よくある転生モノを書きたかった! (卯月ゆう)
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神様転生なんかに負けない!→神様には勝てなかったよ

ところどころ誤字ってたので修正
ルビ振りが機能してない…中身長すぎたかな? PCのリアルタイムプレビューでは振れてるのを確認したんですけどね。
修正可能になり次第修正します
→ルビ振り修正しました。
これからもこんなメタいルビつきの意味不明テンションでお送りする予定です。


 夏真っ盛りな8月半ば、朝早く家を出て最寄り駅からりんかい線の始発電車に飛び乗った私はとある場所に降り立った。

 薄っすらと明るくなる空の下、駅から見える建物に向かい歩く人の波。そう、まだ朝の5時過ぎだというのに人の波である。

 今日は有明がもっとも暑くなる日の一つ、夏コミ2日目だ。

「やってきたぞ有明!」などと叫ぶこともせずにひたすら波に乗ってビッグサイトへと近づいていく。始発電車で来たというのに早くも待機列は数百メートル、開場までの時間も合わせれば6時間待ちといったところか。

 女は待機列に並ぶと今日の予定を頭のなかでシミュレーションする。まずは東館、お目当てのサークルの新作を5箇所で入手。そして西館の企業ブースで先行販売されるグッズを手に入れる。予想される出費額は3万円。なに、大したことはない。そして一通りの用がすんだところでもう一度東館へ戻り表紙買いする。完璧なプランだ。

 

「あっつぅ……」

 

 だがいかんせんこの暑さ。日が昇りつつあるがそれでもすでに暑い。人口密度の高さもその理由の一つだろうが、今日は猛暑日が予想されており、早くもスタッフが洒落の聞いた言葉で水分補給を促している。

 首元に伸びるチューブを加え、少し噛んでから吸うとぬるくなったスポーツドリンクが流れこむ。以前、登山が流行った際に買ったバックパックがこんなところで役に立つとは買った本人も思っていなかった。周囲の人々から「なるほど、あんな手が」というふうな目をちらりと向けられつつも数時間後に控えた戦争に向け、折りたたみ椅子を広げて英気を養うことにしたのだった。

 

 

 だが、女を次に迎えたのは一面の白い世界。

 

 

「なんだここ。メンタルとタイムのルーム(精神と時の部屋)?」

「うぉっほん」

 

 突然、おじさん臭い咳払いとともにふと人の気配がした。

 振り返れば白い服に紫の髪、赤い縁のメガネの女性が立って、いや、微妙に足がついてないから浮いている? まぁ、とりあえずそんな感じだ。

 なんとなくパ○ュリーっぽいなぁ、キレイなレイヤーさんだなぁ、なんてことを考えていたらレイヤーさん(仮)から話しかけられた。

 

 

「えっと、よろしい?」

「あっ、はいっ!」

「あなたは坂下絵美さんであってらっしゃる?」

「はい。そうですけど、ここは一体? まさか熱中症で倒れて病院とか?」

「あぁ、それなのですけど。ココはいわゆる天界、神の間みたいなものかしら」

 

 レイヤーさん(仮)はそんな厨二っぽいことをさらっと言い放つ。すごいなぁ、神の間ってことは女神様? なんてビジュアルとマッチしたキャラ設定だろうか。後で写真を取らせてもらおう。

 まだ自体を飲み込めず、とりあえずコミケ的に解釈した私に向けてレイヤーさん(仮)は私の考えを見透かしたようにさらに言葉を続けた。

 

 

「残念ながら私はコスプレイヤーではないの。まぁ、大きなくくりだと女神ね。そう、女神」

「大事なことなので二回言いました」

「えっと、冗談ではないのよ? あなた、こういうの好きでしょう?」

「こういうの、と言うと?」

「こう、神様にアニメの世界に転生させられた主人公が頑張る物語」

「あぁ! 確かに! いやぁ、わかってるなぁ、さすが女神様、えっ!? 女神様!?」

 

 ここでやっと私の残業明けでヘロヘロになった思考力がついてきた。端的にまとめてしまえばこんな感じだろう。

 

   何らかの理由で私死亡\(^o^)/

     ↓

   神様に呼び出し食らう

     ↓

   転生! いざ主人公生活!

 

 なんてありきたりな神様転生モノだろうか。ただ、その前提条件である私の死亡はまだ確認していない。さっきまで夏コミの待機列に居たはずで、そんな簡単に死ぬわけがないだろう。

 この前受けた健康診断でも「健康そのもの、素晴らしいね?」とカエル顔の主治医に言われたばかりだし、酒もタバコもやらないから……そこに再び女神様が口を出す。コレで確信に変わった。考えが読めるな、貴様っ!

 

 

「私を悪役的にするのやめていただけないかしら? ひとまずその解釈であってるわ。ただ、転生はしても主人公じゃないわ。それと、あなたの死因、聞きたい?」

「え、ええ」

「圧死よ」

「は?」

「圧死。あなた、人に踏まれて死んでしまったの。もっと細かく言えば、熱中症で倒れた所で列が動き出したみたいね。それで運悪く……」

「…………」

 

 我ながらなんて情けない死に方だろうか。我が宝物は直ぐ目の前だったというのに、おお勇者よ、死んでしまうとは情けない!

 

 

「帰ってきてね。それで、だけれど、転生先はもう決まっているの。それによくある特典も授けるわ」

「それで、転生先というのは?」

「あなたは少し興味が薄いかもしれないわね。インフィニット・ストラトスよ」

「シャルラウですね、分かります」

「私にはわからないけれど。知っていたようで何よりだわ。さて、ここからお約束の神様特典ね。能力でも即物的なものでも、なんでも3つまで、ね?」

「3つも! こういう転生モノだと1つが普通なのに!」

 

 おお、メタいメタい。だが、この先をよくよく(プロットを考えてないから)考えて選ばなければならない(後々困るかもしれない)だろう。ISといえば女しか動かせないパワードスーツを男の子が動かしてハーレムを作るストーリーだ。その中でわたしが介入しても違和感なく終わらなければ……(原作何巻まで進めようか)って、原作終わって無くね? やべぇよ・・・やべぇよ・・・

 だけれど、私も腐ってもアニオタ、二次創作SSも散々読んだ。こういう時はこういうのを選んでおけば間違いはない!

 

「では――」

「うふふ、わかったわ。それでは、あなたの第二の人生、楽しんでね」

 

 

 そうして私はもう一度人生をやり直すことにしたのだ。

 

 最初(生まれた瞬間)から。




ハーメルンでISのいろいろ読んでたらまた書きたくなったんだ。勢いでやった、後悔はしているが反省はしていない(違


他に2本もあるのにどうしようorz


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原作介入? タイミングを間違えたよ!

 まず自己紹介をしよう。死ぬ前の名前は坂下絵美、独身会社員(25)。中学高校と美術部と吹奏楽部を兼部し(根っからのインドア派)大学では機械工学を専攻(これってリケジョ?)、だけれど就活で大手企業にことごとく落ち、地元の中小企業に努めていた。と言うのは転生した今はあまり関係ないだろう。

 転生した今は上坂さん家の杏音(あんね)ちゃんだ。父は大手家電メーカー勤務、母はパートタイマー。家は住宅街の庭付き一戸建て。一般的な中流家庭ってやつだろう。

 両親は一人娘の私は十分に愛してくれているのは良いけれど、若干親バカの嫌いがある。まぁ、ここまではいい。

 その後の私は普通に家の中で落書きをしたり絵本の挿絵を少し印象派っぽくしたりして充実した幼少期を過ごす、はずだったのだが、近所の子がまずかった。まさかの織斑さん家である。もう一度言う、織斑さん家である。

 それに家から20分も歩いたところに篠ノ之神社の存在も確認した(ちなみに我が家の初詣はここだった)。というわけで私は「あー、一夏や箒と同い年かな~」と漠然と考えていたのだが、これもまた裏切られることになる。

 そう、私は千冬や束と同年代だったのだ。当時2歳の私はリビングで談笑する母と織斑さん(母)の影で頭を抱えたものだ。となりでは千冬が寝かしつけられていて、こんな可愛い子がどうして世界最強(ブリュンヒルデ)なんかに……と少しばかり遠い目をしていたのを覚えている。

 そしてもう一人の天災との出会いは幼稚園だった。私が一人、園庭をラインカーを引いて爆走し、(このあと千冬に怒られ)ナスカの地上絵を書いていた(先生には呆れられた)ところに声をかけてきたのが束だった。束は昔からあんなきちg……じゃなくてコミュsy……でもなくて人見知りではなかった。私とのファーストコンタクトはこんな感じだ。

 

 

「ねーねー、何やってるの?」

「"ちじょうえ"書いてるの!」

「あ! テレビで見たことあるよ! 宇宙人呼ぶんでしょ! 私も入れて!」

「良いよ!」

 

 このあとめちゃくちゃ地上絵書いた。

 とまぁ、ごく普通の幼稚園児らしいコミュニケーションを取っていたのだ。正直、ワザと束の目を引きたかったというのもあるのだが、その目論見はしっかりと成功したわけだ。グヒヒ

 束が原作のような性格になったのは大体中学校くらいだったように思う。その頃にはすでに人並み外れた知識量、想像力、創造力を持っていたのだからどうなったのか分からない。ただ、妹の箒ちゃんが物心ついていくうちに彼女の中でも何か変化があったのかもしれない。

 私はそんな束を"常識"や"世間"につなぎとめておく鎖のようなものだったらしく、束に取っては数少ない友人(理解者)だったのだと思う。正直、小学校高学年の頃には私が大学で得た知識を総動員しても時々理解が追いつかなくなるレベルの話をしていたので彼女はもともと"天才"になることを運命づけられていたのではないんじゃないかな?

 地域の図書館でひたすら工学書を読み漁る小学生というのもさぞ滑稽に映っただろう。ただ、私は至って真剣だった。女神様がくれた3つのギフトの内の一つをずっと使い続けてきたのだから。

 

 3つのギフトの1つ、《絶対記憶能力》

 転生モノだけじゃなく、その他能力モノでも定番の能力だろうが、知識があることが重要になる理工学の世界でこれは必須の能力だった。小学生に入ってすぐさま広辞苑を流し読みし、頭のなかに叩き込んだのは私の人生で数少ない大成功と言えると思ってる。

 今では毎週末に図書館で様々な本を読み漁り、束と話を合わせるのに必死になっているのだ。カオス理論とかなんなんだよ!

 

 なにはともあれ、そうしてなんとか束の友人というポジションを確立した私だったが、中学ということは3年次に束がISを発表することになっている。

 親の蒸発やらなにやらで別の学校に行っている千冬ともまだ神社の剣道場で交流があるし、束にとって千冬は原作通りの存在足りえるようだ。私は篠ノ之道場には時折足を運んで、お茶を柳韻さんと一緒に縁側で飲んでいた程度だったが……

 だから束の話がだんだん量子力学や高エネルギー物理学なんかの原子や粒子の振る舞いのレベルまで来たことに私は内心焦っていた。

 ――ISの基礎理論は既に完成しているのではないかと。

 小学校のうちに機械工学なんかを熱心に喋ってたのは私だった、だが、今は束が私にしゃべり続け、私が相槌を打ったり時折修正しながら話が進んでいくのだ。

 だから中学2年の夏、束にこんなことを言われた私はひどく狼狽してしまった。

 

 

「ねぇ、あーちゃん。あーちゃんって最近、いや。束さんの話が機械工学から外れた瞬間から一気に聞き手に回ったけど、どうしてかな?」

「束ッ。そ、それは――」

「ううん、責めてるんじゃないよ。だってあーちゃんは私がどんな話をしてもそれをちゃんと理解して、新しいことに気づかせてくれるもん。でもおかしいよね。機械工学にはあんなに熱意を向けられる人間がそれ以外に見向きもせずにひたすら聞き手に回るなんて」

「だから、それは私が機械以外は苦手だから――」

「そんなわけないよ。束さんだって私が普通の中学生より遥に上、もしかしたらそこら辺の研究者なんかよりスゴイ話をしてることくらいわかってる。それについてくるあーちゃんも十分おかしいよね? あーちゃん、何を考えてるの? 束さんは知りたいな」

 

 そうだ、既に私たちはおかしかった。"私はやり過ぎてしまったのだ"束の傍に居ることを、原作介入を考えるが余りに。

 だから私は口を滑らせたのかもしれない。これがトリガーになってしまうと心の何処かではわかっていたのに。

 

 

「宇宙進出」

「え?」

「私は、宇宙に行きたい。束と一緒に」

「う、ふふ。くくっ、あはははははははははは!」

 

 束は声を上げて笑った。西日指す教室でソレはとても不気味に、恐ろしく見えた。私より頭半分高い背の束が、天を仰ぎ、目を見開いて笑っている。

 そして言うのだ、「最高だ」と。

 

 

「最高だよあーちゃん。ちょうど束さんもそれを考えてたんだ! やっぱりあーちゃんは束さんの最高のお友達だね。こんど私の部屋に来てよ! 一緒に行こ、宇宙に!」

 

 私は黙って頷くしか無かった。

 

 

 それから半年、私は、と言うよりほぼ束がやったことだが、IS初号機、コアナンバー0「白騎士」が完成した。それまでの間に私がやったことはテストパイロット紛いの事で、ある時は腕を動かし、またある時は足を動かした。単純に私は束の理論についていくのが精一杯だったのだ。

 一番肝を冷やしたのはブースターとPICのテストだ。勿論、未完成どころかただ飛んで回ることが目的のブースターと制御装置に絶対防御なんてついているわけがなく、私は危うく死にかけた。

 どうにかブースターをパージして私は木に引っかかっただけで済んだが、アレに掴まったまま飛んで行ったらどうなっていただろうか、と思うと冷や汗が止まらない。

 3年生の春、束は千冬をラボ(という名の束の自室)に呼び出した。

 

 

「なるほど。それで、杏音。オマエはコイツの飼い主じゃなかったのか? どうしてこんなもの作らせたんだ」

 

 ISの紹介と、これに乗ってよ!言う束に千冬は半ギレ状態である。

 ここで下手に返すとあの壁に刺さっている束のようになりかねないし、逃げるなどもってのほか。さてどうする

 

 

「えっとですね。千冬さん? 束は『みんなで宇宙に行きたい』って純粋な思いからコレを作ったんだよ?」

「全て疑問形だが? まさかオマエも楽しかったなんて言わないよな」

「……ソ、ソンナコトナイデス」

 

 ドゴォと言う音と共に私は壁に突き刺さった。そこからしばらくの記憶はない。束と違って細胞単位でミドルエンドなのだ。

 しばらくしてから束に引きぬかれて連れて行かれた先では千冬が白騎士を纏い空を駆けていた。束、一体どんな魔術を使ったんだい?

 縁側に腰掛け、空に青い筋を描く白騎士を眺めながら束は言った。

 

「束さんはね、ちーちゃんの為に白騎士を考えたんだ。自分自身やいっくん、私達みんなを守ってくれる騎士サマ、ってことだね」

「千冬はなんて?」

「顔赤くして『オマエがそこまで考えて作ったんだ、ちゃんと使ってやる』ってさ。最後にちっちゃい声で顔赤くして『ありがと、束』ってさ。あーちゃんには秘密だって言われたけどこれを黙ってるなんて共同開発者に失礼だよねぇ?」

「共同開発者、かぁ」

「嫌だった?」

「ううん。でもね、アレを発表するときには束一人のものにして欲しいかな」

「なんで? あーちゃんが居なかったらもっと時間がかかってたよ。それに、あーちゃんがちっちゃい頃から色んな話をしてくれたからISは生まれたんだ。ISの半分、いや、8割はあーちゃんが考えたって言ってもいいんだよ!?」

「でもね、束。私、だんだん束に着いていけなくなってるの。ISを作ってる時にそれをすごく感じちゃった。理解するので精一杯。発展させられないなんて……」

 

 研究者としてはダメなんだ。そう思った私の頬を、束が指で撫でてから抱きしめられた。

 歳不相応な柔らかい暖かさが私を包む。束の胸で私はひっそりと泣いた。理解できないのが悔しくて、束に捨てられるのが怖くて、自分自身が悲しくて。

 束は私の頭を撫でながら、説くように、優しい声色で

 

 

「あーちゃんが今何を考えてるのかわかるよ。目の前にあるものが理解できなくて悔しくて、理解できないから束さんに捨てられるのが怖くて、そう考えちゃう自分がすごく悲しいんでしょ?」

 

 私は黙って聞き続けるしか無かった。

 束の声はまるで転生前に出会った女神様のようで、しっとりと心に染み渡るようで。

 

 

「でもね、あーちゃん。あーちゃんが理解できないなら束さんが教えてあげる。教えてあげたいから束さんはあーちゃんを離さない。それでもそんなふうに考えるなら、ちーちゃんにそんな考え叩き斬って貰えばいいよ。あーちゃんはひとりぼっちじゃないし、させないよ。束さんがいるから。ちーちゃんがいるから」

「束、束ぇ……!」

 

 こんなに泣いたのは何年ぶりだろうか。束は黙って私の頭を撫で続け、私がひとしきり泣くと束は一歩下がってから私の手を取り、リングを一つはめた。

 その時に見えた束も泣いていたようで、目も赤くなり、頬には涙の筋が見えた。

 

 

「あーちゃん、これからもずっとお友達だよ。だって、あーちゃんは私の発想の源だもん。幼稚園の時、あーちゃんに出会ってなかったら多分、もっと普通な女の子だったよ」

「普通な女の子、ねぇ?」

 

 そう言いながら束がつけたリングを見ると、左手の薬指に飾り気の無いシルバーのリングがはまっていた。

 左手薬指? ウソだろ……

 

 

「束、いい感じだった、ぞ? 悪い、もう少し調子を――」

 

 そんなタイミングで戻ってきた千冬はくるりと反転するとブースターを吹かして飛び立とうとしていた。

 私がそれを逃すわけにもいかず、右手を伸ばして縁側からジャンプ。反射的な行動で、届くわけもなかったが――

 

 

「うわっ!」

「ほぇっ!?」

 

 そのまま森の中に突撃し、木に突っ込んで止まっていた。

 あ・・・ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 無理だと思いつつ手を伸ばしたら白騎士のブースターを掴んだまま木に突っ込んでた。な…何を言っているのかわからねーと思うがおれもなにをされたのかわからなかった……

 

 

「杏音? どいてくれるとありがたいんだが」

「ん? あぁ、ごめんね」

 

 千冬の上から退くと改めて自分の状態を確認してみる。何故か縁側に座ったままの束が赤らんだ目から涙を流しながら腹を抱えている。そして、それが"顔を向けなくても見える"

 視線を下ろすと真っ白なスク水のようなものに、ささやかな黒い装甲。ごついブーツとブースター。間違いない、ISだ。十中八九、いや、100%束から渡されたリングがISだったのだ。

 原作にこんなのねぇぞ。私の頭をよぎったのは転生者としてのお約束を又一つ踏み抜いたという感覚だった。

 




いやぁ、やっぱり慣れた作品は筆が進みますねぇ!

はい、エースコンバットはちゃんと月末に更新します。GGOの方も少しずつではありますが、書き進めてますので。ハイ、スミマセン。


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むりくり原作の流れに……戻せなかったよ……orz

人気作品を原作にするとPV稼ぎやすくて良いですねぇ…(遠い目


 千冬に白騎士を渡し、さらに束が黙って私のための専用機、コアナンバー002"黒騎士"を作っていたことも(身を持って)分かった翌週。束はISの開発を世界に発表することにした。原作通りに。タイミングは大分早いように思ったが、ここで束はフルボッコにされてブチ切れ、日本に向けて2000発のミサイルを叩き込むはずだ。

 そして、きっちり原作通りに束は学会でISを発表し、一蹴された。泣きながらキーボードを叩き続ける束を私は必死でなだめながら内心「もっとやれ」とか思ったりしたが、ソレで原作以上にミサイルを飛ばされても捌ける気がしないので必死になだめつつ、最低限のラインで白騎士事件を起こさなければならなかった。

 その結果、日本に向けて発射されたミサイルの総数は2500発。少し増えたのには諸外国のイージスシステム"も"乗っ取られ、軍事行動や訓練中の艦船からもミサイルが発射されたからだ。

 そんなこんなで、私は今日本の上空で千冬と共にミサイルの撃墜に当たっている。

 

 

 《千冬!》

 《そこかっ》

 

 ホント、刀一本であんなことしてる千冬マジ人外。私なんて束二刀流と束お手製の"エナジードリンク"で反応速度を極限まで上げてギリギリ捌き切れてるというのに千冬は素でアレだ。チートやチーターや! ベータテスターに当たるのは私ですけど……

 んなことはさておき、ミサイルを捌ききると次は自衛隊やら在日米軍やらの戦闘機が飛んで来るわけで、これを"無力化"するってのはなかなかに骨が折れる。

 無闇矢鱈にぶった切ればパイロットごと吹き飛んじゃうし、翼をもいでもきりもみされて明後日の方向にイジェクトされたら非常に困る。なのでとりあえず機体のコントロールを失わない範囲でどうにか損害を与えてお帰りいただいているわけだが、ここでも千冬のチートっぷりは健在で、綺麗な太刀筋で翼の1/3ほどを切り取っていくのだ。私はさっきから失敗して尾翼をまるごと吹き飛ばしたりキャノピーだけ切り離したりととんでもないことになっていて、普段から訓練を積んでいるパイロットたちが脱出してくれて居なければ人殺しになってしまうところだ。

 

 

 《剣を迷うな! 迷いは太刀筋に出るぞ!》

 《はひぃ!》

 

 時折千冬からこうしてお叱りを受けるのも大分慣れてきた。というよりそこまで意識を向けるほど今の私に余裕が無いというのが正直なところだ。コアネットワークを使った通信なので左から右へ受け流すわけではないが、機体のコントロールと刀を手放さないことで精一杯なのだ。

 そして1時間は空で暴れただろうか、綺麗になった空を見回し、千冬と合流すると一度変な方向に飛んでから人気のない山奥でISを解除した。

 

 

「うへぇ……」

「情けないな、杏音。これくらいで音を上げるとは」

「千冬が人並み外れ――いふぁいいふぁい!」

 

 うにうにと私の頬を引っ張る千冬。満足したのかパチン、と手を放すと「いくぞ」と男前な振る舞いで登山道に出た。

 量子化していた荷物を背負うと千冬の後を追う。このまま下山して電車で帰宅だ。登山道の入口付近ではやはりというべきか人々がパニック状態で駅に向かっていて、私達もその中に紛れ込むと駅に向かった。ただ、想定するべきだったが、非常事態宣言もあって電車が止まっていて帰宅するのがとても遅れたことを申し添えておこう。

 束は私達が空域を離脱した辺りで全世界に向けてISのアドバンテージを発表した。だが、その方法がマズかったといえる。こんな戦略兵器を叩き落としたパワードスーツがただの「宇宙進出用」だなんて信じられない話だろう。勿論世界はISを欲した。束を欲した。だから、束はソレと同時にこうも宣言した。

 

 

「ISを教えて欲しければ場所を用意してくれればいくらでも教えてあげる」

 

 このセリフで世界は慌ててIS委員会を立ち上げ、今後のISについての展望を考えることとなったのだ。その結果生まれたのが原作でいうところのアラスカ条約の草案で、名前はまだ「ISの運用に関する国際条約」なんていう身も蓋もない名前だった。そこにはアラスカ条約に繋がるISの軍事的運用の禁止などが既に盛り込まれており、「ISに関する教育機関の設置」も存在した。そこで、日本にアメリカが押し付けて急ピッチでIS学園を設立することが決まった。私達が中学3年の春の話だ。そこから束の下には世界中からのラブコールが送りつけられ、束は一貫して「ISの学校を作るのは結構。私はそこに入ることにする。ただし教える相手は高校生(ティーンエージャー)だ」と言い切った。もちろん、その裏では公開された情報を世界中の科学者や技術者が解析し、気まぐれに作られた467個のコアを求めて机上の戦争が勃発したりするのだが、束はそんなくだらないことには一切目もくれずにただ自身の技術向上に勤め続けた。

 勿論、そんな束のそばにいる私は嫌でも様々な理論や理屈を身に着けていってしまうわけで、束からは「あーちゃんもIS学園で先生やればいいのに」とまで言われたが、私は「普通に入る」とだけ言って断り続けていた。ここで束とのつながりが明らかになれば束のような才能を持たず、千冬のような力を持たない私はどうなるかわかったものじゃない。

 

 半年で世界は大幅に科学技術を進化させた。ひとまず束がテンプレートを発表することで各国の企業が後に第1世代と呼ばれるISを開発し、PICを使うこととそれにあわせて必要な構造を学ぶ機会を得たのだ。

 そして冬休みが開ければ4月入学が慣習化している日本では受験シーズンに突入する。私と千冬はなんの迷いもなくIS学園を受験、筆記テストは私が、実技テストは千冬が主席で入試を突破し、見事IS学園への切符を手に入れた。

 総合点で千冬を突き放した(千冬は座学は人並みだった)私は入学式で新入生代表挨拶なんてものを任されることになってしまい、入学許可証と一緒にそんな手紙が入っていたことに両親はとても喜んでくれた。

 勿論成績トップの私は3年間授業料免除など、学校らしい特典が着いたことも両親を喜ばせた一因だと思う。なにせ普通に行けば私立大学医学部並の費用がかかるのだから……

 次席の千冬も学費免除が付いたらしく、少しは家計が楽になると喜んでいた。ただ、全寮制なので一夏をどうするかはとても悩んでいたようだが、私が両親に掛け合って上坂家で預かることになったのは千冬にとってもいいニュースだっただろう。

 

 初登校日、慣れない白い制服に身を包み、赤いネクタイを締めると両親にしばらくの別れを告げるとちょうど一夏を連れた千冬がやってきた。

 

 

「おはようございます。おじさん、おばさん。一夏のこと、よろしくお願いします」

 

 きっちりと頭を下げた千冬に両親は「大丈夫。これから大変だと思うけど、しっかりと勉強してきてね。時々帰ってくるのよ」と言ってくれた。

 千冬は泣きそうな一夏を撫でてから「お前なら大丈夫だ。月に一回は帰るから。おじさんとおばさんに挨拶するんだ」と一夏を自身の前に立たせた。

 

 

「織斑一夏です、これからお世話になります」

「よろしくね、一夏君。それじゃ、おねえちゃんたちにちゃんとお別れ言って? また帰ってきてねって」

「千冬姉、またね。杏姉も」

「ああ、ちゃんといい子でな」

「んじゃ、いってくるよ」

 

 私達の波乱に満ちた学園生活が幕を開けた。

 学校に着いて真っ先に行うことといえばクラス分けを確認すること。全世界から数千人、ヘタしたら5桁の数の応募者の中から選ばれた60人(2クラス)。とんでもない倍率の中に飛び込んでしまったと内心戦慄したものだ。IS学園設置にあたり、日本が1年でやったことはひとまずISを使えるシールドバリアー付きの大きなドーム。それから3学年4クラスまで対応した日本の教育要項に必要な設備を備えた校舎。そして体育館。IS用のドームがあること以外は普通の高校と変わりない。今はドームに隣接する整備棟が建設されている最中だ。早ければ夏休みに完成し、来年からIS技術者としての教育も行う予定らしい(もっとも、人に教えられる程の理解度に至る技術者、科学者が束以外に現れれば、の話だが)。

 そしてそのまま体育館に移動して教職員含め100人程度が一堂に会した記念すべきIS学園第1期生の入学式が行われた。1年1組に割り振られた私と千冬は体育館に入ってそうそうに留学生の多さに圧倒された。いくら束が「私外国語出来ないから、ISに関する教育は日本語オンリーで。わかりたいなら日本語覚えてきてよ」と言ったからとはいえこの中に束の言葉を理解できるほどの日本語理解が出来る子は何人いるのだろうか……

 不安になりながらも私は一番前の端の席、3つ隣に千冬が座った。間には2人の日本人と1人の白人の子。さらさらの金髪が似合う人形みたいな子だなぁ、なんて思いながら小太りの教頭の言葉で入学式が始まった。

 委員会の偉い人やら国連の偉い人やらの長ったらしくて下手くそな日本語の挨拶を聞き流してから新入生代表挨拶、と言われて私は意識を切り替えて「はい」と返事をして壇上に上がった。

 転生前からこんな壇上で何かするなんてこととは無縁だった私は緊張で振るえる手で前もって渡された台本を読み上げた。

 

 

「春の暖かい風がやってくる季節、私たちは最先端の技術を学ぶべくこの場所に集まりました――」

 

 なんて日本的。そして世界各国から言えって言われたことを詰め込んだような吐き気のする台本をどうにか読み上げ

 

 

「――新入生代表。1組、上坂杏音」

 

 ありきたりな言葉で〆ました。まばらな拍手の中で席に戻ると学園生活上の諸注意を大まかに伝えられ、詳細は各クラスで、と言う運びになった。

 ひたすらに広い人工島に建物が4つと言うのはなかなかに寂しいもので、道中に周りを見渡せば遠くに市街地か、何もない土地の向こうに水平線が見えるだけだった。

 4階建ての校舎の2階、たくさん並ぶ教室の内の2つが1年生の割当だ。机にはタッチパネルが埋め込まれ、ホログラム投影用のプロジェクターもついているために今は名札が投影されていた。

 手持ちの機器をつなげるコネクタもあったりハイテクな机を眺めながら自身の机を探すと最前列の廊下側から3番目、隣には千冬の席もある。この時ばかりは「え」の人が居ないことに激しく感謝した。

 静まり返る教室で私は早速ハイテク机をいじってみることにした。中身は普通なパソコンのようだが、学内ネットワークで様々な場所からデータを閲覧できるようだ。だから今日出た課題のデータを自分のメモリーに入れ替える必要なく寮にあるデバイスでこなせると。なんて素敵なんだろう。

 その調子でネットワークの深部へ。ちゃんと生徒閲覧禁止区域とロックが掛かるが難なく突破。生徒の調査票を眺めていると担任らしき人が入ってきたので即座にウィンドウを閉じた。

 

 

「おはよう。私がこのクラスを1年か預かる織田由香里だ。担当科目は体育とIS実践。以前は自衛隊で戦闘機を飛ばしていた。私も君たちと同じくISについて学んでいく身だ。よろしくたのむ。それでは自己紹介からはじめよう」

 

 キリッとした目つきに長い黒髪。女性としては高めの身長とハスキーな声。多分男だったら惚れてるね、それくらいイケメンな女性が我が1組の担任だそうだ。

 織田先生はおそらく「ISについて生徒が教わるついでに自分も」と言う思惑を持ったお上様に命令されて赴任したのだろう。自衛官をわざわざよこす理由がないからね。世界中から似た理由で数学やら理科やらの先生が送られてきているようだ。さっきの入学式の時に並んでいた教員も1/3くらいが外国人だったし。

 

 

「では出席番号1番、井上からだ」

 

 そうして私達の学生生活は幕を開けました。1組に1つの空席を残して。



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こんなところにお前が居るのか……! クラスメイトがやばそうだよ

 ぼさっと聞いていた自己紹介の時にふと耳に覚えのある名前を聞いてしれっとその声の主を見てみると、同い年とは思えないおっぱ……ではなくて、とても流暢な日本語を放すパツキンのチャンネー(死語)が居た。名前はナターシャ・ファイルス。後々アメリカで銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のテストパイロットを務める彼女だ。

 なぜここに居るかなんて野暮な疑問は浮かばず、原作より早いタイミングで生まれたこの学園に彼女が入ったことが驚きだった。

 その後は原作キャラは登場せず、セシなんとかさんみたいにいきなり喧嘩を売るアホも現れず(そりゃ喧嘩を売る相手が居ないから当然だが)、織田先生の一言で私と千冬が素っ頓狂な声をあげるまでクラスには自己紹介する人間と、先生の声しか無かった。

 

 

「それで、篠ノ之は休みか。初日から欠席とは、世紀の大天才様が呆れるね……」

「「はぁっ!?」」

「どうした、上坂、織斑」

「束はこのクラスなんですか? 教員ではなく?」

「ああ。名簿には彼女の名前がある。不思議でならないが、そんなことは私が気にすることではないしな」

 

 Need to know をよくわかっていらっしゃるお言葉だが、私達にはそれが最重要課題なのですよ、先生。

 と思っていた頃にやってくるのが束なのを私たちはよく知っている。反射的に私が右手を前に伸ばし、千冬がその斜めしたで左手を構えると扉を開けて入ってきた束が私の腕をくぐるべく身をかがめた。そこに千冬のアッパーが入ると「ぐふぉっ」とうめき声を上げて入ってきた扉に戻り、扉が閉まった。

 記念すべきIS学園での束の第一声は女の子の出してはいけないうめき声だ。やったね、束。

 

「先生、進めてください」

「あ、ああ。そうしよう。では、これから学園生活上の諸注意を説明する。生活ガイドの5ページを開け」

 

 最近わかったことだが、この時点での束はまだ細胞単位でオーバースペックなんてことはなく、せいぜいハイスペック止まりだ。だから千冬のアッパーをいくら左手でよわいからとは言え、まともに喰らえば1時間は寝ているだろう。

 そして先生から学園生活、寮生活の諸注意を受けると次に待っているのは委員決めだった。

 

 

「それではこれから委員を決めよう。中学校でもあっただろうが、現時点では生徒会、学級委員、保健委員の3つだ。一度前のモニターに一覧を出すから2分で決めて立候補しろ」

 

 教卓の端末を先生が操作して黒板代わりの大型スクリーンに委員会の系統図を表示した。トップにあるのが生徒会。そしてその下に学級委員保健委員がある。風紀委員やそんな委員会はない。残念

 私もそうだが、クラスの殆どが我関せずと言った様相で、あっという間に時間切れになった。

 

 

「時間だ。いい忘れていたが、生徒会は既に決まっている。後で連絡があるだろうが、入試の成績上位者だ。なのでひとまず学級委員が1人、保健委員は2人居ればいいだろう。まず学級委員だ、誰がやる?」

「ハイ! センセ!」

「よし。君は、ハイデマンか。わかった。他には? 居なければ彼女に任せよう」

 

 元気に返事をしたのはドイツからの留学生。なんで覚えてるかって? 私がドイツびいきだからだよ。だって、ご飯おいしいし女の子かわいいし、設定が厨二臭くてカッコいいから。原作でもブラックラビッ党だしね。

 現実では、おそらく工業国としてISに関わって置くために他にもドイツからの娘は居るはずだ。ぐへへ、今度連絡先交換しよっと。

 どうやら他の立候補は無かったようで、無事に学級委員が決まった。保健委員はいかにも"The 保健委員"のような優しそうな女の子が就き、すんなりと委員決めが終わるとISスーツの注文についてやら何やらもあったが、織田先生のカリスマか、クラスメイトが優秀なのか、スムーズに事が進んで時間が余ってしまった。

 先生は廊下に出て気絶していた束を回収すると彼女の席に突っ伏させ、そのまま「少し待っていろ」と言ってどこかに行ってしまった。

 

 

「生徒会は入試の成績上位者とか……うわぁ……」

「お前と私は確定だな。3人目4人目は誰だろう。楽しみだ」

「すこしイイですか?」

「ほぇ?」

 

 先生がいなくなった間に千冬としゃべっていたらファイルスさんに声をかけられてしまった。それも変な声出たし。第一印象最悪だよぉ……

 

 

「生徒会について何か仰っていたので」

「あぁ、うん。誰だろうね、って。ファイルスさん、だっけ?」

「ハイ、アメリカから来ました。ナターシャ・ファイルスです。ナターシャで良いですよ」

「ナターシャが3人目?」

「多分、ですけどね」

 

 そんな話をしていた間に織田先生が戻ってきて開口一番こう言い放ちました。

 

 

「アリーナでISが4機取れた。5分で体育着に着替えて集合だ。ついでに言っておくとウチのクラスから生徒会に上坂、織斑、ファイルスの3人が出ることになった。頑張れよ。あとの人員は……放課後のお楽しみだな」

 

 笑ってから踵を返してアリーナ方面に綺麗に歩く先生をぼさっと眺めたクラスメイトたちは10秒ほどの間を置いて復活。さすがに先生の目がある中で走るのはマズいので各々の携帯で構内図を見ながら早足でアリーナに向かう。千冬は未だに気を失っている束を担ぐと(お姫様抱っこなんて生易しいものではない、肩に担ぐのだ)窓を開け、束を落としてから自分も飛び降りました。

 私はそんな千冬をナターシャと2人で見届けてから、顔を合わせ、走ってアリーナに向かうのでした。

 

 アリーナで待っていたのはスカイブルーのジャージを着て腕を組む織田先生。そしてその左右に2機の日本の第1世代IS撃鉄とアメリカの第1世代ISエクスペリメントが並んでいた。

 学校指定のジャージを着た私達を整列させると7人前後のグループに分けてからIS操縦に関する注意を説明すると自ら撃鉄を纏った。ISスーツではないため、操作に若干のラグが出るようだが、そもそもすべての動作がニブチンな第1世代だからISスーツでのアドバンテージなんてあってないようなものだろう。

 

 

「いいか、ISは車などの機械のように自らが何かを操作して動かすものではない。それこそ自分が「前に進みたい」という思いで動かすものだ。ブースターを吹かしたければ自分が前に出るイメージを作ること。すべての動作はイメージで形作られる。さて、ここには入試の主席と次席も居ることだ、まずは実演してもらう。上坂、織斑。好きな方に乗れ」

「「はい」」

 

 そうして千冬は撃鉄を、私はエクスペリメントに身を預け、起動させるとスッと重力の鎖から解き放たれる。その間に機体制御をオートからマニュアルに変更して軽く手を握ったり腕を振ったりして機体の感覚を掴んだ。やはりというべきか、黒騎士と比べるととても遅い。なんというか、筋肉痛で重くなった腕を振っているような感じだ。千冬も同じようで、剣の構えを取って腕を振ると首を傾げていた。

 

 

「ウォーミングアップはもういいか? まずブースターを使って向こうの壁まで行って、タッチして戻ってこい。急がなくていいから丁寧な操縦をしてみろ」

「「はい」」

 

 ISが完成してから丸1年、世界の誰よりもISに乗っているなんてことは口が裂けても言えないが少なくとも初心者ぶった動きで機体をPICを使って少し持ち上げると少しずつブースターの出力を上げていく。スッと前に出る感覚は他のどんな機械にもない感覚だろう。なんといっても空気抵抗以外の抵抗が無いのだから。そして千冬と横並びのまま余り速度を上げずに壁まで行ってタッチ、くるりとターンして元の位置に戻った。

 クラスメイトからの拍手と織田先生の頷きを見てからISを降りようと腰をかがめると先生はそれを制した。

 

 

「さて、君たちも知っていると思うが、4年後、君たちが卒業した翌年か? ISを用いた競技会が開かれることになっている。そこで競われるのは単純なISの強さだ」

「先生、ISの軍事的利用は禁止されてるはずです」

「確かに、軍事利用は条約で禁止されている。だが、2機でミサイル2000発以上を片付け、戦闘機を30機もパイロットを殺さずに無力化するんだぞ? 最強の兵器になると考えないわけがないだろう? 少し長くなるが、私はあの時あの2機と対峙するべく基地を飛び立ったんだ。国会の上空に着くと飛んでいるのは人だったんだ。信じられないだろう? だが、その内の1機、黒い方が私の方を向くとあっという間に距離を詰め、次の瞬間には翼がなくなっていた。為す術が無かったのは事実だが、まさか一瞬で片を付けられるなんて思わなかったな。私はすぐさま機体を捨てた。そして篠ノ之博士がISを発表した時に思ったよ。アイツは最強の兵器だとね」

 

 私は覚えている。1機のF-35が私の左後方から迫っていたのを。そして、そっちを見た時にそのパイロットと目が合ったのを。確かに女性だった。まさか先生だったなんて……

 先生が私を見た気がした。私は恐れた。私が黒騎士であるとわかっているのではないかと。

 そして先生は続けた。

 

 

「だが、技術というのが戦争とともに進化してきたのも事実だ。コンピューターやロケット、何でもそうだ。その中にISを入れようという話だ。効率のいいブースターはロケットに転用できる。超周波で振動するブレードも災害救助で活躍することだろう。爆薬、火薬、エネルギーライフル、なんでもモノは使いようというやつだ。だから世界中でISを進化させようとやっ気になっているんだ。そこで、2人には模擬戦をやってもらおうと思う。嫌なら構わないが……、やるか?」

「どうする、杏音?」

「私は構わないけど……」

 

 言葉では少し迷っている様子を見せつつプライベートチャンネルでは超焦っているのだ。

 

 

 《ヤバいヤバい、今ここで模擬戦なんてやったら実力がバレちゃう》

 《だがここで避けるのも……》

 《でも千冬は勝負事で手を抜けないじゃん!》

 《それは失礼だから当然だろう》

 《んが-!》

 

 と言ったやり取りの末、千冬がやります。と言ったおかげで私は慣れないライフルを片手に千冬と相対している。

 千冬の手には一振りの長刀。それを中段にかまえている。私の手元にはM4ライフルをIS向けに改修したM4-ISというライフル。鉄砲なんて見たことしか無かった私は記憶を頼りにそれっぽく構えると銃口を千冬に向けた。

 

 

 《上坂、ライフルを構えるのは初めてか?》

 《はい》

 《もっと力を抜いて楽に構えろ。力むと反動で吹き飛んじまうぞ》

 

 生徒を客席に移した先生はコントロールルームから2人を見ている。オープンチャンネルで話す内容は客席にも聞こえてるはずだ。

 千冬は慣れ親しんだ長刀。対する私は初めて使うライフル。一応バススロットにタクティカルナイフとハンドガンが入っているがそれを使う間に入った時には斬られているだろう。

 剣術の腕前では私と千冬の差は歴然。機体コントロールでは私にアドバンテージがあるものの、彼女は才能型だからいきなり何かに目覚めたりしかねない。

 

 

 《よし、2人共いいようだな。制限時間は15分、先にシールドエネルギーを削りきった方の勝ちだ。時間切れの時は……、まぁわかるな。では、始めっ!》

 

 この時初めて私は千冬と直接刃を交えた。



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初めての直接対決、勝てる気がしないよ!

 IS学園が設立されてから初めてのISバトルという栄誉(?)を手にした私達は先生の合図があったにもかかわらずどちらも指一つ動かさずに時が過ぎていた。

 付き合いの長い私達とは言え、こうして直接争うのは初めてのことなのだ。私のアドバンテージというアドバンテージは千冬の稽古を見ていたことくらいしかない。機体の性能は五分だし、こちらは遠距離、相手は近距離と得意な距離も正反対で拮抗している。剣の実力では明らかに私の負けなので勝つには銃の間合いで一方的に片付けるしか無いのだ。

 先手を取ったのは私。ハイパーセンサーに表示されるレティクルを目安に千冬の頭を狙いトリガーを引いた。ここでセーフティがかかっているなんてマヌケなことは無く、思い通りにタタン、と短い破裂音を響かせた。反動制御なんて素敵なアシストは無く、2発目は撃鉄の頭部センサーをかすめて壁にあたって消えた。だが、一発目は見事に千冬の頭を捉え、大きく仰け反った千冬に連続して鉛弾を叩き込むべく引き金を引いた。

 タタタンタタタンとリズムよく引き金を引き続ける。だが千冬もやられっぱなしで終わる女ではない。1射目で仰け反った反動をそのままにバック転を決めて2射目をやり過ごすと着地寸前に剣を振った。火花が散り、撃鉄のシールドエネルギーが少し削れる。

 

 

 《まさか、弾丸斬った?》

 《斬ってはない、当てただけだ。行くぞッ!》

 

 驚いて動きを止めた私に向け、一気に距離を詰める千冬。慌てて後ろ向きにブースターを吹かして距離を置くもそれほどのスピードは出せない。

 向かい来る千冬に鉛弾の雨を見舞いつつも私は必死で後ろ向きに逃げていた。だが、このライフル、実弾兵器の避けられない欠点を持っていた。装弾数に限りがあるという点だ。

 30発の内、10発程度は最初に撃った、迫り来る千冬に適当に撃っていればあっという間に弾切れを起こす。カチンと言う音と共に吐き出す弾丸が無くなったM4はただの鉄の塊。慌ててブレーキを掛け、反対方向に向けてブースターを吹かし、千冬が縦に振るう剣を防ぐべく両手で掲げた。金属同士がぶつかる鈍い音が響くとしばらく力で拮抗した。

 上手く千冬の振るう剣を銃の凹凸に合わせて横に流して銃ごと放るとバススロットからハンドガンを実体化して至近距離で3発ほど撃った。この距離ならはずさない。それなりのダメージを与えられた千冬はもう一度距離をおいた。

 

 

 《杏音、そう簡単に斬らせてはくれないか》

 《もちろん。千冬の剣を何年見てきたと思ってるのさ》

 《私のクセはお見通しか。困った、な!》

 

 千冬のクセ、それは重い一撃に賭けるバトルスタイルにある。相手の隙を伺い、少しでも斬れるならば大きな一撃をとんでもない速度で放つのだ。あくまでも人間同士なら、ではあるが。

 今のラグだらけの撃鉄にその鋭さは出せないし、現に私は千冬がブースターを全開にしてすっ飛んでくるのが見えていた。だからもう片方の手にナイフを実体化させると千冬が胴体狙いで横薙ぎに薙いだ刀を頑張ってそらして装甲のある自分の足に当て、その衝撃で横向きにくるりと空中で側転しながらもう片方の手にあるハンドガンを目の前にある千冬の顔に向けて撃った。

 だが、今の一撃、装甲越しにあたったとはいえシールドエネルギーの1/3をごっそり持って行ったのだ。装甲のない胴体にもらっていたら絶対防御が発動して一発KOだっただろう。

 こっちは大きな一撃に欠ける代わりに手数で攻めるのが正攻法。だが、メインウェポンたるM4は遠くに落ちたままだし、手元には残り3発が入ったM9ハンドガン。目の前には千冬。

 下に向かうベクトルと逆転させ、切り上げてきたのをハンドガンのグリップで刀の腹を叩いてそらし、3発叩き込んで腕を振りながらマガジンを抜いた。遠心力にしたがってマガジンは千冬の方に飛んでいき、それを避けるべく剣を振るったところに私が飛び込んだ。

 だが、千冬の方が私より上手だったようだ。左手で突き出すように向けたナイフを"いつの間にか呼び出していたもう一振り"で弾くとマガジンを薙いでいた右手の刀ががら空きの右半身めがけて切り上げられ、その一撃で私はエネルギーを全損させた。

 

 

 《わざわざ私の懐に飛び込んでくるとは思わなかったぞ。こっそり二刀流の練習をした甲斐があったな》

 《くぅ~、一本取ったと思ったのになぁ》

 《2人共お疲れだった。ついこの前初めてISに乗ったとは思えないな。織斑は剣道をやっていたのか?》

 《はい、小学生の頃から》

 《それは確実なイメージが築けるわけだ。上坂もよくやったぞ。銃の使い方はこれから学べばいい》

 

 再びアリーナ中央に集められたクラスメイトたちから再び大きな拍手をもらいつつ、その後は織田先生、私、千冬、ナターシャの4人がそれぞれコーチになってISを纏ってみる時間となった。

 入学試験で実技科目としてISを用いた模擬戦があるものの、とりあえず動けばオッケーなテストなのでこうしてゆっくりと確実に動かすのはこの時間が初めてなのだ。――ちなみにその実技のテストで千冬は試験官を叩きのめし、見事100点を取った。

 おっかなびっくりといった様子のクラスメイトたちに手取り足取りではないが教えていく私達。後に聞いた話ではナターシャはアメリカで既にISの操縦経験があったそうだ。国家からの全面的なバックアップの下でこの学園に来たそうで、操縦経験の無い――とされている――私たちより点数で劣ったことに政府の方々は大いに落胆し、私達に何か秘密があるのではないかと必死になって日本に揺さぶりをかけたりしているそうだ。まさかISの開発パイロットだなんてことは口が裂けても言えない秘密だ。

 4限が終わる10分ほど前にナターシャが織田先生にとある申し入れをした。

 内容は勿論、私達と模擬戦をしたい。ということだった。

 

 

「よし。全員一度は乗ったな? いまファイルスから織斑、上坂の2人の模擬戦がしたいという申し出があった。2人共、疲れているなら日を改めるなりすればいいとおもうが、どうする?」

「そういう聞き方をする時、先生は遠回しに『やれ』って仰っている、というのを今日一日でなんとなく学んだのでやります」

「上坂は初日から減点だな。織斑は?」

「もちろん、受けて立ちます」

「うげぇ。先生、武装の入れ替えをしたいんですけどお願いできますか?」

 

 本当は自分でやったほうが早いけどそんなのがバレたら色々まずい。ここはおとなしく先生に頼んでおくのが筋だ。正直、さっきの千冬との戦いで私は銃がちっとも扱えないというのを身を持って学んだので銃などを使うこと前提のバランス型機体で重装甲の機動型機体と同じ戦い方をすることにした。ただ、ハンドガンは至近距離で有効だとわかったのでちゃんと入れておくようお願いしよう。

 

 

「銃は使えないか。織斑、ファイルス。2人は?」

「いえ、私はこれで」

「私も銃は使えるので」

「後10分しかないが、希望は?」

「撃鉄の長刀を3振、ライフルを抜いてください」

「分かった。3分待ってろ。3人以外は着替えて昼休みにして構わない。では、解散!」

 

 先生がエクスペリメントを纏ってピットに戻ったのを見とどけてからアリーナの地面にペタリと座り込んだ。すると視界の片隅からひょっこり見慣れないウサ耳が出て来たのでそれを片手で掴むと先生が行った方に投げ飛ばした。ふぅ、いい仕事をしたぜ。

 向こうで「篠ノ之! 大丈夫か!?」とか「モーマンタイ。あと、来週までにもっと簡単に装備変更出来るインターフェースを考えてくるよ……」といった会話が聞こえたが気にしないことにした。

 

 

「今の束か? あの耳はなんだ」

「気にしたら負けっしょ。それで、今のうちにルール決めとこ、ファイルスさーん」

 

 エクスペリメントを愛おしそうに撫でている彼女はこちらの声に気づくと駆け寄ってきた。おお、ぼいんぼいん……

 

 

「呼んだ?」

「呼んだ。先にルール決めておこうと思ってさ」

「なるほどね。私は別にバトルロワイヤルでもトーナメントでも良いけれど」

「面倒だからバトルロワイヤルでいい? 千冬」

「構わん。お前に銃がなければ怖くない」

「ナターシャぁ、ちーちゃんがいじめるぅ」

 

 ストレートに千冬から「お前は戦力外」という通告を受けたのでナターシャに抱きついてその立派な胸に顔を埋める。これは、束に勝るとも劣らぬ至福! ちゃっかり私を抱きしめてくれてるし、私より10cmくらい背も高いし、彼女にはちょうどいい……なんて何を考えてるんだろう私は。ソッチの気はまだ無いはずだ。"まだ"ってなんだ、まだって! うわぁぁぁぁ!!

 

 

「ナターシャ、済まないがそいつを放してやってくれ」

「えっ? うん」

「はうぅぅ」

 

 自分でもわかる。おそらく顔は真っ赤なはずだ。そして今まで束と同じようなやり取りを何度もしてきたので千冬ももう慣れた、と言うように肩を掴んで乱暴に揺すった。

 

 

「杏音。しっかりしろ。全く、一人で抱きついて一人で恥ずかしがるんじゃない」

「杏音のこれは……?」

「昔からこうだ。本人は冗談のつもりで誰かに抱きついては後々恥ずかしくなってこうなる。杏音、模擬戦始めるぞ。先生が呆れた目で見てるから、ほら」

 

 千冬は私を抱き上げる(束と違ってお姫様抱っこ! 普段の行いの差がこういうところで出る)とエクスペリメントに私の身体を収めた。それも、アレを素でやらかすんだからそりゃ女の子にだってモテますわ。そのエッセンスを受け継ぐ弟くんがモテモテでも仕方ないね。

 

 

「上坂は大丈夫なのか?」

「後で弾丸の一つでも浴びれば戻るでしょう。始めてください」

「ならいいが……。ルールは決めたか?」

「3人でバトルロワイヤルです」

「乱戦か。面白そうだな、私も参加しよう」

「良いんですか? そんなことしちゃって」

「構わん。その代わり休み時間が潰れるかもな。では、始めようか」

 




お知らせ
我が家のPCが壊れたため、しばらく更新を停止させていただきます。
ISはこの後1話予約済みですが、その後の更新ができるか怪しいです。
携帯から書くこともできるっちゃ、出来ますが、段落字下げ等々読みにくくなること必至なのでやりません。
活動記録にも同じことをお知らせします。楽しみにして頂いてる方にはご迷惑をおかけします。


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先生とクラスメイトと4つ巴!? 無理ゲーだよ!

 千冬が先生の参戦になんの疑問も持たなかったせいで私の知らないところで三つ巴が四つ巴になっていたようで、試合開始後にとりあえずナターシャの放った弾丸で私は意識を取り戻した。あの胸は、ヤバい……!

 奥では織田先生と千冬が斬り合ってるし、ナターシャは私の方にライフルを向けたまま「行ってもいいのかな、大丈夫かな」と言った様子でこちらを伺っているし、ここで下手に動くと銃弾の雨なきがしたのでひとまず声をかけることからはじめよう。

 

 

 《あ、なにこれ》

 《杏音、目が覚めましたか? いつの間にか織田先生も交えて四つ巴になっちゃって》

 《ふむぅ。ナターシャ、ISの搭乗時間は?》

 《大体50時間くらいだけど、どうしたの?》

 《この中で一番やっかいなのは先生だって言うのは一目瞭……然……?》

 

 銃を下ろしたナターシャと私が先生と千冬の方を見れば押しているのは千冬だった。いやいや、お前ここで本気だすな自重しろ。先生も目がマジです怖いです、生徒に向けていい視線じゃないですよソレ!

 傍から見れば似たような実力の2人が斬り合っているように見えるが、よくよく観察すると防戦一方の先生に対して千冬は手数で攻め続け、得意の大振りに繋げたいというのがよく分かる。

 先生の顔に余裕が無いのが何よりの証拠だ。それに、先生はさっき千冬が私に使った二刀流をとても警戒してる。1本でここまで押されていれば倍の手数になった時に負けるのは必至だからだ。

 

 

 《えっと、これはなんでもありだよね?》

 《ハイ。危なくなければ何でも》

 《じゃ、協力して千冬を叩き落とすってのもありだよね》

 《ふふっ、そうですね。一番の敵は先生ではなく彼女みたいですし。先生には申し訳ありませんが、弱ったところを頂きましょう》

 《おうおう、黒い黒い。ま、私が凸ったところを背中からってのもありえるわけだけど》

 《そこは信用してもらうしかありませんね》

 

 両手に長刀を呼び出し、少し浮かび上がると。ナターシャに向けてウィンクしてからこの時代にはまだ無い技術、瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に千冬の下に近づくと自身の運動エネルギーを上乗せして先生ともどもなぎ払うように大きく刀を振るった。

 突然の衝撃と驚異的なダメージに千冬が一瞬焦るが吹き飛ばされる横目に私と目があった気がした。その間にも地上からナターシャがライフルでジリジリと削ってくる。千冬は地面に叩きつけられるギリギリでブースターを吹かし、そのまま大きく距離をとった。そのままアリーナの外周を回るように飛行する。時折銃弾が当たって大きな衝撃とダメージが入るがシールドエネルギーはまだイエロー(残量30%~80%)。私かナターシャ、どちらか一方が落ちれば千冬に勝機はある。

 突然止んだ断続音に目を見やれば先生がナターシャに刃を向け、エクスペリメントのプリセット装備では苦手な至近距離の格闘戦に持ち込まれていた。とりあえず牽制がてらハンドガンで先生を狙いパンパンと撃つ。ナターシャへの義理も感じるが正直なところ「2人共敵だからどっちに当ってもいい」

 私の意識が向こうに行っている瞬間を勝機と思ったのか、千冬は一気に距離を詰めるべく速度をあげてくる。千冬が刀を振りかぶった瞬間を見越して脚部ブースターに火を入れて速度ブーストを掛けた回し蹴りを見舞う。上手いこと刀を吹き飛ばせた。そこに左手の刀で追撃。これで千冬の撃鉄はシールドエネルギーがレッドまで減ったはずだ。

 

 

「見えたのか、今のが!?」

「そりゃ、ハイパーセンサーって"360度見えるんだから"当たり前じゃん。ISに死角なんて無いんだよ」

 

 ISに死角は無いという言葉は半分本当で半分嘘だ。確かに、ハイパーセンサーは360度の視界を確保するが、人間はそもそも左右で120度くらいしか見えない生き物なのだから意識しないと普段見えないところを見ることは出来ない。だから"意識の死角"は存在するのだ。ちなみに私は全天周の視界を昆虫の複眼をイメージすることと彼女の3つのギフトの内の2つめを合わせて使って可能にしている。

 女神様に貰った3つの特典2つ目は並列思考(マルチタスク)。これも転生モノや能力モノではベッタベタな能力の1つだと思う。チート特典ということでマルチタスクの数に限りはない。と言うと語弊があるけれど、ちゃんと鍛錬すればいくらでも同時にこなせることの数は増える、と思う。物心ついた頃には2つだったけどISを作る頃には同時に6つのことを考えることはできていたから。

 ビット兵器とかできたら私最強! という淡い期待の下にこの能力を望んだけれど、手が2本しか無いから正直直接的な作業には活きない。ISのように頭でコントロールするモノではチートではあるけれど。

 

 

「これでフィニッシュ!」

「させるかッ、刀を!」

 

 右手のハンドガンを千冬に向け、2度引き金を引いたところで千冬が実体化させた2本めの刀で叩き壊されてしまった。慌てて左手の刀で千冬にちょっかいを出しつつ空いた右手にも刀を呼び出す。私は背部、脚部と別れたブースターを個別にコントロールして複雑な機動で千冬を翻弄しながら手数で攻める。1撃は小さくとも確実に防ぎきれない分のダメージは蓄積されていた。

 私は知っている。千冬はこういうまどろっこしいのが大嫌いだということも。大嫌いな動きをされれば精神的な動揺も誘える。現に千冬はかなりイラついているように見えたから。

 

 

「ええい、ちょこまかと腹が立つ! おとなしく、落ちろ!」

 《だって千冬がこういうの嫌いだって知ってるもん。こうでもしないと私は勝てないの!》

 

 千冬が声に出すところをこっちはオープンチャンネルで言うのも動揺を誘うポイントだ。「私はまだちゃんとコアネットワークを使った通信に意識を割けるほど余裕ですよ」というアピールにもなる。だけど、いい加減に千冬は落ちても良いだろう。私は全くダメージを受けていないし、さっきからちまちま攻撃は当てているはずだ。やたらとしぶとい。

 一度両手で大きく振るって距離を置くと呼吸を整えた。地上ではボロボロになりながらもナターシャが織田先生の撃鉄のシールドエネルギーを削りきったようだ。目線がこっちに向いている。

 

 

 《しぶといね。さっきから結構小傷をつけてるつもりだけど》

 《そのようだ。さっきから警報音がやかましい。私の戦い方は関節に大きな負荷を掛けるみたいでな》

 《実はさっきからちょこまかとキモい動きをしたせいでこっちも警報がビービー言っててさ……》

 《これ以上やっても先生に怒られるどころか質問攻めにされそうだ。私は満足かな》

 《勝ち逃げとは卑怯な……》

 《体が持たないんだ、仕方ないだろう。互いにな》

 

 ちぇっ、と心のなかで思いつつ(もしかしたらコアネットワークでは聞こえてたかも)、ナターシャにこっちは機体がもうダメだから降参だというとあっさりと受け入れてくれた。曰く、「これからも模擬戦をする機会はあるでしょうから」とのこと。ナターシャマジ天使。

 そして機体にめちゃくちゃな負荷をかけたことに関しては織田先生にも怒られ、先生も一緒にもっと偉い先生からも怒られた。原作みたいに動画撮影されて解析されないのが救いといえば救いだが、クラスメイトのほとんどと先生にブースターの個別噴射なんて超高等技術もいいとこなものを見られてしまったのは大きな失敗と言える。

 そして案の定夕方に呼び出され、後に千冬の巣になる生徒指導室で織田先生と2人きりだ。

 

 

「私は回りくどいのがキライだから単刀直入に聞こう。お前、どうしてそこまでISに乗れるんだ?」

「えっと、その。あの……」

「まぁ、お前と織斑が篠ノ之"博士"と関わりがあったのはもう知っているからおおよその見当はつく。だが、イメージで操縦できるとはいえ、あの機動は異常だ。あの後整備をした先生が愚痴っていたぞ。『どんな使い方をしたらこんな負荷の掛かり方をするんだ』ってな。織斑は単純に攻撃が尖すぎるから振るった刀が当たった時の衝撃が大きいんだ。それは理解できる。だが、お前の場合は人間の出来る機動を超えた動きをしたせいで開発者の想定外の場所に負荷がかかっていたそうだ」

 

 さぁ、なんと言おうか。先生は感づいてるようだから言ってしまっても良いかもしれない。だけど、私のあのキモい動きはどう説明するべきだろう……。

 

 

「せ、先生のご想像通り、私とちふ……織斑はISが発表される前からISに乗っていました。ですから――」

「あの動きは日頃の鍛錬の賜物、と言いたいのか?」

「……はい」

「分かった。今はそういうことにしておいてやる。だが、あの動きは今後禁止だ。もし空中で機体が壊れてしまったらどう動くかわからん。織斑のように単純に腕が折れるというのならわかる。だが、お前の場合は未知数だ。お前のためだ、やめてくれ」

 

 大人として、先生として危ないから止めろ。と言われてしまえば子供の私は従わざるをえない。瞬時加速でボコボコ向き変えているわけじゃないから私の身体への負荷なんて無いし、機体だっておそらく関節が思わぬ方向への衝撃に悲鳴を上げただけだろう。コアさえ無事ならば操縦者は守られるが、そんなことを言ってもまた怒られるというのはわかる。それに個別噴射なんて個人技能の域を超えているのに先生は「練習すればできるもの」ということにしてくれた。色んな意味でとても気遣いのできる先生だとつくづく思う。

 私がおとなしく「はい」と返事をすると先生は部屋をくるりと一周見渡して私に顔を近づけた。

 

 

「な、なんでしょう?」

「ここは監視も盗聴もされていない。だから正直に答えろ。私は今からお前に聞いたことを外には漏らさない、約束する。上坂、お前、黒騎士だろう?」

 

 私はもう一度部屋を見渡し、机の下や椅子の裏を見ると先生を見た。

 

 

「私は何も持っていない。なんなら脱ぐか?」

「いえ、結構です。はぁ、どうしてそう思ったんですか?」

「今日の最後だ。織斑がお前の死角から斬りかかったシーンがあっただろう? その時の反応が私の時と同じだった、そんな気がしてな。それに、序盤に私と織斑が鍔迫り合いをしているところに一瞬で距離を詰めてきた。あの動きもだ」

「最初の一瞬で距離を詰めるアレは練習すれば誰でも出来る様になるものです。先生は戦闘機のパイロットだったならイメージは容易だと思います。アフターバーナーです」

「アフターバーナー……」

「はい。私の正体お見通しらしいので包み隠さず種明かしをすると、ISのブースターは結構無駄なエネルギーを垂れ流してます。それをもう一度取り込んで再点火するんです。そうすると一瞬でとんでもない推力が出ます。向きを変えられないのが欠点ですけどね」

 

 先生は腕を組んでしばらく考えこむようにしていると「なるほど」と一つ言った。おおまかに掴めたらしい。

 ついでにブースターが4つあるならばそれぞれで個別に瞬時加速をすることであのキモい動きをもっとキモく出来るとも言った。ため息を吐かれた。

 

 

「ISのエネルギーなら何でも良いので、例えばエネルギーライフルの弾丸とかもうまくすれば吸い込めるかもしれませんね。その分推力が上がってコントロールができない可能性が高いですけど」

「冗談を言うな。そもそもどうして敵に背を向ける。だが、大体イメージは出来た。今度練習することにしよう。おい、待て。まだ質問はあるんだ」

 

 私が椅子から立ち上がると先生はそれを止めた。

 織田先生は非常に察しが良いのでどんな質問をされるかヒヤヒヤするのだ。

 

 

「まぁ待て。お前が黒騎士ならば、織斑が白騎士か。今機体はどこにある?」

 

 私は黙って左手の指を伸ばして手の甲を先生に向けた。

 

 

「お前、結婚してるのか? そもそも誕生日はまだだろう」

「そういう意味じゃないです。このリングですよ」

「ん? これは……待機形態と言うやつか。実際に見るのは初めてだ。なるほどな……どうして左手薬指なんだ? 他の指でもいいだろう」

 

 そうやって人に指摘されて恥ずかしがるくらいなら移せ、と半分笑うように言われたが、ここ以外に移すと黒騎士が拗ねるのだ。どうしてか知らないが、展開がモタついたり、ちょっとした不具合が出る。

 

 

「ISにも心がある、か。篠ノ之博士もそう言っていたな。教科書にもそう書くように直々に指示があったと聞く。『ISの自己進化の可能性はISが操縦者と共に過ごした時間によって大きく左右される』なるほど、そういうことか。お前は黒騎士に愛されているようだな」

「ええ、そうみたいです。それで、この機体、隠した方がいいですよね?」

「そうだが、後々企業がIS開発を始めた時に学園の生徒をテストパイロットとして雇う可能性がある。その時に上手く出せればいいと思うぞ。書類は私が書いてやる」

「公文書偽造ですよ、それ」

「バレなきゃいい。それにお前にはそういうのにめっぽう強い友人が居るだろう」

 

 先生が堂々と束を使え、と言い始めて私は頬をヒクつかせるしか無かった。




もう一話、予約しました。
更新ペースが不安定になりそうです。目安として週1できればいいかな……


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生徒会役員共! ついにタイトルから「よ」が消えたよ! アレ?

 入学式から1週間。ある程度学園生活にも慣れ、互いに友達と呼べる仲になってきた頃についに嫌な予感しかしないこの時間がやってきた。

 初めての生徒会活動の時間が。そして、部活動が。

 どうしてこの2つを被せたのか理解に苦しむが、私は吹奏楽部に、千冬は剣道部に入部した。だから一応初めての顔合わせには出ておきたいのが本音だ。

 正直、生徒会は千冬とナターシャが居ることは理解しているからどうでもいいといえばどうでもいい。

 とりあえず私は最初に音楽室に向かい、生徒会活動で遅れます。とみんなにひと声かけてから生徒会室に向かった。

 私と千冬、そしてナターシャは良くも悪くも有名になってしまったから大体の人が私の名前を知っている。さっきも「いいよ、希望のパートはある? あたしから言っておくから」と親切にしてくれた2組の彼女(名前は知らない、ごめんね)に上坂さん、と呼ばれたのが何よりの証拠だ。

 そして職員室や生徒指導室のあるフロアの一番端、よくある教室に『生徒会室』と書かれた札がサッシに下がっているのを確認してから学生証をカードリーダーにかざして部屋に入った。

 

 

「おー、これはこれは学園二強が片割れ、上坂さんじゃないですか」

 

 部屋にはいると先客から開口一番、私があまり快く思っていない呼び名で呼ばれた。

 私と千冬の有名税ではないが、うわさ話のたねになっているのが『私と千冬、どちらが強いか』という話だ。初日の模擬戦以降、授業のたびに5分間手合わせをしている私と千冬。戦績は拮抗していて、私は銃から刀までそこそこ使えるマルチプレイヤー。千冬は刀を極めた侍といった印象で他の生徒からは見られている。私はこの灰色の脳、では無く、いろいろ頑張って千冬のクセや思考パターンを読み取って様々な姑息な手を使って勝利をもぎ取っているため、技術の進歩に追いついた瞬間に私の負けが確定する。

 なんてのはまぁ余談であって、問題はこの白衣である。

 

 

「生徒会の人?」

 

 とりあえず無難に返してみる。

 

 

「だよー。私は2組の篝火ヒカルノ。好きなように呼んでくれていいから。上坂会長」

「私が生徒会長なの?」

「そこのテーブルの上に役員表が。先生が勝手に決めたみたいだね。会長が上坂さん、副会長が織斑さん。書記がファイルスさんで会計が私。特別顧問が……篠ノ之束」

「特別顧問?」

「私もよくわからん。ちなみに普通の顧問は1組の織田先生。やったね」

 

 束が絡むとろくなことがないというのは原作からのお約束なので何らかの騒ぎが起こることは確定なのだろう。

 ひとまず会長、とホログラフが浮かぶ少し立派なテーブルを少しなでてからこれまた立派な椅子に座った。普通教室の"板"とは比べ物にならない気持ちよさ……

 少し意識が遠のき始めたところで千冬とナターシャが入ってきた。人の気配が増して目が覚める。

 

 

「済まない、少し遅れたか」

「大丈夫ですよ、織斑さん」

「君がもう一人の役員か。改めて織斑千冬だ、よろしく」

「篝火ヒカルノです。よろしくお願いしますね、織斑さん」

「私も忘れないで欲しいかな……」

「ファイルスさんもよろしくお願いします」

 

 3人が少しばかりのよそよそしさを含んだ挨拶を済ませるとひとまず全員がそれぞれの役職の書かれた机に着いた。

 全員からの視線を感じた私は何か挨拶でもしようと思い立った。ってか、そうするのが自然だ。

 

 

「では、IS学園初代生徒会、ここに発足! さっき織田先生にメールで聞いたら仕事はまだ無いって。そのうち生徒会っぽいことでも考えておいてって言われちゃったから今日は解散で」

「はやっ」

「杏音。もっとこう、なにか無いのか?」

「杏音さんらしいといえばらしいですね」

 

 まだ出会って1週間のナターシャにサラリと毒を吐かれつつも机と椅子と空っぽの棚以外何もない生徒会室を見回す。せめて校則の本くらい置いてあっていいと思うんだけどなぁ。電子書籍化されてるから関係ないですか、そうですか……

 何か、と聞かれても非常に困るのでもう一つの定番、自己紹介にしよう。そうしよう。

 

 

「んじゃ、それぞれもっと細かく自己紹介にしよう。生徒会長を努めさせてもらう1組の上坂杏音です。趣味は音楽と読書と考え事。好きな科目は理系全般。よろしく」

 

 ふふん、どうだこの無難な自己紹介は。と言った目で千冬を見やる。順番的に次は副会長だろ。

 

 

「副会長を務める1組の織斑千冬だ。趣味は……あれ、私って趣味ない?」

 

 千冬が少し肩を落としたような気がしたのでさり気なく「剣道でもやってるって言え」と耳打ち。千冬にとっての剣道は趣味なんて安いものではないらしい。

「おお!」と言わんばかりに目を見開いた後に「いや、だが私にとっての剣道とは……」みたいな感じで少し顔をしかめた後、やっと続けた。

 

 

「小学生の頃から剣道をしていて、今も剣道部に入ることにしました。得意科目はありません……杏音、私ってもしかしなくてもただの脳筋じゃないか? ISしか取り柄が無いんじゃないか?」

 

 アカン、千冬のトラウマスイッチを押してしまったかもしれん。あの千冬が泣きそうな目でこっちを見ている。

 とりあえず顔と目で「そんなこと無いよ。千冬は立派なお姉さんだもんね」と伝えるとなんとかいい感情は伝わったようで小さく頷いてから「よろしく」とか細い声で言った。

 

 

「ナターシャ・ファイルスよ。アメリカ出身で日本語はアニメで覚えたわ。えっと……読み書きは苦手なのだけど、私が書記でよかったのかしら?」

 

 確かに、日本語学習歴の浅いナターシャが書記というのもなかなかおかしい人選だ。日本語が公用語である学園で外国人を書記に置く理由はいまいちわからない。まぁ、どうせテストの成績順に上から振っただけだろう。

 私は一応それなりに英語の読み書きはできる(参考にした論文は殆ど英語だったのだよ……)ので文章だけなら構わないが、2人はどうだろう。

 

「私は英語で全然構わないけど、2人は?」

「辞書片手でいいなら私もおっけーだけどねー」

「私は英語ができん……」

「ナターシャ、困ったときは私に聞いてくれればいいから、日本語頑張ろ」

 

 そうね。と言って笑ってくれたナターシャマジ天使。そりゃアメリカのテストパイロットにまでなりますわ。めっちゃええ子やもん。

 とか言ってる間にめんどくさそうな白衣が口を開いた。

 

「最後は私、篝火ヒカルノ。部活は帰宅部で得意科目は数学と理科。んー、あとは……特にないや。よろしくー」

 

 さっきと大違いのだいぶ砕けた口調だが素はこっちなのだろう。千冬とのアレは上っ面だけと。なかなかやりにくい子かもしれない。

 ひとまず束を除いた役員が揃い、IS学園初代生徒会は発足した。――とくに仕事のないままに



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臨海学校に行くよ! タイトルが「よ」で終わるのは諦めたよ……

 時間は大きく飛んで7月の頭。IS学園きってのイベント、臨海学校がやってきた。先週末に一夏くんや箒ちゃんも連れて千冬や束と水着を買いに行ったがその話は割愛させていただく。

 この数ヶ月でISは大きく進歩し、PICを応用した様々な技術が開発された。特に私が待ちに待った反動制御(何故か学園で私が撃鉄に乗ると周りが「え、お前もかよ……」みたいな目で見てくるのでエクスペリメントに乗るしか無くて、それに刀を使うと「え、おm(ry」みたいな(ryで銃を使わざるを得ないのだ……)も登場し、私は容赦なく千冬に鉛球の雨を叩き込むことができるようになった。そして待ちに待ったことがもう一つある。それは各国代表制度の確立だ。4年後のモンドグロッソを目指し、各国が開発するISのテストパイロットを兼ね、国家代表を目指す制度。もちろん始まったのはまだ一部の技術先進国のみだが、それでも日本、アメリカ初め数十カ国で一斉に募集を開始することが決まったのだからビッグニュースにほかならない。

 そして予想通り千冬と私は先生(織田先生ではない。周囲だ)に推されるがままに日本の代表候補生試験を受けたのだ。それがひと月前の話。5人という枠の中で私と千冬は(私達を使って篠ノ之束との)内定をもらったが私は蹴った。(パイプを作ろうなんて甘ぇんだ、タコ)ゲフンゲフン、あの時の学年主任のアホ面は最高だったがまぁ、ソレは私と織田先生の秘密だ。

 もちろん、各企業もそれに続けとばかりに企業の広告塔を兼ねたテストパイロットの募集を始めた。私にとってはそっちのほうが都合がいいのだ。事前に束と打ち合わせをし、書類だけの企業をでっち上げて私は見事そこのテストパイロットに就任した。というのがココ1ヶ月の顛末だ。

 千冬は代表候補就任と同時に白騎士を束に返した。もし見つかって解析されたら非常に面倒なことになる。さらに言えば千冬は代表候補になるかどうかすら迷っていたのだ。織斑家の大黒柱である千冬が今は稼げないために学費免除であるのに奨学金を借りて生きているのだ。国家公務員として月に人並み以上の給料がもらえる方が一夏くんにはいい。私と束はそう千冬を説得した。私達よりも自分と家族を優先するべきだと。私の両親にも相談し、一夏くん本人の意見まで聞いて一騒動あったのだが、最終的に千冬は代表候補になる決意をした。

 そんな苦労もあってか、千冬は私に体を預けて可愛らしい寝息を立てている。学園を出たバスは高速道路をひた走ると山に入り、長いトンネルに入っている。おそらくこのトンネルを抜けたらアニメであった「海見えた」的展開になるはずだ。

 

 

「あっ、海が見えるよ!」

 

 ほれみろ。誰が言い出したか、バスの中で歓声が上がると遠くに大きな和風の建物が見えた。おそらくアレが花月荘だろう。

 もちろんココで原作のどこぞの誰かさんみたいに織田先生が一声でだまらせるのだ。最近思ったのが、千冬の教師としての形は織田先生によって作られたんじゃないかな? でも、織田先生にある優しさ的な部分が欠落している気がしなくもないけど……

 

 

「まもなく到着だ、寝てる奴は起こしてやれ。宿に着いたらまず荷物を持って玄関前で整列。部屋ごとに点呼をとったら荷物を部屋に入れて自由時間だ。後でもう一度言うがこの流れは覚えておけ」

 

 はーい、と一同が返事をすると隣の千冬を揺すって起こす。反対の窓際でよだれを垂らして寝てる束には輪ゴムを指で引っ張って……っと。

 

 

「痛っ! なんだなんだ!? 束さんに何が起きたっ!?」

「篠ノ之、静かにしろ」

「はい……」

 

 それと、束は織田先生にはなぜか私達と同じように"普通"に接している。それ以外の有象無象のような言い方もしないし、こうして何か言われれば従うのだ。不思議でならない……

 千冬をもう一度揺すって、ほっぺた引っ張ってふにふにするとやっと目を開けた。こうしてみると織斑マドカってホントに千冬そっくり……、アレって原作では明言されてないけどクローンなのかな? 少なくともそれを防ぐために正当な手段で千冬のDNAサンプルを取られない手段を考えないと…… 視線操作のモバイルPCで束に短くメッセージを送って目線を向けると束は頷いた。

 

 

「千冬、そろそろ着くって」

「あぁ、うん。わかった」

「大丈夫?」

「平気だ。最近候補生の書類が多くてな」

「私や束も使っていいんだからね? 倒れられたら元も子もないんだから」

「なに、簡単に倒れはしないさ。それに、他の奴らも同じだろう?」

 

 少し首を伸ばしてあたりを見回せば代表候補に選ばれた子たちは総じてやたらと眠そうにしていた。特に海外組は祖国と日本を行ったり来たりしているのだろう、なおのことつらそうに見えた。

 全校生徒(1学年しか居ないからあえてこう言わせてもらう)60人の中から国家代表候補生に選ばれたのは30人。2人に1人は代表候補というカオス極まりない空間だ。まぁ、初めての募集な上に対象になる人数がたったの60人なのだからこれだけの数になってしまうことも頷ける。

 まだ第1世代「兵器としてのISの完成」にこぎつけていないのか、まだ"専用機"という概念は存在しない様で臨海学校2日目に私の"専用機"がお披露目になったら世界はどのような反応をするだろうか。と、いろいろ考えていたら隣で千冬がタブレットを口に放り込んでバスは私達がお世話になる花月荘の前で止まった。

 

 

「全員揃ったか? 今日から3日間お世話になる花月荘だ。女将さんからご挨拶を頂く」

 

 織田先生の号令できっちりと並んだ2クラス60名。その前に立った女将さんはどこかで見たことある気が…… 原作のままだ……!

 

 

「IS学園の皆様、ようこそ花月荘へいらっしゃいました――」

 

 まぁ、省略。私と千冬、ナターシャ、そして束は4人でキャリーケースを引いて(千冬はボストンバッグで束は手ぶらだったけど)織田先生の下へ。先生は私達を見るとため息を付いてから204号室の鍵をくれた。

 

 

「くれぐれも問題を起こしてくれるなよ、篠ノ之。お前のせいでどれだけの書類を書いたと思ってる……」

「はは…… ごめんなさい」

「頼んだぞ」

 

 部屋は8帖ほどの和室で4人には十二分な広さがある。部屋の片隅に荷物をまとめると早速畳に寝転がる。おばあちゃん家を髣髴とさせるい草の匂いが眠気を誘う。

 ナターシャは早速海に行くようで水着などが入っているであろうビニール袋を取り出して私に軽く手を振ると「海に行ってくるから」と言って早速出て行ってしまった。

 

 

「杏音、お前はいいのか?」

「そういう千冬は? 束、どうするん?」

「束さんはおひさまが……」

「はぁ、行くぞ。束、杏音。たまには陽の光を直接浴びろ」

 

 まるで私達がヒキニートみたいな言い草だが、私はちゃんと毎朝寮から校舎まで陽の光を浴びているし、部屋に戻る時だってちゃんと夕方の日を浴びている。太陽は大事だ。セロトニンバンザイ!

 束は普段どこに居るか未だにわからないし、ふらっと授業に現れたかと思うと次の時間には消えていたりする。あいつのほうが大分ヒキニートだろう。

 

 

「あーちゃんなんか失礼なこと考えてない? そんなに不健康な生活してないよ」

「ふしゅーふしゅー」

「誤魔化しきれてないよ、あーちゃん」

「束、お前の水着はどこだ?」

拡張領域(バススロット)のなかー」

 

 千冬が呆れてため息を付いてから私のキャリーケースから水着などをまとめたバッグを取り出すと自分のも一緒に肩に掛け、右手で私の襟首を、左手で束の襟首を掴んで更衣室に向かって歩き出した。途中の階段が苦行だったのは言うまでもない。

 一夏くんに選んでもらった水着だからと浮かれているであろう千冬に引きずられるまま更衣室に放り込まれると自分はさっさと着替えてパーカーを羽織った。私は正直どうでもいいのでのろのろと着替えてからうさぎのシルエットが白抜きになったTシャツを着るといつの間にか白いビキニにウサ耳を装備した束と一緒に砂浜に出た。

 

 

「うぅ、暑ぅ……」

「溶けるぅぅ、ぢーぢゃぁぁぁん」

「おやおや、会長と篠ノ之博士じゃないですか」

「ん? 誰だい、君? あ、ちょっと待って……えっと……」

「2組の篝火ヒカルノです……」

「あー、そんなの居たね。生徒会だよね!」

 

 濃青のビキニに白衣という謎の組み合わせで現れたのは篝火ヒカルノ。彼女も私達と同類(ヒキニート)らしい。砂浜の数少ない日陰を求めてズルズルと移動している。

 千冬は千冬で、一夏くんに選んでもらった白いワンピースを着てクラスの子とビーチバレーをやっているし…… 私たちは何をしようか……?

 

 

「会長、博士、飲み物、要ります?」

 

 今はヒカルノの言葉にただ頷くことにした。

 



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専用機お目見えだよ!

 臨海学校は2日目、昨日は千冬やナターシャのばいんばいんがばいんばいんで非常に眼福だったが、それを君たちに分け与えるほど私は聖人ではないので割愛させていただく。

 今日は1日中IS漬けになるのは原作でも今でも変わらないらしい。学園から持ってきた撃鉄とエクスペリメント5機を班に別れて使っている。候補生には各国から自国の機体が持ち込まれているのでそっちで特別メニューだ。だから学園からの持ち込みは5機で足りる。

 私は私で束とともに砂場でパラソルを立てて潮風にあたっていた。

 

 

「ねぇ、まだ?」

「うーん、もうそろそろ着くはずなんだけどね。それポチポチっとな」

 

 束が携帯端末を叩くと一瞬空が光った気がした。ISを部分起動してハイパーセンサーでそれを見ると大きな銀色(それも鏡面仕上げ)のコンテナが降ってくる。

 

 

「アレ?」

「アレ」

「こっち向かって降ってきてない?」

「降ってきてるね」

「アレって動力無いよね」

「無いね」

「ブレーキかからないよね」

「かからないね」

「逃げないとまずくない?」

「マズイね」

 

 私は束を抱えて即撤退。直後に私達が居た数メートル奥にコンテナが突っ込んで1/3ほど埋まった。

 突然の出来事に辺りのISを纏った人たちがこっちに武器を向けてるし、生徒たちは唖然としている。千冬と織田先生は「またおまえか」といった顔で眉間をおさえていたが……

 

 

「ゲホッゲホッ。束、大丈夫?」

「酷いね、誰だよこんなの作ったの(お前だ)

「さぁ? とりあえず中身出しちゃっていいよね」

「うん。そこら辺にぽいぽいしてもらえれば束さんが準備しちゃうから」

 

 斜めに埋まった滑りやすくて熱いコンテナになんとかよじ登って扉を開けると、中には懐かしいIS制作グッズたち。それも中は涼しい! ひとまず誰にも見られていないから黒騎士を展開して中身を片っ端から外に放り投げる。外では束がそれらをせっせと組み立てて簡易ピットを作っているはずだ。

 とりあえず中身を全部外に出すとISを待機形態に戻してから再び外に出る。白に黒抜きで兎が描かれたテント(決して某成人向け雑誌の代表格ではない)の下には様々な機械が並び、その中心で束は簡易ベッドを広げてくつろいでいた。

 

 

「さ、さっさと本題にはいろう」

「だね。周りの目もいい加減うざったいし」

 

 束は棚から"如何にも"な箱を取り出して私の目の前で開けた。実際は何も入っていないが、私はさも指輪が入っているかのように振る舞い、それを指にはめる仕草をする。そして、IS用ベンチに立って一言「コール、ナイトメア!」と叫べばまるで私の専用機は『ナイトメア』という名前の黒騎士そっくりな機体に見える寸法だ。実際は口にだすこととは別に黒騎士を呼び出しているわけだが……

 何はともあれ、無事に私の専用機を展開する正当な理由ができたわけだが、世界初の専用機だ。周りが黙っているはずがない。

 

 

「アレって黒騎士?」

「どうして上坂さんが篠ノ之博士からISを貰ってるの?」

「どこかの代表候補生ってわけでもないのにおかしくない!?」

 

 まぁ、予想はしてましたよ。書類上はまともでも実態はこんなに狂ってるんだから……

 どうせ束は原作と同じように「有史以来なんんたらかんたら」と言うんだろうが、見事に私の予想を裏切ってくれた。

 

 

「文句があるならあーちゃんを叩きのめしてみなよ。それなりの実力があるなら全然構わないよ? さぁ、文句があるんだろう。やれよ」

 

 うん、まさかだよね。束なりの私への信頼だというのは付き合いからわかるけど、声色が怖いっす。管理局の白い悪魔ですよ、マジで。

 周囲の娘たちは互いに顔を合わせてから目線を下げた。まぁ、そうですよね。私に勝てるの今のところ千冬と束だけですし。

 

 

「なら文句なんて言わないことだよ。あーちゃんは自分の実力で私に認められた。なら君たちも自分を磨けばいい」

 

 言ってることはまともですが声が怖いです。なんどでもいいます、それではただの脅しです。一応、私は無関心貫いて目線さえ彼女たちには向けなかったが、まぁ、見えちゃうよね。

 マジでビビってる顔してるもん、あとが怖いなぁ…… そうだ、コレを機に「生徒会長に勝てたら生徒会長」の制度を作るか。うん、それがいい!

 

 

「じゃ、適当に飛んでてよ。束さんはその間にエネルギーライフルでも作ってるから」

「あいよ。ひっさしぶりに動かせるぅぅぅ」

 

 ベンチから降りるとゆっくりと砂浜を歩く。その間も周りからの視線が痛い。クラスメートに嫌われるのは痛いので国家代表候補生が集まる方に視線を向けると慌ててみんな目をそらしていた。面白い。

 第1世代の大型ハイパーセンサーのバイザーで顔の半分ほどが隠れているから口元だけ笑うと非常に怖い。特に黒騎士は悪役にしか見えなくなる。

 

 

 《束、泣いていい?》

 《ん? あぁ……》

 

 波打ち際まで行くとPICだけで少し浮き上がってから瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に洋上に出た。そして一通りブースターと関節を動かすと30分ほどで戻った。

 再び嫌な視線を浴びながら砂浜をPICだけで浮いて進むと束のいるテントに倒れこむように滑りこんだ。

 

 

「おかえり。黒騎士はどう?」

「うん、問題ない。ただ、そろそろIS自体のステージシフトが必要かと思うんだけど」

「ふうん? 確かに束さんもそう思ってたよ。ただ、あまりに急速な進化は周りを置いてけぼりにしちゃうと思うんだよね」

「束がそんなに考えるなんて珍しい……」

「ってあーちゃんなら言うかなって」

「はぁ……」

 

 まともな思考は私経由ですか、そうですか。黒騎士をメンテナンススタンドに掛けてエネルギーチャージさせると私はそのまま束の隣に腰掛けた。

 クラフトテーブルの上にはなめらかな形をした銃のようなものが転がっているのでアレがエネルギーライフルだろう。

 

 

「アレがライフル?」

「そーだよ。後で試し撃ちしてきてね~」

 

 IS用ライフルとはいえ、それほど大きいものではないので普通に生身で持てる。原作で千冬が生身でIS用ブレード持ってヒロインズが驚いてたけど、正直そんな驚異的なことでもないよね。ガ○ダムみたいなサイズなわけじゃないんだから。

 ひとまずライフルを黒騎士のそばまで持って行って私が黒騎士を起動させるとライフルを量子化し、何度か展開と量子化を繰り返してイメージを作る。

 ふと人の気配がしたので反射的にそちらに銃口を向けると両手を上げた千冬と知らない女性が立っていた。

 

 

「千冬か。それで、隣の方は?」

「こんにちは。私は防衛省特殊強化外装特課の空井と言います。簡単に言ってしまえば日本の代表候補生たちの上司です」

「なるほど、それで、防衛省の方が千冬を連れてきたということは」

「はい。候補生達と模擬戦をしていただけないかと」

 

 束をちらりと見るとプライベートチャンネルで「別にいいよ、どうせコピーなんてできないんだから」とありがたいお言葉を頂いた。

 千冬に目を向けると「私はしぶしぶやっているんだ」という顔をしていたのでコレは防衛省が篠ノ之束お手製機体のデータを取りたいから面識のある千冬を使ったというところだろう。

 

 

「わかりました。お受けしましょう。ただし、織斑とは戦いません。少なくともこの場では」

 

 あえて含みを持たせる。この言葉を使えば「千冬には本気を出さざるをえない」という意味と「それ以外は手加減してやる」という2通りを含んだつもりだが、相手もちゃんとそれを受け取ってくれたようだ。

 すこし笑みが引きつったのを見落とすほど甘くない。私はバイザーで目が隠れるから表情を隠すという意味では有利だ。

 

 

「私もあなた方の目的を察しているつもりです。なのでやすやすと渡すつもりはない、ということですよ。お分かりいただけるでしょう?」

「ええ。流石に甘く無いですね。たかが高校生と思っていたのですが。私が思っていたよりも大人だったようですね」

「褒め言葉として受け取っておきます。20分後くらいにそちらに伺いますね」

「分かりました。お待ちしています」

 

 2人の後ろ姿を見送ると束が残念そうにつぶやいた。

 

 

「ちーちゃんを代表候補にするのは正しかったのかな……」

「少なくとも、今は。仕方ないんだよ、千冬も私も世間から見れば篠ノ之束と世間をつなぐ数少ないパイプに過ぎないんだから」

「私は、こんな世界を作るためにISを作ったわけじゃないのに……」

 

 



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代表候補生をフルボッコにするよ!

 私達のもとに日本の候補生と管理官が来ていたのは他の国にもあっという間に伝わり、テントの前に行列を作ることになったが、一貫して私と束は無視し続けた。

 だが、そこで思わぬ来客がある。我らが担任、織田先生である。

 

 

「上坂、篠ノ之、この騒ぎは?」

「世界中からのラブコールですよ。全く、うざったいったらありゃしない」

「束さんモテモテ~」

 

 出血大サービスと言わんばかりに黒騎士をメンテナンススタンドに掛けているんだからそれだけで満足して帰ってもらいたいものだが、そうは問屋が卸さない様で、日本の候補生との勝負を受けたんだからウチも受けろとやかましいのだ。

 

 

「そういうことか…… どうして日本だけ受けたんだ? こうなるのは予想できるだろ?」

「だって自分が生まれた国ですし、少しくらい、ねぇ?」

「それにちーちゃんいるしね~」

 

 あえて視線を各国の使者達に向けながらそう言ってやるとすごく悔しそうな顔をしている。ざまぁ!

 織田先生もすこし呆れた目で見ているが、まぁ、わからんでもないようだ。

 

 

「人間時には八方美人になることも大切だぞ? まぁ、そういう国際社会での生き方を学ぶのもいいことだ。特に篠ノ之、お前はな」

「束さんはちーちゃんとあーちゃん、いっくんと箒ちゃんがいればいいもん」

「篠ノ之、お前はそう言ってられない立場にあることくらいわかるだろう? 織斑と上坂がお前のためにやっていることを理解することだ」

「……はい」

 

 ちらりと時計を見ると約束の時間が近づいていたので日本のテントに行くことを告げると束も行くと言い出し、織田先生は他生徒の監督に戻ると言って反対に向かった。

 人だかりがモーセの伝説ではないが、見事に割れて道ができる。そこを進むと空井さんが入り口で待っていた。彼女は文官らしく、階級はないそうだ。候補生は武官なので階級ができるそうで、全員特務3尉という扱いだそうだ。後で聞いた。

 

 

「それでは5分後に坂本から順番に行う。篠ノ之博士、上坂さん、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。クラスメートにこうして改って挨拶するのも気恥ずかしいですね」

 

 軽く冗談も飛ばせば緊張もほぐれるだろう。彼女たちには黒騎士のデータ収集を言い渡されてそれなりに緊張しているのだろうから。

 1組からは千冬と坂本さんの2人、それ以外の3人は2組の子だ。名前はしらない。坂本さんは実技でもかなり上位の成績なのでここにいるのも納得できる。

 2分前になって束を千冬に預けて砂浜に出ると撃鉄を纏った坂本さんも出てきた。

 

 

「こうして模擬戦するのは初めてだね」

「そういえばそうだね。織田先生が千冬以外と当ててくれないからなぁ」

「だって杏音ちゃんと千冬ちゃんは次元が違うんだもん」

 

 おしゃべりをしながらも機体は地面を離れて海の上を進む。手を伸ばせば水面をなぞれそうなほどに高度を下げても坂本さんはついてきた。これだけ水面に近づいても落ち着いていられるのは実力の証でもあるだろう。

 目標地点に近づくとすこし見せつけるように背面飛行してから背部ブースターで瞬時加速。大きな水しぶきを上げて高度をとった。

 

 

 《杏音ちゃん酷い! びしょびしょだよ~》

 《フッフッフッ。どんな状態でも戦えないとダメだよ~?》

 《2人共、準備はいいですか?》

 

 坂本さんと改めて向き合うと2人共笑みを消した。目元が見えなくてもわかる。授業以上に真剣だ。

 

 

 《《大丈夫です》》

 《それでは、始めてください》

 

 坂本さんが一瞬で撃鉄のプリセットの長刀を展開すると横薙ぎに切りかかってくる。

 私はまだ武器を展開せずにそれを躱すと軽く背中を蹴飛ばす。

 

 

 《一つ》

 

 上手いこと脚部ブースターを吹かして転換した坂本さんはまた全速力で向かってきた。ただし今度はきっちりとした構えをしないことで手を読ませないつもりだ。

 彼女が下から切り上げた刀が機体に当たる寸前で後ろ方向にブースターを吹かしてから上に飛び上がって背中を取るとさっき完成したばかりのエネルギーライフルを展開し、がら空きの背中に数発打ち込んだ。

 

 

 《二つ》

 

 初めて撃ったが悪くない。少しエネルギーの収束率が悪くて距離を置くと空気に負けてどこかにそれてしまうがこんな距離なら十二分だ。

 背中からの衝撃で姿勢を崩した坂本さんに瞬時加速で迫ると刀を2振り両手に展開し、そのまま背中を斬りつけてエネルギーを削りきった。

 想像以上に少ないが、第1世代だからか? あっけなさすぎる。

 

 

 《終わり》

 《そこまで。戻って来てください。坂本、飛べますか?》

 《大丈夫です》

 

 一発でケリを付けるために装甲の薄いところを狙って絶対防御を発動させたから機体へのダメージは無くても操縦者へはそれなりにあるはずだ。

 

 

 《坂本さん、大丈夫? 薄い所狙ったから怪我はなくても痛かったでしょ?》

 《正直すっごく痛い。痛いっていうか衝撃を受けた感じ? でも、杏音ちゃんと千冬ちゃんはいつもこういう事やってるのかな、って思うといい経験かなって》

 

 テントに戻るまでの数分で口頭で瞬時加速のポイントを教えたりしてテントに戻ると次の子がすでにスタンバって居て、エネルギーも大して減っていなかったのでそのまま2戦目。特に記すこともないくらいのストレート勝ち。エネルギーチャージ無しで4連戦して完勝してきた。

 空井さんは4戦目を終えて戻った時には私のことをバケモノを見るような顔で見ていたけど、実際に戦った4人は私と千冬が学園でやっていることを知っているので「あぁ、さすがだわ~」みたいな事を言いながらわいわいとやっていた。

 

 

「あーちゃんお疲れ~。気持ちいいくらいに完勝だね」

「機体の差だよ。撃鉄は重すぎる」

「重いというより鈍いんだ。まぁ、それは第1世代の機体すべてに言えるみたいだがな」

 

 3人であれやこれやと話しているところに空井さんが来た。後ろには他の候補生も並んでいる。

 

 

「篠ノ之博士、上坂さん、ありがとうございました。彼女たちにもいい経験になったようです」

「いえ、こちらも機体のウォームアップにもなりましたし、一次移行(ファーストシフト)が楽しみです」

 

 適当な事を言ってごまかしておけば機体の形を大きく変える改造をしても「ファーストシフトです」と言い張れる。

 束と目を合わせてから笑うと束もいい笑顔を浮かべた。私に向かって。

 自分たちのテントへと戻る道。私と束は黒騎士の次の改装計画を練るのだった。

 



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学校生活を端折るよ!

 さて、私は今学年が2つ上がって3年生になった。そしていまは7月。どうして時間軸がこんなに飛ぶのかは察して欲しい。書くネタがなかったんだ。それに話が間延びしちゃうしね。

 1年の臨海学校から帰ってから私は「生徒会長は学園で最強の存在とする。生徒会長は常に生徒たちのあらゆる挑戦を受け、負けたら生徒会長の座を譲る」と言った原作にあった「生徒会長は最強たれ」を自分なりに解釈したルールを作った。だが幸いなことに私はまだ生徒会長の座に座っている。

 その理由は簡単で、「あらゆる挑戦を」と言ったのにISバトルしか仕掛けてこないからだ。そしたら専用機持ちで搭乗時間も世界最長の私が勝てないわけ無いだろうに。それを見越してか、学園の訓練機で、といった条件をつける子も居たがもれなくフルボッコにしてさし上げた。

 学年が上がった時にも新入生から挑戦を受けた。特に、クラリッサ・ハルフォーフとイーリス・コーリング。この2人は原作登場キャラだったから覚えている。入学前から国内でISに関する教育を受けただけあってそこら辺の代表候補生と同じくらいにはやれたがその程度だった。

 そして、一番のニュースはハルフォーフが"まだ"まともな人間だということだ。つまりこちら側(オタク)じゃない! なんということでしょう……

 山田真耶? 知りませんねぇ…… 嘘だよ。知ってるよ。だけど、彼女はまぁ、あんな性格だから私に挑戦してくることはなかったけど、放課後に黙々と練習する姿をよく見かけた。あの実力も普段からあれだけ練習してれば納得できるというものだ。

 私とその周辺の出来事をいうと、千冬が国家代表になった。そして、私を技術者として日本国ISチームに入れる計画があるなんてことも織田先生から聞いた。だから最近はあれやこれやと悩みが尽きないのだ。

 

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「うるさいぞ杏音。……私のことか?」

 

 生徒会室で唸りながら机に突っ伏せば千冬からお叱りが飛ぶ。だけれど、千冬もこの件は聞いていたそうで、すぐに私の悩みを突いてくる。

 

 

「そうだけど、そうじゃないんだよねぇ」

「半分は私のせいだろう? 話を聞くことくらいしかできんが……」

「だってさぁ、私はいまある意味で篠ノ之束の部下なわけじゃん? そんな"やばい人"を日本がただの技術者で終わらせると思う? でもさ、技術者として雇われれば将来安泰のちーちゃんと一緒だよ? でもさ、束も置いていけないじゃん? 家族もいなくなった今、私がいなくなったら束死んじゃうよ? もうどうしたらいいんだよぉ」

 

 うわぁぁ、と変な声を上げる私のココ最近の一番の悩みはコレだ。私が日本に正式に雇われるには束との縁を切るべきだ(偉い人はおそらくそのままで居て欲しがるけどそんな便利屋みたいな真似はしたくない)。だけど証人保護プログラムなんていうクソ制度のせいで一家離散してしまった束はもともと無かった生活能力がプラスマイナスゼロを振りきってマイナスに突入している。と言うか、自棄になってひたすらに色んな物を作っては私に送りつけてくるのだ。いくら第1世代機最大(最大級じゃない、最大)のバススロットがあるからって全部は収まらないし使い切れない。おかげで整備棟の一室は今やただの倉庫と化している。時々ものがなくなるが、解析できるもんならしてみやがれクソったれぇ。

 

 

「この件は束も知っているのか?」

「もちろん。束は『あーちゃんの好きにしていいよ』って言うけど、私は両方取りたいの!」

「(駄目だ、杏音が束になっている……)そ、そうだな……私が国家代表を辞めるっていうのは――」

「ダメに決まってるじゃん! どうやって生活する気? 今だって代表候補生だからその給料でなんとかなってるのにIS学園なんて出てもロクな仕事できないよ! 大学だってお金かかるしさ!」

「そ、それはIS関連のだな……」

「ちーちゃんIS理論苦手じゃん! テストパイロットだって安々と成れるものじゃないしさぁ。もうどうしたらいいんだぁぁぁ」

 

 千冬が「どうしてお前が私の将来を嘆くんだ……」というつぶやきはさておき今の私は絶賛人生の岐路なのだ。原作通りに進ませたいなら私はここで"どちらも捨てる"という選択をするべきなのかもしれない。だけれど、この世界で18年も生きれば情だって湧く。今の私は2人が居ないとつまらないのだ。一緒にISを作ってきて、一緒に高校生活を歩んできた2人が。

 絶賛指名手配中の束は時々私を拉致してラボに連れ帰ってはひたすらにお喋りに明け暮れ、千冬は千冬でテスト前に私がIS理論を見ないと赤点で少しばかり面倒になるのだ。どこかで突出した2人の欠けている所を私が補う。そんな関係がいまは最高に気持ち良い。だから今の関係を捨てたくない。

 そんな子供のような考えが私の中で渦巻いていた。

 

 

「なら両方とも切り捨てろ」

「ふぇ……?」

 

 冷酷なセリフとともに部屋に入ってきたのは生徒会顧問、織田先生。学年が変わって担任じゃなくなっても何かと気にかけてくれている。特にここ最近はお世話になりっぱなしだ。

 

 

「上坂、いつまで悩んでるつもりだ? 政府からの要請が来たぞ。お前は1週間で選ばないといけない。どちらかを選ぶのか、両方とも捨てるのか。少なくとも今のお前は両方を選ぶことはできない」

「でも、でも!」

「解かれ。お前は篠ノ之束と世界をつなぎ、織斑千冬と世界をつなぐパイプなんだ。下心しかない世界に放り込まれるのは遅かれ早かれ決まっていたんだよ。残念だがな」

「杏音、お前が私たちのことをどれだけ大切にしてくれているかはわかっているつもりだ。そろそろ自分のために生きてもいいんじゃないか?」

 

 

 ----------------------------------------------------------------------

 

 

 先生に渡された手紙に「クソ喰らえ」とラテン語で書きなぐって返信し、私は自室に篭もるようになった。

 これは私が1週間で立てた今取れる最善の方法。それは、私が博士号を取り、束の下を離れてフリーの科学者として日本のISチームに入り込むことだ。私はそれを3日で決めて織田先生に報告。先生はただ「そうか」と言っただけだった。

 そして4日でIS関連の機械工学、エネルギー工学、量子力学に関する論文を書いてアメリカとイギリスの論文審査に出した。96時間フル稼働で数万字を書くのは想像以上にハードだったが、おかげで今の私は最高に気持ちいい疲れでベッドから動けなくなっている。チート能力様々だ。

 最初は机の上で死んでいたそうだが、同室の千冬の手によってベッドに運ばれた。私がひたすらに論文を書いているときもただ何も言わず、黙ってエナジードリンクを差し入れてくれた千冬には感謝しきれない。ちなみに、この後生体機能や心理関連の学位も取るべくネット上に転がる論文を読み漁ってまとめてそれっぽく仕立てあげる作業もあったが、夏休み明けには私に6つの学位が付くことになり、学校で表彰されてしまった。

 その後に千冬から言われた一言がコレだ。

 

 

「杏音、お前はバカだ。周りからドクターだの博士だの言われても私はお前をバカだと言い続ける」

 

 多分、言葉の裏には「自分のためにという理由で私達のために動くなバカ」って意味だと私は解釈しているが、千冬はツンデレでありつつも時折真面目だからどのような意味かはわからない。

 はてさて、無事に博士号を手に入れ"院卒と同等以上"と言う保証をもらい、論文に合わせてIS関連の特許もとってマジでラッキーだが、これからは自分の売り込みをはじめなければならない。手始めに束に連絡をとって「仕事辞めます」と言わなければ……

 携帯を手に、束の番号を電話帳から選んで後は発信ボタンをタップするだけ。その動作にたっぷり30秒ほどかけてから発信ボタンをタップした。

 

 

『もしもし、束さんだよ。要件はわかるよ、あーちゃん』

「うん。束、一身上の都合により退社させていただきます」

『分かった。黒騎士はどうする? 持っててもいいけど』

「返すよ。私は篠ノ之束の力も織斑千冬の力も無しで就職活動を始めるから」

『そう。束さんは、あーちゃんの選択がベストだと思う。私からも、ちーちゃんからも離れたようで両方とも仲良くできる。それはただの"友達付き合い"だからどこも干渉できないし』

「だから私、頑張るよ。束」

『頑張れ、あーちゃん。あぁ、そうだ。あーちゃんの論文読んだけどさ、コレって見方によってはIS化けるよね?』

「え? あぁ、"全領域・全局面展開運用能力"の事? そんなの机上の空論だよ。だからこそ論文って形で出せたんだけどね」

『あーちゃん、コレ作れる?』

「ん~、無理かなぁ?」

『分かった、今度お仕事をお願いするね、ドクター上坂』

 

 言いたいことだけ言って束は電話を切った。相変わらずだなぁ、と思いつつも私は目の前のモニターに映る文面に目を移した。

 そこには政府からの招待状にあったISチームの責任者のアドレスと「私を雇わないか?」という内容の強気な文章が5行ほど書かれている。ココで下手に出てつけあがらせるのも気に食わない。私が"雇われてやる"必要があるのだ。あくまでも立場は私が上だと言い聞かせなければならないのだ。

 もういちど内容を見返して失礼のない言葉使いで失礼であることを確認したら送信ボタンをクリックした。こっちは束に電話するより緊張しなかった。

 村八分に怯える女子高生のような返信速度で帰ってきたメールを見返すと「一度あって話をしたい」ということが書いてった。まぁ、そうでしょうね。学校が休みの日を指定して返すとこれまたとんでもない速さで「楽しみにしている」と帰ってきた。



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就職活動と初仕事だよ!

 メールから1週間ちょっと経った週末。モノレールに乗り再開発の進む駅前に出るとロータリーに1台のスポーツカーとそれにより掛かるスーツの女性が居た。事前に見た写真のとおりだったのですぐに解った。

 一方の私は若干着られ気味のダークスーツで「スタイル大事」と改めて自分自身のちんちくりんっぷりにため息を付いた。

 そそくさと彼女の方に近づくと千冬から学んだ気配を隠す術を使って気配を薄めるとしれっと彼女の隣りに立った。

 

 

「おはようございます」

「えっ、あぁ。上坂さん。いえ、上坂博士、とお呼びしましょうか?」

「どちらでも結構です、舟田さん。私はただの学生ですしね」

「そう言わずに。あなたの書いた論文、読みましたよ。ISの未来を変えかねない提案だと思いました」

「あくまでも可能性を示しただけです。それが可能なだけの技術はありません」

「そう言ってしまうとほとんどの研究なりなんなりを全否定してしまいますけど…… とりあえず乗ってください。チームが待っていますから」

 

 そう言って開けられたドアから少し乗りにくいバケットシートの縁をまたいで身体を滑りこませると隣りに彼女が乗り込むとエンジンを掛けた。

 駅前を出た車は高速道路に乗ると内陸に向かった。道中は無言で、1時間ほど走って郊外のインターで降りると大通りを進み、途中の自衛隊基地に車を入れた。ゲートで守衛にIDを見せ、私は学生証を見せると敬礼をしてから通してくれた。

 広い基地の中を更に進んで滑走路がちらりと見えたところを曲がるとそれほど大きくない建物の前の駐車場に車を止めた。私が降りるのに難儀していると小さく笑ってから「乗りにくくてすみません」と言って手を貸してくれた。

 そして目の前の建物に入るとそのまま廊下を抜けて会議室1と書かれた部屋に入った。

 

 

「上坂博士をお連れしました」

「ご苦労」

 

 てっきり私は舟田さんがトップだと思っていたがさすがお役所、そんな一筋縄で行くようなところではなかったようだ。

 広い部屋に不釣り合いなほどに少ないもの。長机が1つと椅子が2つ。この部屋にはそれしかない。入社試験の面接でももっとマシだろうにと思う雰囲気のなか、わたしはただドアの前に突っ立っていた。

 

 

「そんなに緊張しなくていい。私はこの国でISの管理をやっている航空自衛隊の佐々野だ。掛けてくれ」

 

 長机とセットになった椅子には壮年の男性が居て、机の上で組んでいた手をほどいて私に座るよう促した。

 おとなしく佐々野さんの向かいにポツンと置かれた椅子に座ると膝の上に置いた手を握った。

 

 

「流石にこの雰囲気はまずかったか。まずは来てくれてありがとう、博士。君がどう考えているかはさておき、こうして話ができて嬉しいよ」

「いえ、こちらこそ誘いを断っておいてこうしてまたお話を聞いてもらえて光栄です。それと、私のことは博士なんて呼ばないでください。まだ学生ですから」

「そうか、それは失礼した。最初に私のもとに話が来た時は驚いたよ。舟田が上坂さんから連絡が、と言ってメールのコピーを持ってきてね」

「文面と内容のギャップに驚かれましたか?」

「ふふっ、とてもね。私たちは君の想像通り、篠ノ之束とのパイプとして見ていたが、それがご不満と見受けられたよ。だが、それが嫌だと喚くわけでもなく、自身の手で力をつけてきたのは素晴らしい」

「ええ、ですから。私を"ただの科学者の端くれ"として参加させていただけないかと」

 

 目の前の彼は穏やかな口調とは裏腹に話の奥底からプレッシャーを感じる。

 頑張って飲み込まれないように、とっても怖いけど! 泣きそうなのを頑張ってこらえて食らいつく。

 

 

「確かに、君は自身に篠ノ之束や織斑千冬に頼らない価値を付けた。IS学園でもトップの成績だ。操縦者としても、技術者としても。そして、今度は科学者としての才能すらも見せてくれた。これ以上の逸材は居ないと思うよ」

 

 ひたすらに私を褒める文句を並べる。どれも事実だが、少し恥ずかしいな、なんて思う間も無く言葉並びからコレはすぐに上げて落とすやつだ、と思った。

 

 

「だけどね、そうなると今度は君は高すぎるんだ。それこそ"ただの科学者の端くれ"にしておくにはね」

 

 ほら来た。コレはあなたはバケモノなのでお帰りください。ってやつだろ。わかってるよ。小学校の頃から先生に言われたわアホ。もう、くそったれぇ

 プレッシャーとココに来てのお断りフラグに半ば自棄っぱちになりつつある脳内を美味いこと切り離して佐々野さんに向かう。

 

 

「それで、だ。何れチームの主任研究技術員を任せようと思う。言うなればメカニカル面のトップだ」

「そうですか、残念…… え?」

「君にチームのナンバー3の座についていただきたい」

「…………?」

「そんな顔をするんじゃない。君は今までどんな扱いを受けてきたんだ? さぁ、案内しよう。君のこれからの職場をね」

 

 

 今までのプレッシャーはどこへやら、そっと私の斜め前に経つと手を差し伸べてきた。その手をとって立ち上がるとこっちだ、と言って机と椅子がポツンと置かれた部屋を後にした。

 建物を出て正面の駐車場に止められた黒いセダンに乗ると佐々野さんは笑いながら舟田くんのような車で無くてすまないね。と言ったので私もこっちのほうがいいです。とだけ答えた。

 車内では佐々野さんが改めて自己紹介をしてくれて、防衛省に配備されたISを陸海空の自衛隊に割り振って、それらを一元的に管理するような立場にいると説明してくれた。彼の所属は今いる航空自衛隊の基地で、階級は1佐だそうだ。大分口調も砕けて、実際はそんなに怖いおじさんではないと分かったのが伝わったようで、あれは作っていたんだよ、と言われてしまった。

 

 

「見えてきたね。あのハンガーだ」

 

 傍から見るとただの航空機用ハンガーだが、扉の脇に『特殊強化外装試験隊』と書かれた大きなプレートが下げられ、翼を広げた女性のシルエットがモチーフのエンブレムがその下に書かれていた。

 滑走路脇をぐるりと回ってハンガーの横に車を停めると荷物を持って中に向かった。正面の大きな扉ではなく、車を止めた場所の近くにある人間サイズのドアから普通に入るとビルの5階ほどの高さがある天井と全力で走っても端から端まで30秒はかかるんじゃないかと言うほどの奥行き。とにかくISにはもったいない広さの建物だった。

 

 

「広すぎると思っているだろう? もともと戦闘機を入れていた所だからね。奥半分は候補生達の生活スペースになっているんだ。と言ってもここに泊まってもらったことは無いがね」

「すごいですね…… ブースターテストなども室内でできますか?」

「いや、まだベンチが届いていないそうだ。だが、近々設備を入れる予定だよ。こんな鉄板で囲われたハンガーが日本のISの最先端だ」

 

 自虐混じりに佐々野さんが言うのを軽く笑ってやり過ごすと私たちはそのまま生活スペースと言われた区画に入った。生活スペースなんて言ったはいいが、要はちょっと豪華なプレハブで、3階建てのプレハブの1階に道場などの多目的スペース、2階に作戦司令室を兼ねる会議室などの事務スペース、3階に候補生に割り当てられた部屋があるという。佐々野さん曰く急ごしらえだからこんななりだが、数年後にIS関連の施設をひとまとめにしたものが百里基地に建つそうだ。

 そのまま少し急な階段を登って会議室に入ると航空自衛隊の常装(スカイブルーのシャツに紺色のスカート)と略帽を被った候補生5人と同じ服の舟田さんが居た。佐々野さんが部屋に入るなり揃って敬礼。佐々野さんが返すと手をおろして後ろに組んだ。

 

 

「事前に連絡したとおり、上坂博士を部隊にお迎えすることになった。諸君らの学友でもあると思うが、しっかりと態度を切り替えて望むように」

 

 コレはなにか言わないといけない流れ…… そう感じ取った私はまだ自衛官でもなんでもない(はず)なので普通にクラスメートに一礼すると生徒会長のスピーチをするように話し始めた。

 

 

「皆さん、こんにちは。改めて言うのも恥ずかしいですが上坂杏音です。この度、研究員兼技術員として"チーム"に入ることになりました。できるだけ早くみなさんの力に成れるよう精一杯努めさせていただきます」

 

 そしてもう一度礼。こんなの生徒会の仕事でなれたものだ。だが、すでに顔見知りどころか普通に話す仲の人達に改めて挨拶をと言うのは非常に恥ずかしい。

 それと私はISを"兵器"だなんて扱いたくないから部隊をあえてチームと言わせてもらった。そもそもこの部隊はモンドグロッソに出るためのものなはずだ。

 

 

「上坂博士には手続きの後、2尉として正式に配属される予定だ。学校では対等であってもこの場では博士が上官になる。何度も言うが、意識の切り替えをしっかりとするように」

 

 私聞いてないです。と少し攻めるような目で佐々野さんを見ればそれに合わせて舟田さんが「あ、この人また何の説明もせずに」と同じような目で佐々野さんを見た。

 その視線に気づいたのか、少しバツの悪い顔をしてから解散、と言って部屋には私と舟田さんが残された。

 

 

「上坂さんをお迎え出来て嬉しいです。改めて、舟田美依です。一応3等海佐って階級をもらっているけど、あんまり好きじゃないのよね」

「舟田くん……。 ごほん。上坂博士――上坂さんには今後の予定を説明しておこう。君からのメールの時点でほとんど採用は決まっていてね、後はいくつかの書類を書いてもらえば1週間ほどで君は公務員だ。自分達の都合のためならばどんな手でも使ってくるのがいやらしいところだね。制服などはその後に用意するが、それほど時間はかからないと思う。それから、一応自衛官としてのマナーやルールなどを覚えてもらいつつ機体整備や装備開発などにあたってもらいたい」

「なるほど、わかりました。ここに来るのはどれくらいの頻度ですか?」

「そうだな……、候補生と一緒に動いて貰いたいから月に数回だ。休日を潰してしまうことになるが、そこは了承してほしい。それか放課後だね」

「放課後……」

 

 その後も何度となく質問を繰り返し、納得したところで書類を書いて今日の予定は全て完了した。太陽も落ちかけていたが、佐々野さんから候補生の夜間飛行訓練を見ていかないか、と誘われたのでハンガーの正面に出た。

 正面の大きな扉を少し開いてカートに載せた撃鉄を5機運びだしていく。気づいたのが、ここにいる人間が殆ど女性であること。ISの発表から少しずつ社会は女尊男卑に傾き始めていたと思っていたが、ここまでとは……

 ISは女性しか扱えないから、という理由を加味しても男性が7割を占める自衛隊(参考:2010時点で女性は5%ほど)では異様に見えた。

 スカイブルーのスーツに着替えた候補生5人がそれぞれ撃鉄を纏うと空に舞い上がった。ハイパーセンサーを使えばたとえ光のない場所であっても様々な方法で周囲を視覚化することができる。今回はその練習ということだろう。確かに学園では教わらないポイントだ。

 

 

「やはり織斑くんはずば抜けているね。本当なら上坂さんもあの中に入っていただきたい位だが、君は操縦者志望には見えないね。だけれど、聞いているよ、織斑くん以上の実力者だと」

「自分が直すものは自分で動かせないといけないので必然的にうまくなっちゃったんですよ。それに、学園の成績がモンドグロッソに繋がるとも限りませんからね」

「それもそうだ。だが何れ、君の飛ぶ姿も見せてもらいたいと思っているよ」

 

 必要なときには自分が飛びますよ、とだけ答えた彼女らよりも一足早く学園への帰路についた。

 

 

 ----------------------------------------------------------------------

 

 

 それから1週間。本当に1週間ピッタリで改めて正式採用の通知が届き、一緒に入っていたIDを学生証と同じパスケースに入れると親友であり、同居人であり、更に同僚にもなった千冬とともに電車とバスで基地に向かう。後から聞いたが、あの基地は空港ではあるが海上自衛隊の管轄らしい。そして機材の輸送などには陸上自衛隊のツテを使うというのだから改めて共同部隊、というのがわかった。まだ制服ができていないので基地について着替えた千冬と違い学園の制服のままハンガー内のプレハブに入る。

 

 

「おはようございます」

「おはようございます。上坂さんは初出勤ですね。後で制服の採寸したいのでその時にはまた呼びますね」

「分かりました。それで、今日もまた質問なんですけど、佐々野さんと舟田さん以外に幹部自衛官って居ないんですか?」

「候補生はみんな3尉扱いですけど、実際に隊運営をしているのは佐々野1佐と私。防衛省内では空井さんが動いてくれています。上坂さんにもその一端をお任せしますよ」

「はぇっ!?」

「あら、この前言いませんでしたか? 部隊長は佐々野1佐、私はその副官と現場指揮。上坂2尉には私が受け持つ仕事のうち、IS関連を担当していただくことになります。そういうこともおいおい佐々野1佐から説明があると思います」

「わ、わかりました」

「あまり堅苦しく考えずに、簡単に言ったらチーフエンジニアってとこですから。そっちに居るメカニックはみんなあなたの部下、ってことですね」

 

 ただの高校生にこんなことさせていいのかと改めて不安になったところで千冬が私も最初は不安だったさ、と言ってフォローしてくれた。さすがちーちゃん。

 そして私にも候補生同様部屋が与えられることになった。ハンガー内プレハブの3階、一番奥が与えられ、基地についたらまずはここで着替えるそうだ。流石に学園の寮と比べるまでもないが、パイプベッドと机と椅子とローテーブル。小さめのクローゼットと簡易キッチン。部屋にはそれしかないが夏休み位ならなんとかなりそうだ。エアコンもあるし。ただ、お風呂とトイレは無いのでトイレはハンガー内、お風呂は隊舎まで行かないとならないのが難点だが……

 ひとまず千冬の着替えを待ってから私の記念すべき初仕事、実際に私の手先となって動いてくれるエンジニアへの挨拶だ。千冬と一緒にプレハブから出て、少し遅れてきた坂本さん始め他の候補生と挨拶をしてからハンガーの整備スペースに出た。

 そこでパンパン、と手を打って注目を集めてから大きな声で言った。

 

 

「本日付で配属になりました、上坂杏音です。皆さんには日本のIS技術を担う一端として大いに期待しています。若輩者はありますが、よろしくお願いします」

 

 流石に年上しか居ない場は緊張する。だが、その中で"お前らより上だぞ"という威圧と"それでも年下として優しくして"という甘えを織り交ぜたずるい言葉で簡単に挨拶ができたと思う。

 私が下げた頭をあげるとすぐさま作業着の女性たちが集まってきて私の目の前で整列、そして一斉に「よろしくお願いします」と揃って一礼してくれた。

 やはりISに携わっている人たちだけあって全員が私の名前を知っていて、さらに数人が出したばかりの論文を読んだという。あんな論文審査に通りたいだけの夢物語をまじめに読んでくれたなんて感動だ。すこし罪悪感もあるが……

 それからすこしばかりのおしゃべりをしてから候補生5人に割り当てられた機体をざっくりと見た。日本にある十数機の内5機がここにあると思うととんでもないことだ。すべて撃鉄だが、個人のクセに合わせてある程度セッティングを変えているようで、特に千冬のは撃鉄の特徴でもある装甲を削ってまで機動性に振っているほどだった。だが、どれも共通して"いい線いってる"止まりなのは否めない。それでも彼女らは学園を出たわけでもなく、独学と自衛隊内での教育でここまでの知識と技術を身に着けたのだからすごい。整備課の3年と同レベルかそれ以上の出来だ。

 

 

「よっし、機体と設備は分かった。千冬はこの後のスケジュールは?」

「基礎トレーニングという名の筋トレだ。機体に乗る予定は無い。他の4人もそのはずだ」

「分かった。なら思う存分いじれるね」

「あまり突飛なことはやるんじゃないぞ。私は時間だから行ってくる」

 

 千冬に釘を差されたものの、私はもう一度メカニック達を呼ぶとこれからの計画を話した。

 大きな柱はメカニックの技術レベル向上。すでに"チューナー"としては十分なレベルにあるのでそれを"マニュファクチャ"として十分なレベルに変化させる。それによって今あるものでどうにかするのではなく、足りないなら作ってしまえを外部に頼ること無く可能にする。

 すでに撃鉄のアップデートプログラムが開発元の倉持技研から発表されているがそんなの数年後には登場する第2世代と比べたらしらすとマグロくらい違う。わかりにくい? 流石に月とすっぽんほどは変わらないからさ。自分たちが"足りない"と思うところを調整以外で何とかする術を身につけさせるのだ。

 それができれば他の国を出しぬいてモンドグロッソでぶっちぎれる。少なくとも今年中に代表を決めるセレクションがあるだろう。その結果次第で代表専用機を開発する。今のところ日本のIS開発は倉持の独壇場だからどうにかして彼らとのコネも作りたいところだが、最悪コアだけ残して皮を自分たちで作れるようになればいい。

 それをメカニックたちに話すと彼女らはその目を一層輝かせた。

 コンコン、とノックされたドアから入ってきたのは舟田さん、いや、舟田3佐。薄暗い部屋で私とエンジニアがニヤニヤしながら話していたのだから彼女も少しは引いた、かと思えば食いついてきた。

 

 

 

「上坂2尉、制服の採寸をしたいので下までお願いします。といいたいところですが何やら楽しそうなお話してますね」

「これから舟田さn……3佐に相談に行こうかと思っていたところです」

「無理して階級つけなくていいんですよ? それで、相談とは?」

「定期的に彼女たちにIS講座を開きたいので機体をもう1機ください」

「それは流石に無理です」

「ですよねぇ……。今あるのをいじる分には……?」

「構いません。楽しそうですね、私も一科学者として気になります。上坂博士のIS講座」

 

 許可はおりた、後は実行に移すのみ……

 私は少しだけ黒い笑みを浮かべて彼女達にサムズアップをした。

 



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国家代表決定戦……の裏で生徒会のお仕事もするよ!

11/27追
お気に入り100超えました。ありがとうございます
|ω・`).。oO(けど、続きが全然書けてないんだよなぁ…



 私が自衛隊の制服にも大分慣れた10月、1年後に控えたモンドグロッソに向けての日本代表選抜試験が行われようとしている。要は候補生同士の総当りトーナメントなわけだが、すでに本人以外の誰もが千冬の代表決定を疑っていなかったし、候補生同士でも「千冬なら仕方ない」的な諦めにも似た雰囲気があった。

 だが、それでも候補生5人は勝負自体を放棄するような人ではないのでハンガーでは絶賛5機の撃鉄を急ピッチで調整している最中だ。

 

 

「野上機、セッティング終わりました!」

「坂本機いけます!」

「近藤機上がりです!」

 

 ハンガー内で声が飛び交う。まだ数週間しか経っていないが私のIS講座の成果は確実に出ているようだ。作業効率が上がって所要時間も短くなった。それでいてISのスペックも上がるんだから皆満足! 最高ですね。

 私の仕事は全体の進捗を6枚のホログラフィックディスプレイで眺めながらカフェオレを飲んで、時々キーボードを叩くだけだ。管理職って本当に適当でいいんだな、と改めて思った。私がISに直接手を出そうとするといろんな人から止められちゃうからいじれないんだけどさ。

 5機中の3機は終わり、もう1機もそろそろ終わりそうだけど。やっぱりというべきか千冬の機体が手こずっている。あの子は皮剥いだりエネルギー配分変えたりでかなりいじくりまわされてるからバランスがとてもシビアなのだ。日本代表候補生No.2と言われる坂本さんはオールラウンダーだから機体も特にいじらず、全体的に効率を上げていく方向のセッティングなのでとてもやりやすい。他の子も千冬ほど極端にいじることはしないのでさっさと終わるのだが……

 

 

「柊機、終わりました!」

 

 残っていた柊さんの機体も終わって残すは千冬の機体のみ。ちなみに柊さんの機体には私と舟田さんで組み上げた射撃補助システムを試験搭載している。だから彼女は射撃に不向きと言われてきた撃鉄で世界3番めの長距離狙撃を成功させ、彼女の制服には記念章が一つ増えた。

 4機の撃鉄が外に運び出されるなか、作業台の上に乗ったままの千冬の機体には2人がつきっきりであれやこれやとやっているのが見えるが、データを見る限り芳しくない。今日の不機嫌はエネルギー系らしい。

 

 

「上坂博士、織斑機のセッティングが……」

「みたいだね。今日は時間もないし私がやるよ。2人は機材運びの手伝いよろしく」

「わかりました」

 

 10人居るメカニックの中の1人、松田1曹に伝えると私はそのまま千冬の機体の隣でIS開発時から使っているソフトを使ってもう一度システムチェック。無理やり繋いだエネルギーバイパスが思うように安定していなかったのでレスポンスダウンを最小限に抑えながらエネルギー回路を組み替える。

 多数ある回路から適正なものを選びとって書き換えていくだけだ。この取捨選択は慣れるしか無い。彼女たちの悩みどころはおそらく安定させると千冬の期待するレスポンスが得られず、そのギリギリを探ると他所にも響いて全体がグダグダになってしまっていたところだろうから。

 3分ほどで機体を仕上げるとジャッキを使って台に乗せてハンガーの外に出すとすでに4人はISを纏って慣らしと言わんばかりに飛び回っている。千冬はそんな4人を複雑な表情で見ていた。

 

 

「千冬、おまたせ」

「ん、杏音。今日もコイツがぐずったか」

「全く手のかかる子だよ。いつもよりちょっとレスポンスが下がってるかも」

「分かった」

 

 千冬もまた撃鉄を纏うとPICだけで浮き上がってからブースターを吹かして一気に飛び上がった。

 5人が揃ってからしばらくしたところで舟田さんが全員を一度おろして機体にはエネルギーを補給。5人には選抜試験のルールが改めて説明された。使用するのはここから40キロ離れた海上。そこまで移動し、こちらの合図で試合を始める。制限時間は20分。シールドエネルギーを多く削った方が勝ちだ。

 その間整備の人間はとっても暇になる。私は現場で予備機の撃鉄に計測機器や補給機器、エネルギーパックを詰め込んでのモニタリングと弾薬エネルギー補給、最悪の場合に飛び出していく役目だ。コツコツ作ってきた高機動パッケージもどきが予備機には装備されているので負傷した場合はもちろん、考えたくないが逃げ出した時にも追いつける。

 舟田さんの話も終わって5人がこっちに来たので私も合わせてやたらとゴテゴテした撃鉄に身を預けた。私のISスーツは空自指定の紺色のものではなく、黒騎士の時に使っていた白いスーツだ。というのも、私はそもそも飛行要員ではないので私用のスーツというのが無いのが理由だが。

 

 

「あ、今日は杏音ちゃんも飛ぶの? 久しぶりに杏音ちゃんがIS乗るの見るよ」

「おい、野上。今は上坂さんだろ?」

「え~、ユキ(近藤さん)は固すぎるんだよー。舟田さんも適当でいい、ってよく言ってるじゃん」

「だから時と場合を選んでだな……」

 

 生真面目な近藤さんとおっとり系の野上さんが言い合っているがコレもまたいつもの光景だ。近藤さんも学校では普通にみんなをアダ名なり名前で呼び合うが基地内では苗字で、としっかりと分別をつけている。彼女らしいといえばらしいが、野上さんも言うように上司である舟田さんが適当なので案外どうでも良くなっていたり……

 流石に他所の隊の上官が居たりする前では苗字で呼び合うが、隊内ではこんな感じでもいいんじゃないかなぁ、とは思っている。

 

 

 《5人共、早く空域に移動してください。時間は限られていますから》

 《了解》

 

 オープンチャンネルで飛んできた舟田さんからの指示を聞いてから5人が目で合図をして一斉に飛び上がった。私はそれに一歩遅れてついていき、道中の彼女らすら記録する。

 私の視界には自分の機体のステータスの他に5人ぞれぞれの機体のステータスも表示されているので何かあればドクターストップを掛ける仕事もある。

 5人のキレイな編隊飛行に一定の距離をおいてピッタリとくっついて飛ぶこと数分。閉鎖された海域につくと予定通り、1回戦の野上さんと柊さんを先行させてからシールド発生装置のスイッチを入れた。

 

 

 《それではこれより代表選抜試験を開始します。1回戦、野上、柊。準備が完了し次第、現場指揮官の指示で試合を開始してください》

 

 舟田さん、こっちでのことは私に丸投げですかい……

 口調はしっかりしてるのにやってることはひどいよ。

 

 

 《それでは、2人共所定の位置に付いてください》

 

 シールドで作られたドームの真ん中、2人は10メートルほど間を開けると互いに視線を合わせた。

 

 

 《2人共機体は良さそうだね。心の準備は?》

 《大丈夫。いつでも》

 《私もいいぞ》

 

 クール系な柊さんが即座に返事を返すと野上さんも自分の頬を叩いてから返事をした。

 

 

 《では、試合を開始してください》

 

 その一言で2人はそれぞれの得物を展開、柊さんは長いライフルを1秒もかからずに展開すると即座に射撃を開始。野上さんは短いマシンガンを展開すると応戦するように弾幕を貼る。

 この後の細かい描写は省かせていただくが、結果だけ言えば1回戦は柊さんの勝利に終わった。

 続く2回戦、近藤さんと坂本さんの一戦は坂本さんが勝利。3回戦は柊さんと坂本さんで、これもまた坂本さんが取った。4回戦でやっと千冬が出てきて難なく近藤さんを下すと続く5回戦で野上さんを下した。その後も数試合をこなし、結局上から千冬、坂本さん、柊さん、野上さん、近藤さんの順になった。

 この結果はまぁ、言ってしまえば予想通りってやつで、この中で最下位になってしまった近藤さんもIS学園ではトップクラスの実力者なのだ。日本の候補生は世界的に見てもトップクラスの実力だと思うし、学園の中で時々模擬戦をやっているのを見ていても日本の候補生に追いつけるのはそれこそナターシャとほか数人と言ったところだ。その中でもやはり千冬は絶対的なトップに居る。ん、トップ……? ヤバい、そろそろ次の生徒会長を決めないと!

 

 

 ----------------------------------------------------------------------

 

 

 試験を終えて戻ってからと言うもの、私は即座に稼働データをまとめて舟田さんに提出すると片付けをエンジニア達に任せて「学園の仕事を思い出したので先に帰ります」と言って千冬達よりも早く学園に戻った。

 薄暗い学園の中を通り抜けて生徒会室に直行するとすぐに校則のデータを立ち上げたPCで見返す。生徒会の項目には私が書き足した「生徒会長は学園の生徒のあらゆる挑戦を受け、敗北した場合生徒会長の座を譲る」という項目と「生徒会長は学園の生徒の学園生活を守り、有事の際には生徒の身の安全を確保するべく行動する」という項目があるが、それ以外"生徒会長"と文中に存在するのは「生徒会は生徒会長以下副会長、会計、書記の幹部を中心とした適切な人数で運営される」という項目しか無い。

 つまり、生徒会長を選ぶ手段が今のところ私に挑む以外無いのだ。これはいけない……

 夕飯を食べていないのでぐるぐる言うお腹を会長の机の引き出しに常備されている(理由は察して欲しい)エナジーバーとエナジードリンクでごまかすと生徒会長を選ぶ"選挙"に関する項目を書き足すべく草案を起こすことにした。

 

 IS学園学則 第○条 委員会 第1項 生徒会 その○△ 生徒会の人員

 付記1,生徒会長の任期は3年生3学期までとする。その間に生徒会長が変わらなかった場合、全校生徒による普通選挙を行い、最多数表を取った生徒を次期生徒会長とする。

 付記2,副会長以下の人員は生徒会長の選考した生徒とする。

 

 こんな感じでどうだろう? ごく普通になったのではないだろうか? 会長の任期は3年3学期までっていうのは本当は2年半って言う時間にしたかったけど、そうすると私がアウトだからやむなく……

 副会長以下の人員は生徒会長がチョイスっていうのは原作がその通りだったからそうしただけ。案は無難すぎて止められる気がしないのでついでに生徒会長選挙の下準備として候補者一覧や投票用紙のテンプレートを作って各クラスに配布するためのプリントも書き起こして……とやっていたら日付が変わっていたので椅子の横のレバーを引いてフラットにすると引き出しに入っていた化学繊維の毛布を取り出してそれに包まって目を閉じた。

 

 

「上坂、起きろ。上坂」

「ん……? ちーちゃん?」

「残念だが織斑ではないな」

「ん、あ? ゆかりん?」

「教師に対してゆかりんは何だ、ゆかりんとは。そんな呼ばれ方したのは小学校以来だぞ」

「うごっ、織田先生!」

 

 上半身を気合で起こすと腕についたスマートウォッチを軽く叩いて時間を見るとすでに10時半。いくら3年で授業に出なくていいからって言ってもコレは怒られる。

 

 

「あ、っその、えと」

「お前がそこで寝ていた理由は画面を見ればわかる。私が来たのはまさにその要件だからな。部屋にも整備棟にも居ないから探したぞ」

「なんか、その。すみません」

「謝らなくていい。生徒会に科学者に自衛隊での仕事もあるんだろう? とりあえず来週までに候補者をまとめてから来月の頭には選挙でいいか?」

「はい、それで」

「ここまで下準備が終わっていれば私の仕事も大したことないな。ダメそうなときには篝火を呼ぶからお前は部屋で寝ておけ」

 

 先生に言われるがまま自室に戻ると千冬が握ったと思われるいびつなおにぎりがテーブルに置いてあり、一口かじるとまだ芯が残っていて正直あまり美味しくなかったが「千冬だから仕方ない」と納得して用意されていた3つを食べた。ちなみに全部塩っ辛い塩むすび。

 皿で抑えられていた手紙には「部屋に戻らないなら私に連絡をしろ。寝るならベッドで寝ろ。飯はちゃんとしたものを食え」ともう少しやさしい言い方で書いてあった。

 

 

「ほぇ、ではお言葉に甘えて……」

 

 



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暮桜お披露目、そして生徒会選挙だよ!

クラリッサの年齢関連修正しました。
イーリスはわからなかったので千冬のひとつ下、原作時点で23ということで……


 選抜試験で千冬が無双をしてから1ヶ月、頼んでいた機体がついに届いた。倉持技研が開発した第1世代。千冬の専用機になる暮桜だ。

 だが、この暮桜、納入されてハンガーに入ってから千冬による試運転もなくいきなり分解された。我々(メカニック一同)の手によって。理由は多々あるが、単純に私が倉持を胡散臭いと思っているのと、自分たちが整備するものなんだから一度前バラして組み立てなおしたくなるのがメカの性というやつだ。

 そういうわけで一度暮桜をバラしたら設計上のボロが出るわ出るわ。機動性に極振りするあまり重要なところの強度が無かったり、火器管制システムが撃鉄のものをちょっと弄っただけでごまかしてあったりとちょっといい撃鉄レベルの鉄くずに日本国は数億の開発予算をつぎ込んだのだ。ただのアホとしか言いようが無い。

 そういうわけで、私は生徒会選挙まっただ中に全力で学校と基地を行ったり来たりする生活を送っていたが、その甲斐あってゴミクズ同然だった暮桜は千冬の知らない間にリビルドされ、世界最高レベルの機動性と情報処理システムを搭載した究極のISに生まれ変わった。

 記念すべき初飛行では政府の偉い人なんかも居る中で堂々と"倉持のロゴを消して私とメカニックのサインを書いた"白に差し色で桜色の入る機体は空に舞い上がった。

 倉持の人間から射殺すよう目で見られた我々メカニック一同だったが、修正点をまとめた報告書(解決策の論述もしたから50万字は超えた)を出してやるとひとまず黙った。そういえば、生徒会の篝火は倉持に就職が決まったと言ってたな……

 

 

「お疲れ様でした、上坂さん」

「いや、みんなもよくやってくれた。まさかあんな鉄くず掴まされるなんて思わなかったからね」

「ホントですよ、倉持は何考えてるんだか。それでも、次期自衛隊正規採用も倉持って話ですし……」

「自衛隊配備機15機を全改修とか洒落になりませんよ」

 

 そして、私は今メカニック達と絶賛打ち上げ中だ。基地内の食堂で。

 まぁ、外出許可が降りなかったから仕方ないね。ちなみに今の時間は書類上"お仕事"なので就寝が遅れても私が上から少し文句を言われるだけだ。

 

 

「それにしても、まさか上坂さんが武装を一から作りなおすとは思いませんでしたよ」

「ですね。一緒に届いていた長刀でも良かったんじゃないですか?」

 

 武器関連が得意な豊田一曹と本田一曹が口をそろえて言う。だけど、私が暮桜のプリセットであり、ほぼ唯一と言っていい刀を作り上げたのは原作通りに千冬に勝ってもらうためだ。

 そのために私の記憶に焼き付いている千冬の剣を振る姿を思い出しながら脳内で再三演算を繰り返して千冬好み、というよりも千冬専用のエネルギーブレード、雪片を作ったのだ。本人の評判もすこぶるいい。ただ、実体兵装メインの日本おいてめったにないエネルギー兵器なのでシステム系をほぼ一から組み直した。機体周りはメカニックの彼女らに任せても問題ないレベルの技術があることはわかっていたので丸投げ、だから学校ではシステムを書き、基地では雪片を作っていた。

 

 

「あの刀は千冬専用だからね。長さ、重量バランス、グリップの太さと振った時の空気抵抗、打撃時に伝わる衝撃まで全部考えて作ったフルオーダーメイドだよ」

「なんというか……」

「上坂さんの千冬さんへの愛って、ねぇ?」

「好きなら素直にゴフゥ――」

 

 変なことを言いかけた昴二曹を怪我しない程度に殴って黙らせ、周囲に「これ以上なにか言ったら殺す」と言わんばかりの目を向けると再びグラスに注がれたコーラを飲んだ。

 二曹を殴ったことでそれなりの注目を浴びたが、傍から見れば作業服の集団がじゃれあっているようにしか見えないだろうから問題ない。

 作業着の袖をまくって手首に巻き付いたリストバンドをトントン、と叩くと22:14と時刻が空中に投影された。正直利便性だけなら普通のアナログ時計がいいのだが、こういう細かい所にロマンを求めたくなるのだ。

 

 

「さぁさ、そろそろお開きにしましょう? 私はこれから学園に戻らないといけないし……」

「えぇ、夜はまだこれからじゃないっすかぁ」

「あんな寒くてがたがた言うプレハブで寝ろと?」

 

 私がマジで勘弁して下さいという顔で見ると川崎二曹は「あっ…(察し」と言った顔をしてから「そうっすね、上坂さんは学生ですし、仕方ないっすね」と言った。

 散らかったテーブルを片付けてからハンガーに戻り、IS学園の制服に着替えると上からグレーのジャケットを羽織って黒い革の手袋をした。ちなみに千冬はボルドー、束は白の同じデザインのものを持っている。

 律儀に隊舎の前で待っていてくれたメカニックの面々に挨拶をしてからもう顔なじみになった守衛さんに挨拶をして門を出た。

 すでに慣れた基地から駅までの道を歩き、駅から電車、モノレールを乗り継いで約1時間、日付が変わるギリギリの時間に寮の自室に帰宅した。

 寝ている千冬を起こさないようにこっそり着替えを持って大浴場まで行ってシャワーを浴びる。本当ならゆっくりと湯船に浸かりたいところだが、今それをやったら明日には水死体が発見されかねないので我慢だ。

 そしてクセッ毛気味な髪をワシャワシャとしながらドライヤーで適当に乾かすと再び自室、こっそり布団に入ると千冬の声がした。

 

 

「今帰ったのか」

「今日は打ち上げがあったから」

「お前には無理をかけるな。暮桜のことだけじゃなく、生徒会でも、個人的にも」

「いいんだよ。私の好きでやってることだから」

「身体を壊すなよ。お前に倒れられると学園も部隊も困る……私もな」

 

 

 最後にボソッと言ったことも聞こえてるよ。君の弟じゃないからね。

 でも、そんなことに突っ込むのは野暮なのでスルーして言い訳を続けた。

 

「大丈夫、束が作ってくれた栄養剤飲んでるから」

「そんなのに頼らない生活を送ってくれ……」

 

 束の栄養剤のおかげで私の体は健康を維持できているようなもので、あれをやめたらしばらくベッドで点滴を受ける生活になるだろう。脳みそ18個並列で動かすにはとんでもないエネルギーが必要なんだと身を持って知った。

 暮桜のリビルド以降、私は絶賛栄養不良なのだ。なので束お手製栄養剤を毎日1本飲んでいる。1ヶ月もすれば体内での栄養バランスが元に戻るからやめていいらしいけど。そりゃ、食物で補おうとしたら身体が拒絶しますし…… 一回やって吐いてしまったのは千冬には内緒だ。さらに言えば、無理やりノンレム睡眠に陥れる薬も服用していたり…… これじゃまるでヤク中だな。

 普段は千冬の寝ている間に飲んでいる薬も今飲むと気づかれてしまってまた心配を――

 

 

「今日は薬を飲まなくていいのか?」

 

 バレてたぁぁぁぁぁ

 冷や汗が止まらないが頑張って平然を装う。

 

 

「の、飲むよ。なんで知ってるの?」

「束に聞いたんだ。お前、束にどれだけの薬をもらってるんだ?」

「栄養剤と脳の睡眠薬の2種類だけだよ。だから大丈夫」

「だから、の理由がわからん…… だが、あまり薬に頼り過ぎるな? いくら束の作ったものであってもな」

「うん。でもこれが無いと頭働き過ぎちゃってさ」

 

 ピルケースから白いカプセルを一つ取り出し、枕元に常備している水で飲み込む。即溶性なのであと10分もすれば薬が効きだして私の脳は活動を最小限に抑えてくれる。

 

 

「コレもまた束から聞いた話だが、杏音。お前の頭はかなり特殊らしいな。だからそんなに……」

「違う。私は変じゃない、変じゃないの。そんなこと言わないでよ」

 

 千冬の言葉に私は極端に反応してしまう。

 今まで周囲に言われ続けてきた"異常"や"異質"という言葉。私を認めるでもなく、"異物"として排除する人たちが使っていた言葉。そんな言葉が続く気がした。

 

 

「人の話は最後まで聞け。束いわく、お前の脳は活性化するといろんな物質が普通の人の20倍近く出るらしい。あまり深く考えるな、頭をつかうなとは言わない。お前のその頭脳に私たちは救われている。それだけ地の能力が高いなら、普段は持っと頭を使わなくてもいいんじゃないか? お前が本気をだすのは偶にでいい。もっと適当に生きてもいいと思うぞ」

「普段はそうしてるよ。今回は暮桜、が……」

 

 私の言葉は最後まで続かなかった。脳の強制終了だ。ただ、最後に千冬があまり見せない優しい声色で「ありがとう。がんばるな。杏音」そう言っていた。

 

 

 

 ----------------------------------------------------------------------

 

 

 朝の6時半。薬の効果が切れるとともに起きると隣のベッドが空になっているのを見てからケトルでお湯を沸かし、安いコーヒーの粉を溶かすとそのまま一口。2年だか3年の春だったか頃から始めた私の日課だ。

 そもそも千冬がコーヒーにハマったのがきっかけで、千冬はよく授業が終わった後の夕方に窓の外を見ながら少し甘めのコーヒーを飲んでいる。私は目覚めの一杯をブラックで。ただ、すごく苦酸っぱくて何が美味しいのかはわからない。雰囲気だ。

 今日は生徒会長選挙の開票日。候補者は3人で、2年生から2人、1年から1人出た。

 候補者3人はクラリッサ・ハルフォーフ、イーリス・コーリング、秋月香織の3人。3人共トップクラスの実力者であり、秋月さん以外は国家代表候補生でもある。噂では秋月さんは代表候補のオファーを蹴ったとかなんとか……

 そんな学年のヒロイン3人が立候補した生徒会長選挙、それぞれ様々な方法で生徒たちの票を集めようとしていた。その結果が今日現れる。

 カップを2/3ほど開けると洗面台で顔を洗い、歯を磨いてから制服をいつもに増してきっちりと着込むと生徒会室に向かった。

 電子投票で行われた生徒会長選挙の開票なんていうのはあっという間にできてしまうので結果を見ながら私のスピーチを考える。

 ふむ、結果は拮抗してるけど、彼女に決まったのね。確かに彼女ならば人々を統率する能力は十分。人柄も良いし人望もある。私は安心して任せられるだろう。

 あらかじめ用意しておいたテンプレートを少し弄って彼女の就任に合わせたものに書き換えるとそれを生徒会のクラウドストレージにアップデート。

 ホログラフィックディスプレイ投影機能の付いたネックレスをつけるとアリーナに向かった。

 

 

「おはようございます。本日は生徒会室選挙開票日です。20分後より結果発表と会長挨拶、新会長の就任演説を行います。クラスごとに整列して待機してください」

 

 アリーナで千冬やナターシャ、ヒカルノと打ち合わせをするとゲートを開け、生徒たちが入ってきた。まだ時間はあるが千冬が案内アナウンスを流して生徒の誘導を行なう。

 アリーナのグラウンドに整列した生徒たちとは別に生徒会長候補の3人は私たちと共にいる。

 私の腕時計がアラームの味気ない音を響かせると私と候補3人はグラウンドに置いた壇上に上がった。

 

 

「みなさんおはようございます。本日は次の生徒会長が決まる大事な日です。私に打ち勝って生徒会長の座を奪い取る方が現れなかったのは残念ですが、ここにいる3人の誰が生徒会長になってもまた、任期を満了してくれるだろうと信じています。それでは、織斑副会長から結果の発表です」

 

 アリーナに据え付けられた大型のスクリーンに候補者3人の名前と顔写真がか並んだ。

 

 

「IS学園2代目生徒会長は…」

 

 裏でマイクを使う千冬のいやらしい間の取り方にアリーナ内の生徒たちも息を呑む。

 かくいう私も壇上で思わずゴクリとつばを飲んだ。別に選ばれるのは私じゃないけど。

 

 

「1年1組、クラリッサ・ハルフォーフ」

 

 その瞬間、耳をふさぎたくなるような歓声が沸いた。アリーナのスクリーンには各候補者の得票数が表示されていて

 Clarissa Harfouch 33.9%

 Iris Calling 32.7%

 Kaori Akizuki 33.4%

 とまぁ、非常に僅差になった。それでも決まりは決まり、ハルフォーフさんに生徒会長は決定だ。

 

 

「接戦となりましたが、IS学園2代目生徒会長はクラリッサ・ハルフォーフさんに決まりました。おめでとうございます。敗れた2人も非常に悔しいとは思いますが、学則に則って彼女を打ち倒せば生徒会長ですから、まだチャンスは残っていますよ。ハルフォーフさんは真面目な性格と伺っています。今回の選挙でも地味ながら確実な手段で見事に得票数トップを勝ち取ったようですね。生徒会に求められる確実さ、堅実さ、それらを兼ね備えた人物だと私も思っています。きっと彼女の選ぶ生徒会メンバーもきちんと職務を果たしてくれるでしょう。すぐ後から引き継ぎや様々な仕事がいきなり待ち構えていますが、今の気持ちと、これからの意気込みを聞いてみたいと思います」

 

 3分で考えたテキトーな内容をスラスラ読み上げてあとは丸投げ。会長なんて簡単な仕事さ、判子押してサインするだけだからね。やばそうな書類はシュレッダーだけど。それだけさ

 なんて表と裏で全く違うことを考えながらまた座るとハルフォーフさんが前に出て、卓の前に立った。

 

 

「今回、生徒会長に就任したクラリッサ・ハルフォーフだ。これから君たち生徒の長として職務を全うすることをここに約束しよう。私は今まで何度となく上坂先輩に挑み、敗れてきた。その絶対的な高みを超えることはできないかもしれない。だが、彼女の後任なのに、と呆れられることのないような成果を残し、先輩のように任期の最後まで務め上げて選挙をまた行いたいと思っている。文句があるならば掛かって来い。いつでもお相手しよう」

 

 さすが、現役軍人は凄みがちがうね。最初はフレンドリーな感じでいかにも"生徒会長"って感じなのに最後の一言はマジだったよ。私でも鳥肌立ったもん。その証拠に話し終えた彼女が席に戻っても拍手は起らず、しばらくしてからまばらな拍手が全体に広がった感じだ。

 それに応じる彼女にさっきの凄みは無く、笑顔でそれに応じていた。ちなみに、原作では黒ウサギ隊の全員に越界の瞳(ヴォーダンオージェ)が入っているはずだが、現時点での彼女にソレはない。切れ長の目に深い青紫の瞳がイケメンだ。

 実際、彼女にもソッチのファンがいるらしく、時折お姉さまと呼ばれているのを見かける。流石に千冬ほどじゃないけど。

 なにはともあれ、無事に生徒会長も決まり、来週にはハルフォーフさんが生徒会メンバーを選出する予定なのでそこから引き継ぎやらなにやらで年内いっぱいは私も生徒会室に通い詰めになりそうだ。

 すると残すは卒業制作のみ。まぁ、自衛隊の方の仕事もあるけど、あんなの暮桜が完成した時点でもう通常整備だけだからモーマンタイ。ふんふん、と機嫌よく教室に向かう途中でやつからとても魅力的提案を受けるまでは。

 

 

「あーちゃん、あーちゃん! IS作って!」

 

 



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モンドグロッソに行くよ!

 IS学園を卒業してから半年が経った。

 学園を卒業してから私は晴れて公務員になり、特殊任務手当とかで我が家の父よりも稼いでしまっていたりで上坂家は一時戦闘状態に陥ったが、私が親孝行だ、と家族で温泉旅行に行ったら丸く収まった。

 閑話休題。卒業してからの私は佐々野さんに無理を言って隊内で車や特殊自動車、もっと詳しく言うと大型自動車(大型自動車は自衛隊車両に限る)と大型特殊自動車(大特車はカタピラに限る)を取ったのだ。それから輸送科のフォークリフト運転技能講習とクレーン運転技能講習を受けて今では機材搬入整備なんでもござれの便利屋さんだ。それからバイクの免許もとって通勤にスクーターを使っている。

 日本国ISチームはというと、まだ学生である山田真耶を含めて候補生を新たに5人加え、その他人員補充もあって私が配属された時には20人ほどだったが、今となっては100人を超える規模にまでなってしまった。もちろん、百里基地のIS専用の建物はまだ建っておらず、厚木のハンガーを改装したものでワイワイと楽しくやっている。

 だが、10月にはモンドグロッソ。そして、チームの選抜部隊(初期から居たメカニック10人と私、佐々野1佐、舟田さん、そして千冬と坂本さん)と暮桜、予備機の撃鉄改(真)をチャーター機に積み込んで第1回モンドグロッソが行われるドイツにやってきた。

 さすがの私も転生前含め海外に行った回数は多くない。特に以前からの憧れであったドイツはとても興奮している。

 フランクフルト国際空港に到着した機はISなど、機材の積み下ろしの関係でボーディングブリッジのあるスポットではなく、一般駐機場に機体を止め、タラップがつけられるとまずは今回の護衛を勤めてくれる陸上自衛隊の選抜メンバーが機体から降りた。タラップの前には数台のバスと高級車が並び、待遇の良さに少しどころかとても驚いた。

 彼らが迎えの人(おそらく現地警備のドイツ軍だろう)と会話をすると私達の降機が許可された。まずタラップを降りるのは今回、チームのトップである佐々野1佐。そして舟田3佐も並んで降りる。続いて花型のパイロット、千冬と坂本さんだ。彼らは大きな拍手に迎えられ、千冬と坂本は少し恥ずかしそうに手を振りながらタラップを降りて黒塗りのベンツに収まった。

 そして最後に私達、技術班。まぁ、歓迎されてる感はあるが、どことなく"ついで"な感じが否めない。まぁそりゃ、以前から表舞台に出ることの多いパイロットさんは人気でしょうが、彼女の活躍の裏には私達の仕事もあるってわかってほしいな、と少し思った。

 私たちはさっきの4人のように高級車に乗り込み……なんてことはなく、これからドイツで最初のお仕事、機材降ろしがあるのだ。

 ISは結構ラフに扱っても問題ないが、それを整備するための道具が精密機器ばかりで非常に気を使う。だから自分たちが監督して作業を行うのだ。

 旅客機後部の貨物ハッチが開くとまずはそれぞれの荷物がおさまったコンテナが出てきた。コレは別にどうでもいいので早く流して下ろす。機体の中央付近に固められたコンテナが私達の仕事道具。機内の貨物スペースの中を動かすだけでも気を使う。"ガタガタ"は許されても"ガッチャン"はアウトだ。

 そんな神経を使う作業にたっぷり30分も使えば空港の展望エリアで日本の国旗を降っていた人たちの影もなくなり、運搬用トラックの運転席にわたしが収まって隣にドイツ軍の人、そのとなりに松田一曹といった感じで5台のトラックと2台のバンは空港を出て一路、試合が行われるスタジアムに向かった。

 初めての左ハンドル、初めての右側通行、初めてのアウトバーンと正直「運転してみていいですか」と言った自分をぶん殴りたくなる経験をしたが、隣でナビをしてくれたドイツ陸軍のアンドレ少尉のおかげで無事故無違反で無事に目的地に到着することができた。

 道中の車内では私が英語やら拙いドイツ語やらで頑張ってアンドレ少尉とコミュニケーションを取っていたなか、松田一曹は爆睡していた。その神経の太さが羨ましい。

 その後、日本国ピット設営も予定通りに進み、その日の夜には白に赤いライン、桜色のアクセントが効いた日本らしいピットが完成、暮桜と撃鉄改(真)がコンテナに入れられたまま搬入され、その日の仕事は終わった。

 

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「あーちゃん、あーちゃん! IS作ってよ!」

 

 時は遡り1年前。生徒会選挙が終わった後のことだ。突然現れた束は何を言い出したか、私にISを作れと言い出した。

 確かに、私が論文を出した時、仕事をお願いすると言っていたがまさかこの事では…… と考えた私の予感は的中。束はまさに、私が考えた"ことになっている"第4世代ISを作らせようとしたのだ。

 当然私は渋った。だが、束の出したあまりに魅力的な条件に、思わず私は頷いてしまった。

 

 

「もし、束さんが納得できる出来だったらISのコアをあげる。未登録のあーちゃんにしか反応しないあーちゃんだけのコアを」

 

 そして私は卒業制作を兼ねて4ヶ月ほどの時を使い、簡易的ながら展開装甲を用いたプロトタイプを作ったのだ。腕、足、腰の3箇所に回転式のエネルギー放出孔を設け、ある時はブースター、ある時はスラスター、ある時はエネルギーブラスター、ある時はエネルギーシールドを展開させるギミックを盛り込んだ撃鉄を学校で作った。もちろん束はその出来に満足し、私は無事にコアを手に入れた。私だけのコアを。第2回モンドグロッソまでに私の専用機を作り上げ、なんとかして一夏くん誘拐の影を追わねばならない。申し訳ないが、原作の大きな流れを変える気は無いので一夏くんには拐われてもらうし、千冬には決勝を棄権してもらう。だが、それはまだ3年も先の話だ。私と束の知識を合わせれば3.5世代くらいの特殊機ができるだろう。そのために私はIS学園にPh.D上坂杏音として勧告を出したのだから。

 

『有事に備え、専用機を持ち、即時展開可能な教員を配置するべきだ』と

 

 

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 時は再び現在。モンドグロッソは各部門で日本はコンスタントに成績を出して千冬がぶっちぎりのトップに立っている。

 ヴァルキリーになれたのは近接格闘のみとはいえ、この後の総仕上げ、各国代表とのトーナメントでトップに立てばブリュンヒルデは確実だろう。

 その証拠に千冬は今の今までシールドエネルギーを半分以下まで減らさずに勝ち進んできた。そして迎えた決勝。相手はアメリカ代表だ。千冬に対して悪手中の悪手である遠距離射撃中心の重武装重量型。アレでは千冬にとってただの居合に使う竹(名前知らない)にしかならないだろう。

 だからアメリカ代表は機関銃をバリバリと撃ちまくっているのにそれより更に近い間合いで千冬が斬りつけているからアメリカの機体はシールドエネルギーがもうレッドゾーンに突入した。対する暮桜は余裕のグリーン。私は内心勝った、と思いつつ、最後までどうなるかわからないなー的な顔で勝負を見続けていた。が、あっさりとその後30秒ほどで決着がついてしまい、初のブリュンヒルデは千冬に決まった。

 その後の片付けやらなにやらでとっても忙しかったのは言うまでもないが、千冬の顔はどこか冴えなかった。

 

 

「どしたん、ちーちゃん」

「ん、杏音か。いや、勝ったのはいいが、どうもイカサマっぽくて腑に落ちなくてな」

「ま、それは仕方ないよね。搭乗時間が圧倒的に違う。それに、相手はみんな学園で一緒だった子ばかりで相手がどんな手を使ってくるかも粗方わかる。わからない機体データは私が解析してイチコロ。これ以上ないチートっぷりだよね」

「はっきり言うな、お前は。だからこそだ。正々堂々と試合をした、そういうつもりだが、前提が大きく違うんだ、私と彼女たちじゃ……」

 

 そんな世の中が千冬レベルのバケモノばかりだったら世界の軍事バランス崩壊なんてレベルじゃなくなる。なんて言えないが確かに、チートとも言える環境で戦う千冬がそう思ってしまうのもわかる。

 大会前のレセプションなんてほぼIS学園1期生同窓会、みたいな感じだったし、その時のみんなの顔は表面では「久しぶりに会えて嬉しいよ」があっても、その裏、国を背負う人間としての顔は「千冬と杏音が相手なら負け確だわ」というのが目に見えたから仕方ない。

 だから次回以降のモンドグロッソが肝だ。そうやって帰りの飛行機では千冬をなだめ、暮桜の改装案を考えつつ10時間あまりのフライトを楽しむことにした。



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暮桜がセカンドシフトしたよ!

致命的なミスに気が付きました。
クラリッサの年齢が作中でずれてます。作中で22歳なので千冬の2つ下ですね。

あちこち修正します。特に作中への影響はなさそうですが……


 第一回モンドグロッソから1年半程経ち、第2回モンドグロッソへの興奮と各国ともそろそろ発表できるレベルに達する第2世代の足音も聞こえてきた頃にその異変は起きた。

 いつもどおりの訓練を行っていた時のことだ、突如として暮桜のエネルギーレベルが跳ね上がったかと思うと機体が白い光に包まれて気がついたらおぞましいほどにスペックが上がっていた。

 文字に起こすと簡単だけど、理論上しか存在しなかったセカンドシフトをこの目で見てしまったんだから……

 まぁ、それを起こしたのが千冬ってのがソレらしいけど。私達は即座に訓練を中止させて暮桜の解析にかかった。と言っても外観上変わった場所は特に無く、唯一無二の装備として雪片が据えられ、単一能力(ワンオフアビリティ)として零落白夜の存在が確認できたくらいだった。

 内部はエネルギー利用効率が跳ね上がり、単純出力ならファーストシフト時の1.5倍から2倍は出ている。こりゃ、モンドグロッソで無双しますわ。

 

 

「上坂さん、コレ公表します……?」

 

 恐る恐る、と言った感じで聞いてきたのは昨年から部隊に入ったIS学園の卒業生、光岡さん。その後ろで他の技術者たちもこっちを見ている。一応技術面でのトップは私だけど、これは流石に私一人で決めていい問題では無いだろう。ヘタしたら外交問題だし。

 

 

「私一人の判断で決めていいことでは無いと思うので上官に判断を仰ぎましょう。それまで暮桜には今まで通り、物理ブレードの紫雷(しらい)を搭載しておいてください」

「わかりました」

「それと、千冬に私のところに来るようにと言伝をお願いします」

 

 敬礼してから踵を返して機体の下に向かう光岡さんを見てから散らかったテーブルの片隅にある電話を取ると内線で佐々野さんを呼んだ。

 

 

「おはようございます。IS研(特殊強化外装試験隊)の上坂です」

『ああ、上坂くん。どうした』

「暮桜がセカンドシフトを起こしました。機体解析は終了し、テスター上の問題は無いことを確認しています。ですが……」

『セカンドシフトを起こしたことをどうするべきか、ということかな?』

「その通りです」

 

 佐々野さんの唸り声を少し聞きながら答えを待つと案の定無難な答えが帰ってきた。

 

 

『モンドグロッソ開幕ギリギリまで公表を控えよう。機体のことはまた会った時に聞かせてくれ。その時に訓練スケジュールなどについて考えるべきならば考えよう。今のところはどう考えているかね?』

「外観上は殆ど変化が無いので、紫雷を今までどおり装備させて通常訓練を。セカンドシフトと同時に現れた特殊兵装については深夜などに沿岸部の訓練空域を使うべきかと」

『分かった。メカニック面はさっぱりだからね。今のところ君がソレでいいというならそうしよう。舟田くんや空井くんには私から伝えておく』

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 受話器を置くとさっきから扉の向こうで待ちぼうけを食っている千冬を呼んだ。流石に気配察知くらい千冬と同じくらいできるようにはなった。

 ISスーツのままの千冬に私の白衣を投げてから椅子を勧め、コーヒーマシンで千冬が好きなのを1杯入れるとテーブルに置いた。

 

 

「暮桜のことだろう?」

「主には。どうよ?」

「大雑把だな……。あまり乗っていないからなんとも言えないが、機体が軽くなったような感じだな。ただ飛ぶだけでもそれがわかる」

「ほうほう。それで?」

「まだセカンドシフトしてから3分しか乗ってない人間に何を望む? セカンドシフトした機体に付いてならお前のほうが詳しいだろう?」

「いや、機体についてはそうであっても人間についてはねぇ……」

 

 私は何も変わっていない! と手元にあったファイル(厚さ10センチ、重さ2キロ)で頭を殴られ、危うく意識が吹っ飛びかけたが頭をさすりながら続ける。

 万が一千冬の体調に変化があっては困るのだ。

 

 

「いやぁ、体調はすこぶる良いようでよかった。万が一のことがあると困るからね」

「自業自得だ、馬鹿者」

「んんっ! それで、織斑2尉。これからのことを話そう」

 

 あえて千冬を織斑2尉(モンドグロッソで勝って昇進した。私もね!)と呼んでこれからする話が真面目なことであることをはっきりさせる。

 今までの話も真面目じゃなかったわけじゃないんだけどね?

 

 

「暮桜での通常訓練時は今まで通り紫雷を使ってもらうことにした。雪片の解析が終わったら重量バランスなどを似せたレプリカを作るからソレでイメージを掴んで」

「なるほど。公表はしばらく先か」

「うん、モンドグロッソ手前までね。それで、雪片とワンオフアビリティは深夜に洋上の訓練空域で使うことにするから訓練がちょっと辛くなるかも。ま、相手は私がやるつもりでいるからそこは安心して」

「安心なような不安なような……」

 

 一応私のほうが階級上なんだけど……とか思いつつ、部屋の片隅に実体化させて放置してある雪片を持ち上げるとなかなかずっしりとした重さがある。

 生身で使うのは厳しい重さ、ってまぁ、生身で使うことなんて無いだろうけどさ。

 剣先を引きずったまま千冬の前に持ってくると少し睨まれた。ごめんね、重くて持ち上がらないんだよ。

 

 

「これが雪片か」

「ですよ。見たところ物理ブレードとしてもエネルギーブレードとしても使えそうな感じだから暮桜に特殊なエネルギーバイパスがあったんだね。詳しい解析はこれからだから、コレを使った訓練は早くても明後日以降だね」

「お前のことだ、今日中に解析を終わらせて、空域を取るのに2日かかるとか言うんだろう?」

exactly(そのとおりでございます) って、わけで、これからのことは大雑把に伝えたからガンバ!」

「本当に大雑把だな!」

 

 カップに残ったコーヒーを流し込んでから千冬は訓練に戻った。

 リアルタイムで送られてくる各候補生と現代表の機動データと機体の稼動状態。私達IS研でオリジナルパーツを組み込みまくってメインフレーム以外はまるで違う機体になりかけている撃鉄はそろそろ進化の限界だ。倉持で開発されているであろう打鉄にその座を譲る日も近いと思う。

 IS研にある6機のISの内、1機は千冬の専用機、暮桜だが、残りの5機はその日によってまるで外装が変わっている。訓練する候補生に合わせたパッケージまでは行かないが、ブースターなどのパーツセットを私達で決めてその日に組み込むのだ。これによって作業の効率化と訓練の効率化はもちろん、機体の汎用性(マルチロール性)の向上も果たしている。今や自衛隊のIS研は世界に名だたるIS開発のトップランナーとも言えるのだ。だが、大人の事情でオリジナルISの開発まで行けないのが残念ではあるが……

 そして、私の専用機。コアナンバーA-000という特殊番号を持つコレもこっそりと束のラボで組み立てられている。私と束がやりたいことを全部詰め込んだチートで唯一無二で絶対無敵の第0世代(オリジナル)

 私が名前をつけたら「あーちゃんらしいくていいと思うよ」と言われたゲテモノ。そんな代物の時折届く作業の進捗状況まとめを見ながら、私は重くて仕方ない雪片を作業台に載せた。




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@yu_uzuki


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最先端で最高性能で予想の斜め上を行くよ!

ハーモニーの映画を見てきたので、影響を受けてオーグやWatchMeなんかを丸パクリしたりしてます。


 基地からスクーターで15分ほどの場所にある少しお高めの賃貸マンションのある部屋で、私は卵型のハンギングチェアに身を預けて束と私の専用機の話をしていた。

 私の左目に入れたコンタクトレンズ(オーグレンズ)を通して見える景色はテーブルを挟んで反対に束が居り、その束と私は話をしていることになる。まぁ、言ってしまえばAR(拡張現実)VR(仮想現実)を組み合わせた技術だが、こんなアイデア自体は21世紀に入る前からあったのでソレを実現させただけだ。

 そして、議題である私の機体。基礎設計と運用方法を束に提案したら束は珍しく口を開けて目を見開くくらいには束の予想を裏切る運用の仕方をすることになった。

 私の考えた機体の運用方法。それは、ISのコアを別の場所に置いて、いつでもどこでも呼び出せるようにすること。例えるなら、研究所に置いたスーパーコンピュータの処理能力を出先のスマートフォンで使う感じだ。

 ISがISであるために機体とコアが一緒である必要があるのかを問うた結果がコレで、私と束はこの運用法について1年間の基礎研究、そしていままで応用と実験を繰り返した結果、遂に遠隔地でISを展開することを可能にした。機体スペックはISのコアとその周辺、いわばスパコンのスペックに依存するため、ソッチをアップグレードすればいいし、コア自体は束のラボ、吾輩は猫である(名前はまだない)に置いてあるのでよほどのことがない限り奪われたり壊されたりしない。ソレに、あのコアは私専用だ。

 

 

『今まで300時間の実動をして問題はゼロ。さすが束さんとあーちゃんだね。さすがにISを遠隔展開するなんて言い出した時には束さんも驚いたけど、結局出来ちゃう辺り私達も人間やめてるね』

「ま、そんな技術も全てにおいて元はといえば束が考えたんでしょ、大天災サマ?」

 

 ちなみに、このオーグレンズもISの技術のセンサー関連の技術を流用しまくってできている。だが、ISのように脳波だけで会話できるほど素敵なものじゃないので私は傍から見れば虚空に向けて話しかけるおかしな人間だ。

 

 

『ふしゅー、ふしゅー』

「ごまかせてないよー?」

『で、でも、あーちゃんが束さんに変なこと吹きこまなければISなんて生まれなかったもん! あーちゃんも共犯なんだからね?』

「そういうことにしておいてやろう。で、ハードの方もちゃんとしてる? 私が動かすたびに感覚が違って困るんだけど」

『あーちゃんの要求スペックが高すぎるんだよ。さすがの束さんでもアレを1ヶ月で仕上げるのは無理だから少しずつ実装してるんだよだからね? 最高出力なら現行ISの5倍は軽い代物だよ。でも、そろそろ世代交代も近づいてるから単純なカタログスペックが物をいう時代じゃ無くなっちゃうかもしれないけど、あーちゃんのことだからそういうのも見越した上での目標数値でしょ?』

「もちろん。あの機体ならセカンドシフトした暮桜も敵じゃないよ」

『あーちゃんの考えた展開装甲を全面的に採用してるからね。この先5年くらいは技術が追いつかないんじゃないかな?』

 

 その通り、私は4年後の技術を先取りしてるのだから。次に生まれる機体がどうなってしまうか……

 ヘタすると一夏くんの白式が鬼スペックになりかねないが、ソレは私が阻止しよう。原作通りになるように。

 私は適当に言葉を濁して適当な相づちを打ちながら自分の鎖骨の下あたりをなぞる。私に埋め込まれたこの子機――私たちはエクステンションと呼んでいる。がこの後の事件の真相解明と、原作介入に必要不可欠だ。

 体内にエクステンションを入れると言った時に束は身体を傷つけてまで入れる理由がないと猛反対したが、私が「外部にぶら下げたらそれこそ専用機と何ら変わりない。この技術が漏れるのを防ぐためにも体内に入れるべきだ」と言って頑なに譲らなかったので束が折れて私の体表面から数センチのところで私の体温を餌に動いてくれている。

 だが、束は何を考えたか、このエクステンションに私の身体スキャン機能まで盛り込んだらしく、私の体温、脈拍はもちろん、ホルモンの分泌量や血中成分の濃度まで私のすべてが束の手の中にある。それはオーグレンズを通して私にも見えるのだが、正直言ってだからなんだ、といったところだ。こんなのがありがたがられるのはフィクション(<harmony/>)の中だけだろう。

 

 

『ひとまずモンドグロッソには間に合うからそれまでにあーちゃんはちーちゃんにする言い訳を考えておいてね? 束さんは一切の責任を負わないから』

「そもそも千冬にもバレないように使うから大丈夫。もしバレたら……護身用とでも言うよ」

『ちーちゃんはそれじゃ納得してくれないと思うな』

「私もそう思ってるから。意識飛ばすだけで済めばばいいな……」

『ちーちゃんの手の届く範囲にいるのはあーちゃんだからね、それ相応の覚悟が要るって事で』

 

 束の言葉にぐぎぎ……と返すことしかできなかった。だが、千冬のことだ、こんな奇想天外なISを作るのは束だと勝手に決めつけて束に矛先を向けてくれると信じている。

 それに、このISの特徴はなんといっても搭乗者からISの反応が出ないことにあるのだから。たとえ私がPICを使おうと、オープンチャンネルで語ろうと、IS用の武器を振り回しても私は生身でそれを使っているようにしか観測できない。

 これこそが最大のメリットであり、恐ろしい点でもある。

 後は2週間後に迫ったモンドグロッソで何が起こるかを然と未届けさせていただくとしよう。



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第二回モンドグロッソの裏側だよ

あけましておめでとうございます。
と書いているのはまだ12月の8日です。

何はともあれ。今年も卯月ゆうと、その作品たちをよろしくお願いします。


 第2回モンドグロッソ。第1回と同じように千冬の独壇場で進む展開の中、それに食らいつく選手が居た。

 イタリア代表のアリーシャ・ジョセスターフ。千冬と同じ高速度の近接格闘を得意とする選手で、今までの各部門で千冬と同じように射撃系は切り捨て、刀で立ち回れる部門では必ず千冬に次ぐ位置に有り、現在2番手につけている。

 30分後に迫った決勝に向け、事実上チームの責任者でもある私は画面とにらめっこだ。

 佐々野さんや舟田さんはVIPラウンジ的な場所でテーブルの上の戦争を繰り広げているだろうから、あっちよりも私はこっちの方がいい。

 舟田さんにはついでに一夏くんのお守りもお願いしてあるし、ラウンジには世界中から集った選りすぐりの軍人さんが睨みを効かせているからいくら亡国機業とは言えあそこでアクションは起こせないだろう。

 まぁ、たぶん一夏くんがトイレに行った隙とかで拐われてしまうんだろうけど、そこは私の知ったところではない。

 

 

「豊田さん、雪片は」

「表面研磨終了、重量バランスの補正データ入力済みです。零落白夜、エネルギー変換効率も80%を超えています」

「おっけ。本田さん、ブースター関連は」

「背部ブースター左右で推力差なし。脚部も同じく。シミュレーションでは通常の99%以上の出力を確保」

「こっちもいいね。最後、松田さん。メインフレーム」

「メインフレーム歪み撓み、ともに規格値内。エネルギー系統異常なし。コア機能も問題ありません。量子変換効率99%以上出てます」

「オールオッケー! 千冬、いい?」

 

 機体の準備は万端。おそらく一夏くんが拐われたと連絡が入るまであと15分位だろう。ある意味、千冬より私のほうが緊張しているかもしれない。

 

 

「ああ、もちろんだ。今年はみんなに加え、一夏も見てるからな。無様な姿は見せないさ」

 

 紺色の中に白や桜色の差し色が入ったISスーツをまとう千冬がコートを脱ぎ、暮桜を撫でながら周囲をぐるりと回る。

 その目は厳しく、絶対的な冷たさ、圧倒的な闘志、いろいろなものを混ぜあわせて濃縮した視線であった。

 試合開始まで残り20分。千冬が暮桜に身を預けると操縦者自らの目でシステムチェックを行う。今、千冬の目元を覆う桜色のバイザーにはおびただしい量のシステムインフォメーションが滝のように流れている。

 同じものを私はオーグレンズで見ながら異常がない事を改めて確認する。機体は大丈夫。操縦者も。今のところは……

 試合開始まで15分。エネルギーを供給しながらブースターを動かして暖機運転を始める。ここでもISの各センサーが表示するデータを視界に入れながら私は黙って機体を眺め続ける。

 機体を視界に納めればあちこちから出る吹き出しに現在のスロットル開度、温度、発生推力、エネルギー変換効率、その他がスライドショーのように入れ替わる。

 ヤバい値が出れば赤く染まるはずだから今のところ問題ない。

 試合開始まで10分。ブースターも十分に暖まったところで武装の確認を行う。

 

 

「千冬、聞こえる?」

『ああ。プライベートチャンネル、問題なしだ』

「じゃ、手順に則って残りを終わらせちゃお。雪片展開」

 

 私がいうが早いか、次の瞬間には千冬の手元には一振りの刀が現れていた。先程まで丹念に磨かれていたソレは鏡のように周りの風景すら反射して映し出している。

 

 

「零落白夜発動。エネルギーは供給しっぱなしだから気にしないで」

『分かった』

 

 鏡面仕上げの刀が中央から割れたかと思えば次の瞬間には桜色の光を放つエネルギーブレードへと変化。これに触れればシールドエネルギーをガリガリ削るチート能力、零落白夜。

 原作の一夏くんとは色が違うが、機体が違うし操縦者の違うんだからそういうものだと考えることは諦めた。今までコレで他国の代表を切り捨てて来た。一番ひどかったのは中国代表と当たった時だ。零落白夜が装甲のない腹部に直撃。試合開始から30秒で蹴りがついて会場が静まり返った。

 話を戻そう。起動テストだったね。

 

 

「83%、いいね。コードが切れない程度に動いてみて問題なければ終わり」

 

 雪片を量子化して戻すとラジオ体操のような動きをしてから何も持たずに袈裟をやったり軽く動かして、千冬が頷いたのを見てから私は時計を見た。

 あと3分。ちょうどいい頃合いだろう。

 

 

「ピットオープン! まだ機体は出さないで」

 

 ちょうど向こうもピットを開けた様で、真っ白な化粧板にトリコローレのラインが1本真横に伸びるのが見える。

 出てくる機体もまた白く、関節の差し色に赤や緑が入っていてオシャレだ。

 試合開始2分前のアナウンスが聞こえたところで私は千冬を見ると黙って頷いて答えたのを確認してからただ一言、いってらっしゃい、と言った。

 ここからの試合展開なんて語るひつようもないだろう。と言うか、いつも通り、千冬が得意の手業でジョセスターフさんを押していた。

私は予備機の撃鉄改・真ver5.37(いじりすぎて名前をつけるのが面倒になったから3回めのアップデートからver○.○○表記になった、と言うのは余談だ)に目を移し、これまた特に異常個所が無いことを確認し、ディレクターチェアに座ろうとしたところで千冬が大きくジョセスターフさんの剣を切り上げて上空に飛び出すのが見えた。

 

 

「千冬!」

 

 わかっていたとは言え、とっさに叫んでしまったのは当然の反応かも知れない。

 次の瞬間には私は即座に頭を切り替えて指示を出し始めた。

 

 

「豊田! 千冬に停止命令を! 川崎! 暮桜レーダーで追い続けて! 松田! 現場の指揮を委譲! 私は予備機で追います!」

 

 作業着のまま予備機としてピットの奥に佇む撃鉄(ryに飛び乗ると緊急起動させてバススロットから私のISスーツを呼び出した。

 

 

「全員対ブラスト姿勢!」

 

 私はそう叫ぶと広いとは言えないピットの中でリボルバーイグニッションブーストをして一気に速度を上げ、高度を取るとハイパーセンサーで千冬を補足してから再び瞬時加速でスピードをあげる。

 旧式になりつつあるフレームがあまりの推力に悲鳴を上げて大量の警告メッセージを出すがお構い無しで千冬の後を追った。距離はさほどない。千冬も私が追ってきていることはわかっているだろう。

 

 

『千冬! 止まりなさい!』

『一夏が、一夏が!』

『コレは命令よ、千冬、止まりなさい! 撃墜も辞さないわよ!』

『杏音! 一夏が拐われた、拐われたんだよ! 頼む、お願いだ! 私にはこれしか方法が無いんだ!』

 

 無情ではあるが私はアサルトライフルを呼び出すと数百メートル先を飛ぶ千冬に向けて数発撃った。

 

 

『杏音、わかってくれ……私には、私には……!』

『ごめんね、ちーちゃん』

 

 私は更に銃撃を続ける。一発でも推進系に当てればこっちのものだ。だから撃つ。容赦なく撃つ。

 そして煙を上げた暮桜とともに、撃鉄も限界に達した様で、機体維持限界で強制的に解除。私は上空3000フィートでフリーフォールだ。

 

 

『杏音?!』

 

 そんな千冬の声が聞こえた気がしたが私はここまで温存してきた奥の手、ファウスト(知識と幸福の追求)を展開。地面ギリギリから再び舞い上がると低空で千冬を追い越し、倉庫などが並ぶ港湾地帯に到着した。

 熱源探知で人の姿を探せば見事に柱に繋がれた子供くらいの大きさの熱源とそれを囲む数人の大人。手には銃。後方から千冬。約30秒で到着。

 私はバレないように気配を消し、とりあえずハイパーセンサーで全周警戒しながらハンドガンを手に持ち、一夏くんが監禁されている倉庫の裏手側、150メートルくらいのコンテナの影から様子を覗いている。

 

 爆音とともに倉庫に突っ込んでいく千冬を見てから私は表に回ると機体維持限界に達した撃鉄を再度展開、ファウストでメイン系を制御しながら見た目はボロボロの撃鉄というトリックを使いながら千冬の後ろに立った。

 

 

「一夏、無事だったか……」

「千冬、姉……」

「感動の再開のさなかに申し訳ないけれど、織斑二尉、直ちに両手を上げてISを解除しなさい」

「杏音、ふっ……」

 

 千冬は気を失った一夏くんを地面に寝かせると両手を上げて暮桜を解除した。

 それから振り返り、涙でぐしょぐしょになった顔で私を見た。

 

 

「杏音、私は間違っていたか?」

「間違ってないと思うよ、姉としては。でも、自衛官としては、間違ってる」

「そうか…… 私はどのみち除隊だな。もうISに触れることもないだろう。学園に入ってから、姉らしいことができなかったんだ。姉として正しい選択ができたことが今は、嬉しいよ」

 

 私はISを解除するとISスーツのまま千冬の上官として、言った。

 

 

「ごめん。織斑二尉、あなたを特殊強化外装運用規定違反で拘束します」

 

 私は手を上げたままうつむく千冬の手を後ろで結束バンドで止めると一夏くんを抱き上げてから遅れてやってきた自衛隊の人間に引き渡した。その後ろにはドイツ軍の人も見える。

 現場には真っ二つになった死体がいくつも転がり、コンクリートの地面を赤く染めていた。

 私は知っている。あの中で千冬が行ったことを。すべて記録して、ファウストのメモリーの中に保存し、束にも送った。物心ついた頃から20年以上過ごしてきた千冬が鬼気迫る表情で銃を向ける男達をひたすらに一刀両断する姿は、とてもとても恐ろしかった。



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左遷されたよ……

「杏音、すまなかったな。お前まで巻き込んでしまって」

「そのセリフ何回言うつもり? もう良いよ。千冬は正しいことをした。それを分かってくれてる人もいる」

 

 私たちは2人で空の上。今回はチャーター機なんてものじゃなく、普通に民間機のエコノミーに2人並んで座っている。

 行き先はドイツのフランクフルト。私達の今の服装は常装冬服。これでプライベートな旅行ではないことがお分かりいただけると思う。

 理由はそう、ドイツへの出向だ。原作と違って私も一緒に。名目は「要人救護にあたって協力の御礼」そういう題目で技術供与をするそうだ。私がメカニカル面での、千冬が操縦技術面での、と。

 いくら日本から海外に向かう飛行機とはいえ、多くの観光客の中で制服の自衛官2人。それも片方は時の人となれば嫌でも目立つ。千冬は最初のうちは浮かない顔ながらもサインなどに応じていたが今では浮かない顔が沈没事故を起こすレベルで悲壮感を漂わせている。

 こっそり私が通路側に移動して千冬をブロックしつつやっと半分を過ぎたフライトの中でこれからのことを考えていた。

 ドイツに着いたらおそらく"まだ"ハルフォーフさんが隊長を務める黒ウサギ隊の面倒を見ることになるだろう。そして千冬はラウラに目をつけ、育て上げると。私はおそらく……第2世代機の開発にでも付き合わされるのだと思う。適当にAICのヒントだけ置いて1年でさっさと帰るつもりだ。

 

 

「千冬、起きてる?」

「ああ」

「私、ドイツから帰ったらこの仕事やめようと思う。千冬はどうする?」

「私もそれを考えていたよ。もっと普通な、ちゃんと毎日家に帰れる仕事がしたい」

 

 この先IS学園に先生として赴任して結局帰れない、なんてことを告げるのは酷なのでとりあえず同意する。

 私達2人がISに構っている間に一夏くんや箒ちゃんはだいぶ大きくなった。肉体的にも、精神的にも成長した。もちろん、長い年月が経てば成長はする。私の母から聞いた話では、一夏くんはここ数年で特に炊事家事洗濯と家事全般の能力を著しく伸ばしていたらしい。曰く「千冬姉はどうせダメダメだから俺がしっかりしないと」らしい。なんとも姉思いな弟だろう。そんな弟が傷つけられればブチ切れてこんなことになっても仕方ない。

 私は意識を戻した一夏くんに一度怒鳴られたことがあった。「どうして俺を助けた千冬姉に手錠をかけた」と。「千冬姉はなにも悪いことをしていないだろう」と。彼は最後のあの瞬間を見ていたらしかった。そんな彼に私はただ「ごめんね」とつまらない謝罪をすることしかできなかった。大人の事情を並べ立てることはできただろうが、彼がそれを理解してくれるなんて思わなかったし、私自身、千冬を拘束なんてしたくなかったのだから。

 

 

「後1年。長いな」

「技術者的にはあっという間なんだけどね」

「お前らしい。すみません、コーヒーをお願いします」

 

 ロシアとその周辺の国境をかすめるように飛んで行く飛行機の中で千冬の飲むコーヒーの匂いがやけに焼き付いた。

 

 

 -------------------------------------------------------

 

 

 フランクフルトに着いたのは現地時間で午後の3時。なんだかんだで初めて通る到着ロビーを抜けて車回しに出ると空軍の制服をきっちりと着こなした顔見知りが黒いベンツのボンネットに黒いストッキングに包まれた足を艶めかしく組んで寄りかかって待っていた。

 こちらに気づくと慌てて姿勢を正して敬礼をすると、

 

 

「Herzlich Willkommen in Deutschland. Hauptmann Uesaka,Oberleutnant Orimura. ドイツへようこそ、上坂大尉、織斑中尉」

 

 笑顔でそう言い放った。左目には眼帯がすでにある。術後だったか……

 

 

「Ich freue mich, Sie wieder zu sehen. またあえて嬉しいよ、ハルフォーフさん。いや、ハルフォーフ中尉」

「久しぶりだな、クラリッサ。第1回モンドグロッソ以来だから3年ぶりか?」

「2人共同時に話さないでください、何を言っているかわかりませんよ。相変わらず杏音先輩はドイツ語がお上手で。そうですね、3年ぶりです。その間に色々ありましたが、そういう話は車で。基地はケルンなのでここから2時間ほどです」

 

 

 慣れた手つきでトランクを開けると私達のスーツケースを2つ放り込んで閉め、そのまま流れるようにリアドアを開けた。私達がブラックレザーのシートに見を預けるとハルフォーフさんは助手席に乗り込んだ。

 さて、つもる話も多い。特にその左目は。

 

 

「最初に確認だけ、上坂大尉、織斑中尉2人は今後1年間に渡り我々ドイツ軍IS特殊部隊の教官についていただきます。その際に得た機密情報その他は、もう言いたいことはおわかりですよね?」

「「ええ(ああ)、問題ない」」

「特に上坂大尉はそういった情報に触れる機会が多くなると思うので。情報管理だけは厳重にお願いします。と言っても、生徒会専用フォルダのあのセキュリティを見ればどれだけセキュリティリテラシーが高いのかと言いたくなりますけど……」

「別に情報を厳重に保管するに越したことは無いでしょ? それに、今実用化に向けてラストスパートかけてる第2世代、Rätsel(レーツェル:謎)型だっけ? アレの設計データは日本から見れるくらいガバガバのセキュリティだったからだいたい知ってるし」

 

 私があっけらかんとそんなことを抜かすとハルフォーフさんはもちろん、ドライバーの女性も冷や汗をかいているのが分かった。

 国の最重要機密と言ってもいい最新鋭のISの情報が筒抜けなのだからこの会話を盗み聞いているドイツ軍上層部は大慌てだろう。私が事前に下調べもせずに何かすると思っていたのだろうか? ならば私という人間の調査不足としか言いようが無い。

 

 

「せ、先輩はそういう人でしたから……。で、織斑中尉、日本の自衛隊から『貴殿の持てる技術を余すことなく発揮するように』と伝えるように言われています。手抜きはなしで学園の時みたくスパルタでお願いします」

「分かった。もとよりそういうつもりだ。杏音も操縦指導に加わるのか?」

「場合によってはお願いすることもあるかもしれません。実のところ……」

 

 ハルフォーフが私達に顔を寄せるように手を招くままに顔を寄せると耳打ちされる。

 

 

「ドイツ軍の上層部、と言うより軍の殆どは杏音先輩をただの技術屋だと思ってます。残念なことにパイロットが偉ぶっている節がわが隊にもあるので舐められる前に……」

「叩きのめしてやる」

 

 私は数年ぶりに"悪巧みをするときの笑い"と形容される笑みを浮かべるとハルフォーフさんから顔を離して座り心地のいいシートに寄りかかると軍のデータベースにアクセスを始めた。もちろんARレンズは持ち込んでいるので外からは見えないキーボードで外からは見えないウィンドウを見ていることになるが……

 

 

 

 -------------------------------------------------------

 

 

「千冬先輩、杏音先輩が卒業してからのIS搭乗時間は分かりますか?」

 

 杏音が早々に会話から離脱して空を見始めた(ああいう時には大体なにか考えていることを知っている。それに、時折左目が光るから何か仕込んであるんだろう)ところでクラリッサが聞いてきた。

 確かに自衛隊で杏音がISに乗っているのをあまり見た記憶が無い。雪片のテストをするときに撃鉄改で相手をしてもらったが、それでもせいぜい10時間だ。それ以外には……ハンガーから出して軽くテストをするときくらいか?

 

「そうだな……多く見積もっても100時間は乗っていないだろう。戦闘機動も暮桜が完成した時に少し暴れた程度だからせいぜい10時間だ」

「実質ゼロ、ですか……」

「そうだな。だが、この前のモンドグロッソで私を拘束したのは杏音だ」

「ッ……!」

 

 クラリッサが驚きに目を見開いている。私だってあの時は必死過ぎて驚きはしなかったが、今考えれば異常なことだ。"ただの整備員が"ブリュンヒルデを追い掛け回してドッグファイトを繰り広げたのだから。

 私が思うに杏音は私の知らないところでISに乗っている。どうせ束絡みだろう。それで戦闘機動を行っていれば当然の実力だ。

 杏音はISの使い方に関しては束以上に熟知していると私は思っている。ハイパーセンサー然り、他の機能もだ。束は普通の人間にはオーバースペックなものを作り上げた。なのに杏音はそれをフルに使いきれているのだ。1年の時、初めての模擬戦で「ISに死角なんてない。すべてが見えるんだから」なんて言った時には化け物かと思った。人間は360度見える生き物ではないのだから死角ができて当然なのに、杏音はある方がおかしいとも取れる言い分だったのだ。

 今では候補生クラスなら使えて当然の技術である瞬時加速(イグニッションブースト)もそうだ。余剰エネルギーを再度取り込んで放出するなんて誰が考えるだろうか? 束と杏音は方向性こそ違えど、2人揃って頭がおかしい。束は0から1を作ることに掛けては天才だ。だが、杏音は1を10にも100にもする技術がある。20年以上の付き合いで私はそう思うようになっていた。

 

 

「杏音先輩、やっぱり底が見えないというか……」

「ああ。あいつはISに乗せたら一番厄介な相手だ。ある意味私より戦いにくいだろうな」

「ブリュンヒルデにそれと同格、またはそれ以上…… 本当に規格外な先輩達ですね」

 

 クラリッサに一発拳骨を落としてから私も顔を離して窓の外に目を向けた。高速道路を走っているのか、ガードレールの向こうには畑らしきもの、そのさらにむこうにチラホラと建物も見える。

 少し窓を開けて異国の空気を吸い込んでみる。束ならこう言うだろう「空気なんてどこでもいっしょじゃん」杏音はこう言うだろう「あぁ、海外っていいわぁ~」

 私はこういう。

 

 

「少し、寂しいな」

 

 私の囁きは誰の耳にも入らず、風切音とともに車内を一周して消えた。

 杏音は相変わらず窓の外を見たままだし、クラリッサは手元のタブレットで何かを始めた。さて、私は何をするべきだろう?

 バックパックから一冊の本を取り出し、読むことにした。

 

『サルでも分かるドイツ語―日常会話編―』



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初代IS学園生徒会長が本気をだすよ!

 基地に着く頃には私の悪巧み顔も収まった(千冬談)ようで、ブリュンヒルデを迎えるとあってか、盛大な歓迎を受けた。主に千冬が。

 私はまるで千冬のおまけのような扱いで、時折声をかけられて握手を求められたが、何れもIS学園の卒業生かISの開発整備に関わる人たちだった。なんとも悲しい。

 時刻はまだ昼前、ハルフォーフさんに連れられて基地内の食堂に着くと大量の料理が並び、なんとも言えない美味しそうな匂いを漂わせていた。

 

 

「これはまた美味しそう……」

「ブリュンヒルデをお迎えするんですから、初日くらい手を込んだものを、と思いまして」

 

 私のつぶやきに誰がともなく返事をした。

 少し棘があるニュアンスに感じられたのは私の色眼鏡だろうか。それはともかく、少し早めの昼食を取ってからハルフォーフさんに早速テストをすることを伝えると、彼女は少し困ったような笑みを浮かべてから隊員たちの元に駆け寄っていった。

 私はただ、「新型機をさくっと動かせるようにしてから試運転を兼ねて"軽く"動かすからよろしく」と千冬っぽく言ってみただけなのに……

 時計は1時過ぎ、今から1時間、いや、30分もあればレーツェル型1号機、レーツェル・ルースト(謎解き)を第1世代最高クラスの機体と遜色ないレベルまで引き上げられるだろう。すでに稼働テストに入っているレベルの完成度なのだから本当に軽くいじるだけで十分だ。

 善は急げと言わんばかりに手近に居た人に整備場の場所を聞いてからそっちに向かうと警備兵は顔パス(と言うよりいま着ている自衛隊の制服だろう)で扉を開けてくれた。

 中に入り、作業をしている整備兵に軽く挨拶をすると厚木のハンガーよりずっと広い整備場の奥にお目当てのものがあった。シルバーグレーの無骨な機械鎧。そんなイメージを持たせるソレはご丁寧に作業台に乗ったままで、今すぐいじってくださいと言わんばかりだ。

 

 

「それじゃ、早速……」

 

 IS研究開発界隈では割と有名人でもある私がいきなり入ってきたと思ったら、いきなり最新型のISをいじりだした光景がそんなに異様なのか、視線を背中に痛いほど感じながら作業をすすめた。本当に30分もかからず終わった作業は主にエネルギーバイパスの最適化だった。いくらISが自己進化する機械とは言え、ある程度のベースを作る必要があるのは言わずもがなだ。元が良ければ成長したらもっと良くなるんだからココで自己進化に任せるような開発の仕方をするのはまだまだ甘い。

 と、説教垂れるのは後にして、全体的な出来はとても良い。それこそ私が仕上げしかしないくらいには。さすが機械のお国だ。他のIS開発先進国と呼ばれる日本、アメリカ、イギリスのどれとも違うマルチロールな感じ。私の好みだ。

 

 

「あー、Kann ich kommen raus?(こっから出ていい?)

Natürlich! Dr.Uesaka!(もちろんです! 上坂博士!)

「博士呼ばわりはやめてほしいよ……」

 

 私のボヤキが聞こえたか聞こえなかったか、こそこそと「上坂さん?」とかなんとかもろに日本語で話してるのが聞こえた。おい、お前ら、整備課の卒業生だろ、覚えてるぞ。

 制服のまま新型機に飛び乗ると早速起動。すこし動いてみると若干もたつく感じはあるが、ISスーツとこれからの修正で補正可能な範囲だ。

 PICでふわふわと浮きながら構内を進み、IS訓練用のフィールドに併設されたピットに機体を入れると全力で隊舎へダッシュ。道中ハルフォーフさんに私の部屋番号を聞きながら、ARレンズで写した構内図を頼りに広い広い基地内を駆けまわる。

 走ること5分、息も絶え絶えに私にあてがわれた部屋の前にたどり着くと、ドアノブをひねった。まぁ、鍵はかかってないよね。これで施錠されてたら泣くよ。

 シングルベッドが一つ、黒いログの上にローテーブルとモノクロチェック柄のクッション。テレビ台と20インチくらいのテレビ。そして別に机と椅子。その他キッチンやらなにやらを見て回り、部屋の隅に私の荷物を見つけると自衛隊のモンドグロッソ仕様、千冬の紺とは逆の配色になっているISスーツを取り出すと再び来た道を駆け戻る。時計を見ると1時50分。すこし部屋に長居しすぎたようだ。さっきの電話でハルフォーフさんには2時からと伝えてしまった以上は時間を守らねば更に舐められる。

 5分で来た道を3分で帰ると外から見える可能性もお構い無しでピットで速攻で着替えてレーツェルに飛び乗った。

 

 

「いやぁ、遅刻するかと思った……」

「10分前行動は当然です。先輩こそ、5分前に飛び込んでくるなんて珍しいですね、迷いましたか?」

「ちょっとね。部屋で荷物探すのに手間取っちゃった」

 

 そして、フィールドの真ん中でハルフォーフさんと他愛もない話をしているわけだが、後ろにいる隊員たちからの視線がすごい。全員おそろいの眼帯、というわけではないが、ほとんどが黒い眼帯をして残った目で私を睨みつけてくる。ARレンズを通して見える彼女らのデータを見ればほとんどがIS学園の卒業生だった。まぁ、しょうがないよね。

 中には結構殺気を飛ばしてくる子も居るが、そんなのをいちいち相手にしていたらキリがない。

 

 

「さて、約束の時間だから始めよう。私をブリュンヒルデだと思って全力で潰しに来てね。レーツェルのデータ取りでもあると同時に君たちのデータ取りでもあるから」

「全員、上坂大尉に敬礼!」

 

 ハルフォーフさんの一声で背後の隊員たちが一斉に敬礼をしてきたのにこちらも返礼をしてから私はレーツェルに、黒ウサギ隊の1番目の子はドイツの第1世代、Gen,Eins(第1世代)に乗り込んだ。後ろでその他の隊員たちが全員退避したのを確認すると私はあえて作業的に事をすすめることにした。

 

 

「1番目、名前と階級を」

「…………」

「学園の卒業生だろ? 日本語がわからないとは言わせないぞ。ここでは私が上官だ」

「はぁ…… アリーセ・シュタルク。少尉であります」

「最初からそうしてくれるとさっさと終わる。じゃ、始めよう。ハルフォーフさん、カウント出せる?」

 

 コントロールルームからこっちを見ていたハルフォーフさんが両手で丸を作ってから見えなくなったと思ったら5カウントが始まった。唐突だね。まぁ、ちゃんとコアネットワークを使えばよかったのかもしれないけど。

 

 

「ちゃんとデータを取らせてね」

 

 カウントが0になると同時にシュタルク少尉がアサルトライフルを展開するのを見つつ、私は何もせずにスタート地点で姿勢を変えずに立っている。

 少尉がトリガーに指をかけるのが見えたら即座にナイフを両手に展開してARレンズで補正をかけた射線予想にそのままナイフをあてがうとすぐに火花が散った。驚きに目を見開いているが、その余裕が今は命取りだ。

 すぐさま瞬時加速(イグニッションブースト)で懐に飛び込むとがら空きの腹部にナイフの柄でアッパーを入れる。ISの絶対防御ではカットしきれない鈍い痛みが彼女を襲ったはずだ。だからあえて生身の部分に打撃を与える。コレがISを知っている人間と知らない人間の戦い方の差だとしらしめるように。申し訳ないがシュタルク少尉には生け贄になってもらおう。

 

 

『たかが整備課風情が私にッ!』

『おうおう、やっと吠えたな』

 

 10分ほど粘ったが、ISのシールドエネルギーは大して削れていないが操縦者のほうがギブアップ寸前だ。そりゃ、体の方にダメージを通す戦い方をしているのだから当然だけれど。

 がむしゃらにばらまかれる弾丸を避けてまわり、再び瞬時加速で接近して今度はブースト回し蹴り(今命名)をお見舞いしてあげる。コレが止めになったのか、彼女は見事に吹っ飛ぶと泡を吹いて気絶してしまった。すぐさま試合終了のホーンが鳴り響き、私はISを解除すると少尉の下に駆け寄った。バイタルは正常。内臓へのダメージもなし。そう、ISの操縦者保護機能を最大限に活かすとすごく辛くて痛いんだけど怪我しないという今みたいな純粋な痛みだけでノックアウト、なんて真似ができてしまう。

 彼女を抱きかかえてから黒ウサギ隊側のピットに戻ると彼女をすぐに医務官にまかせて次の隊員に来るように指示した。その時の彼女たちの顔には最初の余裕は無く、まるでバケモノを見るような目で私のことを恐怖などが入り混じった目で見ていた。

 

 

 -------------------------------------------------------

 

 

 自衛隊から来た一人がシュヴァルツェハーゼ(黒ウサギ隊)をしごいているという噂を聞き、基地内のフィールドに向かう途中でクラリッサから電話があった。

 

 

『千冬先輩! 杏音先輩がウチの隊員のテストという名目でISバトルを! それで、それで……!』

「落ち着け、杏音がシュヴァルツェハーゼをしごいているというのは風のうわさで聞いている。それがどうした」

『一人目がバトルの末に気絶、二人目はバトル開始前に杏音先輩に睨まれて気絶、三人目は対戦を拒否してピットの中に他の隊員とともに閉じこもっています!』

「…………」

『と、とにかく早く来てください! 杏音先輩ならピットの電子ロックをハッキングして中から隊員を引きずり出しかねません!』

「分かった、ちょうどそっちの様子を見に行こうと思ってたところだ。急ぐ」

『お願いします!』

 

 あんなに焦った様子のクラリッサは久しぶり、いや、初めて見た。学校内での彼女しか知らないが、それこそ"冷静沈着"を絵に描いたような奴だと思っていたが……

 ともかく、杏音がやり過ぎたのなら止められるのは私か束くらいだ。どうせ杏音のことだから「最初の数人は自分の実力をしらしめるための生け贄、それからは自分が手を抜いてまじめにデータを取る」とかそんなふうに考えていたのだろう。それが予想外の方向に転んだようだ。

 フィールドに着くとすぐさまコントロールルームに飛び込んだ。中には狼狽して顔面蒼白のクラリッサと今すぐにでもハッキングを始めますよ、と言わんばかりの杏音だった。

 

 

「千冬先輩!」

「あ、千冬」

「あ、千冬。じゃない馬鹿者が! 今度は何をしでかした!」

 

 部屋に入るなり杏音がマヌケなことを抜かしたから怒鳴ってしまった私は悪くない。悪くないはずだ。

 その後、杏音本人から事情を聞けば「ちょっとばかし黒ウサギのメンタルが弱かった」なんて事を言い放ったから今度は無言で拳を落としてやった。こいつ、段々と思考が束に似てきてる気が…… 気のせいだ、気のせいにしないと……!!

 クラリッサもあたふたしながらドイツ語で何かをつぶやいているし、ひとまず杏音にピットを強制的に開けさせると私が彼女らのもとに向かうことにした。

 杏音を引きずってピットに向かうとちゃんと扉は開いていて、近くの壁を軽くノックして「私だ、織斑千冬だ」と言うと中から「あー、千冬! 待ってましたよ!」と聞き覚えのある声がした。確か、1年と2年でクラスが一緒だったパトリシア・ハイデマンだ。

 

 

「パトリシアか? 入っていいか?」

「久しぶりだね! もちろん入っていい―― ちょっと待ってね、杏音は一緒にいる?」

「ああ、一発殴って引きずってきた」

「Oh...やることが千冬らしいね……。と、とにかく、今この子達に杏音を見せるのはまずい。アリーセやサビーネが気絶したのを見てちびっちゃった子も居るし……」

 

 杏音を睨みつけると「私悪くないよ、そんなにやりすぎてないよ」と言外に告げるように首を横に振ったので壁に叩きつけて意識を奪ってからネクタイで腕と足を縛って廊下に転がしておいた。

 そしてピットに入ると私達の同級生や1つしたが必死で年下をなだめているようだった。幸いなのは私達を知らない世代の隊員にISが奪われていなかったことだ。軽くパニックに陥っているこの状況では杏音が殺されかねなかった。

 

 

「その、なんというか…… すまなかったな」

 

 私が頭を下げると同級生数人は「千冬のせいじゃないって」などと声をかけてくれるが、私の気が済まない。私と同時に派遣された自衛官が借りのある国のエリート部隊をフルボッコなんてシャレにならないのだから。

 何はともあれ、数十秒、頭を下げ続け、ちらりと様子をうかがいながら目線だけ上げるとハイデマン達(ココでは年長組と呼んでおくか)がなんとも言えぬ表情で私を見ているのと、もっと下の世代(同様に年少組と呼ぼう)が驚愕の表情を向けていた。

 顔を上げるとハイデマンがコーヒーを出してくれた。それを受け取って進められるままにベンチに座ると事の顛末を相手側から聞くことになった。

 

 

「名目上は最新鋭機のテストと私達のデータ採取ってことでクラリッサがコレをセッティングしたわけだけど、実態は多分技術者としての杏音が舐められる前に芽を摘んでおこうってことだと思ってるんだ」

 

 始めから図星を突かれる。私が苦笑いをしたのを正解と受け取ったか、パトリシアは続けた。

 

 

「多分空港からの車でクラリッサが告げ口したんでしょ? 私達は杏音がどんな人間かわかってるから何も言わずに喜んでたんだけど、部隊の中核を占める下の子たちがね……」

 

 ちらりと奥のほうで整列する隊員たちを横目で見てから「パイロットが一番偉いんだ、って思考にとらわれちゃってるから…… 残念だけど」と言った。

 

 

「ま、ともかく、ソレでこのテストに舐めてかかったアリーセ、あぁ、最初の子ね。その子が気絶、それもIS本体のシールドエネルギーは一切削らず、杏音が使ったのはナイフだけでね。そんなことになったら2人目からはもうダメだよね」

「なるほど。気絶した2人に怪我は?」

「無いよ。杏音のことだから最初からコレを見越して体を狙ったんじゃない? それに2人目は杏音が睨んだだけだしね」

 

 聞いていて頭が痛くなってきた。とりあえずコーヒーを啜る。

 廊下から「杏音先輩!?」とクラリッサの声がしたが、「放っておけ、自業自得だ」と廊下に向けて声をかけるともっと偉そうな女性を連れてクラリッサがピットに入ってきた。

 2人が入ってくるなり、隊員たちは一斉に敬礼。私も合わせておく。女性が手を振ると一斉に額に当てていた手を下げた。

 その女性の肩を見れば中佐の階級章がついていた。非礼にならなくてよかった。その後は数分間その中佐が隊員たちを叱咤(何を言っているかはわからなかった。だが、ニュアンス的にあまり良いことではなさそうだ)し、そして私の目の前にやってきた。

 

 

「織斑中尉、この度はシュヴァルツェハーゼの面々が日本国からわざわざいらしてくださった指導官の方々にご迷惑をお掛けしました」

 

 なんとも流暢な日本語に私が少し面食らうと、中佐はすこしはにかんでから「申し遅れましたが、エリーザベト・ゼーバッハです。彼女たちシュヴァルツェハーゼの管理官ですね」と申し添えてくれた。

 

 

「日本国より参りました、織斑千冬です。こちらこそ、上坂がご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません」

 

 そう言って再び頭を下げてから私が相手となって彼女たち、シュヴァルツェハーゼの隊員たちの基礎データ収集が再開された。

 もちろん、杏音は廊下に転がしておくのも迷惑なので私がきちんとピットの中で干しておいた。だが、この後暫くの間、杏音はシュヴァルツェハーゼの年少組から畏怖の念を向けられることになるのだが、それは仕方のない事だな。



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再び原作キャラとの邂逅だよ!

 ドイツに来て2週間。黒うさぎ隊の面々が私に向ける目線から多少なりとも畏怖の色が抜けてきてから私はふと今足りない存在を思い出した。

 

 

「ラウラがいない…?」

 

 そんなわけはない。私は初日に千冬にぶっ飛ばされてから翌日に隊員のテスト結果を見ている。その中にちゃんとラウラのデータはあった。ーーまぁ、結果は散々たるものだったが、原作通りだ。

 ならばなぜ訓練担当の私の元に居ない?

 

 

「ボーデヴィッヒ少尉は?」

 

 黒うさぎ隊を5〜6人の班に分けて行う訓練。年長組の1人、私と学園で同期のオットー中尉に聞けば彼女は少しバツの悪い顔をしてから後ろの隊員をチラリと見て、こう言った。

 

 

「少尉はちふ…織斑中尉の元で特訓と聞いています。大尉は聞いておられないのですか?」

「聞いてないね。あとそんなにかしこまらなくていいよ。タメだし」

「親しき中にも礼儀あり、ですよ。今は仕事中ですし」

 

 私は頑張って後ろに控える年少組からの視線を変えたいんだよ。ここ(ドイツ軍)では私の居場所は格納庫と整備棟くらいしか今のところない。整備隊の人々からは尊敬やら正の感情を向けられるから悪い気はしない。彼女達はとても知識に貪欲で仕事に正直だ。それに対して黒うさぎ隊の子達からは恐怖、畏敬、その他負の感情を向けられるんだから私のメンタルはマイナスに振れてしまう。束のように他人を気にせず生きられるほどの鋼メンタルはあいにく持ち合わせていないのだ。

 

 

「わかった。今日の訓練を始めよう。昨日の復習からだね。瞬時加速(イグニッション・ブースト)で500m直進、そのあと三次元躍動旋回(クロスグリッドターン)で180度旋回。再び瞬時加速でここまで戻ってきて。旋回中の高度差は15mまで。停止位置の誤差は2mまで。それを3回。超えたらその誤差分グラウンドランニングで。じゃ、2組に分かれて始め!」

 

 私が声をかければすぐに動き始める。この辺の行動の早さは学生とは比べものにならない。流石訓練されているだけある。ちなみに、黒うさぎ隊の中には年長組から2人、年少組から1人代表候補になっている子がいる。今日の班にはその中から年少組の1人、ラインプファルツ中尉も参加している。彼女は年少組の中でも希少な私に負の感情を向けない子だ。冷めた性格とかそういう訳でもなく、純粋に「悪い人ではなさそう」だと思ったから私に大した感情を抱かないそうだ。前に食堂で聞いた。

 そんな与太話はともかく、一機あたり2〜3人なのだから往復1kmの訓練コースなんて数十秒で終わる。一人当たり2分もあれば乗り降りまで終わるのだから。

 彼らのウォーミングアップが終わるとお待ちかねの本番だ。

 訓練内容? 決まってる、私との対戦だ。あいにく私は学園の先生のようにものを教えるのが上手くない。教科書でもあれば別だけど、ないものを考えるのがとても苦手なのだ。だから私にゼロからISは作れないし、凝った訓練メニューも考えられない。

 イチからものを発展させるのは自分で言うのもアレだけどとても得意だと思ってる。だから生まれたのがファウストであり、魔改造撃鉄だ。

 

 

「それじゃ、始めよう。今日の目的は正確な予測射撃だね。全員使用火器は実弾銃に限定。ライフル、ハンドガンは問わない。制限時間は15分。その間に私に10発当てれば訓練終了、自由時間でいいよ。じゃ、始めよ」

 

 それから昼過ぎまで誰も課題をクリアできないままタイムアップ。だけども朝には1発も当てられなかった子が終わりには3発見舞うようになれば十二分。これを繰り返して少しずつスキルアップしていけばいい。天才肌は期待していないからね。もっとも、彼女らの目(ヴォーダン・オージェ)を使わせればもう少し話は変わったかもしれない。今日は誰も目を使わなかったのだから。

 昼食を済ませ、レーツェルのパッケージ制作のために整備棟に向かう途中、IS用のグラウンドを見れば誰かが模擬戦を行っているようだった。私の目(ARレンズ)を通して見れば飛んでいるのは千冬とラウラだと一目でわかる。千冬は私と違ってちゃんと人に教える才能を持ち合わせているため、もっと普通に教えられるものと思っていたが、そうでもないようだ。

 もっとも、千冬は人を見る目があるから、彼女にはこの方が向いてると思ったのかもしれない。私はしれっと2人の戦うグラウンドに入るとしばらく眺めることにした。

 千冬は相手に合わせているのか、持ち前の人外剣術で斬っては離れ、斬っては離れと綺麗なまでに相手を翻弄している。対するラウラはひたすらに斬られっぱなしだ。頑張って目で追おうとしているものの、それすらもままならないようだ。想像以上に重症だった。

 しばらく眺めていると案の定ラウラのISがエネルギー切れで地に足をつけた。千冬は一言二言言うとまっすぐこっちに向かってきた。

 

 

「どうだ、彼女は」

「ISに乗るのやめた方がいい」

 

 私は今の彼女を客観的に現実的に今の現状に見合った評価を下した。千冬は「お前ならそういうと思った」とカラカラと笑いながら言った。だけどそのあとに真面目な目で言うのだ。

 

 

「ラウラは化けるぞ。今はああだが、1年、いや、半年だな。半年で代表候補になれる」

「その根拠は?」

「目だ。お前に聞こうと思ってたが、黒うさぎの面々には変な目があるだろう?」

「ナノマシン移植によるIS適性及び視覚情報処理能力の向上を目指したものだね。私の知ってる限り、彼女は失敗したはずだけど? さらに言えば、身体も未完成と言っていい」

「かもな。だが、その目が決め手だ」

「なるほど。千冬が言うからにはそうなるんだろうね。っと、本人登場か…」

 

 私が目線だけ向けるとISを片付け、スーツだけを着たラウラがとてとてと走ってきた。ちっちゃかわいい。

 

 

「ISを整備に回してきました。次は何…を…?」

 

 千冬に報告をしてから私を見て表情が変わった。具体的に言えば「どうして?」と言った風に。今まで訓練で当たったことは数回あったはずだし、特に扱いた記憶もない。

 とりあえず笑顔で手を振ってみるとおずおずと手を振り返してくれた。心なしかアニメより小さい。まぁ、原作開始まであと3年もあるのだから当然か。

 

 

「ボーデヴィッヒ……」

 

 千冬が呆れたようにラウラに目を向けるとラウラはハッとした顔をしてから慌てて振っている手を額に持って行った。

 

 

「う、上坂大尉! 今日の訓練を欠席したのはーー」

「いいよ、聞いてるから。千冬に相手してもらってたんでしょ? 前もって私に直接連絡が欲しかったけど、隊の子が知ってたしね」

「はい、次から気をつけます!」

「そうしてね。それで、この際だから質問だけど、どうして君たちはその目を使わないの? 禁止でもされてる?」

 

 私がその目の事を聞いた瞬間にラウラの顔が少し曇った。千冬も興味が無いわけでは無さげだ。隊則や軍則、IS運用規則の中にも彼女らの目に関するルールは無い。だから気になった。

 

 

「そ、その大尉… 私達の目は使用者に大きな脳負担を掛けるので…」

「だから使わないというより使えないが正しいと?」

「その通りです。長いものでも持って数分。私には…」

 

 そこでラウラの言葉が詰まる。私と千冬は無理に言葉を勧めることはしなかったが、少し長い間のあとにつながった。

 

 

「…この目を、使うことはできません」

「そう。よし、次のメニューを決めた」

「杏音、お前また何か企んでないか?」

「なに、ちょっとした脳トレをね」

 

 彼女達の目をただの実験で終わらせないためにも、使えないものを使える環境を作るべく頭を使うのがブレイン担当の私の仕事だろう。なに、変な薬物や手術はしないよ。束じゃないしね。

 

 

 

 

 




iPhoneで全部書いてみました。人力文字下げしたのに反映されないと言うね…ネカフェで多機能フォーム使って下げました。
3000字書くだけで3日掛けるとは思わなかった


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時間をサクサクすすめるよ!

 ラウラの惨状を見てから数ヶ月、黒うさぎ隊の面々に普段のトレーニングと並行して脳機能のトレーニングメニューも行わせたところ、目を含めて情報処理能力が10%〜30%向上した。具体的になにをさせたかと言うと……

 

 

「はい、今日は少しレベルを上げて18番。左右の手で音量差が出ないように」

 

 私が今いるのは音楽室。そこに並んだ数台の電子ピアノ。もちろん演奏者がそれぞれにいるのは言うまでも無い。

 これは私がマルチタスクのトレーニングに使っていた項目の一つ。ピアノだ。右手と左手が別の仕事をする上、足まで使わないとならない。さらに音楽性を追求すれば左右の手で音量、リズムのズレがあってはならないのは当然だし、意図的にズラせるようにもならないといけない。これが想像以上に頭に効くのだ。小学生の頃から続けた私は今では脳ミソ30個相当が同時に動かせるし、ピアノもソコソコ上手くなった。さすがに超絶技巧練習曲は無理だけど。

 それを数ヶ月続けたところ、案の定効果が出た。越境の瞳(ヴォーダン・オージェ)の適性が高かった子や、音楽のセンスがある子はその伸びが顕著だ。今では数分間の連続使用に耐えられる子も出てきた。

 ーーまぁ、問題のラウラは最短クラス、もって3分だが…

 そして、私の予想外のところでは、戦闘訓練においてのスコアアップだ。どうも戦いの中にリズムを見いだす事を覚えたようで、千冬もそれには驚いていた。千冬の言だが、古武術などでリズムは大きなウェイトを占める要素だそうだ。そのためにリズムを意図的にズラした技もあるとかなんとか。

 ラウラはソッチに適性があった(のか千冬が扱いているのが効いたのか……)のか、戦闘訓練においてはぶっちぎりのビリが中の上から上の下あたりまで上り詰めている。だがその一方……

 

 

「ボーデヴィッヒ、最近凄い伸びてない? これも全部織斑教官のおかげ? 同じメニューこなしてるはずなのにおかしくない?」

「こっそり特訓でもしてるんじゃないの? 私たちは週に3時間くらいなのにさ」

 

 とまぁ、言いたい放題な現実も浮き彫りに。ちなみにこの会話をした張本人は私が後で特別講習を受けさせてあげた。泣いて喜んでくれて何よりだった。

 昼食を取ってから整備棟でIS開発講座を開く傍、もう一つの頭でラウラの事を考える。原作通りに行けば千冬の影響を色濃く受けて「ドイツの冷氷」なんて呼ばれるような冷たい子になってしまうはずだ。今のところはその気配はなく、小動物的かわいさ溢れるちみっこいままだ。

 おそらく彼女の性格を形作るきっかけは千冬が一夏くんに関する事を話す事だろう。そして彼女は千冬に陶酔するがあまり怒りの矛先を一夏くんに向けるはずだ。

 ここで変に手を出して原作の流れを変えるのも後々ヤバイかもしれないと思う反面、あんな歪んだ性格のまま成長させるのも忍びない。

 もともとあんなに純粋な子だから簡単に染まってしまうのかもしれないし、純粋なままにしたいならガラスケースに入れる(戻す)べきだ。う〜ん、困ったなぁ……

 

 

「失礼します、上坂教官、いまよろしいでしょうか?」

「見ての通り講義中ですが、何かありましたか?」

 

 スクリーンに投影したISの関節部分の拡大図に指し棒を当てたところで真っ黒いISスーツに身を包んだ黒うさぎ隊の子が部屋にやってきた。

 

 

「織斑教官がお呼びです。要件は聞いておりませんが、急ぎでは無いそうなので断りを入れましょうか?」

「いえ、後20分で行くと伝えてください。あと少しで終わりますから」

「わかりました。いつものグラウンドにおりますので」

 

 そして約束どおりにグラウンドに行くと、千冬が黒うさぎ隊の子たちを一人ずつ順番に相手をさせ100人斬り状態だった。一人斬られれば即交代して後ろで次の人に機体を渡す。その間にもう一機を相手にしているのでひっきりなしだ。

 千冬がこちらに気づくと相手をしていた子を斬り伏せ「ここまで」と言って降りてきた。

 

 

「急に呼び出してすまないな」

 

 そこで急に私の耳元に顔を寄せるとそっと要件を耳打ちした。

 

 

「ラウラの事だ。どうも私を神格視してる嫌いがあってな…それで…」

「まさか一夏くんの事話したりしてないよね?」

「そのまさかだ。私が一夏の事を話したら目に見えて表情が変わってな。正直、私も予想外だったよ」

 

 それは千冬が一夏くんの事を話すときにデレデレな顔をしてたからだよ、なんて口が裂けても言えないので適当に相槌を打って誤魔化した。幸いというべきか、千冬も分かってて呼んだのだろうがこの時間の訓練班にラウラは居ない。では私が動くとしよう。先んずるはハルフォーフさんに連絡をしてラウラを呼び出す事にした。時間は夕飯時、私の部屋に。

 

 そして時は過ぎ、6時半に私が自室で今日の整備録を確認していると扉がノックされた。どうぞ、と返せばドアを開けて銀色の髪が見えた。

 

 

「ボーデヴィッヒです。上坂教官、御用とは?」

「この際だからはっきりさせたいんだけど、千冬をどう思ってる?」

「織斑教官を、ですか…… ブリュンヒルデとして確かな実力を持ち、そして私たちを高みへ導いてくれる存在です、かね」

 

 答えだけ聞くと私はひとまずラウラに席を勧め、ココアで良いか、と聞いた。

 

 

「お構い無く。それで、僭越ながらお伺いしますが、上坂教官はどうして私にそんな質問を?」

「君が千冬に依存してるから、かな?」

「私が織斑教官に依存……?」

「自覚は無い、と」

 

 本人も指摘されて初めて気づいた、と言わんばかりの顔をしている。先の自分の中の千冬像が彼女が求めるものを如実に示しているにもかかわらず、だ。

 確かにこのままいけば彼女は確実に実力をつけ、その力で黒うさぎ隊隊長の座にまで上り詰めるだろう。だが、それでは彼女の人格形成において大きな問題を残したままになりかねない。第3世代が開発されるまで私が監視するわけにもいかないし、そもそもそんなつもりもない。だから今彼女に打てる手を打っておきたいと思うのだ。

 

 

「ラウラ」

 

 唐突にファーストネームで彼女を呼ぶとうんうんと唸りながら十面相に変わる顔がパッと驚きに染まってから私に向いた。

 

 

「は、はい?」

「軍人としての君では無く、個人としての君に聞くけど、力や強さってなんだと思う?」

「個人として、ですか? 軍人としてのソレとどう違うのでしょう…?」

 

 私はあえてここで原作では彼女が一夏くんを恨むきっかけ、千冬に対するイメージの変化をもたらす話をもう一度することにした。

 

「そうだね。例えば、千冬はIS乗りとしての技量や戦術理論、その他もろもろ戦うための知識や何やらがあるのはわかるよね? それはもちろん軍人としての力に分類されると私は思う。でも、織斑千冬としての力や強さっていうのは私や周囲の人間、そして一番大事な弟くんの存在だったりすると思うんだ」

「しかしそれはーー」

 

 なんと無く彼女の言いたいことが予想できたのであえてそれを制するように私は続けた。

 

 

「確かに、個人の力ではないよ。でも、すべてを一人でやりきることはできない。現に千冬もそうだったしね」

「前回のモンドグロッソ、ですか?」

 

 私は黙って頷いた。

 

「あの後の千冬は酷かったよ。もう二度とISなんて乗らない、とまで言ってた。まぁ、さすがに今は仕事だから乗ってるけど、多分日本に帰ったら本当に乗らなくなると思う。それは織斑千冬としての力が足りなかったことをとっても悔やんでるからだと思うし、織斑千冬の力が足りなければその上に成り立つ織斑二尉の力も大したことない、ってことになっちゃうしね」

「ですが、織斑教官は今なお世界トップの実力があるかと思います。それは側にいた上坂教官が一番良くご存知なのではないのですか?」

 

 ラウラは少しだけ語気を強めた。思わず面食らってしまったが、すぐに表情を戻して続けた。

 

 

「ま、それは否定しないけど、前より千冬は弱くなった。確実にね。それは彼女の力の根源である弟という存在が脅かされたからに他ならない。だから今の千冬は君と同じように我武者羅に力を求めてるんだ」

「そんな…… たかが人間一人の存在でそこまで変わると仰るのですか?」

「その言葉の証明は君が自分でしているじゃん。現に千冬を精神的支柱とすることで確実に実力を伸ばしている。千冬にとってのソレが弟くんなだけだよ。理解はした?」

 

 私は自分のマグに入れた紅茶を啜るともう一度ラウラを見た。幼げな顔に似合わない真剣な表情で必死に自分の頭の中を整理しようとしているようだ。

 もう一度マグに口をつけるとラウラが消えそうな声でつぶやいた。

 

 

「私には家族がいない……」

 

 もちろんそれを聞き逃すほど耳は悪くない。だが、下手に手を出すポイントでないのもまた事実。

 私も私で困ったな、と思い始めたところで今度ははっきりした声が聞こえた。

 

 

「上坂教官の個人としての強さの源は何処なのですか?」

「え、私?」

 

 唐突な質問に思わず声が裏返る。ラウラはそんな私を見てクスリと笑ってから「失礼しました」と言った。

 

 

「私かぁ…… そうだなぁ」

「上坂教官はご兄弟はいないのですか?」

「一人っ子だね。親も私の好きな道を歩みなさい、って人だったしなぁ。私個人の強さねぇ……」

 

 この世界に転生して20年余り、ずっと人のため、原作のために動いてきた私は改めてこの世界に生きる『上坂杏音』としての存在意義を問われた気がした。今まで考えてもなかったことだ。

 

 

「そうだね、私は私の好きな人たち、出会った人たちが大切だから、なんて言うんだろうね。その人たちの為って訳じゃないけど、私の好きな人たちと一緒に過ごし、出会った人たちを忘れない事が私の幸せだから、それを守るために頑張ることかな? なんとも曖昧でごめんね」

「いえ、とても参考になります。私には家族と言える存在がありません。ですが上坂教官のように私の好きな人のために頑張ってみようかと思います。まずは私を気にかけてくださる教官2人のために、夏の隊内選抜を頑張ろうと思います」

「うん、そう思ってくれて良かった。選抜試験の監督官は私だからね。しっかりと訓練して万全の体制で挑んでよ。ところで、夕飯は食べた?」

「いえ、まだですが」

「気が付いたらもう8時だし、私が何か作るから一緒に食べよ。ラウラちゃん」

「ラウラちゃん……!?」

 

 赤くした顔を手で隠しながらパタパタと足を動かすラウラを私の心のメモリーに永久保存すると、あまりの可愛さに破顔するのをポリマーのハートで押さえ込み、ラウラを後ろから抱きかかえてキッチンに向かった。




ギリギリセーフですかね?
Chrome for iOSのアプデかけたら高機能フォームが使えるようになりました。字下げもできてるかと思います。

さらに、原作読み返すと千冬がドイツに居たのは半年な上に、1ヶ月でラウラを落ちこぼれからトップに特筆すべき訓練無しで引きずり上げたって書いてありましてね。流石に今更治せないのでドイツ赴任は1年、ラウラの特訓ありで半年で候補生入りです。


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ドイツでの集大成だよ

 ドイツに赴任して1年経とうかというある日。今日の黒うさぎ隊は心なしかそわそわしているように見える。それもそのはず、数週間前に行われた代表候補生選抜試験の結果が届くのだ。もちろん黒うさぎ隊は全員が受験、現候補の3人も含めて5人の枠に入るのが誰なのか、全員が自分である事を祈っている。

 その時の試験官を務めた身としては黒うさぎ隊に関しては世界的に見てもトップクラスの実力があることは違い無いが、そのなかでも上から順に選ぶのがこの試験だ。もちろん軍以外にも民間の研究機関や企業からの受験者もいたが、正直言って話にならないレベルだ。学園の卒業生も数人居たが、彼女らが黒うさぎ隊に次ぐポジションを次々と奪い、国内で育成されたパイロットは「ISに乗れるだけ」なんて次元の受験者もいたから驚きだ。

 

 

「結果が届いた。今回はシュヴァルツェハーゼで5人の枠を全て埋めることになった」

 

 隊舎のホールに集まった隊員たちがざわめく。その中心は手紙を持ったクラリッサだ。あぁ、半年も経つと私も何人かをファーストネームで呼ぶようになった。ふふ、私のコミュ力が故! スミマセン嘘です。

 

 

「では、読み上げるぞ。Sehr geehrte Damen und Herren……拝啓、ドイツ連邦軍IS運用隊シュヴァルツェハーゼ諸君。今回の選抜試験の結果、以下の5名を国家代表候補生として任命する」

 

 気を利かせたクラリッサが書き出しの文を読んだ後に日本語で読み直してくれた。その間にホールは静まり返り、唾を飲む音さえ聞こえてきそうだ。私と千冬は部屋の壁に寄りかかって腕を組んで黙って黒うさぎ隊の面々を見守っている。

 千冬は背が高いし、胸もあるからこういうポーズが様にサマになってて羨ま……カッコいいと思ったのは秘密だ。

 

 

「ニーナ・ラインプファルツ、アストリット・シュタルケ、リーゼロッテ・ブルーメンタール、クラリッサ・ハルフォーフ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。以上5名」

 

 この手紙には成績順に下から名前が書かれている。クラリッサから聞いた。そして、最後の最後に発表されたのがラウラと言うことは、試験で最高得点を得たことになる。試験で採点をしたのは千冬と現ドイツ代表(名前は忘れた)、その他軍部の人が数人だ。千冬はこういう所で贔屓する人間では無いので、単純に彼女の実力と言うことだろう。

 もっとも、それに気づくべきは試験官だった私であるべきだったわけだけど……

 未だに静まったままのホールで最初に声を上げたのはラウラ。あいにくここから姿は見えないが、ひそひそと彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 そのラウラだが、私との話がキッカケになったかどうかわからないが、今では隊のマスコット的立ち位置を確固たるものにしている。まぁ、ちっちゃくて可愛いから愛でられまくりと言うわけだ。

 そんな彼女が鼻をすすりながら泣いていれば庇護よくがそそられて当然。たとえそれが自分より圧倒的に強い子でも。

 

 

「まさか千冬の言う通りになるとはね」

「まさか、とは失礼だな。私は有言実行したまでだ。そういうお前も、だいぶボーデヴィッヒを可愛がっていたようだが?」

「いや、だってちっちゃかわいいし、このまま日本にお持ち帰りしたいくらい」

「はぁ……」

 

 私が真顔でラウラをちっちゃかわいい、お持ち帰りぃ〜と宣言したのがそんなにマズかったか、千冬にため息とやれやれ、の仕草を頂いた。

 誰に担がれたか、ラウラの頭が人だかりから飛び出すと、私たちの方を見て手を振ってきた。思わず私も手を振りかえす。そして千冬を睨むとまた呆れた顔をしてから千冬もラウラに手を振った。

 

 

「さて、残り何週間も無いけど、再就職先でも探す?」

「いきなり生々しい話をするな。だが、確かにそろそろ探さないとな。まぁ、当てが無いわけでも無いが」

「え、ちーちゃんそんなコネあったの?」

「国家代表ともなれば必然的にな。IS学園さ。山田君もいるらしい」

 

 私が先生をやる、と言えばノーとは言われないだろうしな。と自虐混じりに言う千冬に適当な相槌を打ってから、私もそれに乗ることにした。

 

 

「んじゃ、私も行こうかな、IS学園」

「馬鹿な事を吐かせ。お前は人に教えることが大の苦手だろうに」

「ココで少しは成長したんだよ。私だって」

 

 そうこう話すうちに周囲はパーティーの準備が進み、食堂から持ってきた料理や飲み物がずらりと並ぶ。アルコールまであるからには無礼講ということか。そう思ってワインをグラスに注いでから食べ物を求めて視線を彷徨わせるとラウラのグラスにビールをついでる年少組が目に付いた。気配を消して彼女たちの背後を取ると首に手を回しながら微笑みかけた。

 

 

「やあやあ、諸君。上官の眼の前で未成年者に酒を注ごうとはいい度胸だねぇ」

「「う、上坂教官っ!?」」

「そんなに酒が飲みたいなら喜んで相手になろう。ラウラ、絶対に飲んじゃダメだからね。なんならクラリッサのそばにいな?」

 

 年少組(とはいえ16〜なのでドイツでは一部のアルコールが飲める)を引き連れて会場の一角に陣取ると通りがかりの整備隊の人に頼んでジョッキビールを持ってきてもらう(まさか彼女にジョッキを10個以上一度に持つ特技があるとは初めて知った。ドイツ人の必須技能なのかもしれない)と持っていたワインを一気に流し込んでから年少組にビールを勧めてじわじわと潰すと生き残っている年長者達でゆっくりと飲む時間になった。

 

 

「もうすぐ終わりか……」

「千冬が感傷的になるなんて珍しい。酔ってる?」

「これだけ飲めば酔いもする。お前はそうでもなさそうだな」

「アルコール分解を進める薬作ってそれ飲んできた。お酒弱いからね」

 

 千冬が笑うと手にしていたグラスを煽ってから中身のない事に気づくと横から伸びてきた手にあるグラスを受け取った。

 

 

「ありがとう。ん? 誰だ」

「お疲れ様です、織斑先輩」

「クラリッサ。候補生の座をキープできたな」

「ええ。ですが、代表候補筆頭の座は奪われましたがね」

 

 横目で見た先には誰かの膝の上で寝ているラウラが見えた。あんな幼けな女の子が今のところドイツ軍最強の戦力なり得るというのが信じがたい。私の考えが顔に出ていたか、クラリッサも「少し精神と環境の成長度合いにギャップがある感じはしますが、そこは私達でフォローします」と言ってくれたのでまずは安心できるかと思う。

 

 

「織斑先輩も上坂先輩もそろそろ帰国ですか……」

「そうだね。私達、日本に戻ったら自衛隊辞めようと思ってるんだよねぇ」

「何故ですか? 先輩たちはまだ第一線で活躍されてるではないですか」

「もう嫌なんだよ。私のせいで誰かが傷つくのが。同じ過ちを繰り返したくないんだ」

「織斑先輩……」

 

 酔いが回って饒舌なのか、千冬なら普段言わないであろう否定的なニュアンスの言葉が出た。クラリッサもこれには言葉が出ないようだ。

 

 

「疲れたんだ。ブリュンヒルデなんて持て囃されるのも、悲劇のヒロインにされるのも。殆どの人間は私を"最強"として見る。どんな場においても私はそういうフィルターを通して見られる。今の私を"織斑千冬"として見てくれる人なんて一握りしか居ないんだ。そんな世界に私は疲れた」

「でも千冬はISという呪縛から逃れられない。残念だけどね」

「言うな。今くらいは忘れされろ。"大天才"サマ?」

「……?」

 

 クラリッサが頭に「?」を浮かべるなかで私も千冬も今の話は忘れようと言うように手に持つグラスを煽った。

 時計の針が真上を通り過ぎて真横に向こうかという時間に自室に戻るとつけっぱなしのPCに届いていたメールを確認した。

 上司である佐々野さんには前々から自衛隊を辞める旨を伝えていたのでその手続きや根回しに協力をしてもらっていた。その経過報告と帰国する際の手続きやらの事が長々と書かれていた。端的にまとめてしまうならば、千冬は精神的疲労から退官。私はさらなるIS研究の進歩発展のために退官するような理由付けになった。まぁ嘘は言っていないし、変なこじつけのような理由を並べ立てるよりも波風立たないだろう。

 千冬は自身のコネで学園に連絡を取るだろうが、私だって一応学園理事の一人や二人くらい連絡先を交換している。が、その前に学園で教員として働く同級生に「自衛官辞めるから仕事探してるんだよねー(チラッチラッ」と言ったメールを送りつけることにした。

 明日(というより今日だ)は休みだし、あとはゆっくり寝ることにしよう。



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バレンタイン短編だよ!

バレンタインなのでサクッと書いて上げ。
私は義理チョコ以外もらえませんね。残念ながら……


 IS学園が出来て2年。間もなく学年が上がろうかと言う日にそいつはやってくる。

 2月14日はどこの製菓会社の陰謀か、親しい人や愛する人にチョコレートを渡す日、なんて風潮を作ってくれたおかげで昨年は大量のチョコレートが生徒会(と言うか千冬)宛に送られてきた。かくいう私も買ったものではあるが生徒会メンバーや親しい数人にはチョコレートを渡している。生徒会メンバーは学園創立以来良くも悪くも目立つ人間が揃っているだけあり、千冬とナターシャのパイロット2人を筆頭に事あるごとに人が集まってくるのだ。1年の終わり、去年のバレンタインに2人の元に届いたのはおよそ10kg。チョコならざるものも含むとはいえ、私にはせいぜい10人ほど、量にしても500gも無かったと思う中であの量は驚異的だった。1つしか学年がなかった時代にそれなのだから、今年はどうなるのか見当もつかない。まぁ、2人の顔が悲惨なことになるのは決定事項だろう。

 あの手のお菓子には送る人の性格が現れるというが、それは概ね事実なようで、千冬やナターシャへ送られるチョコレートは時々重すぎる愛に溢れていたりするが、私へのチョコレートは大概市販品で、手作りは1個〜2個だった。それでも市販品と見紛う丁寧な仕上がりの物だったのは覚えている(私にも一応女子としてのプライドというものはある)。

 今年も放課後の生徒会室では大量のお湯とインスタントのコーヒーを用意して廊下で騒めく思春期女子達のオーラをひしひしと感じながら(束を除く)役員共がそれぞれのデスクに着いている。

 

 

「いよいよか……」

「今年も顔ができものだらけになっちゃうわ……」

「千冬もナターシャも大変そうだねぇ。私は日陰者だから楽だね〜」

「くっ、ヒカルノぉぉ〜!」

「堪えろ、ナターシャ。人気者の宿命だ」

 

 そしていよいよ運命の扉が開かれる。コンコンという軽快なノックの音が響くと私が一応3人とアイコンタクトを取ってから「どうぞ」とひとこと告げた。

 扉が勢い良く開かれると見慣れた影が人間を超えた軌道で千冬に迫る。私は腰に据えていたテーザーガンを引き抜くと飛翔する物体()に発砲。千冬は机を蹴って椅子ごと部屋を滑って行く。

 

 

「ちぃぃぃぃちゃぁぁぁぁぁぁん!! 束さんの愛をーーやばっ!?」

 

 部屋の入り口から比較的奥の千冬の机まで数mの距離を飛んだ束は受け止められる前提で飛び立ったのかもしれないが、今着地予想地点にあるのは立派な椋の机だ。

 そして脇腹にテーザーガンの電極を刺したまま千冬がさっきまでいた場所に頭から突っ込み、見事机の下に潜り込んで壁にぶつかって止まった。束はこんなことで死ぬほどヤワじゃ無いのはわかりきっているのでテーザーガンの引き金を引き、電気を流す。

 

 

「束さん復かーー痛い!」

「まともにチョコも渡せないのかこの駄兎は!」

 

 復活を遂げようとしたところで再び机に頭を打つ天災。これではただのアホである。そこに千冬の容赦無い罵倒。そして束が言い訳してなんだかんだで千冬にがデレるまでがテンプレだ。

 

 

「だってだって! ちーちゃん普通に渡したって「要らん」とか「飽きた」とか言って受け取ってくれないじゃん」

「それは私がチョコの食べ過ぎでダウンしてるところに持ってくるからだろうが」

「それでも束さん特製チョコレートなら一発だよ! 栄養分全てカットしてくれるからね!」

 

 生徒会役員やこれからチョコを渡そうと扉の外で待つ多くの少女達の前で繰り広げられる夫婦漫才。ここでニコニコしながら見てると千冬にシバかれるので笑いを堪えつつ2人の行く末を見守る。そろそろ千冬がデレるだろう。

 

 

「わかったわかった。食べれば良いんだろう? それに、貰ったものはちゃんと頂かないと失礼だしな……」

「最初からそうしてくれれば束さんもこんなに長々と面倒な説明をせずに済んだんだよ。あ、あーちゃんの分もあるよ。もちろんみんなも」

「ああ、束が神に見えるわ」

「それ言って良いのかねん……」

 

 キリスト教徒であるはずのナターシャが自身の神を変えようとする隣で千冬はにこやかに(私はあの笑みが営業スマイルなのを知っている。だって微妙に引きつってるもん)チョコを受け取っては隣に用意した袋に入れていく。私は時折やって来るクラスメートにお茶を出してヒカルノも交えてただのおやつタイムだ。今年は後輩もできたし、千冬とナターシャの列は去年の2倍ほどの長さはありそうだ。先生に小言を言われるのは私なんだけど……

 何はともあれ、IS学園のバレンタインは生徒会にチョコを持った少女達の列が作られる謎の伝統が出来てしまうのを知ったのは6年後の話だ。



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数年ぶりの学園生活だよ!

 やあ、諸君。今は年も明けた4月だ。ドイツから帰ってきて半年弱と言ったところだろうか。私と千冬は佐々野さんの助力もあって穏便に自衛隊を辞めることができた。そして千冬は学園長とのコネで、私は回り道をしたものの、学園の理事数人と何度か食事を重ねる事で無事にIS学園教員の肩書きを手に入れた。オマケで私には倉持技研特別研究員なんて役職もあったりする。いや、持つべきものは友人だね! 誰とは言わないが、彼女も利口な子だったから出世してるだろうな、とは思ってたけど、原作開始2年前にしてすでに主任研究員なんてポストに就いてるなんて驚いた。一緒にご飯食べたら「頼みますよかいちょ〜」と言われてしまったので給料も良いし、時々顔だしてくれれば良いと言われたので契約書にサインした。

 何はともあれ千冬と私というIS乗りの神様と弄りの神様(自分で言うのも癪だ)を手中に収めた学園は私達をいきなり重要ポストに据えた。千冬は学園防衛の最高責任者に。私はその際の補佐と整備科の顧問なんて訳のわからない仕事を任された。その他にも千冬は茶道部顧問、私は生徒会顧問とか色々。まだ寮長にはなってないし、学年主任でも無い。千冬は副担任だ。なぜか私が担任を持つことになったのが不思議でならないが、3年3組という整備科のクラスだから許そう。なにせ国語と社会以外の科目は私が担当教諭なのだから……

 幾ら私がIS開発が出来て、それに従って理系科目が出来るからって投げて良いものなのか……? 激しく抗議したいところだが、こちらも給料を貰って働く身だ、週に20コマくらいしっかり働こう。

 

 

「と言うわけで上坂、明日から1学期が始まるが、あまり気張るなよ?」

「はい、織田先生。指導要領もバッチリ暗記しましたし、クラスの子も粗方覚えました。多分大丈夫です」

「私も空いている時間は教室で見ているから安心しろ。しかしまぁ、まさか教員になるとは思わなかったな」

「その話は3度目ですよ、先生」

「それほどの驚きなんだ。自衛隊は合わなかったか?」

 

 そして今、職員室で私の隣に座るのは7年前の私の担任、織田先生だ。私が担任になった3組の副担任で、3年の学年主任でもある。変わらない長い黒髪とハスキーな声。性格は若干好戦的な面が抜けたような抜けていないような。

 私達が学園に着任した日に「一戦付き合ってくれないか? 教え子が世界最強になったことだしな」と言われた時には千冬も思わず苦笑いだった。今も変わらずIS関連の科目と体育を教えている。他の科目の免許を取らないのか聞くと「私は教えるのが下手だから今で手一杯だ」と言っていた。それでもIS学園で数少ない"ISで戦える"教員の一人だ。

 

 

「自衛隊も悪いところではありませんでしたよ。望んで入った訳ですし。ただ、千冬にあんなことも有りましたし、私ももう一度ISとの付き合い方を考えようかと」

「なるほど。お前は今のISのあり方は嫌か?」

「嫌ですね。束と私の望んだ方向ではありませんし」

「だがお前は、お前たちは、か? 兵器としてのISを受け入れているだろう? だから付き合い方を考える、と言う言い方をする。お前と篠ノ之なら世界を丸ごとひっくり返すことだって出来るのに」

「それは買い被り過ぎです。確かに私は兵器としてのISを受け入れ、それで生きてます。束もそうでしょう。ただ、私や束とそれ以外で決定的に違うのはISの本質を考えたことがあるかないかです。宇宙進出のためのスーツ。平和的利用が本来の姿だったはずなんですけどね。気がつくと私も束も、世界中がISを見失ってました」

 

 そもそもスタートから間違ってたんだ。千冬に大気圏突破させて月に旗を立てるとか(ミサイルを斬るのは無し)、そんなことをしておけばこんな方向に進むこともなかっただろう。ノリと勢いで来てしまった事が悔やまれる。が、私は原作通りに事が進んでくれないと色々と困るので束を唆して日本にミサイルを撃ち込ませたのだ。ある意味責任は私にあると言える。

 

 

「上坂、お前人を誤魔化す時には矢鱈と饒舌でキレイな言葉を使う癖があるのわかってたか? 今のお前の口調はそれだ。しかも嘘を言ってない分なおさらタチが悪い。お前たちはある意味初めから失敗してたともいえるが、それを失敗だと認識してるだけマシだ。世界はお前たちの失敗を成功だと喜んでるんだ。そんな奴らが居ないとIS関連の職につく人間は9割以上失職してしまうだろうがな。この学園含めて」

「でしょうね。武装を失ったISに価値はありませんし。本当、どうしてISは女の子しか受け付けないんでしょうね? そのせいで世の中ぐちゃぐちゃですよ。男の人なんて表も歩けないんじゃ無いですか?」

 

 織田先生は苦笑いしてコーヒーを啜ると「確かに、女尊男卑の風潮は強まりつつあるな」と言った。

 この前服を買いに行った時なんかも時々パシリの様に使われる男性を見かけたし、ISと言うものが世の中のあり方にすら変化をもたらしているのかと思うと残念になる。

 人間の心理の働きの一つに自己投影と言うものがある。簡単に言えば他者と自分を重ねて見る事を指すのだが、これが悪い様に働くと今の世の中みたく「ISを使える女性だから私偉い」みたいな考えに陥ってしまうのだ。ちなみに、いい様に働くと「千冬がブリュンヒルデになれるなら、同じ女である私も」というように自分のモチベーションアップにも繋がるのだが……

 

 

「ま、何はともあれ実技も理論も一般科目も全部こなせる先生が来てくれて私たちも大分楽になるんだ。期待してるぞ、上坂センセ」

 

 パン、と私の肩を叩くと織田先生はそのまま立ち上がって手をヒラヒラと振りながら職員室を後にした。私も仕事という仕事は特にないし、今日は久しぶりに自宅に帰ることにしよう。せっかく貯金叩いて駅前のタワーマンションの一室を買ったのにほぼ毎日職員寮の部屋で寝泊まりなのだからもったいないなんて次元じゃない。家と合わせて買った車も学園の駐車場に停めっぱなしだ。折角のイタリア製スポーツカーも乗らなければただのオブジェ。まぁ、オブジェとしての芸術性を備えてるだけマシともいえるが……

 そんな話はさておき、データ類を私が学生時代に作ったデータベースに保存してPCの電源を落とすと私も家路に就いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翌日、久しぶりに自宅の風呂に入りゆっくりと過ごした私はいつもより大分早起きして真新しい(と言うより買ってから殆ど着ずにクローゼットで眠っていた)スーツに袖を通すと襟にIS学園の校章バッジを付け、腕に普段はしないような上品な時計が嵌っているのを確認してからこれまた少し埃っぽいレザーバッグに最小限の荷物を詰め込んで家を出た。

 私はファッションにこだわりなんて無いので普段はYシャツにジーンズ、その上に白衣を羽織って過ごしている。今日みたいな機会でも無いとこんなキッチリとした格好なんてしない。その点自衛隊は制服があったから楽だった。

 自宅から30分ほど走れば学園に繋がる連絡橋が見えてくる。入り口のゲートでIDを見せてからもう5分も走れば到着だ。時刻は7時50分。ルームミラーでもう一度メイクを確認してから車を降り、トランクからバッグとパンプスを取り出し、職員室に向かった。

 

 

「おはようございます」

「おはよう、上坂。ふむ、スーツもちゃんと着こなせて、大人になったんだな……」

「自衛隊でも散々礼装は着ましたし、慣れましたよ。まぁ、ちっこいんで着られてる感は否めませんけど」

「お前は比較対象が織斑だからな。あいつは背も高いしスタイルもいいから何を着せても映えるだろ」

 

 ええ、本当に。心の中で思ったけど、廊下から千冬の気配がしたから笑うだけで済ませた。千冬はカッコいいし、背高いし、胸おっきいし、無手でも武器持たせても強いし、なんだろうね? でも、家事スキル皆無なのは神様がステ振りをルックスとATK(攻撃力)に極振りしたからかな? そこは公平だ。うん。

 

 

「おはようございます」

「おう、織斑。やっぱりな。お前は何を着ても似合う」

「あ、ありがとうございます」

「ちょうど上坂と話してたところだ。上坂は学生の頃からあまり成長してないみたいだからな」

「はいはい、どうせちんちくりんですよ。スーツや制服に着られちまいますよー」

 

 拗ねた風にして千冬の傍を通る瞬間にこっそり「一夏くんに用意してもらったんでしょ?」と耳打ちすると千冬は少し顔を赤くして目を逸らした。やっぱり家事は一夏くん頼りらしい。

 ニヤニヤするのを押さえ込みながら入学式が行われるアリーナへ懐かしい道のりを歩いた。

 入学式の準備なんてのは演壇を出したり、新入生や教職員用のパイプ椅子を並べたり、クラス分けのボードを出したりする程度だ。在校生には事前にクラス分けをメールで送ってあるし、春休みにも帰らない子もある程度いる。事前にそんな子達に声をかけて手伝ってもらい、ものの数時間で全て終わってしまっていた。

 なので私はコントロールルームでセキュリティの再確認とピットでスクランブルに備えるISのファイナルチェック。ここら辺の技術的なところは私の領分だ。

 それらを終えると教職席に腰掛け、観客席に入ってくる在校生を眺めて過ごした。私の記憶が正しければ今年の新入生の中には原作キャラの一人、布仏姉妹の姉、虚が入ってくるはずだ。と言うより、新入生名簿に確認してるんだけどね。

 在校生の誘導を終えた先生方が教員席を埋めると、司会進行を務める先生が「新入生、入場」と声を上げ、入学式は始まった。

 内容に関しては長く詳細に述べるまでも無いだろう。みなさんが想像する通り、ごく普通の高校の入学式だ。新任の紹介の時に千冬が大歓声を浴びたりしたが、予想の範囲内だ。ちなみに私の名前が紹介された時には整備科の数人が目を見開いていたので私もある程度の知名度はありそうだ。やったね。

 そして式が終わればHRはお決まりだろう。織田先生に急かされるまま、私の教員人生の本編が始まった。

 

 

「おはようございまーー」

「博士!」

「上坂博士キタコレ!」

「神降臨! コレで就活勝つる!」

 

 無難に挨拶をしながら教室に入ると私も原作1巻の千冬ばりの歓迎を受けた。方向性が千冬ファンに負けず劣らず歪んでるが、現実的なのでまだマシだろう。

 手を打つと見事に静まりかえる教室。まるで良く訓練された兵士のようだ。

 

 

「改めて、おはようございます。今年度から教員としてみなさんと1年間過ごさせていただきます。上坂杏音です。どこぞの界隈ではいろんな二つ名を頂いてますが、皆さんとは教師と生徒。それ以上でも以下でもありませんから、私やその他の先生方を上手く使って学園生活最後の1年を充実したものにしてください。よろしくお願いします」

 

 ちらりと横目で織田先生を見ると笑いをかみ殺して居るのが見えたので目線に殺気を込めて送ると一瞬で真顔になってから更に厳しい顔になってからやっと普通の顔になった。ここまで1秒たらずだ。

 

 

「私は副担だ。ま、お前らなら上坂とも仲良くできるだろう。こいつは性格はともかくISに関することは篠ノ之と肩を並べられる。全く、お前と言い篠ノ之と言い、IS開発に回るヤツは性格に難があるのが多いのかね」

「さて、1限目はIS整備論、2限目は技術者倫理ですね。どちらも私の担当なのでイントロダクションから始めましょう。教科書はみなさんのオンラインストレージに配布してあるので手ぶらで良いですよ。それではホームルームを終わります」

 

 そして私の記念すべき教師としての1日目が幕を上げた。



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またまた端折って卒業生を出すよ!

 こんなことを言ったのはどこの誰だか忘れたが、人間は年齢を重ねるたびに1年の長さが短くなるらしい。今年で23になるわたしの一年は1/23で、例えば生徒たちは1/18と言うわけだ。値に直すと0.01ほどの違いでしかないが、その0.01を意識するようになってきたあたり、わたしも歳をとったということか。

 さて、そんな与太話はさて置き、私の1年をざっと振り返ると、IS学園3年生は大いにその技術力に磨きをかけて次々と大手IS関連企業各社に就職を決めた。

 大学進学を目指す者も多くが志望校に合格を決めているようだ。その代わり、多くの生徒が軒並み国語と社会を捨てていると言う報告が私の元に上がってきている。それで進路担当の先生に呆れられてしまった(その進路担当は私の学園での同期だ…… あとは言わずともわかるだろう)。

 何はともあれ、3年生はその多くが無事に進路を決め、卒業制作の仕上げ作業に全力で取り組んでいる。

 そんな彼女らが作業する整備棟の家主は私なわけで、教員室(と言いつつ中身は他の整備室と同じだ)で倉持の仕事をしていた私の元に卒業制作に励む一人がやってきた。

 

 

「上坂先生。ウチの班のパッケージ仮完成したんで打鉄出してもらえますか?」

「ん、打鉄ね…… はい。3番に使用許諾出しておいたから。気をつけてね」

「ありがとうございます。完成したらまた報告に来ますね!」

「うん、楽しみにしてるよ」

 

 と、まぁ先生らしい事にも慣れた。今は倉持から頼まれた第2世代IS改修計画の口出しの仕事もあるからいつもより少し忙しい。

 更に言えば週末には学園に導入される新型機納入トライアルもあるし、そろそろ開発も最終段階に入ったであろう各国の第3世代も探りを入れなければならない。

 倉持のISは欠点箇条書きの報告書をまとめてヒカルノに送りつけ、旧生徒会メンバーしかわからない暗号化ファイルとして改修案も付けておいた。出血大サービスだ。

 その理由として、この計画が打鉄二式の事だからだ。最悪完成しなくてもどこぞの弟が一枚噛んで完成に漕ぎ着けてくれるが、流石にそれでは株が大暴落してもおかしくない。私が更識姉妹と仲良くなれば良いかもしれないが、春に入学する姉はともかく、妹との接点は今の所簡単には……作れる。

 彼女が今年中に代表候補生なら、私が職権乱用で彼女に近づく事など容易だ。よし、そうと決めたら即実行。ヒカルノと佐々野さんに連絡を取り、今の代表と候補生を見たいと適当な理由を付けて(文末に久々に隊のみんなにも顔を出したいとか書いておけば効果はあるだろう)メールを送っておけば来週辺りにはスケジュールが組めるはずだ。

 そして一つ伸びをしてからファウストを出してみる事にした。束とはちょくちょくコレ関連で連絡を取り合っている。何処にいるのかは知らないが、呼べば来るだろう。今は第3世代兵器のテスト中だ。具体的にはAIC(アクティブイナーシャルキャンセラー)と小型のビットが10機。正直なところこの2つは汎用性が高いからこの2つさえあれば大半の戦局はなんとかなる気がする。脳みそ30個を並列で動かせる私とこの2つは相性がこれ以上ない程にぴったりなのだ。

 白衣を脱いで椅子に掛けると部屋の真ん中にあるベンチの中心に立ち、少しばかり気合を入れると一瞬でファウストを展開した。部屋が広くないのでビットを10機も出すわけにいかないが、3機ほど出して部屋の中をクルクルと飛ばす。紙飛行機のようなシルエットの真っ白いビットは数周まわると私の肩口にホバリングした。低速飛行での安定性も良好だ。そしてファウスト本体のブースターやら何やらを一通りチェックすると30分ほどで貴重な私のISいじりタイムは終わった。

 

 私は細かいことが苦手なので掻い摘んで結果だけ述べていくと、トライアルの結果、学園に転がる第1世代の後継機として第2世代の最新鋭機、フランスのラファールが決まった。ドイツのGen.Zweiも悪く無かったけど、汎用性の高さと癖の少なさから教員の大多数がラファールを推した。

 そして更識簪とのファーストコンタクトにも成功。代表候補生の中でもトップの実力に相違ない。同行したヒカルノとも倉持の試験機を彼女に任せてもいいかも、という事で同意している。あとはお上様だけだが、彼女の実力ならばノーとは言わないだろう。

 最後に整備科顧問としての一大イベント、卒業制作の審査だが、2クラス10班全てが実用に耐えうるレベルのパッケージを完成させていた。大学と違って絶対評価なのでほぼ全員が5段階評価の5だ。もちろん、詰めの甘いところもあるが、学生が5〜6人掛かりで半年しかない中で作るものと数十数百人掛かりで1年かけるプロの仕事を比べるのは酷というものだ。

 そして私の担当科目も合わせて生徒の評価をつけ、データを打ち込むと今年度の私の大きな仕事は終わり。あとは彼女達を送り出すだけだ。

 

 

「卒業生代表、3組宮崎遥」

「冬が明け、春の足音が聞こえる今日、3年間の長く短い学園生活を終えーー」

 

 私はいま、アリーナで行われる卒業式に、教員席の最前列で卒業生代表という大役を務める教え子を眺めている。流石に泣きはしていないが、私が卒業した時の事を思い出す。私も彼女と同じように卒業生代表を(半ば無理やり)任され、似たような事を言ったように覚えている。あの時は織田先生が泣いていたが、今年はそうでないようだ。

 良くも悪くも私たちの代は強烈なキャラクターが揃っていたから先生も大変だっただろうな、と教員を務めたいまならわかる。私が持った彼女らはとっても利口で、おしゃべりで、手のかからない(と言うと語弊があるが……)生徒達だった。おう、私たちと大違い。

 

 

「最後に、お世話になった先生方、一緒に過ごした仲間たち、そして両親に感謝を述べて挨拶に代えさせて頂きます。ありがとうございました」

 

 こっちこそ、君たちには大いに刺激を受け、私の学び直しの機会になった。ありがとう、と心の中で最後のHRに使えそうなクサいセリフを思いついてから生徒席に戻る背中を見つめた。

 校歌斉唱とその後の説明を司会の先生がしてから卒業生退場のアナウンスとともに3年生担任団が立ち上がり、各クラスを先導して教室に戻る。

 私はもちろん3番目。生徒と大差無い背丈をいつもより高めのヒールで誤魔化してアリーナを後にする。

 

 

「上坂先生、泣いた? ねぇ、泣いた?」

「うるっと来たけど泣いてないよ。多分」

 

 卒業生代表も仮面を剥がせばこんな感じだ。クラスのムードメーカーであり、学年1,2を争う名メカニック。アリーナを出てすぐに列が崩れて私を中心に固まって歩くようになると、しれっと私のすぐ脇をキープしているのだ。

 

 

「ちぇっ。織田先生に聞いて上坂先生の挨拶を真似したんだけどなぁ」

「どこかで聞いた覚えのある言葉だと思った。織田先生もよく覚えてたね」

「いろんな行事の記録は学園のオープンストレージを漁ると案外出てくるもんですよ。初代生徒会長サマ?」

「良くもまぁ……」

 

 私が生徒会長だったということは彼女以外知らなかったようで、口々に「上坂先生が生徒会長!?」「ってことは学園最強だったの?」とか聞こえてくる。残念だが私の代で最強なのは言うまでもなく千冬だ。私が少し思い出話でもしようかという時に宮崎さんはまた爆弾を落として行ってくれた。

 

 

「んで、織田先生に聞いたんだけど、上坂先生って織斑先生に何度かISバトルで勝ってるんでしょ? 第1世代のISでリボルバーイグニッションブースト(個別連続瞬時加速)してる映像も残ってるよ」

「…………」

「遥、その映像後で出せる?」

「もちろん。ホームルームは上坂先生の思い出話でもしてもらう?」

「お前ら、好き勝手言ってくれるな……」

 

 まさか映像が残ってるとは思わなかった。てっきり織田先生が気を利かせて消しておいてくれたとばかり思っていたが、想像してなかったところで見つかってしまった。彼女に見つかった通り、私は何回か公式戦で千冬に勝利を収めている。全て1年のころだが、千冬が苦手としていた飛び道具で何度か千冬を削り切ったことがあった。

 その後も質問攻めに遭いながら教室に辿り着くと即座に教室内全ての端末にロックを掛けた。

 

 

「あ、先生ズルい!」

「ふふん。これが先生の特け…… 誰ですか? 私の端末にハッキングを仕掛けてるのは?」

「バレた! だが手は止めない!」

「行け、沙都子!」

 

 システム系が得意な北条さんが教員端末にハッキングを仕掛けてくるが、まぁ、最後だし生徒たちが望むのなら仕方ない。

 

 

「ん、先生観念した?」

「最後だし、特別ね?」

「よっしゃ!」

 

 教室の騒がしさが一層増すと、宮崎さんが自身の端末から教室前方のディスプレイにファイルエクスプローラが映る自身の端末の画面を送ると、今度は教室が静まり返った。

 

 

「さて、どこから行くか……」

「ホームルームは30分しかないから、20分くらいで終わらせてね」

「えぇ〜 仕方ない、じゃ、学園初のISバトルでも見てもらいますか」

 

 そして慣れた手つきでフォルダからフォルダへと飛び回り、学園のオープンストレージ内にある試合記録映像フォルダの一番初めのファイルを開いた。

 映し出されるのは今より幼い顔立ちの(そりゃそうだが)私と千冬。ライフルを手にぎこちない構えを見せる私と対照的に千冬は自然に中段の構えを取っている。

 聞き慣れた織田先生の声が響くが私も千冬も動かない。当時の私としてはそんなに長い時間では無かったような気がするが、今の彼女らにはもったい無い時間であるようで、少し早送りすると私がちょうどトリガーを引く瞬間だった。一発目でヘッドショット。続く二発目はヘッドギアを掠めて消える。

 

 

「先生、銃撃ったのってこの時が初めて?」

「そうだね。一発目でヘッドショット取れるなんて我ながらいいセンスしてるよ」

「でもリコイルコントロールが出来てないから二発目は外してるけどね」

「あの頃は今みたいな反動制御アシストなんて無かったんだよ?」

「ハイハイ、言い訳言い訳」

 

 クラスを失笑混じりの笑いで包んでから私の懐かし映像はさらに続く。次の映像は授業頭の模擬戦。日付を見る限り1年の終わりだ。

 その頃の私は大分銃にも慣れて構えがサマになっている、と思う。

 

 

「1年の終わりだととっくに千冬に負け越してるよ。千冬が銃に慣れたからなぁ」

「でもこの試合は先生の勝ちで終わりますよ」

「そんなことあったかな……」

 

 彼女の言う通り、この試合では私がなぜかハンドガンで格闘戦を行い千冬に勝利を収めていた。映像を見て思い出したが、何か古い映画に影響されて二丁拳銃で千冬の剣を捌きつつ打撃と銃撃で削る戦法を取って辛うじて勝利を収めた。

 

 

「んで、よく見るとハンドガンのリロードの時、グリップの中に直接マガジンを展開してるんだよね。こんな小技、代表でもやる人居ないんじゃないかな」

「まさか、私ができるんだからそこらの代表もできると思うよ?」

「「「「ないない」」」」

「えぇ……」

 

 マガジンハウジングに直接マガジンを展開する小技は銃を使う人なら誰でも思いつくと思うんだけどなぁ……? こんどモンドグロッソの映像を見返してみよう。ちなみに、これを応用するとシングルショットのライフルの薬室に直接薬莢を装填できるから普通のボルトアクション並みの速度で連射できるようになるメリットもある。

 映像はさらに続き、3年の1学期まで飛んだ。時間的にこれがラストかな。

 

 

「最後がコレ。今でいう学年別トーナメントの時の映像なんだけど、先生この時すでに専用機持ってるんだよ? 凄くない?」

「懐かしいね。自衛隊入るときに返したんだけど、束お手製だから当時最強だったんじゃないかな?」

「悪夢の世代……」

 

 誰かがボソリと失礼な事を言った気がしたが目線だけで探すと殆どの生徒が一斉に目を背けたため、誰が言ったかはわからない。

 懐かしのナイトメア(黒騎士)で千冬に対峙する私。思い返せば授業の模擬戦でも殆ど使わなかった記憶がある。まぁ、専ら各種装備のテストベンチみたいなものだったしなぁ。

 

 

「先生がブレード持ってるよ」

「織斑先生の目がマジだ……」

「あの時の千冬はマジで怖かったよ。確かこの試合が私にとっては学園最後だったからお互いに本気だったんだと思う」

「先生は当時から整備科だったんですか?」

「そうだね。だから2年の後半からは滅多にISには乗ってないよ」

 

 お陰で映像が少なくて、という言葉を続けた仕掛け人を置いて試合は進む。といっても開始から2分経った今も私と千冬は睨み合ったままだ。

 白銀の撃鉄を纏う千冬に対し、漆黒の悪夢を纏う私。物理刀の千冬とレーザーブレードの私。似ているようで決定的に違う二人はシークバーが2/3動くまで動かなかった。

 当事者である私とこの映像を探し出した宮崎さんは結果を知っているから何も言わないが、宮崎さんはどこかニヤついているようにも見える。

 そして映像が後30秒ほどとなった瞬間だった。一瞬にして私と千冬の立ち位置が入れ替わり、私が刀を捨てて両手を挙げた。

 生徒たちはあまりに早すぎる出来事に、頭の上に「?」を浮かべ、私は黙って当時の事を思い出していた。

 

 

「先生、みんなオチがわからないみたいなので解説してください」

「ん? 二人同時にイグニッションブーストかけて居合斬りしただけだよ。その結果私は刀をへし折られ、ハイパーセンサーも一緒に持って行かれたから降参」

「私もコマ単位で映像見返してやっとオチがわかったんだよね。これが第1世代だよ? 信じらんない」

 

 生徒たちが激しく同意、と言わんばかりに頷く中、私はこのクラスを終わらせるべく、椅子を立った。

 

 

「さてさて、私の黒歴史ももういいでしょ? 最後のホームルーム、始めるよ」

「ついに終わりかぁ」

「嫌だな」

「ほれ、つべこべ言うな。んじゃ、連絡事項から。寮に荷物置きっぱの人は来週までに持って帰るように。できれば今日中に持って帰りな? それからーー」

 

 5分ほどで全ての連絡事項を伝え終わるとついにHRも終わりだ。

 私は初めての生徒たちにプレゼントを用意してきた。

 

 

「さて。ついに終わりですか…… 最後に先生らしくカッコいい事を言わせてもらうと、私にとって初めての担当クラスだったみんなにはとっても感謝しています。みんな真面目で、物分りが良くて、おしゃべりで。それぞれ濃いキャラを持ち、実習なんかは特に真面目に取り組んでくれました。そんなみんなから私もいっぱい学ぶことができたし、同じようにみんなにもわたしの持てる技術を教えてきたつもりです」

 

 さっきまで散々騒いでいたのに今はみんな揃って黙っている。それに、気がつけば織田先生もいるし……

 

 

「これからISに関わる人には有意義な、そうでない人は宝の持ち腐れになってしまうかもしれませんが、皆さんが持つ知識、技術は世界に通ずる物だと思っています。皆さん、1年間ありがとうございました。そして、3年間お疲れ様でした。ささやかだけどプレゼントを作ってきたから、出席番号順に取りに来て。1番、秋山さんから」

 

 私が彼女たちに贈るプレゼント、それはISコアに使われる特殊合金で作ったIS学園の校章バッジだ。束経由で材料を仕入れ、夏頃からコツコツと作ってきた。

 一人一人に一言添えてチタンで作ったケースに入れたバッジを渡していく。泣きながら抱きついてくる子もいれば、何か言ったら泣いちゃう、と黙って物だけ受け取る子もいた。それにたっぷり時間をかけると、他のクラスが解散し始めたので我がクラスもお開きにしよう。

 

 

「みんな貰ってくれたかな? 暇な人はそのバッジを是非解析してみてほしい。本体はもちろん、ケースにも全て意味があるからね。じゃ、解散!」

 

 もちろん、みんな簡単には帰ってくれなかったが、私の時もそうだったし、いつの時代も卒業式の後はクラスメートや先生とお喋りに興じるものだろう。私もしばらく生徒たちと談笑し、気がつくと1時間が経とうとしていたので今度こそ解散させた。

 それからの仕事は数週間後に迫った入学式の準備だ。既に3割ほどは終わっているが、春休み期間が本番だ。

 来年度は1年生の担任だ。私が少しばかりバレない程度に人の心理を煽って私は更識楯無のいるクラスの担任になった。どうせすぐに生徒会長を襲いに行くのだろうから、何かとちょっかいを出すのに都合がいい。

 さらに、世界で進む第3世代機開発の監修というバイトもあるから来年はとても忙しくなる。夏までに機体を完成させ、トライアルに回さなければならない。今の所私の元に仕事の依頼が来たのはドイツとイタリア、そしてイギリスだ。

 原作の通り進ませることは諦めたので今後は無事平穏に原作のイベントを叩き潰す方向で動くことを私は脳内議会で可決、そのための第1歩としてまずはレーゲン型に搭載されるであろうVTシステムを潰す。そして、今年中になんとか亡国機業ともコンタクトを取りたいところだ。織斑マドカのこともある。彼女が千冬のクローンなのか、実妹なのかは原作では明らかにされていないが、クローン説は私が千冬のDNA流出を抑えることで潰した。なので彼女が現れればそれは実妹である事の証左となる。

 織斑姉弟の両親が原作では明記される機会がなかったが、二次創作でよくある亡国機業に行った、なんてことがあると少し困る。

 なにはともあれ、今は目の前にそびえる書類の束と、データの山を処理する事から始めよう。



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面倒な新入生だよ……

 卒業式から数週間、早くも新入生を迎えたIS学園。私のクラスには間違いなく問題を起こしてくれるだろうロシア代表候補生、更識楯無がいる。

 彼女は入学から2日目で生徒会長を襲撃、あっさりとその座を自身の手に収めた。あまりにも早すぎる出来事に顧問である私はもちろん、その他先生方も呆気にとられてしまうほどだったのは言うまでも無い。

 彼女は既に更識家当主の座についている(名前からわかるが)ようで、入学早々私にすごい目を向けてきた。そんなに怪しげな経歴を持っているつもりはないが。

 そして、洞察力の高さもこの時点でかなりのもので、HRでARレンズを使っていた事をあっさりと見破られた。2年前の千冬以来だ。こんな子が今年の夏頃には国家代表にのし上がるのだ、末恐ろしい。

 

 

「上坂先生?」

「どうかしましたか、更識さん?」

「いや、もう少し仕事減らしてもらえないかなぁ、なんて」

「なら人を増やしてはどうでしょう? 今は布仏さんと2人だけですし、彼女も大変でしょうから」

「あらやだ、先生ったら目が笑ってませんよ?」

「ええ、笑い事では無いので」

 

 そんな彼女と生徒会室で一触即発の空気を醸し出すたびに布仏さんの胃が痛むようで、束がやらかした時の千冬とまるで同じように眉間を揉んでいる。

 私はどうも彼女のアンテナに引っかかってしまったようで、何かと探りを入れられている。

 

 

「そうだ、更識さん。私、この前面白い事を聞いたんですけど、気になりますか?」

 

 白々しく語りかける。ちなみに、更識姉に話しかけるときは大体こんな感じだ。それ以外の生徒とはもう少しフレンドリーだと思っている。

 そして、かわいいかわいい更識妹とはとても良い関係を築けており、この前は一緒にご飯を食べに行った。彼女も当然のようにIS学園を受けるそうだ。

 

「ええ。上坂先生が面白いと言うんですから、よほどの事なんでしょうね」

「とても興味深いですよ? 更識さんは家が"少し訳アリ"らしいですけど、お家ではダメダメなお姉さんらしいですね。とある妹さんから聞いたんですけど、家庭内での揉め事も有るみたいで、ダメ無なんて言われることもあるとか」

 

 明らかな宣戦布告。更識さんがギリリと嚙みしめる音がここまで聞こえた。そういうところはまだ甘いらしい。

 

 

「あら、先生も交友関係が広いんですね。そういえばこの前ウチの妹がどこかの高名な研究者さんとお食事に行ったとか。とてもよくしてくださったいるみたいでとても満足気でしたよ」

「でも、そんな可愛い妹さんと上手くいってないとかなんとか。そんな噂も聞きましたね」

 

 隣から布仏さんの「あっ……」という声が聞こえたのもつかの間、私の首筋には扇子が添えられており、目の前には今にも殺してやると言わんばかりの目で私を睨む更識さんがいた。

 

 

「教師を脅しますか? それに、無許可でのIS展開は禁じられているはずですが」

「ねぇ、真面目に聞くから真面目に答えて。貴方、何者?」

「ただのIS"開発者"ですよ。少しばかり目が良かったりしますがね」

 

 そう言ってわざとらしくARレンズを光らせる。すると楯無は扇子を下ろし、口元に当てた。その仕草はまだ15,6の少女なのに妙に様になっており、艶やかであった。

 

 

「貴方の事、家で散々調べたのよ。ごく普通の中流家庭に生まれ、幼少期から篠ノ之束、織斑千冬とともに過ごした。貴方の言うIS開発者が言葉通りの意味ならば"明らかにオーバースペック"な開発力にも納得できる。コネや名誉なんて結果について来るものにすぎないわ。違う?」

「最後の部分は同意しますけど、私の技術力が全部束の所為かと言われればそれは違うと思いたいですね。私の経歴も見たんでしょう?」

「ええ、もちろん。高校で博士号取得なんて頭おかしいとしか思えないわ。そこから自衛隊でIS整備に従事、となっているけどその実態は何でも屋だったと聞いてるし、織斑千冬が弟を誘拐された際にも現場空域を離脱した彼女に一撃浴びせてるとか。ドイツで特殊部隊の戦力を織斑千冬とともに250%向上させたとか。武勇伝には事欠かないみたいね」

 

 なんとまぁ、それって防衛省の機密情報だろうに。なんてところまでアクセスしてるんだろうね。ちらりと布仏さんを見ると目を逸らされた。彼女は駒にもなるのね。

 

 

「私より私にとって詳しいみたい。それで、私は危険人物なわけ?」

「あら、だいぶ口調が砕けたわね。嬉しい。今のところの貴方は無害よ。日本にも世界にも。ただ、その技術力が裏に向いた時にどうなるかは未知数ね。IS研究の第一人者として知られているけれど、貴方、教育や心理、その他多数の博士号を持っているみたいだし、その目を見る限り情報科学にも精通してるみたいだしね。具体的な称号や結果として残っていなくても出来ることがある方が恐ろしいわ」

「ふぅん、そんな風に見られてるんだ。それで、お姉さんとしてはどうなの、刀奈ちゃん?」

 

 更識さんは驚いた顔をした後にまた私を射殺すような目で見てきた。私はわざとらしい笑みを浮かべてやると負けを認めたようで、両手を上げて首を振った。

 

 

「どこでそれを知ったかは聞かない。ホント、摑みどころのない人ね。篠ノ之博士もこんな感じなのかしら?」

「束もっとおかしいよ。それで、簪ちゃんと私が仲良いのは気にくわない? 刀奈お姉ちゃん?」

「それ以上私をお姉ちゃん、って呼んだらいくら先生でも殺すわよ? まぁ、確かに簪ちゃんと上手くいってないし、先生が最近簪ちゃんを気にかけているって言うのもとっっっっても気になる」

「その心は?」

「だって簪ちゃんが大好きだから! あっ……」

「お嬢様……」

 

 私がこの日挨拶を抜いて初めて聞いたの布仏さんの声はダメ無に向けた呆れの声だった。

 やらかしたことに気づいて子供っぽく私の肩をぽこぽこと殴る更識さんを一頻り笑った後にそっと耳打ちしてあげた。

 

 

「ねぇ、今週末にまたご飯に行くんだけど、来る?」

 

 二つ返事で週末の予定を空けた駄姉に少し引きつつ、お客さんが来ることを簪に連絡。その夜には返事が来ていたので問題ないだろう。

 ついでにヒカルノも誘い、上手くいけば姉妹仲の修復、上手くいかなくても私とヒカルノは有意義だ。

 それから仕事の速度をあげたわかりやすい生徒会長に仕事を押し付けてから私は職員室に戻ることにした。



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(駄姉が)待ちに待ったお食事会だよ

 そして週末。私が予約したレストランでテーブルを囲むのは私とヒカルノ、そして更識姉妹。ヒカルノが妹ちゃんを連れて来て、私が姉の方を連れて来た訳だが、妹ちゃんが楯無に凄い目を向けるなかでドリンクがやって来た。

 私と楯無がオレンジジュース、ヒカルノと妹ちゃんがりんごジュースの入ったグラスを目の前に置かれると一応形式的に私が一言言ってグラスを掲げると3人も同じようにグラスを掲げた。ただし、妹ちゃんの目が一切笑っておらず楯無が既に泣きそうになっているが。

 

 

「簪ちゃん、今日は来てもらってありがとね」

「いえ、いつもお世話になっている上にお食事にまで誘っていただいて嬉しいです。それで、どうしてお姉ちゃんが? まさか無理やりついてきた訳じゃないですよね?」

 

 いきなり核心を突く簪ちゃん。楯無のライフがガリガリ下がる。私のメンタルもゴリッと減った。ヒカルノも珍しく目を泳がせているし、この場に頼りになる味方はいないようだ。

 

 

「いや、私が誘ったんだよ。姉妹だって聞いてね。ただ……」

「先生、お姉ちゃんから姉妹仲が悪いからどうにかしてくれ、みたいなことを頼まれたのだとしたら、それはお姉ちゃんと私が解決すべき問題です」

「あ、いや、それは……」

「簪ちゃん」

 

 私がしどろもどろに言葉をつなごうとした所で既にメンタルフルボッコに近い楯無がこの場で初めて声を発した。

 

 

「今日は私がお願いして着いてきたのよ。こうでもしないと私は怖気付いて何も言えないだろうから。ただ謝りたかったの。私の言葉であなたを傷つけたから。ただ、一つだけわかってほしいのは、私は簪ちゃんに"こっち"側に来てほしくなかったからあんな事を言ったの。言葉選びを間違えたけれど、今も私は同じ様に簪ちゃんには汚い面に触れて欲しくない」

「今更そんな事言われても、困るよ…… 自分のことは自分で選びたいし、お姉ちゃんが私の事を思ってくれてるのも何となくわかってた。本音や虚さんも時々お姉ちゃんの事教えてくれてたし。でも、お姉ちゃんはどんどん遠くに行っちゃうし、私もお姉ちゃんと話すチャンスを逃してたし、避けてた。もしかしたら本当に嫌われちゃったのかも、と思うとーー」

「そんな訳ないじゃない! 私のただ一人の妹よ? 嫌いになれる訳ないでしょう……」

「2人とも、すれ違いが合流したのは結構だけど、一旦落ち着こうか」

 

 こうなるんじゃないか、と思って店の奥の個室を取って正解だった様だ。まぁ、ウェイターさんが前菜のサラダを持って苦笑いを浮かべているのは流石に避けようがないが、周囲の目は痛くない。

 テーブルに手をついて立ち上がった楯無を再度椅子に戻してからウェイターさんに合図をして入ってきてもらう。

 

 

「その、ごめんなさい。冷静さを欠いたわ」

「そう慌てなさんな。まだまだ時間はあるしね」

 

 いつものニヤけ顔ではなく、自然な笑みを浮かべて篝火さんが言うので私は少しばかり面食らってしまったが、確かに彼女の言う通りだ。更識姉妹には今は時間が無くとも来年以降は最低2年は同じ学び舎、隣の寮舎で過ごす事になるのだから今よりはずっと時間が取れるだろう。

 今は辛くとも後1年の辛抱だ。

 

 

「簪ちゃんは来年学園に入る訳だし、今よりずっと近くに居られるようになるんじゃない? ヒカルノも言ったけど、慌てないで、もっとゆっくりしなさいな」

「そうですね。お姉ちゃんがそれまで生徒会長でいられるのなら必然的に代表候補とはコンタクトを取りに行くだろうし、今は下地作りに専念します」

「簪ちゃんが辛辣……」

「普段の行いじゃないの?」

「うぐっ……!」

 

 淡々と経験に基づく予測で語る簪ちゃん。姉としては会ってくれないんじゃないかと言う不安がありありと言葉から読み取れた。

 まぁ、少し口元が笑っていたから本人は冗談のつもりでいるのかもしれないし、私がわかったのだから楯無にも見えたはずだ。

 いつも通りのニヤついた笑みを浮かべていつの間にかサラダの盛られていた小皿を空にしていたヒカルノを一睨みしてから私もようやく食事に手をつけた。

 

 その後もデザートが出てくるまで粛々と食事は進み、楯無が簪ちゃんをチラチラと見ては面倒くさそうな目を向けられる、ということも数回あったものの、胃がキリキリするような雰囲気とはかけ離れていたので私としては悪くない結果だったと思っている。もとより、一番大事なのは2人がどう思っているか、ではあるが。

 レストランを出て簪ちゃんはヒカルノの車に、私は楯無と学園に戻る。高速道路を走っていると楯無がいつになく大人しい事に気づいた。横目で見る限り寝ている訳ではなさそうだ。

 

 

「先生、その……今日はありがと」

「そんなか弱い女の子みたいな声出すな、気持ち悪い。でも、そう言ってくれるって事は妹ちゃんとは仲良くできそうな感じ?」

「そうね、後は私達次第。(気持ち悪いって何よ……)」

「さっきも言ったけど、ゆっくり長い目で見なよ。赤の他人との縁を戻すのは難しいけど、家族だしね」

「そうするわ。まずは家に帰る回数を増やすことから、かしら」

 

 街路灯のオレンジが彼女の横顔を照らし、少しばかり神妙な顔に影を作る。年不相応な艶めかしさを醸し出す彼女も今はただのティーンエイジャーだ。私も10年前はあんな感じだったのだろうか、と考えてから学園で巻き起こした数々の悪行を思い出して残念な気分になった。

 姉妹、といえば千冬の妹説濃厚なマドカだが、今はアメリカに居るらしい。流石に亡国機業とのコンタクトはまだ取れないが足取りは確実に追えている。原作に出てくるスコール派のほか、日本に拠点を置く派閥も追跡している。夏までには結果が出そうだ。

 

 

「先生、また何か企んでるでしょ?」

「そうだね。ちょっと裏に用があって」

「はぁ……そこまで正直に言われるとこっちも調子狂うわ。言うまでもないでしょうけど、不用意に足を踏み入れないことね。何が目的で裏に近づくのかは聞かないけど、先生は引く手数多なの。あまり目立つ事はしないようオススメするわ」

「ご忠告どーも。でも、一人でできる事にも限度はあるし、そろそろ更識の手を借りたいのよねぇ」

「はぁ……それで、大先生は一体何をお望みで?」

「亡国機業、それから織斑マドカ」

 

 楯無が驚きの顔を浮かべるのを横目で眺めながら私はさらにアクセルを踏み込んだ。

 

 



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先生と仕事の話をするわよ

 まさか上坂先生からどストレートに仕事の話をされるとは思わなかった。前々からきな臭い人だとは思っていたけれど、頭がキレるから裏で手をまわすのが得意なタイプかと思っていたのに。

 先生にそれを言ったら「私は机上の空論よりも実際に起きたことを重視するんだ」って。科学者らしくない行動派ね。

 簪ちゃんと食事をしてから数日経って、3人しか居ない放課後の生徒会室で詳しく話を聞くと先生は私たちと同程度の情報量を持っていることがわかったし、暗部の人間ではない故の、先生のネームバリューを活かしたダイレクトな接触を考えているという事がわかった。本当に恐ろしい人だと思う。

 

 

亡国機業(ファントムタスク)については私もある程度知っているから省略するとして、その織斑マドカって、誰なの?」

「織斑千冬の血縁、もしくはーー」

 

 先生は少し困った顔をして、私と虚ちゃんを見るといつになく真面目に(それこそ、実技なんかよりずっとずっと)こう言った。

 

 

「ーークローン」

 

 その言葉に思わず私も息を飲んだ。隣で虚ちゃんも目を丸くしている。ブリュンヒルデのDNAは誰もが欲しがる物の一つである事は確かだが、表立って手を出したら社会的に追放される事を免れない代物でもある。

 だから裏でその手の研究をする事は悲しい事だが無くはない。ただ、無くはないだけであって、実験の絶対数が少ない上に、技術自体も不完全なものだと予想できる。

 

 

「多分お利口な君の事だから『クローン技術なんて不完全で危ない事を何故』とか考えているんだろうけど、私としてはその可能性は限りなくゼロに近いと考えてる。だって千冬のDNAは私と束が厳重に管理してたからね」

「そ、それでも髪の毛一本からでも採取は可能でしょ? 完全に管理するなんて不可能よね、いくら世紀の大天才が2人掛かりでも」

「ま、それもそうなんだけどね。だから限りなくゼロ、って言い方をした。一応オンライン監視をして、DNAがデータ化されてネットワークに一度でも繋がった瞬間にアラートを発するシステムもあったけど、一度も作動しなかった」

「それに、先生は織斑先生と小さい頃から関わりがあったはず。妹がいるならどこかで見かけているはずよ」

 

 そう、上坂先生は織斑先生と幼少期、それこそ生後数ヶ月の頃から何らかの形でつながりがあったのだ。ならば妹の存在も知っているはず。

 そこを突くと上坂先生はまた困った顔をしてから私にとあるデータを見せてきた。

 

 

「出生記録が消されてる? 誰が……」

「織斑夫妻だ、と私は考えてるよ。だって、2人はーー」

 

 そう言って先生がタブレットの画面をフリックすると英語で書かれた論文らしきものが出てきた。タイトルをざっくりと訳すと『人間環境融合型ゲノムのデザイン』執筆者は…H.OrimuraとA.Orimura?

 

 

「ーー遺伝子工学の専門家だからね」

「この二人が……?」

「ええ、千冬のご両親。織斑春彦さんと秋葉さん。小さい頃にはよくおばさんがクッキーを焼いてくれたんだよね」

 

 先生曰く、この論文にはヒトのDNAに手を加え、自意識と言うものを抑制し、意図的に周囲の環境に溶け込みやすい。言い方を変えれば使いやすい人間を作れるという事が書いてあるらしい。

 私がさらにゾッとしたのはその後に先生がさらりと「試してみたんだけど、どれも失敗した」と続けた事だった。

 

 

「試した、ですって?」

「もちろん人間じゃないよ。さすがにそこまでマッドサイエンスに手を染めてるとは思ってない。マウスで試したんだ」

 

 実験の初期は普通の振る舞いをした。だが、ある時を境に性格が極端に二分したらしい。凶暴化か、抑うつのどちらかに。

 先生の推測では、心の蓋が開かれた時に溜めこまれたものが放出されると凶暴化、逆に溜め込む事に慣れすぎていると抑うつ傾向が強まるようだ。

 

 

「それで、織斑マドカがその実験台だと……?」

「その可能性は否定できないね。個人的にはあんなに優しいおじさんとおばさんがそんな事をするとは考えられないけど」

「他に先生はどんな可能性を?」

「可能性なんて考えればいくらでも出てくるさ。ただ、私が提示したのは最悪のケースだよ」

 

 あとは夫妻が何か裏に手を突っ込んでしまった人質か。これならいくらか救われるね。と先生は言うがどちらにせよ非人道的である事に変わりはない。私としては後者だと思っているが、その当事者たる織斑夫妻は既に消息を絶っているため、真実の追求は困難だ。

 

 

「この件を篠ノ之博士は?」

「もちろん知ってるよ。束と私じゃさすがに手に負えなくなってきてね。規模が大きすぎるんだ」

「でしょうね。一個人を追うために世界規模の組織を漁るのは国家規模でも難しいし」

「それでも私と束がそこそこ気合い入れて探してるんだけど彼女に関してはなんの手がかりも無くてね」

 

 たはは、と先生は笑うが、実際はそんな笑い事では済まないのだろう。特に上坂先生と篠ノ之博士は織斑先生絡みになると歯止めが利かなくなるという話を風の噂で聞いたこともあるし、大天才(大天災)2人が"そこそこ気合いを入れて"探した末に私たちですら辿り着けていない恐ろしい事実の一片を垣間見ているのだ。

 

 

「今はアメリカに居るらしいんだけど、ニューヨークだのマイアミだのって目撃情報が多すぎてアテにならないし、どうも千冬そっくりな見た目ってのはわかってもそれ以上詳細がわからないから監視カメラで検索をかける訳にもいかなくてさ。夏頃には亡国機業にコンタクトを取りたいとは思ってるんだけどね」

「はぁ……先生達に敵うとは思わないけど、私も探してみるわ。織斑マドカ。亡国機業はもともと目をつけていたし、いい機会だわ」

「んじゃ、報酬は出来高で。どっちが早いか競争だね」

「そんなピクニックに行くんじゃないのよ?」

「ふふっ、私は"世界最強"だよ?」

 

 先生は冗談っぽく笑って左目を光らせた。

 

 

「ホント、食えない人ね」




まさかの楯無視点
これからもいろんなキャラで時々やるかもです


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長い長い夏休みだよ 前編

 私の夏休みは長い。いや、正確に言うと貰っている休日の日数としては他の先生方とそう変わらない。ただ、中身の濃さが全然違うだけだ。

 まず、夏休み入る前の夜に仕事を終えた足で空港に向かい、ドイツに直行。第3世代機、レーゲン型の最終チェックに立ち会う。今までデータは散々見てきたが、実機を見るのは初めてだ。そしてそのままイギリスへ、こちらでも第3世代のBT試験機を見てその日の夜にアメリカへ。やっと取り付けたコンタクトを頼りにロサンゼルスで亡国機業の一派をまとめるミスミューゼルとお話(意味深)の予定だ。その後の予定は……彼女次第と言ったところだろうか。

 楯無がちゃんと仕事をするように布仏さんに監視を頼んだし、その他の仕事はキチンと終わらせてから座り心地の良いシートに身を委ねている。

 軽くワインを1杯飲んでから一眠りすると窓の外は未だに闇。まぁ、時間を逆行するように飛んでいるのだから当然と言えば当然。漸くヨーロッパに入ったか、と言うあたりで軽食を取ってからクラリッサにメールを打っておいた。

 フランクフルトに着いたのは深夜とも朝とも言い難い午前4時。コーヒーとブロートヒェンを食べながら時間を潰し、早朝にもかかわらず迎えに来てくれた軍の車に飛び乗った。

 

「お久しぶりです。上坂教官」

「もう教官じゃないよ。クラリッサ」

「それもそうですね。時差が辛いかもしれませんが、こちらへ」

 

 

 ケルンにある基地に着いたのは午前7時前。車を降りるとクラリッサが出迎えてくれた。ちょうど朝食の時間だったらしく、隊舎の前を通ると騒がしい声が聞こえた。

 そのまま代わり映えのしない基地の中を少し歩いて懐かしいハンガーに入ると知っている顔ぶれに囲まれるレーゲンが居た。

 

「上坂博士が到着した、予定通りテストを行う!」

 

 

 着くなり敬礼で迎えられ、少しこそばゆい感じもするが、ほぼ反射的に軽く頭を下げた。俗に言う10度の礼という奴だ。

 私が顔を上げるとほぼ同時に手を下す整備隊の面々。私が日本に帰ってから来たと思しき子も多く、私が去年出した卒業生も居た。嬉しいことだ。

 

 

「お久しぶりの方はお久しぶり、初めましての方は初めまして。そして、軍に採用決まったとは聞いてたけど、ここで会えるなんて嬉しいよ。何はともあれ、ドイツ連邦の技術の結晶でもあるISですから、イグニッション・プランでの採用を勝ち取れる物と確信しています。最後の総仕上げです。気を緩めず、ボルトの1本まで目を光らせて素晴らしい結果をもたらしましょう」

 

 この手の挨拶にも慣れた。束と一緒になってどこに飛んでいくかわからないブースターを背負っていた私が、気がつけばブースターを背負わせる側になっていた。

 正直言えば、学園で教えている瞬間が一番面白いかもしれない。自分の手を動かしているから。

 指先だけで作り出すISよりも、指先から手のひら、腕、身体と全てを動かして作るISの方が何倍も楽しい。

 

「上坂先輩、朝食はお済みですか?」

「飛行機で軽く食べたけど、もう少し胃に入れようかな。この調子だと今日いっぱいかかりそうだし。それに黒うさぎの子にも会いたいからね」

 

 

 来た道を戻り、隊舎に入ると一昨年と変わらない恰幅の良いおじさんが厨房で鍋をかき回している。慣れた動作でトレーを取ってからカウンターの前を通ればおかず(私の感覚ではおかず。ただ、こっちでは主食だ)が大量に盛られたプレートを置かれる。ちらりと私の顔を見た食事係が驚いた顔をしておかずをもう一品付けてくれた。

 そしてわざと気配を消してシレッと黒うさぎ隊の面々が集まるテーブルに着くと何事も無かったかのように食事を始めた。

 クラリッサも苦笑いしながら私をテーブルの対角上から見ている。

 

 

「それでな、この前中尉がシャワーで石鹸踏んで転んでてさぁ!」

 

 そんな感じのドウデモイイ話聞きながら黙々と食す中、不意に「それは中尉も不注意だったな」とさりげなくドイツ語で相槌を打ってやると「でもそのあとに涙目で打ったおでこをさすってるのがめちゃくちゃ可愛くて……え?」と謎の声の主を探して一団の視線がこちらに向いた。

 

 

「「「「う、上坂教官!!」」」」

 

 朝食の最中だというのに突然立ち上がって敬礼。私は少し肩をすくめてから手を横に振って席に着かせる。

 チラリとクラリッサを見ると目で「それは日本語じゃないと笑えないネタですね」と語っていた。要は少し呆れた目で見られてた。

 

 

「教官! どうしてここに? 到着は今日…今日!?」

「よし、一度落ち着こう。私は今日の4時にはフランクフルトに着いたんだ。日本を夜に出るとこっちは早朝でね」

「そうでしたか。てっきりお昼前後に着くとのかと」

「クラリッサには前から言ってたんだけど……」

 

 クラリッサに目を……向けられなかった。さっきまで座っていたところはもぬけの殻。少しあたりを見回すと後輩はどうやら部隊のマスコットにちょっかいをかけているようだ。

 同じくクラリッサを見つけたテーブルの面々も一様に同じく表情を浮かべている「またか……」ってやつだ。

 

 

「ラウラぁ〜今日はこれ着てみようか! せっかく上坂先輩も来てくれたし……グヘヘ」

「オイ、煩悩が丸出しだ」

 

 どこからともなくハリセンを取り出して大きく後頭部に振り抜いた。ドイツでは耳馴れぬ素晴らしい快音を朝の賑やかな食堂に響かせると賑やかな雰囲気は一転、静寂に包まれた。誰かがボソリと「Feind nach unten(enemy down)」と呟くと誰からともなく笑い出し、食堂は再び賑やかさを取り戻した。

 

 

「ラウラ、久しぶりだね。少し大きくなったかな?」

 

 クラリッサに渡されたと思しき、IS学園の制服を持ったまま呆然と立つラウラの頭を撫でながら正面にしゃがみ込む。

 背中に生暖かい視線を感じるがスルーして目を細めて頬を赤く染めるラウラを愛でる。

 

 

「き、教官! 止めてください、私も子供ではありません!」

「んー、まだまだ。レアルシューレ(Realschule)も出てないうちは子供さ」

「むー!」

 

 頬を膨らませるラウラ。ちっちゃかわいい。うん。

 少し解説ではないが、補足をしておくと、Realschuleというのは日本でいう中学(というと少し語弊があるが…)に当たる教育機関だ。気になる人はウィキペディアの「ドイツの教育」という項目を参照してほしい。

 だいたい身長160cmの私より頭ひとつ低い背丈。幼さの残る丸みを帯びた顔立ち。そして何よりもそんな上目遣いで子供じゃないアピールをしているうちはまだまだ子供さ……ふふふ

 

 

「お前らも何か言ってやれ! 上官命令だっ!」

「いくら隊長の命令でも従えません!」

「う、裏切ったな! 後でクラリッサに言いつけてやる!」

(((((子供だ……)))))

 

 先ほどよりさらに生温い視線を一身に浴びていることに気づいたのか、ぷいっ、とそっぽを向いて拗ねるラウラ。うん、かわいい。

 携帯で写真を撮ってから千冬に送り、それから時間を見るとレーゲンの稼働試験まで30分を切っていることに気づいた。

 

 

「8時だ! 総員予定通り8時半にハンガー前に集合! 遅刻はアシストなしで滑走路往復! 解散!」

 

 慌てて私が拗ねた隊長の代わりに指示を出すと揃って「ヤバい!」という顔をしてから駆け足で食堂を後にした。

 私もハンガーに走って戻り、荷物の中からISスーツを取り出して着替えると、その上から白衣を羽織るという誰か(篝火)さんのような格好でレーゲンの最終調整に入った。

 と言っても殆どの仕事を優秀な整備隊の面々が終わらせているために私の仕事は本当に流れる数値を眺めるだけだった。

 

 さて、時間も限られている事だし結果だけ端折って説明するとレーゲンは実機でもシミュレーション通りのスペックを叩き出し、第3世代兵器であるAIC(アクティブイナーシャルキャンセラー)も理屈通りに動いた。

 ただ、使用するのにとんでもなく集中力を必要とする上にその性能の程が操縦者によって変わりすぎる欠陥兵器だ。

 簡単に言ってしまえば、ラウラがAICを使うとその対象に意識を向け続けなければ(まぁ、周りを見るくらいはできるだろう)AICの効果圏内に止める事が出来ないが、千冬や束レベルのバケモノなら同時に5つの目標を止めることも容易い。そんな具合だ。

 一日中レーゲンの様々なテストに費やし、日が暮れると私はまた荷物をまとめてイギリスに発った。

 ラウラで遊びすぎたかもしれないからささやかながらお土産を置いてきた。気に入ってくれるといいけど……

 



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長い長い夏休みだよ 後編

 日が暮れる前にケルンから飛行機に乗り、1時間半でロンドンに到着。その日はホテルにチェックインしてご飯を食べただけなので特筆すべき事はない……あぁ、寝る直前にクラリッサから写真付きでメールがとどいた。私が置いてきた黒うさぎのぬいぐるみを抱きしめたラウラの写真だ。

 クラリッサのチョイスであろう薄いピンクのパジャマでぬいぐるみを抱きしめる姿はまるで10歳に満たない女の子だが、本人に言えばまた拗ねられてしまうので心にしまっておく。適当な言葉で返信してから少し奮発して取ったふかふかのベッドに身を投げた。

 

 翌朝は6時過ぎくらいに朝食を食べずにチェックアウトすると前もって予約していたレンタカーに乗り、フリーウェイを1時間ほど走らせるとイギリス空軍司令部を擁するハイ・ウィッカム空軍基地に到着した。

 ゲートに車をつけ、名乗ってからパスポートを提示したは良いが、話が通っていなかったのか、全く相手にしてくれない。流石にここで揉めて拘留は勘弁して欲しいので一度ゲートから離れて今回私を呼んだ張本人に連絡を取ることにした。

 

 

「Hello Melissa Hamーー「おはようございます。私です」」

「アンネ……何の用? 今日来るんだからその時でもよかったじゃない」

「会ってお話し出来なさそうなんだけど? メインゲートまで来てくれない?」

 

 私の同期はIS黎明期に学園を出ているだけに時々めちゃくちゃ出世する人がいる。彼女はその一人で、今はイギリス空軍で大佐なんて階級をぶら下げ、飛行軍団隷下の特殊兵器飛行軍のトップに立っている。

 数分待つとライトブルーのシャツとタイトスカートを着こなしたクラスメートが見えた。

 憲兵が揃って敬礼すると彼女もキッチリと返礼してから憲兵の2人と話し始めた。チラチラとこちらを伺っているために間違いなく私の事だろう。

 道中に買ったまずいコーヒーを啜ると彼女が車の側まで寄ってから窓を叩いた。

 

 

「ごめんなさいね、話を通してたつもりだったんだけど。一応もう一度手続きしてから入って。中は私が案内するわ」

「もちろん」

 

 隣にメリッサを乗せ、ゲートで再びパスポートを提示してから基地に入った。

 空軍基地と言ってもここに滑走路は無く、木々が並ぶ中にレンガ造りの建物がポツポツと建っている。とてもここが司令部とは思えないが、そんな"ヨーロッパの都市郊外"な風景に似合わない近代的な建物が一つだけあった。

 

 

「アレが自慢の開発棟。ISだけじゃなくて民間の航空機や携行火器の開発部門もあるし、近々陸海軍の開発部門も入る予定なの。上層階は司令部がお引越し中。お役所は効率化に必死で」

「なぁるほど」

 

 車を降りて銀色の建物に入ると綺麗な病院や研究所と言った言葉がぴったり当てはまる銀と白とグレーなロビーが広がっていた。

 先を歩くメリッサの2歩斜め後ろをついて広々としたロビーを抜け、白い壁の廊下を歩いて進む。廊下の1番奥、A000と書かれたプレートが付いたドアを開けるとこれまた白い部屋の真ん中に青いISが白衣の人間に囲まれていた。

 

 

「アレが我が国の第3世代、ブルーティアーズだ。エネルギー兵器の実証機なんだけど、これは事前に送ったレポートにまとめてあるからいっか。どう、イケる?」

「もちろん。エネルギー兵器は得意だし、対策も考えてある」

「助かるわ。それさえ終われば完成なのよ」

 

 イギリスの注文はシンプル。BT兵器をなんとかしてくれ。これだけだ。BT兵器はエネルギー兵器の中のレーザーライフルに分類される射撃装備だ。1つの大型ライフルと4つのビットで構成され、操縦者の頭次第で波長を変えて曲げられるという。

 ただ、そんな頭のおかしい芸当ができるのは千冬や(以下略。

 部屋の片隅で小さくなっている金髪の女の子ーーおそらくセシリアだろう。が目に止まったが、とりあえずスルーして部屋をぐるりと見回した。

 

 

「さて、解決策を教える前にアレに乗せてよ。いいでしょ?」

「え? えぇ、良いけれど。データ取りならこの機体の操縦者が来てるわよ?」

「まぁ見てなって。隅っこにいる女の子が操縦者でしょ? 彼女にも見ててもらってよ。ーーもしかしたら心が折れちゃうかもしれないけど」

「あなた、また良からぬ事を企んでるでしょう? パイロットにトラウマを植え付けたりしないでよ? 前科もあるんだし」

 

 そんな言葉を聞いたか聞かなかったか、こちらに向かってきた操縦者の女の子が一瞬足を止めた。そしてメリッサの隣に立つと顔色を伺っている。

 

 

「相変わらず空気が読めるわね。アンネ、彼女が代表候補の1人、セシリアよ」

「博士のおうわさは予々伺っておりますわ。セシリア・オルコットと申します。以後お見知りおきを」

「嬉しいね。改めて、上坂杏音だよ。ミス・オルコットは学園に進学するんでしょ?」

「ミス・オルコットだなんて、セシリアで結構ですわ。もちろんIS学園に進学する予定ですの。ランクもA判定を頂きましたし、勉学も怠っていませんわ。それに専用機もありますし……」

「うーん、ISランクなんて正直そんなに役に立たないよ? 私の知り合いでもランクCで千冬と殴り合う奴居たし」

 

 ちなみにそれはヒカルノがトンデモ兵器で千冬の相手をした時だったりする。ランチャーからリアルなカエルの顔が付いたミサイルがゲコゲコ言いながら数百発追いかけてきたらいくらブリュンヒルデでも逃げざるを得ないだろう。

 

 

「ま、頑張りな。IS学園は意欲ある若者を歓迎するからね。機体は?」

「は、はい……」

 

 意気消沈気味のセシリアの肩を叩いてからブルーティアーズに触れ、左目とリンクさせる。部屋の技術者が「不明な端末が接続された」とかわめいているから私の解析用端末だと言って誤魔化した。

 窓付きの壁が横にスライドして開く様はなんとも不思議で、シャッターにして見た目をぶっ壊すわけにもいかないけど壁を持ち上げるわけにもいかないからこうしました、と言った苦労を感じさせる。

 メリッサに目で乗って良いか聞くと頷きが返ってきたので実際に乗り込み、スターライトMk.Ⅱなどの装備が拡張領域に入ったのを確認すると、そろりそろりと部屋から出た。

 流石に私が機体を盗んでいく可能性を考えてか、周りに4機、警戒の為に実弾装備のISが付いているが別に構わない。

 

 

「さて、よく見てな? 数値も必ず記録するんだよ。特に操縦者の脳波をね」

 

 事前にもらったデータでシミュレーションをかけるとレーザーは綺麗に曲がった。ただ、人並み以上の処理能力が求められるだけだ。

 シミュレーションに使う人間のスペックが足りなかったのだ。だからレーザーが曲がらず、BT兵器が不完全だと私に泣きつく事になった。

 ならば人間がもっとスペックを上げれば良いだけの話。なぜ操縦者が成長する事を考えずにシミュレーションをしたのか疑問しか浮かばない。

 そんな文句を垂れつつ私はライフルとビット4機を展開すると、振り返って部屋に機体を向けた。

 そしてライフルとビットを真横に向けると適当にトリガーを引き、もちろん真横に向かって放たれたレーザーを曲げて私の真後ろ数百メートル先にある的に当てた。

 

 

「嘘でしょ……」

『事実さ。なんならもう一度見せようか?』

「いえ、結構よ。降りてきてちょうだい」

 

 すべての武器を量子化して仕舞うと、元あった場所に機体を戻してスルリと体を地面に降ろした。

 

 

「あなた、まだそのスーツ使ってるのね」

「デザインが同じだけだよ、あれは官給品だから貰えないんだ。それで、データは取れた?」

「取れたけど、今までと何も変わりはないそうよ? 操縦者以外は……」

「簡単な話さ、操縦者の問題だからね。君たちはシミュレーション段階で操縦者のスペックを前提条件、変わらないものとして入力したかもしれない。けれど、人間は絶えず進化するものさ。彼女が頭の使い方を理解すれば、まぁ、きっかけはなんでも良いけど、本気出せばレーザーだって曲げられる。BTはほぼ完成してると言って良いからね」

 

 私は未だに個人の仕事ではモンドグロッソの時に使っていたISスーツと同じデザインのものを使っている。自分への戒めではないが、気持ちのブレーキとして手元に置いておきたかった。

 セシリアは私とブルーティアーズとメリッサを代わる代わる見ては信じられないと言った顔をしている。目の前で自分が今まで成し得なかった事を突然やってきた日本人にやられては彼女のプライドもボロボロかもしれない。

 

 

「わかってもらえた? あとは彼女次第ってわけよ。んじゃ私の仕事は終わりかな? メリッサ、このあと時間ある?」

「まだ9時にもなってないのよ? 夜まで待ってちょうだい。セシリアはもう帰って構わないわ。朝早くから呼びつけて何もさせられなくて悪かったわ」

「いえ。候補生の責務ですから……」

 

 そういうセシリアは大分大人しくなっていた。部屋を出て行く彼女を目で追っていると、メリッサが「あなたの所為よ? 責任とってよね」と、なんとも勘違いしそうな言葉をくれたので小さな背中を追うことにした。

 

 

「セシリア」

「上坂博士。どうかいたしましたか?」

「いや、この後ご飯でもどうかな、ってさ」

「お気持ちは嬉しいのですが、そういう気分でもありませんの」

「私のせいで君の気持ちを傷つけたかな、と思ってさ。私の一方的な謝罪だけど」

「いいえ、博士はただブルーティアーズの性能を発揮しただけ。わたくしにはできない。それだけですわ」

 

 それだけ、なんて思うならそんな顔をしないでもらいたいものだが。そんな、悔しくて堪らない、見たいな顔を。

 私だって一端の大人だ。子供を笑顔にする事くらいしてやれなくてどうする。

 セシリアの前に回って彼女の正面で膝立ちをすると手を取った。

 

 

「私だって大人だ、先生だ。子供を教え導く責任がある。だから私なりの責任を取らせてくれないか?」

「な、な、いきなりなんて事を……!」

「え? あぁ、これじゃ姫に忠誠を誓うナイト様だね。恥ずかしい?」

「当たりまえですわ! 貴方こそわたくしの様な子供にそんなポーズを取って恥ずかしく無いのですか!?」

 

 私としてはなんとも思っていないのだが…… 彼女に言うと怒られそうなので淑女的な(紳士的な)対応を考える。

 

 

「流石に人前じゃやらないよ。さてさて、セシリア姫、私のお誘いを受けていただけますか?」

「うぅぅぅ! 分かりましたわ! その代わりちゃんとエスコートしてくださいまし!」

「セシリア、顔真っ赤だよ?」

「誰の所為だと思ってますの? まったく、ご高名な博士がどんな方かと思えば……」

「こんな女ですみませんね」

 

 私はこんな適当な女なのさ。ARレンズで近所の少しお高いレストランを探すとそこまでのナビを出してから建物を出ると、正面に高そうな、と言うより高い車(ロールス◯イス)が運転手付きで止まっていた。

 セシリアが運転手と一言二言会話をすると大人しく私の手を握った。

 あの車の1/10位の値段であろうレンタカーのコンパクトカーにガチガチのお嬢様を乗せるのも気が引けたが、彼女自身はなんとも思っていない様で、私がドアを開けようとする前にさらりと助手席に乗り込んだ。

 

 

「てっきり後ろに乗るものかと思ってたよ」

「わたくしも人並みの生活力はありますの。こういう車にも慣れてますし。お金持ちのお嬢様ばかりがわたくしの全てではありませんわ」

「わたくしの全てではない、ね」

 

 少し自虐的に聞こえなくもなかったが、彼女がシートベルトを締めたのを確認してからクルマを出した。

 幹線道路を10分ほど走ってハイウィッカム中心部に着くと、目当ての店近くに堂々と路駐。海外ドラマなんかでお馴染みかもしれないが、本当に路駐が多い。イギリスでは路駐でペナルティを受けるか受けないかが路肩に引かれたラインの色でわかるらしい。ここはライン無し。路肩OKだ。

 

 

「そこだよ」

「美味しいフレンチで有名なお店ですわ。わたくしも一度来たことがありますの」

「あら、残念。まぁ、ハズレじゃないって事だと思っておくよ」

「ふふっ。そうですわね」

 

 オープン直後の時間という事もあり、すぐに席に案内され、なんの迷いもなくコースを頼むと前菜が来るまでに少しずつ客が入ってきた。

 私が食前酒(ノンアルコールだよ? もちろん)のグラスを傾けているとセシリアが少しトーンを落とした声で聞いてきた。

 

「博士」

「ん? どうした」

「正直にお答えください。わたくしに、ブルーティアーズは乗れますか?」

「イェスかノーならば、イェスだね。ただ、君のデータを見る限り1年でレーザーが曲がればラッキー、3年掛ければできる様になってもおかしくない。くらいの認識でいて欲しいね」

「長い、道のりですのね……」

「それが普通さ。私は他の国の第3世代も見てるけど、今はどの国も特殊な装備に傾きすぎてる。それが操縦者を選ぶんだ。長い訓練期間を必要とするのにその間にISはさらに進化を遂げて努力を無に帰してしまう。そういう風に私は考えてるよ」

「だからと言って努力が無駄だとは考えるな、とでも続けますの?」

「その通り。あまり人に言いたくないけど、第3世代機の操縦者に求められるのはどれだけ多くのことを同時に考えられるか、なんだ。機体制御、相手の動き、自分の動き、火器管制、全て同時に考えてなお第3世代兵器のことを考えさせられる。正直おかしいね」

 

 だが、人間のマルチタスク能力が高まることは得はすれど損はしない。少なくとも人工的に与えられたものでなければ。

 だから私は脳の処理能力を上げることがISの能力向上に繋がると考えているのだ。余裕があることは戦略の多様性を生み、機能の多様性を生む。その多様性がISの進化に繋がるものでもある。

 

 

「ま、私が今言えるのはここまでかな。詳しくは学園に来てから、ね」

「これだけ聞ければ十分ですわ。少なくとも、出来るとわかったことから逃げ出したくはありませんし」

「良い意気だ。若いって良いねぇ」

 

 私もまだ20代半ばだけど! 若いけど!

 こうして私の夏休みはメインイベントを残すのみとなった。私の命があることを祈ろう。

 

 そうだ、次の日に食べたイングリッシュブレックファーストは最高に美味しかった。屋台で買ったフィッシュアンドチップスもマズくは無かったし、イギリス料理はマズいってイメージが大きく覆された。

 あぁ、うなぎのゼリー寄せ、テメエは絶対許さねぇ。マジで吐くかと思ったよ。

 




杏音のヒカルノへの呼称を「篝火さん」から「ヒカルノ」に変更しました。
流石に余所余所しすぎましたね。


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亡国機業に会いに行くよ

 ネオンきらめくラスベガス。ロンドンから時間を遡る様に飛ぶこと11時間。夕方に到着すると、ホテルに荷物を預けてカジノでひと遊び。車一台手に入れてホクホクの気分でスコールと待ち合わせている高級クラブに。この時、数年ぶりに着飾ったドレスなんか着ちゃったりしていたりしてなおさら気分が舞い上がっていた。

 流石に扉をくぐってからは切り替えて少し真面目な顔をする。中で待っていたボーイが慇懃に一礼してから案内までしてくれる。

 

 

「こちらです、ミス・ウエサカ」

「どーも」

 

 少しむず痒い。

 

 

「初めまして、会えて光栄です。ドクター」

「こちらこそ、無理にアポを取り付けて申し訳ないね。ミス・ミューゼル」

「いえいえ、ご高名なISエンジニアとお会いする機会なんて、願ってもありませんから」

 

 ウェーブがかかった長い金髪、赤いドレスを見事に着こなすグラマラスな身体。ただ、疑問を一つ上げるのならば、身体の所々から機械の匂いがする。原作通りだが、完璧に機械に置き換えているわけでは無いようだ。

 テーブルの横で握手を交わしながら、特に不自然が無いようにこっそりファウストでスキャン、そしてその結果をARレンズで確認する。

 

 

「どうぞ掛けて。何時までも立っているのも無粋ですし」

「はは、あまりこう言うところに慣れてなくて。お恥ずかしい」

「縁のない方に縁の無い世界ですし、仕方ありませんよ」

 

 綺麗に笑う彼女に見惚れそうになっているとちょうどお酒がやってきた。流石に毒物検査はできないので飲むしかない。飲むしかない。うん。

 

 

「では、乾杯」

 

 彼女の声に合わせて軽くグラスを掲げてから少し大きく一口飲んだ。いい香りのするワインだ。高いんだろうなぁ。

 同じ様に飲んだ彼女も特に何も起こってないし、これはセーフらしい。

 

 

「それで、博士自ら我々になんの御用で?」

「うーん、顔見せ? 私がコソコソ嗅ぎ回ってるのはわかってたんだろうし」

「あら、それは殊勝なこと。でも貴方を消すつもりはありませんのでご安心を。価値あるものを使わずに捨てるなんてことしませんから」

「それって間接的に私を使おうって事?」

「なんなら直接お願い致しましょうか? 貴方の探し物と引き換えに。エム」

 

 彼女が呼ぶといつの間にか人のいなくなった店内に不自然に浮かび上がる影がこちらに近づいてきた。

 黒いスレンダードレスを着た少女。正体を知っているとは言え、実際に見た衝撃は大きかった。

 

 

「千冬……」

 

 思わずそう呟いてしまう程には。

 

 

「この子が貴方の探し物。違う?」

「多分。それで、貴方たちの要求は?」

「簡単な事。ISを1機、作って欲しいの。コアはこちらで用意するわ」

「なるほど……場所は?」

「それもこちらで用意するから問題ないわ」

「今更断るわけにもーー」

「行かないし、行かせない」

 

 スコールの隣に立つエムは心なしか不機嫌そうだ。目の前で自分が景品代わりにされてるのだから当然といえば当然かもしれないが。

 少し震える手でグラスを煽ると一つ息をついて頷いた。

 

 

「交渉成立ね。では早速始めて貰いましょう」

「は……?」

 

 次の瞬間にはエムが目の前に迫っていた。

 慌てて椅子ごと後ろに倒れて一撃を躱すと横に転がる。次の瞬間にはさっきまで私が座っていた椅子は吹き飛んでそこにエムが何かを地面に叩きつけた様な格好をしている。気合いで立ち上がって両手を上げながら叫んだ。

 

 

「なんとまぁ手荒な引き抜きだ!」

「あら、動くのねぇ」

「もっと穏便にっ! すまないのかっ! マドカぁ!」

 

 エムが目を見開いて私を見ている。その手にはイカした注射器。そしてスコールもまた同じ様に驚いた表情を浮かべていた。

 静まり返った空間でやっとまともな呼吸をした私の喧しい心臓の鼓動が響いていた気がした。

 

 

「貴方の事を安く見ーー「貴様、何処でそれを知った」はぁ……」

「それは言えないさ。ただ、いい加減その手に持ってるヤバそうな物を下ろして欲しいけど」

「エム、もう良いわ。博士は逃げない。でしょう?」

「もちろん。まだ死にたくはない」

「夏休み延長ね。オータム、帰るわよ」

 

 また一人名前を呼ぶとさも当然の様に裏口から出て、待っていた白い高級車に乗り込んだ。後部座席には私とスコール、助手席にエム、運転席には茶髪にサングラスの女性。多分オータムだろう。

 

 

「申し訳ないけれど、私たちが何処に居るのかは知られたくないの。手荒なことはこれ以上御免でしょう? 大人しくコレを飲んで頂ける?」

 

 後部座席の真ん中から出てきたグラスに注がれるワイン。睡眠薬か何かが入って居るのだろう。グラスを受け取ると少し嫌な顔をしてからそれを飲んだ。味だけは普通のワイン。不味くない。

 次に気がついた時には大きなベッドに寝ていた。フラつく頭で体に命令してベッドからでると私のものではないネグリジェを着ていた。いや、そもそもネグリジェなんて持ってねえよ?

 

 

「マジか……」

「残念だがマジだ。お目覚めかい?」

「ええ。頭は冴えないけれど」

 

 声をかけてきたのはオータム。タンクトップとジーンズと言うなんともラフな格好だが、私が言えた口でもないだろう。

 少し肌寒く感じて手近なタオルケットを肩に掛けると部屋を見回す。どうもホテルの一室の様だ。

 

 

「あんたの荷物はココだ。勿論携帯やパソコンはこっちで管理してる。その類のもの以外はそのままなはずだぜ。あと、ソレはスコールの趣味だ」

「寝てる間に何かされたり……」

「着替えさせてベッドに入れた以外は何もしてねぇよ。んじゃ、飯持ってくるから待ってろ。部屋は自由に使ってくれて構わねぇからな」

 

 そう言って部屋を出たオータムの後ろ姿を見送ってから改めて部屋を見回す。窓の外は数メートルの隙間を置いてコンクリート。光が射し込んでいる事から地下にいるらしい。やたらと広いこの部屋以外にあるのは扉が2つなところを見るとバスルームと出入り口だけの様だ。通信機器の類は一切なく、ここにある家電は冷蔵庫と時計とライトくらいだろう。

 私の荷物からいつも通りワイシャツとジーンズに着替え、上からジャケットを羽織って冷蔵庫の中身を漁る。瓶のコーラを一本取って栓を抜くとそのまま煽った。

 コンコン、と丁寧なノック。どーぞ、と返事をするとスコールと朝食を持ったオータムが入ってきた。

 

 

「おはよう。よく眠れた?」

「ええ、とっても」

「それは良かった。朝食を持ってきたから一緒に食べましょう。ISの話もしないとね」

 

 オータムが並べたメニューはトーストとスクランブルエッグにサラダ、ベーコンetc…と定番が揃っていた。流石にここに毒は盛られて無いだろうと遠慮なく頂くことにする。

 

 

「貴方にお願いしたいのはISの設計と基礎部分の開発。2週間でお願い。流石にそれ以上時間がかかると怪しまれるでしょうし」

「ほ〜ん。どんなのが欲しい?」

「おまかせするわ。ただし、明らかに低性能ならば。解るわね?」

「ま、作る以上は本気出すさ。それだけなら余裕さね」

 

 良かった。と言ってスコールはトーストを囓った。その一方で私は全力でスコールのISを考える。原作の流れ的にこれはゴールデン・ドーンを私が作らねばならないやつ。だが、あの機体の詳細スペックはサッパリわからん。さてどうする、なんてことは無い。私の出来得る最高のスペックを出せばいい。恐らくラスボスかそれに近い機体だから強くても問題無いだろう。あー、でも流石に展開装甲は無しだな。よし、機体の方向性が決まった。

 

 

「スコール……さんはド派手なのと地味なのどっちがいい?」

 

 さん付けしたのは隣のオータムが凄い目で睨んできたから。いい奴とか思ってたけどスコール絡みだとめちゃくちゃ恐えよ。

 

 

「呼び捨てでいいわ。そうね、どちらかといえば派手な方が良いけれど、派手すぎて下品なのも嫌ね」

「なるほど。んじゃこんなのどう?」

 

 手元のナプキンにペンでラフなスケッチを描く。モチーフは火狐。大きな尻尾と腕部に長い鞭。近距離戦をメインに据えつつ、後付装備(イコライザ)で足りないところを補えるだけの基本スペックを出させる。

 そしてトピックは熱線を用いたパッシブアーマー。これで楯無(ミステリアス・レイディ)は怖くない。

 

 

「ざっとこんな感じで、どう?」

「食べ始めて10分経ってないのに…… もうそんなところまで考えたの?」

「アイデアだけはいっぱい貯めてあるのさ。その様子だと良い感じかな?」

「ええ、気に入ったわ。それでお願い」

「よし来た。さて、久しぶりにまともなご飯だ」

 

 ボリュームたっぷりの軍食堂とも、栄養や見た目なんて全く考えていないイングリッシュブレックファーストとも違う、人間が食べる量を考えて尚且つ見た目や組み合わせを考えられたごく普通な食事!

 機内食のひたすら味が濃くてバッサバサの肉とは大違いだ。

 

 

「ん〜美味しい〜 これこそ人間の食事だよねぇ」

「お前、今まで何食ってきたんだ?」

「ん? 軍の食事の味がない大量のポテトとか? 味はともかく見た目が悪いイギリスの朝食?」

「良かったじゃない、オータム。博士のお気に召したようで」

 

 この朝飯オータムが作ってたのか! スゲェよ、アニメや原作じゃわからないとこだけど、さっすがオータム様! そこに痺れる憧れるゥ!

 はぁ、きっと疲れてテンションがおかしくなってるんだ。仕事のしすぎだ、さっさと終わらせて休もう。

 哀れみに似た視線をオータムから受けながら残りも全て食べきると今度はお茶まで出してくれた。メイドか何かか? コイツ

 

 

「ありがと。んじゃコレのメインフレームとシステム、パッシブアーマーは私が作るよ。他と思いついたパッケージは設計図だけ残していくから、それで良い?」

「頼むわ。作業を始めるときはオータムに言って。隣の部屋に居るわ。そうそう、エムは2つ隣の部屋に居るから会いに行くならご自由に」

「了解。オータムとマドカのISは?」

「"まだ"無いわ。でもそれが無くても優秀だから」

 

 

 スコールに褒められ、どこか上機嫌なオータムを眺めつつ紅茶を一口。いや、マジでオータム凄いわ。布仏さんの淹れるお茶も美味しいけど、オータムのは、こう、ね? うん、わからん。

 何はともあれ、そのあともぐだぐだと部屋でおしゃべりをしてなぜかスコールと連絡先の交換をするまでに至った。よくわかんねぇや。

 ちなみに、オータムのも貰ったぞ。2人ともおしゃれな名刺使ってるんだな。

 少し部屋で久しぶりに大満足の胃を休めてから仕事を始めようと束印の常備薬セットを取り出すべく鞄を開く。

 

 

「無い…… まさか、ねぇ」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「それで、博士の持ち物は調べ終わった?」

 

 杏音が軟禁されている建物のとあるフロア。研究所の一室が如く様々な機械が並ぶ部屋にオータムとスコールが居た。

 2人の目線の先にはグラフを表すディスプレイと、電源が落とされたスマートフォンとラップトップ。

 

 

「まだだ。パソコンや携帯の一部に厳重なプロテクトが掛かってる。囮のデータまで用意してある周到さだ。それと……」

「この薬でしょう? 束印、まさか本当に篠ノ之束の作った薬なのかしら?」

「詳しいことはわからないが、精神薬の一種みたいだ。鎮静系の効果がある成分が含まれてた。それで、もっとヤバイのがコイツだ」

 

 オータムが機械ののぞき窓を指差す。中に見えるガラス板には微量の赤い粉末が載っているのがなんと無く見えた。

 そしてスコールの目線を指で誘導するとその先には【危】のステッカーが貼られた真っ黒いピルケース。その中には粉末の素であろう赤い錠剤が入っていた。

 

 

「法的にアウトなんてレベルじゃねえ。人間が飲んだら死ぬレベルのアッパーだ。他にもその常備薬セットの中にはとんでもない薬がゴロゴロしてやがる。あいつ本当に"表"の人間か?」

「……ええ。篠ノ之束、織斑千冬との接点がある事以外は普通よ。少し頭が良いようだけれど。真っ白ね」

「マジかよ……」

 

 このアッパーを抑えるためのダウナーならば、さっきの鎮静剤も相当な代物も言う事になる。事前の調べでは上坂杏音が薬物中毒であるという情報はなかったし、そもそもそんな人間が自衛官や教員になれるとは考えられない。

 恐る恐る薬が入っているポーチをひっくり返すとさらに3種類のピルケースが出てきた。色はそれぞれ青、赤、緑。黒にアッパー、白にダウナーならば流れ的に青と緑のピルケースの中身はセーフ、赤にはマズい物だと予想ができる。流石に常備薬て騙す必要性も無いから当たっているだろう。

 

 

「この3つは?」

「青は栄養剤、緑はビタミン剤、赤は……」

「これ以上何が出てきても驚かないわ。言いなさい」

「仮死薬だ。全部人間には強すぎる成分量のな」

「はぁ……」

 

 疲れた時の千冬と同じように眉間に手を当てるスコール。その様子をオータムが心配そうに見守っていたところで扉が開いた。2人揃って視線を向けるとそこにいたのはエム。

 

 

「上坂杏音が2人を呼んでいたぞ。薬をどこにやった、とな。あと「調べても良いけど絶対に飲むな」とも「薬に触ったあとには手を洗え」とも言う始末だ。面倒な女を拾ってきたな」

「これなら博士がそこまで言うのも納得だわ……」

「早いとこ返そう、こればかりはヤバすぎる」

「そうね」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「それで、薬を質量分析にでも掛けた?」

「ええ。でもーー」

「詳しい事はわからなかったけど、とにかくヤバい薬だから返しに来た、ってとこでしょ? ダメだよ、人の薬見たら」

 

 ところ変わって私の部屋。私の部屋って言うと違和感があるけど、とにかく私にあてがわれた部屋、または牢獄だ。

 数時間前に朝食が並んでいたテーブルには私の常備薬セット、目の前には少しバツの悪い顔をしたスコールとオータム。一応悪役の2人がこんな顔をしているのもなかなか面白い。

 

 

「とにかく、2週間でISを作るにはこの薬の力を借りないとちょっと間に合わないかもしれないわけよ。特に青と緑、中身知ってるんでしょ?」

「栄養剤とビタミン剤だったかしら?」

「その通り。これなら1日一粒でご飯が要らなくなる。空腹感は出るけどね。あぁ、これは本当に束製だから安心しなよ」

 

 オータムは「安心できるかアホ」と喉元まで出ている顔だが、スコールは冷や汗一筋で乗り切った。流石、ボスクラスの敵だけあるね。

 とにかく、話を切り上げて仕事をさせろと要求すると、どこからともなく麻袋とアイマスク、イヤープラグを取り出したオータムが私にそれらを装着。お姫様抱っこで職場まで運んでくれるらしい。最初は意識を奪ってから担いで行くつもりだったらしいが、流石に可哀想になったため、このような手段になったそうだ。

 

 

「大丈夫か?」

「お姫様抱っこなんて何年ぶりにされたかな……」

 

 少し遠い目をすると、視界の片隅で私の身体を支えるオータムが頬を染めてそっぽを向くのが見えた。かわいい奴め。

 いつまでもオータムに抱かれて居てもアレなので、身体を起こしてからぐるりと部屋を見渡すと見事としか言いようが無いISファクトリー。一級品の設備が一通り揃っていた。

 

 

「こりゃ凄い。よく揃えられたね」

「まぁな、そう言う家業だ、コネはあるさ。この部屋で仕事をしてくれ。もちろんパソコンやタブレットはインターネットに繋げないし、繋ごうとしたら私達が飛んで来る。あんたならバレずに出来そうなもんだが、やらないでくれよ?」

「お仕事だからね、終わらせるまで遊ばないさ」

「アンタも仕事にストイックだな。もっと適当で良いんじゃないか?」

「私が適当にやって死ぬのはスコールだよ?」

 

 私がわざとトーンを落として言うと途端に真顔になって面白い。

 オータムの頬をイヤらしいタッチで撫でてからメインと思しきコンピューターの電源を入れた。起動する数秒の間にオータムも再起動したようで、顔を赤くして口をパクパクさせてから私の方を睨んできた。ちょっとスコールを意識して艶やかな笑み(のつもり)を向けると「バカにしやがって!」と言って飛びかかってきた。

 

 

「なるほど、オータムは妖艶な女性が好みっと…… もしかしてスコール?」

「てめぇ……!」

「マジか。ごめんよ? さっきのが気持ち良かったならスコールにも教えるからさ、ね?」

「そう言うんじゃねぇ! クソッ、誰もお前に撫でられて感じてなんか!」

「ナニをやっているのかしら?」

 

 私のではない声、と言うより、オータムは1番聞きたくなかった声だろう。オータムは私の首に手をかける寸前で動きを止めて、私はまたオータムをからかうべく胸に手を伸ばしたところで手を止めた。

 2人揃ってグギギと顔を扉に向けると朝とは違い、スーツをラフに着たスコールが呆れたように眉間を揉んでいた。

 

 

「スコール……っ! こ、これは違うんだ! コイツが変な事するからーー」

「はぁ? 人に撫でられて感じてんのはオータムじゃん!」

「それで? 2人とも言いたいことはそれだけ?」

 

 怒りやなにやらよりも呆れが前面に出たスコール。オータムは別の女と関係を持ったわけじゃないと全力でアピールするし、私は私でこの事態をさらにぐちゃぐちゃに掻き回そうとオータムを弄り回す。

 

 

「そもそもさ、お姫様抱っこだよ? それで私がお姫様抱っこなんて何年ぶり、みたいなこと言ったらオータムがときめいてたんじゃん! 私悪くないよ!?」

「うっせぇ、変態博士! てめぇがイヤらしい手つきで撫でっからだろ!」

「呆れた。もう良いわ、2人とも来なさい」

 

 心底どうでも良いとでも言うように吐き捨ててからスコールは私達を一睨みして踵を返した。

 オータムがおっかなびっくり一歩踏み出したのを見てから私もスコールの後を追う。

 ん? 私、普通にここ歩いて良いのか? まぁ良いか。

 無機質な銀色のエレベーターで待っていたスコールの顔は少し笑っていたような。私がエレベーターに乗ると共に一言「オータムは私のモノなの」と言われてから手刀を落とされ、私は再び意識を手放した。

 再びの覚醒はまたベッドの上だった。ジャケットとジーンズは脱がされ、下着とワイシャツだけというエロゲみたいな格好だ。

 時々軋むベッドの隣を見ればなにやら蠢めく人が見える。嫌でもわかるがスコールとオータムが真っ最中だ。何のとは言わないが。

 オータムの嬌声を聞きながら二度寝という訳にも行かず、2人を眺めていると、スコールに喘がされるオータムと目があった。すかさず良い笑顔で「お楽しみですね」と口だけ動かしてやるとみるみるうちに頬の紅潮が顔全体に広がった。

 

 

「どうしたの…… あら、お目覚め? 先に楽しんでるわよ」

「私のことは気にせず続けて、どうぞ」

「なにを言ってるの? 貴方にもお仕置きは必要でしょう? 大丈夫、後でたっぷり遊んであげるわ」

「ナニが大丈夫なんですかねぇ?」




長くなりすぎた。そしてキャラがブレまくっている。反省はしていない。


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夏休みも終わりだよ

 亡国機業の施設に軟禁されて2週間、スコールのIS「ゴールデン・ドーン」の3割完成を持って私の仕事は終わり、IS作ってスコールとオータムと夜を過ごして飯食ってIS作る、なんて生活も終わりを迎えようとしていた。

 思い出して少しゾクリとするが、意識を切り替えて作業に取り掛かる。振り返ると、まずは設計図を起こすことから。なに、私の手にかかれば3時間で終わった。それからメインフレーム。これは少し大仕事で、今までにない尻尾やなにやらをつける関係上、普通の人型ではあり得ないところに力が掛かったりするわけだったからそれを綺麗なデザインに収めるのに苦心した。

 そこに熱線を用いたアーマーのモジュールを仕込んでから尻尾を作り、フレームに取り付けてからシステムを書き上げる。これには少し手間取って3日かけてしまった。ここまで12日。そして思いつく限りの追加パッケージを設計図に起こして残さなければならない。時折覗きに来たスコールからの評価は概ね良好で、完成が楽しみとの言も貰った。

 

 

「時間よ、杏音」

 

 今日の朝からずっと居るスコールが数時間ぶりに声を出した。

 あぁ、そうだ。あの日以来スコールとオータムは私の事を名前で呼ぶようになった。敵とこんなに仲良くしちゃっていいのかね? 肉体関係まで持つことになるなんて思わなかったよ。

 

 

「えぇ、もう? 結局マドカとは話すことも無かったし…… まぁ良いか」

「本当に何をしに来たのかわからないわね。2週間何をしてたの?」

「2人と寝て、風呂入って飯食ってIS作って2人と寝て風呂入って飯食う、みたいな?」

「あながち間違いとも言えないのが悲しいわね」

 

 数日に一度くらいの割合で2人と夜を過ごした訳だが、私にはどうもSっ気があったようで、スコールと2人がかりでオータムで遊んでは私も時々スコールに遊ばれるというのが殆どだった。女同士なんて初めてなんだから仕方ないじゃん? 転生してからは彼氏もいなかったから処女なわけだし。

 まぁ、オータムも私も満足だしこれで良かったんだと思う。さりげなく2人の髪の毛と唾液も頂戴して、身元調査にさらなる発展が見られるだろう。

 

 

「さ、部屋に戻って荷物を纏めて」

「気絶させなくて良いの?」

「ええ。貴方が帰ればこの施設は放棄するし、もう見せない理由が無いもの」

「んじゃ最初から意識奪うなんてやめてよ……」

「貴方が逃げる可能性がゼロじゃ無かったからダメだったの。朝食の最後に薬の入ったジュースを飲ませるのも心苦しいのよ?」

 

 嘘吐け、とも思ったが、顔を見る限り本当にそう思ってるらしい。やったね、スコールとの友好度が上がった!

 無機質なエレベーターで地下に潜るとまるでホテルの廊下のような絨毯敷きの廊下があった。

 こんな立派な施設を使い捨てとは…… もったいない。

 

 

「施設を捨てるなんてもったいないとか考えてるでしょう? 使えるものは持って出るから大丈夫よ。流石に家具は使い捨てだけど、IS関連は高くつくし、足もつきやすいから」

「なるほど。後で私の家に送ってもらえる? 殺風景でさ」

「え? 構わないけど、面白いこと言うのね」

 

 普段は職員寮なので自宅マンションはモデルルームのような生活感ゼロの部屋なのだ。

 スコールが慣れた手つきでカードキーを開けてドアを開くと夜にお世話になった大きなベッドが目に入った。流石にこれは要らない(入らない)なぁ、と思いつつ大きなスーツケースとリュックを持って向き直ると、一つ頷いて終わりを告げる。

 

 

「良い? じゃ、久しぶりに外に出ましょうか。上でオータムが待ってるわ。パソコンや携帯もそこで返すから」

 

 無機質なエレベーターで今度は上に。作業場よりも地上は近いようで、あっという間に着いた。

 今度は少しボロいコンクリート打ちっ放しの廊下が出迎えてくれる。廊下の先に太陽の光が見えるがそれだけでも眩しい。

 

 

「久しぶりの太陽は辛そうね。サングラス要る?」

「お願い」

 

 スコールからどこぞの金持ちが使ってそうなレンズが大きいサングラスを受け取ってかけると幾分かマシになった。

 廊下を進み、外に出るといつぞやの白い高級車と、今日はシャツにスラックスを着たオータムが車に寄りかかって待っていた。

 

 

「おう、来たな。まずは携帯とパソコン、時計だ。結局全部解析出来なかったな」

「そりゃ、私のだからね。でも、見られて困るデータなんて特に無いんだけどさ。これで仕事しないし」

「なんだよ……」

「ま、杏音らしいわ。仕事用は簡単に取り出せない場所にあるんでしょう」

 

 その通り。マジで見られて困るものはファウストの拡張領域内に量子化して収めてある。どこでも取り出せて、私と束以外の誰にも取り出せない。最高の保管庫という訳だ。

 車のトランクにスーツケースを収めると、やたらと大きいケースが2つと小さいのが2つ、先に入っている。

 

 

「私たちも撤収なのよ。さ、行きましょ。もう携帯を見て構わないわ」

 

 そういえば、時計や全てを奪われていたために日付感覚が無くなっていた。車の後部座席に乗ると携帯の電源を入れ、まずは日付を確認。ちゃんと2週間、今日は8月29日だ。

 そして恐る恐る通知を見ると……

 

 

「うわぁ……」

「どうしたの? ラブコールでも溜まってた?」

 

 笑いながら言うスコールに携帯の画面を突きつけると、見事に黙った。

 それもそのはず、通知は見事に束と千冬からのメールや着信に埋め尽くされ、総数を確認すると500を超えていた。それもメールの件名が最新のもので、千冬からの『無事か?』で、その次は束の『大丈夫? 生きてる? まだーー』だ。

 流石に2週間も音信不通だと千冬も束も焦るか……

 

 

「ちょっと電話を…… 束に」

「構わないわ」

 

 束に電話をかけるとワンコールで出た。爆音に備えてダイヤル直後に携帯を耳から離して置いたのが功を奏したようだ。

 

 

「あーちゃん! 大丈夫!? どこの男にヤられたの!? 安心して、あーちゃんの純潔を散らしたクソ野郎は束さんが素粒子一つ残さずこの世から消し去るから!!」

「束? 落ち着いて聞いてほしいんだけど…… 私が寝たのは女となんだ」

「は?」

「うん、そういう反応になるよね? 一応まだ膜はあると思うから安心して? まぁ、私がどこの誰と寝ようと私の勝手なんだけどさ」

「え? いや、うん? つまり、あーちゃんの夏休みに時々検知された強烈なホルモンの分泌やら気絶やらは全部その女のせい?」

「うーん。まぁ、そうかな? でも、本当にそれ以外は問題ないから、ね?」

 

 隣に張本人が居たりするが、束の知るところでは無いはずだ。だって私の体内のエクステンションでわかるのは私の生体機能と位置情報くらいなのだから。

 

 

「その女って今あーちゃんの隣にいる奴?」

「は?」

 

 スコールにも漏れ聞こえていたのか、ピクリと動いて私に顔を向けた。私は私で真上を見上げて中指を立ててやった。

 

 

「やっぱりそっか! 外に出てきた時から見てたけど、仲良さそうだし、消し去りはしないよ。あー、良かったー。もしあーちゃんがレイプされてたりしたら束さんはちーちゃんと一緒に相手の一族皆殺しにするところだったからね」

「うん。同意の上だから安心して? なんだかお母さんに言い訳してるみたいでヤダなぁ」

「あははは! でも、今度から"そういう"お友達と遊ぶ時は連絡がほしいなぁ。やっぱり私もちーちゃんも心配だから」

 

 最後の一言だけは素の束だった。声が大分落ち着いて相手に入り込むような声色。私は好きだけど、気がつくと今の束でいることの方が多くなっていたと思う。

 

 

「ごめんね。今日帰るから、明日には日本に着くよ」

「うん、わかった。後でちーちゃんにも電話しな? すごく心配してたから」

「わかった。またね、今度は会えるといいな」

「そのうち行くよ」

 

 通話が終わると肺の空気を全て押し出すように吐き出した。やっぱり束には敵わないようだ。だけどまぁ、久しぶりの会話がコレとは、わからないもんだなぁ。

 

 

「今のが、篠ノ之束?」

「そうだよ。世界が求める大天才。私にとっては大天災だけどね」

「最初と最後でまるで別人のようだったけど、最後が彼女の"素"かしら?」

「そうだね。多分私と千冬以外見られない束だよ。アレだけは昔から変わらない」

 

 優しくて、心配性で、不器用で。束は本来そういう性格だ。今の束を作り上げたのは私や千冬ではなく、ISを求めた世界だと思う。だから束は道化を演じ続けている。あんなキチガイみたいな明るいキャラを。

 私はそのまま履歴から千冬を選んでコール。束と違い、少ししてから出た。

 

 

「杏音か? 無事か?」

「うん。今空港に向かってるところ」

「束から杏音が襲われたかも、なんて聞いて心配したぞ。本当に何もないのか?」

「本当に何もないよ。そもそも私はそこら辺の男より強いつもりだし」

「わかってはいるが、なぁ? もしもの事がないとも限らないだろう」

「ホント、私の幼馴染はどうしてこうも心配性なのかねぇ? 杏音さんは世紀の大天才と肩を並べる天才だよ?」

 

 束の真似をするとクスリと笑う声がしてから「それなら安心だ」という声が聞こえると斜め前からマドカの手が私の首に伸び、スコールがそれを抑えようとする光景が目に飛び込んできた。

 

 

「姉さんは私の物だッ!!」

「やめなさい、エム!」

「くっ!」

 

 見事に私の首を捉えたマドカの腕。どんどん力が加わり、締め付けてくる。

 

 

「杏音! 何があった! その声は誰だ!」

「大丈夫、ではないけど問題ないよ。おたくの"妹さん"が嫉妬しちゃって……」

「妹…… マドカ、か?」

 

 車内は大騒ぎで、オータムが慌てて車を路肩に止めて私からマドカを引き剥がそうとする。

 私は仕方なくファウストの操縦者保護機能をフル活用して窒息死や脳死を免れている訳だが、種明かしが面倒くさいなぁ……

 

「止めろ! わたしは、姉さんを奪うものを許さない! 貴様も! 織斑一夏もだ!」

「エム! 止めろ! 杏音が死んじまう!」

「千冬、ちょっと待ってて」

 

 電話をドアポケットに入れ、マドカの顔面を掴むとキリキリと力を入れて引き離す。左手で首に食い込む指を一本ずつ離していった。

 流石に3人掛かりではマドカも敵わず、ダッシュボードに叩きつけられて沈黙した。

 再び携帯電話を拾い上げ、耳に当てる。

 

 

「お待たせ。帰ったら、ちゃんと教えてくれるよね?」

「ああ、約束しよう。マドカに、代わってくれないか?」

「うん、いいよ。マドカ、千冬が」

 

 犬の威嚇が如くこちらを上目に睨みつけるマドカに携帯を投げ渡すとおとなしくそれを受け取った。

 さっきまでの殺気は何処へやら(笑うとこだよ?)悲しそうな顔でボソボソと話すマドカを眺めながら跡一つない首筋を撫でてから革張りのシートに深く寄りかかった。

 

 

「災難ね。さっきのトリックは聞かないでおくわ。あなたも聞かないでおいてくれたことがたくさんあるしね」

「そうしてくれると助かるよ。あー、死ぬかと思った」

「その割に余裕そうに見えたけど?」

「身体は科学で補強出来るけど、メンタルだけはどうしようもないからね」

 

 身体を機械で置き換えてるあんたならわかるだろ? とは言えない。オータムはこの時点で知ってるのだろうか? 原作9巻では知りつつも心配してるような描写だった記憶があるが……

 スコールの手が横から伸びてきて、エクステンションが埋め込まれた辺りの鎖骨をなぞり、そのまま首、耳、髪と続く。その手つきが慣れててさらに気持ちいい。拒絶する事なくなすがままにされているとやけに近い顔から衝撃的な言葉をかけられた。

 

 

「やっぱり貴方が欲しいわ、杏音。こっちに来ない?」

「……ダメだよ。それをやったら束と千冬を敵に回しちゃうからね。今の仕事も気に入ってるから」

「断られるとは思っていたけど、少し間があったわね。諦めずにアタックさせてもらうわ」

「そうしてよ。束や千冬を置いていける理由が出来たら行ってもいいと思うから」

「自分の事なのに妙に他人事っぽく言うのね。貴方の人生は貴方のもの。他人の為に生きると自己が消えてしまうわよ?」

「前にも千冬に似た事を言われたよ。でも、私はーー」

「ん……」

 

 終わったらしく、マドカが携帯を差し出してきた。それを受け取ってポケットにしまうと、オータムがこっちを覗き込んできたのでスコールと揃って頷くと車は再びゆっくりと走り出した。

 砂漠のど真ん中、みたいな道路を走ること数十分。現在地を確認したところで意味はないのでぼけーっと窓の外を眺めているとやっと小さなハンガーや管制塔が見えてきた。

 車は普通にゲートを通ると駐機場に入り、銀色のプライベートジェットの側に止まった。

 

 

「プライベートジェット……」

「これでロサンゼルスに出るわ。そこでお別れね」

 

 半袖シャツに短パン、サングラスのガタイの良い男たちが慣れた手つきで機内に荷物を運び入れるとスコールに一言告げてから私たちが乗ってきた車に乗り込んで去っていった。

 プライベートジェットは中に座席が6つしかなく、それもマッサージチェアより大きいのではないか、と言うものだった。

 スコールの向かいにオータムが座り、通路を挟んで隣に私。そして離れたところにマドカが座ると操縦士がドアをロック、エンジンがかかった。

 

 

「そうだ、ロスから東京までのチケット。取ってないんでしょう? はい、コレ」

「ありがたやありがたや。うそ、なにこれ。Fって書いてあるんだけど、良いの?」

「もちろん。機体開発の対価という対価を払っていないし、これ位は当然よ」

 

 スコールから受け取ったチケットは日本のエアラインの航空券。しかもファーストクラスの。東京〜フランクフルトとロンドン〜サンフランシスコはビジネスだったが、それでも結構高いなぁ、とか考えていたところでファーストクラスだ。VIP待遇すぎる……

 

 

「ファーストクラスなんてビジネスとそう変わんねぇよ。バッサバサの飯とはお別れできるな」

「私みたいな庶民とは無縁だからねぇ……」

「都内の高級マンションを空き家同然にしておいてよく庶民、だなんて言えるわね。少なくとも私たちより貰ってるはずよ?」

 

 正直に言ってしまうと特許を多数取得した私は多数のライセンス契約を抱えているわけで、規模の大きいIS産業なんかは特に稼ぎ頭でもある。その収入だけで月に数千万を超える金額が入ってくる。その他細かい医療や化学関連特許で月に数百万を稼いでるのだから正確には大金持ちの部類に入るかもしれない。その金をどこに使ってるのかと言われれば、どこにも使ってない。多少両親に流してはいるが、税金の掛からない範囲だし、ほとんど貯金だ。まぁ、現金で貯めているのはその中の数%に過ぎないが。

 

「人のお財布事情まで知ってるとか怖い」

「私たちの諜報部は優秀なの。貴方みたいなのは成り上がりに時々いるパターンよ。今まで普通な生活をしてきたからあまり大きくそれることができない。せいぜい少し良い家を買ったり車を買ったりする程度ね。杏音はその典型」

「た、確かに……」

 

 言われてみれば、ちょっと勇気を出して6000万でマンションを買い、1200万のスポーツカーを買ったは良いが、服は殆どショッピングモールの適当な店で買い揃えた物だし、家具に至っては某北欧の格安家具店だ。家にいるときの食事はスーパーで食材を買って自炊。外食なんて面倒な時にファミレスに行く程度。1人では高いレストランなんて行かないし行けない。

 

 

「普段は学園で過ごすから毎月の光熱費はほぼゼロ。食事も学食で安く済ませられるし、不労所得以外にも倉持の研究員としての収入もあるし、教員としての収入もある。なんて安定した人生なんでしょうね?」

「スコールの言葉に棘が……」

「言ってやるな。スコールも昔からこうだったわけじゃないらしいしな」

「へぇ、意外。てっきり良いとこのお嬢様かとばかり」

「まぁ、そうね。少しばかり歴史のある家だったけど、それだけよ」

 

 大人組で下世話な話で盛り上がりつつ、1時間足らずでロサンゼルスに到着するとファーストクラスラウンジへ。3人は次に中東に向かうらしい。なんともお疲れ様、だ。

 殆ど人のいないラウンジでスパークリングワインが入ったグラスを傾ける日が来るとは思わなかったが、ここ数日そう言う生活に慣れてしまったせいか、貧乏性を発揮せずに済んでいる。

 

 

「んじゃ、そろそろ搭乗時間だし行くよ。また何かあったら電話して」

「ええ、そうするわ」

「オータムも、私が居なくてもちゃんとスコールに相手してもらえよ?」

「うっせぇ! 別にお前が消えたところで変わりゃしねぇよ!」

 

 その割に顔赤いぜ、姉御。ツンデレ乙、ってやつか。

 マドカには私が持っている千冬の連絡先をメモってテーブルの上にそっと置いたが、後ろで紙を破く音がしたから彼女なりに思うところがあったらしい。失敗かな?

 それから夏休み何度目かの飛行機で太陽と反対に飛んで12時間。とっても広いシートで殆ど寝て過ごしたから機内のことなんて食事や軽食美味しかったくらいしか覚えてないが、現地を昼に出て日本にはその日の夕方に到着。

 懐かしい日本のラッシュアワーに揉まれながらやっとの思いで帰宅すると既に19時を過ぎていた。

 

 

「まずは寝よう。うん」

 

 今日くらいは許されるはずだ。明後日からは学園での仕事が待っている。今のうちに疲れを抜かねば…… 久しぶりの安いベッドとマットレスの感覚。すこし埃っぽい感じ。我が家だ。ぐう……



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新学期がはじまるよ

 やぁ、突然だが新学期早々、私は生徒会室で生徒"から"お説教を受けている。応接セットの3人掛けソファの真ん中で頭を下げて向かいの1人掛けソファに座る楯無から絶賛お説教中だ。ちなみに千冬も楯無の隣に座ってたりする。

 

 

「だから亡国機業との接触には細心の注意を払って前もってしっかりと準備をしてからと言いましたよね! それが何、幹部候補筆頭、スコール・ミューゼルとその右腕、オータムと寝たですって!? ISまでプレゼントなんて何考えてるんですか!」

「あ、あの、それ3回目……」

「黙らっしゃい! 先生は決定的に危機管理意識が欠けてるのよ! いい? 貴方の技術は世界を滅ぼしかねないの、わかってる? 貴方は篠ノ之束並みの重要人物でもあるのよ? それがノコノコと敵のアジトに丸腰で正面から入っていくなんて馬鹿以外の何物でもないわ!」

 

 チラッと千冬と布仏さんに横目で助けを求めたが2人揃って首を振られた。もう1時間近くこの姿勢なんだけど……

 そんな私に救いをくれたのは意外な人物だった。

 大きな音を立てて生徒会室に入ってきたのは2年生のダリル・ケイシー、本名をレイン・ミューゼルと言う。

 昨日スコールの毛髪と唾液をDNA解析にかけ、原作通りダリルとスコールには血縁があることがわかったし、ミューゼルと言う家系は辿るとヨーロッパの魔女の家系に繋がるともわかった。

 そんな彼女がどうしてここに来たのか。答えは単純。千冬は彼女の担任で、私は彼女の教科担任だ。

 

 

「織斑先生、上坂先生、探したぜ。あー、お取り込み中だったか?」

「いや、大丈夫だ。要件は?」

「織斑先生には欠席届けを出しに。上坂先生には課題を……」

 

 私の教える数学はもちろん夏休みの課題を出させてもらった。量はB5版で10ページ。そこまで多いわけでは無いはずだったが彼女含め数人は華麗にサボってくれたので明日までに出さなければ候補生は本国に連絡。一般生徒は保護者に電話する。と言う定番の脅しをかけたら放課後にちらほらと出しに来る生徒が出てきた。1時間で終わらせられるのに何故やらない? まぁ、理由は私にもわかるけどさ。嫌だもんね、宿題。

 何はともあれ、思わぬ来客で楯無の話は中断せざるを得なくなり、千冬は欠席届けに判を押さなければいけないし、私は提出された課題を職員室に置いてこなければ……

 

 

「わかった。印鑑を押すから職員室まで来い」

「私も課題の採点をしないといけないから〜」

「あっ、コラ! 逃げるな!」

 

 千冬が席を立つより早く生徒会室を飛び出して廊下を駆ける。廊下は走るな? ルールは破るためにあるのさ!

 そう遠くない職員室に逃げ込むと自分の机に置かれた課題の束にダリルのものを加えてから椅子に座った。

 

 

「上坂先生、お疲れみたいですね」

「んやぁ、生徒会長サマからお説教されててね。ありがと」

「また書類を押し付けたんですか? 休み明けからそんな事されたら怒りたくもなりますよ」

 

 私と千冬の後輩にして教師としての先輩、山田先生。代表候補時代には千冬がよく練習相手になっていた。そりゃあんな化け物相手にしてたらヴァルキリーに成れるとも言われますわ。

 年齢にそぐわない幼げな、というかふわふわとした雰囲気の彼女だが、IS乗りとしても、教師としても1人前だ。ただ、生徒になめられ気味なのが玉に瑕か……

 冷たいお茶を受け取って渇ききった喉に流し込む。

 

 

「上坂先生は担当科目も多いし、仕事が増えるのもわかりますけど、頼るなら生徒じゃなくて他の先生にしないとダメですよ?」

「ハイ……」

「もう、上坂さんは昔から大量の仕事を抱え込む癖があるんですから…… 気をつけてくださいね? 織斑先輩も心配してましたよ、夏休みの終わり頃とかは特に」

 

 山田先生は千冬を「織斑先輩」と呼ぶのに私は「上坂さん」と呼ぶのだ。まぁ、十中八九学園での交流もあって「先輩」感があった千冬と常に纏め役としてしか彼女の前に現れなかった私の差なのだろうが。

 学園に赴任した時なんて「上坂一尉」なんて階級呼びされた事もあった。

 

 

「面目無い」

「お仕事もほどほどにしてくださいね? ほんとに身体こわしちゃいますよ?」

 

 背丈は私より少し低いだけのはずなのに何故ここまで上目遣いに見えるのか…… なにか、こう、グッと来るものがある。本当にいけないことしてるみたいで申し訳なくなってきた。

 山田先生が夏休みに旅行に行ったという長崎のお土産で、カステラくれたのでそれを摘まみつつ課題の採点を始める。3学年5クラス分で、3年は1クラス、後の2学年は2クラスずつが私の担任で、課題を出したクラスだ。

 同時進行で整備科の課題小論文に目を通し、講評を数行書き込んではなまるだ。

 数学のように出来不出来がわかりやすい物はともかく、小論文などの点数化しにくいものは要件を満たしているならば基本的にA評価を与えるようにしている。その中で特に私が気に入った物は後から+αの評価だ。

 そして夕方から紙の束とWordファイルの山を切り崩しにかかった結果、その日のうちに終わらせることに成功した、とだけ付け加えておく。

 翌朝、携帯のアラームで目を覚まし、メールチェック。新着は1通で差出人はスコール。私がお願いした家具を送ったとの事だ。船便で送ったから1〜2週間で着くだろうとの事。それまでにもう少し家のものを増やしたいところだ。

 外の暑さに辟易しつつ、職員室へ。今日の時間割を確認してさてホームルーム、と言うところで千冬に呼び止められた。

 

 

「杏音、放課後は空いてるか?」

「空けるよ。マドカのこと?」

「ああ。と言っても、私も大した事は知らないがな」

 

 わーった、と適当な返事をしてから1日の授業を乗り切り、楯無に「急用が入ったからお仕事頑張って!(≧∇≦)」とメールを送ってから生活指導室に千冬と2人だ。

 

 

「それで、この前はなにを話したの?」

「今まで済まなかった、とまた一緒に暮らせたらいい。とな。もっとも、マドカは受け止められなかったらしいが」

「彼女に何があったかはわからないけど、なんで千冬の妹なのに私が知らないの? 一夏くんと歳変わらないよね?」

「マドカが家にいた事が無いからな。私や一夏は夏休みに行った親戚の家で会える子だと言う認識しかなかったんだ。マドカが妹だとわかったのは数年前の事だった」

 

 聞いた話をまとめると、マドカの存在を知ったのは千冬が自分の両親について調べている最中だったという。もちろん、彼女は私みたいに自力でやっちまう程の手腕は無いので束に頼んでいたようだが。

 そして行き着いた先に待っていたのは消息不明の研究者2人とヤバそうな組織にさらわれた血縁者。そして、親戚の子だと思っていた少女が実の妹であったらしい。

 私はうまく返す言葉を持ち合わせず、「あー」とか「うー」とか言うしかなかった。

 

 

「気にするなとは言わない。お前はそういう奴だからな。手出しするなとも言わない、むしろマドカに近いのはお前だ。力を貸して欲しいとも思う。だが、最後は私が、私が落とし前をつける」

「わかった。千冬がそういうなら」

「本当に、束や杏音には世話になりっぱなしだな。どう返せばいいのやら……」

「簡単だよ」

 

 きっちりスーツを着て、もうすっかり大人になってしまった千冬に、私はワイシャツとジーンズと言う子供の頃から変わらないスタイルで簡単な答えを教える事にした。

 

 

「ずっと友達でいてね。ちーちゃん」

 

 我ながら、この時は10年前と同じ笑顔で笑えたのでは無いかと思う。

 だって千冬も、同じように笑ってくれたから。

 

 



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一気に原作スタート直前だよ!

そろそろ原作の匂いを漂わせねばならないと思った。



 騒がしかった夏もとうの昔に終わりを告げ、食欲の秋だと調子に乗って実家に高級食材詰め合わせを送りつけたのも2ヶ月前だ。

 クリスマスだなんだと盛り上がる学生たちに巻き込まれたパーティーから数日、正月休みを利用して私は実家に帰ってきていた。

 そしてもう1つ寝たらお正月だと言うのに少しボサボサの頭をかきながら唸る幼馴染の弟の家庭教師をしているのが今だ。

 

 

「一夏くん、国語や社会はできるのに理系科目が足引っ張ってるね。藍越って5教科でしょ? 大丈夫なの?」

「模試でB判定だったんで千冬姉に頼んで教えてもらおうと思ったんだ、冬休み明けの模試で結果出なかったらショックだしさ。だけど、千冬姉って、なぁ?」

「千冬って勉強は人並みだしね」

 

 1週間ほど前、年末年始は帰ると家に電話をすると、丁度その電話に出た一夏くんから家庭教師をお願いされたのだ。

 なので冬休みの課題を作るついでに一夏くんの課題を作って解かせたのが10分前。採点してみたら国語と社会は完璧。英語も優秀、だが数学はまずまず、理科がほぼダメだった。

 

 

「んじゃ、理科からなんとかしようか。数学と違って覚えればなんとかなるしね」

「よろしくお願いします! 杏音先生!」

「ではひたすら暗記の植物から行こうか」

 

 その場でネットから問題を引っ張ってきて、タブレットに映しながら私が解説を加えて解いていくと綺麗にノートにまとめていく。要点を色ペンでマーキングしたり、定番のまとめ方だが、それだけにわかりやすいノートだ。

 各単元の本当に最低限のポイントだけを絞り、1年次の単元大別4つを2時間で終わらせると昼食をとってから夕方までに3年分の総復習を終わらせた。

 

 

「問題はネットに転がってたりするからちょっとでも解いて記憶を再定着させな? 数学は…… 頑張れ」

「杏姉……」

「一夏、杏音。少し早いが夕飯にするぞ」

 

 ノックもせずにドアを開けて来たのは千冬。テーブルに広げられたノートを見てから「よくやってるみたいだな」と言って一夏を撫でた。

 思春期男子らしく抵抗を見せるかと思いきや、思いっきりデレデレする一夏少年。そろそろ姉離れしなよ?

 

 

「杏音も助かった。私は理系がどうもダメでな」

「相変わらずね。ほんと、よく似た姉弟で」

「それ以上言うな。下でおばさん達が待ってるぞ」

 

 我が家はちゃんと年越し蕎麦を食べるので寿司を少しつまむ程度の夕食をすませると、すっかり年末年始特番ばかりのテレビをぼけーっと眺める。

 何が面白いのかわからない芸人のネタを見つつ、スコールにメールを送ってみると、映画のワンシーンのような、砂壁の小さな建物が立ち並ぶ写真と、スカーフで顔を隠したスコールとオータムのセルフィーが送られてきた。後ろに小さくマドカも写っている。

 また食事に、とゴールデンウィーク辺りの予定を確認しつつ返信するとこっちの食事も美味しかったから行きましょう。と肉や何やらの写真が返ってきた。彼女達が中東の平和な場所にいるか甚だ疑問だが、それは飲み込んでおく。

 

「杏姉、蕎麦できたぜ」

「今いくよ」

 

 少なくとも、後2ヶ月後に起こる世界を震撼させる出来事よりも千冬の胃は痛まず、私も悩むことはないだろう。

 母と一夏くんが打った蕎麦を啜りながらそう思っていた。

 

 年が明けて正月気分も抜けきった2月の下旬、私も学園が世界中で行う入試に合わせてヨーロッパを駆け回っている時にそのニュースは飛び込んできた。一夏くんが間違えてISを触り、起動させてしまったのだ。その裏に束が噛んでいるのかは現時点ではわからない。少なくとも彼女から連絡や、それを匂わせることはなかった。

 もちろん、学園の技術面トップである私は日本に呼び戻され、安全の為に自宅(織斑宅)に軟禁されている一夏くんに会いに行くことになった。

 少しばかり物々しい雰囲気を感じながら車を走らせる。慣れ親しんだ道を抜けて織斑家前に車を止め、マッチョな黒服のお兄さんにIDを見せてからインターホンを押した。

 

 

「杏姉? どうして……?」

 

 その「どうして」がなぜISを動かしてしまったからなのか、なぜ私がここに居るのか、なのはわからないが、ひとまず家に上げてもらい、お茶を出された。

 

 

「なぁ、杏姉、どうして、俺……」

「昨日の今日の事で混乱してるかもしれない。一度深呼吸して」

「すぅ……」

「そこでストップ」

「……うっ!? ぷはっ! 杏姉!」

「どう? 落ち着いた?」

 

 私が混乱しては更に彼が混乱するだけ。というより私は知っていたから混乱するはずもないが、原作で彼が山田先生にしでかしたイタズラをここで仕掛けてやる。少しは緊張も解けるだろう。

 

 

「あぁ、さっきよりはマシになったかな? 杏姉、偶然、興味本位だったんだ…… 千冬姉が居る世界がどんなもんなのか、悪気は無かったんだよ」

「一夏くん、今君がこうして家に閉じ込められてるのはそんな事じゃない。ISに触った時にこう、頭に直接情報を流し込まれる感じがなかった?」

「あった、あったよ。訳のわからない数字とか色々流れていく感じだった。マト○ックスみたいにさ」

 

 見事な例えだ。事前に心構えや知識なくISに触るとどうなるか、頭に大量の情報が流れ込んで驚く事だろう。頭がパンクする程ではないが、訳も分からなくなってしばらく混乱する事は間違いない。今の彼のように。

 

 

「一夏くんが回りくどいの苦手なのは知ってるから短刀直入に言うと、君はISを動かした。そして、セットでIS学園へのチケットも手に入れた。理由は一夏くんの保護観察。なにせ世界でただ一人のISを動かせる男だからね。世界でモルモットになりたいなら拒否してくれて構わないよ」

「訳が分かんねぇ。いや、理屈はわかるんだ。だけど気持ちの理解が追いつかねぇ。杏姉、俺がわかった、と言ったらどうなるんだ? やめてくれと言ったら?」

 

 わかったと言ってくれればIS学園へ入学。ある程度、というより現時点でできる限りの身の安全を保障する。

 やめてくれと言うなら私達は引き上げ、君は自由だ。突然攫われてナノレベルに分解されても私達は救えない。

 その通り一夏くんに伝えると千冬姉に言われた、と言って答えをくれた。




少し飛ばしすぎた。


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残念だな、クラスメイトは全員女子だよ!

 とんでもないイレギュラーのおかげでIS界隈が騒がしくなった中で迎えたIS学園入学式。見事なキョドリっぷりを見せる彼を内心残念に思いつつ、新入生名簿をざっと流し読み。

 見知った名前は4つだけ。一夏くん、箒ちゃん、セシリア、簪ちゃんの4人だ。ラウラはレーゲン型の最終調整や一夏くん絡みのゴタゴタもあって遅れての転入になる。クラリッサから聞いた。

 そして、私はコネやゴネをいろいろ使って1年2組の担任の座を獲得した。そして、幸か不幸か、IS実技まで担任を任されてしまった。今年は専用機持ちが多いからとかなんとか。まぁ、その分他の教科の授業数減ってるからいいんですけど。

 

 

「以上で、入学式を終了致したます。生徒は各教室に移動し、待機してください。先生方は連絡事項がありますので一度アリーナ前方にお集まりください」

 

 おう、長ったらしいのは全カットだ。そのあとの話なんてホームルームで何してください、やら今日中にこれやってください。みたいな話ばかり。書くまでも無い。

 少し偉い先生。要は学年主任とか、そういう役職持ちの先生にはさらに長いお話が待っていた。話題の中心は一夏くん。仕方ないね。

 私はクラスを副担任のケイト先生にお任せし、数分遅れて教室に入った。一緒に戻ってきた千冬が入った隣のクラスでは早くも黄色い声が上がっているが、あいにく私が入ったところで2組では「あっ、先生だ」と言う緊張混じりの空気が支配するのみだった。

 

 

「遅れてすみません。どこまで進みましたか?」

「これから生徒の自己紹介を始めようとしていたところです。上坂先生のご紹介もしておいた方がいいですね」

 

 副担のケイト先生は語学の専任教諭で、英語、日本語、ロシア語、ドイツ語、イタリア語を操るペンタリンガルなのだ。すごい!

 ちょっと天然ボケが入ったぽわぽわした性格とプラチナブロンドの髪が素敵な長身美人だ。数値で言うと私と15cm違う。

 どうしても見上げる形になるが、彼女曰く、妹みたいでかわいいらしい。実際、彼女の方が2つ年上だ。

 何はともあれ、3度目のクラスへの挨拶だ。もう慣れっこ!

 

 

「遅れましたが、担任の上坂杏音です。担当科目は理系全般とIS関連全て。専門はIS開発です。皆さんと一緒に1年間頑張りますので、よろしくお願いします。それでは、出席番号順に自己紹介をお願いします」

 

 隣のクラスからまだ黄色い声が聞こえるが、それが鳴り止むまでにウチのクラスは半数の自己紹介を終えることができた。優秀優秀。

 1限のIS関連法規の授業は私の担当だし、と言うか3限までぶっ続けで私の担当なので次の時間も自己紹介に使ってしまおう。そして授業のイントロダクションをすればちょうど50分くらいで終わるはず。そう内心で算段をつけて教卓で寛いでいると、廊下から視線を感じた。一夏くん目当てでごった返す人の波のなかで、少し目立つ金髪に青いヘアバンド。セシリアか?

 立ち上がり、廊下に出ようとしたところでチャイムが鳴ったため、おとなしく授業に移ることにした。

 

 

「てな訳で、ISを取り巻く法律を理解した上で開発、運用していかなきゃいけないものなんだ。やたらと多い制約の中で最大限の性能であり、結果を出すことが君たちには求められる。それを理解するための授業になるから、暗記科目だなんて甘く見てると後悔するよ。あ、先に言っておくと、テストには必ず応用問題を出すから、覚悟しておいてね。3分早いけど終わりにしよう。隣のクラスの織斑君見てきな!」

 

 算段通り、自己紹介を全て終え、イントロダクションも上手いこと終わらせると一目散に廊下に飛び出す生徒がひと段落してから廊下に出た。既にそこそこの人混みの廊下で野次馬根性を発揮して遠巻きに一夏くんを眺める。おう、緊張してる緊張してる。周りはみんな女の子。廊下からも熱い視線を送られて大変だなぁ。

 

 

「上坂先生」

 

 ふと後ろから私を呼ぶ声。振り返ると青い内向きの癖っ毛。そして度のないメガネ。可愛い可愛い簪ちゃんだった。

 

「簪ちゃん、入学おめでとう。どしたの? 一夏くん見に来た?」

「あ、ありがとうございます。そんなことじゃないです。打鉄のこと……」

「あぁ、ごめんね。結局学園の整備科で作る事になっちゃって。最終確認と調整は倉持の人間でやるからさ。授業教材にするから私も監督するし、スペックは保証するよ」

 

 

 結局簪ちゃんの専用機、打鉄弐式は整備科の教材として3年のエキスパートチームを集めて作り上げる事になった。放課後を使った自由履修科目で、なおかつ私による筆記と実技試験があるにもかかわらず、整備科のほぼ全員から履修登録があり、その中から選ばれた上位10名により、4か月かけて組み立てる。夏に飛行試験を行い、秋にローンチ予定だ。

 原作と違い、既に柔らかい簪ちゃんはすんなりと了承してくれし、一夏くんに対する敵意のようなものも無いようでなによりだ。

 そして、倉持の研究所では突貫工事で一夏くんの専用機、白式を組み立てている。

 おっと、何やら動きが…… 廊下の人の波が見事に割れ、1組から2人出てきたぞ? おう、一夏少年と箒ちゃんではないか。うまく抜け出せたようだね。

 

 

「アレが、織斑一夏? なんか、不潔……」

「第一印象が不潔って…… 簪ちゃんもなかなか辛辣だねぇ」

「女の子に手を引かれてデレデレして、お姉ちゃんみたいでなんかイヤ」

 

 楯無、残念だったな。君のシスコンぶりは見事に裏目に出ているぞ。

 2人が何を話しているのかは聞こえないが、箒ちゃんが少し不機嫌そうにしていることから何か仕出かしたのだろう。一夏くんはそういう星の下に生まれてるから仕方ないね。

 10分の休み時間は実に短く、チャイムが鳴ると生徒たちは慌てて各クラスに戻っていく。私もさりげなく「はーい、男の子もいいけど単位も大切にねー!」と先生らしい事を言っておいた。

 2限目も無事平穏に終わり、一夏くんが見事に無知を晒してセシリアの琴線に触れたと思われる頃。我が居城、教卓で「ウチのクラスもクラス代表決めないと」と少しばかり焦る私。

 残念ながらというか素晴らしい事にというか、2組には代表候補が居ない。私が2週間特訓して良いと言うならそこらの代表候補といい勝負出来るぐらいに育てられる自信があるが、それはナシだろう。

 

 

「授業の前に決めなきゃいけない事を思い出したから今決めよう。クラス代表なんだけど。いわばクラス委員? 今度やるクラス対抗戦にでたり、普段はクラスの雑務やってもらう事になるんだけど、自薦でも他薦でもいいよ! はい、挙手!」

 

 ま、手が上がるわけ無いし、出会って3時間の他人を推薦なんて出来るわけがない。隣のクラスみたいにパンダがいたり、代表候補がいるなら話は別だが。

 仕方がないのでクラスの教員端末に入っているアプリを使おう。授業で誰かに当てたりするときに使うランダムで誰かを当ててくれる素敵アプリだ。しかも生徒の机とリンクして、名札のホログラムに「返答」や好きな文字を浮かべられるオマケ機能まで付いている。これを作ったのは天才だね。

 普段の授業からお世話になって、使い慣れたそれを使う事を決め、「このままだとランダムで当てるよ〜」と発破をかけつつ、それでも反応が無いので「Choose」ボタンをタップした。

 

 

「って訳で、おめでとう。出席番号27番、前田さん!」

 

 無事(強制的)にクラス代表を選出し、3限のIS装備概論の授業を終えると4限目は3年の整備科でIS整備理論の授業だ。それが終われば待ちに待ったお昼。私は5限は空きなのでしばらく休憩となる。

 食堂の2人席で日替わりランチ(ちなみに焼き鯖定食だ。美味しい)をつついていると、箒ちゃんを引き連れて一夏くんがやってきた。衆目に晒された事で箒ちゃんの抵抗が増し、それがさらに人目をひくと言う負の連鎖に陥っているが、目をつぶってあげよう。お姉さん優しい!

 そして見事に私の隣の空席に着いた。パーテーションがあるのでバレていないようだが、これがなかなか面白い。

 一夏くんが恥も見聞もかなぐり捨てて箒ちゃんに教えを乞うまでは良かった。箒ちゃんはなんだかんだツンデレだから求められれば嫌だとかなんとか表面では拒否しつつ、最終的には「仕方ないな」とかなんとか言って応えてくれるだろう。事実、後ろで上級生に一夏くんが持っていかれそうだとわかると、あまり好いていないはずの束の名前まで出してその子を追い払っていた。

 

 

「放課後、剣道場に来い」

「いや、俺はISの事をだなーー」

「来い」

「はい……」

 

 一夏くん、陥落。ごり押しで一夏くんは箒ちゃんの(キリングフィールド)、剣道場へのチケットを手に入れた。おそらく片道切符だ。

 少し面白そうなので楯無を誘って見に行くことにしよう。早速メールを送ると暇人生徒会長は即レスで行くとの事だった。

 定食を綺麗に完食すると束の間の休息のお供となっているコーヒーを頼みに再びカウンターの列に並んだ。

 

 そして時間は放課後、ギャラリーもそこそこ入った剣道場で一夏くんは華麗にフルボッコにされていた。ウォーミングアップ含め10分足らずで一本取られるのはどうなんだい? 剣道場に入ってから15分経ってないだろ、きっと。キレ気味の箒ちゃんが更衣室に戻っていったタイミングで座り込む一夏くんに声をかけてみた。

 

 

「素晴らしい負けっぷりだったね」

「ん? あ、杏姉!? なんでここに」

「言ってなかった? 先生だし、私」

「杏姉はまだ自衛隊に居るもんだとばっかり…… ってことは……」

「ここでは上坂先生だよ? 放課後だから良いけどさ。どうよ、私と軽く一試合」

「杏姉と? 箒に負けたばっかだしな……」

「ま、私は箒ちゃんみたいに鬼じゃないから加減はしてあげるよ」

 

 面倒なので竹刀だけ拾うと一夏くんに対して中段の構えを取った。竹刀を持つのは篠ノ之道場で千冬に無理やり付き合わされて以来だ。しかし自衛隊で銃剣道をやっていたのでまぁ負けはしないだろう。竹刀だけに。つまんないか。ごめんね。

 

 

「なぁ、流石に防具くらいはつけないか?」

「大丈夫だよ。一撃ももらわないから」

「ちっ……」

 

 防具を一式キチンと着けた一夏くんが私の向かいに立って下段の構えを取った。私の少し変な構えにも気づいていないらしい。

 若干右手を引いて、剣と身体がとても近いスタンス。これは銃剣道の唯一と言って良い攻撃、刺突を素早く繰り出すのに必要な事。右手をバネのようにして突くのだから伸びしろが必要だろう? そういうことだ。

 

 

「いつでもどうぞ」

「行くぜ。いくら帰宅部皆勤賞でも、これくらいっ!」

 

 流石に一般人上位レベルの体力を持つ10代男子、小さな振り上げからの小手も中々の速さ。相手が箒ちゃんでも無ければ十分な有効打になり得るスピードが出ている。だが、私はチートなしでそれを見切って喉元に寸止めの突き。一夏くんの顔が引き攣ったのが見えた。

 千冬もそうだが、気をだだ漏れにする瞬間は本当に次に何がしたいか手に取るようにわかるレベルでだだ漏れなのだ。だから剣先が上がった瞬間にすぐさま手元に飛んでくるのがわかったからそれ以上の速さを持って突きに行く。

 

 

「杏音さん! 何をしているんですか!」

 

 そして、着替え終わってちょうど更衣室を出てきた箒ちゃんに目撃され、剣道で突き技を使って良いのは高校生以上だということを初めて聞かされた。

 

 

「杏音さんは自衛隊にお勤めでしたから、銃剣道をされていたのであのようになったのだとは思いますが、剣道において突き技は相手への威嚇などの意味合いもあるので良いものでは無いのです」

「ハイ、スミマセン」

「一夏も一夏だ。私との一本で身の程がわかったはずだ。なのにまた懲りずに身の丈に合わない相手へ挑むなど愚行がすぎる」

「いや、それは杏姉がだな」

「言い訳などするな! 杏音さんからの誘いであれ、一太刀で終わるなど論外だ!」

 

 正座で怒られる教師と少年。向かいに立つ箒ちゃんの背後には修羅が見える。ちょっと短いスカートの裾からチラリと白いパンツが見えたり見えなかったり。一夏くんはそれを見てしまったのか本当に申し訳なさがあるのか、背中を丸めて俯いている。あ、顔が少し赤いから見たな。このエロガキめ。

 ギャラリーはいつの間にか激減しており、楯無が壁に寄りかかって呆れた顔でこちらを眺めているのが見えた。

 

 

「何はともあれ、これから私が鍛え直してやる。いいな、わかったな?」

「ハイ、ホウキサン」

「杏音さん、見ての通り一夏は軟弱になってしまってます。ですが、私が1週間でこの腐りきった性根叩き直してみせますので」

「あぁ、うん。頑張れ。一夏くん、無事でね。きっと役に立つからさ」

「杏姉がそういうなら……」

 

 どうしてこの少年はそういう所で地雷を踏みに行くのかが理解できない。ここでの正解は「箒の期待に応えてみせる」とかその類の箒ちゃんを立てる答えのはずだ。そこで別の人間の名前を出すなど赤点で補習だ。

 

 

「一夏、貴様ぁ……」

 

 ほらみろ。また痴話喧嘩が始まる予感がしたのでその混乱に紛れて私は離脱。楯無の隣に並んだ。

 

 

「先生、意外と強いのね」

「これでも自衛官だったんだよ? あれくらい当然」

「剣道にしてはおかしな構えだと思ってたけど、銃剣道なら納得ね。剣道の経験はないの?」

「殆どないよ。子供の頃に千冬に付き合わされて地元の道場で少し遊んだくらい」

 

 各種武道の知識はある程度あるが、まともに習った武道はそれこそ銃剣道くらいだ。あと実際にやったのは独学の西洋剣術を学生時代に試したりした程度。ISは操縦者のスペックに依存する面が大きいとは言え、人間の武道が使えるかと言われるとなんとも言い難い。無手の武道はそもそも論外として、剣や槍を使うとしても相手に飛び道具が含まれる時点で戦い方は型に当てはまらなくなる。

 バトルセンスを磨くという意味では有用だが、ISバトルに技術は半分ほどしか生きないだろう。

 

 

「ま、なんだかんだで先生は初代生徒会長だし、弱いとは思っていないけど。先生が口以外で戦ってるのは初めて見たもの」

「去年まではISに乗らなかったしね。今年からはIS操縦の担任にもなったから私の戦闘シーンが見せられると思うよ」

「楽しみにしておくわ」



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クラス代表決定戦! を見に行くよ

 一夏くんが毎日箒ちゃんにボコられて1週間。軟弱者は弱者くらいにはなれたそうだ。そして無事に満員御礼のアリーナに来ている。向こうには千冬に山田先生、箒ちゃんが居るし、セシリアにだけ誰も付いてないのは不公平なので彼女のピットに向かった。

 ブツブツ呟きながら画面に流れる文字を眺め、時々ホロキーボードを叩く金髪女子に後ろからそっと近づき、「そこの数値をあと0.73上げてみな」と呟くと「わかりました。17.28……っと。ありがとうございます、上坂博士」と普通に返されてしまった。

 

 

「ありゃ、バレてたかい?」

「いえ、声をかけられるまでわかりませんでした。ただ、声の感じとアドバイスの内容から博士でないかと」

「うーん、驚かせ甲斐がないねぇ。まぁいい、それで、織斑君をどう見る?」

 

 限りなく集中しているセシリアをからかい続けて彼女のメンタルを乱しても申し訳ないので少し真面目な話に移る。

 画面を流れる文字の羅列が終わると、彼女もまた真剣な表情でさらりと「相手にならない。だが不確定要素が多い」そう言った。

 

 

「なるほど。実力はたかが知れてるけど周囲の人が人だからねぇ」

「ええ、ブリュンヒルデに元候補生、剣道有段者。それらに刺激を受けて変わった可能性も捨て切れませんわ。私の事が筒抜けである事も考えられますし、対策を打ってくる事も考えられます。不確定要素が多すぎて正確な戦力診断はできませんわね」

「んじゃ、私から新情報だ。機体は最新型の近距離格闘メイン。多分彼の事だから最初は機体に振り回されると思う。ただ、彼のセンスはピカイチだ」

 

 一般的に知られている候補生と同程度の情報をリークする。彼の機体開発には私も束も噛んでる訳で、もっと言えるが彼女のプライドが許さないし、それは逆に一夏くんに対して不公平と言える。

 それだけ言うとセシリアは「なるほど」と一言言ってから機体に身を預けた。

 

 

「わたくしもこの半年遊んでいた訳ではありませんわ。相手が素人に付け焼き刃の経験を重ねた程度であっても、全力で行かせていただきます。貴方のように」

「そうかい。私みたいに遊ぶのも結構だけど、あまり遊びすぎると痛い目を見るから程々にね」

「ええ。もちろん。では、セシリア・オルコット、参りますわ!」

 

 青い装甲を纏いピットを飛び出した彼女を送り出してからモニターでの観戦に切り替える。

 装備無しの無手で立つ彼女がふと顔を上げると、向かいのピットから銀色の機体に乗られた一夏くんが飛び出してきた。おやまぁ、思ったより乗れるかね?

 

 

「逃げずに来ましたのね」

「ああ。勝負から逃げるなんてカッコ悪い真似出来ねえからな」

「ふふっ。最後のチャンスを差し上げます」

 

 クルリとワザとらしく回ると一瞬でその手にスターライトMk.Ⅲを展開。夏に見たMk.Ⅱより少し銃身が長くなって放出エネルギー量が増えたマイナーチェンジ版だ。それを一夏くんが駆る白式に向け、不敵に笑う。

 

 

「チャンス?」

「わたくしが勝利を上げるのは自明の理。ですから、無様な敗北を晒す前にここでわたくしに謝罪するなら、許しを差しあげますわ」

「そう言うのはチャンスって言わないと思うぜ」

「そう。交渉は決裂ですわね。ではーー」

 

 フィナーレですわ。

 彼女の口がそう動いた様に見えた時には一夏くんを赤い光が貫いていた。正確に一夏くんの頭を貫いた閃光はダメージを与えるだけでなく操縦者の視力も奪った様で、一夏くんの動きには若干のラグが見られる様になった。

 操縦者の視力を奪ったところで相手がある程度の経験者ーー最低数十時間の搭乗と学園1学年修了程度の知識があるのなら。操縦者の視力が無くなったところでハイパーセンサーで視覚情報を補完できるため大した影響はない。だが、相手がISに乗って数十分、まだIS自体に慣れていない人間が相手ならばどうだろう? 操縦者保護がなければ間違いなく失明どころか頭が丸ごと蒸発するような高出力のレーザーを浴びて動揺しない人間がいるならばお伺いしたいところだ。

 

 

「クソッ」

「ふふっ。まだ武装の展開すらできない方を一方的に甚振るのは趣味が良いとは言えませんが……」

「ーーっ!?」

「たまには羽目を外しても怒られはしませんよね?」

 

 原作の流れと大きく異なり、セシリアは最初から全力で一夏くんで遊びにかかっている。それは慢心からくる余裕ではなく、絶対的な強さからくる余裕。彼女の言う「貴方の様に」とは私みたく実力差を見せつけて相手のメンタルを抉りにかかるバトルスタイルを指していた様だ。薄々感づいてはいたけど、正直良いものじゃない。特に学生のうちは。友達なくすよ? 私みたいに……

 一部の実力に惚れ込んでくれた人と、生徒会長補正があってある程度の交流はあったものの、大概成績の振るわない子(身も蓋もない言い方をするなら弱い子)にはあまり良い顔をされなかったし……

 まだビットは出さずにスターライトをバカスカ撃ってはめちゃくちゃな機動で逃げまどう一夏くんを追い詰め、ダメージを与え、余裕を奪っていく。多分一夏くんは最早打つ手なしで余裕なんてないと思うし。

 

 

「あらあら、大層な事を言う割には逃げてばかりでありませんの? まさか、武装の展開ができないなんて言いませんよね?」

「それくらい、男を舐めるなっ!」

 

 一夏くんが刀を展開し、正面切ってセシリアに迫る。この一瞬であの距離を詰めるという事は…… まさか瞬時加速(イグニッションブースト)が出来たと言うのか。流石主人公と言うべきか、まだファーストシフトすら終わってないのによくやるね。

 セシリアは突然の自体にも関わらずスターライトで一夏くんが振り下ろした刀を受けると不敵に笑って

 

 

「わたくしの手はコレだけでは無くってよ?」

 

 ビット4機を一瞬で展開し、一斉射撃を始めた。おお、エグいエグい。たまらず後退する一夏くんを増えた手数でさらに追う。よく見ればビットを動かしながら自身も少しではあるが動いているではないか。流石に全力の戦闘機動をしながらビット制御をするレベルには至っていない様だが、半年でここまでとは。彼女の努力が伺える。

 一夏くんのシールドエネルギーが残り2桁を割り、止めと言うところでそれは起こった。

 

 

「はぁ、やっとですの?」

「何が……?」

 

 突然光に覆われた白式。セシリアはわかっていたと言わんばかりに手を止めてその様子を眺めている。

 歓声が湧いていたスタンドも静寂に包まれ、光のベールを脱いだ白式が現れるまで静まり返っていた。

 

 

「雪片……? 千冬姉の剣じゃねぇか。全く、良い姉さんを持ったぜ、俺は」

「やっとファーストシフトですの? 待ちくたびれましたわ。ですが、武装は変わらずその刀のみとお見受けします。そう時間はかかりませんわね」

「わからないぜ? 俺には最強(最高)の姉さんと同じ剣があるからな!」

 

 先ほどと同じように瞬時加速で一気に距離を詰める。先ほどまでと比べ物にならない速度での接近に流石のセシリアも反応が遅れ、一太刀浴びる。

 

 

「浅い!」

「博士の言葉通り。本当にISに乗って数十分ですの? この試合中に瞬時加速まで可能にするなんて……」

「何を言ってるかわかんねぇが、俺のターンだな」

 

 もう一度反転、一撃離脱に活路を見出した一夏くんはそれに賭ける事にしたようだ。再び瞬時加速ですれ違いざまに横薙ぎに胴を狙う。

 相手は候補生とは言えプロ、同じ手がなんども通じる訳もない。セシリアは一夏くんが反転したとわかるとその手にブルーティアーズの数少ない物理攻撃装備の一つである西洋刀、インターセプターを展開。迫り来る刃に当て、太刀筋を逸らした。

 

 

「同じ手はなんども通じなくてよ?」

「そうかい。残念だ」

 

 舌戦を交わしながらも一夏くんが通り過ぎればビットからの弾幕が襲う。スターライト使用時よりも思考に余裕があるようで機体の動きにもキレが増した。

 

 

「次だ」

「は?」

「次で決める」

「突然何をおっしゃるかと思えば勝利宣言ですの? 笑えませんわ」

「俺は、この剣を持った以上千冬姉の名を守らなきゃならねぇ。千冬姉が世界一になったこの剣で」

「その雄姿、プライド、センス、確かに賞賛に値しますわ。素晴らしい物をお持ちです。ですが、わたくしにも国家と言う守るべきものがありますの。結構、次の一撃、それで決めましょう」

「正真正銘の一騎打ちって訳だ。良いぜ」

「「行くぞ(参ります)!!」」

 

 初めてセシリアが激しく動いた。インターセプターを手に一夏くんに対して真っ直ぐにぶつかる。対する一夏くんも刀身を青白く輝かせ、瞬時加速で一気にすれ違った。

 刃物同士がぶつかったとは思えない爆音と煙。

 それが晴れ、2人の姿が見えると、地面に膝をついて空を見上げる一夏くんと、折れたインターセプターを捨て、空中で量子化して収納するセシリアが身を翻し、一夏くんを見下ろしていた。

 

 

「勝負あり、ですわね。ですが、最後の一撃はわたくしもヒヤリとさせられましたわ。お見事です」

 

 一夏くんが最後に放った必殺の零落白夜はエネルギーを対消滅させるISに対して最強の矛だ。それはセシリアのインターセプターを叩き折り、鋒を機体に掠めて大きくシールドエネルギーを削り取ったが、0にするには至らなかった。

 対してセシリアはビットの一斉射はもちろん、腰部に装備されたミサイルも射出して残り少なかったシールドエネルギーを削りながら迫る白式にとどめを刺した。

 惚けて天を仰ぐ一夏くんを置いてピットに戻ってきたセシリアを出迎える。彼女の顔はなかなか良い顔をしていて、さっきまでの勝負が満足たるものだったと言外に語っていた。

 

 

「お疲れ様。なかなか良い試合しちゃったね」

「ええ。最初に一方的勝利を掲げながら成し遂げられませんでしたわ」

「けど、良い顔だ。一夏くんはなかなか見所がありそうだろう?」

「そうですね。一瞬をものにするセンスは姉譲り、蛮勇とも言える気概は男性らしく、少々愚直すぎるところは少年ですわ。ですが、素敵な方です」

「そうかい。それで、勝ったからクラス代表をやるんだろ?」

「それですが、辞退しようと思います。彼は磨けば光る。わたくしは未熟ながらにそう思いました。チャンスは多い方が良い」

「なるほど。君がそう思うならいいんじゃない?」

 

 悩めよ。君は自由だ。私みたいに強制的に生徒会長をやる羽目になる訳でもなく、国家の犬にされることから逃れるために足掻く必要もない。自身の立場を磐石なものにするために悩め。思春期の特権だ。

 

 

「それで、先生のクラスの代表は何方でして?」

「うん? 出席番号27番、前田さん。クジ引きで決まったよ」

「そ、そんな簡単に?」

「クラス代表って言ってもそんなに大仰なものじゃないし、クラスリーグマッチくらいしかIS絡みで大変なイベントないからね。適当でいいんだよ」

「教師の言葉とは思えませんわ……」

 

 どうもセシリアの中ではわたしは中々の超人らしい。圧倒的な戦力差で蹂躙し、言葉で拘束し、心を壊してフィニッシュ。なんてえげつないコンボを「博士のように」と形容する時点で察しだ。

 学園に素晴らしいイメージを持っていたようだが、実際にはこんなもんだ。私は、まぁ、ずぼらな方だとは思うが、結構ベターな決め方だったと思う。

 

 

「ここはどんな立場の人間も平等に戦える場所だからね。一般生徒の下剋上も今まで何回もあったし」

「彼のように才能ある方を見つける場でもある、と……」

「その通り。代表候補だろうとIS適正がSだろうとここでは関係無いんだ。あまり驕らないようにね」

「肝に銘じておきますわ。今回はわたくしも感情的になってしまいましたし、彼に謝っておかないといけませんわね。クラスの皆さんにも」

 

 後日、彼女は自身の態度を謝罪し、一夏くんをクラス代表に推薦。1組の代表は無事、織斑一夏に決定したそうだ。

 私は私で突然代表候補をねじ込んできた隣の大国の管理官にひたすら小言をグチグチと呟いていた。

 

 

「ねぇ、突然代表候補を入れて、なんてふざけたこと言っちゃってさ。どれだけ大変なのかわからないんでしょう? マジであんたらのお偉いさんは小学校の道徳でもやらせた方がいいんじゃない? いっそ民主化革命でも起こしてよ。マジで」

「それは本当に申し訳なく思っている。だが革命なんて…… 口に出しただけで恐ろしい。私のような立場なら尚更な」

 

 電話越しに私の愚痴を聞くのは中国で代表候補生の管理官をしている楊 麗々(やん れいれい)。年齢は私よりだいぶ上だが、大学とIS学園のダブルスクールなんていう事を成し遂げたとんでもないBB…おっと、私はまだ死にたくない。ともかく、私の学園での同期だ。勉学に関しては化け物。確か大学での専攻はマネジメントだったと思う。

 何はともあれ、彼女に愚痴ったところで仕方ないのだが、単純に腹の虫の居所が悪かった。

 

「しっかしさぁ、入れるなら入れるで前もって言ってくれればこっちだって対応出来るんだよ。突然ねじ込んだりするから私がこうして関係のない姐さんに愚痴ったりしてるわけでさ? ドイツを見ならいなよ。前もって入れたいから入試だけ受けさせてよ、機体用意したら編入でいいから。ってやってくれればこっちもやりやすいわけよ」

 

 ちなみに姐さんと言うのはあだ名だ。彼女が年上であり、なおかつ面倒見が良かったから気がついたらみんな姐さんと呼んでいた。

 

 

「上にも一応言葉は伝えておく。上坂博士がお怒りだった、とな。物分りがいい奴がいない訳でもないし、聞くだけ聞いてくれるだろう。私もこの国に思うところがない訳でもない。諸外国で学ぶと尚更な。実際、学のある富裕層を中心に政権への不満も高まっているし、軍部でも私のような留学経験者が増えてからはなんどもクーデターの恐れとかで査察を増やして警戒してる」

「IS部隊中心でやっちゃったら? 一晩で民主化できるよ、やったね」

「洒落にならん。それで、要件があるんだろう? わざわざ愚痴のためだけに私に連絡をよこした訳でもないだろうに」

「いや? マジで愚痴だけだよ? 凰さんだっけ? 彼女が中国からっていうし、彼女の編入で色々忙しかったところで携帯見て「そういや姐さん中国で軍に入ったな」とか思ってさ」

 

 電話越しでもよく聞こえる大きなため息を貰い、もっと何かないのか、と言われたので千冬の学園での先生ぶりを話すと「あの織斑がなぁ……」と感慨深げに呟いていた。信じられないよねぇ。人に教えるとか教わるのが壊滅的に苦手な千冬が先生だよ。よく2年も持ったと思うもん。

 

 

「織斑はまだISに乗ってるのか?」

「いや。自衛官やめてからは一度も。ドイツでの千冬なんて見てられなかったよ。ISに乗るのが苦痛とまで言ったからね。そういう意味では良かったのかも」

「だがその弟くんも学園に入学したのだろう? 大変だな。色々と」

「思うところはあるんじゃないかな。でも、千冬はそんなに弱くないって信じてるし」

「お前や篠ノ之博士が居れば織斑も安心だろう。しっかり支えてやれ。私が言えた義理でもないがな」

「いんや、年長者の言葉としてーー」

「すまん、切るぞ」

 

 唐突に通話が切れた。後ろでよくわからないふがふがした言語で呼びかけられていたから多分仕事絡みだろう。クーデターの恐れとかでピリピリしてるところで外国語で話していれば怪しくも思われるか。姐さんも大変だ。

 とりあえず終わった書類の束をファイルに入れると机の引き出しに仕舞ってから鍵を閉める。湯のみに残った冷めたお茶を一口で飲みきるとすっかり夜も深くなり、窓の外にはすこし雲がかかった月が見えていた。

 

「お疲れのようだな」

「んー。千冬はなんでここに?」

「愚弟が穴だらけの書類を出してくれたから、その修正だ。ほれ」

 

 いつの間にか背後に立っていた千冬からコーラの缶を受け取るとプルタブを引く。プシュッと気持ちのいい音を立てた缶を一気に煽って人工甘味料の汁を流し込む。

 私は定番のコ○コーラよりもチ○リオやなんかの甘さが好きだ。殆ど見かけないのが残念だが、学園の自販機にはソレがある。流石だ。

 

 

「さっきまで姐さんと電話してたんだけど、アッチも大変そうだったよ」

「姐さん……? あぁ、楊か。編入する生徒は中国からだったな、それ関係か」

「いや、面倒起こしやがってどうしてくれる。って愚痴ってただけ。でもクーデターとか民主化運動とかでピリピリしてるっぽいよ。私と話しててもいきなり切れちゃったし」

「はぁ、すこしは相手を考えてやれ。いきなり掛かってきて愚痴られても困るだろ」

「ちゃんと最後には同級生らしい会話もしたからセーフセーフ」

 

 何がセーフだ、と持っていたファイルで軽く叩かれた。2つ隣の千冬の机を覗くと結構雑多に物が置かれた中で一夏くんの書いた専用機関連の書類があちこち違う筆跡で修正されてあるのが見えた。

 なんだかんだで弟には甘い。ブラコンめ。まだ一夏くんに負い目があるのだろうか?

 

 

「ねぇ、千冬はモンドグロッソの事、気にしてる?」

「ーーーー」

「そう……」




誤字報告ありがとうございます


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転入生を迎えてクラス対抗戦に挑むよ!

 クラス代表決めで一悶着あったものの、その熱も冷めて通常運転に移行しつつある4月の下旬。連絡のあった中国の代表候補がついに学園にやってきた。情報管制を取っていただけあって生徒に転入生情報が流れたのは昨日の夜か今朝。転入生の彼女が昨日の夜に着いたから誰かが見ていたのかもしれない。

 8時頃に彼女の部屋を伺った時にはすごい顔をされたが、一つ笑顔で「わかりましたか?」と聞いたら全力で頷いてくれたので良しとしよう。

 なんやかんやでホームルーム。テンプレ通りに「噂は流れているようですが、転入生を迎える事になりました。凰さん、入って」と流れるように彼女をクラスに招くと若干頬を引きつらせながら横目で私の様子を伺いつつ、ぎこちなく挨拶をしてくれた。

 

 

「ち、中国から来ました、凰 鈴音です。えーと、杏音さん……」

「凰さんは日本で数年間暮らしていた事もあるのでこっちでの生活も慣れたものと思います。候補生でもある彼女から多くを学びとってください。あと、ここでは上坂先生と呼びなさい」

「ハイ」

 

 猫被りやがって。おかげでヒソヒソと「杏音先生なんか怖くない?」とか「ドSな杏音先生、イイ……」とか色々聞こえるじゃん。

 なぜ私が彼女に恐れられているかというと、それは数年前まで遡る。

 学園から防衛省に鞍替えしようかという頃に少しばかり機嫌が悪い時期があった。

 ちょうどその時期に一夏くんと彼女の距離が急接近したのもあってちまちま家に来ることがあったのだ。それで、偶然自分の部屋を荒らしまわる瞬間を見られてしまい、以来このザマだ。

 

 

「んじゃ、早速授業に移ろう。続きからだから……47ページの2からだっけ?」

 

 授業が終わるとともに即座に教室から脱出した凰さん。もちろん目当ては一夏くんだろう。だが、御愁傷様。隣の担任は千冬だし、次の授業は千冬のIS武装入門だ。

 もちろん、転入生を逃すまいとぞろぞろと廊下に出て行く。そして残った数人が私の元にやってくる。

 

 

「ねぇ、杏音先生。なんか、嫌な事でもあった?」

「ん? なんで?」

「なんか、転入生にキツくない? あの子知り合いっぽいけど、普段と違いすぎでしょ」

「うーん? 知り合いっちゃ知り合いだけど…… なんと言うか、見られたくないものを見られて口封じをしたというか……」

 

 私を囲う数人の顔が引きつる。そんなに私の口封じが恐ろしいか。

 私のイメージの悪さを感じつつ、過去を振り返る。ドアの隙間から部屋を覗き見ていた彼女にやったことは、そのまま部屋に引きずり込んでベッドに座らせ、ただ一言「誰にも言うなよ。千冬と両親には特に」と一言言ってから部屋から出しただけだ。たぶんその時の顔がマズかったのだろうか? たぶんきっとそうだろう。

 

 

「そんなに私怖いかなぁ? あの子にただ「誰にも言うなよ」って言っただけなんだけど……」

「杏音先生は怖くないんだけど……」

「部活の先輩から時々整備棟の部屋で高笑いしてるとか、ヤバいIS作ってるとか、実はマッドサイエンティストとか、色々聞いちゃって」

「で、でも、先輩はみんな笑いながら言ってたから冗談、だよね?」

 

 思い当たる節がチラホラ。整備棟の部屋で高笑いしたことあるし、ファウストを弄ってて爆音を出す事もある。知り合い()に頼まれて生物研究をする事もあるし、情報収集の時には大量のウインドウを相手にする。

 傍目から見ればヤバい人だよなぁ、コレ。

 私が苦笑いしたのがマズかったが、引きつり気味の顔が固まる。

 

 

「い、いや、本当はIS弄ってて気分が乗ってくると笑いたくなるっていうか! そ、それに私だってそんなヤバい研究に手を染めてるつもりはないよ!?」

「杏音先生…… ごめん、ちょっと引いた」

「すごい人ってのは知ってたけど、ねぇ?」

「やっぱり天才ってどこかおかしいんだ……」

 

 先生悲しい! 泣くぞ!

 私が必死の弁解を試みる間に短い休み時間は終わり、生徒たちが戻ってきた。凰さんが頭を押さえて駆け込んでクラス勢ぞろい。アレは千冬の出席簿を喰らったな。そして見事に私と目が合い無事死亡、と。

 後から聞いた話では一夏くんに会いに行き、後からやってきた千冬に「なんで杏音さんが担任なんだ嫌だ」と泣きついたらしい。そんなに嫌か。候補生が泣きつくとマジでクラス替えとかに成りかねないからやめてほしい。1年の先生方の胃が痛む。

 無事にその日を乗り切り、翌日の朝、メールを見ると楊姐さんからメールが入っていて、「ウチの候補生に何をしてくれた」と怒られた。実際は候補生になる前からのトラウマみたいです。私に非はない!

 その日の凰さんは少しばかり元気を取り戻し、前田さんにクラス代表を代わってくれと頼んだらしいが、誰かが「杏音先生との連絡役もしなきゃいけないよ」と言ったのが効いたらしく、素直に引き下がったようだ。

 もちろんあの自己中大国から御達しが早速やってきて先生たちの間ではクラス替えの論議が始まるのだが、それはまた別の話。どうもお隣の国で(上坂杏音)を敵に回すべきではないとか、それなら候補生を変えるべきという意見も出たらしいが、候補生の中で唯一使える(一夏くんとのコネがある)凰さんを手放すのがよほど惜しかったらしい。

 千冬が凰さんと私に事情聴取に来て、私と凰さんが同じようなくだらない事を言ったために呆れられ、クラス替えなどするなと吠えたりもしたが、結局凰さんは転入生早々1組にクラス替えとなった。

 学園で私のよからぬ噂がさらに広まったりしたが、今の所支障は無いので黙っておく。

 

 

「それで、彼女との間に何があったの?」

「んー、黒歴史を見られてそれを口止めしただけだよ。数年前に」

「本当に? 彼女も同じ趣旨の証言をしたらしいけど、それだけであそこまで怯えるかしら?」

「こんな風に口止めされれば誰でもビビるさ」

 

 私が邪悪な笑み全開で楯無に詰め寄ると彼女も珍しく冷や汗を垂らしてぎこちなく笑っている。

 人間、危機にあると笑うらしい。だから私も笑っていたんだと思う。その笑い方はマズかったらしいが。

 何はともあれ、楯無に押し戻されると、応接椅子に雑に座り、テーブルをフットレスト代わりに足を組む。

 

 

「そういう態度をとるからどんどん印象が悪くなるんじゃないの?」

「普段からこうじゃないよ? 生徒の前じゃちゃんと先生だし、授業評価アンケートだっていい結果だったじゃん」

「そんな先生に急にこんな噂がたってるんだから先生方や整備科の生徒が困惑してるんでしょ」

「代表候補ってほんと使いにくくてキラーイ」

「先生がそういう事言うんじゃない!」

 

 楯無に一喝され、不承不承ながら凰さんのクラス替えと部屋替えの書類を片付けて行く。それらを5分で終わらせると今度は報告書だ。今回の騒動に当たってこんな事がありました、ってのを纏めないといけない。幸い、会話は一言一句覚えてるし、何をしたかも全て覚えてる。それを上手く纏めるのが面倒k……難しいのだ。

 学園としては私に辞められるのは困るわけだし、表側の人たちは総じて私や千冬を含めて学園という檻の中で飼い殺したいのが本心だろう。

 裏側の人たちはこの機をチャンスとばかりに私を引き抜きたい訳で、多分明日明後日辺りからラブコールが来るのではないかと踏んでいる。

 

 

「ホント、先生にはここにいてもらわないと困るのよ。生徒としても、ソッチの人間としてもね。現に情報の早い国は中国叩きの準備を始めているし……」

「んなもん知らんよ。私は私の居心地いい場所に居たい訳で。既に他の当てもあるしね」

「本当にそれだけ(亡国機業行き)だけはやめて頂戴。シャレにならないわ」

「なら頑張って私の居心地いい場所にしないとねー」

「貴方も仕事してよ。元はと言えば貴方が凰鈴音にトラウマを植え付けたのが悪いのよ?」

「まさか凰さんが候補生になるなんて思うわけないじゃん。それにまだ引きずってるなんてさ」

 

 その後も延々と楯無と言い争いながらも書類は進み、無事に全て終わった頃には夕飯時を少しばかり過ぎた9時前だった。食堂のラストオーダーはとうに過ぎたし、カップラーメンで済ませるしかないようだ。

 同時進行で生徒たちの関心事はもう一つある。来月の半ばに行われるクラス対抗戦だ。すでに1組と4組からは代表候補生がクラス代表として名乗りを上げているので、一般生徒がクラス代表を務める2組と3組ではその2クラスにどう対処するかの作戦会議が行われていた。

 月末の放課後、なぜか灯りを落とした教室で集まる生徒たちの輪の中心には千冬と私。モンドグロッソの時みたいで不思議だが、私も千冬も真面目な顔をして、私に至っては普段のダサい適当な格好ではなく、スーツにジャケット代わりの白衣を羽織って千冬の向かいに座っている。

 

 

「なるほど。お前たちはこう言いたいわけだ。「1組と4組は代表候補生や専用機持ちだ、アドバンテージがある。だから私達の知恵を貸してくれ」と」

 

 生徒たちの頷きに千冬も顎に手を置いて悩んでいるようだ。確かに候補生とついこの前まで普通の中学生だった少女では戦闘経験値が圧倒的に違う。知識としての経験値は賄おうと思えばどうとでもなるが、実際に体を動かした経験というのは座学では手に入らない。

 だが、ここで彼女たちに手を貸せば機会の平等という点では不公平だ。

 

 

「でも実際実力の不均衡はあるよねぇ……」

「だが、ここで生徒に手を貸せば他のクラスも、となってしまう。それだけで済めばいいが……」

「だよねぇ。授業で少し融通しようにも実技は1,2と3,4だし。織斑君と更識さんに相談して決めようか? 2人の承諾があればいいと思うけど」

「それが最善か。前田、鳴瀬、明日までに2人に聞いて来るように。その結果次第で私達も動こう」

 

 そして、2組と3組の代表が簪ちゃんと一夏くんから私達の特訓を受ける承諾を得たところで実際に何をするかのプランニングが始まった。

 ちなみに、一夏くんは2つ返事でオーケーしてくれたそうだが、セシリアが苦そうな顔をしていたと前田さんから聞いた。

 まぁ、あと2週間ほどなのでやる事はあまり多くない。ドイツで行っていたのとほぼ同じ訓練内容で、ひたすらに時間の限り私と打ち合うだけ、というシンプルなものだ。そのデータから本人の秀でた点や癖、苦手を洗い出し、得意をひたすら伸ばす方針を打ち出した。

 その過程は省略しよう。彼女たちはよくやったと思うよ。軍人ですら音を上げる者も居たのに……

 待ちに待ったクラス対抗戦当日、第一試合は1組対2組。相手は最新鋭機を纏う男の子。その実力は天井知らずに上り続け、この瞬間ですら学習し、進化してるのではないかと思うほどだ。

 対する前田さん。彼女はくじ引きで選ばれた代表だが、しっかりとやる気を見せてくれた。今は候補生のテスト受けたらもしかしたら受かる? 位までには実力を伸ばしだと思う。彼女の持ち味は正確な射撃にある。動体視力が良いのか、元ソフトボール部が効いたか、優秀なスコアを残してくれたので私が自衛隊時代に組み上げた射撃補助システムを学園の打鉄に組み込んだスペシャル仕様を用意した。

 

 

「始まるよ」

「はい、先生」

 

 私が少し本気を出して、1年2組仕様の化粧板を張ったピットには私と前田さん、そしてサポートとして数人の生徒が数分後に迫った開戦の時を待っている。

 彼女の機体は基本的に学園の打鉄。射撃補助システムを変えた以外はただの打鉄だ。その装備は葵と呼ばれる物理刀と13mm口径のアサルトライフル(04式13mm自動小銃なんて味気ない正式名称だ)、その他少し。

 私が手を回して起動させるとところどころに青い光が見え、エネルギーが流れていることを意識させられる。

 モニターで異常がないことを確認し、前田さんからもシステムグリーンのサインをもらうと腕を伸ばして手先を振った。

 

 

「2組、前田未唯、行きます」

「行ってらっしゃい。まずは勝ち負けより楽しもう」

 

 彼女を送り出し、勝負の行く末を見守るだけにしておきたい所だが、クラス対抗戦には束お手製の真っ黒いアイツがやってくる。

 わかっていても止めるわけに行かないのが私の立場と言うもので、既に凰さんが1組に行くというイレギュラーが起こっている以上、何がどう綻んでいるかわからない。黒いあんちきしょうが来ないかもしれないし、化け物スペックに変わっているかもしれない。

 試合が始まると、飛び道具を持つ前田さんが良い具合に一夏くんと距離を保ってじわじわ削っている。だが、弾切れが来れば一発逆転だ。

 

 

「先生! 残弾が……」

「落ち着いて、一度そのマガジンを撃ち切ってから葵に変えて、一夏くんは絶対に真っ直ぐ突っ込んでくるから落ち着いて避けるんだ。そしたらグレネードを」

「わかりました!」

 

 前田さんが指示通りにマガジンを撃ち切るとそれを一夏くんに投げつけてから葵に持ち替えた。すると読み通り一夏くんが瞬時加速で真っ直ぐ突っ込んで行く。紙一重で零落白夜の青緑の光を交わすとその背中にグレネードを投げつけた。

 妙に大きな爆煙が上がり、それが晴れて中から現れたのは……

 

 

「やっぱり……」

 

 黒いあんちきしょう。またの名をゴーレム。てらてらと気持ち悪く黒光りするボディとおぞましく光る赤い目。

 私はすぐさまピットから出ようと生徒たちを集めて扉に向かうが案の定開くことはなく、コンソールと格闘する間にも向こうが大変なことになっていそうだ。

 

 

「なぁ、前田さんって言ったか?」

「ええ!」

「今の武装、何がある?」

「刀と弾がほとんどないライフル、グレネードが2つとハンドガン!」

 

 余裕はなさそうだ。モニター越しに黒と見える2人が少し心もとない。

 だが、ここでファウストを出したりは出来ないし……

 扉が開かないことに業を煮やし、ライフルを持ち出すとスタンドにかけたまま扉に向けてぶっ放した。

 

 

「先生!」

 

 生徒を壁際に纏めているとはいえ、IS用の武装を生身で扱う光景は衝撃的なようだ。たかが55口径ちょいだ。50口径が人間に撃てるんだからスタンドにかけて置いて撃てないわけがないだろう。

 万が一跳弾したときのためにアーマーを彼女たちの前に置いているとはいえ肝が冷えた。無事にコンソールをぶち抜き、ロック部分も破壊すると力強くで扉を開け、生徒を引き連れてコントロールルームに向かう。

 この間にもアリーナの制御システムへのハッキングを始め、束と格闘する。フィールドの様子が見られない事も気がかりだ。

 

 

「先生、みーちゃん大丈夫だよね?」

「なんとも言えないけど、私と千冬が鍛えたんだから、最悪にはならないさ」

 

 私が言う最悪とは操縦者死亡を意味する。アリーナの防御バリアを貫通するほどのレーザーを放つのだから、それもあり得る。

 怪我で済めば御の字、無傷なら奇跡といえる。

 だが、そんな時だ、突然、館内全体に響くハウリングを伴って箒ちゃんの声が聞こえたのは。

 

 

「なにこれ」

「1組の篠ノ之さん?」

「全員落ち着いて私について来なさい。このままコントロールルームに向かいます」

 

 わざと厳格な口調で生徒を率いる。こういう時にはあえていつもの曖昧な物言いではなく、ハッキリと正確に、分かりやすく伝える事が最優先だと考えているから。

 そのまま廊下を進む。幸い隔壁は降りておらず、フィールドと客席を隔てる防御壁が強度最高レベルで固定されているらしいというのはわかったが、どうもそれが解除できない。解除しようにも、ファイヤウォールを駆け巡る兎が鬱陶しくて仕方がない。束は今度会った時〆る。

 なんとかコントロールルームの前まで到達すると、全力で扉をノック。それと同時に激しい爆発音が聞こえ、建物が少し揺れた。

 生徒を抱き寄せ、全力で「千冬」と叫べば扉が開き、扉の前で困惑気味の千冬と奥で狼狽える山田先生が見えた。

 

 

「杏音、佐々木たちも無事か」

「なんとか。みんな怪我とかしてないよね?」

 

 口々に大丈夫と返されるととりあえず全員部屋に入れてから現状の確認だ。少なくとも千冬は学園防衛の責任者だし、私はその補佐には入らねばならない。

 アリーナの被害は私がぶっ壊した扉と放送室周辺、シールドジェネレーター、フィールド外壁と地面のみ。人的被害は一夏くんと前田さんが軽い打撲やらだけで済んだ。ただ、原作と違い、放送室に居た箒ちゃんに突っ込むようにあんちきしょうが吹っ飛んだせいで箒ちゃんが少しばかり精神的にキテいるようだった。

 そりゃ真っ黒いのが自分に向かって飛んできたら怖いわ。仕方ないね。

 2人を保健室、箒ちゃんはカウンセリングルーム送りにしてから何があったのかを映像で確認することにした。

 端的に言ってしまうのなら、グレネードの爆風を背中で受けて瞬時加速という自殺行為に及んだ一夏くんがあんちきしょうの背中から一文字に零落白夜を見舞い、上下に分断されたISは見事に放送室上下に激突。その勢いでフィールドの防御壁すら叩き切った所でセシリアがコアを撃ち抜いた。

 

 

「上坂先生、教員機をつかって不明機の停止を確認してください。防衛部の先生方はいつでも出撃できるように準備。その他の先生方は生徒の避難誘導を。全生徒を各教室に移動させて担任か副担任の先生が点呼を取り私に報告を」

 

 

 館内放送でハキハキと指示を飛ばす千冬。私はひとまずここまで連れてきた生徒たちを山田先生に任せてあんちきしょうを見に行かねばならない。駆け足で緊急用ゲートと呼ばれるフィールドに一番近いゲートに隣接するピットに飛び込むと、藍色に白い模様が入ったISスーツに着替えて教員用のラファールに身体を滑り込ませた。

 ブレードを片手に断面から火花を散らすあんちきしょうを眺め、コアを取り出す。高エネルギービームに撃ち抜かれたとはいえ、そんな簡単に溶けたりするほどヤワな素材でできてはいない。ブレードでバキッとやると鈍い光を返す片手で収まる大きさのキューブが出てきた。これこそがISコアだ。

 

 

「こちら上坂。不明機のコアを取り出しました。念のためビームライフル部を切り落としてから残骸の回収に移ります」

 

 千冬が人を寄越すというので応援の先生方と一緒に残骸を回収し、そのままフィールドの整地と外壁をこれ以上崩れないよう応急処置し、校舎に戻った頃には日が沈もうかとしていた。

 学生と違い、ロッカールームで着替える先生方は皆無言だ。あんな体力が羨ましいと時々笑う先生がいる程度。それくらい疲れた。

 こんなこともあったためにクラス対抗戦は中止。ひとまず残っていた第1試合のみを翌日行い、一応記録を取ることでなんとか体裁を保った。

 

 

「織斑先生、不明機の解析結果が届いてます」

「上坂先生はなんと?」

「無人機であることは確実。ただし、完全な自立稼働(スタンドアローン)ではないようです。これ以上は上坂先生も無理か激しく時間がかかると……」

 

 学園の地下深く。千冬含め十数人しか居ない高レベル権限を持つ人間のみが入れるここには戦闘要塞とも言えるだけの設備が整い、非常事態時の司令所としての機能を有している。

 つい数時間前から始まった上坂先生による解析でも分かったのはこれだけ。篠ノ之博士と肩を並べる天才を以ってしてもこれしかわからなかった。

 

 

「コアは?」

「未登録の物でした」

「そうか…… やはりな」

「心当たりでも?」

「いや、ない。今は、な」

 

 疑問を浮かべる山田先生をよそに、千冬はもう何回繰り返したかわからない先の戦闘映像を再びリピートしながらコーヒーを啜った。




先週の投稿日PVが1200超えました
最近は900〜1000あたりをふらふらしていたのですが突然ですコレです。ありがとうございます。


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転入生はブロンド貴公子と最強の妹だよ!

 クラス対抗戦のゴタゴタを少しばかり引きずる6月の頭。被害としては全て丸く収まり、箒ちゃんは若干一夏くんへの依存度が上がったものの、普通にクラスで楽しくしているそうだ。良かった。

 あの後束を電話で問い詰めると全力で言い逃れをしたので箒ちゃんがPTSDかもよ、と言うと一瞬言葉に詰まった。多分これが答えだ。

 さて、転入生がまた来る、と言うのは一向に構わない事だが、事前に連絡を受けていたドイツからの転入生はいいとして、唐突に連絡が来たフランスからの子に問題があった。

 

 

「男の子……?」

「この証明写真を見る限り私には女の子に見えるのだけど?」

「ですよねぇ……」

 

 放課後の生徒会室で楯無と書類を眺めながらため息をつく。

 転入生の一人が書類上、男子なのだ。楯無と二人で戸籍やら何やらも洗ったが、本当に男の子。ただ、出生の記録は無かったが。

 それもご丁寧にISシェアヨーロッパNo.1のデュノア社のご子息。とても胡散臭い。正直この時点で真っ黒だが、動機がないし、証拠も所々かけた書類だけ。

 

 

「真っ黒なんだけどなんとも現時点では何も出来ないわね」

「とりあえず入れて様子見かな? 私のクラスだし」

「そうね。もう一人は?」

「私と千冬の秘蔵っ子。ドイツが生み出した生物兵器」

「はぁ?」

「まぁ、会えばわかるさ」

 

 そしてそれから数日、2組の教室には2人の転入生が立っていた。片や肩まで伸びる金髪を低い位置でまとめたTHE.王子様、片や少しだぼだぼ気味の制服に着られ、黒いウサギのぬいぐるみを片手に抱きしめながら少し上目遣いでキョロキョロする小動物。何このかわいい生き物。

 

 

「えーっと、こんな時期ではありますが、クラスに転入生が入る事になりました。じゃ、デュノア君から自己紹介を」

「はい。シャルル・デュノアと言います。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いと思いますが、みなさん、よろしくお願いします」

 

 もちろんクラスは黄色い歓声に包まれる。私はイヤープラグを彼を呼んでからすぐ装着し、小動物の耳を塞いでいた。彼女もまたお友達の長い耳を塞いでいる。

 

 

「次、ボーデヴィッヒさん」

「あ、うぅ…… ドイツより参りまし、た。ラウラ・ボーデヴィッヒです。よろしくお願いします、お姉ちゃん?」

 

 一瞬の間をおいてクラスの数人が血を吹き出しながら倒れ、多くが鼻を押さえて震えている。そしてトドメの一撃と言わんばかりに隣のデュノアにも向かって「お兄ちゃんも、よろしく」と言えばデュノア君まで鼻を押さえてうずくまる始末だ。廊下から覗いていた楯無も気がつくと見えなくなっていたから恐らくヤられたのだろう。このドイツが誇る最嬌の生物兵器に。

 

 

「ラウラ、お友達が気に入ってるのはわかるけど、流石にここまで連れてくるのはマズイっていうか、私が千冬に怒られるって言うか……」

「教官、ハンナは我が戦友であり、相棒です。片時も離れる事はできません」

「いや、それはわかるんだけど、ここ学校だし、少しは分別を。レアルシューレにも連れてってたの?」

「クラリッサがそうしろと。口うるさい教師は最高の成績で黙らせました」

 

 マジか。というか、最初のクッソかわいいあれはどうした。つき通せば学園の征服すら夢じゃないぞ。

 と、話がブレまくるのでとりあえず授業中のお喋りは禁止、と念を押してから2人(と1匹?)を席に着かせた。出席簿のラウラの備考欄に「相棒あり、授業中会話禁止令」と書いてから1限目に行くべく教室を出た。

 さて、2組は早くもラウラとデュノア君の狂信者となったようで、1限目の実技の時間は2人のところに大挙して押し寄せ、それが終われば2人を囲んで食堂に押し寄せ、あまりの事態に涙目になるラウラを20人で慰めたりよくわからない事態が発生したようだが、私は千冬に睨まれつつもそれを眺めているだけにした。ちなみにラウラの相棒、IS実技の時間はしっかりとISに乗っているのをご存知だろうか?

 ラウラの数年来の相棒である黒うさぎ(のぬいぐるみ)のハンナ、そんな彼女に去年私がISのスケールモデル(1/5スケール)をプレゼントしたのだ。レーゲン型ベースのオリジナルモデルで、グラウンドの片隅で授業に参加している。

 

 ところ変わって週末のアリーナ。自主練に励む生徒が見られるここで私もまた整備科の生徒とともに隣接するピットで実習教材のラファールを「元どおり」に戻す作業に追われていた。

 教材としてのISに個体差があってはならないので、あらかじめ決められたスペックに合わせる必要があるのだ。その作業を1ヶ月毎に行わなければならないから、いくら4週間に分散させているとはいえなかなか骨の折れる作業量。だから整備科の生徒に手伝ってもらい、3年にはある程度の仕事を任せて技量アップと作業効率化の両方を果たしてしまおうというわけ。ちゃんと偉い先生の許可は得てるよ?

 

 

「ねぇねぇ、あれって織斑君と噂の転校生じゃない?」

「本当だ、うわぁ、私もデュノア君に手取り足取り教わりたいなぁ」

 

 外を見ながら話す声が聞こえ、私も手を止めて外を見れば一夏くんがデュノア君にライフルの撃ち方を教わっているようだ。白式には射撃武器がないから銃に触れるのは初めてになるのかな?

 それにしても下手くそ過ぎる。ISなら基本的な射撃補助で100m離れても30cm×30cm位にグルーピングが収まるはずだ。なのに的は倒れる気配すら感じない。

 

 

「織斑君って……」

「下手?」

「さ、これ以上彼を見てない、彼を傷つけない! いくら下手くそでも練習でなんとでもなるよ。いまは君たちが練習する番だからなー!」

 

 これ以上ボロカスに言われるのは居た堪れないので彼女たちの意識をこちらに引き戻したところで再び誰かの声が響いた。

 

 

「ど、ドイツの第3世代!」

「えぇっ! まだトライアル段階じゃないの!?」

 

 整備科女子は新型に目がないのだ。うん。

 

 

「織斑一夏だな」

 

 ちょっといつもよりドスの効いたラウラの声がオープンチャンネルで響く。オープンチャンネルだとピットの中の設備で聞けるから面白いよね。

 

 

「そうだけど、どうかしたか?」

「貴様も専用機持ちだそうだな、私と戦え」

「嫌だね、理由がないだろ?」

「理由なら…… 教官方の強さの理由が知りたいからだ」

 

 いつの間にか自主練組が彼らから距離を置き始め、事の行く末を見守るようになった。

 ちなみに、ラウラの右肩上空にビットのようにハンナがいるが、恐らくAICで止めているのだろう。

 

 

「強さの理由? まさか、千冬姉の教え子か!」

「その通り。織斑教官と上坂教官は言っていた。守りたいものが強さになると。ならば姉を守ろうとするお前は強いはず、行くぞ!」

 

 あー、ラウラのダメなところが早くも発揮されてしまったようだ。ちょっと思い込みが激しい所がある。特に千冬と私絡みでは。

 確かに私と千冬はそういう事言ったけどさ、一夏くんが強いわけ無いじゃない。

 それに周りを見てないのも減点。軍人として一般人への被害を抑えるのは当然の事よ?

 

 

「ラファール出すよ。武装はブレードだけでいいからインストールなしで。スタートアップ!」

「「「はい!」」」

 

 白衣を脱いでワイシャツとジーンズでラファールに乗ると、「電位差検知にラグがある」なんて警告を出してくるが、それを無視して起動させて、ラックに置かれたブレードを1本持ってフィールドに出た。

 

 

「ボーデヴィッヒ! 直ちに戦闘を中止しなさい!」

「教官!」

 

 すでに1発ぶちかまし、デュノア君に防がれてたところで舌戦が始まる前に私が飛び込んだ。

 デュノア君はホッとした顔をしてるし、一夏くんは私がISに乗っているのが信じられない、みたいな顔をしている。実技の時間で乗ったこと……ないや。一夏くんの眼の前ではモンド・グロッソ以来かになるという事…… そして、ラウラ、君は…… はぁ。

 

 

「教官! これは……」

「いや、一通り聞いてたからわかるけどさ、もっと場所考えなよ。今回は周りが空気読んで距離置いてたから射線上に誰もいなかったけど、市街地でも同じ事するの?」

「…………」

「夕方、職員室に来なさい。2人とも怪我はない?」

「はい、僕は。一夏も大丈夫だよね?」

「ああ、シャルルのおかげでな。杏姉、あんまりあの子を責めないでくれよ。悪気があったわけじゃなさそうだしさ。気持ちわからないわけでもないし……」

「でも、ある程度のルールは必要なの。わかって」

 

 ハンナを抱きしめるラウラをもう一度見てからピットに戻ると再び作業を始めた。

 約束通り、夕方の職員室にラウラはやってきた。ハンナは留守番なようだ。

 

 

「ボーデヴィッヒ、入ります。上坂教官」

「いまは上坂先生。ねぇ、聞くまでもないけど、なんで一夏くんを撃ったの?」

「彼が強者である、と思ったためです」

「はぁ…… 彼、強いと思う?」

「実力的にはただの的でしょう」

「でしょ? もうこう言うのはやめてよ? 軍でやらかしたら始末書だよ? 今回は大きな被害もないし、初めてだから口頭注意だけで済ませるけど、次は反省文だからね」

「申し訳ありません」

「よし、じゃ、ご飯に行こうか」

 

 一度部屋によってハンナを連れてきたラウラと共に食堂に向かうとちょうど夕食時なのか、多くの席が埋まっていた。

 ラウラを肩車して辺りを見回して空席を探しているとちょうど2組の子がこちらに向かって手を振っているのが見えた。

 

 

「教官、10時の方向距離15、未唯達が」

「よし来た、前進!」

「Ja!」

 

 高校生と教師のやり取りでは無いが、上手いことテーブルの合間を縫って彼女達の占拠するテーブルにたどり着くと、ラウラを下ろした。

 ハンナもテーブルの上でお座りだ。

 

 

「聞いたよ、ラウラ〜 杏音先生からお説教だったんだって?」

「うぅ〜 あれは私が悪いから……」

「よしよし、織斑君が悪いね〜」

 

 どこをどう解釈したらそうなる。そして、お前ら私を睨むな。千冬なら初っ端から反省文10枚課してるぞ。

 心なしかテーブルの上のハンナも項垂れているように見える(頭が重いから、なんで無粋なこと言うなよ?)。2人は確固たる絆で結ばれているようだ。

 

 

「杏音先生も夜ご飯? 何食べるの〜?」

「私はいつも日替わりだよ。選ぶの面倒だしね」

「え〜せっかくこんなにメニューがあるんだからもったいないよ〜 ラウラは何食べる?」

「わ、私は…… オムライスが食べたい……」

「か、かわいい!」

 

 ちょっと恥ずかしそうに「オムライス」と言うラウラにテーブルの一同デレデレとしただらしない笑みを浮かべてしまう。今ならお姉さんがオムライスでもなんでも食べさせちゃいたい。ついでにデザートまでつけて嬉しそうに頬張るのを見たい。ラウラは天使。うん。

 

 

「教官、食事をお持ちします。日替わりセットでよろしいですか?」

「いや、ここは軍じゃないし、自分で取りに行くよ。あと、先生だよ。今日は休みだから良いけど」

 

 ラウラと2人で食券を買うと、トレーを持ってカウンターに並ぶ。いつものおばちゃんから日替わりセットの野菜炒めと味噌汁、少し多めのご飯を受け取ると漬物を小皿に盛って席に戻った。

 学食で1番の悩みはカウンターに並んでいるときに他の美味しそうな匂いが漂ってくる事だろう。並んでいる時にはすでに自分のメニューは決まっているために変える事は出来ないが、非常に強力な誘惑だと思う。

 

 

「1日の終わりに学食で日替わりセットを食べる。もはや儀式だね」

「そういえば、先生って休みとかあるの? 杏音先生いつも学園にいる気がするんだけど」

「たまには家に帰ってるよ。ーー掃除しに……」

 

 そう、たまには。休日出勤の代わりに少しばかり休みを融通してもらったりしている。その結果が昨年の夏休み。

 他にも学校で論文いたり倉敷に頼まれた研究を理論だけでも進めたり、なんだかんだでお仕事はしてる。そのお仕事が私の場合、趣味と同義だったりするだけで。

 

 

「最後は何も聞いてない、聞いてないからね杏音先生」

 

 今日一日で私の印象が大きく変わった気がしなくもないが、まあ、悪い印象を与えたわけではないのでまだいいだろう。

 次は確か全校生徒のリーグ戦。ただし、黒いあんちきしょうのせいでタッグ戦になる事が決まっているのでこれからそのタッグ決めだ。また忙しくなりそうだ。




気がつけば評価5超え…
これでも"普通"ですが、それでも評価が数値で出るほどにみなさまに読まれていることに感謝。ありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。


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ボーイミーツガール、だよ!

 学年別トーナメントが月末に迫り、そろそろタッグ決めも始めようかという頃、クラスにとある噂が広まった。

 どうも次のトーナメントで優勝すれば一夏くんと付き合える、と言うものらしいが、あの天然フラグブレイカーの彼だ、「付き合う」と言う単語だけでは「おう、どこに行くんだ? 買い物だろ?」と素で言い放ちそうだ。

 私のせいかどうかはわからないが、この世界でのセシリアは一夏ラヴァーズの一員とまでは行かないようで、あくまで良きライバル、良き友人止まりな気がする。その代わり、凰さんと箒ちゃんが一層熱く凌ぎを削っているようではあるが。

 そして、現在、私は階段に座って膝にラウラを抱え、千冬を向かいに演説を聞いている。もちろん、その主はラウラだ。

 

 

「教か……先生、どうしてこんなところで教師を? もう一度ドイツでご指導をお願いしたいのです」

「何度も言わせるな、私には私のやるべき事がある。それだけだ」

「私はここが楽だからね〜 給料もいいし」

「むぅ〜 ここでは先生方の能力が生かしきれないと思うのです! 上坂先生は楽しんでいるようですが…… 織斑先生! あなたは日本に来てから一度もISに乗ってないと聞いています。先生がISに乗らずともーー」

 

 あー、ラウラが地雷を踏みぬきに行った。千冬はISに乗らずにISを教えるべくここにいると言うのに、それを根本から否定したら何の意味もない。

 それに、千冬はもう乗れないだろう。乗ったところでかつての輝きはない。そう思う。圧倒的な強さそのまま、中身だけ抜き取って哀しくした感じだろうか? ドイツ後半戦あたりからそうだったから。

 

 

「ーーそこまでにしておけよ小娘。言っただろう、私には私のやるべき事があると。それがここでは出来てドイツでは出来ない。それだけだ」

「っ……!」

「千冬、やりすぎ。ラウラの言いたいこともわからなくはないけど、どうしても国家っていう枠組みは邪魔なんだよ。確かに、生徒たちは人を殺せるモノを扱うって意識が乏しいし、モチベーションも上と下で激しい開きがある。でも、国家の教育では出来ない自由な発想はここでしかできないと思ってるよ、私は」

 

 千冬がしびれを切らしたようにドスの利いた声で脅しにかかったのでそれを止めてから私の(それからおそらく千冬の)考えてる事をサラッと流す。

 そして物陰にもう一人の気配があるので千冬とアイコンタクトを交わしてから続きに戻った。

 

 

「確かに君は優秀だ。私たちの最高の教え子だと言える。でも、力や強さが全てではないとも教えたはずだよ。もっと柔軟に考えなきゃ。ISをファッションだと捉えて素晴らしいデザインと機能のアーマーを作るエンジニアが居るし、危険意識が疎いからこそ人が怪我をしない装備を作る人がいる。考え方次第なんだ」

「人を殺すのは銃ではなく、人。ですか」

「少し違うが、そんなところだ。さて、そろそろ授業だぞ。教室に戻れ。ゆっくり急いでな」

 

 千冬がいつもの声色に戻してラウラを急かすと敬礼一つしてから早足で次の授業の理科実験室に向かっていった。

 そして私が千冬の声を真似て「そこの男子、盗み聞きか? 異常性癖は感心しないな」と言うと私が出席簿で叩かれてから一夏くんが出てきた。

 

「何でそうなるんだよ、杏ね……」

 

 快音を響かせて出席簿が炸裂。

 

「学校では上坂先生だ。何度目だ? いい加減学習しろ」

「は、はい……」

「痛そー」

「杏ね…… 上坂先生もさっき食らってたよな? それに何で棒読み!?」

 

 そして再び出席簿。曰く「敬意を払え馬鹿者」だそうで。

 頭を押さえる一夏くんに授業開始のカウントダウンをしてあげる私マジ天使。ちなみに1組の次はIS整備論概論。担当はもちろん私。

 

「そら急げ、次は鬼の上坂だぞー!」

「は、はいっ!」

「廊下は走るな、とは言わん。バレないように走れ」

 

 ニヤリと笑いながら言う千冬にさっさと背を向けて廊下を駆ける一夏少年。それを見送ってから私もゆっくり教室に向かうことにした。

 

 

「ねぇ、ちーちゃん」

「なんだ」

「いまの世界って楽しい?」

「…………」

 

 答えが返ってくる前に廊下を歩き出した。これはある意味私からのヒントだ。この後迫る、臨海学校での束の質問に対するヒント。

 散々悩めよ、と内心思いつつ、出席簿で肩をトントンしながら1組の教室に入った。

 

 放課後の第3アリーナ。ここで赤と青の2人が間抜けな声を発するところからトーナメントの前哨戦は始まる。

 表面だけの笑顔を貼り付けながら火花を散らす2人が珍しく意見の一致を見せたところでどこからともなく砲弾が飛び込み2人を振り向かせた。

 

 

「ご、ごめんなさい! その…… 本国からの命令で……」

「いきなりぶっ放せなんて物騒な命令をする方もする方だけど」

「それをこなす方もこなす方ですわ。ラウラ・ボーデヴィッヒさん?」

 

 標準装備の大型カノンが銃口から硝煙を燻らせている。そして、操縦者の少女はその場でぺこぺこと腰を折っているのが対照的だ。

 それに対する青と赤の少女も多少なりとも癪に触ったようで、好戦的な目つきで黒の少女を睨んでいた。

 

 

「えっと、確か…… ふ、ふん、データで見た時の方がまだ強そうだったな!」

 

 腕を組んで2人を見下すようにしてそんなセリフを吐くが、時々声がうわずったり噛んだりして様になっていない。むしろちっちゃい子が頑張っているようで可愛らしさすらあった。

 

「ねぇ、セシリア。あの子、挑発してるつもりなんだろうけど、どうしてこうも可愛いのかしら」

「見ているこちらが微笑ましくなってしまいますわ……」

「えっとえっと、あんな種馬に群がっているようだから2人がかりでも量産機に負けるのだっ! そんなのが専用機持ちとは、よほどの人手不足と伺うぞ!」

「そのセリフだけは聞き捨てならないわぁ。可愛いから見逃そうとか思ったけど、それだけは許さない。いいわ、その喧嘩、買ったげる」

 

 鈴が双天牙月を繋げ、猫のような目を細めてラウラを睨むと隣のセシリアもまた「この場にいない方の侮辱まで……」と呆れたようにうつむいて首を振ってから後ろに下がった。

 

 

「あら、セシリアは来ないの?」

「ええ、後ろで観戦させていただきますわ。その方が面白そうですし」

「そ、それは困る! 中国なんてたかが知れてるけど、イギリスのデータはイグニッション・プランのライバルとして最重要だから」

「たかが知れてる、ですってぇ? わざとらしい挑発よりこっちの方がずっとイライラするわ!」

「なら尚更ですわ。こちらもやすやすと機体データを渡すわけには行きませんの。あなたもおわかりの上でこのような手を打ったのでしょう?」

 

 手をパタパタと振って全力の困るアピールに励むラウラ。鈴はいまにでも飛びかかろうとしている。その一方で余裕綽々といった様子のセシリアは片手を上げて壁際に向かう。

 

 

「ごめんなさいっ!」

「セシリア!」

 

 肩のカノン砲がセシリアの背中を狙い、一瞬でトリガーが引かれると振り向きざまに腕を煌めかせ、背後の壁で爆発が起こった。

 鈴は何が起こったのかわからないように目を見開き、ラウラは驚きの表情を浮かべていた。

 

 

「弾丸を……」

「斬ったぁ!?」

「日頃の鍛錬の成果が出ましたわ。ラウラさん、これが私の力の一端。いかがでしょう?」

「は、ははっ。 本国を落胆させる報告になりそう……」

「おい、大丈夫か? スゲェ音がしたけど」

 

 そして我らが主人公、一夏くんがシャルルと箒を連れてやって来ると、興醒めと言わんばかりにラウラは鈴に一礼してからピットに飛び去った。

 

 

「随分雑な手を使ったね。誰の差し金だい?」

「クラーバッテン大佐です。軍の過激派の一人ですね」

 

 ピットに戻ってきたラウラを迎えるとさっきのやり取りの裏側を探る。ドイツは今も昔も後ろ暗い噂の絶えない国だ。イギリスと違って簡単にボロを出さないのも怪しさ満点。そして立派なところだ。

 

 

「まだそんなくだらない事やってるの? 女性の権利上昇なんてバカのやることだよ…… それで、こんな雑な手段で探りをかけたと」

「私もあまり乗り気ではありませんが、逆らえないので……」

「ま、イギリスは取り込めないよね。元々女性の権利がそこそこ高かった国だし。フランスがいまちょっとピンチだからそこを突かれるととても痛いけど」

「でしょうね。フランスの件はわかりませんが、本国は何かしらの情報を得ていると思います。それから、上坂先生。上層部は貴方を恐れています。織斑先生もそうですが、あなた方の影響力は計り知れない。そして、先生が裏の組織と繋がりを持った事も警戒を強める一因に。先生もお気をつけて」

 

 適当なところで話を切り上げてから男子更衣室で知的炭酸飲料をチビチビ飲んでいると待っていた2人が帰ってきた。

 

 

「やあ」

「あ、杏姉! じゃなくて、上坂先生! なんでここにいるんだよ」

「2人に用があって。ま、その格好じゃアレだし、着替えちゃいなよ。デュノア君も」

「いやいや、その、なぁ? シャルルもなんか言ってやれよ」

「ふぇっ!? いや、その、恥ずかしいかな、って」

「そう? んじゃ、そっぽ向いてるから30秒で。さんじゅう、にじゅうきゅうーー」

 

 急げ、と言いつつもまごまごした雰囲気が漂う。おそらくデュノア君が女の子だから色々と意識することがあるのだろう。それに、いまは彼が最もバレたくない相手の一人が目の前であと15秒とカウントしている。

 ズボンを履き、ベルトのバックルを締める音が聞こえたあたりで時間切れ。私はワザとらしく「ぜろ〜」と言ってから振り返るといまからジャケットを羽織ろうとする一夏くんと、シャツのボタンを留め終え、これから裾を入れようとするデュノア君が固まってこっちを見ていた。

 

 

「さてさて、時間切れ。そして、デュノア君に素敵な趣味があるようだけど、大っぴらにやらないほうがいいと思うよ? 休日だけにしておきな。男装なんてね」

「っ!」

 

 一夏くんとデュノア君が揃って冷や汗を流したところで私がニヤニヤしながら目線で下腹部を見つめると慌ててデュノア君がズボンを履き終えた。

 

 

「あ、杏姉、これはーー」

「まぁ座りな。一夏くん、君が知ってることを私が知らないとでも思ってるのかい?」

「そんな、最初から全部バレて……」

「デュノア君はそんなに悲観しない。少なくとも3年間の身の安全は保証済みだよ? 自分の人生は自分で切り拓くモノさ。周りの手を借りてでもなんでも足掻きな。んで、どうするか大雑把に決めてるんでしょ?」

 

 2人が一瞬顔を見合わせてからさっきより幾分いい顔で「はい。なんとなく、ですけど」とデュノア君が口を開いた。

 私もなんとなくの流れは予想がついていたけれど、当事者から話を聞くとなかなかドロドロしたものが見えてくる。だが、聞く限り、デュノア社長はクズではなさそうだ。もっとも、結婚してしまった相手が悪かったようだが……

 イグニッション・プランのセレクション落ち寸前で、第3世代の機体が無いデュノア社はもう後がないのは世間でも周知の通りだ。だが、そこでこんな手を使うあたりもう負けは確実。ダメだこりゃ。

 

 

「整理すると、白式のデータ、そして他国の第3世代のデータを盗む事と、広告塔になるのが仕事。合ってる?」

「はい。そして、どっちも一夏にバレちゃったし、先生にもバレてるならもう……」

「んじゃ、これあげるから我慢して? それから、正規の手続きで学園にいるんだから後で女の子として再登録しちゃえばいいよ」

 

 メモリーをデュノア君に投げ渡し、知的炭酸飲料を煽る。ロッカーからタブレットを取り出して中身を確認した彼、いや、彼女は目を見開いて私と画面を交互に見ていた。そして、その画面を横から覗いた一夏くんも「なんだこれ」と呟く。

 

 

「白式プロトタイプの設計データ。もっとも、その計画案はポシャったから、今の白式とはほとんど共通性がないんだけどね。それと、イギリス、ドイツのダミーデータ。私のオフィスから盗んだ、とでも言えばいいよ」

「なんで…… こんな、どうして?」

「それは君達の先生だから。学園の教員は生徒を守る義務があるのさ。最近は形無しだけどね……」

 

 黒いあんちきしょうやら何やら、学園防衛? なにそれおいしいの? みたいなのを相手にしていれば…… ねぇ?

 1年は面倒な事情を持つ子が多いし、そっちの気も使わないといけないから1年の担任団はベテランかなにかしらに秀でた先生方で固められているのだ。ちなみに、ケイト先生はスパイ映画に出てきそうな秘密な組織(MI6)にいた、なんて噂が立っている。

 

 

「君がそれを"義母さん"に送ればミッションその1は終わりでしょ?」

「ちょ、待ってくれよ杏姉。そんな簡単に終わるわけーー」

「終わらせるんだよ。こっちには彼女の存在がある。それに、産業スパイなんてやったことが公になれば結果的には同じさ。それができるだけの覚悟があるかどうかは彼女次第だね。デュノア君。いや、デュノアさん? 本当の名前はなんて言うの?」

 

 話を半分逸らすように俯くデュノアさんに尋ねてみる。恐らく私の言葉に揺れているはずだ。広い視野を持つ彼女の事だ、会社が倒れた後のことまで考えているのだろう。もちろん、自分以外の事も。

 

 

「シャルロット・デュノアです。そう、私はシャルロット……」

「ロロットね、C'est bon(よろしい)。色々考えてから結果を示しなよ。私としてはトーナメントが始まる前だと嬉しいけどね。それから、一夏くん。あえて厳しく言うけど、なんでも救えるなんて思わないことだよ。特に自分の力だけで、なんて思い上がらないことだ。君は強くない。んじゃ、頑張りな。君たちはまだ若い!」

 

 デュノアさんの「先生もそんな歳じゃないよね」と言うつぶやきを背中で聞きつつ、バシュッ、といい音で開くドアを出て、長い廊下を歩く。後ろから見知った気配がしたので振り返ると誰も見えない。

 千冬と同等レベルの気配察知が使えると自負する私の目を逃れるとはなかなかやりおる。楯無と同レベルか…… そうなるとあまり余裕がない。

 

 

「誰だい?」

 

 声をかけるが反応がない。それも放課後の混雑するアリーナなのに人っ子ひとりいない。おかしい。念のためベルトにつけているナイフの柄に手を掛けつつ出口に向かい後退る。

 そして、一瞬の風の流れを読み取って振り向きつつ腰からフォールディングナイフを取り出し、飛び出した刃を背後から忍び寄る何某に突きつけた。

 

 

「お、俺だぜ、先生……」

「さっきの気配も貴方ですか? 人払いまでして」

 

 まだナイフは離さない。肌まで少し隙間を空けていた刃を肌に触る程度に添える。その下はもちろん頸動脈。少し動けば少し血管を傷つけるだろう。

 

 

「マジでそれはシャレにならないって。刃当たってる! わーった、降参降参!」

「はぁ…… いい加減にしてよ、ダリル? それで、ご用件は?」

 

 首筋に添えられたナイフを下ろして 腰に戻すと両手を挙げていたダリルはその手を胸ポケットに向けたので私もすかさず手を腰に戻すと「違ぇよ! んな物騒なもんじゃねぇ!」と言うのでその姿勢のまま彼女が胸ポケットから取り出したものを見た。

 

 

「手紙?」

「ああ。叔母さんからさ。ついでに杏音先生に遊んでもらえってよ。叔母さんと俺の関係はもう知ってんだろ?」

「調べたからね。あー、先生悲しいなー、教え子が裏のお仕事してるなんて悲しーなー」

「うっせ、その裏のお仕事してる奴にIS作ったのはどこの先生だよ」

 

 この先生です。ハイ。

 やっぱり思うのだが、ダリルってあの3人の中なら間違いなくオータム似だと思うのだが、どうだろう?

 それに、あのスコールの血縁とは、幾ら遠縁で血が薄いとはいえ似てないような気がするのだ。あー、でも胸は大きいね。

 

 

「先生、いまエロい事考えてただろ? 全く、こんな善人を接着剤で押し固めたみたいな先生までこっちにいるんじゃ世も末だな。織斑先生が裏の人間だ、って方がずっと説得力あるぜ」

「私はそこまで善人じゃないんだけどねぇ…… さてさて、手紙の中身は…… あー、こんな事なら電話なりメールなりすれば良いのに」

「そんな事すら出来ない環境なんだとさ。なのにメシの誘いはできるってどういう事だろな? ま、おつかいは果たしたし、お駄賃もらわねえとな」

 

 そう言ってダリルは私にむかい、どこからともなく取り出した見覚えのある注射器を向けた。まったく、ISはそういう風に使っちゃダメだろう。私が言えた義理じゃないけど。着替えとか大量に突っ込んであるし。

 こっちも少しばかり気をぬくとまたお寝んねさせられてどこに連れて行かれるかわからない。尤も、この学園の中ならば大体の察しはつくが。

 

 

「またその薬? って事はお駄賃は君の体かな?」

「いや、先生だぜっ!」

「そんな、私まだっ……!」

「気持ちわりぃぞ。叔母さんから言われた「先生に遊んでもらえ」はそう言う意味じゃねえのか?」

「あら、さっきの手紙には「姪っ子で遊んで」って書いてあったんだけど?」

 

 身体能力では負けてるのでちょっとズルしてファウストで脚力をブースト、重力とサヨナラして背後に回り込んだ。

 それから東洋医学に則り、ちょっとしたツボを刺激してやればあら不思議、意識を残して体に力が入らない。流石4000年の歴史だね。

 

 

「なんだこれ、先生なにしやがった」

「ちょっとしたツボ押しだよ。あとで教えてあげるから、いまは私に遊ばれな」

 

 そのまま更衣室にダリルを連れ込んでからスコール仕込みのテクニックで散々可愛がってあげたのは言うまでもない。スコールからの手紙にはこう書いてあったのだ。食事に行けなくて残念。という事と、姪っ子に大人の女として遊びを教えてやって欲しいと。ご丁寧に「私が教えた通りにやればいいわ」とまで書いてあったのだからこれ以外ないだろう。

 どうも喘ぎ声の中に別の子の名前が聞こえたから頭の中を探すと、2年生のフォルテ・サファイアの事らしい。そして、彼女は口はこうだが、経験はないそうだ。かわいい。

 それを察したスコールが「堕とし方」のレクチャーを任せた、と察するべきだろう。だけど、コレ、思春期女子には刺激が強すぎないか? 私ですらそのあとぐっすりなのに。

 

 

「しぇ、先生…… 腰抜けて立てにゃい……」

「はぁ……」

 

 あちこちぐしょぐしょになった彼女をシャワー室に放り込み、校内放送でサファイアさんを呼び出せば私の任務は終了だろう。

 



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学年別トーナメントだよ

投稿予約しくじって1週間空きました。すみません。


 春真っ盛りの爽やかな空気は何処へ行ったのか、雨やら曇りやら、じめっとした天気を繰り返して6月も終わりを迎えようとしていた。

 全校生徒が心待ちにしていたイベントの一つ、学年別トーナメントは梅雨空の下、なんて事なく晴天の下で始まった。

 心配要素だったタッグ選びも一夏シャルロット、ラウラ簪(無論私の差し金だ)、セシ鈴(なんか語呂が良い気がする)の1年専用機持ちを始め、無事に決まった。箒ちゃんはちゃんと同じクラスの子と組めたようだ。よかったね、ぼっちじゃないかと心配してたんだ。

 私たち教員は来賓の相手やら何やら面倒事をこなしつつ、与えられた役割をこなさなければならない。毎度の事だが私と千冬には色んな所から「先生辞めてウチ来てよ」って類のアプローチが耳にタコができる程あるので殺気を放って強制的に口を閉じさせる事にしている。この際ばかりは千冬も苦笑いで許してくれるから彼女も辟易してるのだろう。

 さてさて、原作と異なり、私が簪ちゃんとラウラを組ませた訳だが、コレには一応理由がある。第一にVTシステムの暴走が起こる事がほぼ確定しており、その被害を抑えられる可能性が上がること。それから打鉄弐式の稼働テストも兼ねてのことだ。操縦者の実力は確かだから原作の箒ちゃんのように早々ノックアウトからの蚊帳の外、なんて事にはならないはずだ。

 さあ、1年生のトーナメント表が出る。もちろん、1回戦は一夏シャルロット組対、ラウラ簪組だ。

 

 

「まさか初戦の相手がお前だとはなぁ」

「この前はごめんなさい。その……」

「いや、良いよ。ケガも無いしさ。今回は正々堂々、勝負と行こうぜ」

 

 アリーナの真ん中に立つ4人の内、白と黒の2人からは和気藹々では無いが、胃が痛くなるようなピリピリした雰囲気は無い。だが、その隣に立つ少女たちはどうだろう。互いに互いの力を見定めるように睨み合い、見ているこっちまで冷や汗をかきそうだ。

 

 

『一夏、相手の青髪の子、ただ者じゃ無いよ。ラウラはもちろんそうだけど、こっちの子も手強い相手だと思う』

『フランスの、事前情報に違わない実力と推測できる。気は抜けない』

 

 隣の緩やかな雰囲気を持つ2人にプライベートチャンネルで報告をすると一夏は明らかに顔が強張った。ラウラは相手を知っているためにいつもの撫で回したくなる小動物的かわいさのままだ。

 試合開始15秒前コールが響くと4人の顔つきが変わる。一夏くんもさっきまでまでの腑抜け面は何処へやら、イケメンの風体だ。ラウラもラウラで本当に人を殺しそうな顔つきに変わるから恐ろしい。

 え、私? 私は彼女たちのコアネットワークに3つ目の転生特典(後々説明するよ)で介入してプライベートチャンネルもぜんぶ盗み聞いてるだけだ。何の問題もない。

 試合開始のブザーが響くとこれまた何の学習もしなかったのか愚直に瞬時加速で突っ込んでいく一夏くん。当たり前のようにAICに捕らえられるとーーおや、ニヤリと笑うなんて余裕じゃないか。

 そう見ていたら彼の後ろからシャルロットが飛び出して、あっさり叩き落とされた。

 何が起こったのか一瞬理解に苦しんだが、簪ちゃんが大型レールカノン(レーゲンの肩に積んであるのとは別だよ? 倉持オリジナルモデルさね!)で飛び出したシャルロットを返り討ちにしただけの事だ。シャルロット程の速度ではないとはいえ、直ぐに装備を切り替え、サブマシンガンに持ち変えるとシャルロットとのドッグファイトに持ち込んだ。

 一方の一夏くんは作戦がいとも簡単に崩れ去り、自身は動けず相方はもう1人の相手で手一杯。所詮詰みである。

 

 

「すまない、これが性能の差だ。人間の、機体のな」

「嘘だろ……」

 

 一夏くんには無慈悲にも砲口から数十センチと離れずに大口径レールカノンの洗礼を受ける事になりそうだ。あれは痛いだろうなぁ

 私がドイツでやったやり口そっくりだ。生身の部分に物理攻撃を叩き込むとやっぱり気持ち悪くて吐きそうになるほどの衝撃を受けるが、操縦者保護機能がそれを許してくれない。ISが起動している限り操縦者は死ねないのだ。

 

 

「ラウラっ! 後ろ!」

 

 AICには多大な集中力を必要とする、と言うのを知ってか知らずかシャルロットが少しばかりの弾丸をラウラに放つ。まともなダメージにはならないが、気を散らすには十分。そのはずだったが……

 

 

「おいおい、何でもありかよ……」

「訓練の賜物だ。数発貰ってしまったがな」

 

 ラウラの背後では鉛玉が空中で静止しており、彼女が少し横に逸れてから手を振ればその鉛玉は本来ラウラがいたところを通り過ぎ、その先の一夏くんへと向かう。

 ラウラのチートっぷりをまざまざと見せつけられたところで試合は再び動き出す。

 アリーナ中心の2人を避けるようにドッグファイトを繰り広げ、最初の一撃分、簪のリードで進んでいたところ、恐れていた事態の一つが起こってしまった。

 機体トラブルだ。

 やはりプロトタイプな上に、稼働時間も確保できていないため、こうした戦闘機動を実際に行った際にどんな不具合が出るのかわからなかったのだ。シミュレーションはしたが、本来の打鉄の得意とする近距離戦ではないレンジでの戦闘、それも空中戦と言う3次元方向への負荷が大きい場面で肝心なブースターが逝ってしまった。

 

 

『簪、無事か?』

『ブースター以外は。プランDに移行』

『了解した』

 

 不安定に飛ぶ機体を無理やり押さえ込みながらシャルロットからの攻撃も凌ぐと、一夏くんを磔にするラウラからの援護射撃もあって、無事に地上に降り立った。

 そこからが彼女らのプランだ。機動力を失った簪ちゃんが大口径火砲をメインにした固定砲台になる代わりに、ラウラが一夏くんとシャルロットの相手をしようと言うらしい。

 第二ラウンド開始の合図はワイヤーブレードに引きずられたシャルロットが一夏くんに叩きつけられた瞬間からだった。

 

 

「うぉっ!?」

「わぁぁっ!?」

 

 地面を転がる2人にレールカノンはもちろん、榴弾砲やらなにやら、撃てるものはぜんぶ撃てと言わんはわかりに榴弾フレシェット弾何でもかんでも降り注ぐ。

 一夏くんが先行して飛び出し、動けない的となった簪ちゃんを狙うが、ラウラのAICに止められ、逆にレールカノンでフルボッコ。シャルロットはラウラへ瞬時加速で迫り、ショットガンで一気にシールドエネルギーを削って行った。

 コレにはラウラも堪らずAICの拘束を解いてしまい、簪ちゃんは一夏くんとの地上戦にもつれ込むも、長くは持たないだろう。

 逆に勝負がわからなくなってきたのはラウラとシャルロット。

 エネルギー残量で言えば、間違いなくシャルロットが不利だが、今のショットガン連撃で主武装のレールカノンが破壊されてしまった。こうなると予備のアサルトライフルやプラズマブレードで戦うしかない。

 

 

「少しはお眼鏡に叶ったかな?」

「もちろん、これ以上ないくらいに素晴らしい……なんだ? いや、何っ! クソっ、 嫌だ、やめろ! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 シャルロットと相対するように姿勢を立て直したところでラウラの機体を紫電が包み、装甲を溶かしていく。

 少女の悲しい叫びに思わず一夏くんも簪ちゃんも目を向け、そして信じられないものを見た様な顔をしている。

 教員専用のモニタールームで眺めていた私始め千冬や他の教員も一気に慌しく動き出す。

 千冬は即座に現状を先日の黒いあんちきしょうと同じ、危険度レベルDと判定、教員部隊を編成し鎮圧を図ることを決定した。

 その間にもレーゲンだったなにかは姿を変え、腕、脚、腰と形作っていく。

 そして最後に見たシルエットは

 

 

「「暮桜……」」

 

 そう、私と千冬が一番良く知る嘗ての千冬だったのだから。




少し短い(それでも3,000字)けどここで一旦切らせていただきますね。
最近が調子良すぎて1話平均4000字とか書いちゃうからボリューム感あるように見えたけど、こっちが普通ですので。


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学年別トーナメントだよ その2

「杏音! どうなってる!」

「見ただけじゃわかんないよ! とりあえず教員部隊は私に続いて!」

 

 モニタールームから粘土を固めたように現れた暮桜を見ていた千冬が苛立ちを抑えずに怒鳴る。

 だが、私だって見ただけでISの状態がわかるような神様じゃない(まぁ、少なくとも今回は何が起きてるか知ってるけど)。山田先生始め、ISでの戦闘経験が多い教員5人を引き連れて教員用のピットに駆け込むと40秒で支度してラファールに飛び乗った。

 

「クソッ! あの野郎千冬姉のっ!」

「一夏! ここで感情的になったらダメだよ。先生たちが来るからなんとかしてくれる。それに……」

「俺は弱いってか? なんだよ! 俺にだってプライドがある! 千冬姉を、俺を守ってくれたあの姿だけは穢されたくねぇんだよ!」

 

 

 フィールドに飛び込んだ教員5人は私を中心に散開。私は近距離戦用のエネルギーブレード。他の先生方にはアサルトライフルで中遠距離支援に当たってもらう。教員部隊の作戦はいつもシンプル。そのとき最善を行う事だ。だから今の最善、生徒及び来賓の避難まで時間を稼ぐために最善を尽くす。

 

 

「フィールド上の生徒は直ちに退避しなさい。織斑君、特に君は」

「杏姉! アレを見て何も思わねぇのかよ! なんで、なんでそんなに冷めたくいられるんだよ!」

「敵性IS、攻撃態勢への移行を確認。あれは仮にもブリュンヒルデです。私が囮になります。その隙に橋本先生は3人の避難誘導を。それ以外の先生は援護射撃をお願いします」

「「「「了解」」」」

 

 瞬時加速でレーゲンだった暮桜に迫ると居合の要領で一太刀。だが切り上げて弾かれ、そこから来るもう一太刀。機体片側半分のブースターで瞬時加速をかけて無理やり身体を捻るように回すと恐ろしい速度で刃が走った。

 その太刀の速さから確信した。アレは間違いなくブリュンヒルデ(千冬)だと。

 ブースターでの回転をそのままエネルギーブレードに乗せて横に刃を走らせるが、それまた上に弾かれ、再び袈裟のように振り下ろされる。弾かれた時点で反応しなければ間違いなく一太刀浴びてゲームオーバーだ。今度は脚部ブースターで頭を軸に前転すると動き出した腕に無理やり刃を当てる。

 

 

「上坂先生! 織斑君が!」

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 攻撃の姿勢を崩し、これから拘束しようかと言うところで彼は先生の指示に従わずにこっちに突っ込んでくる。ご丁寧に零落白夜まで添えて。

 流石にアレを私が喰らうわけにはいかないので、空から暮桜にヘッドロックをかまし、身体を無理やり彼の方向に向ければ、瞬時加速でさらに速度を乗せた彼の一撃は見事に黒い機体を一文字に切り裂いて止まった。

 再びドロリと溶けゆく機体からラウラの小さな身体が抜け落ると、地面に触れる前に抱きとめてから集まってきた先生に託し、私は既に白式を纏わず、ただ呆然とする織斑君の後ろにたった。

 

 

「杏姉、俺は間違ってたか? 大切な姉をあんな風にされて、紛い物を作られて。俺は……」

「"一夏くん"、確かに弟としてはその気持ちは正しいと思う。でも、IS学園の生徒としては間違ってる」

「そっか…… シャルにも止められたんだ。でも、やっぱり俺のプライドが、許さなかった」

「ごめんね、"織斑君"。非常時特別規定に基づき、君の身柄を拘束します」

 

 ISから降り、両手を上げた一夏君の手を結束バンドで軽く縛ると、彼の肩に手をかけ、モニタールームのあるメインタワーに向けて軽く手を上げた。

 誰も居なくなり、静まり返ったアリーナを彼を抱えて歩くように飛んでいると、一夏くんが口を開いた。

 

 

「モンドグロッソで千冬姉を捕まえたとき、杏姉は何を思ってた?」

「同情と、責任だよ。今もね」

「そっか……」

 

 ただでさえ広いフィールドがいつも以上に広く感じ、私が教員ピットに機体を戻してからモニタールームに一夏くんを連れて行くと、真っ先に千冬が出席簿を振り下ろした。

 思わず周りにいた先生たちが一瞬、首を竦めるほどの音を伴ったそれはやっぱり強烈な一撃だったようで、本人は頭の上に星を輝かせている。

 

 

「なぜ拘束されてるのかわかるか?」

「先生の指示を聞かずに飛び出したからです」

「はぁ、どうしてこうなるんだ。織斑、来週までに反省文15枚、それから上坂先生にどういう理由で捕まったのか聞いておけ」

 

 400字詰め作文用紙15枚とかレポートかよ。と内心思いつつ、私の方を不思議そうな目で見る彼に少し厳しい顔をしてやると、捨てられた子犬みたいな顔をするから面白い。

 結束バンドを切ってから教室に戻らせると大人の時間が始まる。

 

 

「それで、直接交戦してわかったことはあるか?」

「ありゃVTシステムだね。太刀筋と動き方がまるで千冬だ」

「どうしてそんなものが…… それは今考えても仕方ない。それで、ボーデヴィッヒや他の生徒は?」

「ボーデヴィッヒさんは意識を失っていますが、身体機能に問題はありませんでした。他の2人も怪我はありません。避難した生徒たちの中には混乱で転んだりした生徒も居ましたが、何も軽症です」

 

 

 

 夢を見ていた。私が上坂教官、いや、上坂先生と戦う夢だ。その私は妙に身体が軽く、太刀筋も織斑先生に褒めてもらえるのではないか、と思えるほどに美しく振れていた。

 なのに、どうしてこんなにも寂しいのだろう。見えるのは私が数々の相手を刀一振でなぎ倒していく記憶。まるで織斑先生の現役時代のようだ。

 その中にあるのは罪悪感。歓声を浴び、手を振って返す姿。これはもはや私ではないのではないか?

 ピットに戻ると上坂先生始め、数人に取り囲まれ、機体の整備が始まる。その間、織斑先生はただ、椅子に座って頭を抱えていた。"その様子が見える"

 上坂先生が駆け寄って何かを話しているが、それは聞こえない。ただ、織斑先生は何か複雑な表情を浮かべているのが見えた。

 時間が進んだのだろう。織斑先生が鋭い目で私の周りを1周すると、鋭く息を吐いてから再び歓声の中に飛び出した。

 相手は織斑先生と同じく剣技の使い手、だが、そこからが問題だった。相手の剣を切り上げるとなぜかアリーナを飛び出し、どこかへ向かうのだ。後ろから追ってくるのは上坂先生。

 何かあったのか、追ってくる先生が消え、織斑先生は港湾地帯の倉庫へと飛び込んで行った。

 そこで見たものに私は目を疑った。中央の柱に縛り付けられた少年を庇うように、周囲にいた人間を物言わぬ肉片に変えていったのだ。

 これが織斑先生の記憶だというのなら……

 そして視界が真っ暗になったと思うと突然、光を浴びせられた。

 

 

「気がついたか」

「ん……にゃ?」

「おぉ、意識戻ったね。良かったよ」

「織斑、教官? 上坂教官……」

 

 目を覚ましたラウラは少し呂律が回らない感じだが、寝ぼけているようなものだと判断。軽く頭を撫でると子猫のように目を細めて可愛い。ではなく、ちゃんと意識が戻ってきたようだ。

 

 

「どこか痛むところや感覚が無いところは?」

「ん、つぅ…… 手も足も動きます、けど……」

「まぁ、無理やり身体動かされちゃ仕方ないね。痛いなら神経も無事って事だ」

「先生、夢を、見たのです。私が妙に上手い、と言うより、織斑教官のように太刀を振るい、上坂教官と相見える夢を」

「その話、聞かせてもらおうか」

 

 



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夢の続き、だよ

 ラウラが語る夢、それは千冬が過去に起こした全てであり、暮桜とともにあった記憶だった。淡々と彼女は語るが、時々言葉に詰まるのを見るとやはり千冬の知られざる一面に触れてしまった、触れさせられてしまった、と言うべきか。どんな顔を向けていいのか、どんな感情を向けるべきかとても悩んでいることだろう。

 

「それで、織斑教官、私の見た事は…」

 

 全てを語ってから、ラウラは不安げに千冬に問いかけた。

 千冬は黙って俯きながら聞いていたが、久しぶりに開いた口はとても重たげで、その一言すら絞り出すようにして出されていたのだから千冬がどれだけ負い目を感じていたかが図られる。

 

 

「真実だ……」

「そう、ですか…… 上坂教官」

「なぜ、が聞きたいんでしょ? あくまで私の憶測になるけど」

 

 VTシステムとは、コアネットワークから強制的にヴァルキリーのISのコア情報をダウンロードして上書きするものではないかと考えている。

 そして、ISとは操縦者とともに自己進化するもの、ともに歩むもの。IS自体が見たものを記憶していて何がおかしいだろう? 操るものの技術、クセ、それを修正するデータ。全て含めてそのISの"個性"を形成していたら?

 それを無理やり他人に上書きして再生するのだから操縦者が同じものを見てもおかしくは無い。私はそう考えた。

 

 

「それで私が織斑教官に? そもそもそんなシステムがどうして……!?」

「少なくとも私が去年見たときにはなかった。そのあとのアップデートで入れ込まれたんだね。こんな不細工なシステム……」

「悪いものを見せたな、ボーデヴィッヒ。上坂先生は引き続き解析に努めてください」

 

 無理やり話を終わらせたかったのか、何時もの調子に限りなく声を近づけて区切りをつけると、私の脇を小突いた。要は出てけって事だ。あの話をするのだろう。

 私が少しムッとした顔を向けてから部屋を出るとある人物にISを通して連絡をつけた。

 

 

「久しぶりに連絡だと思ったら、あまりいい話じゃなさそうだね」

「そうだね。ISのコアが私の思ってた以上に進化してるっぽいし、それに、小汚いソフトを作る奴らも出てきたからどうしようかと」

「ふふっ。ISのコアに限りなく人格に近いものを与えたのはあーちゃんなのに、何を今更。ただ、コアネットワークに不正に近い逆アクセスの記録が残ってるのが気になるね」

 

 もちろん相手は束。その束が不正に近い、なんて曖昧な言葉を使うのが気になるが、続きを促す。

 

 

「うーん。ISが心に繋がるのはわかってると思うけど、これはその逆なんだよね。ISから人間に向かってるんだ。それもーー」

「暮桜のコアから別のコアに向けて」

「そう。暮桜はそっちの地下で寝てるハズなんだけど…… これはあーちゃんが確認してくれればいいかな。それで、その心に無理やり繋がれた子は?」

「無事だよ。心身ともに。ただ、千冬と関わりの深い子だから……」

 

 束は少し残念そうに息をついてから、コアの事は任せろ。と言うのでVTシステム本体については私がなんとかしろと言う事だろう。また厄介ごとが増えたなぁ、なんて思いつつ廊下を歩くと後ろから見知った気配がしたので振り返ると金髪の少女が少しビクッ、としてから背筋を伸ばした。

 

 

「上坂先生、今、いいですか?」

「決めたのかい? 随分遅かったけど。まぁ、仕方ない事だよね」

「はい。僕は、僕。シャルロット・デュノアで居たい。そう思うんです。だから、一度父と話をしようと思います。と言うよりもう一度したんです」

「ほう。それで?」

「父は先生から頂いたデータを受け取ったと言ってから、謝りました。私に。それだけだったんですけど、父はやっぱり僕にこんな事させる事に負い目を感じてるんだと思うんです。だから……」

 

 

 彼女は少し憂いを帯びた目をしてから再び顔を上げて一言「母を、いえ、マジョレーヌ・デュノアをデュノアから追い出したい」と思った以上に過激な事を言い放った。

 そのために父と話をしようと言うのだから思ったより過激派というか力技というか……

 

 

「それから、先生。僕、女の子になりたいです!」

 

 2人で並んで歩いていた脚が思わず止まった。私としては彼女の正体を聞いて以降、普通に女子と話すような意識で居てしまったのだ。だが書類上、生徒としては男子。それをすっかり忘れていた。制服改造自由のこの学園だから、スカートではなくズボンを選ぶ生徒もいるし、その1人のような感じだったのだ。

 

 

「あ、あぁ、そうだね。はぁ、また私と山田先生の胃が……」

「先生?」

「いや、なんでもないよ。書類は用意しておくから、またその時に声をかけるよ」

「お願いします」

 

 教室の前までやってくると、騒がしさのない少し寂しげな空間に足を踏み入れる。

 ケイト先生が教室の後ろでのんびりしてるなか、あんな事故があってピリピリした空気を放つ教室に入った私とシャルロットはもちろん強烈な視線を浴びる。

 

 

「上坂先生。ボーデヴィッヒさんは?」

「無事です。教務部から指示はありましたか?」

「指示あるまで教室で待機と」

「わかりました。全員注目!」

 

 緊張感ある空気がさらに締まる。シャルロットも自身の席に着いたのを見てから今回の顛末を話せる範囲で話すのが筋だろう。

 

 

「今回の事故は人為的なものだった。詳細は機密事項に相当するから話せないけど、ISに不正なシステムが組み込まれていた事がわかった。幸いにもボーデヴィッヒさんは無事だし、いまは織斑先生が付いてる。あんまり話せる事は無いんだけど、今後、同じような事態が発生した場合にも、落ち着いて、今回みたいに先生の指示に従って行動してほしい。よろしくね」

 

 無言の教室で私は自身の城である教卓に着くと、整備室に置かれたシュヴァルツェア・レーゲンのデータを再び覗きながら、教務課の先生の放送を待った。

 




歌をさあ、歌いましょう!

あ、違いますね。すみません


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臨海学校への前哨戦だよ

 こりゃあ思わぬ儲けもん。

 諸用(VTシステムの始末)でドイツを訪れていた私は襲撃した研究所で思わぬ発見をしていた。

 てっきりシステム系の研究施設かと思えば、あまり表沙汰に出来ない研究を一手に引き受ける施設だったようで、使われていない培養容器を見つけたのだ。もちろん、細胞を育てるなんて生易しいものではなく、ヒトやそれに相当するサイズのものを育てるものであるのは言うまでも無い。

 AICで磔になっている施設の人間をそのまま言葉通りの意味で消し去ると、データを漁り、ドイツの遺伝子強化体のプロトタイプがここで生まれた事がわかった。その他にも役に立つ真っ黒な研究成果を我が物にすると施設のセキュリティを書き換え、施設を私の手の内に収めた。

 束が自分のラボを持ってるんだ、私だって頂いたって構わないだろう。やり方はアウトローだが……

 

 さて、7月に入ると先のトーナメントでの一件は何処へやら、やれ夏休みだ、やれ臨海学校だと生徒が浮き足立ち始める。

 私は昨年1年生の担任を受け持って初めて臨海学校の過酷さを学んだのだ。いや、元気すぎでしょ。マジで。

 なんやかんやで私は臨海学校の直前に行う期末テストを作りつつ、隣の机の山田先生と他愛も無い話に花を咲かせていた。

 

 

「はぁ……」

「上坂先生お疲れみたいですね。受け持つ教科が減ったとは言え講義科目だけで6ですか……」

「講義科目は1年生の科目なので全然楽だよ。問題は……」

 

 少しばかり遠い目をして職員室の壁にかかる予定表を眺めると山田先生も同意、とばかりに「あぁ」と言った。

 

 

「臨海学校ですね…… まだトーナメントの事も完全に片付いた訳では無いですし、織斑先生なんて教頭先生とよく睨み合ってますよ」

「こればかりは国家の問題も絡んでくるのでおいそれと手を出せないんだよねぇ。それにウチのクラスはデュノアさんの事もあったし……」

「クラスの空気も悪く無い様ですし、先生のお仕事は増えちゃいましたけど、結果オーライじゃないですか? まぁ、部屋割りをまた考え直すのは流石に嫌気がさしましたけど……」

 

 そこにちょうど入ってきたのは教頭先生と一戦交えてきたと思われる千冬。少し乱暴に椅子に座ると持っていた缶コーヒーを開けた。

 

 

「教務部の連中はなんだ? あの無能どもは戦争でも起こす気か?」

「開口一番それとはかっ飛ばすねえ」

「さっき教頭にそう伝えたところだ。ドイツと戦争を起こしたいならどうぞ、とな。顔を真っ青にしてたからもう黙るだろう」

「お、織斑先生、少しはやり方を……」

「今まで下手下手に出てきたが今回ばかりは生徒の危険どころか学園の立場が危うくなるからな。それも含めて守らねばならんのだ。はぁ、まったく面倒な役を引き受けてしまったものだ……」

 

 もう一回缶コーヒーを煽ってから缶を握りつぶす千冬。それ、スチール缶だよね。さっきの発言と相まって先生の数人が引いたよ。やべえよ。

 何はともあれ、VTシステムも潰して教務部も黙らせたからひとまずの決着かな?

 教務部が何を口うるさく言ってきていたかと言えば、ドイツに学園を危険にさらした責任を取らせろと喧しかったのだ。

 だが、あの一件はニュースとなってしまった以上、ドイツは世間一般から責められる事になっていた。それに漬け込んで美味しい思いをすると学園としての中立が失われかねないと言うのが私たちの言い分だった。

 

 

「そうだ、買い物に行きませんか?」

「どうした、唐突に」

「織斑先生も上坂先生もお疲れみたいですし、息抜きがてらと言いますか、臨海学校の準備もありますし、どうでしょう?」

「いいんじゃない? テストの採点だってそんなにかからないでしょ?」

 

 この時、6科目20クラス受け持ってあんたが言うなよ。と職員室のすべての先生が思ったが、少し顔を引きつらせるだけで済ませたあたり大人の女性が集まっている。

 私はテストを全て生徒の机備え付けの電子端末による打ち込みで行うので、採点も全てアプリケーションで行うことができるからクラス数がいくら増えてもPCが落ちない限り数分で採点が終わるのだ。それに、ペーパーレスで環境にも優しい! いや、ホントは楽したいだけなんだ。ごめんよ。

 実技科目は一人一人5分程度で終わる実技と、レポート提出(もちろんメールで私に送らせる)で採点なのでこっちの方が手間は掛かるが、整備科4クラスだけなので各クラス授業1コマとレポート採点に5時間程度で終わる。テスト時間割の前に行う(と言うか今週末だ……)ので、テスト期間にはレポートの採点をすれば良いだけだから、土日には全て終わらせられるだろう。

 

 

「まぁ、たまにはそう言うのも悪くないな。テスト明けは予定を空けておくよ」

「いつでも暇だろうに……」

「何か言ったか?」

 

 私みたく副業をしているわけでもないだろうに、休日は休日なはずの千冬が何を。と思ったら睨まれたのでそっぽ向いて山田先生が淹れてくれたお茶を啜る。暑くなってきたところに水出しの緑茶が美味しい。

 

 そして生徒諸君には悪夢とも言える1週間が終わり、先生達の悪夢が始まりを告げたのがつい先日。私が2人の採点を手伝うことでなんとか金曜の日付が変わる前に全ての仕事を終わらせ、無事に土日休みを確保した私たちはもはや定番中の定番、駅前の総合ショッピングセンター、レゾナンスに来ていた。

 流石に就寝が遅れた分、出遅れた感じはあるが、まだ昼前。昼食を後ろ倒しにして混雑を避けれは快適なショッピングが楽しめるだろう。

 

 

「んでさぁ、千冬。もっとこう、なんかないわけ?」

「と言ってもなぁ…… 私はそんなに服を持ってない」

「そう言う上坂さんも白衣の有無くらいしか違いませんけどね?」

 

 そう、せっかくの休日だと言うのにこの鋼鉄の女はサマースーツを着てきたのだ。まだ軽く着崩してるから良いものの、そんな服ばかりじゃ男も寄りつきゃしない。さっきからある程度の視線は感じるものの、それは大概山田くんの胸から千冬の胸、そして私の顔に移ってもう一度千冬に戻ってから下に向いている。

 大体姉妹か何かと思われてるのが関の山だ。そして長女(千冬)がヤバそうだから手を出さないのが正解、と判断して撤退。素晴らしい判断力の持ち主ばかりだ。私だって見た目に自信がないわけではないし、それなりの顔面偏差値だと自負しているが、ここまでとは思わなかった。全部千冬のせい。

 

 

「と、とりあえず上から見ていきましょうか。せっかくですしお二人の夏服を買いましょう!」

「でもさぁ」

「この中でまともなセンスの持ち主は山田くんだけだ」

「……がんばります」

 

 年がら年中スーツの女と年がら年中シャツとジーンズの女だ。まともなファッションセンスなんて持ち合わせているはずがない。

 特に千冬なんて全て一夏くん任せだからこうなる。私は最低限自分の服は自分で調達する。主にユニ○ロやG○などで。

 女子力高めの山田くんに連れられて上から順番に回り、CMで見かけるようなブランドの店で普段着てるTシャツをら5枚は買えるんじゃないかという値段のワンピースやらあれよあれよと買い物袋を増やして午前(時計の針はとっくにてっぺんを過ぎているが……)の最後としてやってきたのは期間限定オープンの水着売り場。そして、そこにたどり着く前にチラリと見慣れた金髪と茶髪の2人を見かけ、売り場の中で彷徨う銀髪も見つけたのでコレは原作通りの流れと読み、内心ほくそ笑んだ。

 

 

「最後に水着、ですっ!」

「えぇ〜私海きらーい。あつーい」

「杏音……」

「上坂さんだってスタイル良いんですからピッタリのがありますって」

 

 ちなみに私は去年、わざと学園指定の生徒と同じスク水を発注してそれの上に白衣を羽織って過ごした。生徒達には私らしいと好評だったんだが……

 

 

「あっ、これなんてどうです? そんなに露出多くないですし、パレオとかが女の子っぽくて」

 

 と、山田くんが私に押し付けてきたのは白のホルターネック。そこに透け感のある水色のパレオを合わせたもの。まぁ、単体で見れば可愛いけどさ。ねぇ? 救いを求めて千冬を見れば「似合うと思うぞ。試しに合わせてみれば良い」と試着室を指差された。

 不承不承と試着室に向かうとちょうどよくカーテンが開かれ、見慣れた顔が現れた。

 

 

「えっ?」

「おっ?」

「あわわわっ?!」

 

 ちょうど開いた試着室の中には年頃の青年らしくこざっぱりした格好の一夏くん。そして水着姿のシャルロット。顔を赤くしているのは一夏くんに見られたからだけでは無さそうだ。

 とりあえず後ろを見ると千冬は眉間を揉んでるし、山田くんは顔を赤くして胸の前で手をパタパタと振っている。

 

 

「何をしている、馬鹿者が……」

「2人で試着室に入るのはアウトだよ、それが許されるのはゲームとマンガとアニメだけだ。バレたのが私たちじゃなかったら一発で警察のお世話だよ?」

 

 このご時世それが本当にありえるからマズイのだ。全く、この世の女は……(長いので以下略

 そして私が後ろを振り向き、ポケットから飴玉を取り出して高速デコピンの要領で店の向かいの観葉植物に2発撃ち込むと見事に「フゴッ!?」と情けない声がした。

 

 

「ちょっと! 何すん…… あ、あ、杏音さ……上坂先生!?」

「どこからの襲撃ですのっ!? 上坂先生! 織斑先生に山田先生まで……!」

「やぁ、ちょっとフェアじゃない乙女心をレーダーで探知してね」

「「…………」」

「そうだ、罰として私の荷物持ちだ。山田くん、次は君の水着を選ばないとね。あと1人いるはずだからついでに探そうか。それはデュノアさん、お願い」

 

 視線で千冬と一夏くんを見ると山田くんも意図を察してくれたようで、「そうですね。上坂さんのはそれで決まりですよ?」と言ってくれた。他の3人はただ気まずそうな顔をして私たちについてきたが、2つ挟んだ棚で固まるドイツ人形を拾うと私と山田くんの水着を買って早々に退散した。

 混雑もひと段落したファミレスに入るとセシリアがまず口を開いた。

 

 

「どうして先生方が? それに、なぜあの場所が見つかりましたの?」

「私たちは普通に休日に買い物に出てるだけ。そんで、2人の後ろを通ったからあの場所がわかったの。それで水着売り場を見ればラウラが彷徨ってるし、ねぇ?」

 

 隣に座るシャルロットを横目で見ながら口だけ「デートは台無しだねぇ」と言ってやればシャルロットは顔を赤くして少し拗ねたような顔をするし、鈴やセシリアはそれ見たことかとしたり顔。ラウラはバニラアイスをつつきながらメロンソーダを飲んでいる。かわいい。

 

 

「でも、先生達が僕らを連れ出したのは別の理由があるんじゃないですか?」

「もちろん。ま、それを言うのは野暮ってもんよねぇ、山田くん」

「ですね。このあとは解散にしますけど、くれぐれも、立ち振る舞いには気をつけてくださいね? 皆さんは国家の顔でもあるんですから」

 

 国家の顔、という言葉に一番反応したのかセシリア。まぁ、プライド高いし、そういう意識も高く持っている。だからフレキシブルの習得のために放課後頑張ってるの、先生は知ってるよ? 誰にも言わないけどね。

 ラウラは相変わらずグラスに残ったメロンソーダをチューっと吸い上げるとパタパタとドリンクバーに歩いて行ったので問題無いだろう。あれはただの天使。いいね?

 

 

「そう言えば、誰がラウラを連れてきたの?」

「わたくし達ですわ。鈴さんと2人で一夏さんとシャルロットさんの後をつけようとしたところ、ちょうどお散歩しているところを見つけましたの」

「それで連れてきた、と。確かに尾行はバレてなかった…… わけでも無さそうだね?」

「そりゃそうだよ。ISをステルスモードにしたのか知らないけど、学園にも何処にも3人の反応が無いんだもん。これは見つかりたく無い理由があるんだろうな、ってすぐにわかったよ」

 

 バレバレだったらしいぜ。ま、これも思春期の思い出1ページさね。

 この後は昼食まで一緒に取っていた織斑姉弟と合流し、大人達は再び買い物に、少年少女は…… しらないけど、まぁ、年相応の遊び方でもしてたんじゃないかな? ゲーセンにヤバいシューターが出たとか、ダンスゲーの神が居たとかそんな噂を耳にしたから多分そうだ。

 さてさて、テストが終われば臨海学校。こいつには銀の福音なんて厄介なのが出てくるから、わたしは事前にISのテスト名目で倉持から私お手製の175mm45口径試製超大型3連電磁投射砲を持ち込んでいるので最悪これで銀の福音を消し飛ばすつもりだ。

 17.5センチのセラミックコートされた鉛玉が音速の10倍で発射されるのだ。たかがマッハ2で動く人形に当てるなんて容易だろう。問題は…… 束だ。

 

 

 



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その女、海に立ち。だよ

またタイマーの設定間違えました。すみません


 歓迎しよう、盛大にな。と言わんばかりの夏の日差しに当てられて到着したは昨年もお世話になった花月荘。IS学園の合宿はずっとここで行われ、何年たっても見た目が変わらない女将さん始め、従業員の方々にクラスごとに案内され中に入ると、私と数名の先生でバスの忘れ物チェック。そして今日の予定表を確認してから少しばかり引率の先生全員でミーティング。今日の私たちの仕事は生徒たちの監督だ。まぁ、実質私たちにとっても自由行動が半分と言ったところ。

 そんなミーティングの最中に爆音でもしてみろ。急行せざるを得ないじゃないか。

 

 

「杏音…… 上坂先生、これは?」

「にんじん、ですかね? 割れてますけど」

「そんなの見ればわかる。これの主はどうした、という意味だ」

「知らないよそんなの。篠ノ之さんでも探してみれば良いんじゃない?」

 

 先生5人ばかりで駆けつけると地面に突き刺さるにんじん。ただ、人が1人入れるくらいのスペースとやたらメカメカしい中身をしているから美味しくはなさそうだ。

 千冬も私もこれの主はわかっているが、それが神出鬼没の天災だから困っているのだ。

 

 

「はぁ…… 全く、あの駄兎は仕事ばかり増やして……」

「報告書ですねぇ……」

 

 他の先生方に触らないように言い、私と千冬は職員用の部屋に戻り報告書書こうとノートPCに向かう。ただ、にんじんが刺さっていました、では冗談抜かせ、と笑われるし、正体不明の物体が飛んできたとあればそれはそれで面倒事が待っている。

 目と目で言葉を交わし、これはなかった。と言い聞かせると2人揃って立ち上がり、更衣室に向かった。

 気がつけば時計の針は天を指し、私と千冬で他の先生方と入れ替わり気味につかの間の休息だ。

 私は一応2組の担任故に自分のクラスの生徒が多めなところに向かうと女子の社交辞令とばかりに「先生の水着かわいい」の類の言葉を大量に頂いた。いや、嬉しいよ?

 

 

「先生って普段白衣で身体のライン見えないけど、すごく綺麗だよねぇ。普段からもっとかわいい服着ればいいのに」

「いやぁ、だって面倒じゃん?」

「杏音先生だって女の子なんだからもっと気を使わないとダメだよ?」

「先生、臨海学校に持ってきた服、ちょっと言ってみてよ」

「ん〜? ブラウス5枚とジーンズ2本。スーツ一式? あぁ、あとISスーツも含めていい?」

「ねぇ、先生? さっきケイト先生にも同じ質問したんだよ? そしたらその5倍はバリエーションがあったよ……」

「ケイト先生はいつもオシャレだもんねぇ」

 

 生徒から盛大なため息をもらってから昼食を取るように促して砂浜から生徒が居なくなるのを見計らってからファウストを部分展開。プライベートチャンネルで束を呼び出してみれば私の足元にウサ耳がひょっこり生えてきた。

 

 

「これは、罠だな?」

 

 足元に生えたウサ耳をひと蹴りすると「酷い!」と言う声が後ろ遠くから聞こえてきた。

 振り返れば砂埃を巻き上げて駆け寄ってくる束。流石にアレを抱きとめたりアイアンクローをかましたりできるほど私は丈夫じゃないのでひらりと躱して足をかけて転ばせると数メートル先に頭から地面に突っ込んで止まった。

 

 

「こうして会うのは久しぶりだね、束」

「だね〜、あーちゃん! ハグハグしよっ! あぁ、このない胸の感し…… フゴッ!」

 

 私に抱きついて貧乳と馬鹿にしてきたところに頭突きをして拘束から逃れると夏だというのに暑苦しいエプロンドレスを舐めるように見て(スキャンして)やった。ちょっと太ったな。

 

 

「痛いなぁ、束さんなりのジョークだよ、ジョーク。他意は無いんだからね?」

「それが感じ取れるのかダメなんだよ。それで、何をしでかしに来たの? ファウストの出張整備は間に合ってるよ」

「のんのん。箒ちゃんの誕生日プレゼントを届けに来たんだよ!」

「まさか、ISを作ったの?」

 

 ふふん、と鼻を鳴らしてデカい胸をさらに張るもんだからなおさらムカつく。

 そのデカい胸を少しばかり強めに掴んでやると珍しく可愛い声を出すもんだから私も驚いてしまった。

 なんか、スコールと寝て以来同性への性的接触に躊躇いが無くなった気がする。いや、間違いなく躊躇い無いわ。

 

 

「あ、あーちゃん……」

「ん? ちょっとムカついたからそのデカい胸弄んでやったんだぞ?」

「た、束さんはあーちゃんが望むなら良いけど、もうちょっと時と場所を選んでほしいかなぁ、って」

「なら、これからやること教えてくれたらもっとイイコト、しよっか?」

 

 束の身体に絡みつくように手足を回すと耳元でそっと囁く。こんなのも慣れたもんだ。いや、慣れたくなかったけど。

 束がお年頃の女の子よろしく顔を赤くして口をパクパクさせてから「あーちゃんのバカぁぁぁぁ」と叫んで何処かに走り去るのを見てから私も昼食を取るべく、まずは一切濡れなかった水着を着替えに向かった。

 その後は室内で明日に向けた事務仕事をこなしつつ時折ビーチに出て見回り、なんやかんやで夕食の時間と相まった。

 大広間に生徒と教員130人余りが集い、なかなかに騒がしい夕食となっている。仲の良い者同士である程度固まるのは予想していたが、やはりというか、一夏くん周辺は騒がしいどころか喧しい。さっきから片一方ではウチのクラスの貴公子サマがワサビの塊を食べて悶絶してるし、もう片方ではイギリスの淑女が慣れない正座で顔を青白くしている。

 私はもちろん端の方にある教員席でゆったりのんびりた。美味しい海の幸をたらふく食べるとやはりお酒が欲しくなるが、仕事中だからやっぱり飲めない。

 他の先生方も同じような事を考えているのか、やはり少し物足りなそうな顔をしながらオレンジジュースで喉を潤していた。

 

 その夜、教員にそれぞれあてがわれた1人部屋で千冬の嬌声を聞きながらゴロゴロしていると、廊下を歩く音がした。それも、わざと抑えられた足音だ。

 まぁ、原作通りなら隣で一夏くんが千冬にマッサージをしている筈だし、そこに箒ちゃんと鈴が聞き耳を立てているのだろう。

 私もそこに加わるべく音を立てずに戸を開け、気配を消し、足音一つ立てずに箒ちゃんと鈴の後ろに立って一緒に扉に耳を付けた。

 

 

「んっ…… あぁ、ソコだっ!? 相変わらず上手いとこを突くな」

「もう慣れたからな。千冬姉のツボは、よっと、全部わかるぜ」

 

 会話だけ聴くとまるで真っ最中だが、彼のマッサージがプロ級なのは上坂家と織斑家の人間くらいしか知らないのだから、彼女達はお年頃の桃色脳内で映像を補完しているのだろう。

 ふと、廊下の向こうからもう1人の足音。今度は隠すつもりの無い物だ。

 

 

「鈴さん、箒さん。それに上坂先生まで、そこで一体ーー」

「静かに」

「「ん! む〜〜!!」」

 

 案の定現れたセシリアを静かにさせ、私の存在に今まで気づかなかった2人の口を塞ぐ。

 私が「このままもう少し見ていたいでしょ?」と聞けば黙って頷いたので、口から手を離すと鈴がすごい勢いで扉の反対側に音もなく飛びのいた。なかなか器用だ。

 

 

「上坂先生、いつの間に居たんですか?」

「最初から。ほら、お楽しみお楽しみ」

 

 静かに聞く箒ちゃんを適当に流して4人で聞き耳をたてる。

 

 

「んあっ! そこは…… ダメっ!」

「なんだよ千冬姉、ココそんなに弱かったか? んじゃ、もうちょっと志向を変えて…… こんなんでどう?」

「あぁっ!」

 

 中で行われる謎の行為にセシリアも桃色脳内を発動させたのか、顔を赤くしながら小声で聞いてきた。

 

 

「これは一体、なんですの……?」

 

 だが、ある決心を持って出たであろう彼女の言葉には誰も返すことなく、私は意味深な笑み(自己評価)を浮かべて、箒ちゃんと鈴はさっきと何一つ変わらない顔でひたすら戸に耳を付けている。

 

 

「んじゃ、次は……」

「ちょっと待て」

「ん? なんだよ」

 

 近づく足音。これは部屋の中からだ。

 3人には悪いがそっと1歩引くと丁度「バン!」といい音を立てて扉が開き、3人を吹き飛ばした。

 相変わらず人外な千冬を目の前に、3人は少し手が震えているように見えた。

 

 

「何をしているか、馬鹿者どもが」

「こ、こんばんは、先生……」

「さ、さようならっ!」

 

 そしてその場から逃げ出すべく腰を上げた瞬間、セシリアは浴衣の裾を踏まれ、箒ちゃんと鈴は襟首を掴まれ、そして私のところにはせんべいがとんでもない勢いで飛んできて額に当たった。

 

 

「フゴッ!?」

「「エグっ!」」

「んなぁっ!?」

 

 その結果、セシリアは転び、箒ちゃんと鈴は足だけ先に逃げたために尻もち。私はそのまま地に伏せた。、

 

 

「盗み聞きとは感心しないな。それも杏音まで…… 中で何をしてるか知った上で楽しんでるからタチが悪い。ま、丁度いい機会だ。篠ノ之、凰、オルコット、来い。杏音はあの駄兎の相手でもしてろ」

「ちーちゃんのいけず」

「冗談も休み休み言え、いや、十分休んでから言ってるか……?」

 

 踵を返して束を探して夜の砂浜をふらふらと歩いていると、案の定突き刺さるにんじんの近くに束は居た。

 黙っていれば不思議の国の住人が夜空に思いをはせる姿は悪くない。だが、口を開くと一気に残念になるのが問題だけど……

 うさぎは寂しいと死んでしまう、なんて言うが、あのうさぎは図太く生きそう、と言って千冬と笑った事があったが、今の束は本当に儚げで、放っておいたらそのままふわりと消えて無くなりそうだ。

 

 

「束」

「あーちゃん……」

 

 普段の束とは真逆とも言える負の色が見え隠れする表情はなんとも言い難い。無理やり言葉にするなら"らしくない"と言ったところか。

 

 

「どうしたの。取って食べたりしないよ」

「ふふっ。あーちゃんになら食べられてもいいけど、今はまだダメ」

「何にそんなに悩んでるの? 違うな、不安、恐怖と言い換えた方がいいかな?」

「やっぱりあーちゃんにはお見通しなんだね。うん、怖いんだ。私の不器用な愛情表情が」

「箒ちゃんか……」

 

 聞けば原作通り、束は紅椿を作って持ってきたそうだ。それも、箒ちゃんからのお願いで。

 ただ、勢いで作ったは良いが、よく考えると箒ちゃんには明らかな焦り、不安があるように感じた。録音した電話を何度も聞き直して確信したらしい。電話を録音してるあたり束らしいな、と思うが、それは置いておこう。

 そして、不安になったのだ。箒ちゃんの願いを叶えてあげたい。現に叶えるだけの物は手元にある。ただ、それが本当に箒ちゃんのためになるのか。

 その話を聴くとやはり、というべきか、箒ちゃんは一夏くんを囲む専用機持ち達にライバル心を持ち、そして何よりも"専用機"というキーアイテムの有無で差をつけられて来たのだろう。

 だから願った。自身の自信になるモノを。それも、今までつけられたアドバンテージを補ってひっくり返せる程のものを。そして気づいた。それが出来る魔女()の存在に。

 

 

「なるほどねぇ。ソレ、私に預けてみない?」

「あーちゃんに?」

「明日渡すつもりだったんでしょ? 明日、それに私が乗る。その時の箒ちゃんの反応を見てみれば良いよ。後から渡すにしても『調整が間に合わなかった』とか適当に言い訳すれば良いし」

「ふぅん……」

 

 しょぼくれた犬みたいな声を出してからその手のひらに紅椿の待機形態である織物のブレスレットを出すと、それを目の前に投げた。

 一瞬で展開したソレは一次移行を終えていない、ただ鈍く光る赤いISだった。

 あちこちに展開装甲を奢り、束が出来る限りを尽くしました、と言わんばかりのISだ。

 

 

「紅椿って言うの。いっくんの白式と対になる、紅」

「本当に派手にやったねぇ……」

「そんなことないよ。中身には大きな制約を後から掛けたからね。箒ちゃんが邪な気持ちでISに向き合うなら、ずっと足枷になり続ける」

「意外だね。リミッター掛けたんだ」

「足りなければ進化するしね。ソレがISだよ? 悩んだ末に出した時間稼ぎ、かな」

 



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臨海学校2日目、だよ

 臨海学校2日目。ISの実機を使ったメニューがまる1日入る今日が本番と言える。私はもちろん専用機持ちの生徒のフォローに回る事になっている。

 まだ風のない凪いだ海を前に整列した生徒たちに千冬が簡単に朝礼を行い、長い1日が始まった。

 珍しくラウラが遅刻したり、色々あったが割愛しよう。

 

「では各自与えられたメニューをこなしーー」

「ちぃぃぃぃぃちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 砂埃巻き上げ走ってくるのはISを生み出した世紀の大天災、篠ノ之束。手をブンブン振り回しながら走ってくる姿に千冬は眉間を揉み、山田先生はポカンとしている。他の先生や生徒も同様に。

 

 

「いやぁ、会いたかったよ! 久しぶりの愛の証にハグっ!?」

「いやぁ、久しぶりだな。私は会いたくなかったぞ?」

 

 千冬の胸に飛び込んだ束の頭を見事に鷲掴みにするとそのまま握りつぶすんじゃないかという力で強烈なアイアンクローをかます。どのくらいヤバイか、と言えば束から人が出しちゃいけない軋み音がする。

 と言えばお分かり頂けるだろうか?

 

 

「とうっ! や、やぁ、箒ちゃん。久しぶり、だね?」

「ええ」

「むぅ、冷たいなぁ。それにしてもしばらく見ないうちに大きくなったね! 特におっぱいが」

 

 ガスッと、出席簿とも違う打撃音が響くと、箒ちゃんは顔を赤らめながら胸を抱えていた。大きいものがさらに寄せられてボリューミー。なんで10個近く年下の女の子でもあんなものを持っているのに、私のは…… 悲しきかな、丘陵地帯は起伏に乏しい。

 

 

「殴りますよ!?」

「殴ってから言った! 酷い! あーちゃん助けてぇ」

「私を巻き込むな。……胸あるものには死を」

 

 私のつぶやきが聞こえた生徒の数人がハイライトの消えた目で頷いていた。

 

 

「いい加減自己紹介くらいしろ。生徒が困惑してるだろ」

「はろー。私が篠ノ之束だよ〜 以後よろしく〜」

 

 目の前のアリスが束だとわかると生徒はにわかに騒めき出す。千冬も予想済みだったようで、一喝して黙らせるとそのまま解散し、与えられた課題をこなすように指示した。

 箒ちゃんはそそくさと束のそばに寄ると、小声で何か言っているように見えた。

 

 

「それで、頼んでいたものは?」

「ごめんね、まだちょーっと仕上げが甘いからちゃちゃっとやっちゃうね」

「そう、ですか」

 

 うつむく箒ちゃん。そして、束は昨日取り決めた作戦を開始した。

 

 

「あーちゃーん! 一緒にISつくろー!」

「砂のお城作ろう、的なノリでよく言えるね…… って訳だから、ちょっとコレに付き合ってくるけど、何かあったら遠慮なく言ってね」

 

 専用機持ち達にそう声をかけてから束が呼びよこした懐かしい鏡面仕上げのキューブが砂浜に突き刺さると、箱を展開するようにパタパタと開き、中から鈍い紅の機体が顔を出した。

 

 

「箒ちゃんの反応は?」

「残念、というより悔しそうだったよ…… やっぱりーー」

「まだそう決まった訳じゃない。おあずけに耐えられるかが勝負の鍵だよ」

 

 白衣を脱いで下に着ていたISスーツ姿になると遠くから視線を感じた。今日の私のISスーツは私事用の旧日本代表モデル。千冬因縁の一品である。真っ白にピンクのラインが入るそれは2番目の人間が着るもの。当時の日本代表チームでは私が2番目だった、という訳だ。他の候補生を差し置いてエンジニアが…… なんて言われたものだが、模擬戦で千冬以外に負けなかったから仕方がない。

 学園指定の紺色のISスーツが圧倒的大多数。専用機持ちも流石に白いスーツは居ない。その中でこの格好は少し浮いていた。

 

 

「じゃ、始めよっか。軽く飛んできてよ」

「あいよっ」

 

 紅椿に身を預け、起動させるとブースターは使わず、PICのみで少し高度を上げて洋上に出た。

 そこから展開装甲をブースターモードに切り替え、徐々に推力を上げていく。

 その間にも紅椿は"私に"合わせて機体を変化させ続け、アルマイト加工の紅の様だった鈍い機体色は鮮やかさを帯びてきた。

 

 

「さすがあーちゃん。データ取りは上々どころか欲しいものを着々と入れてくれるね」

「一緒に何したと思ってる。束がIS作るときに求めるデータなんて丸わかりさ」

 

 そう言って両腰に下がった刀の柄を掴むと思い切り振り抜いた。

 片方はエネルギー刃を飛ばすもの、もう片方は帯状にエネルギーを放出するものだった。すごく燃費悪そう。

 

 

「あ、今燃費悪そうとか思ったでしょ! それをカバーするための能力も用意、してる……」

「どうした?」

「ううん。あーちゃんはコアに好かれてるから多分すぐにわかるよ。でも、箒ちゃんの為の能力だから……」

「わかった。ワンオフアビリティは発現しない様に気をつけるよ」

「気をつけてもどうにもならないんだけどね」

 

 パッケージインストールを進める専用機持ちや、順番待ちの生徒らの視線を一身に浴びながらだんだんとペースを上げていく。

 機動は鋭さを帯び、攻撃は激しさを増す。初見の機体だからあまり飛ばせないな、とも思っていたが、蓋を開ければ中身はファウストとほぼ同じだ。まぁ、第4世代だし、原点(第0世代)から遠ざかる様で近づいてるのかもしれない。数字は離れるのに中身が近づくとは皮肉なものだ。

 

 

「あーちゃん、もう良いよ。すべてのデータ収集およびパーソナライズが完了。あれ? ちーちゃんを見てみて?」

 

 言われた通り、空中から千冬を見れば山田先生と手話で会話をしている。あれは候補生時代に仕込まれた自衛隊で使う任務用のハンドサインだ。ざっくり要約するならば、特任レベルAの非常事態発生。直ちに対策を始めよ。と言ったところか。

 内容は対IS戦闘。ついに銀の福音戦が始まる。

 

 

「束、そこから300メートル西に倉持技研のコンテナが見える?」

「ああ、アレね。それが?」

「中身を組み立ててくれる? 15分で」

「ええ…… 面倒だなぁ。でもあーちゃんの特製アイテムなら……」

 

 プライベートチャンネルで手短に伝えた次の瞬間にはオープンチャンネルで千冬の声が響いた。

 

 

「全員注目! 現時刻より教員は特殊任務行動に移る! 本日の稼働テストは全て中止。各班、ISを片付けて部屋に戻れ。以降の許可無き外出は禁止だ」

 

 慌てふためく生徒の誘導に私も加わり、全生徒を旅館に戻したところで紅椿を待機形態に戻して作戦司令室と化した広間に向かうと専用機持ちと千冬、山田先生、他数人のISに乗れる先生方が集まっていた。

 

 

「よし、揃ったな。概要を説明する。2時間前、ハワイ沖で稼働試験中だったアメリカとイスラエルの共同開発IS、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が制御下を離れて暴走。監視空域から離脱したとの報告があった」

 

 私は壁に寄りかかりながらちらりと専用機持ち達の顔を伺うと、やはりと言うべきか一夏くんは面食らった表情で周囲を見回しているが、それ以外は流石国家代表候補生。真剣な目つきだ。特にラウラはもはや纏う空気が軍人のソレになっている。

 先生方も元軍属や候補生上がりが多いため、その空気はとても触れただけで切れそうなくらいに研ぎ澄まされていた。

 

 

「その後の追跡からの予想ではここの南2キロの空域を通過することが予測された。そのため、一番近い我々が対処に当たる事を決定した。教員は訓練機を使って空域、海域の封鎖を。作戦の要は専用機持ちに担ってもらう」

 

 その言葉に数人の眉が上がる。流石に軍用ISの対処を任されるとは思って居なかったのかもしれない。

 

 

「それでは、作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように」

 

 早速手が上がる。その主はセシリア。

 

 

「目標ISの詳細なデータを要求します」

「ああ、そうだな。もちろん、漏洩は禁物だ。その場合は国際IS運用規定、及び関連法に従い罰則を受ける事になる」

「了解しました」

 

 ディスプレイに浮かぶスペックシート。それを元に具体的な作戦立案を始めた専用機持ち。

 それを一旦制するように今度は私が手を挙げた。

 

 

「上坂先生」

「はい。今回、私が大口径レールガンを持ち込んでいます。今束に作らせているのですぐにでも使用可能です。ただ、その運用は更識に任せる事になります」

「わかった。それと、上坂先生には専用機持ち達と同行して現場での指揮を任せたい。機体は、あるだろう?」

「……ええ、わかった。教員部隊の指揮権をダヴェンポート先生に移譲します」

「お任せください」

 

 その後の作戦立案には私も加わり、原作とは異なる流れで進んで行ったが、結論として出たのは原作と同じ作戦だった。

 機動力に優れる機体で一夏を運び、零落白夜で一撃必殺を狙う。

 そのため、一夏くんの運搬にセシリアが当たり、先発隊として防御パッケージを持つシャルロットと実質的なアップデートであるパッケージを持つ鈴が。真ん中にセシリアと一夏くんを置いて殿を砲戦パッケージを持つラウラが務める。私は一応真ん中に居る予定だが、現状次第で変わるかもしれない。

 そして、最後の砦に簪。レールガンでの超長距離砲撃での先制と最悪の場合に備えて特殊弾(剥離剤)を装填できるようにしてある。

 

 

「上坂先生……」

「大丈夫です。私を誰と思ってるんですか? 初代生徒会長ですよ? 篠ノ之束と肩を並べる天才科学者ですよ? そして、千冬と唯一まともに渡り合ったことのある人間です。生徒達は私の命に代えても守ります」

「よくそんなに肩書きが出てきますね。でも、少し安心しました。ただ、上坂さんも帰ってきてくださいね」

 

 

 作戦開始5分前の砂浜で山田先生に上目遣いで呼ばれたと思えばどうやら心配されている様だったのでできる限り冗談めかして本当の事を並び立てた。

 千冬は相変わらず黙って腕を組んでるし、束はレールガンを完璧にナノレベルの狂いもなく組み上げてから姿をくらました。

 

 

「作戦開始! デュノア、凰。行け! 更識、通常弾第一射用意!」

「「「了解」」」

 

 8メートル近い砲身を持つレールガンがISのエネルギーを餌にジリジリと不快な音を立てる。

 先発隊が福音との遭遇地点まで1キロを切ったところで足の速い2人を始め、私たちが出発した。

 

 

「更識、目標方位210。距離2700。第一射、撃て。射撃次第次発射用意、通常弾」

撃て(てぇ)!」

 

 直撃すれば絶対防御発動待ったなしの大きな一撃だが、すぐそばを掠めて衝撃で福音の背部のマルチスラスターを丸ごともぎ取って爆ぜた。

 それが開幕の合図となり、足を止めた福音に、一夏くんがセシリアの瞬時加速も相まって音速を超えた勢いで零落白夜を当てに掛かるが、紙一重の動作で躱され、大きく間を取られた。

 その間を埋めるべく、ラウラが遠距離砲撃でカバーし、少し遅れて到着した先発隊に繋ぐ。

 

 

「敵機複数捕捉。迎撃モード銀の鐘(シルバーベル)稼働開始。ウイングスラスター損傷。戦力再計算ーー」

 

 機械音声がすらすらと取説を読み上げる様な声を出す中で私が次の一手を打つ。

 

 

「ボーデヴィッヒ、そのまま砲撃。オルコットも距離をとって援護に回りなさい。デュノア、その距離を保って。凰、マルチスラスターからのエネルギー弾に気をつけなさい。織斑、焦ってエネルギーを無駄に使わないで」

 

 早口で捲したてる様に命令を下すと、まだ余裕のある声で返事が返ってくる。そして、原作での最大の失敗。そして、最高の進化である密漁船を私が捕捉すると全員のレーダーに警告を出した。

 

 

「密漁船を真下に捕捉しました。全員、高度を取って目を引いてください。私が対処します」

 



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銀の福音戦だよ……

「姉さん、あの話は嘘でしょう」

「な、なんの話かな?」

「"私の"ISが調整不足という話です。なぜ、そんな見え透いた嘘をつくのですか?」

「それはっ……」

 

 思わず言い澱んでしまう。

 言ってしまって良いのか。その言葉で傷つけやしないか。嫌われはしないか。これ以上関係が崩れることは避けたい。そう、私の心の奥からの叫びが口から飛び出す前に絞り出した言葉はあーちゃんが避けるべき。と言っていた最悪の一手だった。

 

 

「箒ちゃんはなんで、ISを求めるの?」

「それは……」

「いっくんの側に居るため? そんな甘えた理由だったら私は絶対に許さないよ。そんなの、箒ちゃん自身が一番嫌いな『力に溺れること』以外の何物でもない。そんな、偽物の力のためなら、私は嫌われても良いから箒ちゃんにあの子を渡すわけにはいかない」

 

 

 目の前で箒ちゃんが拳を握りしめ、俯いて唇を噛んだ。その拳の行き先は、まさかの箒ちゃん自身だった。

 

 

「私はっ! 一夏の側に居たいんだ! だけどっ! だけど、その為ならどんな手を使うほど落ちぶれては居ないつもりだった……」

 

 自分の頬を殴った箒ちゃんは吠える様に私に願いの根源をぶつけた。案の定、周りの有象無象を出し抜く為だったけど。

 

 

「箒ちゃん。いっくんはどんなISに乗ってるかで相手を選ぶ様な人間だと思ってるの? だから周りの有象無象より良いものを寄越せと私に願ったの?」

「そんな訳はっ!」

「箒ちゃんがした事はまさにその逆を行く事だよね。もうわかってるんじゃない? いっくんは人となりをちゃんと見てくれてると思うよ。だから、自分が不利な立場だ。なんて思わなくて良いんじゃないかな? みんなスタイルも性格も違うけど、立っている場所は同じだよ。ISが無いから向こうに行けない。そうじゃなくて今できる事を最大限にやる事を考えるべきじゃ無いかな?」

「まさか姉さんに恋愛を説かれるとはな…… でも、ありがとう」

 

 自分の部屋に戻った箒ちゃんの後ろ姿を眺めてから、厳戒令が敷かれ、人っ子ひとり居ない廊下を歩く。

 砂浜には景観破壊も良いとこな大型のレールガンが置かれ、それを操る女の子は真剣な眼差しで海の向こうを見ている。

 

 

「束」

 

 そんな時だ。耳慣れた声に振り返ると、ちーちゃんがいつも以上に怖い顔で私を見ていた。

 

 

「杏音が落ちた。銀の福音が強制的にセカンドシフトしたらしい」

「うそ、あーちゃんが落ちるわけ無い! だって! だって、あーちゃんにはファウストが……」

「事実だ。生徒たちには撤退命令を出した。あと数分で戻ってくるだろう」

 

 そんな訳はない。あーちゃんは現行ISを凌駕するスペックの紅椿に乗り、有象無象とはいえ、それなりに使える人間を5人も連れて行ったんだ。それなのに!

 

 

「ファーストコンタクトで破壊したはずのエネルギー砲が、セカンドシフトで復元。その攻撃から生徒を庇ったそうだ。幸いにも、と言うべきか、落下地点はマーキング済み。回収は可能。だが……」

「絶対に許さない」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 絶対に館内に居ると思っていた束の捜索には思ったより時間がかかった。見つけた背中はいつもより小さく見えたが…… 恐らくは自室に駆けて行った箒が絡んでるのだろう。

 その小さな背中に声をかけ、淡々と事実を告げる。それがどれだけ難しいことか。これが生徒の保護者なり、IS委員会の人間ならもっと口は軽かっただろう。

 私と束の親友、そして、私たちを束ねていた糸が、いま切れかかっている。

 束の怒りは大きく2つのステージに分けられる。これは長年の付き合いからわかった事だが、冗談交じりに怒っている時は大した事はない。本気で怒っている時には黙って事を進めていく。決めて冷酷に。合理的に。

 目の前の束はまさにそれだ。空中に数多のウィンドウを浮かべだと思えばキーボードを無言で叩き続けている。

 

 

「束、そのファウストとは、なんなんだ」

「私とあーちゃんの最高傑作だよ。私たちの全て。持てる技術は全て用いた。使える知識は全て使った。そして、全てはあーちゃんのために。あーちゃんしか最大スペックを引き出せない最後の切り札(ジョーカー)

「そんな、聞いてないぞ」

「言ってないからね。いまそれを遠隔起動させてる。あぁ、もう起動してるね。あーちゃんのバイタルは……」

 

 そこまで言って束は手を止めた。脳裏に最悪の展開が浮かぶ。

 

 

「さすがだよ、あーちゃん。私はあーちゃんのそういうところが大好きだ」

「どうした?」

「あーちゃんの身体はいわば冬眠状態に入ってる。どういう理屈か知らないけど、多分ファウストの所為だね。そして、あーちゃんの脳は全力でスーパーコンピュータも真っ青な演算処理をしてる。場所は墜落地点の深度246メートル。海底だね」

「なぜそんな? 操縦者保護機能か?」

「ううん。ISの操縦者保護機能はそこまでカバーしてくれない。だから、きっとあーちゃんの意思にファウストが答えたんだ」

 

 杏音、お前というやつは…… 無理はしないでくれ。そして、絶対に帰ってこい。

 束を引き連れて司令室になっている広間に戻ると、専用機持ちが揃って室内を通夜のような雰囲気にしていた。

 束からの情報をディスプレイに付記し、空気を入れ替えるべく窓を開けた。

 

 

「これから上坂杏音の救出、及び銀の福音撃墜任務のブリーフィングを始める」

「私はファウスト経由であーちゃんをフォローするからちーちゃんは実働隊をよろしく」

「見ての通り、銀の福音は最後に交戦した地点から全く動いていない。そして、その地点の深海250メートルに上坂杏音が居る。第一目標は上坂杏音の救出だ。銀の福音は、篠ノ之博士が対処に当たっている。作戦概要はーー」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 さて、原作通り、強引に二次移行してくれた銀の福音。まさか破壊したマルチスラスターまで復活するなんて思いもしなかった。

 邪魔な密漁船を退かしたと思ったのに、まさか餌食にされかかった鈴を庇ったら見事にエネルギー全損なんてね。そして、今はファウストの方に身体の維持を任せて銀の福音の対処に当たろうと思う。

 現在、銀の福音はコアネットワーク始め、全てのネットワークから孤立している。そこで私の3つ目のギフトが生きるわけだ。

 私の3つ目のギフト。それは《繋がる》能力。ネットワークでも、人の心にでも。繋がれるものならなんでも繋がることができる能力だ。まぁ、いままではコンピュータネットワークに主に使っていて、時折ISのコアネットワークに忍び込む程度だったが、今は本気を出して銀の福音のコアに繋がっている。

 繋がると、大抵そこは繋がったものを象徴する世界が広がっている。人間やISならば心象世界、とでも言おうか。その人の持つイメージの世界だ。そこで本人と私がアクションを起こす事で現実に反映させるのだ。

 この能力の欠点は繋がっている間は私の身体が動けない事。だから瞬間的に相手を操って……みたいな真似はできない。使い勝手が良いのか悪いのかよく分からない能力だ。

 そして、銀の福音の心象世界は…… イメージするならウユニ塩湖だろうか? 何もない空間を私は歩いている。

 だが、その雰囲気をぶち壊しにしてくれるのがこの黒光りするフレームのケージ。中には美しい鳥。そして天に広がるのは雷雲。恐らくはこの鳥が銀の福音のパーソナリティ。これを解放し、雷雲をなんとかすれば銀の福音は戻るはずだ。鳥は空へ、死体は土へ。ってね。

 

 

「さて、出してあげようかねぇ」

 

 ケージを開けようと手を触れると、紫電が走り、私の手を弾く。強固なプロテクトがかかっているようだ。

 面倒だが、この何もない空間からケージの鍵を探すか、模造するしかなさそうだ。

 そのためにもう一度ケージに触れる。私の腕が赤黒く焼け落ちようが構わない。繋がってさえいれば良い。それが骨の欠片であれ。

 ケージのプロテクトは大きなパズルだ。大抵この手のファイアウォールなんかはパズルやインペーダーゲームのようにして現れる。そのパズルを解くべく、脳みそ45個並列駆動だ。

 そこにふと、猫の手ならぬうさぎの手。これは間違いなく束だ。ファウストのコアネットワーク経由で私から福音へと繋がって居るのだろう。

 作業スピードを上げ、カチャカチャとスライドパズルを組み立てる。そして、最後の1ピースを動かすと、逆十字のデザインが浮かび、そして爆ぜた。

 再び戻るは銀の福音の心象世界。さっきまで静かにしていた鳥が騒がしい。恐らくは外で何かが始まったのだろう。反攻作戦か、私の回収か。私を助けてくれるととっても嬉しいが、そのために邪魔なのが福音なのだろう。

 プロテクトの外れたケージを開け、鳥を外へ放つ。そして、隣に佇む兎を抱き上げてからそのあとを追うべく私も飛び上がった。所詮夢の世界みたいなもん。なんでもアリだ。

 雷雲はさっきのプロテクトとリンクしていた様で、少しずつ晴れてきている。だが、一瞬でキレイさっぱりとは行かないのがもどかしい。きっと中でできる事はこれ以上…… あった。鳥についていくと雷雲のさらに上、白い雲に浮かぶ庭園の真ん中で、金髪の美人が磔にされている。

 恐らくは彼女が銀の福音の操縦者なのだろう。その手足に絡む蔦は私の手ではビクともせず、兎の手を借りてもどうにもならない。

 こいつは、外からじゃないとダメかもしれんね……

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 私たちはこの目ではっきりと見てしまっていた。上坂先生が鈴を庇って落ちてゆく姿を。具現維持限界を迎え、生身同然で3000フィートからフリーフォールだ。操縦者保護機能があったとしても、大怪我で済めばラッキーだろう。

 その直後に織斑先生から撤退の指示が飛び、私とセシリアで遠距離支援を行いながら逃げてきたが、私たちは言葉一つ漏らさず、ただ、作戦司令室で膝を抱えるしか無かったのだ。

 そんな中で織斑先生が、篠ノ之博士を連れて司令室に戻ってきた。任務は上坂先生の救出。銀の福音は二の次だと言って。

 事実、現在交戦中の銀の福音は先よりずっと動きが鈍い。鈍いというより、躊躇いがある様な動きだ。私たちの容赦ない砲撃に晒されてもなお、高出力のエネルギー弾は明後日の方向へと撃ち込まれ、わざと私たちを避けているかの様だった。

 

 

「最後だ! セシリア、同時攻撃行くぞ!」

「わかりましたわ!」

 

 私の50口径レールガンとセシリアのスターライト。肩に当たった砲弾が福音を大きく仰け反らせ、セシリアの正確な射撃が頭部に命中。胴をガラ空きにさせた。

 

 

「「一夏(さん)!」」

「おう!」

 

 雄叫びと共に飛び出した白式がその刃を輝かせて銀の福音に突き立てる。最後の足掻きとばかりに一夏に手を伸ばすが、それも叶わず、銀の福音は具現維持限界を迎えて光の粒となり、操縦者を吐き出した。

 それを鈴が抱きとめると、ちょうど下からの報告が上がってきた。

 

 

「みんな、上坂先生を見つけた! 生きてる、生きてるよ!」

 

 シャルロットの泣きそうな、いや、あれは泣いているだろう。私たちの担任だ。そして、私にとっては生きる道を与えてくれた教官でもある。そんな"大切な人"なのだから。

 

 

「終わったか……?」

「ああ、任務完了だ。怪我はないな?」

「わたくしは問題ありませんわ。鈴さんも大丈夫そうですわね」

「あったりまえよ。今は早く戻りましょ。福音の操縦者も無事だけど、一応先生に診てもらった方がいいし」

「だな」

 

 全速力で戻った私たちを迎えたのは織斑先生の良くやった、という言葉と篠ノ之博士の涙だった。山田先生は作戦完了、の報告で泣き出したそうだ。

 上坂先生を博士に預け、福音の操縦者を医務室に寝かせてから司令室に戻ると、今度は博士自ら私たちに「あーちゃんを助けてくれて、ありがとう」とお礼を言ってくれた。人嫌いで有名な博士がこんなことを言うのは珍しいと後で織斑先生が教えてくれた。

 私が帰還報告を織斑先生にすると、先生は全員に怪我がないことを確認してから部屋で休むように言った。

 こうして長い1日が終わったが、臨海学校はまだ1日残っている。明日には上坂先生も目を覚ますといいが……

 




地の文超多め
そして、あまり使いたくない場面区切りの乱用
もうダメかもしれんね


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臨海学校が終わるよ

 心象世界に意識を投げ出していた私はファウストによって身体機能を最小限に抑えられていた…… いわば冬眠に近い状態だったらしく、身体の他の場所に回すエネルギーを全て頭に回していた様だった。

 おかげで目が覚めたのは翌日の昼。束の栄養剤を投与してもこれだ。まるっと24時間近く寝ていた私が目覚めて初めて見たものは板張りの天井、そして視界の片隅で船をこぐ金髪だった。

 

 

「ん……あ?」

「目が覚めたか」

「ちーちゃん?」

「ああ、私だ。気分はどうだ?」

「疲れた」

「だろうな」

 

 身体を起こそうとするとあちこちから激痛が走り、思わず声が出た。それで目が覚めたのか、見慣れない金髪…… ではなくナターシャが顔を上げた。

 

 

「杏音!」

 

 そして目覚めのハグ。中途半端な角度に起きていた私の身体に再度激痛を走らせ、重力に従い再び布団にダイブした。いや、あんた重いよ、普通に。クッソ痛いからはよ退け。

 

 

「ナターシャ、痛い……」

「退いてやれ、杏音がまた気絶するぞ」

「あっ、ゴメンね。でも、無事で良かった。杏音と学園の後輩たちが戦ってくれたの、見てたから……」

 

 という事は私が福音のエネルギー弾を全身に浴びたのも知ってるはずだし、もしかしたら心象世界での事も見ていたかもしれない。

 彼女は昔からISに愛着を持って接するタイプだったから、コアからも好かれやすかったはずだ。福音はそれを身を以て示していたし。

 

 

「ナターシャ、なにか夢とか見なかった? 福音が乗っ取られた時とか」

「ええ、見たわ。私が磔にされる夢。目の前であの子を閉じ込めて、その身体を無理に動かして……」

「そう、やっぱり……」

「ボーデヴィッヒの時と同じか?」

「コアに直接影響するタイプのシステムが福音に組み込まれてだからね。もしかしたら、と思ったけど」

 

 この際、福音に組み込まれたのはウィルスだと言ってもいいかもしれない。明確な悪意を持って機体に入れられたそれはコアだけでなく、操縦者にすら影響しかねなかった。

 一応、この件でのけが人は私だけ。ナターシャはただ気を失っていただけで、昨日の夕方には目を覚ましていたそうだ。

 

 

「辛気臭い話はもういいだろう。昼食を持ってくるが、どうする。お粥とかにしておくか?」

「うん、お願い」

「ナターシャ、ついてきてくれ」

「わかった」

 

 部屋を出た2人と入れ替わるように入ってきたのは束だった。まぁ、予想はしてたけどね。

 部屋に入ってきても黙ったままの束をじっと眺めていると、漸く口を開いた。

 

 

「あーちゃん、なにかいう事は?」

「ありがとう、ごめんね、束」

「よろしい。心配したんだからね? 命張るとは思わなかった」

「先生だからね、私は。福音の処理の時は助かったよ。ありがと」

「あーちゃんがスパコンしてるから、なにかあるな。と思ったら、ね」

 

 あーちゃんの頭は相変わらず人外スペックだね。と褒めてるのか貶してるのかわからない言葉を付け加えて束は私の手首に下がる鈴のついた紐を見た。

 

 

「箒ちゃん、どうしたの」

「あーちゃんがダメ、って言ってたシナリオ通りに進んじゃった。やっぱり紅椿は今は必要無いって」

「やっぱりね……」

 

 ファウストを起動して重力から解き放たれ、身体を起こすと手首から紅椿を取って束のエプロンのポケットに突っ込んだ。

 俯く束を抱いて頑張ったね、と頭を撫でる。昔から褒められる事のなかった束を上手く扱うコツは褒めることだ。ただし、適度に。

 

 

「あーちゃん、私、頑張ったよ。箒ちゃんに嫌われるかもしれないと思うと怖くて怖くて仕方なかったけど、頑張ったよ」

「うん。よく言ったね。ほら、泣かない。箒ちゃんに嫌われた訳じゃないんだ。むしろ好印象なんでしょ? 結果オーライだよ」

 

 束は紅椿を渡したくとも渡せないもどかしさを感じ、私は原作通りにことを勧めるべく箒ちゃんに紅椿を持っていて貰いたかった。

 私というイレギュラーの影響が大きくなり、原作シナリオとのズレが大きくなってきた。これ以上の誤差は私1人では吸収できないだろう。

 亡国機業との関係は私個人としては良好であっても、彼女らが束や一夏くんを求めることに変わりはない。今後、学園祭や修学旅行での交戦が明らかな今、原作と違い二次移行していない白式単機では間に合わない事も増えるだろう。

 ただ、一夏くんの実力が原作よりも上なように感じられるのが救いか。それでも、白式とセットで動くべき紅椿が居ないのは明らかなマイナスだ。

 

 

「杏音、お昼を貰って…… 篠ノ之博士?」

「どうした…… って束……」

「寝ちゃった。どうせ目が醒めるまでずっと私のこと監視してたんでしょ」

「えっ? 篠ノ之博士、んん?」

「ナターシャ、落ち着け。まずはお盆を置け。杏音、どういうカラクリだ? お前のISか?」

 

 私は上半身を起こして束を抱いている。さっきまで動くだけで激痛の走っていた身体で、だ。不審がられても仕方ないし、千冬はファウストの事を知っているようだ、ここは大人しく白状すべきだろう。

 

 

「そう。PICで重力いじってる。どこまで聞いたの?」

「束と杏音の持てるもの全て注ぎ込んだISだ、と言うところまでだな」

「まぁその通り。コアナンバーX、唯一無二の存在だよ。今までこっそり使ってたんだけど、バレちゃったかぁ……」

「お前が落ちた時、束から聞いたんだ。ナターシャ、ここで見たこと聞いたことはーー」

「言える訳ないでしょ? それに、杏音がおかしいISを持ってるのは今に始まった事じゃないしね」

 

 仕方ないので私はファウストの概要を本当に嘘のない程度に過小評価して千冬に報告した。だが、それも千冬の一言でファウストの一番触れられたくない場所、遠隔起動システムについて聞かれてしまったのだ。

 

 

「だが、お前のISはレーダーに映らなかった。如何なるものでもコアネットワークに繋がっている限りあのレーダーから逃れられないのはお前が一番よく知ってるはずだ」

「うぐっ、それは…… トップシークレット中のトップシークレットなんだけど……」

 

 千冬からの無言の圧力。そしてナターシャからの好奇の視線を受け、流石に話さないといけない雰囲気になってしまった。

 

 

「はぁ。私のファウストはコアとフレームが分離してるんだ。コアは誰もわからない場所に隠して、私はコアの受け持つ機能を受け取る子機を持ってるって仕組み」

「相変わらずお前らはどうして現代の常識をひっくり返してくれるんだ」

「嘘ォ……」

「本当。だから私が襲われたところでコアは奪えないし、子機を奪っても私以外には反応しないから使えないってワケ。ある意味最強のセキュリティ下に置かれてるISだね」

 

 千冬は呆れた、と声には出さないが目がそう言っているし、ナターシャは今まで使っていたISとはなんだったんだ。と自問でもしているのだろう。

 世間は確かに頑張っている。7年前には束が作っていた第3世代機をなんのヒントも無く作り上げた。

 第1世代や第2世代なんてものが束の意識に存在しないのは言うまでもない。白騎士は現代の第2世代を凌駕する機体スペックを持っていたし、そもそも"世代"の括り自体、科学者達がジェット戦闘機に例えて作った枠組みだ。

 そんな後付けの枠に囚われるほど私たちは落ちぶれちゃいない。

 

 

「というワケで、私はこれからISを切ります。ちーちゃん、食べさせて」

「お前ならISを起動したまま食事するくらい余裕だろ」

「いや、雰囲気? あと、こっちに近づいてくる生徒がいるからバレたらマズイ」

「はぁ、仕方ないな」

 

 千冬の「あーん」をたらふく頂いて、それを盗み見ているであろう専用機持ち達に見せつけるようにたっぷり甘えてやった。

 相変わらず身体は補助無しじゃ痛くて動けたものじゃないから帰りのバスまでは千冬のお姫様抱っこ…… その頃には内心「これってほぼ介護じゃね? みっともなくね?」とも思わなくもなかったが、学園に着いた時にはケイト先生に肩を貸してもらいつつも自立することでなんとかちっぽけなプライドを維持した。

 臨海学校の翌日は振り替え休日になり、私は相変わらず少し痛む身体をベッドで横たわらせていた。学園に戻ってから医務室で精密検査を受けたら骨に異常は無いけど、打ち身打撲が酷いからさっき立てたのは奇跡だね。とまで言われた。そのツケが回ってきたかのように身体中が筋肉痛どころでは無いので朝からベッドで携帯をいじっている。

 

 

「セシリアです。上坂先生、いらっしゃいますか?」

「開いてるよ〜」

「失礼します」

 

 控えめなノックとともにやって来たのは専用機持ち一行、そして箒ちゃん。おそらくドアの前で「あんたが行け」とかそんなやり取りを繰り返してセシリアに決まったのだろう。

 

 

「先生、お加減はいかがですか?」

「うん、打ち身打撲がすごいことになってるらしい。おかげで寝たきりだね」

「あたしのせいよね…… ごめんなさい」

「気にするな、とは言わない。ただ、結果としてみれば私は生きてるし、鈴も生きてる。それをどう自身の糧にするかだよ」

 

 鈴が俯き加減に小さな声で謝るので大好きな持論をサラッと語って手持ち無沙汰な一夏くんと箒ちゃんにお茶を淹れるよう頼んでから残りの4人を適当なところに座らせた。

 

 

「杏音さんの部屋って生活感がないと言うか……」

「綺麗すぎる気はするな。杏姉はズボラっぽくて結構綺麗好きだし」

「ズボラだから綺麗なんだよ。必要な動作だけすれば物は散らからないし、ゴミもゴミ箱だからね」

「無精者、ここに極めり……」

「簪ちゃん、怒るよ」

「ごめんなさい」

 

 簪ちゃんを少し睨んでから改めて人の部屋をキョロキョロと見回す4人を眺めていると一夏くんがお茶を持ってきた。

 ティーバッグの紅茶なのにわざわざ蒸らしの時間まで考えて入れたのだろう。妙に時間がかかっていた。その辺りが一夏くんらしいけれど。

 

 

「あら、カップが」

「さすがセシリアだな、ちゃんとカップも温めてあるぜ」

「一夏が変にこだわるから時間がかかってしまった……」

「食へのこだわりは人間として感性の高い証拠、と著名な料理家が言っていましたわ。それに、カップ1つにまで気配りが出来るのは紳士として好印象ですし」

「あんまり褒めるな。一夏はすぐに調子に乗るからな」

 

 ラウラがセシリアのコメントに鋭いツッコミを入れていると、案の定一夏くんが1つだけ角砂糖を大量に突っ込んだ激甘の紅茶を作り上げていた。

 これには皆苦笑いするしかなかったようで、一夏くんの慌てた弁解も虚しく、その甘い紅茶は彼の胃に収まる事になった。

 1学期も残すは数日、修了式には出たいところだが、私の軟弱な身体がどこまで回復してくれるか……

 

 



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招かれざる客だよ

 無事に夏休みに入ったIS学園。生徒達は帰省や部活動、ISの練習で散っているようだが、先生達の夏休みはもう少し遅い。

 とは言っても、授業が無い分勤務時間は短いし、仕事も部活動や委員会の顧問でもないと残った事務処理をする程度だ。こんなに仕事が無いのに給料はめちゃくちゃ良い。夢のようでは無いか?

 とも言っていられないのが今の状況だ。私が顧問を務める生徒会はダメ無が溜め込んだ紙束の処理に追われていた。

 

「かいちょー、おやつにしようよぉ」

「そうね、虚ちゃん、お茶を淹れ、て……」

「そんな余裕があるとお思いですか? お嬢様?」

 

 絶賛修羅場である。後ろに「ゴゴゴゴゴ」ってエフェクトがついていそうな修羅()が楯無に微笑んでいる。

 その間にも手だけは止まらずにサインと判子を押しているからすごい。私? もう無心だよね。ロボットのように顧問欄に判子をポコポコするだけだ。

 

 

「う、虚ちゃん、大切なメンバーを労わるのも会長の仕事かな? って思うのだけど? 上坂先生もお疲れの……」

「お疲れのようですね……」

「杏音先生が虚ろな目でロボットみたいになってるよー」

「顧問欄に印、顧問欄に印……」

 

 もちろん、数分後にはお茶とお菓子が出てきたのは言うまでも無い。

 すっかり日の暮れた頃には燃え尽きた生徒会メンバーが各々の机て伸びているのが千冬に見つかり、楯無が小言を言われたとかなんとか聞いたが、私には関係無い。顧問だけど。

 学園で夕食を済ませてから"自宅"に帰るべく車を走らせると、学園の専用トンネルを出て、高速に乗ったあたりからなにやら怪しげな車に後をつけられている事に気づいた。

 

 

「なんでアメ車の黒いSUVなんだろうねぇ、こういうのは……」

 

 ボイスコントロールで楯無のお仕事用携帯に掛けると、数コールで彼女は出た。

 

 

「こっちに掛けるなんて、ただ事じゃないようね」

「誰かに後をつけられてる。映像を送るよ」

「この黒い車? ナンバー隠してるし、先生が車線変更した通りについてくる…… 確かに怪しいわね。今部下を送るわ。30分くらい引き回してくれる?」

「おっけ。頼んだよ」

 

 こちとら伊達にスポーツカーじゃないぞ。と思っても通常通り安全運転を心掛ける。向こうに対策を打ったことがバレては意味がないのだ。首都高速に入り、ワザと道を間違えたように振舞って環状線に入る。後ろから車が来たタイミングで車線変更しようとして途中で諦めるのがコツだ。クラクション鳴らされちゃったら大成功。

 黒いSUVは相変わらず私の後をついてくる。2台後ろだ。そこにちょうど楯無から電話があった。

 

 

「ほいよ」

「先生、今環状線で間違いない? クルマはいつものスポーツカー?」

「そう。赤いの」

「5台後ろに居るわ。そのまま次で降りて頂戴」

 

 言われた通り、ふらりと高速を降り、ビル街に入る。ここでも楯無のナビゲーションに従い、人通りの多い所を通って海に近づく。

 工業地帯が広がる一角、トラックの休憩所になって入る駐車場に入ると私の車には余りあるスペースに止めた。

 すると先の黒いSUVが突撃してきて私の車の前に横付け。中から屈強なスーツの男たちが降りてきて私の車を囲んだ。

 更識の人間は少し離れたところで降車し、隠密行動で駐車場を包囲したそうだ。

 気づかないフリをしてナビをいじっていると、コンコン、と窓を叩かれた。

 

 

「ハロー、ドクター」

「は、ハロー? どなた?」

「貴方が知る必要はないよ。こちらも手荒な真似はしたくない。おとなしく降りてきて貰えるかね?」

 

 男は夏だというのに暑苦しいジャケットを軽く開くと腰から下がるホルスターを見せてきた。

 おお、こわいこわい。(棒

 

 

「ハイハイ、今行きますよ」

「おっと、変な真似はしない事だ。ドアパネルにナイフでも隠しているんだろう?」

 

 おや、鋭い。

 ドアポケットに入ってるタオルの中に挟んであるのに何故わかったし。定番の隠し場所なんだろうなぁ……

 サイドシルの広さを生かして降りにくいフリをして時間を稼ぐと、腰を半分上げたくらいで男に腕を掴まれた。

 

 

「スポーツカーはやはり普段使いには難しいでしょう。ただ、ステータスとしては最適だ」

「あはは、手荒なエスコートどーも。大声出すとか考えなかったわけ?」

「ドクターは利口な方だ、そんな選択はしないだろう?」

「いや、わからんよ? もっとずる賢いかもしれない」

 

 その瞬間、いつの間にか周りの警戒に当たっていた男たちが崩れ落ち、私はそのまま男の手を引いた。

 私は車のシートに収まるが、男はそのままルーフに顔面を強打。その隙に手を振りほどくと更識の人間が後ろに引き倒して拘束した。

 流石対暗部のプロ。一切気配を感じさせず、駐車場という遮蔽物のない空間にも関わらず接近、無力化させたのは並大抵の技術ではないだろう。

 部隊を率いていたと思しき男性が私の元に寄ってきて、お怪我はありませんか? と声をかけてくれた。

 

 

「ええ、どこも。ありがとうございます」

「いえ、仕事ですから。見たところこいつらは中の上と言ったところ。バックに居るのは大きな組織ではなさそうですね」

「そんなところまでわかるんですね」

「あくまで予想ですかね。私からも楯無様に報告をしますが、上坂博士からも楯無様にご連絡をお願いします。博士がファントムタスクと接触して以降、楯無様は博士の動向に目を光らせておられます。この手の輩は警察などでは対処できませんから、その時にはまた、ご連絡ください」

「便利屋さんみたいで申し訳ないです。また、更識さん経由でお礼を贈らせて頂きますね」

 

 彼らが黒スーツ共を回収するのを見届けると、大分遠回りになってしまったが、私も家に帰る事にした。

 今度は尾行なんて無く、無事に帰って無事に一晩過ごせたのは言うまでもない。

 後日、楯無経由で水ようかんを送ったところ、大好評を頂いたのはここだけの話だ。

 

 

 

 



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お買い物に行くよ

子猫のラプソディは原作の中でダントツで好きな話だったりします


 夏休みも1週間ほど経つと意識がすっかりお休みモードに入ってしまうのは仕方の無いことだ。

 そんなお休みモード真っ盛りの私は実家に帰りもせず、生徒会室で涼を取る楯無を引き連れ、先日の礼も兼ねて買い物に連れて行くことにした。場所は少し遠いデパートをチョイス。

 今日はふざけ半分、真面目半分で青髪のウイッグをつけてカラーコンタクトまで入れてみたが、楯無には不評だった。曰く「姉がいるみたいでなんか嫌」との事。

 今日は去年カジノで手に入れてとても長い時間とお金をかけてアメリカから持ってきたイギリス製のスポーツカーを引っ張り出し、屋根を開けて青い長髪を風になびかせていた。

 

 

「先生って車好きなの?」

「うん。道具とかそう言うのは凝るよ。その人のステータスでもあるしね」

「この車だって高いんでしょ? すごい音するし、オープンカーだし」

「この車はカジノで勝ったから貰ってきたんだ。カジノで遊んだお金より日本に持ってくる費用の方が高くついたね」

「それって、スコールと会ったとき?」

「そ。スコールには良くも悪くも金銭感覚壊されたなぁ。お陰でお金を使うことに躊躇いなくなったから溜まりすぎたお金がいい感じに回ってるよ」

 

 おかげで年に1回着るか着ないかといったドレスやらいつ使うかわからない高級カトラリーやらが家にやってきたが、後悔はしていない。経済を回すのは良いことだ。金持ちの義務だ。

 

 

「それにしても、買い物ならレゾナンスで良いじゃない。わざわざ車出さなくてもいいし」

「たまには動かさないとダメになっちゃうんだよ。それに、車ならいっぱい買っても平気だし」

「ま、いいわ。私は誘われた側だし」

 

 デパートの地下駐車場に底を擦るのをビビりながらゆっくり車を止めるとエレベーターホールでフロアマップを拾ってざっくりと眺める。

 今まで服やら何やらには無頓着だったが、山田先生に刺激され、少しずつ手持ちを増やしている。今日は夏服の補充と秋物の調達が主な目的だ。

 

 

「夏服も欲しいから上からでいっか。そろそろ夏物売り尽くしセールとかやってるだろうし」

「そうね。それにしても、普段はブラウスジーンズ白衣の3点セットな先生が真面目にアパレルショップを選ぶなんて、意外かも」

「この前山田先生に『少しはファッションに気を使わないとダメですよ』って言われちゃってね。千冬も一緒に」

「あー、確かに織斑先生もずっとスーツ着てるイメージ。あの人普段何着てるのかしら」

 

 休日は下着姿でベッドで酒飲みながらゴロゴロしてるよ、なんて言ったら彼女の中で何かが崩れそうな気がするので「適当はシャツと洒落っ気のないパンツだったと思うよ」とはぐらかしておいた。

 冷房の効いた館内は夏仕様の薄着には少し肌寒かったが、エレベーターで上のフロアに上がると、フロアマップを広げた楯無が目的地を告げた。

 

 

「セカンド・サイドに行きましょ。その次はサード・サーフィスね」

「どっちもティーン向け…… まぁ、わかったよ」

「先生だって見た目は高校生や大学生とそう変わらないんだから平気よ」

 

 そう言う楯無を肯定するかのようにヒソヒソと「あの2人綺麗じゃない? ショートの方が妹かな?」やら「なぁ、お前声かけてこいよ」など少しばかり囁きが聞こえた。

 楯無に引き連れられるがままに店に入ると案の定店内は年頃の少女達であふれていて、楯無が私の手を掴んで店内に引き込むとおもむろに傍にあった服を手にとって自身にあてがった。

 

 

「どう? こういうの可愛くない?」

「いいんじゃない? そうすると色調違いのインナーを合わせてちょっと大人っぽく……」

「明るい色でも合いそうでしょ?」

 

 楯無が手にとったのは透け感のあるブルーのシャツ。楯無ならスタイルもいいし、何を着てもサマになりそうだが、青系統はなおさら彼女に合うだろう。

 今日の彼女の私服もイエローのスカートにライトブルーのTシャツ、デニムのジャケット。快活さが出ててよく似合う。

 私は白いロング丈のワンピースに黒いベルトで超シンプルなのにそれっぽく見える服を選んできたつもりだ。

 それから楯無が数着を購入し、次の店に向かうと妙に店内が賑やかだった。

 

 

「芸能人でも来てるのかしら?」

「さぁ? どうする、後にする?」

「時間もあるし、どうせだから見て行きましょ」

 

 そうして再び楯無に引っ張られて店内に入ると奥の試着室付近から「可愛い」やら「お人形さんみたい」やらの声と、聞き慣れた声が聞こえた。

 楯無の手を離れ、試着室を囲む人だかりに紛れるとそこでは店員とシャルロットがラウラを着せ替え人形にしているのが見えた。幸いにも私はバレていないようだったので、こっそり写真を撮ってから楯無の下に戻り、状況報告。

 

 

「うちのクラスのシャルロットとラウラだったよ。楯無って1年に顔割れてる?」

「まだ未接触よ。試合を見る機会はあったけど、オフに見かけるのは初めてね。私もちょっと見てくるわ」

 

 そう言って楯無は人だかりに消えた。

 代わりに私が店内の人がいないところをフラフラとしていると後ろから「こちらのワンピースなんて如何でしょう?」という声が聞こえたので、振り返ってみれば店員が明らかに私の方を見て、白い少しばかりフリルのついたワンピースを出してきた。

 

 

「お客様は見たところシンプルなのがお好みの様なので、同じワンピースでも少し装飾のついたのは如何でしょうか?」

「へぇ、かわいいね」

「よろしければご試着も…… 今は難しそうですけど」

 

 苦笑いする店員からワンピースを受け取って身体にあてがい、鏡を見る。少しばかり年齢に見合わぬ感じが痛々しいと思ってしまうのは自分自身だからだろうか?

 

 

「いいんじゃない? 似合ってるわよ」

 

 そう言ってきたのは人だかりから帰還した楯無。何か裏のある顔ではなく、素直にそう思っている様だ。最悪気に入らなければ楯無なり簪ちゃんなりにあげてしまえばいいと思い、それを買うと丁度隣のレジでシャルロットとラウラが会計を済ませようとしていた。よく見ればシャルロットのチョイスであろう黒いワンピースは私が店員に薦められたものの色違い。なんという偶然だろうか。

 シャルロットもそれに気づいたのか、こっちをチラリとみて微笑んだ。いや、気づけ? 担任だよ〜?

 会計を済ませると、笑いを堪えていた楯無に軽くデコピンをしてから昼食の相談だ。

 

 

「あの距離でも気づかないなんて、先生、本当に変装が上手いのね」

「流石にラウラすら気づかなかったのはショック……」

「髪色と瞳の色、それにコロンも使ってる? 声を聞かれない限りバレないんじゃないかしら。人の印象を左右する3つのうち、2つは普段と違うわけだし」

 

 楯無のいう人の印象3つ、とは視覚的印象、嗅覚的印象、聴覚的印象の3つだ。確かにワザとそうしてきたがそこまで印象が変わるとは自分でも意外だった。

 時は進んでおやつどき。すでに大方の買い物を済ませて一息つこうと言う時に、フロアマップとにらめっこしていた楯無が唐突にこんなことを言い出した。

 

 

「ねぇ、メイド喫茶って行ったことある?」

「はぁ? ないけど、どうしたの急に」

「いや、簪ちゃん、そう言う趣味あるのかとも思って。アニメとか好きでしょ?」

「ああ、簪ちゃんねぇ…… 行ってみる? 休憩がてら」

 

 そうしてやってきたメイド喫茶、@クルーズ。通された店内で見かけたのは黒髪のメイドに紛れきれない金髪の執事と銀髪のメイドだった。

 早速金髪の執事さんがテーブルにやってきた。楯無はニヤついているし、私は思わず変な汗をかきそうだ。

 

 

「いらっしゃいませ…… ってさっき上のお店で見かけましたよね?」

「ええ、そうね。ここでバイトでもしてるの?」

「あはは…… まぁ、そんなところです。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください、お嬢様」

 

 入り口に一番違い2人掛けのテーブル。そこで両手頬杖をついてニヤニヤする楯無の目線は私に向いていた。

 絶対に面倒な絡み方をしてきそうだったのであえて触れずにメニューを広げると、2種のミニケーキセットなんか良さそうだなぁ、と目星をつけてから楯無にまわした。

 

 

「先生? 生徒さんがバイトなんかしちゃってますよ?」

「校則にバイト禁止はないから良いの。候補生としてどうかは知らないけど」

「にししっ、そうね。執事さ〜ん!」

 

 そうやって楯無が挙げた手を取ったのは執事とは程遠い見た目の男たちだった。

 黒いバラグラバに革ジャン。履きこまれたジーンズのベルトには日本風景とは不釣り合いなアクセサリー(ホルスター)が見える。

 そして、その男は楯無をそのまま抱き込むとまるでドラマの台本を読む様に定番とも言える台詞を吐いた。

 強盗の、であるが。

 

 

「全員動くんじゃねぇ!」

 

 入ってきたのは男3人。センターで楯無を人質に取ったのがリーダーだと仮定すると、両サイドの手下と思しき男の両手に収まるショットガンがこちらに向いているのも頷ける。

 楯無はやろうと思えば一瞬でこの事態を収束させられるはずだが、その彼女が動けないだけの何かがあると考えるべきだろう。

 店内を包む悲鳴や食器の割れる音よりも何よりも、私は目の前で生徒が人質に取られている事の方が問題だった。

 

 

「さて、おとなしくなった…… なんだテメェ、動くなって言っただろうがよ、あぁん!?」

「妹を離しなさい、私が、代わりに……」

「おやおや、これはいい姉ちゃんを持ったな」

 

 リーダーの男が「行け」と示すと手下の1人が私の背中に銃を押し付けて楯無の隣に私を立たせた。

 何考えてる、と言いたげな楯無を目で黙らせ、突き放された楯無に変わってリーダーの腕の中には私が収まった。

 夏休みに入ってつくづく男運がないなぁ、と内心嘆きつつ、楯無が動けなかった理由を悟った。この男、身体に何かを巻きつけているのだ。防弾ベストとかではなく、爆弾の類を。

 

 

「犯人一味に告ぐ、君たちは既に包囲されている。おとなしく武器を捨てーー」

「うるせぇ! 人質の女がミンチになるぞ!」

 

 リーダーの男が外に向けてハンドガンを1発撃つと外がさらに騒がしくなる。

 ここは一か八か、この男を投げ飛ばして、もう1人を楯無に無力化させ、余った1人は…… と作戦を脳内で練る間にも犯人と警察のやり取りはつづく。

 手下その1がショットガンを天井に向けぶっ放した時はふざけてるのかと思ったが、撃った本人の表情から見るに銃には慣れていない様だ。

 空いている手で楯無に手話を送ると、首を振られた。この作戦はナシな様だ。

 だが、カウンターの陰から覗いていた銀髪のメイドに視線を向け、微笑むと少し驚いてから引っ込んだ。

 

 

「り、リーダー、腕締めすぎじゃないっすか? お姉さん死んじまいますぜ?」

「ん? ああ、すまねぇな」

「にしても美人さんっすね、この女も一緒に連れて行きやしょう」

「人質は必要だしな。それに……」

 

 おっと、その先は18禁だ。そんなエロ同人誌見たいな目にあってたまるか。

 ただ、この男の拘束が緩んだ一瞬がチャンスだった。

 身長差でリーダーの男を投げると、ショットガンを持っていた男を楯無が蹴り落として床に叩きつけ、もう1人はカウンターから飛んできた何か()が額に直撃して沈黙した。

 リーダーの男の手から離れたハンドガンをラウラが隠れていた方に蹴飛ばすと、シャルロットがそれを拾い上げてこちらに駆け寄ってきた。

 

 

「このクソアマっ!」

「黙れ」

 

 リーダーの男の腹を蹴り上げると、やはり感触がおかしかった。後ろで楯無が部下その1をショットガンのストックで殴って気絶ると残った部下その2の首にラウラがナイフを突きつけた。

 リーダーのジャケットを足でめくると、案の定C4爆弾のベストと起爆スイッチが見えた。

 男の腕がスイッチに伸びる前にシャルロットが腕を蹴り、その隙にスイッチをオフに。それから信管に繋がるコードを引きちぎってから男の胸を踏んで黙らせた。

 

 

「派手にやったわね、"お姉ちゃん"」

「そうね。大事になる前に帰るわよ」

 

 ニヤニヤとまた笑う楯無を一睨みしてから買った荷物を持つと執事さんとメイドさんに手を振ってから駐車場に直行。

 トランクに荷物を放り込み、シートに座ると大きく息を吐いた。

 

 

「無茶するわね。爆弾抱いてるのわかったから手を出さなかったのに」

「ラウラもシャルロットも居たからね。場の制圧は容易だと判断したのさ」

「はぁぁ、でも本当に怪我人が出なくて良かったわ。もっと大きくなってたらIS出すとこだった」

「最悪それもアリだったけどね。あれは緊急事態に相当する事項でしょ」

 

 それもそうね。と真面目な顔して言う楯無にシートベルトを促してからV12エンジンに火を入れた。




Spin Off 〜杏音先生こだわりの品々〜

やあ諸君。今回は私のこだわりの品々を少しばかり紹介しようと思う。字下げやらなにやらが無いから読みにくいかもしれないし、本編とは何の関わりも無いから読み飛ばしてくれても構わないよ。
さて、最初は今回の話にも出てきた車から行こうか。私が普段乗ってるのは本編で「イタリア製のスポーツカー」とか書かれているアルファロメオ・4C。全長約4mとコンパクトカーのサイズで小さく見えるが、幅は約1.85mと超広い。トラックか何かかと思っちゃうね。
そして、買って後悔したのがこの車にはパワステが無いこと。車庫入れは苦行以外の何物でも無い。エアコンとナビ、ツインクラッチのトランスミッションとかハイテク満載で何故パワステが無いのか。
それは軽量化の為に尽きる。そんな軽さ命の車に重くなるエアコンやらなにやら積んでる時点で私はこの車の本質を楽しめて無いのかもしれないけど、やっぱり車って快適に移動するための道具でもあると思うわけ。その点では「イギリス製のスポーツカー」と書かれるアストンマーティン(アストンマーチンって呼ぶ人もいるね)ヴァンキッシュ ヴォランテはとても優秀だ。
古典的スポーツカーの作り方に則ったフロントエンジンリアドライブのロードスターは楯無の言う通り、新車で買うと4000万近く、家一軒建つほどに高いが、私はカジノでコレの1/100以下で手に入れられたんだから意地でも持って帰りたくなる。
15秒ほどで開くルーフは開けていれば私と楯無の買い物を飲み込んで余裕があるほどのトランク容量があるし、オープンの状態でもゴルフバッグすら入るのは流石イギリス車と言ったところ。内装に目をやれば、反時計回りに回るタコメーターが私的にポイント高めだ。なんか、こう、他とは違うんだぞ、って感じを下品さ無く感じられる。ただ、見やすいかと言われれば疑問だが、オートマだし関係無いとも言えるかな?
白いボディにボルドーの内装とルーフは派手といえば派手で、かと言って品の無い派手さじゃないからお気に入りだ。
もちろん、パワステもついて、エアコンもよく効くのは言うまでもない。

次は武器の話でもしよう。本編では全く出てこなかったが、自衛官時代に9ミリ拳銃と言う名のSIG P220を持っていたが、射撃訓練以外じゃ撃つこと無いし、思い入れも無い。
こっそりぶんどったドイツの研究所に数丁の銃を隠しているのでそれを少し紹介しようと思う。
私のお気に入りはマテバ モデル6 ウニカだ。アニメ攻殻機動隊でトグサの愛銃として登場しているので一部界隈では有名だろう。私もあのアニメでこのキモ……独創的な見た目に惹かれたクチだ。
この銃の特長は何と言ってもバレルが下にあることが真っ先に上がるだろう。オートリボルバーの名前通り、リボルバー式の拳銃だが、一番下のシリンダーから撃ち出すのだ。もちろん、これには理由があって、反動の軽減と、命中精度の向上の為にこのような形になっているそうだ。
簡単にバレルが交換できるのもこの銃の特長で、それを生かして私はトグサ同様の6インチバレルにプレーンな四角いバレルウェイトに換装している。欠点といえば、パーツが無いこと、高いこと、ホルスターが無いことくらいで(多いね……)やっぱりマニア向けの域を出ないのが現実だろう。
そしてカービンはこれまたマイナーなロビンソンXCR-Lというアメリカ製のカービンライフルだ。5.56mm口径と7.62mm口径の中間(いいとこ取りも言うし、中途半端とも言う)の6.8mm口径の弾薬を使用し、その気になれば六角レンチ1本でバレルやボルトなどを交換して他の口径に対応することもできる。この手の銃は最近のトレンドとも言えるだろう。米軍正式採用のSCARなんかもそうだしね。
小柄な私に合わせてストックを削ったりホロサイトなどのオプションを追加しているが、やはり5kgは重いね。そのおかげで反動の制御は容易だが、これを使う機会が無いことを祈るばかりだ。
最後は普段から持ち歩いている折りたたみナイフ。柄を2分割してその中に刃を仕舞うタイプのもので、刃の支点が2つなので人間程度の柔らかいモノならさせるのが刃を回して取り出すタイプの折りたたみナイフにはできない事だろう(やろうと思えばできるけど、ほぼ出来ないものと考えるべき)。
ドイツ製の名もなきナイフの柄に日本の刀鍛冶に作ってもらった刃を取り替えて使っている。その切れ味は3枚おろしが余裕で出来るレベル。え? 例えがわかりにくい? だって普段肉を切る機会なんてそれくらいしか無いし……
この前ダリルの肌に当てた時にはそれだけでうっすら血が流れるくらいの切れ味と言えば良いだろうか? もちろん、切れ味の良い刃物で出来た傷は後が残らない。某無免許医も言ってたね。ダリルの首にはキスマーク隠しも兼ねて絆創膏が貼られていたのは今だから言える事だ。

他にもペンはパーカーとか、定規はアルミ削り出しとか、時計はタグホイヤーとか、こだわりポイントはたくさんあるが、余りにもお話と関係無さすぎるので今回はこの辺にしておこう。
そのうちバイクにも乗りたいところだが、恐らく乗る機会が無いので(話の流れ的に乗り物は出しにくいというメタい理由があるのだ)いまはまだ未定だ。背も低いからあんまりすごいのに乗れないんだよねぇ、悲しいけど。

本当の最後に、このあとがきに書かれている事はネットで調べたデータに基づいているが、(作者)の主観や誤解によって誤りがあるかもしれない事をここに記しておくよ。


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恋に焦がれる五重奏…… の裏だよ

 夏休みも終盤、私は飛び石の様に休みを取ったせいでまとまった休みはコレしかない。そして、今日も昼過ぎまで仕事をしてから千冬とともに家路に着いている。

 今日は実家に帰るので千冬も一緒なのだが、片付けが壊滅的に下手な千冬はパッキングも壊滅的に下手だったため、私が手伝った。

 千冬の元には一夏くんから『持って帰るものリスト』がメールで送られてきていたので、それに従いサマースーツやらなにやらをメールに従いスーツケースに詰め、車に放り込んで終わりだ。

 私はどうせ実家にある程度の着替えはあるので洗濯したいものをボストンバックに詰めて持ってきているだけだ。

 

 

「う〜む、やっぱり車に乗ると欲しくなるな……」

「でも実際使わないんだよねぇ」

「そうだな…… 一夏が免許を取れるなら良いんだが」

「まだまだ先だしねぇ」

 

 でも一夏くんも男の子だ、人並みに車やバイクに興味があると思うんだけど。帰ったら聞いてみる事を勧め、そのまま数時間走るとやっと見慣れた地元に辿り着いた。

 途中のスーパーでお酒とおつまみを買ってから織斑家に着いたのは4時過ぎの事だった。

 

 

「ありがとな、助かった」

「いいよ。今度はドライブにでも行こう」

「そうだな。ん? 騒がしいな……」

「専用機持ちでもいるんじゃないの? いつもみたいに」

「それはシャレにならん。まぁ、中学時代の友達か誰かだろう」

 

 千冬に見送られ、さらに車で数分進み実家のガレージに車を入れようとしたところで千冬からメールが届いた。

 件名は『専用機持ちだった』で、本文には「これから仕事で今日は帰れないと言ってしまったから付き合ってくれ」と書いてあった。冗談のつもりで言ったことが本当になってしまった様だ。仕方がないので一度車をちゃんとガレージに入れてから親への挨拶もほどほどに再び車に飛び乗って千冬を迎えに行く事にした。

 どうせ仕事と言ったからにはスーツなのだろうと予想して上坂家に置いてある千冬の服を適当に見繕い(昔一夏くんを預かった名残りで何故か2人の服が少し私の部屋に置いてあるのだ)、袋にねじ込んでから来た道を戻った。

 

 

「すまないな……」

「私も冗談のつもりだったんだけどね」

「まさか全員揃うとは思わなかったがな。戦争でも起こす気か?」

「それこそシャレにならないよ。第4世代機含む5機とか下手な国家なら圧倒できるし……」

 

 隣でシートベルトを締める音がしたのを確認してから車を止め出すと、さてどこに行くか、と悩む事になる。

 ひとまず近所のコンビニに寄ってこれからの作戦を練る事にした。

 

 

「さて、どこ行く?」

「どうするか…… 学園に戻るのも味気ないしな」

「せっかくの休みだしねぇ」

「温泉でも行ってゆっくりするか?」

「そうする? ホテルの空きあるかな」

 

 ネットで適当に探し、ここから2時間ほどの温泉街のお高いホテルに唯一の空きを見つけると千冬に確認してから予約を取った。

 それから駅前で千冬の着替えを追加調達してから女2人のドライブと洒落込む事にした。

 

 

「一夏くんってさ、彼女とか居なかったの?」

「なんだ、藪から棒に。私が知る限りは居なかったと思うが」

「いや、専用機持ちがなんか一夏くんにべったりじゃん? 特に鈴と箒ちゃん」

「確かにな。だが、オルコットとボーデヴィッヒの目にはあまり色が見えん」

 

 千冬からそんな言葉が出るとは意外だったが、確かにセシリアとラウラは一夏くんを好意的に見ているとはいえ、あくまでも友人として、だろう。原作ほどの好意はない…… はずだ。

 

 

「ラウラは言うまでもないよね。あれって完璧、お兄ちゃんを見る目でしょ」

「だな。あいつの『好き』はあくまでもLikeだ」

「シャルロットが伏兵なんだよねぇ」

「気が利き、周囲を冷静に見て判断する能力に長ける。優良物件だな」

 

 問題は一夏がそれに気付かないことだが、と付け足した千冬は少しニヤリとしていたので内心はやっぱり一夏くんにべったりなのだろう。口に出すと手が返ってくるので何も言わないが。

 

 

「それで、千冬は誰推しなのよ。私はシャルロットだけど」

「うむ…… 私は学園の外の人間と付き合ってもらいたい、と思う。ISとも関わりのない、普通の女とな」

「千冬はやっぱり一夏くんをISとくっつけたくなかった?」

 

 少し真面目なトーンで聞けば、千冬も真面目に「ああ」とだけ答えた。だけど、千冬もわかっているはずだ。一度ISに触れてしまったからには逃れられないと。今の自分たちの様に。

 だから尚更一夏くんが心配なのだろう。

 

 

「臨海学校であいつらに聞いたんだ。一夏のどこがいいのか」

「へぇ、ちょっと待って、答え予想する。カッコいいとか、そんなくだらない理由はないと思うのよ」

「ほう」

 

 千冬はこっちをみてニヤッと笑ってからコーヒーを一口飲んだ。千冬は一夏くんを女の子とくっつけたいのくっつけたくないのか、どっちなんだろうね?

 

 

「天然ジゴロの一夏くんだから、優しいとか、料理が上手いとかじゃない?」

「ふふっ、半分正解だ。あいつらから見ると一夏は強くて優しいらしい。優しさなんて自分がそう思えば優しい、と感じるし、あいつは強くもなんともないんだがな」

「そうかな? 実力的な意味では弱くても、メンタル的な意味では強いところもあるよ」

 

 まさか、と笑ってから千冬はまたコーヒーを飲んだ。昔から変わらない千冬のクセだ。恥ずかしがると照れ隠しに何か飲んだり、落ち着きがなくなる。本人はごまかしてるつもりだろうがバレバレだ。

 

 

「一夏は、今の生活に満足してるのか?」

「満足はしてるんじゃない? 楽しいかどうかは別として」

 

 ぷぃっ、とそっぽを向いてひたすら高速道路の防音壁を眺める仕事に戻った千冬をさておき、さらに車を走らせること1時間。予約していたホテルにチェックインすると、ホテルのロビーで目立つ金髪と橙色の髪の2人組を見かけ、さらに少し離れた所に黒髪の少女も居たがそれには目をつぶってまずは部屋に荷物を放り込むことにした。

 

 

「これは……」

「わお」

 

 取った部屋は所詮3つ星ホテルのエグゼクティブ。ちょっと贅沢、の度を越しているがつかの間の羽伸ばしには良いだろう。

 時間も時間なのでまずは夕食を摂りに別館のレストランへ。川のほとりのテラス席は程よい涼しさで気分がよかった。もちろん、出てきた創作和食も絶品だ。

 部屋で一息ついて、酒を入れる前に温泉に入ることを提案すると千冬もそれに乗った。

 

 

「2人で一緒に飯を食べ、風呂に入るなんていつぶりだ? ドイツか?」

「そのくらいだね。ドイツから帰ってきたあたり。私が無理やり連れ出したんだったよね?」

「だな。あの小さい車でよく何時間も耐えられたものだ。今となっては良い思い出だが」

 

 汗を流してから千冬は自販機でビールを買い、部屋で1本空けてから今度は本館最上階のバーへ行くことにした。まぁ、案の定ここでいま1番会いたくない人に会うわけだが。

 カウンターに2人並び、千冬はソルティドッグを。私はモスコーミュールを頼んでそれが出されると軽くグラスを掲げた。

 

 

「お疲れ様、か?」

「今年もまだ半分なのに色々とあったからねぇ」

 

 そして同時に一口。ジンジャーの爽やかな口当たりと後々効いてくるウォッカの感じで早くも酔ってしまいそうだ。

 千冬は千冬でまだ余裕と言わんばかりに舌で転がしている。相変わらず酒に強いようで……

 

「杏音?」

「ん? どちらさ…… はぁ」

 

 千冬とは反対側から声をかけられ振り向けば、もういい時間だと言うのにメイクをばっちり決め込んだスコールが居た。もうやだ。

 千冬も「知り合いか?」と聞いてくるのでどうはぐらかそうか少し悩んで、ちらりとスコールを見ればニッコリと笑うのみ。本人は黙りを決め込むらしい。

 

 

「実業家のミューゼルさん。アメリカで初めて会ったんだけど、こんなとこでまた会えるなんてね」

「ええ、会えて嬉しいわ。お隣は織斑千冬さんかしら? ブリュンヒルデの」

「ああ。織斑千冬だ、よろしく」

「スコール・ミューゼルと申します。杏音さんとはIS事業でご縁がありまして」

 

 よくも白々しい嘘をしゃあしゃあと。と思うも嘘の発端は私だと思うとなにも言えなくなる。

 スコールもソコソコ飲めるが、千冬のように飲めるときにまとめて飲むより、ゆっくりと上品に飲むあたりに差が出てる。

 

 

「お二人は夏休み? 先生も大変なのね」

「今年は色々と面倒があったからね。そういうスコールは?」

「私は仕事に。休みも兼ねているけれど、9月に入れば忙しくなるわ」

「それは皆同じだな」

 

 さらに他愛もない話で間を持たせてからこの場はお開きになった。もちろん、この場は、という言い方をしたからには続きがある。

 夜中に目をさますと、千冬にバレぬよう、というかバレても違和感のないようにお風呂セットを持って露天風呂へ向かうと先に待ち人がいた。日本の露天風呂に似合わぬ金髪と豊満な体。スコールだ。

 

 

「待った?」

「いえ、時間5分前よ。私は先にお湯を頂いてただけ」

 

 先にかけ湯で身体を流し、一通り洗ってから風呂に浸かると性懲りも無くスコールの手が私の身体に伸びてきた。

 軽く払ってから頬にキスして「今はこれでガマン」とひとこと言うとふふっ、と小さく笑った。

 

 

「それで、亡国機業のご一行がなんのご用で? 十中八九文化祭だろうけどさ」

「その通り。ここで貴方に会ってしまったのは完全に想定外だったわ。今日は実家に帰る予定だったはずでしょう?」

「よくご存知で。予定は未定だったんだよ」

 

 貴方らしいわ、と笑うスコールに軽くお湯を浴びせてから、私も肩までゆっくりと浸かる。

 流石にアルコールを入れてすぐに風呂に入るのは洒落にならないのでこんな時間だが、人がいないのはもちろん、露天風呂に出ると綺麗な夜空が広がっていた。

 

 

「日本語で"I love you"は『月が綺麗ですね』って言うんだったかしら?」

「そんなのは漱石だけで十分。私は回りくどいのが嫌いだからね」

「その割に随分回りくどい手を使うじゃない」

「回りくどい手を使わないための回りくどい手さ」

 

 タオルを置くふりをして、隠しておいたメスを取りだし、スコールの腕に走らせる。スコールもかなり緊張を解いていたのか、あっさりと腕に切り傷を許した。

 だが、傷から流れるものはなにもなく、ただ、立ち上がったスコールに私が酷く睨みつけられるだけだった。

 

 

「杏音、あなた……」

「なんとなく、その手の気配があったから試してみれば大当たりだね…… 何時(いつ)だい?」

 

 最後だけ声のトーンを自分のできる限り落としてーー千冬に限りなく近い感じで。脅すように問いかけると、私より頭ひとつ背の高いスコールも気圧されているように見えた。

 見た目だけは完璧な人間。義体化(サイボーグ)もここまで来たのかと、専門外だから素直に感心してしまう。だが、人間の細胞を置き換えたところで寿命が伸びるわけではない。

 

 

「5年くらい前よ。IS黎明期……」

「そう。あとで表面だけは直すから付き合ってよ」

「聞かないの?」

「興味ない、と言ったら嘘になるけど、深く聞く必要が無いからね。オータムには?」

「まだ気付かれてないはずよ。体温も、脈もあるし」

 

 そして再びスコールに近寄り、腕をよくよく見ようとすると、見事に抱き締められてしまった。

 だが、ここで注射器が出てきたりする事もなく、ただ、風呂のど真ん中で裸の女が2人抱き合っているだけ。

 だが、その時のスコールは静かに、泣いていた。

 

 

 




中途半端ですが、4巻は終わりです。


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手のかかる子たちだよ……

 夏休みも終わって9月。イマイチ休み気分の抜けきらない生徒達だが、私がホームルームの時間に学園祭のことを伝えると熱気の方向がそっちに向くことになった。

 まぁ、こんなことにも慣れたから、手を叩いてクラスを黙らせ、私に注目するようにしてからまた詳細を話していく。

 

 

「さてさて、みんなお待ちかねの学園祭が近づいてきた訳だけど、なにやる? あんまりお金がかかったり手間がかかったりするのは止めてね。詳しいことは明日の全校集会の後にやるけど、少しは考えておいて」

 

 私がそう言えば思春期女子達は一気にヒートアップ。やれシャルロットを執事にしろ、やれラウラを愛でろ、やれ先生を生贄に捧げろ。最後のは聞き捨てならんぞ? 生贄ってなんだ、生贄って。

 原作では2組は飲茶だかのはずだが、その発起人であろう鈴が1組に行ってしまった為、どうなるかと思ったが、メイド喫茶じゃなくてよかった。

 

 

「じゃ、企画書は前田さんに渡しとくから、それ書いて今週中に私のとこまで持ってきて。んじゃ、ホームルーム終わりっ」

 

 と、ひと騒ぎあったものの、休み明けの頭を目覚めさせる授業を1日こなして生徒会室でおやつを食べていると、楯無が唐突に言いだした。

 

 

「そう言えば杏音先生。織斑一夏君に会ってきたんですよ」

「ほぉ、それはまた唐突だね。どうせ変にちょっかい出して困らせたんだろ?」

「失礼ねぇ。普通にコンタクトをとったわ、普通に」

「え、今日の実技におりむー遅刻してきたよ? なんか青髪の女の子に絡まれた、とか〜」

「ああ、そう言えば遅れてきたねぇ。まさか……」

 

 目の前で明後日の方を向いて口笛を吹く楯無。顔面を掴んで無理やりこちらに向かせると激しく頭を揺さぶった。

 

 

「おら、なにしたんだ、吐け」

「んなっ、ただ、後ろからっ、目を、ああっ! 塞いだだけっ!」

 

 最後にデコピンを食らわせて開放すると軽くふらつくのか、目が泳いでいた。

 エロいいじり方をしても面白かったかもしれないが、さすがにそれをやると虚ちゃんから凄い目で見られそうなのでやめておいて正解だろう。あうあう、とか情けない声をだす主人を呆れた目で見ている。

 

 

「んでぇ? なにを企んでいやがるんですかねぇ?」

「企む、なんて失礼ね。私はただ、一夏くんを強くしてあげようと思って。学園祭、絶対に亡国機業が動くわ。最低限の自衛くらいはしてもらわないと」

「なるほど? 確かに一理あるね。んじゃ、私も一枚噛ませて頂きますかね。主に悪巧みの面で……」

 

 にししっ、と笑うと楯無まで私に呆れた目を向けてきた。なんだよ、ただ剥離剤(リムーバー)を作ってあらかじめ白式に耐性をつけようってだけだよ。別に悪くないよ。

 翌日の朝はSHRと1限を潰して全校集会だ。生徒会顧問である私は生徒の統制をケイト先生に任せて生徒会側に付きっ切りだった。

 軽く打ち合わせをしてから私が前に出て生徒を黙らせるとそのままマイクを虚ちゃんに渡した。

 

 

「みなさんおはようございます。これより全校集会を行います。今月行われる学園祭について、生徒会長より説明させていただきます」

「やあみんな、おはよう」

 

 虚ちゃんが演壇から降りるのと入れ替わりに上がった楯無の威厳もへったくれも無い挨拶で2,3年生は苦笑い、1年生は誰これ状態から始まった。

 この間の間にくるりと生徒たちを見回す楯無は1年の方に目を向けてにっこりと笑ったのだから、一夏くんを見つけたのだろう。あの笑い方はイタズラ成功の笑い方だ。

 

 

「さてさて、今年は色々と立て込んでちゃんとした挨拶がまだだったからまずはそっちからね。私は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後よろしくね」

 

 演説慣れした楯無の一挙手一投足に熱っぽいため息が聞こえるのはなぜだろう? 気にしたら負けだろうか。負けだろう。

 

 

「では、今月の一大イベント、学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容と言うのは……」

 

 楯無が懐から取り出した扇子に合わせて空間投影ディスプレイが浮き上がる。

 この辺りは私の小細工と虚ちゃんのプログラミングセンスが輝いていたりするが、生徒たちには関係の無いことだ。

 そして、楯無が扇子を開くと同時に一夏くんの写真がでかでかと映し出された。

 

 

「名づけて、織斑一夏争奪戦!」

 

 その響きに生徒たち、いや、ここは女の子、といった方がいいだろう。彼女らのボルテージは天元突破。雄叫びめいたものまで聞こえる始末だ。

 救いを求めてキョロキョロと辺りを見渡す一夏くんに楯無はウィンクをし、次に私がゆっくりと首を振ると一夏くんは神は死んだ、とばかりに項垂れた。

 

 

「えぇ〜 クラスには一夏くん来ないんですか〜!」

「そう言ってたじゃん。クラス替えとか面倒くせえ…… 手間なんだよ」

「言い換えられてない!」

 

 全校集会の後のHRではクラスからのブーイングを浴びながら学園祭での出し物企画が進んでいた。

 今回の企画は『部活対抗 織斑一夏争奪戦』なのであって、今まで出ていた人気の出し物をしていた部への特別助成金の代わりに一夏くんを入れる、と言うものであって、クラスへの何かは今まで通りこれといって無い。

 だが、そこは一夏くんの人気ぶりからか、クラスへもなにか還元されるべきとブーイングがあったわけだ。

 それを無理やり説き伏せてさっさと決めて企画書持ってこい、と教室を逃げ出してきたのが今のこと。

 隣の机では同じようにクラスを捨ててきた担任の織斑先生がいらっしゃる。

 

 

「千冬もクラスを投げてきたの?」

「ああ。なんだ、あの姦しさは…… 一夏とツイスターやポッキーゲーム…… 呆れて言葉もない」

「うちのクラスはその点は楽かね。なんでクラスに一夏くんが来ないんだ! って文句言われたけど」

 

 それから1コマ待つと各クラスの生徒が担任に企画書を提出している姿が見えた。かくいう我が2組も先ほど演劇をやる。と企画書を出されたので担任印を押して新しい書類を託したところだ。

 そして暫くしてコーヒーを飲みながらまったりとしているとシャルロットがやってきた。ウチのクラスの出し物が決まったのだろう。

 

 

「……という訳で、2組は演劇をすることにになりました」

「ほう、また無難なものを選んだね。ーーと言いたいところだが、どうせ何か企んでるんでしょ?」

 

 隣からも千冬の視線を感じつつもスルーして頑張る。個性派揃いの2組だ。ただの演劇ではないだろう。

 すごく嫌な間を置いてからシャルロットが、おずおずと口を開く。

 

 

「いや、その…… ハムレットなんですけど、先生にもやってもらいたいみたいで……」

「立案は誰だ? 中里さん? 美代さんあたりも……? まぁ、あの辺の騒ぎたい連中?」

「えーと……」

 

 さっきよりずっと嫌な感じ。ちらりと伺えば冷や汗すらかいているように見える。そんなに言いにくい子が立案なのだろうか? あのシャルロットだ。クラスメイトの名前が出てこない訳ではないだろう。

 

 

「ラウラです」

「…………」

「……は?」

 

 危うくコーヒーを吹き出すところだ。思わず隣に目を向けてみれば千冬の肩が震えてるのが視界に入る。

 彼女の「助けて先生……」という懇願の目をスルーして続きを待つ。

 

 

「ぶっ、はははっ! ボーデヴィッヒか! くくっ、それは意外だ。しかし、まぁ、あいつが演劇? よくもまぁ、そこまで変わったものだ。聞こえただろ、杏音、あのボーデヴィッヒがだぞ?」

「嘘ぉ……」

 

 私の精一杯のリアクションと私も今までに見たことあるか怪しいレベルの千冬の大爆笑でシャルロットも顔が引きつっている。

 

 

「そんなに意外、ですか?」

「それはな、あいつの過去を知っている分、おかしくて仕方がないぞ。くくくっ!」

「上坂先生、口開いてますよ?」

「ん? ああ、いや、ホント意外なんてレベルじゃないよ。ドイツの冷氷なんて言われていたのに……」

 

 ぬるま湯(IS学園)に浸かったら溶けてしまったのだろうか? まぁ、以前から弄られキャラの素質はあったし、真面目一辺倒だった訳ではなかったが、まさかごく普通の演劇を提案するとは思いもしなかった。

 入れ替わるように入ってきた一夏くんが、喫茶店やります、と報告してから職員室を出ると、廊下でバッタンバッタン騒がしい音がしたが、それには目をつぶって私に提出された企画書を改めて見返す。

 

 

「どうしてこうなった……」

「まぁ、学園祭っぽくていいじゃないか」

「ま、頑張るのは生徒だし、とも言ってられない……!」

 

 そう思い、騒ぎもひと段落した廊下に出て生徒会長への襲撃を企てた生徒たちに片付けを促してから私も生徒会室に向かった。

 道中もまた生徒が伸びていたり窓が割れてたり派手にやらかした跡が残っていたがそれには目を瞑り、生徒会室の重ったるいドアを開けると丁度一夏くんが虚ちゃんのおもてなしを受けているところだった。

 

 

「派手にやったみたいだね」

「一夏くんモテモテだから、妬かれちゃってツライわ」

「それは楯無さんが俺を連れ回すからでしょう……」

「あら、意識しちゃった? おねーさんとの校内デート? ふふっ」

「あまりからかいすぎないように。一夏くんは初心だからね」

「ちょっ、杏姉!」

 

 そう呼んだ一夏くんをちょっと強めの目で「先生と呼べ」と睨みつけるもシュンと縮こまって面白い。そのまま顧問の机に収まると虚ちゃんがお茶とケーキを持ってきてくれた。

 このフィルムのロゴから察するに、有名なパティシエが出したパティスリーのものだろう。美味しいに違いない。

 ふわふわのスポンジにフォークを突き刺しながら背後での会話に耳を傾けると一夏くんは楯無が稽古をつけることが気にくわないらしい。

 というよりも、自分が弱い扱いされてる事の方が嫌なようだ。だが、一夏くんが弱いのは事実。周りよりも求められるハードルが高い事は認めるが、それをクリアできるだけの実力を求められる立場にいる事への理解が未だ足りないようだ。

 

 

「ねぇ、杏音先生。一夏くんったら強情なのよ〜 おねーさんの指導受けたくないって」

「俺だってそんなに弱いつもりはないです。それにセシリアや鈴もいるし、教師役には不自由してませんし」

「ふぅん。ふぇも(でも)ふぃふぃふぁふんふぁ(一夏くんが)。んぐっ。弱いのは事実だしね。それに、教師役には不自由してないって言うけど、その教師だってたいした事ないじゃん」

「杏ね…… 先生。いくら先生でも言っていい事悪い事あるんじゃないのかよ」

「いいや、断言する。彼女らはそこの生徒会長よりずっと弱い。ラウラとシャルロットがタッグでやっとどっこいの勝負ができるくらいじゃないかな?」

「いいぜ、わかった。なら勝負だ。俺と楯無さん、それから杏音先生もだ。負けたら大人しくしてやる」

 

 その時の楯無は「してやったり」と、何時ものいたずら成功の笑みを浮かべていた。




長くなりそうなのでここでカット

感想でご指摘いただいた致命的な矛盾解消しておきました。
原作見ながらテキトーに書くからこうなる……


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男の子のプライド、だよ

 私と楯無、それから一夏くんは部室棟に近い道場の一室、畳張りの間に移動していた。

 楯無と一夏くんは袴に着替え、部屋の真ん中で向かい合い、一夏くんは少しばかり不機嫌そうに楯無を見ていた。

 

 

「じゃ、一夏くんが私を1回でも床に倒せたらキミの勝ち。時間はキミが続行不能になるまで。さ、始めるよ」

「え、いや、ちょっと……」

 

 一夏くんの事だからフェアじゃないとか言い出しそうなので私が口を挟む事にした。

 

 

「一夏くん、それくらいのハンデがあっても君は楯無を倒せないから平気。それに、この後は私とISバトルだよ? なんなら、先に私がリアルで体をボコしてもいいけど」

「…………」

 

 我ながら挑発の安売りにも程がある。だが、一夏くんはさっきより不機嫌度を増しつつも臨戦態勢に入ったようだ。

 昔篠ノ之道場で見せた懐かしい気迫を纏う一夏くんは「行きますよ」と宣言した次の瞬間にはあっさりと床に伏せ、首筋に手刀を当てられていた。

 この後も一夏くんは楯無に一撃も当てる事なくひたすら投げられ、足をかけられ、打たれ…… 見ていてかわいそうになるほどにフルボッコにされていた。

 一夏くんも意地で動くようになった中で最後に決まったのは一夏くんか楯無の胴着を取った時だ。楯無の下着が覗き、一夏くんの手が止まる。その腕を払った楯無はそのまま一夏くんを打ち上げ、ゲームみたいな空中コンボを決めて彼の意識を刈り取った。

 

 

「あちゃー。まさか意識まで飛ばす事はないでしょ」

「私の下着はお高いのよ。彼を保健室まで運ぶから、お願いね」

「はいはい…… わたし先生なんだけどなぁ」

 

 ぶつくさ言いながら一夏くんを担……げなかったので脇の下を抱えて引きずって保健室まで行くとベッドに寝かせて楯無を待った。

 数分で着替えを済ませた楯無が戻ってきたので目の前で眠る彼の話を少ししよう。

 

 

「一夏くん、強いでしょ」

「そうね。最後の気迫はわたしも少し驚いたわ。彼は『心技体』で言うなら『心』の部分は良いものを持ってると思うわ。けれど、『体』を持て余す程の『技』しかない。そこがウィークポイントね」

「彼の教師陣が教師陣だからなぁ……」

「結局、一夏くんの教師陣って誰なの? 専用機持ちの2人の名前は上がってたけど」

「全員だよ。専用機持ち全員」

「はぁ?」

 

 その中で教師役として"使える"のは2人しか居ないが、それでも感覚を掴む助けにはなっているはずだ。十人十色とは言わないが、それなりに機体タイプがバラけているため、得意なレンジが全員ちがうのだ。

 おや、そろそろ目が覚めそうだ。楯無に耳打ちするとまたニヤッと笑った。

 

 

「お目覚め?」

「せん……ばい……?」

 

 美少女が鼻歌を歌いながらひざまくら。これなんてエロゲ? 一夏くんは頭の中でそんな事を考えているだろう。思春期男子の正常な思考だ。

 え? 我らが唐変木オブ唐変木がそんなエロゲ脳なわけがない? それもそうか……

 

 

「ん…… やわらか…… っ! せ、先輩なにしてんすか!」

「え? ひざまくらだけど?」

 

 さも当然、と言わんばかりの顔は非常にムカついたが、それ以上に一夏くんの慌てぶりが面白くてクスクス笑っていたら「杏音先生、なんとか……」とわたしに助けを求める言葉を言い切る前に保健室のドアが蹴破る勢いで開かれた。

 

 

「一夏っ!」

 

 入ってきた小っちゃい身体はラウラ。その顔色は一瞬で冷酷なそれに変わり、その目線の先には楯無の膝に溺れる一夏くんの姿があるが、見ようによっては股間を…… これ以上はいけない。

 

 

「目標を撃破する」

 

 短い言葉とともにISを展開。同じ部屋に鬼教官()がいるのも御構い無しとは、いい度胸。あとで一夏くんと一緒に灸を据えてやろう。

 指先から展開されるシュヴァルツェア・レーゲンより先に飛び出したのは扇子。それが見事に未展開の額に命中。それと同時に飛び出した楯無は空中でキャッチすると開いて首筋にあてがった。

 

 

「くっ……」

「物分かりの良い子は好きよ。ね、杏音先生」

「ええ、物分かりの良い子は大好きです。ボーデヴィッヒ、後で私のところまで来なさい」

「Ja,Frau!」

 

 私は笑顔なのにラウラは強張った表情で即座に姿勢を正し敬礼。それを見た楯無は苦笑い、一夏くんも困惑した表情を隠せないでいた。

 

 

「よし、話も纏まったところで行きましょうか」

「え、どこへ?」

「杏音先生とISバトルが残ってるでしょ? 第三アリーナよ」

 

 楯無に抱きとめられて頭を撫でられるラウラも道連れに第三アリーナへ。更衣室で別れ際に一夏くんに「逃げたらわかってるな」と千冬の声を真似て殺気を当てたら凄い冷や汗と共に更衣室へ逃げ込んでいた。面白い。

 私は学園で使っている紺色のスーツに着替えると教員機が置いてあるピットに向かい、使用目的と使用開始時間を電子データとして職員室に送信。機体の使用許諾を取るとラファールに打鉄用の刀をニ降りとアサルトライフル、グレネードなどを適当に詰め込んでアリーナに出た。

 

 

「「「一夏(さん)っ!」」」

「おやおや、モテモテだねぇ」

 

 一斉に詰め寄られる一夏くんと、楯無の隣で借りてきた猫ならぬ借りてきたウサギ状態のラウラ。さっきから楯無の手がラウラの頭を撫で回しているが気に入ったのだろうか? 撫で回す楯無はともかくラウラもあまり嫌そうな顔をしていない。

 

 

「さて、先生も来たし始めましょうか」

「一夏くん、ついでにラウラの折檻もするから2人一度に来な」

「ハッ!」

「マジかよ……」

 

 敬礼、即座に展開と軍人としての刷り込みがまた復活しているラウラと、先ほど楯無にボコボコにされて勝てない相手、というものを知った一夏くん。

 楯無やセシリア、シャルロットにはギャラリーになってもらおう。

 

 

「ルールは普通に、シールドエネルギー削り切ったら勝ちだよ。2人仲良くね。始めよう」

 

 まずは作戦を練っているのか、私の方をにらみつつ動かないラウラと一夏くん。対する私は未だ装備を何も展開せず、無手の状態だ。

 ラウラは私の戦い方を知っているが、教員として来るのか教官として来るのか、それによって大きく変わる事を知っているが故の迷いもあるだろう。

 だから私は優しく助言(死刑宣告)をしてあげることにした。

 

 

「ラウラ、ドイツを思い出せ。本気で行くぞ」

「……! 一夏、避けろ!」

 

 次の瞬間には瞬時加速でもって一夏くんのいた所をISブレードを横に向けながら通り過ぎ、左右のブースターの出力差を大きく出してその場で反転すると個別連続瞬時加速で不規則な軌道を描きながらアサルトライフルで適当にばら撒き、そして戸惑う一夏くんの腹をブレードで抉った。

 

 

「一夏くん、それくらい避けられないと死んじゃうよ? ラウラはちゃんとトレーニングをしているみたいだね。偉いぞ」

 

 紙装甲も良いところな白式は抉り甲斐がある。生身に近いところに打撃を与え続ければ心がおれる。流石にそこまでやるとマズイが、私の機動が追えて避けられる程度にはなってくれないと困る。

 

 

「上坂先生…… 本当に教員機ですの?」

「リボルバーイグニッションブーストなんて初めて見たよ……」

「流石、初代生徒会長ねぇ……」

 

 ギャラリーの感想はさておき、開始5分だが私は無傷。レーゲン、白式共にシールドエネルギーは8割以上残っているが操縦者はそんな余裕が無いようだ。

 ドイツで散々扱かれたラウラはともかく、一夏くんはシールドエネルギーが残っているのに肉体的ダメージを感じ、なのにどこにも怪我の無い違和感、気持ち悪さに未だ戸惑いが隠せないようだ。

 だから隙ができるし容赦なくライフルのストックで頭を殴ったり出来る。

 

 

「上坂教官、流石に、もう……」

「えぇ、まだ5分だよ? こんなんで音を上げられると困るんだよ。ラウラはもう帰って良いよ。お説教は終わり。次やったら反省文と報告書だからね」

「しかし……」

「くどいぞ、ピットに戻れ」

 

 少し厳しめに言うと悔しそうにピットに機体を収めた。

 残された私と一夏くん。目の前に立つ彼は満身創痍、と言った感じで機体と操縦者の状態のミスマッチがすごい。

 

 

「どうして、こんな……」

「これで少しはわかったんじゃないかな? 機体を扱いきれない、ましてやISの本質すら理解できないから私の攻撃を受け続けるしかない。生殺しとはまさにこの事だよね。シールドエネルギーはまだまだ残ってる。行くよ」

 

 ブレードを手に再び瞬時加速。量産機の速度なんてたかが知れているはずなのに一夏くんは反応できない。

 それは本能的な危機感から身体が竦む感覚と同じだ。ISとて無敵の盾ではない。それを知ったから怖くなった。

 とっさに雪片を向けたところで無駄。運動エネルギーで勝るこちらの一撃で雪片は一夏くんの手から離れ、私のブレードも折れてしまった。だが、即座にアサルトライフルにスイッチしてストックで一夏くんを地面に叩きつける。雪片以外の武装を持たない彼はもう無力だ。

 彼に弱さを刻みつけるように、わざと顔周辺に外した弾丸を撃ち込んで時折腹を踏みつける。

 

 

「あ、杏姉、もう、やめてくれ、やめてくれよぉぉ!」

「まだシールドエネルギーは残ってるでしょ? 終わりなんてあるわけないじゃん。君には強くなってもらう。そうじゃなきゃ困るんだ」

 

 そう言って再び腹を踏みつける。苦しげに顔を顰める一夏くん。ギャラリーはもう見ていられないとばかりに顔を手で覆っている。

 その中で唯一、楯無はこちらをしっかりと見ていたのでいつも通り笑顔を返すと少し睨まれた。

 

 

「強くなれ、強くなれって、俺だって、強くなりてぇよ! でもっ! 俺には……」

「弱音なんて吐くな。私を殺す覚悟をしないと死ぬぞ。わかってるだろう。絶対防御を抜けてくる痛みが、衝撃が、苦痛が。全てを防ぎきるのは不可能だ。覚悟を決めろ、織斑一夏」

 

 もう一度本気で腹を踏みつけてから顔を蹴りあげ、空中で姿勢を崩した彼に鉛玉を撃ち込んでいく。

 遠くに落ちた雪片を拾いに行こうとする進路を片っ端から塞ぎ、先回りしては雪片を蹴飛ばして遠くに追いやる。

 気がつけば30分以上一夏くんを甚振っているとやっとその時か来た。

 

 

「クソッ、千冬姉なら……」

 

 一夏くんの呟きと共に白式を光が包むと装甲が形を変え、アリーナの端に蹴飛ばしておいた雪片は彼の手元へ、あるべき所に帰るように飛び出した。

 

 

「やっとか、長かったなぁ……」

 

 私のため息の後には白と青、鋭さを増した白式を纏った一夏くんが私の前に立っていた。

 その目にはまだ闘志が滾っているようなのであの相手をしないといけないようだが、そろそろこっちの機体が限界だ。さっきから無駄に瞬時加速や個別連続瞬時加速を多用したせいでシールドエネルギーの残りは心許ないし、フレームが悲鳴を上げるのが聞こえる。

 

 

「杏姉、これが目的か?」

「そ、セカンドシフト(二次移行)。一夏くんはいま力を欲した。私を殺す力を、千冬を守る力を。全てを守る力を。白式ならそれに応えてくれると思ってたんだ」

「はっ、杏姉にはなんでもお見通し、ってか? なら、俺がいま考えてる事も分かるよなっ!」

「これから本番、って言いたいんだろうけどこっちの機体が壊れるっ!」

 

 圧倒的に速度の増した瞬時加速を紙一重で避けてアリーナ外周を飛ぶ一夏くんに向けてアサルトライフルの偏差射撃。当たったいるのはわかるが、次の瞬間には壁を蹴飛ばして向きを変え、再び瞬時加速でこっちに突っ込んでくる。それも零落白夜のオマケ付き。今度は地面に伏せて躱し、グレネードを投げつける。

 土煙で視界を奪って態勢を立て直すと今度は青緑の弾丸が明後日の方向へ飛んでいった。

 

 

「荷電粒子砲!? なんでもありかよ!」

「今度は俺の番だぜ、杏姉!」

 

 さっきは私が策で翻弄できたが、今度は私がスペック差で翻弄されている。瞬時加速でのヒットアンドアウェイはラファールじゃ避けるのが精一杯だし、一か八かブレードを進路上に置いたところでへし折られるだろう。

 できるだけ早く飛びながら一夏くんに向けて撃ち続けるが、弾丸も何時まで持つか。

 

 

「ねぇ、一夏くんの問題点をみんなはわかってるの?」

「「「「……………」」」」

「まさか、その場その場で適当にやってたの?」

「今まではほぼ基礎同然のことをやっていましたわ。教科書通りの飛び方すら覚束ない、と思ったら次の瞬間にはあんなことすらする方ですから……」

「僕は銃の扱いとか対処を主にやってたかなぁ……」

 

 楯無が専用機持ち達の適当さ加減に内心大きくため息をついたところで試合は思わぬ形で終焉を迎えようとしていた。

 

 私がばらまく弾丸がちまちま白式のシールドエネルギーを削る中で、白式が視界から消えた。正確には追いきれない速度で瞬時加速をしたのだ。ハイパーセンサーで捉え続け、真後ろから零落白夜と共に突っ込んでくるのが見えたので回避の姿勢をとったがギリギリで間に合わない、そう思った瞬間、私の2m手前で一夏くんが白式から吐き出され、生身で地面にヘッドスライディングをかました。

 

 

「へ?」

「……エネルギー残量見てた?」

「セカンドシフトした時には満タン…… あっ……!」

「エネルギー切れだね。私の勝ち」

「はぁ…… また負け…… うっ……」

 

 一夏くんが口を押さえて慌ててピットに戻るのを見届け、私も教員機をピットに戻すとギャラリー達の元へと向かった。

 

 

「杏音先生、アレはないわ……」

「ラウラ、ドイツではアレが普通だったの?」

「ああ、初めての時には訓練を拒否した隊員がピットに立てこもるほどだったぞ」

「わたくし達の知っている先生の実力はごく一部だった、ということですわね…… 恐ろしい方ですわ」

「口々に酷評どうも。一夏くんは今ごろトイレで吐いてるんじゃないかな? みんなも一回どう?」

 

 ラウラと楯無を除く2人から一斉に拒否の返事を浴びるとちょうど顔色の悪いヒーローが帰ってきた。

 ふらふらと覚束ない足取りの一夏くんの両脇をセシリアとシャルロットが支えるとベンチに腰を下ろした。

 

 

「正直、死ぬほど怖かった。すげえ痛いんだよ。めっちゃ苦しいんだ。なのに気を失うこともできない、逃げられないんだ。杏姉が悪魔に見えたぜ……」

「でも、いい薬になったんじゃない? 一夏くん、改めて言うけど君は弱い。だからおねーさんや杏音先生がこうして手をかけるの。期待してるわ、一夏くん」



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まぁた面倒なことをしてくれやがるよ……

 無事に一夏くんをフルボッコして白式の二次移行と、楯無の専属トレーナー就任を果たした私を迎えたのはその後のフリーダム会長プレイだった。

 まず、楯無が一夏くんの部屋に住み着いた。まぁ、これに関してはラヴァーズ共が騒いで2日に1.5回ほどの頻度でドアやら家具やらが破損するだけだからまだ良い。私の仕事はラウラかシャルロットがやらかした時に白紙の作文用紙を5枚手渡すだけだ。

 問題は事あるごとに1組担任の千冬と山田先生が胃を痛めること。私には直接関係ないし、という顔をしていると千冬に射殺すような目で見られたので以来我関せず、という前に「少し心配してますよ」アピールをする事にしている。

 次は時折私が楯無に呼び出されて「生身」で一夏くんの指導を手伝わされること。私だっていつでも暇なわけじゃないんだよ? 楯無くん?

 一夏くんの荷電粒子砲を「絶対に当てられないから大丈夫」と不安になるセリフと共に向けられた時には寿命が大きく縮んだと思う。

 そして気がつけば学園祭当日を迎えていた。

 

 

「ねぇ、本当にやらないとダメ?」

「大丈夫、杏音先生イケメンだしっ」

「問題はそこじゃ無いんだけどなぁ……」

 

 2組の出し物は1日に3回公演の「ロミオとジュリエット」だ。個人的に気にくわないのは一番人が入るであろう最後の回で私がロミオをやらねばならないこと。いくら簡略化して端折ったからと言って、定番のバルコニーでのやり取りなどなど、甘ったるいところばかり継ぎ接ぎされては私だって恥ずかしい。

 まぁ、最後は原作通り死ぬんですけどね。キスしながら……

 

 

「いやぁ、さ、考えてみ? 10歳上の女にキスされるとかシャルロットが可哀想すぎでしょ?」

「練習の時にはラウラとしてたし、本人も不満じゃ無いからいいじゃん? ねぇ、ロロット」

「う、うん。ちょっぴり恥ずかしいけど、直接キスするわけじゃ無いしね」

「えぇ〜 折角だしキスしちゃいなよ」

「「え?」」

 

 整理しよう。演劇を先頭に立って仕切る監督は演劇部の沢田さん。小中と児童劇団に居たというプロだ。彼女のキャプションの下、平常回でのキャストはロミオがラウラ。ジュリエットがシャルロットだ。今までの練習では手の甲へはエアキスするものの、唇はあくまでフェイクで、客に顔を見せないことでごまかしていた。

 沢田さんもそれを目撃しているし、何も言わなかったからそれで良いものと思っていた。さすがに思春期の女の子同士がキスしてしまうのは風紀的にマズイ。担任として私が絞られしまう。

 だが、クラスの多くはどうだろう? 思春期女子特有ピンク色の脳細胞と数の暴力により空気はシャルロットと最後にはちゃんとキスをして死ねと言うのだ。

 教室の隅で衣装合わせをしていたラウラも流石にこの騒ぎに気がついたのか、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

 

 

「大分騒がしいが、どうかしたか?」

「ねぇ、ラウラ、シャルロットとキスして、って言われたら出来る?」

「ん? 練習もしたし、できるぞ?」

 

 ここで日本語の難しさが現れる。クラスの子はラウラに対しシャルロットと(唇同士で)キスできる? と聞きたいわけだが、ラウラは練習通り、(手の甲へなら)できるぞ。と答えたわけだ。これを聞いてさらにヒートアップして最後の通し練習で本当にする流れになってしまった。

 

 

「シャルロット、すまない……」

「ラウラならいいよ」

 

 と言うやり取りがあったかどうかはさておき、ロミオの自殺シーンではシャルロットが顔を真っ赤にしていたのはおそらく本当にされると思ったか、してしまったかだ。ああ、胃が痛い……

 

 

「ハイ、ストップ。ラウラちゃん、今本当にキスしたの? 無理だったら良いんだよ?」

「なに、頬にキスするくらい当然だろう?」

「「「…………」」」

 

 それなら、と思わず思ってしまったのは挨拶のキスに代表される、あの手のキスは大抵"しているフリ"だからだ。実際に唇つける場面など殆どなく、仕草の方が重要なファクターになる。

 でも、あのシャルロットの反応は明らかに期待してたよねぇ……

 

 

「シャルロットちゃん、大丈夫? 顔赤いけど……」

「だ、大丈夫だよ! うん、本当にしちゃうの、なんてちっとも思ってなかったから!」

「語るに落ちるとはこの事か……」

 

 クラスからの生暖かい目を受け、自分の口走った事を思い返してさらに赤くなった顔を手で隠したところでラウラがふと「口にするのか? 別に構わないが……」とさらに燃料を投下したところ、シャルロットはオーバーヒートでダウンしてしまった。

 そして私はラウラにちゃんと本番も頬にエアキスで済ませる事、と念を押し、「ラウラと僕が、あわわわわ」とうわごとをつぶやくシャルロットに復活の呪文を唱えてから練習を再開させた。

 クラスに渦巻く「キスしろ」の視線を受けながら私がロミオを演じるパターンでジュリエットを抱きながら毒薬の瓶を懐から取り出し、一気に煽った。

 

 

「おお、嘘はつかなかったな、薬屋! お前の薬はよく効くぞ…… こうして、口づけをして、死の、う……」

 

 シャルロットに覆い被さるようにして倒れると薄暗い照明が完全に落ちてからセットを動かす音が聞こえたので心の中で一息ついた。

 ちなみに、男装に当たっては私もラウラも悲しきかなコルセットなどを使う事はせず、髪を纏めるだけになった。ただ、それだけだというのにラウラも男の子っぽく見えるから不思議なものだ。

 そして、顔を上げるとシャルロットがほんのり赤い顔で私を見上げてきたので思わずラウラを愛でる感覚で撫でると「あわわっ」と可愛らしい声を上げた。

 

 

「ラウラも良いけど、杏音先生の演技も良いよねぇ。大人の色気が……」

「ラウラちゃんの初々しくて頑張ってる感じと対照的だよね。これは人が入る予感ですなぁ」

 

 ギャラリーと化した大道具などの子から口々に感想が漏れ聞こえ、少しばかり恥ずかしいが、ひとまず役目は終わったのでギャラリー側に回ってから、最後の大オチで死体役を終えると沢田さんの「ハイ、オッケーです。お疲れ様でした」という声で教室の空気が緩んだ。

 シャルロット演じるジュリエットは練習をこなす事に完成度が上がっているのはクラス全員の思うところらしく、ロミオの亡骸を抱きながら嘆くシーンなど、実際に涙を流す子も現れるレベルに達している。本人曰く「原作やミュージカルは観た事があったから…… ラウラも先生も大好きだし」と嬉しい事を言ってくれたので最後の一言には目をつぶった言葉を返しておいた。

 

 

「さ、学園祭始まるよ。初回は1時間後、10時半! みんな、頑張ろう!」

「「「「おおーっ!」」」」

 

 盛り上がる乙女たちは一旦置いておき、私は学園内の警備にあたらねばならない。

 髪はポニーテールにしたままスーツパンツとブラウスに着替え、上から白衣を羽織ると腕に「生徒会」の腕章をつけた。来賓や生徒の招待客を眺めつつ、怪しげな所作をする輩が居ないかをなんなとなく見張るのが仕事だ。

 さらに言えば、IS関連企業が生徒へ売り込みをかけるのを防ぐ目的もある。

 IS学園に居なければISに乗れないと言う訳ではないし、実際、企業に直接雇われて社内教育の末に代表候補と同等の力量を持つ人も居る。だが、学園の生徒たちに直接売り込み、言い方を変えれば生徒を早い段階で雇ってテストパイロットに仕立てれば企業は使えるパイロットを安く雇えて、生徒からすれば将来の就職先を早い段階で決められると言うメリットもある。

 だが、こういう場でスカウトをかける企業に「ISでひと山当てる」と言う考えの技術の無い企業や夢を追うだけのベンチャーが多いのが実情。故に学園としては「生徒のスカウト、引き抜きは学園の定めた(というよりは一般的な日本、またその他諸外国の)スケジュールに則り就職活動期間中に行うこと」としている。

 にも関わらずコソコソ動き回る人に声をかけては念を押すのが私のここ数年の仕事だ。時には馬鹿な新卒が生徒がダメなら教員を、と開き直って私に声をかけてくることもあるが、私の特許収入を教えるとすごい顔をして引き下がってくれる。

 こういう時に客観的にその人の価値を測る指標になるものがあると便利だ。ちなみに、倉持からは一般的な役員程度の報酬を貰っているから、特別高い給料で雇われている訳ではない。世間一般からすれば高給取りであることは間違いないが……

 そんな中、明らかに"気配のなさすぎる"スーツの女性を見かけたので声をかけに行く。

 

 

「すみません、恐れ入りますが招待状か入場許可証のご提示をお願いします」

「ああ、ハイ。これですよね」

「ありがとうございます。見事な模造品ですね。スコールが手配したんですか?」

 

 そう言うと、その女性、いや、オータムは苦笑いをすると私に従い人気のない場所まで着いてきた。

 

 

「学園祭に来るとは思ってたけど、堂々としすぎじゃない? 狙いは一夏くん?」

「チッ、バレんの早すぎだろ。これでも気配消してたんだぜ?」

「消してるからバレるんだよ。人が多いんだから余程挙動不審でもない限り声なんか掛けないし」

 

 あー、めんどくせぇな、と言いながら頭を掻くオータム。私は改めて模造品の入場許可証を見る。本来はICチップで管理されているが、これにはチップは入っていてもその中身は空だ。それ以外は本物と見紛う出来だから目視確認しかしなければ普通に通してしまうだろう。

 

 

「んで、天下の大先生はなんだぁ、私らがやることを止めるか?」

「いや? 始まってからじゃないと動けないからねぇ、ここじゃ」

「ふん、ならどうして声かけに来たんだよ。挨拶しに来たってわけじゃないだろ?」

「まぁ、半分それもあるけど、警告かな? 君たちが持ってきてるオモチャは今の一夏くんには使えないから方法を変えるべきだよ」

「…………?」

「ふふっ、わかってない顔してるけどこれ以上は教えてあげない。ご協力どーも」

 

 涼し気な顔してオータム、ではなく巻紙さんを無理矢理人混みに突っ込むと、私は再び人混みで生徒に声をかける不届き者の肩に手をおいて微笑む仕事を再開した。



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謀られたよ……

 時計の針は回って昼過ぎ。お昼のピークタイムを過ぎたこともあり、飲食系の模擬店はこぞって休憩時間に突入する。ここぞとばかりに今日2回目の公演をかなりの客入りで終わらせた2組の面々もまた満足気な表情で早々と片付けを済ませて人混みに消えていった。

 そんな彼女らを送り出してから教室を施錠し、私も遅い昼食を……と思った矢先、目の前に楯無が現れ、「拉致」と書かれた扇子で口元を隠したまま空いた手で私の手を掴むと何も言わずにアリーナに拉致られた。

 

 

「んでぇ、いきなり人を拉致ってどうした」

「この学園祭、亡国機業が入り込んでるのはわかっているでしょう?」

「そりゃね。さっき挨拶も済ませてきたよ」

「はぁ…… それで、アイツらが動く目的と言ったら織斑一夏。だから彼を餌に釣るわ」

「そんな簡単に釣れるかね?」

「釣れるわ、確実に」

 

 オータムに警告はした。その意味を正しく理解してくれたかはまた別だが、手をかける隙は今まで確かに無かったし、彼女らも焦っているだろう。

 その隙を私たちが突けるのか。それはまた別の話になるだろう。彼女らの実働隊がオータム1人なわけは無いし、どこかでマドカもバックアップについているはずだ。学園の外、何処か高い場所から見ているのだろう。それをさらに外から見るのかスコールの仕事なはずだ。

 

 

「まぁ良い。それで、何するわけ?」

「シンデレラよ」

「は?」

「シンデレラ。演劇よ。観客参加型、生徒会への利益も兼ねた、ね」

 

 曰く、王子に扮した一夏くんの王冠を奪えば彼と同室になる権利をプレゼント。争奪戦の参加は"生徒会に投票した"一般生徒も含まれる。だから"観客参加型"と言ったのだ。山田先生の胃に穴が開きそうな話だが、もうすでに根回しをした上での事だろう。

 

 

「さ、開演よ。先生は一夏くんが逃げそうな人のいない場所に」

「はいはい…… まったく、先生をなんだと思ってるんだよ」

 

 ぶつくさ言いながらも彼女なりの作戦があるのだろうからおとなしく従い、更衣室周辺をウロウロする事にした。

 上で楯無のナレーションが始まるとチープなセットの上を駆け回る足音が響く。時折金属音も聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 歩き疲れて更衣室に入るとそっと気配を消す。その瞬間、今までの比にならない地響きがアリーナに轟いた。これが楯無の言っていた一般参加組だろう。アリーナいっぱいに詰め込んで何人か…… 数えるのはやめよう。とにかく一夏くんを狙うヒットマンはワンマンアーミーでなんとかなるレベルで無いことは確かなようだ。

 

 

「こちらへ」

「うわっ!? た、助かったぁ……」

 

 そんな間抜けな声で飛びかけていた意識を戻し、ゆっくり慌てて手近なロッカーに飛び込んだ。

 入ってきたのは案の定オータ……巻紙さんと一夏くん。だが、巻紙さんの笑みは明らかに目が笑っていなかった。あれはオータムの目だ。

 

 

「あ、あれ? どうして巻紙さんが?」

「はい。これを機に白式をいただきたいと思いまして」

「……は?」

 

 まだだ。まだ出るべきでは無い。少なくとも一夏くんが気絶か見えないところまで吹っ飛ばされてくれないと。今、彼に私と亡国機業の関係を悟られるのはまずい。

 

 

「いいから寄越しやがれよ、ガキ」

「えっと、あの、冗談ですか?」

「冗談でテメェみたいなガキと話すかよ。マジでムカつくぜ」

 

 しかし口調はオータムなのにニヤニヤと営業スマイルを浮かべる様は見ていて滑稽だ。こっそり写真を撮るとスコールにメールで送った。

 さすがに痺れを切らしたのか、未だにボサッとしている一夏くんを蹴り飛ばすと私の隠れる3つ隣のロッカーに叩きつけた。

 

 

「あーあ、クソッタレが。顔、戻らねぇじゃねーかよ。この私の顔がよ」

「ゲホッ、ゲホッ! あ、あなた一体!?」

「あぁ? 私か? 企業の人間になりすました謎の美女だよ。おら、嬉しいか?」

「くそっ、白式!」

 

 やっと一夏くんが白式を緊急展開したところで私も動き出す。まずは飛び出した一夏くんにオータムの視線が釘付けになった所でロッカーから飛び出し、裏に回る。このロッカーもいつ倒れるかわかったものじゃ無いが、あの場所よりマシだ。

 

 

「待ってたぜ、それを使うのをよぉ。ようやくこいつの出番だからなぁ!」

 

 ワザとらしい口上を述べてオータムもISを展開した。ここでハイパーセンサーに見つかるのも面倒なので私もこっそりファウストを起動するとステルスモードに切り替えて天井の隅に貼りついた。

 側から見ている分には互角に見えるが、一夏くんは逃げに手一杯、対するオータムはまだまだ余裕の姿勢だ。そもそもの手数が違うから仕方ないが、人間のスペックが違いすぎる。

 

 

「なんなんだよ、あんたは!」

「ああん? 知らねーのかよ、悪の組織の一人だっつーの」

「ふざけんーー」

「ふざけてなんかねーよ、ガキが! 秘密結社『亡国機業』が一人、オータム様って言えばわかるかぁ!?」

 

 着ていたサマースーツさえ捨て、完全にアラクネを展開したオータムは一気に攻勢に入る。8本の足から鉛玉の雨霰を白式に向けて撃ち込み、無理に避けた一夏くん…… 本人は好機と取ったのか雪片を振りかかっている。それを見事に白刃取りしたオータムは目の前の的になった白式に容赦なく弾丸を撃ち込んでいく。

 流石に武器を手放すことを学んだ一夏くんはその場は一旦後退、それから腕を蹴り上げてマシンガンを奪うと続いて雪片の奪還にも成功していた。確かに成長しているようだ。

 

 

「そうだ、良いことを教えてやる。第二回モンドグロッソでお前を拉致ったのはウチの組織だ! 感動のご対面だな!」

 

 あの後千冬に全滅させられただろ、と高笑いするオータムに思わず呆れてしまったが、一夏くんのヤワな血液を一瞬で沸騰させるには十分過ぎたようだ。頭に血がのぼると一気にただの木偶になってしまうから一夏くんは残念だ。

 その証拠に借りを返すだのと甘ったれたことを叫びながら真っ直ぐ突っ込んでいくではないか。オータムがそれを逃すわけも無く、特殊装備の網、というより蜘蛛の巣によって絡みとられた白式もろとも壁に磔られてしまった。

 

 

「んじゃぁ、お楽しみタイムと行こうぜぇ」

 

 オータムが手に取り出したのは案の定剥離剤(リムーバー)だ。それを見た一夏くんは"私が前に食らわせた"物との見た目の違いに少し頬を引きつらせながら精一杯の虚勢を張る。

 

 

「別れの挨拶は済んだか? ギャハハっ!」

「なんのだよ……」

「お前のISに決まってんだろ!」

「なにっ!?」

 

 一夏くんが驚愕の顔をした瞬間にオータムが剥離剤のスイッチを入れ、白式に紫電が走る。一夏くんも堪らず悲鳴を上げながら紫電を浴び続ける。だが、それが数十秒経つとオータムの顔が焦りに変わった。

 

 

「何故だ、リムーバーが効かねぇ!」

「そりゃ、1度使えば耐性が出来るからね」

 

 あまりの激痛に耐えきれなくなった一夏くんが気絶し、白式が待機形態に戻った所でオータムの後ろに立ち、姿を現した。その時のオータムの顔も面白かったのでこっそり撮ってスコールに送信だ。

 慌てて振り返って後ずさりするオータム。彼女から見たら私は何もないところからいきなり現れたように見えるだろう。それもISすら装備せず。

 

 

「なんで、クソっ、お前が言ってたのはこういうことか!」

「理解が遅い子は先生嫌いです。勉強してらっしゃい」

「だがっ!」

 

 足元に転がる一夏くんを片手で拾い上げると頭にアラクネのアームを一つ突きつける。まるで人質がいるから形勢逆転だ、とも言いたげな顔が非常に愉快だ。

 

 

「お前にISは無いし、こっちは本人ごとゲットだ。甘すぎんだよ!」

「オータム、甘いのはどっちかしら?」

 

 次の瞬間、アラクネのアームごと切り離して一夏くんを部屋の片隅に吹き飛ばすとオータムの首筋に赤黒く光るエネルギーブレードを突きつけた。

 

 

「チェック。今引くなら追わないであげる」

「このクソアマっ!」

 

 ブレードをアームで弾くと芸も無く6本の足から鉛玉を吐き出す。

 それを全てシールドビットで防ぎながら倒れたロッカーの隙間を縫うように走る。こんな閉所で有効な武装は限られている。それこそ、ブレードと特殊な何かくらいだ。

 

 

「お前もまたちょこまかと! いくらスコールのお気に入りでもこの場でぶっ殺してやる!」

「出来るのもならやってみなさい」

 

 シールドビットを8つに増やしてなお今度はレーザーを発射するビットを4機射出。もちろん、全てレーザーが曲がるのは言うまでもない。

 そして両手にサブマシンガンを持って部屋を駆け回りながらオータムに反撃を始める。

 オータムは基本的に実弾兵装しか使わないし、蜘蛛の巣も広がるまではただの玉だ。レーザーで撃ち落とせる。

 死角から飛んでくるレーザーに手こずりながらオータムはまだ私に向けて足を向け続ける。彼女も人間が普段見ている範囲しか見えないような甘っちょろいIS乗りではないのは既に分かっていることだ。

 だからレーザーはそこそこの数を避けるし、射撃も正確だ。だが、フレキシブルを駆使すると話は変わってくる。

 

 

「なんだ、このレーザーっ、面倒くせぇ!」

「このくらいエムにもできるでしょうに。それにしても、さっきからこの部屋暑苦しいね」

「んだぁ?」

「いや、この部屋さ、なんか暑くない? いくら熱いバトルでもこれはおかしいでしょ」

 

 私がさっきから飛ばしているビットはシールドやらレーザーだけではない。私に使えない武器はないのだから、一度見て実用化されている特殊兵器を真似るくらい朝飯前だ。

 さっきからオータムの周りをちょこまかと飛び回る水色のビット。攻撃するわけでもなく、視界を遮ったりするわけでもない。

 ただ、水蒸気を放出し続けただけだ。それも、粒子の細かい、濃密な。

 

「不快指数って湿度に依存するらしいよ。ねぇ、この部屋さ、蒸し暑くない?」

 

 誰のセリフかはこれからわかる。気絶した一夏くんを容赦なく扉に向けて蹴飛ばすとちょうど開いた扉に飛び込み、奥に立っていた楯無を巻き込んで廊下の壁に叩きつけて再び扉はしまった。

 そして、オータムは私の言うことを理解したのか、苦笑いとも驚きとも取れる顔をした。

 

 

「いやぁ、科学って楽しいねぇ!」

 

 次の瞬間、アラクネに纏わりついていた霧が一気に爆ぜ、爆心地とも言えるアラクネが次に見えた時には装甲は剝がれ落ち、自慢の足すら半分もがれた無残な姿だった。

 

 

「ざまぁないね。最後通告だ。エムの手を煩わせる前に失せろ」

「グッ……」

「させないわ!」

 

 ヒビの入ったドアを破って入ってきた楯無はランスを構えると逃げの体勢に入っていたアラクネに追撃をかけた。

 

 

「クソがぁぁぁ!」

「楯無!」

 

 私が楯無の名を叫ぶとともにオータムはISを脱ぎ捨て、その勢いで脆くなった壁の向こうへと飛び去っていた。

 そして、残されたアラクネが内部から光を放ち始めると咄嗟に楯無は水のヴェールで全身を覆い、私は正面にシールドビットを纏めた。

 

 

「楯無、無事っ!?」

「先生こそ、なんで!?」

「説明は後! 一夏くんを専用機持ちに回収させて保健室に、楯無は付いてきなさい!」

 

 即座に指示を出し、楯無を引き連れてオータムの痕跡を追うことにする。

 千冬に学園内で戦闘、主犯を追跡中。と一報入れてから学園からモノレールに乗り、さらに暫く歩いた場所にある公園まで追ってきた。蛇口から犬のように水を飲むオータムは満身創痍と見える。

 

 

「見つけた。今度こそ……」

「楯無、下がりなさい」

「先生! まさか亡国機業の肩を持つの?」

「いや、私に手がある。反対側に回って待ちなさい」

 

 ISを展開してオータムに手を向けると顔だけがあちこちを見回し、暫くしてから私のいる草むらに目を向けた。

 楯無が反対側にかけていくのを見つつ、草むらから体を出すとワザとらしく声をかけた。

 

 

「梃子摺らせてくれたね。おかげでアリーナは暫く使えそうにないよ」

「テメェ、どれだけの手札を……」

「う〜ん、数えたことないや。さて、お迎えはそろそろかな?」

 

 私の死角を狙った"光速の一撃"をシールドビットで防ぐとその方向に向けて一発撃ち出す。

 

 

「全く、食えない女だな。お前も」

「今は先生だからね。いつ来てくれてもいいよ、エム」

「はっ、笑えない冗談だ。さて、オータムを返してもらおう」

「それは無理かな?」

 

 AICで動けないオータムの頬にキスをすると「動いたら殺す」と念を押してから頭上のエムにライフルを向けた。

 それが開戦の合図かどうかはわからないが、ほぼ同時に撃ったと思うと真逆に回避して高度を上げていく。

 双方ともにビットを何機も飛ばして互いの攻撃を防ぎながら偏向射撃で如何に裏をかくかの頭脳戦だ。

 

 

『先生、学園からラウラとセシリアが』

「クソっ、こんな時に邪魔くさい!」

 

 思わず本音が出たが、それは同方向から飛んできた鉛玉とレーザーが上手いこと誤魔化してくれたと信じよう。

 

 

『『上坂先生!』』

「ラウラとセシリアは地上のオータムを拘束しなさい! こいつの相手は私がします!」

『サイレント・ゼフィルス……!』

「セシリア! 命令だ!」

 

 セシリアの動きが止まったのを見逃さず、怒鳴りつけるとおとなしく地上に向かった。

 

 

『お前も苦労しているようだな』

「そりゃね。良いのかい? オータム捕まっちゃうよ?」

『スコールに小言を言われるのは避けたい。何としても取り返させてもらう』

 

 ビットから撃ち出されたレーザーは大きな弧を描いて地上の3人に向かう。もちろん、死角からの攻撃は的確にそれぞれのウィークポイントを狙っており、シュヴァルツェア・レーゲンのレールガン、ブルー・ティアーズのビット、ミステリアス・レイディのクリスタルを撃ち抜いた。

 お返しとばかりに地上から飛び道具で雨のように迎撃されるが、空中には私もいることを忘れてはならない。

 有利が一転、見方からの迎撃で一瞬の隙を許してしまう事になった。シールドビットを前面に固めて一直線に地面に向かうサイレント・ゼフィルスから一瞬遅れて私も向かうが次の瞬間には上手いこと視線誘導されたセシリアがラウラを撃ち、楯無は直接攻撃を受けて怯んだところでAICをカットされオータムが連れ去られていた。

 

 

「全員怪我は?」

『無いわ。機体はボロボロだけどね』

『ラウラさん……』

『言うな、次が無いようにしろ』

「今は帰るよ。ラウラとセシリアは千冬の指示?」

『はい。織斑先生から2人の援護に、と』

「全く、ちーちゃんも……」

 

 親友に毒吐きつつ学園に戻ると戦闘があったのが嘘のような活気に包まれていた。

 即座に地下の千冬に報告をすると学園祭が終わるまではとりあえず今日やるべきだった仕事をする事となった。となると……

 

 

「ああ、ロミオ、どうして貴方はロミオなの? お父様と縁を切り、その名を捨てて…… それが無理ならせめて私を愛すると誓って。そうすれば私はキャピュレットの名を捨てましょう。私の敵は貴女の名前。モンタギューでなくても貴方は貴方。名前がなんだと言うの? バラと呼ばれるあの花は、他の名前で呼ぼうとも甘い香りは変わらないわ! だからロミオ、その名を捨てて。そんな名前を捨てて私を、私を取って……」

 

 絶賛深窓の令嬢に愛をの言葉を投げられている。

 この回だけ私が出るなんて大っぴらに宣伝したところで意味ないだろうと踏んでいたが、私の思っていた以上に私は生徒から人気があるそうで、整備科の生徒が客の多くを占めていた。さらに言えば倉持から来ている技師さんや、その他海外企業の方々、暇な先生、おいおい知り合いばかりかよ、と嘆きたくなったが、一度請け負った以上、最後までやり遂げるのがスジだ。

 

 

「ああ、彼らの20本の刃より、貴女の瞳の方が私には恐ろしいのです。もし、あなたが私を優しく見守っていてくれるのなら、彼らの敵意など関係ありません! 彼らの憎しみによってこの命が終わる方が、あなたの愛なく生き長らえるよりもずっと、良いのです」

 

 大振りな動きとともにテラスのシャルロ…… ジュリエットに愛の言葉を返す。

 ロミオとジュリエットは若い、それこそ生徒たちと同世代の男女が恋に落ちるとどうなるかを皮肉った物語だと言われるが、それはこの情熱的な台詞回しが、言ってしまえばとてもクサいからだとも言われる。演じてる私も最初は恥ずかしくて仕方なかったよ。

 そんなクッさいセリフのオンパレードも長くは無い。ちゃんと修道士や修道女との真面目なシーンも挟んでから、街中での決闘でジュリエットのいとこ殺してから修道士に諭され、初めての夜(意味深)を過ごしてからジュリエットが数多の婚約話を持ちかけられるところも少し端折りつつもちゃんと演じていた。シャルロットはほぼ出ずっぱりだ。

 

 

「本当に、この薬を…… ですが…… いえ、今はロレンスを信じましょう」

 

 薬瓶を煽ると何事も無かったかのようにベッドでそのまま眠るように倒れるジュリエットは翌朝、結婚を約束したパリス伯に見つかることになる。

 悲しみにくれるパリス伯を演じるのはクラスのイケメン枠の一人、修道士ロレンスも同じくイケメン枠の中から選ばれた。そんな彼女らの熱演もあり、ついに墓場のシーンだ。

 ジュリエットの死の知らせを聞いたロミオは違法と知りながら毒薬を貧しい薬屋から買い、ヴェローナへと馬を走らせたのだ。

 道中、パリス伯を殺してしまうなどの重要シーンもキチンとこなし、彼の死体を抱えてキャピュレットの墓に埋葬してからあのシーンをこなさねばならない。

 

 

「さあ来い、無情な道案内、さあ来い、味気のない先導役。お前は破れかぶれの舵取りだ! 波にもまれ、疲れた小舟を今こそ岩にぶち当て打ち砕け! あぁ、我が恋人に…… 乾杯!」

 

 そしてロミオもまた薬瓶を煽ると打ち震えながら、そして、苦しみを味わうように。また、最愛の人の側で死ねることを喜びとしながら最後のセリフだ。

 

 

「おお、嘘は吐かなかったな、薬屋……! おまえ、の、薬はよく聞くぞ…… ははっ、こうして口付けを……」

 

 わざと台詞を最後まで言わずにそのままジュリエットに重なるように倒れると客席からため息が漏れた。

 ここまでいいリアクションをしてくれるとこっちも恥ずかしい演技をしている甲斐があるというものだ。

 

 

「なんと…… そんな、まさか……!」

 

 その後、ロミオとパリス伯との争いを見ていた者の通報で夜警が駆けつけた時には既に時既に遅く、墓地には修道士がただ立っているのみだった。

 




最後のロミジュリは読み流して要約に要約を重ねた上に最後まで書いてません。
本来の話が気になる方は青空文庫やネットで現代語訳が出てくるので一読することをお勧めします。


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これが若さというやつか… だよ

 亡国機業の乱入、セシリアがラウラへフレンドリーファイアなど色んなゴタゴタがあった学園祭も終わると、生徒たちの意識は月末に迫るキャノンボール・ファストに移って行く。

 市のISアリーナを貸し切って行われるこのイベントは、簡単に言ってしまえば妨害上等のISレースだ。目的としては高機動下での操縦技術習得と慣熟、なんていかにもなお題目が掲げられているが、実際には各国が高機動パッケージを持ち込んで技術レベルを競い合う、なんて技術戦争的一面も持っている。

 正直、私の思うキャノンボール・ファストはスペック対操縦技術の比が7:3くらいな印象を持っている。だからあまり高機動下での操縦が苦手でも、スペックさえ確保できればそこそこ勝機が見えてくるのだ。

 だから専用機持ちの中で言えば第2世代機を持たされている子は若干不利と考えている。

 

 

「楯無ぃ、なんで生徒会なのに違う先生の名前が入った書類が半分以上あんのぉ?」

「言わないで、今まで無視してきたのだから指摘しないで、うわあああああ」

 

 ところ変わって阿鼻驚嘆の生徒会室からお送りします。学園祭で散々楽しんだ生徒会は見事に一夏くんを獲得。副会長の座にセットして、今は虚ちゃんが仕事のイロハを教えている。

 だが、そのツケとして、日頃彼女と私で8割を終わらせている書類が私と楯無に回ってきているわけだ。

 本気を出させた本音ちゃんを動員する策も浮かんだが、彼女の本気を出させるにはいかんせん出費が多いことから一旦見送られ、発狂しそうな楯無と私で書類の山を崩しに掛かっているのだ。

 

 

「そうだ、名前の主に返しに行けばいいんだぁ! アハハハハ!」

「そうね! ちゃんとやるべき人がやれば私たちの仕事も!」

「そうと決まれば」

「「いざ、仕分けの儀!」」

 

 楽をするための解決策を見出した私たちは早かった。宛名があるものないものに楯無が分け、宛名のあるものの中でさらに先生や部署ごとに私が分けて行く。

 おそらく数百枚あった書類の山は、生徒会で処理すべきものが全体の1/3程度まで減る大成果を上げ、私は職員室へ残った書類を持って行き、先生の机に黙って書類の束を置いて逃げてきた。

 

 

「楽だ、楽だぞ楯無ィ!」

「紙が少ないわ、アハハッ! こんなに仕事ないなんて素敵じゃない、先生!」

「あ、あの、虚先輩? 普段からーー」

「いいえ、今日が特別よ。学園祭とかで仕事が滞ってたから」

「なるほど……」

 

 気持ちの悪い笑い声をあげながら書類を捌く私たちを居ないものとして見るかのようにあしらう虚ちゃん。さすがに1年半も生徒会にいれば楯無だけでなく私の扱いもわかってきたようで、大体気がつくと良いように使われていることが増えてきた。まぁ、楯無のような無茶振りはないから数倍、いや、数十倍良心的だが。

 事業仕分けの成果か、普段よりずっと多かった仕事をずっと早く終わらせる事のできた私たちにそっとお茶を淹れてくれた虚ちゃんを崇めつつ、いつもより少し甘めの紅茶を口に含むと一気に疲れが外に抜けていくようだった。

 

 

「終わった、終わったんだ、ははっ」

「いつもよりずっと仕事した感じだわ。まだ6時過ぎだし、食堂の券売機で売り切れの表示を見なくても良いのね……」

「お疲れ様でした。織斑くんも一通り仕事を覚えてくれたので明日からは彼にもお仕事をお任せできそうですよ」

「ありがと、虚ちゃん。一夏くん、聞いてのとおり明日からバリバリ働いてもらう、と言いたいところだけど、別の仕事を与えるわ」

「へ?」

 

 さっきの仕事量をみて引きつり笑いを浮かべていた顔が一気に間抜け面に変わる。そして楯無の何かを企んでいる笑顔を見てから今度は絶望を含んだ諦めに変わった。彼は思ったことがすぐ顔に出るから面白いね。

 

 

「やっぱり、一夏くんを部活に寄越せ、って団体が多くてね。そこで、日替わりで各団体にお手伝いに行ってもらおうと思うのよ」

「思うの、と言いつつ決定事項なんでしょう……?」

「ええ、もちろん。という訳で、このスケジュール通りに各団体へ行ってちょうだい。大体週に2団体ずつくらい、水曜はお休みにしてあるわ」

「はぁ、わかりました」

「よろしくね。よし、今日は解散っ! 先生、ご飯行きましょ」

 

 楯無は「解散」と書かれた扇子を拡げて口元に持っていくとまたそれを一瞬で畳んで私の腕に抱きついてきた。女の子が安易にそんなことするんじゃない。

 なんやかんや思いつつも、楯無と腕を組んで食堂まで来ると、ちょうど夕飯時なためか、生徒でごった返していた。まぁ、予想はついていたが……

 

 

「先生なに食べる? 私は日替わり定食ね」

「おい、サラッと奢らせようとするな」

 

 食べたいものだけ告げて席を取りに行こうとした楯無の襟を掴んで引き戻し、食券を買わせると再び放流して席を取らせておく。

 私は…… 今日はちょっと重いがシュヴァイネハクセでも食べよう。豚のすね肉を煮て柔らかくしたものをさらに焼いたものだ。ドイツでは足1本丸々皿に乗せて出てくるが、ここではお一人様向けにちゃんと適量に切り落としたものが出てくる親切仕様だ。もちろん、頼めば足1本くれる。

 付け合わせはジャガイモの団子、クヌーデル。私はこれが大好きで、少し濃いめのソースとよく合って美味しいのだ。

 トレー2つを器用に持ちながら楯無を探すと、案の定誰かに絡みに行っていた。

 

 

「お待たせ。今日は誰…… セシリア」

「上坂先生、こんばんは」

「セシリアちゃん、あれ以来元気なかったでしょ? ちょうど見かけたから、ね」

 

 よく見れば熱いうちに食べるべき和定食も、少ししか減らずにすっかり冷めているようだ。そこそこ重症と見える。

 

 

「先生、わたくしにはやはりフレキシブルは……」

「去年言ったよね、『1年でできるようになればラッキー』って」

「ですが、あれからほぼ毎日欠かさずブルーティアーズに乗っては『曲がれ』と思って練習していますのに……」

「そこだよ。そもそも、レーザーは曲がらないんだから、『曲がれ』って思うことが間違ってる。曲がらないものは曲げるんだよ。人間もそうだけどさ」

 

 そう言って横目で楯無を見てやるとこちらの視線には気づいていないのか、気付かないフリをしているのか、無言でカツを頬張っている。

 

 

「なにがレーザーを曲げるのか、心じゃなくて科学で理解してみることかな。ヒントはここまでだ。話は変わるけどラウラとはどうよ」

「以前と変わりありませんわ。ラウラさんも、仕方のないことだと仰っていましたし。わたくしの機体特性に合わせたポジショニングを学ぶべき、とも怒られてしまいましたが、当然ですわ」

「そう、良かったよ。これで仲が拗れたりしたら嫌だからね。アレは無理に地上に行かせた私のミスでもあるし、ラウラもわかっててそう言ったんだと思うよ」

「私が止められれば良かったんだけどね」

「先生、更識会長も、そんなことおっしゃらないでくださいまし。せっかくの食事もおいしくなくなってしまいますわ。この話はこの辺で」

「そうだね。ま、時間はあるからゆっくりね。何事もさ」

 

 その後もセシリアの食はイマイチ進まないようではあったが、話しかければちゃんと反応して笑ってくれたので最初よりはマシになっただろう。今度時間のあるときにラウラにも話を聞いておくべきかも知れない。

 楯無の口が回ったおかげでセシリアも調子を取り戻す兆しを見せたところで、私は自室に戻って久しぶりに倉持の仕事をこなす。

 キャノンボールファスト前ということもあり、白式と打鉄二式の高機動チューンの方向性を探っているのだ。

 白式はイコライザが使えないからチューンナップで済ませるしかないが、打鉄二式はベース譲りのイコライザ適性から専用とは行かずとも、ありものを組み合わせたスペシャルパッケージは作れる。

 第3世代相当の機動性を備えた機体だから、上手くパッケージでフォロー出来れば専用機部門優勝も狙える。

 ただ、私の中での疑念は再び訪れる亡国機業への不安だ。

 原作との乖離が進んできたとはいえ、再びMがサイレント・ゼフィルスを引っさげてやってくるのは間違いないだろう。だが、今度は私がファウストを使えないシチュエーションだ。

 衆人環視の前で一介の教師が専用機を展開するのは些かまずいものがある。この前の学園祭の一件も3人に口止めして、最悪薬を使った記憶操作すら考えたのだ。

 原作通り、セシリアが土壇場で上手くやってくれると信じてフレキシブルのヒントは与えたが、敵さんが原作通りにやってきてくれるかがわからない。

 そう考えつつもキーボードを叩く手は止まらず、気がつけば簡単なレポートを書き上げてあとはヒカルノに送るだけになっていた。

 

 

「とりあえずコレは送って…… ホント、どうするかなぁ」

 

 ひとまず、目下やるべき仕事をこなしつつ、本番で対処。これしかなさそうだ。ファウストを使わず、出来ればセシリアに怪我もさせず、上手く亡国機業にお帰り願って本当に運が良ければ千冬を家に帰してあげよう。

 だってキャノンボールファスト当日は、一夏くんの誕生日なのだから。

 

 



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弾丸のように、速く。だよ

 キャノンボール・ファスト前にはもちろん、授業の内容として高速機動の授業を行うのが通例だが、それはキャノンボール・ファストの1週間前からとかなり過酷なスケジュールだ。授業時間で言えば6コマ。時間でいうなら270分。専用機持ちでないなら合計で30分も乗れればいい方だろう。

 さらに言えば、そもそも2年生から参加のイベントだから、もともと無かった単元を無理に組み込んでいるわけで。時間調整に追われる千冬の姿が目に浮かぶ。

 というわけで始めての高速機動の単元がいま始まろうとしていた。生徒の前に立つのは山田先生。すこし離れて織斑先生が居て、私は生徒の後ろから見ている。

 

 

「はいはーい。それでは高速機動の授業を始めますよー」

 

 山田先生が声をあげると生徒の話し声がピタリと止んで視線が前を向く。春先にはありえない光景だったのに…… 山田先生がしっかり生徒からの尊敬を受けている証拠だろう。

 基本的なアレコレの説明より先に、実際に見てもらった方が早いとばかりに、セシリアと一夏くんが呼び出され、前に出た。

 

 

「武器の使用は禁止です。体を慣らすようなつもりで8割くらいのペースで1周してきてください。いいですか? 3,2,1,ゴーっ!」

 

 言うが早いか、光の筋のなって目の前を飛び出していった2人。さすがに肉眼では見えない距離になってきたので空間投影ディスプレイで後ろを飛ぶ一夏くんのハイパーセンサーの映像を映した。

 

 

「ありがとうございます。さて、いま織斑くんの視点を借りてますが、見ての通り、高速機動時にはハイパーセンサーのモード切り替えをして、ハイスピードモードに設定します。これにより、遠距離のものを捉える性能は下がりますが、より近い距離を鮮明に見ることができるようになるんです。それでも50キロほど先までは見通せますから、極端に性能が下がった感じはないと思います。そして、ハイスピードモードの注意点ですが…… そうですね、鷹月さん、わかりますか?」

「えっと、慣れていないと高感度すぎて3D酔いに似た感覚に陥ることがある、でしょうか?」

「正解です。教科書に載っていないのによく調べていますね! 鷹月さんの言った通り、ハイスピードモードは人間の目よりも高い感度で精細に周囲を見ることができるようになります。その感覚に慣れていないと酔ってしまうんですね。ちなみに、ノーマルモード時には普段5メートル先のものを見るときと同じ感覚で数百キロ先まで見えるように設定されているんですよ。そろそろ2人が戻って来そうですね」

 

 そのあと、ぴょんぴょんしながら2人を褒める山田先生に色んな念のこもった視線が向けられたり、一夏くんの首が妙な方向を向いて固定されたりしたものの、織斑先生がパパッと手を打つと一斉にその視線がむいた。

 

 

「いいか、今年は異例の1年生参加だが、やるからには各自結果を残すように。キャノンボール・ファストでの経験は必ず生きてくるだろう。それでは、訓練機組の選出を行うので、各自割り振られた機体に乗り込め。ぼやぼやするな、解散!」

 

 私は事前の打ち合わせ通りに訓練機組の選出、端的に言えば選抜トーナメントを織斑先生と行い、代表者を選ぶとその後は上級生と競うことになる2人を付きっ切りで見ていた。

 今日ラストの授業であることに感謝しつつ、授業が終わるとさっさと着替えてチェックリストをさっさと書いて送信。教室に向かう。私が教壇に立つとおしゃべりが止むから面白い。なんだかんだでこっちを見ているのだ。

 

 

「今日も1日お疲れ様。始めての高速機動とか色々あっただろうけど、週末には本番だ。代表にならなかったからって手を抜かず、あと2回の授業もキチンとやってね。連絡事項は…… ああ、ISスーツがキツイとかで調整か新しく注文したい人は私か織斑先生のとこまで来てね。いつでもいいから、年明けに太って入らなくなった時でもいいよ。んじゃ、今日はおしまい」

 

 軽く笑い(失笑)を取ってからクラスを解散させ、職員室に戻ると、お茶を淹れてから自分の机についた。

 私のルーティンとして、お茶を淹れ、机についたらまずは出席管理。欠席者や遅刻を表に入れるだけの簡単な作業だ。今日は誰も居ないから次。メールチェック。私の頼んでいた車が日本に着いたので納車整備をしていると言うメールがあった。嬉しいことに写真付きだ。少しニヤけていると、後ろから声がかかる。

 

 

「上坂先生、車買ったんですか? いいなぁ…… うげっ、これF12じゃないですか!」

「流石、フェラーリ先生、一目でわかりましたか」

 

 イタリアで代表候補を務めた経歴の持ち主であるフェラーリ先生。主に上級生の操縦実習と語学を担当している。彼女もまた車好きらしく、愛車のランボルギーニで通勤している。曰く、フェラーリは好きだが、大人っぽすぎるから見ているだけでいいらしい。だが、今は子供っぽい目の輝きで私の隣にちゃっかり座って、私のフェラーリに物欲しそうな目を向けていた。

 

 

「いいなぁ、私も買おうかなぁ…… いやでも、維持が…… うーん」

「今乗ってるのを買い換えると言うのは……」

「non、アヴェンタドールは私の、いえ、イタリアの宝とも言うべき車ですよ? 手放すなんてありえません」

「そうですか……」

「そう言えば、先生は増車ですか?」

「いえ、4Cの買い替えです。パワステがないのは流石に辛くて。先生、良ければ買いますか?」

「ええ、是非!」

 

 即決かよ、と内心戸惑いもしたが、IS操縦者は得てして高給取りで、お金には困らないものだ。まぁ、そんなに高く売りつけるつもりもないのでまぁいいだろう。

 さてさて、車談義も楽しいが、まだ就業時間だ。メールチェックが済むと、次は課題の提出状況を見て、締め切りであれば採点もする。ある意味一番先生らしい仕事と言えるかもしれない。

 今はそんなに多くの課題を課しているわけではないのでこれも適当にチェックすると私の一番嫌いな書類仕事に移る。あれを許可しろ、これはどうだ、といちいちペーパーで聞かないといけないのか、と思うものまで様々だが、なぜか毎日10枚程度机に置かれている。

 それを終わらせれば次は放課後の大部分を占める課外活動の顧問だ。まぁ、場合によってさらに自分の専門の勉強をしたり、授業の見直しをすることもあるが、今日は生徒会室に行くことにしよう。

 

 

「やっはろー」

「先生、今日の仕事はもうないわよ?」

「嘘、だろ? だって、楯無だよ? えぇ……?」

 

 私が部屋に入るなり、楯無が投げ掛けたのはいらない子宣言。せっかくテキトーに書類にハンコ押しながら虚ちゃんのお茶とお菓子を楽しめると思ったのにこの仕打ちだ。

 

 

「本当ですよ、先生。お嬢様と一夏くんで終わらせてくれました。実際のところ、先日の仕分けもあってもともとの仕事量が減ったのが大きいですが」

「と言う訳でアフターヌーンティーにしましょ?」

 

 どうやら今日は仕事の少ない日らしい。

 なんやかんやでときは進んでキャノンボール·ファスト当日。

 訓練機組は千冬か山田先生か私が少人数レッスンをしたおかげで下手な代表候補生ならカモれるレベルに達している。上級生よりいいタイムが期待できそうだ。

 超満員の会場は本当に生徒が呼んだ人と関係者だけなのか、と疑いたくなる喧騒に包まれ、ピットにいても何を言っているのかわからない歓声 が聞こえてくる。

 レースを終えた2年生の候補生を迎えると、入れ替わりに1年生の専用機持ちが飛び出して行った。

 

 

「みんなお疲れ様。サラはラファールで大健闘だったね」

「ありがとうございます。でも、やっぱり専用機との壁は越えられませんね」

「汎用機に負けてたら専用機の名折れだもの。ね、フォルテ」

「楯無は相変わらずやり方が汚ねぇっす。スタートダッシュ決めたらあとは水で全部防いじゃって」

「正直なんの役にも立たないただのエンターテイメントなんだからそんなに気にしたら負けだよ」

「「「先生が言っていいセリフじゃない(っす)」」」

 

 あちゃ、ダメだったかね? 実際、妨害ありだとしてもこんな決められたコースを飛ぶだけのレースはエンターテイメントでしかないのだから、兵器としての性能が求められているISでそれをやったところでなんの意味があるのか、些か疑問ではあるのだが。

 さっさとISを量子化してベンチに座った2人は画面の向こうで始まったばかりの1年専用機持ちのレースを真剣な目で見ていた。

 

 

「おや、イギリスのがトップっすか。サラぁ、おたくの後輩ちゃんがスタートダッシュでトップっすよ〜」

「あっ!」

「おっ、鈴が行ったね。サラ、セシリア抜かれちゃったよ」

 

 その後も、セシリアがズルズルと順位を落とすたびにサラに声をかけ続け、本人から「うるさい!」と3人で怒られたが、それでもレースは続いている。だが、それも長くはなかった。

 訓練機を戻したサラが加わり、レースも2周目に入ろうとした時にそれは起こった。

 先頭を争っていたシャルロットとラウラが突然、空から放たれたレーザーに撃ち抜かれたのだ。

 

 

「敵襲! 楯無!」

「わかった。サラ、フォルテ、避難誘導行くわよ!」

「ええ!」

「わかったっす!」

 

 ピットを飛び出した3人に続き、私も鎮圧行動のために別の訓練機が置いてあるピットに走る。

 首から下げたIDをキーパッドにぶつけてロックを解除すると既に先生が何人か準備を始めていた。

 

 

「ブライトマン先生、現状は?」

「わかりません、私たちも敵襲があったために駆け込んだので。今は上坂先生に従います」

「わかりました。上級生の候補生達には避難誘導に当たらせています。私たちは襲撃者の気を引き、避難完了まで時間を稼ぐことが第一目的です。火器の使用を私の権限において許可します。フィールド内、1年生の専用機持ちが交戦中と思われます。くれぐれも誤射に気をつけてください」

 

 千冬に連絡が取れないことを悔やみつつ、私含め4人の先生方がラファールに乗り込み、ピットから飛び出した。

 案の定、1年生はサイレント・ゼフィルスを駆るエムに翻弄されっぱなしで、見るに耐えないワンサイドゲームが繰り広げられていた。

 

 

「やばっ。教員に連絡! 襲撃者との交戦は許可しません! Engagement negative! 来賓の避難誘導に当たってください!」

「Rogger that」

「上坂先生!」

「あの機体との交戦は被害を大きくしかねません! 1年生にも撤退命令を……」

 

 教員同士でのチャンネルでとっさに撤退とも取れる命令をしたところ、やはり不満げな声も聞こえた。だが、これが現実なのだ。1年生、世界トップクラスの機体を駆る5人組が束になってかなわない人を相手に機体性能で劣り、実力でも拮抗しているか怪しい教員が飛びかかったところで返り討ちにあうのが目に見える。

 生徒を犠牲にするようなやり方でとても気にくわないのは私も同じだ。だが、時には引くこともしなければ……

 

 

「上坂先生! 上空にもう一機! 不明機です!」

「先生! オルコットさんが襲撃機を追って市街地方面に!」

「橋本先生! ハイパーセンサーで不明機を追い続けてください! 私は市街地に向かいます! それ以外の先生は引き続き避難誘導を!」

 

 そのセシリアを追うように飛び出した白式を横目に怒鳴るようにしてから私もまた市街地方面に機体を飛ばした。

 既に手遅れ感は否めないが、ハイパーセンサーで見るにちょうど一夏くんがセシリアを抱きとめた瞬間が見えた。

 悔しげな顔をするエムが引き返すその先を予想して回り込んで待ち伏せると、上手いことやってきてくれた。

 

 

「またお前か。そんな機体で落としに来たのか?」

「いんや、ただ、話をね」

「何を話せと? お前に語ることなど何もない。何が目的かなんて私だってわからないからな。スコールから聞けばいい」

「違うよ、そんなつまらない事じゃなくてさ。どうよ、"君の半身"は」

 

 わざといやらしい言い方で聞けばエムの身体が少し震えた。頰が引きつり、歪んだ笑みを浮かべてみせる。

 

 

「期待外れだ。あんなのが私の半身だと? ふざけるな。今日はスコールに言われて引き下がるが、次会った時は殺す」

「そうかい。ついでと言っちゃ悪いんだけどさ、私の事一つ斬っていってくれない? 無傷で帰ると疑われるからさ」

 

 

 エムは「知るか」と言ってそのまま飛び去り、ご丁寧にフレキシブルで曲げたレーザーを諦めて帰ろうとした私の背中にバカスカ当ててくれた。黒い煙を吐きながら市営アリーナに戻ると空っぽのは観客席とフィールドの真ん中、スタートラインの上で千冬が仁王立ちして待っていた。

 

 

「遅かったな。サイレント・ゼフィルスを追ったか?」

「まあね。返り討ちでこのザマだけどさ」

「ファウストを使え…… ないからこうなったんだな」

「あれはまだ見せられる代物じゃないからね。そうそう、次に彼女が来た時は一夏くんが死ぬよ」

 

 調子を変えずに言うと千冬の頰が引きつる。ただし、エムとは違ってその顔は憎しみに歪んだ。しっかし、エムと瓜二つだね。あーヤダヤダ。

 

 

「どう言う意味だ」

「言葉通り。あの子、次会った時は殺す、って言って帰ったよ。だから、間違いなく生身でいる時間を狙ってくる」

「……!」

「今日は一夏くん、誕生日だったよね? パーティやるとか聞いてない?」

「あ、ああ。専用機持ちや中学の友達を集めてやると……」

「一夏くんが危ない」

「だがっ!」

「証拠がないからねぇ…… とりあえす、今日は本気で仕事終わらせて帰らないと一夏くんの死体とあいさつすることになるよ」

 

 学園に戻ると専用機持ち達から事情聴取。その際にラウラには一夏くんが狙われる可能性を伝えておいた。そして、こっそりと銃も渡す。ISが使えない可能性もあるのだから仕方がない。

 事情徴収が終わると次は報告書だ。自分が書くだけでなく、他人のものを確認し、齟齬がないことも見ないといけない。関係省庁にも電話をして、死ぬほど疲れた身体を引きずって校舎を出たのはすっかり日も暮れた7時過ぎ。

 アルファロメオの隣に千冬を乗せて法定速度は守らず安全運転で家まで帰っても8時を過ぎてしまうだろう。

 

 

「危ういな」

「時間的にはいい感じだね。ちょうど人が少なくなる時間だよ」

「街灯も少ないからな、あの辺りは」

「ラウラには言ってあるから、1人になったりしなければ……」

 

 そう言った矢先に、私の携帯が鳴った。相手は…… ラウラ。話が話だっただけに一抹の不安を覚えながら受話ボタンをタップし、スピーカーモードにすると一番聞きたくない報告が聞こえた。

 

 

『上坂先生、一夏が一人で外に。見失いました』

「最悪だ。間に合いそう?」

『自販機に行く、と言っていたので遠くには行っていないはずです』

「一番近い自販機は家から南側の道路沿いだ。街灯もない」

『織斑先生! 今地図で確認しました、向かいます』

「私たちもあと10分で着くから。ISの展開も辞さないで」

『了解』

 

 短くも濃い会話を済ませると郊外の幹線道路から住宅街に入る。自販機の近くまで来るとそこで千冬を下ろし、私はそのまま反対側へ回り込んだ。

 エンジンを止め、一息つくと再び着信。今度は千冬からだ。

 

 

『やはり襲撃にあっていた。ラウラが間に合って2人とも無事だ。少女は9ミリ口径のハンドガンで武装している。そっちに逃げたそうだが、気をつけろ』

「わかった」

 

 あまりにも短い会話。だが、それにはもちろん理由がある。

 目の前をハンドガンを片手に、反対の手から血を流して歩く少女が通れば嫌でも目につく。千冬と同じ長い黒髪と妙に似合ったゴスロリ風のワンピース。

 車から飛び降りて後ろから声をかけた。

 

 

「お昼ぶりだね、マドカ」

「またお前か…… アドバンスドもお前の差し金だろう?」

「もちろん。面と向かって殺害予告なんてされたら警戒するに決まってるじゃん」

「ふん、次こそ、次こそ殺すからな。まずはお前を始末するのもいいか……」

 

 ここでようやくこちらに振り返る。その顔は血に濡れ、どこか恍惚とした笑みを浮かべている。

 千冬そっくりの顔が血に染まっているのはいい気分とは言い難い。

 

 

「そうして千冬と同じ身体を傷つけるのは楽しい?」

「当然。私は生きてる、そう思えるからな。この痛みが、この色が、私を生かしているんだ。お前にはわからないだろうな。この恍惚が」

「わかりたくもないかな? それで、どうする? ご飯でも行くかい?」

 

 マドカの口が開いた瞬間、聞こえてきたのは全く違う、聞き慣れた声だった。

 

 

「それはいいわね、是非ご一緒したいわ」



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再び勧誘されたよ

「スコール……」

「温泉以来かしら? 変わりないようでなによりだわ」

「今回もスコールの指示? 学園祭に比べると大分荒っぽい気がするけど?」

 

 ちらりとエムを見ると、自分の手から流れる血を舌で掬い、口を三日月状に歪めていた。笑っているのではない。歪めている。

 

 

「昼は私の指示。だけど、これはエムの独断ね。言ったはずよ、殺しはさせないって」

「フン、私は私の目的の為に動くだけだ」

「しっかし、拗れた関係だねぇ? わけがわからないよ」

「ああ、そうだな。説明していただきたい」

「あらあら」

 

 

 スコールが両手を上げると、影から黒髪とスーツの千冬が現れた。私は私ですかさずエムを羽交い締めにして拘束。やたらと暴れるが、隠し持っていた鎮静剤を打ち込むとだんだん抵抗が弱くなってきた。年頃の少女には強すぎただろうか?

 

 

「まさか、貴女が実働部隊を率いているとはね、ミス·ミューゼル?」

「法治国家の日本で物騒なもの(拳銃)を持っているのね。織斑千冬。でも、こちらにはISがあるのをおわかり?」

「だが、肝心な乗り手が寝ていてはISも使えまい」

 

 スコールは私の方を見て、ニコリとしてから仰々しく空を仰いだ。

 

 

「杏音、貴女って本当に仕事に忠実ね。本当にこちらに来るつもりは無いの?」

「前にも言ったはずだよ。理由ができたら行くってね」

「ふふっ、ならもうそろそろ迎えに行けそうだわ」

 

 そう言うと、一瞬にしてゴールデン·ドーンを展開。千冬を吹き飛ばし、私の腕からエムを攫って飛び去って行った。

 残されたのは地面に尻もちをつく女二人。

 私は黙ってスコールの飛び去った夜空に目を送ると、千冬の顔が視界に入り込んだ。

 

 

「仕事に忠実、ね。去年の夏はアレを作ってたのか」

「基本設計とフレームだけだよ。多分、機体が完成したのは今年の頭くらいじゃないかな?」

「そういうことを聞いてるんじゃない。なぜ黙っていた」

「クライアントの情報なんて漏らせるわけないじゃん」

「あれは、あいつ等は、各国のISを奪い、学園を襲った敵だぞ!」

「それに、一夏くんも攫った、ね」

「……!」

 

 

 千冬に胸ぐらを捕まれてむりやり立たされると、目の前に千冬の顔が近づく。街頭の光で影になり、真っ黒くみえるが、間違いなくいつに無く真剣な顔をしているのはわかった。

 

 

「杏音、仕事と私事(わたくしごと)、どちらを取る。8年前、お前は両方を選び取ったが今度は、両方選べないぞ」

「…………」

「両方を手に取るのなら、全世界がお前の敵だ。私や束でも庇うことはできないだろう。今だってグレーなところに居るのは気付いてるだろ? 白か黒か、はっきりさせないといけないんだ。お前だってわかってるはずだ」

「わかってるよ、そんなの……」

 

 小さく返すのが精一杯なくらい、千冬の言うことは正論だった。

 私は手を広げすぎた。なのに底は浅いから、簡単に手から零れ落ちてしまう。それを掬おうとするあまり、踏み入れるべきではないところまで来てしまったのかもしれない。

 IS研究の第一人者という立場でありながら黒い噂が絶えないことだって知ってる。それでも私に絶えず仕事が舞い込むのはそれを持って有り余る技術があるからだ。ただ、これだって束譲りと言っていいし、私自身が持つものなど何もないのだ。

 

 

「帰るぞ、ケーキはまだ余ってるそうだ」

「うん」

 

 鍵の開けっ放しだったアルファロメオの運転席に千冬が座ったので、黙って助手席に身体をしずめ、シートベルトを締めた。

 

 

「マドカにあそこまで近づいてくれたのは感謝してる。ただ、無理はするなよ」

 

 それだけ言うと、エンジンをかけて車を出し…… ハンドルの重さに戸惑って塀に擦りかけながらも織斑家に辿り着いた。

 

 

「千冬姉、杏姉、待ってたぜ。ケーキも取ってあるしな」

 

 

 やたらと靴の多い玄関をつま先立ちで抜けるとリビングには溢れんばかりの人がいた。

 1年専用機持ち(まさか簪ちゃんまで来るとは……)、生徒会役員共、それに五反田くんと妹ちゃん、御手洗くん。いや、ごく普通の一般家庭のリビングじゃキャパオーバーだろ、これ。

 

 

「あら、織斑先生、上坂先生」

「お前ら……」

「よくこれだけ入ったねぇ……」

 

 足の踏み場もない、人混み的な意味で。リビングに入るドアのところで立ち往生していると、気を利かせて(怖気づいて、とも言う)鈴と男子諸君が一夏くんの部屋に移って行った。蘭ちゃんが付いていくのはわかるけど、虚ちゃんまで付いていくのはどうしてかな?

 まぁ、空いたスペースに収まると一夏くんがワイングラスを2つ持って来て、シャルロットがケーキを取り分けてくれた。千冬は勿論、秘蔵のワインを取りに自室に行った。

 着替えを済ませて戻ってきた千冬も一緒にダイニングテーブルを囲むと、千冬がワインを注ぐ。

 

 

「一夏、誕生日おめでとう」

「一夏くん、おめでと」

「ありがと、千冬姉、杏姉」

 

 3人でグラスを合わせると、一口煽る。千冬の秘蔵酒だけあって、スコールの出す薬の入ってないワインと同じくらい美味しい。

 専用機持ち達は気を利かせてこちらには目もくれず…… と言う訳にも行かないのが乙女心か、ガン見ですか、そうですよね。妙に静かだと思ってました。私と目があったからって、目をそらすなセシリア。本当なら医務室で寝てるべきだぞオマエは。

 

 

「そうだ、杏姉。プレゼントありがとう。すげぇ嬉しいよ」

「プレゼント? 杏音、何か贈ってたのか?」

「ふふん、男の子受けがよくて、女の園じゃ持っていられないモノをね」

 

 含みを持たせて言うとコソコソと話し始めて頬を染めるラヴァーズ。ふへへ、そんないかがわしいものあげるか、アホめ。

 

 

「ちょっ、変な言い方するなよ! VRヘッドセットだよ。欲しかったけど、買いに行く時間もなかったし、結構な値段したしなぁ……」

「悪いな、杏音。そんな高いものを」

「いいのいいの、私の弟みたいなもんだし。箒ちゃんにも誕生日プレゼントあげてたんだけど、聞いてない?」

「そうなのか、箒?」

 

 自分に矛先が向いたと察して部屋の隅に逃げていた箒ちゃんに全員の視線が向く。流石に観念したのかぼそぼそと何かつぶやいた。

 

 

「なんですの? 聞こえませんでしたわ」

「だから、アリスドレスを着たうさぎのぬいぐるみだ! それも1メートルくらいの!」

 

 女子ズが面食らう中、大爆笑したのは千冬。もちろん、アリスドレスの兎なんて束のオマージュ以外の何者でもなく、それを察した千冬は爆笑し、一夏くんは困った顔をしていた。

 

 

「それより、もっと価値のあるものもらったんじゃないの?」

「…………」

「学園祭終わった頃からだよね、手首に組み紐のブレスレット着けてるの」

「確かに、箒が和小物着けてても違和感なかったから気付かなかったよ。かわいいね」

「姉さんがいきなり来て渡してきたのだ。これは私が持つべきだと」

 

 その顔は不満とかではなく、困惑が色濃い。本当に私がこれを持っていいのか。夏に抱いた疑問が未だに晴れていないようにも見える。

 

 

「その様子だとまだ起動したことないみたいだね。箒ちゃんなりにけじめを付けたんだと思ってたけど」

「なので、私は私のやり方で、と決めた以上、その道を外れてコレに頼るのも……」

「箒さんのブレスレット、まさかISですの? 篠ノ之博士が作った!?」

 

 

 今更? とセシリアにジト目を向けると、一人で上げていたテンションを下げる。

 だが、束が箒ちゃんに紅椿を渡していたのは驚きだった。確かに、箒ちゃんは物語の本筋とは違うものの、ちゃんと年頃の少女らしく悩み、考え、彼女なりの答えを出したようだ。だから、束も紅椿を渡したのかもしれない。彼女の道には合わないようではあるが。

 

 

「私は何も見てないぞ、新型のISを持った生徒がうちのクラスにいるわけが無い。だが、もしも使うときがあるのなら、それは自身の道を揺るがす危機が迫ったときだろうな」

「ま、おしゃれなブレスレットをする分には何も言わないよ。箒ちゃんなりの道があるんならそれを信じればいい。邪魔なら『お姉ちゃんうるさい』とでも言っておけば黙るだろうしね」

 

 

 暗に「ISについては黙っててやる」と言うと、箒ちゃんも少しホッとした顔をした。周りは不服そうではあるが、他人のことなんだから放っておいてあげればいいのに。

 だが、それと同時に乙女センサーは箒ちゃんの宣誓とも取れる言葉に反応したようで、静かに闘志を燃やしているようだった。

 

 

「教官、今日は私達が作った料理もありますので、よろしければどうぞ」

「もう私は教官じゃないぞ。だが、オフに先生と呼ばれるのもなぁ」

「ま、職業柄仕方ないのかもねぇ。あ、そうだ、ラウラちょっと来て」

 

 側に寄ってきたラウラにこっそり耳打ちすると、少しビクッ、と可愛い反応をしてから小声で「そんなっ」とか「いや、承服しかねます」とか少しゴネたが、最終的に折れ、「一度だけですよ」と私の策に乗ってくれた。

 トテトテと千冬の側に擦り寄ると、手を取り、上目遣いで、

 

 

「ごはん作ったから、食べて? 千冬お姉ちゃん」

 

 

 後ろでグハッ、とか乙女が出しちゃいけない声を出してぶっ倒れた数人(シャル,楯無,簪)と、私の隣で赤くなった顔を背けて必死で堪える一夏くん。

 肝心な千冬は…… 照れていた。

 

 

「おね、お姉ちゃん…… ははっ、ええ……?」

「こ、これはどうすれば」

「いやぁ、ラウラ最高だよ。期待以上の仕事をしてくれたね! ちゃんと録画しておいたから後で見る?」

「教官! 今すぐ消してください!」

「私のこともお姉ちゃんって呼んでくれたら考える〜!」

 

 私が携帯を掲げるとラウラがそれを掴もうと飛び跳ねる。それがまた可愛くて可愛くて。楯無がこっそり携帯で撮っているのが見え、簪ちゃんに制裁された。

 シャルロットはもう生き地獄ならぬ、生き天国状態で「ロッテお姉ちゃん…… でへへ」とだらしない笑みを浮かべて伸びている。

 セシリアはこの惨状に対応する術を持たず、首をせわしなく回しては「あー」とか「うー」とか言っていた。 

 

 

「うぅ〜、あ、杏音お姉ちゃん、携帯貸して?」

「うぼぁっ!」




シリアスと見せかけたラウラ天使回
この時点で楯無と簪の関係が良好なので、専用機持ちタッグトーナメントは思い切り端折る方向で考えています。
なので原作7巻まるっとカットですかね? 流石にいきなり修学旅行はかっ飛ばし過ぎなので日常回、と言うなの私の趣味全開話を少し挟もうと思います。


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束の間の平穏だよ……

前回予告した趣味話。
サブタイのサブタイをつけるなら
「杏音、フェラーリを買う」「一夏、免許を取る」
と言ったところですかね


 キャノンボール・ファストの一件もやっと落ち着きを見せ、専用機タッグトーナメントまでの間に久しぶりの休暇を得る事が出来た。

 だから私は今、一本の電話を受けて自宅マンション前でガードレールに寄りかかっている。

 

 

「ったくぅ、こちとら6000万も払ってるんだからもう少しはまともなサービスしろっての……」

 

 携帯を片手に待つものは先日納車整備が終わった私の新しい愛車、フェラーリだ。

 だが、代理店が「この辺りの土地勘がなく、ナビ頼りに向かってますが時間がかかりそうです」なんて言うものだから待ちきれずに外で待ちぼうけを食っている、というわけだ。

 私が住んでいるマンションは沿岸部で再開発の進んだ地区に立つタワーマンションだ。周りにも同じようなマンションやらオフィスビルやらが立ち並び、確かにわかりにくいかもしれない。

 時計をチラチラとなんとも見ていると、やっと近くの交差点を代理店のロゴが入った紺色のトラックが曲がってきた。そして目の前で止まるとそそくさと小綺麗な格好をしたお兄さんが二人降りてきて、一人は私の方に、一人はトラックの荷台のスイッチに向かった。

 

 

「上坂様、お待たせして申し訳ございません」

「この通り待ちきれなくてね。早く見せて欲しいな」

「かしこまりました。現車確認と同時に操作説明も行わせていただきます」

 

 もう一人のお兄さんがトラックの荷台を下ろす(まさか荷台ごと降りてくるとは思わなかった)と真紅のボディが現れる。

 と、そこに見合わぬ轟音とともに純白のスーパーカーが曲がってきて、トラックの後ろに止まった。もちろん、その鋭角的なフォルムはランボルギーニ以外の何者でもない。

 

 

「あー、間に合った間に合った! 上坂先生、黙ってるなんて酷いじゃないですか!」

「フェラーリ先生…… よく今日が納車日だってわかりましたね」

「昨日、アヴェンタドールのオイル交換に行った時、ちょうど隣のピットで作業してたんですよ。それで話を聞けば明日納車、って聞いてビビっと!」

「はぁ……」

「フェラーリ様、いつもお世話になっております」

「サイトーサンも、お忙しそうね」

 

 

 フェラーリ先生のアヴェンタドールも同じ代理店から買ったものらしい、今日の担当者さんも面識のある方みたいだ。

 その間にもトラックの荷台はクルマを乗せたまま地面と平行に降り、折りたたまれていたスロープが地面についた。

 

 

「では、ご納車時の現車確認と操作説明に移らせていただきます。まずはお車にキズやボディパネルの歪みなど無いことをご確認ください」

 

 

 そんなことも求められるのか、と内心驚きつつ、フェラーリ先生と手分けしてボディを舐めるように見て回る。傷一つどころか、ホコリ一つなく、周りの風景を反射するほど磨き上げられている。文句のつけようがない仕事ぶりだ。

 

 

「大丈夫です」

「ありがとうございます。お次は内装に汚れやステッチのほつれなどございませんでしょうか?」

 

 

 ドアを開けられ、まずはシートを眺める。オーダーメイドのアルカンターラと革のバケットシートには真っ黒い中に跳ね馬の刺繍と赤いステッチが施され、革とカーボンのインパネも革固有のクセなどないような均一な仕上がりだった。

 お兄さんに促されるままシートに身を滑らせるとそのまま操作説明に移る。

 ハンドルにこれでもかと並ぶスイッチひとつひとつの機能を教えてもらうと、キーを渡され、とりあえず胸ポケットに入れてから、ハンドルについた赤いボタンを押せば思ったよりも軽めのセルの音に続いてこれまた想像よりずっと静かなエキゾーストノートが響いた。

 センタートンネルに並ぶスイッチがギアセレクターだそうで、これはどことなくアルファロメオと似た感覚だったので違和感なくRレンジに入れ、そろりとアクセルを踏むと車もまたそろりと動き出した。

 

 

「私の車にぶつけないでくださいねー」

 

 

 先生からヤジが飛び、お兄さん達は苦笑いだ。あとから聞いた話だと、オーナーの性格や所有する車などから自分たちで積載車から下ろすか、オーナーに下ろさせるか決めるそうだ。なんでも、車にこだわりのある人はやはり、自分の買った車には一番最初に乗りたがるから、だそうで、自分でもなるほど、と納得してしまった。

 無事にフェラーリを路上に下ろすと書類や取説が入ったファイルを手渡された。

 シート後ろのファイルしか入らなさそうな空間に突っ込むと、最後に記念にと、ノンアルコールシャンパンを頂き納車は終わった。

 それから車を駐車場に移して家のリビングで先生にお茶を淹れている。

 

 

「いやぁ、凄いですね、テーラーメイドじゃないですか」

「ふふん、好きなものには妥協しないのだよ。お陰で1年も待ったんだけどね。その間にも『いまどの工程にいます』って写真付きでメールが届くんだよ? すごくない?」

「ほぇ〜 ランボルギーニはディーラーと『いま日本につきました』『車検取りました』『納車整備中です』とか、そんなやり取りだけでしたよ。それに、こんな立派な冊子なんてありませんでしたし!」

 

 

 リビングの壁一面にある棚の内、趣味の棚、と呼んでいる一角には購入時に贈られる、注文したモデルと全く同じ仕様のミニカーと、赤い革表紙の冊子が入っている。

 それを目ざとく見つけた先生はずるいとか羨ましいとか好き好きに言っているが、それでも私と同等の金額を払ってライバルと称されるモデルに乗っているのだからうらやまれる義理はない。

 

 

「そこはメーカーのブランディングの差じゃないかな?」

「大人ぶりやがって、デス!」

「どうしてカタコトぶるんですかね、日本在住6年目さん」

 

 

 その後も地下駐車場で隣同士に止めた2台を眺めながらあーだこーだ言い合っているうちにいい時間になっていたため、そのまま夜の街に繰り出していった。

 

 

 ところ変わって同日の織斑家。この日は千冬と一夏の休みが珍しく被り、2人が揃って家にいた。

 

 

「千冬姉、相談があるんだけど……」

「なんだ、そんなに改まって」

「いや、俺も16になったしさ、免許取りたいな、って思って。だけど、こんな身だろ? だからどうしたら良いのかなってさ」

「ほう、杏音の言ってた通りだな」

「杏姉には前もって話してたからな。車とかバイク好きだしさ。そのときは千冬姉と相談して決めるべきだ、って言われちゃって」

 

 

 千冬は考える。16になった男の子がバイクに乗りたい、と思って免許の取得を目指すことはごくごく普通の事だし、教習の費用も出そうと思う。だが、どこの国にも所属していないISを持った唯一の少年、という一夏の立場を考えるとそこらへんの自動車学校に入れることは政府から待ったがかかるだろう。

 なら、相談する相手は決まっている。偉い人たちだ。

 

 

「わかった。確かに普通に教習所に行ってこい、というわけにもいかん。少し時間をくれ。政府と交渉して自衛隊の基地でなんとかならないか聞いてみる」

「うげ、そんな大事にしなくても……」

「だが、それ以外に道はないんだぞ? それこそ、ISに乗れる男が世界中に現れでもしないとな」

「確かにそうかもしれないけど、俺一人のためにそんな」

 

 

 言うが早いか、千冬は携帯を取り出し何処かにダイヤルすると、一夏がバイクの免許を取りたがっている、とありのままを話した。

 ここで一夏に幸いしたのは、担当官がちょうど一夏と同じ年頃の息子を持っていたことだろう。千冬との会話の中で、一夏の気持ち(男のロマン)も、千冬の気持ち(親心)もよくわかると、関係省庁に話を持ちかけてくれることになった。

 なにかと理由を理由をつけて断られると思っていた所、予想外にいい方向に話が転がり、いい意味で驚いていた。

 

「担当の方は前向きに働きかけをしてくれるそうだ。思いの外話がすんで驚いたぞ」

「俺もびっくりだよ…… でも、本当にいいのかなぁ?」

「そういう待遇を受ける立場なんだ。おとなしく受け止めろ。良くも悪くもな」

 

 

 その後、1ヶ月程度で一夏の免許取得に向け、駐屯地に仮設の二輪免許コースが設置され、自衛隊仕込みの合宿免許取得となるのだが、また別の話。その時、本人は「優しいと思ってた指導官が、一度エンストしたら豹変した」と語り、もちろん学科は100点満点で通過したという。

 

 

「へぇ、千冬もやるねぇ。ま、確かにそれくらいしかできないけどさ」

 

休み明けの職員室でことのあらましを語ると、杏音は意外だ、と言う顔をして千冬の言葉に頷いていた。

 

 

「だろう? だからいま朝霞に仮設のコースを設置しているらしい。とりあえず一夏のために仮の認可をだして、それから認可をもらってその後も自衛官向けの教習所として活用するらしい。一般向けには『自衛官のさらなる生活向上の為』だそうだ」

「もっともらしい理由がないと反対されちゃうからねぇ。特に一夏くんは世の男からすればヒーローかもしれないけど、一部の女からは最大の敵だからね」

「そういうやつらに限って声がデカイから困るんだ。だが、何にせよ一夏も少しは年頃の男子らしい事を出来て良かった」

「だね。女の園じゃ車やバイク、ゲームにアニメ。クラスの可愛い女の子の話もできないからね」

「最後のはなんだ。確かに、家に中学の友達を呼んだ時には大概そういう話をしているがな。普段できない分、そこで晴らしているのかもな」

「男の子ってある意味女の子より結束硬いから、五反田くんと御手洗くんもわかってるんじゃないかな? 口では「羨ましい」とか言いつつさ」

「かもしれんな。いい友人に恵まれたものだ」




最後はセリフのオンパレード。読みにくくてごめんなさい。


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お出かけにいくぞっ

まだまだ続く日常回


 おはよう、と言うには少し遅い時間かもしれないが、今日は久しぶりの休日だ。

 キャノンボール·ファストでは亡国機業の襲撃を受けた上、その後も一夏個人を狙ってきた。

 そんなこともあり、事情聴取や報告書の処理に追われ続けていたが、やっと全て終わらせて学生に戻ったところだ。周りの候補生達も同じようで、少し遅めの朝食を取りに食堂へ向かうと知った顔がちらほら見かけられた。

 

 

「おはようございます。ラウラさんも遅めの朝食でして?」

「ああ。セシリアも、おつかれみたいだな」

「尋問報告書尋問報告書、と放課後は毎日が地獄の様でしたわ……」

 

 事情聴取を尋問、と呼ぶセシリアに苦笑しつつ、食券を買って二人並ぶ。

 私は流石にガッツリと食べる気分でも無かったのでサンドイッチセットにしたが、セシリアはさらに食欲が無いのか、小さなサラダだけだった。

 

 

「いくら疲れているとはいえ、しっかり食べないと疲れも抜けないぞ?」

「ええ、わかってはいるのですが……」

「おはよ〜 みんなお疲れみたいだね」

「遅いぞ、シャルロット。今日は午後から出かけるのだろう」

「もうへろへろなんだよぉ、今日は部屋で寝てちゃダメかな?」

 

 そう言ったシャルロットは私の目の前からハムサンドを一つ持っていくとモソモソと食べ始めた。

 

 

「ふむぅ…… みんなの今日の予定はわかるか?」

「一夏さんでしたら昨日の夜から家に帰られましたわ。織斑先生もお休みですし、家族水入らず、ですわね」

「鈴は土日で本国に行くって朝からに出ていったらしいよ。箒はクラスの子とお出かけだってさ。更識さんは…… どうだろう?」

「簪は今日映画の先行上映だと言っていた。死んだ目をしていたが……」

「ラウラ、諦めてお休みしようよ。たまにはこういう休日があっても良いんじゃないかな?」

 

 いや、私は諦めないぞ。クラスの友人を誘ってもいいし、奥の手として上坂先生だっている。

 そう思いたち、最後のひとくちを詰め込むと自室に戻って身支度だ。シャルロットから「女の子なんだから身だしなみに気をつけないとだめだよ」と口酸っぱく言われているのでちゃんと髪に櫛を通す。長い髪はこんなに手間がかかるのか、と痛感するこの頃だ。切ってしまおうかと思い、シャルロットに相談したら断固拒否されたので最近は面倒に思いつつもちゃんと手入れをしている。

 それから、大分増えた私服の中からシャルロットに怒られない程度に適当に選び取って、着替えると財布だけ持って飛び出した。

 

 

「と、ノープランで出てきたが、どこに行くか……」

 

 

 学園から本土(と言うと大げさだが)に繋がるモノレールの車内でそんなことを考えていた。駅までの間にクラスの何人かに誘いをかけたが断られ、上坂先生も休暇だそうだ。

 普段、出かけるときは大抵誰かが一緒で、人にまかせて買い物や食い倒れを楽しんでいたが、こうして自分でルートを考えるのは初めてだった。

 ひとまずターミナル駅で降りて携帯で地図を開く。そろそろ秋冬物の服を買い足しても良いが、そういう買い物はシャルロットと来たいからナシ。一人で口コミサイト人気のカフェに行ってもつまらないだろう。

 ならば、純粋にお出かけを楽しむのはどうだろう? 我ながらいいアイディアだ。流石に今から遠くに行くのは難しいが、海沿いならそう時間もかからず良さげなスポットも多い。

 一度行ってみたかった横須賀に行ってみよう。日本の軍事の歴史に触れ、そしてカレーを食べて帰ればちょうどいいはずだ。

 私鉄に乗り換え海沿いを南下すること1時間弱。お昼過ぎに横須賀の駅についたが、少し歩くと大きな公園に出たのでキオスクで買ったスポーツドリンクで一息つく。

 海を望む公園だけあって、護衛艦(日本では軍艦をこう呼ぶらしい)やアメリカ海軍の船も少し遠くに見えた。

 そして、そこからなんとなく海沿いを暫く歩くことにし、途中で流石にサンドイッチ2つではエネルギーが切れたのでネットで見つけたカレー屋で海軍カレーを食べてから再び海沿いを歩くことにした。

 

 

 僕が部屋に戻るとラウラの姿は既になく、きっちり畳まれたパジャマが布団の上に置いてあるだけだった。

 一人で出かけるとは思わないし、遠くには行ってない…… って僕は何を考えてるんだろう。これじゃまるでお母さんみたいじゃないか。

 なんにせよ、ラウラはそこらへんの男の人より強いから拐われたり襲われたりはないだろうし、心配はないかな? ラウラには悪いけど、流石に疲れたからもう一眠り…… 今度、秋冬物の服や小物を買いに誘おう。

 そう思っていたのは何時間前だったのか、起きると既に日が暮れかけ、窓の外は赤みがかっていた。だが、ラウラが帰って来ている様子はない。

 流石に心配なので電話を掛けても出ない。もしかしたら、もしかするかも、と様々な伝手を辿った挙句、半分パニックになりかけた頭で考え出した答えは担任を頼ることだった。

 

 

「迷った。携帯の電池は無いし、雲も出てきて星も見えない。とりあえず海に沿って北に進んでは居るが……」

 

 記念艦三笠や、海自、米海軍の基地を外から眺めて満足した私はそのままなんとなしに足を進めてきたが本格的に迷っていた。方位は掴めているが、現在位置がわからなければなんの意味もない。

 最悪ISを使うか…… そう思って埠頭と思しき場所の縁石に腰掛け、今日2本目のスポーツドリンクを空けると久しぶりに聞こえる車の音。それも結構うるさい。面倒な輩に絡まれると困ると思いつつも逃げ場は無いし、ひと悶着あるか、と覚悟してから音源に顔を向けると白と赤のスポーツカーが見えた。そして何事もなかったかのように私の前を通り過ぎ、少し先で止まった。

 はぁ、ツイてない。そう思ってとりあえず立ち去ろうとしたところで予想外の声聞こえた。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 思ってもなかった女性の声に、反射的に振り返ると白い車から降りてきた長身の女性がこちらに歩いてくる。

 短い黒髪は見えるが、街頭が逆光で顔は見えない。クセで腰に手が伸びるが、そこにナイフなどなかった。シャルロットに怒られて持ち歩かなくなったのが仇になったか、と思ったが、その女性は私の前に来ると「あれ、ボーデヴィッヒさん?」と私の名を呼んだのだ。

 

 

「何やってるんですか、こんなところで。門限も近いのにここからじゃ間に合いませんよ? 杏音!」

「失礼ですが、どなたでしょうか?」

「あちゃ、まぁ、1年生なら知らなくても仕方ないですか。IS学園のエレオノーラ·フェラーリです。言語と高学年の実技を担当してます」

「失礼しました、先生」

「ラウラ? どうしてこんなところに?」

「上坂先生!」

 

 話を聞くと、上坂先生とフェラーリ先生はドライブに来ていたらしい。その途中、フェラーリ先生が私に気づき、家出少女かなにかと思って車を止めたらしい。

 上坂先生の車に乗せられると、ほぼ同時に先生の携帯が鳴った。ハンズフリーらしく、ハンドルのボタンを押すと通話に入った。

 

 

「はい、上坂で――」

「先生、ラウラが帰って来ないんです、ISを用いたレーダー探索の許可をお願いします!」

「シャルロット!」

 

 慌てた様子のシャルロットに一声叫んだ。なんというか、銀の福音や亡国機業の襲撃時より慌ててないか?

 

 

「えっ? ラウラ? なんで、先生の電話で、ああ、僕も疲れすぎて幻聴まで……」

「シャルロット、戻ってこーい、おーい」

「いいんです、始末書覚悟の上でヘッドユニット展開しますね。アハハ」

「シャルロット、ラウラは私が拾ったから、そんなことするなよ? なんなら写メ送ろうか?」

 

 そう言って先生は私に携帯を渡してきた。カメラが起動してるのでそういう事だろう。

 ハンドルを握る先生が映るように私が自撮りをすると音声コマンドでシャルロットにメールを送ったようだ。

 

 

「えっ、ホントだ。心配したんだからね! 電話も出ないしメールも返事がない、もう、ほんとに、ほんとにぃ!」

 

 最後は鼻声で何を言ってるかわからないし、泣いているようで、私も反応に困ってしまう。それは先生も同じようで、シャルロットのえずく声を聞きながら困った顔をして車を走らせている。

 

 

「シャルロット、済まなかった、なんというか、その……」

「もう黙って出かけちゃダメだからね! 僕にどこに行くかちゃんと言ってから出かけるんだよ!」

「お母さんかよ……」

 

 先生がそう漏らすと、シャルロットも少し現実に帰ってきたようで、「と、とにかく、早く帰ってきて!」と言って電話を切ってしまった。

 

 

「なんというか、ねぇ?」

「帰ったらまずは謝ることから、ですかね?」

「正直、ラウラに非は無い気がするけどねぇ。お母さんモードのシャルロットに通じるかな?」

「多分無理でしょうね。諦めてお説教を受けようと思います」

 

 もちろん、学園に戻ると門限破りには変わりないので、寮長の織斑先生にだす反省文(上坂先生は釈明文と言っていた)の用紙を受け取ってから自室に戻ると、ドアを開けたすぐ先にシャルロットが仁王立ちして待っていた。

 

 

「正座」

「はい……」

 

 玄関先で正座のまま、ドアも開けっ放しでシャルロットよお説教を聞く。だが「心配したんだから」を連発されると反論できないのが心苦しかったが、1時間ほどするとやっと開放され…… なかった。

 

 

「で、今日は潮風浴びたんでしょ? 髪傷んじゃうからしっかりケアしないとダメだよ」

「ああ、わかってる。オレンジ色のトリートメントを使えばいいんだろう?」

「それだけじゃなくて、黒いチューブの…… 一緒に入るよ」

「いや、それくらい自分でっ、ちょっ!」

 

 湯気でのぼせるんじゃ無いかと思うほど長い時間をかけて髪を洗われた次の日、食堂のテーブルには本国に戻っている鈴と、家に帰っている一夏を除いたいつもの面々が揃っていた。

 

 

「シャルロットは過保護過ぎると思うのだ」

「ラウラが危なっかしいから、僕だって心配して……」

「確かに、ラウラさんの言うことも一理ありますわ。シャルロットさん、ラウラさんに対して手をかけ過ぎではありませんの? 昨日も夜にラウラさんが戻ってこない、と血走った目で部屋に来られた時には驚きましたわ」

「だろう? 私だって子供ではない、一人で買い物もできるし、風呂にも入れる」

「風呂まで一緒なのか……」

 

 それみろ、箒に呆れられてしまったではないか。セシリアなんて手で顔を覆っている。



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タッグマッチトーナメント始めるよ!

「へぷしっ! うぃ〜寒っ」

 

 もう10月と言うこともあり、残暑を吹き飛ばす勢いで吹く海風が肌寒い。まぁ、日も暮れた時間のビルとビルの間だから尚更かもしれないが。

 専用機持ちタッグマッチトーナメントも迫り、タッグ申請が少しずつ出てきたのでハブられる子の処遇も考えねばならなくなってくる。まぁ、原作と違って箒ちゃんが出てこないので代わりに誰か出るのか、とか原作に名前のない候補生を流し見たりもしていた。だが、原作と同じメンツの出場は決定。他に専用機持ちも居ないしハブられる一人がどうなるか、と言ったところだ。

 今のところ申請があったのは、楯無,簪ペア、ラウラ,シャルロットペア、ダリル,フォルテペアの3組。セシリアと鈴は一夏くんを取り合って激しい火花を散らしているところだろう。最近千冬の機嫌が悪いのも頷ける。ハブられたら残念だがその時点で参加権ナシの殺伐ゲーだが、まぁ、これもモテる男の宿命と諦めて受け入れて欲しい。千冬の堪忍袋か破裂する前に決着はつけられるといいが……

 

 

「はろー」

「あーあー何も見てない聞こえなーい!」

 

 自室の鍵を開けてドアを開くと制服を着崩した青髪が見えたのでそっ閉じ。もってきていた荷物からナイフを抜いてもう一度ドアを開けると同時に投擲。パキッ、と弾く音がしてから「やだもー」と情けない声が聞こえた。私がただのナイフを投げると思うなよ。刺さったり弾いたり、衝撃が加わるとスライムが指向性をもって飛び散る素敵システム搭載なのだ。なんとなく作って放置されていたガジェットの一つだが、意外なところで日の目を見たようだ。

 

 

「なにこれ、気持ち悪っ! センセー!」

「人の部屋に入ってそんなカッコしてるからだ。襲うぞ」

「現に襲われているのだけど…… なによこれぇ」

「んで、要件は?」

「この状態で聞く? シャワー貸して」

「目上の人にものを頼むときは?」

「上坂先生、シャワーを貸してくださいお願いします」

「行ってよし」

 

 青いスライムを絡めながら文句を垂れつつバスルームに向かう楯無を急かしてから散らかったスライムを回収。これは濡れたタオルがあれば簡単にできるから良かったが、ふと思った事がある。

 

 

「楯無、着替えは」

「持ってる訳ないでしょ、服も貸してよ」

「デスヨネー」

 

 脱ぎ捨てられた楯無の下着を見て、胸囲の格差社会をひしひしと感じながらとりあえずパンツとキャミソール、ジャージを用意してタオルと一緒に置いておく。上背は私の方があるからまぁ、なんとかなるだろう。

 20分ほど待ってからどこか余裕の笑みを浮かべて出てきた楯無を少しにらみつつ麦茶を入れて出す。

 

 

「先生やっぱり胸ないのねぇ」

「それ以上言うな、悲しくなる」

「でも、背高いし、プラマイゼロ…… ほ、本題に入りましょうか?」

 

 私の歯軋りが聞こえたのか、慌てて話を切り替えているのが少し愉快だが、楯無が出てくると言う事はそこそこ真面目な話なのだろうから、切り替える。多分、トーナメント時の学園防衛の話だろうとは薄々予想できるが、今年は色々ありすぎたからなぁ……

 

 

「今回なトーナメントだけど、今年は色々あったから中止の声もあるのは先生も知っているでしょう? 織斑先生と相談して教員機の数を増やして対処することにはなったけど、これでも不完全だと思ってるわ」

「確かにそれには同意するね。ただ、今回は亡国機業は来ないからなぁ」

「断言できるの?」

「できる。スコールは今忙しいみたいだからね。何をしてるのかは知らないけどさ」

 

 知ってはいるが楯無には言えない。今、スコールは全力で束を探している。そして、アテがついた。だからこの前私に「もうそろそろ迎えに行けそう」なんて事を言ったのだ。ただ、束に対するカードを切るに切れない状況だと察する。まぁ、あくまで原作の流れを私の想像で補完したものではあるが。

 

 

「なら、謎の無人機か、ISの暴走か……」

「ISの暴走はある程度可能性を下げることはできるよね。なら無人機に対象を絞って行くしかない」

「対ISに的を絞れば暴走にもある程度の対処は可能ね。問題は……」

「教員機の能力不足だね。アレは戦闘向きじゃないから仕方ないっちゃ仕方ないんだけどさ。だから思い切って無理に教員を噛ませるより専用機持ちに対処させたら?」

「それができるなら苦労しないわよ。そんなこと思い切って公表したら非難の嵐は間違いないわ」

「なら黙ってればいいじゃん。事が起きなければ重畳、起きたら起きたで教員が対応できなかった理由を考えればいいさ」

「ホント、狡い人。万が一の可能性を考えない訳?」

「その時のために千冬や私がいるんだよ」

 

 真顔で言えば口を開きかけた楯無も黙る。事実、教員機に元候補生や代表だった先生方が乗ったところで最新型を駆る現役候補生には敵わない。能力値は機体性能でほぼ決まってしまうのだ。それこそ、人間側によほど何か光るものがない限りは。

 

 

「織斑先生も同じ事を言ってたわ。教員はもはや専用機持ちに敵わない。だから彼女らに対応させろ。って」

「だろうね。それが最善手だから」

「万が一の時には、って聞いても『そのために私がいるんだろ』ですって。何を考えているの?」

「有事の優先事項を考えるんだ。各国の候補生はその国の偉い人、ひいては周辺国の偉い人のために先ずは動く。そのための策を瞬時に考えて実行する権限が与えられるはずだよ。学園はその上に指揮権をオーバーライドできるだけだ。その学園の優先事項はVIPと生徒がニアリーイコール、限りなく同等。この差が大きな違いを生む。数人を盾にされるか、数百人を盾にされるかじゃできる事が変わって当然、そのための手段も変わるだろうね。そこの差だよ。私たちは教員として何よりも生徒を守る義務を負う。君たちの命はその辺の閣僚より上なんだ」

「なんて、事を……」

「それがこの学園だよ。なんのための独立だい? まぁ、こんな考えはオマケに過ぎないんだけどね。バカなお偉いさんは自分の命とIS、それを駆る女の子の命が天秤にかけられる事を考えなかったんだ。だから有事の際に教員が動くのなら、そういう考えが無くもないのさ」

 

 

 極論ではあるが、そういう解釈も可能なルールを定めたのは日本を除くIS先進国であるし、煮え湯を飲まされた日本もこんな解釈されるとは思ってないだろう。だから私も千冬もルールの中で、重箱の隅をつついてでも"IS学園の教員として"求められる最善の手段を選ぶまでだ。それが学園の守護者としての責任だとおもうし。

 

 

「先生達がそう言うのなら、仕方ないか……」

「楯無はどう考えてるの? プロとしてさ」

「それは…… 先生たちと同じよ。先生を置いてでも私達でケリをつける。1年生の実力を底上げしてきた訳だし、自衛くらいはできるでしょ。上級生と余裕のある者、それと杏音先生で大概なんとかできるわ」

「私は戦力に含むんだね。大っぴらにはアレを使えないんだけど」

「教員機でもぶっ壊すつもりで使えば先生なら平気でしょ?」

「まぁ、兵力として見ると微妙だけどね。何機も乗り捨てて良いなら戦えるけど」

 

 私より先にISが悲鳴を上げてしまうから仕方ない。結局のところ行き着く先は同じということがわかったところで楯無は引き下がった。私の部屋で私の手料理を食べてから。せめて自分の脱いだ制服くらいは持って帰って欲しかったが、仕方ないから洗って返してやろう。

 カバンから携帯を取り出してショートカットに登録された連絡先にかければワンコールで相手は出た。

 

 

「もすもすひねもす?」

「それ以上あのウザい兎と同じ喋り方をしたら切るぞ」

「ごめんよ。楯無から聞いたよ。どうするの?」

「お前もどうせ同じ結論だろう? ならばその通りに進むまでだ。だが、その時まで黙ってることは言うまでもない」

「はぁ、さいで…… 千冬は何が来ると思う?」

「間違いなくあの駄兎が手を出してくるだろう。一夏の腕試しとか言ってな」

「かんたんに想像できるから困る…… んじゃ、その方向で対策を練りますかね」

「何ができる?」

「シールドエネルギーをぶち抜く方法でも考えるよ。流石に切り札が零落白夜オンリーはまずい」

「なるほど、できるか?」

「できない事なんてない、って言いたいところだけどこればかりは賭けだなぁ」

 

 

 シールドエネルギー自体をぶち抜くのは難しくない。単純に対IS弾で飽和攻撃するだけで抜ける。だが、それは非効率的だし、時間も費用も攻撃側への負担も馬鹿にならない。だから零落白夜のようにシールドエネルギーを対消滅させつつぶち抜くのが必要だ。それも、束にバレないように。これは私の頭の中で完結させれば問題ないが、実物を作るときは問題だし、あと2週間ほどで考え、実行に移せるかが最も大きな課題かもしれない。

 

 はてさて、これは新聞部の黛さんが校内でまたひと騒ぎ起こしてくれたときに聞いた事だが、今回は原作と違って黛(姉)のインタビューを受けることになったのは一夏くんただ一人らしい。本人は千冬に声をかけたらしいからまぁ、スコールとエンカウントしたらどうなるやら……

 そんなこんなで放課後は整備棟にこもる生活を2週間続け、試作品を完成させていたらトーナメント当日を迎えてしまった。

 一夏くんの相棒の座はセシリアのものとなり、負けた鈴は箒ちゃんと放課後ひたすら剣道場で打ち合っていた、なんて話もある。もっとも、どこか余裕のある箒ちゃんが始終押していたらしいが。

 そんなことはもとより、学園のアリーナを使うので事前準備なんてものは殆ど無く、スクリーンに使うテンプレートを放送部と新聞部が作ったりする程度だ。なので全生徒を客席に押し込んで、アリーナのど真ん中に生徒会と教職員が並べばあとは楯無が長ったらしい挨拶と食券争奪戦の開始を宣言すればすべてが始まる。というか始まった。本音ちゃん、起きてー? あとで教頭先生に怒られるのは私なんだからさぁ。

 

 

「―――以上を持って、開会式を終わります。参加する生徒は指定された時間にアリーナピットにて待機してください。観戦する生徒は指定されたルートで観客席に移動するように。試合中継は学内チャンネルNo.3及び4で同時中継を行います」

「何事もないといいんだけど……」

「始まる前から弱気だね」

「イベント毎に襲撃されて不安にならないほうがおかしいわ。先生、準備は?」

「各アリーナに4機ずつの教員機を配備してあるよ。まぁ、そんで専用機持ちがいれば5分は耐えられるさ」

「5分、ねぇ」

「お姉ちゃん、対戦表見た?」

「やぁやぁ、簪ちゃん」

「先生、これってわざと?」

「なんの意図もないよ? ホントだよ?」

 

 アリーナを出てすぐに駆け寄ってきた簪が差し出したタブレットに映し出された対戦表には「第一試合、更識楯無,更識簪 対 織斑一夏,セシリア·オルコット 第4アリーナ」と簡潔に書かれていた。ちなみにこれを作ったのは楯無と一夏くんを除く生徒会役員。厳正なる割り箸くじ引きで決まった。決しておやつの時間のノリと勢いではない。

 

 

「厳正なるくじ引きだよ。文句があるならお宅の従者2人に聞いてみるといい」

「そこまで言うなら…… とにかく、遠近両方の面倒な組み合わせ。良くも悪くも隙が無い」

「セシリアはともかく、一夏くんは隙だらけじゃない?」

「フレキシブルを使いこなすセシリアは十二分に脅威。織斑一夏は2分あれば対処可能」

「おう、想像以上に辛辣だねぇ」

「慌てないで、簪ちゃん。私が簪ちゃんを守るから、簪ちゃんは私を守って。作戦はシンプルかつ効果的に」

「最小限のコストで最大限のパフォーマンスを」

 

 何か合言葉的なのを交わした姉妹はパン! とハイタッチを交わすと互いに笑いあった。原作と流れが変わりすぎてて怖いのは私だけだろうか? ちなみに、このセリフは簪ちゃんが見ていたバトル物の軍師キャラのセリフだ。鑑賞会に付き合わされたからよく覚えている。

 

 

「ま、2人ならイージスも余裕でしょ。シャルラウも十分脅威だけど」

「AICがある分、ラウラは怖い。シャルロットも第2世代とはいえ、パイロットのパフォーマンスはトップクラス。マルチロール性で右に出るものは無いと思う」

「だからラウラちゃんを私が足止めして、簪ちゃんはシャルロットちゃんの相手を。って作戦なんだけど」

「勝負は時の―――」

 

 その瞬間だ、爆音と共に地面が激しく揺れる。咄嗟に姿勢を低く取り、2人とアイコンタクト。頭を過ぎったのは「敵襲」の2文字だった。



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面倒な黒いのだよ!

「ISを展開! 簪ちゃんは広域索敵、楯無は高度上げて目視で状況把握!」

「「了解!」」

 

 アリーナの外で襲撃に出くわした私たちは即座にそれぞれの役割を果たすべく別れていく。情報処理の得意な簪ちゃんにハイパーセンサーを用いた索敵を、楯無には目視での状況把握に努めてもらってこれからの動きを考える。

 

 

「敵は5、各アリーナに布陣。現在居合わせた専用機持ちが対処中。フリーになってるのは2機」

「2番目に近いのは?」

「第2アリーナ」

「楯無を連れて向かって。1番近いのは?」

 

 手振りで楯無を呼ぶと同時に簪ちゃんは震える手で真横を指差した。

 

 

「ソコ」

 

 直後、強烈な爆発音とともに壁が崩れ、中から黒い流線型なシルエットのISが現れた。片腕はブレード、片腕はレーザーキャノンといったところか、メートル単位の厚さがある外壁を壊せるんだから余程の威力と見る。

 

 

「先生、簪ちゃん、無事!?」

「なんともないよ。さ、命令通り第2アリーナに。私はアレの相手をするよ」

「無茶よ、3人でアレをさっさと排除して次に向かうほうが―――」

「いいから、行け。第2アリーナには整備棟がある。絶対に足を踏み入れさせないで」

「わ、わかったわ。先生、ご無事で」

「これでも伊達に千冬の予備やってねぇよ。早く!」

「簪ちゃん!」

「うん」

 

 さて、2人を行かせたところで改めて今回の襲撃者、いや、人が入ってないから襲撃機だね。をまじまじと眺める。ボディカラーは春先に来たアイツと同じ黒。大きく違うのは、女性的で滑らかなボディラインと両腕の武装だろうか?

 右腕はブレード、左腕は4門のレーザーキャノン。おそらくマニピュレータ兼用だろう。あれで掴まれて密接射撃されたらおそらく絶対防御とか無視して蒸発して消えてしまうだろう。

 

 

「さてさて、束、知恵比べと行こうか!」

 

 束だって大馬鹿だが、阿呆ではない、IS向けの対策だって練ってきてるだろう。例えば……

 

 

「やっぱり。シールドバリアーを展開できない…… コアネットワークもジャミングかけられてるし、抜かりないなぁ」

 

 ファウストを展開して、ISの主要機能が使えないことをボヤきつつ、片手にリボルバーを呼び出す。打ち出す弾丸は先端が白いフレシェット。髪の毛ほどの細さのワイヤーとも言える矢を放つ特製の弾丸だ。こいつでこっちもシールドをジャミングしてやりつつ、通常兵器で突破。それが私の算段であり、唯一の手札だった。それ以外はごく普通をちょっと拡大解釈した程度の武器しか持ち合わせてない。

 

 

「さあ、行くよ。私に負けないでよ、束」

 

 私が片手でガンアクションをして向けると、ライン状のハイパーセンサーもこちらを睨み返してきた気がした。問題は相手の機動力についていけるか。とりあえず、エネルギーの流れを"見て"行動を先読み、その方向に銃を向けて引き金を引いた。

 気持ちの悪い反動を腕に返しつつ、着弾音を響かせる。掛かった。

 ―――そう思った瞬間が私にもあった。

 

 

「えっ?」

 

 目の前には砲口。幸いだったのは、チャージされておらず、発射の兆候が見えなかったことか。慌ててしゃがんだところで鋼鉄の足で蹴飛ばされ、何メートル飛んだだろうか? 地面に叩きつけられて滲む視界の奥に黒い影を見ると、量子化されたファウストが白い塵となって舞うのが見えた。

 

 

「結局敵わないのかなぁ……」

 

 生身の腕に銃だけ呼び出して立て続けに撃ち込む。腕が悲鳴をあげようと、残り5発を撃ってから黙って黒い影を睨みつけた。

 腕は痺れて力加減がわからないし、たぶん銃も手から抜け落ちてるだろう。だが、縦に向いた地面に、横向きに立っている黒いのの位置は先程と変わりなかった。

 ああ、砲口がこちらを向いて光りだした。流石に束に殺されるのは悲しいが、こんな最期もまぁ、ね。

 

 

「先生!」

 

 目の前に立ち塞がったのは真っ赤な機体。物理装甲でレーザーを弾いているのは長いポニーテールの女の子。それでなおかつ私を先生と呼ぶのは……

 

 

「箒、ちゃん?」

「千冬さんが行け、と」

「助かった、のかな?」

「わかりません。シールドバリアーが使えないので……」

 

 大きな一撃を逸して防いだ箒ちゃんは私を抱きかかえるとそのまま大きく飛翔した。黒いのも追って来るが、箒ちゃんに焦りはない。

 アリーナの屋根を支える骨組みに立つと、私が声をかけて足をつける。そしてもう一度願えばファウストが私の身を包んだ。

 

 

「みっともないとこ見せちゃったなぁ」

「それだけの相手と言う事ですね。アレを倒す策はありますか?」

「物量で押し倒す。私たちじゃそれしかできない」

「なるほど。それだけの武器が?」

「あるっちゃある。距離を取って戦ってね」

「わかりました。紅椿、参る!」

 

 箒ちゃんは私の言いつけ通り、飛び道具を使って適切な距離をおいて黒いのと対峙している。私もまた、両腕に大型のガトリングガンを取り出して弾幕を張る。面倒なエネルギーシールドを展開したりしやがるが、ビットを使って後ろからも削りにかかる。3方向からの同時攻撃も一撃が大きい箒ちゃんの攻撃を優先的に防いでいるようで、私の弾幕はダメージを与えてはいるものの、致命的な一撃、とは行かないようだ。

 

「どうしてこうなるんだろうねぇ……」

 

 

 リボルバーの薬室内で直接量子化と具現化を行い、次々とフレシェットを撃ち込むも黒いのは相変わらず動き続けている。有効打を与えられずにズルズルと時間が経てばジリ貧になるのは目に見えていた。

 AICはさっき地面に叩きつけられた時にエネルギーワイヤーの展開装置を壊したらしく、使えないし、フレシェットが相手のエネルギーバリアーを邪魔する様子も見られない。

 ならば、一か八かの大博打に出るしかない。

 

 

「箒ちゃん、そいつの気を引いて!」

「わかりました!」

 

 箒ちゃんが帯状のエネルギー弾で退路をコントロールしつつ通常のエネルギー弾を撃ち込むと黒いのは見事に私の手の届く範囲に近づいてきた。チャンスとばかりにリボルバーイグニッションブーストで黒いのに抱きつき、ワイヤーブレードまで絡めて腕を固定すると自分の周囲にありったけの爆発物を用意した。

 

 

「先生、まさか、それだけは!」

「上手くいけば死なないからへーき! 離れな!」

 

 私の灰色の脳細胞()が上手く働いていれば後3秒後に正しい方向に弾丸を撃ち込めば連鎖的に爆発、黒いのはズタボロ、私は黒いのと衝撃波の相殺で無傷で済む算段だ。

 失敗すれば絶対防御の効きすら怪しい今なら死ぬかもしれない。成功したところで黒いのがぶっ壊れない可能性も捨てきれない。だが、掛けるしか手がないのだ。零落白夜も、ミストルティンの槍も、私には無いのだから。

 腕を伸ばしてトリガーを引く。弾丸を撃ち出す小さな爆発音の後に、轟音が私の鼓膜を劈いた。

 

 

「ーーーーーー」

「ーーーーーー」

 

 黒いのと心中しかけてから5時間後、まず最初に見えたのは真っ白い天井。そして何か叫ぶ千冬。私もちゃんと言葉を返したつもりだったが、自分でも何を言ったかよくわからない。おそらく、爆発の衝撃で鼓膜を破いたのだろう。私の言葉がそんなに残念だったのか、千冬は悲しい顔をしてから私を抱きしめた。

 とりあえず自分では「大丈夫だから」と言っているつもりで頭を撫でると、私を離した千冬から思いっきり平手打ちを受けた。よくわからない。口は「ふざけるな、どれだけ心配したと思ってる!」と言っているように見える。

 千冬に何か書くものを寄越せ、と言うとどこからともなくタブレットを取り出して、メモ帳を起動させて渡してきた。

 

 

『今回は悪かったと思う。ごめん』

『もっといい方法かあっただろう。ログを見たら自爆前にも攻撃を受けてるじゃないか。内臓に大きなダメージはないが、しばらくは点滴で栄養補給だ。鼓膜が破れてるのは自分でもわかるだろう?』

『まさか操縦者保護が全滅してるとは思わなくてさ。楯無や1年生は?』

『更識姉妹が2機撃墜、一夏やラウラが1、イージスの2人が1。1年が何人か医務室の世話になったが、お前よりずっとマシだ。しばらくは頭に包帯だな』

 

 千冬に指を指されて、自分の頭を触ると耳にガーゼ、頭は包帯と非常に残念な見た目になっているのは明白だった。音がまともに聞き取れず、喋ることすらままならないとなると1週間から半月はまともに仕事が出来ないだろう。教員の本分は喋ることにあるのだから。

 

 

『この後は?』

『戦闘を行なった専用機持ち全員に事情聴取、それから報告書だ』

『なるほど。私はどうする? まともに喋れないから打ち込みでいいなら仕事するけど』

『その方が迷惑だ。今のうちに書ける書類を書いておけ。授業は代わりの先生に頼むしかないな』

『脳波で打ち込み、音声読み上げソフトで喋るとか?』

『休める時に休んでおけ。怪我人なんだから無理するな』

 

 ワーカホリックとしては仕事がないと落ち着かないので、そんな半日で終わる報告書だけなんて勘弁してほしいところだ。タブレットをテーブルに置き、千冬の手を引く。

 ここからは電子データには残せない会話の始まりだ。数年ぶりに使う会話手段だが、みっちり仕込まれたから忘れてはいない。

 私が手話を始めると、千冬は少し真面目な顔になって、返事をしてくれた。

 

 

『コアは?』

『2つ確保。政府には全部破壊した、と通達した』

『懸命だね。束に連絡は?』

『取れない』

 

 やっぱりね。わかってはいたけど。ただ、わからないのは束の真意だ。目的のない行動はしない束の事だ。ゴーレム襲撃は一夏くんか箒ちゃんの為、それ以外のちょっかいも必ず何かの理由がある。だが、その裏で動く大きな理由、それこそ、全ての根本的なものがわからない。それを考える暇もなく次は亡国企業の襲撃があるし、束はクロエを送り込んでくる。物語の鍵を握るのは暮桜? だが、私ですら自衛隊を辞めてから暮桜の行方は分かっていない。これは一度調べるべきか……

 難しい顔をしていたからか、千冬に肩を小突かれて意識を目の前に向ける。タブレットに『私は戻るが、何かあればナースコールでもなんでも使え』とありがたいお言葉を頂いて千冬は部屋を出た。

 

 

「ーーーーーー」

 

 やっぱり、上手く喋れない。

 

 

「貴方の言葉、確と聞き届けました」

 

 は?

 



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ワールドパージ、だよ

 頭の中に直接話しかけるような感覚。コアネットワークでの通信に近い感じで、決定的に違う気もする。そんな不思議な声が聞こえたために慌ててあたりをキョロキョロして見ても私以外には誰もいない。

 ファウストを展開してハイパーセンサーを使っても専用機持ちと教員機以外の反応はなかった。ひとまず幻聴だと自分に言い聞かせてもう一度ベッドに横になって目を閉じる。

 

 

「困ったなぁ……」

 

 

 それから数日して、国連が送りつけてきた鉄屑(EOS)に候補生達が四苦八苦するのをコントロールルームから眺めるお仕事をサクッと済ませたのも先日の事。

 今日はーー正しくは昨日の夜からーー倉持技研に入って一夏くんの白式をオーバーホールする準備に入っていた。私はメカニック兼、学園からの使者と言うわけだ。

 

 

「上坂さん、所長見てませんか?」

「ヒカルノ? さぁ、またどこか遊びに行ってるんじゃないかな」

「まったく、もうそろそろ織斑君も着くってのに…… 正面に人、お、織斑君来ちゃいました……」

「いってらー」

 

 立ち去る男性職員を見送ってから数分、キーボードを叩いているとべちゃべちゃと音を立てながら我らが所長が帰って来た。タオルで乱雑に頭を拭きながら帰って来たヒカルノに職員は揃って「ああ、またか」と白い目を向けていた。

 

 

「やぁやぁ、織斑君を連れ帰って来たよー」

「何よりお前は体を拭け! 早く着替えろ!」

「えー、かいちょー着替えさせてー」

「よしわかった」

「え? ちょっ、待っ、いやぁぁぁ」

 

 男女関わらず数人の職員がいる中でヒカルノのISスーツを裾から捲り上げると慌てて必死の抵抗を見せる。すかさずタオルを投げつけて「早くしろ、篝火博士?」と一言告げればヒカルノも黙って頷いた。

 着替え終わったヒカルノが戻ってきたら待たせっぱなしの一夏くんの元に向かおう。

 

 

「で、どうよ、彼」

「んー? かわいいよ? 食べたら美味しそう」

「おし、わかった。すぐにブタ箱がお望みか」

「ジョーダンだよ、冗談! そんな顔で睨まないでよ、かわいい顔が台無しだぞ?」

 

 語尾に☆でも付いていそうな声色がウザい。軽く脇腹を突いてから所長室のドアを開いた。

 部屋に入ると同時に、挙動不審な一夏くんの姿が目に入る、なんというか、手を伸ばして立ち上がろうとするその瞬間って、すごくマヌケだよね?

 

 

「お待たせー、待った?」

「ええ、まぁ」

「…………」

「え、なんかマズイこと言いました?」

 

 そりゃびしょ濡れの女に連れ込まれたと思ったら数十分待たされればそう言いたくもなるだろう。だが、ヒカルノはそんな対応が気に食わなかったらしい。

 

 

「君ねー、女の人が待った? って聞いたら、今来たところだよ、だろう!」

「は、はぁ……」

「美学のわからんヤツはだめだぞぅ? 女の子にもモテないぞう」

「そ、そうですか……」

「そのときは私がおいしくいただくから問題ないけどね」

 

 サラっと問題発言をかっ飛ばしたのでスネを蹴って「千冬に殺されるぞ」と言うと一瞬ビクッと反応して、それから鳥肌が立っていた。過剰反応すぎやしないだろうか?

 一夏くんも困惑しているし、ここはちゃんと仕切りなおさないといけないだろう。

 

 

「ま、まぁ、改めて。私は篝火ヒカルノ。倉持技研の第二研究所所長で、君のお姉さんの同級生」

「私は、言うまでもないか」

「あ、いえ、どちら様で」

「えー、一夏くん酷くない? 先生の事忘れるとかさ」

「かいちょー、髪、髪」

「髪? ああ、忘れてた」

 

 夏に使った青いウィッグを少し手間取りながら取って、メガネも外せばいつもの格好だ。夏の一件以来、長く外に出るときは時折変装して出かけるようにしている。

 

 

「あ、杏姉…… んじゃ、同級生ってと……」

「ご明察。私たちはIS学園1期生だね。いやぁ、君のおねーさんハンパないね。昔も今も」

「え、じゃあ束さんも……」

「束さん、ねぇ」

 

 一夏くんの顔が「やべえ事言った」とひきつるのを見るとヒカルノは見えないように笑ってからーー

 

 

「ちゃんとご飯食べてるかなぁ。悪いお兄さんにあのけしからん胸を弄ばれたりしてないかなぁ」

 

 ふざけ飛ばした一言を発し、一夏くんが見事にリアクションをとってくれたところで本題に入るべく、研究室へと場所を移した。

 一夏くんはヒカルノに関して突っ込むのを諦めたようで、ISスーツに白衣、もふもふのスリッパという珍妙な格好には一言も触れず(私もISスーツに白衣は時々やるし、そのせいかもしれない)、黙って距離感の取りにくい真っ白な廊下を歩き続けた。

 

 

「ここが私たちの仕事場だ。いいもんだろう?」

「アンタはここで仕事しないだろ」

「学園の整備室をすごくした感じですかね」

「ほう、学園の整備室もなかなかなもんみたいだねぇ。まぁ、杏音がいるなら納得っちゃ納得だわな」

「んじゃ、まずは真ん中で白式を展開してー。ISスーツはなくていいや」

 

 言われた通りに白式を展開。そこに6本のアームが伸び、それよりもっと多いケーブルが繋がれた。

 周囲を取り囲むホロディスプレイには大量の文字列が流れ、職員たちは一斉にキーボードを叩き始める。手渡されたタブレットを少し眺めたヒカルノは珍しく難しい顔をした。

 

 

「予想以上にダメージが溜まってるね。こりゃ一回降りてもらって機体だけを集中補修したほうが早いかも」

「外装は修復済みだけど、やっぱり無理やり自己修復を動かしたから変なバイパスできてるね」

「システムの方はこれといって変化はないから、ハードだけで済みそうだね」

「それでも大仕事だよ、これ」

「いつまでに終わる?」

「んー、技術者潰していいなら夕方までに。まぁ、おやつ食べながらでも明日までに終わるさ」

「そりゃ重畳。んじゃ、任せた」

「はいよ、所長殿」

 

 どこからともなく釣竿を取り出して、一夏くんにそれを手渡したヒカルノは彼の背中を押して外に出ていった。さて、これからはわたしのターンだ。システム専攻の彼女は正直仕事がない。

 束印の薬を口の中に放り込むと、ディスプレイを8枚、キーボードを6つわたしの周りに浮かべ、仕事を始めた。両手両足、眼球運動とボイスコマンド、それから思考キーボードも2枚使ってるので常人ならドン引きするレベルの仕事を一気にこなしている。そのせいでマニピュレータはせわしなく動き続け、新しいエネルギーのルートを作り出す。

 それに合わせてソフト面も少し手直しすれば一気に仕事が減っていく。

 他の職員たちは自己修復プログラムが働いて、見た目上は直っている外装を点検してくれている。彼らも学園の卒業生や大学でISを学んできたプロだ。十二分に働いてくれる。

 そんな彼らも朝から働きづめのおかげでタスクの8割が終わり、そろそろ昼休憩を取ろうかという時に私の携帯が一番聞きたくないアラームを鳴らして震えた。通知のポップアップには赤い文字で「WARNING」とだけ書いてある。学園で緊急事態発生ーーしかも地下特別区画が使われるレベルのーーを意味する。ちなみに、隔壁が降りる程度なら「ALERT」を表示してくれる。

 すぐさま通知を開き、学園のシステムに介入しようとするが、それすらも阻まれる事態だ。余程の事態とみえる。地下はスタンドアローンで動いているので、ファウストのコアネットワークで呼びかけると、おずおずとした様子で山田先生が応答した。

 

 

「IS学園防衛主任補佐上坂です、倉持の研究所から繋いでいます。応答願います」

「山田ですっ、上坂先生、緊急事態発生です! 外部からーー」

「概要は把握してます。メイン系統にアクセスできないみたいですね。生徒の避難は?」

「95%完了、あと1クラスの点呼を取っています。現在、システム奪還の為、1年生の専用機持ちには電脳ダイブして、コアネットワーク経由でのアクセスを試みています」

「それはマズいですね。コアネットワークに外部から未確認のISが接続されていないか常に監視を」

「ふぇっ!? で、ですが、織斑先輩が一人で敵性ISにの対処にっ、私もその応援に行かないと」

「ああっ、クソっ! 今すぐ向かいますがどんなに急いでも20分です。持たせてください!」

 

 ちょうど帰ってきた一夏くんを白式に乗せ、データ取りを始めたところでヒカルノに耳打ちする。

 

 

「学園から呼び出し食っちゃったから悪いけど帰るわ。あとはそっちでできるよね?」

「んー、非常事態かにゃぁ? ま、わかったよ。計画よりずっと早く進んでるから今日中にはお家に帰れるね。気をつけて」

「ごめんよ、またご飯でも行こう」

「楽しみにしてる」

 

 そそくさと建物を出てからファウストをステルスモードで展開。全ての展開装甲をスラスターにして音の壁を数秒で超える加速を得る。

 それから数分、海面スレスレをかっ飛ばしているとちょうど白式が研究所を飛び出したのをハイパーセンサーで捉えた。

 だか、原作通りの流れなので彼に構う暇はない。私が欲しいのはクロエ・クロニクル、彼女だ。

 学園上空を華麗にスルーして、対岸の公園付近でハイパーセンサーを残してそっと量子化。それから温度センサーと大気センサーで半径2kmをスキャンすると、実体はあるのに姿が見えない不思議な影と、姿はあるのに実体はない妙な少女を1人ずつ見つけた。

 

 

「はろー」

「上坂杏音」

「うん、そうだよ。君のご主人から話は聞いているだろ?」

「束さまと共同で、ISを生み出した」

「そう教えたのか…… 黙ってろって言ったのに」

「私になにか?」

「精神干渉をやめてくれないかな? さもなくば君を殺す」

 

 普段と変わらない声色で殺害予告というのも気持ちが悪いものだ。だんだん慣れてきたのが怖いけれど。

 そんなことを言われてもクロエはなお目を閉じたままどこかを見つめている。そして、顔だけ私に向けると、ゆっくりと首を振った。

 

 

「そうか。なら、ごめんね」

「よろしいのですか?」

「ああ、これも、世界の為だ」

「いえ、貴女の守るべきものの事です」

「何をーー」

 

 直後、学園の方から爆音が聞こえ、煙が上がる。色からすると砂煙だろうが、何かしらの爆発があったことに変わりはない。ここは1本取られたか。

 

 

「束に言っておいてよ、これ以上手を出すなって」

「承りました」

 

 再びファウストを展開して学園に向かうと、今度は地下へのルートを飛んで進む。崩落した廊下と天井を飛び抜け、袋小路に向かうと大量の空薬莢とラファールから降りる山田先生が居た。

 

 

「う、上坂先生!? その機体は……」

「今は何も聞かないでください。千冬は」

「ここだ。遅かったな、私たちで片付けたぞ」

「良かった…… で、他は?」

「生身は更識が。電脳ダイブしている専用機持ちには妹の方がバックアップでついている」

「楯無に連絡は?」

「言われてみれば遅いな」

「見てくる」

 

 反響センサーで周りを見ながら最後にミステリアス・レイディが使用された場所に来ると、切られたロープと血痕が残っていた。この血が楯無のではないことを願いつつ、血痕を追うと、途中で無くなっては居たが、数人の大きなブーツの跡は残っていたのでそれを追って外に出た。

 

 

「楯無さんを、離しやがれぇぇ!!」

 

 隠し扉の一つを出ると、学園裏手に出た。ちょうど一夏くんが雪片を振るっているので彼の手が汚れる前に私が仕事をしよう。

 楯無を担いでいる大男の足を小口径ライフルで射抜くと、彼女が地面に落ちる前に瞬時加速で一気に距離を詰めてキャッチ。それから、ハンドガンで周りを囲む男たちの足を撃って行動不能に追い詰める。

 

 

「一夏くん、楯無を地下に」

「杏姉! わかった」

 

 物分かりの良くなった一夏くんにマップデータと一緒に楯無を渡すと、地面に這い蹲る男達の頭にビットを押し当てた。ちょっとばかし数が多いが、まぁ、まだ薬は効いているから余裕だ。

 銃を彼らの手から離すと後ろ手に縛りあげてから結束バンドで留め、大木に括り付けてお守り(手榴弾トラップ)を付けると私も地下に戻ることにする。

 

 

「お、おい! コレを外せ!」

「なんでだよ、君たちの命はもっと安いんだ。厚いもてなしに感謝してほしいくらいだね」

「知ってる事なら話す! だから!」

「君たちの知っている情報は私も知ってる。そんな情報に価値はない」

 

 男達の悲痛な叫びを後ろに聞きながら来た道を全速力で戻り、オペレーションルームに飛び込むと、タクティカルスーツのままの千冬がコーヒーを飲んでいた。

 

 

「楯無は医務室に運んだ。弾は貫通してるし、止血も早かったから大事にはならん」

「そう。で、今は?」

「一夏を電脳世界に送った。どうも向こうもまた妨害を受けているらしい」

「こっちから手は」

「打てたらコーヒーなんで飲んでない。今は、一夏だけが頼りだ」

 

 少し乱暴にマグカップを置くと、中身が少し跳ねてテーブルに落ちた。薄暗い部屋に残された沈黙は重苦しく、山田先生は涙目になっている。

 私が電脳ダイブ、という手も無くはないが、このコアがワールドパージに触れた時にどんな反応をするのかは未知数。最悪戻ってこれないことすらありえる。そんな手を打つべきではない。少なくとも、一夏くんなら、やってくれるだろう。

 千冬が4杯目のコーヒーを開けた辺りで痺れを切らした千冬が「様子を見て来る」と隣の部屋に向かったのが3分前。そして聞こえたのは軽い打撃音の後に、世紀末の悲鳴と、怯えの声。そして、追悼の言葉だった。

 

 

「せ、先生、システム回復してます!」

「そのままモニタリングを、バックアップと誤差があった場合はバックアップで書き換えてしまってください」

「はいっ!」

 

 そして、見事にシステムの回復に成功したのが今だ。部屋から戻って来た専用機持ち達と、千冬の背中で目を閉じる一夏くん。鈴はシャルロットとセシリアに両脇を抱えられて出て来た。どうも視線にいろんな感情が入り混じって見えるが、今はそう恨むな。

 

 

「おかえり、良くやったね」

「ミッションコンプリート。お姉ちゃんは?」

「楯無は……」

「何か、あったんだ」

「腹部を撃たれて医務室に。命になんとか、とかは無いから、安心していい」

「覚悟は、してた」

「泣き顔で言われても説得力無いよ。とりあえず、行こうか」

 

 制服の襟を掴んで鈴を引きずりながら簪を連れて医務室に向かうと、部屋には担当の先生と、機械に繋がれ、ベッドに横たわる楯無の姿があった。

 

 

「お姉ちゃん」

「大丈夫だ、弾は貫通してるし、処置も早かったから命に別状はない」

「良かったよ、お姉ちゃん……」

「先生、ベッドをもう1床、お願いします」

「今度は…… とりあえず寝かせておけばいいですか?」

「はい、それで」

 

 鈴の運び方が雑だったので、事情を察してくれた先生に感謝しつつ、ベッドに鈴を放ると、簪に一言言ってからオペレーションルームに戻り、システムチェックを終えると、日光の下に戻って来た。

 

 

「杏音、少し付き合え」

「ん、いいけど」

 

 千冬に言われるがままに車を出し、私がさっきいた臨海公園の近くの喫茶店の前に車を止めた。

 千冬は何も言わずに目だけで「ついてこい」と告げると車から降りて通りかかったウェイターにコーヒーを3つ頼むと、テラス席に座る少女と同じテーブルに着いた。

 

 

「相席させてもらうぞ」

 

 少女の肩が跳ねるが、その肩に私が手を添えた。閉じた瞳が私と千冬を射抜く。

 ちょうどやって来たコーヒーを千冬が受け取ると「ブラックで構わないな?」と脅しに近い言い草で、少女の震える手にカップを渡した。

 

 

「さて、結論から言おうか。ーー束に言っておけ、余計なことはするな。と」

「おっと危ない。ダメだよ、こんな人混みで殺意振りまいちゃ」

 

 少女ーークロエの肩を押さえつけてから、私も席についてコーヒーに砂糖とミルクを入れてから一口飲んだ。

 

 

「やめておけ、やめておけよ。お前の戦闘能力で私を殺すことは不可能だ。杏音はわからんがな」

「ま、地の能力はダメだしね、飛び道具はあるから下手に手を出しちゃダメだぞ」

「ッ……!」

 

 クロエの双眸が開かれると、吸い込まれそうな黒に金色の瞳。出来損ないの越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)がそこにはあった。

 

 

「生体同期型ISねぇ、束もエグいことするなぁ」

「だが、あいつが命を天秤にかけるほどだ。この少女にはなにがある?」

 

 コーヒーをもう一口、カップを置いた直後に目の前が真っ白になった。まるで上下左右が霧に包まれたような感じだろうか? 数十センチ隣に居たはずの千冬さえ見えない。

 直後、死角から飛んで来たナイフをはたき落として目潰しの手を伸ばす。

 

 

「いい加減にしろよ、ガキの相手は飽き飽きしてるんだ」

 

 すると、霧も晴れ、再び喫茶店のテラス席。千冬はスプーンを置いていたから、彼女も何かされたのだろう。

 

 

「電脳世界では精神干渉、現実では幻を見せると。大したものだな」

 

 そう言ってコーヒーを飲み干す千冬。クロエはもう意気消沈と言わんばかりにポーカーフェイスを崩している。

 私も私でコーヒーを飲み干して、気になっていた疑問を投げかけた。

 

 

「私がドイツに持ってる研究所、君もラウラもあそこの生まれだろ? どうして束に?」

「私は出来損ない、彼女は完成し、私はしなかった。それを救ってくれた、名前をくれたのが、束さま」

「ふぅん…… これは束に話すことが増えたね」

「お前に聞きたいことが増えたがな。まぁいい、手間を取らせたな」

 

 千冬が席を立ったので、私も後を追って自分の車に乗り込んだ。なんかカッコよく去って行くわりに助手席、ってどうなのよ?

 車を出してすぐに千冬はさっきの話に突っ込んで来た。

 

 

「ドイツの研究所の話、聞かせてもらおうか」

「シュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムが載ってた事件、あったでしょ?」

「ああ。それがどうした」

「その後始末を束に頼まれたんだ、それで見つけて頂いたのがその研究所。妙に綺麗だとは思ったんだけどね。綺麗過ぎた理由がわかったよ」

「束が持って行っていた訳か」

「多分ね。ってことはパクったデータも全部束の見せたいものだけって訳だ。全く、してやられたよ」

 

 千冬も黙ってそっぽを向いた辺りで、学園へと入る海底トンネルの入り口が見えて来た。

 ちょうどその時、私の携帯が鳴ったためにゲートを通ってから路肩に車を止めると、発信元を確認せずにハンドルの受話ボタンを押した。

 

 

「御機嫌よう、杏音」

「スコール……」

「…………」

「今いいかしら?」

 

 千冬の機嫌が急降下して私の胃がキリキリ痛むが問題ない。

 

 

「構わないよ。ディナーのお誘いかな?」

「ええ、そうよ。よくわかったわね。急で悪いのだけど、今夜、どうかしら?」

「いいよ、ちょっと遅くなるかもだけど」

「構わないわ。じゃ、場所と時間はメールするから」

 

 ご丁寧に投げキッスまでしてくる辺り、スコールはかなりの上機嫌と見える。これは束が捕まったか……

 そうなると私も覚悟を決めないといけないかな?

 

 

「行くのか」

「うん」

「お前は、どっちを選ぶつもりだ」

 



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私の選択、だよ

 学園で事の後始末をある程度まで進めて、私じゃなきゃならない仕事を潰すと日の落ちる海を背に家に車を走らせた。スコールとの約束の時間まであと2時間ほどだが、指定されたホテルまで行くことを考えると遅刻は確定だ。着替えは向こうでするとして、ドレスやらなにやらをトランクに詰めるとシャワーを浴びてから家を出た。

 国際空港を対岸に眺めるホテルの正面に車を止め、ボーイではなさそうな黒服の男にキーを渡すと後ろからトランクを下ろしてエントランスに入るとダークスーツを着込んだオータムが待っていた。

 

 

「遅かったな。まぁ、アレだけの事があったにしちゃ早い方か?」

「全速力で仕事終わらせてきたんだから。千冬にすごい目で見られたよ」

「ブリュンヒルデに睨まれちゃたまらねぇな。さ、部屋に案内するぜ、着替えるんだろ? スコールもだが、なんでそんなにめかしこむんだか……」

 

 オータムに苦笑いして返すと、エレベーターで迷う事なく最上階へ。いかにもなドアにカードキーを挿して鍵を開けたオータムはわざとらしく恭しげにドアを開けて手で室内を指した。

 とりあえずリビングの隅にトランクを下ろしてから冷蔵庫を漁り、水を一本出すと手刀で王冠を飛ばして大きく一口飲んだ。

 

 

「そういうとこ遠慮なくなったよな、アンタ。ま、着替えるなら右の部屋がベッドルームだから、ソコ使ってくれ。スコールと博士はもうおっ始めてるってよ」

「博士?」

「聞いてねえのか? 篠ノ之博士と飯だからって呼んだんだぜ?」

 

 実は知ってるが、聞いてないのですっとぼける。トランクを片手に隣のベッドルームで真っ黒なドレスを着込むと軽くメイクを済ませてリビングに戻ると、オータムがスーツを着崩してコーラを飲んでいた。

 私を見て少し驚いた顔をすると、首を振ってからおずおずと声を出した。

 

 

「なんだ、そんな服も着られるんだな」

「派手な色もいいけど、たまにはね? さ、エスコートよろしくね」

「お、おう」

 

 驚いた顔をしたのは私を女として意識したからだろう。そう思ってわざと腕を絡めてやると見事に顔を赤くした。チョロい。

 エレベーターで地下まで降りて、黒服の男がドアを開けるとやたらと料理の並ぶテーブルが1つあるが、そこの2人以外に客はいなかった。なんだかどこかで見たことあるようなないような雰囲気だが、この際気にしたら負けだろう。

 

 

「遅かったわね」

「あー、ちゃん?」

「もっとマシなカッコできないの、束?」

 

 普段と同じエプロンドレス姿の束はオータムよりも見事なリアクションを見せてくれた。引かれた椅子に座るとグラスにワインが注がれる。

 

 

「ふふっ、その様子だとオータムから聞いたのね。言うなとは言ってないけど、少し残念だわ。篠ノ之博士にはいいサプライズになったようだけど」

「よく束を見つけられたね」

「苦労したのよ? ま、その話よりまずは」

 

 スコールがグラスを掲げたので私もグラスを持ち上げてから一口煽ると、未だに現実に戻ってこない束のほおをふにふにしてからテーブルに並んだ料理を見回した。

 

 

「ドレスでカレーを食べる日がくるとは思わなかったな」

「私もよ。さて、役者も揃ったし、本題に入りましょ。篠ノ之博士」

「束」

「あ、あー、うん、で、なんの話? あーちゃんはあげないよ?」

「おい」

「あらあら。私はもう夜を共にしたのですけど。本題はISです。私たちに新造ISを頂きたいと」

「えー、やだよ、めんどうだなぁ。あーちゃん、これ美味しい!」

 

 新造IS、と言うことはコアも作らせる気か。

 私の心労を気にもせず、麻婆豆腐を小皿に取り分けて私に寄越す束はいつもと変わりない笑顔で、私は表情をさらに強張らせるしかなかった。スコールはそんなのもしらず、いや、わかってはいるけど私をうまく使う算段をした上でまだ時ではないとばかりに交渉、と言うより陳情を続けた。

 

 

「そこをなんとか、お願いします」

「お断りしまーす。あーちゃんなに食べるー? 束さんはハンバーグと冷やし中華、あーそれからー」

「束、どうしてそこまでコアを作りたがらないの? 箒ちゃんや一夏くんには無駄とも言えるコアを投げつけたくせに」

「あーちゃん、そんなこと言うんだ。へー、いいよ、あーちゃんだから答えてあげる。それは箒ちゃんといっくんだからだよ。わかってるでしょ? そいつらにはゴミを生み出す片手間でも作れるものを投げてやる価値すらない。そう言われることをわかった上で言ってるからあーちゃんは危ういんだよ」

「危ういって…… 私は私の役割(ロール)をーー」

「じゃ、聞くけど束さんにとってのあーちゃんの今の役はなんだと思う? そいつらの駒? そんなワケないよね?」

 

 いつの間にか私の顔を覗き込む束は機嫌の悪い時のソレで、早口でまくしたてるように言葉の雨を降らす。バツが悪くなって目をそらすと束は諦めたように席に戻ってサラダを取って食べ始めた。

 

 

「んぐっ。あーちゃん、私はいつだってあーちゃんやちーちゃんの味方でいるつもり。でも、今だけはあーちゃんの敵になってでもこいつらにコアはやらない。そうするだけの理由がない」

「篠ノ之博士、そうするだけの理由があれば、良いのですね?」

「いいよ、どうするつもり? あーちゃんに銃でも押し付けるかい?」

「いえ、もっと素敵にやりますわ」

 

 スコールが指をパチリと鳴らすとクロエの首にナイフを当てがったオータムが出てきた。まずい展開だ。

 

 

「なんなら、この子鹿ちゃんのステーキを用意しますけど?」

「……せ」

「はい?」

「逃げろ、オータム!」

「離せ」

 

 私が叫んだのと同時に束が悪い笑みを浮かべ、机上のカトラリーを全てスコールに向けて吹き飛ばすと、それを咄嗟に防いだスコールを踏みつけて飛び上がった。

 このままオータムを殺させるわけには行かないと、私もすぐさまISを展開し、AICとビットを使ってオータムを吹き飛ばした。

 

 

「くーちゃん、大丈夫かにゃー?」

「は、はい…… 束様」

 

 束がクロエを抱きとめて拘束具を引きちぎるのと同じように、私はオータムのそばに駆け寄った。テーブルをいくつかなぎ倒してカウンターにぶつかって止まったオータムだが、咄嗟のことでなにも考えずに吹き飛ばしたのでもしかしたら、と思ったが、ジャケットが破けて少し擦り傷がある程度で済んだ。

 

 

「オータム、無事?」

「なんとかな。なんだよ、あのバケモノ」

「あのねぇ、私ってば天才天才って言われちゃうけど、それって頭とか思考とかだけじゃないんだよー」

 

 突然の束の声に誰も反応することはない。スコールですら呆然と立ち尽くすのみ。入り口から銃を向けた黒服は申し訳ないが私がビットを突きつけて手をあげさせている。

 

 

「肉体も、細胞単位でオーバースペックなんだよ」

 

 めんどくさくなって、黒服達をビットで殴りつけて気絶させると量子化して戻し、それからスコールを見た。真っ赤なドレスには汚れひとつ見られないが、顔だけは見事なまでに失策を語っていた。

 束を侮りすぎだ、と内心毒吐きつつ、隣でカウンターに寄りかかるオータムを撫でた。

 

 

「それこそ、ちーちゃんくらいかな、私に生身で勝てるのは。あーちゃんは体弱いもんね」

「それは言わない約束」

「ふふっ、でも、あーちゃんの頭のおかげでISはあるんだからもっと誇っていいんじゃないかな?」

「杏音、お前……!」

 

 隣のオータムに微笑みを向けようとしたその瞬間だ。暴風を伴って濃紺の機体が飛び込んできた。咄嗟に12機のビットで取り囲んだ私は悪くない。

 スコールをまた見ると今度は頰が笑っている。口には出てないが、筋肉は若干動いてるからよくわかる。勝ち確、そう思ってるはずだ。

 

 

「スコール、束を安く見過ぎだよ」

 

 私が小さく呟くのをオータムは聞き逃さなかったようで、驚いたような、残念なような、色んな感情が入り混じった複雑な顔をしてから"ライフルの先端に立つ"束を見て明確な驚きに顔を染めた。

 

 

「キミ、オモシロい機体に乗ってるねぇ」

「ッ!」

 

 振り払おうとライフルを振るう力を込めた時には、どんな魔法かライフルは見事に光の塵となり、空中に消える。それはライフルだけでなく、私のビットと向かい合うように漂うビットもまた光となり、アーマーを真ん中から脱がすようにバラしていくと、顔を見た束の手が一瞬止まる。アレだけ騒がしく動いていた手が止まった。

 

 

「ん、んん?」

「…………」

「あはっ」

 

 束の事だ、彼女のことは知っているだろう。だからあんな反応をした。

 

 

「あははははっ! キミ、名前は?」

「…………」

 

 戸惑うマドカと周囲を置き去りにして束は言葉を続ける。

 

 

「あは、あははっ。あ、当てて見せようか? ふふっ」

「やめーー」

 

 私の声が届く前に、腹を抱えて笑う束は名前を呼んだ。

 

 

「織斑マドカ、合ってるよね」

「「!?」」

「やっちまった……」

 

 マドカとスコールが驚愕に顎を外す前にオータムを立たせてからスコールの隣に立って腰に手を回すと困惑の隠せないスコールは私をじっと見つめた。

 

 

「私は何も言ってない。多分、千冬から頼まれて探したんだ。もともと、今日は束の手の上だったんじゃないかな?」

「そんな、まさか!」

「束の事を甘く見過ぎじゃないかな? 食事に薬を混ぜたり、人質をとった所で束は地球すら捨ててみせるよ。それが篠ノ之束だからね」

「聞こえてるよー! さすがの束さんも地球は捨てないかなー? 半分吹き飛んだくらいじゃ困りはしないけど」

 

 私が軽く肩を竦ませるとスコールは目元を手で覆って天を仰いだ。

 

 

「ねぇ、この子の専用機なら作ってもいいよ」

「え?」

 

 その声は私の隣では無く、束の向こうから聞こえた。スコールはもうどうにでもなれ、と言わんばかりに死んだ魚の目をしている。

 

 

「ねぇねぇ、この子もらっていい?」

「そ、それは流石に勘弁してほしいぜ……」

 

 すっかり腑抜けたスコールに変わってオータムが答えると、束はぶーぶー言いつつ、マドカにどんな機体が欲しいか問い詰めていた。あれは平和的な質問じゃない、言葉通りの質問攻めだ。

 数十秒ではいくつ質問したのか数えるのをやめたあたりで今度は何を思ったか、マドカをテーブルに招くとこれでもかと料理を取り分けて出した。

 

 

「す、スコール?」

「ねぇ、杏音。あなた、ウチに来る気はない?」

「そんな、上の空で言われても答えられないよ」

「あーちゃんはダメだよ、これから束さんと一緒にまどっちの専用機作るんだから」

「は!?」

 

 ここで束から爆弾発言が飛び出したあたりで一度スコールをオータムに連れて帰らせ、ぐちゃぐちゃになったレストランには私と束。クロエにマドカ、そして気を失った黒服の男達のみが残された。

 

 

「ねぇ、あーちゃん、今の世界って楽しい?」

「どうだろ。世界はつまらないかもしれないけど、生活には満足してるかな」

「ま、あーちゃん多趣味だもんね。ISいじって、論文書いてゲームして、ドライブ行って美味しいもの食べて、それでお給料も多い」

「まって、その言い方だと私の生活がクズっぽく聞こえる」

「束様、先日、杏音様に殺害予告をされました」

「ちょっ!」

 

 いつの間にか束の隣の席に着いていたクロエがハンバーグを頬張りながら告げ口。私の命はこの瞬間に絶体絶命のピンチを迎えた。

 

 

「ほれはうーひゃんふぁ、ごくりっ。やりすぎたからだよ? 言ったよね、ちーちゃんとあーちゃんは怒らせちゃダメって」

「その後、ワールドパージをIS無しで見破られました。お二人に」

「ふふん、それに懲りたらもうダメだからね?」

「三途の川、と言うものを見てきたのでしばらくは観光に行きたくないです」

「あ、あのー」

 

 なんだか同窓会に子供連れてきたギャルっぽかった子がすごくまともなお母さんしてるような(例えが悪すぎる)、そんな雰囲気に当てられて私の疑問を切り出せずにいたが、おずおずと口を開く。逃げようとしたマドカはAICで止める。

 

 

「ん、どしたの?」

「その子、どうしたの? 創ったの?」

「作ったって字が違う気がするし、そもそも私はそこまで堕ちてないよ! 拾ってきたんだよ、ドイツで」

「あの研究所?」

「あの研究所」

「私の仕事は?」

「ゴミ掃j…… 後片付け」

「オイ」

 

 言い直せてないし、クロエも目をそらすな、張本人だろ。

 いい加減変なポーズで止めておくのも可哀想になってきたマドカをAICから解放すると、諦めたように席に着いた。ちなみに束に盛られた品は完食してるのが地味に偉い。

 

 

「で、あーちゃん、まどっちのIS、どうする?」

「なんで、そうなる。まず、そんなことしたら私が千冬に殺される」

「えー、いいじゃん、またISつくろーよー!」

 

 なんだかんだ、見事に言いくるめられた私は次の朝に千冬に"答え"を聞かせて大目玉を食らったりするが、その話は割愛させて頂く。もちろん、その夜は傷心のスコールをオータムと2人で慰めた(意味深)し、同じ部屋にいた束はやっぱり初心で、クロエを抱えてさっさと部屋に引きこもってしまった。こっちの道に引きずりこむつもりはないが、いい加減慣れろよ、とは思う。

 しかし、予想外の方向とはいえ、私の道もある程度は固まったし、安心して(?)またしばらく生きられるわけだ。次のイベントは…… 修学旅行の下見? いや、運動会があったなぁ。面倒臭い。




レポートに追われまくってて死にそうですが、気合いで週一更新は続けたいです(火曜0時なうですが)


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ヘビーなサーフボードだよ

 さて、楯無の思いつき、もとい提案で一波乱起こしてくれた大運動会も先生方と一夏くんの胃に大ダメージを与えて閉幕。

 その翌日、沖合に空母が見えたりしたが、学園としては見てみぬふりをした。そうせざるを得なかった。わかるだろう?

 だが、個人的には流石にスコールに死なれるのは心苦しいので、沈みゆく空母から彼女を引っ張り出した。そして、片腕を失い、意識も半分飛んでいるスコールを隣に乗せて家路についているわけだ。

 

 

「はぁ、千冬になんて言い訳しよう……」

 

 そんな憂鬱な呟きも漏れる。

 

 

「ん、んっ……」

「スコール、無事かい?」

「んむっ……」

「ダメっぽいね」

 

 時計の針も真上を向いたこの時間、道行く車も人も少なく、と言うより皆無だ。そんな中をただV12エンジンのサウンドが染めてゆく。

 とりあえずオータムとダリルには連絡したし、ダリルは学園から出ることができないだろうが、とりあえず千冬の動向だけは見てもらっている。

 オータムともそろそろ合流出来るはずだったが、代わりに信号待ちで並んだのはブルーのコルベットだった。

 オータムも車好きの気はあるが、彼女の好みもヨーロッパ車だ。だから、こんなアメリカンマッスルの代表格なんかに乗ってくるはずがない。

 隣の車の窓が開く。見たことのある金髪がすこし風に揺れていた。

 

 

「Open a window」

 

 シンプルにそう言われた。顔の横にはドラマで見たことのあるCIAのIDを出しているのだからここで逃げるのは下手としか言いようがない。諦めて窓を開けると、前を指差すから、路肩に寄せろってことだろう。

 それに、彼女、身分証明書と名前が違うじゃないか、ナターシャ。

 

 

「こんばんは。こんな時間にドライブですか?」

「ええ、彼女も寝ちゃって」

「そうですか? 妙に濡れてますけど」

「ナニしてたかなんて聞くかい? 御託ならべずに本題切り出しなよナターシャ」

「……ッ!」 

「どうした、凍結中の愛機でも展開するか? それとも、海辺で学生と楽しくやってる相棒を呼ぶかい?」

 

 目に見えて動揺するナターシャ。彼女、こういうの向いてないんじゃない?

 

 

「スコールの回収に来たのかもしれないけど、そうはさせない。身柄は私があずかる」

「待ちなさい、それじゃ契約は――」

「そんなもの知らん」

 

 知らないものは知らない。スコールに何をするのか知らないが、明らかにやばいそうなものに首を突っ込めるか。まぁ、この断り方もかなりやばいけれども。

 

 

「まだスコールは生きてる、それでも彼女を奪うのなら…… わかるだろう?」

 

 腕だけ部分展開してナターシャの胸をつつく。女性らしい柔らかさ…… じゃなくて、私のハッタリは大成功らしく、唇を噛むと車に戻っていったので、再びエンジンをスタートして寄り道をしてから家に帰った。

 

 

「なぁ、人んちにピッキングするのやめろよ」

「んなことよりスコールは」

「腕持ってかれてるけど、生身ならともかく、サイボーグなら私でも直せるよ」

「知ってたんだな」

「初めて会ったときから気づいてた。道具は」

「ああ、持ってきた」

「とりあえず腕からの信号を黙らせて脳への負荷を抑える。今は痛くて痒くてみたいな意味わかんない信号を垂れ流してる状態だからね。それ以上はここじゃ無理」

 

 要は一時的に麻酔をかけるようなものだ。雑に引きちぎられた断面から目当てのケーブルを探し出してオータムに持ってこさせた解析機につなぐ。

 不安定な波を描く画面を眺めながら久々に使う我がギフト。脳内でパズルを難なくこなせば波はひとまず一定の波長を描く。

 それ以外は断面を綺麗に整えて、短絡しないように処置すると、私は床に仰向けに倒れた。

 

 

「おい、大丈夫か!?」

「ひとまずー。あぁ、アメリカの秘密部隊? わかんないけど、あんな人にハッタリ咬ますとか心臓止まるかと思ったわ」

「アンネイムドか、誰だ?」

「ナターシャ。いやぁ、ホント、同期だし、いろんな意味で心が痛むわー」

「お前も相当コッチに堕ちてんな。なんてハッタリ咬ましてきたんだ?」

 

 オータムから好奇の目を向けられると、ありのままを話した。

 

 

「流石、上坂大先生だな。口もよく回る。だけどヤバイんじゃねぇのかよ。仕事なくすぞ」

「その時は束に雇ってもらおうかな。ま、声はとにかく、姿はコレだし、解析か、ナターシャがふとした瞬間に思い出したりしなければ、なんとか……」

「その割には冷や汗すごいけどな。シャワー浴びてこいよ。スコールは見てるからさ」

「ん、そうする」

 

 今更ながら結構シャレにならないことしたなぁと、焦る心を熱めのシャワーで無理矢理流して部屋に戻るとオータムがスコールにキスをしていた。

 

 

「おやおや、目覚めのキスかな?」

「そ、そんなんじゃねえよ!」

「そう? 私にはよく効いたみたいだけれど」

「スコール!」

「マジかよ」

 

 愛は奇跡を呼ぶ、なんてよく言ったものだ。まぁ、目が覚めるのは必然だから奇跡でもなんでもないけど。ここでそれを言うのは流石に空気読めなさすぎだ。

 

 

「杏音、その……」

「腕のことならいろんな意味で気にしないでいい。気づいてたし、生身だったら諦めてるさ」

「本当に、ありがとう。ただ、面倒に巻き込んだわね。アンネイムドに追われたでしょう?」

「そこは杏音の口八丁で乗り切ったらしい。シャワーでも浴びるか、風邪引くぞ」

「ふふっ、この体じゃ風邪も引けないのだけど。いいわ」

「はいはーい、着替えは用意しておきまーす」

 

 わざとらしく言って彼女らの着替えを用意して、軽くワインとグラス、つまみも用意しておくと、たっぷり30分近く経ってから出てきた。

 オータムはジャージ、スコールはスウェットなんて色気の欠片もない服だが、2人とも私より出るとこ出てるからエロい。何が浮いてるとか、そういうんじゃない。

 

 

「ひとまず、飲も?」

「ええ、頂くわ」

「そこそこいいやつじゃねぇの、コレ?」

「あら、オータムもわかるようになったのね」

「杏音に教わったんだよ……」

「あらあら、なら、次は飲み方を教えるべきね」

 

 そう言うと、グラスに注いだワインを口に含んでオータムにキス。おうおう、口移しかよ。見せつけやがるなぁ。こんど束にやってみよ。千冬にやったら殺される。

 

 

「あ、杏音、お前も」

「ほいほい、ちょーだい」

 

 オータムは慣れてそうで不器用なところもあるから可愛い。今みたいに口移しをしようとしたのにちょっとミスって私の口から血みたいにワイン垂れたり。

 ティッシュで拭ってからお返ししてやると顔を真っ赤にしていたり。本当にかわいい。

 

 

「少し遠いけど、パーツを取りに行かないといけないわね。オータムの武器も手に入れないと」

「今回みたいなのはやめてほしいところだね」

「それはできない相談ね。私達もそれなりに苦労してるのよ」

「私も出来る限りは手を貸したいけどさ」

「ええ、嬉しいけれど、あなたがそれで地位を失ったりしたら申し訳が立たないわ。杏音、あなたも無茶はしないで」

 

 スコールの唇を無理矢理奪ってから私は自室に戻り、ベッドに籠もることにした。

 翌朝、オータムお手製の朝食を食べてから2人と別れ学園へ出勤すると、千冬に睨まれ、ダリルは目の下に隈をつくっていた。甲斐甲斐しく世話を焼くフォルテもちっこくてかわいい。スコールとオータムの関係にそっくりだよなぁ、とか内心思いつつも教壇に立つと2組のHRを始めた。




短くて無理矢理詰め込んだ感すごい


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ゴーウエスト、だよ

「先生、あのあとどうなったの?」

「んー、なんのことかな?」

「とぼけないで。先生が寄り道して帰った事くらいわかってるんだから」

 

 

 体育祭の喧騒も鎮まり、広葉樹も大分色付いてきた頃。修学旅行の下見と言うなの亡国機業掃討作戦は静かに幕を上げた。

 その一方で、学園では千冬に次ぐ地位にいる私もまた、駆り出されるのは当然の成り行きでもあるわけだが、亡国機業の実務面でなかなかの地位にいるスコールとも通じている事を知っている千冬と楯無は間違いなく私に何かを隠していた。

 少なくとも、今回のコレが私にはただの修学旅行の下見で、その実、監視も兼ねている、そう作戦会議に出たダリルから聞いていた。

 

 

「そりゃ、友人に死なれるのは心苦しいだろ?」

「"友人"ね、ホントにそうかしら?」

「ふふっ、まぁ、千冬より深くて狭い関係ではあるね。ある意味では」

「ま、いいわ。この辺にしておいてあげる。それで、今回は1年生には完全にフリーで遊んでもらうわ。ラウラちゃんにはいった先々で記録してもらって、軍事行動の専門家としてアドバイスをもらうことになってるの」

「私たちは?」

「私と先生で別行動。ちょっとお使いに付き合ってもらうわよ」

「へいへい」

 

 白い閃光(SHINKANSEN)は2時間半ほどで東京と京都を結び、今は中学の修学旅行ぶりの京都駅だ。大きな階段は昔と変わりない。

 

 

「ここで一枚記念写真撮れたらな」

「なら一枚撮っていくとしよう」

 

 私が一夏くんの手からカメラを取ると、通りすがりの立派なカメラを持ったオジサマに写真を撮ってもらうよう頼んだ。

 

 

「はい、笑って笑って!」

 

 少し古いアナログなカメラだが、いい趣味だ、と言って請け負ってくれたオジサマにカメラを返された一夏くんはいい笑顔で笑っていた。千冬も、同じように。

 

 

「さて、ここで一旦解散にしましょ? 私は杏音先生と北の方に行くわ。1年生は前に説明した通り、フリーで。その代わり、しっかり写真も撮ってくるのよ?」

「はい。こっちで」

 

 一夏くんはポケットからデジカメを出すと、一度電源を入れてなんとなくシャッターを切った。

 

 

「織斑先生と山田先生も予定通り、お願いします。ダリル先輩とフォルテは……」

「んじゃ、デートと洒落込むかい? フォルテ」

「んなっ! 先輩、そんなっ」

「先輩におまかせしますね。解散っ!」

 

 楯無が解散を宣言すると、すぐに動いたのは私と楯無だった。タクシーを一台拾うと、京都市内へ繰り出す、かと思いきや、5分も経たずにすぐに降りて徒歩に切り替えた。

 

 

「おや、北に行くって言うから金閣寺とかそっちかと思ったのに」

「ねぇ、先生。今回の事、どこまで知ってるの?」

「人通りの少ない裏通りはそう言う理由で」

「ふざけてるとこの場で殺すわよ」

「はぁ…… 学園から見るなら、私が亡国機業に着くのか、学園に残るかを選ばせる、もしくはそうさせないために目をつける。亡国機業から見るなら、ただの取引なんだけど、何を目当てで来たのかまでは聞いてない」

「ため息つきたいのこっちよ? わざと先生にはただの下見の体を貫くようにしてきたのに。誰が言ったのか言わされたのか…… ま、ここまで来たら変わらないわ。で、先生はどうするの?」

「うーん? どっちも誰も死なないようにうまく立ち回るかな」

「そんなことができると? 確認されてる亡国機業の稼働機はたったの2機。操縦者の技量を勘案してもこっちは10機よ? それに、これから援軍を連れてくるし」

「3だよ、亡国機業は。オータムが新しい機体を手に入れた。それから、スコールが手負いだなんて考えてないよね?」

 

 顔には出さないが、目で感情が読めるあたりまだ甘い。

 私が寄り道して帰ったんだから手負いのままなわけがないことくらい考えただろうに。ああ、スコールが生身だって考えたら普通か。

 

 

「それでも、フォースレシオは1対3以上よ?」

「慢心だな。なぁ、楯無、援軍って、アリーシャ?」

「もう、なんでわかるの?」

「いやだって、あんな隻腕隻眼の赤髪女がそうそういてたまるかよ」

 

 私が指差した先には、愛猫の白猫に煮干しを与えるエロい着物の女がいた。

 

 

「おや、こんなところで会うなんて奇遇じゃないのサ」

「何年ぶりだろうね。テンペスタⅡのテスト以来か」

「フフッ、だね。それで、そちらが」

「IS学園生徒会長、更識楯無と申します。今回はこんな要件にもかかわらず応じていただき、ありがとうございます」

「いやいや、気にすることないのサ。それじゃ、私が軽く調べた事だけ先に伝えて、後はお互いに哨戒でいいかい?」

 

 楯無が頷くと、アーリィはデータを送り、それを盗み見ると、潜伏先のデータらしかった。市内のお高いホテルとここからそれなりに離れた伊丹空港の倉庫。まぁ、スコールらしいチョイスだな、と思うだけだ。

 

 

「アンネとは積もる話もあるけど、終わった後かな?」

「そうだね。ひとまず、アーリィは一夏くんの所かな? 彼の周りには1年生しかいないから」

「殺るなら今、サね」

「いいよね、楯無?」

「ええ、そうね。じゃ、先生と私は織斑先生と合流しましょうか」

 

 楯無が携帯で千冬を呼び出した間に、私も私でレンズを通してネット通話でお目当てを呼び出した。もちろん、話すのは相手だけで、私はチャットだが。

 

 

「先生はもう旅館の近くにいるそうよ。ここからそれなりにあるけど、タクシーもいないし」

「歩くしか無いっぽいね」

「人混みに紛れて消えたら織斑先生に報告だから」

「信用ないなー」

 

 楯無に手首を捕まれ、人混みを進む。駅からそこそこ離れた旅館まで、なんだかんだで買い物をしつつもたどり着こうと言うときだ。

 ポケットに入れた携帯が震えた。楯無も同じようにポケットから携帯を取り出すと、メールを見せてきた。

 

 

「オータム、確保」

「え、マジで?」

「1年生5人がIS展開して確保したそうよ。それと、ダリル先輩とフォルテが向こうに付いた」

 

 そう言うや否や旅館の目の前で楯無は私のネクタイを引くとそのまま壁に叩きつけた。

 

 

「先輩が亡国機業と関係があったこと、どうして黙っていたのよ! これで先生が全部知ってた理由も説明がつくわ! それに、体育祭の時にも学園内の動きを先輩に見てもらってた、違う!?」

 

 ナイスタイミングで通りかかった千冬によって楯無は引き剥がされ、山田先生の手で部屋に連れて行かれると、残されたのは私と千冬のみ。

 

 

「少し歩くか」

 

 裏路地に佇む旅館から、大通りとは逆方向に歩き始めた千冬に続く。

 

 

「お前は昔から器用なくせに不器用だったからな。亡国機業と関係を持った時点でこうなるのはわかっていたはずだ」

「でも――」

「悪いが、今の杏音から理想を聞いたところで、私は手を貸せない。率直に言うと、今のお前は信用に値しない。信じてやりたい気持ちはある。ただ、お前の理想は高すぎるんだ」

 

 

 続く言葉もない。全部千冬の言うとおり。どっち付かずを選んだ結末がコレだ。まぁ、予想してなかったかと言われれば、ちゃんと考えていた可能性ではある。

 でも、やっぱり親友の口から信じられない、なんて言われればやっぱり傷つくさ。

 

 

「コーヒー、飲むだろ?」

「うん」

 

 千冬から渡されたコーヒーは、文字通りの意味で最後の手向けだったのかもしれない。

 区画を一周して戻ると、楯無が腕を組んで壁に寄りかかっていた。

 

 

「更識、コイツの処分は――」

「織斑先生、お願いします」

「ああ、そうだよな」

 

 楯無なりの嫌がらせか? そう思わなくも無かったが、楯無の手渡した手錠を受け取った千冬は、もう見たくなかった顔(4年前と同じ顔)をしていた。

 

 

「ねぇ、ちーちゃん。私、間違ってる?」

「人としては正しい感情だ。ただ、教師としては間違っていたかもな」

「何を選ぶべきだったんだろ……」

 

 千冬は涙目で私を抱きしめてから、今にも掴みかかりそうな楯無を静止して、どこかの誰かみたいに言った。

 

 

「悪いな、杏音。学園運営規則、及び守秘義務違反、IS運用協定違反で拘束する」

 

 4年前の千冬もこんな気持ちだったのかな。なんて思いながら旅館に入り、広間に通されると、拘束された私を1年生は驚きの目で迎えてきた。

 オータムの横に座らされ、ご丁寧に足まで固定されると目の前でブリーフィングを始めようとしたその瞬間だ。

 窓を震わす爆音。遠くから聞こえる悲鳴。慌てて窓にかじりついた楯無が煙を確認すると、すぐさま「ブリーフィングを始めましょう」と告げた。

 

 

「亡国機業の潜伏先がわかったわ。ここから遠くないホテル、そして空港の倉庫。人を隠すなら人の中、ね。見事に引っかかったわ」

「はっ、んなうかうかしてっから足元掬われるんだよ、アホが!」

「黙れ」

 

 ラウラの容赦のない蹴りがオータムの腹に食い込む。私はあれを喰らいたくないから黙っていよう。

 

 

「お、おい、杏音。お前、どうしちまったんだよ」

「バレてた関係が、見過ごせない度合いになった」

「そうか。んで、あたしのより立派な拘束具って訳か。悪かったな、巻き込んじまって」

「自分で足突っ込んだんだ。関係ないよ」

「そうかい」

「2人とも、黙りなさい」

「ごめんよ」

 

 私にラウラの足が飛んでくることは無かった。その代わり、困惑した目を向けられたが。

 二組に別れて作戦を行うことが決まると、すぐに1年生とアーリィは別れて出ていき、千冬も楯無に何か耳打ちすると部屋を出ていった。

 私と楯無の険悪な空気に山田先生はどうしていいかわからないようだ。

 

 

「ねぇ、杏音先生。違うわね、上坂博士。どうしてこんなことになったか、わかる?」

「お互いの正義をぶつけ合った結果だよ。私はその両方を受け止めたかったのに」

「そんな幻想を叶えられる世界じゃないのよ。あなたが以前、織斑先生か、篠ノ之博士を選んだ時とは時代も、立場も、両手に抱えるものすら違う」

 

 暫く続いた沈黙を打ち破った楯無はディスプレイに向かったまま、説教じみた事を言ってくる。お前に何がわかる。天才と常に比べられ続ける苦悩が、及ばない悔しさが、全てを叶える力のない無力さが、お前にわかるのか。そう叫んでやりたかった。

 

 

「やり直すチャンスなんて無い。リセットは効かない。先生の所持品は全て預かったし、この前のISを展開しようったっていかないわ。ねぇ、世界はあなたが思ってるほど簡単じゃなかったみたい」

「うるさい! お前に私の何がわかる!」

「なにも。ただ、あなたの周囲のことはあなた以上に正しく理解してるつもりよ」

「楯無ぃ!」

 

 お前は甘い。私に対する警戒も。すべて。

 

 

「ファウスト!」

「どうして! 先生!」

 

 ISを展開して拘束具を引きちぎると、ビットを山田先生に突きつけ、人質っぽくしつつ立ち上がった。

 

 

「わかったよ。なら、私がやることは決まった。山田先生、ごめんなさい、恨みがあるわけじゃないんだ。楯無、君はいい生徒だと思ってた。オータム、行くぞ」

 

 そのまま小脇にオータムを抱えると襖を破り、玄関の引き戸さえも吹き飛ばして一気に飛び上がった。

 楯無は追って来なかった。

 

 

「このあとどうするんだ?」

「機体は?」

「ホテルだ。良かったよ、持ち歩いてたら向こうに取られてたな」

「なら、送ってく」

 

 空中戦を繰り広げる"元"教え子たちを少しからかい、割れた窓に飛び込むと、オータムを下ろしてから再び入ってきた窓から飛び出した。

 

 

「上坂先生! 箒さんが!」

「…………」

 

 声をかけてきたセシリアを無視して大阪へ向かう。私の求める人間は、そこに居る。




終わりも見えてきました


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その手につかむモノ

 周りへの迷惑なんてお構いなしですっ飛ぶ事数分。見えてきた空港の周りを軽くスキャンすると、空港から少し離れた倉庫でマドカと一夏くんが空中で戦い、中にも多数のISと、生身の人間が2人。それも、人外じみた動きをしているのが見えた。

 

「見つけた」

 

 倉庫の裏でISを量子化。なにやら重力操作がかかっていたため、PICとAICは動かしておく。

 

 

「やーめたっ☆」

 

 中に立っているのは千冬と束のみ。他の専用機持ちは地に伏せている。

 

 

「こんな舞台じゃもったいないよ。私とちーちゃんの対決に。それに、もう一人も来たみたいだけど、またの機会がいいかな? ね、あーちゃん」

「かもしれないね」

「やはり逃げ出してきたか、杏音」

「ごめんね。楯無にムカついたからつい。多分怪我はしてないだろうけど」

 

 あーちゃんは甘々だねー、と束に茶化されながらも千冬はやれやれ、と肩をすくめる。実際には刀を握ってるからそう見えただけだが。

 

 

「それで、あーちゃんは意味もなくここに来たわけじゃないでしょ?」

「もちろん」

「ふふっ、ついにその気になってくれたんだね! いやいや、待ってたよ!」

「束、杏音、貴様ら何を考えている」

「ふっふーん。ちーちゃんにはまだ秘密かな? 頭を使うのは束さんとあーちゃんの担当だからね!」

 

 いつの間にか束の調子はいつものウザいノリに戻り、千冬の眉間にシワが増える。横目で這いつくばるラウラとシャルロット、簪を見ると信じられない物を見る目をしていた。まぁ、仕方ないよね?

 

 

「なら、この後は計画通りに!」

「束、逃がすか!」

「無理だよ。ちーちゃんは生徒を置いていけない」

 

 束が指鉄砲を専用機持ち達に向けて「ぱーん」と言うと、そのまま吹き飛び、壁にぶつかった。

 

 

「それじゃ、次合うときはお互い万全でいようね! ばいばーい」

 

 パチリ、と指を鳴らせば煙とともに束の姿は消え、千冬の刀は私に向くことになった。

 いやいや、千冬サン、私の生身戦闘力が一般的自衛官並なのはご存知でしょう?

 

 

「理由は後で詳しく聞こう」

「後はもうない」

 

 千冬の太刀筋に私がISの展開まで間に合わせられたのは単に長い稼働時間のおかけだろう。0.2秒(人の限界)で展開できるのは世界トップクラスの操縦者くらいだ。

 千冬の刀が私の構えるIS用ブレードと火花を散らす。パワーアシストもあるのにどうして生身の人間と鍔迫り合いしているのか些か疑問ではあるが、それから織斑千冬だった。

 

 

「一夏くんはマドカと仲良くやってるみたいだけど、ほっといていいの?」

「構わん。それよりも、杏音、剣の腕が鈍ってるんじゃないのか? 後手後手だぞ」

「そりゃ、千冬の手見て動いてるんだから当然!」

 

 簪がボソリと「あの速度を見てから対処……」とつぶやいていたのが聞こえたが、あっちから手が出てこないのはまだ安心だ。

 おそらくは飛び道具は千冬を巻き込むし、接近戦でも手を出せない、と言うのが理由だろうが。

 

 

「おや、応援かな? IS反応があるね」

「ならここで終いか」

「束の言うとおり、またの機会に、ね」

 

 直後、一夏くんが屋根を破壊して落ちてきた。咄嗟に千冬を抱き寄せて庇うと、どうも機動がおかしい。

 まるで、他人の意思で()()()()()()()ように見えるのだ。

 

 

「一夏!」

 

 誰の叫びか、それに応えることもせず、追撃に来たマドカのエネルギー刃が()()を襲う。

 咄嗟に飛びかかろうとした専用機持ちをAICで止め、千冬を外に連れ出した。

 

 

「どうして、こんなこと! 先生!」

「言われてるぞ、杏音」

「もう、戻れないよ」

 

 倉庫の外に千冬を連れ出すと、遠くの空から迫る機影が見えた。そろそろ時間だろうか。

 すると再び倉庫の中から大きな音が聞こえ、マドカの叫び声も遅れて聞こえてきた。

 

 

「絶対に中に入ってきちゃだめだからね」

「わかってる。死にたくはない」

「止めないでね」

「ああ、わかったよ」

 

 倉庫に戻った私の目に飛び込んできたのは、白式がマドカの首を掴み、マドカはひたすらに白式の胴体を蹴り続けている。

 そして、白式の装甲が砕け、手を放すとランサービットを槍代わりにしたマドカが、槍先を白式に向けたその時、一閃早かった白式が、雪片を振り下ろした。

 

 

「あっ……!」

 

 マドカの胸元からペンダントの様な何かが飛び、光りを反射して耀くと、マドカは白式への反撃をも忘れ、そのペンダントに手を伸ばした。

 

 

「潮時だ、マドカ」

 

 明らかに放置したらマドカがノックアウトされることは間違いない無かったので、瞬時加速でマドカを回収すると、そのまま飛び上がった。もちろん、AICは解除してやる。

 

 

「離せ、離すんだ! 私は、私はッ!!」

「今は我慢して。スコールにお仕置きされるのは嫌でしょ?」

 

 ごめんよ、千冬。

 ごめんね、かわいい教え子たち。また会おう、今度は敵だ。強くなれ。

 

 

「ありがとう、杏音。エム、いい子にしてたかしら?」

「…………」

「今はそっとしておいてあげてよ」

「そうしましょうか。なら、用も済んだし帰りましょう。杏音もいらっしゃい。歓迎するわ」

 

 そのまま東に進路を取ったスコールに続くと、関東まで戻り、工業地帯の一角に降りて機体を量子化すると、未だにうなだれるマドカの黒騎士も、束にもらったアイテムで無理矢理量子化して再びマドカをお姫様抱っこで抱き上げると、止めてある車に乗り込んだ。

 

 

「災難だったようね」

「まぁ、ね。仕事なくなっちゃった。口座も凍結されるしどーしよ」

「その割には何も考えてなさそうな声してるわよ」

 

 お金の心配はしていない。この先は束と過ごすことになるし、仕事も当面は束とスコールのお手伝いになりそうだ。ただ、やっぱり心残りは生徒の事だ。専用機持ちだけじゃなく、私が見ていた生徒全員。

 教師という仕事を投げだしたのだから、彼女らの人生を狂わせてしまうかもしれない。そう考えるとやはり申し訳無さや、無力さを感じざるを得ない。

 

 

「杏音、やっぱり貴女は優しすぎるのよ。こんな悪党共よりも、学園の事を選ぶべきだった。レインの事もあって悩んだのかもしれない。だけど、貴女の人生は貴女の物なの。自分のために選ぶべきだったと思うわ」

「もう、過ぎたことだし」

「ええ、時間は戻らない。だから、もう同じ後悔をしないようにしなさい。死んでからじゃ遅いのよ」

 

 一度死んだ人の言葉は重いなぁ、なんて思いながら車に揺られていると、いつの間にか寝ていたらしい。以前に束とのディナーで使ったホテルに着いていた。

 部屋は以前と同じスイート。ちゃっかり用意されていた私のサイズのドレスに着替えると、眠気覚ましに水を一杯飲んでからレストランに向かう。

 

 

「遅いよ、すこーりゅん、あーちゃん」

「ごめんよ。また変な物頼んで……」

「申し訳ありません」

「ま、いいや。まーちゃんは?」

「彼女は……」

 

 言い淀むスコール。多分、束はスコールの苦手なタイプなんだろうな、と前々から思っていたが、どうやらあたりなようだ。

 

 

「マドカなら部屋でしょげてる。束、白式に何したの?」

「何も? むしろああなったのはあーちゃんの所為だよ」

「自己進化とコアの意識がああしたと?」

「多分ね。束さんも詳しく見てみないとわからないけど」

 

 なら、白式の何があそこまで凶暴に、強烈にマドカを殺そうとしていたのだろうか?

 白式のコアはもともと暮桜のコアだ。ただ、そのコアはリセットした上で白式に使われたはず。

 まさか……

 

 

「あーちゃん、何かひらめいたみたいだね」

「コアのリセットなんて存在しない」

「なんですって?」

「コアは結局ネットワークでそれぞれの学習した事を、意識を、感情を共有してる。だから――」

「コアをリセットしたところでネットワークから元の記憶を引っ張り出してくればいいわけだ。不老不死の一つの形だね、ここまでくると」

「そんな、ISのコアに感情だなんて」

 

 そのコードを実装したのは確かに私だ。自己進化の末にこんな形に至るとは思いもしなかったが。

 白式は千冬の深層心理に眠る暴力性と、一夏くんを守れなかった後悔から一夏くんに危害を加えようとした対象に防御反応を示した。そう考えれば合点が行く。

 

 

「白式にはとことん驚かされるね。あんな"失敗作"捨てちゃえば良かったのに」

「その失敗作が色々とやらかしてくれるせいで新しい課題を見つけちゃったわけだ」

「楽しくなりそうだね」

「とても」

 

 ならば、その先へ私達が行くまで。そのためにも、私は束に付いていく。また束と千冬を選ばなければならないときが来たのなら、この身を挺してでも、2人を繋ぎ止めよう。それが私の望む形なのだから。




ひとまず完結。
足掛け一年ちょい、毎週更新できました。
締まらない終わり方ですが、原作が無くなったし、オリ展にしても、エタった前科もあるので一区切りつけさせてもらいます。
また原作が続いたら辻褄合わせつつ、続きを書くかもしれません。


そして、転生モノの次は二人目の男性操縦者モノ、と言うわけで、鋭意執筆中です。年明けには1話を投稿できると思います(既に1話だけは書き終えてあるので……)
原作読者の斜め上の発想をいろんな形で回収しつつ、"平和な"学園生活にする予定です。
亡国機業の皆様の出番はありません。
性欲を持て余したときには杏音とスコール、オータムのエロ書くかもです。予定は未定ですが。


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迷子の聖剣

セカンドシフトが自分の意志で起こせるとか、コア2つ繋ぐとか、束以外が生体同期IS作るとか新ネタいろいろぶっこまれすぎて辻褄合わない


発売日の朝に投稿していくスタイル()

2017/05/26 
エクスカリバーの降下速度を修正
3000m/hは早すぎる


 クソめ。

 朝から全力で悪態を吐きたくなる。悪夢のような修学旅行の下見から早くも一月ちょい。マドカの黒騎士も先日ローンチして本人から「悪くない」との評価をもらっている。

 それでも現行ISトップクラスのスペックは保証するし、ベースが第3世代とあって、束と私の手にかかれば3.5世代くらいまでステップアップさせるのは容易だった。

 しかし、その一方で裏の世界の薄汚さや、想像以上の代物の登場に私は手を焼いているのだ。

 

 

「それで、この"エクスカリバー"はレインとフォルテを吸い込んだと?」

「ええ。ついに手に負えなくなったからこうして貴女に相談してるの」

「イギリスとアメリカの軍事衛星ねぇ。なんだか神の杖みたいだね」

「冗談では無いのだけど」

「わかってるよ。それで、どうしたい? 2人もろとも吹き飛ばすかい?」

 

 慣れ、と言うのも恐ろしいもので血塗れで帰ってくるマドカやオータムを迎えていたら人の血に抵抗が無くなった。流石に自分の手で殺すのはたぶん無理だが、間接的にやるならいくらでも手を貸せる。現に私の特許で世界では何万もの人が死んでるだろうしね。

 束も束でココ最近、その狂いっぷりに拍車がかかってきて私の得知らぬところでまた何かやらかしているようだし。

 そして、何よりも大事なことがある。此処から先は前世の記憶が当てにならない。正確に言えば、原作が無いのだ。

 私の知っているISは修学旅行で終わってるからこの展開は予想外というか、なんというか。まぁ、なるようになると思うけど。

 

 

「それができないからここにいるのよ。心情的にも、ね」

「なるほど。では、まずはそのエクスカリバーについて教えてもらおうかな?」

「大雑把に言えば、イギリスとアメリカの衛星軌道上に浮かぶレーザー兵器よ。けれど、神の杖なんて目じゃないほどのエネルギーを内包してる。それが私達の制御下を離れて軌道を外れ始めたの。それがわかったのが一昨日。現在は軌道から日に3キロずつ高度を下げてる」

「なるほど。そのレーザーってのがイギリス製で、衛星本体はアメリカ製。けど、ただの衛星が様子見に行った2人を飲み込むなんてねぇ。きな臭いなんてもんじゃないけど、ホントにただの衛星なの?」

 

 私の疑問はそこだ。ISに乗った2人の信号を消すなんてただ事じゃない。殺しもせずに生身の人間を維持できるだけの設備が整っていることを意味するのだから。

 だから、衛星と言う名の宇宙プラットフォームや、ISSでできないような後ろめたい何かをする実験場なのでは無いかとすら思ってしまう。

 まぁ、これは後で調べれば詳しくわかるだろう。

 

 

「じゃ、束と相談して連絡するよ。壊さずに救い出すとなるとISで向かわないといけないけど、流石に2人が吸われて、正体がわからないものにまた同じように突っ込むのは愚策だしね」

「ええ、お願いするわ。それと、マドカだけど……」

「機体に不満でも?」

「いえ、そうじゃないの。また、始まったのよ。自傷癖が」

「はぁ、あの腐れメンヘラ。わかった、カウンセリングのときに気をつけるよ」

 

 現在進行形でマドカのカウンセリングも始まっている。流石にスコールもマドカの執着心と衝動性には辟易しているようで、私に相談を持ちかけてきたのが始まりだ。

 最初は半ば強制的に部屋に連れてきて、面談と言うなの尋問を繰り返していたが、最近は自発的に私の部屋に来るし、カウンセリングらしい形になってきた。

 そして、一旦(半ば強制的に)やめさせた自傷癖がまた出てきた、という話がでてきたわけだ。机に出しっぱなしの手帳にマドカのことをメモると、スコールは香水のほのかな香りを振りまいて出ていった。

 それから束に電話をかければ案の定ワンコールで出た。

 

 

「束さんだよー! あーちゃんもついに束さんに――」

「イギリスの衛星に何をしたか説明して」

「直球だねぇ。なぁに、ちょっと面白いおもちゃを見つけたから、遊んでみただけだよ」

「……は?」

「まぁ、それでうまいことちーちゃんを舞台に上げられればなーって」

「それだけ?」

 

 完全に理解が追いつかない。衛星ジャックとどう繋がるというのか。

 なんなら私が堂々とIS学園の門をくぐれば嫌でも千冬は出て来るわけだし…… 

 

 

「世界中から束さんにラブコールも来てるから、IS学園の生徒を引き連れて来れば頑張れるんじゃない? って答えたらヤル気になっちゃってさー! ホント、馬鹿だよねー」

「その頭悪いギャルみたいな話し方をやめてほしいものだけど。まぁ、百歩譲って千冬を釣るためにジャックしたのはわかった。それで、アレはなんなの? 私にはどう考えても衛星には見えないけど」

「んー、あーちゃんならもう少し考えればわかるんじゃないかな? ISに敵うのはISだけ、ってね」

「でも、ISは操縦者なしじゃ動かないし、数年単位で宇宙空間にほったらかしなんて操縦者が持たない」

「んっふっふ~、そこをなんとかしちゃうためにどんな手でも使うのが人間だよ~?」

 

 それだけ言って通話は切られた。その後、メールで世界中が躍起になって作っている大型兵器の一覧が送られてきた。コレをどう使えと?

 けれど、紅茶を飲んで少し頭をクールダウンさせるとなんとなく話の筋がつながってきた。

 束の目的は千冬だ。そのためには一夏くんを餌にするのがベスト。しかし、一夏くんを呼び出すなんて見え透いた罠にもほどがあるわけで、そのカモフラージュにまたやらかしたわけだ。

 そんでもってIS学園の生徒をまとめて呼び出して千冬の手の届かない宇宙まで送り込む。そこで"事故"でも起これば千冬はどうしようもできないし、生徒たちも如何しようもないはずだ。

 そして、衛星の正体も束の最後の言葉でなんとなく見えてきた。ISなのは間違いないが、生体同期型の可能性が高い。そう結論付けて束にSMSを送るとはなまるのスタンプが返ってきたから正解らしい。

 

 

「最悪のパターンじゃん」

 

 人の活動を最低限に収め、人間を維持する最低限のエネルギーを補充しながら飛ばす分には補給船1回で当分持たせるだけの量を積み込める。ISともなればバススロットを生命維持関連に当てればその量は計り知れない。

 まぁ、表向き軍用衛星なわけだから、非武装なわけもなく。それでも打ち上げが数年前だったとしても今まで操縦者を活かし続けるには十二分なバススロットがあるのがISだ。

 それをこれら大型兵器を使ってエクスカリバーを始末。その際に何らかの形で学園の生徒達を宇宙に上げないといけないわけだ。

 何か使えるネタはないかと手始めにIS学園のデータサーバ、スタンドアロンの地下特別区画に仕込んでおいたバックドアからお邪魔すると、早速イギリス始め、EUからお仕事の依頼が舞い込んでいることがわかった。

 だが、その準備として倉持を始めとした各国のIS製造メーカーに問い合わせをしているとも。

 その中にデュノアの名前もあり、何かと見ればまさかの第3世代。頑張ってんなーとは思ってたけど、ようやくね。

 とはいえ、その中身はリヴァイヴの上位互換。リヴァイヴに勝てるリヴァイヴを作ったらこうなった、と言わんばかりのスペックだ。けれど、エネルギーと実弾を混ぜるってのはいいアイデアだね。その特許は私のもんだけど、うまいことすり抜けたんだろう。

 なんとなく状況が見えればスコールとオータムを呼び出すまで。けど、良い時間だし明日でもいいよね。

 

 

「ホント、仕事がはえーな」

「迅速丁寧がモットーだからね。んで、エクスカリバーは生体同期型ISで、やばい武装を積んでる可能性もあって、IS学園が始末に当たることになった。そのための下準備段階にあるってのが今の状況かな」

「ちょっと待って、私はただの軍事衛星としか聞いてないわよ?」

「スコールにすら黙っていたか、そもそもただの軍事衛星を奪ったつもりがISでした、のどっちかだね。さ、そこで私の提案。おおっぴらに絡みに行かない? 亡国機業として」

「はぁ!? おまえ、トチ狂ったか?」

 

 オータムの反応がまともだろう。裏の組織が表の事態に堂々と手を出すなんて、組織の存在に関わる事態にもなるのではないだろうか? よく知らないけど。

 既に欧州統合政府は正式にIS学園に支援を要請したし、ドイツやイギリスのと言ったIS先進国では軍部が慌ただしく動いてるのもわかった。

 さらに言えばお隣のロシアも流石に知らぬ存ぜぬを突き通すわけにも行かず、学園に所属するロシア代表の更識楯無にEUへの援助を惜しまないよう通達した、と声明をだすほどだ。

 世界を巻き込む事態になっているがためになおさら動きにくくもなっているだろう。

 束はおおっぴらに首を突っ込みに行くつもりだから、何にせよ亡国機業とのつながりが示唆されてしまう。ならば、とスコールがそこまで考えていないわけもない。

 

 

「そうね、それがベストかしら。杏音、織斑千冬とコンタクトを取って、オータム、ベルギーに飛ぶわよ」

「決断が早いね。御上様に話を通さなくてもいいの?」

 

 私の質問に、スコールは微笑むだけだった。

 2人を見送るとスコールの指示通り、とはいかず、まずは束に電話。今度はスリーコールの後、クロエが出た。珍しい。

 

 

「杏音さま、どうされましたか?」

「束は? 寝てる?」

「いえ、杏音さまの着信だとわかると私に出るようにと。要件をお伺いします」

「そういうこと」

 

 クロエに亡国機業が首を突っ込みに行くから覚悟しとけ、と言付けを頼むと受話ボタンを押す直前に束の声が耳をつんざいた。

 慌てて耳から離してもなおうるさい。

 

 

「むふふ、聞いたよ~。すこーりゅんも大胆な決断をしたねぇ。束さんが勝手に行ってもマイナスイメージだし、ってとこかな。それで、これからの作戦は?」

「まず、私が千冬に亡国機業も今回の件に噛ませてもらうことを宣言しに行く。そのときに、束ともちゃんと――」

「ねぇ、あーちゃん、私とちーちゃんがお話でなんとかなるとかって思ってる?」

「それは……」

「コレはね、理性とかじゃなくて本能に近いんだ。ちーちゃんは絶対に私のものだから。あーちゃん、くれぐれも下手なこと言わないでね。わかってるとは思うけど」

 

 背筋がゾクリとする。冷や汗が流れ、心臓が早鐘を打つ。下手したら殺されそうなほどの重い気配を内包した言葉。

 束は、本気だ。

 

 

「わ、わかったよ。でも、束と仲良く、とは言っておく」

「束さんだってちーちゃんと喧嘩したいわけじゃないんだよ? なんていうのかなぁ…… そう、愛だよ! 束さんはちーちゃんが大切で大切で仕方ない。あ、もちろんあーちゃんも大事だよ? だからリードで繋いでるんだし」

「愛が重すぎるよ、束。それなのにどうして体は許してくれないんだか」

「あ、あーちゃんの愛は束さんには過激かなぁ、って思うな!」

 

 段々と声のトーンも口調もいつもどおりに戻り、私の緊張もほぐれる。だが、束の言う千冬への愛は本物なのだろう。それこそ、世界を敵に回してもいいほどには。

 束の歪な愛情が白騎士であり、暮桜だ。正確にはそのコアだけど。

 私にはISのコア、そしてリード(ファウスト)という赤い糸が繋がってるというわけか。しかし、リードって、身もふたもないというか、隠す気がないというか……

 

 

「これだから生娘は…… 愛だよ! とか言うんだったら少しは学ぼうという意思を持ってほしいものだね」

「生娘、って、あーちゃんも処女じゃん! 男とヤッたことはないでしょ!?」

「あ、この前事故って破いた。男とは寝たことはあるね。夜中に冷たくなってたけど」

「……あーちゃんのバカぁぁぁぁぁああ!!!」

 

 その男はもちろん私が殺ったわけではなく、スコールのお仕事上、どうしてもその男のコネが必要だったらしいから、偶然その男の好みだった私が仕方なく、慣れないことをしたわけだ。それで、()()を取ってからオータムが寝首を掻いた。エスコートも上手くていい車を持ってたけど、やっぱなんか違うんだよねぇ。

 事故については触れないでおきたい。結構キツかった。スコールがめっちゃまずった顔してたのは覚えてる。

 さて、また束が逃げたわけだけど、今度こそ千冬へ電話だ。時間は…… 大丈夫だね。

 

 

「はい、もしもし」

「千冬? 私だけど、いまいい?」

「……なんだ」

「怖い声出さないでよ。イギリスの衛星、今困ってるんでしょ?」

「お前の手なら借りんぞ。どうせ束の仕業だろう?」

「それについてはノーコメントで。でも、借りざるをえないことになるとしたら、どう? 束と千冬と私、これ以上ない布陣だと思うけど?」

 

 千冬はクッ、と喉から声を絞り出すと「何が狙いだ」とコレまた怖い声で聞いてきた。

 

 

「千冬はこの件、どこまで知ってる?」

「どこまで、とは? まぁ、イギリスとアメリカのレーザー兵器を積んだ衛星が暴走していると。そのために宇宙空間で活動可能なISが呼び出された、とな」

「なるほどね。それで何か使えるもんないか、って倉持とかあちこちに電話しまくってるわけだ」

「それで、その真意は」

「もともと亡国機業に奪われてた衛星が暴走してる。だから()()が落とし前をつける、ってわけ」

「私達、か」

 

 小さなつぶやきが聞こえてハッとする。馴染みすぎている、と。

 まだ落ちぶれたつもりはなかったが、そうか、私、裏家業に身をおいてるんだ……

 思わず息を呑んだのが千冬にも聞こえたのか、仕切り直すように少し大きな声で「直接会えるんだろう?」と聞いてきたから二つ返事で明日行くよと答えると、正式な手段で入ってくるように頼まれた。コレばかりはどうなるかなぁ。

 ネットで飛行機のチケットを予約し、簡単に身支度を済ませると黒いコートを羽織ってアジトを出た。




アニメイト限定版のクリアファイルセットを買ったんですけど、カワイイっすね、これ。
さらに、表紙絵のクリアファイルも一緒に買えばダリフォルのICカードステッカーももらえて幸せです。
ブラックラビッ党とシャルロッ党を掛け持ちする私が離党届を書くか迷うレベルで好きですね、ダリルとフォルテ。

と言うのはほどほどに、ひとまず5500字でわけさせてください。11巻の中身に入ってすらいませんけど。


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おわりのはじまり

 久しぶりに吸う日本の空気。別に美味しいとかそんなんじゃない。

 タクシーを拾ってIS学園最寄りまで向かい、レゾナンスでお土産と日本での衣服を買ってモノレールに。慣れたもんだ。

 流石に平日の昼間に学園へ出入りする人間はおらず、車両を貸切状態で数分揺られ、ニセの身分証を提示して生体認証すら誤魔化すと堂々と学園に立ち入った。相変わらずのザル警備に感動すら覚えながら1月ぶりに足を踏み入れた。

 しかし、このタイミングで出てきそうな千冬とか楯無は出てこない。すこし期待はずれに思いながら、本校舎に向けてぶらぶらと。

 校舎の入り口でまた身分証を提示するとあっさりとパス。まずは1年生の教室に向かおうかな。

 

 

「あの、何か御用ですか?」

「ええ、織斑先生と約束を」

「そうですか。まだ授業中ですので、会議室にご案内します」

 

 流石に堂々と歩いてれば誰かに声をかけれられるとは思っていたけど、山田先生。貴女でしたか。

 水色ロングのウィッグに赤いカラコン、ハーフリムのメガネをかけていつもの変装セットで来たわけだが、バレなさすぎと言うか……

 

 

「いえ、よろしければこのまま校舎内を見学させていただけないかと」

「もちろん構いませんが、くれぐれもお静かにお願いします」

「ありがとうございます」

 

 校舎の案内図を広げて考えるフリをしながら1年の教室に迷わず進む。その少し後ろをしとしととついてくる山田先生。どうやら狙って付けてきているらしい。

 1組の前にやってくるとガラス越しに教室内を見回す。千冬の授業だけあって黙々とノートを取る生徒が目につく。そして我が担当の2組。こっちは一般科目。日本語のようだ。留学生数人が首を傾げる姿がちらほら。ラウラー、活用はドイツ語の格変化と似たようなもんだぞー。

 流石に2組の前で時間をかけすぎたか、山田先生が再び声をかけてきた。

 

 

「何か気になる点でもありましたか?」

「いえ、良い生徒さん達だ」

「自画自賛ですか、上坂先生」

「いつからお気づきで?」

「織斑先生から聞いていたんです。確証はなかったんですけど、生徒を見る目を見て確信しました」

 

 目は口程になんとかー、ってか。まだまだ、甘いなぁ。

 

 

「京都ではすみません。人質まがいのことまでして」

「それは気にしてません。あのときは更識さんもお互いに気が立っていたようでしたし。それよりどうして、亡国機業についたんですか?」

「亡国機業についたつもりは無いんですけどね。まぁ、このカッコじゃ形無しか」

 

 亡国機業のトレードマークである黒いコートを羽織っていれば。

 この前ちら見したインターポールの指名手配リストに私が入っていたのには驚いたものだ。世間からすれば束以上の裏切り者だろう。

 コートを脱いで腕にかけると手短に要点だけを淡々と話した。口を挟む隙きすら与えないように。山田先生も黙って聞いてくれていたし、人払いもしてくれていたのか、廊下には虫の一匹すら通らなかった。

 

 

「それはわがままだと思います」

 

 話し終わって一言目がそれだ。

 どこか芯の通った真っ直ぐな目もセットで。

 

 

「そうですね。結局私は両方を選ぶことができなかったわけですし。今となっては後悔ばかりですよ」

「ならどうして戻って――」

「戻れるとお思いですか?」

 

 山田先生の前で私は出来る限り一定のトーンで話すよう意識していた。

 それは心情を悟られないためであり、彼女に余計な不安を与えたくなかったからだ。山田先生は、優しすぎる。

 優しい彼女を優しさで潰したくなかった。

 

 

「もう、手遅れです。私はこっち側からできることをやるだけですよ。今日はその話に来たわけですし」

「そうですか……整備棟、見て行かれますよね」

「もちろん。今は4組が整備の実習中ですね」

「覚えてるんですね」

「大切な生徒たちですから」

 

 整備棟で実習中のクラスを覗いて、それからアリーナも少し見てからまた1年生の教室に来ればちょうど授業が終わる数分前。

 早く終わったクラスから出てきた子が廊下に立つ私と山田先生を少し見てから去ってゆく。この後すぐホームルームだってのに……

 

 

「先生、こちらに」

「えっ?」

 

 山田先生は私の手を引くとそのまま2組の教室へ。教室を出る先生に会釈してから後ろの壁際でストップ。授業参観みたいだ。

 好奇の目に晒されながら少し待てば私に代わって担任になったケイト先生が前に立って一声かければ教室はあっという間に静かになった。山田先生が「どうぞ続けて」と身振りで表せば何事もないようにホームルームが始まる。

 

 

「どうですか」

「どうして、こんなことを」

「後悔、してるんですよね」

 

 小声で囁く言葉に私はただ黙って事務連絡を聞いている他なかった。

 ホームルームが終わって生徒が散り始めるとケイト先生に一言お礼を言って教室を出た。しかし、ここで予想外というか、まぁ、厄介なことになる。

 

 

「あの、夏にレゾナンスでお会いしましたよね。生徒会長と一緒にいた……」

「いえ、人違いでは?」

 

 シャルロットだ。廊下で1組の子を待っているのだろうが、ちょうどその前を通ると声をかけられた。しかも、ラウラもセットだ。こりゃ厳しい。

 現にラウラはかなり疑いの目を向けてるし……

 

 

「身長も体型も同じだ。それに身のこなし、どこかで訓練を受けていた経験があるはず」

「こら、失礼だよ、ラウラ」

「ふむぅ、失礼した」

「いや、よく言われるんですよ。IS絡みの仕事ですから、どこか影響を受けてるのかもしれませんね」

 

 なんとかお茶を濁して彼女らから少し離れたところに立つ。頼みの綱の山田先生は職員室に戻ってしまった。

 他のクラスも終わって人が増える中、私と2人の間には誰も来ない。

 

 

「あの、今日はどうして学園に?」

「織斑先生に用があって。早く着すぎてしまったので先生に学園を案内していただいてたんです」

「そうなんですか。ラウラ、何してるの?」

「いや、なんでもない。そろそろ1組が終わるぞ」

 

 スマートフォンで何処かに連絡を取っていたのは見えていた。文面がアルファベットだったから大方ドイツに私の照合でも頼んでいるのだろう。

 だが、今の私はDNA解析でもしない限りわからんはずだし、抜かりはない。あぁ、でも指名手配の写真はこのカッコだったかも……

 生徒に紛れて出てきた千冬にお辞儀をすると、一瞬目を見開いてから堅苦しく、お待たせしました、と言った。

 

 

「会議室に」

「はい」

 

 シャルロットとラウラに小さく手を振ってから千冬と一緒に職員室の隣、会議室に入ると、中には既に楯無と虚ちゃん、それからまさかの轡木理事長もいた。

 チープなパイプ椅子にコートを掛けて用意しておいたデータの入ったメモリーを千冬に渡すと楯無の言葉から舞台は始まった。

 

 

「始めましょう」

「今日はイギリスの案件で外部から協力を申し出て下さった方をお呼びした」

「そんな無理しなくて良いんですよ、織斑先生。でしょう、上坂博士」

「いやぁ、バレっバレだね。ま、要件だけ手短に話そうかな。ここには長居したくないし」

 

 用意してきたデータを展開すると、イギリス政府からかっぱらってきたデータを基に想定されるエクスカリバーのスペックを映し出す。

 高エネルギーレーザー兵器が主武装。補助としてエネルギー兵器の搭載が想定され、主武装は地球まで損失を25%に押さえて数百キロワットから千キロワットクラスの出力のレーザーを地上に届かせることが可能だと推測される。

 参考までに、ミサイル迎撃に利用されるレーザーはせいぜい100キロワットの出力で、これでもオーバースペックな部類だ。

 

 

「んで、なんでこんなデータを提供しに来たかって言えば、亡国機業として一枚噛ませてほしい」

「本気で言ってる?」

「もちろん。現にスコールがEUに飛んでる。いずれにせよ手を組むことになるんだよ。こうしてわざわざ事前に打ち合わせに来てるだけ褒めてほしいもんだけど」

「お前はガキと口喧嘩に来たのか? 以前に増して皮肉っぽくなったな」

 

 千冬になだめられてクールダウン。次のスライドで亡国機業の投入戦力をリスト化してある。まぁ、投入できるISはマドカの黒騎士、オータムのアラクネだけだけど。

 スコールはテーブルの上で戦争してもらって、私は頭脳労働担当だ。

 

 

「あの織斑先生そっくりの女の子ね。それから、オータム…… 貴女は出ないの?」

「今回は頭脳労働に務めるよ。束も居るけど当てにならないし」

「ふーん。ま、下手なことしたらすぐにでも殺すから」

「更識!」

「おー、おっかないおっかない」

 

 そして、さっきから黙って大人げない口喧嘩を聞いている理事長がやっと口を開いた。

 

 

「裏の事情はわかりかねますが、申し出自体は願ってもないことでしょう。あなた方は生徒たちにない経験をお持ちだ」

「なら、裏の事情を一つ。エクスカリバーの調査に行ったレイン…… ダリルとフォルテとの連絡が取れなくなってる。バイタルは途絶えてないから生きてはいるんだけど……」

「それは本当か?」

「もちろん。だからスコールも若干焦ってるんだよ。この件がなければ一発でかいのぶち込んで吹き飛ばして終わらせられるけど、2人が居るかもしれないからそうは行かない」

 

 生体同期型ISであることは黙っておく。束のプランには、餌が必要だ。その餌を逃す訳にはいかない。

 楯無は大いに悩んでいるようだ。今は敵とはいえ同級生、そして先輩だ。更識家の楯無としての立場とIS学園の生徒としての楯無の立場が苦しめているのだろう。

 だが、残された時間はそう多くない。

 

 

「なるほど、そういう事情も…… ならば、目標はソフトキル、でしょうな」

「杏音、それはお前の専門分野だろう」

「それがね。どういうわけかアイツ単体でスタンドアロン状態。外部との接続は一切拒否されちゃって。お手上げなんだよね」

「そうでもなければここに居ない、ってワケでしょ。わかったわ、中に人が居る事も考えて行動しましょう」

「エクスカリバーは今、重力に引っ張られてどんどん降下速度を上げてる。今月中に、できれば半ばまでに片付けないと」

「時間は多くない、か」

 

 沈黙を破ったのは部屋に飛び込んできた山田先生だった。

 

 

「イギリスでBT3号機が盗まれたそうです!」

 

 大きな爆弾を投下する山田先生。その話題は絶対私のせいにされるって!

 現に楯無と千冬の視線が同時にこっちに向くし!

 

 

「違う違う! ホントだって! それに、機体があっても乗る人居ないし!」

 

 楯無のジト目に全力で言い訳。ホントだよ、私悪くない!

 この調子だとフランスの第3世代も知らない人に盗まれるんじゃないだろうか。ぐぬぬ…… ええい、見知らぬ第3勢力め、覚えてやがれ!

 小物臭のするセリフを心の中にとどめ、携帯を取り出すとスコールにコール。ちょっと寒いね。

 

 

「今ちょうど相手のお偉い方とお話してるところなのだけど」

「ごめんね、イギリスでBT3号機が盗まれたらしい。情報追える? 楯無がすごい目で睨んできて怖い怖い」

「いいわ、その喧嘩買ってあげる!」

「わかったわ、部下を動かす。そっちはこっち以上に大変そうね」

「とっても。胃に穴が空きそう」

 

 ぎゃあぎゃあと吠える楯無に合間合間で口で返しながら一触即発。なのに理事長は笑ってるし、山田先生はさっき以上にオロオロしてるし、千冬は出席簿を構えた。やべっ。

 ガスッ、と出席簿が立てちゃいけない音が二発響いてあえなく撃沈だ。

 

 

「ひとまずこの場は。理事長、よろしいですか」

「ええ、もちろん。上坂先生、よろしくお願いします。ミス・ミューゼルにもそうお伝え下さい」

「は、はい……」

 

 千冬に首根っこ掴まれて生徒会室に連行。こんなナリもあってヒソヒソ囁かれている。

 

 

「あなた、まだそのカッコしてんの? 前にやめてって言ったわよね」

「変装のレパートリーが少ないんだよ。それに似合ってるでしょ?」

「だから嫌なのよ……」

 

 乱雑に部屋に放り込まれるといつぞやみたく応接セットで向かい合う。

 流石にこの部屋にはカメラやら何やらはないだろうとウィッグを外してレンズは色を抜く。いやぁ、ナノマシン様々だね。

 

 

「髪、切ったのか」

「邪魔だったからね」

 

 肩にかかるくらいまであった髪はバッサリ切った。スコールには惜しまれたけど、心のどこかではバレたくないとか、心機一転とかそういう意識もあったのかもしれない。

 

 

「どこから話したものかしら」

「かいちょーさんとしては亡国機業が首を突っ込むことに反対しないのかい?」

「もちろん嫌よ。間違いなく彼女達は混乱するでしょうし、そうなれば作戦にも影響する。特に一夏くんにはね」

「ま、それを言ったらこっちもマドカっていう爆弾抱えてんだけど。無いようにはするけど、そのときは殺さない程度にボコしていいよ」

 

 お互いがお互いに悪い意味で影響し合うことはわかりきった事。その影響を最小限に抑えるための話し合いだ。

 だが、ここでの議題は事前に伝えるか、それとも現場合わせか。

 私としては直前に伝えて現場合わせが良いとは思うけど……

 一夏くんと箒ちゃん以外はその辺の付き合い方、やり方もわきまえているはず。そして、一夏くんと箒ちゃんは現場で緊張感を与えると力を発揮するタイプだと思うし。

 

 

「私としては事前に専用機持ちには伝えるべきだと思ってる。けど、先生と博士は違うようね」

「そうだな。向き合う時間を設けて考えさせるよりも、その場合わせで形にするほうがやりやすい」

「千冬と同じく。候補生達は付き合い方もわかってるだろうし、一夏くんと箒ちゃんは火事場に強いからね」

「わかったわ。なら、この件は内密に。どうしたのよ、また変なカッコして」

 

 レンズに赤い色を入れながらウィッグをまた被って髪を梳かすと副会長のお出ましだ。

 櫛を仕舞うとメガネをかけ、顔を上げる。

 

 

「遅れてすみま、おっと、お客さんですか」

「はじめまして、Aulierシステムズの坂上です。まさか織斑君に会えるなんて、嬉しいわ」

「ど、どうも」

 

 胸ポケットから名刺ケースを出して何種類か用意した中から選んで渡す。もちろん、書いて有ることは全部嘘っぱちだが、彼は調べることすらしないだろう。

 

 

「来て早々悪いけど、席を外してもらえる? 終わったらまた呼ぶから」

「わかりました」

「ごめんね」

 

 一夏くんが出ていくと真っ先に千冬がため息を吐いた。

 

 

「あの愚弟は、全く学習しないな」

「らしいっちゃらしいけどね。楯無、笑いたきゃ笑えよ」

「そう? なら遠慮なく」

 

 私だって名刺交換くらい腐るほどやったわ!

 まったく、失礼な奴。

 目の前で声を殺して笑う楯無を写真に収めてまた怒られながら話は続いた。



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Trans Europa

 楽しいお茶会から数日。これからに備えてドイツ、フランス、イギリスの3カ国のほぼ真ん中に位置するルクセンブルクに拠点を構えて学園の生徒たちを待ち構えることにした。

 共同戦線を張ることになったとは言え、それが決まっただけでお互いの行動などはほとんど連絡を取っていない。もちろん、亡国機業がお尋ね者だということもあるが、IS学園の専用機持ちはある意味最重要機密の塊であり、戦略兵器でもあるわけだからやすやすと情報を流すわけにも行かないだろう。

 とかなんとか言うものの、実際彼女たちが行動を起こすまで我々だけでアクションを起こせない以上は暇人であり、ホテルで昼間っからテレビを見ながらワインを飲むという退廃的な生活を送っているわけだが……

 

 

「なぁ、杏音さんよぉ。少しは外に出たらどうだ? 正直、一日中スウェット着てワイン片手にテレビ見てるとかやばいだろ、色々と」

「んー、でもさぁ、衣食住には困ってないし、やることもなくて暇なんだよねぇ。あぁ、チョコ美味し」

「はぁ…… コレが世紀の大天才サマとは、呆れてものも言えねぇよ」

 

 オータムのため息を背に受けながらニュースを見ていると、話題はイギリスで盗まれたBT3号機に移っていた。

 スコールは亡国機業の仕業じゃないと言うし、犯人もわかってないから最大の不確定要素とも言える。コレがもし亡国機業に(IS学園にも)敵意を向ける第3勢力だとしたらエクスカリバー襲撃の最大のリスク足り得るのだから。

 チョコとワインを楽しみながらスマホでBT3号機のニュースを更に見ているとスコールが帰ってきた。

 メイドを連れて。

 

 

「帰ったわよ。お客さんも連れて」

「チェルシー・ブランケットと申します」

 

 綺麗にお辞儀をしてみせたメイド服の少女に、私の目は思わず鋭くなっていた。

 睨まれた彼女は多少の驚きを見せてくれたが。

 

 

「っ! 上坂さん、お嬢様がお世話になっております」

「やっぱり」 

 

 以前、夏休みの副業でイギリスに行ったとき、一度だけ会ったセシリア付きのメイドだ。その少女が、なぜここに居るのか。

 その答えはスコールの口から出てきた。

 

 

「彼女がBT3号機『ダイヴ・トゥ・ブルー』を盗んだ犯人だそうよ。彼女からコンタクトを取ってきたお陰で犯人探しの手間が省けたわ」

「なるほど。それで、どういうわけでこんなとこに?」

「それは、私の妹のために――」

 

 とりあえず私が寝ていたソファの隣をすすめると少し作りそこねた笑みを浮かべてから座ってくれた。オータムが持ってきたグラスにワインを注ぐと手渡してから自分もおかわりだ。

 メイドさんはマナーもバッチリかと思いきや、すこしグラスを振って香りを楽しんで小さく一口飲むと、すぐに二口目でグラスを空にした。

 まぁ、その後の話もまた酒でも入らないと語れない話ではあったわけだが。

 端折ってしまえば、彼女の妹さんは心臓が弱く、そこにセシリアの両親が持ってきたISコアとの生体融合をやったらしい。そして、スコール曰く、そのコアこそ亡国機業からの贈り物だったそうで。その因果が巡り廻ってセシリアの両親を死に追いやったということらしい。

 

 

「ほーん。で、妹さんがエクスカリバーに載ってるわけだ」

「はい。それも全てミューゼルさんに伺ったことですが」

 

 その情報の出処はどこだったかなー、スコール?

 私の目線に気づいてるのにスルーしやがって。スコールもだいぶ俗っぽい女だというのがわかってきたわ。

 

 

「なるほどねぇ。スコールがなんて言ってナンパしてきたのか知らないけど、妹さんの身は保証できない、と先に言っておくよ。ISの生体融合も、今後の作戦においても」

「はい、承知の上です」

「お話は済んだかしら? 手始めに、そうねぇ――

 

 ――日本であの子達に喧嘩でも売ってきなさいな」

 

 

 全身真っ黒スーツのブランケット嬢を日本に送り込んだスコールは完璧に悪ガキの顔をしていた。

 彼女がそれなりに専用機持ちたちを刺激してくれることを祈りつつ、こちらはこちらでまた退廃的な日常に戻るとしようか。

 それもまた長くは続かなかったわけだけれど……

 

 

「動きだしたわね、悪い意味で……」

「あのレズ女、また派手にヤッてんなぁ」

「お前が言うか」

 

 チェルシーを日本に送ってから1週間足らずでエクスカリバーが暴走、タイミング悪くチェルシーがセシリアに接触したときにピンポイントでレーザーの雨を降らせてくれたらしい。

 お陰で作戦の実行は前倒し。専用機持ちと千冬、山田先生が日本を発ったと連絡があったのが数時間前。そして、ロシア上空で飛行機が謎の攻撃を受けて火の玉になるのと、ロシア代表と前ロシア代表がキャットファイトを繰り広げる映像がネットを賑わわし始めたのが数分前だ。

 チェルシーは現在ウクライナあたりを飛んでるはずだから今日中には帰ってくるだろう。そしたらスコールとマドカ、チェルシーはイギリスに、私とオータムはフランスに寄り道してから合流だ。

 

 

「しっかしアンタも懲りねぇよなぁ」

「どういう意味、それ?」

「変装のワンパターンさだよ。いい加減にバリエーション増やしたらどうだ? 今の世の中どこで監視カメラがみてるかわかんねぇぞ」

「ふっふっふ。世紀の大天才杏音さんをなめないほうが良いよ、オータムくん」

 

 わざとらしく得意げな顔でコートの裾をマントのようにはためかせながら振り向くと、呆れた顔のオータムと目があった。

 そのまま手をメガネのフレームに当て、少しばかりクイッとやる。この際、人差し指ではなく中指でやるのが私流だ。

 

 

「私の周囲では時が止まるのさ」

「どういう意味だよ、それ」

「考えても見てくれたまえ、いままで私が監視カメラに写ったことがあったかい?」

「そりゃある…… いや、たしかにお前の監視カメラ画像を指名手配リストで見たことねぇな」

 

 私の周囲の時が止まる理屈は簡単。簡易的にハッキングをかけてカメラ映像をループさせるのだ。それも記録の限りなく古いところで。

 もちろん、書き換えるだけだから私が居た証拠にはなるけれど、姿がわからなければ捕まえようも無いってもんだ。

 

 

「でしょ? たいてい誰かのセルフィーの後ろに写ってたりするんだよ。最近のカメラ、やたらと性能いいから背景でもきれいに写っちゃってさ」

「それでも用心に越したことな――」

La-bas!(あそこだ!)

 

 ハッとして声のした方向を見ればこっちを指差す警官2人組。そして指の先には私達。

 

 

「おいおい、バレんの早すぎんだろ! 逃げるぞ」

「違う違う、アレ」

 

 そして、警官の反対方向には明らかに婦人向けのバッグを持って走る若い男。駅ん中でよくやるわ。

 変に目立つのもまずいのでまずは一歩下がって道を……

 

 

「おっと、Pardon(すみません)

 

 すると誰かにぶつかってしまったから一言詫びてその場を立ち去ろうとすると、渋いおじさまボイスで日本語が聞こえてきた。

 

 

「上坂杏音だな」

 

 それもご丁寧に腕を掴んで。

 

 

「いえ、人違いです。手を離していただけますか?」

「大抵の人間はそういうさ」

 

 男がジャケットを少し捲くると、ベルトには銀色のバッジが輝いていた。おいおい、マジモンかよ。勘弁してくれ。

 フランス警察の組織犯罪対策準局の人間だろう。制服じゃないしね。

 オータムはこっちをちらりと見てから何事もなかったかのように立ち去った。まぁ、決して薄情なわけではなく、何かしらの作戦あってのことだろう。

 

 

「いい加減にしていただけますか。違うって言ってるでしょ!」

 

 

 多少強引な手段に出ても今のところは男が女に何かしようとしているだけにしか見えないし、事実、そう思った人が集まってきて警官も近づいてきた。

 男がバッジを見せようとする前に開いてる腕で防いで全力で叫ぶ。するとあら不思議、黄色い蛍光ベストを着たおまわりさんが集まってくるではないか。もちろん、目線の先は掴まれた私の腕。もうその手の人にしか見えないしね。

 おそらくフランス語で「お前何やってんだ」的な言葉を叫びながら警官が男を引き剥がしたところで、そのおまわりさんの相方からフランス訛りの英語で「are you okay?」と聞かれたので頷いておこう。

 そこでナイスタイミングで帰ってきたオータムに英語で呼びかけつつおまわりさんにお礼を言って立ち去る。

 ちくしょう、面が割れた。しばらくこの格好はできないなぁ。

 

 

「いやぁ、まさか言ったそばからとは……」

「だから変装のバリエーションは大事なんだよ」

 

 バスに乗ってしばらく揺られ、デュノア社の本社前に到着すると、さも当然のように偽造IDでゲートを通過。ヤル気のない守衛は管理室のようなプレハブで新聞を読んでいた。

 そして事前に調べておいた構内図に従ってまっすぐとIS研究棟に向かう。ここも偽造IDで難なく通過。トイレで私は白衣に、オータムは別行動でテストパイロットの控室に向かってそこでスーツを調達。

 いい加減にウィッグは取って地毛の黒髪ショートだ。メイクも少しキツめに直してから余った荷物をバススロットに放りこむ。

 あと数時間で学園の一行が到着してしまう。そろそろこっちも援軍とコンタクトを取りたいところだ。

 

 

「オータム」

「おう、スーツパクってきたぜ。本物のショコラータはぐっすりだ。姫はどうよ」

「そろそろついてると思うんだけど……」

 

 ポケットの携帯が震え、到着。と一言だけのショートメッセージが通知バーに浮かぶ。

 それをオータムに見せるとギリギリだな、とつぶやきつつも足は動き出していた。

 向かうのは新型機が今からにもテストを始めようとしているアリーナ。さっきから社長がどうこうだとか、シャルロットがどうだのと言った話が聞こえるので時間は無い。新型機が収まるピットに堂々と正面から入ると即座に中を制圧。技術者達はまとめて縛ってそこら辺に転がしておこう。

 

 

「おいおい、さっきからうるせえオッサンが喚いてんぞ。まだかよ」

「ほい、完成。行って来い!」

「おっしゃぁ! あの小娘を捻り潰してやんよ!」

 

 小物のするセリフを吐きながら飛び出していったオータムを見送りつつ、私もピットからダッシュでフィールドに飛び込むと即座にISをステルスモードに設定して観戦と洒落込もう。

 始まってしまえば技術と機体に圧倒的アドバンテージを持つオータムがシャルロットを押す展開。シャルロットも頑張ってはいるが、いかんせん一瞬遅い。オータムが早いのもあるが、機体の反応速度が数百分の1ミリ秒単位で遅い。シャルロットもそれはわかっているのだろう。もはや第2世代後期の機体は人間が筋肉を動かすのとそう変わらない反応速度を実現しているのだから、あとはもう人間の差と、その数百分の一の差だ。

 だが、そう簡単に終わらないのが彼女たち。シャルロットが瞬時加速中に曲がるという無茶をしながらばらまいたショットガンの連撃が顔を隠していたヘルメットバイザーを割ったのだ。

 オータムの顔見えるとシャルロットの動きが一瞬止まる。その隙に私が客席に向けてスタングレネードを打ち込んで生身の内に視界を奪って時間稼ぎ。少なくとも代表候補の2人はともかく、一夏くんはISの展開も満足にできないだろう。

 

 

「どういうこと! なにが起きてるの!?」

「この最新鋭機を頂いていこうって腹積もりだ! 察しの悪りぃガキだな!」

 

 言いながらスタン効果の薄かった代表候補2人がISを展開して何かを始めたのを確認してから、さらに電子機器の妨害も始めよう。

 社長が慌てふためいてるから効果はあるようだし。

 

 

「オータム! 時間ないから急いで!」

「わかってる!」

 

 リヴァイヴの背部装甲が砕け、コアが顕になる。私が肩に積んだレールガンを動かしてコアを撃ち抜く算段をつけている間にも、殴り合いを始めた男2人はラウラによって仲裁され、ISを展開した一夏くんが零落白夜でシールドをぶち抜こうとばかりに振りかぶったときだ。

 

 

「来ないで!」

 

 シャルロットがそんな声を上げたのは。

 とりあえず牽制も兼ねて客席にむけて一発グレネードをぶち込むと、戦闘再開と相成った2人に再び銃口を向けた。

 

 

「オータム、3つ数えて撃つからね」

 

 宣言してから3つ数えてトリガーを引く。

 あくまでもイメージだけど。

 そして狙い通りにコアに向けて一直線に飛んだ弾丸は、空中でその外殻を脱ぎ捨てて5本の足を持つ何かに成り代わった。

 コアを掴んだ足が紫電を発するとシャルロットが悲鳴とともに動きを止める。これぞ私の新作、超小型リムーバーだ。

 

 

「一夏!」

 

 今だとばかりにシールドを破った一夏くんと、飛び出さんとブースターを吹かした2人をまとめてAICで抗束。スモークグレネードを数発ばらまいてから脱出だ。

 なに、ガキンチョの相手なんて簡単さ。ただし、グレネードの弾道を見切ってずっと私に目を向けていた千冬は別だけど。

 いやぁ、これはイギリスでまた一荒れあるなぁ!




遅くなりました。

「悪りぃ」の送り仮名がおかしいのは仕様です。「悪ぃ」 って字面が悪いでしょ?


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まごころを、君に

気がつけば半年……まぁた中途半端に書いて上げ

次は間違いなく年明けです。


「足止めは任せて、行け!」

 

 瞬時加速で一気に現場を離脱するオータムを目線で追いつつ、AICをぶった斬ってこっちに一直線にすっ飛んでくる一夏くんもちゃんと視界に捉えていた。

 相変わらず迷いのないと言うか愚直というか、まっすぐな太刀筋は見切って避けることも容易い。さり際にきっちりボディに拳を叩き込むと、一夏くんは顔を歪めた。

 ニヤリと。

 

「チッ!」

「かかったな! 杏姉!」

 

 コレでフィニッシュ。そう思ってた私も温かった。客席から飛んできたシュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードが絡みついてくる。一夏くんもろとも絡めたワイヤーはウマいこと私の関節をキメつつも一夏くんの筋肉の筋にそって流れている。いわば即席バンテージだろうか。

 ということは、だ。さっさとこのワイヤーをなんとかしないと零落白夜で一撃ということにもなりかねない。ならば起死回生の策は一つ。

 

 

「AICをオフ。きゅっとしてドカーン!」

「はぁっ!」

 

 ラウラ達を拘束するAICを切り離すと、目の前に振り下ろされる剣、を持つ手をAICで固定。慣性に従って手首から先が撓り、剣先が当たりかける。

 唐突に開放されたラウラが若干バランスを崩したところで体をブースターで無理やりひねって力をかければ簡単に転ぶ。

 まぁ、流石に相手は若いとはいえ、プロ。すぐさま体勢を立て直すがその隙は私にとって十二分だった。

 

 

「踊れよ、踊れっ」

 

 一度力のかかり方が変わればこっちにも勝機が生まれる。無造作にブースターを120%で吹かせば現用機トップのパワーがシュヴァルツェア・レーゲンを引っ張り始める。

 そのラウラは時折上空を見ながら簪ちゃんに向かって何か話しているようだ。お互いが綱引きのようにワイヤーを引っ張れば引っ張るほどAICで固定された一夏くんはあらぬ方向に力を加えられて体が悲鳴を上げ始める。

 現に気絶寸前だろう。腕がもぎ取れるんじゃないだろうか。

 

 

「ラウラ、良いのかい? 一夏くんの腕がなくなるよ?」

「一夏っ!」

 

 一夏くんをネタに揺さぶると簡単に力は弱まり、ワイヤーを手繰ってラウラを一気に引き寄せる。

 このときに一夏くんにかけたAICをカットして体の位置を変えつつ、一夏くんを私とラウラでサンドイッチするのがミソ。

 結果はもちろんどんつきだ。ビリヤードの要領でラウラが一夏くんを突き飛ばすと一夏くんは飛んできて私にぶつかる。

 私はそのままお空へさようならだ。きれいな花火も48発飛んでくる。

 

 

「そこまでだよ、先生」

「おっと。復活早すぎだよ、シャルロット」

 

 もう少し長く効く予定だったんだけどなぁ。逃げた先に居たのはどういうわけか"みたことない機体に乗った"シャルロット。

 まさかと思うけど……

 

 

「セカンドシフトか。やられたよ」

「流石にオータムは逃がしちゃったけど、もうひとりは簪がレーダー追跡してるし、一夏とラウラが」

 

 そう言ったシャルロットの背後を白と黒の2機が飛び上がっていった。ラウラはご丁寧に私を睨みつけてから。

 

 

「捕まえに行ったからね。ここで大人しく降りてくれれば手荒な真似はしないよ」

「ここで"降りれば"ねぇ」

 

 なら、お望みどおりに。

 ISを瞬時に量子化すると体がふわりと浮かぶ感覚に襲われる。空気が、重力が、全て私の体に直に伝わってくる。

 

 

「えっ!?」

 

 ふわりとした感覚も一瞬。500メートルの高さから落ちる時間は10秒ちょっと。既に3秒はたっただろう。その間にも私は確実に地面に近づいているし、シャルロットも私に向けて手を伸ばしている。

 

 

「だけど遅い」

 

 シャルロットが私のフリーフォールに気づいて目で追い始めるまでにもう2秒。手を伸ばして体勢を決めつつブースターの出力を上げるのに1秒。

 私までの距離を詰めるのに2秒。

 残りは2秒。

 私がその手を振り払うのに1秒。私を無理に抱きかかえようとするも時既に遅し。

 

 

「ゲームオーバーだ。私は死んだよ、シャルロット」

 

 私が地面から1メートルほどのところでファウストを呼び出して多少の砂煙を上げつつ静止したのは地面から10センチの高さ。流石にこれ以上は私の反応速度が追いつかない。

 

 

「先生が! 手を振り払うから……!」

「救命講習がパーフェクトだったシャルロットとは思えないね」

「その優しさがときに弱さになることもある、デュノア」

「おやちーちゃん」

 

 怪しく光る月を背に私を見下す千冬。ガーターベルトにナイフがぶら下がってるのが見える。今日の下着は黒だ。

 それより何より、首筋に当てられる革靴の感触と、片手に持った出席簿がナイフにもにたきらめきを放って気持ちが悪い。

 

 

「こりゃ、コーサンしかないかな……」

「懸命だ。デュノア、この馬鹿から目を離すな。拘束はしなくていい。どうせ逃げられるからな」

「はい!」

 

 こんな偽物の月なんてだしよって、と悪態を吐いてから簪ちゃんに合図を出すとしばらくしてから空が帰ってきた。

 深い闇を湛えた空ははてのない青に。悲しげな月は眩しい太陽にそれぞれ戻り、白と黒の2人も合わせて降りてきた。

 

 

「上坂先生、目的はなんですか?」

「ズバッと聞いてくるね。言うと思う?」

「その時は心が痛みますが、無理にでも吐いていただきます」

 

 シャルロットの申し訳なさげな視線と、ラウラの背中に銃でも突きつけるような視線。一夏くんの怒りが混ざった困惑に、簪ちゃんは完全にゴミを見る目だ。

 先頭を行く千冬の背中は「ざまあみろ」と雄弁に語っている。

 専用機持ち4人に囲まれて更衣室への廊下を歩く。一夏くんは一旦ドアの外で千冬とともに見張りを兼ねて追い出されると、その間に女3人が着替えてしまうわけだ。

 

 

「ねぇ、バススロットに着替えを入れてるからISを展開したいんだけど」

「先生はコレで十分でしょう。そこのトイレで拾ったものですが」

 

 ソレは私がさっきまで着てた服だよ! ちっ、無駄に目がいいんだから。

 ラウラにジーンズとTシャツを渡され、シャルロットは私の変装写真付きのIDが胸ポケットからぶら下がる白衣等々を見つけると、ジト目で突きつけてきた。

 

 

「ほい、着替え終わったよ」

「なんで捕まったお前が一番余裕そうなんだ……」

 

 更衣室から出るなり千冬から小言をもらうと、一夏くんが出てくるまで尋問タイムだ。

 

 

「さて、杏音。うすうす検討はつくがどうしてここに来た?」

「率直に言うとデュノアの第3世代をもらい……じゃないや、拝借しに」

「言い直せてない……」

 

 千冬のため息とラウラの真贋鑑定の視線をもらい、どうやら真、と出たらしく、なおさら大きなため息を千冬が吐くと、振り向き様に手刀を首筋に当てられ、ドスの利いた声でそっと囁いた。

 

 

「下手な真似してみろ、お前であっても容赦しないからな」

 

 

 

 ---------------------------------------------------

 

 

「杏音が捕まったってよ」

 

 オータムが差し出した携帯には織斑千冬と頬に大きな絆創膏を貼った織斑一夏、それからドイツ、フランス、日本の候補生に囲まれて撮られたセルフィーが映っていた。

 なんというか、本当に捕まってしまったのかと疑いたくなる。

 どうして敵対関係にある人間と3つ星のレストランでランチができるの?

 

 

「頭が痛くなってきたわ」

「ああ、ほんとにな」

 

 戻ってきたオータムはアラクネに乗って帰ってきて、部屋に着くなり「フランスの候補生が第3世代を吸収した」だなんてわけのわからないことを言って来たときには驚いた。

 けれど、杏音からのメールによれば――ところどころ彼女らによって検閲されているので詳細は掴めないが、本当のことらしい。

 フランスの娘がセカンドシフトを起こした際に何かあったのは間違いない、とのことだった。

 

 

「さて、そろそろ私達も動かないといけないかしら?」

 




ISAB、新キャラ可愛いですね。特にオランダの子が好みなんですが……

出したいけど執筆モチベが乱高下してるので期待しないでください


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