朱が交われば深紅に染まる (ですてに)
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第1話 プロローグ

導入です。
朱乃さんを自分なりに推していければ。

※60話前後の話と合わせて微修正しました(H28.3.28)


 「アーシア、逃げても無駄なのよ? 貴女の神器は私達の計画の要。今、素直に戻って来るならその男を殺さないであげるわ」

 

「レイナーレ様……」

 

「アーシア?」

 

「イッセーさん、ありがとうございます。こんな私なんかとお友達になってくれて……嬉しかったです」

 

「さぁ、行きましょう。アーシア」

 

「アーシア!」

 

 公園に駆けつけた私が目にしたのは地面に膝を着き、それでも叫ぶイッセーくん。光力が込められた槍に肩口をやられ、悪魔にとっての全身を蝕む毒に身体が思うように動かないのでしょう。その叫びは悲痛そのもの。

 ……だけど、イッセーくん。これ以上の絶望なんて必要ないのですよ? 私が長年抱えていた蟠りが少しずつ無くなっていっているように。

 

「イッセーくん、大丈夫ですわ」

 

 身体強化の術式を唱え、一呼吸の間にイッセー君の後ろへと踏み込む。元々、運動神経が特別に優れているわけではない私でも、この程度の速さは出せるようになっていた。

 ……もちろん、封時結界という時間の流れが緩やかになった特別な訓練場所で、基礎トレーニングと魔力制御を積んできた成果も出ているのでしょうけど。訓練時のあの人は容赦が無く厳しい教官となりますし、あの目で睨まれると身体がゾクゾクするように……あらあら、いけませんね。今は浸っている場合ではありませんわ。

 

「あ、朱乃さん!? い、いつの間に後ろに!? え、そんな顔が近、あ、ちょっ」

 

「説明は後。まずは回復をしなければ」

 

 改めて近くで確認すると、肩口の傷は思ったより深いですね。それなら、彼からもらった魔力と共に授かった新たな力。彼の世界の魔法を使いましょう。

 

「……静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」

 

 イッセーくんの傷口付近に浮かび上がる、深紅の魔法陣。そう、私の魔力が深紅の色合いを帯びるようになったのも、この魔法陣も彼の力を取り入れたからこそ。

 

「相変わらず、すげぇ……。痛みが消えていく──」

 

 そう、種族を問わずに傷を癒す『治癒魔法』。この世界では、神器あるいは『フェニックスの涙』でなければ存在しない回復手段。風属性は得意とまではいきませんが鍛錬はしっかり積んできましたし、この回復系の上位魔法も使えるようにはなりました。

 

「体力までは完全回復といきませんけれど、多少は元気になったはずです」

 

「ありがとうございます! これなら、アーシアを!」

 

「あらあら、彼女達ならもう上空ですけどね」

 

 そう、見上げればシスターを抱えた堕天使がこちらを驚愕した目で見下ろしています。腕の中のシスターも目を丸くして驚いていますね、うふふ。

 

「な、なんだその力は! 神器やフェニックスの涙以外で、傷を回復できるなど!」

 

「魔力を、生命力や自己回復力に変換しただけのことですわ」

 

 この世界の摂理からは外れたイレギュラーですけどね。種族を超えて回復もできたりすることは言う必要もありませんし、黙っておきましょうか。

 

「それより、よそ見をしていて宜しいのですか?」

 

 隙だらけですね。ほら、私と同じ深紅の小さな魔法陣が貴方の肩口に。まぁ、見えていても避けられない早さで、あの人は魔法を命中させるでしょうけれど。

 

「づっ!?」

 

 シスターを抱える堕天使の肩を闇の属性を帯びた一筋の矢が貫きます。

 激しい痛みを感じたのか、堕天使は腕の力を緩めてしまいました。物理法則に伴って腕から滑り落ちたシスターは、巫女装束を身にまとった私の先達ともいうべき方──すずかさんの腕の中へ受け止められていました。

 ちなみに、私が元々神社の巫女ということで、皆さん遊び心からか、自分用の装束を作られたのですよね。また、こうやって戦いに介入した時に、衣装の印象が強く残るからという狙いもあるようです。私達のお揃いの戦装束といったところですね、うふふ。

 

「王子さまじゃなくて、ごめんね?」

 

「は、はい、あ、ありがとうございます」

 

「そ、空飛ぶ巫女さんだっ! 朱乃先輩も巫女姿! が、眼福だぁ!」

 

 さて、彼女達と肩を抑える堕天使の間に、忍者をイメージするような黒装束を着たあの人が静かに割って入ります。あの人まで巫女装束というわけにはいかず、今回のこのチョイスとなりました。

 なお、彼女も彼も顔の上半分を覆う木製の仮面をつけています。彼が例の恐怖症を抱えている以上、救出は私を含めた他の女性陣の役割です。私がイッセーくんのフォローにいきましたから、空中戦もそつなくこなせるすずかさんがシスターの救出に回ったのでしょう。

 ただ、イッセーくんが仮面をつけるだけで、すずかさん達だと認識できていない感じが……。この巫女服姿で頭が一杯になっているのでしょうね、相変わらずだこと。あ、でも、すずかさん達は声を魔法で多少変えてますから、それもあるのでしょうか。

 

「な、なんだ、お前達は! ぐっ。人間の気配しか感じないのに、貴様らが闇の魔力を使いこなせるはずがっ!」

 

「使えるからしょうがないじゃない。あ、潜んでた男女三人……人って数え方でいいのかは知らないけど、そちらも拘束させてもらったわよ」

 

 一方、地上では私やイッセーくんの反対側から、何重もの拘束魔法で身動きが取れなくなった堕天使達を引きずりつつ、同じように仮面を装着している巫女装束のアリサさんとアリシアさんがやってきます。

 

「拘束魔法には、魔力に反応してつよぉい静電気が流れるようにしてあるから、脱出しにくい代物になってるからね~」

 

『女性達の服装は色気たっぷりの女性教師にゴジックロリータだね。それに比べて、宙に浮かんでるあの人は、王道過ぎて逆につまらないというか……』

 

 私やあの人たちだけに分かる念話だから構いませんが、聞こえたら怒りに油を注ぐ発言ですね。自由な彼女らしいですけど。

 

「ドーナシーク! カラワーナ! ミッテルト! 下賤な人間共、そいつらを離せ!」

 

 叫び声と共に肩を押さえながらも強い勢いで投げつけられる堕天使の光の槍に、彼は片手を突き出して一つの魔法を唱えました。

 

「部下思いではあるようだけど。『プロテクション』……レイナーレといったか、痛みのせいかな。随分と光力の集束が甘い」

 

 防御障壁を一枚。その障壁を貫けず、光槍は形を留められなくなり霧散していきます。同時にもう一方の手で彼は中規模の転移術式を発動させていきました。

 

「私の槍が全く効かないなんて……それに、二つの魔術を同時に操れるなんて、一体!」

 

 動揺する堕天使に構ってはいられません。私はイッセーくんに手短にこの後の対処を伝えます。

 

「イッセーくん。部長に堕天使の一件は私が対応済みだと伝えて下さい。後ほど改めて私から詳細も含めて報告を入れると」

 

「は、はい」

 

 転移にイッセーくんを巻き込むわけにはいきませんから、伝えることを言い終え彼の転移魔法の効果範囲へと歩を進めます。ああ、そうそう。もう一つ伝えておかなくてはいけませんね。

 

「シスターさんは一旦、私で身柄を預かります。部長への報告に同行させるのもいらぬ軋轢を生みそうですし。明日か明後日にはもう一度会えるように調整しますから、部長への報告に専念してくださいね」

 

「お、おっす! アーシアのこと、宜しくお願いします!」

 

 シスターのアーシアさんにもすずかさんが簡単に説明を終えて、笑顔を取り戻した彼女が転移直前にイッセーくんに声を掛けています。

 

「イッセーさん! また、明日か明後日です!」

 

「ああ、アーシア! またな!」

 

 その声を境に、私達は別の場所へと瞬く間に移動していました。連行されたレイナーレ達堕天使たちが、移動先の封時結界内に『神の子を見張る者』の総督が待ち受けているなど予想できるはずがなく、驚愕と恐怖に震える姿は私の嗜好を満たすものでしたね。

 

「お前ら。俺は確かに神器が大好きだが、『無ければ造ればいい』が信条なんだよ。大翔のお陰で一層研究が進んだしな……デバイス造りの考え方は人工神器作成と重なるところが多い」

 

「バリアジャケットの流用でメタルヒーローっぽい神器も作ってしまいましたし。いや、楽しかったからいいんですけど」

 

「おうよ、せっかくだから見せてやる! ……蒸っ!」

 

 ポーズまで取るアザゼルおじ様。ノリノリなのは結構ですが、また仕事を投げ出して来てるんでしょうね。また逃げ出してきているとシェムハザ様やお父様に連絡を入れておかないと。

 

「その掛け声はアウトです、アザゼルさん」

 

「お、そうか。しゃあねぇな、装っ! 着っ!」

 

「冥界刑事アザゼルは戦闘の際、バトルスーツを装着するタイムは僅か0.05秒にすぎないっ。では、装着プロセスをもう一度見てみよう!」

 

「おお、なんかそれっぽいな、アリシア! いいじゃねえか!」

 

「アザゼル様が恐ろしく光沢のいい電飾ギラギラの全身金属スーツ姿になってしまったわ……」

 

「すっ、すっごくキラキラしてます!」

 

 アリシアさん達の解説も入りますますカオスになる封時結界内で、アーシアさんが瞳を輝かせたり拘束されたままのレイナーレが呆然とする中、私は自分に大きな変化をもたらした大翔さん達との出会いを思い出していました──。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 鳥居をくぐった巨木の幹に寄りかかり、気を失っていた殿方。顔立ちは可もなく不可もなく平凡な青年のものだったけれど、内包する魔力に私は最初から惹かれていたのかもしれません。

 そう。本来、悪魔にしか宿らないはずの『魔力』をハッキリと彼から感じて、けれど、その存在からは悪魔の気配を感じられなかった。警戒しなければならないはずの相手。それなのに私は、同じく気を失っている小柄な女性を庇うように腕の中に抱き締めたまま気を失っていた方に危険性を感じていなかったのです。

 

「目を覚ますまでの間、すこぉしだけ味見させてくださいね?」

 

 返事が出来るはずもない青年の手を取り、指先を口に含む。彼の魔力の流れをつかみ、ストローでジュースを飲むように、ちゅう、ちゅうと吸い上げていく。自分の吐息になぜか熱が籠もっているのを感じながら。

 

「!……これはぁ、んっ……」

 

 身体を巡る感覚に思わず、身を震わせてしまう。彼の魔力が私の体内へと溶け込んで、交じり合い、一つになっていく──。

 

「あむっ、ちゅるっ……もう少し、だけ……いいですよね」

 

 身体を巡る心地良さと、ただただ気持ちいい……そんな感覚に囚われて。吸血鬼が見ず知らずの青年の血液を吸い上げ、多幸感を感じるような。味見だけのはずがその一体感を出来るだけ感じていたくて、あと少し……あと少し……とずるずると終わりを先延ばしにしてしまう。

 

「んっ……」

 

「!……私は、なんてことを」

 

 眠りについている王子様が身じろぎしたことでやっと私は我に返り、咥えていた指を離す。そして、自らの身体を巡る魔力の質が様変わりしていることにようやく気づく。

 

「これは……」

 

 元々、私は雷の扱いを得意としつつも、火や氷の魔術も使えないわけではなかった。ただ、雷を扱うようにはいかなかったはずなのに。

 

「分かる……慣れ親しんだ雷を使うように、使えますわ……」

 

 指先一つ一つに異なる属性を発現出来る。こんな細かい制御など雷でしか出来なかったのに。

 

「貴方は、一体……」

 

 彼から取り込んだ魔力が私の体内で溶け合い、とても暖かく包み込んでくれている……そう感じるのは、気のせいではないと思えていました。

 

「リアスには、絶対に言えませんわね」

 

 幸い、この神社はいくつかの協定の上で転生悪魔である私が住まうことが許されている場所。地域的には閉鎖された神社としての扱いの為、参拝者が訪れることも無く、また、張り巡らされている結界から他種族が安易に近づくことを避けるようにもなっている。

 

「……今はゆっくりと御眠り下さいね。この場所は安全がある程度保障された場所ですから」

 

 私の力で殿方を抱えるのは難しい。そして、この方から離れたくない……そんな、抗い難い衝動に囚われた私は大胆にも彼の隣に腰を下ろし、肩口に頭を預けながら一緒にそのまま一時の眠りに身を任せてしまったのです──。



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第2話 酩酊

 ドクターの実験に巻き込まれて、違う次元世界に送り込まれるのは、これが初めてじゃない。が、気を失うというのは久し振りだった。

 意識を取り戻したものの、気分は悪くない。一緒に巻き込まれた紗月達の身体を腕の中で庇ったものの、うまくいったのか外傷もなく、そのまま瞳を閉じている。それに加えて、どこか鼻腔をくすぐる甘い香りが漂っているし、温もりが半身に伝わってきて……。

 

「……え?」

 

 ふと横を向けば、飛び込んできたのは白地の和装……というか、巫女服だな、これは。それに身を包んで、長い黒髪をポニーテールにしている綺麗な女性が寝息を立てている。

 

「いやぁ、すずかちゃん以上の大きさなのに、腰回りはしっかり細いなんて。世の中は不公平だね、アリシア」

 

『お尻も大きめの安産型だよ。一物も二物も持ってるよ、紗月』

 

「え、最初のコメントがそれなの?」

 

 ある意味いつも通りのマイペース、とも言える二人に少し安堵しつつ、ツッコミは漏れなく入れておく。確かに和風な風貌なのに、どこかアンバランスにも思えてくる、海外のモデルさんのような肉感的な身体を持ってる巫女さんだけど、問題はそこじゃない。

 というか、すずか達のお陰で少しはマシになったと思っていたけれど、身体に走る悪寒は強まってきていて、初対面の、特に美形になれば、拒否反応が先に立つ。彼女が俺に害を及ぼすと決まったわけではないけれど、意思で抑え込めるほど、身体の震えは弱くなかった。

 

「ひーちゃん……」

 

「未だに、駄目みたいだ。公的な場ならもっと気を張るから、もう少し身体の反応は抑え込めるんだけど」

 

 それでも、これぐらいなら行動に支障はない。

 それよりだ。寝息を立てる彼女から感じる魔力は、明らかに俺の気質が感じられる。俺の魔力は、取り込んだ側と溶け合う性質があるから、意識を失っている間に、彼女に魔力を吸われたと判断するしかない。

 

「それよりも、まずいのは彼女から俺の魔力を感じることだ。蒐集に似たことをされたんだろうな……。それにしては、吸い尽くすわけでもなく、こうして隣で寝てしまうとか、目的が分からないけれど……」

 

「ハッキリと分かるぐらいだから、結構吸われてるよね……ひーちゃん、魔力量多いから、行動には支障ないけど。この場にひとまず、すずかちゃん達がいなくて良かったよ。追っかけてくるにも、この世界の次元座標を割り出さないといけないだろうし」

 

 あんまり使いたくはないけれど、すずかからもらった力の一つ、心理操作能力で記憶改ざんを行う心積もりをして、まずはドクターの強制次元転移に巻き込まれた際に、お決まりの作業を始める。

 

「相変わらず、目が痛くなるような数だよね……」

 

「こういうのも、結局は慣れだよ。アリシア、紗月」

 

 空中に投影したディスプレイをいくつか展開し、同じく投影したキーボードに次元座標を割り出すための必要なデータや体感から感じる、海鳴との次元の差を片手で打ち込んでいく。もう一方の腕に感じる存在を意識しないで済むように、解析へと集中していく──。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 傍にある暖かさに安堵しながら、意識が戻った私はゆっくりと目を開きました。まだ頭はどこかぼうっとしていて、身体の火照りも引いたわけでもなくて。初対面の彼の肩に身を預けたまま、私は彼の横顔を眺めています。

 

「おおよそ、解析は出来たか……ただ、次元間の時差が大きいな。その辺りも考えて、座標を計算しないと、数年単位で誤差が出かねない……」

 

 想像したよりも、声に落ち着きがあるんだと、そんなことを思って。空中に瞬くパソコンのような画面を複数展開し、画面を厳しい瞳で見つめる彼は、まるで近未来の魔法使いのように感じてしまう。

 

「もう少し時間をかけて、調べないといけないけど……早くしないと、すずかやアリサが怒るだろうしなぁ。ドクターは絶対に面白がって、座標を教えないだろうし」

 

 少し困り顔になって、呟いた彼が呼んだ二人の女性の名前。その呼び声だけで、彼の本当に大切な人達なのだと分かるほどに、その声色は優しく、愛情に満ちたものでした。

 

 ……どうしてでしょう。どうして、その声に私の心は沈みそうになっているのでしょう。

 

 残る理性が、私の状態が異常であることを教えてくれているのに、身体は動こうとしないのです。普段の余裕を持ったように見せる佇まいや振る舞いなんて、完全に身を潜めてしまっています。

 

「……ひーちゃん、目を覚ましたみたいだよ。でも、これは……ちょっと、ごめんね。少し、触れるよ?」

 

 彼の隣にいた先程の女性が、断りを入れた後、私の顔を覗き込み、首筋や手首に手を当て、何か確認する仕草を見せます。その間も、私は彼に寄り掛かったまま、ぼうっとその動きを見たままでした。

 

「どうした、紗月……? 彼女は、確かに体調がいいようには思えないけど……」

 

「うん、脈も早いし、身体も火照ってる。瞳も潤んだままだし、吐息も熱っぽいしね」

 

「風邪なら、こんな野外にいるのはまずいだろ。彼女を運ばなきゃ」

 

「ぶっぶー。風邪じゃないよ、これは。私も分かるし、すずかやアリサちゃんもよぉく知ってるよ、この状態は」

 

 どういう、ことでしょう。彼も首を傾げていますね。うふふ、その仕草も何故か愛らしく思えてきます。

 

「ひーちゃんの魔力を調整なしに取り込んだからだとは思うけど、ひーちゃんの溶け込んだ魔力に充てられて、お酒に酔っ払ったような状態になってるんだね、これは」

 

「は?」

 

 酔っぱらっている、ですか……。このふわふわした気分は、そういうことなのですね。うふふ、悪くありません。むしろ、良い気分ですもの。

 

「だから、彼女は初対面なのに、ひーちゃんから離れようとしないんだよ」

 

「し、しかし、すずか達や紗月達がそんな感じになったことは……」

 

「ここまでなることはそうないけどね。ただ、マッサージしてもらってる時なんか、彼女に近い状態になってるよ?」

 

 完全に脱力してしまってますものねぇ、私。普段の私じゃ考えられませんけど、彼に寄り掛かって、難しいこと考えずに、リラックスしてるのって、本当に楽……。

 

「ひーちゃんは私達に魔力を流して循環させる時、此方の体調に合わせて、細かく出力を調整するでしょう? だから、気持ちいい感覚はあっても、ここまではならない。だけど、抱き合う時に、魔力を流してもらいながら繋がったりすると、あっという間に私達はイッちゃったりする。似たようなことが起こってるんだよ、これ」

 

 まぁ、彼と一つになったら、もっとすごい感覚が味わえそうです……。ふふー、一方的に責められるのも悪くないかも……。

 

「ご機嫌だねぇ、お姉さん」

 

「勝手に吸った私が悪いんですもの。このまま食べられても仕方ないことですわ、うふふ……」

 

「あ、食べられるの、前提なんだ」

 

「食べないよ! 初対面の女の人を抱ける勇気も度胸も無謀も知らないから!」

 

 あー、弄ると可愛い反応をしてくれるタイプの人ですね……。油断しきってる私が言うのもなんですけど、先程の他の女性の名前を呼んだ時の温かさもそうですし、彼の特別になれれば、すごく楽しい毎日が過ごせそう、なんて。

 

「!……お姉さん、何を!?」

 

「朱乃、です。寝室まで運んで頂けませんか? あちらに見えてる社が、私の家ですわ……」

 

 首筋に腕を回して、わざと胸を押し付けるようにしながら、懇願する。標準以上に大きく育った胸を押し付けて、これで動揺しない男性はあまり見たことがない──。

 

「あ、ぐ……」

 

 急変。彼の顔色が瞬く間に青くなっていき、身体が震え始める。触れることでよりハッキリと感じられた、彼の魔力も大きく乱れていて。

 

「離れてっ!」

 

『ひろ兄ちゃん、しっかり!』

 

 力が抜けていた私は、あっさり引き剥がされる。目の前の彼が自分自身を抱き締めるようにして、身体の震えを堪えていた。

 酔いのような、ふわふわしていた心地良い感覚が、一気に冷めていく。自分の行為で、彼の異常を招いた。それだけは分かっていた。

 

「ごめん。ひーちゃん、女性恐怖症を抱えているから、慣れていない人にああやって異性を強く感じるアプローチをされると、拒否反応が強く出るんだよね。私も調子に乗り過ぎたよ……。お願い、横になれる場所を貸してくれないかな。ひーちゃんは私が運ぶから。……『ブーストアップ』!」

 

「!……こっ、こちらですわ! あっ!?」

 

 同行者の彼女が自身に魔術を行使し、自分よりかなり大きい彼の身体をしっかりと支え、我に返った私の誘導の元で走り出そうとしたのですが、酔いに似た影響が残っていたのか、私はうまく走れずに躓いてしまいました。

 

「私、何をやってますの……!」

 

「……紗月、アリシア。頼む、俺の背中にくっついてもらえるかな。それで、震えがマシになるはず……」

 

「ごめんね、ひーちゃん」

 

『ひろ兄ちゃん、ごめんなさい……』

 

 膝をつく私の隣に、唇が青ざめ、未だ震えが残る彼が膝を畳んで、私の手をおもむろに取ります。彼の背中には、顔を歪ませた彼女が強くしがみ付いていました。アリシアさんから二つの声が聞こえてきたことにも、今は気に留める余裕がありません。

 

「ダ、ダメです! 恐怖症なら、私に触れたら余計に!」

 

「こうして、軽く触れたり、寄り掛かられるぐらいなら、意思で耐えられたりするんだよ、何とか。貴方が平常じゃないことも分かったし、魔力の流れが乱れてる。俺の魔力が原因なのに、放っておけない」

 

「……こういう人なの、ひーちゃんは」

 

『そーそー。自分のことすぐ後回しにするんだけど、それがひろ兄ちゃんだもん』

 

 彼女から、再度、二つの声が聞こえた後、彼の魔力がゆっくりと私へと流れてきました。身体の中を流れる暖かい感覚が、隅々まで満ちていって、血液の流れに沿うように、心臓から身体の各部へと、指の先まで魔力が巡っていくのを感じます。

 

「あたた、かい……ですわ……」

 

 魔力の流れが過剰になっていたものが、ゆっくりと落ち着いたものへと戻っていきます。過剰な熱を持っていた、彼が溶け込んだ私の魔力も、暖かさと同時に安心感を伝えてくれるものに変わっていました。ええ、まるで優しく抱き締めていられるような、そんな感覚──。

 

「!……どこか、痛みでも!? でも、流れは落ち着いてきているのに……」

 

「違いますわ。とても安心出来た時にも、女性は涙をこぼすことがありますから」

 

 私は取り繕う部分が無い、そのままの微笑みを浮かべつつ、静かに涙を流したのです。思い出してしまったから。お母様が健在で、お父様も一緒だった、あの時の温もりを。嫌悪感なく、お父様を思い出せたのは本当に久し振りで。

 

「あの……もう少しだけ、魔力を流して頂いても、構いませんか?」

 

「俺の方は、大丈夫。ああ、でも、良かった。ずいぶん、魔力の流れが安定したね」

 

 唇の色は変わらないのに、彼の声は強さを取り戻していました。私は、その声に安堵を感じてしまう自分に違和感を覚えなくなっていました。

 

「私、姫島朱乃と申します。勝手に魔力を吸ったりなどして、本当にごめんなさい……」

 

「俺は、空知大翔。詳しい話は、出来れば夜風が避けられるところでやりたいかな」

 

「私は、紗月だよ。もう一つの声が、アリシア・テスタロッサ」

 

『詳しくは夜風が避けられる場所でお願いしたいな!』

 

「うふふ、分かりました。屋根も壁もある明かりの下へとご案内しますわ。……あ、あの、魔力はこのまま流して頂いていても……」

 

「手が繋がってるぐらいなら、少し姫島さんの感覚に慣れてきたし、このまま続けておくよ。紗月、アリシア、このままそっちにも循環させるからね」



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第3話 稀少技能

 彼の軽口に少しだけ普段の調子が戻ってきた私は、そのまま彼の手を引いて、自宅へと案内を始めたのです。私から大翔さんへ。大翔さんから紗月さんへ。そして紗月さんから大翔さんを通って、また私へと。

 私はその感覚に大翔さんへの警戒心はおろか、信頼すら覚えてしまっていたのです。その結果、大翔さんへ私は一つの変化を生むことになりました。家の入口が見えたちょうどその頃に。

 

「これは……!? 皆、ごめん。流すのは一旦止める!」

 

「ん? 何かあった……え、えええ?」

 

『ひろ兄ちゃんの魔力の気配がなんか複雑怪奇になった!?』

 

 言われて、私もすぐに彼の魔力を改めて観察します。そこで感じたものは悪魔の力と加えて、私が忌み嫌う堕天使の力を同時に感じることになってしまったのです。それなのに彼は何故か落ち着き払っていて。

 

「なるほどなぁ。姫島さんが俺の魔力を吸えた理由が分かった」

 

 入れ替わるように、今度は私が顔を青ざめさせる番でした。それに気づいた彼はまた私、だけに魔力の循環を再開します。先程と変わらぬ暖かでゆったりとした感覚が私を包んでいって、心配はいらないと伝えられているかのようです。

 

「ちょっと慣れるまでは、姫島さんにしか流せないな。制御できるまで、そんなにかからないだろうけど。というか、制御しないとすずかがどこまで落ち込むか想像できない」

 

「ひーちゃん、どれくらいかかりそう?」

 

「互いの話をしている間に終わるかな。一、二時間ってところ。解析にマルチタスクをいくつか当てるからさ」

 

「うわー、相変わらず、情報処理にかけてはユーノくんと同じ規模の規格外だよ……」

 

「なので、姫島さん。顔を青くする必要はないので。さ、どこかに目や耳があっても困るから、家の中に案内してもらえませんか」

 

 促されるまま、私は彼らを客間へと案内し、急いでお茶を淹れます。ほんとは時間をかけて、しっかりしたものを出したいけれど、気が急いている今、とてもそんな気分になれなかった。

 

「はい、どうぞ……急いで淹れたものだから、苦味が強いかもしれませんが」

 

 居間に移動した私達は、互いに自己紹介を済ませ、彼は私の差し出したお茶に口をつけている。紗月さん達もお茶を含んだ後、お茶請けで出した煎餅を美味しそうに頬張っています。その後は、どこか宙を見て、少しぼうっとされているみたい。

 

「……温まります、ありがとう」

 

「うふふ、そう言って頂けるとホッとしますわ」

 

 極力、私の胸の辺りに目をやらないように注意していることも、今さらながら気づく。最近、リアスの眷属になったばかりのイッセーくんのギラギラした目とは真反対。私とそう年は変わらないように見えるけれど、情欲を表に出さないことも含めて、意外と女性の扱いに慣れているのかしら。……でも、私へのあの震え方は扱いに慣れている人のものではないし。

 

「さて、何から話をしたらいいかな……とりあえず、俺の魔力の特性からですかね」

 

 まず、彼が別世界の人間であること。知人の科学者の暴走によりこの世界へと飛ばされてきたこと。

 彼の世界はリンカーコアという魔力を蓄積できる器官が体内にあれば、魔法使いとしての素養があり『人』でも魔力を持ち得る世界。紗月さん達は色んな事情があって、一つの身体に二人分の意識があること。魔力を持つ相手であれば、念話という術式を併用して二人同時に話すことが出来るということ。

 そして、大翔さんの稀少技能は、魔力を介して相手の力を取り込むことが出来るもの。さらに恐ろしいのは、得た力を与えることもできるということでした。

 

 普通に聞けば滑稽な話だと思うけれど、私はそれを聞いて納得していたのです。

 この世界では今までありえなかった『魔力』を持つ人間。それなのに自分の想像やイメージで魔力を放つわけではなく、この世界の魔法使いと同じように詠唱を行使しているチクハグさ。

 そして彼に取り込まれた私の魔力がこの瞬間も彼の魔力と溶け合い、混ざり合っていき彼の一部になろうとしていく現実。

 

「信じられないでしょう。どんな作り話だって」

 

「信じます!」

 

 思わず、自嘲するように笑う彼の手を取って叫んでしまう私。

 心のどこかで、リアスとかにはとても見せられないなどと思いますが、彼の魔力の温もりを感じ、年相応のただの女に戻ってしまっている私は必死に彼に訴えかけます。

 

「大翔さんの魔力を感じれば、分かります! 貴方は私に嘘など付く必要がありません……!」

 

 こんなにも安心感を与えてくれる力を持つ人が、どうして人を積極的に騙せるだろう。

 それに、彼の魔力は人の枠をとっくに超えている。そして、魔力の制御技術も私よりもよっぽど高いはず。そうでなければ相手の調子に合わせて、魔力を循環させるなどままならないのですから。

 

「あ、この短い時間でも分かってきてるっぽいね、朱乃さん。あ、私やアリシアも名前で呼んでくれて大丈夫だから」

 

「ええ、紗月さん、ありがとう」

 

「えっと。話が早くて助かるんだけど、なんか俺一人蚊帳の外っぽい気が」

 

「そりゃ仕方ないよ。女の直感的な部分の話だし。というか、ひーちゃん。朱乃さんが名前で呼んでることに気づいてる?」

 

「気づいてるよ、そりゃ。だけど、こっちから聞くのもおかしな話だろ」

 

「なるほど……気づいてるのに分からないならそりゃ蚊帳の外だよ、ひーちゃん」

 

 大翔さんの手を取っているのに拒否反応が出ていないのは、私に少し慣れてくれたようで嬉しくなります。紗月さん達は相当な美少女なのに大翔さんの拒否反応が出ず、むしろ寄り添うことで震えが止まったりするということは彼の特別な存在でいるからこそでしょうし。

 

「うふふ、続きをお願いしてもいいですか?」

 

 意識して作る必要もなく、私は普通に微笑みを浮かべている。大翔さんの傍にいられる女性は、自然とそうなるのかもしれませんね。

 

「あ、ああ。その力は魔力だけに限らなくて──」

 

 『神器』は関係なく、彼個人に発現している力で、彼あるいは相手の魔力を介することで、魔術や技術の類だけでなく、個人の特殊な能力までも取り入れることが出来るということでした。最初は相手側の拒否があると難しかったようですが、能力への熟達が進んだ今は相手の攻撃魔法を受ける等、回数を重ねれば無理やり取り込むことも出来るとのことです。

 取り込むだけで奪うわけではないため、相手側の力はそのまま。『複製』するという表現が正しいでしょうか。その中で大翔さんは、私個人の力──私が無意識に彼への信頼を覚えたことにより、私の悪魔の力と堕天使の力を複製してしまったようです。

 

 リアスに限らず各種族に情報が流れれば、争奪戦が起きかねない力です。彼の性格も相まって、味方に出来れば非常に心強い力と成り得るでしょう。ただ、今はそれよりも。

 

「ひーちゃん、二つの大きな力って、ぼかした言い方されても分からないよ?」

 

「朱乃さんに話してもいいか聞けてないから。取り込んだ俺自身は分かってしまっていても、勝手にばらしていいわけじゃないよ」

 

 そう、大翔さんは悪魔や堕天使の表現をぼかす形で説明をされました。私への配慮であることは明らかです。

 

「姫島さん。流れ込んできた大きな力の内、一方の力が澱んでいる感覚があったんだ。こういうのって、本人がその力に対して負の感情を持っている場合が多いから……だから、姫島さんが言いたくないなら、俺からは言わない」

 

「澱んでいるって大丈夫なの、ひーちゃん!?」

 

「すずかの本当の力を受け取った時もそうだったよ。自分の力として馴染ませてしまえば大丈夫。力を受け取るってことは、想いも一緒に受け取るってことだと思ってるから、心構えをしっかりしておけばいい話だ」

 

 そして、と前置きを一つ置いて手をそっと握り返しながら、大翔さんは言うのです。

 

「これでもさ、元の世界ではそれなりに力のある魔法使いと評価されていてね。結構、色んな事が出来るんだ。元の世界へ戻るための転移魔法であったり、転移魔法の準備が終われば、俺は心理操作能力……精神や記憶に干渉出来る力もあるから、朱乃さんの記憶を封じるか、消すことも考えていたんだ」

 

 精神に作用する魔術を使えば、私の記憶を封じることも、改変することも可能でしょう。けれど、私は干渉されている感覚が『一切』無い。そして、大翔さんがその能力をわざわざ私に説明するということは……。

 

「俺は、この世界がどんな仕組みで成り立っているのか、まだ全然知らない。別の世界に飛ばされた時も、現地の人に強く関わってしまった時は、そうやって『無かった』ことにすることもあった」

 

 別世界に飛ばされたのが、今回が初めてではないのですね。その辺りは、後でも聞けることですし、ただ、苦労されているのだろうという予想はつきました。

 

「ただ、澱んでいるだけじゃなくて、悲しさとかやるせなさとか、色んな思いが伝わってきてさ。こんな妙な出会い方をしたけどさ、少しでも俺に何か出来る事があれば、と思うんだ」

 

「お人よしなのですね、それだけはこの短い時間でも、十分に分かりましたわ」

 

 困ったように笑う大翔さん。このお人よしさんに知られてしまったことで、不快な気分はなく、むしろどこかホッとしている自分がいます。

 

「おぞましい、と思いませんか。二つの力が混ざり合った私を」

 

「どうして、逆におぞましいなんて思う必要があるのかな。力はどこまで行っても、力だ。それを扱う者の心の在り方で、善にも悪にも、大切な人を傷つけたり、逆に守るための力にも、どうとでも変わるよ。……俺は、自分の心の置き方次第だと思ってる」

 

 きっぱりと大翔さんは言い切りました。視線にも一つの迷いもなく。

 

「手に入れた力は確実に自分のものにするまで、鍛錬はきっちりやる。自分の意思の元で、力が使えなきゃ何の意味も無いから。力に振り回されるようなら、そんな力は使うべきじゃない。……俺は、そう考えてる」



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第4話 朱璃

 その後、大翔さんは悪魔や堕天使の力の把握のために、一つの魔法を神社全体を覆うように発動します。『封時結界』──特定の空間を切りとり、時間信号をずらす魔法。大翔さんはさらに改良を加え、元の時間軸との時間の流れさえ変えてしまったのです。

 

「この中での一日が、結界外の一時間に相当する、ですか……!?」

 

「ひーちゃんの一番得意な系列だよ。時空や時間に干渉する、次元魔法なんだよ」

 

 アガレス家だけが使用出来る、時空に関する魔法。それに近しい魔法を慣れ親しんだように使う大翔さん。紗月さん達が驚いていない以上、彼にとっては難しくないことなのでしょう。

 その後、縁側に腰掛けた私達と距離を空けて、彼が私から渡された魔力を、発動させては消したり、力の把握に努める中、私はアリシアさんと話をしていました。

 

「この念話というのは、便利ですね……」

 

「私達の世界の術式だから、ひーちゃんの魔力が馴染んだ朱乃さん以外だと、取得に手間取るかもしれないけどね」

 

 言葉に出さずとも、魔力を利用して、直接頭の中へと意思を届ける方法。大翔さんの魔力が馴染んだことで、私もお二人にやり方を聞いて、扱えるようになっていると気づきました。アリシアさん達が念話で話してくれることで、私が使えるようになるのもそう難しくなかったのです。

 

『基本、こういう初めての場所だと、紗月に表に出てもらってることが多いんだよね。やっぱり、悔しいけど人生経験値が違い過ぎるもん』

 

 必死に隠すことでもないからと、アリシアさんと紗月さんが一つの身体を共有している理由を聞かされ、その流れで紗月さんが二度目の生を過ごす身の上であることも伺いました。

 

「結局、私はひーちゃんじゃないとダメだったんだよね。だから、魂が離れてしまっていたアリシアを引きずって、同じ身体に入って、それでもひーちゃんの傍にいるんだ」

 

 一度目はあまりに早く大翔さんを喪うことになり、子育てを終えて、息子さんが独立した後、お孫さんの誕生を見届けて、紗月さんは役目を果たしたとばかりに、その生を終えたと言います。

 

「ひーちゃんともう一度家族になりたい。一緒に子供を育てて、孫が庭で遊ぶ姿を縁側で一緒に見守りたい。そんな夢を、私はどうしても叶えたかった」

 

『つられて、私もひろ兄ちゃんに惹かれて、一緒にいることを望むようになったんだよ』

 

 それを聞いて、思ってしまう。

 そこまで、一途に一人の男の人を思い続けられる、紗月さんへの羨望。そして、お母様は、似たようなことを思ったのだろうか。お父様と私と共に、そんな老後の夢を願っていたのだろうか、と。

 

『ねえ、朱乃さん。私達、ちょっと狡い力があってさ、ひろ兄ちゃんが濁した、朱乃さんの秘密って分かっちゃってるんだよね』

 

「……えっ!?」

 

 この二人にも、私の力がばれている? 混乱する私に、紗月さんがそっと私の手に自らの手を重ねて、呟きます。

 

「大丈夫、朱璃さんが教えてくれたの。そこからは、私達のお節介なんだけど」

 

「お母様、が?」

 

 困惑は深まるばかり。それでも、紗月さんの言葉からは、嘘は感じられなかった。

 

「……朱璃さんは亡くなった後も、守護霊に近い存在として、朱乃さんを傍で見守り続けているの。アリシアと私が一つの身体を強引に二人で使うようになってから、そういう霊体みたいな、声なき声が少しずつ聞こえるようになってね」

 

「精霊や霊との対話が、可能ということですか!?」

 

「うん。今では、短時間なら憑依させることも出来るようになったんだよ。そのまま乗っ取ろうとする輩もいるんだけど、ずっと身体を貸しっ放しにするわけにはいかないから、無理やりにでも返してもらうぐらいの力はあるし。だから、朱乃さん。朱璃さんの話を聞いてあげて」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 アリシアと紗月特有の術式の発動に気づき、俺は一旦手を止めて、二人の方を見る。アリシア達に抱擁され、子供のように泣く姫島さん。そして、アリシアがまとう気配は、全く知らないものだった。

 

『少し待ってあげて。いつでも取り戻せるようにしてるし』

 

『身体と並行思考の一つを貸してるだけだから、大丈夫だよ。ひろ兄ちゃん』

 

 即座に二人の念話。身体の制御を誰かに貸しているようだが、手は打っているらしい。ならば、あと少しで終わりかけていた、この世界の次元座標の割り出しと、姫島さんの二つの力の掌握を済ませてしまおうか。

 

「感謝しますわ、アリシアさん、紗月さん」

 

『もともと一つの身体に二つの意識をやってきて長いから、少しぐらいならなんてことないよ』

 

『むしろ、朱璃さんが私達の意識に引っ張られないように、危ないと思ったらすぐに出るんだよ? 機会はいくらでも作ってあげるからさ』

 

 声は紗月達のものだが、話し方や口調は姫島さんによく似ている。アリシアが出した名前から考えれば、朱璃さんというのは、姫島さんの母親だろう。しかし、身体を借りるということは、彼女は既に……。

 

「ずっと守護霊のつもりで頑張ってきたのだけど、まさか、こうして朱乃と直接また話が出来るだなんて……ほら、朱乃。いつまで泣いているつもり?」

 

「だって、母様が、母様が! うぅーっ!」

 

「あらあら、仕方のない子ね」

 

 そう言いながら、姫島さんの髪を梳く彼女は、母親の愛情に満ちている。かつての紗月と同じように、無性の子供への愛を注いでいた。

 

『身体のぐらつきや、気が遠くなる感覚が来たら限界間近だからね。朱璃さん、だから今日はそろそろおしまい。手段は得たんだから、焦りは禁物』

 

『それで、こっちの世界の使い魔の話、もっと聞かせてよ。ひろ兄ちゃんと私達が力を合わせれば、朱璃さんが実体を持てるかもしれない』

 

「そう、ね。こんな機会をもらって、すぐに消えてしまうなんて、勿体なさ過ぎるもの。朱乃、だから、こうやって触れ合うのは『また明日』、ね?」

 

 言葉にならずに、必死に頷く姫島さん。そんな彼女の頬に手を当てて、姫島さんの母親は一つ宿題を出した。

 

「明日までに出来る限り、この方達に説明を進めておきなさい。私は私で、アリシアさんや紗月さんに説明をしておくから。貴女自身のことも含めて、ね?」

 

 もう一度首を縦に振るのを確認した母親は、姫島さんの頭をそっと撫でてから、身体の所有権をアリシア達に返すのだった。

 

「今日一日で、信じられないことばかりが起きますわ……」

 

 自分を取り戻した姫島さんと普通に話が出来る頃には、結界外と時間が乖離しているとはいえ、俺達はちょうど空腹を感じる時間帯になっていた。この後も長い話になるだろうからと、まずは夕食作りということで、台所に立っていた。

 この間、アリシアと紗月は、霊体に戻った彼女の母親から、色んな説明を受けて、データにまとめていく作業をしている。後で、俺がまとめて目を通せるようにと。

 

「アリシアと紗月は、一つの身体を二つの意識が共有する、特殊なケースだからね。その影響からか、魂や霊体と意思疎通が出来たり、あんな風にイタコさんみたいなことが、徐々に出来るようになっていったんだ」

 

 俺が簡単な炒め物を何皿か作っていく横で、姫島さんは煮込み料理を仕上げにかかっていた。食欲をそそるいい匂いが、俺の鼻をくすぐってきている。

 

「ただ、あの二人はそれぞれの自我をしっかり持ってるから、憑依した側が飲み込まれかねないからね。姫島さんのお母さんの憑依時間を区切ったのも、そういうところだろうな」

 

「後から思えば変な感覚だったと思いますわ。姿格好はアリシアさん達のものなのに、仕草や雰囲気は、お母様そのものだったんですから」

 

 姫島さんから得た力の一つ、堕天使の力を嫌悪する理由。それは恐らく姫島さんのお母さんや、話題に一度も上らないお父さんに関係があるのだろう。だが、彼女の口から語られない限り、自分から踏み込むべきではないというのが基本的なスタンスだ。

 俺には、すずかやアリサ、紗月達という、絶対に守るべき相手がいる。だから、負担にならない範囲での手助けはしても、個々の事情に自分から踏み込むべきじゃないと考えているんだけども、今回は、紗月やアリシアから動いている一面があった。そして、朱乃さんの力に潜んでいた澱みの感情を知って、俺自身も『話してくれれば力になれることはなりたい』と意思を伝えている。

 

 『家族』。その要素が強く絡んでいる時に、こうやって二人は強く踏み込むことがあるのだ。その裏にある思いを、俺も知っているから。

 

「……話は飛びますけれど、慣れているのですね。手つきに迷いが無いというか」

 

「そう言う姫島さんもそうじゃないか」

 

「私は一人暮らしですから。うふふ、今日は食べてもらう相手がいますので、作り甲斐がありますわ」

 

「俺は普段、作らせてもらえないからね。息抜きとか気分転換を理由にお願いしないと、台所に入れてすらもらえないんだ」

 

「……大翔さんのご両親は、男性が台所に入るのを嫌がるのですか?」

 

 大翔さんが異世界の方というのは聞いたものの、どのような環境で暮らしているのか、そこまではお伺いしていません。ですので、このような聞き方になったのですが……。

 

「まぁ、両親がというわけじゃないけどね。その辺りの話は食事をしながら、ゆっくりやろうよ」

 

 一瞬、困ったような顔をしたのを見て、私同様家族について問題を抱えているのかもと、私は親近感を感じることになるのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 食事をしながら、互いの過去を少しずつ語り合っていく私達ですが、お互いにお互いの過去が想像よりも酷いものだったようで、安易に口にする気になれないのも当たり前だと苦笑いする羽目になりました。

 

 私は、堕天使の幹部クラスであるバラキエルお父様と、四神と黄龍の力を司る、古くから異形を狩り続けてきた一族、『五大宗家』に連なる神社の娘である朱璃お母様との間に生まれた堕天使と人間のハーフでした。

 お父様を良く思わない親族の手によって刺客が送られ、一度は撃退したものの、二度目の襲撃がお父様の留守中であったため、お父様が駆けつけた時にお母様は私を守り、命を落とすことになったのです。

 堕天使の血を引く私は、刺客の人達からの憎悪を浴びせられ続け、お母様が殺されたこともあり、お父様や自分をも含む全ての堕天使を憎むことで、心を何とか守ろうとしました。それ以降、家を飛び出し、お父様の保護を強引に離れ、身寄りもなく各地を放浪している内にリアスと遭遇。自ら彼女の眷属となって、今まで生き延びてきました。この神社もリアスの実家である、グレモリー家の協力で、私の住まいとして確保して頂いたものでした。

 

 ……この話をしようと思えたのは、大翔さんの魔力の温もりへの安心感もありましたし、憑依という形であっても、お母様とのやり取りが今後も出来るという救いがあったから。といっても、友好的に接しようとしてくれている大翔さん達との関係を悪化させないように注意を払う必要がありました。私自身にそのつもりがなくても、リアスにこの事が知れたら、とか、大翔さんのパートナーである女性達に悪印象を持たれたら、この奇跡も吹き飛んでしまうでしょう。



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第5話 境遇

 一方、大翔さんのこれまでも、相当に波乱万丈なもの。まず、二度目の人生を生きる転生者であることから始まり、正式な婚約者となったすずかさんとの出会いがあって。

 すずかさんの家は色々秘密を抱えているらしく、彼女との契約めいたものがあるため、詳細は伏せられてしまいましたが、大翔さんは将来の婚約者候補として、月村家に保護されたそうです。なので、立場上、ご両親代わりの方はいますが、月村家の不評を買えばいつ施設に入れられてもおかしくなかったそうです。実際には、大翔さんへのすずかさんの傾倒ぶりから、施設入りはあり得ない話だったと思うとの、アリシアさんの補足もありましたが。

 

 その後、九歳の頃から、『魔導師』として戦いに身を投じていたことや、すずかさんやアリサさんという、今も彼を支え続ける二人との関係であったり。携帯に入っていた写真も見せてもらったけれど、二人とも彼の隣にいられることで幸せそうに微笑んでいました。大翔さんの力を受け取ることを積極的に望んだ二人も、優れた術者として、共に戦いを駆け抜ける相棒的存在でもあるそうです。

 そして、プライベートでは、二人ともが大翔さんの妻になるために、法律を変えるまでの運動をして、重婚制度を確立したり、互いの両親を巻き込んで、両家がいかに強固な蜜月関係を結んでいるかという宣伝活動や、大翔さん自身の実績作り……こちらの世界で言うなら、オーダーメイドによる人工神器の生産を担い、要人に防御機能を持ったアクセサリー等の販売等、すずかさんの月村財閥やアリサさんのバニングス財閥が潤うように動いたのだそうです。

 簡単なものなら、と見せてもらったのですが、中級悪魔の一撃ならば十分に防げるような防御術式と、さらに精神に作用するような魔術に対する防御も練り込まれた黒曜石のネックレスを渡されました。

 

「暴走した車にぶつかられても、せいぜい打撲ぐらいで済むように、身内や友人にはもれなく渡しているようなもんだよ。まぁ、ただのお守りだとしか言っていないことも多いけど……。後、周りが操られたりすると、色々洒落にならない事態になるから、その辺の対策も兼ねているんだ」

 

 あまり魔力を込めすぎると、石が耐え切れずに割れてしまうので、石それぞれの限界を見定めて、魔力を込める制御練習を兼ねていると、大翔さんは言います。

 

「とことん凝り性なんだよね……朱璃さんもちょっと呆れてるよ、ひろ兄ちゃん」

 

 お母様と話が出来るアリシアさん達が、感想を代弁しています。時折、私の隣に目をやっていますから、お母様の意識は私のすぐ傍にあるようです。ずっと、お母様は私の隣にいてくれたのだと、アリシアさん達から聞かされて、また涙をこぼしてしまうことになりましたが、涙腺が緩くなってしまっている今日の私ですから、仕方がないと割り切るしかありませんわ。……嬉し涙なのですから、悪いことではありませんし。

 

「いつ突然砲撃を食らったり、次元を超えて稲妻を落とされたりするか分からないだろ?」

 

「いや、その基準はどうなの……なのはちゃんとか、ママは規格外でしょうに……」

 

『ひーちゃん、そのりくつはおかしい』

 

「……解せぬ」

 

 アリシアさんのお母様、プレシアさんも雷系統の魔法を得意としており、さらに次元魔法に造詣が深いらしく、大翔さんに徹底的に雷と次元魔法を指導したそうです。世界を超えた目標に雷を正確に当てる練習とか、一体どんな仮想敵を想定していたのでしょうか。

 一瞬、遠い目をされた大翔さんを見て、私同様の加虐嗜好を持つ方の相手をしてこられた悲哀を感じてしまって、ゾクゾクする感覚が湧き上がってくるのを抑えるのが大変ですわ、うふふ。

 

「あー、朱璃さんと朱乃さんもそうなんだ……」

 

『みたいだね……似たような雰囲気だし』

 

 あらあら、女性陣には分かってしまいますか? ただ、大翔さんが分かっていらっしゃらないようなので、特に問題はありませんね。

 

『傷つけるようなら、承知はしないから』

 

 私だけに向けられた、紗月さんからの強い意思が込められた念話。ええ、恐怖症を抱える大翔さんにこの嗜好を向けるのは、トラウマをえぐるのと同じですもの。

 

『大丈夫です、私は両方いける性質ですから。大翔さんになら、責められる立場になるのも悪くありませんわ』

 

『いや、それって安心できないよっ!?』

 

 だって、暖かな陽だまりのような魔力を持つ大翔さんの心を凍らせるなんて、出来るわけがないじゃありませんか。どちらでもいける私が合わせればいいのです、うふふ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 話が進む中、私は覚悟を決めて、彼が息を飲むのも知らない振りをして、背中を向け白衣と襦袢を緩めて肌を晒し、私は忌まわしき羽を広げました。

 

「私の羽根……片方が悪魔、もう一方が堕天使の羽根……。堕天使の身体を手離したくて、悪魔に転生したのですが、このような半端な身体になってしまいましたわ。ふふふ、みっともないでしょう?」

 

 お母様との会話が可能となったとはいえ、自分自身に流れる血への嫌悪感が消えるわけでもありません。ですから、どうしてもこんな自虐的な言い方になってしまうのですが、私は身勝手な希望を抱いていたのです。

 あの暖かさを持つ大翔さんなら、あっさり認めて、受け入れてくれるのではないかと。アリシアさん達がお母様から聞き取りをした後も、態度が変わらなかったことも私の決意をそっと後押ししてくれていました。こういう女性達が慕う男性であれば、大丈夫と。

 

「年頃の女の子が、会ったばかりの男に肌を見せたら駄目だって……」

 

 まず、私の視界を覆ったのは彼の上着。その上着を私の身体の前側を隠すようにしてから、大翔さんは目線を逸らして……頬が少し赤くしながら、ハッキリと言ってくれました。

 

「先程も言った通りだよ。親から受け継いだ血筋も含めて、力はあくまで力だ。それに、俺は朱乃さんから力を受け取ったことで、こういうことも出来るようになった」

 

 今度は大翔さんが上半身を急に肌蹴させたかと思えば、数々の古傷が残っている鍛えられた背中に、それぞれ一対ずつ、悪魔と堕天使の羽を広げたのです。

 

「ほら、姫島さんと一緒だろ?……って、あれ? 多い?」

 

「うん、合計で四枚の羽根だね、ひーちゃん」

 

『おぉー。少年心をくすぐるよ!』

 

「アリシア、私達もう十八よ……」

 

『辛い現実など知りとぅなかった……』

 

 ノリツッコミのお二人は別にして、私は大翔さんの適応力の早さに驚きを隠せずにいました。そして、広げた二対の羽の力強さにも目を奪われて。

 

「あれ、まだ制御が甘いのかな……まぁ、言いたいのはさ。同じ力を持った俺が、姫島さんをみっともないとか、忌み嫌う理由なんて、無いよね?」

 

 どこか締まらない顔で、苦笑いを浮かべつつ、そう問いかける大翔さんに、私は湧き上がる衝動のまま、思い切り抱き着いて、そのまま幾度も彼の名を呼びながら、今日何度目かの涙を流すことになりました。

 同時に自覚します。私は、大翔さんに惹かれている。このまま、何日か彼と過ごすことになれば、私は彼から離れがたくなっていくと。

 

「朱乃さん! 朱乃さん落ち着いて! ひーちゃん泡吹きそう!」

 

 感極まった私は完全に彼の恐怖症のことが抜け落ちていたため、急に抱き着かれた彼が気を失う寸前までなっていることに気付かず、アリシアさん達の必死の懇願が続く中、込み上げる感情のまま、安堵感を感じながら、彼の胸に顔を埋めて、一人喜びの涙を流すのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「『悪魔の駒』か、なるほどね。駒に封じてある悪魔の力を用いて、転生するわけか……」

 

 我に返った私は、大翔さん達にこの世界の情勢など、説明を続けていました。大翔さんに悪魔と堕天使の力が宿った以上、最低限、知っておいてもらわなければならない事柄があります。

 ただ、大翔さんと紗月さん達は並列思考という、同時にいくつもの思考を処理出来る力……いえ、彼らに言わせれば、訓練次第で取得できる技能というのですが、それがあるために、一度の説明で難なく理解を示してくれました。

 

「……駒、か。しばらく時間はかかるだろうけど、悪魔であることを気取られると厄介なこともあるみたいだね。うん、まずは着脱自在の状態に持っていくことだな。解析の優先事項にするとして……俺が任意で取外しが出来るようになれば、すずか達に複写した時の懸念事項も減らせるし、俺の魔力から朱乃さんも学習出来る」

 

 ええ、彼の呼び方が変わったのは、此方のお願いでもあり、非常に喜ばしいことなのですけど、私はそれどころではありません。悪魔の駒はそもそも受け入れれば、一生外れないもの。アクセサリーのように、着けるも外すも自由に出来れば、それこそとんでもないことです。

 

「む、無茶苦茶ですわ……」

 

「外付けの転生装置というのが分かったからだよ。概念が分かれば、後は集中して解析を進めるだけだよ。恐ろしく優れた魔法技術が使われているから、時間はかかると思うけど、何より俺も貴重な技術を学べる絶好の機会だ。絶対にモノにするさ」

 

 言葉からは、不可能という雰囲気は一切なく、貪欲に知識や技術を自分のモノにするという強い意欲しか感じられなくて、視界の隅に映るアリシアさんからは苦笑いと共に念話が飛んできます。

 

『こうなったら絶対に何が何でも解析するよ、ひーちゃんは』

 

『こういう技術体系とか魔術体系とか、ひろ兄ちゃんの大好物だしねぇ……』

 

『私は二週間以内に、翠屋のシュークリームをかけるよ』

 

『私は一週間! レアチーズケーキを!』

 

 いつしか賭けの対象に変わっていますが、二人は大翔さんが『悪魔の駒』の全容をつかむことを疑ってもいませんでした。

 

「朱乃さんの説明を聞く限り、安易に魔力とか、悪魔や堕天使の気配を気取られないほうが良さそうだしね……可能な限り、感じられないようにしておかないと」

 

 大翔さんの魔力も含めて、力に対する制御力の高さには驚かされてしまいます。

 なにせ、手に触れたりしていれば、大翔さんの暖かな魔力はしっかり感じられますけど、アリシアさんを間に挟んだ程度のこの距離で、私の目には特殊な力のない、普通の人間に見えています。アリシアさんも近しい距離であれば僅かに漏れ出ている部分がありますが、ほとんど魔力を察知できないようにされていました。

 大翔さんが強制転移されてきた時に魔力を感じたのは気を失っていたからで、普段の睡眠時間などは結界を張った寝室で休むようにしているとのことです。先程の防御術式のネックレスのように、装飾品で対応しないのかと聞いてみたところ、ネックレスなどが阻害要因になって魔力の瞬時解放が出来なくなるため、普段は自分の意識下で制御しているのだとか。

 

「大きい企業の経営側となると、割と狙われやすいんだ。だから、アイテムとかで魔力を封じておくのは割と怖いんだよ。それに、魔力制御は日々の積み重ねだからね」

 

「次元跳躍の雷をいつ撃たれるか常に構えていると、こうなってしまうのでした」

 

『ママェ……』

 

 常在戦場みたいな感じになってしまっていますね……。しかし、次元跳躍の雷ですか。私も訓練次第で、視認出来ないほど遠く離れた相手に雷撃を放てたりするのでしょうか?

 

「朱璃さんの一件が片付くまでは、お世話になるつもりだから、その間にひーちゃんから手ほどき受けてみる?」

 

「あらあら。……私、顔に出てました?」

 

「朱乃さんも雷の魔法、得意なんでしょ? あと、ひーちゃんの魔力を取り込んだのなら、炎とか氷とかも使えるだろうし、幅が広がるはずだよ」

 

 炎を司る姫島の血。お母様は私を産んだことで超常の力をほとんど失ってしまったと聞きますが、変質した私の魔力が馴染むにつれ、雷と同じ感覚で、炎の力が扱えると分かってきました。

 指一本一本に、使える属性を少しずつ発現させると良く分かります。殆ど意識せずとも使えるのが、雷と炎。多少の集中が必要なのが、氷と風といった塩梅です。



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第6話 パートナー

 「さて、結界を張っている間に、二人を呼ばないと後が大変だから……朱乃さん、転送装置を縁側の近くに設置してもいいかな」

 

「ああ、先程仰っていた、大翔さんの世界との座標計算が出来たのですか? ええ、どうぞ。私も月村さん達にご挨拶したいと思いますし」

 

 携帯型の簡易転送装置も大翔さんが作ったのだそうです。常時設置型と違うのは、移動先が何カ所しか登録できないことと、機器の稼働に魔力を注ぎ込んだ魔石を頻繁に消費するということでしたが、魔石づくりも日々の鍛錬のルーチンに入っているから……って、どれだけ鍛錬が好きなのでしょうか。だからこその、あの膨大な内包魔力なのでしょうけど……。

 

「ありがとう。座標登録、起動プロセス問題なし……よし、繋がっぶはっ!?」

 

「ひろくんっ! 一日と三時間十五分も会えなかった、寂しかったよっ!」

 

 大翔さんの声を遮るように、黒紫色の長い髪の美女が繋がった空間の奥から、大翔さんの元へものすごい勢いで飛び込んでいきます。相当、立派なものをお持ちの彼女の胸と両腕に頭を完全に固められて、大翔さんはあえなく押し倒されるような格好となりました。

 

「ひろくんだっ、ひろくんの匂い……私の大好きなひろくんっ」

 

 会えなかった時間を正確に覚えていたり、完全に彼のことしか見ていないのが分かる一直線ぶりといい、アリシアさん達の『傾倒』という表現がしっくりくるのが分かります。

 彼に惹かれている自分を自覚した私は、まずは自分に慣れてもらって、少しずつ誘惑していこう……などと考えていたのですが、遊び半分のつもりなら、文字通り『消される』でしょうね、これは。この人が月村すずかさん。大翔さんの婚約者……。

 

「すずか、ちょっとは自重しなさいよ……」

 

「嫌だよ?」

 

「うん、知ってたわ……ただ、大翔が窒息しそうになってるから、隙間を空けてあげてちょうだい」

 

 もう一人、短く髪を切り揃えた金髪の美女がゆっくりと現れます。ため息を一つこぼし、愁いを帯びた表情も絵になりますが、すずかさんの一途なゆえの暴走を止めるのはこの方なのだと、私は話さずとも察することが出来ました。大翔さんとすずかさんへ向ける瞳は何とも優しく、思いが込められているものでしたから。そう、この人がアリサ・バニングスさん……。

 大翔さんに変わって、繋がっていた空間をきっちり閉める作業を行う辺り、なんというか対処にとても慣れている感じが伝わってきます。

 

「あっ!? ひ、ひろくんごめんね! すぐに回復するから!」

 

 治癒の力!? 神器やあるいは、フェニックスの涙でも無ければあり得ない力というのに……! それだけではありません、どれだけ全力の回復を施すつもりでしょう、月村さんの手に集まる魔力は明らかに過剰なものだと感じられます。

 

「すずかちゃん、やり過ぎ」

 

 戸惑う私をよそに、紗月さん達のチョップがすぐに炸裂し、呼吸が可能となった大翔さんが月村さんの手に自らの手を重ねて、魔力を霧散させていきます。

 

「すずか、ストップ。俺は大丈夫。だから、落ち着いてくれ」

 

 落ち着いた声をかけられ、頭を撫でられ、ふにゃりとした顔つきに変わる月村さん。機嫌のいい時の小猫ちゃんの雰囲気にどこか似ている感じがしますね。大翔さんの胸元で頬ずりし始めましたが、すごく猫っぽい感じがします。

 

「えっと、すずかは大翔に任せておくとして、貴女から大翔の魔力を感じることも含めて、色々と話をさせてもらいたいわ。……アリシア? アンタもよ。原因に関係してるでしょう、どこに行くつもり?」

 

「う。い、いや、細かい話は朱乃さんのほうがいいかなーって」

 

「なるほど。既に名前で呼び合う程度の仲ではあるわけね。……逃がさないわよ」

 

 がくりと肩を落としたアリシアさんを小脇に抱えて拘束したアリサさんを、私は客間へと案内するのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 簡単な自己紹介の後、私は大翔さん達との間で起こったことや、この世界の概略を説明していきました。アリサさんも並列思考を使える上に、元々の回転が早い人のようで、乾いた地面に水が吸い込まれていくように、一度の説明でしっかりと理解をされ、疑問点などもすぐに問いかけてきました。才女、そんな印象がぴったりと思える人。

 なお、すずかさんとはまだ一声も交わしていません。再会するまで一睡もしていなかったらしく、今は大翔さんの膝枕で寝息を立てていました。

 

「……色んな世界に飛ばされて来たけど、人に交じり、悪魔が普通に暮らす街、か。しかし、朱乃の話だと、蒐集──魔力を吸い取ることが、悪魔なら難なく出来てしまうってのがヤバいわね。朱乃も分かるでしょ? 大翔の魔力はその特質上、吸った相手を強力な魔法使いに変えてしまいかねないのよ」

 

「ええ、悪魔にせよ、他の種族にせよ、大翔さんの魔力と同時に多種多様な術式まで得られるわけですから、得意不得意はあれど、厄介なことになるのは間違いありませんわ」

 

 大翔さんが自分の意思で魔力を譲渡する場合は、渡す技能の範囲も制御できる。けれど、意識を失った状態で、魔力が奪われた場合……技能の数々も同時に盗み取られるのと同じこと。

 大翔さんの世界でこの『蒐集』にあたる技能は、稀少な特殊能力であり、今回の私の一件は想定の範囲外であったようです。

 

「思い込みは駄目ってことよね、ほんと。とりあえず、大翔にはそういう魔力蒐集を防ぐためのアミュレットを早急に作らせるとして……まぁ、今日はすずかが大翔を離さないだろうから、明日以降の話だし、封時結界の維持時間を伸ばせばいいでしょ」

 

「確か、この結界内の一日が、外での一時間に調整してあると」

 

「ああ、じゃあ問題なく大翔なら伸ばせるわよ。中の一日が、外での一分とかになると相当きついらしいけどね。落差があり過ぎて、魔力を半分以上持っていかれるみたい。今回の場合は、二日か三日分が二、三時間って話だから、大翔は鍛錬時間が取れない時とかよくやってるのよ、時間の引き延ばし」

 

「時間が無いなら、時間の概念を引き延ばせばいいじゃない、って奴だよね!」

 

『そこに痺れる憧れるぅ!』

 

「いや、毎度ながら、なんでアリシアとか紗月がドヤ顔なのよ……まったく」

 

 呆れ顔をしつつも、再びアリサさんが私の方へと向き直ります。姿勢を正し、真剣な眼差しを宿した彼女は、私に再度確認をしてきます。

 

「アリシア達から巻き込んだ以上、朱乃と朱乃のお母様の話は何とかしていくつもりだけど……ねぇ、大翔が気になるって本当なの? 朱乃の容姿なら、他に選びたい放題じゃない。普通に見れば、人が良さそうに見せておいて、女三人を侍らしている、最低な類の男よ?」

 

「悪魔の世界は重婚を認めていますわ。甲斐性があるという、いい証拠ではありませんか」

 

「あ、そういう価値観なの……」

 

「ええ。それに、私は大翔さんほどでは無いにせよ、異性への苦手意識がありますわ。でも、大翔さんは母性をくすぐると言いますか、なんだか守ってあげたいと思えて……」

 

 イッセーくんみたいにあそこまで開けっ広げだと分かりやすくて逆に好感が持てるけれど、秘めた性欲を変に抑えてる感じがある同級生はどうにも苦手です。普段は、余裕のある態度を装って、リアスとの行動時間を多くすることで、近づき難い立ち位置を確保していますから、変にちょっかいをかけてくる男性は殆どいませんが。

 大翔さんの場合は、女性にまず恐怖感を感じ、それを乗り越えるほどの信用を得られれば、次に安らぎを強く感じるようですね。思春期の男の子ですし、性欲が無いことはないでしょうけど……、そういう嫌な感じを受けません。

 

「それに、大翔さんの魔力はとても雄弁です。うふふ、彼の魔力を日頃から循環させている、アリサさんや月村さん、アリシアさん達の表情の朗らかさであったり、肌艶の良さであったり……愛されていることが分かりますわ」

 

「……第三者から言われるのって、結構照れるものね。否定するつもりもないんだけど」

 

「それに……私の迂闊な行動で、大翔さんは人為らざる存在に変わってしまいました。大翔さんは心配いらないと言ってくれましたが、非力ながら私も大翔さんを支えたいのです」

 

「贖罪のためだけなら、いらないわよ? 大翔が万年を生きるのならば、私達もその力を得て、最後まで傍にいる。そういう覚悟はとっくに出来てるの、アタシ達」

 

「……それは、人を辞めるということを承知している、ということですね?」

 

「んー、理由はまだ言えないけど、とりあえず前提として人の寿命の範囲をとっくに超えてるのよね、アタシ達。老化も二十歳ぐらいで止まるから、元の世界でもいずれ隠遁するのが前提だし」

 

 言葉がすぐに飲み込めず、言葉にならない驚きの声を漏らす私に、アリサさんは二カッと笑って、気にする必要は無いと大翔さんと同じ言葉を口にしました。

 

「下手すれば万年だっけ? 流石に想像はつかないけど、元々伸びていた寿命が極端に長くなった……そういう感じだから、『心配いらない』のよ。大翔のことだわ、私達にどう切り出そうとか悩むんでしょうけど、先に朱乃から聞けて良かった。新しい力に慣れるには時間も必要だし、さっさと複写(うつ)してもらわないと」

 

 目の前に現れた問題をいかに手早く片付けるか、そのように物言いに私は唖然とするばかり。飄々と口に出来る軽い問題とは思えないのです。

 

「しばらくは人間の振りをしているつもりだし、悪魔や堕天使の力を悟られないようにすることも必要だから、久し振りに合宿かしらね~。……どうしたのよ、朱乃。何を呆けているの?」

 

「そんな、簡単に飲み込めるような話ではっ……!」

 

 この身に流れる堕天使の血を私が受け容れられないように、人を辞めるということは即座に飲み込めるはずが無い。私は思わず、叫んでしまっていました。

 

「朱乃。貴女は自分の生まれに強い嫌悪感があって、叫んだというのは想像がつく。けれど、それが他人にそのまま当てはまると思ってはダメよ」

 

「……!」

 

「アタシも自分の住む世界じゃ、これでも大陸を跨る巨大コンツェルンの一人娘だし、すずかもアリシアも事情は違えど、それぞれ簡単に行かない事情を抱えてる。でもね、アタシ達の事情をまるごと飲み込んで、全て抱える覚悟と必要な努力を続けるアイツがいる限り、アタシ達は逃げ出すことはないし、アタシ達だって、アイツを支え続けると決めてる」

 

 瞳に浮かぶのは、大翔さんへの絶対的な信頼。そして、揺るがない強い想い。

 

「アイツは、アタシ達三人を支えるために、最低でも人の三倍の努力や理解が必要だと言い、それを当然と言い切って、限界まで無茶を押し通す愛すべきお馬鹿なのよ。アタシが意識してストッパーの役割を果たさないと、それこそ限界を超えて倒れかねないぐらいにはね」

 

 それは、今の私にも想像できることです。彼は、自分のパートナーになった人への献身や理解を深めるのは『当たり前』のことで、その人数が増えている以上、三人分の役割を果たすために、自分の時間を割き、努力するのが『普通』と思っている。

 

「……ハーレム、と傍目には映るでしょうけど、違うのよ。アタシ達が全員大翔を諦められなくて、三人全員のパートナーになってもらった。当初の関係から、すずかに少しばかり比重は傾いてるけど、それでも、アイツに愛されてると毎日実感できるぐらいの、愛情は向けてもらってる。アリシアにしても、それは同じよ」

 

 悪魔の世界では多重婚は問題視されませんが、それでも、正妻と側妻の間での愛情の奪い合いであったり、明らかな格差があると聞きます。けれど、アリサさん達からはそれを感じられない。……大翔さんの、魅力の一端がまた見える気がします。

 

「話を戻すわね。アタシ達三人が重視するのは、アイツを何があっても支え続けるということ。アイツが悪魔や堕天使になったのなら、アタシ達も追随するだけよ。そうでなければ、長い時を『最後まで支えられない』でしょう?」

 

 生半可な覚悟で踏み込んでくるのは止めておきなさい、とアリサさんは言外に訴えます。大翔さんが大翔さんである限り、どこまでも寄り添い支え続けるのが、アタシ達のやり方だと。

 

「それに元々、アタシは大翔のライバルでもあるの。学期ごとの試験でいつも一位を争ってきた、優秀な強敵として。自分を高みへと誘ってくれる相手を、そう簡単に手離すわけがないわ」

 

 気づけば頬を染め、熱が籠もった瞳と妖艶な笑みを見せて、アリサさんは女としての色香を強く纏っていました。



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第7話 宣誓

ストックがつきそう。
ストックが尽きたら、不定期更新に移行です。


 「ごめんなさい、熱く語り過ぎたわ。節操無いけど、アタシも一日以上離れていて、そろそろ抑えが利かない、のよね。……悪いけど、結界内にもう一段防音壁を張るから、あっちの部屋、貸切にさせてもらっていいかしら」

 

「え、ええ……」

 

「ありがとう。ま、アタシ達の方が、色んな意味で大翔を手放せないのよ……」

 

 同性の私が見惚れる程に、情欲に身を任せようとするアリサさんはとても扇情的で、すずかさんも含めて、ここまで虜にしている大翔さん。

 美女に分類されるアリサさんとすずかさん、美女というよりは美少女寄りのアリシアさん。イッセーくんが知れば激しく反応するでしょうけど、一人ひとりと強い絆を築き上げているからこその関係でしょうし、本当にこの人達に加わりたいと思うのなら、今までの虚構の私は、完全に捨て去る必要があるでしょう。

 

「……まずは、すずかさんにも許可と言いますか、宣言をしなければなりませんしね」

 

 すずかさんやアリサさんの領域まで想いを重ねた果てに、もし大翔さんを喪えば、心の調和を崩し自我を失うかもしれない。けれど、自分が心から慕い、想い、愛情を捧げる人を失った後に、生きる意味はあるのでしょうか。

 こういう考え方をする辺り、本当の私は重たい女。けれど、この人ならばきっと受け容れてくれる。だから、私も全力で支えてあげたいと思える、そんな予感がするのです。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「朱乃さん、だっけ。すずか、でいいよ。貴女は私に似てるね」

 

 結界内での翌日、頭を下げつつも大翔さんへの想いを告げた私に、すずかさんはあっさりと挑戦権の許可をくれました。

 何せ彼女ばかりか、朝からアリサさんも上機嫌で、大翔さんが少しばかりやつれた様子ですから、つまりはそういうことなのです。しかし、雌豹となった女二人を満足させられる辺り、大翔さんは相当にお強いご様子。思わず、身震いしてしまいそうです。

 

「……よろしいの、ですか?」

 

「諦めろ、と言ってそう簡単に引く性格じゃないよね、朱乃さんは。それに、軽い気持ちなら即座に記憶を削ぎ落とすけど、本気でしょ?」

 

 顔を上げて、すずかさんを真っ直ぐに見つめて、私は短く肯定します。

 

「……はい」

 

「うん。ひろくんに、絶対に振り向かせてみせると宣言した、昔の私の目にそっくり。だけど……分からないのは、どこに惹かれたのかなって。私にとっては、ひろくんの外見内面全てが自分の嗜好と合致するけど、一般的な価値観からは外れていると認識してるから」

 

 一般的なハンサムと言われる類の男性を見ても、造形が整っているとは思っても、魅力を感じないのだ、とすずかさんは言います。実家関連の付き合いで、美術展や音楽発表会に出席しても、周りの評価と自分の評価が噛み合わないことが多く、当たり触りの無い言動に終始するのだ、と苦笑いで話してくれました。

 なお、アリサさんはこの辺りのバランス取りは上手なため、一緒に出席できる時はアリサさんに歩調を合わせられるので、幾分楽なのだ、とも。

 

「ひろくんは飛び抜けて美形でもないし、不細工でもない。強いて言うなら、目力に強い意志を感じさせるぐらい。社交場に必要な振る舞いも身につけているから、所作は洗練されているといった感じだと思うよ。同世代の女の子が心惹かれるタイプじゃないのは、確かだよね。まぁ、私やアリサちゃん達でそう仕立て上げた部分は強いけど」

 

「見る人が見れば分かる、そういう相手。女性側にも見る力が求められる……」

 

 一つ頷くことで、すずかさんは私の言葉を肯定し、自慢の婚約者なのだと、嬉しそうに笑っている。

 

「内面は同世代の男の子じゃ相手にならないと思ってるもん。修羅場もたくさん潜ってきているし、大きな家同士のどろどろしたやり取りも分かってる。それでも、自分の本質は見失わないでいてくれる」

 

 大翔さんのことを語るすずかさんは瞳を輝かせて、止めることなく言葉を走らせていきます。こちらもしっかり構えていないとすぐに飲み込むような勢いで。

 

「そうなるようにサポートしてきたし、一緒にいられるためにと、ひろくんもそういう大きな家のルールや立ち振る舞いを身につけるために、頑張り続けてくれたから。今では、そういう交流の場に出ると、他の家のお嬢様とかから羨ましく見られるようにもなってきて、ちょっと鼻が高いんだ、えへへ」

 

 例えばの話として、転生悪魔となったイッセーくんが、リアスの元で急成長を果たし、数年後に上級悪魔として冥界で一目置かれる存在になっている──といった感じでしょうか。

 こういったサクセスストーリーはあり得ない話ではありませんが、可能性が非常に低いからこそ、語り草になるものです。

 

「……仮にね。ひろくんの魅力の一端を見通せたとしても、さらに私達で選別してるの。財力だけに惹かれたり、ひろくんを利用するのが目的なら、容赦なく排除させてもらってるから」

 

 一瞬、言葉を切り、表情を冷たいものに変えて、低く強い声色で、すずかさんは私を真っ直ぐに見据えました。ここで怯むならばそれまでのことだと。

 

「大丈夫です」

 

 ええ、大翔さんの魅力を全てとは言えませんが、私はちゃんとつかめていると思っていますから、堂々と答えるのみです。

 

「大翔さんの経験や努力の成果が、あの複雑でかつ奥深く、また大きな安らぎと安心感を感じる、濃厚な魔力として現れている……だから、私は惹かれたのです、大翔さんに」

 

「あ、そうか。朱乃さんはひろくんの魔力を吸って……そこから本質をつかんじゃったんだね」

 

「そんな感じですわ……。ですから、他の者には、特に女性悪魔には絶対に吸わせるわけにはいきません。大翔さんの争奪戦が起きかねませんから」

 

「それって危険だよね。……よし、すぐに連れて帰るね。朱乃さん、さようなら」

 

 わざとらしく立ち上がるすずかさんですが、ある程度は本気なのでしょう。私も少し大げさに、すぐにすずかさんを押し留めるように動きます。

 

「私がさせませんから、そんなすぐになどと仰らないでくださいな?」

 

「……朱乃さんは悪魔界で五本の指に入るとか、そういうことはないでしょう?」

 

「大翔さん達を匿える位の力は持っていますからっ」

 

 この辺りは、リアスの実家であるグレモリー家の力も含めますが、そういうコネクションの力も含め、駒王町に限れば匿うのは十分に可能です。

 

「それでも弱肉強食の世界のようだし、朱乃さん自身もひろくんの背中を預けられるぐらいには、短期間で強くなってもらう必要はあるよ。強さも含めて、ひろくんだけでなく、私やアリサちゃん達も納得させて」

 

「承知していますわ。支えるということは、足手まといにならないのが前提ですから」

 

「……じゃあ、少しぐらいは待ってあげる。私も鍛えてあげるね。これぐらい出来るようになってくれたら、言うことないんだけど」

 

「え?」

 

 片腕で意図も簡単に私を抱え上げるすずかさんの腕力に、またもや驚かされた私は、すずかさんの背景を聞き、さらに絶句することになりました。

 あ、その背景については、悪魔として契約を結ぶことで、口外しないことを誓約しましたので、リアスにすら話すことは一切できません。契約成立時に発動した魔力の動きで、すずかさんも強い呪いの力が働いたことを察知したことで、納得を頂けたようです。

 

 すずかさんは、特殊変異によってデイウォーカーに似た力を得た一族。外見は二十歳前後の容姿をずっと保つことが出来て、寿命は長い人で千年の時を生きると言います。種族はあくまで人間のため、純粋なヴァンパイアに比べれば能力は落ちるけれど、魅了を代表とする精神への干渉や優れた身体能力を持ち、人数は非常に限られるものの、眷属を作ることも出来るとか。

 十字架も平気だし、聖水も大丈夫というから、能力をある程度制限することで、弱点を克服したと捉えるなら、ギャスパーくんとは違う意味で恐ろしい力を持つ一族と言えます。

 

「大翔さんはそんなすずかさんの全てを受け入れたんですね。だから、この世界に来る前から寿命は既に人の枠を超えていた、と」

 

「ひろくんのレアスキルで、私の一族の特性も全て受け入れてもらって、アリサちゃん達も魔力を通じて、特性を譲渡されたの。ひろくんが私と同じ長い時を生きると決めたら、他の二人も迷いなく決めたんだもの」

 

 すずかさんの背中に広がる二対の、黒い堕天使の羽と、蝙蝠のような悪魔の翼。昨晩、三人とも大翔さんから話を聞いて、迷いなく受け入れたのだと聞かされました。

 

「ひろくんが私の長い人生を孤独になどさせないと、私の血を受け入れてくれた。今度は逆の立場になっただけのことだよ。ひろくんが万年を生きるなら、私もアリサちゃん達もそうするだけ。むしろ、私はひろくんと永遠に近い時を一緒にいられる、って内心喜んじゃってるかな」

 

 覚悟を持って、という感覚なのは他の二人には内緒だからね、とすずかさんは唇に指を当てて内緒だと呟きましたが、その仕草は私から見てもとても愛らしく見えるものでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 そこからは結界内で約二週間弱。外の時間帯で言えば、ちょうど翌朝まで。結界内の時間調整を済ませた私達は、徹底した鍛錬の日々となりました。

 大翔さん達は、悪魔や堕天使の力を悟られないようにするために、徹底して力を制御し隠蔽するための鍛錬を。私は、基礎体力の向上と、魔力制御を中心に。

 

 大翔さん達に言わせると、私の魔力の使い方は『とても勿体ない』ものでした。魔力量は多いのに、常に垂れ流し状態に近いため、結局すぐにガス欠状態になってしまうのだと。

 魔力量でいえば、私よりずいぶん少ないはずのアリシアさんが、私と同じ威力の雷撃を少ない魔力で容易く放っているのを見せつけられて、魔力の扱いにある程度自信を持っていた私は、その自信を完全に砕かれることになったのです。

 

「……実際に朱乃さんの魔力を俺が動かしてみるから、少しずつ制御する感覚をつかんでみようか」

 

 私の落ち込みようを見た大翔さんが、魔力の制御訓練の一環で、私の体内魔力の動かし方を直接指導してくれたりもするのですが……。

 

「ほら、朱乃さんの魔力が集約されていくのが分かるでしょう?」

 

「え、えぇ……」

 

 ぴたりと寄り添う形で背中から腕を回され、大翔さんと手を重ね合った私は、魔力の流れを感じつつも、大翔さんと一体化しているような感覚に包まれ、返事はするものの、話の内容が理解できているとは言い難いものでした。

 これだけ密着しているのに、完全に指導者モードの大翔さんは異性を感じる感覚など完全に意識の外なのでしょう。私に自分の魔力を巡らせ、交ざり合った魔力を大翔さんが動かすことで、魔力の圧縮や、威力に対しての適切な魔力量、炎と雷の同時制御等、幾度も丁寧に教えてくれています。

 

「なかなか難しいかもしれないけど、自分の中を流れる魔力を必要な時に応じて、必要な分だけ使う感覚は、朱乃さんの身の安全にも繋がるから、頑張ろうね」

 

 それなのに、大翔さんの魔力が全身を巡る感覚を心地良いと感じるようになっている私は、直接指導を受ける間は大翔さんに自分の魔力制御を任せてしまい、感覚に身を委ねて、脱力してしまう始末。

 

 力は力。使うことで、必要な人達を守り、自分も生き延びられるなら、躊躇いなく力を奮う。大翔さんはまた失ってたまるものかという強い気持ちを持っていて、悪魔や堕天使の力も必ず使いこなしてみせるのだと、自分のあり方を変えるかもしれない力に真っ直ぐに向き合っている。

 彼の魔力は言葉以上に雄弁で。守るべき対象に私やお母様を含めてくれているのが、強く伝わって──。

 

「朱乃さん、後で私としっかり復習しようね?」

 

 ですから、大翔さんの制御で私の魔力が集約していき、少ない魔力で高威力の炎や雷が、私の手から放たれるのを感じていても、自分でやるとなると、少しもうまくいかなくて。ええ、学習するという点では、大翔さんの手ほどきは今の私には逆効果でしかありませんでした。

 魔力制御全般については結局、大翔さんの次に制御に秀でているすずかさんが、絶対零度と思わせる氷の魔力と共に叩き込んで下さいました。芯から身体と心が冷えたことで、二度繰り返して頂く頃には、私自身も感覚をつかめ、後は自分でひたすら、想定する威力に対して適切な魔力を使用する、そんな訓練を繰り返していくことになりました。

 ただ、今まで一つの雷を放つのに、しっかり魔力を制御し放つ前の魔力を集約することで、調子が悪くても半分程度の魔力しか使わずに済むようになったことで、自分の成長を実感出来つつありました。大翔さんが私の魔力を使うと十分の一程度の消費で安定していましたから、目指す到達点はハッキリしています。



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第8話 憑依

ストックが尽きました。

今後は遅くても週一更新を目指します。


 アリサさんやアリシアさんもこの形式の練習に慣れているからか、五日間程度で悪魔や堕天使の気配を大翔さんを同じレベルまで制御出来るようになっていました。大翔さんが、後は堕天使の力も『悪魔の駒』と似た形式にまとめられないか試行錯誤を始めてしまっていて、あれだけ忌み嫌っていた堕天使の力もいずれ着脱自在になるよと、すずかさん達に断言され、複雑な想いを持ってしまっています。

 

「既存の技術の改造や改良が趣味の一つだからね、大翔の場合。『悪魔の駒』の精密技術に目の色を変えて、類似品を作ってみたり、その試作品を細かく分解してみたりやってるからね。そろそろ体内の駒も取り出せるんじゃない?」

 

「研究者モードになると、時間経過が完全に抜け落ちるもんね、ひろくんは」

 

 ……やりかねないのです、大翔さんは。そう、長くお会いしていないおじ様とそっくりで。組織のトップでありながら、研究に没頭すると時間を忘れて、部屋から出てこなくなる──そんな部分が随分お会いしていない、おじ様と重なって。

 一日に二、三時間は別の空間に籠って出てこないのも、その度にアリサさんやすずかさんが強引に連れ出しに行くのもお約束なのも、私はあっさり納得出来てしまったのです。

 

「朱乃さんは、基礎体力が足りないよ。軽い模擬戦でこれだけ息を切らすのは、遠距離で戦うといっても疲れれば判断能力も落ちるし、せめてアリシアちゃんぐらいにはなってもらうよ」

 

 他にも、実力を確認する意味の模擬戦で、視認出来ないぐらいの速度で踏み込んでくるアリサさんや、私の雷や炎を全て凍てつかせて、一撃も入れさせてすらもらえなかったすずかさんに軽くあしらわれ、そもそも持久力や集中力が足りないと判断された私は、神社の階段を登りも下りも全力ダッシュ一日何本が追加されたり、雷を同じ地点にひたすら撃ち続ける訓練を行うようにもなりました。

 アリシアさんが私と同じような模擬戦をしても、私のように息を切らすことはなく、疲れたようなポーズを取りながらも、すぐに次の訓練をこなしていたりしましたから、基礎的な体力はしっかりつけていることに疑いようも無かったのです。

 

 足手まといになり続けるなら、大翔さんの近くにはいさせないと公言されている私は、必死に食らいついていくしかありません。それに階段を踏み外したりした時は大翔さんの治癒魔法がついてくるので、私がそのご褒美につられて、必要以上に無茶をして、回復してもらいながら、優しく叱られて、密かに満足していたり……。

 驚いたのは大翔さんの世界の治癒魔法が、生物の代謝や自然治癒能力を一気に引き出すものであるらしく、種族関係なく効果があるものでした。ほどなく私も使えるようになりましたが、秘匿事項の一つになっています。私のいる世界は神器やフェニックスの涙でもない限り、治癒魔法の概念が無い世界なのですから。

 

「結界外に出たら、即座に治癒魔法というわけにはいかないんだから、無茶はしちゃ駄目だよ、朱乃さん?」

 

 訓練中の容赦のなさとは打って変わって、優しく声をかけながら、治癒魔法を施してくれる大翔さん。ああ、この落差も私としては、非常に魅力的に見えてきます。普段は優しく温和なのに、いざとなれば容赦なく冷たく厳しくなる感じが、私の心をつかんで離しません、うふふ。

 

「……あの走り込みは無茶ではありませんの?」

 

「朱乃さんの魔力の乱れは、鍛錬中は常にチェックしてるよ。すずかやアリサの鍛錬に昔から付き合ってきてるからね、限界もおおよそ分かるし、鍛え方は知ってるから」

 

 大翔さんが回復を担当してくれたのは、持久力向上のための鍛錬が単調で苦しさを覚えやすいからと、アリサさんが飴をくれたのです。

 優しい声をかけられながら、大翔さんの治癒魔法に包まれると、痛みや疲れを忘れて、また回復してもらえるようにと、全力で身体を苛め抜くといった、自分ながら何とも分かりやすい行動に終始してしまうのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 結界内でそんな修行漬けの日々が一週間程度続いた頃、お母様の霊体を何らかの形で固定化しようということになりました。

 アリシアさんを介した憑依だと、どうしても一度に五分程度の制限があり、アリシアさんに都度通訳をして頂くにも、彼女の手間を取らせるという問題があります。

 

「まず、俺のレアスキルも何でも複写出来るわけでもなくて、アリシアや紗月の憑依技術が、二人の中で体系化されてない……ずっと、感覚や本能めいたもので使ってるからか、俺が複写出来ないんだよ」

 

「ただね、私に何回か憑依している朱璃さんが、コツはつかめたって言ってくれてるから、一定時間の具現化が出来れば、魔力とかを通じて誰かにやり方を伝えられるって。朱璃さんすごいよね。私やアリシアが感覚でやってるのを言葉で説明できるんだよ!」

 

『私達が説明すると擬音だらけになるもんねぇ……』

 

「で、相性がいいはずの朱乃さんなら、それなりに長い時間憑依できるかなと。霊体側の力が強いと憑依先の心を飲み込んでしまう可能性もあるけど、今の朱乃さんなら、そう易々と飲み込まれることはないって、朱璃さんも断言してるし……」

 

 アリシアさん達の意識は二人で一つの身体を使用し続けることで、二人の自意識が強く確立しているためか、取り付いた霊の意識……この場合は、お母様が長時間の憑依をすると存在がどんどん薄れていってしまう。

 

「私達が仲立ちするから、朱乃さん手伝ってくれないかな?」

 

『朱璃さんが表に出ている間は、朱乃さんは意識して念話を使うといいかも。自分自身をしっかり認識することにも繋がるし』

 

 私とお母様が、一時的ではありますがアリシアさん達のようになるということですね。お母様相手なら怖いという感じはしませんし、私が飲み込まれることは無いというのも、私自身よく分かりますから。

 

「アリシアさん、紗月さん、お願いしますわ」

 

 大翔さんとまだ何も始まっていないのに、簡単に消えるわけにはいかない。なんて、お母様にはお見通しでした。

 

「では、いきますよー。えいっ」

 

 二人の協力で、身体に何かが入ってくる感覚と同時に、私は意識がありながら、自分自身で身体を動かすことが出来なくなったことに気づきます。それでも、さほど怖さが無いのは、この身体を預けたのがお母様だからですね。

 

「……朱乃、身体を借りるわね。ふふ、やはり私の娘だからかしら、身体を動かすにも違和感が殆ど無いわ」

 

『私も不思議な感じです。皆さんが問題なく見えますし、声も問題なく聞こえるのに、自分で身体を動かすことが出来ないなんて……』

 

「お、導入は問題ないかな?」

 

「そのようですわ、アリシアさん、紗月さん。……改めて、ご挨拶を。私は姫島朱璃、朱乃の母親です。この度はこのような機会を作って頂いて、本当にありがとうございます」

 

 お母様は大翔さん達に深く頭を下げて、感謝の言葉を伝えています。大翔さんから声がかかるまで、お母様は決して頭を上げようとしませんでした。

 

「巡り合わせが良かった、そういうことなんだと思います。俺達は俺達の負担にならない範囲で出来る協力をして、朱乃さんや朱乃さんのお母さんがチャンスをつかんだ。そういうことじゃいけませんか?」

 

「それに、朱乃はずっと大翔についてくるつもりだろうし、そうなれば朱乃のお母様も大翔の家族の一人だわ。家族を守るのに、理由なんていらないもの」

 

「私はまだ承認したわけじゃないよ、アリサちゃん」

 

「いや、そもそも朱乃さんが俺の家族になるのが確定してるのって、どういうことなのさ。それは朱乃さんに失礼だろ」

 

「え?」「はい?」「あらあら」「ひーちゃんェ……」『出たよ、ひろ兄ちゃんの変な鈍感さ』

 

 皆さん、同時に似たような声が漏れ出ています。私自身はショックで言葉が出ません。いえ、今は出しようが無いのですけど。私の気持ちが大翔さんには伝わっていない、ということなのですか……。

 

「ねぇ、そういえばそうだったよ、アリサちゃん」

 

「あー、うん、小学校の頃を思い出した。大翔はそういう奴だったわね。恋人になってから結構経つし、目敏い悪い虫は見敵必殺だったから意識しなくなってたけど……」

 

「なんか物騒な話をしてないか、アリサ」

 

「気のせいよ」

 

「なるほど、朱乃もこれは苦労しそうですね、うふふ」

 

 女性恐怖症の弊害、なのかしら。女性の好意を信じられない、いえ、自分に好意が向けられるなんてあるわけがない、という強い思い込みと言うべきでしょうか。

 

『婉曲的なやり方や間接的なやり方は通じないと思うべきよ、朱乃。好きなら好きだと、愛しているなら愛していると、ハッキリとそれも何度も心を込めて伝えないと、彼は信じることが出来ないと思うわ』

 

 お母様からの念話が飛んできます。声に出さなくても、私の肯定の気持ちは憑依しているお母様にはダイレクトに伝わるようで、念話はそのまま続きます。

 

『だから、目の前にいるこの三人が、深く深く愛されているのよ。あの人の私への愛情と比べても遜色無いぐらいに、って朱乃、露骨に機嫌を悪くしないの』

 

『お父様の話は止めて下さい。私はお母様からお父様への変わらぬ想いを聞かされても、この十年あまりで積もり積もった、お父様や堕天使への憎しみを忘れたわけではありませんわ』

 

『はいはい。じゃあ、直接その怒りをぶつけてもらうとしましょうか』

 

『え? 直接?』

 

『私自身も思わないところが無いわけじゃないの。十年近くも朱乃を放っておくだなんて、父親としては論外。いくら私が殺されて、朱乃からその悲しみの矛先を強く向けられたとしても、愛娘を放っておくだなんて……うふふ、徹底した躾が必要よね?』

 

 サディストのオーラを強く露わにしたお母様はいつの間にか鞭を手に取りしなりを入念に確認し始めていて、滾る血の熱さを感じながら私はやっぱりこの人の血を引いているのだと再認識されられます。

 

「ああ、手に馴染みますわ。朱乃の力を借りていますけれど、姫島の巫女が使える神道の力がこの鞭にも通りやすいですし」

 

 私を産むまで、お母様は姫島家でも『朱雀』の継承候補と言われるほどの人だったそうで、その力を引いている私の身体を利用して鞭に炎を纏わせたり通電状態にさせたりと、楽しそうに振るっています。と言いますか、ものすごく扱いに慣れていませんか、お母様? 寸分狂わずに同じ位置に打ち付け続けているのに、特に集中している感じでもありませんし。

 

「アリシアに言われて、魔導具の鞭ということで魔力等が通しやすいことを意識してみました。後は頂いた朱乃さんの髪の毛を溶かして練り込んであるので、力が馴染みやすいのかもしれませんね」

 

 いつの間に髪を回収して渡していたとか、大翔さんに魔力を帯びやすい鞭の製作を依頼したとか、一体何をやっているのですか、お母様! 私が知らなかったということは、アリシアさん辺りに協力を依頼していたのでしょうけど、何の目的でこんなことを……。

 

『さっき、直接って言ったでしょ? あの人を躾けるために、作ってもらったのよ。うふふ……』

 

 念話の直後に部屋に現れた転移用の魔法陣。かつて見慣れていたそれは、私がもっとも会いたくない人のもので……。

 

「朱乃! 呼んだのは朱乃なのか!? あの鈴の音による知らせは朱璃母さんしか知らないはずの、ひぎぃ!?」

 

 恐ろしい早さで転移直後の声の主に鞭は振り下ろされ、突然の痛みに悲鳴を上げます。

 

「あらあら、呼んだのは私ですわ、貴方。訳あって朱乃の身体を借りてはいますけれど、どうしてもお話しないといけないことがありましたから……ふふふふふ」

 

「あ、朱乃。何を言っているんだ、まるで母さんのような、ひぎぃ!」

 

「私の鞭の味、十年足らずでもう忘れてしまったの? ほら、ほらほらほらっ!」

 

 女の子のような悲鳴を上げ続けるバラキエルお父様。恍惚とした笑みを浮かべながら、休みなく鞭を振るうお母様。

 ……嗚呼、私は紛れもなくこの二人の娘ですね。大翔さんに躾られる私、逆に大翔さんを躾る私。どちらの情景を思うだけで、お腹の奥が熱を帯びるのを感じてしまいます。

 

「この鞭の鋭さは間違いなく朱璃……! 朱璃のお仕置きだ……もう二度と味わえないと諦めていたのに、ああっ!」

 

「うふふっ、可愛い声で鳴く貴方を見られて、私も嬉しいですわぁ!」

 

 お母様の鞭捌きは冴え渡るばかり。この機会に私もしっかり学ばせて頂くとしましょう。大翔さん達の魔力が少し遠ざかったようですから、鞭を振るう先は悪い虫に限らないといけませんか、うふふふふっ。



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第9話 堕天使

なんとか今日の分は上げられました。


 ……まさかのSMタイムのスタートに俺達はそそくさと部屋を退出していた。部屋から少し離れた縁側に並んで腰掛けて、俺達はあの光景を話題にし始める。

 

「あれ、痛くないのかしらね……」

 

 あれのために、魔力が通しやすい鞭を作ってくれって言ってたんだな、朱乃さんのお母さんは。うん、朱乃さんのお父さんっぽい堕天使が、鞭に打たれて嬉し涙を流してたもんなぁ。あれは再会の喜び以外のものが混じってた、明らかに。

 

「躾られる喜びが痛みを甘い痺れに変えるんだよ、アリサちゃん。私、ひろくんならいいからね? むしろウェルカムかも」

 

「やらないからな。そういう嗜好は無いよ、無理」

 

「私も大翔と同じ気持ち。すずかの言ってることが理解できないわ……苦痛を悦びに変えるとか難易度高過ぎよ……」

 

「タオルとかでわざと手首とか足首縛ったりする延長線だよ。完全に支配されてる嬉しさや幸せが、刺激を全部気持ち良さに変身させてくれるんだよ」

 

 すずかは俺から与えられるものなら、何でも率先して受け入れようとする節が強い。だから、俺は常に自重しないといけないし、俺達の関係性が歪み切らないように、動いてくれるアリサの存在がすごく大きい。

 アリシアと紗月はなんというか、とても自由で俺達の関係性がどう変わっていくのか楽しんでいる部分がある。流れに任せたり、波風をわざと立たせたりするもするけれど、受け入れる覚悟めいたものはしっかり出来ているというかどっしり構えて、その上で楽しんでるんよな、この二人は。すずかとは違った意味で、アリシアと紗月は離れてはいかないだろうという安心感はあるんだ。

 

「でも、ひろくんが嫌がることはして欲しくないし、したくもないから、ちょっと残念かもだけど、実際やらないよ。逆にちゃんと言わないといけない人もいるかな?」

 

「あー、そっか。攻めも受けもいけるもんね……」

 

「大翔、念のため言っとくけど、私でも無いから」

 

 そう言いながらげんなりしているアリサの肩を引き寄せて、魔力を流し始める。顔色が少し悪いし、調えたほうがいいと思えたからだ。

 

「ん……ごめん、大翔」

 

「身体も心も傷を残さないのが一番いいからな。アリサ達のケアは大切な俺の役割だし、俺がそうしたいと思ってるから」

 

「ありがと、大翔」

 

 瞳を閉じて、肩に寄り掛かるアリサ。程よく脱力した様子で、俺に身体を預けている。

 

 ──以前はこういう時でもよく怒られたことがあった。役割とか義務じゃなくて、俺自身がどういう気持ちで接しているのか、ちゃんと言葉にして伝えろと。その気持ちがアリサ達の気分を損ねるものであっても、その程度で離れたりなどしないから、口を酸っぱくして注意され続けたものだ。

 時間はかかったけれど、すずかやアリサ、アリシアや紗月には、普段俺が抱く気持ちをある程度伝えることが出来ていると思う。特に、好きとか愛してるとか伝える時に、念話を使えるのは助かっているな。ただ、時折、ちゃんと声に乗せて言って欲しいと言われるから、そういう時は顔が熱くなるのを避けられなかったりするけど。すずか達からすると、念話とは受け取る感覚が全然違うらしい。耳を通じて言われるのは、とても大事なんだそうだ。

 

「おーおー、若さを見せつけてくれやがるぜ。ま、あの和室の惨状を見るよりかは、随分と胃に優しいがな」

 

 アリサの調子を整えていると、前髪だけを金髪に染めて、地毛の黒い顎鬚を生やした、第一印象が『チョイ悪オヤジ』なおじさんが、朱乃さん達がいる部屋から抜け出してきたのか、こちらに向かって軽い調子で声を掛けてきた。

 不意に掛けられた声に警戒の色をすずか達は取ったものの、俺が特に動きを見せないからか、バリアジャケットの展開までは行っていない。膝枕に移行したアリサは俺の魔力が乱れていないのを分かっているからか、一人だけリラックスした状態に変わり無しだ。

 

「フィアンセの調子があまり良くないものですから、ご容赦下さいますか」

 

「いや、気にすることはねぇよ。バラキエルの折檻もすぐにゃ終わらないだろうし、しばらく一緒に避難させてもらおうと思ってな」

 

『ひろくん、いいの?』

 

『敵意も無いし、バラキエルさんの関係者だろうしね』

 

 さて、バラキエルさんは神話で語られる有名な堕天使だ。

 

 読書好きでかつ雑食な俺やすずかは神話関連の読み物や、それを基にした創作の小説、漫画なども好んで読んでいる。ビジネス関係中心のアリサと、漫画中心のアリシア達とこの辺りで嗜好の差はあるんだけど、月村家の図書ルームは四人が四人とも蔵書を増やしていくから、非常に楽しいことになっていたりするが、それは別の話として。

 ……ともかく、俺やすずかはこのちょい悪おじさんが、バラキエルさんと関係の深い堕天使だと推測している。すずかの念話での確認もほぼ無警戒で大丈夫なのかという、俺への念押しでもあった。

 

「しっかし、この結界すげぇな。少しだけ結界の境から外を覗かせてもらったが……外は真っ暗なのに、中は朝と来てる。時間の流れが違うんだな。結界系神器を持っているとしても、相当なもんだ」

 

「神器というのがよく分かりませんが、この結界は私が補助器具を使って作成しています。長期間の維持となれば、魔力だけだとなかなかキツいので」

 

 目を大きく開いて、感心した様子を見せたちょい悪おじさんは、身体を前のめりにして、食い入るように質問を叩きかけてきた。

 

「おいおい……神器なしでこの結界を張り続けてるってのか? ちなみにどれぐらいの期間だ? どんな技術を使ってる? お前自身にかかる負担はどんなもんだ?」

 

「落ち着いて下さい。そもそも、私達は互いの名前すら知らないのですから、まずはそこからではないでしょうか」

 

 この鼻息の荒さは研究肌の人だ。技術に対して目の色が変わってるし、自分に似た感じがするから、多分間違いない。それでも、まずは自己紹介が必要だろうし、朱乃さんや朱乃さんのご両親と関わる以上、この人とも関係は避けて通れないと思うから、最初の挨拶はしっかりしておかないと。

 

「……予想はついてるんだろうが、バラキエルの魔法陣を通じて出てきたんだからよ」

 

「朱乃さんからある程度は。ただ、私達は世情にとんと疎いのです。ですから、基本的なことが全く分かっていないことも多いですし」

 

 この世界の事情に疎いのは間違いない。悪魔や天使の勢力については、朱乃さんに最低限のことは聞いているし、彼女の口が重たくなる堕天使については、アリシアを通じて、彼女のお母さんから教えられていた。

 ただ、外見なんて、俺達も変身魔法で変えられる。超常の存在である悪魔や堕天使なら、そういうことは容易いと思うのだ。偏見かもしれないけど。

 

「ちっ、面倒臭……い、いや、挨拶は大事だよな! エノク書にも確かそう書いてあったはずだ! おう、挨拶は必須だ!」

 

「エノク書にそんなことは書いてなかったような気が……」

 

「黒髪の嬢ちゃん、細かいことは気にするな! 特に今は!」

 

 本音が漏れた直後、びくんと身体を震わせて、拷問部屋を振り返った彼は慌てて、挨拶を交わそうと言い始める。すずかの指摘にもこの慌てぶり、恐らく女王様モードのあの人が何かをしたのだろう。彼女はこの人を知っているだろうから。

 

「遅くなったが、俺は堕天使の組織、『神の子を見張る者(グリゴリ)』の総督を務めてる、アザゼルってもんだ。朱乃の親父、バラキエルの上司にあたる。朱璃や幼い頃の朱乃とも良く飯を一緒に食ったりしていた仲だ。……朱璃、これでいいか? 何の技術か知らねぇが、頭に直接、呪詛めいた思念を送り込むのは勘弁してくれ。俺が悪かったからよ……」

 

 やはり、アザゼルさんへの念話だったようだ。憑依している彼女が使いこなしているのが驚きだけど、なんとなく出来ても不思議ではない雰囲気も持っていたし。この間に膝を軽く揺らせば、すぐにアリサも身を起こして姿勢を正してくれる。この辺りはいちいち言葉にしなくても十分に分かってくれていた。

 

「私は、空知大翔。魔法使い、になるんですかね、多分」

 

「私はひろくんの婚約者、月村すずかです。私もたぶん、魔法使い、かな?」

 

「同じく、大翔のフィアンセ、アリサ・バニングスよ。接近戦重視の魔法使い、かしら」

 

「私もひーちゃんの婚約者、紗月・テスタロッサです! 一応、私も魔法は使えます」

 

『同じく、紗月と身体を共有してる、アリシア・テスタロッサです! 二人で一人の魔法少女だよ!』

 

「お、おう。特に最後、どう突っ込むべきか悩むところだが、宜しく頼むぜ」

 

 自己紹介を終えた俺達に、困惑する表情を見せる堕天使の長・アザゼルさんだった。ともあれ、自己紹介も終われば、情報交換の始まりとなって。

 神話上の有名な堕天使と話せることに、俺も多少なり高揚していたのか、会話はすぐに弾み始めて、朱乃さんが再び姿を見せる頃には、随分と打ち解ける事が出来ていた。聞けばアザゼルさんは組織のトップでありつつ、技術屋の強い一面を持っていて、すずかやアリサの引き継ぐ組織の経営を一生懸命学びながら、趣味と実益を兼ねるモノづくりの時間を捻出する苦労など、とても共感できる部分が多かったのだ。

 

「そうかぁ……面白いもんだな、別次元の世界といい、俺と似たような境遇のお前みたいなヤツと出会えたことといい、えらく慌てていたバラキエルについていったのは大正解だったな。まだ時間もあるとくれば、ゆっくりと話し込める時間も取れるだろうしよ。この結界内なら、あと一週間程度はのんびりしても大丈夫なんだろ?」

 

「ええ、それ以上引き延ばすと、朱乃さんが学校に遅刻してしまう計算になるので」

 

「……元の世界だと学生だっけか、お前達も」

 

「一週間程度でどの道、戻らないといけません。それを過ぎると、私達の住む世界との時間軸のずれの修正がどんどん面倒になるし、魔力の消費も一日の回復量を超えかねないですから」

 

「ああ、そうか。転移した時間帯に戻るんなら、一週間程度のズレがあるのか。時空に関する神器等の力は隔たりが大きくなるほど、術者や神器使用者への負担がエグいことになるからな……」

 

 朱乃さんも高校三年と聞くが、俺達も同学年。ただ、俺達の世界時間が既に初夏で、こちらは春先だから、二ヶ月ぐらいの開きがある。

 学校はもちろん、経営の仕事や、あとははやての依頼で、はやての友人である、聖王教会の要人の護衛候補の顔合わせで、一度時間を取って欲しいとも言われているから、あんまり海鳴から離れていると、やるべきことが抜け落ちそうだ。もちろん、俺もすずかもアリサも予定は各々で管理しているが、現場から離れ過ぎることによる微妙な感覚の誤差は無視できるものじゃないから。

 

「元の世界での予定も詰まってますから、あまり離れていると色々鈍る感覚もありますし。書類関係の読み込みとか、普段からいかに数をこなしているかで理解の早さも変わるじゃないですか」

 

「……お、おう」

 

「アザゼル。総督としての仕事からいかに逃げているかが分かるな。彼を見習うべきではないか?」

 

「うるせぇよ、バラキエル。顔に鞭の痕残して、いいこと言ったみたいな得意顔してても締まらないぜ」

 

「うっ……」

 

 顎ひげに貫禄を感じさせてくれるはずの、朱乃さんのお父さん──バラキエルさんだけど、アザゼルさんの言う通り、残念な感じが拭えない。すずか達も似たような気持ちなんだろう、微妙な表情をしていた。

 

「こ、こほん。既に承知のことと思うが、私がバラキエル。朱璃と再び話せる機会をもらえたこと、深く感謝している。ありがとう……」

 

「お父様……」

 

 頭を下げるバラキエルさんに対して、憑依は解いているのか、呟いた声色は朱乃さん本来のものだ。お仕置きタイムだけでなく、親子で話をする時間もある程度は取れたのか、蟠りが無くなったわけでは無いにしても、朱乃さんの父親を呼ぶ声は険悪さが取れつつある。

 

「いえ、力になれたのなら、何よりです。たまたま、そういう力を持つ私達が朱乃さんと出会えて、彼女が勇気を出して事情を話してくれたからこそ、方法を示せたわけですから」

 

「それに、一回きりになんてさせない。私もひーちゃんも手伝うから、何回でも朱璃さんや朱乃さんと話せばいいんだよ。親子が仲違いしてるって、悲しすぎるもの。会えなくなったら、ずっと悔いることになるんだからね」

 

 笑顔で言うものの、紗月の言葉は本音そのもので。俺がかつて彼女にそういう悲しみを負わせ、二度目の生で再び出会い、幸運にも今があるから。だから、紗月の気持ちは、俺の気持ちでもあった。



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第10話 思慕

展開が急かもしれません。


 「……勝手ながら、事情は朱璃から聞かせてもらった。朱乃も私も少しずつ、お互いにちゃんと向き合おうという話をしたよ。それが君達への一番の感謝を伝えることになると、思っている」

 

「大翔さん、紗月さん。正直、まだ割り切れたわけじゃ無いんです。それでも、お母様とお父様と話して、失えば本当に全てが止まったままになってしまうって思えて」

 

「うん、朱乃さんがそう感じてくれたのなら、良かったよ」

 

 朱乃さんに答えた紗月の頭を軽く撫でながら、俺も頷く。朱乃さんがもう一度前を向けたのなら、この世界に飛ばされてきた甲斐はあったと思える。

 

「私も朱璃も、名を呼んでもらえると嬉しい。特に朱璃は、君がずっと『姫島さん』や『朱乃のお母さん』呼びで寂しいと言っていたからな」

 

「そうですわ。お母様から教えられたお陰で、こうして私は霊体のお母様と話が出来るようになりましたけれど、今もその通りと頷いていますし」

 

 なんというかオーラがあるせいか、名前呼びするのは図々しいと思えるところがあったから、そういう呼び方を徹底していたんだ。アリシアと紗月の物怖じの無さは今に始まったことじゃないし、許されてしまうような得な性格をしてるからね。

 

「分かりました。バラキエルさん、朱璃さん。私のことも『大翔』と呼んで頂ければ」

 

「ああ、大翔くん。宜しく頼むよ。ただ、朱乃はそう簡単に渡すわけにはいかないから、そのつもりでいてくれ」

 

 穏やかな表情で、バラキエルさんは急にそんなことを言い出したのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「えっと、すいません。朱乃さんを渡すとか渡さないとか、よく分からないのですが……」

 

「おいおい、なんで俺にはもっと砕けた口調なのに、バラキエルには敬意を払ってるんだよ」

 

「アザゼルさんがそういうのはいらないから取っ払えって言ったじゃないですか、俺達に」

 

「言ったがよ、一人称まで違うじゃねえか! つうか、マジ気づいてないのか、この男!」

 

 アザゼルおじ様が割り込んでくれたお陰で一時的に話が逸れていますが、なんてことを言い出すのですか、お父様はっ!

 

『あらあら、父としての可愛い嫉妬じゃない、朱乃』

 

 ころころと楽しそうに笑うお母様ですが、私にしたらたまったものではありませんでした。

 

『それが余計なんですっ! 大翔さんとの距離感もまだ中途半端なのに、私を渡さないと言われても大翔さんが困惑してしまいますっ』

 

『でも、大翔くんはすぐにでも帰ってしまうかもしれないわ。私と朱乃が意思疎通が出来るようになった以上、ある意味滞在の目的は果たせたわけだし。変わるきっかけも必要じゃないかしら』

 

 確かにそれを言われると、もう時間が無いのかもしれません。それでも、心の準備とか、心積もりというのもあるんです!

 

「どうした、朱乃。父として釘は刺させてもらっただけだぞ」

 

「余計なことを言わないで、お父様っ! お父様の馬鹿っ!」

 

「あ、朱乃……」

 

 ショックが分かりやすく顔に出ているお父様ですけど、正直、私はそれどころではありません。どうにかこの場を収めないと……!

 

「あ、朱乃さん、どうしたの!?」

 

 大翔さんの手を取り、とにかくこの場を離れます。余計な茶々が入らない状況で、何とか説明をしなくては。

 

「朱乃さん、ごめん。せっかくバラキエルさんと話せるようになったのに、俺のせいで」

 

「大翔さんは悪くありません、お父様が早とちりをしただけですから」

 

 幸い、ついてこようとしたお父様やおじ様はアリシアさんやアリサさんが留めて、こちらのフォローと見張りを兼ねてか、すずかさんがついてくれています。鍵が掛かる自室へとお二人を連れて飛び込み、そこでようやく私は一息をつきました。

 

「ここなら邪魔も入らず、正しい説明も出来ますから」

 

「いいのかな。ここ、朱乃さんの部屋、だよね?」

 

「私も一緒とはいえ、ひろくんを自分の部屋にって思い切ったというか……朱乃さん、混乱してるよね」

 

「え? う、嘘、私……」

 

 大翔さんやすずかさんの声で、私は暴走してしまっていたことにやっと気づきました。まるで大翔さんを自分から誘うような行動を、意識せずにやったようなものです。

 悪戯半分でイッセーくんのような弄りがいのある子にちょっかいを掛けるのとは違って、本気で惹かれている人に、自分の内側をいきなり見せつけたようなもので。

 

『朱乃、朱乃、まずは深呼吸しなさい。落ち着くまで何度も繰り返して』

 

 近くにいてくれたお母様の声のままに、何とか息を吐いて、ゆっくり吸って、また吐いて、吸って。その間、何も言わずにすずかさんは待ってくれています。ちなみに大翔さんは私と同じように深呼吸を繰り返していて、多少なりとも心を落ち着けた私にすずかさんが苦笑いをしながら、その理由を教えてくれました。

 

「ひろくん、女の子の部屋に入ったりすると緊張するから。私やアリサちゃんとかだと流石に大丈夫なんだけど……」

 

「会議とかに出ている方がよっぽど落ち着いていられるよ……」

 

 きょろきょろ見渡すのも失礼と思っているのか、正座の上で組んだ自分の手に目線を集中したまま、大翔さんは不動を貫いています。なんだか、自分よりよほど追い詰められている感じがして、私は自然と脱力できていました。

 

「うふふ。大翔さん、そんなに身体を強張らせなくても大丈夫ですのに。すずかさんも隣にいらっしゃるのですから」

 

「いや、分かってるつもりなんだけど、身体が勝手にこうなってしまうんだ。どうにも、朱乃さんみたいに綺麗な人のプライベートな場所にいる自分が、あまりに場違いで違和感しかない感じで……」

 

「私の部屋に慣れるのにも一年ぐらいかかったよ。結局は二人の部屋と寝室をまとめて、二人の私室にしたもんね」

 

 カチコチのままの大翔さんの背中を、すずかさんが解すように繰り返し撫でながら、苦労した自分の体験談を教えてくれます。

 綺麗な人と言われて内心浮かれそうになりましたが、すぐに今の彼の状況だと逆効果だと気づきました。彼の信頼を得たとしても、女性への反射的な警戒反応はなかなか治るものでもなく、彼の過去にそれだけ『女性』そのものがトラウマになる出来事があったのでしょう。

 

「……大翔さん」

 

「な、何かな、朱乃さん」

 

「思わず、私の部屋に来てしまいましたが、もう一度移動しましょう。大翔さんにそんな辛い顔をさせたくて、連れ出したわけじゃありませんもの」

 

 放っておけない、こんな大翔さんを。お父様の暴走についての釈明も必要でしょうけど、何より、こんな不安げな大翔さんをまずは少しでも安心させてあげたい。それが一番、優先するべきことで。

 

「私は、貴方を傷つけたりしないし、したくもありません。不安に思われるなら、悪魔の契約で縛ってもらっても構いませんわ」

 

 立ち上がり、すずかさんにも目配せをして、部屋の引き戸に手を掛ける私に、大翔さんは戸惑い気味に問いかけてきます。

 

「契約で縛るなんて絶対にしないよ。だけど、どうしてそんなことを?」

 

 私は貴方の味方になりたいし、既にそのつもりでいることを、ちゃんと伝えましょう。

 

 心積もりが必要だと自分で思ったりしたけれど、もう私自身が旦那様は大翔さんしか考えられないわけだし、一度や二度でこちらの好意を本当に信じてくれるかも分からない相手なのですから、訴え続けるしかありません。

 ……一つだけ問題になる私のSっ気にしたって、この人の敵に向かって、思い切り叩きつけてやればいい。すずかさんやアリサさんによると、大翔さんが長年続く旧家の婿及び巨大企業体の後継者という立場上、敵には事欠かないそうですから。ぶつける相手はいくらでもいるということです。

 

 毎日、この人の魔力を感じて、その魔力に包まれる時間が愛しくて、満たされる感覚をどんどん手放したくなくなって行く中で、訓練時のとても厳しい一面や、何かに夢中になると食事も忘れて没頭してしまう癖を知って。

 すずかさんの膝枕で転寝する時などの、どこかあどけない寝顔に、庇護欲を刺激されてしまったり、彼女達のちょっとした我がままにも、少し困った顔をしながらも、必ず付き合っている面倒見の良さとか、色んな彼の一面を知ることが出来て。

 

「私は、大翔さんをお慕いしていますから」

 

 そう、私は既に大翔さんに強く惹かれている。だから、私は想いを貫いていけばいい。私は、姫島朱乃は、空知大翔さんを──。

 

「大好き。愛してますわ、大翔さん」

 

「……朱乃、さん?」

 

「あー、うん、吹っ切っちゃったんだね、朱乃さん……」

 

 真っ直ぐ大翔さんを見て想いを告げる私に、目を大きく見開いて驚愕の色に染まる大翔さんに、どこか納得顔のすずかさん。ごめんなさい。覚悟が決まったら、想いが止まらなくなりますね。

 

「姫島朱乃は、大翔さんの恋人になりたいの。それだけじゃない、貴方の妻の一人になりたいとも思っているし、いずれは経営者になると聞いているから、秘書的な役割もしてあげられるように頑張りたいとも思ってる」

 

 大翔さんの魔力が私の男性への嫌悪感を解かして、そして、貴方や貴方を慕いその心を守り続ける人が、お母様との再会と、お父様との蟠りまでも、解かそうとしてくれている。──貴方の存在が、たった一週間で、私の世界を塗り替えてしまったのだから。

 

「貴方が女そのものを恐れていることを知っています。その枠を乗り越えた存在が、すずかさん達であることも。私もその枠を越えて、頑なだった私の心を温かく包んでくれた貴方を守りたい。守らせて欲しいの」

 

 そこまで言い切って、私は部屋の外へと足を進めました。もう一度振り返って、怖さからではなく、別の意味で固まったままの大翔さんの手を取って。そう、思えば先ほど大翔さんを連れ出した時に、彼の身体は強張らなかった。それなら、少しは期待してもいいですよね?

 

「答えはすぐに欲しいわけじゃないの。決意表明、みたいな感じです。私が大翔さんにどういう想いを持っているのか、まずは知っておいて欲しかった。それに、すずかさんにも聞いておいてもらわないといけない話だったから、いい機会だったの」

 

「朱乃さんが、俺を? バラキエルさんがあんなことを言ったのも……」

 

「お父様のあれは、早とちりの部分も大きいですけどね。結婚は認めないつもりなんでしょうけど、そもそも、私は大翔さんの恋人にもなっていないわけですから」

 

 そして、私は自分の魔力をゆっくりとお二人に流し始めて、お母様から学んだ『憑依』に関する知識を大翔さん達へと取り込んでもらうのでした。




自然に物語を動かすのは難しいです。
ただ、朱乃さんと大翔の関係性を一歩進めたかったので、こうなりました。


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第11話 拘り

 朱乃さんに手を取られても、自分の思考に埋没して認識出来ているのかいないのか怪しいひろくんだけど、魔力と共に『憑依』能力の詳細が流れてきているということは、並列思考の全てが自分への問いかけに当てているわけじゃないみたい。

 朱乃さんのお母さん・朱璃さんの姿を捉えられるようになった私は、アザゼルさん達の元へと戻ろうとしていた朱乃さん達の足を止めて、ひろくんが元に戻るまで待つことにしました。

 

『朱乃に言われて、初めて恋愛感情で自分を見ていると認識したのねぇ……朱乃、かなり分かりやすい態度を取っていたと思うんだけど』

 

『友好的とは思っていたけど、朱乃さんの感情は知人としてのものと捉えていたと思います。基本、女性の好意は信じられない人ですから、恋愛感情があるとは初めから頭に無かったと思います』

 

 なお、朱璃さんとのやり取りは念話でのもの。誰かに憑依していない時は霊体だから、思念をお互いに直接やり取りする感じだったりする。

 

『すずかさんも確か、何年もかかったと仰ってましたよね?』

 

『うん。完全に信じてくれたのは十七の時だから、十年近くかかったかな』

 

 好意自体は私やアリサちゃんが魔導師になった九歳の頃に信じてくれたから、二年ぐらいで済んだものの、恋に恋している状況だと思われている期間が長くて、私の発情期と合わせて、本気の恋だと身体ごと思い知ってもらったのが小学五年の時。

 さらにそこから『自分よりもっと相応しい男性に心が惹かれて、ちゃんと離れていくはず』という、自己評価の低さと女性を信じ切れない猜疑心の相乗効果──うん、嫌な効果だけど、それが合わさった変な概念を壊しきったのが高校二年。つまり、去年のこと。

 

 手を伸ばして裏切られるのは二度とごめんだという思いからか、自分から女の子を求めることに対して、ひろくんはどこまでも頑なだった。前世からひろくんの妻であり続ける紗月さんと、一体化しているアリシアちゃんだけが例外で。

 私はひろくんの血に最初から完全に酔っていたし、どう信じてもらうのかそれしか考えてなかったし、ひろくんに拒絶されたら自ら命を絶つだけと決めていたから、迷いもなかったけど。

 アリサちゃんは私という存在がいなかったら諦めていたかもしれないと漏らしたこともある。信じてもらえるまで身も心も捧げ続けるだけと言い切る競争相手……うん、私のことだけど、そんな強烈な相手がいることで逆に反骨心が燃え上がっていたらしい。だから、アリサちゃんも正式な恋人関係になる前に初めてを捧げたのだろうし、それが覚悟を固めることもなったのかなと思う。

 

『十年、ですか』

 

『十年だよ。ただ、それ以上かかったにしても、私はひろくんの隣にいて、彼を支えることだけを考えていたよ』

 

 ひろくんも偏屈な部分があって、私もひろくんに偏執し続けただけ。傍から見れば、歪んでるようにしか見えない二人。でも、私は幸せだし、今のひろくんも幸せを感じてくれていると信じられる。

 アリシアちゃんと紗月さんはひろくんの歪さを知っていて、ずっと見守り続けると決めているから、あの二人にしたって、ひろくんしか見えてないし見る気もない人。その関係性に踏み込んで、性格的なものもあって退路を断ったのがアリサちゃんだっただけのこと。

 

『すずかさんはどんな状況であっても大翔さんを支え続け、隣で歩き続けることが貴女自身の生き方になっているのね』

 

『ええ、朱璃さん。これが私自身の生き方ですから』

 

 ひろくんが好きなものは私も好きになる。ひろくんが守るべきものは私も守る。ひろくんの敵は私の敵だ。だから、ひろくんが朱乃さんをパートナーとして受け入れるのなら、私も家族の一員として受け入れる。彼の一番は譲らないし、朱乃さんに奪えるなんて思っていないから。

 

 ──だって、アリサちゃんにしてもそうだけど、ひろくんに『狂って』はいないもの。ただ、紗月さんだけは例外。あの人はどこまでも私のライバルで一番の強敵で親友で大先輩。ひろくんとは違った意味で、私にとっては別格な人。

 

『……ただ、朱乃さんが少し羨ましいな。今のひろくんは、私の時みたいに子供の恋愛だからと一蹴する歳でも無いし、朱乃さんの気持ちを信じてもらうこと自体はそう難しくないと思うから』

 

 ただ、ひろくんが受け入れるかは別の話。朱乃さんにこの数日間、尽くし続けているし、朱璃さんの一件も必ずいい方向に落着させるだろうけど、ひろくんは朱乃さんからの見返りを特に求めていないもん。

 ひろくんは助けられる力がたまたまあって、日程としても余力が取れたから、手を伸ばしただけ。ボランティアに近い感覚だし、朱乃さんに礼を言われれば十分と思ってるだろう。だから、朱乃さんの告白に対して、強く困惑している。

 好意についてもそうだし、一生を支えたいと思うぐらいの強い思いを持った要素なんてどこにあったのか、ひろくんには全然分かっていないはず。

 

『うふふ、大翔さんのことです。早く冷静に戻るべきだ、一時の気の迷いでそんなことを口にしてはいけない──そんなことを言いそうですね?』

 

 ……ひょっとして、これは認識を改めるべきかな。朱乃さんは想像した以上に、ひろくんを理解しているのかも。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 すずかさんの瞳は時折、完全にひどく澱んだ色に染まるように見えます。私だけがそう感じるのかもしれませんが、言動からしてもそう外れてはいないと思うのです。

 すずかさんは、大翔さんでなければ幸せになれない人。本能でそれが分かっているから、何が在ろうとずっと隣にいて、支え続ける生き方を貫いている。頑なだった大翔さんの心に届いたのは、ぶれない彼女の言葉や態度だったからこそと思うのですが、アリサさんと比べれば、彼女の大翔さんへの拘りは数段上のものです。

 

 紗月さんとアリシアさんは、茶目っ気が入ったお母様と印象が被るところがあって、大翔さんの隣でいられること自体が幸せだというのかしら、大翔さんとすずかさん達との関係や繋がりも含めてどうなっていくのか、静かに見守っているところがあります。

 

『ただ、私は……大翔さんの魔力を受けて、転生とはいえ、魔力そのものが個々の生き方に反映される悪魔にとって、他の男性など考えられなくなるには十分だったんです』

 

 私も自分自身、同年代の異性が苦手でありながら、重たい女だという自覚もあり、一度、誰かに惹かれてしまえば、縋りついて離れないのかもという予感がありました。相手に恋人がいても諦めないような、そういう類のものを。

 

『魔力の影響をより強く受ける、悪魔の私です。彼の魔力は、私の心全てを奪うのは十分だった。様々な力の属性を内包する安心感、暖かさ、優しさ。奥の方には、漆黒の昏い魔力も見え隠れしていて。優しさだけじゃない、荒々しさもある、濃厚な魔力。魂を捕まれるのはこういう感覚なのだと、今なら分かりますから』

 

 すずかさんは魔力とは違う形で、大翔さんの色鮮やかな内面の色調に心を囚われたのではないかと思います。アリサさん達にしても、大翔さんのこととなれば目の色が変わりますから、すずかさんほどにないにせよ、自分の心が大翔さんに強く囚われていて、そのことに喜びすら感じている一面があって。

 

『うふふ、あの魔力に包まれながら、大翔さんに抱かれたら、一時も離れたくなくなるのかもしれませんわ』

 

『……朱乃。悪魔の身とはいえ、ちゃんと対策はしてね?』

 

 実はお母様、学生時代からお父様と付き合っていたという裏話があります。なので、こういう言い方になるのも無理はないのです。

 

『ええ、子供が出来たからなどと、そんな脅しのような形だなんて真っ平ですもの』

 

 先程の告白の際には、流石に口にしませんでしたが、大翔さんの子供なら喜んで産ませて頂きますけどね。愛する人の子供を腕に抱くのは、女の本懐の一つと思いますから。

 

『あ、あはは……』

 

 そんなことを考えていると、何故かすずかさんの瞳が泳いでいます。初めて見る珍しい表情かもしれません。

 

『ああ、アリシアちゃんに聞いたあの時期のことかしら?』

 

 それは初耳です、お母様。すずかさんの弱点ならば是非押さえておきたいと思うのですが。

 

『隠してもいずれ分かることだし、私から言います……あのね、私の一族の力は話したと思うけど、日光とか十字架とか聖水が効かない特殊変異の吸血鬼もどきなの。だからこそ欠点もあって、その欠点があるからひろくんも私の一族の力だけは朱乃さんに渡していないんだ』

 

『……それは、どんな欠点なのですか?』

 

『……女性限定の弱点なんだけど、妊娠する確率がすごく低いの。それを補うように発情期があって、その時期は子供を授かりやすくなってまして、その』

 

『まさか、初めてお会いした日のアリサさんの状態が……』

 

『血筋そのものを受け継いでるわけじゃないから、一族の力を複写しただけのアリサちゃんとかは二、三日で収まるんだ。衝動もそれほど強くないよ。だけど私はその時期に入ると、一週間はまともに動けなくなる感じなんだ』

 

 子孫繁栄のための仕組みを女性側だけに負わせている……そんな感じもするけれど、一人、二人と出産をするごとに、その衝動も出にくくなっていくのだそうです。

 

「それでは、その時期はずっと部屋に篭ってなければならないのでは?」

 

 思わず、声が出てしまって、改めて念話で言い直す私です。弱点というか、それは女性としてもあまりにも辛いものではないでしょうか。

 

『それでも日常生活は送りたくて、ひろくんには色々とご迷惑をおかけしたりしてます……学校に隠し部屋を作ってもらったのも、寄付額が大きい実家の力があったからだし……』

 

『え、ええと、答えにくかったらいいのだけど、すずかさんはその時期はずっと耐えがたい衝動に襲われているのかしら?』

 

『一度抱いてもらえば、一番酷い時期でも二、三時間は持ちます……ただ、それ以上は厳しくて。それと、私、自己暗示なども含めて、そういう衝動はひろくんにしか向かないようにしてるので、余計に一人に全部向かってしまうから、えっと』

 

 動揺が見え隠れしているお母様の質問にも、覚悟をしているのか、すずかさんの答えはハッキリしていました。大翔さんの隠れた一面を見せられた感じですね。その状態のすずかさんを受け止め続けているということは、つまり……。

 

『私の特性を知ったひろくんも対策をしていてね、魔力を精力に変換する術を覚えたり、避妊の魔術も万全にしてくれているし、私の力を応用した、感覚同調とかも使って……一度で、深く深く満たしてくれて、かつ、何度でも付き合ってくれるから……うう、言葉にすると、私ものすごくエッチな子だよね……』

 

『つまり、安全にエッチを楽しめて、かつ、複数の相手を同時に満たすことも出来る王様、みたいな感じなのかしら。あの歳で恐ろしい子ね、大翔さんは』

 

 私、大翔さんから離れる自分が全く想像できなくなってきました。心だけでなく、身体も深く充足させてくれるパートナー。これは離れられるわけがありません。大翔さんの住む街に永住する方法をリアスの女王という立場も含めて、本気で考えなくてはなりませんね。

 ただ、大翔さんが異性関係に対して、基本は受け身の方で良かったと安堵もしました。自分から積極的に行く人なら、彼の周りはそれこそ怨念と情念が漂う後宮や大奥の世界となりかねませんわ。

 

「はっ! ご、ごめん、完全に考えに没頭してた! 待たせてごめん!」

 

「大丈夫ですわ、私が驚かせてしまったのですから。さ、参りましょう?」

 

 戻ってこられた愛しいこの方は、悪い女に触れさせては絶対にいけない。改めて、強く決意した私は、大翔さんに微笑みつつ、すずかさんだけに念話を飛ばしました。

 

『すずかさん。私、他の女悪魔を大翔さんに近づけませんわ。だから、もっと厳しく自分を鍛えます』

 

 嬉しいことに、大翔さんは意識していないかもしれませんが、私が堂々と手を引いても彼の身体に拒否反応が現れていないのです。

 

『すずかさんがカバーしきれない時間や場所は、私が大翔さんの盾になります。海鳴にもついていきます。大翔さんに認めてもらえるまで離れるつもりはありませんし』

 

 堕天使の力も克服して、私のものにしてみせる。大翔さんの傍に侍るには、外面内面ともに強くしなやかに美しくなければ。不用意に近づこうとする女を、すずかさんやアリサさん、私の姿を見ただけで意気消沈させられるぐらいに。

 その前に、彼の特別な存在にして頂く必要はありますが、そうしてもらうまで離れませんし。ですので、その先のことだって今から考えておくのです、うふふ。



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第12話 告知

よし、目標の9時投稿に間に合った。
ん? AMとPMが違う? たった一文字の違いだからへーきへーき(震え声)


 「おう、戻ってきたか」

 

「あっ、朱乃!? 手を、手を放しなさい! お前にはまだ早い!」

 

 すずかと朱乃さんの二人に手を引かれるままに、俺はアリサやアザゼルさん達の元へと戻ってきていた。

 自分でも驚いているのが、朱乃さんに触れられていることをしっかり認識しているのに、身体の拒否反応が出ていないこと。触れた手のひらから伝わってくる朱乃さんの魔力は穏やかながらどこか弾むような感覚で、彼女が口にした俺への好意がそのまま魔力の色合いにも表れている気がする。だからなのか、俺の身体がこの人は俺を害する女性じゃないと判断しているのだろう。

 

「うふふ、余計なことを口に出すお父様が、私に何か言う権利なんてあるのかしら?」

 

「なっ!?」

 

「お母様の怒りも完全に解けたわけでもなく、今後のお父様の態度や行動次第と言われたばかりではありませんか。父親というならば、グレモリー家に保護されるまで、陰から私のことを守ってくれたおじ様がよっぽど父としての役割を果たしてくださいましたわ」

 

 ちらりとアザゼルさんに目を向けて、朱乃さんは心外だと言わんばかりの口ぶりだ。ただ、言葉に苦々しさはなく、分かってあえてやっているのが何となく分かる。

 

「一人で、孤独でしたもの。確かに私はお母様を失ったことや、私自身の存在が襲撃者達に忌まわしく汚らわしい者だと罵られ続けたことに対して、お父様や堕天使全体を憎むことでしか耐えられなかった……」

 

 突然悲しげな声色に変わったな。演技派だ、朱乃さん。バラキエルさんに背を向け、身を震わせて呟くように声を出しているけど、言い終わった後少しだけ舌を出しているのが、俺やすずかには丸見えだ。

 

『関係の修復をしたとはいえ、いきなり事あるごとに父親風を吹かせられても困りますから、この辺りで一度釘……いえ、杭を刺しておきませんと』

 

『釘じゃなくて、杭なんだね……』

 

 念話で俺とすずかにそんな目論見を明かす朱乃さんだけど、釘じゃなくて杭って、バラキエルさんが磔にされる姿を幻想してしまうよ。

 

「あっ、朱乃……」

 

「けれど、私ももう子供ではありません。自分の生き方は自分で考えますわ。幸い、リアスの女王ということで、暮らしていく分には十分なお金も頂いておりますし」

 

 角度的に愕然とした表情のままのバラキエルさんからは見えないけど、いまだ手を繋いだままだしな、実際は余裕綽々なんだと思う。あ、アザゼルさんは察しているんだろうな、笑いをかみ殺しているような顔に変わってる。

 アリサやアリシア達は、俺が朱乃さんと手を繋いでいることに驚いていた様子だけど、すずかの様子が変わらないことと、突然の重たい雰囲気に状況を黙って見守っていた。

 

「週に一度は必ず夕食を共にするという約束もしましたし、これから進路等の相談をさせて頂くこともあるでしょう、お父様は『私の』お父様なのですから。ただ、最終的に決めるのは私です。懐深い父親として、私の意思を尊重して下さいな?」

 

「おお、おお! 朱乃が知らぬ間に立派になって……! 分かった、父は朱乃の意思を尊重する! 私としては非常に寂しく、腹を抉られかき乱される思いだが、度量のあるところを見せなくてはな……」

 

「お父様の理解に感謝しますわ、うふふ」

 

 見事に落として上げたよ、完全にバラキエルさんを手玉に取ってるし。朱乃さんはすずかのじと目や朱璃さんの苦笑い顔もどこ吹く風でさらっと流している。

 

「……前のように朱乃、と呼ぶからな。で、そういうことなのか?」

 

「ええ、アザゼルおじ様。ただ、リアス等の前ではお願いしますね?」

 

「もちろんだ。そもそも、俺が悪魔が裏社会を管轄する地域に来てること自体がやべぇ話だからな。この神社に張った結界のお陰で、この街への侵入が漏れていないみたいだけの話だ。しっかし、見事なもんだぜ。もともと朱乃がこの神社に住めるように張られている結界の内側に、大翔の手で結界を別に張り直してあってよ、その内容が外界との時間や認識を隔離するっていう、結界系の神滅具が作るものと変わりない代物ときてやが……もがっ」

 

「ストップですわ、おじ様。アリシアさんナイスです」

 

 熱く語り始めたアザゼルさんの口元がアリシアの手によって塞がれて、朱乃さんからの制止が入る。短い時間ながら、俺と似た要素を持つ彼の接し方については、アリシアも迷いがないみたいだ。

 

「うん、アザゼルさんは語ると長い人、違う、堕天使さんだからね~。その話は後でって言ったでしょ、一週間ぐらいは時間があるんだから。ひーちゃんも話が合うのは楽しいわけだし、すずかちゃんもひーちゃんの影響で突っ込んだ話が出来るんだから、楽しみに待っててよ」

 

「……おう。いやぁ、自分の所の組織だとなかなかこういう話が出来る相手がいなくてな。柄にもなく興奮しちまったぜ」

 

『趣味の話は楽しいもん、気持ちは分かるよ。で、朱乃さんはひーちゃんの恋人になったわけ?』

 

 紗月からの全員への念話が飛び、一気に皆の目が俺や朱乃さんへと集中する。一呼吸置いた後、まずは朱乃さんが首をゆっくりと左右に振って、静かに口を開く。

 

「想いは伝えましたが、まだ了承を頂けたわけではないのです。突然のことですし、大翔さんもすぐに答えを出せないでしょうから」

 

 一旦言葉を止め、繋がれた手に少しだけ力を込めてこちらを見てから、朱乃さんは先程の決意をもう一度、アリサやアザゼルさん達へと伝えていった。

 

「ただ、私は大翔さんから離れるつもりはありません。恋人だけじゃなくて、家族になってずっと支えたいから。経営者になっていく彼の秘書的な役割も出来るように勉強を重ねるつもりですし、すずかさんやアリサさんが公私両方で彼を支えるように私もそうありたいと思うから」

 

「朱乃、海鳴に来るつもりなのね?」

 

「ええ、アリサさん。眷属の女王という立場も含めて色々問題はありますけど、最後はこの身一つで飛び込んでいく覚悟もしているわ」

 

 朱乃さんの言葉に短く問いかけるのはアリサだった。即座に迷い無く答えを返す朱乃さんに、アリサはニッコリ笑って手を伸ばす。

 

「……アリサでいいわ。住む場所なり、身分証明なり、大学に行くつもりならその辺りも含めて、そっちはバニングス家でどうにかする。その代わり、ずっと容赦なくこっちの事情にも巻き込むわよ、いいわね」

 

「ええ、そうでなければ海鳴に行く意味が無いじゃない、『アリサ』」

 

 アリサと朱乃さんは互いの手を重ね合って、一度強く頷き合うと、二人で俺の腕を強く引き、すずかも一緒に縁側へと腰掛けさせてくる。

 

「すずか、私も魔力流してもらわないと朱璃さんが見えないんだから、ちょっと背中なり、前に回りなさいよ」

 

「朱乃さんやアリシアちゃん達は見えてるんだから、片手だけ空いていればいいでしょう?」

 

「大翔が朱乃に寄りかかられたり、あるいは腕を回して朱乃を抱き締めろって言うわけ?」

 

「むぅ……それはまだ早いよ」

 

「お前ら目の前で痴話喧嘩するのは止めてくれや……なぁ、バラキ……駄目か。娘が女の顔してるの見せられて、半分意識飛んでやがる」

 

 結局、女性四名の交渉の結果、前側にすずか、背中に寄りかかるアリシア+紗月、左右にそれぞれアリサと朱乃さんという形でなんとか収まった。

 アリサには早速魔力を流すことで、憑依関連の能力を譲渡して、これでやっと五人とも朱璃さんとの意思疎通に困らなくなる体制となる。すずかの一族の力を除けば、五人とも同じ技能の共有が出来ているというところか。

 

「おっそろしいな、その力も。同じ能力者が増やせるってことだろ?」

 

「ただ、おじ様。技能は持っていても使いこなすには、しっかりとした訓練が必要ですわ」

 

「色んなスキルをレベル1で持ってるような感じだもん。実戦で使えるレベルになるのは別の話でさ」

 

「ああ、スキルレベルみたいなもんか。そうなると、ただの器用貧乏になる時もあるんだな」

 

「個々の得意分野もあるしね。私なんかは火に絡む魔法や技能が得意だし、朱乃だったら雷系統になるでしょ?」

 

 アザゼルさん、ゲームも嗜む堕天使とのことで、スキルレベル制の話は要領が得やすかったようだ。朱璃さんが見えるようにして欲しいということだったから、女性陣の同意も得て、憑依関連能力に対して、アザゼルさんとバラキエルさんにも譲渡を終えた。

 バラキエルさんは号泣して俺の手を掲げるように取り、深く頭を下げて俺に感謝しながら、俺になら朱乃さんを任せられる、朱乃さんをどうか頼む──と、またもや先走る発言をして、朱璃さんと朱乃さん二人がかりでまたもやとっちめられていたけれど、それでも、バラキエルさんは幸せそうな顔をしている。

 

「バラキエル親子がこの十年近くずっと抱えていた後悔を、お前らが取り払ったんだ。俺の大事な部下や家族を救ってくれたお前らに、俺も感謝してる。出来る範囲なら何でも協力するからよ、何かあれば連絡してくれや」

 

 アザゼルさん直通の連絡ルートも教えてもらって、互いに多忙であっても、俺は今後とも技術談義に花を咲かせる約束を交わす。結界内の日数はまだ猶予があるものの、今回限りなのは俺もアザゼルさんも望んじゃいないのだから。

 そして、この世界の神器は生命体の意識を宿せるものもあると聞き、俺達の世界のインテリジェントデバイスに共通するような部分とか、霊体の朱璃さんの状態をより安定させるために、アザゼルさんが開発・研究を進める、人以外の種族でも宿せるという人工神器をバラキエルさんに持たせ、その神器に継続的に憑依させて、変身魔法の応用で元の朱璃さんの姿に戻れたりするところまでやってしまおうであるとか……。とにかく、俺の知る方法とアザゼルさんの知る方法を組み合わせることで、一先ずの解決策が見えてきていた。

 

「人工神器の核に魔力や光力を溜め込んでおける魔石を埋め込んで、その力で朱璃が必要に応じて変身すればいいわけだな。朱璃の憑依した魔石の安定と変身魔法のエネルギーを確保するために、使用者による常時魔力等の供給が必要だとか、神器の特性上、使用者から離れられないデメリットがあるが、バラキエルは喜んでそのコストを払うだろうから、問題はねえな」

 

「常に力の供給が必要なら、私が実力を磨けばいいだけのことだ、問題ない。朱璃や朱乃のためなら、もっと強くなってみせよう」

 

『こうして話せるだけでもありがたいのに、アザゼルさん、大翔くん、無理はしないでね?』

 

「ちっと時間はかかるかもしれないが、最高の憑依先を作ってやるさ。大翔、とびっきりの魔石を頼む。出来るだけこっちも試作品を早く作って、そっちにも見せられるようにする。おっし、久々に燃えてきたぜ」

 

 流石に残りの一週間程度で、朱璃さんがこの先宿り木とする、最高級クラスの人工神器やその中心核が出来るわけでもなく、どちらにせよ、核にする素材を互いに持ち合うため、アザゼルさんも俺も互いの研究施設に戻る必要があった。

 ただ、作るだけなら、次元空間にしまってある材料で何とか出来そうだけど、今回は良質程度のモノじゃダメだし、魔力は十分に貯めておける魔石となると、原材料の鉱石もいいモノを使わないといけないから。

 

「俺の組織の副総督には、この件で急に動くことがあるってことは正式に話を通しておく。だから、お前も素材を持ってこっちに来れる目処が立った時点で、連絡を入れてくれればそうは待たせないぜ。俺が抜ける間はバラキエルが頑張るだろう、なんせ家族のことだしな」

 

「分かりました。アリサ、すずか、戻ったら俺のスケジュールの見直しを手伝っ……違うか、『俺達の』スケジュールの見直しを一緒にやってくれ」

 

「ふふ、気づいて言い直したわね、正解よ。アンタ一人で行かせるわけがないでしょうが。半日空けられれば、アンタの封時結界で十日前後は稼げる計算になるから、最低でもそれぐらいは何とかしましょう」

 

「半日……実際は帰宅後の時間も含めて考えればいいから、六時間ぐらいの確保だね、それ以上時間が取れれば、さらに万全ということで」

 

 頷き合う俺達三人の傍で、アリシア・紗月・朱乃さんの三人も何やら話し合いを終えたのか、此方の会話に加わってくる。

 

「合わせて、一週間ぐらい朱乃さんにも学校休んでもらって、海鳴に来てもらうよ~。こちらの世界と比べると、二か月ぐらい私達の世界が季節も進んでいるから、休学中の勉強のフォローは十分できるし、専属秘書を目指すんなら、可能な範囲でひーちゃんやすずかちゃん達の仕事を見学してもらったほうがいいもん。現場の空気を知るのって絶対、目標への意識が変わってくるから。封時結界も合わせれば、実際の行動時間も増やせるよ」

 

「それって大丈夫なの? ほら、眷属の仕事とか……」

 

「おじ様やお父様達にも相談した上になりますけど、部分的に今回の一件を話す形で、お父様との関係が改善しつつあることで、日本のグリゴリの拠点に出向いたりする等、駒王町を留守にする理由を作りますわ」

 

「うん、嘘は言ってないことになるもんね」

 

「ええ、一部分だけですが、素直に伝えるわけですから」



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第13話 黒猫

 「お前らナチュナルに黒いな。いや、朱乃は堕天使の血を引いているけどよ、ブラックジョークにしかならねぇぞ。というか、そんなに次元に関する魔法を連発して、大翔は大丈夫なのか」

 

 隠蔽に関する鍛錬の成果はまずまずのようで、突っ込みを入れてくるアザゼルさんの目からは、俺やすずか達は人間の枠から出ていなかったようだ。朱乃さんから堕天使と悪魔の力も複写させてもらってます……とは、なかなか伝えにくい話だし、全て見ていた朱璃さんにも、この一件は伏せてもらっている。

 

『いやぁ、毎度のことながら制御訓練は苦行でしたね……』

 

『ママの訓練メニューに比べると有情だよ、紗月さんや……』

 

『でも、触れられたら一発じゃない? もしくは真剣にこっちの力を探られてもアウトでしょ。この人、じゃないわ、堕天使さんは、滅茶苦茶強いわよ』

 

『分かってて、すっ呆けてくれているのかもね』

 

『同じ研究者思考の大翔さんだから、余計な詮索をしていないだけかもしれません。グリゴリでこういう話題を出来る者がいないと、以前から言っていましたから』

 

 好きなように念話でのやり取りを交わす四人をよそに、俺は魔法の師匠が次元魔法を最も得手にしていて、徹底的に叩き込まれたことを伝えた。外での一分を結界内の一日に引き延ばせるレベルの封時結界を張れるようにとか、デバイスの補助なしで次元転移を連発できるようになれだとか、敵からの波状攻撃を凌ぎながら、次元転移の雷を別世界にいる敵のリーダーに当てろだとか……。

 

「次元や時空に関する魔力や魔術は、そこまで詳しく無いが、お前の師匠が相当荒っぽいのは良く分かるぜ……」

 

「娘を任せるのだからこれぐらいは最低限だと言われれば、奮い立つしかなかったですから」

 

「娘?」

 

「私のこと~。私のママが、プレシア・テスタロッサっていうの」

 

 魔石等から自身の魔力に変換運用できる特殊技能持ちだったプレシアさんはその技能も飛び抜けたレベルで運用していたから、俺もその能力の譲渡を受けている兼ね合いもあって、魔力が切れかけたら、口の中に魔石突っ込まれて、無理やり魔力回復させられていたっけ……。

 

「これだから、親馬鹿って奴は怖いんだよなぁ。人間だろうが堕天使だろうが変わりゃしねえ」

 

「今は以前に比べると、少しは認めてもらえたのかと思いますけど」

 

「……お前もなかなかネジが吹っ飛んでやがるな。生死の境を普通に彷徨う修行なんざ、俺みたいな堕天使や悪魔のような奴らじゃまだしも、逃げ出したっておかしくないぜ」

 

 でも、それをすれば、堂々と紗月達と一緒にいられなくなっただろうし、そのお陰でデバイスいらずで次元魔法は使えるところまで来たし、結果、命は繋がっているんだから、今じゃ思い出話に出来ている。

 そんなことを伝えると、アザゼルさんは腕を組んで唸り出し、やがて隣で話を聞いているすずかに問いかけ始めた。

 

「おぅ、お嬢ちゃん、いつから、コイツはこうなんだ?」

 

「出会った時からそうでした。だから、絶対に目を離せませんし、私達の誰かが必ずついて離れないようにしています」

 

「筋金入りだなおい。まぁ、今後もそうするべきだし、朱乃にも手伝わせたらいい」

 

「まだ彼女は弱いので、必死に鍛えてもらっているところですから、もう少し先の話ですね」

 

 すずかは通常、遠距離及び支援タイプの魔導師だけど、スノーホワイトの形状変化で、槍使いとしての中距離、鉤爪つきの籠手をつけた接近戦も含めて、全ての距離で戦える。

 夜の一族の飛び抜けた身体能力に補助魔法を組み合わせられるから、接近戦の適正は高いんだけど、俺達は接近戦特化のアリサもいるし、好戦的な性格でもないから、ミッドチルダの傭兵業務をこなす時は、俺と同じ中衛か、背後を突かれた時も即座に対応が出来るから、後衛を務めてくれることが多い。

 

「朱乃よりも、お前さんが強いと?」

 

『事実よ、アザゼルさん。模擬戦も幾度かこなしているけど、相性もあって、朱乃は封殺されているわね』

 

「朱璃が見てるんなら、そうなんだろうな。ふーん、せっかくだ。この滞在中、俺も少しお前らを鍛えてやるよ」

 

「書類仕事から逃げたいだけだろう、アザゼル。まぁ、いい。私も彼を直接鍛えてやりたいしな」

 

「……部屋はありますけれど、食材の量が足りるかしら?」

 

 結界内の残期間まで滞在を決めた二人に、朱乃さんが不安の声を漏らす。結界外は現在、大体夜中の零時過ぎ。一時間程度で帰って来られる、二十四時間営業のスーパーとかがあれば何とかなるか?

 

「朱乃さん、ごめん。聞きたいことがあるんだけど──」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「朱乃さん、アザゼルさん、すいません、全部出してもらって」

 

「気にするなって。こっちに来たばかりで、こっちの金持ってないのは当然じゃねえか。俺もちょこちょこゲームとか買いに来るからよ、換金をしてるだけの話だ。それに、俺の方はこの魔石で貰い過ぎな位だ。元は普通の鉱石になんでもう丁寧に魔力を込められるかね……光力でも同じことが出来るのか、興味が尽きないな」

 

「私もこのブレスレットを頂いているので、これぐらいはさせて頂きませんと」

 

 大翔さんの提案は、一時的に結界を解いて、すぐに買い出しを済ませて戻り、もう一度結界を張り直せば、時間ロスも少ないということでした。

 駅前に二十四時間営業のスーパーもありましたし、金銭面では私が出せば済む話でしたから、私達は手早く食材の調達を済ませていました。おじ様には、私がうまく悪魔や堕天使の気配が抑えられているか再度確認し、大丈夫だろうとの答えをもらいましたし、逆におじ様やお父様も問題なく、人に見える程度の細工は出来る為、大翔さん達も含めて、七名で一気に荷物を持ち帰ってきています。

 

 購入費用はおじ様も半分持ってくれましたので、せめてお礼とばかりに、大翔さんからは、おじ様にストックしていた魔石と、私には身体・精神防御機能つきのブレスレットを頂きました。なお、おじ様も研究素材に欲しいと言い出したのですが、作るのに多少時間がかかるからと、後日のお楽しみという話でまとまっています。

 そもそも、私相手に大翔さんから頂いたものを横から欲しがるのは、流石におじ様と言えど、消し炭に変えられても仕方のない言い分だと思います。私はもっともっと、貪欲に力をつけなければなりませんね。堕天使の総督であるおじ様ですら、雷で灰に変えられるぐらいには。その脅しが通じるぐらいには、必ず。うふふ……。

 

「この街、本当に人以外の気配があちらこちらから感じられて、朱乃さんやアザゼルさんの言う通りなんだと、改めて実感しましたよ……」

 

 戻ってくる途中、怪我を負い、さらにぐったりしていた毛並の良い黒猫を拾い、すずかさんと共に治療を終えた大翔さんが、私やすずかさんと夕食の仕込──そう、結界内では大体、そんな時間帯なのです──をしながら、ぽつりと呟きます。

 

「神器でもレアな即時治癒だけじゃなく探知も出来るってか……お、軽く味付けして火を通しただけなのに、これビールと合うな」

 

「アザゼルさん、作ってる横からつまむの止めて下さいよ」

 

「いやぁ、缶ビール片手に何も無いのも寂しくてな」

 

「するめとかのつまみも一緒に買ってきてたでしょう、あれ食べといて下さい。アリシアに頼めば、お酌位してくれますし、缶じゃなくてグラスでどうぞ。後で冷やしたグラスと交換しますし」

 

「何でも出来るオカンみたいだな、大翔」

 

「じゃあ台所を預かるオカンの邪魔をするとどうなるかも分かりますよね?」

 

「夕食抜きは勘弁だ、撤退するぜ」

 

 参りました、と言いながら退出していくおじ様だが、大翔さんとのやり取りはまるで長年の友人のようなやり取りでした。すぐにお父様が少し顔を出して、手間をかけてしまったが、おじ様を離さないようにしておくと、私達に声をかけて、居間へと戻っていきます。

 こんな家族のやり取りも、私は何年間もしていなかったためか、細かく刻んだ玉葱のせいにしつつ、そっと目元を拭いました。

 

「猫さん、猫さん、鮭食べるよね? 焼いても大丈夫かな?」

 

 すずかさんはすずかさんで、猫大好きな一面を隠すことなく、助けた猫さんに話しかけています。怪我に加え、お腹も相当空いていたのか、朝の残り物を綺麗に平らげた後は、すずかさんか大翔さんの傍についたままです。

 

「ただの猫さんじゃなさそうだし、その子も。あー、構えなくていいよ? 君みたいな子は、元々知り合いにいるからさ」

 

「……どういうことにゃ」

 

「やっぱり喋れたんだね。いや、狼タイプで人型になれる知り合いがいるんだよ」

 

 しれっと会話をされてますが、大翔さん達は猫が言葉を話せることに違和感が無いのでしょうか……。普通、驚きませんか?

 

「なるほどにゃ」

 

「その形態でいると、魔力消費が抑えられるのかな。知り合いはそうなんだけど」

 

「その通りにゃ……しかし、こちらの正体を察しても、躊躇いなく普通に介抱して、こうして食事までくれるなんて、お人好しにゃのね。あっちの居間で飲んだくれてるおじさんや世話してるおじさんも、相当強い堕天使みたいだし、こっちも危害を加えてくるようなら、さっさと逃げるつもりだったけどにゃ」

 

「可愛い猫さんは正義だもの。アザゼルさん達は朱乃さんに危害が及ばない限り、動かないと言ってくれているしね」

 

「と、すずかに言われてしまえば、俺の選択肢は決まってるから。あ、そうだ。苦手な食べ物はある?」

 

「苦手はにゃいけど、魚マシマシで頼むにゃ。ん? そっちのお姉ちゃんは頭を抱えているけど、大丈夫かにゃ」

 

 猫又と察した上で、介抱をして、ご飯も上げていると。そして、この猫又も相当に肝が据わっているか、あるいは腕に自信があるのか、体力や妖力が回復するまでは貰えるものは貰う方針のようですが、なんとも図太いことです……。

 弱っていた力が多少回復したからなのか、彼女からは悪魔の力も感じますし、結界が解かれるまでには、大翔さんにも彼女の存在自体が厄介である可能性を分かってもらう必要がありますね。あの有名なSS級はぐれ悪魔の特徴にも重なる部分がありますし……まさかとは思いますが。

 

「それでねー、私は猫魈っていう仙術が得意な猫又の上位種族にゃのよ~。黒猫とでも呼んでくれにゃあー、あー、すずかの撫で方は危険にゃ……脱力してしまうにゃ……」

 

「ふふふ、家ではたくさん猫さん飼ってるからね。撫で方にも年季が入ってるもん。でも、良かったよ。せっかく綺麗な毛並だから、傷は丁寧に治さないといけないと思ったし、頑張った甲斐があったよ。撫でている私も癒されるもん」

 

「すずかとそっちのお兄さんの治癒魔法、でいいのかにゃ? 回復の早さと丁寧さに加えて、魔力が温かいと感じたのは貴重な経験だったにゃ……きっと、すずかの猫に対する愛情と、お兄さんの気質なのにゃ……」

 

「私の婚約者さんだもん。料理も上手なんだよ? 楽しみにしててね」

 

 仮の名前で『黒猫さん』と名付けられた彼女は、すずかさんの手技によりぽろぽろと自分の情報を漏らしてくれています。そのせいで、どう見てもSS級はぐれ悪魔としか思えなくなった私なのですが、そうなると、大翔さんには別の意味で危険が迫ります。

 確か、人型になる際には着物を着崩してくるという、昔の遊郭の遊女に似た格好をしているはずです。私は女性陣に念話を飛ばし、迂闊に大翔さんを黒猫と名乗る『黒歌』に近づけないよう、あるいは必ず誰かが隣につくように注意を促すのでした。

 

 ……しかし、恐らく小猫ちゃんの様子を見に来ていたのでしょうか。小猫ちゃんを見捨てて、はぐれとなった彼女は仙術と妖術を恐ろしく高度なレベルで使いこなすといわれ、単独行動もお手のもののはず。その彼女がここまで傷を負わせられる相手が、この駒王町に入り込んでいるとでも……?

 

「それでねー、流石に三日以上まともな食事を取れてなかったから、強い私といえど、不意を突かれて、この街に侵入していた堕天使の光力にやられちゃったのにゃ。やっぱり空腹は最強の敵にゃのよ」

 

「じゃあ、その悪い堕天使さんは次に会ったら、すぐにやっつけられるんだね」

 

「余裕にゃ。一宿一飯の恩義って奴で、しばらくこの街にいるからその間、こっそりすずか達を守ってやるにゃ」

 

「ううん、それよりも身体の調子がちゃんと戻るまで、しっかりご飯も食べてこうして撫でさせてくれたら嬉しいな。私もちゃんと自分の身ぐらい守れるんだよ?」

 

 ……街に堕天使が入り込んでいる、と。おじ様に確認を取らなければなりませんね。ただ、どうにもその堕天使の独断のように思えますが。

 

「朱乃さん、今は食事を仕上げてしまおう。一人ぐらい暴れても、この家にいる人達なら追い出すぐらいは出来るだろうし、美味しいご飯を食べれば、そういう鬱屈した気分も多少晴れるってもんだよ」

 

 ……そうですね。聞き取りはすずかさんにお任せして、まずは大翔さんの言う通りに、目の前の調理を済ますとしましょう。




彼女はヒロイン勢のパワーアップの為に、最初から絡ませるつもりでした。

ただ、押しが強い彼女なので、ヒロイン候補になり得るというと、
ちょっと難しい一面があります。
ヘタレは異性としては、好まないような気もしますし。

※次回更新は、15日(木)が目標です。


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第14話 観察

 いやぁ、面白い子達に運良く拾ってもらえたもんだにゃ。特にもう、すずかの膝の上で、撫でられるのはヤバいにゃ。ささくれていた心が浄化されて、悪魔から天使に転生出来そうな感じ……嗚呼、駄目になるぅ……。あのテロリスト集団にしつこくスカウトされてたけど、断り続けていて良かったにゃあ。

 ああ、この煮つけも美味しいにゃあ、すずかのフィアンセという大翔は料理が上手にゃのねぇ……。空腹のところに、テロリスト集団と堕天使と連続で相手をして、思わぬ痛い目に遭ったけど、これで全部帳消しなのにゃ……。

 白音、ごめんね。お姉ちゃん、もう飼い慣らされてしまったかもしれないにゃ……。あっ、すずか、そこはダメにゃっ、あぅ、はふぅ、堕ちてしまうにゃぁぁぁ……。

 

「ふふふ、黒猫ちゃん。お腹を見せちゃって。すごくリラックスしてるね~」

 

 すずかの魔性の手がそうさせるのにゃ……。多分、治癒とか癒しの力を無意識に使ってるんじゃないかとは思うんだけど、気持ち良くてうまく考えられないにゃ……。

 

「やはり、おじ様は指示を出していないのですね」

 

「おう、駒王町はそもそも魔王の妹二人が赴任してる地域だろう。まして、朱乃も住んでいる土地なのによ。火薬庫に爆弾放り込むような指示を出すわけがねえ」

 

 呆けた脳にも情報は入ってくるのか、ぐびぐびとビールで喉を潤しながら、堕天使と悪魔の気配が混ざり合うこの家の家主の女の質問に、堕天使の総督アザゼルが呆れた口調で答えて、横でその女の父親というバラキエルも頷いているにゃ。

 

「アザゼルが見逃したとしても、その辺りはしっかりシェムハザが押さえている。下の連中の暴走と見て間違いないだろう」

 

「中堅どころが軒並み手薄になってるのが仇になってるな。この外界と隔離してくれる『封時結界』があるから、俺だってこうしてここで舌鼓を打っていられるわけだしよ……かぁっ、日本酒にも合うな、これはよ!」

 

 ……こうしてると、ただの飲んだくれちょい悪親父にしか見えないけどにゃ。この女は白音のところの女王だけど、さっきの調理中もブレスレットと大翔を交互に見ては悦に浸っていたりした時間が長かったから、殆どこのちゃぶ台の上に並んでいる料理は大翔が作ったようなものにゃ。

 それにこうして直に触れているとちゃんと力を隠していて、すずかも人の枠を外れるぐらいには強い人であることが良く分かるのにゃ。普段はしっかりと表に出ないように制御してるみたいだし、念話とかいう思念を直接送り合う魔術──妖術にも似たようなものがあるしね──で、すずかとはたくさんお話をして大翔がすずか以上の術者なのも聞かせてもらったにゃ。

 あんまりパッとしない風貌……というと、すずかがすんごく怒るので、ごくふつーの顔してる大翔としておくけど、すずかやあの金髪の短長髪美女美少女コンビからは彼の力を強く感じるし、こうしてくっついてるすずかに触れて分かったことだけど、陰の気をよく蓄えられる場所……子宮に陽の気も程良く調和してるのが見えちゃって……。

 無意識に房中術に似たようなことをやっていれば、この四人、そりゃ仲睦まじいのも納得できるのにゃ。四人とも納得させられる精力も体力もあるってのは、無害そうな顔をして、大翔もそういう好きモノ……アッハイ、身も心も満たせるように頑張ってるだけにゃのよね、うん、すずか、この短時間でそれは良く伝わったから、その怒気を沈めてにゃ?

 

 ……大翔のことに関しては、すずかは異常に勘がいいのにゃ。大翔に対しての悪意はそれこそ世界線を越えて察知できそうな感じ。今もちょっと、大翔のことを悪く思っただけで、即座に念話で警告してくるぐらいにゃ。

 すずかの反対側で大翔の隣を確保している、この女王は大翔に恋慕してるんだろうけど、ここまで深く繋がってる人達に入り込むのは大変だと思うし、既にすずかに私も釘を刺されたぐらい……ちょっかいのつもりで、人型で誘惑しようとしたら塵一つ残さずに消すからと、辺りに漂う呪詛を全て集めて、言霊に乗せようとするもんだから、必死に否定しながら、悪い気を散らしたにゃ……。

 あ、疲労した心身はすずかのゴッドハンドですぐに回復したので、問題はにゃいけどね。白音への想いは私も相当拗らせてるほうだと思うけど、すずかの情念は遥かに上を行ってるにゃ。

 

『あの飲んだくれが堕天使のトップと信じたくなかったけど、明らかにそうとしか思えない発言をしてるし、プライベートとはいえ威厳の欠片もないにゃ……』

 

『あはは……親しみやすいから、助かるところもあるけど』

 

『私のこと、はぐれ悪魔と気づいていても、態度を変える様子もにゃいし』

 

『だって、黒歌ちゃんは約束を破って、妹さんに乱暴しようとして、無理やり眷属にしようとした悪魔を倒しただけでしょ。上位階級の悪魔達が自分達に都合の良いように情報を書き換えただけ。悪いのは向こうだよ』

 

 すずかにはポロリと私の事情も話してしまったんだけど、あっさり信じると言われてしまって、すごく驚いたのと、迷わず信じてくれた嬉しさで、この膝の上からどんどん離れがたくなっている自分がいるにゃ。

 そのすずかも、美味しいご飯を作ってくれた大翔も、あのコンビからも、悪魔と堕天使の力を感じたものの、力に囚われ過ぎず、それでいて、しっかり使いこなそうとしているのが分かるから、正直、大当たりを引いたんじゃないかと思っているにゃ。

 この黒歌さんが傍まで近寄らないと分からないぐらいに、しっかり力の気配を隠せるというのは、才能だけじゃなくてしっかり鍛錬も積んでいる証拠。

 

『嬉しいこと言ってくれるにゃ、すずかは』

 

『ふふ、可愛い猫さんに悪い子はいないの』

 

『もし、爪で引っかいたりしても?』

 

『可愛い我がままだよ、それも』

 

 私を撫でるのともう一方の手で、すずかは用事が無い限り、どことなく大翔に触れていることが多いにゃ。それで触れている部分から、大翔もすずかに魔力を流して、また自分に戻す感じで二人の間で循環させているにゃ。手同士で触れ合わなくても、経路みたいなものが出来上がっているのか、身体の一部が触れ合うだけで、互いの魔力を通して、常に魔力の流れを整え合っているからビックリにゃ。

 魔力と仙術で使う『気』という種類が異なるだけで、多分、この二人は仙術をあっという間に使いこなせる……確信に近いものがあって。私はお礼も兼ねて、また、才ある存在を見つけた喜びも合わさって、私は自分の魔力や気が完全に復調するまで、ちょっと稽古をつけてやろうと決めたのにゃ。

 

 ……決して、すずかのゴッドハンドと大翔の料理に餌付けされたわけではないにゃ。餌付けされたわけではないにゃ。大事なことだから二回言ったし、絶対チョロ猫なんかじゃないにゃ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「おお、恐ろしく覚えが早いにゃ。これも師匠たる私の教え方が素晴らしいからにゃ!」

 

「ありがとうございます、黒歌さん。ですから、その破廉恥な格好で俺に近づかないで下さい」

 

「うん、それ以上ひろくんに近づいたら、黒歌ちゃんは一日氷柱の中だよ?」

 

「ふふふ、そんなの、私の幻術にかかれば……」

 

「そっかぁ、今日の膝枕はいらないのかな?」

 

「お許し下さいにゃ、すずか様ぁ」

 

 翌日からこんな漫才交じりのやり取りをしながら、私を除く大翔さん達の鍛錬には仙術の習得が加わりました。あのはぐれ悪魔の黒歌は人型に戻れるまでに力が回復したようですが、あっという間にすずかさんに飼い慣らされており、彼女の言に逆らうことがありません。

 リアスへすぐに報告することも考えましたが、小猫ちゃんの姉でもあります。おじ様から様子を見る期間を設けるように助言され、少なくとも結界内にいる間は静観することにしたのです。

 

「なんなのよ、この茶番。アリシアも一体、指先に力を集中させて、何してるの?」

 

「『気』だよ、『気』! チャクラだよ、アリサちゃん! 魔貫光殺砲とかリアルで撃てるんだよ!」

 

「魔力でも似たようなものは撃てるじゃない……」

 

「違うんだよアリサちゃん、それだけじゃなくて、波紋とかスタンドへの可能性すら広がってるんだよッ!」

 

『オラオラオラオラがリアルに出来るかもしれないんだよッ!』

 

「ごめん、アリシア、紗月。何言ってるのか、アタシにはさっぱり……」

 

 アリシアさんがアリサを困らせてしまっているようですが、大翔さんとすずかさんは何やら思い当たる節があるらしく、顔を見合わせて苦笑いされています。

 イッセーくんが『ドラグソボール』とかいう漫画の技を真似て、神器を発動させていましたが、ひょっとして同じようなことなのでしょうか。

 なお、私については、まずは自分自身の力を使いこなせるようになってから言いなさいとか、大翔さんとそういう仲になってから出直して来いなど、色んな理由をつけて教えるつもりは無いようで。ええ、あの目線は明らかに此方を見下していましたからね……見ているといいですわ、黒歌。

 

「雷光よっ、我の敵を砕き、そのまま焼き尽くしなさいっ、アハハハハハハッ!」

 

「あっ、朱乃っ、素晴らしい、光力を使いこな、あがががっ」

 

「おー、バラキエル、骨は拾ってやるからなー」

 

 ちょうどいい練習台……いえ、練習相手になるお父様もいることですし、結界を解除するまでには、実戦で使える程度には仕上げてみせますっ!

 

「煽りにうまく乗ったみたいだにゃ。変な拘りがあったみたいだけど、大翔との関係性の停滞を突いたら、こうもあっさり克服したにゃんてね」

 

「ひろくんとそういう仲になってから、なんて言うのは、ちょっと煽り過ぎだよ、黒歌ちゃん。あと、着物はそんな風に崩して着ないの。サイズが合わないなら、ちゃんと直してあげるから」

 

「えー、胸が苦しいのは嫌にゃ……」

 

「だから、ちゃんとお直しするんだよ」

 

 黒歌がすずかさんと何やらぶつぶつ言っているようですが、すぐに私を侮っていたことを後悔させてあげますわ。さぁ、お父様、今しばらく的になって頂きますわよっ!

 

「大翔っ、すずかっ、すまんが回復の用意をしてくれっ。炭化したら流石にどうにもならねえぞ!」

 

「大丈夫だアザゼル、これも娘の愛情表現の一か、ががががががっ!?」

 

『流石は私の娘、なんだけど。あの人もまともに受け止め過ぎなのよね……』

 

 そんなこんなで、私の力は確実についてきていて、おじ様曰く中級悪魔や堕天使に遅れは取ることもないだろうと言われるほどになりつつありました。

 

 お母様の鞭をお借りして、接近されても最低限戦えるように、相手の身体に巻き付けて、そのまま雷を注いで差し上げるような対処法も身に着けつつありますし、何より毎日の鍛錬の終わりに大翔さんにゆっくり魔力を流してもらいつつ、治癒魔法をかけて頂く至福の時が楽しみで仕方なくて。

 頑張れば頑張るほど、魔力や体力の回復に時間がかかりますから、大翔さんに触れてもらえる時間が増えるのです。私だけではなく、すずかさん達もそれは一緒みたいですけどね。

 

「ちゃんと朱乃には、仙術の力は切り分けて流してるみたいで感心感心……ふにゃあ」

 

「黒歌、なぜ貴女まで蕩けているのですか……あ、ん……気持ちいいですわ……」

 

「そりゃ、治癒と魔力・気の循環をしてもらってるすずかの膝の上だから、間接的に影響は受けるにゃ……あー、大翔に教えたのは正解にゃね……これ、一日の疲れ取れるのが分かるにゃ……」

 

「黒歌さんのお陰で、魔力と組み合わせることで、自己回復力も上がってるよ。ありがとう。……すずかはうつらうつらしてるから、静かにね?」

 

「はいにゃ……」

 

 大翔さんの手は私とすずかさんに当てられていますが、アリサやアリシアさんも大翔さんの背中に寄り掛かっています。黒歌の言うように循環の輪にある誰かに触れているだけでも効果があるようで、心地良さそうに目を細めていますから。

 大翔さんは個人個人に合わせて、魔力の流す量、強さ、時間等を決めているそうですが、黒歌さんから仙術や気の扱いを学んだことで、心身へ与えるリラックス効果が一気に向上しています。能力付与の有無は関係なく、黒歌の言葉を借りるなら、大翔さんのゴッドハンドに磨きがかかっているのです。……触れられているだけで、思わず艶かしい声が漏れてしまうぐらいに。

 

「いやぁ、気を流してもらうってのはいいもんなんだな、二日酔いとかもスッキリするしよ。同時に肩とか解してもらったが、随分と血行が良くなった感じだ」

 

「ああ、彼の治癒魔法や気を使った整体はある意味危険だ。同性の私でも多幸感に包まれてしまうのだから、迂闊に女性を近づけるべきではないぞ。これ以上、朱乃の好敵手を増やすわけにもいかん」

 

「バラキエルの言う通りにゃ……このメンバーと白音以外、特にグレモリーとかシトリーの娘とか絶対ダメにゃ……」

 

「分かってますわ、黒歌……」

 

 ある意味、大翔さんの危険性が上がってしまう結果となりましたが、既に恩恵を受けている私達にとっては、彼がますます魅力的になられたということでもあります。




次回更新予定:日曜日の21時


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第15話 侵入者

 「んじゃ、大翔。準備出来次第、連絡をくれや」

 

「はい。集められる材料全部かき集めてきます。朱璃さんの最高の拠り代、絶対に作りましょう」

 

「朱乃、何があればすぐに連絡を。母さんと共にすぐに駆けつける」

 

『朱乃、大翔さんにご迷惑をかけ過ぎないようにね』

 

 お母様は次元を越えた転移に同行する私の影響を受けないように、次回の合流時までお父様に付いて行くことになりました。時にはお父様に憑依して、手料理を振舞ったり、アザゼルおじ様が暴走しないように見張ったりと、やることには困らなさそうだと笑っています。

 

「ええ、大翔さんの仕事がどういうものなのか、しっかり学んできますわ」

 

「ご飯も布団も借りてる手前、朱乃が戻ってくるまでは、ここを拠点に堕天使の連中は見張っといてやるにゃ。グレモリーの警戒網は甘々すぎるからにゃ」

 

 最初は海鳴に同行する意思を見せていた黒歌ですが、お母様が再度実体化するための準備を済ませ次第、駒王町に戻ることや、すずかさんが小猫ちゃんの件を聞いて『お猫様は須らく幸せでなきゃ駄目なんだよ?』と介入する姿勢を前面に押し出したものですから、連絡手段──次元を越えた海鳴でも連絡が出来る通信機を持った上で、こちらの異変を察知する役割を引き受けたのでした。

 

「悔しいけれど黒歌の言う通りで、堕天使やテロリストの侵入を取りこぼしていますから……部長に進言した上で、体制を再構築しませんと」

 

「学生だから、は言い訳にならないからにゃ。立場に責任がついて回るのは、大翔やすずか達の言動を見てれば分かるでしょ?」

 

 アザゼルのおじ様が大翔さんと話が合うのは、研究者気質だけではなく、大企業と名家の後継者の立場を背負う大翔さんの立場が、おじ様の立場と共通するから。自分の言動に責任を取るのが当然という世界に、彼は身を置いています。

 就寝前に毎晩、空間に浮かべたディスプレイを睨むように見つめて、難しい顔をして考え込んでいるのを見たことがありますが、それは彼が抱えるプロジェクトの進捗状況なのだと、アリサが教えてくれました。今回のように別次元の世界に飛んでいても、必ず一日に一度は見直して、頭に入れ直しているのだと。

 

 駒王町を自分達の支配下に置いているというならば、私もリアスももっとやらなければならないことがある。彼にそうしろと言われたわけではありません。ただ、彼の背中を見て、私は自分を恥じたのです。

 

「どうしたの、朱乃さん、黒歌」

 

「いえ、何でもありませんわ。元々の結界の運用など、家の細かい部分をもう一度黒歌に確認していたのです。海鳴の滞在中は彼女が使うわけですし」

 

「連絡装置は持ってるけどすぐに飛んでこれるかは別の話だし、ちょっとした所の確認にゃ」

 

「なるほど。それじゃ、こちらは帰り支度を進めておくから。朱乃さん、行ってらっしゃい。また後ほど」

 

「はい、行ってきます、大翔さん」

 

「そっちの探知網に引っかからない程度に、すずか達の仙術練習がてら勝手に動いてる堕天使連中の動きも調べておくにゃ。何か分かれば、お前からグレモリーに報告すればいいにゃ」

 

「ええ、黒歌。宜しくお願いしますね」

 

 外出時のちょっとした挨拶を交わし合うことに、心が温かくなる感覚を覚えながら、体感時間で二週間ぶりに、私は学校へと登校することになりました。欠席届をしっかり鞄に詰めて。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「朱乃!? どうしたの、ストッキングを履いてくるなんて。体調でも悪いの?」

 

 学校に着くなり、先に教室にいたリアスが驚きの顔で声を掛けてきます。これまではリアスと同様、ローファーに短めのソックスを合わせていたのですが、正直な話、素肌をあまり見せたくないと思ってしまったのです。この駒王学園の制服のデザインは気に入っているのですが、何分スカートの丈も短いので、歩く時も鞄を極力後ろ手に持つようにして、せめてもの防御対策のつもりでした。

 ええ、大翔さん以外の男性に見て欲しくないという思いからですが、リアスからすれば、今まで堂々と肌を見せていた私が急に変わったように見えるのでしょう。そのために、こちらを気遣うような問いかけになっています。

 

「あらあら、大丈夫よ、リアス。少し変化をつけてみようと思っただけ」

 

「入学してから今日まで、真冬でも履いたことなかったじゃない」

 

「それは貴女も同じでしょ、リアス」

 

 さてさて、まずは一週間の欠席を申し出ないといけませんね。以前、アリシアさん達と相談したように、とある出来事がありお父様との関係が改善する機会があったことや、その兼ね合いで日本国内のグリゴリの拠点に出向く用事が出来たことを説明して、いつまでも家族の問題から目を背けているわけにはいかないから──と訴えれば、リアスは認めてくれるでしょうし。

 

「リアス、昼休みに時間をもらえないかしら。ゆっくり話したいことがあるのよ」

 

「やっぱり今日の朱乃、ちょっとおかしいわよ。分かった、昼休みね」

 

 そして、昼休みになり、私は屋上で人気払いの結界を張ってから、リアスに早速説明をして、一週間の休学を学校側に提出したいと願ったのです。その結果……。

 

「朱乃ぉ、良かった、良かったわね、やっと前に進めたのね!」

 

「……ありがとう、リアス」

 

 泣きながら私に抱き着き、何度も良かったと繰り返すリアスを宥める羽目になりました。ずっと、彼女の中でも私の親との確執は引っかかっている所があって、自分のことのように喜んでくれています。

 本当に優しいわね、貴女は。大翔さんに出会うまで、私を支えてくれたのは間違いなく貴女だったもの。ああ、貴女の抱える問題も私が力になれればいいのに。

 

「光力の扱いも少しずつ身につけているの。これからは『雷の巫女』の二つ名が『雷光の巫女』になれるよう、精進するから」

 

「お父様との集中特訓で、家族の時間を取りつつ光力の扱いにも慣れるため。ひいては、私の女王のパワーアップに繋がると言われてはね。でも、堕天使の拠点でしょ。私も行った方が……」

 

「その間、街に侵入していて勝手な判断で動いている堕天使を放置するわけにはいかないでしょ? 私が訪問するのはアザゼル総督から排除許可のお墨付きを頂くのも兼ねるわけだから、ね」

 

 ごめんなさい、リアス。流石に『まだ』大翔さんのことを話題に出せないから、実はもう裏が取れているとは言えないわね。大翔さんのことを知れば貴女は強引に眷属化しようとするだろうし、そうなればすずかさんがそれこそ真祖返りを起こしかねません、怒りのあまりに。

 対応策を考えてからリアスには報告することになりそうですけど、会長にこっそり相談しておくことも考えておきましょう。あの方なら、ある程度はうまく取り成して頂けるでしょう。小猫ちゃんの一件が絡んでくる以上、顔を合わせずに済むことはありませんからね。

 

「何かあればすぐに連絡すること、いいわね?」

 

「ええ、分かりましたわ、『部長』」

 

 この後、学校側に休学届を提出して、海鳴へ同行するための手続きは完了したのでした。ですが、黒歌の元で仙術の熟達に務めていた大翔さん達は、厄介な気配を察知したために街中へと飛び出していたのです。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「無力化完了……しっかし、えらく手数も多いし、やけにハイテンションで、ひたすら喋り続けていたし、これがこの世界のエクソシストなのか……」

 

「多分、こいつが例外なだけにゃ。ただ、悪魔即殺については、大体合ってるけどにゃ」

 

「戦っていて、別の意味で疲れたわよ……」

 

 魔法の広域探索と仙術の気配察知を合わせることで、消費を抑えながら広域の気配探知を利用して、この街の廃墟と化していた教会から堕天使たちの気配を察知した俺達。偵察に向かった途中で、フリード・セルゼンと名乗った悪魔祓いが襲い掛かってきたわけだが、五対一ということもあり、何とか傷を負うことなく彼の無力化に成功していた。

 

「なんなんすかね、これは! 全く動けねーじゃないじゃありませんか! 俺があんた達もけちょんけちょんにするはずが、この深紅に光る輪っかのせいで簀巻き状態じゃありませんかぁ! なんなのお前ら! 悪魔の糞の癖に!」

 

 なお、簀巻きになっても元気だ。光の力を帯びた退魔剣と銃は回収させてもらっている。防御障壁をしっかり張っていなければ、退魔剣や銃で前線で戦うアリサや黒歌が猛毒を食らいそうな場面もあったし。

 

「うんまぁ、あんたの言うように悪魔は悪魔だからなぁ……まだ、人間やめたつもりはないけど。はぐれみたいなものだし、人に躊躇いなく斬りかかれる君の方が人間やめてる気がするよ」

 

「けっ、悪魔に何を言われても、これっぽっちも痛くも痒くもありませんー! というか、これ解けよガッテム! 解いたらすぐに殺してやるからさぁぁぁぁ!」

 

「……もういいよ、ひろくん。こんな外道神父に手を穢すことは無いけど、ここでしっかり『壊して』おいた方がいいから」

 

 すずかの声は極寒の氷点下と化しており、漏れ出る魔力は辺り一体を氷の世界へと変えていく。散々やかましく煽る言動を繰り返していた神父の身体は首から下を残して氷像へと瞬く間に変化完了、といった状況で。

 

「ほれほれ、黒歌。アンタも近くに来なさいよ。少しは暖が取れるでしょ」

 

「おぉ~、アリサの炎は暖かいにゃ……これ、気も混ぜ込んでる?」

 

「そうよ、せっかく黒歌に教えてもらったんだから。すずかの氷の魔力に充てられても簡単に消えないわけ。無意識下ですずかが魔力を放出する時は、全方位に容赦なく向けられるしね」

 

「結界張ってもおっそろしい寒さだよ……眠ったらそのまま召されちゃいそう」

 

 アリサ達はさっさと魔法で作り出した焚火に集まり、手を当て暖を取りながら俺が対応するのを待つ態勢に入っていた。早く対応しなさいと目線で訴えるアリサだけど、俺もそう簡単に近づけないからね?

 

「メールを頂いて飛んできましたが、すずかさんはお怒りのようですね。あのエクソシスト、殆ど氷像と化していますわ」

 

「朱乃先輩、どうして、あの人がここにいるのですか……しかし、寒いです」

 

「し、白音……」

 

「ついてこないように言ったでしょう、小猫ちゃん。思うところはあるでしょうが、今は動かないで下さいね。動けば、貴女もあの氷像の仲間入りですから」

 

 駆けつけてきた朱乃さんの声と、硬く緊張した色合いを強く含んだ、朱乃さんと比べれば少しだけ幼い声。黒歌さんの漏らした呟きから、答えは出ているようなものだった。

 だが、今はすずかの対応が先だ。目の前の神父に至っては完全に氷像と化している。

 

「すずか。氷像にする前に『干渉』は終わったんだろう?」

 

「うん。氷像にされる恐怖からか精神抵抗も弱くなっていたから、身体を動かすのも苦痛に感じる程の倦怠感が常に襲い掛かるようにしたし、その上で私達に仇なそうとすれば、全身を駆け巡る激しい痛みに常に襲われるように刷り込んだよ」

 

「だったら、もういいさ。俺も身体が冷えた。誰か温めてくれると助かるんだけどな」

 

「ふふ、分かったよひろくん。だけど、くっついたら簡単には離れてあげないからね?」

 

 魔力を霧散させたすずかが胸元に寄り掛かってくるのを抱き止めて、空いた手で氷像を溶かしていく。そんなに簡単に無造作に出来るなんて、と驚く声はあえて捨て置く。黒歌さんの妹さんも二週間前の朱乃さんと同じで、元々十分な魔力や妖力を待っているからか、魔力を細かく制御する習慣がなかったみたいだしね。

 別に無造作に出来るわけでもないし、片手でも炎の魔力を制御出来るのは鍛錬のたまものだからね、うん。

 

「朱乃先輩、説明してくれますよね? 急に姉さまの匂いを感じさせていた理由も」

 

「……ええ、とりあえずは私の家へ行きましょう。リアスにはこのまま帰宅するとメールを入れておきますから。この外道神父は、鎖の拘束魔法で引きずっていくとしましょうか」

 

 朱乃さんが補助系の魔法として俺達から学んだ拘束魔法の鎖を神父に巻きつけ、続けて風系統の魔力を使って身体ごと浮かせて、鎖を引くだけで楽に連行出来る態勢を整えていく。

 

「いつの間に、風系統の魔力も慣れた感じで使えるようになったんですか……」

 

「それも後で話しますわ。さ、移動開始しましょうか」

 

「なんだか凧みたいだよね。あ、私アリシア! アリシア・テスタロッサっていうの、宜しくね! 朱乃さんにはお世話になっているんだ! あ、飴ちゃん食べる?」

 

「……塔城小猫です。……頂きます」

 

 早速、アリシアと紗月が間に入って、自己紹介を始めたようだ。あちらは一旦任せるとして──。

 

「……すずかぁ、大翔ぉ」

 

「不安そうな声を出さなくても大丈夫だよ、黒歌ちゃん。よしよし……」

 

 俺の腕の中から出ようとはしないすずかだけど、近寄ってきた黒歌さんの不安を宥めるべく、黒猫に戻った彼女をそっと抱き上げて、落ち着かせるように撫でていく。

 

「ふにゃあ……あう、白音の前なのにぃ……相変わらずの猫殺しにゃぁ……」

 

「……なんですか、これ」

 

「対猫種族の特効効果を持つ匠の技ですわ。小猫ちゃんも気をつけないと、一瞬で堕ちますわよ?」

 

 妹さんの前で威厳もへったくれもなくなっている黒歌さんであるが、満ち足りた顔をしているし、いいのかな?



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第16話 暴露

加筆修正をしました。

感想でも頂きましたが、悪魔陣営は黒歌を追い立て、小猫(白音)に嘘の情報を刷り込み、
危険だからと処分しようとされて、その悪魔のトップに救われるという、
ひどい自作自演を見た、という一面があります。

その辺りを言及していなかったので、朱乃さんに少し触れてもらいました。


「色々言いたいこともありますが、あるんですけど……これは卑怯です、朱乃先輩」

 

「卑怯と言われても、店中の甘いものを食べ尽くした後では説得力がありませんよ、小猫ちゃん」

 

「……だって、シュークリームもショートケーキもフルーツタルトもパフェも全部こんなに美味しいなんて反則です。それも自分が満足するまで食べていいだなんて……悪魔の誘惑よりももっとひどい何かです」

 

 翠屋。大翔さん達から聞かされていた凄腕のパティシエさん家族が経営する喫茶店のテラス席で、夕日に照らされながら、小猫ちゃんはそんなことを言うのです。

 拠点に戻ったばかりのお父様を急ぎ呼び出して、あの神父の後始末を依頼した上で、小猫ちゃんと黒歌をこのままにするわけにもいかず、私達はまとめて海鳴へと転移したのです。私はこのまま滞在をする予定ですが、黒歌と小猫さんは翌日に駒王町に帰す段取りを考えていました。

 

「マスターが作るハンバーグも美味しいよ。セットにする?」

 

「!……そうやって、私を丸め込むつもりですか。負けませんから。ですので、パンのセットで」

 

 口元にクリームをつけて表情筋に力を入れても締まりませんし、セットでくださいと言っている以上、小猫ちゃんの籠絡は殆ど完了している状況でした。

 

「桃子さん、俺はもう一度珈琲を」

 

「はい、かしこまりました。うふふ、この食べっぷりは見ていても気持ち良くなるわね」

 

「本当に全部幸せそうに平らげましたからね……奢り甲斐もあるってもんです」

 

 奢り甲斐と大翔さんが口にしましたが、海鳴に戻ってきたことで、今度は大翔さん達に滞在費用はこちらで持つから、とさらりと断言されてしまっているのです。すずかさん達に宿泊に必要な小物の買い出しに連れて行かれたりして、あとは念のためにと、デビットカードも一枚預けられていますから、大翔さんやすずかさん達の懐具合は相当に余裕があるのかも、と邪推してしまいます。

 転移した先に広がっていたのは、広大な中庭に、そびえ立つ巨大な洋館。今晩から一週間お世話になる月村邸と、事前で聞かされていたものの、それでも驚いたものです。土地そのものが広い冥界ではなく、日本でこれほどの敷地を持つ家というのは、それこそ別世界といえるものでしたから。

 すずかさんやアリサが口にしていた、大翔さんの裕福さを利用しようとする性質の悪い虫は即座に排除しないといけないのは、ひょっとして日常茶飯事なのかもしれない。私はそんなことを思うのでした。

 

「玉の輿だにゃ……このまますずか達に飼われるのが正解にしか思えないにゃ……」

 

「ひろくんや私達のプライベートな時間も含めた護衛役は必要だし、黒歌ちゃんが良ければ、真剣に考えてもらえると嬉しいな」

 

 黒歌はほぼ買収完了、というところでしょう。衣食住、心の安らぎを保障され、かつ、自分の力を生かせる仕事もあるとなれば、後は気にかかるのは小猫ちゃんのこと。

 

「……その人は力に酔って、主にも仇なしますよ?」

 

「私達を黒歌ちゃんが手にかけることは無いよ、塔城さん。自分を転生させた外道を手に掛けたことも聞いたけど、理由を聞けばすごく納得できたもの」

 

 小猫ちゃんの警告にも、すずかさんは黒歌を転生させた上級悪魔を『外道』だと切り捨てていく。

 

「……ひろくん」

 

「ああ、すぐに張るよ」

 

 大翔さんが音漏れを防ぐ結界を張り、あの笑顔が素敵なパティシエさんがテラスに通じるガラス戸をそっと閉めてくれて、疑似的な密室の出来上がり。

 食事を取りながら内密な話をする時に、こうして場所を借りることは時折あるらしいと大翔さんが教えてくれた。魔法の存在を知る関係者でもあるから、と。

 

「まず、黒歌ちゃんの仙術や妖術はものすごく高度なレベルだよ。暴走するなんて考えられないし、するとしても、爆発的な攻撃力が必要とか、やむを得ない理由があると思うの。仙術を教えてもらったから、分かったことなんだけどね」

 

「それには同意だな。俺やすずか達の魔力の流れをすぐに見抜いたし、アレを指摘された時は正直、どうしようかと思ったよ」

 

 ああ、房中術の話ですね、多分。すずかさんがこっそり教えてくれて、すずかさんやアリサ達が堂々としていて、大翔さんが悶えてしまうという面白い風景が見れましたね。

 

「黒歌さんの術者としての実力は、お師匠と呼ぶに相応しいからね。お陰で短期間のうちに仙術と魔力の合わせ技も出来るようになったし」

 

「身体強化で、速度も攻撃力も大抵の騎士(ナイト)戦車(ルーク)にも負けなくなったんじゃないかにゃ。ただ、まぁ気も魔力も同時消費だし、消耗は激しいみたいにゃけど」

 

「逆に気と合わせることで、普段通りの強化だったら消耗を少なくすることも出来るようになったわよね。両方からちょっとずつ使う感じで」

 

「もともと、魔力量がひーちゃん達に比べて少ない私にもありがたい話だよね~」

 

 大翔さんやすずかさん達のやり取りに、小猫ちゃんは愕然としてしまっています。今まで忌み嫌っていた自分の内に秘めた力を、容易く使われているように見えたからでしょう。

 

「仙術ってそんな簡単に使いこなせるものじゃないはずなのに……」

 

「すずか達は教える前から経路が完全に開いていたから、例外の最たるものにゃ。あとは使い方を知ったら、凝り性の大翔中心にあっという間だったからにゃぁ……まぁ、応用はこれからだけど、基本的な使用については問題ないと思うにゃ」

 

「……経路を開くってそんなことが出来るんですか?」

 

「あー、うん。あるといえばあるにゃ。実際、大翔達は自覚なしだったけど、そうしてたわけだし……朱乃にまだ教えられないっていうのも、開いてもらってから教えた方が圧倒的に習得が早いからにゃぁ……」

 

 大翔さんとそういう関係になること自体が、私のさらなるパワーアップにも繋がるのですね。焦りは禁物ですが、すずかさん達との差にじれったさを感じてしまう自分もいます。

 ただ、せっかく拒否反応が無くなりつつある大翔さんに、肉質的に迫ったらまたぶり返してしまいそうですし、うーん、難しいものですわね……。

 それに勢いで、初めての一夜を過ごすのも、やっぱり寂しく虚しいとも思いますし、どうしたものでしょうか……。

 

「話が逸れたから、戻すね。力の使い方も分かってる黒歌ちゃんが、力を暴走させるのは考えにくいってことを言いたかったの」

 

「十年前はまだ、その人も子供でした」

 

「だったとしても、力を暴走させたのは塔城さんのためだよ」

 

「なんで、そんなことが言い切れるんですかっ」

 

 苛立ちを隠さない小猫ちゃんに、すずかさんは僅かに微笑みながら、指を一つ立てました。

 

「一つ目。黒歌ちゃんは寝言でも塔城さんのことを心配しています」

 

「え?」

 

「え? 私、そんなことまで寝言で言ってるにゃ!?」

 

「うん、ほら初めて会って私が傷を癒した後、撫でたまま眠っちゃったでしょ? それが最初かな。それ以降も、私に撫でられてそのまま寝た時に、時々口にしてるよ?」

 

「にゃ、にゃぁあああああああ!」

 

 すずかさんに悪気はないのでしょうが、姉馬鹿を本人の前で晒されている黒歌が悲鳴を上げるのも無理はありません。ああ、悶えて頭を抱える彼女を見るのは、昂ぶってしまいますわ……私だけに仙術を教えない貴女への罰ですわ、うふふ……。

 

「二つ目~」

 

「す、すずか、後生にゃ!」

 

「駄目だよ、黒歌ちゃん。ちゃんと塔城さんへの溢れる思いを分かってもらわないと」

 

「あうぅ……撫でるのは、卑怯にゃぁぁ……はふぅ」

 

 黒歌はゴッドハンドの手に再び堕ちて、椅子に腰かけるすずかさんの太ももを枕に撫でられるがままになってしまいます。あの絶妙なタッチ、指の滑らかな動き。そして、魔力だけでなく、僅かな気を纏わせて、相手のリラックスを促す効果もあって。

 あの気や魔力の繊細な扱い方は大翔さんを模倣しているのでしょうね。大翔さんにマッサージをしてもらう時の自分の心地良さをイメージして……。

 

「日常会話のあちらこちらに、塔城さんの話題が頻繁に出てくるの。ちゃんとご飯を食べているかな、笑えているかな、寂しい思いはしていないかな……私がひろくんのことをたくさん話すのと一緒。大切な人で、気になってしょうがないから、たくさんたくさん、言葉にしてしまうんだよ」

 

「……ひどいにゃぁ……恥ずかしくて死にそうだにゃあ……それなのに、この手は気持ち良過ぎて離れられないにゃぁ……にゃぁ」

 

 ある意味、黒歌には罰めいたものになっているようですが、第三者から姉の自分に対する愛情をさんざん聞かされた小猫ちゃんも、顔を真っ赤にして俯いています。

 傍から見ればどこか微笑ましいのに、当人たちにとってはたまったものではない……そんな沈黙が少しの間流れて、小猫ちゃんが再び口を開きました。

 

「……私は、姉さまが妖力を暴走させて、主を殺してはぐれ悪魔になったとしか聞いていません。だから、同じように暴走する可能性があるお前の力は危険なんだって。でも、先程からの月村さんの言い方はまるで、私の為に姉さまが仕方なくはぐれ悪魔になったような言い方です」

 

「そうだよ? 多分、当時の塔城さんにそのまま事実を伝えたらまずいと判断した悪魔さん達がいたんじゃないかな。幼い貴女にありのままを伝える方が残酷だと」

 

 実際に小猫ちゃんへの配慮で真実を伝えなかった、というよりは、悪魔勢力に取り込めなかった姉の代わりにという思惑はあったのでしょう。すずかさんやアリサも大きな家同士の付き合いで、そういうドロドロとした部分はわりと身近な話だと話してくれていました。ただ、今の小猫ちゃんにそれを素直に告げる必要はない……そう、すずかさんが判断したに過ぎません。

 

 人だから、悪魔だから、ではなく、どの世界にも腐りきった輩は存在していて、そんな者達の悪意に対して屈するわけにはいかないから、実力も交渉術もしっかり磨き続けないといけない──秘書的役割を目指そうとする私に、すずかさんやアリサはそのように心構えを説いていたのです。

 

「……姉さまもいつまでも悶えてないで、何か言ったらどうなんですか」

 

「……落ちついて、小猫ちゃん。これだけ美味しいものをたくさん頂いたのでしょう? ちゃんと心を少しでも落ち着けて話を聞きましょう。この後、すずかさんの家で晩御飯も待っているのですから」

 

 あっという間にハンバーグセットも平らげ、デミグラスソースが口元についている小猫ちゃんの口元をそっと拭い、私はまずは黒歌の言い分を聞くように促しました。ここでの食事代は軽く諭吉さんが飛んでいく額になっているでしょう。私は静かな言葉でその対価を払うように助言したのです。

 なお、言葉の通り、ここでの食事は間食扱い。ですので、私や大翔さん達はケーキやシュークリームを頂いた他は飲み物しか口にしていません。小猫さんの食欲がいかにすごいのかということですね、これは。

 

「白音……」

 

「この後、夕食も待っているのですから、聞くだけは黙って聞いてあげます。そちらの太っ腹な魔法使いのお兄さんに免じて」

 

 小猫ちゃんの問いかけと時を同じくして、すずかさんは手の動きを止めました。黒歌はゆっくりと小猫ちゃんの隣へと移動し、膝を畳んで、腰かける小猫ちゃんを見上げます。

 

「生活の糧を得るために、アイツの眷属になった後、アイツは白音に手を出そうとしたの。私だけが悪魔になるという約束だったのに、同じ猫魈だからと、私だけでは飽き足らず、まだ私以上に身体が出来上がっていない白音を眷属化して、しかも慰み者にしようとしたっ……!」

 

 事情は既に聞かされていた私も、気分のいいものではありません。上級悪魔で貴族層を形成する中に、悪魔以外を下等生物とみなし、おもちゃのように扱う者達がいて、魔王ルシファー様達のような良識ある方達からも簡単に排除できない家の力を持っていると。

 

「だから、力を解放して、そいつを仕留めたのにゃ……だけど、私ははぐれ悪魔に認定され、白音と共にいられないようになってしまった。謝っても許されないとは分かっているにゃ、それでも白音を独りにして、ごめんね、ごめんねぇ……」

 

 最後は涙声になって、小猫ちゃんの膝に縋り付いて、幾度も詫び続ける黒歌。小猫ちゃんの顔は俯いていて見えないものの、縋りつく黒歌の手を払うことは無かったのです。



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第17話 即堕ち

「……ものすごく寂しかったよ、姉さま。いつ力が暴走するか分からないからって、始末されそうになっていた私をリアス部長が眷属にしてくれて、妹のようにずっと可愛がってもらっていたけど、私にとっての姉さまは、血の繋がった家族は、黒歌姉さまだけだったから」

 

「白音ぇ……」

 

「姉さまの言っていることと、私を始末しようとしていた奴らの言っていたことが正反対だから、正直混乱してますけど。ただ、姉さまの言葉に嘘はないと感じたし、そう信じたいから」

 

「うん……うんっ……」

 

「それにね。あれだけ月村さんの手でだらしなくあられもない声を漏らす姉さまが、自分の力に酔うっていうのも、なかなか想像しにくいですし」

 

 あら? 姉妹の和解に立ち会えると思っていたのですが、なんだか雲行きが怪しいような……?

 

「撫でられただけでマタタビを嗅いだみたいに口元を緩ませて呆けちゃうなんて、ずっと会いたいと願っていた姉さまが一気にただのダメ姉に見えましたし、そんなダメ姉が力の暴走とか、ちゃんちゃらおかしいです。私の感動を返して下さい。出来れば、このお店のシュークリーム5ダースぐらいで」

 

「にゃっ!? そ、そんなにだらしないトロ顔なんてしてないにゃ! 第一、5ダースって多すぎるにゃ! お一人さま2個までって貼ってある札が見えないの!」

 

 涙すら浮かべていたはずの黒歌も一気に素に戻り、立ち上がっては小猫ちゃんに抗議の声をあげます。

 

「ばっちりトロ顔してました。それに、私の食欲がそんな札一枚で止まるはずもありません」

 

「留まれにゃ! 入店禁止になったらそれまでにゃ!」

 

「む……それは」

 

「それにっ、白音だったら、そんな風にならないと言うのかにゃ? 堕ちたりなんかしないとでも?」

 

「当然です。猫は気まぐれなんですから、そう簡単に靡くなんて」

 

「ぐぬぬぬぬ……大翔、すずか、ぎゃふんと言わせてやってにゃ!」

 

 話を振られ、困惑する大翔さんに対して、表情に喜びの色が見えるすずかさんは、すぐに大翔さんの迷いを振り払うべく、声を掛けていきます。

 

「……いいのかな?」

 

「あの綺麗な白銀の髪、撫で心地が良さそうだし、猫姿になったらもっと愛らしいと思うよ。それに姉妹が仲違いしているのを助けることにもなるし、ひろくんは何も悪くないし、むしろいいことの手伝いをするんだよ」

 

 ああ、これがフラグというものなのですね。アリシアさんが概念を教えて下さっていましたが、知識でしか知らない私にもハッキリと分かりました。

 人の身ですら抗う意欲を失わせる、大翔さんの手。種族:猫への特効を持つ、すずかさんの手。どちらの手にかかるにせよ、数分後、きっと小猫ちゃんは──。

 

「にゃあ……ふにゃあ、もう戻れないです……大翔兄さま、すずか姉さま……本当にずっと可愛がってくれますか?」

 

「もちろんだよ。環境を早く整えて、黒歌ちゃんと一緒に、ずっと私達と一緒に暮らせるようにしようね」

 

「姉妹なんだから、仲良くするのが一番だよ。すずかのGOサインも出ているし、俺達も塔城さんが望んでくれるなら、家族の一員としてこれからどうぞ宜しく、って話になるけどね」

 

 二人同時に撫でられるという波状攻撃に、大翔さんとすずかさんの膝上に寝転ぶ姿勢となった小猫ちゃんは、猫耳も尻尾も隠せずに出してしまって、尻尾はふりふりと気分良さそうに揺れ続けています。

 

「……私以上に早かったにゃ。でも、あれは本当に気持ち良さそうにゃ……」

 

「黒歌、貴女も気持ち良さを思い出したからか、耳と尻尾が出ていますよ。ただ、小猫ちゃんがああなるのも無理はないかと。お二人同時に、それもすずかさんは本気で落としにかかったみたいですし。意外と二人ともノリがいいのですね」

 

 実際、一分持ちませんでしたね。瞳を潤ませてもっとと願うようになった小猫ちゃんを二人は膝上に誘導して、十分程度が経過しましたが、完堕ちした小猫ちゃんは、すずかさんが黒歌と一緒に暮らせるようにする提案に迷いもなく頷いて、ずっと可愛がって欲しいとせがんでいる有様です。

 

「黒歌~。私も撫でさせて欲しいよ。艶やかな黒髪、ずっと気になっていたんだから」

 

「あ、アタシも撫でたい。すずかばかり独占していて、アタシ達だって犬も猫も大好きなんだから」

 

「ふにゃ、構わないけど……おおぅ、アリサもアリシア達も気を抜くと一気に力が抜けそうにゃ……」

 

「ひーちゃん達みたいに、私達の膝上においでませ? 安心して脱力出来るよ~」

 

「くっ、悪魔の誘いにゃ……だけど、既に堕ちている黒歌さんはホイホイその提案に乗ってしまうのにゃ」

 

 嬉しそうに膝上に移動していく黒歌、完全に懐いた飼い猫さんですね。極端に小柄な小猫ちゃんと違って、人型では膝上に乗れませんから猫に戻る辺り、撫でられる気満々ですね、まったく。

 

「すずかちゃん達には及ばないだろうけど、どう?」

 

「アタシもどうしても犬特化みたいな部分があるから、言ってくれたら調整するから」

 

「はふぅ……いや、アリサもアリシアと紗月も、十分に魔性の手を名乗っていいと思うにゃ……。この手から逃れたいと思う猫はきっと猫を辞めてるにゃ」

 

「ちなみにひーちゃんとかすずかちゃんのってどんな感じ? 私もひーちゃんに魔力や気を込めて撫でられていると、ふわふわしてすごくいい気分になるんだけど」

 

「まず、思考がまとまらなくなるにゃ。心地良さのあまりにボーっとして、大翔やすずかの言うことを全部聞いてしまうみたいな感じにゃ……よく考えたら恐ろしい話にゃんだけど、一度あの感覚を知ってしまえば戻れない、麻薬のようなものにゃ……」

 

「それって強制魅了みたいなもんじゃない……封印されたアイツの力と一緒ね」

 

「ただ、あれは精神抵抗力が強かったり、他にしっかり愛情を育んでいる人がいれば、普通にレジスト出来るから。同性への効きは弱かったりするし」

 

「比べてる人が誰か分からにゃいけど、あの手は同性異性関係なく猫に対して発動するから恐ろしいにゃ。大翔は猫に限らない気もするし、アリサの場合も、犬相手だったら同じことになるんじゃないかにゃ」

 

「確かに家のあの子達はアタシの言うことを絶対に聞いてくれるけど……」

 

 今もうっとりはしているようですが、会話はしっかり成立する黒歌です。そう考えると、大翔さん達の手は黒歌や小猫ちゃんにとって、本当に危険なものになってしまいますね。

 

「……ところで、大翔さんが躊躇いなく、小猫ちゃんを撫でたり出来ているのはなぜでしょう? 黒歌だって、猫姿でないと大翔さんは拒否反応が出てしまいますのに」

 

「多分、フェイトと一緒なのかも。あ、私の妹なんだけどね、今日の夕食時に顔合わせするけど。ほら、姉や妹に異性を感じるかというと、そうはならないじゃない。ひーちゃんの中でそう定義づけ出来たら、女の子よりも肉親の情が先に立つんじゃないかな」

 

「だから、フェイトは未だに長い片思いが続いてるしね。実際、フェイトが今の立ち位置である程度満足もしてしまっているから、なかなか崩す気にはなれないでしょうし」

 

 大翔さんに片思いをしている、妹的存在、ですか。一体、どんな人なんでしょうか……。

 

「私よりもひーちゃんにベッタリだもん、フェイトは。寝る時はいいとしても、お風呂のタイミングも考えないと。またひーちゃんの背中を流すとかいって、乱入していきそうだし」

 

「流石に大翔も裸見せられたら卒倒しちゃうしね。それならタオルを巻けばいいとか、あの子は言うけど、あれって計算じゃなくて、素で言ってるし……」

 

「……性教育、してないにゃ?」

 

「母姉ともども過保護過ぎたと反省している」

 

『だが天然培養のフェイトは可愛い!』

 

「例の母親が将来を大翔にしか任せるつもりが無いから、大翔相手だったら間違い起こっても問題ないとか思ってる節があるし……頭が痛いのよ」

 

 大翔さん相手には外堀から埋めるのが有効とは思いますが、まさか親御さんが埋め立てを促進して、退路を封じようとしているとは……。

 これは海鳴でも、一騒動二騒動と有りそうな感じですね。大翔さんと関係性を進められる時間を何とか作り出せるように頑張りませんと。

 

 ところで、小猫ちゃん。あっさりお腹を見せるのは仕方ないとしても、猫姿にならなくていいのかしら。その状態でお腹を大翔さんに撫でて欲しいというのは、流石に無理があると思いますから……。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「小猫ちゃん、猫姿には戻らなくていいの? 可愛いおへそも全部見えちゃってるよ?」

 

 ──ふわふわして、気持ちいい。気持ちいいから、いいんです……。大翔兄さまは、どうしてお腹は撫でてくれないんですか?

 

「猫姿だったら多分、大丈夫と思うんだけど。ちょっと体質的な問題。ごめんね、小猫ちゃん」

 

 白音、本当の私の名前……兄さまと姉さまには、そう呼んでほしい、にゃ。

 

「白音ちゃん、だね。分かった、そう呼ぶね」

 

 すずか姉さまのお腹を撫でる手が、兄さまの耳や髪を撫でてくれる手が、本当に気持ち良くて、安心できて、全部預けてしまいたくて──。黒歌姉さまの言ったこと、本当だったよ。ごめんね、黒歌姉さま。

 二人に思わず、兄さま姉さまと呼びたいってお願いしてしまうぐらいに、二人の手は欲しかった温もりや愛情や安心感とか、全部伝わってきて。魔力や仙術の気の力をこんな風に温かく使いこなす二人に、私はあっさり懐いてしまった。

 

 難しいこととかは、考えられない。悪魔らしく、この人達の傍にいたい欲望がどんどん強くなるから、傍にいるだけ──。黒歌姉さまも、きっとそうだよね。

 

「さて、そろそろ家に帰らないと。白音ちゃんにもご馳走が待ってる。一時帰国してるノエルさんが張り切っていたからなぁ、何が出てくるやら」

 

「大丈夫、白音ちゃん。ほら、ひろくんと私と手を繋いでいたら、その感覚がちゃんと身体を巡るのが分かるでしょう?」

 

 身を起こして、二人と手を繋ぐ形になってみれば、ぼんやりとしていた思考がちゃんと出来るようになってくる。だけど、身体の中にある温かい感覚は消えるわけじゃなくて。

 ──本当は、お父さん、お母さんと呼びかけそうになった私がいる。それだけは何とか思い留まったんだけど、二人にはそんな温かさを感じた。

 

「なんで、こんなことが出来るんですか?」

 

「うん、俺の稀少技能がその理由なんだけど──」

 

 兄さまの『融合』という力。魔力等を介して、相手の能力を複写出来て、一度複写した力はまた誰かに複写させることが出来る。これだけ聞けばものすごい力だけど、熟練度まで一緒に複写できるわけじゃないから、素養を渡せる程度のものなのだという。

 ただ、魔法使いや仙術の素養が無い人がその技能を磨けるようになるのもすごい話だし、魔力や気の力の総量自体は大翔兄さまから何度も力を循環させることで少しずつ増えていく。だから、努力次第で実力者になれるための才をもらえるようなもの。

 

 すずか姉さまやアリサさん達は、大翔兄さまの力になりたくて、その力を受け取り、同時に磨きをかけていて、最低でも中級悪魔程度の力は持っていそうな感じだ。その寵愛を受ける大翔兄さまは本当に上手に隠しているから、予想込みだけど、部長よりも上かもしれないという気がする。少なくても、今の私じゃ敵わないだろう。

 

「それで、基礎能力を上げられるってことで、小学校の頃からよく循環させていたんだけど、その内、すずかやアリサ達の魔力の流れが澱んでいたり、乱れているのが分かるようになったんだよな。それで流れの強さを変えてみたり、按摩のやり方を覚えて、身体の凝りをほぐしながら、魔力を集中的に浸透させてみたりとか……」

 

「それって、気の通し方と殆ど一緒です」

 

「うん、だから黒歌さんにも異常に身に着くのが早いって言われた。黒歌さんに気を流してもらった時、一気に要領を得た感じだったよ」

 

 今だってこうして話しながら、送迎の車の中でも魔力や気が私やすずか姉さまを通じて、また兄さまへ戻っていくのが分かる。私の猫魈の力がそれに伴って活性化しつつあるけど、兄さまが暴走しないようにうまく散らしてくれているのも伝わっているから、安心して兄さまの話を聞けている。

 

「私は、自分の中にある猫魈としての力が怖くて、無意識に抑えていたから、身体の成長も止まってしまってるって、悪魔のお医者さんに言われたことがありました。でも、兄さんがいたら、もう必要以上に恐れなくてもいいんですよね?」

 

「ああ、制御の手伝いはこれでも得意な方だから、大丈夫。きっちりフォローしてみせるさ」

 

 得意な方、なんてレベルじゃなくて制御技術は達人クラスと思うのですが、兄さまはもっと上の頂きを見ているんでしょうね。普通、こんな日常会話をしながら、活性化したばかりの私の仙術や妖力を──そう、妖力まで整えているなんて。

 

「この感覚を毎日教えてもらえれば、そう遠くない日に私も仙術や妖術を使えるって、そう思えます。……だから、帰りたくない、って思ってしまいます」

 

「大丈夫だよ、白音ちゃん。ねぇ、ひろくん?」

 

「あっちでも張っていたけど、こっちでもやりますか。黒歌さんとゆっくり話をする時間も必要だろうし……」

 

「遅くても24時までに集合して、後は鍛錬場所にいるだろうから、庭の大部分と、家全体に結界を張れるように補助具も用意しないとね」

 

 兄さま達は一体何の相談をしているのでしょうか。ただ、兄さまや姉さまの微笑みを見ている限り、悪いようにはしない、それは分かりますけど。

 

「白音、白音。大翔の制御技術を生かした、すごいものが今晩見れるから楽しみにしてるといいにゃ」

 

「黒歌姉さまは知っているんですか?」

 

「海鳴への転移前にね。私達にとってもいいことだから、楽しみにしていればいいにゃ」

 

「姉さまが得意そうにする権利はありませんけどね」

 

 私に説明をしてきた黒歌姉さまは、自分のことのように得意気です。私は、そのことにツッコミを入れつつ、大翔兄さまとすずか姉さまと手を繋いだまま、本日宿泊させてもらう月村邸──すずか姉さまの実家へと戻ってきたのでした。




姉妹共に陥落。


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第18話 妹の想い

なんかまとまりない感じですが、ひとまず更新。
修正入れる場合は、この前書きに追記しておきます。

※加筆しました。


「お兄ちゃん! ただいまっ!」

 

「フェイト、お帰り。はは、どうした、久し振りに甘えたさんだな」

 

 家に戻れば、長い金色のツインテールをなびかせて俺に飛びついてくるフェイトの姿があった。普段は真面目に職務や勉学に取り込み穏やかな性格のまま成長した彼女だが、歳を重ねてもプライベートではこんな甘えた一面を見せてくれて兄代わりの俺としては嬉しい限りだ。

 ただ、彼女もすずか達と同じく少女から女性に変わりつつある年齢でもあり、無闇に異性に抱き着いたりしてはいけないと注意はするのだが、俺だけにしかこういうことはしないから問題ないと聞く耳を持ってくれないのが唯一の悩みの種か。

 

 飛び込んできたフェイトを受け止めるために今まで繋いでいた白音さんの手をとっさに離してしまったけど、すずかが彼女に耳元ですぐに何やら囁いた後は同情めいた瞳でこちらの様子を見守るようになった。……すずかは一体、何を言ったんだろう。

 

「だって、嘱託の仕事でお兄ちゃんに二週間ぐらい会えなかったんだよ? また明日にはすぐに戻らないといけないし……」

 

 お兄ちゃんなどと呼ばれているが、実際には同学年だったりする。フェイトが兄代わりになって欲しいと願い、俺が受け入れたことで、随分と長い間こんな関係性が続いていた。

 

「そうか、頑張っているんだなフェイト。ただ、無理はしないでくれ。どうしてもしんどいなら嘱託魔導師の仕事を辞めてしまって構わない。お前一人養うぐらいの力は持っているんだからな、もし強引に引き止めるんなら、皇貴やはやてのやつをとっちめてやるから」

 

「うん、ありがとう、お兄ちゃん。でも、私は大丈夫だから」

 

 頭を軽く差し出すフェイトの髪をそっと撫でながら、手早く魔力の流れを確認する。フェイトも俺が魔力を通し始めても、軽く身じろぎする程度で、特に拒否を示すわけでもない。これ幸いと、やや乱れているリンカーコアの周辺の魔力の流れを整えておく。

 

「お兄ちゃん……」

 

 俺の手を取り頬に当てて、少し潤んだ瞳で見上げてくるフェイト。真っ直ぐな信頼が向けられていることに、俺はさらなる精進を心に誓う。フェイトの兄として彼女が誇りに思えるよう、信じ続けられる男でいられるようにと。

 

「フェイト、実は今晩例の結界を張るつもりなんだ。だからお前が良ければ、少しゆっくりしていくといい」

 

「ほんとっ!?」

 

 満面の笑みとはこの事だろう。この笑顔を見られるだけで、大規模な封時結界を張る意欲が湧いてくるというものだ。

 

「……あれで、本当に気づいてないにゃ?」

 

「ね、信じられないでしょ」

 

「だから、直接言葉にしないと通じないっていうのはそういうことなの」

 

「よく分かりましたわ……だから、言葉で繰り返し、真摯に伝える、なのですね」

 

「……前途多難ですね。兄さまらしい、そんな感じもしますけど」

 

 後ろの黒歌さん、アリサ、すずか、朱乃さん、白音ちゃんは一体何のひそひそ話をしているのか。振り返って声を掛けようとすると、目の前までアリシア達がやってきていた。

 

「フェイト、お帰り~」

 

「姉さん、ただいま。もう急に抱き着いたら危ないよ?」

 

「ちゃんと受け止めてくれると分かってるもん~」

 

 なお、フェイトの背中を咄嗟に俺も支えて、事なきを得ていたりするので、抱き着かれたフェイトからはお礼の意味の目配せをされている。

 

「ねえ、お兄ちゃん。ところで、見覚えのない人がちらほらといるんだけど。おまけにお兄ちゃんの魔力を感じる人まで。写したんだね……ねえ、どこまで? すずかの力は私も貰ってないから、当然渡してないよね?」

 

「そんな険しい顔をするな、フェイト。信用できると判断したし、すずか達にも相談したから渡した。それにお前の言う通り、全ての力を渡したわけじゃない」

 

 将来の家族を増やすということに、フェイトは強く反応する。いずれは嫁いでいく身とはいえ、年に何度か里帰りする家族に、自分の認められないような人物が加わる可能性を考えているのか。

 それに、そんな相手を射殺すような険のある顔は、すずか達だけでなく、お前にもして欲しくない。フェイトには穏やかな笑顔の方がよっぽど似合っているから。

 

 ──実際には朱乃さんに魔力を奪われたわけだけど、真実を伝えるのが良いとは限らない。

 

「あ、うん、分かったよ、お兄ちゃん。えへへ、そうだね、すずか達も判断しているわけだし、そこまで心配いらないもんね。でも……」

 

「でも?」

 

「『まだ』お兄ちゃんのパートナーじゃ無いよね、あの人」

 

「……分かるのか」

 

 もちろん、と強く頷くフェイト。アリシアや紗月はなぜか頭を抱えているが、どうしたというのか。

 

「俺に好意を持ってくれているとハッキリ伝えてくれているが、俺が応えるかどうか答えを出せていない状態なんだ。彼女には悪いと思っているが、今は待ってもらっているんだよ」

 

「そっか。じゃあ私も十分に見極めてあげないと──」

 

 戦場に出る時のような鋭い瞳で、フェイトは朱乃さんを真っ直ぐに見据えていた──。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 完全にロックオンされましたね、私。大翔さんと話しながら、私に念話を飛ばしてくるなんて。

 

『お兄ちゃんの魔力を、お腹の奥から感じない。貴女がまだお兄ちゃんのパートナーじゃない証拠だね』

 

 大翔さんへの想いは明らかに妹のソレではなく、女性としての情念。強烈な嫉妬を隠すことなくそのまま念話に乗せて、こちらへと叩きつけてきます。うふふ、想いをずっと告げられずに鬱屈した感情を私にぶつけられても困りますけれど。

 

『ええ、今はまだパートナーではありませんけれど、必ず大翔さんを支えるに足る伴侶の一人となってみせますから』

 

 貴女は怖いだけ。今までの、あまりに居心地のいい『妹』という立ち位置を失うことを恐れ、想いを告げることが出来なくなっている。

 私だって、怖さが無いわけじゃない。けれど、大翔さんだけにこの身を捧げ、一生を共にしたい、彼を幸せにしてあげたいと、私の『女』全部が強く訴え叫んでいた。だから、私はその想いが叶うまで、大翔さんに私自身を常に高めながら、売り込み続けるだけのこと。

 

 絶対に諦めないと、自分で決めてしまえば意外と腹が据わるものですよ? 本気の想いで大翔さんを幸せにしたいのならば、すずかさん達は受け入れてくれるのですから。

 

「初めまして、フェイト・テスタロッサです。大翔兄さんやアリシア姉さんがお世話になっています」

 

『伴侶なんて言うのなら、マルチタスクぐらい使えますよね? 兄さんの側には足手まといはいらないんですよ? それとそっちの牝猫、兄さんの妹を名乗っていいのは私だけだから、調子に乗らないで下さい』

 

 彼女の表情は笑顔を形作っていますが、瞳には冷たく澱んだ昏い光が宿っています。話し掛けると同時に個人宛の念話を使うのは結構ですが、小猫ちゃんはこちらの魔法体系を知りません。

 

「姫島朱乃と申しますわ。よろしくお願い致しますね」

 

『あちらの着物姿と小柄な子は、此方の世界の魔法技術を知りません。ですから、念話を飛ばしても正しく受け取れませんよ』

 

 並行思考。私もまだ二つまで、しかも平常時でなければ使えませんが、大翔さんの助言で短いながら、毎日訓練を続けてきたのです。これぐらいはこなしてみせますわ。

 

「朱乃先輩。頭にノイズみたいなのが届いたの、そのアリシアさんの妹さんの仕業ですよね?」

 

 念話の魔力を感じたのか、小猫ちゃんが私の隣について、フェイトさんへの疑問を口にします。

 

「失礼ですが、そちらの方は?」

 

「塔城小猫です。別の呼ばれ方をされる時もありますが、妖怪の端くれなので、そちらの名前とでも思って下さい」

 

「どうして、大翔兄さんのことを、兄さまと呼ぶのか、是非お聞かせ頂きたいなぁ」

 

「兄さまやすずか姉さまが許して下さったから、そう呼んでいるだけです」

 

 二人とも言葉は丁寧なものなのに、刺々しさを隠そうともしません。さて、このままだと埒が明きませんし、一つ手を打ちましょうか。アリシアさんの妹さんとギスギスした関係性になるのも出来れば避けたいですし、彼女の内包する魔力はとても大きなもの。

 

『すずかさん、夕食前ですがお風呂お借りできますかしら? 出来れば、すずかさんも一緒に来て頂けると助かるのですけど』

 

『白音ちゃんもフェイトちゃんも一緒にってことだね、いいよ。……あ、そうだ。いっそ、皆で汗を流しちゃおうか』

 

 念話を向けてみれば、すずかさんもすぐに意図を汲んでくださり、最終的には皆で入浴タイムと洒落こむことにしたのでした。

 なお、フェイトさんはすずかさんの吸血姫パワーで強引に連行され、小猫ちゃんはすずかさんのお願いとなれば、拒否も出来ずに同行するのでした。そして──。

 

「どうして、貴女が私の髪や身体を洗ってるんですか」

 

「すずかさんに聞きましたもの。大翔さんの家族になろうと思うなら、互いを尊重して、ちゃんと仲良く出来る人だけを選ぶんだって」

 

「だから、私とも仲良くしようと?」

 

「それだけじゃありませんよ。私とフェイトさん、よく似ている所があると思って。お話ししてみたいなって思いまして」

 

 似ているというか、似た性質ですね。独占欲が強くて、この人だと思ったら誰かの恋人であってもどこまでも諦め切れない。

 だって、心を包むように温めてくれて自分が抱えていた長年の蟠りを救ってくれた大翔さんを、既にすずかさんやアリサの伴侶だからなんて、諦められるはずがなくて。フェイトさんも姉のアリシアさんが彼のパートナーと判っていてもずっと諦め切れないから、妹という別の特別な枠で彼との繋がりを強く保とうとしているんじゃないかと、そんな風に感じたのです。

 

「似ているって意味では、すずかさんもそうですけど。ただ、あの人は最初に大翔さんを捕まえたっていう大きなアドバンテージがありますから」

 

 とんでもなく広い浴場ですから、すずかさん達がお湯に浸かっているのは見えても、こうして声を潜めて話せば、あちらにこちらの声は届かないぐらいの距離があります。

 

「……待って、私が大翔兄さんを異性として見てるような言い方は止めてもらえないかな。兄さんに失礼だよ」

 

「この髪も肌もこんなに丁寧にケアされているじゃありませんか。綺麗な自分をいつもあの人に見せたいからではありませんか? すずかさん達の手入れも徹底していますもの。手を抜いたら、こちらがすぐに見劣りしてしまうぐらいに」

 

 大翔さんが気づく、気づかないとはまた違って、周りの女同士での評価に直結してしまうから、手は絶対に抜けなくなりました。まして、大翔さんと付き合っていくということは、社交場に出る機会も増えます。つまり、大翔さんの女として、私の振る舞いや立ち姿一つがそのまま大翔さんの評価に直結してしまう……。

 

「パートナーという立場じゃなくても、護衛役や秘書的な役割として、大翔さんの横に立つということは、常に見られる立場になるということですから。大翔さんに綺麗な自分を見せたいと努力を続けることが、大翔さんの評価にも繋がっていきますし」

 

 私から見ても、アリシアさんと同じような流れるような長い金髪に、魔導師として鍛えているのでしょう、四肢も引き締まっていて、バランスの取れたボディラインをお持ちです。すずかさんやアリサと並んでも決して見劣りすることのない、素敵な女性に見えるのです。それに口ではどう言おうとも、大翔さんへの強い想いをこの人は持ち続けている。初対面の私が少し話したり、様子を見るだけで、ありありと伝わってくるものがあったのですから。

 

「……私は兄さんに相応しい妹でいようと、心がけているだけです。兄さんには、すずかやアリサ、アリシア姉さんがいる」

 

 フェイトさんの声色は全然納得がいってないのだと、とても素直で。

 

「自分に嘘をつくのって、苦しいですよ」

 

「今日初めて会った貴女に、何が分かると言うんですかっ……!」

 

 背中を泡立てていた私に振り返り、憤りを顕わにするフェイトさん。ええ、出会ったばかりの私が何を言うのかと、怒りを覚えているのでしょう。

 

「ええ、私は貴女がどれだけの想いを抱えながら、長い年月を妹という立場で大翔さんの傍にいるのか、想像もつきません。分かるのは、私が大翔さんを見つめる視線と、貴女が大翔さんを見る瞳が同じで、同じ男性に強く惹かれているということぐらい」

 

「……」

 

「私のきっかけは大翔さんの魔力を直に感じたことが始まりで、正直、結界内で引き延ばした時間を加えても、あの人と出会って二週間ぐらいです。それでも、毎日接する中でどんどん惹かれていって……すずかさん達がいても、諦められない。そう思うのに、時間は掛かりませんでした」

 

 想像がつかないと返され、気を削がれたところに私が大翔さんに惹かれた理由を話し始めたことで、フェイトさんの瞳は困惑の色に変わっています。

 

「そう、諦めるなんて……出来ない。貴女も私も其々の強い理由で、大翔さんのずっと傍にいたいって想いを捨てられない。だから、私はフェイトさんに言いたいの」

 

「何を、ですか?」

 

 問いかけてくれたフェイトさんに、私は一つ息を吸って、吐いてから、ちゃんと彼女の目を見据えて真っ直ぐに考えを伝えます。

 

「ねえ、私と一緒に、大翔さんのお嫁さんを堂々と目指しませんか。すずかさん達の居場所へ私達も割り込んでしまいましょう」

 

「……言ったよ、私。兄さんには既にすずかやアリサ、姉さんがいる。だから、兄さんのパートナーはもう十分魅力的な女の人達がいる。私『なんか』とても、兄さんのパートナーは務められない」

 

「いえ、足りないんです。これはすずかさんとも意見が一致しています」

 

「……どういうこと?」

 

「今は、いいんです。大翔さんとすずかさん、アリサ、アリシアさんが、互いに互いを守れる。特にすずかさんは大翔さんと同じく不得意分野がないタイプの方ですから、何かトラブルがあっても対応が可能です。それが魔法関係のような超常的なトラブルであっても。ただ、予定では高校卒業と同時にすずかさんとアリサがトラブルの場には出にくくなりますよね?」

 

 独占欲が強いはずのすずかさんが、大翔さんの伴侶が増えるのを認める理由。それは、魔法や夜の一族のような非日常の世界の事情を知り、かつ大翔さんを守れる力のある女性を必ず傍につけておくため。

 人のためにすぐに無茶を打ったり、トラブルへ飛び込んでいく大翔さんを、すずかさんやアリサが普通に動ける時期は助けたり、止めることができる。けれど、彼の子供を宿している時期に、そういう場に出ることを大翔さんが許容するわけがない。

 ……いざとなれば、すずかさん達は動ける限り、大翔さんの無茶を止めようとするでしょうけど、大翔さんのサポートをするだけでなく、すずかさん達を守る人も必要になっていく。大翔さんを守れる人が一時的に減るだけばかりか、守られる対象が増えるわけですから、単純な計算で倍の人数が必要になります。

 

「プライベートな空間まで、家で雇うボディーガードに入られるのもキツい話ですから。『家族』として信頼できる人に、大翔さんや動けない時期の自分達のフォローを、と考えているんです」

 

 黒歌や小猫ちゃんがペット枠で家族になってくれたら、とすずかさんの想いはあるようですが、大翔さんの伴侶になってもそれはそれで、という覚悟はお持ちの様子。フェイトさんについては以前から、いいきっかけがあればと考えていたみたいですね。



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第19話 家族計画

「すずかさんやアリサが彼の子を欲しいと強く願っているのはご存知ですよね?」

 

「うん、すずかなんて中学に入る頃には、高校卒業と同時に一人目妊娠するって、兄さんがいない私達だけの時とかハッキリ言い切っていたし。アリサも重婚法が成立するのが決まってからは、すずかと一緒に赤ちゃん産むんだって」

 

「まぁ、そんな早くから決めていたんですね、すずかさんは」

 

「すずかの兄さんへの思い入れぶりは、正直誰よりも強いと思う。すずかは兄さんのためなら、迷わずどんな相手も排除に走るから。アリサや私だって例外じゃない」

 

 流石のすずかさんと言いますか、世界すら敵にすることを厭わないんじゃないかとか、色々納得してしまいますけど、今はフェイトさんの説得が先ですね。

 

「そんな思い入れの強いすずかさん達ですから、間違いなく、大翔さんの守るべき家族は増えます。自衛手段を持たない、全力で守るべき子供達が。そして、すずかさん達も子供を無事産んで、魔導師としてのブランクを再び埋められるまで、大翔さんと共に戦える存在から守られる存在へと変わってしまいますから」

 

「だから、兄さんを直接守れる人が減るし、逆に守る存在は増えていく……その言い方だとドクターの話は、知ってるんだね」

 

 私は短く頷いて答えとしました。大翔さんと会える原因の元となった、狂科学者の話は聞き及んでいます。私からすれば感謝する部分が大きいですが、なにせ愉快犯の性質が強い人のようで、こうして次元転移の被害に遭うことも大きいのだそうです。

 

「兄さん自体がドクターの研究対象だから、トラブルには定期的に巻き込まれるから困ったものなんだけど。ただ、研究者としては超一流らしくて、次元転移で兄さんが確実に帰ってこれる『次元座標の演算方法』の基礎はあの人が作り出して、兄さんと母さんが改良した代物だからね……」

 

 持ちつ持たれつ、かつ大翔さん達が住む海鳴には干渉しない。そんな条件の下で付き合っておられるようです。やってることは完全に犯罪者のそれですが、海鳴への干渉は行わない──その一点はずっと守られていて、関係性も良好とのこと。

 

「まぁ、ドクターの件も含めて、兄さんの守りは必要。兄さんがいくら実力者であっても、一人だとどうしても対応できる状況に限界がある。だけど、すずかも納得できる相手となれば……」

 

「旧家や大企業の跡取り娘である、すずかさん達につく護衛役も必要です。ただ、すずかさん達がそもそも私的空間まで入ることを許容できる人となると、そう人がいるわけじゃありません。すずかさんはそう判断していますし、だから、私が伴侶の一人になりたいと、強く願うのであれば認めるし、実際に彼女に鍛えてもらっています」

 

 すずかさん自身もジレンマを抱えていることを、私は明かしてもらっていました。

 

『本当は、ひろくんをずっと私だけに縛り付けておきたい。ひろくんの子供は絶対に欲しい。だけど、ひろくんの子供を宿してしまえば、その間ひろくんを守れない。むしろ守られる立場になってしまう。足手まといになる』

 

『私は一時的にひろくんの盾になれなくなる。海鳴での外出時には、父さん達が雇うボディーガードが常についてくれているけど、超常的な力となれば難しいから。だからね、私は互いに信頼できて、ひろくんを心から愛してくれる人達で、望んで彼の盾になってくれる人を──』

 

 本当は全部自分だけで出来れば一番いい。だけど、何より恐れるのは、大翔さんに万が一があること。ですから、すずかさんは自分がこの人なら許せるという女性を大翔さんの傍につけることを受け入れた……。

 

「ただ、前提として、大翔さんが受け入れられる人でないと駄目ですから。男の人の護衛は、すずかさんが大翔さん以外の男性を、近づけるのを極力避けていますし、アリサも私もアリシアさんもそれは同じですから……」

 

 身も蓋もない言い方ですが、大翔さん以外の男性と至近距離に近づくことに強い嫌悪感があります。アリサはあの社交的な一面から、嫌悪感まではいかないみたいですけど。それでも、プライベート空間まで入られるのは勘弁だとハッキリ仰られていますし。

 お父様など家族を除く話ではありますが、イッセーくんなど、仲間内の異性に対して、自分がどんな反応を示すか、少し怖い部分もありますね。それで気まずくなったらそれまでと思ってしまう時点で、私も割り切ってしまっているのだと思います。

 

「うん、自分の身はたいてい自分で守れるし……兄さん以外の男の人って警戒心が先に立つから。仕事で付き合いのある人も、私が距離感を取ろうとしてるのは分かってくれているから、不用意に近づいてきたりしないし……たまに下衆な感情を出して近づいてくる人は、雷を落として黒焦げにさせてもらってるけど」

 

「あら、私も雷の扱いが一番得意なんです」

 

「そっか、貴女も。……分かったよ、頑張ってみる。ものすごく怖いけど、確かに私も諦められないよ。だから、一緒に目指してくれるかな」

 

「もちろんですわ。一人なら心が折れそうになるかもしれない。だけど、二人ならお互いに励まし合えますもの」

 

 手を伸ばし、互いに固く握手を交わして、私とフェイトさんは共同戦線を張ることに決めたのでした。フェイトさんも自分が洗ってもらったからと、私の髪も丁寧に洗い返してもらって、互いの手入れのやり方を語り合いつつ、すずかさん達が温まる浴槽へと合流していきます。

 

「……今さらだけど、すずか、アリサ、お姉ちゃん。私も兄さんの恋人になりたい。目指すことを、許して欲しい」

 

 そんな風に告げたフェイトさんを、今さらだと三人はすぐに受け入れていました。アリシアさんに抱き締められ、アリサに決心が遅過ぎると軽い調子で野次られ、フェイトさんは少し困り顔で笑います。

 

「フェイトちゃん、避妊はしっかりとお願いね。私が大学在学中に三人は産みたいから、その間、ひろくんや私達をちゃんと守ってもらわないと」

 

「……すずかはいつも通りだね、ホッとしたよ。いい機会だし、管理局の嘱託もすぐに辞めるから、その辺りは任せてくれて大丈夫。元々、すずかやアリサの子供を一緒に世話させてもらって、疑似的な母親をやるつもりだったし、それに何年かは兄さんの恋人をしていたいから」

 

 すずかさんはいつも通りです。それに無理なく対応しているフェイトさんも慣れているということなのでしょうね。

 

「安定のすずかだったわ」

 

「どういう意味、アリサちゃん」

 

「そのままよ、すずか。ところで、フェイト。管理局をすぐに抜けても大丈夫なの?」

 

「私が向こうに協力することで、海鳴への不干渉が暗黙の了解だったけど、ここ最近は本気で使い潰すつもりで無茶をやらされていたから、いくらなのはやはやてが庇ってくれていても、ほんと愛想が尽きたよ。兄さんの封時結界の時間操作で休めなければ、確実に潰されていただろうね。どうせ上の人達は私を壊して、兄さんやアリサ達を含めて、海鳴に手を出す理由にしたかったんだろうし」

 

「今は私達も力もついたし、次元封鎖の目処も立ったから……本当にごめん、フェイト。時間稼ぎとはいえ、本当に無茶をさせたわ」

 

「ううん、元々、私が引き受けたことだし、海鳴で長期療養に努めた母さんの身体も完全に持ち直してる。というか、すずかや忍さんのお陰で若返ってるし、母さん。ちょうどいいタイミングだったんだよ」

 

 話が見えない部分が大半の為、黙って聞くことに徹しますが、どうにもフェイトさんが人質のような立場になっていたのでしょうか。

 

「グレアム顧問官もそろそろ後ろ盾になるどころか、自分自身無事勇退出来るか怪しい状態になってるみたいだし、リンディさんも地上に降りてからは閑職に回されていて、私達に好意的な味方をしてくれる要職の人達がいなくなってきたから、逃げる機会はずっと計っていたし……」

 

「なのは達には悪いけど、すぐにでも正規ルートは塞ぎましょうか。抜け道は残すにしても、次元震が点在していて僅かに安定している、こちらで作成したポイントを何回も飛んでもらうようにして……」

 

「直接、転送装置なんて使えないように、海鳴の正確な座標は計測できないように干渉もしてしまわないとね。ドクターが遊びの延長で研究してた、危険な次元関連技術もこうして生かせて欲しくは無かったけど……仕方ないよね?」

 

「守るべきは、まず大翔や私達を含めた、この街の安全。そこは外せないし、それこそなのは達には帰ってきてもらうぐらいでちょうどいい」

 

 ……恐ろしい話になっているのはなんとなく分かります。すずかさん達は静かに怒りを覚えていて、ぶるりと身を震わす小猫ちゃんを黒歌がしっかりと抱き締めていました。

 

「魔法にしてもなんでもそうだけど、至上主義になって、それ以外の世界を下に見る人達と関わる必要は無いんだから。フェイト、ごめんね。情けないお姉ちゃんで。でも、私もやっと厄介事は自分で払えるぐらいの力はついたから」

 

「朱乃達には訳の分からない部分も多いだろうけど、駒王町との行き来に影響は出さないから、その点は安心して。大翔や私達に害を及ぼす世界との行き来を出来なくするだけのことだから……よし、こうしちゃいられないわ、大翔の所に行くわよ。一人風呂でのんびりするのは悪いけどおしまいにしてもらわないと!」

 

「この壁の向こう側が、月村家を訪れた人が泊まる時に使ってもらう、男性用の大浴場なの。のんびり一人風呂してるって念話で伝えてきていたし、この下を潜れば、向こう側に通じてるから。順番についてきて。私は先に行って、ひろくんを捕まえておくから」

 

 飲み込め切れない部分は多くても、私達はとにかくすずかさんの先導で、浴槽内の壁にぽっかり開けられた移動口を通り、順番に移動を始めます。

 ……でも、大翔さん、いきなり私やフェイトさん、黒歌や小猫ちゃんの身体を見て、卒倒しないんでしょうか。チャンスとは思いつつ、大翔さんの心配も覚えながら、私は浴槽内の移動口を潜るのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「私、潜るのは……」

 

「息を止めておけば、お姉ちゃんがさっさと連れて行くにゃ」

 

「兄さまに身体を見られたら、幻滅されます……」

 

「仙術の修行すれば、白音もすぐにグラマラスになるにゃ。逆に今の小柄な可愛い白音は今の内に見てもらうにゃ。私だけじゃにゃくて、大翔やすずかも補助してくれるから、暴走の危険性の心配も殆どにゃいし、無理やり止めていた成長期がやってきたらあっという間にゃ!」

 

 あの猫耳を出した姉妹は何をしているんだろう。実際には姉しか耳が出ていないんだけど、ロッテやアリアと同じ感じがするから、猫又の仲間なんだろうし。

 

「これ、使って」

 

「!……あ、ありがとうございます。テスタロッサさん」

 

「フェイトでいいよ。最初は正直ムカッともしたけど、妹以上になる決心がついたら、貴女が兄さん……ううん、ほんとは普段、お兄ちゃんって呼んでるんだ──貴女がお兄ちゃんを慕って、兄のように呼ぶのも別にいいかなって。現金でしょ、私」

 

 私は身体を洗うために持ち込んでいた柔らかい生地のタオルを渡しながら、そんな風に自嘲する。ほんと勝手だ、私は。お兄ちゃんに私は、本当はずっとお姉ちゃんやすずか達みたいに愛してもらいたかった。妹じゃなくて、一人の女の子として。

 朱乃はそんな私に、自分自身に嘘をつくのを許さなかった。一緒に勝ち取ろうと、手を伸ばしてきた。そんな朱乃の手も、実は少しだけ震えていて。彼女も怖いんだって思うと、ちょっと楽になって。

 

「……お借りします。私、人の世界では小猫ですけど、ほんとは白音って言います」

 

「うん、白音だね。分かった」

 

「それと、私は兄さまに好意的な感情を覚えていますが、この気持ちがフェイトさんや朱乃先輩のようなものなのか、まだ分かりません。ただ、兄さまの手はとても温かくて、撫でられているととても幸せな気持ちになれるんです」

 

「そっか、その感覚は私も同じ。もし、お兄ちゃんへの気持ちが白音の中で定まったのなら、また教えて欲しいな」

 

「はい。ただ、一つ言えるのは、兄さまやすずか姉さま、黒歌姉さまと長く一緒にいられたらいいなって、今はそう思ってます」

 

「白音ぇ!」

 

「過度なスキンシップは必要ないです、黒歌姉さま」

 

 上げて即座に落とされる黒歌と呼ばれた姉。それでも、お湯に完全に潜るのは怖さがあるのか、白音は黒歌に連れられて、移動口を通っていく。

 

「お兄ちゃん……私、もう隠さないからね」

 

 呟いて、一つ深呼吸。それから、私も最後に浴槽へ潜っていく。壁の厚さだけを潜るだけだから、すぐに悲鳴を上げるお兄ちゃんの姿が湯気の間から見え隠れするようになる。すずかに完全に捕まって逃げられないみたいだけど、すずかを完全に受け入れてるお兄ちゃんが、あの破壊力抜群の膨らみを押し当てられても、拒絶反応を一切起こしていないのが──起こすわけが無いんだけど、どうにも悔しかった。




次々話ぐらいからR-18に移動するかもしれません。
いきなり露骨な表現になるかは別として。


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第20話 次元封鎖

フェイトの話を丁寧に書こうとすると、『昨晩はお楽しみでしたね』が遠のく不具合が発生中。

※評価や感想ありがとうございます。いつも励みにさせて頂いています。


「すずか、お兄ちゃん困ってるからやめてあげて」

 

 悔しさはあっても、まずは困ってるお兄ちゃんを助けるのが先。なにせ恥じらいのある白音は別として、お兄ちゃんが平気なすずか達だけじゃなくて朱乃や黒歌にしても隠す気もないのか、堂々とすずか以上の大きなお饅頭をさらけ出している。

 だから、お兄ちゃんはこちらを向くことを頑なに拒んでいる。見ていて不憫になるぐらいに。あれで朱乃に触れられでもしたら卒倒しそうな気がする。

 

 すずかもお兄ちゃんの成長に合わせて手にギリギリ収まる程度の大きさに成長させ続けてきたものの、ホルモンバランスの調整がここ二年ほどはそんなうまく行かずに、腰回りやお尻回りのサイズと比べ大きくなり過ぎたとこっそり嘆いていたのを私は知っているから、朱乃や黒歌級だとお兄ちゃんの理想からは逆に外れることを分かっていた。

 ようは各部のバランスが取れているのが前提で、かつ程よく大きめだとより嬉しいのがお兄ちゃんの嗜好だ。何年か前にすずかが心理操作を悪用して聞き出したから間違いない。なお、聞き出されたことはお兄ちゃんは当然覚えていない。

 

 その条件に一番近いのが実は私なんだけど、すずかってそういう微調整すら出来そうな気がするから恐ろしいんだよね。お兄ちゃんの好みに合わせるために、身体の仕組みすら変えてしまいそうな感じ。ただ大前提として、お兄ちゃんが相手の好意を心から信じられるようになった相手の中でという定義が入るから、私も条件を満たしてるわけじゃなかったりするけど。

 面倒な男とはやて辺りは揶揄するけど、基本受身で受け入れたら全力で愛してくれるお兄ちゃんは、私やすずか達は逆に安心するんだよね。私からすると皇貴みたいにギラギラした部分を剥き出しにしている男性がよっぽど怖い気がする。はやてに言わせると、笑顔の下にギラギラを隠してる男がもっと怖いって言うんだけど、いまいちピンとこない。嘱託の仕事してる時も、男の人とは本当に最低限の会話で済ませるようにしていたし……お兄ちゃん以外の男の人と話しても、正直楽しいと思えないから。

 

「あ、すずか達だけじゃなくて、フェイトや朱乃さん達まで何してるんだっ。簡単に男の前で身体を晒すんじゃないっ」

 

「大翔さんの前だから平気なだけですわ。他の男性に見られたくなんてありませんし、しっかり隠しますから心配はいりませんわ」

 

「お兄ちゃんの背中を流す時に、隠したことなかったよね?」

 

 お兄ちゃんが私に酷いことをするわけがないし、小学校の頃から一緒にお風呂に入ったりしてたんだから、今更だと思う。見られて恥ずかしいだろうとお兄ちゃんは言うけど、見られてもドキドキしたり、身体の奥が不思議と熱くなる感覚を覚えるぐらいで。

 それこそ触れたりしてもらっても構わないし……気持ちが定まった今なら、すずか達のように愛してもらいたい、そんな気持ちが強くなってるのが分かる。

 

 ……あ、そうか。やっと分かった。お兄ちゃんは私を妹として大事にしてくれていたけど、私を女の子としてずっと認めてくれていたんだね。だから、私の裸を見るのに抵抗するし、強く諌めてくれていたんだ。

 

「……良かった」

 

「いや、何も良くないから、フェイト……」

 

「違うの、こっちの話」

 

 思わず声が漏れてしまったけど、お兄ちゃんを困らせてる状況を何とかしてからだ。とりあえず皆を浴槽に浸かるように促して、ちょっとでも湯気等で首から下が目に入りにくくしていく。お兄ちゃんの正面には、すずかと私がいるような位置取りだ。ほんとは私も正面にいると良くないかもしれないけど、管理局を辞める報告もしないといけないから、この位置。お兄ちゃんの真横は、拒否反応が出ないアリサとお姉ちゃんで固めておく。

 

「お風呂から上がってから話をしようとも思ったんだけど、元々ここって防音効果も高いし、私達風呂上がりの後って時間がかかるじゃない。だから、悪いけどこういう形を取らせてもらったわ」

 

「朱乃さんや黒歌さん達にも関係がある話なのか?」

 

「巻き込むわよ、そんなもの。大翔の困りごとと言えば手伝うでしょ、アンタ達も」

 

 相変わらずこういう時は強引だ、アリサは。ただ、お兄ちゃんが本当に駄目だと思うやり方はしないから、その辺りのバランスはしっかりしている。

 

「ええ、大翔さんが困るようなことならば、私で出来ることは何でも申し付け下さいな」

 

「大翔やすずかを困らせる奴らは、この黒歌さんがぎったんぎったんにしてやるにゃ!」

 

「……兄さまやすずか姉さまの悩んでる顔を、私が手助けすることで笑顔に戻せるなら、やります」

 

 お兄ちゃんを慕い、すずかが認める女の子は、お兄ちゃんの強い味方だ。もちろん、私だって。

 

「お兄ちゃん。管理局のことも含めて、私から説明をしていいかな。朱乃達は詳しくは知らないんだよね?」

 

「朱乃さんはミッド式の魔法も覚えているし、必要だよ、ひろくん」

 

「しかし……」

 

「大翔さん、お願いします。私を貴方が助け、支えてくれたように、私にも恩返しする機会を下さい……」

 

 それでもすぐには首を縦に振らなかったお兄ちゃんも、朱乃が真剣な表情で頭を下げたことで折れてくれた。白音が驚いた表情を見せたから、朱乃がこういう姿を見せることは珍しいんだと思う。ただ、彼女はそれだけお兄ちゃんに本気で、一つ一つ信じてもらえるように、動こうとしているんだ。

 

「科学の代わりに、魔法を発達させた世界の統治機構……ただ、聞く限り、かなり歪な組織のようですね。今の冥界の在り様と重なりますわ……」

 

「悪魔や天使、堕天使が実在する世界……いや、この羽を見せられたら、信じる以外ないよね」

 

 管理局について説明する中で、朱乃も自分の世界の概要を教えてくれた。蝙蝠のような悪魔の翼と、朱乃の髪色にそっくりな艶やかな黒い堕天使の羽が一組ずつ、背中から大きく広げて。素直に綺麗だと呟いたら、朱乃はどこか照れ臭そうにしながら、お兄ちゃんのお陰なんだと、言った。

 お兄ちゃんに出会うまでは、色々抱えるものもあって、悪魔と堕天使の翼を片方ずつしか出せない歪な状態だったけれど、その辺りをお兄ちゃんが解き解して、原因の元についても解決の道筋を立ててしまったらしく、それじゃ惹かれるなという方が無理があるよね、と朱乃と頷き合ってしまう。この辺り、お兄ちゃんは昔から助けると決めたら、どこまでもという感じなので、私の時もそうだったんだと話せば、朱乃はすぐに納得してくれていた。

 

 お兄ちゃんじゃなくて、すずかがやけに誇らしげなのもいつも通りだね、ほんと。お兄ちゃんが誉められると自分が認められたかのように喜んで、自分自身への評価はお兄ちゃんからの評価だけを重視している。

 だから、他の人から綺麗だの麗しいだの言われても、『正直どうでもいい』から、調子に乗ることもない。あっさり流してお兄ちゃんの元へと足早に戻っていくので、月村家の後継者は本当に婚約者を慕っているからと、似たような家格のお嬢さん達を敵に回すこともなく、しつこい虫は一緒に追い払ってくれたりする。『すずかさんは本当に空知さん一途なのだから、余計な手出しをするな』って。

 

 私も似たようなものだから、すずかのことはとやかく言えないけど、すずかの傾倒ぶりは有名でいい虫除けにもなっていた。

 

「お兄ちゃん。お兄ちゃんが自分らしく行動することで、昔の私みたいに朱乃は救われたと感じているだけだよ。お兄ちゃんがどう思うかじゃなくて、この場合は相手がどう感じたかだし、朱乃がお兄ちゃんに惚れ込むぐらいに深く感謝してるって話なんだから」

 

 『家族』が絡むような問題になると、お兄ちゃんは自分の持ち得る技術や魔法、自分の伝手など使えるものを全部使ってでも何とかしようとする傾向が強い。それがかつてのお兄ちゃんの悔いから来ていることは、私やすずか達はもちろん知っているし、今回みたいに女の子相手だからって止めたりはしない。それでお兄ちゃんが見返りを求めて、自分と付き合えということも無いのも分かっている。

 ……ただ、今回の朱乃のように、特定のパートナーがいない、家族に問題を抱える女の子がここまでしてもらうと、うん、余程好みから外れていない限り、こうなるよね。お兄ちゃんは女性の好意をうまく察知できないから、困惑してしまうけれど。

 

「朱乃、細かいことはまた後で、話をしようね。お兄ちゃん達の魔力の性質が変化していることも含め、聞きたいことはまだまだあるんだから」

 

「!……え、ええ」

 

 あ、目を逸らした。やっぱり、お兄ちゃん達の性質が変わったのは、朱乃が関わってたね。まぁ、それは夕食も終わって、封時結界を張った後でゆっくり聞けばいいし。悪意がないのはもう分かってるから、原因を聞いておいて、今後の対策が必要なら立てればいい。お兄ちゃんが既に手を打っているならそれでいいしね。

 

「お兄ちゃん、それで私、嘱託を辞めようと思うんだ。最近の出撃回数も極端に多くなってきて、お兄ちゃんの結界内で休息の時間が取れていなかったら、疲労が溜まってしまうような状況だったし、グレアム執務官もリンディさんも後ろ盾になるどころか、自分達の身の安全を確保しないとマズいところまで来てる。なのは達には悪いけど、潮時だと考えてるよ」

 

「フェイトを潰して、それを理由に地球への干渉を強めるつもりだったんじゃないかって思うわ。向こうに大翔や私やすずかの存在は知られてしまっているしね」

 

 闇の書の一件を収束させたことや、魔法生命体と化していた防衛プログラム・ナハトヴァールを使い魔としていることで、お兄ちゃん達の存在自体がロストロギア扱いだ。

 ナハトヴァール自体が、お兄ちゃん、アリサ、すずかの三人共通の使い魔であり、それだけ強大な力を有していて、その中で主契約者であるお兄ちゃんを管理局は利用したがっている。

 

 私はある意味、防波堤の役割だった。次元犯罪者となってしまった母さんや、一人で戦局を変えられる力を持つ、お兄ちゃんに手を出させないために。だけど、ずっとお兄ちゃんの傍にいると決めた私は、なのはやはやてと関係を断ってでも、もう管理局には与しない。

 

「母さんの体調は万全になった。多少の干渉は、私達で十分に跳ね返せる」

 

「ミッドチルダと地球間の次元封鎖をしよう、ひろくん。非正規転移ルートは一時的に残すけれど、期限を設けて、なのはちゃんやはやてちゃん達の判断を促すよ」

 

「リンディ達も含めて、関係者への連絡はこっちでやるわ。大翔、アンタは次元封鎖の準備に集中して欲しい」

 

「……いや、とっくに準備は整っている。俺は、フェイトが出す答えを待っていたんだ。フェイトの意思で管理局に属しているのだから、ギリギリまで待とうと決めて」

 

 私達は一斉にお兄ちゃんの顔を見てしまう。つい先程まで、朱乃達の裸に動揺していた表情とは打って変わって、瞳に強い意思を宿し、引き締まった表情で、私達を強く引っ張ってくれる──私が見蕩れるお兄ちゃんの一面だ。隣のすずかも艶かしい吐息を一つこぼしているあたり、私と同じ感覚を覚えたみたい。

 

「管理局にはドクターが内偵をずっと潜り込ませている。フェイトに負担がかかっている時はすぐに知らせももらっていた。だから、任務先の宿やミッドの宿舎に戻った時に、俺達がいること、ちょくちょくあっただろう?」

 

「ひーちゃん、フェイトにここのところ過保護だと思っていたけど、そうじゃなかったってこと?」

 

 私もお姉ちゃんもここ数ヶ月のお兄ちゃんのタイミングの良さは、お兄ちゃんが調査網を張っていたからだと初めて知った。アリサも多分知らなかったんだろう、一瞬目が大きく開いたし。

 

「ああ、封時結界内で数日間の休養を頻繁に取らないといけないぐらいに、フェイトが激務になっていたってことだ。すずかには、問い詰められた時に話さざるを得なかったけど、しっかり黙っていてくれた。どちらにせよ、俺はそろそろ限界とは思っていたし、強引に引き戻すのもやむを得ないと考えていたけど──フェイトが自分から辞めると決めてくれたのなら、もう遠慮なんていらないよな」

 

 お兄ちゃんは口調だけは冷静であろうとしているけれど、抑えきれず漏れ出た魔力が暴れ、浴室内に突風が吹き荒れ始めてしまう。お兄ちゃんは静かに怒っていた。私のために──そんな想いが私の心を温かくしてくれるけれど、初めてお兄ちゃんの激情を目にしたのか、朱乃や黒歌が身体を強張らせてしまっているのを横目に、それよりもお兄ちゃんの憤怒をどうするべきか、すずかや私はとっさに浴室全体に防御結界を張りつつ、思案を始める。

 

「猶予なんていらない。なのは達関係者は、強引に海鳴へ強制転移させる。その上で、すぐにでも次元封鎖をしよう。フェイトを潰そうとした報いを、受けてもらおうじゃないか」

 

 お兄ちゃんは相当キているようで、怒りに反応して、指示していないに係わらず、普段はお兄ちゃんの体内で大人しくしている、ナハトヴァールまでもがその姿を見せてしまった。

 身体の大きさはある程度変えられるからか、お兄ちゃんより少しだけ大きい程度で出てきているけど、神話で語られるスキュラを模した姿で、上半身はリインフォースに似た美女の姿とはいえ、腰回りに獰猛な六本の狼の首、足の部分は十二本の長い蛸足風の触手を持っている格好だ。

 畏怖感を感じさせる姿の上に、戦闘力はそれこそ浴室内にいる私達を一体で難なく相手出来るぐらいに強いし、お兄ちゃんの供給魔力が増すにつれて、魔力総量はSSSランクオーバーだから、朱乃達はさらに固まってしまうのも無理も無い。




高町道場は生死を超える何かをつかめる素晴らしい道場です!(お目目ぐるぐる)


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第21話 妹からその先へ

これぐらいの表現ならまだセーフなのか。
ひょっとしてセウトなのか。

ヤバかったらご指摘ください。

※12日の更新、21時になるかもです……全然書けない。


「な、なんにゃ、そいつの魔力は一体……」

 

「……絶対的な力、ですね。震えが止まらない……」

 

 そんなナハトヴァールは周りの反応なんてどこ吹く風、心配そうにお兄ちゃんの頭を包み込むように抱き締めていた。お兄ちゃんや周りの負の感情を集めて蓄積しまう性質があるため最初は暴走に近い状態になることはあったけど、そんな状態にならない限りこの子はお兄ちゃんに従順。

 負の感情を溜め込みすぎる前にお兄ちゃんが模擬戦の相手になったり、無人世界で適度に暴れさせることで毒抜きはしてるから、最近はそこまで行くこともない。模擬戦の時は毎回私も呼ばれて戦闘用の結界張りを手伝うけど、すずか・アリサ・お姉ちゃん・母さんの全力で結界維持が必要なぐらいには毎回大惨事にはなる。お兄ちゃんは死線を垣間見られる、またとない修行だと言うけど、この辺りは恭也さんの影響の受け過ぎだと思う。見ているこちらは本当に飛び込んで止めたくなる衝動に毎回駆られるというのに。

 

「大丈夫だ、ナハト。ありがとう、俺の感情が昂ぶったから心配して出てきてくれたんだな」

 

「ナハトが出てくるぐらい、ひろくんは怒りを覚えたんだよ。私やアリサちゃんともナハトはリンクが繋がっているから、そちらの感情も取り込んじゃってるだろうけど……」

 

「……すずか姉さま、この魔物は兄さまの使い魔なんですか?」

 

 不安そうにしていた黒歌・白音姉妹も、すずかが優しく撫で始めることで徐々に落ち着きを取り戻していく。お兄ちゃんがアリサ・お姉ちゃん・ナハトヴァールに三方を固められているから、朱乃については私がそっと肩を叩いて気つけ代わりに回復魔法をかけるものの、どこか物足りない顔をしないで欲しい。私だって回復魔法ならお兄ちゃんにかけてもらうのが一番癒し効果が高いと思っているんだし。

 

「そうだよ。ナハトヴァール、私達はナハトって呼んでるけど、あまりに強力な魔法生命体のために、使い魔にした当時は、ひろくんだけじゃなくて、私やアリサちゃんも含めて、三人でやっと契約が結べたの。私達の世界では、使い魔に自分の魔力を供給する仕組みになっているから、ひろくんだけじゃ魔力が枯渇する可能性があったの……」

 

「そうだったんですか……にゃあ、すずか姉さまの手、蕩けそうです」

 

 いち早く調子を戻した白音の問いかけに、すずかも優しく応じている。黒歌も先程までの緊張した顔つきが、どこかだらけたものに変わっているから、なるほど、猫マイスターすずかの面目躍如という感じだね。

 

「すずかの魔力も気も落ち着いたままだから、大丈夫なのにゃ? ただ、こんな膨大な魔力ってドラゴンクラスにゃ。大翔もすずかも何というか、あっちの世界に長居しないほうが本当にいいと思うにゃ。勧誘が煩くなるのは遠くない話だし、禍の団の連中も絶対にちょっかいかけてくるにゃ……」

 

「移住を前提に考えているのは、そういう意味でも望ましいということですわね。私もお母様達との連絡手段が残されていれば、駒王町に拘る必要もありませんし……」

 

「私も、部長へ助けてもらった感謝の気持ちはありますけど……駒王町にどうしてもいたいかと言われると、違います。黒歌姉さま共々、すずか姉さまや大翔兄さまに可愛がってもらえる場所が大事ですし、海鳴は翠屋もありますから」

 

 朱乃や黒歌たちがいる世界も随分とややこしいようだね。すぐに移住となると問題はあっても、結論としては移住しても構わないと考えていると。

 

「次元封鎖は、大陸間にある広い海が干上がって、幅広く深い深い海溝を意図的に作るようなイメージを持ってもらえばいい。空はもちろん飛べない。実際には次元の狭間なわけだからね……。何らかの方法で橋を架けない限り渡れなくなるし、時限付の橋を架けられるのはこちらが許可した者だけにする。さらに、その橋はせいぜい十人程度までが通れるのがやっとという細い橋。個人が移動するにはいいけど、組織立った行動は相当に制限させてもらうし、転移履歴は全部こちらで把握させてもらう」

 

 次元封鎖に必要な超大型装置や、時限付の転移ルートを確保できるマジックアイテムは、母さんやドクターと共同開発し、クアットロ等の手によりテスト運用も済んでいるのだという。

 お兄ちゃんが既に次元魔法の第一人者であり、そんなお兄ちゃんの独自術式を機械等でプログラム化していく作業は、子供のように瞳を輝かせたドクターが積極的に手伝ったんだそうだ。新技術についての貪欲さは出会った頃から変わらないとお兄ちゃんは苦笑いするけれど、あの狂科学者に下手な知識を与えて、お兄ちゃんに害を為すことになったら、私は……。

 

『フェイトちゃん。こんなひろくんだから、『常に誰かがついている』ようにするんだよ』

 

 不意に念話が聞こえ、猫姉妹を宥めながらも、私へと頷くすずかの姿を見る。

 

『ナハトがいる限り、ひろくんと私、アリサちゃんの魔力リンクも切れることはないから、たとえ次元を隔てても諦めない限り、時間はかかっても必ず合流も出来る。手は多く打つに限るし、ひろくんが動きやすいように回りの環境を整えるのは、私達の大切な役割と思わない?』

 

 危険なことはさせたくなくても、お兄ちゃんが自分らしくいられなくなるぐらいなら、すずかは障害を手の及ぶ限り排除するだけだと言う。嗚呼、すずかは本当にとことんお兄ちゃんが大好きで、大切で仕方がなくて、その生き方を全肯定して、どこまでも支え続けるつもりなんだね。

 

 ……すずか。私はね、お兄ちゃんの全てを包み込んでくれる笑顔が大好きなんだ。こうして、人のために強く怒れるお兄ちゃんも素敵だけど、柔和に微笑んで私を撫でてくれる、そんな穏やかな時間が大切だから。ごめん、お兄ちゃん。なのは達の強制送還には賛成だけど、まずはその怒りを散らさせてもらうね──。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 まだ剣呑な雰囲気をまとう大翔さんへ、急にフェイトさんが立ち上がり、近づいていこうとします。すると、効果は覿面。分かりやすい動揺を見せ始めた大翔さんは途端にしどろもどろになって、逃げようとするのですが、残念、背中をあの強大な使い魔に、左右をアリサとアリシアさんに押さえられている為、動くことが出来ません。力づくなら可能なのでしょうけど、大翔さんの性格上、それは難しいのですから。

 

「フェイトっ、ちゃんと隠せと言っただろ!? というか、なんで立ち上がったんだ!?」

 

 せめてもの抵抗で必死に目を閉じる大翔さん。怒りは強制的に掃われてしまい、わたわた慌てる姿に私まで調子が戻ってくる感じですね。……あら? フェイトさんが手招きしていますね、こちらに来いということでしょうか。

 

「せっかく久し振りにお兄ちゃんに会えたんだから、難しい話よりもお兄ちゃんにもっと甘えたいなと思って」

 

「なっ!?」

 

 浴槽を歩く際の水音が、瞳を閉じていても、フェイトさんともう一人誰かが接近してくることを、大翔さんに知らせます。ええ、私のことですけれど。

 

「さっきは言わなかったけど、管理局を辞めようと思った、もう一つ大切な理由があってね……」

 

「理由……?」

 

 瞳は開けなくても、大翔さんの顔はフェイトさんの声がする方向を向いて、言葉の続きを待つ姿勢になっていきます。

 

「ずっとお兄ちゃんの傍にいるってその気持ちは前から伝えていたことだし、変わらないんだけどそれだけじゃなくて。私も妹としてじゃなくて、すずかやアリサ、お姉ちゃんみたいに、一人の女の子として愛してもらいたい。その気持ちに蓋をするのを辞めようって思ったんだ」

 

 驚愕からか瞳を開けてしまった大翔さんの手を取り、フェイトさんは自分の胸へと押し当てて、いえ、押し付けるようにしていきます。形のいい膨らみが大翔さんの手によりひしゃげた形に変わっていって、フェイトさんは艶めかしい声を漏らしました。

 

「はぁ、ん……妹として、撫でてもらうだけじゃもう満足できないの……この身体もお兄ちゃんに触れられたくて、こんなにも心臓が激しく音を立ててる」

 

「だ、ダメだ、フェイト!」

 

「いやっ、離さないで!」

 

 攻め時だと分かっているフェイトさんは、大翔さんの動きを声で封じます。激しい動揺はあっても、大翔さんの身体に拒否反応は見られないのは、今までの大翔さんとフェイトさんの関係性がしっかりと積み重ねられていたからなのでしょう。

 

「妹ならずっと傍にいられる。家族として愛してもらえる。だから幸せでいられる。……そう思ってたよ。だけど、朱乃が女の子として愛されたい、絶対に諦められないって言っているのを聞いて、もう無理だと思った。私は妹じゃ納得なんて出来ないんだって。本当の自分はものすごくエッチで、こうやってお兄ちゃんに触れられたくて仕方なかったんだよ?」

 

 横目から見えるフェイトさんの顔は、瞳を潤ませ、頬を赤く染め、漏れる吐息は熱を増すばかり。長年の想いを一気に爆発させたフェイトさんは、肉付きのいい身体が秘めていた色香も一気に放ち始めています。

 

「大好き……愛してます、お兄ちゃん……」

 

 フェイトさんは止まりません。愛の言葉を囁きながら、大翔さんの頬に空いた一方の手を添えて、その唇を彼の唇へと重ねました。固まったままの大翔さんを尻目に、短く、何度も唇を重ねて、名残惜しそうに離れた後、自分の唇に指をそっと当てたフェイトさんのうっとりした表情は、同性の私から見ても、強く引きつけられる魅力に溢れていました。

 

「これが、管理局を辞めようと思った、本当の理由なの……。朱乃のお陰で、私は怖くてもこの気持ちをお兄ちゃんに伝えて一歩も引かない覚悟が出来たんだ。お兄ちゃん、覚悟していてね? 私も朱乃も、お兄ちゃんが私達を受け入れられるようになるまでずっと諦めないからね」

 

「……付け足させて頂くならば、受け入れて頂いたとしても傍から離れるなんて考えられませんので、ずっとお傍におりますから宜しくお願い致しますね」

 

 念のためです。受け入れてもらったらそれでおしまいだなんて、互いに不幸でしかありませんもの。そもそもその先の幸せを、私やフェイトさんは大翔さんと共につかんでいきたいのですから。

 

「朱乃さんに続いて、まさかフェイトまで……なんで俺なんかに……もっといい男がいるだろう」

 

 大翔さんからやっと出た言葉は、予測の範囲内でした。私達が本気で自分を愛するわけがないという、一種の強迫観念に近いもの。彼自身の女性への強い恐れと諦めが、自分への好意を正しく認識出来なくさせていますから、こういう言葉が出るのでしょうが、彼の特性が分かっている私達はこれぐらいで怯んでいられません。

 

「私にとって最初から、男の人はお兄ちゃんか、お兄ちゃん以外しか無いんだよ? お兄ちゃんの言う、一般的ないい男の条件がどういうものか良く分からないけど、私の価値観とはズレているんだから、比較対象にするのが違うと思うんだ」

 

 がっくり。可愛そうなぐらいに項垂れてしまった大翔さんを、すぐに思い切り抱き締めて、おでこやほっぺにキスの雨を降らせたい衝動に駆られますが、同じことを考えたのか、使い魔の彼女に先に実践され、私は踏み込こうとした足を止めるしかありませんでした。

 

「むぅ、先を越されましたわ」

 

「先を越されたってどういう、って、朱乃さん、見えてます! 見えてますから!」

 

「あらあら、うふふ、見せてるのよ、というやつですわ」

 

 大翔さんの指摘通り、立ち上がった私は自分の身体を大翔さんの視界へと晒しています。フェイトさんみたいに触れてもらって、強く拒否反応が出てもいけませんし、まずは視覚から慣れて頂きませんと。うふふ、でも、大翔さんに見られていると思うと、身体の奥から火照ってくる感じ……悪くありませんわね。

 

「大翔さん以外の男性には決してこんなことはしませんから、ご安心くださいな」

 

「いや、そういうことを聞いたわけではっ」

 

 必死で目を逸らそうとする大翔さんですが、顔を固定されてしまって、それもままなりません。アリサ、アリシアさん、えっとナハトさん?……でいいのかしら、感謝致しますわ、うふふっ。

 

「おー、朱乃が攻めてるにゃ~」

 

「破廉恥、です、朱乃先輩」

 

「お兄ちゃん、落ち着いて。私のおっぱいを自由にしてくれていいから」

 

 そこの猫姉妹はまだ外野のつもりなんでしょうし、言わせるだけ言わせておきます。しかし、フェイトさんもぐいぐい行きますね。ともあれ、剣呑な雰囲気は湯煙と共に消えて、夕食や大翔さん達の手で一晩を七日間に引き延ばす封時結界を張る合間に、私達はもう一度、フェイトさんが勤務していたという、管理局、ひいてはミッドチルダという別世界との決別方法をまとめ直すことにしたのです。

 

「基本は報復措置のあと、次元封鎖という方向性は変えないよ。ただ、あちらの世界の、魔導師じゃない市民の人達に被害が及ぶようなやり方は避けるようにするって話だよ。私だって、あちらのフェイトちゃんの扱いにはカチンと来てるしね。管理局の幹部さん達には痛い目にちゃんと遭ってもらわないと……ね?」

 

 すずかさんの言葉が、基本路線。そのことには特に変わりがなかったのです。また、時を同じくして、協力関係にあるドクターと言われる科学者の関係者が月村家へ来訪されたことも重なり、細部も一気につめられることになっていくのでした。



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第22話 預言の教会騎士

遅れてごめんなさい。
詰め込んでる感満載ですが、舞台は寝室へと持ち込んだので
きっと何とかなるはず(何が


 「きょーせーそーかんおめでとー!」

 

「おめでとう、なのは?」

 

「これで無職よ! やったわね、なのは!」

 

「バイトの紹介するからね、なのはちゃん」

 

「魔砲少女、無職になる──これは映画化やね!」

 

「これはどういうことなのっ、めでたくないよアリシアちゃんって、なんで疑問形なのフェイトちゃんに無職は嫌だよアリサちゃ、あっありがとうなのすずかちゃんというか、はやてちゃんまで何を言い出してるのーっ!」

 

 夕食の後、封時結界を張り終えた大翔さん達が行ったのは、強制転移の魔法発動でした。対象相手の四方に触れたら強引に転移させる魔法陣を出現させて、それが自動的に狭まっていって『*おおっと*』となるそうです。『いしのなかにいる』にならない分、優しいですね。

 何の表現だという話ですが、アザゼルおじ様が昔遊んでいたダンジョンRPGです。膝の上に私を乗せて、子守りをしてくれながら遊んでいたゲームの一つでした。育てたキャラクターがワンミスでロストする喪失感を楽しむゲームと説明された記憶がありますが、それのどこが楽しいのかは未だによく分かりません。

 

 ところで、高町なのはさんはツッコミ担当だったんでしょうか。息継ぎなしに一息で言い切ってます。久し振りの再会だったのか、すずかさん達に抱き着かれる形で動けなくなっていますけれど。そんな様子を見て、大翔さんは苦笑いしながら同じく強制転移させた男性二人と話をしています。

 

「えらく強引だったな、大翔。お前の魔法陣だったから、あえてレジストしなかったけどよ」

 

「僕は大翔が定期的に発動させる強制休暇だと思って、部下の人達に休んでくると伝えて転移してきたよ。一晩が七日間の例のやつだよね?」

 

「そうだよ、ユーノ。しかし、無限書庫の人達も慣れた対応だなぁ……そういえば、レジストしたら霧散する魔力を暴走させてAMF満載の無人世界に飛ばすように設定してたから、皇貴の対応は大正解」

 

「あっぶねぇ!」

 

 気安い関係の友人さんなのか、銀髪の男性──確か、視覚と接触による強制魅了能力を持っていたけれど、あっさりレジストしたすずかさんに粛清され調教された結果、忠実なしもべになったという方ですね。今では一緒に転移してきた小柄な女性とよろしくやりながら、管理局勤めをしていると聞かされています。

 

「しっかし、見知らぬ女性が増えてるじゃないか。すずか『様』達の承認ありなんだろ、みんな」

 

「いや、俺はそういう対象で見れてないんだ。そう伝えたんだけど、じゃあ気が変わるまでずっと傍で待ちますって……」

 

「あー。察した。まーた自覚なしにやらかしたのか」

 

「大翔……君もいい加減に自覚するべきだよ。大問題になる前に月村さんやバニングスさんが手を打ってるんだろうけどさ」

 

「やらかしたって、どういう」

 

「そりゃ大翔が……っておいはやてっ!」

 

 彼の警告よりも早く、背後に忍び寄る影。基礎身体能力の底上げが進んでいる今、私は慌てず肘鉄を一つ落としました。

 

「ぐふぅ……! こんなたわわに実ったおっぱいを揉めずにやられるわけには……いかんのやぁ!」

 

「くたばりやがってください。えい」

 

「ぐはぁ!」

 

 追撃は小猫ちゃん。地面に大の字に突っ伏す襲撃者。無事に悪は滅びました。というか、この方はつい先程まで高町さんを煽りながら、さも当然のようにおっぱいを揉んでいました。すずかさん達に手を出そうとしたところ、腕ごと氷づけにされたため渋々引き下がっていましたし、この妙な情熱はイッセーくんと印象が重なります。

 

「はやて、なにしてるんだお前……」

 

「そこにすずかちゃん以上のおっぱいがあるんやで! 止まるわけがないやろ! 大翔くんの隣にいるってことは、大翔くんと懇ろな関係やから、問題はない、きりっ!」

 

 復活も早いですね。本気ではありませんでしたが、やすやすと私の身体に触れさせるわけにはいきませんし、それなりの強さでぶつけたつもりだったんですけど。

 

「自分で『きりっ』とか言うな。はぁ、ごめんな黒髪のおねーさん。はやては男以上におっぱいに執着するから……これが管理局の誇る魔導騎士って実態を知られたくないぞ、俺は」

 

「主はやて……マイスター大翔の前でなんという醜態を……」

 

「全くです。恥を知りなさいな、はやて?」

 

 ナハトさんのモデル元と思われる女性や、大翔さんも初対面らしい『カリム』と呼ばれる女性が暴走する魔導騎士さんを諌めますが、復活の早い彼女は留まることを知りません。

 

「しかしやなカリム! あっちの着物のお姉さんといい、おっぱいパラダイスに来た私が止まると思うか! いやありえへん! おっぱいマイスターとして引くわけにはいかんよ!」

 

「カリムさんの紹介がそもそもまだだろうが! というか、なんで一緒に転移に巻き込まれてるんですか、貴女まで」

 

「面白そうだったから? はやても皇貴さんもまったく慌てる様子がありませんでしたし」

 

「今頃、ヌエラさんが頭を抱えてますよ。俺達が同時に転移してるから、護衛の心配はなくとも貴女の不在をどうカバーするのか……って、大翔。ここ封時結界の中か? 通信が阻害されてるし」

 

「そうですよ~、『盾の魔導騎士』~。ここは時間の流れからも切り離された結界の中なんですから~」

 

「げげげ、クアットロ!」

 

「分かりやすい反応ありがとーございますー。あ、大翔さん。すずかさんからの通信があったので、結界が張られる前に馳せ参じてました~」

 

 そろそろ収拾がつかない状況となって、すずかさんの声掛けで本日はひとまず各々に割り振られた客室へ戻ることになりました。即座に対応できる月村家のメイドさん達のスキルの高さは、ぜひとも学ばなくてはいけませんね。

 大翔さん達の旧友や招く予定の無かった人も含めて、この場は大変賑やかです。大翔さんの今までが見えてくるようで、私個人としてはとても有意義な時間になりました。そんな中、大翔さん達は解散の直前に関係者を強制転移させた理由を話し、結界内時間の一週間で結論を出して欲しい旨を伝えていました。

 

「……休息を兼ねながら、答えを最終日にでも聞かせてくれ。今回は訓練場所の確保も含めて、月村邸の敷地内は全て結界内にしてあるから、外の空気も吸いながら考えてくれたらと思うよ」

 

「一つだけ聞かせてや。仮に私らがミッドに残ると決めたとして、次元閉鎖を行ったら互いに二度と関与しないし、させるつもりもないということでええんやね?」

 

「ああ。次元封鎖なんて、管理局に真っ向から敵対する行為だろうしね。ちょっかいを掛けてこない限りは何もしないけれど、勝手な正義や法を振りかざすつもりなら容赦しない。それがはやて達が相手になるとしても」

 

 大翔さんの言葉はハッキリとした物言いで、転移してきた皆さんは一切の迷いはないことを悟ってか、表情が重たいものへと変わっていきます。

 

「マイスター……」

 

「これが俺の結論だよ、リインフォース。俺は俺の守るべき人達を必死に守ることで精一杯だ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ミッドチルダの魔導師さん達とひとまず話を終えて、私達は月村邸の大翔さんとすずかさんの私室へ移動しました。ベッドルームには見たことも無い巨大なベッドが据え置かれていて、大翔さんやすずかさん達だけではなく、私達が横になっても問題なく休める広さがあります。

 お二人の私室ということですが、アリサやアリシアさんが共に過ごすことも大変多いため、リビングスペースは別に確保されており、ベッドも特注の超巨大サイズを作成された結果、こんな形に収まったのだそうです。

 

「四人がひとまとめで一つのプライベートって感じよ。フェイトも帰ってきた時は一緒に寝てたし、修学旅行みたいにいつでも大部屋で皆で寝る感覚ね」

 

「お兄ちゃんの傍って熟睡できるからね。寝る前の丁寧なマッサージや魔力の流れも整えてもらって、お兄ちゃんの匂いを感じながらそのまま眠りに入るのって、ものすごく満たされる感じだから」

 

 私室への立ち入りを許されているのは、元々のこの部屋の住人の他には、私とフェイトさん、黒歌に小猫ちゃん、リビングルームへ何やら検査機器を持ち込んで準備を進めているクアットロと名乗った方に、転移に自分から巻き込まれたカリム・グラシアさんです。

 必死に検査に立ち会わせて欲しいと懇願した様子は、本当に大翔さんと初対面なのかと疑わせるものでしたが、すずかさんやアリサが間違いないと断言していたため、別の何かしらの事情があるものとは思いますが。

 

「大翔さんはお楽しみの前に検査を先に済ませますよ~。拒絶反応どころか、融合が進んで『器』としての侵食が進み過ぎてもいけませんしね~。それが終わったら、さっさと退室させてもらいますし~。モニタリング開始~」

 

 機械から伸びたいくつかの電極のようなものを大翔さんに取り付けたクアットロさんに、大翔さんが声を掛けます。

 

「退室した後はどうするんだ、クアットロさんは」

 

「大翔さんから頂いた魔導具の補助もあるので、私達側の拠点にもこの結界内と同じ時間が流れるエリアがあるんです~。大翔さんみたいに広範囲とはいきませんが、一部屋ぐらいならなんとでも……。ですから、別部屋でこの後ドクターと通信して、準備し始めますよぉ。報復案もいくつか、すずかさんやアリサさんから頂きましたからねぇ、うっふっふ、わくわくしますよ~」

 

 ものすごく悪巧みしています、という顔です。大翔さんとのやり取りを見る限り、付き合いも短いものではないでしょうし、どう見ても表社会の方では無いだろうというのも伝わります。

 ただ、私自身が覚悟を決めたこともあるのか、嫌悪感を強くは感じてはいません。大翔さんやすずかさんが定義する家族を守るためなら、手段は選ばない。正義の味方をやるつもりはないのですから、私達は。

 

「ふ~ん……」

 

「……なにか?」

 

「いえ、新入りさんだからもっとごちゃごちゃ言うのかなって思ってました~」

 

「私も自分で驚いている部分はありますけれど、最優先するのが何なのか……そのことを考えれば、安っぽい正義感はとっくに捨てていたみたいですね、私は」

 

 私の言葉に黒歌も頷いています。守るべきものは家族。その価値観は彼女の生い立ちからすれば不思議もありません。クアットロさんは少し感心した様子で、なるほどと呟いていました。

 

「力を振りかざし、こちらへの圧力をかけてきた連中よ。泣き寝入りなんて、奴らを増長させるだけ。朱乃は大翔の秘書をやると宣言した女だもの。清いやり方も濁ったやり方も両方飲み込んで、使い分けてくれなきゃ務まらないわ。家の顔にならざるを得ないアタシやすずかが出来ない部分を、大翔の影としてやってもらうんだから」

 

「私は必要だからやるだけなんだけど……みんな、私が手を下しちゃダメっていうからね。困っちゃうよ」

 

「すずかさん、『ほんと』お姫様役なんだから駄目ですよぉ~。穢れのない象徴がいるからこそ、大組織は回るんですからぁ……」

 

「だから、分からないようにやるんだよ? 立場は分かってるつもりだし、そんな足のつくようなやり方はしないから。それにひろくんは、私が自ら手を下しても穢れたなんて思う人じゃないから」

 

「悲しませたり心配はさせてるでしょーがぁっ!」

 

「私だって、ひろくんに対して同じ気持ちになるもの。だから、ひろくんと一緒に動くようにしてるよ。一人だけ危険な場所へ行かせるなんて以ての外だから、ちょうどいいもんね」

 

「安定のすずかさんですよぉ、アリサさぁん」

 

 大翔さんの為に自分で何でもしてあげたい主義のすずかさんは、注意は聞き飽きたとばかり、やり方を変えるつもりもないようで。自重の意味を正しく知るアリサと、外部の方に見えていたクアットロさんは似たような苦い顔をしていますから、同じ苦悩を抱えてこられた仲のようです。

 

「……朱乃、相当急いで強くならないとダメにゃ」

 

「ええ、すずかさんだけでなく、大翔さんが出るまでもないという状態まで持っていく必要がありますね」

 

「すずか姉さまはこういう部分、部長に似てます。率先して最前線へ飛び込む人が、こちらの最重要人物だなんて洒落になりません」

 

 私達駒王町組が改めて、一定の強さを早く身につける必要があると確認し合ったところで、電子音が大翔さんの検査完了を告げていました。

 

「焦りは禁物だよ、朱乃さん。さっきすずかが言ったように、現場に出る時は俺とセット行動を徹底してくれているから、互いに守り合うことも出来ているから」

 

「大翔さん……」

 

 安心させるように私に微笑んでくれた大翔さんが、クアットロさんと一緒に検査結果のモニターを覗き込みます。様々なグラフで形成される画面は正直どういう結果が出たのか、お二人でないと分からないものでした。

 

「クアットロさん、かなり馴染んだだろ?」

 

「ええ、数値はものすごく安定してるように見えますけどぉ。記憶のフラッシュバック、大丈夫ですかぁ……?」

 

「夢で見るぐらいかな。それに物語を見るような感じだから、取り込まれるようなこともないよ。俺が男であちらが女性なのも大きいのかもね。この力だけは誰にも渡してないし、普段はナハトと俺が一緒に封じる形にしてあるから、今後もそうするさ」

 

「えっと、大翔さん。差し支えなければ、何の話か教えて頂いても……?」

 

「ああ、すずか達は知ってるんだけど……ただ、俺達だけになっ、えっ?」

 

 大翔さんがクアットロさん達が退室してからと口に仕掛けた時、唯一の部外者とも言えたカリムさんがソファーから立ち上がり、二つの瞳を大きく潤ませながら、大翔さんの胸元へとその身を倒れ掛かるような格好で預けてしまったのです。

 敵意を全く感じなかったために反応が遅れた私達。とっさに受け止めてしまった大翔さん。すると──。

 

「あの預言は、貴方様だったのですね……ああ、お会い出来るのをずっと待ち侘びて、え? 陛下!? 陛下!」

 

 倒れ込む大翔さんを最速で動いたすずかさんとフェイトさんが支える中、アリサ達によるカリムさんへの突然の行動への問いかけが始まって、またもや収集がつかないような事態へと陥りかけたのでした。

 

「いつフラグ立てたんですかぁ、全くもう……」

 

 クアットロさんの呟きは私たち全員が叫びたい思いそのものだったのです……。



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第23話 鳥籠からの解放

この週末が家の用事でどたばたしていたため、
推敲がやっつけ状態ですが、ひとまず更新します。


 その後、明日にでも聞かせられる範囲でまた教えてもらえればと、素早く退室していったクアットロさんをよそに、私達はまず泡を吹いた大翔さんの気つけに取り掛かりました。

 この巨大な部屋はベッドルームエリアやリビングルームの他に、浴室・洗面台・台所等が用意されています。その台所からアリシアさんが手早く用意した氷嚢を持ってきて、ソファーに横になった大翔さんをアリサが膝枕をして、安静にする態勢が整ったところで、被告人の申し開きが始まろうとするところなのですが……。

 

「って、すずかは何してるのよ」

 

「ひろくんの手を取って、少しでも元気付けてるだけだよ? 膝枕はアリサちゃんに取られちゃったし」

 

「それは分からなくはないわよ。ただ、ソファーの下に腰を下ろしてまで、大翔の手を自分の頭や髪に置いたり櫛代わりにして……」

 

「ひろくんが触れ慣れた感覚で早く元に戻ればいいなって。それに、私が触れられていると幸せです、えへへ」

 

 すずかさんがあまりに平常運転のため、毒気が半ば抜かれてしまう私達です。とはいえ、いきなり泡を吹いて痙攣を起こして気を失った大翔さんを目にしていますから、被告人であるカリム・グラシアさんは沈痛な面持ちで深く頭を下げてきました。

 頭を下げると同時に、さらりと流れる長く輝く金の髪。整った顔立ちからは元来の穏やかな性格がにじみ出ているようです。

 

「も、申し訳ありませんっ、その異性恐怖症とは知らず……」

 

「いや、そうじゃなくて……確かにそれもあるけど、なんで感極まりましたって感じで抱きついたのよ」

 

「この方こそが私の全てを捧げるお方なのだと、確信したものですから」

 

 その言葉を発した瞬間の彼女は、一切の迷いなく、私達の顔をしっかり見つめたまま、きっぱりと言い切ったのです。一目惚れとしても、全てを差し出すような滅私にも近い決心が出来るかといえば、それは違います。

 私も今の心持ちとしては、目の前の彼女が出した結論と変わりはありません。けれど、出会った直後にそこまで想ったかといえば、流石に違う話です。洗脳の類を疑いたくもなりますが、どうにも彼女は正気の様子。すずかさんに私や黒歌も各々で彼女にかけられた術式が無いか探りを入れたものの、そんな類の魔力の影響下というわけでもありませんでした。

 

「その気持ちに至った、詳しい説明希望~。その話をしてくれる間に、ひーちゃんも起きてくるよ。どうせ七日七晩、この結界内から私達は出れないし出さないんだから」

 

「も、申し訳ありません。どうも心が急いていたようですね。皆さま、長くなりますが、私がそういう答えに至った理由を聞いて頂けますか?」

 

「ぜひ、お願いしたいな」

 

 台所に保管してある茶葉をお借りして、私が皆さんの紅茶を準備させて頂いてから、カリムさんはまず自分の背景から話し始められました。

 

「私はこの地球とは別の次元世界、ベルカ自治領に本部がある聖王教会という組織に籍を置いています……」

 

 その聖王教会は、カリムさんが暮らす世界で最大規模の宗教組織とのこと。信徒が多いのは他宗教に比べ禁忌や制約が少なく、緩い部分があるからだと苦笑いをしながら説明をされました。

 

「教会騎士団の幹部ねぇ……」

 

「といっても、私は事務方で……恥ずかしながら、戦闘能力は殆ど無いのです」

 

 祖父が枢機卿ということもあるのでしょう、と自嘲的に話す彼女。とはいえ、話を聞く限り、職務には誠実に取り組んでいらっしゃるのでしょう。すずかさんとアリサと似た、次代の指導者的立場といった感じなのでしょうね。

 

「私の背景はこの程度で本題に入りますが……まず、過去に数々の偉業を成し遂げた『聖王』様や近しい血族の方々、傍にあった騎士様達が私達の信仰対象となっています。そして、その伝え聞く聖王様と似た特徴を、陛下から感じたものですから……」

 

「あー……うん、なるほどね。ドクターのせいだわ」

 

「やっぱりあのひとだったかー」

 

『よていちょうわー』

 

「アリシアちゃん、紗月さん、完全に棒読みだよ?」

 

 苦笑いしながら、今度はすずかさんが補足してくれます。大翔さんが先程、クアットロさんと話していた内容を補足する形で。

 

「ひろくんはドクターの悪巧みで、最後の聖王と呼ばれる人のDNAを注射されたことがあるの。入手経路はロクなものじゃないのは確か。ただ、ひろくんはレアスキルと合わせることで、自分の強化に必ず繋がるというドクターの言葉を受け入れた」

 

 彼の戦い方は近・中・遠距離全対応であり、特定の距離を不得手としません。ですが、すずかさんやアリサのように近距離を得意とする人を複数同時に相手する時に、手数が足りずに押され気味になることが幾度か今までにあったそうです。

 

「すずかの義兄にある恭也さんに師事して古武術を学んでもいたけれど、打撃力に欠けるとは言われていたのよね。捌くのは一級品なのにって」

 

「ただ、私が教えた仙術と合わせて鍛え続けてるから、近距離も得意って言える日も近いにゃ。強い男は私も大好きだし、頑張って鍛えてやるにゃ」

 

「そういうことだったのですか……陛下のお言葉から、オリヴィエ聖王女の血筋だと思っていたのです。記憶の継承の話をされておられましたし、検査の最後に大変短い時間ですが、右目が翡翠、左目が紅玉色に変化されていましたから……」

 

 カリムさんの位置からは、大翔さんの両目の色彩が変化していたのが見えたということでしたが、古代ベルカ時代に『聖者の印』として尊ばれたものであり、聖王女も同じ特徴を持っていたといいます。

 

「聖王の血筋に現れる虹色の魔力光をお持ちではありませんでしたが、私の持つレアスキル、『預言者の著書』による未来視の預言内容にも陛下のことが描かれていました。普段は難解な詩文形式で記述されるのに、その一文だけは分かりやすいものだったのです」

 

 誰にも明かさず、カリムさんはその一文を自分の内にだけ秘めていたといいます。

 

『預言の聖女は虹と漆黒の魔力に囚われ、心の安息を得るであろう』

 

 ……指導層の血筋を引くことやレアスキルの所持も相まって、ひがみや妬みも集まりやすく、身の安全が脅かされることも多かった彼女は、教会から出ること自体が非常に少なかった生活にどこか嫌気が差していたのだそうです。

 調和を重んじ、礼節を尽くし、慈愛を分け隔てなく注ぐ教会騎士団の女騎士。長年にわたり役割を強いられ、今や身体に染みついてしまった皆が求める自分の姿を演じ続けていく……。人形のような生き方が変えられないのを彼女は諦めていた部分もあり、要職の責務を自分から投げ出すことは出来ず、自分の現状が打破されることを密かに願いながら日々を送る中、今回の強制転移にあえて巻き込まれた、と。

 

「予言に出た陛下なのだと確信して、この方こそが私の全てを捧げる方なのだと思い、ふしだらな行動をしてしまいました……お恥ずかしい限りです」

 

「……深窓の令嬢みたいなもんだにゃあ。確か、さっきの連中も護衛役がいるみたいなことも言ってたし、男と関わる機会がそんなに多く無いんじゃないかにゃ?」

 

「はい、殿方と話すのは、仕事や懇親会のパーティーに出席した時ぐらいでしょうか。シャッハという優秀な護衛役がついてくれていますので、必要以上に近づこうとする人物は遠ざけてくれていますし」

 

「実際の男を知らないから思い込みも激しくなる、期待感を自分の中で上げてああなったということにゃ」

 

 黒歌の指摘に、顔を染めて頬に手を当て恥ずかしさに俯くカリムさんを、私達は責める気を無くしつつありました。あまりにも異性に対しての免疫が無い彼女です。

 

「えっと、カリムさん。先に伝えておくけど、ひろくんは貴女ひとりのものになりえないよ? 見ての通り、彼に寄り添う花はもう片手ではあまるほどいるんだから」

 

「?……陛下、つまり王たる者が麗しく才のある王配を何人も持つのは当然では? 歴史がそれを物語っていますし……」

 

「あー、うん、貴女もそういうタイプなんだね……」

 

 すずかさん、こちらを見ないで下さい。確かに私はアリサに同じことを聞かれた時にそう返事をしましたけれど、多分、彼女も私と同じ感覚を大翔さんに抱いたのではないでしょうか。

 

「もちろん、理性はそれを認められても納得できるかは別の話です。ですが、陛下の花でおられる貴女達を見れば、一人ひとりが大切にされているのだと分かりますから」

 

 結局は、大翔さんだから大丈夫だと信じられた。すずかさん、アリサ、アリシアさんが一人ひとり大切に愛されているのだと、見れば十分に伝わるから。そういうことなのだと思います。

 

「生まれ育った土地から切り離すことになると思うよ?」

 

「陛下に今を壊され奪われるなら、本望で……」

 

「待ってくれっ! というか、俺の意思はどうなってるんだよ……」

 

 アリサの膝元から飛び起きた大翔さんが慌てて、結論が出かけているすずかさんとカリムさんの間に割って入ります。

 

「ひろくん、どの辺りから聞こえてたの?」

 

「……未来視の力の辺りから。そもそも預言の内容が俺を差し示すって断言するのは……」

 

「初めて聞いた私でも分かります。虹色は聖王のことですよね、兄さま」

 

「漆黒はナハトのこととしか思えないよ、ひーちゃん」

 

 小猫ちゃんとアリシアさんの素早いツッコミが入り、言葉に詰まった大翔さんに、微笑みを浮かべたカリムさんが補足をしていきます。

 

「ええ、はやてから『闇の書の闇』……管制人格・リインフォースと分かたれたロストロギアを制御し、魔法生命体の使い魔として使役しておられるとお伺いしています。その魔力光は漆黒。主である陛下の深紅色とは異なるものだと」

 

「犯人ははやてか……」

 

「詳しくはリインフォースが教えてくれました。消える運命にあった自分を融合型デバイスとして再形成し、残った防御プログラム・ナハトヴァールの暴走を止めて、彼女にも生きる道を残してくれた最高のマイスターだと」

 

「……大翔、聞いた?」

 

「ああ、アリサ。怒れないよ、リインフォースに悪気はないのは分かるし……ただっ! 出会ったばかりの人間に全てを預けるだなんて、そんな判断をしちゃダメだ!」

 

 彼女の目の前に駆け寄り、カリムさんの決断を押し留めようと懸命に訴える大翔さんですが、残念ながらハッキリ言って後押しするだけのような……。ほら、彼女の瞳はみるみる間に潤んで、頬も喜びに紅く染まり、感動に震えている状態です。

 

「陛下……私のためにそんなに懸命になって頂くなんて、恐れ多いことです。ほとんど面識のない私にまで、なんと優しいお言葉……。迷いなどあるはずがございません、カリムは貴方様に全てを捧げますわ。私の信仰も、身体も心もどうぞ貴方様のものに……」

 

 はい、止めを刺してしまいました。彼女の教義にある信仰対象が目の前に現れただけでなく、その相手が彼女の身を案じる発言をしたわけですね。両手を組んで祈りを捧げるカリムさんの行動に私を含め、とっさに痛みに対して身構えてしまいますが、信仰先が大翔さんなので私達は痛みを覚えずに済んだようです。いわゆる聖書に抱えた神に対しての祈りだから、ということなのでしょうか?

 

「グ、グラシアさん? ど、どうして?」

 

「カリムとお呼び捨て下さい、陛下」

 

「大翔さんがお休みの間にカリムさんが説明されていましたが、彼女は『聖王教会』という宗教組織の若き幹部ですわ、大翔さん。カリムさんにとって、聖王の生まれ変わりとも思える方の発言は、啓示に等しいものだと思いますわ……」

 

 私の説明に意識を失いはしなかったものの、再び崩れ落ちる大翔さんを間近に私とカリムさんがとっさに支えますが、受けた衝撃からか認識が曖昧なのか拒否反応が出ることもなく、二人で彼をソファーへと座らせます。

 すずかさんやアリサがカリムさんを拒否する方向に動かなかったということは、少なくとも候補として様子を見ようということでしょう。ですから、大翔さんの発言を止めもしなかったのでしょうから。

 

「さて、難しい話は明日にしようそうしよう? すずかちゃんもアリサちゃんもそのつもりでしょ?」

 

「うん。ひろくん、今夜は私達に溺れて……ね?」

 

「今後のことは目が覚めてからにしましょ。さて、今からは大人のお楽しみの時間だから、刺激が強いのが辛い人は今の内に退室してちょうだいよ?」

 

 言うが早いか、お三人さんは自分のネグリジェに手をかけて、ブラジャーとショーツだけの下着姿へと早変わりしていきます。アリサは朱色、すずかさんは紫色、アリシアさんは白主体と、手早くソファーの背もたれに掛けられるネグリジェとそれぞれのインナーの色合いは各人で統一されているのですね。

 

「お、おい、すずかにアリサ。そんな皆の前で」

 

「何を言ってるの、大翔にいつ見られても恥ずかしくないように磨きをかけている身体よ? 同じ女に見られたって別に構わないわ」

 

「うん、ひろくんが見せろと言うならどこででも……前から言っていることだよ?」

 

「他の男に見せるなんて絶対に嫌だもんね、ひーちゃんは」

 

「いやそりゃ自分の彼女の下着姿や裸を他の男に見せて喜ば……こら、俺まで脱がしに掛かるな!」

 

 大翔さんの服に手を掛けるのは、三人だけではなく、黒歌まで手を伸ばしています。もう、黒歌はまだ大翔さんの女になる意思も見せていないというのに!

 

「黒歌! 貴女は部屋の外に出なさいな!」

 

「なんでにゃ? 主人の傍にいるのは飼い猫としておかしくないにゃ。あ、それと大翔。その考えは甘いにゃ。自分の女が乱れる姿を他の男の前で見せ付けるのが好きだっていう下世話なやつも結構いるにゃ……見えはするし乱れる声も聞かせるけど、触れられるのは自分だけっていう捻じ曲がった欲の満たし方にゃ」

 

「俺は嫌だっていう話、ってこら手を止めろ」

 

「せっかく鍛えた肉体なんだから、気にせず見せるといいにゃ。あ、ただ、見せていい相手はちゃんとこちらで見極めるから、所構わず脱ぐのは勘弁かにゃ。それに……誰も出る気は無いみたいにゃ?」

 

 恥ずかしさに頬を染めている小猫ちゃんやカリムさんにせよ、立ち上がる気は無いようですし。フェイトさんと私も三人に倣って、寝間着を脱いで皺にならないように先にさっさと折り畳んでしまいました。




細かいところの調整はまた明日に掛けてでもやります。


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第24話 奉仕(※)

まずは導入ぐらいのものですが。


 「フェイトに朱乃さんも迷いなくその格好にならないで下さいよ……刺激が強すぎます」

 

「でも、寝室での決まり事みたいなものだよね? 私の下着姿にもしっかり耐性もつけてもらいたいし。それに今日、お兄ちゃんが手を出してくれるかは別として、これからすずかやアリサを見て勉強させてもらうんだから、部屋からは出ません。ね、朱乃」

 

「ええ、私達としてはいつでも構わないという意思表示でもありますから。少しずつで構いませんから、見慣れて頂けると嬉しいですわ」

 

「大翔、目を必死に瞑ったら余計に脳裏に焼き付いちゃうんじゃないの? とっても元気になってるわよ、大翔のココは……ふふっ」

 

 視線を逸らして瞳を閉じている大翔さんの顔は赤くなっていますし、アリサの言う通り、寝間着の下腹部はその逞しい隆起が既に存在を主張されています。はぐれ悪魔の穢らわしいものとは違って、逞しさや雄々しいとすら感じるのは、お慕いする男性の身体だからこそですね。

 ……うふふ、恥ずかしいですけれど、ちゃんと女として見て頂けているのが嬉しいです。

 

「あ、あれが陛下の……殿方の……」

 

 カリムさんの顔はさらに赤みを増しつつも、視線は釘付けです。寝間着のような柔らかい生地だと隆起もハッキリ分かりますし、男性の水着を見る機会でもなければかなりの衝撃ではないでしょうか。

 

「えっと、これからもっと生々しくなるから、無理だったら何も言わずに部屋を出てくれて構わないからね。私もアリサちゃんも始めちゃったら、ひろくんだけに集中しちゃうから」

 

「私は脱ぎはしないけど、最後まで見学させてもらうにゃ~。大翔達が無意識に今までやってた房中術をちゃんと意識して使えるようにお手伝いしようと思うしにゃ」

 

「ねーねー、黒歌ちゃん。意識して使えるようになると、どう変わるのかな?」

 

「アリシア、よく聞いてくれたにゃ! 大翔みたいに複数のパートナーがいる人には必須スキルじゃないかにゃ……」

 

 黒歌の説明をまとめると……仙術が使える者が気を巡らせながら──双方が使えるなら、なお望ましいとのことですが、一つになること。次に、女性側が十分に昂ってから交わること。そして、男性がギリギリまで精を放つのを我慢すればするほど、男性の陽の気、女性の陰の気が良くなり、互いの生命力を活性化させるのだと言います。

 

「私のような仙術の使い手とにゃると、寿命を回復させるぐらいの効果があるからにゃ。今の大翔でも、次発装填ぐらいは訳ないはずにゃ。溜まったと感じたら、思い切り放ってやっても大丈夫にゃ」

 

「ね、姉さまっ! 露骨過ぎますっ!」

 

「そうは言っても、大翔とすずか達はそういう仲にゃ。互いがより気持ち良くなれて、かつ負担が少なくなるなら、それにこしたことは無いにゃ。実際、大翔達は魔力で似たようなことをやってるし……正直、最初知った時は驚いたにゃ」

 

 小猫ちゃんの抗議の声にも、黒歌はどこ吹く風。あまり気にする様子はありません。驚いた内容についても、隠すことでもないと教えてくれます。

 

「魔力を巡らせて調子を整えるのを繋がる度にやってたからだと思うけど、すずか達は子宮に陰と陽の気が交じり合って調和しているにゃ。だから、肌艶も常にいい状態を保っているし、将来母親になる時に備えて、身体がそれぞれのベストな状態に成長してるんじゃないかにゃ」

 

「……確かに、アタシの胸とか急に成長し始めたのって、大翔と繋がるようになってからだったわ。すずかの成長が早くて羨んでいたのに、自分も人のこと言えなくなったって話したのを覚えてるもの」

 

「個人の性質に合わせてちょうどいい身体になってるから、三人の個人差があるってことかぁ、なるほど」

 

「私はもうちょっとだけ、胸が小さくてもいいかな。贅沢な悩みだと思うけど、可愛いデザインのブラジャーとか探すの大変だもん」

 

 すずかさんが自分の胸部を見つめてぽつりとこぼしますが、アリサ共々大翔さんの腕のロックは外さないため、大翔さんはやはり逃げられませんし、この会話に耳を塞ぐことも許されません。あ、小猫ちゃんが聞かせるのに堪えないとばかりに、強制的に大翔さんの耳を塞ごうと、ソファーの後ろ側に回って大翔さんの両耳を手で押さえましたね。

 

「個人の身長とかに合わせて、というのはあると思うにゃ。房中術の目指すところは身体の気脈を整えることだし、一部分だけを極端に成長させるとか、そういうのとは正反対だからにゃ」

 

 そこで黒歌は小猫ちゃんを見て、彼女に向ける言葉をぴしゃりと言い放ったのです。

 

「白音。だから、お姉ちゃんが望めばすぐに大きくなるって話をしたのはそういうことにゃ。大翔達が魔力だけでなく気の巡らせ方もより深く身につければ、白音が仙術を使いこなすのに合わせる形で相乗効果を生んで、白音の身体的な成長を劇的に促してくれるにゃ」

 

「……え?」

 

「必要なのは心積もり一つ!……にゃ。変わる自分を受け入れる心一つで、白音は美少女から美女に短期間で大変身にゃ!」

 

「今の白音ちゃんの格好は世を忍ぶ仮の姿だった……!?」

 

「ふっふっふ、その通りにゃ、アリシアぁ。すずかやフェイトと遜色ない、黄金比の身体を持つ白音の誕生は近っ、痛い! 痛いにゃ、白音!」

 

 戦車の突進力で一気に懐に入り込んで、ポカポカの打撃連打をお見舞いする小猫ちゃんですが、なんせ戦車の力です。本気で痛がっている黒歌ですが、自業自得なので放っておくとしまして……。

 

「ひろくん、始めるね? 今日はせっかくだからアリサちゃんと一緒にするから……」

 

「ソファーの方が大翔への奉仕はやりやすいから……痛そうに大きくしてるコレを、すぐに気持ち良くさせてあげるわ……」

 

「ひーちゃん、私とはちゅーしよう、ね?」

 

『首筋も耳たぶもちゃんと気持ち良くしてあげるよ、ひろ兄ちゃん……』

 

 手慣れた様子で大翔さんのズボンを下ろし、ボクサーブリーフに手をかけたすずかさん達は、血管が浮き上がった硬く屹立した暴力的な男性自身を取り出します。

 

「……くぅっ」

 

 二人は躊躇いも無く交互に突端へと口づけた後、左右からゆっくりと舌を這わせ始めました。棒の部分だけではなく、ぶら下がった二つの袋についても丁寧に舐め上げていきます。その間に、アリシアさんは大翔さんに唇を押し当て舌を絡ませて、くぐもった音を辺りに響かせていきます。

 

「うん、いいんだよ、ひろくん……もっと感じてね……ちゅる、じゅぅ、あむっ……」

 

「頑張ってるのちゃんと知ってるから、たまには気にせずアタシ達にありのままぶつけたらいいんだから……はぁ、こうして奉仕してると、こっちまで火照ってくるのよ……?」

 

 袋を一方が舐める間に、もう一人が突端を口に含んで、わざと音を立ててしゃぶって刺激していきます。その動きは二人を知らなければ風俗嬢の動きそのものに思えてきます。ただ、二人には大翔さんへの揺るぎない愛情があって。

 

「ふふ、ひろ兄ちゃん。耳たぶや首、相変わらず弱いもんね。可愛い……」

 

『我慢せずに声出してね、ひーちゃん……ひーちゃんの喘ぐ声聞くの、好きなの』

 

 アリシアさんや紗月さんは細かく表面に出る人格を入れ替わりつつ、部屋全体に響く念話で二人が同時に責めたてる様子を、彼自身にも私達にもハッキリと分かるようにしています。

 

「先走り出てきたね……嬉しいな……」

 

 三人の顔も紅潮して瞳は潤んで、大翔さんへの奉仕自体を望み、楽しんで自分達の気持ち良さにも変えていて……ああ、狡いです。私だって、大翔さんを満たしてあげたい。

 

「朱乃」

 

 そう思っていると、フェイトさんが私の手を取り、短く私の名を呼びました。ええ、フェイトさんもこんなの、我慢できないですよね?

 

「……すずか、アリサ、変わって」

 

「私達に、やらせてください」

 

「……ん、いいわよ。ただし大翔が出しそうになったら、どちらかがちゃんと口で全部受け止めること。いいわね?」

 

「前触れはこっちでも見てるからね。さ、ひろくん。私のおっぱいも吸って……お願い……」

 

 申し出をした私達に一つだけ注意点を告げた後、すずかさんはブラジャーのホックを外し自ら晒した胸を大翔さんの手と口に片方ずつ押し当てて、アリサは、大翔さんのもう一方の手を自分のブラジャーの中へと潜り込ませて、自分の胸を可愛がるように急きたてつつ、たくし上げた服の下から大翔さんの胸に吸い付いていきます。

 

「待ってそれはマズ……むぐっ!?」

 

 大翔さんの抵抗の言葉は、強引にすずかさんの胸により唇を塞がれ、膝をついて高さを合わせた私とフェイトさんの目の前には荒々しい彼のぺニスが反り返った姿を見せつけています。

 

「すごい、熱……」

 

「ほんと、ですわね……」

 

 まずは最初ということもあり、恐る恐る指を当ててみる私達。こんなに大きく硬いものをすずかさん達は身体の中に受け入れているのですね……。強く脈も打っていて、とても力強さを感じます。

 

「口、入るかな……大きく開かないと、ダメだよね」

 

「そうですわね……」

 

 彼のモノに奉仕する自分に迷いはありません。ただ、一つだけ寂しいのは、私の唇を最初に大翔さんの唇に奪って欲しかった。でも、それは私の勝手な願いで、大翔さんに尽くしたい気持ちに嘘はありませんから……。

 

「あ、先っちょから出てきてるのが、すずかの言ってた先走りだね……ちゅる……ん、苦いけど、なんだろう……顔がカァッと熱くなってくるみたい……」

 

 既に強引にでもキスを交わし合ったからなのか、フェイトさんは自然な動きで突端へとその唇を寄せて、軽く吸い上げると先走りを味わってしまいました。

 

「それがひろくんの精液の一部だからね。いずれ不思議とクセになるよ、フェイトちゃん。んんっ、どうしたの? ひーちゃん、暴れないで……?」

 

「すずかの言う通りかも……朱乃、舐めてみる?」

 

 フェイトさんの問いかけに、私が一瞬躊躇したその時でした。すずかさんの双子の山から強引に抜け出した大翔さんが突然叫んだのです。

 

「ぷはっ! ま。待ってくれ、フェイト! すずかもアリサも悪い、少しだけ待ってくれ……」

 

 大翔さんの必死さが込められた声色にすずかさん達は少し身を引き、動けるようになった彼はソファーから身を下ろし、私の目の前で視線を真っ直ぐに合わせてきます。

 淫蕩な雰囲気に皆が身を浸していき、小猫ちゃんやカリムさんもただ息を飲み見守る状態になっていた中で、突然の大翔さんの動きに私も含めて何事だろうと戸惑いを覚えてしまいました。

 例外なのが、あっさり行為を中断して様子を見守っている、先達とも言えるすずかさん達三人組です。大翔さんの考えをしっかり予測できているのか、どこか誇らしげな笑みすら浮かべて……正直、悔しさを覚えつつも、今の私は姿勢を正し、どこか思いつめた真剣な顔でこちらを見ている大翔さんの次の言葉を待つだけです。

 

「俺……いくら過去に酷い目にあってから女の人の好意が信じられなくなってるとはいえ、ここまでしてくれようとする朱乃さんにそこまでさせないと俺は信じられないのか、覚悟を決めれないのかって。逆の立場だったら一生悔いるっていうか、自分がされたことを人にさせていいわけがないって……ごめん、何言ってるか分からない状態だけど。しかもこんな間抜けな格好で言うことじゃ無いんだけどさ……」

 

「大翔さん……」

 

 ……確かに言葉はぐちゃぐちゃで、まとめきらないままにそのまま声にしているのでしょう。だけどそれでも、私は自分にとって都合のいい展開を、本当に信じてしまいそうで。大翔さんが語ろうとしているのはまるで──。

 

「フェイトにしたって、俺からじゃなくて。だから、フェイトにも謝らなきゃいけないし、許されることでもないんだろうけど……」

 

「うん。今は、朱乃に集中しないと許さないよ? 私はどんな形であれ、初めてのキスはお兄ちゃんの唇に捧げられたんだもん。だから、ね?」

 

 余所見をするなと、フェイトさんは大翔さんの頬に手を触れて、すぐに彼の視線を私へとそっと戻してくれました。

 向き直った大翔さんは一瞬だけ瞳を閉じて、そして決意を秘めた強い瞳で私を射抜きます。大翔さんの意識が全て、この瞬間は私だけに向けられていました。……思わず心が震えて、視界が潤んでしまいそうになるけれど、今は頑張って耐えて、今の大翔さんの瞳を、表情をちゃんと覚えておきたい──。

 

「朱乃さん。貴女の想いをなかなか信じられない、面倒な男でごめん。だけど、俺との初めてのキスがショックなものになりかけても、それでも尽くそうとしてくれる朱乃さんを、俺は信じたいと思ったし、信じられると思えたし、俺の個人的な理由でこれ以上傷つけることはしちゃいけないって……強く思ったんだ」




朱乃さんヒロインの独占場はもう一話続くんじゃ。(予定)


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第25話 朱乃、一生の恋(※)

普段より文字数が少なくてごめんなさい。ひとまずUPします。

※追記修正しました。(21:30)


 彼の格好はほとんど裸で、私だって下着だけの格好なのに、二人とも気づけば揃って正座の状態。周りから見れば滑稽な姿かもしれないけれど、私も彼もちゃんと襟を正す気持ちで言葉にしたり聞くべきだと思っていたのかもしれません。

 

「俺、本当は独占欲が強いし、裏切られるのを恐れるからでしょうね、一度手に入れたら二度と離れられないように、身体も心も縛り付けてしまうところがあります。その代わり、俺も縛ってくれて構わない……そんな感じで。すずかなんかはそんなやり方が合ってると言うし、アリサは行き過ぎないように手綱を持ってくれます。アリシア達は自然体にその都度合わせたり、バランスを取ってみたり……三人はこんな俺を否定することなく、合わせてくれています」

 

 話題に上げられた三人は、私が顔を向けても黙って微笑んでいます。三人が大翔さんの愛し方を負担になど思っていない──聞くまでもないことだったのです。

 

「今更かもしれないけど、こんな俺で良ければ。……朱乃さん、これから俺と一緒に歩んでくれませんか?」

 

「……私で宜しければ、末永くどうかお願い致します、大翔さんっ」

 

 まるでプロポーズのようなやり取りを交わした私達。胸元に飛び込む私を、大翔さんはしっかり受け止めてくれて、ありがとうの言葉と共に頭をゆっくりと撫でてくれます。

 ……とうとう叶っちゃいました。私の一生分の恋を全て、大翔さんに受け入れてもらえた。どうしよう、大翔さんの手で撫でられるだけで、こんなにも嬉しくて。ああもう、私こんなに泣き虫だったかしら……幸せすぎて泣いてしまってるなんて。

 

「……安心して気が抜けちゃいましたか?」

 

「これは幸せだから流れたものですわ、大翔さん……」

 

 互いの吐息がかかるぐらいに近くでそんな言葉を交わして、私と大翔さんはそのまま初めて唇を重ね合って……。

 

「もっと……」

 

 私のおねだりに、何度も優しく愛おしむようにキスを重ねる大翔さん。夢のようなひとときに私はすっかりのぼせてしまいそうになります。

 

「ねえ、私……大翔さんに負けないぐらい、独占欲が強いんです。重たい女ですから、覚悟して一生可愛がってくださいね?」

 

「望むところ、かな」

 

「言葉使いも自分の女だ、って感じでもっと砕けて下さいね。その方が私、大翔さんのものなんだって強く実感できますから」

 

「努力するよ、朱乃さ……」

 

「もう。あ、け、の、です」

 

「分かったよ、朱乃。……なんだろう、むず痒いね、これ。なんか、俺の中で『朱乃さん』って感じだったから、これはこれからの宿題にしてくれると嬉しいな」

 

「なんですか、それ。うふふ、じゃあ宿題ですから、毎日チェックしますからね?」

 

 思わずこぼれた言葉にも、即座に答えてくれた大翔さん。こうして身体を寄せ合っていても、彼の中でしっかりと定まったからか、拒否反応が表れることもありません。

 もう一度、今度は私から口づけて。何度でも、一晩中でも、こうしていられそう。この瞬間だけは大翔さんを一人占めできるんですから、うふふっ。

 

「あ、あれ? 恋人じゃなくて、結婚の約束してる? まだ付き合ってなかったよね? あれ?」

 

 フェイトさんが隣で慌てる様子を見せていますし、カリムさんも表情に疑問符をたくさん浮かべていらっしゃいますけど、恋人で終わるつもりも無くその先を考えている私ですから、これくらいの重みがあってちょうどいいんです。

 

「朱乃さ……違うか、朱乃だね。ちゃんと意識しないと『さん』付けになっちゃうな。そう、朱乃はさ。以前に俺に思いを伝えてくれた時に恋人としてだけじゃなくて、これから先俺をずっと支えていきたいって、そう言ってくれたんだ」

 

「さ、最初から逆プロポーズだったんだ……朱乃、思い切ったね」

 

 私は大翔さんの腕の中で、フェイトさんに向かって小さくVサインをしてみせます。キャラが違うかもしれませんが、受け入れてくれた大翔さんがこれぐらいで揺らいだりしないのは、すずかさん達で分かっていることですしね。

 

「朱乃、はしゃいでるね、あはは……」

 

 実は、はしゃいだ振りで意識しないように気を逸らしているだけだったりするんです。

 キスの途中から急に押し上げられる感覚があって、真面目な話も終わって考えてみれば、大翔さんに抱き着いた格好の兼ね合いで位置的に、さっきから私のショーツ一枚を隔てて私のヴァギナ辺りをぐいぐいと力強く押し上げてきている元気なとても硬いモノなんだと分かって……。

 私で興奮してくれるのはとても光栄で嬉しいのですが、どうしてもそちらに意識が行きそうになって。それに彼の熱を感じてるからか、どんどん下腹部が熱くなっていく感じがしてきます。

 

「さて、と。朱乃、続きをしようか。朱乃が俺の恋人だと決めたら、なんか我慢できなくなってきたよ。節操ないな、俺も」

 

 夢のような時間が流れる中、大翔さんはそのまま私をその両腕で抱き上げて、あの大きなベッドへと歩き始めました。

 

「ただ、関係が変わってすぐが嫌なら言ってくれ。これから時間はいくらでもあるから、それなら今日は朱乃を抱き枕にこのまま寝てしまうから」

 

 そもそも、自分から奉仕を願い出たのです。大翔さんが望むならもちろん応えたいし、彼に私の初めてを奪って欲しいと思っています。

 他の人に見られながら、大翔さんに初めて抱かれるのはとても恥ずかしいけれど……すずかさん達の雰囲気を見れば、今後も大翔さんと一対一で交わることがあまり無いと思いますし。

 

「私も、抱いて……欲しいです」

 

「分かった」

 

 まともに顔を見られずに、大翔さんの胸板に顔を完全に埋めた私は彼の鼓動がとても早まっている音が聞こえて、顔に出さないだけで大翔さんも緊張しているのだと悟ります。

 

「フェイト、後でちゃんと話をするからな」

 

「うん、お兄ちゃん。私は大人しく待ってるから、朱乃を思い切り愛してあげて? ただ、その後は私の番だからね。ちゃんと可愛がってくれたら、さっきのことは全部チャラにしてあげるから」

 

「……覚悟しておくよ」

 

 フェイトさんに声を掛けた後、ベッドへと腰を下ろした大翔さんは私をそのまま抱えたまま、おでこに一つキスを落として私も一緒にその身を横たえていきます。心臓の辺りに当てられた私の手に被せるように手を重ねて、大翔さんは一つ苦笑いを見せました。

 

『気づかれてるだろうけど、心臓の音すごいだろ? 朱乃さんみたいな美人を抱くってこと自体に、興奮と緊張でなんかぐちゃぐちゃだし。それに、すずか達だけじゃなくて、フェイトや黒歌さん達、おまけにカリムさんみたいな今日初めて顔を合わせた人が同じ空間にいるわけだから……動揺を表に出さないようにするので精一杯で。やっぱり、出てくれってお願いしようか……』

 

『うふふ、無理だと思いますわよ?』

 

『ですよねぇ……』

 

 私だけに向けた念話で弱音をこっそり漏らしてくれる大翔さんに、ちょっとした気つけを仕掛けましょう。

 私は彼の頭をかき抱いて、思い切り自分の胸元に押し付けてしまいます。そして、そのまま彼の背中に片方の腕を回しながら、もう一方の手は彼の髪をそっと撫で始めるのです。

 

「あ、朱乃さん?」

 

「朱乃、ですよ?」

 

「あ、ごめん……うん、朱乃だよな」

 

「うふふ、名前で呼んで頂くのがこんなに嬉しいだなんて思いませんでしたわ。ねぇ、大翔さん。私もものすごく鼓動が早いでしょう?」

 

「……よく、聞こえないかも。圧倒的だから、朱乃のおっぱい」

 

「あらあら。それじゃ、これを取り払って直に耳を当ててみて下さいな?」

 

 縁に細かなレースが施された黒地のブラジャーとショーツ。お気に入りの一着を身につけた私は、大翔さんにその衣を剥ぎ取って欲しいとおねだりをします。彼に見られるのは恥ずかしいけれど……見て欲しいって気持ちも確かにあって。だから、それは別の恥ずかしさで我慢するようなものではありません。

 ただ、ベッドの近くに見学にやってきた複数の気配については別です。私は大翔さんとの二人の世界に没頭して周りの視線から意識を切り離す──そうすることで、大翔さん以外に見られる羞恥心から逃げる方法は無いと判断していました。

 

「……朱乃先輩の胸なんて爆ぜればいいんです」

 

 小猫ちゃんの歯ぎしりが聞こえた気もしますが、あえてスルーです。反応なんてしてあげません。というか、黒歌の話通りなら貴女も近いうちに膨らむのですからね。いずれ、貴女も美味しく大翔さんに頂かれてしまえばよろしいのでは? あの懐き方からして、他の男性でもう満足なんて出来ないでしょうし。

 

「積極的だね、朱乃」

 

「だって、大翔さんに触れても触れられても、大翔さんが受け入れてくれるのが分かるんですもの……全部、見て欲しいの。私をもっと知って下さい……」

 

 少しだけ身体の向きを変えて手が背中に入りやすいようにすると、直接見なくても難なくホックを外していく大翔さん。慣れた手つきが少しだけ寂しく思いますが、雰囲気を壊さないようにスマートに誘導してくれていると考えれば、ええ、そう考えましょう。

 

「……触れるよ」

 

 晒された肌を隠すように、大翔さんの手が私の二つの膨らみに覆い被さっていきます。そして、両手で開いた谷間に彼は耳をそのまま押し当てました。えっと、振りのつもりだったのに本当に音を確認する辺り、なんだか『らしい』感じがしますね。

 それと、触れた部分から彼の魔力、そしてなんだか暖かな力が──多分、これが『気』なのでしょうね──私の身体へと溶け込み始めています。ああ、本当に触れられるだけでこんなにも安心してしまうなんて、狡い人ね、大翔さんは。

 

「朱乃の心臓の音、すごく激しくなってる……」

 

「貴方に触れられているから、こうなるんですよ? ドキドキして止まらなくなっているんです」

 

 彼の指を私の乳房に痕を残せとばかりに、上から手を重ねて強く押し込んでいきます。触れられた部分が火傷をしたのかと思うばかりに、熱く感じてしまう。ああ、興奮した私の胸の頂点が大きく硬くなっていくのが分かる……大翔さんの手のひらが動く度に擦れて、全身に甘い痺れが走っていくかのよう。

 好きな人に触れられる喜びは、想像を超えていました。彼の許可を得たことで自分がどんどん積極的になっていくのを止められず、また、貪欲に彼を求めても彼が酷いことなどしないという強い安心感がさらにその気持ちを後押しします。

 

「朱乃、そんなに強く押し込んだら、痕になってしまうよ。折角の綺麗な肌なのに……」

 

「大翔さん以外の男性に見られることなど無い部分ですもの……見ればすぐに思い出せるぐらいに、荒々しくしてもらったって構わないですから……!」

 

 身体全体を巡る彼の力は私を包み込む温もりへ変わり、身体の火照りをさらに昂らせていく。私のこれからをずっと一緒に歩いていく大翔さんの唇に自分の口を押し付けて、思い切って舌を差し入れる。……もっと深く、貴方が欲しいの。貴方の女である自分なら、ちゃんと好きになれると思えるから。

 ねえ、大翔さん。人も堕天使も悪魔も吸血鬼も、貴方の中では全部同じなのかしら。貴方の中では全部一つに交わり合っていて、それぞれの力をどう振るうのか──結局は自分の心の置きようなんだって、大翔さんを見ていると信じられるようになってくるんです。

 

 堕天使である私も、人である私も、転生悪魔である私も、大翔さんは全部『姫島朱乃』だって認めてくれる人だから。貴方に愛される朱乃なら、自分を嫌うことも怖がる必要もない。貴方に愛され続ける朱乃でいられるように毎日をしっかり生きて、日々の努力も重ねていきます。ちょっと疲れたら、ぎゅーっと抱き締めて、私に元気を下さいね。

 

「んあっ! あぁ、すごい、もっと、もっと吸ってぇ! 大翔さんっ! 強いぐらいがいいのっ!」

 

 優しく吸われただけなのに、私すごいの。はしたないかもしれないけど、下腹部がどんどん熱くなっていくの……ねえ、大翔さん、もっとエッチになっても受け入れてくれますよね?

 

「全部、全部奪ってぇ! 私を、朱乃の全部、大翔さんにあげたいのっ!」

 

「朱乃……ああ、じゃあ『こっち』も触れるからな」

 

 ショーツの中へと大翔さんの手が入り込んだと自覚した直後、乳首への刺激に加えて、私の足の付け根あたりから両足ががくがくと震えるほどの衝撃が、全身を感電したかのように駆け巡りました。

 

「あぁっ!? ああーっ! すごっ、やぁ、ああ、すごいのぅっ!」

 

「ああ、朱乃。もうびちょびちょだね、こんなに濡らしていたんだ」

 

 クリトリスを刺激されているのだと気づけたのは、衝撃に翻弄され続けて頭がぼんやりとする中でのこと。優しい指の動きが少しずつ強く激しくなっていき、なすがままに足を持ち上げられ、何かを抜き取られていって──。

 

「──っ!」

 

 乳首を含んだり吸ったりしていたはずの大翔さんの頭が無くなったと思った直後、身体が砕けるような刺激に私は声にならない叫びをあげて、為す術なく身をさらに震わせるのでした。



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第26話 破瓜(※)

遅くなりましたっ。

朱乃さんが暴走します。
作者にも止められなかったんだ、朱乃さんが勝手に動くんだ……。


 「刺激強過ぎたら、言って」

 

 軽く吸われたのは、クリトリス。私の女性器に大翔さんが口づけて、私をもっと気持ち良くしようと愛してくれている──。でも、でもでもでもっ、そこは汚い場所──。

 

「そこ、汚……あんっ」

 

「汚くなんかない。気持ちいいのかな、ぷっくりお豆が大きくなって、たくさんお汁も溢れてきてる。嬉しいな、もっと気持ちよく出来るように頑張るからさ」

 

 私の小さな抵抗なんてあっさり跳ね除けてしまって、私自身本気で大翔さんの頭をどかそうなんてするはずもなく、私は大翔さんから与えられる刺激の波にどんどん飲み込まれていくだけです。

 私の身体の火照りがどんどん強くなっていくように、優しい強さで私の身体は大翔さんの舌に合わせて、勝手に飛び跳ねていく──。

 

「や、ぁっ、ああーっ! ダメェダメェ! 私、私、変になります! なっちゃうのぉ!」

 

「うん、いいんだよ。乱れたって変になったって、朱乃は俺の朱乃だから。大丈夫、気持ちいい感覚を我慢する必要なんてない……見せて、もっと」

 

 『俺の朱乃』……そう、私は大翔さんのモノだもの──。この気持ちいい感覚に溺れても、大翔さんは私を離さないでいてくれる……大翔さんがくれる女の快感に、夢中になっていいんだ……。

 

「ふふふ、朱乃さん蕩けきって、すっごく気持ち良さそう。そうやって、ひろくんがくれる快感が忘れられなくなっていくんだよ、私みたいに……」

 

 すずかさんの声がとても遠くに聞こえる。荒くなる息に口元もだらしなく開いたままで、私は大翔さんの舌が動く度に、自分でも聞いたことの無い嬌声を上げ続けている。

 舌での刺激と同時に、指の腹で優しく私の中への入口辺りを擦られる感触が、私の背中にゾクゾクした感覚を駆け登らせる。こんな丁寧に愛されてるだけで私の身体はどうにかなってしまいそうなのに、大翔さん自身にこの身を貫かれたら私はどうなってしまうんだろう。

 

 本当ならもっと緊張感に襲われているはずのこの身体は、大翔さんの魔力や気が巡り続けることで『ずっと優しく抱き締められている感覚』に包まれ、程よく脱力出来た状態になれていて。

 心ばかりか、身体まで深く大翔さんの虜になろうとしてる私……すずかさんが言っていた『どこででも求められたら応えてしまう』ぐらいに、私も深く堕ちて行くのかしら……。

 

 それはとても素敵かもしれない……。

 

 私の身体には堕天使と悪魔の力が宿っているし、愛欲に生きるのは種族としてはある意味正しいもの。なんて、自己正当化してしまうぐらいに、私は大翔さんが与えてくれる悦楽に完全に酔っていました。

 

「……驚くことにフォローすることが殆どないにゃ。大翔、ほんとに相手が気持ちよくなれるように集中してるから、気の流し方も適切だし……使ってた力が魔力だっただけの話だから、房中術に一番合う『気』を扱う経験を重ねていくだけで、とんでもない夜の帝王が完成しちゃうにゃ……?」

 

「自分は出さずに終わってもそれでいいって言う奴だもの。身体はどうしようもなくなったら自分で抜けばいいって」

 

「させないけどね~。こっちだけ気持ち良くなって終わりって、女の意地ってものがあるもん。ひーちゃんのとろけ顔、可愛いんだよ?」

 

 黒歌やアリサ達がそんな会話をしてることも殆ど耳に入らない私は、都合よく大翔さんの声だけはよく聞こえていました。彼の声や感覚だけを聞きたい、感じたいという思いがそうさせたのかもしれません。

 

「朱乃。中に指をゆっくり入れるから、痛い時はすぐに知らせて」

 

 少しの間手を止め、顔を起こして私の頬を軽く撫でてから声を掛けてくる大翔さんに、その手を取りながら私は素直に頷くだけです。

 

「朱乃。このまま手触れてたほうがいい?」

 

 また頷く私。頬に触れた手を放したくなくて、私は大翔さんの申し出に飛びついていきます。ふわりと微笑んで、大翔さんは私の傍で身体を半身の体勢にします。自由な片腕は、そのまま再び私の下腹部へと伸ばされていきました。

 

「あむ、ちゅっ、んっ……」

 

 私は大翔さんの唇を奪い、自分から舌を絡ませます。もっと、もっと深くと彼を求める欲望が膨らんで、私は自ら深みへと嵌っていく。

 この間にもくちゅりと音を立て、大翔さんの指が私のクレバスの中へと入り込んでくるのを感じて、また私は背中に駆け上がる何か──いいえ、快感ですよね、認めればいい。そう、快感を得ています。

 

 入口辺りをまさぐり、内側の肉を解すように動きながら、クリトリスへの刺激も合わせて繰り返す大翔さんの指。数えるほどですが自分で触った時よりも、あまりに違う気持ち良さ。途切れることなく与えられるキスと共に続く愛撫に、私は限界を感じていました。

 

『お願い、大翔さん奪って、ねえ奪って? 切ないの、触ってくれてる私の中が切なくて、早く早くって我慢できなくなってるのぉ。はしたないの分かってるけど、大翔さん上手で私もう駄目なのぉ……』

 

 口が塞がってるからと懇願する私の念話は媚と肉欲に満ちていて、ただの淫乱な女のおねだりみたいで。それでも良かった、大翔さん専用ならそれで問題はないって。大翔さん以外にこんな情欲を感じることなんてない。こうして裸に触れられて確信できたから。

 

『……朱乃、一度イってもらって身体の力が抜けてから繋がった方がいいと思ってるんだ。その方がより痛くないはずだから。でも、待てない?』

 

 念話でのやり取りの間も続くキスに陰核や膣内への愛撫に、私は強く大翔さんの舌を吸い、激しく絡めることで答えていました。熱いんです、身体中が貴方が欲しいって叫んでるの。こうしたのは大翔さんなんだから、容赦なく奪って私の身体も完全に自分のモノにして……ねぇ?

 

「朱乃、腰の下に枕を入れよう。中の形が多分下つきみたいだから、そのまま入れると感じる圧迫感がきつくなってしまう。枕を入れることで俺のモノと合わせやすくなるから。慣れてきたら、後ろから繋がるのが一番合いやすいし気持ち良くなるかもしれないけど……」

 

 私の場合、二人で合わせやすいのが後ろ向き……ということ? 大翔さんのことだから、顔が見えないと私が不安になると思ってくれているのかしら。ただ、顔を見たければ首を捻ればいいだけだから……。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ひろくんの言葉に朱乃さんが身を起こし、自ら四つん這いの姿勢になっていく様子を私は見守っていた。ひろくんの魔力や気の流れが朱乃さんに馴染み、彼女は気持ち良い酒酔いに似た感覚に囚われているみたい。

 魔力や気の流れに対して、朱乃さんは完全に身を任せてしまっている状態。そして、ひろくんはマルチタスクを利用して、魔力や気の送り込む量や早さを朱乃さんの反応に合わせて常に調整している。すると、こうなってしまうんだよね。

 身体がリラックスした状態のままだから心も引っ張られるし、与えられる気持ち良さに対してもそのまま受け入れてしまう。そんな興奮していく身体にまた細かい調整が走るから、初めてのはずの朱乃さんが程良く弛緩して十分に興奮も出来ているという、セックスするのに適した発情少女の出来上がり。

 

「朱乃、私達の声がほとんど聞こえてないし、その、あんなに積極的になるものなの?」

 

 フェイトちゃんが驚くのも無理はない。傍から見れば豹変したように見えているだろう。ひろくんはこちらの声が聞こえているだろうけど、あえて朱乃さんへ集中すると切り替えているんだろうし。

 

「気持ち良く酔っ払った状態だからね、朱乃さん。ひろくんが魔力だけじゃなく気の使い方も覚えてきてるから、繋がるのに一番いい状態に誘導されてるんだよ」

 

「まるで操られてるみたいで……でも、お兄ちゃんはそういうやり方をしないよね?」

 

「うん、ひろくんがしているのは背中を押しているみたいなもの。朱乃さんがひろくんにこうされるのを望んでいるから、本音がどんどん前に出てきているんだね」

 

 朱乃さんが嫌がっていれば突っ撥ねるだけの話。でも、今の朱乃さんは嫌も嫌も好きの内……言葉で恥ずかしがっても止めて欲しいとはちっとも思っていない。

 

「大翔さぁん、さぁ来て下さいな……? 私の初めてを奪って、散らして……?」

 

 記憶が飛ぶわけじゃないから後で悶えるのは間違いないけど、私もひろくんの力を循環させている時は似たようなもの。スイッチが切り替わるようなものだから仕方ないし、恥ずかしがる私をひろくんが優しく抱き締めてくれるのも、それはそれで幸せな時間になっている。

 ただ、相当に朱乃さんは振り切れているみたいだね。受け入れてもらえるかずっと不安だったものが、ずっとひろくんのものだと宣言されて。朱乃さんもこの人だと思えばどこまでも……って人だから、反動も何もかも隠さずにひろくんにぶつけてる。そして、ひろくんが堂々と受け入れるから、朱乃さんのストッパーが完全に外れてしまっちゃったんだね。

 

「罪作りだよね、ひろくんも。朱乃さん、ひろくん以外じゃもう絶対に満たされなくなるんじゃないかな」

 

「いや、既になってるようにしか見えないよ……」

 

「フェイトちゃんもひろくんに抱かれるってことはそういうことだよ?」

 

「うん、覚悟はしてるけど、もうちょっと強く覚悟し直しておくよ……」

 

 そう、フェイトちゃんも落差に驚いただけで、引く気なんて全然なし。一度、吹っ切った女の子は強い。まして、相手が全力で愛してくれるなら、どこまでだって美しく可愛く凛々しくたくましくなっていくんだから。

 

「行くよ、朱乃」

 

 挿入する位置を合わせ、朱乃さんの髪を撫でてから瞳が潤んでトロンとしたままの彼女が頷くのを確認し、ひろくんはゆっくりと自分のペニスを彼女の中へと沈め始めた。

 

「は、あぁ、あっ……くっ」

 

「うん、朱乃。そう、息を吐いて、力を抜くようにね。無理に四つん這いせずに、膝だけ立てて身体はベッドに投げ出してもいいから……」

 

 どれだけ興奮して蕩けていても、初めて挿入されるソレを身体は異物として認識しようとします。私の初めての時は完全に発情期だったから、痛みも何もかも強制的に気持ち良さに変換されていたし、アリサちゃんも発情期に精神同調して繋がったから以下同文だし。アリシアちゃん&紗月さんだけが、まともに初めての瞬間で痛みを感じたんじゃないかなぁ。それでも、繫がれた喜びが上回っていたようだけど。

 

「大翔さんがくれる痛み、いいのぉ……ねえ、もっと奥まで来て……」

 

「ちょ、ちょっと朱乃!? う、くぅ、やばい、キツくて締まる……!」

 

「え? 朱乃さんから動いてる?」

 

「ああ、ブチって言ったぁ……! 大翔さんに初めてをあげられて、この痛みも大翔さんが私だけにくれたのぉ……うふふっ」

 

 自分から臀部をひろくんに押し付けていく朱乃さんに思わず唖然としちゃう私達。あ、ひろくんの魔力や気の制御も一瞬止まったけどすぐに再開したね。

 

「ドSとドMのハイブリッドだったにゃ……」

 

 衝撃を受けた様子の黒歌ちゃんと、絶句したままの白音ちゃんを撫でる私。うん、これは強烈だね、さすがに。破瓜の痛みで嬉しさに笑うって、私の時と一緒だもん。自分から動いて処女膜を破るまで同じだなんて、もう。

 

「っ……これで奥まで入ったよ、朱乃」

 

「はい、届いてます……私の奥まで、子宮の入口まで大翔さんが届いてます……嬉しいっ」

 

「もう、強引にやって、痛かっただろう?」

 

「大翔さんだから、痛いのでも気持ち良くなっちゃう。ねえ、もっと強引に私の中、引っ掻き回してもいいんですよ……?」

 

 朱乃さん、ひろくん相手に完全にマゾ気質を開花しちゃった。だから、ゆっくり動こうとするひろくんを制して、私やアリサちゃん相手と同じように動くように懇願までする始末で。アリサちゃんなんか完全に呆れて、明日確実に動けないんじゃないかって言ってるし。封時結界で時間を伸ばしておいて大正解だったね、どうやら。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 深くまで繋がったことで、振り返り腕を伸ばせば大翔さんの手に届く。片手で身体を支えるのは少し辛いけど、すぐに大翔さんが腰回りを支えてくれるから十分耐えられる。

 

「んっ……ちゅっ。うふふっ、これで私も大翔さんの女にやっとなれた」

 

「自分から破るなんて思ってもいなかったよ……明日は極力、安静にしてもらうからな」

 

 キスをして、心配そうにそんなことを言う大翔さん。私への気遣いが伝わってとても嬉しいのだけど、こうして止まっている間にも痛みが疼きに変わっていくようで。

 

「だったら、せめて中で動いて気持ち良くなって欲しいです。私の中を大翔さんに合う形に変えてしまって欲しいもの」

 

「朱乃の中、締め付けがすごくきつくて、激しく動いたらすぐに果てそうなんだよ……」

 

 私の願いに耳元で呟く大翔さん。ああ、もう可愛い人。みっともないぐらいに私の中で我慢できずに果てるところを見てあげたい気もするけれど、こうして繋がる時間が短くなるのも嫌ですしね。

 

「じゃあ、ゆっくり始めましょう?」

 

 大翔さんの動きに合わせて、ぎこちないながらも私も合わせるように腰を動かし始めます。時折、裂けた傷を擦るせいか、鋭い痛みが私を襲って、私はその痛みも喜んで受け入れて。

 何より大翔さんの快感に耐える顔が、とても可愛くて。我慢できずに果てるところを見たい──サドとマゾの気質が私の中で入り乱れる、そんな混乱すら私は今、楽しめていたのです。




筆が進まなくなって、すずかさん視点を入れた途端、
なんかするするといきました。

つまり、すずか様はやはり女神だった……?

次話でタイトルがやっと絡められそうです。


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第27話 深紅に染まる(※)

 「はぁ、んっ……大翔さんが私の中で動いて、る……あんっ、擦られるの、気持ちいいのぉ」

 

 開通した時の強い痛みは疼痛に変わりつつあり、出血と元々濡れそぼっていた私の膣内は滑りが良くなっていて、痛みを気持ちよさに変えてしまえる今の私は、大翔さんの動き全てが快感に直結しています。

 大翔さんも感じてくれているのは表情を見れば私にも分かるほどで、気を抜いたら本当に達してしまいそうなのか、堪えながら動いているのが伝わります。

 

「ねえ、大翔さん、我慢しないで下さいね。私の中でいつでも出してもらっていいんですから……ね」

 

 こんなことを安心して言えるのも大翔さんが避妊の術式を使えるからこそ。さらに彼は、一度に連続して女の子達を相手出来るように、魔力を精力に変換する術まで身に付けています。

 私が本気だと認めてくれた後に、すずかさん達に聞いた話です。三人が安心してセックスを楽しめるように大翔さんが習得したということですが、精力は回復しても連続のお相手は体力を著しく消費するために、大翔さんの基礎訓練は徹底していました。

 走り込みの時間が特に長いのもそういう理由があるし、得意とはいえない体術や組手をしっかりこなすのも同じことだったのです。

 

「一度出したって、そのまま犯し続けて初めての私を汚し尽くして下さっていいんですから……」

 

「あ、朱乃、初めてなのにそれは負担が大きいって。俺、そこまで獣じゃないつもりだぞ?」

 

「うふふ、ものの例えですから、あんっ。大翔さん、上手だから最初から気持ちいいんです……あっ、その場所、あっ、すごいっ……」

 

 大翔さんが少し腰を引いて浅い挿入での出し入れを繰り返します。そこは私にとって感じやすいポイントだったのか、再びお喋りの余裕が無くなり、与えられる気持ち良さに私は飲み込まれて──。

 

「この辺りは弱点になりやすい、からっ。今の朱乃なら、気持ち良くなれる、はずっ」

 

「ああっ、はいっ! 擦れて圧されるの、そこ、ああっ、気持ち、いいですっ。やぁっ、すごいこのままされたらまた変になっちゃ、なるのっ」

 

 重点的に同じ場所を攻める彼の硬い熱がこちらにも乗り移るみたいに感じて、時折最奥も忘れずにコツンと突かれる度に、一番深い場所がキュンと啼くように反応して……初めてのはずなのに、私はこの狂乱の終わりに向かって激しく乱れ続けていました。

 それでも、絶えることなく喘ぎ声と荒い息をこぼしながら、なぜか必死に私は彼の顔を見続けています。私は覚えておきたかった。私の長い蟠りを解き解して、女の人にとても臆病なのにお人好しでいつも一生懸命。自分の大切な人だと決めたのなら溢れんばかりの愛情と献身を捧げてくれる愛しい人。

 私はずっとこの人についていく──確信があった。だから、この時をしっかりと記憶しておきたい。自分のことを二の次にして、少しでも私を気持ち良くしようと懸命な彼の姿を。

 

「やぁ、なにか、なにかが来るの! ねえ大翔さん、私飛んじゃいそうなの!」

 

「ああ、それがイクってことだよ、朱乃っ。飛んじゃいそうなら飛んでしまえばいい!」

 

 それでも、やがて限界はやってきます。私の身体は初めての絶頂に向かって、ただひたすらに昂っていき、大翔さんに蕩けきった雌の顔を向けたまま彼に向かって叫びました。

 

「大翔さん、ぎゅっとして離さないで! 飛んじゃうの、怖いのっ! お願い抱き締めて、来ちゃうの、私イッちゃうからぁ!」

 

 初めての感覚への不安感に叫ぶ私を、大翔さんが私に腕を回し覆い被さるような姿勢を変えながら、流し込む魔力と気を増やし、彼自身をより強く感じられるようにしてくれます。その暖かさに安堵感を感じながら、私は──。

 

「ああ、イッちゃうのぉ──!」

 

 全ての感覚が途切れ、視界が白一色に染まり。大翔さんの力に溶けていくような錯覚を覚えながら、私は初めてのオーガズムに身を投げ出したのでした。

 

「ごめん、朱乃っ、俺ももたなっ──ぐぅっ」

 

「あっ、入って、入ってきてる──分かるの、私、大翔さんの色に染まって──!」

 

 そしてそんな自分を現実世界に引き戻したのは、私の中で脈打つ大翔さんの分身が吐き出した精が私の子宮に注がれることにより、私の体内魔力が変質を始めたことに気づいたからでした。

 

「……おおぅ、朱乃の魔力が大翔の色合いを強く帯びたにゃ……」

 

「深紅の魔力光。これで朱乃さんは、本当に私達の仲間だよ。私もアリサちゃんもアリシアちゃん達も、皆ひろくんと同じ色だもの。朱乃さんはリンカーコアみたいに魔力をたくわえる器官があるわけじゃないから、体内魔力全体が染まっていったみたいだけど」

 

 望んで染められていく私は、荒い息を整えながら私の背中へと頭を預けてしまっている大翔さんの頭をそっと撫でていきます。実際、私は今片腕と両膝で身体を支えている状態ですが、染められたものは色合いだけではありませんから。

 

「色合いだけではなくて、大翔さんの力そのものもさらに深く馴染みましたわ。仙術とちょっとした身体強化の魔法の組み合わせ──うふふ、使い方が分かりますもの」

 

 浴びた私だからこそ分かります。大翔さんの精液そのものが、魔力や気の濃縮液みたいなもの。黒歌いわく、子宮は受け取った陽の気を貯めておく器官も兼ねているようですから、気と交じり合った魔力も体内で直接受け取ったことで、感覚的に大翔さんの力への理解が一気に進んだというところでしょうか。

 

「細かい制御は苦手だって聞いてたけど、片手間の詠唱で出来るようににゃるなんて……なんとも大翔も不思議な男にゃ。躊躇なく受け入れる朱乃にしてもたいがいにゃけど」

 

「……パワーに秀でる朱乃先輩がテクニックも身につけたって、部長が知ったら泣きそうです」

 

 頂いた力が溢れそうになっているので、意識的に抑えないといけないぐらいですけどね。今までの修行のお陰で、これぐらいはこなせるようになっていました。

 

「朱乃……」

 

「はい、貴方の朱乃ですよ」

 

「朱乃が気持ち良くなれたと思ったら、気抜けちゃって我慢できなくて……。我慢してたからか思い切り出ちゃって、すぐに力が入らないんだ。寄りかかっちゃってるけど、ごめん。息整えたらすぐにどくから」

 

「うふふ、力が溢れてくるぐらいですもの。たくさん出して頂けて、女冥利に尽きますわ」

 

 大翔さんが一気に疲弊するぐらい、私の身体で楽しんでもらえたということ。こんな幸せもあるのですね、そういうことも私は知らなかったわけですから。

 そして、想像していたよりも私の疲労感が少ないのは、大翔さんの中にあるすずかさんの力の一端を注がれたことによるものでしょう。基礎的な身体能力の向上ってとても大きいですよね。

 

『これで私の力も取り込んじゃったね、朱乃さん』

 

『大翔さんの女になれた今なら、あの時期が逆に楽しみにすら思いますわ。結界の中で、寝ても覚めてもひたすらに交わり合うなんて……ふふふ、ゾクゾクします』

 

『うん……ひろくんの時間調節可能な結界が出来るようになってからは、何と言いますか。私も月一の楽しみになっちゃってる、かな』

 

 念話でやり取りするすずかさんがベッドに腰掛けて、一緒に大翔さんの頭を撫で始めるのを見て、どこか余裕が出てきた私はすずかさんに短く指示を出すことにしました。

 

『すずかさん、次のフェイトさんに代わる前に──』

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「ちゅる、んっ……すごく、濃い感じがしますわ……じゅる……」

 

 結合を解いた朱乃さん、お掃除フェラ初挑戦中です。ひろくんにくっつきたそうにしていた自分を見抜かれた私は、彼女からの念話でひろくんの膝枕になっていました。

 喘ぎ声を懸命に堪える可愛いひろくんの髪を撫でたりしながら、この間に回復魔法だったり魔力を流し込んだりと、精力に変換するための力を私から少しでも受け渡す作業に入っています。

 

「結局、先程はこうしてご奉仕出来ませんでしたから……あむっ、すごく喉に絡んで……この苦味が癖になりそう……」

 

 癖になりそうというより、なってるよね、朱乃さん。あえて突っ込みはしないけど。

 彼女はひろくんのおちんちんを抜いた後、精液が零れるのが勿体ないと、手で受けて綺麗に飲み干した強者です。私も当たり前のようにそうしてるけれど、初夜の朱乃さんがその観点まで到達してるのが末恐ろしく感じるもん。

 

「朱乃……いや、吹っ切れたのは分かるんだけど、アンタの後輩ドン引きしてるわよ?」

 

「大翔さんに近づく女悪魔は最小限にするに限りますもの。私には無理だと思ってくれたらこちらのものですから。……はい、綺麗になりましたわ、うふふ。素敵ですわね、もうこんなに硬さを取り戻して」

 

「あ、朱乃ぉ……」

 

「うふふ、瞳を潤ませる大翔さんも可愛いですわ」

 

 下腹部から離れて、ひろくんのおでこに一つキスを落とした朱乃さんはフェイトちゃんを促して選手交代。白音ちゃんに向けて身体の向きを変えていきます、裸身を惜しげもなく晒したままで。

 

「……私は朱乃先輩に引いてるだけです。兄さまに引いてるわけじゃありません」

 

 白音ちゃんも少しはこの異常な環境に慣れたのか、言い返す元気が出てきたみたいで。フェイトちゃんはひろくんの回復力に素直に驚いているし、カリムさんは相変わらず顔を覆った手指の隙間からものすごくこっちの様子を見ています。

 

「でも、白音ぇ。大翔の周りはこれぐらい奉仕して当然とかいう女の子ばっかりだから、ただ愛されるだけの女の子だと分が相当に悪いと思うにゃ」

 

「そもそも、私がいつ兄さまに愛されたいということになったんですか、もう」

 

「あらあら、じゃあ当面の間、小猫ちゃんはペット枠ですわね?」

 

「私はペット枠から出てもいいなと思うにゃ。大翔、絶対上手よ? 初めての朱乃をここまでリードできるって相当にゃ」

 

 そんなことを言う黒歌ちゃんだけど、ひろくんは本気で愛してくれていると思える相手じゃないと身体が受け付けないので、一番遠いのが彼女。遊びでもいいという節がある黒歌ちゃんの考え方は、男女という関係にするとひろくんとは全く噛み合わない。

 

「大翔兄さまにそういう邪な感情は持ってないというだけの話です。黒歌姉さまにしても朱乃先輩にしても、兄さまは一度受け入れると決めたらちゃんと傍にいてくれるのに、特別な関係になることを焦り過ぎだと思います」

 

「むむむ……」

 

「あらあら、一理あるのでしょうけど。でも、繋がってみればより大翔さんを深く感じられるのは確かですわ、小猫ちゃん」

 

 唸る黒歌ちゃんに、それでも余裕な態度の朱乃さん。ひろくんが認めてくれている、という時点で朱乃さんはそう簡単に揺らがなくなっているんだよね。

 

「……本当、経緯を知らなければ、一日で豹変したように思いますよ。朱乃先輩」

 

 現実時間ではたったの一日だから、周りはそう思うだろうね……って、ひろくん、うん大丈夫、朱乃さんは色々吹っ切っただけだから。本人、すごくスッキリした顔をしてるし、ご奉仕プレイもやりたくて仕方なかったみたいだから、気にしなくていいんだよ?

 

「まぁ、そう思われても仕方ありませんわね。ただ、お陰で今の私ならば、大翔さんの護衛にせよリアスの女王としても、戦術の幅がこれで広がりますわ。黒歌、これからは私にも指導頂けるのですよね?」

 

「もちろんにゃ。自分の奥に気が宿ったのを自覚できたでしょ? 私達のような妖怪以外の種族が仙術の第一歩を踏み出すのに、使える相手と繋がるのが一番早いんだからにゃ」

 

「宜しくお願いしますわ。この力、必ず使いこなさねばなりませんから」

 

「安心して、ビシビシしごいてやるにゃ」

 

 黒歌ちゃんの脅しにも、お願いしますとしっかり頭を下げる朱乃さん。またもや唖然とする白音ちゃんをよそに、朱乃さんはさらなる一歩を確実に踏み出していました。




こうして朱乃さんは大翔と魔力光の同一化を果たしました。
余裕のあるお姉様の振りをしていた朱乃さんは、これから振りではなくなっていくわけですね。


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第28話 お兄ちゃんはご主人様(※)

フェイトさんのターン。


 「お兄ちゃん……私、ずっと夢に見てた。お兄ちゃんに一人の女として愛してもらって、お姉ちゃんと一緒にお兄ちゃんの子供を産んで育てて、奥さんとしてお婆ちゃんになってもお兄ちゃんの傍にいる……そんな夢」

 

 黄色地のひまわり柄のインナーの上下が彼女の髪色と合わさっている、フェイトさんの下着姿。その肢体を大翔さんに堂々と見せつけながら、彼女は額、頬、唇、肩、胸板……と唇を寄せて、徐々に下腹部へと近づいていました。

 

「こうしてずっと触れたかった。お姉ちゃん達みたいに、お兄ちゃんの熱さを感じたくて。それが今、叶ってる」

 

 大翔さんはもう、彼女を突き放すことはありません。受け入れると決めた彼は、後は言霊にして彼女に告げるだけなのですが……。フェイトさん、なかなかその隙を与えません。

 

「ちゅっ……この熱も、ずっと私が待ち侘びてたもの……」

 

 彼の肉棒へと再び口づけたフェイトさんの仕草は淫靡さもありますが、なにより奉仕や滅私めいたものを感じさせる雰囲気をまとっていて、ある種の凄みに中てられてしまってか、私だけではなくすずかさん達も一言も発することがありません。

 

「私はずっとお兄ちゃんのために生きようと考えてたよ。それが妹としてのものでもあっても、私の一生はお兄ちゃんに捧げるものだと決めていた。ただ、お兄ちゃんの妹という立場は居心地が良すぎて、自分で進む勇気が何時しか持てなくなってたの」

 

「フェイト……く、うぅっ……」

 

 熱い吐息をひとつ吐いた後、フェイトさんは口内の奥深くまで彼のモノをどんどん飲み込んでいきます。喉奥に当たっているのか、苦しそうに表情を歪めても決してその行為を止めようとしません。

 

「や、やめろ、フェイト! そこまでする必要なんてな、んぐっ! 俺はお前をっ」

 

『うん……もう伝わってるよ、お兄ちゃんが覚悟してくれたこと。すずか達や朱乃と同じように、私もそうしてくれるって決めてくれたこと……。だって、お兄ちゃんの身体がこんな格好の私を自然に受け入れてくれてるんだから……』

 

 口での奉仕を止めることなく、フェイトさんは念話で大翔さんの声に答えます。それも指向性の念話ではないため、私達にもその声はハッキリと聞こえたのです。

 

「そうだっ、俺はお前を一人の女性として受け入れるから、だからそんな苦しいことまでしなくていいんだっ」

 

『うん、ありがとう。私の父や兄の役割をずっと果たしてくれてたお兄ちゃんが、恋人にまでなってくれる。私はお兄ちゃんしか男の人を詳しく知らないし、知る必要がないんだ……。全部を与えてくれたお兄ちゃんに、私も精一杯尽くしたいの。それに……』

 

 熱心なディープ・スロート──喉奥まで男性器を受け入れるフェラチオをそう言うのだそうです──を一時的に止めて、口から一旦彼のモノを離したフェイトさんがなぜか私の方を向きます。つられて大翔さんや他の人達も皆、私を見るのですが……何かやらかしたのかしら、私。

 

「朱乃が痛いの、気持ちいいって言ってたでしょ。言葉だけじゃなくて、実際にものすごく気持ち良さそうだったから。それでね、その感覚がすごく分かる気がして……お兄ちゃんに痛くされたら、私どうなっちゃうかなって想像したら、さっきからお腹の中が焼けるように熱くて」

 

 独白するフェイトさんの顔が一気に蕩けたものになって、とても扇情的な表情へと様変わりしていく中、私は体温が一気に下がり、顔が青ざめていくのを感じました。

 

「お兄ちゃん? 驚いちゃった? 魔力の流れ止まったね」

 

「お? おお、ご、ごめん。あまりに動揺して完全に思考停止してしまった」

 

「修行が足りないにゃと言おうと思ったけど、これは朱乃が悪いにゃ」

 

「ごめん、朱乃さん。擁護できないかな……」

 

 大翔さんの熱を一心に受けていた時に叫んだ言葉は、しっかり覚えています。情欲の熱で浮かされていたとはいえ、私は確かに自分のそういう部分を顕わにしてものすごく満たされてしまったわけですが……フェイトさんが私と同じ嗜好性を持っているなんて、そんなところまで知ってるわけがないではありませんか!

 

「私の妹を完全にマゾヒズムに目覚めさせるだなんて……!」

 

『朱乃さんがフェイトの本性を目覚めさせたのだぁ!』

 

「ちょっと待って下さいな! 完全にと言いましたね、紗月さん! 元からその傾向があったということではありませんかっ。それに本性って語るに落ちていますよ、アリシアさん!」

 

「……耳がいいね、朱乃さん」

 

『ちっ、気づいてしまったか……混乱のどさくさで聞き逃すと思ったけど』

 

「それで試してみたんだ。そうしたらお兄ちゃんのおちんちんが喉を突いてるとね、苦しいのにものすごく満たされる気持ちになって……間違いないと思ったんだ。お兄ちゃんに命令してもらって、初めてを自分から俺に捧げろって言ってもらって、お兄ちゃんの言う通りに自分からお兄ちゃんを受け入れたら、私それだけでイク感覚が分かるんじゃないかって」

 

 この二人はさらに場をかき乱そうとなさいますし、本当にもう。さて、そんな周りの騒がしさを他所に……フェイトさんは思いの丈と言いますか、性癖を相手にそのまま赤裸々に話すという……ああ、私あんなことをしてたんですね、ああもう、大翔さんの懐の深さに本当に感謝するしかありませんね……。

 

「朱乃先輩以上のツワモノがいました……」

 

「陛下に命令頂いて、自らの身体を捧げる……嗚呼、なんて名誉なことでしょう」

 

「なにこのカオス」

 

 小猫ちゃんが呆れて、カリムさんがズレた発言をし、アリサが頭を抱えて、すずかさんまで苦笑いです。でも、情欲に支配されたフェイトさんは素面に戻るまで怖いものなんてありません。例外は大翔さんの強い拒否でしょうけど、彼がそういうことをしないのはこの場にいる殆どの者が分かっていることですから。

 

「フェイト、俺が強引なやり方が好きじゃないのは知ってるよな。自分がやられたらって考えたら、自分の性欲を獣のように相手にそのままぶつけるのは違うって思ってる。さっきは朱乃に誘われる形で、正直強引だったのは確かだし、俺が反省しなきゃいけないことなんだ」

 

 ええ、このように真面目に答えてしまうわけですね。私達の希望をどう汲み取るのか悩んでしまうのが彼。ただ、フェイトさんは押し所を心得ているのか、押しに押していきます。

 

「それはお兄ちゃんの勝手で、相手の気持ち良さを考えずに自分が気持ちいいだけのセックスをするってことだよね? だから違うよ。私だってずっとお兄ちゃんが乱暴なのは嫌だし、優しくされるのは大好き。ただ、お兄ちゃんに愛されるやり方は、人によって好みが違って、私は多分強引なのが合うから一緒に試して欲しいだけ」

 

「う、うーん……」

 

「自分の感覚に従ってるだけだし、耐えられなかったらちゃんと訴えるから。そうしたらお兄ちゃんはすぐに止まってくれるって信頼がないと、こんなこと頼めないよ」

 

 興奮しているからか既に潤んだ瞳であの上目使いは、こちらまでゾクリとさせるような魅力に満ちています。また、フェイトさんの手がそっと大翔さんの男性器に添えられて、ゆっくりと扱くことで彼の身体は反応していることを自覚させようとしていました。

 

「あれ、無自覚じゃないかな。フェイトちゃんはひろくんを気持ちよくさせてあげたいって純粋な気持ちで動いてるけど、実際はものすごく誘ってるっていうね」

 

「え、意識してないんですか、あの動き」

 

「基本ひろくんのためにって感覚で動いてるところがあるから、フェイトちゃん。だから、さっさと気持ちをぶつければいいのにってずっと思ってたんだよね。無意識下にひろくんを求めてるのに、表向きは妹でいいだなんて言ってたわけだから」

 

 な、なるほど……。フェイトさんも業が深いといいますか、大翔さんとの距離感がものすごく近しいタイプなんですね。私も彼女のことは言えませんけれど。

 

「あくまで、『ごっこ遊び』の延長だぞ。普段は絶対にやらない。それでいいな?」

 

「うん、お兄ちゃん。その二人の遊びの間だけ、私も呼び方を変えるから。お姉ちゃんに前に教えてもらった呼び方があってね……」

 

「そこ逃げちゃ駄目にゃ」

 

 はい、アリシアさんは即座に拘束されました。黒歌、いい動きです。大体、大翔さんの力の動きは把握できたとのことで、アリサと共にお説教の時間に突入してくると告げて、三人は給湯室へと消えていきます。

 

「アリシアちゃん達、いつもどうしてもああやって身体を張る方向に行くんだろうね。面白く生きなきゃ楽しくないってことらしいんだけど、かき回し過ぎたらああやってアリサちゃんの雷が落ちるんだ」

 

「なんとなく、それがアリシアさん達なのかなとは思うようになりました。真面目にも出来るけど、どこか軽い雰囲気でいるようにしてるというか」

 

 重たいタイプが多い分バランス取りなのかな、なんて深読みしてしまうぐらいに。実際、彼女は輪の中でも一歩引いた位置から全体を見ていることが多いですしね。彼女に問いかけてもはぐらかされるだけでしょうから聞いたりはしませんし、仮に彼女が無理をするようなことがあれば、長年のパートナーである大翔さんが見逃さず動きます。

 

『ずっと助けてくれているから、紗月は。一緒の身体にいるアリシアにしても、紗月の影響を強く受けている。だから、俺はちゃんと見てなきゃいけないし、いつも感謝しているんだよ』

 

 そんなことを言う大翔さんです。一人ひとりをしっかり見てくれるからこそ、私達はこうして一人の男性の傍で仲良く出来るわけです。けれど、人によっては重たいと思うのでしょうね、私達の関係性は。

 

「結局は大翔さんを裏切らないこと。私達はそこさえ守っていれば、やり方は個人個人で違っていいのですから……」

 

 すずかさんはそうだね、と頷いてくれました。そして、目の前の二人はフェイトさんの望みのようにスイッチを切り替えたのです。

 

「……フェイト。下着を脱いで、自分で俺のペニスを中に受け入れろ。腰を自分で下ろすんだ。その様子を俺は見届けてやる」

 

「!……はい、『ご主人様』。私の、フェイトの初めてを捧げさせて頂きます。拙いとは思いますが、どうぞお楽しみ下さい……」

 

 大翔さんの支配者としての声に、私やすずかさんまで思わず身体を震わせます。アリです、これは。むしろ私も次の時はぜひやって欲しいと思ってしまいます。

 真正面で命令を受けたフェイトさんは喜色満面にあふれた表情を浮かべて、大翔さんに見せつけるように自分の両乳や、アンダーヘアや既にしとどに濡れている結合口を彼の目の前に晒しました。

 

「失礼致します……」

 

 大翔さんの男性器に手を添えて自分の入口へと導こうとするフェイトさんですが、角度からして見えない場所でもあり、そううまくいきません。焦るフェイトさんに、大翔さんは僅かに手助けをして位置合わせを完了させました。

 

「初めてのことだ、慣れていけばいい。さて、分かるな。俺のものがお前の子宮へと向かうための入口にピタリと合っていることを」

 

「はい、ご主人様……あとはこのまま腰を下ろせば、初めてを味わって頂くことが出来るのですね?」

 

「その通りだ、フェイト」

 

「それでは、今から私の初めてをお楽しみ下さい……くぅ、あぁぁぁぁっ、入ってきましたぁ、広げられていきますぅ……」

 

 抵抗感を感じるのでしょう、それではフェイトさんはゆっくりですが確実に腰を沈めていきます。バランスが取りやすいように大翔さんも彼女の腰周りを支えていますから、フェイトさんは挿入に意識を集中していました。

 

「あ、ぐぅ! 破って頂けました、か、私の初めての証拠を……」

 

 苦痛を感じながらもそれ以外の感覚も確かに感じている上気した顔を大翔さんに一身に向けながら、フェイトさんは確実に腰を落としていき──。

 

「あ、かはっ、ぁ……奥にドンと当たって、やっぱり私、なんか一瞬、頭真っ白になっちゃい、ましたぁ……」

 

 両面の私と比べて特化している分、痛みを快楽に変えられるという点については彼女の予想通り、優れた感覚をお持ちだったようで……。

 

「あ、あぁぁっ、痛いのが痺れに変わってぇ、私、私、また真っ白なの来そうなんです! 軽いのじゃなくて、すごい真っ白なのが、ご主人様のおちんちんが私を真っ白にしてくれるの!」

 

 フェイトさんは私と同様、初体験でオーガズムを知るという……女としては大変幸せな初夜を過ごし、大翔さんから共有する力を受け取って、悪魔や堕天使の力を差し引いたとしても、発情期つきの老化がほぼ止まる身体になったのです。

 

「え? お兄ちゃんの血も欲しくなるの?」

 

「そうみたいです。複写した力は一族の本流であるすずかさんには及びませんので、衝動もそれほどではありませんが……」

 

「お兄ちゃんの赤ちゃんを産むことを考えたら、今の身体が長く保てるのは有難い話だけど。そっかぁ、吸血衝動かぁ」

 

「たいてい発情期に重なるみたいです。お楽しみ中のアリサやアリシアさん達が教えてくれました」

 

「美味しく感じるのかなぁ……たぶん、感じちゃうよね。お兄ちゃんの健康管理、注意しないと」

 

「それと、近々取り出すことになりますが、悪魔の駒というのは──」

 

 すずかさん達の営みをBGMとして、夜の一族の特性説明など、初夜を終えた私達は情報のやり取りを進めていきました。こうして、濃い一晩は更けていったのです……。




突っ走ってしまった感じがすごいですが、
フェイトさんの性的嗜好を一話に圧縮したらこうなりましたので
ご了承くだされ……(白目)

朱乃さんが半分ぐらい悪い。


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第29話 斜め上の結論

朝食前のやり取りです。

投稿優先で、展開も唐突で内容が雑だと感じられるかもしれません。
……ので、改変をかけました。これで正規投稿とさせて下さい。


 「おはようございます、大翔さん」

 

「おはよう、お兄ちゃん」

 

「おはよう、朱乃、フェイト」

 

 月村邸滞在二日目の朝、私やフェイトさんは大翔さんの両隣で眠る権利をもらったため、目覚めてすぐ大翔さんと挨拶を交わし、互いの頬に口づけを贈り合うことができました。何も身につけずにそのまま眠りに入ったからか、大翔さんの温もりがより強く感じられた一晩だったと思います。

 大好きな人の隣で眠り目覚めた時も隣に愛しい人の寝顔があって、目を覚まし挨拶を交わし合う一日の始まりがこれほど満たされるものだなんて……癖になってしまいますね。

 

「お兄ちゃん、朝一番は唇同士が駄目なのはどうして?」

 

「一晩休むと口内は細菌の温床だよ。だから、せめて口をすすぐなりしてからじゃないと、互いに病気の素を送り込むようなものだよ。唇がご所要なら、お互いさっさと歯磨きなりしようって話さ」

 

「なるほど……」

 

 こんな会話をする間も、フェイトさんも私も朝から笑顔です。私達が目覚めたことで、この巨大なベッドにいるアリサやアリシアさん達他のメンバーも順次目を覚ましていきました。

 そちらの皆さんとも朝の挨拶を交わし、下着類をひとまず身につけたところで、一足先に私達三人は洗面台へと向かいました。後程、部屋つきの浴室……といっても五人程度は同時に入れる広さです。そちらで昨晩の汗を流す話になっているので、裸で動き回るのをとりあえず避けたといったところですね。

 

「そういえば、すずかがいなかったけど……」

 

「くっついて寝ない時は、すずかが一番早く起きるよ。元々の一族の特性上、本来夜に眠る必要は無いからね、すずかは。隣で寝る日は不思議とぐっすり眠れるらしいんだけど」

 

「……すずかさんだから、で納得できてしまいますね」

 

 私達の声に反応してか、給湯室からすずかさんが顔を出します。いい茶葉の匂いもしてきていますから、アーリーモーニングティーの準備をされていたようです。

 髪色に合わせた色合いで細かなレースが施された花柄のブラジャーやショーツが、すずかさんにとても似合ってる印象を受けます。

 

「おはよう、ひろくん、朱乃さん、フェイトちゃん。みんな起きたのかな?」

 

「ベッドの上にまだいるけど、目は覚めてるみたい」

 

「じゃあ、タイミングは良かったみたいだね。ひろくんの魔力が活性化し始めていたから、そろそろ準備をと思って動いていたんだけど」

 

「ありがたい、じゃあさっさと口を濯いでくるかな」

 

 安定の判断基準というか、これがすずかさんですね。安心感すら感じさせてくれます。私達が順番に口をすすいだり歯を磨き終わる頃には、全員意識はハッキリしていました。

 

「汗を流したら着替えて、大広間でお父さんやお母さん達と一緒に朝食だよ。多分、人数も多いからバイキング形式になるんじゃないかな。そこで、なのはちゃんやはやてちゃん達とも合流することになる」

 

 合流前の確認事項はカリムさんの意思確認。それに伴って、ミッドチルダの方達への対応が若干変わってきます。フェイトさんや私、黒歌や小猫ちゃんにしても、すずかさん達と行動を共にするのは決定済。協力者のクアットロさんに正式な要請をすれば、すぐにミッドチルダとこの海鳴の移動は基本閉鎖されることになりますので、大筋は変わることは無いのですが……。

 

「その前にカリムさんには、態度をハッキリしてもらわないといけないんだ。一晩、結構刺激的な場面が続いたと思うの。その上でもう一度、あの発言を撤回するのかしないのか」

 

「はい、その点につきまして……いつでも陛下にこの身を差し出すと申し上げましたが、訂正をさせて頂きたいのです」

 

「思い直してくれたんだね、良かった。王の力を受け継いでいるからといって、人生を捧げるだなんていくらなんでも……」

 

「違いますっ、陛下! 私が貴方様に全てを捧げたい気持ちに変わりはないのですっ!」

 

 大翔さんが安堵感からこぼした言葉にカリムさんは迅速に反応し、ティーカップを手に持っていたはずの彼女は、すぐに大翔さんの足下へ膝を付いて懇願する姿勢へと変わっていました。なお、カップはフェイトさんが空中で中身が漏れることなく回収し、私とすずかさんがカリムさんと大翔さんとの間で素早く間に入っています。カリムさんは触れたら拒否反応が出るということが、焦りのあまりに完全に抜けてしまっているようですね。

 

「すずか、朱乃、ありがとう。カリムさん、落ち着いて。割り込んだ俺が悪かったわけだし、もう一度ちゃんと座ってから最後まで話を聞かせて欲しい」

 

「!……かしこまりました、陛下っ。ああ、フェイトさん、カップを申し訳ありませんっ。私、慌ててしまって……」

 

「ふふ、気にしないで。いや、私と直接話すことは基本無かったし、はやてと話している時のカリムさんしか知らなかったから。何というか、わりとお茶目なんだね」

 

「お恥ずかしいですわ……陛下に否定されてしまったら、と思うとものすごく焦ってしまって……」

 

 フェイトさんは管理局の関連で元々、顔見知りではあったようです。しかし、フェイトさんと並んで座るカリムさんを見て思ったのですが、カリムさんや小猫ちゃん以外みんな下着姿なんですよね……。

 すずかさんやアリサ達は普段から慣れているのか、別段恥じらう様子もありませんし、大翔さん相手なのでもっと見て触れてもらって構わないといった感覚でしょう。私やフェイトさんは素に戻って恥ずかしい感覚があるんですけど、ある種の開き直りで堂々と振る舞うようにしています。……黒歌は語るまでもありませんね。

 

「にゃんか、知らないところで貶された感じがするにゃ……」

 

 気のせいですよ、黒歌。なお、黒歌は肌襦袢と裾よけをすずかさんの手により着せられてしまったので、今も渋々ながらその格好でいます。裸体が楽と言いますが、大翔さんの精神衛生を守るのが最優先ですので拒否権はありません。着物のまま寝ろと言われるより、十分に温情ある態度だと思いますから。

 

「すぐにお捧げ出来ないと申し上げた理由は、陛下の寵愛を頂いているすずかさん達や、昨晩初めてその身を捧げられた朱乃さんやフェイトさんを見て痛感したことがあったのです」

 

「痛感ってまた大袈裟な……で、その感じ取ったことって何?」

 

「はい、アリサさん。今の私のみっともない身体で楽しんで頂くなど失礼極まりないと思ったのです……!」

 

 ……これは斜め上の理由でした。ええ、私ももちろん大翔さんにとって魅力的な身体であろうと思いますし、強く心がけていますから、日々の鍛練で身体を絞り込むようにしています。ただ、彼女も着衣の上から見る限り程良い肉付きで腰はちゃんと括れてますし、男性からしても抱き心地の良さそうな感じはしますけど……。

 

「アッハイ」

 

「徹底して身体を絞りこんで、私の最高の状態をお捧げしたいのですっ! お願い致します、日々のトレーニングに私も加えて頂けませんでしょうか……!」

 

 アリサ、しっかり。完全に答えが駄目なものになってますわ。対して、こういう時の反応が早いのはすずかさんで、感心した様子でカリムさんの手を取って繰り返し頷いています。

 

「カリムさん、分かるよ。一番慕う人に、いつでも最高の自分を楽しんで欲しい。私も常に心がけていることなの。ただ、私達の場合はひろくんの好みに合わせた『最高の自分』にチューニングするのが大切で……」

 

 止める間もなく熱心に語り始めるすずかさんに、熱心に耳を傾け時に質問を返し理解を深めようとするカリムさんの姿があります。二人の隣から移動していたフェイトさんが促す形で、私達は先に汗を流すために、浴室へと順番に入っていくのでした。

 

「なるほど、『様』付けでいくことにしたのね」

 

「海鳴で大翔様の元で過ごすとなれば、陛下という呼び方が無用のトラブルを呼ぶことも十分に理解できますし……ただ、私はこちらから教会へとしばらく通うような生活にしようと思います」

 

 遅れて、浴室に入ってきたすずかさんとカリムさんは身体にシャワーをかけながら、浴槽に浸かる私達へと二人で話した内容について説明をしていきます。カリムさんは恥ずかしさと申し訳ないという気持ちからか、自分の身体を隠すように自分を抱き締めるようにしていますけれど、その仕草は余計に男性の劣情を煽ってしまうもの。まぁ、大翔さんは案の定、カリムさんを見ないように背中を向けていますので問題はないのですけど。

 

「正直にカリムさんの持つ力をすぐに手放さないでほしいってお願いしたの。管理局の暴走にも多少なりとも干渉出来るという期待もあるし……次元封鎖するといっても航行船での行き来が出来なくするのが目的で、個人レベルでの転移ルートは残すでしょ? ミッド側の出入口になってもらいたいなって話をしたの」

 

「まぁ、転移出来るルートの高さや幅を極端に縮めて、二、三人ずつぐらいしか通れなくする話だもんね。どの道、完全封鎖することで次元の流れがおかしくなる懸念もあるし……ねえ、大翔?」

 

「ああ、全てを塞ぐってのは、別の場所に綻びが出かねないから。実際には道を極端に狭くするぐらいにしておかないとな」

 

「基本は携帯型の転送ポートをカリムさんの執務室でしか使わないようにして、かつ、ここにいるメンバーの誰かの認証が必ず必要にしてもらう。普段はカリムさんの通勤専用で使ってもらって、なのはちゃん達もどういう結論を出すにしても、向こうに一度は戻らないといけないと言うだろうしね。行き来の手段は残しておかないと」

 

「宜しいでしょうか、陛下……いえ、大翔様」

 

「ひろくん。ごめん、一気に決めちゃったけど……駄目なら他の方法を考えるよ?」

 

 浴槽に身を沈めてからやっと、何とか会話に加わった大翔さんに遠巻きに問いかけるお二人です。そのことについて、大翔さんはいくつかの条件を出しました。

 

「大筋はそれで構わないよ。ただ、カリムさんには俺達が報復措置を管理局に行うことを決して漏らしてもらっても困るし、黙認しておいてもらわないといけない。また、携帯型の転送ポートにも、妙なことをしようとしたら自壊機能を付け加えさせてもらう。カリムさんがやらないにしてもお付の人達が変な気を利かせた場合、こちらが困ることになるからね」

 

「もちろんです、大翔様。私は大翔様の意向に従いますし、逆に私で出来る事であれば、遠慮なくお命じ下さい」

 

「……ミッド側に協力者を残すのは分かるし、カリムさんが協力してくれるのはありがたい話だと思う。ただ、すずかにしてもカリムさんにしても、突然のことで戸惑ってる。朱乃からも聞いたけど、俺の護衛を任せられる信をおける女性を増やそうとしてるにしても、カリムさんは昨日の今日の話じゃないか。カリムさんにしても、出会ったばかりの男に人生を預けるような、そんな軽率な女性には正直見えないし……」

 

「えっと……カリムさんはね、しばらくお試し期間のつもりだし、ひろくんが最終的に判断する話なのは分かってる。ただ、次元閉鎖の兼ね合いで、カリムさんの申し出がとてもタイミングが良かったというのがあるよ」

 

 私のように受け容れるかはあくまで大翔さんの判断、ということのようですが。ただ、大翔さんは情に絆されるところもあって、ずっと率直な好意を向けられ続ければ、最終的にはカリムさんの求愛を受け入れてしまう気がします。現に私がそれを感じていますし。

 

「……いきなり受け入れろってことじゃないのなら、分かったよ。ただ、カリムさんがそこまで割り切れる理由が分からない。すずかととても気が合ったみたいだけど、初めて会った俺にそこまで賭けようと思えるのは、どうして」

 

 大翔さんの問いにカリムさんがなぜか笑みをこぼして、その理由を口にしていきます。思い出しながら話しているのか、楽しそうな笑みを浮かべたまま。

 

「すずかさんとも話をさせて頂いたのですが、随分前からはやてやリインフォースがよく話してくれたのです、大翔様のことを」

 

「えっ……アイツらが?」

 

「彼女達にとっての最高の騎士が、地球という出身世界にいるのだと。確かに私は大翔様にお会いしたことはありませんでした。ですが、貴方様の人となりを十分に理解できるぐらいに、彼女達は熱心に話していたのですよ。いつか私にも逢わせたい……そう言って」

 

「アイツら……まったく、もう約十年前だぞ。その話をいつまで……」

 

 約十年前といえば、大翔さんがまだ小学生の頃。その頃から、大翔さんは自分を鍛え、困難に立ち向かっていたのですね……。

 

「闇の書、正しくは夜天の魔導書ですね。その戦いでの雄姿、折れ欠けた心を奮い立たせる言葉。不屈の心……自分達の英雄を語るように、何度も話してくれたものです」

 

「あ、それ、シグナム達からもよく聞いたよ。教導とかの時にも例え話でお兄ちゃんの話を出したり。なのはも私の目標だってずっと言い続けてるし、エースオブエースの目標ってどんな戦術兵器クラスなんだとか言われてたよ。たまにお兄ちゃん、なのはや私の危機にこっそり応援に来てくれたりしてたじゃない。顔は完全に隠していたけれど、謎の騎士様って一部で語り継がれていたり……」

 

「はやてから映像も見せて頂いたりして、お顔は見えなくとも同じ魔力でしたからすぐにお会いして分かりましたよ。聖王様の魔力も感じたのには大変驚きましたけれど……」

 

 フェイトさんが私も映像を持っていると言ったことで、即時にお風呂場で鑑賞会が始まってしまいます。悶える大翔さんは非常に可愛らしく、またカリムさんも試験期間で私達の輪に加わることがこうして決まったのでした。




カリムさん正式(?)加入。
次回はミッドの皆と楽しい(?)食事会!


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第30話 教導官以外の道

 「揃ったようだね。今日は人数も多いしバイキング形式にさせてもらったよ。大翔くんに巻き込まれた形だが、私も妻もこの一週間はゆっくりと過ごさせてもらうつもりだ。ここにいる君達も多忙を極める者が多いだろう。蓄積した身体の疲れを滞在中に少しでも取っていってくれ」

 

「……征二さん、あえて俺を弄る意味は無いでしょう?」

 

「正式にすずかの婚約者になった後、いつまで経っても私を父と呼ばない君へのちょっとした当てつけだ。甘んじて受けたまえ」

 

 すずかさんのお父様の声掛けから、大勢での朝食が始まりました。話のネタにされた大翔さんは思わず苦笑いになってしまいましたが、クアットロさんやミッドチルダの方々も集い、思い思いの一品に手を伸ばし始めています。

 

「はい、ひろくん。あーん」

 

「あっ、ずるいよすずか。お兄ちゃん、私のも食べて? はい、あーん」

 

「ひろ兄ちゃん、こっちのやつも美味しいよ!」

 

 大翔さんは食べさせ合い合戦の標的状態です。両腕をしっかり確保されて、自分で自由に食べられないバイキングというのも大変ですね。まあ、そういう私も大翔さんの腕に自分の腕を絡め、ジュースなどを飲ませる役割をしっかり確保してますけれど。

 

「リア充め! 爆ぜてしまえ!」

 

「せやせや! 揉みしだきたいおっぱい独占反対!」

 

「二人ともいい加減にしないと……もぐよ?」

 

 伊集院さんと八神さんのペアは早速、こちらを煽ってはすずかさんに睨まれ、互いに抱き締め合って震えています。この二人、確かお付き合いしてるのではなかったのでしょうか。

 

「皇貴ははやてのおっぱいでも愛でてなさいよ。愛情込めていればもっと大きくなるから」

 

「ちょい待ちアリサちゃん、それなら私は誰のおっぱいを愛でたらええんや!?」

 

「自分のおっぱい揉んでなさい」

 

「そんなの何も楽しくないやんか……私以外の女の子のおっぱいは夢と希望が詰まってるんや!」

 

 なかなかぶれない方のようです。イッセーくんとさぞ気が合うことでしょう。伊集院さんもリアスにもしっかり二人に首輪をつけておいてもらわないといけませんね……うふふ。

 

「……なんか悪寒が……」

 

「俺は謎のプレッシャーを感じる……」

 

「皇貴くんはいつから乳タイプになったんや?」

 

「おいはやて、絶対カタカナじゃないだろ今の」

 

 漫才コンビは一先ず後にして、落ち込みが激しい高町さんのところへ歩み寄る大翔さんに、私もそのまま同行するとしましょう。アリサがこちらは任せときなさいといったジェスチャーをしてくれているので、すずかさんやカリムさんも一緒についてきます。

 

「次元閉鎖……本気なんだね、大翔くん」

 

「フェイトを傷つけられて黙っていられるわけがない。以前になのはが管理局へ入る時にも話はしただろう? 強引に引き戻すことだってあり得る。その覚悟はしておけって」

 

「大翔くんが私のことも心配してくれているのは分かってる。大怪我を負いそうになったところを何回も助けてもらって……でも、私は。私には、魔法しか無いんだもの。だからっ……」

 

 高町さんの顔は疲弊し落ち込んでいるものでした。朝食は朝食として楽しんでいる他の方と違って、彼女は昨晩の大翔さんの言葉を強く受け止めているようです。

 

「魔法しか無いことはないだろう、なぁ、ユーノ」

 

「え?」

 

「教導隊で随分と慕われているみたいじゃないか。厳しいけど、ちゃんと見ててくれる教官だって」

 

 顔を上げた彼女の顔は驚きの色に染まっていて、ぽかんと口まで開けてしまっていました。彼女の隣にいるスクライアさんが微笑んでいるのを見る限り、大翔さんの情報源は彼からのようですね。

 

「なのはのお師匠みたいなものじゃないか、大翔は。だから、しっかり近況は報告してるよ?」

 

「き、聞いてないよ、ユーノくん!? 第一、司書の仕事で忙しいのにどこにそんな時間があったの!」

 

「大翔と僕が共通して得意なものは何かな?」

 

「……マ、マルチタスクをそんなことに使ってたのっ!?」

 

「といっても、通信で話すだけだから一つだけで済むもんな。な、ユーノ」

 

 スクライアさんは並列思考を小さな頃から得意にしていて、大翔さんも知り合った時に何重もの並列思考を身につけるコツや考え方などを聞いて参考にしたのだと聞きます。それからは親しい友人関係であり、遠距離にあっても通信などを含めて話す機会は結構多いのだとか。

 

「うん。いきなりやらせて理解させるんじゃなくて、訓練の意図や目標を最初に伝えるように……そんな風にアドバイスしたこともあったよね。あれ、大翔の入れ知恵だから」

 

「にゃ、にゃにゃにゃっ!?」

 

「基礎を大事にする。その方針を貫いているから、地力もつくし、現場に出た教え子から後から感謝されたりとか……そういうことも『ちゃんと』聞いてるぞ、なのは」

 

「ううーっ! ひどいのっ、ユーノくんも大翔くんも!」

 

「ははは、ごめんねなのは」

 

 ぷりぷりと怒り出す高町さんですが、少なくとも暗い雰囲気は彼女から薄れています。男性二人の狙いはおおよそ成功といったところでしょう。

 

「それにね、なのは。次元を閉鎖するといっても、完全に閉鎖するのはなかなか難しいんだよ」

 

「……ユーノにはお見通しか、やっぱり」

 

「大翔達が本気になれば出来るんだろうけど、ただ、その場合に起こる弊害が無視出来ないってところだよね」

 

「さすがは無限書庫の司書長、ですかね~。まー、完全に塞ぐと大規模な次元震を誘発してしまうでしょうからぁ、地球だけでなく他の次元との行き来に影響が出る可能性が大きいですよね~」

 

 話題が変わることで、クアットロさんも場に加わってきます。ただ、緊張した感じもなく、研究者なら推測がつく──そういう類の話ではあるようです。正直、私は次元について詳しくないため、聞く話全てが勉強になるのですけどね。

 ……だって、大翔さんの話についていけないだなんて、悔しいじゃないですか。彼の学ぶ分野全てを分かるようになるとは思いませんけど、それでも最初から諦めることはしたくありません。

 

「次元の狭間みたいに元が不安定で流動的なものを無理やり堰き止めると、狭間以外の部分……俺達の街自体に余波が及んでもたまったもんじゃないからな」

 

「数人ぐらいが転移出来るルートを残す感じかな? 船が通せるようだと意趣返しにならないよね、大翔」

 

「落とし所はその辺りだと思ってるよ」

 

「はい~。私もミッドに行くことはありますし、ルートを完全削除ってわけにはいきませんしね~」

 

 カリムさんの通勤経路も必要な話ですから、通用口程度は必要。そんな感じなのでしょうか。

 

「だ、だからユーノくんは落ち着いていたの……?」

 

「大翔達と逢えなくなることはないと予想してただけさ。ただ、逢いにくくなるのは確かだよ。この地球とのルートが大幅に狭まることで管理局は警戒を強めるだろうし、特になのはやはやて達……出身世界が地球の局員への監視もより厳しくなるとは思う。だから、大翔はこの機に帰って来いっていうわけさ」

 

「仕事ならいくらでもあるぞ。すずかにも言われることだけど、俺達が信頼がおける護衛が足りない。プライベート空間にいてもらっても大丈夫で、かつ実力もしっかりしている……なんて、そんな人はそういるわけじゃないからな」

 

「教え方がなのはは上手だから、教師を目指すのもありだよ。理数系は得意なんだから、そういう方向に進んだっていいんだよ?」

 

「教員免許を取るなら私もバックアップするよ、なのはちゃん」

 

 フェイトさんやすずかさんも、高町さんの道は一つではないと指摘します。長年の友人であるお二人も、彼女の身を案じているのですから。

 

「だけど……」

 

「僕のことは気にしないで、なのは。なのはが選んだ道を僕は応援するし、えっと……僕も離れるつもりもないからね?」

 

「えっ……?」

 

 高町さんの懸念──スクライアさんと離れ離れになることを、彼は心配ないと照れながらも言い切ってしまいました。大翔さんもすぐに顔を赤くしている彼の言葉を補足していきます。

 

「もう一度言うけど『仕事ならいくらでもある』んだ、なのは。ユーノが俺の補助的な役割をしてくれるなら、それこそ大歓迎さ。秘書的な役割はここにいる朱乃がやってくれるけど、腹心になってくれるような同僚も必要だろ?」

 

「大翔の補助は大変そうだから、古書店の店主をやろうとでも思ってるけど?」

 

「にゃろう。こっちと兼業しろよ、ユーノ」

 

「あ、あの、あの……」

 

「大丈夫、なのは。司書の仕事に拘るわけじゃないし、この世界の考古学も興味深い。僕はなのはの傍でやりたい仕事をする。もちろん、食べていける程度には頑張るけど。だから、心配はいらないんだよ。あーだこーだ言ってお人好しの友人も、地球にいる限りは助けてくれそうだし」

 

 後はユーノさんに任せておいて大丈夫そうです。高町さんにしっかり考えてもらって結論を出すのを、私達は待てばいいのですから。そっと二人から距離を取り、私達は再びアリサや八神さん達の近くへと戻りました。

 

「かーっ。二人で雰囲気作って。珈琲が甘くて仕方ないで」

 

「リインフォースの胸を擦りながら言う言葉じゃないわよ、はやて」

 

「リインのおっぱいが今は癒しなんや……!」

 

 融合型デバイスでもあるリインさんですが、元々は夜天の魔道書の管制人格であったこともあり、今も主人の無茶振りに戸惑うお姉さんにしか見えません。八神さんの手を跳ね除けずに、仕方がないといった様子で好きにさせるあたり、彼女は八神さんにかなり甘いのかもしれませんね。

 

「あ、大翔くん。私は海鳴には戻らんよ。グレアムおじさんのこともあるし、ヴォルケンリッターの皆もまだ向こうや。やらなあかんこともあるしな……」

 

「……ねえ、はやて」

 

「なんや、カリム?」

 

「私、設立協力が今後は難しくなると思うの」

 

「んなっ!? どういうことやのっ!?」

 

 八神さんが決意表明した直後、カリムさんからの爆弾が投下されます。カリムさんは預言のことは伏せ、大翔さんが聖王の力を開花させつつあることと、教会の熱心な信者として彼の付き人を務める決心をしたことを話していきました。

 

「ちょ、ちょい待ってぇな。そんなの、枢機卿さんや教皇さんが納得するわけが……」

 

「ええ、だからしばらくは教会の職務は務めつつ、お父様や教皇様を説き伏せるつもり。ただ、私はプライベートを全て、大翔様に捧げると決めたわ」

 

「……何したんや、大翔くん! 洗脳か! 魅了か! 完全にカリムが別人やないか!」

 

「はやて、私は私よ。これは私の意思」

 

「……カリムぅ! 目を覚ますんや! 大翔くんは悪い奴やないけど、ハーレムの王なんやで!? 複数の女性に手を出してウハウハ言ってるんやで!?」

 

「ええ、昨晩見学をさせて頂いたわ」

 

「自室に戻ったんとちゃうんかい!」

 

 必死に慰留するはやてさんに、落ち着いた態度で意思は変わらないと繰り返すカリムさん。二人のやり取りの横で、伊集院さんが大翔さんへ話しかけてきました。

 

「……どうなってるんだよ」

 

「今は、カリムさんの意思としか言えないよ」

 

「お前が魅了とか使うわけがないのは分かってるし……かといって、強さに惹かれる人でも無いんだよ。はやてとかリインフォースがお前を評価してるのを聞いてたとしても……」

 

「うん、彼女が話してくれるのを待ってくれとしか言えないけど……ただ、俺も戸惑ってる側だってことは言っておく」

 

「だろうなぁ。姫島さんやフェイトと違って、お前の距離感が明らかに開いてるからなぁ」

 

 ええ、朝から大翔さんの隣は、私・フェイトさん・すずかさんの三人のいずれかが張り付いている状態です。私やフェイトさんは昨日の一夜から大翔さんに出来るだけ触れていたい衝動にずっと駆られていますし、すずかさんは平常運転ですから。

 カリムさんが覚悟をしたと言っても、大翔さんが受け入れると覚悟するかはまた別の話。そもそも大翔さんの身体は一つなのですから、望むなら戦うのみ……ですよね。

 

「キャットファイトしなけりゃ、競り合いも必要にゃ。白音、これもいけるにゃ」

 

「!……確かにこのパン美味しいです。もう少し頂きます」

 

 そんな私達の傍で、黒歌や小猫ちゃんは普段通りのままなのでした。



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第31話 反撃準備

訓練前にプライベートルームで何やら相談事をするようです。

※シルバーケープは固有武装でした。
シルバーカーテンが正しいですね、修正しております。


 朝食後の訓練前に着替えの時間を利用して、俺達はフェイトを散々追い詰めてくれた連中への意趣返しの手法を出し合っていた。もちろん、この場にいるのはクアットロさんを除けば、海鳴組や駒王町組の人達のみ。あ、カリムさんもこちらだ。

 管理局嫌い……いまや憎しの次元になりつつある俺だが、関係のない人を巻き込むやり方をするつもりはなかった。あくまでターゲットは絞り、命は奪わないが死んだ方がマシだと思う程度には痛い目に遭ってもらう。

 

「報復の対象者はフェイトさんへの命令権があった局員を軸にすればいいんですね~?」

 

「ああ、あちらの街に暮らす住民の人達には関係ないことだ。あくまでやり返すのは管理局だけに絞る。ただ、殺すのは駄目だ。あくまで生かしながら絶望を与えるやり方が望ましい。リンカーコアの完全破壊なり、罪状のでっち上げで無人世界の牢獄へ無期幽閉も一つのやり方だろう」

 

「そこは合わせ技ですよぉ、大翔さん。フェイトさんを使い潰そうとした連中への見せしめなんですからぁ」

 

「なるほど、じゃあ罪状の擦り付け工作はそちらにお願いしてもいいのか?」

 

「こちらの売名行動と合わせてやらせてもらうので問題ないですよ~」

 

「分かった。じゃあ対象連中には直接俺が……」

 

 変身魔法で完全擬態の上で強襲し、蒐集の力を暴走させて、リンカーコアを再生不能なレベルまで砕く。転移座標を詳細に指定すれば、対象の執務室等へ直接乗り込める。フェイトから上司の名前などの聞き取りは終わっているし、クアットロさんに情報は渡した。この封時結界が解ける六日後、彼女は即座に管理局内部の密偵に確認の上、対象が一人になる時間帯や場所を手早く割り出すだろう。

 

 ……密偵で思い出した。ドゥーエさんの所へ随分と顔を出していない。ウーノさん共々、知人となってからほどなく、この数年間実弟のように可愛がってくれる人だ。

 

 原作軸の流れを知る皇貴からはドクターやその関係者には必要以上に接触するなと警告されているし、既に乖離しつつはあるが、俺達異分子がいない場合の彼らが起こす事件についても聞かされている。

 現在は俺達側とドクター達、それぞれお互いの領域への不可侵を約束している関係性だが、皇貴からすればそれも大きな不満であるらしい。なお、不定期に強制次元転移に巻き込まれることについては、悪戯の範疇と言い切るドクターなので……措置無しといったところだ。その度に、ウーノさんを始めとして、お嬢さん達に酷い目に遭わされてはいるようだし。

 さて、そんなドクターのお嬢さん達──通称『ナンバーズ』の皆さんだが、実の所、俺やすずか達との関係性は良好だったりする。敵対者には容赦せず、家族には慈愛を持って接する──そんな基本姿勢が俺と一緒だからだ。皇貴たち管理局連中には言えることじゃないが、クアットロさんからの要請で彼女達のピンチを影から助けたなんてこともある。管理局と反管理局側、両方の陣営に手を貸しているようなもんだけど、俺からすれば友人のヘルプに入っただけのこと。

 ドンパチはどうぞご勝手に、だ。すずか達を危険に巻き込まなければそれでいいし、なのは達やクアットロさん達はタイミングが合えば助けるものの、間に合わなければそれまでというラインは引かせてもらっている。

 家族を守る。その定義や優先順位は、強く守るべきものだし、俺の行動指針だから。朱乃や白音ちゃんのように、妻や妹のような存在が増えた以上なおさらだ。

 

 そもそもクアットロさんは俺と同じ転生者の類で、元の性格に引っ張られて苦慮していた部分をすずかの心理操作能力の応用により解決してからは、俺達とドクター達の間を繋ぐ役割をずっと果たしてくれている。その延長線で他の姉妹たちとも友人と言える関係になったわけなんだよな。

 

「乗り込むついでに、ドゥーエさんにも逢えたらいいんだけど」

 

「会いたがってるらしいですよぉ。というか、ドクターやウーノ姉様しか知らないドゥーエ姉様の動向をなんで大翔さんが把握してるんですかねぇ……」

 

「フローレス・セクレタリーやシルバーカーテンにディープダイバー。クアットロさん達の協力のお陰で俺はステルス能力に秀でてるから、連絡係や配達係としても俺が便利だからでしょ。契約としてウーノさんからはちゃんと報酬をもらってるし、彼女の正式な居場所はすずか達にも話していないからね」

 

 仕事として請け負うことで互いに一線を引けるし、信用にあぐらをかくのはやりたくないというウーノさんの意向だ。彼女やクアットロさんも固有技能からステルス能力は高いが、個人の戦闘能力は難がある。戦闘機人ゆえの素体の強化は行っていても後方支援がメインのため、実戦経験が少なく万が一の危険性が大きいわけだ。

 ……俺? なのはとはやてみたいなエースコンビが組んで来ない限り、逃げるのは何とでも。次元転移魔法を発動する時間を稼げればそれで十分だし、AMF下での魔法訓練もしっかり行っている。鎮圧・殲滅目的じゃなければ何とでもやりようはあるから。あと、すずかに所定時間を過ぎても戻ってこなければ、強制送還してもらう手はずも組んであるし。

 

「大翔さんが全面協力してくれれば、管理局中枢はすぐに壊せるんですけどねぇ……」

 

「領域を超える話だよ。それに、ドクターはそんなの望みはしないだろう」

 

「プライドなんぞかなぐり捨てやがれ、って感じですよぉ。結果が全てじゃないですかぁ」

 

「それ、本人には言うなよ。拗ねてしばらく自室から出てこなくなるよ?」

 

 そんな話をしながら、トレーニングウェアに身を通し終える。クアットロさんも変に慣れてしまったからか、すずか達の着替えの横で普通に話をしているし、俺の視界は避けつつも彼女もトレーニングウェアに着替え終わ……ん?

 

「あれ、クアットロさんも参加?」

 

「はい、こういう機会をちゃんと生かさないと~。それにドクターの逃げ足が早くなる一方で、追いかける体力ももう少しつけないといけないんですよ~」

 

 後方支援が主とはいえ、基礎体力は大事。そんなところは彼女にも妙に影響を与えてしまっていたみたいだ。同じような立ち位置のカリムさんも着替え終わって、柔軟体操を始めたりしている。

 

「私はクアットロさん以上に、体力がありませんから……しっかり鍛錬したいと、思います、つつつっ……」

 

「身体硬いね、カリムさん。昔の私みたいだよ」

 

「ああ、フェイトも出会った頃はすごく身体硬かったんだっけ。アリシアは最初から軟体動物みたいだったものね?」

 

「アリサちゃん、軟体ゲル生物ってひどくない?」

 

「誰がそこまで言ったっていうの!」

 

 アリアリコンビのノリツッコミはいつものこととして、フェイトがカリムさんの柔軟を手伝っている。その近くにクアットロさんも寄って行って、自分も身体をほぐしながら何やら声を掛けているようだ。

 

「報復処置についてカリムさんは黙認するという話でしたが~。えっと、預言の聖女とか言われてるはずですけど、本当に大丈夫なんですかぁ?」

 

「もしこのことが切っ掛けで追放されてしまうのならば、大翔さんへのお仕えに集中できるというものです。それに、大翔様は思った通りの方でしたから」

 

 宗教家であるカリムさんだが、一般市民に手を出さないのならば止めるまでもないという考えらしい。協力関係にはあるものの、管理局には彼女もいろいろ思う所があるようだ。

 

「聖王教会の教義そのものが戦いを否定していませんし、弱者への守護を貫く考え方も大翔さんの方向性とずれるものではありません。それに……たとえ、教義から違えるとしても、私は大翔さんに付き従うのみです」

 

 その後、クアットロさんとの話が続く中、新たな王の形を示されるのなら教会が変わって然るべきという物騒な発言すら口にするカリムさんだが、終始穏やかな笑みを浮かべながらのものだった。弱者への守護なんてものをやってるつもりはないが、無関係の人達を巻き込まない考え方や手法が彼女の解釈ではそうなっているらしい。

 

「どうかなさいましたか、大翔様?」

 

「いや、はやてがカリムさんがこれまでと別人だと言っていたから……」

 

「だって、はやてにも隠してましたもの、ふふっ。いずれお目通し致しますが、私の護衛であるシャッハぐらいだと思います。私が空虚感を感じ、密かに今が変わることを祈っていたのは。それでもあの一節のことは話していませんから、結界が解かれた後、私に会えばものすごく驚くでしょうけど」

 

 晴れ晴れとした笑顔で言われてしまうと、俺としては何も言えなくなってくる。彼女自身に後悔が無いのならば、後は俺と彼女が互いの関係性をどうしていくのか……その点に集約されていく。

 朱乃にしてもそうだ。出会ってそれほど日にちが経っていないけど、俺のパートナーになることに迷いがなく、関係をどう発展させていくかに重きを置いている。そのために必要になる知識や経験を身につけるための努力も楽しみの一つにしてしまえるしなやかさがある。

 

 俺は自分に自信が持てない。だから、人一倍努力や鍛錬が必要だと思っているし、止まってしまえばすぐに落ちていくだけだと思っている。今は俺に想いを寄せてくれるすずかやアリサ達も、弱くなった俺に何の価値を見出すだろうか。

 彼女達は女としての魅力にあふれ、望めば大多数の男がその想いに応えるだろう。彼女達をもっと幸せに出来る相手が本当はいるはずだと、そんな想いから俺は未だに逃れられない。身も心も重ねて、真っ直ぐな想いをこれだけ向けてもらっても、そんな恐怖感が薄れてくれない。

 

 ……面倒な男なんだ、自分でも良く分かってるけど。その俺に要因があったとしても、一目惚れのような行動を起こすカリムさんは俺の理解を超えている。

 

「また、難しく考えていらっしゃいますね、大翔さん」

 

「朱乃……」

 

「思慮に耽る貴方の顔を見つめるのは私の楽しみの一つですが、苦しそうな顔に変わっているとなれば放っておけませんわ」

 

 抱き寄せられる。彼女の香りが俺の鼻腔をくすぐり、自問自答する俺の思考を打ち切らせていく。素直に温かさに甘えてしまえばいいのだと、彼女は俺の頭を強く自分の胸に押し付けて離さない。

 そして、俺の背中にもう一つ温もりが加わる。ああ、この匂いや触れ方はすずかだ。見えなくてもハッキリと彼女だと分かる。

 

「理屈じゃないんだよ、ひろくん。始まりは何であれ、ひろくんに惹かれてしまった女の子がここには集まって、ひろくんを中心として一つの家族を形成しようとしてる。私達はぶつかり合うことはあっても憎しみ合ったりはしないし、相手を理解することを諦めない。ひろくんを支えたい、その想いは皆同じものだから」

 

「懸命に頑張る貴方はカッコいいですけど、貴方の弱さも全部私は大好き。それこそ、すずかさんに弱音を吐く大翔さんを見ていると、すずかさんそこを代わって下さいって叫びたくなる。貴方に弱さをさらけ出している私が、どうして貴方の弱さを認められないだなんてことがありますか。……そんな身勝手な女は、大翔さんの傍にいれないし、いさせるものですか」

 

「これでカリムさんがもし幻滅してくれたら、私がひろくんを独占出来る時間が減らないからOKとか思ったりするんだよ? ほら、私だってこんなに意地汚いの。でも、ひろくんはこれで私を嫌ったりしないもん」

 

 強張っていた身体の力が抜けていく。その後も彼女達は黙って俺を抱き締め続けてくれているのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 不安がるお兄ちゃん可愛い。すっごく可愛い。朱乃とすずかの手が早過ぎるけど、次は負けないんだから。

 

 私やすずか達が魅力的な女だから自分が相応しくないのだとお兄ちゃんは言う。ただ、そうじゃない。お兄ちゃんが相手だから私達は懸命に自分の女を磨くのであって、仮に他の男の人相手なら……あ、無理だね、全く想像できないよ。

 たとえ、お兄ちゃんが駄目人間になったとしても、私は喜んでずっと世話を焼くだろう。とっくに一生分の愛情をお兄ちゃんからもらってる。私は望んでずっと返し続けていくだけのこと。

 

 こういう時って強引にでも気分転換してあげるのがいいと思うんだけど……え? すずか、朱乃。今から襲っちゃうの? 15分後に訓練開始だよ?

 あ、すごい。二人で流れるように裸に剥いていってるよ、お兄ちゃんを。あ、クアットロがさっさと退出していった。いつの間にかものすごく空気を読む人になったよね、彼女も。

 

「こういう時って、自分達がイケなくてもいいのよ。大翔がスッキリすればいいんだし。さて、アタシもご奉仕しちゃおうっと」

 

 そう言い残し、アリサも加わっていく。どうしよ、唇も下の方も、え、ええ、お尻まで!?

 

「フェイト。手足の指も感じる場所になるんだよ?」

 

 お、お姉ちゃん。勉強になるよ! よし、私も──!

 

「ふふ、可愛いよひろくん。訓練前だけどいっぱい蕩けてね、私達に……」

 

 落ち込むお兄ちゃんの気持ちも含めて、私達は溶かし尽くしてしまうことで強引にお兄ちゃんをリセットさせてしまうのでした。なお、お兄ちゃんの快感に同調できるすずかやアリサ、お姉ちゃんは同時にイッてしまって、火照る身体の余韻をそのままに訓練へと突入してしまうことになったのは仕方がないことだと思います。




報復の件と悪循環思考に入りかけるヒロインを主人公達が強引に引き上げる、という話。

なお、主人公達は艶々している模様。


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第32話 悪魔の駒

お風呂場万能説。


 私は鍛錬が足りません。そのことをまざまざと思い知りました。大翔さんの快感に同調し、共に果てられるように自らの性感も制御するだなんて……。

 今取り組んでいる基礎訓練や走り込みもそうですが、すずかさん達の積み重ねた日々というのは本当に大きいです。追いつき追い越すためには、日々の鍛練の濃度を高めていくしかありませんね。

 

「こんな、長い距離を、毎日走り込んで、いるのですか……?」

 

「人によって速度は違いますけどね。大翔さんとすずかさんは皆の倍の距離を走っています。ほら、あんな風に」

 

 横で激しく息を乱しながらも、走るのを辞めようとはしないカリムさん。並走する私が指差す方向には短距離走なのかと見間違えるような速度で、この広い月村邸の裏山越えの二周目に入っているお二人の姿があります。それも楽しく談笑する余裕まで。

 

「大変ですよ、カリムさん。私達は全ての面において周回遅れもいいところなのです。夜の営みにしてもそう……一回一回の経験を確実に糧にするぐらいの心積もりでいないと、大翔さんの隣であの人達に並んで歩んでいくなんてとても構いませんから」

 

 私も話しながらこうして走れる余裕は出てきていますが……早さという意味ではまだまだですし、今日は特にカリムさんに付き添うこともあって、かなりゆっくりめです。なので、身体に負荷がかかるように身体弱化の魔法を自分に施しています。

 

「一回一回の経験を、しっかり糧に、する……」

 

「それが出来ないからといって、大翔さんは見捨てる方ではありませんが。ただ、他の女性陣からの視線は厳しくなりますよね」

 

「真面目な顔して、なんかぶっ飛んだ話してるの……」

 

「高町さん、もう色々と手遅れなんです」

 

 私に倣って弱化魔法による負荷を強く掛けている高町さんに、毒舌ぶりに磨きがかかっている小猫ちゃんが余計な事を言ってますが、大翔さんを悦ばせられる身体や心、技術を身に付けるのは非常に大切なことですから。

 そうすることで自分も深く満たされるという相乗効果もあるわけですし、小猫ちゃんの負荷を増やすことで今の発言は聞かなかったことにしてあげましょう、うふふ。

 

「あぐっ!? あけ、の、先輩、容赦な、いです……」

 

「でも、今の負荷でちょうど私と同じぐらいだよ?」

 

「貴女は本当に人間ですか……!?」

 

「失礼しちゃうな。大翔くんと同じように基礎訓練をしっかりやってるからこそだよ」

 

「海鳴は人外魔境ですか……」

 

 小猫ちゃんがげんなりしている間にも、大翔さんとすずかさんは所定の距離を走り終えて身体をほぐした後、そのまま軽い組手を始めています。あらあら、カリムさんの目の色が変わりましたね。大翔さんはサービスの一環でしょうか、聖王の力を解放して戦っていますが……それでも、すずかさんが大翔さんに稽古をつけるような状態になっています。

 拳や蹴りのやり取りが目に慣れていないこともあって、時々ブレて見えてしまいますが、十分に早い動きの大翔さんをすずかさんは難なく捌いていました。

 

「聖王の力を活用することで反応速度は良くなってるし、威力も上がってるね。でも、接近戦に慣れていないせいか、誘いや探りを入れている意図が見え見え。砲撃する時みたいにそつなくやるようにしないとね。慣れた私みたいな相手だと……ほらっ」

 

「うわっ! ぐっ……」

 

 腕を取られ、宙で一回転させられる大翔さん。そのまま芝生の上へと落とされて、その上からすずかさんが流れる動作で重なるように身体を預けてしまいました。

 

「ん……はぁ、ひろくんの汗の匂いがするよ……」

 

「うひゃああ、す、すずか、な、舐めないでくれ! あ、あれ、動けない!?」

 

「バインドと関節極めの合わせ技だよ? こんなやり方だってあるの……。下手に動いたら痛めちゃうから動いちゃダメ……あむっ」

 

「ひゃあっ!?」

 

「朝から何やってるのすずかぁ!」

 

「抜け駆けは良くないよすずか!」

 

 耳元へ舌を伸ばしたすずかさんと可愛い悲鳴を上げる大翔さんに、やや遅れて所定の距離を走り終えたアリサとフェイトさんが飛び込んでいって、大翔さんは無事救出されていました。しっかり走り終えるのが訓練での約束事でもありますので、危険でもない限り飛び込めなかったのですが……ある意味、これは危険と判断しても良かったのかしら?

 

「組手なら別にと思っていたら油断も隙もないわね、全く……」

 

「接近戦の怖さを知ってもらっただけだよ?」

 

「怖さの意味が違うでしょ! 関節技にしても別のやましい目的のためじゃないの!」

 

「なるほど……こういうやり方もあるんだね。ねえ、私も組手の練習相手になるよ、お兄ちゃん!」

 

「すずかやフェイトはほんとブレないにゃ……むしろ安心感すら感じるけど、アリサの胃がもたなくなる日も近いかにゃ?」

 

「そう思うなら戻ってきてたアンタも止めてちょうだい、黒歌!」

 

 黒歌は軽い走り込みの後、伊集院さんと八神さんの二人を相手に軽い模擬戦を行ってから私達の傍へと戻ってきていました。汗はかいていますが、特に怪我をした様子もありませんし、そもそも被弾を殆どしていないように見えます。

 聞けば、一方的な試合だったのだとか。まず、幻術への耐性が低くあっさり嵌めれたこと。嵌められたことが分かった後も幻覚ごと薙ぎ払おうとするお二人だったため、攻撃範囲から外れたところから煽りに煽りつつ様子を観察し、疲れが見えたところを麻痺作用をもたらす気を流し込んで終わったそうです。

 

「攻撃範囲が数十メートルまとめてとか人間辞めてるとは思ったにゃ。海鳴は人外魔境とよく言ったものにゃ……」

 

 仙術の活用でそれぐらいの距離があっても相手に幻覚を見せ続けられて、かつ、懐まで一瞬に踏み込める速度がある黒歌だから、相性の良さであっさり勝てたということのようです。あんな攻撃特化の連中とまともに戦ってたまるか、というのが黒歌の評でした。

 

「あれで、融合型デバイスのリインフォースって子と合体して幻術への防御も上がるっていうし、もうほんと人間の定義って何だったのかとか思うにゃ、ほんと」

 

「ふう……やっと走り終わりましたぁ~。ああ、子狸さんたちは幻影に遊ばれたんですねぇ……途中で地面に刺さっていたのはそういうことでしたか~」

 

「ちょっと地面に深い縦穴作って、最後に突き刺してやったにゃ。周りの地面もあれだけボコボコにして……直す手間をかけさせた腹いせにゃ!」

 

 少し息を切らしながら走り終えたクアットロさんにタオルを渡しながら、黒歌がなぜかハイタッチをしています。続けて走り終えた私達にも、冷水で絞ったタオルを次々に渡しながら、そのままカリムさんにスポーツドリンクを手渡しています。

 

「どういう風の吹き回しですの?」

 

「ん? 私がこのメンバーの中じゃ一番年上っぽいから、お姉ちゃんっぽいことをしようって試みにゃ。私はずっと逃げ回ってたからにゃ……白音が近くにいて、からかって楽しい子達を弄って、すずかに毛並を整えてもらって、仙術の教え甲斐の込める大翔もいる……こんなのどかな時間を与えてくれた大翔やすずか達に与えることもやってみようかにゃ……って、そんなとこにゃ」

 

 周りを警戒せずに眠れる、それが黒歌にとってはとても貴重なもの。しかも、大翔さんやすずかさんの魔力や気の循環込みで撫でられると、強張っている身体も蕩けていくようだというのですから。

 

「それに、大翔はもっと強くなるし、それに変に勝ちに拘らない所がいいにゃ。五体満足で生きていれば勝ち、ヤバかったら逃げてしまえ……時間さえかければ立て直せる能力や家族が揃ってるんだからって」

 

「そうですわね……」

 

「ただ、接近戦の才能は……あんまり無いかもにゃ。自衛と回避、距離を取るための方法を教え込むのがいいかにゃあ?」

 

 唸り声を漏らしつつ、大翔さんの強化案を考える黒歌の表情には影もなく、人杭状態から抜け出してきた二人組のリベンジマッチにも再び幻術に嵌めて煙に巻いてみせるのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「皇貴とはやてにはいい薬になったかもね。広域範囲攻撃で幻影効果を無視出来ない相手も出てくると知れただけでも大きいんじゃないかな」

 

「普通、百メートルも離れた位置から幻術の影響を受けるとは思わなかったんでしょうね……ま、黒歌や朱乃達の正体はそう簡単に言えるわけもないし」

 

 互いの自己紹介をしたといっても、お兄ちゃんの家族でない人達に朱乃達の正体を伝えるわけもなく。いくら、なのはやはやて達であっても家族の弱点を晒すのは全く別の話だ。

 

「まぁ、あの攻撃力を捌くのには多少骨が折れたし、あそこにさっきのなのはって子やフェイトが加わるのなら、パワープレイでもどうにかなっちゃうところはあったんだろうにゃあ」

 

 黒歌の指摘通り、今までは罠もまとめて食い破れという感じで、なのはに皇貴とはやての三人はやってこれていた。今回は同行していないシグナム達もいるし、リインフォースがユニゾンすれば五感や精神干渉に対しても対応が可能になるから。

 でも、よく考えればここまで幻術を使いこなすテクニックタイプの相手にあまり遭ってこなかった気はする。お兄ちゃんもクアットロ達からステルス機能を受け継いではいるけど、模擬戦でも要所要所で使う感じだったし、三人とも完全にやられた感じがしてなかったのかもしれない。

 

 ただ、私の場合は管理局の目論見もあって、単独で無茶させられることも多かったから、お兄ちゃんの手ほどきで幻術系の魔法や技術は習得させてもらっていた。手数は多い方がいいし、助けられた場面もいくつかあったからね。

 

 フローレス・セクレタリーやシルバーカーテンにディープダイバー……すずかもアリサ達も、気づいているかは別として、朱乃も取得は済んでいるはず。得手不得手は出てくるけど、お兄ちゃんの魔力を根本から受け入れるというのは、色んな『固有能力』も受け取るのと同じだ。魔力を通じて受け取れないのは、お兄ちゃんだけの固有スキルである『吸収』の力と、お兄ちゃんが渡さないと決めたものだけだから。

 ただ、クアットロ達には内緒の話。向こうは気づいてるかもしれないけど、私達は自分達から使えるってことをいちいち言ったりはしない。朱乃も余計なことを言う性格でも無さそうだし、事前にお兄ちゃんに確認する分別は持っているから大丈夫そうだ。

 

「さて、こんな感じでどうかにゃ。マッサージと同時に身体の自己回復力も高まる処置はしたから何とか動けると思うんにゃけど。まー、大翔が慣れてきたら大翔にもやってもらうといいにゃ。房中術を合わせると効果が一気に高まるからにゃあ……」

 

 黒歌は私と喋りながら、鍛錬メニューを意地でもこなしきったカリムの身体を解していた。そこに白音も加えて、気の練習も兼ねさせる意図が合ったらしい。元々、種族的に使えないわけではない白音は、少しずつ感覚を取り戻そうとしているみたいだ。この部屋つきの浴室に入ってからは、黒歌も白音も耳や尻尾を隠していない。

 

「あ、ありがとうございます。なんとか動けそうですね……」

 

「のぼせるのを防ぐのも合わせて、水差しから多めに水分は取っておくにゃ。すずかが入る前に水差しを一、二本多めに持ち込んでくれてるしにゃ」

 

「長風呂になることも多いから、いつも瓶の水差しは一本多めに持って入るようにしてるんだ。白音ちゃんも頑張ったね、えらいえらい」

 

「……ふにゃあ」

 

 すずかに撫でられて気持ち良さそうにしている白音。うん、猫だね。黒歌も自分から頭を差し出して、すずかに撫でてもらっては満足そうにしている。

 

「……解析に日数は掛かったけど。こんな感じで取り出せるようになったし、取り込むことも出来るようになった」

 

「あらあら……本当に、解析出来てしまったのですね……?」

 

「でも、大翔。駒の色がアンタの魔力色と一緒になってるじゃない」

 

 私達は訓練が終わって、一旦個室に戻って二度目の入浴中。すずかがお兄ちゃんの汗に欲情する場面を見てしまってはそれ以外の選択肢は取れなかった。他のメンバーもそれぞれ大浴場で今頃、鍛錬の疲れを取っている頃だろう。

 そんなプライベートルームの浴室で、一息ついた私達はお兄ちゃんの胸元からチェスの駒が出たり入ったりする手品めいたものを見せられていた。昨晩聞いた話から、あれが『悪魔の駒』なんだろうと予想はつくけど……。朱乃や黒歌の目が本当に大きく見開かれているから、お兄ちゃんが彼女達の常識の斜め上をやってのけたんだなというのが伝わってくるよね。

 

「ひろくん、私のも取り出せる?」

 

「ちくっとするかもしれないぞ? 取り出す時には蒐集技能を転用してるから、痛みが無いとはいかないんだ。改良はするつもりだけど」

 

「大丈夫、ひろくんがやることだもん」

 

「その無条件の信頼は毎度どうかと思うんだけど……いや頑張るけどな」

 

 艶かしい声を出すすずかの胸の中へとお兄ちゃんの手は入り込み、引き抜いた時には確かにお兄ちゃんと同じ形の駒があった。アリサの言ったように、お兄ちゃんの魔力光──深紅に染まった駒が。

 

「……大翔兄さまからも、すずか姉さまからも変異済の『女王』の駒が出てくるなんて……」

 

 白音のありえないと言った口調から漏れ出た言葉は、この後お兄ちゃんが朱乃達三人に質問責めに遭うのだろうということを予想させるには充分なものだった──。



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第33話 猫耳と尻尾(※)

『体調不良につき、24日の更新は21時になりそうです。ごめんなさい。』

この一話で書きたいことを書いた時点で、
自分での投稿目安に1,000文字程度足りなかったのです。

そこで余談を書き足した結果、正式なフラグが一つ成立したという感じに。

表現的に念のため、※回。


 「手の空いた時間はマルチタスクの殆どを割いたりしてたから、思ったよりも早く取り出しまで辿り着くことが出来たよ。ただ、まだ全部の解析が終わったわけじゃないからね。引き続き勉強させてもらうつもり。この駒のシステムを作った人、いや悪魔かな……その方は本当にものすごい技術者だよ」

 

 説明を聞いている間にのぼせてもいけないということで、浴槽の縁に腰かけたり、浴槽内で立ち上がる格好で大翔さんを囲う私達。ちょっと興奮気味なせいか、大翔さんも裸の私達に囲まれても全く動揺するところが見られません。

 黒歌やカリムさんも惜しげもなくその裸身を晒している状態です。タオルで隠しているのは小猫ちゃんだけですね。

 

「アジュカ・ベルゼブブ……現在の悪魔勢力における四大魔王が一柱にゃ。本人の強さも全世界で十指に入ると言われるけど、技術者としての一面も有名にゃ。術式プログラムの構築が得意で、レーティングゲームの基礎理論も彼が作ったらしいし……プログラムに隠し要素を仕込むのが大好きとか、嘘か本当かって話まであるにゃ」

 

「多分、その話も本当だと思いますよ。この駒の容量限界近くまで『変異の駒』機能とかも含めて細かい術式が練り込んであるし、まだまだ隠された要素がありそうだから」

 

「これだから、技術者って連中は……案外、アザゼルさんみたいにアンタと気が合ったりしてね?」

 

 手のひらの上で取り出した駒を転がしながら、アリサは大翔さんに軽口を叩きます。そのアリサの手にあるのも、やはり深紅に染まった女王の駒でした。

 

「茶化すなよ、アリサ。ただ、話は合うのかもしれないな」

 

「大翔、大翔! 私や白音の駒を取り出すことも出来るよね! お願い、私や白音の駒も取外し自由にして欲しいの!」

 

「黒歌さんが望むなら、もちろんそれは出来るけど。ただ、白音ちゃんが求めているのかはちゃんと確認するべきじゃないか? それと、ごめん。前、隠して……」

 

 語尾の猫語をつける余裕すら無くなった猫ショウの駄巨乳を、目の前に出されると大翔さんも平常モードに戻ってしまい俯いた顔を必死に逸らしています。興奮で血流が良くなっていた顔色も急降下、一気に青みすら差してしまっていました。

 

「大丈夫ですか、大翔さん」

 

 声を掛けつつ、特に抱き締める必要は無くとも大翔さんの頭部を自分の胸元へと招き入れて、私の温もりを堪能してもらいます。うふふっ、拒否反応が出なくなってから、大翔さんを抱き締めたい時に抱き締められるのが本当に嬉しくて。

 もっと触れて、私に夢中になって……! そんな衝動を留めることなく。止める必要もなく、大翔さんにアプローチできるのが楽しくて仕方ありません。

 

「もう、朱乃さん手が早いっ!」

 

 引き剥がすように背中側から大翔さんの頭部を見事な形の双子山で受け止めるすずかさん。為すがままに前後に振られてしまう大翔さんはこういう時によく見る困り顔でした。

 

「うふふ、顔色が良くなかったものですから」

 

「姉さま、それとカリムさんもタオルを巻いて下さい。兄さまを困らせないで。それと、駒の話ですけど……」

 

 小猫ちゃんが黒歌と話を進めている間に、私は大翔さんの手で駒を一度取り出す作業を進めてもらうことにしました。仰っていたように、大翔さんの手が胸に入り込んで行く間は注射を行う時のような「ちくっと」した痛みを感じましたが、事前に聞いていれば悲鳴を上げるほどのものではなくて。

 

「んんっ……! ああっ……!」

 

 私の口から漏れるのはすずかさん同様、艶めいた喘ぎにも等しい声。引き抜かれる際に感じたのは、大翔さんの逞しいソレが私の中を擦り上げる時に感じる感覚と非常に近しいものだったのです。

 

「あ、朱乃、大丈夫なのか?」

 

「え、ええ……うふふ、『問題は』何もありませんわ」

 

 抱いて欲しい、そんな欲に駆られるぐらいのものです。私も箍が外れたのか、大翔さんへ感じる劣情を隠そうとする気持ちが薄れてしまっているみたい……。

 

「朱乃さん、貴女もそうだったんだ?」

 

「ええ、自分でやると物足りないと思ってしまいそうで……困りますね」

 

 取り出されたのはやはり深紅に染まった女王の駒。そして、大翔さんの魔力誘導もあり、自分で再脱着するやり方も分かったのですが……。

 

「何を面白くなさそうな顔をしてるにゃ? これで悪魔を止めたり始めたりが自由自在にゃのに」

 

「兄さま。私はリアス姉さまの眷属を止めるかどうかまではとても考えられません。ただ、やり方だけはしっかり覚えておきたいと思います。悪魔にとって天敵である光力や聖水の力を無効に出来るのは非常に大きいですから」

 

 黒白姉妹も話が終わり、順番に着脱方法を指南されることに。その際に、大翔さんが二人に断った上で魔力の行き来を交わしたわけですが……。

 

「黒歌さん、白音ちゃん良かったの?」

 

 大翔さんは二人の気持ちが固まっていないからと、力の譲渡を避けて魔力を流していました。ですので、二人も難なく着脱は出来るようになったのです。ただ、二人の側からは、どうにも大翔さんに力をあっさり複製させてしまったようで。

 

「もちろんにゃ。私の力の使い方を知れば、大翔の気の活用は一気に向上するだろうし、それに……」

 

「兄さまの猫耳……アリです」

 

 親指を立ててグッジョブを示す小猫ちゃん。二人の力が交ざり合ったからか、グレーの猫耳とふりふりと揺れる尻尾が表れていました。そんな姿を見て、瞳を輝かせて大暴走し始める方がここにはいらっしゃいました。

 

「黒歌ちゃん、白音ちゃん、グッジョブ! グッジョブだよっ! ひろくんっ可愛いずっとこのまま猫耳と尻尾出したままでいようよ! 外に出れないなら全部私が外のことは済ませるからずっとこのまま私の飼い猫になって! なろうね!」

 

 大翔さんを一族の力も含めて全力で拘束して、無茶苦茶を言い出した月村家のお嬢様。慌てて私やフェイトさんが引き剥がしにかかりますが、大翔さんを抱えたまま視認出来ないほどの速度で避け続け、浴室から脱出を図ろうとします。

 きっかけとなってしまった黒歌や小猫ちゃんは急展開に『ええー?』といった顔で動こうとしませんし、動きなさいな二人とも!

 

「ええ加減にしなさーいっ!」

 

 しかし、入口に回り込んでいたアリサの痛恨の一撃が炸裂! それもわざと大翔さんを狙うような軌道だったため、とっさにすずかさんはそれを庇い……。

 

「えい」

 

「えっ……」

 

 さらにアリシアさんが絶妙な位置に滑り込ませた石鹸が、すずかさんの足を浮かせることに成功します。流石に拘束が緩んだことで、大翔さんが身体の位置を置き換え、宙に漂う形ですずかさんを確保して無事捕り物は完了と相成りました。

 

「助かったよ、アリサ、アリシア」

 

「いえーい!」

 

「よく見てるわね、アリシア! イェイ!」

 

 勝利のハイタッチを交わすアリサとアリシアさん。ホッとした表情の大翔さん、そしてふるふると揺れる尻尾。ああ、すずかさんが暴走する理由、ちょっと分かってしまいそう。

 

「すずか。制御さえできるようになったら、言ってくれれば触ってもらえる時間を作るから、ね?」

 

「本当っ!?」

 

「なんでこんなことで嘘を言うのさ」

 

「大翔! アタシも触りたい!」

 

「もちろんあっしらもですぜ、ぐへへ」

 

『ぐふふ、とことんもふもふしてやりましょうぜ……』

 

「お兄ちゃん、私も!」

 

 大翔さんの言葉に反応する海鳴組の皆さん。アリサさん達も触りたいのは一緒なんですね。なお、アリシアさん達は少し自重した方が良いと思いますわ。そして、声を出せずにものすごくうずうずしてる人も一人いらっしゃって……。

 

「大翔さん、私やカリムさんにも堪能させて頂けますか?」

 

「あっ、朱乃さん!? わっ、私がそんな恐れ多い……」

 

「では、カリムさんのみ蚊帳の外で宜しいですね?」

 

「そ、そんなっ! 私も大翔様をもふもふさせて頂きたいですっ! ……あっ」

 

 愛らしさは正義でした。カリムさんも勝てるわけが無いのです。後ろでいい仕事をしたような表情でいる姉妹には一言必要でしょうけど。

 

「猫ショウは女しか生まれないけど……男の子の猫耳、尻尾……これはありにゃ」

 

「兄さまは受け身な所がありますから、ギャスパーくんに通じる所があります。兄さまが猫ショウの力を完全に会得すれば、猫姿に変わることも可能……!」

 

「ほんとっ!? 白音ちゃん!」

 

 聞き捨てならない小猫ちゃんの言動に、私達の視線が一気に集まります。真剣な表情で私達を見渡した後、小猫ちゃんは大きく一度頷いてみせました。

 

「理論上の話ではありますが、恐らく可能かと。そして、兄さまから力を譲渡されれば、ここにいる皆が猫形態になることも出来る日が来ます……」

 

「そうすれば、皆でお散歩にゃ。あるいは半数が猫になって半分が愛でる役になるという、癒しの循環を構築することすら可能にゃ! 私がすずかを愛でたり、白音が大翔を愛でるなんてことも……!」

 

 広がるざわめき。止める人が今度はいないため、計画は実行される運びになっていきます。いえ、実際の止め役には大翔さんがいましたが、一人で女性陣の癒しを求める力を止められるわけもなく……。

 

「というわけで、全力で大翔が猫ショウの力を使いこなすことに協力するわよー!」

 

「おーっ!」

 

 大翔さんから海鳴組の『悪魔の駒』は王の認証を受けていないフリー状態にある変異の駒であることや、黒白姉妹から僧侶や戦車の駒も取り入れたため、騎士と兵士の駒さえ手に入れれば大翔さん眷属が出来てしまうかもしれないだとか、そんな大事な話もあったのですが。

 

「もふもふねぇ……」

 

「はふぅ、これは良い尻尾……」

 

『ひろ兄ちゃん、ずっとこの耳と尻尾でいようよ~』

 

「手も肉球化出来ないかにゃ?」

 

「耳や尻尾と同じように一部の猫化ですか……まずは私達が試してみるべきでは。黒歌姉さま」

 

 ごめんなさい、大翔さん。こんな感じで癒しに囚われた女って話を聞かないんです……私も含めて。後日、この話を聞いたアザゼルおじ様が羨ましがるでもなく、大翔さんを本気で慰めた上でその技術の活用方法などを話し合ったようです。

 

「……ねえ、大翔。駒、作れそうなのかにゃ?」

 

「駒を形成している結晶体が、俺が作る魔力を込めた鉱石に似てる。今は着脱機能に特化して解析を進めていたけど、今からは全体をもっと念入りに調べてみるつもりだ」

 

「眷属候補、入れておいてくれにゃ」

 

「眷属を作るかはまた別の話だぞ? とても長い寿命は魅力としても、弱点も増えるわけだし。それにすずかのお陰で衰えが異常に遅くなるし数百年は生きられそうだからね、焦りもないというか……」

 

 浴室から出て着衣を整える中、猫姿で黒歌がすずかさんにタオルで拭き取りをしてもらいながら、大翔さんにそんなことを話しかけていました。

 

「兄さまの力を分けてもらえる信頼を得るのが先ですよ、姉さま」

 

「白音……」

 

 小猫ちゃんはアリシアさんから借りたのか、制服ではなく軽装姿になっています。長袖の白Tシャツに薄手のベストを羽織り、紺色のショートパンツといった格好です。動きやすさ重視といった感じですが、小猫ちゃんの行動的な部分を引き立てている感じですね。

 

「私もまだ考えてはいるところですけど。兄さまや黒歌姉さま、すずか姉さまと離れ離れの生活って、もう想像したくないです。だから、結論を出すにしたって大体の方向性は決まっていて、兄さまが言う家族という枠組の中でどういう立ち位置や役割をしていくのがいいのかなって、そういう部分を考えてます。今まで私を守ってくれていたリアス姉さまを放っておくっていうのも違いますし」

 

「うん。私も離れ離れの選択は無いかにゃ……。禍の団が絡んでくるから基本は海鳴にいればいいんだし、白音や朱乃達に危険が及べば大翔と一緒に駆けつけるにゃ」

 

「……たぶん、そんな中で兄さまとの関係も定まってくるのかなって。すぐに決める必要はないし、焦る必要はない。兄さまはそう言ってくれますから」

 

「うん、朱乃やカリムさんに引っ張られることは無いからさ。俺のパートナーに無理やりなる必要なんて無いんだから」

 

 大翔さんはそう言いますし、小猫ちゃんが仮にパートナーとして大翔さんを選ばなかったとしても、とやかく言う方では無いのは皆分かっていることです。でも、私は気づいていました。小猫ちゃんも黒歌も『あの感覚』を知ってしまったから……うふふ。

 

「分かっています……ただ」

 

「ただ?」

 

「駒を引き抜かれる時に感じた、あのゾクゾクする感覚。あれがすずか姉さまや朱乃先輩が兄さまとの繋がりで感じているもの……そう知りましたから。覚悟だけはしておいてくださいね、兄さま」

 

 極力痛みを与えないようにと繊細な制御をしようとするあまり、相手の女の子にキモチイイ感覚を与えてしまうのですから、大翔さんの業は深いと言えますね?




小猫ちゃん、大翔に女として見てくれと公言するの巻でした。
黒歌、頑張れ?

※kimesawaさんのコメントを参考にさせて頂きました。ありがとうございます。


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第34話 友人達

体調が思わしくなく、文章もなんだかブレている感がありますが、
どうぞお許し下され。


 結界内休暇も今日を含めて二日を残すところになった頃、俺は久し振りに同性の友人二人と雑談に高じていた。それぞれに多忙な立場であり専ら画面ごしで話すことの多い二人だが、こうして互いの雰囲気を直に感じて話せるってのはやっぱりいいものだと思う。

 

「月村様がずっと機嫌いいなとは思ってたけど……なるほどな、これが原因だったか。大翔達の部屋に戻ったら基本出しっ放しにしてるんだったら、猫好きのあの人だ。そりゃ笑顔でいるはずだわ……」

 

「相変わらず『様』づけは強制なんだね、皇貴は」

 

「戒めって奴だな、ユーノ。彼女の話題がはやてとかの間で持ち出す時とか、この呼び方が出るからな。増長するなって自分自身を振り返る材料にしてるよ」

 

 すずかの強制暗示は数年経った今でも、皇貴に深く根を張っている。すずかやアリサ達へ害を及ぼす行為を一切禁じ、また、人前であってもすずかを呼ぶ時には『様』付けで呼ばせるなど、すずかは皇貴を許してはいない部分も残っていた。

 最初が最初だったものの、皇貴もよく更正したものだと思う。すずかやアリサの心の折り方もまた一桁の年齢にして、非常に苛烈なやり方だったということもあるな……なのはが全力で引いていたのを覚えている。

 

「大翔、機嫌良さそうに尻尾が揺れてるよ。感情が尻尾の動きで分かるというのも大変だね」

 

「三人揃ってこうして話を出来る機会もそうそうないからなぁ……。今後は機会があるかどうかも判らない。なぁ、二人はもう結論を出したんだろ?」

 

 俺の問いかけに、二人は頷く。それぞれにどうしても守りたい女性がいる。だから、寂しさは感じても、結論に迷いはなかったはずだ。

 

「僕はなのはの結論を尊重するだけさ。ただ、海鳴に移住することになったらお世話になるよ、大翔」

 

「その結論になることを真剣に祈ってる。ユーノの処理能力はこれからの俺には力強い味方になるし、頼りになる友人が側近とか精神的にもすごくありがたいわ」

 

「なのはへの無理強いは止めてね、大翔?」

 

 苦笑交じりでそう言うユーノに俺もそれはしないと手を振ってみせる。なのはの意思を曲げるのは望むことじゃない。

 すずかやアリサの大切な友人で、かつ妹分のようななのはだ。同年齢だけど、どうにも年下のように思えてしまうところがある。また、なのはもこっちをもう一人の兄のように思っている感じだからな。

 

「俺は、はやての夢を手伝う。これまでもこれからもそれは変わらねえ。ただ、完全に敵に回るのだけは勘弁な、大翔?」

 

「ああ、俺はすずかやアリサ達を守り抜いていくので精一杯だし、ドクターと協力してミッド自体をどうにかするつもりはない。フェイトへの仕打ちに対しての報復行動はきっちりやるけどな」

 

「フェイトの件については、結局俺らの力不足でもある。それについては手を貸すことは出来なくても、別に止めもしない。……すまねぇ」

 

「正直、皇貴やはやて達の足を引っ張る連中と殆ど被ってるからね。皇貴たちの政敵でもあるから、ここらで閑職に飛んでもらうのもいいだろうさ」

 

「黒くなったなぁ、二人とも」

 

「友人に恵まれたからな」

 

「友人に恵まれたからね」

 

 声が重なった二人に、それなら仕方ないと笑う俺。貴重な時間をまた過ごせることを祈りつつ、それぞれが選ぶ道が切り開かれていくように願うだけだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「えっと……どうドクターへの報告をまとめればいいのでしょうかぁ……属性てんこ盛り過ぎますよぉ……」

 

「猫又悪魔堕天使になりました、で駄目なわけ?」

 

「頭が沸いたのかって言われるのがオチですよぉ……」

 

 男性三人組が旧交を温める中、大翔さんと引き剥がされたすずかさんを宥めながら、女性陣は女性陣でお茶会に楽しんでいました。そんな中、クアットロさんは自分の組織及び家族の長である、ドクター・スカリエッティへの報告書をまとめているようなのですが。

 

「あれやねんね、大翔くんから能力ちょうだい~じゃないねんな?」

 

「データの収集と分析はさせてもらってますけどぉ、あくまでそのデータを元に自分で作る!……のがドクターの主義みたいでぇ。なんでも大翔さんのお手軽さに負けるようで、科学者兼開発者としてはその選択肢を選んだら終わりとかなんとか……」

 

「悪の美学、ちゅーやつかな?」

 

「なんか違うと思うの、はやてちゃん」

 

「おおそのノリツッコミ。少しは調子戻ってきたな、なのはちゃん」

 

「それにぃ……最近、私はドクターの悪巧み計画からは外されてますから~。大翔さん達を通じて、皆さんに近すぎるからと。信じるかどうかは知りませんけどね~」

 

「なんやそれ初耳やん!」

 

「いや、大翔さんを異次元にぶっ飛ばす実験をしょっちゅう繰り返すお陰でぇ……私がサポートをメインでやり続けないとまずいってこともありますしぃ、大翔さん自身のデータ計測と分析だけでも、正直お腹いっぱいというかぁ……」

 

「……ああ、アンタも苦労してるんやね。上の連中ってのは勝手なところあるし、後始末するのが現場の人間ってのが分かってへん!」

 

 苦労人ポジションのクアットロさんに、八神さんが本気で同情してるように見えます。クアットロさんも同調して、互いの上司への文句をぶつけ合って肩を組み合い始めてしまいました。

 

「クアットロがスカリエッティの計画から外れてる、か。実際どうなんだろう」

 

「うー、信じてもいい気がするんだけど、私」

 

 つい最近まで嘱託職員だったフェイトさんと、現役のなのはさん。彼女の言動が気になるようですが、訓練で身につけつつある気の流れを見る限り、彼女の言うことは本当と思えます。少なくとも本人はそう信じているというところでしょう。

 

「クアットロちゃん、海鳴にいることがほんと多いよ。ひーちゃんのデータ、日々更新されてく勢いだから泣きそうになってる。膨大なデータをドクターに資料として提出できるレベルまでまとめるのが大変だって」

 

『ひろ兄ちゃんとすずかが泣きつかれて、手伝ってる時あるよね』

 

「うん。隈が濃くなった顔でお願いしますって言われるとね……お礼にひろくんが作る魔石の材料になる良質な鉱石もくれるから、アルバイトで手伝ってるかな」

 

 マルチタスク運用の訓練も込みなのだそうです。今後は私もどうかと声を頂けたので、訓練がてら参加させて頂くとしましょう。なんとか並列思考の数を三つに増やしたいのですが、強引にやろうとすると激しい頭痛も伴うのでこればかりは地道な訓練しかなさそうですね。

 

「ここでは喧嘩しないし、互いに知られちゃマズい情報は口にしないって暗黙の了解があるけどね……口にしたってことは隠すつもりもないってことなのかなぁ」

 

「ここでやり合ったら永遠の出禁が待ってるもんね。お兄ちゃんはやると思うし」

 

「実際に一悶着起こしたクロノくんが出禁食らってるもん。海鳴への転移を強制的に遮断されるんだって」

 

「ああ、クロノ提督は真面目ですが融通が利き難いところがありましたからね。最近は随分改善されたように感じましたが」

 

「……リンディさんやエイミィ、カレルにリエラが遊びに来る時も、クロノだけ来れないのは相当キツいみたい」

 

「家に帰れないとこぼしていたことがありましたが、本当だったのですね……」

 

 カリムさんも立場柄、フェイトさん達が話題に出す相手をご存じだったようです。話を聞けばご愁傷様というところもありますが、大翔さんを怒らせるというのはそういうことなのでしょうね。

 

「ただ、海鳴って子育てにはいいんだってエイミィが断言してるし、引っ越す気はないっていうし。リンディさんも桃子さんや母さんがこちらに住んでいるから、ミッドを居住にする理由は無いみたいだからね。通信までは阻害されていないし、自分達が逢いに行けばいいからって」

 

「単身赴任クロノくんなの……」

 

「大翔様は、あの実力者であるクロノ提督にも干渉が出来るのですね……流石ですわ」

 

「実際には、すずかも協力してるだろうね。お兄ちゃんは優れた術者だけど、全ての転移魔法を防ぐとなるとなかなか難しいよ。多分、すずかの強制暗示を組み合わせてるんじゃないかな」

 

 大翔さんの敵は私の敵だと笑顔で言い切るすずかさんです。迷いなく仕掛けるでしょう、それこそ微笑みすら浮かべたままで。

 

「……ふぅ。気の取り込み方がちょっとつかめてきた感じかも」

 

「そうそう。上手よ、すずか。白音も大翔に魔力や気を流してもらうようになってから、随分と制御しやすくなってるにゃ」

 

「取り入れていい気の種類を、感覚で教えてもらえましたから。……兄さまみたいに、悪い気をあえて手のひらに集めて相手にぶつけるのは暴走しそうで怖いですけど」

 

「大翔は改造大好きさんだから真似は厳禁にゃ。悪い気を僅かに取り入れて反発力で破壊力を増すとか、常識をすぐに投げ捨てるのはいかがなものかと思うにゃ……」

 

「ふふふ、黒歌ちゃんが驚くぐらいのことなんだね」

 

「いや、驚くというか、呆……ううん、まぁいいにゃ。多分、大翔のアレは普段ちゃんとしてるところの反動で、技術面の自重を止めてるんだろうしにゃぁ……」

 

 そのすずかさんは座ったままでも出来る事ということで、気の運用を黒歌に見てもらっていました。私も今、気を見る練習をこの場でも続けていますし、それぞれが努力を重ねています。ああ、小猫ちゃんの気の練り方、この何日間ですごく上手になってますね……。

 

「大翔はすずかや朱乃達との交わりがそのまま、気の循環訓練を兼ねてるからにゃあ。自分でも確かに言ったけど、房中術万能主義と化していてそれでいいのかと今までの自分を疑ってしまうにゃ。いや、私も繋がるのは別として、気を流し合うだけでも澱みとか取れるし、非常にありがたいんにゃけどね」

 

「兄さま、一人ひとりに合わせるのが当たり前の人ですから、調整の練習をずっとやるようなものですよね」

 

 黒歌や小猫ちゃんが魔力や気の循環をしてもらうように、カリムさんも大翔さんの手ほどきを受け始めています。毎日、身体を訓練で追い込んでも、疲れをしっかり取って翌日に望めるのは大翔さんの治療があってこそでした。

 大翔さんから技能自体はまだ付与されていない三人ですが、基礎魔力や気が増加傾向にあるらしく、大翔さん自身をこの輪以外の人と安易に親しくさせては危険との認識は強く持てたようです。

 

「海鳴、戻ろうかな……頻繁に大翔くんのケアも受けれるもんね……」

 

「ボディーガード募集中だよ、なのは。なのはなら私達安心してお願いできるし、魔導師としての力も活用できるよ」

 

「私には今でも魔法しか無いと思っているけど、ユーノくんも大翔くんも違うって言い切ってくれるんだよね……ただ、エリオやキャロをどうしよう……」

 

「うーん、私が保護したとはいえ、ほとんど任務でミッドの自宅にいれない私の代わりになのはが見てくれていたから……」

 

 話を聞けば、フェイトさんが任務で保護した少年と少女とのこと。写真を見せてもらいましたが、凛々しい男の子と可愛らしい女の子が並んで笑っている姿がありました。

 エリオ君はもともとフェイトさんと似た境遇にあり、重度の人間不信に陥っていた彼を辛抱強い説得と献身により徐々に立ち直らせた経緯があり、キャロちゃんにしても強力なレアスキルを持つために、能力を危惧され故郷の集落を追放され各地を転々とする生活だったと言います。

 

「大翔様にご相談するべきですよ、お二人とも。多分黙っておられるほうが、悲しまれるのではないでしょうか。朱乃さんも、そう思いませんか?」

 

 大翔さんとの距離を徐々に縮めつつあるカリムさんが、事情に詳しくないこともあり聞き役に徹していた私にあえて問いかけてきます。

 

「エリオくんやキャロちゃんがお二人と離れ離れになることを望まないのなら、海鳴に戻ってくることで生じる二人のこれからを、大翔さんに相談するのは必要だと思います。あの人はそんな境遇の子供達を放っておける人じゃないでしょう。……家族以外守らないと言いながら、助けを求められれば全力で手を伸ばすお人好しさんです。だから、私も助けられ、これからの彼の力になると決めたのですから」

 

 カリムさんも私も、もちろん目の前の高町さん達も、そんなことは十分分かっていて。ただ、また大翔さんに負担をかけることを躊躇っている。ただ、大翔さんが手を伸ばすと決めれば、細かい部分は私がやればいい。カリムさんもそう考えている。

 

「判断は大翔さんに。その結論のもと、彼の手が足りないのなら私がその手になります」

 

「ふふ、朱乃さんの言う通りです。私も大翔様の手足となりますから」

 

「……うん、そうだね。大翔くんに相談してみるよ」

 

「お兄ちゃんに負担をかけたくないって思ったけど、でも、そうだね。お兄ちゃんの庇護のもとで、私やなのはが守ればいいんだ」

 

 弟や妹のいない私です。それもきっと新たな経験になる。そう、大翔さんが受け入れる以外の選択肢を選ぶなんて想像もしていないし、疑う人はここに一人もいないのです。



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第35話 事前準備

 結界解除を皆と相談の上で、少し早めて解除を行った。現実時間を再確認すると、朝五時。悪くない時間帯だ。

 

「まずは一旦海鳴だな。白音ちゃん、でも、本当に手伝ってもらっていいのか?」

 

「くどいですよ、兄さま。私達は家族になるんでしょう? それなら、フェイト姉さまをこき使った連中への報復をするのなら、私が参加するのは何もおかしくありません。さっさと必要なものを取って、クアットロさんの情報交換が終わり次第動ける態勢を作ってしまいましょう」

 

 まず、海鳴に戻るのは彼女が必要な着替えを取りに行く必要があるからだ。この結界内での一週間は紗月やアリシアの服を借りたり、ファリンに手作りインナーを作ってもらったりしていたという。すずか達も驚いていたから知らない間にそんな技能を身につけて、かつ完成度も目を見張るものがあったらしい。

 俺も恥ずかしながらも、ちゃんと見て欲しいと願った白音ちゃんのインナー姿を見せてもらったけど、小柄な彼女によく似合う可愛いブラジャーやショーツだった。というか既製品にしか見えなかったから、姉のノエルさんから引継いだ月村家メイド長の実力は伊達じゃない。

 たまに慌ててドジをすることは今でもあるというけど、大きなミスはほんとしなくなった。海外にいる忍さんの代わりに彼女のメンテ担当になったこともあって、彼女の成長は俺にとっても嬉しい。いくら自動人形であっても自意識が確立している女性だから、俺に調整をされるのはどうかと思う所もあったんだけど、当のファリンや主であるすずかがその形を望んでいるから、彼女達の判断に従っているといったところだ。

 

「メールは部長に送りましたし、すぐ電話もかかってきましたから。本当に別次元でも繋がるようになっていて驚きました」

 

 白音ちゃん曰く『学校と今日の活動休みますメール』をグレモリーさんへ送り、無事休みも確保出来たとのこと。学校関係にはグレモリーさんから連絡を回してもらえるらしい。ただ、お見舞いに行くような雰囲気があったので、実際には海鳴にいる白音ちゃんとしては困ったことになるため、『一日で直すためにも静かに休ませてほしい』という希望を丁寧に伝えたところ、少し凹む様子がありながらも希望を受け入れてくれたとのことだ。

 

「丁寧……うふふ、そうですわね。言葉は確かに丁寧でしたわ」

 

「仕方ないじゃありませんか、朱乃先輩。方便とはいえ、家に来られたらゆっくり休めないから来るなとは言えないです。だからせめて声色にその想いを乗せるしかないですから」

 

 迫真の演技であったようで、とにかく白音ちゃんは本日の自由行動を確保出来ている。なお、俺達も今日の学校は休む。ドクターの動き次第でもあるけど、今日一日で次元閉鎖と報復措置まで一気に進めるつもりだから。

 あとは俺と共に暮らすことを公言したフェイトに朱乃や黒歌、白音ちゃんやカリムさんの衣類等の収容棚も必要となったから、俺達の私室の隣部屋を衣類部屋として使うことになった。それに関連するクローゼットなどの移動作業もやらなければいけない。あとは学生や業務を持ち帰る人が増えることも考えると、学習机もあといくつか追加する必要もあるだろう。

 

 衣類部屋に行くための経路は、ひとまず簡易転移装置をドア替わりに設置した。中で移動できるように壁を抜くとなれば大がかりにもなるし、当面は代替手段で運用となりそうだ。学習机の手配はファリンに任せたけど、部屋に皆他人を入れたがらないので自分達で邸内の移動や設置はやらないといけないな。女性陣も身体強化でどうにかなるのが恐ろしい。見た目華奢なすずか達が箪笥などをひょいひょいと運ぶ風景は、外部の人間に見せるわけにもいかない。

 

「戦車としての力の活用の時です。任せて下さい」

 

 グレモリーさんの眷属をすぐに抜けるわけにもいかない、頼もしい発言をしてくれる白音ちゃんや……朱乃もそうだが、当面は海鳴と駒王町での二重生活をするという。転移に必要な魔導具は渡してあるし座標位置も教えてあるから、最悪魔導具が壊されても時間をかけて演算してもらって一日で自然回復できる限界近くの魔力を払えば、こちらへと戻ってこれる。

 なお、一日で自然回復というのは現在の朱乃や白音ちゃんでということだから、日々鍛錬を続ける二人なら徐々に負担は減っていくだろう。魔力と気の転用であったり、朱乃に比べて魔力総量が少ない白音ちゃんも妖力をさらに転用することで補えるわけだしな。

 

「しかし朝五時でよく連絡がついたね」

 

「部長、悪魔らしい夜型なので結構眠りが浅いんです。メール打ったらすぐに反応があるぐらいには。電話の終わり際にもう一度寝直すって言ってました」

 

 いずれは話をしなければいけない相手ではある。だから、それまでは知己を得る機会があったとしても、出来るだけ友好的な関係を結んでおくべきだな。そんなやり取りをしながら、白音ちゃんからもらった情報を元に彼女の自室へと転移魔法を展開し無事繋がることを確認した後は、部屋に固定してある転移装置に座標を登録し生活に必要なものの移動を始めていた。

 白音ちゃんや朱乃に了解を取った後、家族各人の携帯型転移装置にも二人の自宅位置座標を登録した上で、手分けして駒王町の二人が必要なものをひとまず移動していく。あらかた目処が見えてきた頃、カリムさんとクアットロが俺の元へと報告に姿を見せた。

 

「大翔様、お手伝い出来なくて申し訳ありません……」

 

「いや、気にしないで。そちらも無事に行けたのかな」

 

「ええ。頂いた携帯型の装置で転移テストしましたが、直接私の執務室や私室に飛べるのを確認しました。座標を皆さんに送っておきますね。はやてや伊集院さんも一緒に飛ばされてきたので、私の執務室へ戻った後、各関係者への連絡へ追われているようです」

 

「カリムさんは誘拐未遂に遭って、出先で療養中って話、でっち上げできそうですかぁ~?」

 

「やってもらいますわ、必ず。そうでなければ、機動六課設立の後ろ盾を止めると通告しましたもの」

 

 カリムさんも話し合いの結果、最終的にはここから教会へ出勤する毎日をすることになった。ただ、すぐに教会に戻るつもりはなく、しばらく身を隠す期間を作ると宣言していた。

 

「シャッハやお父様だけは、最悪こちらへ直接連絡をしてもらっても構わないといいましたから。ただ、体調が優れないから、先方の療養場所と調整した上で申し付けています。ふふ、調整をするのは勿論私や大翔様ですし、教会の立場が大翔様への干渉を多少なりとも防げるのであれば、利用できる限り利用すればいいのですから」

 

「お、おおぅ……教会所属の人とは思えない黒い発言ですよぉ……」

 

「私にとって信仰を捧げる聖王様に出会えたのですし、私は教会の組織に忠誠を誓うわけではありませんからね、ふふふ」

 

 穏やかに微笑むカリムさんだが、口にする中身は関係者が聞けば過激に過ぎるものだろう。クアットロさんの顔が引きつっているから、一般的な教会関係者からすればマズい発言であるのは間違いなさそうだ。

 

「私が持ち込む衣類等はそれほどありませんので、このトランクケースで全部入りましたから。私もすずかさん達に声を掛けて、今からお手伝いしてきますね」

 

 身体強化の練習を兼ねてやってきますとカリムさんはやる気を見せながら、転移装置から一旦戻ってきていた朱乃等と一緒に駒王町へと移動をしていった。作業ではあるけれど、会話をしながらのものだから、彼女達も楽しみながらやってくれている。

 

「え、えっと。割り出し終わりましたよぉ。次元封鎖についてもこっちの時間で午前中を目処に完了できるって言ってましたぁ。なお、封鎖とカリムさん誘拐未遂とこの後の襲撃はドクターの仕業だって、宣伝に使わせてもらうから思い切りやってこいとのことです~」

 

「ありがたいけどさ、宣伝って意味あるのかな……?」

 

「ヘイトを自分に集めると楽しいことになるとかどーとか? 私達全員、変身魔法使えますからねぇ。この間に色々やれることがあるってことで~」

 

 報復を行う連中のデータに目を通す。管理局での正式な役職。図面と合わせた執務室の位置。本日の予定。……ああ、今日中に全部潰せるな。

 

「ふ、ふふふ……やっぱりいいですよぉ……」

 

「どうしたんだ、クアットロさん。あ、データありがとう。本当に助かるよ」

 

「いえいえ~。大翔さんという検体のデータが私達のパワーアップに役立ってますからぁ。しっかし、やっぱり大翔さんはいいですねぇ~」

 

 クアットロさんの瞳が妖しげに揺らめき、どこか恍惚とした表情を浮かべる。すずか達が俺へ情欲を見せる時の表情に似てはいるが、彼女は決してそうじゃない。

 

「家族にはどこまでも甘くて、真剣に助けを願う子供や女の子にはとことんお人好しで……家族とみなす者以外は容赦なく切り捨てる非情さがあってぇ、敵に対しては身震いするほどの憎悪を向ける瞳がぁ。私達ナンバーズはドクターへ忠誠を誓う身ですがぁ、身内以外への対立相手への苛烈さがもぅ……相手を潰すことに何も躊躇わないでしょうぉ?」

 

「ああ、長く命を終えるまでの苦痛で無ければ、フェイトの痛みを思い知らせることなど到底叶わない。リンカーコアを再生不可になるように潰し、かつ医療魔法等で再生を試みれば、体内に激痛を入らせるようにコアの欠片に細工をする。空のエリートと呼ばれる者が魔導師ですら無くなり、一生地を這う気分はどうだろうな?」

 

「アハハハハ……だから、大翔さんとはうまくやれるんですぅ。今後ともよろしくお願いしますねぇ?」

 

「クアットロさん達が俺達の敵に回らない限りは、こうして協力し合えるだろうさ」

 

 似た者同士。情を向ける相手が違うものの、大切な人に手を出す存在に対しては徹底的に叩く。クアットロさんと俺は、そういう感じだった。

 

「さて、行ってくるよ」

 

 そう言って転移しようとした瞬間、服を引っ張られる。その方向を見れば、いい笑顔に変わったクアットロさんが転移装置を静かに指し示していた。

 

「一人でどこに行こうと言うのかな、ひろくん? 一人での強襲は厳禁。必ずツーマンセル以上で対応するって話だったよね? 汚れ仕事だといって、一人で全部やろうとしない。一緒に喜んで手を汚すから、先走らないでって約束だったよね?」

 

 ハイライトが完全に抜け落ちた空虚な瞳を湛える最愛の人がそこには立っていた。ゆっくりと近づいてくる虚ろな笑顔に、俺は動こうにも動けなくなってしまった。

 

「まーた、一人でやろうとしたのね大翔は」

 

「クアットロさんに一人になった時間は何気なく見て欲しいと言って正解だったねぇ」

 

『ひろ兄ちゃん、何でも一人でやりたがり屋さんだからね困っちゃうね』

 

「大翔さんに必ず誰かがついておくようにしようという意味が良く分かりますわ。小鬼ちゃん達を順番に大翔さんについてもらうようにしましょうか」

 

「それだと空を飛ばれると追えなくなります、朱乃先輩。黒歌姉さま、仙術と妖術の組み合わせとかでどうにかならないんですか」

 

「白音、私は二十二世紀から来る猫型便利ロボットじゃないにゃ……」

 

 意外と使えない人ですと呟く白音ちゃんに、崩れ落ちる黒歌さん。まずいと思いつつも、俺は俺で『どうして? どうしてなのかな?』とこちらを拘束しながら同じ言葉を繰り返すすずかを宥めるのに精一杯だ。

 

「ナハトさんから魔力のラインを繋いでいる、すずかさんかアリサさんにSOSを飛ばして頂いて、念話で全員へ連絡というのはいかがでしょうか。安全と言う意味ではナハトさんがいれば殆ど担保されているのかもしれませんが、一人で行動できると思われるのはいいことでもありませんし……」

 

「むしろお兄ちゃんやすずか達が常にナハトへの魔力供給をしていることを考えると、お兄ちゃんの家族になる人みんなナハトと追加契約を結んで、ラインを確保するといいんじゃないかな。ナハトはお兄ちゃんが大好きだけど、お兄ちゃんが無茶することを望むわけじゃないから」

 

 カリムさんやフェイトの言葉にナハトが俺の体内から飛び出してきて、実体を形取る。神話上の生物、スキュラの形をしたリインフォースに良く似た顔のナハトが、アリシア達や朱乃・黒歌・白音ちゃん・フェイト・カリムさんに向かって下半身の蛸足を浮かして伸ばしていく。

 

「えっと、確かこっちの世界の使い魔ってのは、魔力供給する代わりに意思疎通もある程度出来るって奴だったにゃ。ナハト、私達とも契約してくれるってことかにゃ?」

 

 黒歌さんの言葉に頷くナハトに、黒歌さんは迷いなく足を取り叫ぶ。他の五人にしても、伸ばされた足を両手で包むように取り、力強く頷いている。

 

「持ってけにゃ! 減った魔力とかはまだ修行ですぐに増やしてやるにゃ! 吸った分、ナハトも強くなるといいにゃ!」

 

 黒歌さんの声に応えて、契約の魔法陣がナハトの手により展開される。魔法陣が終息し魔力光が収まっていく中で、ナハトへの魔力供給量が少なくなるのが分かる。すずか達の魔法運用に負荷がかからないように、ナハトには俺から供給の九割ほどを取ってもらうように調整してもらっているが……。

 

「再調整して、それぞれの契約相手から一割程度力を供給した結果、そこまで俺の負担が減ったのか……」

 

「私達もそれぞれ訓練を続けて個々の魔力量も増えて、ひろくんをフォローする人も増えてきたよ。だから、魔力を取られ過ぎてる感じはしないもん」

 

「まぁ、流石に吸われてるというのは自覚できるけど、普段の運用に影響が出るかと言われれば、そんなことはないわね」

 

 瞳の光が戻ってきたすずかにアリサの言動からも負担を感じている様子もなく、ナハトの様子は変わりない。むしろ魔力の流れを示す身体に浮かび上がる回路数が分かりやすく増えている。

 使い魔の側から追加契約を結べるという時点で異質ではあるんだけど、古代からの知識を集めてきた夜天の魔導書を引継いでるから、それほど驚かないというか。

 

「ナハト、怒ってなんかないから。俺のためにしてくれたことを、俺は怒れないし、感謝してるんだ」

 

 すずか達に手を出させる前に終わらせたかったのは本音なんだけど、こうなった以上はやむを得ない。ナハトの頭を軽く撫でてやりながら、リストに目を通したアリサの進言を聞くとしようか。




エリオくんやキャロちゃん出せず。31日の更新冒頭で出てもらうことにします。


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第36話 報復

31日分です。遅れて大変申し訳ありません。

本年もどうぞ宜しくお願い致します。


追記:ごめんなさい。3日の更新も日替わりギリギリになりそうです。


 「大翔、アンタ一人だけで行かせはしないわよ。これを見る限り意外とターゲットの数が多いしね、無茶をするのが見えるようだわ」

 

「転移魔法と変身魔法はほぼ必須技能ということで、ここにいる皆さんは優先して身に着けていますから。顔バレを防ぐための準備もしていますわ」

 

「至近距離で魔法への抵抗力が高い人なら偽の姿と気づくでしょうけど、画面を通して見る人達は少なくとも分かりません。それに転移に使う演算補助の魔法具もみんな兄さまから頂いてます。この家の座標が登録されていますし、強襲した後すぐに離脱が出来ます」

 

 アリサ、朱乃、白音ちゃんが逃がすなとばかりに、こちらに抱きついたままのすずかと一緒に俺を取り囲んでいく。

 

「どうしましょう、私はまだ変身魔法までは……」

 

「その辺りはこの黒歌さんにお任せにゃ。……ただ、貴女はまだあっちに籍が残ってるけど、本当に手伝うのかにゃ?」

 

「私は大翔様にこの身を捧げる者です。主が危険に飛び込むのに、なぜ安全な場所で待っていられますでしょうか。それに黒歌さんの幻術についての技量は本当に素晴らしいものですから、安心してお願いできます」

 

「う、ううん、確かにきっちりやるけどね? ……いいのかにゃ、ほんと」

 

 黒歌さんが窺うようにこちらを見るけれど、俺がカリムさんの意思が覆せるとは思えない。

 この数日間で分かったのは、彼女は柔らかな雰囲気の中に頑固とも思える強い意思を包んでいて、自分で決意したことを簡単に撤回する女性ではないということ。

 

「だから、ひろくん。一人で行くなんて絶対にやらせないからね?」

 

『どうしたの、ひろくん?』

 

「分かってる。もう一人で行こうとしないからさ」

 

『……本当にこれでいいのかって、今更だけど』

 

「信用できないからこうやって捕まえてるんだよ?」

 

『まだ抱いていないから間に合うかもと思ってるなら、無理だと思うよ』

 

 個別念話でのすずかとのやり取り。彼女を押し留める振りをして、すずかも即座にこうやって合わせてくれている。声帯を通して交わす言葉は、無茶をする男を強引にでも引き留める姿だけど……それも言葉や演技による遊びみたいなもの。

 

『それに……閉塞した環境を自分から壊すことも出来なくて、仮にやったとしてもその後の展望が持てないから尻込みしてしまう……。かつての私やアリサちゃんにそっくりだよね?』

 

『カリムさんがそれだけ自分を圧し殺していた。すずかはそう感じているんだね』

 

『だからひろくんにベルカの聖王の力を見てとった時、カリムさんは自分のこれからを賭けた。ほら、はやてちゃんも驚いていたでしょ? 別人みたいだって。家名も地位もなくした自分になったとしても、ひろくんは家族として自分を守り尊重してくれるって……私やアリサちゃんを見て分かったんだと思う』

 

 身体を差し出すことで心の平穏と自由を得る……。俺が無茶な要求はしないだろうという計算は入っているだろうけど、随分無茶なことをするものだと思う。はやてや皇貴から人となりを聞いていたとして、実際に逢ったことが無い人に自分の身を預けようと決められるものなのか?

 

「やろうとしてるコアの破壊が手早く出来るのは、大翔以外だと……早くに蒐集技能を受け取って応用もある程度身につけてるアタシやすずかか……」

 

「私も出来るけど、魔力量が少ないから出力足りなくてレジストされちゃうかもだしね……」

 

「アリシアや紗月は技術面は間違いないんだけどね。魔石で無理やりブーストするのも身体に負担がかかるから却下よね」

 

「それならば大翔様、すずかさん、アリサさんを中心に三組に分かれますか? 転移魔法は全員が身につけていますし、三人以外がサポートに集中すればより短時間で成果が上がると思います」

 

 自分からも案を出していくカリムさんに俺は思わず声を掛けようとするものの、そんな俺の口をそっと塞ぐ柔らかな手が伸びてきていた。

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 

「フェイト……」

 

「私や朱乃もこの何日間かで色々とカリムと話したよ。お兄ちゃんの輪に加わった新人同士、話も弾んでこうして『さん』付けをやめる程度にはなったんだ。ナハトとのラインを繋ぐのを受け入れる時点で、もうカリムに迷いは無いから」

 

 フェイトの言葉にカリムさんへと改めて視線を向けると、それに気づいてか彼女が微笑みながらこちらへと歩み寄ってきた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 数日前の私の決断は間違いなかったと思いながら、大翔様の家族に仇なした愚者達への報復を如何に速やかに済ませるか思考を巡らせる。

 

 最後の聖王、オリヴィエ聖王女の力を宿した方。切っ掛けが聖遺物から取り出したDNAを取り込んだからといっても、実際に大翔様は『聖者の印』を発現させてみせた。本来、聖王様の血筋に現れる虹色の魔力光にしても、大翔様の持つ元来の色、深紅の魔力光に内包されてしまっていると考えればおかしくはありません。この方が持つ稀少技能が受けた魔力に宿る性質等を写し取り、自分の力へと変えるものなのですから。

 

 『預言者の著書』による未来視の一節に、大翔様の記述があった時……いえ、その時には相手がまだ大翔様とは分かっていなかったのですが……私の心は歓喜に震えたのです。自分の置かれた環境に深い諦観がありながらも、どこかでこの現状を壊したくて自分で壊す勇気が持てない私にとって、それは希望の光に等しいものでした。囚われることへの怖さはなく、心の安息を得ることへの喜びが大きく勝っていたのです。それだけ、私が鬱屈していたということでもあるのでしょう。

 

「カリムさん……」

 

 出会って知ったのは、感情が意外と表に出やすい方だということ。今だって出会ってまだ数日の私が自分に尽くす道を選んだことを、このまま本当に選ばせていいのかといった苦悩や迷いが浮かんでいます。……本当に甘い方。けれど、そんな彼だからこそ救われ、彼を支え続けている人達がここには集っています。

 そんな顔をさせたくない。貴方の魔力はとても温かくて、そんな貴方の気質を守りその安らぎに包まれていたい。私はこの短期間でそう思えるようになりましたし、きっと他の皆さんはもっと強く思っているだろうから。

 

「大丈夫です。私は自分の意思で貴方に仕えたいと思い、この数日でそれは間違いなかったと思えました」

 

 企みなどを内に秘めるのが苦手ということにもなりますが、感情を殺す──こちらの言葉で『仏頂面』と言うそうですね──それは出来るとのことなので、謀略が必要であれば私達が務めればいいだけのこと。他にもそのつもりでいる方もいらっしゃるようですし。

 

「心配は無用です。私はこれからの生活が楽しみで仕方がないのです、ふふっ。さあ、大翔様の家族の敵を討ちに参りましょう」

 

 ここからは皆さんの動きも迅速なものに変わります。黒歌さんが私に変身魔法をかけながら、自分で唱えられる他の皆さんに幻術を使って魔力光の色も変えるように助言したと思えば、クアットロさんが自分達の関係者の犯行を匂わすように、姿を彼女達に似せるように依頼してきます。

 さすがに、クアットロさんの服のデザインは身体のラインが露骨に出てしまうということで反対の意見が上がったため、管理局の制服で揃えることに落ち着きます。魔力光の色もクアットロさんのエネルギー光と同じ緑で統一することになりました。

 

「……和気藹々なのに話してる内容はなんて物騒なんだよ……」

 

 女性陣の結束を甘く見てはいけませんよ、大翔様。皆、それぞれに怒っているんです。貴方が感じた怒りを鏡のように写して自分の怒りに変えて、貴方の敵を討つことに高揚感を感じていますから。

 

「お兄ちゃんには、私と朱乃がつくよ。私も直接痛い目に遭わせたい奴がいるしね……」

 

「私には、カリムさんと黒歌ちゃんだね。今回限りはフェイトちゃんにひろくんの隣を譲るとするよ」

 

「アタシにはアリシアと白音ね。二人とも補助は任せるわ」

 

 なお、変身魔法の造形はクアットロさんによく似た人がたくさんいる感じになっています。自分で言い出しておきながらなんとも複雑そうな顔をしていらっしゃいますが、後から後悔しても遅いですよ?

 

「お、同じ顔の人が一杯だよ、エリオくんっ」

 

「いや、キャロ。どう見ても変身魔法か何かだろ……?」

 

「ユ、ユーノくん! クアットロさんがたくさんいるの!」

 

「……なのは、エリオが言ってた言葉聞いてた?」

 

 次元封鎖が完全に終わる前に、高町さん達が保護した二人の少年少女をミッドから連れ出してきたようです。ちょうど強襲に出かける直前の私達とばったり会った状態ですが、反応が全く女の子と一緒ですよ高町さん。

 

「クアットロさん、ユーノ、すぐ戻る。ファリンにお茶でも淹れてもらって待っていてくれ」

 

「はいはい~。こっちは封鎖状況の進捗を見ておきますよ~」

 

「大翔も何かあればすぐに連絡ちょうだい。ばれない程度にフォローはするからさ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「がはっ……!?」

 

 背後から一気にコアに直接触れ、握り潰すように砕く。再生など二度と出来なくなるように粉々に。ひろくんの家族を、フェイトちゃんを傷つけた報いを一生悔いればいい。幻術で私達の姿が見えないとはいえ、転移時にどうしても魔法陣は現れる。その魔法陣に驚いた数秒で充分に目的は果たすことが出来る。

 

『次のターゲット、行こう。緊急通信する隙は与えてないけど、さっさと終わらせるに限るよね』

 

『すずかさん、お見事ですわ……次はこの男ですね』

 

『転移魔法、発動するにゃ』

 

 カリムさんの様子にも動揺は無い。それだけひろくんに本気になったということだけど、ひろくんの魔力は特定の相手がいない女性に対して求心力が強過ぎるよね。朱乃さんの言う通り、本当に気をつけないと……。

 

「転移魔法陣!?」

 

 次の人も本当、隙だらけ。驚く間にバリアジャケット展開するのが先と思うけど、ねっ。

 

「がふっ、ぐぅ……」

 

 破壊が終わり崩れ落ちる目標を見下ろしながら、こんな人たちがフェイトちゃんを潰す直前まで酷使していたのかと思うと……やり切れなくなる。ひろくんが言うように、私達にとっては管理局はどこまでも害悪でしかない。はやてちゃんは内部からの改革を目指しているけど、なのはちゃんが選ぼうとするように距離を空ける道を選んでくれればいいのにな……。

 

「貴様らは、一体……!」

 

 答えはせず、黒歌ちゃんが昏倒させるための一撃を放つ。私をフォローする黒歌ちゃんは他班とも連絡を取り合い、進捗を確認してくれている。

 

『白音や朱乃に聞いても順調なようにゃ。ただ、先に昏倒した奴らを部下の連中が見つけて、騒ぎになり始めたにゃ。各班あと一人か二人ずつ、さっさと片をつけるにゃ』

 

 黒歌ちゃんに頷き、私達は次の目標を捕捉し魔導師としての核を迷いなく砕いていく。ラスト一人となり合流した私達はフェイトちゃんが直接手を下すのを見届けることになった。

 

「ぐ、ぐあぁぁぁ!」

 

『お兄ちゃんみたいにまだうまく砕けないな……もういいか、無理やり魔力流し込んで強引に割ってしまえばいいよね?』

 

『いいんじゃないでしょうか、フェイトさん。二度と魔導師として復帰できなければいいわけですから』

 

「ぎゃあああああ!!!!!」

 

 蒐集技能は覚えたばかりのフェイトちゃん。リンカーコアへの干渉は出来たものの、抜き取りの応用で崩壊を起こさせるのはなかなか難しかったらしく、雷の魔力で無理やり砕いたんだけど……。

 

『内臓まで焼いちゃったかも。まぁ、怨みを晴らしにきたんだしいいよね』

 

 念話でのやり取りとはいえ、どこか飄々とした言い方が逆にフェイトちゃんが相当キていたんだなぁと思わせるものだった。敵対相手への容赦のなさは、ひろくんやプレシアさんの影響を受けたのかな。私も人のことは言えないけどね。



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第37話 猫属性と子供達

あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

年末年始は家庭の用事が多くて、かえって普段より更新が遅れてしまいました。
3日分の更新となります。


 勢い余ったものの殺めてしまっては同じ穴の狢。我に返ったフェイトさんは大翔さんの指示もあり、内臓をやられて心臓が止まりかけた相手にリンカーコア以外の部分へ回復魔法を施します。最後に電気ショックの要領で心臓の鼓動を戻し、気を失ったままではありますが命に別状がないところまで戻したところで、私達は再び海鳴に戻ったのです。

 

「お帰りなさいまし~。流石の早さですねぇ。あとは私達の仕業ということで、喧伝に使わせて頂きますよ~」

 

「宜しく頼むわ。こっちで映像は確認してたのよね?」

 

「バッチリですよぉ、アリサさん。フェイトさんが使った雷についてはぁ、こちらの陣営で鹵獲した成果とさせてもらいますけどいいですよね~? フェイトさん自体を洗脳してるとするか、あるいは彼女を解剖した結果とするかはドクター達と相談しますけどぉ」

 

「ごめんね、クアットロ。面倒をかけるけど……」

 

「いえいえ~。無能な上司への怒りはごもっともって奴で~。大翔さんのあの結界が無かったら、実際フェイトさんは壊れてたとしか思えないですしね……あっち側からは行方不明扱いになるでしょうし、その辺りを利用させてもらうだけですので~」

 

 変身魔法を解除しながら、アリサに続いてフェイトさんがクアットロさんに今回の件の後始末がややこしくなったことを詫びています。そして、大翔さんもお礼の言葉をかけたところ、持ちつ持たれつなのだからとさらっと流されてしまったあげく、逆に注文が一つ出たのです。

 

「大翔さんはそれよりもあのケモミミパワーを安定して使えるように、鍛錬に励んでくださいねぇ? もふもふが大嫌いな女はそういないんですぅ。早く他の人達にケモミミの普及を進められるように精進して下さいよぉ?」

 

 目が本気でした。クアットロさんは月村家の滞在が長くなったことで猫好き属性を得てしまったらしく……すずかさん程に無いにせよ、姉妹や友人に被り物などのつけ耳ではなく、本物の猫耳や尻尾をつけられる可能性が出来たと知って、鼻息を荒くしているようです。

 

「どうしてこうなった……」

 

「あ、あの……お兄ちゃん、お猫さんに変身できるの?」

 

「キャ、キャロ!?」

 

 頭を抱える大翔さんに問いかけたのは、強襲前に入れ違いとなったキャロちゃんという肩口辺りで切り揃えられた桃髪の女の子です。なのはさんやフェイトさんが保護していたという子供達の一人ですね。慌てて声を出したのはもう一人の男の子、エリオくんでしたか。同行した少女の突然の行動に慌てて制止に入ります。

 

「大丈夫、慌てる必要は無いよ。えっと二人ともさっきは急な用事があったから、挨拶が遅れてごめんね。俺は空知大翔。なのはやフェイトの古い友人だよ。大翔と呼んでもらえればいい」

 

 膝を下ろし少年少女の目線に合わせて、大翔さんは自分の名前を告げました。その言葉に二人ともわたわたしながら、返す言葉で自分達の名乗りをあげていきます。

 

「ごっ、ごめんなさい。キャロ・ル・ルシエって言います! こちらはわたしの使役竜のフリードリヒ、普段はフリードって呼んでます!」

 

「キュクルー」

 

 フリード違いですが、鞄から顔を出している白銀の子竜はどこか愛らしさを感じるものでした。彼女の言葉に合わせてちゃんと挨拶とばかりに鳴き声をあげています。

 

「僕はエリオ・モンディアル。なのはさんやフェイトさんから、貴方の話はよく聞いてました」

 

「む、それは怖いな。どんな話をされてるやら……」

 

「大丈夫です! いっつもお話を聞く時は、大翔さんがすごく優し……もがもが」

 

「キャロ? ちょ、ちょっと向こうの部屋でお話しようね?」

 

「エリオ、うまく説明しておいて欲しいの! お願いね!」

 

 子竜ごとキャロちゃんを抱え上げ、隣室へと素早く姿を消した二人を見て、エリオくんはため息を一つこぼします。大翔さんも苦笑いしながら、彼の今までの苦労を察して労うような言葉をかけました。

 

「どうにも、苦労していたみたいだね。兄代わりの立場として謝らせてくれ」

 

「い、いえ。キャロもそうですけど、二人とも天然なところがあって……任務中はピシッとしていてカッコいいんですけど。でも、なんだか聞いた通りの人で良かったです」

 

 二人の名誉を守る範囲でエリオくんが教えてくれたのは、おおむね私達が知る大翔さんの人物像を誇張表現込みで聞かされていたという話でした。そして、自慢の兄にいつか逢って欲しいと語っていたのだとか。

 

「なのはさんやフェイトさんを模擬戦で同時に捌けるって、どんな人だろう。そんな人いるのかなって思ってたんですけど……貴方を見て分かった気がします」

 

「模擬戦のお陰で全力全壊の二人が相手じゃないからね。勝つことに拘らないことで辛うじて何とかなってるだけというか」

 

「……普通、あの二人を同時に相手にする時点で、何とか出来るのがおかしなレベルです。捌くのを前提に話をする人なんて初めて見ました」

 

「一応、二人のお師匠役みたいなところもあるから、そう簡単に負けるわけにはいかないじゃないか。二人に負けないように努力し続けるだけだよ。目標であり続けるのも兄としての役割と思ってるからね」

 

 そんな大翔さんの言葉にエリオくんの瞳が驚きからか大きくなり、そして何か納得したように深く一度頷いています。

 

「なのはさんやフェイトさんが『私なんてまだまだだよ。もっと努力しなきゃね』って結構口癖のように言っていたのは、貴方の影響だったんですね……それに……」

 

 そこでエリオくんは今まで静かに様子を見守っていたユーノさんを振り向いて、再び大翔さんに向き直りました。強い意思を感じさせる瞳は、どこか大翔さんに重なるものを思わせます。

 

「なのはさんにはユーノさんがいる。だけど、フェイトさんは……」

 

 問いかけるような眼差しに、大翔さんは目を逸らすことはありません。私達に向けてくれる真っ直ぐな瞳で、エリオくんをしっかりと見つめています。

 

「大丈夫だよ、エリオ。君達を連れてくるようになのは達に言ったのは、俺がフェイトを受け入れると決めたからだ。フェイトにはもう二度と孤独を感じさせたりしない」

 

「大翔さん……」

 

「フェイトが弟や妹として君達を守りたいと思うなら、俺も全力で二人を守る。なのはにしたって、ユーノのパートナーだけども俺にとって可愛い妹分であることに変わりは無い。だから、同じことなんだよ」

 

 言い終わると大翔さんは照れ臭そうに笑います。つられてエリオくんも笑い、周りで話を聞いていた私達も笑みがこぼれました。身内と認識する者に対しては溢れんばかりの慈愛を注ぐ。付き合いの長さは関係なく、彼の中でそう位置づけられた人は全力で守り抜く──それが大翔さんの生き方。

 

「なのはさんから、こちらでお世話になるのだと話は聞いています。僕も正直、ミッドには拘りがあるわけでもないので……。どうぞ宜しくお願いします、大翔さん」

 

 大翔さんはエリオくんから差し出された手を、しっかりと両手で包み込み大きく頷きました。

 

「それと、僕にもどうか稽古をつけてください。僕もキャロやなのはさん、フェイトさんを守るために強くなりたいんです」

 

「ああ、俺で良ければ全力で君を鍛えよう。俺の家族も随分と増えてきた。もちろんこれからも皆を守っていくけれど、もしこぼれてしまうようなところがあれば、エリオが助けてくれると嬉しいな」

 

「……はい。遠慮なく任せてもらえるように、頑張りますから。僕だって男なんです。大切な人は自分で守り抜きたいじゃないですか」

 

 その言葉に大翔さんはエリオくんの頭を少し乱暴そうに撫で付けて、とても嬉しそうに笑います。そして、ユーノさんとも拳を合わせて、黙って頷き合って。……男の子の世界、って感じで、周りの私達はどこか置いてけぼり。話を終えて戻ってきたなのはさん達も、急に仲を深めた様子の男性三人の雰囲気に戸惑う表情を見せています。

 

「エリオくん、どうしたの?」

 

「大丈夫だよ、キャロ。大翔さんにこれから宜しくお願いしますって挨拶と、これから稽古をつけてくれるって聞いて、頑張らなきゃって自分に気合を入れていたんだ」

 

「えー!? 大翔さんが稽古をつけてくれるのなら、キャロもやる!」

 

「キュクルー!」

 

 そんな雰囲気をお構い無しに入っていったのは、キャロちゃんでした。フリードくんも一緒に鳴き声をあげて、自分も参加すると訴えているようです。

 

「大翔くん、あの」

 

「大丈夫だ、なのは。この子達は絶対に守ってみせるから。自分のけじめをつけて、海鳴に帰ってくればいい」

 

「う、うん。ごめんね、今見ている子達だけはしっかり最後まで見てあげたいんだ。でも、それが終わったら強引にでも帰ってくるし……エリオやキャロにも逢いたいから、出来るだけ早く目処をつけてくるよ」

 

 教導隊の今の教え子達をせめて一人前にしてから──それまでは管理局に、というのがなのはさんの願いでした。ユーノさんも内々での引継ぎがあるので、しばらくは戻りたいとのことでした。ただ、二人ともエリオくんやキャロちゃんの安全が確保できる場所を……という希望を大翔さんが快く受け入れた以上、必ず戻ってくると誓ったのです。

 

「次元閉鎖がまもなく終わりますけどぉ、海鳴への転移経路は適時変わりますのでぇ。というか、変えますぅ。なのはさん達がその辺りのデータが入った演算補助の魔法具をもらえない以上、基本的には迎えに来てもらうしかないと思っておいて下さいね~。海鳴の座標が分かってるからって不用意に飛ぼうとすると、次元の狭間で行方不明になりますからぁ」

 

「状況が落ち着けば仕事場にはこちらから通うことになると思いますので、私の方へ連絡頂くのが早いかもしれません」

 

「カリムさんの一件はこっちも噛むかも知れないのでぇ、二週間ぐらいを一つ目安と思っておいて頂ければ~」

 

 カリムさんとクアットロさんの言葉に、ユーノさんはなぜか唸り声を上げます。その理由を口にするのですが、なんともブラック企業さながらの発言が飛び出してきました。

 

「うーん。二週間では無限書庫の引継は終われないな。だから問題ないと思うよ。手当てを出すから、大翔も泊り込みで手伝いに来て欲しいぐらいだ」

 

「ごめんこうむる。なのはにでも頼んでくれ。いい並列思考の訓練になるだろ」

 

「にゃ!? とばっちりなの! ユーノくんや大翔くんみたいに、あんな同時にいくつもの本を開いて速読して内容をまとめ続けろなんて、すぐに頭が痛くなるんだから!」

 

 抗議の声をあげるなのはさんを軽くあしらうユーノさんのやり取りを横目に、大翔さんはキャロちゃんにもう一度声を掛けてから、猫又の力を発動してみせました。はい、例の猫耳と尻尾です。大翔さんの尻尾が出た瞬間、すずかさんが間を空けずに絡まりに行っている辺りは流石ですよね。

 

「わぁ……! すごいです! 本当に猫の耳です! アルフさんに狼の耳を触らせてもらったことがあるんですけど、また違うんですね!」

 

「ほれほれ、私も出せるにゃ」

 

「すごいです! もふもふです!」

 

 喜んで黒歌や大翔さんの耳や尻尾と戯れるキャロちゃんやすずかさん。小猫ちゃんはどこか呆れ顔になりながらも、すずかさんの懇願にやむなく耳や尻尾を出していました。

 

「大翔くん、わ、私もいいかな?」

 

「ああ。ほら、ここにも触ることに夢中でもふってる人もいるから、問題ないよ」

 

「にゃ、にゃははは……ほんとだ。フェイトちゃんも素直になったんだねぇ……」

 

 すずかさんに遅れながらも、大翔さんの尻尾をマフラーのように首に巻きつけてご機嫌のフェイトさんを見て、なのはさんも苦笑いです。次元閉鎖が終わり、転移経路のパターンを自分の記憶に叩き込んでいる大翔さんがなのはさんとユーノさんを送る時間になるまで、私達はファリンさん達が淹れてくれた紅茶を楽しみながら、しばしの癒しの時間を過ごしたのでした。

 ……余談ですけど、クアットロさんも三人に懇願した上で、耳や尻尾の感触をしっかり堪能していましたね。



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第38話 従姉弟やお節介な近所のおばちゃん

朱乃さん視点と、小猫ちゃん視点です。


 「初めてお目にかかりますわ。姫島朱乃と申します」

 

「貴女が大翔の新しく増えた家族? 私はエゥード。偽名よ」

 

 青色の長い髪につり目で秘書風の制服に身を包んでいる、私の目の前にいる女性。大翔さんの友人らしいのですが、いきなり偽名と言い切られてとっさに言葉が出なくなってしまう私です。

 

「しかし、大翔。ほんとに猫の耳に尻尾なのね……貴方のキャラの方向性、少しブレているのではなくて?」

 

「キャラの方向性って。そもそも俺はキャラ作りなんてしてませんよ、ドゥ……違った、エゥードさん」

 

「別にドゥーエと呼んでも問題は無いのよ。この部屋のセキュリティは私が完全に管理しているから、中にいる限り外に会話が漏れる可能性は無いもの。ただ、一応、廊下とかに出た時に、エゥードって呼んでもらえないと色々困ることになるから、名乗らせてもらったわけ」

 

 この方がクアットロさんの言っていた管理局に潜入中のお姉さん、ドゥーエさんで間違いはないようです。差し入れであるとか、通信を介さずに直接彼女に情報を伝えないといけないものなど、大翔さんがここ何年かメッセンジャーの役割を彼女達から仕事として受けているらしいのですが……。なお、翠屋の甘味は必ず毎回持参するのだとか。

 

「こう潜入が何年間も続くと、不意に元の自分を知っている人と無性に話したくなることがあるのよ。自分はドゥーエって認識してるのに、エゥードをやってるのが長くなり過ぎてぐちゃぐちゃになりそうになるのよね」

 

 大翔さんの尻尾を指で遊びながら、そんな愚痴を漏らすドゥーエさん。今の姿も彼女の先天固有技能で、偽装した姿なのだそうです。髪色を変え、目元はやや元よりきつ目にして、体型も現在の上司の好みを反映して若干グラマラスにしているとのことでした。

 彼女の場合、技能が働いている間は変装の枠を超えて骨格すら変えてしまうので、毎回身体の重心が変化したり、色々不自由なこともあるそうです。

 

「お陰で今の身体は肩が凝るのが早いこと。貴女も分かるんじゃない?」

 

 サイズからすると、殆ど私と変わらないでしょう。確かに凝りやすい部分はありますが、ここ最近の鍛錬のお陰で身体が強くなってきたお陰か、随分とマシになってきていたりします。人に比べて身体が強い悪魔や堕天使が鍛錬に身を入れるのだから、不思議でもなんでもないとは黒歌の弁でしたね。

 

「はい、普段の手入れは欠かせないですね」

 

「その辺りは大翔がいるもの、ストレッチや疲労回復については心配ないでしょう。必要になれば裏技で鍛錬の時間も確保出来るものね。あー、大翔。そこそこ。しっかり解してちょうだい」

 

 話している間に大翔さんは彼女の首周りや肩の按摩を始めています。疲労回復を促進するように仙術の気も併用しているようで、ドゥーエさんは本当に気持ち良さそうに頬が緩んできていました。

 

「技能はもらわないにしたって、大翔の魔力を通してもらうと、半人半機のこの私でも体内のエネルギーの流れが整うのよね。デバイス作りとかそっちにも精通してる影響なのかしらねぇ、こっちは助かるからいいのだけど……」

 

「気も覚えたので、生体部分にはより効き易くなってるはずですから」

 

「リラクゼーションサロンでも開業したらどこでも食べていけるわね。うん、もう肩が軽くなってきたもの……ほんとにあの三賢者もとい、三患者を相手してると余計に肩が凝るのよね。まぁ、あと半年以内の辛抱だわ」

 

「海鳴駅近くのあのマンションの最上階は未だにずっと押さえてありますから。クアットロさんが月村邸と交互に使ってますし、ドクターやウーノさん達も翠屋や温泉滞在の拠点にしてるのは変わりないですよ」

 

「ええ、この潜入任務が終わったら半年は絶対に休んでやるんだから。拒否なんてさせないわ。大翔もそろそろお酒解禁でしょ、付き合いなさいな」

 

 クアットロさんやドゥーエさん達とは長い付き合いらしく、知り合ってからもう10年弱になるのだとか。

 最初は家族と家族以外への態度を明確に分けていたドゥーエさんとは合わない部分も多かったものの、大翔さんの家族への考え方が自分と非常に似ていたことや、彼女の姉に当たるウーノさん──私はお会いしたことはありませんが──そのお姉さんが大翔さんに自分の先天固有技能を複写させたことを知り、自分の姉が見込んだ人間ということで、腹を割って話をしたり戦ってみたりした結果、今のような関係に発展したのだそうです。

 

「可愛い従姉弟みたいなものなの、大翔は。敵に関してはとことん容赦のないこの子が、あれだけ綺麗な女の子達……すずかさんやアリサさん達、貴女もそこに加わったわけだけど。その子達に本気で言い寄られているのに、彼女達の気持ちを信じきれずにいつでも一人で生きられるような準備をしていたりするような、女に対してものすごく臆病なところがあったり……。ものすごくしっかりしている部分ととても危うい部分が一緒になっていて、ウーノも私もどうにも気にかかる、そんな男の子なのよ」

 

「勘弁してくださいよ、ドゥーエさん。そもそも以前の話じゃないですか……」

 

「その子にとったら余計に気になると思うわよ。貴方の過去話だもの。貴方をより深く理解したいと思うからこそ、こういう話は貴重なものなの」

 

 はい、私にとっては非常に有難い話です。また、大翔さんが恥ずかしさに悶えそうになっているのも可愛い姿に映りますから、二重のお得感がありますよね。大翔さんはこの後、ドゥーエさんの機械部分の整備も済ませたのですが、その間もさらに色んな話を聞くことが出来ました。

 すずかさんに勧められ、なのはさん達を送る大翔さんのサポート役として同行させて頂きましたが、戻ったらすずかさんにも改めて御礼を伝えるとしましょうか、うふふ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 厄介なことになりました。部長からのメールで、夕方に支取生徒会長と一緒に温めればそのまま食べられる夕食を持っていく旨と、もし寝てたら冷蔵庫に入れて帰るからと文面が送られてきたのです。

 

 寝ている私を起こさないように、というのは部長というより会長のアイデアと思えました。どうしても心配だから様子を見に行くという部長への助言に加えて、部長の先走りを抑えるために同行するところまで、安易に予想出来ます。

 部長は多分、私の一人で休ませろメールを、人恋しいけどわがままは言えないから遠慮している……と解釈したんでしょう。斜め上の勘違いなんですけどね。部長が寂しがりやなところがありますから、自分に当てはめて考えてるんでしょうね。いい人……違った、悪魔なんですけど、お節介な近所のおばちゃんみたいな感じです。

 

 ……絶対に言いませんけど。滅びの魔力をぶつけられてもたまりませんから。いつまでも部長に保護された頃の甘えたがりな私はもういないんです、残念ながら。

 

「じゃあ、あと一時間もしたら一旦戻らないとにゃ」

 

「ええ、黒歌姉さま。あと、魔力か変身魔法で細工も必要ですよね……」

 

 数日前まで140センチも無かった私の身長は、猫ショウの力を受け入れ始めたことにより、すぐに伸び始めていました。今の所、一日1センチ前後のペースで伸びてきていますから、145センチ弱になっています。

 あとはけしからん双子山を持つ姉さまの予想も当たり、バストやヒップラインも丸みを帯び始めていて……一気に成長期に入っているような状態でした。ファリンさんには本当にお世話になってしまってますし、アリシアさんにもたくさん服をお借りしてしまってます。……可愛い系のデザインが多くて動き難さというのはありますが、そこまで言うのはわがままでしかないですから。

 

「念のため、毎日の成長比較記録を取っておいて良かったにゃ……自分がどれくらい大きくなってるか確認出来るし、変身して数日前の姿に戻る時も微調整できるにゃ」

 

「こっ恥ずかしいので止めて欲しかったですけど、まさかこんな形で生かされるとは……」

 

「おーい、早めの食事が出来たぞー」

 

 調理場に入っていた兄さまやすずか姉さま達が大皿をいくつもカートに乗せて戻って来ます。私の話を聞いて、早めの夕食にしてしまおうと動いてくれたのです。

 

「エリオやキャロのこともあるし、カリムの一件がどう動くか分からないから、アタシやアリシアはこっちに残るわ。クアットロから相談事があってもすぐに対応できるしね」

 

「白音ちゃんのマンションの屋上で待機するのは、黒歌ちゃんとひろくんと私と朱乃さんかな」

 

「お、お兄ちゃん、私も……!」

 

「フェイト……学校の予習、復習は?」

 

「ううっ……」

 

「まぁまぁフェイト。お姉ちゃんがしっかり教えてあげるから、早く追いついてひーちゃんのスクランブル出動に同行出来るように、ここは踏ん張りどころだよ」

 

 フェイトさんは仕事の兼ね合いで明日が久し振りの登校。学習面が遅れてしまっているので、今日はお残り確定です。

 私にとってもありがたいのが、兄さまやすずか姉さま、朱乃先輩を始めとして成績優秀な先輩にあたる人が複数いるというこの環境。兄さまが忙しくても、アリサさんであるとかアリシアさんに聞くことが出来る。しかも苦手教科は作らないのが兄さまの方向性らしく、その辺りはすずか姉さまを始めとして互いに競い合うことで徹底しているからか、優秀な家庭教師さんの中から自分で合うタイプを選べる……なんて感じだったりします。

 

「聞きやすいのはありがたいです、本当に」

 

「これまでは私か祐斗くんのどちらか、という感じでしたものね。リアスも成績はトップクラスなのだけど、いかんせん教えるのには向いてないというか……」

 

 部長は天才型なので仕方ないところもありますよね。あ、この燻製ベーコン、すごくいい香りがします。え? 兄さまの趣味の一環? 食に対しての拘りが強いのは素晴らしいことだと思います。美味です。

 

「今度一緒にやってみるかい? 手間はかかるけど、出来上がったものを食べる楽しみも格別なんだ。あ、そうだ。アザゼルさんにも持っていってみようか」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい、兄さま。アザゼルってあの堕天使勢力の総督のアザゼルですか!?」

 

「あ、言うの忘れてたにゃ。そうそう、大翔はあの総督とも懇意の間柄にゃ。朱乃の家族仲を修復する過程の中で、大翔が色々動き回った結果だったはずにゃ」

 

 朱乃先輩も頷いているということは間違いないのでしょう。確かに朱乃先輩も堕天使の力を躊躇いなく使うようになっているので、絶対に兄さまが絡んだとは思っていましたが……。

 

「さ、き、に、な、ん、で、い、わ、な、い、ん、で、す、か!」

 

「にゃー!? いだい! いだいにゃ! 悪かったにゃ!」

 

 ど忘れしてた姉さまには灸を据えてっと。ぐりぐり拳ですからね、痛いに決まってます。

 

「うう、いつの間にか暴力系妹にクラスチェンジしてしまったにゃ……すずかぁ」

 

「よしよし、でも、大事なことだもの。伝わってなかったら、白音ちゃんも怒っちゃうよ?」

 

 すずか姉さま、撫でながら諭してもその黒猫は聞きませんよ。もう顔がふやけてますし、全くもう。

 

「正直、私もお父様との関係が修復できたのも急なことだったしね。大翔さんやアリシアさんがいなかったら、こうやってお父様のことを口に出すことさえ嫌がっていたままだったはずだもの」

 

 話を聞いて正直言葉が出ませんでした。まさか霊体とのやり取りまで出来るなんて、本当に何でも屋ですね兄さま。再度実体化する計画まで進行中ですか。そりゃ朱乃先輩が大翔兄さまにここまでべったりになるはずですよ。

 恩人で、恋人とか自分の身内にはとても優しく穏和な性格で懐も深く、とっても床上手で……。

 

「兄さまがこれでハンサム系だったら、もっとマズいことになってましたね……」

 

 ここにいる女性陣は、外見に極端に拘らず相手の全体を見ようとする人達ですし、まぁ、あれだけ癒し効果の高い魔力や気を持っていると分かれば、異形の力を持つ女は引きつけられる者も多いでしょう。

 部長はあのままイッセー先輩に執心しておいてもらわないといけません。朱乃先輩同様、私だけを見てという傾向が強いです。朱乃先輩は同じタイプでありながら兄さまの身と心の安全を重視して、複数の女性が兄さまと共にあることを受容したすずか姉さまを見ているから、自分を律しながら夜ははっちゃけて思い切り甘えることでバランスを取っているようですけど。

 ……ただ、オカルト研究部の他のメンバーや、生徒会の皆さんには絶対に見せられない姿です。一度、翌朝に弄ったところ、本気の雷光が襲い掛かって来たので二度とやりません。本気で炭にされかけました。

 でも、あの蕩けきった表情で、もっと子宮を躾けて欲しいと懇願したり、自分からおねだりしてお尻をぶたれて悦んだりとか、本当に兄さまに堕ちきった雌の顔になっているのを見ると、『……堕ちたな』と机で両手を口の前で組みながら呟きたくなる衝動に駆られてしまいます。そうでした、すずか姉さまが映画版を見せてくれると言っていたので、楽しみにしていましょう。

 

 ……私も、いつかああなっちゃうのかな。恐ろしいのは、それでも兄さまは私達を捨てることはないと確信が持てるから安心して堕ちてしまえることと、朱乃先輩は毎回とってもとっても気持ち良さそうで、こっちまでお腹の奥がじんじんしてくるんです。

 本当に恐ろしい人ですよね、兄さま。何が怖いって、本人は陥落させるつもりはないところです。でも、来る人は拒まない人ですから、周りで制限しなきゃいけないってのが良く分かってきました。

 

 そういえば、カリムさんも次の週末ぐらいにシェイプアップが完了しそうと言ってましたね。すごい熱意で身体を絞り、磨き上げていますから。カリムさんだけじゃなく、朱乃先輩もさらに色香も増しましたし、とても綺麗になっています。

 兄さまの周りにいる人はたいてい綺麗になるんですよね。心身がいつも整えられていると、自然と魅力的な女になっているというか。手入れに気を使うのが当たり前という雰囲気も含めて、月村邸はほんと魔境です。その環境にたっぷり浸かってる私も大概手遅れだってことも、自覚してるんです。




次回、部長と会長vs小猫ちゃん(+待機してる他四人)


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第39話 予期せぬ遭遇

部長と会長が登場します。


 「小猫、大丈夫? 急に体調を崩したみたいだけど、明日は来れそうなの?」

 

「リアス……病気の後輩に矢継ぎ早に質問をぶつけてどうするのよ……。はい、塔城さん。台所をお借りして温かいうどんを用意したの。盆に乗せているからそのまま食べたらいいと思うわ」

 

「ありがとうございます、部長、会長。頂きますね」

 

 支取生徒会長──まぁ、関係者だけの時はソーナ会長とお呼びすることが多いですけど──が来てくれたのは正解でした。幻術と変身魔法の併用で、少し体調の悪い自分に見せられているはずですが、いつもの調子でガンガン話しかけてくる部長に歯止めをかけてくれます。仮病なのが申し訳ないとは思いますけど、黒歌姉さまの本当の気持ちであるとか、私にとって結界内での数日は必要な時間だった。だから、私は体調の悪い自分をしっかりと演じるだけです。

 おっ、特盛サイズの月見うどんとはなかなか分かっていらっしゃる。熱々で美味しいです。ちゃんと卵も白身になっていますし、さすが会長ですね。料理は上手なのに、なんでお菓子作りだけは大失敗してしまうんでしょうか。眷属の皆さんはお疲れ様です。

 

「朱乃も急に一週間程度学校を休むことになって、小猫も体調崩したとなってはオカルト研究部もほとんど開店休業状態よ。イッセーの契約取りのサポート程度ね、やってることにしても」

 

「リアス、静かに食べさせてあげることは出来ないのですか……全く」

 

 大丈夫です、会長。食べることに夢中ですから。といってもお腹は満たしてから部屋に戻ってきているので、実は振りですけど。

 

『にゃにゃ、感度良好にゃ』

 

 うどんを半分ぐらい食べ終わる頃に姉さまから念話が飛んできました。大翔兄さま達の魔法体系では基本技術らしいのですが、次元を超えても互いの魔力や技能次第でやり取りが可能という、奥が深い技術です。黒歌姉さまも次元越えでも問題なく会話出来るようにと、随分と熱心に取り組んでいたのです。

 

『海鳴のアリサ達とも無事、念話が通じたにゃ。次元を越える場合は転移と同じく座標計算をしっかりしないといけないし、感覚で何となくが出来ないのが面倒にゃ……』

 

『むしろ感覚で仙術や妖術を使いこなせる姉さまが怖いです』

 

『えー? 自然の気の流れをそのまま生かすか、ちょちょいと弄るだけの話だにゃ。ただ、座標計算は感覚では出来ないからにゃぁ……』

 

 これだから天才肌って人は……いえ、都合の良い時だけ悪魔になる猫ショウでした。言葉にしてみると、ますます性質が悪い気もしますね。

 

『うどんを熱心に頂いてる振りをして……いえ、実際美味しいんですけど。部長の愚痴も適当に流してるので、こちらは問題ありません』

 

 目の前で部長から色々話しかけられてますが、適当に生返事を返しておきます。問いかけだけには反応して、曖昧な答えにしておきます。『今の体調では分かりません』という趣旨で答えておけば、正式な回答を先送りにも出来ますから。

 兄さまから魔力を通じて基礎を教えてもらえた、マルチタスクって便利ですよね……これだけでも、兄さまを知り合えたことが大正解と思えます。二つの思考を同時に出来るだけで随分と色んな取組みへの効率が変わってくるわけですから。目指すは三つの並列思考ですが、時間換算で二週間ぐらい先に取り組んでいる朱乃先輩も三つ目の並列思考の完全獲得までは至っていませんから、これはじっくりと訓練するしかありません。

 

 なお、感覚でモノを覚える姉さまは四つ目の獲得に挑戦中です。……羨ましくなんかありません、ありませんから。なお、すずか姉さまやアリサさん達は五つ、兄さまは二桁だそうです。目標はお姉さま方と並ぶ五つですね。それ以上は、個々の才能にも拠ってくるのだとか。

 

『こっちはちょっと面倒なことになってね~。とりあえず事態は収まったけどにゃ』

 

『一体、どうしたんです?』

 

『……私を賞金首みたく追ってきた悪魔達とかち合ったにゃ。大翔が瞬殺してね、カッコ良かったにゃけど、その様子を手薄なグレモリーの代わりに警邏してたシトリーの女王に見つかっちゃって……。そっちには連絡させないようにとりあえず拘束してるんだけど、大翔にまた迷惑かけちゃうにゃ……』

 

 確かにまずい事態、ですね。でも、大翔兄さまにすずか姉さまもいるのであれば、対処はなんとでも出来る気がします。なにせ、通信を黒歌姉さまに任せているということは、兄さまが既に対応に入っていると考えるのが自然で……。

 

『もう、黒歌ちゃん。心配ないよ、この女王さん……真羅さんだっけ、もいざとなれば心理操作で記憶をぼやけさせてしまうから。あ、瞬殺といっても、衝撃で気絶させただけだし、襲撃者の記憶はもう処理したよ。明朝ぐらいに目覚めたら、黒歌ちゃんを発見したけど逃がしてしまった──そんな感じになってるから』

 

 案の定、すずか姉さまが私達の念話に加わって、既に動いていることを教えてくれました。兄さまの戦いぶりを嬉しそうに解説してくれました。障壁で複数の同時攻撃を全て防ぎ切った直後に、視認困難な速度で人数分放った無属性の砲撃魔法により顎を揺らして、あとはその間に背後に回り込んだナハトがこつんと頭を小突いて気絶させたのだとか。

 避けられないぐらいの速度でかつ的確に顎に当てるとか、兄さまは射撃や魔力操作の訓練をどれだけ重ねてきたんでしょうか。フェイトさんのお母さまが厳しい方で訓練に妥協を許さないとは聞いていますけど、内容を聞いた皆さんの顔が青ざめるぐらいと言いますから……ちょっと想像したくないですね。

 

「そんなわけで今日は帰るわ。小猫、明日来れそうだったらメールちょうだいね?」

 

「はい分かりました、部長」

 

「お大事にね、塔城さん」

 

「今日はありがとうございました、会長」

 

 多分、時間を空けずにお会いすることになりますけどね、会長。言わぬが花というやつです。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「むー、転生組がいるから期待したけど、騎士はいないみたいだなぁ。兵士ばっかりだ。ただ、これはこれで助かる。兵士の駒の性質が分かったしね」

 

 蒐集技能を使って、気絶させた襲撃者達の内で所有している者がいた兵士の駒へ接触を試み、解析を終えた大翔さんは一回、二回と頷いて自分を納得させていました。

 

 襲撃者は四名。あっという間に意識を奪った大翔さんとナハトのコンビですが、間の悪いことに遠目からとはいえソーナ生徒会長の眷属である真羅副会長に見られてしまって、私や黒歌は幻術や変身魔法で姿をごまかしつつ、詰め寄ってきた彼女をひとまず拘束したのです。

 

「隠す必要ないと思うよ、二人とも。念話で白音ちゃんにも言ったけど、この後の話次第で干渉するつもりだし」

 

「まぁ一応、この子の主が合流するまではとりあえずこのままでいるにゃ」

 

 すずかさんの声はいつも通りですが、敵対するのであれば容赦なく記憶を書き換えるつもりだと言い切っています。大翔さんの敵は迷いなく排除する……すずかさんがずっと徹底していることで、絶対にこの人を守るという意思を持ち続けているのです。

 

「すずか、まだ分からないだろ? 念話で彼女の主に声をかけたけど、もう一人のお連れさんには悟られないようにしてみせたじゃないか」

 

「冷静だよね。さ、白音ちゃんの部屋の前で落ち合うって話だから、私達も行こうよ」

 

 副会長は魔力による猿轡に、手足を拘束魔法で動けなくされている状態です。外そうと懸命にもがいていますが、拘束の輪が着用者の魔力を蒐集する効果も持ち合わせていて、足掻くほどに加速的に疲労感が強くなるという代物になっていました。

 そんな彼女は私も使ったこともある風魔法の応用で、椅子に座るような格好で私達と同じぐらいの目線まで浮かされ、そのまま私達の移動に伴い追尾する状態です。

 

「暴れるとどんどん魔力を吸われていくよ。貴女の主と合流したら、拘束を外すから大人しくしていてくれると助かる。あ、その空気椅子、寄り掛かることも出来るから。信じるかは貴女次第だけど、椅子に座ってるような感覚があるでしょ。背中についても同じことだよ」

 

「ぷはっ、し、信じるとでも……きゃっ!」

 

 椅子に座らせられた副会長は猿轡を外されて、早速抗議の声をあげようとするのですが、悪戯大好き黒歌がすぐに彼女の肩を押し、見えない背もたれに寄り掛からせてしまいます。

 

「えっ、嘘、この感触……ソファーの背もたれみたいな……」

 

 驚きに彩られた彼女の表情に、黒歌が目を輝かせて大翔さんに詰め寄ります。副会長を実験台にしたんですね、この駄乳さんは全く。

 

「大翔、大翔! 私も自動追尾空気椅子座ってみたいにゃ!」

 

「うん、いいよ」

 

 早口で二、三言呟いた大翔さんは、黒歌を誘導し透明の椅子の位置を示します。背もたれなどの感触を確認した黒歌は楽しそうに腰を下ろしてはしゃぐ始末でした。

 

「ふかふかのソファーに座ってるみたいにゃ。これはすずかの部屋のソファーと遜色ない座り心地にゃ!」

 

「お褒め頂き嬉しゅうございます、お嬢様」

 

「うむ、苦しゅうないのにゃ!」

 

 そんな芝居めいたやり取りをしながら、私達は小猫ちゃんの部屋の前へと移動していきます。辺りへの認識阻害の結界を展開しながらの移動ですが、結界の効果範囲を常に調整するって結構、いい訓練になりますね。

 

「認識阻害の結界を張っていても急激な力の動きに対しては、今拘束させてもらってる彼女みたいに察知されたりするみたいだけど、ただ、一般の人が入り込まないようにするのを考えると、可能な限り展開し続ける方がいいね」

 

「はい、そうで……あっ!?」

 

「大丈夫、無理に返事をしなくていいよ。俺もちゃんと見てるから、制御をしっかり出来るように心がけてみて」

 

 移動式の結界って常に演算が必要な状況なので、綻びが出そうになるのですが、その辺りを大翔さんがフォローしてくれるので本当に助かります。並列思考の一つを完全に結界維持に割いて、それ以外の意識で副会長の様子を見るのですが……あら?

 

「わ、私、このまま連行されて……前に読んだアレで見たような感じで、強引なのに優しく奪われてしまうのかしら……この女の人達は既にこの人のモノみたいだし、でも……」

 

 背もたれに寄り掛かり、不安そうな顔をしながらどこか期待を持ったような瞳をして、なにやら呟いています。漏れ聞こえる言葉の内容からは、何か過激な少女漫画でも読んだことがあるのでしょうか。副会長とはそこまで深い交友があるわけではないので、彼女の趣味までは分からないのですが。

 

「にゅふふ。変に乱暴にされないからって、疑心暗鬼になってるかにゃ?」

 

 ちょっと違う気がしますよ、黒歌。結界維持に多くの意識を割く私は下手に突っ込みも出来ず、小猫ちゃんのマンション前に辿り着く頃には入口前に立っている小猫ちゃんと支取会長の姿がありました。認識阻害の結界も極端に強度が高いものではないため、あちらも私達を難なく視認できたようです。

 

「会長、申し訳ありません……」

 

「怪我が無いようで何よりです、椿姫。……彼女を離してもらえませんか」

 

「いくつか条件を飲んでもらえるのなら、すぐにでも」

 

「そちらが私の脳に直接伝えてきたように、他の眷属は呼んでいません。話を聞くのはこちら側は私と椿姫のみ。それでいいのですよね?」

 

「はい、こちらも明確に敵対されない限り、そちらや貴女の大切な仲間を害する意思はありませんので」

 

「……今はその言葉を受け入れるとしましょう。それにしても、見事な魔力制御ですね。風の力とは思いますが、椅子のように出来るとは」

 

 会長は魔力制御においては、若手悪魔の中でも一歩も二歩も先に行っている方。それだけに大翔さんの魔法を見て、感じる所があったようでした。

 

「水、あるいは風属性を扱える素養があれば、鍛錬次第で出来るようになりますよ」

 

「……私も水の扱いは得意としていますが、そこまで形状を安定させるとなると相当な魔力を消費しますし、また長時間維持できるかとなると何とも言えませんね」

 

「術者の自動追尾機能もついてますしね……才能の無駄遣いですよ、ある意味。部長は帰りましたし、そろそろ外も冷えてきました。部屋に入りましょう、みなさん」

 

 小猫ちゃんの勧めで、彼女の部屋へと移動する私達。その間、会長が小猫ちゃんに部長への裏切りを指摘するような声をかけますが、小猫ちゃんはどこ吹く風。部長を裏切ってなんていません、としれっと返してみせたのです。

 

「さてと、温かい飲み物も入れてもらったところで……まず、急に彼女を拘束させてもらった理由なんですが」

 

 部屋の中へと入った後も、手足を拘束された副会長はすずかさんの隣に連れられ、会長は私達と一人で相対する形となっていました。空気椅子の高さ調整も施され、座椅子に座るような格好になった副会長と黒歌ですが、その変化の早さにまた会長や副会長が驚きの色を見せます。

 

「二人とも、もう解いていいよ」

 

 幻術などを解いた途端、会長や副会長の顔がさらなる驚きに染まります。現れたのは、私と猫耳や尻尾を隠さない黒歌。そして、耳や尻尾を出した小猫ちゃんです。

 

「えっ……!? 姫島さん!?」

 

「それだけではありません、椿姫。SS級はぐれ悪魔の黒歌まで……! 塔城さんの姉とは聞いていましたが、まさかこんな形で会うとは思いませんでしたね」

 

「あ、悪いけど、もう悪魔じゃないにゃ。ほら、僧侶の駒二つ、もう身体から取り出されてるにゃ、このとおり」

 

 黒歌が指でつまんで揺ら揺らと揺らす僧侶の駒二つも目の当たりにして声も出ないという感じで、目を限界まで見開いてしまうお二人。ただただ驚愕に支配されている二人へと、大翔さんが声を掛けます。

 

「見ての通り、朱乃や黒歌さんや白音ちゃん、そちらだと小猫ちゃんでしたか。三人とも、俺の大切な家族となる人達です。そちらの……えっと、真羅さんでしたか。彼女に黒歌さんへの追手を無力化するところを見られてしまったので、やむなくこんな形で強引に話をさせてもらう場を整えさせてもらいました」

 

「ちょ、ちょっと待って下さいね……少しだけ自分でまとめる時間を下さい」

 

 眼鏡のブリッジ部分に指を当て、瞳を閉じて深呼吸をする会長。どこか呆然としたままの副会長。彼女の拘束輪はすずかさんの手により外されますが、それでも彼女は脱力したまま動けない状況でした。




ただし、部長はチョイ役なのであった。悲しいけど、これ(ry


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第40話 交渉

仕掛ける会長。周りの反応は素早い。


 「ふぅ……少し混乱してしまいました。覚悟をして聞きますから、貴方のことや姫島さん達との関係を説明頂けますか? 黒歌の件については聞いてから判断させて頂くとします。こちらに害を与えるつもりはどうやら無いようですし」

 

「その通りにゃ。私は大翔やすずかの飼い猫でもあって勝手に攻撃したら捨てられてしまうし、こちらから仕掛けるつもりは無いにゃ」

 

「か、飼い猫? いえ、それは私が気にすることでは無いのでしょう……椿姫、拘束はもう解けてるわよ。しゃんとなさいな」

 

「えっ、あっ、申し訳ありません、会長!」

 

 会長の掛け声で透明の座椅子の上で正座の姿勢に変わる副会長。その際にぷるんと揺れてしまった両胸に対して、私とすずかさんが即座に大翔さんの視界を手で覆うことで見せないように動きます。すずかさん以上私未満の彼女は相当な破壊力を持つと判断し、大翔さんの気持ちは別にして、あまり視界に入れたくないという気持ちがありました。

 

「……うふふ、貴女達は本当にその人が好きなのね」

 

「はい、ひろくんは私や朱乃さん達の旦那様ですから」

 

「……えっ、ね、姉さんの声にそっくり……?」

 

「どうか、しましたか?」

 

「い、いえ。姉の声と非常に似ていたもので。ただ、貴女の方がとても落ち着きがある感じです。姉も貴女のような落ち着きを多少持ってくれれば……すいません、これでは愚痴ですね」

 

 会長のお姉さんといえば、四大魔王の一柱であるセラフォルー・レヴィアタン様。元々、会長と同じシトリー家の出身ですが、魔王を襲名する際に家の相続権を悪魔界のルール上失っているのです。

 あの方はシトリー家によく発現する水や氷の魔力を膨大な威力を持って使いこなす優れた術者なのですが、それよりも有名なのが、アニメで登場するような魔法少女のコスプレが大好きで平時からその服装を着用していることでしょうか。

 よっぽどの正規の式典でも無い限り、その格好を貫くというのですから拘り様が尋常ではありません。また、絶対的強者の一人ですからあまり強く言える方も少ないのですよね……。

 

 氷属性が得意で変身するとなると、すずかさんもバリアジャケットを着用するので近いものがありますが、極端に魔法少女色が強い格好でも無いですし……。

 

「朱乃さん、不思議そうにこちらを見てどうかした?」

 

「いえ、バリアジャケットのことを考えて……」

 

「あ~。確かに、あの格好も魔法少女っぽいかな。魔導師になった頃から、基本はあのデザインだからあまり気にしてなかったけど。スカートの丈を調整したり、ズボンタイプに変えたりするぐらいだもんね」

 

 可愛さを重視するならあのレースの入った桃色のスカートでしょうけど、接近戦もこなすすずかさんの場合は動きにくくなることもあるからと、バリアジャケットの細かな形状を場合によって変化させています。模擬戦の際にも幾度かお見かけしていますから。

 私の場合は巫女服がやはりしっくり来ることもあり、実質それをバリアジャケットとして採用しています。ここにはいないフェイトさんはレオタードのような薄い装甲の高速戦用形態を実質封印してしまって、軍服調しか使わなくなっていたりとか。けれど、夜の寝台の上では高速戦用形態にあえてなることもありますね。大翔さんにしか見せたくない……そういうことなんでしょうし、着衣プレイというアリシアさんの入れ知恵でしょうね。

 

「えっと、改めてまずは自己紹介からかな」

 

 お互いに名乗りを交わし、また会長側のこの後の予定を確認します。二、三時間後には会長や眷属のほぼ全員で暮らす館に帰るということでしたので、大翔さんがいつもの封時結界を展開しました。

 

「……全く、私も制御能力は相当磨いてきたつもりでしたが。空知さん、貴方は本当に優れた術者なのですね。結界内の時間経過をここまで遅らせられるとは、アガレス家の者でも出来るかどうか……」

 

「一応、得意な系統なので。あと、鍛錬時間が物理的に足りない時とか便利なんですよね。頼り過ぎるのは良くないと思ってるんですが……」

 

 封時結界で時間を確保した後は、踏み込み過ぎない範囲で大翔さんや私達との馴れ初めを話し、出会う理由となった大翔さんにとってのスカリエッティさんが会長のお姉様と重なる部分もあったらしく、会長は大翔さんへちょっとした同胞意識を持たれたようでした。

 

「お陰でこういう時空や次元に関わる魔法は得意にならざるを得ませんでしたし、どうにも憎めない人なんです。だから、仕方のない人だなってそんな感じで」

 

「……分かる気がします。私にとってもお姉様は困ってしまう部分もありますが、それでも大切な姉には何の変わりもありませんから。あ、この焼き菓子美味しい……」

 

「……ほんとですね、会長。これ、月村さんが作られたんですか。とっても美味しいです」

 

「ひろくんが料理全般が得意だからね。私はせめてお菓子作りで上を行かなきゃって頑張ったの、ふふふ」

 

 女子会+男性一人、のような感じになってきていますが、それはそれ。黒歌のはぐれ悪魔になった理由や、会長から見て私や小猫ちゃんが急に魔力が増したように見える理由についても話し終える頃には、会長は難しい顔つきに変わっていました。

 

「空知さん、事情は分かりました。当時の主の黒歌や塔城さんに対しての仕打ちも。ただ、それを裏付けるものが無いのです。いくら貴方が悪魔の駒を彼女から取り出したといっても、悪魔にとっての指名手配者であることに変わりはありません」

 

「ええ、そうでしょうね。だから、私は黒歌さんを自分の世界に住ませるつもりです。別次元まで追ってくるとなればとんでもない労力がかかるでしょうし」

 

「そもそも別世界への転移魔法は聞いたことがありません。私の出身である冥界とこの駒王町を行き来するのであればまだ分かりますが……」

 

「シトリーさん。お時間が許せるのならば、お連れしますよ?」

 

「今日の所は遠慮しておきましょう。別の魔法体系、リンカーコアという魔力を蓄積する器官……貴方の発言内容を虚偽だと断じるのはとても難しい。そう私が感じたのですから、十分です」

 

 ここで一呼吸置き、会長はお茶を口に含んでから、副会長と入れ替わるように空気座椅子に腰を下ろします。座り心地を確認しながら会長は一つの提案を持ち出しました。

 

「ところで、少し話は変わりますが。この風の力を利用するような魔力制御能力、多種多様な魔法への造詣。空知さん、私の眷属になる気はありませんか?」

 

「私はいずれ世界に跨る会社を継ぎ、何千何万という人の生活を守っていく身です。貴女の眷属として十分な働きが出来るとは思えません」

 

「……ならば。黒歌の件を上層部に伝えず、私の腹の中に収める代わりに……と言えば?」

 

 会長の言葉に、一気に魔力を解放するすずかさん、黒歌。そして私や小猫ちゃんも我慢できるわけもなく、一気に堕天使の力であったり、仙術や妖術を発動できる準備を済ませます。一方、副会長も身体を会長の前に割り込ませ、私達の殺気を震えながらも受け止めようとしました。

 

「皆、待ってくれ」

 

 それでも大翔さんの制止に、私も含めこちら側は動きを止めます。私達の中心は大翔さん。彼が待てと言うならば、待つ。止まれない者は彼の伴侶に相応しくないのです。

 

「……見事です。既に空知さんのあり方は『(キング)』なのですね。先程の失言、試すような真似をして申し訳ありません。取り下げさせて下さい」

 

 冷たい汗を一筋、額から流しながらも佇まいを崩さなかった会長は一度頭を下げました。そして、肩で息を吐きながら両手を床につく副会長。息は荒く、一気に疲労したように映ります。

 

「お戯れにしても、少しやり過ぎではありませんか?」

 

「搦め手を使ってでも、貴方を眷属にしたいと思ったのは本当ですよ。ただ、空知さんを眷属にしたとしても……自分で駒を取り出せる技術があるならばあまり意味を為さないでしょう。それにしても……姫島さんや塔城さんも秘めていた力を受け入れ、しっかり自分の力として行使出来るようになったのですね」

 

「兄さまやすずか姉さまがいてくれたからこそ、受け入れる勇気が持てたんです。部長の眷属を止めるとは言いませんが、私は兄さまから離れるつもりはありません」

 

「先を越されましたが。私とてリアスの女王とは別の話として、大翔さんの妻の役割も務め上げるつもりです。幸い、大翔さんの暮らす世界とこちらとの行き来を行う技術は私も取得しました。両立させてみせるだけですわ」

 

 小猫ちゃんに続き、私もしっかりと意思表明を示します。実際に妻として彼を支えるのは少し先の話かもしれませんが、覆すつもりなどありません。私は彼と彼を同じように慕う女性達と歩んでいく将来に向けて、日々準備を進めているのですから。

 

「貴女達の意思は確かに聞きました。椿姫、ありがとう。大丈夫?」

 

「す、すいません会長。ああいう剥き出しの殺気をこの至近距離で受けたのは初めてでしたから、ちょっと動けません」

 

「私も正直まだ震えているから、気にしないで」

 

「お二人とも……特に真羅さんは魔力を消耗していることもあって、疲労感が強いでしょう。少しだけ、手に触れることを許して下さい」

 

 大翔さんがスイッチを切替えて、魔導師としての顔になっています。彼があの意識づけを出来ている間は異性に触れることによる拒否反応が出ません。相手を女性としてではなく、治療対象者や患者さんとして認識するからなのでしょう。

 

「え、ええ。しかし何を……」

 

「身体の力を出来るだけ抜いて下さい。極限まで緊張した直後ですから、なかなか難しいとは思いますが……」

 

 大翔さんの回復魔法が発動していきます。浮かび上がる複数の深紅の魔法陣に誰かの唇から感嘆の声が漏れ出ますが、私とて声を出さないものの緊急時でも無ければこうして見惚れてしまうのです。地平線に沈む直前の夕日にも似たこの色合いが、すっかり私は大好きになってしまっていました。

 

「え……身体の倦怠感が取れていく……?」

 

「丁寧なマッサージを受けているような感じ、でしょうか。貴方は回復系の神器を……いえ、でもこれは魔力や他の力も感じる……」

 

「私の世界には回復魔法が存在します。もちろん万能というわけではありませんが、術者の力により、多少の傷や疲労を回復させることが可能です。私は風と水系統の回復魔法を併用して、また魔力を持つ相手に対しては魔力を分け与えることでそちらの回復も促しています」

 

 彼女達に説明をしながら、会長や副会長の様子や魔力の流れを感知しつつ、適時微調整をしている大翔さん。見る見る間にお二人の顔色が良くなり、副会長に至っては血の巡りが良くなり過ぎたのか、頬に赤みすら差してきています。

 

「すごい……肩が、軽い……! ありがとうございます!」

 

 大翔さんの手を握り返し、嬉しそうにぶんぶんと手を振る副会長。……よっぽど凝っていたんですね、ええ、私も大翔さんに出会うまでは密かな悩みの種の一つでした。

 

「それは良かった。シトリーさんはもう少しかかりそうです。駒王学園の生徒会長とはなかなかに激務なようですね。人に比べて強靭な身体とはいえ無理し過ぎていらっしゃるのか、身体が不調を訴える一歩前だったようです」

 

「会長、そんな素振りは……」

 

「眷属に王がそうそう疲れを見せるわけにもいきません。ただ、こうして倦怠感が抜けていくのを感じると、根を詰め過ぎていたのだと分かりますね。ふふ、本日空知さんと知己を得られたのは、私個人にとっては幸運だったようです」

 

 会長によれば目の疲れや、時にかすみまで感じていたのだとか。大翔さんが仕事を任せられる部下の方はいないのかと問いかけるも、皆精一杯やってくれていてこの状況なのだと、会長は苦笑いしています。

 

「ところで、今私に施している回復の技術は魔力だけではありませんね?」

 

「ええ、仙術……黒歌さん達に教えてもらった『気』の力もブレンドしています」

 

「二種類の回復の魔力と仙術を使いつつ、相手の状態に合わせて、細かく出力も変えてしまえるのが大翔にゃ。自慢の弟子で私も鼻が高いのにゃ」

 

 ふふん、と鼻を鳴らす黒歌。大翔さんの献身に私達も攻撃の意思は収めていますが、羽であったり耳や尻尾は出たままです。ですので、機嫌良さそうに黒歌の尻尾がぱたぱた動いているのに思わず笑みがこぼれてしまいます。

 

「本当に空知さんを慕っているのね、黒歌。耳や尻尾はより素直だわ」

 

「にゃ!? うう、こればっかりは本能だから、なかなか隠せないにゃ」

 

 そんな黒歌や小猫ちゃんの耳や尻尾の反応を皆で微笑ましく見る中で、小猫ちゃんが尻尾を『ぴんっ!』と立てて、なぜか声を潜めて内緒話をするように語り出しました。

 

「ソーナ会長、実は兄さまも仙術を深く理解する中で、耳や尻尾が出せるようになってしまったんですよ……」

 

「……本当ですか。仙術にはそこまで詳しくないのだけど、ある種猫又の力を得るような感じなのでしょうか」

 

 嘘八百ですね、ええ。ただ、大翔さんのレアスキルは伏せられる間は伏せておくに限りますし、仙術ってなんでもありの印象が多少なりありますから。なにせ使用者が悪魔の世界には極端に少ないのです。

 

「見てみたいです! ……あっ、す、すいません。急に大声を出して……」

 

 先程から色んな意外性を見せる副会長。普段は真面目な方と聞いていますが、妄想が豊かだったり可愛いモノ好きであったり、なんだか親しみやすい方なのかもしれません。

 

「白音ちゃん。俺の猫耳や尻尾触っても楽しくないでしょうに……」

 

「いいえ、ものすごく楽しいです。ね、すずか姉さま」

 

「その通りだよ、白音ちゃん。癒しです。マイナスイオンが出てるんだよ」

 

 この件については残念ながら大翔さんの味方はいません。私達にとってみれば、パートナーである大翔さんの別の一面が見られる日々の生活のエッセンスとも言えるもの。愛しい人が可愛らしい格好になることや、その格好に羞恥心を覚える様子がさらに親しみを増してくれるのです。



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第41話 外交は物理?

(登場を)予定より早めてみました。


 「マイナスイオンって……」

 

「ほらほら兄さま。治療しながらでも出せますよね、出して下さい。モフらせてください」

 

「自分の欲望隠す気すら無くなったな、全く」

 

「私、悪魔ですから」

 

 憎たらしくすら思える得意顔の小猫ちゃんですが、大翔さんはここで怒る人ではありません。私のお気に入りの表情の一つ、少し困り顔を見せながら私達の我がままをちゃんと聞いてくれるのです。

 

「すごい、まるでペルシャのような毛色なんですね!」

 

「瞳が輝いているにゃ……私や白音も耳や尻尾を出しているけど、やっぱり違う感じなのかにゃ?」

 

「……真面目に物事に取り組んでいる男の人の猫耳や尻尾が揺れていたりしたら、どこか心を惹かれませんか? 女の子の愛らしさとはまた違う、男性だけが出せる可愛らしさ……」

 

「……なるほどにゃ。男だけが出せるギャップによる愛らしさ……お前、なかなかやるにゃ」

 

 眼鏡の縁に手を掛けながら、真剣な眼差しで語る副会長。受け答えをして、握手を交わす黒歌。すずかさんは既に大翔さんの尻尾をマフラー代わりにしていますし、小猫ちゃんは大翔さんの耳に触れて反応を楽しんでいます。

 ……良かったです、私が極端な猫好きじゃなくて。今の小猫ちゃんの擦り寄りは猫ショウとしての同族意識も入っているでしょうし、すずかさんは無類の猫好き。せめて、私が普段通りでいないと大翔さんに負担が全てかかってしまうのですから。

 

 なお、呆れ顔の会長は何かを諦めて、静かに瞳を閉じて大翔さんの施術に身を任せてしまいました。やがてそんな時間も終わり、会長は再びゆっくりと瞳を開きます。

 

「驚くほど、視界がハッキリしました。本当にありがとうございます、空知さん」

 

「いえ、倦怠感とかが取れたのなら何よりです」

 

「それと椿姫がごめんなさい。普段、真面目にやってる子だから、自分の好きなものを前にするとこうなる所があって……」

 

「息抜きって大事ですから、俺も気にしてませんし、大丈夫ですよ」

 

「ふふ、本当は『俺』なんですね」

 

「……あっ、す、すいません」

 

「いえ、年が左程変わらないように思える貴方があまりに完成されていたから、逆にホッとします。普段通りで構いませんから」

 

 参考にもなりました、と会長は言います。体内を大翔さんの魔力や気が巡り、体の中の魔力の流れ等を改めて認識できたことで、今後の魔力制御に生かせそうだと会長は笑います。

 

「改めて、空知さん。眷属の件はさておき、黒歌の件は私だけでどうにかできる問題でも無く、また収められるものでもありません。正当なやり方で解決するとなれば、私の姉などで無ければ難しい問題だと思います。かといって、貴方の世界に黒歌を連れていくとなると、おそらく姫島さんや塔城さんもついていくことになるでしょう。そうなれば、お二人がはぐれ悪魔に認定されてしまう可能性も出てきてしまいます。そんなことはリアスも望まないでしょうし、私もそうなって欲しくない」

 

 姿勢を正した会長は静かに頭を下げました。我に戻った副会長が慌ててその行動を押し留めようとしますが、会長はそれを一蹴します。

 

「わかりませんか、椿姫。空知さんは私達より数段上の強者。悪魔だから人間だからではありません。お願いするべき立場は私です。どうか私の友人の仲間を強引に連れて行かないで欲しいと、お願いするのはこちらなのです」

 

 公式な場であるならば、会長もこのような行為は取りにくい。けれど、今は私的な場であるからと、彼女は自分の願いを素直に告げようとしていました。

 

「空知さん。貴方が私や椿姫を圧倒出来る力をお持ちであるのは、この短い時間ながら十分に理解出来ました。また、月村さんや黒歌、姫島さんや塔城さんも貴方のために動く意思を明確にする以上、私はお願いするよりありません。私の親友、リアスの仲間をどうか強引に連れ去るのは止めて頂きたいのです。伏してお願い致します」

 

「頭を上げて下さい、シトリーさん。貴方はグレモリーさんが、朱乃や白音ちゃんの主が本当に大切な友人なのですね」

 

「はい、迷惑をかけられることもありますが、彼女の明るさと前を向ける強さに私は幾度となく助けられてきたのです。そんなあの子の悲しみにくれる顔を見たくありませんから」

 

「シトリーさん……」

 

「黒歌の件は姉に働きかけて、何らかの成果を出せるように動きます。貴方がこの街で活動する時に必要であれば、私の名を出して頂いても構いません」

 

 そう言い切った会長に、今度は大翔さんが瞳を閉じ、耳や尻尾も仕舞い込んで大きく一つ息を吐きます。

 

「俺は守るために力をつけようと思い、今までやってきました。誰かを倒すためじゃなくて、あくまで大切な人達を守り切れる力をと」

 

 瞳は閉じられたまま。会長や他の皆も静かに大翔さんの言葉を待ちます。

 

「シトリーさんが俺との力量の差を感じて、力に屈するようなやり方は俺の望むやり方ではありません。もちろん、明確な敵対の意思を見せる者には遠慮などしませんが」

 

「はい、こうして言葉を交わすことで落着点を見つけられると思うからこそ、私も話をしています。そうでなければ全力でこの場から離脱して、姉やリアスたちに連絡をしているでしょう。強い力であっても、どこか温かく安らぎを感じられる力。それが貴方なのだと感じられましたか……きゃぁ!?」

 

「!……まずい! 皆、俺の後ろへ! すずか、合わせて!」

 

「うん、防御結界最大解放!」

 

 会長があくまで会話で交渉を為したいと告げた瞬間、大翔さんの張っていた封時結界が激しく揺さぶられ、半壊してしまう状態となりました。会長や副会長を庇うように、大翔さんが新たに防御結界を展開しながら矢面に立ち、並んだすずかさんも即座に結界を共に強化します。

 一呼吸遅れたものの、私や黒歌、小猫ちゃんももちろん加わり、封時結界を破壊した侵入者の方向を見据えます。破壊時に発生した魔力の残照が引いていき、そこには悪魔の翼を広げる一人の女性が立っていたのです。

 

「じゃじゃーん! ソーナたんの危機に魔王少女セラフォルー・レヴィアタン! 華麗に参上だよーっ!」

 

「……え?」

 

 ポーズまでバッチリ決めてられますし、小型の色煙玉までしっかり点火させて……ええ、私もよく存じている魔法少女姿のセラフォルー様、ですね……。ボーダー柄のニーハイソックスもしっかり着用されてます……。

 

「……家の壁、壊れてしまいました」

 

「ごっめーん、ここリアスちゃんの眷属ちゃんの部屋だったのね☆ 後で直してあげるから少しだけ我慢してね☆ ……さぁ、大人しくソーナちゃんを離しなさい! 認識及び通信阻害を施した結界にソーナちゃんを封じ込めて何をしようとしてたの! ぶっ殺してあげるから大人しくなさい☆」

 

 殺すと言われて大人しくする相手がいるのかしら、と現実逃避している場合でもありません。わなわなと震えている会長とセラフォルー様の間を遮らないように、大翔さん達も横に移動して改めて防御結界を張り直します。小猫ちゃんが私の部屋がと嘆いていますが、諦めてもらいましょう。修復はしっかりしてもらえるようですし、リビングの家具等はあちらに新品に変えてもらうぐらいの勢いで行けばいいのです。

 

「空知さん、防御結界強度をもっとあげてください。私も及ばずながら手伝いますっ」

 

 副会長の発言は危機感溢れるものでした。つまり強度をあげなければ、今から始まる姉妹喧嘩の余波に巻き込まれるということ。

 

「ソーナちゃん、無事だったんだね☆ 良かった、お姉ちゃんが来たからもう大丈夫だ……よ?」

 

「せっかく話し合いで平和裏に解決が出来るところを……」

 

「ソ、ソーナちゃん?」

 

「結界が張られているからと、壁ごとぶち壊す? だから、交渉は物理とか揶揄されるのですよ、お姉様……?」

 

「あ、あれ~? なんでそんなにおこなんでしょうか、ソーナちゃん……?」

 

「ご自身に問いかけられると宜しいかと……うふふ」

 

「笑顔なのに笑ってない! ソーナちゃん、その笑顔怖い! 怖いよ!」

 

「今からお仕置きを放ちますが、受けて下さいますよね? 避けたりなんてなさいませんね? お姉様が大嫌いな私になって欲しくありませんものね?」

 

「は、はい……」

 

「お仕置きの後はもちろん修復作業です、一人で。お分かりですね?」

 

「はい……」

 

「その間に、勝手に業務を抜け出してきたとルシファー様達には報告させて頂きます」

 

「ちょ、ちょっと待ってソーナちゃん、それはあまりに! 私はソーナちゃんへの定時連絡が取れないと気づいて! 飛んできたら結界が張られてるし!」

 

「報告致しますね?」

 

「……はぁい」

 

 さすがは会長。あの四大魔王セラフォルー様が完全に気圧されています。こちらからは顔は見えませんが、笑顔で怒髪天を突くといった感じでしょうから……。

 

「来ますっ!」

 

 副会長の言葉が実質の合図となり、一言で言えば大洪水が部屋全体を覆い尽くしました。ビリビリと結界が揺れますが、六名で維持している結界自体が崩れる予兆はありません。この後、今私達がいるリビングだけに限定された渦の中に飲み込まれ、かつ溺れかけて息が出来なくなるお仕置きをセラフォルー様はその姉妹愛を持って、最後まで受け切ったのです……。

 

「大津波と渦潮の合わせ技といったところでしょうか。身体も魔力も整った今なら出来るかもと思いましたが、ふふふ、なるほど。精密さをさらに極めていくことでなかなか使えるかもしれませんね」

 

「ぶふぅ、水、大量に飲んでお腹、気持ち悪い……」

 

「窒息しない辺りはさすがお姉様ですね」

 

「殆ど殺すつもりで来てたじゃない!」

 

「ええ、それぐらいでなければ魔王たるお姉様には仕置きにもなりませんから。さ、この水浸しも含めて修復作業にすぐ入って下さい」

 

「え? この水はソーナちゃんが」

 

「修復作業に入って下さい。三度も言わせないで下さいね?」

 

 半ベソをかきながら修復作業に入るセラフォルー様。哀愁が背中から漂う中、私達は小猫ちゃんへ断りの上、次に広い寝室へと移動したのです。小猫ちゃん、ショックを受けたからと移動の間は大翔さんにおんぶされて、移動後は大翔さんの膝の上……ううっ、演技入ってますよね。だって笑顔もちらほら出てますもの!

 

「空知さん、あの技は実際に使えると思いますか?」

 

「波の早さや高さをさらに強めて一気に渦潮に巻き込めば、まとめて意識を奪うことも可能とは思います。窒息させるかどうかはシトリーさんの意思次第でしょうが」

 

「なるほど、集団戦の手札の一つのつもりでしたが、さらに磨く必要がありそうですね。しかし、自分でもイメージがこれでつかめたので、次回はもっとうまくやれそうです。ただ、魔力の消費量がやはり多いのはネックでしょうか」

 

 物騒な話をする横で、お気に入りの家具などはリビングに置いていなかったとはいうものの、小猫ちゃんはすずかさんや黒歌にも撫でられて慰められています。

 

「まぁいいんです。大切な小物とか衣類はもうすずか姉さまの家に運び終えてますし。ただ、せっかくなのでソファーとかを新しくしてもらえればなぁと。すずか姉さまの家でもそのまま使えるようなクラシックなデザインで」

 

「責任もって姉に準備させるので、デザインやサイズなど教えて下さいね、塔城さん。此方の事情に巻き込む形になって本当にごめんなさい」

 

「アッハイ」

 

 流石に貴方の水魔法がトドメというツッコミは避けた小猫ちゃんでした。ともあれ、大翔さんも膝の上に小猫ちゃんが座っていても身体の反応が出なくなったということは、大翔さんと小猫ちゃんの間も一歩前進したということです。それに対しては喜ばしいことだと、私も感じるのですけどね。ただ、小猫ちゃん……あざといですよ。

 

「しかし、大翔さんや黒歌と仙術修行をするようになって、急に成長期に入ったのですね。結界内で一週間程度でしたか、過ごされたのは……」

 

「140半ばってところです、今。イッセー先輩の悪友さんの干渉も多少は減るといいんですけど……」

 

「ああ、元浜くんですね……」

 

「元浜?」

 

「幼い容姿の女の子が好きな生徒です」

 

「……あー」

 

 副会長の短い説明に納得する大翔さんでした。会長曰く、セラフォルー様が早とちりからこちらに乗り込んできて迷惑をかけたのだから、そこを突いてはぐれ悪魔解除の協力を強引に取り付けるとのことで、今は歓談タイムとなっています。

 

「しかし、空知さんの力は他の悪魔に知られれば間違いなく狙われる危険なものです。どこかの勢力の庇護下に入って頂くか、極力、駒王町を始めとするこの世界に近づかないようにするのが一番だと思いますね……」

 

 種族関係なく傷や体力、魔力を回復させる術者はこの世界では貴重な者。私や黒歌、小猫ちゃんも彼のお陰で使用可能ではありますが、出来るだけ隠すようにはしています。私や小猫ちゃんはリアスの眷属ですから、ある意味保護されているようなものですけど。




お気に入りが1,000名を突破して、正直驚いています。

自分の嗜好丸出しで書いている部分が大きいので、
この作品で楽しんで頂けているのなら、作者としても嬉しい限りです。

ありがとうございます。


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第42話 魔法少女

 「それなら、私の眷属にでもなるー?」

 

「お姉様、終わったのですか?」

 

「うん、確認してよ~☆ 早くソーナちゃんと話したくて頑張ったんだから☆」

 

 すずかさんが複雑そうな顔をしていますね。似たような声できゃぴきゃぴした口調で話されるのは結構キツいのです。目を閉じればすずかさんが乱心したようにも聞こえますもの……。

 

「大丈夫、すずかはすずかだ」

 

「もう、狡い。ちゃんとこういう時、見ていてくれるんだもん」

 

 そんなすずかさんの頭を優しく撫でる大翔さん。すずかさんも嬉しそうに彼と腕を組んで寄り添っていらっしゃいます。小猫ちゃんといえば再び彼に背負われて、修復後のリビングの様子を確認していました。

 リビングの様子を確認する間に、会長はセラフォルー様に事情の説明を手早く進めています。その説明がひと段落した頃、セラフォルー様からこちらに声を掛けてこられたのです。

 

「君も人気者だねー☆ 私の早とちりで迷惑かけちゃったけど、ごめんなさい☆ 私、魔王セラフォルー・レヴィアタンだよ☆ 『レヴィアたん』って呼んでね☆」

 

「……えっと」

 

「無視して頂いて結構です、空知さん」

 

「えー? ぶーぶー☆ ソーナちゃんが冷たい~☆ ブリザードみたい~」

 

「それなら、あちらの黒歌のはぐれ認定の取消、お願い出来ますね?」

 

「事情は聞いたけどぉ……裏を取るのに多少時間がかかるから、しばらくは隠れておいてもらえると助かるかな~? でも、私だってソーナちゃんのお願いだからと言っても、無償では出来ないよ?」

 

「ルシファー様への報告はやめておきましょう」

 

「ぐぬぬ……もう一声!」

 

「では……空知さん、一つ協力をして頂けますか」

 

「なんでしょう?」

 

「バリアジャケットは任意で形状を決められるのですよね? それを起動する媒体として、デバイスがあると」

 

「そうですね。例えばすずかもグローブ型のデバイスを持ってますし、普段は待機状態ですので、こんな感じでペンダントにしています」

 

 会長がその話をし始めた途端、一気に挙動不審になるセラフォルー様。目の色を変えて、大翔さんと会長の話に聞き入っています。副会長も何か要領を得たのか、会長の言葉に幾度も頷いていました。

 

「月村さん、お願いがあります。一度、待機状態から起動状態へ、そして変身までの流れを見せて頂けないでしょうか」

 

「変身!?」

 

 なるほど、そうでした……! セラフォルー様は魔法少女大好き魔王様ですから、普段着から変身具を通して変身できるとなれば、それこそ憧れのアイテムのはず……!

 

「えっと、一連の流れを見せればいいんだね? ひろくん、構わないよね?」

 

「ああ、なんかレヴィアタンさんの瞳もものすごく輝いているし……お願い、すずか」

 

「じゃあ、行くね。スノーホワイト、起動」

 

 まず、その掛け声と共に、すずかさんのデバイスが格闘爪付き両手グローブとして具現化されます。この時点で既にセラフォルー様の鼻息は荒くなる一方で、会長が『待て』をしていますが、実姉にそれは大丈夫なのでしょうか?

 

「まず、これが起動状態です。そして──スノーホワイト、セットアップ」

 

 深紅の魔力光に包まれたすずかさんの光が収まった後、現れたのはバリアジャケット装着後の姿。

 白のフリルブラウスに菫色のジャボ、同系色のコルセットを身に着け、淡い桃色の丈が短めなフリルスカートに、黒ストッキングといった装いです。普段は縛っていない髪もポニーテールにまとめられていて、トレードマークの白いヘアバンドに合わせて、結び目に白色のリボンが結ばれています。

 そして外装として、前襟が大きい紺色のトレンチコートをまとっている……これがすずかさんのバリアジャケット姿です。

 

「私の夢がついに現実になった! 魔法少女は実在してたんだ! 夢は叶う! 願い続ければ叶うのよ!」

 

 拳を高く突き上げ、滂沱の涙を流し、セラフォルー様は歓喜の雄叫びを上げます。魂の叫びと思える姿に、私達は黙って魔王様が落ち着くのを待ちます。血縁である会長は引いてますけれど。

 

「あ、あのっ、彼女のように変身機能がついたステッキって作れるの!?」

 

 我に戻ったセラフォルー様は大翔さんに詰め寄ります。鼻息は荒いままなので、整った愛らしい顔立ちも非常に残念なものになっていますが、本人は気にする様子もありません。

 

「可能です。私達の世界の魔法使い、魔導師と呼称していますが……物理や魔法の防護服としてバリアジャケットを展開して戦うのです。また、魔法を発動する際に計算や演算も必要になる魔法体系のために、その発動補助や相手の命を奪わず捕らえるための非殺傷設定機能も常備されています」

 

「な、なんと……! あ、あとは変身時にはああやって魔力の光で身体を覆うことが出来るの!?」

 

「まぁ、そうしないと人前で変身できないですし……。基本機能です、あれは」

 

「お願いします! ステッキタイプのデバイスだっけ、それを手に入れてくれませんか! なんでもします! 黒歌のはぐれ解除だけで足りないなら、他に私に出来ることならどんなことでもやるから!」

 

 必死の形相です。自分のあらゆるモノを差し出してでも、夢を叶えるために……セラフォルー様は大翔さんに縋っていました。

 

「ん? いまなんでもやるって言いましたよね?」

 

「言ったにゃ。私のはぐれ解除以外にも何でもやるって言ったにゃ……」

 

 ……黒白姉妹、ちょっと黙りなさい。フラグなのは分かりますが、魔王様に突っ込む貴女達の後始末は全て大翔さんが被るのですよ? とりあえず電撃を走らせておきましょう。雷光よ、お仕置きの時間ですよ。

 

「あばばばばば……」

 

「か、身体が痺れて……」

 

 光力は限界近くまで絞っていますので、痺れ毒のような効力を発揮します。さっき、黒歌相手に襲い掛かってきた追手相手で実験しましたし、命に別状が無いように調整済みです。

 なお、駒を抜いていたはずの黒歌はすずかさんに駒を体内へと押し込まれていました。同じように腹を立てていた彼女は私の意図をすぐに察知し、光力が効くように動いてくれたのです。

 

「しばらく身体がうまく動かないでしょうから、そのまま反省しましょうね?」

 

「うん、ひろくんを困らせる子はちゃんとお仕置きを受けないと」

 

 二人にニッコリ笑いかけ、悪魔相手には有効な手段だと再認識します。魔力や光力の消費も少なめですし、一時的な足止めなどにこれから重宝しそうですね。すずかさんの笑顔も形だけのもので、二人に十分な威圧感を与えています。

 

「見事な出力調整ですね、姫島さん」

 

「ありがとうございます、会長。会長にそう言って頂けると、訓練の成果が出ていると安心できますわ」

 

 さて、肝心の大翔さんとセラフォルー様に目を戻してみれば、セラフォルー様が大翔さんの手を両手で包みながら額を押し当てて、止まらない涙を拭いもせず繰り返しお礼を言い続ける姿がありました。

 

「ありがとう、本当にありがとう……この格好をしていて笑いもせず、真剣にいいモノを作るって言ってくれた相手は初めてなの……キミに出会えて私はすっごく嬉しい。本当にありがとう……」

 

「まだお礼を言われることはしてませんよ、レヴィアタンさん。貴女の希望に沿う形でデバイスを試作し、まずは使用感の確認をしてもらって細かな微調整を加えて、しっかり貴女に完成品をお渡しできて初めて、お礼を受け取れる資格が出来ますから」

 

 セラフォルー様のデバイスを大翔さんが作成すると告げ、またすずかさんが彼の作成実績を説明したところ、あのように大翔さんに礼を尽くし始めてしまったようでした。

 

「……驕らないんだね、キミは。キミの周りに女の子が集う理由、分かる気がするよ☆」

 

「俺には、勿体ないほどの人達です。俺を支えてくれる彼女達には、いつも感謝しています。感謝だけじゃ足りないんでしょうけど……」

 

 やっと涙を拭い、セラフォルー様は立ち上がります。そして、真剣な声色で改めて黒歌のはぐれ解除に全力をあげることと、もう一度大翔さんへの協力を惜しまない意思を口にしたのです。

 

「黒歌のはぐれ解除は、任せて。今日明日でというのは難しいけど、必ずいい結果を持ってくるから。それに、リアスちゃんの女王ちゃんや戦車ちゃんの件も含めて、何か困るようなことがあれば遠慮なく連絡してきて。これが私の連絡先。次元を越えても連絡できるキミなら問題ないよね?」

 

「はい、デザインの希望についても遠慮なくご指摘下さい。しばらくは図案の段階ですし、何度でも修正をかけますから」

 

「うん。キミに会えて本当に良かった。キミ達の一件は私やソーナちゃんの中に収めるから、安心してね☆ ソーナちゃん、彼との協力体制は密にするんだよ? 私が彼の後ろ盾って言い切ってもらっていいから、うまくやってちょうだいな☆」

 

「はい、お姉様」

 

「眷属になる気は無いだろうけど、眷属候補って言っとくのも手かな? その辺りはキミやソーナちゃんで相談して決めてね☆ じゃあ、ひーくん、また連絡するよ☆」

 

 セラフォルー様が発した言葉に場の全員が反応します。眷属候補はさておき、『ひーくん』……彼女が大翔さんを愛称めいたもので呼んだものですから、皆一気にざわめきます。

 

「お、お姉様! いきなり砕けた呼び方をなさっても、空知さんが困るでしょう!」

 

「えー、そーかなー☆ そっちの子が『ひろくん』って呼んでるでしょ? だから被らないようにしたじゃない☆」

 

「お姉様が愛称で相手を呼ぶことがどれだけ波紋を呼ぶのか理解して下さい……」

 

「……え? だって、これからずっとお世話になるよ? デバイスを造った後もメンテナンスしてくれるって言ってくれてるし☆ ねえ、この呼び方じゃまずいかな?」

 

「えっと……」

 

 問いかけられる大翔さんも困惑するのは無理ありません。すずかさんは能面のような顔に変わってしまい、大翔さんとセラフォルー様の間に割り込むように前に出て行きます。

 

「私達の家族になるつもりが無い方に、その呼び方をされるのは流石に許容できません」

 

「む~☆ 正妻さんがそう言うんだったら、考えなきゃだけど……あ、そっか☆ 家族になればいいんだね?」

 

「……え?」

 

「私かソーナちゃんがひーくんの家族になれば解決だね☆ 人でありながら内包する魔力がソーナちゃんより多いし、技術力も高いとなれば前途有望だ☆ 立ち振る舞いもとっても紳士さんだし☆ イケメン過ぎないのもいいよね~☆ 変に気構えせずに自然体で傍にいられそうだし……うんうん☆」

 

 すずかさんや会長が絶句してしまい、私達も発言内容に呆然とする中、唯一すぐに動けたのは副会長。先程と同じように会長を庇うように前に立ち、自重をして欲しいと訴えます。

 

「お待ち下さい、セラフォルー様! ソーナ様の婚約問題は少し前にやっと解消したばかりではありませんか! いくら彼がお眼鏡に叶ったとはいえ、あまりにもそれは性急すぎます……!」

 

「んー、でも、椿姫ちゃん。リアスちゃんの所の話じゃないけど、ソーナちゃんもその話を避けては通れないからね? ひーくんの周りに集う子達を見えば分かるでしょ、ひーくんはちゃんと女の子の気持ちを尊重してくれる人だよ。だから、皆表情が明るいし、彼のためなら迷いなく身体を張ろうとする。今の椿姫ちゃんのようにね」

 

「しかし……!」

 

「レヴィアタンさん、真羅さん、話に割り込むのを許して下さい」

 

 副会長に次いで動いたのは、やはり大翔さんでした。副会長とセラフォルー様の間に入り込み、セラフォルー様と再び相対しようとしています。

 

「その話はお受けできません。望まない婚姻を強要するのは、俺は絶対に出来ません」

 

「……私の魔力量、ひーくんはちゃんと分かってるよね?」

 

「ええ。貴女が本気になれば、俺は跡形も残らないでしょう」

 

「それでも、言うの? 私やソーナちゃんとの誼が強くなれば、貴女の大切な女の子達を守ることにも繋がるよ。それが分からないキミじゃないよね?」

 

「それでも、です。レヴィアタンさん。俺は俺自身が本気で愛せて、そして愛してもらえる相手じゃ無ければ……どんなに地位や力があっても、絶世の美人であっても、優れた才を持っていても、俺は『身体』が受け付けないんです」

 

 声色を圧を込めたものに変え、コミカルな雰囲気を払ったセラフォルー様に対して、大翔さんは自分の抱える女性への恐怖心、そして……すずかさんや私を受け入れるに至った過程を話し、握手程度であれば大丈夫なものの、抱き締め合う等の行為となった途端、体調が急変する自分の体質を説明していきました。

 

「男女の関係にでもなろうとしない限り、話す必要も無いので話してなかったですけど……そういうわけで、無理なんです」

 

「なるほど、じゃあ確認させてもらうよ?」

 

 セラフォルー様からの短いハグ、それだけで十分でした。避けようとはしなかった大翔さんの顔色は一気に青ざめ、肌には強い蕁麻疹のような症状が表れます。ぐらりと体勢を崩しかけた大翔さんをすずかさんと私はすぐに両脇から支え、回復魔法を発動させました。このまま休ませてあげたいのが本音ですが、そうはいかないのですから。



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第43話 自由なレヴィアたん

 「……ごめん、無理させたね」

 

「いえ、お分かり頂けたようで……何より、です……」

 

「さ、先程の私が耳や尻尾に触れたのは大丈夫だったのですか!?」

 

「あれは、髪の毛に触れるような感覚だから、大丈夫……」

 

 慌てた副会長が大翔さんに確認をしますが、私もそういう感覚とは知りませんでした。ただ、今は大翔さんの体調を整えることが最優先。回復魔法の調整に思考を傾けます。

 

「そっかぁ、朱乃ちゃんやすずかちゃんなら大丈夫なんだね。回復魔法を使えるとか、まぁ、その辺りのツッコミは置いておくとしてー☆」

 

 声の調子を普段のものに戻しつつ、セラフォルー様はニカッと笑って、こう言い放ったのです。

 

「よーし、分かったよ! 呼び方は変えない☆ それでもって、ひーくんは私をセラたんって呼ぶこと! すずかちゃんも朱乃ちゃんも黒歌も小猫ちゃんもそう呼んで構わないからね?」

 

「え、えええ!? セラフォルー様、それじゃ意味が無いじゃないですか!」

 

「えー、椿姫ちゃんもセラたんって呼びたいの? いいよ☆」

 

「そうではなくっ!」

 

 副会長のツッコミもどこへやら、セラフォルー様は自分のペースを貫かれます。そんな二人に対して再起動を終えた会長が歩み寄り、痺れが抜けた黒歌と小猫ちゃんが私達の前面に庇うように立ち上がりました。

 

「……黒歌、今から貴女のはぐれを解除しようとする相手に対して、その目つきは無いんじゃないかな~☆」

 

「大翔に負担がかかるぐらいなら、はぐれのままで結構にゃ。この世界自体に未練はにゃいし、白音を連れてオサラバするだけのことにゃ」

 

「お姉様、性急に過ぎます。驚きの余りに対応が遅れましたが、姉様の意図は分からなくはありません。ただ、私達や空知さんはそもそも今日知り合ったばかりの関係。お互いの人となりも掴み切れたわけではないのですよ」

 

「……ソーナちゃんはそうやって理屈で語るけど……じゃあ、ひーくんが他の勢力と結び付いたと考えてみたら? 私はおっそろしくてほっとけないなぁ☆ そりゃ、別世界の住人さんかもしれないけど、そのこと自体が超レアなんだよ☆」

 

 そう言ってセラフォルーさんは一旦言葉を切り、再び大翔さんへと言葉を投げかけたのです。青白い顔をそのままに、大翔さんはセラフォルー様から目を逸らすことがありません。

 

「ソーナちゃんは理屈好きだから、メリットをあげてみたけど……私がキミと親しくしたいと思ったのはそういう所じゃないからね☆ 魔法少女に理解があって、私の趣味の話を笑わずに聞いてくれて……それだけで、私はキミと仲良くしたいと思った。叶うなら、それこそ悪魔になってもらって、この先何百、何千年とこうやって話をしてくれたらいいなって思うよ。もしその中で、お互いが別の関係性に進もうというのなら、それはそれでアリかもってね。それとね、私の中で大きかったのが……」

 

 一旦、言葉を止めるセラフォルー様はまず大翔さんを指差し。次いで会長を指差して、その後腕を組んで一人何か答えを得たかのように二、三度頷いていました。

 

「ソーナちゃんとキミが並んだ時に、それほど腹が立たなかったの! 私はソーナちゃん大好きお姉ちゃんで、ソーナちゃんに近寄る害虫は全部駆除する勢いでずっと来ていたのに……許せるかも、って感じちゃったんだよー☆」

 

 理由としては、自分が魔法少女のことで好印象を持ったことも関係しているということですが、大翔さんに無理やり相手を制そうとする感じを受けないのが大きいと、セラフォルー様は言いました。

 

「キミは基本的に受け容れる側なんだよね。その代わり、一度受け容れたら離さないのかもしれないけど、飛び込む側は離れる気が無いから懐へ飛び込むわけだし……ほら、私も一応、悪魔の外交担当で色んな男は見てきたから、外面は取り繕いながら内心では下衆なことを考えてる奴はいくらでもいたしねー☆」

 

「……過剰評価だと思いますが」

 

「あー、その自己評価の低さはマイナスかな? その発言はキミを慕ってる周りの女の子達の評価も下げるよ?」

 

「いえ、俺からすれば、彼女達にとって一緒にいて幸せに感じ、信じられる男でいることが大事なので。他人の評価は敵対でもしない限り、あまり重視していません」

 

「……あー、その言葉を本気で言えるのがアレだねー。朱乃ちゃん達も惚れるわけだ☆ ま、ごちゃごちゃ言ったけどね、私はひーくんを『いいな』って思ったわけ☆」

 

 今後とも宜しく──そう言い残し、時間切れだとセラフォルー様は転移の魔法陣を発動し、騒がしく姿を消されたのです。

 

「本当に、お姉様がいろいろと申し訳ありません」

 

「いえ、『セラフォルー』さんの言葉に嘘は無いのかなと思えましたし。ただ、男女の話は、その、置いておいてもらえると」

 

「も、もちろんです。空知さんの意思を無視して、お姉様は本当に……!」

 

 頭を下げ合う会長と大翔さんでしたが、最後には互いに連絡を取り合うことや、私や小猫ちゃんの学園内でのフォローを会長側としても行っていく確約を頂き、本日は解散と相成りました。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「椿姫、ボーっとしているようですが」

 

「えっ、ああ、ソーナ会長、申し訳ありませんっ」

 

「椿姫、もうここは家よ? 会長と呼ばなくていいのだから」

 

「そうですね、ソーナお嬢様……」

 

 眷属達と共に暮らす屋敷に戻り、自室に同行していた椿姫がどうにも気が抜けたままの状態であることが気にかかる。眷属に入って間もない留流子にまで普段とあまりに違う様子を心配されるぐらいだから、よっぽどのものね。

 

「彼のことが、気になる?」

 

 素直に頷く、椿姫。リアスと姫島さん程では無いにせよ、この子との付き合いも長い。この街へ赴任する前から冥界の私の実家で暮らしていた期間も長く、椿姫もリアスの女王である姫島さんや、戦車の駒を宿す塔城さんのことを良く知っている。

 

「笑顔にどこか陰があった姫島さんや塔城さんが、あんなに曇りのない顔で笑い、時に怒り、本当に幸せそうに空知さんへ寄り添っていて……羨ましい、と思えてしまいました」

 

「そうね。リアスでも難しかったことを、彼は為してしまった。そして、それに驕ることなく、彼女達を大切なパートナーとして接しているから、彼女達の信頼と愛情は深まるばかり」

 

 椿姫と受けた印象を合わせあい、勘付いたこともある。距離感が友人の間柄では考えられないぐらいに近く、また、その距離感をお互いに当たり前だと感じているように見えた私は、椿姫にその見解を伝えたところ、月村さんや姫島さんは既に彼と男女の仲であると断言していた。肌の状態など、丁寧に日々の手入れを欠かさないのとはまた違う、独特の艶があるのだと。

 

「同じ五大宗家の生まれである彼女があんな笑顔を見せられるなんて、これまでは考えられなかったですから」

 

 姫島さんは今、休学中の一週間だ。聞く所ではグリゴリの日本国内拠点への派遣ということだったが、実際には彼の元へ通っている状況であるらしい。

 

「ねえ、椿姫。彼の魔力を感じて、どう思った?」

 

「……このまま身を委ねていたい。そんな誘惑に、駆られました」

 

「そう。大丈夫、私もよ。いっそ、彼の元に通いたいと思うぐらい」

 

「ソ、ソーナ様!?」

 

 お姉様があまりに性急に過ぎるため、ああいう言い方をしたけれど……彼の理知的な振る舞いを知り、彼とはこれからも良好な関係を築きたいと感じている。

 

 彼の魔力交じりの手技はある意味とても危険なもの。今後も繰り返し受ければ、私の心の天秤も一気に傾きかねないことも合わせて自覚させられた。

 ……魔力や気をこちらの状態に合わせて同調した上で、治癒の力を乗せて循環させ状態を調えてくれる。だから非常に調子も良くなるけれど、あまりの心地好さに『もっと』を求めそうになってしまう。

 

 彼に悪意がなく、こちらの体調を真摯に考えた行いであるからこそ、一度味わってしまえば逃れる気が無くなってしまう優しい罠となっているのだ。彼の魔力や気に包まれることで、彼に抱かれるような錯覚が気持ちいいと思えてしまい……繰り返せば、おそらく彼に抱き締められる自分に、つまりそれは彼の女になっていく自分に疑問を覚えなくなっていく。

 さらに怖いのは、それに抗おうとする気持ちを持つのがとても苦痛に感じること。身体に害はなく、望めば極上の心地好さを与えられる。問題は身体が彼の魔力や気を求めるようになってしまえば、心もそれに引きずられてしまう。

 今の私達ならばまだ強い意思を持てば跳ね除けられるものの、なぜ身体にとって心地良く、気持ちいい行為を跳ね除ける必要があるのかという疑心がそれを拒もうとする。

 

「彼は自分から手を出そうとはしてこないでしょう。緊急事態でも無ければ、此方からお願いして治療行為を行うだけのこと。だから選択権はこちらにあるように見えるのに、酷い人だと思わない?」

 

「ふふっ……確かに、酷い人です」

 

 帰り際に、彼は怒られていました。医療行為のつもりだろうが、貴方の魔力や気の循環は遅行性の毒に等しいから、軽々しく施してはならないと。

 彼自身は毒の意味をつかみきれず困惑の表情を見せましたが、パートナーの女性達の懇願ということで心がけるという結論に至ったようです。こればかりは受け手になってみないとなかなか分からない感覚でもあります。

 

「私も椿姫も特定の相手がいる状況でもありませんし、あまり深く考えなくてもいいのですよ。仮にそうなったとして、彼にとっては負担が増すことになるでしょうが、どうにも度の過ぎたお人好しの方のようですし……私達には悪いことにならないでしょうね」

 

「ソーナ様がそんなことを仰るなんて……正直、驚きです」

 

「ふふふ、あとはチェスが強ければ言うことは無いのですが。ただ、その辺りも鍛えようがあります。元の世界では二大企業経営の後継者と聞きましたし、日頃から頭を使う役割のようですしね」

 

 私にとって今日の出来事は、素敵な方と知己を得られたという点に集約されます。そして、お姉様もおそらく……。ロクな未婚悪魔がいないと嘆いていたお姉様も、本腰を入れてくることでしょう。どの道、あの施術を受ければ主導権は彼へと移ります。主導権を持っている自覚がない方なので、相手がどんどん深みに嵌まっていくとも言いますが。

 

「椿姫。塔城さんや姫島さんとの連絡は今後、常に密にするように。リアスの眷属ですから過度に介入する必要はありませんが、彼女達が困難な局面に巻き込まれるようなら空知さんと協力の上、梃入れをすることも出てきます」

 

「はい、ソーナ様」

 

「あとは、月村さんや姫島さん達が語ったように、異性に彼の施術を受けさせないこと。それはこちらでも注意を徹底します。回復魔法はまだしも、彼の魔力や気を流し込むことは彼の恒常的負担が増えるのと同義と心得なさい」

 

「承知しました」

 

 今日初めて会った男性と一気に懇意になることを躊躇わないなんて、私らしくないかもしれません。ただ、言い方は悪いけれど、今彼と関わる女性陣だけで彼の特性を独占するべきだと、私は判断したのです。その代わり、自分達もその身を差し出すことになるでしょうが……月村さんや姫島さんの満ち足りた笑顔を見れば、それもまた……。

 

「本当に『らしくありません』ね」

 

 けれど、悪くはない。もしかしたら、彼は私に今まで異性に抱くことの無かった感情を教えてくれるのかもしれない。こんなことを思う時点で既に彼の手中にあるのかもしれませんね、ふふふ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「こんの馬鹿ぁ!」

 

「つっ……ご、ごめんよ、アリサ」

 

 シェムハザの拷問を潜り抜け朱乃の家へと転移した俺は、まず説教を受ける大翔の姿を目にした。拳骨付きだ、甘んじて受けてるがアレは痛いぞ。

 さて、連絡が省けたのはいいことだが、どうにも面子が増えている。アリシアの妹、フェイト。そいつが保護していたエリオやキャロという少年少女。向こうの大宗教の若き重鎮というカリム。さらにグレモリーの眷属である黒歌の妹、塔城小猫。本名は白音だっけか。

 

 さらに、シトリー眷属やセラフォルーの奴とも接触する羽目になったらしい。トラブルを呼び込む体質なのかもな、こいつは。

 まぁ、セラフォルーの方は俺が当たってもいい。なんせ、朱璃を宿らせる融合型デバイスと別の話で、アイツ用のステッキ状デバイスを造る約束をしたっていうんだから、俺にもなんか寄越せと言ったんだ。そしたら、アリシアの奴がいい案があるからと良い顔したんだよな。全身の寸法を手早く測られたが、ちょっとした楽しみが増えたってもんだ。

 

「セラフォルーとは外交ルートで話をすることも多いし、まぁ心配するな。堕天使陣営の上層部や悪魔陣営の魔王と知己がある奴って時点で手を出す輩は減るからよ」

 

 アジュカの野郎に大翔を横から攫われてたまるかってんだ。悪魔の駒の抜き取りも安全にこなせるようになったコイツなら、望まぬ神器を宿した奴らからの抜き取りも叶うかもしれねぇ。そうなれば俺は研究が進むし、そいつらには感謝されるしwin-winだ。また、大翔に神器の能力が蓄積されていくわけだから……やべぇ、夢が広がるじゃねえか。

 

「おじ様? 大翔さんに迷惑がかかるやり方は絶対にNGですわよ?」

 

「わーってる! だから、その濃厚に練り上げた雷球を仕舞え! 制御能力が上がるのはいいことだが、それを食らえば俺もタダじゃ済まねえじゃねえか!」

 

 そんな大翔に追随する朱乃の危険度合いも日々上がっていくのが、難点と言えば難点だが……。この辺りの容赦のなさは朱璃の血だ、間違いねえ。

 置いてかれてたまるかって精神は分かるが、能力向上の早さがイカれてやがる。女の情念は元来の成長速度すら凌駕するのかもしれん……。

 

「ほれ、こっちにあった魔石っぽい奴、いろいろ持ってきたからよ」

 

「ありがとうございます、アザゼルさん! よし、これで製作に入れる……!」

 

 設計図はもう書き終わってるとか抜かしやがる。モノ造りに関しての熱意は神器研究の俺と本当にタメを張りやがるぜ、こいつはよ。朱乃の休学期間中に試作品は完成させると言い切ったし、やべぇな、なんだか最近楽しいことが多くていい感じだ。

 

「ということで、後は大翔さんの製作待ちです。ですからおじ様。お仕事頑張って下さいね。お父様お母様、お願いします」

 

「うむ、連絡感謝するぞ、朱乃」

 

『しっかり教育(調教)して働かせるから心配いらないわ、朱乃』

 

 げ、いつの間に呼んでやがった! 朱璃つきのバラキエルとか面倒な相手過ぎて仕方ねぇ……。前言撤回、俺は不幸だったぜ。




次話からちょっとムラムラできればいいなぁ……。


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第44話 堅実な攻め手

 「疲れました、兄さまぁ……」

 

 喉を鳴らして兄さまに甘える私。膝の上は私の特等席。……実際は私だけじゃなくて、他にもこの膝の上を特等席と思ってる人もいますけど、それはそれ。今も膝上はアリシアさんと半分ずつ分け合いっこです。そのアリシアさんは兄さまの胸板に頭を預けて半ば微睡んでいるような感じでした。

 

 部長は本当にお節介焼きな近所のおばちゃんみたいです。朱乃先輩が出張の名目で不在ということで、イッセー先輩はもちろん祐斗先輩や私への構いっぷりが留まるところを知りません。自分が寂しいからとくっつきたがる癖はどうなんでしょうか。イッセー先輩は大喜びで鼻の下を思い切り伸ばしてましたけど。

 あ、兄さまやすずか姉さまが作ってくれた洋菓子、とても紅茶に合って部長も喜んでましたね。紅茶の淹れ方は朱乃先輩に手ほどきしてもらって、まぁ飲めるぐらいのモノは出せたはずです。あの時間帯だけが唯一、学園の中で無心になれた時間でした。

 

「よしよし、今日も頑張ったね、白音」

 

 セラフォルー様の『ひーくん』事件があり、私も兄さまにお願いして名前を呼び捨てにしてもらうようにしました。朱乃先輩が言っていたように自分が兄さまのものって強く実感できて、実に悪くないです。

 変わりましたね、私。兄さまのモノだって実感できるのが、こんなにも嬉しく思うだなんて。朱乃先輩は私の変化を見越していたのか、余裕を残した微笑みを見せているのに少し腹が立ちます。それに朱乃先輩、実際には海鳴にいるわけで私よりずっと兄様と一緒にいる時間が長いわけです。それが余計に苛立ちの元になると言いますか。

 

「黒歌さんもお疲れ様。問題はなかった?」

 

「ぐむむ……私も黒歌と呼び捨てでいいと言ってるのに……」

 

「ごめん、なんだか『さん』づけじゃないとしっくり来なくて」

 

「……まぁ、いいにゃ。急いては事を何とやらにゃ……でも、持久戦は苦手にゃ……」

 

 黒歌姉さまは最初のアプローチを失敗してますからね。というか、色仕掛け全振りの姉さまは他の距離の詰め方が苦手というか、やったことが無い感じです。ただ、兄さまは色香や身体で距離を縮めようとすると……という方なので、なんだか姉さまは絶賛空回り中です。

 もうちょっとして、私も兄さまとの関係性を確固たるものに出来れば、姉さまのフォローにも回るとしましょう。ただ、今はまず私が兄さまのパートナーとしてハッキリ認識してもらわないと。

 

「昨日の襲撃もあったことだし必要な時以外は気配を消しているし、それにシトリー達がフォローしてくれるし大丈夫にゃ。あ、セラフォルーが徹夜で起こしたデザイン修正案を持ってくるから、後で時間ちょうだいって言ってたにゃ。細かい時間の調整は後でメールするってにゃ」

 

 会長曰く、寝ずにセラフォルー様は図案を起こしたのだとか。それで力尽きた後、今は溜めていた仕事の始末に追われているため、代行で会長が持参するとのことです。その図面はものすごく細かく書き込まれていて魔法少女への強い憧れがそのままこの一枚に詰まっているかのようだと、会長は苦笑いしていました。

 

「副会長も一緒にもう一度ゆっくり話をしたいと言ってました。だから、出来れば結界を張ってもらえると助かるみたいです」

 

「朱乃や黒歌さんに練習してもらう意味でちょうどいいかな。俺も傍に見ていれば、対応は出来るしね」

 

 あの時間の流れも変えてしまう結界は、兄さま以外にすずか姉さまが単独で、アリサさんとアリシアさんが二人で組めるのだとか。術式が緻密な構成のため、分担しても相当きついとアリサさんは言います。

 

「大翔もそうだけど、すずかもたいがい規格外だから。同じようにやろうとすると、潰れちゃうわよ。自分に自己暗示かけてまで、大翔と同じ術式を身につける子だもの」

 

 なんでも心理操作能力を鏡や音声再生器を利用して、自分にかけるのだとか。大翔さんが悲しむのを知り乱用はしなくなったらしいのですが……。

 

「すずか姉さま、無茶は止めて下さいね。まだまだ及ばなくても、私も頑張って代われる部分は出来るように努力を続けますから」

 

「ありがとう、白音ちゃん」

 

 私が安心してこの場所にいられるのは、兄さまだけじゃなく私達を保護すると断言してくれたすずか姉さまの力が大きい。普段はお嬢様で上品な振る舞いなのに、兄さまが絡むと一気に『一人の女の子』になるすずか姉さまはとても綺麗だし、また可愛い人だと思うんです。

 

『えっと、白音ちゃん。あのね……』

 

 そんなすずか姉さまと念話も使って内緒話です。一日ごとに体型が変わる私のために、姉さまはその度にちゃんと合うインナーを用意してくれていました。この件はアリサさん達も噛んでくれていて、皆が協力してくれています。

 

『だから、今日用意した分を後で試着してみてね? 2.5cm刻みで用意してあるから、大丈夫だと思うんだけど……』

 

 さすがに兄さまの前で堂々と話すことでもないためこういう形を取りますが、夜はベッドにインナー姿で集まることもあって、兄さまも日替わりで変わっていく私のブラジャーに気づいています。そして、その理由についても……。

 イッセー先輩が聞けば『なんと羨まけしからんそこ代われムッハー!』ということ請け合いですが、ベッドの上に集まる私達は兄さまとそういう関係性になっている、あるいはなりたいと思っているわけです。で、兄さまは例の恐怖症を抱えていますから、ある意味慣れてもらう意味合いも強いんですよね。

 最初は恥ずかしかったんですが、男性は兄さま一人で他全員女性という環境。寝室は姉さま達の魔道具により常に適切な気温や湿度に保たれていますから、下着一枚で動いていても体調を崩す心配はありません。男の子といえばエリオくんが加わっているものの、寝る部屋は別なのでその辺りは問題も無いですし。

 

 羞恥心とは別に、兄さまに見られるのが当たり前という状況で数日過ごすと、その状況に慣れてしまう自分がいて……慣れって本当に怖いです。すずか姉さまやアリサさん、朱乃先輩達はむしろ脱がす方になってますから、兄さまが逆に襲われる立場。私は肝が据わった女性の強さや恐ろしさを目の当たりにする毎日です。

 もちろん、見られるということはだらしない身体つきになるわけにはいかないので、皆さん体型の維持管理に気をつけてます。恥ずかしいということで言えば、皆がいる場所で兄さまに抱かれる姉さま達の方がよっぽど恥ずかしいと思います。恥ずかしい……ですよね? すずか姉さまや朱乃先輩はむしろ私が一番兄さまを気持ち良くさせられると見せ付けているようにも思える時があるのですが、きっと私の気のせいです、ええ。

 

「ひろくん。シトリーさん達が来ても話をした通り、気や魔力の循環をしてあげちゃダメだからね?」

 

 会長達との別れ際にはとにもかくにも私達以外への施術禁止令が出た兄さまでしたが、海鳴に戻り話を聞いたアリサさんが兄さまの魔力と気の循環が相手の身体にどのような影響を及ぼすか、具体例をあげて説明していました。

 具体例の被験者になったのがフェイトさんや朱乃先輩。自分の身体がどのような状態になっているかを積極的に兄さまに説明するのですが、いかに自分が兄さまの施術を受けると発情するのかをそれは丁寧に説明していました。卑猥なことを隠すことなく暴露することを求められ、口にすること自体に悦を覚える性癖……マゾヒズムって怖いと痛感しましたが、男女関係になって長いすずか姉さま達以外でもこれだけ兄さまとの営みに夢中にさせる副効果があると知り、兄さまは頭を抱えていました。

 

「ふふふ、でも、まだお兄ちゃんの女にしてもらっていないその人達はマシだよ? すごくリラックスできて、気持ちいい感覚に浸って、またこの感覚に浸りたいなーという感じで済むから」

 

「そうですわね。大翔さんに一度抱かれてしまうと、魔力や気の循環をしてもらうだけで、正直、身体の奥が疼いてしまって仕方なくなりますもの。先程、ご説明した通りですわ」

 

「あの二人も既に手遅れかも……あれは牝の顔だったにゃ」

 

 親切心が仇になるというやつですが、兄さまに癒しを求めようとする要素が多いお二人です。多忙で生真面目で何でも手を抜くことをよしとしない……だから、逆に解き放たれてしまうと一気にのめり込む感じがします。

 

「特定のお相手がいる方なら大丈夫とは思いますわ。情欲を刺激されるだけで、それは自分のパートナーに向かうだけですから」

 

「カリムさん……」

 

 なぜか肌襦袢といった出で立ちのカリムさん。シェイプアップ完了の目処が立ったことで、積極的に兄さまに自分の身体に慣れてもらうプロセスに入っています。兄さまの隣に椅子を引き、腰を下ろしたカリムさんは責務を抱える者としての視点から話を始められました。

 

「すずかさんもアリサさんもそうですが、家であったり組織であったりと将来的に責務を担うと小さな頃から教育されている者にとって、大翔様は安心して身を委ねられる方なのです」

 

 共に自分が抱える責任に対して、一緒に抱えてくれる人。いざとなれば自分を連れて逃げてくれるという安心感。そして、多忙の中で心身ともにリラックスできて、次の困難へと立ち向かう元気をくれる技術を持っている稀有な人だと、カリムさんは言います。

 

 元々、魔力で房中術めいたことをするようになったのは、すずか姉さまやアリサさんの疲れを少しでも取り除き、明日への活力を取り戻させる目的で兄さまが模索した結果だと言います。心を預ける相手に抱き締められて穏やかな時間を持ち、身体の調子も整えてもらえる……。

 その模索の結果が、相手の調子に合わせて細かい状態を整えられる技術へと変わり、かつ『気』を身につけたことで、女性の身も心も蕩けさせるようになった兄さま。

 

「もちろん、今の大翔様ならタイプ問わず、自分のパートナーにできる可能性が高いと思います」

 

「……いえ、そんな状況は謹んでご遠慮申し上げます」

 

「くすくす……はい、承知しております」

 

「気を付けます……まさか、相手の身体にそんな変化が起こってるなんて予想してなかったですし」

 

「一度抱かれてしまえば、発情を促進する追加効果も発動するから、ますます離れなくなるし。大翔のセックスは相手に合わせて細かくやり方を変えるし、相乗効果で女は絶対に離れていかないにゃ。というわけで、私もいつでも完全に堕としてくれていいのにゃ」

 

「謹んでご遠慮申し上げます」

 

「即答!?」

 

 すぐに持久戦をかなぐり捨てる姉さまの春はとっても遠そうです。カリムさんも腕を絡める程度なら平気な所まで達しつつあるのに、姉さまは手が触れるだけで拒否反応が出る時がありますから。肉食系の本性を出し過ぎなんです、まったく。

 

「兄さま……」

 

 身長が伸びるにつれて、私のおっぱいにも谷間が出来るようになってきました。こうやって兄さまに甘える振りをして身体を擦り寄せながら胸を強めに押し付けると、兄さまは途端に慌て出します。でも、拒否反応が出るわけでもなく突き放すこともないため、姉さまと私の差はとても大きいと言えますよね。

 

「し、白音!」

 

「ちょっと甘えさせて下さい……」

 

 既に膝の上という時点で甘えてるというツッコミは無視です。無自覚系女子を演出する私のBからCに向かう絶賛成長中の膨らみを感じるといいです。えいえい。

 

「まぁ、白音さんったら。私も失礼しますね?」

 

「カ、カリムさんまで……ええ、お好きになさって下さい」

 

 兄さまの身体は一つしかないので、こういう所は譲り合いも必要です。兄さまの腕に寄り掛かり、自分の身体を預けるカリムさんもとても心地良さそう。また、スキンシップの延長線に兄さまとの夜の営みがあるわけで、こういう意識づけって大切だと思うのです。

 

「あらあら、諦めも肝心と申しますが。大翔さん、嫌な時は嫌と仰らないと駄目ですよ?」

 

「嫌だったらそう言いますよ。ちょっと戸惑ってしまってますけど、自分の行動が原因でもあるって分かったので大人しくしてます」

 

 はい、ぜひそのまま大人しくしていて下さい。あ、でも、理性を吹き飛ばして、雄の本性を見せる兄さまは大歓迎かも。朱乃先輩は兄さまを普段はこうして弄ってますけど、夜は完全に関係性が逆転しますから。それも含めて朱乃先輩は毎日を楽しんでいるので、本人としては充実してるんでしょうね。




ムラムラと思ったらイチャコラだったよ!


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第45話 遅延性の魅了効果

えっちぃ行為への道筋を作らなければ……!


 「すいません、連日お時間を取って頂いて」

 

「いえ、お気になさらず。えっと、外での一時間が結界内での一日に相当するので、時間は取れますから」

 

 初対面のメンバーとも挨拶を終えた後、頭を下げたシトリーさんにひろくんは笑って応じました。一緒に頭を下げて身を起こした真羅さんは、ベッドの側面に身体を預ける形でぐったりしている朱乃さんや黒歌ちゃんに気付いて、少し心配そうな表情を浮かべます。

 

「……えっと、姫島さんや黒歌がグロッキー状態なのは……」

 

「ああ、真羅さん。それは彼女達に結界の構築をしてもらったからです。演算とか細かい制御とか、維持するための魔力をどれだけ注ぐのか……まぁ、慣れていないと疲れる作業なんです。一度構築してしまえば、この部屋に設置した魔導具が補助してくれるので魔力を注ぎ続ける必要は無いんですけどね」

 

「当面やりたくないにゃ……」

 

「黒歌に同意しますわ……」

 

 シトリーさん達に断りを入れて、ひろくんが二人にいつもの循環を施していきます。これは私がわざと勧めたところもあって、シトリーさん達の反応を見るためという側面もありました。ひろくんには念話で私の意図は伝えたので、躊躇いなくひろくんも動いてくれます。

 

「あああ……いい湯加減だにゃあ……」

 

「なにか違う気がするのですけど……あんっ、でも相変わらず気持ちいいですわ……」

 

 黒歌ちゃんも朱乃さんも頬が上気したような感じになって、口元が程良く緩んだ状態になってくる。下衆な言い方をあえてするなら、発情した雌の顔とでもいう感じかな。でも、その情欲はひろくんにだけ向けられるものだし、二人ともシトリーさん達のことを気にする様子も無くて、ひろくんを真っ直ぐに見つめていた。

 

「……姫島さん、なんだかとても色っぽい……」

 

「黒歌を完全に手なづけていらっしゃいますね……」

 

 素直な感想を口にする真羅さんに、平静な様子を見せるシトリーさん。対照的だけど、二人とも首筋がほんのり赤くなっている。ひろくんの力が巡る感覚を思い出している、そう推測が出来た。

 

「さて、まずは本日の来訪の一番の目的を済ませるということで。こちらが姉が書き上げた設計図になります」

 

 朱乃さんや黒歌の体調が整えられたところで、皆でセラフォルーさんが作成した設計図を見せてもらったんだけど……ものすごい情報量。

 

「うわなにこれ。デザインの細かさもそうだけど、寸法とか厚みとかびっしり書き込んであるじゃない」

 

「そうだね、アリサちゃん。ひろくんじゃなくても、ここまで細かく指定してくれていれば私がこのまま作ってしまえると思う。バリアジャケットの形状は確か朱乃さんの世界の魔法少女アニメがモチーフだったよね。希望する生地の質感までしっかり書いてあるし……うん」

 

「この熱心さを職務になぜ向けて頂けないのか……」

 

 感心したり軽く引いたりする私達を余所目に、シトリーさんは深いため息をつく。真羅さんも一緒に苦笑いしているということは、きっとアザゼルさんみたいな感じなのかな。

 

「アザゼルと同じタイプにゃ」

 

「ええ、おじ様と同じような感じだと思います」

 

「アザゼル? あの堕天使の総督ですか?」

 

「ええ、会長。父やシェムハザ様が同じような悩みを抱えているのです」

 

「塔城さんの部屋で確か、お父様と和解したと伺いましたが……総督とも親しいのですか?」

 

「昔、おじ様のような存在としてよく遊んでもらっていたのです。父との和解に伴って、おじ様との交友も復活しましたから」

 

 昨晩の歓談時間の時に、朱乃さんはその辺りの話にも触れていた。ただ、バラキエルさんとの話が中心だったのでアザゼルさんの話は出てきてなかったね、確かに。

 

「昨日もシトリー達と別れた後に、また仕事抜け出してきて追手にしっかり引き渡したのにゃ……ちょっとは大翔を見習えって感じにゃ!」

 

 封時結界の活用をしつつ、ひろくんは月村やバニングスの企業経営に関わる勉強や与えられた一部の業務も並行して熟している。そういう姿を黒歌ちゃんも見ているから、どうしても比べてしまうみたい。

 

「私達の相手をしてくれる時間とは別に、書類に向かう時間も長いですもんね、兄さまは……」

 

「俺だけじゃないよ。すずかもアリサもそういう時は一緒に紙やパソコンとにらめっこしてるだろ?」

 

「単純に二つの会社に関わる以上、私やすずかの倍の作業量じゃない、アンタは」

 

「んー、でも、両方見てると色々組み合わせたら面白いことが出来そうだなとか、気づくことも多いんだよ? これはこれで結構楽しいんだ。後はいかに早く終わらせるか自分で色々試したりとか……」

 

 ふふっ……改良とか作業効率化するのが大好きなひろくんらしいね。私も一緒にお父さんやお母さんに任せてもらった案件を受け持つ時に、相談しながらアイデアを出し合ったりするのが楽しいし。それに、朱乃さんが専属秘書になるために少しずつ可能な範囲でひろくんの業務を補助したりするようになってるから、視点が増えて意外なことに気付いたり……。

 

「まあ、その話は後にして。これ、皆も見てみて」

 

 デバイスの作成となればひろくんの得意分野。私も好きな分野でひろくんの作業を補助することも多いから、一緒に空中ディスプレイを出現させた後、立体図を簡易作成するのを手伝いしていく。その手際の良さにシトリーさんや真羅さんが感心しているけど、ひろくんのやり方を知っているからこそスムーズに出来るだけの話だよ。

 

「立体図に起こしてみたんだけど、この辺り、実際に持つと重心が悪くなるかもしれない。その辺りをセラフォルーさんに伝えてもらえると……」

 

「それとこれはお節介だけど、スカートが短すぎて色々見えちゃうんじゃないかなぁ……」

 

「月村さんの助言も含めて『必ず』姉に伝えます。破廉恥に過ぎますよね」

 

 渾身の一作を立体にしてみれば、細かい修正点が出てくる。その辺りをシトリーさんは控えて、ひとまずデザインの件は持ち帰りになる。ひろくんはひろくんで一度試作をしておいて、次の機会に見せられるようにしておくという話になっていた。

 

「しかし、塔城さんも雰囲気が変わりましたね。上級生の間でも結構話題になっているんですよ」

 

「?……私ですか?」

 

「ええ、会長の仰る通りです。気分を悪くしないで頂きたいのですが、マスコットのような可愛らしさがあった塔城さんが、急に大人びた印象を持ったという話で」

 

「現実世界ではまだ二日程度しか経っていないので、二、三センチぐらい伸びたように幻術で見せていますから……そんなに変わったつもりは無いです。実際に十センチ近く伸びたこの姿はまだ見せられないですし」

 

「外見だけの話では無いと思いますよ、塔城さん。それこそ、数日後に休校明けとなる姫島さんも大騒ぎになると思いますが」

 

 シトリーさんと真羅さんは、二人の雰囲気が以前と全然違うと指摘する。朱乃さんも白音ちゃんもそれぞれ女性らしい身体つきに変わっていっているけれど、それだけじゃないという。ひろくんの存在を知った今は納得できるけれど、それを知らない他の生徒からすれば大騒ぎになるはずだと。

 

「もともとお二人は学年で一番を争う美女や美少女と呼ばれてますけど、そこからさらに突き抜けた感じなんです。同性でもドキッとするような色香というか……」

 

「男が出来たとか、その相手の男性は誰だとかで騒ぎになったり、元浜くんが倒れただの……実は今日、塔城さん関連で生徒会も引っ張りだこだったのです」

 

「そういえば、イッセー先輩は今日私を見て固まって……その後、ものすごく泣いてました。すごく挙動不審だった感じです」

 

「思った以上に塔城さんが与えたインパクトが強烈だった、ということですよ。しばらくの間、生徒会役員が事前に騒ぎの芽を摘むために近くについていることが多いかもしれませんが、宜しくお願いしますね」

 

「……私、登校するのが怖くなってきましたわ」

 

「『朱に交われば赤くなる』……日本のことわざですが、姫島さんや塔城さんは今一緒に過ごしている人達の影響を受けているでしょうから。月村さんやバニングスさん達のような、容姿に優れた方達が少しも妥協せず自分の身体や肌の手入れを徹底している。そういう日常が当たり前になると、お二人も自然と精練されてきますから」

 

 微笑むシトリーさんに対して、戸惑う様子を見せた朱乃さんと白音ちゃん。私にとっても長年の当たり前の習慣が、その習慣にひろくんとの営みであったり魔力や気の循環が入っているから、朱乃さんや白音ちゃんにはより顕著な影響を与えたんだろう。

 

「姫島さん、空知さんに向かって時々すごく扇情的な仕草や表情をされる時があって、こちらまでドキッとしたりするんです。空知さんが堂々と対応してるのが信じられないぐらいで」

 

「もう、真羅さん。真剣な顔をしてそんなことを言わないでください。そんな、誘うような顔……してました?」

 

「ええ、とても」

 

「……恥ずかしい、ですわ」

 

 恥ずかしがりながら、ひろくんに寄り掛かる朱乃さんは本当に恥ずかしいのかな。反対側は私が確保しているから、別にいいんだけど。

 ただ、確かに朱乃さんは驚くほど艶やかな色気をまとう時が出てきているし、白音ちゃんも出る所は出て丸みを帯びる所は帯びてきて、異性により魅力的に映るようになってきている。それが全部ひろくんに向かうんだけど、ひろくんは受け入れると決めた相手に対してはその瞬間のありのままの相手を受け止めるし、そういう覚悟が出来ている。だから、傍目には動揺せずにどっしりと構えているように見えるんだろう。

 黒歌ちゃんのようにそういう心持ちになっていない相手には、どうしようもないぐらいに取り乱してしまうけど、それがひろくんだから。ひろくんの特別、という感覚はとても満たされるものだもん。

 

「月村さん。改めて、貴女にもお詫びを。姉がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

「……セラフォルーさんがどこまで本気であのようなことを口にしたのかは分かりませんが、私も最終的な判断はひろくんに委ねていますので」

 

 介入する気であっても、一応はこう答えておくべきだろう。最終的な判断に至る前に色々入れ知恵やお願いをするだけの話だから。それに、シトリーさんが尻拭いするのも違うという感じがするもん。

 

「正直、姉がどこまでそのつもりなのか……私にも測りきれないのです。姉は直感に従って動く時も多……いえ、あるので」

 

 多いって言いかけたよね、シトリーさん。ただ、あの人は直感だけじゃなく、蓄積された経験も合わせて瞬時に判断してるようにも思える。そうでなければ、一つの種族の長などやっていられるものじゃない。

 

「あの、それでですね。もう一度、マッサージをお願いできませんか?」

 

「ええっと……」

 

 そんなやり取りに、直球を投げ込む女性が一人。慌てて声の主に振り直る私やシトリーさんの視線の先には、真羅さんがひろくんにお願いする姿がありました。ただ、昨日と違って今は私だけではなく、アリサちゃんやアリシアちゃん達という頼れる存在がいてくれます。

 

「すとっぷ。だよ~、椿姫さん」

 

「ええと。テスタロッサさん、ですよね。やっぱりマズいでしょうか……空知さんも困ってますし……」

 

「いやそもそも、アンタから受ける印象としてそれほど親しくも無い男に身体に触れられるのが平気なようには見えないんだけど」

 

「バニングスさん、私ってやっぱりそんな印象ですか?」

 

「ええ、とっても」

 

「真面目一直線って感じ。あ、私はアリシアでいいよ~」

 

 二人の率直な物言いに口に手を当てながら、少し俯く真羅さん。ただ、すぐに顔を上げて、アリサちゃん達に向き合っていきます。

 

「その、自分でも不思議なんです。空知さんに触れられるのは平気で、むしろとても安心できて。彼の魔力や『気』がそのまま彼の性格を表しているんでしょうか……他の方ではこうはいかないです。もう一度その……してもらえたら、自分の中でハッキリするものがあるかなって」

 

「あー、真っ直ぐだー。素直に来ましたよ、アリサさんや」

 

「平常運転のアンタに安心するわよ、アリシア。そっか、真羅さん。アンタは真面目だけじゃなくて、自分の感情には素直になる一面もあるわけね」

 

 アリサちゃんは私に一つ目配せを飛ばして、シトリーさんも含めて聞いておきなさいとひろくんの魔力や気脈がもたらす影響について二人に説明をしていきます。二人は驚くというよりは、どこか納得した表情でアリサちゃんの説明に頷いていたのです。

 

「元は月村さんやバニングスさんの調子を整えるために、空知さんが試行錯誤をした結果なのですね……そこに気脈が加わって、異性に対しては魅了にも似た効果を発揮すると。身を委ねたいと思う感覚はそこからだったんですね」

 

「大翔に自覚させてなかった私達も悪かったのよ。ただ、アンタらは今なら間に合うわけ。中毒性があるから、繰り返しになると本当に大翔から離れられなくなっていく。断言しておくわ」

 

「私が実際に変わっていく自分を自覚する日々ですから……リアスのことは大切な存在であることに変わりないけれど、正直、私は大翔さんを優先してしまうと思います。そのことに迷いが無くなっていくのが分かって、そんな変化を受け入れている自分がいるのです」

 

 復活してきた朱乃さんも続けて自分の変化を口にしたことで、シトリーさんも渋い表情に変わってしまいます。

 

「恐ろしい話ですね。知らぬ間に眷属との絆が揺らぎかけていたのね、リアスは」

 

 ひろくんがグレモリーさんの眷属を抜けて欲しいと願えば、白音ちゃんも含めて二人は首を縦に振ってしまうだろうと言います。実際にひろくんが言う言わないは別の話ですが、それぐらい気持ちが傾いてしまっているということなのです。




次話も含めてちょっと強引になるけど、エロスのためなので
勘弁してつかぁさい……!


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第46話 理知

久方のエロスへの導入。


 「シトリーさんが仰った約束を破るつもりはありません。朱乃や白音がグレモリーさんの眷属にいられなくなる状態となれば別ですけど、こちらとシトリーさんのいる世界の行き来する方法は確立していますし。ですから……」

 

「ありがとう、空知さん。ふふふ、貴方の言葉を信じようと素直に思えてしまうのは、貴方の魔力や気をこの身で知ったからかしら。さて、問題は私と椿姫ですね」

 

 ひろくんの言葉にシトリーさんは頷き、表情を柔らかなものへと戻しました。問題と口にしながら、彼女にはどこか余裕があります。

 

「バニングスさんに指摘される以前に私や椿姫が似たような感覚を覚えたこともあって、空知さんの施術にはご本人の自覚有り無しに関わらず、そういう危惧はあるのかもしれないとは感じていました。ねえ、椿姫」

 

「はい、お聞かせ頂いた話で私達の予想の裏付けが取れました。自分の心のこととはいえ、厄介なものです。今の話を聞いてなお、空知さんの施術を受けたいと思う自分がいますので……」

 

「空知さんに魔力や気を巡らせてもらった後は、快眠後の目覚めにとても良く似ていました。昨日はよく眠れましたし、身体の調子が整えられている証拠ですね。姫島さんや塔城さんも毎日この施術を受けていると考えると、肌艶もいい状態に保たれているのが納得できてしまいます」

 

 来訪者の二人は怒るでもなく焦る様子もなく、魔力や気の循環が与える効用と副作用を天秤にかけ、どうしたものかと思い悩む様子がありました。

 

「俺は非難されるものだと、思っていました」

 

「そうですね。私がここで空知さんを責めて、何か私に利をもたらす交渉をしても良いのですが……。ただ、そうなれば友好的な関係を築きたいと願っていることについてはひっくり返ってしまいますよね?」

 

 シトリーさんはひろくんの魔力や気の循環がひろくん自身を雄弁に物語っており、あの温かさを知ることで好印象を抱きやすくなるのは、魅了に似た効果を差し置いたとしても十分考える話だと言います。

 

「私も若手悪魔の中では魔力制御技術に優れていると評される者です。自分の中を巡る空知さんの魔力や仙術の『気』の力が自分にどのような効果や副作用をもたらすのか、ある程度分析は出来たのですよ。個人差はありますので、椿姫には思った以上に効果が出たようですね」

 

 朱乃さんや塔城さんの様子を見ても洗脳されているわけでもなく、自分の意思でひろくんに付き従うことを選んでいるように見えますし……とシトリーさんは補足していました。

 

「欲望に忠実たれ……他勢力にも知られている悪魔の有名な行動指針です。そこまで大げさなものではないにせよ、魔力の流れを整えられてリラックスした状態に誘導された上で、房中術に似た効果により一種の催淫効果を与えられることで、空知さんへの好意を誤認してしまう……そんなタネが分かっているのであれば、あえて我慢する必要がどこにあるでしょうか。もちろん、空知さんが嫌だと言うのなら無理強いするものでもありませんが」

 

「シトリーさん、俺は……」

 

「ふふふ、言い淀むのも無理はありませんね。実際に貴方の施術を受けた感覚を知っているのは月村さんや姫島さん達であり、その彼女達が懸念を示しているわけですから」

 

 仮の話だと前置きをして、シトリーさんはひろくんに自分が惹かれてしまったとするなら、ひろくんをシトリー家の入婿にするべくあらゆる手を使うだろうと言います。ただ、そうなれば困るのは私達であり、自分自身も容易く心を絡め取られるつもりもないのだと。

 

『会長も自信がおありのようですけど、大翔さんの魔力や気の力を相当低く見積もっておられますね。そもそも、誤認という時点で分かっていらっしゃらないですわ。それこそ、今の発言を恥じるほどに大翔さんに嵌ってしまいかねないのに……。うふふ、家を捨ててでも大翔さんの傍にいたいと訴える会長が見えるようですわ』

 

 身勝手な言い分に聞こえて怒りを覚えかける私だったけど、彼女の自分の理性に自信を見せる態度であったり、ひろくんがそっと背中に手を添えてくれたり、朱乃さんの念話を聞いたりしたことでひとまず矛を収めることにした。だけど、彼女への警戒心は一気に強まる。理性的に見えようとも、彼女は純血の悪魔。人の常識がそのまま通用する相手じゃないんだ。

 

「そういう話になるならば、貴女達に魔力や気の循環を行うつもりはありませんよ」

 

「……ええ、承知しています。先程申し上げた通り、私は貴方達と友好的な関係を築きたいのです」

 

 きっぱりと通告するひろくんに対して、シトリーさんは柔和な表情のまま。手を静かに胸に当て、瞳を閉じた格好で彼女は自分の考えを語っていきました。

 

「空知さんの施術が身体のみならず心も蕩けさせて好意を抱きやすくなってしまうというならば、それを含めて自分の心を見据えればいい話です」

 

「……えー、感情ってそんなもんかにゃ?」

 

「自分の中でどう思うかは別ですよ、黒歌。ただ、その心に素直に従うのではなく、間引いて動くようにするのです」

 

「……会長。それは個々の性格に加えて、幼少期から感情制御を訓練し続けて始めて可能になる話だと思います」

 

 真羅さんの指摘に首を傾げているシトリーさんだけど、悪魔の貴族としての教育を受けてきていると聞いている。多分、私やアリサちゃんが旧家だったり家業の跡取りとして受けてきた教育の一環に似たようなものだろうけど、私はそれでも自分の心を押し留めたり表に出さないようにするのが精一杯だよ。出来ない時だってあったりするし……。

 自分の心に湧き出た感情を間引いて考えるって、よほど自分の精神が強くないと出来る事じゃないと思う。あるいは、最初から感情が欠落してるとか……そういう話になっちゃう。

 

「シトリー、今まで婚約者に嫌悪感とか好意を持ったりとかなかったわけ?」

 

「黒歌。貴女も知らないわけでは無いでしょう。悪魔の貴族同士の婚姻は個人の感情が入る余地は無いのだと。私は両親から一つだけ条件をつけていいと言われ、せっかくなので私よりチェスの強い者という条件を提示したのですが、どうにもこの条件が厳し過ぎたようでして」

 

 ……何回やっても、どれだけ研究しても勝てない婚約者が敗北感に打ちのめされ、とうとう婚約解消を申し出てきたのだそうだ。シトリーさんとしてはチェスの条件は別として、両家の意向に従うつもりがあったものの、ご両親も婚姻にあたって条件を飲む約束をし、相手側の婚約者もそれを知った上で当初受け入れた経緯もあり、どんどん意地になってしまったのだとか。

 

「良くも悪くも誇り高い貴族悪魔といった方です。チェスについて条件を受け入れ、私に勝てなかった以上、負け続けたまま私を強引に妻にするわけにはいかないと。危ない局面も幾度かありましたし、その都度互いに研鑽をした結果、たまたま私に運があったということだと思っているのですが。彼には悪いことをしました」

 

「……ああ、色んな意味で打ちのめされてしまったわけね……ご愁傷様にゃ」

 

「あまりに男女の機敏について理知的に過ぎる、ということだそうです……今後の会長のためと、相手の方も私に助言を残してくれたのですがこればっかりは……」

 

 彼女は冷静ではあるけれど、冷たいという印象を受けるわけではないよね。ただ、相手の人が居た堪れなくなっちゃうほどっていうのは……。

 

「うーん。優秀に見えるシトリーさんの隠れた弱点、といった感じだねぇ……私は恋愛に限らず、わりあい気分で動いちゃう人だから真逆だよ」

 

「アリシアさん。男女間の愛情や憎しみは理屈ではなく、まして家族愛とも違うものだと、それは分かっているつもりなのですが……頭でしか分かっていないというのは、姉にも指摘されているのです」

 

「うん、恋愛なんて感情に振り回されてなんぼだと思うし……ひーちゃんみたいな人が相手ならシトリーさんも話がしやすいんだろうけど。とはいえ、ひーちゃんも私達のことが絡むと行き過ぎるあまりに感情を殺したりしてるんだよー」

 

「黒歌ちゃんの追手が来た時なんかそうだけど、シトリーさんは見てないもんね」

 

「……今の空知さんからは想像がつかないほど、冷たく怖さを覚える顔をされていました」

 

 私の言葉に真羅さんがその時の感想を口にする。ひろくんは苦笑いであの時はごめんなさいと謝ったのに対して、真羅さんは家族のことを思うが故だろうからと気にしていないと応えてくれていた。

 

「まぁ、それはそれとして……うーん、マッサージを受けるのは条件付きでいいとは思うんだ、私」

 

「話聞いてたわけ、アリシア? 大翔の施術が彼女の理性を凌駕して、コイツに惚れたらどうすんのよ」

 

「色々手はあるよ。例えば、房中術にも似た効果を発揮する『気』については使わないとかね。ひーちゃんの場合、魔力だけでも体調を整える力は十分あるわけだし。あと、これは最後の手段だけど、シトリーさんがひーちゃんを独占しようとするようなことになれば、関連する記憶をぼやかしてしまう方法もあるしね」

 

「……記憶操作、ですか? 仙術や精神干渉の魔法を組み合わせれば、確かに可能かもしれませんが」

 

「身体に染みついた感覚までは消しにくいし、消すまではやらない方がいいけどね。無かったことにするっていうのは予想できない所で変な影響が出かねないから、ぼかすことで詳しい内容を覚えていない夢の感覚に置き換えるほうがいいんだよ。詳しいことは思い出せないけど、とっても気持ちいい感じの夢だった……みたいにね。恐怖とかはフラッシュバックして何かの拍子で思い出したりするけど、気持ち良かったことは無理やり思い出さなくても、いい夢だったことは分かってるからそれでいいよね、ってなりやすいし」

 

 ……ああ、そうだった。私はひろくんの命や心を守るためなら、家族以外のどんな犠牲も厭わないと決めているけれど、そもそも紗月さんはそれをずっと貫いてきた人。最近は私がその役割を務めることが多いから、この一面を見せることが少なくなっていたけど……。そして、同じ身体を共有するアリシアちゃんも紗月さんの影響を強く受けているから、ひろくんやひろくんの大切な人達と敵対する相手には一切容赦することがない。

 ほくそ笑むアリシアちゃんと紗月さんは一旦言葉を切って、間を取り順番に場の皆へ目線をやった後、再び口を開きました。

 

「さて、ただ『気持ちいい』という感覚なら忘れる必要はないよね。だから、ただの魔力や気の循環じゃなくて、そこに加えて互いの感覚を共有して制御が効かない状態を実体験してもらおうと思うの。理性ではどうしようもない感情や感覚の力があるってこと、体験してみる勇気はある? 記憶はぼやけたとしても身体で一度覚えれば、理屈が通じない体験をいうのを身体は忘れないから、理性的なシトリーさんの考え方も少しは変わると思うよ」

 

「あら、これは挑発されていると受け取ったほうがいいのでしょうか」

 

「どう受け取ってもシトリーさんの自由だよ」

 

「……やりましょう。空知さん、宜しくお願いしますね」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 アリシアさんの軽い挑発に乗る形で、私や椿姫を含めた女性陣はエステサロンで使うようなバスローブに着替えます。更衣室での着替えの際にあまりに堂々とされていたので、隠すつもりもなかったようなのですが……私と椿姫を除いた皆さんはローブの下は何も纏っていません。指摘した私にちょっとした対策なのだとアリシアさんは仰いましたが、何に対しての対策なのかはすぐに分かるとのことで煙に巻かれてしまいました。

 さて、着替え終わった後はもう一度部屋に戻り、他の方々と一緒に空知さんを中心として円を作ります。円の下にはアリシアさんが作成した魔法陣が組まれており、後は起動させるだけの状態となっていました。

 

「ひーちゃんだけはちゃんと除外対象に出来てるし……よし、これでいいね。黒歌ちゃんのお陰ですずかちゃんの特殊能力に頼りっぱなしだった『感覚共有』も『気』を理解したことでこうやって魔法陣でも組めるようになったもんね。感謝感謝♪」

 

「いやいや、仙術系統の力を魔法の数式に書き換えられるアリシア達もたいがいにゃ。書き換えは大翔の力を借りずに、すずかとアリサとアリシアでやったんでしょ?」

 

「そうだよー。だって、私達が楽しむための目的だし、ひーちゃんの時間を取るのもどうかと思ったからー。それに魔法陣なら起動してしまえば効果時間の間は発動した人間も制御に手を取られないし、効き過ぎたと思ったら陣の外に出ればいいからねー」

 

 軽い調子で話しているものの、アリシアさんの言っていることはそう容易く為せることではありません。そんな苦労を全く感じさせないような軽口を崩すことなく、アリシアさんは再度私や椿姫にも耐えられないと思ったら陣の外に出るように告げて、陣を起動させたのです。

 

「さて、この陣は起動した人の感覚を陣の中にいる人に共有させるものだよ。だから、すずかちゃんが起動し直せばすずかちゃんの感覚が共有されるし、シトリーさんがやったとすればシトリーさんの感覚が以下同文なの。ま、早速体験するのが早いのでやってみよー。ささ、ひーちゃん。私を膝の上に乗せて下さいな。あ、白音ちゃんはステイね」

 

「私は野生の猫なんかじゃ……あっ……」

 

 塔城さんの抗議の声は自然と立ち消えてしまいます。そう、私も同じ感覚に囚われたから分かってしまう。空知さんの魔力や気がアリシアさんを巡ることによる、なんとも温かなあの包まれるような感覚だけではなく……お腹の最奥が突然強い熱を持ち、鈍い痛みにも似た感覚を持ち始めたのです。

 私が知らない、初めての身体の反応。そして、この感覚をアリシアさんは当たり前のように受け入れているのに戸惑いを覚える間もなく、彼女が空知さんの胸に顔を寄せて彼の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ途端、熱と鈍痛が一気に強さを増していったのです──。




☆次回予告風

理性の力を信じるソーナ・シトリーは自身の拠り所が音を立てて崩れていくのを痛感する。
自らが女であり、雌であることを意図せぬ形で無理やり自覚させられていく彼女は、
このまま堕ちて変質してしまうのか──!

『会長、堕ちてしまえばきっと幸せになれますから』

裏切りのユダ、椿姫の囁きが彼女を追い詰めていく……!

(なお、あくまで予告『風』であり、この通りになるわけとは限りません)


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第47話 集団発情(※)

前回あとがきの次回予告は誇張表現です(言い訳)

小猫ちゃんが会長のことよりも私のことを書くのが先でしょうって、
腹パンしながら言ってくるもんだから(吐血)


 「『子宮が疼く』って言葉、知ってる? 大好きな男の人に抱かれる感覚を知って、ましてそれが仙術の『気』を扱える人が相手だから、こうやって気を巡らせてもらうだけで身体が一つに交わりあった時の感覚を思い出すんだよ」

 

 鈍痛の合間に『きゅうっ』と生命を産み出すための器官が収縮を繰り返す。その感覚を望んで受け入れているアリシアさん。下腹部の熱は増すばかりで怖さすら感じる私に対してあまりに対照的な彼女。

 

「……兄、さまぁ……♪」

 

「し、白音?」

 

「猫魈の発情、だにゃ……周期から外れてるかもしれないけど、こんな、こんな感覚を教えられたら、うう、私も我慢できなくなるにゃ……」

 

 黒歌の声に何とか顔を上げれば、とろんと瞳を潤ませた塔城さんが『戦車』の力を迷いなく使い、アリシアさんを半分押しのける形で強引に空知さんの膝上を確保していました。

 

「ごめんなさい、アリシアさん。でも、我慢できないんです……もう。こんなの教えられたら、もう……!」

 

「大丈夫だよ、白音ちゃん。ねえ、せっかくだから、私と貴女の感覚を合わせてみようよ。二人分だから、もっとすごいことになるよ……同時にひーちゃんに甘えてみよう?」

 

「はい、わかりましたぁ……」

 

 熱に浮かされたように術式を発動させる塔城さん。手の動きは少し散漫であっても、魔法陣の発動は非常にスムーズなもので、アリシアさんと合わせた多重起動の状態も問題なく保たれています。

 

「ふふ、アリシアさん、フォローありがとうです。私の鼓動が激しくなってるの伝わってますよね?」

 

「うん、大丈夫だよ。とってもドキドキしてるね、白音ちゃん」

 

「ああっ、兄さまの匂いもより強く感じられて、これだめです、だめになるのっ……!」

 

 自分の感覚ではないと分かっていても、まるで自分自身の鼓動が高鳴り、彼の匂いに興奮して、収縮と膨張の頻度がどんどん休みなく続くようになって──。

 

「す、ごいですぅ……軽く、きちゃい、ましたぁ……」

 

「うん、連れて行かれ、ちゃった……ほら、他の皆も蕩けてるでしょ、白音ちゃん」

 

 頭が真っ白になって何が自分の身に起きたのか理解できないまま、意識の空白から戻ってきた私は散漫な動きで他の人の顔を見渡せば、皆同じような顔をしていました。口元が開き、やや虚ろになった潤んだ瞳は空知さんへ向けられていて、肌は紅潮し熱を持ち始めて、足元はだらしなく思えるほどに開かれていました。

 

「はい、皆発情、してるんですね……」

 

「シトリーさんと真羅さん、陣の外に出した方が……」

 

「ダ・メ・で・す。兄さま、今はちゃんとアリシアさんや私を見て下さい……その後は、すずか姉さまやアリサさん達が順番を待ってるんですからぁ」

 

 発情……これが、発情。まるで漏らしてしまったようにしとどに濡れてしまったショーツの冷たさを少しも感じさせないぐらい、彼女達の感覚と同調し私の身体は火照りを感じてしまっています。

 

「うふふ、小猫ちゃんにつられてイッてしまいましたわ……でも、大翔さんのモノに貫かれてイケるようになると今の何倍も気持ちいいんですよ?」

 

「早く、そうなりたいです。ねえ、兄さま……私に、白音に兄さまをもっと教え込んで欲しいです……」

 

 空知さんを求める衝動からか、自然に輪を狭めていく姫島さん達。完全に飲まれている椿姫がその輪に加わっていますが、私だって少しでも気を抜けば、身体に引きずられるように心までこの熱に引き込まれてしまいかねない。

 

「だって、兄さまも反応してくれてます……お尻に当たってるの、硬くてぇ、ものすごく熱を持っている兄さまのモノがぐいぐい突き上げてきてる……」

 

 塔城さんの言葉で、その感覚を明確に認識してしまう。この強く押し上げる熱の感覚が、彼の……。アリシアさんと塔城さんの感覚に引きずられる私は、その感覚に嫌悪感を持つことが出来なくて。むしろ、喜びさえ感じてしまう自分に恐れを感じるしかありません。

 

「これで私か白音ちゃんがひーちゃんと繋がったら……どうなるかな? ね、『椿姫』ちゃん?」

 

「いけませんよぉ……そんなすごいことされたらぁ、完全に空知さんのモノになっちゃいますぅ……ショーツももうぐしょぐしょなのにぃ、トドメ刺されちゃうじゃないですかぁ」

 

「私達が穿いてない理由、分かったでしょう? 下着なんて役に立たなくなるから……」

 

「はい……♪」

 

 普段の引き締まった真面目な姿は完全に鳴りを潜め、椿姫は私にも見せたことのない『女』の顔になっていました。日々の勉学や鍛錬、生徒会業務に真面目に取り組む反動か、自分の欲求には素直な一面があった椿姫。女として男性を求める本能的欲求を留めることなく、露わに曝け出している姿がそこにはありました。

 

「椿姫……!」

 

「ソーナお嬢様ぁ、お嬢様だけでも陣の外へお逃げ下さい……私が代わりにこの身を捧げますからぁ、あはっ」

 

 自己正当化するための都合のいい言い訳。家に戻ったわけでもないのに、お嬢様呼びに戻っていることも意識していないのでしょう。私の声は椿姫の耳に届いても、心まで届いていない。絶望感が襲い掛かり、このまま飲まれてしまおうかという気持ちが身体の熱と繋がってしまいそうになった時、その声は響いたのです。

 

「汝の心に平穏を齎せ、『鎮静』(カーム)!」

 

 空知さんの詠唱した魔法の光が私と椿姫を包み、そのまま柔らかな風が私達の身体をふわりと浮かせて、陣の外へと運び出してくれます。返す手で魔法陣も解除され、湯立っていた意識が明晰なものへと戻り、身体の熱も引き、下着の冷たさに思わず身震いしてしまいます。椿姫も同様でしょう、どこか唖然とした顔に変わっていたのです。

 

「アリシア、紗月、もういいだろう。俺は自分が家族にすると決めた女性しか受け付けないんだから。体験としては十分過ぎる。それに、白音や黒歌さんをこのまま放っておくわけにもいかないだろう?」

 

「兄、さまぁ……」

 

「白音が望むのなら、俺は受け入れる。ただ、白音。知ってるよな。俺は独占欲の塊だから、自分の女だと認識してしまえば二度と離さないし自分に縛り付ける。俺と一度交わったら、そうなるぞ?」

 

「元々、猫って気まぐれだから首輪をつけられるぐらいでちょうどいいんです……兄さま」

 

「分かった。取消は利かないからな?」

 

「はい。私に首輪を下さい……♪」

 

「全く、朱乃といい白音といい……俺には勿体ない女ばかりだよ、本当に」

 

 塔城さんを抱えて立ち上がる空知さんは彼女へ掛けていた声色とは打って変わり、アリシアさんに事務的な口調で指示を飛ばしていきます。それに冷静に戻って気づいたこととはいえ、アリシアさんは急に口調が変わることがあります。『紗月』と呼ばれるのはそれに関連があるのでしょうが。

 ……しかし、理知的にと言いながら、情けないことです。完全に飲み込まれていた私は、感情や情欲などの力強さをなんと甘く見ていたのでしょうか。

 

「アリシア、紗月。彼女達の着替えはそちらで手配してくれ。それと、自分達の身体のことも簡単に説明しておくようにな。自分で提案したことだ、最後までフォローしろ」

 

「はーい、ひーちゃん」

 

『わかったよ、ひろ兄ちゃん。でも、後で……』

 

「ああ、ちゃんと出来たら『鎮めて』やる。……なんてな。こんな言い方、やっぱ柄じゃないか」

 

 どこか照れ臭そうにする空知さんに、似合っているしゾクゾクすると身体を寄せる姫島さんやフェイトさん。その様子に逆に慌てる空知さんですが、なぜか今の反応が『らしい』と思えるのはなぜなのでしょうか。

 月村さんやバニングスさん、グラシアさんはその様子を微笑ましい様子で見ていますし、発情した風貌を隠そうともしない黒歌は彼と姫島さん達の間に割り込むように押し入っていこうとしています。

 

「大翔ぉ、ごめん、ごめんにゃあ……私、私も耐えられなくて……拒否反応出るの分かってるけど、大翔にくっついてないとおかしくなりそうで」

 

「うん。鎮静化すればいいんだろうけど、白音と黒歌さんは切っても切れない関係だから。白音を抱くと決めた時点で覚悟を決めようと思って。ただ、前置きなしだから、反応が多少出てしまってるのはごめんな?」

 

「そんな、そんなの構わないにゃ! 私もちゃんと大翔に伝えられれば良かったのに、白音みたいに気持ちをそのままぶつけるのが怖くて仕方なくて……ううーっ、大翔に負担かけてるの分かってるのに、大翔の匂いがすごくいい匂いで満たされちゃってるにゃ……でも、でも、大翔に負担かけたくない気持ちも本当で!」

 

「大丈夫です、姉さま。兄さまの両腕が塞がってるので、私の手で申し訳ないですけど」

 

 空知さんに抱えられた塔城さんの手が優しく何度も何度も黒歌の頭や頬を撫でていきます。大丈夫だと、空知さんにはちゃんと伝わっているからと。

 

「姉さまが自分の気持ちには不器用で、それで身体で誘惑したりふざけてしまうことぐらい、兄さまにはお見通しです。私をちゃんと見てくれているように、兄さまはしっかり姉さまのことも見ていますから」

 

「白音ぇ……大翔ぉ……」

 

「兄さま、この後兄さまの女にしてもらう間、姉さまと感覚共有してもいいですか?」

 

「二人が良ければ、そうしたらいい。カリムさん、貴女も大丈夫か?」

 

「……ええ。とても甘美な感覚ですけど、耐えられないわけではないですから。ただ、もしよろしければ、白音さんと黒歌さんの後で寵愛を賜われるなら大変嬉しく思います」

 

「分かった。予定を早めるようだけど、カリムさんもそのつもりでいてくれ」

 

「……お待ちしております」

 

 なんて幸せそうに、満ち足りたように笑うのだろう。心から慕う人にその身を捧げたいと願い、思いが叶うと確定した瞬間のグラシアさんは、今この場にいる誰よりも美しく華やかでまた色香に溢れていました。

 

「すずか、アリサ。済まないが、タオルや温かいお湯の準備を頼むよ」

 

「わかったよ、ひろくん。すぐ持ってくるね」

 

「ええ、任せときなさい」

 

 月村さんやバニングスさんがすぐに動き始めたと思えば、姫島さんも手短に声をかけます。役割の分担が、互いへの気遣いをもって自然に為されていました。

 

「大翔さん、浴室も準備しましょうか。カリムさんはこのまま、大翔さんや小猫ちゃん達の傍に」

 

「助かるよ、朱乃。シトリーさんや真羅さんにもお湯を浴びてもらったほうがいいだろうし」

 

 姫島さんも頷きすぐに歩み去り、空知さん達は寝台へ移動する中、アリシアさんが私や椿姫へと声を掛けて来ました。オーガズムの余韻なのかどこか気怠そうなのに隠せない色香が滲む彼女の姿に、私より小柄な体型であっても彼女の方が『女』なのだと圧倒されそうになります。

 

「さて、ソーナちゃん、椿姫ちゃん。理性を大事にするのは結構だし、上に立つ者としては絶対に必要な資質だけど……理性で抑えきれないモノもあるってなんとなくでも感じてもらえたかなー? ああ、椿姫ちゃんはどちらといえば巻き込まれた感じだけど」

 

「ソーナちゃん、ですか」

 

「嫌かな?」

 

「いえ、こちらもアリシアさんとお呼びしていることですし」

 

 アリシアさんと紗月さん。一つの身体に二つの魂が同居しているという稀有な存在。その関連で幽霊などの精神体と意思疎通が可能という特殊能力をお持ちで、彼女の力が姫島さんのお父様との関係修復に繋がったのだと言います。

 

「ソーナちゃんが理性や理知的なものを何より優先するようになったのは、朱乃ちゃんから聞いた背景を聞く限り無理も無いとは思ったんだ。ブレーキ役を出来るのが自分しかいなくて、それが染みついてしまったとしたら頑なにもなるのかなってね」

 

「その反動で視野狭窄に陥っていたと痛感しました。情けない限りです……」

 

 感情の力を低く見積もり過ぎるあまり、思い返せば私は元婚約者のあの方にも酷い仕打ちをしていたのだと今更ながら気づきました。寄せられる好意を全て理屈で片付けられては、余りに居た堪れないのだと。

 

「……私もとんでもないことを口走ってしまいました。申し訳ありません、会長」

 

「いえ、普段側近である貴女にもより強い自制を求めていますから、反動で心地良さ、気持ち良さを求めてしまったのでしょう。私もあんな感覚は知らなかったのです。愛する男性に愛されると、女の身体はこんなにも激しく反応し幸せな気持ちに包まれてしまう。その結果、彼に溺れてしまうわけなのでしょうが……ただ」

 

 そう、彼は。睦み合いの時はとても甘く蕩けさせてくれるのでしょうが、普段からの堕落を許すような方ではない。鍛錬の厳しさ、容赦のなさ……姫島さんや塔城さんの急成長ぶりを見れば愛されることで発奮するだけで到達できるものではないと分かります。

 

「うん、切替をしっかり求めてくるからね、ひーちゃんは」

 

『鍛錬の時はほんとに容赦ないよ、ひろ兄ちゃんは。まして自分自身へは苛めかと思うぐらいだし……』

 

「その辺りは自分を壊すレベルまで行く前に止めるのが私達の仕事だよ」

 

「自分を強く律するから、アリシアさん達に溺れきることもない……」

 

『ちょっと違うかも~。すずかちゃんとかが発情期に入ってる時とか、一日中繋がり合ってる時もあるしね。繋がったまま水分補給する程度じゃなくて、食事したりお風呂で洗いっこしたり身体が火照り過ぎるからってバルコニーに出たりとか……』

 

「もっ、もしかして移動する時はずっと駅弁の格好ですか……!?」

 

「そうだよ~。体力鍛えてるひーちゃんだから出来る荒業だねぇ……くくく」

 

 突然、鼻息荒く問いかける椿姫にものすごく小物感を醸し出して笑うアリシアさん。その答えに椿姫は『excellent……!!』と呟き、空知さんの立ち去った方向を畏敬の眼差しで見つめています。

 

「あの、何の話でしょうか。ふしだらなことだというのは分かりますが」

 

「大丈夫、シトリーさんが知るにはまだ早い話だよ……」

 

「そうです会長まで穢れてはなりません!」

 

「それだと椿姫、貴女は手遅れというようにも聞こえますが」

 

「職務には真面目に取り組みますのでご安心を」

 

 アリシアさんがわざと呼び方まで戻す辺り、私的時間は他には漏らせない程度に特殊な趣味なのですね。確かに自室へは入り込ませない椿姫ですが、一度監督者として立ち入り調査をするべきでしょうか。




(副会長は)腐ってやがる……遅すぎたんだ……!


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第48話 猫魈姉妹(※)

勢いでなんとか書き上げ投稿。


 「白音の発育も順調ね。アリシアを超えるのも近いにゃ……んっ、大翔の手、気持ちいいにゃ……」

 

「姉さま、アリシアさんは身長に対しての各部の比率が殆ど黄金比に近いじゃないですか……は、あぁん……」

 

「結論としてはぁ、大翔にとって触り心地の良いおっぱいやお尻であればそれでいいんじゃないか……にゃ? はふぅ……朱乃なんかは胸が大きくなり過ぎて黄金比もへったくれもないんだか……にゃあ、大翔、もっとぉ……」

 

「えっと、そういう話を基準になってる本人の前でされても何とも言えないんだが。白音には白音の、朱乃には朱乃、黒歌さんは黒歌さん、カリムさんはカリムさんだけの良さがあるわけだから」

 

「ねえ、具体的に聞きたいです、兄さまぁ」

 

 兄さまの手が胸を、お腹を、お尻をゆっくりと撫でていく。お腹の奥の疼きが少しだけ弱いものになって、変わってどこか甘い痺れがじわりと広がっていっていた。姉さまに対しては、流石に頭や髪、背中の範囲に留めていて、今までボディタッチの回数が少なかった姉さまのおっぱいやお尻をいきなり撫でるわけにはやはりいかないみたいだ。

 場所を移した私達は、時間をかけて身体の感覚を高めつつ、兄さまとの交わりの時間を少しでも多く確保しようと目論んでいた。もちろんそれだけじゃなくて、姉さまの身体に触れる感覚に兄さまが慣れる時間も必要だから、これはどちらにせよ必要なこと。カリムさんは順番に愛してもらえばいいと思うけど、今日ぐらい朱乃先輩は我慢してもらっても罰は当たらないと思ってる。

 

「改めて言うとなると恥ずかしいんだけど……どうしても?」

 

「はい、どうしても、聞きたいです……んんっ」

 

 漏れる吐息は自分でも驚くぐらい艶っぽくて、雌として兄さまという雄に媚びている自分がいる。甘えた声を出して、ズボンの上からそっと怒張に触れて……そんなエッチな自分を自覚してまた興奮が高まっていく。

 こちらを尊重して、懸命に愛してくれると信じられる兄さまだからこそ、はしたない自分を隠すことなく曝け出せる。兄さまがもっと粗暴な人だったら、決してこうはいかないから。

 

「たとえば、髪の触り心地一つでも全然違うよ。カリムさんは指通りがすごくいいサラサラの髪。黒歌さんは逆にしっとりした髪質で、触れていると温かみを感じられる。白音はちょうど間だね。さらさら感としっとり感両方を感じるかな。シャンプーとかも皆個々で色んな物を使っているし、香りも使うものが変われば変わってくるよね」

 

「大翔様がそれぞれの個性を愛して下さることは十分に伝わりました。ただ、胸の大きさについては今のフェイトさんのものがベストだと……」

 

「結局話はそこに帰るのか……」

 

「その通りにゃ、大翔。フェイトはEカップだにゃ。すずかがFでアリサがD。朱乃はJでおっぱいお化けだし、私もHとJの間で大き過ぎにゃのよね……」

 

「私はアリサさんと似たサイズですから……Dぐらいでしょうか」

 

「目指すはやはりEカップ……今の私がCですから……あと5cm……!」

 

「……三人さんや、身体つきまで俺の嗜好に合わせて欲しいとは思わないぞ」

 

 大丈夫です、可能な範囲でやるだけですから。姉さま曰く、もう少し兄さまが気に熟達してくると房中術を合わせて身体つきをある程度作り変えるぐらいの力もつくという心強い言葉も出て来ましたし、目指せフェイトさんボディ、です。

 

「……本当ですの、黒歌!?」

 

「朱乃、浴室の用意が出来たというのが先じゃないかにゃ……」

 

「……お兄ちゃん、朱乃と一緒に浴室の用意は終わらせたよ。ただ、全員身長差があるだけで同じような体型って怖いと私は思うんだけど」

 

 朱乃先輩と一緒にやってきた、兄さまの理想体型のフェイトさんが言うとちょっと嫌味です。ただ、フェイトさんの言葉に兄さまも強く頷いている辺り、そういうことなんでしょう。

 

「なんか、整形を強いてるみたいで、嫌だな。皆の良さを同一化するってすごく怖いし。一人一人を見て一緒に生きたいって選んだつもりだから」

 

 兄さまはそんなことをしなくても、大事にしてくれるのは分かっているんですけど、女って欲張りですから。大好きな人の一番になりたいって思う気持ちは消せるものじゃありません。

 

「し、失礼します……」

 

 声の方向を見れば朱乃先輩と同じぐらい強い主張をしているバストの持ち主、真羅副会長が一緒にやってきていました。あれ? 体験は終わったのでは。

 

「最後まで見学させてもらいたいんだって。もちろん、白音や黒歌、カリムがいいっていうのが条件だけど」

 

「会長はどうしたんですか?」

 

 兄さまの手もさすがに止まります。なので、勝手に兄さまの手を取り、お腹辺りにそっと当てさせてもらいました。兄さまは私達の身体に触れていると魔力や気を循環させようとする癖がついてしまったので、こうしてると発情を誘発されて疼きが強まっている私のお腹の奥も幾分マシになってくれます。

 早く兄さまに貫かれたい。そんな思考に頭の半分ぐらいは支配されたまま。見られていたって構わない。兄さまが私を愛してくれる姿を見せつけるだけ……。

 

「……白音、大丈夫か」

 

「!……ご、ごめんなさい、兄さま」

 

「気にしなくていいさ。シトリーさんはアリシアと一緒に入浴中だそうだ」

 

 思考が内側に向かって目の前のやり取りが完全に抜け落ちていたようです。ただ、私の答えは思考内容をオブラートに包んで伝えるだけのことでした。

 

「私は兄さましか見ませんから、別にご自由に。ただ、もちろん他言厳禁ですよ。それとも、副会長も兄さまの花に加わりたいのですか?」

 

 ぶっちゃけた話、兄さまや姉さま達以外の人──兄さまが家族と見做していない人以外は私も同じくアウトオブ眼中で。兄さまに迷惑の掛からないように失礼のないようにはしますが、外野でいくら騒ぎ立てようが私達に害を及ぼさない限りご勝手にどうぞ、です。

 あとは部長やオカルト研究部の皆が唯一、別枠ですかね。部長のご両親やルシファー様にも感謝はしてますけど、同族の悪魔がそもそも幼き姉さまを脅して転生悪魔にしなければという話もあるわけですし。

 

 ……兄さまやすずか姉さま達と偶然の出会いが無かったなら、私は黒歌姉さまと未だにすれ違ったままでしたし、テロリスト集団に姉さまが入っていた可能性も高い。正直、ゾっとします。出会うきっかけをくれた朱乃先輩にはこっそり感謝をしていますけど、絶対どや顔になるので言ってあげないんです。

 あ、そういえば、ギャー君が時間停止の神器を制御できないこともあって封印されてますけど、次元や時に関する魔法が得意な兄さまや、吸血鬼の力を持つすずか姉さまがいたら何とかなるのかな。ギャー君、受けた恩はものすごく深く感じる子だし、落ち着いたらまず朱乃先輩に相談しない、と……はぁ、兄さまの手、気持ちいいな……。

 

「……正直、揺れているのです。塔城さん。会長は私の思うようにしなさい、と」

 

「え?」

 

 聞き間違いでなければとんでもないことを言い出しましたよ、副会長。熱に浮かされかけていた頭に冷や水をかけられたように、私や黒歌姉さまは目を見開く羽目になりました。

 

「会長は自分を見つめ直す時間が欲しいと仰いましたが、私には眷属や生徒会の仕事に支障をきたさない限り、その、空知さんや皆さんをより深く知るのも一つの在り方だと言いました」

 

「シトリー、自棄になったのかにゃ……」

 

「いえ、どこか吹っ切れた顔をしていましたから、何か視界が開けた……そんな感じでした。私自身先程の感覚に包まれた時、普段溜めこんでいる自分が弾ける感じがして……私も姫島さんや塔城さんのように、もっと前を向けるのかもって」

 

 副会長の過去について詳しいわけではありませんが、朱乃先輩と同じ五大宗家の生まれであり、随分と苦労されたというのは聞いたことがありました。兄さまはどうにも複雑な事情を抱える女性に好かれやすい所がありますし、真剣に想いを向けてくる相手に対しては傷心を癒すだけではなくて、前を向けるように手を引いてくれる人です。

 女の怖さを知ってしまった反動か、女の真心にすぐにノックアウトされる兄さまがチョロインすぎて逆に心配ですが、その辺りはすずか姉さまも含めて周りでフォローしていけばいいとして。

 

「……副会長。いえ、真羅先輩。言い方がきつかったです、ごめんなさい」

 

「いえ、大切な男性に擦り寄ろうとする女性を警戒するのは当然だと思うから。それに今の私では空知さんに惹かれたとしても、ただ甘えることしか出来ない気がして……」

 

 真面目です、真羅先輩。ただ……兄さまの花になるにしても甘えてるだけじゃ周りが排除するだけですから、多分大丈夫ですよ。黒歌姉さまとアリシアさんはオンオフの落差がものすごく激しいので、時々すずか姉さまやアリサさんの雷が落ちてます。たまにフェイトさんや朱乃先輩が手伝って本物の雷が落ちているのはご愛嬌ですね。

 

「さて、難しい話は後にしましょう。というか、私もうそんなにもたないです。兄さまが衝動を散らしてくれてますけどそろそろ負けそう、です」

 

 初体験が大勢の人に囲まれていることに抵抗がないわけじゃない。だけどそれ以上に限界が近くて。お腹の中が燃え滾るような感覚に、私は気を抜けばすぐに兄さまに襲い掛かりそうな状況だった。視界の片隅で黒歌姉さまが小さな魔法陣を発動させるのを見て、私は兄さまへ自分でも聞いたことの無い媚びた女の声を出してしまっていた。

 

「兄さまぁ、キスしましょう?」

 

 いくら身体の発情がきつくてもいきなり繋がるのはあまりに悲しくて、私は声を掛けると同時に兄さまの唇を奪う。抗えない衝動と初めてのキスを兄さまに捧げたい気持ちが入り混じって、こういう風にしか動けなくて。でも、兄さまは一瞬だけ強張っただけで、私の髪を撫でながら唇を吸い返してくれる。

 

『兄さま……っ。大好きです、兄さまっ。今はまだ肩ぐらいだけど髪も伸ばすからっ、兄さまが褒めてくれた白銀色の髪を姉さま達みたいに長くするのっ』

 

 触れ合う唇。舌も迷い無く絡め合って、それだけで気持ち良さに身体の力が抜けて行きそうになりながら、私は念話で叫んでいた。触れられる手が気持ちいい。兄さまが長い綺麗な髪を好むのだって気づいてる。だから、兄さまのために伸ばしたい。私はぼうっとなっていく頭でそんなことを考えていた。

 

「舌絡めるだけで、力抜けちゃいましたぁ……」

 

「白音の感覚、すごい、にゃあ……大翔に預けきるってこんな感じ、なのにゃ……」

 

 初めてのキスを兄さまにあげた。私が好きになった人にあげられた。こんなにも幸せな気持ちになれるんだ……だったら、私のお腹の中が求めるままに赤ちゃんの素を注がれたら、私はどうなっちゃうんだろう。

 

「もうびちょびちょなんです、兄さま……はやくぅ、早くください、ねぇ……?」

 

「だぁめ。いくら白音が急成長してると言ってもちゃんとほぐしてからだ。身体の力が抜け切るまで何度でもイッてもらって力が抜け切ったら、望みどおりに貫いてあげる」

 

 なんてひどい。なんて嬉しい。散々おかしくされた後に、ご褒美をくれるの? 感覚、すごく変なことになってる。兄さまに苛められるの想像しただけで、真っ白になりそう……。

 

「タオルの準備もしてきたけど……うふふ、これは」

 

「スイッチ入った大翔ね。これは白音も一生忘れられないことになるわ」

 

 すずか姉さまやアリサさんの言葉が聞こえる。ベッドに仰向けに寝転がされた私は兄さまの手が、唇が私の下の口へと触れて、そこからはただ、ただ、頭にずっと走る『気持ちいい』刺激に声を上げ続けるだけの機械になった。

 

「ああーっ! 兄さまの指! 舌! 気持ちい、あーっ! そんな優しく吸わなっ、あーっ、だめ、きもちい、とんじゃう! ひゃあ、あーっ! 真っ白! 真っ白だよぉ!」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 白音と感覚共有した私は、はぐれ悪魔として生き抜く中で女の悦楽に慣れていたはずだった。慣れざるを得なかった。……なのに。こんな温かくて優しくてどこまでも溺れていたい気持ち良さ、こんなの知らないっ。

 

「にゃぁっ! 白音の感覚で私もおかしくなってる! 気持ちいいの慣れてるはずなのにぃ、だめぇ、身体はねるのぅ!」

 

 アクメに飲まれ続けている白音の横に耐えられず、身を横にする私も声を抑えられない。大翔は、愛撫に慣れてるだけじゃない。魔力や気を常に流して、相手の反応を細かく見てる。だから、より相手が望む場所、気持ちよくなるポイントを見つけては的確に責め立てていく。初めての白音が相手だから指や唇の動きはとても優しいのに、発情効果も乗算された白音の膣口は白く粘り気のある液体をどんどん吐き出して、大翔の指や顔を濡らし続けていた。

 感覚を同じくする私も勝手に腰が跳ねる。触れられていない私もバスローブの下腹部付近をべとべとに濡らして、直接触れられていないことに寂しさを感じてしまう。わがままだ。私は心をうまく伝えられずに身体で気を引こうとして大翔の拒否反応を招いていたというのに、触れて欲しいって願っ……え?

 

「ああっ!? 大翔がぁ、大翔が直接触ってくれてるにゃあ……♪」

 

 右手と唇は白音に集中したままだけど、左手が足元から太もも、付け根へと這わされてじらされた後に唐突に指がワレメの中へと差し込まれ、白音への優しい動きとは違って一気に内側の襞を押し掻き私の感覚を一気に高めていく。すぐに私の弱いポイントを探られ、集中的な責めを受けて……。

 

「飛ぶ、飛ぶにゃあ! 白音の感覚とっ、大翔の指、気持ちよくて、私までイクのぉ!」

 

「ひゃんっ、あんっ、んうぅっ……はぁっ、ひんっ、あっ、ひゃあ!」

 

 白音は浅めのオーガズムに襲われ続ける状態なのか、漏れる声もまともな意味を成していないけど、私ももう同じ状態になりつつあって。発情期を鎮めてくれるのは、この人なんだ。それだけはハッキリ自覚しながら──。

 

「くるぅ! あっあっあっああんっ! イクイクイクイクイクイグゥ──!」

 

 幸せなアクメの感覚に、私も身を任せて……姉妹揃って大翔に蹂躙される幸福な時間をしばし堪能したのにゃ……。どうしよう、手や唇だけで二人ともこんなに蕩けさせられて、とんでもない性魔人に囚われてしまったにゃあ。逃げようという気が全く起きずに喜んで捕まえられに行ってる辺り、私も私だけどにゃ。

 魔法で精力転換の術を身に着けていた大翔が房中術と気を覚えればある程度は夜の帝王になると踏んでいたけど、何にでも真面目に取り組んで、しかも自分が気持ちよくなるよりも女を悦ばせることにより興奮を覚える性傾向……。

 

「とんでもない男に房中術、教えちゃった、にゃあ……♪ ねえ、大翔、絶対に私の最後の男になってね? 約束よ?」

 

「手を出すと決めた以上は、『黒歌』がどう思おうとそのつもり」

 

「ふふ、ありがとにゃ。さ、白音を最後までもらってあげて?」

 

 脱力しきった妹は弛緩して嬉し涙の後を幾筋も残し、だらしない笑みを浮かべているけれど、発情して上気した肌、吹き出た汗も合わさって、極上のご馳走に映っているだろう。

 

「兄、さまぁ……♪」

 

「入れるよ、白音。痛みがひどかったらすぐに言うんだぞ」

 

 小さく頷いた白音に覆い被さり、大翔が逞しい剛直を割れ目へと合わせてゆっくりと押し入れていくのを私はすぐ横に見つめていた。



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第49話 白音(※)

奇しくもバレンタイン更新は小猫ちゃんが女になる話となりました。


 肉をかき分けて熱く逞しい脈を打つ兄さまのモノが奥へともっと奥へと確実に歩みを進めてくる。

 体力の限界近くまで幾度も絶頂を与えられ続けて、弛緩しきった私の女性器は絶えず蜜を吹き出すだけの器官に変わっている。異物挿入への抵抗力を奪われ、また身体を統べる私の心が兄さまの精を求めてるからか、違和感はあってもそれ以上に悦びが上回っていた。

 

「白音、深呼吸して。俺と呼吸を合わせて」

 

 押し広げられる感覚の先で何か薄い壁に兄さまの熱が当たる。ああ、今から完全に兄さまのものになるんだと改めて自覚して、兄さまの言うとおりに呼吸を整える。

 そして、何度か息を深く吐き出した直後……ぶちっと破られる感触に鋭い痛み、さらにお腹の一番奥を兄さまが叩く音が響いた。

 

「あ、ぐぅ……」

 

「白音、奥まで入ったよ。痛みが収まるまでこのままじっとしてるから。ありがとうよく頑張ったね」

 

 望んだのは私なのに、兄さまは痛みを堪えて自分を受け入れている私を褒めてくれる。じんじんとする痛みはあるけれど兄さまの女になれた嬉しさが上回る中、その言葉が、髪を撫でてくれる手が気持ち良くて、私は兄さまの顔を抱き寄せ、また自分から口づけをしていた。

 

「兄さま、好きっ。あむっ、ちゅっ……これからずっと一緒、一緒ですっ。あむっ、じゅる……兄さまと、黒歌姉さまと、すずか姉さま達とずっと一緒に、仲良く暮らすの……!」

 

 短い口づけを繰り返しながら、兄さまにこれから一緒に叶える未来を囁いて。兄さまの舌を吸い、唾液を掬い取り、喉奥へと飲み込んで行く。甘さすら感じる兄さまの唾液や汗はいくらでも欲しくなってしまう。

 人を好きになって愛し合うことで、自分の感覚すら変わっていく。すずか姉さまが兄さまの精を好んで飲み干したりする気持ちが、初めてちゃんと理解出来る気がした。苦さすら美味しく感じてしまうように、心に身体まで引っ張られているんだと。

 

「しろ、ねぇ……」

 

 感覚共有中の黒歌姉さまも、痛みだけじゃない別の感覚が身体を包んでいるんだろう。瞳も潤んで頬も朱く染まって表情が蕩けている。朱乃先輩じゃないけど、痛みすらも悦びになってしまいそうな……そんな状態。

 ああ、兄さまの突端が触れているその先が、強く疼いてる。兄さまが思わずうめき声を漏らす。女性器が私の意識も関係なく勝手に兄さまの精を求め、蠢き始めていた。

 

「ふふ。兄さま、切なそうな顔してます……」

 

 すずか姉さま達が、朱乃先輩が繋がる時の兄さまを可愛いという気持ちが分かる。兄さまが私の身体でこんな顔を見せてくれたら、女に生まれて良かったって思う。

 

「白、音……」

 

 接合部で激しく動きたい欲望を、痛みを堪える私のために何とか押さえつけている兄さま。ああ、この人が欲に蕩ける顔を見たい。そう思えば破られた痛みはまだ残っているものの、それすら疼きに変わろうとしている。

 

「我慢しないで、兄さま……?」

 

 兄さまの耳元に唇を寄せて、自分でも信じられないぐらいに媚びた声が出る。でも、これも私の一面だ。兄さまに擦り寄る甘えん坊な猫。主人に媚びるのはちっともおかしいことじゃないから。そういう自分を受け入れられるのも、ずっと傍にいてくれると確信できる兄さま達がいるからだ。

 

「ダメだ、痛みがひどくなる、だから」

 

「大翔ぉ、強く『気』を巡らすにゃ♪ 動かなくても今の二人なら、気の巡りですっごく良くなれるから……」

 

 繋がってる状態で、陽と陰の気を強く巡らせる。それは激しく愛し合うのとほとんど同じこと。黒歌姉さまの言葉に、私は兄さまが返事をする前にこちらからも気を巡らせ始めた。兄さまに何度も気を通してもらっているから互いの気脈の流れは分かっているし、姉さまと再会してから元々使えるはずだった仙術の力を集中して練習してきたからこそ、兄さまと『気』に関しては同じようなことが出来る……!

 

「え、なにこ、あ、ああああああああああああああっ! すご、ひゃあああああ!!! すごいのぉっっっっ!!!」

 

「にゃ、あああああああああっ! 駄目すごっ、イッてる! イキっぱなしになってるぅ! ひゃあ、ああ、大翔におしっこかけちゃってるぅ! 私までかけちゃってるぅ! にゃあ! またイク! とまらないよぉ!」

 

 直後、私は視界を白一色に染め、全身を激しく痙攣させて深い絶頂を極め続けていた……らしい。らしい、というのは私が子宮に兄さまの迸る熱い大量の精を感じたところで、記憶が途切れたからだ。失神状態に陥りながらも身体の絶頂反応はすぐに収まらず、辛うじて意識を保っていた姉さまも一分以上もオーガズムから降りてこれなかったとのだとか。

 姉さまが味わった感覚は、つまり、私の身体に起きた感覚であり。繋がった状態で、意識的に強く気を巡らすのはある意味禁じ手にしようと、兄さまや姉さま達は誓いを立てたのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「うう、大翔。ごめんねぇ、ごめんねぇ……」

 

 アリシアさんと入浴し、互いの話をしながら気持ちのリセットをしていた私達の元へと、大翔さん達が飛び込んできたのはそろそろ上がろうかと話をしていた時でした。

 緊急時ということや、先程のオーガズム体験の衝撃もあって、後から思えば私も平時の状態ではなかったのでしょう。広めの浴室とはいえ、全員が集まったわけですから、身を寄せ合って身体を温めることとなりましたし、空知さんの腰回りや私や椿姫はタオルを巻かせてもらっているものの、他の皆さんは全裸姿。その状態を緊急事態からやむなしとしていたのですから。

 

「大丈夫だよ、黒歌。気持ち良かったからこそだろう?」

 

「うう、でも最初からマーキングとか、私そこまで変態じゃないのよ!?」

 

「うん、落ち着いて黒歌。こんなので嫌いになったりしないしさ。見せたくない部分まで見せてもらったんだ。俺からしたら大事にする理由が増えたのと同じだから」

 

「うう、大翔ぉ。今度大翔も思い切りぶっかけて構わないからぁ」

 

「いやそういう問題じゃ……」

 

「そうですわ黒歌! 大翔さんはそういうプレイを好みませんっ!」

 

 会話の全容は良く分かりませんし、気を失っている搭城さんの身体を清めた後、エアマットに寝かせて様子を見ている月村さんの目つきが一気に鋭くなり、姫島さんが黒歌を詰問し始めたので碌なことではないのでしょう、きっと。

 

「しかし、バニングスさん。あの火、水、風属性の魔法で洗濯機と同じ効果を出せるだなんて……驚きました。寝具があっという間にふかふかに戻ってましたもの」

 

「治癒の力を混ぜた水魔法で汚れを取り除くものと認識させて洗い流して、火で熱を起こして風で熱風の流れを一箇所にまとめて布団乾燥機代わりにする……。属性さえ使えるなら、後は対象物に対しての認識と制御の問題よ?」

 

「寝台が大きい分、ああやって複数人で一気にやらないと魔力消費も激しくなりますから。こちらに来てから早々に覚えて毎日何回か唱えていると熟達してきますよね」

 

「術制御自体は私かすずか、大翔のいずれかが担って、微調整はこっちでやるのよ。まぁ、そろそろ朱乃やフェイト、こういうのに覚えが早い黒歌にもお願いできるわね。カリムもあとちょっとかしら」

 

「はい、毎日上達しているのが実感できますから。もう少しお待ち下さいね」

 

 浴槽の縁に腰かけて足湯をしているバニングスさん達がなにやら興味深い話をしているため話に混ぜてもらったところ、洗濯乾燥機と同じことを魔法で実現させたというお話でした。実際に目にしていた椿姫から聞いた私も、水の形状変化は行っていますが、そこまで自由な魔法を想像したことがありません。

 

「魔法や魔力の固定観念に凝り固まっていてはいけないということですか……」

 

「基本は基本でもちろん押さえるべきよ? ただ、その上でこう出来たら便利だなとか、発想は自由にする……まぁ、アタシも頭が固いって言われるからなかなか難しいのよ」

 

「元々、科学や技術で実現できているものを魔法でもやってみよう……だから、そんな極端な発想でもないってお兄ちゃんは言うんだけどね」

 

 そういうフェイトさんに、浴室に持ち込んでいたタオルを使って乾燥の実演して頂きましたが、一定の範囲だけに火や風などの魔力を転換させた効果を発現させるのは、なかなか骨が折れるものです。また、治癒の力を転用して汚れを取り除く効果として認識させる……言われてそうできるものでしょうか。

 

「出来るようになったら、なるほどって思う感じかな。洗剤や洗濯機の効用や機構を参考にしたらしいけど」

 

 ……空知さんに弟子入りすることを本気で考えましょうか。私の魔力運用が色んな意味で応用がきくようになれそうです。しかし、対価が必要でしょうね。私の身体……には興味がないでしょうし。女性に困っている方でもありませんし、何より心を欲しがる方です。

 私が彼に心を預けるとなれば、それは実家であるシトリー家の問題に巻き込むのと同じ意味。月村さんやバニングスさんのようなこちらの世界でも由緒正しい旧家、あるいは世界的企業の跡取り娘をフィアンセとする彼ならば、私と恋仲になったとすれば全てを共に背負おうとしてくれるでしょう。

 

 ……ある意味理想に近い方でしょう。シトリー家を乗っ取るような野心も無く、女性当主を献身的に支えるくれる夫になれる人。でも、そんな計算だけで彼を巻き込むのは憚られた。彼に真剣に心を寄せて女の幸せを得た人達の前で、理性だけで彼を欲しいと思うなど、失礼極まりない。シトリー家の跡取りとしてではなく、ソーナという一人の女をして彼を求めるのでなければ……。

 

「え、今、私は何を考えて……?」

 

「会長?」

 

「いえ、椿姫。何でもありません。答えは見えてきましたか?」

 

「いえ、まだ見えたわけではありません……ただ、姫島さんや月村さん達と寝台の後始末を一緒にしていて、なんだか楽しかったんです。一緒に作業をしているのに、笑顔が絶えなくて。空知さんを中心として、家族として団結してやっていく──その意識が皆さんしっかりしているから、互いを気遣い、喧嘩はしてもちゃんと仲直りもして、出来るだけ笑顔で過ごすようにされていて……」

 

 アリシアさんも言っていた、オンオフの切替。楽しむ時は思い切り楽しみ、鍛錬等の時はどこまでも真剣に取り組む。大翔さんが示す方向性を、集う者達がそれぞれ自分に合わせて、暮らしの中で体現している。男女の営みについても、きっと同じことで。真剣に彼を愛し、愛されることに一生懸命なのは見ていれば十分に伝わってきます。

 

「このまま結界内で一晩過ごして、明日一日私達に付き合ってみたらって言ってるのよ。ほら、中での一日が外での一時間だから、二日ぐらいじゃ影響しないでしょ?」

 

「なるほど。椿姫、そうさせて頂きましょうか。私達は、もう少しバニングスさん達を知るべきです」

 

「決まりね。じゃあ、ソーナ、椿姫、よろしくね」

 

 手を伸ばしてくるバニングスさん、いえ、アリサさんに握手をしながら、私も軽口を返します。

 

「うふふ……はい、『アリサ』さん。いえ、『アリサ』のほうがいいかしら」

 

「呼び捨てでいいわ。さん付けなんて公の時だけで十分。そこまでお嬢様をやってたら、肩が凝り固まって石になるわよ」

 

「苦労してるようね、アリサも」

 

「貴族のお嬢様ならアンタだってそうでしょ、ソーナ。だからこそ、大翔って存在は得難いものなのよ」

 

 難しい立場にあるアリサやすずかさん……そう、この場にいる人達に名呼びを許してもらって──その彼女達が全幅の信頼を寄せる『大翔さん』という存在を、私は改めて見定めようと思ったのです。

 

「あ、ただこの後カリムやアリシアの番だから、刺激が強過ぎるようなら防音結界有の別室に寝る場所を用意するわよ?」

 

「え? そ、その……男の人って、インターバル必要なんじゃ」

 

「インターバル?」

 

「あー、会長、その……男性の身体って一度絶頂を迎えると、普通はしばらく待機時間が必要なんです。個人差はありますが、それこそ一時間単位でいるぐらいには」

 

「なるほど、一度の性交で全力を出し切るのですか。男性の身体も女と違いますが、大変なものなのですね」

 

 正直、詳細はよく分かりませんが、性の営みについては男性が連続で女性を相手にするのは難しいということですね。あの先程知った感覚に全力を費やすとなれば、体力の消費も尋常ではないと思えます。

 

「……えっと、椿姫。大翔が仙術を身につけているのは知ってるわよね?」

 

「ええ、先程のえっと、その、あの最中も、使っていたのでしょう? す、すごかったですし」

 

「無理に例えなくてもいいわよ。でね、仙術の中に房中術というものがあるわ。男性の陽の『気』、女性の陰の『気』……互いの気を巡らせ、気脈を整えて男女の身心の和合を目指すのが本来だけど、色々応用が利くものでね。たとえば女性から気を多く送り込むことで、男性の気……つまり、精力を回復できるわ」

 

「お兄ちゃんは魔力を精力に変換もできるようにしてるから、連続で私達全員を相手することだって、可能だよ」

 

「大翔さんは複数の女性を娶るのに必要な要素を身につけておられるということですね」

 

「その割にがっつかないし、基本受身だしねぇ……しいて言うならおっぱい好きだけど、別に他に男性がいなければいつでも触ってもらって構わないわけだし……うん、大翔。早くに枯れるだなんてごめんだからね?」

 

「何の話をしてるんだ、アリサは……」

 

 大翔さんはもっとわがままになってもいいという話では無いのでしょうか。そんなことを口にしてみれば、皆さん揃って困り顔になってしまいました。椿姫へ労いの声すらかけられています。私に原因があるようなのですが、ただ皆さん揃って私が悪いわけではないと口を揃えてしまうので、聞くに聞けないまま私達は入浴を終えることになったのです。




なお、黒歌さんはまだ直接まぐわっていない模様。


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第50話 黒歌(※)

次話で夜のシーンは一段落です。


 目が覚めると、身体は綺麗に清められバスローブを着た状態で私はソファーに寝かされていました。まず瞳に映ったのは、微笑んでいる黒歌姉さまとすずか姉さまの二人。意識が覚醒してきた私は、気を失う寸前に兄さまにとんでもない粗相をしたことを思い出しすぐに身を起こそうとしますが、二人とも押し留めるように声を掛けてくれます。

 

「大翔には私からも謝ったにゃ。白音だけじゃなかったのよ、やらかしちゃったのは……」

 

「ひろくんはあの後カリムさんやアリシアちゃんのお相手もしたから、もう一度汗を流してるところ。もうすぐ上がってくるだろうから、そのタイミングで声をかけたらいいよ」

 

 兄さまとカリムさん、アリシアさん。そして、なぜか朱乃先輩にフェイトさんも一緒に入浴中なのだとか。その理由については、『椿姫』先輩が頬の紅潮が収まらないままに説明してくれました。

 私が寝ている間に名前呼びを互いに認め合ったらしくそれに倣うことにしたのですが、学校など他の人がいる場所では会長、副会長と呼ばせてもらうことも同時に確認します。まだ事情を把握していない部長の前で、うっかりソーナ先輩とか椿姫先輩と呼んでしまうと厄介な未来しか想像できませんから。

 

「私も学校では今まで通りに呼ぶように意識しておかないといけませんね。朱乃については元々同級生だし、女王同士親交を深めようと考えたとか色々理由はつけられるけど、小猫さんについてはうまい理由を考え付かないもの」

 

「はい、私も気を付けます。えっと、それで……もしかしてソーナ先輩も見られたんですか。魂が抜けたような状態ですし、完全に呆けちゃってますから」

 

「ええ……お止めはしたんだけど、会長はどうしてもと仰って……。でも、刺激が強過ぎて、あの通り。私もまだ顔の火照りが引かないもの。愛する男性にあんなに情熱的に、優しく激しく愛してもらえたらすごく女として幸せだろうなって……」

 

 漏れた吐息に熱が籠もる椿姫先輩はとても扇情的な顔になっていました。詳しく聞けば、カリムさんの初体験に朱乃先輩とフェイトさんが感覚共有を行い、三人とも激しく乱れ咲いたのだとか。乱れ咲くと椿姫先輩は綺麗な表現をされたけれど、実際には兄さまの性技に蕩けきった表情を晒してイキまくったということですよね。

 カリムさんは私と同じで初夜だったはずなんですけど、私の時と同じく限界まで弛緩させて調整を加えた気を循環させた上で繋がれば、破瓜の痛みが痺れと疼きに変わって只々気持ちいい初体験だった……という記憶になっていると思います。

 ……だって、私がそうですから。考えるだけで強烈な気持ち良さを思い出してまた疼きそうになって、必死で頭を振って何とか煩悩を遠ざけます。兄さまは望めば毎晩でも誠心誠意愛してくれる人ですから、焦りは禁物です、私。待てる女にならないと駄目です。

 

「四つん這いになって獣のように犯される……初体験の時を思い出して、とても満たされる時間でしたわ」

 

「うん、ああやって初めてを奪われるのもすごく気持ちいいんだね……」

 

 浴室から上がってきた、完全に解き放たれてしまっているドMモンスターさん達はものすごく幸せそうに体験を思い返していますけど、椿姫先輩が軽く引いてますよ……二人とも気づいているんでしょうか。すずか姉さまも微笑みが引き吊り気味になっています。

 

「あはは……隠さなくなってきたね、二人とも」

 

「隠す必要がないって分かりましたから。私やフェイトさんの厄介な性質についても、大翔さんは個性としてあっさり飲み込んでくれましたもの」

 

「お兄ちゃん、受け入れると決めた相手には本当に丸ごと飲み込んじゃうんだなって改めて思ったよ。だから安心して甘えられるし、恥ずかしい性癖だって見せられる。だからこそ……絶対に守らなきゃって気持ちが強くなってる。私達、結構個々で癖が強い子が揃ってるから、お兄ちゃんじゃないとここまでうまくいかないよねって、朱乃やカリムとも言ってたんだよ」

 

「私も最初はひどかったもん。何百、何千回と繰り返し愛してもらって、やっと心も身体も落ち着いて求められるようになった感じだから」

 

 最初は今の朱乃先輩やフェイトさんみたいに、事あることに兄さまを求めるような時期があったとすずか姉さまは教えてくれました。アリサさんもアリシアさんもやはり同じような時期があって、兄さまが根気強く付き合ってくれたのだと。

 

「すずかさんですらそうだったのですね。私もあのような素敵な体験を知ってしまった以上、大翔様に溺れてしまいたい気持ちがうまく抑えられそうにありませんわ」

 

 思い返したのかほんのり赤くなってしまうカリムさんですが、仕草にどことなく色香を感じさせるように思えるのは気のせいじゃ無さそうです。

 

「椿姫。私、どうしようもなく子供みたいなところがあるの。もちろん、学校や他の場所では出さないけど、本当は甘えたがりの寂しがり屋。必死に取り繕っていただけなの」

 

「朱乃……うん、私もそういう表に出さない部分はあるから」

 

「受け止めてくれるって心から信じられる人に出会えるって、とても幸せなことだと思うわ。だから、私は安心して甘えられるし、フェイトさんも言った通りいっぱい甘える分……この人を絶対に支えていくんだって決めてるの」

 

 私に向けても他の人には内緒ねとお願いしてみせた朱乃先輩は、今までの印象とは違って可愛らしさを感じるもので。椿姫先輩も羨ましいことだと冷やかしながら苦笑いです。

 

「湯上りの身体拭きも、髪を乾かし合ったりするのも互いに服を着せ合いっこしたり……してもらえるのも嬉しいし、また大翔さんの身だしなみを私の手で整えるのも楽しくて仕方なくて。旦那様に尽くすってこういう感じなのかなって」

 

「すずかがいつか言ってたように、してもらうばかりじゃなくて何かをしてあげたくなって仕方なくなるって感じ……今、お兄ちゃんに対して、毎日実感してるからね」

 

「お二人とも楽しそうに大翔様の髪や衣服を整えていらっしゃいましたから。私は初夜の後なので、お世話になる側でしたけれど……是非、明日からは加わらせて頂きたいです」

 

 そんなやり取りをする中、最後に兄さまが浴室から姿を見せました。私はすぐに駆け寄り、先程の粗相をお詫びしますが兄さまは笑って私の髪を撫でてくれます。

 

「白音が痛みもきつくなく気持ち良くなれたのならそれが一番だからさ。それに俺も……意識的に気を循環させたからか、半分意識が飛んでて一分ぐらいほんとに止まらなくて……白音の身体がどうにかなったんじゃないかって後で怖くなったから」

 

 お互い様だよ、と兄さまは結論づけて気にしないようにと私に言い含めました。その後、カリムさんも一緒に魔力の色合いが深い紅色で兄さまとお揃いになったことに確認し合って、兄さまの女になれた喜びを噛み締めたのですが……今度は黒歌姉さまが拗ねてしまう番だったのです。

 

「私だけ、まだにゃ」

 

「そもそも姉さまは受け入れてもらえるようになったのも、ついさっきじゃないですか……」

 

「分かってるにゃ。ただ、感情が納得するかは別の話でしょ?」

 

 朱乃先輩につられたのか、我がままをそのまま表に出す黒歌姉さま。皆どこまで兄さまに甘えるんだって話ですが、兄さまは自分も嬉しいしその度に気持ち良くしてもらってるからと気にする様子はありません。

 

「おいで、黒歌。ただ、ちょっと連続だったから、ゆっくり繋がってくれると嬉しい」

 

「喜んでお付き合いするにゃ……! 大丈夫、精力を回復しながら繋がるのは得意とするところにゃっ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 黒歌は猫ショウの証である猫耳と尻尾を隠すことなく、耳を小刻みに動かして、尻尾をぱたぱたと振り回しています。小猫ちゃん曰く、無意識の動きなんだとか。仙術や妖術の力が扱いやすくなる半面、感情の色がわりと素直に出てしまうので困ることもあると言いますが……全身で大好きだと訴えている今の黒歌は好ましく見えますね。

 

「性魔術の中で避妊だったり、魔力を精力に転換する手法はあるんだけど……魔力の転換効率ってそんなに良くないのが一般的にゃのね」

 

 黒歌は私と同じぐらいの大きさを誇るおっぱいの谷間に大翔さんのペニスを挟み、自分の唾を潤滑油代わりにゆったりと身体を上下に動かして刺激を与えていきます。話しながらの動きなので、気持ち良さの刺激というよりは視覚と心地良さを楽しんでもらうような奉仕です。

 

「うふふ、嬉しいにゃ。おっぱいの中で大翔のモノが大きさと硬さを増していくのが分かるもの。うん、触れてくれていいのよ? 大翔、おっぱい好きだもんにゃ」

 

 大翔さんに触れられて艶めいた吐息をこぼしつつも、黒歌は説明を続けます。大翔さんの指が埋まった黒歌の胸元の膨らみが、その形を変えられる度に黒歌の微熱は高まり続けているかのよう。

 

「いくら大翔が、あんっ、制御が得意としても、房中術で繋がる女から陰の気を吸い上げる方が、たくさん回復できるの、にゃ……ああ、気持ちいいにゃ、大翔……」

 

 互いの気持ち良さを追求するなら互いの気の循環だけさせればいいけれど、大翔さんのように一晩で複数のパートナーを満足させる必要がある場合、基本は女性側の陰の気を多めに吸い上げると良いのだとか。

 陰の気を多く吸い上げられる、イコール生命力を吸い取られるようなものだけど、睡眠によって自己回復する上に、子宮に大翔さんの精を注いで頂くことで男性の陽の気を転換することも出来るといいます。仙術の扱いに慣れてくれば、この辺りはある程度身体が意識せずとも取り込もうとするし、また大翔さんは魔力や気の循環をさせながら私達を抱いてくれるので問題はないと黒歌は言い切りました。

 

「大翔に多く気を渡したとしても、絶頂の心地良い疲れでそのまま眠っちゃうだけの話だから……微調整は大翔もそうだし、私や白音も出来るから気にせず愉しんだらいいと思うにゃ。さて、その気のやり取りは繋がってないと効率がすごく落ちるから……大翔、貫いて欲しいにゃ……」

 

 抱っこされるような格好で黒歌は大翔さんと位置を合わせて、ゆっくりと腰を落とし込んで行きます。だらしなく崩れた表情も含めて、黒歌の身体から自分を隠すことなく大翔さんに預けられる喜びが表れていました。

 

「ああん、大翔のぅ、本物の大翔が入ってきたのにゃ……! さっき、白音と感覚繋げた時もすごかったけどぉ、また全然、違うっ……はぁっ」

 

「こんなゆっくりで大丈夫、なのか、黒歌……くぅっ」

 

「うんっ、大翔の形を、私に覚え込ませてるのぉ……これからずっと、唯一私の中に入ってくる大翔のおちんちんの形に合うようにぃ、私のおまんこ躾けてもらってるにゃぁ……」

 

 じゅぷっ、じゅぷっと結合部から溢れるのは黒歌の愛液。彼女の興奮具合がそれだけでも伝わってくるようですけど、普段の悪戯娘のような雰囲気は霧散し、黒歌は懸命に大翔さんを求める一人の女の貌になっています。

 ここまでくれば最後まで見届けると言った会長……ソーナは完全に力が抜けたのか、ぺたりと地面に座り込んでしまって、付き添う椿姫も黒歌に中てられてしまって、表情は欲情してしまっている女になってしまっていました。

 

「姉さま……あんな赤裸々な顔するなんて、私も初めて見た……」

 

 小猫ちゃんの小さな呟きをよそに、じっくりと時間をかけて大翔さんのものを内側に飲み込んだ黒歌は、それだけで激しく息をついていました。

 

「大翔に私の身体と心を預けるって決めてから……こうやって貫いてもらうだけで、私もう軽くイキっぱなしになってたにゃ……大翔、本当に上手ね?」

 

「女性は心の状態が身体に反映されやすいから……それだけ俺に任せてくれてるんだな、とても嬉しいよ、黒歌。気の巡らせ方も教えてくれたのは黒歌だから、お師匠さんに満足頂いているようで良かったよ」

 

「うんっ……ちゅっ。えへへ、キスもこんなに気持ちいいなんて、夢のようにゃ」

 

 少しの間、黒歌は何度も何度も確かめるようにキスを繰り返し、大翔さんも黒歌の髪や耳を撫でながら、それに応えます。二人の唇の間に一筋の糸が繋がり、それを掬い取った後、黒歌は本題に入るべく声を出しました。

 

「さぁ、大翔。この状態で私が気を送り込むからその感覚を覚えてね。私や白音みたいに気のやり取りがうまく出来ない子に対しては、大翔が汲み取ってあげる必要があるから……」

 

「わかったよ、お師匠さん。じゃあ、お願いします」

 

「任せるにゃ。すずかや朱乃達も気の流れを追える限り追うのにゃ。見るだけでも違うからぁ、んっ、本当……元気なんだから。大翔のおちんちん、ぐいぐいと押し上げてきてるにゃ……えへへ」

 

 悦楽を素直に味わう黒歌ですが、得意とする気の操作について乱れることは無く、目を凝らしている私達の視線の先で、彼女の下腹部──おそらくは子宮でしょう──から大翔さんの丹田付近へと、気が流れていくのが見て取れます。

 

「これ、ね、今流れる量を調節しながらやってるからぁ、いいんだけど……んんっ、慣れてないと気を失うまで吸い上げちゃったり、逆に上げ過ぎちゃったりする、からぁ……」

 

「黒歌!? だ、大丈夫か、確かに力が満ちてくるようだけど……」

 

「らいじょう、ぶぅ……一方的に気を流すと力が抜けてぇ、奥深くまで大翔を受け入れやすくなる、だけぇ……はうぅん、大翔のぴくぴくして、いいのにゃぁ……」

 

 脱力して大翔さんの肩に頭を預けてしまう黒歌の言葉やその様子を見る限り、力が吸い取られてるような感覚が大翔さんと繋がってることもあって、気持ち良さに直結してしまってるのでしょうか。小猫ちゃんに問いかけてみれば、概ねその見解が近しいものだろうと答えてくれます。

 

「無駄な力が抜ければ、気持ち良さがより身体に伝わりやすくなりますし、気の流れもより滑らかになりますから……ぶっちゃけ、イキやすくなってるんだと思います」

 

「小猫ちゃん……身も蓋もありませんわ」

 

「兄さまの前では皆、一番恥ずかしい顔を見せているんですから……今更です」

 

「確かに……取り繕うことなんて、出来ないものね」

 

 大翔さんの精力も問題なく回復し、脱力してしまった黒歌は大翔さんが気の循環を再開し、ゆったりと腰を動かしながら優しく最奥を揺さぶるだけでトビウオのごとく身体を幾度も飛び跳ねさせ始めてしまいます。

 それを何度も繰り返す中で黒歌は唇から解放を求める言葉を訴えますが、大翔さんの腰周りに自分の両足や尻尾を絡ませて絶対に離すものかと身体は真逆の反応を示していましたから、語るに落ちるというものでした。




カリムさんのシーンはカットさせて頂きました……。

回想で出ることもあると思いますが、
作者の妄想が力尽きたのじゃ……済まぬ……すまぬ……。


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第51話 価値観(※)

※が該当するのは冒頭部分だけになります。



 「黒歌の汗や付いた俺の精液とかを流してあげたいから、何人かもう一度手伝ってもらっていいかな……?」

 

 さて、大翔さんは黒歌のレクチャーにより気の取り込み方をつかんだからと、連続絶頂を味わい続けた黒歌の脱力ぶりを見て繋がりを解こうとしたのですが、黒歌が納得せず求められる形で二度……そう、二度も! 精を放った結果、黒歌は涎をこぼしながら幸せそうな顔で意識を失っていました。

 相手側の充足を重視する大翔さんは自身のオーガズムについてはあまり重視されていないのですが、回復直後の放出量は羨ま……いえ、とても多く、大翔さんが引き抜いた結合口はまだ物欲しそうにひくひくと震えていて、その震えの度にとろり、とろりと大翔さんの放った白濁液が零れ落ちていきます。

 

「うん。分かったよ、ひろくん。ああ、すごい。こんなに出たんだ……」

 

 ベッドへ落ちかけた黒歌の愛液と大翔さんの精が交じり合った白濁液を、すずかさんは広げた手のひらで受け止めてそのまま舐め取り全て飲み干してしまいます。喉に絡むのか咀嚼を何度か繰り返し、それでも彼女は一滴も掌に残すことはありません。

 

「濃さ、粘り気、味……大丈夫だね。気を正しく巡らせば、ひろくんの身体に大きく異常が出ることはないのかな……」

 

 この間にお掃除は私達がと、フェイトさんと一緒に大翔さんの管に残る精液を吸い出し、また竿についた二人の分泌液が混じり合ったものを綺麗に掬い取っていきました。すずかさんのように迷いなく、さも当然のように行うにはまだ恥ずかしさがどこかに残る私達ですが……大翔さんはこういう行為に対して自分から強く望む性格でない以上、こちらだけが尽くしてもらってしまう感じになってしまいますし、私達だって大翔さんにもっと気持ち良くなってもらいたいという想いがありました。

 

「うん。ちゃんと苦味があるし、薄くないし……」

 

「……フェイトさん、普段と比べられるぐらいに大翔さんの精液を味わってはいないでしょう?」

 

「あ、やっぱり分かっちゃうね。すずかを真似てみたけど、あそこまで細かくは分からないよ。言ってみただけってやつ」

 

「いや、さも当然のようにお掃除フェラをする必要はな……」

 

 大翔さんが後始末までする必要はないと言いたげですが、言わせませんよ? 私達の日々のお礼も含めて、してあげたくてやってることなんですから。

 

「必要ですわ、大翔さん」

 

「お兄ちゃん、必要だからね? 気持ち良くさせてくれてありがとうって感謝を込めるんだから。大事なことなんだよ」

 

「……はい」

 

 ご納得頂ければ何よりです。さて、大翔さんや黒歌の身体を洗い流さなければ。私達は浴室へ行くメンバーと、入浴後の着替えなどを用意するメンバーに分かれて、ようやく就寝準備へと入っていったのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 用意された別室に椿姫と二人、すぐにベッドに横になる気にもなれず、私は今日の出来事を振り返っていました。設計図を渡した後は結界内で二日程度──現実時間では二時間程度なので過ごすことを了承し、その間に試作のデバイスを造って頂けるということでしたが……正直、その主目的が薄れてしまうほどにその後の時間が強烈過ぎました。

 

「……価値観が今日だけで変わりそうです」

 

「お嬢様、相当きつかったのではないですか……? 私も知識で知ってはいましたが、現実はこんなにも生々しいのですね……」

 

 向かい合うベッドに腰掛けた椿姫の表情にも疲れが見えます。私の顔はもっとひどいものかもしれません。最後まで見届けるといった私は意地を張った部分があったのでしょうが、椿姫の言うように男女の営みというものは互いの赤裸々な欲や感情を剥き出しにするものでした。

 欲望に貪欲なのが悪魔の一面です。否定はしませんし、私にも夢や希望、目的──大枠で括れば、それも欲望の一部ですが持っているものがあります。

 

「朱乃や小猫さんが別人のように、見えたのよ」

 

 大翔さんへの情欲を隠さず、狂熱と表現するような悦楽に溺れ、淫蕩な自分を肯定し激しく乱れる姿。黒歌も含めて、別人格とでも呼びたくなるような振る舞い。それでいて、彼女達は最後に充足感と多幸感に包まれた穏やかな笑顔で眠りについていた。

 洗脳されていると聞かされたとしたら、普段の彼女達しか知らなければ迷わず頷いてしまっているでしょう。だけど、私も感覚の断片を体感したことで、全身があの熱に長く浸されれば、形振り構わず彼を求めてしまうだろうという予感がありました。

 

「ええ、私もです。でも、お腹の奥が疼くあの感覚を望むように満たしてくれた上で、安心して心を預けられる相手であれば、自分でも自覚していない一面が表に出ることもあるだろう……と感じました」

 

 難しい話では無いのです。彼は鏡のような人で、与えた愛情が深ければ深いほど同じように返してくれる。それが身体と心、両方に感じられるように愛そうとする。

 

「権力を欲しがる様子も見られませんしね。すずかさんやアリサが生家の責務を果たす以上、彼女達の補佐を務めるといった感覚のようですし。得難い存在でしょう、彼は」

 

 すずかさんやアリサが教えてくれましたが、自分達が家を捨てて一人の女として生きたいと望めば、すぐにでも一緒に高跳びしかねない人なのだと言います。そして彼女達にしても、身の回りのことだけでなく、普段の生活に関わることはそつなくこなせるようになっている。

 結界内で過ごす場合、彼女達の家で働く使用人の力を借りることが難しいことも多いのでしょうが、それがなんら問題にならないのです。

 

「洗濯物を自分で干す良家のお嬢様って普通いないでしょう? 私にしたって、椿姫や桃たちにしてもらうことが殆どなんだから」

 

 その手つきも非常に慣れたものでした。自分で自分のことはこなす。言葉にすれば当たり前のように聞こえますが、貴族の令嬢だったりすると着替えは侍女にしてもらうのが逆に当然だったりします。シトリー家の場合、最低限は自分で出来るようとの教えなので私はそういうことはありませんが、それでも日々の食事作りや洗濯、浴室の掃除をする習慣はありません。その家事に注力する時間を自分しかできない別の仕事に中てているわけですから。お菓子作りぐらいでしょうね、私が関わるのは。

 

「すずかさん達の場合、封時結界で過ごすことも多いからか、家業に関する仕事もやるし、日常家事もやりますよってことなんでしょうけど……」

 

 随分と話が逸れましたが、大翔さんだけでなくすずかさん達もちょっと珍しいタイプのお嬢様達ですが、そんな人達の輪に朱乃であったり、小猫さん達が加わって……淫蕩な時間に耽る時もあれど、非常に楽しく過ごしていると感じます。

 ……二人はとても綺麗になりました。傍から見て分かるぐらいに笑顔も増えた。リアスの元にいる時も笑わないわけではなかったけれど、今、二人は本当に幸せそうに笑っている。信じる人に愛し愛されることで、驚くほど短期間で二人は変わったのです。

 

 疲れを感じているのは、あの情態を見せられただけではない。リアスと今後の二人の関係が決して明るいとは思えないことに、どうしても心が沈んでしまうから。

 

「長年の悩みを解決し、しかも何か見返りを強く求めるわけでもない男性に出会ってしまえば、惹かれるのも無理はないわ。性格も付き合っていく過程で極端な問題があるわけでもない。女性恐怖症にしても、受け入れた相手だけが触れ合えるとなれば朱乃達にとって、それは特別な相手だという気持ちになりますから」

 

 魔法使いとしても優秀。複数の女性を囲っても満足されられる体力に精力。容姿はごく普通の方ですが逆に親近感を持ちやすいとも考えられる。独占欲の強さにしても、自分が家族と認識した女性だけに向けられるのであれば当面の問題もない。

 

「彼の献身に偏った部分にしても、すずかさんやアリサが彼に負担を押し付ける接し方をしていない以上、後から入ってきた者達はそれに倣います。和を乱せば容赦なく放逐すると、すずかさん達が言い切っているのも大きい。大翔さんもそれには異を唱えていませんから認めていると考えるべきでしょうし……」

 

 悪魔の駒の着脱自在というのも、朱乃や小猫さんがリアスの眷属でいる理由が薄れる原因になる。今は、彼が強引に私達の世界と自分達の次元を切り離そうとしていないけれど、リアスが朱乃達の害になると彼が判断すれば──。

 

「朱乃や小猫さんが彼から離れるのは到底考えにくいです。将来的にも彼の傍で生きていくための準備も少しずつ始めているような状況ですし……」

 

 高校卒業後の進路についても、大翔さん達と同じ大学に進むであるとか、そのための戸籍の用意であるとか……朱乃に至っては、彼の仕事を補助するために秘書業としての勉強も同時に始めていると聞かされました。

 恋愛という激しい熱にその身を任せながらも、一時的な絆で終わるつもりはないという意思を二人は見せつつあります。黒歌にしてもやっと共に暮らせるようになった小猫さんと共に生きるのだと言い切っていましたから、結局大翔さんの傍を離れることもない。

 

「私達自身、彼と朱乃達の繋がりは強固であると認識できたし、彼らの営みはさらにその結束を強めていくでしょう。また、すずかさん達の存在があることで、悦楽に溺れきることもないとなれば……むしろ、リアスと彼女達の関係をどう保つか、それを考えるしかない。私達は私達で大翔さんと友好的な関係を持ちつつ、リアスと大翔さん達との関係の仲立ちもする必要が出てくるでしょう」

 

 幼馴染であり、大切な友達であるリアス。良くも悪くも情で動くところが強い子だけど、あの子のお節介や情熱に私は幾度も助けられてきた。友人や家族、眷属のための労を決して厭うことはない。

 王や貴族としての資質は、非情になりきれないし、他の面も含めて正直向いていない部分もある。施政者になるには情熱的に過ぎる。だけど……だけど、私は友として、リアスが不幸になるなんて見たくはない。

 

「……いっそ、リアス様と大翔さんがと思いもしましたが、うまくいくビジョンが見えませんね……あまりに身勝手な考えでしょうし」

 

「独占欲の方向性が『一人占め』だもの、あの子は。朱乃と同じく、実は甘えん坊な部分もあるしね。和を尊ぶというのは、なかなか難しい話だと思うわ。それに大翔さんの胃に穴が開きかねないでしょう」

 

 私が大翔さんとどうなっていくのかも見えていない。ひょっとしたら、花の一人に加わっていくのかもしれないし、貴重な男女の友人関係にもなれる可能性もあると思う。椿姫は……なんとなく、分かってしまうけれど。

 

「あっ、それはちょっと……困りますね」

 

 そう、椿姫はまだ彼のパートナーでもないのに。さて、どうしたものでしょうか。大翔さんに椿姫の求愛に応えないで下さいというのもおかしな話。椿姫もまだ明確な自覚に至ったわけではないでしょう。

 本来、椿姫と大翔さんの間には寿命という壁が立ち塞がるのですが、彼は駒の着脱が可能でかつ、朱乃から堕天使の力も得ている──つまり、百年や二百年単位では少なくとも問題はありません。ハーフの堕天使の寿命は悪魔より短いかもしれませんが、仙術やすずかさんが私に明かしていない事情──吸血鬼に似通った気配を彼女から感じますから、皆さんの力を取り込んでいる大翔さんには別の話です。

 

「なんにせよ、大翔さんとの友好は維持するべきもの。いずれ私の他の眷属達とも面通しをお願いするつもりだけど、その辺りは徹底させるようにしましょう」

 

 理性だけでは耐えられないものがある。それを体感した私は、今まで完全に制御するべきものだと考えていた『感情』に対して向き合い方を変えるべく、残りの結界内での時間、可能な範囲で感情に素直になってみよう──そう決意していました。

 友好的でありたいのは、計算だけじゃない。私自身がそう望んでいる。まずはそれを認めるところから、始めるとしましょう。




名前呼びを解禁されたソーナさんや椿姫の、朱乃さんや小猫ちゃんの呼び方はイメージです。

同級生相手で知人でもある朱乃さんには名前呼び。
下級生の小猫ちゃんには、ちゃん付けで呼ぶのもということで「さん」呼び。

彼女達の人物像が崩れ過ぎてなければいいんですが。


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第52話 身だしなみ

更新遅れました。木曜日分UPします。

※励みになる感想、さらに10評価を入れて下さった方、本当にありがとうございます。


 「うふふ……♪」

 

「ご機嫌だね、朱乃」

 

「大翔さんに髪を梳いてもらうの、本当に気持ちいいんですもの。毎朝必ずしてもらえるすずかさんやアリサが羨ましいです」

 

 大翔さんと一緒に海鳴で過ごす生活も現実時間で週の後半に入りました。時間の流れがゆっくりと流れる封時結界内にいることも多く、その何倍もの時間を大翔さん達と過ごす中、朝の生活習慣に大翔さんによる髪のブラッシングを受けられるというものがあります。

 元々、月村家の先代メイド長である女性が大翔さんに仕込んだことだったのだそうで。すずかさんが大翔さんと過ごす時間を増やしたいと相談する中で、大翔さんが彼女の身の回りの世話を出来るようにと……入浴後や朝の髪の手入れ等、厳しく躾けられたとのことです。そこから、大翔さんのもう一人の婚約者であるアリサさんや、大翔さん達にとって特別な存在であるアリシアさんも同じようにするようにせがんで、こういう習慣が出来上がったのだとか。

 

 すずかさん達三人は大翔さんが仕事や外せない用件などで朝の時間が無くならない限りは、大翔さんに必ず髪の手入れをお願いしているのだとか。もう何年も彼女達の髪を手入れしているからか、なんとも堂に入った手つきで。三人以上に髪の痛みとか乾燥など気づくこともあると言います。さすがにカットは専属の美容師さんに頼んでいるのですが、日常の手入れは大翔さんの大切な役割になっていました。

 

「……順番で二、三日に一度なのが本当に残念ですわ」

 

「封時結界を毎朝展開して……というのもね。出来なくはないけど、短い時間の引き延ばしは魔力の消費も激しいし、制御も難しくなるから」

 

 毎日の約束事であるすずかさん達三人の髪を整えるだけでやはりある程度時間は取られるものですから、残りの五人から一人か二人、こうして大翔さんにお願いして髪を整えて頂くのです。逆に大翔さんの髪を整えたり、コーディネートを考えるのは私達の楽しみの一つですから、喜んでやらせてもらっています。ネクタイを調えて差し上げたりするのも……うふふ、女の子の憧れの一つですもの。

 朝目覚めればおでこやほっぺたにキスを贈り合って、歯磨きを済ませた後に今度は唇同士を触れ合わせる。夜の営みのような舌を絡め合わせるような激しいものとは違って、心が温かくなるようなそんなキスをして。

 結界内にいる時は食事の用意も皆でわいわい言いながら台所に立って、そんな大翔さんと周りの皆と過ごすのがとても幸せだと思えます。自然に笑ってることも増えて、作り笑いもすることもありません。

 

 自分で少し心配なのは、学校に戻った時に以前の自分の雰囲気とは明らかに違うと思われそうだということですけど……既に指摘を受けている小猫ちゃんとも話した結論が、今の自然体で過ごして何か問題が起こるようであればその時に考えればいいという、何とも行き当たりばったりなものでした。結局、私も小猫ちゃんもリアス以外にも理解者を得て、大翔さんが絶対に味方であり続けてくれると信じられることが大きいのでしょうね。

 

「封時結界は確かに便利ですものね……デバイスの微調整を済ませる目的もありましたけど、あのセラフォルー様が時間を気にすることなく心行くまで変身を楽しんでおられましたから。ソーナが巻き込まれてゲンナリしてましたもの」

 

「色違いのバリアジャケットを着せられることになってたもんな……。あの魔法少女を強調する格好は仮にお芝居としてもかなり恥ずかしいだろうからね……うん」

 

 ソーナ達は二日間を結界内で過ごして駒王町へ戻っていったのですが、その晩にもう一度海鳴に飛んでくる羽目になっていました。原因はもちろんセラフォルー様。デバイスの試作品を見せられた魔王様は、すぐにでも使用感を確認するのだと仕事を恐ろしい勢いで片付けて、数時間の余暇を確保。あとは結界内で心行くまで変身ショーを楽しまれたのです。

 また、セラフォルー様とソーナからの提案で、黒歌の保護などに関連して大翔さんをソーナの眷属『候補』に位置づけしないかと持ちかけがあり、皆で相談の結果、それをひとまず受ける方向になりました。候補に留めているのは、仮に眷属にしても大翔さんはすぐに駒を抜いてしまえるということが一つ。また候補であってもソーナ、つまりシトリー家と協力関係にあると示すことは出来るので、悪魔勢力との軋轢も少しは回避しやすくなるだろうという話です。

 

 この辺り、最初は眷属にするという話も持ち上がったようですが、セラフォルー様との繋がりを知ったアザゼルおじ様が動いてくれたようで、悪魔勢力だけでもなく堕天使も含めて二勢力と友好関係にあるように持っていってくれたのでした。

 連絡を受けた際にお礼にならないかもしれないけれど、大翔さんからお母様の魂を宿らせるための融合型デバイスの試作品を送るので個人の範囲で検証して構わないと申し出たところ、それで十分動いた甲斐があったと喜んでいましたから、やはり技術者気質の方は人も堕天使も悪魔も変わっているのだと改めて感じたものです。

 

「友好関係になるからって、騎士の駒まで見せてもらえたのは嬉しい話だったけど……まさか、その駒がソーナさんの駒だったからなぁ」

 

 大翔さんもそう言いながらも、騎士の駒を見せられた時は目の色を変えてその場で解析を始めてしまう始末でした。余りの集中力にセラフォルー様やソーナ、椿姫も感心してしまって、すずかさん達と一緒にお茶をしながら解析を終わるのを待ったのです。

 並列思考の全てを解析に割くとあんな感じになるとすずかさんから説明があり、並列思考とはとか、デバイスは変身アイテムだけの役割ではないとか……本来は詠唱処理の代行であったり、魔法制御を補足したりなど、魔導師の技能を補佐するものである……など、そんな内容を話しながら、大翔さんの周辺に展開される透過ディスプレイに走る怒涛の数式や文字列が収まるのを見守る時間となっていました。

 

『技術統括のアジュカちゃんもスイッチが入るとあんな感じだからね~☆ この不思議な結界で思った以上に自由時間ももらえて、こうやってソーナたんとも……』

 

『「たん」付けは止めて下さい。本気で絶縁を考えますよ?』

 

『……ソーナちゃんともゆっくり話す時間も取れたしね☆ うん、ソーナちゃん、だからその笑顔だけどすっごく怒ってるのが分かる顔を止めて欲しいかな~?』

 

 そんな力関係が分かるやり取りもあった中で、セラフォルー様は駒の件など大翔さんの力については自分の中だけで収めておくと約束して下さいました。アザゼルのおじ様が大翔さんの味方についていることも分かった以上、悪魔の勢力自体に害を及ぼさない限りは、契約等で縛ることなく大翔さんの人となりを信じるのが一番だろう……と。

 普段は羽目を外した態度を取られていることも多いセラフォルー様ですが、他勢力との外交担当を任されるだけの洞察力は優れたものをお持ちです。善意には善意で答え、悪意には悪意で答える──そういう彼の特性を、短い付き合いの中でセラフォルー様は看破していました。そして、すずかさんを始めとした私達がそんな彼をずっと支えていくつもりであることも。

 

『ソーナちゃん、あ、椿姫ちゃんも同じことだけど、ひーくんとの付き合いに対して変に搦め手とかを使わないようにね☆ そういうのは、すずかちゃんやアリサちゃん達がたいてい勘付くだろうし、狭量な子じゃないから困ったことや疑問を感じた時とかは素直に訴えた方がいいよ☆ レヴィアたんの太鼓判をあげちゃう☆』

 

『……覚えておきます、お姉様』

 

 何か実際に今困っていることは……という話になると、ソーナ本人や眷属達がリアスの元に有力な眷属が集まっていることを受けて、実力不足を感じていることを遠慮がちに口にしたのです。すると、眷属との顔合わせをした上で手すきの時に早朝や夕方の鍛錬に交じればいいと大翔さんから即答があり、ソーナがぽかんとした驚き顔をしたりとか、そういう出来事もありました。

 

「朱く染まった変異の駒になりましたけど、使用には問題ないことも分かりましたから、ソーナが問題ないと口にした以上気にされなくて大丈夫ですわ。それに眷属も含めて、こちらの鍛錬に参加できるのが実になるって喜んでいましたし」

 

「……確かに俺もすずか達も実戦経験は多いからね。模擬戦も含めて、今まで戦いの場に身を置くことがなかったというソーナさんやその眷属さん達にとってはいい経験になるだろうけど。あ、そういえば、ソーナさんの眷属に一人だけ男性がいるんだよね。どんな人なのか、それもちょっと楽しみなんだよな」

 

 日常が女性と共に過ごすことが多い大翔さんですから、男の子と知己を得る機会が楽しみな様子。ああ、男の子なんだなぁとそんなことを感じたりして、可愛いと感じてしまいます。私達と過ごすことに不満があるのとは違うのは重々伝わっていますけれど、別枠での楽しみですものね、こういうのは。私にしてもリアスだったりすずかさんやアリサ達との他愛もないお喋りが楽しかったりしますから。

 

「よし、終わったよ朱乃」

 

「あらあら、なんだかあっという間でしたわ。ありがとうございました、大翔さん。うふふっ」

 

 実質の二人きりの時間には互いに介入しないという不文律を守ってくれていたすずかさんや小猫ちゃん達が声をかけてくる。朝食をみんなで頂いた後は、それぞれが通う学校へと登校する。私はその間、すずかさんのお母様である飛鳥さんの助けを借りながらの大翔さんが担当する業務の勉強や、昼休みの時間には転移魔法で大翔さん達の学び舎へ移動し、通行許可証を下げつつ一緒に食事をする時間帯です。

 さぁ、今日も大翔さんの仕事への理解を深めるとしましょう。一生懸命に、けれど焦らず確実に……。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 「……だから、教会には絶対に近づいちゃダメ。いいわね、イッセー」

 

 朽ちた教会に赴任するために駒王町へやってきたというシスター。日本語を話すこともできなかったため、悪魔になったことで自動翻訳技能を身につけたイッセー先輩が道案内をしたのですが、そりゃ教会は天界に属しますし天使は光力を使えるので悪魔の天敵です。寒気もするってものです。

 しかし、傷を癒せる神器ですか……兄さま達の回復魔法を知っているから極端に驚くことはありませんでしたが、各勢力で取り合いになりかねない相手です。それなのに、この街の何年も放置されている教会に赴任……?

 

『キナくさいですよね、姉さま』

 

『うん、真っ黒黒助黒糖味にゃ。弱り切っていた私に襲い掛かってきた独断で動いてる堕天使の件といい、多分、そういうことじゃにゃい?』

 

『魔王の血縁者が二人もいる街でやらかすって何を考えているんでしょうか。間違いなく馬鹿なんでしょうね』

 

 黒猫の姿となり、かつ悪魔の気配を完全に消し去っている膝上の姉さまと念話で内緒話。こういう幻術に関わる類のものは姉さまの得意とする系統の一つ。兄さまも勝てば官軍、戦う時にはもう勝っているを地で行く性格ですから、姉さまと技術や使用方法の意見交換は密にやってますから……姉さまの隠遁術は相当なレベルに達しているでしょう。ソーナ先輩も姉さまに集中して観ることで何とか違和感を察知できる程度と絶賛していましたし、少なくとも部長は全く察知できないレベルのようです。

 

『検知用の探索式は数体放ってあるから、街の無関係な連中に手を出そうとしたらすぐに分かるにゃ。朱乃も戻ってないことだし、今は静観でいいと思うけどにゃ』

 

 潰してもいいけどね……と仰る姉さまですが、堕天使達の規模も分かりませんし変に動けばさすがに部長に気づかれる可能性もあがってしまいます。ソーナ先輩達も一時的に人数が減っており、また索敵を正直得意とするわけでもないグレモリー眷属を助けるということで街中の警戒をしてくれてますしね。

 

「部長……」

 

「貴方に何かあってからでは遅いのよ。わかってちょうだい、イッセー」

 

 部長、優しい言葉をかけられるのは素敵だと思います。ですが、同時に抱擁したせいか、部長の見事な谷間に埋もれて明らかにゲスい顔をしているイッセー先輩には聞こえていないと思いますよ? あ、でも触れる勇気はないんですね。変態なのにヘタレだったんですか、イッセー先輩。抱き締め返すぐらいはやっても部長は怒らないと思いますけど。

 

「祐斗先輩、紅茶のお代わり淹れますか?」

 

「あ、ああ、頂くよ」

 

 仙術や妖力を受け入れたことで、私の身体は異常な食欲を訴えることも無くなりつつありました。もちろん頂けるのなら食べますけど、以前のように飢えるような感じは無くなっています。今の私は幻術で以前の小柄な体格に見せてはいますが、実際にはアリシアさんの身長を超えて、部長や朱乃先輩の胸部を見ても歯ぎしりする必要が無くなる程度には育ってきていました。こればかりは姉さまの予測どおりとなりましたが、実にいいことです。兄さまにも喜んでもらえるし、心に余裕が生まれますよね。

 

「最近の小猫ちゃん変わったよね。すごく落ち着きがあるというか、とてもどっしり構えてる気がするよ」

 

「そうでしょうか? 私自身はいつも通りだと思ってますけど」

 

 嘘です。ああ、アスキーアートがあったら張りたい感じ……ギャー君に後で送ってもらおうかな。人も悪魔も切っ掛けなしでそんな変化をするなんて難しい話です。紅茶の淹れ方を朱乃先輩に教えてもらおうと思えるようになったのも、兄さまやすずか姉さま達に会えたから。兄さま、すずか姉さま、これからも末永く宜しくお願いしますね?




方向性が迷走しているという自覚もありますが、
視点を集約しながら完結までいきたいと思います。

今後も宜しくお願い致します。


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第53話 皮算用

28日(日曜)分です。

※家族インフルエンザ罹患などの対応にも追われ、更新が遅れております。
申し訳ありません。
⇒本人も罹患しました。B型です。更新遅れてごめんなさい。
 節々の痛みや寒気しながら、子供の看病とか無理ゲー過ぎる!


 「ありがとう、小猫。朱乃がいないから自分で淹れないと駄目かと思っていたんだけど、淹れ方を習ってくれていたのね。朱乃と比べても遜色ない美味しさだもの、よっぽど練習したのね?」

 

「おやつのお供に美味しい飲み物は欠かせないじゃないですか。だからです」

 

 自分でも現金だと思いますが、急な上達が実現できたのも淹れてあげたいと思える人が出来たからというのがあります。朱乃先輩は朱乃先輩で、本来淹れてもらう側のすずか姉さまやアリサさんが上手に淹れるのを知ってからさらに奮起してますしね。温度管理とか時間とか葉に合わせてより細かく変えるようになりましたし。

 

「その朱乃ももうすぐ戻ってくるしね。メールで状況は知らせてくれるし、お父様との和解も順調みたいだから本当に良かったわ。堕天使の総督をおじ様と呼ぶのにはかなり驚いたけど、それはそれで貴重な繋がりになるだろうしね」

 

「堕天使の総督は朱乃先輩の味方にはなるでしょうけど、私や部長の味方になってくれるわけじゃないですよね?」

 

 実際、こちらが敵意を見せない限りは敵対するわけじゃないのは分かっています。結界内に遊びに来ては大翔兄さまとの共同実験や開発を熱心に行って、酒と兄さまや朱乃先輩達が作ったつまみを堪能して、朱乃先輩のご両親に連れ帰られることを繰り返すのをよく見ます。また、私や黒歌姉さまにも最悪、こっちの陣営で保護も出来るから、兄さまの世界だけでなく駒王町もこれまで通り動けるようにすると言ってくれていますし。

 兄さまはアザゼル総督にとって、趣味と実益を存分に語り合える友人であり、朱乃先輩を通じて疑似的な親子に似た関係でもあります。また、シェムハザ副総督や、バラキエルのおじ様など、総督を仕事に呼び戻すための協力も含めて兄さまは堕天使の幹部クラスと友好な関係を作り上げつつありますから……実質、堕天使勢力の庇護下にあると言って差し支えないでしょう。

 

「まあね。堕天使の総督は朱乃の味方なのであって、私の味方ではないわ。ただ、朱乃に強力な支援者がつくこと自体、結果的にその王である私にもメリットがあるのよ」

 

「そりゃ最初から襲いかかられはしないでしょうし、話も聞いてくれるとは思いますけど……」

 

 丁重に接するのが当たり前って態度が隠れているのをアザゼル総督が見抜けないわけもなく、正直気分を良くすることもないでしょう。部長はもともと貴族階級にあり、自分が尊重されるのは当然という環境で過ごしてきた方です。また容姿も優れていますから、学校でも二大お姉様と呼ばれ敬われる存在。つまり、相手に対して下手に出た経験が非常に少ない立場。

 

『朱乃の王である私も敬うべきって本気で思ってる辺りが、悪魔というよりも貴族社会で育った弊害かにゃ。同じような生まれのソーナは魔王少女を反面教師として早くに自制を覚えたから、この辺りの二人の差はハッキリしてるしにゃ……』

 

 性格の問題ではなく、尊重されるのが部長にとっての当たり前でそれを悪いことだと指摘する者もいない。それはある意味とても不幸なことだと思います。眷族に対しての慈愛の深さや、私達へ害を為そうとする者へ強い怒りを覚えてくれるなど──部長個人の性質は私もずっと好きなんです。兄さま達と知り合った今でも、それは今も変わっていません。

 ただ、すずか姉さま達を知り、恵まれた環境や立場に付随する責務を果たす姿を見て、今の部長はもっと素敵な王になれる資質があるのにとても勿体ない……そう感じるようになっていました。

 

「ええ、だから当面は朱乃の王が私、リアス・グレモリーであるとアザゼル率いる堕天使陣営に認識させられればそれでいいのよ」

 

 いずれは利用させてもらうこともあるかもね……と嘯く部長でしたが、ご両親やもう一人の親のような方を部長が利用しようとすれば朱乃先輩は迷わずはぐれ悪魔になるという気がして、何らかの手を打たなければならないと私は心に強く留め置くのでした。

 朱乃先輩はご両親との和解が成り、もう一人の父のように慕うアザゼル総督とも友好的な関係を取り戻した結果、部長との密な関係に縋る必要がなくなっています。さらに大翔兄さまさえいれば、今までの交友関係を失っても仕方のないことだと、腹を括っている節すらありますから。

 

 おそらく、男性そのものが苦手だった反動なのだと思います。すずか姉さまも同じようなところがありますけど、大翔兄さまさえいれば朱乃先輩は十分に満たされてしまう。今の自分を幸せとしか感じない。まして、肉親との関係性も磐石となれば……。

 

『部長に向かって微笑んで雷を放ちながらサヨナラしそうな朱乃先輩が幻視できました……』

 

『アナタは悪くない王だったが、私の家族や恋人を巻き込もうとした思慮の浅さを呪うがいい!……みたいにゃ?』

 

『ダンガムの三倍早い人じゃないですかそれ……』

 

 メタな念話のやり取りをしても不安が拭えるわけもなく、部長と朱乃先輩の対立を危惧する私はソーナ先輩へと相談することにしたのです。よく効く胃薬を持参したうえで。

 

「そう、リアスが……。あ、胃薬はありがたくもらっておくわね」

 

「はい、予想通りというか。さすがに兄さまみたいな存在がいるとは想像できないでしょうから、朱乃先輩は堕天使の幹部クラスとの繋がりを自分のためにも生かしてくれると信じきっているみたいで」

 

 その日の夕方。契約履行のためにもう一度部室なり、ソーナ先輩達なら生徒会室か共同で暮らす邸宅へ集合をかける深夜までの間、私はソーナ先輩へ報告がてら相談を持ちかけていました。なお、今私達がいるのはすずか姉さまの家の広大な外庭です。外庭があるってことは中庭があり、外庭には裏山も含まれていてどれだけ広いんだって話ですが、大丈夫。部長やソーナ先輩だって、冥界に広大な土地を所有してますからへーきへーき、です。深く考えちゃいけません。

 

『冥界とこっちの人間界の土地価格はとんでもない差があると思うけどにゃ~。アッハイ、白音ごめんね黙ってますにゃ』

 

 思考を覗き見するのは止めましょうね、黒歌姉さま。実際は私の魔力や気の反応で思考を予測したんでしょうけど。ソーナ先輩は冥界との土地の価値の差を学んで知ってる方なので、このすずか姉さまの庭を初めて見たときは絶句されていましたし。

 そこを考え出したら、どれだけすずか姉さまが富豪の娘でアリサさんも同じレベルの家のお嬢様って話に……その伴侶に選ばれた兄さまの玉の輿レベルが恐ろしいことになりま──白音は考えるのを止めました。

 

「いきなり5km走なんてしたらこの後まともに動けないだろ……ったく……え? 姫島先輩とか他のお姉さま方もぴんぴんしてる?」

 

 夜の悪魔稼業までの間の合同訓練。ハーレム状態の兄さまに敵意を隠せない匙先輩でしたが、まず体を温めるための5km走を終えて言葉を失ってしまったようです。なお、5kmは慣れていないソーナ先輩達が走る距離であって、兄さまや私達は10km走です。悪魔や堕天使の力が交じる私達はこの程度で息が切れないようにということですが、まぁ初めて見れば驚きもしますよね。 

 

「匙、休んでいないでストレッチですよ。休まず動き続けるのもこの訓練の一部です」

 

 相談事というのも、走りながらとかこうして柔軟をしながら合間合間で話をしています。そのやり取りでも、私やソーナ先輩が息をあまり乱していないことに、匙先輩だけでなく副会長以外のソーナ先輩の眷属さん達が唖然としてしまっていました。

 

「椿姫やソーナも距離を10kmに伸ばしてもいいかもしれないですね。5kmでの疲労が私達と似たような状態になってきましたから」

 

「訓練に頻繁に参加させてもらってから、否応なしに鍛えられてるもの。そうね、朱乃の言うように次回から伸ばしてみようかしら」

 

「すずかさんやアリサ達みたいに短距離走と同じ走り方をする必要もありませんしね。私もあの域にはまだまだ届きそうにありませんわ」

 

 ペアを組んで身体を伸ばしている朱乃先輩や椿姫先輩の会話を聞いて、夢でも見ているのかという表情の皆さんですが、ストレッチが終わったらすぐに基礎訓練の開始なんですけど……大丈夫かな?

 

「くそぉ、確かにあの男も走る前と変わらない面してるしな……。それに、あれじゃれ合ってるだけだよな、多分。殆ど見えないけど」

 

 ストレッチを終えた兄さまに対して、同じく解し終えたすずか姉さまやアリサさんが木刀や拳で殴りかかり、兄さまはひたすら回避に専念している様子に匙先輩は状況をしっかり把握しているようでした。

 

「強く頼りにならなきゃハーレムの主なんざやってられないんだろうけど……とびきりの美人ばっかり侍らせてからに……」

 

 イッセー先輩じゃないにせよ、匙先輩も色々思う所がある様子。そんな匙先輩に由良先輩や仁村さんが声をかけます。

 

「元士郎~? アンタだって傍から見ればハーレムにしか見えないんだよ。何を贅沢言ってるのかなぁ?」

 

「そうですよ、匙先輩。どこに不満があるって言うんですか」

 

 二人に続いて追い打ちをかけるように巡先輩や花戒先輩、草下先輩も匙先輩を弄り出したのを見て、兄さまが声をかけました。

 

「うん、まだ元気は残っているようだね。では、軽く組手といこうか。匙くんは俺、すずかは由良さん、アリサは巡さん。仁村さんと花戒さん、草下さんはトリオを組んでもらって……そうだね、朱乃。成長した姿を見せて欲しいな」

 

「あらあらあら、うふふふふっ! ええ、大翔さんお任せ下さいな! 成長した私の姿、存分にご覧下さいねっ」

 

 わっかりやすいですねー。深紅の魔力が漏れ出てますし、悪魔と堕天使の翼も両方隠す気がありません。二対四枚って増えてますよ、いつの間にか。浮かべる笑みは恍惚としたサディストそのもの。

 

「椿姫。加わりなさいな。宜しいですね、朱乃?」

 

「ええ、構いませんわ……殲滅して差し上げるだけですから、くすくす……」

 

 言葉にすると同時にいくつもの雷球が朱乃先輩の周辺を漂い、いつでも攻撃できる態勢に移行しています。あれは悪の組織の女幹部ですね、間違いないです。今はバリアジャケットとしての巫女服を装着されましたが、ボンテージの格好が絶対に似合いますよね。

 

「え、ええ!? あっという間に姫島先輩、戦闘準備万全だよ!?」

 

「いつ運動着から巫女服に着替えたのか分からないぐらい早かったもん! 本気も本気だよぉ……」

 

 花戒さん、草下さんが悲鳴を上げる中、声を出さずに耐えている仁村さんは──あ、立ったまま気絶してますね。椿姫先輩が参加したくないと抗議の声をあげるも王の命令だと封殺したソーナ先輩に対し、仁村さんが気絶したのを理由にソーナ先輩を容赦なく巻き込む椿姫先輩の姿がありました。

 

「なっ、椿姫!? はっ、離しなさい!」

 

「拒否します! やられるなら一緒です! 小猫さん、留流子をお願い!」

 

 お安いご用です。さくっと回収して、朱乃先輩にウインク一つ飛ばして開戦の合図を出しました。その途端、朱乃先輩の身体から噴き出す魔力の奔流と共に、雷球が一気に肥大化していきます。あれは仙術で身体能力を上げていてももらいたくないですね、ほんとに。

 

「フェイトさんからヒントを得た、私と複数の雷球から放たれる一点集中高速連射! 初お目見えですわ!」

 

 フェイトさんは50基ほどの魔力発射体を制御できますが、朱乃先輩はまだ二桁に届きません。ただ、一つ一つの雷球に制御可能ギリギリまで魔力を込めているので、散弾のように放ってよし、あるいは一点に集中して放てば相手の魔力弾を飲み込みながら逆に痛撃を与えることも可能です。

 ……ええ、兄さまの助言を見えない尻尾を全力で振りながら聞き入れて、愚直に鍛錬した成果ですね。『大翔さんの言うことなのだから、私に出来ないわけが無い!』……恋に盲目なのもいいところですけど、なにせそれで朱乃先輩は一段高みに上がってしまったのですから。

 

「椿姫っ!!!!」

 

「死にたくなければ私に魔力を注いでっ! 『追憶の鏡』で跳ね返します!」

 

「あら、あらあらあら? 跳ね返した衝撃もまとめて飲み込んで差し上げますわ!」

 

 金色の惨劇が繰り広げられる中、朱乃先輩を止めたのは兄さまでしたし、眷属の皆さんの一命を難なく取り留めたのはすずか姉さま達の力でした。あ、もちろん治療には私や黒歌姉さまも手伝ってますよ。全身の火傷範囲が洒落にならなかったので、傷口を塞ぐ担当と体力を回復させる担当に分かれたので。

 

「やり過ぎだ、朱乃」

 

「も、申し訳ありません……」

 

「強くなったのを俺に見せたかったのは分かるよ。だけど、それで友人や知人の人達に三途の川を見せようとしてどうするのさ」

 

 兄さまが直接治癒魔法を施すとまた花が増えかねない状況でしたので、あくまで治療はすずか姉さまや私達経由です。兄さまは魔力供給係となって魔法や仙術を施す私達に力を注ぎ続けてくれたのですが、同時に朱乃先輩にお説教の時間を割くぐらいには十分余力がありました。

 

「うっそだろ。なんで魔力の供給、それも同時に複数の相手に渡しながらしゃべる余裕があるんだ……」

 

「兄さまは私達の指揮官的存在ですから。こういう同時処理に最も長けているんです」

 

「認めるよ、悔しいけどさ。それに、あの恍惚状態の姫島先輩をあっさり止められる辺りで、なんつーかすげー奴だって思った」

 

 近づきたくないですよね、あの朱乃先輩には。近づけば雷球の自動迎撃に巻き込まれますし、それをいなして声をかけて魔力に干渉して動きを止めるわけですから、匙先輩の評価も変わるというものです。




感想のみならず、評価及び評価コメントありがとうございます。
指摘は苦い薬として、励ましの言葉も本当にうれしく思います。


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第54話 深愛

3月3日分となります。

※なんとかインフルの症状から脱しました。少しずつ更新再開してまいります。


 「下手するとこれは夢に見そうですね……」

 

「いざとなれば記憶をぼやかすお手伝いはしますから、ソーナさん」

 

「すずかさん、ありがとうございます。もしそうなればお願いします」

 

 私が暴走したことで模擬戦の雰囲気でも無くなり、大翔さん達と匙くんたちも軽い手合せだけを行って、私達は汗を流した後で夕焼けのテラスに集合していました。その短い手合わせでも指導役と生徒といった様相になっていたので、匙くんや巡さん達も実力差に衝撃を覚えていましたが、何よりやり過ぎた私の雷撃魔法が強烈な印象だったようで……。

 

「ごめんなさい、椿姫……」

 

「気持ちは分かるわよ、朱乃。大翔さんの前で発破掛けられてものすごく頑張っちゃったんでしょうし。ただ、会長や私以外の二人は確実にトラウマ化よ、これ」

 

 花戒さんや草下さんはまだ震えが止まらず、巡さんや由良さんにずっと抱き締められている状態です。興が乗り過ぎた私はやらかした反動に頭を抱えていました。

 

「姫島先輩との模擬戦は今後遠慮させてください……」

 

「無理です本当に死んでしまいます。副会長の『追憶の鏡』で跳ね返った衝撃もまとめて雷の力で押し込んでくるなんて、どんな威力なんですかぁ……」

 

「しかし、フェイトさんが得意とし、朱乃も運用してみせた自分以外にも魔力の発射台を浮かべて一斉掃射……あの制圧力、私の水の力でも可能でしょうか。これは試してみなければなりませんね」

 

「会長!?」

 

「試射の的は遠慮しますから!」

 

「いえ、貴女達? どうして的になるのが前提なの。まずは朱乃の言うように数基を同時に制御出来るようになってからの話だわ」

 

 最終的に標的になるのは否定しないのね、ソーナ。貴女も大翔さんと出逢ってから、自重というものを投げ捨てて動く一面が出てきている。王としての役割に関わるところではハッチャけたりしないけど、強くなる・成長するということにとても貪欲になった。だから今のソーナはいきいきしていて、そんな彼女を好ましくも思うけれども、今はさすがに自重して欲しいと思ってしまう。

 

「ソーナ。やり過ぎた私が言うのもなんだけど、試射の相手なら私がやってもいいから勘弁してあげて。ね?」

 

「あら。それは助かります、朱乃。貴女相手ならしっかり防御してくれるでしょうから、全力で試すことが出来ますね。ふふふ」

 

 花戒さんや草下さんにはまだ震えを止められないのに、心からのお礼を伝えられて私の方が困惑する始末。二人に要望されテラスから少し離れて話を聞けば、ソーナは自他共に厳格に接するのが当たり前だからこそ口に出した以上は確実に標的になりかねなかったと。

 

「その、姫島先輩は戦いの時と普段で切り替えてるんだなっていうのは分かるので……今だってこれ治癒魔法の一種ですよね? 神器とかでしか発現していないって会長からも教えられていたのに……」

 

 大翔さんのように上手くはやれませんが、体内の魔力の詰まりや澱みを緩和できればと思い、お二人の魔力の状態を確認しつつ魔力や気を巡らせていきます。すずかさん達も同じことを考えていましたが、大翔さんの体調が悪くなった時など、私達が効果は落ちても似たようなことが出来ないと困ることも出てくるという考えの元で、こういう練習は重ねてきていたのです。

 相手の様子を常に見ながら、流す強さや早さを変える。練習を始めてみて分かったことですが、相手の体や心の状態に合わせて秒単位での出力調整はかなりの集中力を必要とします。しかも、今回は気や魔力の性質をつかめていない初見の人が相手。今の私ではマルチタスクを含めた私の思考数……三つのうち二つを完全に割く必要がありました。

 

「朱乃、一人受け持つわ。それで少しは余力を持っていられるでしょ。余裕がないのが顔に出てたわよ」

 

「アリサ……助かるわ」

 

 見かねたアリサの手助けも得て、花戒さん達との会話に意識を割く余力も戻ります。ソーナは眷属全員に契約をさせる形で、こちらから許可しない限りは大翔さん達や大翔さん達を通じて身に着けた能力について、存在を認知している者以外に他言しない制約を課してくれています。もともとの悪魔や堕天使の力は別ですので、主に治癒の力がそういうものに該当するでしょうか。

 

「ついうっかり喋っちゃうのも防げるから、逆に制約をつけてくれて良かったのかも……姫島先輩だけの力だけでも何というかすごく欲しがる悪魔がすごく多そう……」

 

 治癒の力というのはそれだけ希少です、この世界では。該当する能力の神器所有者は各勢力でも奪い合いになります。黒歌や小猫ちゃんが使う仙術も自己回復を促す術を内包しているため、種族としても猫ショウは狙われやすいものですしね。

 

「万能じゃないのよ、それでも。傷と体力の同時回復は出来ないし、個々の熟練度合いや向き不向きもあるからね。大怪我とかの場合は血を止めるのが精一杯ってことだってある。今回は何人もいたから分担して、一気に治療できただけのことだし……何より、すずかやカリムがいたからね」

 

 カリムさんは治癒魔法の能力の伸びが著しく、すずかさんは大翔さんに追い付け追い越せの人なので、全分野が得意分野を地で行く人です。想いの強さで元々高かった才能がさらに花開いたという、アリサ曰くすずかさんは幼い頃から人の枠からとっくに逸脱していたと苦笑いしています。

 

「アタシだって大翔のことは強く想ってるし、愛してるって公言してるけど……すずかのは、本当に心も身体も全てを賭けてるからね。大翔にもし何かあれば、すずかも迷いなく後を追っかけるだろうから」

 

「そこまで一人の男の人を想えるって、すごいですね……」

 

「花戒さんだっけ。いいことばかりじゃないのよ? 相手からしたら、ものすごく重たい女にしか過ぎないわけだし。大翔がそういうのを受け入れるのに躊躇ない性質だったからこそ、うまくいってるだけだから」

 

 すずかさんだけじゃありません。私もフェイトさんもすずかさんと同じような結論を出すでしょうし、アリシアさん、小猫ちゃんやひょっとしたらカリムさんも自失状態に近しくなるでしょう。ショックはあれど何とか動けるのは、それを自分に課すアリサと黒歌ぐらい……。

 

「自分でも自覚してますけど、大翔さんの周りは愛が重い女性が多いですものね」

 

「一歩間違えばヤンデレというものですね、ええ」

 

 椿姫、貴女はそういう本に毒され過ぎじゃないかしら。喜んで話に入ってくる場面じゃないと思うわよ?

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「しかし、驚いたぜ。姫島先輩は実質一か月程度であそこまで強くなったのか……」

 

「基礎能力と得意分野を主に伸ばした結果だよ。苦手の接近戦の対処とかは今からだし」

 

 テラスで夕食前の紅茶を楽しみながら、しばし匙君たちと歓談タイムだ。年の近い同性同士、友好的にやれればという思いもある。今はちょうど互いに見知っている朱乃や白音の話となっていた。

 

「いやいや、レーティングゲームや眷属全体で戦うって考えるなら、十分な強化だろうさ。塔城さんも本来は髪が伸びて会長とそんなに背丈も変わらない今の状態が本当なんだろう? 戦車の能力を考えたらある程度タッパがあるだけでも随分と変わってくるし、仙術や妖術も使いこなすって前衛としてはおっそろしいものがあるじゃないか」

 

「幻術で姿を変えてますが、以前の小さい姿でいる方が魔力や気の消費が多いんですね。無理やり力を押さえつけてた格好だからでしょうけど。それなら猫の姿でいる方がよっぽど消費も少ないですし、そろそろ学校では今の格好で行こうかなって考えてます」

 

 それに髪を伸ばした今の姿の方が兄さまの反応がいいですし、と微笑む白音。確かに言う通りだし、その微笑みも破壊力抜群なんだけど、匙君の前でやらなくてもいいんじゃないかな。ダメだ、顔赤くなってるな、俺。

 

「……ハーレムの主だからムカつく奴と正直思ってたけど、基本初心なんだな、あんたって。囲ってるんじゃなくて、逆に囲われているわけだ」

 

「そうですよ、匙先輩。私や朱乃先輩達が兄さまを捕まえてるんです。それにちゃんと決める時はきちっと決めてくれますから、普段は私達がリードしていればいいんですし」

 

「うーん、すっげぇなぁ。なんというか、塔城さんから……いや塔城さんだけじゃないけどさ、芯が通ってるっていうか簡単にぶれたりしないんだろうなって強さを感じるんだよ。女の子って短期間で一気に変わるんだなぁ……」

 

 感心する様子を見せる匙君に俺も彼女達の優秀さだけでなく、心の強さに支えられていると同意してみせる。心から信じてくれているからこそ、前向きに応え続けようと思い続けられる部分が大きいのだから。

 

「匙。貴方が正しく大翔さんを理解しようとしてくれて、私も嬉しく思いますよ。まだ付き合いは長くなくとも、大翔さんは私にとって自慢の友人ですから」

 

「か、会長はコイ……空知のこと、女として好いたり、とか……」

 

「それは私ではないでしょう、見たら分かりますよね?」

 

「へ? じゃ、じゃあ……」

 

「長い時間語り合ったり、食事や鍛錬を共にし楽しいのは確かなのですよ。ただ、彼に触れたい触れられたいとか、抱き締めて欲しいといった感覚とはまた違うものです。この感覚がいずれ変化するのか、あるいは今の状態を私が望み続けるのかは正直分かりません。自分の心がどう移ろっていくのか、固まっていない私には分かり様が無いのですから」

 

 匙君、テーブルの下で思いきりガッツポーズ。その様子を見て微笑むソーナさん。ああ、彼の成長次第では、彼を男女としての視点で見られる可能性を否定するわけではないのだと感じられる。

 

「以前の疑似体験は非常に貴重な機会となりました。それゆえに、私も自分の変化そのものを楽しんでいこうと、そう考えるようになったのです。大翔さんは尊敬する友人ですし、匙、貴方は私が期待する男性眷属である。そこからどう変わっていくのかはこれからの私達次第でしょう」

 

「……ビックリです、ソーナ先輩からそんな言葉が出るだなんて」

 

「不確定だからこそ未来は面白い。今さらですが、そんな言葉を改めて思っただけですよ。小猫さん」

 

 この後、ソーナさんや俺達が私的な場では名前で呼び合っていることから、匙君や他のソーナさんの眷属さん達とも互いに名前で呼び合うことを了承し合って、これ以降俺は元士郎という貴重な同世代の友人を得ることが出来たのだった。

 元士郎は一応、俺より年下ということもあって『さん』付けする方向で行くと決めたらしい。

 

「えっと、学校内では今まで通り苗字呼びなんすね、会長」

 

「ええ、リアスに大翔さん達の存在をどう説明するべきか、まだ思案中だから。私達と朱乃達が親しいということはまだ公には出来ないの」

 

「あー。そっか、そうですよね……」

 

 元士郎もソーナさんの言葉に即座に納得した声を出している。それほどリアスさんって難しい人なのだろうか?

 

「なんつーか、身内にはすげえ優しいけど、プライドの高い良家のお嬢様だな。多分、グレモリー先輩からすると、親友や愛する眷属に手を出した不逞な輩にしか見えないはずだぜ。特に朱乃先輩の心が完全に大翔さんに移ってると知ったら……うん、やべえな」

 

「私や朱乃先輩が留めたところで、洗脳されていると聞き入れてもらえない可能性もあると思います……」

 

「自分のモノを取られたって癇癪を起こす感じでしょうか。ですので、大翔さんを私の眷属候補と位置付けて、少しでもリアスに身内に近しい相手なのだと認識させるのも説得の一端となります」

 

「アレだな。グレモリー先輩との顔合わせまでに、俺達会長の眷属も力を付けていざとなれば力尽くで止められるぐらいになっとくべきかもな……うし、大翔さん。よろしく鍛えてくれよ」

 

 この日以降、封時結界も利用しつつの朝夕の合同訓練が日常化していく。ただ、朱乃が駒王学園へ復帰するのもすぐの話だったため、朱乃や白音の変化にグレモリーさんが気づかないわけもなく……。

 

『私の朱乃や小猫に手を出した男なんて、この滅びの力で無に変えてやるわ!』

 

 ほどなくお怒りになられたとの連絡がソーナさんを通じ入り、セラフォルーさんやアザゼルさん達にもそれぞれのルートで連絡が行き、姫島家にて面通しの場を持つことになったのだった。




リアスさんとの邂逅編開始。


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第55話 怒れる『紅髪の滅殺姫』

本日、既に一話投稿しています。ご注意ください。

3月6日(日曜)分となります。
明日も含めて、あと2話分でやっと追い付く計算……!



 「なんか、こちらの事情なのに駆けつけてもらって、本当にすいません」

 

「気にするなよ。堕天使から見てお前はとっくに保護対象だ、家族も含めてな。基本俺らは隠れて待機してるからよ。ただ、ヤバくなったら俺もバラキエルも飛び込む」

 

「うむ、未来の息子をむざむざ手に掛けさせる理由は無い」

 

「だから、グレモリーの嬢ちゃんを堂々と相手してやればいい。サーゼクスの奴にも事情は通した。俺んとこの秘蔵っ子兼セラフォルーの愛妾だからなって」

 

 え? 別の魔王様に? それに愛妾!? えらい誤解が広がった気が……。 

 

「男妾って言うべきだったか?」

 

「そうじゃないでしょアザゼルちゃん! うんもうっ☆ ただ、私の庇護下ってことはサーゼクスちゃんにも伝えたから、多少おイタしてもいいからね☆ 私と違って甘やかし過ぎたってサーゼクスちゃんも言ってたし☆」

 

「私と違って?」

 

「なによアザゼルちゃん文句あるのっ!?」

 

「あの交渉前に戦争勃発とか辞めて下さいね。デバイスのメンテとか開発案とかこれでサヨナラになっちゃいますよ……」

 

 デバイスの件をチラつかせるだけで私達仲良しアピールを始めた魔王様と堕天使の総督様。……ほんと自由だなあ。胸の辺りを擦ってるバラキエルさんにはまた胃薬差し入れしないと。

 

「大翔さん。微力ながら屋敷や屋敷周りの保護結界は全力で俺らが張るからよ。結界維持を得意とするカリムさんや黒歌もこっちに回してもらうんだし、何とかしてみせるぜ」

 

「うん、ありがとう元士郎。椿姫さん達も負担をおかけしますが、宜しくお願いします」

 

「同席するソーナ会長の安全はお任せしますから、宜しくお願い致しますね」

 

「大丈夫よ、椿姫。リアスの魔力の集積能力はまだまだ甘いものがあるのだから。仮に飛んできても散らしてあげますから」

 

 場に臨むのは、あちら側はグレモリーさんご本人と眷属の皆さん。白音も相手側だし、朱乃は場の設定役も兼ねている。俺達の側はソーナさん、すずか、アリサ、アリシアにフェイトだ。

 

「部長。お連れしましたわ」

 

「……貴方が空知大翔ね。話は聞いているわ。私はリアス・グレモリー。朱乃や小猫の王よ。大人しく朱乃や小猫の元から姿を消すならばよし、そうでなければ私の滅びの魔力でこの世から即座に消してあげるわ!」

 

「部長……いえ、リアス! 話が違うわ!」

 

「黙ってなさい朱乃! すぐに目を覚まさせてあげる!」

 

 襖を引いた朱乃の向こう側には、殺気を隠すことなく既に滅びの魔力を手に宿したグレモリーさんの姿があり、端から話し合いをする気などないのだということを明確に表していた。だが、恭也さんの殺気に比べればなんとも生温い。彼女は本格的な戦いの場にまだ身を置いたことがないのがすぐに分かる。

 ナハトとの戦いの時もそうだったし、傭兵としてミッドで幾度も経験した戦場に比べれば、何も臆することは無い。すずか、アリサ、アリシア、フェイト。四人とも平気な顔をしているし、むしろグレモリーさんの言葉に不快感を隠そうともしていない。ソーナさんにしても俺達との共同鍛錬の成果が出始めているのだろう。少し殺気に押されたように見えたが、一つ深呼吸をして、既に表面上は平静な彼女を取り戻している。

 

「仰るように私が空知大翔です。ただ、事情を聞いていると仰るのと貴女の行動が一致しないと思えますが」

 

「朱乃のご両親との和解も実際には貴方が画策した。この場にはいないようだけど、はぐれ悪魔の黒歌と小猫の再会も貴方が仕組んだ。朱乃と小猫の引き抜きが目的なのが透けて見えるわよ!」

 

「……引き抜かずとも、私は彼女達と添い遂げると誓いを立てた。それは貴女の眷属であり続けることと必ずしも相反しないと思いますが」

 

「二人の心は、二人の忠誠は私だけに捧げられるべきものよ!」

 

 え、それじゃ俺のことは差し置いても、二人は恋愛すらままならないじゃないか。それにまずい、すずか達だけじゃない、朱乃や白音も爆発する寸前になっている。グレモリーさんに同行した眷属の男性二人も主の剣幕に正直困惑してしまっているし……。

 

「いい加減になさい、リアス。交渉相手にいきなり武器を向けるなど恫喝と同じよ」

 

 その時、予備動作無しで水球を彼女の頭にぶつけたのがソーナさんだ。急な衝撃に滅びの力も霧散し、唖然とするグレモリーさんに視線は冷たく声も平坦なまま、ソーナさんは彼女へ言葉を投げかけていく。

 

「少しは頭が冷えたかしら」

 

「っ……ソーナ! 貴女まで」

 

「貴女まで、なに? まさか私が操られているとでも宣うつもりかしら、リアス。そういう見分けすらつかないほどに自分を見失っているの?」

 

 おもむろに近づき、取り出したハンドタオルで彼女の髪や顔をぬぐうソーナさん。仕草は丁寧なものだが、瞳や声の冷たさは変わることは無い。

 

「わ、私は……」

 

「伝えたはずです。彼は私の正式な眷属候補であると。彼への侮辱は私への侮辱と同義。それを分かっての恫喝ですね?」

 

「そ、そんなつもりは!」

 

「同じことだと言っているのです。私の力が足りないが故に、彼は眷属候補となっているのですから。リアスの行動は私やシトリー眷属への敵対行為だわ。もう一度聞きましょう。彼を無条件に排そうとするのですか? それとも話し合いの場につくのですか?」

 

「……! 話を、するわ……」

 

「分かりました。それと追い打ちをかけるようですが、姫島さんや塔城さんは恋愛をしてはいけないと言っているのと同じですよ、先程の言い分は。忠誠を、つまり心を自分だけに向けろというのは、自分だけを愛せと命じるのと同義。眷属の王であっても、眷属の心の在り様まで縛り付けるのならば、それは人形と変わりません」

 

「そんなつもりも無かった、のよ……ただ、私は朱乃や小猫が離れていくような感じが怖くて仕方なくて……」

 

「か、会長! その辺りで部長を許してあげて下さい!」

 

 ソーナさんの言葉に割り込んだのは、グレモリーさんの眷属。おそらく兵藤君という眷属になって間もない少年だろう。真っ直ぐな瞳をしてるけど、すずか達へ下種な視線を飛ばしていたから後でしっかり問い詰めないとね。

 

「兵藤くん、貴方の発言を許可したわけではありませんよ。必要があればこちらから問いかけます」

 

「で、でも! 部長も反省してます!」

 

「貴方の勝手な発言がリアスの評価を落とすと言っているのです。王同士の話に割り込むということは、その場で厳しく罰せられても仕方ないのですよ、本来は」

 

「わ、わかりました……」

 

「リアス。兵藤君の教育はさておき、貴方のその不安をまず素直に二人に伝えるべきなのよ。姫島さんや塔城さんともう何年一緒に過ごしてきたの? 貴女達の関係はそんな脆いものだったかしら」

 

 ソーナさんの仲裁で一旦場は中断となり、グレモリーさんは髪や顔を整えて、兵藤君には朱乃からの雷(本物)が落ちた後に、再度話し合いの場を持つこととなったのだった。

 

「……取り乱して、それに情けないところを見せたわ。威嚇までしてごめんなさい。改めて、話をさせてほしいわ」

 

「いえ、俺としては話をさせてもらえればそれでいいですから」

 

「本当に、全く動じないんだもの。ソーナが眷属に出来ないってことは相当の実力者でしょうし。頭が冷えれば、私は無謀なことをしようとしてたのね……まさか、堕天使の総督やセラフォルー様の保護を受けているなんて……」

 

 俺達が話し合う部屋の隅に別にちゃぶ台ひとつ。そこに集う面子はなかなかにカオスだ。

 

「あ、俺らのことは気にせずにな。立会人ってだけだからよ。かーっ、この一杯のために生きてるなっ! 大翔の世界の酒もイケるイケる!」

 

「私としては~このリキュールすごく甘口で美味しいかなって☆ このチーズも合うよねー☆ ささ、バラキエルちゃんも飲みなよ~☆」

 

「あなた。大翔さんの試作品のお陰である程度このデバイスの力を借りて実体化していられるようですから、多少飲まれても大丈夫ですよ」

 

 グレモリーさん、肩をがっくりと落としたよ。気持ちは分かるな、ダメな大人が揃ってる感が強いよね。朱璃さんが最後の希望みたいなものだ。

 

「朱璃さん、異常を感じたらすぐに仰って下さい。試作品とはいえ手を抜くことはありませんが、あくまで仮の融合化ですから術式も略式ですし、違和感を感じたら逆に切り離して頂くぐらいでいいので」

 

「おかしいと思ったらすぐに言うわね。ありがとう、大翔くん。ふふ、夫やアザゼルさんのお酌を出来るのも貴方のお陰よ」

 

「……霊体の朱乃のお母様を魔力が籠った宝石に宿らせて実体化させるって……いえ、朱乃にとってはとても喜ばしいことだろうけど」

 

「だから言ったとおりでしょ、リアス。大翔さんは技術屋さんなのよ、本来は」

 

「ただ、アザゼル総督。釘は刺させてもらうけど、貴方が私の領地内で勝手な行動をしたら……」

 

「しねえよ。せいぜい姫島家で一家団欒に親戚の伯父さん枠で混ぜてもらうだけだ。サーゼクスやセラフォルーの許可ももらってる。お前の敷地を荒らすことはねえよ」

 

「何を持ってその言葉を信用しろと……」

 

「簡単よ、リアス。デバイスを取り上げる。この一言で大丈夫だから」

 

 軽く笑みを浮かべながら朱乃が言葉を口にした途端、アザゼルさんが完全に固まる。頷いたソーナさんも続けて似たような言葉を口にする。

 

「お姉様相手にも、今後のメンテ中止……で大丈夫ですから。止まります」

 

「お、お前らなぁ……」

 

「ちょ、直接ひーくんに頼むもん!」

 

「大翔さんはまず私達の味方です。それに直接交渉をさせるとでも?」

 

「鬼! 悪魔! ソーナちゃん!」

 

「いや、そもそもシトリーは悪魔なんじゃ」

 

「つまらないツッコミ入れないの、アザゼルちゃん!」

 

 カオスである。こんなやり取りの間にグレモリーさんも朱乃から聞いていた俺達の関係性を直接聞くことで補足していき、下種な目を向けた彼には再び雷光がきらめき、イケメンの剣士くんが介抱する図式が出来上がっていた。なお、白音はしっかり俺の膝上を確保している。

 

「二人とも本当に人間界で大きな家の娘なのね……」

 

「規模で言えば、アリサなんて世界規模だから私達で言う所の領民の数も桁が違うもの」

 

「ま、その分贅沢もさせてもらってるけど、やらなきゃいけない仕事も多いわ」

 

「うん、私達の発言、行動一つで何千、何万の人に影響が出るから、元の世界では部屋に戻らない限り、絶対に気は抜けないかな……」

 

 俺がついて回ることで刹那刹那で一瞬息を抜くことはできても、基本緊張を強いられることに変わりは無い。ただ、それがすずかやアリサにとっては日常だし、近くで支える俺にとっての日常でもある。

 

「二人と関わりを持つようになってから、私もシトリー家の次期当主である重みをより強く感じるようになったわ。私の行動がシトリー領全体の評価に直結する。だからこそ、公の場では絶対に気を抜けないし、逆に私的な時間でいかに自分がリラックスできるようにするか、そういう切替の大切さも身に沁みるようになったの」

 

「耳が痛いわね……私もグレモリー家の次期当主だもの。私の行動が、領地全体の評価になる。何千何万の領民の生活に直結する……それが当たり前になれば、軽率な行動は出来ない、か」

 

「自制できないのなら、上に立つ資格は無い。アタシはそう思ってやってるのよ」

 

「節制や節約とはまた違うんだけどね。ただ、本心を漏らしていいのは、ひろくんや家族だけがいる場だけって決めてるから」

 

 グレモリーさんはすずかやアリサが日々自分を律する行動を取るのが当たり前という認識に、少なからず衝撃を受けたようだった。俺にしてもこういう生活が始まって五年が経過するかしないかといったところだけど、すずか達と外回りに出た時の心理的疲労度は未だに慣れるものじゃない。

 

「自分の部屋に戻るとき以外、気を抜けない生活……。正直、考えたこともなかった。私は朱乃や小猫達に当主としての仕事を共に支えてもらおうって漠然と考えていたのよ。でも、考えてるだけじゃ、そうよね……駄目なのよね……」

 

「正直、俺も日々ずっと勉強です。もちろん、すずかとアリサ両家の家業を把握しなければいけないので、量も単純に多いこともありますけど、最初から継ぐことを前提で教育された二人とは土台からして大きな差がありますから。止まってしまえば、すぐに二人に不利益なことを仕出かしてしまいそうで。それに、俺が必死でやってる姿を見せ続けるからこそ、まだ周りの人達も支えようとしてくれるのかなって」

 

 実際にデビットさんや征二さんにも言われたことだ。折れることなく毎日後継者として勉強し続ける姿をバニングス財閥や月村工業の経営幹部の人達に少しでも認めてもらえてるからこそ、周辺も盛り立てていこうという風土が生まれてくるのだと。



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第56話 数年後を見据えて

3月10日(木)分です。

さぁ、あと一回分だ。ガンバルゾーガンバルゾー(白目


 「ただ、俺は二人と夫婦になって幸せになるんだって決めました。誓い合いました。だから、絶対に折れるわけにはいかないんです。そんな俺を認め、共に家族になると言ってくれたのが、朱乃であり、白音なんです」

 

「朱乃、小猫……」

 

「リアス。私は貴女の眷属を辞めるつもりはありません。逆にそれは大翔さんにも強く言われてることなの。愛情だけに溺れて、今までの親友を失うことをするなと」

 

「部長。私は先のことを考えられる余裕ができたんです。兄さまは人間界の大企業の後継者ですけど、その任期はどれだけ長く見ても五、六十年。その間に兄さまがソーナ会長の眷属になって悪魔に転生したとして、そこから長い悪魔としての生が待っています」

 

「小猫……?」

 

「小猫ちゃん?」

 

 一旦言葉を切る白音にグレモリーさんも朱乃まで疑問符を浮かべて、続きの言葉を待っている。白音は俺の手を自分の両手で包んで温もりを離さないようにしながら、明瞭に言葉を紡いでいった。

 朱乃が翌日から学園に復帰する前日の夜、内々に相談を持ちかけてきたあの一件だろう。俺は白音の意思を出来る限り汲み取れるように頑張ると答え、白音は自分に甘過ぎると呟きながらも、笑顔でお礼と愛情を告げる言葉を返してくれていた。

 

「兄さまの仕事を手伝うことで、領地経営に通じるところが非常に大きいと思うんです。部長が本格的に当主を引き継がれるのはまだ百年単位で先ですよね。その前に実践で類似体験が出来るというのはものすごく大きいんじゃないでしょうか。別に私や朱乃先輩だけじゃなくていいんです。兄さまとの相談次第ですけど、会長の眷属さん達が参加してもいいですし、祐斗先輩が加わったっていいんですから」

 

「あ、あれ、小猫ちゃん。俺が入ってないんだけど……」

 

「女性のおっぱいのことばかり考えているイッセー先輩では無理です」

 

「ぐふっ」

 

「ま、まぁ、イッセーは将来に期待として……小猫はそこまで考えていたのね……」

 

 実際に俺は悪魔の駒の力がなくても、夜の一族の力を引き継いだお陰で数百年単位の寿命があるが、白音はあえて触れずに先の見通しを口にしてくれていた。グレモリーさんの眷属、俺との家族としての営みを両方続けるにはどうするのか、どうしたらいいのか。朱乃は最悪はグレモリーさんとの離別を想定していたが、白音は違った視点で考え続けてくれていた。

 

「私にとっては部長も兄さまも大切な人なんです。替えのきかない存在です。だから、悪魔らしく欲張りになって両方失わないための方法だけを考えました。ただ、私や朱乃先輩をまるで自分のモノ扱いなのは直してもらいたいですけど……」

 

「うぐっ……あ、あれは言葉のあやで」

 

「じゃあ私の意思を尊重して、この案真剣に考えて下さいね、部長」

 

「……参ったわね、ええ、考えるわ。というか良案に聞こえるもの。あーもう、小猫がすっごく強かになっちゃったじゃない! 空知、やってくれたじゃない……」

 

「兄さまがこうなれって言ったわけじゃないですよ、部長。だからそれは八つ当たりです」

 

「イ、イッセー、小猫が容赦ないわ……」

 

「部長ー!? しっかりしてください部長ー!」

 

「待ちなさい、リアス。都合が悪くなったら眷属に逃げるその癖……直すように扱いてあげるから」

 

 ふらつく演技をしながら兵藤君に倒れ掛かってみせるグレモリーさんに、ソーナさんが容赦なく追撃をかけていく中──性格はそう簡単に変わるものじゃないし、本人が心から変わりたいと思えるかでも大きく変わるから、多分、グレモリーさんの問題は繰り返し起こるだろう──、今まで状況を見守っていたグレモリー眷属の騎士、木場君が俺に向かって手を差し出してくる。

 

「改めて、木場祐斗です。小猫ちゃんや朱乃先輩を変えたのは貴方だったんですね。二人とも過去としっかり向き合って、かつ前を見据えて歩こうとしている。その変化を齎してくれた貴方には仲間として感謝しています。ただ、二人がまるで別人のように感じるのにはかなり衝撃を受けましたけど。小猫ちゃんに至っては外観まで完全に別人ですしね」

 

「たまたま運良く関わることが出来て、俺に解決の手段があっただけのことです。巡り合わせが良かった、そう俺は考えています。ただ、白音については特にそうですよね。一気にここまで少女から女性に変われば、以前の彼女を知る人にとっては困惑するのも無理ないかな」

 

 イケメンは仕草からしてイケメンなのだなとずれた事を思いつつも、握手を交わす。少し困ったように微笑む仕草も決まっている。すずかやアリサが外向きの笑顔を浮かべているから、欠片も興味ないのが伝わってくるけど……。

 

『美形ではあるんだろうけど、それだけの話だよね』

 

『見て楽しむにはいいけどね、それだけね』

 

『あれ、全然美形とも思えないんだけど、私ってやっぱり感覚がずれてる……?』

 

『フェイトは男性の区別がひーちゃんかそれ以外だもん、仕方ないよ』

 

 四人の念話のやり取りも俺や朱乃、白音には聞こえるようにやり合ってるようで、膝上の白音が一瞬吹き出していた。なんでもないですと木場君には答えているものの、自分にとって馴染みの先輩が鑑賞物扱いにツボに入ってしまったようだ。

 なお、兵藤君はまた四人の胸に視線を向けていたのだろう。フェイトのフォトンランサーがまた瞬いていた。巻き込まれたグレモリーさんも一緒に痺れてしまっていて、思わず兵藤くんと距離を取ったようだ。つまりソーナさんと一対一できっちりお説教タイムの続き。頑張れグレモリーさん。

 

「学校は結構な騒ぎなんですよ。あの二大お姉様の一人にいい人が出来てしまったとか、一年生のマスコット的立場だった小猫ちゃんが一気にアイドル化してたり……」

 

「そろそろ痺れが癖になりそうだぜ……。それはさておき、学年違う俺らですらそうだもんな。実際三年生とか一年とか大変じゃないのかなぁ。俺らは元浜が灰になったのと、休み時間ごとに朱乃先輩や小猫ちゃんのクラスへの見学組が押し寄せていってるもんな……」

 

「そうだぞ兵藤! 生徒会は休み時間が無い状態なんだからな! ずっと区画整理やらされてるようなもんなんだぞ! ずっと休んでた人気絶頂アイドルが登校してきたらきっとこんな感じなんだぜ……?」

 

「お、おう。生徒会の人達は確かにえぐいよな……」

 

「匙君。こちらでも手伝えることがあれば言ってくれ。明日以降もしばらく騒ぎは続くだろうしさ」

 

 乱入してきた元士郎の言葉も合わせれば、学園は相当な騒ぎになっているようだ。膝上にいる白音も隣にいる朱乃も引き攣った笑顔になっているから、なかなかに拙い状況のようで。うん、朱乃も白音も学園でも有数の美女美少女だろうから……。

 

「ごめんなさいね、元士郎くん。私や小猫ちゃん自身は人が入れ替わったわけでもないし、私個人としても何が変わったわけではないと思っていたのだけど……」

 

「身長と髪が伸びて、女らしい身体にはなったかなぁとは思いますが。兄さま以外の評価は興味ありませんし、どうでもいいです」

 

「お二人がそうやって構えてなくて自然体だからこそ、周りが勝手にヒートアップしてるだけなんだよなぁ……というか、小猫ちゃんぶっちゃけ過ぎ」

 

 白音の言葉に元士郎がため息をついたところに、なぜか兵藤君が剣幕を変えて噛み付いていく。君の部長はソーナさんの説教の真っ最中だけど、放っておいて大丈夫? なんかグレモリーさん涙目だよ。朱乃が動いてないってことは大丈夫なんだろうけどさ。

 

「おっ、お前、いつの間に小猫ちゃんを名前呼びしてるんだ匙っ!」

 

「噛み付くのそこかよ兵藤!? むしろ大翔さんが兄さま呼びに突っ込めよ!」

 

「指摘したさ。そしたら虫けらを見るような目で俺には関係ないって言われてさ……」

 

「興奮したんだな」

 

「そうそうゾクゾク……って、俺にそんな趣味はねえよ!」

 

 コントめいたやりとりを経て、元士郎は兵藤くんに説明をしていく。顔はどこか呆れ顔になってるけど。

 

「んで、俺がこんな呼び方をするのは大翔さんや小猫ちゃん達に許されたからだよ、私的な場だったらそう呼んで構わないって。さっきだって朱乃先輩が俺のこと名前で呼んでただろが」

 

「貴様ぁああああああっ! 表出ろぉ! そもそも生徒会というハーレムにいて、オカルト研究部にまで手を伸ばすとはっ!」

 

「駄目だこいつ。そもそも朱乃先輩も小猫ちゃんも大翔さんの女だろ。お前じゃ勝負にならないっての」

 

「がはっ!」

 

「あ、倒れた」

 

「ご、ごめんね匙君。イッセーくんはハーレム願望が強いみたいで……」

 

「男の夢とは言うけどなぁ。平和に維持するとなると、大翔さんみたいに細かいフォローが当たり前ぐらいに思ってないと面倒臭くてしょうがないもんだってのは見てて思うぜ。兵藤にはそういう意味でも無理じゃねーか? 自分の女同士で揉めるのを毎日見る羽目になっていずれ刺されるパターンだわ」

 

 元士郎の言葉に同じく合流したソーナさんの眷属の女の子達が深く頷いているあたり、兵藤くんの願望の実現は果てしなく遠いようだ。

 

「あと、強さも足りないんじゃないか? 眷属の中で一番頼りになるぐらいじゃねえとな。ちょっと尖った連中の集まりでそうなんだから、ハーレムだったら余計だろ」

 

「元士郎、それは実体験?」

 

「昔のやんちゃしてた頃の話ですよ、副会長」

 

 器用だな兵藤くん、今度は痙攣してみせている。ただ、ハーレムって彼は言うけど、男が好き勝手に女性を侍らせるのがハーレムだと思っているのなら……結局は不幸な未来しか生まれないだろうね。まあこれも身勝手な男の言い分といえばそれまでのこと。

 

『兄さま、大丈夫です。兄さまはイッセー先輩とは違って、一人ひとりをしっかり見て向き合い続けてくれてます』

 

『白音。顔に出てた……?』

 

『自分を責めるときの兄さまの顔はとても分かりやすいです』

 

 白音は念話で。朱乃はそっと俺の手を取り、慈しむようにそっと撫でてくれる。俺への朱乃や白音の想いは勿体ないものだと今も思うところがあるんだけど……二人の真剣さを知った今では、それは口にしてはならないこと。こうして常に気にかけてくれる二人にも、もちろん元々大切なすずか達も含めて、俺に賭けてくれる人の分、俺は前を向いていく。そうしなきゃいけないし、そうしたい。そうあるように、皆支えてくれている。

 

「話題を戻しますと、木場君の言うように朱乃や小猫さんは元々人気があったんですが、この何日かのフィーバーはすごいことになっていますからね。共同訓練で体力を底上げしていて本当に良かったです。ただ、朱乃や小猫さんが変に反応せずに堂々と振舞ってくれているから、こちらとしてもやりやすいわ」

 

「正直、騒がれても答えようがないのよ。それに椿姫も知ってるでしょ。髪や肌の管理には確かにより気を使うようにはなってるものの、皆に騒いでもらうためにやっているわけではありませんから」

 

「はいはい。朱乃も大翔さんのためでしょ、分かってるわよ」

 

「も、もう! 椿姫、茶化さないでちょうだい!」

 

「朱乃先輩も小猫ちゃんも綺麗になっただけじゃなくて、なんだろう。より柔らかい雰囲気を感じるようになったから、余計にその変化に皆が騒いでしまうんだろうね」

 

「そりゃすずか達みたいな連中に毎日揉まれてるのよ、自然と洗練されていくってものにゃ。いい意味での女らしさ、女にしか出せない魅力ってとこにゃ。あとは、自分が慕う男に愛され満たされてる感覚って、すごいのよ? それだけでも劇的な変化を生むんだからにゃ」

 

「確かに……すずかさんやアリサみたいな人達に囲まれて過ごせば、髪や肌の質もどんどん変わっていきそう。手入れのやり方が自然に変わっていくものね。その変化のベースに好きな人に愛されてるって実感があったら、うん、綺麗になるのは当たり前か」

 

 やり取りを見ながら考えていた様子の木場君が指摘した雰囲気の変化に、黒歌が一つの答えを示す。椿姫さんはお泊りしていく回数が増えていたりする。さすがに同じベッドで休んだりはしないけど。彼女から向けられる想いが、当初の朱乃やカリムから感じたものと似たような感覚を受けているから、きっとそういうことなんだろう。

 

『椿姫を知ろうとしてあげて下さい、気が向いた時だけでも結構です。そして、大翔さんの色んな一面を彼女に少しずつでいいから見せてあげてもらえれば、より有難いですね』

 

 ソーナさんからはそんなお願いをされている。ただ、急ぐ必要は決してありませんとも。黒歌や椿姫さんの言葉にはしゃぐソーナさんの眷属に混じるように、説教から逃げ出すようにやってきたグレモリーさんがそんな椿姫さんの変化を指摘する。

 

「椿姫も髪や肌の調子、すっごく良くなってるわよね……? ま、まさか、貴女まで毒牙に?!」

 

「毒牙って大翔さんに失礼ですわ、リアス様。確かに私はお慕いしていますが、だからといってすぐに手を出されるような軽薄な方ではありませんから」

 

「えっ、あ、ご、ごめんなさい。失礼な言い方だったわね」

 

 面食らうような表情を浮かべ謝罪の言葉を口にしたグレモリーさんは、悪魔の身体能力を生かし俺のすぐ近くまでにじり寄ってくる。硬直する身体に朱乃はすぐに割って入る位置に移動し、白音は威嚇するように圧を彼女だけに向けて放ってくれる。この反射的な身体の反応だけは、ほんとにどうしようもない。正直、グレモリーさんみたいな勝気な美人は特に身体の拒否反応がひどい。いっそ、殺気を向けられたら敵対者にしか感じなくなるからまだ動けるっていうのに。




彼にとってリアスさんは身内にならない限り、
一番身体の拒否反応がひどいタイプだと思います。


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第57話 手合わせ

13日分です。なかなか追いつけない……。


 「……ちょっと、貴方。ほんとに魅了とか掛けてないんでしょうね? 朱乃の動き、小猫の威嚇。椿姫のあの反応……疑わしいわ」

 

「あら、リアス。大翔さんは『女性恐怖症』なの。だから小猫ちゃんはこれ以上近づくなと威嚇してるのよ」

 

「え? でも小猫は膝の上で密着してるじゃない」

 

「彼の認識で小猫ちゃんや私が家族になっている証拠です。家族と認めた女性に恐怖感を感じる必要はあって?」

 

「……私、お母様は怖いわよ?」

 

「それは屁理屈でしょ、リアス。身内と信じた女性に裏切られたら、それは大翔さんが人間を信じるのを止める時よ。ただ、もし彼に寄り添う女同士で裏切り者がいれば、大翔さんに害がある前に滅するわ。それは互いの大切な約束だから」

 

 膝立ちで一歩分グレモリーさんへ顔を近づける朱乃。一歩引くグレモリーさん。守勢に回ると意外と弱いところがあるのかな。こんな思考の余力があるのも、朱乃が全身で盾になってくれているのと膝上の白音の温もりを感じていられるからだ。

 

「こ、怖いわよ、朱乃」

 

「だって、本来女は男の愛を独占したいと思うものじゃない? それが色んな理由や事情があって、彼じゃなければ駄目で、彼の傍に集うことを選んだ女が複数いるわけだもの。だから、女同士での協定は必須だわ」

 

「うっ……ちょ、ちょっと祐斗、イッセー。貴方達も朱乃にどうにか言ってちょうだい」

 

 きっぱり言い切る朱乃にやっぱり怯んでしまうグレモリーさん。ただ、そこで話を振られても眷属の男性陣の反応は分かりやすいもので……。

 

「拒否します、部長。朱乃先輩が自分で決められた道にどうして僕が何か言えるでしょうか」

 

「……悔しいっすけど、そいつが朱乃さんや小猫ちゃんのことをものすごく真剣に思って考えてるのは伝わってきます。それに朱乃さんや小猫ちゃん、すげーいい顔してるじゃないですか」

 

「うん、自然に笑うことが多くなったよね。笑顔を作ってることが少なくなった」

 

「……うふふ、祐斗くん、イッセーくん。それは間違いなく大翔さんのお陰ですわ」

 

「はい、兄さまがいつも見守ってくれてるって思うと、肩肘張る必要がないですから」

 

「な、なによぉ。私だけ理解がないみたいじゃない……」

 

「いやそうでしょリアス、どうみても。あと、お話が終わったとは言ってないわ。王としての心構え、しっかり教えてあげる」

 

 ソーナさん本当に容赦なく心を抉りにいってる。しかもそれとなく俺の傍からグレモリーさんを引き離してくれた。ありがとう……ただ、グレモリーさんの瞳から完全に色が落ちたね。完全に折れてしまったのかな。

 

「うふふ……お説教が終わったら慰めてあげましょうか。鞭の後には少しばかりの飴も必要でしょう」

 

「朱乃先輩、いい笑顔です」

 

「会長の話もまだ長引きそうかな。聞けば朱乃先輩と小猫ちゃんを同時に相手しても貴方は苦にしないという。空知さん、どうだろう。僕と手合わせをしてくれないだろうか」

 

 グレモリーさん達の様子を見た木場君の提案に、俺は騎士としての充足は得られない戦い方になると断りを入れる。俺の戦い方は正々堂々といったものからは程遠いものだから。

 

「俺は接近戦が得意なわけじゃないから、そういうのは期待されると困るけど……それでもいいかな」

 

「もちろんだよ。戦車の小猫ちゃん、女王の朱乃先輩を同時に稽古をつけられるという貴方の戦い方を学びたいんだ」

 

「じゃあ、やろう。すずか、アリサ、結界の強化を頼むよ」

 

「ま、待てよ! 俺だってお前の強さを認めたわけじゃないぞ!」

 

「そうか。じゃあ兵藤君、君も順番に相手をさせてもらうよ」

 

 グレモリーさんの妙な圧力を感じるよりはこの敵対心や対抗心の方がよほど気が楽だ。縁側にちゃぶ台を移した総督さんや魔王様はそれでいいのかと突っ込みを入れたくなるけどね。

 

「おじ様? 大翔さんの模擬戦を酒の肴にするなんて……」

 

「朱璃も久し振りに見たがってるんだよ、将来の息子の勇姿をな」

 

「……まぁ」

 

「朱乃先輩、丸め込まれてると気づきましょう」

 

 緊張感には欠ける部分はあっても、無駄な力が抜ける環境と思えばちょうどいい。縁側から極力離れた位置で、まず俺と木場君は向き合い、立会いを始めるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ひろくんは、戦いを否定しない。言葉だけでは分かり合えないことがある。ぶつけ合う剣や拳を通じて伝わる意思があると恭也さんに教えられたのだと言う。私は正直、ちゃんとその感覚を理解出来たわけじゃない。ただ、ひろくんがそういうものだというのなら、私もそういうものと認識するだけのことだった。

 

「魔剣創造──自分が想像した魔剣を創造できる、か」

 

 手に生み出した西洋剣を持った木場さんの速度は確かに恐ろしく早いもの。だけど、彼の剣の軌道はとても素直なもので、ひろくんは前もって障壁を自分の前面へと張っておくだけで事足りた。ひろくんは本来中遠距離を主戦場とする。だからこそ、前もって防御障壁を展開しておくのは当然のことでもある。

 恭也さんという速度については人非ざる速さを出せる人を師匠の一人としてこの十年近く鍛え続けてきたひろくんだ。目も対応方法についてもしっかり磨いてきている。

 

「なっ──!」

 

「君はもっと明確な想像を持って剣を生成するべきだ。障壁を切り裂く切れ味を重視するのか、貫通力を重視して鋭い突きとともに障壁を穿つのか。それに真正面からの攻撃って、何のための速度なんだい? 確かに驚いたよ。縮地を使わずしてこの早さだ。さすが騎士を名乗るものだと思ったけど、フェイントの10や20は混ぜるべきだった」

 

 それでも、ただ障壁を張るだけでは前衛の攻撃力にいずれ押し負けるだけ。だから、ひろくんは当たり前のように仕込みを打っていた。

 

「ぐっ、剣が障壁に吸い付いて離れない!?」

 

「障壁は防ぐためのものだなんて誰が決めた? 吸着の能力を持たせれば相手の得物を奪う事だってできる。固定観念なんてくそ喰らえ、ってね」

 

 そしてひろくんは予備動作なしで動揺した彼の腹部に気を纏わせた拳を一つ合わせた。拳自体で意識を奪うのが目的ではなく、相手の体内へ接点から送り込んだ気で強引に相手の魔力の流れや五感を狂わせて、まともに立っていられなくすること。

 途端に立ちくらみを起こし、膝をついた彼の首筋に奪った彼の魔剣をそのまま当てて、試合終了。開始十秒と経たず、決着はついてしまっていた。

 

「はい、チェックメイト」

 

「参り、ました……」

 

「よし。じゃあ乱した気を戻すから、ちょっとだけ待ってね。発ッ!」

 

 ひろくんの気合と一緒に発せられた気の発動により、つむじ風が巻き起こる。ひろくんの気をもう一度受けた木場さんは頭を振ってひろくんの手を借り立ち上がると、手で拳を作っては広げてみたり、少し跳ねてみたりして自分の感覚が戻っていることを確認した後、ひろくんに向かって対戦のお礼として頭を下げていた。

 

「はい、ひろくん。木場さんも使って下さい」

 

「ああ、すずか。ありがとう。でも、この後兵藤くんとも戦うぞ?」

 

「もちろん、その時のタオルは別に用意してあるよ。大丈夫」

 

「相変わらず俺を甘やかし過ぎだぞ、すずか」

 

「すいません、助かります」

 

 模擬戦が始まると決まってすぐに水と氷魔法で冷やして準備しておいたタオルを二人へ差し出す。甘やかし過ぎとひろくんは言うものの、いつも無茶ばかりするひろくんには説得力が無いので問題はないもんね。無傷の勝利で回復魔法や気の循環まではやらないから、甘やかしてるとは言わないもの。

 

「嘘だろ、木場が何もさせてもらえなかったなんて……」

 

「剣を一度振るっただけだな」

 

 呆然とする煩悩さんに匙くんが淡々と内容を告げる。そういえばソーナさんの眷属の子達は椿姫さんを除いて、私のことは『月村さん』呼びだ。皆で話し合って徹底しているかのように。会長と同じく名前呼びなんて恐れ多くてというんだけど、私そんなに怖い所を駒王町の人達には見せてないはずなんだけどね。

 

「木場きゅんが怪我しないようにしてくれる辺り、さすがお師匠さんだねー」

 

「あの防御障壁に別機能を付与するやり方……早く身につけないとね、私達も」

 

「貴女達。そもそもすずかさんが傍に近づいたの、ちゃんと認識できていた?」

 

「あ……」

 

「気づけば至近距離にいるインファイター。これほど怖いものはないわ。元士郎、貴方は見えていた?」

 

「副会長、見えてはいましたよ。ただ、月村さんは気配を辺りに溶け込ませて音をほとんど立てずに移動してましたから、意識して見てなければ認識できずに近寄られてますよ」

 

 こちらを見ている椿姫さん達の声が漏れ聞こえてくる。『悪魔の駒』の力は五感をより研ぎ澄ますけれど、夜の一族の力も身体能力を一般人の何倍にも能力を引き上げる以上、似たような力がある。ひろくんと共に恭也さんから習った縮地移動の技術に普段から慣れるようにしているからか、視線を切っていればまるで瞬間移動したような感覚に囚われるのも仕方ないかな。

 

「話に聞いていただけでは分からない差を痛感しました。実際に手合わせしてもらえて良かった。ありがとうございました」

 

「接近戦というなら俺よりもアリサやすずかなんだけど……何か参考になれたのなら何よりだよ」

 

 私達は基本、荒事に巻き込まれた時は必ず一人で動かないようにするから、全体指示を出すひろくんの前後を固めるような態勢になる。アリサちゃんが前に立ち、槍も使える私がアリサちゃんのすぐ後ろ、ひろくん、アリシアちゃん&紗月さんの並びで、過去になのはちゃん達の任務を手伝ったこともあった。基本介入しないんだけど、なのはちゃんも大概オーバーワークが過ぎるから、ひろくんが忠告がてら傭兵としての業務を請け負うような感じだった。変身魔法とお面みたいなもので顔を見せないようにしてたから、ちょっとした話題にはなっていたらしい。

 なお、正体は突き止められないように忍お姉ちゃん・プレシアさん・ドクターのホットラインで情報統制が行われていたから管理局は涙目状態だったみたいだね。なのはちゃんやフェイトちゃん、はやてちゃんに下手に手を出したら、報復を食らって闇に葬られる……みたいな。それでもフェイトちゃんに対しての一件があったから、結局ひろくんはミッドチルダとの移動手段の封鎖に至ったんだけど。

 

「ただ、速く動くだけが早さじゃない。貴方や月村さんの動きの無駄の無さを見て思い知らされました」

 

 憂いのある表情を見せたイケメンくんにソーナさん眷属の一部が色めき立つけど、椿姫さんの一声ですぐに鎮静化しているあたり、あの人達にとって会長と副会長の威厳はやはり大きいんだね。いくらひろくんの前では女の子になってしまう椿姫さんの姿を見ていたとしても。

 そう、椿姫さんはあの悦楽体験を経て、ソーナさんのように一歩距離を取りつかず離れずの関係性に退くことなく……逆に心を決めた発言や行動を示していた。

 

『どうして、ひろくんだと思ったの?』

 

『自分でも全部理解出来た訳じゃないんですけどね。あの強烈なオーガズムの体験を知って、彼から──大翔さんからなら喜んで受け入れると感じた自分に気づかされたと言いますか。私……多分、そういう欲が強い方なんだと、今は分かってしまったんです』

 

 生徒会副会長という模範を求められる行動を普段取っている分、反動めいたものはこの一年ぐらい強まっていたと彼女は教えてくれた。また、朱乃さんという──『女王』兼五行を司るという五大宗家の生まれである、彼女にとって近しい立場の女の子が、羨ましく感じる変化をしたというのも大きかったのだと。

 

『女として満たされて自信に溢れ、また自分の抱えていた問題も整理がついた朱乃は悔しいぐらいに綺麗になって。その変化を与えた大翔さんを知ってしまって……自分も、って思いが抑えられなくなったんです』

 

 相手が望むやり方で愛してくれるひろくん。それはパートナーを失う恐怖心が未だ残るからこそ、どうしても相手の意に沿ってしまう、自分でも制御しきれない心の動きがあるからだけど……表面だけ見れば、ひろくんの愛し方は女の子が憧れる理想形の一つ。

 まして、複数の女性が集うことを許容する集団と知ってしまえば……うん、その原因は私にあるけど……。いや、何でもかんでもじゃないし、正直これ以上は思う部分もある。ひろくんからの愛情や接する時間が減っていないと感じていられるということは、ひろくんが結界内時間での調整も含め、自分の時間の殆どを私達に割いてくれているということだから。

 

『ひろくんは……セラピストなんかじゃない』

 

『はい、朱乃から私も伺っています。私も──頂く以上のものを、大翔さんに与えたい。パートナーでもない今ですら、どれだけあの人が私に気を払ってくれているか。必ず毎日、私のためだけの時間を作り出してくれる。もちろん私だけじゃなくて、すずかさん達一人ひとりに。あの人にとっての家族は絶対に守りぬくもので、自分の全てを賭けるものなんだって。お父様やお母様に怖れられて家族を失った私には、あまりにも眩しくて、また愛しくて──』

 

 ひろくんを好きになる人は、何かしらの強い空虚感を抱えていることが殆どだ。椿姫さんにとっては、それは家族のあり方で。ひろくんを夫として、父親として進む未来を、椿姫さんは見てしまった。

 私が自分の体質等の問題から恋愛を諦めかけた時に、ひろくんが躊躇無くその身を差し出してくれたことで救われ、今も応え続けてくれているように……。

 

 ひろくんは、近々椿姫さんを受け入れるだろう。そして、椿姫さんも朱乃さん同様、ひろくんが異性への恐怖を超えて、家族として終生寄り添える存在になることに迷いを持たない。それこそ、悪魔の契約として自分を縛ってでも。朱乃さんが既にそうしたように。




うまくまとめきれてない今話になってますが……。

すずかが受け入れると決めて広がった輪について、
自分の制御下を外れつつあることを、この辺りで触れておきたかったんです。

ただ、もうちょっと心の動きを分かりやすく文章化してあげたいけど、
作者の力量が足りない感。


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第58話 俺の女

17日分です。なかなか追いつけ(ry

インフルの後遺症が主に気管支にまとわりついています。
元々呼吸器系が弱い私には辛い体調が続いております……。


「どうぞ、大翔様。朱乃さんに習い、私が淹れてみたのですが……お口に合えばいいのですけど」

 

「ありがとう、カリムさん。味はもちろん美味しいけど、それだけじゃなくて飲みやすい温度にしてくれたんだね」

 

「はい。動かれた後ですので、最初は温めに致しました。お代わりはもう少し熱めに用意しておりますが、いかがですか」

 

「頂くよ。ん……さっきより熱い分、香りもより強く感じられるし、同じお茶なのに面白いね」

 

 すずかさんや朱乃さんに教えて頂いた淹れ方を忠実になぞり、あとは模擬戦の後ということを踏まえて、温度別に分けた三つの急須を用意しました。大翔様のお言葉を頂き、柔らかな表情を見せて頂けたことで従者としての役目が少しでも果たせたことに安堵する私でした。

 兵藤さんとは模擬戦の形式ではなく、彼が納得するまで幾度も打ち込ませて大翔様がいなすという稽古の一種となったことで、汗をかく程度に長い時間立ち会うことになったのです。

 

「むぎぎぎぎ……綺麗なお姉さんに付き人のようなことをさせてからに……。互いに慣れた対応なのが余計に腹立つぅぅぅぅぅぅ!」

 

 どうにもあの兵藤さんという方は感じたことをありのままに表に出される様子。それは正の感情、負の感情問わず。ある意味清々しいものを感じますが、公私を分けるのが当然という環境でずっと過ごしてきた私には距離を空けて接さなければという危機感を覚えてしまうところがありました。

 

「でも、イッセーくんも大きめのお椀に温めのお茶をもらって喜んで飲んでいたじゃないか。へばっていたのに一瞬で復活したのには驚いたよ」

 

「木場ぁ、お前は分かってないっ! きれーなおねーさんにお茶を淹れてもらえた事実自体が滾るシチュエーションなんだよ! 営業スマイルと分かっていても笑顔と一緒にお茶をもらえたんだぞ!?」

 

 あまりに赤裸々な女性への欲情を隠さない彼に、すずかさんが一切話しかけず、接触を徹底的に避けるのも分かる気がします。特にすずかさんは大翔様以外にそういう視線を向けられることに強い嫌悪感を覚える人。私と同じように柔和な立ち居振る舞いを求められる以上、普段は絶対に態度に出されませんが……今は、半分プライベート的な時間にもなっていますし、対応に慣れている朱乃さんや小猫さんが動かれていますから。

 

 男性がもちろんそういう欲を持ち、多かれ少なかれ異性の胸部や臀部に目を向けてしまうのは、この私でも存じています。大翔様のそういう視線を感じれば嬉しく思いますし、身体の奥が熱くなる感覚も幾度となく覚えています。ただ、自分が認めた方以外の男性に色目で見られるのには気持ち悪さだけが澱みのように絡み付く。わがままとも思いますが、自分の心はごまかしようがありません。せめて不快感を相手に感じさせないように、笑顔の仮面を上手に被るように自分を律するだけです。

 

「あー、グレモリーの兵士くん。大翔の周りの女は見られることで自分に女の価値を感じて喜ぶタイプはいないにゃ。だから、そういう発言するたびにみんな好感度がマイナス一直線ってことは言っておいてあげるにゃ」

 

「……え!?」

 

「『いいおっぱい』とか『いいお尻』だって口にするなら、あっちでまだ説教中の主に言ってやるといいにゃ。グレモリーは褒められるの大好きそうだから、多分喜ぶにゃ」

 

 黒歌さんは大翔様という特定の相手を得るまでは視線を集めることで悦を感じることもあったのだとか。ただ、その根底には鼻の下を伸ばして身体ばかり見てる浅い男という蔑視的な感情があり……心の内を見てほしいと訴えることも出来ずにただ馬鹿にしていた自分も、結局は同じ穴の狢だったと自嘲されていました。

 

「アンタも根性だけはあると認めてやるにゃ。稽古形式になったけど体力の限界まで大翔に挑み続けて、最後は無拍子に近い動きで拳を動かしてみせた。その感覚はちゃんと残ってるでしょ」

 

「う、うっす」

 

「元士郎も毎日、その感覚で動けるようになるまで大翔と鍛錬を積んでる。師匠格である大翔はもっときつい鍛錬を自分に課してる。強くなるための目的があって、その努力を惜しまないからこそ、大翔や元士郎の周りには女が集うにゃ。ボロボロになるのがカッコ悪いわけじゃない。勝手に卑屈になって、カッコいい男になるための努力を捨てて燻るのが一番カッコ悪いにゃ」

 

 黒歌さんが口にしたように、元士郎さんの仲間の方達の視線は日々変わりつつあります。大翔様達との実力差を知り愕然となりながらも、それを契機と捉え日々大翔様の鍛錬に食らいついていく彼を好ましく思わない仲間などいない、ということです。

 大翔様に惹かれているソーナさんや椿姫さんは頼りになる弟的存在として、その他の方達が向ける感情は徐々にですが、私達が大翔様に向けるものに近しくなっているのを感じますから。

 

「『元ちゃん』は本当に頑張ってるもの。だから、私も早く防御障壁の付加効果もつけられるように頑張るからね!」

 

「おう、花戒ならそうかからねえさ」

 

「『元ちゃん』? 桃ばっかりじゃなくて、私は?」

 

「草下は実はもう出来るだろが、知ってんだぞ。障壁の強度は花戒が上だけど、付与効果はいろいろつけて試してるし、離れた前衛の前に障壁を張れるように練習してるじゃねえか」

 

「え、な、なんでバレてるの!?」

 

「大翔さんと小休憩中に。黒歌や月村さんの教えを必死に生かしてるじゃないか。堂々としてりゃいいのに」

 

 元士郎さんは口にはしませんでしたが、ソーナさん達の鍛錬内容は大翔様も全てご承知の上です。すずかさんや黒歌さんはしっかり報告を入れていますので、ソーナさんや椿姫さん以外に、大翔様との鍛錬を共にする時間が長い元士郎さんも結果的に他の方の訓練の進捗具合は大よそ把握されているのです。だから、鍛錬など無理が過ぎる仲間には同僚の立場から声をかけられたりもされています。

 

「あ、あう……」

 

「ふふふ、元士郎もどっしり肝が据わってきて、周りに目を配る余裕も出てきたってことさ」

 

「ぬかせ、翼紗。体術では引き離されてるけど、いずれ追いついてやる」

 

「ふふっ、そう簡単に追いつかせはしないぞ。私はもっと高みに行く。留流子と一緒に必死で追ってくるといいさ」

 

「由良先輩、匙先輩と必ず追いついてみせますから!」

 

「……うーん、私だけこの置いてけぼり感。元士郎は所詮同級生だしねぇ……頼り甲斐は出てきたと思うけど」

 

 元士郎さんを中心に出来ている輪。ソーナさんの眷属はソーナさんと椿姫さんが全体を統括しつつ、元士郎さんがもう一つの中軸にならんと成長を続けていらっしゃって……大翔様と私達の輪にどこか重なるものを感じるのです。

 もちろん、元士郎さんと彼女達は男女の仲ではありませんけれど、唯一の眷属内の男性として、女性陣が信を置くに相応しいと認める雰囲気が深まってきていました。彼女達の一部が彼を名前で呼びながらも彼には自分の名前を呼ぶことを認めていない辺りが、微妙な距離感なのだと感じます。どう縮めていくのか測りかねているから、特別を意味する名前で呼ばれるのはまだ早い。だけど、親愛は示したいから自分達は名前や愛称で呼ぶ……。武人的な気質のある翼紗さんは例外でしょうけど。

 

「え、さ、匙は元々生徒会で自分以外が女役員で……」

 

「そうね。元士郎はそれを意識してやったわけじゃにゃい。男のそういうゲスい計算なんて、女は感覚であっさり分かるんだし。アンタも朱乃や白音と同じ眷属。このまま害にしかならない詰まらない男で終わるようなら、いつか……もぐわよ?」

 

「ひっ……」

 

「いい女はいい男の傍に集うにゃ。外見とかそういうのじゃない。覚悟であったり、その姿勢を見る。僻んでばかりいないで大翔や元士郎をしっかり見ることね。特にハーレム志望のアンタには」

 

 黒歌さんの言葉は兵藤さんを気遣うものではありましたが、声の色はどこか冷たいもの。詰まらない男が朱乃さんや小猫さんの近くにいることなんて許さない──そんな警告にも聞こえたのです。

 

「イッセーくん。相手の状態に合わせてお茶の温度を変えるのって、元はとある戦国武将の『三献の茶』という逸話なんだ。気配りの見本ってヤツだね、朱乃先輩に教えてもらったことがある。グラシアさんは空知さんを本当によく見て理解しようとしているからこそ、適切な温度のお茶を出すことができる……」

 

「分かるさ。おねーさんが本気で思うからこそ本当に気を使ってることぐらい……だけど、俺は龍の手ぐらいしか」

 

「……兵藤君。君の神器、龍の手という有り触れたものだと君は言ったけど、長い時間打ち合ったからこそ感じた。それは龍の手とは違うものだ。もっと何だろう……大きな力を内に宿している。ただ、目覚めていないだけで」

 

 大翔様の言葉に兵藤さんだけでなく、グレモリーさんやソーナさんまで大翔様の言に耳を傾けています。もちろん、すずかさん達や椿姫さん達も。

 

「俺の神器はもっと強力なものってことか……!?」

 

「おい、大翔。お前は工程さえ知れば人工神器を作れるようなぶっ飛んだ技術者だ。だから、武具や神器の真贋が見通せるのもおかしくねえ。まして、お前は戦いの場にも身を置くし、魔力や気の流れも分かる。……その感覚で一体、何を感じた」

 

「とんでもない大きな力が眠っている。休火山や大型の不発弾のような、恐ろしい力が起動せずにそこにある。そんな感じなんです。ただ、無理やり起こせば兵藤君の身体に影響が出かねません……迂闊には触れるべきじゃないし、兵藤君がこの神器の所有者である以上、彼の成長に呼応して自然に目覚めるのを待つのが真っ当な方法かなと。すいません、感覚的なものなので曖昧ですけど」

 

「いや、俺も迂闊だった。言われてからってのが情けねえ。しっかり見てみれば……ああ、龍の手なんかじゃねえ。内包する力がそんなちゃちなもんじゃない。推測はいくつか立つがどちらにせよ、グレモリーの兵士は自分を守る意味でも強くなる必要があるな。下手すると神器の暴走で主や仲間を食い殺しかねん」

 

 皆さんがアザゼル総督の言葉に押し黙ってしまう中、真っ先に反応してみせたのは妹を案じる黒歌さんです。

 

「待つにゃ! そんなの白音や朱乃を近くに置いておけるわけが……」

 

「落ち着きなさい、黒歌☆」

 

「セラフォルー、何を企んでるにゃ!」

 

「企みもなにも、私達は焦る必要がないのよ?」

 

 セラフォルーさんの目線はまず大翔様に向き、次いで兵藤さんへと向けられます。すずかさんの顔が強張るのを見れば、私や他の皆様もすぐに察します。大翔様を元士郎さん同様、彼の師匠格に据えるつもりなのだと。

 

「兵藤君だっけ? 強くなりたい? その強さでハーレムが築けるほどに、圧倒的な強さが欲しい?」

 

「……なりたいです! そりゃハーレムももちろんですけど、部長や朱乃さん達を傷つけるような暴走なんてさせるわけにはいかねえ!」

 

「うん、わかったよ☆ ……ひーくん、すずかちゃん。私から正式な依頼を出すよ、褒賞もある程度無茶を聞くから……お願い、彼をソーナちゃんの眷属ちゃん達みたいに鍛え上げてくれないかな? 悪魔の一員でかつリアスちゃんの眷属だもの、一勢力の幹部としても強力な神器保有者を放っておくわけにはいかないの」

 

「私は、ひろくんの結論に従うだけです」

 

 すずかさんは内心の思いは別のものであろうと、大翔様の意思を尊重しそれを叶えるという生き方を自身に定めています。自分の幸福のために自分の家の事情に巻き込んだ──そういう想いを一時も忘れることはないと。

 私の立場に起因する事情に大翔様を引き込んだ時点で、私とて同じこと。だからこそ、大翔様に尽くすのは当然という気持ちを絶対に忘れてはならないし、自分に常に言い聞かせているのですから。

 

 ただ、大翔様はすずかさんが苦しむような選択肢を、好き好んで選ぶ方ではありません。だから、私は心配をしていませんでした。

 

「セラフォルーさん、条件をつけさせて頂きたいです」

 

「うん、何かな? あ、ソーナちゃん、リアスちゃんはもうちょっと黙らせといてね☆ 四大魔王として今は話しているからね☆」

 

「……では、二つほど。一つ、彼がすずか達に邪な視線を向けたら、激しい頭痛に襲われるような暗示を入れさせて欲しいんです。情けない嫉妬と言われればそれまでですが、俺も彼の欲に塗れた視線ですずか達を見られるのは気分がいいものではないので」

 

「くうーっ、愛されてるねすずかちゃん達! いいよいいよ、朱乃ちゃんや小猫ちゃんはもちろんだけど、その範囲にソーナちゃんやソーナちゃんの女性眷属も入れておいて☆」

 

 大翔様は嫉妬と仰いますが、パートナーである私達は彼が人前であまり表現されない『俺の女』的発言に秘匿性の念話でこっそり大はしゃぎです。大翔様の人となりを知るソーナさんや眷属の女性陣もしても、可愛い一面があるんだとか保護欲をそそられるとか、概ね好意的な発言が漏れ聞こえてきます。

 私ももっと堂々と求めてくださればいいのにと考えるようになっている辺り、女として欲張りになってしまったと自分でもはしたなく思う反面……今の私自身に生きやすさを感じてしまっているのもまた事実なのです。つい先日、はやてや皇貴さんを恐喝してでも強引に私の様子を確認にきたシャッハも、私の変わり様にショックのあまり直立したまましばらくの間、半ば気を失った状態になってしまっていましたから。

 

 なお、強制的に連れ帰ろうとしたシャッハは私のみならずアリサさんやすずかさん達の逆鱗に触れ、数の暴力で圧倒された上で逆にベルカ自治領へと強制送還されました。そもそも、はやてが海鳴への里帰りをしたいという連絡で転移を許可したところ、実ははやて達を裏で脅していたシャッハがやってきたのが原因でしたから……。

 ただ、聖王教会内での私の不在は思ったよりも影響が大きかったのもシャッハからの直接の聞き取りで分かってしまいました。大翔様が本日のグレモリーさんの一件が終われば、私と共にベルカに行こうと言って下さったのが嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが入り混じった複雑な心持ちを覚えていました。




チョロインすぎるソーナ眷属との指摘があったので、
自分でも思う所があり加筆及び文面の修正をかけました。


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第59話 聖王の鎧

20日分です

夜中のテンションで書いたので
おかしなところは明日の晩にでも修正します。

ただ、帰りが遅い日が続いているので、なかなかきついところもあるんですが。


 「えっ!? まっ、待って下さい、セラフォルー様! それはあんまりですっ、俺の、俺のパラダイスがっ!」

 

「君の変態的行動がリアスちゃんの評価にも直結するんだよ? いい矯正の機会と思わないとねっ☆」

 

 再び倒れる兵藤さんにリアスさんが駆け寄り抗議の声を上げようとしますが、セラフォルーさんが耳元で一、二言何かを囁いた途端、なぜか真剣な顔つきに変わった彼女が受諾の返事をされます。

 

「……いい機会よ、イッセー。そうね。貴方のそういう視線も対象を限定するべきだわ、そうするべきなのよ」

 

「ぶ、部長!?」

 

「イッセーは私の眷属よ。私のものが他の女に見境無く目を向けるのは容認できないわ。見たいのなら私がいるじゃない。それでも他の女を見るのならば、自分のハーレムに入れると決めた女だけになさい。……それでは不満?」

 

 ああ、セラフォルーさんはグレモリーさんの眷属に対する独占欲を刺激されたのですね。所有物扱いされていることに気づかないのは、同性から見てもかなり大きいと感じる膨らみに埋もれて頬が緩み切った兵藤さんぐらいのもの。あの煩悩に塗れた表情である彼を頭痛程度で止められるのかちょっと不安になりますが、そんな彼を胸の内に抱き寄せたグレモリーさんは、部下の方の煩悩が自分に向けられる分には随分寛大なようでした。

 

「ぶ、部長! それなら朱乃さんや副会長はいいんですかっ! 俺はあのお二人をハーレムに入れたいんですっ!」

 

「基準が分かりやすいわね、イッセー。ただ、ハーレムに入れるにも相手の合意が必要よ?」

 

「あらあら、うふふっ……! お断り致しますわ、イッセーくん?」

 

「色欲魔人に身を任せる趣味はありませんので」

 

 もちろん朱乃さんや椿姫さんの答えは分かりきったものでした。すずかさんや私達を対象としなかったのはやはり煩悩も命あってこそだからでしょうか。ただ、朱乃さんの顔は笑っているものの、内心怒りを覚えているのでしょうか、身体の輪郭に合わせて雷光が発露してしまっています。

 

『……自分の眷属が他に目を向けるぐらいなら私を見なさいっていうのは部長の自由ですけど、エロスを堂々と求めるイッセー先輩の煩悩を受け止めきれるんでしょうか。兄さまの女となっている朱乃先輩を堂々とハーレムに入れたいと叫ぶ感覚も理解できません……』

 

『リアスは祐斗くんにもスキンシップ過剰な傾向はありますからね。リアスの感情は所有欲に似たものでしょうけど……だからといっても食い入るように見られたり、触れたりするのを許せる感覚は正直、私は理解し難いわ。うっかり光力がたっぷり篭った雷を落としてあげたくなりますわね……うふふ』

 

『ただ、煩悩さんはグレモリーさんに夢中になっておいてもらわないと、黒歌ちゃんじゃないけど……いつかうっかりもいでしまいそうだから、強くつよぉく念入りに暗示を入れてあげないといけないね? あ、頭痛だけじゃなくて、彼女に対するそういう指向性を持たせても……』

 

『すずか、それやったらお兄ちゃんは悲しむよ? それにお兄ちゃん、怒った』

 

 迸る魔力や気のうねり。大翔様の背中に広がる二対四枚の黒い羽、加えて同じく二対四枚の漆黒の翼──。さらに両目は紅と翠の瞳へと変わり、大翔様の体を纏う深紅の魔力を覆うように虹色の魔力が二層となって折り重なって……。

 

「兵藤君、朱乃は俺のパートナーだ。それを承知の上で今の発言をしたのかな? それに椿姫さんも俺の良く知る友人だ。あまりに今の発言はいただけないな。ああ、よく考えて答えてくれよ。答えによっては俺は即座に君をこの世から存在自体を抹消しかねない。……俺は女性に対して恐怖症を患っているにも関わらず、どうにも独占欲が強くてね。自分でも矛盾していることは分かっているんだが。自分の大切な女性と認識できて触れても震えや吐き気を覚えず、触れ合うことに安らぎや安堵感を覚えることが出来るようになったパートナーには、他の男に触れさせるどころか情欲や性欲の類を向けられるだけでも酷く苛立ってしまうんだ……」

 

 その静かな言葉と共に、大翔様は自分の力を隠すことなく、最後にバリアジャケットを装着されました。そのジャケットの形態は私や教会の皆が伝え聞いてきた、あの鎧の形そのもので──。

 

「なかなかこの力は馴染ますことが出来なかったんだけど……『聖王の鎧』、まさか君への怒りで一気に発現させられるとは思わなかったよ」

 

「大翔様……ああ、陛下……」

 

 私は自然に祈りを捧げる態勢を取っていました。聖王教会の中で生まれ育った私が信仰を捧げるべき存在と教えられてきた、目の前のベルカ聖王家の証を身に纏ったお方が私の愛しい人。一生を捧げ、お仕えする唯一無二の私の大切な王──。

 この身は陛下のために。陛下の意思を陛下の手足となり叶えるのが私の役目、それこそが我が喜び。陛下の怒りは私の怒りなのですから……!

 

「ああ、愛しき陛下。陛下の怒りはごもっともございます。ですが、御身の手を汚すぐらいならば、私にその者を討てとお命じ下さい。陛下に比べ非才の身ではございますが、必ず討ち晴らしてご覧に入れます」

 

 朱乃さんへの怒り。我らを后としてお認め頂いているからこその怒り。ですが、王自ら彼ごときに手を下す必要などございませんもの──!

 

「ああ、陛下……! 貴方様はお命じ頂くだけでよいのです、どうぞご命令を──!」

 

 ああ、私をそのように気遣う目で見る必要など無いのです陛下。私とて貴方さまの鍛錬に耐えてきた身。自分の才を目覚めさせてもいない不埒な者など……え? どうして陛下は私を抱き締めていらっしゃるのですか?

 

「すまない。俺の怒りに完全に同調してしまったんだな、カリム。ナハトを通して魔力のパスが通っているんだし、俺とカリムの気も交じりやすくなっているんだし……。貴女にとって虹色の魔力、この鎧は特別なんだから。感情が昂ぶるのも当然だ。ごめん、貴女にそんな言葉を言わせちゃいけなかった……」

 

 ああ、温かい陛下の気が私に……もったいないことです……。とても温かな、私を蕩けさせていく、ふかふかのベッドに身を任せるような気分、に──。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 冷や汗をかいたのは、久し振りだった。それほどまでに一気に膨れ上がったひーくんの魔力や気は危険なもので、止めるとなれば一切の手加減は出来なかっただろう。アザゼルちゃんも強張った表情になって、ほろ酔い気分なんて吹き飛んだはずだ。

 怒りの発露で、彼の中にある様々な力が一気に表に出たわけだけど──ああ、彼は私やアザゼルちゃんのところまで届き得る力を内に秘めているんだね……。平然としているのは、すずかちゃんやアリサちゃんといった、元々彼に長年付き添ってきた女の子達。僅かに驚きの表情が出ていた子もいるけれど、彼の力が上級悪魔の範囲に収まらないぐらいのものだと理解しているんだ。

 

 そして、彼は怒りに身を染めながらも、パートナーの異変にすぐに我を取り戻した。彼にとって彼女達は力を沸き起こすための鍵であり、同時に弱点でもあるんだ。

 

「……すずか、カリムを眠らせた。頼んでいいか」

 

「うん、カリムさんは私が見ているよ。大丈夫、誰にも触れさせない」

 

「待って、その姿は何なの……? 悪魔だけじゃない、堕天使の翼に加えて……二色の魔力を同時に纏っているだなんて……!」

 

 ひーくんは平静を取り戻したのか、私やアザゼルちゃんを見る。問いかけるような瞳に、私はリアスちゃんの問いに可能な範囲で答えていく。ここまでのものとは私だって知らなかった。それでも彼は初対面だった私の希望を丁寧に汲み取り、私にとって夢の魔法の杖をくれた人。

 

「彼は私やアザゼルちゃんの友人だよ。だから、リアスちゃん。下手な詮索は許可できない」

 

「しかしっ! 駒王町は私の領地です! 領地の中に強力な堕天使が入り込んでいるのを見過ごすわけにはいきませんっ!」

 

「……だったら、すぐに出て行ってもらう? 願えばそうしてくれるよ、彼は。その代わり、朱乃ちゃんや小猫ちゃんと二度と会うことは叶わなくなる。彼が本来いるべき世界へ、一緒に帰っちゃうから」

 

 駒王町は確かに悪魔が人間界の領地としている。だけど、それは表の世界に迷惑をかけないようにするのが前提。この街で行方不明者や謎の死体が散見されている現状、日本神話など元々の土地勢力からの苦情が上がってきているのを悪魔と日本神話の勢力差で封殺しているのが現状だ。

 悪魔は若手の将来の幹部候補に領地の運営を練習させる目的でこの土地を使っている。らしい傲慢さといえばそれまでだ。だけど……ひーくんを見ていると、思い知らさせるんだ。ひーくんを見て、日々変わっていくソーナちゃんを見ることで、自分が支配階級としての役割を果たせているのかと常に問いかけられている、そんな気持ちにさせられる。

 

 自由時間が殆ど無いのは当たり前。だから、封時結界に時間操作の概念を関連づけて、ひーくんは自分やすずかちゃん達の余暇を捻出している。羨ましいと最初は思ったけれど、必要に迫られる中ひーくんは自分の僅かな余暇をその実現に費やして、今の公私のバランスをうまく取れるようになったんだ。

 

 リアスちゃんの発言自体は本人としては当然のものだろう。だけど、その責務を果たしきれていないことについて、学生という身分は何の免罪符にもならないんだ。

 

「彼は自分が部外者だってちゃんと認識してる。だから、普段は力を抑えて悪魔や堕天使としての力を封じている。彼が怒りを顕わにしたのはリアスちゃんの眷属が女の子の尊厳とかを考えない発言をしたからでしょ。まして、朱乃ちゃんは彼にとって大切な人。朱乃ちゃんも彼を大切にしてる。それを知っての彼の発言を無視は出来ないよね」

 

「し、しかし、朱乃は私の眷属です……」

 

「眷属なら、恋愛も王の指示通りにしなきゃいけないのかな。それって、奴隷と何が違うの?」

 

 私の声はいつもの陽気な調子のものじゃなくて、冷たく低い魔王としての声だ。ああ。私、ひーくんをけなされたことに結構頭に来てるみたいだ。私にとっての大切な友人。ソーナちゃんを導き、強く鍛えてくれている、頼りになる男の子。

 

「改めて伝えておくね。彼はソーナちゃんの眷属候補です。候補なのはソーナちゃんが彼を手持ちの駒で転生させる力が足りないからであって、ソーナちゃんは彼を自分の大切な仲間と思っているから」

 

「……ええ、彼は私や私達のお師匠さんみたいな方。眷属などと私が指示を出すなんておこがましいと思っているわ」

 

「リアス・グレモリー。堕天使の総督として伝えておく。こいつに危害を加えるということは堕天使に喧嘩を売るのと同義だ。これはシェムハザを始めとした幹部連中にも合意を取っている」

 

 追認するようにバラキエル、朱乃ちゃんのお父さんが頷いている。ああ、朱璃さんだっけ……彼女も頭に来てるんだね。姫島家は炎を司る一族……ああ、炎の魔力が揺らめいているもん。

 

「……私は」

 

「ま、待ってくれ! いや待って下さい! そもそも俺が身勝手な発言をしたからなんです、部長は悪くないんだ! 責められるのは俺です!」

 

 俯き震える──悔し涙だろうか、懸命に堪えるリアスちゃんの前に、ひーくんの力に金縛り状態だった兵藤君が庇うように立つ。その横には木場君、リアスちゃんの騎士も。

 

「大翔さん……」

 

「兄さま……」

 

 そして、強大な力を纏ったままのひーくんの腕に鎧の上から触れた朱乃ちゃんと小猫ちゃんが言葉じゃなく懇願する目線だけで、事態の収拾を訴えていた。

 

「誰も罰するとかそういうことじゃないさ。……俺も子供だな。朱乃や椿姫さんをそういう対象にされたからってキレてちゃ、元士郎たちに平常心で戦うように指導する資格もない」

 

「大翔さん、違うぜ。自分の女をモノみたいに言われて黙ってられるのは、それはただの臆病者だ。それに安心したんだ、大翔さんもここまで感情を顕わにして怒るんだって」

 

「女として、大変嬉しく思いました。ありがとうございます、大翔さん」

 

 元士郎くんや椿姫ちゃんの返答に照れたのか、頬をかくひーくん。鎧を解除し羽や翼を仕舞ってから、ひーくんと兵藤君は改めて間近で向かい合う形になって……そして、兵藤君は真っ先に深く深く頭を下げていた。

 

「本当にすまねえ! 空知さんが本気で朱乃さんに惚れているのを知っていながら、嫉妬に駆られて朱乃さんを侮辱するようなことを言っちまった! 空知さんの力が一気に膨れ上がるのを見て、朱乃さんを心から大事に思って心から愛しているんだって……情けないけど、やっと思い知ったんだ。空知さん、すごく熱いものを普段は内に秘めているんだけなんだって」

 

「……ああ、俺は朱乃を本気で愛している。誰にも渡さない。渡すつもりなんて欠片もないんだ」

 

「空知さんの熱さ、確かに分かった。朱乃さんは本当にものすごく熱く想われてるんだな……」

 

「顔を上げてくれ、兵藤君。気取って心から朱乃に惚れていないように見えたのなら、俺が悪かったんだ。交渉の場ってこともあったから、余計に取り繕っていた部分もあったし」

 

「……わかった。それに、空知さんは朱乃さんだけじゃなくて、小猫ちゃんやあの月村さん達も、そうなんだろ?」

 

「ああ、惚れ抜いてる。俺には本当に勿体無いって心から思う、とびっきりの女性ばかりだ。誰一人とっても一生を捧げて惚れて守り抜くのに相応しい女性なのに、俺に一生寄り添うと言ってくれる女性が何人もいる。だから、俺は絶対に立ち止まれないんだ。すずか、アリサ、アリシア、フェイト、カリム、朱乃、白音、黒歌……八人分の、男として強く頼りになる存在であり続けなきゃならない。最低でも普通の男の八倍の努力はして当然なんだよ、俺は」

 

 それは宣言に等しいもの。八人のパートナーを最後まで愛し抜くと、大勢の前で改めて誓ったのだから。すずかちゃんは心からの笑みを浮かべているし、照れ臭そうにするアリサちゃんだったり、個人で反応は違うけれど、皆大切に受け止めていたみたい。

 そして周りで聞いた私達──主に女性陣は、羨望の瞳でひーくんとすずかちゃん達を見てしまっていた。ハーレムという形ではあるものの、ひーくんは驕ることなく男としてどんどん成長していき、すずかちゃん達は確かに幸せなのだと見せ付けられるようで……。

 

「う、うぉぉぉぉぉ! ハーレム王のあり方ってのはこういうもんなのかぁ! 八人なら八人分、女の子が増える分だけ、人数分の価値がある男に成長しなきゃいけないのか!」

 

「体力も夜の精力も、人数分だよ。意味は分かるだろ?」

 

 耳元で囁いたひーくんの言葉。ごめんね、悪魔である私達はしっかり聞き耳を立ててしまっていて、頬がどうにも熱くなるのを感じてしまう子が私も含めてたくさんいたんだよね……リアスちゃんも、ちゃっかりそうでした。



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第60話 超回復理論

24日分。
21時までにもう一話投稿すれば追いつくが……むりぽ。

いつも誤字報告ありがとうございます。
どこか必ずやらかしてるな……すいません。


 老成している部分もあると思えば、今みたいに若者らしく感情を迸らせることも出来ると知って、どこか安堵している俺がいる。いや、神器やデバイスの話をする時の目の輝き度合いを知っているから、熱い部分を持っているとは分かっていたが……年相応の顔を見られたのは初めてだったからな。

 ただ、露わにした力は洒落にならないものだった。さすがに俺やセラフォルーには届かないが、手加減が出来るようなレベルでも無かった。このまま鍛え続ければいずれは届き得る──ゾクリとしたのは久し振りだな。大翔が魔力等を通じて相手の力を複製して自分のモノに出来るのは知っているが、RPGでいう所のスキルを初期レベルで引き継ぐ技能だ。一見便利ではあるが熟練度が引き継がれるわけじゃないし、堕天使としての力も悪魔としての力も一から鍛えるしか無かったはずだ。

 ゆえに、得た力は慢心することなく確実に自分のモノにするまで磨き上げる。それはモノ作りに妥協を許さない姿勢と同じものだ。……縁もあったとはいえ、朱乃がよく大翔を捕まえてくれたもんだぜ。此方の世界に迷い込んだのは偶然としても、その縁を確実につかんだのは朱乃の熱意と努力の賜物だ。

 

「バラキエルさん、朱璃さん、申し訳ありませんでした。未熟ゆえに力を抑えきれず、驚かせることになってしまって……」

 

「うふふ、構わないのよ? 私としては朱乃のためにあそこまで熱くなってくれるフィアンセくんで嬉しく思うわ」

 

「義父としてはあそこで守ろうともしない男ならば、逆に朱乃から強引にでも引き離すところだ。だから、あの対応で良かったよ」

 

「お父様、何を言われようと私は大翔さんから離れたりなどしませんよ? 何を言ってらっしゃるのですか?」

 

「……物の例えだ、朱乃。実際、大翔くんはしっかり朱乃を守ろうとした。私はそう判断しているからな。だから、そんな剣呑な目をしないでくれ」

 

 義理の父母と息子、そして実娘のやり取りは見ている側としては気が抜けそうになるところもあるが、大翔の条件指定の話は終わったわけじゃない。

 

「すずかちゃん、ちょっとだけ耳を拝借☆ 暗示の内容なんだけど……私はこんな感じもいいと思うんだ☆」

 

「なっ、ミ……た……これは強……」

 

 内緒話の内容は本当に声を最小限に抑えていたからか、俺達にも聞こえないものだった。ただ、すずかの奴がセラフォルーの奴が渡した一枚の紙を懐に隠すように仕舞い込んだ様子を見れば、アイツの煩悩を抑えるのに非常に有効な手段があるんだろう。後で確認させてもらわないといけねえが、どうもすずかの顔色がよろしくない。……かなりヤバいやり方なのかもしれねえな。

 

「痛みよりももっと効果は高いと思うんだ、彼みたいな性格にはね☆」

 

「……ええ、間違いないと思います。うん、ひろくんや皆にはちょっと別室で時間をもらって、後で教えるね。大丈夫、ちょっとショックを受けただけだから。体調とかは平気だよ、ふぅ」

 

 おい、セラフォルーの奴は一体何を提案したんだ!? 正気を奪うような魔導書の一節とかじゃねえだろうな……すずかは大翔の正妻を自称するだけあって精神的にはかなりタフな奴だと思ってたんだが、そいつが顔に出るぐらいに強烈な何かってことだぞ。

 

「さて、ひーくん。そっちの兵士くんへの暗示は後でやるとして、もう一つの条件を教えて欲しいな☆」

 

「はい、セラフォルーさん。兵藤君単独ではなく、グレモリーさん本人を含めた眷属全体での俺達の鍛錬に参加してもらいたいのです。レーティングゲームでしたか……集団戦への参加もまもなく求められると聞き及んでいますし、個人の鍛錬だけでなく連携手段もよりしっかりとしたものを構築するべきでしょう。朱乃や白……えっと、こちらでは小猫でしたか。二人がどれだけ強くなったのか分かった上で、連携手法も考えるべきでしょうし。ただ、これはグレモリーさんの承諾が必要となりますが」

 

「……イッセーも祐斗も前向きな以上、眷属の希望を叶えるのが王の仕事でもあるわ。さっきの力、悔しいけど私よりも『現時点』では上なようだしね……」

 

 渋々ながら認めるといった体を取るサーゼクスの妹君だが、マジで実力差が見えてないのか? 甘やかし過ぎにも程があるぞ、おい……。

 

「リアス……本気で言っているの? はぁ。そうよね、本気よね。本気で言ってるのよね、はぁ」

 

 そのグレモリーの嬢ちゃんの発言に落胆を隠さないのがセラフォルーの妹、ソーナだ。コイツは大翔の指導を受けているし、セラフォルーを反面教師にしているのか……純血の悪魔であることに胡坐をかく様子が無い。冷静であろうと務めているようだが、友人には辛らつな一面を隠さないみてぇだな。

 

「ため息を二回もついた!? ねえソーナ、私への扱いがここ最近ひどいわよ! さっきの容赦ない説教といい……」

 

「……これまでの私と貴女との模擬戦の戦績は六対四で確かに貴女が勝ち越してるわね」

 

「た、確かにそうだけど。急にどうしたのよ」

 

「リアスにこれまでは分があったのは事実。ただ、一方的に貴女が勝ち越せるわけでもない。それが元々のリアスと私の実力差だった。……ちなみに、今の私は彼に師事して相当に実力がついた自負があるの。以前の私が複数でかかってきたとしても、難なくあしらえるぐらいには」

 

 相手の魔力総量をうまく察知できないグレモリーに対して、ソーナは自分の手に触れさせて自分の魔力量を確認させている。結果、グレモリーはまたもや言葉を失うことになったわけだな。

 

「そんな。私の魔力量が子供みたいな差が……」

 

「今の私でも、一分立ってられないのよ。彼との模擬戦は。現時点どころか、日毎に差をつけられるばかりだわ」

 

「補足するとな、リアス・グレモリー。ソーナの話は別にしても、お前の自慢の騎士が剣もまともに振るえないあげくコイツ相手に十秒持たなかったんだぞ。大翔はそもそもウィザードやサポートタイプに属する奴だ、見りゃ分かるだろうが。そいつが前衛のスピードタイプを圧倒した事実を受けて、なんで近い将来お前がコイツに勝てるような言い方をしてるんだ? 慢心も極まれりって奴か」

 

「ぐっ、堕天使の総督たる貴方が私を挑発してまた戦争でも起こしたいのかしら……!?」

 

「おいおい……事実を言っただけでなんで戦争になるんだ。ならんならん。家族思いのサーゼクスですら、お前さんをお尻ぺんぺんするレベルだ。そもそも今のお前じゃ、朱乃にも成長著しい猫ショウの嬢ちゃんにも勝てる要素が無いぞ?」

 

「なっ、なっ、なっ、お尻ぺんぺんだなんてお兄様がそんなことをするわけがっ! いい加減に……!」

 

「チェックメイト、です。部長」

 

「落ち着いてちょうだい、リアス。こうして接近戦が不得手な私にも簡単に急所を押さえられてしまっているわ」

 

 激高しかけたグレモリーの首元に添えられる二人の制止の手刀。グレモリーは気づけば首へと刃物を押し付けられたような感覚を味わったことだろう。うん、二人ともいい動きだ。余計な挙動も極力無くしているから、実際の速度以上に相手は感じるしな。

 

「……二人ともとんでもない早さだ。小猫ちゃんだけじゃなくて、朱乃さんの動きも見えなかったぞ」

 

「僕も鍛え直さないとね……僕も小猫ちゃんの動きが全く見えなかったし、朱乃先輩の動きもぶれたような状態でしか捉えられなかったから……!」

 

「彼にみっちり鍛えてもらって一か月も経てばこの程度は出来るようになりますわ」

 

「そのかわり地面がお友達になりますし、池のお魚さんの餌を口元から吐き出すことも日常と化しますけどね」

 

 すずかやアリサに聞いてみれば、二人の表現は誇張表現でも何でもなく、何度となく嘔吐をするほどに追い込まれる鍛錬を全員経験していると言いやがった。大翔の奴、訓練とかに対しては大事な奴になればなるほど、とことん行くみてぇだな。

 徹底的な基礎体力の向上、それがあってこそ少しでも長く自分が意図する動きが出来るように。長距離の走り込みは必須メニュー。走り込みの後ストレッチを挟みはするが、休憩なく組手であったり魔法の制御訓練であったり……体力、精神力共に使い切るまで徹底して自分を限界近くまで追い込むのを最初の間は繰り返すらしい。

 

 疲れ切った時にどれだけ動けるか、それぞれの限界点をまさしく身体で覚えろってとこだな。一人も脱落しないのは、大翔への思いゆえか。女ってやつはこれがあるから怖ぇんだよ。

 

「……ドラグ・ソボールの超回復理論とおんなじじゃねーか!」

 

「ええ、鍛錬の後はゆっくりと入浴し身体を休め、大翔さんのマッサージで調子を整えて、良質な食事を取り、よく眠る。それを愚直に繰り返せばいいのですから」

 

「空孫悟を地で行く生活です、イッセー先輩。神豆はないので、入浴と食事と睡眠で補うんです」

 

 それだけキツい鍛錬をやれば傷が残りそうなもんだが、その辺りは回復魔法──これ自体が反則レベルなんだがな。こっちの世界じゃ回復系の神器でないと同じことが出来ねえ。得意不得意はあっても大翔たちの世界じゃ魔法使いの素養があれば身につけることが出来るってのが反則過ぎるぜ。……いい加減バラキエルや朱璃辺りに覚えてもらって、幹部連中に展開する計画も本格化させねえとな。

 なお、大翔の女連中はマッサージに魔力や気の流れを整える調整効果付きと来てるし、黒歌の奴がいう房中術も受けてるから、朱乃を始めとして肌艶が非常によろしい。色香もある。眼福って奴だな、うむ。まー、あの小僧みたいに煩悩丸出しじゃねえが、酌の一つをしてもらうだけでもいい気分になれるって奴だ。

 

「大翔さんのマッサージは上手いんだぜ。魔力を循環させて、相手の流れが澱んでる場所を見つけながら、凝り固まった身体を上手に解してくれるからなぁ」

 

「マッサージの時は会長や副会長も気持ち良さそうに頬を緩ませてますもんねー! 普段の厳しさが嘘みたいですから!」

 

「留流子、確かに否定はしないけれど……『今』『この場で』口にする必要はあったのかしら……」

 

「え? あ、あはは……会長、副会長、すっごく目、怖いです……」

 

 哀れなうっかり仔羊が悪魔の手にかかり、その惨劇に声を荒げていたはずのグレモリーがあの小僧に抱き着いて震えてやがる。あいつらもソーナ達の折檻を受けたことがあるんだな、おそらく。

 

「じゃあ、リアスちゃんのOKも出たことだし、リアスちゃん達も皆でひーくん主宰のブートキャンプの仲間入りさせるのは確定だね☆」

 

 セラフォルーが大翔の条件を飲む決定を下すと、グレモリーの騎士がすぐに大翔に挨拶にやってくる。おー、こいつも目をキラキラさせてら。

 

「宜しくお願いします、空知さん。僕のことは祐斗と呼んでください。あの、貴方は朱乃さんと同じ一つ上ですよね。必要以上に敬意を払ってもらうと逆に委縮してしまいますから……」

 

「わかったよ、祐斗。……これでいいだろうか?」

 

「ええ、大翔さん。頼りになる先輩と知り合えて、嬉しく思います。ただ、イッセーくんだけじゃなくて、まとめて面倒見るのが条件だなんて……ちょっとお人好しが過ぎる気がしますけど」

 

「そうなんです、祐斗先輩。兄さまの悪い癖なんです」

 

「なまじっか色々抱えておける懐の深さがあるんだろうね。僕も甘えてしまいそうだ」

 

「先達として相談に乗れることは言ってくれたらいいさ。例えば、ソーナさんやすずかの二人はそれぞれ種族が違うものの、古くから続く家を背負って立つことを義務付けられている。グレモリーさんの家も同じ冥界で悪魔の貴族なんだろう? しきたりはそれぞれの家で違うだろうけど、部下としての振舞い方とか助言できることもあると思う」

 

「兄さまはすずか姉さまやアリサさんの家業を継ぐのを前提でここ何年かずっとそういう世界に身を置いておられますからね」

 

 爽やかに微笑んだ騎士は大翔と握手を交わし、交わす手に少し力を込めた。表情も引き締まり、大翔から学べるものは何でも学んでやる──そんな意思が見える。

 

「部長の眷属でいることは強さだけじゃなくて、経営や政治の力も必要になる──。学生だからって、未来の話だと思っていた自分が甘かったと思い知るようです。どうか色んな点で厳しくご指導頂けたらと思います」

 

「うん、それでも焦りは禁物だ。俺だって失敗談はかなりあるんだよ、たいていそういう時は冷静な判断力を失って視野が狭くなった時さ。俺と同じ轍を踏まないように、おいおい教えるよ」

 

「空知さんっ、俺もイッセーって呼んでくれ。俺、難しいことは全然分かってねえけど、部長を守っていくには強さだけじゃなくて、色んなことを覚えなきゃなんねえんだろ!? その先に俺が目指すハーレム王があるはずなんだ、バシバシ鍛えてくれっ」

 

 どこまでも煩悩だな、コイツは。ただ、口にした以上大翔は容赦しないだろう。うーむ、シェムハザに真面目に相談して、俺も大翔の鍛錬に加わるかな。身体が鈍ってるのも自覚してるし、大翔との繋がりはさらに太いものにしたいところだ。

 

「じゃあ、早速だけど、明日は朝五時にこの朱乃の住まいである神社の境内に集合だ。もちろんすぐに動ける格好で来ること。そうしたら、後は俺が訓練場所までまとめて転移するから」

 

「ごっ、五時!?」

 

「悪魔は朝が苦手と聞くけど、朱乃達もしっかり起きてるぞ。ソーナさんや元士郎達も同じだ」

 

「イッセーくん、覚悟を決めよう。強くなればそれだけ朝の倦怠感も薄れてくるから──」

 

 しっかし、大翔のやつ。同性の友人に結構飢えてたんだな。楽しそうに笑ってやがる。ま、元の世界じゃ名家の娘と世界的大企業の娘二人の婚約者だ。なかなか男友達も出来にくいところがあったんだろう。

 ……すずかの奴が寂しそうにしながらそれでも嬉しそうにしてるのも、自分が同性の友人が作りにくくなってる一因だと自覚してるからか。ただ、こういう時の大翔のフォローは早い。イッセーに目隠しを巻いた上で、全員呼んできて改めて自己紹介の時間を作りつつ、すずかをすぐ隣に招き寄せてやがった。

 

 あー、俺も嫁さん、探すかな。どうするかな……。




リアス眷属との面通しも終わったので、プロローグまで走らなきゃ……!

朱璃さんの憑依用デバイス、冥界刑事スーツの完成、
あとはカリムさんの一件を片付けつつ、でしょうか。


※年度末進行で31日の更新無理っす、ごめんなさい。
マジ引継異動とか魔境。


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第61話 カリム(※)

27日分。

異動があったのでまだ落ち着きませぬ……!
ぐぬぬぬぬ。

なお遅ればせながらエイプリルネタ要素を入れております。

※今話の内容
⇒カリムさんの一件に片をつける
⇒リアスさん○○してまた失言する


 聖王教会との顔合わせというか、話し合いは無事に終わった。カリムが教皇様直々の命令による第97管理外世界の調査任務を命じられる──つまり、俺の元でこれまで通り共に過ごせることが確定した。

 ただ、グラシア枢機卿を相当に悲しませることになったし、カリム直属に近しかったヌエラさんという人からは俺自身にも忠誠を捧げられてしまったし……。カリムもこれまでの任務もすぐに外れるものでもなく、暫くは執務室への直接転移による出勤を行うことでまとまっている。

 

 この辺り、殆ど教皇様……つまり、カリムが属する組織のトップが俺の存在を知ったことで、うん……俺に信仰を捧げられた上で、こちらの事情を最大限に優先することをあっさり了承したのが大きい。聖王の鎧を纏って虹色の魔力光を見せた俺を見て教皇様はその場で膝を付き、しばらく祈りの姿勢から戻ってこなかったぐらいに衝撃を受けたらしく、俺に対しては最敬礼の聖王様呼びときている。

 カリムのお父さんである枢機卿も最初はこちらに祈りを捧げてしまっていた。ただ、娘が明らかに女になったのを感じ取ってしまったからか、信仰対象と愛する娘を盗んだ悪党といった二つの感情が交じり合って、ものすごく複雑な思いを俺には抱いているのだそうだ。この辺りはカリムが教えてくれたんだけど、俺は彼に対してカリムを幸せにし続けることでしか応えようがないから……。

 

 教会側と穏便に落着点を決められたのも、結局、俺がカリムを聖王教会と縁を切らせる意思は無いことや、また次元転移の技術を持っているため、住まいは海鳴、仕事場はベルカみたいな反則技が可能なことが大きかった。『預言者の著書』というカリムが持つ稀少技能について、俺も習得してしまったことで精度や記録範囲が広がる目処がついてしまったし、すずかも例のごとくこの技能への理解を深めつつあるようだから、この技能の効果は高まる方向になっていくだろう。

 あとは年に数回の顔出し──お披露目だね、それも了承した。但し、当面は教会でも上層部だけに限ることにはなっている。反響が大き過ぎると予測できる点やいずれ俺とカリムの間に産まれるであろう子供の存在など、まずは影響範囲を絞りつつ、聖王の帰還をどう取り扱うか内部で十分な協議が必要だそうだ。

 

 こちらで施した次元閉鎖の兼ね合いで、行き来が自由なのは俺や俺の家族のみ。俺の意向を潰せば、二度と姿を見せない可能性もあると教皇様達執行部は怖れてしまっている。

 

「心身ともに全てを捧げ、決して聖王様の寵愛を失うことの無いように……そんなことを繰り返し言われました。ふふっ、私が大翔様に全てを捧げるのは当然としても、大翔様のために動く組織が教会であるべきなのに。この辺りは少しずつ内部の意識改革を為していきますわ……はぁ、んっ……」

 

「カリム。俺はこれからも一緒にいられる許可をもらえただけで充分だと思ってるよ……」

 

「あんっ、んんんっ! はっはい、今はそれで充分で、す。ただ、私達は長い時を生きるのですから……教会という組織の中枢が次世代、その次の世代になったとしても、大翔様の足枷にならぬよう務めるのも私の役目と思っておりま……あああっ、そんな強く吸われては、私っ!」

 

「ごめん、カリム。せっかく繋がってるんだから、さ」

 

 テラスの椅子に腰掛けた俺に抱っこの姿勢で繋がり合っているカリム。白地のブラウスのボタンは全て外れていて、同系色のブラジャーもずらされて俺が吸い付いている彼女の勃起した乳首を守る役割を果たしていない。

 そして、クリーム色のフレアスカートの内側では、自ら脱ぎ捨てたショーツの奥に潜む彼女の女性器が休むことなく潤滑液を噴き出し、自身を貫く男性器から精を搾り取ろうと発情の熱気と蠕動、さらに締め付けの強弱を細かく繰り返し、子宮口に触れている突端に吸い付くような挙動を行っていた。彼女を責めることに意識を割かなければ殆ど腰を動かしてもいないのに絶頂へと導かれてしまいそうなぐらいに、カリムの膣内は俺から精を搾り取ろうと蠢き続けていた。

 

「ふふっ、そうですね。でも、私先程から軽く何度かイッてしまってます。大翔様の逞しいモノが私のお腹の一番奥にずっとキスして下さっている、それだけでとても気持ち良くなって……」

 

「俺も話をしてる途中で暴発しないように堪えるので必死だったよ……カリムの中は動いてないのにすごく気持ち良くてさ……」

 

 そう俺が口にした直後、カリムは優しげな微笑みを浮かべつつ、俺の耳元に乱れた吐息もそのままに情欲に駆られるまま……卑猥な言葉をそっと囁いてきた。

 

「……私のおまんこも子宮も大翔様の『おちんぽ様』や『熱くて濃いせーえき』が大好きなんですもの。この熱をいつでも感じたくて、そのためならどこでもいつでも求めて欲しいって疼いてます……。私の心が大翔様を求め続けるように、私の身体も大翔様に支配しされ尽くされたい、犯されたいってすぐに涎をこぼしてしまう……はしたない身体に育ちましたわ……」

 

 誰だ、カリムにこんな淫語を仕込んだ奴はっ!……そんな驚きとは裏腹に硬さと大きさを明らかに増す俺の下半身。そして彼女がさらに深く腰を落として両足を持ち上げる動作をすることで、突端部分への強烈な締め付けが増す。ポルチオと呼ばれる部位──子宮口と膣壁の間にぴたりと隙間無く入り込んだのだ──。

 

「あ、あぁぁぁっ……深いの、大翔様が私の一番深いところにいますっ……」

 

 カリムが強く抱きついてくるのに合わせて、持ち上げた彼女の両足を支えるように腕を回す。揺するように二人の身体を震わせるだけで、俺達二人はほどなく二人仲良く深く達してしまうことになるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「……敷地内とはいえ、あんな野外のテラスで犯されてるのに、なんであんなに幸せそうに……」

 

 この月村邸というのは私の実家には敵わないとはいえ、人間界では相当に広い家。庭に裏山があるぐらいだし。駒王町だとこの規模となると正直一軒あるかないか。だから、無関係の第三者に見られることは無いけれど、それでも外でブラウスの前を完全に曝け出し、両足が持ち上げられたことでスカートの奥まで見られるような体勢であることに変わりは無い。

 

 自分から率先して淫蕩で下品な言葉を囁いて、男の興奮に繋がったことを悦ぶ。いつでもどこでも身体を差し出すというあの発言は本気だろう。……そう、あのカリムとやらに言葉を教え込んだアリシアという小柄な女性の挑発に乗り、感覚同調をしたことで思い知らされた。そもそも出来るだなんて信じられない話だったし。

 感覚同調については本来触れていないとできないものと言われたけど、テラスとのこの微妙な距離──そう、私達は部屋の中から悪魔の五感を働かせて睦言のやり取りを聞きながら、主に魔力で構成された不可視のロープを伸ばし、そのロープを介してカリムと部屋の中の私達と感覚と同調させている。

 ソーナの兵士である匙君が使える『黒い龍脈』という『黒邪の龍王』ヴリトラの魂を宿す神器の能力を参考にしたものの、距離に応じて感覚の同調率が落ちるのが課題というけど。同調率が直接触れ合った時と同じだったら非常に拙い状態になったのは間違いない。……自分の身体をもてあまし慰めたことだってあるから分かるもの。愛する男に抱かれる快楽は、自分で誤魔化す時とは比べ物にならないわ。この距離でもそれが充分に分かるほどに、私のショーツは濡れてお腹の奥がどうしようもなく疼いてしまっていた。こんなの平気な振りを装ってるけど、顔は熱を持ってしまってるだろう。

 

 あの男に抱かれているカリムは演技でも何でもない。多幸感と充足感に包まれたまま、男から与えられた深く長い絶頂に身を委ねているのね。

 ……しかし、こんなのを100%の出力で味わったソーナや椿姫はよく我慢できるわね、色々と。いや、椿姫はあの男の花に加わるべく動いているんだったわ。

 

「……この距離なのに、ものすごく気持ちよいのでしょうね。つられて私も疼いてきてしまいましたわ、うふふ」

 

「正直、私もだよ。カリムちゃん、心も身体も完堕ちしてるから下手に間近で同調したらこっちまで意識飛ばされそう……」

 

「アリシアさん、どうしても寝なきゃいけない時には逆にいいかもしれません。ただ起きた後にすぐにシャワー浴びないといけないですけど……」

 

 嗚呼、私の朱乃。小猫。どうしてそんな雌の顔を隠そうともしないの。麗しく気高い貴女達の姿は無くなってしまったの?

 ああ、全てはあの男が。身も心も蕩けさせる手管を使って二人を虜にして──!

 

「何を言うんだ、こんなにも雌の臭いをさせておいて。私は屈しない振りをしたって説得力がないな」

 

「なっ、勝手なことを言わないで! 私は貴方を認めたわけではないのよ!」

 

 抵抗する私に魔力や気を流しながら背中を一撫でしつつ、耳元で堕天使のように囁くのよ……。

 

「ああ、身体と心は別物だ。強引に発情させられたとしても、心は貴女だけのもの」

 

「そうよ……この身体の熱も貴方が無理矢理感じさせたものだわ……!」

 

 肩を、背中をそっと撫でる手はどこまでも優しく、私の身体の強ばりを確実に解していってしまう。感覚同調で彼の愛撫は心地よいものと知ってしまってる身体は素直に反応していく……私の意思とは裏腹に!

 

「気高きグレモリーの姫。その身体だけでも俺のものにさせて頂くとしよう」

 

 発情し昂る身体が髪や頬、背中に触れる彼の手を。首筋や額への口づけを逆らえずに受け入れて。そして命じられる形を取るものの、強く抗うこともなく私は制服やスカートを脱ぎ捨てて、恥じらいすら全身を駆け巡る快感に変えながら生まれたままの姿を晒していくの……。

 

「ああ、綺麗だ。形も大きさもなんという美しさか」

 

 あくまで優しくどこまでも丁寧に、乳房や臀部に触れる手も宝物のように扱われて、心と真逆の反応を示す身体に私自身も戸惑いを覚えて……。

 

「はぁ……んんっ、身体はぁ、身体は気持ち良くなってもぉ、心は……心までは渡さないんだからぁ……」

 

 喘ぎ声をあげながらそんな強がりを言っても惨めなだけなのに、それでこそグレモリーの姫君だと称えてさえくれる彼自身に心までぐらつかされてしまって、自ら堕ちる言葉を口にしそうになるのを必死で堪えるの。

 こちらの唇を無理やり奪わずに、だけど私をさらに蕩けさせるために指だけじゃなくて唇も私の下腹部に奉仕することで容易く達してしまった私は我慢が効かずに自ら足を開いていってしまい──。

 

「リアス? どうしたの、リアス。顔が赤くなっているのは分かるけど、一人でぼうっとしたり百面相してみたり……刺激が強過ぎたのかしら」

 

「はっ! だっ、大丈夫よ朱乃、これぐらいで私が堕ちるわけないじゃない!」

 

「何を言ってるのよリアス。シャワーを浴びにいきましょうって話なのに」

 

「部長……兄さまは確かに女性に対して紳士的な振る舞いが基本ですけど……優しく導くように自分が堕ちていく想像でもしましたか?」

 

「こっ、小猫! あの男は確かに紳士かもしれないけど、私がどうしてアイツに抱かれる想像をしなきゃいけないの!」

 

 抗議をする私の周りにいつしか集まる絶対零度の瞳を宿した女達。特に朱乃とソーナ、そしてあの男の正妻の瞳が非常に危険なものになっているじゃないっ!

 

「あれだけ大翔さんをけなしておいて、お姫様みたく扱ってもらう妄想に耽るなど……妄想でも許せませんわ、リアス?」

 

「私の得難き友人であり師匠をあれだけ侮辱しておきながら、大翔さんがグレモリーとしてではなく、リアス自身を見てくれる男性と分かった途端に手のひら返しですか。そうですか……」

 

「ひろくんに今更靡こうだなんて都合がいいのにも限度ってものがあるよ……?」

 

「無いっ、無いわよ! イッセーや祐斗に比べて全然イケメンでも何でもないし、好みの顔じゃないも……」

 

 最後まで私は口に出来なかった。ええ、反射的に飛びのいた私が元いた場所には氷柱が出来上がり、避け切れなかった雷光が私の髪を掠め、枝先が炭となりさらさらと落ちていく。落ちると堕ちるじゃ大違い、洒落にならないわ。

 

「ぶ、部長!? アッハイ、小猫ちゃん大人しくしてろって? イエスマム。そうですね、部長の失言癖も直した方が幸福に繋がります分かりま……ぎゃあああ、また小猫ちゃんのおっぱいがミルたんの胸板にしか見えねえぇぇぇぇ!」

 

 イッセーの加勢は望めない、ならば祐斗はっ!?

 

『部長、すいません。僕はまだこの後大翔さんとの手合わせがあるので、大怪我を負うわけには』

 

『待って!? 大怪我は確定なの!? ねえ!』

 

『命は大丈夫ですよ、大翔さんが近くにいるわけですから。部長、グッドラックです』

 

 ああ、視線だけで会話が成り立つこの眷属との関係性……。ねえ、小猫。私は間違ったの?

 

「ギルティです、部長」

 

 ああ、満面の微笑み。小猫、本当にいい顔をするようになったわね──。

 

「足元は既に固めました。もう動けませんよ?」

 

 あのすずかという女が視認できないほどの早さで私の足元を氷で固め。

 

「永久凍土の冷気よ、ここに具現せよっ!」

 

 ソーナが水系の応用で、セラフォルー様のお株を奪うような冷気で今度こそ私を身体ごと氷柱に変え。

 

「轟け雷光よ!」

 

 朱乃の光力たっぷりの雷が氷柱ごと私の身体を貫いた──。滅びの魔力を身体の周りにまとう防御法を空知に教えてもらってなければ即死だったわ……そんなことを思いながら、私は意識を闇の中へと溶かしていった。

 

「部長の慢心は筋金入りですね……兄さまにちょっと教えてもらっただけで滅びの魔力の応用もつかめる辺り、才能の塊なのは間違いないんですけど……はぁ。勿体無いですよね……」

 

 当然、意識を失った私は小猫のそんな呟きだって聞こえてはいなかったのよね。



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第62話 暗示の内容

31日分です。

仕事は引継受けたものの、完全にパンク状態です。
駄文と化している気もしますが、投稿を続けることにも意義はある!(よね?)


 朱乃が煤こけたグレモリーさんに治癒魔法をかけて傷を、白音が体力を回復させていく。一緒に鍛錬するようになって何回目だろう、朱乃の怒りを買うような言動をしたんだろうね。

 ただ、彼女の母方の血筋であるバアルに受け継がれる滅びの魔力は自分に干渉する魔力をかき消すことも出来るという予測の元、彼女の自尊心をうまくくすぐったことで──つまりは褒め倒した結果──滅びの魔力をシールドのように広げられるようになったグレモリーさんは随分と防御力が増していた。朱乃が全力で雷光を放ってもこうして命に別状は無い。制服は何十着と買い直す羽目になっていると聞くけど。

 彼女の強さの才能は朱乃や白音と比較してもずば抜けていた。俺と会わずに過ごしていてもいずれは名を馳せる強者の一人になったことだろう。あまりの才に逆に慢心してしまうのかなと思うぐらいには。

 

「リアスも本当に懲りませんわね。まぁ、お陰で私もこの短期間で治癒魔法の感覚がつかめてきましたが」

 

「いい練習台です、部長にはむしろ感謝しないと。すずか姉さまは別格として、治癒系統に才のあるカリムさんや仙術の扱いに親しんでいる黒歌姉さまも、この分野については兄さまに近しいレベルで使いこなしていますから」

 

「ええ、大翔さんの治癒魔法が必要な状況を私達だけに限定するためには、この分野は苦手などと言ってはいられませんわ」

 

 治癒魔法も万能ではないから、傷は傷、体力は体力と分けて治療を試みないと効果が著しく落ちてしまう。すずかや朱乃達相手ならば俺が魔力と気を同時に通すことで自己回復力も同時に高められるけど、グレモリーさん相手にはそうはいかない。なので、朱乃と白音に魔力を供給して二人の魔力の流れを見ながら時折微調整の指示を出すのだ。

 しかし、朱乃や白音の気合の入り方がすごい。高次元な治癒魔法を必ず自分のものにするという気概に溢れている。

 

「兄さまは本当に丁寧に治療されますよね。傷の大きさや体力の消耗に合わせて細かく魔力の強弱を変えるんですから」

 

「普通に治癒魔法を使っても傷は塞がるし体力も回復はするけど、何かの折に急に古傷になったり、変な気だるさが残ったりするからね。時間がある時は出来るだけ丁寧に、繊細にやるのがいいんだ」

 

「……しっかし、これ本当にファンタジーにあるみたいな魔法らしい魔法だよなぁ。どう見ても重傷な部長の傷が綺麗に塞がって、普段の部長の姿に戻るんだから」

 

 アーシアのアレでも同じことが出来るのかな、と呟いた一誠君に対して……セラさん発案、実作業はすずかが実施した暗示の内容は、俺のパートナーやソーナさん、ソーナさんの眷属を性的な視線で見つめると見つめた部位が、筋骨隆々な『ミルたん』という彼らの世界に住む世紀末覇者の姿に入れ換わって見えてしまうという強烈なものだ。

 これは見られた側の意識ではなく一誠君の煩悩の発露によるので、例えば最終的に顔は朱乃のままなのに首より下は世紀末覇者の身体に変わっているという、彼にとってはおぞましい視界が映っているらしい。なお、ぼんやりと全体像を見ている時など一点に集中していない場合は普段の朱乃の姿に戻っていたりするので、煩悩の有無が暗示の発動に直結しているらしかった。

 

 それならばと『俺は部長や学校の連中のおっぱいを見るしか生きる道がない!』と対象を絞りつつある一誠君だが、そもそも邪な意識を少しは留めたらいいと思うんだが。彼曰くアイデンティティの問題に関わるということなのでこればっかりはどうしようもない。

 

「王は君達眷属の象徴でもあるんだからさ。男性の場合、戦の傷も勲章になるかもしれないけど……グレモリーさんが綺麗な姿でありながら圧倒的な強さを発揮する方が、より旗印としては映えるよね。朱乃や白音の王なんだ、行き過ぎるぐらいに強く美しくあるぐらいでちょうどいいのさ。朱乃や白音を圧倒できるぐらいの実力でなければ仕えさせる意味が無い」

 

「朱乃さんや小猫ちゃんが仕えるに相応しい王って、やっぱり大翔さんはそういう基準なんすね。つーか、朱乃さんや小猫ちゃんを圧倒ってそれは上級悪魔の枠を超えるんじゃ……」

 

 無茶を言うと言わんばかりの一誠君の反応だが、これは彼にとってもメリットがある話だ。

 

「圧倒的な強さの方がグレモリーさんの身体に傷が付きにくいし、一生残る傷も負いにくいと思うんだけど」

 

「そっ、それはダメっすよ! 部長のあの美しいおっぱいに傷が残るだなんて!!!!」

 

 基準はやはりそこなんだね、ぶれないなぁ。ただ、彼女が率先して前線に突っ込んでいく傾向があるから、俺が言うのは一般論だ。彼女を王とし朱乃や一誠君達が眷属として戦う以上、一人だけ飛び抜けた強さ、あるいは一人だけ著しく戦力が劣るなど、偏りがあり過ぎればまたその弱点を突かれて、皆傷つくこともあり得るわけで。

 俺がグレモリーさんと眷属全員の鍛錬を請け負ったのはそういう所だ。朱乃や白音だけに負担がかかる集団だなんて冗談じゃない。抜けさせるのは難しくない話だが、朱乃や白音の今までの交友を俺の一存で断つというのはギリギリまで避けたかった。例え、朱乃や白音が構わないと言ってくれるとしても。

 

「まして、セラさんが教えてくれたグレモリーさんのお兄さんの溺愛ぶりは行き過ぎてるものがあると聞くし、そういう意味でもね」

 

 セラさんはセラフォルーさんのことだけど、本当はレヴィアたんかセラちゃんと呼べと呼ばれていた。この前の朱乃の自宅で初めてグレモリーさんに会ったあの日にそう言われたんだ。ただ、恋人でもない人にそう呼ぶのは憚られたし、すずか達だっていい顔をするわけもない。結局は『セラさん』という呼び方で押し切ったのだ。ただ、あちら側は相変わらず『ひーくん』呼びでえらく気に入られてしまっていた。

 

「確かにサーゼクス様は……そうですね、部長を溺愛されてますから」

 

「鍛錬とはいえ傷が残るとなれば、後が怖いってのもあるんだよ。まあ、祐斗君。小心者の言うことだと思ってくれ」

 

「どこか小心者なのか首を傾げるところですが、大翔さんの懸念されることは分かりますよ」

 

「だから君達ももっともっと強くなってもらうよ、祐斗君、一誠君」

 

 先程のテラスでのカリムとの営みは男性陣には見えない位置でアリサや椿姫さん達に足止めしてもらっていたし、黒歌が音についての阻害術式を展開していた。だから、一誠君は俺に敵愾心を見せることも無く、こうして普通に話しかけてきているわけだ。

 一緒に足止めというか、彼らの歓談に加わってくれていた元士郎もたいがい俺が行っている内容には勘付いているけど、むしろ体調を気にかけてくれている節すらある。

 

「まあ、よくこの人数を仲が悪くなったり不満を噴火することなく、毎日相手してるもんだと思いますからね。羨ましいどころか、よくやるもんだと感心してますから」

 

 元士郎曰く、俺は自分の時間が殆ど無いように見えるらしい。確かに一人でいる時間帯は殆ど無いけど、悪魔や堕天使の寿命を手に入れたことで封時結界内で過ごす時間についてあまり気にせずによくなったため、以前よりも趣味と実益を兼ねているデバイス等の開発・改良・研究の時間は取れているし、すずか達一人ひとりとゆっくり話す時間も出来たし……また、技術開発や俺が引き継いでいく事業についても読み込む間、特にそれを邪魔されるわけじゃない。

 黒歌や白音は猫の姿になって膝上でゴロゴロしているし、すずかやアリサは仕事でも技術開発でも一緒に作業をしてもらってる。最近は朱乃も俺専属の秘書になるのだからと、特に事業系の話をする時は真剣にメモを取っていることが多い。

 アリシアと紗月、フェイトにカリムにしても、隣に寄り添ったり背中にくっつくぐらいのもので大人しいものだ。俺の気配や温もりを間近で感じていられるのが一番なのだという。それぞれ本を読んだり、あるいは興味のある分野であれば俺の作業や業務を見ていたりしている。

 

「あと一日経ったら一旦戻る日だったっけ。今回は四日分だから、向こうじゃ四時間……だよな」

 

「うん、夜の契約履行とかをする時間帯だね。なんというか、僕らも手帳が欠かせなくなったね」

 

「そうなんだよ、控えておかないと何日の何時に戻るかすっかり抜けそうでさ……結界内で過ごすのが当たり前になってるだろ? 大翔さんに言われてなんでメモするのかなとか思ってたけど、実感としてマジよく分かってきた。学校終わって集合して自宅で晩飯の時間までと考えても三時間弱だろ? 外で食ってくると伝えてたら、六時間くらいか」

 

「つまり最低三日間、あるいは六日間、結界内で鍛錬漬けの生活。おまけに学校の授業の復習も込みだからね」

 

「会長とか、意外に部長も厳しいからな、教え方。大翔さんと、視界の体格に目を瞑ればアリシアさんが一番丁寧っていうな……」

 

「地頭がいい子ばかりだからね、朱乃もそうだし。俺はそこまでじゃないから、ひたすら反復でモノにしてきたタイプだからさ。教え方も自然と何回も繰り返すってやり方になってるかもしれないね」

 

 ソーナさん達も含めてこれだけの人数を鍛錬するとなると、朱乃の神社の境内だと手狭になってしまう。また、俺自身も日々の業務を溜め込むわけにもいかず、研究室もこの家の地下にあるわけで。封時結界で何日間も過ごすので、食材の備蓄だったり使い慣れた台所がいいな、とか。

 まあ、グレモリーさん達も含めてこっちに招いたのは最終的には俺の判断だった。征二さんや飛鳥さんが中長期出張で不在時は、すずかじゃなくて俺に館の管理の管轄が委任されている。月村家の長としても人を使うことに慣れろという心遣いとのことだった。こういう気遣いはむしろ胃がキリキリ言い出すんだけど、今は置いておく。

 

 すずかは俺の意向に従うだけといつものように答えてくれたが、皆に伝える前にアリサも含めて俺の考えを話し、朱乃や白音が従う王が慢心女王なんて耐えられないという個人的な感情の話もした。朱乃や白音が従う主人であれば、従うに相応しい人物……この場合は悪魔だろうけど、そういう相手であって欲しい俺のわがままだ。

 

「さて、夕食の用意に取り掛かろうかな。その間に君達は10km走をこなしておいで」

 

「くっそぉ、大翔さんに餌付けされてる感満載だけど、飯のためなら頑張れるよなぁ!」

 

「今日はオプションでとんこつラーメンも用意するよ。すずか達の口にはあんまり合わないみたいだけど、無性に食べたくなるだろ。麺類って」

 

「換気扇全開のまま大鍋で煮込み続けていたのはまさか……っ!」

 

「よく見てるね、一誠君。うん、そろそろいい出汁が出てると思うんだ」

 

「よし行くぜ祐斗っ! 濃厚ラーメンが俺達を待ってる!」

 

 張り切る一誠君。いい人参になったみたいだ。ただ、祐斗君の表情はどちらかというと苦笑い。イケメンは食べ物の好みも上品なのかもしれない。あ、元士郎がラーメンって単語に反応してこっちにやってくるな。

 

「いや僕はそれほどでもないんだけど、ラーメンって」

 

「お前女子かよぉ!」

 

「大丈夫だ兵藤! 木場の分まで俺が食ってやる!」

 

「待てよ匙! お代わりするのは俺だ!」

 

「替え玉は用意してるよ。ただ、祐斗君の分を二回目の替え玉に回すことは出来そうだね」

 

「決まりだな。タイムの早い方が二回目の替え玉の権利獲得だ。なお、妨害アリアリだ」

 

「望むところだぜ匙ぃ……!」

 

「あら、待ちなさいよ。イッセーに匙君。濃厚とんこつラーメン替え玉二回目の権利はこのリアス・グレモリーが頂くわ」

 

「部長!?」

 

「へへ、しっかりソウルフードの魔力に囚われてるじゃないですか、リアス部長……」

 

「私にはあの喉に絡みつく、旨みが濃縮されたスープと一緒に啜って食べるラーメンを欲しがらないという思考が理解できないわね……」

 

 すずかやアリサに言わせると旨みが強すぎて舌の感覚が一時的に麻痺してしまうのだそうだ。臭いがかなり強いのもその一因らしい。ただ、年頃の男子でラーメン苦手な奴ってそんなにいない感じがする。元士郎もかなり好きな方だし、一誠君も喜んで食べてくれるのでたまに作るのだ。後は由良さんも喜んでくれているし、仁村さんが結構気に入ってくれているといった感じだろうか。

 

「カリム、すまないけど庭と裏山の結界強化を頼むよ。地形が変わっても洒落にならないし、増幅器を追加でいくつか持ち出してくれたらいい。白音や黒歌もフォローしてくれると助かる」

 

「承知致しました、大翔様」

 

「了解にゃ、大翔。カリムも治癒系と結界については私達の間でも一つ抜けた感じにゃしね」

 

「参考にしてみせます」

 

 まぐわいの後、汗と絡み合った体液を洗い流し聖女めいた雰囲気を取り戻したカリムが主導し、黒白姉妹も快く願いを聞き入れてくれた。これで結界強化も出来るし、地形が一変する事態になりそうならば姉妹の痛撃が炸裂することになる。

 

「ひろくん。私はアリシアちゃんとちょっとお話があるから、夕食作りのサポートは朱乃さんやアリサちゃんにお願いするね」

 

「ああ、分かったよ」

 

「さて、やるとするわよ! 朱乃、いきましょ!」

 

「うふふ、大翔さんだけに任せてはおけませんからね」

 

 夕食の手配に台所へ入っていく俺達の後ろで、もう一つ小さなせめぎ合いが密かに起こっていたことは俺は知る由もなかった。

 

 結果として、台所で支度を始めたところに……なぜか少し髪が乱れた状態のまま笑みを押さえ切れないといった様子のフェイトが入ってきて俺達の用意を手伝うことを申し出てくれた上で、ソーナさんや椿姫さんが替え玉競争参加者が暴走しないか見張る方に回ってくれるという報告を聞いたのだ。

 フェイトの報告を聞いて朱乃やアリサは何やら納得顔で頷いていたが、何に勘付いたのかは教えてはくれなかった。

 

「鈍感とかそういうものではないのだから、安心なさい。アタシや朱乃だから分かるようなものだから」

 

 すずかやアリシアを追う者同士だからとアリサは口を濁したけれど、アンタの女として相応しくあろうとそれぞれ一生懸命なだけだとも言われてしまい、俺は感謝の言葉を返して目の前の夕食作りに集中するしかなくなったんだ──。




すずかさんの内情は次回へ。

主人公は例のごとく「凝り性」+「努力しただけしっかり身につく程度の能力」のおかげで、
ストレス解消の一端で、結界内で過ごす場合は食事作り担当を確保しています。

※結局、最後のくだりを修正しました。
漫画A'sは見てなかったのじゃよ……。
フェイトそん盛り付け苦手でも味は確かなものとかそれ萌えるよなぁ……。

自分で本来台所に立つ必要がない立場のすずかやアリサが
主人公のために懸命にスキルを身につけていたのを見て、
多忙のために出遅れていた自分もがむしゃらに二人や朱乃についていって
追いつけ追い越せとしている義妹的存在。アーイイ……。


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第63話 愚痴りあい

3日分です。
一週間遅れっていうね。いやほんとすんません。


 「……必要だったのかな」

 

「体感してもらうしか分からなかっただろうと私は思ってる。カリムもそう判断して共有の中心になるのを自分から提案してくれたし。彼女の親友である朱乃や、妹的存在の白音だと逆にショックが強過ぎたとも思うしね」

 

 ひろくん達が夕食を作り始めた頃、私はテラスでアリシアちゃんと紗月さんに向き合って話し合いに臨んでいた。グレモリーさんに感覚共有をした件について、どうにも納得がいってなかったからだ。

 ひろくんとカリムさんが溶け合っていた際に二人の間を巡っていた魔力や気の残香がまだこの場には漂っている。どこか弾むようなそれでいて身体にすっと馴染むような、彼女が過ごした幸福な一時を証明するかのように。

 

「カリムは元々信仰が入ってることもあって、ひーちゃんのためなら本気でその身を捧げる覚悟が出来ている。自分の身体に触れるのがひーちゃんだけって一線が守られてさえいれば、自分の痴態すら躊躇い無く晒したみたいに」

 

 紗月さんが本気で話してくれているのは分かっていた。普段はどこかふざけた空気で『ちゃん』づけで呼ぶこの人が年長者としての話し方に完全に切り替えている。

 

「自分は王の僕であり、王の懸念が払われるのに自分の身体が役に立つのは大きな喜びだって。当たり前のように言うんだもの、カリムは。信仰を捧げる存在と自分の慕う男性が同一化されている毎日は、恐れ多くも歓喜に満ちて魂が震える日々だっていうんだから……相当よ」

 

「私もひろくんを絶対視してるのはその通りだし、否定する気も無いけど……ひろくんはあくまでひろくんだから。神様として別の存在にするつもりはないよ」

 

 ひろくんが絶対的存在というのはカリムさんも変わらないんだろう。ひろくんが私の唯一無二の存在だと……彼に出会い自分の中で確信した時の心の震えは今でも鮮明に思い出せるし、それは私の行動指針の根幹としてある。

 ただ、私はひろくんが傍にいなきゃ嫌で、ひろくんがひろくんらしく生きられるようにどこまでも私もついていける女であり続けるのは当然のことで。それでいて、彼の身に何かが起こるのが何より恐ろしくて、私が動けない事態であっても、代わりにひろくんの盾になれる、彼を唯一の男性として一生を捧げられる女性達を集った。

 

 その中で宗教家であるカリムさんが加わり、ひろくんのために殉じることすら名誉と歓喜にしか思わない思考になってしまったわけだけど……。

 

『それでも、カリムちゃんも分かってるもんね。ひろ兄ちゃんが信じられる人を失うことを何より怖れることを。そこを履き違えない限り、大丈夫だよ。ひろ兄ちゃんに捧げた命だからひろ兄ちゃんが生きろと言う限り、何があっても生き続ける責務があるとも言ってたしね』

 

 それであれば、カリムさんは大丈夫だろう。さて、本題に戻らなければ。グレモリーさんは未だに朱乃さんや白音ちゃんがひろくんの洗脳の影響下、あるいは心理操作をされているのではと勘ぐっている部分がある。その認識の打破として、今回のカリムさんの営みを感覚共有させたのだけど……。

 

「で、グレモリーさんのことだけど、効果はあったと見てるわ。元士郎くんのラインの応用で感覚を繋げたとはいえ、テラスから程よい距離があったし快感に飲み込まれるところまではいかなかったから。カリムが本気で気持ち良くなっていることや、偽の感情の動きだけで女の身体はあそこまで反応しないことも思い知ったでしょう」

 

 女性だからこそ分かる感覚。身も心も本気で委ねているセックスは、演技や遠慮が入った時と快感の深さや長さも比べ物にならない。グレモリーさんが自分で慰める頻度もそれなりにあるという下情報もあったので、言葉よりも体感で実感してもらうのが一番理解に繋がるという目論見だった。

 

「言ってることは分かるよ……でも、どうしてあの人にそこまでしてあげなくちゃいけないのかっていう気持ちと、万が一、ひろくんに惹かれたらあの人の独占欲と傲慢さは問題にしかならないって思えて……!」

 

「そうね。あの小生意気な女になぜそこまでしてあげる必要があるのか、それは確かに思ったわ」

 

『うはー、紗月もぶっちゃけたね。やっぱムカついてた?』

 

「何様とは思ってたわよ。朱乃や白音が本気でひーちゃんを慕ってることぐらい、本当に分からないのかって。それでよく眷属の王を名乗るもんだって思ったわよ。ただ、貴族令嬢として育てられてきた背景を聞けば、ソーナみたいな思慮深さを身につけざるを得なかった子とかと比べちゃ哀れなんだなって」

 

 私はたまにこうして紗月さんにひろくんには決して言えない、ドロドロとした気持ちを吐き出させてもらうことがあった。だけど、紗月さんまでこうやって吐き出すというのは本当に珍しいことで。

 

「驚いた? 今回は相当イラっときてたのよ。私の、私達のひーちゃんの良さがお前に分かるもんかってね。あ、すずか。他言は無用よ、分かってるだろうけど」

 

「もちろんだよ。ただ、確かにビックリしたかな」

 

「ふふ、前と足しても百年弱生きていても、腹が立つのは腹が立つのよ。百年経ってもひーちゃん一筋な自分も筋金入りなんだなって思うけどね」

 

「大丈夫、百年経てば皆筋金入りになってるから」

 

 百年、二百年……ひょっとしたら千年単位で私達はひろくんと生きていくのだ。基本、ひーちゃんじゃないと駄目っていう子しかいないから、小さな問題も大きな問題もたくさん起こるだろうけど……それでも、皆ひろくんの傍で笑ってる。そういう未来を思い浮かべられる。

 ただ、さらに人数が増えかねないのが問題かも。確かにひろくんの花を増やす判断をしたのは私やアリサちゃん。分かってはいるんだけど……。椿姫さんはアプローチの真っ最中だし、ソーナさんやセラフォルーさんも怪しい。朱乃さんが良くも悪くもきっかけだったよね。あれほどの美人さんが側妻OKですって即答するなんて思ってもいなかったから。

 今ですら既に八人で、ひろくんは封時結界を使って毎晩一人ひとりに必ずしっかりと相手をしてくれる状態。だから、毎晩満足感の中で眠りに向かうんだけど……同時に、皆ひろくんの負担を気にかけている。房中術があって精力は大丈夫といっても、精神的負担は別のもの。日によっては添い寝だけという日も必要になってくるかもしれない。

 大丈夫かなぁ。私自身、耐えられる自信がちょっとない。贅沢な話だと思うけど、それだけ大好きな人に心身を満たされる感覚って抗えないものだから。

 

「皆筋金入りか、ふふ、それもいいかもね。まあ、グレモリーさんについては、ソーナに脅し代わりに言った『洗脳』してやるって話を実行しようかって。もしひーちゃんに惹かれるようならその恋慕をあの煩悩少年に全部向くようにしてもいいし、朱乃や白音への拘りを薄れさせて他の眷属に振ってもいい。セラフォルーさんからもらった情報だけど仲の悪い婚約者がいるって話だから、感情の相手先としてはそういう手もある。カリムはむしろすぐにでもやるべきだって言うけど。朱乃や白音には伝えるつもりもないけどね」

 

 深く長く身体に満足感と幸福感を残す感覚を覚えさせて、他の男にのめり込ませた上で一度味わったはずの快感にいつまでもたどり着けない絶望を味合わせればいい。それが紗月さんやカリムさんの結論。

 ひろくんと魔力や気を巡り合わせて、互いの波長が重なるようにして得られる悦楽は、他には仙術を修め互いに使いこなす男女が愛し合えば得られるもの。黒歌ちゃんの受け売りだけど、つまりはグレモリーさんは身体を持て余す感覚をずっと持ち続ける可能性があることになる。

 

「ひーちゃんの意向も聞いてるから関わってはみたものの、想像以上の我がまま娘だったからね。すずかやアリサ、ソーナが出来たお嬢さんってことを改めて思い知った感じ。元来の貴族の感覚ってああいう感じなんでしょうね」

 

 紗月さんはひろくんの最初の妻だ。自分を制御するのが美徳だという感覚の人の伴侶を長く務めてきたわけで……。うん、私はグレモリーさんのような手合いの人もたくさん見てきているから仕方ないという感覚にもなるんだけど、紗月さんは本気で嫌悪してるんだ。

 

「なに、すずか。なんで微笑んでるのよ」

 

「ううん、紗月さんも感情を抑えられない時もあるんだなって」

 

「何言ってるの、いつでも私は欲望のまま気分のまま動いてるじゃない?」

 

 そうだね、そういうキャラ付けで動きながら全体を常に見てくれている紗月さんだもんね。だから、私はまだまだ貴女に及ばないし、追いつこうという努力を止めることもないんだよ。

 ただ、カリムさんは私と同じようにああいう類の人を多く見ているはずなのに、頭に来ているのはひろくんの優先順位が恐ろしく高くなっているから……だよね。

 

「うん。だけど、ひろくんの意向に逆らうその最終手段はまだやっちゃ駄目だよ。カリムさんには私から話をするから。するべき時は、私が責任を持って処置します」

 

「むぅ。正妻様の言うことならしばらくは我慢してあげようかな~」

 

「貴女には手を汚させない。ひろくんが憎悪と怨嗟が絡みつく血塗れの道を往くなら、隣で血飛沫を浴びる役割は決して譲れないの」

 

 笑顔でそう言い放ってあげる私。どん引きだよと顔や声で示してみせる紗月さんだけど、貴女だってひろくんのためなら誰にも告げずに障害を排除してしまうでしょう? そんな一人で汚れ役をやるなんて絶対にさせてあげません。私だけじゃなくて、ひろくんが一番強く思ってることだからね。

 そんな私やひろくんの想いを知った黒歌ちゃんにも、アリシアちゃん共々紗月さんの動きをしっかりと見てもらってるから。情愛のグレモリーならぬ、情愛の月村家だって笑いながら快く引き受けてくれたよ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「いやあ、鍛錬が終わった後のラーメンも美味いっ! 母さんに泊まりだって伝えて、もう一度大翔さんとこ帰ってきて大正解だったぜ……!」

 

「悔しいが兵藤に同意だぜ……くそぅ、夕食と夜食、連続で美味しく頂けてしまう!」

 

「そりゃ私達成長期真っ只中だもの。それにあれだけ厳しい鍛錬を積んでいれば、身体がエネルギーを欲しがるのは当然と言えると思うわ。あ、替え玉あるかしら?」

 

「一人一玉あるかぐらいかな。それで麺もスープも打ち止めになると思うよ」

 

「じゃあ、頂くわ。貴方、本当にグレモリー家のシェフになってくれない? 人間界でやることをやり尽くした後でどうかしら。厚遇するわよ」

 

 あらあらあら、うふふふふ。懲りませんわね、リアスは。光力入りの雷が随分とお気に召した様子ね。私も雷については発動まで殆どラグが無くなってますから、至近距離でも放てるようになったのですよ。

 

「あ、あはは、な、なんてね! しっかし、本気で誘いたいぐらいの腕よ……。なんで人間界の名家の次期当主がプロシェフの腕前なんだか……」

 

「凝り性だからな、大翔はよー。あーうめー。いいタイミングで来たな、俺は」

 

「何を言っている、アザゼル。夕方にこちらに連絡を取って、お手製のとんこつラーメンの仕込をしてると確認を取っていたじゃないか。しかし、これは本気で仕事を終わらせた理由が分かる。ラーメンを愛する者が全身全霊を込めて作らねばこうは……」

 

「私はちょっと濃すぎてよく分からないよ……ただ、すごく手間がかかってるのは分かるかなぁ☆」

 

 背中に雷をまとった指を少し当てるだけで、すぐに悔い改める部長は聞き分けの良い子ですわね。うふふ、そういう素直なリアスは好きですわよ。

 ……しかし、アザゼルおじ様。どう見ても白龍皇ですよね、隣に座ってる青年は。直接、私との面識は無かったけれど堕天使陣営に彼がいることは聞き及んでいましたし、お父様やお母様からも現在も在籍していることを教えられていました。ヴァーリと名前は名乗ったものの、白龍皇ということは完全に伏せていました。セラフォルー様や私のお父様やお母様もやってきているからか、戦意を剥き出しにすることは無いようですが。

 

 ただ、並んで麺を啜る様子はまるで親子にしか見えなくて。私は大翔さんが湯切りした替え玉を彼の元へと持っていきます。おじ様は既に替え玉を投入し、豪快に啜り続けていました。

 

「はい、ヴァーリくん。替え玉やわらかめで良かったのよね」

 

「ああ、柔らかい方が好みでね。急にやってきたのに、こうしてもて成してもらってすまない」

 

「『お互い様』でしょうし、私達も貴方も」

 

 黒歌の存在に彼は気づいているけど、特に言及しない。セラフォルー様も彼のことに強く触れない。アザゼルおじ様の付き人に対しての対応だ。

 

「朱乃、そちらの銀髪の彼はお知り合い?」

 

「知人の知人、といったところですわ。話は聞いていたものの、初めてお会いしましたから」

 

「俺もバラキエルから話は聞いていたが、随分と印象が違うものだ。『雷の巫女』という評を聞いたことがあるが、『雷光の巫女』が相応しいだろうさ」

 

 ソーナやソーナたちの眷属も含めてこんな混沌とした集まりになっているのは、融合型デバイスにお母様の霊体を宿らせる時がやってきたから。一昨日に完成したデバイスの試験起動や動作確認を終えて、とうとうこの日がやってきたのです。




本編をいい加減進めます。

⇒朱璃さんの憑依用デバイス
⇒冥界刑事スーツの完成

これを終わらせて、プロローグまで行かないと終わりが見えない……!


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第64話 儀式魔術

一週間遅れが続いております。7日分です。

感想のみならず、多くの評価、本当にありがとうございます。
励みになっております。


 「それに店主……すまない、違ったな。空知、だったか」

 

「ははは、見間違えるぐらい気に入ってもらえたのなら良かったです」

 

「君は不思議な感じがする。強い感じもするし、弱い感じも受ける。技術者でありながら、求道者にも見えるし……君から感じる力は色んなものが混じり合って、混沌としているな」

 

「欲張りなんですよ。どれも失いたくなくて無茶をすればどうにかなるならって、それでこんな感じになっちゃってます。……さて、話は後にしましょう。俺は儀式の準備に入ります」

 

「ああ、今回は君が儀式に集中できるように、周辺の警戒と万が一の外部的阻害要因を排除するように言われている。アザゼルの思い入れのある相手が今回の儀式の対象でもある。俺も協力はさせてもらうさ」

 

「ありがとうございます。後で余ったチャーシューを振る舞いますから、楽しみにしておいて下さい」

 

「ああ、それはいいことを聞いた。俺だけでなく、アザゼルも目一杯働かせるとしよう」

 

 大翔さんの言葉に茶目っ気たっぷりにおじ様も働かせるというヴァーリ君は、なんだか年相応な顔を見せている感じがします。おじ様が父親で、彼が息子のような。

 

「おいこらヴァーリ。勝手なことを言うんじゃねえ」

 

「シェムハザからもアザゼルに物申せる彼女の復活は全力で協力せよと仰せつかっている。アザゼルをこき使って構わんともな」

 

「あ、それ、こっそり私のところにも連絡来てたよ☆ 朱璃さんが身体を取り戻せば、堕天使総督の事務効率は確実に上がるから宜しくお願いしますだって☆」

 

「シェムハザぁああああああああっ!」

 

 おじ様の絶叫をよそに、エプロンや調理白衣を脱ぎシャツ一枚になった大翔さんは黒玉の宝石を模したペンダントをそっと手のひらに取り、懇願の言葉を口にしています。

 

「すまない、ヘカティー。元来、すずかを主人と仰ぐ君の力をまた借りたい。頼りないマイスターでごめんな」

 

『問題ありません。自分のデバイス作りを後回しにしてばかりのマイスターには、すずかからも私がサポートデバイスとしてフォローするように指示を受けています。貴方の魔力波長は、貴方の次に私が把握している自負もあります。さあ、マイスター。ご命令を』

 

「……ありがとう。ヘカティー、待機状態を解除。合わせてバリアジャケット、起動」

 

 大翔さんの身を包むのは彼が通う聖祥大付属高校の制服──クリーム色を基調として、真紅のラインが縁にあしらわれた色柄物のブレザーに緑色のズボン姿。手には深紅色の魔道書型のデバイス。インテリジェントデバイスである『ヘカティー』さんが起動形態へ変化した状態となっていました。

 すずかさん達の女性用制服と色合いは統一されていて、その姿を見れば彼女達が羨ましくも思えたけれど……そんな感傷はすぐに振り払います。大翔さんは今から私と私の家族のために、デバイスへお母様の霊体を融合させる儀式魔法を行ってくれるのですから……!

 

「朱璃さんはもちろんですが、朱乃にバラキエルさんも準備をお願いします。家族である貴方達の魔力や光力、祈りの強さそのものが成功に大きく関わってきますから。アリシアや紗月も俺と共にメインの術者となる。元士郎は俺とアリシア達、さらに補助組をラインで繋げ続けてもらう役割になる。それぞれ負担をかけるが、頼むな」

 

「私達はひろくん達への魔力供給が主な仕事。あとは魔法陣の維持も大切な役割だから、補助組も気は抜けないから頑張ろうね」

 

「私達ソーナ眷属は二手に分かれます。椿姫、桃、憐耶は私と一緒に補助組に入ります。大翔さんや匙達の補助です。翼紗達は周辺監視です。大掛かりな儀式魔法になるため、始まれば私達は動けなくなります。ヴァーリ殿と共に、万が一儀式に割って入る不届き者がいれば必ず留めて下さい」

 

 大翔さんに続き、矢継ぎ早に動き始めるすずかさんやソーナ達。融合型デバイスに人工知能ではなくお母様のように『魂』そのものを宿らせるのは、大翔さんもあまり経験が無いために出来うる限りの体制を取ろうとしてくれています。

 

「朱乃、大丈夫。お兄ちゃんは成功する目処が立っているからこそ、この儀式魔法を用意したんだから。まして、霊的存在への理解が深いお姉ちゃんもいる。だから、一緒にお母さんの身体を取り戻そう?」

 

「フェイトさん……」

 

「そうよ。崩れかけた家族の絆をどのような理由があれ、繋ぎ止めたのならば決して離してはならないわ。ちっぽけな倫理観や常識など捨ててしまいなさい。空知大翔に深く関わることを決めた時点で、貴女自身もたいがいイレギュラーな存在になったことを自覚するべきよ」

 

 落ち着いた大人の女性の声に振り返れば、そこにはフェイトさんやアリシアさんが年を重ね、母親となればこのような姿なのだろうかと思える人が立っていました。

 

「大翔には次元や時空に関する知識や魔法を全て叩き込み、無詠唱レベルで扱えるように徹底させてきたわ。世界崩壊レベルの危機が迫っても、街丸ごと別次元に転移させられるぐらいの力量は身につけさせてきたつもりよ。私の娘二人を預けているのだもの、当然だけど」

 

 この大翔さんへの過剰なサディスト傾向……間違いありませんね。この方がプレシア・テスタロッサさん。フェイトさん達のお母様。

 

「母さん、本当にお兄ちゃんには容赦ないんだから……あはは」

 

「当たり前でしょう、フェイト。世界最強になれとは言ってないんだから、優しいものだと思ってもらわないと困るわ。挨拶が遅れたけれど、初めまして。私はプレシア・テスタロッサ。フェイトやアリシアの母親よ。また、空知大翔の次元や時空に関する魔法理論や技術の師匠でもあるわ」

 

「初めまして、姫島朱乃と申します」

 

「テスタロッサだとアリシアとかと混同するだろうから、私はプレシアで構わないわ。貴女も大翔のパートナーの一人ね?」

 

「はい。フェイトさん達と共に彼をずっと支えていきたいと思っています」

 

「ふふ、覚悟を決めた女はいいわね。まあ、癖のある男だから、目を離さないようにだけはしなさいな」

 

 プレシアさんが軽く手を振ると、紫色の光が彼女を包んだと思えば、光と同じ系統のローブ姿に変わっていた。魔力が込められているのを感じるということは、これがプレシアさんのバリアジャケットなのかしら。

 

「あれ~、母さん。久し振りにその姿を見たけど、腰回りやへそ回りも隠すようにしたの? 胸回りも完全に隠れてるし……。」

 

「年齢を考えなさいな、アリシア。すずか達のお陰で身体は若返ってはいても、本来は70近くのお婆ちゃんなのよ?」

 

「な、なんだとぅ!? 人間が70年経ってもあの若さを維持できるっていうのかっ!」

 

「……黙れアザゼル。身内の恥だ」

 

 おじ様がプレシアさんの若々しさに反応してますが、イッセーくんが静かなのは……ああ、プレシアさんの見事なバストをしっかり視認できる喜びに本気泣きしてますわね。ありがたい、ありがたい……って拝んですらいますけど、背後に機嫌を悪くしたリアスが迫ってることに早く気づくべきですわ。

 

「大翔。小狸は来れない状態とはいえ、今回は私が外回りのフォローをする。貴方は儀式魔法に集中なさい」

 

「はい、プレシアさん。ありがとうございます」

 

 エリオくん、キャロちゃんも念のため、祐斗くんにつく形で待機してくれています。一緒に鍛錬に参加することもある彼らもまだ子供ながら戦闘力でいえば、召喚術も含めて下級悪魔は相手にならないぐらいの力を持っていますから。

 封時結界内に入る頻度はそう多くないエリオくん達ですが、彼らの強い意向もありこうして補助の一端を担ってもらっています。

 

「大翔さん、バリアジャケット着るってことはやっぱりかなり精密な魔法になるんだな」

 

「大翔さんはジャケットを防御というよりも、円滑な魔力運用のために着るもんね。フリード、ちゃんと夕方に昼寝もしたし、私達も最後までちゃんと見張りするんだよ」

 

「キュクルー!」

 

 そして、各々が配置につき、デバイスの核となる魔石を心臓部へ埋め込まれた融合型デバイスの素体となる、魔法陣の中心の台座へ寝かされていた生前のお母様の姿の両手を私とお父様が片方ずつ手に取って──。

 

『素体の作成は基本、朱乃とアリシアさん、すずかさんでやってくれたのよね』

 

「だって、擬似的なものと分かっていても、大翔さんは女性の身体に触れるのはやっぱり駄目でしたから。アリシアさんやすずかさんは技術は確かですし、監修には大翔さんがついていましたし」

 

『そう言いながら嬉しそうよ、朱乃? 大翔くんに触れてもらえることが、彼にとって特別な存在の証明だもの』

 

「むぅ、父親の前でそういう話をされると複雑なものがあるのだが」

 

『うふふ、貴方を熱を持った身体でもう一度抱き締めるために、娘や義息子が頑張ってくれたと思いましょう?』

 

「──成功させます。必ず」

 

 力強い大翔さんの宣言と共に、儀式は始まるのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ──それは強い祈りが形を取ったものだった。アザゼルの妙な予感がするからついてきてくれと来てみれば、強さとは違うものの何かを極めんとする青年に出会い、美味しいラーメンを頂いて、儀式の護衛に加わったのだが。

 

「見事なものだ。これを知れば灰色の魔術師の理事あたりが本気で勧誘に来るんじゃないか、アザゼル」

 

「かもな。……なあ、綺麗だろヴァーリ。人の想いを魔法陣を通じて力に変え、魂を再び仮初の体に宿らせる。正しくは失われし命の復活という外法なんだろうが、ただの外法がこんな温かさを感じさせるものかよ。アイツは『家族』ってもんに重たい拘りがあって、朱乃を家族とした以上、その両親のために全身全霊を尽くすのが当たり前だと本気で思ってやがる。それこそ、身体の一部も必要とあれば捧げるぐらいにな」

 

 命を容易く捧げないのは、残される者の気持ちを考えろと女達に訴えられ続けているからだという。自己評価の低さが自己犠牲に繋がりかねないようだが、それを情で包み込み一定の歯止めをかけているのがあの朱乃達ということのようだ。

 

 深紅。赤龍帝の紅色とはまた違う、深い赤。紫にもやや近い色合いは、あの男の正妻らしい紫髪の女を思わせる。もしあの女に危険が及べば、彼は秘めた力を全て解放し、羅刹となって俺に向かってきてくれるだろうか──。

 

「おいヴァーリ。もし、大翔とやりたいんなら素直に後で声掛けろ。アイツは模擬戦なら一対一を受けて、それを自分の糧にしようと貪欲になる奴だ。実際の戦いとなれば、嵌め手搦め手、一対多数、罠でも何でも使ってとにかく勝つやり方になるけどな」

 

「指揮官タイプなのか、彼は」

 

「基本、そうみたいだぜ。単騎より、一部隊とかで動く方が合ってるらしい」

 

 ふむ、そう考えると囲っている女達がそのまま彼の手足となり動くわけか。日頃から彼の考えを理解し共に鍛錬を積み、公私ともに過ごすことによる連帯感も強固なもの。ざっと見ただけでも、彼の女達は強い愛情を彼に捧げているようだ。精神干渉に対する魔道具も装着しているようだし、集団として厄介とみるべきだな。

 個々の強さでは負ける気はしないが、組まれるとなれば危ない局面も出てきそうな──それに其々が十分な伸びしろがある。

 

「なるほど。彼や彼の女達まとめて模擬戦するのもいい経験になりそうだ」

 

「この戦闘狂め」

 

「何を言う。この場で仕掛けないだけ、場は弁えて──」

 

 この空間を保つ結界の揺らぎ。何者かが強引にこの場へと転移してこようとしている──!

 

「アルビオン!」

 

『おう! 禁手を使うぞ、とんでもない何かが転移してくる!』

 

 白龍皇の鎧を即座に身に纏い、すぐに駆けつけてきた金髪姉妹の母親やアザゼルと侵入者への対処のため、俺は身構えるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「まさか、君が話に乗ってくれるとはね」

 

「我、最近次元の狭間を行ったり来たりする存在、気になってた。まだそこまで強くないけど、面白い力を使う。我の蛇を飲ませたら、一気に強くなれる」

 

「君がいなければ、この別次元までそもそも来れなかったわけだけど。……すぐに君の眷属化するつもりか」

 

「分からない。悪魔になったと思ったら止めたりしてるしまた戻ったりしてる。我の蛇でも同じことをやるかもしれないし、今日は蛇だけを渡してもいい」

 

「それは人間どころか悪魔や堕天使どころの話じゃ無いと思うんだが……まあ、俺は彼と色々話をしてみたいな。この結界技術の見事さ! 神器無でこれだぞ、信じられないじゃないか! そして結界内時間の流れは外界と異なるとなれば、時空に対する造詣も相当なものだし……というか、アガレス家の時の力以上のものが彼は使えるという──」

 

「ほっといて、行く?」

 

 熱弁を振るう仲間を──結界魔術について拘りがあるから仕方ないところがあるのだが、ゴシックロリータ風の衣装を着た黒髪の少女が容赦なく切り捨てようと提案してくる。実際には少女の姿をしただけの神々すら屠る圧倒的な存在なのだが。

 

「いや、いきなり敵対するつもりもないし、まずは挨拶のつもりだったからね。おい、すまないが──」

 

 熱弁を強引に止めて、結界内への侵入の用意をしてもらう。上位神滅具である『絶霧』ならば、この結界効果を打ち消さずに内部へ入り込めるのだから。

 




ヴァーリくん前倒しの理由がこれ。さあ色々カオスになってきたぞぉ!
(収拾つけなきゃ……)

収拾ついたら俺、朱乃さんと粘膜が触れ合うイチャコラ書(ry


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第65話 乱入者

10日分です。

取り急ぎ更新しますが、自分でも腑に落ちない部分もあって、
後日、修正を入れるかもです。

※若干修正入れました。


 なんという素晴らしい魔法陣なのだろう。複雑に組み上げられた術式はまさしく芸術の域に達していると言っても過言ではない。台座に寝かされている妙齢の女性の姿にも少し目を凝らせば、人工的に作られた生命体で心臓に当たる部分に膨大な魔力を有した魔石が埋め込まれているのが見て取れる。

 

「ぐ、ぅぅぅぅ!」

 

『あ、ぐぅ、あああああああっ!』

 

 そんな儀式魔術の場が乱れ、苦悶の声が中心の術者である彼の口から漏れ出す。同時に直接頭に響く女性の悲鳴。俺達の侵入により彼以外の術者が集中力を乱し、魔力供給を担う者達も動揺により供給が滞る事態を招いたか。その結果、負担はこの儀式魔術を形作った彼に集中してしまっている。

 

「集中しろっ! 朱璃さんを! 朱璃さんの魂を、砕けさせてたまるものかっ!」

 

 魔法陣の外で白龍皇や堕天使の総督、魔王少女達と相対し、一触即発の状況となっている曹操やオーフィスを尻目に、俺は彼から目を離せなかった。

 

 四大魔王の親族二人が暮らす駒王町は元々、俺の監視対象だった。そんな折に彼が展開する結界を一目見たときから、俺は惹かれたのだ。魔術を極めたはずの俺がその結界の構築術式に自分の知らない理論が含まれていることに気づく。相手に気取られるなという曹操の厳命もあり直接接触することなく、のめりこむように解析を進めることに夢中になった。

 結界内外での時間の流れが異なると知り! 時空に関する魔術も含まれていると分かり! こうして彼と接触できる許可が出るのを待ち侘びていたのだ、俺は!

 

 そんな彼が瞳から血涙を流しながら雄叫びを上げた。ああ、急激に高まる魔力はおそらく幾ばくかの命を即座に捧げたのか──!

 

「朱乃っ! バラキエルさん! 外に囚われるな! 朱璃さんを取り戻さなければ、何も始められないだろう! 家族としてやり直すんだろう! 余所見をするなぁぁぁぁっ!」

 

 崩れかけた儀式魔術を一時とはいえ、ほぼ一人で支えきろうとする不屈の精神。そのために生命の力を差し出す躊躇の無さ。悪魔や堕天使の力を内包しながらその力に頼ることなく、彼は人としての生き様を貫こうとするようだ。意思の力を剥き出しにする彼は、英雄派の目指す形の一つを示しているじゃないか!

 

「!……お母様、苦しめてごめんなさい! どうか頑張って、お願いです!」

 

「ああ! すまん朱璃! お前を……そうだ、お前をもう失ってたまるものか!」

 

『だ、大丈夫よ……そうよ、ここまで来て、大翔くんの生命すら捧げてもらって、この程度の痛みに屈してなるものですか──!』

 

 魔法陣の中にいる者達も、彼の叫びに意思を取り戻す。乱れていた魔力の流れが再び、静粛なものへと戻っていく。その光景に、曹操が。オーフィスが。白龍皇達が動きを止める。一人の男の感情の発露に引きつけられている。紅一点の女魔王はどうも違った熱の篭った視線で見ている節もあるようだが。

 

「ひーちゃん……もう、なんて無茶を……!」

 

「せいぜい、十年ぐらいで済んでいるさ。ナハトもヘカティーも精一杯力を貸してくれている……朱璃さんが消えることを思えば、これぐらい!」

 

「ひろくんの馬鹿っ! 後でお説教だからね……!」

 

「馬鹿大翔! すずかとしっかり絞ってやるんだからぁ!」

 

 涙を流すのは彼の恋人達か。彼への怒りだけでなく自分のふがいなさに怒りの涙を流しながらも、もう魔力は乱れることは無い。

 

「馬鹿息子……ほんとにね。そいつらの足止めは任せるわよ。私も儀式のフォローに入る。匙とやら、私と大翔の間にもラインを繋ぎなさい、早く!」

 

 あの紫のローブの魔法使いに追随するように、俺はらしくもない行動を取ろうとしていた。英雄派へ勧誘を何度か掛けている顔見知りの黒歌に向かって叫ぶ。

 

「黒歌、俺の力も使え! そもそも乱入した俺が言えることじゃないが、稀代の魔法使いたりえる彼を儀式魔術の失敗で失うなど耐えられるものではない!」

 

「ゲオルク!? 何を考えている!」

 

「決まっている! 魔法使いの端くれとして、儀式魔法の完成に加わるだけのことだ! やれ、黒歌! 持っていけぇえええええ!!!」

 

「な、なんだかよくわかんにゃいけど、アンタほどの魔力量なら助かる……にゃ!」

 

 曹操の制止を完全に無視した俺は、仙術の応用からか黒歌により一気に魔力が吸い上げられて思わず膝をつく。俺の魔力が経路を通りあの青年に流れ込んだところで彼はこちらに振り向き、頭に直接意思を伝えてくる。

 

『ありがとう、魔力使わせてもらう。ただ、稀代の魔法使いなんて、そんなものじゃない……幸せな家族の形を取り戻す。失いたくないっていう、俺のわがままなんだ──!』

 

 俺は彼が魔法の完成局面に入るのを見据えていた。彼は集約された膨大な魔力を迷うことなく扱い、人工生命体の素体へと注ぎ込んでいく──。

 

「姫島朱璃の魂よ! 今こそ融合騎の核に宿り、新たな身体を得て具現せよ──!」

 

 そうか、彼は──悪魔達がやるような転生の外法を、膨大な儀式術式を使い魔術だけでやってのけるというのか──。はははははっ、そのために自分の命すら払っただと? 恋人の母親のために? ああ、歪んでいるんだな、彼も。だが『魔法使い』らしくもあるじゃないか、くくくっ。

 

「あの身体に、魂……宿った」

 

 オーフィスの言葉が全てを物語る。ゆっくりと身を起こす生命体の姿は、あの黒髪の娘の血族と思わせる風貌だった。夫と娘を優しく抱擁する様子は、まぎれもなく母親そのものだったと言えよう。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 儀式がトラブルはあったものの無事に終わり、朱璃さんが融合騎として実体を得た後、俺はすずか達からお説教を受けることになった。といっても激しく怒るようなものではなく、切々と俺を失うことの怖さを訴え、泣かれるというものだったんだが……。

 

「大丈夫。大翔の言ったとおり、せいぜい十年程度の消費で済んでいる。優れた技量があるからこそ、消費も最小限で済んだ。あと、この蛇を渡す。飼い慣らせば、寿命を取り戻してお釣りがくる」

 

 無限の龍神と呼ばれるオーフィスと名乗る少女が俺の見通しを保証し、アザゼルさんが追認することで、ひとまず精神を責められ続ける時間は終わりを告げた。なお、渡された蛇はなぜか俺の頭の上でとぐろを巻いて寛いでいる状態だ。

 体内のナハトからは、魔力が不足して万全でない状態で取り込めばオーフィスの下僕として自意識を乗っ取られかねないという指摘を受けていた。また、彼女を通じて俺やすずか達とは魔力の経路が常時繋がっているような状態だから、俺が制御に失敗した場合すずか達にまで影響が及びかねないこともあり、すぐに受け入れるわけにはいかなかったんだけど……。

 

 さて、そのオーフィスを含めた侵入者は過激派組織のトップと組織の一会派と名乗り、人間だけで構成された一派とのことだった。アザゼルさんが顔色を変えていたあたり、相当に危険な組織というのは推測できたんだが……。

 

「永遠の静寂……擬似的に体験できるとは思わなかった。お前、面白い」

 

 その組織の長に気に入られてしまったのだ、俺が。

 

 何も存在しない『次元の狭間』で真の静寂を得たいから、次元の狭間を実質的に支配している真龍グレートレッドを倒す協力を要請され、要請を拒否する場合は世界を破壊してでも連れて行くと脅しをかけられたのだが……。

 抱いた印象として、絶対的強者というのは勿論だけど。静寂が何百年、何千年と続くことに耐えられるように正直見えなかったというのがあった。彼女は同行者である漢服の青年──曹操や魔術師の青年──ゲオルクとの会話を拒否する様子が無かったから。

 

 ドクターのお陰でそういう世界にも飛ばされたこともあり、俺は別の封時結界内にあの世界──転生時やあちらからの接触があった時に呼ばれる白一色の世界を再現し、音の類も完全に遮断した上で、彼女をそこに連れて行った。後は俺の転移と同時に結界内の超時間加速が発動するようにして、実際に疑似体験をしてもらったのだ。

 すると、計算上百年も経たない内に彼女は結界を破って出てきた。なんだかつまらなかった、という感想と共に。

 

「お前、鍛えればどこまでも伸びる存在。だけど、まだまだ弱い。初めて体験させてもらった静寂のお礼に、お前強くする。お前の仲間達もついでに強くしてやる」

 

 そんな言葉と共に、強引にしばらく居座ることを宣言されてしまったわけだ。アザゼルさんは魂が抜けかけていたし、ヴァーリさんは瞳を輝かせて俺も居候になると言い出して我に返ったアザゼルさんに全力のツッコミを受け、曹操さんは本気で焦り顔になるし、ゲオルクさんもそれならば俺も居候すると言い出して、そこにセラフォルーさんも悪乗りするという……。

 

 そんな混沌を鎮めたのはプレシアさんと朱璃さん。母親は強し。オーフィスまでもが雰囲気につられて一緒に正座してお説教を聞くという不思議な空間が展開された。

 

「『黄昏の聖槍』……! 触れればただでは済まんな!」

 

「こちらこそ身体がただの人間、触れれば終わりだ! 模擬戦とはいえ、全力でやらせてもらう!」

 

 そんなやり取りの後で場所を庭先に移した俺達は、無限龍に同行していた聖遺物の聖槍を扱う漢服の青年と朱乃達の世界で二天龍と呼ばれる白龍皇の模擬戦を観戦しながら、俺の状態について詳細な確認を進められている。曹操さんは少しやけっぱち気味なのか、身体を動かさないとやってられないという感覚になってしまっているようだ。

 

「大翔……お前はもっと怒ってもいいところなんだぜ。まぁよ、実際に激怒されてオーフィスに突っかかられても困るんだけどよ」

 

「一人の女性の天命を捻じ曲げたんです、アザゼルさん。幸い、元々すずかの一族は長命だし、朱乃から種族としての力も引き継いだ。普段は弱点が増えることにもなりますから、ナハトに力そのものを預けたり後は封じていたりしますけど……寿命はちゃっかり伸びているようですから、即座に死にはしないと思ってましたよ」

 

 結局、周りから魔力を供給してもらう必要があった時点で、俺の魔力量不足から祟ったことだ。幸運にも結果は望むものになったが、そもそも俺自身の力量不足といって差し支えない。

 

「お前は一体どこを目指してるんだ……あの儀式魔術を一人でやるだと? 超越者にでもなるつもりかよ……ったく」

 

「超越者かなんだか知らないけど、必要ならもっと限界を超えなさい。分かっているわね、大翔」

 

「……はい、プレシアさん」

 

「ええー? それは私もどん引きかな、ひーくん……」

 

 セラフォルーさんが頭を抱えてしまったが、守るのに必要な力が足りなかったのだから、やるべきことは決まっている。当然のように頷くプレシアさんに対して、リアスさん達も表情が引き攣っているが……まあ、それが俺と師匠たるプレシアさんの認識なわけで。

 

「大丈夫、我頑張って鍛える」

 

「うん、ありがとうオーフィス」

 

 頭を撫でるとどこか擽ったそうにしながらも、満足げに目を細めるオーフィス。俺が不安がる白音の髪を撫でるのを見て、自分にもしてみて欲しいと言われて同じようにしたら気に入った様子だ。

 姪っ子の女の子といった風貌だから俺も拒否反応が出ない相手のため、接しやすさは段違いだ。すずかの助言もあり、当面は少女の格好でいると決めたらしい。

 

「ねえイッセー。規格外というのはやっぱりどこか狂ってなければいけないんだって痛感したわ。オーフィスを娘のように扱うって、大翔ってやっぱり変よ……」

 

「ういっす……。大翔さん、さっきも迷い無く生命力を魔力に変換してましたからね……なんかネジが飛んでるというか」

 

「魔術師というのは、どこかしらイカレてる部分があるものさ。彼とは馬が合いそうだ。しばらくは色々観察させてもらうとするよ」

 

「帰れにゃ! オーフィスだけでお腹一杯だし、大翔はテロリストの協力なんてしないにゃ!」

 

「『禍の団』のことかい? オーフィスは別格としても、どうせ次元を超える転移となれば彼や彼の女以外使えないそうじゃないか。また、精神面への防御も徹底しているみたいだし、防御を崩す間に彼がすっ飛んでこれる寸法だろ。じゃあ、装置はって話なんだが、転移装置自体も彼か彼の許可を受けた者しか起動すら出来ないし、無理やり動かそうとしたら装置自体が爆発するようになってる」

 

「そりゃそうにゃ。悪用されたらたまったもんじゃないし、私達の平穏がどんどん遠くなるにゃ」

 

「つまりだな。この後強制転移でお帰り願う曹操も含めて、禍の団の連中はここに来れない。可能性があるとすれば魔術を友とする俺だが……俺は魔術の深遠を見たいんだよ、何よりね。その足がかりになる彼との友好関係を築こうと思えば、組織にはオサラバしても構わないのさ」

 

 リアスさん達は怯えの混じった表情でひそひそ何かを話していて、そこに黒歌やあのゲオルクさんが加わって話をしていた。彼は組織を抜けるからこちらの魔術を研究させてくれと俺に訴えてきている。制約をつけてもらって勿論構わないから、と。

 

「ねえ、ひーくん。本当に受け入れるつもりなの?」

 

 心配そうに話しかけてくるセラフォルーさんは『誰が』とは言わない。ただ、当然その相手はオーフィスやゲオルクという青年のことを言っている。あの曹操という人には強制的にお帰り願うので、この場合は当面の脅威から外す。

 

「ええ、そもそも実力差があり過ぎて話にもならないというか。鍛えてもらえるということですし、こっちに興味は持ってくれてるようですから話も出来ます。まずは、家族ってものを知ってもらえたらいいのかなと思ってます。まだ本人は気づいていないでしょうけど、繋がりを求めているところがありますから」

 

 あとはゲオルクだけど……アザゼルさんと似た感覚をものすごく感じるんだよ。魔法使いって言ってるから、魔術関連になるだろうけど。術式の改良を見つけてはものすごく興奮してたから、その点で幻滅されない限り彼は逆に裏切らない予感がある。

 

「あと俺も魔術馬鹿ですから。当面制約はつけますけど、結局アザゼルさんとの関係性に似かよってくると思いますけどね」

 

 既に今だって、デイウォーカーの力を持つすずかを筆頭にして、妖怪に堕天使、悪魔、神道の家系、宗教の次代指導者候補……出自がみんなバラバラなのだ。



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第66話 取り戻した家族の形

※ご連絡※
体調を崩しておりましたが日曜には更新できそうです。

◇◇◇◇

14日分です。

異動先の仕事に慣れず、更新も遅れ気味ですが、
なんとか頑張って生きたいです。

※オーフィスって割と助詞を抜いて話す印象があるんですが、皆さんどんなもんですか?


 元がイレギュラーな集団。多少、色んな種族や出自の仲間が増えたところで、俺達の根っこの部分は変わりはしない。

 

「じゃあ、私もお姉ちゃん役で参加するよ。私はひーくんみたいに割り切りきれない。万が一を考えるもん。知らない所で、離れた場所でひーくんの訃報なんて聞きたくもない」

 

「待って下さいセラフォルーさん。貴方は悪魔を導く四大魔王の一柱なんでしょう……!?」

 

「だから何? ありきたりな正論で止められると思うの? 私の魔女っ子の格好も含めて、最初からありのままに認めてくれた男の子って、ひーくんが初めてなんだよ。どれだけ私が嬉しかったか。このデバイス──ステッキのデザインや機能も、変身後の姿に込められてる防御術式の細やかさも……大切にしてくれている、守られているってすごく感じたんだよ?」

 

 セラフォルーさんのいつもの軽い口調は完全に身を潜めていた。他の仲間達が近くまできていることにも気づいただろうに、セラフォルーさんは止まらない。

 

「ソーナちゃんのことにしたって、ソーナちゃんの眷属のことにしても、本当にひーくんは真剣に接してくれて。鍛錬の指導だけじゃなく年上のお兄ちゃん的な存在として、私のお願いした約束以上のことをしてくれてる。みんなの顔を見れば一目瞭然だよね。貴方があの子達の信頼を完全に得ているんだから」

 

「……ええ、お姉様。私も椿姫や匙達みんな大翔さんの言動を通して、彼を信じるに値する男性として、日々鍛錬に励んでいますわ。申し訳ないことに、学習面でもお世話になっている者もいますし」

 

 近づいてきた者の一人、ソーナさんがセラフォルーさんの言葉を追認する。俺としては依頼を履行しているだけの話で、それに人に何かを教えるということは自分の至らなさを振り返るということでもある。基本動作一つ一つを自分自身、見直すいい機会でもあったのだ。

 

「それも嬉しかったんだ。私が大切で仕方ないソーナちゃんやその眷属くん達を、私と同じぐらいの思いで鍛えて導いてくれるように感じて。メールとかのやり取り一つに、喜んじゃう私がいて。ソーナちゃん以外だと初めてだったんだ、そういう相手」

 

「セラフォルー、魔王やめる?」

 

「そうだね……ひーくんやソーナちゃん達を守るためだもん。そうしよっか」

 

 オーフィスの問いかけにセラフォルーさんは笑顔で言い切ってみせた。その言葉にソーナさんは驚くことなく、やはりと頷いてみせる。

 

「じゃあ、セラフォルーも鍛える?」

 

「あはは、そうだね。世界最強クラスに指導を受けられる機会ってそうそう無いもの。ひーくん、君を絶対に失いたくないっていうのは──私の本心なんだ。それが異性に対しての気持ちなのか、家族愛みたいな感情なのかはまだ分からないけど」

 

 魔王の座を返上してもいいと本気で思えるぐらいには、思ってるから。そう、セラフォルーさんは改めて微笑むのだった。

 

「お姉様、各方面への調整や根回しが大変ですよ」

 

「手伝ってくれるでしょ、ソーナちゃん」

 

 ぱんっ、ぱんっ!

 話が進もうとしたところで、先程混沌を収めた母親二人の拍手により制止が入る。

 

「細かい話は明日にしなさい。皆、魔力もほぼ底をついているでしょう」

 

「封時結界の中ですから、改めて身体を休めてからゆっくり話し合えばいいわ。大翔君や儀式を助けてくれた皆さんはまず休息を取るべきよ。……本当にありがとう、皆さん」

 

 プレシアさんに続き、制止に入った上でそう言って頭を深く下げる朱璃さんに俺達も顔を見合わせて、明朝に改めて話をするということにするのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 本日だけはと家族三人で休ませてもらうことになり、私達は和室をお借りしています。お父様も久し振りの浴衣姿ということで、どことなく和やかな表情になっています。

 

「本当に大翔君には一生足を向けて寝れないな。魔法生命体と言いながら、こうして朱璃の手から温かさを感じられる。嗚呼、本当に朱璃にもう一度触れられるとは……」

 

「もう、あなたはいつの間にそんなに泣き虫になったのかしら?」

 

「仕方ないじゃないか。二度と取り戻せないものを思っていたものを、禁忌に近い形を取ってでもこうして彼が引き戻してくれて……朱乃も心から笑えている。こんな嬉しい事があるか」

 

 ちゃぶ台を囲んでゆっくりお茶を啜りながら、三人でこうして話が出来る。それは本来許されぬ外法だったとしても、私達にとってみれば大翔さんが起こしてくれた奇跡に他なりません。

 

「彼に寿命の一部すら払わせてしまったのに、それでも彼は自分の力不足だと言い切った。朱乃。お前はもちろんこれからも彼を支える道を歩むのだろうが、私も出来ることは何でもあろうと力を惜しまん。私の手助けが必要であれば大きなことや小さいことを問わぬ、いつでも呼び出してくれ」

 

「私もお父さんと同じよ、朱乃。私はお父さんと貴女、二人の融合騎になれるように大翔君が丁寧な調整をしてくれているけれど……何より、この身体に組み込まれた核には何日もかけて注いでくれた、溢れそうなぐらいの魔力が宿っているわ。それも核にリンカーコアと同じく空気中の魔力素を取り込める機能を持たせてくれているから、私自身が魔導師としても力を奮える状況にあるもの」

 

「はい……大翔さんが本当に細やかな調整をギリギリまでしてくれていましたから。お母様が新しい身体で動くのに少しでも違和感が出ないようにと」

 

 触れた時に温かさを感じるのもそうです。魔力の経路を血液のように巡らせて、お母様と私達が触れ合う時にも互いに自然に温もりを感じられるように──。

 

「ねえ、朱乃。彼自身がとても家族に飢えているのは、貴女も気づいていることよね。だから、彼は貴女が夫婦になるのを前提にする付き合いをしたいと伝えた時、逆に喜んでいたと聞いたわ。普通はあの年頃の男の子だったら重たいって言って逃げ腰になりそうなものなのに」

 

 儀式魔法の異常を強引に押さえ込んだ大翔さんは、それこそ命を落としていてもおかしくなかったのだとお母様は教えてくれました。生命力を魔力に転換する時点で儀式の魔法陣に吸い上げられ、いかに悪魔や堕天使の寿命であれど全てを失っていた可能性もあったのだと。

 

「姫島家にも秘術としてああいう大掛かりな儀式魔法に似たものはあるの。けれど、失敗は術者の死を意味するものだと教えられてきたわ。彼は家族である朱乃の幸せを守るために、本当に命を賭けたのよ。少々の寿命で済むと思ったなんて彼は言ったけれど、結果論に過ぎないわ。そう言って貴女達を安心させただけ」

 

「そんな……」

 

 あの儀式への乱入により、お母様を取り戻すのと引き換えに大翔さんを失っていた可能性も十分にあった。その現実を私は改めて教えられたのです。

 

「ただ、大翔君はあのオーフィスや曹操たちと事を構えることを望まなかった。出来なかったとも言うべきね。寿命の一部を失ったぐらいで済んだのならば、もういいじゃないか──そう発言することであの場を収めたのよ。ただ、朱乃。貴女は知っておいて頂戴。彼はきっとこれからもいざとなれば率先して身を投げ出しかねない」

 

「朱璃……彼程の術者なら計算とも思ってしまうのだが、違うと?」

 

「大人数で行う儀式魔術を短時間であっても一人で支えるとなれば、仮にアザゼルさんでも文字通り命がけになりかねないわ。全く本当に無茶苦茶で、それでいて危なっかしい手のかかる息子が出来たものだわ、うふふ」

 

 お母様は私とお父様の顔を見て、ハッキリと大翔さんを息子として接すると言い切ります。そして、私にはもっと彼を愛情の鎖でがんじがらめにしなさいと助言をしてくれたのです。

 

「既に彼の危うさに気づいているすずかさんが実践しているように、もっと『愛情』で彼をしっかり縛りなさい。命を投げ出そうとする際に、貴女やすずかさん達の顔がよぎり躊躇ってしまうぐらいに。プレシアさんが彼を常に今の限界を超えるように鍛えるのは、彼が自分の身体に無茶を押し通す気質に気づいているからよ。私もこれから強く言い聞かせないといけないわ。母親を残して先に逝くなど許さない、必ず帰ってきなさいと」

 

 私達三人の幸せの形をもう一度与えてくれた大翔さんを、私達が家族としてしっかりと拠り所になるのだと。それが大翔さんの危うさのブレーキにも繋がる……。

 

「子供が出来るのがいっそ早いほうがいいのかもしれないわね。孫娘、早く見たいもの」

 

「ちょ、ちょっと待て朱璃! 朱乃はまだ学生でだな、学生は勉学が本分で……」

 

「ええ、高校の間は駄目ね。冬が来るまでは待つのよ、卒業の時にお腹が目立たなければいいのだし」

 

 お父様の絶叫に隣部屋のおじ様やヴァーリくん、見張られる側の曹操やゲオルクが様子を見に来る中、私は最初の子供はすずかさんとアリサさん、子供は皆で育てる──それが私達大翔さんの女達の約束事という約束だから、私は大学に入ってからになるかしらとそんな想像をしてみたりするのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「ったく、バラキエルの野郎。朱乃に子供が出来るなら喜ぶところだろうに、大騒ぎしやがって。大翔の奴はすぐに子供が出来たからって、朱乃を捨てるどころか大喜びしそうなもんだ」

 

「俺は人間界の風習にそれほど詳しくないが、仮に朱乃ぐらいで子供が出来たとするならば相当に早いんじゃないか?」

 

「女性の社会進出が進んでいることを思えば、出来ちゃった婚などと揶揄されそうな早さではあるかな」

 

「魔力を精力に転換する性魔術もある。そうでなければあれだけ多くの女を満足はさせられないさ。おっと、淑女の前でこんな話はご法度だったな」

 

「別に外見はともかく、中身はとっくに婆よ。そうね、アリシアやフェイトの子ならすぐにでも見てみたいと思うわ」

 

 この畳というのはなかなか、仄かな香りもして悪くないものだ。いつでも寝転がれるというのもいい。アザゼルは作務衣というゆったりとした部屋着に着替え、既に横に寝そべる格好で寛いでいる。ただ、俺やあちらのプレシアと一緒に見張り役ということを忘れてはいないか?

 

「しかし、ゲオルク。考え直してくれないか。今、君に俺達の派閥から抜けられるのはダメージが大き過ぎる」

 

「いや、俺は魔術の深遠に繋がると思って、曹操の元にいたわけだからな。彼のような魔術を極めんとする者にこうして出会ってしまうと、すまないが俺は抜けさせてもらうしかない」

 

「そうだー抜けちまえー。テロリストの弱体化は大歓迎だー」

 

 煽るなアザゼル。しかし、曹操とやらはあの聖槍を十全に使いこなす強敵だった。模擬戦ということで、互いに本当の全力は見せなかったものの、聖槍をもらうわけにはいかなかったからだが、こちらも有効打を一度も当てられなかったという始末。互いに当たれば重傷、あるいは死。だからこそ強者との戦いは心が躍るんだけどな。

 

「見張り役の筆頭が一番寛いで、かつ茶々入れに一生懸命。なるほど、朱璃から言われていた通りね」

 

「……おいおい、いつそんな呼び方になるまでになったんだよ」

 

「同じ母親よ。そして、娘を預けている手間のかかる義息子がいる。短時間であれど仲良くならない理由がないわね。そろそろしゃきっとしないと全て報告の対象よ?」

 

 人間の言葉だけで顔色を変える堕天使の総督に、曹操とやらも多少は溜飲が下がったのか。ただ、その曹操が同じ人間の言葉にまた顔色を変えることになるのだ。

 

「さて、曹操と言ったわね。古代中国の英雄の血を引き、聖槍の担い手として選ばれた貴方は英雄たらんとするようだけど、英雄は望んでなれるものなのかしら。悪魔を、堕天使を、龍を、神を打ち倒す。確かにそれは強者の証。だけど、強者はイコール英雄たり得るのか」

 

「何が、言いたい」

 

「いえ、大翔は一度、この世界の危機を救っているわ。だけど、その事実を彼は自分の功績にすることを望まなかった。知り得るのは当事者たち。そして、その実績を他の当事者に押し付け、英雄に祭り上げた支配層のみ」

 

「人の身のまま圧倒的な実力を身につけ、その下らぬ支配者達を退け人々を導く──それが俺の、曹操の名を引き継ぐ俺の責務だ。彼とは、違う」

 

「騎士でいいのだと、あの子は言うわ。大切な人達を必ず守り抜くそんな守護者であればいい。全てを守ろうとすれば取りこぼす。その時に取りこぼしたものが、自分が本当に守りたい相手になってしまえば意味がない──」

 

 守る相手が増えた分、死に物狂いで強くなろうとするのは絶対に守り抜くという意思の表れ。守護者としての強さ。守られる者からすれば、彼は立派なヒーローということか。

 俺は強さこそが全てと思うが、信念という奴に縛られるのはなかなか面倒なものだな。年輩の女性の一言一言が曹操を揺らすのを、俺はそんな心持ちで見ていた。

 

「お、チャーシューなくなったな。つまみもらってくるか」

 

「なに……? 何を一人で勝手に喰らっているんだ、アザゼル……」

 

 ──話をまともに聞かずに、晩酌のつまみを一人で胃に入れた男をまずは制裁するか。なあ、曹操。答えはすぐに出さずともいいだろう。明日、空知と話をしてからでいいじゃないか。少し付き合え、この馬鹿提督に痛い目を覚えさせるのが先だ……。

 

「付き合うわよ。この駄目大人に教えてやらないとね」

 

「流石に擁護できないな。俺も力を見せるとしようか、取られた力も随分戻ってきた」

 

 この魔導師達の力があれば助かるな。さあ、曹操。やるとしよう。行くぞ、アルビオン──。



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第67話 共に生き共に死す

大変遅くなりました。

体調が完全ではありませんが、週1ペースにまずは戻していければと思います。


 「どうした黒歌?」

 

 不意に顔を上げて窓の方向を向いた黒歌が何かを確認するように瞳を閉じる仕草をした後、改めて俺にくっつきながら問いかけに答えてくれる。

 

「汚い打ち上げ花火が上がったみたいにゃ」

 

「そうですね……またやらかしたんですね、あの人は」

 

 黒歌と白音姉妹は遮音してある部屋の中でも、気の動きで外で何が起こっているのかある程度把握できるらしい。俺やすずか達も仙術を扱うようになったとはいえ意識しないと探れないのに対して、元々種族として仙術への適正が高いことから先程の儀式のように一方向に集中し過ぎていない限りは大丈夫なんだそうだ。

 その黒歌や白音は俺にピタリと寄り添って離れない。仙術の力を使って失った寿命の回復を図るためだという。悲壮な表情をしながら懇願してきた二人に俺も大人しく受け入れたんだが……。

 

「にゃにゃにゃ~♪」

 

「えへへ、兄さまあったかいです……」

 

 駒王町はまだ4月だが、次元間のズレもあり海鳴ではもう7月。夏の暑さが日を追うごとに近づいてきているが、寝室内は年中室温を一定に保つように魔道具で調整されている。確かに薄着で過ごしても、体調を崩すことはないようになってはいる。

 

「ひろくんの温もりを直に感じてるから、大丈夫だよ」

 

 左腕にすずか。右腕に黒歌。仰向けの俺の上には白音。みんなネグリジェすら羽織っていない。さらに俺も寝間着の着用を禁じられていた。

 

「すずか、俺の心を読んでるのを前提にした会話は勘弁してくれ。いや、寒くないのかとは思ったけどな」

 

「ふふふ。寿命を少しでも多く回復させるために、間に布一枚挟まるだけでも良くないんだよ。本格的に寝る時には掛け毛布を羽織るわけだし」

 

 言ってることは分からなくもない。ただ、下半身の象徴を前に話しこむ、すずか達と同じく何も着ていないアリサとフェイトの話し声を聞いていると、自分が裸であることをまざまざと意識させられるわけで。

 

「お兄ちゃん、疲れているはずのなのに……とっても、元気だよね?」

 

「疲れマラという奴よね。生命活動に危機を察知すると、生殖器の活動が活発になって自分が死ぬ前に子孫を残そうとする本能……だったかしら。ふふ、ぴくぴくして可愛いと思うようになってる辺り、アタシもたいがいだけど」

 

「そ、そうなんだ……子供を残そうとする、本能……」

 

「でも、これって迷信らしいわ。だから、疲れさせたら子供が宿しやすくなるわけでもないのよ」

 

「……えっ」

 

 想像力が豊かな所があるフェイトはなにやら怪しげな方向に思考を飛ばしかけたようだけど、アリサのツッコミですぐに現実に引き戻されている。

 

「メカニズムとして、疲れた脳を覚醒させるための神経伝達物質が血圧を上げることで、こちらにも血液が流れ込んでしまって強制的に元気になってしまうってわけ。だから、身体には結局イイことじゃないのよ」

 

「そ、そっか」

 

「だから疲れさせたらいいって訳じゃないからね、フェイト。それとカリムも」

 

「はっ、はい! 肝に銘じますね!」

 

 既に眠りに入った体で聞き耳を立てていたカリムもがばっと身を起こしてしっかり言葉を返す。ああ、あれだけ大騒ぎしていたのに、寝室の俺達はなんていつも通りなのか。

 

『大翔さん──末永く、あなたのお傍に……』

 

 『いつも通り』に一つだけ足りないピース。朱乃の微笑みが、声が、潤んだ瞳が……目を閉じればハッキリと思い浮かべることが出来る。一心に俺に愛情を向けてくれる彼女は、今日は家族水入らずの一晩を過ごしているはずだ。

 ただ、危うかった。俺の力が足りなかったことから儀式魔法を皆に協力してもらった結果、一時崩壊の危機に陥った。オーフィスが、ゲオルク達が俺達を害する意思がなかったとしても、儀式参加者の集中力が乱れたことにより、朱璃さんの魂が失われかねないところだった。あるいは、俺が命を落としていたのかもしれない。

 俺が今、命を落とせば俺自身は勝手な満足感の中で逝くのかもしれないけど……自惚れであって欲しいと思いながらも、一つ確信できることがある。

 

「……ひろくん、本当に無事で、良かった……」

 

「ああ、すずか達を置いて先に逝くもんか」

 

 ──月村すずかという人は生きながらの死人となるか、あるいは俺と同じく現世の住人では無くなるということ。多分に後者の選択を選びかねないということも。すずかだけじゃない、朱乃や白音からも同じ傾向が感じられる。『文字通り』俺と共に生き共に死すのが当たり前なんだと。

 彼女達の想いに安心こそすれ重たさは感じず喜びすら覚える俺だが、どれだけみっともなくても必ず生き抜く覚悟がいると痛感する。だから、絶対に──もっと俺は力をつける。

 

「ねえ、なんで我だけパジャマを着てる?」

 

「ひーちゃんの彼女にならないとこの部屋では裸になっちゃ駄目って決まりなの。ひーちゃんの子供をいつでも孕んでよくて、ひーちゃんに愛されてる女の子じゃないとね」

 

「つがいじゃないと駄目?」

 

「そういうこと~♪」

 

 俺に囚われ過ぎず、絶妙な距離感を保ってくれる存在としてはアリサ以外に紗月やアリシアがそうなんだけど、フェイトや他の子に淫語を仕込むのはそろそろ止めようよ。え? 身体は正直だからやめない?

 

「そもそも、私達はひーちゃん以外の男性に誘惑なんてしないんだから、健気な努力と言って頂きたいですなぁ。ひーちゃん以外には塩対応か役人対応しかしないんだから」

 

 したり顔で言う紗月だけど、一誠や元士郎、祐斗を弄る時の言動はどうみても塩対応じゃないんだよな……。玩具扱いというか。

 

『だって紗月からしたら、ただのガキンチョだもん。異性として認められてないもんね』

 

 アリシアへの秘匿性念話で聞いてみればなかなか手厳しい答えが返ってきたため、自分自身惚れられるにもっと相応しい男にならなければと改めて自覚するのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「もういやぁイッセー、空知の周りが人外魔境すぎるわ……なんでオーフィスを普通に受け入れてるのよ……

 

「ぶ、部長……」

 

 抱きついてくる部長のおっぱいの柔かさは今日も最高だ! 寝る時は全裸主義の部長の乳首が俺の脇下や腕をツンツンしてきて、思わずポチっと押したくなる衝動に駆られる……!

 寂しいからと俺を抱き枕にさせろとやってきた部長だけど、朱乃さんや小猫ちゃんがドンドン離れていく感じがして仕方ないらしい。そこに今回の龍神さまの騒動だから気が滅入ってしまってる。セラフォルーさまはどうにも大翔さんの肩を持つし、部長が可哀想だと思ってたんだ。

 

 そういや、祐斗の奴は気を利かせて部屋から出て行ってくれたみたいだな。俺とアイツに貸し出された寝室だったけど、一人寝が嫌だと言う部長がやってきたからな。ぐへへへへ……掛け毛布で直接見えないとはいえ、感触が楽しめるから、俺からすれば部長の眷属は最高だぜ!

 

「だ、大丈夫っすよ部長。部長は俺が守りますからっ! この籠手の中の奴もヴァーリって奴に触発されて目覚めたようですし」

 

『はぁ……今代の宿主よ。そんな悠長なことを言ってる場合ではないぞ。オーフィスがあの男の隣にいるということは、奴自身がさらなる力を呼び寄せることにもなりかねんのだ。龍は力と女を呼び寄せる。オーフィスの守護を得たということは龍を身につけたのに等しい』

 

「なるほど! 大翔さんのハーレムが増えて、俺もハーレムが近づくと!」

 

「もう、イッセーったら。今は私が横にいるのに、そんなことを言うのね?」

 

「うぇっ!? だ、大丈夫っすよ部長! 部長はナンバーワンですから!」

 

『白いのが切っ掛けで目覚めたものの、宿主が煩悩まみれとは……』

 

「なんだよドライグ、男ならおっぱいは最高だろ! ああ、もう割れた大胸筋はみたくない……マッチョな朱乃さんとか小猫ちゃんなんて需要無いんだぞ……」

 

 大翔さん自身は鼻につく感じも受けないし、俺も話しやすいんだけど……周りの女性陣が怖いんだよ。俺が女性の敵だと団結してるし、生徒会の面々もマッチョになる暗示を叩き込まれてしまってさ……。

 

「よしよし、イッセー。トラウマを刺激されたのね。ふふっ、私のおっぱいに埋もれて癒されなさいな──」

 

 ぶ、部長! ずっとついていきます! ああ、こんな柔らかくていい匂いなんだ……! 俺はこの人を、この貴重なおっぱいを絶対に守り抜くんだ!

 

『白いの、血沸き踊る戦いは出来ないかもしれん……人の話を都合のいい部分だけ聞くからかな……』

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「木場、大丈夫か」

 

「ごめん、匙くん。流石にあの部屋にはいられなくて……」

 

 明日に備えてそろそろ休もうかと、眷属での話し合いを終え宛がわれている寝室に戻ろうとした俺はしょんぼりしている様子で廊下を歩く木場の奴を捕まえた。

 部屋に引き込んで事情を聞けば、恋人未満先輩後輩以上の乳繰り合いを見せつけられて、居た堪れなくなって部屋から出てきてしまったという。なに盛ってんだあの二人は……。

 

「はい、木場くん。カモミールのハーブティーを淹れたわ。心が落ち着く作用があると言われているの。朱乃みたいにはいかないけど、どうぞ?」

 

「すいません、真羅先輩まで。もう休むところだったというのに」

 

 会長の指示でこっちには副会長がついてくれている。その会長の傍には翼紗や花戒、草下達、さらにセラフォルー様がいる。こっちはこっちでそれぞれ単騎で逃げに徹すれば何とかなる奴ばかりだし、何よりここは大翔さんやすずかさんの封時結界の中。何かあればすぐにあの人たちが駆けつけてくる確信もある。まあ、あの曹操やゲオルクが何かしようとしても、あの無限の龍神が大翔さんに明確についた以上、下手な手は打てないだろうが。

 

「グレモリー先輩も不安定なんだろうけどな。姫島先輩や塔城さんを完全に取られたと思ってるだろうし」

 

「あの人を慕うのとグレモリーさんの眷属を続けるのは全く別問題なんですけどね。大翔さんは今までの関係を断ち切れと仰る方ではありませんから」

 

 現に大翔さんを慕ってる副会長があの人の女に加わるので眷属辞めますとなると、会長や俺達は相当な痛手になってしまう。戦力的な話だけじゃない、副会長はいまや俺達の精神的支柱になりつつある。本気の想いは、この人の急成長を促したのだ。女の感情ってものの恐ろしさと眩しさを同時に知ってちょっと戦慄したのは内緒だな。

 乱戦となっても物ともしない長刀捌きや体捌きを身につけて、接近戦でこっちの攻撃に反射機能がある『追憶の鏡』を合わせる位に神器の扱いにも慣れてきている。

 五大宗家である真羅家の一族の力を目覚めさせたことで金属や鉱物に対しての有効な攻撃が出来るようになってるから、武器破壊も可能らしい。得物持ちには相性抜群ってわけだ。長刀で武器を狙うだけでなく、大翔さんの提案と指導により無属性の攻撃魔法に武器強度の弱体化性質を付与したりとか……。副会長の成長次第ではあの神滅具の聖槍にも通じるのかもしれない。

 

 恋する乙女って最強っていうが、大翔さんは熱心に教えを請う副会長に真面目に答えて魔改造しちゃったんだな。もちろん強さだけじゃなくて、毎日接していても日々すげぇ綺麗になっていってるし……実は姫島先輩の影に隠れつつも、副会長の魅力増し増しぶりってのは学校でもちょっとしたミステリーになってる。

 パジャマ姿でも胸部の主張は圧倒的だ。姫島先輩や黒歌にも全く劣らない一品。ま、兵藤みたいなガン見はしないけどな。ただ、視界に入るだけでも強烈なもんがある。意外に木場もムッツリだよな。落ち着きを取り戻したらチラ見してたし。……姫島先輩とかに言わせると絶対に気づくもんらしい。男の子の習性だから目が行くのは仕方ないものの、兵藤みたいな露骨なやり方は嫌悪感を覚えてしまうってな。

 

『桃や憐耶の前では厳禁よ、分かってるとは思うけど』

 

 しっかり釘を刺された俺は木場との会話にもう一度向き直る。そうなんだよな……最近花戒や草下が兵藤だけじゃなくて、俺に対しても性的な感覚にすごく厳しい。そんな様子に翼紗がちょっかいをかけてきて、俺をわざと抱き寄せたりすると……俺が酷い目に遭うんだよな、理不尽だ。

 

「部長も頭では分かってるんだろうけど、実際朱乃先輩や小猫ちゃんがあれだけ大翔さんにベッタリだと離れていく不安が消えないんだろうね」

 

「まあなあ……会長みたいにどっしり構えられるかっていうと、なかなか難しいよな。実際にはさ」

 

 グレモリー先輩は良くも悪くも感情を素直に表に出す性格だから、いらぬ本音は隠してなんぼの会長とは正反対ではある。だからそういう不安を姫島先輩達だけじゃなく、祐斗やイッセーの奴にまで気づかれてるんだが。

 

「こればっかりはね。大翔さんの立ち位置は眷属の王に似ている。部長はどうしても自分と比べてしまうんだろうけど……」

 

「『王』としての自信かぁ。グレモリー部長が自分なりの『王』のありかたを見つけるまでは、大翔さんの影に怯えざるを得ないのかもな……」

 

 王としてのあり方、自分なりのリーダー像みたいなもんだと俺は解釈してるが。大翔さんや会長は自分なりに『こうありたい』『こうあろう』という形をしっかり持っているのに対して、グレモリー先輩はあやふやなところがあるんだろう。

 ぼんやりとした理想はあっても自分の中で形にはなっていない。俺らぐらいの年じゃそれも仕方無いと思う。俺だって大翔さんと会ってなければそんなことを考えることも無かっただろう。ただ、あの人は大翔さんや会長を見て焦りを覚えざるを得なかった。でも答えなんてそんな簡単に見つかるわけもないし……俺だって分からないから。

 ハッキリしてるのは大翔さんや会長や副会長、花戒達に誇れる自分でいたい。そんなところかな。




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第68話 変化

~ここまでの(適当な)あらすじ~

この物語のヒロイン(?)である、リリカルな白い魔王の世界に転生した少年は、
闇の書事件の後は管理局とは出来る限り接触せずをポリシーに、海鳴の地ですずかやアリサの付き人をしながら過ごしていた。

だが、深窓(?)の令嬢達を立派な魔導師や騎士に魔改造してしまうような少年を
マッドなドクターは放っておくわけもなく、彼からの過干渉の結果、
気まぐれに異次元へ強制転移する生体実験の被験者ともなっていた。
無駄に優秀なドクターのため、転移前と転移後の時間経過は僅かなものとなっており、
一年あまりの大冒険が、海鳴では一日病に臥せっていた扱いになっているなど、なかなかにカオスな調整も効いていた。

そんな強制転移が不定期に繰り返される日々に対して、次元転移のプロとなってしまった頃、またもや少年、いや青年は悪魔や堕天使、妖怪、天使が実際に具現化している世界へと送り込まれる。

そんな彼や彼を囲う女性達が自重をわりと投げ捨てた結果、
ヒロインを狙う女性達が増え、契りを交わす者も増える中、悪魔や堕天使のみならず、伝説のドラゴンとご対面した上、ご執心されることになってしまっていた。

契りを交わした美しい黒髪の娘の家族の魂を実体化するという儀式魔法を成功させたことにより、疲労の極地にあるヒロインはパートナー達に(物理的に)ガードされる中、一晩の休息を得たところであった。


 私も自分で随分と変わったものだと思う。美男子の木場くんは以前の私には気になる年下の男の子だったけれど、今こうして彼と話していても心がざわめくことはない。

 桃や憐耶にしても同じかもしれない。私の見た限りではあるけれど、木場くんへの憧れがそのまま恋に変わることもなく、目の前で彼と話している匙くんの真っ直ぐさやひたむきさに心惹かれつつあるのが分かる。匙くんに置いていかれまいと懸命に訓練に励み、共に過ごす時間の濃密さがそのまま慕情を積み重ねていくみたいに。

 

「ある種の『覚悟』が必要なのかもしれませんね。大翔さんや会長を見ていると、そう感じるのです」

 

 私も匙くんもいい目をするようになった、と会長は仰います。自分も負けていられないとも。

 

「すずかさんに指摘されたこともあります。他人に厳しさを求めるなら、自分が自分自身に何より厳しくないといけないと」

 

 大翔さんも会長も自分に甘えを許さない方。また、すずかさんも大翔さんに甘えるだけの女は不要だからと、自分を鍛え上げ磨きあげることに妥協を許しません。

 自分にどこか甘い部分があった私はそこを指摘され、大翔さんのパートナーを目指すのであれば甘えるだけの女にはならないでと警告されたのです。

 

「自分の性質はそんな簡単に変えられるものではないから、常に意識して自分を甘やかさない『決意』を持ち続けるのだと私も自分に言い聞かせています。それをさらに徹底しているのが大翔さんや会長ではないかと」

 

「……副会長の言う通り、ストイックだよね。あの二人は」

 

「生き急いでる感もすごいけどな……。なんつーか、気を抜く時間も真剣に気を抜こうとしているというか」

 

「それってリラックスしてるとは言わないんじゃ……」

 

 感覚共有で知ったことですが、大翔さんは欲望を赤裸々にするはずの夜の営みでも相手を心身ともに悦楽で満たす方向に全力です。深く考え過ぎずに楽しむだけのひとときでもいいはずなのに。ですから、自分の甘えた気質を律することが出来ないと私はおそらく大変なことになって……。

 

『椿姫も本当に淫乱になっちゃったね。オープンブラとショーツが当たり前になって、制服の上からでも乳首が硬く勃起してるのが分かるよ?』

 

『はい……いつでも、私は大翔さんに犯されたい……節操なし、なんです……』

 

 意識のある間はずっと下腹部の熱と疼きが収まらず、太ももまで下の口の涎が垂れてしまうのも日常と化して。並列思考のお陰で辛うじて生活は送れるものの、強く発情してしまえば思考全てが大翔さんと大翔さんの逞しい下半身のことしか考えられなくなるんです。

 

『こうして制服のままで、生徒会室で俺に貫かれるのが毎日の習慣になってる椿姫。いま思考の全てがセックスのことだけ考えてるから、感覚も何倍にもなってて軽く動くだけですぐに飛んじゃうんだよね?』

 

 大翔さんの言う通りほとんどイキっぱなしになってる私はまともな返事も出来ずに、何とか大翔さんにしがみついて止まらないアクメの波に完全に翻弄されたまま、自分の中にお迎えしている大翔さんのソレを無意識に子宮の入口に押し付けるように……!

 

「……く会長~? 副会長~? あ、駄目だこれ。妄想に完全に入って帰ってこない奴だわ」

 

「表情が崩れきってないのが何というか……」

 

「顔が緩んでいるとからかい半分に会長に言われたことがあったんだとさ。それから表情筋の引き締めを行うようにしたって言うんだが、努力の方向がずれてるんだよなぁ……何を想像してるのか顔は真っ赤だし」

 

 匙くん達が声かけしてくれているのにも気付かず暫し夢の世界に浸っていた私は、我に返るとお休みの挨拶もそこそこに匙くん達の部屋を後にするのでした。

 ある程度木場くんも落ち着きを取り戻していましたし、あとは匙くんに任せて大丈夫でしょう。

 

「寝る前に下着を変えないと……やってしまいましたね」

 

 実際に抱かれたこともないのにこんな状態になる私。夜の大翔さんに溺れきらずにいることが出来るのかしら。……ううん、その前に。

 

「ちゃんと、想いを伝えないと……空想だけ先走ってどうするのよ、私」 

 

 セラフォルー様やソーナお嬢様が本腰を入れる前に……そうじゃないと……。

 

「見向きもしてもらえなくなる……」

 

 呟いた一人言に私はすぐに頭を左右に振り、その考えを振り払います。だって、大翔さんですもの。

 

「ふふ、変な感じ。でもそう思わせてくれるのがあの人だわ」

 

 すずかさんやアリシアさん、アリサさんは別格としても、それでも不満を感じさせることの無いように恋人達全員に時間や愛情を惜しみ無く注ぐ人だから。

 

「朱乃も言ってたものね。自分との時間が彼にとっても何かしらプラスになる時間にしてあげたいし、そうするために色々考えてるって……」

 

 むしろ負担がかかり過ぎて疲労で倒れそうな未来のほうが簡単に想像できるというか。

 

「一緒にいる時間が癒しに繋がるように……となれば、求め過ぎるのは論外だから。うん、それに私自身、きっと」

 

 想像してみる。大翔さんと寄り添ったまま、彼は自分の魔術やデバイス研究をして、私は夕御飯の献立を考えたり大翔さんの研究資料の整理をしつつ、読書に耽る時間。

 

「……よし、頑張ろう」

 

 私はその場面を幸せな時間だと自然に思えていた。なら……さあ、進もう。真羅椿姫。もう燻っている場合じゃないのだから。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 目覚ましを特に鳴らさなくとも、習慣となっている普段通りの起床時間に私は目を覚まし、朝の身だしなみを整えトレーニングウェアに身を通す。本来悪魔は種族的に朝が苦手なものではあるけれど、大翔さん達と共に日々鍛えることで弱点を克服できる程度の強さが身についたことや、普段は近くで感じられるはずの彼の匂いや温もりがないことに違和感を感じたところもあるのだと思う。

 

「朱乃とこうして並んで鏡の前に座る日が来るなんて……なんだか不思議な感じ。でも、ちゃんと現実なのよね」

 

「ええ、お母様」

 

 二人並んで笑い合える時間が再びこうしてここにある。お母様も私も人の枠を完全に外れてしまったけれど、私達母娘の関係が変わるわけもなくて。

 

「髪や肌の手入れも一切手を抜いていないようだし、うふふ。私も負けていられないわね」

 

「お母様はこれまでもこれからも、私の憧れで自慢のお母様ですわ」

 

「ありがとう、朱乃。さて、近い未来の息子くんのために久し振りに腕を奮わないと。プレシアさんも手伝ってくれるそうだけど、大人数の朝食の用意なんてなかなか経験がないものだし……」

 

 昨晩のうちにお母様は今日の朝食づくりの役目まで手を回していたみたい。私達はあのオーフィスを交えた初朝練ということでそちらに集中するようにしてくれていた。

 

「……お母様、ありがとうございます」

 

「うふふ、母親らしいことがやっと出来るのだもの。こちらこそ『ありがとう』よ」

 

 二人の会話に寝た振りをして聞き耳を立てていたお父様にも声をかけて、かの龍神が加わる朝練の間の結界維持の力添えをお願いしつつ……準備を終えた私は大翔さん達と合流しました。

 

「おはよう、朱乃」

 

「おはようございます、大翔さん」

 

 少し遅れたけれど、お父様の視線が外れた隙に互いのおでこに朝の口づけを贈り合う。私がいなくて寂しかったか冗談半分で問いかけてみれば、真顔で朱乃が近くにいない夜は自分の一部が欠けたような感覚だったと返されて私のほうが赤面してしまって。

 

「……そんな言葉、急に言うなんて不意打ち過ぎます」

 

 オーフィスに発熱かと問われるほどに私はものすごく真っ赤になってしまっていたのです。

 

「くっ、訓練を始めましょうっ!」

 

「これは貴重な朱乃の恥じらい顔が見れたわっ! ふふふ……しばらくは楽しめそう……」

 

 ああ、そうだった。貴女も朝練だからこの場にいたのよね、リアス。そうね、こういう出来事があったら調子良くしばらく弄り続けてくる性格だったわね。気安い私相手だからこそではあるけれど、大翔さんとのやり取りをネタにされるのは……我慢ならないのよ!

 

「いい機会だわ。記憶ごと消し炭にしてあげるわ、リアス!」

 

 必中のつもりで放った攻撃なのに悪運の強いこと……っ! イッセーくんを避雷針にして咄嗟に難を逃れるなんて!

 

「イッセーくん!? しっかり、しっかりするんだイッセーくん!」

 

「ナイス、おっぱ、い……!」

 

 世迷い言を呟きながら崩れ落ちる彼を木場くんが支える中、私は即座にリアスへ向けて雷光を立て続けに放つ!

 

「墜ちなさい、リアス!」

 

「イッセー、貴方の犠牲は忘れないわ……! さて、朱乃、貴女の力は私の滅びの力で相殺できるのを忘れたのっ?」

 

「その滅びの力が短期間で強まったのも大翔さんのお陰でしょうにっ! ならば雷に光力だけでなく、気の力を合わせた姫島の炎もまとめて喰らわせて差し上げますわっ!」

 

 ちょうどいい機会よ。その性根ごと浄化してあげるわ、リアス!

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「色んな力を、交ぜ合わせて力を増してる。朱乃、結構器用」

 

 我から見れば小細工の範疇、弱い者同士の喧嘩だ。ただ人型同士の戦いなら、10と100ぐらいの差は出てくるだろう。

 

「あれは反復練習の成果にゃ。毎日繰り返してきたから、出力もスムーズになってるにゃあ」

 

「仙術は元々の素養がないとなかなか身に付かないと聞いたことがあるが……彼が手を打ったのかな?」

 

「ええ、だいたい兄さまのせいですね」

 

「才能なしと素養ありの差はでかいさ。才能の芽を与えられるって辺りが大翔のヤバいところだな。ただ、成長速度という点じゃアイツの女かそうじゃないかで一気に差が出るが」

 

「アザゼル。つまりそれは俺も性転換すればさらに強くなれる可能性が……?」

 

「ちっ、血迷うな白龍皇!」

 

「おっ、性転換の魔術か? 準備や色々レア素材の用意が必要だが出来なくはないぞ」

 

「火種を投げ込むな、ゲオルク! ニヤケ顔をしてお前は面白がっているだけだろう!」

 

 こんな収拾のつかない状況を「かおす」というのだと、昨日アリシアが教えてくれた。でも、何だろう。この賑やかさは悪くない。静寂な世界を実際に味わったことで、我自身変わったのかもしれない。

 

「いつも騒いでばっかりだと疲れるけど、こういうのがあるからこそ静かな夜が愛おしくなるというか。ひーちゃんに寄り添って眠る前の静かな微睡みがすごく幸せに思えるんだよ」

 

「我、静寂を望むことに変わりはない。ただ、静寂だけでは退屈するのも分かった。大翔は喧騒も静寂も我が望むようにもたらすことが出来る。だからすごく貴重」

 

 強さ以外で我が惹かれるものを持つ大翔。我から分かたれた蛇も鱗を一枚ずつ剥がしては大翔に渡して、少しずつ我の力を馴染ませようとしている。その度に蛇はすぐに回復の魔術を施してもらっていた。その様子を見るたびに、我はなんだか不快な気分になっていた。我の一部が狙い通りに大翔に取り込まれるわけだし不快になる原因は無いのに、我自身にも良く分からない。

 その大翔が動こうとしているのを見て、我は隣へと近づく。大翔の隣にはすずかがたいてい付いているから、片側しか空いてないことが殆どだ。

 

「ん。どうした、オーフィス?」

 

 大翔の手が我の頭をそっと撫でる。なぜだろう、我は自然に目を細めて大翔の手にされるがままになっていた。大翔の手は我を無抵抗にしようとする。恐ろしい手と思うべきなのに、我は居心地のよさを感じている?

 

「さて。このままじゃ朝練が始められないし、せっかくこうしてオーフィスが稽古をつけてくれるっていうんだ。そろそろ止めるかな……黒歌、白音」

 

「はいにゃ」

 

「どうします、兄さま」

 

「すずかと一緒にあの二人の魔力の流れを乱すから、あとは気の動きを遮って無力化してくれ」

 

「じゃあ私がグレモリーのお嬢様を殺るにゃ」

 

「黒歌姉さま、イントネーションがおかしいです。じゃあ私が朱乃先輩を」

 

「出力の調整はこちらで全部やるから、ひろくんは思いきり干渉しちゃって。速度重視で大丈夫」

 

「三人とも頼む。……始めようか」

 

 大翔やすずかの魔術発動はゲオルクが感心するぐらいには早いらしい。あっという間に二人の魔力は自由にならなくなったあげく尻すぼみになって、猫又姉妹に触れられただけで動けなくなっていた。

 

「なんで黒歌は私の関節を極めてるのよっ! いっ、いだだだだっ!」

 

「グレモリー、女が出しちゃいけない声が出てるにゃ。私は大翔に無力化するように言われたのを忠実に実行してるだけにゃ~♪」

 

「小猫ちゃん、離してくださいっ。ここでリアスには思い知ってもらわないと……っ!」

 

「光力に仙術や姫島家の神道の力も加えた朱乃先輩の攻撃は、悪魔である限り部長といえど直撃すれば再起不能に成りかねません。……先輩は兄さまの手を煩わせたいのですか?」

 

 猫又姉妹の耳や尻尾の出し入れはお手のものらしい。仙術を使う時はもちろん出している。ふさふさふわふわ。あの感触は癖になる。静寂な世界にも持ち込みたい。そういえば大翔も出せると聞いた。稽古の相手の代償に求めるのもいいかもしれない。

 

「わっ、私の髪がっ!」

 

「直撃したって朱乃の攻撃はなんてことないって言うから、同じ力を髪の毛に当ててみただけにゃ。光力混じりの雷に仙術、邪なものを滅するという姫島の炎。大翔の女である私も朱乃の力は使えるのよ? そろそろ大法螺吹くのも大概にするにゃ」

 

「髪の傷んでる部分で試すってそういう意味だったのね……うう、灰すら残らないなんて」

 

「五大宗家の力は悪魔だけへの特効ってわけじゃにゃいけどね。古来からの討伐対象としては私みたいな妖怪が多かっただろうしにゃ」

 

「それでも光力と合わせたら洒落にならないのは……よく分かったわよ」

 

「ま、ここだけ髪が短いのもアレだし、少し揃えてやるにゃ。あ、首が飛ぶから動いちゃ駄目にゃ」

 

「……ねえ、やけに慣れてない?」

 

「一人の逃亡生活だと髪の長さを整えるのも自分でやるしかなかったからにゃ~。今は大翔やすずかがやってくれるからいいんだけどね」

 

 ……紅い髪の女が余計なこと言ったから、髪が少し短くなった。黒歌も光力や雷、炎の魔術が使えるようになっている。……不思議、大翔を仲介すれば互いが互いの力を使える。

 

「我がもし大翔と交われば、大翔は我と同じ無限の存在になる……?」

 

 我の呟きにすずかが少し困った顔をしながら我のおでこをそっと指で押してくる。

 

「そういうこと簡単に言っちゃ駄目だよ、オーフィスちゃん。……確かにオーフィスちゃんの力はすごいよ。私達が束になっても全く相手にならないぐらいに。だけど、そのためだけにひろくんが貴女と交わろうとはしない。だって、それじゃオーフィスちゃんから奪うだけになってしまうから」

 

「我、よく分からない。我は奪われても無限。尽きることはない」

 

「これから一緒に過ごす中でゆっくり分かってくれたらいいかな。ひろくんはいきなりオーフィスちゃんの力をもらっても逆に困っちゃう理由、きっと見えてくるから」

 

 すずかの言うように我はしばらくの間大翔たちと過ごす。確かに今分からないからと焦ることはない。

 

「はっ! 部長のおっぱいの危機!?」

 

「復活がやけに早いと思えば、目覚めて一発目の台詞がそれですか。変態先輩、やっぱりサイテーです」

 

「ぐはぁ!」

 

 わりと復活の早い赤龍帝だけど、あの銀髪の猫又の一言でまた口から血を吐いて突っ伏した。まるでゾンビ……ドラゴンゾンビ?

 

『やめろぉオーフィス! そんな目で俺を見るなぁ! ぐぉぉぉぉおん!』

 

 ドライグ、いつから泣き虫になった? 我が知らない間に世界は不思議なことになっていたのかもしれない。




長らく臥せっておりましたが、復帰いたします。

実はこの話、別視点でもっとぶっ飛んだ構成になっていたのですが、
「なにやってんだおれ」と我に返り、更新に至っております。

気が弱ると作者すら置いてけぼりにする展開が始まりそうになるのだと
恐怖を感じた今日この頃です。

今後ともお願い致します。
更新ペースは週1がやっとだとは思いますが……。

※削った文章は2,3話先で生かせないかなと、まだ残して修正を試みております。


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第69話 自慰(※)

遅くなってしまっていてすいません。

展開いろいろ悩みましたが、ぶちこむことに決めました。



 「お前達、それで全力? その程度では我相手に傷ひとつ付けられない」

 

 一人を除いて怪我はないものの、俺は地面に両手足をつき、他のみんなも力を使い切って地面に例外なく寝転がっていた。息を整えるのに懸命な俺達に対して、オーフィスは何事も無かったように涼しい顔だ。

 

「半減すらままならないとはな……クククっ。俺は、俺はまだまだだな、なあアルビオン! 奪った力が即オーバーフローしてしまうということは、俺が力を受け止めきれない弱者だということだ! もっと、もっともっともっと、必死に強くならなくてはな!」

 

『ああ、ヴァーリ。お前がさらに強くなるのを俺も楽しみにしている。……しかし、鎧へのダメージも大きい。しばらく禁手は使えんぞ』

 

 傷ついたのは神器により奪った力が過剰過ぎて、自爆する結果となってしまったヴァーリさん。命に別状があるほどではないものの身体の各部から血を流しながら、それでも彼は愉快そうに笑っている。

 あまりに圧倒的だった、オーフィスは。初日だから、攻撃も反撃もしないから全力で挑んでこいと言う言葉にいきり立った者も含め、結局……誰一人として傷ひとつ付けることも叶わなかった。

 

「これだけの人数でかかって、全くの無傷かよ……あのヴァーリって奴でも、大翔さんの必殺魔法でも駄目だなんて……」

 

『今のお前を一瞬で殺せる白龍皇ですら、あのオーフィスには到底及ばない。人間を辞めたばかりのあの小僧ならば尚更だ』

 

 一誠くんもオーフィスとの模擬戦の中で能力を倍加する力だけでなく、高めた力を『譲渡』する新たな能力を見出していた。その譲渡を受けて、俺も周囲の魔力を集束させて放つ集束系魔法を放ったのだが、それでもオーフィスは不動の要塞だった。

 

「最後の一撃は悪くない。ただ、大翔は自分の全力を出し慣れてない。だから力の発動から放出まで時間がかかるし、力をまとめ切れていなかった」

 

 封時結界の強度の問題や皆の技や魔術の的役をすることも多かったからか、防御にばかり力を注いでいて……オーフィスの指摘通り、確かに全力の攻撃をすることがここ最近無かったのは事実。ただ、そんな事情は言い訳にしかならないことも良く分かっていた。

 

「大翔は我相手に全力出す練習、これから毎日する。我はそう簡単に傷付かないし、慣れれば威力も上がる。ヴァーリと大翔は我に片手を使わせた。今はそれを誇っていい」

 

「……ああ、オーフィス。宜しく頼むよ」

 

「ん」

 

 どこか満足気に頷くオーフィスを他所に、オーフィス以外に身を起こしているのは結界の維持に回ってくれていたバラキエルさんやセラさんぐらいだろうか。

 

「き、きつかったぁ~☆」

 

「オーフィスよりも結界がもたんな、これは……」

 

 ……いや、二人も座り込んでいた。結界維持に相当力を使ったのか、息を切らしている。

 

「バラキエルさん、セラさん、申し訳あ……れ?」

 

 何とか身体を起こし大きな負担をかけたことに俺は頭を下げたのだが、すぐにふらついてしまい逆に二人に慌てて身体を支えられる始末になってしまった。

 

「ひーくんは大人しく寝てなさい!」

 

「全くだ。請け負うといった以上、気に病む必要は無いのだからな」

 

「実質、病み上がりに近い状況なのに無茶ばっかりして~☆ お姉ちゃんも怒っちゃうぞ?」

 

 病み上がりと言ってもですね、魔力や仙術の使いすぎでひどい疲労になったわけで……それは黒歌や白音がほぼ一晩中気を送り込んでくれて、え、とにかく大人しくしろ? あ、はい。大人しくします……。

 

「うん☆ 氷像にして、仮死状態にしてまで無理やり休ませる必要がなくなって何よりだよ☆」

 

「セラフォルー、過激」

 

「オーフィスちゃんに言われたくはないかなぁ……?」

 

 少し休んだら互いに気脈を整えて、皆の自己回復力を高めないと……。セラさんの手、ひんやりして気持ち……い……。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「すずかちゃん、役回り取っちゃってるけどごめんね? ひーくんに魔力で睡眠誘導したんだけど、あっさり寝る程度には疲れてたみたいだから……」

 

 昨日の疲労はいくら猫又姉妹が優秀としても、一日で回復しきるものとは思えない。何とか近寄ってくるすずかちゃんに、ひーくんから教えてもらったまだ慣れない回復魔法をかければ、彼女の一族の力なのか身を起こせる程度にすぐに回復していた。膝枕を交代し、私はソーナちゃん達の介抱へと回る。

 

「いえ、ありがとうございます。助かりました」

 

 そこまで口にすると、すずかちゃんはその後の言葉を秘匿性の念話に切り替えてきた。

 

『ひろくん、セラフォルーさんにも心を開きつつあるんでしょうね。だから拒否反応が出なかったんだと思います。多分、ソーナさんや椿姫さんでも同じ感じかと。……私としてはやり過ぎたかなと、ちょっと後悔しそうですけど』

 

 すずかちゃんに言われて初めて気づいた。焦りがあったから考えの外だったけど、確かにひーくんを支えてあげく膝枕までしたのに拒否反応は、出なかった。そっかあ。ひーくん、私を受け入れてくれているんだ……。

 

「……お姉様?」

 

「ん、ああごめんソーナちゃん、ボーッとして☆」

 

「いえ、お姉様。笑ってるのに泣きそうな顔でしたから……ご無理なされてませんか?」

 

「なんでもないよ、ソーナちゃん☆ ちょっと眼にごみが入っちゃっただけ☆」

 

 ひーくん。私がここ最近気になっている不思議な男の子。顔立ちだけで言うなら、あの赤龍帝くんと比べても明らかに見劣りする『フツメン』の男の子だ。まあ、これで顔もイケメンだったりしたら、彼の回りに集まる女の子がこれぐらいじゃ済まないだろうけどね☆

 女性に恐怖症レベルの苦手感を持つ彼だけど、特に同世代の子が特に駄目みたい。ソーナちゃんの眷属に対しても一定の距離感を保っているし、魔力や気の流れを教える時もすずかちゃんや黒歌ちゃん経由だし。……ひーくんが信じられる女の子が増えた最近は、若干マシにはなったのかな? 

 ソーナちゃんや椿姫ちゃんに最初に触れた時はセラピストモードみたいな感じになってたから、反応がその場では出なかったけど、実は後から反動が出ちゃったというオチもあったと聞いているし。

 

 ……私、ひーくんが気を許してくれてるって聞いて、すごくホッとしてる。でも、ワタシが話していない血塗れの過去を知っても、ひーくんは変わらずにいてくれるのかな?

 

「さ、朱乃ちゃんとフェイトちゃんのお母さんが作ってくれた朝御飯、みんなで頂くとしようよ☆ 私もお腹ペコペコだよ~☆」

 

 今更、怖さを感じるなんて。サーゼクスちゃんやアジュカちゃん達にもこんな不安を感じたこと無かったのになぁ……。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ……お姉様、予想以上に大翔さんに心引かれているみたいですね。初対面から気に入っているという態度はハッキリしていたけれど、大翔さんは距離を近づけてくる女性に対してしっかり見極めるためにも、相手に真っ直ぐに真摯に向き合おうとする男性です。匙など同性相手には気安いところもあるようですけど。

 そんな大翔さんの接し方はシトリー家であったり、現役の魔王であるとか、そういう部分を取り払って、お姉様個人を見るわけです。それがお姉様には甘美な毒のように染み込んでいって、自分が自覚する以上に彼に心を寄せてしまっていると。あの魔法少女めいた衣装の好みもあってお姉様は恋愛経験が本当に少ない方ですから。

 

「とはいえ、人のことは言えませんよね……はう、んんっ……」

 

 理性や理屈だけでどうにもならないものが確かにある。それを実感として教えて『くれた』大翔さんを目が追いかけてしまう。私をただの『ソーナ』として見てもらえることが、こんなにも心揺らされるものとは思いませんでした。こんな私の変化は椿姫にもとっくに気づかれていますから。

 

「大翔くん、んっ……はぁ……」

 

 私は悪魔の生まれでありながら、大翔さんに出会うまで本能の強さや恐ろしさをどこか軽く見ていたのです。確立した理性により本能は制することが出来るものだと、信じて疑わない部分があった。それは自分の出自や記憶があやふやな幼少期の出来事からであって、その分私は冷静な思考や理性を重視してきました。

 

 ……いえ、今なら分かる。私はこの身に流れる血から目を背けていたのでしょう。『望みの異性を愛させ、裸にさせたり、相手の秘密を暴く事ができる』……それがシトリーの血に受け継がれる力。アスモデウス家やベルフェゴール家ほどでは無いにせよ、色欲や性欲を司る悪魔の一つ。そのため、男女問わず性に関しては奔放になる傾向が非常に強いのがシトリー家の特徴です。

 私は実のところ、両親からお姉様以上にシトリーの特性を強く引き継いでいると言われてきました。快楽主義や刹那主義に似た本能に飲まれ、理性が育っておらず自分を制御する術も知らない幼い私を助けるために、お姉様やお父様お母様が懸命に力を尽くし、ベルゼブブ様も協力してくれたと聞かされています。

 

 お姉様は嫁いでこられたお母様側の血が強く出ているからか、水や氷の扱いが非常に得意。シトリー家の性質は魔女っ子衣装を半公式の場まで持ち込むなど、あえて場を読まない程度で──それも良いわけではないけれど──済んでいる。直系であるお父様もシトリーの快楽主義をある意味、お母様にあったベクトルで開花していますから……ええ、夫婦仲は非常に良好です。ええ、朱乃のご両親とはさぞ気が合うことでしょう。

 

 私が着用する眼鏡もお父様やお姉様、ベルゼブブ様の想いが込められている魔術道具の一つ。着用者が理知的な思考、行動をするように強く後押しするものです。お姉様がアジュカ・ベルゼブブ様に依頼し作成頂いた謹製の品。最初は度も入っていない伊達眼鏡だったのですが、本の虫や書類仕事に追われる中で、本来の用途も果たしてもらうことになりました。

 

「んんっ、そう、もっと強くしても、大丈夫、だからぁ……」

 

 ただ、入浴などの際にはやはり外すわけです。鍛練後の浴室で眼鏡を外した私は就寝時と同様に、習慣と化してしまった大翔さんに抱かれる妄想に耽りながら昂った自分を慰めていました……。

 大翔さんに体内の魔力や気脈の流れを整えてもらい、感覚同調による彼と繋がったあの体験を経て、私は制御できていたはずの本能に──下腹部がどうしようもなく疼く感覚に囚われてしまっています。

 

 最初は必死に堪えたものです。ただ、どうしようもなくなった時に、一度大翔さんを空想の相手として想像してしまってからは──もう、癖になってしまっていました。

 

「大翔くんの口で、指で、私ぃ! ソーナはイっちゃうのぅ! 来るのっ、来るのぅ! イクイクイクイク! アアーッ!」

 

 妄想の中では『くん』呼びになっている彼に胸もたくさん可愛がってもらって、女の下腹部の突起も擦ったり吸い上げられて……! 頂点に達して心地いい脱力感に立っていられなくなり、ぺたんと床に座り込んでしまう私。自己嫌悪に囚われながら、それ以上に身体を満たしているオーガズムの余韻が勝ってしまっています。

 

「……私、このままでは……」

 

 強烈な自慰衝動。就寝時に外したからといって、一日の殆どを理性を重んじる行動を取っていれば、ここまで強く出ることなどなかった。だけど今は、眼鏡の補助を受けて理性が強く表に出ているはずなのに、すぐに眼鏡を外そうと、疼きを早く鎮めようとする衝動に負けそうになる自分がいる。椿姫を諭す資格を無くしているのです、私は。

 

「……会長? 何か声を上げられましたか? 着替えをお持ちしたのですが」

 

「椿姫? いいえ、大丈夫よ。ちょっとシャワーの温度調節を間違えただけ」

 

 浴室入口のガラス扉の向こうに、椿姫のシルエットが見えた。こちらを気遣う声に努めて落ち着いた風の声を返す。それでも慰めたはずの私の下腹部の奥……子宮はまだまだ足りないと言わんばかりに疼き続けていました……。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 朱璃さんやプレシアさんが用意してくれた朝食を頂いた後、あの侵入者さん達をアザゼルさんやヴァーリさんが結界からの転移時に強引に連れていってくれるのを見送った私達。

 なお、オーフィスちゃんは普通に見送る側になって、ゲオルクという魔術師も強制撤収側にねじ込んでいた。

 

「多分、ゲオルクは解析を進めて、近いうちにまた自分で跳んできそう。その場合は大翔との間に強制的な主従契約でも結ばせる」

 

 プライベートルームに集っているのはそのオーフィスちゃん以外に、私やアリサちゃん、アリシアちゃんフェイトちゃん姉妹と、黒歌ちゃん白音ちゃん姉妹に、カリムさん。

 

「それでも喜んで結びそうに一票」

 

「アリシアと同じく私も契約成立に賭けるにゃ」

 

「私もお姉ちゃんと同じ意見かなあ。ドクターと似た感じがするから」

 

「……成立します? この賭け事。にゃあ、すずかお姉様の手、気持ちいいです……」

 

 白音ちゃんの髪はしっとりさらさらで、撫でているとこちらも気持ちいいからつい手が動いてしまうんだよね。

 膝上で猫形態になってゴロゴロ喉を鳴らしている黒歌ちゃんの話を聞いて、私も喜んで専属契約を結びそうな彼の姿をあっさり想像できる。主従となれば魔術の進化をずっと間近に見続けられるじゃないかとか言いながら。

 

「はいはい、この賭け事は不成立。ところで大翔は?」

 

「朱璃さんの状態確認だね。器に宿って一晩経ったから、魔力の流れとか検査だって。朱乃さんがついてくれているよ。ソーナさん達も見学するって」

 

「強引に休息させても目覚めたらすぐに動くんだから……全く」

 

「安心しないとゆっくり休めないって言うんだもん。だったらそうさせてあげるべきかなって」

 

 そう答える私にすずかはひろくんに変に甘過ぎるとか、意思をあまりに尊重し過ぎるとか、色々小言を言われるんだけど、私は相槌を打ちながらさらっと流してしまっている。アリサちゃんもひろくんを思ってのことだから、変に身内で反論し合っても仕方ないから。

 私はひろくんの意思を優先し、アリサちゃんはひろくんの体調を優先する。それぞれの愛し方がある。互いに分かっているから、ひろくんに害が及ぶようなら家族であろうと排する──そういう超えてはいけない一線を。

 

「……聞いてる振りして聞いてないでしょ、すずか」

 

「アリサちゃんはアリサちゃんの考え方があるだろうから、尊重はするよ。だけど、受け入れるかどうかは別の話でしょう?」

 

「分かってるわよ……それでも口にするアタシの思いを分かってちょうだい。大翔はますます要としての重みが増したわ。アイツの体調や精神面の管理は神経質なぐらいで丁度いいのよ……」

 

 僅かに震える声に混じる不安。そんなアリサちゃんをアリシアちゃんと紗月さんがギュッと抱き締めて、大丈夫と声を掛けていく。

 

「アリサちゃん、大丈夫。みんな、その辺りは注意して見ているよ。だって、ひーちゃんはすぐに無茶をする性格って十分思い知ってるから。今だって、朱乃ちゃんが注意深く見てくれているから、私もここにいるんだもの」

 

『ひろ兄ちゃんには常に誰かつけておかないとね。アリサの言う通り、私達はひろ兄ちゃんを絶対に失うわけにはいかないんだから』

 

 フェイトちゃんがアリサちゃんの手を取り、強く頷く。思いは変わらないと。

 

「お兄ちゃんは何があっても守る。たとえ、命を投げ出してでも。その覚悟はとっくにしているから」

 

「フェイト……」

 

「そう簡単に死ぬつもりも無いけど。お兄ちゃん、一人でも失ったら、百年単位で後を引きそうだよ。ねえ、カリム?」

 

「ええ。命を懸ける覚悟は出来ておりますが、あの方を自分のせいで悲しみの奥底に落とすわけには参りませんわ。あの方を守り、自分も必ず生き延びる。だから、もっと力をつけなくてはなりませんね」

 

 カリムさんが強くフェイトちゃんの言を肯定する。そして、黒歌ちゃんに白音ちゃんが力強い言葉を私達へ投げかけた。

 

「命さえ繋いでくれれば、時間はかかっても必ず何とかするにゃ。まぁ、みんなから少しずつ寿命をもらうことにはなるだろうけど、極めた仙術の回復力ってのはちょっとした奇跡も起こせるから、任せておけってことにゃ」

 

「まだ私は黒歌姉さまのサポートになりますけど、そう遠くない先に単独でも姉さまの域に手を届かせてみせます。すずか姉さまも時間はかかっても、黒歌姉さまの力を理解していますからいずれ届きます。私達は生き延びさえすれば、必ず何とかなります」

 

 皆が言いたいことは既に言ってくれた。私はアリサちゃんの目をしっかり見て、一度強く頷いてみせる。それで十分だった。




サブヒロインクラスなのにいきなりかっ飛ばす会長。
やはり策士か……。


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第70話 内面の揺らぎ

 「……よし、この様子なら大丈夫でしょう。あとは月に一度のペースで定期健診という感じでいきますね。ただ、違和感などを感じたらすぐに報告を。早期対応が何より大事ですので、そこは徹底してお願いします」

 

「あらあら、私の息子は心配性ね?」

 

「……やっと叶えられた、朱乃さんが願い続けていた風景です。末永く続けて頂かなくては、何のために俺も命をかけたのか分からなくなりますから宜しくお願いしますよ、朱璃さん」

 

「ええ、分かっているわ。ありがとう、大翔くん」

 

 お母様の軽口にも乗らずに、真剣に答えた大翔さん。MRIに似た検査機器から身体を起こしたお母様もすぐに大翔さんの真剣さを察して、静かに頭を下げていました。

 

「バラキエルさん、朱乃さん。お二人も朱璃さんに違和感を感じればすぐに俺に知らせて下さい。こっちが忙しいからって絶対に遠慮はしないように頼みます。『家族』のことより優先することなんて、何もありはしませんから」

 

 両親の前だからと『さん』付けでこちらを呼ぶ大翔さんはちょっとしたお医者さんモードのようです。ただ、大翔さんの言うことはありがたく受け取り、私も徹底しますと答えるのでした。

 お母様は自分にとっても母親同然だと言い切ってくれる大翔さんに、ちょっと涙腺が危なくなりそうです。お父様は天井を見上げて懸命に耐えている様子ですしね。

 

「私よりもおそらくはお父様やアザゼルおじ様のほうが、仕事の兼ね合いもありますし一緒にいる時間は長いでしょう。おじ様にも必ずお願いして下さいね?」

 

「分かっている、朱乃。今回の件は本当にどれだけ感謝しても足りないよ、大翔君」

 

 大翔さんとお父様が話している間に、お母様は私の側へとやってきてこれからの予定を話しかけてきます。お母様は基本はお父様と一緒に動いて、おじ様の仕事を見張──いえ、補助を行うことになります。

 やっと家族としてやり直せる私達は互いに多忙であっても、週に一度は必ず一緒に食事を取ろうと約束を交わしていました。

 

「では、駒王時間で今度の土曜日の夕食ということにしましょう。あの人、朱乃に酌をしてもらいながら呑めるのが嬉しくて仕方ないみたい。ただ、大翔くんは連れてきて構わないわよ、うふふ」

 

「もう、お母様ったら。大翔さんだけをお連れするのは実質不可能だと分かっていますでしょう?」

 

「ええ。だから、最終的な人数は早めに知らせてちょうだいな? おそらく総督も来られるでしょうし、早めに準備してしまうつもりだから」

 

「分かりましたわ、お母様。その場合は早めに連絡するのはもちろんですし、私も晩御飯の用意は一緒にやりますから」

 

 先に戻っていったおじ様達を追う形でお父様とお母様が転移していき、このメディカルルームに残るのは私と大翔さん以外に検査の様子を見学していたシトリー眷属の皆さんです。

 それぞれに思うところ感じるところがあったのか、考え込むような顔をしている子がほとんど。由良さんと仁村さんは通常運転のようですけど。

 

「いやあ、空知さんのやることはややこしくて相変わらずよく分からないね。ただ、次々に浮かび上がる魔法陣が花火みたいで綺麗とは思ったけどさ」

 

「それはどうなんだよ、翼紗……」

 

「私は肉体労働担当だしね。私達のお師匠さんは味方には優しく、敵は容赦なく殲滅する身内思いの性格だって分かってりゃいいのさ」

 

「あと、空知さんの力に邪な気配は一切混ざってなかったですから! 姫島先輩のお母様に少しでも異常がないかどうか、張り詰めるような緊張感はこっちにも伝わってきましたけど……」

 

「……とまあ、留流子の言う通り。感覚でちゃんと分かる部分もあるってことさ、元士郎」

 

 自分達を肉体労働担当と評する二人も、大翔さんの意向を肌で感じ取っているようですし、シトリー眷属の僧侶二人組は魔法陣の構築術式から自分たちで生かせる部分を互いに話し合っていて、大翔さんから少しでも技術を盗もうと貪欲です。

 そんな中、普段と態度が異なる女性が二人。ソーナと椿姫です。ソーナはいつもの引き締まった顔ではなく、心がここにあらずといったボーッとした表情。自分が集中出来ていないことに気づくのか、何度も自分を引き締めようとしてはどこか気の抜けた顔に戻ることの繰り返しです。椿姫はそんなソーナを気遣ってか、彼女へ多くの意識を向けている様子を見せていました。

 私は大翔さんの近くにいる分、匙くん達の後ろにいるそんな二人の変化がよく見えるのです。

 

「さて、ソーナさん。次は貴女ですよ。こちらの寝台でも、そこの椅子でもいいので座ってください」

 

「……え?」

 

「そんなどうして私が……みたいな声を出すだなんて、自覚出来ないほど良くない状況みたいですね。魔力の流れが著しく乱れていますし、滞っている部分すら見受けられる。オーフィスとの模擬戦で相当無理をしましたか」

 

 大翔さんの指摘に私もソーナを注視してみれば、表面上は問題ないように見せているだけで、内部魔力の流れが明らかにおかしな状態でした。相手の魔力状態を観ることについて、まだまだ勉強中の私でも分かるぐらいだからよっぽどのことです。

 

「会長、診て頂くべきですよ。それと私以外の眷属は退室なさい。朱乃はこのまま大翔さんのサポートをするのよね?」

 

 大翔さんの言葉を受ける形で椿姫がそのまま流れを整えていく。自分以外のシトリー眷属に退室を促す方向へ有無を言わさぬ勢いで持っていく椿姫に沿う形で、私も皆さんを部屋の外へと促します。

 ソーナに好意を持っている元士郎くんがやや渋りはしましたが、念話で王としての弱さを見せたくないソーナの意思を尊重してあげて欲しいと伝えて、彼が動揺を見せる間に背中を一押ししたあとは手早く施錠を完了させてしまいます。

 

「……困りましたわ。自分で考えていた以上に大翔さん以外の男の子に近づくのが駄目になっていますね」

 

 もともと異性が苦手な傾向のあった私は、余裕のあるお姉様のような振る舞いをして自分を偽っていたところがありましたけれど、大翔さんというパートナーを得たことで彼以外の異性が至近距離に入った際の違和感や嫌悪感が、身体の反応としてそのまま出てきてしまっていました。

 必要に迫られて元士郎くんに近づいたわけですが、寒気や嘔吐感といった身体の反応が正直すぎて顔に出さないのもこれでは一苦労ですね。

 

「朱乃まで異性への拒否反応? 筋金入りになったというか、一途というべきなのか」

 

「行き過ぎては大翔さんの秘書を務めることもままなりませんもの……」

 

 でも、今は一種のプライベートみたいな時間ですし。ふふっ、大翔さんを抱き締めるだけで身体の強ばりが取れるのですから、私も現金ですわ。ただ、すずかさん達に相談して早めに対策を打たないと。

 

「満ち足りた顔をしちゃって、もう。大翔さんも甘やかしすぎちゃ駄目ですよ?」

 

「椿姫さん、朱乃はよくやってくれているよ。それに秘書にならないと一緒にいられないわけじゃないん……むぐっ……」

 

 大翔さんの唇は私の胸を押し当てることで封じます。甘えはしますけど、甘やかされるだけの女でいるつもりもありません。椿姫に言われるまでもありません。んっ……大翔さんの吐息がかかってくすぐったいですわ……。

 

「朱乃? 興奮するのは勝手だけれど、わりと差し迫った状況なのよ今」

 

 そんな熱気が覚めるような冷たい冷た~い声を出すことはないんじゃないかしら、椿姫。その声の裏側にはどうしようもなく私を羨み妬む気持ちが透けて見えるようですわ。

 

「ね、ねえ椿姫。私は平気よ? だからこんな強引なやり方で大翔さんの時間を奪うのは……」

 

「ええ。奪いにいったんですよ、ソーナ『お嬢様』? 私は貴女の女王でもう何年も貴女の傍で過ごしています。ですから筒抜けですよ……私の背中を後押しするどころか、お嬢様は表面上取り繕うことすらそろそろ限界ではありませんか」

 

 さすがに大翔さんを堪能している場合ではありません。名残惜しくとも私は大翔さんに身体の自由を返し、彼の横に並んでソーナの状態をもう一度確認します。

 

「……どうして思いつかなかったのかしら」

 

 椿姫以外の眷属が退室して、内面の揺らぎが表にも出てきているソーナの表情や瞳、赤みを増した肌は私が寝室でよく目にするもので、私自身も毎日その感覚を体感しているのに。

 ソーナは理知的な女性で悪魔らしい欲望を剥き出しにすることを嫌悪する節もあって、彼女の場合はあり得ないと思い込みから自分の思考から外してしまっていたのね。

 

「ええ、会長は大翔さんに発情しておられます。他の眷属の前では言える話ではありません」

 

「椿姫っ!?」

 

 大翔さんは自分のパートナーではない女性にはあえて鈍感に振る舞ったり、見てみぬ振りをすることもありますが、椿姫にこうもハッキリ言われてしまうと……。

 

「……朱乃、俺のせいなんだよな。ソーナさんがここまで追い込まれてしまっているのは」

 

 ほら、こうやって抱え込んで自責の心を強く持ってしまう。自身の恐怖感を越えて、信じられる対象となってしまえばどこまでも尽くそうとするような、そんな危うい彼の一面が。

 ですが、そんな彼の弱さに甘えて寄り添う者の一人となった今、彼が抱え込み過ぎるのなら……。

 

「いえ、大翔さんに責はありませんわ。理性で女の本能を制することができると言ったのはソーナですし、相手が何も差し出さずに助けだけを与える必要もないのですから」

 

 すずかさんやアリサさんなら、いざとなれば家を捨てるかあるいは家業に一切大翔さんを関わらせない覚悟はとっくに出来ていますし、私や小猫ちゃんにしても最悪の場合は、元の世界を離れ大翔さんと共に生きる心積もりが出来ています。

 

 もちろんリアスから喜んでサヨナラというわけでもなく、二つにひとつしか選択出来ない状況になった時の話です。今のリアスから離れたらブレーキ役が誰もいない大惨事になりかねませんから。

 学園では二大お姉様と呼ばれていますけれど、羨望と妬みの感情は裏表。純血悪魔ですから人の身で傷をつけることはできなくとも、心を責め立てることは出来る。奔放な部分や我が儘な一面もあるリアスは狙われやすくもあるのです。友人としても主としても、とても放っておけるものではありません。

 

 そんなリアスの隙を共にカバーしてくれているのがソーナでもあるのですけど、こと大翔さんが関わるとなれば別の話。ソーナは……これはセラフォルー様も同じことですが、シトリー家の跡取りであったり現魔王の立場であることとか、大翔さんに惹かれるのならばクリアして頂く大きな問題があります。

 すずかさんやアリサ、カリムさんが懸命に自分の役割を果たすのは共に支えるという大翔さんの負担を重たくしないがため。『愛され守られるだけの女には決してならない』……私達、大翔さんを愛する女の約束事です。

 

「大翔さんは自分を慕う女に甘過ぎなんです。匙くんとか祐斗くん達には甘やかし過ぎることなんてありませんのに」

 

 私は家族と和解するどころか、失った絆や繋がりまで与えてもらった。だけれど、私が大翔さんの親友の男性だとしたら……ここまで大翔さんが助けはしなかったと確信できてしまう。

 この辺りが根本的な女性への根深い不信感からくる大翔さんの歪みであり、身も心も捧げると誓いを立てた自分の女に対しての甘やかし方でしょうけど。そのために生死の境を彷徨うことも辞さないとなるなら、私達は打てる手を当然考えます。

 

 家族が一緒に生きられるのが一番というのなら、貴方を絶対に失うわけにはいかないんですよ? ……私の近い将来の『旦那様』を。

 

「そりゃアイツらは大切な誰かを守る、そんな男でいないといけないからさ。訓練であれなんであれ、全部こちらでお膳立てするようなことはしない。それに、俺に全部おんぶに抱っこなんて、アイツらから願い下げだっていうはずだよ」

 

「では、ソーナに対してもそのような接し方でいいと思いますわ。彼女はシトリー家の跡取り娘。領地に住まう多くの民を導き、守る必要があります。すずかさんやアリサさんが万を超える社員の方々の生活を保障しなければならないように。大翔さんだって、お二方と共に会社や家の仕事をこなすようになって、その重たさはより分かるようになったと仰っているではありませんか」

 

 さて、こうは言っても大翔さんが抱えると宣言してしまえば、私達は必死で支えて彼の負担を少しでも奪い取るだけなのですけれど……。ソーナが仮に思い留まったとしても、セラフォルー様は本気ですし。

 

「そうだけど、さ」

 

「分かっています。嫌な言い方をしましたけれど、結局私は大翔さんの負担が増すことで、貴方の身体が心配なだけです。これ以上多忙になるのを黙って見ていられませんでした」

 

 大翔さんの手がそっぽを向く私の手に触れて、静かに包み込みます。そして、少しの間を空けて『ごめん』と呟きました。その温かさに絆されそうになりながら、私は怒ってますのポーズを取ってみせます。私は貴方が心配なだけなの、大翔さん。

 

「私は貴方が無事で元気で隣で微笑んでくれていれば、それが一番なんです。女の子を増やしたとしても負けるつもりもありませんし、貴方を公私ともにずっと支えていく生き方を変えません。貫き続けるだけですわ」

 

「……うん。今のソーナさんは放っておけない。俺が彼女に恋愛感情を持っているかといえば、正直何とも言えないけど」

 

 あ、ソーナがガックリしましたね。椿姫も頭を抱えていますし。ただ、大翔さんは振り向いた私を見て話をしていますから、まだ気づいていません。

 

「身体に心が引っ張られて、自分の心を誤って判断してしまうのはあまりに酷い話だと思うからさ」

 

「そんなわけないじゃないですかっ!」

 

 彼の言葉に反応して、ソーナは大翔さんの腕に衝動的にしがみつきます。そして、冷静を常とする彼女の信条はどこへやら、ぶつけるのは赤裸々な彼女の本心でした。部屋の隅にこっそり転移してきたすずかさんと猫状態の黒白姉妹に気づかぬままに。

 こっそりというか気配を辺りに溶け込ませる転移魔術とか、仙術の熟達度と応用度合いが色々おかしいですね、ええ。転移してきた方向に視線が向いていたから、気づいただけの話ですし。

 

「確かに、女としての性的な興奮を覚えたのはあの夜の感覚共有が切っ掛けでした! 理性で本能を制するべきという考えも変わりません! けれど、けれど……身体に引っ張られたからじゃありません。私を、シトリーの娘ではなく、生徒会長といった枠でもなく、ただの『ソーナ』として見てくれる大翔さんに惹かれて! そうしたら、シトリーの血に流れる気質を無視できなくなって、それで、それで!」

 

 自分でも止まらない、止められないソーナは、シトリーの血族の力やそれを色濃く受け継ぐことによる弊害──いうなれば、『発情期の常態化』という自分が抱える問題を大翔さんに曝け出したのです。

 

「大翔さんには絶対にこの力を使わない、使いたくないっ! だけど、私は知らなかった! 貴方に惹かれた私の身体は、全然言うことを聞いてくれなくなって──!」

 

「ソーナさん、事情は分かりました。苦しいですよね、辛いですよね。……よく、耐えましたね」

 

 そんな錯乱にも似た状態のソーナを、大翔さんは声を掛けながら静かに抱き締めたのです。身体の拒否反応は、ありませんでした。




主人公はチョロイン。はっきりわかんだね。


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第71話 強欲を肯定する

「貴女やセラさん、椿姫さんに触れても大丈夫になっていることには薄々気づいていました。貴女達に信用を置いている自分を自覚してはいましたから。貴女とするチェス、最近は楽しみの一つになっていたんですよ」

 

「私は……望みは、あるって思っても、希望を持っても、いいんですか……?」

 

 おそるおそる大翔さんの背中に腕を回し、壊れ物に触れるように抱き締めたソーナは、声も同じように震えていました。

 

「俺って、現金な奴です。朱乃にも言われたばかりだけど、女の人から向けられる好意に凄く弱い。ソーナさんの言葉を聞いて、守ってあげたいなとか、離したくないなって感覚になってしまってる。最低と思いませんか?」

 

「思いませんわ……でも、同時に躊躇ってる。そうですよね?」

 

 震えがやや収まりつつあるソーナの唇からは、大翔さんの心を見据えている言葉が紡がれます。自分を異性として慕ってくれている匙君のこと、いくらソーナ個人を見るといっても必ずついて回るシトリー家の問題……。少し冷静さを取り戻せば、ソーナは現状がちゃんと見えているのです。

 

「うん。元士郎には恨まれるだろうし、少なくとも思い切り殴られるとは思う。それに、すずかやアリサの家の仕事を覚えるのに精一杯な俺が、ソーナさんの手助けが出来るのかって」

 

「シトリー家のことは、大翔さんに助けてもらうつもりはありませんよ?」

 

「ソーナさんにそのつもりがなくても、貴女と寄り添っていくということはそういうことですよ。学生の間だけの彼氏彼女なんて、俺は独占欲強いですからね。無理です。自分の女にするなら、一生自分の女にすることを前提に考える。だから、重たいって言われるんでしょうけどね」

 

 そんな大翔さんに惹かれる女も重たい事情を抱えていたり、深く思われることをむしろ喜ぶ女が揃っているわけです。ソーナも、椿姫ももちろん負担に思うわけも無くて。

 

「ふふ、私が当主になるのは百年単位で先ですよ? リアスの話ではありませんが、当面は父や母の仕事を一部代行しながら勉強する日々になるでしょう」

 

「お嬢様は私も補佐し続けます。大翔さんはお嬢様の心の拠り所でいて下されば、十分ですから。あ、私の心の拠り所であって欲しいのは、以前から伝えている通りですね、ふふふ」

 

 微笑むソーナに椿姫。私も意地悪なことを言い続けましたし、少しだけ二人の援護射撃をします。すずかさん、貴女も既に受け入れていますものね。

 

「大翔さん。ソーナや椿姫が他の男性に嫁いだり、あるいは抱かれることを想像してみれば答えはすぐに出るのではありませんか? それは彼女達を受け入れることでついてくる問題よりも、大きなことでしょうか」

 

「そう、だね。朱乃、確かに言う通りだ。俺も大概欲深いし、節操なしだ。でも、もうそんな自分を誤魔化すのは終わりにしよう」

 

 苦笑いになった大翔さんは顔を上げ、部屋にいる全ての者に宣言するように、強い口調で言葉を放ちます。

 

「ソーナさん、椿姫さん。節操がない俺ですが、決めました。俺の女になってください。いずれ、俺の子を産んで下さい。そして、その命尽きるまで傍にいて下さい」

 

「……はい、喜んで。私を、大翔さんのモノにして下さい」

 

「お嬢様と一緒に一生、ついていきます」

 

 まずはソーナと口づけを。続けて膝をついて高さを合わせた椿姫とも唇を合わせた大翔さんはソーナの発情状態を緩和するように、鎮静化の術式を施しながら魔力や気の流れを整え始めます。

 腕の中で嬉し涙を流し、熱い吐息をこぼしながら彼に身を任せるソーナに、そんな大翔さんに背中から抱きつく椿姫。二人ともとても満ち足りた表情へと変わっていました。

 

「すずか、俺は自分の欲深さをもう否定しない。そして、強欲になってみようと思う」

 

 ゆっくりと傍までやってきたすずかさんに、ハッキリと大翔さんは自分の意思を告げます。対して、受けるすずかさんも揺らぐこともなく、真正面から言葉を返していきました。

 

「うん。私が元とはいえば、嗾けたことだもの。だけど、約束して。私は今幸せだけど、これからもずっと幸せなままでいさせて。そして、ひろくんが腕を伸ばした女の子も必ず幸せにしてみせて」

 

「……ああ、当然だよな。誰にも渡したくないなら、自分が必ず幸せに出来なきゃ意味なんてない」

 

「もちろん、私もみんなも自分が幸せにいられる努力はするよ。ひろくんだけに任せることはないし、私だって貴方をずっと幸せでいられるようにする」

 

 すずかさんの腕から抜け出した黒歌と小猫ちゃんも人型に戻り、強く頷きます。

 

「大翔は私達をこれからも、これまでと同じように一生懸命愛して。そうしたら、私やみんなでずっと大翔を幸せにしてあげるからにゃ」

 

「兄さまが愛してくれる分、私はその倍をお返しします。欲深い、結構じゃないですか。兄さまも私達も幸せにいられる努力を続ければ、それは幸せな家族であり続けるってことですから」

 

「大翔さんの女達が抱える問題は、大翔さんだけが解決することではありません。家族になっていく私達がそれぞれの力を尽くして、乗り越えていくべきことです。ですから……」

 

 秘書としての仕事、本当に多岐に渡る事になりそうですね。まぁ、椿姫もそのつもりでしょうし、ソーナも月村家やバニングス家の仕事をこなすことで当主就任への準備にも繋がっていくでしょうから、容赦なく巻き込みます。

 

「…・…ありがとう。そして、これからもよろしく頼むよ」

 

 私達みんなが頷くのを見て、大翔さんは少し照れ臭そうに笑みを浮かべた後、改めてソーナへ声を掛けます。

 

「さてと、『ソーナ』。動けそうかい?」

 

「ええ、大翔『くん』。大丈夫、随分落ち着いたわ」

 

「……呼び捨てても別にいいんだよ? 俺もこれからプライベートでは遠慮なく呼ぶんだから」

 

「ううん、恋人をこんな風に呼ぶのにどこか憧れていたの。ソーナと呼ばれるのも、何だかむず痒い気分になるわ。少し前までは縁の無い話だと思っていたのに、不思議ね」

 

「これからは現実だよ、ソーナ。さて、元士郎に早く言わないとなぁ……」

 

「その辺りはちゃんと私から話をするわ。私が匙の王なんだもの」

 

「私も同席します、大翔さん。ただ、その上でどうしても匙が話をしたいとなれば、お願いしますね」

 

「ああ、『椿姫』。二人とも一度に自分のパートナーにするって言い出したんだ、それぐらいはもちろんやるさ」

 

 実際のところ、匙くんとはさほど大きな問題にはなりませんでした。見てりゃ分かるとのことで、ソーナの大翔さんへの想いは透けて見えていたようです。それでも、互いに一発ずつ殴り合ってチャラにするという、男の子らしいやり方で後腐れなしとしていましたね。

 アリサ達も予定調和だと言わんばかりの態度で、自分達へ割く時間が減ることの無いようにすれば構わないという話で終わりました。封時結界を張る分にはソーナや椿姫を除いて皆出来るようになりましたし、結界内の時間調整についても補助具を使えば私や黒歌もさほど負担無く出来ます。そもそも、千年万年の世界で生きようとする私達ですから、現実時間のスケジュール管理に関して注意しておけば結界内で過ごす時間が長くなっても大きな問題はなかったのです。

 

「ソーナちゃんを任せられるのは、確かにひーくんしかいないと思うよ!? 椿姫ちゃんも長い付き合いだもの、ひーくんに任せられるなら納得するけど! 他の男なら氷漬けにして砕いてるけどさぁ! だけど! 自分でも分かんないけど、一度に同時になんて、ずるいよ二人とも!」

 

 ……むしろ、核弾頭級の問題が一気に広がろうとしていたのです。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「大翔くんのために魔王を辞めるとまで仰っているのに、お姉様は何を躊躇っているのですか?」

 

 久方ぶりです、頭が熱で浮かされていないこの透き通った感覚は。大翔くんの調整により一時凌ぎではあっても身体の調子も取り戻し、それでも残るお腹の奥の疼きについては、望めば思いきり満たしてもらえるという安心感から、どこか限界の瞬間を楽しみにする余裕すら覚えていたのです。

 

 自分のことながら、なんと現金なことでしょう。大翔さんが私に好意を告げられたことで一気に天秤が傾いた趣旨の発言をしていましたが、その言葉を聞いて心が弾むような自分の感覚といい、『恋慕』という感情は理性では測りきれない未知の感覚なのだと思い知ります。

 同時に怖れる必要はないことも。私の想いは彼に届いている。だからこそ、彼を支えてあげたいという新しく芽生えた強い決意も、彼に相応しい女であろうとする向上心も、理を持って行動の規範とする私の思考も、緩やかに繋がり合って……全て私の中にあればいいのだから。

 

 すずかさんは言いました。出来るだけ早いうちに、大翔くんに抱かれるのが望ましいと。彼女も自分の血筋の兼ね合いで、定期的に発情期が襲ってくる体質であり、心だけでなく身体に──女の生殖器官である子宮に何度も精を注がれ、彼のモノであると教え込ませることで発情期の波が幾分緩和されるのだと言うのです。

 

『もちろん、子供を宿すのが一番の特効薬なんだけどね。結局、あの感覚って生殖本能から来てるから、身体が望んでいる人の子供を産めるのが何より効くみたい』

 

 高校卒業と同時に第一子を授かる人生計画のすずかさんですが、そんなリアルな事情もあったわけです。

 

『でも、大丈夫。あの時期が楽しみになるぐらいには、ひろくんはすっごく気持ちよくしてくれるよ? ソーナさんの血の強さにもよるけど、今の身体に生まれたことを感謝するようになるよ。保障してあげる、うふふ』

 

 恐ろしいやら待ち遠しいやら。すずかさんの笑みが真に迫っていたので余計に、自分の身体に訪れる変化に少しの不安と大きな期待を覚えてしまう。大翔くんの魔力や気は温かい。あの温もりに包まれて抱かれるのなら、不安が大きくはなりませんから。

 あと、これは余談ですけど、大翔さんが互いの力の複写や譲渡が出来ますけれど、体質的なところまでは個人差があるのだそうです。私達に出会う前からすずかさんの力を受け取ったアリサやアリシアさんも、寿命は伸びたものの発情期はそれほど強くなかったりするのだそうです。アザゼル総督が定義した『スキル』と考えると、固有スキルはレベルも上がらないし、個人の資質によって発現度合いが変わるのではないかと、大翔くんやすずかさんは推測しているとのこと。

 

『なので、ソーナさんのシトリー家固有の力を受け取っても、ひろくんに致命的な影響は出ないし、むしろひろくんが仙術の力を使わずとも絶倫になるのはウェルカムだよ、うんうん。ひろくんは渡す力の取捨選択が出来るし、皆いつでも発情状態ってことはないからね』

 

 嬉しそうでした、すずかさん。確かに大翔さんのパートナーは私や椿姫を含めて、ついに二桁に到達しています。ですので、大翔さんは夜の帝王であればあるほどいいと彼女は言うのですが。あと、黒歌も大歓迎と言っていましたね。エロ猫です。

 

「分かんないよ。ソーナちゃんじゃないけど、私は恋愛なんてしたことないもん……」

 

 屋外のテラスをお借りした私とお姉様ですが、いつもの軽い口調はどこへやら、不安を吐露するお姉様は自分の心が分からないといった感じです。

 

「大翔くんを抱き締めたり抱き締められると安心感や幸福感を覚えるんですよね?」

 

「そうだよ~? でもそれはソーナちゃんでも同じだもん。それに、私は血に塗れ過ぎたよ。ソーナちゃんやひーくんをお姉ちゃんとして見守れるだけでも、すっごく恵まれていると思うもん☆」

 

「ん~、血で塗れたと言いますが、あの人も大概ですよ~?」

 

 差し入れ持ってきましたとやってきたのは、クアットロさんという大翔くんの協力者です。実際には犯罪組織の一員だと言いますが、大翔さんとは良好な関係性を保っているようです。朱乃達が焼いてくれたクッキーやパウンドケーキですが、ふむ……今度一緒に作るとしましょう。形が若干悪いのはフェイトさんのお手製ですが、これも本当に美味しい。

 

「あの年で清濁合わせ飲めるってことはそれなりに場数を踏んでるってことです~。十年近い取引相手となりますがぁ、おっ、もぐっ、またフェイトさんも腕を上げましたねぇ……殺しの経験こそ少なくても傭兵の経験も豊富ですしね、相手を腕や足をもいで再起不能に追い込んだ数は相当ですよ?」

 

 基本的に家族や近しい者さえ無事なら他人の犠牲は構わないし厭わないっていう人ですよ、と彼女は言う。

 

「おっそろしいですよ、私は。あの人を優しい人と評する月村さんも恐ろしい方ですがぁ」

 

 本当は彼が利己的だということを伝えたかったというところでしょうか。ただ、悪魔である私からすれば、それこそ見返りがなく他人のために尽くせるというより余程信用に値します。私が愛情を注ぎ続ける限り、彼は私を決して裏切らないという裏返しでもありますから。

 

「……ご助言、ありがとうございます。『参考』になりました」

 

 彼女は差し入れのついで程度に波紋を投げ込んだつもりなのでしょう。悪意のある愉快犯ですね。そして、すずかさんへの意趣返しもあるといったところでしょうか。直接害意を加えられないように何かしら術式を掛けられているようですから、少しでも間接的に火種になればと……そんな意図ですね。

 足早に去る彼女を見送り、お姉様と顔を見合わせます。そして、どちらからともなく私達は笑みをこぼしたのでした。

 

「アハハ……悩む必要無かったってことかな☆ ふふっ、そっかぁ☆」

 

「ええ、お姉様の華麗な戦績を知っても彼の態度は変わらないということですね」

 

「んー、でもほんとに分からないよ。男の人を愛する感覚って。気に入るのとはまた違うでしょ? それに、ひーくんはソーナちゃんの未来の旦那様になるわけだし……」

 

 私は大翔くんのパートナーになった以上、両親の説得は避けて通れないわけですが、最難関がお姉様であるために後は消化試合に近いものがあります。お姉様が納得する男性ならば、あとは政治家や経営者としての資質が致命的でない限り、お父様とお母様は認めてくれるという予測も出来ていました。

 それに、本気で彼に惹かれたことで、シトリーの血による発情をも受け止められる相手となれば、最終的には拒否できようがないのです。私の身体と心を守るという意味でも。

 

 それよりも、目の前のお姉様のほうが深刻です。なんですか、私以上の恋愛へたれですか。拗らせまくった果てに、初恋でどうしたらいいか分からない初心な少女みたいな反応は……! 結婚適齢期を過ぎつつある女悪魔とは到底思えません。

 

「ソーナちゃん、本気でひどくない!?」

 

 おっと、いけません。心の内が言葉として漏れ出ていたようです。

 

「隠すつもりもなかったよね!? ふーん、いいよ! いいもん! どうせ私はとうの立った嫁き遅れの拗らせまくった年増悪魔ですよーだ! ふんっ!」

 

 ううん、諭すのにはどうやら失敗したようです。お姉様は余計に頑なになってしまいました。

 

「むしろ弄って楽しんでたよね~ソーナちゃん酷いよ……」

 

 止むを得ません。それに先程のホッとした表情といい、お姉様が大翔くんをどう思っているのかは十分見えました。なので、後はお任せします。私や椿姫は今から身体を綺麗に磨き上げるなど、大切な準備をしなければなりませんので。

 

「え? 任せるとかどういうこと?」

 

 私がそれ以上を口にする必要も無く、テラスの隅に現れる深紅色の転移魔法陣。答えは明確でした。

 

「大翔くん、すずかさん、フェイトさん。申し訳ありませんが、後はお任せ致します」

 

「な、ななななな、なんでこのタイミングでひーくん達が来るの? ソーナちゃん!?」

 

 念話で会話の内容が筒抜けとか、転移のタイミングを伝えたとか、そんなこともあるかもしれませんね。

 

「ソーナちゃんの意地悪! 鬼! 悪魔! あ、これじゃ悪口になってない……」

 

 声帯模写をされているような気分なのでしょう。すずかさんは苦笑いしながら、私に椿姫の状況を伝えてくれます。

 

「大浴場で朱乃さんやアリサちゃんが気合入れて待ってるよ。椿姫さんが先に生贄になってるから、早く行ってあげてね」

 

「ふふ、それはいけませんね。急ぐとしましょうか」

 

 欲深さから目を背けないと言い切った大翔くん。後はお姉様次第。フェイトさんを同行させているのも、お姉様の気持ちを促すためなのでしょう。

 さぁ、ここがお姉様にとっての分水嶺です。私は先に行って待っていますからね?



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第72話 レヴィアタンではなく、セラフォルーとして

筆が乗る間に更新を集中するスタイル。なおそろそろエネルギーが切れる模様。


 また悪巧みをしていた眼鏡の戦闘機人の悲鳴を遠くに聞きながら、私やお兄ちゃん達は朱乃の世界の四大魔王であるセラフォルーさんとティータイムの時間だ。黒歌と白音は必殺仕事人みたいな役割をこなすようになってきてるね、お疲れ様。後で作ったパウンドケーキを分けてあげようっと。

 

「セラさんのご両親ってどんな方か、セラさんから見た印象を教えて頂けませんか」

 

 お兄ちゃんはまた一皮むけて凛々しくなったと私は思っている。強欲になっただけだとお兄ちゃんは言うけど、私やすずか達のわがままをずっと聞き続けてきてくれたお兄ちゃんが多少我欲を出したところで、私はホッとするだけ。

 

 女の子が増えることには、何も思わないわけじゃないけど。ただ、お兄ちゃんがそれで私への時間を減らすことはないと分かっているし、増える人の分、お兄ちゃんの負担が増えるのをどう支えていくのかはすずかや私達の負うべきことだから。優秀な人ばかりだし、私は自分に出来ること──お兄ちゃんの身と心を守り、お兄ちゃんの矛であり盾であることをしっかり務めていこうと決めている。

 朱乃も黒歌も白音も結界内で数えれば三か月ぐらいを一緒に過ごしているけど、もともと『家族』に飢えていたからか、お兄ちゃんだけでなくて皆をとても大切に思っているのが分かる。三人とも力や知識を身につけるのにも本当に貪欲だし、もともと美人さんだったのに、さらに磨きがかかってる。

 成長期がきた白音がこの辺りが一番顕著かもしれない。肩の下ぐらいまで伸びた白銀の髪に私より少し小さい程度まで伸びた背丈、胸も膨らんでお尻回りも丸みを帯びて、一気に大人の女性に近づいた印象を受けるね。私達の中で一番の健啖家には変わりないけど、鍛練時の運動量も一番かな。朝夕の鍛錬とは別に、高町道場で私やお兄ちゃん、すずかやアリサ達と一緒にヘトヘトになるまで身体を苛め抜いているしね。恭也さんが帰国した時なんか、うん、ちょっと思い出したくないかな……流石は高町家、としか。なのははあの戦闘の才を全部魔導師の才能に振り分けたんだね、だから管理局史上最強のエースとか呼ばれてるんだよ。

 

「え? 私のお父様とお母様?」

 

「ええ。いずれお会いしなければなりませんし、どんな考え方や性格をしておられるのか、セラさんから見るシトリー公爵と公爵夫人を知りたいんです」

 

「それは構わないけど、ただ、ひーくん。本当にシトリーの家のことまで抱える必要は無いんだよ? ソーナちゃんは優秀だし、私だって魔王を辞めたらサポートに回れるし……」

 

「ソーナには……というより俺の女はみんな、近い将来俺の子を産んでもらいます。ですから、シトリー家の次代を継承する子の父親になるわけですし、避けて通れるわけが無いですよね」

 

 セラフォルーさんは絶句していた。お兄ちゃんの言葉には気負いも無く、自分が希望する未来に付随する役割として『当たり前』のように告げている。

 

「ちょ、ちょっと待って! だって、ひーくんはすずかちゃんやアリサちゃんの婚約者でしょ!? こっちの世界の世界規模の企業を支える役割があるじゃない!」

 

「ええ。すずかやアリサを俺の女にしている以上、当然二人の家業を支えるのは当然でしょう。当主はすずかやアリサになるかもしれないけど、だからといって俺が何もしなくていいわけじゃない。ソーナにしたって同じ事です。そうじゃありませんか」

 

 お兄ちゃんのぶれない言葉に深い息を一つ吐いて、セラフォルーさんは首を左右に振りながら悲しげに呟く。

 

「ひーくん。世界規模の企業をもう一つ抱えるようなものだよ? それを分かって言っているんだよね……」

 

「ええ。だから、必死で学ぶ必要がありますね。ですから、ソーナや椿姫には早急に資料を集めるように伝えています。叩き込める情報からすぐに頭に入れていかないと」

 

「潰れてしまうよ、ひーくん。魔王の仕事も相当だけどそれが比にならないほど、ひーくんは多忙になる。眠る時間もままならないほどに」

 

「潰れませんよ。時空に関わる魔術は俺の一番の得意分野です。それにすずかやソーナ達が俺が潰れるまで放っておくわけがない。遠慮なく頼ります。俺では及ばないような、才知に溢れた女の子ばかりですから」

 

 そんなお兄ちゃんは努力の人だ。初めて取り組むことを最初から器用にこなすタイプじゃなくて、飛び抜けた集中力で為すべきことを覚えて、身体や頭に叩き込むのが得意。だから、反復は絶対に必要な人。ただ、身につけてしまえば、その技術や技能に対してすごい安心感がある。徹底的に使いこなそうとするからね。

 

「それにセラさんも俺を守ってくれるんでしょう? 護衛的なことだけじゃなくて、家同士の付き合い方とかそういうシトリー家としてのノウハウや知識も教えてもらいますよ」

 

「……ずるいなぁ。うん、言ったよ☆ 私はソーナちゃんやひーくん達を守るって☆ だけど、ソーナちゃんや椿姫ちゃんを受け入れると決めた途端、一気に規模の大きい話を当たり前のようにするんだもん☆ 流石のお姉ちゃんも戸惑っちゃうぞ☆」

 

「戸惑いついでにもう一つ、聞いていいですか」

 

「何かな? ふふ、ちょっと怖いけど☆」

 

「俺を守ってくれるというのは、ずっと姉としてのままですか?」

 

 再度、セラフォルーさんの時が止まる。瞳は大きく見開かれて、その奥に戸惑いや隠せない期待感が浮かんでいた。

 

「ソーナや椿姫、セラさんと結界内で過ごす時間も随分長くなってきましたよね。俺はセラさんの明るさに気持ちが軽くなることも多かったんです。デバイスのステッキやバリアジャケットの改良でもずっと目を輝かせていて、年上のお姉さんなのに子供みたいにはしゃぐのが可愛いなと思ったり、でも、普段はセラさんはずっとお姉さんをしていて。軽い言動に見せかけて、鍛錬の時もしっかり全体を見てくれていた。姉さんがいたら、こんな感じなのかも知れない。そんな風にも思ってました」

 

 ある意味お兄ちゃんの前には正直な一面を見せ続けていた彼女に警戒心が解けたことで、お兄ちゃんにとってセラフォルーさんは一人の女性として映ったんだね。

 

「ソーナに言われました。悪魔らしく欲深さを肯定するなら、姉が他の男に抱かれることを想像してみて下さい、と」

 

「……私が、他の男に? アハハ、ないない☆ だって魔王で少女趣味のいい大人だよ? まぁ、私はこんな私自身を気に入っているからいいんだけどね☆」

 

「俺にとっては可愛い女の人ですよ、セラさん」

 

「あ、う……ど、どうしたのかな! ひーくん、まるで私を口説いているみたいだよ☆ や、やだなぁ……」

 

「そうですね、否定しませんよ。さて、質問はこの二つです。教えて頂けますか、セラさん」

 

 ここで一旦お兄ちゃんは言葉を止めた。そして、左右に座る私やすずかが思わず伸ばしていた手をそっと握り返してくれた。

 

『すずか、フェイト。こんな場に付き添ってくれて、ありがとう。……二人とも愛しているよ。これまでも、これからも変わらず』

 

 念話の声色は私達への気遣いと思いが込められていた。立会いをすると頷いたのは私達。それでもお兄ちゃんは、想いを言葉として伝えてくれる。

 

『正妻の座は譲らないし、だからこそこうして立ち会ってるの。それにひろくんがこうして女の人を自分のほうから口説くのが見られるなんて、なんか感無量というか』

 

 すずかの念話はセラフォルーさんにだけ聞こえないもので、その内容を聞いた私はすずかもお兄ちゃんに対して複雑な愛情を持っているなと改めて思う。嫉妬もするけど、自分を慕う女性を幸せにする度量は見せて欲しいという一面もあるし、こうしてどこか母親みたいな視点を持つこともある。

 

『すずかも本当、お兄ちゃんじゃないと幸せになれない女だよね』

 

『当たり前だよ、フェイトちゃん。今さら何を言うのかと思えば。ひろくん相手だからこそ、私は幸せになれるんだから』

 

 ややっこしい背景だったり性格を持っているからこそ、お兄ちゃんの存在が心にピタリとはまっちゃう。基本、自分に好意を向ける女の子は全肯定だし、一人ひとりにどこまでも真剣だし。身体の相性も必ず良くなっちゃうとなれば、ねぇ。

 うん、お兄ちゃんが自分から落としに掛かる人じゃなくて本当に良かった。セラフォルーさんに対して落としにかかってるのも、相手からの好意を受けてのことだしね。さてと……私もこの場にいる役割を果たそうかな。

 

「えっと、ひーくんの一つ目の質問はいくらでも答えるよ。ソーナちゃんと一緒でもいいし、椿姫ちゃんも一緒に住んでいた時期があるから、それぞれの視点で聞くのが参考になると思う。ただ、その、あの、先に二つ目の質問についてなんだけど……その」

 

 ここで引いてしまうとセラフォルーさんも私のように何年も悶々とすることになる。ソーナとずっと連れ添うなら、セラフォルーさんが加わっても私達の進む道は結局同じ道に落ち着く。

 

「セラフォルーさん、話に割り込んでごめんなさい。でも、私は貴女に言っておきたいことがあるんです」

 

「……怖いぐらいに真剣な顔をして、どうしたのかな?」

 

「妹でいい。そう思って過ごしてきた数年間は、自分の心を少しずつ削り落として壊していくのと同じことでした。違っているならいいんです。ただ、貴女のお兄ちゃんへの想いが姉としての家族愛だけじゃないというのなら、躊躇わないで下さい。私と同じ思いをするなんて真っ平ですから」

 

「フェイトちゃん……」

 

「お兄ちゃんは貴女が他の男性の隣で微笑むのを見たくないと考えたし、その微笑みも心からのものじゃないとしか思えなかった。貴女自身はどうなんですか? お兄ちゃん以外の男に抱かれて、子供を産んだセラフォルーさんは幸せそうに笑えていますか?」

 

「いやあ、子供を産んでる自分自身が想像できないかな……ソーナちゃんの子供が産まれて、その風景を見ながら酒を煽ってる自分ならあっさり思い浮かぶんだけど……タハハ。それに先の戦争で私は万単位で敵勢力の兵士を殺めたんだよ? そんな私が子供を望むなんてお笑いだよ☆」

 

 ダメ大人と一瞬思いかけた直後の言葉に一気に心が冷えていく。軽い口調とは裏腹に、この人は自分自身をとっくにずっと責め続けていたのだと気づく。それこそ悪魔の生だ、数百年単位で自分を──。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 魔王に就任して外交を担い続けてきたのも、自分の趣味に埋没するようになったのも……セラさん自身の心の自衛反応でもあったんだ。ソーナを過保護なまでに大切にして守ろうとするのも、その延長にある。そうでなければ罪悪感に潰されるから、だ。彼女の元来の性格は今表に出しているものじゃないと確信する。

 

 ……嗚呼、まどろっこしいやり方は、もういいよな。俺はセラさんを守りたい。そう想ったんだから、やることは一つ。

 

「じゃあ、万を超える子を育てましょうか、一緒に。命を殺めたのなら、同じ数の命を拾い上げ育て上げましょうよ。自己満足だって揶揄する連中はいるでしょうけど、それでセラさんの心が安らぐなら黙らせます」

 

 彼女が異種族殺しであろうと、俺にとってセラさんは不器用で真っ直ぐで可愛い女の人だ。手を出すのを、伸ばすことを躊躇しないと決めた。すずか達はもちろん、ソーナも椿姫も、望んでくれるならセラさんも俺に一生連れ添ってもらう代わりに、俺の元で幸せをつかんでもらう。彼女が心から笑えるように、俺自身の手で叶えてみせる。

 

「俺も万までは届きませんが、千を越えるぐらいに心を砕いて廃人にはしてきてます。恨む心すら壊しておかないと、どこから反撃されるか分かりませんから。すずかやアリサに危害を加えようとする奴らはコンクリートと共に暗い海の底へ沈めましたけどね」

 

 命に手を掛けるというところまでいったことは数えるぐらいしか無いけれど、その判断に迷いはないし振り返ることも無い。俺の基準は恋人や家族だ。そこが揺らいでしまえば、全て意味がない。セラさんは、きっと俺よりも優しい。

 

「俺の手だってとっくに血で染まってますよ。セラさん、こんな俺の手は気持ち悪いですか?」

 

「ひーくん、その言い方も本当に卑怯だよ……それにすごく、悪魔らしく傲慢で強引だよ。……参ったなぁ、ねえ本気で、私について回る柵もひっくるめて、私が欲しい?」

 

「ええ、貴女が抱える事情も全部まとめて、貴女を俺のものにしたい」

 

 立ち上がり、テーブルの向こう側のセラさんのすぐ隣で椅子に腰掛けている彼女と同じ高さで目を合わせる。丁寧な口調ももういらない。セラさんを、セラを俺のものにしてから、後は考えるべきことだ。

 

「……セラフォルー、俺の女になれ。姉の役割をしたいのならそれもいい。ただ、俺の女になった上でそう振舞え。お前は俺の元で幸せにする、そう決めた。他の男にくれてなんてやらないし、一人身を貫くことも許さない」

 

「無茶苦茶だよ、ひーくん……」

 

「形振り構わなかったら、貴女は逃げる。だから、逃がしてなんかやらない。本気で嫌なら、突き飛ばせ」

 

 腕を取る。引き寄せる。押し返そうとするセラさんの手の力は、無いに等しかった。

 

「後悔するから、絶対。ソーナちゃんなんか目じゃないぐらい、ややこしくて重たい女なんだから。寄り掛かっちゃうんだから、私。毎日愛してるって言って欲しいぐらい、言うよ?」

 

「付き合うと同時に結婚と出産のことを考えてくれっていう男だよ。逆に釣り合いも取れてる」

 

「馬鹿ぁ……☆ 離れないからっ、ひーくんが私の旦那様だって、ずっと自慢しちゃうんだから。悪い夢を見そうになったら一晩中くっついて離れないんだからねっ。もう取り消し効かないんだか……んっ、あむっ、ん……」

 

 可愛い発言を繰り返すお姉さんの唇を奪う。懸命に答えようとするいじらしさが愛しい。糸が二人の唇を伝うぐらいまで口づけを繰り返した後、彼女は泣きながらも確かに微笑んでいた。

 

「好きだよ……こんな拗らせたお姉さん捕まえて、ひーくんは本当に悪い男だよ……。でも、大好き。もう離れないよ、絶対。魔王辞める協力も、シトリーの家のことも頼っちゃうからね? その代わり、ひーくんの敵は全部私が永遠の氷像にしてあげる。ひーくんに指一本触れさせたりなんかしないんだから……」

 

「ああ、俺も大好きだ、セラさん。貴女の面倒事は俺が全部片付ける」

 

 本当に全てが俺ってわけにはいかないだろうし、すずかやソーナの力を借りる場面も多いだろう。でも、セラさんだけに背負わせたりなんかするものか。

 

「セラって呼んでよ、ひーくん。ひーくんのパートナー以外がいる場所ならさん付けでも我慢するけど、なんかすごくひーくんの女になった感じがするから、セラって呼ばれたい」

 

「分かった、セラ」

 

 もう一度、口付ける俺に、瞳を閉じてまた一生懸命答えようとするセラ。可愛くて脆さもあるのに、懸命に強くて気後れしない女性を続けてきたセラ。まずは、彼女が安心して泣いて甘えられる居場所になろう。

 

『やだ、強引なひろくん、すごくいい……私もやってもらいたい……』

 

『晩にやってもらおうよ、すずか。気持ち良さも格別になれるよ』

 

 二人の要望も後で答えるとしようか。可愛くて愛おしくて仕方がない俺の女達の望みに答えるのが俺の役割だし、何より俺自身が答えてあげたい。愛すれば愛するほど、女の魅力を増していくパートナーばかりなのだから。




セラさんがセラさんじゃない感はどうかご容赦くだされ。
可愛い拗らせ系お姉さん、いいと思いませんか?
絶対溺愛してくれますよ、ああダメ人間になるぅ~。

次回は三人娘の初体験になる予定です。


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第73話 三重奏(※)

三人娘とのバトル、始まります。


 「貧相な身体でごめんなさい、大翔くん」

 

 思わず謝ってしまう私。彼と愛し合う日々を重ねることで、この身体が赤ちゃんを育むのに適した状態へと変化するのは聞いていますし、塔城さんを見ていれば一目瞭然です。それでも今は、他のパートナーに比べて抱き心地の悪い私の身体。どうしても劣等感や申し訳なさを覚えてしまって。

 

「なんで謝るのさ。それなら俺もイケメンじゃなくて申し訳ないって話になる。ソーナに限ったことじゃないけど、街を歩けば確実に目を引くレベルの美人さん達が傍にいてくれてるんだから……怨み妬み混じりの視線がすごいよ、毎度のことだけど」

 

 その度にすずかさんが本気で呪い返そうとするのを止めるまでが一連のお約束なのだとか。

 すずかさんやフェイトさんは大翔くんが外見も内面も含めて自分の理想の男性という意識が確立していて、一般的なハンサムさんには全く反応しなくなっているため、すずかさん達からすれば大翔くんより格好良くなってから初めて文句を言えと本気で思っているそうで……大翔くんやアリサが苦労性なのが分かりますね。

 

「開き直らないと、こんな美人ぞろいの中でやっていけないよ。萎縮してどうしようもなくなる。だから、俺はソーナが俺の女になって間違いなかったと誇れるように、毎日を真剣に頑張るだけだ」

 

 こうして話をしている間も、彼から注がれている魔力や気が私の体内を巡り続けている。彼の腕の中にいる私は直接肌に感じる温もりと内側から温められる二重の感覚に包まれながら、お腹の疼きが徐々に強まっていくのを感じていた。

 

「じゃあ、まずは私の身体に貴方のモノになって間違いなかったと思い知らせて……?」

 

 大翔くんはシトリー家だけじゃなくて、冥界にとっても重要な存在になる。悪魔と堕天使の幹部と親しい関係にあり、無限の龍神を師であり友としている現時点でも、既に代えのきかない唯一の人。

 だけど、私は彼をただの大翔くんとして愛するのだ。理詰めで凝り固まっていた私を解き解し、さらに私元来の強い性衝動を受け止めると誓った彼を。そう、この気持ちは理屈では量れないのだから。

 

「ああ、思い知らせてやる。……ただ、最初は身体を慣らさないとね。焦らされるのと似た感覚になる。どうしても衝動が抑えきれなくなったら、ちゃんと言ってくれよ?」

 

 このベッドの上には、感覚を共有している椿姫とお姉様が私達を挟むように身を横たえている。身を隠すものは何もない。私達はありのままの自分を大翔くんの前にさらけ出していた。

 

「……ええ。逆に大翔くんこそ、これだけ血管が浮き上がって、ガチガチになっているのに痛くないんですか? 我慢せずに貫いて頂いても構いませんから、ね?」

 

 私の後ろ側で椿姫がなんて逞しい……と、熱の籠った吐息を吐いているけれど、私の下腹部に当たって今も強く大きく硬さを保ったままの彼の生殖器。

 そのある種の凶悪さに唾を飲み込み、喉を鳴らしたのはお姉様。お姉様も大翔くんに口説き落とされた結果、私達と一緒に初夜を迎えることになったものの、見られる恥ずかしさに耐えきれず、彼の背後にピタリくっつくような体勢を取っていた。

 

 魔法少女の格好で人前に出るのは恥ずかしくないのに、意中の人に裸身を見せるのは恥ずかしくて仕方ないお姉様。知らなかったお姉様の可愛らしい一面が次々に表に出てきて、お姉様がこれまで以上に身近に感じられる。それを引き出してくれた大翔くんに、私はどんどん惹かれていく。恋愛に頑なだった私をこうも容易く変えていく。そんな自分を嫌だと感じないぐらいに、もう変えられている。

 

「だ、大丈夫。まじまじと見られると恥ずかしいけど、ソーナ達に正常な反応をしているだけだから」

 

「……嬉しい。ふふ、女の魅力など二の次と思っていた私が、貴方に焦がれてこんな風に感じるようになりましたから」

 

「変えた責任は取るよ。変わったことを後悔させるもんか」

 

 ええ、後悔なんてしませんから。うふふ、早く貴方を受け入れたくて仕方ないの。強まる疼きと心の昂ぶりが、全部貴方へ向いている。変わった私に貴方を刻み込んで欲しいと。

 

「あうぅ……ソーナちゃんが強いよぉ……。なんでこんな皆に見られてるのに、堂々とひーくんを見ていられるの?」

 

 むしろお姉様がヘタレ過ぎなのではないですか。ふむ……疼きがまだ耐えられる間に、先にお姉様に助け舟を出すべきですか。感覚共有をしているはずなのに、尻込みしてしまってる部分が強いですからね。

 

「椿姫」

 

「なんでしょう、お嬢様?」

 

「大翔くんに身体と心を解して頂くばかりでは、彼のパートナーとして精進が足りないと思うのです。たとえ今日が初夜としても」

 

「言わんとしてることは分かります、お嬢様。大翔さんのパートナーは愛されるばかりでなく、愛することについても一生懸命ですもの」

 

 何を言い出すんだ、といった大翔くんの発言はひとまず聞こえぬ振りです。これだけ寄り添っているのに、聞こえないわけはありませんけどね。

 

「それに緊張のあまり、身体が凝り固まっていては上手に大翔くんを受け入れることもままなりませんから」

 

 この言葉にベッドの周りで一早く反応してくれたのが、すずかさん、フェイトさん、カリムさんの三人であった。大翔くんに愛され続けることで、同世代とは思えぬ色香を纏うに至った見事な裸体を一切隠すことなく、三人は堂々と傍へと近づいてくる。

 

「感覚共有して、いいのかな?」

 

「ええ、すずかさん」

 

 術式を組む動作は最小で最速のもの。それだけでも彼女が日々の鍛錬にいかに励んでいるかが見えてくるようだ。そうね、これからはすずかさんとそういう話も出来るんだわ。

 

「は、ぁ……すごいね、ソーナ。こんな疼きをずっと耐えていたの? 一人で耐えるなんて、狂っちゃいそうだよ」

 

「ふふ、随分と崩れかけましたけどね。でも、今はもう平気だから。大翔くんのものになれると分かっているから、怖れる必要は無いもの」

 

 同じ女であってもぞくりとくるほどの色艶を増したフェイトさん。発情によって肌の赤みが増し、潤んだ瞳に見つめられれば、男の理性を吹き飛ばす威力を持っているのでしょう。

 

「そうだね、うん。……お兄ちゃんに、『ご主人様』に貫いてもらえるんだもん、蕩けきった身体を食べてもらえばいいんだもんね……その前に、しっかりとご奉仕しなきゃ……」

 

「フェ、フェイトちゃん、なんかスイッチ、入った?」

 

「ええ、フェイトさんは昂ぶると、大翔様が愛しい『お兄様』から絶対の服従を誓う『ご主人様』に変わるのですわ」

 

 お姉様の言葉に答えてくれるのはカリムさんだった。彼女は最初から大翔くんを神聖化している部分が強く、主人として仕えることを名誉に感じているのだという。すずかさんとは違う立ち位置であっても彼を絶対視していることには変わりなく、二人は気の合う部分も多いのだとか。

 

「さて、二人とも。ひろくんへのご奉仕の実演だよ? ソーナさん達の見本になるように、ね」

 

 私達は大翔君の背中側に移動して、彼が三人の奉仕に集中できるように彼の背中を支えるような体勢になる。ベッドに上半身だけ身を起こした大翔くんに対して、正面と左右の斜め対面に移動した三人は声を揃えて、彼への宣言を行うことから始めた。

 

「ひろくん」

 

「ご主人様」

 

「大翔様」

 

『今から、私達をいつも気持ち良くさせてくれるおちんぽ様に私達のおっぱいを使ってご奉仕させて頂きます』

 

「……念話か何かで下打ち合わせまでして、声の調子まで揃えなくても……」

 

「こういうのは導入も大事なんだよ? ひろくんに今から尽くしますって宣言するところから始めるの」

 

「あえて口に出すことで、自分が大翔様にご奉仕させて頂くのだと気持ちが入りますし」

 

「自分に私はご主人様のモノだと、ちゃんと再認識させる意味もあるんだよ……? 分かってるつもりでも、自分でそう考えることで初心に戻れるからね」

 

 性奉仕の精神を説かれてしまった大翔くん。なんだかとても複雑そうな顔になってしまいましたが、アリサの『アンタだけに向けられる感情なんだから、諦めも肝心。度量を見せるんでしょ』と諭され、宜しくお願いしますと頭を下げるのでした。

 

「ふふ、ひろくんが頭を下げる必要は無いのに。でも、それがひろくんだよね。あぁ、すごい脈を打ってる……」

 

「大翔様らしい、ということですよね。ああ、大きくて逞しいですわ……」

 

「熱もすごいよ。私達だけじゃなくて、ソーナや椿姫達との初夜だから、ご主人様は余計に興奮してるんだ……ああ、この臭いだけでキちゃいそうだよ……」

 

 言った先からフェイトさんは微かに震えました。あの反応は軽く達してしまったのでしょう、口にはしませんが。感覚を共有する私達もやはり、身を震わせることになりましたので。ただ、この程度じゃ全然足りませんから、まだまだ楽しむこととしましょう。ふふふ、誰かが達してしまえば、他の皆もつられていく。ある意味、体力あるいは情欲が身体を凌駕する者だけが最後まで楽しめるサバイバルです。

 

「はぁ……すごい風景、ですね。三方から大翔さんのモノに胸を押し付けあって……」

 

 ええ椿姫。圧巻ですね、これは。お姉様も息を飲んで注視している様子。また、三人の表情が大翔くんに尽くせる行為自体に女としての悦びを感じているのが伝わるがだけに……こちらまでさらに熱くなってきます。

 

「こうやってよだれを垂らして滑りを良くして……」

 

「三人で調子を合わせて強めに押し付け合いながら、上下に擦り上げるんだよ……あ、んっ……」

 

「乳首を擦りつけることで、自分達も気持ち良くなれますからぁ……そして、欲情している自分の顔も大翔様に楽しんで頂くのです……んぅ、先走りがたくさん出てきましたぁ……!」

 

「臭い、すごい強い……ひろくん、嬉しい、よぉ……!」

 

 三人の奉仕に熱が篭る中、大翔くんの顔も何かを堪えるように歯を食い縛ったように変わっていきます。ただ、痛みを耐えるといった風ではない……?

 

「ソーナ。うふふ、大翔さんは喘ぎ声を出さないように必死なのですわ。男の喘ぎ声はみっともないからと……だから、三人とも余計に熱心に奉仕をするんです」

 

「朱乃、余計なことを、うぁっ、くぅっ……!」

 

「ご主人様ぁ、もっと聴かせて下さい……気持ちいい声、聞きたい……。あむっ、ちゅぅ……」

 

「うわっ、あ、ぐっ……フェイト、駄目だっ!」

 

「我慢しなくていいんです、大翔様。欲望のたけをぶつけて頂けることが私達の大きな悦びなのですから……」

 

 突端に吸い付き、フェイトさんは独特の苦味がある液体を嬉しそうに舌で舐め取り味わいながら飲み込んでいく。ああ、これが彼の子種が入った、精液の味……。

 

「ひろくん……遠慮なく出して、私達に思い切り掛けていいんだよ? マーキングして、いいんだからね……?」

 

「ご主人様の、おちんぽ汁……もっと味わいたいの……」

 

 三人の奉仕がさらに熱心なものになり、搾り出すための動きに変わっていく。ツンと硬さを増した六つの突端を強く擦り上げることで刺激を増し、自分達の興奮を高めながら、代わる代わる彼の雄々しい肉棒を唇で吸い上げていき、言葉で、念話で絶えず卑猥な言葉を発しながら、彼の精をねだり続けて──。

 

「ぐっ……駄目だ、もうっ!」

 

 勢い良く打ち出された白く濁った液体が、すずかさんの、フェイトさんの、カリムさんの顔を染めていく。瞳を閉じながら、その熱を恍惚とした表情で受ける三人は女としての満足感を強く得ていました……。

 

「あんっ、とっても濃くて強い臭い……大好きなひろくんの味……」

 

「この苦みが癖になってるから……お兄ちゃん、ご馳走様」

 

「尿道に残っているものも吸い出してしまいますね……あむっ……」

 

 脳髄が痺れるような強烈な雄の臭い。苦いはずなのにずっと味わいたくなる味。自分の行為で彼を絶頂に導けたという深い充足感……。

 これが奉仕……確かに見させて頂きましたわ、ってあら? お姉様、焦点が虚ろに……。

 

「ひーくんの精液。苦いのに、どうしてこんなにももっと欲しいって思うんだろう……私も、シトリーの娘だから? 違う、私はひーくんのだから、もっともっと欲しくて、私はひーくんのモノになりたいし、なるんだから……」

 

 お姉様の羞恥心を抑え込むほどの強烈な感覚が、とうとうお姉様の情欲を剥き出しにしたのです。

 

「ソーナちゃん、私達もご奉仕、しよっか」

 

 暗い炎を瞳に宿し、お姉様はシトリーの女悪魔としての一面を初めて顕わにします。うふふ、今のお姉様、淫靡でとても魅力的に見えますよ?

 

「私が正面に回るから、ソーナちゃん達は左右からひーくんのモノを気持ち良くさせて」

 

「はい、お姉様」

 

「はい、セラフォルー様……ふふ、私達の番ですね」

 

 イった直後だからちょっと待ってと願う大翔くんですけど、魔力や気を精力に転換できますもの、大丈夫ですよね?

 

「ふふ、頑張ってねひろくん。今度はセラフォルーさん達がたくさん気持ち良くしてくれるよ……はむっ」

 

 耳も責めるポイントなのですね、参考になります。あ、はい、お姉様。すぐに始めるのですね。

 

「フ、フェイト。お姉ちゃん、そこまで言葉教えたっけ?」

 

「日々勉強だよ、ね、カリム」

 

「ええ。感覚共有も終えたことですし、私達は汗を拭うタオルや着替えを用意しましょうか」

 

「その前に汗を流そうよ、カリム。就寝用の特注キングベッドが別にあるとはいえ、今晩は長くなるだろうし」

 

 あちらに同じサイズの巨大ベッドがあるのはそういうことだったのですね。……いけません、今は大翔くんへのご奉仕に集中するとしましょう。

 

「お姉ちゃんの話はまだ終わってないよ?! フェイト、ちょっと!」

 

「仕込んだ結果、自習してパワーアップしちゃったんだから仕方ないのにゃ。まぁ、アリシアが蒔いた種だけど」

 

「そもそも、お兄様にしか使いませんから。こういう劣情をそそるような言葉なんて。普段使うものでもありませんし、夜の恋人同士のエッセンスの一つですよね」

 

「そーいうことにゃ。昼は淑女、夜は情婦のように。古典的だけど、フェイトやカリムのように純粋だったり清楚な雰囲気を持っているならドンドン活かせばいいのにゃ」

 

「お姉様も最近、料理や裁縫に凝り出しましたね」

 

「……うー、大翔の愛情をたくさん欲しいから、やれることはやらないと……失敗しても絶対に大翔は笑わないし」

 

 遠くから慌てた様子のアリシアさんや、いじらしい一面を見せている黒歌の姿があったようですが、それはまた別の話です。




だが、一話で終わるとは言っていないんだなぁ……。
(導入回ですねワカリマス)


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第74話 椿姫(※)

濡れ場は続くよ、どこまでも(作中でどこまで続くかとは言っていない)


 「ひーくんへのご奉仕、初めてで上手に出来ないかもしれないけど、頑張るからね。えっと、まず涎を垂らして……」

 

「汗も出てきていますから、程よく滑りやすくなってますね。えっと、乳首をこうやって擦り付けて、はぁ、すごくビリビリします……」

 

 二人に比べて無きに等しい私ですが突端を擦りつける際の甘い痺れは変わるわけもなく、互いの興奮が伝播し合って、下腹部の奥は滾るように熱を増すばかり。お姉様は自らの快感に飲まれないようにと、懸命に大翔くんのモノにしゃぶりつき、汗と涎に塗れた自分の双乳で擦り上げていきます。私も椿姫もお姉様に負けじと、尖った乳首を夢中になって彼の象徴へと擦り付けて、快感をより深く得ようと足掻いていく。

 

「あ、く、うぅぅぅ……」

 

 魔力や陽の気を活用することで、大翔くんの怒張は硬さと大きさが衰えることを知りませんが、それでも一度達したことにより、敏感になった感覚はすぐに抜けることもないようです。ああ、愛しい人の喘ぐ声。もっと聞きたくなるし、言わせたくなる感覚……すずかさん、朱乃、私も分かるようになりました、うふふ。

 

 今は発展途中のこの身体で精一杯、貴方を愛します。大翔くん、貴方はありのままの私をきっと愛してくれるのでしょうけど、私も負けたくないのです。ここにいる貴方のパートナー達は互いの強い味方で仲間で……そして、一生をかけて競い合っていく恋敵(ライバル)なんです。

 

「ソーナちゃんの感覚すごくて、さっきからこうしてひーくんのモノに触れたり、臭い嗅いでるだけで、頭真っ白になってるの、何度も、何度も……あ、またキテる──」

 

 オーガズムの感覚が共有されて、私も椿姫も同じく身体を震わせてしまう。ただ、昂ぶった私はこの程度じゃ物足りなさを感じてしまって、自分の身体の悦楽への欲深さを思い知っていたりしますが、封時結界内の夜はまだまだ続きます。

 

「私ばっかり何度も勝手に気持ち良くなってる……ねえ、セラフォルーのおっぱい、どうかな? ちゃんと、ひーくん気持ち良くできているかな?」

 

「うん、セラのおっぱいの柔らかさも弾力も気持ちいいし、何よりセラの一生懸命気持ち良くしてあげたいって気持ちが何より嬉しい」

 

 大翔くんが伸ばした手がお姉様の頭を何度も優しく撫でて、目を細めたお姉様がそのまま瞳を閉じて──。

 

「よか、ったぁ……」

 

「……おやすみ、セラ」

 

「え? お姉様……?」

 

「セラの感覚共有、解除……っと」

 

 お姉様は大翔くんのものを挟んだ体勢のまま、意識を失っていた。こうなれば一旦小休止。昂る身体も拍子抜けしたからか、思考はまだしっかりしている。

 

「俺の女になることを受け入れて、そのまま初夜の流れでセラはずっと緊張状態にあったんだと思う。感覚を繋げて何度か達してしまって、自分の想像以上に体力や精神をすり減らしたんだろうね」

 

「自分が男女の仲になること自体、思考の外でしたものね。セラフォルー様は……」

 

「そういうことだよ、椿姫」

 

 そのまま大翔くんの腕に抱えあげられたお姉様は就寝用のベッドへ運ばれ、軽く彼に魔力や気の流れを整えられた後、本格的な寝息を立て始めました。

 お姉様……拗らせ系お姉さんを返上して年上の色気で攻めようとして撃沈って、残念可愛いでも目指してるのですか……。

 

「イク感覚を初めて知ったのかもしれない。突き抜けるしか、自分の中でどうしたらいいのか分からなくなったのかもね。ふふ、愛らしい俺達のお姉ちゃんの迷走と言ったら、セラは怒るかもしれないけど。ただ、セラのペースで慣れてくれるのが一番だし、これはこれで良かったんだよ。明日の朝は一緒にフォロー頼むね」

 

 拗ねたお姉様が安易に想像できる辺りが困ったものです。ただ、妹としての役目ですからね。当然一緒にフォロー致します。

 

「あとは音の遮断を頼むよ。風系統が得意なカリムがシャワーから戻ったら、念のため術式を強化してもらえばいい」

 

「私やアリサで就寝場所の用意などはやっておきますわ。すずかさんや黒歌に小猫ちゃんは感覚共有が行き過ぎた時に対応しやすいですし、動けるようにしておくべきです」

 

「助かるよ、朱乃」

 

「うふふ、今日は先にちゃんと愛して頂きましたから。アリサと二人でいうのも新鮮でしたし、テラスとはいえ屋外で後ろから犯されるのは開放感があって癖になりそうです」

 

「完全防音が前提だからね? この屋敷でしか出来ないからね?」

 

「大翔、アンタそれってフラグよ。自分から地雷踏み抜いていってどうするのよ……まぁ、すごく盛り上がるのは否定出来ないんだけど」

 

 楽しんでますね、本当に。心身ともに毎日満たされているからか、朱乃は学校でも、黙って佇んでいるだけで人を引き付ける存在感や風格を見せるようになっています。小猫さんも一気にアイドル化が進んでいますし、二人が学校内で並んだりすると、話しかけるのも躊躇われる異空間が出来上がると兵藤くんが熱く語っていましたね。

 そんな二人の空間に堂々と入っていけるリアスの評価も密かに上がっていたり。さすリアとか言われてるそうです。空気を読まないだけですけどね、あの子は。読めないわけではなく、眷属相手だから読む必要なんてないと言い切りますから。仕方のない幼馴染だわ、本当。

 

「うふふ、『また』楽しみにしていますわ」

 

 もうなんて艶やかな微笑みを見せるのかしら。女としての充足感が満ち足りれば、自然にあんな顔が出来るというの?

 

「ソーナ、早く追い付いてらっしゃいな。大翔さんに精を注がれ、子宮から自分の女そのものが染められる感覚……絶対に他の男性なんて考えもしなくなりますから、うふふっ」

 

 勝者の余裕とでも言うつもりでしょうか。いいでしょう、ただ大きいだけを好む方では無いのは既にリサーチ済。この身体を彼を魅了する肢体へと早々と変貌してみせるわ、そして無駄に大きい駄乳との差に愕然とするといいのよ、ふふふ……。

 

「ええ、今晩は心行くまで大翔くんに満たして頂くとするわ」

 

「朱乃とお嬢様の魔力が黒く見えるのは錯覚かしら……」

 

「椿姫、おいで。俺にも黒く見えるから何の問題もないから」

 

「え? いや逆に問題ばかりなのでは、ってあんっ、大翔さんそんな焦らなくても私は逃げませんよぉ」

 

 朱乃との舌戦に意識を取られ、甘えた声を出して、大翔くんからの前戯を再開してもらっていた椿姫に気づくのは、椿姫の昂ぶりによる下腹部の疼きがより強まってからなのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「あの、大翔さん。私、お願いがあって」

 

 唇を、胸を、お尻を丁寧にほぐされ、息が荒くなっていくばかりの私は、初体験の憧れを大翔さんに懇願します。ちゃんと女の気持ちを尊重した上で、愛そうとしてくれる彼だからこそ、私も安心して劣情を曝け出すことが出来るから。

 

「縛られて身動きが出来ない状態で、貴方に押し倒されて初めてを奪われたいんです……」

 

 普通、最初からこんなことを告げたら、思い切り引かれてしまうか、あるいは肉欲の捌け口だけに利用されそうなものだけど、朱乃やフェイトさんの隷属願望を満たしながら愛されていると実感させてくれる大翔さんなら……。

 

「教えて、椿姫。流石に荒縄は用意してないけど、バインドの輪で代用する。さあ、俺はどうしたらいい?」

 

 手首と足首を一方ずつ重ねるような姿勢になって、揃えて手足首をまとめて輪を填めてもらう。大翔さんの世界の魔法技術で行うため、バインドの強さや輪の大きさは自在に変えることが出来るから、血液の流れが止まらない程度に強めに縛ってもらって……。

 

「そうか。力がうまく伝えられないから、俺がこうして開脚させるのも簡単に出来てしまうし、閉じることもままならないんだな……」

 

 はい、身体の自由も大翔さんに渡してしまっている状態です。このまま強引に貫かれてもまともな抵抗すら出来ないんですから……。

 

「それすら期待してるように見えるよ、椿姫。欲に蕩けて男の理性を溶かす発情しきった女の顔だ」

 

 は、ぁ……言葉で責められるだけで、私また今度下の口から涎を垂れ流してる……。大翔さんがいつもの穏和で優しさを感じさせる声色ではなく、どこかサディスティックさを感じさせる男の声で、私の耳元で囁いてくる。ソーナお嬢様の発情を写し取っている私は、このまま強引に初めてを奪われたくてどうしようもなくなってきていた。

 

「お願いします……奪って、貫いて、私に貴方を刻んでくださいっ」

 

「ああ、奪うさ。貫いて、椿姫の女を俺に捧げてもらう。ただ、すぐじゃない」

 

 大翔さんの手によりいとも簡単に開脚させられて、私は涎が止まらない肉唇を大翔さんにまじまじと見られる体勢になっていた。ああ、自分で望んだことだわ。それなのに、なんて恥ずかしくてなんて身体が熱くなるの──!

 

「ひぅっ……」

 

 大翔さんの指がこぼれる蜜をすくいあげる。その感覚に私の身体は自分の想像以上に敏感に反応していた。大翔さんが私の、ああ、欲情した私の愛液の臭いを嗅いで、舐めてる……! 顔を手で覆いたいのにそれすら出来ない私は瞳を閉じようとして。

 

「目を閉じるな。ちゃんと自分のされていることを見ておくんだ」

 

 それすら、許されない。私の瞳からこぼれるのは羞恥からの悔し涙ではなくて、歓喜の涙だ。ああ、望んだ男性に強く支配されるのを、私はこんなに悦ぶ女だったんだ──。

 

「さぁ、味合わせてもらうとしよう」

 

 あえてわざとらしい音を立てながら、彼は私の花弁や花芯に吸い付いていく。直接的な刺激だけじゃない。耳まで犯されるような錯覚に、私は瞬く間に頭が何も考えられなくなる感覚へ飲まれていく。思考が戻りかけた瞬間、また飛ぶ。大翔さんの指が入ってくる。吸われたと思ったらまた頭が真っ白に──!

 

「さて、だいぶ力も抜けたしほぐれたみたいだ。お望みどおり、椿姫を完全に俺のものにする」

 

 ドレくらいの時間が経ったのだろう。口周りについた私の愛液を手で拭った大翔さんが私の上に覆い被さってくるのを、私はふわふわした意識の中でぼんやりと見ていた。自分で数え切れないほどにオーガズムを覚えた身体はどこか自分のものじゃないみたいで。……それでも、私の唇はちゃんと大翔さんへ言葉を紡ぐ。

 

「私を、真羅椿姫を、大翔さんのモノにして下さい──」

 

「ああ、椿姫。ずっと傍にいてくれ」

 

 大翔さんの声はいつもの優しいものに戻っていて、そんな中に僅かな不安が覗いていて。抱き締めてあげたい、そう思ったけど私の手足は自由じゃなくて。

 

「『追憶の鏡』、お願い。私の代わりに大翔さんを包んで……」

 

 大翔さんの背中を包み込むように神器を展開して、出来るだけ薄い膜のように、そして私の温かさを少しでも伝えて。私がこの人に愛されてどれだけ心が満たされているのか、本来の使い方ではないのは分かっているけれど──。

 

「感覚共有が、途切れた? あの透明な鏡の球体は一体……!?」

 

「鏡の外を全て遮断して中にいる者を、この場合は大翔だけど。絶対に守るという椿姫の意思が神器の変化を齎したんだにゃ」

 

 外からお嬢様や黒歌の驚きの声が聞こえるけれど、今はただ、大翔さんを温めてあげたい。満たしてあげたい。それだけなの。

 

「温かいよ、椿姫。こうして一つに繋がった部分も君の肌に触れている部分も、そして触れていない部分すら、椿姫の温もりを感じる」

 

 大翔さんが私の初めての証を貫いた時の鋭い痛みは確かにあった。痛みを堪えるための小さな悲鳴もあげてしまった。ただ、疲れ果てて弛緩してしまった身体は痛みへの緊張を維持することもままならなくて、大翔さんが私の一番奥までやってきて、動かずにそのままで居てくれたから、私はひたすら彼に口づけの雨を降らせていく。

 

『貴方に縛り付けてほしいと願ったのは私。だから、私も決して離さない。貴方の命が尽きるまで独りになどしてあげない。すずかさんが貴方に不可視の鎖をかけて、朱乃やフェイトさんが貴方からの鎖に繋がれるのを望むように。私は貴方に鎖をかけましょう。貴方も私に鎖をかけてください。真羅の加護を施した金属はそう易々と砕けないのですから……』

 

 覚えて間もない念話で、直接触れることで、彼のどうしようもない不安を、根底に燻る女そのものへの疑念を、私の熱で溶かしてしまおう。歪んだ、狂った愛情に外からは見えようとも、この人はそうじゃなきゃ駄目なのだ。

 あの蔵に長く閉じ込められて、天窓の隙間から救いを求めていたような暗がりの底から、月明かりがどうしようもなく眩しく見えたように。

 

「注いで下さい、貴方の精を。貴方をこれから常に感じていられるように──」

 

 ゆっくりと大翔さんが動く。それは前後へのものではなく腰を回転させるようなもので、私の子宮の入口と大翔さんの男性器の突端はずっと口付けたままで互いを離そうとしないかのよう。同時に私の子宮が戦慄き、大翔さんの丹田と線が繋がる感覚が徐々に強く、大きなものになっていく……!

 

「貫いたばかりだからね、強く動けばそれだけ痛みがあるから。このまま気の力を借りよう。お互い十分に興奮しているから、互いの気を巡らすだけで……ね、あっという間に、ほら、椿姫、分かる、だろう……?」

 

 大翔さんの表情が蕩けていく。私も大翔さんに引っ張られて、先程までの比ではない大きな波がすぐそこまでやってきていることを感じ取っていた。懸命に頷くだけで精一杯の私を大翔さんは強く抱き締めてくれる。彼の腕の中で、私は安心して激しい収縮を繰り返す全身の感覚へ身を任せた──!

 

「出すよ、椿姫っ」

 

「あ、あぁぁぁぁぁっ! すごい、すごいのぉ! 私、大翔さんになってる! 貴方と一緒なのぉ!」

 

 どくん。心臓が大きく跳ねる。絶頂の中でも分かる、私の魔力が色合いを変えていく。大翔さんの色に……!

 

「大翔さんの力が私の中へと流れて、溶け込んでいくのが分かるわ……。私もこれで貴方と同じ色になれたんですね……深紅の魔力光へ。貴方の女になった証だわ」

 

 大翔さんの男性器はまだ私の中で強く脈打っている。悦びに震えながら彼の魔力や気を吸収した子宮やヴァギナは、彼の脈動を慰めるように緩やかな収縮を繰り返していた。それはバインドから開放された私が、今彼の髪を撫でているのと同じ感覚だろう。

 彼の頭を胸に抱くだけでこんなにも優しい気持ちになれる。自分の現金さに呆れつつも、毎晩彼とこういう時間を過ごしているすずかさんや朱乃、小猫さん達が日々女の魅力を増していく理由を自分の身で体感していた。

 

「うん。本格的に光力や気の使い方、俺達の魔法体系も覚えてもらうよ? 封時結界と時間経過制御のやり方は必ずマスターしてもらうつもりだし。ただ、力の込め方とかそういうのは、俺との感覚共有で椿姫の中の力を動かしながら教えられるから、そんなに気負う必要も無いさ」

 

 ああ、なるほど。それで身体の芯に火が点ってしまっても、貴方の女になれていれば問題はありませんものね。ふふふ、逆にそれは楽しみかもしれません。

 

「ええ、貴方の負担になるような無様は見せませんから。……ふふ、このままこうして眠ってしまいたいけれど。もう少しだけ甘えさせてもらったら、お嬢様のこと、お願いしますね?」

 

 巡る気を少しでも大翔さんへと返すように心がけながら、私は彼を独占できる僅かな時間に身を任せるのでした。




百話ぐらいでひとまず完結に持っていけるように頑張るんだ、俺。
(もっていけるとは言っていない)


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第75話 本能(※)

遅くなりました。
ソーナお嬢様、本領発揮です。


 外からの干渉を遮断し、内にいる者を癒し守ろうとする鏡張りの小部屋。ベッド全てを覆うものではなく、大翔さんを包むように自分達周辺の空間を切り離している。最初は透明の鏡だったけれど、椿姫が大翔さんに貫かれる直前に刷りガラスのように不可視のものへと変化させていた。……声は聞こえるから、どうなったかは丸分かりなのだけど。

 

「この鏡、元々の破壊されたら衝撃を倍に返すことには変わりないと思うんだけど、攻撃された時の特性もまんま返すようになってるかもしれないにゃ。なんかね、魔力の帯び方が通常時の『追憶の鏡』と違うもんにゃぁ」

 

「この小部屋自体、自分と兄さま以外を絶対拒否する意思を示しているような感じですもんね」

 

 黒歌や小猫さんが興味深そうに小部屋の外壁を観察している。椿姫の女としての独占欲が、まさかの禁手化を呼ぶだなんて。ああ、もう……なんてこと。自慢の女王が誇らしくもあり、これから彼女を大翔くんの寵愛を競い合う終生の恋敵でもあるのが、私の感情を掻き立てる。

 

「ソ、ソーナ、なにしてるにゃ!?」

 

「神器の構成術式に干渉して、解除させられないかと思っただけよ──」

 

 大翔くんから指導を受けて身につけた並列思考。私は悪魔として攻撃力や防御力に特に秀でているわけでもなく、シトリーの元来の力は恋愛感情への干渉が主です。諜報ではいろいろ役には立つでしょうが、現状の私の力は中途半端。自分が得意だと言い切れるのは、考えることを止めないこと。

 並列思考は、そういう点で私が生かせる最大の武器になり得る。すずかさん達が使いこなす、五つの同時思考には何とか追いついた。激しい頭痛や毛細血管からの出血を招くこともあったけれど、悪魔の身体のお陰だろう。

 

「椿姫が少しでも大翔くんを独占する時間を長くしたいというのがこの神器の形の変化。でもね、私だってそろそろ我慢の限界なのよ……」

 

 この不可視の小部屋へ攻撃を加えれば反動が倍になって自分へと返ってくる。だから解除を試みるのだ。

 ベルゼブブ様のように、全てが数式に見えるわけじゃない。だけど、解析と演算、必要な魔力の構成──。ああ、思考数が足りない。もう一つ、無理矢理にでも思考を増やして……!

 

「ソーナ。焦らないで、神器の反射を招いたら君が怪我してしまう。俺もこちら側から解析を手伝う。……椿姫。解除する気はなくても、これくらいはいいだろう?」

 

「ええ、魔女に囚われた王女様を取り返す王子様といったところでしょうか、お嬢様は。それに大翔さんに私の神器の力も受け入れて頂けるのなら、喜んで」

 

 私の脳処理の限界を越えようというのだ。頭は痛みを訴え、全身が熱を持ったような状態になりつつある。それでも私は大翔くんの言葉を聞き漏らしはしなかった。

 大翔くんの特性は魔力や気を通じ合った相手の特性を取り込むことが出来る。椿姫が全てを渡すつもりで直接繋がり、気を循環させたのなら、椿姫の神器への理解も一気に進んでいるかもしれない。それに大翔くんが手伝ってくれるのは嬉しく思うけど、でも……!

 

「大翔くん、待って! そのまま待っていて! 負けない……負けないわよ、椿姫っ! 自分から解除する気が無いのでしょう、そこで見てなさいなっ!」

 

 一つじゃ増やしただけじゃ足りない、解析が追いつかない。ならば……。

 

「私は貴方の王、ソーナ・シトリーよっ! 貴女が大翔くんへの想いで禁手に至ったのなら、私だって進化してみせる!」

 

 叫びと同時に至った、七つの同時思考……これなら、ああ、見えた。痛みも引いていく中で、思考はさらに明瞭になっていく。

 ……ふふ、やってみるものね。大翔くんと鍛錬を続けてきた成果もあるのかしら。

 

「解析完了、分解に必要な演算式の構築……必要な出力、干渉するべき構成の中心はここっ! 水よ──!」

 

 私が生み出した水は染み込むように鏡の小部屋全体を包み、霧となって散らせてみせた。目の前には腕を伸ばし、私をぎゅっと抱き寄せてくれる大翔くんがいる……!

 

「お見事だよ、ソーナ。そして、お待たせ。君の番だ」

 

 ああ、抱き締められて、彼の温もりと匂いを感じただけで、意識の外だった強い疼きがあっという間に帰ってくる。うん、理知的なソーナは一旦おしまい。彼に溺れる雌悪魔、それが今の私。

 

「ふふふ、お嬢様。なんてだらしなくて、艶っぽくて、幸せそうな顔」

 

 彼の背中に寄り添う椿姫は、憎たらしいまでに余裕を漂わせている。私がここまでしてみせることも疑いもなく、私に大翔くんを一時独占させることに微笑んですら見せた。

 

「そうよ、だって大翔くんを今から一人占めできる時間なんだもの……私だって、雄を求める雌なんだから。自分で認めた今、王の私はしばらく休憩……」

 

 大翔くんが私を抱き上げて、ゆっくりとベッドへと導いてくれる。後ろで黒歌がどんどん新入りが強敵になっていくとか言っているようだけど、当たり前よ? 遅れてこの輪に加わるのだから、強烈なインパクトが無ければ埋もれていくだけだもの。

 ただ、気になることが一つあって。いえ、彼を愛らしいと思うだけで問題は特に無いのだけど。

 

「その、耳と尻尾はどうして出しているの? すごく貴方が可愛らしく見えて、私は歓迎なのだけど」

 

 耳をさわさわ。尻尾を自分の首に巻きつけてみたり。あ、これ癖になりそう。確か、黒歌や小猫さんの力を取り込んだ副産物だったわよね……。

 

「今回は精力を回復させるためだね。椿姫から取り込んだ陰の気を転換するのは仙術を使う。で、妖怪の姿になってるのが一番変換効率がいいんだよね。この場に居る人は俺の固有稀少技能を知ってるわけだし、なんか出してると皆なんだか笑顔になるからさ」

 

 むしろ頻繁に出して頂いていいのではないでしょうか。そう口にすると、この部屋に残ってるメンバーは皆頷いていた。……あら? お姉様も起きたのですね。意外に早いお目覚めのようです。

 はしゃいでいるのは分かりますが、大翔くんの音避けの効果でお互いの声が届かないことに気づいたのか、親指を立てて、再びベッドへと沈むお姉様。疲れがあるのか、ベッドからそのまま身を起こす気はないみたいね。

 

「表情だけで何を言いたいのか伝わったな。まあ、セラへのサービスは後でするとして……」

 

 あ、大翔くんが下腹部に手を当ててくれているだけで、疼きがなんだか甘い痺れに変わってしまいますね……んっ。

 

「ソーナ、よく我慢したね。乳首もこんなに硬くして、こちらはもうお漏らしの後みたいだ」

 

 そんな言葉で私を責めながら、大翔くんは私の眼鏡を自然な動作であっさり取り去ってしまう。迷いなく、私に声を掛けながらの動きだった上に椿姫の時は外さなかったから、勝手に外さないだろうと思い込んでいた。完全に不意をつかれて慌てかける私は、次の一瞬でその考えさえ吹き飛んでしまって──。

 

「え、なん、あ……はぁ……ふ、ふふふ……」

 

 あ、駄目と思った次の瞬間、目の前の男性に早く犯されたい衝動に、削られていた理性は……無くなっちゃったぁ☆ だってぇ、こんなの無理、無理だよぉ☆ こんな苦しいぐらいの疼きなんて知らないもん! 大翔くん欲しい! おちんぽ欲しい! 早く精液を子宮に浴びたくて、それ以外考えちゃ駄目だって身体が頭を飲み込んじゃったぁ!

 

「やぁん、そんな言い方、しないでぇ☆ そうよぉ、ソーナはぁ乳首コリコリに硬くしてぇ、おまんこはもう洪水なのぉ……!」

 

 自分の声が自分のものじゃないみたい、あはっ、なんて媚びた声☆ 大翔くんの両手が私の胸に、女性器に触れてるよぉ☆ その度に私は悦びの歓喜を迸り、口元はだらしなく開きっぱなしになってるぅ……☆

 

「あぁぁん、指ぃ入ってきたぁ♪」

 

 自分で慰めていた時の想像が現実の感覚になって、私をどんどん淫らに狂わせてくれるのぅ☆ ねえ、私。痴女みたいに声を上げて、恥ずかしくないの? ねぇ?

 

「ずうっと! ずーっと、この指にぐちゃぐちゃにぃ、される想像してたの! あぁ、想像よりもずっと太くて熱いのぉ!」

 

 あははっ、恥ずかしいよりも大翔くんに蹂躙されてぇ、子宮にあのドロドロした、濃くて、忘れられない臭いのせーえきぃ、うふふっ☆ ご褒美をもらえるんだったら、どんな卑猥で浅ましい言葉でも叫ぶの☆

 これから淫乱な雌になった支配する大翔くんの顔に軽蔑の色は少しもなくて、優しい顔の中で目がギラギラし始めて、私に興奮してくれてるって分かる……☆ 素敵な雄の顔……発情した私に引くことなく、いくらでも満たしてやるっていう男の顔……大翔くんの身体に魔力や気が強く巡って、ああ、早く、早く欲しいっ!

 

「ソーナ……俺……うぁっ」

 

 我慢なんてできないっ☆ 自分から熱い怒張に触れて、軽く上下に動かすだけで大翔くんの目も蕩けていってる……うふふ☆ ねえ、きっと大丈夫だよ? 私の女性器はどんどん熱を発して、侵入してくる男性の象徴を包み込んで……吸い付いて、絡み付いて☆ 貴方の精を吐き出させて、飲み干す準備が出来上がってるんだからぁ☆

 

「お願い、じらさないで? 解す必要もないぐらいに解れて、濡れぼそって、ずっと啼いてるんだよ……☆ 早く欲しい、大翔くんのペニスが身体の一番奥、赤ちゃんが出来る部屋まで貫いて欲しいって……!」

 

「分かった。何度でも注いでやるから、覚悟しろよ?」

 

 最高の口説き文句だよぉ、あ、はっ、きたぁっ☆ ぶちって言った! 処女膜一発で破られちゃったぁ☆ 大翔くん上手だよぉ☆ そのまま、奥まで丁寧に押し分けながら入ってきてぇ……☆

 

『ゴンッ』

 

 そんな音が身体の奥から響いて、私は、早速飛んだの──!

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 すずかの初めての時以上だと、認識する。あれから相当経験を積んだ今だから、何とか暴発せずに済んでいる。ソーナの中は、発情期のすずかか下手すればそれ以上。射精を促すための収縮や絡みつき、締め付けを本能の赴くまま、性愛を司る悪魔の力を余すことなく発揮していた。

 両足は俺の腰周りを抱え込み、完全にロックする体勢だ。決して離しはしないという意思を示し、言葉遣いはセラに似通ったものになっている。理性を解き放ったソーナの心は、ただただ俺からの悦楽を求めている。

 

「飛んじゃった、ぁ、大翔くんのおちんちんで、飛んじゃったぁ☆」

 

 声は舌っ足らずな中に男に媚びるものであり淫蕩さを漂わせているが、ソーナは身体がどうしようもなく男のそれを求める状態なのに、必ず『俺』の手だとか、ペニスという言い方をしている。

 

「お願い、お願い、大丈夫だから、もっともっと突いてぇ……? ソーナのおまんこ、大翔くんしか受けつけないように強く躾けてぇ!」

 

 ソーナ、ありがとう。ああ、俺だけで、俺の身体と心だけで、必ず今の発情を鎮めてやるから。どれだけ身体が疼いたとしても、他の男を受け入れるなんて考えなど欠片も出来ないように、刻んでやる──!

 

「あっ、がっ、あっ、あっ、あぁーっ!? 大、翔く、出してないのに、イク、イクの止まらなっ!? あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 どれだけの渇望を懸命に、悪魔の本質に抗ってでも、制御しようとしていたのか。放たれた身体はソーナの意思など関係ないかのように、待ち侘びていた男の分身を強く打ち付けられ、その度にオーガズムに達している。達するたびに欲望を放てとばかりに、締め付けと吸い付きと襞の絡みつきがより強く食らいついてくるのを、唇を強く噛み締めながら耐える。猫又モードで仙術を使いながらでなければ、あっという間に果てているだろう。

 この程度で放っていたら、ソーナを本当に満足させることなど叶わない。すずかと同じように発情を恐れることなく楽しみにすら出来るようになるには、俺がソーナを圧倒するぐらいでなければならない──!

 

 本能のまま蠢くソーナの腰つきに合わせて、突き、引き、かき回し、また突く。強い発情は破瓜の痛みすら瞬く間に疼きの材料へと変えてしまう。回復魔法も同時に施しているから、痛みはすぐに引いていったはずだ。すずかの時は回復魔法をかける余裕なんてなかったな、と振り返れる辺りまだ大丈……!?

 

「すごぉい、あはっ☆ 大翔くん、やっぱり私を満足させられるのは貴方しかありえないんだぁ☆ でも、この程度じゃないよね? まだまだついてきてくれるもんね──?」

 

 どんな瞬発力だ、連続絶頂の感覚から戻ってきたソーナが腰回りと腕の力だけで跳ね上がり、俺をあっという間に騎乗位の体勢へと押し倒す。そのままソーナは自分の思うがままに腰を振るう──!

 

「頭ずっと真っ白だよっ、すご、いよ大翔く……! ねえ、精液早く頂戴☆ 精液出し続けながら、ガンガン突き上げ続けて、まだ精液を浴びせてよぉ!」

 

 一種のトランス状態か、身体は確かに連続してオーガズムに達しているような痙攣反応をしているのに、腰の動きは止まるどころか激しさを増す。子宮口を打ち抜くように腰を全力で落として、反動で腰を跳ね上げる。その間も膣内の動きは休まることがなくて──!

 

「う、うがぁぁぁあああ!」

 

「きたぁあぁ──! 熱ぃ、イッて、イキっ放し、ごくごく飲んで、これすご、あぁああああっ!」

 

 痛みにも似た感覚と共に、射精が始まる。その間も痙攣の強さを増しながら、力強さを失わない腰の動きに精を放つ時間は強引に引き延ばされる。精巣の奥から全ての精を自分の子宮へと導き、全て平らげるために──!

 

「ソーナ、馬鹿になってる! なったぁ! もう戻らな……戻れないぃ! 大翔くんのおちんちんあれば、それで──!」

 

「ソーナ!」

 

 これ以上言わせるか! 身体に引っ張られ、心が今までの自分を完全に消そうとする動き、悪魔の本能だけに身を落とそうとする姿を、俺は押し留める。

 理性を過剰なまでに重視するのは、自分の血筋の淫蕩さを恐れるから。生半可な心では、身体にあっさり乗っ取られ、綺麗に塗り替えられてしまう恐怖があったから。だから、俺はソーナの発情を受け止め切り、俺相手には我慢しなくても御してくれるという安心を与えるために、あえて自分から彼女の理性を補助する眼鏡を外したんだ……!

 

「発情の苦しみはいくらでも鎮めてやる! だけど、身体に負けてセックスに狂うのが、ソーナの本当の気持ちか!?」

 

 身勝手な言い分を叫んでいる……そんな自分に内心反吐を吐きつつ、俺は仙術によりソーナの子宮から集中的に陰の気を吸い上げる! ソーナの気を取り入れることで俺の方が狂いそうになるなら、光力で俺の身体を突き刺してやるさ!

 

「あ、う、え……力、抜けて、く?」

 

 過剰なまでの気が俺へと流れ込み、獣欲が一気にもたげて、俺の肉棒はすぐに次発装填を完了するが、唇を噛み切る痛みでそれを強引に押し切る。吐き出すなら後でいくらでも吐き出させてやる、大人しくしてろ。俺の身体は俺の心がどう扱うか決める、てめえは俺の制御下に戻れ!

 

「ソーナ、本気でずっと狂っていたいというならそれでもいい。俺と繋がる時以外はずっと眠りの世界にいさせてあげることも出来る。もう一度お願いだ、考えてくれ。本気でそれを望むのか……?」

 

 弱まったとはいえ、ソーナの意識と切り離して動くヴァギナの動きに、肉棒が暴発させろと叫び続けている。今まで散々、皆に気持ち良くさせてもらってきた癖に、今はソーナを心身とも満たすための道具になってろよ……! 光力で刺されたら、どの道お前まで萎えるだけだぜ……!

 

「い、やよ……!」

 

 腰の動きが、止まる。ソーナが自分の腿を水の刃で突き刺して、悦楽を貪る身体を無理やりに、止めた。




そしてもう一話ソーナさん(+レヴィアたん)


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第76話 ソーナ(※)

ソーナさんの初夜はこれにて一旦完了です。



「私は、私の気持ちで、大翔くんと繋がって、気持ち良くなって、満たされたいし、私だって貴方を満たしてあげたい、あげるんだからっ……! 負けないわよっ、自分の血に負けない! 私はこの力を制御してみせるんだから──!」

 

 互いの視線がしっかりとお互いを捉えている。ソーナから吸い上げた征服欲や射精欲が……俺自身を狂わせようとし、また俺にある程度吸い上げられたものの、未だ強く残る発情がしぶとく力強くソーナの身体を再支配しようとしても。

 

「私は貴方をずっと愛すると決めたの。自身に誓ったの。だから、貴方をちゃんと見れない自分なんて真っ平よ。もう、こんなに唇を強く噛んで……自分に負けないためとはいえ、自分を傷つけるなんて」

 

「ソーナこそ綺麗な身体をしているのに、自分から刃を突き立てるだなんて何を考えてるんだよ……」

 

 自然にお互いの唇から笑みがこぼれた。身を焦がそうとする肉欲は相変わらず俺達を追い立ててくるけれど、それに負けじと俺達は魔法陣を発動する。

 

「癒しの風よ──!」

 

「水よ、大翔くんを癒して……!」

 

 俺は使い慣れた、ソーナはまだ覚えてそれほど日が浅い、回復の魔法をそれぞれの傷口に施す。ソーナの起動した魔法陣は俺と同じ色に変わっていた。

 

「ふふっ、同じ色だわ。あなたの魔力や気が私を染め上げた証明ね? 今も私の子宮が大翔くんの精液から込められた魔力を吸収し続けてる。身体の外と内で抱き締められている感じなのよ」

 

 ソーナと俺の腰はゆっくりと調子を合わせて動き始めていた。俺はソーナの腰を支え、ソーナは俺の肩に手を置いて対面座位の姿勢になって、一緒に快楽を楽しんでいく。ほどなく俺は我慢が利かなくなり、次の精を放つ。その迸る勢いにソーナもつられて達してしまっていた。

 

「……まだまだ、足りない、よな?」

 

「ふぅ……まだ余韻が残ってるのに、ここはずっと啼きっぱなしよ。大翔くんが私と気を巡らせてくれているのに、もっと、もっとって叫んでる……」

 

 ソーナは自分の子宮を指差して、そう答えた。精を短時間で二度も注がれたソーナは魔性めいた雰囲気を纏いつつある。どこか気だるそうに見えるのに瞳はギラギラと輝いていて、その奥に強い快楽への渇望がちらついている。それでも、その欲望を赤裸々にするのではなく、ソーナはうまくいなしつつ自分を保っている。

 完全に拒否してしまえば、反発して飲み込まれる。だから、彼女は自分で受け入れた上で蛇口のひねる強さを調節するように、腰は休まずに悦楽を貪っていた。

 

「ああ、大翔くん。本当に逞しい……。私を染め上げようと多くの精を出しているのに、貴方の下半身は雄雄しく中をかき回してくれる……はぁ、ん……こんな風に最初に覚えされられたら、本当にどこにも行けなくなって、貴方しか考えられなくなる、う、んっ、いい、いいの」

 

「ソーナ、君の中もすごく、気持ち良くて、気を抜いたら、本当に俺を保ってられなくなりそうだよ……」

 

 組み臥せて泣き叫ぶ顔を見ながら、何度でも犯して、下腹部の形が変わるほどに注いでしまいたい。そんな強く欲求が頭に強く語りかけてくる。ソーナも望んでいるさ、喜んで受け入れて、よがり狂って、一緒に堕ちてくれるさ──などど。

 

「ごめんなさ、ぃ、ちゃんと話、したいけど、腰、動いてないと、私飲まれちゃいそうっ……! 無茶苦茶に、今の私なんて捨てて、大翔くんに壊してもらっちゃえ、って、ごめんなさ、でも、頑張る、からっ、んはぁ、また、きたぁ……」

 

 互いを巡る気は昂ぶる感覚に引っ張られて、円滑に多くの量が回る。ソーナが達すれば、協調してまた俺も自然にオーガズムに達し、また彼女の中へと注いでいた。

 

「く、あ……!」

 

「ああっ、大翔くんが、また入ってきてくれてるっ! この熱さ、覚えちゃったよぉ、だめぇ、考えられなくなってきちゃう……真っ白なのぉ……!」

 

 俺はまだ耐えられる。抗える。俺が俺のままでソーナを抱くことが出来る。ただ、繋がっているソーナの感覚は限界に近づきつつある。強制的に眠らせるか? そんな考えが頭をよぎった時、鼻をくすぐる嗅ぎ慣れた薫りがふわりと背中から漂う。

 

「ひろくん、割って入ってごめんね。三人で分けてしまえば、だいぶ楽になるよ。私は慣れてるしその時期じゃないから、大丈夫、乗り越えられるから」

 

「すず、かさん……!」

 

 ソーナの手に自らの手を重ね、すずかは俺の背中ごしに二人の間を激しく廻っていた気の流れに自分を組み込んでいく。黒歌に手ほどきを受けた気の扱いは丁寧さと手際の良さがちゃんと両立していて、改めてすずかの才女ぶりに感心している間にも、すずかは俺やソーナから陰の気を引き取っていた。

 

「んっ……確かに初めてなのに、三人で分けてそれでもこの衝動の強さ……ああ、ソーナさん、本当に頑張ったね。もう大丈夫」

 

『ソーナさんには言わないけど。これくらいならあの時期に比べても随分軽いものだから、私は大丈夫だよ』

 

 ソーナに微笑みかけながら、自分の発情期との比較を秘匿性の念話で教えてくれるすずか。すずかがスイッチが入ってる時に陰の気をたくさん吸い上げたことは、実は無かった。すずかに強く止められていたからだ、俺を壊したくないと。

 

「すずか、さん……」

 

「ひろくんに愛されたい気持ちが混ざり合ってしまって、余計にひろくんのモノが強く欲しくなってしまうわけだし……私がフォローするから、この身体の感覚を自分に慣らしていこうよ。自分の中でどれぐらいの衝動が襲ってくるかを理解して、その衝動自体を受け入れつつ飲まれないようにするには回数を重ねるしかないから」

 

『体感の差もあると思うけど、常態化している発情と周期的に来るものと衝動の強さが違うのかも。人より丈夫な悪魔の身体とはいえ、身体の防衛機能が働くのかもしれないね。……あくまでこれは推測だけど。ハッキリしたのは私がソーナさんのフォローが出来るということかな』

 

 ソーナへのアドバイスと俺との念話を澱みなく同時に出来ている辺り、確かにすずかはソーナの発情を取り込んでも問題なく普段通りに振舞えている。ただ、すずかの身体から漂う香りが少し強まったと感じるから、身体が影響を受けていることも間違いなかった。

 

「ふふ、私もソーナさんに中てられて、また濡れてきちゃった。ねえソーナさん、感覚繋げてもいいかな?」

 

「ええ、もちろん。すずかさんにはひょっとしたら物足りないかもしれませんけど」

 

「それだけ軽口が出るなら、制御出来てるね。……んっ、繋がったよ。さぁ、続けて。ソーナさんの気持ちいい感覚、私にも分けて?」

 

 それからは耳に入るのは、楽しげな嬌声の二重奏。荒くなるすずかの吐息を首筋に感じながら、ソーナは俺の形や熱さを感じられる余力を残しながら、楽しんで悦楽を貪り始めていた。そのまま快楽の勢いに飲まれるような感覚ではなく、奥を突かれたりかき回される度に疼きが甘い痺れへと変わっていく心地良さをちゃんと感じて。

 

「ああ、これが、これが大翔くんとの、気持ちいいだけじゃ、ああっ! なくてぇ、温かいのぉ! すごくぽかぽかしてくるの! 幸せっ、貴方とこれからこんな時間を何度も数え切れないぐらい、過ごせると思うと、もう! ああ、ゆっくりと、ゆっくりと跳びそうに、なっていくの、分かるのっ!」

 

「そうだよソーナさんっ。ひろくんに抱かれる感覚、しっかり感じて……っ。全部包んでもらってる、この感覚がひろくんと繋がってるってことだからぁ……! ああ、私も一緒にキてしまいそう……っ」

 

 ぎゅっ、っと強く前後から二人に抱き締められる。おでこに、頬に、首筋に、唇に、耳たぶに……。浴びせるかのようなキスの雨。触れた唇が離れる間際に囁かれる『大好き』『愛してる』の言葉。呼応するように俺の分身はまた発射準備を整え、後は引鉄を引くだけの状態となった。

 

「一緒に、一緒に! ねえ、大翔くん、お願いっ! 我慢するから、待つからぁ! あ、あぁ、まだ、まだよ、一人は嫌、一緒、一緒がいいっ!」

 

「大丈夫だ、合わせるっ。ずっと一緒だソーナ! すずか共々一生離してやるもんか! お前の身体も心も、俺のものだっ!」

 

「うん、うんっ、貴方のものだからっ! だから、イッて! 私に貴方をください──!」

 

 とっさに俺は彼女を腕の内に強く抱き寄せて、子宮口をぐいっと押し上げた。心臓が一つ大きな脈を打ち、ソーナの言葉が引鉄を引き、俺は何度目かのオーガズムに達した。

 

「あぁぁぁぁぁ──!!!」

 

 ソーナの絶叫。彼女も同じく達していた。俺の腕をつかんだ彼女の手に力が篭る。全身を震わせながら、再び長く続く俺の精の放出を受け止め続け、一筋の涙がすっと流れていく。

 

「は、ぁぁ……自分の意思でやっと大翔くんと一緒にイけた……ふふ、それだけなのに、こんなに嬉しいなんて。女の身体ってこんなに満たされるものなんて、想像もしてなかった……。お腹の中、貴方でいっぱい。子宮がみっともなくずっと悦んでいて、身体はへとへとなのに、まだ貴方にちゅう、ちゅうって吸い付いてる。また可愛がってね、って貴方に夢中になってる……身体にも大翔くんじゃなければ、私を満たせはしないって教え込んでもらっちゃったもの……♪」

 

「落ち着けたのかな、それなら良かった」

 

「ええ、欲しいって感覚が消えるわけじゃないんだけど。必ず次があるって身体も分かったから焦っていない感じ。この人なら、枷を外してもちゃんと満たしてくれると。それに流石に疲れちゃったから、休むのが優先みたい」

 

 うふふ、と背中のすずかも笑みをこぼした。ソーナの絶叫に隠される形になったものの、すずかも無事オーガズムに達したのか、振り返りに見える顔は満足気なもの。

 

「今回は私が手伝ったけど、いずれひろくんだけでソーナさんはこんな風に毎回なっちゃうから。ね、どこにも行けなくなるって分かっちゃったでしょう?」

 

「ええ、他の男性なんて絶対に無理に決まってるわ。最後はすずかさんの助けを借りたけれど、それだって私の方が壊れかけたせいなのだし。身体か心、どちらか一方じゃなくて、両方を深く満たしてくれる人だって理屈抜きに分かった……そんな不思議な感じよ」

 

 間に当人を挟んで話をするのは何というか、すごく恥ずかしいというか、こそばゆいんですが。余韻を楽しんでいると言われてしまえば動けないわけで。

 

「……こうして抱かれて、間違いないと思えたの。大翔くん、絶対に離れませんから。私の意思を無視して周りが引き離そうとするなら、その者達は濁流の渦に飲み込ませてしまうわ」

 

「ふふ、ソーナさんもいい感じに覚悟が決まったのかな。さて、ひろくんに愛してもらった後の『お掃除』は私がやろう……って、え? ひ、ひろくん?」

 

 立ち上がりましたよ、ええ。まだ駅弁状態とか、すずかを背中に背負ったままとか、色々突っ込みどころしかないけど。とりあえずお風呂だよ、お風呂。

 

「椿姫、動けるか? 汗を流してしまおうと思うんだ」

 

「ええ、ご一緒します」

 

 立ち上がる椿姫を連れ立ち、俺はそのまま歩き始める。表廊下に出なくて済む専用通路を通り、そのまま大浴場へ向かっていく。

 

「二人とも捕まってろよ、落ちるぞ」

 

「いやぁ、このまま運ばれるのは流石に恥ずかしいですっ。ねえ、大翔くん、自分でまだ歩けますからっ」

 

「問答無用ー」

 

「あらあら、私もご一緒致しますわ」

 

「わ、私も……」

 

「はい、背中にどうぞ。セラフォルー様」

 

「あう、朱乃ちゃんありがと……」

 

 大浴場から戻ってきたフェイトやカリムも再び引き返し、俺達は総出で入浴へと洒落こんで行く。ソーナは俺にしがみつきながらも、無理やり降りようとはしなかった。

 

「もう、大翔くんも強引なところがあるのですね?」

 

 その声が責めるものじゃなくて、どこか嬉しげな調子だったのは俺の気のせいではないだろう。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「あうぅぅ……全部、全部洗われちゃった……」

 

「全部綺麗だよ、セラは。髪も丁寧に手入れしてるのが分かる。うん、洗っていてもすごく楽しかった」

 

「もう、なんで笑顔でそんな恥ずかしいこと言えるかな!? うー、このチャラ男さんめ……」

 

「嫌ならもう言わないけど、本気でそう思ってるからな?」

 

「ま、待って、これからも言って下さい! ひーくんに褒められるとものすごく恥ずかしいんだけど、すっごく嬉しいから、ほんとだから……ごぼごぼ」

 

 大翔くんの隣で入浴中のお姉様。普段は周りを振り回す側なのに、本心を真顔でそのままでぶつけてくる大翔くんに翻弄されっ放しのようです。あたふたする様子が可愛らしいと思ってしまうのですが、こういう一面を引き出したのは彼のお陰ですよね。

 

「セラフォルー様、落ち着いて下さい。お湯の中に隠れても息が出来ませんからっ」

 

 なお、お姉さまを浴槽から彼と一緒に引き上げている椿姫や、私自身も順番に彼に洗われてしまいました。さすがに人数が多いので、すずかさんを含めて先程まで大翔くんと繋がり合っていた女の子だけでしたが……案の定、吐息に色を帯びてしまう羽目になりました。一分ぐらい、彼の唇を蹂躙するようなキスをすることで事なきは得ましたが。

 なお、風呂上がりも時間が許す時は大翔くんが髪を整えてくれたり、マッサージをしてくれたりもするのだとか。これからは私達も加わることになりますが、大翔くんが手が空かない場合も互いにマッサージし合ったり、肌の保湿等も含めて、手入れには必ず時間をかけるのだそうです。日常の流れに完全に組み込んでしまうわけですね。実家では私も従者がよく補助してくれましたが、椿姫と共にこれは気合を入れ直す必要があります。

 

「すずかさん、改めて先程はありがとうございました。自分で思う以上に、血筋を色濃く私は引き継いでいるようです。本当に助かりました」

 

「ううん、こっちも勝手な判断でやったことだから。正直、今が夏休みとかの時期なら多分、流れに任せたはずだし」

 

「え?」

 

「壊れたり、もう戻れなくなるって怖さがあったと思うんだけど、たった一つのことだけ忘れていなければ大丈夫なんだよ。私の体験だけどね──」

 

 すずかさんに言わせれば、一時的に壊れた状態になってもいいじゃないかと。彼女の時は衝動を抑えられなくなってしまったのが、小学校の高学年の頃。完全にセックスの気持ち良さに囚われてしまって、しばらく寝ても覚めてもセックスばかりということがあったそうです。

 

「一週間ぐらい学校を休んだかな、発情期が終わるまで。ひろくんにはトラウマに近い体験だったと思うよ。完全に組み敷かれて、ずっと拘束された状態になって。一族の力を全開にしていたから、私を押し退けようとしてもビクともしない。止めに入ろうとしたお姉ちゃん達には魔力をわざと暴走させるから、近づくに近づけない。必死で魔力で体力を回復してひたすら持久戦で、体力が尽きたら繋がったままそのまま眠るだけ……うふふ、私は幸せの絶頂だったんだけどね。やっとひろくんと繋がれた、ずっと一生この人のモノになるんだって」

 

 初めての一週間の記憶はずっと鮮明に焼きついていて、たまに思い出してば強引に大翔くんを組み敷くプレイを楽しませてもらうこともあると口にしたすずかさんの表情は、同性の私が背筋に震えを感じるような淫蕩さと妖艶さを隠そうともしない蟲惑の微笑みを浮かべていました。

 

「身体の発情も、焦がれるような想いも、全てがひろくんに向けられるべきもので私が捧げるものだって。私は感覚すら変わっていったよ。周期がやってきてどれだけ強く発情しても、ひろくん以外の男性に一切『男』を感じなくなって、頭の中はひろくんの匂いや逞しいおちんちんのことしか考えられない。身体が壊れそうになっても、ひろくんじゃないと私の身体は決して鎮められなくなっていった」

 

 すずかさんの身体はどんどん大翔くんを誘惑するのに適した抱き心地のいい身体へと成長を遂げ、女性器の形すら彼の形に合わせるように拡張や収縮を行い、カスタマイズされていく。『自分の全ては彼のもの』という頑なで強い一つの想いが、身体の変質すら促していったんだ……。




なお、すずかさんが狂愛の一面を少しばかり発露した模様。


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第77話 彼とそれ以外の記号

少し間が空いてしまって申し訳ありません。

閑話回です。


「こうなれとは言わないよ? 私は望んでこうなったし、ひろくんと繋がればいつでも同調して共にイクことが出来る身体になったけれど、ひろくん以外の男性が本当に『男の人』という記号でしか見えなくなってるから。どうにも勝手に顔の輪郭がぼやけちゃうんだ、声と纏う雰囲気でまず間違えることは無いけど。あ、お父さんはお父さんとして認識できるから、唯一の例外かな」

 

 後悔はないと言い切るすずかさん。言葉や迷いの全く見られない表情から、本心だと分かる。ただ、そこまで自分を作り変えてしまう在り様はあまりに壮絶で、言葉が出てこない。

 

「多分、ひろくんとの間に男の子が生まれたとしても、その子も大丈夫という確信はあるよ。ひろくんの血を引く子だから。その辺りは感覚なんだけど、まず間違いないかな」

 

「……自分の感覚に干渉して、大翔さん以外の男性を記号化してしまえば、確かに嫌悪感も感じにくくなる。ただ、気配や声などで対象の認識や感情が見えないと仕事等の時には困りますものね……」

 

「朱乃!?」

 

 と思っていたら、いいことを聞いたと言わんばかりの声を出した女性が自分の友人であるものですから、思わず私は声を上げてしまいます。驚いた声を上げた私に、朱乃は普段通りの笑顔で微笑むばかり。

 

「想いを突き詰めることで、自分の認識にまで干渉するすずかさんのレベルまではそうなれるものでもありませんから。ただ、元々あった異性への嫌悪感が最近酷くなってきていましたし、そういう方向性もあるかと参考にするだけよ?」

 

「参考にはするんじゃない……」

 

「あらあら。私よりもソーナ、今の話は貴女の方が大事よ? 今は大翔さんに衝動が一時的に収まるぐらいにまで精を注いで頂いた結果、あの眼鏡が無くとも普段の思考が出来ているでしょう。ただ、身体の悦楽は慣れと共に強まる部分があるのだから、次回以降感じる気持ち良さはより強くなるもの。その時までにどこに自分の拠り所を定め、核にしておくのかという話なんだから」

 

 言ってることは分かる。自分で慰めるよりも何倍も、ううん……何十倍も大翔くんと繋がっているのは気持ち良くて、精を浴びて達してしまえば、ずっとセックスのことしか考えたくない──そんな気持ちになっていた。

 身体が慣れてくれば、より素直にオーガズムを得やすくなっていく。大翔くんのことだ、私の感じやすいポイントなども概ね把握してしまっただろう。だからこそ、私の内にある認識をどう確固たるものにするか。肉欲に呑み込まれたとしても、私自身にちゃんと帰ってこれるように。

 

「……どれだけ身体が強く肉欲に囚われても、自分は大翔くんの女であって、自分が求めるのは大翔くんだからこそ、彼の分身や彼の精を強く求めるのだと。決して他の誰かでは贖えないし、鎮めることも出来はしない。そのことを心に刻んでおけば、自分が変わってもそこまで恐れる必要は無い、と?」

 

「うん、『ひろくん』の一部だから、欲しくて欲しくて仕方ないんだって感覚を持ち続けられれば、とことん溺れてもいいんだよ。自分が変わっていったとしても、根っこさえ変わらなければ、私はひろくんを愛する私なんだし、ソーナさんだって、ひろくんが大好きなソーナさんにあることに何の違いもない」

 

 それにね、とすずかさんはある意味全てを突き放すような言い方をした。

 

「表向きの自分が必要なら、そう取り繕えすればいい。私であれば求められる月村の令嬢としての姿を。それでも、本音の部分で変わった自分に気づいて離れていく人がいたとしても、それはそれだよね。ひろくんはありのままの私を受け入れて愛してくれているんだから、『あ、そうですか』でおしまい。こういう部分をあんまり隠すつもりがなくなっちゃって、アリサちゃんには叱られるんだけど」

 

「あ……」

 

「気づいた? 接する相手によって見せる自分を変えても、ひろくんの態度は変わらないよ。生徒会長のソーナさんも、肉欲に溺れてひろくんとのセックスに夢中になるソーナさんも、ひろくんにとっては全部愛する貴女の一面でしかない」

 

 今更ながら大翔くんの性質を思い出す。彼は異性を一度受け入れてしまえば、自分への愛情がちゃんと感じられて、他の男へ身体や心を許さない限り、相手の変化をそのまま飲み込んでくれる。

 私が狂ったように彼を求めたとしても、節度を保った関係を築こうとも、彼は私をソーナとして受け止め愛してくれる……。

 

「私だってそうよ。あの人が私の料理を食べてくれるのを見ながら嬉しくてニコニコしている私も、大翔さんに組み敷かれるのを泣いて喜ぶ私も、お澄まし顔で皆が求めるようなお姉様を演じる私も、大翔さんの敵を容赦なく葬ろうとする私も……全部、姫島朱乃だもの」

 

 朱乃の変化にどこか怖さすら感じていたはずの私が、今の朱乃の言うことにとても共感を感じている。大翔くんに出逢う前の私では考えられなかったこと。

 

「あと……私が大翔さんのモノだって自覚できるものが私の中に息づいてるから、大翔さんが隣にいなくて不安になる時はその感覚を感じるようにしているわ。そうすれば、いつでも私は自分の想いに立ち返れるもの」

 

「まるで感情などの不確かなものではなくて、身体の中に形として何かがあるような言い方ね。え、まさか貴女!」

 

 いえ、大翔くんは避妊に関する性魔術を覚えているから、安心して楽しめると以前に聞いたはず! でも、朱乃が術を解除してしまっていれば……!

 

「ま、だ、で、す! もう、すずかさんがまだ赤ちゃんを産んでいないのに、私がどうして私達の輪を壊しにかからないといけないの」

 

「そう、そうよね……」

 

 怒られてしまいました。朱乃、すずかさんに対しての敬意は絶対に忘れませんものね。私が焦りすぎただけね。となれば、形になっているものとは一体……?

 

「うふふ、すずかさんが予定を早めて頂くのは歓迎ですけど。その分、私の番も早くなりますから。私自身は今すぐでもいいと思ってるもの。大翔さんの子ならすぐにでも欲しいし、産んで育ててあげたい」

 

「欲しいよ、私だってすぐに。でも、卒業までは待つっていう約束だから。ひろくんやアリサちゃん、お父さんやお母さん、ファリン達と誓ったことだから」

 

 今だけ幸せの絶頂になっても意味はない。この先家族が増えていっても、変わらず幸せな自分達でいられるように。だから、順序はしっかりと守っていかなければいけない……。すずかさんや私のように家を継ぐ立場であればなおのことだわ。

 

「ええ、産むのは決定事項ですものね。あとは皆に問題なく祝ってもらえる環境をどう整えるかですから。さて、話を戻しますけれど。私の中に息づいているものは……これなの」

 

 朱乃は小さな魔法陣を発動し、身体の一部を透過させる効果を起動させた。そこに見えたのは脈打つ心臓の隣に位置する深紅の結晶体。大きさも心臓よりも一回り小さいものだった。

 

「すずかさん達から説明を受けたことがあるでしょう? これがリンカーコア。大翔さんの魔力を何らかの形で体内に取り込むことでこの器官が生成されていく。大翔さんの先天技能のお陰ね。この器官がソーナにも根づいたはずよ、まだ認識できないかもしれないけれど。」

 

「通常は後天的に生まれない器官なのよね? 私達の世界で人が魔力をそのままの形では使えないように」

 

「ええ、あくまで後天的にできるのが例外と思っておけばいいわ。そして、このコアは魔力や光力の蓄積を行うための核となり、大翔さんの魔力を体内に受け入れる度に少しずつ大きさを増していき、その大きさに合わせて、蓄積量が増していく。魔力や光力の色がこの器官のベースが大翔さんの魔力になっている兼ね合いで、魔力色が深紅に染まるのは知ってのとおりね。あ、この器官の成長には個々で限界はあるから、それが蓄積量の限界にもなるの」

 

 ただ、元々体内に魔力や光力を宿している悪魔や天使、堕天使にはあまり関係のない話ではある。ただ、人が後天的に魔法を使うことが出来るようになる。……魔術師のように一生を研究に捧げることなく。

 

「えっと、気の力は命そのものの力で丹田や子宮に宿るから、コアの蓄積とは別扱いになるみたい。これはひろくんや黒歌ちゃんが検証して確認済みだよ」

 

 ここまではおさらいみたいなものね、と朱乃はそこで言葉を止めて、本題に入ると述べた。

 

「そういう本来の効果はこの話では置いておくとして、でね、このコアはそういう力の集積核になるんだけど、この核は私達の魔力や光力だけじゃなくて、大翔さんの魔力も蓄積していくの。それがコアを中心として溶け合っていくのよ」

 

「ということは、朱乃は常に大翔さんの魔力を身体の中に感じていられる──?」

 

「私だけじゃないわよ、小猫ちゃんも黒歌もその段階まで来てる。毎日大翔さんの魔力を分けてもらえれば、多少力を使ったところで無くなってしまうこともないし。吸収効率が最もいいのは大翔さんの精を直接子宮で受けた時だから、うふふ。そういう意味でも大翔さんの寵愛を毎晩頂くのは非常に大切な儀式だと思うわ」

 

 むしろ推奨してるわよね、朱乃。すずかさんも苦笑いしているけれど否定する様子もないし。

 

「ひろくんを身体の内にいつも感じられるというのは、私やソーナさんみたいに発情体質を持っている者にとって、とても心強いものだと思うの。身体がどうしようもなく熱くなっても、自分の身体はひろくんのモノだってちゃんと確認することが出来る。この力にまた愛してもらうんだから、ひろくんに合流するまで耐えられるって」

 

 彼との営みの残り火は未だ私の中で漂っている。あれほど疼いていた身体の奥底が充足を覚えながらも、彼の魔力を余すことなく自分の力に変えようと躍動を続けていた。

 ああ、私はどうしようもなくシトリーの女です。雄として雌の私を御してくれた大翔くんに、ただ一夜の交わりで一生を捧げる相手だと身体まで認めてしまっていた。絶対に離すな離れるなと、私の細胞が必死に叫んでいる。

 

「ありがとうございます、二人とも。これからの心の置き方がこれで定まったように思います」

 

 理性を重視する私も、本能に溺れる私も全部私の一面。うん、大翔くんへの感情を軸に色んな私を素直に認めるところから始めましょう。

 

「じゃあ上がったら互いのお手入れのやり方とか、両手足のマッサージとか情報共有しようね。他の人を見て自分に合うものはどんどん取り入れていかないと」

 

「手足の揉みほぐしを欠かさないようになってから、むくみにくくなりましたし、足も細くなりましたから。毎日の習慣にしてしまうのが大切だと教えて頂きましたわ」

 

「だって、ひろくんに抱いてもらう時に出来るだけ目でも楽しめて抱き心地もいい状態でいたいでしょ?」

 

「うふふ、そうですね。人数が増えた分、余計に手を抜けばすぐに周りに気づかれますもの。油断はなりませんから」

 

 例外はアリシアちゃんだけだよ、とこぼすすずかさんに、フェイトさんやアリサが毎日手入れを手伝いつつ、ちゃんとやらせているようだと、実は皆やることはやってるという話もありつつ、私達はお湯から上がったのでした。

 

 ……その後の肌の手入れや手足のストレッチにマッサージに、互いに他愛のない話をしながら徹底してしっかり時間をかけて行う姿に、椿姫やお姉様が驚く場面がありました。

 私も朱乃に聞きながら、普段の自分のやり方に加えて皆さんの助言を受けながら、一連の流れをこなしたのですが……うん、習慣にしてしまわないと、面倒を嫌う性格なら投げ出したり省略したりしてしまいそう。

 お姉様は大翔くんと彼の補助を受けて一連の流れを手早く終えたすずかさんに、エステの施術を受けている状態になっていました。変な緊張でカチコチになってしまっています。旦那様に髪を整えてもらったり、本妻の方に手足を解してもらっているといった異常事態みたいなものですから、仕方がないのかもしれません。

 

「元がいいんですから、手を抜いちゃ駄目ですよ? お付きの従者さんがやってくれる日はいいですけど、セラフォルーさんはここで寝泊まりすることが増えるんですから、覚えなきゃいけません」

 

「あう、そ、そうだけど……ほら、私、実際にはかなり皆より上だし……肌年齢も、ね、あはは……」

 

「セラ。俺は今のセラも『もちろん』好きだけど、綺麗でいようと頑張ってくれるセラはもっと好きになれると思う」

 

「セラフォルー頑張るよ! すずかちゃんご指導ご鞭撻宜しくお願いします!」

 

 なんとも姉らしいやり取りを見ながら、互いの化粧水や保湿液を少しずつ試して自分に合うタイプを探り合ったり、大翔くんのために自分を磨く時間も皆でやるならどこか楽しい時間に早変わり。

 

「封時結界さまさまだよね、ほんと」

 

 フェイトさんに髪を整えてもらいながら、ぽつりと呟いたアリシアさんの言葉が妙に耳に残りました。

 

「お姉ちゃん、だからといって私にやってもらえるのが前提なのはどうかなぁ。アリサだって、私の髪を同時に整えてくれてるんだよ?」

 

「ま、アタシは髪が短めな分、こういうフォローも回れるもの。フェイトの髪も綺麗だからね、後回しにしてちゃ勿体ないイイモノだわ」

 

 互いが互いの手入れを手伝える不思議な空間に、私も早く馴染もうと思ったのです。あ、椿姫はお姉様の前に大翔くんに髪を丁寧に整えてもらってご満悦だったみたいね。私は明朝の彼の予約権を取ったので、バランスを取ったというところですね。




次回はセラさん出番ですよ!
なお朝の模様。


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第78話 朝のテラス(※)

セラさんとの本番に入れなかったです。
なんかセラさんは物語中でもぐいぐい動いてしまう。



 朝が来た。念入りにひーくんやすずかちゃんが私の身体を整えたり解したりしてくれたお陰かな、久し振りの快眠にすっと目が覚めてしまった。

 周りではまだ寝息を立てている子ばかりだから、そっと音を立てないようにベッドから降りる。こういう時が悪魔の翼を便利だなと感じる瞬間の一つだ。私もそうだけど、室内の気温が魔道具で適切に保たれているから、みんな裸のままで寝ている。

 これがこの集団での日常なんだろう。……うーん、改めてすごいところに参加しちゃったのかも。毎晩身体を互いに見られちゃうわけだから、ボディラインの維持に絶対手を抜かないわけだね。

 

 さて、既にひーくんがベッドにいないと気付き五感に集中すれば、すぐに悪魔の聴力がしっかりと情事の声を捕らえた。テラスで早速朝からひーくんに愛してもらっている子がいるらしい。

 

「ああっ、大翔くん! うん、気持ちいいっ……! 私はぁ、ソーナはぁ、ずーっと貴方のモノになるの! 身体がね、身体がね、貴方の精以外で治まらないって覚えちゃったのぉ。幸せ、幸せよっ、大翔くんが最初で最後の人なんだからぁ……♪」

 

 もとい、ソーナちゃんだった。ソーナちゃんの媚びる声が、ひーくんの精をねだっている。普段のお澄ましソーナちゃんとは完全にかけ離れた姿。それでいて、どうしようもなくだらしなく緩んだ声なのに、とてもとても幸せな様子が伝わってくる声色で。

 たった一晩でソーナちゃんはまるで別人のような変貌を遂げてしまった。どこか力が入り過ぎていて、心配で仕方なかった部分が取り払われたみたい。

 

「ねえ、昨日の夜にあれだけ犯してもらったのにぃ……朝から大翔くんが欲しくてこうしておねだりして犯してもらってるのぉ……! 貴方に突き上げられるのが癖になっちゃってる……あはっ。ずっと貴方に貫かれていたいってこんなに淫乱になったの、私……ほんとに大翔くん、こんな私でいいの? 私、毎朝毎晩貴方に犯して欲しいって訴えるんだよ?」

 

 同時にどうしようもない不安を訴えてる。もう自分がひーくんでないと満足出来ない身体と思い知っていても、ひーくんが応え続けてくれるかは別の話だから。だって、女の人に困らないあの人は身体で繋ぎ止めることも難しいもん。

 

「え? そんな、まさか……え、ええ、分かったわ。大翔くんがそこまで負担じゃないって言葉を信じるけど、それは本当に大丈夫、なの? うん、確かにもう何年間も続けてきたことなのは分かるけど……」

 

 すると、ひーくんが一旦動きを止めてソーナちゃんに何やら耳打ちしたことで、ソーナちゃんの声から不安が消えていき、その代わりに困惑の感情が表に出てきた。

 断片的に聞こえる言葉から、黒歌ちゃんや白音ちゃんのサポートがあるから随分楽になったとか、もともと一生の覚悟を決めて付き添うと決めていたからとか……い、一体何の話なんだろう……。

 

「そうね。シトリーの力が大翔くんに馴染んで、少しでも貴方の身体の負担が減れば嬉しい……うん、私で手助け出来ることならすぐに言ってね。ふふ、分かった。じゃあ私もこの疼きとうまく付き合えるようになるまで、遠慮なく大翔くんを求めることにするわ」

 

 それから幾度かソーナちゃんは絶頂へと導かれ、かつひーくんの精を二度ほど子宮で受け止めて。その間、ずっとソーナちゃんは歓喜の嬌声を上げ続け、愛の言葉と自分がどれだけ満たされ幸せに感じているのか、繰り返しひーくんへ伝え続けていた。

 耳を集中しなくても声が聞こえるテラス近くまでくれば、行為の後のしゃぶる音までしっかり聞き取れて、私は顔を赤くしてしまった。それでも、すぐに離れる気が起きないのは私もひーくんに……そういう決心を済ませているから。

 

「はい、これでお掃除終了です。ふふ、本当に元気ね。大翔くんのココは」

 

「いや、これだけ丁寧に熱心にしてもらうと、今の俺だとまた回復してしまうので……」

 

「あら、もう一度私を犯したくなった? 眼鏡はかけたし、たっぷり注いでもらったから身体は落ち着いているけれど、大翔くんがお望みなら喜んでお相手するわ」

 

「それもとても魅力的なお誘いだけど……今はね。しかし、ソーナまで事が終わった後にここまでしなくていいんだよ?」

 

「ふふ、違うのよ大翔くん。こうしてたっぷり愛してもらって満足するとね、貴方の一部であるこの逞しいぺニスにもお礼をしてあげたいと感じるの。多分、みんなそうなんだと思うわ」

 

「すずかや朱乃達にも同じようなことを言われたことがあるよ……よく分からない感覚だなぁ、どうにも」

 

「尽くし甲斐がある男の子ってことですよ、ふふっ」

 

 自分の下半身に吸い付かれた直後なのに、ひーくんはソーナちゃんとのディープキスを躊躇わない。苦いねと自分で笑う余裕すらある。こういう部分って個人的にとてもポイントが高い。ほら、ソーナちゃんの表情も嬉しそうにまた蕩けてる。

 すずかちゃんや朱乃さん、あとフェイトちゃんもそうだけど、ひーくんに奉仕する行為自体も好きだから、ソーナちゃんの言う感覚とは違うかもしれない。ただ、女として嬉しいんだよね、ひーくんの態度って。掃除はさせるけど、キスするなら口を濯いでこいとか、傲慢な男悪魔って実際多いからね……。こっちの下半身を舐めるなんてそんな汚い所を舐めさせるな!……みたいな。仲が良かった頃にそんなこと言ってたんだよね、あの子も。気まずくなってから連絡取ってないけど、元気かなぁ。

 

「というわけで、お姉様。交代ですよ?」

 

「!」

 

 近づいていたのをしっかり分かってたんだね、ソーナちゃん。よし、今更怖気づいちゃ駄目よセラフォルー。いっそ魔法少女の格好で姿を見せようとも思ったけど、ひーくんにデバイスを作ってもらってからあの衣装も私の中でとても大切なものになってるから、恥ずかしさの逃げ道に使いたくはなかった。

 ……だから、私は昨晩と同じく何もまとわないそのままの姿で、ひーくん達の前に進み出ていく。明るい場所だから、隠せるものが何もない場所へと。

 

「……ひーくん?」

 

 視線をこちらに向けたまま、彼は動きもせず固まってしまって、私は羞恥心を抑えながら声をかける。ソーナちゃんがその様子を見てクスリと笑みをこぼしたけど、ひーくんの心が想像出来ているのかな。

 

「……本当に、綺麗だ」

 

「え、ええええ!?」

 

 まさかの真顔でのべた褒めだよ!? あ、あぅぅ、は、恥ずかしいのに嬉しさも交じっちゃって、ちょ、ちょっと私、錯乱してる!? 外交でもこんな動揺することなんてほとんどないのに、ひーくん相手だと調子崩れっぱなしだよぉ……。

 

「ごめん、明るい場所で改めてセラの今の姿を見てさ。思わず見とれてた」

 

 だって、ひーくん狡いもん。表情も言葉の調子も全部本気で言ってるのが分かっちゃう。おべっかといっそ笑い飛ばせればいいけど、嘘が基本下手だもんね。まして、必要のない嘘は大切な女の子につく必要はないと考える人だから。

 綺麗所がこれだけ揃っていれば裸も見慣れているだろうに、一人ひとりの女の子をちゃんと見ようと徹底してるから、私の裸身を明るいところで初めて見たことに対する感情の動きがしっかりあって、私に見惚れてくれたんだって伝わってくるんだよ。うーっ、顔がどんどん熱くなってくる……。

 

「悪い男の口説き文句みたいだよ、ひーくん」

 

 少し軽口を叩かないと、真っ赤になってる頬の熱でひーくんが見れなくなりそうだ。まともに見れなくなる前にひーくんの胸に飛び込んで、そのまま抱きついてしまう。

 

「あのね、そういう真剣な顔で本気で綺麗とか可愛いとか言われると、きゅんきゅん来てしまう女の子もいるんだよ。だからね、言う相手はちゃんと選ばないとダメだからね?」

 

 きゅんきゅんって……と呆れた口調で呟かないのソーナちゃん! 交代してくれたのなら、静かにするかそっと立ち去ってくれたらいいじゃない!

 

「大翔くん、外へ向けての不可視や遮音結界の維持はこちらで受け持ちますので任せて頂いて大丈夫ですよ」

 

 つまり、結界維持を名目に立ち会いますということ。しれっとした顔をしてるけど、自分の乱れる姿を見たんだから私の痴態も見届けてやりますってそんなところだよね……くぅっ。さっきまで緩みまくりだった口元もきりっとさせちゃってさぁ、もう取り繕うソーナちゃん可愛いよね。

 

「ありがとう、ソーナ。……ねえ、セラ。俺、こうして触れて安心や幸せを感じられる相手じゃないと、欲情もできないから。だから、言う相手は限られてるからさ。大丈夫」

 

 見られてするのに慣れちゃってるひーくんは私に集中するコツをつかんでる。いま腕の中にいる、抱き合ってる子だけを見て、他の情報は最低限しか見ていない。

 

 この集中力はすごいし、向けられる私としては嬉しく思うんだけど、ちょっと懸念するのは、私達だけを見ている時間帯に悪い連中に意識の外からブスリとかされること。色んな種族の子の力を取り込むことで、ひーくんはさらに色んな勢力から狙われる立場になっていく。既にオーフィスと共に歩む者って時点でアザゼルちゃんも頭を抱えていたもんね。

 そういう部分を防ぐのは私やすずかちゃん達の役割だと頭の片隅に書き留めて、ひーくんを胸元から見上げるようにして、まずは王道の上目遣いから始めよう。すずかちゃんや椿姫ちゃんに借りた漫画ではそうなっていたから間違いない……よね?

 

「ふぁぁっ!?」

 

 すると、ひーくんはおでこに『ちゅー』してくるもんだから、私は思わず唇が触れた場所を手で覆って素っ頓狂な声を上げてしまう。そんな私の反応にひーくんは変わらず優しく微笑んでいる。くっ、これが踏んできた場数の差っ……!?  裸で上目遣いとかされたら、がおーって獣さんになるんじゃなかったの!?

 

「セラは俺よりお姉さんなのに、なんだかこうしてると妹みたいだ。反応がなんか可愛くてぎゅーってしたくなるような感じでさ」

 

 横目でソーナちゃんを確認すれば、うんうんと頷いているし、ひーくんには頭をそっと撫でられる私。年上のお姉さんとして包容力で推していくつもりがぁ……。

 でも、そうだよね。これだけの女の子相手して皆満足させてるって、懐深いに決まってた。おまけに『愛が重い』子が多いのに拘わらずだし。

 

「ひーくん。私じゃ安心して甘えられないよね、あはは☆」

 

「甘えてるよ。セラをこうして腕の中で温かさ感じてさ、俺だけに笑顔や困り顔、照れた顔全部隠さずに見せてくれてる。そして、さっきからぎゅっと抱き締め返してくれてるから」

 

 こちらの肩に額を乗せて身体から力を抜いたひーくんの重みを感じて、今度こそ私がそのまま頭をよしよししてあげる。乗せられてる感があるけど、ひーくんを甘えさせてあげたいのはほんとだもん。

 あと、触れ合った部分からひーくんがゆっくりと二人の間に魔力や気を行き来させ始めてた。今のリラックスした調子でのんびり行ったり来たり。身体が少しずつ少しずつ、ひーくんと一つになる準備を始める。

 

「セラが仕事場とこっちの行き来を出来るようにもしないとね。学園を一度経由してもいいけど、仕事が終わった後とか夕食の時とか直接帰ってこれるほうがいいし……セラのデバイスが利用者登録してあるし、そこにこちらの座標とか時差の計算式を反映しよっか。そしたら、食事休憩は出先であっても一緒に出来るし、出張とかでも対応できるもんね」

 

「寝室はひーくんが出張とかでも、ここを使ってるんだっけ」

 

「おやすみなさい、って客室に入ったら転移して帰ってくるんだよ。なので、枕が変わって寝れないってことがないかな。あと、まあ独占欲だよ。セラを自分の彼女って言う限りは毎日、顔を見ておはようとかおやすみなさいって言いたいから」

 

 くぅっ! 魔王の立場とか戦力としてじゃなくて、私個人を求められる感覚って、こんなに快感だなんて! 魔法少女の格好してても冷たい顔しないし、一緒にデバイスや変身シーンの細かい演出も考えてくれるし、スカート短すぎるって心配もしてくるし……ああもう、ひーくん好きだなぁ! 可愛いよ愛しいなほんと! 趣味に理解ある彼氏ってありがたい……。

 百年単位で年上でさ、趣味も変わっていて、必要なことだったと私は割り切れても、実際に戦争でたくさんの兵士を手に掛けた悪魔ときたら問題しかないのに、ひーくんは私の手を取っちゃって。取ってしまえば、本当に女の子として扱ってくれてさ。

 

「うん、それなら私は毎日ちゃんと『帰って』くるよ。夕食は会食とかで難しいこともあるけど、ひーくんの傍が私の居場所だからってことで☆」

 

 いっぱい愛そう、ひーくんを。貴方が信じた女の子は間違いなく貴方の味方であり続けるってこと、ずっと見せてあげる。

 

「だから、ひーくん。貴方を私に、刻みつけて?」




フリーダムなセラさんとはいえ、次回はきっと。


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第79話 セラフォルー(※)

遅くなりましたっ。

セラさんとの営み終了です。
次話から現状の強さ確認とか、至高の堕天使を目指すあの人の処理とか、
日常回(?)に戻ります。


 私の言葉にひーくんの瞳が少し濁りのある色を帯びていく。普通は男の人にこんな目をされれば恐怖や嫌悪が先に立つのに、惚れた相手だと不思議な高揚感が背中を駆け上がっていく。

 

「興奮、しちゃったの?」

 

 言葉ではなく、ひーくんの唇が、手が……私の身体を少し乱暴にまさぐり始める。ああ、好きな相手が自分に劣情を向けてくれるのは、悦びになっちゃうんだ。ひーくんの唇や手から先程よりも強めに流し込まれていく魔力や気が私を染めてより発情を促そうとするのすら、嬉しいと感じてしまう私がいる。

 この抱っこしてもらってるような体勢で、ひーくんはそんな強引には出来ないだろうと考えていたけれど、女の子を直接愛する経験の豊富さがそんな浅はかな考えの遥か上を通り過ぎていった。

 

「あ、ああっ、やぁ、ひゃあ……あん、すご、すごいよぉ、びりびりす、はぅん!」

 

 痺れ始める頭の中。私の唇は勝手に身体の反応を素直に叫び続けるスピーカーと化していく。抱っこの姿勢が気づけばひーくんに背中を預ける形になり、胸を、下腹部を、ひーくんの指が蹂躙する。耳元で私がどれだけ反応しているのかを言葉で煽られ、羞恥心を覚えた先から敏感な感覚へと差し変わって、硬くしこった乳首をこねられる。

 両足はひーくんの差し入れられた膝に従い開脚して、物欲しそうにヒクつく下唇からは身体を巡るひーくんの力の流れに合わせて、トロトロと透明な液体をこぼし続けていた。

 

「ほら、セラのおまんこから身体が気持ち良くなってるってお汁がどんどん溢れてきてる」

 

「やぁ、言わないでぇ……はぁ、んんっ、やぁ、収まりかけたのに、また上がってくるよぉ……!」

 

 陰核を痛みは覚えないものの背中を反り返してしまうような絶妙な強さで刺激され、ひーくんの手が蠢くたびに私の身体は跳び跳ねる。時折、意識がふっと遠くなる瞬間があって、後からあれが『イク』って感覚なんだって気づく。

 

「繋がろう、セラ」

 

 もう力が入らなくなっている私は頷いて、ひーくんのそそり立った男性器が私の割れ目に宛てがわれるのをどこかぼぅっと見ていた。

 頭も熱に浮かされていて、ひーくんの力に体内の感覚をセックスに適した状態に作り替えられているのを知りながら、そのまま流される私がいる。数百年、男の人を知らなかった私を手玉に取るのはひーくんには容易かったはずだ。

 

「っ……!」

 

 触れたものの熱さが思った以上の熱で驚きに身体が強ばる。その途端、先端部を埋め込み今から分け入ろうとしていた彼の動きが止まる。

 

「セラ。俺の心臓の音、聴いてみて」

 

 少しだけ頭を動かせば彼の鼓動を直接聞き取ることができた。身体の興奮を表すように鼓動はずいぶんと早くて、逆にここで挿入を止めれてしまう彼の気質を悲しく思った。昂ってしまった男性の性衝動をこうも強引に押し留められるのは、彼の歪さゆえだ。

 

 どうしても女の人が怖くてその感覚が抜けなくて、すずかちゃんやアリシアちゃんという信じ愛せる女性の存在を得て、彼女達を重要視するあまりに異常な献身を見せるようになったと聞かされている。

 女のある種の残酷さは私もよく分かる。気に食わぬ相手に対してなら、心を砕く手段を問わず楽しんですらやってのける一面があるのを知っているし、その標的になり壊されていくのを避けるためにその対象を砕く側に自分も回ることで自分を守るのだ。シトリーの第一子という立場上、そういう輩はついて回りがちだったから。今思えば、ソーナちゃんがリアスちゃんに誘われ人間界の学校に通えたのは良かったんだろうな。

 いっそ反発して暴を振るえば臆病な連中は無関心を貫き、自分を守ろうとするけど、当時のひーくんはそうじゃなかったってこと。壊れかけたひーくんにひたすら愛を注いできたあの子達に、ひーくんは一生を報いようとして、自分を押し殺すように誠実に接し続けようとする。

 

 最初からひーくんは、そうだったね。悪魔でもいい大人の年齢の私が魔法少女が好きでその格好を好むことを知っても、決して笑うこともなくて。警戒はされていたけど黒歌を救うために力を貸すと決まってから、デバイスの細かなディテールとかこだわりとか貴方は熱心に聞いてくれて、丁寧な仕事で形状に反映してくれたね。

 そのうち、私への警戒も和らいで、仕事の愚痴とかも聞いてくれてそっと美味しい紅茶やお菓子を差し出してくれたりして、貴方はレヴィアタンとしての私じゃなくて、ずっと『セラフォルー』である私と接してくれていた。

 ソーナちゃんに逢うのが楽しみで、よく冥界から抜け出してきても、結界内でゆっくり話せる時間を作ってくれたり、ソーナちゃんがいかに可愛くて私の自慢の妹だってこともずっと聞いてくれていた。

 

 女性への根本的な恐怖が辛抱強く誠実なひーくんの対応に繋がっていたんだろうけど、それだけじゃなくて、ソーナちゃんのことを話す私は本当に楽しそうに嬉しそうに話してくれるから、聞いていてこちらも楽しいと伝えてくれる貴方の言葉に嘘がないのもちゃんと伝わってきてたんだよ。

 恋愛経験の少ない私はもう貴方に参ってしまってた。ソーナちゃんを口実に貴方に逢いに来ていたんだけど、私は戦争でこの手で多くの敵を殺めてきたからと、せめてひーくんを見ていたいって思ったんだ。肩書きも関係なく、ただのセラフォルーと話してくれる貴方の姉代わりになれればいいと思ってた。

 だけど、ソーナちゃんのアシストとひーくんが覚悟を決めてくれたことで、今まさに私も貴方の女になろうとしてる。

 

「すごく鼓動が早いよ、ひーくん。でも、すごく落ち着く音……」

 

 これ以上、ひーくんに負担をかけてどうするのだと私は内心で自分を叱咤してから息を一つ吐いて、出来る限り身体を弛緩させて、私は自ら腰を……落とした。

 

「あぐっ……」

 

「セラっ!?」

 

 もう、そんな泣きそうな声をしないで。肉を強引に押し分ける痛みはあったけど、この程度戦いで負ってきた痛みに比べたらへっちゃらだから、ね?

 

「ここまで来て我慢なんてさせたら、女として情けないもん……私を受け入れてくれると決めたひーくんを、私だってしっかり受け止めて、甘えさせてあげるって、決めたんだからぁ……!」

 

 ずんっ! ごんっ!

 

 そのまま最後まで私は腰を下ろして……頭に直接伝わるような衝撃と共に一番奥までひーくんが入ってきたことを認識する。

 

「セラっ、そんな無茶をして……! すぐに痛みを和らげるからなっ」

 

 自分の性衝動すら後回しで、自分の女にどこまでも尽くそうとするひーくんを、それでいて独占欲が強い歪なひーくんを私も愛したから。

 だからね、私はすずかちゃんみたいに貴方を本気で甘えさせてあげられる場所になる。貴方が弱さを吐き出してもまとめて抱き締めて安心して休めるように。私を信じて受け入れてくれた貴方の安らぎになってみせるよ。

 

「大丈夫、私はひーくんのお姉ちゃんでもあるんだからっ☆ お姉ちゃんが弟を可愛がって、変に我慢をさせないのは当然だし、世話を焼けることが楽しくて仕方ないんだからね?」

 

 よしよし……。今も、これからもいっぱいこうして撫でてあげる。ひーくん、頑張ってるもん。たくさんたくさん、色んなものを抱えて頑張ってる。

 

 私がいま感じる痛みより、ひーくんはいっぱいいっぱい女に痛い目に遭わされたんだから。だから、信じた相手であっても女の人に弱音を吐き出すのをどうしても躊躇する。だから、その躊躇いを超えて貴方が寄りかかっていいと思える存在として、支える側の一人に私はちゃんとなってみせるよ。

 既にすずかちゃんにアリシアちゃんがその役割を担っているし、いずれは私や朱乃ちゃんもその立ち位置へと入っていく。本人が宣言してることだし、従属傾向が強いからお世話したり支えることに喜びを見出だせる子だ。仮にこれ以上女の子が増えたとしても、睦み合いの間に弱音や愚痴を吐ける相手が四人ぐらいいれば、ひーくんも随分と楽になれる部分があると思うんだ。

 

 実のところ、貴方に頼りかかってる女の子も多いし。いや、仕方ないとは思うよ。身体も心もしっかり満たしてくれて、パートナーになった後のケアもバッチリとなればね。私自身、貴方の魔力や気が自分の中に溶け合っていくこの感覚をもう忘れられそうにないし、離れる選択肢が自分の中から完全に取り除かれていくのを自覚してる。溺れちゃうのも無理ないよね。

 

「セラ、ありがとう。ねえ、このまま動かないまま、最後まで行っていいかな。こうしてセラにぴったりくっついたまま、セラを染めてしまいたい」

 

「うん。ひーくんの好きなように私を満たして? 私はもうひーくんのモノなんだから」

 

 痛みを強く感じていると判断したひーくんは、くっついたまま自分と私の気を強く巡らせ始める。途端に『気持ちいい』、その感覚が全身を包み込んでいって、私のヴァギナが自然と蠢いてひーくんのモノを締め付けるのが分かる。ひーくんのモノも膨張してさらに大きくなって、先走りを吐き出す。先走りを吐き出される度に一瞬頭が真っ白になるから、私も荒くなる息を吐き出して、どんどん短くなっていく絶頂の波に飲み込まれていくしかなくて──。

 

「あーっ! やぁらめぇ、やだそこひゃぁ、あっ、あっ、あっ、アーッ! イク!? イッテるのっ、やっ、嘘、またクル! またイッテるのぉ!」

 

 ひーくんがまだイッてないのに、私は下りてこれなくなってしまった。気持ちいい、その感覚を次の気持ちいい感覚が上書きして、自分が何を叫んでいるのかもう分からなくなる。

 

「やぁ、いきっぱなし、だめぇ、しんじゃう! すごい、すごすぎるのっ!」

 

 ひーくんの手が、舌が、魔力も気みゃくも、わたしをなかから、そとからきもちよくさせて、おっぱいもおまんこもきもちよすぎて、またきたぁっ! ほんきのたねつけきちゃったよぉ! こんなのしったら、ぜったいにほかのひとじゃむり! むりにきまってるよぉ!

 

「セラっ、来るっ! 出るよっ!」

 

「きてぇ! ひーくんのせーえき、ちょうだいぃっ! あ、あぁぁぁぁっ! きたぁ! ひーくんのあついの、どんどんはいって、あああああああああああっ! あひぃっっ……! がぁぁぁあああああっ!?」

 

 このひーくんと私の長く続く絶頂の一部始終を見守ったソーナちゃん曰く、姉妹なのだと再認識しましたと教えてくれるだけ。乱れ方まで似ていたってことなのかな、あ、あはは、お揃いかな。ひーくんに聞いてみれば、身体の硬直や痙攣も含めて深くイッてくれたのが分かったよと言うのだけど、多分、乱れるというよりも壊れていたって感じなのかも……。

 私自身はそのオーガズムが連続していた時はほとんど意識が飛び掛けていたので、覚えていないんだけどかえってそれで良かったのかなと思うことにした。だって意識が戻ってきた後も、自分の子宮の辺りがまだ細かく痙攣を繰り返しているのが分かる状態なんだもん……初めてとか関係ないよね、身体にとことん彼を覚えさせられたんだなと思い知る。望んだことだからもちろんウェルカムなんだけど、これ女性相手なら繋がりさえすれば強引に落とせるんじゃないかって怖さがあった。覚悟を決めた女性以外、抱き締められることもままならないっていうひーくんの体質にこの点だけは感謝しておこう。

 

「えへへ、これでセラフォルーもひーくんの女になれた☆ もう、絶対に離れてあげないんだからっ☆」

 

 癖になるよ、こんなの。ひーくんの魔力と同じ色になった歓喜に身体が震える。放たれた精は私の子宮を通じて魔力や気脈となり、私の中へと溶け込み続けている。この感覚はどこか抱き締められている感覚にそっくりで、内から外からあますことなく包まれている感じだ。

 

「うん。ずっと傍にいてくれ、セラ」

 

 あー、もう可愛いなぁ。逞しい一面を見せてくれた直後にそんな子犬のような目をするだなんてもう。うふふ、そっか。これが女の幸せなんだね、えへへ。うんうん、ひーくんとの幸せを邪魔する奴等はこのセラフォルー様が全部凍て付かせてあげるからね、任せておいてよ☆

 

 ……ねえ、私達はきっとひーくんにこうして愛されていれば、ずっと幸せでいられるね。確信出来ちゃった。

 

 だから、すずかちゃんが懸念する貴方の身体と心の健康というのは最重要視するのでちょうどいい。アリサちゃんに黒歌なんかは貴方を極端に甘やかせ過ぎないしね。男は育ててなんぼ、みたいな所があるから。あの子達のように距離感を使い分けられる子も、これだけの女が集まれば絶対に必要な存在だよね。

 輪の全体のバランスはまた追々見ていくとして……今はセラフォルー個人を認めてくれたひーくんを、私の幸せの魔法で絶対に幸せにしてあげるからね☆ ふふっ、なんちゃって。




ランキングに新しいD×DのR18小説が入ってましたね。
いやぁ性描写のエロいことエロいこと。

書き手としても大変参考になるので、楽しみにしていたりします。


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第80話 意地の張り合い

いい加減至高の堕天使目指す夕麻さんと決着をつけなければ。

その前に元士郎くんが流石にイラっときたようです。


 「ぶっ倒れろっ、いい加減にっ!」

 

「がふっ! 元士郎こそ、そろそろ膝をつけよっ!」

 

「がはっ! ……ぺっ、まだまだぁ! 今日こそはアンタをぶっ倒さなきゃ気が収まらねぇ!」

 

 鈍い打撃音だけが響く、彼らが住まう館の広い中庭。転移してきた俺の目に映るのは、零距離で互いの拳をひたすらにぶつけ合う大翔とヴリトラの宿主の姿だった。

 

「大翔くん……匙……」

 

「大翔さん……」

 

「ひーくん、最後まで目を逸らさずに見てるからね……」

 

「元ちゃん……!」

 

「元士郎くん……」

 

「元士郎先輩、頑張って……!」

 

 手を組み祈るような姿で彼らの戦いを見守る女達を横に、泥臭くも見えてしまう男同士の意地のぶつけ合いがそこにはある。気持ちを込めた腰の入った拳打は後退りを起こす威力があるはずだが、大翔の手首に巻きついている『黒い龍脈』が互いの左手首を拘束する役割を果たしていた。

 

「ん? 龍脈で力を吸い上げていないのか……?」

 

『そのようだな。純粋に互いの拳だけでやり合っているようだ。ジプシーの決闘にああやって互いの片方の手首をハンカチなどの布で拘束してナイフで殺し合うものがあるが、それの応用だな』

 

 鈍い打撃音が響き合う空間の中で、アルビオンの説明に得心がいった俺は同じく二人の戦いを見守る赤龍帝の存在にも目をやる。物足りなさはあるが、彼も留まることなく成長を続けているのを見て取れどこか安堵する自分がいた。

 

「匙、あれ顔の骨折れてるんじゃ、ないか……?」

 

「……ええ、イッセー。匙くんは頬骨が窪んでるし、空知も完全に片目が腫れ上がって使い物にならなくなってる」

 

「一発ずつ殴り合って終わった話だと聞いていたけど、急激な会長や副会長の変化に『やっぱり綺麗事を言っていたから勝負しろ』ってことになったみたいだね」

 

「え? 会長や副会長、なんか変わったか?」

 

「……イッセーくんらしいね」

 

「イッセー、貴方はそれでいいのよ」

 

 どうにも観察力には優れていないようだな。シトリーの姉妹や、その女王のまとう魔力が大翔のそれと交じり合っていれば、予測もつくというものだ。

 

「赤龍帝。男同士の意地のぶつけ合いってことは分かっているなら、それでいい」

 

「げっ、いつの間に……」

 

「今は黙って見守れ。そろそろケリがつく」

 

 数十発と打ち合ったのだろう、二人とも足の震えが来ている。あと一撃か、二撃で勝負の時だ。

 

「もう、腕があがらねぇ……くそっ、大翔さん、アンタ前衛向けじゃないだろがっ……」

 

「得意なのは確かに、遠距離だけど、さ。あれだけ多くの女の子を守るって言い切った俺が、不得意なんて、作ってられないだろっ……? 元士郎の怒りを受け止め切って、立っていられなきゃ、俺はソーナ達の男である資格がないじゃないかっ!」

 

「~~~~~!! だから、アンタは目標だし、腹も立つんだっ! 有言実行をどこまでやるつもりだよっ!」

 

「どこまでだって貫き通してやるっ! 元士郎、お前だって折れるつもりなんて無いだろうが!」

 

 ゴッッ!

 

 その怒号が合図。二人は互いに背中を限界まで後ろに逸らせ、そして額を激しく打ち付け合う頭突きを叩きつけあった──。

 

「ちく、しょう……これでも、届かないの、かよ……!」

 

 膝を折り、大翔の肩に頭を預ける形で崩れ落ちていくヴリトラの宿主。だが、その差は数秒。大翔も彼を支えながらも、自らも地面に膝をついた。

 

「引き分けだ、元士郎。もう立っていられない、な。俺も……ほんと、まだまだ、だ……」

 

 張り詰めていた空気が弛緩した途端、すぐに二人へと駆け寄っていく女達の姿。大翔の正妻的立場である紫髪の女性が指示を全体に矢継ぎ早に飛ばしていく。

 

「朱乃さん、フェイトちゃん、カリムさんは三人でひろくんに回復魔法をお願い! ソーナさん、椿姫さん、花戒さんに草下さんは匙くんをお願い! 下手に動かしちゃ駄目だからね! 魔力は惜しまず使って! 私や黒歌ちゃん、白音ちゃんから足りない分は渡します! アリサちゃんは由良さん達を連れて行ってストレッチャーを持ってきて! 大至急! ファリンは一緒に行って、そのまま安静に出来る場所を手配して!」

 

「分かったわ! 由良、巡、仁村、行くわよ! もたもたしない!」

 

「元士郎先輩、すぐに戻りますから!」

 

「皆さん、こっちです! 玄関近くの倉庫にしまってあります!」

 

 即座に駆け出す者達。猫ショウの姉妹はすぐに何やらその場に魔法陣を生成し、その後で治療班への魔力供給を始めていく。

 

「治療効果の高まる陣を組んだから、治りも早くなるわ。すずかに私や白音は気を魔力に変換できるから、心配せずにガンガン魔力を使うにゃ! ただし焦らずに、適切な強さで! 行き過ぎた治癒効果は逆に身体を壊すにゃ!」

 

「私も何かできないかなっ!?」

 

「セラフォルーはまだ細かい回復は出来ないでしょ! 魔力を分ける方に回る!」

 

「りょーかいっ☆」

 

 大翔の世界は治癒に関する魔法がある。とはいえ、決して万能ではなく、体力と怪我の治療を同時にするのは難しく、かつ、元来の治癒魔法にそこまで即効性は無いと効く。疲労感を緩和するなど、その程度のものだと。

 

「相手の状態を漏らさずに見て……」

 

「必要な分だけ、治癒魔法に使う魔力を注ぐ……!」

 

「私と椿姫は体力面を。桃と憐耶に傷は任せましょう」

 

 大翔が改良を加えたことである程度の即時効果を齎したようだが、その分魔力の消費は激しいということか。なるほどな、集団で戦う者達には有効な手段の一つになる。

 

「カリムさんに傷はお任せします。一番得意にされていらっしゃいますから」

 

「私と朱乃で体力だね、わかった」

 

「大翔様、少しの辛抱です。痛みをすぐに取り除きますから」

 

 さしずめ女の戦場といったところか。ナイチンゲール達が傷ついた戦士を癒すために各々の役目を必死に果たそうとしている。邪魔にならぬように遠巻きに覗き込み、こちらに気づいた大翔と目線を合わせた。意識はハッキリしているようで、こちらと会話する余力はあるようだ。

 

「ヴァーリ、来てたのか」

 

「ああ、君がそちらのヴリトラを宿す男との模擬戦中にね。時間の流れが違う結界内に直接転移できるというのは、幾度経験しても不思議なものだ。転移の瞬間に少しだけ頭が眩む感覚があるから、それを認識できるが」

 

「普通の転移だとそういうことはないからね。時間軸がずれる時にどうしても違和感を脳が感知するから、いくら術式を安定させても感覚が残るらしい。まぁ、結界内で過ごすことも多くなったから、逆にそういう違和感が残る方がいいとも思うようになってしまったよ。本来の予定を確認する手帳やタブレットも絶対に手放せなくなったよ、あはは……」

 

 穏やかに笑う彼だが結界内でまたある程度の時間を過ごしていたのだろう、こうして傷ついた後でも彼が内包する力が増しているのが分かる。元々、初めて出会った時点で中級悪魔じゃ相手にならないと思った相手だ。いよいよ上級悪魔でも戦闘に秀でた者でなければ、勝負にならなくなっているだろう。

 

「君が強さだけを求めてくれれば、俺との熱い勝負がすぐにでも楽しめるのにな」

 

「それでもヴァーリには遠く及ばないよ。今だって元士郎にいいのを何発も浴びてしまって、辛うじて引き分けに持ち込んだぐらいなんだから」

 

 確かに手痛いものをもらった痕が身体のあちらこちらに見受けられる。自分の王の変化がきっかけだったのだろう、今日のヴリトラの宿主は鬼気迫る様子で戦っていた。火事場の馬鹿力のようなものだが、一時的に中級悪魔の力は十分に超えていたと見る。その相手に自分の得意距離ではなく相手の土俵で勝負しても負けはしない。

 

「謙遜もそこまで来ると嫌味だよ、大翔さん」

 

「元士郎、意識はハッキリしてるか?」

 

「ああ、飛んでたのは一瞬だし、会長や桃たちがどんどん痛みを和らげてくれてるしな。でも、これでやっとスッキリしたよ……。……頼むぜ大翔さん。会長や副会長、二人とも絶対に、絶対に最後まで幸せにしてくれよ。もちろんセラフォルー様も。じゃねえと、諦める意味がなくなるからさ」

 

「ああ、必ず幸せにするよ。直接な力だけじゃない、権力も謀略も、あらゆる力をもっと自分のものにして、どんな手を使おうとも、ソーナ達を俺の元で幸せにする。立ち塞がるものはすべて、潰してやるさ」

 

 彼の漏れ出た魔力や気に反応し、つむじ風が巻き起こる。ああ、いい闘争心が交じったいい風だ。すぐにでも闘りたくなるが、今の傷ついた彼では物足りないのも分かっている。彼は個人の戦闘力だけでなく、色んな強さをモノにしようとしている男だ。着実に歩を進めても、時間はかかる。だから俺の望む戦いを実現するなら、今は我慢するしかない。分かっているさ、だが……。

 

「白龍皇、その物騒な魔力を収める。出来ないのなら、我が相手する」

 

「逆にお手合わせ願えないかな。この昂ぶりを鎮めるのは少々骨が折れそうなんだ」

 

「今は結界維持に手を回せる者もいない。だからお前は眠れ?」

 

 オーフィスの言葉の直後、情けないことに俺の意識はすぐに途絶えた。知覚不能の速度で顎に必殺の一撃をもらったらしい。気づけば俺がオーフィスに抱えられる形で意識を失っていたらしく、俺だけではなく他の場にいた全員が知覚出来なかったようだ。

 無限の龍神、なんという規格外の強さなのかと俺は再認識した。俺の目指す頂はまだまだ遥か先にあると、それを思い知らされる一日になってしまった。ただ、かの龍神に鍛錬を受け続ける大翔は必ず強くなっていく。俺は当面、退屈を感じる必要は無さそうだ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「え? 話してみて欲しい眷属がいる?」

 

「ええ。私の僧侶なのだけど、実は対人恐怖症で旧校舎で引きこもりの生活をしている子がいて……」

 

 ひとまず傷が塞がり、動ける程度まで回復した俺と元士郎は皆で一緒に朝食を頂いていた。バイキング形式がすっかり定着してしまってるけど、この人数が当たり前になってるので周りも当たり前の感じになっている。

 そんな中で最近、若干打ち解けてきた感のあるグレモリーさんから、眷属についての相談を受けていた。

 

「ギャーくんのことですね。ギャスパー・ヴラディといって女装好きの男の娘です。見た目が完全に女の子ですが、あくまで男の子ですので」

 

 白音が補足説明してくれるが、その視線はイッセー君に向けられていた。皆、ああなるほどと頷いてしまっているので、イッセー君がそこまで節操無くねえよ!? と抗議するものの擁護をしてもらえてない。

 

「先にその情報を伝えるのね、小猫……。ええと、そのギャスパーはヴァンパイアのハーフなんだけど、自分の神器の制御がままならないこともあって、今の私じゃ扱え切れないと旧校舎の個室に封印状態になっているのよ。ただ、食事とかの受け渡しで部屋に入ることは必ずあるし、貴方と話をすることで変化が生まれるんじゃないかって……」

 

「神器の制御が出来ないというのはどういうことです?」

 

「『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』。その効果は視界内の物体の時間停止です。自らの感情の昂ぶりで自動発動してしまうために、ギャスパー君は封印という措置を施されています」

 

「バロールといえば、ケルト神話に登場する魔神の名前だよね?」

 

 朱乃の説明にすずかが何かを思い出したようにその名を口にする。すずかの言う通り、魔眼のバロールの異名を持つ魔神のはずだ。ああ、そういえば最近、すずかと蔵書室に篭って読書に耽る時間を取ってなかったなぁ。

 

『すずか。近々あの部屋に久し振りに篭らないか?』

 

『うん、いいね。朱乃さんやソーナさん達の世界って神話世界と密接だから、読み返すのにはいい機会だと思うし。私もひろくんと静かに本の虫になりたいな』

 

 念話でそんな約束を交わしながら、神話などの伝承に詳しくない皆に俺達の世界で伝えられている魔神バロールの逸話をかいつまんで説明する。視線で相手を殺せる魔眼の瞼を開けるのを供の者が数人がかりで務めていたとか、娘が嫁ぐ事が自らの破滅に繋がる伝承とか、そんな言い伝えを。

 

「ギャスパーに視線で命を奪うような力は無いわよ!?」

 

「リアス……落ち着きなさいな、大翔くん達の世界での逸話と言っているじゃない」

 

「そうだけど……神話の伝承って、次元を超えるとはいえそこまで変化するものでも無いじゃない……」

 

「でも、部長。魔力を使えるのが悪魔限定じゃないじゃないですか、大翔さんの世界って。だから時間だけを奪うってことなんじゃないですか?」

 

「亜種の禁手に至ればあり得るのかもしれないが、『停止世界の邪眼』についてそういう話もアザゼルから聞いたこともない。現時点でそう心配することもないさ」

 

 二天龍の宿主の言葉にグレモリーさんも少し落ち着きを取り戻す。思い込みの激しい所があるけど、彼女も眷属思いなのは間違いない。ただ、相手の意思を差し置いて自分が良かれと思う方向に走ってしまうことがあるから、その辺りが朱乃や白音と亀裂が入りかけた要因になっている。

 ソーナや朱乃がいる時はこうして方向修正も出来るけど、公の場で助言すらままならないこともあるだろうし。この辺りが彼女の抱える課題なんだろう。

 

「一度、近々会ってみましょうか。時に関する力を扱う者同士で何か伝えられることもあるかもしれない」

 

 親切心だけでもなく、自分の時空間に関する魔法に何かしら参考になることがあるだろう。そんなこちらの思惑も含めて、俺は話を受けるのだった。



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第81話 襲撃

ギャスパーくんとの顔合わせが始まります(すんなり始まるとは言ってない)

※誤字修正のご指摘いつもありがとうございます。


「え!? 一誠君が堕天使相手に深手を?! 分かった、すぐに行く!」

 

 そんな相談事のあった翌日に、悪魔稼業中だった朱乃からの緊急連絡。グレモリーさんから思い立ったら出来るだけ早くと、朱乃達の仕事終わりにヴラディ君と顔合わせする話だったため、転移の準備が整っていた俺やすずか、後は職務が終わってこちらに帰ってきていたセラや、昨日から鍛錬を共にし、深夜帯に近づいたことによる眠気覚ましに一緒にラーメンを食べに行ったヴァーリまでが護衛役で共に転移する。気まぐれだと言ってたものの、彼からすれば食べ歩きの友としても何かあっては困るということらしい。

 

 当然のようにラーメンに行く時もすずかは一緒だった。魔法で念のために髪色を変えて、普段はストレートの下ろし髪にお団子を一つ作るだけで、一気に印象は変わる。そんな変装の一手間をしてまでも、一緒に行動できることに意義があるらしく、麺の硬さ談義をしながら替え玉を楽しむ男二人をすずかはニコニコしながら見守っていた。

 もちろんラーメンも食べたので、明日は普段より少し長い距離を走り込んで調整するねと笑っていたな。男友達同士のやり取りの場に堂々といられる彼女の立場というのが嬉しいとか何とか。アリサはそこまでするほどかと首を捻っていたし、アリシアは愛だねぇとしきりに頷いていた。フェイトも行きたがったが、プレシアさんの制止にあって断念。プレシアさんも含めて、近いうちに昼食や夕食に一緒に行こうと声をかけて今回は我慢してもらうことになった。カリムはそんなフェイトに付き添う形で待機組。21時以降の炭水化物は危険ですからと本気で遠慮していたけど、カリムもあれだけ鍛練をこなしてる以上心配はいらないと思う。本人の意思だから構わないけれど。

 

 帰りはソーナ達も一緒になるだろうからとほんとに過剰戦力もいいとこでしょ、とアリサは笑いながらフェイト達と共に送り出してくれた。オーフィスはお留守番の間、最強の自宅警備隊をすると何故かやる気を見せていたし、憂いなく飛び出していく。

 

「グレモリーさん! 朱乃! 白音! 一誠君は無事か!」

 

「あ、大翔。すっ飛んで来たのにゃ?」

 

 そうだ、黒歌が白音についていっていたから、危機は既に脱していたのか。ふぅっと安堵の息をつき、治療の状況を確認する。グレモリーさんの膝枕でソファーに横になっている一誠君はグレモリーさんが近くにいる時の少しだらしない表情をしていたけど、明らかに不調を抱えた様子が見て取れた。グレモリーさんの眷属から今彼を失うことがあれば、彼女と彼女の眷属は実質崩壊してしまいかねない。グレモリーさんは彼に傾倒している部分があるし、良くも悪くも彼はムードメーカーだ。

 ただ、苦しくても煩悩を止めないというか止められないのが彼らしいというか。まぁ、彼の視界ですずか達は例の認識阻害で筋肉隆々の身体にしか見えないから、その辺りを今更留めたりはしない。俺も自分の女に下心丸出しの目を向けられない限りは彼とうまくやっていきたいと思っているし、身勝手さ加減では彼と俺は大概似た者なんだから。

 祐斗君はなんというか、いい子ちゃん過ぎるところがあって逆に心配になるんだよな。まあ、万が一が起こるようなことがあれば、グレモリーさんの残った眷属を俺が保護すればいいか。朱乃や白音は既に家族だし、祐斗君も側近候補として、海鳴に居を移してもらって一緒に苦難の道を歩んでもらうとしようか。

 もちろん何もないのが一番だけど、一誠君は結構無鉄砲なところがあるから、その辺りの怖さがある。

 

「一誠君、大丈夫か。遅くなってごめん」

 

「だ、大丈夫です、大翔さん。ただ、身体を動かすのが億劫になるような気だるさは残っていて、こればっかりは光力を悪魔の身で受けた以上仕方ないみたいで。気合入れたら十分動けますし、一日大人しくしていれば、このダルさも取れるみたいです」

 

「そうか……良かった。しかし、一誠君がそこまでの深手を負う相手となれば、アザゼルさんの意向を無視した堕天使の中でも悪魔でいう中級以上の実力を持っている者がいる……?」

 

「いや、それは無いだろう。該当する可能性があるのは本当に限られているし、その男はいくら力を抑えても今のグレモリーやシトリー、あるいはその眷属の感知にかかるぐらいの強大な力を持っている」

 

「……イッセーは依頼人や教会のシスターを庇って戦ったのよ。だから、教会と関わるとロクなことにならないって言ったのに……」

 

 俺の言葉にヴァーリは即座に否定をし、さらに俯き加減のグレモリーさんの呟きは語尾が消えそうな弱々しいものだった。バツが悪そうな表情にイッセー君が変わったあたりを見れば、彼から見えるグレモリーさんの表情は察しがつく。普段は温厚な祐斗君の顔も敵を見つけたような怒りを抑えきれない様子になっている。

 

「でもアーシアは悪い奴じゃありません! むしろ俺や依頼人のあの人を庇おうとして、逆に思い切り殴られていたんです!」

 

 彼が深手を負ったのも、非戦闘者を庇いながら戦ったからのようだ。接近戦を主にする一誠君は、盾になりながら戦うとなれば攻撃手段が殆ど無くなってしまうし、そこを突かれてしまったんだろう。

 

「……朱乃。この街に侵入している堕天使達はアザゼルさん達と無関係なのはハッキリしてたな」

 

「ええ、ただそれが悪魔側に正式に伝わっていないため、動くに動けない状態であったのですが……」

 

「ごめん、その辺りは私の責任だよ。外交担当として、もうちょっと強く動けば良かったね……」

 

「冷戦状態なんだろ、勢力同士としては。担当者レベルでハッキリしていても、なかなかスッキリといかないのは人間の政治でも似たようなもんだし。セラだけの責任じゃない」

 

 セラが申し訳なさそうにするものの、現在のセラの立場が簡単には動きづらいのも分かっている。だから、セラを責める者は少なくともこの場にはいなかった。

 

「上層部の意向がどうであれ……駒王町を任されている者としてこれ以上は捨て置けない。空知の元で鍛練を積んだことで使い魔も含めた眷属全員で街全体に目が届くようになってから、私の取りこぼしがいかに多かったのかに気づかされたわ」

 

 グレモリーさんは有無を言わさないとばかりに強い口調で反撃にうつることを宣言していく。

 

「この街に住まう人達の安全を今更叫ぶのも遅きに逸しているのかもしれない。けれど、だからといってこれからの被害を見過ごすつもりもないわ。私、リアス・グレモリーはこの地を任されているのだから……! イッセーの回復を待って、明晩教会へ襲撃をかける!」

 

「こちらから逆に大公様側に正式な命を一刻も早く与えて頂くように要望も上げましたし……私から堕天使側に働きかけましょうかと申し上げましたから、少しは考えて頂けることでしょう」

 

「うわぁ。またきっと胃を痛めてるね、アガレスのおじちゃま。朱乃ちゃんがバラキエルさんの娘さんって知ってるからこそ慌ててるかも。父娘の仲は断絶状態と認識していただろうし、その伝手を使うわけがないと思ってただろうから」

 

「あらあら、セラフォルー様。あちらの意図は分かりかねますが『どういうつもりだ』と問われましたので、私に出来うることを全うしようとするだけですとお答えしておきましたわ、うふふ」

 

 きっとニッコリ微笑んでそう答える朱乃の様子が目に浮かぶ。はぐれ悪魔に認定されてもそれなら仕方ありませんわね、ぐらいの余裕を持っているように見えるから、向こうからすれば何を考えているのか分からず困惑してしまっているだろう。グレモリーさんは程ほどにねと苦笑いだ。

 

「部長、朱乃先輩、待ってください! アーシアは!」

 

「私が一晩待つ意味を考えなさい、イッセー。明日は病欠扱いで届け出は出しておくから、身体を元に戻すことを第一にして。さあ、家まで送るわ。今は身体を休めて、ね? お願いよ」

 

「……分かりました、部長」

 

「いい子ね、イッセー」

 

 グレモリーさんは口にしなくともシスターの救出を黙認するという態度を取っている。一誠君もそんなグレモリーさんの接し方にそれ以上の訴えを飲み込み、付き添われる形で立ち上がる。

 

「祐斗、念のため一緒に護衛をお願い。私はイッセーを送ったらそのまま光力の毒抜きも兼ねて付き添うつもりだから、貴方は戻って空知たちと合流して、明朝の鍛錬に参加してもらって構わないわ」

 

「分かりました、部長。大翔さん、じゃあまた後程」

 

 合流地点は月村邸への転移装置がある姫島神社なので、ソーナ達も含めて合流の上で帰宅することになる。そういう流れにも慣れたもので、祐斗君はこちらへ軽く手を振って、彼を支えるようにグレモリーさんとは反対隣に歩み寄っていった。そこまで弱ってねえよと軽口を叩く一誠君に対して、油断は禁物だと大袈裟にわざと肩を支えようとする祐斗君。そんなじゃれ合いが出来るぐらいに二人の関係性は良好なようだ。いや、一誠君の顔はなんだか引き攣ってるか……?

 

「空知、こんな形になってすまないわね。ギャスパーとの顔合わせはまた改めて日程調整させてもらってもいいかしら」

 

「ええ、教会の件を片付けてからの方が落ち着いて話も出来るでしょうし」

 

「そう言って貰えると助かるわ。さぁ、イッセー。じゃれ合ってないで帰るわよ? 付き添うって言ったでしょ? 私が一晩添い寝してあげるから、早くなさいな」

 

「え!? 付き添うってそういう意味ですか!? 分かりました! ダッシュで帰りましょう! 一秒でも早く!」

 

 騒ぎながらグレモリーさんを引っ張るように部室を出て行く彼を見て、黒歌の呟きや白音のため息が耳に入る。

 

「ほんと、今代の赤龍帝は性龍帝といわれても仕方ないにゃ」

 

「やってることは俺の方がよっぽど下種だよ、黒歌?」

 

「兄さまは求められるから応えてる部分が大きいじゃないですか。というかいつもこちらに合わせてばっかりで、本当に満足してもらえてるか怖い部分が大きいんですよ?」

 

「むしろこれだけ選り取り見取りの女に囲まれて、欲望を完全開放しない大翔が心配になるにゃ。むしろしてくれていいのよ? 黒歌さんはいつでもウェルカ……ふぎゃ!?」

 

 かえってとばっちりが飛んで来てしまったので、苦笑いするしかない。確かに俺も一誠君も問題がある部分を抱えているけど、どうにも性格的なものはすぐに変わるものでもない。ほんと人の振り見て……という奴か。

 なお、黒歌の悲鳴は聞かなかったことにするのが様式美である。白音の一撃は早く、鋭い。

 

「……いい一撃だ。しかし、結構な言われようだな大翔」

 

「言うな、ヴァーリ。偏屈なのは自覚してるんだ」

 

「では黙るとしようか。俺としては、戦いの時の勇ましさを失われなければそれでいいさ」

 

 旧校舎から外に出て、まもなく活動から一度学校へと戻ると連絡があったソーナとソーナ眷属の皆を待つ。予定が結果的に潰れて、駒王町の春から初夏に変わる過ごしやすい気候の中、転移拠点の姫島神社まで夜の散歩と洒落むかなと考えながら俺達はお喋りに興じていた。

 朱乃と白音はすずかが作ってきたクッキーの詰め合わせを今日会う予定だったヴラディ君に渡すためにまだ校舎の中にいる。

 

「ヴァーリ、今回はどれくらい滞在できるんだ?」

 

「アザゼルが溜まりに溜まった仕事を片付けるまでは缶詰状態で護衛の仕事もないからな。バラキエル達が尻を叩いてやらせているが、相当な量が溜まっている。数日はかかるかもしれないな」

 

「アザゼルちゃんの立場だと、自分やシェムハザちゃんしか決裁できない案件も多いしね☆ ちょちょいのちょいとは行かないんじゃないかなぁ?」

 

「そういえば、セラフォルー・レヴィアタン。魔王を辞職するという話は本気なのか?」

 

「うん、ヴァーリちゃん。あ、セラフォルーでいいよ、呼び方は☆ で、完全に役職から離れるのはすぐには無理だろうけどね~☆ いくつかの神話体系も私が窓口を続けないと話し合いすら今後乗らないよって言ってきてるし、外交官みたいな立場に落ち着く予定~☆」

 

 オーディンのおじいちゃんが筆頭かな、と俺の腕を取ってぼそりと呟いたセラの声は聞かなかった振りをしたほうがいいのか? いや、セラが一つため息をついたってことは、あれか。なるほど、勝手にセラに触れたらその部分から腐敗していくような、セラの意思で発動できる男除けのネックレスとかを急いで作ろうか。よし、そうしよう。

 俺の空いた腕に自分の両腕を絡めて組んだ姿勢のすずかは微かな笑みを浮かべて静かに瞳を閉じている。無意識に近いものだけど、こうして寄り添っているだけで俺の間で魔力が……最近ではそこに『気』も加わった状態で自然に循環を始めてしまう。すすかの発情期のキツさを少しでも和らげる方法を色々試してる内に、二人の間で完全に経路が出来上がってしまった感じだ。結局、すずかとくっついてるだけで心地良いわけで、好きな本を読むだとか静かに過ごす時にはたいてい寄り添っている俺達がいる。

 

「なるほど、主な担当業務は続けるということか」

 

「というか、サーゼクスちゃん達に飲み込ませるよ。ひーくんの子供を産んで育てる時期になれば、どの道外交官の仕事もやってられないしやるつもりもないから、それまでには引継も終わらせるよ。十年二十年ぐらい、私一人抜けてガタガタになるようじゃあまりに勢力としても情けない話だしね」

 

 普段の軽い調子ではなく、真面目な声色でセラは後進の成長を強制的にでも促すと告げる。瞳に宿る色はセラの得意とする系統の氷魔法のような冷たさがあった。

 

「あんまりのんびりしてたら、ひーくんや私達に勢力を乗っ取られちゃうかもね☆ 堕天使の幹部が父親、シトリーの次期当主の伴侶、巨大宗教の現人神様……そして無限の龍神、オーフィスちゃんの保護者。ヴァーリちゃんもひーくんの近くにいる方が色々と楽しめるかもよ?」

 

「ちゃん付けは勘弁してくれないか……。しかし、あのオーフィスといつでも立会いが出来るというのは羨ましい環境だな」

 

「セラ、勢力乗っ取りなんて勘弁してくれよ?」

 

 直後、いつもの調子に戻るセラに顔を歪ませて呼び方を変えるように訴えるヴァーリだが、セラが呼び方を直すことは無いんだろう。しかし、冥界に覇でも唱えさせるつもりでもあるのか、セラは……。

 

「ふふ、一勢力を名乗れるぐらいにはなれちゃうよってことだよ☆ ……もちろん、ひーくんが余分な権力を求めないのも知ってるよ? シトリーを背負うというのも、私やソーナちゃんとのお父様やお母様との関係を考えてくれてるからだもんね~えへへ」

 

 年上のお姉さんではあるけれど、時折こんな屈託の無い笑顔を見せたりするから、その落差にドキリとさせられる。

 

「……っ!?」

 

 そんなセラの笑顔に見とれかけた次の瞬間、ザワリとした強い違和感に襲われ、俺は反射的に防御結界を全力で展開する。あどけなさすら感じたセラの表情も即座に引き締まり、俺の一歩前に進み出て臨戦態勢に入ろうとしていた。




不穏な気配がなにやら。

ソーナさんとかをヒロイン化すると判断した時点で突っ走ると決めたことによる、
作者の身勝手な展開ですが、今しばらくお付き合いいただければ。



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第82話 アガレス家の次期当主

(突っ走って)やったぜ。


 「……流石ね。反応できなければ、いっそ貴方を拐ってしまおうとも思ったのだけど。嗚呼、私の想像以上に貴方は強くなってくれていたみたい」

 

 俺の前に立つセラの向こう側に突然現れたとしか言えない、淡緑色の長い髪に切れ長の双眸で眼鏡をかけている……ともすれば相手に冷たい印象を持たせそうな雰囲気を醸し出した、俺と同年代に見える美形の悪魔の女性。でも、何故だろうか。俺に向けられる視線は色んな感情の色が入り交じっているように見えた。

 

「ひーくんが止められたとしてもそんなことはさせないよ、側に私がいる限りね。ねえ、シーグヴァイラちゃん。アガレス家の次期当主様?」

 

「……貴女までいるのは流石に予想外です、レヴィアタン様。彼らが私の干渉に気付き、対抗するまで少なくとも数秒の猶予はあると思っていたのですが」

 

「助かったよ、レヴィアタン。こちらに干渉する魔力に気付き、光翼を出す間の一、二秒……その間にここまで接近を許すとはな。この俺にすら時間の流れを遅延させ、光翼を出さなければそのまま停止させられるところだった……」

 

 シーグヴァイラ。聞いたその名に刺すような頭痛が俺に襲い掛かるが、急な変調をこめかみを強く押し込みながら無理やりにでも押し留める。すずか、セラ、黒歌。校舎内にいる朱乃や白音。五人は絶対に守り抜かなければならないんだから。

 それにヴァーリにすら効果を及ぼした、対する相手の時を止める能力。黒歌も完全に停止させられる前に俺に触れて、結界の影響下に入れたため事なきを得ていたが、余計にここで足手まといになるわけにはいかない。

 

「恐ろしい力ね。大翔のあの封時結界の感覚を知らなければ、違和感を感じてる間に停止させられていたにゃ」

 

「未だシーグヴァイラちゃんの力は発動中だからね、ひーくんから下手に離れたらダメ。動いたら私やヴァーリちゃん以外が止められ……どういうつもり? 力を止めてしまうなんて」

 

「いえ、ひょっとしたらこの力を感じて一気に『思い出して』くれたりするかと淡い期待を持ったのですが、それはあまりに浅はかな考えだったようです。試すような真似をして申し訳ありませんでした」

 

「突然仕掛けてきた奴の言葉を信じろと?」

 

「白龍皇、確かに仰るとおりです。……年甲斐もなく、自分でも想像以上に我を失っていたみたいですね。そうですね、拘束して頂いて構いません。この通り、抵抗する意思はありませんから。グイン・ザンマ、ラギガード、グザⅡ、ジャクトリヤ。貴方達も動いてはダメよ」

 

 声に反応し、頭を下げる彼女の意思に反するように側へと集う小型のロボット達。いや、プラモデルか……。それぞれが自立意思を持つかのように動き回り、彼女を取り囲むような陣形を取っていく。

 

「もう、落ち着きなさい。私が無抵抗の意思を示す意味がないでしょう? それに御覧なさい。貴方達を形作ったあの人がいる。だから、お願い。止まって頂戴」

 

「ひろくん、あれって有名なロボットアニメのプラモデルだよね……? ひろくんも小学校の頃によく作っていたから覚えてる……」

 

 確かにこちらの世界では『機動騎士ダンガム』と呼ばれているはずだ。名称が違うぐらいで大筋のストーリーは同じなのでイッセー君と熱く語り合ったことがあったりするが、それはそれ。その時もすずかは一緒だったし、話に普通についてきていた辺り、別の意味でイッセー君に羨ましがられた。『趣味に理解があって、しかも一緒に楽しんでくれる彼女とか最高じゃないですか!』と。

 

「大翔、知り合いか?」

 

「……分からない。でも、変なんだ。この女性に全く怖さを感じない。初対面の女性なら、身体が強張り心が凍て付くはずの俺が『懐かしさ』すら感じている。だから、頼む。ヴァーリ、話す時間をくれ」

 

 ヴァーリがアガレス家の次期当主という彼女に目を向けたまま、こちらに問いかけてくる。この既視感の原因は分からなくとも、彼女と話をしなければ『後悔』する。俺はそんな焦燥を覚えていた。

 

「今度作ってくれると言っていたつけ麺。明日の夜食で手を打とうか」

 

「はは、仕込む時間を何とか作るよ。……ありがとう、ヴァーリ」

 

 わざとらしい口振りで、仕方の無い奴だと肩を竦めるヴァーリ。まだ付き合いは短いけれど、元士郎と同じくいい友人を持てたものだと思う。

 

「ごめんなさい、貴方を苦しめるつもりはないの。その、あの……私の成長を見せたくて、みっともなくはしゃいでしまって考えなしで仕掛けてしまって本当にごめんなさい……!」

 

 そう、冷静で明晰な判断を下すあの怜悧な表情の裏に、親しい者だけにはこんな茶目っ気のある一面を見せたりする彼女を、俺は確かに知っている……くそっ、なんで『思い出せない』んだ?

 

「あの白龍皇と堂々と接することが出来るほどに、貴方が本当に強くなってくれていて、それでいて貴方の穏やかな雰囲気はそのままだったから……ふふ、何を言っているのか分からないわよね。でも、本当に嬉しくて仕方ないのよ」

 

 頬を綻ばせて微笑む彼女の顔にどうしようもなく懐かしさを感じて。両隣にいるすずかや黒歌の困惑も伝わっているのに、俺は言葉が見つからなかった。

 

「強引にやってきた成果は十分得られたもの。私の不在に気づいたアリヴィアンが今頃慌てて追いかけてこようとしているところかしら」

 

「貴女、本当にシーグヴァイラちゃん!? まさかの許可なしとか、そういう性格じゃないよね!? いくら人間界と正規のルートで移動したことがあるとはいえ、勝手な転移は禁止されていると知っているでしょう?」

 

「あら、レヴィアタン様。私だって、一人の女です。はしゃぐ事だってありますもの。それに魔王の方々と同じように、大公の任務代行権を持つ私は急を要すると判断した場合の転移が認められています。それより、彼が混乱を来たしていますわ。落ち着いて話せる場をお願い出来ませんでしょうか」

 

「むむむ……。貴女を偽者と判断して、こちらが嫌だと言ったら?」

 

「レヴィアタン様が今駒王町にいらっしゃると他の魔王様達にお知らせ致します。貴女様が今この場にいるのは、お忍びですよね? 書類も溜まってらっしゃると聴いておりますし……」

 

「い、一日遅れぐらいだもん! ひーくんに誇れる女でいられるように頑張ってるんだから!」

 

 刺すような頭痛は引かない。それでも俺の感覚が叫んでいた。二人を言い争わせるな、と。

 

「セラ、下がって。彼女は俺が目的のようだし、話をしたいって気持ちは本当だろうから。そうだろ……あぐっ」

 

 セラの前に立ち、付き添うすずかや黒歌に支えてもらう形になるふらつく自分を叱咤する。俺は大切なことを『忘れている』。それでも心配そうに俺を見上げるすずかや、少しでも痛みを緩和しようと細かく気を整えようとしてくれる黒歌、盾になろうとしてくれるセラ。そして、きっと。この女性も俺は泣かせちゃいけないと、強く感じている。

 

「……無理をしないで。私は貴方の顔をもう一度こうして見られたことで、本当は泣きそうなんだから」

 

「教えて下さい、貴女が知っている俺を。貴女に感じている懐かしさの正体を、貴女はご存知なんですよね」

 

「……時間を、貰えるかしら。貴方だけでなく、貴方を支えるそのお嬢さん達も含めて」

 

「はい、こちらからもお願いします。私が唯一、ひろくんを知らない一ヶ月を貴女は知っているんですね」

 

「私も一目見て分かったわ。貴女が……彼が記憶を一時的に失いつつも、守るべき存在だと焦がれ続けていた女性なのね」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 リアスの女王である姫島さん達とも合流し、私達は姫島神社の一室を借りる形になっていた。

 

 アガレス家の次期当主としてお父様の一部業務代行も務めながら、私はずっと探し続けていた彼をとうとう見つけたのだ。今年までだとお父様やお母様に宣言されていた最後の年に。

 彼へ繋がる糸口をつかめたのは、上層部と急きょ話し合いを持つからと飛び出していったお父様を引き継ぐ形で他の細かい連絡を行っていた所、姫島さんが不意に浮かべた魔法陣のお陰。使い魔に指示を飛ばすための魔法陣を見て、私は悟ったのだ。

 

『その魔法陣は……!』

 

『どうしたのですか、シーグヴァイラ様。使い魔に指示を出すための連絡用魔法陣ですが……そんな顔色を変えて』

 

『その魔法陣の光、なぜ貴女がその色を──』

 

 震える声を私はどこまで押し留められていただろう。血より深き紅。深紅の魔力光はあの子のものと全く同じ! 波長まで似通い過ぎている……! ずっと、ずっと探し続けていた彼への繋がりが通信の向こう側にある。

 

『シーグヴァイラ様? 顔色が急に』

 

『……残りの連絡事項はまとめて資料を送ります。それでは失礼っ!』

 

『え、シーグヴァ……』

 

 通信を強引に打ち切って、後は時間止めの結界を張ったら駒王学園へ転移。姫島さんに直接問い詰めようと思ったら、そう、ずっと逢いたかった彼の姿があった。最後の時から五年以上が経っていたけれど、すぐに分かった。彼と別れ、ずっと磨き続けてきたアガレス家に伝わる『時』を司る力に、彼は見事に対応してみせて──。

 

「『初めまして』。私はシーグヴァイラ・アガレス。本当は『久し振り』なのよ? 空知大翔さん……いえ、ヒロ」

 

 あの優しげな笑みはそのままに、驕ることなく彼は纏う魔力を、自分の力を高め続けてきたのだと分かる。強者の風格を彼は身に着けつつあった。そうでなければ白龍皇とこうも対等に話し、親しげに接することなど出来はしない。

 

「私はずっと探し続けていました……。私が記憶に残っていなかったとしても、もう一度直接御礼を言いたくて。貴方がくれた温かさがあったからこそ、私は今もアガレスの次期当主として堂々と歩んでいられると。あの一ヶ月は、私の一生の宝だと。ありがとう、ヒロ。貴方は私の進むべき道をずっと照らし続けてくれているわ」

 

 こんなことを言われても困るに決まっている。それを分かりながら、私は我を通した。アガレス家の娘としてではなく、シーグヴァイラそのものが彼に伝えたくて仕方がなかったから。

 

「シーグヴァイラさん……なんでだろう、貴女をシーグヴァイラさんって呼ぶのに、どうしようもなく違和感がある……」

 

 困惑するヒロ。隣に同じく戸惑いながらも、彼の様子を見守る紫髪の女性。姫島さん達も一歩分後ろで静かに私と彼の話を見守ってくれている。ソーナやソーナの女王も姫島さんと同じ表情をしているから、思った以上にヒロに付き従う女の子は多いようだ。

 

「触れ合っても大丈夫な女の子が、ちゃんと増えたのね。良かった……」

 

 極度の女性不信ということは分かっている。あの一ヶ月の間、お母様にもずっと緊張し通しだった彼だ。その彼を慕い、また彼も受け入れている女の子がいる。ふふふ、まさかレヴィアタン様までとは想像もつかなかったけれど。

 

「シーグヴァイラ、普段は冷たい印象すら受けるのに……こんな彼女は見たことがないわ」

 

「ソーナ会長以上に、冷静かつ怜悧な印象が非常に強い方ですから」

 

「だからこそ、若くして大公家の次代は安泰だと言われてきましたよね。だけど、大翔さんにここまで親しげにしているのは……」

 

 耳のいい悪魔ですから、ソーナや二人の女王の話も聞こえています。今の魔力色は彼女達本来の色合いに見せていても、彼女達からは彼と同じ魔力の波長を感じられる。時の力を制御するには魔力の精密な操作が必要であり、また彼を探すために次元を越えるためにと鍛練を重ねてきた結果、魔力の流れをある程度見れるようになっていたから。

 

 本当は私が先に見定めたのにという悔しさもあるけれど、それよりも大きいのは安堵感。信じられる女性が増えて、その愛情を受けて彼は強く大きな男になっていったのだと感じられて、彼の成長が何より嬉しかった。

 

「触れても、いい?」

 

 頷いてくれた彼の頬にそっと触れて、次いで彼の手を取る。ああ、もう私の手を包み込めるぐらいに大きな手。男の子だった彼は、立派に大人の男性へと近づいている。私がお父様の業務を代行するぐらいに成長したように。

 

「……良かった。拒否反応が出たら、どうしようかと思ったのよ? さすがに五年以上が経っているし、貴方の身体が私と認識出来ない可能性もあったから」

 

「あ、あのっ、ひろくんが小学六年生の時に、別次元に飛ばされて一ヶ月あまり帰ってこなかったのは……!」

 

「ふふ、記憶を失ってなお、彼がずっと守りたいと思い続けてきたのが貴女……。この中の誰よりも彼の魔力と溶け合っているもの、貴女は一番の理解者なのでしょうね。さて、質問の答えだけれど。彼は次元転移の衝撃で一時的な記憶の混濁が発生していた。その間、彼を保護していたのが私の家なのです。その期間がちょうど一ヶ月間だったわ」

 

 アリヴィアンに彼が記憶を取り戻した結果、私達と過ごした日々を忘れて、あるべき世界へと帰ったと聞かされた時、私はショックのあまり部屋に引きこもってしまったのよね。それでも、鮮やかなあの一ヶ月はずっと私の宝物で、ずっと私の寄る辺であり続けた。そう、ヒロが残してくれた……この自立起動を行う四体のプラモデルと共に。

 

「これ、覚えていないだろうけど……貴方が作ってくれたプラモデルなのよ。グイン・ザンマ、ラギガード、グザⅡ、ジャクトリヤ……魔力を蓄積しておける核も埋め込んでくれたから、私はこの四体を使ってアガレス家の時の能力を使いこなせるようになった。だけど、今の貴方は私よりも時の力をうまく使えるみたい……時間だけでなく、次元や空間への干渉も出来るだなんて」

 

 ゆっくり話せるようにと彼が展開した封時結界はこの姫島邸の中にいる限り、一時間を一日として過ごせる空間となっていると聞かされた。本来の彼の次元と、私の住まう冥界や今いる駒王町が存在するこちらの次元も行き来できる程に、彼は優れた時空魔導師に成長している。

 

「……分かる。思い出せなくても、確かにこの四体は俺が作ったものだ……」

 

「うん。核にしっかりひろくんの魔力が宿っているもんね……」

 

 作成者に触れられたことで、自意識に近しいものを宿す四体は明らかに喜んでいた。さて、思い出話になるけれど、皆、聞いてもらえるかしら?




唐突な展開なのは承知してますが、ぼかぁリビドーの迸りに忠実でありたかったんだなぁ……(誰だお前)


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第83話 空白の一ヶ月

繋ぎ回になってしまいました。
※をつけるほどではないんですが、話末にそういう表現が入ってます。


 シーグヴァイラ様は穏やかな顔で懐かしそうに思い出話を語り始める。きっかけは五年と少し前、大翔さんが小学六年生の頃……例のドクターの仕業で、実は当時の冥界、アガレス領へ転移させられたのだとか。私や小猫ちゃんもその当時グレモリー領で暮らしていましたし、意外なニアミスだったのだと思いながら、彼女の話に耳を傾けます。

 

「見つけたのは、私の女王であり執事を務めてくれているアリヴィアンでした。妙な力を持つ少年が記憶混濁を起こして邸内に倒れていたと」

 

 名前は覚えていたし、日常生活のやり方もわかっていた。ただ、自分が今までどうやって過ごし生きてきたのかがすっぽり抜け落ちていたのだそうです。

 

「それでも、待っている人がいるから帰らなければいけないのだという強い焦燥をずっと持っていたわ。でもその人の影はシルエットになっていて、顔をハッキリと思い出せない事が苦痛で仕方ないという感じだった」

 

 魔力を使える人間、それも日常生活レベルで使いこなせるようだと検査で分かってからは、シーグヴァイラ様の小間使いのようなことを始めさせたのだそうです。ロボットアニメを見て、一緒に興奮したのが決め手だったのだとか。

 

「父の勧めで勉学の気分転換にタンガム等のロボットアニメを観るようになったといいのだけど、実は恥ずかしい話、どっぷりと嵌まってしまって。熱い想いをぶつけ合う登場人物達に自分を重ねてみたりね。普段、我を出すのが好ましくないと考える私が真逆の生き方をする劇中の彼らに惹かれる感覚を、彼はとても理解してくれた。あとは、ロボットの造形について語り合ったりね。そんな相手が身近に出来たのが夢のようだったの」

 

 一晩中夢中になって話して、揃って両親に叱られたのも懐かしい思い出だとシーグヴァイラ様は過去に思いを馳せながら、話し続けていました。

 

「『どうしても記憶が戻らなければ、私のポーンにしてあげます。だから焦らず記憶を取り戻しなさい』と当時の私は伝えたの。稀有な人間ということで、私にも打算があったのですよ。当時から嵌っていた趣味の話が出来て、人間界の魔術に関する本を読ませればすぐに理解するほど造詣も深く、穏和で頭の回転も速いとなれば……アリヴィアンに執事をしてもらっていた私は、彼をいずれ秘書的役割においてもいいと考え始めていました」

 

 同年代でプライベートでは趣味の話で盛り上がれる少年。そして公的な時間には立ち振る舞いもしっかりしていて、元々マナーを身につけていた形跡もある。冥界でのやり方との違いを覚えてしまえば、大公様や奥方様も感心するぐらいに礼節をわきまえた動きをしていたそうです。

 

「ひろくんはその頃には、私の婚約者として旧家のしきたりやマナーを叩き込まれていましたから……」

 

「ええ、付け焼刃でないのも分かりましたし、そういう生まれなのだろうというのは察していましたよ。両親にとっても私があまりに子供らしい振る舞いを見せないがゆえに憂慮していた部分を、適度に引き出してくれる子が見つかったと当時は思っていたようです」

 

 ポーンにすると大翔さん本人には言ったものの、実際にはビジョップの駒を与え、後方の要にするつもりぐらいまで考え始めていたシーグヴァイラ様はさらに驚かされることになっていきます。

 

『回復魔法を使えるですって……!?』

 

 ある日、彼女が体調不調を訴えたことにより判明した新事実に、改めて密かに神器の調査もするも宿っていないという診断結果が出ます。フェニックスの涙以外で即効性のある回復手段を持っていることになり、シーグヴァイラ様はご両親の前で一つの宣言をします。──悪魔としての、契約の言葉として。

 

『貴方は私が、アガレスの名において守り通します』

 

『シーグヴァイラ、お前は何を宣言したのか分かっているのか!?』

 

『ええ、お父様。アガレスを継ぐ誇り高き悪魔として、私の未来の眷属を守るのだと宣言しました』

 

 悪魔の誓約は契約に近しいもの。非常に重たく、まして大公の娘が発した言葉となれば、血縁や使用人達といった身内の中での宣言であっても安易に取り消しが効きません。その意味を大翔さんも他の方から教えられて、自分に何が出来るのか必死に考え込む時間が多くなったそうです。それはシーグヴァイラ様が気に病むなと重ねて告げようとも、決して変わることが無かったのだとか。

 

「もう、ひろくんったら。記憶があやふやになっていても、その辺りは変わらないんだから。自分を本気で想ってくれる人に、全力で応えようとする生き方は」

 

「ええ、今もその生き方は全く変わらぬようですね。あのSS級の力を持つ黒歌が、彼に心酔している。驚きはしましたが、同時に納得もしてしまいましたから」

 

「当たり前にゃ。妹との蟠りを解いて、姉妹がこれから先ずっと共にいられる場所をくれた大翔やすずか達を私はずっと守っていく。こちらの世界に特に拘らない私からしたら、はぐれと言われても正直どっちでもって感じだにゃ。飼い猫と笑うならば笑わせておけばいい。私は大翔たちの敵を排除する牙や爪を研ぎ続けるだけ」

 

 もっと固い考えに囚われた方という印象がどんどん取り払われていく。彼女が私よりも早く大翔さんに出逢い影響を受けていたことを羨ましく思うと同時に、自分との記憶を失い姿を消した大翔さんを密かに探し続ける日々を考えればとても耐えられないと思えてしまう。

 

「……それほど強く想っているのね、彼を」

 

「私だけじゃにゃい。すずかは勿論、白音も朱乃もソーナや椿姫も、セラフォルーも。この場にいない他の子も勿論一緒に、私達は大翔を長とした大家族として暮らしていくの。いずれ、授かる子は誰が産んだ子供であろうと皆で育てて皆で守って、それぞれの家の問題も大翔の女全員で解決していく。私が言うのもなんだけど、皆才女揃いなのにゃ。大概の問題は解決出来ちゃうぐらいには」

 

「だから……シーグヴァイラ。貴女に大翔くんは渡せない。彼は私達の唯一の人なのだから」

 

「……驚くことばかりね。ソーナ、貴女の口からそんな情熱的な言葉が飛び出すとは想像もしてなかったわ」

 

 黒歌に並ぶ形で進み出たソーナ、椿姫。もちろんセラフォルー様も。そんな中、私は大翔さんが彼女の四体のプラモデルをそっと抱え上げて、シーグヴァイラ様を真剣な目で見つめているのに気づきました。側に寄り添うすずかさんもやはり同じような表情で。

 

「シーグヴァイラさん、俺は貴女を何とお呼びしていましたか?」

 

「『シーラ』と。私は『ヒロ』。互いを愛称で呼び合っていたわ」

 

「……魔力を通じて、この四機が見せてくれた『記録』を確認出来ました。その愛称で呼び合う光景も含めて、この子達は魔力核の一部を記憶領域として様々な記録を収めてくれていた……。まだ、自分の記憶として、蘇ったわけではありません。ただ、中学に入る前の俺の姿が確かにそこにはあり、感情は確かに俺の記憶だと強く訴えている」

 

 少しでもこの子達に報いたい。どうかこの子達のメンテナンスをさせて下さい。大翔さんはそう懇願し、そのために修繕道具等が置いてある月村邸への同行を願い出たのでした。

 

「移動したらちゃんとこの結界を張ってちょうだいね、ヒロ? 気づいたら朝になっている……というのだけは困るもの」

 

 その願いに対してどこか茶目っ気すら見せながら、シーグヴァイラ様は気負いなく大翔さんの提案に乗ったのです。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「あの、許可をもらって何なんですけど……本当に大丈夫なんですか?」

 

 転移準備に入りながら、俺は彼女にもう一度問いかけていた。俺が自分に害を与えるなど少しも考えてもいない、彼女の態度。柔らかな微笑みを浮かべたまま、俺のメンテナンスのやり方や設備が置いてある研究室を見られるのが楽しみだと瞳を輝かせてすらいる。

 彼らに触れることで見えた記憶の欠片。一緒に触れていたことで同じ記憶を見たすずかは『ひろくんだから仕方ないよ』と一人納得していたが、ソーナ達の言葉を借りるなら人が変わったようなレベルまで信用を得ている様子にむしろ俺は何をやらかしたんだと不安にすらなる。

 

「ヒロが私を陥れようとするなんて、あり得ないもの。記憶が無かろうと私が知る貴方の根幹は変わりはしないわ」

 

 過度に美化すらされてる気がしてならないのだ。いや、製作から数年が経ち、形状維持の術式も練り込んでいたようだから、少しガタが来ていたこの子達を本気で手入れするし、核を増やして二重化して自己補修機能もつけるつもりではある。

 

「……相変わらず顔に出やすいのね? 無表情よりは笑みの方が感情を隠せるけれど、その笑顔も私からすれば感情が筒抜けよ、ふふ」

 

 すずかやアリサとかだけじゃなく、朱乃や黒歌、付き合いを深めたばかりのセラにもその辺りは指摘されることだ。隠すのはやっぱり下手なんだなぁ、俺は。

 

「政治の場に出るためかしら、感情を見せないようにしようとするのは。そうね、相応しくない場で感情を爆発させない限り、喜怒哀楽を読み取られてもいい……そう捉えるのも一つの考え方よ」

 

「えっ……」

 

「交渉などの場でも、感情を言葉に乗せたりしなければにしなければすぐに致命傷というわけでもない。逆に実力者となれば、不機嫌そうに押し黙るだけで相手に重圧をかけられたりもする。確かにそれだけではうまく行かない場もあるけれど、貴方の周りはヒロの想いをしっかり汲み取ってうまく生かしてくれる女性がいるのでしょう?」

 

 一人で何とかしようなんて思わないことよ、と先に政治の場に出ている先達からのアドバイスだとシーグヴァイラさんは俺のおでこをつつきながら笑っていた。

 

「あら、とうとう私の女王がやってきたわ。ふふふ。らしくもなく、かなり焦っているみたいだけど」

 

 そういう先には転移魔法陣から出てきた黒髪の執事姿の若い男性の姿がある。表面上平静さを保っているけれど、焦りを抱えているのが分かるぐらいには動作の一つ一つが急いている。

 

「お嬢様っ! 勝手に人間界に転移されるなどっ……!」

 

 大股歩きでシーグヴァイラさんの前へと歩み寄るアリヴィアンさん。先ほど見た記憶の姿と全く姿が変わらない辺り、彼も悪魔なのだなと再認識する。

 

「アリヴィアン。アガレス家に仕える貴方がそのように冷静さを欠いてどうするのです」

 

「冷静さを欠いていらっしゃるのはお嬢様です……! 屋敷はお嬢様が突然姿を消したと奥方様をはじめとして捜索隊が出る勢いなのですよ!」

 

「あら、書置きを残しておいたと思うのだけど」

 

「あのようなお嬢様らしからぬ乱筆乱文で『火急の案件が入ったため出かける』というだけで供も連れずとなれば、皆目の色を変えますっ。旦那様がお出かけの時で宜しゅうございました……さ、すぐにお戻りを」

 

「あら、アリヴィアン。その前に貴方は周りを確認するべきね」

 

「周り……?」

 

 まず、シーグヴァイラさんの隣に立つ俺。すずかは初対面として、セラ、ソーナがいる。朱乃や椿姫、白音も顔は知っているかもしれない。黒歌も別の意味で有名だろうし。ヴァーリや元士郎達もどうしたものかという顔で様子を見守っている。

 

「レヴィアタン様に、ソーナ・シトリー様……?」

 

「あちらは手配書で有名な黒歌だし、そちらの鮮やかな銀髪の彼は現代の白龍皇よ? リアスやソーナの眷属も数名、知っている顔も多いでしょう」

 

 どんどん顔が青ざめていくアリヴィアンさん。そして、さらにシーグヴァイラさんはすずかに『ごめんなさいね、お借りします』と一言断ってから、俺の腕を引いて軽く自分の腕を絡めてすらみせた。驚きはすれど、やはり拒否反応を起こさない俺の身体。そして、セラとソーナの辺りから漏れ出る冷気が回りの空気をどんどん冷やしていく。すずかはちゃっかりもう片方の腕に絡んでいるので魔力が思わず溢れてしまう事態にはなっていなかった。

 

「お嬢様……!?」

 

「私がこのような態度を取れる唯一の男性、貴方も良く知っているのではなくて? そうでなければ火急の案件などと書くものですか」

 

 ほんとに拒否反応が出ない辺り、俺の身体は彼女のことをよくよく覚えているらしい。隣の彼女は上機嫌に自分の執事兼女王の彼をからかう遊び心さえ出している。

 

「……見つけて、しまわれたのですか」

 

「ええ、後は思い出してもらうだけなのだけど……身体はしっかり私を覚えているから、一から関係を築き直すのもまた一興かもしれないわ。だから少しばかり付き合いなさい、アリヴィアン。これは命令」

 

「では、通信だけ飛ばしておきます。見つけましたので、お説教の後連れて帰りますとでも」

 

「ええ。じゃあヒロ。改めて転移準備を宜しくね。月村さん、転移後は改めて他の皆さんへの紹介をお願いできるかしら」

 

「はい。それと……私のことは『すずか』で大丈夫です。私的な場ではこちらもお名前で呼ばせて頂きますので」

 

「……そうね。貴女とは良好な関係を築きたいものだわ、すずかさん。色々、相談をしなければならないことも出てくるでしょうし、まず今のヒロの現状を正しく把握しないと」

 

「驚かれることにはなると思いますよ、シーグヴァイラさん。来る者拒まずを言葉通りに進めた結果、セラフォルーさんの言葉を借りるなら『ちょっとした一勢力』になってますから」

 

 転移魔法陣の準備に入る俺の傍でやり取りしている二人をよそに、一緒に準備を手伝ってくれていた朱乃が俺に耳打ちをする。

 

「まさか、次期大公様まで虜にしておられるとは思いませんでしたわ。この話は後程シーグヴァイラ様からもさらに詳しく聞かせていただくとして……ソーナがそろそろ抑えられなくなってきてるようですわ」

 

 その言葉にソーナを見れば、やや俯きながら自分自身を両腕で抱き締めるように衝動をいなしている姿があった。元士郎などからの問いかけにも曖昧な答えしか返せなくなりつつある。時間的にはそろそろと思っていたけど、思わぬ人との遭遇に抑えが一気に効かなくなったのか……!

 

「朱乃、後の転移準備を頼む」

 

「ええ、お任せください。小猫ちゃん、転移術式を早く完成するために手を貸してくれるかしら」

 

「シーグヴァイラ様やアリヴィアンさんの一時転移許可の反映ですよね。急いでやってしまいましょう」

 

 頼りになるパートナー達にこちらは任せて、俺は急ぎソーナの傍へと駆け寄る。椿姫が他の眷属をいなしてくれている間に、俺は彼女を腕の内に抱え込んだ。吐息がかなり荒い。目の焦点も合わなくなってきている。

 

『ソーナ、気づくのが遅れてごめん。口元に手を当てて思い切り、俺の胸に押し当てていろ。身体は俺が支えてる。部屋に戻る前に、一度イカせてあげる』

 

 念話で呼びかけた俺を見上げたソーナの表情は恐ろしく男の劣情を煽り立てようとする。上気した頬、涙が今にも零れ落ちそうな程に潤んだ瞳、薄紅に染まった肌。それでいて、俺のことを信じ安堵感も同時に浮かべていた。

 

「お願い、します……全て、大翔くんに任せます、からぁ……」

 

 途切れ途切れに肯定と懇願の言葉を呟いて、ソーナは俺の言う通りに口元を強く手で押さえ、俺の胸にしな垂れかかってきた。全身を預けられているはずなのに、どこか軽いとすら思える彼女の華奢さ。色香が香るような錯覚すら覚える甘い匂い。

 彼女が抱えている血筋の濃さに絡みつく、嫌悪し絶望すら覚えていた淫蕩さを肯定し御してみせると誓った今ですら、気を抜けば此方も飲まれてどこまでに溺れて堕ちていってしまいそうだ。

 

「……黒歌」

 

「消音は任せてにゃ。しっかし、開花したソーナのこれは同性の私までゾクッとくるヤバさね。普通の男なら即座に理性を奪われてるわよ。これでも紳士的な振る舞いをやってのける大翔はやっぱり枯れてるんじゃにゃい?」

 

「言ってろ。今からやるのは獣の振る舞いと一緒だろ? ……ソーナ、始めるよ」

 

 意識して俺の補助に回ってくれる黒歌に声を掛ければ、あえて軽口を叩いてくれる。苦笑いを浮かべる余裕が戻ったことに感謝しながら、俺はソーナの身体に陽の気を一気に流し込み始めた。直接繋がっていない状態とはいえ、以前に黒歌や白音との間で気を失ったのと同じ強さで。

 

「!……んんっぁぁあ!」

 

 激しく全身を痙攣させながら、ソーナは悦楽の津波へ飲み込まれていく。この状態になってしまえば、本当の意味で発情が収まるには精を直接身体の中に浴びるしかない。これはあくまで一時的なショックで衝動の昂ぶりを誤認させるものでしかなかった。

 

「ひゅうっ……殆ど、ソーナ気を失ってるんじゃにゃい?」

 

「朦朧となっているだろうから、この間に連れて帰る。結界を二重に張って、五分もらえれば実質二時間分だからな。その間にしっかり鎮めてみせる」

 

 意識がほぼ飛んでいても細かい痙攣はまだ続いているし、甘い香りはますます強さを増している。この香りを吸い続けている俺も、このままシーグヴァイラさんの大切な四機を再調整するわけにはいかなかった。

 

「祐斗も戻ってきたにゃ。大翔、朱乃と白音も転移準備終わったみたいだし、急いで戻りましょ」

 

「戻った後もフォロー頼めるかな、黒歌」

 

「私も楽しませてもらうのが条件よ? 白音も一緒にね♪」




謎の会長推し。いや、初めて本格な発情期に入ったようなもんだしシカタナイヨナ!


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第84話 夜の営み(※)

※前回の話(黒歌の解説)

アガレス家のお嬢様が急にやってきたけど、えらく大翔にご執心だったにゃ。
あれは雌の顔になってるから、すずか達と相談しないと。

ただ、「ヒロ」って愛称で呼ぶほどだったし、小さい頃の大翔は
何をやらかしたんだろうにゃあ。

ひとまず月村邸に戻って、発情状態の時間帯に入ったソーナを鎮めてから対応開始ね。
なんだっけ、使い魔みたいな扱いのプラモデルが魔法生命体になってるから、
大翔がメンテするって言ってるし、その間に色々聞き出さないと。


 転移先は彼らが住まう屋敷の中庭だった。私やソーナの本邸に比べればこじんまりとしているということになるけれど、日本という島国で裏山も含めた敷地を所有するとなれば、ヒロに連れ添う彼女は相当な資産家の娘であるのが分かる。

 ロボットアニメに嵌まってその延長線で日本についてもある程度理解が進んでいた私は、彼女が私やソーナ達とそう規模が変わらない『良家のお嬢様』であると認識する。通された応接間の家具も華美ではないだけで質の良いものを揃えているのが分かる。アリヴィアンも感心するような息を一つ漏らしていたので、私と同じような印象を抱いたようだ。

 

 戻ってすぐにヴァーリが屋敷内で結界の影響が及ばない範囲外に出て行った理由が、この屋敷に居住している、既に夢の中にある少年少女に明朝の稽古を行うためというのにも驚きましたが。ヒロが頼むと一言だけ告げて、自家製麺を楽しみにしてると軽口を叩いて出ていった辺り、二人の深い関係性が窺えますし。強者に認められる大翔の成長に内心小躍りする思いでありますが、既に私は出遅れてしまっている状態。焦りは禁物であると、自分に言い聞かせます。

 

「ひろくんが戻ってくるまで、こちらでお待ちいただけますか」

 

「お気遣いなく。急な訪問になったのはこちらの勝手が原因なのだから」

 

 ヒロはソーナを抱き上げたまま、寝室へと連れて行くために一時的に席を外していた。セラフォルー様やソーナの女王、そして黒歌とその妹というリアスの戦車である少女も一緒に。

 黒歌に関してはセラフォルー様の預かる一件であるという説明とヒロへの接し方を見れば、こちらを害することはないと十分に判断できた。アリヴィアンは懸念を示したがそれが彼の役回りでもあり、結局のところ私の判断を尊重してくれる。得難い存在なのだ、本当に。

 

「そっか。大翔が行方不明になっていた一ヶ月の間はそんなことになってたのね」

 

 まるで初めて出逢った頃のような話し方だったけれど、女性への接し方はスマートになったかもしれない。ちょっとした段差にそっと手を差し出したり、声をかけていたり、体調が急に悪化したソーナを抱き抱えたまま寝室へ連れていったり……ふふ、なるほど。それでいて、がつがつもしていないようですし。信用のおける相手以外はそもそも接触を避けるのがヒロでしたものね……住み込みの侍女達の前でよく盾代わりにされたのを思い出してしまいます。

 しかし、体調が悪化したというソーナの表情は……体調が悪いというよりも、どちらかといえばヒロへの想いに熱を上げる女のモノに見えました。つまり、あのソーナがヒロに完全に心を……もしかすると、それ以上のものを預けているとも思えます。

 

「ええ。私も驚きました、ヒロの元にこれだけ多くの女性が集っているだなんて」

 

 この集団の長をヒロとすれば、目の前にいるアリサ・バニングスと名乗った女性が月村さんと並んでナンバー2の立場でしょう。自己紹介を交わし合った時の瞳に宿る意思の強さはヒロに負けず劣らずのものだし、相手を強く引き付ける雰囲気を持つ彼女は連れ添うヒロの価値をそれだけで高めることが出来る。

 自己紹介の後、一ヶ月間のヒロの様子を私から聞いた彼女は胸に手を当てながら少しの間目を閉じて、当時の自分達を思い起こしていたようでした。

 

「バニングスさんの話は大変興味深いものですね。正直、貴女のような素敵な女性がヒロのパートナーと言われても、玄関での熱いやり取りを見ていなければ信じられなかったというか……」

 

 ソーナを抱き上げた状態で帰宅したヒロは手短にバニングスさんに何かを囁くと、両頬を挟まれそのまま彼女のお帰りのキスを受け入れていた。そう、ヒロを渡しはしないという強いメッセージ。表向きは穏やかなやり取りをしていても、ここは私にとってある意味戦場に身を置くのに等しい。

 

「アイツの相手も増えたしね。わりと形振り構っていられなくなってるのよ、振り回されてるみたいで癪だけど」

 

「ひろくんはちゃんと答えてくれてるじゃない、アリサちゃん」

 

「そりゃそうだけど……ま、惚れた女の弱味よね。そこに漬け込んでくるようなら、思いっきり頬をはたいてやるわ」

 

「大丈夫だよ、ひろくんはひろくんだもん」

 

「……すずかがそう言うのは分かってるわよ……」

 

 でも、苦労性だというのはこの短い時間でも良く分かってしまった。集団の中で強い力を持つ月村さんがヒロに心酔し全肯定する方向へ偏っているからか、バニングスさんは全体のバランサーを努めざるを得ない部分があるようで。

 

「まー、ひーちゃんの卑屈さは今に始まったことじゃないしね。調子に乗ったらすぐに自分を捨てて離れていくと頑なに思い込んでるから、そうそう女の子が増えても急に変わらないよ。多少我が儘言っても大丈夫と思ってるのが私とすずかちゃんとアリサちゃんだけって時点でお察しというか」

 

「それが悔しいのですけれど……こればかりは年月を重ねて、大翔さんの隣に私がいるのは当たり前で簡単に離れるものではないといい意味で思い知って頂くしかありませんから……」

 

「うん。朱乃の言うように、お兄ちゃんが無意識でそう信じられる所までいけば無茶もしなくなると思う。だからこそ、そのレベルにたどり着くまで私達はお兄ちゃんに寄り添って愛してるって伝え続けていくだけだよ」

 

「お傍に仕えることをお許し頂けた以上、これまでもこれからも誠心誠意お仕えさせて頂くだけです」

 

 そんなナンバー2の二人や他の女性達が明らかに一目置いているのが、アリシア・テスタロッサという女性。彼女はどこかセラフォルー様に似てわざと軽い言動をしている節があるけれど、月村さんやバニングスさんが時折彼女の反応を見ながら私との話を進めている辺り、ヒロが不在時の影の長であると思えた。

 ただ、ヒロにとって殊更に特別な存在であろう三人を除いても、他の女性達……リアスの女王である姫島さんを始めとして、ヒロの抱える問題点を含めてずっと連れ添っていくのだという強い意思をハッキリと示している。それも好みの男性を自分から選び取れるぐらいの麗しく美しい女性ばかり。

 

 洗脳や催眠の類かと正直疑ってしまうけれど、どうにもそのような魔術が施されている気配もない。彼女達が身に付けているネックレスやブレスレットには外部からの精神干渉を退ける強力な保護が宿っているようだし……。

 というか、彼の性格上……干渉するとするなら、自分が認識できなくなるとか自分に関する記憶を別人のものとして上書きするとか、方向性としてはそちらだと思う。女の子を侍らせて喜ぶどころか、どう責任を取るのかどう養っていくのか……そんなことばかり考えていそうね。

 プラモデル造りの際の追加効果付与であるとか、魔力の影響の有無のようなことにはこれでも詳しいと自負しているから、彼女達は少なくとも自分の意思でヒロに寄り添っていると判断できた。魔術を使わず薬物などでの洗脳後という可能性は残るものの、彼女達から理性は失われていないし、会話での違和感も感じない。

 

「シーグヴァイラさんにお世話になってた時も、ひーちゃんって対処が難しいところあったでしょ? 私だとそれも可愛いなあで済んじゃうところがあるけど、お手間をかけたんだろうなあって」

 

「うふふ、屋敷の侍女達から必死に距離を取っていましたね。出来るだけ私やアリヴィアンについて回っていましたから」

 

「……確かに、信用を置いた以外の女性は本当に駄目でしたね。子供同士ならまだなんとかという感じでしたが、成人前の女性でも顔を青くして今にも倒れそうでしたし……手を焼かされました。はは、懐かしいものです」

 

 結局、私がヒロに感じていたあの一ヶ月の想いを、数ヶ月、あるいは数年という単位で重ねてきたのが彼女達なのだ。私も想いは持ち続けていたものの、日々顔を合わせることによって、意思を強固にしていった部分もあるだろう。

 

「アイツも……いえ、大翔殿も強く逞しくなられた」

 

「……ヒロはまだまだ強くなる。我がこれからも鍛える」

 

 黒いゴスロリ調の服に身を包んだ少女は『おーちゃん』と愛称で呼ばれており、自己紹介の際にも彼女は名乗らず、周りも愛称で紹介していた。

 実力を秘めた存在であるのは間違いないのだろうけど、月村さんの膝の上で足をパタパタさせる様子を見ていると年の離れた姉妹のように思えてくる。

 

「ん……セラと姉猫、こっち来た」

 

「やっほー☆ お待たせ! とりあえずソーナちゃんは落ち着いたよ☆」

 

「えっ……?」

 

 その少女が気配を察して程なく、セラフォルー様が入室されてくる。袖無しで丈が長めになっているワンピースタイプのルームウェアに薄手のカーディガンを羽織った格好に着替えていて、あの魔法少女を模した印象が強いために大人の女性の雰囲気すら漂わせているセラフォルー様に違和感を覚えてしまう。口調は相変わらずでいらっしゃるのに、どこか所作に心のゆとりや色っぽさを感じてしまい、余計に落差が激しく思えるのだ。

 後ろの黒歌の着物姿に安堵を感じる辺り、私も動揺しているらしい。この者は最初からお色気路線だからといって、安心してどうするのですか、私。

 

「かなりしんどそうな様子でしたから、落ち着かれたようで良かったです」

 

「ありがとう、祐斗くん☆ えっと朱乃ちゃん、椿姫ちゃんが呼んでたから顔を出してあげてくれる? もうちょっと経てばひーくん達も戻ってくるとは思うけど」

 

「椿姫が? 分かりました、すぐ行きますわ」

 

 姫島さんがその声に立ち上がると、続くようにすずかさんも席を立つ。膝上にいた少女は彼女に抱えられる姿勢となり、首をこてんと傾げていた。

 

「すずかも行く?」

 

「うん、アリサちゃん達をお願い」

 

「セラフォルーと我がいれば十分。アリサ、膝を貸す」

 

「はいはい、座ったらいいわ」

 

 どこか茫然としてしまっている私は、なぜかソーナの兵士の男の子が僧侶の二人に挟まれて慰められていたり、その場に割って入ろうとする兵士の女の子や茶化してからかう戦車の女性の様子もあまり目に入ってこないのでした。

 ヒロは一体、セラフォルー様にどんな魔法をかけたというのだろう……。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 耳に入ってくる艶やかな嬌声に私は目を覚ます。お腹の奥には大翔くんに注がれた大量の精が今も元気に漂っていて、お陰で私は火照りを感じることなく満たされた気持ちで身体を起こすことが出来た。そんな私の身体の内部で働いていた一つの魔術。それは眠っている間に私の内に注がれたものが零れ出すことが無いように、子宮の中で水が緩やかに円を描き続けるような流れが施されている……。

 

「会長、目を覚まされましたか?」

 

「ええ、椿姫。どれくらい私は眠っていたの?」

 

「二時間半程度です。私も少し休ませて頂きました」

 

「その、お腹の中のこれは……」

 

「ええ、大翔さんの魔法ですね。すずかさんも同じような時期にそうしていると、随分と身体の辛さが変わるのだとか。ですので、会長にも効果があると思うとのことでした」

 

 そうか、水の魔術で穏やかな流れを作るのなら、体内で動かすこともできるのね。繊細な操作が必要だろうけど。これって攻撃にもやり方によっては応用できる……?

 

「あの、会長?」

 

「あら、ごめんなさい椿姫。大丈夫、この魔術が他にも使い道がありそうって考えちゃって。ふふ、悪い癖ね。えっと、こんな感じで……うん、出来た」

 

 ああ、こういうことを考える余裕があるのも大翔くんのお陰ね。性の悦びを知った私は瞬く間に快楽の虜になり、それに強く抗えない自分を知った。今だって胎の中に残る大翔くんの精を、私の身体は喜んで消化し続けていた。残存魔力や陽の気を取り込み、大翔くんの魔術を引き継ぐような形で子宮口の辺りに水の膜まで張って……一滴たりとも溢してなるものかと躍起になっている私。

 月の満ち欠けに連動するように周期的に襲い来るすずかさんの発情期。それを幾度も越えてきた二人は緩和するための対処方法も見つけていたようです。身体が訴えるこの狂おしいほどの生殖器や精に対する飢えのような感覚は、緩和出来なければ日常生活すらままならない。

 

 ただ、私が堕ちきらずにいられるのはこの衝動を余すことなく受け止めてくれて、その上で私の心も包んでくれる稀有な男性に出逢えたから。渇きを満たしてくれて、でも悦楽だけに溺れるのを望まない大翔くんに対してちゃんと自分を誇れるソーナ・シトリーでありたい。

 

「今、大翔くんは朱乃の相手をしているみたいだけど……」

 

「ええ、セラフォルー様と入れ替わりで来られたすずかさんと、続けて朱乃の相手をされています。私やセラフォルー様、黒歌や白音さんは会長の後に抱いて頂きました。」

 

 私の意識がハッキリしたのはこの部屋に入ってから二回目からだけど、強い発情が収まるまで四回連続で愛し続けてもらったのは分かっている。獣のように叫び声を上げ続けて、激しいオーガズムを迎えながら彼の精を浅ましく求め続けた自分を薄っすらと覚えていた。

 三回目に入る頃には大翔くんと愛し合う行為そのものをゆっくりと楽しめる余裕も戻ってきていて、待機中のお姉様や椿姫から私が叫んだ言葉の一部を教えてもらったものの、その内容が情婦としか思えないものばかりで。

 

 『逞しいそのおち○ぽで私のおま○こをもっと躾て』とか、『私は貴方のおち○ぽ奴隷なの! 子宮を貴方の子種でもっと染め上げて!』とか……これじゃ兵藤くんから没収したAVの題名と変わらないじゃないと思う。

 

 そんな私が大翔くんの顔をまともに見れなくなったりもしたのだけど。ただ、大翔くんにそこまで欲しがってくれるのが俺だけならそれでいいと言われて、可愛い独占欲に恥ずかしさもどこへやら……嬉しくなって自分から唇を奪って、念話で好きだと伝え続けてしまったりとか。

 舞い上がっているんだと、自分でも自覚していた。恋愛は制御が簡単に効かないものだって、実体験として私はこの瞬間も学び続けている最中。大翔くんが相手じゃなかったら、私はセックスだけに溺れ切ることに早かれ遅かれなっていたと考えると……正直、ゾッとする。

 

「大翔くん、全く休んでない……」

 

 そんな大翔くんは私が眠る間もそのままお姉様や椿姫、黒歌に白音さん、さらにはすずかさんに今、四つん這いの姿勢で後ろから貫かれて、長い黒髪を振り乱しながら女の悦びに喘ぎ続けている朱乃の心身を満たし続けていた。

 いくら大翔くんが房中術を身につけ黒歌や白音さんのフォローを受けつつ、魔力も精力に転換出来る術を持っているとはいえ、体力に限界が……!

 

「大丈夫だよ、ソーナさん。ひろくんが普段から一番重視して鍛えているのが体力や持久力。一晩持つ体力は身につけているから。それに……どうしても辛くなったら私の血を一、二滴舐めてもらえば、急回復も出来る。後で負担がかかるから多用は出来ないけどね」

 

 ひろくんの努力を低く見積りだよと得意気に微笑むすずかさんは行為の後の充足感も相まって、思わず見惚れてしまうような艶がある。そして、その発言にも反論を拒む説得力があった。

 この場にいる白音さん、朱乃や椿姫、私だって女として相当に磨かれていると思うし、自分もその中に入れているはずだけれど、すずかさんはやはり別格だ。

 

「ひろくんの状態が限界と判断すれば、私がちゃんと止めるよ。手段を問わず……ね?」

 

 大翔くんを害する対象に向けられるのは狂気混じりの敵意。恐ろしいのはそれが私や朱乃のような、大翔くんのパートナーとして受け入れられた者であろうと、彼を害するようであれば容赦なくその威圧が襲いかかってくるという点だ。

 すずかさんのリミッターは大翔くんの存在そのもの。彼女が自分の衝動ともうまく付き合い、落ち着きを見せるのも彼がいるからこそ。

 

「ひろくんが自分の心の思うままに行動するのが私の望みでもあるけど、それも心身の健康が前提だから。ひろくんを失うわけにはいかないの、絶対に。それはソーナさんも既に分かっているんじゃないかな」

 

 だから、早くひろくんの限界点をしっかり把握してね──そう、口にしたすずかさんに私も強く頷くのだった。

 

「いぐぅ! いぐのぉ! 飛んじゃう! 朱乃、大翔さんのおちんちんでいぐぅぅぅぅぅ!!!」

 

 さて、朱乃も今日のハイライトを迎えていた。絶叫を上げて目を剥きながら、激しい全身の痙攣と共に深い絶頂の大波に飲み込まれていく。涙で頬を濡らし、汗にまみれた長い髪は額に張り付いて、口元はこほれた涎で汚れていたけれど、朱乃はとても満足げな表情で意識を半ば飛ばしてしまっていた。




クリスマス更新とかしてる作者サンたちはしゅごいのぉ……。

お待たせしまして申し訳ないです。
体調がまだ戻ってないので、とりあえず寝ます。年末なのに悔しい(びくんびくん


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第85話 シトリーの女悪魔(※)

やまなしおちなしの繋ぎ回が続いてしまってる感じですが、
更新が滞り過ぎるよりはの精神で投稿させていただきます。


 「大翔さん、好きなのぉ……」

 

 四つん這いの姿勢を保っていられなくなりベッドにうつ伏せに身を投げ出してしまい、虚ろな意識の中で幸せそうに大翔くんへの想いを呟く朱乃。そのまま寝息を立て始める中、大翔くんはそっと結合を解いていく。

 

「合わせてあげられなかったな。ごめんな、朱乃」

 

「ひろくん、お疲れさま。はい、タオルだよ」

 

「ありがとう、すずか」

 

 申し訳なさそうに呟いた大翔くんは朱乃の髪を手で整えて、彼女の口元の涎や頬の涙をタオルで静かに拭う。下手すれば幻滅してしまいそうなパートナーのみっともない姿を目の前にしても、大翔くんの表情や仕草は朱乃への労りがにじみ出ていた。

 すずかさんもどこからかもう一枚のタオルを取り出し、大翔くんの汗を拭き取っていく。彼の動きを邪魔しないように注意を払いながら。

 

「さてと……あむっ」

 

「す、すず、か……!?」

 

『こんなに硬くしたままのおちんちんをしっかり鎮めてあげないと。ここで繋がったら朱乃さんも起きちゃうし、お口でするね』

 

「いや、このまま休めば問題ないだ、ろ……ぁっ」

 

「すずか姉さまに気持ち良くしてもらってる間に、気も整えちゃいますね。ふふ。兄さま、なんだか可愛いです」

 

『そうだよ、白音ちゃん。こうやってご奉仕しながら反応してくれるひろくんの顔を見るの、好きなんだ……♪』

 

 大翔くんが逃げられないように白音さんが背中からしがみつき、すずかさんの口と指は念話で会話を続けながら、休むことなく的確に大翔くんの感覚を高めていく。わざと吸い上げたりする際の音も大きく立てて、聴覚からも大翔くんの劣情を一気に煽る。

 

「兄さま、声は必死で我慢してるけど顔が蕩けてます……」

 

 じゅぷ、じゅる……ずずっ、じゅるぅ……!

 

 卑猥な口淫の音と、白音さんの熱の籠った声が大翔くんの耳を犯す。悶える大翔くんの様子が可愛いと思ってしまうのは失礼かしら?

 

『こっちも強く脈打って、大きさも硬さも増して……ふふ、もうすぐイキそうだね。我慢、しちゃダメだよ……?』

 

 直接の刺激に加え、念話で直接囁かれる甘い絶頂への誘い。なるほど、大翔くんを責め立てる時はこうするのですね。では、僭越ながら私も悪魔の声を囁くとしましょう。椿姫、行きますよ。

 

「大翔くん、我慢しないで声を出していいのよ……? 私の中にたぁくさん注いでくれたあの濃い精を、もう一度思い切り出してスッキリしましょう……ね?」

 

 あ、身震いしてくれた。普段は凛々しさや安心感を感じる彼だけれど、ふふっ。こんな一面を見られるのも彼の女になったからこそ見られるものね。

 

「大翔さん、自分が気持ち良くなることだけ考えて下さい……。ほら、貴方専用のおっぱいです。どうぞ、そう、ちゅーちゅー吸いながら、あのぷりぷりして濃厚な大翔さんのザーメン……すずかさんのお口の中にたぁくさん出してあげてください。そして今度、私も身動きできないようにして、私のお口を犯して欲しいです……!」

 

 椿姫は椿姫で自分の武器を惜しみなく使い、自分で卑猥な言葉を呟いて……というか、自分の緊縛願望をチャンスとばかりに刷り込もうとしてませんか?

 ともあれ、効果は覿面だったようで。大翔くんは間を置かずに精を迸らせるのでした。

 

『あはっ……すごいの、ひろくん。私のお口の中に収まり切らないよお……』

 

 そんなすずかさんの淡い悲鳴に私達三人が手を広げて受け皿を広げたり、椿姫が覚えたてのバインドリングを自分の両手足首に発現させて、擬似拘束のお掃除フェラを敢行したりしたのですが、大翔くんの笑顔が乾いて見えたのでこれ以上は触れないでおきましょう。

 自分に嫌がることを無理強いしないと信頼している相手に対して、交わることの気持ち良さを覚えてしまった女は私のみならず、あっさりと自制を投げ捨てるものだと痛感したのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 待たせてしまったシーグヴァイラ様達に頭を下げた後、再合流した私達は大翔さんの研究室へと初めて同行させてもらうことになっていました。応接間からは離れた場所にあるということで、大翔くんやすずかさん達の後に続き、ソーナは椿姫やセラフォルー様と共にシーグヴァイラ様と並んで歩いています。

 

「このプラモデルも魔法生命体なんだな……姫島先輩のお母さんみたいなのを想像してたから」

 

 大翔くんの隣には匙くんや祐斗くんといった男の子達や、すずかさんが抱えている自立起動するプラモデル達を不思議そうに眺める、他のソーナの眷属の女性陣が並んでいました。

 

「朱璃さんの場合は例外的かな。機械じゃなくて生体をベースにした魔法生命体っていうのは定期診断も含めて、細かいメンテナンスが必要だからね。核になる魔石や生体に魔力を馴染ませるのも時間がかかるし、下準備もその後のケアも含めて、手間を嫌うから作成する能力があっても魔導師でもやらないことが殆どだよ」

 

 あくまで一般的な話だからね、と大翔さんは私の顔を見つめて念押ししてくる。分かっていますと微笑みを返せば大翔さんはどこかホッとした顔を見せています。

 魂の定着のための大掛かりな儀式魔法といい、大翔さんが私やお父様お母様のために手段を問わずにあのような方法を行ってくれたことに、私はもちろん、私達家族は一生をかけて彼に報いていきます。それが愛するあなたなのだから、尚更のこと。

 

「すごい、姫島先輩から言葉はなくても表情で通じる熟年夫婦感が……」

 

「お師匠さんと出逢って結界内の時間を足しても半年経ってないもんね……想いを重ね続けるのって、短い時間でも女を変えるには十分なんだ……」

 

 匙くんの腕を確保している花戒さんや草下さんの言葉にこそばゆさを感じるけれど、想いを突き詰めることで私自身の急激な成長に繋がっている自覚はあります。身体と心がちゃんと同じ方向を向いていてしっかり噛み合っているから、細かいことで悩むことはあれど根本が揺らがないので、心労を抱え込むことも殆どありませんし。

 隣を歩く、ある意味私以上に成長の著しい小猫ちゃんも身長もソーナと変わらない丈になり白銀の髪も肩下まで伸びて、女性としての曲線形も整いつつあります。もうマスコットキャラと呼ぶ生徒は誰も校内にいません。今ではリアスや私の後を継ぐ、次期『駒王学園のお姉様』として認定されていました。本人は心底どうでもいいと言って憚りませんが。

 

「兄さま、どこか楽しそうです。男の子なんですね、やっぱり」

 

「すずかさんも同じよ。機械工作が元々好きだからか、修復プランの案をあの子達を抱えながらずっと考えているわ」

 

 後方を歩くシーグヴァイラ様も信用してすずかさんに四体を預けているのは、同好の士だと分かっているから。すずかさんが一旦席を外す前に二人が専門用語が飛び交う楽しげなやり取りをされてましたけど、回りの私達は内容がさっぱり分かりませんでしたから。

 匙くんが多少は分かったようですけど、ディープなやり取り過ぎて途中からは断片的にしか分からなかったのだとか。

 

「本当に驚いたわ。色恋沙汰には全く興味を示さなかった貴女が、こうして久し振りに会ってみれば完全に色を知った女性になっていたんだもの」

 

「今までは女じゃなかったような言い種ね?」

 

「違う?」

 

「そうね、シーグヴァイラの言う通りだわ。目を背けていただけで、確かに私はどうしようもなく『シトリーの女悪魔』だった。ただ今はそれを思い知ったし、そんな自分をやっと認められたから」

 

「認めただけでここまで変わるかしら」

 

「認めただけではないわね。その上で充分に満たしてもらっているから、私は変化を恐れずにいられるのだから」

 

「ご両親には伝えたの……?」

 

「これからよ。でも、首を縦に振らせるわ。跡取り娘二人を同時に失う覚悟は無いでしょうから、どうとでもなる」

 

「ま、待ちなさいな。万が一、絶対に拒否されたらどうするの」

 

「どうなろうと、私は大翔くんと共に生きていくだけよ。もう決めているの」

 

 後ろから聞こえるソーナの迷い無き言葉に、彼女も自分なりの想いの核を定めたのだという決意が伝わってくるようでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 会長が切ったアガレス家の令嬢さんへの啖呵。仮にシトリー家と訣別することになっても、会長は大翔さんと共に生きる道を選ぶと言い切った。その前提として、大翔さん達が再合流した後の移動準備の数分間で俺達眷属は説明を受けて、既に結論を出していた。

 

 明日の生徒会の件の補足説明の名目で、応接間の隣の小部屋に集まり封時結界を重ねて発動。ほんとに二分が一時間弱になるこの魔術は魔力の消費と引き換えだが便利過ぎてと思うぜ。魔道具を使わずに発動するとなると、まだ会長や副会長でも難しいんだが、その辺りはセラフォルー様が魔力供給係になることで今回はクリアしていた。

 

「さて、皆。少しお時間を頂戴します。このことはお姉様や椿姫とも相談して決めたことです」

 

 会長がそんな前置きの言葉の後に続けたのは、自分は大翔さんを終生の伴侶としてこれから連れ添っていくつもりであること、そして椿姫さんも同じ心積もりであるということだった。分かっていたこととはいえ、俺達眷属の皆にも正式に伝えたということになる。

 

「今まで恋愛も全て政治的な観点から判断するべきというような発言をしていた私が今更何を言うのかとも思いますが、私は大翔くんがいなければ本当の意味で心身ともに安寧を得られることは無いのだと……この二、三日で思い知りました。シトリーの血が理性を容易く飲み込む恐ろしさに自身が翻弄され、その血の強さを真っ向からいなしたり受け止めることが出来る人は稀なのだと」

 

「いなしたり受け止めるだけなら、人外の体力を持ち合わせていれば出来る者は他にもいるかもしれません。ただ、会長や私の心をしっかり鑑みてくれる精神性があるかと言えば……」

 

 俺が会長への想いを断ち切る一番大きな理由。会長を慈しむ愛情は大翔さんに負けないと思えても、体力と精力が足りないのは分かっていた。ひょっとするとかなりついてきている自覚がある体力はどうにかなっても、毎晩何度も相手を務められる精力があるかといえば……調子のいい時なら、としか言えない。

 今の大翔さんだって、魔力を転換する性魔術に仙術や房中術をフル稼働していると聞く。会長の一族に付きまとう問題を含めて、この辺りはお節介な小猫ちゃんの姉が教えてくれたんだが、一時間に最低二回、毎晩二桁、それを毎日折れることなく続けられるかと問われれば、無理だとしか思えなかった。

 

「なるほど。絶倫である上に、会長達を魅了するような紳士である相手か。紳士の振る舞いが虚構であるとしても、それを相手に悟られないレベルとなれば……まあ、悪魔などの長命種といえどそう見つかるものではないということだな」

 

「ぶっちゃけたわね、翼紗。まあ、分かりやすいけど」

 

 翼紗の明け透けな発言に巡が呆れた口ぶりながらも相槌を打つ。結局、相手への労わりと性欲の両立ってどんな出来た男性なんだって話で。大翔さんもある意味ぶっ飛んでるところがあるから、精力と精神面を乖離させられるわけだ。

 会長も頬を染めながらも否定しないし、破廉恥ですと叫ぶ副会長も会長以上に顔が真っ赤だから説得力がない。

俺は何とか苦笑いを浮かべたものの、動揺が魔力の揺らぎに出てだんだろう。ここ数日、自重と言うものを捨て去っている花戒や草下、座っている椅子の後ろから頭にじゃれついてくる仁村のせいで別の意味で動揺してしまう。

柔らかい感触とか、不思議ないい匂いとか、俺が動揺するのを見て楽しんでるのか? 俺だってな、男なんだぞ。会長への想いが破れたばかりで、何するか分かんねえんだぞ!?

 

「前置きはこれぐらいにして、会長。話はこれで終わりではないんですよね?」

 

「ええ、翼紗。私が大翔くんを伴侶とすると決めた以上、シトリー家の後継問題と絡んで、純血悪魔と転生悪魔の結婚ということへの妨害が出てきます。まぁ、大翔くんを転生悪魔と定義していいかとなると、違う気もしますが」

 

「人間界でいう中世の貴族社会みたいなものを想像したらいい、でしたよね? ソーナ会長」

 

「そうですよ、留流子。なので、大翔くんも貴方達も焦らずシトリー領から馴染んでもらって、まずはお父様やお母様、いずれは旧七十二柱で転生悪魔に理解のある他家の方々から顔通しをしていければと考えていたのですが……」

 

 会長の顔は事情が変わったことによる苦悩の色が浮かんでいた。隣の副会長の顔も曇ってしまっている。

 

「シーグヴァイラの生家であるアガレス家は大王たるバアル家に及ばすとも、強い政治力を持っています。……事情はさらに聞き出す必要がありますが、冷静沈着で知られる彼女がここまで年相応の一面を出しているということは彼女が既に両親への話を通していると仮定するべきだと思います。そう考えるなら、大翔くんが記憶を取り戻しさえすれば……いえ、例え記憶が戻らなくても、アガレス家は大翔くんを取り込みにかかりかねません」

 

「お師匠さんの事情を考えれば、対立しちゃいますよね。アガレス家のためだけに生きることは出来ないし、絶対に受け入れない。シーグヴァイラ様の意向次第ですけど、最悪、冥界が敵に回ることもあり得ますよね……」

 

 巡や翼紗も大翔さんのお師匠さん呼びが定着してしまっているけど、口調には親しみが籠っている。俺達のために色々骨を折ってくれる年の近い兄貴分として、大翔さんの困りごとなら出来ることは協力したいぐらいには考えていた。

 

「ええ、巴柄。そうなってしまえば、大翔くんは私達や貴方達のご家族を守るためにも、冥界と人間界を繋ぐ次元を封鎖にかかるでしょう。ですから、私やお姉様はシーグヴァイラが帰った後にシトリー領に急遽帰って、両親に一刻も早く話を通そうと考えています。アガレス家の動向を見つつ、状況に応じて工作や圧力をかける必要がありますから」

 

 フェイトさんの一件を聞いているからなあ、大翔さんはやるだろう。ただ勝てない相手に突っ込む無謀さは無いから、やっぱり次元封鎖?

 

「ただね、そんなことをしたら他の神話勢力にも間違いなく睨まれちゃうから☆ お父様お母様には悪いけど、いっそ駆け落ちしちゃおうなり、逆にシトリー領ごと大型転移して冥界におさらばしちゃおうって私は思うんだけどね~☆」

 

「え? 領地ごと転移ってセラフォルー様……んな無茶な……」

 

「それがですね、匙。私も頭が痛くなったのですが、儀式系魔術としての下準備は色々必要なものの、今の私達が力を合わせれば届き得る話みたいです。普段使う転移魔術の超大型版ですから、構成術式がものすごく大きいのと魔力がものすごく必要という話をクリアすれば何とかなると……」

 

「え、会長マジっすか? いや……流石にシトリー領って日本の本州の半分ぐらいの広さが……」

 

「我の魔力は無限。えへん」

 

「あ、解決しちゃうんすね……」

 

 というかいつの間に龍神様は混じってたんだ? あ、セラフォルー様の背中にくっついてたんすか。自由っすね……。

 

「シーグヴァイラ様の出方次第ですが、少なくとも会長のご両親との顔合わせは急ぐべきという結論です。これは会長とセラフォルー様、お二人の話し合いの上で決めたことです」

 

 

 

 

 ──そんなやり取りがあっての会長とシーグヴァイラ様のやり取りなんだが、そんな二人に大翔さんが足を止め振り返る。

 

「ソーナ、そこまでだよ。俺はソーナやセラの置かれた環境も含めて丸ごと受け入れて背負っていくと言った。ソーナのご両親も俺にとっては大切な親父やお袋になる方だし、理解してもらえるまで何度でも通って頭を下げるさ。決別なんて、そんな結果にはさせないよ」

 

「ありがとう、大翔くん……」

 

 シーグヴァイラ様に胸を張るように語っていた会長は何処へやら、僅かに頰を染めて嬉しさを噛み締めるように視線を自分の胸の辺りに落としてしまった。シーグヴァイラ様はその様子を興味深そうに見て、続けて大翔さんの瞳の鋭さに気づいて息を飲む。なお、セラフォルー様はいつもの調子で『ひーくんカッコいいぞっ☆』とウインクを飛ばしていた。

 この人になら、会長を任せられる。大翔さんは既に会長を含めた女達の人生や、いずれ継ぐ会社に勤める社員達の生活を背負っている。俺とそう変わらない年齢の大翔さんが当然のように責任を背負い、ひたすらに前を向いているから、雰囲気や言葉に込められる迫力に気圧されてしまうんだ。……まぁ、いつまでも負けてるつもりはないけどな。追いついて追い越して、横に並び立って、俺はこの年上の友人と長く付き合っていく。

 さて、そんな大翔さんの覚悟にシーグヴァイラさんは息を飲んだんだと思うんだが、その後漏らした吐息が随分熱っぽいのは気のせいか? なんつーか、大翔さんに惹かれる女ってのは一筋縄じゃ行かない人ばかりっていうかさ。

 

「……お嬢様。惚けるのも程々になさって下さい」

 

「あら、いけない。また見惚れていたみたいね?」

 

「お嬢様、自制なさってください、ほんとに……」

 

 会長はこのアガレスのお嬢様をえらく警戒してたけど、大翔さんならある意味骨抜きに出来るんじゃないかなと思うのだった。会長以上にはっちゃけた時の迷いが無さそうというか……。

 

『あら。ヒロをそこまで縛り付けるおつもりなら、頑張ってもう一人後継者を産んで育ててくださいましね? 今までお世話になりました、お父様お母様』

 

 冷たくニッコリ笑って冥界にオサラバ、なんてな。何だろう、簡単に想像できちゃう辺りがヤバいかもしれねぇ……。



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第86話 色彩

更新できるときにさっさとぶち込んでいくスタイル。



 「すごい、すごいわ! ああ、もうずっとこの部屋にいたいぐらい! 私もここまでは揃えられていないもの! 小型ロボットだったら設計から制作まで全て出来るぐらい、必要なものが全部揃ってる!」

 

「分かってもらえるだけですごく嬉しいです。周りじゃすずかぐらいしかこういう話は出来なかったから……」

 

 女の子で分かる子は確かに少ないもんね。男の子の趣味に理解は見せてもその価値や意味まで正しく分かるとなれば別の話だし。私はひろくんと一緒に経営学と機械工学を大学で学ぶ予定だから、殆ど同じ授業を受けることになる。それ自体も楽しみだし、研究や開発の幅が広がることに対しても期待している私がいる。

 

「ふふ、これからは私も相手をさせてもらいたいわね。ところで、すずかさんの家の会社は工業系なのよね?」

 

「大型機器がメインなんですけど、小型のロボット系統も私の代で軸に出来たらなと思っています。開発はひろくんとこの部屋で出来ますから、会社の開発室と競い合う形もいいかなって。製品化の落とし込みは一緒にやればいいわけですから」

 

 自動人形の製作技術などに代表されるロストテクノロジーをもう一度私達の手で復活させる。そうすることでノエルやファリンの長期の安定稼働にも繋がる。あと、ウーノさんやドゥーエさんのような生体と機械を合わせ持った身体のメンテナンスがあのドクターしか出来ないというのが悔しいんだよね。

 ひろくんを弟分として本当に大切にしてくれるあの人達を、何をするか分からない不安が常について回るドクターでなくても、私がちゃんと調整できる技術を身につけたい。それがクアットロへの抑止力にも繋がるから。

 

「私はあくまで趣味の領域だけど……長く生きるのだもの、そうね、専門領域まで自分を高めるのもいいかもしれない。少なくともそういうつもりで取り組もうかしら。……ヒロ、これはどういう器具なの?」

 

「それは魔導器具で、たとえばジャクトリヤに定着した魔法陣を書き換える時に使うもので──」

 

 シーグヴァイラさんへ使い方をレクチャーしながら、私達は丁寧に四機のメンテナンスを進めていく。弱っていた間接部を取り替えたり、魔力経路の流れを整えたり引き直したりとか。

 あとは魔力核を増設する作業はひろくんが集中して行い、その集中力から辺りに漂う緊張感に見学組も押し黙ったりね。私はその間必要な器具を交換してひろくんの手に渡すことに徹していた。ひろくんの呼吸に合わせて器具を渡せないと作業を滞らせてしまうもん。

 

「よし、終わった──。すずか、サポートありがとう」

 

「長時間、お疲れさま。うん、見違えたね。みんな」

 

「本当にありがとう、二人とも。本当に貴重な時間だった。それにこの子達もとても嬉しそう……。ふふ、前のことをちょっと思い出してしまったわ」

 

 扱ってる技術が高度になったものの、ひろくんの仕草とか目つきの真剣さとかは変わらなかったとシーグヴァイラさんは口にした。ほんのり瞳が潤んでしまうぐらいに、懐かしさが込み上げてしまったらしい。

 

「みんな殆ど寝てしまったみたいね……結界内の時間でもう朝に近いぐらいだもの、無理も無いわ」

 

 起きているのはアリヴィアンさんと朱乃さん、匙くんぐらいのものだった。作業が終わるのを見計らっていたのか、朱乃さんが湯飲みをお盆に乗せて近づいてきていた。匙くんと共に壁に寄り掛かって眠ってしまっているみんなに毛布をかけてくれていたみたい。

 

「はい、お茶が入りましたわ。緑茶ですけれど、大丈夫でしょうか?」

 

「ありがとう、姫島さん。嗜んでいるから大丈夫よ。アリヴィアンは……」

 

「少しだけお湯で薄めれば、大丈夫かと」

 

 アリヴィアンさんはプロの執事として寝ないとは当然のことと言っていたし、匙くんは分からない部分もあるとはいえ、やっぱり男の子。一部始終、楽しく見させてもらったと嬉しそうにしていた。

 

「お母様の素体作成の際に関わらせて頂いた技術と重なる部分があったので、興味深く見させて頂きましたわ」

 

 朱乃さんもそういう理由で最後までしっかりと見届けたようだ。あと、朱乃さんはひろくんの好きなものは全部興味を示す傾向が強いから、多分、自分に色んな理由をつけて好きになってしまおうとしてるのだと思う。こういう部分は私とそっくりなんだよね。相手の色に染まりたい願望があるし、同じ視線に立ちたくて仕方ない。

 

「……ヒロ、ホントはこういう技師みたいなことしてる時が一番楽しいのよね。すごく生き生きしてるのが伝わってくるもの。私もとても楽しかった。以前は見ているだけだったもの。一緒にこうして作業するのがとうとう叶ったわ」

 

「喜んでもらえたのなら良かったです。長い作業になったので疲れが先に来るかなと思いましたから」

 

「ふふ、ありがとう。ねえ、ヒロ。一つ聞いてもいいかしら」

 

「はい、何でしょう?」

 

「開発の道へ進んだり、研究者になることは……考えなかったの?」

 

「そうですね……あくまで趣味の範囲と思ってました。すずかやアリサを支えていくことを考えた時に、研究に没頭するわけにもいかなかったですし……」

 

 ひろくんの言葉にどこか納得したように、シーグヴァイラさんは頷いてからもう一つ質問を投げかける。

 

「望むなら私は貴方に研究や開発だけに没頭できる環境を用意してみせると言ったら、ヒロはどうするかしら? もちろん、すずかさんや他の貴方のパートナー達も共同研究者として来てもらって構わない」

 

「シーラさん……?」

 

 困惑の声を漏らすひろくん。私も別の意味で驚きを覚えていた。ひろくんを自分の側へと誘うかもとは思っていたけれど、私やみんな一緒でもいいとまで言うなんて。朱乃さんもアリヴィアンさんも、匙くんも驚きや戸惑いで顔色を変えてしまっている。

 

「名目上、私の子飼いみたいな扱いにはなるけど……私がいる限り誰にも手は出させない。勝手な言い分だけど、ヒロはもっと自由に生きて欲しいの。貴方がこの子達の調整や改良作業をしている時、ずっと生き生きしていたわ。目も前と同じようにキラキラ輝かせて。成長してもヒロは変わらないんだと懐かしくもなったし、同時に嬉しかったのよ」

 

 そんなシーグヴァイラさんが優しげな瞳になっているのに気づいた私ははたと気づきます。この目を私はよく知っていると。

 

『大丈夫よ、すずか。すずかは大翔と必ず一緒にいられる。お姉ちゃんが保証してあげる。私が恭也とこうして一緒にいるように、すずかも大翔の傍にいるのよ』

 

 私を見る忍お姉ちゃんの瞳。そして、ソーナさんを見る時のセラフォルーさんの瞳。姉として兄弟姉妹を思うそれに、とても似ている。ただ、それだけじゃなくて、ひろくんを見る瞳には女の色も混じっている。ひろくんを弟のように思いながら、恋心も抱いているわけで。

 私の旦那様は一ヶ月の間にシーグヴァイラさんの母性をとことん刺激して、時に頼りがいのあるところを見せたりしたんだと思う。普段は凛々しいのに、膝枕で見せてくれる寝顔はこちらへの安心感で溢れているから。たくさん甘えさせてあげたいし、甘えてしまいたい。そう思わせてくれるのがひろくんだ。

 

「自分から雁字搦めになることなんてない。すずかさん達は一緒に連れて行けばいい。それこそ、家を捨ててでもついて来てくれる相手は多いと思うわよ? 皆、貴方のことが大切で仕方ないみたいだから」

 

 余裕を持って言葉にしているつもりのシーグヴァイラさんの声が徐々に震えを帯びていく。可能性の提案の振りをして、ひろくんに選び取ってくれと内心で叫んでいる。

 

「すぐ答えを出してというわけじゃないから……」

 

「……そうですね、きっとその生き方は楽しいでしょう。すずか達も共にいられるのなら、言うことはない」

 

「だ、だったら……!」

 

「だけど、俺の庇護者になるシーラさんは大きな厄介事をずっと抱え込むことになる。だから、その話は受けられません。俺、古臭い考え方かもしれませんが、自分が信を置ける女性に守られるだけって駄目なんです」

 

 ひろくんは立ち上がって二対の悪魔の翼、同じく二対の羽を広げていく。そして……新たに広がる、翼や羽と似た色合いの一対の龍翼。朱乃さん達の世界で『無限の龍神』という存在である、オーちゃんの力を宿したことによる変化。

 そして、その威圧感を全て打ち消すほどの愛らしさをかもし出す、白音ちゃんの髪色と似た白銀の猫耳に尻尾……! ふふ、この首に巻いた時のもふもふ加減に暖かさがいいんだ……♪

 

「ちょっと、すずか? 真面目な話をだな……」

 

「だって、もふもふの尻尾だよ? 猫さんだよ?」

 

 我慢できるわけがないもん。ほら、朱乃さんも猫耳を撫でてご満悦だよ? あ、ナハトも出るように言われたんだね。うん、おいで。一緒に尻尾に丸まろうね。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 今日だけで何度驚かされたことだろう。ヒロはキメラのような生体へ変貌を遂げてしまっていて、しかもその力を気配を感じさせないレベルで制御出来ている。ただ、私が恐怖を感じないのは、うん、このもふもふのせいね。間違いないわ。

 

「その、今日のお嬢様は色々と軽率に過ぎる。だから、代わりに私が聞いておきたい。こほん。大翔、これはどういうことだ。多種族の翼や羽、さらにその魔力を宿した軽装の鎧は一体……」

 

 軽率とは失礼ね、アリヴィアン。貴方だって昔のヒロの呼び方に思わず戻ってるじゃない。ヒロが宿す力に敵意を感じるの? 護りたい、そんな暖かさを感じるわ。本当にヒロはもう……皆を護りたい想いで、多種多様な力を受け入れて自分のものにしてきたのね。

 

「俺個人の先天固有技能、ああ、詳細は伏せさせてもらいます。とにかく、その技能の延長で俺は今、悪魔・堕天使・龍の力をこの身に宿しています。耳や尻尾、この鎧も似たようなものですね。俺が近距離を得意としないので、使いこなしきれていませんが。そして、こちらはナハトヴァール。俺の使い魔です。但しそちらの契約とは多少違う結びつきですし、普段の彼女は実体化せずに俺の身体に融合しています」

 

「私やお嬢様の世界とは違う理だな。そして、お前は変わらず理性を保っていることも」

 

「大切な人達から与えてもらった力ですから。俺は託された者として相応しくあれるように努力するだけです」

 

「……お嬢様がお前を隠して護ろうとすれば、特大の厄介事を抱え込むのと同じなのは理解した。優秀なキメラ生命体を抱えるとなれば、お嬢様でも正直庇いきれるかどうか。セラフォルー様もソーナ様もお前に熱を上げているようだが、その危うさを本当に理解しているのか……?」

 

 そうね、軽率な発言であったかもしれない。ただ、ヒロ。貴方が不自由に生きる様を止めたいのは本気なのよ?

 

「セラやソーナを護るにも必要な力ですから。俺を信じ連れ添ってくれるすずかや朱乃達……皆を護り切るには、まだまだ力も何もかも足りないんです」

 

「そりゃ一人で抱える腕は二本しか無いんですから、大翔さん。一人で出来ることには限界がありますよ、どれだけ強くなっても」

 

「……元士郎」

 

 思い詰める傾向が強いヒロ。そんなヒロの頬を張るように、彼の友人である匙くんがヒロの態度を笑い飛ばす。

 

「だから、まだまだ弱っちいですけど俺も頼って下さいよ。まして、月村さんや会長、姫島先輩達は俺以上に覚悟も実力も備えている。チームで何とかするって話は嘘だったんですか?」

 

「いや、そうじゃないんだ。ただ、その中でも俺個人も強くなければ……」

 

「ヴァーリが言ってましたよ。大翔さんの成長は止まることなく続いている。そして、それに負けじと食らいついていくこの集団もどんどん実力を上げていると。セラフォルー様やオーフ……オーちゃんを別にしても、俺達全員でかかれば危ないってヴァーリは愉快そうに笑ってましたから。大丈夫です、俺達は確実に強くなっていってる。第一、俺は大翔さんに会うまで一応、地元じゃ負けなしだったんだぜ?」

 

「元士郎……そうだな。力が入り過ぎているね、俺は。悪い癖とは思うんだけど。ありがとう」

 

 ニッと相好を崩した彼の笑みは強張っていたヒロの力を抜くには十分だった。一つハッキリしたのは、ヒロの基本的な部分はそのままでも、やはり年を重ねたことで私が知らない部分もたくさんあって。そして、この数年間の私も変わらない部分はあれど、変わった部分もたくさんある。

 

「ヒロ。私、貴方との再会で逸り過ぎていたわ。だから、また会いに来てもいい? 多分、現実時間だと就寝前の三十分や一時間がやっとだと思うから、その度に結界を張ってもらわないといけないと思うけど……」

 

「……えっと、厄介事の固まりって話を聞いたはずなのに、その判断でいいんでしょうか」

 

「それこそ、ヒロが決めることではないわ。アリヴィアンの進言は頭には入れるけれど、判断するのは私だもの。貴方は私が知るヒロのまま、思った以上に力強く成長してくれていた。それだけのこと」

 

 もっと彼を知ろう。私のことを知ってもらおう。やっと、もう一度見つけ出した彼との繋がりを、より太く強靭なものにしていくためにも。私の世界に、また色が戻ってきたのだから。

 

「アリヴィアン。お父様、お母様への報告は私が行います。その際には貴方も同席なさい。但し、ヒロのこの秘めた力については他言無用。彼が私への忠告のために、あえて手札を開示してくれた。私は誇り高きアガレスの者として、また、彼を我が家名において守り通すと立てた誓いは今でも変わりはしない。私は、ヒロの想いに応えねばなりません」

 

「……承知しました、お嬢様」

 

「さて、そろそろ今日はお暇するわ。来る時は事前に連絡を入れるわね」

 

「あ、その連絡なんですが……実は封時結界の中にいることも多いので」

 

 ヒロとすずかさんが示した一つの魔法陣。これを通信用の機器に埋め込めば、時間軸のずれた封時結界内への連絡が可能になるらしい。連絡をすれば転移用の魔法陣を開いてくれるとのことだった。

 

「シーラさんなら計算式の処理を覚えれば何とかなるとは思うんですが、ちょっと指導するには時間が足りないので」

 

「ふふ、じゃあ次回以降はしばらく『先生』と呼びましょうか?」

 

「勘弁して下さい……」

 

 このからかった時のちょっと困った感じの苦笑いなんて、ちっとも変わっていないのだから。



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第87話 シトリー家

独自設定があります。(シトリー夫妻の名前)


「シーグヴァイラ! 良かった、無事だったのね! あんな書き置きを残していたものだから、何か超常的な能力者に攫われたのかと思ったわ!」

 

「申し訳ありません、お母様。ご心配をお掛けしました」

 

 そうして戻った実家は本当に大騒ぎだったようで、騎士のバーフィルにも泣かれる始末。こちらの経過時間では二時間程度のものであっても、今回のことで思い知ったが突拍子のない行動を私が取るなんて、皆少しも頭に無いのが良く分かる。

 冷静で怜悧といった世間評が家族や使用人にも浸透している証拠なのだけど……。趣味に没頭したり、関連話で前のめりになる私を知るのがアリヴィアンやお父様だけだから、余計にそうなるのね。お母様には見せないように徹底してきたわけだし、無理もない。

 

「でも、今回は一体どうしたの? 貴女が我を忘れるほどの出来事があったのでしょう?」

 

「はい。詳しい話は私の執務室で宜しいでしょうか。同席はアリヴィアンとバーフィルのみでお願い致します」

 

「まあ。これは気を引き締めて拝聴しなくてはね」

 

 私の髪色はお母様から受け継いだもの。そしてストレートの髪質はお父様。お母様は少し癖っ毛でそれを生かす形で巻き髪にされている。その巻き髪が頰に手を当てながら首を傾げることでふわりと揺れる。童顔の傾向があるお母様だから、その仕草がどうにも様になっている。

 ……貴族のご令嬢を地で行くお母様に『可愛い私のシーグヴァイラ』と言われて育てられてきたが、内心嫌味だと思うようになったのも随分早かった気がする。お母様にそのつもりは無いのは分かっていても、だ。

 

 ただ、私の醜い心情を露わにしても仕方がないこと。それに、ヒロの件をどう伝えるかによって、今後の動きも大きく変わる。私は気を引き締め直し、自室へと向かう。

 

「ふふ……少なくともシーグヴァイラ自身にはとてもいい報告のようね。声が僅かに弾んでいるのに気づいていないのだから」

 

 ただ、お母様の呟きに気づかないほどには、普段の平静を失っていたのだ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「急な帰還には驚きましたが、嬉しいものね。こうして家族で揃って食事を取れる機会というのは」

 

「驚かせて申し訳ありません、お母様」

 

「責めているわけでは無いのよ、ソーナ。でも、食事を取ったらまたすぐに戻るなんて、随分と忙しいこと。貴方の真剣な表情といい、それだけ急を要する大切な話ということなのね。ねえ、あなた。……あなた、どうかしましたか?」

 

 シーグヴァイラちゃんを送り出した翌日の朝早く、私とソーナちゃんと他一名はすずかちゃんの家から実家へ直接転移をした。封時結界が解かれていれば次元間の距離補正など計算事項が少なくなるとかで、ソーナちゃんがひーくんのフォローを受けつつ、さっさと魔法陣を構築してしまったのだ。

 

「……シーグヴァイラに負けるわけにはいけませんから」

 

 そう言ったソーナちゃんの顔は『絶対怒らせちゃいけない奴だコレ』と確信するぐらいにヤバかったんだぁ☆ いや、心の中だけでもはっちゃけないと逆に震えが来るよ、アハハ。『私の妹が魔王以上の威圧感を放っているんだが』とかノベルのタイトルみたいだよねっ☆ ……ほんと怖かったんだから。

 

 朝から封時結界をもう一度張ってもらって、心ゆくまで満たしてもらったのにこの威圧感なんだもの。ソーナちゃんはお父様とお母様を絶対に説き伏せるんだって恐ろしく気合が入っていた。私と違って本気でシトリーを捨てていいだなんて、ソーナちゃんは思ってない。ひーくんの愛情も、お父様やお母様が守ってきたシトリー家の当主としての責務も、両方手放すつもりは無いんだ。

 

『セラフォルー様、家族水入らずで過ごされませんか? 私は別室で待機しておりますので』

 

『待って椿姫ちゃん! 貴女が最後の砦なんだからっ!?』

 

『何の砦ですか!? むしろ、生贄としか聞こえませんよ!』

 

 念話で互いにソーナちゃんを押し付け合う私と、他一名に該当している椿姫ちゃん。眷属の女王は王と一心同体だからね……朱乃ちゃんは例外だよ、そういうことにしておこう。他のシトリー眷属? ソーナちゃんの命令で同行することになった椿姫ちゃんが目で訴えた時にサッと目を逸らしたり、実りのある話し合いになることを願っているとか爽やかな顔して言い切った元士郎くんのことかな? 知ってるんだよ、セラフォルーさんは。そう言う彼の手が異様に汗をかいていたことを……!

 ひーくんが同行しようかと提案してくれたのに、まずは私から話をするってソーナちゃんが言い切ったんだもん……。

 

『共に逝こうよ、椿姫ちゃん。ソーナちゃんがやり過ぎた時に止められるのは私達だけだよ』

 

『実姉の責を果たされるのが宜しいかと』

 

 どう話が転ぶかは別として、私はポケットの中の小さな機械のスイッチを入れる。その直後だ、念話の醜い争いをする中で不意にお父様が口を開いたのは。お母様の呼びかけにもすぐに反応せずに、ずっとソーナちゃんを見つめていたお父様が。

 

「朝食の時間だけでは足らんだろう、ソーナ。私もシトリー家の当主だ。学園の長期休暇以来のお前を見て、正直驚きを隠せない。何か魔道具で魅了等の力を封じてはいるが、完全にシトリーの力に『目覚めている』のだな。しかも、その力に飲まれることなく、お前は非常に安定しているように見える」

 

 お父様の身体が震える。俯いて激しく震え出す。あれ……憚りなく号泣してる!? あ、また顔を上げたけど、顔面が見せちゃ駄目な顔だよお父様!? ソーナちゃんも椿姫ちゃんもドン引きしてるよ!

 

「つまりだぁ! 力に目覚めたシトリーの女子がこれだけ心身状態が安定しているというのはぁ、今ソーナがかけている眼鏡などの魔道具の力を差し引いたとしても! 大人への階段を駆け上がっ……ぶぺらっ!」

 

 そして顔面に大きな水泡を叩きつけながら、椅子ごと打ち倒されるお父様。執事長も部屋から即座に撤退を果たしていた。なお、主犯はお母様ね。

 

「乱心したこの人は放っておくとして、ソーナ。私も嫁いできた身とはいえ、シトリーの血筋に発現し出やすい影響はよく理解しているつもりです」

 

「お母様……」

 

「愛と情欲に関わる全てを支配できる力。それゆえ、力の発現を果たしたシトリーは、色欲や性欲を司るアスモデウス家やベルフェゴール家と同じく恐れられ続けてきた。ですが、ここ何代かは完全に力を覚醒する者がいなくなっていた。貴方の父上ですら完全な力の覚醒ではなかった。覚醒したのも私を娶ってからのことですしね」

 

 お母様はお父様の無自覚な力の干渉を受けたことで、それに気づいたのだという。政略結婚ではあったものの、お父様と結ばれた後、夜の営みに躊躇を感じなくなった自分や愛おしさが急激に増幅していくのを感じたのだという。

 

「私はそれまで恋や愛に全く夢を見ていなかった女だったから、これはおかしいとなったわけ。それから、貴方達のお父様の力の覚醒度合いを解き明かす中で、本当の夫婦になっていったわけだけど。ただ、このシトリーの力が女児に強く現れた場合、自らの本能を強く刺激することで、幸せな生活が望みにくいことも知りました。セラフォルーは私の気質が強く出たからか問題は無かったけれど……ソーナ、貴女は知ってのとおり、幼少期にアジュカ様に協力を請い助けて頂いたのです」

 

 悪魔は出生率の低下だけではなく、元来持つ力の発現率も低下する傾向にある。だけど、ソーナちゃんはお父様が力の発現を果たしたことによる、正しくシトリーの力を引き継いで生まれてきた。

 

「ソーナ。貴女は完全に力を発現させたのね?」

 

「……はい、お母様。私はある方に恋愛感情を抱き、自らの力を自覚しました。今はこの眼鏡に加え、このブレスレットとネックレスで常時発現している魅了の力を抑えています。自分でも制御は出来ますが、睡眠時や平静を保てない時はそうもいかないので……」

 

「そのネックレスやブレスネットも、サファイヤよね? その宝石に力を抑えるための魔力を込めてあるみたいだけど……」

 

「ひーくんが一品物として作ってくれたんだよね~? ほら、お母様。私はアクアマリンで作ってもらったの♪ ほら、椿姫ちゃんはアウイナイトだよ♪」

 

「え、アウイナイトって稀少品で加工も難しいと言われる宝石でしょう? まあ、そのひーくんって一体何者なの?」

 

 お母様ももちろん装飾品に興味がないわけじゃないので少し話が脱線したわけだけど、ハンドメイドで装飾品を兼ねた魔導具を作れちゃうひーくん自体にも強く興味を持ってくれた。

 

「ソーナは、いえ、セラフォルーも椿姫さんもそうね? 貴方達は既にその男性の『女』なのね」

 

「えっ……、どどどうして!?」

 

「私だってお父様に愛し続けて頂いている女だもの。分からないはずがありますか。肌艶の状態、満たされている女だけが滲ませる色香……よっぽどいい人を見つけたのね? まさか、ソーナとセラフォルーが同じ人を見定めるとは思いませんでしたが」

 

 お見通しですよと言われて分かり易く動揺する私が落ち着くのを待って、お母様は再度私達に問いかけた。

 

「意中の男性がいることは分かりました。貴女達を深く愛してくれているであろうことも。だからこそ、私は問わなければ。その彼を、冥界の現状へと巻き込むの?」

 

「躊躇無く巻き込めと、叱られてしまいました。当主を務めると決めたのならそれが私の人生だけど、そのことと俺を切り離すなと。苦労ぐらい一緒に背負えないで、ソーナの一生を支えるなんて言えない……とまで」

 

「ひーくんが言う、自分の女にするということは相手の人生を丸ごと飲み込んで支えていくということだって。それが出来ないのならば、俺は手を出さないし、出せないって。覚悟を決めてひたすらに前に進むこと。それが重たいと思うなら、今の内に逃げろって言われちゃった」

 

「その代わり、私達の愛情を独占する。それが対価だって笑うんです」

 

「……なんというか、変な拘りがあるのかしら。ブシドー? 騎士道というには違うものね。会わせてもらえるのね、その人に」

 

 これから食事の時間の筈だから、お父様達の仕事への出立まで最低でも一時間は余裕があるのを確認できた。部屋の外で待機していた執事長には食事の件を謝って、私はひーくんに連絡を取る。

 その間にソーナちゃんがひーくんの時空間魔術を得意とする魔法使いであることで掻い摘んで説明してもらって、転移後に結界内の時間をズラすことでゆっくり話ができる旨をお母様に説明してもらって、あとはひーくんのお迎えが来るのを待つのみとなった。

 

「時空間魔術だと……? その程度では私の大切なソーナを預けるに値するとは……」

 

 お母様に起こされたお父様はぶつぶつ文句を言ってるものの、お母様がお父様と共に今から見定めると決めたことには異論はないみたい。

 

「自分の意思で、終生寄り添うべき方と決めた男性ですから。私の目をもう少し信じて頂いてもいいと思いますわ」

 

 次元越えの通信を可能とした小型の機器をひーくんから預かっていて大正解だったよ。スイッチ入れた後の会話は伝わっていたから、ひーくんはすぐに動いてくれていた。

 

「ほう……」

 

「あら、転移の魔法陣ではなく、魔法陣から扉が……珍しい」

 

 見慣れてきた深紅の魔法陣から扉が浮かび上がり、そしてゆっくりと開いていく。そこには制服姿のひーくんに、さらに後ろに整列するのは制服や騎士服に身を包んだみんなが揃っていた。黒歌までちゃんと駒王の制服を着てる……いつの間に準備したの?

 

「お初にお目にかかります。サザトガ・シトリー様、アルジール・シトリー様。お時間を頂きまして、ありがとうございます。空知大翔と申します。ソーナさん、セラフォルーさん、椿姫さんと将来を前提にお付き合いをさせて頂いています」

 

 優雅な仕草で一礼をした後、三人とも結婚を見据えていると淀みなく言い切ってくれるひーくん。あ、なんか私、瞳潤んじゃってる。両親に向かって、結婚を真剣に考えていると伝えてもらったことに嬉しくて仕方ないんだ、私は。

 

「後ろにおりますのは、同じく私が将来を前提に付き合いをさせて頂いている女性達。皆の紹介は後ほど……自慢の彼女達が腕によりをかけました、和朝食の御用意をしております。一席、ご一緒頂けますでしょうか?」

 

 流れるようにみんなも一礼する。本気の接待モード……やだ、見惚れてるよ、私……。ソーナちゃんも椿姫ちゃんも同じだ、呆気に取られてすぐに動けてない。

 

「私達の名前はソーナから聞いたのかな」

 

「はい、ソーナさんとセラフォルーさんからお伺いしました。また、和食がお好きだとお聞きしましたので、もしご同席出来るならとご用意をさせて頂いておりました」

 

 早朝の直談判を選んだのは家のメイド達が朝食作りに本腰を入れる前にという目的もあったんだよね、ソーナちゃんには言わなかったけど。なので、食材もほぼ無駄にならずに済んだはず。

 

「大翔くんと言ったか。同席出来なければどうするつもりだったのかね」

 

「ここにいない者も含めて私達は大家族なものですから。一、ニ名の違いは大差ありませんので」

 

「成る程。では、朝食をご一緒するとしようか。セラフォルー、一時間で戻れるのだな?」

 

 私が頷くとお父様は執事長に短く指示を飛ばし、お母様の手を取り、扉の向こうへと歩を進めるのだった。続く私達が扉を通った後、魔法陣に扉は飲み込まれていった。

 

「まるで退路を断たれた感じだな」

 

「申し訳ありません、時間の心配がないという点に重なりますので……」

 

 ひーくんのそつのない対応に、こういうのに本当に慣れているんだなあと改めて思う。世界規模の企業を二つ束ねるコンツェルンの次期後継者……堂々たる振る舞いをするひーくん、カッコいいよ☆

 

「封時結界、起動準備」

 

「補助の魔導具、正常起動を確認致しましたわ」

 

「時間経過の設定も問題ないよ、ひろくん」

 

 すずかちゃんに朱乃ちゃんがひーくんの魔法陣起動に合わせて、即座に必要事項を確認していく。すずかちゃんはひーくんとの付き合いが最も長いからまだ分かるんだけど、朱乃ちゃんがこの阿吽の呼吸の域に達してるのは一体どういうことなのだろう……。




サザビー、ヤクト・ドーガ⇒サザトガ・シトリー(シトリー当主)
アルパ・アジール⇒アルジール(シトリー夫人)

こんな感じで。原作で名前が提示されたら差し替えるつもりだったりしますが。


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第88話 勤勉な面倒臭がり屋

外出とかの兼ね合いで更新作業が遅くなり申した。


「封時結界という魔法技術です。元来は結界内外を隔離し、外への被害を出さない使用方法が主ですが、時空や次元に関わる魔術を最も得意にしているもので、時間の流れも変えられるようにしています」

 

「まるでアガレス家の時に干渉する力のようね……」

 

「とは言っても過去に遡ったり未来へ飛ぶということが出来るものではありません。おおよそ外の一時間がこの結界内での一日に相当します。ちなみにこれ以上時間の引き伸ばしを安全に行うとなると、魔力の消費が一気に増大します。逆に結界内のみ時間を早める場合も同じ時間経過になります」

 

「だから時間の心配はないと言うのだな、セラフォルー」

 

「逆に手帳とか結界の外が何時だとかそういうのを計測する時計は欠かせないよ。時間感覚狂っちゃうもん☆」

 

「ふむ。彼らとの会食や話し合いが無事終われば、少し休息させてもらうのも一興か」

 

「貴方も働きづめですもの、それもよろしいかと」

 

 この後、大きな和室にお父様達が感心したり、ししおどしに小躍りしかけた後、朝食になったんだけど……。

 

「なんということだ。ここに集まる者達だけで一大勢力が築けるのではないか?」

 

 お父様が呟いたのも無理はない。和室に先に集まっていたのはすずかちゃんやアリサちゃんのご両親にバラキエルのおじ様夫妻、プレシアさんもやってきているし、絶対仕事をサボってきてるアザゼルちゃん。エリオ君達に囲まれる形のヴァーリちゃん。元士郎くん達も揃ってるし、オーフィスちゃんはしっかりすずかちゃんの膝の上だ。

 ソーナちゃんが直談判に向かうと聞いたひーくん達の動きは迅速だったというわけ。そして、すぐに応じてくれるおじ様達も。

 

「俺は堕天使側の後見人だが、大翔は権力に興味が薄いからな。権力と義務は不可分だから、必要なもの以上は抱え込まないと決めてるんだと。俺とも魔導具や神器の共同研究者って要素が強い。……くぅーっ、アジの開きは美味いが酒が欲しくなるぜ」

 

「朝食だ、自重しろ駄提督。どうせ結界内で一日過ごす気でいるのだろう、晩にでも見繕ってもらえ」

 

 ヴァーリちゃんの晩の楽しみという言葉に、アリサちゃんのお父様がコレクションのワインを持ち込んだと聞いて歓声を上げるアザゼルちゃん。ほんと駄天使に見えるよね☆

 

「アタシやすずかが旧家や大企業の令嬢じゃなかったら、大翔は経営学を学ぶことはなかったと思います。研究者の道に没頭してるんじゃないかしら」

 

「凝り性だからな、大翔くんは。昼食は手打ちうどんと聞いて、今から楽しみなんだよ」

 

 すずかちゃんのお父様、征二さんは一種のデイウォーカー。次元は違うものの、吸血鬼に堕天使、悪魔、妖怪が揃って、龍神まで居着いている。その多様な種族が同じ食事を口にし、語らっている。その中心にいるのが間違いなくひーくんだった。

 

「はい、大翔くん。熱いから気をつけてね」

 

「ありがとう、ソーナ。じゃあ僕らも食べようか」

 

 ソーナちゃんが当たり前のようにひーくんにお茶を淹れて、二人揃って手を合わせて食事への感謝を口にする。ひーくんがオーフィスちゃんの汚れた口元を拭い、すずかちゃんが魚の身をほぐしたものを、彼女の食べる時間を確保するべく、ひーくんやソーナちゃんが順番に箸づかいの練習中のオーフィスちゃんへと食べさせていく。

 私達の中ではひーくんに集う者同士でフォローをし合うという考え方が息づいていて、輪に入ったのが遅かったとはいえ、ソーナちゃんや椿姫ちゃん、私も適時務める役割だった。この大広間の長机の席の兼ね合いで今回はソーナちゃんがその役を果たしているだけだ。

 

「あの子ったら、あんなに穏やかで優しい顔をして……」

 

 その様子を見て、お母様の瞳が眩しげなものを見たかのように細まり、口許には笑みが浮かぶ。驚くと思うよ。貴族の令嬢として育てられた娘が恋人のために自らお茶を淹れたり、一緒に子供の世話をしているようなものだから。おまけにその行為に充足感すら感じているとソーナちゃんは表情で雄弁に語っているんだ。

 

「ふふ、なるほど。いい殿方を見つけられたようね」

 

「……いささか、婚約者が多過ぎはしないかね。というか、セラフォルーまでとは」

 

「あら、しっかり娘を見ていれば一目瞭然ですわ。まさか、愛と情欲を司るシトリーの直系たる貴方が気づかないわけがありませんものね」

 

「そ、そうだな。いや、浮いた話がなかなか無かったセラフォルーだからな、自分の目を疑ってしまってな……」

 

 すっごく苦しい言い訳だね、お父様☆ でも、この集まりの輪を見て、ひーくんの人となりは分かってくれたみたいだ。

 

「空知くんといったね。少し、私達だけで話をさせてもらえるかな」

 

「はい、宜しくお願いします」

 

「ひろくん、テラスを使って。椿姫さんがいるなら、飲み物の手配は大丈夫だよね?」

 

「うん、オーフィスやバラキエルさん達の相手を頼むよ」

 

「こちらは心配せずに行ってきなさいな。アザゼルの相手は私がしておくわ」

 

 プレシアさんのバックアップも得られたところで、あぁ、ドキドキする。ひーくんが正式に私やソーナちゃん達を嫁に下さいって奴なんだよね!

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「本題に入る前に……なんというか、本当に驚かされた。堕天使や悪魔、龍、妖怪、人間……多様な種族が同じ食事を楽しみ、笑い合う。その中心にいたのは間違いなく君だ」

 

 お父様は今、大翔くん以上に緊張感を持っていた。自分の問いかけがこれからの大切な何かを決定づけるかのよう。

 

「ソーナやセラフォルーのことについて、まずは問いかけるのが父親としての役割なのだと思う。ただ、君は既に一勢力の長になり得る立場にある。冥界に住まう悪魔の統治者側として、君の考えは聞いておかねばならないんだ」

 

「えっと、それは今後どうしていきたいのか……ということでいいんでしょうか」

 

「そうだね。堕天使側の総督はああいう言い方をしていたが、彼はあくまで自分自身が強者でもあるし、悪魔側にそう思わせておきたいというようにも取れる。だから、君自身の言葉を私は聞きたいんだ」

 

 私達は大翔くんの進みたい方向性を聞かされているし、その意と共に歩める未来を模索している。彼の気質が決して世界に覇を唱えるものではないことも。どちらかと言えば、内へ内へと向かうものだ。反して、持つ力は様々な巡り合わせにより肥大している。

 

「……理想を言うなら、好きなだけ本を読んで、気が向いた時に魔法や魔導具の開発や研究を進めて特許でも取れるなら取って、その特許料でひたすら自分の好きな研究や読書に打ち込めれば最高ですね。食っちゃ寝の生活はどうにも堕落し過ぎそうなのと不健康で病気しそうなのが怖いので、何かしら仕事めいたものは持っておいて、外に出る習慣はつけておかないといけないと考えていました」

 

「……は?」

 

「すずかは良く言ってたんです。旧家に生まれていい生活はさせてもらってるけれど、それに対する責務は果たさねばならない。俺とアリサと、もし恵まれるなら子供達と。それだけで本当は幸せを感じられるけど、それは数十年先までお預けだって」

 

「……君は世界企業の経営をその手に握ることも、さらに言うならばソーナを介して、領土と多くの臣民の実質的な王として君臨することも出来るかもしれないんだよ?」

 

「誤解を恐れずに言うなら、面倒臭いです。重たいです。いらないです。だから、そんな重たいものをソーナさん一人に背負わせるのは違うし、放り出す気も無いと聞いています。幸い『俺』の周りには頭の回転のいい女性達がついてくれていますから、活かすしかないと今は考えていますね。表に立って貰わざるは得ないですけど、ブレーン軍団を抱えておけばそれだけ楽になることもあるかなと。すずかやアリサの会社経営を俺と共にやってもらうことで、実務経験も積んでもらっておけばよりスムーズでしょうし。ソーナさんにも可能な限りは楽してもらわないと」

 

 お父様、思わずぽかんとしてしまいました。私も正直こんな赤裸々な言い方で聞いたのは初めてですから、目を見開いてしまいます。大翔くんの言葉には、心底面倒ですという意思がありありと出ていますから。お母様は口を押さえて、笑いを堪え始める始末でした。

 

「今でも諦めてはいないんですよ。縁があって長い生を得たんです。すずかやアリサの事業が次代への引継が終わったら、どこか山村部へ移ろうかなんて未だに語り合ったりします。幸い転移魔法も、通信技術もある。拠点は変えてしまっても大丈夫だろうと。今の家族の人数なら、自作自農で暮らすってことも選べます。向き不向きはもちろんありますけどね」

 

 これだけ多くの女性に愛されて、貴方はそのままでいてくれるだけでいいと言われて、守られているだけの生活が情けなくて足掻いてるだけなのかもしれない──あの、ちょっと困ったようにも見えるはにかむような笑顔で、大翔くんは話を締めくくったのでした。お母様はとうとう笑いを堪えきれずに、声を上げて笑い始めてしまっています。

 

「……ご、ごめんなさいね? もう可笑しくて、つい。勤勉な面倒臭がり屋さんと言うべきなのかしら。貴方、逆にこれはしっかり繋ぎ止めないとソーナ達だけ連れて逃げられてしまいますよ、ふふっ」

 

「う、うむ……努力の方向性がズレてるとは感じてしまうよ。ソーナが次期当主の自覚をしっかり持ってくれている子で良かったというか……」

 

「大翔くん……わ、私が重荷なら、その私は……」

 

「ソーナ、俺と君が今更離れられる? 俺は絶対君を忘れられないし、離すなんて真っ平だ」

 

 大翔くんの手が隣に座っていた私の手を力強く取って離さない。くだらない事を口にするなと伝わる熱が私の心を焦がしていく。

 

「そりゃそうだよね☆ ひーくんとソーナちゃん、すずかちゃんに負けないレベルで相性バッチリだもんね! 毎日、あれだけ飽きも疲れも知らずに……もがっ⁉︎」

 

 そして冷水をかけられた気分になった。直後の私と大翔くんの動きは迅速で、互いに空いた手でお姉様の口を押さえ込んだ。

 

「あの、大翔さん、お嬢様。手を離したほうが動きやすいと思うのですが」

 

 椿姫の指摘にまた恥ずかしさから顔が赤くなってしまう。大翔くんも私も互いの動きを阻害しないようにと息を揃えて動いて目的を果たしたのはいいのだけど、互いの手をしっかり握って離そうとすることを考えもしなかったのが、その……。

 

「……ああ、もう分かった。十分に分かったよ。大翔くん、少しだけこちらへ。最後に男同士だけで聞きたいことがある」

 

 そうしてお父様は大翔くんの肩を抱えて、テラスの隅へと移動していった。防音の結界を張ったみたいで声は聞こえないけれど、お父様は天を仰いだり、頭を抱えたり、お互いに頭を下げ合ったりととかく忙しい様子で……。

 

「全く。あの人は……しかし、ソーナ。セラフォルーの発言は頂けないけれど、彼の体力や命が縮まってるということはないのね? シトリーの情欲は男性よりも女性が何倍も強く表れる。彼の気質は温厚なものに近いけれど、彼が無理しているようでは長くはやっていけないのだから」

 

「あの、ええと……その点は全く問題がないと言いますか。はい、私が圧倒される時もわりと多いと言いますか……」

 

「私達全員を相手にしても平気で翌朝、一番に動けるぐらいには元気だよね……?」

 

「黒歌を圧倒する場合も出てきてますしね……」

 

 ただのエロ猫と化してしまってる時があるというのが驚きです。凝り性の一面が常に技能の最適化を考えてしまうからか、黒歌を凌ぐことがたまに見られるのです。頭を撫でられるのと組み合わされたりすると、黒歌が生娘のように翻弄されて喜びに咽び泣くこともあったり。

 

「そう……無理はしてないのは分かったけれど、普通はそういう男性はもっとギラギラしていたり、粗暴であったりするはずと考えてしまって……ソーナやセラフォルー達に都合が良過ぎるというか、いえ、シトリー側としてもありがたい相手なのだけど」

 

「アルジール、大丈夫だ。だが、これでは別の問題が出てくるな。ソーナ達が今回私達への話を急いだ理由も分かる」

 

「あなた、話は終わった……の……え? 猫の耳? 尻尾?」

 

 お母様が思考に耽る間に、お父様と大翔くんがこちらへと戻ってきていた。そして、銀色の……。

 

「もふもふだーっ☆ 昨日は寝ている間にすずかちゃんや朱乃ちゃん達に独占されたからね……今日は我慢しないんだからっ☆」

 

「セラフォルー……貴女という娘は……」

 

「セラフォルーは好きにさせておきなさい、彼には申し訳ないが。今は私とアルジールが同じ認識を正確に持つべき時間だ。幸い、セラフォルーの扱い方は十分に理解しているようだ」

 

 お姉様の抗議の声も意に介さないお父様は大翔くんから要点だけを先に聞き出したのだそうだ。私の発情に向き合っても潰れず、かつ誠実に私と向き合える理由の一端を。あと、お姉様は後でお説教です。

 

「え゛!?」

 

 私のお説教宣言に対して、お姉様の女の人が出してはいけない声に反応したのは慰める役割を引き受けた格好の大翔くんのみ。それも幻滅するでもなく、そっと頭を撫でるような対応で。甘やかし過ぎては駄目ですよ、もう。

 

「魔力などを通して相手の特性や技術、魔術を取り込める能力。まあ、相手の力をそのままという訳ではなく、素養を取り込むだけだから訓練は必須だそうだが、探究心の強さが確実に自分の力へと変えさせているわけだな」

 

「それを基にして身につけた性魔術に、仙術の一種である房中術を組み合わせていると……」

 

「一番大切になる体力については毎朝20kmの走り込みから戦闘訓練を連続してこなすようなやり方で、高い水準を維持しているそうだ。ソーナや椿姫くん、セラフォルーも日課として共にこなしているそうだよ」

 

 その必要時間は封時結界で足りなければ確保していますし、長命種の利点を積極的に利用しているところですね。

 

「……そして、ソーナ達が急いた理由も分かりました。シーグヴァイラ・アガレス様。その方がまさか接触してきたとは」

 

「ああ、ソーナが急に焦った理由の前後の出来事を聞けば、とんでもない名前が飛び出してきたものだ。彼女はあの若さで既に現大公が担う業務の一部を代行している、冥界の幹部候補だ」

 

 大翔くんはアガレス家の名の重たさ、影響力を実感として知らない。だから強い危機感を抱けず、すずかさんの接し方も穏和なものだったけれど……。

 

「冥界の事情に明るくない空知君がピンと来なかったのも無理はない。……そうだな、今の日本の政治体制に無理やり当てはめるとすると、シーグヴァイラ様は世襲制の次期首相だと思ってくれ。超巨大政党の次の長なんだ、彼女は。さらに政治的影響力が上の家もあるが、今は説明を省かせてもらう。ともかく、彼女は悪魔界では相当無理を押し通せる地位の者なんだ」

 

 耳はこちらへしっかりと向けている大翔くん達へ向かって、元々東洋文化に手を伸ばしていたりしていたお父様が日本の政治に例える形で説明を加えていく。

 

「彼女自身が仮にそのような強引な手段を取らないとしても、申し訳ありませんが、悪魔自体が人間を搾取するべき弱者としか見ていない風潮が強くあります。シーグヴァイラ様が貴方を欲すれば、貴方が今月村さんやバニングスさんの婚約者という事情など周りが一切鑑みない可能性が高い。強引な連れ去り、軟禁ぐらいはやってのけるでしょう」

 

「させないけどね、シーグヴァイラちゃんの好きには」

 

「といっても、セラフォルー。お前でも干渉を完全に防ぐ権限はあるまい。だから、ソーナは私達への顔合わせを急いだのだから」

 

 お父様達に大翔くんを認めて頂き、正式な後ろ盾になって頂くこと。そうすることで、堕天使の総督や悪魔の貴族の後見を得ることで、大公家であっても簡単には手を出せないように予防線を張る。

 こんな急な顔合わせをして私の大切な人だと伝えても、お父様達が頷いてくれるかは未知数だった。私らしくもない、計算を度外視した賭け。でも、大翔くんなら……そんな、期待がどこかにあったのだ。

 

「……ふふ、そんな険しい顔をするものではないよ。少し、君というものが見えてくる。自分の伴侶に対しての危害や敵意に対しては、手段を問わず全力を持って排し、血を浴びることを厭わない覚悟を持っているのだな」

 

「はい、例えかつての恩人であるシーグヴァイラさんの縁者であろうと、すずかやソーナさん達に手を出すのなら容赦は出来ませんので」

 

 自然に高まる魔力に光力、龍神のオーラが、周りの空気を震わせる。一つひとつは最上級に届かなくても、大翔くんはそれぞれの力を重ね合わせて使うことが出来る。その爆発的な力の高まりに、異変を感じたすずかさん達大広間にいた皆さんも駆けつけてきた。




次話も4,000文字ほど書けているので、
一週間かけずに更新したい所存。


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第89話 総督は中二病

寝る前に投稿。


「ひろくん、大丈夫……!?」

 

「おいおい。悪魔が大翔を刺激することしか出来んのなら、本気で堕天使勢力に勧誘せにゃならんか」

 

「その前に次元封鎖よ。此方の世界と貴方達との世界の行き来を封じた方が早いわ」

 

 すずかさんやアリサのご両親、エリオくん達の接近に気づき、影響が出ないようにすぐに大翔くんは力を押し留める。物騒なやり取りをするのはアザゼル総督にフェイトさん達のお母様、プレシアさん。

 

「じゃあ我はこのまま移住する?」

 

「じゃあ俺も移住す……ったく、ヴァーリ。本気で言うわけないだろ。落ち着け、な?」

 

 明らかに本音が混じっていた言葉に白龍皇の射すくめるような視線が飛びますが、駄総督という言葉がどうしても頭をよぎります。頻繁に顔を合わせることが多いという時点で明らかに仕事を放り出してきているのが目に見えますし。

 

「次元封鎖はまだ後の手段ですよ。アザゼルさんは開発に専念したいのなら、早く誰かに総督の役目を譲られたらいいんじゃないですか」

 

「へっ……引き継ぎは進めてるに決まってる。で、どうしたんだよ。何か頭に来ることがあったんだろ?」

 

 大翔くんの口からシーグヴァイラの周辺が勇み足を踏む可能性が高いと、悪魔の政治体制も含めて説明を受けたことが語られました。いっそ先手を打ってやろうかと思うぐらいには苛立ちを覚えたことも。

 

「全くお前は自分の女絡みになると、一気に物騒な考え方になるよなー。原因の元から根絶って、下手すりゃ冥界が滅ぶぞ」

 

「それにアガレス家の動きを抑えるために、これから私やアルジールが動く。シーグヴァイラ様が次に君に会われる時に、うまく同席させてもらえれば一番だがね。同じ七十二柱のシトリー家がバックについているぞと見せることで、周辺の暴走を制することにもなる」

 

「お父様、それは……」

 

「ちょうど皆さんが揃ったようだし、ここで公言しておこう。君が私達の娘達をどのように思い慈しんでいるのかは十分に見せてもらった。私達夫婦にとって、ソーナもセラフォルーも、彼女を保護してから一緒に暮らしてきた椿姫くんも……三人とも大切な『娘』だ。君がそんな三人の婚約者になることを、現シトリー当主であるサザトガ・シトリーが承認する」

 

「もちろん、サザトガの妻である私、アルジール・シトリーも貴方を……空知大翔さんを三人の婚約者として認めます。ふふ、先にこちらから言ってしまったら、ひょっとして肩透かしかしらね?」

 

「いえ……サザトガさん、アルジールさん。本当にありがとうございます。俺はソーナさんを、セラフォルーさんを、椿姫さんを……この命ある限り守り続けます。そして、彼女達が末長く笑顔でいられるように、全力で幸せにしてみせます……!」

 

 深々と頭を下げた大翔くんが顔を上げた後、おぉー、とどこからともなく歓声が上がる。破顔したお姉様や椿姫までも大翔くんに抱き着いてはしゃぎ始めた。その様子を見つめる私の手にはそっと彼の手が重ねられていて、敵わないなと思う。そして、この人を選んで間違いなかったのだと。

 

「……ソーナの婚約話が一度、無くなった時から決めてはいたの。ソーナが自分で意中の男性を見つけた時は、異種族の者であろうと認めようと。ソーナと付き合う以上、シトリーの力の問題は避けて通れない。それを乗り越える、もしくは支え切れる男性であれば認める以外の選択肢は無いでしょう、と」

 

 仮の話として、以前の婚約者と結ばれた場合は恋愛結婚ではないこともあり、私の力の目覚めを刺激する可能性は低いとみていたこと。また、目覚めかけても、子を早めに産むことで本能の欲求が緩和されるため、お父様達は対処のやりようはあると考えていたのだそうです。

 なお、同じような体質を抱えるすずかさんの家族計画がこの後の夜のお酒の席で話題となり、すずかさんも両親の合意も取れており、大学一回生の時に出産するつもりだと堂々と答えたため、いっそ私もという話になりかけて、私がわたわたしてしまう羽目になりましたが、それはそれとして。

 

「まさか、セラフォルーと椿姫くんまでも同じ相手を選ぶとは思っていなかったがね。私としては複雑だが……セラフォルーの伴侶が見つかった喜びと、ソーナや椿姫くんが巣立っていく悲しさが同時に襲ってきたわけだから」

 

「お父様ぁ!? さっきから私への扱いがぞんざいじゃないかな!」

 

「少女趣味を前面に出して、公私も省みない格好で開き直っていたお前がどうして相手を見つけられると思う。まして、魔王という立場は余計にそれを難しくした。ゆえに、ある意味諦めもあったのだよ」

 

「大翔さん。セラフォルーのこと、ソーナや椿姫さん共々、どうか、どうか宜しくお願いしますね?」

 

「お母様まで念押し……?」

 

 がっくり、と分かりやすいリアクションをするお姉様に対して、自然と笑いが起こる。キャロちゃんは『大翔さんがハーレムを着実に増やしていっているよ!』と瞳を輝かせ、エリオくんは『そこに憧れるの⁉︎』と即座にツッコミを入れていた。

 

「キャロ、ハーレムって言葉は誰から教えてもらったの? 黒歌? それともお姉ちゃん? ……そう、なのはが。ふぅん、今度帰ってきたらちょっとお話しないとダメかなぁ?」

 

 フェイトさんが微笑みを浮かべているのに、底冷えのする声で友人への処罰執行を宣言してしまったり、黒歌やアリシアさんのこの種の話題への信頼の無さがハッキリする一場面が過ぎて行きました。

 

 この後も結界内の一日を両親や大翔くん達とゆっくりと過ごした私は両親に認めてもらえた安堵感と共に、より切磋琢磨して自分を高めていかなくてはと心に刻んだのです。……認めてもらえたからと足踏みなんてしていたら、周りのライバル達にあっという間に差をつけられてしまうもの。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「では、今日は失礼するとしよう。一度、冥界への正規ルートで入国するのは急いだほうがいいな。そうすることで、大翔くん達がシトリー領などに直接転移を行っても責められることもない。移動時間は二時間程度を見てくれれば充分だし、近々、皆さんで一緒に夕食会と行こう。あの手打ちうどんは非常に美味しかった。久方振りとなるが、今度は私の手打ち蕎麦を振舞わせてもらおう」

 

「夕食会の前に練習ですね、あなた」

 

 結界内で一夜を過ごし、結界解除の時間が迫った頃、転移の扉を用意した後に、俺たちはサザトガさん達の出立の挨拶を受けていた。

 

 アリサの両親であるデビッドさん達と特に意気投合したサザトガさん達は再会を本気で約束して、握手まで交わしていた。異国の出身で日本の文化を気に入った者同士、感じ入るものがあったらしい。

 また、昼食や夕食、晩餐を経て、領地や大企業という違いはあれど『経営者』としての話がすずかの両親、征二さん達とも盛り上がっていた。俺やすずか達も同席して色々話を聞かせてもらって、貴重な体験談を書き留めさせてもらった。

 

 アザゼルさんはこちらには参加せずにプレシアさんと開発談義に花を咲かせていて、終始ご機嫌だった。半分冗談で堕天使への転生を持ちかけてすらいたようだ。俺の駒に対する分析が進み、技術的に実現が間近に来ているから。

 

「大翔くん、改めて長い付き合いになると思うが、これから宜しく頼む。ソーナ、セラフォルー、椿姫くん。すずかさんやアリサさんの言うことをよく聴き、家族の輪を乱すことの無いように」

 

 すずかやアリサ達との関係性や、それをソーナ達も承知の上で家族になる意思を確認したサザトガさんとアルジールさんは、ソーナ達へ改めて釘を刺していた。重婚制度をアリサやすずかが主となって実現させた話を聞いて、サザトガさんとアルジールさんはこの家族の輪はすずかとアリサから始まったことを知り、その事に敬意を払ってくれている。

 

「承知しております。大翔くんは元より、すずかさんやアリサさんあってこその、この家族ですから」

 

「ひーくんを一人占めできる時間割の調整とか、二人が細かいことは殆どやってくれてるからね〜☆ ほんと感謝だよ☆」

 

「すずかさんとアリサさんは秘書要らずですからね、現状でも。私や朱乃はよっぽど頑張らないと本当に公私共にお任せすることばかりとなってしまいますから……」

 

 最後の椿姫の言葉に朱乃も苦笑いしながら頷いている。俺のスケジュール管理の補助も実際、すずかやアリサに手伝ってもらっていたりするから、俺ももっとしっかりしなければと思わされる。

 

「椿姫ちゃんも朱乃ちゃんも焦りは禁物だよ? 貴女達にしかひーちゃんやすずかちゃんは秘書を任せるつもりは無いんだから。……ん? あれ、アリサちゃんはどうするんだっけ」

 

「ソーナが経験を積むために秘書業をやってみたいと言ってくれているし、花戒に草下もその気のようだしね。というか、アリシアが私の補佐をしてくれてもいいんだけど?」

 

「うわあ、藪蛇だったよ。だが、断る!」

 

『自宅警備に私達は忙しいのだ!』

 

「駄目人間宣言するアリシアも愛らしいわ……」

 

「いや、そこは諭すべきだろ流石に」

 

「煩いわね、切り落とすわよ?」

 

「実際やりかねないから洒落ならねえぞ、おい!」

 

 アザゼルさんの発言は親馬鹿のプレシアさんには通用しない。毒舌で返される始末だ。どうも、付き合いが短いはずのプレシアさんも含めて、周りのアザゼルさんへの扱いがどんどんぞんざいになっていく気がする。

 

「仕方がないさ。威厳ある姿を少しは見せればいいものを」

 

「あの総督が最強クラスの堕天使って事実を忘れそうになるマダオぶりだからなあ……」

 

 ヴァーリや元士郎も呆れ顔や苦笑いで擁護のしようがないといった感じだ。アザゼルさんは一緒に開発作業してる時とかものすごく真摯な表情をしてるけど、そういう顔は普段見せないんだろうな……。

 

「ちなみにヴァーリくんも一度正規ルートで冥界入りしておくといい。自分で言うのもなんだが、私の蕎麦はなかなかのものだぞ?」

 

「俺は麺には相当うるさいと自負している。そんな俺の舌を唸らせられるか、実に楽しみだな」

 

『ぐぉおおおん! ヴァーリぃ! 強さを、強さを貪欲に求めるお前はどこに行ってしまったのだあ!』

 

「失礼な。俺は強さと至高の麺を追い求め続けているだけだ」

 

「ブレないよな、あんたも」

 

「お前とて強さと美味い麺には目が無いだろう?」

 

「……確かに言えてるわ。俺もあんたや大翔さんに毒されたかな」

 

 サザトガさんの誘いにヴァーリが乗ったり、アルビオンが泣いてしまったり……なんだか、普段通りの雰囲気に戻ったところで、ソーナの両親との顔合わせは終わったのだった。

 

「大翔くん……あの、もう一度だけ、学校に行く前に……ね? まだ、足りないの……」

 

 両親が宿泊したこともあり、普段通りの時間を取れなかったことで、艶めかしい吐息をこぼすソーナのフォローに走ることになって、結局、同じく朝の時間がしっかり取れなかった皆の相手をする羽目になったのは仕方のないことだったと思う。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「……なんで一晩でそこまで事態が急変するの!?」

 

「部長、落ち着いて下さい。いや、僕も朝マンションに荷物を取りに帰って登校するまでにもう一つ大騒動になっているとは思いませんでしたが」

 

 登校後、朝のホームルームまでの短い時間ながら、私やソーナ、椿姫は部室で昨晩から今朝にかけての一件を伝えていた。小猫ちゃんや黒歌も同席してくれているので、補助具がなくとも協力して封時結界は展開出来ます。現実時間の5分=結界内の二時間もあれば説明する時間は十分でしたから。この程度であれば魔力を極端に消費することもありませんし。

 

「ごめんなさい、リアス。でも、貴女には早く話をしておかないと思ったから」

 

「いや、別に謝る必要はないのよソーナ。ただ、あのシーグヴァイラにまで既に手を出していたとか、空知にその時の記憶がバッサリ無いとかもう……」

 

「手を出したという物言いは大翔さんに失礼ですわ、部長」

 

「言い方が悪かったわ。むしろ、シーグヴァイラが空知を取り込もうとしているんでしょうね。彼は異性への恐怖心ゆえに、心を通じ合った者にしか極力近づこうともしないわけだし。私やソーナの眷属達とも普通に話はするけれど、必ず側に朱乃達の誰かが付くなりしてるもの」

 

 言葉の選び方が拙かったのを踏まえて、すぐに別の表現に置き変えつつ、リアスもシーグヴァイラ様に対する懸念を口にする。

 

「シーグヴァイラは眷属という形ではなく、家ぐるみで空知を囲い込むぐらいやりかねない。彼に好意を寄せ、かつ冥界にとっても利用価値が大きい存在となればね。だから、サザトガ様やアルジール様のバックアップを得られたのは大きいわ」

 

 リアスにしても結界内での鍛錬や食事を共にする生活を幾日も繰り返す中で、異性の友人に近い感覚を大翔さんに持っている。一方の大翔さんは礼は欠かない程度のそれなりの対応といいますか……基本、対応は丁寧だけれど、友人に向けるような気安さがありませんもの。

 

「イッセーは今日は学校も休ませてゆっくり養生させているから、今晩にでもこの件は説明するとしましょう。今日はギャスパーとの顔合わせでもあるわけだし」

 

「分かりました、それでは晩は予定通りに」

 

「ええ、空知達へ再度伝えておいて。特に月村さんには丁寧にね」

 

 大翔さんは呼び捨てなのに、すずかさんには分かり易い敬意を払うリアス。その様子がおかしくて少し笑みがこぼれてしまったのだけど、敵対する相手へのすずかさんの容赦の無さは私もよく知っているものですから、怒るリアスに私は、機嫌が直るまでしっかり謝り続けたのでした。

 

『朱乃! 堕天使の連中が動いたにゃ!』

 

 そして、昼休み。駒王町を見張って回っている私の小鬼の使い魔と、同じく黒歌が察知した邪気の知らせにより、私は公園へと駆けつけたのです。リアスは先行する私に続く形で、アガレス家への連絡後に祐斗くんと転移する算段をつけていました。

 なお、小猫ちゃんは黒歌と共に、この隙に動こうとする他のはぐれ悪魔や狼藉者の気配察知や排除に回り、リアス眷属が駒王町をしっかり統括しているという態勢を見せるために動いていました。

 

 そして、時間をかけずに制圧。しかし、イッセー君は巫女姿のすずかさん達や私に目が行くあまり、確かに声は変えていましたけど、大翔さんやすずかさん達を認識できないままでした。……イッセー君らしいと言うべきでしょうか。

 

「冥界刑事アザゼルは戦闘の際、バトルスーツを装着するタイムは僅か0.05秒にすぎないっ。では、装着プロセスをもう一度見てみよう!」

 

「行くぜっ! 装っ! 着っ!」

 

「カッコいいです、アザゼル様っ!」

 

「すごいですっ、ものすごく輝いてますっ!」

 

 大翔さんとの出会いを思い返して想いに浸っていた間に、おじ様は何度も変身を繰り返してアリシアさんが前口上を入れるという一種のテンプレートを繰り返していたようです。それに対して、拘束されたまま歓声をあげるレイナーレ。瞳を輝かせっ放しのシスター・アーシア。瞳の光がどんどん失われていく拘束された他の堕天使達。

 

「あらあら。カオスな状況になってしまいましたね」

 

 話を進めることは連絡後にと、私はこの結界内の特殊空間からリアスへの連絡を取ります。リアスはリアスでイッセー君と合流を済ませており、おじ様もいるのであればいっそこのまま後処理を進めようということで、祐斗くんやイッセー君と共に結界内へとやってきたのです。

 小猫ちゃんもこちらへ合流するためにフェイトさんが代わりに黒歌と一時的に駒王町に待機したり、ソーナ達が動ける態勢を整えてくれたりと、持つべき者は家族なのだとそんなことを思いながら、私達は単独行動を起こしていたレイナーレ達に相対することにしました。



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第90話 後始末

堕天使三人組の後処理です。


 「殺しなさい! こんなの殺された方がマシよぉ!」

 

「レイナーレ、潔く諦めるっす。命があるだけめっけもんっすよ」

 

「彼らが私達より圧倒的強者であったというだけのこと。なぁ、ドーナシーク」

 

「……敗者は勝者に従うだけだ」

 

 リアス・グレモリーがやってきたものの、アザゼルのはっちゃけぶりやら、捕まえた堕天使達が種族の力を完全に封じられて異常に長生きなだけの人間状態になっているのを見て、唖然とした顔をしている。

 そろそろ慣れればいいものを。ある意味の変わらなさに安心したり呆れたりといった感じよね。まあ、大翔やすずかに毒されてる私も言えることじゃないか。アリシアほど行き過ぎてはいないはずだから良しとしましょうか。

 

「アザゼル、貴方のその格好は一体……?」

 

「おう、これも人工神器の一種だ。バトルスーツを装着したら、喋らない限り俺とバレない仕様さ。いやぁ、大翔も時間が無い中でもこの細部へのこだわりよ! この『どうだっ!』と言わんばかりの電飾の多さがだなー」

 

 アザゼルの語りは止まらない。そして、話が進むにつれ表情が削ぎ落とされていくグレモリー。すずかが止めないからアタシも止めないんだけどね。とはいえ、話が進まないわけで結局朱乃が動くと。

 

「お、じ、さ、ま?」

 

 雷火の巫女、炎雷の巫女。そんな二つ名で呼ばれ始めた朱乃。何でも姫島の炎とバラキエルさんの雷の力を合わせて使えるようになってるから、朱璃さんの実家も手を出しにくくなってるらしい。これは真羅の力を覚醒させた椿姫も同じことみたいだけど。

 そんな朱乃が燃え盛る炎を纏った雷を指先に浮かべて、ゆっくりと名前を呼ぶだけでアザゼルの動きは止まる。

 

「待て、朱乃。話せば分かる。平和的にやろうぜ。ここでおっ始めるのは結界の崩壊に繋がるからよ、な?」

 

「うふふ……大丈夫ですわ、おじ様以外には影響が一切出ないように致しますから」

 

 神話に出てくるほどの存在で堕天使のトップなのだから、どうにかなったりもしないだろう。娘に近しい存在の朱乃に対して、本気を出すわけにいかないだけ。

 

「……はあ。空知、その捕らえた堕天使達はどういう状態なの?」

 

「封印系統の魔術で堕天使の力を使えないようにした。とても寿命の長い人といったところ……かな?」

 

「マッドな科学者が欲しがりそうな感じね」

 

 グレモリーも後ろで痺れ毒や髪を炙られている存在をスルーして、大翔に状況の説明を受ける。そんなやり取りにあのイケメン王子は苦笑いだけど、視界の端ではスケベの権化と保護したシスターが初々しい会話を続けていた。アリシア、弄るのは程々にしておきなさいよ?

 

「え? 本当にヒョードーくんは私達だって気づいてなかったわけ?」

 

「いやあ、空飛ぶナイスバディな巫女さんが何人もってことで全て持ってかれたというか……声も違ってましたし」

 

「あれがジャパニーズシスターとニンジャなんですね! スゴイです!」

 

「……ほら、ヒョードーくん。私達は穢れ過ぎたんだ。アーシアちゃんの瞳を君は直視できない」

 

「うぐっ……そういうアリシアさんこそ、目を逸らしてるじゃないですか」

 

「だって浄化されてしまいそうな感じがさ……」

 

「ですよね……」

 

 汚れを自覚するのなら、少しは己の業を顧みてはどうなのかしらね。まあ、そのシスターさんも純粋培養という感じだけども。

 

『だが断る!』

 

 そして白音に二人とも拳骨をもらうのでしたっと。アリシアは頭。ヒョードーは腹パン。この差は仕方がないわね。

 

「回復はいらないわよ、アーシアとやら。痛みが罰なのだから」

 

「はっ、はい」

 

 すぐに回復効果のある神器を使おうとした彼女を止めて、と。アザゼルはアフロになるぐらいで済んだみたいね。

 

「至高の堕天使様が……アフロに……」

 

「こうなると哀れなものね。まあ、空知達のような規格外が駒王町を警戒してるだなんて思いもしなかったでしょうし」

 

「……力の気配を完全に消してたっす。ただの人間にしか見えなかったっすもん。その紅髪の管理者さんは分かりやすいっすけど」

 

 比較的小柄な金色の巻き髪少女の発言に、青髪のボディコンスーツの女や紺色のコート姿の男も頷く。

 

「分かりやすくて悪かったわね。まあ、私が統括するこの街では貴女達の好きなようにはさせないということよ。……さて、シスターさん。アーシアといったかしら」

 

「は、はい」

 

「私はこの街の管理者として今から同じ人ならざる者の勝手を裁くわけだけど、危険な目に遭った貴女はこの者達への裁きについて希望はあるかしら?」

 

「わっ、私はレイナーレ様達にとてもよくして頂きました。私の神器が目的だった事情を聞いた今も、感謝の気持ちに変わりはありません……」

 

「だけど、彼女達は既にイッセーを一度殺めている。それがあの総督以外の堕天使からの指示としてもね」

 

「アーシア……」

 

 性欲の塊を見て、堕天使ズを見て、シスターは思い悩む。そして、素っ頓狂なことを口にした。

 

「そっ、それなら私の命で贖いますっ。それではいけませんか! レイナーレ様達にこの街への赴任を手配頂けなければ、既に行き場のなかった私です! この方達がいなければとうに無かった命ですからっ!」

 

「アーシア⁉︎」

 

「何を言ってるのよ! 馬鹿じゃないの、貴女! 貴女は私に殺されるところだったのよ?」

 

 これにはヒョードーもレイナーレって奴も顔色を変える。グレモリーは何か考えついたのか、口元を僅かに釣り上げていた。

 

「そう。それならば彼女達の命の対価に、貴女は私の眷属になってもらいましょうか。悪魔への転生。つまり、人であることを捨てる。それは人間の命を捧げるのと同じことよ」

 

 詭弁よね。回復系の神器を持つ彼女が欲しいがための理由作り。とはいえ、大翔が動かないのならアタシも動くつもりもないけど……。

 ただ、この条件をシスターが飲めば悪魔陣営としては堕天使側に持っていかれかけた稀有な神器使いを確保できる。グレモリーとしては落とし所になると踏んだのかしらね。

 

「部長、待ってください! 俺はもう……」

 

「決めるのは彼女よ、イッセー。それに私も貴方の命を奪ったこの者達を何も無しで済ませるなんて許せないのよ。その対価をこのアーシアが代わりに払うというならば、それは軽いものにはなり得ない」

 

 大翔が力を封じたとはいえ、個人としてはこの堕天使達を消滅させるのが望ましいと判断したことも合わせて、グレモリーはヒョードーに説明をしていく。

 

「たまたま貴方が私の召喚のチラシを持っていたから、こうしてイッセーは私の眷属となり、今も互いの温もりを感じることもできるわ。だけど、それはたまたま幸運だっただけのことなのよ?」

 

「ぶ、部長……」

 

 あーあー、顔がにやけてだらし無い顔になったわ。グレモリーもスキンシップ過多だものね。ただ、あのシスターの顔色が変わった。というか、あれもしかして嫉妬……してる?

 グレモリーも気づいたわね。シスターの耳元に近づいて短く耳打ちをして、ニッコリ微笑んでみせた。

 

「……なります! 命を捧げる代わりに貴女の眷属に……!」

 

「そう、では契約成立ね。その代わり、あの堕天使達の命は確約しましょう」

 

 転生前に朱乃が神への祈りが種族の兼ね合いで捧げられなくなることや、聖水や光力の類が天敵になることを補足説明したものの、シスターの決意は変わらなかった。彼女は悪魔の駒を受け入れ、こうしてグレモリーは新たな僧侶の眷属を加えたのだ。

 ただ、駒を埋め込む時に『新たな生に歓喜せよ!』とか言わないといけないのね。……ちょっと、グレモリーに同情してしまうわ。

 

『魔術の詠唱とは違うので、あれは部長の演出みたいなものです』

 

 そんなことを思っていたら、視線が合った白音からの念話でグレモリーへの同情は即時撤回。演劇のような言い回しを好んで使うわけね。アタシは恥ずかしくて無理。

 

「イッセーさん、これから末長くよろしくお願いします!」

 

「お、おう! こちらこそよろしくな、アーシア!」

 

 末長くというところに引っかかりを感じつつも、ヒョードーも彼女と固く握手を交わして、次いで白音や朱乃、祐斗達の輪へと引き連れていく。

 

「……うまくやったってとこ?」

 

「あら、酷い言い方だわ。でも、あの子に行き場が無いのは確かだった。バニングス達が引き取る意思が無い以上、この形がベストだと思うけれど」

 

「まあ、そうよね。貴女の眷属になることでトレーニングとかは一緒にすることはあるでしょうけど、形としては貴女の下につくのが望ましかったのかも」

 

「イッセーを慕っているようだしね。女としても応援してあげたいと思うじゃない?」

 

 グレモリー自身は明確に恋心を持っているわけではないのだろう。眷属だから自分のモノという意識があるため、ヒョードー達が簡単に離れることはないと考えている。朱乃や白音は別として。

 

「……とはいえ、対外的には『消えた』扱いにしてもらう必要があるのよね。アザゼル、その辺りは任せていいのね?」

 

「おう。力は当面このまま封じたままだ。それが罰の一部だからな。その上で堕天使陣営の小間使いをやるか、名前を変えて『海鳴』で働くかだ」

 

「海鳴って……」

 

「至高の堕天使を目指した連中が人間の小間使いになるのは重たい罰になるだろうさ。反抗的な発言も出来ない処置を取り、忠実に働くことしか出来ないようにする。腹ん中で屈辱に泣き叫びながらな」

 

 グレモリー達の合流前にアザゼルから相談されたのは、アタシかすずかの家のメイドや執事見習いとして働かせられないかというものだった。なお、当の四名には聞こえないような形で。

 アタシとしては鮫島の後進を考えざるを得ない時期に来ていたから、暫く大翔や私達の元で監督して問題なさそうであれば、男の堕天使については引き取ることもあるだろうとは考えていた。なにせ長くなる一生だ。家宰の長も長命に越したことは無い。すずかの家は既にファリンがいることで、その問題点はクリアできていた。

 

 青髪の女……カラワーナもそうだけど、あのコート姿の男、ドーナシークは大翔や私達との力の大きな差を認めてからは大人しいものだった。アザゼルと親しいと分かった後は侮蔑混じりだった態度から険も取れている。この結界内に連れ込まれた後、拘束を解いた隙に大翔へ襲い掛かったのだが、光力の剣や槍をあっさり破壊された挙句片手間で一蹴されたのが余程堪えたらしい。その後、完全に力を封じられて今に至るわけだ。

 

「じゃあ私はお兄さんの元で働きたいっす。今更、グリゴリには戻れるわけもないっすから」

 

「ほほう。で、本音は?」

 

「屋根付き部屋三食付風呂あり制服支給の住み込みメイドをやるだけのことじゃないっすか。あと、許可をもらえば書庫で蔵書から小説から漫画まで読み放題とか最高っす!」

 

「休みはぐうたらするのが最高ってことだね、わかります」

 

「へっへっへ、姉御とお呼びしても?」

 

 このミッテルトという巻髪ゴスロリ少女はこの堕天使達の中では一番洞察力に優れていたようで、捕まった後はずっと大人しくしていた。ただ、どうにもお調子者の一面があるようで、アリシアと馬が合ってしまっている。

 

「ミッテルト、裏切るつもり!」

 

「嗚呼、レイナーレ様申し訳ありません。私はまだ生きたいのです、ホロリ」

 

 ホロリって言葉で言うものじゃないしね。アリシアは笑ってるけど、今までの仲間をあっさり切り捨てている。

 

「すずか、どうする?」

 

「強い者には巻かれる、そういうことみたい。試用期間は設けてもいいのかも。いっそ、強い暗示を叩き込んでから封印の部分解除をして、はやてちゃんに押し付ける手もあるし。人手が足りなくて悲鳴を上げているでしょう?」

 

 すずかはすずかでもっとひどいことを考えていた。大翔と共にミッド嫌いが筋金入りになってしまったすずかだ。そこに属し続けるはやて達に対しても、どうにも辛辣な対応になりがちだ。アタシ? 大差ないけどね。

 

「……まぁ、月村さんやバニングスが統括してくれるなら、私としても任せられるわ」

 

「ただ、グレモリーさん。私の家のメイド長や、アリサちゃん家の筆頭執事の鮫島さんの指導は厳しいですよ? 彼女達が耐えられればいいですが、くすくす……」

 

「は、早まったすかね……」

 

「大丈夫、命は保証されてるよ! ただし過労で倒れないとは誰も言っていない……この意味が分かるかな?」

 

「ひい、姉御。お助けっす!」

 

「魚心あれば水心、という言葉を……ひいっ!?」

 

 すずかがニッコリ微笑み、朱乃が手に炎交じりの雷を宿せばお調子者達は大人しくなるわけで。しばらくは鮫島を講師、実技はファリンの元で見習いという方向性に落ち着いたのだった。

 なお、鮫島は武道の有段者で、一発逆転を狙ったレイナーレが仕掛けてあえなく往なされたり、年齢を感じさせぬ体捌きにカラワーナやドーナシークが体術の重要性を認識して弟子入りを申し入れて、それならかつて指導した大翔に習いなさいという流れになったりもした。

 結局はファリンとの調整の末に朝練や夕練に参加させちゃえという話になって、ドーナシークやカラワーナは望んで、ミッテルトは力が封じられたし護身術ぐらいは身につけようといった感覚で参加をすぐに申し出ていた。レイナーレ? 流れで参加確定して、あのシスターに励まされて逆切れしてたわよ。



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第91話 生かされた理由

スマートフォンからの投稿なので、朝以降微修正は入れるかもです。

また、キャラ名の独自設定があります。



 夕麻ちゃん達が殺されずに済んだことに、正直ホッとしている俺がいた。でも、夕麻ちゃん……レイナーレと呼ぶべきなんだろうな……に笑顔で死んでくれと言われて光の槍で殺されたあの時がどうにも頭から離れちゃくれない。

 

「はぁ……」

 

 いつもの夕練in封時結界の走り込みを終えて、息も絶え絶えになりながら走らされている彼女達を見ながら、俺は自分の心にどう整理をつけたらいいのか分からなくなっていた。

 

「一誠くん」

 

「大翔さん、月村さん達はいいんすか?」

 

「男同士の大事な話に割り込むのなら、さすがに俺が承知しないよ」

 

 座るよ、と俺の隣に腰を下ろした大翔さん。大一、それとも一大などという不穏な副会長の呟きは聞こえないふりをして。すぐに水球がぶつかるような音もしたから、きっと会長が動いたんだろう。

 

「レイナーレ達の処罰を俺達が引き取り、小間使いとして使うという話になったけどさ。俺はすずか達に一つの条件を飲ませたんだよ」

 

「何を……ですか」

 

「一誠くんがあいつらを直接潰そうとするなら、一切手を出すなと」

 

「なっ……!」

 

 俺だって大翔さんとは結界内も含めて、それなりの時間を共に過ごしてきた。だから、本気で言ってるのはすぐに分かった。

 

「君はアイツらに一度命を奪われた。それならば君は奪い返す資格がある。他の誰がどう言おうと、俺はそう思っている。復讐を、俺は肯定する」

 

 助けるためではなく、俺が俺自身の手で裁きを下せるように。それが大翔さんの一時保護の理由だった。

 

「一誠くんがアーシアさんの手を取る時、躊躇するのを見た。グレモリーさんに抱き締められる時も頰が緩む前に短く硬直するのを何度も見ている。……俺の抱える症状とそっくりだ」

 

 スケべな男の子には変わりないんだろうけど『女の子』自体に恐怖感を持ってしまっていると、大翔さんはそう言うのだ。

 

「なに言ってるんですか。おっぱいは至高ですよ! そんな俺が女の子に触れられるチャンスに怖気付くわけが……」

 

「一誠くん。俺は君に長くこの症状で苦しんで欲しくない。本気でそう思っている」

 

 ……敵わないよな。男にも女にも大事だと思う相手には、大翔さんはどこまでも真っ直ぐなんだ。自分の心をありのままに見せてくる。だから誤魔化しが効かないんだ、この人には。

 

「一誠くんが吹っ切るための手段に、俺はアイツらを確保することを認めた。あとは一誠くんの判断でいつ手を下しても構わない。すずか達は別の考えがあるようだけど、誰にも文句は言わせないよ。……俺もあのレイナーレに相当頭に来てるみたいでさ。自分で手を掛けながら、その相手に媚びようとする醜い振る舞い……虫酸が走る」

 

「ははっ、大翔さんがそこまで嫌悪感を露わにするのって初めてだ。部長にもそこまでキツい言い方したことないのに」

 

「グレモリーさんを嫌っているわけじゃないからね。ただ、苦手な女性のタイプだから……一誠くんには申し訳ないけど」

 

 こうしてバツが悪そうに笑う裏側に女性そのものへの強い不信感を持っていて、だから自分の恋人達と互いに互いを縛りつけるような付き合い方をしてる。匙も言っていたんだ。大翔さんのハーレムはいくら美女揃いでも羨ましく思えない……と。見えない鎖に常に繋がれているみたいだと。

 

「ありがとうございます、大翔さん。ゆっくり考えて、どうしても憎くて仕方無い時は……遠慮なくやらせてもらいます」

 

「ああ。空を飛べない奴等ならたとえ力を封じてなくても、今の一誠くんが圧倒出来る。あのシスターさんを庇いながらというのもあっただろうけど、飛行する相手への対処を見つけないとな。鍛錬ではこれからその辺りを重視してみようか」

 

『地力がついてきた今ならば、ドラゴンショットならばそろそろ撃てるのではないか? 魔力の砲撃にしか過ぎないとはいえ、飛行状態への対策には十分なるだろう。並みの奴ならば簡単に風穴を空けられる威力はある』

 

 マジかドライグ! 魔力行使を苦手とする俺だけど、それなら空を飛ぶ奴に攻撃することも出来る!

 

「ドライグさん。一誠君は禁手化で得られる鎧の一部を腕に纏ったり出来るようになってきているけれど、たとえば擬似的な龍の翼を広げたりは出来るのかな。一誠君は魔力というよりも、龍の力というべきかな……『気』やオーラみたいな力に適正が強いみたいだから、その方向性で龍翼を広げられないかと考えているんだけど」

 

『禁手で纏う鎧の形状に決まった形は無いからな……相棒のイメージで細部は変えられる。また、お前が龍翼を広げた姿を見ているからな。変身後の自分の姿も想像しやすいだろうし、空を飛ぶ目的ならそちらの方がいいだろうな』

 

 おお! 頑張り次第で、さらに部長や朱乃さん達みたいに空中戦も出来るようになるのか! ドラグ・ソボールの悟みたいに空を飛び回りながら戦えると!

 

「やべぇ、おっぱい揉みたいのと同じぐらい憧れている空を飛び回るバトルが遂にっ!」

 

「え? それが同じ次元なのか……?」

 

『相棒ぇ……』

 

 な、なんか呆れられてるけど、俺の中では同じぐらい大事なことなんだっ!

 

「いや、部長さんが触りたそうにしていても結局、手を出さないから一誠君は根は純情なんだって話を聞いたから……」

 

 ぶ、部長ー!? 大翔さんにまで何を言ってくれちゃってるんですかぁ!

 

「直接聞いたわけじゃないよ、伝えておくけど。朱乃やソーナ経由だからね。女の子同士そういうものは全部筒抜けと思っておくぐらいで丁度いいんじゃないかな……」

 

 大翔さんの瞳がフッとどこか遠くを見るものに変わってしまう。……なるほど、ハーレムを作るってことはポロっと漏らしたことがほぼ共有されていると思わなきゃいけないのかっ。やべえ、勉強になるぜ。

 

『相棒よ、お前もブレないな……白龍皇は白龍皇で妙な方向性に向かっているし。今回の宿主は二人とも何というか、意外性に驚かされるぞ』

 

 ……あれだな。夕麻ちゃんに殺されたことを乗り越えるためには、夕麻ちゃんを逆に俺がモノにすればいいんじゃないか? あの堕天使達は俺に始末を任せると大翔さんは言った。つまりそれはあの三人をどう俺が扱ってもいいということ! エロゲの本懐を俺はリアルで体験する事だって可能……っ! あ、おっさんはいらないです。

 

『相棒から不穏というか阿呆な思念が流れてきたぞ……』

 

 ぐふふ……ハーレムというからには、種族問わずモノにしないとな! 俺はやるぜっ!

 

「な、何よこの悪寒は……ぐぅ、は、走らなきゃ……今はこの場所から少しでも遠くへ……!」

 

「あら、意外に根性がありますわね。その調子で頑張って下さいな」

 

「レイナーレは何の……ぜぇ……電波を、受信、げぇ……したんすか、ねぇ……あと500m……っす」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 処罰の意味を含めて最初から10キロ走を宛がったが、あの堕天使達は時間はまちまちであれど何とか走り切っていた。アリシアや黒歌達がストレッチの補助をしているが、特にあの青髪の女と青年の男は黙々と取り組んでいたようだ。あの小柄な少女も文句は垂れながらもしっかりメニューはこなしているし、一番自分を過信していた節のある、あのレイナーレとやらも途中でスイッチが切り替わったのか、息も絶え絶えながら走り切っていた。

 

「ひろくんの話を聞いて、目の色が変わったね。受け入れの理由を私達から間接的にあの人達も聞かされて、本気だと察したみたい」

 

 すずかやアリサ達に俺の考えを告げたが、俺がそのつもりならと反対されることもなかった。朱乃はアザゼルさんへ俺の考えをうまく伝えてくれたようで、その辺りの配慮に感謝の言葉を掛けたんだけど……。

 

「夫の考えをちゃんと汲み取れなければ、いい妻とは言えませんもの。うふふっ」

 

 こんな感じで気にもしていないといった態度を見せてくれる。有り難い話だ。……さぁ、意識を切り替えよう。これからグレモリーさんとの約束どおり、彼女の眷属である封印状態の僧侶の子に会うのだから。

 

「……嘘でしょ!?」

 

「いえ、先ほど連絡が……」

 

「思ったよりも早い動きですね……やはりお父様達に話を通したのは正解でしたか」

 

 駒王学園に待ち合わせの時間前に着いた俺やすずかは、グレモリーさん・朱乃・ソーナが何やら急いた様子で話し込んでいるところに遭遇することとなった。椿姫達はグレモリーさん達の代行で、街の巡回に回っているため、この場にはいないようだ。

 こちら側の同行者は相手が極度の人見知りと聞いているため、すずか以外にはアリシアのみ。アリシアは相手の懐に入るのがうまいから、そのための人選だ。ただ、通信機を通して海鳴のアリサ達はこっちの話を聞いてもらっている。グレモリーさんの許可つきである。

 

「どったのー、三人とも?」

 

「アリシア! 空知や月村さんも到着したのね。ちょっとまずいことになりそうでね……」

 

「シーグヴァイラが動きました。正規の手続きを通した上で、今回の堕天使処理の顛末を直接聞き取る名目でこちらへ既に向かっています」

 

「書記官役も同行されるそうで……」

 

 俺も参考聴取ということで任意の同席を求めてきたそうだ。ただ、急なことなので間に合わなければ構わないとの話だったらしいが。通信を聞いていたアリサ達はすぐに冥界にいるセラフォルーへ連絡すると念話を飛ばしてきていた。あと、龍神様がすぐに転移して既に近くに身を潜めているとも。確かに彼女の力を受け入れ、繋がりがある俺は存在を近くに感じられていた。

 

「グレモリーさんが構わなければ、同席しますよ。多分、彼女は俺に会うつもりでしょうから」

 

「それはこちらとしても助かるのだけど……っ、この気配は。もう到着のようね……」

 

 大公家の魔法陣が俺達の前に現れ、その中から出てきたのはやはりというか、困惑気味の表情になっているシーラさんとアリヴィアンさんに初見の騎士風の女性。そしてシーラさんによく似た風貌の……あれ?

 

「もしかして、シーマリア……さん?」

 

 四機の記憶が見せてくれた記憶、その中に彼女の姿も頻繁に登場していた。シーラさんの母親、シーマリアさん……。

 

「あら、貴方が作ったシーグヴァイラの使い魔達が記憶を確認したのは本当だったのね? お久しぶりと言っておきましょうか、ヒロ。私が今回の書記官ですよ」

 

「止めたんです、私は止めたのよ、ヒロ……」

 

「お嬢様も私も強くお止めしたのですが……すまない」

 

 フットワーク軽すぎないかな、大公家……。あ、でも、こういう人だった気がする。感覚がそう訴えているというか。

 

「……夢だわ、これは夢なのよ」

 

「リアス、これは現実よ……逃避したい気持ちは良く分かるけれど」

 

 キャパシティを超えてしまったグレモリーさんに宥めるソーナ。苦笑いの朱乃と共に、ひとまず俺達は動くことにした。

 

「聞き取りは後でも大丈夫なんですよね?」

 

「ええ、こっちが急に予定を差し込んだわけだから。リアスの僧侶と会うなら、時間干渉された時に私も一緒に対処できるだろうし……」

 

「確かに時間干渉系の神器ですし、俺としては心強いですけど」

 

「お母様の我侭を通すのだから、これくらいは待って頂かないと」

 

 本当に参ったのよとシーラさん。同行するアリヴィアンさんもどこか疲れた顔だから、相当な押し問答があったと思われる。あと、長いストレートの栗毛髪の騎士さんは、シーラさんの騎士で合っていた。バフィールさんと名乗った彼女は、旧72柱「フールカス家」出身とのこと。槍を得意武器とし乗馬も得意らしく、この辺りは俺やすずかの世界に伝わる悪魔学の特徴と似ているらしい。

 手相や天文学にも詳しいのかなと、俺やすずかがそれぞれの期待感で瞳を輝かせてしまったんだけど、その辺りは専門外と申し訳なさそうにされた。実家にいけば系統の専門家はいると言うことで、機会があれば紹介するとまで言われたから、よっぽど俺達は期待に満ちた顔をしていたのだろうか。

 

「バブィールが罪悪感を持つぐらいにはそういう顔をしていたということよ。ヒロにせよ、すずかさんにせよ、なぜそんなに詳しいのかしら」

 

 俺は前の世界でとある巨人の神が会社名のゲーム会社が作った機械な悪魔の伝説シリーズからズルズルと。すずかは雑読派だからライトノベルから設定集に入ってそこからだったっけ。話が出来る相手がすぐ近くにいるのが互いに熱が入る原因だよな。未だにそういう所があるしなぁ……。

 

「シーマリア様は私どもの部室でお待ち頂いても良かったのですが……」

 

「あら、せっかく人間界に来たのだからじっとしていては勿体無いじゃない?」

 

「お母様、自重なさって下さいな、全く……!」

 

「シーグヴァイラちゃんも大変だねぇ」

 

 シーラさんのため息が積み重なっていく様子に、かき回す側のアリシアが慰めの言葉をかけるんだけど、君が言うのかという感覚がどうにも強すぎる。

 

「アリシア……」

 

「アリシアちゃん……」

 

「え、なに、ひろ兄ちゃんにすずかちゃんまで、その目は何……どういう意味かな」

 

「アリシアさん。まだ短い付き合いですが、私もヒロ達に同意しますわ」

 

「まさかのシーグヴァイラちゃんの追撃⁉︎」

 

 このやり取り自体がツボに入るのか、シーマリアさんは楽しげに笑い続けてしまっていた。グレモリーさんはどこか唖然としてしまっているし。

 

「嘘でしょ、本当に親しげだわ……」

 

「だから言ったじゃない、リアス」

 

「普通、信じられるわけがないでしょ。ねえ、イッセー?」

 

「あ、部長すんません。アーシアと話してたんで、よく聞いてなかったっす」

 

 あれ、グレモリーさんがすごくドスのきいた声で一誠くんに掴みかかる勢いだぞ? アルジェントさんが止めようとして一誠くんに抱きつくような格好になってるから、余計にグレモリーさんが苛々してるというか。

 

「あらあら。リアスさんもこうしていると年頃の普通の女の子よね。ふふ、お澄ましな一面しか知らなかったから新鮮だわ」

 

 そしてシーマリアさんの一言で固まってしまう。立場的に上位者にあたるシーマリアさんがいることでどうにもグレモリーさんは調子を崩されっ放しみたいだ。

 一方、朱乃は困りましたわねと言いつつ、全然困ってないように笑っている。普段通りにグレモリーさんをフォローしつつ、旧校舎の目的の一室へと俺達を先導していた。

 

「副部長、本当に落ち着いてるよね……」

 

「朱乃先輩は兄様が近くにいれば、ある種怖いものなしですから」

 

「なるほどね、シーグヴァイラはかなり出遅れてるみたいね」

 

「お母様、余計な発言は慎んで頂けますか⁉︎」

 

 シーラさんも普段の振る舞いとは違って、慌てたり怒ったりと忙しい。アリヴィアンさんも基本口を開かずに護衛に徹している辺り、シーマリアさんはなかなか癖のある方のようだ。

 

「あら、事実でしょ? こうして見るだけでもヒロのパートナーと思わしきお嬢さんが殆どじゃない。おまけに皆麗しい子ばかり。ヒロが女誑しには見えないだけに、驚かされてしまうわ」

 

「ふふ、その話はまた後ほどに致しましょう。さあ、着きましたわ」

 

 『keep out』のテープが扉に幾重にも張られた木製の扉。今回の目的の相手がこの扉の向こうにいる。




キシリア、シーマ⇒シーマリア(アガレス夫人)

原作で名前が決まれば例のごとく差し替え予定。


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第92話 封印されし僧侶

艦これイベントで無事、新艦の確保まで終わりましたので、更新を再開致します。
お待たせ致しました。


 人見知りというより対人恐怖症のように思える反応をした、グレモリーさんの僧侶・ギャスパーくん。神器の暴走は想定通りだったんだけど……。

 

「な、なんで大勢動けるんですかぁっ!」

 

 むしろ、停止させられている者の方が少ない。止まっているのはもう一人の僧侶のアーシアさんと、シーマリアさんとバフィールさんだけという状況だった。

 

「強くなれてるのね、私も。こんな形で実感するとは思って無かったけど」

 

「僕も先に剣を創造すれば大丈夫だったし……」

 

「籠手を出しておいたら、なんか変な空気に包まれる感じはあったけど、それだけだったぜ。へへっ、そっか。強くなれてるんだな、俺も」

 

 グレモリーさん、祐斗くんや一誠くんが鍛錬の成果を実感できるいい機会にもなったようだ。滅びの魔力、封呪の効果を強める魔剣、赤龍帝の籠手。それぞれの力を展開することで時間停止の影響を受けていない。

 同じく停止の影響を受けない朱乃と白音はギャスパーくんに声を掛けて、オカルト研究部の中なら神器が発動しても影響が少なくなったことを説明している。

 

「ギャー君の神器の力に負けないぐらい、私も強くなりました。身長もギャー君より大きくなりましたし」

 

「た、確かに小猫ちゃん、なんか女の子っていうより、女の人になった感じがするね……」

 

「ふふ、確かに小猫ちゃんの変化が一番顕著に見えますわね」

 

「ふ、副部長もなんだかとてもキラキラしていますし……なんだかすごく磨かれた綺麗さっていうか……。僕の神器が暴走しても平気で動いてますし、な、なんだかビックリし過ぎちゃって、力が抜けてしまいますぅ」

 

 白音の伸ばした髪も綺麗だと、瞳を輝かせる仕草も聞いてなければ女の子の仕草そのものだ。今来ている制服が女生徒用だし。

 

「それと……副部長や小猫ちゃんから僕によく似た匂いがしますし……」

 

「ギャスパーくん。その話は後でゆっくりと、ね?」

 

 そっと朱乃が彼の唇に指を押し当てる。嗅覚が優れているのか、気配を読み取る力があるのか……。

 

「私もこの子達を展開すれば大丈夫だったみたい。ねえ、ヒロ。私も鍛錬は欠かしてないのよ?」

 

「シーラさん、多忙の中で良くここまで時間に関する力を高められましたね。すごいですよ……」

 

「ヒロに会った時に幻滅されないように。あの子はきっと自分を高め続けているはずだから、と。お嬢様はずっとお前の影を追い続けていたからな」

 

「ア、アリヴィアン!」

 

「光栄ですけど、なんだか申し訳ない気持ちになりますよ。俺はシーラさんが言うような、立派な奴でも何でもないですから」

 

「ひろくん?」

 

「ヒロ?」

 

「大翔くん、ちょっとお話しましょうね」

 

 シーラさんの思うような奴じゃないと口にしたら、シーラさん当人とすずか、ソーナから懇々と諭されたり、白音が三人の言葉にうんうんと頷いたり、朱乃が苦笑いを浮かべたりと、俺以外はいつもの雰囲気みたいな空気になりつつ、ギャスパー君の神器の発動時間が切れたのか効果が薄れていった。

 

「あ、あれ? イッセーさん?」

 

「お、アーシア。大丈夫か、話にあった時間停止の影響を受けていたんだよ。側で見ていた限り、特に問題は無かったと思うんだけどさ」

 

「私達も停止していたのね、なんだか不思議な感じだわ」

 

「私ももっと自分の力を高めなければ……」

 

「ちょうどいい。バフィール、私がしっかり鍛えて差し上げよう」

 

「え゛っ」

 

 死刑宣告を受けたような声を出したバフィールさんはさておき、俺はすずか達と一誠くん、アーシアさんを手招き、彼の前に視線の高さを合わせるべく膝をついた。他の三人もそれに倣う格好になる。

 

「初めまして、ギャスパー・ヴラディくん。俺は空知大翔。グレモリー部長から説明があったかもしれないけど、彼女の戦闘面やレーティングゲームに備えた連携面のトレーニング担当をやっています」

 

「は、はいぃ! 副部長や小猫ちゃんのフィアンセとお伺いしてますぅ!」

 

 ちらりとギャスパーくんの両隣の二人を見れば、いつもの微笑みを浮かべる朱乃に少し照れ臭そうに俯く白音。でも、彼の発言を否定するようなことはない。

 

「うん、君の言う通り、朱乃や白音……こちらでは、小猫だったね。二人の婚約者でもある。俺の隣にいる女性が月村すずか。その隣がアリシア・テスタロッサ。同じく俺の婚約者だ」

 

「え、えええ⁉︎ こ、婚約者が他にもいらっしゃるんですかあ⁉︎」

 

「うん。ここにいない人も含めて、11人の女性と俺はこの先の一生を共に生きる約束を交わしている。もちろん、外から見れば俺が女の子を侍らせているようにしか見えないだろうし、そう見られるのを承知の上でみんな俺と一緒になってくれている。だから、俺は君が良く知る朱乃や白音を含めて、俺の婚約者達を必ず幸せにすると自分に強く誓いを立てているんだ」

 

「もちろん、ひろくんだけじゃなくて、私達もひろくんや一緒に過ごす他の子も含めて、幸せにするんだって気持ちで毎日頑張っているの」

 

 俺に続けたすずかの言葉に、アリシアに続いて朱乃や白音、ソーナも強く頷いていた。その様子にほぅっとギャスパー君が一つ息をつく。

 

「まさか、生徒会長さんまで……」

 

「大丈夫よ、ヴラディくん。副会長もだから、ふふっ」

 

「ええっ、それのどこが大丈夫なんですかあ……」

 

 現生徒会のトップを押さえて、二大お姉様の一人と次代のお姉様候補も同じ状態で、もう一人のお姉様とも知人である他校の高校生。何を企んでるんだって話にもなりかねないよね、はたから見れば。

 

「ぼ、僕、基本的にこの部屋での生活なので、学園の様子もネットの掲示板経由だったりするんですけど、副部長や小猫ちゃんに彼氏が出来たから早く相手を特定して潰せとか、血祭りに上げてやるとかすごく物騒な投稿が多くて……」

 

「学園のアイドルを一人占めするようなものだから、恨みや妬みは当然出るものだと思っているよ。朱乃や白音達に手を出さない限り、俺へ向けられるものは受けて立つだけだ。潰されるつもりはさらさら無いけどね」

 

 結局、他人からどう見られたって朱乃や白音達を誰にも渡すつもりは無いんだから、手を出そうとするなら痛い目を見てもらうしかない。

 

「……ちなみに兄様は私と朱乃先輩を同時に相手して余裕を持って勝てるぐらいには強いです」

 

「えっ……だ、だって小猫ちゃん、仙術を解放できるようになったってデビチャで言ってたよね?」

 

「言いましたよ? 妖術も合わせ技で破壊力も速度も元の三倍じゃきかないって」

 

 きっと赤いヤツより早いんだよ、とかアリシア……いや、紗月か。そのネタを挟みたくなる気持ちは分かるけど、呟いても反応できるのは俺かすずかぐらいのもんだよ?

 

「きっとツノつきの隊長機なのよね?」

 

「そうそう! シーグヴァイラさん、やっぱり分かってる!」

 

 ……あ。そうだった、タンガムの大ファンだよね。紗月は喜んでるけど、シーラさんはこの話題になると本当に人が変わるなぁ。

 

「私も父との和解が進み、光力や姫島の炎も使うようになりましたから。結構強くなったという実感はあるのですけど、大翔さんにはまだまだ及ばないのです、うふふ」

 

 朱乃や白音の力は俺も使えるわけで、そうなると連携して攻撃する必要がある二人の方が大変だ。連携するといっても阿吽の呼吸までは行かないために、少しの隙があるので相殺したり反射したりして凌ぐことが出来る。

 魔術の高速詠唱とか短縮は必須技能だったからな、俺は。プレシアさんの四方から尽きることなく襲いかかってくる雷をかわしたりいなしながら反撃しようと思うと、まともに全部詠唱してたら黒焦げまっしぐらだったし。並行思考の数もユーノ並みになれたのは、ある意味プレシアさんのお陰だ。命に迫られると限界をさらに超えていける。それを実地で習ったんだ……思い出すと今でも震えがくる。

 

「……まあ、朱乃や白音を守れるぐらいには強くないとね。敵わない相手はたくさんいるし、せめて一緒に逃げ出すことが出来るぐらいの力は必要だから」

 

「想定している相手が白龍皇とかオーフィスという時点で色々おかしいのだけどね」

 

「ええ……っ? それって出逢ったら普通お終いだと思うんですけどぉ……」

 

「だからね、ギャスパー。努力の方向性が突き抜けちゃってるのが空知なのよ。その影響を受けてる朱乃や小猫の基準も同じく突き抜け気味でね……」

 

 グレモリーさんが深い溜息をついてしまった。なんか色々ごめんなさい。それにオーフィスも不可視になってるだけで俺やすずかに寄りかかったり割と自由に寛いでいるよ。

 

「そんな大翔さんの指導を受けている、部長の新しい眷属で兵士の兵藤一誠って言うんだ。宜しくな、ギャスパー!」

 

「えっと、今朝部長さんの眷属になりましたアーシア・アルジェントです。クラスは僧侶です。色々教えて下さい、宜しくお願いします」

 

「こ、こちらこそ宜しくですぅ……あう、やっぱり人が多くて緊張してきました……ダンボールに、ダンボールに入らな……あ、あれっ、僕のダンボールが無い?」

 

「あらあら、ダンボールならそこに」

 

 朱乃が差し示した先には既にダンボールにクッションを敷き詰め、身体をくの字の形にして入り込み、寛いだ様子のアリシアの姿があった。アリシアの身体の上にはオーフィスもどうやら乗っているようで、二人して入り込んでしまったみたいだ。

 

「これはダメになるー。わかるよー」

 

「わかるよー、じゃないですぅ! 返してくださいよぉ!」

 

「このクッションも手作りでふわふわだしー、出たくないでござるっ!」

 

 取り敢えず魔法陣発動。風でダンボールごと浮かして、そのまま一回転。落下先にはたまに使う空気椅子。

 

「おふざけも終わりにして、ギャスパーくんに返しなさい」

 

「はぁーい、ひろ兄ちゃん。あ、このクッションの素材、また教えてね?」

 

『真似して作ってみたいからね』

 

「は、はい……あ、ダンボールありがとうございます。あ、あれ、副音声が聞こえたような? それになんかテスタロッサさんが宙に浮いてる……」

 

 風に属する魔術にちょっと重力も操作してる透明な椅子であることを説明しつつ、触ってもらう方が早いのでいくつか作成してみせた。あとは薄っすらと色合いをつければ境目も分かりやすいと。……紗月とアリシアの関係性は本題が終わってから説明しよう。

 

「……すっ、すっごい! ふわふわですっ! それに背もたれの長さも魔法だから変えられるんですねっ……!」

 

 良かった、とても喜んでもらえてる。聞けば、パソコンでの契約取りが主だからどうしても椅子に座ってる時間が長いらしい。そのためにクッションとかも趣味と実益を兼ねて自作するようになったのだとか。

 

「私も固定化の魔法陣を組み込んで執務する部屋に欲しいわねー」

 

 シーマリアさんまでそんなことを仰る。それぐらいなら小さめの魔石で固定化維持できるし、手配しましょうか。ああ、シーラさんも用意しますよ。アリヴィアンさんは……立ち仕事が多いから大丈夫ですか、分かりました。

 

「空知。私も魔石用意するから、お願いできる?」

 

 あとでまとめてやってしまいますよ。さて、話がかなり逸れてしまったので、元に戻しつつ。結論から言って、ギャスパーくんの神器制御に力になれるだろうということを伝える。

 

「体内の魔力の流れとか見させてもらってからになるけど、俺は時空魔導師と呼ばれてるんだ、元々ね。時間操作系統の要点は身に染みてるから、恐らく今より良い方向に向けられると思う」

 

「ほ、本当ですかあ?」

 

「うん、これからちょっと見せるよ。あ、良かった。セラも間に合ったみたいだね」

 

「ひーくん、ただいまっ☆ えへへ、ひーくんの匂いだ、帰ってきたよー」

 

 転移魔法陣から出てきたセラを出迎えて、飛びついてくる彼女を受け止めながら一日の労を労う言葉をかける。

 

「今日もお疲れ様、セラ。アリサからの連絡通り、こちらへ来てくれたんだね」

 

「うん、お父様も冥界への移動列車の手配が出来たからって、私にも連絡があってね。少しでも早くひーくんにも伝えたくて☆ すずかちゃんやアリサちゃん、あとはせっかくだからって朱乃ちゃんのご両親にも連絡を取って、今週末で調整するって言ってたよ? 取り敢えずメールは飛ばしたって☆」

 

「サザトガさん、張り切ってるなあ……ふふ、これは手打ち蕎麦の出来が楽しみだよ」

 

 ……あ、周りの空気が一部固まってる? ああ、それはそうか。セラは悪魔陣営の現魔王だから……。

 

「セラ、シーラさんのお母様がいらっしゃってるから……」

 

「あっ、そうだねっ☆ いっけない、ひーくんに会ったら順番が吹っ飛んでたよー」

 

 シーラさん達への牽制だったな。ただ、彼女が俺を取り込もうとしている感覚は正直無い。だが、俺の女性への印象はあまり当てにならないと自分で思う部分もあって、ソーナやセラ、朱乃や椿姫の警戒心の強さに拠るべきだと思っている。

 

「お久しぶりです、シーマリア様☆」

 

「……レヴィアタン様、お久しぶりですね」

 

「挨拶が遅れてごめんなさい☆ 正式にひーくんの婚約者になれたのがつい最近で、ちょっとハシャいでしまって☆」

 

「なるほど、シトリー家が彼の後ろ盾についたわけですか」

 

 シーマリアさんの目つきが鋭さを増し、どこか柔らかさを感じさせていた口調も険を含んだものに変わっていく。だけど、セラに向けられる敵意は俺への敵意と同じ。俺はセラの前にシーマリアさんの視線を遮るように移動し、オーフィスから蛇を通じて受け取った力をゆっくりと解放していく。

 かつてお世話になった恩人であろうと、既に俺は自分の家族を守る立場なのだから。

 

「シーマリアさん、俺は別にシトリー家を必要としていません。セラやソーナを自分のパートナーにする以上、彼女達のご両親への筋を通しただけ。彼女達を奪ってこちらの次元と二度と干渉しない……そういう方法も取れますから」

 

「……そう、さらに大翔達には我がついている。力というには十分」

 

 不可視の幻術を取り払い、オーフィスが俺の隣に並び立つ。その反対側には自然とすずかが位置取っていた。

 

「オーちゃん、来てたんだね」

 

「そう。セラフォルー、我は潜んでた」

 

「……! 奥様! お嬢様! お逃げくださいっ! バフィール、早く二人をお連れしろっ! 迂闊だった……昨晩は力を完全に抑えていたというのか……っ!」

 

 アガレス家の主人達を庇うように前に立つアリヴィアンさんの緊迫した懇願の声に、シーラさんやシーマリアさんが顔色を変えつつ真意を問おうとするも、姿を現したオーフィスは何故か得意げな顔をしていた。

 

「我、ドラグ・ソボールから学んだ。力を普段は抑えることで相手の油断を誘い、そして一気に恐怖の坩堝へと叩き落とす。お前も龍、我の正体にすぐ行き着いたか」

 

 オーフィス、蔵書室で漫画読み漁ってることも多いからな……。俺たちの世界の龍球の話と、朱乃達の世界の類似作と見比べて楽しんだりもしているらしい。一誠くんが両方を読み比べたいといった話の中で、ドラグ・ソボールを全巻調達してもらったんだ。

 ギャスパーくんがふらりと倒れる気配がしたけど、あの椅子に座ったままなのでどこかを打ったりすることはない。アリシアと紗月もリアスさん達を誘導し、俺とオーフィスがシーマリアさん達へ向けている龍の気の影響範囲から外してくれていた。

 

「ヒロっ、お前の龍の力はオーフィスと同一のものを宿したというのか……っ!」

 

「……その龍の言う通り。我が名はオーフィス。無限を司る龍神、オーフィス」

 

 恐怖と驚愕に彩られ身動きが取れなくなっているシーラさん達へ、オーフィスは構えもせずに近づいていき……。

 

「お前、大翔を守ると誓った言葉は嘘だったのか?」

 

「お嬢様っ!」

 

「動くな。消されたい?」

 

 シーラさんの手を強引に取り、制止しようとしたアリヴィアンさん達を威圧だけで封じてみせた。シーマリアさんを庇う位置で至近距離で気に当てられたバフィールさんはそのまま膝をついてしまっている。

 

「我は静寂を望み、大翔はその静寂を与えられると示した。我は大翔の守護者になることを決め、蛇を与えた。大翔は蛇に飲まれることなく、我の力を少しずつ取り入れ続けている。我はこの大翔の成長を導いていく。……大翔の敵は我の敵。大翔が守るすずか達は我も守る。お前達はこのまま大翔の敵になるか?」

 

「……っ! なるわけがないっ! オーフィス、私の周りがヒロとヒロの大切な人達を害そうというのなら、私が命を賭して止めますっ!」

 

 恐怖からの震えが止まらぬままでも、シーラさんはそう叫んだ。恐怖の原因を目の前にして。



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第93話 無限の母

更新が滞り、かつ展開も代わり映えしない状態で申し訳ありません。
お目汚しになるかもしれませんが、何とか書きあがりましたので投稿させていただきます。


 ヒロから感じた龍の気は無限の龍神・オーフィスのもの。気を少しでも緩めれば、一瞬で意識どころか命まで吹き飛ばされそうな覇気。叫んで言い返したのも、自分の屈しそうになる心を奮い立たせるためでもあった。

 

「口で言うのは簡単。制止できるだけの力がお前にはない。身につけるための研鑽も足りない」

 

 力も想いも、何もかもがまだまだ足りない──。そう言ったのは、ヒロ。オーフィスの龍の力を身につけつつあっても、護る為の力は不足だと言った。

 

「何より、お前には『覚悟』が感じられない」

 

「……オーフィス、もういい。お前が悪者になることはないよ」

 

「ダメ。大翔は甘い。我は言うべきことを言う。それだけ」

 

 オーフィスを止めるために触れられた手。彼女が見上げる視線の先には、ヒロが映っている。感情が見えにくい彼女の瞳に、ヒロへの憐憫の色が見える。少なくとも、私はそう感じられた。

 

「女悪魔、お前は知ったはず。大翔は守る者のために人であることを捨て、悪魔でも堕天使でも龍でも吸血鬼でも妖怪でもない、人の形をした何かとなった。変わらないのは、本人の覚悟と想いだけ」

 

 次に見たのは、すずかさん。向ける瞳の色は、憧れや羨望が混じったようなもの。

 

「そんな男に終生共に寄り添うと決め、誓いを立てた女。人の身から乖離していく相手に自らも人外へと変わることを選び、共にあり続けるのが自分の幸福であると心からそれを信じ抜いて、全てを捧げている。だから、進む道を迷うことはない」

 

 そして、オーフィスはもう一度私を見つめる。無のように見える瞳の奥に、真剣に問いかける意思があった。

 

「我はあの二人の行く末を見ていたいと思う。そんな我に二人は望む限り側にいればといいと言った。家族になろうと言った。仮に我が龍神で無かったとしても、結論は変わらないと。家族がいいものかどうか、それはまだ分からない。ただ、それを分かるまでは大翔たちと共にいる」

 

 今更ながら気づく。ヒロは自分が信じられるに値する心を差し示してくれる女性であれば、龍神や悪魔など多様な種族も、個々の持つ立場も関係ない。ヒロにとってはそれだけで十分なのだ。その彼を肯定し自分の意思で追随するすずかさんも同じことだと。

 

「オーフィスちゃん、ありがとう。でも、今日はもうおしまい。今日はヴラディくんとの顔合わせがメインなんだから、あまり脇道に逸れてもね」

 

 そのすずかさんが、ひょいとそのオーフィスを後ろから抱き上げる。今だ放出されているこの覇気を前にして、普段のような振る舞いが出来る。そのことに、お母様を含めた私達は言葉を失ってしまいます。

 

「それにせっかく、昨日ヴラディくんが気に入ってくれたクッキーもたくさん作ってきたんだし。食べられるのがどんどん遅くなっちゃうよ?」

 

「むぅ……そこを突かれると我も弱い」

 

 そして、収まっていく圧。馬鹿な……呟いたのは誰の声だったのか。龍神の怒りをすっと宥めてしまったすずかさんにも思わず畏怖の目が向いていく。

 

「シーグヴァイラさんの言葉を、私はひとまず受け入れます。ひろくん、それでいいよね?」

 

「……すずかがそう判断したのなら、俺も異存は無いよ」

 

「うん、ありがとう。ただし──」

 

 ひろくんと私達を何らかの力で引き剥がそうとするならば、そちらの世界ごと叩き潰すぐらいのつもりで対応しますので──宜しくお願いします。そう微笑みながら、私達へ警告するのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 「ひ、ひぇぇ……本当に、あの無限の龍神さん、なんですね?」

 

「そう、我は確かに無限を司る存在。だけど、このクッキーのような美味なものは生み出せない」

 

「た、確かに美味しいですけど……」

 

「なので、我はすずかや大翔の言うことを聞いている。我の望みを叶えただけでなく、色んな新しい世界を見せてくれるから」

 

 空知や月村さんの二人は何より物怖じする様子を見せない。心の内では恐れがあるにしても、それを絶対に表に出さない精神の強靭さを持っているように、私には映っていた。……私も最近普通に振る舞えるようになったけれど、結局慣れの部分も大きいものね。ギャスパーの反応がむしろ普通なのよ。正常ね、どこかホッとするわ。

 

「どうぞ、部長。お代わりを入れましたわ」

 

「ありがとう、朱乃。今日は少し酸味の強い葉だけど、クッキーの甘さに良く合ってるわね」

 

 さて、一触触発の場面を抜けてお茶会の時間となったものの、シーマリア様の警戒が解けるわけもなく、相も変わらず月村さんに鋭い視線を向けていた。ある意味貴族悪魔としての行動にブレがない辺り、アガレス家夫人ともなると命よりも誇りを取るのだと感心すらする。

 ……私? 命あっての物種よ。死んでしまえばその誇りすら守ることが出来なくなるのだもの。考え方が変わったとは以前の私を知る者は言うでしょうけど、なんというか常識の外で生きているような人達を見続けて命の危険にも頻繁に晒されると、人でも悪魔でも変わるのだ。私はそう実感したわ。

 

「貴女は一体……何者なの」

 

 その私にとっての畏怖の象徴でもある『TUKIMURASANです』などとツッコミを入れられるはずもなく、月村さんのシーマリア様への対処を静かに見守る。空知もたいがいだけど、その彼を支えるこの女性はなんというかお母様やグレイフィアと同じ系統の怖さがあるのよ。絶対に怒らせちゃ駄目な相手ってやつ。

 

「私はひろくん……空知大翔のフィアンセです。ですからパートナーとして、ひろくんの益に沿うように行動するのを指針としています。その過程で知識や技術、作法、魔術など、必要に迫られたことを必要なだけ習得しただけのことですから」

 

 クッキーを貪るオーフィスを膝上に乗せて微笑んでいるけれど、必要だからって生死の境を見るような鍛錬とか、異種族への実質的な転生を迷いなく飲み込むとか、私から見れば狂気の類に見えるわけで。好きな人と一緒ってそれだけでどこまで行けるのよというね……朱乃も最近その傾向が強まってるし、ソーナは最悪シトリーを捨てるのも仕方ないとか言葉を漏らしていたし、洗脳されてるとしか思えないところがある。

 

 実際には空知がそんな魅了系統の魔力を使っていないのは知ってるし、覚醒しちゃったソーナが無意識に空知へさらなる自分への好意を植え付けようとしてレジストされたりとか、捕食されてるのは空知の側だし。泣いて謝ったソーナを大丈夫だと慰めながら微笑んで抱き締めている辺り、自分の女に対しては本当にジゴロ感があるのよ。ソーナがさらに惚れ込み直したのは見ていればすぐに分かるもの。

 ああ……スケベだけどぶっ飛び過ぎてなくて一生懸命なイッセーや、弟みたいな可愛さがある祐斗が私の眷属で本当に良かったわ……。

 

「……オーフィスを冠する貴方がたとは互いに不可侵の契約をお願いしたいところですが、冥界も足並みが揃いませんし……」

 

「冠するというご理解でいらっしゃる限り、不可侵の契約も信じられるものではありませんけれど」

 

 バッサリと切って捨てる月村さん。彼女と目を合わせて、空知は一つ頷くだけ。オーフィスと上も下もない関係だと言われても、そうそう信じられるものではないのは私もそういう側で生まれた悪魔だからこそ良く分かる。シーマリア様は袋小路に陥るような心情になっているだろう。

 

「シーマリア様、やり過ぎたら堕天使勢力が完全に敵に回りますよ? 総督のアザゼルちゃんに幹部のバラキエルちゃんがひーくんの味方を公言してますから☆」

 

「……シェムハザ様もバックアップを約束して下さってますし、うふふ」

 

 ただ、セラフォルー様や朱乃の言う通り、既に堕天使勢力との友好関係を築いてしまってるのが空知陣営。日本の拠点には既に挨拶に行って、他の幹部との顔合わせもある程度済ませたみたいだし。占星術を司るコカビエルには会えなかったのが残念と言ってたけど、開戦派の筆頭だから会えたら会えたできっと面倒なことになったと思うのよね。

 

「ヒロの交友関係もかなりグローバルになってきたわね」

 

「今度、懇意にしている他勢力の神様にも挨拶に行こうって言われてますね」

 

「オーディンのお爺様にはちゃんとお伝えしないとねー☆ 旦那様が出来ましたって☆」

 

 あ、シーマリア様が絶句してしまったわ。こういうことを言われて、どんと構えている空知達がやっぱり例外なのよね……。というか、シーグヴァイラの落ち着きようは一体どういうこと? 月村さんと共に空知の隣をさりげなく確保して、オーフィスの口元についている食べかすを普通に拭ったりしてるし。

 

「さてと、ヴラディくんの抱える問題を色々聞かせてもらって、多分、お手伝いは出来ると思うんだ。短期的にはソーナが使っているような魔道具の眼鏡で神器の力を暴走しないようにして。あとはアザゼルさんに聞いたんだけど、トレーニングをすれば自分の意思で制御出来るようになれそうなんだ」

 

「え、ほ、本当ですか……!?」

 

「その、封印が解除されるわけではないから、俺やすずか達みたいに停止の影響を受けない者が出向いて、この旧校舎内か、あるいはどこか別次元に移動して取り組む感じにはなるけど……出るのはまずいんでしたよね?」

 

「まあね……私じゃ制御しきれないってことで封印されてるわけだから……ただ」

 

 そこでちらりとセラフォルー様を見る。私では無理でも上位者兼強者のセラフォルー様預かりとなれば、必ずしも出られないわけではない。

 

「その辺りはもちろんお手伝いするよ☆ だって私はリアスちゃんの眷属全員を鍛えて欲しいって最初にお願いしたんだしね☆」

 

「ひ、ひぇぇ……お外出るの怖いですぅ……」

 

「出るといっても、訓練場所への直接転移だからね。辛ければ人数も絞るから、少しずつやってみないか?」

 

「う、うう……」

 

「ギャスパー、一緒にやろうぜ! 大翔さんの訓練場所って大浴場や露天風呂完備なんだ! 飯も美味いし、ベッドもふかふかでさ! 今お前が座ってる、その風の魔法椅子がベッドになるような感じだ」

 

 イッセーががっしりギャスパーの手を握って力説する。その後ろでは空知が苦笑いしながらも、ギャスパーと目を合わせてしっかり頷いていた。

 

「好みの料理は出せるように頑張るよ。レパートリーも増えることだし」

 

「え? 空知さんが、作るんですか?」

 

「趣味の一つなんだ、一応。俺だけじゃなくて、すずか達と一緒に作ってるよ。お菓子作りとかはすずかや朱乃達がとても上手だから任せちゃうんだけどね、たいてい」

 

「……月村さんって、部長と変わらないレベルのお嬢様と聞いたはずなんですけど」

 

「ふふ、出来ることは自分でやりたいの。それに大好きな人に自分が作った料理を食べてもらうのって、やっぱり嬉しいものだから」

 

 和洋中なんでもやるし、自家製麺にあのスープはもう忘れられるものではないもの。そんなことを私からもギャスパーに説明すると、ラーメンは特にいいですと言われてしまう。なんでよ。

 

「ギャーくんなら手打ちのおそばとか良いんじゃないでしょうか」

 

「あとは海鳴ならそろそろ流しそうめんもいい時期ですわね」

 

 白音や朱乃の言葉で思い出す。封時結界の中にいて忘れがちだけど、二ヶ月ほど空知達の世界の方が暦の進みが早い。こちらが四月の終わりなので、向こうは六月の末。結界内だとじめじめする感覚も薄かったけど、確かに雨も多かったわ。

 

「あと、訓練場所だと時間をある程度気にしなくても良くなるかな。俺の得意系統が次元や時空に関する魔術でね──」

 

 一時間が一日に、という反則じみた話を聞いてギャスパーも驚き、シーマリア様も驚いていたわ。シーグヴァイラの騎士はほとんど思考停止に陥っているわね。

 

「仙術も空知さんのパートナーでは基本的な技術とか……そりゃ時間もあって優れた先生もいれば分かりますけどぉ……」

 

「ギャー君、髪とか肌のベストコンディションを維持するには必須スキルだから、皆必死に覚えるの」

 

「な、なるほど。僕も枝毛が出来たりして困るもん。大事だよね」

 

 私は知っている。仙術を躍起になって身につける空知のパートナー達の裏向きの理由を。女にとって身も心も蕩けるような男女の営みを知ってしまったあの娘達は、より気持ち良くなるための仙術の一項目である房中術を懸命に覚えるわけよね。

 そして教える側の黒歌や空知が基本を蔑ろにするのを許すわけもなく、身体能力の底上げが出来た女達の出来上がりというわけ。

 

「見てもらった方が早いさ。グレモリーさん、部屋にあるこの置き時計を借りてもいいかな」

 

「ええ、小型の結界を張るのね? 時間経過を分かりやすくするなら……そうね、グラスにでも入れて冷蔵庫の氷でも使う?」

 

「助かります。結界の内と外に置けば分かりやすいですね」

 

 朱乃の王である私や仲間であるイッセー達にも空知は随分と甘い部分がある。身内とみなしてしまえば無意識に守るべき相手、あるいは共に成長を促していく対象と見ている節が強い。

 お陰で私も魔力を的確に運用したり、あるいは威力を上げるために圧縮する技術が徐々に身についてきている。自分の力を正しく理解し、どう扱えばいいのか。そういうことを重ねてきた空知の経験は私達グレモリー眷属やシトリー眷属に本当に大きな財産を齎してくれている。あと、彼の思考の傾向も多少は分かってくるというものよ。

 

「ヒロ、結界の四方にあの子達を。私の時間経過を遅らせる結界を張るのに慣れているから、魔法具の役割を果たしてくれるはずよ」

 

「ありがとう、シーラさん。みんな、力を借りてもいいかな?」

 

 シーグヴァイラの使い魔的存在である四機のプラモデルが空知の周りをくるくる飛び回ることで同意の意思を伝えていた。その様子を嬉しそうに見守る彼女の様子に、シーマリア様がいろんな感情が入り混じった複雑な顔をしている。

 その後、いくつかの実証実験を行い、時間に関する魔力を使い熟すシーグヴァイラが虚偽や詐術が無い旨を保証する形で、大翔の時間に関する魔術が本物であり、かつ、シーグヴァイラの上位互換のような状況にあることがハッキリ示された。

 

「お母様、そんな顔をする必要はありませんわ。私はこの時間を引き延ばす魔術の力を借りながら、業務をこなしつつ鍛錬に充てる時間を増やします。時間に関する魔力を冠するアガレス家の次期当主であると内外に示してみせますから」

 

「シーグヴァイラ、私は貴女の考えていることが分からないわ……」

 

「そうでしょうか? 私はアガレス家のことはアガレス家のこと、ヒロとの交友はあくまで私個人としてのこととして考えているだけですが」

 

「貴女の立場がそれを許されるわけがないでしょう……今更それを分からない貴女でもないでしょうに……」

 

 立場。ちくりとその言葉が私の心にも棘が刺さる。……ライザー。私とて避けては通れない。だからこそ、私も空知の元で力をつけることに懸命になる部分が大きいのだ。




(閑話回とかでエッチぃのを書けばモチベは回復するのだろうか)


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第94話 大当たり

なんとか更新は続けていく所存です。


「だからこそ、力を示す必要があります。それは直接的な力もあったり、他を従える統率力であったりするのでしょうが。私がヒロの交遊を密にしていても、アガレスを任せるには私しかいないと他に示せればいいのです」

 

 女当主だからと舐められるわけにもいきませんから。お母様の懸念は十分分かっているのです。ただ、私はソーナみたいに捨てる覚悟をする代わりに、望む全てをつかもうと決意した──それだけのこと。

 

「ねえ、ヒロ。私は本気でもっと強くなりたい。今回のようなことが起こっても、私の力で収められるように。お願い、私を鍛えて欲しい。リアスやソーナ、姫島さん達のように」

 

「出来れば、時間の都合がつく限りバーフィルや私も参加させてもらいたいものだ。普段の生活ではなかなか鍛錬に割く時間が取れないのでな。ヒロ、お願いできないだろうか。お嬢様が覚悟を決めたのならば、私もさらなる高みにこの身を鍛えなければならない」

 

「アリヴィアン、貴方まで……!」

 

「大丈夫です、シーマリア様。私はあくまでアガレス家に仕える執事です。その上で申し上げます。ヒロとは協力関係を結ぶのが最も宜しい。彼の気質は貴女様もよくご承知のはず。自分が信を置くと決めた相手に対してはどこまでも甘い男。それはあの頃と全く変わっていないし、もう一つ申し上げるならば──」

 

 ヒロの存在は可能な限り、悪魔陣営としてはシトリー家とアガレス家で独占するのがよろしいかと。アリヴィアンはそう言ってのけた。

 

「セラフォルー様が政権側に彼の存在を大っぴらにされていない時点で、表舞台に立たせる気はない。まあ、いずれ引きずり出されるのかもしれませんが……それまでにお嬢様やソーナ様達が力を付けられれば宜しい。そのつもりなのでしょう、皆様」

 

 書類処理を結界内で出来るし、内部的な打ち合わせもじっくり出来るとなれば最高ではありませんか。最後に珍しく彼らしくもない軽口で言葉を締めた私の女王はバフィールと一緒に私を見て微笑んでいた。

 

「ヒロ。雑音はお嬢様だけでなく、私も手の届く限り潰していく。私もお嬢様の自然な笑顔を、本当に久し振りに見ているのだ。頼む、その笑みをこれからも見られる手伝いをしてもらえないか」

 

「……卑怯な言い方ですよ、アリヴィアンさん」

 

「分かって言ってる。お前は理屈よりもこうして自分の気持ちを真っ直ぐぶつけた方が効くからな」

 

「ヒロ……」

 

 アリヴィアンにつられるように、ヒロも苦笑いを浮かべる。そして、すずかさんやアリシアさんを。続けて、朱乃さんやソーナ、小猫さん、セラフォルー様を次いで見て、頷き合って──。

 

「分かりました。微力ながら、協力させていただきます。ただし、すずかの口にした内容は重々御承知おき下さい」

 

「無論だ。龍神の家族だと言い切るお前を敵に回す無謀さは私には無いな。まして、お前も馴染んできているのだろう?」

 

「まあ何とか。あまりに強大な力なので本当に少しずつですけど」

 

「私とて龍族の一人だ。オーラを感じれば分かるというものさ。しかし、飲み込まれることなく自分のものに出来る時点で、何とも恐ろしい存在になったものだ」

 

「声が全然怖そうじゃないですよ」

 

「そりゃヒロだからな、威圧感とかそういうのは期待してない」

 

 長年の友人のような会話を繰り広げる二人に周りの張り詰め気味だった空気も緩いものに変わっていって、二人が自然に握手を交わしたことで皆の余分な肩の力は抜けていた。

 

「しかし、ハーレムをお前が築くとはな。私が知る限りでもお嬢様以外にもあれだけ拒否反応を見せていたというのに」

 

「俺も最初はそのつもりは無かったですよ。ただ……俺も独占欲の塊だってことを自覚したんです。信じられると思えた相手は絶対に離したくないんだって」

 

「朱乃ちゃんが頑張ってくれたから、その延長線で私やソーナちゃんもひーくんの広がった懐に転がり込んだ感じだからねー☆」

 

 ヒロの背中にもたれかかってそのまま抱き着きながら、セラフォルー様は楽しそうに彼に微笑み掛ける。ヒロに心を完全に預けているのだと、見る側にも十二分に伝わるぐらいに。

 

「うふふ、自分を受け入れてもらうのに必死でしたから。偶然に出逢ったものの、私の中ではあの出会いは運命としか思えませんでしたもの」

 

 ヒロのカップのお代わりを用意して手渡しながら、姫島さんは懐かしむように口を開く。

 

「朱乃ちゃん様々だよねぇ、うんうん☆」

 

「伝え続けるしかありませんでしたから。大翔さんの隣には既にすずかさんやアリサ達がいましたし……」

 

「朱乃さんが早めに受け入れられたのも、ひろくんだけを見るんじゃなくて、私やアリサちゃんの考え方も良く理解してくれて、今でも常に理解しようと努めてくれているところが大きいと思うんだ。私も朱乃さんを信じられるようになるのに、あまり時間もかからなかったもん」

 

「すずかさんやアリサは大翔さんを支え続けるパートナーとして、最も手本にするべきですし、同時に目標でもありますもの。うふふ、参考にさせて頂いておりま……あら? あらあら、まぁ、時間が結構経っていましたのね」

 

 姫島さんが話す途中で言葉を止め、突然時間を確認するように時計を見始める。彼女だけでなく、ヒロやすずかさん、アリシアさんも。どうしたのかと思っていれば、海鳴のバニングスさんから通信が入ったらしい。

 

「早く戻らないとアリサちゃんがおこだね、これは。ひーちゃん、話はまた明日にしとこうよ」

 

「椿姫達も見回りや契約活動も終わり、学園まで戻ってきているようです」

 

 ソーナはソーナで真羅さんからのメールを確認したようで、やはり戻ることを促していた。

 

「ヒロ。大丈夫なら着替えだけ取りに戻って、すぐに再転移してきてもいいかしら。家に戻ったら結界を張るのでしょう?」

 

「ですね。鍛錬の時間も取らないといけませんから。今日から早速始めますか?」

 

 私は笑顔で頷く。学びたいことも話したいこともまだまだ尽きることは無いのだから。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「私、もう本当に駄目かもしれません。大翔くんを知り、彼の女になり、ここまで満たされる自分を知ってしまって……私、彼に望まれればシトリーの名を捨ててしまいそうで……」

 

 ギャスパーくん達を引き連れての帰宅後、例の周期的な時間になっていたソーナと椿姫、二人に誘われた私の三人は二重結界という現実世界の時間を目一杯引き延ばした小部屋で大翔さんにたっぷり可愛がってもらうことになりました。

 小部屋程度であれば魔道具の補助を組み合わせることで、極端な魔力の消費なく結界内にさらに結界を張ることも出来るようになったと大翔さんは口にしていましたが、お手伝いをして共に結界を張った時に一気に魔力を失う感覚がありました。ソーナや椿姫も同様でしたけれど、保有魔力の差を改めて知ることになったのです。

 

 そこから一人ずつ、最後は感覚共有を使いながら四人で交わり合い、四時間程度が経ち、大翔さんは汗を流し着替えを済ませ、部屋の外……計算すると十分程度待たせてしまったすずかさんやシーグヴァイラ様達のところへ戻られました。

 一方、私達は心地良い気だるさに身を任せたまま、肌に直接薄手の毛布を羽織った状態で身体を横たえて話をしています。

 

「……すいません、お嬢様。私は大翔さんに望まれれば、すぐにでも女王も悪魔も辞めるつもりでいるのですが」

 

「つばっ! 椿姫……!?」

 

 そんな自責の念に駆られるソーナに対して、椿姫は言葉だけ謝っているものの、とっくに自分は大翔さんのものだと言い切る。シレッと躊躇なく言うものだからソーナの声がひっくり返ってしまっていますね。

 

「ただ、大翔さんがそれを望む時は冥界と敵対する覚悟を決めた時とも思っていますので。自分のために私達が交友関係を断つようなことは出来るだけ避けたいと考えておられるようですし」

 

「椿姫……!」

 

 大翔さんなら仕方ありません。欲しかった思いに加えて、毎晩、自分が望む形で愛してもらえて身も心も蕩けさせられていく。そんな日々を重ねてしまえば、女そのものを深く満たしてくれる男性からどうして離れようと考えられるものでしょうか。

 ほら、今だって椿姫は毛布をあえて身体からずらして、ソーナに自分の肌につけられた荒縄の痕をわざと見せ付ける仕草をしているのだから。

 

「お嬢様、考えてみて下さい。普段は紳士的な態度を貫いていて、夜になればこちらの望みに合わせた夜の男へと変貌する。そして、相手が本気で嫌がるかどうかを本当に良く見極めているから、傲慢になることもないし、こちらが不快な思いをすることもない。私達に嫌われることを過度に恐れるあまり臆病に過ぎるところはあっても、彼の過去を知れば無理も無いこと。……こんな大当たりの男性、一生かけて探したって見つかるもんじゃないんです! 漫画の世界じゃないんですよ!」

 

 椿姫の言葉には熱が篭る。緊縛嗜好なんて普通はドン引きする男が多いし、受け入れる相手であっても普段もサドっ気が強過ぎたりと、自分にとって都合のいいバランスなんてあり得ないのだと。

 

「朱乃に対しては言葉責めや屈服させるような体勢を強要しますけど、それだって演技です! 禁止や中止の『ワード』を決めていますが、大翔さんは私達に一度も使わせたことはありません!」

 

 ええ、大翔さんはこちらの身体を痛めつけることを嫌がりますから、責めについても苛烈なものではありません。ただ、貫かれ続けながら冷たい声色で責められて、気持ち良くなりたいのなら屈辱的な言葉を口にして懇願するように促され、抵抗しながらも大翔さんの手練れに堕ちるあの瞬間は心が歓喜に震えて……!

 

「そ、それは分かっているわよ。私だって、スイッチが入ってしまった私を鎮めてくれる体力や精力を持っていて、それでいて普段は紳士的な男性なんて、そんな簡単に見つかるわけが無いって……」

 

 ……こほん。ともかく、ソーナはどうしても理詰めで考えるところがありますから、身体や本能が大翔さんから離れるなと叫んでも、心で認めきれない部分があるようで。

 その結果、今のソーナは自分の身体の疼きに引っ張られて少し不安定になっているように思えます。その不安を大翔さんの存在に依存することで埋めようとしていると自覚している、といったところかしら。うふふっ、既に身体も心も魂も預けている自覚のある私が言うことではありませんが。

 

「ソーナ。大翔さんは自分を愛してくれる女性もそうだけど、家族に異様に拘るのは分かっているでしょう?」

 

「……ええ。家族や仲間、そこに害が及びそうになれば、温和な大翔くんの一面は一気に裏返るわ。苛烈で容赦の無い顔が表に出てくる」

 

 そこがまたいいのですという椿姫はあえてスルーします。すずかさんやフェイトさんと話題の種になることもあるのですが、大翔さんの支配者風の一面が素敵なのは分かりきっていることですので。

 ただ、椿姫の順応が早いのには驚きます。大翔さんによる支配の分かりやすい形だと囁きながら、フェイトさんを緊縛の道へ誘ったりしていますし。

 

「だったら、ソーナのその悩みこそずれていますわ。あの人がもし冥界と敵対すると決めれば、シトリー領ごと転移させてから攻撃を考えるでしょうし」

 

 次元の狭間を利用して空間を安定させる。大量の魔力や魔導具が必要になるけれど、その話を聞いたオーフィスが得意気な顔をしていましたし、大翔さんは既に目処を立てているのでしょう。

 ただ、確認が必要なのは、大翔さんとすずかさんがどこまで家族の輪が広がるのを許容するのか。アリサの意向も強く影響してきます。シーグヴァイラ様という存在を受け入れる方向に進んでいる今、冥界でも一、二を争う巨大な家であるアガレス家との関係は避けて通れないでしょうから。

 

「まず、押さえておくべきは私達の身の安全。その上で、領地ごと転移できる魔力と魔導具を常にストックしておくこと……」

 

 私達が実力をつけることが、そのまま安全や魔力の蓄積量にも跳ね返ります。

 

「思い悩むよりも、まず自分の力を高めること……そうね。ふふ、朱乃の言う通りだわ。大翔くんに溺れるだけの女になりたくないなら、必死に自分を鍛えて磨きあげる。そういうことよね」

 

「強さと美しさ。貪欲に求め続けるしかありませんから」

 

 椿姫もソーナも頷いたところで、私達は身を起こしました。揃って浴室へと向かい、急ぎ情交の匂いを洗い流します。同時にお腹の中では大翔さんの精がまだたくさん漂っていて、子宮と溶け合い、魔力や気脈となって身体へと取り込まれていく。この辺りはソーナの水の魔力の使い方を皆が覚えて、早速活用しているのでした。

 

「ところで、大翔くん自身が一番好きな体勢ってやっぱり抱っこの姿勢よね?」

 

「そうだと思うけれど、どうして?」

 

「大翔くんがイク時って、こちらを抱き締める癖があるというか……達した後に腕の中ですごく安らいだ顔を見せてくれるから」

 

「確かに、最後は腕の拘束は解かれますね。私も抱き締めたくなるので気に留めなかったですけど……」

 

「こちらのペースで動けるので最後はあの姿勢なのが決まり事みたいだったけれど、そうね、誰が相手の時でもその傾向が強いかも……大翔さん、実はおっぱい大好きですし」

 

「う……私は所詮……」

 

「ところが大翔さん、大小の貴賎は無い人なんですよねー。黒歌がうまく聞き出してましたよ。それにお嬢様自身、確実に大きくなってるのに気づいてます?」

 

 ええ。すずかさんやファリンさんがソーナのブラジャーのデザインでサイズ別でせっせと作っていたのも見ましたし。少しお手伝いもしましたけど、すずかさんはそういう仕事でもやっていけそうです。旧家の令嬢の姿からはどんどん離れていますけれど、すずかさんが気にするわけもなく。表向きが取り繕えればそれでいいのだと。

 

「小猫ちゃんがそうでしたわ。黒歌の言葉を借りれば、大翔さんの子供を産むのに適した母体になろうと身体が自主的に変化をしているのだとか」

 

 体内の気を整えられて、女性ホルモンを毎日これだけ刺激されれば、身体も変化するというもの。ありがたいことに私もウェストが引き締められましたし。以前は男性の目が集まる胸やお尻の大きさも内心煩わしく思うところもありましたけど、今ではこの身体に生まれたことを感謝していますし。うふふっ。

 

「焦らなければ、ソーナもあっという間だと思うわ。むしろ、学校での身の回りにもっと気をつけるようにしないと……」

 

「あー、小猫さんや朱乃に集中していた騒ぎがお嬢様にも起こると。私自身への妙な視線も増えてますしね……」

 

「それは無いわよ、二人とも意識過剰というものだわ」

 

 どうにもピンとこない様子のソーナに、私と椿姫はリアスや小猫ちゃん、生徒会メンバーにも相談しておこうと決めたのでした。



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第95話 倍加(※)

出先からひとまず投稿


「すっ、すごいです! 時間が、時間が止まったりしません!」

 

「伊達なんだけど眼鏡が似合うね、ヴラディ君は」

 

「私も役に立てて良かったわ。限られたスペースにどれだけ魔術の式を書き込めるか、魔導具の作成者としては拘るところだもの」

 

「魔術の式がそのまま縁とかの模様になってるけど、ものすごく細かいデザインになってるもんね」

 

「あとは何とか固定化と強靭化の術式も練り込んだから、そうそう壊れないぞ。うんうん、いいものが出来た!」

 

 モノ作りや改良が大好きだって知っているけど、ほんと、ひーくんが生き生きしてる。帰宅してからソーナちゃん達の相手をした後、目をずっとキラキラさせてすずかちゃんとシーグヴァイラちゃんの三人で、ヴラディ君に渡す神器の暴走を防ぐ眼鏡の改造に勤しんでいた。

 その間は興味ある人達は作業を見守ったり、それ以外の人達はヴァーリくんを筆頭に模擬戦に興じたり。学生時代の放課後を何となく思い出してしまう感じだった。

 

「間違いなく、ヒロはヒロのままみたいね……」

 

「シーマリア様、アガレス家に保護されていた時のひーくんもあんな感じだったの?」

 

「プラモデルの組み立てや魔導具の改造となれば、寝る時間も忘れてシーグヴァイラと開発部屋に篭っていたわ。無理やり眠らすために、アリヴィアンに連れ出してもらったことも何回あったことかしら」

 

「部屋から連れ出す時もプラモデルをつかんだままだとか、そろそろ寝るように促そうと覗いたら、二人とも床で寝ていたりとかな……まあ、昔の話ですよ」

 

 懐かしさを滲ませながら、ひーくんの性質は変わらないと言ったシーマリア様やアリヴィアンちゃんがひーくんの滞在時の逸話を教えてくれる。

 

「流石にもう床で寝る前に毛布には包まりますよ、アリヴィアンさん」

 

「くっついて寝れば暖かいもんね、ひろくん」

 

「……部屋に戻る体力すら無くすまで没頭してどうする、全く。いや、お嬢様まで同意しないでください!」

 

「床で一晩寝たぐらいで体調を崩すほど柔じゃないわ」

 

「シーグヴァイラ……」

 

「大丈夫ですわ、お母様。内々だけの話ですもの」

 

 シーグヴァイラちゃんは逞しく、堂々と微笑んでいた。でも、虚実を使い分けるのはいいけど、ひーくんを巻き込むのは勘弁願いたいと思うわけで。

 

「皆さん、お茶が入りましたよ。一杯、いかがですか?」

 

 そんなところに、朱乃ちゃんの声がかかる。振り返れば、盆を持ったソーナちゃんや椿姫ちゃんも一緒だ。

 

「俺も頂こうか」

 

「ヴァーリくん、そっちも落ち着いたの? はい、貴方は冷たい方がいいでしょう?」

 

「ああ、助かる。身体がまだ熱を持っているからな。赤龍帝だけじゃなくて元士郎もヴリトラの力を使いこなしつつある。立会いにも熱が入るというものさ」

 

 朱乃ちゃんから麦茶を受け取り、飲み干したヴァーリちゃんによれば、体力を使い果たした兵藤君たちはリアスちゃんやあのシスターちゃん、ソーナちゃんの僧侶達の治療を受けているらしい。

 

「本気とまでは行かないが、手を抜ける相手でも無くなってきた。ふっ、この成長速度は嬉しい誤算だな。強敵を育てるというのも、相手次第では悪くないものだ。なにより、オーフィスに大翔、現レヴィアタン。心揺るえる強敵たちと日常的に拳を交えられるわけだから、毎日が充実している」

 

「これからは私も加わらせてもらうぞ、白龍皇」

 

『アリヴィアンと名乗っているが、奴の正体はズメイ──東欧・中欧を代表するドラゴンだ』

 

「アルビオン、強いのか」

 

『実力だけで言えば、我等よりやや下と見る。が、奴はああ見えて老獪なところがあってな。油断すれば地に伏すのは此方になるだろう』

 

「それは明日からの楽しみが増えた」

 

 これだから戦闘狂はもう! ひーくんを困らせちゃうのなら、私が凍らせちゃうんだからね☆

 

「それだとヴァーリくんの狙い通りですよ、お姉様……」

 

 ソーナちゃんがため息をついてるみたいだけど、心配いらないよ☆ お姉ちゃんは強いんだから☆

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 時間停止の魔眼を制御する眼鏡の調整後、ヴラディさんのトレーニング導入ということでグレモリーさん達が宙に投げたボールを任意で止める練習を見守る私やお兄ちゃん達。本格的な練習は寝て起きてからということで、明日からの練習イメージをつかんでもらうような感じみたい。

 

「シーマリア様も思うところがあったようでな。娘の自然な笑みをこの数年間見ていなかったことに気づいて愕然としたらしい。シーグヴァイラ様がヒロの所で鍛錬することも、自分が認めたと旦那様に報告するようだ」

 

「シーラさんはそんなに笑うことがなかったの?」

 

「表情筋が固くなるぐらいには笑わなかったかしらね。血も涙もない冷徹な女とか、陰では言われているみたい」

 

 あ、お兄ちゃん、今イラッとしたね。少しだけ眉間にしわが寄ったもの。うーん、記憶喪失のお兄ちゃんを匿っていたお姉さん的存在……かぁ。

 ソーナと同じく悪魔の貴族階級。それも上から数えても五本の指に入るようなお嬢様と聞く。お兄ちゃんの元に集まる女の人の傾向は重たい事情を抱えているか、過去に重たい出来事があるかが多くて、どうもお兄ちゃんはそういう人を引き付けやすいのだと改めて思う。

 

「そのシーマリアさんは床の間でアザゼルさんやプレシアさんと会合中なんだけど……大丈夫かな?」

 

「セラフォルー様やバフィールがついているし、あのプレシア女史が完全に堕天使の総督を下に敷いているから大丈夫だろう。酒も入っていたし女房に睨まれる呑んだくれ親父にしか見えなかったぞ。笑いを堪えるのが大変だったが」

 

「差し入れたおつまみ、口に合えばいいんだけど」

 

「部屋で味見させてもらったが、あれは辛口の酒に合うぞ」

 

「アリヴィアン、貴方も自由にやってるじゃない」

 

「ここはアガレス家ではありませんからね、お嬢様。多少は私も気を抜くというものです」

 

 先程、朱乃やすずかと急いで台所に篭ったのはそういうことだったんだ。私も作れるんだけど手早くとなると、お兄ちゃんやすずか達にはまだ敵わない。というか、すずかの調理スキルは侍女泣かせってファリンも言ってたな。お兄ちゃんが色んなことに手を出すから、すずかも当然のように身につけちゃうんだよね。

 それと、お母さんはある意味最強だから。……朱乃のお母さんの朱璃さんと組めば、この家で逆らえる人はそういないもん。すずかや覚悟を決めた時のお兄ちゃんは別として。

 

「アザゼルはこっちに来ても仕事をさせられるようになったからな。シェムハザから朱璃かプレシアに連絡が来て、つまみと酒で釣られては急ぎの仕事をこなしている。シェムハザも仕事が回りやすくなって随分と喜んでいたぞ」

 

「それでいいのかしら、堕天使陣営は……?」

 

「大翔と緊密な関係を築くのも重要な役割だそうだ。アザゼルが来ない時は朱乃に会いがてら、バラキエルと朱璃が来たりするからな」

 

 ヴァーリさんの言うように、家族ぐるみの付き合いと化している……そんな感じだね。プレシア母さんもママ友の朱璃さんが来るのは楽しみにしてるみたいだし、都合がつけばすずかやアリサのお母さん達も合流してのママ会をしてたりする。

 

「むしろ、大翔を本格的に堕天使陣営の幹部に据えようという思惑すらある。義理とはいえ、バラキエルの息子で堕天使の力も有しているとなればな」

 

「え。聞いてないぞ、ヴァーリ」

 

「朱乃と一緒にいる限りそうなっていくさ。シェムハザは少なくとも本気だ」

 

 愉快そうに笑うヴァーリさんだけど、お兄ちゃんは真剣な声色で応えてみせた。

 

「シェムハザさん、一度だけお会いした時に総督が仕事をするようになったって喜んでいたけど……仮にそうなるとしてもすずかやアリサはもちろん、朱乃やソーナ達の幸せを守るのなら何だってやってやるさ。時間や次元に関わる魔法が得意じゃなかったのなら、流石に身体がもたないだろうけど」

 

「言うと思ったよ。鍛錬の時間は強引にでも確保するからな、そのつもりでいてくれ」

 

「その前に身体が第一でしょう、ヒロ。フェイトさんも言ってあげてちょうだい」

 

「無理し過ぎてると思ったら、意識を飛ばすから大丈夫。すずかもたまにやってるし」

 

 お兄ちゃんは私達からの攻撃に無警戒というか、害意を持たれたとしてもそのまま受け入れる心積もりだから、意識を強引に断ち切るのには苦労しないからね。

 

「大翔は女達に顔が上がらないな、本当に」

 

「尊重してくれているだけです。ね、すずか」

 

「うん。それに、ひろくんの体調管理は『私』の大切な役割と思っているから」

 

「……『私達』だよ、すずか。みんな、お兄ちゃんをいつも気にかけているんだから」

 

「本当に思われているわね、ヒロ」

 

「自慢の彼女達です、みんな」

 

 答えるお兄ちゃんに優しげに微笑むシーグヴァイラさん。お兄ちゃんへの好意を持っているのは間違いないんだけど、それが女性としてのものなのかがあやふやな感じがしてる。シーグヴァイラさんのそんな部分に対しては、すずかやアリサ、あとカリムもそうだったんだけど、共通した結論にたどり着いているみたい。

 

『数年前に大翔に会っていなければ、多分こうはなってないんだろうけどね。あとは彼女の特殊な環境もあるんだろうけど、だいたい大翔のせいでいいわ』

 

 アリサはそんな不思議な言い回しをしていたけれど、お兄ちゃんが悪いことをしたわけでもないと言う。

 

「さて、一晩経ったら一旦結界を解除してもらって、お母様と共にアガレス領に戻るとするわ。実際の時間経過が一時間以内で済んでいると分かれば、お父様だけじゃなくて溜まった書類をまとめて持ち込んでくるかもしれないけど、ふふっ」

 

「此方の世界でいう副大統領とか副首相みたいな役職ですよね、シーラさんのお父様は。断片的に思い出せる記憶でも、いつも忙しそうにしていた印象があるなぁ」

 

「ヒロも相当忙しい枠の分類に入ると思うのだけど」

 

「お互い様ですよ、きっと」

 

 ただ、二人の心の距離感はとても近くて、それがお兄ちゃんとシーグヴァイラさんが互いが殆ど寄り添うように立っていても、二人はそれが自然な雰囲気を醸し出している。それがなんだか悔しくなって、私は二人の間に割り込むようにしてお兄ちゃんの腕にしがみ付く。

 そんな私にお兄ちゃんは『どうした?』と優しく問いかけてくれながら、私の頭を空いたもう一方の手でそっと撫でてくれる。シーグヴァイラさんも気分を害する様子もなく、微笑みを浮かべたまま愛されているのねと一言口にしただけ。まるで私が幼い子供のように思えてくる。そう思ったんだけど……。

 

「どうした、すずかまで」

 

 私の反対側からお兄ちゃんを抱き締めた格好のすずかを見て、すずかや私達は似たようなものなんだなと改めて認識するのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「ん、状態も安定してるにゃ。しかし、感じる刺激も相乗効果となって襲ってくるから、長時間はもたないと思っていいにゃ」

 

 体内の気も妖気も乱れはない。妖怪の力を安定して使うために耳や尻尾が出たままになるのは私達にとってはウェルカムなので、何の問題もない。外では使いにくい、というだけで。

 

「兄様……もう先走りが」

 

 白音が同時に優しく手で刺激を与えるだけで大翔の腰が跳ねる。大翔が私達の感じやすい部分を知るように、私や白音も他の皆も大翔のポイントは押さえている。

 普段より強さを抑えた動きであっても、身体が覚えた動作は的確なもの。大翔に気持ち良くなって欲しい一心で身につけた技は全員の熱心さも伴って、大翔に特化したものになっていて……。

 

「ごっ、ごめ、白音っ! 出るっ!」

 

 『二本』に増えた大翔のペニスから勢い良く迸る精を白音と一本ずつ口でしっかり受け止めながら、初物の男の子を頂くような悪いお姉さんみたいだななんて、そんなことを少し考えてしまった。大翔の精はほんとは苦いはずなのに、私の意識はとても美味しくて身体を熱くさせてくれる濃厚なミルクとして受け取る。意識改変と呼ばれればそれまでだけど、魂までも重なり合いたいと思える男に出逢えた女は種族関係なくこうなるんじゃないかと思う。

 管の中に残ったものを吸い出す時の大翔の息の乱れや可愛らしい悲鳴に白音までもが目に妖しい光を灯していたから、ゾクゾクする感覚を覚えたのは私だけじゃ無いらしい。

 

「ふふっ、兄様ご馳走さまです。二本に増えても濃さも粘り気も量も変わらなくて、同時に二本とも身体に受け入れたらどうなるかこれからがとても楽しみです」

 

 ……白音、アナルの経験はまだ無かったよね? お姉ちゃんは今となっては忌まわしい記憶だけど、そっちの経験もあったりするけど……。そう気持ちいいものでもないのよ?

 

「兄様に躾けてもらう楽しみが増えたということで。もしくは二人同時に愛してもらうことも増えるでしょうし」

 

 そもそもそれが主目的でしょーが! そのために私達が補助しながら、仙術や妖術を使って一時的に二本に増やすのを模索していたんでしょうに……白音が欲望を本当に隠さなくなったにゃあ……。

 

「白音、無理やりなんてしたら傷が残るから、ゆっくり焦らずにやろうね?」

 

「はい……兄様に後ろの穴でも楽しんでもらえるように、もっと私を躾けて下さいね……?」

 

 大翔は私達の奔放になった性を丸ごと受け入れると決めている節が強い。傷が残ったりするのは許さないけど、それ以外は自分が応えられるかを真面目に考えて……例えば、椿姫相手みたいに荒縄の縛り方も上手くなって、血液の流れが滞るから、一日何時間までと決まりを作ったりしている。カリムの執務室プレイとか、ソーナの生徒会室でとか……うん、ソーナは口では色々言うけど、大翔とのセックスをものすごく楽しんでるにゃ、間違いなく。

 

「……とそんなわけで、大翔は頑張ってるにゃ」

 

「ひろくんが早くイッてしまうなら、合わせれば問題ないよね?」

 

 互いの気の波長を合わせれば一緒にイケるから、とさらっとすずかは言うんだけど、それこそ高度な術者のソレってことはあんまり意識してないだろうにゃあ……。

 

「うう、私はまだそのレベルで合わせることが出来ないけれど……必ず追いつきますからっ」

 

「それなら私と一緒に一度やってみようよ。感覚をつかんでしまえば、ソーナさんならすぐだよ」

 

 うわあ、すずかとソーナの同時プレイ……これは大翔がかなり絞られる奴だにゃ。その後は必ず私か白音の番にするように二人にも強く伝えておく。気脈整えないと流石に大翔も翌日に影響が出てしまいそうだし。

 

「えへへ……兄様に同時に貫いてもらえる……♪」

 

 修正、すずかとソーナを同時に相手した時はそのまま私の所に来ること。あとは、朱乃やカリム、フェイトもいけるかにゃ。三人に早めに気脈の制御を少なくとも白音レベルでマスターしてもらおう、うんそうするにゃ。奉仕大好きさん達だから大翔の体調管理に直結すると知ったら、短期間でモノにするでしょ。

 以前の白音は男性の性欲を結構毛嫌いしてると朱乃とかから聞いたけど、実は自分が意外とガッツリタイプだった裏返しだったのね……。気脈整えるのに自分が率先して飲まれたら駄目だから、この件については私が頑張らないとと思う。

 

「おかしいにゃ……自由と奔放さが私の信条だったはずなのに」

 

 でもね、大翔とずっと一緒に過ごすことを思えば、自分の変化は必要なものなんだってあっさり飲み込めてしまう辺り、私も染められてるなと思うんだにゃ。

 

「悪くないにゃ、これも。……大翔、これからも宜しくにゃ?」

 

 もちろんだと即座に笑顔で返してくれる大翔を抱き締めながら、私は早速乱れた気の流れを整えにかかるのだった。



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第96話 嵐の前の静けさ

「そうですか、大公様も疲れが溜まっていらっしゃったのですね……」

 

「ヒロには感謝しています。この人がここまで疲れを溜めていたことに気づかなかった。妻として情けない限りね」

 

 シーマリアさんが自嘲するのに対して今は側についているように声をかけ、ファリンに消化のしやすい食事の手配をお願いする。シーラさんのお父さんである大公様は、シーマリアさんに引きずられるような形で此方を訪問し結界内で一晩を過ごすとそのまま体調を崩してしまったのだ。

 様子を伺うためにシーマリアさんと大公様が休む客室へ戻ると、ベッドで上半身を起こしてはいたものの、どこか弱々しく見えてしまう。

 

「おお、ヒロ。気が緩んだらこのざまだ。私も無理が祟っていたということだな」

 

「入浴や睡眠、翌朝の朝食を含めて六時間は確保出来るとお伺いしました。ですので……結界内で六日間は安静に過ごして頂きます。せっかくですから、シーマリアさんやシーラさん達とゆったりとお過ごし下さい」

 

 大公様の許可を得て体内の魔力や気脈の流れを整えていく。致命的な澱みは無く、自己回復力を高めたので六日あれば元気に戻る見通しを伝えた。ただ、疲れが本当に溜まっていたので、仕事はさせませんとも釘を刺す。アリヴィアンさんに見張ってもらう旨も合わせて伝えておいた。

 能力の複写は別として、男性相手に魔力や気を流すことについては特に止められてはいない。ただ、例外としてヴラディ君に対しては待ったがかかっていた。アリシアや紗月の言葉を借りるなら『なんかヤバい予感がする』のだそうで。

 

「ははっ、まさかあの時の少年が私達以上の『時に関する術者』へ成長するとはな……すまない、ありがたく休ませてもらうよ」

 

「後ほど食事をお持ちします。それでは一旦失礼致します」

 

 その場を辞すまで、大公様の視線をずっと感じていた。それは決して不快なものではなく、どこか暖かさすら感じるような──。客室から退室すると、そこにはシーラさんとセラの姿があった。心配そうな表情の二人に回復の見通しを伝えておく。

 

「無理はさせてるのは分かっていたんだけど、やっぱり疲労を溜めていたんだね……アガレスのおじちゃまの細やかな働きがあってこそ、私やサーゼクスちゃん達が表で魔王をやってられる部分も大きいから」

 

「私も代行する部分があってもまだ力不足なところも大きくて……」

 

「みんなに相談してからにはなるけど、定期的にこんな感じで結界内でリフレッシュしてもらうべきだろうね。セラやソーナ達のこともある。こちらとしても大公様との繋がりが太くなるのは悪くない話だから」

 

「穏和な方向性で行くのなら、でしょ? ヒロがいざとなれば冥界との転移ルートを塞ぐくらい予想は立つわよ……もう、変に悪ぶらないの」

 

 シーラさんの言葉にうんうんと頷くセラ。そんな甘さがあるひーくんが私は好きだと言われて、顔を赤くする羽目になってしまう。

 

「知らないじゃ済まされないって、冥界の情勢、他勢力や、内部の旧七十二柱の筆頭バアル家を始めとする力関係……私やソーナちゃん、シーグヴァイラちゃんを講師としてこの短い期間で頭に叩き込むんだもの☆」

 

「お母様も驚いていましたし、それに絶対にヒロを離すなと厳命してきましたから」

 

「あー、悪魔側としてのシトリーとアガレスの秘蔵っ子扱いにしちゃえってアレ? でも、アガレス家は大公の継承もあって、どうしても純血悪魔じゃないといけないって……」

 

「どうも私に純血悪魔の夫を娶らせて子供を産ませ、ヒロはあくまで私の補佐兼内縁の夫にと再会直後は考えていたようです。私が純血悪魔の子を産むのは別として、ヒロをそのような扱いにするのは真っ平だと返しましたが」

 

「……悪魔至上主義。まあ、個人でどう思おうとも、アガレス家はそういう立ち位置だもんね……」

 

 分からなくはないが、苛立ちを覚える話だ。家の存続のために、情が通わない相手の子を産む。日本の歴史でも政略結婚はいくらでもあったこと。

 でも、俺のシーラさんに対する感覚は……そう、すずかの姉である忍さんへの感覚にも似ていて、俺が制止できる権利も無い。

 

「……ヒロ。そんな顔をする必要は無いわ。私はアガレスの娘として生きる覚悟はとうに固めているの。ただ、貴方とこうして過ごせる時間が認められていることで、私はしっかりリフレッシュも出来るのだから」

 

 笑みさえ浮かべ迷いなく言い切るシーラさんの在り方に、俺は口を出せるわけもない。ただ、無性に悔しくて仕方がなかった。

 

「……!」

 

「どうしたの、シーラさん?」

 

「いえ、お母様がまた悪巧みをしているような気がして」

 

「シーグヴァイラちゃんが潰す気なら手伝っちゃうよ?」

 

「いえ、私やヒロに何かをするという感じではなく、何というかお母様らしく斜め上の方向からというか……また探っておきますね」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 退室していった、短いとはいえ擬似的な息子として忘れられぬ日々を過ごした少年。見事な青年に成長し、私達の前に再び現れた。いや、シーグヴァイラの執念が約束の期日までに見つけ出したというべきなのか。

 

 当時、最初はシーグヴァイラが弟や妹を欲しがっていたことへの慰みになれば──ぐらいの気持ちだった。だが、シーグヴァイラが急な大病を患った際……ヒロは夢中で『回復』の魔術を行使し、その命を繋いでみせた。神器の力でもなく身体が覚えていた様子から、別次元からの転生者という可能性も判明したわけだが、なにせヒロもそのまま数日、意識を失うほどの魔力や生命力すら捧げた状態だった。ゆえに、病の癒えたシーグヴァイラを筆頭に続けて看病に追われたわけだが、なにせあの一件からヒロは娘の命の恩人ということで、私達夫妻だけでなく、我が家の使用人達の絶対的な支持を得た。

 

 そこからだ。彼をアガレス家で絶対に手放すなという話になっていったのは。また、彼の気質は恩には恩で報いる、敵意には敵意で応える……身内としてしまえば、アリヴィアンと並んで、シーグヴァイラの絶対的な味方に成り得る存在だった。ゆえに、いずれシーグヴァイラの僧侶の駒を使い、彼を転生悪魔にする話も進みかけていた。

 

 だが、彼は元来の記憶を取り戻し、滞在中の記憶を代わりに失い、元の世界へ戻ってしまったわけだが。その後、彼の行方はつかめなかった。それもそうだろう。まさか、元来は次元転移を使いこなす術者とまでは考えなかったのだから。

 

「シーマリア。一か月とはいえ、シーグヴァイラと姉弟のように過ごし、あの子がずっと探し続けていた少年がずっとシーグヴァイラの傍にいたとしたら……そんなことを考えてしまったよ」

 

「いえ、まだ間に合いますわ、あなた。ヒロは相変わらず情に脆く、かつ身内と認識した相手に対しては惜しみない献身を注ぎます。いまや悪魔の力を得て、身内とする対象は唯一の者だけに向けられるわけではありません。複数の女を愛することを肯定したというのは、私達にも有利に働きます。あの子が入り込める余地はまだまだありますわ。それに、ヒロとあの子の距離感は既に恋人同士に等しいもの。まぁ、シーグヴァイラの思考は恋慕と家の問題を完全に切り離して考えますから……私達がそう育てたわけですので、その辺りの矯正は必要ですが」

 

「……だが、シーグヴァイラと彼がうまく行くとしても、二人の子を跡継ぎには出来んぞ?」

 

「ふふ、貴方も私も老け込むような年かしら。まして、ヒロと友好的な関係を続ければ、体力気力ともに良好な状態を保つことが出来るのですよ。さらに、なかなか取れないはずの二人の時間すら……」

 

 茶目っ気たっぷりに微笑む妻は年を重ねても変わらず、愛らしさの中に成熟した女性としての妖艶さを秘めているのだが……私はまだ静養が必要なのを忘れていないかね?

 

「シーマリア……私は、安静にと言われたのだぞ」

 

「ええ、すぐにではありませんわ。でも、私とてまだまだ現役なのですから……」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 この後の六日間の静養で、確かに大公様はしっかりと体力や気力を取り戻した。ただ、シーマリアさんも疲れが溜まっているからと、黒歌や白音に体内の魔力などの調子を整えてもらっていた。もちろん、俺やすずかに話を通した上で。

 

「うーん、ラブラブのまま帰っていったにゃ。久し振りに時間が取れたのがそんなに嬉しかったのかにゃ」

 

「な、なんだか恥ずかしいわ、両親が仲がいいのはいいことなのだと思うのだけど」

 

「奥様が余計な懸念なんて近いうちに無くしてみせるから安心しなさいと申されていましたが、なんだか余計な心労が増える予感がするのですが」

 

「ええ、絶対に斜め上の方向から何か仕掛けてくるわ。アリヴィアン、警戒は怠らないように。ヒロ、週末のソーナやセラフォルー様の食事会に私達やお父様お母様まで訪問することになったけれど……何かあればすぐに知らせるわね」

 

「こちらはこちらでお父様も気合が入ってましたし。ちょうどいいから、ケリをつけてやると……はぁ。大翔くん、また厄介事に巻き込んでごめんなさい」

 

 サザトガさんと大公様の通信に俺も立ち会ったんだけど、週末の食事会が思ったより混沌としたものになりそうだった。すずかの両親の征二さん達にアリサの両親のデビッドさん達、バラキエルさん達にヴァーリやプレシアさんにはサザトガさんからも正式に連絡が行き、ただの懇親会の様相ではなくなったことも伝わっている。

 

『娘達が貴方を共有すると決断した以上、私達としては自分の娘を不幸にしない限りは、好きになさいという話よ。親同士の話はこちらできっちりケリをつけるから、甲斐性を見せると言い切ったのならば死ぬまで貫きなさい。不幸にしたら直接手を下してあげる。それだけのことよ』

 

 ただ、プレシアさんを筆頭として、何とも逞しい義父母達であり強力な味方でもあった。だからこそ、俺は自分の最善を尽くすように日々頑張るだけだ。あと、胃薬の改良には力を入れると決めた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「んーっ、この卵焼きもおいしっ☆ ソーナちゃんの花嫁修行も順調だねえ☆」

 

 今日は週末。明日は約束どおり私の実家へとすずかさんやアリサのご両親達とともに訪問する日だ。冥界の空気が人に毒になってもいけないからと、保護用のアクセサリーを付けてもらうようにも手配済。というか、大翔くんが目を輝かせながら作った品々だから、中級悪魔の一撃を防ぎ切りそうな逸品が出来てしまっていた。今晩には朱乃の両親もすずかさんの自宅へ前泊で合流して、そのままシトリー家の冥界への直通列車で移動することになっている。

 ……私や他の皆はそれこそ、さらに防御力の増したネックレスやブレスレットやアンクレットをもらっているのだけど。本当は指輪を望む子が多いし、私も憧れはしていた。ただ、学校でもこっそり身につけていられるモノとなると、まぁ、指輪は色々とややこしいものね。

 

「目分量は調理人の域に達してからと、厳しく指導されましたから……」

 

 学校の昼休みになると、大翔さん達の聖祥大附属や黒歌が日中待機している姫島神社、この駒王学園やお姉様の執務室を繋げて、封時結界を張るのが定例化していた。朝に作ったお弁当を持ち寄って、例えば学園の屋上とか、朱乃さんに了解をもらって縁側に並んでみたりとか。

 お弁当の味付けなども、すずかさんなどに徹底指導してもらって、随分と改善したもの。以前のやり方で作ったものを自分の口に入れられた時は命の危険を感じて吐き出しましたから。味見をしないだなんて何を考えているのかと、お母様よりも怖いすずかさんの指導でした。

 お姉様はその指摘をすること自体にものすごくご立腹だったようなのですが、すずかさんに大翔くんに害を及ぼすつもりかと、凄みのある笑顔と一緒に懇々と説かれて……まあ、お姉様も大翔くん大好きですから。折れたわけです。折られたとも言います。その後は飴とばかりに大翔くんが慰めて、すずかを責めないで欲しいというマッチポンプにお姉様はあっさりハマっていたようです。あと、椿姫や匙たちがすずかさんに泣きながら感謝を伝えていたとかなんとか。……ええ、確かに知らずに食べさせられていたとなれば、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

 

「うひょー! 今日は朱乃さんのお手製弁当! 美味いし彩りが綺麗だよな、なあ木場!」

 

「本当だね、元々上手なのは知っていたけど、これは栄養バランスもとてもいいんじゃないかな……」

 

「いやあ、大翔さんの弁当も間違いなく美味いんだけど、やっぱり女の子に作ってもらうのは格別だからなぁ……あ、大翔さん、すんません。決して嫌なわけじゃないんで」

 

「いや、分かるよ一誠君。俺もすずかや朱乃、ソーナ達の弁当となると、やっぱりテンションが上がるから」

 

「イッセーくんにしてもリアスにしても、唐揚げにカレー、ラーメンといったものが好みですからね。鍛錬の兼ね合いで食事を共にすることも多いのですし、大人数のお弁当を作るのならば多少人数が増えても同じことですから。誰が作るにせよ、野菜やお魚もちゃんと取っていただきます」

 

 リアス眷属の中で一番上のお姉さんの朱乃。今の彼女はそんな感じで、リアスは少し手のかかるけれど愛らしい二番目の姉というように見えてくる。自分の中に核となるものが根付き、精神的な安定も得ている朱乃は自然に年長の役割をこなしている。以前のようにどこか演じているような部分が無くなってきていた。弁当のおかずを分担して作ったことによる、私の卵焼きも入っていることは黙っていたほうが良さそうですね。

 

「僕はヘルシーなほうが嬉しいですぅ」

 

「私も頑張って覚えますね、イッセーさん!」

 

「その意気ですよ、アーシアさん。うふふ、やはり殿方の胃袋をつかむのはとても大切なことですから」

 

 アーシアさんも向上心が旺盛な方で、私や桃、憐耶達と一緒ににすずかさんや朱乃、時には大翔くんの料理指導を受けている。ヴラディくんもお姉様が同席できる時は一緒にこうして昼食を一緒するようになっていた。大勢での食事はなんというか、嫌じゃない賑やかさがあって、気づけば楽しみの一つになっている。

 

「……美味いわ、ほんと。大翔さんが同じ学校だったら呪いでもかけられてるんじゃないか?」

 

「むぐぐ……悔しいけど、姫島先輩にはまだ及ばない……ほんと、おっぱいもお尻も大きくて腰はきゅっと締まって、料理が得意で茶目っ気もあるお姉さんって、ほんとこの世って不公平だと思う……! 美味しいけどっ!」

 

「桃ちゃん……でも、先輩の愛情って重たいよ?」

 

「弱点らしい弱点でも無いでしょう、それ。尽くす系だから、男が甘え過ぎなきゃ問題ないし、お師匠はむしろ無茶し過ぎる性格だから、月村さんと二人がかりでブレーキをかけるぐらいで丁度いいというか。姫島先輩だけじゃなくね、会長も料理も得意になってきて、完全無欠な女性に近づきつつあるし……なんか、こう女としての焦りが……」

 

「そういうことを考える余裕が出るぐらいには、俺達は充実してるってことだ。ただ、明日の会長の実家行きは大変そうだから、気合入れないとな。副会長以外は俺達も初訪問だけど、なんせそれ以上に大翔さん絡みにカオスになるのが目に見えてる」

 

「蕎麦を楽しむ余裕なんて、あるかしら?」

 

「ごめんなさいね、憐耶」

 

「え、余裕が無いのは確定ですか、会長……」

 

 椿姫の困ったような笑みで分かるでしょう? いざとなれば、全員強引に意識を奪うぐらいのつもりでいかないと……。



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第97話 緊急保護

やっちゃった感満載。


「……マジでうめーっす。月村の姐さんや姫島の姐さんは小料理屋をすぐにでも開けるっすね……」

 

「ドーナシーク。いい主人達に出会えたわね、ほんと」

 

「……うむ。今後も精進あるのみだな」

 

「……悔しい。けど、おいし……」

 

 昼食と姐さん達と共に取ることに慣れ始めたうちら。完全に飼い慣らされた感があるっすけど、どうもあの乳龍帝もお人好しでこちらをすぐどうこうするつもりもないらしく、後はご主人にもうちょっと情を持ってもらって、使用人……つまり、身内判定してもらうために励む日々っす。ただ、仕事と鍛錬さえしっかりこなせば、三食バランスのいい食事で適度な運動、制服や部屋着の支給以外に小遣いも出るもんで、自分の好きなものを通販で買えるっていう……街への外出許可は出ないっすけどね、それは贅沢ってもんっすから。

 仕事着はクラシカルメイド服なんすけど、レースのひらひらが可愛くて、むしろこれを着てればそれはそれで幸せっす。ドーナシークの執事服もまたオーダーメイドでピッタリ合わせたサイズになっていて、似合ってるんすよ。

 

 ……教会の頃の生活と比べるとほんと天国っす。あと、光力をほとんど封印されてるとはいえ、地力がついたのも事実。体術だけでこんな変わるとは思わなかったっす。ほとんど光力が使えないといっても槍や剣状の具現化と羽は出せるんで、空の相手にも対応は出来るし。変な意地を張って新たな技術を拒んでいるレイナーレ様……一応『様』づけっす、は体力だけはついてるっすけど、うちやカラワーナ、ドーナシークの誰でも無力化可能なぐらいの差はついてしまったっすね。

 

「この朱乃に置いていかれた感……!」

 

 とはいえ、ギャグ担当とも思えるこの紅髪の情愛のお嬢さんにもまだまだ及ばないのも分かってるっすから、まー、ご主人の下で当面は頑張るだけっすね。

 ちなみに、この紅髪さんと姫島の姐さんがこの学園では二大お姉様とか呼ばれてるらしいっすけど、シトリーの姐さんの眷属さん達から聞く限り、シトリーの姐さんと真羅の姐さんが加わって、最近は四天王みたいなことになってるみたいでゴジップ好きのうちとしては興味津々。

 

「その辺どうなんすか、乳龍帝」

 

「おい待てなんだよその呼び方っ!」

 

「ヴァーリが言ってたっすよ。スケベ心で強くなるからって」

 

「確かに私のおっぱいを後で触ってもいいと言うと、一気に強くなるものね……」

 

『直接触れでもしたら禁手化しそうで恐ろしいな』

 

「部長にドライグまで!?」

 

「アーシアのおっぱいもいつもチラチラ見てるでしょ、イッセーは」

 

「はうっ? で、でもイッセーさんなら、その……」

 

 あー、ここでもアレですか、男の取り合いすか。心がささくれていきそうっす。ねえ、黒龍王の旦那。

 

「なんで俺に振るんだよ……」

 

「ツッコミ担当っすよね」

 

「違うっての。しかし、会長や副会長への視線が集まってるのは事実だな。まあ、元々美少女なのは分かりきってたところに、気づけば一気に花が開いたようなもんだろうし、小猫ちゃんを含めて注目は集めちまうわな」

 

 学園のアイドルと呼ばれるような飛び抜けた美少女が五人。うちも割とイケてる部類に入るとは思うっすけど、この五人は約一名を除いて大人の女に足を踏み入れた女性ばかりだから、高校生には刺激が強いっすよね。

 

「ちょっと貴女、結構失礼なこと考えなかった?」

 

「んなわけないじゃないっすか、グレモリーさん」

 

 黙ってりゃ美少女なのは間違いないんすから。残念美人も目線を変えれば親しみやすさに繋がりますしおすし。だから、そんな疑いの目で見ないでくださいよぉ。

 

「やっぱり貴女失礼なこと考えてるでしょう!?」

 

 しっかし、そう考えるとご主人はやっぱり枯れ気味なんじゃ……フツー、いつでもおっ立ててるぐらいの年頃と思うんすけど。これだけの色香を持った女性がいつも側にいるのに、研究に没頭したりとか欲望の方向性がズレてるっす……。

 ん? 残念美人さんがえらくご立腹ですが、姫島の姐さんにステイされられてるっす。女王の仕事も大変っすねー。

 

「野次馬の整理もなかなか骨が折れる。整理する側の会長や副会長が囲まれる側になってしまったからな」

 

 それもまたいい鍛錬の一環だがと言い切る由良の姉御も男前(?)っす。だけど、どうにもシトリーの姐さん達の自意識は薄いらしく……。

 

「私に熱を上げても何も面白くないでしょうに。リアスや朱乃みたいに愛想よくしているわけでもないし、何がいいのやら」

 

「生徒会業務に支障が出ていますしね、困ったものです」

 

「……会長に副会長。二人はさらに綺麗になられた自覚を持ってくださいよぉ……」

 

 姐さんの騎士が嘆いたように、真羅の姐さんはそれこそ、グレモリーさんや姫島の姐さんと殆ど変わらぬ見事なおっぱいにお尻をお持ちですし、ソーナの姐さんやあの猫叉の妹さんは黄金比に近いスリーサイズに近づいてますからね。そりゃ乳龍帝に暗示をかけておっぱいを認識出来なくするってもんで。

 あと、とにかく艶っぽいすから。ちょっとした仕草にエロスを感じるんすよね。フェロモンを無意識に振りまいてるレベルの。女から見ても思わず見惚れるレベルの色香っす。見慣れてきてるはずなのに、それでも惹きつけられる時があるっすから。

 

「何を勘違いしてるのか、俺や匙への八つ当たりも多いもんな……」

 

「毎日、本気で襲いかかってくるしな。会長も副会長にも指一本触れてないっつーの、まったく」

 

「だけど、直接話しかける勇気はないっていうな。じっと見られるだけで挙動不審になっちまうとか、もう」

 

 乳龍帝曰く、一日で五人の姿を自然に見ることができればその日は幸運に過ごせるだとか、変な学園の風説も広まっているのだとか。

 

「その噂が本当なら、俺は毎日……」

 

「幸せだと思うけどなぁ。毎日、グレモリーさんとアルジェントさんに挟まれて寝てるそうじゃないか」

 

「あはは、違いないな兵藤。学園の連中に狙われるのも無理ないぜ」

 

「……た、確かに。やべぇ、元浜や松田には絶対言えねえ……」

 

 ご主人と黒龍王のツッコミにあっさり認めたっすね。まー、ここの男性陣、基本ハーレムでそこらの凡愚よりよっぽど自分を高めてる男ばかりっすから。なお、ツッコミを入れた両名も女性の添い寝はデフォルトなので、リア充爆散案件というオチが付くっす。

 

「え? 元士郎も添い寝って……」

 

「どういうことだよ、匙ぃ……?」

 

 おっと、ついおもったことがついくちにでてしまっていたっすー。それをききのがさないだんせいふたりもさすがのみみっすねー。

 

「見事なまでの棒読みだな!? えっと、その、大翔さんも兵藤も落ち着け、落ち着こう、な!」

 

 友達の弄りポイントを見つけて絶対逃してたまるものかという変に気合の入った顔つき。ただし口角はニタリと上がっている悪友達──。そんなナレーションでも入る感じっす。

 

「……なんてな。この件について、俺は元士郎に何か言う資格はないから」

 

 黒龍王を庇うように仲間の僧侶のお二人や兵士ちゃんが間に入ろうとしたものの、ご主人の言葉にポカンとしてしまって……んにゃ、乳龍帝もそうっすね。

 

「大翔さん、気負い過ぎですよ。桃や憐耶にしても、留流子も情けなくも魘されてた俺を交代で見てくれてたって話です」

 

「……それじゃ添い寝ってわけじゃないよな?」

 

「いや、兵藤。誰かが手を握っていれば魘されないのならと、元士郎を左右と上から抱き締めて寝るようになっていてな……くくく、それに慣れてしまったのさ、四人とも」

 

「翼紗……っ!」

 

 由良の姐さんは容赦なくネタをバラし、乳龍帝は血の涙を流して、ご主人は困り顔で笑って、騒がしい昼食の時間はこうして今日も過ぎていく感じっすね。

 

「ところでー、少しはこっちの騒がしさにも慣れたかな☆」

 

「はい。空知さんを始めとして、皆良くして頂いてますから。食事も美味しいですし、それにギャスパーの着せ替えは相変わらず楽しくて、うふふ」

 

「身体の調子も落ち着いてるみたいでなによりだよ☆」

 

「月村さんや、グラシアさんが毎日調子を整えてくださいますから。レヴィアタン様も色々手を打って頂いたみたいで、ありがとうございます……」

 

「ううん、ひーくんの咄嗟の判断を生かすのが妻としての役割だし☆ それに、えへへ……その、ご褒美に結界内だけど、長い時間一人占めもさせてもらえたし……」

 

「それは……ふふ、ごちそうさまです」

 

 そんなご主人の直近のやらかしでこの集団にはまた騒動の元になり得る女が一人増えてしまっているっす。季節を先取りしたようなつばの広い麦わら帽子を被り、薄手ながらも黒地の手首足首までしっかりと覆うワンピースに身を包んだ……本来は太陽も平気なはずの回復途上のデイライトウォーカー。

 ……その名をヴァレリー・ツェペシュ。対外的には既に亡くなった扱いになっていて、近日中に髪色が近いアリサ姐さんの縁戚扱いとなりバニングス姓を名乗ることになる、あの『男の娘』さんの姉貴分っす。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 まー、サーゼクスちゃん達にはギャスパーちゃんの限定的外出許可のこととか、リアスちゃんやソーナちゃん達の眷属を含めた強化の話とか、色々嫌味も言われるわけだけども、ぶっちゃけ知ったことじゃない。強権発動し過ぎって言うのなら、どうぞ罷免しちゃっていいよって感じ☆ 各神話勢力との折衝がどうなっても知らないよって口にしたら黙っちゃったけどね……いや、私に任せっきりでどうするんだろう。ひーくんの地力が神クラスになるのに一年以内と見てる私からすると、早ければあと一年ぐらいで私は独立勢力の外交官に転職しちゃうんだけどなー☆

 悪魔勢力はどうするって言われても、知らないよ。私だってひーくんの力を受け入れたことで純血悪魔からはかけ離れつつあるし、ひーくんとソーナちゃん達とお揃いでひーくんを大好きなこの気持ちが変わらないのだから、悪魔に拘る気持ちは無いしね~。まぁ、シトリー領のことは全力で何とかするし、それがひーくんが家族と見てくれるお父様とお母様を守ることに繋がるから。でも、そこまでかな☆

 

 アジュカちゃんやサーゼクスちゃんは私がご執心の(まさか将来を誓い合ったまでは思いもしないらしい)ひーくんへの接触を図ろうとしてるけど、アザゼルちゃんやオーディンのお爺ちゃまみたいに対価を示す様子も無いしね。メリットがないんだよ。四大魔王とのツテって、正直今のひーくんには枷になりかねないから。まー、それは今は置いておくとしてだ☆

 今回、私が保護したのがヴァレリーちゃんってことも本気で探ってこないしね。そりゃアザゼルちゃん&ひーくん印の存在秘匿の魔導具とか身につけてもらってるけど、サーゼクスちゃん達が本気になればいくらでも探ることは出来るはず。強者ゆえの無意識の慢心って奴かな☆ ただ、厄介なのが悪魔勢力の一部がどうにもルーマニアと近づいていた節があって、とんでもない大物が絡んでいる可能性も含めて、その辺りの警戒が必要なんだよね……!

 

「レヴィアタン様。その……実家の方は動きを見せていますか?」

 

「生存の絶望視は変わらないけど、ヴァレリーちゃんの聖杯を狙った外部の仕業も含めて調査中って感じみたい。表向きには落雷により居室が燃え尽きたってことになってるけどね☆」

 

 ギャスパー君の幼馴染がここにいるきっかけは、すずかちゃんとひーくんの関係をギャスパー君に話したことからだったね。馴染んできた彼が自分にも幼馴染がいて、デイウォーカーとして迫害を受けていた自分を逃してくれた恩人でもあるんだって☆

 そこで悪戯心というか、じゃあひっそり会いに行ってみようという話になり、ひーくんとギャスパー君、すずかと朱乃、お目付役の私でルーマニアへ一気に転移して、ツェペシュ王家の彼女の個室をお忍びで訪ねたんだけど……。部屋の中にいた彼女は見えない宙の何かと会話をするような状態。幻覚が現実と入り混じり、意識も半ば混濁しているのが発見時の彼女の状態だった。

 

『不思議な方。貴方のオーラに当てられたのか、私を連れて行こうとしていた幽世の住人が慌てて逃げていったわ』

 

 ギャスパー君よりも明るいカリムちゃんに似た色の金髪は無造作に伸ばされたまま、赤い瞳の下には深い隈が刻まれ憔悴した様子が一目で分かる状況だった。それでも、ひーくんの秘める気に中てられたと一時的に彼女は自分を取り戻すことが出来ていた。オーフィスちゃん直伝の龍の波動が一時的に彼女の正気を取り戻したんだ☆

 

『大きくなったギャスパーに会えて嬉しかった。私はもう……』

 

『……ヴァレリー!』

 

 彼女が神器『幽世の聖杯』に目覚めたことで王家の女王として祭り上げられた上、自陣営の強化のために聖杯の多用を強いられていることを知り、そこでひーくんが示したギャスパー君への選択肢。そして、彼はどんな形であれヴァレリーちゃんと共に生きることを選んだ。涙を浮かべながらも、ひーくんを見据えて言い切る彼の姿はちゃんと男の子だったね☆

 

『……僕は強くなってみせます! 絶対にヴァレリーを守ってみせますからっ!』

 

『ああ、一緒に強くなろう。俺も君も、大切な人を絶対に守り続けられるようにね』

 

 まず、すずかちゃんの血を気つけ薬代わりに数滴口に含ませて、吸血鬼としての力を高めさせることで、仮とはいえ精神状態を安定させる処置を取る。……ギャスパー君曰く、ほとんど真祖に近しい力を持ってるとのことだから、まぁ、ヴァレリーちゃんにはある意味特効薬というか、服用し過ぎると劇薬になりかねないから数滴で十分だったみたい。

 

『ツェペシュ家の貴女は今日で終わりです。……朱乃、この部屋に突然落雷が落ち、部屋は燃え尽きる。遺体は灰と入り混じり所在不明。数本の髪だけが彼女がこの部屋にいた証だ』

 

『ええ。特大の雷を落とすとしますわ、うふふっ』

 

『新しい姓はアリサちゃんやカリムさんに相談するよ。バニングス家かグラシア家の縁戚に出来るように』

 

『しばらくは自由な行動が出来ませんが、ギャスパー君と一緒にいられるようにはします。必ず』

 

 そこから偽装の火事を起こして転移してからは、情報収集にアザゼルちゃんに事情の説明と相談。『幽世の聖杯』持ちってことや、ひーくんが保護を決めたことで堕天使側の当面はシェムハザちゃんとバラキエルのおじ様にだけ話を通すことになった。

 合わせて、悪魔勢力内への隠蔽も。ひーくんのパートナー以外には『事情を知る者以外への口外禁止』の契約をしてもらった。ついうっかりすら許されないことも含めて理由を説明したら、リアスちゃん含めて受け入れてくれた。この場みたいに知ってる者同士だったら普通に話せるしね~。不服そうな様子は見せたものの、リアスちゃんも反発はしなかった辺り成長の兆しありって感じみたい☆

 私相手の契約だから、もしそれを破ってくるとなれば私より実力の上位者になるし、そんな相手となればこちらも総力戦になっちゃうので、その時は敵を全部凍て付かせて砕くしかないね☆

 

『貴方は……一体……』

 

『まあ、これが今回の救出及び保護の報酬扱いってことで……他言厳禁ですよ?』

 

 一方、私が外向けに飛び回ってる間、ひーくんは聖杯の過剰使用に対する抜本的対策に取り掛かっていた。いつまでも、すずかちゃんの血によるドーピングで補い続けるわけにもいかないしね。アザゼルちゃんから『幽世の聖杯』の情報を得て、その上で彼女から魔力を流してもらい『幽世の聖杯』の複写を行った上で、生命に働きかける神器ということで、あとは魂というか精神の均衡を取り戻させて……。

 

『聖杯の力は当面、使用厳禁です。俺もこの神器は自分自身で封じますから』

 

 特に生命に働きかける効果が強い神器だけど、所有者の精神の均衡と引き換えに死者すら蘇らせる可能性がある一種の願望器的な一面もあって、ひーくんの少年期に体内に融合してしまったジュエルシードが呼応し、望む結果を引き寄せる力が高まってしまうというアクシデントも起こっちゃった。

 もちろん、いいことだけじゃなくて、都合良く結果だけを願い努力や労力を惜しめば暫く寝込むほどに体力や魔力を消費することも同時に分かったから──意識的に願望器は使わぬように封印処置を施すとひーくんは決めた。そして、ヴァレリーちゃんの聖杯の能力も一時的に封じる措置を行ったわけだね☆

 

「まー、ツェペシュ家がどう動いてくるとしても、ひーくんが貴女を保護すると決めた以上、貴女は必ず守るし、貴女個人としても幸せになってもらっちゃうからね☆」

 

 元々、聖杯の力を使う彼女は少し教えるだけで、回復や治癒魔術をすぐに身につけていった。この辺りはアーシアちゃんもそう。さらに神器との相乗効果で、彼女達の治癒魔術は即効性も効果も高い。訓練でどうしても生傷が多くなるから、練習の機会はいくらでもあるってわけ。まー、アーシアちゃんは赤龍帝ちゃん専属、ヴァレリーちゃんはギャスパーちゃん専属になりつつあるけども☆

 

 あ、聖杯の譲渡を受けたひーくんの回復魔術も、魔力や気の循環もその……すっごく、その気持ち良くなりまして……私達ひーくんの女性陣はそれだけでヴァレリーちゃん保護が正解だったと感じたみたい……。みんな、エッチだよね。私もそうなんだけど……。



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第98話 シトリー家訪問

少し文字数が普段より短いですが、切りのいいところで投稿します。


「計画にはアクシデントが付き物だけどさぁー、マリウスってマジ無能じゃね? 精神が汚染されてるからってマトモな護衛もつけてなかったとか、その女王ごと聖杯が燃え尽きるってマジ無能! 無能宰相ー! 大事なことだから三回言っちゃったよ、キャハハ!」

 

「確かに聖杯の力で吸血鬼どもを改良したり、赤龍帝や白龍皇の髪の毛や血を得て、神器の複製をと考えておりましたが──まぁ、戦力を得るには別の方法もありましょう。吸血鬼のサンプルは十分確保出来ましたし」

 

「まー、聖杯のゲットも騒動を起こして退屈を紛らわすためだったからなァ。マリウスが抜くついでに一つ拝借するぐらいのつもりだったしぃ……だって、アイツ亜種の聖杯ってことすら、ちゃんと認識してないんだもんよー!」

 

「しばらくは駒王町に網を張ろうかと。あの人間共に離脱を一方的に宣告した後、行方知れずとなっているオーフィスの力を計測したという話もありますので」

 

「あー、au派とか名乗ってる連中ー? まあ、あの聖槍はちっと面倒だからなー。無効化の上を行きそうでよー、あーまじだるー。こそこそする方が暗躍してるって感じだし、いいんじゃね?」

 

「はい、しばし潜伏致しますがご容赦を」

 

「かまやしねーYo! その間にいっそ教会に殴り込んでマジモンの聖杯でも奪う計画でも立てとくわ、うん、それも退屈が紛れそうだ!」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ヴラディ君の神器制御訓練が始まって現実世界で週末を迎えた頃、俺達は正式なルートを通って冥界入りしていた。駒王町の地下深くに悪魔専用の鉄道の発着場があり、そこからシトリー家の列車で正式なゲートを通って冥界入りとなっていた。

 銀河鉄道を彷彿とさせる行程で、こういうのが好きな俺とすずかは車窓からの景色を飽きもせずに見つめては物語の名シーンを互いに語り合っている内に、シトリー領に入ってしまっていたというオチもあった。セラやソーナ達といった家族達が俺達二人をとても温かい目で見ていたり、あとは今回の同行が認められたグレモリーさんだったり、一誠君や元士郎たちは何だか俺達を身近に感じられて良かったと口を揃えていたりした。これは今回お留守番となる、ギャスパー君(いい加減名前呼びにしようかって話になった)やヴァレリーさん、あと、エリオ君にキャロちゃんまでこの話を聞いたら、似た感想を持ったのだとか。

 

「大翔とすずか、とてもはしゃいでいて楽しそう。我も楽しくなった」

 

 すずかの膝上のオーフィスにまでこう言われては二人して赤くなるしかなかったんだけど、屋敷についてからは別の意味で大変だった。シトリー家の執事さんやメイドさん達に揃って『若様』と呼ばれるのだ。むず痒いものがあったけれど、サザトガさん達だけでなくセラやソーナが嬉しそうな顔をしているし、すずかやアリサ達への敬意もちゃんと向けてくれることも含めて、甘んじて受けるべきだと判断した。

 

「まさか、お父様や教皇様まで来るとは思いませんでした」

 

「駅でまさかの合流だったからね、俺も驚いたよ」

 

「テスタロッサ殿から連絡は受けていたのだが、予定の調整がギリギリだったのでね。シトリー殿には間に合えば行かせて頂くと伝えていたのだよ」

 

「教皇様まで動かれる必要はないとお止めしたのだが……聖王の後継となった君と教会の聖女となったカリムに関わるのだからと押し切られてしまってな……」

 

 カリムのお父さんは胃薬を飲みながらそんな風にボヤいていた。そのうち、娘が聖母とか呼ばれるようになる私の気持ちが分かるかねと問いかけられたけれど、そればかりはごめんなさいとしか言いようがない。俺はカリムを手放すつもりはないのだから。

 

「ヴァレリー、手打ちそばって美味しいね」

 

「でも啜るというのはなかなか難しいわ。あえて音を立てるというのも不思議な文化ね」

 

 サザトガさんの打った蕎麦をアルジールさんのお手製の麺つゆで頂く。二人の言う通り、本当にこれは美味い。箸が進み、自然とザルをお替りしてしまう。不意にヴァーリと目線が合い、頷き合う。そうだな、今はただ、この喉ごしを味わうべきだろう。

 

「ハハハ、これだけ夢中になって大翔くん達が食べてくれるのならば、頑張って打った甲斐があるというものだ」

 

 サザトガさんが満足げに笑う中、俺とヴァーリは無心となり、しばらくの間蕎麦をすすり続けていた。

 

 なお、留守番のはずの二人や正式には簡単に冥界入りできないヴァーリも一緒に食べているのは、シトリー邸と月村邸の大広間の扉を魔法陣代わりに転移術式で繋いでいるからだ。あとはその扉を全開放して長テーブルを両家の部屋を跨ぐように置けば、座る場所さえ間違えなければ、あくまで冥界入りはしていないというお話。

 魔法陣をずっと展開しているのと同じなので魔力の消費はずっと続いているけれど、皆魔力を分けてくれているから、会の終わりまでは余裕が持てる計算だった。

 

「我は無限。これぐらいの魔力供給は問題ない。えっへん」

 

「ふふ、ありがとうねオーちゃん」

 

「~♪」

 

 なお、堂々と俺達に同行して、今もすずかに頭を撫でられているオーフィスは……うん、誰が逆らえるかという根本的な話のようで、大公様も含めて一切触れない話となった。魔力の大部分を供給してくれているしね。

 

「また無茶をしたものね、ヒロ? 吸血鬼の女王の死を偽装して連れ去るだなんて。セラフォルー様から内々に話を受けたお父様やお母様も最初は頭を抱えていたわ」

 

 蕎麦をすするのに苦戦するヴァレリーさんを見ながら、同じく苦戦していたシーラさんがそんなことを口にする。

 

「なり行きと安っぽい正義感とその場の勢いが噛み合ったらこうなったんだ。でも、後悔はないよ」

 

「ええ、それでこそヒロだもの。ヒロと関わると決めたのなら想像の範囲内だと腹をくくって、どうこの縁を生かしていくのか考えるべきだとお父様やお母様には進言したわ。まぁ、お父様とお母様が手のひらを返すような真似をするようなら強制的に隠居して頂いただろうし、私もこうしてのんびりしていられなかったでしょうけど」

 

 ヒロとの関係を取り消せと言われても聞くつもりなど無いけれどと微笑んですらみせるシーラさんはセラからこの話を聞いた時、拍手しながら愉快そうに笑っていたんだそうだ。しれっと今も恐ろしいことを口にしているし、仮にそうなったとしても何とかしてみせるだけという肝の据わっているところがある。睡眠時間の確保は俺に頼んで何とか確保すればいいと、軽口を飛ばしてすらいるから。

 

「それにね、ヒロの悪魔側の第一夫人を私にするとかいうゴリ押しのほうがよほど頭を抱えたくなるやり方だって、しっかり言い返しておいたわ」

 

「変な話ですよね。大公様はその話題でサザトガさんと激しくやり合っているけれど、そもそもシーラさんと俺が夫婦になるのが前提というのがおかしいわけだし」

 

「……あら、貰ってはくれないの?」

 

「え?」

 

「私はヒロと夫婦になれというのならば、喜んで妻にならせてもらうわ。貴方と堂々と一緒に過ごせるなら、願っても無いことよ?」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ……ひろくん、固まっちゃったね。シーラさんの好意が姉弟のソレだと思っていたんだろうし、予測の範囲ではあるんだけど。

 

「大翔様らしいといいますか……」

 

「そうだね、カリムさん。でも、シーグヴァイラさんはそんなの織り込み済みだったみたいだし」

 

 当のシーグヴァイラさんは落ち着いたもので、答えをすぐに出せというわけでもないし、私はどこへも行くつもりもないから落ち着きなさいと声をかけている。

 

「大翔様と夫婦になりたい気持ちに一切変わりはないから、そのうち受け入れてくれればいい。そんな感じですものね」

 

 アガレス家のご両親の方針が変わったのも大きいのだろう。シーグヴァイラさんが当主になるとしても、その次の当主は純血悪魔となる弟か妹が継ぐことになるらしい。結界内にご両親がちらほら顔を見せていたのはそのために励んでいたからだったようで。

 

「ソーナさんが腕を引っ張って、セラフォルーさんが背中から抱きついて、シーグヴァイラさんと取り合いになりましたね……」

 

「やり過ぎたら気を乱して、その隙に救出するから」

 

「はい、心得ております」

 

 向こう側の親側の話し合いも剣呑な雰囲気になっていたりもしたけれど、シトリー家とアガレス家でひろくんの意向を完全に無視したやり取りもあったために、私の怒りを察したオーちゃんがひろくんやセラフォルーさんが動く前に鎮めてしまった。物理的に。

 

「お前達、まとめて潰されたい? 大翔を蔑ろにするのは我に喧嘩を売ると思え」

 

 怒りのオーラを隠さないオーちゃんを収めたのは、朱璃さんやプレシアさん達、海鳴でオーちゃんを知っているお母さん達だった。飛鳥さんやヴィクトリアさんといった四人のお母さん達に抱き締められたり、頭を撫でられると、オーちゃんは静かにその矛を鎮めていった。

 

「アリサやすずかの両親、プレシアは本当に肝が据わってる。それに大翔のことをしっかり考えてる。あと、美味しいものもくれる。だから我も気に入ってる。あ、気に入ってるという意味だと、朱璃も一緒」

 

「たかが人間、その意識がどうしても抜けないんでしょう。超常的な力や肉体、寿命を持つ以上、此方はどうあろうと脆弱に映るのでしょうね」

 

 オーちゃんの手を引いて、こちらへと歩み寄ってきたプレシアさんは中級悪魔ならば軽く捻る力を持つ魔導師。身体を蝕んでいた薬物の副作用も私の血を少しずつ服用し続けたことで完治し、かつ肉体寿命も伸びている。

 話し合いの間もアリサちゃんのご両親や教皇様達をさりげなく守る位置について、警戒を怠ることはなかった。バラキエルさん達もいるし、心配はしていなかったんだけどね。

 

「限りがあるからこそ知恵を振り絞り、技術を高め、次の世代へと託していく……まして、聖王様という我らにとっての希望に次世代を引き継げる。それが叶う今、この老骨の何を惜しみ恐れる必要があろうか」

 

「まあ、あの魔力が実際に飛び交えば彼が渡してくれたこの御守りがなければ一瞬で消し飛んでいたでしょうな、我らは」

 

「その前に私がまず、打たせないわよ。バラキエルさん達も征二さんも勿論動く。それで数秒は稼げるし、大翔が黙っていないわ。瞬時に鎮圧にかかるでしょう」

 

 ひろくんへの師匠としての信頼。魔導師としての自負。そして──。

 

「アリシアとフェイトに産まれる孫に囲まれて楽しい時間を過ごすまで、衰えてなどいられるものですか。皺くちゃのおばあちゃんだなんて言われるわけにもいかないのよ。絶対にあの子達の息子や娘よ、愛らしく、かつ才にあふれ、いい子に育つに決まって──」

 

 うん、安定の親馬鹿さんだから。教皇様やカリムさんのお父さんの笑みが引き攣るぐらいに、今日もプレシアさんは平常運転だった。

 

「デビッド殿にも申し訳なかった。悪魔の強欲さ、お笑いになってください」

 

 オーちゃんの手加減マシマシの物理制止から復帰したサザトガさん達も今度は和やかに話を再開したみたい。

 

「ハハハッ、娘の幸せを願うのに必死になるのは人間も悪魔も堕天使も変わらぬということ。それに欲がなければ、こんな美味い蕎麦を打てるようにもなりますまい」

 

「デビッド殿……」

 

「ただ、我らの愛する息子は皆を本気で幸せにすることを優先に考え、そのために無理や無茶を通す男です。心配するべきは彼の身体や心の疲労。我らがしっかり見ておいてブレーキ役になるぐらいで、ちょうど良いのです。長く彼を見守れるのはサザトガ殿達しか出来ないこと。どうか末長く見守ってやって頂きたい」

 

「……お約束致しますぞ」

 

「あとは、経済面でのお付き合いも考えていきたいですな。特産品や魔術を組み込んだ技術で作られた家具などの調度品など、正直年甲斐も無く興奮してましてな、ハハハ」

 

「おお、こちらとしても願っても無いことです。領内の発展はシトリー家においても、アガレス家においても永遠の課題ですからな」

 

 デビッドさんの声に、ソーナさんやシーグヴァイラさんのご両親がそっと頭を下げ、そして順番に握手を交わしていく。続けて、アリサちゃんのお母さんであるヴィクトリアさんや私のお父さん、お母さんとも。改めてバラキエルさん達も手を取り合っていた。

 完全とはいかなくても人の強さみたいな部分を感じ入ってもらえたのなら、親同士の交友もそう悪くなることはないと思えて……少し私はホッとするのだった。



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第99話 姫から王への自覚

投稿できるうちに投稿する姿勢で。

※次話の更新はちょい遅れてます。一応100話という区切りなので、閑話回みたいなものを入れたいなと。そっちを仕上げて投稿したいのでもうちょっと時間を下さいませ。14日ぐらいまでには更新見込みです。


 親同士の話の流れから、夕食も一緒にどうかという話になった私達。時間の都合については大翔さんがいる限り問題になりませんから。もちろん私達も構築は手伝いますし、楽しい時間が数時間延びるのとちゃんとした睡眠時間を確保するぐらいであれば、アリサのご両親や聖王教会のお二人にも影響は少ないでしょう。

 

「いやぁ、ほんとにこの畳に慣れちまうと本当に駄目になるな! サザトガ殿も分かって……あででで!」

 

「貴方の無作法が私の息子や娘達の悪評に繋がるの。何度教えれば身体で覚えるのかしら……?」

 

「ま、待て、プレシア! お前の雷はバラキエルのアレよりも洒落にならねぇ! というか身体じゃなくて、言葉だ! 対話、対話をしようぜ! 暴力は破壊しか生まね……あばばばばばばばはばばっ」

 

「何を言っているの。折檻なのだから、効き目が強くなければ意味は無いわ」

 

「見事な魔力制御だ……。あの総督にだけ激しい雷が降り注ぎ、他には一切飛び火していない」

 

「ひーくんのお師匠様だもの、1cm単位で正確に狙いを絞っちゃうんだよ☆」

 

「雷を指一本の幅で制御出来るものなのか……いや、それはともかくとしよう。レヴィアタン様、私には堕天使の総督が駄目親父に見えるのだが……」

 

「大公さま、見えるんじゃなくて駄目親父で合ってますよ☆」

 

「ううむ、ヒロは堕天使勢力とも懇意だと聞いているが……大丈夫かね」

 

「ひーくんに変に負担をかけるぐらいなら、バラキエルのおじ様夫妻を堕天使陣営から保護しちゃって縁切りしちゃいますから☆ まあ、シェムハザ副総督が頑張ってますから、そう悪くはならないはず……?」

 

 アガレス家の大広間とも接続の上、両家のお抱え料理人が腕を振るい、大翔さんがまた若様と呼ばれていたり、すずかさんやアリサのご両親が家からお気に入りの日本酒や焼酎を持ち込んだり、サザトガ様や大公様達も秘蔵のワインを持ち出してきたり、気づけば合流していたおじ様が、プレシアさんにいつものお説教を受けていたり──。

 

「全くアザゼルにも、はぐっ、困った、もぐ、ものだな、んぐ」

 

「ヴァーリは口の中のもの飲み込んでから喋れって……飯は逃げねえぞ? まあ、総督さんだからよ、ほっといても復活するだろうが……」

 

 せっかくだからと、お母様や私達で台所を借りてお酒に合うおつまみを作って、皆さんに披露して、料理人さん達がレシピを覚えていたり……。完全に餌付けされている状態のヴァーリくんを元士郎くんが窘めていたり。

 

「若様は既に旦那様に並ぶ麺打ち職人であられた……!」

 

「感動するところがそこなのですか……?」

 

「いえ、ソーナお嬢様やセラフォルーお嬢様が自ら伴侶に選ばれる時点で人格面の疑いなどございませぬ。それに加えて、旦那様と並んで麺打ちする様子が既に親子のように見えて、爺は嬉しゅうございます!」

 

 執事さんやメイドさん達にも、サザトガ様と大翔さんが二人で追加で打ったうどんを振舞って、皆んなが笑顔で過ごせる時間がそこにはあった。ソーナは顔を赤くしながらも嬉しそうです。

 

「ほんと、空知にとっては家族になってしまえば、種族も何も関係ないのね。それでいて、やるべきことはきっちりこなすんだもの」

 

「リアス……」

 

「朱乃の笑顔が本当に晴れやかで、最初は悔しくて仕方なくて何度も突っかかってはやっつけられて、それでいて私にまで丁寧にアドバイスしてきて……かなり反発したけど、言う通りにやってみたら強くなる自分が分かって。朱乃や小猫の王として、本気で私を磨こうとしてるのが分かっちゃったのよね」

 

「ええ、大翔さんは最初から本気だったもの」

 

「ほら、朱乃と一緒に仕事中の様子を見せてもらったことも何度かあるじゃない。私達と年の変わらないはずの空知は自分の判断が何千もの社員に影響する、そんな責任から逃げずにずっと考え続けて……しっかり自分の足で立っていて……だから周りからも後継者として認められて、しかも驕らずに貪欲に知識や情報を求めては自分のものにしていて……」

 

「自分の評価がすずかさんやアリサの評価に直結する。だから、絶対に手は抜けないし、お嬢様達の目はやはり確かだと言わせたいんだって……結局のところ、大切な人達のためだって。ただ、同じようにたくさんの部下を抱える立場になるリアスには、まして、私や小猫ちゃんが仕える貴女だから、どうにか自覚して欲しいと考えていたみたい」

 

「負けず嫌いの私はまんまと空知の思惑に乗って……ふふ、私も随分影響されちゃった。お母様の教えが偏りがあるってことも……気づいてしまったもの」

 

 リアスは生まれや育ちの良さもあり、挫折というものをほぼ味わったことが無かった。味わう必要がこれまで無かったとも言える。それが私が大翔さんと出会い、自分でも自覚はあるのだけど……依存した相手の影響を受けやすい私は、リアスからすれば洗脳でも受けて別人格になったようにすら見えていたのでしょう。

 

「誰かを支えることに大きな喜びを見出し、自分の能力も磨くことも怠らない。月村さんやバニングス、ソーナやシーグヴァイラ……次期当主を義務付けられた女達が強く惹かれるわけだわ」

 

 大翔さんも勿論自分の短所を自覚されているのですが……私達にとっては短所になりにくいといいますか。

 

「独占欲は強くて、出来るだけ傍にいようとなさいますけれど……私達の人数を考えると、それぐらいでバランスが取れますから」

 

 自分のいない場所での露出を控えるとか、出来るだけ他の男性と話す回数を減らして欲しいとか……束縛してくるところはあります。ただ、絶対に話すなというわけでもありませんし、同性であれ異性であれ自分が信を置く相手同士なら、例えばヴァーリくんとか祐斗くん相手がそうですけど、気にされる様子もありません。

 

 私自身、大翔さん以外の男性の視線が本当に苦手になってきていますし……背筋に寒気が走ります。同世代で普通に話せるのは気心を知っている祐斗くんであったり、戦いと美食に重きを置くと知っているヴァーリくんぐらいでしょう。性格が分かってきた元士郎くんが何とか嫌悪感を感じずにいられる、といった感じです。

 

「朱乃は相手に染められるのを喜んじゃうものね。そういう意味では空知で良かったのかも……自分を見るようには求めるけど、これまでの朱乃やソーナの交友関係を崩しに来たりしないし、私とも出来るだけいい関係を保とうとしてくれているものね。ギャスパーのことなんて、ここまで踏み込んで状況を打開してくれるなんて思ってもいなかったわ」

 

 頰にまだ打ち粉が付いた状態でギャスパー君やヴァレリーさんに感想を聞いて何度も頷く大翔さんに、二人が顔を見合わせて自然に微笑んでいる──その様子を嬉しそうに眺めながら、リアスはずずっとうどんを啜りあげていました。……餌付けされているのは、リアスも同じなのよね。

 

「ギャスパーの件も本当にいい方向に向かってる。日本の食文化も堪能させてもらっているし、ふふふ、空知には本当に感謝してるのよ?」

 

 大翔さんがリアスの中では信頼の置ける従兄弟みたいな感覚なのだと、リアスはこっそり教えてくれました。

 

「朱乃にも聞かれたけど、考えたことはあるのよ。ただね、私は独占欲が強くて喧嘩が絶えないと予想出来てしまうし、私が余裕を持てる立場じゃないと駄目なのよ。切磋琢磨して自分の魅力で惹きつけ続けるのが出来なくなりそうで。……ふふ、情けない話よ。臆病だなって自分で笑ってしまうわ」

 

 だから、努力し続ける道を選んだ私が眩しく感じるのだと、リアスは苦笑いを浮かべていました。そんなリアスをぎゅっと抱き締めながら、お互いにこれからも親友でいようと、いられるように頑張ろうねと声を掛け合いました。

 

「さて、すぐ先の話をしましょうか。あの話もさらに負担をかけるようで申し訳ないのだけど……朱乃や小猫も確実に関わってくる話だから」

 

「ええ、概要だけは先に伝えたわ」

 

 ここ数日で、急に実家から婚約者であるライザー・フェニックス様との婚姻準備を早めるようにせっつかれているリアスは内々に先方へと連絡を取り、当人同士の話し合いの場を持とうとしていた。先方から予定を早めたいとの申し出があったとのことだけれど、リアスはその動き自体にキナ臭さを感じている。

 

「月村さんやバニングス、ソーナやシーグヴァイラを見ていて、私もいつまでも逃げていられないとは思っていたの。私はグレモリーの次期当主として、ライザーをもう一度しっかり見極めなければいけない。正直、相変わらずいけ好かないとは思うけれど、大学卒業までは自由にしているといいと殆どこちらを放置していたあの男が急に動いてきたのは、多分そうしなきゃいけない理由が出来たから」

 

 シーグヴァイラ様が裏は取れていないと前置きの上で、フェニックス家に魔王様達と距離のある上層部の一部が接近しているとの情報を齎してくれていた。

 

「絶対に私と結婚したら、その眷属だからって朱乃や小猫、アーシアにも手を出しかねない男だものね……その時点で個人としては正直論外なんだけど……」

 

「その場合は二度と再生出来ないように灰にして構わないわよね?」

 

「いえ、朱乃先輩。トラウマ植え付けるレベルでひたすら去勢しましょう。砕いて再生して砕いて……」

 

「なるほど、あの部位を燃やし尽くし続けるのもいいですわね。想像を絶する痛みであっても、すぐに死ねるわけでもないもの。二度とグレモリー眷属に手を出そうとは考えられないようになるでしょう」

 

「今の二人とも本気で出来そうだから辞めて!? それはむしろ廃人まっしぐらだから!」

 

 あっという間に近くにやってきた小猫ちゃんと対応策を口にすると、リアスがこちらに必死に懇願してきます。嫌ですわ、あくまで向こうが強引な手段に出てきた時の話ですもの。仮の話です、仮の。

 

「仙術で体内の魔力を乱しに乱して、脳に集中的に微力の電流を送り込めばマトモに動けなく出来ますよ。あの部位以外に傷を付けなければ再生能力も働きにくいでしょうから、恐らく」

 

「空知ーっ! お願い、この二人を止めてちょうだいっ!」

 

 あらあら、リアス。そんな血相を変えなくても。大翔さんだけでなく、シーグヴァイラ様やソーナ、セラフォルー様までもが駆けつけてこられたではありませんか。

 

「うーん、フェニックスの一族が生み出す治療薬はレーティングゲームに欠かせないんだろう? だから、心を壊すところまでやるのは行き過ぎになるよ」

 

「兄さまがそう言うのなら……」

 

「二、三回おきに契約なり誓約を迫ったらいいよ。二度と此方に手を出せないようにね」

 

「分かりましたわ、こちらに都合の良い条件を飲ませればいいんですもの」

 

「悪魔の誓約や契約は破れば自分に振りかかるペナルティも大きいですし、不名誉の最たるものです。分かりました、兄さま」

 

 こちらへの不干渉を確約させるのが重要ですものね。目的を履き違えないようにしなければ。小猫ちゃんも納得できたようで、しっかりと頷きました。

 

「……ソーナ、ねえ、私の女王と戦車が過激過ぎるのだけど」

 

「十分に温情だと思うのだけど。それとも、ライザーとの結婚を即認められるの?」

 

「それは嫌よ……」

 

「ライザーの眷属はすべて女性で自分のハーレム。女王が実質的な正妻で、リアスは自分が楽しむためと純血悪魔を産むための婚約相手だと、非公式な場では言い放っているようですから」

 

 少し情報を集めようとすれば、隠すつもりもないのかボロボロ集まるとシーグヴァイラ様も呆れ顔です。女を道具や所有物としてしか見ていない考えをプライベートでは隠しもしないのでしょうか。

 

「……それだけ聞くと最低な男に思えるんだけど、そんな男にたくさんの女の人が集うものなのかな?」

 

「眷属になってしまえば主への叛逆は重罪だから、もしかすれば嫌々ながら従っているという子もいるかもしれないわ」

 

「良くも悪くも典型的な貴族悪魔らしい男の子だからねー。ただぁ、グレモリー家の次期当主でもあるリアスちゃんを公の場じゃないとはいえ、所有物扱いって相当自分に自信があるのか……もしくは、何か狙いでもあるのかな~?」

 

 大翔さんの疑問にシーグヴァイラ様が即答し、ソーナも頷きます。ただ、セラフォルー様は同意しつつも、別の観点からの指摘も付け加えていました。

 

「ありがとう、セラ。実際に接していない相手に対しての過剰な先入観や思い込みは怖いと分かっているよ。グレモリーさん、朱乃が女王として立ち会う以上、俺も給仕係でも何でもいいので同席できるようにお願いしますね」

 

「ええ、そのつもりよ」

 

「その時に『たまたま』用事で私が訪ねていてもおかしくないように、旧校舎の部室での話し合いが望ましいわね」

 

「そうね。私も『たまたま』ヒロ関連の話でソーナを訪ねていて、そのまま同席しても仕方ないものね」

 

「うわあ、ライザーちゃん涙目だこれ☆ そんな私はすずかちゃんとかと一緒に『ディープダイバー』で床や壁に潜っておけばいいしね☆ 潜伏ミッションコンプリートってやつ☆」

 

「……お姉様は仕事してください。自重もしてください」

 

「……なぜかしらね、ライザーが哀れに思えてくるのだけど」

 

 そんなリアスの呟きに答えたのは大翔さんの苦笑いのみでした。



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第100話(閑話回) 爛れた日常の中の確かな幸せ(※)

閑話回です。
とりとめもない話になってしまった感もありますが、
朱乃さん達が幸せそうならそれでええねん(唐突な関西感)


 子宮が悦びに啼く。言葉にしてしまえばそれだけなのかもしれない。だけど、毎朝毎晩その歓喜に震える私は自分で自分が怖くなるぐらいに幸せを感じられる日々を過ごしている。

 

「大翔さんっ! もっと、もっと……っ! 私をっ、朱乃をっ! もっと貴方のものにしてっ! 激しく貫いて、貴方の女だと思い知らせてっ!」

 

 学園でのお姉様と呼ばれるような振る舞いなど、大翔さんに抱かれる私にはどこにも見えないだろう。彼に必死で足を絡めて離さないでと縋り、彼の欲情を昂ぶらせられることに喜びを覚え、彼に求められることに安心感と多幸感を深く感じる。──依存しきっていることなんて自分でも分かっている。彼を喪えば私も迷わず後を追うだろう。今の日々の心の安定さは、全て大翔さんがあってのことで。

 

「ああっ、イクっ、イキますっ! 大翔さん、一緒に、一緒に────っ!!!」

 

 ただ、この身体の一番深い所で彼の精を受け止めながら頭が純白に染まる瞬間は、この上ない幸せな時間。それを一日に二回、時には何回もその幸せを感じられる毎日は極上のもの。

 

「……ごめん、朱乃。ちょっと動けない」

 

 私の胸に頭を預けた大翔さんの荒い息遣いが少しこそばゆい。私を含めて恋人を愛するのに一回一回が全力で手抜きをしない。互いにオーガズムを迎えた後に繋がったままで、どこか不器用なこの人を抱き締めてあげられるのもまた、とても満たされるひと時だから。

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。私もまだこうしていたいですし」

 

 一人占めです。この人を独占できる時間はとても大切なものだから。大翔さんの愛し方は愛されていることを強く実感させてくれるものだけど、それだけに彼の全てを自分だけに向けられる時間は本当に愛おしいもの。

 

「大翔さんの息が整うまで、どうかこのままで……」

 

 ここ最近、学校での求められる理想の姫島朱乃みたいなものをそつなく熟せるようになって、周りがさらに囃し立ててきたりするのだけれど。

 結局、私は大翔さんに自分の全てを預けて従属する形が、自分の心の安定に繋がっている弱い女だと自分で認めていて、大翔さんがいない時の私は虚構だと割り切れているからかなと自己分析している。私の重たい愛情をあっさり飲み込んで、不安をかき消すほどに愛を与えてくれるこの人から自分から離れることなどもう有り得ないのだもの。

 

「愛しています……大好き、大翔さん……」

 

「ありがとう、朱乃。これからもこうして朱乃と過ごせるように、頑張らないとな……」

 

「正直、大翔さんは頑張り過ぎだと思うのですけど」

 

「ははっ……不安の裏返しなんだよ。海鳴で一緒に過ごしてきたすずかやアリサ達だけじゃなくて、駒王で出会った朱乃達もこうして俺を好きでいてくれてさ……自分が恵まれ過ぎてるって怖くなるから、やれることを全力で頑張ってそれで釣り合い取ろうとしてる感じなんだよ」

 

「うふふ、そういうことなら私も一緒です。幸せ過ぎて怖くなって、自ずと自分を高める努力を怠らないようになっていると言いますか……」

 

 なんだか似た者同士だと笑い合いながら、私は口づけを交わして──。

 

「隣にアタシがいること、すっかり抜けてるんじゃない? この部屋に防音魔術施したからって、朱乃の声、目が覚めるぐらいにすごかったわよ」

 

 ──アリサに呼びかけられて、大翔さんと二人で背中をびくんと跳ねさせる羽目になってしまいました。

 

「……あ、ぅ、ご、ごめんなさい、アリサ」

 

「いいのよ、そこまで我を忘れさせた大翔が悪いんだから」

 

 そう言って茶目っ気たっぷりに笑うアリサも私達と同じ浴衣が着崩れた格好のままだった。そう、ここは海鳴温泉。すずかさんやアリサの家が御用達にしている温泉宿です。

 

「普段がベッドだから、こういう畳の上でするのも悪くないでしょ? って、そっか。朱乃は元々神社に住んでるから、畳に慣れてるんだっけ」

 

「そうね。やっとベッドで眠るのにも慣れた感じかしら」

 

「ふふ、まして温泉宿だもの。普段と違う感じだし。ねー、大翔? お風呂まで連れて行ってよ」

 

 露天風呂付き客室なので、こうして行為が終わった後すぐに汗を流すことも出来ます。浴衣もかなり汗を吸ってしまっているので、水と風の魔力を併用した洗浄魔術を使う必要がありますね……。

 この日用魔術ともいうべき魔術はものすごく重宝していて、下腹部へ施す水の魔術と合わせて使用頻度がとても高いのです。なので、水と風の魔力の扱いが苦手という子は気づけばいなくなっていました。必須習得となれば、繰り返し使うことで身体が忘れなくなりますもの。

 

「よし、アリサは背中に乗ればいい。朱乃はこのまま抱き上げるよ」

 

「あ、ちょっと待って。さっきそのまま意識飛んでたから、こぼれないようにしちゃうから。朱乃は?」

 

「私もそうしますけど、その。大翔さんと繋がったままなので……」

 

 私の言葉に大翔さんのものがぶるっと震え、管に残った精が放たれるのを感じて、私はまた軽く気を飛ばしそうになってしまうのでした。少し慌てた様子の大翔さんが抱き抱えてくれる腕の中で、もう一度息を整え直します。私が心から安心できる場所、そして匂い。この温もりを感じる度にまた頑張ろうと心が元気になっていくの。

 

「しっかし、朱乃もほんとエッチになっちゃったわよねー。大翔がイクまでに軽いのも含めれば十回近くはトンでるんじゃない?」

 

「そ、そう言うアリサこそ似たようなものじゃない」

 

「そりゃもう五年近く大翔に開発されちゃってるもの、アタシよりアタシが気持ち良くなるポイントを把握してるわよ。完全に染め上げられちゃったんだから、意地を張るよりも楽しんだ方が建設的だわ」

 

 私の精一杯の反撃なんて何のその。ここまで堂々とされてしまうと何も言えなくなってしまいます。

 

「幸せよ、ほんと。ここまで女の子が増えるとは思ってなかったけど、毎日私との時間はしっかり確保してくれるし、他の子にしたって充実してるのが見ればすぐ分かる。みんなちゃんと愛されてる実感があるから、この人数でもお互いにいい関係でいられるもの」

 

「アリサ……」

 

「私だけじゃないわ。みんな同じように感じてるはずよ」

 

「ええ、そうね。幸せよ、胸を張って言えるわ」

 

 言うまでもないことですけど、ハッキリと言葉にするのも大切なこと。大翔さんの不安が少しでも薄れるように。

 

「ふふふ、ねえ大翔。アンタはちゃんと幸せだって思えてる?」

 

「当たり前だろ、幸せ過ぎて怖いぐらいだ」

 

「だったらいいのよ。その怖さを感じられなくなるぐらいに、私達がたーっぷりとこれからもアンタを愛し続けてあげる。不安を感じる時間が無いぐらいに振り回すつもりだから、覚悟してるといいわよ」

 

「お手柔らかに頼むと言いたいけど……」

 

「ええ、駄目よ。さ、早く私達をお風呂に連れて行って? そして、ちゃんとアンタが私達を綺麗に洗ってちょうだい」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「……あら?」

 

「多分、お風呂かな。三人ともいないし」

 

 ふと目を覚ませば、大翔くんだけじゃなくてアリサや朱乃も布団から姿を消していました。ほぼ同じタイミングで目を覚ましたすずかさんが部屋付きの露天風呂の方へ目をやっています。

 

「最近、意識が飛ぶぐらいに気持ち良くさせられちゃうから、終わった後に隣で誰かが声を上げていてもなかなか気づかないよね」

 

「ええ、流石に殺気や強い魔力などを感じれば目は覚めますが……大翔くんが近くにいる感覚があると、そのまま寝ちゃってますね」

 

 シーグヴァイラ絡みで大公様の療養を結界内で過ごしたあの六日間から、私とすずかさんは後ろの穴も使ってもらえるように開発を進めました。大翔くんは人数が増えたパートナーの相手を同時に務められるようにと、仙術や妖術の転用で擬似的に男性の象徴を二本に増やせるように調整されたのですが、強烈な発情期が来るすずかさんと性愛の本能が完全に目覚めてしまった私は、二本同時に貫いて欲しいという欲望を抑えられなかったのです。

 私達の努力と学習、そして大翔くんの献身……だって、躾けてもらうのも彼でなければ意味がないのですから。そんな要素が合わさって黒歌曰く、恐ろしいほどの短期間で私達は今までの何倍もの──あくまで体感ではありますが、気持ち良さを得られるようになったのです。

 

「魔力や陽の気がたっぷり篭ってるのを身体も覚えちゃってるから、同時に浴びると気持ち良すぎてどうにかなっちゃいそうだもん。ただ、身体はイキ続けたままだから、すぐに刺激で現実に戻されてまた飛んでしまう繰り返しなんだけど」

 

 意識の暗転と覚醒を短時間で繰り返すので消耗も激しく深い眠りに誘われてしまうわけですが、大翔くんがこちらの負担を心配してこのやり方は辞めようという話にもなりかけたのです。

 でも、女の身体と心は順応してしまうもので……前と後ろを同時に貫かれて快感の激しさが倍以上なのは変わりなくても、まずオーガズムの連続で意識が飛ぶことがほぼ無くなりました。記憶としてはただただ気持ち良いという感覚しか残らないのですが、周りで見ている椿姫などに聞けば、絶え間なく絶頂を訴えながら辞めないで欲しいと訴え続ける姿が見られるのだとか……。

 

 お陰様(?)で、私もすずかさんも一度のセックスで三回四回と精を放って頂かなくても身体が満足感を得られるようになっています。いまや私やすずかさんは専用のローション確保や腸内洗浄が日常に加わっていますが……それぐらいの労苦を惜しんでどうするという話ですし。

 

『すずかとソーナはホント貪欲過ぎるというか、大翔じゃなければ逃げられてるんじゃないかにゃ……いや、二人は満たされてるみたいだし、使い過ぎた精力のフォローはこっちでもやるけどにゃあ……』

 

 黒歌に呆れられることもしばしばなのですが、もちろん大翔くん以外にこんな赤裸々で淫乱な私を見せられるわけがないのです。男性器のことしか考えられなくなっていく発情状態になろうとも、他の人で満たせと言われれば私はそのまま自らの首を水の刃で掻っ切るでしょう。

 

「……今さら大翔くん無しで生きていけるわけもありませんしね、本当に得難い方です」

 

「ふふ、そうだね。私やソーナさんのこの渇きを潤して、かつ心まで満たしてくれるのがひろくんだもん」

 

 眠りについても子宮や腸内に施した水の魔力は問題なく働いていて体外へこぼれ落ちることもなく、私の身体に少しずつ溶け合っていく大翔くんの精から齎される魔力や陽の気はいつだって、私を彼の腕の中に包まれているような感覚を与えてくれる。

 

「ええ、その通りです。さあ、私達もお風呂に乱入するとしませんか?」

 

「せっかくの温泉露天風呂だしね。家の庭でも露天風呂はあるけど、流石に温泉は引いていないから」

 

「入浴剤を入れるのにもかなり量が入りますものね、気分転換には最適ですけど──」

 

 この温泉旅行は大翔くんの息抜きが第一の目的のため、すずかさんやアリサは当確枠として、あと一人か二人までという条件がありました。一部屋に宿泊できる限界や封時結界を使わずに十分な睡眠時間を確保出来るのを前提としたので、大翔くんが作成したくじ引きの結果、その枠に今回入り込めたのはものすごくラッキーだったと思います。今回はもう一人の当確枠のアリシアさんが留守番を選んだため、朱乃と私の同行が叶ったのでした。

 とはいえ、夕食の後に大翔くんは自宅へと転移して結界を展開し他メンバーの相手をしっかり務めてから戻ってくるという、なんだか本末転倒なことをしていましたが。

 

『ゆっくり療養して欲しいと思うのも本当ですが、残った私達のこともしっかりケアしてくれたことに留守番組も嬉しさを隠せなかったようです。もちろん、私も。それもあってか、今日はこちらでもゆったりとした繋がり方でしたよ』

 

 椿姫からはそんな報告メールが届いていました。朱乃にもフェイトさんや小猫さんからメールが届いていて、みんなニコニコしているし、改めて惚れ直しちゃったと話にも花が咲いているようです。

 

「大翔くん、アリサ、朱乃、失礼するわね」

 

「あら、すずかやソーナも目が覚めたんだ。おはよ」

 

「うん、ひろくんの気配がないとやっぱり眠りが浅くなるみたい。あ、ひろくん、せっかく浸かってるんだから自分で洗うよ? え、イヤじゃないよ……狡いよ、私はひろくんに触れられるのを喜ばないわけがないもん……」

 

「ふふふ、素直に洗われるのがいいと思いますわ。アリサ、私達も一旦縁に上がって水を補給しましょう。ポットとカップを持ち込んでるから」

 

 せっかくの露天風呂ということもあって、私達が洗ってもらう間に朱乃達も水分補給をして少しでも長く楽しむつもりでいるようです。大翔くんや私も水を少し口にしてから、ゆっくりと足を浴槽へと下ろしていきます。

 少し高めの温度になっているため、息を吐きつつ身体を慣らして、時間をかけて肩まで浸かっていくのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「はあ……日本文化の中でもこの温泉は本当に癖になるわね。疲れも悩みも溶けていって、この湯気と一緒に消えていくみたい」

 

「ふふふ、実質貸切の露天風呂ですから。贅沢な一夜だと思いますわ」

 

「月村とバニングスの御用達の宿だから、仲居さん達も気心知れてる人も多いしね。重婚法の件も私やすずかが率先したのを知ってるから、大翔が女を囲ってるんじゃなくて、実際は大翔が女達に包囲されてるのも分かってるもの。だから、朱乃やソーナを連れて来ても怪訝な顔一つ見せないわけ」

 

「ひろくんの夕食だけちょっと精のつくものが多かったかなーとは思うけど……お見通しなんだね、やっぱり」

 

 女四人に左右と前方を固められて浴槽に背中を預けて湯に浸かる大翔さん。はたから見れば異様な風景ではありますが、この環境に慣れたこともあって普通に寛いでいます。

 

「牡蠣フライにうな重にアサリの味噌汁にトロロとオクラの和え物……ニラレバ炒めもあったなあ」

 

 メインの牛フィレ肉のステーキ以外にパッと上げられるだけでも、大翔さんの夕食はそういうものが中心でした。

 

「全部平らげちゃったものね、大翔」

 

 毎日消費するエネルギーは相当なものですから、大翔さんが食べ過ぎになるよりもむしろこれでも不足していると思えるあたりが、私達の状況を示しているとも言えるわけで……。

 

「取り込んだ先から消費するわけだからアレだけど、大翔には頑張ってもらうしかないものね。アタシ達の相手はアンタしかいないわけだし」

 

「こっちだって望んでやってることだし、黒歌や白音以外にも使い過ぎた力の回復促進をしてもらえる子も増えた。何とかなるさ」

 

 今も私達四人は少しでも大翔さんの回復を促すためにと、大翔さんの腕や足に触れて『気』を大翔さんとの間で行き来させています。ただ、大翔さんの力に染まっている私達の力は親和性が高く自然に溶け合って、戻ってくる気は大翔さんの色合いに染まっています。そして、私達も彼も何も身に纏っていない生まれたままの姿で互いに身を寄せ合っていて……。

 

「んっ……」

 

「あっ、朱乃さん狡いっ、ひろくん私もっ」

 

「その次はソーナで、最後はアタシで。染められちゃったわよね、みんな……大翔を回復させるのにこっちが昂ぶってちゃ世話ないのに、駄目だわ。アタシまで我慢きかなくなってるじゃない」

 

 大翔さんの回復促進のためなのに身体の内側から熱くなって、温泉の熱さも相まって、大翔さんを感じたくなってしまって……。自分からキスをせがんでしまっていました。

 

「大翔くんごめんなさいっ。エッチで、淫乱で、あなたのおちんちん大好きな私でごめんなさいっ。私の下のお口、大翔くんに完全に屈服してるのぅ……っ!」

 

 もう止まれずに、浴槽の縁に腰掛けて足湯の姿勢になった大翔さんに代わるがわる自分から跨っては自分で腰を振る私達。その間の残りの三人は気の循環を続けて、自分の昂りをも強めて順番を待ちます。怒られても仕方ないのに、大翔さんは私達を抱き留めて優しく大丈夫だと声をかけてくれていました。

 

「ひゃ、あ、もうクルの! 大翔くんのおちんちんの虜のソーナのおまんこ、すぐイっちゃうの! おちんちんで子宮グリグリされてアクメしちゃうのぉっ! あ、ああああああああっ!」

 

 感度が上がっている私達の身体は容易くオーガズムを迎え、激しく身を震わせてしまいます。自ら浅ましい格好を望んでしながら隠語を口走るのも、自分を絶頂へと導くエッセンスにしかならずに。

 

「ひろとくぅん、すきぃ……だいしゅきなのぅ……」

 

 抱き締められながらキスをして、最低限息を整えてから次の子に交代します。四人で視線を交わす中で何気なく決まっていたのは、深いオーガズムが来たら次の子に交代することでした。

 

「ソーナ。かなり激しく感じていたけど、大丈夫?」

 

「……突き上げられる感覚と先走りで深ぁく飛んじゃっただけですから、大翔くんは気にする必要ありません。むしろ、私だけが気持ち良くなってしまってるようで……さ、次はすずかさんですね」

 

「はい、ひろくんはこっち見て? あむっ、じゅるっ、んむっ」

 

 手を添えずとも自らの中に大翔さんを導きながら、彼の後頭部に両手を添えて口内を蹂躙していくすずかさん。……ええ、この順番は我慢が効かなくなった子からという感じでして。

 

「大翔もタフになったわよね。私と朱乃は大翔の気を整えながらとはいえ、始まって一度もまだ達していないもの」

 

 ソーナにしてもすずかさんにしても気脈の扱いは既にちゃんと会得しているのですが、行為に及んでしまうと流す気の量の調整が飛びやすいこともありまして、大翔さんを回復させながらの交わりについて、黒歌以外には私やアリサにアリシアさん、カリムさんとスイッチが入っていない時の小猫ちゃんが主になっています。

 すずかさんやソーナの他にも、椿姫やフェイトさんは繋がっている最中に意識して、女性側から気を循環させると全部受け渡しする勢いで注いでしまうので昏睡状態になりかねないのだとか。その辺りの調整が出来ると黒歌からOKが出ているのが、私やアリサだったりするのです。セラフォルー様はもっぱら訓練中で、強大な魔力の運用が得意な反動なのか、微調整を要する技術となるともう少し時間が必要という状態でした。

 

『そうは言っても、セラフォルーも朱乃達の夏休みが来るぐらいまでには気の扱いも細かいレベルまで出来るようになるにゃ。すずか達は二ヶ月ほど暦が先に進んでるから、あれね。もう夏がやってきてる感があるけど』

 

 黒歌の見立てではセラフォルー様が調整役に収まるのもそれほど遠くは無い様子。駒王はまだ5月ですが、すずかさん達の海鳴はもう7月。まもなく夏休みなのです。水着も新調して、ふふふ。披露できる日が楽しみだったりするのですが──。

 

「触れている感覚ですと、大翔さんの中にかなり私達の気も取り込まれたようですし……」

 

「いやぁ、こんな早く来ちゃうなんてぇ、あぁ、ひろくんスゴいの来ちゃうのっ。力抜けちゃって子宮打ち抜かれてイっちゃうの! 私、ひろくんに簡単にイカされちゃう、イク、イク、イクぅぅぅーっ!」

 

 こうして話している間にも、すずかさんが身を震わせて大翔さんに絶頂後の余韻を慰めてもらう状況になっていました。大翔さんが私達の勧めもあって、普段より強めに相手側から気を吸い上げていることもあり、私達の脱力具合も相まって、容易く達しやすくなっているわけです。

 

「はぁ……はぁ……ひろくん、普段からこうしたら負担も少ないのに……」

 

「んー。そうかもしれないね」

 

 すずかさんの問いかけに大翔さんの反応はどこか薄いものです。普段からこうするつもりはないと言われているのと同じで。

 

「ふふ、アタシも嫌ね。身体は深くイっちゃうからスッキリするけれど、毎回だと気持ちがついていけないと思うわ。こうして繋がったまま、抱き締め合って気を巡らせてるだけでも軽くイっちゃったり、その感覚が緩やかに続いたりする……アタシはこういうの好きだし、このまま大翔と一日の出来事を互いに話したり、たわいもない話をできるのがとても満たされるもの」

 

 大翔さんに気持ち良くしてもらえることに身体が馴染んでますから、オーガズムを得たいと意識すれば身体も連動してくれる。だから、セックスに激しさを求めずとも私達はちゃんと気持ち良くなれるのだから……。

 

「ソーナやすずかみたいに特有のドキツイ時があるのは別よ。ん……そういう時は思い切り組み敷いてもらえばいいんだから。ただ、こうしてゆっくりと動くだけでも、アタシは腰が砕けちゃいそうになる、わ……あ、はぁ……大翔の、大きくなった、嬉し……」

 

「……アリサちゃんはこうして大切な気持ちを思い起こさせてくれるの。私がどうしても激しい気持ち良さを求めちゃう時が多いから、それが普通になりかけちゃったりするの」

 

「私も覚えておかなくてはなりませんね。強く身体を満たしてもらうばかりがセックスじゃない……カリムさんなんて特にそうですよね。いつもゆったりとした交わり方をされて、それでも心身ともに最後は深い絶頂へと登られてますものね」

 

 すずかさんと共に大翔さんの絶対的存在であるアリサ。私が女として追いかける背中はまだまだ果てしないようです。悔しいけど、本当に『いい女』なんですもの。

 

「はぁ……んんんっ! はあ、はあ、はぁぁ……ふふふ、ありがとうございます、私の中で出して頂いて。蕩けた大翔さんのお顔、可愛いですわ」

 

 最後は私の中で果ててくれた大翔さん。イった直後の顔を見られたくないのか、私の胸に顔を埋めてしまわれましたが、その行動も愛らしいと感じてしまうのです。あんまり繰り返し可愛いと言うと不貞腐れられてもいけませんので、この後は女四人だけの念話に留めておきますが。

 

『あーっ、大翔くん、本当に可愛いです! 可愛がってる弟みたいに思えてきてしまうわ……!』

 

『うんうん、ぎゅーってずっと抱き締めていい子いい子してあげたくなるもん!』

 

 すずかさん、大翔さんを背中から抱き締めて頭を既に撫でていますよ。言葉よりも行動が早いです。

 

『ちゃんとカッコいいとことか、逞しいとこを見せてくれるからこそよね』

 

『ええ。大翔さんは私のヒーローですわ、いつでも』

 

 大翔さんの抱える責務や重荷を忘れられる時間を少しでも私との交わりで持ってもらえればいいなと、そんなことを願いながら私も大翔さんの髪をそっと撫でていくのでした。



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第101話 わたしたちがかんがえたさいきょーの美少女

はっちゃけた。
タグとしては「(主人公に対して)残酷な描写」で一つ。

念のため、必須タグも追加しました。
ライザー関連の対応でしか出ない表現ですので、
多用するつもりはありません。


「なるほど、大翔も色々首を突っ込んでいるようね。まあそれも結局は貴女達のため。あの子らしいこと」

 

「ドゥーエさん……」

 

「友人となったという貴女達と同じ仲間の男の子達のことも頭にはあるでしょうけど、愛する家族のため、愛するパートナーのため。あの子の行動基準というのは単純で明快だわ」

 

 管理局へ潜入任務中のドゥーエさんの元へ、ウーノさんからの依頼で届け物を持ってきた私達。メインは翠屋の甘味です。彼女は勤務先の近くに部屋を借りていて、そちらに今回はやってきたのでした。自室にいらっしゃる今も管理局のトップクラスの秘書・メンテナンス担当のため、いつ呼び出しや通信があるか分からず、変装後の青髪の管理局職員の体を保っていらっしゃいます。

 ともあれ、この自室には防音や正規手段以外の通信傍受阻害の魔導具が常時稼動しているなど、内向きの話にするのに適した環境となっていました。

 

「あー、癒されるわ。まさか、黒猫や白猫そのものになれるだなんて。妖怪ってすごいのね」

 

「おねーさんも相当疲れる仕事してるみたいだしにゃ。大翔から癒してあげて欲しいとお願いされたからには、しっかり依頼を果たすのがいい女にゃ」

 

 ドゥーエさんの膝の上には寛いでいる黒猫、もとい黒歌がいます。そして耳と尻尾を出した状態の小猫ちゃんがドゥーエさんの肩回りを解しているところでした。

 

「それにとっても気持ちいいわ。魔力や気で体内を整えてもらって、かつ実際にマッサージ自体も上手だもの」

 

「機械部分は流石にどうしようもないですが、それほど期間をあけずに兄さまも来るように予定を組んでいますので」

 

「助かるわ。それに、朱乃さんの淹れてくれる紅茶の美味しいこと。大翔から私の好みを聞いてくれていたのね。さて、そんな私から貴女達にアドバイスを一つしましょうか」

 

 大翔さんの取引の兼ね合いでどうしても、とんでもない女好きの男嫌い……正しくは人間嫌いですが、そんな相手と友好的な話し合いをしなければいけないことや、私や小猫ちゃんが同席する必要があることを聞いてもらったドゥーエさんから、私達は一つの解決策を提案してもらったのです。

 

「正直に言いにくいのは分かるけれど、クアットロ等から私にも情報は入ってきているのよ? まぁ、貴女達もしがらみが色々ややこしいみたいだけど、いざとなれば容赦はしないこと。迷わないこと。一番大事なのは何なのか、それを取り違えなければいいわ」

 

 そして色々言えない部分があることもお見通しで、年長者の余裕で見ない振りをしていてくれているということも知ることとなるのでした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「そして、ドゥーエ姉さんの提案結果が大夢(ひろむ)ちゃん爆誕!なんですねぇ~」

 

「お願いだから撮らないでくれっ!?」

 

「こらこらひーちゃん。今はその姿なんだから、言葉使いをちゃんとする。クアットロちゃん、ウーノさんやドゥーエさん、ドクター達にも転送した?」

 

「もちろんですよ、アリシアさん~。そちらもそれぞれ思い思いにカメラに収められたようで」

 

「保護してパソコンにも保存用を送ったからバッチリだよ!」

 

 朱乃さん達が持ち帰ったドゥーエさんの提案は、ひろくん『だけ』が彼女から使用許可を受けている、彼女の先天固有技能『ライアーズ・マスク』を使用すること。だから、ひろくんもこの技能は私も含めて誰にも渡していないし、普段は封印してしまっている能力だ。

 この技能は自身の体を変化させる変身偽装能力なんだけど、魔力や仙術、妖術に引っかからないのがポイントで、ほぼ全ての身体検査や感知を欺ける。なので、ドゥーエさんみたいに長期潜入とかをしてると元の自分を忘れそうになるという事態になりかねなかったりするんだけども。

 

「大翔、アンタこれからその姿で学校通いなさいな。たっぷり可愛がってあげるから」

 

「うん、お兄ちゃんが昼間はお姉ちゃんでも何の問題もないよ!」

 

「ありまくりだからねっ!?」

 

 ふふっ、みんないい感じに混乱してる。混乱の中でも紗月さんの指示通り、言葉遣いを直してるひろくんは可愛い。私? 一周回って既に賢者モードだから。ひろくんのひろちゃんは尊いって悟っただけなの。だから、椿姫さんは鼻血を止めようね。

 

「……確かにライザーは美女美少女に弱いわ。それが人間であろうと関係ない。だけど……本気で『わたしたちがかんがえたさいきょーの美少女』に変身させてどうするの!? ライザーが絶対にちょっかいかけてくるわよ!?」

 

「大丈夫よ、リアス。私達みんなの恋人だって断言するから」

 

「百合百合しい花を咲かせてどうするのっ、ソーナっ! ハッ! イッセー、しっかりなさい! その子の正体は大翔よ!?」

 

「離してください部長! そこに至高のおっぱいがあるんですっ!」

 

「……不潔です、一誠君」

 

「ごぱぁっ!?」

 

 言葉遣いをちゃんと女の子にしたひろくんのひろちゃんの破壊力は凄まじい。たった一言で煩悩君が崩れ落ちるぐらいに。あっ、セラフォルーさんの転移魔法陣だ。仕事を全力で切り上げて戻ってきたんだね。

 

「流石兄さま、威力は抜群ですよ」

 

「もう戻っていいよね?」

 

「駄目です」

 

「許可できないにゃ。むしろ寝室以外はその格好を推奨するにゃ……」

 

「美少女ひーくん爆☆誕☆っ! いやーん、私と一緒にレヴィアたん出演しよう! 一緒にコスプレ会場行くのもいいよねっ☆」

 

 さて、鼻息荒い私達。セラフォルーさんに抱き締められている、その変身後のひろくんの姿なんだけど……。

 

 基本ベースは私と朱乃さんの要素を足してから割った感じかな。そこから、皆で話しながら細かい調整を入れていったの。格好はクラシカルメイドの姿。ファリン達やソーナさん達の実家の侍女の制服に、脱げにくいストラップつきのローヒールパンプス。スカート姿への拒否反応が強かったので、足首近くまで隠れる格好に歩きやすい靴をという希望を取り入れてこうなったよ。

 

 背の高さは私と朱乃さんの間。ひろくんと並んで歩く時に顔を上げて話す格好だったのが、ほとんど同じ高さで話せるのがなんだか面白い感じがするよ。髪は私よりも少し薄めの紫がかった色。長さは腰の辺りまで届いていて、それをシニヨンにまとめて、白地のメイドキャップをつけて完成。バレエをする子がよくするお団子の髪型だね。髪のセットはもちろん私達が担当だよ。

 私達が目指す体型の到達点を形にして各々のモチベーションに繋げる意図もあって、バストやウエストなどのスリーサイズは黄金比を重視。ひろくんは『……重たい』ってポツリとこぼしていたね。ふふ、だからある程度の筋力は必要だし、ストレッチやひろくんに血行の促進等のマッサージもよくしてもらうんだよ。

 顔の造形も私や朱乃さんのパーツを平均化した感じなんだけど、目元はタレ目寄りに整えてもらった。ひろくんの性格を考えるとこっちだよね、とこれはみんな満場一致。

 

「やべえ、涙目ながらに軽蔑の感情交じりに蔑まれても、ありがとうございますっ! と感謝の気持ちしか湧かねぇ……!」

 

「あうー、イッセーさんしっかりしてくださいっ!」

 

 テンパったアーシアさんが煩悩君を思い切り胸の中に抱き締めたり、普段じゃ出来ない行動を取っているのもみんな混乱しているのが悪い。つまり誰も悪くないんだ。

 

「ヴァーリ、お前まで見惚れてどうするんだよ」

 

「そういう元士郎、お前も顔が赤いぞ」

 

「女子力がもともと高いからな、大翔さんは……って、桃、憐耶、耳を引っ張るなって! いつつ……!」

 

「これ以上見ちゃ駄目だからね、元ちゃんは! 部屋の外に出る! はやく!」

 

「そうだよ、元士郎くん。留流子、行こう」

 

「はいっ、おしおきタイムですっ」

 

 匙くんは完全に巻き込まれ型の犠牲になってしまったみたい。なお、カリムさんだけはなぜか同じメイド服の姿になってはいたけれど、ひろくんへの態度は終始変わらなかった。

 

『男性であろうと女性であろうと、我が君であることに何も変わりもありませんもの』

 

 後で理由を聞いて、カリムさんの信仰のぶれなさに戦慄した一日でもあったんだ……。あと、ドゥーエさんからも一通のメールが届いていた。

 

『グッジョブ、いい仕事よ』

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「残念だわ、ぜひお披露目の場に同席したかったけど」

 

『今は写真で我慢してちょうだい、シーグヴァイラ。どの道、すぐに顔合わせの日でしょう?』

 

「それもそうね。楽しみということにしましょうか」

 

 仕事休みの間にソーナから届いたメール。貴重なお宝映像にロックをしっかり掛けた上で、すぐに連絡をしているのだけど、アリヴィアンの顔がえらく引き攣っていたのが面白いわね。

 

「ヒロよ、そこは怒るべきところだぞ……なんと痛ましい」

 

「愛らしいの間違いでしょ、アリヴィアン」

 

『ところで、今日は夕食間に合いそう? 今から買い出しなのだけど』

 

 ソーナも随分と一般主婦業に染まってきたものだ。とはいえ買い物デートを兼ねているから、それも楽しくて仕方ないんでしょうね。

 

「間に合わせるわ。確か、今日はしまあじが安いんだったわね?」

 

 そんな私も一緒にスーパーの広告に目を通すあたり、俗世に染まっているのは否定出来ない。でも、ヒロの手料理に喜んでるばかりではなく、自分の手料理に舌鼓を打って欲しいと思うのも正直なところで。

 

『ええ、そのつもり。大翔くんがしっかり教えてくれているから、魚の捌き方も上達してる自覚はあるのよ?』

 

 柔らかな笑顔を浮かべるようになっちゃって、全く。ふふ、とうとうリンカーコアを知覚できるようになって、余計にヒロを常に感じていられるようになったからかしら。発情を恐れる必要が無くなっただけでも、ソーナは私から見てもさらに魅力的な女の子に映っていたのに……本当に、負けていられない。そう思うわ。

 

「ねえ、ソーナ。ライザーの一件が終わったら、手伝ってほしいことがあるのよ。出来ればすずかさんや朱乃さん達にも協力して欲しいの」

 

 だから、私も一歩踏み出すとしましょうか。焦るつもりはないけれど、まずは彼女達と同じ場所へと並び立たなければ、競い合うことすら出来はしないのだから。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「……リアス。これはどういうことだ。ソーナ嬢に、シーグヴァイラ嬢まで同席するなど聞いていないぞ」

 

「……私こそグレイフィアが一緒に来るなんて聞いていなかったわ」

 

 当初の目論見どおり、話し合いは駒王学園のオカルト研究部室で行えることになり、この場にはソーナやシーラさんも同席しているが、話し合いの当人同士も想定していなかった参加者が増えてしまっている。

 

「……不可抗力というやつだ。出発しようとしたら、気配を完全に殺した状態で『スッ』と転移魔法陣の側に彼女が出て来たんだぞ……!? だから、俺の眷属もユーベルーナとレイヴェルしか連れてきていないだろう?」

 

「この話し合いが漏れたということ?」

 

「平常時の人間界への転移には許可が必要だからな。その辺りの手続きからだとは思うが……」

 

「リアスお嬢様? ライザー様? 二人だけでの内緒話もその辺りになさってくださいませ」

 

 現ルシファーの女王であり妻であり、グレモリーさんの義姉にあたるグレイフィア・ルキフグスさん。その彼女の一言で当事者の二人が固まる。彼女が二人にとって大変恐ろしい存在なのがこれだけでも見て取れた。家を挟まずに本人同士で話をしようという方向性もこれでは吹き飛んでしまっている。

 

「……どうぞ皆様、お茶が入りました」

 

「好みに合わせて和洋のお菓子も用意しております。ご自由にお選び下さいね。部長は羊羹でよろしいのですね?」

 

 俺が動くのに合わせて、朱乃も歩を合わせて動き出してくれる。ルキフグスさんの探るような視線が俺に向けられる中、俺は朱乃と共に各人の前に飲み物やお菓子の小皿を並べていく。

 

「む……これはなんともいい香りだ」

 

「心を落ち着ける効果があると言われるハーブティーになります。話し合いになるとグレモリー部長から聞いておりましたので、まずはこちらをご用意させていただきました」

 

「君のような眷属候補を持てるとは、リアスが羨ましいな。僧侶の駒で転生出来ないとなれば、相当の実力、あるいはその可能性を秘めていることになる。さらにそちらの『雷の巫女』と並んで、ヤマトナデシコを体現するかのような可憐さや所作だ。惜しくらくはその丈の長いメイド服のせいで、白磁の肌が殆ど見えないことかな」

 

「腕や足にお見苦しい古傷があるのです。どうぞご容赦くださいませ」

 

 という設定になっている。事前の調整により、ドゥーエさんから複写させてもらった固有技能・変身偽装能力で姿を変えているのだが、声質も可愛らしさの中に艶っぽさを感じさせる声になっていた……どこの天才柔道家少女だよ、ほんと。この辺もアニメに詳しいすずかやセラが数ある声優さんからチョイスしていた。

 

『あー、少しは見慣れたはずなのに、ひろくんの可憐さに心がきゅぅってなっちゃうよ……』

 

『すずかちゃんが細かな設定盛り込んでるなーと思ったけど、それを難なく演じてしまえるひーくんだからこそ映えるわけだよ☆ なんだかとってもゾクゾクするぞっ☆』

 

『本当の大翔さんは男だ、男だ……見蕩れるな俺ぇええええええ! 見なければ大丈……み、耳が蕩けるボイスやべえぇぇぇぁ!』

 

『相棒ェ……しかし、魅力ある女が普段から周りに集まっているからか、演技も堂に入っているな』

 

『あ、イッセー先輩。煩悩が高まってとうとう念話使えるようになりましたね。おめでとうございます。これも兄さまの女子力が高いお陰ですね』

 

『お料理得意だし、お菓子作りも不得手じゃにゃいし……振る舞いも綺麗だし、元々。おおう、女としてこれはマズいにゃあ……寝る時以外はあの格好でとか言ったけど、やっぱりこれが終わったらさっさと戻って貰わないと』

 

『大翔さん、とっても綺麗です……ジッサイオクユカシイ……』

 

 固有技能の一つ、ディープダイバーを使って壁の中で状況を監視しているすずかやセラ、隣室の監視カメラで話し合いの状況を見守る一誠君や白音、黒歌、ギャスパー君達から飛び込んでくる念話。しれっと念話にドライグさんまで混じっている。一誠君にはおめでとうと言いたいけど、それはそれで後の話として……ギャスパー君はなぜうっとりとした声色なのか。

 

『朱乃先輩が本当にニコニコしてるもんね、ほんと上機嫌だなぁ』

 

 そうなんだよ、祐斗君。自慢の妹みたいな扱いになってるんだ。実際に世の男性の十中八、九割は目を引かれるはずですって断言までされてるし。

 

「……ふふっ、大夢さんは私達のアイドルみたいなものですもの」

 

 朱乃の言葉にソーナやシーラさんまで頷いているので、俺は恥ずかしくて仕方ないです。頰に熱が篭るのが分かったので急いでグレモリーさんの後ろで控え直したのだが……。

 

「んんっ……!」

 

「可憐だ……ぬぎぃっ!?」

 

 なんでグレモリーさんまで鼻を押さえるんですかね! 念話では一誠君が鼻血を吹いたとか中継が入ってくるし、ライザーさんはユーベルーナさんに脇腹の辺りをぎゅっと抓られているしなぁ。

 

「まぁ、ヒロ……ムのお陰でいい意味で緊張感が解けたのではなくて?」

 

 偽名を何とか呼んでくれたシーラさんの一言で、皆やっと意見交換の場へと入っていくのだった。



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第102話 急く炎鳥

書きあげられたのでホイホイと更新。


 リアスにはリアスの考えがあるようだけど、グレモリー家の者としてはこちらの与り知らぬ所で会って揉められても困るわけです。ヴェネラナ様の意向もありますし、リアスには幸せになって欲しいと思う反面、次期当主としての責務に向き合って欲しいと思いますし。……ただ、それも勝手よね。私はサーゼクスを愛してその相手と結ばれ、愛するミリキャスを授かったというのに。

 

「……羊羹は初めて頂きましたが、優しい甘さですのね。美味しいですわ」

 

「ありがとうございます、レイヴェル様」

 

「緑茶は紅茶とは違う苦味を感じますが、この煎餅とはとても合うのですね。ふふ、新しい発見です」

 

「喜んで頂けたのなら嬉しいです、ユーベルーナ様」

 

 リアスの女王である朱乃さんに婚約者が出来たのはリアスから聞いていたものの、その若者がシトリー家の次期当主とも懇意と聞けば話は変わります。どうもここ最近、セラフォルーも毎日のように学園へ来ているようですし。愛妾にハマっていると周りは揶揄していますし、それでいて仕事はきっちりこなしている辺りがかえって怪しいといいますか。

 アガレス家の周辺やシーグヴァイラ様の発言を聞いていても、ソーナ様や朱乃さんの婚約者と同じ若者を選ぼうとしているとの情報もあります。変に隠すつもりも無いのでしょうね。シトリーとアガレスが後ろ盾につくと決めるぐらいの若者。今回の強引な同行はその若者に接触する段取りをつけるためでもありますが……。

 

 ヒロムと呼ばれた少女。リアスがつい最近眷属にしようとして出来なかったという逸材だといいます。ただ、妙なのは何処と無く違和感があるというか、整い過ぎていると感じられること。

 

「リアス、彼女のような奥ゆかしさを少しでも真似たらどうだ?」

 

「ライザー、貴方ね……!」

 

「ふふ。ライザー様、私はリアス様の快活さや明るさに惹かれております。そんな主の良さを打ち消せと仰るのは、少し寂しく思いますわ」

 

「ハハハ、今の良さを消すほどに変われというわけではないさ。ただ、君は主やパートナーを盛り立てていくのを良しとするんじゃないかと思ってね。その辺りを少しでも取り入れてくれればという思いがあったのさ。こうして、やんわりとした言い方だが俺に直言する度胸もあるわけだしな」

 

「ライザー様であれば、私程度の言葉でご立腹なさらないと思っておりますから」

 

「くくっ、そしてご機嫌取りの一種と分かっていても、君は本気で今の言葉を言っている。だから、こちらとしてもその通りと応えるしかないな」

 

 ライザー様の返答にスッと一礼し、再びリアスの後ろで姿勢を正す彼女。リアスも朱乃さんもソーナ様もシーグヴァイラ様も、そんな彼女に向ける視線は信頼に満ちている。一体、本当に彼女は何者?

 

「──!」

 

 ……私としたことが。観察していることに気づかれるとは。しかし、彼女は気づいても柔らかく微笑みを一つ浮かべただけ。私の正体を知りながらのこの落ち着きようだ。

 

「今日は大変気分がいい。どうだ、ヒロムさん。リアスが嫁ぐ前に先に俺の眷属にならないか? レイヴェルは俺の妹なのだが、仮に僧侶に据えているだけでね。母に言えばすぐに駒は空く。考えてほしいな」

 

「あら、とても素敵な提案ですわ、ライザー様っ」

 

 この軽さ……やはりリアスの伴侶になるには余りにも……! それにミリキャスとの後継問題で揉めるのが安易に想像できてしまう。ヴェネラナ様は婚姻後に徹底した教育を施しますと仰いますが、彼とて間もなく成人悪魔になる年齢。黙って言うことを聞くとは思えないっ……!

 それに王の行き過ぎた行いを止めるべき女王も、むしろそれを後押しするような発言をしている。

 

「そこまで初対面の私を評価して頂けるとはありがたいお話だと思います。ただ、ライザー様。私は先程も申し上げたように、主リアスに付き従うと決めた者です。その先に主とライザー様とのご成婚があり、私は主の旦那様になられる方に対しても、誠心誠意お仕えしていくつもりですわ」

 

「ああ、その忠義心も素晴らしいな。だが、俺は『今すぐ』『君』が欲しいんだ。俺は……フェニックス家の生まれとはいえ所詮、三男坊だ。ユーベルーナや他の眷属達は俺を信じてついてきてくれているが、俺の眷属は下級悪魔や転生悪魔が殆どでね。俺が確固たる自分自身の地位を得るためには、レーティングゲームで成り上がるのが一番の近道ではある。……ただ、確実に出来るだけ早く、俺は成り上がらなくてはならない」

 

 ライザー様はユーベルーナ様の頭を一撫でして立ち上がり、ヒロムさんの前へと立つ。普段の軽い調子などどこにもなく、真剣な目で彼女を見つめている。そして、自分の心臓の辺りを親指で指し示しられました。

 

「柄でもないが、ココが叫んでるんだよ。君を手にすれば、俺は確実に大きくなれると。リアスの眷属候補ということは、悪魔の世界の階級制度は知ってるのだろう?」

 

「……存じております。転生した悪魔は特に差別の対象になりやすいことも」

 

「ああ、その通りだ。……レイヴェルはいずれ自分の眷属を持つ。アイツは俺よりもよっぽど頭がキレる女だが、ずっと俺の眷属というわけにはいかない。そして、君はその枠を埋めるどころか、俺を大きく羽ばたかせてくれるとね」

 

 ライザー様があえて着崩すようにしている赤いスーツに熱を加えたかのように、フェニックスの炎が翼のように彼の背中に浮かび上がる。その炎の熱を受けても、彼女は揺らがない──。

 

「買いかぶり過ぎです、ライザー様。今の私は転生すら果たしていない、ただの人間です」

 

「俺の炎を間近で見て動揺すらしない女が、ただの女に収まるわけがないだろう。そんな君が俺に溺れる姿はさぞ見ものだろうな」

 

 ライザー様の動きに剣幕を変えたのは彼女の回りだった。朱乃さん、ソーナ様、そして隣室か伝わるらいくつかの気配。それらの魔力が一気に高まるのを……っ、そんな、魔力だけで言うならば、中級悪魔どころか上級悪魔といって差し支えないレベルにこれだけの数が達しているっ!?

 

「ライザー! いい加減にし──」

 

 周辺が一気に魔力を高めたことにより、レイヴェル様までもが警戒心を高めてしまう。そんな状況にリアスが慌てて止めに入るが、皆の動きを制したのは……やはり彼女だった。

 

「リアス様っ、立ち上がる必要はございませんっ。朱乃達も動かないでっ!」

 

 ライザー様から瞳を逸らさず、一言で全員の動きを止めてみせる彼女。怖さを感じないとでも言うの……?

 

「……ますます気に入ったよ。主や仲間に助けを求めないのか」

 

「ここで助けを求め、ライザー様とリアス様、あるいはリアス様の眷属、最悪はソーナ様やシーグヴァイラ様が貴方様と衝突したとなれば、一番喜ぶのはどのような方達でしょうか?」

 

 そこで一旦言葉を切り、彼女は一瞬だけ俯き顔を上げた。それだけの仕草なのに、この場の皆が意識をひきつけられていた。

 

「……っ」

 

 微笑んでいる。微笑んでいるが、その表情が伝えてくるのは他を圧するような静かな怒り。ライザー様までもが完全に勢いを止められ、周囲の高まった魔力も薄れていく。

 

「及第点の反応はリアス様。それ以外は赤点、追試確定といったところでしょうか。私のことを思っての動きであることは十分に……これほど嬉しいと思うことは無いほどに、伝わってきました」

 

 ふと、場違いなことを思う。彼女の怒り方は、どこか私に似ていると。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ひろくん、お怒りの図。我を失うほどじゃないけど、大変にお怒りです。

 

『隣室の魔力や妖気の高まりも一気に萎んじゃったね☆』

 

『今回の目的を叩き折る動きでしたからね。そりゃひろくんも怒ります。第一、いざとなれば私が飛び出すに決まってるのに』

 

 場を潰してもいいとなれば、ひろくんは変身を解除して元来の姿に戻って暴れればいいだけ。ひろくんに言い寄るいけ好かない焼き鳥さんは去勢してあげたい思いに駆られるけれど、それもひろくんのゴーサインがあってからの話だから。

 第一、あんな生ぬるい炎でひろくんがどうにかなるとでも? 使い慣れた身体でないとはいえ、完全に魔力を秘匿できるひろくんを倒せるはずもない。

 

『炎を食らったら、多分そのまま能力の取り込みにかかってたかな?』

 

『おそらくは。取り込みに時間はかかっても、再生能力を促進できる力となれば逃す手もありませんし』

 

「さて朱乃、ここで一つ問いを出しましょう。……どうして貴方やソーナ様達の行動に対して私は赤点と言ったのでしょう?」

 

「っ……グレモリー家とフェニックス家の評判が落ちること、引いては魔王ルシファー様の評判が落ちることを喜ぶのは、現執行体制への不満や不信を抱く方達です。ですから、私達と部長の婚約者であられるライザー様とのトラブルは格好の攻撃材料になるから、ですわ」

 

「その通りです。ルシファー様の政治的敵方を喜ばせるだけのこと。ライザー様もリアス様の性格はご存知かと存じますし、このような諍いを生みかねないことぐらいはご承知のことと思います」

 

 あ、これは分かってなかった奴だね。顔に出てるもん……え、そうなのかって。妹さんの顔が引きつったし、あのメイドさんが顔を逸らしちゃったよ。

 

「ふふ、多少のことなど問題ありませんわ。ライザー様の女になってしまえば、離れることなど考えられなくなるのですから」

 

「……おい、ユーベルーナ」

 

「ライザー様、何を気にしておられるのですか。強引にその彼女を連れて帰り、ライザー様の女にしてしまえば……私同様、貴方への永遠の忠誠を喜んで誓うのですから」

 

 彼女の瞳は彼を絶対者として見ていた。それは私がひろくんに向ける感情と同じ臭いがする。そして、それに対して焼き鳥さんの顔は苦く歪んでいる。

 

『あの焼き鳥の女王、ある意味私達と一緒かもにゃ。魔力の流れが妙に下腹部の辺りで活発になってる』

 

 ペリスコープ・アイを通してだから、今の私は細かいところまで体内の魔力までは見れないけど……あの女王さんから焼き鳥さんの魔力を強く感じるのは確かだ。

 

「ヒロムさん、貴女も女の幸せを知るべきです。まして、類稀な胆力に知性……その才を私と同じくライザー様に捧げて頂けるのなら、ひいてはライザー様の正妻になられるリアス様の栄達にも直結致しま……」

 

「……レイヴェル、すまん」

 

 最後まで恍惚とした表情で彼女が言い終える前に、妹さんが組んだ魔法陣の効果により、彼女は眠りへと誘われていた。膝の上に彼女の頭を預かる姿勢になった妹さんも悲しげに瞳を閉じてしまう。

 

「……これが、ライザー様がリアス様との婚姻を急がれた理由なのですね」

 

「ユーベルーナだけじゃない、レイヴェル以外の他の眷属も似たようなものだ。普通を装っても、すぐに今のような顔が表に出てくる……自分が招いた種なんだがな。だが、今のユーベルーナ達はあまりに見ていられなくてな……」

 

「だから、後ろ盾を強めることを急いだのですか。ライザー」

 

「ああ、ソーナ嬢。流石に十四人を一気に冥界の名だたる名医に治療を託すとなれば、力が足りなさ過ぎてな。金銭の話じゃない、転生悪魔や下級悪魔にそこまで手を回せないと言われた」

 

 ソーナさんが、グレモリーさんが、朱乃さんが思わずひろくんを見てしまっていた。釣られる形でシーグヴァイラさん達までもが。

 

『ソーナちゃんたちは思わず自分に置き変えちゃったかな。女として満たされつつも溺れ切らずにいられるのはひーくんのお陰だって分かってるから』

 

 そんなセラフォルーさんの呟きの中、ひろくんは思考に入り瞳を閉じていた。その姿すら絵になるような気がして、間も無くこの姿を見納めになるのを惜しいと思う私は自分を心の中で叱りつけるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「だから私との婚姻を急ぎ、グレモリー家や魔王の後ろ盾を得て、眷属達の症状を見てもらえるように手を打とうと?」

 

「それだけでうまく行くとは思っていないさ。だが、愛しいこいつ等をこのままにしてもおけない。こいつ等は俺との毎日の交わりで何とか今の現状を保っているような状態だ。俺を慕うのを通り越して俺のことを全肯定するレベルまでに陥ってしまっている。父や母、兄達には最悪、駒を抜き去ることも覚悟しろと言われた……」

 

「それで私がハイと言うとでも思って?」

 

「式が終わればまた大学卒業まで人間界に戻ってもらっても構わん。だが、どうしても納得してもらえなければ、実力行使も止むを得んさ……!」

 

 ライザーが眷属のことを本気で思っているのは伝わる。けれど、だからといってじゃあ貴方とすぐに結婚するだなんて、私が納得できるわけがないじゃない!

 

「……似ている。ひょっとしたら、これなら」

 

「ヒロム様……どういうことですの?」

 

「レイヴェル様。まだハッキリしたことは申し上げられませんが、今の状態を緩和することならもしかすると私のつてを当たれば可能かもしれません」

 

 そんな一触即発の空気の中、ヒロムを演じている空知はなんというかいつも通りで……え? 原因が分かったの?

 

「なっ、本当なのかっ!」

 

 当然、ライザーも慌てる。それはそうよね。私だってビックリしてる。でも、空知ならあるいはって思ったのも事実。

 

「失礼ながら、何の根拠がおありなのでしょうか」

 

「ちょっと、グレイフィア」

 

「リアス様、彼女は聡明であっても一介の人間に過ぎません。まして、悪魔の世界に関わるとなれば貴女様の評判にも繋がります」

 

「私の評判が多少落ちたところで──あ、お兄様の評判にも繋がってしまうということ、そうよね」

 

「……得難い眷属候補でしょう、彼女は。だからこそ、私は問いかけさせて頂きます」

 

「グレイフィア様の仰る通りでしょう。ただ、私は可能性を示したのみ。成功率が高くなるかはライザー様からどこまで症状の詳細をお伺い出来るか、それに私の知己を頼ることを素直に受け入れ協力して頂けるかにもよります」

 

 グレイフィアに真っ向から問いかけられたら、私はしどろもどろになっちゃうんだけど。この辺りが場数経験の差なのだろうなと、ちょっと悔しく感じてしまうわ。でも、今はこの変わらなさが頼もしい。

 

「その知己の方は、いったいどのような方なのですか?」

 

「朱乃やソーナ様の婚約者ですわ。私も親しくさせて頂いておりますから。お名前については既にご存知ではありませんか?」

 

 なんというマッチポンプ! 自分で自分を紹介するなんて、なかなかに酷いやり方をするものだわ。でも、正体を知る私からすれば痛快な話。

 

「なに、人間の男だというのか……っ!」

 

「無理に紹介させて頂くつもりもありませんので。それに彼を紹介するのを認めて頂けるとしても、まずはレイヴェル様から出来るだけ細かい症状などをお伺いしませんと」

 

 ですので揉め事ではなく、グレイフィア様やソーナ様に結界を張ってもらって、外で手合わせでもしてきて下さいね。正直、邪魔ですので──。

 

 そう笑顔で言われた次の瞬間、私達は旧校舎から強制転移する魔法陣を足元に発動させられて、唖然とするライザーやグレイフィアと共に校庭で顔を見合わせることになっていた。

 

「なっ……彼女は本当に人間か!?」

 

「害意が無かったとはいえ、私にまで阻害させない速度で転移魔法陣を組み上げるとは……」

 

「正体はともかく、私は一度として勝てたことはないわ。悔しいけど」

 

「シーグヴァイラがいないということは……ああ、もう時間操作込みの結界が発動しているわ。下手に入れないわよ、これは」

 

 実際は空知が発動させたであろう『封時結界』内に転移許可を受けているのは、こちらに飛ばされた中で言うと、私や朱乃、ソーナ達といった駒王学園陣営のみ。といっても細かい演算とかが必要だから、ソーナや朱乃、小猫ぐらいしかまだ実用に至っていないわけで。失敗すれば不許可の場合と同じく、次元の狭間へサヨナラだから本当に洒落にならないのよ。

 

「あら、小猫ちゃんやイッセー君、祐斗君もこちらに?」

 

「飛ばされちゃいました。ギャー君は流石に封印の兼ね合いがあるので、残ったみたいですけど」

 

「はい、イッセー君はまず鼻血を止めようね」

 

「ふがねえ、ひば」

 

 イッセー。貴方は正体が空知と分かっていながら、また血が上ってしまったのね。仕方のない子。

 

『こっちは任せるにゃー。私だけじゃにゃく、すずかもセラフォルーもいるからどうにでもなっちゃうにゃ』

 

 念話をご丁寧にありがとう、黒歌。過剰戦力も甚だしい限りね。さて慌てた様子のライザーだけど、私も鬱憤が溜まってるのよ。少し、こちらに付き合ってもらうわよ!

 

「ふんっ! レーティングゲームで実質負け知らずの俺に敵うとでも!?」

 

 フラグ立てご苦労様っ! あ、ソーナは学校が壊れないように結界を宜しくね?

 

「はいはい。任せておきなさい」

 

 ソーナの展開した結界の強度にライザーやグレイフィアが驚いているけれど、私達の成長に驚き戦くといいわ!




ライザーが婚姻を急いでいる理由に、
反魔王派連中の入れ知恵とか、そういうのも考えてたんですが。

性表現ありのR18として掲載してるので、その方向で行くことに。

ライザーはゲスかったりエロかったりしますが、
眷属への思いは本気なんだと解釈しています。


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第103話 雷光と猫魈は力を溜めている

サブタイトルどおりです。


「では、いつでも始めて頂いて大丈夫ですよ」

 

「お待ち下さい、ソーナ様。手合わせを始めるのが当然のような言い方をなさいますが、旧校舎から私達は強制的に転移させられたのです。まずは一刻も早く部室へと戻るべきです……!」

 

 ルシファー様の名代であるグレイフィア様が表情を硬くしたままソーナに詰め寄るけれど、ソーナの受け答えは至って落ち着いたものです。大翔さんがああいう言い方をされたということは、解決の糸口を見つけたということ。ただ、大翔さんに解決するメリットが無いのも事実で、その辺りをすずかさんやセラフォルー様、シーグヴァイラ様と判断することになるはずです。

 

「無用の心配です、グレイフィア様。レイヴェル様やユーベルーナさん達に万が一のことがあれば、私がライザーの女王になっても構いませんので」

 

「つまり、心配は全くないということだな。ソーナ嬢」

 

「その通りよ、ライザー。何の心配も無用よ。レーティングゲームで実質負け知らずという貴方の実力、じっくりと拝見させてもらうわ」

 

「くく、まぁしっかり見ておくがいい。しかし、彼女は君からも絶大な信頼を寄せられているようだな。ますます興味が沸いてくる」

 

 顎に手を当て片目を閉じ大げさに考え込む振りをしながら、ライザー様は何か思いついたのか、不意に提案を持ちかけようとしてきました。

 

「ああ、そうだ。せっかくだ、リアス。賭けでもするか?」

 

「何のつもりよ、ライザー」

 

「万が一だ。万が一、俺に降参を言わせることができたら、結婚の話は予定通り大学卒業まで待つことにしよう。その代わり、俺に膝や背中を地面につかせることも出来ずにお前達が屈した場合は即座に彼女を連れて帰り、俺のモノにする。俺が膝や背中をついたものの、降参とまでは行かなかったら賭けは不成立。……どうだ、乗るか?」

 

「随分とご執心ね。いいわ、ライザー。その賭けに──もがっ!?」

 

 私もかなり苛々としていますが、リアス、容易く挑発に乗ってどうするの。流石に口をつぐませてもらうわよ?

 

「ライザー様、そもそも彼女の意思を無視していますわ。彼女は多国籍企業の次期後継者でもあります。即座に冥界へ、と行ける立場でもありません。部長の眷属『候補』というのはそういう意味も含めてのことです」

 

「人間界の事情など知ったことではないな。彼女はすぐにでも悪魔として転生し、その才を冥界という大きな世界で存分に振るうべきだ。雷の巫女──まさか、堕天使陣営に引き込むつもりはあるまい?」

 

 ……人の世界の繋がりなど知ったことではない、ですか。ああ、本当に分かり易い、典型的な貴族悪魔の考え方ですわね。堕天使陣営に引き込む? 三大勢力の枠に収まる方ではありませんわ。

 

「てめえ、さっきから聞いてれば勝手なことばかり言いやがって! 結局はヒロ……ムさんのおっぱいが目当てなんだろうが!」

 

「それも否定しないな。身体に傷がある? 彼女の美しさがその程度で薄れるものか。どうしても気になるならば、フェニックスの涙を使ってその傷跡を小さくしていくことだって出来る。それにポーンの少年、気づいているのかな。彼女の魅力はそれだけじゃない──転生前から悪魔のしきたりや歴史についても熱心に学んでいるようだし、あの度胸に洞察力、知性。俺の元に来て少し学べば、フェニックス家の経済面を担ってもらうことすら可能な逸材だろうさ」

 

 名前を呼び間違えかけたイッセー君の叫びにも皮肉交じりに返すあたり、人を見る目はあるようですね、焼鳥様は。しかし、私達の──私の大翔さんを奪えるなど思わないことです。

 

「リアス、ごめんなさい。即座に賭けに乗るのもどうかと思ったものだから。でも、私も……頭に来たわ」

 

「ふふ、いいのよ。朱乃、ぶっ飛ばしてやりましょう。ライザー! その賭けを持ちかけたこと、後悔させてあげるわ!」

 

「ライザー様、リアスお嬢様……分かりました。立会人を務めさせていただきます」

 

「リタイアレベルのダメージを受けたかは、私やグレイフィア様で判断するしかないでしょう。生死に関わると判断すれば、強引に止めさせて頂きます。それで宜しいですか、リアス、ライザー」

 

「任せるわ。ソーナ、悪いわね」

 

「ふん、君の水の魔力で俺を止められるといいがな。俺は構わんさ」

 

「色々とやりようはありますから」

 

 グレイフィア様も強引に収めるよりは、一度ぶつかり合わせた方がいいと判断して頂いた様子。さて、不死鳥の心を叩き潰すとしましょうか、ふふ、ふふふふふっ!

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「ちくしょう、腕や足、頭をふっ飛ばしてもすぐに復活するなんてよ……」

 

「全くだよ、本当に……攻撃自体が通じるのは分かったけど……いくら腕や首を切り飛ばそうとも、結局は回復能力を上回ることが出来ない……!」

 

「降参だ降参! 心臓潰しても復活してくるってどうしろってんだよ! 神様や魔王様クラスの一撃か……道は遠いぜ」

 

『倍加の限界回数がもっと増えればそれだけでいずれ見えてくるがな。だからこそ、お前の師匠は基礎を重視する。そういうことだ、相棒』

 

「おう、力がついているって実感も出来たしな。これからも頑張るぜ!」

 

 ふふ、アーシアから聖水を借りたりせずにあえて小細工なしで挑ませたけど……毎日の鍛錬が実になっているのが良く分かったわ。実質的な被弾は無し。イッセーと祐斗はきっちりと迎撃や回避で対応してみせた。

 

「さ、流石に心臓を中心に上半身の大半を吹き飛ばされた時は肝が冷えたぞ……ふん、侮っていたことは認めてやる。だが、俺に膝をつかせるには至らなかったな!」

 

 棒立ちになっていただけというのよ、ライザー。いちいち言うつもりもないけれどね。あ、グレイフィアも珍しく驚いてるわね。ふふふ、自慢の眷属達はどんどん成長しているのよ!

 

「ソーナ様は彼らの実力をご存知だったのですか……?」

 

「共に鍛錬を積む仲でもありますから。今はどうやって神器を禁手化に至らせるかが課題のようです」

 

 さて、後は戦うメンバーは私と小猫、朱乃なんだけど……。朱乃も小猫もライザーを仕留められるかもしれない悪魔にとって天敵と言える力を高いレベルで有してるのよね。アーシア? ソーナの隣で回復係としてスタンバイしてもらってるわ。だからこそ思い切りやれるのだから。

 

「次は私よ、ライザー」

 

「ふん、リアス一人で俺を相手にするのか?」

 

「私は自分の眷属達を信頼しているわ。それにレーティングゲームとなれば王があんまり最前線に出るのも良くないし、こういう機会はしっかり生かしたいのよね」

 

「自分達の力を過信していると叱るべきか、先のことを考えて動く考え方を褒めるべきか……まあいい、掛かってくるといい」

 

 こう言ってくれることだし、遠慮なく。取り敢えず普通に滅びの魔力を打ち出してみましょうか。

 

「くくく、流石はリアス。あっさり半身が吹き飛んだぞ」

 

 腕一本ぐらいと思ったんだけど、あー、うん、思った以上に私も強くなれてるみたいね……。とはいえ、再生がすぐに始まってるから、勝つなら全身を一気に吹き飛ばすしかないか。でも、その溜めを簡単に許しはしないだろうし……。

 

「火傷の跡はすぐに涙で消してやる、安心して炎に包まれるがいい!」

 

 迫り来る炎はあえて避けずに受け止めてやるわ! ……滅びの魔力を身体に纏わせることで炎はおおよそ打ち消せるわね、これは予想通りっ。

 

「ア、アハハハハ! 余りの炎の激しさに避けることも出来なかったか!」

 

 露骨に食らったと思ったのかライザーは高笑いだけど、悪いけど朱乃の雷光で黒焦げは慣れっこなのよ! 言ってることはちょっと情けないけど。この間に少しでも魔力を手に集めるっ!

 

「お生憎様、ほとんどダメージはないわよ」

 

 制服がもう使い物にならないし、髪も少し焦げてしまったけど、炎を完全に搔き消すまでの間にある程度魔力を圧縮出来たわっ。さあ、食らいなさいっ!

 

「なにっ、接近戦だとっ!」

 

 ライザーに向かって駆け出しながら、空いたもう一方の手で魔力を連続して放つ。この程度ならどうしてもライザーは簡単に弾いてしまうけど、足止めさえ出来れば十分なのよ!

 

「機会は生かすって言ったでしょ!」

 

 襲い来る炎の迎撃は纏い続けている魔力で何とか凌ぐっ! 手に集めて濃縮された滅びの魔力球を短く跳躍してから、ライザーの頭に叩きつけるようにダンクの要領で叩きつける!

 

「ぐぼぉっ!」

 

「あっつ……それにヒリヒリするし……また制服買い直しね、これは……」

 

 イッセーが持ってる格闘ゲームの技のイメージから取ってみたんだけど、ほんとは膝蹴りで顎を浮かせつつダンクの要領で拳を叩きつける感じ。鍛錬の間の休憩時間とか就寝前に、匙君や大翔、あとは小猫や月村さんが混じって、やっているのを見ていたのよ。

 しかし、流石にここまで接近すると熱にやられるわね。火傷であちこちが痛むけれど、もう少し魔力の層を熱くしないと駄目ってことね……ふふっ、これも実戦だからこそ学べること。

 

「はい、膝をつきましたね」

 

「ソーナ様同様、私も確認致しました。……無茶をなさいますね、リアスお嬢様」

 

「ダメージ覚悟で至近戦で滅びの魔力を叩き込むとは、な……し、しかし、俺の再生はこの程度では止められないぞ? 膝はついたが、俺はまだまだこの程度では終わらん!」

 

 狙い通り膝はつかせたものの、心が折れたわけでもないから回復速度は早い。でもライザーが動けない間に自動迎撃状態の炎さえ何とか出来れば、ある程度魔力を溜めてそこそこの大きさの球の形にすることは可能なのよね。

 

「じゃあお代わりをあげるわ。はい、どうぞ?」

 

 回復しきる前にまた消し飛ぶ上半身。炎が集まりまた身体を再構築しようとするけれど、また吹き飛ばしてあげることの繰り返し。短めの溜め時間だけど、回復を阻害する程度の威力は出せると分かったわ。

 

「うん、溜め時間の課題はあるけれど、魔力の集束を高めていけば使える目処が立ったわね」

 

 普段、オーフィスやヴァーリを相手にしているとあっさり打ち消されたりするから、また集束が足りないのかと思いがちなんだけど。うん、いい機会になったわね。

 

「リアスぅっ! 許さん、俺をコケにしやがって!」

 

 怒りの炎の波が私に襲いくる。なので、魔力を全力で防御に回し、黙って癇癪を受け止めて差し上げたわ。私ってなんて寛大なのかしら……なんてね。ホッとしたわ、私もちゃんと強くなれてるって思えた。朱乃や小猫に置いていかれっぱなしというのはあまりに寂しいもの。

 

「ライザー、私はリザインするわ。膝は付かせれたけれど、倒しきるには少し足りないもの。今の炎を何とか捌くのに魔力も消費しちゃったしね……」

 

 溜め時間がとは言わない。勝手に魔力や実力不足と思い込んでくれるでしょう。というか、朱乃や小猫に任せないと、溜めている怒りの捌け口がどこに向かうか分かったものじゃないわ。賭けの不成立条件を満たしてさえおけば、後は檻から解き放たれた二人が蹂躙してくれる。

 

「な、に……? そ、そうか。実力差はしっかり理解しているのだな。ふ、ふふふ、リアスも強くなった。俺も油断しておれんな」

 

 ライザーの強がりに笑いを何とか堪えながら、そうねと相槌を返せた私は頑張ったと思うの。アーシア、治療をお願いするわね。

 

「は、はいっ。火傷跡なんて絶対に残しませんからっ」

 

 傷や痛みを癒す『聖母の微笑み』と体力面にも効果がある大翔の世界の回復魔法の併用。入浴中のような心地良さに、思わず吐息が漏れてしまう。

 

「気持ちいいわ……ふふっ。ありがとう、アーシア」

 

「あと、私のケープを羽織っておいて下さい。ところどころ制服の下が見えていてイッセーさんがエッチな目してますから……」

 

「ぐ……アーシア、気づくのが早いぜ」

 

「そんなに見たいのなら、私ならいつでも……」

 

「え?」

 

 あら、アーシアってば大胆。でも、私も負けるつもりはないの。イッセーにケープの内側を見えるように身体の角度を変えて、あえて見せ付けてあげる。

 

「んぅー!」

 

 ほっぺを膨らますアーシアも可愛いけれど、それはそれ。スケべな頑張り屋さんのイッセーに王としてのご褒美もあげないとね。

 

「さて、後は私と小猫ちゃんですわね……」

 

「雷の巫女と戦車の君、二人同時でも一向に構わんぞ?」

 

「そうですか。では朱乃先輩、焼と……いえ、フェニックス様のご好意に甘えるとしませんか?」

 

 ああ、小猫が口角を上げた邪悪な笑みを浮かべているわ……。声を出さずに口元が去勢開始ですわ、と動いた朱乃もたいがい悪女の微笑みを浮かべているけれど。

 

『ソーナ、結界維持に私も回るわ。朱乃や小猫が自重を止めたら、校舎や校庭が更地になってしまうもの』

 

『そうしてちょうだい、リアス。二人とも笑みの下は怒りが膨れ上がってるもの』

 

『……ちなみにソーナも怒ってる、わよね?』

 

『まぁね、いい気はしないわよ。ただ……あの二人が代わりに()ってくれると分かってるから』

 

 念話で短めにソーナとやり取りを交わして……え? やり遂げるって意味に聞こえないんだけど。困惑しつつも私はイッセーや祐斗を呼び、イッセーには私やソーナへ力の譲渡の準備を、祐斗には結界維持に集中する私達を飛んでくる戦いの余波から守るように指示を出していくのだった。



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第104話 ワンサイドゲーム

最初は必須タグがもっとお仕事してたんですが……。
いえ、私が耐性低い結果、マイルドになってしまいました。


 まずはせっかく大翔さんに巫女装束をバリアジャケット化してもらったので、ネックレスとして身につけている待機状態のガーネット──深赤色の宝石から呼び出すとしましょうか。石にそっと手を当て、私は呟きます。

 

「セットアップ……!」

 

「む、早着替えか? 器用なものだな」

 

 大翔さん以外の男性の前で着替えなど以ての外ですので、色々違うんですけどね。でも、結果としては同じようなものでしょうか。戦闘衣装へ変わるわけですし。戦闘衣装ということで、もちろん普通の巫女装束ではありません。大翔さんの気を練り込み続けた特殊糸で作られており、中級悪魔や堕天使ぐらいまでの攻撃なら何発かはほぼ無害化出来るともいいます。だからといって、過信は厳禁とも何回も念を押されていますが。

 

「……私もバリアジャケットを着ます。兄さまやすずか姉さまが私の要望を聞いて手がけてくれた戦闘衣装、やっぱり使いたいので」

 

 あらあら、ということは私達以外に初お披露目ですか。そんな小猫ちゃんの首には小振りなパールのネックレスがかけられていました。私と同じくバリアジャケットを呼び出すための簡易デバイスを兼ねていまして──。

 

「セット、アップ……!」

 

 呟きを合図に光球へ小猫ちゃんが一瞬包まれたかと思えば、次の瞬間には制服姿から早変わりです。

 

「白地の着物……? それにしては丈も短いわね。あと、猫耳を出しているし尾が二本出てるし……明らかに気を纏ってるしね……」

 

 リアスの困惑も分かります。不思議な服装ですものね、ミニ丈の着物ドレスというのが一番近いでしょうか。スケべさん対策で黒地のスパッツも着用済ですし。なお、やはり防御力は私と同等のものです。

 あとは仙術や妖術への熟達度が深まったことにより、周辺の自然界の気を仙術で纏わせた自身の闘気と同調させています。

 

「この衣装自体が仙術や妖術、周辺の自然界の気の同調を補助してくれます。黒歌姉さまから学んだ『白音モード』……兄さま達が手がけてくれたこの衣装と一緒に私の今の力、味わってもらいます」

 

「ふぉ、生足が眩……ぐあぁぁあ! また筋肉が、筋肉があ!」

 

「懲りないねイッセーくんも……。ただ、今の小猫ちゃんは確かに魅力的だよね。相手も鼻の下が伸びているし」

 

「これは何とも美しい健康美だな。リアスの戦車(ルーク)の君がこれほど麗しく成長していたとは……ふふふ、楽しみが増えたか」

 

「力を使うのにこの格好がしっくり来るからなんですけど、私の身体を好きにできるのは兄さまだけですから……触れられると思わないで下さい。気持ち悪い」

 

「なっ……ま、まあいい。生意気な猫の躾も一興だ」

 

 いつも通りの眷属仲間や焼鳥さんに普段通りの塩対応の小猫ちゃん。本当にこの子も大翔さんのパートナーになってから、自分の中の線引きをハッキリ示すようになりました。

 祐斗くんへの仲間意識は確かなものですが、異性としてはしっかり距離感を取っている。私は元よりそういう傾向が強かったと自覚していますけれど、小猫ちゃんも自分が大翔さんの女であることで無意識のレベルまで染まってきた感じでしょうか。

 

「さて、小猫ちゃん。『火車』は出せますか?」

 

「はい、首と腰はこっちでやります。火車は小さくするのも限度があるので。では、行きます!」

 

 私は指をくるくると回し、バインドリングを手早く形成していきます。そして、素早く焼鳥さんの両手足首へ向けて放ちました。

 

「ふん、こんな程度で俺を止めら……ぐ、ぐおおおおっ!」

 

 慢心極まれり。避けもせずにあっさりと両手足首に拘束の光輪が嵌った焼鳥さんは拘束後に発動した光力に身体の自由を奪われ、そのまま背中から地面とくっついてしまいます。雷の魔力や光力を込めていないわけがないじゃありませんか、接敵を合図に働くようにしただけです。

 雷の魔力に光力のブレンドですので、痺れ毒としての効果は覿面。あとは私が魔力を込めれば両手足首が焦げ落ち始めるわけですが……。

 

「そのまま地面に縫い付けられて下さいませ、あははははっ」

 

「あ、あがががががっ……!?」

 

「首と腰にはこれをどうぞ。火車のこの白い炎にはたっぷりと浄化能力がありまして、朱乃先輩の光輪と同じく強烈な痺れ毒としても作用させることができます」

 

 感電状態が続くわけですね、私達の魔力や気が途切れるまで永続的に。身体を強く傷つけてしまえば再生が始まってしまいますので、命に別状はない程度の強めの痺れ毒に加えて、小猫ちゃんの火車が追加作用で体内の魔力の流れを乱す働きをこなしてくれます。

 

「力、入らないですよね。無理やり手足を切り落として再生させても面倒くさいし、身動き出来ないようにしたいのでその辺りの加減はさせてもらってます」

 

 小猫ちゃんの言う通り、というわけでサンドバッグの出来上がり。さて、参ったと言わせるために施術を開始するとしましょうか……うふふふっ!

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「どうしてリザインなさったとお聞きしたかったのですが……あのまま決められる可能性があったのに、あっさり後を任されたのはこういうことだったのですね」

 

 声を潜めてグレイフィア様がリアスに耳打ちする声が聞こえてくる。その間にライザーに朱乃と小猫さんは悠然と近づいていくのにつれ、ライザーの顔がどんどん引きつっていくのが滑稽だわ。

 

「決められずに魔力切れになる可能性もあったわ。私はライザーの継戦能力を甘く見ているつもりはないし、それにね。朱乃達が行き過ぎそうになったら止める余力も必要だと思ったのよ……」

 

 大丈夫よ、リアス。私もさすがにそうなれば止めに入るから……多分ね。ただ、朱乃や小猫さんが『うっかり』やり過ぎたのなら仕方がないとも思うし。命だけは奪うなと秘匿念話で念を押しておく。大翔くんの手間を増やすことを私達がやってどうするという話で。

 私も大翔くんが絡むと俯瞰的、長期的視点が薄れやすくなるのは分かってる。理屈じゃない。愛する男性に危害を加えようとする輩に何の情けが必要だろうか。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁあ!」

 

「あらあら、すこぅしばかり雷光を一箇所に集中しただけですのに。早く再生なさった方がいいですわよ?」

 

 その集中している一箇所が男性の一番の弱点。ライザーは光力と雷で焼かれるという想像を絶する痛みを受けながら、拘束のため逃げることもままならず、痺れの兼ね合いで反撃の炎もまともに放てず、生命の危機から攻撃を受けた箇所が炎が渦を巻き急激な再生を繰り返すだけ。

 なお、手のひらから放たれた雷光球は確かに小さなものだったけれど、込められた光力は私から見れば禍々しいまでの質量。今の私が朱乃と本気で相対するならば、最上級悪魔と呼ばれる域まで力を高めるか、あるいは大翔くんに作ってもらった私用の駒に一時的に悪魔の力を封じて戦うしかないでしょうね。魔力についてはリンカーコアを知覚できる今、運用の心配はいらないもの。

 

「はい、今度は私の炎球で潰れて下さい」

 

 ……ぐちゃ。

 

 私がそんな想像をしていると、小猫さんの周囲に追加で出現した『火車』から白い炎球が放たれた。なんとも言えない肉が潰れる鈍い音と焦げる臭いが辺りを支配する中、またもや断末魔の悲鳴を上げるライザー。顔は涙と鼻水でドロドロになり、白目を剥いた目は既に正気を失いつつあると思える。

 

「へぇ、頑張って再生しますね……悪魔にはやはり毒になる浄化の炎なのに。いっそ気を失えば楽ですよ?」

 

 そう、あの炎も聖なる力を宿しているため、悪魔には弱点そのもの。……近い将来、リアス達とレーティングゲームを行うとなれば、あの二人に如何に力を発揮させないかについてもよく考えないといけない。婚約者兼眷属候補と正式に公言している大翔くんに参加してもらうのは最後の手段ですしね……絶対に恨みを買いますし。

 

「痛みで目が覚めてしまうのかしらね。うふふ、いいお顔ですわ……」

 

 無表情の小猫さん、嗜虐の微笑みに恍惚としたものが交じりつつある朱乃。そして繰り返される再生と破壊。再生能力が明らかに落ちていき、炎が再生のための渦を巻く勢いを失いつつなっていく中、朱乃は不意に問いかけた。

 

「ライザー・フェニックス様。この程度でもう終わりなどと仰いませんよね?」

 

「……あ、あがっ、あ、あ、当たりま、ががががが」

 

「結構、ではお代わりを差し上げますわ?」

 

 そしてまた何かが潰れる音が響く。そして壊れたスピーカーのような叫び声が上がっていた。なお、アーシアさんは既に私の魔術で眠らせている。悪影響が強過ぎますから。

 

「俺、ぜってー朱乃先輩怒らせないようにする……」

 

「小猫ちゃんもだよ、イッセーくん……」

 

「だ、だ、大丈夫よっ。朱乃達のドSは敵に対してだけだから……そのはずだから」

 

「そこは言い切って欲しかったっす、部長……」

 

 リアスや兵藤君達が顔色を青くしている間にも、特定部位への一点集中攻撃は繰り返され、ライザーはもはや気が狂った奇声をあげ続ける発声器になりつつある。

 そんな中、顔つきを厳しく変えたグレイフィア様が制止に入ろうとする動きを見せたので、私は機先を制し声を掛けた。

 

「ライザーはまだ降参の意を示していません、グレイフィア様」

 

「このままでは再起不能になってしまわれます。止めるべきと判断します」

 

「そうなると、リアスは賭けに負けることになるのでは? 意識を刈り取られても、降参はしなかったと言い切られてしまえばライザーに不利益はなく、リアスは学園に通えなくなり、すぐにでも婚姻を強いられるわけです」

 

 朱乃はしっかり問いかけをしている。それを突っぱねたのはフェニックス側。さらに私個人の想いだけで言えば、ライザーが再起不能になろうと知ったことではない。

 

「グレイフィア様がまさかフェニックス家側の益になるように動かれるとは……驚いてしまいます」

 

「!……冥界のしきたりをよくご存知のソーナ様とは思えない物言いでいらっしゃいます」

 

 グレイフィア様が信じられないものを見る目で私を見る。彼女が知る以前の私とあまりに落差があるからだろう。

 ……純血悪魔の減少、出生率の低下、強引な悪魔への転生、それによるはぐれ悪魔の大量発生。憂うことは山のようにあり、少し前までの私はその冥界の未来に、微力ながら尽力したいと考えていたはずなのに。いえ、今でもその意志は私の中にあるけれど、随分と熱を失ってしまっている。その代わりに私の中で燃え盛るのは、狂おしいまでの熱。それはただ一人、私の身体と心を深く虜にして離さない彼の存在。

 

「ソーナ様、貴女は……!」

 

 さぞ暝い微笑みを私は浮かべているのだろう。ああ、魔王ルシファー様の女王である彼女に対して、なんとも不遜な態度である自分の変わりように、自分でも笑いがこみ上げてくる。

 

「ソーナぁ? ちょっと凶悪過ぎる笑顔だわ、行き過ぎよ」

 

 こちらに声を投げかけつつ呆れた顔のリアスは立ち上がり、ライザーの方向へ足を向けた。

 

「あら、ごめんなさい。リアス、どうするつもりなの?」

 

「そのままアーシアをお願い。模擬戦をこのまま止められるのも困るけど、流石にライザーが廃人になるのは見てられないわ。まぁ、十分トラウマにはなったでしょうし、リザインを促してみるわ」

 

 そして、リアスは二人に攻撃の一時停止を指示の上で拘束中のライザーへ歩み寄り、ライザーの側に膝をつきかくも慈愛のグレモリーらしい言葉をかけていく。

 

 未来のランキングトップ10候補とて悪魔の弱点を徹底的かつ重点的に責められては仕方ない。あくまでこの模擬戦は非公式、ライザーの汚点にはなりはしない。ライザーはこの屈辱を糧に出来るはずだ、等々。

 

 表向き優しい言葉をかけるリアスだけれど、時折、耳元で私達には聞こえないような声で囁いている。その度に意識が朦朧と仕掛けているライザーの顔が歪むようだし、しっかり脅しは入れているようだ。そして──。

 

「それに、貴女を一番大切に思う女性が貴女のよく知る彼女になって帰ってきたわよ。情けない姿を晒しているわけにもいかないでしょう?」

 

 リアスが旧校舎の方向を指し示し皆がそちらに注目すると、急いで駆け寄ってくるユーベルーナさんを先頭に大翔くんやレイヴェルさん達が近づいてきていた。すずかさん、シーグヴァイラ、セラフォルーお姉様、黒歌も姿を見せていました。

 元の姿の大翔くんが私の視線に気づいて微笑んでくれる様子を見ながら、私は胸の内が温かくなる感覚を覚えます。やっぱり、大翔くんは大翔くんの姿が一番ですね。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「ライザー様っ!」

 

「ユーベ、ルーナ……」

 

「いつまでも寝そべってる姿を晒すわけにも行かないでしょう? ……決して、悪くはしないわ。ライザーの他の眷属に対しても、空知が動いてくれるように私も一緒に頼み込むわよ。プライドは大事。大事だけど、誇りを傷つけられても大切な者達を失うよりは余程マシだわ。だって、失ったらもう一生、本当に長い一生を後悔して生きることになるんだもの」

 

 駆け寄ってきた焼鳥さんの女王は事情が分からずに、部長に詰め寄っていく。とっさに焼いちゃおうかという考えが頭をよぎったものの、確かに彼女は正気を取り戻している様子で兄さまが動いた結果だと簡単に予想出来たので、とりあえずは様子見にしておきます。

 兄さまにすずか姉さまが寄り添っているのはいいんですが、シーグヴァイラ様が同じようにするのはどこか苛々してしまいます。

 

「……ライザー様! ああ、なんてお労しい姿に! リアス様、すぐに拘束を解いてくださいませ!」

 

「よ、せ……ユーベルーナ、これは模擬戦の、結果だ。俺は、こいつ等に苦杯を舐めさせられたんだよ……。ただ、良かったぜ、元に、元のお前の目に戻ってる……ヒロム嬢は、ちゃんと伝手を使って、すぐに手を打ってくれたんだな……」

 

 それを止めたのは焼鳥さんで、私と朱乃先輩が顔を合わせてから一つ息をつき拘束を解くと、女王さんはその男の頭部をすぐに自分の腿に乗せ膝枕の体勢を取ってみせた。この男が好きな理由は分からないけど、私が兄さまを愛するのと同じレベルで愛しているのは見れば分かってしまう。

 

「……俺の負けだ。慢心、極まれりって奴だな。とんでもない強さだ、リアスの眷属は。これでゲーム未経験ってどうかしてるぜ……」

 

「じゃあ、大学卒業まで予定通り放っておいてくれるわね。その代わり、貴方の眷属達の症状について私も手を尽くすことを約束する」

 

「ライザー様、リアス様、既に私の症状に即座に手を打って下さった彼が他の仲間達についても対処して頂けると確約してくださいましたわ」

 

「ユーベルーナ、その男はお前に何をしたんだ……? それに代償なしで措置を行ったわけではないのだろう……」

 

 緩やかながら再生能力が戻りつつある焼鳥さんは、女王さんが正気を取り戻した理由を問いかけます。ただ、その問いに微笑みを浮かべつつも、軽く首を横に振るのでした。

 

「それについては、空知様から直接ご説明を受けられるべきかと。ただ、この件は既に説明を受けた私やレイヴェル様は別としても、あとはライザー様のみが聞く権利がございます。そういう約束を致しました」

 

「兄さま、私や朱乃先輩もですか?」

 

「ん? 白音や朱乃は問題ないよ。俺の関係者だし、からくりの予想もつくだろう?」

 

 確かにそうですけど。なお、納得が行かないと抗議したグレイフィア様に対しては魔王モードになったセラフォルー様が対応していた。具体的には自分の婚約者にごちゃごちゃ言うのなら、シトリー家にもレヴィアタンにも喧嘩売ったと解釈するからと、触れちゃマズいレベルの冷気を撒き散らしながら脅しをかけてます。

 

「んー、空知。実際朱乃の王である私が聞くのもマズい話なの?」

 

「……ぶっちゃけ品のない話なんです。だから耐性のあるユーベルーナさんは平気だったんですけど、レイヴェルさんには非常に申し訳ないことになったかな、と」

 

「ひ、必要なことでしたから、今回はとやかく申しません。ただ、人目のあるところで堂々と聞ける話では無いのは確かですわ」

 

 ご理解しました、という顔になった部長。私の予測通りとして、初対面の兄さまがユーベルーナさん、レイヴェル様。そしてグレイフィア様へのセクハラ三連戦とか、どうしても体調悪化案件でしかありません。

 

「……うん、わかったわ。ねえ、空知がライザー達に説明する間に黒歌から私やグレイフィアに一緒に聞いてもらうのは大丈夫?」

 

「私は構わないにゃ。大翔の気が乱れてるから、フォローは任せるわよ?」

 

 私も朱乃先輩も当然だと頷きます。生娘であろうレイヴェル様に房中術絡みの説明とか、兄さまには拷問の一種です。

 

「黒歌、ありがとう。ではそうしてもらえると助かります。慣れない女性相手にそういう際どい話をするのは本当に色んなものが削れるので」

 

「……空知のその例の拒否反応も本当に大変ね。月村さんや黒歌達がいてなお、既にちょっと顔が青いもの」

 

「おい、リアス。話がまとまったのなら、早く平和的な話し合いに入った方がいい。セラフォルー様がグレイフィア様と物理的な話し合いを始めそうだぞ……!」

 

 焼鳥さんが空気を読むほどにお互いの魔力が高まる中、兄さまが声をかけるとセラフォルー様は即座に剣呑な雰囲気を収めて、兄さまの背中に飛びついてきます。私達にとってはいつも通りというものですが、肩透かしを食らったようなグレイフィア様が唖然とした表情を浮かべているのでした。



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第105話 二手に分かれて

話し合いは一話で終わりませんでした。


「イライライライライライライラっ☆」

 

「セラフォルー。口で私激おこだって訴えるのは分かるけど、それだったらどうして大翔の方に行かなかったにゃ」

 

「分かって言ってるよね、黒歌? 貴女の後見人の私が貴女を一人でグレイフィアちゃんの前にいさせるわけにはいかないでしょー☆」

 

 分かってるもん、私だってまだ魔王なんだし。黒歌のはぐれ認定はまだ正式に解けたわけじゃない。小猫ちゃんが此方を気遣ってか、給仕役も兼ねて同席してくれているけど……ソーナちゃんはしれっとひーくん側に参加しちゃってるしさー! ぷんぷんにもなるよね☆

 

「兄さまに後でたっぷり甘えればいいと思います。兄さまとすずか姉さまに話は通してきました」

 

「いやーん、小猫ちゃん大好きー☆ 素敵! 抱き締めてあげるー☆」

 

「お茶役ができなくなりますし、話が進まないので結構です。それに私も一緒だというのが条件ですし」

 

「……セラフォルー様、貴女は本当にセラフォルー様ですよね?」

 

 それは交渉を勝ち取った当事者の権利でしょ、当然だと思うよ☆ 私がうんうん頷いていると、グレイフィアちゃんがこめかみを押さえながら、恐る恐る声を掛けてくる。

 

「私はもちろんセラフォルーだよ? でも、自己の存在証明をやれと言われても困っちゃうな☆」

 

「グレイフィアから見れば、まるで化かされたような気分ってとこかしら? 私もここ最近のセラフォルー様を見てるから戸惑いが無いけれど、一ヶ月も期間が空いたらグレイフィアと同じ反応をすると思うわ」

 

「そっかなー?」

 

「部長に同意です。私もたいがい変わったと言われますが、セラフォルー様の変化も相当のものだと思います」

 

「その、僭越ながら……多忙の中であっても、とても充実していらっしゃるのだなと感じましたわ」

 

 レイヴェルちゃんにもそう言われてしまうと、まじまじと自分を見てしまうんだけど……小猫ちゃんみたいに外見が急に変わったわけでもないもん。ただ、毎日が幸せだとは感じてるのは確かで、それはひーくんのお陰なんだ☆

 

「まあ私の変化はともかく。説明を聞くんでしょ?」

 

 黒歌と私はユーベルーナちゃんに起こっていた症状を説明していく。解決策を見つけたひーくんについては『仙術にも精通しているスゴ腕の魔法使い』で押し通した。リアスちゃんや赤龍帝君達がごり押しだって表情で語っていたけど、今のグレイフィアちゃんへの情報開示はここまでだということも同時に言い切ったしね。

 

 もちろん、ひーくんの正体はいつまでも隠し通せることじゃないけれど、私の庇護下のひーくんに手を出すことは私への喧嘩を売ることとイコールだってことを改めてグレイフィアちゃんに示した形だね。引いては、サーゼクスちゃん達への牽制にも繋がっていく。あと、リアスちゃん達やレイヴェルちゃん達は契約で守秘義務を課してるので問題なーし☆ そこを超えるような手段を取ってくる相手からは、こっちも即座に次元を越えて冥界よサヨナラバイバイと決めてるもんね☆

 

「本当のことを言うつもりはありませんとここまで堂々と開き直られるとは。そこまで貴女が拘るだなんて……」

 

「近々、パパやママから執行部に正式な報告が上がるけど、私もひーくんと結婚前提のお付き合いだから。そう考えたら当然でしょ?」

 

「え? 何を言っているのセラフォルー。こんな時に冗談はやめなさい」

 

 うわぁ、真顔でグレイフィアちゃんが素の話し方に戻ってる。これは大混乱状態だね、内心は☆

 

「えっと……グレイフィア、驚きの連続で申し訳ないけど、本当よ?」

 

「うふふ、リアス。嘘は良くないわ。だって、少し前まで男の影なんてどこにも無かったセラフォルーよ? 彼女自身の際立った戦闘力や個性の強さで、数百年単位でそういう話がどこからも出なかったんですから」

 

「潰すぞグレイフィアちゃん? ……ああ、そっかぁ。察したよ。そうだよね、優しいけど淡白そうだもんね。だから逆に僻んでるのかなぁ? ひーくんはすごいよ、毎日ちゃぁんと心も身体もとろっとろに蕩けさせてくれるもん☆」

 

 というか、夫婦生活たぶん無いよね。サーゼクスちゃんはグレイフィアちゃんには誠実だけど全くガツガツしてないから、ミリキャスちゃんが生まれてからはものすごくご無沙汰だと見た。グレイフィアちゃんは自他共に厳しい性格だから、仮にサーゼクスちゃんがその気になっても魔王の責務を果たさずに情欲に流される一夜なんて以ての外だって言っちゃう子だもんね。

 

「……いい年して若い男にど嵌りしている貴女に言われたくはないわ、セラフォルー?」

 

 不思議だね、綺麗な夜空なのに突然この部屋には瘴気が漂い始めちゃったよ☆ あーやだやだ☆ 外面がしっかりし過ぎているムッツリさんが強引に言い寄ってくれないからと不満を持つとか、そんなの我がままじゃない?

 

「魔王のお勤めとか、やるべきことはちゃんとやってますよーだ☆ 完全に素に戻っちゃうぐらい羨ましくて仕方ないのかな、女盛りなのに男日照りのグレイフィアちゃん? 自分から誘うだなんて、みっともないとか思ってるんでしょー?」

 

 言っちゃった、テヘペロ☆ そもそも『欲望には忠実に』の私達が、大好きな相手と繋がりたいって思うのをなぜ我慢するのかって話だよ! 不特定多数と繋がり合う男が相手でもないし、グレイフィアちゃんはサーゼクスちゃん一途。愛されたいと思うなら夜の寝室に忍びこむぐらいすればいいのに。

 あ、ひーくんは別格だよ☆ ハーレムの主として、全員を満たし続けるために必要な体力、気遣い、精力を保ち続けるのが当たり前だっていう求道者みたいな男の子だから。荒々しく奪い尽くすようなセックスも、優しく身体の隅々まで可愛がってくれるセックスも、繋がったまま甘えて愛の言葉を交わし合うスローなやり方もぜぇんぶ心行くまで叶えてくれるんだからね☆ 今朝だって、子宮が降り切ったところに押しつけるように精を浴びせられて朝から気をやっちゃったもん……。

 

「ねー、セラフォルー。全部言っちゃってるにゃ。ルシファーの女王の膨らみかけた怒気もどこへやら、他の子も含めて恥ずかしくて顔を伏せてる子ばかりよ?」

 

「私や黒歌姉さまは別として、他の皆さんには刺激が強いかと。レイヴェル様、一旦深呼吸なさってください。はい、冷たいお水です」

 

「……も、申し訳ありませんわ。刺激が強くて、ちょっとまともに顔が上げられませんの」

 

 あちゃー、やっちゃった。でも、私自身は何も恥じること無いもんねー☆ ひーくんが望むならいつでも子供を宿すぐらいの心積もりでいるし。数十年、数百年……まずは、そういう年月を大事に重ねていって、千年二千年先もひーくんと一緒に歩めればいい。

 

 さて、こっちはある程度ケリがついたんだけど、ひーくんの方はどんな感じかな~?

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「礼は言っておく。俺の女達が俺が良く知っている状態に戻ったのは、お前とお前のパートナー達のお陰だろう。……ちっ。眷属達の恩人のパートナーでさえなければ、こんな見麗しい女性達を放っておく訳がないんだが。お前の友人だというヒロム嬢といい、恋人や友人は綺麗所を独占とはな。ハーレムを築いている俺ですら、正直心がざわめいて仕方ない。正直、貴様には過ぎた女性達だ」

 

 ライザーさんの後ろに集った彼の眷属さん達。今は無事全員瞳に理性の色が宿っていた。

 

 セラにグレイフィアさんの対処をお願いした後に別部屋に分かれた俺達は、ユーベルーナさんへ施した対処法でひとまず平常な状態に戻せることが分かっていたので、残りの眷属さん達を転移魔法陣で連れてきてもらった後、すぐに封時結界を敷いて時間を確保して、そこからは他の眷属さん達の体内魔力の乱れがユーベルーナさんと同じような状態であることを確認していた。

 そこからはすずかと朱乃に応急手当として気脈を整えてもらう間に、シーラさんに手伝ってもらいつつ精神異常防止の魔石を人数分作成。ブレスレットすらネックレスやらイヤリングやらその辺りの加工については、ライザーさんに任せることにしたんだけども……。

 

 どうにも、人間の──特に男性を下等生物とみなす節が強いライザーさんの発言から、表情を一気に無に変えた朱乃とソーナ、すずか達の魔力が一気に膨れ上がることになってしまった。

 

「ライザーさんから見ればそうでしょうね。だけど、すずかや朱乃、ソーナ達は俺でなければ駄目なのだと、繰り返し教えてくれる。すぐに自信を失いそうになる俺に、献身を捧げてくれている。……だから、いつまでも自分が相応しくないからと、いじけていてはそれこそ彼女達の愛情への冒涜になる。俺は相応しい男になれるように、腐らず研鑽を続けて、そして彼女達を愛し抜くだけです」

 

「……ふん、既に他に何を言われようと揺れはしないか。覚悟はとっくに出来ているようだな」

 

「彼女達に見切りをつけられたら、大人しく首をくくりますけどね」

 

「確かにな。自分の女達に見切りをつけられるようじゃ……ハーレムの主の資格はないな。それは俺だって変わりはしない」

 

「俺を蔑む言葉に対して、俺以上に俺の大切な人達が怒りを覚えてくれる。その想いにあぐらをかいてるわけにはいかないですからね」

 

 朱乃の手を雷の魔力が包み、ソーナの手には蛇の形をした水がいつでも放たれる態勢になっている。すずかもやや座る位置を変えて、一足飛びで彼の身体に一撃を叩き込める場所に移動を終えていた。俺が制止のために腕を横に上げていなければ、すぐにでも戦闘に入るつもりだろう。

 

「ハハハハハッ。このライザー・フェニックスを前に生意気な物言いだが、お前も肝が据わっているようだ。ヒロム嬢がお前を紹介した理由が分か……いや、俺もいささか調子に乗り過ぎたか」

 

「ええ、ライザー様。意識を断たれたくないのであれば、恩人である彼への挑発をお止めになって下さいませ」

 

「……ああ、リアスの女王の雷光は正直、今の俺では手に余るからな」

 

「フェニックス様? どうにも勘違いをしていらっしゃるようですので、私、どうしても一言申し上げておきたいことがございますの」

 

 顔色をやや青くしたライザーさんへ叩きかけるように朱乃が話しかける。表情は無から能面のような笑顔に変わっていて、同じタイミングで朱乃へと頷いたすずかとソーナの目も剣呑な目つきのままだ。

 

「私達が大翔さんに身体も心も魂も惚れ抜いて、こちらから望んで傍に侍らせて頂いているのです。それに……お気づきではないようですが、大翔さんはこの場にいる私達を一人で相手取り圧倒出来る方。悪魔への致命的なダメージを齎す浄化の力も私より数段上の力をお持ちですわ。友誼には友誼を、愛情には愛情を、敵意には敵意を──それが大翔さんの基本姿勢ですが、貴方様は敵と見做されたいのでしょうか?」

 

『ほんとは光力も仙術も鮮やかに使いこなすんだもん、くすっ……わざわざ言ってあげる理由は無いけど』

 

『オーフィスの龍の力すら、既に大翔くんの力の一つ。秘めていることすら勘付かないライザーでは勝負にもなりませんもの。哀れにすら思いますね』

 

 ライザーさんはそのつもりはないとだけ呟き、顔を逸らしてしまう。そして、ユーベルーナさんの肩を軽く叩いて、そのまま目を閉じてしまった。あとは彼女と話せということだろう。

 

「えっと……」

 

 ひとまず、これで当座の問題は凌げたので、あとは今後の対応について注意点を伝えるだけだった。ライザーさんが目を閉じた後、揃って彼の眷属さん達に頭を深く下げられてしまい、それを見た朱乃達も力を収めていく。眷属からの慕われ方を見る限り、自分のパートナーとなった女性たちには誠実なのだろう。

 

「今回、私は先に報酬を頂きました。ですので、なぜ今回の症状に至ったかの原因については調査を続けます。皆さんの状態が改善したのは私がたまたま知っている症例と似た感じでしたので、その際の対処法がうまくハマっただけです。継続して効果が見られるかはまた別の話ですので」

 

 今回の先行報酬として、俺はレイヴェルさんにフェニックスの炎球を掌に浮かべてもらって、その性質を映し取った。無論、転写したことは彼女に告げずに。そしてフェニックスの涙のサンプルとその作成法についての情報も教えてもらうことに成功していた。詳細については濁された部分もあったが、その辺りはトライアンドエラーの楽しみが残ったと思えばいい。

 

 気になるのは、彼女達は一種の魅了状態にあったことだ。そして、ユーベルーナさん達の魔力の流れを確認した結果、彼の精液が原因としか思えないということ。つまり、俺の精液と似たような効果を引き起こしていた。

 なお、双子の姉妹らしいイルちゃんとネルちゃんは年齢が幼いこともあって彼のお手つきではなかったようだ。なので、姉代わりの仲間達が徐々に変わっていく状況を怖さを感じながらもどうしようもなかったと悔しさが募り、お姉ちゃん達が元に戻ったのが嬉しいと満面の笑みでお礼を伝えられている。

 

 俺の精液が魔力や気を濃厚に含むため、膣内の粘膜で直接浴びることで吸収が良くなってしまい、適度に魔力や気を循環させるなり、あるいは吸い上げるなりしないと、過剰摂取による依存を引き起こしかねないことは分かっている。抱き合えば合うほど離れることが考えられなくなっていくのは、力が馴染んで身体が俺の魔力等の影響下にあるのを当たり前と認識するからなど……この辺りは黒歌や白音の推論として聞かされたことだ。

 この推論は俺と肉体関係にある女性陣全員が聞いているし、長年そういう関係性にあるすずかやアリサ、アリシアだけでなく、朱乃やフェイト、ソーナや椿姫、カリムやセラにしても納得を示しただけで、何も問題はないよねという話で終わってしまった。

 

『身体も心も寄り添うのが当たり前に思えるようになるのなら、私達は大翔さんと自然に末長く一緒にいられるようになるということですわ。うふふっ』

 

 その時の朱乃の言葉を借りたけれども、結局、俺達は特に何かが変わるわけでもなかったのだ。俺も彼女達を手放せるわけもなく、彼女達も同じように考えてくれている。そのことは言葉だけじゃなくて、少しずつだけどちゃんと自分の内側に落とし込むことが出来るようにもなってきていた。

 

「……今は皆さんに体内魔力の流れを整えてもらって、こうして落ち着いて話が出来ていますが、再びライザー様の寵愛を頂くことであの熱に浮かれて落ち着いて考えることが出来ず、感情の思うままに動く状態に戻ってしまうのでしょうか?」

 

「普段から精神異常に対するアクセサリを常に身につけているし、私や朱乃さん達は理解した上で、ひろくんの影響を受け入れているからいいんだけどね。ただ、過度の依存は妄信を呼んでしまうのは良く知っているし、節度と慎重さを知るひろくんのやり方を阻害しないと誓っているからこそ、私達は暴走を防げている部分も強いの」

 

「依存される男性側の方向性にもよるということです。貴女達にとってのライザーが、私達にとっての大翔くんですから。私も大翔くんに求められれば、それこそ迷わず今の立場や地位を全て投げ出しかねないと自覚しています。ゆえに私達の今の繋がりを大切に思い、また自制を重んじる彼だからこそ、うまく回っているに過ぎません」

 

 そう言い終えた後、隣に座るソーナが同意を求めるように俺を見上げてくる仕草が何とも愛らしく思えて、衝動のままにそっとその頭を撫でてしまってから、今が話し合いの最中だと我に返り慌てて姿勢を正す。俺への真っ直ぐな感情を見せてくれるようになったソーナは、普段の理知的な表情との落差が激しく……俺の琴線に触れてくるのだ。抱き締めたい、そんな衝動を呼び起こされてしまう。




完全な敵対パターン
⇒爽快感はあるけど、この後の展開に困るな。
⇒没

ライザーがハーレムの主としての同士として友好関係に
⇒こんなのライザーさんじゃない!慢心して男を下に見てなんぼだろ!
⇒没

この一週間で一回の更新分量ぐらいは書いては消しをやっておりました。

セラさんとグレイフィアさんのやり取りも過激に過ぎたので、ちょっとマイルドにしたり。
あと、ソーナさんのヒロイン力が上がってきていて、ぐいぐいと押してくるこの頃。


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第106話 年季の違い

次話ぐらいでライザー編は終わる見込み。
もう展開は原作と乖離してるけども。


「ふふふ。ソーナ様のそんな表情を引き出すとは、空知殿も相当人誑しであるようだ」

 

 レイヴェルさんの付き人を務めていることで既にソーナとは面識のあるイザベラさんが、仮面で覆われていない顔の半分で面白そうに笑っていた。

 

「ご存知だろうか。シトリー家からの公表があって、若手有望株の中でも特に厳格な性格で知られるソーナ様を口説き落としたという相手がいると、冥界でも結構な話題になっているのだ。それも同じく有望株と称されているリアス様の女王の婚約者でもあるとなれば、気にならないというのが嘘になる」

 

「実は他にも将来を誓い合った方がたくさんいて、そのことを女同士も互いに認め合っている……ライザー様と私達以外にそのような関係性を築けている方達がいることに、驚きと共に嬉しくも思えたのです」

 

「ふふ、ライザー様とタイプは違えど貴方もハーレムの主に相応しい殿方であるようだ。こほん、話が逸れてしまったな。空知殿、ユーベルーナ、すまなかった」

 

 イザベラさんやユーベルーナさんの言葉ですずかや朱乃、ソーナの機嫌が一気に良くなったので逆に助かった感じだ。さて、本題に戻ろうか。

 

「その、再発の可能性についてはあり得る話ではあります。今お渡しした精神異常を防ぐアクセサリの許容範囲を超える可能性はあります」

 

 断定までは出来ないが、俺はまずライザーさんの精液が体内に溶け込もうとする性質を帯びている可能性を口にした。粘膜からだとより吸収が早くなるだろうということも。

 

「……これはフェニックスの涙が強力な治癒効果をもたらすことからの仮説ですが、フェニックスの血を引く方の汗や血液にも似たような効果はあると推測しています。ただ、涙を作成する儀式の際に心を無にするということが考えれば、輸血というのも一つのやり方ですね。ただ、血液は長期保存が利きませんから短期間に限定されるかと」

 

「つまり……私達がライザー様の精を頂戴することで、体力の回復を促すということでしょうか?」

 

 デリケートな話をしていても、ユーベルーナさんは動じない。説明をしている俺の方が、変な焦りを覚えてしまっていた。というか、そろそろ辛くなってきた。自分のパートナーじゃない女性に真面目に性的な話をするとか、ほんと拷問というか……。

 

「血液に効果があるなら男性の精液でも同じ効果があると考えています。……その、放出の瞬間って男性も何も考えられなくなるような瞬間がありますから。ある意味、儀式で無になるのと同じことが起きているのかなと。正規の儀式を経ているわけではないので、回復効果は落ちるでしょうが、ライザーさんはこれだけ大勢の女性を相手にされるということもあって、一般的な悪魔男性よりも精力が強いのでしょう。ゆえに、その精液自体も一般的なフェニックスの男性と違って、涙と同等量の痛みの除去、体力回復だけでなく、か、感度の上昇とか、催淫効果も付与されている、のではないかと……」

 

 そこまで口にしたところで、後は流れるようにすずかに頭を包み込むように抱き締められて静かに撫でられていた。

 

「ひろくん、もういいよ。後は私達がやるから。私達以外の女の子にそれ以上頑張らなくていいからね」

 

 自分でも気づけないほどに身体は冷え切っていたらしい。すずかの温かさに包まれながら、俺は意識が落ちていくのを感じていた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「推論ではあるが、おおむね当たっているだろうな。ここに来る前のこいつ等は確かに異常なまでに俺に固執していた。俺の精が女を魅了するのに抜群の効果があるなら女好きの俺にはありがたい話だが、ただ過度の依存を誘発するとなると喜んでもおれん。俺の身は一つしかないし、正直限界に近い状況でもあったからな」

 

 大翔さんが意識を失ってから、再び焼鳥さん──もとい、ライザーは口を開きます。自分が感じていたことと、大翔さんの推測が近しいことを認めていました。

 

「密封が可能な容器に精液を採取して頂ければ、こちらで詳細な調査は進めて、その結果と対処方法を講じた上で合わせてご連絡致します」

 

 そのライザーに対応するのはすずかさん。結局のところ、詳細な原因は確かに調べなければなりませんが、私達の体内とユーベルーナさん達に起こっている事象はほぼ同じものでした。

 

 ライザーの精液に強烈な魅了成分が含まれており、自分だけを強く愛する女性を大量に発生させる条件が整っていること。そして、彼の精液そのものへの依存が進むため、ライザー自身しか鎮めることが叶わないこと。

 私達の状態と置き換えれば、つまりはそういうことなのです。私達の場合は手を触れ合って魔力を受け取り合うところから始めたように段階を踏んで、加えて自分に対する影響を説明された上で自分の意思で受け入れてますから、依存が深まるのにも自覚を持った上でという違いがありますけれど……ただ、特定の男性しか受け付けなくなるという終着点は彼女達も同じでしょう。

 

「……なんとも君は物怖じしないな。生々しい話を持ち出すような育ちにも見えないが」

 

「私にとってひろくんとの営みは愛おしく、互いに幸せを再確認する大切な時です。愛する男性に目一杯愛してもらえる幸せをどうして隠す必要がありましょうか。とはいえ、その詳細な内容は私だけがこの身と心で覚えて、誰にも触れさせたくないのですけど」

 

「そして、彼以外は眼中にないから、恥ずかしがる必要も無い……か?」

 

「ええ、ひろくん以外の男性にどう思われようと知ったことではありませんし。こちらを害するつもりなら、存在ごと消し去るまでです」

 

 淡々とした声の調子の中に、大翔さんや私達に手を出すつもりなら容赦なく排除するという明確な意思を乗せる。直視できずに目を逸らすライザーだけではなく、周りの眷属さん達も目を逸らしたり一歩後ずさる様子を見せるあたり、すずかさんの発する威圧感はまるで部屋の温度を一気に下げたように感じてしまいます。

 

「……君は自分の容姿を自認しているだろう。君だけじゃない。他の女性陣も付き合う男性を選べる、そんな魅力にあふれている。そんな君達が惹かれたハーレムの主が、女を怖がっているのか? そうとしか思えない反応だった」

 

「ええ、やっと私達にここまで心を預けてくれるようになったんです。……ここまでやっと積み上げてきたんです」

 

 すずかさんの手は愛おしい大切な宝物を扱うように、膝枕の上で眠りについている大翔さんの髪に触れていました。今回の一件に立ち会うことを引き受けてくれたのも、私がリアスの女王であり、小猫ちゃんがリアスの戦車であるから。リアスの問題に私達が巻き込まれると分かっている以上、逆に積極的に関わって解決策を探るという話だったのです。

 

「今でこそ初対面であっても女性と話すこと自体に問題はなくなりましたが、その後で急に体調を崩すこともありますし、私達の誰かがついているだけで顔色が随分と違ってきます」

 

「……申し訳ありません。空知さんには辛いことをさせてしまいましたね」

 

「いえ、ユーベルーナさん達が気にされることではありません。ひろくんが引き受けると決めたことですから、ギリギリまで任せると決めていました。……彼の進む道を支えるのが私の生き方ですので」

 

 大翔さん以外の男性に目を向けるつもりはそもそもないし、これからも彼と共に生きる。すずかさんは私達を代表する形でそう明言したのです。

 

「それと……もう一つ申し上げておきますが、私達もユーベルーナさん達もそうですが万が一、別の男性に抱かれるようなことがあれば、遠からず人格崩壊や突発的な自殺を起こすものとは思っていてくださいね?」

 

 そして微笑みを浮かべたまま、すずかさんはこの場に爆弾発言を投げ込みます。私達だけでなく、彼女達も?

 

「り……理由を聞こうか」

 

「私達はひろくん、ユーベルーナさん達はライザーさんの魔力が身体に非常に馴染んでいます。溶け込んでいると言っても差し支えないでしょう。それぞれの伴侶に触れられ、愛され、貫かれ、子宮に精を浴びせられることを身体が求めていると言っても間違いないと思います。少なくとも私はいつでもウェルカムです。これが行き過ぎると、朝昼晩関係なくどこでも何回でもみたいな感じになったりするわけですね」

 

「お、おう」

 

 すずかさんのストレートな物言いにライザーだけでなく、あちらの眷属の何人かも顔を痙攣らせます。シーグヴァイラ様も真っ赤になってしまった顔を伏せてしまいました。

 

「身体も、心も魂に関わる次元まで──ただ、一人の男性だけの女なのです。身体は既にそう認識しているわけですし、釣られた心が唯一の愛しい人だけのものだと思えば、身体はさらに認識を強めます。相乗効果を折り重ねその想いを積み上げた先には、他の男性が全て能面──同じ顔にしか見えなくなる女の出来上がりです」

 

 誰かが唾を飲む音が聞こえます。すずかさんは落ち着いた口調で話しているのに、場の全てを支配していました。あ、能面の見本をソーナが何処からか取り出したタブレット画面に表示させていますね。何だかシュールな雰囲気になってしまいましたよ。

 

「まあ、ここまで行きつくかは別としてもです。確かに身体は快楽に慣れてしまっていて反応しやすいかもしれませんが、もしもがあったとしたら強い違和感、嫌悪感……激しい自己否定、そして相手への強烈な殺意は抱くのではないでしょうか。大切な人を裏切ってしまったこと、防衛反応で偽りの快楽を認識する身体。自分の身体と心が乖離して狂う前に相手を塵に変え、その上で自分の存在を抹消しようとする……本気で男に惚れ抜いた女はそれぐらいはやってのけますよ?」

 

「同意しますわ。ライザー様以外の殿方にこの身体を好きにされるなど……想像するだけで背筋が凍るようです」

 

 すずかさんのこんな一面に慣れっこの私とソーナ、向こうではユーベルーナさんぐらいですね、態度を変えずにいられるのは。

 

「う、うーん。そこまでになるかは性格にもよるんじゃないだろうか。まあ、魅了状態の自分ならどうだと言われると何とも言えないが」

 

「拘束などをされて他の男性に犯されるぐらいなら、体内魔力を無理やり暴発させて相手ごと屠りますね」

 

「私は強引に光力で自分を焼き尽くすでしょうね。ソーナにとっての魔力と私にとっての光力は同じようなもの。元々体内にあるものですから暴走だけなら思うだけで可能ですし」

 

「私はそうなる前に相手を消滅させるかな? 気は扱いに慣れてくると、身体のどこからでも発動できるから」

 

 動揺を隠せないイザベラさんの発言に対しては、私達はそれこそバッサリ切り捨てるような感じでお答えしました。制御する必要が無いので、意識が少しでも残っていれば暴走させるだけなら何とでもなりますから。これも自分の力を正しく認識して扱うようになったからこそ出来るようになったわけですけれども。

 

 後は私達全員が転移魔術の理論や実践が可能になったことに伴い、その意思一つで海鳴への転移魔術を発動できる、ハートの形を象った紋様を大翔さん以外の男性が決して見られない場所に刻んでいます。数ある自己防御対策の一つですね。

 水着着用も問題ないように不可視の切替が出来る処置も済ましていまして、大翔さんには事後報告を行いました。……反対されるのを分かっていましたし、報告した時は私達は揃って身体に消えない傷をつけちゃいけないと懇々と叱られました。みんな大切に思われているのが嬉しくてほっこりしていたら、さらに叱られちゃいましたけどね。

 

「あ、あれ? 私がおかしいのだろうか……?」

 

「しっかりしろ、イザベラ。この男のパートナーはそういう性質の女が揃ったということだ。だが、手を出そうにも命をかけてという女ばかりというのは十分理解したよ」

 

「ご理解いただけて、何よりですわ」

 

 私もすずかさんもソーナも三人で調子を合わせて微笑んでみせる。その様子に身を震わせたライザーは粗暴な愚者では無かったようですね。

 

「……シーグヴァイラ嬢。貴女もこの集まりに入るつもりなのか?」

 

「そのつもりなのだけど。まだ、ヒロの心の準備が整っていないものだから順番待ちといったところね」

 

「君の方は準備万端というわけか……。君達の敵にはならないように気をつけるとするさ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「お前は……心が強いんだな……」

 

「フェニックスさん……! しっかりして下さい、瞳が虚ろになってますよ!?」

 

「お前の女達は何かしら心に傷を負っていたり、生まれながらの重責を背負うものであったり、拠り所を求めるのも無理はない事情を持つ者が殆どだと聞いた。その全てを受け止め切った上で幸せだと憂いのない笑顔で言い切れるお前は……本当に強い」

 

 封時結界の中で眠りから覚めた俺は、なぜかライザーさんと二人で話をしたいと言われて結界解除前に話す時間を作っていた。眠っていた間に待ちきれなくなったセラや、それに便乗する形で黒歌に白音を始めとして、もう一方の部屋の皆がまとめて結界内にやってきていたり、グレモリーさん達の代行で街の見回りをしていた椿姫や助っ人で手伝っていたフェイト達が結界内への転移で報告に来たりで、普段の騒がしい日常に戻ったことにより、俺もスッと目が覚めたわけなんだけどな。

 なお、主な目覚めの要因となったセラはすずかのお説教を受けている。あと、グレモリーさん達を完全に置いてきてしまってることについても突っ込まれていた。

 

「あのお前の正妻格の月村嬢……真っ向から魔王のセラフォルー様を威圧して抑え込んでいるが、あの覇気はグレイフィア様も冷汗をかいていたからな。最上級悪魔も真っ青だ。後から合流してきたシトリー眷属の女王もリアスの女王と同じく、お前に忠実なのはすぐに分かった」

 

 聞けば俺が眠っている間に、すずか達とユーベルーナさん達がお互いが特有の環境下──ハーレムを構成する女性達として、共感を持ちながら会話に花を咲かせていたらしい。その場自体にはライザーさんも途中まで同席していたが、女だけの内緒話となるために解放されたのだそうだ。

 

「……その、ユーベルーナは元々、情が深いというか俺を立てる部分が強かったんだが、他の者についてはそこまででも無かったわけだ。愛してくれているとは感じられるが、ベッタリというわけでもないといったところでな。ただ、ここ最近は肉体関係を持つ眷属が全員俺への依存を深め、ユーベルーナに至っては俺を神格化するような勢いだった」

 

 元に戻って正直ホッとしたのだという。なお、俺が目覚めるまでの間にユーベルーナさんの奉仕により、ライザーさんは別室でしっかり精液の採取もされたらしく、その時のユーベルーナさんの目がまた行き過ぎた時の彼女の目を思い出させるように澱んでいたのだと嘆かれた。

 

「お前との繋がりを強く求めるからか、毎晩望むなら全員の相手をするとも言っていたが、お前の女も十人を超えるのだろう? 時間の問題が解決出来てしまうがゆえに、体力などの消費が洒落にならないだろうに。確かに男冥利に尽きるといえばそれまでだが……」

 

「応え続けられるように鍛錬を欠かさないだけです。幸い、長い寿命も得られたことですし時間についてもある程度の引き伸ばしが効く。それに……本当に幸せだと腕の中で心から微笑んでくれるひとときは毎回その度に心が震えますから。男を選び放題のはずの美女や美少女が俺と一緒に過ごして幸せだと本心で想ってくれている。だから明日も頑張ろうって、そう思えるんです」

 

 すずかはむしろ頑張らなくてニートになるのはいつでもウェルカムという、俺が駄目男になるのを半ば望んでいる節もあるので、すぐに甘やかそうとしてくるんだけどな。そうなってもみんな今更離れられるわけもないからって悪い顔してたけど、すずかの俺への評価は採点がだだ甘なので話半分に聞くぐらいでちょうどいい塩梅だ。

 

 それに俺もすずかには相当甘えている。強い依存をしている自覚もある。仮にすずかを失ったら、俺も生きる意思を失うと確信できるぐらいには。出会った頃は月村家の令嬢で然るべき家に嫁ぐ、あるいは家格の高い婿を迎えるまでの間、夜の一族であることに怯えていた彼女の支えになればいいと考えていたのに……完全に心身ともに彼女にのめり込んでしまっていて、その温もりから二度と出られそうにもない。

 すずかは守るべきパートナーだけど、俺の精神を守ってくれる女性でもある。アリサもアリシアと紗月も同じような関係で、だからこそ三人、いや四人は別格で、その中でも特にすずかへ依存してしまっているのが俺の実情だ。



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第107話 弱さを見せられる相手

書き上げられた時はさくっと投稿していくスタイル。

※読者さんのご指摘で私が真っ青になった箇所をこっそり修正。



「……受け取る側も変わり者、か。そうでなくてはとっくに崩壊していそうなものだ」

 

 一日の最後にすずかの中で果て、そのまま抱き締められて眠りに落ちていく時間は数年同じルーチンを繰り返そうとも……色褪せることなどなく、穏やかな幸福感の中で一日を終える、俺にとって欠かせない大切な時間だ。

 朱乃やセラが私達にも甘えてもいいんだと思えるようにしてみせますからと宣言はされてるんだけど、愛し方の違いというか、俺にとって朱乃やセラは護るべき相手なんだよな。実際に出来ているかは別として、そういうものだという前提みたいなものが俺の中にはあった。

 

「……気を張り続けるのは勝手だが、弱音を吐ける相手はあの中にいるのか?」

 

「ちゃんといますよ。ライザーさんはユーベルーナさんですよね?」

 

「まあな。あいつが女達の中心みたいなものだ。……なるほど、そうか。見たままだったということか、お前は」

 

「そういうことです」

 

「手綱をしっかり持っておいてもらわねば、洒落にならない実力の連中が揃っているようだからな。お前自身が崩れそうであれば危ういと、聞いておかねば思ったまでだが……ふん。ソーナ嬢やセラフォルー様達にまで手を出しておきながら、何とも変わった奴だ」

 

「セラやソーナ、朱乃も椿姫も、黒歌や白音だって……俺にとって大切な人達であることに何の代わりもありません。絶対に守り抜くだけですよ、どんな手を使おうとも。他の犠牲をどれだけ払おうとも……俺は彼女達の安全を取りますから」

 

 揶揄うような口ぶりのライザーさんに、釘を刺しておく。俺の婚約者達とその関係者以外、どうなろうと知ったことではない。

 

「ふん……俺とて栄達を望むのはアイツらと長くうまくやっていくためのものだ。分かりやすくていい。そこを踏み越えない限り、オレ達は住み分けできるということだ」

 

 その俺の言葉にあっさり同意を返すライザーさん。口元は少し愉快そうに笑っていた。

 

「冥界の未来と口にはするがな、立場上気にしている振りはせねばならん。だが、俺自身兄が二人いる立場で本格的に領地経営に関わるかといえばほぼありえ無い話だ。次期当主の長兄と補佐の次兄で事足りる。優秀な兄上達だからな。実際は自分と女達の稼ぎさえ考えていればいい」

 

「だから、グレモリーさんとの婚約を自分でも積極的に進めようとしたと?」

 

「リアスとの結婚となればグレモリー領の経営に関わることになる。が、ここ数年の付き合いで分かった。ハッキリ言ってリアスは当主には向いてるとは言えん。感情が素直過ぎるし直情型でもある。恋人にするには楽しく可愛いのだろうが、施政者の資質ではないさ。つまりは貧乏くじになりかねんとは考えている」

 

「えっと、それは……婚約関係そのものを考えるということですか?」

 

「そうとは言わないが、経営の主体を任せてもらって、早めにリアスの甥っ子であるミリキャス様に当主を引き継ぐように持って行きたいとは思っている。彼はまだ幼いがそうは言ってもリアスと十年も年は離れていないからな。元々グレモリー家の後継者筆頭だった魔王ルシファー様のご子息でもある。当主としては申し分ない血筋だ」

 

「なるほど。リアスさん以外にも後継者第二位の優秀な方がいらっしゃると」

 

「だから、お家騒動を招く前に、早めに俺達は繋ぎだと言い放ってしまうべきだとな。それこそ俺との子、純血の悪魔さえ産んでくれれば、あの赤龍帝とうまくやってもらっても構わん。正妻という立場と、グレモリー当主という役割を、俺のビジネスパートナーを努めてくれればそれでいい」

 

 グレモリーさんが納得するかは別の話で、恐らくは首を縦に振ることは無いだろうともライザーさんは付け加えた。

 

「リアスはグレモリー家の次期当主だ、それは変わらぬ事実。仮に逃げ出すのなら、二度と冥界の土は踏まない覚悟で、さらにはぐれ悪魔に近い扱いになることも承知の上でなければならん」

 

「無理でしょうね。彼女は実家の力を十二分に活用した生活に浸りきってしまっている。人間界への通学、通学先の街の管理者への任命……街での拠点である豪邸であったり、普通の学生が叶うわけもない環境が当たり前なのだから」

 

「グレモリー家の令嬢としての生き方しか知らないわけだしな。自分で独立のための勉学等を積んでいる様子も無い。ようは周りから見ればただのわがままの範疇なわけだ、俺との婚約を反対しているのもな。本気で突っ撥ねたいのなら覚悟が足りないのさ。……俺には力が足りん。だから、ユーベルーナとは何度も話しているし、側妻としての扱いしか出来ないことも含めて、悔しさを飲み込んでそれでもついてくる覚悟を決めてもらっている」

 

 ままならないものだと思う。ただ、圧倒的な力で制することが出来ないのならば自分に出来る最善を考えて積み重ねていくしか、こういう問題は対処のしようがないのもまた事実だった。

 一先ずはライザーさんの眷属達への魅了効果が重度の状態に陥った際の対策をもう一つ提案するとしよう。目の前の問題に対してしっかり対処することが、ライザーさんの心の余裕にも繋がるだろうから。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「身体に不可視の細工をした魔法陣等を刻んで、異物が侵入しようとすれば焼き尽くすなり腐り落ちるようにする手もありますけど……術者よりも強大な者が相手となると無効化される可能性もあるので絶対的な方法とは言えませんから」

 

「身体に直接刻むので、制御を誤ると逆に身体にダメージを与えることもありますから、強力な効果をどこまで求めるのか難しいところもありますもの……」

 

「実用化が可能なところまでは来ていますが、効果をどこまで引き上げるかが課題にはなります」

 

 実証に対する検討を重ねるのは必要なこと。トライアンドエラーを繰り返す事が出来るのも黒歌や小猫さんといった仙術に長けた回復のエキスパートがいてくれるからこそですね。

 

「……月村さん達は既に試されたのですね?」

 

「ひろくんの目が離れた時にこっそりと。効果を求め過ぎて痛みに意識が飛びかけて、黒歌ちゃん達に何とかしてもらったこともありましたから」

 

 朱乃や私もその痛みは経験済みで、その時の絶叫は相当なものだったらしく、刻む紋様の効果を全員一定レベル以上で習得している転移魔術に変えたという経緯もありました。

 その晩は大翔さんを抱き締めたまま、なかなか離れ難くなってしまって……女性陣は事情を分かっていますし朱乃共々大変良くしてもらったので、怪我の功名(?)みたいなことになってしまったのですが。

 

「……あえて見えるように紋様を刻んでしまえば、それだけで手を出そうとする輩も減りそうですし検討をするべきでしょうか」

 

「待て、ユーベルーナ。なんという話をしているのか……そこまでしなくても、空知から当面の対策を提示してくれている」

 

「あ、ライザー様に空知様。お話は終わられたのですね?」

 

 ライザーと大翔くんが揃って立ち話から戻ってきたようで、当面の追加対策としてユーベルーナさんの使用している魔法の杖をデバイス化して、そのデバイスの保存領域に『鎮静』の術式を書き込んでおこうというお話です。加えて、ライザーの魔力の波長を登録して鎮静の魔術を発動する時にその魔力を優先して使うように設定することで、溜まり過ぎた魔力を程よく解放する意図も兼ねているようです。

 

「なので、ライザーさん本人か眷属さん達しか使えない利用制限がかかっているようなものです。後はちょっと様子が変わってきたと思える方達に使わせたり、使えばローテーションみたいに出来るかなと」

 

「私は構いませんし、お願いしたいと思いますわ。状態異常を治せる魔力を新たに身につけられるようなものですもの」

 

「あとは中長期的な話として、二ィさんとリィさんが仙術を身につけることですね。ああ、そうだ。ぬらりひょん様との定期会合が近いうちにありますから、その際に参曲(まがり)様に話をしてみましょうか? いいお師匠さんを紹介してもらえるかもしれない」

 

「え゛っ……! ど、どうじで、ぞらじざんがまがりざまのごどを!?」

 

 ものすごい動揺っぷりですね。私は直接お会いしたことは無いのですが、大翔くんやすずかさん達はお会いしたことがあるそうで。黒歌経由で連絡を取りお供え物を持って訪問されて、そこから東日本の妖怪陣営と定期的に会合を持たれています。今や、翠屋のシュークリームやケーキは次元を越えて愛されていますね、

 日本神話側は聖書勢力の動きに対して敵対行動と認識しています……こちらの勢力のやり方を思えば当然とは思いますが。なので、顔つなぎで同行したお姉様曰く、あくまで悪魔の駒の摘出方法も確立した大翔くんとそのパートナー達だけとの友好関係ということなのだとか。勢力同士というよりは、個人的友好関係が少し幅広く行われているようなもの。

 

「ひーくん、参曲お婆ちゃまのお気に入りだもんねー☆ あ、ぬらりひょんのお爺ちゃまもそうだけど」

 

「ええええええええええええ!?」

 

 予想はつきます。大翔くん、年輩の方の話を聞くのは何よりの勉強だって思っている方ですから。あと、おつまみとか作って持っていったり、その場で作らせて貰ったりしているのでしょう。

 

「側近の妖怪さん達にも力を示して、お爺ちゃまやお婆ちゃまの精神干渉も撥ね除けたもん。その上で年長者をちゃんと立てるからって人気者だもんね~」

 

「いや、翠屋のシュークリーム様々だと思うんだけどな」

 

「み、三毛ばあさんの干渉を撥ね除けるなんて……」

 

「完全抵抗は難しかったから、自分に逆暗示をかけておいて何とか防いだって感じだったけどね。普段から対策は打っておくものだと改めて思った出来事だったな」

 

「あ、次回はソーナちゃんや朱乃ちゃんや椿姫ちゃんも含めて、みんなでご挨拶だからね? 向こうも都合がつきそうな神クラスを呼ぶって言ってたし☆」

 

 普通に話が大きくなっている気しかしませんが、大翔くんの婚約者としてのご挨拶ならばしっかりと務めるだけですね。日程調整はそれこそ一、二時間確保出来れば日単位に置き換えられるわけですし……。

 

「小規模ながら一つの勢力だな、これは……守秘の誓約を今回の解決と共に求められる理由が分かったよ。酔いとかでうっかりというのも許されないからな、このレベルになると」

 

「多種族が入り混じってるわけだし、それぐらいで行かないと飲み込まれちゃうからね~☆」

 

 この後、結界を解除してリアス達とも合流して、デバイスの改良を実演で見たライザー達は感謝の意を伝えながら帰っていきました。なお、ライザー眷属の猫又姉妹は参曲さまに話を通すのではなく、黒歌や小猫ちゃんに手ほどきを受けたいと懇願していましたね。

 

 ただ、大翔くんも私も勘違いをしていたのですが、ライザー眷属の彼女達が仙術を身につけることは実質不可能だったのです。

 黒歌によれば、仙術を身につけるための素養自体が黒歌や小猫さんのような猫又の上位種族である猫魈であるか、あるいはそれこそ何百、何千年もの修行の果てに辿り着くという仙人になれなければ、そもそも身につけられないとのこと。

 結局のところ、妖怪であれば素養を持てる妖術でも精神異常を防ぐことは出来るとのことで、そちらを身につける方向性に落ち着いたのでした。

 

「……どうするかな。黒歌や白音は俺の身内という認識をしてくれているけど、俺達から転生悪魔になってしまっている彼女達に教えること自体、結構グレーゾーンだって感じがするんだけど」

 

「それはおいおい考えましょう、大翔くん。私達が立ち会うのが前提だけど、あえて鉢合わせするようにしてもいいと思うわ」

 

「そうだね。家族の外の話だし、頑張り過ぎる必要はないか」

 

「ええ」

 

 それより帰るつもりが無い様子のグレイフィア様を何とかしないといけませんが……以前より誓約に縛られていることですし、リアスに任せていっそ帰るのもありでしょうか。

 

「ソーナ、待って! 私明日の朝日を拝めなくなるから!」

 

「悪魔にとっては日光は毒でしょう、気にしなくていいのよ」

 

「お月様すら見れなくなるって言ってるのよっ!」

 

「お嬢様? 一体それはどういう意味でしょうか……!」

 

 地雷を的確に踏み抜いていくスタイル。流石リアスね、全く憧れないけど。ってあら? 小猫さんと帰ったはずのレイヴェル様が部屋に戻ってきましたね。

 

「お手洗いに案内してたんですけど、お帰りになられたんですか?」

 

「信じられませんわっ、お兄様ったら解決したからって私を忘れて帰るだなんてっ!」

 

「早速教えてもらった連絡先が役に立つとはね」

 

「え? 冥界とどうして、普通の携帯型通信機で連絡が──」

 

「通信用の魔法陣を電子化して、回路に組み込んであるんですよ。──あ、先程はお疲れ様でした、空知です。ええ、ええ、そうなんです。レイヴェルさんが──え? ああ、はい、分かりました。グレモリーさんにそのようにお伝えしておきます。はい、それではまた」

 

 しれっと高度な技術を披露する大翔くんに置いていかれた格好のレイヴェルさんや聞き耳を立てていたグレイフィア様が愕然とする中、大翔くんはライザーとの通話を終えてしまうのでした。

 

「ひろくん、どうしたの?」

 

「明日迎えに行くから、今日はそのままグレモリーさんの家に泊めてもらうように言ってくれと。その、お楽しみの時間に突入してるから、邪魔するなって……」

 

「おにいさまぁああああああ!!!!」

 

「即効で盛ってるわけですね、あの人達は。流石に同情します」

 

 すずかさんの問いかけへの大翔くんの答えにレイヴェルさんが本気で怒り、小猫さんが彼女の肩をぽんぽんと叩く中、グレイフィア様が大翔くんへ詰め寄ろうとしますが──お姉様がさせるわけもありません。

 

「申し訳ありませんが、この後お時間を頂けますか?」

 

「お断りだよ☆ ひーくんがグレイフィアちゃんに時間を割く意味合いがないもん☆」

 

 間に割って入る形でお姉様は静かに魔力を高めていきます。本気で潰すという意思表示を顕わにしながら。

 

「貴女には聞いていません、セラフォルー。彼は放置するにはあまりに危険です。いかに貴女が庇護し、シトリー家とアガレス家が後ろ盾になろうとも、ルシファー様の女王として捨て置けません」

 

「自分達の都合のいい手駒に出来るかどうかってことじゃない☆ 捨て置けないとか良く言えるよね?」

 

「……セラフォルーさん。逆にここで潰しちゃ駄目なんですか? ひろくんの害にしかならないことは良く分かりましたので」

 

 すずかさんもそろそろ我慢できないと前に出てきます。お姉様を含めた今の私達ならばグレイフィア様一人であれば、恐らくは勝てはするでしょう。ただ、その後はルシファー様を筆頭とした悪魔全体を敵に回すことになる……!

 思わず、縋るように大翔くんを見てしまう私にそっと彼は頭を撫でてくれて──。

 

「銀髪の殲滅女王と殺り合えるなら、俺も混ぜてほしいな」

 

「ど阿呆」

 

 ただ、大翔くんが口を開ける前に、乱入してきた顔馴染みの方達がいたのです。白龍皇ヴァーリ、そして堕天使の長、アザゼル総督が。

 

「……いきなり頭を殴るな、アザゼル」

 

「お前がいきなり喧嘩を吹っ掛けるからだろうが。──久し振りだな、グレイフィア」

 

「アザゼル、なぜ貴方がここに──!」

 

「そりゃ簡単なこった。こいつらの妹分が迎えに行くと言って聞かないもんでな、代わりにすぐ連れて帰るといって何とか待機させて、俺がすっ飛んできたのさ」

 

「そういうことではありません。堕天使のトップがなぜこの場にいるのかを聞いています」

 

「ああ、大々的にゃ喧伝してないから無理も無いか。空知大翔とその家族は堕天使勢力の保護対象なんだわ。あと、駒王町の出入りについては朱乃の関連でそっちにも認可をもらってるだろ? なんで今回は大人しく帰るこった。しかるべきやり方でそっちにも改めて通知するからよ」

 

 視界の隅で朱乃とふと目が合うと、一つウインクを返してきていました。総督への緊急通信手段を持っていたのでしょう。あとは総督もいつものように海鳴にいたんでしょうね。渋々ながらグレイフィア様が冥界へ戻っていくのを確認して、総督は悪戯を成功させたかのごとくニヤリと笑います。

 

「よし、お前ら帰るぞ。シトリー夫妻もアガレス夫妻も連絡取ったら、打ち合わせのために準備するって言ってたしな。帰ったら転移魔法陣でお出迎えして封時結界で時間確保だ──ん? そいつはフェニックスの娘か? 魔力が独特だしな、血でも抜いて研究した──いでっ!」

 

「駄総督、馬鹿なことを言ってないで戻るぞ」

 

「てめぇ、すぐに反撃しやがってからに……」

 

 このやり取りにぽかんとしてしまうレイヴェルさんには後で説明しますと断った上で、私達は海鳴へと帰っていくのでした。




感想で気づいたのですが、
レイヴェルさん絡みの小ネタを飛ばしていたので、海鳴へ連行です。


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第108話 フェニックス、落つ

極度の緊張状態で不意に見せられた優しさのせいだったりするんだよ、きっと。


「ここが家みたいな感覚なんだよなぁ、もう。週末に実家へ父さんや母さんの顔を見に帰ってるって感じだ」

 

「そうだね。僕もたまに荷物を取りに帰って、こっちでの生活に慣れてしまってるというか」

 

 慣れ親しんだ感のある海鳴に戻ってきた俺はそんなことを木場と話していた。寝泊りする客室もずっと借りっ放しだけど、それでも全く問題ないぐらいに月村さんの家は広い。俺達の滞在にもいろいろ物入りのはずなんだけど、その辺りは大翔さんが出してくれている。

 実は部長の眷属悪魔になったことで多少なりともお給料とかは出てるんだけど、駒王と海鳴は別次元にあることもあって、デザインは殆ど一緒でも透かしの技術だったり塗料の濃さが違ったりするらしく海鳴でお金がそのまま使えるわけじゃない。そのため、必要な分は大翔さん達に両替してもらっていたりする。というのも、大翔さん達も俺達の世界で使える通貨が必要なためだ。

 俺達の宿泊費用やこまごまとした大翔さんの負担分については部長だったりセラフォルー様だったり、ソーナ会長が金や稀少鉱石を定期的に渡していると聞いている。その辺りは月村さんが間に入ってくれているんだそうだ。一時的な滞在なら別として定住に近いってなると、ご両親や家の管理を担ってるファリンさん達との調整は月村さんがメインになってくるからだ。ま、そりゃそうだよな。家の権利はご両親が持ってるんだろうし……。

 

 結局、俺の手が及ばない部分で大翔さんや月村さん達が動いてくれているお陰で、俺達や会長達の強化合宿は順調に続いているというわけだ。寝る時は何も着ない主義の部長と対抗してくれるアーシアに挟まれて眠る毎日は最高ですひゃっほう!

 

「まぁ、よく騒動に巻き込まれるもんだ。これも他者を引き付ける天龍や龍神といった龍のオーラを持つ連中の宿命かねえ?」

 

「それだって個人差があるでしょ? でも、今回は助かったよアザゼルちゃん☆」

 

「サーゼクス達と真正面から敵対すると面倒過ぎるだろうしな。立場ってのも使いようだ」

 

 なんというか魔王様や総督が目の前で会話してるのが当たり前になってるけど、近くで固まってしまっているライザーの妹、レイヴェルさんの反応を見ると改めて異常なことなんだなと思う。国の代表同士が毎日会って話し込んでるようなものだからと大翔さんは例えていたけど、今日はそこに主要な大臣クラスが加わるようなものだしなぁ。

 

「シトリー殿、到着が早いですな。ようこそいらっしゃった」

 

「おお、月村殿。いや必要があれば取りに帰れば良いかぐらいのものでね。私室に繋げたまま、結界を張ってもらえるわけだから体一つで来れるというもの」

 

「ヒロの便利さが際立つわね、本当に。話し合いが終わったら露天風呂にも入って構わないと聞いたから楽しみなのよ」

 

「シーマリア様、源泉掛け流しだとまた趣きが違いますよ。結界内で仕事を多めに片付けて、一泊できる余裕を作らせてもらいませんか?」

 

「そのヒロの姿が無いようだが……何か緊急の案件ですかな」

 

「アガレス様。夕方の鍛錬が短過ぎたので、軽く模擬戦をしてくるとヴァーリくんと中庭に出たようですよ。バラキエル夫妻が到着されるまでの間、私と夫も今から見学に行こうかと」

 

「そうか、バラキエル夫妻はここへの直接転移が可能でしたな。飛鳥さんのお嬢さん達の姿が無いのはそういうことだったんですな。おお、戦闘用の結界が発動したようだ」

 

 話した順に月村さんのお父さん、会長達のお父さん、大公様の奥さん、お母さん、会長達のお母さん、大公様、月村さんのお母さん。最後に大公様が話を締めたんだけど……あ、ライザーの妹さんが大口あけて目の前の光景から逃避してるぜ。

 しっかし、俺も慣れちゃっただけで、初めてならそりゃ固まるよな。部長も最初はよく固まってたし。お偉いさん同士が普通の友人みたいに私的な会話をしてたら、自分の普段暮らしてる世界と違い過ぎて、現実から逃げちゃうわけだ。

 貴族悪魔の世界かぁ……部長とのライザーとの婚約話もそうだけど、ハーレム王になるってなれば避けて通れないよな、やっぱり。

 

「アーシア、ライザーの妹さんを回復してやってくれないか? それが終わったら俺達も見学させてもらおうぜ」

 

「分かりました、イッセーさん。といっても体力や傷の回復では無いので、うまく効けばいいんですけど……」

 

「イッセー! 先に行ってるわよー!」

 

 部長は言うが早いか先に行っちゃったし。ま、あの二人の場合すぐに決着つかないからな。焦らず行けばいいか。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「いつつっ。くそっ、接近戦は相変わらず歯が立たないなぁ……」

 

「攻め手が分かり易いからな、その辺りは組み手の回数をこなして経験を積み立てて行くしかないさ。ただ、君は元からそうだったが、本当に恐ろしくタフだぞ。半減の影響にあってもダメージからの再生速度もさらに早くなったしな、足止めに徹するなら本当に厄介だ。で、今回のタネはなんだ?」

 

「まだ内緒。というか、自分でも慣れてない力だからさ。ヴァーリ相手に死線潜ったら熟達も早くなるかなって」

 

「なるほど。戦ってる途中で急にタフさが増したと感じたのはそのせいか」

 

『何度もヴァーリと模擬戦をこなす中で【半減】と【吸収】の力も取り込んだようだしな。攻撃速度を補うために、ヴァーリと貴様の距離を半減しつつ、ドライグの【倍加】まで併用した上でこちらの時間経過を遅らせる結界の瞬間発動と合わせて、こちらの能力を発動させる前に攻撃したり、殴られた時にこちらの力を吸収したり……下らん小細工はお見通しだ』

 

「あ、あはは……ま、俺は弱いからね。出来ることは何でもやらないと」

 

「ふふ、君は本気で自分が弱いと考えていて、だからこそ形振り構わず貪欲に力や技術を取り入れて生かそうとする。立派な強者だと俺がいくら評価しようと、君自身がその意識のままにずっと自らを高め続けるのだから──次は何をしてくるのか、楽しみで仕方がないよ」

 

『実際のダメージは少なくとも、こちらの魔力消費は激しいからな。吸収を使いつつもこのザマだ。元々、吸収に近い力である、こ奴が高め続けてきた魔力集束技術に加わった仙術や妖術、俺達から得た吸収能力、そして新たに得た力。自己回復力を含め、継戦能力の高さは恐ろしいものだぞ』

 

「まだ打撃に魔力や闘気をうまく乗せきれていないし、こちらも半減しているからこそのダメージの少なさだからな。これが中遠距離となれば、半減を無視してこちらの装甲を容易く砕いてくる魔力砲撃がガンガン飛んでくるわけだ。魔力を溜める時間も殆ど貰えない上に、あの『ミーティア・エクスプロージョン』(流星の爆発)がトドメで飛んでくる。君の妹分の必殺技をアレンジしたものというが、非殺傷設定──魔力への直接攻撃で無ければ俺の身体は跡形も無いだろうさ」

 

『それでも悪魔の魔力が枯渇すれば確実に数日は意識を失う。何とも恐ろしいものだ』

 

 白龍皇との模擬戦。時間にすれば15分程度ではあったでしょう。強い一撃を受けた空知さまが吹き飛ばされ、結界に叩きつけられたことで、結界が崩壊してしまい模擬戦はそのまま終わりを迎えたわけですが……。すぐに身体を起こして軽口を叩き合っている様子に、本当に深刻なダメージを負っていないのだと思い知らされてしまいます。

 

「結界が崩壊されるほどの一撃だったはずなのに、もう起き上がるだなんて……」

 

 白龍皇の言葉通りとすれば、二天龍と正面から対峙しても倒れないタフネスに本領である射撃戦となれば、その白龍皇すら消し去れるほどの魔力砲撃が可能……。グレイフィアさまのこの方を放置出来ないと言ったあの声が脳裏に蘇る。

 

「……!」

 

 身体が震える。もし彼が正式に堕天使や日本神話勢に属し、悪魔の敵となってしまえば──。

 

 ソーナさまやセラフォルーさま、シーグヴァイラさまの彼への心酔ぶりは今日一日だけで十分に痛感できたのです。彼女達は純血悪魔で旧七十二柱の家の生まれですけれど、そのことを顧みることなく彼の味方であることを宣言しかねないと。そうなれば、彼だけでなく魔王級や上級クラスの悪魔が同時に敵方になる。

 姫島さんは堕天使の力を制御し、真羅さんは自らの血に流れる異能の力を自在に使いこなすと言います。黒歌や塔城さんの姉妹も猫魈としての力を覚醒させている以上、誰一人とっても強者の域にいる。

 

「うん、確かにお兄ちゃんは接近戦の手数も増えてきたし、あとはヴァーリの言う通りバリエーションを増やすことかな。砲撃でやってることを接近戦で出来れば、それだけでもかなりやりにくくなるよ」

 

「打撃に魔力や闘気をうまく乗せられるようになるのは、アンタの場合だと時間の問題だろうし。まぁ、でも私達の大将が最前線に出る時点で本当はアウトなんだけどね」

 

「様々な想定をしておくことは悪いことじゃないさ。それに戦士や剣士、拳闘士の戦い方を熟知していると、彼本来の魔力砲撃にも色々生かされるぞ?」

 

「ヴァーリの言ってることは分かるわよ。ただ、すぐに大翔は無茶をするから。ねえ、今回も新しい能力のために必要以上に突っ込んで戦っていたしぃ?」

 

「まー、模擬戦だからこそだよね。そうでないと、すずかちゃんが真っ先に飛び込んで止めに入るよ」

 

「ええ、私も肉の壁ぐらいにはなってみせますから」

 

「カリムさんは本気で言ってるもんね。ひろくん、今回ぐらいならいいけど。本当に無茶が必要な時はちゃんと伝えてくれなきゃやだよ?」

 

「……我がいるから、いざとなれば任せる」

 

「ん、オーちゃん。ありがとね」

 

 さらに月村さん以外にもこの別世界に彼のパートナーは複数いて、それぞれに悪魔の駒で言うところの、騎士や僧侶に値する戦力を持っていると聞かされています。全員が回復に関する特殊能力なり技術を持っている時点で、恐ろしい集団というしかありません。

 そして、極め付けが無限の龍神。ああ、誰が彼らを圧し留められるというのでしょうか。

 

「……相変わらず、羨ましいぜ。あれだけの綺麗で可愛い女の子達に本気で惚れられてるんだもんなぁ」

 

「赤龍帝の貴方は、まさか彼に憧れているのですか?」

 

 たまたま近くにいたリアスさまの眷属、先程私の体調不良を気にかけて下さった赤龍帝の彼が私が感じている脅威を欠片も感じさせない物言いをするために、私は思わず不躾な問いかけ方をしてしまっていました。

 

「あー、俺のことはイッセーでいいよ。で、大翔さんに憧れてるって問いについてはその通りだ。俺はハーレム王を目指しているからな。君のお兄さんも見て思うところがあったけど、俺が目指す方向性は大翔さんって感じだから」

 

「……方向性?」

 

「あの人は俺の夢を体現してるんだけどさ。さらに実現させた後のその先の形も見せてくれてるんだよな。……男の甲斐性って言葉では簡単に言えるけど、自分が好いた女の子全員にちゃんと幸せだって思ってもらう……思い続けてもらえるようにするって滅茶苦茶ハードルが高いことだと思うんだけど、大翔さんの周りに集まってる女の子達はほんと幸せそうに笑ってるんだ。見てるこっちまでつられて笑顔になっちゃうみたいな、そんな笑顔でさ」

 

「確かに空知様と話している女性達は、笑顔に陰がなくて、本当に心から笑っていらっしゃる。それは分かりますわ」

 

「二人の女を幸せにするなら、普通の男の二倍の努力を。四人なら四倍。今の大翔さんだと十二倍かな。それをやれない奴は女を囲う資格なんてないっていうのがあの人の考え方なんだよな。だから、強くなるのはその努力の中の一環でしかないって言い切るんだ」

 

 赤龍帝の彼、イッセーさまはそう言われます。それは確かに空知さまの一面を示していると思えますが……。

 

「その……恐ろしくは、ありませんの?」

 

「へ? えっと、レイヴェルさんって呼ばせてもらうけど、どうしてさ?」

 

「……失礼ながら、あの方──空知さまには、背筋が凍るようなおぞましさを感じます。一度敵と見做せば、人も悪魔も堕天使も天使も、それこそ他の神話勢力であろうと関係なく、確実に屠るまでどれだけ時間をかけようと、あらゆる手段を使って遂行するような──狂気じみた、そんな一面を私は先程の交渉の中で見せられてしまいました」

 

「あー。容赦の無さは確かにあるかもなぁ」

 

「そんな優しいものではありませんわっ。兄が仮に再起不能になろうとも歯牙にもかけないと確信させる、こちらを同じ知的生命体と認識すらしていないような……!」

 

 恐怖心から言葉が止まらない私の頭に、気づけばポンッとイッセーさまの手が乗せられて、あやすようにぽん、ぽんと優しく手が動いていました。

 

「……大丈夫だよ、レイヴェルさん。大翔さんにそこまでさせないように、月村さんをはじめとして、あの人のパートナー達が常についているんだ。多分、シーグヴァイラ様もそうなるだろうし」

 

 思わず撫でちまったけど、ごめんな。そう詫びる言葉を挟んで、イッセーさまの温かい言葉が私の耳に入ってきます。

 

「まだまだ力不足だけどさ、俺だってあの人がそんな決断をしなくても済むように動くよ。月村さん達だけじゃない。俺も木場も、元士郎──あ、一緒に模擬戦を見てたソーナ会長の兵士の男だよ──力をつけようと必死なんだ。身内をどこまでも大事にして、降りかかる火の粉は自分が無茶をしてでも、それこそ身体や心がぶっ壊れてでも打ち払おうとする、そんな大翔さんの足手まといには絶対になりたくないからなんだぜ?」

 

「イッセーさま……」

 

「今の俺は君の兄貴にも及ばない弱い男だ。でも、諦めるつもりなんて欠片もない。あの人は俺や木場、元士郎、さらには、俺達が動けない時に代わりにこうやって駒王町の見回りをやってくれたりする会長の眷属みんなの兄貴分なんだ。頼まれてもいないのに、恋人達だけじゃなく、友人や後輩たちまで全部ひっくるめて守るもんだって思ってる。それがあの人の『当たり前』でさ、その生き方に俺は惹かれてるし、追いつきたいし、いつか追いついてやるって思ってる」

 

 歯を見せて笑ったイッセーさまの笑顔は、怖さから冷えてしまっていた私の心を包んでくれるように感じていたのです。

 

「俺とあの人はもちろん別人だし、やり方は多少変わるかもしれない。ただ、男として負けなくないっていうか、なんか熱くさせてくれるんだよな。意地の張り方も不器用だしさ、ああやってヴァーリに挑んでぶっ飛ばされてはまだ挑んでいくんだ。得意な距離だけで戦ってればいいのに、良しとしないんだよな。だから、ヴァーリもああやって毎回相手をしてるし、熱心にアドバイスもしてる」

 

 難しくなんかない。あの人は懐に飛び込んできた相手を絶対に無下にする男じゃない──。そんなイッセーさまの声が、すとんと自分の中に入るのを感じた私は自然と震えが止まっていました。

 

「あとはいっそ、一緒に鍛錬できるように頼んでみようぜ? 自分が強くなればその分、安心する部分も出るだろうし……行きと帰りは転移魔術で行けるし、封時結界の関係で一日の就寝時間をほとんど訓練時間に置き換えられる。寿命が心配ない分、一時間が一日分ってやっぱり反則だな、こうして考えると」

 

「え、で、でもそれはご迷惑が──」

 

「心配な……ちょっと待ってくれ。ドライグっ!」

 

『おう! この不可思議な霧はあの絶霧の小僧だ!』

 

 左腕の神器を発動させて私を守るように前に立つイッセーさまに、私はそのまま目を奪われていたのです──。



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第109話 真旧偽新

語呂合わせのサブタイトル。


「久しぶりだね、解析に時間はかかったけれどこうやって転移することが出来たよ。ちなみに今日は一緒にお客さんも連れてきたんだ」

 

 学生服にローブをまとった青年、ゲオルク。魔法陣の代わりに霧を漂わせて現れる辺り、神器の扱いも変わらず達者な様子だ。

 

「次元を越える転移先の計算はかなり面倒だったと思うけど、自力で良くやったもんだな」

 

「探究心や好奇心が俺を突き動かしてくれたよ。試行錯誤の繰り返しだったけど、駒王で見られる君の展開する結界とかを参考に人間大の無機物を転移させて、その結果を追いかけて観測して……久しぶりだったよ、仮定条件の元に検証を積み上げていく作業は楽しくすらあった」

 

 こうも短期間で、自力で次元転移の計算方法を確立して割り出す。魔術の天才に努力の才能が加わるとこうなるというのを見せつけられる思いだ。

 次元を越える転移座標の計算方法はミッドチルダで既に確立されたものであり、俺が初めて行く次元世界でも海鳴へ戻るための座標を早く割り出せるのはその計算理論をひたすら繰り返し使い込むことで、頭と身体の両方に叩き込んだだけのこと。

 

 唐突に転移してきた、そんな『天才』ゲオルクと会話をしつつ念話で征二さん達やレイヴェルさんの護衛の指示を出そうとしたものの、すずか達だけじゃなく、一誠君や祐斗、元士郎達も互いに互いをフォローし合える立ち位置へとすぐに移動してくれていた。

 俺は所詮、努力が得意な凡人。どれだけ頑張ってもせいぜいが秀才になれるかなれないか。そんな俺にはしっかり頼れる家族や仲間達がいる。こんな時だけど、そのありがたみを感じてしまっていた。

 

「カテレア、久しい」

 

 音も立てずに俺の横に位置を移したオーフィスはそのゲオルクの同行者に軽く手を上げ、声をかけていく。

 

「彼らから聞いた話だけでは信じきれませんでしたが……オーフィス、あなたが妙な集団の一員となったのは本当だったようですね」

 

 褐色の肌に赤縁の眼鏡をかけた白地の水着姿のモデルさんみたいな人……いや、この魔力は悪魔か。そんな女性がオーフィスと言葉を交わしている。

 

「まあ、今回は私もあなたを連れ戻すとかそういう目的ではありません。『絶霧』所有者の個人的な用件に、私の個人的な用件を乗せただけですから」

 

 その視線の先は戸惑いを浮かべたセラに向けられていた。それでも、俺達の壁となろうと前へと立とうする動きを見せようとするので、とりあえず腕をつかんで留めておく。

 

「セラ。君の抱える問題は俺も抱える問題だって、前にそう言ったよ?」

 

「……ひーくん」

 

 何が何でもというわけではない様子のセラは俺の制止に少しだけ困った顔をしながらも、それでも俺の隣へ留まってくれた。

 

「なるほど、その男が貴女の想い人ですか。魔王の座を退いてでも傍にいることを選ぼうとしている男……」

 

「なんでカテレアちゃんまでもう知ってるかな……やっぱり幹部クラスに内通者がいるよね、絶対」

 

「まあ、本来世襲であるはずの魔王が襲名制になっているのがおかしいのです。私やクルゼレイ、シャルバを慕ってくれる者は今も多いということですよ」

 

 セラがカテレアと呼んだ女性、カテレア・レヴィアタンさんのやり取りについては、ソーナやセラ自身、あるいはシーラさんといった相手から、悪魔の歴史を事前に学んでいたので理解に困ることは無かった。政治的には完全に敵対陣営の相手と言えるけれど、今のところ彼女の魔力が高まる様子はないし、流れも穏やか……いや、これは。

 へそから下腹部にかけてひどく膿のように流れが滞っていて、身体の内側から刺すような、あるいは突き上げるような痛みがあるように見える。涼しい顔をしているけれど、相当の痛みを無理やり誤魔化しているんじゃないか?

 

「随分と浮ついた感じも落ち着いたようですね。ふむ。外から眺めただけでは分からない、貴女を変えるほどの何かがその男にはあるというのですか」

 

 話しぶりから見るに、以前からの知り合いか友人といった感じだろうか。俺を見る彼女からは戸惑いの中にもこちらを見定めようとしているような視線を感じていた。

 

「……まぁ、それはどうでもいいことです。セラフォルー、大人しくレヴィアタンの名を返上し、本来の持ち主たる私へと返すがいい」

 

「返すも何もカテレアちゃんはレヴィアタンの直系で、私は所詮借り物だもん。お母様が傍系の血筋とはいえ、代を重ねてレヴィアタンの力はほぼ発現してないしね。あの戦争が無ければ私が名乗るなんて元々あり得なかったよ」

 

「……では私を次期魔王に指名して、表舞台から早く姿を消すといいでしょう。レヴィアタンの名は貴女には重い」

 

 セラに対しても突き放すような言い方だけど、なんだろう。あまり冷たさを感じない。むしろ、受け取りようによっては気遣いをしているようにも思える。

 

「確認するべきことはしましたし、言うべきことも伝えました。ゲオルク、戻りますよ」

 

「え? 俺はもう戻らないよ。彼が使う俺が知らない未知の魔術を学び、魔術の深淵を求めていくためにここに来たんだから」

 

「……え?」

 

「だから戻らないって。彼の中には様々な力が一つに溶け合い、彼の魔力そのものが唯一無二のものになっている。彼自身が学ぶべき対象そのものなんだからね。曹操にもとっくにそのことは伝えてあるんだが」

 

「貴方がどうしようと勝手ですが、私は次元世界を越える転移は使えません。だから私を送ってからにしてもらいましょうか」

 

「何を言ってるんだ? そんな義理なんて無いだろう、もう俺は貴女と同じ所属でもないのだから。今回のことも行き先が一緒だったからという、もののついでに過ぎなかっただけじゃないか」

 

 カテレアさんの言い方に引っかかりを感じていた間に、ゲオルクの塩対応が炸裂していたようだ。うん、侵入者であることには変わりないし、とりあえず二人の身柄を確保してから考えますか。

 

「我はへびにらみを使った。こうかはばつぐんだ」

 

 そんな後手の俺よりも、すずかの意を汲んだオーフィスが先に動いていた。

 

「あ、ぐっ……」

 

 ふざけた口調ながらも侵入者二人へ彼女の殺気が向けられ、当然身体が動かなくなっている。なお、オーフィスは『我はまだ三段階の変身を残している』ごっこがマイブームらしく、その結果、この殺気の出力や効果範囲も使い分け出来るように頑張ったらしい。なので、殺気の影響を受けているのはあの二人だけだ。

 

 なお、制御がうまく出来るようになった際に褒めてと頭を差し出したオーフィスをすずかと一緒に撫でている時に、朱乃が親子に見えて嫉妬してしまうとぽろっとこぼして、俺とすずかが変に意識してしまって顔を赤くすることもあったなあ。オーフィスはきょとんとしながらも、俺やすずかから離れなかったし。

 最後には変な開き直りでオーフィスは俺やすずかや朱乃達、皆の娘みたいなもんだろうと言い切って、そういう扱いになったオーフィスは自分が俺達の長女って言い出したり、まあ……そんな騒ぎもあったりしたんだけど、それも日常のひとコマだ。

 

「オーちゃん、そのまま長蛇さんを召喚して!」

 

「長蛇を召喚。二人に『まきつく』」

 

 いつからすずかは例のゲームのトレーナーになったんだろう。あ、オーフィスに付き合ってのごっこ遊びか。ただ、ノリノリでやってるだけだね。

 

「動きを鈍らせて、さらに拘束して完全に動きを止めましたね。有効な『特技』の使い方です。見事です、オーちゃん」

 

「我、完全勝利。ぶい」

 

 白音もゲーマーだからなあ。アドリブで乗っかってるけど楽しそうで何より。オーフィスのピースサインの後にハイタッチまでセットなんて、二人とも随分と馴染んだもんだなと思ってしまう。

 

「では、このまま連行しましょう。オーちゃん、一人担いでもらえますか?」

 

「わかった。白音、我は捕獲用のボールが欲しい」

 

「あー。ここまで擬似的な再現が出来れば、そこまで行きたいですよね。兄さまが本気で開発すればすぐかもしれませんよ?」

 

 あのボールの機能を含めた現実化か……。球体内に縮小化と能力封印の魔術を常に展開しておけばいけるかもしれないけど、捕まる側からしたら溜まらないだろうし、魔術抵抗に成功される可能性もあるんだよな。ただ、研究題材としては面白いな。魔導具媒体の小型化及び高性能化の一環として、うん、試作品をいくつか作ってみるとしよう。

 

「ほら、兄さまはもう考え始めてます。こっちの声が殆ど聞こえてませんから」

 

「これは期待」

 

「離しなさい、オーフィス!」

 

「契約や誓約で危害を加えないようにしてもらって構わないから、簀巻きの状態からは早めに解放して欲しいかな?」

 

「決めるのは兄さまやすずか姉さま達ですから。今は大人しく捕まっていて下さい」

 

 ボールを形成する素材自体が魔力等が伝導し易くて、頑丈じゃないと駄目だよな。いっそ、そこから自作するか? 多少時間はかかっても今後の魔導具製作にも役に立つし、土や鉱物に強靭化の魔術を書き込んで、封時結界に放り込んで時間加速の上で、百年単位で馴染ませてだな……いや、逆に耐衝撃性を重視して、ゴムとかプラスチックに炭酸カルシウムを混ぜるやり方ってどこで読んだんだっけか。ああ、久し振りに書庫に籠もる必要が出てきたぞ!

 

「ああなったひろくんはしばらく戻ってこないから、バラキエルさん達も到着したことだし部屋に移動しよう。朱乃さん、反対側を宜しくね。ひろくんは足元も何も見えてないつもりで誘導をしないと」

 

「かしこまりましたわ。……とんでもない集中力ですね、大翔さん」

 

「マルチタスクをフル活用で、必要な材料とか手法とか知識や記憶を探ったり、書物室や無限書庫に関連書籍があったか確認してるんじゃないかな。ほら、ホログラムウインドウが展開してるでしょ。データベースにアクセスして検索魔法をかけてるよね」

 

「なんだか近未来に迷い込んだような錯覚になりますよね、うふふ」

 

 あった、この記述か。ただ、会社の機械とか技術をこのために使ってもらうわけにはいかないからなぁ。いっそ、開発部屋に機械を追加するか。ん? この目的だとミッドの方が合うのか……ってこれは、偽名でドクターが絡んでる品物じゃないか。だったら、余計なギミックを仕込んでありそうだから却下だな……。

 んー、あれ、移動開始したのか? すずかと朱乃の匂いがするし、とりあえずもうちょっとこっちに集中させてもらって……。

 

「おいおい、すずかと朱乃が『当ててんのよ』を思い切りやってるのに無反応だぞアイツ」

 

「感覚的に信頼できる相手の香りだとか魔力だとは分かっているでしょうけどね。自分の思考に没頭したアイツはあんなものよ。シーグヴァイラのところでもあんな感じになったことがあるんでしょう?」

 

「ええ、極端に集中した時とかに何度か。なので、そういう時は私かアリヴィアンが元に戻るまで傍についていましたね」

 

 俺が思考を中断したのは、寝室へと連れて行かれた上で夜が深まり限界が近かったソーナに唇を奪われながらベッドに押し倒されつつ舌が絡まり合う心地良さと、スイッチが入って濃くなった彼女の甘い匂いに嗅覚が囚われてからだった。

 ソーナみたいに毎日そんな周期があったり、すずかや黒歌、白音のようにそういう時期が来る子がその状態になると、とても甘くそれでいて理性を吹き飛ばすようにこちらの劣情を掻き立てようとする匂いが強くなる。視覚や触覚からだけじゃなくて、鼻腔から脳にその子の香りが広がっていって、どうしようもなく欲しくなってしまう蠱惑の魔香だ。

 

「やっと見てくれましたね、大翔くん……♪」

 

 嬉しそうに呟きながら、ソーナの手は俺のベルトを外してズボンを下ろしにかかるのだった──。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「ああもう私ったら本当に毎回毎回熱に飲まれて、どうしてあそこまでやっちゃうのよ……!」

 

 茹蛸のように顔を真っ赤にして頭を抱えているソーナの横には、荒縄をまだ身体に巻きつけたままの椿姫が艶やかな吐息を漏らしながら寄り添っています。

 

「仕方がないじゃありませんか、お嬢様ぁ。はぁ……ふふっ、初めてのお相手が極上の男性だったんですもの。とことん酔ってしまえばいいんです。あんっ、縄食い込んで気持ち、いぃ♪」

 

 乱れ過ぎたことに悶えるソーナに完全に振り切れてしまっている椿姫がもっと楽しんでしまえと囁く。行為後のいつもの風景といいますか。大翔さんの輪に加わってから日がまだ短いながらも、一日の中で身体を重ねる回数は私達の中で一番多いというアンバランスな状態もソーナの感情の揺れ幅を広くしてしまっているところがあります。

 

 ソーナやすずかさん、黒歌や小猫ちゃんの身体が抱えている、じりじりと身体中が疼く感覚に襲われる中で普段の生活を過ごさなければいけない辛さは私達も感覚共有で体験していました。自分の心が望む望まないに関係なく、身体が気持ち良さやオーガズム、男性の精液を求め続けて、下腹部がずっと啼きっ放しになってしまう状態。渇きにも似た感覚に襲われ続けるわけです。

 例えば登下校中などにすれ違った際に異性の匂いを嗅いでしまったりすると、その疼きが一気に強まって大翔さんと大翔さんのペニスのことしか考えられなくなる。ここで他の男性のことが一切浮かばないぐらいには私達の意識だけでなく、身体も大翔さんのことを深く刻み付けている状態ではあるのですが、まともな思考が出来なくなることに変わりはないのです。

 

 対処法は唯一つ、大翔さんにたっぷりと注いで頂くしかありません。すずかさんもソーナも症状が酷い時でも二、三時間は大丈夫になるというのは共通らしく、私達はソーナが大翔さんに抱かれる回数が多いことについて羨ましいと思うわけでもないのです。回数が増えるということはそれだけ症状が強く出ているということですから。

 そもそも、寵愛を頂く時は心身が満足行くまで深く満たしてもらえるのに、回数の多少でどうこう言う必要もありませんしね。

 

「ねえ、ソーナ。椿姫は論外としても──」

 

「え、ちょ、ちょっと待って。どうして論外なのよ、朱乃?」

 

「いや、椿姫ちゃんは行き過ぎでしょ。まあ、ひーちゃんとのセックスを本当に楽しんでるわけだけどさ。あうあうしてるソーナちゃんは可愛いから問題ないね!」

 

「乱れている時の自分と我に返った自分との落差に悶々としてるの可愛いわよね。それもまたソーナの魅力の一つだろうし。ただし椿姫、貴女は嵌りすぎとは思うわ。まー、外では縛られたままでも澄ました顔してるみたいだから、徹底してるなって感心もするけど」

 

「分かってますよ。大翔さん相手じゃないと、こんな緊縛願望を曝け出せるわけないじゃないですか……! 色んな性癖を受け入れてくれつつ、気遣いが出来て普段は乱暴じゃなくて、こっちが望んだ時だけ獣になってくれる、こんな理想的な相手は本当に奇跡ですよ。それに大翔さんの縛り方は私の身体のラインを本当によく分かっていてくれていて──」

 

 椿姫へのツッコミはアリサとアリシアさん達に任せて、ソーナの頭を軽く抱き寄せてぽんぽんと髪を撫でる。アリサ、頑張ってね。後ずさりしてる場合じゃないと思うから。

 本当に大翔さんとの営みを全力で楽しんでる椿姫と対照的に、真摯で一生懸命だからこそ大翔さんの負担になってしまっていないかと考えてしまうソーナ。大翔さんがこれぐらいで私達を嫌うことはないと頭では分かっていても、どうしても不安を覚えてしまうのよね。

 

「ソーナが不安になるのも仕方ないと思うわ。私達は最初で最後、そして『最高の恋』をしているもの。他の恋なんて知らないし、知る必要もないけど……それだけ真剣だから、大翔さんの重荷になっていないか、ちゃんと支えることが出来ているのか分からなくなってしまいそうになる」

 

 その大翔さんは僅かな時間になるけれど、カリムさんの膝枕で今は夢の中。二重の封時結界だから、長時間の維持は魔力を多く供給してくれるオーフィスや魔導具にも負担がかかるし、別室でセラフォルー様やすずかさん達がカテレアやゲオルクの相手をしてくれている。

 

「不思議なものね。大翔さんがソーナや他のみんなをとても愛しく思っていて、そんな簡単に嫌いになったりするわけがないって自分以外のことならハッキリ分かるのに、自分のこととなると大翔さんに重た過ぎる女と思われてるんじゃないか、本当は我慢させてるんじゃないかって考えちゃう。そんなことは感じないって言われても素直に受け取れずに、しがみ付いてでも離れようとしない我が侭な自分がいて……ふふ、矛盾もいいところよ」

 

 こればかりは私もソーナも大翔さんのパートナーとしての自信を自分でしっかり持つしかない。すずかさんやアリサ達を見ていると、分かっていても知らず知らず焦りや不安を自分の中で大きくしてしまっているわけだから。




討滅戦とか撃滅戦に手を取られて更新が遅れました、ごめんなさい←

8ヶ月ごしの伏線めいたものをやっと入れられました。


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第110話 晩酌という名の定例会

「明日の早朝と夕方の鍛錬、私も参加するわっ。だから今は我慢しないっ! 嗚呼、美味しいっ……!」

 

「アルジールさん、その通りよ! 食べた分飲んだ分、動けばいいんだからっ。それにしてもヒロ達はどうしてここまでお酒に合うものを出してくるの……!」

 

 宣言の後にお母様が飛鳥さんに注がれたグラスの中身をぐいっと飲み干し、シーマリア様が目の前のキスの天ぷらを一口、二口、三口と平らげていく。『悔しいっ、でも食べちゃう呑んじゃう』だよね、でも美味しいものは美味しいからね仕方ないよ☆

 

 確かにひーくんは酒呑みが好きな味付けをよく分かってるというか、こういうおつまみ系を作る時は濃い目の味付けにまとめる時が多いんだ。もちろん作るおかずによるから何でも濃いわけじゃないんだけど。生ビールが普通に出てくる月村家に慣れ過ぎてるね、私達。

 そんな晩餐を楽しめることもあって、ひーくんの結界内時間は多忙な旧七十二柱の当主夫妻に大好評☆ 明日のことを気にせず宴を楽しめるし、ゆったりとした休息も約束されてるからと、集まる度にひーくんへの評価が上がってる感じがする。というか上がってるよね。胃をがっちりつかめるのが強力な武器になるのは、旦那さんに限った話ではなく、両親にも有効だったわけだ☆

 

 グレイフィアちゃんの一件を受けて、正式にサーゼクスちゃん達に抗議をする手筈を組みつつ、アザゼルちゃんもがっつり噛んで、ひーくんに余計なことしたら現執行部から手を引くぞとまで言っちゃう方向でやるよと大公様達は私達に対して言い切っている。両家とも自領が豊かなこともあって、実際言い切っても何とかなっちゃうところもあるし。細かい部分は滞在中に詰めていくって言ってたけどね。

 名目上は家格ナンバー2、実質は中間管理職の大公職なんざ惜しくはないだとか、自領の発展がよっぽど大事だと大公様もお酒の勢いもあるけど思い切り言い放ってたもんねぇ……。私同様、腹に溜まってるものはかなりあるみたいで。

 

「アルジールにしてもシーマリアさんにしても、気にするほどのものかね……? 君も連れ添って随分年数が経ったが、相も変わらず素敵なのに」

 

「ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいけれど油断は大敵なのよ、あなた。いくら自分の望む外見に調整出来るとはいえ、元の姿から乖離しすぎていたら魔力の消費も馬鹿に出来ないのだから」

 

「ふむ、アルジールさんの言う通りだな。私も身体を引き締めなければと最近は思っていたところで。どうですか、シトリー殿。私達も鈍っていた身体を慣らすにはちょうどいい。結界内の滞在中は一緒に参加しませんかな」

 

「私も参加するわ。最近、お酒やおつまみが美味しいからってちょっと調子に乗ってたし……アザゼル、あなたもよ」

 

「……ぐっ。確かに、確かになあ。最近毎晩の勢いでプレシアとは晩酌してるわけだからな。……よし、やるぜ!」

 

 ひーくんやすずかちゃんの作るお酒のアテはなんというか、大公様やアザゼルちゃん達に危機感を抱かせるのは十分な威力があったみたい。私達も食べはするけど、毎朝毎夕の鍛錬を欠かしていないお陰でその辺りの不安はないからね☆ お父様もしれっと惚気ていたけど、お母様に慢心はなかった。

 ちなみに静かに晩餐を楽しんでるバラキエルちゃんは滞在時は必ず鍛錬に参加していて、一段と光力の扱いが上手くなってる。接近戦も得意だから、ひーくんの指導にも携わっているもん。

 

「……妙な暗示で敵対行動を取れなくしたと思えば、なぜ私は酒盛りに参加させられているのですか?」

 

「でも、大勢でわいわい美味しい食事とお酒って悪くないじゃない? 未成年組はノンアルコールカクテルだけど、楽しくやってるしね☆」

 

 すずかちゃんの心理操作能力はカテレアちゃんにも効いてしまいました。これで駄目なら覚醒ソーナちゃんの魅了でゲオルクくんに惚れさせる手も考えたんだけどね、すずかちゃん強い☆ 最上級悪魔クラスのカテレアちゃんに効果ありなんだもん。いやあ、模擬戦でも近距離だと押し負けるはずだねえ……。想いが成長を促すとか言うけど、どれだけ強い気持ちなんだろうか。私も負けてられないよ☆

 

「大翔の作る麺は美味いだろ?」

 

「なんで白龍皇がドヤ顔なのかな。しかし、確かに美味いよこれ。敵対行動封じられてもやっぱりこっちに来て正解だったな」

 

「あ、ヴァーリにゲオルク。冷やしラーメンがざるそばになっても良ければお代わりあるよ」

 

「「お代わりっ!」」

 

「あ、じゃあ悪いけど、台所まで取りに来てくれないか?」

 

「お安い御用だ。出来た大皿も一緒に運ぶぐらいはさせてもらう」

 

「日常魔術もしっかり収めておくものだよ。浮遊魔術もこういう形で生きるんだから」

 

 横では敵対行動を封じられたゲオルクがヴァーリくんと麺の喉ごしを幸せそうに堪能してる。なんでも禍の団で属していたグループは食事にそれほど拘らないところだったらしく、こっちに来て大正解だと豪語してた。

 ひーくんは自分の作ったものを食べて喜んでもらえるのが本当に嬉しいみたいだから、熱心に料理についても学んでいるし、すずかちゃん達と台所で一緒に作るのも楽しいみたい。すずかちゃんとアリサちゃん、アリシアちゃんは結界内暮らしのベテランだから自炊が得意だし、朱乃ちゃんやフェイトちゃんも作るのが好きだし、ソーナちゃんもひーくん達に学んでお菓子に負けず劣らずの一品を出してくるようになってる。こういう所でも切磋琢磨してるわけだね、調理組は☆

 

「元ちゃん、私達も作ってみたんだけど……どうかな?」

 

「……美味い。すげえ腕を上げたな、三人とも」

 

「これですぐに元士郎の妻になっても大丈夫といったところか?」

 

「翼紗、茶化さないでよ。私達はまだまだ『いい女』になるための修行中なんだから。ね、留流子」

 

「はい、先輩。元士郎先輩に置いて行かれないように、今は毎日に全力投入ですから!」

 

 ソーナちゃんの眷属同士の恋も順調に絆を深めているようでいいことだ☆ ヴァレリーちゃんとギャスパーちゃんは何というか、仲良く食べさせ合いっこしてる姿が完全に姉妹に見えるけどこれはこれでいいんだよね、きっと。

 

「酒に合う品とそれ以外で味付けを変えているし、確かに悪くはない。ただ、貴女達の目的が分からないのが気持ち悪いですが」

 

「えっと、結界内で一週間弱過ごしたら送ってくけど? 現実的には一晩だし。ただ、急なことだからこちらの予定にある程度合わせてもらう感じだけどね☆ あ、こっちにもお代わりちょーだいっ」

 

「承知致しました。お酒は冷やでいい……よろしいっすか?」

 

「うん、小さなグラスも二つお願いするよ。ふふ、言葉遣いも頑張ってるよね、ファイト☆」

 

 給仕係の堕天使四人組もちゃんと動いてるし、台所との行き来の間にちゃんと食べてるみたいだね。一番要領がいいのは『失礼しましたっ』と頭を下げて足早に歩いていく小柄なあの子だけど、動きも機敏。馴染むのも早かったもん。

 

「彼らは普通、歓待役ではないのかしら。主人が炊事場に立って、堕天使が給仕役というのもよく分からないわね」

 

「本当のこの家の主人はすずかちゃんのお父様とお母様。大公様や私のお父様達の相手を務めていらっしゃるし、だから作る側にひーくん達は回ってるんだよ」

 

「……歓待される側のバラキエルの妻も台所にいるようですが」

 

「朱璃さんはそれが楽しいんだって。朱乃ちゃんや息子になるひーくんと一緒に料理出来るのが幸せだって言うんだもの」

 

 変な連中だとカテレアちゃんは呟く。同意しつつも、それでも皆仲良くやっているから私達はこんな感じであることも重ねて伝えておく。

 

「変に腑抜けていたらどうしようかとも思いましたが、力は増しているようですし、オンオフの切り替えが上手くなったということですか」

 

「あ、あはは……カテレアちゃんには普段から真面目な所を見せろって良く怒られたもんね、私」

 

 自然体でいるのと、自然体の振りをするのは大きな違いがあったということで、あの戦争までは注意されてばかりだったことを思い出していた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 私はずっと、目の前のこの女に嫉妬し続けてきた。それが私の実力を高めることに繋がったのは皮肉だが、それ以上にこの女の成長速度は群を抜いていた。

 

「自分が道化になって、若手同士での軋轢を少しでも減らそうとしていたのが滑稽に見えたのですよ。あれだけプライドの高い者ばかりが集まっていたのです、分かりやすく力を示せば良かったものを」

 

「臆病だったんだよ。命の奪い合いになるのか嫌だっていう、完全な私の個人的感情だったんだ。でも、結局みんなを守らなくちゃって、あの戦争で多くの敵をこの手にかけた事実に押し潰されてしまいそうになっちゃってさ。自分が夢見た優しい魔法使いをコンセプトにした、人間界の魔法少女を演じることでどうにか顔を背けてきて……自分でも滑稽だなって思うよ」

 

 本人が欲しくて手に入れた魔王の座ではないのは知っている。あの戦争後の混乱を静めるために、老害どもから担ぎ上げられることをあえて受け入れたことも。その経緯すら私を苛立たせる理由の一つだった。

 

「ええ、だから貴女は魔王に相応しくないと私は言い続けてきた。如何に力が強くても敵を屠ることに心を痛めているようでは、強い悪魔を導くための魔王の資格は無い。先程も言いましたが、一刻も早く退くことです。本来のレヴィアタンの名を持つべき私にその名を返しなさい」

 

 直系が引き継いでいくわけでもなく、襲名制などという今の四大魔王。許せるはずも無い。それを古馴染みのライバルだった、セラフォルーが手にしているのが余計に許せなかった。

 

「……うん。貴女だけだよ、こうしてハッキリと言ってくれていたのは。ただ、こんな私も出逢えたんだ。血に塗れた私の手を迷うことなく手に取って、私の弱さも醜さもまとめて受け入れて一緒に生きてくれる男の子に出逢えたの」

 

 心を支える者との出会い。打たれ弱い部分があったセラフォルーを包み込み、女として愛される実感を与えた男。だからこそ、強さも弱さも変に隠すことなく自然体でセラフォルーは今私の前で穏やかに笑っている。

 

「決めたんだ。千を殺めたのなら万の命を共に拾い上げよう、育てよう……そう、本気で言ってくれた『ひーくん』に、私は最期まで寄り添って生きていく。その為に重荷になるものは全て置いていく。だから、貴女への妬みも清算してみせる」

 

「妬み……貴女が私に?」

 

「何でも先に出来るのはカテレアちゃんだったもん。後から追い越すことが出来ても、最初に成功するのは必ず貴女だった。先の戦争でもそう。私が最前線で敵を倒すことに集中出来たのも貴女が軍勢をまとめ、背後を突かれる芽を摘み取り、しっかり退路を確保してくれていたから」

 

 個の実力で劣るならばせめて指揮官としての働きで圧倒的な差をつける。対抗心で行ったことだった。

 

「分かりやすく戦果を上げたからか、勝手に周りは祭り上げようとしてきた。でも、私自身は唖然としたよ。貴女のフォローが無ければ命を落としていたのは私なんだもの」

 

「何を……今更何を言うの、セラフォルー」

 

「個人的な感情なんだよ、これは。勝手に貴女への想いを清算してるだけ。貴女の影に囚われてるのはもうおしまいにするんだって」

 

 学び舎に通っていた時を思い起こさせる。私とセラフォルーはお互いの我をぶつけ合い、幾度となくこうして言い争いや時に物理的な大喧嘩を繰り返してきた。

 

「男の子にモテるのも、素敵な彼氏が出来るのも全部貴女が先で。羨ましくて仕方なかったんだ、私は。でもね、そんな想いも……これからは忘れられる」

 

 戦争後も私をクルゼレイは変わらず側に置いていたが、現状は数ある女の筆頭格といった部分があった。他にも色んな女に手を出しているのも知っているが、彼の愛情表現はいささか過激で乱暴なところがあるため、普通の悪魔ではすぐに壊れてしまう。

 私とて長年、奴のやり方に馴染まされた身体は多少の無茶や痛みを許容できるようになってしまっている。旧魔王の血筋が再び権力の座に帰り咲く。それだけが今の私の支えだった。

 

「ソーナちゃんやお父様やお母様、そしてひーくんやひーくんを共に支えていく家族。私はそれだけで満たされるんだって、今は分かっちゃったから」

 

 だが、追い落とすはずのセラフォルーが私をもう顧みない? 男との愛に生きるため、魔王の地位のみならず、今までの実績も含めて……全てを捨て去る決意を固めている?

 

「認めない……認められるものですかっ!」

 

 私は七つの大罪『嫉妬』を司るレヴィアタンの血を継ぐ者。セラフォルーのように襲名制で名乗った偽者ではない。セラフォルーへの妬みが燻っていた私の力に火を付ける。……だが、その力の高まりに私の痛んだ身体が悲鳴を上げたのです。

 

「あ、ぐ……!?」

 

 お腹の奥、生を宿し育み産み出す器官が激しい痛みを訴える。嫉妬や羨望の感情の増減の影響を受け易い箇所が、久方ぶりの心からの激情に連鎖反応を起こしていました。

 

「──ちゃん!? しっかりして、カテレアちゃん!」

 

 遠ざかる意識。セラフォルーが血相を変えて椅子から倒れそうになる私を支えようとするのを認識したのを最後に、私はそのまま意識を手放してしまったのです。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「しっかりして、カテレアちゃん!」

 

 グループごとに分かれていた食事会に響いた悲しい叫び声。お兄さまに置いていかれた格好の私はリアス様のテーブルにお邪魔する形になっていたのですが、この声にいち早く反応し、セラフォルー様の所へ駆けつけたのは空知様でした。台所から短距離転移を即座に発動したのでしょう。

 

「黒歌、白音!」

 

「はいにゃ!」

 

「まずはこの場で応急処置を!」

 

 続けて一足飛びで彼の元に駆けつける猫魈姉妹が即座に措置を始めて、流れるように月村さん、グラシアさん、アルジェントさんといった回復のスペシャリスト達が加わっていきます。

 

「神器よ、力を貸して下さい。彼女を苦しめる痛みを癒してあげて──!」

 

 目的をハッキリと口にして願うことで神器の特性上効果が高まりやすいのだと、イッセーさまは教えてくれました。それを知ってから、アルジェントさんは発する言葉に強く意思を込めて神器を扱い続けることで治癒能力が上がっているのだとか。

 

「ふふ。いつも優しい色だよね、アーシアさんの神器の光って。さて、体力はこちらで受け持つよ。黒歌ちゃんと白音ちゃんは経路の方をお願いね。水の恵みよ──!」

 

「この状態だと、アーシアさんの体力や精神力の消費も激しくなりますね。風の癒しよ、この患者様とアーシアさんに力を──」

 

「魔力の供給は気にせずにやってくれ。カリム経由でアーシアさんの体力もこっちで維持する」

 

「空知さん、私にも手伝わせてくださいな。神器は使えなくても、アーシアさんの体力維持ぐらいは教えて頂いた魔術で十分対応できますわ」

 

「助かります、ヴァレリーさん。カリム、アーシアさんはヴァレリーさんに任せて、カテレアさんに集中してくれ。魔力や神器の力の出し惜しみはいらない。消費する魔力等は俺から供給します! 元士郎!」

 

「おう! 大翔さんからヴァレリーさんに俺経由で魔力を譲渡すればいいんだな。ラインよ!」

 

 空知さんが膨大な魔力を背中に手を置いた二人に注ぎ始めることで、二人は最初から全力の回復魔術を施していきます。そう、私達の世界では存在しない系統の魔術を。さらに、ヴリトラの神器を使うソーナ様の兵士さんを経由して、ヴァレリーさんにも魔力が絶え間なく供給されていっていました。

 しかし、空知さんのあの魔力量──模擬戦の後だというのに、どれだけの力を秘めているというのでしょう。

 

「一誠君、譲渡を俺に頼む。念のためだけど、黒歌や白音に気脈の供給もやるから、思った以上に消耗していることは避けたいから」

 

「了解ですよ、大翔さん。足りなくなるなんて想像はできないですけど、消耗は少ないに限りますよね! 行くぜドライグ!」

 

『五回程度、倍加を重ねて渡せば十分だろう。多少渡し過ぎたとしても制御を誤る相手でも無いからな』

 

 真紅と深紅、漆黒、そして新緑を思わせる色の共演の中、あの姉妹が丁寧に体内の力の流れを整えていき──。

 

「ふう、これでひとまず大丈夫にゃ。皆さん、酒盛り再開してオーケーよ?」

 

 時間にすれば五分足らずのことでしょう。黒歌さんの治療完了を告げる言葉に自然と場に拍手が沸き起こったのです。もちろん、見事な手筈に私も手を打ち鳴らしていました。




登場人物が多くなっているのは作者の構成力のなさではありますが、
焦点をうまく当てて行きたいなと無い頭を今後も絞っていきますです、はい。


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第111話 癒しの時間の後は

「ねえ、レイヴェル。貴女は空知が怖いって言ったけれど、見ての通り素直に助けを求めれば無碍にする男じゃ決して無いわ。怠惰については叱られるけど、変に考え過ぎずに懐に飛び込んでしまえば、至れり尽くせりよ、ほんと。友人でこれだから、朱乃や小猫は骨抜きにされるはずだわ……ってこれは余計ね」

 

 治療をひとまず終えたカテレア様を寝室へと運んだ後、晩酌を続ける組と、そろそろ就寝準備に入る組に分かれようとし始める中、怖いのは怖いままでいい。オーフィスが常に近くにいる時点で恐ろしいに決まってるとリアス様は笑いながら、私に話しかけてきました。

 

「なんで笑ってられるのかって? ふふ、この滞在中にしっかり話してみることよ。なにせ一週間弱もあるのだから。私やイッセー達が同席してもいいし、そういう場所に混じってくれてもいいわ」

 

「同席頂けるのは非常に助かりますが……」

 

「どの道、私も貴女も空知とは長い付き合いになる可能性が高いのよ? 空知はソーナやセラフォルー様、シーグヴァイラのフィアンセなんだから。シトリー家兼アガレス家の一員として、公の場にもいずれ出てくるわ。そして、多少の軋轢なんてあっさり跳ね除けてしまうでしょうし」

 

 それは分かります。彼や彼の周辺だけでなく、大公を務めるアガレス家や現魔王を輩出したシトリー家のバックアップに加えて、堕天使の庇護下でもあり日本神話とも友好関係である……普通に敵に回したくない相手ですから。

 

「個人的な誼をしっかり作っておくことを、私としてはお勧めしておくわ。なにせ、身内には牙を剥かない『忠犬属性』なんだから。生えるのは猫耳なんだけど……結構、愛らしいのよ?」

 

 明るい調子のリアス様のアドバイスを受けながら、私は不意に理解に苦しむ言葉を聞いた気がしたのです。

 

「え……? 耳、ですか?」

 

「尻尾も生えるわよ」

 

 私は理解不能といった顔を浮かべたのでしょう。リアス様は笑顔のまま、すぐに種明かしをして下さいます。

 

「なんでも小猫達の力を写し取った副産物らしいんだけどね。んー、何より見た方が早いわ!」

 

「え、ちょ、ちょっとリアス様!?」

 

「──空知っ、短時間でいいから、もふもふ見せて欲しいんだけど! 治療を頑張った女性陣の慰労を込めて!」

 

「え、もふも……」

 

「ひろくん! グレモリーさんの提案は素敵だと思う! お猫様だよ!」

 

「まぁ、それは素敵なご褒美ですわ。大翔様、叶えて頂けるなら大変嬉しく思います」

 

「大翔、私も耳と尻尾出すから大丈夫にゃ!」

 

「何が大丈夫か分かりませんが、私も兄さまだけに出せとは言いませんので、お願いしたい……にゃ?」

 

「わぁ、空知さんが猫魈モードになると、家中の猫さん達も集まってきますもんね! 見てるだけで幸せになれちゃいます!」

 

 リアス様の言葉に月村さんが空知さんに喋らせない勢いで食いつき、グラシアさんや黒歌さん達も大賛成してしまいました。嬉しそうにアルジェントさんも瞳を輝かせていますし。

 

「いやあ、まさかこんな力まであるとはね。うん、やはり君は面白い。それに、これは女性陣に好評なのも分かる。ほんと、もふもふだね。この家の飼い猫達も集まってきてるし、なんとも微笑ましいな」

 

「いつ見てもこの光景は圧巻。猫まっしぐら。……我も混じる」

 

 空知さんや黒歌さん達から生えてきた猫の耳と尻尾。すると、どこからともなく、この家のたくさんいる飼い猫達も甘えるような鳴き声をあげながら、どんどん集まってくるではありませんか。

 

「オーフィスまで猫みたいに丸くなってるし……ふ、ふふ、済まない。想像出来ない状況に笑いが出てしまったよ」

 

「これも俺の日常だよ、ゲオルク……うん、徐々に慣れてくれ」

 

「りょ、了解した、だ、駄目だ、すまん、笑いのツボに、あはははは……」

 

 結論から申しますと、アルジェントさんの後に私もご許可を頂いた上で触らせて頂きました。綺麗なグレーの毛並みでとーっても、もふもふでした。そして、終始恥ずかしそうな空知さんの表情が愛らしさを増してしまうのですね。

 順番が回ってきた姫島さんとテスタロッサの妹さんの頰がものすごく緩んでいるのを横に見ながら、順番が終わっても月村さんの家の猫さん達が膝の上で寝転んでくれているので、癒し効果は継続されていて──。

 

「あら、あなた。膝の上と頭の上にも猫ちゃんが」

 

「……うむ、懐かれてしまった。これは動けんな」

 

 姫島さんのお父様であるバラキエル様にも数匹が集っていて、食べることも飲むことも出来なくなった状況に、奥様が『アーン』をして食べさせているのが、なんとも印象に残るひとときでした。姫島さんも後でその手伝いに加わって、バラキエルさんも嬉しさの中にもどうにも照れ臭そうにしておられましたね。

 

 大公様達も詳細な打ち合わせは明日以降ということで、朝の鍛錬に向けてということもあり、カテレア様の治療が終わってまもなく晩餐を切り上げられました。私のトレーニングウェアもいつの間にか用意され、私も明朝の鍛錬というか、朝の走りこみに参加するのが確定していたようです……。

 

「走り込みと柔軟の後は、私は模擬戦をする皆さんの治療に回るんです。それ自体が神器を使いこなす鍛錬になるからって。あとは空知さん達の回復魔術も併用して、相乗効果を高める訓練もやってます!」

 

 アルジェントさんだけでなく、もう一方の線の細い女顔の男性も、その姉的立場のデイウォーカーの彼女も可能な限り鍛錬に参加しているそうですし、まあ、積極的に学ばせて頂くいい機会と捉えるべきでしょうね。

 

「アーシアのお陰で思いっきりやれるのは大きいよな! 実戦だとこうは行かないだろうし」

 

「レイヴェルも模擬戦の見学をしてみるといいわ。空知とヴァーリだけじゃなくて、どこの頂上決戦だって組み合わせが結構見られるから。まあ、お兄様には劣ると思うけど……ええ、そうよ。そうだといいわ……きっと……」

 

 なんだかリアス様の語尾の尻すぼみ方が怖いような、逆にちょっと興味を惹かれるような……そんな気持ちを抱きながら、私の封時結界内の一日目は更けていきました。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「……思った以上に酷かったね、これは」

 

「クルゼレイ・アスモデウス。どうも女の愛し方を勘違いしてるのかにゃ? カテレアもなまじ力のある女悪魔だからこそ、ここまで耐えられてしまった。でも、とうとう身体が悲鳴を上げてしまったのね」

 

「身体の内部も傷ついてますけど、魔力や気を巡らす経絡も激しく乱れていて、場所によっては千切れかけてしまっていましたから。何とか繋げばしましたが、感情が激しく揺れ動いたり身体に無理がかかればまた悪化しかねないです」

 

「でも、クルゼレイちゃんがカテレアちゃんを本気で思っていたのは同世代では有名な話なんだよね。あえて、こんなに痛めつけるやり方をするかなあ……?」

 

「黒歌や小猫さんの診たてや、お姉様の話を聞いた限りにはなりますが、仮説を立てることは出来ますね」

 

 アスモデウス家は『色欲』を司る家系。強制的に相手を発情させたり、全ての刺激を快楽に変換するような力を持っていると推測はつきます。恋愛感情を植えつけたり、別の人に恋愛の熱をそのまま向けさせたり出来る、私のシトリーとしての力から考えるなら、アスモデウスもそれ以上のことが出来そうです。

 

 もちろん大翔くんを慕う女性陣で試したわけではありません。普通に効かなかったり、一定時間で解けた後に私が袋叩きになるでしょうし。ストーカー被害に遭っている生徒の相談を受けて、相手の心の向く先をちょっと二次元のイケメンや美少女に差し替えてあげたりしたぐらいで。あとは『裸にさせたり、相手の秘密を暴く事ができる』能力について模索したことにより、心を丸裸にすることで、相手の本心を色々曝け出してもらうことが出来たりとか。シトリーの力も方向性を調整したりすることで、様々な心への干渉が可能と分かってきていました。

 

 なお、私の検証には女性眷属達の協力がありました。皆には感謝しかありませんね。特に桃や憐耶、留流子の匙への熱い想いは心の中にずっと仕舞っておきますから。というか、王として他言は絶対に出来ません。女同士、墓まで持って行くレベルの話でした。

 なお、深層意識のレベルまで語ってしまった記憶は、本人達の同意というか懇願もあって封じる処置を取りました。記憶というものは忘れさせるように暗示や魔術をかけようとも、そう都合よく削除が出来るわけではありませんので、自分の無意識下に深く封じるように誘導したといったところです。

 

 ……ええ、すぐにでも匙と結ばれたいとか、その結果、赤ちゃんが出来ても必ず産むだとか、今の眷属の収入で十分既にやっていけるから何とかなるとか、私に負けず劣らずといった感じの『女の情念』を見せ付けられましたから。三人が競い合うように匙への想いを深化させる中で、最近の私に影響を強く受け過ぎたのかもしれません。匙と三人には早めに領地の分配やら、将来への方向性を形にした方が良さそうです。……男の甲斐性がすぐにでも求められそうですよ、匙。

 なお、椿姫は何というか、最近の椿姫の行動を言語化したといった感じでしたね。なので、特に記憶を封じる必要もなく、本人も言葉として再確認できたと平然としたものです。ただ、大翔くんとの交わりについてより自重しなくなったというところはあるのですが。

 ただ、私達はあくまで学生の身分なのであって、私も含めてその辺りを忘れがちだと思うのです。この辺りは眷属間で一度、互いに再認識する場を持つようにしましょう。

 

「ソーナちゃん、どういうことかな。考え込んでちゃこちらは分からないよ?」

 

 いけませんね、自分の思考に意識を割き過ぎていたようです。お姉様に一言詫びてから、あくまで私個人の推察と前置きをしてから話します。

 

「アスモデウス家は七つの大罪と呼ばれる『色欲』を司る家系です。シトリー家も色欲に関する力を持つ血筋ですが、より強力な力を持っていると思って差し支えないでしょう。身も蓋もない言い方をしますが、強制的に発情させられて好悪の感情など関係なく抱かれないと気が狂うレベルまで追い込まれたり、全ての刺激を快楽に変換するような力を持っていると予想はつきますね。それこそ、殴られても刺されても頭が麻痺するほどの快楽に変換させられるぐらいは出来ると思いますよ」

 

 はい、みんなドン引きしない。大翔くんの今の力なら同じことは出来ますから。それをやらない相手だからこそ、私達は彼についていくのでしょうに。

 

「なので、本人の愛撫や挿入にしても、技術を一切磨かなくても相手は勝手に連続絶頂し続けることが出来ます。なので相手によって責め方を変える必要もないですし、自分が気持ちいいように動けば相手もイクわけです。努力する余地がないですよね」

 

「カテレアちゃんもクルゼレイちゃんと随分と付き合いは長いし、それが当たり前になっちゃってたのかな……。でも、頭は気持ちいいと感じても、実はずっと思い切り乱暴なやり方をされ続けていたとしたら……」

 

「カテレア様やそれこそクルゼレイ様に聞かなければ本当のことは分かりませんが。ただ、内部の傷つきようや、経絡もボロボロだったとなると、異常な交わり方が彼らにとっては普通で、それを変だと指摘する者もいなかったこともあり得るかなと思いまして」

 

 男女間のプライベートの話でもありますしね、そんな話を赤裸々に出来る相手などそういるものでもありませんから。

 

「学生時代とか、カテレアちゃんがクルゼレイちゃんを悪く言うことって、まず無かったしね。あはは、これはあり得るのかも……」

 

「えぇ……あまりにクルゼレイって男が残念過ぎないかにゃ? 魔王直系の血筋よ?」

 

「ですから勝手な仮説ですよ。身体は悲鳴を上げているのに、本人が虐待と思っていないのなら、残念な男に染められた相手かもしれない。与太話の延長ですよ」

 

「まぁ、目の前で倒れられたから兄さんやすずか達が措置をしたわけで、本人がこの後どうするかはその人が選ぶ話だもんね。私達に関係ないと言えばそれまでだよ」

 

 フェイトさんの言う通り、彼女は大翔くんのパートナーでもないわけですし、体調と内部の傷がしっかり回復するのを確認してお帰り願えばいいのですから。

 

「ならば、貴女達の言う『普通』というものを教えて頂きたいものですね」

 

「カテレアちゃん! ……大丈夫!? 痛みは出てない?」

 

「貴女達の話し声にあっさり目が覚めるぐらいには、身体は軽くなりましたよ。助かりましたよ、礼を言います」

 

 隣の寝室から姿を見せた彼女は随分と顔色が良くなったようです。すずかさんや黒歌達といった熟練の回復役が総出で直したのですから、効果は覿面ですからね。

 

「私も随分と魔力の操作が重たい感覚があったのですが、こうも軽くなるとは……この状態が久し振り過ぎて逆に戸惑ってしまいますよ」

 

「……まだ、無理は禁物です。回復途上なのは間違いないですから」

 

「ええ、強めに力を使おうとすると鈍い痛みが出ますからね。今は軽い体内の魔力操作だけに留めていますよ。今回をいい機会と思って、しっかりとこの封時結界内の数日で回復に努めさせてもらいます」

 

「毎日、診せてはもらうからにゃ。白音の言う通り、油断は出来ないんだし」

 

「敵対行動を封じられている身ですし、ご随意にどうぞ。さて、ところで貴女達の普通というのは、一体どういうものなのですか?」

 

 飄々とした感じの受け答えの彼女は、軽い調子で話を強引に戻しにかかりました。面白がっている節すら見えますが、言葉にするとなればこれはなかなか難しいかもしれません。個人個人の感覚的なところもありますし、果たしてそれがそのまま伝わるものかどうか……。

 

「ひろくん、どこに行くの?」

 

「いや、生々しい話になりそうだから、別の部屋で待ってようかなと……」

 

「我、大翔を確保」

 

 とりあえずそーっと立ち去ろうとしていた大翔くんは捕まえた上で、シーグヴァイラや飲み物の替えを持ってきてくれていたミッテルトやカラワーナもその場に加わり、私達はそれぞれの感覚を口にし出すのでした。




というわけで、次話から女性陣の赤裸々話からエロスへ走っていきたい所存。


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第112話 認識のズレ

遅くなりました。が、カテレアさんの内面表現に苦戦したので、
なんだかまとまりの無い文面になったなぁ、と。

……え? いつものこと? 申し訳あr(ry


 遥か昔の学生時代、女同士で集まっていつまでもお喋りに興じた記憶。あの雰囲気がまさしく目の前にありました。その時はまだ私と明確な敵対関係でなかったセラフォルーもその輪に大体いたものです。

 まあ、雰囲気は似ていても、女性陣の殆どがインナーが透けて見えるナイトドレスを着ているので、男にとっては眼福の光景が広がっているわけですが。その唯一の男は複数の女に両腕と背中からホールドされて、逃走を完全に封じられていました。草食系男子と肉食系女子……ふむ、これが。本当にこの男がこれだけの女達を満足させているとは俄かに信じがたいですね。

 

「……なんか、こう堂々とされると給仕服を着ているうちらの方がなぜか恥ずかしくなるっすね。錯覚なのは分かってるっすけど、姐さん達はプロポーションも抜群っすからねぇ……」

 

「同性の私達が見ていて本当に綺麗と思うからな、ミッテルト。私もそれなりの自負があったのだが、元の素材に磨きを掛け続けているお嬢様方にはとても敵わないさ。ともあれ、私達の格好に違和感を感じてしまうこの場の雰囲気には同意する」

 

 雰囲気に呑まれるとはやはり下級、いや中級クラスの域を出ませんか。言ってやればいいのです、情婦みたいな格好をしている貴女たちが変なのだと。……ま、あえて口に出すほど私も親切ではありません。

 

「だって、みんな自分磨きに本当に手を抜かない子ばかりだもん☆ まあ、互いに手入れとかフォローし合うから、全部一人でやるわけじゃないんだけどね」

 

 私がセラフォルーを憎むほどになったのはレヴィアタンを名乗ることになったこともありますが、その大切な家名を使って自分の趣味である魔法少女の主役ドラマ化をやり始めたという、私を嘲笑うような行動に出たからというのが大きい。

 ところが、あのセラフォルーに男が出来たという噂は冥界の辺境まで恐ろしいスピードで伝わり、そして現実ではドラマを打ち切りに近い形で終わらせていた。その後、同じ系統のアニメを彼女原案の元で始めたのだが、冥界の子供達向け娯楽の継続といった意味合いで製作にはほぼ関わっていないとの裏も取れました。

 さらに魔王の辞任の意思に加え外交業務からも完全に退く意向を内通者から得たことで、男の話はどうであれ執行部から離れるつもりだということはハッキリしたのです。シャルバやクルゼレイはむしろセラフォルーに男が出来たかをしきりに気にしていたが、かといって自分では手に余るというのだから……全く、一体何がしたいというのか、内心呆れたものです。

 

「一人でやると面倒臭くなって、髪を乾かしたらそのまま寝ることも前は良くあったっすから……メイド長と一緒に風呂上がりに手入れするのが一連の流れになって、やっと習慣になった感じっす」

 

「ファリンもそういう所に手を抜くのは許さないもんね。多分、ノエルの影響だろうなぁ」

 

 目の前で堕天使とも気軽に語らっているセラフォルーを、最初は半分あざ笑ってやるつもりでやって来たのです。レヴィアタンを名乗りながら、好き勝手にやったあげく投げ出すのとか。

 ……ですが、実際に顔を合わせてみれば、悔しいことにセラフォルーはこちらが一瞬見惚れてしまうほどに綺麗になっていました。調子のいい言動の裏に時折見え隠れしていた陰りもほぼ払われたように映り、一連の出来事から憎しみの対象であるセラフォルーが私の預かり知らぬ所で全くの別人に変化していくことが、私が見えない場所で私との軋轢を一方的に清算して勝手に幸せになるのが納得いかなかったのです。

 オーフィスとこの場にいる真祖還りを起こしている吸血鬼の精神干渉を受けて無効化されてしまうという体たらくを起こしたのも、結局はセラフォルーへの『嫉妬』が一番の原因であるのは流石に分かっていました。

 

「なるほど、大本は先代のメイド長でしたか。一度だけドイツから忍様達の帰国に合わせてご指導を受けたことがありますが、今のメイド長と一緒にみっちり絞られましたからね」

 

「体術でカラワーナちゃん達を普通に圧倒してたもんね……それ以上にすずかちゃんの義理のお兄さんだっけ。あの人、魔力を封じられたら普通に切り殺されると確信したもん☆ 世界は本当に広いよ☆」

 

「『戦闘民族高町家』だからなぁ……」

 

「美由紀さんも銃弾を普通に避けたり斬ったりするし、なのはにしても剣士の才能を全部魔法の才能に振り替えたようなもんだしね……」

 

「なのはの集束砲撃魔法は絶対に受けたくない。だから傍から撃たさないようにするか、いざとなれば魔力を全部突っ込んで命がけで打ち返すしかないし」

 

 あの空知という男の妙な発言に続き、金髪の姉妹がどこの悪魔の話だというような物言いをしたため、そんな人間がいるわけないという顔をしたのでしょう。セラフォルーや真祖還りの女がどこか虚ろな表情で、一言『実際に現実にいるんだよ』と呟いたのを聞いて、私はそれ以上この件について触れるのを止めました。『海鳴は人外魔境』という誰かの呟きも私の耳はしっかり拾ってしまっていましたから。

 

「こほん。ところで、そろそろ私の聞きたい話に戻していただいても?」

 

 こちらが害意を向けない限り、回復後に私を解放する意向を示していることもあって、私としては降って湧いた特別休暇のつもりで、半ば開き直りの境地になりつつありました。この際ですから、傷もしっかり癒してレヴィアタン本来の力を取り戻しつつ、セラフォルーの変化の過程を野次馬よろしく弄りながらしっかり聞き出して帰ってやるのだと。

 そんな学生時代に戻るような錯覚をいっそ楽しんでこそ魔王としての余裕というものだと言い切るぐらいのつもりで、給仕役の堕天使からウオッカベースのレモネードを受け取り炭酸のスカッとする感覚を味わいながら、セラフォルーに催促してみせるのです。

 

「あ、うん、そう、そうだったね……えーと、その……」

 

 どこの生娘ですか! 顔を真っ赤にして俯き加減になって、言葉を選ぼうとしてしどろもどろになってるこんなセラフォルーを見る日が来ようとは。

 

「お姉様。朝と晩に最低でも必ず一度ずつ、全員しっかり抱いてもらってますよね。その後の入浴の時にも順番に身体を洗ってもらいますし。手が透いているか、順番待ちの子で結界を維持するから時間の心配は殆ど要りませんから」

 

 躊躇なく言いますね、セラフォルーの妹は。それにセラフォルーとはどうも気質の異なる魔力を持っているようですし、シトリーの力に覚醒しつつ理性を保てている? 何度か放ってしまえば身体の仕組み上、しばらくは収まる男悪魔と違い、女悪魔でそんなことがあるのでしょうか。

 

「時間の確保のためだと時間経過の引き延ばしも含めて、封時結界の制御については全員が短期間で早々に習得しましたからね……ええ、私も必死でしたもの。うふふ」

 

「そうね、朱乃。加入する度に皆が目の色変えて習得してたし、逆に教える方も真剣そのものだったし……シーグヴァイラが全員できるって聞いてドン引きしてたもんにゃ」

 

「時間や次元に関する魔力制御や魔術というのは高難易度として有名な分野なのに、しれっと全員そういう結界は張れるって言うのだもの。驚きもしたし、最初は信じられなかったわ、黒歌」

 

「カリムやソーナ達が加わったぐらいから封時結界については皆で教え合えるレベルだったもんな。俺は細かい調整の部分についてアドバイスするぐらいだったし。上達の早さには本当にビックリしたよ。いくら結界内で学ぶ時間があったとは言ってもね」

 

 アガレス家の次期当主が真偽を確認するレベルというのだから、なかなか異例な習得速度のようです。この人数が全員短期間で高難度の魔術を使いこなすとなると、めったにあるような話ではありません。教える側教わる側両方の強い熱意に、その分野への素養がある程度無ければといったものですから。

 

「兄さまとの交わりは病みつきになりますから、必死になるのも当然かと」

 

「夜の帝王だもんにゃ、大翔は。もう公言していいレベルよ?」

 

「公言されても困りますけどね。私達だけの大翔くんで居て頂かなくては」

 

「うふふ、ソーナも随分素直になってきたのね。ただ、大翔さんが私達だけの旦那様であって欲しい気持ちは良く分かりますわ。広く知られたくないって思いますもの」

 

「黒歌ちゃん達が加わって仙術を覚えた辺りから、私もほんとヤバいって思うようになったな。どっぷり嵌っちゃうと思ったけれど、やっぱりこうなったよ……って感じで」

 

「こんな毎日乱れちゃ駄目だとか、朝も晩も抱いてもらわないと我慢できないとか、色々葛藤もしたんだけど……全部吹き飛ばされたわよね。本当に悪い男になったもんだわ、大翔も」

 

「仙術を習得される前の大翔様に寵愛を頂く機会はあまりありませんでしたけれど。日々寵愛を頂く度に気持ち良さが深まっていって、今は毎回気を失いそうになるのを必死に意識を繋ぎ止めるのがやっとですもの」

 

「カリムもよく頑張るよね。私は最近途中で飛んでるもん。飛んでは身体が感じてる刺激で戻ってまた飛んでって感じで。お兄ちゃんの温もりは傍にあるし、なんだかずっとふわふわしていて、格別な時間だから問題ないんだけど」

 

「こちらの嗜好にも合わせて満たして下さいますから、他の方を気にする余裕なんて欠片もないですよね。周りにみんながいるのが分かっていても、大翔さんを感じるだけでもう一杯一杯で、でもそれがいいんですよね!」

 

「私は“まだ”『感覚共有』でしか知らないけれど……他の男性なんて考えられないって気持ちになるのはよく分かるわ。ふふ、お父様達も認めてくれた以上、もとより私はヒロ以外眼中に無いけれど」

 

「周期が来た私も逆に組み伏せて満足させてくれるぐらいになってくれたもん。さらに惚れ直しちゃったよ」

 

「みんなさらっと何で言えるかなっ!? ほら、ひーくんも苦笑いするしかないじゃない!」

 

 仙術──その中に含まれる房中術を得意とする猫魈の姉妹は別としても、この中でセラフォルーが一番初心なのはよく分かりました。しかし、本当に全員がこの男の虜になっているのですね。ただ、意思はしっかりしているし、自意識を奪われているわけでもないと。

 アスモデウスの力を引き継ぐクルゼレイに壊されながらも幸せそうにしている女達に一部通じるものがありますし、この娘達は健康でそれでいて肉感的な身体を持っている。

 

「幸せに思いこそすれ、恥じることなど何もありませんから。淫蕩だと表面だけしか見ない連中にいちいち訂正する必要もないでしょう?」

 

「そ、そりゃあ私もソーナちゃんもまとめて幸せにするって言い切る男の子だもん。外野は勝手に言ってなさい、だけどね。学生の本分とか家のこととか、私でいえば引き継ぎとか、しっかりこなしてのことたし。分かってるよ、もちろん……その、えへへ、女で良かったなって毎日感じさせてくれるもん」

 

 私からすれば生娘だったセラフォルーが何とも色艶めいた女に変わっていたことが私の中で一番の驚きだったわけで。

 私も少なからず経験はあるので分かってしまう。セラフォルーは文字通り『心身共に満ち足りている』状態なのだ。無論、セラフォルーだけでなく、あの男の女は全員女である喜びを日々謳歌しているのは言葉だけでも充分に伝わるもので。

 

「まさかセラフォルーから惚気を聞く時が来ようとは……しかし、どうにもガツガツしている感じを受けない彼と、貴女たちが言う彼の姿が重なりませんよ」

 

「お母様もそれは言ってたよね。もっとギラギラしてると思ったって」

 

「ひろくん、実のところ性欲自体強くないもんね。基本、女の人苦手だし。今もこうしてカテレアさんやミッテルトちゃん達と普通に話をしてるけど、それも私達が隣を固めてることもあるから」

 

 精力はあくまで人並みで、魔力や仙術で補うのが上手なだけ。それも訓練の積み重ねの賜物なのだと言う。このすずかという娘が言うように、彼の両隣、時には膝の上や背中に寄りかかる形で常に誰かが寄り添っている。

 

「まー、極端に近づかれたからといって、身が竦んで動けなくなるレベルじゃなくて、いざとなれば容赦なくぶっ飛ばしてくるレベルっすから。うちらもその辺は気をつけてるっすよね、まだ死にたくないですし」

 

「若旦那さま相手の組手の時のあの抜き身の刃を思わせる雰囲気は、本当にこちらの身が縮こまりそうになるよ。事情を聞いていて、なお震えるからな」

 

「カラワーナが震えるほどの戦意は実は威嚇行動っていうね……ま、大翔はそれでいいんだけど。変な女が寄り付きにくくなるし。あと、龍の眼光よろしく妙なことをしようとしたら、すずかのレバーブローが刺さるから問題ないわよ」

 

「私はそこまで野蛮じゃないよ、アリサちゃん。人相手なら知覚出来ない早さで軽く顎を揺らすぐらいに留めるかな。そもそもひろくんを強引に抱っこしてその場から離れる方が早いし」

 

 彼や彼の主たるパートナーはいわゆる多国籍企業や大きな宗教団体の跡取りといった立場らしく、ボディーガードがついているのが当たり前の環境とのこと。狙われやすい立場で脆弱な身体の人間ならば数でカバーするしかなく、完全にフリーなのは自室や寝室ぐらいとのことでした。そのためかセラフォルーや彼女の妹、アガレス家のご息女など、責務を生まれながらに背負う立場への理解が早く、互いに共感を得やすい環境下にあったようですね。

 

「貴女達が彼に傾倒していて、貴女達の普通が悪魔の一般的な『普通』とは違うのはよく分かりましたよ。彼が本気で望めば冥界へ一定の影響力を持つことも出来るだろうということも」

 

「……権力なんて面倒なので出来るだけノーサンキューです」

 

「え?」

 

「すずかにアリサ、カリム、ソーナにしても、次の当主や代表であるのはあくまで彼女達です。そんな彼女達に惚れ抜いてしまった以上は全力でサポートしますし、彼女達の休暇や余力を作るために出来る手は全部打ちます。それは当然としても、俺は既にすずかとアリサとの婚約を認められる条件として、両家が経営する会社の持ち株会社の経営陣に加わることになっています。すずかもアリサも多国籍企業の跡取りですから、俺達の肩に万を超える社員さん達の生活がかかってくる。そのことで手一杯になるところに、さらに責任ある立場なんて欲しがるなんて自殺行為ですよ」

 

「実際の業務など、下につく部下達にやらせればいいのでは? 権力者というのは君臨していればいいのです。些事はすべて下が担うべきものなのだから」

 

「貴族悪魔の領地経営が絶対王政と同じならそれでいいでしょうね。ただ、俺達がこの世界で抱えていく経営はそうは行かないですよ。力だけで全てを抑え込めないのが、人の世界なんですから」

 

「強さと名声を集めれば大部分が従うのが冥界の常識みたいなところがあるもんね。トップは強者っていうのが前提だし。観光業を主としていて、気持ち良くお金を使ってもらって領地が潤うっていうシトリー領は冥界の中でも例外というか。だから、ひーくんの考え方が合うんだけどね」

 

 下等種族ゆえの常識の違いというものですか、これほどの力があれば躊躇わず振るえばたいていの者は黙るでしょうに。いや、強者がそのまま絶対的な存在と思わぬゆえに、セラフォルーの膨大な魔力に反する心の弱さを見て、虜にすることが出来たということなのか。



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第113話 策を弄して策に溺れる(※)

いやぁ、艦これの夏イベはこれまでで最大の強敵でしたね……(遠い目)
なんとか、新艦娘を全て保護の上で、甲提督(11回連続11回目)を継続することが出来ました。

それから書き方を思い出しながらの遅筆な作業……コレジャナイ感もございますが、
自分への戒めも込めて、久し振りの更新でございます。



前回のお話:カテレアさんと主人公のヒロインズでのお話し合いがありました。






「既に貴方の伴侶たちを含めて人の枠は充分に超えた次元にいるでしょうに、何とも無駄な苦労をわざわざ抱え込むものです」

 

 邪魔な相手は命ごと刈り取ればいいだけのだと。ゆえに、強者は強者であり、そしてさらなる強者が現れれば弱者となった支配者を駆逐し、新たな支配者になっていく。

 今のサーゼクスやセラフォルー達は確かに強者。だが、旧支配層の愚者達を歪に残しているがために、余計な苦労を背負いこむ羽目になっている。権力にしがみつくだけの老害は取り除く。そこまで徹底できないのが彼らの弱さと断じてもいい。

 

「敵は少ないに限りますから。ただ、こちらへ牙を剥く相手には遠慮しませんし、とことん潰しますよ。だけど、今の俺じゃ守り切れない相手も世界にはたくさんいるので、軋轢を避けれる限りは避けるようにしてます。神クラスがごろごろしてますしね、貴女方の世界は」

 

「……今の自分ではと言いますが、神クラスに勝てるようになるとでも?」

 

「勝てるなんてとんでもない。せいぜい頑張って一時的な無力化がやっとだと思います。封印でも次元の断層に放り込むとかね。真正面から勝とうとすること自体、どれだけ自惚れてるんだって思いますし」

 

「白龍皇やゲオルクがつるんでいた曹操という男はそれをいずれやってのけると公言していますがね」

 

「あー、個人個人の考え方なんで、それはご自由にとしか。ただ、俺は当面は人の枠組みの中で生きていくつもりなので。百年ぐらい経てば主な生活拠点は冥界に移すかもしれませんが、完全に離れることはないと考えてます」

 

「私とは相容れない考えであることは先程も触れましたが……まぁ、元が脆弱な人の身。いかに悪魔に転生したとしても、精神まで純血悪魔のようになれるわけでも無いでしょう。それも一つの考えではあるのでしょうね」

 

 自分を明らかに越える強者に狙われたとして、強者から弱者に落ちた者の定めだと、大人しく命を散らせるかといえばそういうものでもない。むろん、そのような状況になれば精一杯抗うでしょうし、万策尽きた後にこれも自分の運命と割り切れるかは……そうありたいと思ってはいますが。

 傷が癒える前の私であれば、あっさり切り捨てる考えであったもの。ただ、自分が実質的な弱者の時期を長く味わい、偶然とはいえ、少しずつ元来の力へと戻る感覚をこの者達から与えられたことにより、聞く耳ぐらいは持っても良いだろうと思う部分もあるのです。

 

「ただ、騙し討ちや初見殺しで不意を討とうとしても、騙せる程度のこちらの実力がないとままなりませんからね。だから、鍛錬の時間は欠かせないし、身につけられる力や技術は徹底的に身体に叩き込むようにしてますよ。自分一人なら別次元世界へとんずらすればいいですけど、護りたい人達にも一緒に世界を捨てろとは言い辛いので」

 

 は? 自衛のための力を神レベルまで高める? やはり変な男です。ベクトルが何かズレている。求道者、探求者に近い思考と身内を守るという想いが混じり合って、目的のために膨大な労力を費やすのを苦にせずむしろ楽しんでいる節すらあるような。あのアジュカ辺りと気が合うかもしれませんね。人間界で自分で事業を立ち上げて運営に関わっているような変わり者でもありますから。

 

「ひろくんが別次元世界に移住するなら私も勿論ついていくけど、それはその時の話として──凝り性なんだよね、何にしても。私達とのセックスにしてもそうだもん。個人個人に合わせた一番気持ちいい交わり方を求めるから、気の向くままに互いに楽しむってことが苦手だし」

 

「私達は何度もイッてしまってるのに、大翔さんが達するのは最後の一度だけとかもありますよね。自分本位でもっと自由に求めて頂いて構いませんのに……」

 

「……ほら、男性は放ったら回復に時間かかるし、すずかや朱乃から余分に気を吸い上げることになってしまったりするからさ。それに俺も充分気持ち良くさせてもらってるよ?」

 

「私はひろくんにもっと気持ち良くなってほしいよ。達する時に抱き締めて頭なでなでしてあげたいけど、私も同時にイッてる時が多いからなかなかそれもしてあげられないし」

 

「うふふ。私も大翔さんの望まれるやり方なら、心から気持ち良くなれる確信もありますから。元々激しいのが好みの私ですし、ゆっくりと高め合う気持ち良さも大翔さんに教え込んで頂きましたもの」

 

 これは面白い方向に話が向きましたね。相手が自分に惚れ抜いている弱みに付け込んで、いっそ反論を許さないレベルで躾けるのも一興ではないかと思いながら、それが出来ないから言われる羽目になるのだろうと、この場は野次馬として楽しませてもらってますが。

 身体と心が気持ち良くなっても、今度は男が愛撫に集中し過ぎていることに不満をこぼす女達。悪魔を得た者達らしい強欲といえばそれまでですが、これは大変そうです。優し過ぎても不満を覚えるわけだし、厳しいだけでも駄目なわけで。

 

「大翔に開発されたことでみんな受け入れられるセックスの幅が広がってるってことなのにゃ。というか、大翔との交わり自体を身体が気持ちいいものだって刷り込まれているから、腕や足の切断とか命に関わる激痛とか、他の男に抱かれる寝取られプレイでもない限り、大翔の自由に気持ち良くなる日を作ってもいいのよ?」

 

「じゃあ休息日を作るというこ……」

 

「却下にゃ。開発部屋や書庫から一日中出てこないのが簡単に想像できるし」

 

「私は賛成かな。そういう一日も最近無いもんね」

 

「えっと……私は保たないといいますか、困ることになってしまいますね」

 

「あ、ソーナは例外だよ。鎮静が必要だろうしね」

 

「うん、そうだよ。あ、繋がったまま読書に耽るのもいいかも?」

 

「……ちょっと惹かれてしまいますね、それは」

 

 シトリー家の未来はなかなかに暗いようですね。よほど、この彼が自制出来ないと次期当主が淫蕩に耽る毎日となり、領地経営もどうにもなくなっていくわけですから。しかし、シトリーの本来の力を覚醒させた女をまがりなりにも正気を保たせているこの男。セラフォルーの相手としてもちょうど良かったのかもしれません。

 

「そんなにずっと硬いままでいたら器官が壊死しちゃうから駄目よ。あの状態は血液の動きを塞き止めてるんだからにゃ。四時間も続いたらむしろ病院に即搬送するレベルよ?」

 

「黒歌姉さま詳しいですね。流石はエロス担当です」

 

「弄るのは勝手だけど大翔の身体のことでしょ。ちゃんと大事な男性の身体の仕組みとか、最低限知っときなさい! すずかも分かってる癖に知らないソーナを煽らないの」

 

「ふふ、ごめんね黒歌ちゃん。ひろくんの身体の健康をいつも気遣ってくれてありがとうね」

 

 他にセラフォルーや他何人かが知らなかったようで驚きの顔をしています。顔にいちいち出しませんが、ちなみに私も知らないことでした。クルゼレイは回復力はそれほどありませんでしたしね、そういえば。一度放てばそれで終わりというところもありました。

 

「流石にアレを始めて、ガチガチなまま数時間も経つことは普通は無いもんね。さっき、すずかちゃんやソーナちゃんが言ったプレイにしたって、動かなければやっぱり柔らかくはなるし。それこそ、精力剤とか過剰に飲んだりしない限りはそうそうならないよ。ひーちゃんが過剰に私達から気を吸い上げることで似たような効果は見込めるかもしれないけど、その場合は私達が気の枯渇で命を危険にさらすことになるし」

 

『あり得ない話ってことだよね。ひろ兄ちゃんがその選択をするなんて、それはもうひろ兄ちゃんじゃ無くなってる時だよ』

 

「次の子の相手に必要な分だけ取るだけだものね。とはいえ、回復して消耗して回復しての繰り返しだから……黒歌が相手になる時って、いつも気脈整えながらだからゆったりだし。ごめんね、黒歌。私ももっと上手くできればいいんだけど」

 

「気にしないの、アリサ。白音やすずかも高まり過ぎてない限りは私と同じことが出来るし、アリサやアリシアだけじゃなくて、朱乃もカリムも相当その辺りは上手になってるにゃ。抱いて疲れるんじゃなくて、逆に元気になるぐらいにはね?」

 

 錯覚でしょうか、一人の少女から複数の声が聞こえたような。しかし、誰も気にせず話を進めていますね……。

 

「黒歌ちゃんは大丈夫なの?」

 

「ふふ、大丈夫にゃ。大翔と繋がる時は気の流れを二人で合わせて整えるのがセットなんにゃけど、これがね……殆ど動かないのに、波が収まらなくなるからたまらないのにゃ♪」

 

「亜種のスローセックスみたいな感じかな。殆ど動かないと普通はアリシアちゃん達が言ったように硬さが保てなかったり、逆に女の子側が乾いてしまったりする場合もあるけど、その辺りが気の流れで補えちゃうから」

 

「さっきの話ですけど、一時間を超えても大丈夫なのですか?」

 

「それぐらいなら平気だよ。そうじゃないとこんな話も出来ないもん」

 

「……私はどうしても飢えにも似た感覚に迫られてということが多いので、落ち着いている時に感覚共有で一度体験してみたいですね」

 

「んじゃ今から体験、してみよう? 今のソーナさんの状態、落ち着いてるでしょ?」

 

 戸惑う間にも寝室へと移動する話になる中で侍女組が退出し、部外者としてはアガレス家の娘と私がそのまま見学する形へとなっていた。見られるのは平気なのかとこぼしてしまえば、この人数のため行為の際に誰かしらが近くにいることに変に慣れてしまったのだというのですが……。

 

「すいません、なんか……みんな振り切れてしまってるところもあるというか」

 

 もちろん見られるのを許容するのは女同士のみ。彼以外の男に裸身を晒すなんて想像もしたくないとのことで。

 

「貴方も選んだ選択とはいえ苦労が耐えないようですね。あと、口封じの手段を確保できているからこその強気なのでしょうが」

 

「あの、無理に見学することはないですからね。俺が駄目だと言えば止めれますから」

 

 驚きと戸惑いはあるけれども興味があることを伝えます。彼らには伝えはしませんが、セラフォルーが乱れるところなんて外では話せないにしても本人を揶揄うには絶好のネタになりますしね。

 

「ソーナちゃんが、ソーナちゃんがほんとに貪欲にひーくんを求めてるから、負けていられないんだけど……あそこまでまだ開き直れないよぅ……」

 

「私に泣き付いてどうしますか、セラフォルー。しれっと私の腕を取って巻き込んで……」

 

「だ、だって、カテレアちゃんは私より経験豊富だろうし、こういう時の肝も据わってるから……」

 

「むしろ彼の心配をしなさい。関係のない第三者の前で自分のセックスを披露させられるのですから」

 

 何やら魔道具を設置して、魔方陣の起動後はそのまま道具に陣を維持させるための用意も進めているようで。

 

「感覚共有する気まんまんってこと……だよね……」

 

「貴女たちのように人数が多ければ有効なやり方でしょう。アガレス家の令嬢のように、実体験をしていない者が感覚に慣れるのにも非常に適しているのでは?」

 

「そうなんだけど……本当にあれは何も考えられなくなるんだよ……。女の子達の何人かの感覚を繋げ合うんだから、気持ち良くが何倍にもなってそれが連鎖しちゃうから、気づけば本当に意識が吹っ飛んじゃうから」

 

 ……勘違いをしていましたか。私は誰かの感覚を皆で共有するものと考えていましたが、互いの感覚を皆で共有し合うというのが実現可能といえば非現実的とすら言えます。あらゆる事象を演算化出来るというあの魔王の偽者の一人ならばまだしも、魔法であれ、仙術であれ、はたまた他の技術であっても、複数の生命体の身体状態を互いに反映されるとなれば、人間界に設置している緻密でかつ複雑な魔方陣や術式の操作を冥界から遠隔で行うような無茶ぶりとでも言いましょうか。

 

「そんなことが本当に可能というのですか?」

 

「その使用目的がはちゃめちゃだけどね……ひーくんの女性陣はみんな仙術の基本は使えるから、互いの気の流れを繋げて、あとはその流れの維持を魔方陣に任せちゃうの。魔方陣の細かいところはひーくんやすずかちゃん、黒歌ちゃんが調整してるから、私も全部は分からないんだけど」

 

「波長を合わせやすくしていると言っても、実現可能なら例えば魔力の操作やそれぞれの家に伝わる秘術を実体験で伝えることが出来るのですよ? 大規模魔方陣による下級悪魔に魔力の操作を一律で教え込むとか、転生悪魔の神器の覚醒を促すなど……」

 

「そういう用途にも使えますね。技術の伝承には向いているでしょ……んぐ」

 

「もう、お喋りしてないで……ひろくん、始めよ?」

 

 目を妖しく輝かせた吸血姫に腕を絡められるされた彼は、捕食者に捕らわれた獲物にしか見えない哀れさを感じさせていました。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「はい、このマキシ丈のスカートなら繋がってる部分は見えないから大丈夫」

 

 色合いは淡い青色を基調にしたグラデーションが施されたもので、ソーナのイメージカラーに合わせられたものでした。私がすずかさんとファリンさんと一緒に縫製したもので、あとはすずかさんと私の分が微調整も含めて完成していて、他の皆さんの作成にかかっている最中だったりします。すずかさんの趣味の一環で素敵な色合いや柄の生地をたくさんお持ちなので、空いた時間で少しずつ作っているものでした。

 

「タオルの用意もオーケーだよ。ベッド脇のカゴに入れてあるからねっ」

 

「水差しとコップの用意もこちらにしておきました」

 

「アリシア、カリム、ありがと。まー、多分意識飛ぶだろうしね。目が覚めてタンスまで取りに行く気力があるとは思えないもの」

 

 アリサの予想通りと思います。『誰かの感覚をみんなで共有する』というのは半分日常的にやっていたことですが、せいぜい二人分くらいまで。複数の子の感覚を共有し合うというのはそこまでやったことがありません。というか、そのまま意識が飛ぶのでそう出来るわけでもないですし。今回、あのレヴィアタンの直系の彼女の敵対行動を完全に封じているので、こういうことも出来るだけの話ですから。

 

「えっと、カテレアちゃん。まずいと思ったらとにかく魔法陣の範囲外に出てね。そうしたら少なくとも感覚の共有は外れるから」

 

 彼女の感覚は共有するわけではありませんが、そうだとしても人数が人数です。彼女自身が即座に失神する可能性も十分ありました。

 黒歌が陣を起動し、ソーナの感覚が──ああ、もう疼きが強まって、お腹の中はこんなにも熱を持っているのね。まだソーナしかリンクしていない状態なのに、私も含めて皆の吐息が明らかに艶を含んだものに変わっていく。

 

「では……大翔くん。失礼しますね」

 

 上半身を起こしている大翔さんの両足を跨ぐ形になり、膝立ちとなったソーナは裾を持ちながらスカートの内側へと、結合していく部分を覆い隠していきました。そして、スカートの中に両手を入れて器用に大翔さんのベルト、次いでホックを外しチャックを下ろしていきます。

 

「……嬉しい。もうこんなにも熱を持って、硬くしてくれているのが下着の上からでも分かるもの」

 

「あえて言わないで欲しかったかな、出来れば」

 

「ごめんなさい。でも、私に興奮してくれていると思うと、なんだか昂ぶってしまって」

 

 下着を隔てて感じる熱、硬さはいつものように逞しさを感じるもので。より深い吐息が複数の唇から漏れ出ていきます。ソーナを介してであっても、自分のお腹の中を掻き回し至福の時間を与えてくれる彼の愛おしいモノなのだから。

 

「……! っ……!」

 

 ソーナの発情は強烈なものです。まだ理性を保っている分、今日は荒ぶっていないほうでしょう。お腹の奥底を強く打ち抜いて、早くよがり狂わせて欲しい。そんな衝動を自覚していられるぐらいですもの。

 ただ、初体験の彼女からすれば震える身体を自身の腕で強く抱き締め、かつ口元を強く抑えなければあられもない声が飛び出してしまう……こんな強く、自分自身も望む情欲があるのを体験する機会はそうないでしょうから。

 

「──! ……はあ、はあぁぁ……自分で奥まで誘導しただけなのに、飛んじゃい、ました、ね。ふ、ふふっ、大翔くんが私の子宮の入口を押し上げてくれてる、それだけでもう、本当にたまらないのよ……?」

 

 そして唐突な絶頂感に何秒か意識が薄れて、肩で息をする自分がいました。直接大翔さんを受け入れているわけでもないのに、ソーナの感じている快楽の深さはまるで自分を塗り潰されていくような圧倒的な威力があります。

 

「じゃ、じゃあそろそろ繋げるけど、みんな寝転んでしまった方がいいかもにゃ……。ソーナ一人でこの状態だから、何人かそのまま落ちちゃうと思うにゃ……」

 

 黒歌の言う通り、それぞれ身をベッドに横たえたり、大翔さんの両隣にいたシーグヴァイラ様やすずかさんは彼の背中や腕に寄りかかっていきました。何かに捕まるなり、最初から倒れていたほうがいいという判断です。私も変に意地を張ることなく、大人しく身を横たえておきます。

 

「あ、はぁ、と、とまらなっ……!」

 

 既に身をベッドに投げ出して収まらない絶頂の波に襲われ続けている一名を尻目に、私達は気をしっかり持とうとしたのですが……。

 

「ぁぁぁぁぁあああっ!?」

 

「飛んでる、降りれないよおっ! こんなの耐えられなっ!」

 

「やあっ、いきっ、いきっぱなっ……うわぁぁぁああっ!」

 

 私も止め処なく襲い来る波にひたすら叫び続けた後、あえなく意識が途切れていくのでした──。




ちょっと文面の練習も兼ねて、閑話突っ込みたいと考えていたり。
三人称も随分と書いてないので、そういう方向もありかなと。

学園での朱乃、小猫、ソーナ、椿姫の様子とか、
サラトガに憑依しちゃった朱乃さんとか(中の人ネタ)

全く別のものを書くかもしれませんが。次回か次々回更新でやるかもです。


○分かる方だけ分かる話(愚痴とも言う)という名の余談

今回の夏イベは心も折れるし(ラスダン40回弱、ボス到達率3割ちょっと)、
20万あった燃料も自然回復域まで突入するわ、間宮さんや伊良湖さんの甘味隊も完全に在庫切れを起こして、女神もなけりゃ胃がもたないという、なかなかに試行回数で勝負するにも厳しいものでありました。

ルイージの保護周回も結構な回数がかかりました。
ただ、二人目のコマさんや速吸さん、くまりんこ四名、一人っ子だったローマが三つ子になったりと、
戦力としては結構な増強に成功したり。モチベが上がりますねこれは。

なお、メンテ明けの大型建造で自然回復域を脱した燃料がすぐに自然回復域に落ちました。
サラさんと大鳳さんの二人目きたので言うことないんだけどな!


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第114話 憑き物が取れて(※)

「大惨事だね……私もかなり身体が重たいし」

 

「私やすずかさんもしばらく戻ってこれなかったぐらいですから、他の皆が失神するのも無理はないかと……」

 

「共有をカットしたのにそれでも二人は繋げるのか、また……」

 

「私とソーナさんが互いに繋げ合うだけなら普段とそこまで変わるわけじゃないし、大丈夫だよ?」

 

 発情の疼きが完全に収まった上に身体が深い満足感を得ていることから、意識が一時薄れながらも深く激しいオーガズムを身体が堪能したのだと分かります。大翔くん曰く、私の中も痛みを感じるほどの締め付けだったらしく、さらに周りで失神している皆も細かい痙攣を繰り返している辺り、まだ軽い絶頂感に身体が捕らわれているようです。

 しばらく意識が薄れたものの、私は疲労感の中にも身体の満足感や充足感を強く感じたのでしょうか、適度な運動の後にも似たスッキリした心持ちになっていました。すずかさんの表情を見る限り、彼女も似たような体感なのだと判断して間違いはないようです。

 

「凄すぎてなんだろうね、覚えていられないというか。あの乱入者さん思い知れって感覚でみんなで悪ノリしたけど、これはダメだね。みんなイク感覚に慣れてるからか、わりと簡単に登りつめやすくなってるから……これだけ繋げ合うと、本当に意識飛ばすしかなくなっちゃう」

 

 話しながらも、私達は皆の身体状態をサーチして心音の異常など無いかどうか、確認を進めていきます。過剰な快楽信号を脳が負担になると流石にカットしたようで、命に関わることもなさそうで大丈夫そうですね。

 

「今後は共有の全体化は禁止。全員をわざわざ繋げなくても、しっかり一人ひとり相手をするんだからさ」

 

「り、りょーかいにゃあ……」

 

「意識があるだけで、正直動けないですからね。発情期があってこういう感覚にある程度耐性がついている、黒歌姉さまですらこの体たらくですから……私も少しの間、意識を失っていましたし……」

 

 私やすずかさんと同じく発情期があって気の扱いに慣れている黒歌や小猫さんですら、意識はあっても身体がままならない様子。……いったい、私やすずかさんの特性はどうなんだという話にもなりますが、それはそれ。

 

「あ、動けないから助かるにゃあ……えへへ、背中がまた広くなった感じがするにゃ、ふふふ」

 

「そっと抱き締められて移動してる感じですもんね。あ、兄さまの匂いです……♪」

 

 大翔さんの空いていた背中と片腕に二人とも風の魔術でそれぞれ運ばれて、黒歌と小猫ちゃんも私の感覚のみですが共有化を済ませます。すずかさんと私の二人分は即座に意識が飛ぶ未来しか見えないからという話でした。

 

「それでは大翔くん。繋がりあったまま、愛を語り合うとしましょう?」

 

 私のお腹の内側が彼の分身に向かって、休むことなく分泌液を塗りつけ続けながら、たわいもないお喋りに興じる時間が時計の針が半周と少し経った頃、私達は軽いオーガズムに包まれ続ける、なんだか不思議で暖かくて幸せな時間を共有することが出来ました。

 大翔くんの吐精もこれだけ長く続いたのは初めてではないかというほどの長さと量でした。勢い良く一気ではなく、一定の強さで繰り返し繰り返し、気持ち良かったのだと身体が訴え続けるように。

 

 そんな私達の様子をいち早く失神したことで途中からこっそり意識を戻していた者がいましたが、息を潜めてこちらの様子を熱心に観察していることに、私達はわざわざ触れることはなかったのです。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「羽を出さずに長い距離を走るなどという体験でしたが、これはこれで面白いものですね。敷地内に小山の一帯を含んでいるから、木々の香りを感じながらトレーニングが出来る。悪くないと思いましたよ」

 

「もともとカテレアちゃんは、海も好きだったよね。冥界には海が無いからって、こっそり一緒に人間界に遊びに行ったりもしたっけ……」

 

「私の悪魔としての起源も海を司るところがあるからか、昔からそれは変わりませんからね。その辺りの意識があるからか、山も含めて自然に触れるのが性に合っているのでしょう」

 

 結界内での生活が三日目……現実世界では約三時間が経ち、折り返しに掛かろうとした朝。鍛錬にカテレアちゃんが参加したいと申し出てきて、一緒に走り込みが終わったあと、私はカテレアちゃんと組んで体の柔軟をこなしていた。

 あの過度に痛みつけられてしまっている状態を脱してしまえば、元々身体は強いカテレアちゃん。私と戦場を駆け回った時のような力を取り戻すべく、早速動き出している。

 

「しかし、私に掛けられた強制暗示は相当なもののようですね。多少なりとも力は戻ってきているはずですが、打ち破れる気配がありませんし」

 

「すずかちゃんだけでなく、黒歌ちゃんの仙術や妖術の合わせ技だからねえ……」

 

 私もやられたとしたらそう簡単には行かないだろう。解析だけでどれだけ時間がかかるやら、想像はしたくないなぁ。力技で行くとしてもどれだけの魔力を消費することになるか分からないし、あげく解けませんでしたなんてこともあり得るもん。

 

「まぁ、自力でこの暗示が破れるくらいにならなければ、セラフォルーに勝てるわけもありませんからね。貴女への妬みを力に変えて、せいぜい励むとしますよ」

 

「ん……私も力を高めてるからね。そう簡単には負けてあげないよ?」

 

「そう来なくては超える楽しみもありませんよ、ふふふ」

 

 あの感覚共有の夜を経て、もう一晩私達の交わりを見ることを望んだカテレアちゃんは色々思うところがあるみたいだった。私への対抗心は変わらないけど、それだけに固執するわけじゃなく、学生時代の私が目標だったカテレアちゃんに戻っていっている──そんな感覚を覚えるんだ。

 

「魔道具など必要なものも色々置いていますから、一度あちらに戻りはしますが……静養などと理由をつけて、彼らとはひとまず距離を空けるとしますよ。クルゼレイの考え方を修正できるのが一番いいのですが、それを実行するにも私がまず力を完全に取り戻さなければなりませんし」

 

「うん。ひーくんに話は通しておくから、マズい状況になりそうだったら姫島神社に飛んできてね。誰かの使い魔がその辺りに常にいるから、不在でもすぐにこちら側に伝わるし」

 

「そんなものは不要と言い切りたいところですが、今の私ではそうはいかないですしね。いざとなれば使わせてもらいますよ」

 

 余分な肩の力が抜けたカテレアちゃんはそう遠からず、本来の力を取り戻す。そう私は確信できた。

 

「……おじ様、どうかなさったのですか。シェムハザ様から何か?」

 

 そうしてストレッチが終わる頃、シェムハザちゃんからの連絡が入ったからと朝練に参加していなかったアザゼルちゃんが顔を歪めながら、こちらに近づいてきていた。私達が封時結界内にいても時間の流れを合わせて連絡できる専用の通信室──入室時に生体認証が必要になっていて、シェムハザちゃんとか一部の幹部しか利用できないけど──それを使う必要がある知らせだということだった。

 

「正直、悪い知らせだ。おまけにお前達にも関係あることときた。ただ……これだけ大人数となると、聞いて欲しくない奴も混じってるしな」

 

 そこで目を向けたのは私やお父様やお母様、そして大公様たち。そして、カテレアちゃんやあの『絶霧』の使い手の男の子。

 

「堕天使側の不祥事だから、悪魔勢力の重鎮方には聞かせたくない話ってとこかな? まぁ、俺やカテレア女史は暗示でそもそも彼らへの敵対行動を封じられているから、害は無いと思うけどね」

 

「……何を考えている、ゲオルク」

 

「堕天使のトップに名前を覚えられているとは光栄だね。なに、やっと彼の傘下に入ることが出来て、これから互いの理論や技術を盗み盗まれるという楽しい日々が待っているのにさ。……茶々を入れられるのは、興が冷めるんだよ。まして、元所属の連中が恐らく手を回したとなればさ」

 

「なに……っ!」

 

「この辺りは彼女のほうが詳しいさ。ね?」

 

 ここで彼に話を向けられたカテレアちゃんが皆の視線が集まる中、一つ息を吐く。

 

「この件は高くつきますよ。覚えておくことですね、ゲオルク。ともあれ、そうですね。いいきっかけなのかもしれません。こちらが提示する条件を飲んで頂けるのなら、話しても構いませんよ」

 

「へえ、話してくれるってのか?」

 

「私はあくまで魔王の座を取り戻すのが第一の目的。禍の団に所属しているのも元はその目的があるからですし……それに形式上、魔王の座を取り戻したとしても、セラフォルーを名実ともに超えられなければ意味はない」

 

 落ち着いた様子で薄らと笑みすら浮かべたカテレアちゃんは条件をあげていく。一つは身の隠し場所。そして、私達が行っている鍛錬への継続的な参加の承認。最後に、敵対的な行動が一切取れないという今の暗示を調整して、私との模擬戦が可能にすること。

 

「それって殆ど、大翔相手の交渉内容じゃねえか……」

 

「当たり前ですよ。どうして堕天使の貴方や現政権に近しい大公殿やシトリー卿に交渉を持ちかけるのですか」

 

「しかし、大翔が受けるとは限らな……」

 

「分かりました。ただ、条件の詳細を詰めるのは後でも大丈夫ですか? セラも含めて同席の上で」

 

「ええ、話が早くて助かりますよ」

 

「大翔ー!?」

 

 アザゼルちゃんがあっさり肩透かしを食らったり、まあそんなこともありつつ……。

 

「私も男を知らなさ過ぎた。セラフォルーのパートナーである貴方を見て、そう痛感したのですよ」

 

 身体が弱ると心も弱るのを痛感したとカテレアちゃんは言う。悪魔は人間を地獄に誘い、天使や堕天使を滅ぼすものだと信じて疑わないクルゼレイちゃんに、現魔王に対し復讐の鬼と化しているというシャルバ。その二人に同意する振りをしながら、実際は従属していたのに等しいのだと。

 

「そもそも私の思想とはズレがあった。それが心が弱っていたことや、クルゼレイへの情で自分自身がズレてしまっていた。私は『嫉妬』を司るレヴィアタン。嫉妬や羨望の感情を自らの力に変える悪魔。自らの悲嘆を嘆く暇があれば、貴女や現政権への嫉妬や羨望を力に、我が身を高めるべきだったのです」

 

「でも、カテレアちゃん。仮に手を出してくるとしたらどうするの?」

 

「潰すだけでしょう。クルゼレイの目を覚まさせてやるにもちょうどいい。付き合いも長いのです、一度ぐらいは更生の機会を与えてやってもいいでしょう」

 

 更生と書いて洗脳ってやつだね、すごく分かるよ。レヴィアタンの血筋を引いてるだけあって嫉妬深いところはあるけど、すっごく情が深いところもある。ただ、その対象になる相手が少ないだけで。

 

「ふむ……そちらの彼女の話も含めて、大翔くん。先に君達が話を聞けばいい。その上で私達に開示できる内容や必要な手立てを話してくれ。ソーナやセラフォルー達の身の安全を重んじてくれる君だ。私やアルジールはレイヴェルさんと共に、月村さん夫妻と朝食を頂いておくよ」

 

「シトリー卿に同じくだよ、ヒロ。ただ、シーグヴァイラが自分から関わろうというのは避けてもらいたいのだがな……」

 

「ヒロだけ矢面に立たせて、後ろの安全な場所で帰りを待つのが誇りあるアガレス家の振る舞いとは思えませんわ」

 

 聞く気はありませんと公言しているようなシーグヴァイラちゃんに、大公様は諦めたみたいに息を吐き、シーマリア様は変装のススメを説いていた。私もシーグヴァイラちゃんもそうだけど、姿を見せるだけで他神話勢力への影響を与えてしまう面倒な立場にいたりするからね……☆ 変身魔法だけじゃなくて、幻覚や幻視の魔術でも使えるものはどんどん使うようにと、熱の入ったアドバイスの入れ様だった。

 

「……ミッテルトさん、カラワーナさん、ドーナシークさん、レイナーレさん。ファリンに相談の上、朝食の用意を分けるように手配をして下さい。あなた達の朝食の用意も俺と同じ部屋に。それでいいですよね、アザゼルさん」

 

「おう。できればセラフォルーも聞いて欲しくは無いんだが、だが、ソーナに話す時点で結局は筒抜けだよなぁ」

 

「今の私は魔王レヴィアタンじゃなく、セラフォルーという名のひーくんのパートナーでしかないよ。まー、私もひーくんの力を取り込ませてもらってるから、純粋な悪魔ともう呼べる存在じゃないしね☆」

 

 私も同じ存在になりたいと望んだことで、まずひーくんのパートナーの基本能力になりつつある仙術を使うための素養とも言える猫魈の力を始めとして、堕天使や龍の力も私の中にしっかり息づいている。実はみんな猫耳とか尻尾を出そうと思えば出せるんじゃないかな? もっぱら仙術を使いこなすことに懸命になってるけどね。

 それと、堕天使の羽は出せるぐらいには力が馴染んできていた。龍の翼はもうちょっとかかりそうだけど、いずれ行ける感触はある。

 

「多重特殊能力者のバーゲンセールかっての……今更だけどよ」

 

「私にも関係があるということは、駒王町にも関わってくるのね?」

 

「……ああ」

 

 アザゼルちゃんが頷き、リアスちゃんやソーナちゃんも自分達の眷属にトレーニングウェアから着替えてすぐに再集合するように指示を出していく。ひーくんからも集合場所が口頭で伝えられ、皆口々に返事をしつつ、手早く汗を流すためにシャワー室へと走り去っていった。

 

「若旦那さま、うちら……いえ、私達もすぐに準備に掛かります!」

 

「頼みます、ミッテルトさん」

 

「バイキングに近い形で途中で人数が変わっても大丈夫なようにしますが、宜しいですか?」

 

「任せます、カラワーナさん」

 

 ひーくんの言葉に軽く身を震わせたカラワーナちゃんだったけど、すぐに居住まいを正し、まずは給仕服に着替えるため、ミッテルトちゃんと共に足早に家の中へと戻っていく。

 新しい自分の雇い主に差配を預けられたことに感じ入るところがあったみたいだ。ひーくんは狙ってやったわけじゃないだろうけど、彼女の意気に感じる性質を考えると彼女の心を掴んだ感がある。……むぅ、無性にムカムカするぞ☆

 

「ほら、レイナーレ。行くぞ」

 

「え、ちょっとぐらい休ませて……ちょっと痛いってば! 離しなさいドーナシークっ!」

 

 続けてひーくんに目配せして、頷きを返されたのを確認したドーナシークちゃんが強引にレイナーレちゃんを引きずっていった。彼は強者には敬意を持って従うタイプで、あと、ひーくんが紳士的な行動をよしとしてる考え方にも共感しているから、若い主人に堅実な執事としての振る舞いが既に馴染んでいたんだ。




書きたいものと読んでくれている人が求めているものが乖離してるんだなと強く感じている。
それでも「まぁこれぐらいで仕方ないか」ぐらいのつもりで書いていかないと、完全に更新が止まるわけで。

折り合いつけるのは難しい。
でも、好きなようにだけ書きたいのなら、公開しないってやり方もあるわけですしね。



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第115話 破壊するべきモノ

「戦争再開を主張し続けている武闘派幹部のコカビエルがフリードを脱走させ、教会本部から聖剣を盗み出し、日本近郊で消息を絶った……ですか」

 

「とはいえ、単独犯じゃない。どうにも外部に一時的な関係かもしれんが協力者がいたようだ。奴の狙いは駒王町としか考えられん。リアスやソーナという現魔王の肉親が暮らす街だからな。積極的に狙ってくるだろう。そして、サーゼクスやセラフォルーを引きずり出し、なし崩し的に戦争再開へと持ち込むつもりだ」

 

 カツサンドと珈琲を手に結界内とはいえ朝からこんな話をしなけりゃならねえ。しかも自分の陣営の不祥事ときている。コカビエルが闘争に飢えているのは知っていたが、ここまで不満を燻らせていたことに気づかなかったのは俺のミスだ。

 

「協力者については、ゲオルクも言ったように禍の団が手を回した可能性が非常に高いです。私は詳細に関わらせてはもらえませんでしたが、コカビエルが戦争再開への執着を高めていることは知らされていましたし、彼を暴走させるのを起点に現政権への反撃の狼煙にすると……シャルバやクルゼレイが嘯いていましたから」

 

 紅茶を口にしているカテレアは弱体化の兼ね合いで計画の中心からは外されていたって感じか。ただ、旧魔王の連中が禍の団の中核にあるのがハッキリしただけでもこっちとしては有難い。……ま、今はコカビエルの奴をどうにかするのが先なんだけどよ。

 

「おそらくは大翔、コカビエルはお前のことも狙っている。堕天使勢力が正式に後見についた君の周りにはいろんな種族の者が集まっている。……君を潰すことがそのまま和平への道を遠ざけることにも繋がると考えていると思っておくべきだ」

 

「ヴァーリ。俺を狙うのは勝手だし、簡単にやられるつもりもない。ただ……ソーナや、それにグレモリーさんを狙うとなれば、朱乃や椿姫達も危険に晒される。さらにセラを引っ張り出して、戦争を再開する? そんな身勝手をさせるわけがないさ」

 

 しっかし、思ったよりも大翔の奴が落ち着いてるぞ? 自分の女の身に危険が迫るとなれば、沸点がおっそろしく低いはずなんだが……。体内の魔力や光力も活性化してるものの、充分に制御範囲内みたいだしな。

 なお、セラフォルーは同席は認めるものの、発言を促さない限り、聞き役に徹して欲しいと大翔本人からお願いをされていた。なので、大翔が狙われると聞いて殺意を含んだいい笑顔になっているが、それでも健気に大翔の願い通りに口はしっかり噤んでいる。まあ、セラフォルーが本気で動けばコカビエルの事態に対応が容易になっても、その後の争いの火種が燃え盛るのが避けられなくなる。そうなれば、結局はコカビエルの思い通りになっちまう。こちら側としてはリアスに許可を得た上でヴァーリ、次いでバラキエルが表に出て動けるかどうかってところだろう。

 

「あとは朱乃さん家の境内から見る街並みも気に入ってるし、通っているお気に入りのラーメン屋さんもある……だよね?」

 

「そうだね、すずか。海鳴の高台から見る景色も好きなんだけど、朱乃の家の境内から見る景色も気に入ってるね、確かに。だからこそ、しっかり守りたいと思うんだ」

 

 こういう時に鎮静薬代わりになるすずかが、隣について手を重ねて自分の魔力を大翔と循環させてはいるものの、意識してやってるっていうよりも寄り添ったら互いの力を循環させるという反射的な行動みたいな感じだしよ。むしろ、すずかが少し戸惑ってるのか、これは。

 

「今のところ、使い魔たちから侵入の報告は入っていませんわ。まだ焦る必要はありません」

 

 そう言いながら、朱乃も大翔の飲み物を取ってきた名目の元にしっかり大翔の隣に位置取りを変えた。そして、すずかと同じような行動を取り始める。その動きに朱璃の奴も満足げに微笑んでいやがるぜ。

 大翔も自分の家族関連に危険が及ぶとどうもネジが飛びやすいんだが、それを宥められる奴も増えている。言葉は無くても、自分の女達に微笑まれながら落ち着きを促すように寄り添われたら、昂ぶった自分を嫌でも認識するからな。

 

 今回は大翔の代わりと言っちゃなんだが、殺気を隠し切れていない奴が他にいる。なまじ力量が上がってきてる分、感情の昂りに合わせて制御出来る範囲を超えてるな。一誠の奴が思わず震えるアーシアとそいつとの間に位置取りを変えた辺り、一端の気遣いも出来てるじゃねえか。この辺りは大翔から見て学んだ部分かね?

 

「二人とも、俺は思った以上に落ち着いてるよ。大丈夫。珍しく激情を剥き出しにしてる友達がいるんだ、俺まで激してたらどうしようもない」

 

 大翔は二人の肩を軽く叩いて立ち上がり、そいつの側へと歩み寄る。事情を知る様子のリアスがどう動くか悩む内に大翔が動いちまったわけだ。

 

「……なあ、祐斗くん。珍しく感情が隠し切れてないよ。その怒りはコカビエルに対して? あるいは聖剣に対してなのかな」

 

「聖剣ですよ。僕と教会が保有する聖剣とは切っても切り離せない因縁がある」

 

 射殺す勢いと言わんばかりの眼光で大翔を睨むリアスの騎士。ただ、大翔は真正面に立ちながらもその殺気をまともには受けず流してやがる。

 

「……そっか。じゃあ、その聖剣を見つけたら一体どうするんだ?」

 

「破壊します。それが僕の生きる意味だ。どうしてこんな基本的なことを忘れていたのだろうって思いますよ」

 

「破壊か……ゲオルク、一つ確認。聖剣の消失が世界の崩壊に繋がったりなんてことはあり得る?」

 

「正直、モノにもよるだろうさ。ただ、教会が保有する聖剣は神滅具でも無いからね。世界の在り方に影響を与えるのは不可能と考えていい。天界勢力の一時的な弱体化には繋がるけど、本来一本のものが既に七本に分かれてしまってる。勢力図が塗り替わるようなことはないさ」

 

 リアスの騎士である木場の意思を確認したのはいいが、普段と変わらない調子で大翔はゲオルクに一つ問いを投げかける。即座に答えを示す奴に俺も続けて頷いてみせることで、大翔はゲオルクの答えに一定の信用を下したようだ。

 

「それならいいかな。七振りもあるとちと面倒かもしれないけど……祐斗くん。やろう、聖剣の破壊。俺もサポートぐらいはしてもいいだろ?」

 

「……え?」

 

 そして、変わらぬ調子でぶっ飛んだことを言い出した。剣呑な雰囲気を纏っていた木場のやつもこれには毒気を抜かれて呆けてしまう。無論、奴だけじゃない。俺だって驚いて咄嗟に声が出ないし、他にも唖然とする奴らが多いし、アリサはこめかみを揉みながら何かを堪える様子になり、ゲオルクはツボに入ったのか大笑いしだすし、リアスはとうとうブチ切れてしまった。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいっ! 勝手に話を進めないでっ!」

 

「でも、部長。認めない場合は祐斗くんは恐らく単独行動に走りますわよ?」

 

 いつもの大翔だと言わんばかりに普段通りの態度が一人、朱乃がそのリアスを止めに入る。他にいつも通りの奴といえば、すずかにアリシア、ジュースを啜っているオーフィスってところだ。奴らはブレないからな、ある意味。

 

「朱乃……」

 

「部長が怒るのはもっともです。ただ、私が長い間抱えていた蟠りが解けていい表情をするようになったって、そう言ってくれたのも部長ですわ。小猫ちゃんだってそうです。ならば、祐斗くんもその機会があっていいと思うのです」

 

「それはそうだけど……」

 

「駒王町の管理者が部長だということは充分に大翔さんも承知していること。まして、祐斗くんは貴女の騎士。心配には及びませんわ」

 

 口ぶりは真摯なものでリアスを気遣っているように聞こえるものだが、朱乃は『今回の厄介ごとの解決』の心配はいらないと臭わせただけで、大翔と木場がリアスの管轄から外れる行動を取らないとは言ってない。

 この言い回しに気づいたセラフォルーは苦笑いを浮かべ、ソーナはそっと顔を逸らす。カテレアも余分なことは言わないものの呆れ顔に変わっていた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「副部長に部長の言いくる……いえ、説得は任せておけば大丈夫そうですね」

 

「言葉の選び方がもうね。うまく迎撃出来ればその成果を全部グレモリーさんの手柄にしてもらおうとは考えてたけど」

 

 内心で燃え上がっていた復讐の炎も、大翔さんの一言で表面上普通に話せる程度には一時的に大人しくなっている。

 

「理由、聞かないんですか? あっさりやるぞって言われて、ちょっと気が抜けちゃいましたけど」

 

「言いたくないだろ? 言ってくれるなら聞くけどさ」

 

「今はちょっと、言いたくないですね」

 

「なら、それでいいよ。ただ、俺はね。知ってることがあるんだ……心の奥底に溜まっている負の感情の原因って奴は、自分なりのケリをつけない限りどこまでも尾を引くんだよ。何十年経っても、その後にどれだけ暖かい愛情に包まれたとしても。……俺自身、思い知らされたことなんだよ」

 

 大翔さんは時々、年齢と乖離したような言葉を口にすることがある。それなのに、その言葉には実感がとても籠められていて、表情もその時ばかりは一気に老けたように見えてしまう。だから、感覚的に実際に体感したことなのだと分かるんだけど、だからこそ違和感がどうしても生まれる。

 大翔さんのパートナーの中でも、その辺りの事情を全部話されているのはそんなに多くないらしい。月村さんやバニングスさんにアリシアさんフェイトさんの姉妹。あとは朱乃さんは確実に知っているようだ。ちなみに、アリシアさんやフェイトさんにはテスタロッサさん呼びだと、どちらを呼んでるのか分からないから名前で呼んでいいって言われてる。

 

「大翔さん、発言が完全に年輩の方になってますよ」

 

「時々言われる。でも、口煩いと思われても伝えないで後悔するよりずっといいから」

 

 少し困ったように微笑む大翔さん。この人は晴れやかな笑顔よりも、何かを覆い隠すように笑みを浮かべることが多い。僕を大切な友人だと言い切り、僕のために骨を折るのは当然という節のある大翔さんを、僕だって出来るだけ困らせたくないと思っている。どこか気安いイッセーくんとの関係性とはまた違うものの、僕にとっても大切な繋がりと思えるようになってきているから。

 

「でも、そんな大翔さんが僕は好きですよ」

 

「ありがとう、祐斗。俺自身のドロドロとした感覚は紗月やすずか達、さらに朱乃達に出会えて、心を預けてもらって……やっと、向き合えるようになってきているんだ。ただ、こんなに長く抱えるようなことにはならないに限るし、その原因と対峙して乗り越えられるのなら、それに越したことはないってね」

 

 そう、今は聞かない。彼と友人関係を続けていく中で、いつか話してもらえることもあるだろうと思えるから。何十年後、忘れた頃にかもしれないけれど。

 

「だから、これは俺のワガママなんだ。祐斗、お前が抱えている自分の蟠りにケリをつけられる絶好の機会がやってきたのなら、その機会を完全にモノにしてもらうっていう押し付けだ。……俺は友達が少ないからな。祐斗にはこれからも友達でいてもらわないと、困るんだよ」

 

「実は僕も言うほど友達、多くないですよ? 元々、男の子が少ない学校ってこともありますけど、イッセーくんと友達になるまでクラスの男の子とも必要最低限の話しか出来ませんでしたし」

 

「ああ、そりゃ仕方ない。君がどう思っているかは別として、祐斗はイケメンだもの。同世代の男からは目の敵にされるさ」

 

「ハーレムを築いている大翔さんだけには言われたくないですね?」

 

「はは、違いない。さて、敵を倒すには敵のことを良く知るべきってね。憎い標的だとは思うけど、材質、形状、強度……アザゼルさんやゲオルクの知り得る限りの情報を話してもらって、確実に破壊していくとしようか。魔剣を創造する方向性も変わってくるだろうし、祐斗はそれに集中するといい。コカビエルは俺の標的だ。そうだろ?」

 

 本当にこの人は変わっている。自分の押し付けと言いながら、僕の復讐を肯定し、支援をするとあっさり言い切ってしまう。お陰で少しだけ、今は冷静になれていた。この黒い感情を研ぎ澄まし、創造する魔剣の鋭さに変える。それに集中させてもらう。

 

「早めに片をつけて、そちらに加勢しますよ。指揮官が最前線に立つなんて、やられたら連鎖して全滅なんてこともあるんですから」

 

「言うね。……でも、俺の方が早く片付いたら、一、二本ぐらいはこっちで破壊してしまうからな。そうならないように頑張るといいさ」

 

 日々合宿に近い生活を送る中で、こんな意地の張り合いも冗談で通じるぐらいには、僕も彼やイッセー君達との時間を重ねてきていた。だから、僕は少しだけ笑えていたんだと思う。

 

「聖剣の破壊については、言いようはいくらでもある。それこそ自分の管理地域に踏み込まれて、眷属や表世界の安全のために已む無く破壊すること自体が正当な主張になる。聖剣の管理責任と合わせて突いてやれば、嫌味は言われるだろうが、教会側も黙らざるを得ないぜ。その辺りの理論武装は叩き込んでやるから心配するな」

 

「分かったわ、分かったわよ! ただし、私への報告は密にお願いするわよ。管理者の私が知らずに事態が急変するだなんて、話にもならない。空知や祐斗だけでなく、私達『オカルト研究部』の皆で対処するわよ。いいわね!」

 

「駒王町の危機です。大翔くんやリアス達だけに任せるのではなく、学園に属する私やシトリー眷属全員も全力で対応するべきことです。皆の働き、期待していますよ」

 

 副部長による部長の説得も問題なく済んだようで、両眷属の長が号令を下す。合間を置かずに、僕達眷属達の気合の入った返事が返され、ここに対コカビエル兼聖剣への戦線が成立した。

 

「俺やセラフォルーは今の天使・堕天使・悪魔の三すくみの状態もあって、本当に状況がどうしようも無くなりそうにならなけりゃ動けん。情報収集や分析、戦闘時とかの結界の強化や維持に使う補助具の確保など、後ろでやれることはもちろん全力で動くが……表の対応は任せるしかない。すまねえが、頼むぜ」

 

「我、オーちゃんだから任せる」

 

「一番駄目だっての! オーフィスの力は規格外過ぎて、名乗らなくてもバレるわ!」

 

「大丈夫、龍のオーラも使わない。秘孔をつけば指先一つでもダウン確実」

 

 龍神様の出撃はセラフォルー様の出撃以上に拙い予感しかしないよ!? でも、随分と漫画に毒されているなあ。彼女が指先を突き出すだけで、部位ごと吹っ飛ぶ結末しか想像が出来ないよ。

 

「謎のゴスロリ姿の少女武闘家オーちゃん……これは属性盛り過ぎでは? 私と被る点が多いです、これは」

 

「我、猫耳や尻尾は出せない。白音は着物風ドレスだし、住み分けは可能」

 

「なら大丈夫ですね」

 

「心配するとこ、そこなのかよ……」

 

「そもそも、オーちゃんが出撃しないといけない状況を作らせはしませんけどね。オーちゃんに私達は毎日鍛えてもらっているんですから、弟子である私達に任せておいて師匠は後ろで『ドーン』と構えておくのがセオリーです」

 

「うんうん。私と一緒に隠れて見守っておいて、本当のピンチで颯爽と割って入る感じだね☆ そういうのも隠れた強キャラ感が出て、カッコいいと思うよ?」

 

 白音ちゃんのツッコミは平常運転だ。あえて、普段通りに務めてくれているのかもしれない。

 

「聖剣と対峙するまでに徹底的に祐斗の剣を研ぎ澄ませる。鍛錬はそれに費やす。お前の内にある暗く黒い感情を抑え込むわけじゃなく、聖剣を細切れにするための鋭さに全て変えてしまうために」

 

「……はい」

 

「光力を活用した擬似的な聖剣も何本か用意する。実際の破壊の練習も積んでもらう。最近、武器を作る機会も減っていたからさ。鍛え直すにはいい頃合だ」

 

 燻り、気を抜けばすぐにでも気炎を上げそうな暗い感情に、決着をつける。その時がそう遠くない先に迫ってきていた。



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第116話 渾身の一振り

お久しぶりです。
コカビエルと相見える前の下準備みたいな一幕となります。

しばらく書くことから離れていたこともあり、
次回もそういう感じですが、こんな拙作を宜しくお願いします。


 この鬱屈した感情にケリをつける前に僕は死んでしまうかもしれない。光力の槍やら鞭、あるいは拳に光力を纏う僕の仲間たちはきっと聖剣使いなんて歯牙にもかけないと思うんだ。

 

「嗚呼、空って遠いなあ……」

 

 手を伸ばしたって、空にはとても届かない。直撃を何とか魔剣で受け止めたはいいけど、あまりの威力に僕は束の間の空中遊泳を体験する羽目になっていた。本日何回目かな、もう数えるのはやめてしまった。やがて重力に引かれ、地面目掛けて急降下していく僕の耳にグラシアさんの詠唱が聞こえて、軟着陸を果たす僕の身体。

 

「そろそろ私の魔力の残りも頼りなくなってきましたね……」

 

「じゃ、本日は終了ね。壁や地面への激突を防いでくれるカリムのサポートはこの訓練に欠かせないもの。木場もお疲れ様。体力もついてきたし、攻撃を捌く技術もさらに向上して、随分長く戦えるようになってきたじゃない」

 

 カリムさんの風魔術のお陰で地面や結界壁に叩きつけられることは無いものの、訓練そのものは常に生死の境を覗き込んでいる気分だから。どうにかなんとか今朝も生き延びたみたいだ。バニングスさんが賛辞の言葉をかけてくれるけど、強くなった感じが全然しないんだよね。

 

 濃厚な光力を纏った副部長の鞭、浄化の力を宿した小猫ちゃんの拳に、フェイトさんの愛鎌であるバルディッシュ、大翔さんが打った無銘の聖剣を振るうバニングスさんにアリヴィアンさんにアザゼル総督。『アザゼル・ダイナミック・ブレード』って明らかに何処からかネタを引っ張ってるって僕でも分かる。お巫山戯みたいな電飾まみれのスーツに身を包んでいても、その強さが変わることなんてなくて。ここに、会長の光力の矢が飛んできたりするわけだ。表では堕天使の力である光力を堂々と使えないからと、丁寧に練りこまれた濃度の矢が飛んで来るんだよ。

 どれも一つ喰らえば致死傷にもなりかねない悪魔への特攻のある一撃。鍛錬でいくら耐性がついたとはいえ、龍神や魔王様に追いつけ追い越せで日々鍛えている仲間たちの力は悪魔という枠には収まらない。

 

 直撃を食らって生死の境を彷徨っても、ヴァレリーさんとアーシアさんの二人がいれば仮死状態なら数分で全快してしまう。それでも足りなければ、今はこの場にいない大翔さんに仙術と不死鳥の力と聖杯と吸血鬼の力を転換した癒しの力を注がれて強制復活だ。

 聖杯の力は封印してたんじゃないのかって話だけど、非常時に使える程度にしておくのは当然だと言われて、やはり大翔さんは大翔さんと思ったり、能力の複写を済ませている月村さんと黒歌も既に殆ど同じことが出来るとか、他の女性陣も勿論訓練中とか、どこを目指しているのか本当にわけが分からない。

 

「さて、彼は休憩の時間だけど私達は残りのメニューを消化するわよ。元士郎達もお待たせ。あ、カリムは休憩で構わないわ。先に汗を流してらっしゃいな」

 

「私はそろそろ差し入れの用意をしてきます。大翔さん達、こちらから声を掛けないと限界近くまでずっと打ち続けていますから」

 

「私も椿姫の様子を見に行きたいから、朱乃、私にも手伝わせて?」

 

「ああ、確かにそうね。じゃ、そっちは朱乃達に任せるわ。大翔やすずかは慣れっこだけど、志願したとはいえ、あの熱気にやられて椿姫やシーグヴァイラが先に倒れかねないし」

 

 この場を外している大翔さんは邸宅内の開発兼研究室に程近い裏庭の一角に鍛冶場を持っており、そちらにさらに封時結界を張った上で、ひたすら無銘の聖剣を造ることに集中していた。最初の数振りは模擬戦で使うと強度に難があったりということ──いや、ほんと斃すか斃されるかみたいな実戦さながらだからね──があって、凝り性の大翔さんのスイッチが入ってしまった。今の自分に打てる最高の聖剣を打つんだ、と。大翔さんの趣味は自分の趣味にしてしまう月村さんと、真羅の力を使いこなすようになったことで金属への干渉が可能な副会長がその補助を行い、シーグヴァイラ様が結界維持を担う体制になっていた。

 

「俺も様子を見てくるかね。分野が違えど、モノづくりってのは見てると本当に心が躍るぜ」

 

「総督、シーグヴァイラが仕事に戻る時間を考えたらそろそろ休ませないと間に合わないから、皆に休息取るように強く促してくれる?」

 

「あいよ、アリサ。キリのいいところで結界解除させるとするさ。アリヴィアン、お前さんはどうするよ」

 

「ヒロがいればお嬢様は問題ない。俺はもう少し身体を動かすとする。……バフィールがサボらないように見ておく必要もあるのでな」

 

 あ、バフィールさんの表情が完全に抜け落ちてしまったね。この鍛錬に巻き込まれてる時点で御愁傷様なのに。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「一体、どこを目指しているというのでしょうか……」

 

 封時結界が解かれるまで帰宅が出来ないレイヴェルちゃんが見学を兼ねて可能な範囲で朝練に参加していたものの、この発言からして、出来るところまで自分達を徹底的に追い込む訓練のあり方に困惑しているみたい。

 

「良くも悪くも深窓の令嬢だということですか」

 

 私の隣で息を整えていたカテレアちゃんがぽつりと呟く。先の戦争を経験している私達は、訓練で自分の限界をしっかり把握しておくことの重要性を認識してる。上級悪魔の血を引く者は鍛えなくともある程度は強者の位置に立つことができるけど、それでも体力や魔力の限界というものはあるし、ひーくん達みたいにしっかり鍛えている相手──種族問わずだけど、あっさりやられてしまうんだねぇ。

 圧倒的なアドバンテージかと言えば、必ずしもそうじゃないわけ。まして、オーフィスちゃんのような規格外の存在も身近にいるわけだから、自分の今の能力限界はしっかり把握しておきたいし、留まることなく強くなりたいと思うから。

 

 ……だってさ、ひーくんに一緒に歩んでもらう道は色んな軋轢がどうしても避けられないし、戦いを避けられない場面もきっとたくさん出てきてしまう。悪魔の世界は力を示せない者は容赦なく淘汰される。上に立てば立つほど、それは顕著になっていくから。堕天使陣営や日本神話との繋がりも太くなりつつあるし、私が余計に足手まといになんてなるわけにはいかない。それこそ、ひーくんが戦う必要が無いぐらいに強くなってしまえるのが一番なんだよね☆

 

『セラ、大丈夫。辛いならもう戦わなくていいんだ。俺が必ず守るから』

 

 たっぷり愛してもらった後でひーくんの腕枕に包まれながらそんな言葉を耳元で囁かれたりすると、決心があっという間に崩壊しかけたりするのが困りものなんだけど☆ ただ、そのまま腑抜けていたら、すずかちゃんから魂ごと凍て付かせるような冷気が流れてくるので、我に返ることが出来るんだ。うん、水や氷の魔力を主属性としている私をあっさりと凍て付かせてしまいそうな彼女って一体……。それもちょっとお怒りモードになっただけで、強い攻撃の意思は無い状態でアレだよ? ……えっと、深く考えるのはヤメテオコウ。

 

 さて、そんな自己逃避から帰ってきた私の目の先では、赤龍帝くんがレイヴェルちゃんに、訓練で自分を追い込んでおくことで実戦になった時の心の持ちようが違ってくるのだと説明をしている。神器所有者は自身の成長と共に神器自体も成長していくものであるということも。この辺りは元士郎くんや椿姫ちゃんも含めて、彼らを見てればよく分かるよね。ただ、レーティングゲームという模擬戦しか経験のないレイヴェルちゃんだと理解は出来ても、実感が伴わないだろうねぇ。

 

「しかし、自分のことながら嘆かわしい。こんなことすら見えなくなるほどに、私も弱っていたということですね」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、そんなことを言うカテレアちゃん。日に日に力が戻ってきているのは私にも伝わってきている。まー、負けるつもりはさらさら無いんだけどね☆

 

「コカビエルと戦うことが出来ればいいリバビリになるでしょうが、まあ急いても仕方のないこっ──!」

 

 そんなカテレアちゃんが言葉を途切れさせた理由。私も一瞬で理解する。この場にいる悪魔は全員、背筋に走るどうしようもない悪寒で思い知らされたはずだ。工房から出てきたひーくんの手にあるその一振りの剣が悪魔にとって容易に致命傷を与えるものだと──!

 

「ひーくん、それヤ、ヤバくないかな? ヤバすぎないかな!?」

 

「……また随分と物騒な一振りを打ったものですね?」

 

 堕天使の光力をひたすら練り込みつつ、金属を司る白虎の力で強度と斬れ味を高め、邪気を焼き払うという朱雀の破邪の力を内包する一振りが試行錯誤の中でやっと出来たんだと、ひーくんが疲れを滲ませながらも微笑みを見せるんだけど、普段は安心する笑顔が獲物を見つけた捕食者の笑みにしか見えないよぉっ!

 

「私や朱乃さんは今、駒を抜いているから大丈夫だけど、うん……これは悪魔の皆にとっては拙いモノが出来たよね」

 

「ええ、聖剣というよりは破邪の霊刀と呼ぶべきものかもしれませんが……」

 

 精魂を注いだ疲労感から、すずかちゃんと朱乃ちゃんに肩を借りているひーくん以外にも、シーグヴァイラちゃんや椿姫ちゃんが卒倒してしまったらしく、ソーナちゃんがフォローに回ったらしい。アリヴィアンちゃんも既にこの場を離れてそちらの対応へと向かってる。

 

「駒を抜かないと持つにも手が震えて仕方ないからね。鞘に納めていて、この圧力だから」

 

 三人のネックレスのオブジェとなった女王の『悪魔の駒』を見ながら、お揃いですと楽しそうなすずかちゃんや朱乃ちゃんはさておき。そんなひーくん達の横には七尾の三毛猫、そう参曲のおばあちゃまも連れ添っていたんだ。

 

「分体とはいえ、石凝姥(いしこりどめ)様と木花咲耶(このはやさくや)様が力を貸したんだ。このくらいは打ってみせてもらわないと困るからね」

 

「ええっ!? 参曲のおばあちゃま、しれっととんでもない名前が出たよ!?」

 

「日本の妖怪勢力と懇意にしてる坊ちゃんなんだ、神クラスが出てきてもおかしくはないだろう? ……ま、ぬらりひょんの御大将がこっちに来る前にグッタリしてたからね。前振り無しで私の此方への転移に混ざることになったようだよ」

 

「……普通に日本神話の神々が別次元に来ている時点でもう何が何やら……」

 

 カテレアちゃんの瞳のハイライトがゆっくりと消えていくのを、私はそっと肩に手を置くことで留める。理解の範囲外に対しては無理に理解しないこと、それが心を守ることに繋がるんだから、うん……。

 

「久し振りに鍛え甲斐のある若者が出てきたってえらくご機嫌で帰っていったけどね。次元も違うわけだし、具現時間にも制限があったのは逆に良かったんだよ。わりと自由なところがおありだからねぇ、天照様や月読様、素戔男様みたく主神級特有の不自由さもないわけだからさ」

 

「幹部クラスが結構フリーダムなのはどこにもある話なんだね……いや、最近まで私もそうだったんだけど」

 

「ともあれ、取り乱すことも無かったからね、嬢ちゃん達は。収まるべきところに収まった女は肝が据わって、一気に落ち着くもんさ。自分の居場所を何としてでも守るっていう覚悟が決まるからね。まぁ、最初の会合時に坊ちゃんや黒歌達も必死に御大将や私の支配に抗ったり、月村の嬢ちゃんなんぞ反転すらしてみせたんだ。最後は坊ちゃんなんぞ無理やり魔力を暴走させて、自傷の衝撃で支配を完全に振り払うわ、傷だらけの旦那様を見て、黒歌達も支配を断ち切ってみせたからねぇ……。研鑽の積み重ねと想いの強さが合わされば、こういうこともあると久し振りに面白いモノを見させてもらったさ」

 

「兄様が傷だらけになっているのに、私達が心地良い幻に浸っているわけにはいきませんから」

 

「その通りにゃ。大翔の足手まといになるなんて、絶対にごめんだからにゃ……」

 

「くくくっ、そういう情念の深さは私好みだよ、黒歌、白音。ああ、そうだ。今回の一件、正式に私達は坊ちゃん……空知大翔を東日本に属する日本神話側の代表代行として任命したよ。私達は情報収集やら人間社会に極力害が及ばぬように結界を張ったり等の補助を務める。大翔は迎撃に集中してもらうって寸法だね」

 

「非公式ではあっても私に直接話を通してもらっていたし、朱乃の婚約者である空知が日本勢力側の窓口になってもらえるのは此方としてはありがたいわ。義姉様の話を受けたお兄様が近々駒王入りするつもりで動いているし、空知の立場がよりハッキリするのはいいことだと思うのだけど……ただ、その、責務もそれだけ増すわけでしょう? 負担が重くなり過ぎないかしら。あ、ちょ、朱乃、今の大翔を連れて近寄るのは──!」

 

 おー、リアスちゃんが成長しているぅ☆ ただし、シリアスが長続きしないのも『らしい』感じだね☆ というか、全力で逃げるのも無理ないよね。力尽きていたはずの騎士君も赤龍帝の彼も僧侶の彼女やレイヴェルちゃんを抱えて、リアスちゃんと逆方向に必死に距離を取ってるし~。

 

「ちょ、ちょっと! イッセー! 祐斗! 私を守りなさいよぉ! 私はキングなのよ! ねえキングなの分か……朱乃ぉ! なんでそんないい笑顔を浮かべて近寄ってくるのぅ、月村さんも何で満面の笑みなのよぉ!」

 

「今の僕では足手まとい……申し訳ありません、部長」

 

「部長なら大丈夫って俺信じてます! 俺はアーシアやレイヴェルさんを守りますっ!」

 

「薄情者ぉぉぉぉぉ!」

 

 ひーくんへの普段のぞんざいな接し方に色々溜まっている筆頭の二人組が、ひーくんを両腕で抱えて高速移動しながら、リアスちゃんを追い回している。二人がかりのお姫様抱っこかぁ、やっぱりひーくんはヒロインだった?

 

「グレモリーの懸念に対しては、日本神話勢力の妖怪でもある私や白音が頑張るだけのことなんだけどにゃ。堕天使でいうなら朱乃だし、悪魔の話ならセラフォルーにソーナやシーグヴァイラが対応する。五大宗家が絡むなら、朱乃だけじゃなくて椿姫も頑張るわけだし。あと、私達女性陣の統括として、すずかやアリサがいるのよ? 大翔にだけ無理をさせるわけないじゃにゃい……って、聞いてないか」

 

「そりゃ逃げるでしょうに……私やセラフォルーでも正直、相対したくない禍々しさです」

 

「部長は本当にタフですから、それでも『私でなければ即死だった……』とか言ってくれると思いますけど」

 

「グレモリー、タフネスさは誇っていい。それだけとも言う」

 

「キング自らメイン盾。うーん、戦術としてはダメダメですね」

 

 おぉ……オーフィスちゃんのお墨付きだよ、やったねリアスちゃん! っと、ひーくんが多少なりとも回復したのか、二人からの羞恥プレイから脱出してきた。

 

「そろそろ調査や索敵だけじゃなくて、此方からも釣り出しに行くとしようか。この刀がいい撒き餌になるでしょう。グレモリーさん、参曲さん、よろしいでしょうか」

 

「任せておきな、一般人への人避けの結界やら、その辺はすぐにでも動けるようにしてあるからね」

 

「空知と祐斗は必ず複数で行動すること。それは徹底してもらうわ」

 

「ええ、その辺りは祐斗と俺が一緒に動くつもりですので。さぁ、祐斗。作戦完遂に向けて、動こうじゃないか」



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第117話 朱と紫(※)

副題がいまいちぴんと来ないのですが、本文は書き終えたので投稿。


 一度禍の団に戻るカテレアさんに、魔力を通せば擬似的な秘匿念話が出来るブレスレットや、装着者が特定座標──姫島神社の境内──に即時転移できるアンクレットを渡して、まずはその辺りのレクチャーを行う。

 

『次元関係なく、転移可能な魔導具って本当に貴方は……おまけにこうして次元越しに普通に思念を送り合えるとは、こうして実際に体験しないととても信じられない優れた技術と言えるのに……』

 

 テストで神社側には登校準備を終えた朱乃やグレモリーさん達に待機してもらっておいて、転移が問題ないことを確認。そして今は念話のテストなんだけど、会話中のカテレアさんが呆れているような。

 

『機能をブレスレットなりアンクレット一つに集約できれば良かったんですけどね。転移関係は安全第一なので、どうしてもこうなってしまうというか』

 

『そうではなくてですね……ああもう、セラフォルー。第二のアザゼルにしてはなりませんよ?』

 

『もちろんだよ~☆ うん、グループでの秘匿念話もうまくいってるね』

 

『大翔さんをおじ様のようになんて、絶対にさせませんわ、うふふ、うふふ……』

 

『朱乃とやら、その光力を引っ込めなさい。貴方の主が後退りしていますよ?』

 

 ブレスレットの切替ツマミで個人向けとこうしたグループ通話も可能にしてある。個人通話の登録は俺、すずか、セラといった一部の人だけ。グループ通話は基本的に俺とすずか達──俺の彼女達に指定してあった。

 

『ミッドチルダの私とも接続良好です、大翔様』

 

『誰とでも秘匿念話となるとちょっと面倒だけど、今回は俺達だけだからね。俺と皆はナハトを通して直接パスが繋がっているし、通信用魔導具の核に俺の魔力をよく馴染ませれば擬似的なパスが出来る。後は次元を越える場合の自動演算高速処理を始めとして、通信の安定性を重視するようにしたんだ』

 

『私達だけの間なら通信機器いらないんだよね~。転送魔法使えばモノのやり取りも問題ないし』

 

 あ。紗月の言葉で伝え忘れてたことを言っておかないと。思い出せて良かった。

 

『カテレアさん。伝え忘れていたのですが、転移の時に手荷物とかは一緒に飛べますので。両手にキャリーバッグ、背中にリュックサックぐらいは問題ありません』

 

『……流石にそこまでの荷物にはならないと思いますが。しかし、それならば……手土産がわりにあちらの書庫や倉庫に埋もれた魔術書や媒体も適当に持ってくるとしましょうか。魔導具の核には最低限なるでしょうし』

 

 その言葉に内心で小躍りしてしまって感謝の言葉を伝えたのはいいんだけど、カテレアさんの声は呆れの感情が確かに混じっていた。

 

『普通、悪魔が所蔵する蔵書や媒体となれば、呪いの類など疑って掛かるべきですよ。恐らくはレジストや完全に無力化できると踏んでいるからでしょうが。ただ、発言の内容はより慎重になるべきだと助言しておきます。理解が及ばないモノに対して、知的生命体は恐れを覚え排除するように出来ていますから』

 

 ああ、そうか。俺も随分と調子に乗っていたんだ。俺を理解してくれる人達が増えて、発言の内容が軽くなり過ぎていたのか……。

 

『そもそも、こんなことはセラフォルーが教えるべき仕事なのですがね。ま、私を保護するという酔狂な男へのこれっきりの気まぐれです』

 

『……ありがとうございます。助言、胸に刻みます』

 

『ふふ、あの者にも貴方の素直さの十分の一でもあればいいのですがね。ああ、そうそう。第二のアザゼルになるなと言うのは、小物の恐怖心を理解した上であえてぶっ飛んだ発言をしているから、より性質が悪いという話です』

 

 セラからも激しく同意するとの声が飛んできて、アザゼルさんは動けば場を引っ掻き回すのが行動に染み付いているんだなと、その業の深さとシェムハザさんやバラキエルさん達のフォローの大変さを思うのだった。

 胃薬もさらに改良するべきかな。もしくは気脈を整えに行く方が薬への耐性もつかないし、そっちの方がいいかもしれない。朱乃や朱璃さんに聞いておくとしよう。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「副総督もお喜びになると思い、ますわ、んっ……♪」

 

「時間帯の、調整とか、何日おき……とかっ、お願い、する、よっ」

 

「はい、はいっ、私にぃ、お任せくだぁ、ぁぁ、さいな、はぁぁ」

 

 昼休みに朱乃と二人で相談を持ちかけて結界を張って話をする中で、どちらからともなく俺達は唇を奪い合って、俺は手でとても収まりきらない朱乃の両胸を、朱乃は俺の肉棒を、それぞれの服の上から手で弄り始めていた。まだ直接繋がっていないのに、弱い部分を的確に責める刺激に、俺の声が途切れ途切れになったり、劣情をより高めるような愛しい嬌声が漏れ出てきたりしている。

 

「……ふふふっ」

 

「朱乃?」

 

 濡れ羽色の髪と同じ色合いの潤んだ瞳が、俺を見つめてくれている。俺の両頬に手を添えて、啄ばむようにもう一度唇を重ねてから、朱乃は耳元で囁いた。

 

「大翔さんが遠慮なく私を求めてくれるようになって、嬉しいの。貴方にまた一歩寄り添えたのかなって」

 

 ベンチに腰掛けた俺に跨る姿勢になった朱乃はストッキングを片足だけ外し、スカートを捲り上げて、ショーツをずらして出来た隙間から、俺のペニスをゆっくりと膣内へと迎え入れてくれた。朱乃の中は既に蕩けるような熱と潤いを持って、俺を包み込んでいく。

 

「あっ……!」

 

 一番奥にコツンと当たる感触と同時に、腰ががくがくと震えて崩れ落ちそうになった朱乃を支えて、彼女の息が整うのを待つ。内側のうねりが途端に激しく、また強く締め付けられる動きになっているのに抗うのには、朱乃を支えるのに集中するぐらいで丁度良かった。

 

「大丈夫、朱乃?」

 

「はい……私の身体、大翔さんをお迎えするだけでこうして飛んでしまうから。貴方だけの朱乃になりたいって願い続けているから、身体も従ってくれてるの。だから、大翔さんの心の内にあるモノ、全部私にぶつけて?」

 

 表向きは隠しているけど、緊張しているように見える。自分を抱くことで少しでも不安や無駄な力が取れるのなら、喜んで受け止めて受け入れたいからと。

 

「今回のコカビエルの迎撃と聖剣関連の問題について、やるべきことはしっかりやるつもりだけど……ただ、セラやサザトガさん達が俺への干渉を必死で食い止めてくれていることや、ぬらりひょんさんや参曲さん達の協力体制とかを思うと、きっちり分かりやすい結果は必要なのかなって。それは圧倒的であればあるほど、悪魔の上層部への牽制になるから、より望ましいと」

 

 祐斗の本懐を遂げさせて、かつ、聖剣を奪われた勢力の本格的介入をされる前にこちらで奪われた聖剣を処理すること。そして、街や住人への被害を出すことなく、コカビエルを無力化する。全てをクリアーするのは難しいけれど、不可能ではないレベルだからこそ、どこかで気負っている自分がいた。

 

「……えいっ」

 

「あ、ううっ……」

 

 きゅぅっ。うねうねうね。ちゅぅぅぅ。

 

 朱乃の掛け声と共にヴァギナ全体が一気に蠕動と収縮の動きを活発化させたため、俺は思わずうめき声を漏らす。精を搾り取るための動きに腰が一気に浮きかける。

 

「うふふっ、大翔さんに激しく口づけしてる私の子宮の入口に濃厚なおちんぽミルクたっぷり注いでしまいましょう? 我慢のきかないハシタナイ雌穴をしっかり躾けてくださいな……」

 

 耳元で再び囁く朱乃の声が淫魔の誘惑に聞こえてくる。下半身にさらに熱が集まっていく自分を自覚しながら、朱乃のお尻にハート型の尻尾が生えてないか思わず確認をしてしまった。

 

「そんなに力を入れなくとも、問題なくやれますわ。大翔さんと私達皆がいるのです。圧勝する必要があるなら、完膚なきまでにやってしまうだけのこと。ヴァーリくん一人で制圧出来る相手を私達全員ならばオーバーキルもいいところです」

 

 膨張した俺のペニスを包み込んで離さない膣内の動きはそのままに、俺の頭をぎゅっと抱え込むように抱き締めて、声色だけが普段の朱乃のもの──いや、艶は隠しきれていないけれど──になって、聞き分けの無い子供を諭すように言い聞かせようとしている。

 

「それに万が一ですけど、失敗したとしたら、とりあえず全力で逃げて……みんなで海鳴に移住してもいいのでしょう? そうなれば、私はお父様とお母様も強引に連れて行きますし、ソーナ達もどちらかを選ぶでしょう」

 

「選ぶ……ああ、それはそう、だよね」

 

 シトリー領の次期当主や現魔王でもある、ソーナやセラは……。

 

「ええ、領地ごと転移させるか、親族だけを連れてくるかを選択するでしょう」

 

「……あれ?」

 

「私はもとより、ソーナ達も大翔さんと離れられるわけがないじゃないですか……もうっ」

 

「ううっ!?」

 

 痛いまでの締め付けがおしおきとばかりに、朱乃は攻勢を一時強めてきた。シーラさんだって離れる選択肢など始めから頭に無いのだと、朱乃は懇々とお説教モードに入ってしまう。

 

「私達は大翔さんから引き剥がされたら、遠からずこの世のモノではなくなりますからね? いい加減、強くご自覚してくださいな。元々、海鳴側のすずかさん達だけではなく、私や黒歌、小猫ちゃん、ソーナ、椿姫、セラフォルー様、シーグヴァイラ様もっ」

 

 名前を呼ぶ度に絶妙な強弱で搾り上げるような動きがどんどん強まっていって、俺は声を出す余裕も無くなり頷くことしか出来なくなっていく。

 

「大翔さんのぉ、女に対してはっ、強引に連れ去るぐらいでっ、いいんですっ! 俺についてこいと、言えばっ、皆喜んで連れ添いますっ、今際の際までっ、ずっとぉ、あぁ、あぁぁ、だからぁ! 命じて! 力を貸せって! 大翔さんの、望む結末をつかむためにぃ、ああ、私も、もう、もう──!」

 

 迸りが朱乃の中へと注ぎ込まれていくのを自覚しながら、俺は朱乃をきつく抱き寄せていた。朱乃も俺の頭をかき抱く両腕の力が増し、彼女の興奮が高まったのも相まって、はだけてしまっている制服の俺の頭を受け止めてもなお押し潰されることのない二つの大きな母性の塊やその合間から、彼女の甘い匂いが強く薫ってきていた。

 その香りに導かれるように俺の吐精は繰り返し長く続き、朱乃の腕に込められた強さと内部の蠢きが収まっていき、波が引いていくのにつられるように俺と朱乃は気を巡り合わせて息を整えていく。

 

「分かって頂けましたか? 私と大翔さんはこんなにも身体の相性も噛み合っているの。こうなった女が離れられるわけがないんですからね? それはもう揺るがないものなんですから、変なところで不安になる必要はありません。いいですか?」

 

「……うん」

 

「よろしいです、うふふっ」

 

 微笑んだ朱乃と額をくっつけ合って、そして、また口づけを交わす。昂ぶってしまっていた身体を落ち着けるために、静かに唇を重ね合う。

 

「朱乃、愛してる」

 

「はい、私も……大翔さんを愛していますわ。それこそ、大翔さんが想像するよりも何倍も、何十倍も、強い想いでお慕いしていますから……ね?」

 

 変に力んでいた気持ちや気負いは、朱乃の中へと吸い込まれてた感覚がある。そして、俺のそんな想いを取り込んでしまった朱乃は、しなやかに自分の新たな力へと変えてしまっているように思えたんだ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 夕暮れ時にレイヴェルさんを迎えに来たひろくんとあの焼鳥さんが談笑しているのを見ながら、私は朱乃さんと並び立った位置になり、顔はひろくん達へと向けたまま声を掛ける。

 

「ありがとう、朱乃さん。今回は朱乃さんが適役だと思ったけど、ここまで影を取り払ってくれるとは思わなかったよ」

 

「あらあら、私はただ自分の想いをぶつけて、ちょっぴり怒って、そして……大翔さんの熱を受け止めただけですわ」

 

 朱乃さんも私の方を向くことなく、ひろくん達へと顔を向けたまま。ただ、私も朱乃さんも穏やかな顔をしていることは見なくても分かっていた。

 

「……嬉しかった。やっと弱音をこぼしてもらえたの。すずかさんがいる場所へ、ようやく一歩近づけた。そう実感できたから。だから、今回の一件──必ず、最上の結果を出しますわ」

 

「うん。ひろくんに手出しすることを躊躇うぐらいの、圧倒的な勝利を。あれほどの霊刀だよ、戦闘狂の堕天使さんがどこまで我慢できるかな?」

 

「出てきさえすれば、封時結界へ隔離してその場でケリをつけます。結界内なら、セラフォルー様もおじさまだって動けるのですから」

 

 魔力を通しさえすれば、即座にひろくんの側へ飛べる使い捨ての魔導具も女性陣全員に渡している。駒王町へ展開する協力者の妖怪さん達やアザゼルさん子飼いの諜報部隊用に妖力や光力を通せば擬似的な念話が出来る魔導具も譲渡済だ。なお、有効期間は一週間でそれ以降はただのアクセサリーになる術式の自壊機能付きだけど。

 あの霊刀の持ち運びについてはナハトちゃんの協力がある。彼女の領域に格納してもらっているため、聖なる力が表に漏れ出ないようになっていた。

 

「……私や大翔さん達の幸せを崩そうとする者は、必ず排除しますわ。大翔さんの傍で咲き誇る私達は大翔さん以外の手で散ることなど、あってはならないのですから」

 

「そう、私達を壊していいのは、ひろくんだけ」

 

 朱乃さんは同類だ。ううん、同類になりたいと願って想いを深化させ続けて、とうとう“私と同じ”領域まで来てくれた。昏い喜びが私の口角を吊り上げていくのが分かる。ひろくんに狂った女。そんな存在が私以外に現れてくれるなんて。

 

「まーた、禍々しい笑みになってるわよ、二人とも」

 

「アリサちゃん……」

 

「アリサ」

 

 私達のストッパー役、最後の良心たるアリサちゃん。うん、アリサちゃんがいてくれるから、私はある意味安心して狂っていられる部分がある。

 

「朱乃。男が全部能面に見えたりまではしてないわね? 視覚まで歪めるのは勘弁してちょうだい。心の内でどう思うかは貴女の自由だけども」

 

「まだそこまでは。やろうと思えばそう時間はかからない確信はありますが」

 

「やめて。主も秘書も顔の判別できないとか、本当シャレにならないし、私を胃潰瘍で潰すつもり?」

 

 せめて、冥界かどこかでの半隠居生活に入ってからにしてくれ──それはアリサちゃんの魂の叫びに等しいモノだった。アリサちゃんが潰れるのが本意ではない私達は顔を見合わせてクスリと笑ってから、承知しましたと返事を返した。

 

「返事の言葉や口調、タイミングまで揃ってるとか、あぁぁ……あー、朱乃もとうとう完全に突き抜けちゃったわねぇ……」

 

 ごめん、アリサちゃん。ご迷惑おかけしてます。頼りにしてるし、アリサちゃんのことも大好きだからね?

 

「ちょ、ちょっとどうしたのよ、二人とも。なんでアタシを抱き締めて頭を撫でてるわけ~!?」

 

「アリサが可愛くて、つい」

 

 迷惑料の先払いと、これからもよろしくの気持ちを込めて。アリサちゃん、本当にいつもありがとうね。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「……厄介事か? どこか全員ピリピリしているじゃないか」

 

「色んな種族の、かつ地位のある女性を家族にすると決めた時点で覚悟はしていたので。まあ、避けて通れないってやつです」

 

 レイヴェルさんを迎えに来たライザーさんと歓談している中での問いかけに、俺はそんな答え方をする。朱乃のお陰でやってのけるだけだと、変な気負いも消えた。朱乃達の力も目一杯借りて、一番いい結果をこの手に掴み取る、必ず。少し離れたところで此方を見守っているすずか達の瞳が澱みかけたのが気になるけど、アリサがうまく取り成してくれたみたいだ。

 

「ふん。どんな問題かは知らんが容易く潰れてくれるなよ。お前はこのライザーとその眷属達に大きな恩を売ったんだ。それを返すまでは決してくたばるんじゃない」

 

「その恩って、眷属さんと一緒に冥界を捨てて俺の協力者になってもらったりすれば、充分報いてもらったことになりますか? 衣食住と新しい立場は用意しますよ。もちろん収入源も。ただし、危険手当込みですけど」

 

「ぷっ、くくく……確かに、それは俺達が報いたことになるだろうな。結果的に俺は婚約を破棄出来るし、ユーベルーナ達と離れることもない、か」

 

 あれ、冗談八割の提案だったのに、えらく乗り気で逆に驚いてしまう。ライザーさん、本気でユーベルーナさん達と一緒に居られる環境があればそれでいいって考えてるぞ、これは。

 

「おっ、お兄様っ!? な、なりませんよ!」

 

「何を動揺している、レイヴェル。今すぐどうこうというわけではないさ、なあ?」

 

 そして慌てるレイヴェルさんを揶揄うぐらいの余裕も戻ったと。あ、イザベラさんがレイヴェルさんを宥める間に、ユーベルーナさんは『私も本気でも構いませんよ』と無音のまま唇を動かしていた。

 

「ま、同じハーレムの主同士、うまくやろうじゃないか。……手持ちのフェニックスの涙だが、くれてやる。魔力の消耗を抑えたい時にうまく使え」

 

 最後の辺りは俺だけに聞こえる小声になりながら、学校帰りだった制服の内ポケットに捻じ込まれた小さな二本のガラス瓶。頷きだけを返せば、目の前のホスト系イケメンはニカッと笑ってみせた。様になるのがすごい。

 

「また近々会う羽目になる気がするぜ。グレイフィア様もあのまま引き下がるような女傑じゃないしな。ヒロム嬢にもよろしく伝えてくれ」

 

「大変お世話になりました。私も失礼させて頂きますわ」

 

 そう言って転移魔法陣に入っていくライザーと、丁寧なお辞儀をしてから後を追っていくレイヴェルさんに、俺は自分の変化した姿があの娘とはとても伝えられなかった。

 

「大翔さん、どうかしたんですか」

 

 考え込んだ顔をしていたのだろう、入れ違いにやってきた祐斗に問いかけられたのでその旨を伝えたのだが……。

 

「ええと、放置でいいんじゃないですか? 正直、もっと思い悩むべきことがあると思います」

 

 すごく冷たい口調で言われてしまった。仰るとおり。さて、炙り出しにまずは全力を挙げるとしますか。



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第118話 会敵

テンポが悪い、とは分かっているのです。
ただ、更新が滞るよりは、UPしてから修正すればいいという暴論に達しました(錯乱)


「ヒロが持っていると分かっていても、どうしても身体が強張るわね。破邪の霊刀……あまりの禍々しさに魅入られてしまいそうよ」

 

 うっとりした口調で言う言葉じゃないと思うわ、シーグヴァイラ。ほんと大翔くんの前では自重するのを辞めてるわね、貴女も。

 

「悪魔の力が有効な時だと、手に持つにしても鞘に納めて何とかってところだね。駒を抜かないとまともに振るうのもしんどいぐらいのモノにはなったかな」

 

「大翔くんに悪魔の力を駒に封じて取り出せるようにしてもらって正解だったわね。今は波動の強さだけを感じるだけで済んでいるけど……ただ、コカビエルと戦う時は悪魔の力を封じているわけにはいかないし」

 

 シトリー家の次期当主であるソーナ・シトリーとして動く以上、悪魔の力を取り出しておくのは本末転倒という話。シーグヴァイラもこの場にいるのだし、私だけが避けて通るというわけにはいかない。

 

「小猫ちゃんはその辺りは臨機応変にお願いしますわ。接近戦主体ですし、余分なダメージを負うこともありませんから。決着がついたら、駒を元に戻しておいてもらえば」

 

「それは朱乃先輩にも言えますよ。戦闘中は抜いておいた方が思い切って動けるでしょう?」

 

「あ、会長。私は駒を抜いて動きますね」

 

 朱乃や小猫さんは戦闘部隊の一員なのでその判断で構わないだろう。リアスが苦々しい顔をしているのは見なかったことにした。ごめんなさいね、リアス。ただ、貴女の眷属が大きく傷つく確率を少しでも減らすためでもありますから。

 あとは椿姫に好きになさいと返し、私は一つ息をつく。朱乃や小猫さん、椿姫は確かに全力で動くための最善を取ればいいのだから。大翔くんには手間をかけさせたけれど、私もここに来る前にしっかり鎮めてもらったから、憂いなく戦いに臨める。

 

「会長、学園全体及び校舎以外への二重結界展開完了しました」

 

「人避け及び認識阻害の効果も既に発動済です。お師匠さんからお借りした魔力増幅器の起動も確認してますので、いつでも強化可能です」

 

「ありがとう、桃、憐耶。あとは内側の結界を封時結界に書き換えるタイミングだけね」

 

 先の大戦を生き残った古き強き者、コカビエル。この程度の結界効果、気にもかけずにやってくるはず。だからこそ、広い場所が確保できる学園に主要メンバーが集まり、大翔くんは霊刀を鞘から抜き去り、あえてその聖なる力を晒している。

 

「なぜシーグヴァイラ様はあそこまで近づけるのでしょうね。お師匠さんを信頼していても、これ以上近づくのを身体が拒否しますもん」

 

「大翔くんへの信用が突き抜けちゃってるんでしょう。あるいは彼になら斬り捨てられても構わないと考えているか」

 

「えぇぇ……」

 

 問題しかないわね。シーグヴァイラも大翔くんのことになると、タガが容易に外れるのはよく分かったから。ただ、それがアガレス家の次期当主と考えると、私にも言えることだけど、問題行動の最たるものというわけで。

 

 ──まあ、どう外野に思われようと構わないのだけど。既に領民の皆への根回しは始まっていて、技術的に開示して大丈夫なところから、大翔くん印の生活に便利な魔導具の流通を活性化させている。開発元は私の婚約者という情報の流布も一緒に。この辺りはすずかさんの会社の技術部門が絡んでおり、また、原材料の鉱石等の確保はアリサの会社が動いていて、必要数の生産をサポートしてくれていた。

 ……こうして、月村・バニングス企業連合体とシトリー領との取引は既に始まっているのよね。時期は少し遅れるものの、アガレス領でも同じ動きになっている。

 

 大翔くんの存在がシトリー領とアガレス領では不可欠になってしまえば、やりようは何とでもあるのだから。そのための実績を今は着実に積み上げる時期だもの。

 

「来たわよ、正面から」

 

 リアスの言葉に私は駒を再び体内へと迎え入れる。途端に背中に感じる強烈な悪寒。ああ、私の愛しい男性はなんて業物を打ってみせたのかしら。

 

「結界の妙に薄い箇所が開け放たれた門とはな。私はどうにも熱烈な歓迎をされているようだな、んん?」

 

 黒いローブを着た癖っ毛の長い黒髪に、極端に細長いエルフのような耳。そして、四対もの堕天使の羽。総督から示されていた特徴とも完全に一致する。その堕天使に付き従うのは眼鏡をかけた老人と、白髪の少年剣士──コカビエルが連れ去ったというフリードのはず──、そして、歩くのがやっとの様子の若者が二人。その若者達は両腕を拘束されたレオタード姿の教会の女性戦士と思しき姿だった。

 

「そして、すぐに穴を塞ぐと。誘い込んだつもりか、小童ども」

 

「貴方と思い切り戦うには、広く、かつ結界が強固に張れるところでなければなりませんから。この地の管理者たるグレモリーさんの許可の元で、わざとらしく誘いを掛けさせて頂きました」

 

 私達を代表して大翔くんがコカビエルへ言葉を返す。リアスが自分をしっかり立てたことに満足気に頷いているものの、突出した行動を防ぐための持ち上げということに後で気づくかしらね?

 

「ああ、禍々しいまでの聖なる力だ。七つに分かたれたエクスカリバーが一つであった時や、デュランダルとも比べられる一振りではないかな。これほど分かりやすく招かれては、応えないのは無粋というものだ」

 

 一方、コカビエルも誘いに乗った主な理由は大翔くんの存在なのでしょう。だからこそ、リアスにはほぼ目をくれていない。そして、あの霊刀が大翔くんが打った一振りだと聞かされて、さらに瞳を輝かせ始める。

 

「既に承知の上とは思うが、名乗らせてもらおう。我が名はコカビエル。三勢力の停戦状態を解除し戦争の決着をつけるため、この地にやってきた。聖剣を盗み出したのも天使共への挑発行為の一環だが……小僧。お前の名は空知大翔といったか。アザゼルのお気に入りであり、バラキエルの娘や悪魔どもの旧七十二柱の次期当主を婚約者とする男。日本神話とも繋がりがあるというお前の命を狩れば、戦争の種火が一気に業火になる最高の燃料だ」

 

 お姉様とオーちゃん、ヴァーリくんは学園の屋上にて小型の封時結界内で待機している。余程のことがない限り、大翔くんに対応は一任することを飲んだ上で。……三名が出てきたら即時制圧可能でしょうけど、後始末が面倒くさいことこの上ないわけだから。お姉様は今回ばかりは人間界への転移許可を事前に申請済だけれど、決裁は取れていないとも言っていたし。申請済及び緊急対応案件だから、決裁を待たずに転移したで押し切ると言い切っていたけれど。

 

 コカビエルの駒王町侵入については、リアスや私から侵入者へ対応する旨を伝達している。また、アザゼル総督からも魔王様達へこの一件は内々に伝わっていて、サーゼクス様自ら増援に向かう手筈を整えるはずだった。

 ですが、ここで魔王であるお姉様が先に動きますとすぐに書面を提出してしまった。その書面の提出と同時にお姉様が既に冥界から出立していたために、逆に動きにくくなってしまっているようだ。普段はこっそりやってきているお姉様が堂々と移動したことで、これ以上は過剰戦力過ぎると古きご老人方が強い抗議をしているらしい。人間界の街一つのために、そこまで戦力を割くことはないと。

 

「この女達は教会からの刺客だったらしいが、部下でも充分に対応出来たし、かつ、私が加われば無力化も容易だった。聖剣を託されていたようだが、教会もなかなか人が不足しているらしい」

 

「その部下とはその男ですか。確か、その男は敵性行動が取れないように精神を縛り付けたんですがね」

 

「解除するにはそこそこ骨が折れたぞ? 私は堕天したとはいえ、星の運行を支配する力を持ち続けている。精神干渉の解除が通常のやり方では儘ならないと分かった時点で、フリードがお前達の精神干渉を受けていない星の巡りに変えたのだよ。ただ、巡りを変えるのには相当の日数と力を必要としたぞ。お陰で、余計にお前への興味が増したがな」

 

「……運命に干渉したと?」

 

「生死を覆すのは不可能だがな。奴の生命に関わる部分では無かったために、私の力で干渉が可能だっただけだ。さて、バルパー。せっかく、その刺客どもから取り上げたものも含めて五本の聖剣が揃ったわけだ。元来のエクスカリバーに何処まで迫れるか、束ねてみせてくれ」

 

 皆殺しの大司教という異名を持つ、バルパー・ガリレイ。教会側でも異端の扱いを受けている聖剣に執着している男だと、コカビエルは語る。人工的に聖剣を扱える適合者を作るための聖剣計画の責任者でもあったと。

 

「貴様が、僕達をぉおおっ!」

 

「させんよ」

 

「ぐぁっ!」

 

 その言葉に反応した木場くんが魔剣を創造すると同時にバルパーへと斬りかかろうと飛び出すが、コカビエルの手に生まれた光槍に振り払われて、吹き飛ばされてしまった。

 

「祐斗さん! すぐに治しますからね!」

 

 すぐにアルジェントさんが動き治療を施すとともに、リアスや兵藤くん達が守るように前へと進み出る。彼の手には既に赤龍帝の籠手が呼び出されていた。

 

「……今代の赤龍帝か。白龍皇には及ばずとも、お前も少しは楽しませてくれそうだ。バルパーが聖剣の融合を終わらせるまでの間、力を示してもらうとしようか」

 

 その言葉と同時に現れたのは三つの魔法陣。そして、そこから姿を現したのは──!

 

「三つ頭の猛犬……ケルベロスだというのか……?」

 

「その通りだ、小僧。協力者の力もあって、冥府から連れ出し一時的な支配下に置くことが出来た。余興だと思って楽しんでくれたまえ」

 

 コカビエルと私達の間を遮るように、こちらの三倍ほどに開きがある体躯をしたケルベロス達が立ち塞がろうとしていた。けれど、私達は慌てることもなく、警戒を途切れないようにするだけ。その理由はハッキリしている。すずかさんと共に、大翔くんの伴侶候補達をまとめる彼女の存在だ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 あったま来た。明らかに不法に冥府から連れ出して、自分の身勝手な戦争に加担させる? アタシだってたいがい身勝手なところはあるし、大翔が絡めば相当無茶も押し通すんだけど……操ってどうのこうのってのは違うでしょうにっ。

 

「小娘。お前一人でこのケルベロス達を相手取るつもりか?」

 

「ふん、余興なんでしょうが。黙って見てなさいっての。あと、祐斗。アンタはその怒りを魔剣の鋭さに変えることに集中してちょうだい。向こうが聖剣を束ねるんだったら、一度破壊すれば目的達成。分かりやすくていいでしょ?」

 

 きょとんとした顔してんじゃないわよ。相手の武器が多少強力になったところで、アンタは総督を始めとして地獄のしごきに耐え抜いてきたんだから、勝つ以外の結果はあり得ないのよ。

 

「怒りのままに動くんじゃなくて、その感情を自分の力にしっかり変えなさい。それがアンタの復讐を果たす一番の近道よ」

 

 さて、この子達は狂化の魔術を掛けられてるっていったところね。実のところ、ギャスパーにはヴァレリーの護衛を兼ねて一緒にナハトが生み出した魔術的な影の中に潜んでもらっているので、停止結界を発動してもらうことが出来るんだけど……。影の中にいると何故か神器の力が高まると言っているし、力の制御もよりやり易いというから、謎が多い神器のようだし、その辺りは大翔とじっくり解析を進めてるみたいね。

 

『ギャスパー。この子達を同時に鎮めるのは難しいと思うから、怪我もさせたくないしフォローはお願いね』

 

『はい、アリサさん。僕も鍛えてもらった成果を、ちゃんとお見せしたいと思います』

 

『ええ、ヴァレリーにいいとこ見せてやりなさいな』

 

『ええっ、ヴァ、ヴァレリーは、そのっ』

 

 念話でのやり取りも終了っと。頑張れ男の子、だ。ま、ヴァレリーがついているし、ギャスパーは問題なくやってくれる。大翔も頷いてくれた。私に任せてくれている。なら、さっさとやるとしますか。

 

「汝の心に平穏を齎せ! 鎮静(カーム)!」

 

 大翔が使える魔術は私もすずかも当然使えるようにしてるのよ。それに私の前でワンちゃん達を操ろうなんて、させるわけがないでしょうに。

 

「ガ、ウ?」

 

 私の目の前にいた子の瞳の色に意思が戻る。まだ操られているこの子の兄弟が異変を感じて動こうとしたものの、ギャスパーがすぐに止めてくれる。

 

「私はアリサ・バニングス。私はあらゆる手を使って、貴方達を元の居場所に戻すことを確約する。もし、約束をたがえるようなら、その牙で私を噛み砕きなさい。ただ、それまでの間は私が仮の主人よ。……理解したのならば、『おすわり』してちょうだい」

 

 聡明な子。三つの顔、六つの瞳がちゃんと私の目を見て、信に値するかを考えている。私はその間、静かにこの子の判断を待ち、この子を見つめ返し続けた。

 

「いい子ね。必ず、貴方の主人の下へ帰してみせるから」

 

 やがて、腰を下ろし、鼻先を私の顔近くまで近づけてきたこの子の顔を順番に撫でていく。唖然とした様子のコカビエルが残るこの子の兄弟の狂化を進める前に、私は手早く鎮静の術式を施し、同じように問いかけてしっかりおすわり出来たこの子達をたっぷり褒めた。

 

「なんだ、なんだこれは、ハハハハハっ! 小僧の連れ添いは神獣クラスをも飼い慣らすビーストテイマーとでもいうのかっ!」

 

「しっつれいね、アンタ。アタシはこの子達にお願いをしただけよ。そして、理性を取り戻したこの子達が受け入れると決めてくれただけ」

 

「「「ガウっ!」」」

 

 アンタは何も分かってないわ、コカビエル。アタシにとってこの子達は家族同様。すずかが猫達を家族と言い切るのと同じ。この子達の主人もたっぷりと愛情を注ぎ、しかるべき行動をしっかり教えている。アタシはその彼らの利発さを認め、寄り添い、仮の主人となることを認めてもらっただけのこと。

 

「仮とはいえ、ケルベロスに自分が主人だと認めさせるアリサは自分がとんでもない規格外って認識してるのかにゃ」

 

「このメンバーでいうなら、私は不得手が少ないだけの突出したものを持たない女よ。だから自分を磨き続けるんじゃない?」

 

 大翔の元に集っている優秀な女性達をまとめられる女になろうっていうんだから、アタシは歩みを止めない大翔やすずかと共に高みへと登り続けるだけ。だから、黒歌。その怪訝そうな顔でアタシを見るのは止めなさいっての。

 

「ふ、ふははははっ。なんということだ、本当に久し振りに腹の底から笑ったぞ。余興が本当に文字通りのものになるとはなっ」

 

 目つきの悪い奴がニタぁってしながら笑うのってほんと悪党そのものよね。コイツの場合は合致してるからいいんだろうけど。

 

「さて、そちらにも随分とエクスカリバーに執着を持つ者がいるようだ。もう一つ余興として……どうだ、この教会の手先どもをこのまま解放する代わりに、その少年とこちらのフリードを一対一で戦わせるというのは。私は手を出さんよ。弱者を嬲っても仕方の無い話だからな」

 

 この世界の教会に属する戦士は天界陣営の末端と聞かされている。こちらとしては他陣営に属する者でしかないから、関係の無い話と一蹴したっていい話。

 

「……グレモリーさん、構いませんか」

 

 だけど、アタシの大好きなアイツは、愛する私達や数少ない同性の友人といった、身内と見做した者にどこまでも甘い。

 

「祐斗が自分の過去と直接折り合いをつけられる二度とない機会よ。それに教会側に恩を売るという意味でもちょうどいいわ。この申し出を受けましょう」

 

「悪魔や堕天使の情け、など……!」

 

「敗者は黙ってましょうか。貴女達の意見など聞いてないのだから」

 

 そして、その枠から外れる無礼者への容赦の無さも。あーあ、あんなフラフラになっている所にアイツも大人げないから、本気で怒気をぶつけてるし。うん、そりゃ膝を着くわよね。

 

「くくっ、相手との実力差を推し量ることも出来ないのも愚かだな。さて、フリード。もう一働きしてもらうぞ。あの魔剣使いを越えなければ、お前はあの紫髪の女への反撃もままならん」

 

 コカビエルが懐から取り出したのは見覚えのある小さなガラス瓶。その中身を飲み干したフリードは狂気に染まった瞳をそのままにすずかを見据えた。厄介よね、悪魔陣営以外の者がフェニックスの涙を所持している。つまり流出の規模はともかく、対立陣営に即効性の万能薬が出回ってるってことじゃない。

 

「……オレッちはこれでも負け知らずだったんですよねぇ、今まで。それが同世代の女に為すすべもなく圧倒された。終わらねぇんですよ、このままじゃあ! 斬り結んで分かったぜぃ……。聖剣使いのこの二人も、あんたにゃ遥か及ばねえ! アンタを斬り刻まなきゃあ、オレは進めねえんですよぉぉおおっ!」

 

「あなたの相手は私じゃない。興味もない」

 

「随分と僕も侮られたものだね。聖剣計画の生き残りである僕は、この日のために剣を磨いてきたんだ……っ!」

 

 すずかが心からどうでもいいという気持ちを前面に出して、祐斗が臨戦態勢に入る。時を同じくして向こうの作業も完了し、大翔の霊刀には及ばずとも……悪魔には充分な致死力を持った一本の聖剣が出来上がっていた。

 

「小僧の霊刀には届かんか。まぁ、七本を束ねてこそのエクスカリバーということだ」

 

「そんな馬鹿な……エクスカリバーがあんな小僧が打ったものに届かないという、のか……!」

 

「バルパー。七本が揃わぬ限り、エクスカリバーは多機能な並の聖剣と変わらん。元の一振りを知っている俺が断言する」

 

「『祝福の聖剣(エクスカリバー・ブレッシング)』を正教会から奪い、『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』を見つけぬ限り、私の悲願は達成されない。そういうことなのか……」

 

 向こうの技術者が落ち込む間にも、フリードは聖剣を手に取り私達の前へと進み出てくる。戦意と殺意を前面に漲らせながら。

 

「バルパーのじいさん。剣は相手をぶった斬れるかどうか、それだけだゼ。んで、こいつはその役割を充分に果たす代物だ。あのいけ好かない悲劇面のイケメンをさっさと斬り捨てて、紫髪の女ぁ! その顔を恐怖に染めながら殺してやるよォ!」

 

「させるわけがないだろ? それに僕がもし君に負けたら、大翔さんがもっと惨たらしい最期を君に与えるだろうさ。それじゃ君が浮かばれないからね。せめて、僕がもう少しマシな最期を与えてあげるよっ!」

 

 祐斗の奴、大翔の性格分かってきてるわね。そんなことを思った先で、二人の剣士は斬り結び始めていた──。




以前と違って、平日はほぼ書く時間が無くなってます。
なので、どうしても週末にガッと書くので、無理やりひり出してる感が。


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第119話 因子の結晶体

難産でしたぁ……。
でも、とにもかくにも更新!


※追記(6/11 0時)
だぁぁぁぁぁぁぁ、全然筆が進まないのぉぉぉぉおほぉぉぉぉぉぉ!(唐突な対魔忍風)

……閑話に逃げたい……。けど、7割は書けた気がするから、あともうちょっと……たぶん。


「アヒャヒャヒャッ! オレッちが悪魔の騎士くんより早く動けて、一撃一撃がくっそ重いと来てる! これが聖剣の力って奴ですよぉ!」

 

 聖剣に関する情報はゲオルクから聴取済。そんなことを言いながら透明化と剣身の長さを自在に変える擬態能力を併用して、すずかのことを狙っているのはお見通しなんだよね。バルディッシュ、光力とかその辺りの流れは抜かりなく補足を宜しくね。

 

『Yes ma'am』

 

 バルディッシュも付き合いが長くなってきて、多少の茶目っ気を解するようになったというか。前はSir呼びだったのにっと、早速来たねっ!

 

「げぇっ! なんで当たり前のように迎撃されてるんですかねぇ、ガッデム!」

 

 金切り音と共に、連撃をバルディッシュで弾いた感覚が手に伝わってくる。なるほど、天閃と夢幻の組合せで、残像に質量を持たせて、連続攻撃を実現しているわけかぁ。

 

「すずか、下手に動かないでね。祐斗も戦いに集中させたいし、お兄ちゃんが変に力を使うような事態は絶対に避けたいから」

 

「うん、任せるよフェイトちゃん」

 

 しかし、向こうのコカビエルという堕天使。なんだろう、人数差を全く意に介していないこの余裕は。向こうの協力者による増援があるというの?

 

「君の相手はこの僕だっ!」

 

「だからぁ、そんな勢いだけの剣で相手にならないって言ってんですよぉ? ほっほっよっと!」

 

 そして、祐斗も感情をうまく力に変え切れていないからか、変な力みから自分の傷ばかりが増える状態になっていた。お兄ちゃんの話を、何を聞いていたの、貴方はっ……!

 

「おお、フリード、素晴らしいぞっ! 剣は武器でしかない、お前の言う通りだっ! 生まれながらの使い手であろうと、人工的であろうと、使い手が聖剣を使いこなせれば、聖剣の輝きは翳ることがないっ! ああ、私がもう少しだけ若ければ、私自身に聖剣を扱える因子を直接移植したものを!」

 

「じーさんには剣術の才能はないでしょうに~。頭脳全振りのクセして、何言ってんですかねえ」

 

「ふははっ、分かっておるわい! そんな夢を見るほどに今のお前は聖剣使いとして相応しいっ! 因子が足りなければ必要なだけ足せばいい、儂の理論を体現しているのがお前なのだ!」

 

「……副作用もあるんですがねぇ」

 

 呟いた言葉はあのバルパーという男には聞こえていないだろう。私も唇の動きで何かを呟いたのは分かったが、駒を抜いている現状、この位置では聞こえない。

 

「因子の取り込みが、身体に害を及ぼすというのか……?」

 

 祐斗の呟き、そしてソーナが念話でそれを補足してくれる。聖剣というかエクスカリバーを扱うには人体に存在する特定の因子が一定値以上必要というのは、ゲオルクなどからの聞き取りで分かっていた。

 

「そういう自分自身を見失って、今も崩れそうな膝を何とか支えているアンタは、聖剣計画の生き残りってとこすか?」

 

 フリードの言葉に、息を整えようとしていた祐斗の動きが固まる。

 

「悪魔になって生き延びて復讐の機会を狙っていた──ってとこか。まー、オレッちも似たような計画の出身ではありますのでぇ、その執念は分からなくはないんですけどもぉ……」

 

 そこで一旦、言葉を止めたフリード。瞳の意思は祐斗を心から見下したものへと変わっている。

 

「無様だぜ、アンタ。聖剣をどうにかする前に、自分の戦い方すら忘れるぐらいに感情が荒ぶるのをどうにかしろよ。余興、前座だからこそ、コカビエルの旦那も動かないんでしょーが。乱戦となったら、そっちの総大将、容赦なく俺ごと聖剣破壊に来るでしょうに。総大将が来なくても、にっくき悪魔の女どもが動くだろうしぃ? ……ああ、うぜぇな、オレっちに干渉するなっての!」

 

 が、フリード自身にも異変が見え隠れしている。まるで、見えない誰かに毒舌を吐くような──。

 

「ああ、副作用ってそういうことなんだね。逆によく自分を保てているもんだと思うけど」

 

「お姉ちゃん?」

 

「……おいで。君達は、彼に声を届けたくて、必死なんでしょう?」

 

『大丈夫。私達には貴方達の願いを伝えられる、その力があるから』

 

「ぬぉっ!?」

 

 アリシアお姉ちゃんと紗月お姉ちゃん、二人による誰かへの呼びかけ。その途端、バルパーの懐から光り輝く結晶体が飛び出して、一直線にお姉ちゃんの下へと飛び込んでいく。同時にお姉ちゃんは結界をもう一重展開し、バルパーとコカビエル、フリードの間を隔離してしまった。

 

「これくらいはいいよね、コカビエルさん。余興なんでしょう、あくまで」

 

「ふん、俺が力を見せればすぐに壊せる程度の結界を張って、何を見せようとするのか」

 

「変に干渉されるのも癪だからね。……黒歌、白音。少し、お願い。視界と音は向こうに届くままにしておいて。私はこちらに集中するから」

 

 黒歌や白音の手によって結界の強度は一気に強化されて、コカビエルの顔が苦々しげに歪む。壊すにも手間がかかるほどのものに瞬時に補強されたのだから。

 

「アリシアさん、紗月さん、御手伝い致しますね。大翔さんぐらいとはいきませんが、私も補助ぐらいは務められますので」

 

 お兄ちゃんやすずかはいつものごとく別にしても、補助や回復系統に適性の高いカリムは元々の信心深さもあってなのか、朱璃さんが体系化したお姉ちゃんの力──霊的存在への接触や干渉能力についても適性が高かった。

 

『謙遜する必要ないよ、カリム』

 

「そーそー、カリムさんなら安心してお願いできるしね」

 

 二人は祐斗とフリードの傍まで歩いていき、結晶体をそっと祐斗の手に持たせるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

『聞こえるかい、イザイヤ──』

 

『ああ、良かった。やっと声を届けられる──』

 

「これは一体──」

 

 手に持たされた淡い光を放つ結晶体から懐かしい声が聞こえてくる。二度と聞けない筈のみんなの声が。

 

「さってと、フリードくんもちっとだけジッとする。憂いなく全力を奮いたいんでしょ? 幸い、キミの体内の因子はキミを乗っ取るために干渉してるわけじゃないし、ちっとだけ時間分けてあげなさいな。それが終われば、因子の力だけが君の内に残るからさ」

 

「そんなの信じられるわけが──」

 

「嘘ついたんだったら斬っていいからさ。私にしても憂いのない祐斗くんの本気が見たいわけで。だから、今は息を整えときなよ」

 

 そう言って、カリムさんは僕に、そしてアリシアさんはフリードになんと回復魔法を掛けた。その行為に部長が抗議の声を上げたけれど、でも、僕はそれどころじゃなかった。僕が二度と会えなくなったあの日以来の、死に別れたはずの皆の声が聞こえる。

 

「ちっ、フェニックスの涙の真似事が出来るっておっそろしい力ですがぁ……なぁに考えてやがるんですかねぇ、アンタ。機会の平等でも謳うつもりですかぁ?」

 

「傷は負ってないけど疲労ぐらいは取れるでしょ。それに『既に身体を失った子達』の因子を取り込んでるキミにも声は聞こえているはずだよ」

 

「ああ、聞こえてるゼ。遺伝子操作やら身体に色んな薬物とかも突っ込まれても、聖剣を扱えるほどの適性を持てずに因子を抜かれるだけ抜かれて毒ガス処理された、弱い連中の声がね……くたばってもなお、生き残ったソイツのことを心配してやがる……とんだお人好しの連中だ。想いだけで強くなれりゃ苦労はしねぇ……力は、絶対に必要なんだ」

 

『フリード。君の言う通り、苦難を振り払うための力は必要かもしれない』

 

『僕達は力がなかったため、因子を抜かれて、今こうして残った意思ごと君に取り込まれている』

 

『神様なんてクソ食らえ、何度も思ったさ。いつまで僕達の意思が持つが分からなかったけど、それでも伝えたいことがあった。そして間に合ったんだ、それを助けてくれる死霊魔術師に出会えたことで』

 

『良い死霊魔術師って初めてだけどね! でも、こんなチャンスは二度と無いから』

 

 みんなの笑う声が聞こえる。ああ、僕は、僕はね、みんなと一緒にいられればそれで良かったんだよ。

 

『イザイヤ、ごめん。一緒にいてあげられなくてごめんね』

 

『キミはもう君のために生きていいんだ』

 

『私達の分まで生きて、色んなことを知って、見て、感じて欲しいの』

 

 そんなことを言ってもらえる資格は僕にはないよ。君達が逃がしてくれたお陰で、僕だけが、僕だけが生き残ってしまった。でも、僕は、僕はほんとは皆と一緒に──。

 

「そんなに死にてーのなら、いっそ一振りで首を刎ねてやるよ。命懸けで逃がした奴が生きる意思が無いってなら、せめてスッパリ殺してやるのがせめてもの優しさってもんだ。大人しくしてれば、痛みを感じさせない内に終わらせてやる。それぐらいの慈悲ってもんはオレッちにもある。これじゃ、因子になったこいつ等も浮かばれねえ」

 

『……フリード』

 

「同情なんていらねえ。オレッちはこのまま負けたままで終われねえんだよ。ちょーしに乗ってたオレに徹底的な敗北を味合わせておいて、こっちの面すらマトモに見ようともしない、あの紫髪のいけ好かねえ女の表情を歪ませてやるまで止まれねえんですよぉ……!」

 

「あー、うん。すずかのあの他者認識については、ごめんとしか。あの子も歪んじゃってるからねぇ……」

 

「……歪んでいようが、奴さんには力がある。理不尽に組み伏せられないための力がよぉ……力がなけりゃ、歯向かうことすら出来ねえ」

 

『フリード、憎しみだけじゃ、生きていけないよ』

 

「うるせえ、とっとと意思をかき消してオレッちの力になれっての。オレッちはあの壁を越えなけりゃ先に行けねぇってんですよ。おい、悪魔くんよ。いらねえなら、その因子を寄こせ。オレはコイツらの想いを食い尽くして、もっと強くならなきゃいけねえんだ」

 

『僕達は因子の所持者に問いかけることは出来ても、乗っ取るような力は無い。それに、少しずつ意思が薄れていくのが分かるんだ……』

 

『ただ、僕等はあの酷い計画から生き残った君達に生きていてほしい。それだけなんだ』

 

「ちっ、勝手にオレッちの記憶を覗くなっての」

 

 この結晶を、仲間達の想いを、僕も消えてフリードに渡してしまう? それで、それでいいのか?

 

『僕達の想いは一つ。君達の力になりたい──理不尽なあの計画から生き残った君達の──』

 

「祐斗くん、どうする? カリムと私のサポートがあっても、そろそろ彼らの意思が具現化しているのも限界だよ」

 

 タイムリミット。それを告げるアリシアさんの声。それでも決め切れない僕は、急に顔をつかむ誰かの手に振り向かされて、突然の痛みが頭に響いたんだ……!

 

「いづっ……意外に石頭なのな、お前」

 

「っ……イ、イッセー君?」

 

「木場ぁ、お前は仲間の想いも受け止められない小っさい奴だったのか? 違うだろ!」

 

 僕に突然の痛みを与えた張本人、頭突きを入れてきたイッセー君はとても怒っていた。同時にものすごく悲しそうな目もしていて、僕はその理由が分からなかった。

 

「結界の中含めたら、曲がりなりにも、結構な時間、お前とは一緒にやってきた! お前は思いやりがあって、外もイケメンの癖に中までイケメンで最初は腹も立つぐらいだった。そんなお前が何をふて腐れてんだ! 生きろよ! 託されてんだろ! いつものお前みたいに、『それが僕の役割だね』みたいにカッコよく決めてみろよ! 何も残せずに消える前に、お前の力に変わりたいって言ってんだろ! 汲んでやれよ! お前にしかできないことだろうが、なあ!」

 

 こっちの肩を強く揺さぶりながら、今にも泣き出しそうなイッセー君。どうして君が、そんなに。

 

「お前にどんな過去があるのかっ、オレは確かに今まで知らなかった! 今だって完全には分かっちゃいねえ! でも、お前は仲間の中で唯一生き残って、魂だけになっちまった仲間がお前に想いを預けたいんだろ? 必死に生きてくれって訴えてんじゃねえか、最後の力を振り絞ってよぉ! そういうの全部飲み込んで、一緒に大翔さんの背中を追っかけるんじゃないのかよっ」

 

 大翔さんを中心として、ヴァーリくんや元士郎くん、僕と一緒に切磋琢磨する日々は厳しくも楽しくて充実していて、そんな中で僕に強い友情を感じていたとイッセー君は訴えてくれていた。おっぱいが大好きなのには変わりなくても、男同士で馬鹿なことをしたり、一緒にラーメンを食べに行ってみたり、そんなことがどうしようもなく楽しかったんだと。

 

「祐斗、貴方は私の騎士よっ。勝手にその命の終わりを定めるなんて、許さないわ、絶対!」

 

 僕の命を拾い上げてくれた、許さないと言いながら、涙を堪える泣き顔の部長が叫んでいる。

 

「祐斗さんっ、私はこれからもイッセーさんや祐斗さん達と一緒に部長さんの眷属でいたいです!」

 

 回復役兼補助魔術の使い手として実力をつけてきているアーシアさん。ただ、彼女の根っこにある他者への慈愛は変わることが無く、それは僕にも確かに向けられていた。

 

「恋人に捨てられた弱い女みたいなこと言うのもその辺にしておきましょう、祐斗先輩。股の間にぶら下げてる男の象徴はどこかに落としてきたんですか?」

 

 身も蓋もない辛辣な言い方をする小猫ちゃん。フリードからですら『あの銀髪ねーちゃん容赦ない』と呟く声が聞こえる。ただ、声に乗せられた感情がよく覚えのあるものだから、僕は誤解することはない。

 

「立つべき時ですよ、祐斗くん。今の貴方はリアスの騎士。過去の出来事は嬉しいことも悲しいことも全て貴方だけのものですけれど、貴方が生きる今この時は、王のために忠義を尽くす騎士の役割を果たす時です──信じていますからね、うふふ」

 

 副部長は部長以上に厳しい一面を持つ人だった。部長同様、内面に深い情愛を持っている女性だけど、部長がどうしても僕等に甘い一面が出やすい分、副部長は引き締め役を担っていた。

 

「お前も厄介なもん抱えてるみたいだけどさ、これからも切磋琢磨していくんだろ。腹括ろうぜ、祐斗」

 

 元士郎くんや会長達も、アリサさん達もそれぞれに声をかけてくれたり、目を合わせて頷いてくれた。そして──。

 

「祐斗。お前もここで止まるような奴じゃ、ないだろう?」

 

 信じてくれていることを雄弁に示す、大翔さんの笑顔を見て、僕は、僕は──。




フリード書くのむずい。祐斗が思った以上に吹っ切れるように動いてくれません。うごご。。。。。。


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第120話 双覇の聖魔剣

 みんなにそれぞれの思いを投げかけられた祐斗は静かに瞳を閉じて、手の中にある結晶体へと声を掛ける。その声色は先程から思えば、信じられないぐらいに穏やかで落ち着いた色合いを持っていた。

 

「みんな、こんな僕だけど──力を貸してくれるかい」

 

『もちろんだよ、イザイヤ!』

 

『僕達は──いつまでも一緒だよ』

 

「ありがとう。見ていてくれ、僕の戦いを」

 

 受け入れることを決意した祐斗の問いかけに、最後にそんな言葉を残してから、因子の結晶体が祐斗の体の中へと吸い込まれていく。フリードもその間も手は出すことなくその様子を見守りながら、軽く身体をほぐすに留めていた。

 

「部長や大翔さん達の前で、随分と情けないところを見せてしまった。君の言う通り、僕は……力も覚悟も足りてなかったんだな。だが、やっと覚悟は定まった」

 

「どんだけ自覚するのに時間かかってるって話っすよぉ? 待ってる間にこのトランジスタグラマなお嬢さんを人質に取るなり、後ろからサクッと殺る余裕もあったんですから」

 

 紗月に目線を飛ばしながら、やった瞬間知覚出来ない早さで殺されるのが見えてるからやらなかっただけ──とフリードは言う。確かに非常に正しい判断だろう。攻撃した瞬間、複数持たせているアクセサリーの防御魔術が自動発動するので、それとせめぎ合ってる間に、フェイトやすずかといった高速戦闘を得意とする者が、人知を超える速度でその身を断ち切る。そして、俺が輪廻の輪から完全に外れるように、魂への呪いを練り込むまでが一連の流れだ。

 まぁ、今表に出ている紗月にせよ、裏でフォローしているアリシアにせよ、多分そうなれば躊躇なく急所攻撃すると思うので、そっちの方がより酷い惨状になるかもしれない。

 

 なお、みんなに持たせている護身用のアクセサリーは細かい頻度で改良を重ねている。オーフィスの力とかを見せてもらうようになってから、より強大な力に攻撃されたとしても一秒でも二秒でも耐えられるようにと。皆の安全に直結することだから、妥協は一切許されないのだから。

 

「次は力を見せるよ、僕の本来の戦い方でね。ありがとうございます、アリシアさん、グラシアさん。あとは下がって見ていてください」

 

 そう言って、アリシアとカリムを庇うような位置に歩を進めた祐斗が手に発現させたのは、一振りの聖剣。無銘なれど、彼の仲間の想いが込められている一振りがそこにはあった。

 

「祐斗に宿る神器が『魔剣創造』だけではなく、『聖剣創造』の力を得たというの──?」

 

 信じられないことが起きていると言わんばかりのグレモリーさんの呟きが聞こえたが、アザゼルさん曰く神器は未知の領域が多く、これまで例のない進化を遂げることも珍しくないのだそうだ。所有者の成長に伴い神器が進化するのなら──祐斗は一段、確かに高みへと登ったのだろう。

 

「僕はリアス・グレモリー眷属、騎士の木場祐斗だ。ただ、僕がイザイヤであった頃に傍にいてくれた皆が、僕に新しく聖剣を振るう力をくれた。そして──」

 

 もう一方の手に出現させた魔剣と、聖剣の刃を合わせるようにすれば、光が二本の剣を包むように広がり──。

 

「……『聖剣創造』の力だけじゃなく、さらに禁手に至りやがりましたか。それも聖剣と魔剣を合わせるたぁねぇ。よっぽど、アンタのかつてのお仲間はアンタが心配でしょうがねぇらしい」

 

 そこにあったのは聖と魔の力両方を内包する一筋の剣。白と黒、光と闇が同居する、不思議な一振りが祐斗の手に握られていた。驚きの声はグレモリーさんだけでなくソーナ達からも上がるのを聞いて、祐斗がこれまでの常識をひっくり返すようなことをしてみせたのだろうと推測したものの、友人としては誇らしいという思いが湧き上がる。彼がここで止まってしまう男じゃないと信じていたけれど、その方向性が変に歪んだ方向へと向かわなかったことにはホッとしている自分もいた。

 

「過去なんかじゃない。彼らはこれからいつも僕と共にある。声は届かなくても、その温かさは僕の中で息づいているさ」

 

「そうでやがりましたねぇ、けっ」

 

「ありえん、そんなことはあり得ん! 聖と魔を融合するなど、あってはならんこと──!」

 

「……じいさん、うるせぇよ。黙ってろ。現実を見ずに目の前に起こってることから逃避したけりゃ、自分の腸ん中だけでしてろっての」

 

 闘気と共に叩きつけられたフリードの言葉に、非戦闘者のあの老司祭はすぐに怯えた表情となり黙りこくってしまう。蔑むような歪んだ笑みは鳴りを潜め、ギラギラとした鋭い目つきが祐斗を真っ直ぐに捉えていた。

 

「あいつ等はオレッちにも余計なことをして、より聖剣の力を引き出しやすくしていったみたいですがぁ……その剣なら、容易く折れるってことは無さそうだなぁ?」

 

「魔剣創造の禁手『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』。仲間のお陰で至ったこの力で、改めて君のお相手をさせてもらうよ」

 

 踏み込んだのはどちらからだったのか。幾重もの剣戟がぶつかり合う鈍い音が何重にも響き渡り、互いの死角、あるいは剣戟の隙を突こうと、または渾身の一撃で防御ごと叩き潰そうと、二人の姿がぶれ続けるような速度で動き回る。

 僅かに避け切れなかった剣が、互いの頬、肩、腕、胴体、足へと複数もの切り傷を生み出していく。それでも、二人の速度は少しも落ちることは無かった。

 

「ふぅっ。……聖剣での攻撃だ、悪魔のアンタにゃ激痛が走ってるはずじゃないんですかぁ? オレッちとしてはそれぐらいやってくれた方が斬り甲斐があるってもんですがねぇ!」

 

「ああ、鋭く刺されたような痛みが続いているよっ。だけど、先程までの不甲斐なさや自分への怒りと比べれば──この程度の痛み、クソ食らえだからさっ!」

 

 鍔迫り合いの間にも互いの意地をぶつけ合い、二人の剣はより鋭さと速さを増していく。恭也さんが鍛えてくれた目をしっかり凝らさなければ、見逃してしまうほどに。

 

「……ほぅ? 手負いというのに、感じる力がより高まるとは……」

 

 コカビエルから感心したような言葉が聞こえてくる中、二人の剣戟は早さと鋭さがさらに増していく──! 見る力を意図的に鍛えていなければ、悪魔の力による身体能力の底上げだけじゃ、そろそろ追えなくなっている子もいるかもしれない。俺自身も位置取りを変えつつ、アリサやすずか、元士郎達、動きが見えている前衛組に念話を飛ばして、力がぶつかり合った時に発生する余波を避けられない可能性のある子達をそれとなく庇うような位置へと動いてもらう。

 ただ、白音? イッセー君を庇うような位置に動くのは、本人もショック受けてるみたいだよ。グレモリーさんについた朱乃が苦笑いしてるもの。見えてないでしょう、って言われたら落ち込んじゃったようけど。

 

「それでこそ、狩る意義があるってもんだぁ! ついてこいよ、悪魔くぅんんんんんっ!」

 

「君こそっ、人の身体の限界を超える早さでいつまで動けるのかなっ!」

 

「てめえをぶった斬るまでですよぉおおっ!」

 

「それなら、君が動けなくなる前に決着をつけてあげようっ!」

 

 雄叫びと共に、裂帛の剣閃が幾重も舞い、激しく火花を散らす。圧倒的な熱量。聖剣の力を引き出すことに慣れ始めた二人の剣は強く光を帯び、広がる光が二人を包み込んでいく。

 

「馬鹿、な……狂信者と悪魔がなぜ聖剣の力をあそこまで引き出せると、いうのだ……信心などない彼らが」

 

「聖剣だから魔剣だから、そんなものは関係ない。扱うのに必要な最低限の素養を持てば、剣の力をいかに引きだせるかは、本人の技量次第。善も悪もない。本人が己の才能をどこまで磨き、そのための努力をどこまで積み上げたか。その点において、奴等は剣士としての才があり、また努力も重ねてきた。それだけのことだ」

 

 緑のメッシュが入った青髪の教会の女戦士──レオタード姿だとはしゃいでいたイッセー君は当たり前のようなグレモリーさんの折檻を食らっていたが──は辛うじて意識を保っていたのだろう。目の前の光景に強い衝撃を受けてどこか悲痛な想いすら漂わせながら呟いた声を、フリードがあの老司祭を言葉の刃で斬って捨てたように、同じようにコカビエルが彼女の無知を詰るように言葉を吐き捨てる。

 

「そもそもだ。剣の力を引き出せたのは奴等の技量によるものだが、あの悪魔の剣を見ろ。妙だとは思わんのか? 聖と魔が一つの剣として力が合わさることが、元来強く反発し合うものが何故一つになり得る? 教会の指示が絶対なのだとキリングマシーンに成り果てて、自立思考を半ば投げ捨てているお前達には思い至らないことであろうがな」

 

「何が、言いたい……っ、大罪人コガビエルっ」

 

「そうか、そういうことか。悪魔も魔力を持たぬ者が生まれたり、逆に逸脱した力を持つ者が現れたり、既に元来の流れから外れているではないかっ。これはつまり……ひぃっ!?」

 

「バルパー、余計なことは言うなよ? お前の聡明さは認めているが、余計な一言は身を滅ぼす。今はこの娘への問答中だ」

 

 バルパーが何に気づいたのかは気に掛かるが、それよりも今は祐斗の戦いだった。本来の技量と速度を持って戦える状態となった祐斗と聖剣の力を十全に引き出すフリードの力は互角。ただ、時間の経過と共に徐々に祐斗の振るった剣がフリードを切り裂く回数が増えつつあった。それは祐斗が戦いの中で禁手に至った新たな剣に馴染んでいったこともあるけど──。

 

「……なぜ、剣を止めるんですかねぇ」

 

「君の反応速度が落ちてきてる。技量は君のほうが上だろうに、惜しいね、種族差ゆえの体力だけはどうしようもない。僕だって徹底的に自分を苛め抜いてきたから、体力にはこれでもまだ余裕があるんだ。ああ、これは情けでも何でもないよ、言っておくけど。散々僕を罵ってくれたというのに、不甲斐ない君を斬るのは意味がないから」

 

 一呼吸置きながら、祐斗は分かり易い挑発をしてみせる。瞳に荒々しい戦意を漲らせて、唇の両端を吊り上げて獰猛に笑い、らしくない言葉遣いでフリードを炊きつけようとする。

 

「いい加減、そろそろケリをつけるとするさ。『お前』が全力を出せるうちにその腕や足を使いものにならないようにしてやる。剣士として二度と戦えないように。だから……死ぬ気で足掻いてくれよ?」

 

「カカカカカ……似合わないぜ、イケメンの悪魔くぅん。その口ぶり、慣れてないのが丸分かりだぜぇ……だからよぉ……その茹だった脳味噌詰まった頭、胴体と永遠にバイバイ、させてやるぜぇ?」

 

「言ってろよ、出来もしないくせにさ」

 

「てめぇこそ、嘘吐きは悪魔の常套句ってなぁ。さぁて、じゃあ俺も禁断の手使うとするかねぇ? どうせもう長く戦える余力もないことですしぃ、もうちょっと身体が壊れても一緒だってねぇ!」

 

「禁断……?」

 

「なぁに、ちっと人の身から外れるってぐらいのもんでよぉ。ただ、正直使いこなし切れて無いのが実情でね、さらに制限時間アリアリっていうパワーアップアイテムなんですがぁ、ただ、お前ぐらいは瞬殺出来るぜ?」

 

 そう言ったフリードが手に持ったのは一枚の鱗だ。すぐに分かった、それから感じる力はオーフィスと同一のもの……! 今回の一件、カテレアさんが言っていたように禍の団が裏で動いているとは聞いていたけど、オーフィスが残した蛇の一部をコカビエル達にも渡していたということか。

 

「フリード、お前は俺の心を十分に滾らせてくれた。そろそろ代わっても構わんのだぞ」

 

「それこそジョーダンきついぜ、コカビエルのおっさん。ただ、悪いけど俺が完全に自意識ぶっ飛んだら殺してくれや。倒せた後にそのまま暴走しかねないからよぉ?」

 

「いや、取り込んだ瞬間、即座に存在ごと消し去ってやるといった熱い視線が飛んできているからな」

 

「悪いことは言わないからその鱗を使うのだけは、僕もお勧めしないかな……って」

 

「なんだあ、イケメン悪魔くんまで日和っ……ぐっ……!?」

 

 周りの声は黙殺して二人の間へと割り込んでいくと同時に、躊躇無く力を解放する。二対の悪魔の羽、同じく二対の堕天使の翼。そして、それを覆うような大きさとなった一対の龍の翼を広げ、俺はコカビエル達を見据えた。

 

 身体的疲労や流した血の多さから、力の解放に伴う威圧に耐えきれなかったと思われるフリードは膝をついてしまっていた。意識を失わないのは流石というべきなのか。なお、この威圧はコカビエルやフリード達にだけ向けている。オーフィスの力は暴れん坊、いや、やんちゃ娘というべきなのか? ともかく、かなりのじゃじゃ馬なので、力の解放も取り込んだ内の一部だけに留めている。『もっと我の力を使え』と力自体が意思を持っているようなもので、今も宥めながらの解放だ。

 例えるならそうだな、オーフィスの無邪気なワガママを聞く感覚に似てるか。全部解放したら一緒に遊んだり抱き締めたり寝てくれる相手もまとめていなくなるし、つまらない日常に後戻りだよと頭を撫でながら語りかけるようなもの。この力も気質がオーフィス個人と似てるから、ちゃんと向き合えば分かってくれる。

 

「ククククク……そうか、貴様はオーフィスの力すらも我が物にしているのか。身体が強張り恐怖に動けなくなるほどのあの力、その一端がお前から感じられる」

 

「全てを解放したわけじゃないけどね。決闘に水を差すのはどうかとは思うけど、その力を使うというのなら見過ごしておけない」

 

「くそったれ……慢心しない人外なんて、ゴキブリ並みに性質が悪いつーの……!」

 

 オーフィスの加護──彼女が俺達に力を貸すという意思を明確にし、日々を共に過ごす中で、彼女が俺に無意識に託してくれた権限めいたものがある。

 

「まだまだ自分のモノに出来たとは言いがたいけれど、あの子から託された力を預かる俺は、彼女の力の欠片を見つけたら回収をお願いされている身なんでね」

 

 俺が魔力と共に取り入れたオーフィスの力を少しだけ解放すれば、フリードの手元にあった鱗は彼の手を弾きながら俺の手元へと舞い込んで来る。そして、俺の肩にオーフィスと出会った日から共にある分体の蛇が姿を見せて、その鱗を一呑みしてみせた。




長らくお待たせ致しました。
って、更新の度に書いてる気が……。

戦闘描写ホント苦手なのがほんともう……。(語彙崩壊)
ハーメルンの他作者さんの描写をたくさん見ても、
自分の作品に落としこめる技量が無いという致命的な話。

それならD×D題材にするなって話ですよねぇ、ハハハハ(乾いた笑い)
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朱乃さんは姫島の炎を織り交ぜた雷光を放った!

コカビエルは黒焦げの消し炭になった!

勝った!エクスカリバー編、完!
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って、三行描写なのは流石にどうなんだって流石に思うわけで。うーむ。


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第  話 運命を冠する魔導師に秘された本能

数年ぶりのリハビリ。お久しぶりです。生きてました。

とあるPixivの掲載イラストに触発されて。


 うん、繰り返し夢で見たんだよ。

 

 別世界線の私、執務官として犯罪組織に突入した時に囚われてしまって、催眠誘導と悦楽の合わせ技で堕ちちゃったんだよね。感度が跳ね上がる薬とか、子宮がずっと疼き続けるような淫紋を刻まれたりして。痛みには強かった私も、気持ちいいって感覚への耐性はなかったんだ。痛みには歯を食いしばることが出来ても、快感に反発せず、けれど受け入れずにそのまま流すなんて特殊な訓練も受けていない私が出来るわけもなくて。長く耐えられることはなかったんだよね。

 

 うん、今の私はお兄ちゃん……ううん、ご主人様に教えてもらって、そういう責め方があるというのを学んでるから、そういう女の子の堕とし方もあるって知ってるけど、当然、執務官の私が知るわけも無いし。まして、私が支配されることを悦びに感じる性質だなんて、自覚もなかったもん。

 え? 別世界線といっても、私だよ? 男女間のそういう行為に詳しいなら、それはもう別人じゃないかな。

 

 ああ、それでね? 管理官の頃の記憶をぼやけさせられて、一時的な記憶喪失みたいな状態になって、犯罪組織の裏賭博場の給仕役をしながら公開調教という見せ物で、その調教師に舞台で客の前で毎日犯されて。

 でも、その私、羞恥心は感じても、逃げようとは考えなかった。その調教師に植え付けられた、疑似的な恋愛感情をしっかりと自分のモノに作り変えていったんだ。

 悦楽を繰り返し繰り返し教え込まれて、淫紋でその感覚をずっと感じ続けるようにされて、その気持ち良さを与えてくれるのは、調教師という目の前のご主人様だと、茹った思考に丁寧に何度も何度も刷り込まれてた、そんな洗脳めいた感情を植え付けられたのに、どんどん自分の本当の感情だと思い込んで上書きしていったんだよ。

 

 執務官でもない、優秀な魔導師でもない、ただのフェイトを求める──それが身体という形であっても、肩書きや私の背景を関係なく求める調教師に、絆されて。

 

 うん、相談したあとに一緒に夢で見てもらったように、その調教師も向こうの私に執着しちゃったんだね。だから、催眠の深化がまだ進んでないとか色んな理由をつけて、見せ物にしても自分以外には決して抱かせないし、避妊魔法もしっかり施してるし。仕事が終われば、二人の部屋でゆっくりお風呂に入って、ご飯を食べて、肌や髪の手入れをして。

 そうそう、女の子の身体の手入れにとても詳しくて。まるで恋人や娘のフォローをしてるみたいに丁寧で。髪のことなんて、向こうの私、全部任せちゃってたもんね。そのギャップにもやられてたよね。

 

 そんなどころ詰めの甘い催眠だから、徐々に管理局の頃の記憶を思い出したんだけど、あちらの私はもう離れられなくなっていて。2-3ヵ月経った頃だっけ、なのはが助けに来た時には逆に罠に嵌めて、完全に関係性を断つような発言をしてたね。

 

『ちゃんと全部覚えてるよ。その上で私はご主人さまの雌奴隷で孕み袋として、これから幸せに生きていくの。管理局なんてもう関係ないし、邪魔をするなら容赦しないよ?』

 

 魔力に反応して桃色に発光する、下腹部に刻まれた淫紋を愛おしげに撫でながら、膝をついたなのはを見下ろす、向こうの私の瞳は──うん、嗚呼、やっぱり私は私だなって思ったよ。

 

 唖然としていた調教師と一緒に記憶操作しつつ、なのはを自分と同じく、悦楽の虜に堕として後催眠をかけて、管理局内の埋伏として逆に送り込んで。完全に主導してたもんね。

 

 ただ一人の男性に求められて、その人にずっと従い尽くしていく生き方が、自分にとって一番しっくりくる生き方だなんて、そんな簡単に分からないし、気付いても自分で飲み込めないよね。

 男の人に支配されるのが幸せと感じるのを自分で認めるのはとても怖いことだし、それに変な男性に囚われたとしても、自分で抜け出せない可能性も高いわけだから。

 

 ただ、どんな因果か、私と向こうの私は夢を通して互いに共鳴し合って、この生き方が自分に違和感なくハマって、それでいて幸せでいられると理解することが出来た。あ、私は既に教えてもらったことを再学習した感じかな。すずかやカリム、朱乃みたいにライバルでお手本になる相手はたくさんいるわけだし。

 向こうの私もこっちの私を見て驚きはしていたけど、ご主人様であるお兄ちゃんのことを知ったら、すぐに納得していたからね。

 

 その点、今の私も向こうの私も、ものすごく幸運だったんだよ。ふふふ、これからも、生まれ変わった先もずっと私は傍にいるからね。お兄ちゃんをずっと支えていくのが、私の幸せなんだから……。




拙者、承認欲求を燻らせている子が立場など関係なく自分の存在そのものを求められて、ずぶずぶに男に悦んで堕ちていくの大好き侍。利用しようとしていた男も絆されて、共依存になっていくのも、またあはれなり。


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