかりとサカキを見据え、叫ぶ。

 

 

 

 

「……ふざけるな! 最初から俺を、利用するためだけに“萌えもんハウス”から連れ出したんだろうが! お前たちが……俺を、研究者として育て上げる為に!」

 

 

 

 

 

 

突き刺すような慟哭が、部屋全体を支配する。

 

 

 

止める者は、いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らが…………俺に、クライを創らせるために!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうだったな」

 

 

 

 

サカキの言葉に、無理やり体を起こし再び駆け出そうとするミズキの背中に、どさりと何かがのしかかる。ほどなくしてそれが、フレイドが自分の背中に全体重を預け、ぼろぼろの体で自分を押さえつけているのだと理解した。

抑えている、というよりも、必死に寄りかかっているだけにさえ見えるフレイドの状態は、体を揺らせばすぐに自分の隣に転がり堕ちそうなほどに最悪であったが、ミズキはそれをすることはせず、再びサカキをにらみつける。

 

「そしてお前は、自分が利用されていることに気が付き、このままでは自分が創ってしまった史上最悪の萌えもんが我々の力になってしまうと気付いたお前は、クライとともに逃亡。それでよかったか?」

 

「……わかっているなら……なんで今更、俺を呼び戻せると思う!? なぜ俺を、呼び戻す必要がある!? なぜ、なぜお前は、そんな言葉が吐ける!? サカキ!」

 

そこにあったのは、

ミズキの叫び。

ミズキの想い。

 

 

フレイドはその姿に、驚いた。

怒る姿。それはこの旅で、幾度となく見てきた。

しかし、今のミズキは、言葉で怒ろうが、行動が怒りに支配されていようが、それだけには見えなかった。ミズキの一つ一つの行動が、辛そうで仕方がなかった。

 

 

そして、そんなミズキと鏡合わせのように、サカキは淡々と言った。。

 

 

 

 

 

「俺は、お前が欲しい。それだけだ」

 

 

 

 

 

義理の父親からの、一言。

 

優しく、温かく、美しくあるべきその言葉は、穴だらけの心に濁を注ぎ込むかのようにミズキを苦しめた。

手を差し伸べて引き寄せるようなその言葉は、闇の住民に一生ここにいろと肩を組まれたかのようなおぞましさを感じた。

全身の毛孔がきゅっとしまり、こみ上げてきた内容物と口内の血が混ざりあったものを口から吐き出す。

 

「……嫌われてますわね、BOSS」

 

「……ふむ。ならば切り口を変えてみるとしよう」

 

「きさまら、それ以上しゃべるなあ!」

 

 

ミズキの様子に耐えかねたフレイドが、渾身の力で“かえんほうしゃ”を放つ。

 

 

……が、サカキの眼前にたどり着くころには“ひのこ”のそれすらも下回るまで勢いをなくし、サカキが拳を横なぎにふるうだけでほのおは霧散し消えて行った。

 

 

「……無駄なことはやめておけ。確かに、その状態で立ち上がった気概を褒めはしたが、“もえつきる”を使いほのおタイプですらなくなった貴様のこうげきなど、萌えもんに任せることにすら値しない。貴様はもう、戦えないんだよ」

 

その言葉にフレイドは反論しようと掌を握りこむが、うまく力が伝わらず震えるだけの拳とそれに力を伝えるための腕が青白く光り、脱力しているのがわかった瞬間、彼の言い分に間違いはないことが分かる。

 

 

「……だからなんだ! わっちらは、野望の下に集いし仲間だ! 契約者だ! わっちらには、足掻き続ける理由がある!」

 

 

 

 

 

「ほう。ならば、その理由をなくせばいいわけだ?」

 

 

 

 

 

全身を、悪寒がぞくりと駆け抜けた。

 

 

 

瞬間、フレイドは依然ミズキが口にした言葉を思い出す。

 

 

 

 

『深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている』

 

『理から外れた願いを、常識的に叶えられるはずはない』

 

『契約は、守る』

 

 

 

 

『どんな手を使ってもだ』

 

 

 

 

 

フレイドは、思う。

 

あれは、

自分でも戒めでもあり、

 

我々への、忠告の意味もあったのではないかと。

 

 

フレイドは感じた。

 

 

 

今、自分が覗き込んでいるのは、

一寸の光も刺さない、深淵だ。

 

 

 

 

 

「ジョーカー。お前は、なぜ戻ってきた?」

 

サカキは、言った。

 

「……なぜ?」

 

それをミズキは繰り返す。言葉の意味が分からなかったわけではない。質問の意味が分からなかった。

 

「R団をつぶすため、俺を殺すため。お前はそういった。だが、果たしてお前の心のうちは、本当にそうだったのだろうか?」

 

「……あ、たり」

 

「当たり前、か?」

 

息絶え絶えのミズキの意図を読み取ったサカキが先んじて言葉を発すると、ミズキは眉間のしわを深める。より気分が悪くなった、と言わんばかりの表情だった。

 

 

「くっくっく、そうだろうな。それが嘘なわけではないだろう。だが、それだけではない。そうだろう?」

 

「……」

 

「聞いたぞ? お前は、R団にいたという事を、仲間に隠していたらしいな。ならば、言えなかったこともあるはずだ」

 

壁際に詰まるミズキに向かって一歩ずつ逃げ場を消していくような問答の仕方に戸惑うフレイドは、本当にサカキは手を出すつもりがないのか測り兼ねていた。しかしほんの少し後ろを向いた時、ミズキは悔しそうな、かつ諦めたかのような表情で黙り込んでいた。

 

 

「お前の本来の目的、それは……『クライを助ける事』。いや、『クライを探し出すこと』、違うか?」

 

 

「……だったら……なんだ?」

 

 

 

 

 

 

「お前がもう一度R団として我々の軍門に下るというならば、お前とクライの安全は約束してやろう。という事だ」

 

 

 

 

 

 

「っ!!!! ごほっ、ごほっ!」

 

驚きのあまり勢い良く体を起こしたせいで、急な動きに耐えきれずぶり返した体のダメージでむせ返るが、そんなことはどうでもよかった。

 

 

 

「……何だそれは!? どういうつもりだ!?」

 

「……どうもこうもない。今言ったことが全てだ」

 

やれやれ、といった様子でサカキが続ける。

 

「あの時、お前が予想したとおりだ。我々は、お前に創らせたあの萌えもんの力を利用するつもりだった。奴を利用して、進めるべき計画があった。だからこそ、お前が奴と逃げ出したという判断は間違っていない」

 

 

 

 

 

 

 

だが、お前らは失敗した。

 

 

 

 

 

お前の強欲が生んだ、奴の傲慢によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その結果、奴はお前を逃がす為に力のほとんどを使い切り、出がらしの様な状態で我々に捕獲され、お前は我々から逃げきるために助けるはずだった大切な仲間を失った。だからこそ、R団が復活した今、クライがまだ生きているかもしれないという可能性が出た今、旅に出たのだろう」

 

 

 

「……その……通りだ……」

 

 

 

重々しく、ぼそりとミズキが呟く。

 

 

 

「ならば、お前がすべきことは一つだ」

 

 

 

 

 

もう一度、R団に戻ればいい。

 

 

 

 

 

罪と向かい合う必要などない。

 

逃げた過去を今一度改め、そのうえで、クライの安全を保障した契約を、我々と結びなおせばいい。

 

 

戦いたければ戦う場を用意しよう。

 

 

研究したければ金の援助をしよう。

 

 

何もしたくなければ場所をくれてやろう。

 

 

 

 

 

お前とクライの力を、我々に利用させる。

 

 

 

 

 

それをお前らが提示する限り、我々はお前らに何も危害を加えないことを約束しよう。

 

 

 

 

 

 

 

「我々がそれを提示した以上、お前がこれ以上旅を続ける必要はなくなったわけだ」

 

 

 

 

 

 

分からないことばかりだった。

分からない言葉が、大量に出てきた。

フレイドはどうすればいいのか、わからなかった。

 

 

 

だが、わかったこともあった。

 

 

 

 

 

 

それは、毒だ。

 

甘い、毒。

 

 

 

優しい言葉で、拳を構える、二重拘束。

 

 

 

 

アメとムチ……じゃない。

アメを与えれば、ムチを振るってもいい。

 

 

 

 

 

そんな愚かで、浅ましい考え。

 

 

 

 

 

 

 

だが、喉まで出かかったその言葉が、出なかった。

 

 

 

 

 

 

何故だか、わからない。

 

 

 

涙が、流れた。

 

 

 

 

 

ミズキが次に発する言葉を、聞きたいと思う自分と、聞きたくないと思う自分が心の中でせめぎ合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……お……れ……を……」

 

 

 

 

 

 

絞るようなミズキの声に、体がはねる。

 

 

 

 

その一瞬で、聞きたくない自分が心を支配し、せりあがってきた。

 

 

 

 

 

(…………もういい)

 

 

 

 

もう、勝てなくてもいい。

 

 

 

もう、やられてしまってもいい。

 

 

 

 

 

 

野望が、契約が、

 

 

 

 

 

 

 

ここで潰えてしまってもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから……もう少しだけでいいから、

 

 

 

わっちを、見捨てないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

どうせなら、

 

 

最後まで、わっちの主でいてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(だから、その先は言わないでくれ!)

 

 

 

 

 

「お……れ……の……」

 

 

 

 

 

ミズキは、

ふらつきながらも力を振り絞り、立ち上がる。

 

 

 

 

フレイドは、手を伸ばした。

 

 

しかし、足が動かない。

声が出ない。

 

 

 

 

止められない。

 

 

 

 

 

(や……めて……くれ……)

 

 

 

 

 

 

フレイドの想いは、ミズキには届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を……俺のことを……あんまり……なめんじゃねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっ?」

 

「……ほう」

 

 

 

 

呆けた面を作るフレイドと、半笑いの表情を崩さないサカキの声が重なる。

 

 

 

「……適当な条件整えりゃ、俺が靡くとでも思ってんのか? 最低限の餌をぶら下げりゃ、俺が走るとでも思ってんのか? そんな下らねえ釣糸に、俺がかかると思ってんのか? 仮にも一時俺を傍に置いたあんたが、そんなことで俺を連れ戻せると思ったのか? 俺がいねえ四年間で、そこまでてめえは、耄碌しちまったってのかよ?」

 

震える声は、怯えか、怒りか、誰にもわからない。

 

「てめえは……契約ってものを、何もわかってねえ。俺たちのことを、何もわかっちゃいねえ! てめえの言いなりになって下について、自由気ままな生活を送れ? そんなの、どこぞの常闇以上の地獄だぜ!」

 

「……そこまで言うならば、何か策があるんだろうな。この状況を、交渉以外の方法でいなすような、ウルトラCな大作戦が」

 

 

 

 

 

 

 

「あるわけねえだろ。そんなもんがよ」

 

 

 

 

 

 

額に流れる汗と血をぬぐい、視界を広げ正面をしっかりと見据えたミズキが、当たり前のようにそう吐き捨てる。

 

「……そうさ、策なんかありゃしねえ。だがな、たとえ今が崖っぷちだとしても、俺の辞書に、『妥協』なんて言う文字はねえんだ。俺は、契約は死んでも守る。野望は死んでも達成する。フレイドがちゃんと言っただろうが! 勝ち目がない敵が現れても、とんでもない壁にぶち当たっても、俺たちには、足掻き続ける理由がある! 俺たちには、足掻きつづけて、野望をつかみ、手に入れるまで、戦い続ける事が出来る! 過去に、罪に打ち克つ力がある! 何が壊れても、何にあたっても、どれだけ遠くても、どれだけ見えなくても、この手でつかむまでもがき続ける!」

 

 

左拳をぎゅっと握りこみ、そのままそれをサカキへ突き出す。

 

 

 

 

 

今可能性がない程度(・・・・・・・・・)で、俺は絶対に諦めはしない!」

 

 

 

 

 

ミズキの叫びに、サカキは大きく笑った。

 

 

 

 

 

「……くっくっくっくっ! ハァーッハッハッハッハッハッ! 懐かしい言葉だな!」

 

 

 

 

 

サカキの高笑いに動じることもなく、ミズキは冷静だった。

 

 

心が落ち着いたからではない。むしろ心は、とびかかってしまいそうなほどに今もぐつぐつと煮えたぎっていた。

 

 

 

 

 

れいせいなのは、頭。

 

自分の発言を反芻する脳が、何かをミズキに告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

(……打ち勝つ……力?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エネルギーが全てすいとられちまった』

 

 

『力が、足らない』

 

 

『クライのデータはどこへやった!?」

 

 

 

 

 

『確かに』

 

 

『あの娘のデータがあれば』

 

 

 

 

あの娘の常識はずれな力が、

一端でもありさえすれば、

 

 

 

 

 

 

 

『石のエネルギー作成の役に立つかもしれませんわね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……あった。力の、一端)

 

 

 

つぶされ、力の伝達すらうまく行かない右手を、左手で無理やり目の前に引き上げ見つめる。

 

 

 

しかし、それを見つめたミズキの表情は、曇ったままだった。

 

 

ちらりと後ろを振り返る。

 

幸いにも起きてしまうことなくベッドに横になっているマリムの姿と、ほとんど値が変化していない無情な現実を示すモニターが見えた。

 

 

 

 

 

 

(……撃つのか? マリムに)

 

 

 

 

 

 

これを。

この、力を。

 

 

 

最悪の、闇の力を。

 

 

 

 

 

 

マリムを、見る。

 

 

モンジャラ式の麻酔が効いた状態で眠っているマリムは、

 

 

一瞬、笑ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

(……そうだよな)

 

 

 

 

 

 

『わたしは、あなたを信じてる』

 

 

『わたしは、あなたを信じられるの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズキは、笑いを収めたサカキに背を向け、

 

 

 

左手で右手を持ち上げ、薬指をマリムに向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほう、なるほど」

 

 

ミズキの動きに警戒し、腕を前に構えるサイドンをサカキが片手をあげ、制止する。

 

 

「いい。面白そうだ。放っておけ」

 

 

 

その二人の様子を見ていたエリカは、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリム……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢幻の悪魔に、打ち勝てよ。

 

 

 

 

 

俺は……俺も……

 

 

 

 

 

お前を信じてるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っぐっ!」

 

「……まあ、骨折している腕を無理やり持ち上げて、構えを取れば当然そうなるだろうな」

 

「はあっ、はあっ」

 

右手を降ろしたミズキは、再びサカキに向き直る。

体を支える力よりも蓄積した疲労とダメージが勝り、立っていることすらままならない状態ではあるが、それでもねむるマリムをまもるようにベッドの前に立ちふさがる。

 

しかし、体の中でも数少ない機能している左手を、立つための支えとしてベッドについてしまっている以上、お世辞にもそれはしっかり守り人を務めている状況であるとは言えなかった。

 

 

 

 

「それで? 諦めない男、ミズキ君は、一体今からどうするつもりなんだ?」

 

 

 

 

「……」

 

無言のにらみをぶつける。しかし下から見上げるフレイドには、『それが精いっぱいである』と言っているように見えてしまった。

 

「言っておくが、今お前を見逃してやったのは『おもしろそうだった』からだ。策がなくなったようならば、契約破棄したお前を活かしておくような理由はない」

 

「……俺がいなけりゃ、クライの力を利用することはできねえぜ?」

 

「別に殺すとは言ってない。無理やり、捕獲するだけだ」

 

その一言を合図に、待機していたサイドンがゆっくりとにじり寄ってくる。

 

 

 

(……考えろ。一分だ。一分稼ぐ方法を!)

 

 

 

しかし、それがどれだけ無茶苦茶な注文であるかという事は、ミズキとフレイドが一番理解していた。

 

 

ミズキの右腕。体の疲れ。

フレイドのほのお。全身のダメージ。

 

 

これをすべて捧げても、二人は、二秒稼げなかった。

 

 

 

フレイドは、構えを取っている。が、不可能だ。

あいしょうの差を消したとはいえ、今のフレイドにサイドンと戦う力も、気力も、残っているわけがない。

 

 

そして、ミズキ自身も、もう前に一歩足を踏み出すことすら叶わないような状態だった。

 

 

 

 

「……お手伝い、しましょうか?」

 

「っ!」

 

エリカの声に一瞬胸の跳ねるミズキだったが、すぐに切り替え首を振る。

 

「……あんたが本気でも、奴には勝てない」

 

「ええ、そうですわね。でも、時間稼ぎくらいならできるかもしれませんわよ」

 

「……笑わせんな。ミラもいねえ状態で、何秒も持つわけねえだろうが」

 

「どうせあなたにとって、わたくしは落としてもいい捨て駒でしょう? だったら」

 

 

 

 

 

 

「うるせえ! そんなことできるか! 黙ってろ!」

 

 

 

 

 

 

ミズキの、その叫び。

 

何を意識したわけでもない。

事実、ミズキはその言葉の後、一歩ずつ迫るサイドンを見据え、再度思考を回し始めた。

 

 

 

 

 

だからこそ、

エリカの平手を、躱せなかった。

 

 

 

 

 

乾いた音が、部屋にこだまする。

 

 

 

 

驚いたサイドンは、結果的に足を止めた。

しかし、それも気にならないほどに、ミズキは動揺していた。

 

 

 

「……何を」

 

 

 

 

 

 

「あなたのセリフを、お借りしますわ。あなた、“なにがしたい”んですの?」

 

 

「……なにが、したい?」

 

 

「足掻くんじゃなかったんですか? もがくんじゃなかったんですか? 罪を背負って、過去を壊して、野望を掴みとるまであきらめない。それは、嘘ですか」

 

 

 

口調はそのままにしかし、荒々しく胸元を掴み、怒りの表情を見せつける。

目線だけをちらりとサカキに移し、言った。

 

 

 

 

 

「あなたには、ジョーカーには、まだできることがあるでしょう!」

 

 

 

 

 

 

ミズキは、一瞬で理解する。

 

 

そして、顔を青くした。

 

 

 

出来ない。

 

それは、それだけは、出来ない。

 

 

 

 

それをやってしまえば、俺は……。

 

 

 

 

「……理解しなさい。今を。そして、選びなさい。次を」

 

 

 

 

 

何を殺し、

 

そして、

 

 

 

 

何を残すべきなのかを。

 

 

 

 

 

 

「崖っぷちから生き残る方法じゃない。崖の下から這い上がるために、捨てるものを考えるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうだ。その通りだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレイドは、見た。

ミズキが表情を消した、その瞬間を。

 

 

 

 

 

 

 

フレイドは、力が入らない拳を握り、力を入れて唇を噛み、

ぬぐえない涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつが惜しけりゃ俺たちを逃がせ」

 

 

 

 

 

フレイドの歪む視線に移ったのは、

左腕でエリカを抱き寄せ、

 

 

 

 

左親指を、首元に突きつけるミズキの姿だった。

 

 

 

 

 

「……一応聞くが、お前は、本気でその選択をしたんだろうな?」

 

「サイドンを一歩たりとも動かすな。こいつが堕ちるぜ」

 

サカキの言葉を無視したミズキが、そのまま続ける。

エリカは楽しくもあり、苦しくもあるような不思議な顔でそれを受け入れていた。

 

 

 

「……それで、俺が止まると本気で思っているのか?」

 

 

 

「止まるさ。他でもない、あんたならな」

 

 

 

ほんの一瞬だけ、沈黙が支配する。

 

 

 

「俺が、本当にそれをするかどうか。じゃない。あんたは、止まらざるを得ない」

 

 

 

 

 

 

「……それを理解したうえで、それを選択したという事だな?」

 

 

 

 

 

 

 

「……どうかな?」

 

 

苦しげに返した。それを読み取ったサカキは、また笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく、すべて剥がれたな。お帰り、ジョーカー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い、長い沈黙を経て、ミズキが重々しく口を開く。

 

 

 

 

 

「……俺は、ミズキだ……俺は、これからも、ミズキであり続ける」

 

「それは無理だ」

 

 

 

 

ミズキのセリフを、食い気味にバッサリと切り捨てる。

 

 

 

 

 

 

「お前が閉じていた蓋は、空いた。もう、くだらない時間とぬるい仲間の外堀に埋め尽くされたお前のあく(・・)は、浮き彫りになったんだよ。お前は、もう、戻れない」

 

 

 

「……余計なことは言うな」

 

 

 

「その行動は正解だ。お前には、それしかなかった。だが同時にその行動は、お前のトリガーでもあったはずだ。お前がミズキを名乗る以上、開いてはいけない、パンドラの箱」

 

 

 

「……黙れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は、そのミズキ(おまえ)の仲間たちと、旅を続けることはできない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れって言ってんでしょうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しい怒りの声が、響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしの知らないところで、わたしの“おや”を、悪く言ってんじゃないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆらりと起き上がったその娘は、光り輝く体のままに、蒼白の顔のミズキに寄り添い、エリカから引きはがし、抱きしめる。

 

 

 

 

 

「……ありがとう。ミズキ」

 

 

 

 

 

光は次第に勢いを収め、体の変貌は完了しようとしていた。

丸く、小さな体躯は大きく、しなやかな人型へと変貌し、黒くかすれたローブは、深く美しい紫色の、長くきれいな全身を覆うローブへと変化した。

 

その大人びた体は、抱きしめたミズキの心を、不思議なほどに落ち着かせる。

 

 

 

 

 

 

「私は、ミズキ(・・・)を忘れない。私はあなたのために、これから、全てに抗い続ける。だから……あなたはそのまま、わたしの好きなあなたでいてね」

 

 

 

 

 

そして、彼女は、敵を見据えた。

 

 

 

 

 

 

「……あんた、許さないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

ムウマージ。降臨。

 

 

 

 

 

 

 




ラプラスのピアスを買ったのですが自分の耳にピアス穴は開いていないのでぬいぐるみにつけたらぎゃんかわになりました。


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第12話 6 『ミズキ』の決断

昨日の6時ごろ、一回間違えて投稿してしまいました。

すぐに消したので問題はなかったかなと思いますが、混乱してしまった方がいた場合は申し訳ございません。





それでは、休止期間を含めると1年近く、話数で言うと5話、投稿数で言うと20近く続いたタマムシシティ編、完結です。


本話で完結させようと思い押し込んだところ13000文字になりました。
……大したバトルもないってのに……
時間に気を付けてお読みください。


―――――――――――――――常闇の間、夢幻の重責―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「ここは、どこ?」

 

 

 

 

 

目を開けたマリムは、常闇の只中にいた。

 

 

 

 

右も、左も、上も、下も、前も、後ろもわからない。

 

 

 

 

漆黒の、闇。

 

 

 

 

 

「……ミズキ? ガーディ? 誰かいないの?」

 

 

 

 

 

答えが返ってくるとは思っていなかった。

ただ、自分の中の不安を消す為に声を上げた。それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あんたのせいで、わたしたちは全滅したのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、答えは返ってきた。

 

 

 

 

 

マリムは驚き、後ろを振り向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お、お母様」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう呼ぶとその姿は、陽炎のように揺らぎ、消え失せた。

 

 

さらに両隣から、声が届く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで貴様なんぞのせいで……俺たちがぁ!」

 

「憤慨」

 

 

 

 

 

 

 

「あ……ああ…………」

 

 

 

 

 

 

それは、かつての、仲間。

 

 

 

自分の、罪。

 

 

 

 

 

 

「いや……やめて……」

 

 

 

 

 

マリムは思わず、目を閉じ、耳をふさぐ。

 

しかし、言葉は直接、頭に響いてきた。

 

 

 

 

 

「お前に、夢を奪われたんだ」

 

「お前に、体力を奪われたんだ」

 

「お前に、喰われたんだ」

 

 

 

 

 

それは、マリムが逃げ惑っていた時に、夢を食べてしまった町の人々。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 

 

 

 

一人ずつ、一人ずつ、

怨念を、怨恨を、侮蔑を、憤怒を、

 

 

様々な負の感情を綯交ぜにした毒のある言葉で、マリムを刺す。

 

 

 

 

 

 

 

マリムは、逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

どこにでもない。闇の中へ。

誰の声も届かない場所へ、逃げ込んだ。

 

 

 

 

しかし、

逃げながら涙をぬぐい、前を向こうとすると、

 

 

 

 

途端に、体が動かなくなった。

 

 

 

 

 

身体がひやりと冷たくなり、

 

 

 

恐る恐る振り返ると、

 

 

 

 

 

低い声と共に、

 

 

大量の腕が、こちらに伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前の、せいだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴と同時に、

全ての影か消える。

 

 

 

 

 

浮かび続ける気力を失ったマリムは、ふらふらと漂いながら、闇の真ん中で停止する。

床、ではないが、止まる事が出来た。

 

 

ここが、この闇の終着点なのだろうか?

もう、誰も来ないのだろうか?

 

 

荒い息を必死に抑えながら、マリムは周りを見渡す。

 

 

 

 

 

 

 

「……あなたのせいで、逃げ遅れた」

 

「……お前のために、辛い敵と戦うことになった」

 

 

 

 

 

 

最後に、

背後から響いてきたのは、

 

 

 

 

 

一番愛してくれた人と、

 

 

 

 

一番愛している人の声。

 

 

 

 

 

 

「あなたのせいで、命を落とした」

 

「お前のせいで、苦しんだ」

 

 

 

 

 

 

あんたなんか、

 

おまえなんか、

 

 

 

 

 

 

 

友達に、

 

仲間に、

 

 

 

 

 

 

「「なるんじゃなかった」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ざけんじゃないわよ」

 

 

 

 

二つの影に、苦手な拳を振るう。

 

 

 

 

 

二人は、闇に溶けるように、消えて行った。

 

 

 

 

 

 

「……わたしの前で、二人を、汚すんじゃないわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

その様子を見て、

夢幻の悪魔は、怪しく微笑む。

 

 

 

 

 

 

……ヤルジャナイカ。

ヨモヤアソコマデヨワッタジョウタイデ、ワガ『夢幻』ヲハラエルトハナ。

 

 

 

 

 

「…………誰よあんた?」

 

 

 

 

 

ワレノコトナドドウデモヨイコト。シリタイノハソンナコトデハナカロウ。

 

 

 

 

 

「……出口はどこ? わたし、こんなところで油売ってる暇は無いのよ」

 

 

 

 

 

……ナンノタメニ?

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

ナンノタメニ、ソトヲノゾム?

 

 

 

 

 

 

 

「……仲間の為……」

 

 

 

 

 

 

 

いや、違うわね。

 

 

 

 

 

 

己が野望を、達成するためよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……フッ」

 

 

 

 

 

 

 

夢幻の悪魔は、楽しげに笑い、

 

 

 

扉を、開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わたしは、わたしの野望のために、必死に戦った。それは誰の為でもない。自分の為。そしてミズキは、そんなわたしの願いを、無茶苦茶なわたしの願いを、全力で応援してくれた」

 

 

マリムは目を閉じ、思いを馳せる。

思い返した時間は決して長くはない。むしろ他の三人と比べれば、マリムとミズキの想いでと呼べるものなど、萌えもんタワーの一件を除けばほぼゼロと言っても差し支えない。

 

 

しかし、そのほんのわずかな想いでは、

確かにマリムに勇気を、気力を、力を与えた。

 

 

「ミズキは、契約を守ってくれた。だから今度はわたしが、ミズキの野望の助けになる番。今までわたしをまもってくれたみんなを、今度はわたしが守る番」

 

マリムは糸が切れたかのように膝から崩れ落ちるミズキを支え、そっと話してからサカキに向き直る。

 

 

 

 

 

「ミズキが与えてくれたこの力で、ミズキの想いにこたえる番なのよ!」

 

 

 

 

 

「……お手並み拝見と行こうか? サイドン。“ロックブラスト”」

 

 

サイドンはすぐさま手を前に突出す構えを取り、初弾を発射する。

 

 

「っ! マリム! 気をつけろ! 連続攻撃だ!」

 

フレイドの声が響き渡るがそれを待つことなどなく、岩の弾丸はマリムへと襲い掛かった。

 

 

 

が、それはなぜか徐々に勢いを失い、マリムの前で制止した。

 

 

 

“サイコキネシス”。

エスパーの力でコントロールされたその岩は、落下することなくふわふわと浮かび上がり、マリムの支配下に置かれる。

 

「ほう……」

 

「ほら、連撃なんでしょう? どんどん来なさい」

 

ちょうはつ的なマリムの顔に二撃目、三撃目と即座にこうげきが飛ぶ。

……が、どれだけ力を込めようが、打ち込む角度や速度を変えようが結果は変わらず、マリムに傷一つつける事無く完全に封殺されていた。

 

 

「す、すごい……」

 

「……これほどとはな」

 

 

フレイドとミズキは、言葉を漏らす。

 

エリカとサカキも顔には出さないものの、ほぼ同じことを思っているであろうという事がわかった。

 

 

 

「……その程度のこうげきが限界なら、わたしに傷はつけられないわよ?」

 

 

 

「……ふむ。では、こうしようか」

 

言ってサカキは右手を上げる。

それを受けたサイドンは、腕を構える方向をそらした。

 

 

 

そこには、もう倒れ伏せて、動けない状態のフレイド。

 

 

 

「っ! くそぉ!」

 

 

 

フレイドは、避けようと力を入れる。

……が、体はピクリとも動かない。

 

 

 

「……やたらと動くんじゃないわよ、重症患者」

 

 

 

瞬間、ピクリとも動かなかったはずのフレイドの体が浮かび上がり、ミズキのいる位置、つまりマリムの背後まで引き寄せられる。

 

 

「うごっ!」

 

 

倒れるミズキの上に積み木のごとく詰まれたフレイドが、そんな悲鳴を漏らす。が、その悲鳴も、“ロックブラスト”が地面に着弾した轟音によってかき消される。

 

「……なかなか精密な操作も可能なようだな」

 

「余裕ぶっこいてるところ悪いけど、周りは見た方がいいんじゃないかしら?」

 

 

マリムの観察を続けていたサカキと、五撃目を構えて待機していたサイドンが、その言葉に反応し周りを見渡すと、

 

 

 

マリムにとめられた三つの岩石が浮遊していた。

 

 

 

「っいつの間に」

 

「喰らいなさい。これがわたしの新たな力」

 

 

マリムが両手を合わせるのと同時に、岩は砕け散り、数多の石礫へと姿を変え、二人へと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

「……“パワージェム”」

 

「ムウマには、使えないはずのわざですわね」

 

 

 

 

 

砂煙に飲まれるサカキの姿を見ながら、ミズキとエリカは言った。

フレイドは、そんな二人の解説を聞きながら眺めるマリムの背中を頼もしく思い、同時にうらやましくも思っていた。

 

 

(……強い。掛け値なしに)

 

 

仲間なのだ。素直に喜ぶべきなのだ。

なのに、フレイドの中にある何かが、素直なそれを許さない。

 

 

 

「……その程度で終わると思わないでよね。私の仲間をいじめたツケは、三倍返しで払ってもらうんだから!」

 

 

そんなフレイドの葛藤など知るはずもなく、マリムは容赦なく追撃を始める。

 

 

両手をパンと合わせると今度は、どこから現れたか七色に光る葉っぱが、ひらりひらりとマリムの周りを舞う。

 

「これって……」

 

「“マジカルリーフ”。これも、ムウマが覚えられないわざですわ」

 

 

 

光り輝く葉の連撃は、

たとえ標的が見えなくても、決して外れることはない。

 

 

 

 

「おりゃああ!!!!」

 

 

 

 

放たれた刃は砂煙の中へと消え、視界の悪さが勢いを増した。

 

 

悲鳴の類は一切聞こえない。

だが、はじかれたり、無効にされたりしていない以上“マジカルリーフ”が外れるはずはない。

 

 

 

 

しかし、それでもマリムは、安心する事が出来なかった。

 

 

 

 

 

(……ミズキの宿敵、これで終わり? いや、そんなはずはない。奴は、ミズキの敵なんだ。最後まで、気は抜かない。こうげきを、し続ける!)

 

そうしてマリムは、再び“マジカルリーフ”を構える。

 

 

 

ミズキの敵が弱いはずがない。

そのミズキの強さへの絶対的な信頼だけが、マリムのサカキへの評価を構成していた。

 

 

 

 

その考えは、正しい。

 

 

 

しかし、その行動は、間違いだった。

 

 

 

 

「っ! わざを止めろ! マリム!」

 

 

 

 

 

ミズキの叫びに反応できたその瞬間、マリムは天井を見ていた。

 

 

 

 

「……な……に……?」

 

 

 

 

脳を揺らされぐらつくものの、宙返りをしながら体勢を立て直しながらミズキの下へ戻ってくる。

頭を抑えながら視界が広がった正面を見ると、サイドンはすでに姿をけし、同じく大きな体躯と角が特徴的な紫色の萌えもんが大穴から顔を覗かせている。

その肩に担がれるサカキは、スーツに多少の切り傷は有れど、ミズキやフレイドほど致命傷であるとは思えない。

 

 

 

状況が、何が起こったのかを雄弁に語っていた。

 

 

 

 

「ニドキング……“あなをほる”と“ふいうち”の、複合わざかっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「これがトレーナー。これが、萌えもんバトルだ」

 

 

 

 

 

 

「ごほっ……こうかはばつぐんだ! ってやつね」

 

「っマリム!」

 

「そんな顔しないの……ちょっとくらっただけじゃないの」

 

ミズキの声掛けに、血を唾に混ぜて吐き出しながらマリムが返す。

 

今この場には自分しかいない。

自分がどうにかするしかない。

 

今こそ、ミズキに、自分をしんかさせてくれたミズキに、恩を返すチャンスじゃないか。

 

 

弱音は吐けない。

戦うしかない。

倒すしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“にげる”方法はあるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズキが小声でそう言うまでは、マリムはその思いでいっぱいだった。

 

 

「……何言ってんのよ? そんなセリフ、あんたの口から聞きたくないっ!」

 

 

 

 

 

マリムは声を荒らげる。しかしその声は、ミズキのちいさな、それでいて確信めいた力強い声に阻まれる。

 

 

 

 

「勝てない。お前一人じゃな」

 

 

 

 

その言葉に、マリムはハッとする。

弱弱しい声で言うミズキの口調は、少なくとも、臆病風に吹かれる人間のそれではなかった。

 

 

 

「あの一瞬で、サイドンを交代し、ニドキングに切り替え、“あなをほる”で“マジカルリーフ”を躱し、ふいうちを決める。あれはすべて、サカキの指示だ。すべては、サカキの判断能力のなせるわざ」

 

ミズキの冷静すぎる状況判断に、マリムは思わず息をのむ。

 

「……奴の言うとおりだ。トレーナーがいる萌えもんと、いない萌えもんとが戦って、まともなバトルになるはずはない。ましてや奴に……サカキには、百戦やっても勝てることはない……」

 

 

 

だから、逃げろ。

 

今は、逃げる時だ。

 

 

 

「目的は……達成した。お前を強くする……すべきことは、成し遂げた。なら、今ここで、奴らと戦う理由はない。こんなところで、お前を失うわけにはいかない」

 

 

「……ミズキ」

 

 

苦しげにミズキはそういった。

それは、体の痛みに耐えながらしゃべっていたから……だけではないことを、マリムは察していた。

 

 

 

(野望は……目の前にある。なのに……)

 

 

 

口まで出かけたその言葉を、ミズキが遮る。

 

 

 

 

 

「マリム。俺には……俺の野望を達成するには、お前の力が必要だ……そして……」

 

 

 

一呼吸置き、確信めいた口調で言う。

 

 

 

 

 

 

 

「お前が、奴に勝つためには、俺の力が必要なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった」

 

 

 

 

 

マリムは、それ以上何も言わない。

ミズキの想いは、それだけで十分に伝わった。

 

 

 

 

 

「逃げられると、思っているのか?」

 

 

 

 

 

声に反応しマリムとミズキが振り向くとそこには、眼前まで接近し、ニドキングをすぐ横に、エリカを後ろに据えたサカキの姿があった。

 

「……おいたの時間は強制終了、と言ったところでしょうか?」

 

心底残念そうな表情と仕草で、エリカが言う。

 

「その通り。もうお遊びはここまでだ。お前らが我々に立ち向かうだけなら戯れてやっても良かったのだが抗おうとするなら話は別だ。逃げられるとなると面倒なんでな」

 

サカキの声を合図に、ニドキングがこちらに“どくばり”を構える。少しでも動いたら、というセリフが、脳をよぎる。

 

 

しかし、ムウマは表情一つ変えなかった。

 

 

 

 

 

「なんででしょうね。あんたたちの方が強い。わたしはまだまだ……それは、十分わかった。なのに、わたしはあなたたちが、ちっともこわくない」

 

 

 

 

 

そう言いながらマリムは腕を突出し、ニドキングに向ける。

 

一瞬ニドキングが、集中をその手に逸らした瞬間、指を鳴らすと同時に音が鳴り、小さく爆ぜる。

 

 

「っ!」

 

 

「“おどろかす”だ! 怯むな!」

 

 

サカキの声はすでに遅く、ニドキングがたたらを踏んだところで、マリムは“サイコキネシス”を使い、ミズキとフレイドを持ち上げてながら、今度は空中に手をかざす。

 

 

するとマリムの手の先には、深く、黒く、邪悪な穴がゆっくりと姿を現した。

 

 

「っ! このわざは!?」

 

 

 

 

 

「わたしは、大切にしなきゃいけない仲間がいる。わたしには、仲間という力がある。だからあんたたちを、わたしが恐れることはない。覚悟しておきなさい、次会うときは、必ずわたしたちが、あんたたちを倒す!」

 

 

 

 

 

そう言ってマリムは、

 

 

 

 

ミズキたちを連れ、闇の穴へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……“ゴーストダイブ”……逃げられたか」

 

ポツリとそう漏らした後、サカキは顔を手で覆いながらそのまま少しの間固まっている。

 

「……ボス? 追わなくても……」

 

そう言いかけたエリカだったが、サカキの口元がほんの少し見えたところで口をつぐみ、何事もなかったかのようにその場から少し距離を取る。

 

 

 

 

 

 

「……別に、隠す必要ないんじゃありませんの……いい笑顔なんですから」

 

 

 

 

 

 

呟きは、誰が聞くこともなく、溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次にミズキたちの視界に入ってきたのは、マサラで見ていたものよりも幾分か輝きが遠のいたように見える夜空の星々だった。

 

「……タマムシの、郊外……大きなマンションや住宅地の、裏側か……」

 

横たわったまま左手で地面を握り締め、その感触からそこが土やアスファルトの地面ではなく、芝生が植えられ整備された場所であるという事を確認したミズキは、ゆっくりと体を起こして周りを確認する。自分たち以外の姿はそこにはなく、ほんの少し離れたところにフレイドが倒れていることも確認できた。

 

「新しい力にはまだ慣れていないから、そんなに長距離の移動はできてないわ。さっさと移動する必要はあるわよ」

 

安心したところに頭上にいたマリムが声をかける。

 

「服の下、見えるぞ」

 

「見たければどうぞ?」

 

「隠せっつってんだよ」

 

パタパタと服をたたきながら、マリムがゆっくりとミズキの目線まで下りてくる。

 

「ありがとよ、マリム。お前がいてくれて、本当に良かった」

 

「礼なんか言わないで。わたしのために必死に戦ってくれたあんたに礼言われるのなんか、情けなくてつらいんだから」

 

 

 

 

「いや、言わせてくれ。打ち克ってくれて、本当にありがとう」

 

 

 

 

ミズキは左手をマリムに差出し、優しく笑う。

 

「……まったく。さっさと行くわよ。あんたたち、ぼろぼろなんだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

照れ隠しにミズキへ伸ばした左手を、

 

 

白い炎弾が遮った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

マリムはとっさに手を引き、炎弾を飛ばした主を確認する。

 

 

いや……確認するまでもなく、わかっていた。

 

 

しかし、その行動をとる理由が全く分からず、驚きが理解の邪魔をしている。

 

 

なぜ……なぜ……。

 

 

「ちょっとあんた!? 何やってんのよ!?」

 

 

 

 

 

 

なぜ、フレイドがこうげきしてくるのか?

 

 

 

 

 

 

彼女には、わからなかった。

 

 

「……どけ……マリム。わっちは、その男に用があるんだ」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 今あなたはぼろぼろなのよ!? 早く萌えもんセンターに行かないと……」

 

「ぼろぼろなのはお互い様。条件は同じだ」

 

「だからそう言う事じゃなくて……早くしないと、R団が探しに来ているかも!」

 

「マリム、いい」

 

マリムの決死の説得を遮ったのは、ミズキだった。

 

「……お前は知らないだろうけどな……いつものことだ」

 

ミズキはフレイドに向かって立つマリムの前に立ち、フレイドに向き直る。

 

 

 

 

 

 

 

「……一つ、確認させろ」

 

「いらない。お前の思うように、想うがままに動け。すべてに答え、全てを受け止めてやる」

 

 

 

 

 

 

その言葉を言い終わるや否や、

 

 

 

フレイドは駆け出し、

 

 

 

全力の拳をミズキの顔面へ向けた。

 

 

 

 

ミズキはそれを、そのまま受ける。

全力と言ってもそれは、今のフレイドの持ちうる全力であり、その左拳はミズキの顔にぺチンという音を響かせただけで、まともなこうげきであるとはお世辞にも言えないものだった。

 

しかし、その一撃でさえ、ミズキにとってはくぐもった声をあげてしまうものだった。

 

すでにガタがきている体は、軽く傾いただけのその衝撃に耐えられず、体を起こそうとするだけで直撃したことによるダメージの二倍、三倍のダメージを受けている。

 

 

そしてそれは勿論、フレイドも同じだった。

 

 

フレイドも突っ込んだ勢いを殺し、揺らめいたミズキに追加の一撃を加えようと切り返すものの、踏ん張った足に激痛が走りそのまま地面を転がってしまう。

着地の際にけがをしこたま地面に打ち付け、結果的にこうげきを繰り出したフレイドの方が、大きなダメージを受ける始末。

 

 

 

殴り合いのケンカをただの暴力であると形容するならば、二人のやり取りはそれにすら達していない、ただの小競り合いだった。

 

 

 

しかし、それも当然のこと。

 

二人のダメージは、ほぼ同条件だ。

互いに拳は片方潰れ、互いにサイドンの“アームハンマー”を一撃受け、そのままに動き回ろうとしている。

 

 

二人が、限界である状況での、ケンカ。

 

 

それがまともなケンカにならないことなど、道理であると言えるだろう。

 

 

 

 

「二人とも……なんで……」

 

 

涙を流すマリムが、言う。

しかし、二人は止まらない。

 

 

足を振るう。

“ずつき”を決める。

“インファイト”を当てる。

はんどうを受ける。

 

 

何度も何度もそれを繰り返す二人の体は次第に変色し、見るに堪えないものへと変わっていった。

 

 

 

 

しかし、マリムは目をそらさない。

 

それは偏に、ある一つのことに気が付いたからだった。

 

 

 

(二人とも……避けない)

 

 

 

もはやまともに『こうげきである』と判断できるようなものすら少なくなってきたころ、明らかに最初よりもスピードが落ちているはずの二人のこうげきが、まったくもって外れることがなかった。

いや、外れることがない、というよりも、二人の挙動はむしろ、あたりに行っているかのようだった。

 

 

“サイコキネシス”を使えば……いや、別に使わなくとも今の二人を止めることなど、マリムにとっては造作もないことだ。

 

しかし、マリムはそれをしなかった。

 

 

 

 

 

いつの間にかマリムの目からは違う涙が流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

「貴様! なぜあんな行動をとったぁ!!?」

 

「ぐがぁ!」

 

フレイドの左拳が、ミズキの腹に突き刺さる。

 

「なぜ、わっちの前で、あんな行動をとったぁ!!?」

 

「がはあ!!」

 

フレイドの“ひのこ”が、動かない左腕を焼き払う。

 

 

 

 

 

「なぜ……なぜ……なぜだああああああああああ!!!!!!!!?」

 

 

 

 

 

腹、左腕、腿、頭部。

フレイドのこうげきは、ミズキの弱った場所を的確についていく。ダメージが蓄積され、まともに動かすこともままならない場所を、一つ、また一つと、見ているこちらが痛々しく感じるほどのこうげきをミズキにたたきこんでいく。

 

 

 

 

しかし、マリムには見えていた。

 

 

 

 

こうげきを繰りだし、きゅうしょをねらい、ダメージをあたえ、絶対的優位になっているはずなのに、

 

 

こうげきの度に顔をゆがめていくのは、フレイドの方だった。

 

 

 

 

 

 

「なぜ…………なぜだ…………なぜだ…………」

 

 

 

 

 

 

フレイドは俯き、ミズキは天を仰ぎ、二人が止まった。

 

 

 

フレイドはそのまま膝をつき、項垂れ、次第に声は小さくなっていった。

 

 

 

 

 

 

「……お……い、フレイド……お前は……何を……やってんだよ……」

 

そんなフレイドにミズキは、絶え絶えの声を絞りながら言う。

 

 

 

 

 

 

 

「…………お前が……狙うのは……これだろうが!」

 

 

 

 

 

 

 

フレイドはその言葉に、顔を上げ、瞳に写りこんだ景色に絶句した。

 

 

 

 

 

ミズキは、左手の爪を、

首に食い込ませ、

 

 

 

思い切り、ひっかいた。

 

 

 

 

 

「がはぁ! はぁ、はぁ……」

 

 

 

「き、貴様!? 何をっ」

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、過程はどうあれ……俺は、エリカを、人質にとった……」

 

「っ!!!」

 

 

 

首から滴る血もそのままに、ミズキが言いながら近づいてくる。

 

フレイドは思わず耳をふさぎ、目を背けたくなる衝動に駆られるが、ミズキが自分の頭をがっしりとつかみ動かさないことで、その選択肢が消えていった。

 

 

 

 

「はぁ……その、行為は……お前の、言う、『腑抜けた行為』であり、お前の、一番、嫌いなものでもあるはずだ……なら……ごほっ!!!」

 

 

 

「っ! 主!?」

 

 

 

言い切る前にミズキは血を吐きだし、前のめりに倒れかかる。正面にいたフレイドは血を体に受けながらもミズキを支える。

 

ミズキの顔が肩に乗り、ミズキの体温が、質量が伝わってくる。

冷たく……そして、軽かった。

 

 

 

 

 

「なら、お前のやることは、一つだろうが……! 俺の首を、とるんじゃなかったのか!」

 

 

「っ!!!!!」

 

 

 

 

 

乱れた息遣いが、すぐ近くで聞こえる。

脱色してしまった白い毛並みにミズキの血がしみこみ、赤黒い色に染まっていく。

 

 

 

 

手を伸ばし、絞める。

 

 

 

 

それだけで、終わる。

 

 

 

 

しかし、腕はピクリとも動かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……甘えてんじゃ……ねえぞ。野望を求めて走るのと……理想に縋って引き摺られるのじゃあ……わけが違うんだ! 俺()一緒に野望を叶えるのと、俺()一緒に野望を叶えるのじゃあ、違うことなんだよ!」

 

 

 

 

 

 

自分にしか聞こえないその声は、確かに、自分に向けられたものだった。

 

 

 

 

 

フレイドが、望んだ言葉だった。

 

 

 

 

 

「あの時……俺がサカキに立ち向かうと決めた時、俺がマリムを信じ、エリカを人質に時間稼ぎをするという選択をしたとき、お前は……何を想った? 常に勝利のために、野望のために、邁進したと言えるのか!? 片時も、諦めることなく進み続けたか!? 持ちうるすべてを出し尽くしたと、俺の目を見て言えるのか!?」

 

 

 

フレイドは、固まった。

この男には、心が見えるのかと思った。

 

 

 

「……言えるわけ、ねえよな。だからお前は俺に、俺の首に手を伸ばせない」

 

 

 

 

その通りだ。

フレイドは、諦めた。

 

 

 

 

奇しくもそれは、フレイドが信じたミズキと、

 

 

 

フレイドが嫌う『ジョーカー』ではなく、フレイドが信じた『ミズキ』と、

 

 

 

 

エリカたちが言う、弱い『ミズキ』と、

 

同じ選択だった。

 

 

 

 

 

 

「そんなに俺の言葉が欲しいんだったらな……はっきりいってやるよ……!」

 

 

 

 

 

 

いいか?

 

 

 

俺が汚い手を使ったのは、俺が弱いからだ。

 

 

 

 

 

だがな、

 

 

 

 

 

 

俺が、

 

 

 

汚い手しか使う事が出来なかったのは、

 

 

 

 

 

お前が、

 

 

 

 

いや、

 

 

 

お前らが、

 

 

 

 

 

 

 

「弱いせいだろうが」

 

 

 

 

 

 

 

シークが、スーが、フレイドが、

もっと、もっと強ければ良かったんだ。

 

そうすれば、自分が汚い手を使わなくてもよかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうだ。これで……満足か。馬鹿…………い…………ぬ…………が」

 

 

 

 

 

 

 

そう言ってミズキは、フレイドの方から滑り落ち、地面に倒れこんだ。

 

 

「っ! ミズキ!!?」

 

 

マリムは直ぐに近づき、ミズキを抱え込む。持ち上げた時に地面にできた血だまりが、現状の危険を明確に語っていた。

マリムは涙目でフレイドを睨む、が、すぐに表情を消した。

 

 

 

 

フレイドの顔は、

自分よりも遥かに、

 

 

 

 

 

亡霊のごとく色あせていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、あなた……」

 

声をかける。しかし、反応はない。

 

 

 

 

 

 

ふらふらと、意識があるのかも疑わしい足取りで歩くフレイドは、

 

 

夜の闇へと、消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

フレイドのがらんどうになった頭の中には、

ミズキの声が

 

 

 

 

 

『こいつが惜しけりゃ俺たちを逃がせ』

 

 

 

 

 

言葉が、

 

 

 

 

 

『お前らが……弱いせいだろうが』

 

 

 

 

 

響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……知らねえ天井だ、ってやつかね……まあ、よくあることか」

 

「ねえよ」

 

どうやら眠ってしまっていたという事を毛布の感触で理解したミズキの呟きに、冷たい一言が帰ってくる。身体を起こし声の方向に顔を向けると、呆れ顔をしたノブヒコがコーヒーを淹れながらこちらを見ていた。

 

「……お前が俺を?」

 

「礼ならシークと、お前のラプラスに言うんだな。萌えもんセンターで目を覚ましたその二人が直ぐに俺のところにきて、『マスターを探してくれ』って頼み込んできたんだからよ」

 

「……そうか」

 

机の上に置かれたコーヒーに口をつけながら、その奥にたたまれた自分の服と、ボールホルダーに目をやり、顔をしかめる。

 

「……うまくねえな」

 

「文句言ってんじゃねえ」

 

笑いながら言うノブヒコだったが、対照的にミズキの表情は苦い顔のままだった。

 

「……俺は、どれぐらい寝ていた?」

 

「……その質問をするってことは、ある程度察してるってことか。二週間だよ。二週間寝っぱなしだ」

 

「そうか……二週間も」

 

「一応ジョーイさんを呼んで往診とかしてもらってたけどよ、もうお前の怪我はほとんど治ってるそうだ。起きてから一日、二日おとなしくしてりゃあ、問題なしだとさ」

 

「ああ、ありがとう。後もう一つ。俺が寝てる間に、何か変わったことはあったか? この町で、何かおかしなこととか」

 

「? 別に何もなかったぜ?」

 

「……ジムは今、どうしてる?」

 

「……要領を得ない質問だな。何も起こってねえよ。トーナメントが終わってからは、いつも通り、通常営業だ」

 

「……そうか」

 

疑問符を浮かべたままのノブヒコを尻目に、ミズキは少し考え込む。

 

 

「……悪い。疲れているみたいだ。もう少し、眠らせてもらってもいいか?」

 

 

「あ、ああ。そうだよな。しっかり休んでいけ」

 

「……悪いな」

 

「……『バトルの後で、お前と楽しく話せる自信がない』なんて言い方したが、負けたバトルで逆恨みなんかしねえし、お前には大きめの借りもある。気にすんな」

 

そう言って、ノブヒコは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

なぜ、R団は動いていないのか?

 

なぜ、エリカはお咎めがないままなのか?

 

なぜ、俺を探し出そうとする動きがみられないのか?

 

 

 

謎は山ほどある。

しかし、それを解き明かす力も、時間も、今の自分にはない。

 

 

 

今は、進む。

 

 

 

「出てこい」

 

ミズキの声で、放られた三つの萌えもんボールが弾け、三人の萌えもんが姿を現す。

 

「っ! マスター、起きたんですね!」

 

「……めちゃくちゃするから、そんなことになるのよ」

 

「……」

 

三者三様の反応ではあるが、“おや”の体を気遣ってくれる愛らしき契約者たち。

しかしミズキの目線は、その三人以外の場所へと注がれていた。

 

三人は、ミズキの目線をそのまま追い、理解したところで眼を伏せる。

 

 

 

部屋の隅まで転がった一つの萌えもんボールが、口を開けて『空』を表していた。

 

 

 

「……マリム。フレイドは?」

 

 

 

首を抑えながら、言う。

 

「……それは……」

 

「……いや、いい。十分だ」

 

そう言ったミズキは布団から起き上がり、寝巻として着せられていた病院服を脱いで着替えを始める。

 

「マスター……まだ寝てないと……」

 

「見ての通りだ。もう治ってる。時間がない」

 

すぐにいつもの格好に戻ったミズキは、最後にボールホルダーを腰につけ、ボールを一個手に持って言う。

 

 

 

「去るものを追う気はない……が、何も言わずに消えるのは、立派な契約違反だ。あいつの言葉で直接聞かない以上、俺には、あいつを追いかける義務がある」

 

 

 

ミズキのその言葉を最後に、スーたちは反論をやめ、押し黙る。

 

実際、早々にここを立ち去ること自体は間違っていない。今は何も起きていないがここにミズキが留まるという事は、R団がこの場所に気が付き、襲撃される可能性……ひいては、ノブヒコ達を危険にさらす可能性が出るという事である。

 

だが、ミズキが出ていこうとするのは、そんな理屈の問題ではない。

 

何を言おうが、止まる気はない。

 

それを、三人は感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、シーク。お別れだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズキは、静かに言い放った。

 

 

 

「……?」

 

 

 

声は、出ない。

しかし、明らかに困惑の表情だった。

 

 

「俺たちは、もうここを離れなければならない。だから、お別れだ」

 

 

当たり前のことのようにつづけるミズキに思わずマリムは声をかけようとするが、それを無言でスーが制す。しかしスーの瞳も、すでに潤み始めていた。

 

「……」

 

シークはミズキに近寄り、足を掴む。

しかしミズキはシークの背中を掴み、そのまま引きはがす。

 

「契約2『我々は互いの野望のために尽力し、中断およびそれに準ずる行為のすべてを禁ずる』。お前はここで、野望を達成する必要がある」

 

「……」

 

シークは再びミズキの足元にしがみ付き、スプーンで足を二回叩く。

 

 

 

 

 

 

 

そのシークがしがみついている足を、ミズキは思い切り振り抜く。

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

壁にたたきつけられ肺の空気をはじき出されたシークは、息を吸い込もうと咳き込みながら涙ながらにミズキを睨む。

しかしそんなシークを見つめるミズキの表情には罪悪感の類などは一切見られず、怒りの形相が支配していた。

 

 

 

 

 

「何だよそれは……何だよ、それは!?」

 

 

 

 

 

萌えもんボールを握りこみ怒気を飛ばすミズキに、シークは思わず体を震わせる。

 

 

 

 

 

「お前のそれはなんだ、シーク!? 野望の絶念か!? 俺たちへの同情か!? だとするならば俺は、一生お前を許すことはできない!!」

 

 

 

 

 

違う。

シークは、そんな奴じゃない。

そんなことは、ミズキが一番わかっている。

 

 

 

 

本当は、うれしかった。シークが、こんな情けない自分を選んでくれたことが。

 

怒りを表面に押し出したミズキの中に渦巻くのは、シークへの想い。

 

 

 

愛らしかった。

愛おしかった。

狂おしかった。

 

 

 

『ありがとう』と言って、思いっきり抱きしめたかった。

 

 

 

 

しかし、出来ない。

それをすれば、ミズキは二度と戻れない。

 

 

 

 

 

だからこそ、ミズキは怒った。

 

 

俺だって我慢しているのに、それはなんだ。と、理不尽な怒りをぶつけることで、あふれる想いを隠し通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『契約』を守る。

それは、ミズキの心に残された、最後の砦であり、楔だった。

 

 

 

 

 

 

 

エリカの、ミラの言うとおりだった。

 

ミズキの弱さは、タマムシで、多くの負け筋を生んだ。

 

サカキの言うとおりだった。

 

『ミズキ』の負けは、『ジョーカー』の蓋を外してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズキは、フレイドに言ってやれなかった。

 

 

すまなかった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言うのは簡単だった。

それを言えば、元の関係には戻れた。

 

 

 

 

 

 

しかし、それを言えば、

もう二度とミズキは『ミズキ』になれない。

 

 

 

 

 

 

それが分かった。

 

 

だからこそ、ミズキは『ミズキ』に徹した。

 

 

 

だからこそ、

ミズキは『ミズキ』として、

 

 

 

 

 

 

 

『契約』を、

 

 約束を、

 

 

 

 

 

 

曲げるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいかシーク。野望を曲げる契約者など、俺は仲間と呼ぶことはできない」

 

 

 

 

 

 

『契約など、どうでもいい』

 

 

 

 

 

「己が野望に突き進め。何を、失うことになろうともだ」

 

 

 

 

 

 

『俺たちに、ついてきてくれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺には、お前が必要だ』

 

 

 

『お前と一緒に、旅がしたいだけなんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

『シーク、行こう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから……さよならだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての言葉を飲み込んだミズキは、

ボールを前に突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シークは、ミズキに近づき、

 

ボールを、三回たたき、

 

最後に一回、ボタンをたたいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声が聞こえた時、

 

 

 

ミズキは、崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

必死に、最後まで気丈な姿であろうとした一人の男の、限界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いいのかよ、これで? 第一俺、お前に負けたんだぜ?」

 

「……最初っから勝ち負けは見てないさ。言ったろ。俺はお前が、シークにふさわしいトレーナーかどうかを確かめるために戦ったんだ。俺の想像を超える、理論を超えたキズナのバトル。しっかり見せてもらったよ。お前には、シークを連れて行く資格がある」

 

「……本当に、いいんだな」

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、いいんだ。シークを、たのむ」

 

 

 

 

 

「……必ず、幸せにするさ」

 

 

 

 

 

 

「……へっ。当然だろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズキたちは、ノブヒコに礼を言い、家を出た。

 

 

 

 

 

逃げるように出て行ったミズキの目を、

ノブヒコは、見ないようにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、良かったの?」

 

自分の前を歩く二人に、マリムが聞いた。

 

「しつけえぞ、マリム。良かったって言ってんだろ」

 

「……そうですよ」

 

後ろを向くこともせずに、二人が答える。

 

「それよりお前ら、気を引き締めなおせよ。シークが抜けて、フレイドもいないんだ。しばらくは、過酷な旅が続くぞ」

 

隣のスーの頭をなでながら、ミズキは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかったわよ。わたしは、契約を全うする。野望を叶えてくれたあなたたちのために、二人の分まで戦い抜いてみせる。わたしは、ずっとここにいる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、泣くんじゃないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリムのその一言を皮切りに、

二人のダムは決壊し、壊れたかのように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声を上げて、

 

泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦って、負けて、倒れて、泣いた。

 

 

 

 

 

タマムシは、彼らにとって悲痛な出来事の連続だった。

 

 

 

 

 

しかし、ミズキは問うた。

 

 

 

 

 

タマムシに来たことに、後悔はあるか? と。

 

 

 

 

 

二人は答えた。

 

 

 

 

 

無い。と。

 

 

 

 

 

 

 

 

『契約』したわけではない。

 

 

 

しかし、その時彼らは、同時に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、泣かない。

 

もう、負けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らは、言った。

 

 

 

 

 

 

誰も辛い思いをしなくて済むために、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は」

 

 

 

「わたしは」

 

 

 

「わたしたちは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「もっともっと強くなる」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らの弱さは、彼らを苦しめ、

彼らの弱さは、彼らの強さへの道標となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては、壊れた。

 

 

しかし、彼らに憂いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分達の関係は、きれいな表装を保った、紛い物だった。

 

 

壊れるべくして壊れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

ならば、今から作り直すんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

もっと強く、もっと優しく、

 

 

 

 

 

 

 

もっと楽しい、最高のチームを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマムシ 瞬間契約 マリムの野望を優先解決する  CLEAR

 

 

シーク 野望達成? 契約解除

 

 

フレイド 契約離脱

 

 




非常にタイトルに悩みました。
というのも今回は大きなイベントが三つも起こった回でしたので、どれをフューチャーすべきかかなり悩んだからです。
でも最終的に決まった時にはこれしかないと思いました。


前書きを書いていて気が付いたのですが

タマムシ編は20個近く投稿してきたわけですけれども、自分が投稿してきた話は今話で60話に到達しました。

……という事は、このタマムシ編一つの完結までに、これまでの話の三分の一を使ってきたという事で……

正直どうかなと思いました。


いつか60000UA記念の時が来たら詳しく話すかもしれませんが、タマムシ編が長引いた一番の要因は、

・全員の話を一気に盛り込んだから

これに尽きると思います。
思いついた話を全て書きまくればいいというわけではない、という事が今回の一件でよーくわかりましたし、半年休止してしまった原因の一端もタマムシ編のストーリーを凝りすぎたという事がありましたので、反省に値する結果かなと思いました。

勿論、書いたことを後悔しているわけではないのですが、もう少し、先見性を持って書いていきたいと反省して、これからもがんばっていきたいと思います。

どうか皆さん、これからもよろしくお願いします。


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Episode of Green 1/2 誰かの言葉


いくつか謝ることがあります。

まず、投稿が遅いという事。

そして、これからもあんまり早くならないという事。

活動報告にも書いたが、今回の話は番外編であるという事。


そして、番外編が一話に収まっていないという事。


どうもずびばぜんでじだ。


 

 

 

 

 

 

それは、タマムシのホテルの一室。

 

 

激動のバトルを繰り広げるよりも、ほんの少し前の話。

 

 

 

ノブヒコの決意を、ミズキが聞いた日の夜のことだった。

 

 

 

 

 

 

「……ふう。いい夜だな」

 

部屋の片隅でコーヒーを一口すすりながら、思わずミズキは言葉を漏らした。

 

 

 

「……むな? マスター? まだ起きてたんですか?」

 

「ああ、悪いな、スー。起こしちまったか?」

 

「いえ……ふあぁ、眠れないんですか?」

 

スーは微睡み、瞳を軽くこすりながらもベッドを降り、腰掛け窓に体を預け空を見上げるミズキの下へと歩いていく。

 

「……いや、そういうわけでもねえ。なんとなく、星空を見上げていたくなっただけさ……俺の予定通りに事が進んだらしばらくは、こうやってゆっくりすることもできなくなるからな」

 

「マスター……」

 

不安げな眼差しを向けるスーに、ミズキは軽く微笑み、スーを抱え上げて胸に抱き寄せる。スーはそのまま、ミズキが向ける夜の空へと視線を移した。

 

「確かに、きれいなお空ですね」

 

「だろ? 最近は野営の頻度も減ってきたから、こうやってじっくり夜空を見上げることもなくなってきたからな。改めて見てみるのもいいもんだ」

 

「マスターは、空が好きなんですか?」

 

「ああ、特にマサラの星空は最高だ。荒れ乱れた心をきれいに洗い流し、文字通り真っ新(マサラ)にしてくれる」

 

楽しそうに語るミズキの笑顔に、スーも思わずうれしい気持ちになる。ミズキと同じ場所で、同じ景色を共有し、同じ幸福な気持ちを味わえる。

それが、たまらなくうれしかった。

 

 

「……マスター。もっと、もっと教えてください。マスターの、好きなこと」

 

 

振り向き、ミズキの胸に顔をうずめながらそっと抱きつくスーを、ミズキはそっと抱きしめ帰す。とても優しくスーを抱える腕からは、不思議な温かみを感じた。

 

 

 

「……実はな、今日空を見ていたのは、ノブヒコを見ていて思い出したことがあったからなんだ」

 

 

 

「……思い出したこと?」

 

「ああ。危なっかしくて見てられなくて、危なっかしいから見守ってなきゃいけない。ちょうど今のノブヒコみたいな、俺の弟みたいなやつがな」

 

「弟……? レッド君ですか?」

 

「いいや、違う。そして、ブルーでもない」

 

そう言うとミズキはポケットから何かを取出し、空にかざす。

 

月明かりを薄い緑色に染め上げた石を中心にはめ込んだそれは、ブルーへの指輪、レッドへのブローチと共にサントアンヌ号で購入していた、ネックレスだった。

 

 

 

「もう一人いるんだよ。頭がよくて、冷静で、かと思えば一番熱血漢で、レッドを怒ったり、ブルーをたしなめたりするけど、結構子供っぽいところもあって、手間がかかる。そして……

 

 

 

 

 

とってもお人好しで、とっても優しい。

俺に似ても似つかない、可愛い弟分がな。

 

 

 

 

 

 

 

罪深き萌えもん世界 番外編

 

Episode of Green 永久不変の男の強さ

 

 

 

 

さらに時を遡り、ミズキがタマムシに入るよりもっと前の話。

 

 

 

 

「かなりこの萌えもんセンターに滞在していますけれど、そろそろ出発しなくて大丈夫なのですか? グリーン様」

 

「そう焦るな、フシギソウ。“イワヤマトンネル”は険しい洞窟だ。無計画に突っ込んで突破できるような甘い場所じゃない。万に一つの失敗もないように、万全をきたしてから挑戦するんだ」

 

場所は10ばんどうろの萌えもんセンター。ミズキ曰く天然のダンジョン、“イワヤマトンネル”を目の前にして数日特訓しながら待機というスタンスを続けるグリーンに、特訓の途中でフシギダネからしんかを遂げたたね萌えもん、フシギソウが疑問の声をぶつけるが、グリーンは涼しい顔をしながら答え、手元の萌えもんボールを磨いていた。

 

「……二日前に遭ったレッド様には、直ぐに挑戦することを促していたと記憶していますが?」

 

「ああ、あいつはどうせはなっから無計画で進むつもりだっただろうからな。引き止めて一緒にここで特訓するよりは、さっさと行かせて抜けた後に連絡を取った方が、いいデータになる」

 

「……悪い人」

 

「嫌いか?」

 

「いえ、合理的な考え方かと。だれかを思い出します」

 

「……それは光栄だな」

 

二人の会話が終わったのを見計らうかのように、グリーンのポケナビが鳴り響いた。

 

ちなみにグリーンはオーキド研究所で行っていたミズキの研究の多くに携わっていることから、ミズキが開発した製品の多くを先んじて持ち歩いている。手伝ってくれたお礼であるとともに新製品のモニター扱いであるという事でグリーンもそれを拒否することはしなかったため、グリーンの旅はほか二人に比べ少し快適な旅となっていた。

 

そんなこんなで鳴り響いたポケナビを手に取ると、一通のメールが届いていた。

 

「……レッドが“イワヤマトンネル”を抜けたようだな。二日かかったか」

 

「という事は、一日野宿する準備を整えていけば大丈夫でしょうか?」

 

「いや、あいつのことだ。危険を顧みずに突き進んでほぼ最短距離で進んでいったんだろう。二日分でも危険だ。三日分の準備はしておこう」

 

「了解しました」

 

くすりと笑うフシギソウと共に立ち上がり“あずかりシステム”の場所へ向かい、オーキドの下へと通信をつなげる。

 

「フシギソウはくさタイプだから問題はないが、他はいわ・じめんタイプには不向きな奴もいるからな。みずタイプの萌えもんを中心にしたパーティを組みなおそう」

 

「あとは“フラッシュ”が使える娘も必要ですね」

 

そう言ってパソコンを起動しようとしたグリーンは、萌えもんを数匹入れ替え、続いて自分の“どうぐあずかりシステム”を起動しようとした瞬間、

 

 

 

 

突然、めのまえがまっくらになった。

 

 

 

 

「っ! なんだ!?」

 

驚きの声を上げるグリーンだったが、それにこたえる者はいない。

むしろグリーン同様に状況を把握できず、困惑交じりの悲鳴を上げている者がほとんどだった。

 

「おい!? なんだよこれ!?」

 

「停電か!?」

 

「ピジョン! 離れちゃだめよ!」

 

三者三様の反応を見せているロビーの客たちだったが、最も焦った声を上げていたのはそこにいた者たちではなく、ジョーイさんを筆頭とした萌えもんセンターの局員だった。

 

 

「治療中の萌えもんが苦しんでいます! 至急鎮痛剤を用意してください!」

 

「落ち着いて! 焦らずに、手の空いている者はトレーナーの皆さんを別室へ誘導してください!」

 

「回復システムがダウンしています! 早く予備電源回してください!」

 

怒号にも近いその声は、本来聞こえてはいけないはずのロビーにも響き渡っていた。ジョーイさんたちの焦りの声は、さらにトレーナーたちの焦りを煽る。

 

「おい! 回復システムが落ちてるってどういうことだ!?」

 

「わたしの萌えもんは!? 無事なんでしょうね!?」

 

「あんたらプロだろ! さっさとこの状況何とかしろよ!」

 

「落ち着いてくださいみなさん! 大丈夫ですから!」

 

皆を宥める為に外に出てきたジョーイさんに、トレーナーたちが強引に詰め寄る。

 

「俺たちの萌えもんに何かあったら、責任取るんだろうな!?」

 

「うちの娘はバトルで怪我してるのよ!? 最初に治療しなさい! わかったわね!?」

 

「何っ!? ふざけるな! だったら俺の萌えもんを一番にしろ!」

 

「何よ!」

 

暗闇でお互いの顔すらも見えぬ状況下で、醜い言い争いが繰り広げられる。

見えはしないが、ジョーイさんの困り果てた表情がありありと想像できる。

 

 

 

「なあ、フシギソウ」

 

「何でしょう?」

 

「あの人なら、この状況でどうすると思う?」

 

「グリーン様が考える通りだと思いますよ」

 

「……そうだよな。あの人、俺と違って(・・・・・)、優しくてお人よしだから」

 

 

 

そう言って腰のボールに手をかけるグリーンの姿に、フシギソウは声を出さずに笑った。

 

 

 

「停電前に萌えもんの交換は間に合って助かったな。頼むぜ。ビリリダマ! “フラッシュ”!」

 

 

 

ビリリダマの“フラッシュ”が発動し、歩くのに支障が出ない程度の明度まで視界が復活する。

 

それまで声を荒らげていた数人のトレーナーを含め、萌えもんセンター中の視線がビリリダマ、ないしその持ち主であるグリーンに注がれる。

 

 

 

「くだらないことで暴れるな! そんなの、無駄な時間を食うだけだ! 緊急の萌えもんたちのために、今自分が出来る行動を! 早く!!」

 

「で、出来る事って……」

 

狼狽える者たちに、とにかく叫ぶ。

 

 

 

 

 

「『いいか、グリーン(お前ら)。困ったときは、とにかく考えろ。思考を止めるな。自分が思う、最適な答えを導き出せ。そして自分が思う、自分が出来る、最適なことを為す為には……とにかく動け!』」

 

 

 

 

 

誰か(グリーン)の言葉を受けた者たちは、ほどなくして三々五々に集まり、言葉を交わし始める。

 

 

 

「……とりあえず、みんなで一つに固まろう! 邪魔にならないよう、みんなでジョーイさんを信じて待とう!」

 

「おっ! おれ、でんきタイプの萌えもん持ってますよ! 少しなら設備を稼働できるかも!」

 

「わたし! 回復のきのみ持ってます!」

 

 

 

 

「……そうだ! みんな、頑張ろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、危険な状態の萌えもんの治療が大方完了し、センター内に落ち着きが戻り始めた。先ほどまでジョーイさんたちに大声で文句を言って邪魔していた者たちも、涙を浮かべながら手を取り、礼の言葉を並べている。

現金な人たちだ、と笑いながらも、何事もなく問題が収束したことに安堵したグリーンはそのままセンターの出口へと向かうが、その寸前でジョーイさんに呼び止められる。

 

「待って! さっきはありがとう。おかげで助かったわ」

 

「いえ、大したことは……それに、実際に僕にできることはありませんでしたから」

 

「そんなことはないわ! あなたのおかげで、みんなが一つにまとまってくれた。本当にありがとう!」

 

「……どういたしまして」

 

照れくさそうに笑うグリーンは先ほどの振る舞いとは打って変わって年相応にかわいらしく見えた。

 

 

 

「それより、なぜ電源が落ちたんですか? 萌えもんセンターの電気がなくなってしまうなんて、そうそうないことだと思いますけど?」

 

グリーンの言葉にジョーイさんは表情を一気に暗く落とし、黙り込む。言葉を発そうと口を開いては何とも言えぬ表情で再び口を紡ぐというその動作から、何かを言おうか、はたまた言うまいか迷っているのだとわかった。

 

「別に、言いたくなければ言わなくても大丈夫ですよ?」

 

「……いえ、待って……お願いがあるの」

 

気を使ったグリーンの発言を制し、ジョーイさんは重たい口を開く。

 

「本当は、お客さんに、それも君みたいなトレーナーに頼むことは、間違っているのかもしれないけど……でも、他に頼める人がいないの。お願い! 力を貸して!」

 

 

 

頭を下げるジョーイさんの姿に、グリーンはばつが悪そうにほほを掻いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……この水路の先が、“むじんはつでんしょ”か……」

 

「本当に、停電前に萌えもんの交換が済んでいてよかったですね。グリーン様」

 

「全くだな。イワヤマトンネル用にみず萌えもんを用意する前だったら、たどり着くこともままならなかった」

 

目の前の長い水路を眺めながら、グリーンたちはつぶやいた。

 

話を一通り聞き、“あずかりシステム”の復旧のためにもジョーイさんの願いを聞き入れたグリーンたちは、センターから軽く北のくさむら、“10ばんどうろ”へと足を運んでいた。

 

『水路の先にある、“むじんはつでんしょ”からの、電気供給が突然途絶えた』

 

『いつもはでんき萌えもんに管理してもらっているはずなのに、その萌えもんへの連絡もつながらない』

 

『はつでんしょに住み着くやせい萌えもんたちのレベルは高く、自分達では手に負えない』

 

 

 

「だから、助けてほしい。ね」

 

「……そもそも、むじんのはつでんしょというシステムに問題があるような気がしますが?」

 

「しかしそれで成立していたってことは、それだけ信頼のおける、実力のある萌えもんがはつでんしょを守っていたという事でもあるよな?」

 

「……何か、予想外のトラブルがあったってことでしょうか?」

 

 

「ビリリ。そウ思うゼ」

 

 

突然の声に驚いたグリーンとフシギソウが下に目を落とすと、ボールから勝手に出てきたビリリダマが普段から険しい顔をさらに険しくして片言で同意していた。

 

「ビリリダマ? なんでそう思うんだ?」

 

「俺ハもとモとこのクサむラにイタでんき萌えモんダ。ココいらの変化二はお前ラより敏感ナンだよ。ぼーるの中からデモビンビン感じタぜ」

 

「……そんなにわかりやすくおかしくなっているってことですか?」

 

「でんき萌えモんなら誰デもワカる。ソレぐらイ気持ち悪クテ異常ナ電場だ。誰か強力ナでんき萌えモんが、ココいら一帯の電場を乱しテルんだ」

 

「……じゃあ、やっぱり行くしかないってことか」

 

「ビリリ。そのツモリだったンダろ?」

 

「そうだな。珍しいでんき萌えもんゲットに加えて、イワヤマトンネル前の最終チェックに使わせてもらおう」

 

そう言ってグリーンは腰のボールを一個外し、水辺に投げようとしたところで、後ろから声をかけられる。

 

 

「まっ、待って!」

 

 

「ん?」

 

声に反応し振り返るとそこには、さして大きくもない自分よりもさらに小さな男の子が少し息を切らしながらこちらを見ていた。

 

 

「ぼ、僕の、僕のコイルを取り戻してください!」

 

 

「君の、コイル?」

 

「は、はい」

 

怪訝な顔で復唱するグリーンにほんの少しおびえたような様子で、少年は返事をする。

 

「お兄ちゃん。今から、“むじんはつでんしょ”に行くんでしょ?」

 

萌えもんセンターでの話を立ち聞きしていたのだろうか? それで走って自分を追いかけた来たのだと推測し、面倒に思いながらも答える。

 

「……ああ、そうだ」

 

「ぼ、僕のコイルも、そこに行ったっきり、帰ってこなくなっちゃったんだ!」

 

少年の言い分にグリーンは思わずため息を吐き、頭をガシガシと掻きながら言う。

 

「……わかるように説明してくれ。君のコイルは、いつ、どこで、何が、どうして、どうなって帰ってこなくなったんだ?」

 

それを聞くと、少年は少しひるむようなリアクションを取った後、ゆっくりと事情を話しはじめた。

 

 

「……ちょうど一週間くらい前に、僕がここらへんにコイルと一緒に遊びに来た時に、突然コイルの様子がおかしくなったんだ。気分が悪そうというか、そんな感じがして、それで萌えもんセンターに連れて行こうとしたんだけど……ちょっと目を離したら、コイルが遠くまで飛んで行っちゃって……ちょうど向こうの方に」

 

そう言って少年は水路の先を指さす。

 

「……“むじんはつでんしょ”に、コイルがおびき寄せられたってことか……ビリリダマ、この子の言っていることはあり得ると思うか?」

 

「十分にアリ得るダロうナ。もとモとコイルはじしゃく萌えモんだ。俺タチただノでんき萌えモんヨリもコノ磁場の影響ガ大きく出テイても不思議ジャなイ」

 

「なるほど……という事は、今回の件は速く片づけないと、周りの萌えもんたちにも被害が出てしまうってことか」

 

「そ、そうなんだよ! だからお兄ちゃん、“むじんはつでんしょ”に行くついででいいんだ! 僕のコイルを連れてきて」

 

 

 

 

 

「断る」

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

目の前の男が発した言葉が、信じられないとばかりに少年は目を白黒させる。

 

「な……なんで……?」

 

「何でも何もない。君の言う事を聞いてやる義理が俺にはない」

 

「そ、そんな……」

 

泣きそうな顔で崩れ落ちる少年を尻目に、グリーンはボールをほうり投げる。

 

 

ちいさな水路に、大きく長い体躯の少女が自慢のひげを振り回しながら元気いっぱいに着水する。

 

 

 

「やっはー!! 水だー! 水辺だー! 数か月ぶりだー! 久々の登場ぅー、ギャラドスちゃんだー!!!!」

 

 

 

「……」

 

「……」

 

弾ける水しぶきをその身に浴びながら、フシギソウとビリリダマは涙目の少年と険しい顔のグリーンに目線を移し、最後に大はしゃぎのギャラドスに白い目を向ける。

 

「……あれ? 空気重いね。もしかしてハズしたかい?」

 

「安心しろ。期待してない」

 

「もーう! そんな冷たいグリリンがすきだー! うぶっ!?」

 

「黙って運べ」

 

はしゃぐギャラドスを押さえつけるかのように背中にまたがり、水に沈める。

 

「“なみのり”は覚えていないが……短い距離だ、行けるな?」

 

ばっばっば、ぼぶーぼぶー(はっはっは、よゆーよゆー)!」

 

水に沈んだギャラドスの水に紛れた声を聴き、二つの空ボールをフシギソウとビリリダマに向ける。

 

「お前ら、行くぞ」

 

「……いや、行くのはいいんですけど」

 

「ビリリ……少し言イ過ぎじャなイノか?」

 

二人は呆然自失と言った状態の少年を見て、軽く抗議するような態度を取るが、グリーンの冷たい目は鋭く少年に向けられたままだった。

 

 

 

 

「嘘つきのいう事を聞く必要はないさ」

 

 

 

 

「っ!!!!」

 

うそつき呼ばわりされた少年はしかし、グリーンに抗議の声を上げる事さえもせずに、歯をがたがたと震わせながら断られたさっきよりも泣きそうな表情を浮かべていた。

 

 

「君はさっき、コイルが水路の方向へ飛んで行った、と言った。だったらコイルの場所は目に見えていたという事だ。なら、なんでボールでコイルを戻さなかったのか」

 

「そ……それは」

 

「答えは簡単。君はボールを持っていない。つまり、君は萌えもんトレーナーではないっていう事だ」

 

グリーンの指摘に声を失う少年の様が、その推測が正しいものであるという事を物語っていた。

 

「という事は、コイルは君の萌えもんではなかった。やせいの萌えもんだったってことだ。という事は、君の話のほとんどは嘘の情報だったということ。そんな嘘つきの君の願いを聞いてやるメリットは俺には全くない。君は俺に頼みごとをする立場として、最低限のことを何もしていない」

 

 

「…………」

 

 

「そしてここまでの話を踏まえれば、そもそもコイルが消えた原因と時期も疑わしくなる」

 

「……ビリリ?」

 

「……どういう事でしょう?」

 

 

 

 

 

 

「つまり、停電したことと同じ理由でコイルが消えてしまったのか。はたまた……コイルのせいで(・・・・・・・)停電が起こったのか」

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんなことない!!!」

 

 

 

 

「ないとは言えない。君の話がどこまで本当かなんて、俺には分からないんだから」

 

 

 

「……コイルが……そんなことするはずが……」

 

 

 

 

冷たく放つグリーンの言葉に、少年は狼狽えていた。

 

同情してくれるだろう。とは思わないまでも、もしかしたら同情して、自分のお願いを聞いてくれるかもしれない。と楽観視していた。

 

よもやこんな形で、責め立てられることになるとは思っていなかった。

 

 

 

グリーンの言うとおり、コイルは自分の萌えもんではない。ここ最近、親に内緒でこのあたりに遊びに来るようになった少年が、一緒に遊ぶうちに仲良くなったやせいの萌えもんだった。

当然ボールを買えない少年が、そのコイルを捕獲することは叶わなかった。しかし、二人がそんなことを気にすることはなかった。二人は、“ともだち”だったのだ。

 

きっかけは、くだらない事。

取るに足らないような、些細な言い争い。

 

ケンカ別れとなり家に帰った日、

 

あんな言い方はしない方がよかったな、とか、

でもあいつがあんなこと言うから悪いんだ、とか。

 

怒りや心配の感情の向け先を探すような夜を経て、くさむらへと戻ってきた翌日。

 

 

コイルは、姿を現さなかった。

 

 

心がつまり、何かを振り切るようにその場所から逃げだした。

 

家に帰ってからのことは、ほとんど覚えていなかった。

 

後に親に聞いた話では、何を聞いても生返事で、虚ろな状態が続いていたらしい。

 

 

次の日も、その次の日も、ひたすらくさむらへ通い続けた。

 

 

しかし、コイルには会えなかった。

 

 

とある日に、少年は泣いた。

 

くさむらに蹲り、ごめんと叫びながら、泣き続けた。

 

 

それでも、コイルには会えなかった。

 

 

そんな状態を萌えもんセンターのジョーイさんに見つかり、少年は萌えもんセンターに保護された。何も言おうとしない少年に無理に聞こうとはせず、ジョーイさんはゆっくり休んでいきなさいと言ってくれた。

 

 

 

 

そんな優しさに感謝し、心が落ち着いてきたころに、

 

 

 

 

件の停電が起こった。

 

 

 

 

 

ジョーイさんとグリーンの話を聞いた。

 

 

 

 

少年の心がざわめいた。

 

 

 

 

そんなわけはない。

自分のともだちが、そんなことをするわけがない。

何かの間違いだ。コイルは、この事故とは関係ない。

 

 

 

そう思いながらも足は駆けだし、出て行ったグリーンを追いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕のせいで……僕のせいで、萌えもんセンターの皆が……コイルが……」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

目の前で崩れ落ちる少年を見て、グリーンはギャラドスから体をおろし、少年の目の前まで歩く。

それに気づいた少年はびくっと体を揺らし、恐る恐る顔を上げてグリーンの表情をうかがう。

 

 

しかし、グリーンが何を思っているのか、その冷たい表情からは読み取ることはできなかった。

 

 

 

 

「坊主。俺は君のお父さんでも、お母さんでも、ましてやともだちでもない。だから君のことをしかってやる義務も、助けてやる責任もない」

 

 

冷静にそう言い放つグリーンは、少年の反応を待たずに続ける。

 

 

 

「だから見ず知らずの俺に頼みを聞いて欲しければ、君は俺に自分の想いを、自分の心を見せなければいけないんだ」

 

 

 

「こ……こころ?」

 

 

 

 

 

「そうだ。少し難しい言葉でそれを、『誠意』という」

 

 

 

 

 

「……誠意」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『いいか。グリーン(坊主)』」

 

 

 

 

「『君は失敗をした。罪を犯した。』」

 

 

 

 

「『それは、やり直しのきかないものだ』」

 

 

 

 

「『だから、責任を取る必要がある』」

 

 

 

 

「『責任を取るっていうのはな、自分で、痛い思いをするってことだ』」

 

 

 

 

「『迷惑をかけたのなら、その分、自分で辛い思いをしてでも、迷惑をかけた人のために、出来ることをするってことだ』」

 

 

 

 

「『決して、誰かに始末を任せて、自分はそれをただ見ている。という事じゃない』」

 

 

 

 

 

「『自分の失敗を取り返したければ、自分の罪の責任を取りたいのなら』」

 

 

 

 

 

 

「『他人に任せちゃダメなんだ。自分で、頑張るしかないんだ』」

 

 

 

 

 

「……自分で……頑張る……」

 

 

 

 

「坊主。お前は、どうしたいんだ? 俺に頼むべきことはなんだ? 自分で考えて、自分で答えを出すんだ」

 

 

 

 

 

グリーンは屈み、少年の目をはっきりと捉える。

その鋭い瞳に、少年は強い瞳で返す。

 

 

 

 

 

「僕は……僕はっ! コイルを、助けたい! コイルは……僕のともだちだから! だから!」

 

 

 

 

 

力を……貸してください!

 

 

 

 

 

 

 

 

グリーンはふっと笑みを浮かべ、少年の頭に手を乗せ、軽くなでる。

 

「……俺はグリーン。お前は?」

 

「……ジュンジ。“ボーイスカウト”の、ジュンジ」

 

 

 

 

 

「行くぞ。ジュンジ」

 

 

 

「っ! はい!」

 

 

 

 

 

 





…………グリーン、10歳?

あの男の影響受けてるからね、仕方ないね。



今回の番外編は、ポケスぺのグリーンの番外編をかなり参考にしています。

……グリーンを活躍させる番外編の舞台が無人発電所しか浮かばなかったんですよね。原案当初ではキクコも出る予定だったのですがそれはさすがに没にしました。



……ていうか無人発電所ってなんやねん。ゲームみてる限りまだ設備は稼働しているみたいだったし、リメイクでは有人発電所として復活してたし……かといって平然とやせいポケモン出るし……設定考えるだけで疲れるわ!

でも、ハナダの時にも思ったけど、ゲームの世界観をリアルに想像して設定作るのも楽しいよね(ツンデレ



「ビリリ……俺のせリフダけ読み辛イゼ」

「……ごめん、もう他にカタコトでしゃべる萌えもんいっぱい出しちゃったから……」



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Episode of Green 2/2 つながる

はいはい、
毎度毎度お待たせしてすみませんでしたー(適当



……マジすみませんでした。


 

 

 

グリーンは、突如マサラへやってきた男が嫌いだった。

 

その男がマサラに居座ることに表立って反対することはなかった。

なぜならその男をマサラに留めることを決定したのは他でもない、彼の祖父、オーキド博士だったからだ。

 

しかし、年の近い子供が来たことで遊び相手が増えたと喜ぶレッドや、最初こそ多少の文句を言っていたもののほどなくして彼の行動や振舞いに惚れ込み恋に落ちたブルーと違い、グリーンはその男のことを長らくよく思っていなかった。

 

 

理由は子どもらしく単純なものであり、

同時に、子供らしく納得のできるものだった。

 

 

 

突然研究所にやってきてきびきびとオーキドの助手をこなし、早々にオーキドからの信頼を勝ち取っていたミズキが、グリーンには面白くなかった。

 

 

 

祖父のことは尊敬していた。しかし、自分という人間に、祖父の名前が付いて回ることは良く思ってはいなかった。『オーキド博士』は大好きなおじいちゃんだが、『オーキド博士の孫』と呼ばれることは少し辛かった。

 

呼ばれること自体が嫌だったわけではない。『さすが、オーキド博士の孫だ』と褒められることは、自分と同時に自分がだいすきなおじいちゃんが褒められているという事がわかり、二重にうれしく感じたりもした。

 

 

しかし同時にグリーンは、子どもながらにその称号の重たさを肌で感じ取っていたのだ。

 

 

だからこそグリーンは、世間にも、そしてオーキドにも、自分の強さを認めてもらいたかった。

いつか自分は若かりし頃の祖父のように萌えもんを連れて、旅をして、萌えもんリーグに

挑戦して、『さすがオーキド博士の孫』と言われたときに、『そうだろう。俺はオーキド博士の孫だから』と自信を持って言えるようになるのが夢だった。

 

 

 

しかし、それを言ったとしても、まだ小さなグリーンをオーキドは子ども扱いするだけだった。

 

 

 

 

オーキドに教えを請おうとしても、『お前にはまだ早い』と制された。

オーキドに手伝いを提案しても、『気を使うな』と諭された。

 

オーキドに夢を語っても、『お前ならきっとできる』と頭をなでられるだけだった。

 

 

 

今思えば、当然のことだった。

 

 

オーキドはきっと自分のことを、大切に思ってくれていたのだ。

 

 

余計なことを覚えて、危険な行動を起こさせないように。

余計なことをして、怪我をさせないように。

 

余計なことを言って、自分を傷つけないために。

 

 

 

しかしグリーンには、その優しさがわからなかった。

 

 

 

優しさがわからなかったがゆえに、その男、ミズキに嫉妬した。

 

 

 

自分とは違い、オーキドから教えを得る事が出来るミズキが、

自分とは違い、オーキドと共に働く事が出来るミズキが、

 

自分とは違い、オーキドと対等な目線で会話ができるミズキが、

 

疎ましかったのだ。

 

 

 

 

何故だ。どうしてだ。

俺は一体、どうすればいいんだ。

 

 

 

グリーンは子どもなりの頭で必死に考えていた。

 

 

 

そして、結論を出した。

それは奇しくも、オーキドが必死に避けた、危険が伴う結論だった。

 

 

 

 

何でもいい。

彼に。ミズキに。

何か、一つ勝とう。

 

 

 

聞くところによると、すでにトレーナーの規定の年齢をクリアしているにもかかわらず、彼は萌えもんを捕まえたことがないらしい。

 

 

 

ならば、今自分が、萌えもんを捕獲できたならば。

トレーナーでもない自分が、萌えもんを捕まえられたのならば。

 

 

 

 

きっとオーキドも、認めてくれるに違いない。

 

 

 

 

そう結論付けたグリーンは、

行くな行くなと何度も注意されていた、

 

萌えもんが出る草むらへと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

気の立ったやせい萌えもんに襲われたのは、それからすぐのことで、

 

最も顔を見たくない、見られたくない人が助けに来てくれたのも、それからすぐのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャラドス。お前はここで待機しておけ」

 

「ええーー!!! ずるいずるい!! アタシだって一緒に遊びたいよー!」

 

「ここはでんき萌えもんの巣窟だ。お前の天敵だらけなんだ。一撃でもわざを受けたなら、お前は戦闘不能になる」

 

「えっ……? グリリン……そんなにもあたしのことを想って……」

 

「勝手に出てきて“ひんし”になられでもしたら帰れなくなっちまうからな」

 

「だっはー!? 冷たーい! でもそんなところも好きだー!」

 

興奮して悶えながら水の中に沈んでいくギャラドスを最後まで見ることもなく、グリーンはジュンジを連れて川岸から軽く整備されただけの道を奥へと歩いていく。その後ろをついていこうとするフシギソウとビリリダマだったが、ほんの数分進んだところで、ビリリダマがうめき声をあげた。

 

「……グリーン。すマンが限界ダ。俺ハ、戦えソウニなイ」

 

「……はつでんしょが近づくにつれて、磁場も強くなってきたのか。わかった、お前も戻って、ギャラドスと一緒に待機しておいてくれ」

 

「……スマないナ」

 

ボールを渡されたビリリダマは、ゆっくりと来た道を引き返していく。

 

「ビリリダマがあそこまで苦しむほどの磁場って……中にいるでんき萌えもんたちは大丈夫なんでしょうか?」

 

「多かれ少なかれ影響は出ているかもしれないな」

 

グリーンの言葉に、ジュンジはわかりやすく肩を落とす。

グリーンはそんなジュンジの頭を軽くたたき、正面に指をさす。指の先に目線を移すと、大きな薄い色の建物が見えてきた。

 

「へこんでいても仕方がない。行くぞ」

 

「っはい!」

 

二人はその建物、“むじんはつでんしょ”へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

中に入り真っ先にグリーンが思ったことは、うるさいだった。

 

中では様々な機材がフルに稼働しており、電気を作り送る装置や、機材の熱で上がった温度を冷やすためのクーラーが大きな音をたてている。軽く顔をしかめながらもその大量の機材で作られた道らしき道を進んでいくと、少しずつではあるが徐々に萌えもんが顔を覗かせてきた。

 

「あれは……」

 

グリーンがバックから萌えもん図鑑を取出し、それを物陰からこちらを覗いている萌えもんに向ける。

 

「ラッタ。この近所に生息していた奴が紛れ込んできたのか? レベルも高い。ここに住み着いているやせい萌えもんは全員これぐらいのレベルだと思った方がいいな」

 

「でも、でんきタイプの萌えもんは、あんまり姿を見せませんね」

 

「……そうだな。何か理由が」

 

 

言いかけたその時だった。

 

 

「う、うわああ!」

 

 

グリーンのすぐ後ろをついてきていたジュンジが、大きく叫んだ。

 

 

振り向き状況を理解したグリーンは、すぐさま正面にボールを投げる。

 

 

ジュンジのちょうど目の前でボールが弾け、ジュンジに向かっていたやせい萌えもんのこうげきは、ボールから出てきたその萌えもんが代わりに受ける。大きな爆発を伴ったそのこうげきを好機と見たのか、やせい萌えもんは煙が晴れる前に“こうそくいどう”を使い、一気にこちらとの距離を詰めにかかる。

 

「ちぃ、“じならし”!」

 

いまだ見えていないグリーンが指示を出したその瞬間に、萌えもんは身軽なその体で大きくジャンプし、顔面に“アイアンテール”を利用した“たたきつける”を決める。

 

完全に決まったとにやりと笑うが、自慢のしっぽを握られる感覚が来た瞬間に顔は一気に歪んだ。

 

 

 

「捕まえたぜ。ニドクイン! そのまま“のしかかり”で押さえつけろ!」

 

 

 

掴んだしっぽをそのまま振り回し、地面に打ち付けた後全体重をかけて押さえつけることにより、事態は収束した。

 

 

 

 

 

 

「……ずいぶん荒れてるな。このピカチュウ」

 

ボールの中でガタガタと震えるピカチュウを見つめながら、グリーンが呟く。

 

「やはり、この施設がおかしくなっているのでしょうか?」

 

「戦った本人に聞いてみよう。ニドクイン、どう思った?」

 

「ひかえめに言っても異常ね」

 

そう言ってニドクインは、右手を挙げて左手で右の二の腕を指さす。そこには、明らかなやけどの跡があった。

 

「……じめんタイプのニドクインを、“やけど”じょうたいにするほどの“でんきショック”だったってことか?」

 

「ええ、あきらかにピカチュウのちいさなほお袋に蓄えられるようなでんげきの量じゃなかったわ。恐ろしい威力だったもの」

 

 

ありがとう、と礼を言い、“チーゴのみ”を持たせてボールにしまってから、グリーンは再度考える。

 

「……やっぱり、このはつでんしょがおかしいんですよね?」

 

「そうだろうな。ビリリダマがおかしくなるほどの磁場は、はつでんしょの機械がおかしくなってしまったせいでできたものなんだろう。中にいるでんき萌えもんたちは外の萌えもんたちよりもここで受ける影響も大きい。おそらく、でんき萌えもんたちはこんな場所にいるせいで、でんきをため込み過ぎてしまっているんだ」

 

「だからピカチュウは、あんなにつよいでんげきが打てたんですね」

 

「ああ。それにピカチュウの気が立っているのもそのせいだろうな。速くしないと、もっと問題が大きくなっていくぞ」

 

グリーンたちが気を取り直して進もうとしたその時、後ろでどさりと音を立て、ジュンジが尻餅をついていた。

ピカチュウに思いきり“わざ”を向けられたことが怖かったのだろう。

トレーナーにとってはわざが近くに飛んでくることなんてざらにあるし、バトルの最中流れ弾が飛んでくることだって少なくないが、十歳にも満たない、萌えもんバトルに慣れないジュンジにはまだまだ刺激が強かった。

 

 

 

「帰るか?」

 

 

 

しかし、グリーンは優しい言葉を投げかけるようなことはしない。

ここで彼を甘やかしても何にもならないということを、グリーンは感覚で理解していた。

 

 

「……帰らない!」

 

 

そしてジュンジはそんなグリーンの冷たい言葉に、

弱弱しい態度で、強い口調で返した。

 

 

 

 

 

 

 

「ここが……迷路の終わりになるんでしょうか?」

 

「なんだ……この荒れ方は?」

 

「ひどい……」

 

長い迷路がようやく終わりを迎えた時に、三人が思わず口から洩らしたのはそんな呆けた言葉だった。

あきらかに先ほどまでの空間とは一線を画す、大きな戦闘の後であろうすすけた床と、その中心に火花を散らしながら大きくへこみ廃棄寸前の大型機械が鎮座している空間に、三人は思わず顔をしかめる。でんき萌えもんのこうげきによるものであろう焼け焦げたにおいと、何とも言えないにおいが混ざり合い、戦闘の後を強く感じさせた。

 

グリーンは床を人差し指で軽くこすり、あたりを見回しながら言う。

 

「これが、例の萌えもんセンターに送電する、要の機械だと思って間違いないだろう。床はまだほんのり温かい。萌えもんセンターの停電が発生したのは数十分前。誰かがついさっきここで戦闘して、この機械を壊したんだ。たぶん、磁場が狂いだしているのも、壊れたこいつが、無理やり稼働しようとしているせいだと思う」

 

「でも……誰もいませんね?」

 

フシギソウの呟きにグリーンは無言で同意する。

管理しているはずの萌えもんはおろか、破壊した原因となるような人も、萌えもんもいない、ぼろぼろになった機械だけが残されたその空間は、彼らにより一層の不気味さを与えた。

 

「ひとまず、ここの管理萌えもんと、コイルの居場所を探しに行こう。まだこの近くにいるとは限らないが、いないと断定もできない。気を引き締めて」

 

「ぐ、グリーン兄ちゃん……」

 

そう呟くグリーンの裾を軽く引くジュンジは、顔をひきつらせながら正面を指さしていた。

 

「……? どうした。ジュンジ?」

 

「あ……あれって……」

 

 

 

 

ジュンジが指差したその方向に目線を移すとそこには、

 

 

光り輝く電球の様な丸い物体が先についた、長い棒状のものが機械の影からのぞかせていた。

一瞬のこんらんを経て、それが萌えもんのしっぽであるという事を理解した。

 

 

 

 

 

 

「っ!!!!! まさかあれが、管理萌えもんか!?」

 

 

 

 

 

 

駆け寄ったグリーンは萌えもんの体をそっと起こし、ほんの少し揺らした後で意識の確認をする。起きる気配はなかったものの命に支障のある容体でなかったことにひとまず安心するが、こけた頬に嫌な汗がたっぷり出た額が満身創痍であるという事を証明していた。

 

「……萌えもん図鑑には載っていない。でも、ミズキさんの手伝いをしていた時にデータとしてはみたことがある。こいつは、デンリュウ。ジョウト地方のでんき萌えもんだ」

 

「……ジョウト?」

 

「カントー地方とは別の場所の萌えもん、つまり人の手で、余所から連れてこられた萌えもんだとわかればいい。間違いない、こいつが例の管理萌えもんだ」

 

 

“きずぐすり”を使って手当てを施し、何があったのかを聞こうとしたその瞬間、さらに事態が動き出す。

 

 

 

 

 

グリーンの次の行動を遮ったのは、

 

どがぁん!

 

という爆発音だった。

 

 

 

 

 

 

「っ! どこだ!? 今の音は、どこで!?」

 

「グリーン兄ちゃん!」

 

ジュンジが指を刺したその方向を向くと、機械でできた通路の奥から異臭を伴う煙が流れてくる。そこは先ほどフシギソウが指差していた、出口につながる最後のつうろだった。

 

「うっ……く、くっさ!!! なにこれぇ!?」

 

穴をつまみながら涙目で叫ぶジュンジに対し、グリーンは口を覆いながら冷静に分析する。

 

「……この臭いは、この空間に残っていた臭いと同じ……おい、フシギソウ。これはまさか……」

 

 

 

 

「間違いありません。どく(・・)タイプ萌えもん特有の激臭です!」

 

 

 

 

「っ! ど、どくタイプ!?」

 

 

 

 

まさかの回答にジュンジは一人狼狽える。それを見たグリーンは、苦い顔のままでしかし、静かな声でジュンジへ行った。

 

 

「……喜べよ、ジュンジ。お前の願望は、大当たりかもしれないぜ?」

 

 

それが手放しで喜ぶことができない状況であるという事は、流石のジュンジでも理解していた。

腕の震えを隠すかのように両の二の腕を思い切り握りこむ拳を、グリーンがそっと引きはがし、自分の手で優しく包み込んだ。

 

 

「行くぞ、ジュンジ! フシギソウ!」

 

「はい!」

 

「っ! うん!」

 

 

 

 

 

 

 

角を曲がった瞬間に飛び込んできたその景色に、グリーンは言葉を奪われた。

 

 

 

こうげきの跡が残り毒にまみれたその空間の惨状に、ではない。

 

確かに数分前の状況を上回るほどの、足を踏み入れることにさえ躊躇するひどい有様ではあったものの、ここに来るまでの様々な異常と先ほどの爆発音を考えればこのような状況になっているという事は想像に難くなかった。

 

 

正面で仁王立ちしながらこちらに嫌らしい笑みを浮かべるベトベトンに、でもない。

 

“むじんはつでんしょ”で出て来る可能性のある萌えもんで、なおかつ、あのような“あくしゅう”を飛ばしてくる萌えもんは誰かと考えればベトベトンがいるのではないかという事は想像に難くなかった。

 

 

 

驚かされたのは、その正面。

 

 

 

 

ベトベトンに相対し、ぼろぼろの体で立ち向かう、レアコイルの姿だった。

 

 

 

 

グリーンがフリーズから立ち直る前に、事態は新たに動き出した。

 

三匹のコイルが軽く分離し、それぞれが“じしゃく”をベトベトンに向けて“ラスターカノン”を放つ。しかし、それを見るや否やベトベトンは、“ヘドロばくだん”を発射し、わざを合わせて爆発を起こす。

“ヘドロばくだん”による爆風に思わず目を閉じると、再び前を見た時にはベトベトンの姿は消えてしまっていた。

どこへ、という言葉を吐く前に、レアコイルの真下の床から飛び出した拳が、大きく燃え盛りながら伸びあがり、レアコイルへと直撃する。

 

「っ! “とける”に、“ほのおのパンチ”!」

 

「なんて……戦い慣れたベトベトン……」

 

グリーンとフシギソウがそんな感心交じりの感想を述べている中で、ジュンジはわなわなの肩を震わせながら、その状況を見続けていた。

 

「……ジュンジ?」

 

 

そのグリーンの声とほぼ同時に、さらに鈍い音が響く。

 

 

目線を戻すと、さらに一発、レアコイルが“ほのおのパンチ”を食らい、地面にゆらゆらと倒れこんでしまっていた。

 

 

 

「っ!!!! コイル!!!!?」

 

 

 

それを見たジュンジはグリーンが反応するよりも早く、渦中の場所へ駆けだしていた。

 

 

 

しかし、近付いてくるジュンジを見てにやりと笑ったベトベトンが、今度はジュンジに腕を向ける。

 

 

 

「!? ジュンジ、危ない!」

 

 

「っ!!!?」

 

 

 

レアコイルに向けたものと同様、流動的な体を利用した、伸びる拳。

 

それが自分に向いているという事実。

 

 

 

 

 

 

「う、うわああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

ジュンジは、体が固まってしまう。

しかし、いつまでたっても痛みは襲ってこない。

 

 

 

 

 

音がしない理由は、恐る恐る目を開けてからようやく気付いた。

 

 

 

 

皆が声を出さなかったのは、その光景に絶句していたからだった。

 

 

 

 

レアコイルが、ジュンジの盾になり、

“ほのおのパンチ”を受けたという、その光景に。

 

 

 

 

「お前……やっぱり……」

 

 

 

「っ! フシギソウ! “はっぱカッター”!!」

 

「っはあ!!」

 

突然の横からの“はっぱカッター”に大きくのけぞって躱したベトベトンはずるずると後ずさりして、フシギソウと相対する。そのままフシギソウに向けた拳が“パンチ”わざの準備を終えているところから、そのまま再びジュンジとレアコイルにこうげきするつもりだったことが分かった。

 

「再会の邪魔なんかするんじゃねえよ。フシギソウ、“つるのムチ”!」

 

ベトベトンに牽制のこうげきをいれ、ベトベトンをさらに遠ざける。横目でジュンジの場所を確認しながら、ジュンジを守るようにフシギソウを相対させる。

 

 

 

ジュンジは、倒れ落ちるレアコイルを腕で抱え込み、涙ながらに叫ぶ。

 

 

「コイル! お前は、コイルだよな!? お前は、僕の……」

 

 

 

 

 

「ビビ…………トモダチ……」

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

何かが崩壊したかのように、ジュンジは涙を流した。

 

「コイルっ! コイルっ! コイルっ!」

 

泣きわめきながら、何度も何度も名前を呼んだ。

 

 

なぜ、コイルはここにいるのか?

 

なぜ、ベトベトンと戦っているのか?

 

 

 

 

なぜ、自分を守ってくれたのか?

 

 

 

 

それらはすべて、ジュンジの頭の中には存在しなかった。

 

 

 

あるのは、

 

 

ケンカしたこと。

 

逃げたこと。

 

謝らなかった事。

 

 

 

 

グリーンに言われて、後悔したこと。

 

 

 

 

 

「…………ごめんよ、コイル!」

 

 

 

 

 

謝りたい。

その想い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴様、邪魔だ。なぜレアコイルをかばう?」

 

「……何?」

 

「俺はあのレアコイルが、俺の仕事の邪魔をしたからつぶしただけ。お前らは別にどうでもいい。さっさとどけ、そして消えろ。そうすれば俺は何もしない」

 

「……」

 

ベトベトンの言葉に、グリーンはほんの少し黙り込む。

それを見たベトベトンは続ける。

 

「立ちふさがる理由がないなら失せろ。貴様のようなガキと、萌えもん一匹、何の障害にもなりはしない。邪魔立てするなら、容赦はしない」

 

拳を構えるベトベトン。最終警告、という名の威嚇だった。

 

 

 

 

その言葉に、グリーンはふわりとした笑いをこぼす。

 

 

 

 

 

「……立ちふさがる、理由ね。俺にはないよ。でも、俺以外に、理由がありそうなやつはいるね」

 

「……何?」

 

 

 

 

「試してみるか? 俺たちみたいなガキ二人と、萌えもん二匹が、何の障害にもならないかを」

 

 

 

 

「コイルを傷つけたお前を……僕は許さない!」

 

 

 

 

怒りの表情を向ける、ジュンジと“レアコイル”。

何かを決め撃ったような強い目を向ける、グリーン。

 

 

 

 

ベトベトンは、嫌な気配を感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジュンジ、突っ込め」

 

 

グリーンがジュンジに呟いた。

 

 

レアコイルにやみくもに指示を送り、必死に戦っていたジュンジの顔は、一気に青ざめる。

 

 

 

 

「つ、突っ込めって?」

 

「そのまんまだ。レアコイルに、正面突破する指示をかけろ」

 

「っそ、そんな!? レアコイルはもうぼろぼろで……それに、グリーン兄ちゃんとフシギソウが戦った方が……」

 

 

 

 

「なら、お前が『許さない』と言ったあれは嘘か? お前は挑むだけ挑んで、あとは俺に任せるだけか? さっきの言葉は、俺に任せるだけのつもりで言った言葉だったのか?」

 

 

 

 

「っ!!!! そ、それは……」

 

 

 

「違うはずだ。お前はさっきの言葉を、本気で言ったはずだ。レアコイルのために、絶対に倒すと心の底から叫んだはずだ」

 

 

言葉が切れたその瞬間、“ヘドロばくだん”がそばに着弾し、爆発を生む。

 

爆風に煽られ体勢を崩したジュンジは、その痛みに思わず腕を抑えた。

 

 

しかし、ジュンジはその痛みに怯むことはなく、むしろ目線はより強く前を向いていた。

 

彼の目の先には、彼の前で必死に戦う、ぼろぼろのともだちの姿があった。

 

 

 

(……レアコイル。お前、こんなわざを何回も受けて……それでも、俺を守ってくれてたのか……)

 

 

 

 

「はっきり言ってあのベトベトンは強い。俺や俺の萌えもんよりも、圧倒的に実力(レベル)が高い。このままずっと粘られたら、いつかこっちが押し負ける」

 

「で……でも……」

 

「大丈夫だ、策はある」

 

そう言ってグリーンは腰から一つボールを取り、ジュンジに見せる。

 

「こいつを出せば一気に形勢を逆転できる。だが、それも相手に見切られている。さっきから怒涛のこうげきで、新しく萌えもんを出せる暇がない。だからお前が時間を稼いでくれ。そうすれば、俺とこいつが決めてみせる」

 

 

さらに一撃、はじき返された“はっぱカッター”が二人の傍に突き刺さる。

身をかわしたグリーンの呼吸は、すでにかなり乱れている。グリーンも精一杯であるという事が、ジュンジにもわかった。

 

 

「ちょっと気をそらすだけでいい。たのむ、ジュンジ」

 

 

 

 

 

 

「……でも、もし失敗したら……レアコイルが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

グリーン(ジュンジ)

 

 

 

 

 

『自分の力を、信じろ』

 

 

『ここまでお前が振り絞ってきた、勇気を信じるんだ』

 

 

 

 

 

「……僕の、勇気」

 

 

 

 

 

『お前が持っている心の力。それは他の誰でもない、お前だけの力だ』

 

 

 

 

 

「これが、僕の力……」

 

 

 

 

 

「ベトベトンを倒したいんだろう? コイルを、助けたくてここまで来たんだろう? それは、お前が自分の力で起こした行動なんだ」

 

 

 

 

 

『それは、お前が起こした力。それこそが、お前の勇気だ』

 

 

 

 

 

「……勇気」

 

 

 

『おそれるな』

 

 

 

 

『自分を信じろ』

 

 

 

 

『お前には、それを振り絞る力がある』

 

 

 

 

 

 

 

「っ! レアコイル! つっこめえ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後にジュンジは両親にたっぷりと説教を受けた後で、

その時のことをまるで映画から帰ってきた少年のように、

滔々と、楽しげに語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は、叫んだ。

 

レアコイルは、飛び込んだ。

 

 

それを狙い澄ましたかのように、ベトベトンは笑い、こうげきを仕掛けた。

 

 

初撃は、必死に回避した。

二撃目は、必死に迎撃した。

 

 

しかし、それをあざ笑うかのように、ベトベトンはレアコイルに三撃目を向けた。

 

躱せない。

弾けもしない。

 

それはジュンジにもよく分かった。

 

 

 

 

 

 

自分は何もできないのか。

 

そんな思いからくる、悔しさも当然あった。

 

 

 

 

 

しかし、それ以上に怖かった。

 

自分のせいで、再びレアコイルが傷つくことが。

自分のせいで、このベトベトンに敗北することが。

 

 

 

嫌だ。

 

 

 

ただそれだけを、強く思った。

 

 

 

 

 

それを、思った瞬間に、

 

 

頭の中を、言葉が駆け抜け、

 

 

 

 

口が、動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レアコイル!」

 

 

 

 

 

それ以上、何も言えなかった。

 

 

とっさのことで、戦術はおろか、励ましの言葉をかける事さえもままならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、レアコイルは、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

想いは、勇気で、

 

 

勇気は、力で、

 

 

その力が、萌えもんへと伝わっていく。

 

 

 

 

 

 

ジュンジは体で、心で理解する。

 

 

 

 

今、レアコイルが、まばゆい光に包まれているのは、

 

 

 

 

 

自分の想いに、レアコイルが、

 

 

 

 

 

答えてくれた、形なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

新しい姿で、敵の一撃を受け止めた“ともだち”は、渾身のでんげきをベトベトンへ叩き込み、

 

 

 

 

 

それと同時に、一組の男と萌えもんが駆け出した。

 

 

 

 

 

『ありがとう、グリーン(ジュンジ)

 

 

 

 

 

そう言ってとどめの一撃を放つ、グリーンとニドクインの姿が、

 

 

 

 

 

ジュンジは、とても誇らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺、ミズキさん(グリーン兄ちゃん)みたいなかっこいいトレーナーになる!』

 

 

別れ際にそんなことを言って帰って行った少年を思い出し、グリーンはふっと笑い、それを隠すように上を向く。

 

「あら? なんかいい顔してるじゃないのさ」

 

しかし上から自分を覗き込む二ドクインが、そんな表情を察して声をかける。グリーンは少し苦い顔で、ニドクインへ返す。

 

「お前を捕まえた時のことを思い出してたんだよ」

 

それを聞くと今度はニドクインが苦い顔を作り、グリーンへ嫌味を返す。

 

「……あの時のことは謝らないよ。あんたがアタシのニドリーノ()をこうげきしなきゃ、アタシがあんたをこうげきすることはなかったんだからね」

 

「ああ、わかってるよ。むしろ、お前には感謝してる」

 

 

あの一件がなければ自分があの人をミズキさんと慕うことも、お爺ちゃんが自分をどれだけ大切に思ってくれているかを知ることも、自分を知るという事の大切さも、何もわからないままだったかもしれない。

 

 

「お前と出会ったおかげで、俺はミズキさんの助手にもなる事が出来た。そりゃあ大変な思いはしたが、お前に文句なんて一つもないさ」

 

 

「……フンッ。あんなイカレ野郎の良さなんか、アタシにゃわかんないけどね。苛立っている萌えもん(アタシ)に子供を突っ込ませるなんて神経してるやつ、どこ探したっていやしないよ。怪我でもしたらどうするってんだい!」

 

「どうどう」

 

 

二ドクインを宥めながら、グリーンは当時のことを思い出す。

 

 

 

 

 

ニドリーナに襲われている自分を、助けに来てくれたミズキ。

 

グリーンに、気を引いてくれ、と指示するミズキ。

 

その隙にボールを投げ、ニドリーナを捕獲したミズキ。

 

 

そのボールを自分に渡した後、

 

「よく頑張ったな」

 

と、笑顔で褒めてくれたミズキ。

 

 

 

 

 

奇しくも、今日の自分が、あの時のミズキと同じようなことをしていたという事が、恥ずかしくもあり、うれしくもあった。

 

「……しかし、それを俺に攻撃しようとしていたお前が言うかね?」

 

「……フンッ!」

 

 

恥ずかしくなったか今度は二ドクインが顔をそらしたのを見て、グリーンは笑う。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、あなたみたいに、出来たでしょうか?

 

あなたのくれた勇気を、あなたみたいに、つなぐ事が出来たでしょうか?

 

 

 

 

 

俺は、あなたみたいに、なれたでしょうか?

 

 

 

 

 

 

あの日に、

 

 

 

俺があなたについていこうと決めたあの日に、

 

 

 

あなたを信じるこの心を、永久不変の想いにすると決めたあの日に、

 

 

 

 

 

俺があこがれたあなたに、

 

 

 

 

 

 

 

なれたでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ああ、拙者だ。電力を奪うという事だったが、少し難航している。謎のやせい萌えもんの妨害を受けるや、謎のトレーナーにベトベトンがやられるはで散々でな。

 

……何? もういい? 貴様が行けと指示をしたのだろう?

 

セキチクへ? 拙者のジムで待機だと? 貴様、いったい何を……。

 

 

 

……おい、貴様。まさか、昔馴染みだからと言って、手を抜くわけではあるまいな?

 

仮にも貴様と拙者は、ともにバトルの腕を研鑽した仲なのだ。バトルに手を抜くことなど許さんぞ!

 

……まあ、いいだろう。拙者はセキチクにて、拙者の計画を練る。

 

 

 

 

だが、R団たる者、敵は全力で潰せ。

 

 

 

 

 

それが、我等がBOSSへの、礼儀だ。

 

 

 

 

そうだろう、エリカ。

 

 

 

 

 

 

 




キクコは出さないとは言ったけど、それ以外を出さないとは言ってない。



まあ難産ではあったけれども個人的には85点ぐらいの出来。
グリーンがどんなキャラか、を書くための番外編だったのでまあ目標達成かなと。


マリムはいったん置いといて本編行こうか本気で悩んでます


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Episode of gluttony 1/2 求む

12月23日に書き終えて投稿する準備を終えたくせに予約投稿を忘れるという間抜けっぷりである。



お待たせしました。
番外、マリム編、1/2です。
分けた理由はいつものあれ。長いからです。


残りも年内に投稿したいと思います。


 

 

 

 

 

 

『暴食』が生まれたその場所は、修羅の戦場だった。

 

 

 

 

人間たちが“シロガネやま”と呼ぶその空間は、遥か昔より、戦う萌えもんのための国だった。

強い萌えもんほど山の深部へと進んで住み着き、敗れた萌えもんは山のふもとまで追い出される。そうしてできた天然のカースト制度はその地に溶けるようになじんでいき、いつしか山には実力のある萌えもんと、それに挑みに来た選りすぐりの萌えもんを連れたトレーナーたちのための戦場となった。

 

 

そして、そんな話を聞いても、生まれたばかりのその少女は何も思うことはなかった。

 

 

なぜ、無駄に争い、無意味に戦い、無機に死んで逝けるのか。

 

 

子供のうちに幾度となくそれを目の当たりにしても、何も思うことはなかった。

 

 

一族の者たちからすれば、彼女が、そう思わないこと自体がすでに異端だったらしい。

 

シロガネ生まれの血を、意志を継いだものに言わせれば、『戦うこと』に疑問を抱くこと自体、『不自然』なのだ。

生まれながらにして肉体を洗練し、わざを研磨し、最良の勝利を求めること。それがシロガネやまに生まれた萌えもんの定めであるということを信じて疑わなかった。

 

 

しかし、その間違いも、さして問題とされることはなかった。

いや、正確に言うと、その段階で問題視しなくても、いずれ戦いに目覚めることだろうと高をくくっていたのだ。

 

 

その萌えもん、“ムウマ”が生まれたその場所は、戦う事こそが、生きることなのだ。

 

 

 

 

説得を一度諦められてから何日、何ヶ月、何年たっただろうか。

 

 

話が動き出したのは、人間でいう成人、シロガネやまの萌えもんで言うところの、戦力として数えられるような年になってから、そう時間の経っていない頃だった。

 

 

 

何時ものように、当然のように、当たり前のように戦場へと赴く準備をしている同胞たちの影で、岩を背に寄りかかり固まっていた時のこと。

気配に気が付き、顔を上げると数人の個体がふわふわと浮かび、周りを取り囲んでいた。その顔触れは戦場にほとんど顔を出していない“ムウマ”であっても噂が聞こえてくるほどの腕利きで名の通った面々だった。

 

 

 

そしてその中心に陣取り、目の前でこちらを睨みつけていたのは、“念の魔女”としておそれられ、群の中でもトップの戦果を誇る、“ムウマ”のタマゴを宿した“親個体”の♀であった。

 

 

 

「……何でしょうか? お母様」

 

平然と言うや否や“ムウマ”の顔を、すさまじい速度で飛来してきた石のかけらが横殴りにする。“ムウマ”は切れてしまった顔を裂けてしまったローブを深くかぶりなおすことで隠した。その挙動を見ていた取り巻きがくすくすと笑うが、それも“魔女”が一睨みすることで一瞬にして静まり返る。

 

「『なんでしょうか』……? よくそんな言葉が吐けたものね」

 

愛の鞭、などという生易しいものでないことぐらいはわかっているが、それでもなぜこの人がそんなに怒りをあらわにしているのか、“ムウマ”には理解できなかった。

 

当然だ。それが理解できるのならば、“ムウマ”は殴られていないのだから。

 

「あなた、なぜ戦わないの? なぜ抗わないの? なぜ戦場に据わろうとしないの? 我らが一族にとって、逃げという行為が、死より恥ずべき愚行であるという事が、どうして理解できないの?」

 

「わたくしは、戦いたくありません。抗いたくありません。私は戦場の中心に据えた巨木のたたずまいよりも、流々と空を揺蕩う雲にあこがれるのです。そのための力なら、これからいくらでも修練し、会得してみせます」

 

するどいめでそう返すと、今度は一瞬にして体がこわばり、岩場に体をたたきつけられ、四肢を開かされ大の字で岩に張り付けられる。無様だという声に反応して目だけ動かすと、準備をしていたほかの者たちもわらわらと自分の周りへと集まり、様々な目をこちらに向けていた。憐情もあれば嘲笑もあれば愉悦もあったが、自分にとって気分のいいものはほぼゼロであるというのは直ぐにわかった。

 

「わたしの娘として生まれた以上、いえ、この地に生まれ、この血を受け継ぐものである以上、そんなぬるま湯につかりながら命長らえるような生き方は許しません。我らが一族は、戦いのためにこの世に残りし生霊の集い。その一族が戦いを拒むことなど、わたしの娘としても、ムウマとしても、認めることはできません」

 

“サイコキネシス”を解除され、そのまま地面に体を打ち付けるが、それでも反抗の瞳はそらさずまっすぐと前を見据えている

 

「……自分のことは、自分が一番理解しているつもりです。わたしに戦いの才はないことも、お母様の才を受け継ぐことができなかった親不孝者であるという事も、わたしは受け止めています。そのうえでわたしは、自分の生き方を、自分の力で選びたいのです」

 

言った瞬間に今度は思いっきり下へ負荷がかかり、地面にたたき伏せられる。

 

「あなたが自分のことをどう思っているか。あなたが群れをどう思っているか。そんなことはどうでもいいことです。わたしがあなたにもとめることなどただ一つ、『ムウマとして、戦場に出る事』。戦に生き、戦で逝く事。それだけです」

 

 

 

 

「……わたしは、あんたの、あんたたちのくだらないプライドのために死ぬなんて……真っ平御免よ」

 

 

 

 

それを最後の言葉として、“ムウマ”の抵抗の声は途切れることとなる。

 

 

 

 

「……戦前だというのに無駄な時と力を使いました。その大馬鹿を懲罰洞にぶち込んでおきなさい。そこにいるあなたたち二人は見張りよ。『戦う』という言葉を聞くまで、絶対に出さないようになさい」

 

「「はっ」」

 

「……もう一つ。本心を隠さないことを美徳とする考え方もあるのは知っていますが、せめて自分を曲げない精神を研ぎ澄ませてからにすることですね。それが出来ないのであれば、一生似合わない敬語を使い、無様にへこへことしながらくたばっていなさい」

 

軽く息を切らしながらやることを終えたような表情で周りの野次馬を並べ上げ、すぐさま編隊をまとめにかかる。体の自由を奪われ数分間岩に打ち付けられ続けた“ムウマ”の体は言う事を聞かず、何者かに野良猫を外に追い出すかのような運ばれ方をしたがそれに抵抗する事すらもままならなかった。

 

 

 

(ああ……わたしは、弱いんだ)

 

 

 

体も、心も、弱いまま。

 

戦いたくない。傷つきたくない。傷つけたくない。外に出てみたい。

 

 

 

それを想う事すら叶わずに、

望まぬ戦いで死ぬことを望まなければならないのだ。

 

 

 

想いを胸に抗う体も、

想いを胸に貫く心も、

 

 

 

なにもない。

 

 

 

 

(ああ……わたしは、よわい)

 

 

 

 

自分の中から響く、がらがらと崩れる音を聞きながら、

“ムウマ”は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の戦もご苦労だった。モモンのみで作っておいたモモン酒だ。月見酒と行こう」

 

件の“魔女”が昼間の異種族との戦闘に思いふけりながら、“サイコキネシス”で猪口用のきのみの殻に酌をする。

今酌をされた二人は、“魔女”と同じ隊を組んで数年になる同胞であり、“魔女”から見てもこれからが有望な戦力だ。ともに戦いを続けるうちに彼らは“魔女の右腕”と呼ばれるにふさわしい仲になり、頻繁に何かの理由をかこつけてはたき火を囲み、酒を飲むというのが定番になっていた。

 

「ああ、どうも。しかし、お前さんらしくないねえ。今日のことは」

 

「同感」

 

何が、とは言わなかった。わからない方がどうかしている。間違いなく、『ムウマ』のことだろう。少し苦い顔を作りながら、それでも何事もないように、自分用の酒を用意しながら声を出す。

 

「ああ、すまないな。大切なバンギ一族との縄張り争いの日に、よもやあのような騒ぎを起こしてしまうとは。我ながら愚かだったよ」

 

これ以上この話で伸ばしてしまっては酒がまずくなる、と言わんばかりに“魔女”はそそくさと謝罪の弁を述べ、話を切り上げようとする。が、それを“戦友”は逃さない。

 

「そうじゃない。わかっているだろう」

 

こつん、と音を立て、モモン酒をいれていた大きめのきのみの器が地面に落ち、ゴロゴロと転がり日に飛び込むまでの数秒間、誰一人として声を上げる者はその場にはいなかった。

 

 

「言いたくないなら言ってやろう。貴様、自分の娘に肩入れしているな?」

 

 

「共感」

 

 

来ると思っていた。という言葉を寸前で飲み込み、たき火の中から酒の入れ物を再度持ち上げる。ところどころ焦げてしまっているがまだ使えないことはないだろう。

 

「……何のことやら」

 

「とぼけるな。我らがムウマ一族は戦闘一族。戦いに生き、戦いで逝く。貴様が昼間、娘に説いた通りだ。ならばあの程度の力の娘、早々に処分してしかるべきだろう」

 

「当然」

 

 

そう、それがこの地に住む我々の掟。

 

戦いで逝けぬものに生きる価値なし。

 

 

我々にとって『成長』とは『修練』であり、『勉強』とは『修行』であり、『食事』とは『栄養摂取』であり、『自由』とは『戦いに臨めること』である。

 

 

それ以外を望むことすらも許されない。

 

 

事実、これまでに生まれてしまった戦いを拒む個体は、無理やりにでも戦場に駆り出され、そのまま何もできずに死んでいくか、必死に戦場に適応するかしたため、この群れの中で今戦わずに生き残っているのは“ムウマ”だけであった。

 

「我々に家族などという薄いつながりは必要ない。つながりとは、心ではなく、背中で通わせるものだ。正面で語り合う仲間よりも、背中を預ける戦友となることこそ、我らのつながりよ。貴様、あのさして力もない“ムウマ”にいつまでチャンスを与え続けるつもりだ? 事実として、奴を活かしておくという選択は、お前の族長としての信頼度を落とす結果となってしまっている。これ以上戦に影響を及ぼすようならば、我々とて貴様にしかるべき処置を下さざるを得なくなる」

 

「不本意」

 

鋭く睨む二人の視線に、“魔女”はあきらめたかのようにため息をつき、ポツリポツリと語り始める。

 

「……認めよう。私があの娘に普通以上の想いを入れていること。そしてそれが、あの方とのつながり故、つまり、母と娘という関係に引きずられたものであるということ。そのような事実は否定する事は出来ぬだろう」

 

あの方、とは、“ムウマ”の“親個体”の♂に当たるムウマであり、“魔女”の番であると同時に、“魔女”の前にムウマ一族の族長として名をはせた者のことであった。

一族の中でタマゴを宿したムウマのほとんどは、強者同士で次世代の戦士を産む、という一族の掟の下に完成した番であったが、知られている限り“魔女”と“族長”の二人だけは、掟に沿うだけの実力を兼ね備えていると同時に二人の想いが通い合っていたという事で有名だった。

実力者同士の子孫が誕生するという期待があった事から、その当時の二人の想いを否定する者たちはごく少数であったものの、そうして生まれてきた“ムウマ”は件の通りの期待外れだった。その結果、“魔女”の実力とは裏腹に、“魔女”の族長としての評価は前“族長”に比べてさほど高くないという事になってしまっていた。

 

「だったら、あの“ムウマ”はもう切ってしまえ。自分らの娘が自分が創りあげた一族を破滅に追いやってしまうなどという結果になればそれこそ、戦で死に落ちてしまわれた前“族長”も浮かばれんぞ!」

 

「無念」

 

きのみの器を地面にたたきつけんばかりの勢いで、二人は“魔女”に詰め寄っていく。

 

「もし貴様が、仲間に、娘にそのような仕打ちはできぬというのならば、我らに命令すればいい。いや、命令などという形にしなくとも、我々が独断で奴を処分したと言ってもいい。卑劣だと罵声を浴びようが、よくやったと賞賛を浴びようが、たとえ貴様自身に恨み節を言われようが、我々は貴様の、“念の魔女”の仲間として、“魔女の右腕”として貴様についていく。そのための“仲間殺し”の汚名、かぶってやると言う覚悟はある。ムウマ一族という名の歴史に、汚れ役として名を刻む覚悟がな!」

 

「決心」

 

胸ぐらをつかもうという勢いの二人を、少し笑いながらなだめる“魔女”は、そのまま“サイコキネシス”を使い、動きを止めた二人を元の席へと座らせ、再びモモン酒の入った器を掴ませる。

 

「気持ちはうれしいが、そういきり立つな。お前らにどういわれようとも、私の心は既に決まっているよ」

 

息を軽く切らす様子を肴にするが如くなんでもない様子で酒を煽る“魔女”の姿に二人も拍子抜けしてしまったようで、椅子代わりの岩に腰を据え、深呼吸した後で聞きなおす。

 

「ならば、聞かせろ。お前の結論を。ただし、貴様がどんな道を選んだとしても、その選択を我々に納得させる根拠が必要であると理解しろよ?」

 

「期待」

 

納得するまで逃がさない。

言外にそんな思いがこもっているような言い草だった。

 

 

 

 

「……それをすべて語るのは容易いことよ。お前らの、最大の勘違いを一つ、正してやればいい」

 

 

 

 

「……勘違い。だと?」

 

「……誤認?」

 

「ああ、そういう事だ。確かに私は、あの娘を処分することを嫌っているし、それは、私があの娘の母親であるという事も大いにからんでいる。しかしそれは、『愛情』による贔屓や肩入れなどという話ではない。母親ゆえにわかる、一つの事実があるというだけの話」

 

「一つの事実、ね。その事実は、説得に足りえる事実なんだろうな?」

 

「説得に足り得るかどうかはわからない。が、事実だ」

 

「……言ってみろ」

 

「なあに、単純な話よ。お前らの話は、大前提を間違えている。つまり……」

 

 

 

 

 

『ムウマは、しっかりと我ら、二人の血を受け継いでいる』

 

 

 

『ムウマは、強い』

 

 

 

 

 

「……戯言もここまで来たらいっそ関心を覚えるものだな」

 

「……暴論」

 

「だから誰にも言わなかった」

 

不貞腐れるような態度で吐き捨てた二人に対し、“魔女”は苦笑しながらも一言で返す。

 

「ならば言うてみろ。証明してみろ」

 

「出来ぬよ。出来たら、端から言っている」

 

「卑怯」

 

「ああ、卑怯だ。言っているだろう。だから言わなかったと」

 

「……仮に、それを信じるとして、なぜ奴はその力を振るわない。なぜ、その力を使い、戦場に出ないのだ?」

 

「まだ奴は、その力を持て余している。使いこなすに至っていない」

 

「同じことよ。その力がありながら、奴はなぜその力で戦おうとしない? なぜ、その力を使いこなし、戦場に出ようという考えに至らない?」

 

「……それこそ、我々には理解することのできぬ思想よ」

 

“魔女”は苦々しい顔で呟く。

 

「話にならん」

 

酒を下に置き、洞窟へと戻る。

 

「待て」

 

「待てぬ。これ以上は、もう待てぬのだ」

 

「……窮地」

 

“魔女”の制止をはらい、二人は言う。

 

「決戦は近い。バンギたちの進撃は、もう無視できないところまで来ているのだ。今のがたついた我らの守りでは、一も二もなく崩れ落ちてもおかしくはない。我々は今、追い込まれているのだ。流れを変えるには、お前しかいない。絶対のトップが、力を持って帰るしかないのだ!」

 

「……好転」

 

二人の正論に、思わず“魔女”は口をつぐむ。軽く唇を噛みしめる様を見る者はいない。

 

 

 

 

「我らは貴様の右腕として、そしてなによりも、先代が作ったムウマ一族の一員として、なすべきことを為す。二人で決めていた。今日までだと」

 

「締切」

 

 

 

 

今日まで。

締切。

 

 

 

 

 

それが何を意味するのか、理解できないはずはない。

“魔女”は、それが来ることを、ずっと恐れていた。

 

 

 

 

 

だからこそ、“魔女”は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかった」

 

 

 

 

 

その言葉に、二人は止まり、後ろを振り向く。

 

 

そこには、“母親”と化した牙の抜けたメスではなく、

自分たちが憧れた戦場の女神、“念の魔女”の力強い瞳があった。

 

 

 

 

 

 

「だがそれは、貴様らが背負うものではない。私が、族の長足るこの私が、貴様らをそうまで追いつめたこの私が。けじめとして、責務として、私の手でやらねば意味はない」

 

 

 

 

 

 

明朝、出陣前に皆を集めろ

 

 

 

 

 

合戦前、

 

 

戦いの前の、見せしめとして、

 

 

士気、鼓舞のための儀式として

 

 

“念の魔女”の顕示として

 

 

 

私、自らの手で、

 

 

 

 

 

 

「それを、執り行う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔女は言葉に、二人は歓喜した。

 

 

間に合ったと。

 

 

壊れかけの一族は、復興される。

 

 

 

 

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

明朝。

“魔女”が指定したそれに。

みせしめ。鼓舞。その尤もらしい響きに。

“魔女”が、「引き伸ばし」という裏の意味を込めたその指定に。

 

 

逆らうことなく飲み込んだこと。

 

 

 

 

 

それが二人の、最大のミスであり、

 

 

 

一族の終焉の、引き金となったという事に、

気づく者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻。

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、見つけたよ。この子だ」

 

 

 

“ムウマ”の前に、一組の人間が現れる。

 

 

 

数少ない、ここを訪れ、バトルをしていたトレーナーたちの出で立ちを思い出し、その二人組の一人はかなり目線の高い大人で、もう一人は年端もいかない少年であるという事がわかった。

大人の男は警戒するような冷たい目線でこちらを睨みつけているが、少年の方は手元の機械の反応を見て楽しそうにしながら、仲間にわざを打ち付けられてぼろぼろの体を軽く撫でる。

 

変な夢でも見ているのかとも思ったが、撫でられたことによって体を震わせるように走る痛みがそれを完全に否定した。

 

「ああ……ごめんね。とりあえず、これあげる。食べな」

 

少年はそう言って自分のバックから、数種類のきのみを取り出した。シロガネやまというその場所では受けたことの無かった“施し”という名のそれに戸惑いつつも、先に動き出した本能の赴くままに、差し出されたものに噛り付く。

 

多少ではあるものの体力が回復した“ムウマ”は改めて顔を上げ周りを確認すると、自分を見張っていたであろう二人が、彼らの後ろで倒れているのを確認した。

 

 

二人を、彼らが倒したのだ。

 

 

そう結論付けるのに、大した時間はいらなかった。

 

 

しかしそれを、同族(なかま)がやられたとも、見張り(てき)がいなくなってくれたとも考えることはない。

 

 

 

哀しみも、喜びもない。

 

 

 

その景色に、何という事を思うこともなく、一つの景色として処理するその様子こそは、“ムウマ”の心がおかしくなっていることの証明でもあった。

 

 

 

しかし、同胞がやられたという現実すらも心穏やかに受け止めた“ムウマ”だったが、彼らの目的は何一つ推測する事さえも叶わなかった。

 

「で? 君はなんでここにいるの?」

 

“ムウマ”の思考に割り込むように問いを行うその少年。

そしてそれに“ムウマ”は素直に答えた。

 

「見ればわかるでしょ? 捕まったのよ」

 

足掻いてもいい。が、足掻く理由もない。

 

彼らが自分に何をするつもりでもいい。

殺したければ殺せばいい。自分はいずれ見限られる身。その時間が早まるだけだ。

利用したければすればいい。利用される理由と場所が変わるだけだ。

 

興味も、意思もない。

 

もらったきのみの義理。

“ムウマ”が思ったのはそれだけだった。

 

 

「なんで捕まっているの?」

 

「さあ? わたしにもわからないわ。わたしの考えることは、だめなことらしいわね」

 

「? 考えたことが間違っていたら、捕まっちゃうの?」

 

「らしいわよ。ここでは、戦う事を楽しまなきゃあ、だめなんだって」

 

「ふーん。本当に父さんの言ってた通りだ……じゃあ、なんで君は戦わないの?」

 

「戦いたくないのよ。わたしは……こんなところで死にたくないの」

 

「……? じゃあなんで君はここにいるの? 外に出ていけばいいじゃない」

 

「……無理よ、一族を抜けて生きていくなんて……見つかってすぐに殺される」

 

「……じゃあ、ここにいて、戦うの?」

 

「……」

 

どうしようもない。

そう言いかけたのを無理やり飲み込んだために、問答がひとまず終わる。

答えにつまり黙った“ムウマ”を見て、少年も一緒に黙り込む。その様子をほんの数秒見届けた後、大人の男が初めてその口を開いた。

 

 

 

「ジョーカー。さっさとしろ。じきに萌えもんが集まってくる」

 

 

 

「うん。わかったよ、父さん」

 

ちょっとごめんね、と言ったその少年は、“ムウマ”の体にコードが付いた器具が複数個捲きつけられる。ムウマが驚きによって固まり、それから我に返って抗議の声を上げる前にすでに終了したらしく、器具は外され撤収されていく。

何が何だかわからないと言った様子の“ムウマ”を尻目に、少年はニコリと笑い、中指で頬を軽くなぞる。

 

これ(・・)も、もらっておくね?」

 

“ムウマ”の血が付着した指を見せながら、少年は言う。

片付けている少年の様子を呆然と見つめている“ムウマ”をみて、少年は再び笑う。しかしその笑みは、お礼の意味と孕んでいたと思われる先ほどの笑みとは一線を画す、背筋が冷える笑い方だった。

 

 

 

 

「気に入らないなら、壊せばいいんじゃない?」

 

 

 

 

その一言に、“ムウマ”は唖然とする。

少年は続けた。

 

 

 

「嫌なら、逃げればいい。むかつくなら、殴ればいい」

 

 

 

やりたいことを、やればいい。

 

好きに生きる。

 

 

 

その少年は、当然でしょ。と付け加え、また笑った。

 

 

 

強欲な、笑みだった。

 

 

 

 

 

「もらったデータのお礼に、いいことを教えてあげるよ」

 

 

 

 

 

 

 

君は、強いよ。

 

だって、僕が欲しかった力の持ち主だから。

 

 

 

 

 

そんな少年の最後の言葉は、

“ムウマ”の心を大きく揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……私が、強い?)

 

少年が去った後も、“ムウマ”は一人、少年の言葉を反芻する。

 

 

 

 

 

(好きに……生きる……)

 

 

 

 

 

 

奇しくもその言葉は、“魔女”が言う事の出来なかった言葉。

 

 

当然、真意に差異はある。

 

少年は、ただ自分の思う、信念に基づく最高の解答をきまぐれで“ムウマ”に示しただけ。

 

“魔女”は、“魔女”としての自分ゆえに、軽々しくそれを口にできなかっただけ。

 

 

しかし、彼女の心に響いたのは、

突然やってきた誰でもない、ただ欲深い少年の一言。

 

 

それは、潰され、捨てられ、心の中でくすぶっていた思いに、火をつけたような一言だった。

 

 

 

 

(どうせ、死ぬなら……)

 

 

 

 

逃げてみよう。

 

戦ってみよう。

 

 

挑戦してみよう。

 

 

 

 

 

 

「やってやる……!」

 

 

 

 

 

 

「なにをだ?」

 

 

 

 

 

 

燃えたぎる“ムウマ”の闘志を冷やすその声は、

 

“ムウマ”にとって、最も馴染み深く、

同時に、最も憎しみの深い、不快な声だった。

 

 

 

 

 

冷え切った頭で、声を震わせぬよう軽く深呼吸をした後で、ふてぶてしく答える。

 

 

 

 

「こんな時間に、懲罰洞へお越しとは……どうかなさいましたか? お母様」

 

 

 

 

「……表に二人、見張りが倒れていたようですが……あなたの仕業ですか?」

 

「……いいえ。どうやら、侵入者がいたようですね。まあ、信じるかどうかは知りませんけれども」

 

素知らぬ顔で答えた“ムウマ”に、“魔女”は一つため息をつき返す。

 

「……面に数人、彼らと同じように倒れている者たちがいました。その者どもはいずれも、あなたがそうやすやすと倒すことなど到底できない、私たちが鍛えた群の猛者たち。それを加味すれば、あなたの言葉を信じてあげてもいい」

 

が、と一言強く、“ムウマ”に希望を与えぬまま矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 

「彼らにあなたが何をしていたか。そして、あなたの言葉が本当かどうか。それはもう、どうでもいいこと。もはやあなたに、懲罰を命じる意味はなくなりました」

 

「……」

 

 

娘への優しさからくる温情の言葉、には聞こえなかった。

 

 

 

 

 

「明朝、あなたの処分が決まりました」

 

 

 

 

 

あなたへの処分。ではなく、

あなたの、処分。

 

 

 

 

 

「理由は……わかりますね?」

 

「さあ……何のことやら。私がここでしたことと言えば、外に出たいと、主張したことでしょうか? そのほかには、全く、何もしていなかったと記憶していますが……」

 

言い終わる前に体の自由は奪われ、横の岩壁にたたきつけられる。予想通りの反応ゆえに、痛みはあるものの声は出さない。

 

身体を起こさぬままにらみつける“ムウマ”を、“魔女”は見下す。

“ムウマ”は目をそらさずに、負けじと睨む。

 

「……いったい、何しに来たのよ! 明朝の処分が決まったのなら、あんたが今、私に会いに来る理由はないでしょう? 『母親』として、最後の言葉でもいいに来たのかしら? 『ごめんなさい』とでも、言いに来てくれたのかしら? 『愛しているから、死んでほしくない』とでも、言いに来てくれたのかしら!?」

 

「……」

 

“魔女”は答えない。

その瞳の感情は、“ムウマ”にはわからない。

 

 

 

無機に自分を射抜くその瞳に、“ムウマ”は何も感じることはできなかった。

 

 

 

「っ! 何も思わないのなら、私のことはほうっておいて! 私は、私はただ、あなたたちとは違う生き方をしてみたいだけなの! 私の、私の邪魔をしないでよ!!!!」

 

 

 

 

 

“ムウマ”が叫び、“魔女”の顔が、ほんの少し歪む。

身体の周りを、悪寒が駆け巡った。

 

 

 

 

(今のは……)

 

 

“魔女”は自分の状態を確認する。

しかし、肉体は当然のことながら、服にさえ傷一つついた様子はなかった。

 

 

 

(……気のせいか)

 

 

 

息を荒らげる“ムウマ”をもう一度壁にたたきつけ、暴れなくなったことを確認してから眼前へ運ぶ。

 

 

「……あんたは、弱いわね。このシロガネの者としても、わたしたちの子どもとしても、そして、この世を生きる萌えもんとしても、あなたは弱すぎる」

 

 

「っ!!!」

 

 

“ムウマ”が睨む。

そして再び、悪寒が走る。

だが、何度確認したところで、『魔女』の体に、こうげきを受けた痕跡はない。

 

最後に一つ、大きなため息をつき、『ムウマ』を奥へほおり投げた。

 

 

「……だから別に、あなたが何を想おうが、何を考えようが、わたしにとってはどうでもいい事。ただあなたには、いろいろ損をさせられた分、群れにとって、少しでも役立つ最期を迎えて欲しいというだけ」

 

 

(それが……死ねという事か。それが……あなたが娘に求める……最後の姿か!)

 

 

声を出そうとした“ムウマ”だったが、息切れがその発言を許してはくれず、“魔女”の攻撃を受けるままに、二、三バウンドして洞の奥に転がる。

身体を起こそうと腕を伸ばすが、力がうまく伝わらず再び床に突っ伏す。

 

 

 

魔女は、正面に手を構える。

力が可視化できるほどに大きくなり、掌へと集まっていく。

明朝に処分すると宣言してはいたが、そのわざが自分のずたぼろの体を完全に壊すのに十分な威力があるという事は朦朧とした頭でも理解できた。

気が変わったのか、いら立ちが勝ったのかは知らないが、問題はそれではなく、彼女が、殺る気であるというだった。

 

 

 

 

 

「これで最後よ」

 

 

 

 

 

そして、その推測が正しいことの証明。

無感情の宣告が、耳に残る。

 

 

 

 

 

 

死。

 

先ほど受け入れかけていたそれを、“ムウマ”はたまらなく恐怖に感じた。

 

 

そして、目の前の光景が、とたんにたまらなく理不尽に思えた。

 

なぜ自分は、こんな目に遭わなければならないのか。

 

なぜ自分は、嫌なことをやらなければならないのか。

 

なぜ自分は、好きなことを想う事すら叶わないのか。

 

 

 

 

なぜ自分は、やりたいこともできないのだろうか。

 

 

 

 

 

(やりたいことを……やる。好きに……生きる)

 

 

 

 

 

先ほどの少年の言葉が、動かないはずの全身を駆け巡る。

 

何が起こるのか。自分には何が出来るのか。それはわからない。

 

 

 

だが、決めたのだ。

 

 

 

足掻くと。

もがくと。

 

生きて見せると。

 

 

 

 

 

 

 

 

“ムウマ”は、渾身の力を込める。

 

 

しかし、うまくきまらなかった。“魔女”はへいきなかおをしている。

 

 

“魔女”は、ほんの少しだけ顔をゆがめるが、問題なくこうげきの準備を整えた。

 

 

“ムウマ”は、再度“魔女”をにらみ、腕を向け、全力で叫ぶ。

 

 

しかし、うまくきまらなかった。“魔女”は少し、顔をしかめる。

 

 

 

 

 

それでも、諦めの色がない“ムウマ”の瞳を見て、

 

“魔女”は、力をためた手を振り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「族長! 族長ーーーー!」

 

 

 

「っ!?」

 

一撃を放とうとしたその瞬間。

洞の外から大声が響き渡る。

 

“魔女”は直ぐに声の主を見つけ、駆け寄る。

 

「どうした!? 何をそんなにあわてている!?」

 

 

 

 

 

 

 

「た、大変なんです! 族長! ね、眠っていた味方のムウマ達が、一斉に苦しみだしました!」

 

 

 

 

 

 

 

「なに!? どういう事だ!? 何が起きているんだ!?」

 

「わかりません! 原因不明なんです! と、とにかく、すぐに来てもらえますか!?」

 

『魔女』は軽く舌打ちをし、背後の洞を睨むが、すぐに事態の収束を優先する。

 

「どこだ!? 早く案内しろ!」

 

「こっちです! すぐに来てください!」

 

 

 

 

駆けだした男に、“魔女”はついて全速力でついていく。

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

「わたしは……強い」

 

 

 

 

 

 

うつぶせの“ムウマ”が呟いた言葉を、

“ムウマ”の周りに揺らめく、力の根源を、

 

 

“魔女”が捉えることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

一粒、けし損ねた火種は、

 

 

 

シロガネという場所に、

消えない傷痕となる山火事を残すこととなった。

 

 

 

 

 

 



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Episode of gluttony 2/2 暴食

みなさん、あけおめ。
年内投稿は叶いませんでしたが、お年玉という事でお許しください。


自分の小説を見返していて思ったんですが、


パワージェムを使えるのはムウマージだけで、ムウマは使えないものだと勘違いしていることに気が付きました。


何でそんな変なミスしたのかわかりませんが、出来る限り書き直しはないようにしたいので今年はもっと丁寧に頑張る年にしたいです。


 

 

「うぐぅ……」

 

「かはぁ……」

 

「うぅ……」

 

「……何だこれは……?」

 

皆が雑魚寝するその場所に足を踏み入れた“魔女”は、阿鼻叫喚の地獄に絶句した。

 

近くにいた同志、先ほどまで話していた二人を見つけ、肩を叩く。

 

「おい、お前ら!? 何が起きた!?」

 

「っ! 来たか、見ての通りだ!」

 

「見てわからぬから言っている!」

 

「見ての通り、わからないんだよ! 眠っている我らが同志たちが、原因不明の病に倒れ魘されている! わかっているのはそれだけだ!」

 

「……困惑」

 

「っ! なんだと?」

 

言いながら“魔女”は二人をどかし、魘されている一人のムウマの顔に手を当てる。熱があるわけでも、脈が狂っているわけでもない。しかし、正常な体調のそのムウマは、確かに、体をねじるように暴れながら苦しんでいた。

 

「おい! どうした! 何があったのだ!?」

 

“魔女”が叫ぶ。しかし、魘されるムウマに反応はない。

 

「無駄だ。すでに何度も呼びかけた。倒れている者ほぼ全員が、呼びかけに答える事すらもできずに、徐々に疲弊していくだけだ」

 

「異常」

 

淡々と説明する“戦友”二人の声が、元気なムウマ達がせわしなく洞穴の中に響く。

そんなムウマ達の姿を見て、さらに二人は言葉を続けた。

 

「それに、この病から回復する条件というのもいまだ不明だ。実際、皆を介抱している奴らの中にはつい先ほどまで同じような状態で苦しんでいたという者も少なくない」

 

「何!? 病から突然に回復したものもいるというのか!?」

 

「ああ……だがその者達も、なぜ自分が病から立ち直ったのか、全く理解できていない。全員に共通していることは、なぜか本人には病に伏していた時の記憶や苦痛を、奪い取られたかのようにすっかり忘れてしまっているという事だけだ」

 

「記憶や……苦痛を……」

 

「ああ、短いもので魘されてから数秒。長いものではすでに十分程度。苦しむ時間や度合いもまちまち。治したものも何故治ったのか、そもそも病の存在すら理解していない始末。今我々がこうして何も影響を受けずにいるという事も含めて、全て謎。はっきり言って、手詰まりだ」

 

言いながら一方はもう一方の“戦友”へ目線を送る。

 

すると静かに首を横に振り一言、『限界』と呟いた。

 

「……致し方ないな」

 

そう言い“魔女”に向き直り、鋭い目つきで言い放つ。

 

「“魔女”、決断しろ。このままでは、明日の開戦までに我々は壊れてしまう」

 

「…………」

 

「……“魔女”?」

 

「“魔女”? どうした?」

 

 

 

“魔女”は、そのまま黙りこくっていた。

 

 

 

(……ねむり。疲弊。そして、こうげきを受けた意識がない……?)

 

 

 

“魔女”は、数分前を思い出す。

 

仲間が悲鳴交じりに自分のもとに駆けつける、数分前。

 

 

起きていた自分(・・・・・・・)に、なんのこうかもない。

 

不可思議な一撃を、受けた記憶。

 

 

 

(まさか……そんなはずは……)

 

 

ありえない。

可能性として考えたそれを、れいせいではない自分の想いが否定する。

 

あれは遠距離わざではない。

ましてや、無差別に誰かを攻撃するようなわざではない。

そもそも、昨日今日、突然使えるようになるようなわざでもない。

 

 

そんなことはありえない。

しかし、否定しようとする自分を邪魔するかのように、その考えが正しいと肯定してくる自分もいた。

 

 

自分が信じた、彼女の力。

 

自分が託した、一縷の望み。

 

 

 

自分が想った、最後の願いが。

 

最悪の状態で、叶ったのならば。

 

 

 

 

「“魔女”! 聞いているのか!?」

 

 

 

 

怒鳴り声で、我に返る。

考えふける自分の脇では、“戦友”二人が険しい表情を浮かべていた。

 

「聞いていなかったのか……決断をしろ、と言ったのだ」

 

「あ、ああ。すまない、そうだな。このままでは、倒れている者たちも、介抱している者たちも持たん。すぐに、対処の手段を」

 

「……やはり、聞いていなかったのか……」

 

「……上の空」

 

「なに?」

 

明日の戦い(・・・・・)のために、決断をしろと言ったのだ」

 

 

 

 

 

 

そいつらは、諦めろ。

 

 

 

 

 

 

「っ!!! 何を」

 

「『何を』はこっちのセリフだ、“魔女”。いつまで腑抜けている」

 

「慢心」

 

当たり前だと言わんばかりの口調で、信じられない者を見るような表情で、まっすぐにこちらを見つめる二人を見て、“魔女”はハッと我に返る。

 

 

 

(そうだ……当たり前のことだ。いつも、そうやってきたじゃないか)

 

 

 

我々は、一に戦、二は存在しない。

 

戦場こそが、我々の場所。

 

自分が、常日頃より掲げていた、この族のすべて。

 

 

自分の娘の首よりも重い、鉄の掟。

 

 

 

 

(それを……何だ! 何に毒されているんだ……わたしは)

 

 

 

 

一度深呼吸をして、“魔女”は両手で自分の顔を張る。

 

 

その大きな音に反応し、洞穴中の視線が“魔女”に集まる。

 

 

 

 

「皆の者。今から自分の寝床に戻り、戦に備えよ。倒れ伏す者どもはひとまず捨て置く。削がれた戦力を補強できるよう、各々日が昇るまで研鑽しておくように」

 

 

 

 

「「「「「っ! は、はいっ!」」」」」

 

 

 

 

一瞬だけ驚いた様な反応を見せたムウマ達だったがその後は直ぐに納得し、続々と“魔女”の脇を抜け、魘され助けを求める声から逃げるように洞穴を後にした。

 

「……あ、あの……」

 

「……ん?」

 

その中に一人、“魔女”の前にきて声を出すものがいた。

俯き、申し訳なさそうな声を出すそのムウマに、“魔女”は嫌な予感を覚えた。

 

 

 

「じ、自分は、もう少しだけ、看病に回っていてもよろしいでしょうか? やはり、今の戦力だけでは、バンギ一族との戦は厳しいものになるでしょうし……もう少し、彼らの回復に努めても……がっ!!!」

 

 

 

言い終わる前に、そのムウマは壁の中にめり込んでいた。

 

“魔女”の深いため息と冷たい視線が、咳き込むムウマに突き刺さる。

 

 

 

「……もう一度だけ言いましょう。わたしは、『戦に備えよ』と言ったのです」

 

 

 

「っ!!!!!! わ、わかりました!」

 

 

 

そう言いムウマは、急いで先に出て行った者たちと合流する。

 

その様子を後ろから見ていた“戦友”二人は、満足げな表情だった。

 

 

 

 

 

(……これでいいんだ。私のすべきことは、これでいいんだ)

 

 

 

 

 

 

“魔女”は去りゆく同胞たちの姿を見ながら、自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

「……貴様がそう振る舞えるのであれば、明日の戦も問題はあるまい」

 

「安泰」

 

「……油断をするな。ただでさえ戦力が減ったのだ。より気を引き締めて……」

 

 

 

 

 

その決意を込めた発言は、

 

爆音と、仲間の悲鳴ともにかき消された。

 

 

 

 

 

「っ! なんだ!?」

 

「外だ! 行くぞ!」

 

 

 

“魔女”たちは急いで外に出ようとする。

 

……が、すさまじい風圧に、思わず穴の奥に押し戻される。

 

 

 

 

 

「こ、この力は!?」

 

「砂嵐……」

 

「“すなおこし”! 奴らか!」

 

 

 

 

 

 

 

「出てこい!!!!!! 脆弱で卑怯なゴースト共があ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

戦意を奪いとるという役割を十分に担う事の出来る、咆哮。

シロガネやまのカースト制度の、最上位に位置する萌えもん。

自らが起こしたその“すなあらし”で姿は見えないものの、その大地を揺らす声が、あふれ出る力の気配が、その強さを雄弁に語っていた。

 

 

 

 

 

「……なぜ、ここにいる。バンギラス!!」

 

 

 

「許さんぞ……許さんぞお!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

「ぎゃあああ!」

 

「がはあ!!」

 

「く、来るなあ!!」

 

 

 

 

穴を出られない三人の耳に、鈍い音と、仲間の悲鳴がこだまする。

劣勢、どころか、一方的な蹂躙という事は、考えるまでもなかった。

 

「ちっ! まずいぞ、“魔女”! 外の者たちが、こんらんを起こしている! このままでは……」

 

「……崩壊……」

 

 

 

 

 

「下がれ。お前ら」

 

 

 

 

 

“魔女”は、低い声で言い放つ。

 

 

二人は、狼狽えていた自分の振る舞いを恥じながら、言われた通りに一歩下がる。

 

 

 

そうだ。“すなあらし”がなんだ。

バンギラスがなんだ。

 

 

 

我々が付き従うこの人は、

 

 

最強無敵の、“念の魔女”なのだ。

 

 

 

 

“魔女”が、構え、力を込める。

 

瞬間、掌から紫色の小さな台風が巻き起こり、次第に大きく成長していくそれは、砂の嵐とぶつかり、飲み込み、支配する。

 

 

 

「むうっ!? この力、やはり立ちふさがるか!?」

 

 

 

ほどなくして“すなあらし”状態は収まり視界が開けてくると、もはや見慣れた顔ぶれが怒りの形相で倒れるムウマ達の真ん中に陣取っていた。

 

「よお、バンギ。夜襲とは、ずいぶんとあくタイプらしい汚い真似をするじゃあないか。『力を持つ者として、真っ向勝負が敵への礼節』ではなかったのか?」

 

「……敵が敵ならその限りではない。俺は戦人として、許せることと許せぬことがあるだけだ。貴様らは、俺の許せぬ領域へ足を踏み込んだ!」

 

緑の体を鋭くとがらせ、全身で怒りを表現するバンギの振る舞いに、“魔女”は驚く。

軽い“ちょうはつ”で牽制を入れるだけのつもりでした発言に予想以上の反応で返されたため、思わず隠さずに戸惑いの表情を浮かべてしまった。

 

「……おい、バンギ。それはどういう……」

 

「問答無用! やれぃ!」

 

しかし、“魔女”の問いに答える事無く、バンギは進軍を宣言した。

やれやれと一言つぶやいた後、掌を再度前にかざす。

 

「貴様も学習せん男だな。我の“サイコウェーブ”の力、忘れたのか?」

 

そう言い終わるや否や、“すなあらし”を巻き込んだ念の竜巻が、残るムウマ群の掃討へと向かうバンギラスのしんか前萌えもん、ヨーギラスやサナギラスの部隊を横なぎにする。

砂のダメージと“サイコウェーブ”本来のダメージを合わせて受けたことで続々と倒れていく前衛たちを見て、サナギラスを中心とした後衛部隊はひるみ、逆に“魔女”の援軍にムウマ達は歓喜に沸いた。

 

「くっ! なぜだ! なぜその力を持ちながら、姑息な手段に手をかけた!? 貴様とは、正面からぶつかり合える、全力で殺しあえる、好敵手だと思っていた。なのに……」

 

「姑息な手だと……? 落ちたなバンギ。我等のわざを、技術を、生きる術を、姑息と申すか。確かにわたしたちに、貴様らのような力はない。だからこそ、わざを鍛え、力に立ち向かうべく鍛錬を重ねた。そのわたしたちの力を、姑息であると申すか?」

 

「……飽くまでしらを切りとおす気か……ならば、容赦などしない!」

 

「……?」

 

話がかみ合っていない、と口にする前に、鋭い岩が“魔女”の真下から“ストーンエッジ”がつきあがる。“魔女”はそれを軽く払い砕き、それをエスパーの力でコントロールして、再度、“パワージェム”としてバンギラスに返すが、バンギラスもまた、どうという事もない様子でそれをはじきくだく。

 

 

 

「……まあ理由など、我々にとっては何の意味もない事か」

 

 

 

“魔女”のその言葉に、後ろに集った“戦友”二人をはじめとするムウマ達が軽くうなずく。

 

“魔女”は手を振り上げ、高らかに宣言した。

 

 

 

 

「少し時間が早まりはしたが……開戦だ! 一人残らずなぎ倒せ!」

 

 

 

 

 

「「「「「おうっ!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

「やれ貴様ら! あの卑怯者どもを、血祭りに上げるのだ!」

 

 

 

 

 

「「「「「おおーーーーー!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開戦後、ほどなくして気づいた。

 

 

(……おかしい)

 

 

自分達が劣勢であるため、ではない。むしろ、逆。

 

突然の病により数を減らしたこちらの群に対して劣勢をとっているバンギ一族に、“魔女”は違和感を覚えていた。

 

バンギたちは自ら、夜襲を仕掛けてきた。

それは自分達ムウマを、確実にしとめるための戦略だったはず。

 

 

夜襲を仕掛ける利は少なくないが、こと我々、ムウマに仕掛けるとなれば不利が増す。

 

夜は我々、夢魔(ムウマ)のフィールドだ。

もともと明るくない山の内部は、月明かりという唯一の光では照らしきれない暗闇があった。

 

闇に溶け込み、敵に仕掛ける。

力を透かし、わざでたたく。

 

まさしく、ムウマのための戦略。

 

言い換えれば、力で押し、正面からぶつかることを信条とするバンギ一族には圧倒的に向かない戦略。

 

 

それでも、夜襲には仕掛けるメリットがある。

 

 

敵の不意をつける。

戦力を整え、自分のタイミングで仕掛ける事が出来る。

 

 

わざとして使えるわけではないが、あくタイプのバンギラスがつかうとしたら、“ふいうち”は最高峰の戦術だ。

 

 

 

だというのに……

 

 

 

(戦力を整えてきた様子も、“ふいうち”のために罠を仕掛けてきたような様子もない……)

 

 

 

そう。

バンギたちが、万全の態勢で戦に臨んでいる様子はない。

むしろ自分たちが追い詰められ、戦いを選んでいるかのようなその姿に、自ら夜という舞台を選び、戦を始めるという行動をとった者たちの振る舞いとしては、どうしても噛みあわないと感じていた。

 

(この振る舞いは、むしろ逆。焦り、怒り、憎しみ。感情にただ任せて暴れまわる、まさしく獣)

 

「はぁ、はぁ……ムウマあああああああ!!!!!!!!!」

 

「っ! ふっ!!」

 

直線的に突っ込んでくるバンギラスの“かみくだく”は、ムウマの体を透かし、後ろの岩壁に炸裂する。“魔女”が躱したわざをいくつも受け、とどめと言わんばかりに削られた岩肌から決壊するようにバンギラスの頭へ崩れた壁からの“いわなだれ”が降り注ぐ。

 

しかし、そんな様を見ていても、“魔女”は気を抜くことはない。

 

せんとうふのうを見届けるまでは、戦いは終わらない。

そして何より……バンギラスが、互いの強さを信じ、殺し合ってきたバンギラスが、この程度のはずはないと信じていた。

 

「……相変わらず、にげるのだけはうまいじゃあないか……」

 

だからこそ、バンギラスが岩の下から這い出てきても、“魔女”が驚くことはない。

 

しかし“魔女”の顔は、あきらかに強張っていた。

 

(“かみくだく”というわざ選択と、この威力……)

 

一撃で仕留めると言わんばかりの威力を感じたうえで、自分の推測と疑念が間違っていないと確信し、理解できないことが起こっているという事実を理解した。

 

「“魔女”! このまま耐えきるぞ! バンギたちの消耗を待ち続ければ、この戦の勝利は盤石だ!」

 

「……確信!」

 

背中合わせに体を預け、戦いの最中であるという事を考え高揚を押し殺した声を届けた“戦友”二人に対し、“魔女”の表情は依然として歪んだままだった。

 

 

(そうだ……このままならば勝てる。長きにわたるバンギ一族との戦いの歴史に終止符を打つ事が出来る。できるのだ)

 

 

なのに、何なんだ。

何が、何が引っ掛かるんだ?

 

 

追撃を止めた“魔女”の葛藤を余裕と捉えたバンギラスは、さらに怒り大声を上げた。

 

「随分と、舐めてくれるじゃあないか! 我等を、力だけの一族だと思ったら大間違いだ! 行くぞ!」

 

そうしてバンギラスは大きく振りかぶり、四股を踏むが如く足を地面にたたきつけた。

地面の揺れは大きくなり、次第にそれは地上の萌えもんの体にダメージを残す大わざに変化した。

 

 

「じ、“じしん”だと!? 我等のとくせいを、知らないわけではあるまい!」

 

「……こんらん?」

 

バンギラスによってもたらされたそれに、“戦友”二人は大きく狼狽する。

 

“じしん”は確かに強力なわざだが、その効力を受けるのは飽くまで、地上の萌えもん(・・・・・・・)に限る。

 

ムウマのとくせいは、“ふゆう”。

 

ゴーストとしての力を利用し、空中を自由に動きまわる事が出来るムウマにとってじめんタイプのわざなどという選択は、意味をなさない不発のわざ。どころか、地上にいる萌えもんを無差別に攻撃してしまう性質上、味方にダメージを与えてしまう可能性すらあるもろ刃の剣。この場面で使用する意味はほとんどない。

 

 

そう、ほとんど。

 

 

「っ! しまった! おまえら!」

 

 

“魔女”は気づく。が、ヨーギラスやサナギラス、そしてムウマ(なかま)が倒れ反応しない、死屍累々の様子が手遅れであったという事を物語っていた。

 

 

「ば、馬鹿な!」

 

「……怪奇」

 

二人は呟く。

理解できない、という表情。

二人のそんな表情を戦場で見たのは、初めてだった。

 

 

 

 

そりゃそうだ。

 

戦場で感情を表に出すこと。

 

対面を倒すこと以外を考える事。

 

 

 

 

それを、

我々は、油断と呼ぶのだ。

 

 

 

 

「っ! 危険!」

 

「! しまっ!」

 

「喰らえ!」

 

 

 

 

 

目を瞑る二人の顔が、

 

迫りくるバンギラスの動きが、

 

 

 

空間を切り取られたが如く、止まって見える。

 

 

 

 

実際に(・・・)、止めて見せた“魔女”以外は、

それは、脳の錯覚だと認識していた。

 

 

 

 

「……間に合ったようだな」

 

「「……ま、“魔女”!!!」」

 

「く、“くろいまなざし”!!!? おのれえ!!!!」

 

動きを封じられたバンギラスは全力で腕を振り回すが、足が動かず今一歩のところで手が届かない。

そんな様子を見てくたくたと地面に倒れこむ二人に、“魔女”は言った。

 

 

 

「お前ら、他の場所へ加勢してこい。ここは、私が引き受ける」

 

 

 

「っ! なぜだ!? お前がバンギを抑えている、この状況。仕留めるなら、今しかない!!!」

 

「好機」

 

「否。“くろいまなざし”は相手の足を奪うわざ。“まひ”状態になるわけではない。甘く見たら反撃されて終わるのがオチだ。それよりも今は、仲間を減らされ、押し込まれている他の部隊をてだすけし、戦況を変えることが先決! それに……この状態も長くは持たん」

 

「ぐぉおおおおあああ!!!!」

 

“魔女”がそう言うと同時にバンギラスの声が山をこだまし、それを聞いた三人はほんの少し、無意識のうちに後ずさりする。

するとバンギラスの周りを覆う、“くろいまなざし”の力がパリンという音と同時に解除されたのがわかった。

 

 

 

「……“ほえる”で戦闘状態を強制解除か。さすがだな」

 

強張る二人に対し、“魔女”は邪悪な笑みを浮かべ、バンギラスに相対する。

 

「行けっ! お前ら! ムウマ一族に、勝利を!」

 

「「っ! おう!!」

 

 

 

 

 

二人が去っていく様を見送る暇も与えずすぐに次のこうげきへ移るバンギラスに、“魔女”は苦笑いを浮かべた。

 

右手に作った岩の弾丸を二人へ向けたバンギラスの手を“シャドーボール”ではじき、弾丸を相殺してから改めて相対する。

 

「やはり、“うちおとす”か。だが、同じ手が二度も通用すると思うなよ」

 

「くっ……」

 

“魔女”はすでに、バンギラスが立てた作戦を見抜いていた。

 

 

いわタイプわざ、“うちおとす”。

空を舞い、地上をはい戦う萌えもんをあざ笑う“ひこう”や“ふゆう”を有した萌えもんを、その名の通り“うちおとす”わざ。

 

 

全体を一網打尽にするため。優勢に事を運んでいると見せかけて、一気にひっくり返すため。あらかじめヨーギラスとサナギラスに倒す事よりもこのわざを当てることを優先して戦うように指示していたのだろう。

 

その策により、現在ムウマ一族とバンギ一族の戦力は、ほぼ五分のところまで近づいた。

 

そう、五分。

 

バンギラスたちは、きれいに我々を作戦にはめた。

にもかかわらず、戦況は五分。

 

我等ムウマが強い。などと、楽観視できる話ではない。

 

(それにそもそもこの策なら、夜襲を仕掛ける理由にならない)

 

 

まだ、何かある。

そう考えた“魔女”は二人きりの状態になったバンギラスにしゃべりかける。

 

 

「……やはり、お互いどれだけ奇策珍策を練ろうが、最後にはこういう舞台(1vs1)が整うのだな。シロガネの者として、戦いの神に感謝すべきかな」

 

少しでも新たな情報を。

はたして、バンギラスに策はあるのか、ないのか。

何を考えているのか。

 

それを探るための言葉。

 

しかし、バンギラスの反応は予想の斜め上だった。

 

 

 

 

 

 

「ならば、なぜ……なぜ最初から、そうして挑まなかった!? なぜ、俺の部下に手をかけたのだ!? 答えろ!」

 

 

 

 

 

 

「……何?」

 

“魔女”はその発言にこんらんし、固まってしまった。先の“戦友”二人の一件の通り、それは戦場において、大きな隙だった。

しかし『隙をついて、バンギラスがこうげきしてこなかった』という事こそが、バンギラスが嘯いているわけではないという事の証明でもあった。

 

「丑三つ時に眠るころ。俺の部下たち、ヨーギラスとサナギラスの悲鳴で目が覚めた。今もなお、ほとんどの部下は衰弱し、いつ限界が来るやもしれぬ状態。なぜ、俺を狙わない! なぜ、そのような汚い戦術を取った!? シロガネの誇りを持ち、戦いに行き、戦いで逝くと言った貴様自身の言葉に、なぜ背く様な選択をした!? 答えろぉ!!!」

 

すさまじい剣幕で“にらみつける”バンギラスに思わずたじろぐ魔女だったが、それでも声を絞り出し、反論した。

 

「ち、違う。それは我々の仕業ではない! 我々の部下たちも、同様の状況に苦しんでいるのだ!」

 

「おのれ……この期に及んでそのような戯言を……」

 

「バンギ……」

 

震える拳で力強く胸をたたいたバンギラスは、低い声で言った。

 

 

 

「……ならば、なぜ俺は無事なのだ!?」

 

 

 

「……どういうことだ?」

 

 

 

 

 

「あくタイプの俺が! 無傷であるという事実そのものが! 『エスパーわざの襲撃』であること、そして……“念の魔女”である貴様の襲撃であることの証明だと言っているんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

ようやく、全てわかった。

 

バンギラスの、確信的怒りの意味も。

 

そして…………

 

 

 

 

信じられない。

信じたくない。

 

 

 

 

そんな思いの妨害で届かなかった、真実も。

 

 

 

 

 

(やっぱり……あなたの仕業だったのね……)

 

 

 

 

 

シロガネに、自分以上のエスパー使いなどいない。

 

 

自分の血を継いだ、奴以外は。

 

 

 

 

 

放心状態の“魔女”の意識を戻したのは、バンギラスの声だった。

 

 

 

 

「っき、貴様! 1vs1などと申しておきながら……どこまで心を汚したのだ!?」

 

 

 

 

我に返るまでの一瞬、バンギラスが何を言っているのか、さっぱりわからなかった。

 

そしてバンギラスを見て、バンギラスの視線の先を見れば、それは直ぐにわかった。

 

 

 

 

先ほど、戦いの神に感謝、などという言葉を吐いた“魔女”だったが、

 

今、この瞬間を、この状況を作り出した神が存在するというのなら、

そいつを、ぶん殴りたくなった。

 

 

 

 

バンギラスの視線のしばらく先には、暗闇に溶け込み、ふらふらと一人彷徨い逃げる『ムウマ』がいた。

 

 

 

 

こんな時に、戦いもせず、一人で彷徨っている“ムウマ”など、

“魔女”には一人しか思い当らなかった。

 

 

 

 

なぜ。

どうして。

 

 

 

 

そんな言葉を紡ぐよりも前に、

怒りの形相のバンギラスが駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ。

どうして。

 

 

 

“ムウマ”の頭は、それでいっぱいだった。

 

 

 

 

逃げよう。

抗おう。

 

心に決めた自分の意志に従い、動いただけだった。

 

 

 

それだけだったはずなのに。

 

“ムウマ”は『なぜ』でいっぱいだった。

 

 

 

“魔女”にぼろぼろにされ動けなかったはずなのに、見る見るうちに体力(HP)が回復していったこと。

 

外に出てみると、意識のない同族(ムウマ)敵族(バンギたち)でいっぱいだったこと。

 

今なら逃げられるかもしれないと出口を探して彷徨えば、“魔女(ははおや)”とバンギラスが向かい合い、叫びあっていること。

 

目が合ったその瞬間、バンギラスが、すさまじい殺気をこちらに向けたこと。

 

 

 

 

逃げるわたしにバンギラスが、全身全霊の“おいうち”を向けてきたこと。

 

 

 

 

そして…………

 

 

 

 

 

「…………き、貴様…………」

 

 

 

「な、なんで……どうして…………?」

 

 

 

 

 

 

「ごほっ。な、なぜ? そんなの…………わからないわよ」

 

 

 

 

 

目の前にいる“魔女”が、バンギラスの“おいうち”を、体で受け止めているということ。

 

 

今目の前で血を吐き出しているこの人が、身を挺して自分を守ってくれたということ。

 

 

 

 

 

一番状況が理解できていない状態ではあったが、それでもやせいの本能のままに、バンギラスは一番早くに動いていた。

 

(こいつは、倒さなければ!)

 

自分の拳を顔で受け止める“魔女”のまっすぐな瞳を見て、シロガネの地に馴染んだ体が頭より勝手に反応した。

 

 

それは、正解だった。

だがしかし、それでも、“魔女”の方が上手だった。

 

 

「……バンギ……お前には謝らねばなるまい。作為的ではなかったとはいえ、ムウマ一族はシロガネの意志に背く戦い方をした。それは……謝る」

 

 

その“魔女”の言葉の途中から、バンギラスは体が自由に動かなくなっているという事を認識したが、その時にはすでに遅かった。

 

 

「っ! ま、“魔女”! き、さ……ま……」

 

 

「だが、悪いな。それ……でも……この娘を……殺らせることは、出来んのだ」

 

 

言い切ることもできないまま、バンギラスは振り上げた腕をそのままにそのムウマよりも一回り二回り大きな体を支え切る力を奪われる。

倒れる寸前、黒い力のような何かに、自分が包み込まれていくのを感じた。

 

(み、“みちづれ”……だと……)

 

大きな音と土煙を立ててバンギラスが倒れこむのと、“魔女”が力尽き地面に横たわるのは同時だった。

 

 

 

 

 

 

「なんで……なんで…………なんでよ?」

 

 

“ムウマ”は、呆然としていた。

 

 

争っていた意味も、自分が狙われた意味も分からない。

だが、それ以上に、目の前のムウマが、自分を守ってくれた目の前のムウマがあの“念の魔女”で、自分の母親であるという事が信じられなかった。

 

 

「ム……ウ…………マ……そこに……いますか?」

 

 

「なんで……なんでなのよ……」

 

 

返答になっていない言葉。

しかし、直ぐ近くにいることを理解した“魔女”は、うっすらと笑った。

 

 

 

「あなたには……言わなければならないことがあります……あなたの、父親のことです」

 

 

 

“母親”としての言葉など、父親のことなど、聞いたことがなかった。

“ムウマ”は驚きのあまり、何を言うこともできなかった。

 

 

 

 

 

「あなたの……父親は……死んでなどいません……今も……どこかで生きているはずです」

 

 

 

 

 

“ムウマ”の心が、はねた。

 

 

衝撃の言葉が、いくつもあった。

 

 

父が、死んでいない?

 

 

どこかで……生きている?

 

 

 

 

 

じゃあ……私の父は……

 

 

 

 

 

「あなたの父親は……シロガネのムウマの歴史でただ一人、外の世界へ出て行ったムウマなのです」

 

 

 

 

 

“ムウマ”は、絶句した。

 

驚きのあまり“ふゆう”を維持する事すらできず、へなへなと力なく地面に落ち、“母親”の隣に座りこんだ。

 

頭が、真っ白だった。

 

 

 

 

あの人は……あなたと同じ、異端な存在。シロガネのムウマでありながら、戦いを嫌い、外を望むムウマだった。

 

彼は、それをひた隠しにし、仲間のために闘い続け、戦果を挙げ、族長にまで上り詰めた。わたしは、そんな彼が、大好きだった。

 

でも、彼は外の世界を求めた。わたしと、わたしたちと共に戦い続ける毎日よりも、まだ見ぬ明日に希望を見た。

そして……群れを抜けたい。わたしにそういった。

 

そんなこと、出来るはずはない。だってあなたはわたしたちの長なのだから。そんな言葉が喉まで出かけた。でも一方で、彼の望むようにしてあげたい。願いを、想いを理解することはできないけど、彼の伴侶として、彼の夢を応援してあげたい。そう思うようになった

 

 

そして……わたしは、決めた。

 

 

彼の代わりに、族長を務める。

 

 

そうして、彼を戦場で命を落としたと皆に告げ、彼を外へと送り出した。

 

 

そしてわたしは、次の長になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しゃべる“母親”を、止めるべきだった。

そもそも、倒れるほどつらいはずの彼女が、なぜ今になって、こんなことを聞かせてくれるのか。それをもっと考えればよかった。

 

後に後悔する“ムウマ”はその時、衝撃のあまりに聞き入っていた。

 

 

 

「わたしは……あなたが外の世界に行きたいと言っているのを見て、うれしくもあり、悲しくもあり、羨ましくも思った」

 

 

 

“魔女”は、涙を流した。

 

 

 

「自分で送り出したはずなのに……わたしが背中を押したのに……彼を送り出したことを、後悔している自分がいた。だからこそ、あなたにはどこにも行ってほしくなかった。わたしの傍で、ずっとわたしと一緒に戦ってほしかった。あの人みたいに、わたしの傍から消えて欲しくなかった。だから、あなたの中にある、わたしと、あの人の力を引き出したかった」

 

 

 

軽く咳き込んだ“魔女”の口から血が飛び、“ムウマ”の頬に付いた。

それはいつの間にか流れていた、“ムウマ”の涙と混ざり、地に落ちる。

 

 

 

「でも、それでもあなたは、外に出たいと言った。それを聞いて、『やっぱりあの人の子どもだ』と思った。そして、『自分には、あの人の想いがわかるんだぞ』って……言われてるように感じたの……だからっ……わたし……ごほっ!」

 

 

 

 

 

「っ! お母様!!!!!?」

 

 

 

 

 

もう意識は薄れ、自分のことさえ見えていないのだろう。

ぼろぼろの体を必死に動かして伸ばした手を、“ムウマ”は自分の手で優しく包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムウマ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんね。

戦いしか知らない母親で。

戦いしか教えられない母親で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな愛し方しかできなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“魔女”は、倒れた。

 

 

“ムウマ”は息を飲んだ。

 

発狂しかけた自分を、真白になった頭で無理やり落ち着かせた。

 

 

死んではいない。“ひんし”になっただけ。

傷さえ治れば、また起き上がる。

 

 

手を握る“ムウマ”が、それを一番理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

それと同時に、

 

ムウマの中に、エネルギーがなだれ込んだ。

 

 

 

 

 

 

「っ! うそっ! なんで、どうして!?」

 

 

 

 

 

 

その答えは、

“ムウマ”の手の中にあった。

 

 

 

 

 

 

温かかったはずの“魔女”の手が、

見る見るうちに、冷たくなっていった。

 

 

 

 

「っ! ま……さ……か……」

 

 

 

 

“ムウマ”は、青ざめた。

 

そこまでくれば、よく分かった。

 

 

 

 

自分を回復させてくれるこの力が、

 

あの時、少年が言った自分の力が、

 

今、発動してしまっている自分の力が、

 

 

 

どんな力なのかを。

 

 

 

 

 

 

「っいや! いや!! いや!!! とまれ!!! とまれ!!! とまれぇ!!!!」

 

 

 

 

 

 

許せたわけではない。

あんな風に言われても思い出されるのは、

 

たたきつけられたこと。

しばりつけられたこと。

戦わされたこと。

 

辛い事ばかりだった。

 

 

 

 

 

でも、それでも、

生きていてほしい。

 

死んでほしくない。

 

 

 

今まで話せなかったことを、

もっともっと、いっぱい聞きたい。

 

 

 

 

 

「いや……やめて……やめて……やめてよ!」

 

 

 

 

叫び、喚き、のた打ち回り、喉元を自分で掻き毟った。

 

しかし、ついた傷は、片端からすべて治っていった。

 

 

 

 

 

それに反比例するように、

目の前の、“母親”の限界も、近付いてきた。

 

 

 

 

 

 

自分の体を壊してしまおうと思った。

でも、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

自分一人が癒されていくその感覚が、

 

 

“ムウマ”を苦しめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうしてシロガネの地における、バンギ・ムウマ一族の戦いは、“いたみわけ”という形で終戦を迎えた。

 

 

 

戦前から倒れ、苦しみ続けた者。

そして、戦中に倒れ、そのまま体力が回復するどころか、みるみる衰弱してしまった者。

 

 

 

もはや、バンギ一族にも、ムウマ一族にも、戦を繰り返すだけの戦力がなかった。

両一族は、苦虫をかみつぶす想いで停戦し、他のシロガネ部族に対抗するだけの戦力を整え、一族の存亡に力を入れるようになった。

 

両族とも否定的な態度を取り続けていたものの、バンギラスのひと声により方向性が決まり、これからしばらくは協力体制を取っていくことを約束した。

 

 

 

 

 

 

 

シロガネの地に生まれた者の運命とまで言われた、終わらない戦いを終わらせたのは……

 

 

 

 

 

 

戦いが、大嫌いな少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、その萌えもんにもらったデータは、役立ちそうですの?」

 

「ああ。すごいよ。“ひかりのいし”を作るためのエネルギーが、一気に集まってきた! コントロールするのが難しいくらいの、とんでもない力だ!」

 

「ふーん。じゃあミラのしんかは決して、夢物語ではなくなりそうですわね」

 

「夢物語って……約束だぜエリカさん。『あなたがわたしの役に立つことが出来たなら、本格的な萌えもんバトルを教えてやる』。そういったよな?」

 

「ええ。言いました。二言はありませんわ」

 

「よっしゃあ!」

 

「……ところで、つかぬ事をうかがいますけど、その萌えもんはそんな強力な力を使いこなすことが出来る娘なんですの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっ? うーん。考えてなかったなあ……もしかしたら使いこなせないかもしれないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふっ」

 

「なんだよ、エリカさん。急にくっつくなよ。作業しにくいよ」

 

「大丈夫ですわ。私がこうしていたいだけですから」

 

「俺が大丈夫じゃないってのに……」

 

「……ねえ、ジョーカー」

 

「……何?」

 

「その娘に、また会いたい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、会えるなら会いたいかな。またいろんなデータが取れそうだし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪い子」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん? なんで?」

 

 

 

 

 

 

 

 




マリム番外編、求む暴食。完結です。長かった。


はっきり言って個人的には当初よりもえぐい話になりました。
詰め込み癖が治ってない感じがします……



ここから先は裏設定。




7-6に書いていた通り捕獲時のマリムのレベルは32という事になっていました。
シロガネ出身としては低めになっていますがこれは本話で書いた通り、マリムは全く戦ってなかったからです。
このレベルのほとんどは”ゆめくい”で勝手に倒してしまった萌えもんたちのけいけんちなのでシロガネにいたころはもっと低かったという事です。
戦い方と呼べる下地はほとんど整っていなかったという事ですね。


そしてジョーカー君の方ですが
本話における彼は、施設からR団に移ってから数年たって、BOSSになつき、エリカに言葉づかいを筆頭とする礼儀や、戦闘の基礎を学び終わった後。という事になってます。
9-5のエリカとのやり取りより少しあと、という時系列です。
ちなみにミズキはマリムに会ったことは覚えていません。
ムウマのデータを取りに行った、という記憶はあっても、どんなムウマにあったか、という想い出が残っていない、という状態です。

ただ言葉は丁寧でも性格悪いのが見え見えで書いてて面白かったです。


ついでに? マリムと”ひかりのいし”の適合率の複線回収。
そもそもあの石がマリム本人のデータを多分に利用して作られたものだったので適合率が異常に高かったという話ですね。


今回はなすべき設定はこれくらいでしょうか?
ではまた次回、久しぶりに本編を書いていきたいと思います。










フレイド「……半年」




haruko「……本当にすみませんでした」


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第13話 1 強弱

約一年ぶりの本編。
という事は、ここ一年で四話しか進んでないってことですね……
しかも本話も少し短いです。申し訳ありません。



とはいえ、少しずつではありますが余裕が出てきたこともあるので、ここからはちょっとずつちょっとずつでも進めていきたいと思います。
これからもなにとぞよろしくお願いします。


 

 

 

「マスター。お聞きしたいことがあります」

 

“じてんしゃ”の後ろに乗るスーの、体にしがみ付く力が少し強くなる。

 

「……はあ。何だ?」

 

ため息交じりのミズキの反応は、何を聞こうとしているのか、すでに理解しているようなものだった。

少し顔をゆがめるミズキに気遣う事もなく、スーが続ける。

 

「……私はいつも、マスターを信頼しています」

 

「……ああ」

 

「マスターのすることは、全て正しいと、信じています」

 

「そんなことはない。俺だって、間違いを犯せば、失敗だってする」

 

 

 

 

 

「……はい、今回、それを痛感しました」

 

 

 

 

 

「スー。あんた、そんな言い方」

 

「マリム。いい」

 

上から“ふゆう”しながらついてきていたマリムが口をはさむが、それを本人に制され黙り込む。

 

「俺のことは気にするな。スー、続けろ」

 

「……マスターを責めたいわけじゃないんです。もしマスターがいなければ、私たちは何もできなかった。私たちの力が足りなかったせいで、辛い結果を生んでしまった。それは、わかっています」

 

「……そうだ。俺たちは、力不足だった」

 

「だからこそ、お聞きしたいんです。これまでマスターを信じすぎたせいで、聞いたこともなかったこと、聞く気もなかったこと、自分が聞いてもどうしようもないと……諦めていたことを」

 

本当は、聞きたくもないことを。

と、付け足したいのを必死に抑え込んだことが分かった。

 

「……言ってみろ」

 

 

 

 

 

「今回、マスターが失敗したことは、何だったんですか?」

 

 

 

 

 

「……」

 

「R団に勝てなかった事や、フレイドさんがいなくなってしまったことも、マスターの予定通りだったんですか?」

 

「……違う」

 

「なら、なんで……何が……どうして」

 

ミズキを抱きしめるスーの力が、痛みを生じさせるほどに強くなる。

涙をこらえている。聞きたくもないことを聞いていること、ミズキが答えたくもないことを聞いていることを理解している証拠だ。

 

だからこそ、ミズキも、マリムも、それに気づかないふりをした。

 

 

スーは、頑張った。

 

 

 

泣かない。

強くなる。

 

 

 

新たな誓いを、守るため。

 

目を背けたくなるような想いに向き合い、

恐れながらも前へと足を踏み出した。

 

 

 

薄っぺらい、きれいな仮面に隠され、見えないように覆っていた関係。

それを、引き裂くために。

 

 

 

もう二度と、あんな辛いことが起こらなくなるように。

 

 

 

そんなスーの心を、二人は痛いほどに理解していた。

 

 

 

だからミズキも、震える唇を抑え込み、漏らすように答えた。

 

 

 

 

 

 

「……俺は、弱い」

 

 

 

 

 

 

「っ! マスター! わたしは、そんなことを!」

 

「聞け、スー」

 

静かに制したミズキは続ける。

 

「俺は、己をよく、『弱さの塊』と称している」

 

「……」

 

その言葉を聞いたスーは以前、ゼニから同じ言葉を聞いたことを思い出した。

 

「はっきり言って、俺の力や頭脳、とっさの判断力や行動力とそれを可能にしている俺の神経は、普通の人間とは一線を画すものだ。それに加えて、『ねむればどんな怪我でも治る体』に、『相手を問答無用で無力化できる闇のわざ』。どれか一つでももってりゃあ、使い方次第じゃ薔薇色の人生歩めるだろう優れものだ」

 

右手を挙げ、笑いを誘うように話したミズキ。しかし、話の流れを読めてしまった二人には、顔をゆがめる事しかできなかった。

 

理由は簡単だ。

それらは決して、これまでの旅で、触れられることの無かったこと。すなわち……

 

 

 

 

 

「……本来は、どいつもこいつも、罪の象徴でしかないんだけどな」

 

 

 

 

 

その言葉に、スーとマリムは同時に息を飲んだ。

 

罪の象徴。

つまりそれは、ミズキの過去。

 

 

 

「……マスター」

 

思わず謝ろうとしたスーの言葉を遮るように、ミズキは続ける。

 

「だが、俺はそんな力をもってしても、己のことを、脆弱な、『弱さの塊』だという」

 

それは謙遜でも、自嘲でもない。

淡々と告げられるそれは、彼の優れた頭脳と揺らがぬ判断によって導き出された純然たる事実だ。

 

「だが俺は、それを弱点だと思ったことなどなかった……いや、むしろ、それまでにあげたいくつもの能力(ちから)を超える、一度罪に飲まれた俺だからこそ使いこなせる、唯一無二の武器だと思っていた」

 

 

弱いものには、弱さが見える。

弱さを、強さに変えられる。

 

弱い自分に抗うように、

強い自分を作り出す。

 

自分が思う弱い選択。それを避ける強い選択。

仲間に見える弱さの欠片を、砕いて壊し、前を向かせる。

 

 

それが出来ることが、俺の強さ。

 

 

ずっとそう思ってきた。

 

 

 

「昨日までな」

 

 

 

キキッ、という快音と共にじてんしゃは制止し、同時にミズキの言葉も切れる。

ミズキは自分の両手を見つめ、黙り込む。軽く握りこむ拳は震えていた。

 

「……マスター?」

 

「俺の失敗は……信じられなかった事。お前らが俺を信じるように、俺がお前らを信じる事が出来なかった事」

 

 

 

 

お前らの、強さが見えなかった事。

 

 

 

 

 

「弱さは見える。弱さを、強さに変えられる。だが俺には、シークの、フレイドの、お前らの強さが見えていなかった。そして、強さが弱さに切り替わるその瞬間に、俺は、寄り添う事が出来なかった。それが、俺の失敗だ」

 

 

 

 

 

 

俯くミズキ。そして、そんなミズキに強く、強くしがみ付くスー。

 

 

 

それを横目にマリムは一人、思い出していた。

 

それは、ミズキが、ぼろぼろの体で向かってくる、フレイドに放った言葉。

 

 

 

 

『お前の思うように、想うがままに動け。すべてに答え、全てを受け止めてやる』

 

 

 

 

全てを、受け止めてやる。

 

 

あの言葉は、優しい言葉だった。

苦しみ、震えるフレイドを、優しく受け入れるような言葉だと思った。

 

しかしその一方で、今はこう思う。

 

 

 

あれは、強いフレイドに対する言葉だったのだ。

 

 

 

フレイドの弱さを超える、フレイドの強さへの言葉だったのだ。と。

 

 

 

(……立ち向かう強さはあった。でも、立ち向かい、戦った後に残る弱さまでは見えなかった。そういう事ね)

 

戦う強さ。そして、戦う事しかできない弱さ。

 

マリムには、どちらも心当たりがあった。

 

 

 

そんなことを考え、最後に思い出したのは、

フレイドの去り際の亡霊の様な空虚な顔だった。

 

 

 

 

 

じてんしゃは、風を切り駆け抜けていく。

カラカラと立てる音は、もの悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭が、冴える。

ぼろぼろの体を引きずりながら歩くフレイドは、そう感じた。

 

……いや、冴えているわけではない。痛みや辛さから逃げようという思いが脳に伝わり、現実逃避を成功させているだけだった。

回復を施していないゆえにわざの効果が持続し、真白になってしまった毛並みを染め上げる大量の血液がそれを証明している。

 

 

 

 

 

しかし、彼は止まらない。

倒れこんで終わりにしたいと叫ぶ体に鞭を討ち、一人、満足に舗装もされてないような草原の上を歩き回る。

 

 

 

 

 

目的地も、目標も、野望も見えなくなった今の彼にできる事。

 

 

 

 

とにかく、遠くへ。

 

一歩でも、遠くへ。

 

 

 

 

その虚ろな瞳、ふらつく足どりは、己の死に場所を捜し、さまよっているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

冴えた頭で、一人思う。

 

 

 

 

 

なぜ、自分は一人なのだろうか?

 

 

 

いや、違う。そうじゃない。

 

 

 

 

 

自分は、なぜ、一人を選んだのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

辛かった。

 

 

 

 

 

強い仲間が、

優しい主が、

 

 

 

 

 

怖かった。

 

 

 

 

 

『これで……満足か。馬鹿犬が』

 

 

 

 

 

 

その言葉は、こう聞こえた。

 

 

 

 

 

 

『言い訳は、これで十分か?』

 

 

 

 

 

 

見透かされた。

 

敵の言葉に、怯えたことを。

主の選択を、恐れたことを。

 

 

自分は、主の強さを取り戻せなかった。

 

 

 

 

 

同じだ。

 

 

 

 

疑い、穢し、逃げた。

 

 

あのときと、

 

 

最低の罪を犯したあの時と、

 

 

なにも変わらない。

 

 

何も変わっていない。

 

 

 

(……謝らなければ。戻らなければ。わっちは……)

 

 

そう思い、顔を上げる。

しかし、視界はもう暗く落ち、闇に一人取り残されたかのような気持ちになった。

 

 

謝る? 誰に?

戻る? どこに?

 

 

 

 

「……もう、わっちには……何も……」

 

 

 

 

心の砕ける音とともに、

膝が砕け、そのまま目の前に倒れ伏す。

 

 

 

 

 

ごめんなさい。

 

 

 

 

 

そのつぶやきと、一筋の涙は、土に溶けて消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「……こいつか? お前の言う、強力なガーディとやらは?」

 

「はい、ここを通るという情報どおりなら、間違いないかと」

 

(……だ……れ……だ?)

 

フレイドは思うが、声はでず、顔を上げる事すらもならない。

 

「……その割にはずいぶんとぼろぼろだが……まあいい。多少の戦力強化にはなるだろう、運べ」

 

 

 

その一声で、周りに集った大勢の影が、フレイドを持ち上げ、草木の影へと消えていく。

抵抗もできないフレイドは、そのまま運ばれ連れて行かれた。

 

 

 

 

その時フレイドは、その集団から香る独特の臭いや気配から、二つの感情を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一つ目は、安心。

 

そして二つ目は、不安。

 

 

 

 

 

 

 

真逆の感情にざわつくフレイドの心は、新たな嵐の訪れを予感させた。

 

 




次回は続きか、エピソードフレイドになります。


一応セキチクシティ終了までのプロットはほぼ完ぺきに出来上がっているため、少しずつペースを上げて書き上げていきたいです。

頑張ります!


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第12.5話 前と後 強さと弱さ

毎度遅れて申し訳ございません。
しかも、本編は全く進みません。その上かなり短い、ほぼリハビリ用の投稿となります。重ねてすみません。

本話はタイトルに書いてある通り、12話と13話の間の話になります。

番外編書いてたら入れるのをすっかり忘れていた話、とも言います。

これからも精進して頑張っていきます……






 

 

とある日の、人が寝静まる丑三つ時。

 

 

 

 

まだミズキが、あの一件以来目を覚ましていないころ。

他の者の目を盗み、スーは一人、外に居た。

 

 

 

周りには人も萌えもんもいない、大きな広場のど真ん中。そびえたつ巨大な木を前に、スーは空を見上げ、星空を見ながら思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

思い出すのは、ミラとのバトル。

 

 

 

 

 

 

 

ミラの“ちょうはつ”にまんまと乗ってしまったときから、自分の記憶は飛んでしまっている。

だから、目を覚ました後すぐに、会場に来て対戦を見ていたジョーイさんに聞いた。

 

 

 

 

 

 

あなたは、勝った。

見事な、逆転勝利だった。

 

 

 

 

 

 

その嬉しそうな表情に嘘などないことが分かったスーにできたことは、歪む表情を画し、全力で笑う事だけだった。

 

 

 

(違う……)

 

 

 

そんなはずはない。

 

勝てたはずはない。

 

 

だって私は……

 

 

 

『っ! スー! まてっ!!』

 

 

 

信じるマスターの、手を払いのけた。

 

払いのけ、そして、己の最も嫌う罪に溺れた。

 

 

 

 

マスターだって、失敗する。

マスターだって、完璧じゃない。

 

 

 

 

(違う、違うっ!)

 

 

 

 

マスターから失敗を引き出したのは……

マスターを、完璧じゃなくしたのは……

 

 

 

 

 

 

そして頭に響く、

己の声。

 

 

 

 

 

 

『私は、弱い』

 

 

 

 

 

 

「っ! うわああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

叫び声とともに放たれる“しおみず”は、大木にぶつかり弾けて辺りを濡らす。

重ねて放たれる“れいとうビーム”は、濡れた大木にぶつかり大きな氷柱を作り上げる。

 

 

そして、勢いよく走りだしたスーは、渾身の力で右拳を握り、作り上げた氷柱に向かって全力でたたきつけた。

 

 

 

 

しかし、

固く、重く、力強いそれは、スーの拳程度ではびくともしなかった。

 

 

 

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ……くそっ!」

 

 

 

 

珍しく口から漏れた決してきれいでないその言葉は、誰もいないからという理由だけで出てきた言葉ではなかった。

 

悔しさ、歯がゆさ、口惜しさ。

 

表現できないすべての想いが、心から漏れだし、口から出てきた。

 

 

 

スーは力を緩め、氷柱にそっと触れる。

 

 

 

(私は、大木を水で攻める事が出来る。大木を凍らせる事が出来る)

 

 

 

そのままスーは、次のわざを発動する。

 

“あまごい”は数秒して、頭上に小さな雨雲を発生させ“あめじょうたい”を作りだし、深くはいた“しろいきり”は周りを飲み込み、広場の一角を自分の空間へと変えた。

 

 

 

(雨を降らすこともできる。霧を作ることもできる)

 

 

 

そこまで考えた後で、スーは顔を上げ、三度その柱を確認する。

 

 

 

濡れても、凍っても、雨に打たれても、霧に飲まれても、変わらぬ力強さを持った、巨木が大地にしっかりと根ざしていた。

 

 

 

 

(……それだけ力があったとしても、私には、この木を倒す力がない……)

 

 

 

 

力を籠め、再びその柱に一撃を加える。

しかし、帰ってくる痛みは己の惨めさを煽るだけだった。

 

 

 

 

自分は、矛。

自分は、盾。

 

 

 

 

マスターを支え、マスターを守り、マスターといて初めて強くなれる。

 

 

 

(……違うっ! 違うっ! 違う!!!!!!)

 

 

 

そうじゃない。もうとっくにわかっていたはずだ。

 

 

 

(私が強く在れたのはマスターのおかげ。でも……)

 

 

 

私は、弱い。

 

 

 

(マスターと戦えば、怖いものなんてなかった。一緒に戦いさえすれば、マスターの役に立てると思っていた。だからこそ、一人で戦うマスターに腹を立てたし、マスターと一緒に戦う事が出来ることが誇らしかった)

 

 

でも違う。

 

私は、正しく『ただの武器』だった。

 

活かしてもらっていただけだった。

 

 

 

 

自分自身の力に、罪に溺れ、何もできなかった。

何も、マスターに与える事が出来なかった。

 

 

 

 

(強いマスターに、大きな木を、倒してもらっているだけだったっ!)

 

 

 

 

「うわあああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

さらに叫び、一撃を放つ。

 

スーの傍を、冷たい風が吹き抜けた。

 

 

 

「……強くなりたい」

 

 

 

力が欲しい。

 

どんな巨大な木でも、壁でも、打ちこわし進めるだけの力が。

 

 

 

 

マスターを支えるんじゃない。

 

マスターと、ともに戦い。

 

大好きなマスターを、助ける事が出来るだけの力が。

 

 

 

 

 

 

強く……もっと強く!

 

 

 

もっともっともっともっと!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかりやすい娘」

 

遠い空中からふらふらとその様子を眺めていたマリムが、そう呟く。

その後、癇癪を起こした子どものように暴れまわり、ほどなくして力尽きたかのように倒れこむ姿を見届けた後、“サイコキネシス”を使ってスーを回収し、ミズキの待つ家へと戻っていく。

 

その去り際に、マリムはふと後ろを振り返り、スーがいた広場全体を一瞥する。

 

 

 

そこには、荒れに荒れた地面の穴や、散らされた草木の残骸、そして。

 

 

 

 

 

凍ったままにへし折られた、巨木だったものが砕け散らばっていた。

 

 

 

 

 

(……これが、この娘の力……)

 

 

 

これでまだ『強くなりたい』、なんていうんだから、ばかげている。

 

 

(……いや、それだけこの娘が、あの男を想っているってことか……)

 

 

マリムはほんの少しため息をつき、呼吸を乱しながら眠るスーの顔を覗く。

 

 

 

「ま……す…………た……………………」

 

 

 

そんな寝言に苦笑しながらも、マリムは思う。

 

 

(危うい娘ね)

 

 

 

求めすぎている。

 

それは、全てを壊しかねないほどの欲求。

 

マリムは苦い顔で、その言葉を頭に思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

暴食。

 

 

 

 

 

 

何もかもを掴み、食らいつくさんとする心。

 

自分の、罪。

 

 

純粋にそれを為そうとしているスーに、

マリムは、昔の自分を重ね合わせる。

 

 

 

(純粋無垢な心であればあるほど、時に一番凄惨で残酷な結末を生む……)

 

何もかもを全力で掴み、

その結果、全力で握りつぶす。

 

 

後に残るのは、抱え過ぎた力と、胸の中の虚しさだけ。

 

 

そうならないために……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二階の窓から直接部屋に戻ったマリムはすぐに、ぼろぼろになったスーを布団に放り込む。かなり乱暴に運んだのだがまるで起きる様子の無いスーを見て、本当に力を使い切るまで暴れまわったのだと再度理解した。

 

 

 

そして、スーの寝顔を確認した後、部屋の逆側のベッドへと目線を移す。

 

 

 

 

 

そこには、安らかな寝息を立てるスーとは対照的に、まるで死人であるかのようにピクリとも動かず、眠るミズキの姿があった。

 

 

 

 

 

「……まったく。いつまで寝てるつもりなのよ、あんた」

 

話しかける。が、当然ながら、答えはかえってこない。

それでもお構いなしに、マリムは続ける。

 

「あんたがさっさと起きないと、この娘、ぶっ壊れちゃうわよ? 女の子にそんなことさせておいて、あんたは何とも思わないわけ? 血も涙もない男ね」

 

ちらりとスーを横目に、冗談交じりに言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういうところ。初めて会った時と、全然変わってないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえミズキ。あんたなんでしょ?

あの時の、子ども。

 

 

 

 

 

『気に入らないなら、壊せばいいんじゃない?』

 

 

 

 

 

私の背中を押した、始まりの少年。

 

 

 

 

 

「半信半疑だったけど、あんたのボスを見て、確信した。あんたとサカキは、あの時シロガネやまに来た。そして、私に遭っていた」

 

 

宙に浮かんでいたマリムは、ゆっくりと高度を下げ、眠るミズキに馬乗りになるように着地した。

 

 

「スーに聞いたわよ。あんた、記憶喪失なんだってね。それで、私のことも忘れてるって? それとも、端から覚える気もなかったのかしら? ふざけんじゃないわよ」

 

 

口調があれ、顔は厳しく変わる。

その後ゆっくりと、震える両手を、喉元へと伸ばした。

 

 

 

「……逆恨みかもしれない。お門違いな怒りなのかもしれない。でもね、あなたに会って、あなたの半端な希望の言葉を受けて、中途半端な夢を見て、不相応な力に溺れて、全てを失った。私の苦しみが、あんたにわかる?」

 

 

 

首を然りとつかんだ両手に、力を込める。

ねむるミズキの表情が、ほんの少し青く染まる。

 

 

 

「私がどれだけ悩む日々を送ってきたか、私がどれだけ辛い日々を送ってきたか、私がどれだけ、自分の犯した罪に苦しんできたか。分かるはずないわよね。私の罪は、私のもの。あんたなんかに、わかるはずがない」

 

 

 

そんなこと、あんたが一番わかってる。

そうでしょ、ミズキ。

 

 

 

「だから……私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ますたあ……」

 

 

突然の声に、ゆっくりとマリムは頭を回す。

スーの、“ねごと”だ。

 

 

 

「……わたしが……もっと……」

 

 

 

 

 

 

「……スー……」

 

 

 

 

 

 

もう一度、声に反応し、今度は顔を前に戻す。

今度はミズキが、苦しみ、絞るように寝言を吐いた。

 

 

 

 

「シーク……フレイド…………マリム…………」

 

 

 

 

名前を呼び、体を攀じる。

どんな夢を見ているのだろう。

愉快な夢でない事だけは確かだった。

 

 

 

 

 

そんな夢の最中で、私たちの名前を呼んでいるミズキを見て、マリムはふわりと笑い、首元から手を離し、今度はミズキの右手を両手で包み込む。

 

 

 

 

ミズキは次第に落ち着いていき、再び怖いほどに静かな眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しょうがないから……見守っててあげるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

憎い想いは、消えない。

恨みの心は、薄れやしない。

 

 

 

(それでも、あんたは、私を助けてくれた)

 

 

 

過去を忘れても、

責任がなくとも、

 

 

 

 

見知らぬ私を、救ってくれた。

 

 

 

 

(だから、これでチャラってことにしてあげる)

 

 

 

 

 

夢を食べる事が出来なくても、

何かを為す力を失ったとしても、

 

 

 

 

 

今は、あなたの傍にいて、あなたの手を握っていられることが、誇らしいから。

 

そんな時間をくれたのは、あなただから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あなたを、仲間を、私が守る」

 

 

 

 

 

今度こそ、

大切なものを失わないために。

 

 

 

 

 

 

 




勝ったが負けたスー。
負けたが勝ったマリム。

この違い。


近況報告という名の雑談。

就活が始まり、いろんな場所に行く事が増えた影響で、PokemonGOをはじめました。
とても楽しいです。
5月末ごろに遭ったラプラスレイドバトルデイズにて、ラプラスの色違いを捕まえる事が出来ました。
とてもうれしいです。
先週、友人にゲーセンに呼び出されて、何事かとおもい言ってみたら、大きなラプラスのぬいぐるみがUFOキャッチャーに入っていました。店員さんとの巧みな交渉術で一移動をしてもらった僕は、2000円強の激安価格(笑)で取る事が出来ました。
とてもうれしかったです。


卒研が始まり、毎日忙しくてたまらないです。
とてもしんどいです。


しかし、こんなふうにラプラスのことを考えたり、小説のことを考えたりするのはやっぱり楽しいです。
まだまだかかるとは思いますが、完結目指してこれからも頑張っていきたいと思います!


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