GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~ (A-Gyou)
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義賊のイリヤ

親に捨てられようが、何だろうが、この世に生まれた限りは、死ぬまでその生を全うする権利がある。

イリヤ・アクロワはそれ信じて疑わない。

親に捨てられ、社会から見捨てられて尚力強く生き抜く彼
には、いつしか同じ境遇の子供達が集まっていた。

これは、いかなる状況においても、諦めの選択肢を選ばなかった男の生き様を描いた物語



フェンリル極東支部、通称アナグラ。

 

大きな穴の中に埋め込むように建設されたその姿をなぞらえて、そう呼ばれるようになったそうだ。

 

アナグラの周囲にはアラガミ装甲という特別な壁で囲まれており、その内側には外部居住区というフェンリルの庇護下に置かれている民間人達が生活する区画がある。

 

言ってしまえば、壁、居住区、アナグラの順番だと考えて差し支えない。

 

外部居住区で生活することを強いられている人々は、大抵経済的な権力が弱いか、フェンリルという組織にとって保護する価値がそれほど無い、いわば見捨てられるかどうかの瀬戸際に立っている人々だ。

 

そんな、ある視点から言えば正当な理由で、しかし当事者としては理不尽以外の何物でも無い待遇は、確実に市民感情の悪化に拍車をかけていた。

 

現に、外部居住区の治安は決して良くない。

 

毎日、どこかで必ず犯罪は起きている。

 

殺人、窃盗、暴動…あげればキリが無い。

 

そんな中でも、強かに生きている人々は確かにいる。ただし、その強かさは人の数だけ存在しているのも事実。

 

外部居住区とアナグラをつなぐゲートは複数存在する。

その内の2つは、一般に開放されているものだが、他のものは物資搬入口か出撃用ゲートで大半は前者である。

 

物資搬入口を出入りする車両の中にあるのは、市民向けの配給食料がほとんど。ごくたまに、入っていく車両の中に犯罪者がいる。

 

そんな物資搬入口のすぐ近くで、車両の行き来の様子をうかがっている1人の青年がいた。

 

名を、イリヤ・アクロワ。

 

(アイツ等が、税金納めてる奴等にしか配給渡さねぇのは知ってんだよ…)

 

搬入ゲートをじっと睨み付けながら彼は機会を待つ。

 

フェンリルから配給を受けられるのは、市民登録を済ませた上でさらに確実に税金を納めている人々だけである。

常識的に考えて、その体制には何も問題は無い。むしろ、どこに文句をつけたら良いのか分からないほどである。

 

しかし、理由はどうであれ配給を受けられていないものも確かにいる。

 

何故か?

 

税金を納めていないからだ。

 

しかし、ここにフェンリル社会の闇を垣間見ることが出来る。

 

単刀直入に言うと。

税金を“払わない”のと“払えない”のには比べるまでも無い大きな違いがある。

つまり、そう言うことだ。

 

払えない者達は何故、払えないのか。

 

親に捨てられた、救われぬ子供達のなれの果て。

 

フェンリル社会において就職難は常につきまとう社会問題の1つだ。フェンリル側も、何も対策をとっていないわけでは無い。しかし、外の世界をアラガミ達が闊歩するこの世の中、安定した職を手に入れる方がむしろ困難である。

 

それでも、職を選ばないで何でも良いから働こうとした人々はなんとか配給を受け取る資格を得る。

 

ただし、それも成人した人間か、特技認定を受けた人間に限る。

 

全ての人間に、何か特別秀でた才能があるわけは無く、そして親に捨てられた子供達にそのような術を身につける方法もあるわけが無い。

 

だからこそ。

 

(バレたらもう戻ってこれねぇだろうな……)

 

イリヤは、そう言った無力達を少しでも生きながらえさせて、1人で生きていけるように手助けをする。彼自身、親に捨てられて、世の中から半ば見捨てられた存在だ。

 

せめて、俺を産み落としたクソッタレの顔を踏んづけてやれたらな、そんなことを考える。

 

すると。

 

警告音と共にゲートが開き始めた。

 

(……来たな。今日は何を詰め込んでるのやら)

 

物陰に隠れながら、腰のポーチに手を伸ばして、中からスタングレネードを2つ取り出す。

 

(こういうのに手馴れちまうのも嫌なもんだ)

 

そう思いつつ、ゲートの中から出てきた車両をにらみ、機会を待ち続ける。

 

車両が動き出し、ゲートをくぐり出た。

 

安全ピンを抜いて、安全レバーを握りしめたまま、時を待つ。

 

そして、車両の後ろでゲートが閉まる。

 

(…今!)

 

彼はトラックから数メートル先の方にグレネードを投げた。

 

それは地面に着く前に、空中で破裂。

トラックが停止したのを確認するやいなや、彼はトラックへ駆け寄り、おもむろに運転席のドアを開けた。

 

「!? 誰だお前はっ!?」

 

半目を開いて、抵抗してきた職員をどついて、中に2つ目のグレネードを放り込む。すぐさま、ドアを閉じて数秒待つと、トラックの中から強烈な光と破裂音が漏れた。

 

(悪いね、おっちゃん達。そんでも、俺等も死にたくないんだよっと)

 

トラックの荷台の中には、配給食料と特定の人間に向けた高級物品が詰め込まれていた。

 

「おぉおぉ、ガキを産むだけ産んで捨てたクズも、金さえ払えば良いもん食えるんだなぁ」

 

中身を吟味しながら、必要な数の食料をバッグの中に詰め込んでいく。

 

「……こんだけあれば、“アイツ等”の分を数えても数週間は保つな」

 

頃合いを見て、トラックから飛び降りた。

 

そして、急いでその場を離脱していく。

 

 

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薄寂れた住宅街。

 

とは言いつつも、住民と言える人間はほとんどいないのが現状。そこに住み着く物好きは、職を失って配給対象外になってしまったホームレスか、捨て子。

 

特に、捨て子は多い。

 

住宅街の中に、1つやや大きめの建物がある。

トタンで被われたその建物は、この町に人が住んでいた頃は、小さな工場として機能していたらしい。

 

ぼろぼろになったその建物の入り口をくぐって。

 

「おぅ、お前等!! 食い物取ってきたぞ!」

 

すると、どこからともなく複数の子供達が姿を現してきた。

 

「ただいま兄ぃちゃん!! 今日もキタナイオトナ達をやっつけてきたの?」

 

「…まぁ、な! ほら、お前等も来い! 皆で飯だぞ」

 

奥に進みながら、彼はバッグを肩から下ろした。

 

「ほら、チビから並べ。あぁと…ケンタ! お前からだ」

 

ほらこっち来い、と手招きをしてケンタと名付けた少年を自分の目の前に立たせる。

 

「今日の飯だ。ちゃんと食えよ?」

 

そう言って、次から次へと子供達に食べ物を手渡す。

 

全員に行き渡った頃。

 

「ほら、お前等。手ぇ合わせろ」

 

『いただきます!!!!』

 

子供達は、遠慮無くガツガツと食べる。

成長のまっただ中、栄養も充分とは言えないながらも、飢えを誤魔化すことは出来ない。

 

食べ始めてから五分ほど経つと。

 

彼は立ち上がり、彼がこの工場をすみかにし始めた頃に作った地下室に行った。

 

地下室にあるのは、冷蔵庫。

しかも、彼のお手製。

 

中には、配給食料がギッシリと詰め込まれて保存されている。そして彼は、“まだ一切手をつけていない配給食料”を冷蔵庫に収めた。

 

(ガキ共が13人で、食い物はもう200は超してるはずなんだよな…概ね10日は何もしないでもいけるわけだが)

 

バッグの中に残っている食料もいっしょに詰め込む。

 

(アイツ等の中で1番年長ってどいつだったかな…あ、トモキとノゾミか。あの2人には色々と教え込んだし、最悪の場合はあの2人に任せるか)

 

詰め込みながら、今後のことを考える。

 

彼は冷蔵庫を閉じて、地下室を後にした。

 

上では、ほとんどの子供達が食べ終えて暇を持て余すか遊ぶかをしていた。

 

「イリヤお兄ちゃん、遊ぼ!」

 

元気に駆け寄ってきたのは、ここにいるメンバーの中で4番目に小さい少女、アスカ。

 

「おぉ、良いけど少し待てな。皆がごちそうさましてからだ」

 

「うん、分かった!」

 

そう言って、少女はまた駆け出す。

 

(俺ってば、まだ17なんだが…思い上がりじゃ無くて、そこんじょの親以上に親をやってるよな)

 

自分の目の前で繰り広げられる子供達の元気アピールショーをみて、そう思わずにはいられなかった。

 

「はいはい、お前等! ちょっと静にしなさい」

 

ぱんぱん、と手を叩いて自分に注意を向けさせる。

 

「ご飯は残さず食べたかー?」

 

『はぁい!!』

 

「よし、良い子達だ。それじゃあ、手ぇ合わせて」

 

『ごちそうさまでした!!!』

 

(親に捨てられようが何だろうが、生きてる限りは飯食って生きようと足掻いても良いだろ。カミサマだって、そこまで理不尽じゃねぇだろ…)

 

子供達の、生気に溢れた声を聞きながら、彼はそう願っていた。

 

 

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___夜。

 

「………そこで勇者はズバッと悪のドラゴンを切りつけました。『グオーーン!』と、ドラゴンは悲鳴をあげて勇者の前から逃げ出しました」

 

静に、次の展開を待ち続ける子供たち。

 

「『ドラゴンよ! 貴様を殺すことはしない。貴様が、街の皆と仲良く出来るというなら、私は何も言わない!』勇者は逃げるドラゴンの背中に向けてそう叫びました。『私は、貴様を殺したくないのだ!』勇者は最後にそう言って、王国へ帰ったとさ。……今日のお話はここまでだ。さぁ、お前等ちゃんと寝ろよぉ? 寝ないと兄ちゃんがほっぺた限界まで引き伸ばすからなぁ?」

 

ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、子供達が早く寝るように促す。

 

彼も長く、ここの子供達の世話をしている。

こういった、少し怖がらせつつ言うことを聞かせるというのは、元来の性格も相まってか、かなり得意だ。

 

そして、彼らに対して“アラガミ”と言う単語を軽々しく使うのは、いかなる理由であれ御法度であることもわきまえている。

 

子供達の中には、そのアラガミ達に親を奪われた者もいるのだ。

 

「ねぇ、イリヤお兄ちゃん」

 

毛布を被ったままアスカが、彼のズボンの裾をチョンチョンと引いてきた。

 

「ん? どうした」

 

しゃがみ込んで、彼女と目線を合わせる。

 

「さっきのお話の話なんだけどね。どうして勇者さんは悪いドラゴンをやっつけなかったの? 街の人達から一杯物を奪ったり、乱暴してたりしたのに、どうして殺さないの?」

 

それは、彼が自作した物語に対する問いだった。

そしてそれは、彼が物語を作る上で決めていたテーマに触れる質問でもあり、だからこそそれに気付いてもらえたことが嬉しかった。

 

「そう、だな。乱暴した悪者がやっつけられないのは何かスッキリしないだろうな…。じゃあ、少し考え方を変えよう。あの王国の人達は、自分たちが生活するために土地を耕し、森を切り開いた。だけどな、その切り開いた場所は、もともとドラゴンが住んでた場所なんだ。すると、どうだ? 全部ドラゴンが悪い、とも言い切れないだろ? あの勇者は、それに気付いていたんだ。だから、人とドラゴンが仲良く暮らせないかっていう思いを込めてドラゴンを殺さなかったんだよ」

 

「……ちょっと難しかったけど、でも勇者様が本当に優しい人なんだって事は分かった!」

 

「それが分かっただけめっけもんだ。ほら、さっさと寝ちまいな」

 

アスカの頭を撫でて、その場を離れる。

 

イリヤが彼らに願うことはただ一つ。

 

せめて救いの無い世の中で生まれたとしても、1日1日の幸せを受け止めて、優しい人間になって欲しい。

 

 

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「んじゃあ、今日も行ってくる。トモキ、ノゾミ! 留守の間頼んだぞ」

 

「はい!」

 

「了解、兄ぃちゃん」

 

元気はつらつなノゾミと、常に落ち着いた態度を崩さないトモキのそれぞれの返事を背中に聞きながら、彼は工場を後にした。

 

伝えるべき事、叩き込むべき技術はずっと前にミッチリと教え込んだ。

 

(ま、いきなり俺がいなくなっても慌てずに地下室行って飯を探せっつったしな。俺がいなくなっても、アイツ等ならもう大丈夫、かね)

 

手を頭の後ろで組んで、空を見上げながらのんきに歩いているときだった。

 

「よぉ、お兄サン…」

 

ねっとりとした、不愉快な声が背後から聞こえてきた。

 

(おおかた新人ホームレスのオッサンってところか。相手するだけ時間の無駄だな)

 

「おぉ、無視は悲しいぜ? あ、それともさっきの呼び方より“お尋ね者”って言った方が良いのかい?」

 

しつこい上に、何やら不穏な呼び名が付いてきていたのが気になって、彼は不本意ながらも声の主と向き合う。

 

そこにいたのは。

 

赤錆びた鉄パイプを片手に、指名手配犯の張り紙を自慢げに自分に見せつけてきている見知らぬ中年男性。

見るからにホームレスで、本当に新入りなんだろう。

 

この街に住み着いているホームレスは全員顔を覚えている上に、暗黙の戒律がある。

 

即ち、互いに干渉するべからず。

 

それを堂々と破ってきているあたり、まぁそう言うことなんだろう。

 

「へぃへぃ、んで? そのお尋ね者に何のご用で?」

 

中年の男が、ニヤリと、神経を逆撫でするようなイヤな笑みを顔面に貼り付けて。

 

「アンタをしばいて、アナグラに届ければなぁ」

 

ガリガリと鉄パイプを引きずりながら、少しずつ近寄ってくる。

 

(武器持ってりゃ良いってもんじゃないんだがな…)

 

おおよそ男の目的が分かったところで、彼も身構える。

 

「お前にかかってる懸賞金がそのまんま俺の手に入るんだよぉ!!!」

 

ギョロリと血走った目を見開き、不気味を通り越して気色悪い笑みを浮かべながら、男が彼に襲いかかって期した。

 

鉄パイプを振りかざし、襲いかかってくる男を目の前に。

 

彼は至って平然としていた。

 

そして。

 

「その、俺にかかってる懸賞金。いくらだ?」

 

男が自分の間合いに入ってきた瞬間、その言葉と共に回し蹴りを男のこめかみに叩き込んだ。

 

その威力は、常人のソレとしては規格外の威力で、鉄パイプの男はその力の前に真横へ吹っ飛んで、誰も住んでいない廃墟の壁に埋もれた。

 

彼の目の前に残ったのは、件の指名手配犯の張り紙。

 

そこには確かに、いつの間に撮られたのか自分の顔写真と懸賞金の金額が印刷されてあった。

 

「はぇ~……俺も悪党になったもん……んんっ!?」

 

しみじみとその紙を見ている途中、彼は金額のところを見て目を見開いた。

 

15万fc。

 

マジか!? 俺そんな大悪党なの!?

 

そして、その金額に驚いているその僅かな時間が彼にとって、余りにも大きな隙となる。

 

全身に向けられている殺意を感じ、反射的にその場から飛び退いた。

 

すると、昨期まで自分が立っていた場所に複数の弾痕が穿たれていた。

 

「ちょ、マジかよ、オイ!?」

 

相手は、複数。しかも、ご丁寧にサプレッサー付きの拳銃か何かで狙ってきている。 

 

使っている弾がせめて非殺傷弾であることを願いつつ、自分を狙っている敵の位置を把握しようと周囲に目を巡らせる。

 

しかし、それはするだけ無駄だった。

 

何せ、フェイスガード付きのヘルメットに灰色の戦闘服、黒のタクティカルベスト、加えて予想していたサプレッサーをつけたサブマシンガン、と言う出で立ちの男達が建物の上から自分を囲んでいたからだ。

 

彼らの右腕の腕章にはフェンリル治安維持部隊のロゴ。

 

退路になりそうだった通路にも、武装した男達が行く手を阻む形でこっちを向いている。

 

しかも、その内の1人は、ちゃっかりとさっき自分が一撃で沈めた男に手錠をかけている。

 

建物の上にいる、隊長と思わしき人間が自分を見下ろしながら大声で。

 

「イリヤ・アクロワ!! 貴様には、フェンリルに対する反逆行為、主に物資略奪、職員に対する暴行、器物破損等による件で逮捕状が届いている。おとなしく我々に投降しろ!!」

 

そう言い終えた後、改めて銃を構え直す。

 

「もしも抵抗したら?」

 

「殺すなと言われているから、半殺しにしてから捕縛してやる」

 

そう言われて、改めて自分を取り囲んでいる男達と、周囲の建物など、周囲を取り巻く環境、状況を把握する。

 

「……なるほど?」

 

そして、彼は小馬鹿にするような口調でそう言った直後、その場から消えた。

 

否、消えたように思えるほど素早い動きで、彼らの死角に潜り込んだのだ。

 

(ここらへんなら、この世界の誰よりも詳しいんだよっと)

 

飛び込んだ先で手に入れた、長いロープ。恐らく30メートルくらい。いささか長すぎる気もするが、そこは無視。

こいつは使える、と思い肩にかける。

 

建物と建物の、僅かな隙間を縫うように、そして音もなく駆け巡る。

 

そして、イリヤを探す彼らは全く気付いていない。

 

自分たちが足をつけているその建物が……

 

 

いかに脆く老朽化しているのかを

 

 

イリヤは治安維持部隊が立っている建物の中に入り込み、その大黒柱になる支柱に先程のロープを縛り付けた。

 

固く結びつけたことを確認して、また音もなく走り出す。

 

ところが、走り行く先で地上で待ち構えていた隊員2名とはち合わせてしまった。

 

「止まれ、止まらなければ撃つぞ!!」

 

2人が銃口をこちらに向ける。

 

しかし、彼はそれに恐れを見せず、むしろ走る速度を増して、2人に肉薄する。

 

そして、距離がほどよく詰まったところで、彼は跳んだ。

 

そして、跳んだ先にいる男に向かって跳び膝蹴りをかます。

 

クリーヒットしたそれは、男のフェイスガードを砕き、その背後にある壁に叩きつけ、気絶させた。

 

地面に着地した瞬間、仕留め損ねた方の男が銃床部で殴りかかろうと迫ってくる。

しかし、余りにも型にはまりすぎたそれは、イリヤにとってはまるで馬鹿にされているかのように読みやすく。

 

最小限の動きで躱し、手に持っていたロープを相手の首に巻き付け締め上げた。

 

男は、ロープを緩めようと、手から銃を離す。

 

その瞬間、イリヤは相手の金的に激烈な膝蹴りを3発叩き込み、最後に完全に締め上げて気絶させた。

 

「片金になったらごめんよ」

 

気を失った2人にそう言い置いて、彼はその場を後にし

た。

 

 

建物と建物の隙間、相手の死角を的確に選びつつ、最後の建物の支柱にロープを縛り付けた。

 

そして、余った部分を腕に巻き付けて建物の外に出た。

 

 

ある程度離れてから、彼はあらん限りの力でロープを引っ張った。

 

ぎしぎしと、柱が軋む感触がロープを通じて彼に伝わる。

 

「っぐぎぎぎぃっ!!!!」

 

ミシミシ、ギシギシ

 

そんな感触の中にだんだんとベキベキという、明らかに破壊の感触が混じりだした。

 

(あと…もう一息ぃ!!!)

 

ベキ、ベキベキベキぃっ!!

 

そして。

 

『? ぉ、うおおおおぉ!!?』

 

建物が。

 

2つとも。

 

崩壊した。

 

「力持ちってのは、こういうとき役にたつよなぁ」

 

ぱんぱん、と手を叩きながらそんなことを呟く。

 

(少なくとも、あと2人いたはずなんだが……どこだ?)

 

そう警戒した瞬間だった。

 

プシュン、と言う音と共に背中に、何かが刺さったような痛みが走った。

 

そして次の瞬間……

 

「あ゛がぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!??!?」

 

全身に、訳が分からなくなるほど強烈な痺れが走った。

それが、電流による物だと気付くのに、さして時間はいらなかった。

 

そして、電撃がやんだ。

 

全身の筋肉が痙攣を起こし、身体が自分の望むように動かせない。

 

「……ぐぞっだえ゙がぁ」

 

2人の男が近付いてくる。

 

「手間をかけさせやがって…。こんクソガキがっ!!」

 

罵声と共に腹に強烈な衝撃。

 

その衝撃はしばらくやむ様子を見せず。

 

相手が疲れた頃に、ようやく蹴りがやんだ。

 

(あぁ、こんなにボロカスにしばかれたのは久しぶりだな……全身滅茶苦茶痛ぇぞ、おい)

 

「コイツ、やけにしぶといみたいだしな…。もう1発流すか」

 

もう一人の声が聞こえた瞬間、また全身に強烈な電撃が暴れ回る。

 

悲鳴すら吐けない。

 

(畜…生っ……馬鹿、みたい、に、痛ぇっ!? こんにゃろぉ)

 

彼のしぶとすぎる根性は、彼が自ら意識を手放すことを良しとせず、むしろイタチの最後っ屁と言って過言でない意地を持って、ささやかな反撃を選んだ。

 

そして…

 

彼は、電撃に悲鳴をあげる身体をむち打って、おもむろに男達の足首を掴んだ。

 

『ぅぐギあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!』

 

そして、電撃がやんだ。

 

ドサリ、と2人の男が倒れる音。

 

してやったり、イリヤはそう満足げに思った後意識手放した。

 

最後に思ったことは。

 

(やべぇ、ガキ共の世話が…あ、ノゾミとトモキがいるか。

悪いが…しばらくの間は……頼んだ、ぞ…)

 

決して短くない懸念事項だった。

 

 

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「くっそ、いてててて」

 

倒壊した建物の中から次々と武装した男達が姿を見せる。

 

「あのガキ、ゲリラ戦でもやったことあんのかよ、畜生」

 

「腐るな。捕縛対象は…ほら、あそこだ。さっさと縛り上げて撤収するぞ」

 

男達は、隊長の指示の下素早く作業を済ませ、気絶している仲間達も引きずりながら輸送トラックへと移動を始めた。

 

「にしても、このガキ」

 

「どうかしましたか、隊長?」

 

「ん? いや、民間人って言うにはやけにヘンな傷が多いからな……」

 

「隊長! 移動準備完了しました」

 

「よし、それじゃあアナグラに戻ってこのクソガキを豚箱に放り込んで、今日の仕事は終わりだ!」

 

トラックは走り出す。

 

アナグラへ向かって。

 

本当に助けを必要とする者達の存在にも気付かないまま。

 



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激変の兆し

フェンリルに捕まってしまったイリヤ。

その先で出会った謎の男、倉橋ケンジ。

そして、イリヤという支えを失った子供達。

安寧の時が、徐々に崩壊していく。
音も立てず、ただひっそりと、崩れていく。


「ほら、さっさと入れ!!」

 

長い、明らかに攻撃するためのリーチを備えた棒にどつかれて、イリヤは懲罰房の中に放り込まれた。

 

何故か一般の囚人よりも念入りな特殊手錠をはめられている彼は、突然の衝撃にうまく受け身を取れず、ドシャリ、と惨めな姿をさらす羽目になった。

 

まぁ、それ自体は彼にとってはどうでも良いことだ。

惨めな目に遭うのは、もう数え切れないくらいに体験してきたのだから。

 

しかし。

 

「……」

 

少なくとも愉快な待遇ではなく、むしろ不愉快極まりないという表現では収まらないくらいに気分の悪い待遇。

 

それは、当然の如くイリヤの態度にも表れて。

 

「なんだ、貴様、その反抗的な目は!?」

 

棒を構えてこちらを睨んでくる警備員を一瞥して、ウンザリとした溜息を吐く。

 

「……怒鳴れば良いってもんじゃねぇだろ」

 

そう言って、少し脅かしてやろうと、若干の殺気を込めた目で警備員を睨み付ける。普段は、淡いスカイブルーの瞳が、その時、まるで極寒の冷気を想起させるような重たく鈍い藍色に変わる。

その目で睨まれたならば、標的はたちまち絶望を覚えそうになるほどに。

 

「ひぃっ」

 

情け無い悲鳴と共に、尻餅をつく警備員。

それを確認して、彼は身にまとう殺気を解いた。

 

「ま、人を叱るときは暴力よりも先に、叱られてる理由を教えてやることだな。あ、これかなり重要よ?」

 

イリスはおどけた口調で警備員の男にアドバイスを送る。

 

そんな彼を警備員は、まるで人間では無いおぞましい物を見るかのような目つきで見ながら、黙ってその場を後にした。

 

「……はぁ」

 

無駄に重たくなった両腕を持ち上げて手首から上を完全に拘束している特殊手錠を見て、溜息を吐く。

ジャラリと手錠に絡まる鎖が音を鳴らす。

 

棒で突かれた場所をさすることも出来ず、のそのそと立ち上がって明らかに質の悪いベッドに腰を下ろしたときだ。

 

「うわ臭ぇっ!?」

 

開放式の、それはもう羞恥という個人の感情やら人権やらを確実に無視した便所からもわもわと漏れてくる異臭に、思わずそう叫ぶ。

 

「あぁ? おぉ、その便所か。仕方ねぇよ、何たって、お前さんがそこにぶち込まれる前にいたヤツ、その便所の中に落ちて死んじまったんだからなぁ。逃げだそうとでもしたのかね、ったく。臭いったりゃありゃしねぇ」

 

向かい側の独房から、クヒヒヒヒ、と薄気味の悪い笑い声を漏らしながらそう教えてくれる声があった。

 

「……アンタは? 誰だ?」

 

訝しげな声色で、訊くと。

 

「んん~? 何で自分の名を名乗らん輩に俺の名前を教えなきゃいけねぇんだ? ん?」

 

こんな場所で、まさか正論を以て返されると思っていなかったイリヤは少し驚いた。

こんな場所でさえ、最低限のしきたりはあるのか、と。

 

「あぁ、すまない。俺はイリヤ。イリヤ・アクロワ。色々とやらかし続けて、ついさっき捕まった」

 

「ほぅ、物分かりが良いガキじゃねぇか。じゃあ、俺も自己紹介だ。俺の名は倉橋ケンジ。まぁ、お前さんと似たような理由で捕まって、かれこれ3年ここで生き延びてる」

 

相変わらず気味の悪い笑い方を隠すことをしないまま自己紹介を済ませた。

 

「イリヤ、だったか?」

 

「あぁ、そうだ。何だ?」

 

「いやぁ、さっきの看守びびらせただろ? どうやったのか少し興味があってな。いかんせんあの男、見栄っ張りで強情、かつ身の程を弁えないクセがあったからな。だからあぁ言う姿を見るのは愉快だったし、珍しいもんでもあったからな」

 

その声は、確かに愉快な出来事を思い出しているかのような、ある意味で言って無邪気さを感じさせる、冷酷な声だった。

 

「……簡単なことさ。この世の汚物を見るような目をすれば良い。そこに若干の憎悪を混ぜれたら完璧だ」

 

「ほほぅ;そりゃあ面白いやり方だなぁ! あぁ、気に行ったぜ、イリヤさんよぉ。しばらく退屈せずに済みそうだ」

 

「そうかい。俺は、居住区に残したガキ共のことが気になって仕方ねぇ上に、鼻がもげそうなくらいの臭いに耐えてる真っ最中だから黙っててくれ」

 

「おぅおぅ、最近の若いヤツってのは年寄りに冷てぇなぁ……ん? おい、ガキ共ってのはどう言うこった?」

 

話が収束しそうなところで、言質を取るかのように目敏くその単語を引き抜かれて、会話がさらに長く続いてしまう。

 

「……捨て子、だよ。捨て子。そんなに珍しくもないだろ?13人いてな。1人1人に、俺が名前をつけた。拾った順に、トモキ、ノゾミ、ハルカ、ユウキ、ユウカ、タクミ、ジュン、アマネ、カガリ、アスカ、カズキ、ミズキ、ケンタ……皆捨て子だった。そんで、気まぐれだったんだろうな。拾って、育てるようになってた。最初、数が少なかった頃は、どこにも定住しないで、場所を転々としながらやってたんだ。んで、転々としていくうちに数が増えて、こりゃあどこかに家を設けなきゃ、ガキ共が危ないって思ってな、その先で俺がこの間まで住んでた古工場をホームにしてた。確かあの区画は……Aナンタラ区画、あぁ、A08区画か」

 

「A08って、閉鎖区画じゃねぇか」

 

「んなこと知らねぇよ。ただそこが1番住みやすかったってだけだ」

 

思い出に浸るような、実際ほとんど浸っていたのだが、そんな気分で説明をした。

 

その声は、少しぶっきらぼうな面影を見せつつも、確かな優しさを内包していて。

 

「……ん? お前さん、普通にイイヤツじゃねぇか。ここにぶち込まれるヤツっつったら、相当ヤバいことしでかした人間だぞ?」

 

「結構な回数でフェンリルの食糧配給車を襲撃してな。まぁ、それもあるだろうし、何回かフェンリルの職員をしばき倒したからな。ここに来る直前も治安部隊の連中とやり合ったからな。そう言うのがあるんじゃねぇか」

 

言い終えて、しばしの沈黙が訪れる。

向こうの独房からは、何か思案するような気配。

そして、しばらくして。

 

「お前さんも、とんでもないことやったって言うのはよく分かった。イリヤさんよ、お前さんは例えるなら善人の皮被った暴力の権化だな。しかも、義賊みたいな真似しやがる。なぁ、何が許せなくてそんな危ない真似した?」

 

その質問は、イリヤという人間の核心に触れる物だった。

 

「金さえ払えばどんなクズでも飯は食える。だがな、その場の無責任の結果産み落とされて、挙げ句市民登録もされずに捨てられたなんの力もないガキが、何も悪くないヤツが飯も食えずに死ぬ、それが気にくわねぇ。俺もそう言うガキだったからな」

 

憎々しげに話すその口調には、確実にある特定の人物に向けた憎悪が多分に含まれていた。

 

「なるほどねぇ。つまり八つ当たりか」

 

「どう捉えてもらっても構わねぇさ。実際そう言う側面があることも否定できねぇしな。……生きてるやつが、生き延びようとして何が罪になるんだよ」

 

最後の言葉が、彼の本当の本心だとも言える。

それは、彼自身が1番よく自覚していて、そして絶対に曲げられないある種の信念でもあった。

 

「……今日はもう疲れた」

 

彼はそう言って、ベッドに横になった。

 

(無事でいてくれよ、お前等)

 

そう願いつつ、彼は意識手放した。

 

 

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___ある晩。

 

地下室に2人の人影があった。

 

トモキと、ノゾミ。

 

「ねぇ、イリヤが帰ってこないって言うのは…イリヤが行ってた“もしもの時”が来たって事なの?」

 

「多分、そうだと思う」

 

「私達だけでどうしろって言うのよ! 冷蔵庫の場所は知ってる。知ってるけど、それでも何もしなければすぐに無くなっちゃう!!」

 

悲観と絶望に満ちた少女の悲鳴が小さく木霊する。

 

「アイツに、アナグラの物質搬入口の場所は教えてもらった。襲撃の手順も覚えたし、何回か一緒にやったこともある。ご飯のことは、僕に任せて。役割分担だ。ご飯の調達は僕が、その間他の子達の相手をノゾミが担当するんだ。そうすれば上手くいくはずだ」

 

「……トモキ、それ本気で言ってるの?」

 

「うん。もしもイリヤの身に何かあったとき、あの子達の面倒は僕たちが見なきゃいけない。こんなこと、冗談で言えるわけがない」

 

「……分かった。だけど、トモキまでいなくなっちゃうとかそれだけはやめてよね。約束して」

 

「分かった、約束するよ」

 

イリヤが彼らの下から姿を消して3日目の夜。

 

トモキとノゾミの無謀な約束が結ばれる。

 

彼らは気づけない。

 

もう後がないこと。すぐそこに、本当の危機が迫っていること。

 

しかし、まだ15歳になったばかりの2人に、それを気づく術もなく。

 

対処する力も持ち合わせているわけもなかった。



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倉橋ケンジという男

独房に入れられてから、何日経ったのか分からない。

そんな中で、彼はある疑問があった。

倉橋ケンジという男が、どんな人間なのか?


「……」

 

何もない天井を見つめる。

 

やることは無く、出来ることも今のところは、無い。

 

不衛生な監獄の中、不衛生な異臭と不衛生なベッド、何もかもが不衛生な空間で、ただ時間だけが流れていく。

 

余りにも暇過ぎる。

 

そこで彼は気分転換がてらに、前から気になっていたことを訊こうと思った。

 

「よぉ、ケンジ。起きてるか?」

 

小さな鉄格子の窓に顔を近づけて、向かいの独房に入れられている囚人、倉橋ケンジに声をかけた。

 

「ん? 起きてはいるが、何だ」

 

「少し話でもしねぇか、と言う粋な計らいさ」

 

「はっ、何だと思えばそんなことか。粋と言うにはちぃとばかし物足りねぇぞ、青二才」

 

「人生経験の差だな。それはそうと、だ。前から気になってたんだが、アンタ何者だ?」

 

「……ん、どうして気になる?」

 

「そりゃあ、な。アンタ、ごくたまにそこから出してもらってどこか行ってるだろ。それで気にするなっつう方が無理があるだろ」

 

「なるほどな」

 

そう、倉橋ケンジという男は、ごくたまに本当にごくたまにだがこの監獄を出て行ってどこかに行っているときがある。それも、フェンリルが公式に認めているところがあるのだ。

 

聞くところによれば、イリヤが放り込まれている監獄はかなりヤバいことをやらかした犯罪者が閉じ込められる場所だ。

 

ちなみに、イリヤは反フェンリルを掲げるテロリストと言う扱いになっていた。強く否定が出来ないので、彼自身その扱いには何も言っていない。

 

そんな、少なくともまともでは無い人間しかいない中で、何故ケンジは出してもらえるのか。

 

イリヤはそれが気になっていたし、もう少し言うと、ケンジの意味不明な待遇が大変面白くなかった。

 

「……そうだな。今の俺は、ぶっちゃけたところ化け物だな。少なくとも、まともな身体をしていない」

 

「? 意味わかんねぇ言い方するなよ」

 

「まぁ、確かに変に思わせぶりに言っても意味がねぇか。良し分かった、教えてやろう。俺はな」

 

そして、イリヤは次の瞬間信じられない言葉を聞く。

 

「俺はな、現役の神機使いだ。ずいぶん前に同僚殺しの罪でここに放り込まれて、そのままここまでだらだらと生き延びてるがな」

 

クヒヒヒヒと、イヤな笑い声が響く。

 

イリヤは唖然としていた。

 

何故。

 

何故、目の前の男は神機使いでありながらここにいるのか。

 

何故、同僚を殺したのか。

 

何故、何故、何故。

 

疑問が止めどなく溢れてくる。

 

「そうだよな、そう言う顔をするわな、普通は」

 

目の前の男は、自分の表情を見てむしろ満足そうな口調でそう口にする。

 

「まぁ、昔々の話だ。今じゃこんな形の俺でもな、昔は正義感溢れるゴッドイーターだったんだよ。マジだぞ?」

 

愉快そうな口調で、男は過去を語り出した。

 

「俺が所属していた部隊はな、極東の部隊の中でもかなりクセの強い奴を集めた部隊だったんだ。他の奴等からは“不良部隊”とか呼ばれてたな。まぁ、実際問題俺たちはそのあだ名に負けない不良部隊だったよ、確かに。任務の先々で、必ず何か問題を起こす。アナグラに戻ってきても、週に3回以上は必ず何かやらかす。まぁ、そんな俺達もな、掟みたいな物はあったんだよ。“身内を愛せ”ってな。いくら不良だ何だと言われても、俺達の結束はそれなりに固かったと思うぜ? 何と言っても、俺達の部隊はかつて極東支部の2本刀に数えられる精鋭だったからな。今じゃ、ノルンからも消されてると思うが“戦技開発部隊”って言う部隊があったんだ。主な任務は『既存の神機、又は新型神機を以てアラガミとの戦闘技術の開発及び対アラガミ戦術の開発』でな。次から次へと、技術屋さんが作り上げたオモチャで遊んでたさ。そうやって、いつもぎりぎりまで遊んでアラガミを討伐してきたもんだ」

 

そこで、ケンジはいったん話を切る。

大きく深呼吸をしてから、再び話し始めた。

 

「あの日も、いつも通りの任務だった。討伐対象はヴァジュラ、エリアは廃寺エリアだった。俺達の部隊の隊長はな、女だったんだ。それも、かなり気の強い、しかも実力も相当ある、本気でおっかない女だ。まぁ、そんな隊長のもとで俺達もきびきび動いてたんだがな、その任務の時も同じようにきびきび動いて、ぎりぎりまで遊ぶ予定だった」

 

苦い思い出を掘り返しているのだろう。

ケンジは、鉛よりも重たく鈍い溜息を吐いた。

 

「だがな、あの時の任務は話が別だった。何が別だって、そもそもアラガミに関する情報が余りにも食い違いすぎてたんだよ。ヴァジュラは3匹だったし、他にもサリエルとか強力なアラガミ共がわんさかたむろしてた。それでも、“俺達の実力があれば”って、少しばかり自惚れたのが運の尽きだ。5人で挑んだ任務だったのに、戦闘から生き延びたのは3人だ。俺と、隊長と、ダニエルって言う北米支部から来てた腕利きだ。状況は最悪だった。ビーコンはまとめて壊れてるし、通信機もお釈迦。それに、輪をかけて仲間の“死”。あの隊長も、俺達も、仲間を目の前で失うのは初めてだったんだ。そして、隊長がな。あろう事にもプッツン行っちまってな、暴れ出したんだ。発狂だったな、アレは。今更思えば、あの人は今まで沢山自分の中に溜め込んできてたんだろうな。それで、ただでさえ1杯1杯だったところに、更に仲間が喰われた日にゃあ、そりゃ壊れても仕方ねぇわな。それで尚悪かったのが、それに感化されてダニーまでぶっ壊れた。最悪だったのは、その後ダニーが隊長をレイプしちまったことだ」

 

「!? レイプって……そんな」

 

「……続けるぞ? まぁ、そんな惨状だ。俺もぶっ壊れるかどうかの瀬戸際に来て、まぁあのときいっぺんぶっ壊れた。そんで、ダニーを……結局殺した。最初は隊長から引っぺがしてリンチにしてただけだったんだが、タガが外れたらしくてな。最後には死体になったダニーをずっと殴りつけてた。んで、正気に戻っちまった。その瞬間、“あぁ、何てことだ。俺は何て取り返しの付かないことをしでかしてしまったんだ”って自己嫌悪の渦に飲まれた。その場でのたうち回ったもんだ。そんで最後に見ちまったんだよ。

 

________隊長が自分の神機を胸に突き立てる瞬間をな」

 

 

何も、言えなかった。

否、言えるはずも無い。

目の前の、端から見れば狂ったように見える男は、実際そうなるべくしてなるような道を歩んできてしまったのだ。

 

しかも、そこには誰にも責任が無い。

 

神機使いで無いイリヤにもそれだけは理解できた。

 

「まぁ、そんなもんで、無様に生き残った敗残兵は、あること無いこと色んな罪を背負って、ここにぶち込まれる羽目になったとさ。あぁ、ちなみに、俺がごくたまにここから出してもらってるのはとある実験付き合ってるからだ」

 

「? 実験?」

 

「おっと、これ以上は部外者は無論のことフェンリルの職員にも話しちゃいけないことだ。ここから先の話は諦めてくれ」

 

「あ、あぁ」

 

イリヤはただ、目の前の男が一体どこまで壊れているのかが分からなく、分からないからこそ、底知れぬ恐怖を覚えていた。

 

倉橋ケンジという男は。

 

いったい、何度心を壊したのだろうか。

 

倉橋ケンジという男は、いったい何度“死んだ”のか。

 

少なくとも彼に分かることは、目の前にいる倉橋ケンジという名前を被っている人間は、さっきの話の中で出てきた男からはかけ離れたところに立っている、いわば狂人だ。

 

目の前にいる、“異端”にただ恐怖を覚える。

 

と、同時に、筋違いであるのは充分自覚しているが、それでもなお、彼のことを“哀れ”と同情する自分もいた。

 

それが、根っからの善意だとは言わない。

 

自分が気付かないところに偽善も潜んでいるだろう。

 

だか。

 

それでも、倉橋ケンジという男に同情を覚えてしまっていた。

 

向かいの独房の奥から、すすり泣くような嗚咽のような声が漏れてくる。

 

イリヤは、ただ男の心の闇を垣間見ることしか出来ず、狂を感じ同情を覚えること以外は、何も出来ずにいた。

 

 

 




この回ではケンジの話がメインになりました。

イリヤ君の主人公はどこへお出かけしたのやら……

次はどんなはな展開になるでしょうか。

楽しみにしていて下さい!!



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崩壊の足音


それは、確実に迫ってくる。

誰にも気付かれぬまま、そこはかとない気配だけを漂わせて。




____外部居住区

 

 

「……ここも駄目、か」

 

スクラップの山の影に隠れながら、アナグラの物資搬入ゲートの様子をうかがう少年がいた。

 

名を、トモキ。

 

姓は無く、彼が唯一分かることは娼婦の息子で、気が付けば捨てられていた、と言うこと。

 

イリヤの最初の拾い子であり、つまりイリヤの子供達の中で1番彼との付き合いも長い。

 

その当のイリヤも、1週間前に失踪してから行方が分かっていない。

 

おそらく、捕まってしまったのだろう。

 

少なくとも、イリヤが自分たちを見捨ててどこかへ行ったと言う可能性は無いし、そもそもそんな風に考えたくない。

 

トモキは、心からイリヤを慕っているのだ。

 

1人の人間として。

 

彼から教わった、生き残る術。家族を守るための術。

 

どれもこれも大切で、そしてどれもこれも現状の自分達には必要不可欠な物ばかりだ。

 

フェンリルの職員等に見つからないように、そっとその場から離脱する。

 

「冷蔵庫の中には、500弱の食料があった。1週間、前までと同じペースで食べていって300数十……そろそろどこかで補わないと拙い」

 

廃墟が点々と残る荒野を歩きながら、今目の前に差し迫っている最大の問題について考える。

 

(今のところはまだごまかしが利く。だけど、近いうちに余裕が無いという現状を悟られる。確実に)

 

まだ、子供達は無邪気でいられている。

 

それも、一重にノゾミが子供達の面倒をちゃんと見てくれているおかげだ。

 

そのことに感謝しつつも、だからこそ何も結果を残せていない自分が情け無く思えた。

 

そして、彼にはもう1つ懸念事項があった。

 

自分達がホームタウンとしているあの区画一帯の雰囲気が、どうにも怪しいのだ。

 

日を追う毎に、ホームレス達が移住してきている。

 

しかも、どことなく集団として共通の目的があるかのように、だ。

 

「まさか、な」

 

少年は、彼の頭で考え得る最悪の状況を想像してしまい、何て馬鹿馬鹿しいことを、と誤魔化すように頭を振った。

 

大丈夫だ。

 

何の根拠も無いが、そう心の中で唱え続けた。

 

そうでないと、自分が思い描いてしまった最悪の状況が、現実になってしまう気がしたから。

 

 

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「ノゾミお姉ちゃん?」

 

アスカの心配そうな声で、彼女はようやく現実に戻ってこれた。

 

分かり易いくらいに呆けていたのだろう。

 

何となく、自覚はある。

 

突然姿を消してから、ずっと戻ってこないイリヤ。

朝早くに出て行って、半日以上経っても帰ってこないトモキ。

 

そして、自分達の周囲を取り囲む、何とも言えない不気味な空気。

 

この空気自体は、少し前から漂ってきていた。

 

最初の頃は本当に微々たる物だった。

だが、日を追う毎にその空気は濃くなっていき、その中に明確な悪意を見ることが出来るほどになっている。

 

(銃は……地下室にちゃんとある。使い方も、分かる)

 

最近はそんな物騒なことばかりを考えてしまう。

 

(イリヤやトモキがいないときは私が1番年上なんだ。いざという時は、ちゃんとあの子達を守らなきゃ)

 

無邪気な笑顔を絶やさぬ子供達を遠目に、彼女は、本来抱くべきで無い決意を抱く。

 

そして、その決意がいかに脆い物なのか。

 

彼女は、まだ気付いていない。

 

 

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相も変わらず不衛生な独房。

 

彼は、正気を保つことで精一杯だった。

 

「んん? 最近はずいぶんと自分の感情に正直になったみたいだが、今日は1段と酷ぇな。苛立ちを隠そうともしねぇ」

 

「煩い」

 

「おぉ、おっかねぇ」

 

これも相変わらず人を不愉快にさせる笑い方だが、今回ばかりはケンジでも口を閉じた。

 

今のイリヤは、本気で苛々していた。

 

何故か?

 

居住区に残してきた子供達の安否が分からないからだ。

 

彼があの街に住んでいた頃、ホームレスとイリヤ達の間で1つの“約束”が決められていた。

 

『お互いに干渉するべからず』

 

ちなみに、干渉しよう物なら、その者がどうなろうと自己責任。リンチに遭おうが、殺されようが、どんな目に遭っても自己責任。

 

破れば恐ろしい代償がまっているから、彼らはお互いに不干渉を保っていた。

 

しかし、それはイリヤという男がいたからこそ維持できた社会だ。

 

つまり。

 

イリヤがいない今、件の約束が守られ続けている保証は無く、それはつまり子供達を危険にさらすことと同義なのだ。

 

(……クソッタレが)

 

無論彼とて、いつこんな状況になっても構わないように、それなりの備えはしてきた。

 

子供達の1番年長の者、トモキとノゾミ。

 

この2人には、地下室の冷蔵庫の存在、銃の扱い方、アナグラの全ての物資搬入ゲートの場所と、トラックの襲撃要領と引き際、ステゴロの技術。

 

市民という、社会的に自身の存在を証明する術を持たない者が生き残るために必要な技術。

 

それは一通り教えてきた。

 

だが。

 

それでもなお、彼は不安を拭いきれなかった。

 

何せ、あの13人の中で年齢的にも体格的にも、まともに大人とやり合える人間など、トモキしかいないからだ。

 

トモキとノゾミはお互いに15歳だ。

 

そして他の子供達は、10歳であれば良い方。

ほとんどは、10歳に満たない無力な子供ばかりだ。

 

彼の不安は募るばかり。

 

そして、その不安は決して杞憂などでは無く。

 

 

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投獄されてから、どれくらいの時間が流れていったのだろう。

 

唯一分かるのは、かなり長い時間は過ぎてる、という実に曖昧な事実。

 

そんなある日。

 

イリヤが入れられている独房の扉が、唐突にどつかれた。

 

小さな鉄格子の窓からは、いつの日かイリヤが少し怖がらせた看守が顔を覗かせていた。

 

「おい、囚人! 起きろ!! 今日、貴様の裁判が実施されることが決定した。そこから出てきて、監視員の指示に従え……間違っても逃げようとか考えるなよ?」

 

「____煩い黙れ」

 

凄みも何も無い、平坦な声。

しかし、その声は酷く冷酷なようにも聞こえて。

 

今回は情け無い声出すことは無かったが、それでもしっかり尻餅をつく羽目になった。

 

その様子を察してか、向かいの独房からはケヒャヒャヒャヒャ、とこれまた薄気味の悪い笑い声が響いてくる。

 

何とか立ち上がった看守は、自分の醜態を無理矢理塗り潰すかのような勢いでがなり立てて、イリヤを牢から出した。

 

今回は、看守1人では無く、武装警備員3名もついてくるという厳戒っぷり。

 

4人ともサブマシンガンを3点スリングでぶら下げて、その気になればいつでも撃てるぞ、と暗に脅してくる。

 

よほど、イリヤのことを警戒しているらしく、そしてその警戒はあながち的外れでは無い。

 

独房を出て、次に向かわされたのはシャワールームだった。

 

「15分やる。済ませろ」

 

警備員は彼の特殊手錠を解くと、次の着替えとタオルを無理矢理持たせて、シャワールームに押し込んだ。

 

今逆らってもどうにもならない。

 

それを理解しているから、イリヤは不愉快ながらも言われたとおりに動いた。

 

済ませることを全て済ませて、彼はシャワールームから出てきた。

 

「付いてこい」

 

また特殊手錠を彼にかけて、移動を始める。

 

付いた場所は、駐車場だった。

 

「貴様は、これからアナグラ本部棟にある裁判所で、正式に捌かれることになる。まぁ、下手な真似はしないことだ」

 

無駄に高圧的な武装警備員の態度。

 

それに、決して小さくない不愉快を感じながらも、彼は我慢して誘導に従った。

 

 

 

_____絶望は、すぐそこまで迫っていた。

 





しばらくシリアス、と言うかやや残酷な展開になりそうです。

まだ笑いの要素は少ないかもですが、楽しんで下さい。

よろしくお願いします!


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流れが変わる時


彼は選択を迫られる。

そして、彼の選んだ道はどんな答えを彼に与えるのか。

それはまだ先の話。


「裁判を受ける前に、身体検査だ」

 

そう言われて、彼は少なくとも、一般用のそれでは無い医務室に連れて行かれた。

 

そこでまっていたのは、マスク越しでも分かるくらいに表情が冷たく固まった医者と思わしき風貌の男性が一人。

 

「キミが、イリヤ・アクロワだな?」

 

自分にとっては興味が無いが、致し方なく嫌々訊くかのような態度の男。

 

「何、変なクスリを使おうという話では無い。キミがどんな経緯で極東支部に来たのかも、キミの出生がどんなものなのかも、そもそもキミがフェンリルの登録リストに無かったからね。だから、ここで登録に必要なデータを取るんだ。いくら犯罪者と言っても、名無しの罪人を公的な裁きの対象にするのは拙いからね」

 

そう言いながら、男はペンと小さなボードを手渡した。

 

「そのボードに、自分の名前を書いて」

 

言われたとおりにする。

 

「それじゃあ、そこの壁の前に立ってくれ。そう、メモリが刻まれてる壁だ。その左側に立て」

 

言われたとおりに動く。

 

すると。

 

 

____パシャッ

 

 

「まずはキミの証明写真だ」

 

いつの間にか手にしていたカメラで写真を撮られていた。

 

イリヤにとっては案外どうでも良いことではあるが。

 

「次だ。血液採取をする。あそこにいすに座れ」

 

男が指をさすその先には、白いクッションがのせられた小さな机と、金属製のいすがあった。

 

「……血液は偉大だ。それが1mlあるだけで、その人間が内に秘めている様々な可能性、情報を教えてくれる」

 

いよいよ、何言ってんだこのオッサン、である。

 

(まぁ、まともじゃねぇ感じだな。キチガイの類いか?)

 

等と、大変失礼極まりない人間観察をしていたりする。

 

「準備が出来た。ほら、どっちかの腕を出せ」

 

言われて、彼は反射的に利き腕とは“逆の”腕を出した。

 

彼の腕に走る血管の位置を手で触りながら確かめ、どこに刺すのかを決めたのだろう、アルコールでその部分一帯を拭き上げてきた。

 

「力を抜きたまえ。じゃないと、取れる物も取れなくなる。キミが無駄に痛い思いをするだけだ」

 

そう言われて、初めて自分が少し緊張していることに気付いた。どうにも、注射器を見ていると、何かを思い出しそうになるのだ。

 

しかし、彼の覚えている限りでは、少なくとも物心が付いてからは一度も注射の世話になったことは無いはずで。

 

(どうでも良いか)

 

考えるのも面倒になったので、その一言で全てを流す。

 

その瞬間、正に刺す痛みが彼の左腕、肘の裏に走った。

 

「っ!」

 

刺されてる痛みと、どう表現した物か、刺された場所の周辺にたまってくるジワリジワリとしたイヤな痛みに顔を歪ませる。

 

痛みに耐えること数秒。

 

「採決は済んだよ。あとは、これを傷口に当てて、概ね5分間変に弄ったりせずに押さえておきなさい。これで、身体検査は終わりだ」

 

終始不気味な空気のまま彼の身体検査は終わった。

 

 

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いくら荒廃したとは言え、人類の科学力はかなり高い水準まで達していた。

 

その名残かどうかは分からないが、アラガミが闊歩する世の中になろうとその片鱗はあらゆる面でその面影を見せている。

 

代表的なところで行くと、建築工学、医療技術、その他科学分野。

 

そして、その医療技術面での片鱗はこの日も、姿を現していた。

 

 

アナグラ本部棟ラボラトリ。

 

そこに城を構えているのは、ペイラー・榊と言う時折頭が吹っ飛んだりする科学者。

 

ボサボサにのばした白髪頭、本心を悟らせることを許さない細い目、画面やら資料の見過ぎであろう、やや厚めの丸眼鏡。そして、かなり無頓着な服装。

いかにも科学者然とした風貌のこの男。

 

実はかなりのやり手である。

 

何せ、この世の天才と数えても文句の無い頭脳の持ち主でもあり、代表的な例で言えばアラガミの偏食傾向の解明とそれを応用したアラガミ装甲の開発。

 

ある種のキチガイがこの世の救世主、とまでは行かなくてと人々の生活の安全基盤を築いた、と言うのはいささかシュールでもある。

 

そして、彼は今日もその頭脳を以てして、新たな人類の可能性を見つけていた。

 

「……ふむ、実に興味深い」

 

彼から目を離してもらえないデータ。

 

それは、つい先程新たにフェンリルに市民登録された人物のものだった。

 

「これは是非とも、引き入れたいものだね」

 

彼はそう独り言ち、“ある人物に”連絡を入れた。

 

「やぁ、私だ。……弁えてるつもりさ! え? そうか、それはすまなかったね。そんなことより、ついさっき面白いデータを見つけたんだ。コッチ側に引き入れたいんだけど、いささか分が悪いみたいでね。それでキミに相談したんだよ。……仕事をさぼっているわけじゃ無いさ、そこは信じてくれ。ただ、これはそのままにしておくには余りにもおしい素材だ。キミの方から、どうにか出来ないかな? 頼むよ」

 

 

 

 

「_____あぁ、頼んだよヨハン」

 

 

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ここで待て。

 

そう言われてから、かなり長い時間放置されている。

 

イリヤが待機させられている部屋は、“フェンリル極東支部第3会議場控え室”という大層な名前の部屋だ。

 

控え室、と言う名前でもそこまで広くない、と言うよりもむしろせまいと言える部屋だ。

 

一体何人分の隠れ喫煙室になっているのか、彼が座っているソファからはヤニの臭いフワフワと漂ってくる。

 

本来は真っ白であったであろう壁や天井も、しっかりヤニ色に染まっている。

 

イリヤは、何でも良いからこの部屋から出して欲しかった。

 

彼は、タバコの臭いが大嫌いなのだ。

 

理由は分からない。

 

とりあえず、タバコの臭いを嗅ぐと胸焼けするのだ。

 

(……何でも良いから早くしてくれ…)

 

苛々としながら、その気分と同調するように貧乏揺すりが激しくなっていく。

 

 

そして、気が付けば彼がこの部屋に放り込まれてから2時間ほど経過した。

 

ドアがノックされた。

 

彼が返事をする前に、また例によって武装警備員が有無を言わせぬ態度で入ってきた。

 

「出ろ。裁判が始まる」

 

 

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カンカン、と恰幅のよろしそうな裁判官が、あの小槌をならした。ちなみに、あの小槌はジャッジガベルと言うらしい。

 

「これより、イリヤ・アクロワの裁判を始める!!!」

 

裁判官が、視線を机の上に移して。

 

「イリヤ・アクロワ。貴君の罪状を述べる。1つ、フェンリルに対する反逆行為と同等の活動。1つ、公共向け物資の略奪。1つ、テロ活動準備と思わしき行動。以上3つである。これらの罪は、フェンリルが定める市民の厳守事項の第4条82項、フェンリル庇護下に置かれている市民はフェンリルの活動を妨害するような活動又はその活動の幇助を行った場合罰せられるものとする、に抵触している。

イリヤ被告。ここに述べられたことに、間違いは?」

 

何も文句は言えまい、そんな態度が見え隠れしていた。

そして、イリヤとしてはその態度が大変気に入らなかった。

 

しばし、静寂が室内を包み込む。

 

「……大ありだな」

 

室内が、確かにどよめいた。

 

「俺がそこで言われたことやったのは、市民登録される前のことだ。それを何だ、そっちの事情に合わせるために今更市民登録を無理矢理やらせて、そっちがやりたいような土台に仕立て上げる。今の今まで、俺とか、他の市民登録されてないガキ共を見捨ててた輩が、今更何を偉そうにそんなこと駄弁ってんだ、あぁ!?」

 

更にどよめく。

 

「俺が何であんな事やってたか教えてやろうか? お前等が! ずっと! 俺達のことを“見えないことにしてたから”だよ!! だがな、俺達だって死にたくない。でも、俺達の存在は社会的には無いことになってる。じゃあ俺達に死ねってか? ざけんなこの豚野郎っ!! 生きるためにはそれしか無かったんだよ!! そりゃな、そっちの職員を何人かしばいたし、物騒なオッサン共にもそれなりのことはしたさ。だがな、少なくとも飯に関することなら、俺は文句も異論も大ありだっ!!」

 

裁判官も、記録人も、傍聴席に座っている人間も、全員が苦々しい表情に変わった。

 

それもそうだ。

 

彼が言っていることは、彼らにとってひたすらに都合の悪い、触れて欲しくないところを、触れるどころか掴んでいるのだ。しかも、握り潰さんとする勢いで。

 

だが、ここで黙るわけにも行かないのが判事だ。

 

苦しいと分かっていつつも、口を開く。

 

「貴君の主張はよく分かった。だが、それならそれで貴君に問いたいのだが、貴君は。市民登録をしようとする努力をしたのかね?」

 

「してないわけ無いだろ、このタコ。アホなこと訊くな」

 

裁判官は顔を引きつらせる。

 

「ならば、どうして市民登録リストにキミが含まれていないのか。説明したまえ」

 

「俺が捨て子で、親が誰か分からない。身元保証人もいなかった。だから、俺一人じゃ市民登録してもらえなかった。アンタ、俺が未成年であることを忘れてねぇだろうな?」

 

しまった。

 

裁判官は、明らかに自分が踏み込んではいけないタブーに両足を突っ込んでしまったことに気付いた。

 

手元の資料には、確かにイリヤ・アクロワが17歳でフェンリル極東支部の条例的に未成年であることを証明している。皮肉にも、彼を無理矢理こちらのどたいにのせるために行ったおざなりな市民登録が、それを示していた。

 

そして、事実として極東支部では、未成年が個人で市民登録をするためには、親か身元保証人がいるのだ。しかし、彼は捨て子でありどちらの存在もいない。

 

明らかに自分は拙い発言をしてしまった、という自覚がある。

 

「まぁ、俺がやったことで迷惑してる人もいるんだろうよ。そこまで思慮が浅いわけでもねぇさ。ほら、俺は一体どんな罰を受けるんだ?」

 

イリヤとしては、もう、こんな馬鹿共と言って過言で無い連中の巣窟から出て行きたかった。

 

「フェンリル極東支部司法部は、イリヤ被告に対して2つの選択肢を与えている。1つ、原則に則って終身刑に処する。1つ、司法取引に応じゴッドイーターとしてフェンリルの活動に参加する。以上2つである」

 

話の方向性を無理矢理ねじ曲げて、判事は最後の段階に話を持っていった。

 

(終身刑かゴッドイーターになるか……ン!? ゴッドイーターだと!?)

 

判事の言葉を反芻して、そして自分に与えられた選択肢の中に現実味の無い選択肢があることに気付く。

 

「……ゴッドイーターになれって言うのは、アレか? 罪人だから変な実験台にしても良いだろうって魂胆か?」

 

イリヤの警戒は、当たり前と言えば当たり前である。

 

何の前触れも無く、ゴッドイーターになれ、と言われたらその言葉の裏を勘ぐるのは、むしろ当然の反応と言える。

 

「___裁判長。その件については私から説明してもよろしいかな?」

 

その時、傍聴席から低いながらもよく通る声が響いた。

 

「っ! シックザール支部長、どうぞ」

 

(支部長? ここのトップか)

 

イリヤは、上半身を傾けてジロリとシックザールを睨むような目つきで見上げた。

 

「イリヤ君、だったね。私はフェンリル極東支部の支部長を務めているヨハネス・フォン・シックザールと言う者だ。キミがそう勘ぐってしまうこと自体は仕方が無い。民間向けには、あんな報道で適性試験の説明をしているが、この際正直に実情を言えば、成功率は未だに五分にも満たない。そして、失敗した場合は被験者は、死ぬ。たが、君の遺伝子情報から8割を上回る適合率を持つ神機が見つかったのだ。つまり、今、ここで、君が神機使いとしての道を歩む選択をすれば、終身刑という余生を無駄にしてしまうよりもよほど有意義な未来を掴むことになる。そしてそれは、君だけでは無く、我々はおろか人類の助けにもなるのだ。悪い選択肢では無いだろう?」

 

言うまでもなく、イリヤは終身刑などを受け入れるつもりは、毛の先程も無い。

 

だからこそ、彼が選ぶ選択肢はただ1つ。

 

「……分かった、司法取引に応じる」

 

その瞬間から、人類を巻き込んだ大きな歴史の流れが始まった。

 

 

 



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崩壊の歯止め


どこにでも悪は存在している。

そして、悪があるならば、当然犠牲者も。

そして、それを野放しにしておくほど世の中は不条理では無い。


子供達が無邪気な声をあげて遊んでいる。

 

その様子は、まだ人類には未来が残されている、と言う象徴のように尊い。

 

そんな中、その尊さから少し距離を置いた場所で、トモキとノゾミは半ば絶望的な気分を味わっていた。

 

「最近ホームレスが増えてる。しかも、確実に僕達を狙っている。早い内に逃げた方が良いかもしれない」

 

「でも、次に住む場所は!? まだ決まってないでしょ!?」

 

「確かに決まってないけど、でもここに居続けたら、連中は確実に僕達を襲ってくる。アイツ等、多分僕達の地下室の食料の存在に気付いてる」

 

ノゾミも、彼が言っていることには何となく分かる部分があった。

 

自分の目で見える範囲で、明らかにホームレス達が増えているのだ。しかも、具体的には分からないが、何らかの共通目的を持った、集団的な動きを伴っている。

 

「早い内にここから逃げないと、取り返しの付かないことになる」

 

トモキは、ノゾミ以上にこの街が変わりつつあることを知っている。

 

それは、イリヤが彼らの前から姿を消した日から、徐々に、本当に少しずつ。注意していないと気付かない程度にだが、それでも確実に変わりつつある。

 

そして、気付いたときには、変わり果てていた。

 

「アイツ等、下手をしたら今夜にでも襲ってきかねないんだ。それほど血走った目をしてるんだよ! アレはヤバイ。アイツ等が動く前にどうにかしないと」

 

そう言って、トモキは地下室の入り口に目をやった。

 

「銃はある。弾もそれなりにある。食料は皆が分担して持てば良い。出来るなら、今日中にでもここを出たい」

 

トモキの目は本気であり、そしてその中に決して少なくない恐怖と不安の色が混じっていることを、ノゾミは見逃さなかった。

 

「分かった。今夜、ここを離れましょう。確か、銃は2丁だったわね? 私も持つ」

 

トモキは苦い顔を隠すことはしなかったが、反対もしなかった。

 

彼はほとんど直感的に理解していた。

 

逃げる途中、ホームレス達と鉢合わせになったら、間違いなくそこから殺し合いが始まってしまう。

 

その時、戦える人間が多ければ、子供達を危険から遠ざける力にも直結する。

 

「分かった。今すぐ準備を始めよう。僕はあんまり口が上手くないし……それに君みたいなカリスマ性も無い。だから、子供達は君に任せるよ。銃と弾の準備は僕に任せて、君は子供達と、食料の分配をしてくれ」

 

彼の声には、確かに決意が滲み出ていた。

自分が守らなければ、自分が動かなければ。

それと同時に、隠しきれない不安の色もあった。

 

だから彼女は。

 

「……大丈夫よ」

 

そう言って、背中から彼を抱きしめた。

 

「……ありがとう」

 

2人は、動き出した。

 

 

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  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

フェンリル極東支部という組織は、大きく分けて2つの部署に分けられる。

 

対アラガミ専門の部署と、アナグラや外部居住区専門の部署だ。

 

特に後者に属する各組織は毎日毎日、予算問題と、現場と資料の山と、組織内の人間関係と、その他諸々のストレッサーを抱きかかえていて、ほぼ毎日がカオスである。

 

そうは言いつつも、カオスも慣れればただの空気である。

 

そして、そのカオスを1番空気にしやすい組織が、どう言う皮肉か知らないが治安維持部門だ。

 

この部署は字の如く、アナグラ及び外部居住区内の警備及び治安維持を専門としている部署で、毎日どこかで誰かが事件を起こしてくれるから、いち早くカオスに慣れることが出来るのだ。

 

そこには、少し前にイリヤを検挙した部隊の人間も所属している。

 

治安維持部門は、大まかに言うと各管区指揮所と配下の実働部隊によってその組織を構成している。

 

ちなみに、イリヤをしばいた部隊は「治安維持部門A管区第8中隊」に所属する小隊だ。

 

その小隊の長、米田タカオは件のイリヤの検挙作戦の時以来、何故かあの居住区の空気が気になって仕方なかった。

 

巡回の報告によれば、ホームレスが増加し続けているみたいだ。

 

そして、ごくたまにだが、担当した人間の誤認の可能性も多分にある内容だが「子供がいた」と言う報告も上がっている。

 

(フム、気になる。と言うよりも、無視をするにしきれない)

 

小隊長専用のデスクで、両肘をつき手を組み、考え込む。

 

それまでの巡回の報告は、常に異常なし、だった。

 

いい加減な仕事をしたら、彼自身がその鉄拳を以て制裁する指導体制を築いてきたので、手抜き報告では無い。

 

そして、今日の巡回が帰ってきた。

 

慎重と体格のいい男性隊員と胸以外は高評価の女性隊員が歩いてくる。

 

「米田少尉。巡回要員、相羽軍曹及び笠原兵長。巡回任務を完遂し、報告に参りました」

 

敬礼を交わして、報告を促す。

 

「やはり、今日もホームレス達の動きが妙でした。何か目的があるようで、動きが集団的なものであった印象が強いです。監視は厳重にしておいて損は無い、と思います」

 

「監視についてはこっちでどうにかする。監視カメラ程度じゃ流石に不安なのは、俺も同意見だしな。それは上にも話通しておくさ」

 

「……あの居住区、何て言うんでしょうか。凄く、悪意みたいなのを感じました」

 

唐突に、笠原が静に口を開いた。

 

「? どういうことだ? 説明しろ、兵長」

 

「はい。私が小さい頃に住んでた居住区でも、何度かホームレスを主体とした暴動が起きたことがありました。あのときのホームレスの雰囲気と、あの居住区のホームレスの雰囲気が凄く似ているんです」

 

「小隊長、こいつの第6感的な意見はかなり正確です」

 

「それは俺も薄々感じてたさ。分かった兵長。お前の所感も判断材料に入れておく。下がって良いぞ」

 

そう言うと、2人はきれいな回れ右をしてそれぞれのデスクに戻っていった。

 

「相羽、笠原! 巡回様装備はちゃんと戻してんのか!?」

 

2人が無言で立ち上がって、小隊の事務室を慌てて出て行く。

 

その様子を見て、苦笑しながら。

 

「警戒態勢を1級に上げとくかね……」

 

静にそう呟いた。

 

 

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その晩、カズキの予想は見事に的中していた。

 

夕方になる前に、彼ら13人は工場を立ち去って、街から逃げ出す道を辿っていた。

 

何を狙っていたのかは知らないが、ホームレス達がほんの少し前まで自分達が住んでいた場所を蹂躙していく。

 

その様子を見ていると、無性に悔しくて、そして殺してやりたいとすら思っているカズキがいた。

 

だが、彼は理性でそれを抑える。

 

彼が手にしている銃は、旧時代に設計されたAKM-47と言う小銃で、作動性は良いが命中精度はお世辞にも良いとは言えない代物だ。

 

そして、こんなところで銃声が響けば、たちまち自分達の居場所がバレてしまう。

 

2重の意味で、彼は自分の衝動を抑える必要があった。

 

「……ほら、前を見て。危ないから。ケンタ、ちゃんと僕の背中を見て歩くんだ」

 

「うん……」

 

眠たいのもあるだろうし、そもそも不安で不安で仕方ないのだろう。ケンタの声は弱々しい。

 

しかし、だからといって彼を甘やかして移動を止めるわけにもいかない。

 

トモキに出来るのは、せいぜい歩くスピードを落として後ろに続いている子供達やノゾミの負担を軽減することだけだ。

 

そして、その速度の遅さが、彼らにとって致命的な結果をもたらす。

 

「いたぞ、ガキ共だ!!」

 

「こっちだ! 早く来い!!」

 

見つかってしまった。

 

しかも、ホームレス達も木の棒や石などを手にしていて、少なくとも穏便で事を済ませる道は閉ざされている状態。

 

ここに来て、少年は最大の選択を迫られる。

 

人を殺して退路を拓くか。

殺さずに、無理矢理道を拓くか。

 

だが、そんな選択肢を浮かべる辞典で自分が甘すぎたと言うことを次の瞬間悟る。

 

「きゃあっ!!」

 

後ろから、少女の悲鳴。

 

それは目で見て確認するまでも無く。

 

「ノゾミ!!」

 

その瞬間、彼は。

 

大切な者を守るために。

 

血の道に足を踏み入れた。

 

正面に迫っていた男達を、掃射によって薙ぎ倒し、振り返ってノゾミを拘束している男に狙いをつける。

 

「皆その場に伏せて!!」

 

子供達にそう叫び、更に正確に狙いを定める。

 

「___その子を離せ」

 

怒りと殺意がごちゃ混ぜになった感情の中で絞り出した、最後の相手に対する譲歩。

 

そして、それが、本当の隙を生んでしまった。

 

「! カズキ、後ろっ!!!」

 

 

その瞬間、カズキの後頭部に鈍痛が襲いかかった。

 

揺れ、歪みだす視界。

 

徐々に黒く染められてゆく視界。

 

(ちく、しょ…お)

 

 

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「__まさか今日どんぴしゃで暴れ出すとはな」

 

苦々しい口調でそう吐き捨てるのは、米田。

 

中隊の第2会議室に臨時の指揮所を起き、できうる限り多くの情報を集めているという現状。

 

現在分かっているのは、人質13名、内1名の少年は集団リンチにあっていて、生死不明の状態。尚、人質となっている13名は全員、フェンリルの市民登録リストに載っていない。

敵勢力はA08居住区にある工場を拠点としてテロまがいの活動を継続中。尚、敵勢力に関しては現在確認できる内でも、30名以上。

 

通信機が、震える。

 

「もし、こちらマザー。現状送れ」

 

『もし、こちらハウンド。現状。人質の中に13~18歳程度の少女を確認。……早く動かないと、あの子が色々と危ない。! 加えて報告。リンチにあっていた少年だが、まだ生きている!』

 

オープンにしているゆえに、会議室内に緊張と安堵の両方の空気が生まれる。

 

「こちら米田、他の人質達の安否は?」

 

『工場の南側の壁に集められています……ほとんどが子供じゃ無いか!』

 

「了解した。引き続き監視を続行、何かあればすぐに報告しろ。終わり」

 

米田はマイクから離れて、ホワイトボードまで移動して、おもむろに何かを書き始めた。

 

そして。

 

「作戦概要を伝達する。小隊メンバーをここに集めろ!」

 

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「各パッケージの配置と、現状分かっている敵の配置だ」

 

そう言って示したのは、居住区と敵、人質の大まかな配置だった。

 

「トラックで部隊を送るのは機動力に欠ける。そこで、今回の作戦では、狙撃による支援の下、ヘリボーンによる電撃的な襲撃の敵拠点の制圧。人質を確保して、車両によって人質を脱出させ、残った隊員によって敵勢力を制圧。なお、本作戦においては射殺許可も出ている。まぁ、可能な限りは生きて捕まえて、無理なら“殺せ”。なお、ヘリボーンチームは第2、3分隊が担当。パッケージ回収部隊は第1分隊。作戦支援は第4分隊が担当しろ。以上、質問は?」

 

緊張に静まりかえるなか、静に手が挙がった。

 

「……笠原か。何だ?」

 

「狙撃ポイントの選定は?」

 

「それはお前に一任する。ただし、最大射程を500メートル以内にしろ。笠原は狙撃装備を準備し次第すぐに行け」

 

「了解!」

 

そう言って、彼女は会議室を出て行った。

 

「他は?」

 

この場において沈黙は、何も無い、と言う意味を示す。

 

「よし、各員市街地武装に装備して出動態勢! 笠原が場所を決めた瞬間に、作戦を開始する!! 2、3分隊は速やかにヘリポートへ移動しろ!!」

 

闘いが、始まる。

 

 





GE本編とはほとんど関係なしっ!

主人公はやっと、本編のスタートラインに立てた、かな?

後半は、人対人の闘いがメインになっちゃいました。悔いは無いキリッ

次回は思いっきり治安部隊と悪いホームレス軍団の対決になりますねw

楽しみにしていて下さい!!


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決着の付け方 前

アナグラとA08居住区を最短で結ぶためのゲートは、皮肉にもイリヤがよく襲撃の的にしていたあのゲートだった。

 

しかし、今、そこを通過する車両に乗っているのは食べ物では無い。

 

旧時代の軍隊が使っていた軽装甲車両、ハンヴィー。それに載せられているのは狙撃銃、簡単な観測装置、そして狙撃手の女…笠原イクが1人。

 

「マザー、こちらニードル。さっきゲートを通過した。5分で現場に行く。“住まい”は10分以内に見つけるから、本隊の動きを少し急がせて。送れ」

 

『ニードル、こちらマザー。了解した。こちらも出撃準備は整ってる…後はヘリの使用申請が通ればいつでもいける。まぁそれも、隊長がどう口説き落とすかの問題だ。見つからないように上手くやれよ。…終わり』

 

ゲートから、現場の街まで、直線距離で8㎞離れている。そして、舗装された道というわけでも無いから、その直線距離をほぼそのまま道として使うことも出来る。

 

(このくらいの距離で、出来るだけ短時間で街に行きたいなら……途中まで飛ばしてある程度してから30~40㎞/hってところか。だいたい3~4分程度ね)

 

そう算段をつけて、彼女はアクセルを深く踏み込んだ。

 

馬力と反比例して燃費がクソ悪いエンジンが唸りを上げる。

 

 

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とある部屋の前で、米田は自分の戦闘用の弾帯に無線機が付いていることと、集音性、音量を、両方通常よりも大きくしていることを確認する。

 

チェックのために、マイクの部分を何回か叩く。

すると、マイクからも、自分が叩いた回数と同じ数だけ打音が帰ってくる。

 

(…よし!)

 

ニヤリと、悪い笑みを口元に浮かべながら航空管理局局長室のドアをノックした。

 

『入れ』

 

中から、くぐもった声がそう言った。

 

「失礼します」

 

テンポ良くドアを開け放ちながら、新兵がするような律儀なドアの閉め方などせず、おもむろに局長席に座っている神経質そうな初老の男性の前まで歩み寄った。

 

この無礼な行為は、ほぼ毎度のことなので相手も不機嫌さは示しつつも黙認している。

 

「ヘリコプター2機の使用許可をもらいに来ました。フライト計画表も一緒にどうぞ」

 

ニコニコと、まるでテレビ通販の宣伝員のような態度のまま計画表とまだ印を押されていない使用許可証それぞれ2枚をデスクの上に添え置く。

 

「フン……使用理由は何だね? 米田少尉」

 

「つい先程、A08居住区にて人質を伴う準テロ事案が発生しました。人質の中には若い少女もいるし、リンチにあって無視できない状態の少年もいると言った特性から、ヘリボーン作戦による電撃的な襲撃及び制圧、加えて人質の確保という作戦で行こうと考えまして、その次第です」

 

「A08居住区にいる民間人? 奴らは全部税金を納めきれない社会不適合者だろうが。どうしてそんな奴らを助けるために、手間と金をかけなきゃならんのだね?」

 

書類におざなりに目を通した後、局長は目に見えて面倒臭そうな態度と目つきで米田を睨んだ。

 

「我々の至上任務はこの極東支部を囲むアラガミ防壁の内側全体の治安維持です。それを最善の形で完遂するためにも、是非」

 

局長の態度にも関わらず、飄飄と、もう少し言えばいけしゃあしゃあとした態度を崩さない米田。

 

「ふぅ……どうしてそれを今すぐやらねばならんのだね?」

 

苛立ちを隠そうともしない口調で、局長は言った。

 

その発言を聞いたとき、米田は心の中で、しめたっ、とガッツポーズをしていた。無論、表面的な態度ではそれをみじんも悟らせない。

 

「我々フェンリルには! 外部居住区等という社会的弱車達の巣の安寧のために割ける金など本来持ち合わせておらんのだよ!! そもそも、何故税金も払えんクズ共を助けねばならんのだっ!?」

 

ばんっ、とデスクを強く叩いて局長は怒鳴った。

 

そして、突然「無線機」がコール音を響かせた。

 

「もし、こちら米田。重要な案件につき、しばし通信は控えろと言ったはずだが?」

 

『申し訳ありません、隊長。ただ、つい先程笠原兵長が現場に到着してこれより狙撃地点を探す、と報告があったので……』

 

「あぁ、そうか、分かった。車両部隊の方も確実に準備しとけ」

 

『…あの、ところで先程の怒鳴り声は?』

 

「ん? あぁ、さっきのは局長が毎日溜め込んでるストレスがついうっかり爆発したが故の“問題発言”だ。気にするな」

 

人を食ったような嫌らしい笑みを口元に浮かべ、愉快そうな目で局長を見やる。

その先では、しまった、と言わんばかりに青ざめている局長の姿。

 

『この通信も記録保存されているんですが…』

 

そこまできて。

 

「申し訳ありませんねぇ、局長。作戦中につきついうっかり無線機を携帯したままでした。……それに現場にいた頃のクセですかね、集音性も音量も大に設定しがちなんですよね、ハハハ」

 

とってつけたような笑顔。

 

そして。

 

「……さっきのあんたの発言、こっちで黙認しといてやるからさっさと許可出せ」

 

組織内部の腐敗も、利用のしようによってはかなり使えるものである。

 

 

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力強い勢いで第2会議室の扉が開け放たれた。

 

そこに立っていたのは米田。

 

「さっき、局長が“快く”ヘリ2機の使用許可が下りた。フライト計画も通った。お前等、この作戦に必要な条件は全て揃えたんだ。しっかり成功させろよ!!」

 

ニヤリ、と今回は強かそうな笑みを浮かべてそう言った。

 

その場にいる全員がクスクスと笑うのを堪えているが、アレも狙ってやったことなので笑わせておく。

 

「第1分隊のパッケージ護送車両の準備は!?」

 

「燃料も入れ終えました! 念のため追加の装甲板を装着しているところです」

 

「良し分かった。第2、3分隊。降下から展開制圧の予行はやってるな!?」

 

「完璧です!! アラガミ以外のイレギュラーなら全て対応できます」

 

「よし! 4分隊の任務は実働部隊の支援任務だが、実質はパッケージをポイントから車両までの誘導が主任務になる。防弾盾を確実に装備しろ!!」

 

「はい!」

 

「良いかお前等!? この作戦、絶対全てのパッケージを無事現場から離脱させるんだ!! 誰1人として死なせるなよ!!」

 

『了解!!』

 

崩壊の火が風に吹かれ始めた。

 

 

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「っ…はぁ……はぁ……」

 

全身が痛い。

 

口の中に鉄臭さと、血液特有の苦いようなしょっぱいような変な味が広がる。

 

身体のあちこちが熱を持っていて、感覚もふやけたような不思議な感じになっている。

 

集団リンチがなりを潜めてから、トモキは必死になって周囲の状況を確かめつつ打開策を探っていた。

 

(ノゾミから銃を取り上げた男は、ここにはいない。僕から銃を奪った男は、いる。……どうにかして奪い返さなきゃ)

 

そうは考えても、これと言った方法も思い浮かばないし、そもそも浮かんだところで身体がちゃんと動くかどうかが怪しい。

 

少なくとも、左の肋骨は何本か折れている。

ズキズキと変な痛みが断続的にそこにたむろしてる。

 

いったん、銃を奪還して現状打破という思考を切り替えて、他の子供達の安否を確認する。

 

そして、彼は唐突に、おかしな喪失感を予感した。

 

大事な物を奪われてしまう予感。

 

大事な者を目の前で壊されてしまう予感。

 

(? 何だ!? 何で僕はこんなに不安なんだ!?)

 

自分の中に生まれた感情が分からなくて、その感情がどこから来るのかを探る。

 

目だけで周囲をくまなく観察する。

 

(何だ? 何が僕を不安にさせている!?)

 

そして、唐突に理解した。

 

ホームレス達の“目”だ。

それぞればらばらな位置に立っているにも関わらず、彼等は1つの場所にチラチラと視線を送っては、お互いに目線で話し合っていた。

 

彼らが何度も確認しているその先にいるのは。

 

1ヶ所に集められた子供達。

 

その中ので子供達を守ろうと一番前に立ってホームレス達を睨む彼女。ノゾミ。

 

そして悟った。

 

生物的な本能か、それとも第六感か。

 

どちらでも構わないが、トモキはあの男達が何を見ているのかを理解し、何のために見ているのかも同時に理解してしまった。

 

(拙い……アイツ、気付いてない……狙われてるのはお前だ、ノゾミ!!!)

 

腫れて狭まった視界の中、彼はそのことを必死に伝えようとノゾミを睨んだ。

 

しかし、それが彼女に届くはずも無く。

 

(イリヤ……誰か……助けてくれ…!!)

 

 

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彼女は、各種装備を収納したアタッシュケースを背中に、ハンドガンを手にしながら静に走っていた。

 

ハンドガンも、無論サプレッサー付きである。

 

遠くからは、下品な笑い声が聞こえてきて、それだけで彼女の内に秘めている怒りと殺意を増長させる。

 

(降下ポイントが工場の南側にある空き地だから、狙撃ポイントはできれば工場から真南の直線上にある高めの建物が望ましい……)

 

小さな路地を音も無く駆け抜ける。

 

(もう少し我慢しててね。すぐ助けるから…!)

 

名も知らぬ13人の子供達に心の中でそう誓い、更に速度を速める。

 

彼女の頭の中に用意されている居住区一帯の地図。彼女は、その地図の上を正確に走る。

 

出撃する前に、最後に確認した3Dマップで狙撃ポイントの候補地点は何カ所か決めていた。

 

そして、月明かり、気温、風、様々な追加情報を下に、候補地点の中から更に適正な狙撃ポイントを割り出して、そこに向かって走る。

 

彼女が目指しているのは、工場の南側430メートルの位置に立てられている3階建ての建物。その建物の背後には更に高い建物が建っており、月明かりで自分の位置が暴露する危険性も少ない。

 

向こうにも戦闘のプロが混じっていればその限りでは無いが、ただのホームレスにそんな人間が混じっている可能性はほぼ無い。

 

そして、見える限りで観察しても、その道のプロはおろか、その道をかじってる人間すら見当たらない。

 

だから、彼女は何の懸念も無く狙撃ポイントと決めた建物向かって、ただ走る。

 

「……ここだ」

 

目標の建物の正面に立ち、間違ってないかを確かめる。

 

正解であることを確認した彼女は、すかさず建物の中に侵入した。

 

電力は届いていないから、エレベーターは使えない。

 

階段を駆け上がっていく。

 

そして、屋上に辿り着く。

 

が、昔の人が何を考えたのかは知らないが、そこだけ古びた南京錠でしめられていた。

 

「チッ」

 

舌打ちと共に、ハンドカンで南京錠を破壊。

 

金属と金属の摩擦音が響いたが、感づかれた様子も無い。

 

静に扉を開き、屋上に出る。

 

目視で工場を確認して、最適位置を見いだし、狙撃の準備に入る。

 

アタッシュケースから、分解された状態の狙撃銃を取り出し、組み立てる。ここでも勿論、サプレッサーを忘れない。

 

「月明かりは弱い……。雲も多い」

 

装着するスコープを暗視スコープに取り替える。

 

そして、狙撃手の安定性を上げるためのマットを敷く。

 

更に、少し手の込んだ通信機を組み立てて、準備完了。

 

狙撃体制を取って、通信機から伸びるヘッドセットを装着して、チャンネルを合わせて指揮所と繋ぐ。

 

「マザー、こちらニードル。狙撃準備完了」

 

『ニードル、こちらマザー。了解した。すぐにヘリボーンチームを向かわせる。初弾発射のタイミングはこちらから送るので、しばし待機せよ』

 

「了解…。! マザー、こちらニードル。追加報告。敵勢力の内に2名、小銃を携行している者を確認した。あれは…AK?」

 

『ニードル、こちらマザー。了解した。襲撃チームに伝えておく。他には?』

 

「今見てる限りでは、報告に挙がってたお年頃の少女がいよいよ本気で危ない。男共は今にも輪姦始めそうな目をしてる…。今すぐ殺しても良い?」

 

『耐えろ。すぐにチームが到着する』

 

「……了解。終わり」

 

可変倍率型暗視スコープに映っている世界は緑色。

 

そして、その景色は彼女の嫌悪感を沸き立たせるには充分すぎる。

 

(早く来て……!)

 

彼女が出撃をしてから、8分半。

チームが到着するまでの間に彼女が出来ることはそう祈ることばかりだった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

____ヘリポート。

 

いざ空へ飛び立たんと待ち構えるのは、2機の輸送ヘリコプター“ブラックホーク”。

 

それぞれ、8名の襲撃要員が静かにその時を待っている。

 

戦闘マシーンと化した者達の静寂を、ヘリのローターブレードの回転音が包み込み、かき消す。

 

ヘリの機長が、航空無線を通して管制塔と交信する。

 

「管制塔、こちらホーネット01。離陸許可を求む」

 

『こちら管制塔、ホーネット01、離陸を許可する』

 

「管制塔、こちらホーネット02。同じく許可を求む」

 

『ホーネット02。次回からちゃんと報告しろ。離陸を許可する』

 

「んじゃあ、ホーネット01、02。発進する!」

 

2機のブラックホークが宙に浮いた。

 

そして高度を上げてゆき……

 

2つの影は夜の闇へと溶け込んでいった。

 

ヘリポートの隅からその後ろ姿を見送るのは米田。

 

「ふぅむ、どうにもなぁ……。おっさんも現場行くか」

 

そう呟いて、彼はその場を後にした。

 

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  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

肌寒い空気の中、ただジッと機会を待ち続ける。

 

今、彼女が見ている世界は、スコープで見える範囲だけ。

 

それ以外の情報を最低限までそぎ落とし、ほとんどの集中力と神経を来たるべき時のために費やす。

 

唐突。

 

ヘッドセットに、通信が入った。

 

『ニードル、こちらマザー。たった今ヘリボーンチームが出撃した。到着まで約3分だ。狙撃準備しろ。最初に撃つ相手はお前に任せる。ただし、タイミングはこちらの指示に合わせろ。送れ』

 

「……こちらニードル了解。環境データを送る。時間計算して。距離523メートル。風、ほぼ無風。気温、15.6℃」

 

『了解した。お前が今使ってる弾は、308ウィンチェスターだったよな?』

 

「ええ、2.8グレイン。発射薬は弄ってない」

 

『分かった。計算はこっちに任せて、お前はいつでも撃てるように待機しろ』

 

「分かった…」

 

そうして、彼女の下に静寂が戻ってくる。

 

彼女は姿勢が崩れないように注意して、大きく呼吸を3回する。

 

通信で話している間に身体に入り込んだ生温い空気を抜き去って、身体の中に冷たい空気を詰め直すためだ。

 

研ぎ澄まされたその感覚は、時間の概念すら身体から排除してしまう。

 

そして。

 

 

 

『ニードル、こちらマザー。射撃用意……撃て』

 

 

 

____時が満ちた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「……?」

 

最初、それはただの空耳かと思った。

 

しかし、その音は少年の耳から離れることは無く、むしろ次第に大きくなっていく。

 

(……なんだ?)

 

もはや動きたくない、と訴える身体をむち打って、ゆっくりとだが、音が聞こえる方に視線を移そうとしたときだった。

 

偶然視線の先にいた男の頭部が、突然爆ぜ、男はその場に崩れ落ちた。

 

「っ!?」

 

子供達が小さく悲鳴を上げる。

 

そしてまた、別の所に立っていた男も、同じように倒れた。

 

その間に、最大限まで大きくなっていた音が自分達の上で止まった。

 

「何だ!? 敵か!?」

 

自分達の上空で止まったままの2つの黒い大きな影を睨みながら、男達は身構える。それが、自分達にとって致命的な行為となることも自覚せずに。

 

そして次の瞬間。

 

強烈な光が彼らを照りつけた。

 

それを直視してしまった者は、一時的に視力を奪われ、その場から移動することを忘れる。

 

「ぎゃあぁあっ!?」

 

「ぐぅっ!? 何だ!? 何が起きてる!?」

 

「ちくしょお! 目が見えねぇ!!」

 

周囲が、訳の分からない事態に混乱し、そしてあおり立てられた形の無い恐怖によって、騒がしくなり始めた。

 

その時。

 

4本のロープが上空から垂れ下がってきた。

 

「降下用意、降下!!」

 

上からその声が聞こえた瞬間、シュルシュルと摩擦音のような音共に。

 

「皆その場から動くな!!!」

 

聞いた覚えの無い、若い男性の怒声と共に銃声が響き始めた。

 

「マザー、こちらシェパード2! パッケージを確認、脅威の排除を開始する!!」

 

「子供達を守れ!!」

 

「要注意パッケージの少女を確認した! まだ手は出されてない!! 少年の方は!?」

 

鳴り響く銃声の嵐の中、男達の怒声が、現状を更にかき乱していく。

 

トモキは、今自分達の目の前で何が起きているのか、全く理解が追いついていない。

 

そして、見覚えも無い武装した男が近付いてきて。

 

「大丈夫か!? おい!! ……呼吸、脈あり!! 大丈夫だ、少年も生きてる!! 第1分隊はまだか!?」

 

トモキが生きていることを確認するやいなや、子供達が集まっているところまで移動させられた。

 

「もう少しかかる!! このエリアを死守しろ!!」

 

もう、トモキには何が何だか分からない。

 

あの男達は、敵なのか? それとも味方か?

 

今まで生きてきた中で、ここにいる家族以外の人間で味方だった人間を知らない彼は、ここに来て、それでも、いま武力の権化のような一方的な振る舞いをしている男達ですら、敵だと認識してしまう。

 

 

____守らなきゃ

 

 

いつの間にか幾分楽になった身体。

周囲を見渡す。

心配そうに、それでいて安心した表情をする子供達。

ホームレスの死体。死体。

絶命しない場所を撃たれてもがき苦しんでいるホームレス。

 

____イリヤがいないときは

 

 

そして、イリヤから託された小銃が彼の視界に入ってきた。

 

 

____一番年上のぼくが、みんなを、まもらナキャ

 

 

そして彼は、銃を手に取った。

 

 

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  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「隊長、周囲の敵勢力は沈黙しました。現在、生き残した連中を拘束してるところです」

 

「そうか。ホームレス達のことはそっちに任せる」

 

ヘリボーンチームによる襲撃からおおよそ5分。

 

ほとんど、戦闘は決着を見せていた。

 

そして、その了見は自分達とホームレス間におけるものであるということを、その場にいる誰1人として理解していなかった。

 

 

 

____唐突、1発の銃声

 

 

 

「っ!」

 

首をすくめ、反射的に銃声がなった方へ身体を向けつつ射撃姿勢を取る。

 

____が。

 

彼が狙いをつけたその先き立っていたのは。

 

さっきまで相手にしていたホームレスなどでは無く。

 

自分達が助けたはずの、それもかなりの重傷を負っていたはずの。

 

「なっ!?」

 

少年、トモキだった。

 

そして、新しい状況が生まれたことを察した他の隊員達も、一斉にトモキに銃を向ける。

 

「__少年、銃を下ろせ」

 

何も応えない。

 

お互いに銃口を突きつけ合う。

 

男は、迷っていた。もはや、混乱と言っても言い。

 

撃つか?

 

いや、でも相手は少年だぞ!?

 

だが、向こうは銃を持ってしかもこっちを狙っているんだぞ?

 

しかし、彼はパッケージで傷つけるわけにも行かない!

 

子供を撃つのか!?

 

 

男は、決めあぐねる。

 

どうするべきか。

 

 

その答えは、予想していない方向から与えられることになる。

 

 

 

「____お前等、ガキに銃向けんな!!」

 

 

 



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決着の付け方 後

トモキ達は助かった。

しかし、それは、真実の蓋を開ける行為でしかなかった。

それが後に何を示すのかは、まだ誰にも分からない。


「お前等、ガキに銃向けんな!!」

 

その怒声は、その場に集結していた全ての隊員を固まらせるのには充分過ぎる威力を持っていた。

 

声の主は、ここにいる隊員なら全員が知っている。

 

ノゾミや他の子供達は、その正体を知るわけがないが、自分達も何だか、少なくともジッとしていなければならないような、変な感覚を覚える。

 

そんな、有無を言わせないような迫力のある声の持ち主。

 

 

___米田タカオ

 

 

フェンリル極東支部治安維持部門A管区第8中隊特別任務小隊の隊長。自称“オッサン”。

 

彼に向けられる敬意と若干の恐怖は凄まじいものであり。

 

「おい、暴れてたバカ共の拘束は済んでるんだな!?」

 

『はい!』

 

戦闘が終結して緊張が緩んでいる隊員達ですら、すぐさまほぼ完璧な不動の姿勢をとる。

 

子供達は、無意識の内に、黙って事の成り行きを見守ることに徹している。

 

「……よし。次だ」

 

そう言って米田は携帯無線機を取り出した。

 

「笠原!! 任務終了だ! お前は戻って、今回の件でお前が提出する必要のある書類の作成しとけ!! ___第2分隊は生き残ってるホームレスを1ヶ所に固めて監視。他の人員は全員武装解除っ!!!」

 

米田の指示で、隊員達はそれぞれ示された指示に従って行動する。

 

そして、ほとんどの隊員はその場で銃からマガジンを抜き取り、中に残った弾も一緒に捕りだして、安全装置をかけ始めた。

 

その一連の様子を確認して、米田は1つ頷いた後、トモキと視線を合わせた。

 

子供達、特にノゾミが固唾を飲んで、その状況を見守る。

 

しかし、トモキには目の前で進んでいく物事が、理解の範疇になかった。否、正確に言えば、理解をして状況に追いつく、と言う1連の行動を出来るほどの精神状態ではなかった。

 

つまり、彼は、混乱していた。

 

それも、何かの物事をど忘れしてしまって混乱する、と言ったレベルのものでは無く、もっと凄まじいものであった。

 

 

今いる男達は、敵か、味方か。

 

何が起きたんだ。

 

分からない連中が、ホームレス達を一方的に制圧した。

 

何でだ?

 

僕達を助けた?

 

分からない。

 

何もかも分からない相手。

 

ならば、敵だろう。

 

そう、きっと敵だ。

 

敵ならば、みんなをアイツ等から守らなければ。

 

彼の頭の中ではは、ずっと同じ事を繰り返されている。

 

そして、いつの間にか芽生えていた使命感だけが、彼に銃を構えさせているのだ。

 

 

(お~……ありゃ相当パニックに陥った奴の目だな)

 

 

何も言わず、ただ銃を自分に向けて構え続ける少年__トモキの目をさりげなく観察して、米田はそう結論づける。

 

(仕方ない。オッサンも頑張ってみるか)

 

フン、と一息入れ直して。

 

「__少年。君が今構えているその銃、誰がどんな思いで設計したか知ってるか?」

 

おもむろに弾帯を解きながら話し始めた。

 

「君が今持っている銃は、AKM-47と言う自動小銃なんだが、そいつのベースになった銃はAK-47って言う銃なんだ。遙か昔、1940年代の中盤にさしかかる頃の話だ」

 

次に、タクティカルベストを脱ぎながら、話し続ける。

 

「昔な、ニコライ……間違えたミハイル・カラシニコフって言う1人の男がいた。そいつは人類史上最後の世界大戦をソ連の戦車兵として闘っていたそうだ。その戦争は、連合国が枢軸国に勝利する形で幕を閉じた。彼のいたソ連も連合国に所属していたから、当然勝者側だ。だが、戦争中も戦後のソ連は酷い状況だった。何せ、その戦争でソ連の大都市といえる場所はほとんどドイツに占領されて、取り返しこそしたが手痛いダメージだったからな。そんな苦い思い出が、ミハイルにある決意を植え付けた。曰く『平均識字率の低い我が国の国民でも簡単に扱えて、尚且つ高い動作性を持つ、強力な小銃を作らねば』だったか。まぁ、とにかく彼は自分達の手で自分達を守れる力を作り上げたかったんだ。その“守りたい”って言う思いの塊が、今君が構えている銃の本質だ」

 

いつの間にか米田は戦闘用のカーゴパンツとタクティカルブーツ、そして黒のシャツ1枚という、戦場にあるまじき出で立ちになっていた。

 

戦闘はとうに終結しているのだが。

 

「今のオッサンの話が、少年にも届いていたら嬉しく思う」

 

 

____トモキは、反応を示さなかった。

 

と言うよりも、話しが長すぎて逆に、更に分からなくなっていた。

 

 

(むぅ、俺の話は説教臭すぎるのか? まぁ、だいぶ良い感じにかき乱せたみたいだから、予想とは違うが、結果オーライってとこか)

 

 

米田は少し距離を置いたままトモキを観察するにあたって、彼の変化には気付いていた。

 

最初に見た彼は、どこもかしこも起爆スイッチだらけの爆弾みたいな、かなり危険な印象だった。

 

だが、今の彼は違う。

 

米田が話した内容の真意は届いていないだろうが、それでも何となく話していたのは理解していたはずだ。

 

今のトモキは、爆弾ではなく、不安や混乱を溜め込みすぎた風船だ。

 

そこまできたら、後の対処法は簡単になる。

 

風船の中に詰められた不安と混乱を抜けば良い。

 

ちなみに、風船を割るのは無しだ。

それこそ、今度こそ乱射を冒しかねないリスクが生まれてしまうからだ。無理に、安全牌以外の選択を選ぶ必要もない。

 

「良いか少年。つまり、おっさんが言いたいのは“大切な何かを守るためにその銃を撃つ”のは別に構わないと言うことだ。だが、今の君は、“分からないからとりあえず撃つ”になっている。それじゃあ駄目だ。分かるな?」

 

トモキは、何も応えない。

 

ただ、困惑の色を多分に滲ませた目をしているだけだ。

 

「……まぁ、早い話」

 

その瞬間。

 

「早く銃おろせっつってんだよ、オッサンは」

 

目にもとまらぬ速さを以て、一瞬でトモキに肉薄して。

 

次の瞬間、トモキの世界はひっくり返っていた。

 

 

__やばい、投げられた

 

 

身体が宙に浮いた感覚を自覚したとき、その時やっと彼は正気に戻った。

 

そして、地面にたたきつけられる。

 

受け身は__ギリギリ間に合った。

 

おぉ、とか、オヤジも大人げねぇな、とか周囲の反応が耳に入ってくる。

どれもこれも、少なくとも敵意がある声ではなく、どちらかと言えば、ほぼ間違いなく楽しんでいる。

 

ノゾミは、目の前の光景が信じられないでいた。

 

(何で笑ってるのよ!? トモキを舐めてみると痛い目に遭うんだからね!!!!)

 

笑っている隊員達を睨むも、誰にも気付かれない。

 

ノゾミのそんな行為をよそに、トモキの状況は流動的にその姿を変えていく。

 

身体に叩き込まれた感覚が、次に迫ってくるであろう相手の追撃を予期させ、トモキは素早く横に転がってその場から離れた。

 

すると、つい先程まで自分の頭があった場所にはよく見れば意外と攻撃的な機能も兼ね備えているブーツがあった。

 

「避けるとは、なかなかやるじゃねぇか少年」

 

素性を知らない男、しかもかなりの手練れ、の突然の攻撃に対して、トモキはむしろ冷静さを取り戻していた。

 

今、ここで油断したら、殺られる。

 

トモキの本能が、そう叫んでいるのだ。

 

だが、トモキは自ら攻め入ろうとはしない。

 

自分の実力(イリヤに教えてもらったステゴロの技術)と、相手の実力を測りかねているからだ。

 

ここで読み違えたら、負ける。

 

相手の動きを見て、できる限りクセを覚え、相手の動きを予測し、そこから自分の動きを相手に順応させていく。

 

それが、トモキがイリヤに教えてもらったステゴロの“少なくとも負けない、運が良れば勝つため”のロジックだ。

 

ちなみに、順応までにかける時間によって、自動的に相手の実力も測れるという便利っぷりだ。

 

単純に、強ければ順応に時間がかかり弱ければ順応させるまでもなく力押しで行ける、それだけのことだ。

 

唐突に始まった徒手戦。

 

始まってから、おおよそ2分が経過していた。

 

お互いにギリギリの間合いを保ちながら、お互いに攻めあぐねていた。

 

(このオッサン、強い)

 

(まさかここで俺が1番苦手なタイプの奴と出会うとはな)

 

 

まさかのまさか、お互いに相手に対して苦手意識を持つ展開になっていた。

 

 

(ラチがあかない……)

 

(やりようはいくらでもあるがなぁ……どれも悪手に思える)

 

 

互いをにらみ合いながら、次にどう動くべきかを高速で判断していく。

 

(ラチがあかないなら……威力偵察がてらにっ!!)

 

先に動いたのはトモキだった。

 

米田と視線をずらさないまま、相手の呼吸の裏を付く形で肉薄し、相手の後ろ足の膝を蹴り上げた。

 

あのガキえげつねぇ、などとギャラリーの感嘆の声が聞こえるが、今は聞き流す。

 

米田としても、予想外で、完全に虚を突かれ、そして何よりも

 

(オッサンの身体もっと労れぇぇっ!!!)

 

ギリギリ顔と態度には出さないが、悶絶級の痛みが彼の左膝を襲撃した。

 

だが、彼と直接対峙しているトモキは、その隙を逃すこともなく。

 

動かない、否、動けない米田の襟を掴みつつ懐に入り込みながら相手の腕を掴み、自分の背中と相手の腹をピッタリと合わせやがら掴んだ腕を自分の方へと引き込み、その瞬間すかさず相手の脚を払う。

 

米田の身体が宙を舞い、地面にたたきつけられた。

 

そして、とどめに鳩尾に爪先を刺すように落とす。

 

(しまった__!!)

 

そして__

 

『___決まった!!!』

 

 

一瞬だった。

 

正確な狙いを以て突き刺しに言った脚を弾かれ、一瞬からだが止まった隙を突かれ、地面に倒された。

 

気が付けば、トモキは地面に倒され、そしてあろう事にも4の字固めを極められていたのだ。

 

「あ、がぁっ!!!」

 

「煩いぞ少年__いや、クソガキ。もっとオッサンの老体を労った攻撃を……しろっ!!!」

 

「いだだだだだだだだた!!!!」

 

トモキはしばらくの間、何の反撃をすることも許されないまま、ただ痛いだけの責め苦に悲鳴を上げることしかできなかった。

 

ノゾミは、その1連の様子を笑いながら鑑賞に徹し続けていた隊員達の神経が信じられなかった。

 

 

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  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

____A管区第8中隊第8取調室

 

「ん、まず自己紹介から行こうか。俺は相羽。相羽タケシだ。この小隊で2番目に新参者だ……つってももう2年経つがな。あぁと……少年、君の名前は?」

 

無駄にこぎれいに整理されている殺風景な部屋の中、部屋の真ん中にある余り大きくないデスクでトモキと相羽は対面していた。

 

「あ、あと勘違いして欲しくないんだが、これは別に尋問とかそう言うんじゃない。君の素性を知りたいだけなんだ」

 

落ち着いた優しい声で、相羽はそう付け足した。

 

(まぁ、しばらく喋る気配は見せねぇだろうな。警戒されてるの丸分かりだし)

 

トモキの目と、動きのクセ、雰囲気、あとは自分の勘でそう判断を下す。

 

(ここは、適当に下らない話をして向こうの壁を溶かすか)

 

目の前の少年は、少なくとも自分のことを味方だとは思っていない。

 

無理もない。

 

相羽自身、目の前の少年のことを未だに、若干だが警戒しているのだ。

 

「それにしても、内の隊長とあそこまでやり合える人間が、まさか外の方にいるとは思ってなかった。隊長が関節技使うときは、本気で相手してるときだからな」

 

思い出し笑いを堪えながら、話を振る。

 

それでも、反応しない。

 

さて、どう言うアプローチで行こうかな、と思考を巡らせているときだった。

 

部屋の空気に似合わぬ、突然の腹の虫。

 

「おぉ?」

 

まさか自分か!? 出所不明の羞恥が相羽の心を動揺させる。

 

すると。

 

今度こそ、相羽の腹の虫も鳴った。

 

「おぉう…………飯、食べるか?」

 

相羽が引きつった(誤魔化そうとして上手く笑えていないだけ)顔でそう提案すると。

 

トモキはだまって1回頷いて、それを返事とした。

 

(見た目通りの年齢らしいか、少し幼いくらいの反応、か)

 

そう観察して、彼はコールで軽食2つを頼んだ。

 

10分ほど経過して、コーンと何か肉っぽい食材と野菜を混ぜて炒めた料理が出てきた。

 

ちなみに言うと、見た目は、決して良くない。

 

流石のトモキも

 

「ん?」

 

と、怪訝そうな反応を示すほどだ。

 

「あぁ、ソレな。部隊に渡されてるレーションと増加食で渡されるトウモロコシを混ぜて焼いた、内の小隊特製の野菜炒め、だと思い込んでくれ。味は悪くない。それだけは保証する」

 

トモキの反応を見て、相羽はそう説明した。

 

トモキもその説明を聞いて、恐る恐るソレに箸を延ばす。

 

が、いったん口に入れてしまえばあとは早かった。

 

よほど腹が減っていたのか、『一般隊員が1日を活動するために必要とされる最低限のカロリーと量』を相羽よりも早く平らげてしまった。

 

ソレにも驚きながら、更に相羽はトモキに対する不信感が高まっていた。

 

まず何よりも、あの街にいた人間にしては、かなり身なりが清潔である。

 

そして、食事のマナーや食器類の扱いを心得ている。

 

先の1件で披露された、高度な徒手格闘技術と銃の扱いに対してそれなりの知識を有していること。

 

挙げていけばキリが無いが、今ぱっと出てきた情報だけでも目の前の少年は、不自然な存在であると言えた。

 

どこで、それらの知識を身につけたのだ。誰から教わったのだ、と。

 

すると、唐突にトモキが話し出した。

 

「名前は、トモキ。イリヤが名付けてくれた」

 

話し始めたんだから、ソレを逃す理由も無い。

相羽は続きを促した。

 

「年齢は、少し前に15歳になったばっかり。一緒にここに運ばれてきた女の子……ノゾミも僕と同い年だ。他の11人の子供達はほとんどがまだ10歳にもなってない。僕も、他の子達も、親に捨てられるか、親がその子を市民登録する前にアラガミに殺されたかのどっちか。ほとんどは捨て子だ」

 

トモキの話を聞きながら、要点をまとめてメモに取る。

 

「どう言う経緯で、その…イリヤ? だっけ? その人と知り合ったんだい?」

 

「イリヤも僕と同じで捨て子だったみたい。本人が言うには、親に捨てられたことは確かなんだけど昔のことを覚えてないって言ってた。知り合ったのは確か、7年くらい前、かな。僕が親に捨てられて、道端で野垂れ死にしそうだったところをイリヤに助けられたんだ。あのときが、確かイリヤは10歳だったはず」

 

「つまり、君は8歳の頃からイリヤ君とつるんでる、と」

 

「その言い方であってる、かな。多分。それからは、僕もイリヤも生きるために必死だった。イリヤは凄かったよ。街のチンピラと喧嘩して金を巻き上げて、そのお金でどうにか食いつないだり。とにかく、毎日が死なないために必死だった。まぁ、そんな感じの生活を続けていく内に他の子達もかくまうようになってね」

 

「チンピラから金を巻き上げた話は、聞かなかったことにしておこう。バレたら充分犯罪だからな」

 

「イリヤからは色んな事を教えてもらったよ。ステゴロの負けない戦い方とか、立ち回りとか技とか。他にも、道徳的な話も聞いたし、イリヤが知ってる限りでの社会的なマナーとか常識も教えてもらったな。箸の使い方なんて、彼から初めて教わったんだ。そして、僕達はいつの間にかあの工場を家にしてしばらく暮らしてた。最初の頃は他のホームレスの人達とも折り合いが悪かったけど、イリヤが何とか__多分力技だろうね、イリヤだし。とにかくイリヤが治めてたから、街全体としても落ち着いてた」

 

相羽は、トモキの声にだんだんと影が帯びはじめていることに気付いた。

そして、その話を聞きながら、あるいは今回の1件の発端の1部が自分達にあるのでは、と言う仮説が浮かび始めていた。

 

相羽の中で嫌な予感を感じさせているのは、イリヤという人物。

 

___まさか。

 

 

「でも、数週間ほど前にね。イリヤが失踪したんだ。それからだったかな、あの街がだんだん崩れていったのは」

 

その言葉で、相羽の中で組み立てられていた仮説は事実となり、そして全てが繋がった。

 

数週間前。

 

正確には2週間と6日前になる。

 

相羽の所属する小隊に、危険人物の捕獲と言う名目の任務が下ってきた。

 

対象は、フェンリルの食糧配給車を襲撃したり、職員への暴行をはたらいたり、と確かに犯罪者と言って間違いではなかった。

少なくとも、フェンリルとしての見解はそれで合っている。

 

そして、自分達はその側面的な事実のみを全部だと思い込んで、悪者__イリヤを捕獲した。

 

悪者を捕まえたのだ。

これで、また世の安寧に貢献した。

何の問題もない。

 

そう思い込んでいたら。

 

自分達が知り得ぬところで、その行いが崩壊を招いていたのだ。

 

「……そのイリヤという人物は、俺達が逮捕した」

 

トモキとしては、おおよその予想はしていたので特に驚くところもない。

 

トモキ自身、イリヤが食べ物を持って帰ってきている裏には、間違いなく“一般的な常識と道徳の観念から見て”悪いことをしていると確信していた。

 

僕達のために彼は仕方なくやっていた、と言う言い訳でイリヤを守るつもりはない。

 

イリヤが、ソレを望まないからだ。

 

イリヤという人間は、少なくともトモキの目から見れば「自分の行いを客観的に見ることが出来る人間」であり「社会的常識の上での善悪」を基本にして生きている。

 

つまり、イリヤ自身が犯罪に手を染めている自覚はあった。自覚している上で、それでも続けていたのだ。トモキはそう確信している。

 

だから。

 

「イリヤが然るべき罰を受けるために捕まったことには、何も文句はありません。ただ、1つだけわがままを言えば、僕達のような“フェンリル的には存在しないことになっている”存在にも気付いて欲しかったかな。そのおかげで、僕達は命の危機、恐い思いをしたんだ」

 

「それは、君個人の見解として認識しておくよ」

 

「構いませんよ。それより、他の子達は大丈夫なんですか?」

 

「あぁ、彼等なら医務室で検診を受けているはずさ。勿論、君も後で看てもらうよ。まぁ、質問に付き合わせて悪かったな。君のおかげで、俺も今までよりも広い視野を持つことが必要だって事は思い知らされた。有意義な時間だったよ」

 

相羽はトモキに手を差し伸べた。

 

トモキは、それに対して____

 

 

 

_______お互いに、1個人としてなら

 

 

 

小さくほほえんで、手を取った。

 

 

 




ふぅ…。

何でしょうか、すごくGE-B本編とは関係なくなってる。

分かってはいたんだ。分かってはいたんだぁぁあ!!!!

多分次回あたりから、イリヤ君の主人公が放浪の旅から帰ってくるはず……(遠い目

楽しんで下さい!!

楽しみにしてて下さい!!!


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原点/0


世界は絶えず選択を迫る。

そして、人はそれを受け入れ、選択する。

それが、どのような結果をもたらすのかを知らずに。

そしてそれは、世界にも分からないのだ。


___アナグラ

 

イリヤ・アクロワはあの司法取引に応じて以来、新しくいくつか付け足された制約と共にあの監獄(特別留置場と言うらしい)から出て、特別待機室(機能は独房と同じ)に移された。

 

新しい部屋は、前にいた独房よりもずっと衛生的で、何よりもほどよく広かった。

 

ソファと前の部屋よりも上質なベッドを備え付けている部屋を看て、ある光景と重ね合わせてみる。

 

「……ここに13人詰め込むのは……流石に無茶だな」

 

久しく会っていない家族のことを思い出す。

 

(無事でいてくれよ)

 

壁にもたれかかり、天井を見つめながらそう願う。

 

(……滅びの神あれど救いの神は無し……じゃあんまりだ)

 

理不尽と不条理に包み込まれている世界だと知りつつも、彼はせめて生きる努力ぐらいは見逃して欲しい、と願い続ける。

 

そうじゃないと、余りにも酷いじゃないか。

 

生きること自体が罪深い、等と言われたら“少なくとも普通の経歴ではない人達”は何を支えにしたら良いのか分からなくなる。

 

(……今難しいこと考えるのはやめとくか)

 

結論を得ようにも、きっとかなりの時間を要すると言うことは、容易に想像できたので彼は、途中で考えるのをやめた。

 

今はただ、向こうの言うとおりに動くのが1番安全なのだ。

 

下手に反抗すれば、今度こそ後がない。

 

だがしかし。

 

そう言った理屈は分かっていつつも、暇を持て余している自分がいることも確かだ。

 

(どうしようかね……)

 

今のイリヤは、特に何も指示は受けていない。

 

ただ、この部屋でジッとしてろ、それだけを言われて放置されているのだ。

 

彼は壁から離れて、ソファに座り込んだ。

 

「……これは、アイツ等に渡すと絶対取り合いになるな」

 

ソファの座り心地を堪能しながらそんなことを呟く。

 

 

つまるところ、今彼がすべきことは、無い。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

___ラボラトリ

 

研究室の中で造り上げた自分専用のPC類と背後に山となって積み上げられた数々の書類に囲まれながら、恐らく現人類において最高峰の頭脳の持ち主、ペイラー・榊はとある人物のバイタルデータにかじりついていた。

 

データの諸元にされている人物は、イリヤ・アクロワ。

 

少し前に執り行われた裁判で、彼は司法取引に応じてゴッドイーターとなり、人類の救済の礎となることによる今まで犯してきた罪の贖罪を受け入れた。

 

まぁ、彼が選んだ道だ。

 

彼自身の選択には、何も言うまい。

 

しかし、だ。

 

彼がその道を選んだからには、だからこそとも言えるが、彼に適合する神機の調整やら、新しい彼専用の腕輪「P53型アームドインプラント」の用意など、神機使いを運用管理する側の責任としてやるべき事が、榊の背後にたまっている書類の山以上に舞い込んでくる。

 

「…フム、実に興味深い子だね」

 

イリヤ・アクロワという少年のバイタルデータは、榊の目から見れば「興味を持つなと言う方が無理な話だね」と言わせるほどのものだった。

 

神機使いになるために、必要最低限満たしていなければならない条件は、偏食因子に適合する身体であること。

 

これを満たしていない限り、神機使いを目指す道その者が閉ざされる。

 

だが、これは一般常識(神機使いにとっての話)である。

 

しかし、その実かなり深い部分まで調べて、被験者の適合不適合、他にも神機使いとしてのパラメーターや伸びしろを引き出す必要がある。

 

たとえばの話、A、Bと言う2人がいたとする。

 

2人とも、神機使いになるための必要最低限は満たしている。つまり、偏食因子への適合だ。

 

さて、ここで問題になるのが2人の適合神機が一緒なのだ。

 

フェンリルとしては1人しか選択できない。

 

ならば、必然的に神機使いとしての未来が有望な方の人間を選ぶことになる。

 

そう言った状況のためにも、榊を始め他の科学者や技術者達は個人の事細かなバイタルデータを取る。

 

そして、榊がイリヤのバイタルデータをどうして興味深く見ているのかというと。

 

(心肺機能はかなり高い。骨格にしても、激しい戦闘や動きにも耐えうる強度を持っている。強靱な身体だ。筋肉も白筋と遅筋のバランスは良く取れている。脳から全神経にしても、各細胞の浸食免疫が最適値だ。アラガミ化をきわめて起こしにくい体質だ。ゴッドイーターとして生きていくつもりなら、これほどの逸材はいないと断言できるね)

 

つまり、イリヤは神機使いになるには恵まれた身体条件を揃えている、そう言うことだ。

 

そうして榊がイリヤのデータに入り浸っているときだった。

 

とうとつに、研究室のドアが開放された。

 

「榊博士ー」

 

呼ばれているのにも気付かず、榊はデータに入り浸る。

 

「博士……」

 

「フム……おぉ、実に素晴らしい!!!」

 

「……博士…」

 

何にも気付かないまま、入り浸る。

 

研究室に入ってきた人物はとうとう堪りかねてしまった。

流石に我慢の限界だ、と憤りながら榊のデスクの目の前に立つ。

 

そして、大きく息を吸い込んで。

 

「榊・は・か・せ!!!!!」

 

少女は怒鳴った。

 

「うわぁ!? 何だい突然……あぁ、リッカ君じゃないか。いやぁ、突然だったから驚いてしまったよ。突然大きな声を出さないでもらえると、こちらとしても有難いね」

 

博士は、ふてぶてしい。

 

しかも、それが無自覚だ。

 

少女__楠・リッカは、そんないつも通りの榊のリアクションにもはや呆れしか含んでいない溜息を吐いて。

 

「新しく入ってくる人の腕輪。形は出来てるんだけど、あとはどれくらいの期間をおいてどれくらいの量の偏食因子を投与させるかって言う最終調整がまだなの」

 

文の終わりに近付くにつれて、彼女の語気に怒気が含まれていく。

 

それが分からないほど、さすがに榊も鈍感ではない。

 

「! あぁ、そのことか!! それについてのデータならもう出来ているんだよ。出すから少し待っててもらえるかな?」

 

そう言うやいなや、榊はおびただしい量のデータを出力させている画面に背を向けて、ゴミ山と言って過言でない状態になっている書類の山と対面した。

 

「どこだったかな……えぇっと、あのデータは確かファイルに……どこにしまったかな……」

 

ぶつくさ言いながら、無配慮に書類の山を切り崩していく。

 

絶妙な重心位置のおかげで崩れずにいた書類の山が、グラグラと揺れる。

 

(まぁ、なるべくしてなるんだろうなぁ)

 

その様子から目をそらして溜息を吐いたのと同時に、榊の悲鳴と共に書類の山が土砂崩れを起こした。

 

「はぁ……榊氏の住宅(専用デスク)は土砂(数々の書類の山)に埋もれていますが、まだ救助隊の捜索は入っておりません。なお、そこに住んでいる榊氏本人の安否も確認が取れておらず、現在調査中です」

 

リッカが淡々と、それはもう冷たい目で見下ろしながら、淡々とそうナレーションを加える。

 

「…そんなナレーション、どこで覚えたんだい? 皮肉にもなっていないよ。それに言葉に棘もあるんだけど」

 

紙によって新しく形成された床の下から、榊のくぐもったこれと評価が帰ってくる。

 

「嫌味だからかなー。博士、毎回言ってるんですけどせめて紙類くらいはちゃんと片付けて下さいね」

 

駄目な大人を見るめで、見るような目ではなく、見る目で紙におぼれている榊を見下ろす。

 

そして、榊の救出から書類の片付けまでを、累計20分程度ですませて。

 

「はい、リッカ君。これが資料だよ」

 

「はい、確かに。ちゃんと片付けして下さいね?」

 

「何を言うんだい。君だって……」

 

その瞬間、リッカがどこからともなく巨大なレンチを取り出した。

 

「え、何ですか?」

 

「いいや、何でもない。腕輪の件、よろしく頼むよ」

 

「任せて下さい」

 

ペイラー・榊と言う人間は自分の身の回りのことがあまり出来ない。頭は良いが、仕事もそんなに得意では無い。

そして、他人の逆鱗の一歩手間手前まで、無自覚につついてしまうクセがある。

 

「いやはや、若い人は殺気……もとい活気に溢れているね」

 

あのまま殴られたいたらどうなっていたのだろうか、等と考えて身を震わせる榊だった。

 

 

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____特別待機室

 

その部屋に閉じ込められてから、少なくとも2日以上は経過している。

 

「すぅ…………すぅ………」

 

イリヤはもはや寝ていた。

 

寝るくらいしかやることが無いのだ。

3度の飯と、暇な時間。部屋からは出してもらえない。

 

向こうから何もするつもりがないなら、むしろ下手に気を張り詰めすぎる方がよっぽど無駄だ、と言う彼特有の感覚によるところだ。

 

しかし。

 

コンコン、とドアがノックされた。

 

その瞬間、彼は覚醒し、音も無くそして速く動き、ドアの左側に背を壁に預ける姿勢で張り付いた。

 

彼の、生き残るために時間をかけて身体に刻み込つけた条件反射だ。

 

スライド式のドアが開く。

 

「イリヤ・アクロワ!! これより適合試験をぅわっ!?」

 

入ってきた軽武装の治安維持隊員に向かってタックルをかまし、相手がよろめいた瞬間自分の腕を相手の首に絡めて拘束した。

 

警備員を拘束しながら、入り口に向き直ると。

 

「ん~。相当警戒されてるね、これは」

 

そこには、先の1連を見て目をパチクリさせてから、苦笑する少女が立っていた。

 

若々しくやや油に汚れた、灰色の髪。

遮光グラスをレンズにした赤縁のゴーグル。

頬にも油汚れをたずさえた、やや童顔な顔立ち。

科学者然とした白衣の下から覗く、タンクトップとつなぎ服。

 

冷静な観察をしている自分に気が付き、ようやく半ば寝ぼけた状態から完全に覚醒したことを、イリヤ自身が自覚した。

 

そして。

 

「ん? あぁ、悪いな。いつものクセだ」

 

ようやく自分の胸元でもがく警備員に気が付き、拘束を解いた。

 

警備員が咳き込みながら、その場にへたり込む。

 

「あぁ、さっきの入り方じゃ駄目だ。さっにみたいに敵の急襲に遭って不利な状況に陥りかねないからだ。ドアが開いた瞬間、入り口をくぐる前にまず1呼吸おく。そして、素早く迅速に突入して、4周の安全確認。まぁ、基本的な話だが覚えておいても損は無いぞ?」

 

へたり込んでいる男に、イリヤはだめ出しとアドバイスの両方を叩きつける。

 

「んで、あぁ……お嬢、いや君、か? ガードに対してやや遠い。護衛対象とガードの距離は、縦ならだいたい2歩半~3歩程度の距離だ。それ以上近いと、ガードしてる側の人間の動きの妨げに、遠ければなお危険にさらされる事になる」

 

イリヤは、少女にもだめ出しをいとわない。

 

と言うよりかは、余りにも長い時間、無言かつ暇に過ごしていたため、何かしらの形でストレスを発散したかった、と言う側面の方が強い。

 

「あ、えぇと…ありがとう。うん、覚えておくよ」

 

「俺の方もすまなかった。……ただの悪いクセだ」

 

男と少女に向かって、軽く頭を下げる。

 

「いや、まぁ、良くは無いけど、あんまり気にしないで。それより、イリヤ君だったよね。ちょっとギリギリになってるんだけど、あと少ししたら君の適合試験が始まるんだ。それで呼びに来たんだけど……良いかな?」

 

「別に問題ない」

 

「うん、なら、早速行こっか。私に着いてきて」

 

少女に誘われてイリヤは部屋を出た。

 

「あぁ、あとキミ。さっきあんな風にやられたから仕方ないとは思うけど、イリヤ君を余り警戒しないで良いと思うよ」

 

「ですが…」

 

「キミは銃を携帯している。それでイリヤ君から4歩離れた後ろを歩く。私はイリヤ君から4歩離れた前を歩く。これで充分だと思うよ。そう言うことでしょ?」

 

少女はイリヤを見て笑う。

 

「正解だ」

 

イリヤも少女に対してそう返した。

 

「なら、早く行こっか。時間結構迫ってるし」

 

イリヤ達は歩き出した。

 

 

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____適合試験用試験室

 

イリヤは少女に誘導されて、その部屋にいた。

 

部屋と言うには、いささか広いし、そもそもそんな雰囲気の空間でも無い。

どちらかと言えば、地下格闘技場とか、正に“空間”と言う方がぴったりな場所だ。

 

中央には、大きな剣のような武器を立て掛けられているプレス機の様な大がかりな機械が鎮座している。

 

剣のような部分が目立つが、銃の1部にも見えるパーツも一緒にくっついていて、しかも柄と武器の接合部分が黒い肉塊のような何かで繋がれている。

 

「……何か禍々しいな」

 

イリヤが最初に抱いた印象はそれだった。

 

『久しぶりだね、イリヤ・アクロワ君』

 

突然、自分の名を呼ぶ、聞き覚えのある声が流れた。

 

『改めて、フェンリルにようこそ。私はフェンリル極東支部支部長のヨハネス・フォン・シックザールだ。今から君は、ゴッドイーターとなるため試験を受けてもらう。何、緊張することは無い。落ち着いたら、始めてもらう。そっちの方が、より良い結果が出やすいからね』

 

自己紹介、今から何をするのか、をまとめて言われた。

向こうが何を言っているのかは理解した。

 

理解はしたのだが、まだ少し気が乗らない。

 

あの武器に抱いてしまった印象が、彼を警戒させているのだ。

 

そこで、イリヤは考える。

 

仮にもし、今から逃げ出してこの場を離れたとしてその後どうなるのか。

 

自分は、司法取引によって、今の機会を与えられている。

つまり、取引を蹴るような行為をすれば、たちまち犯罪者のレッテルを貼り直され、そして今度こそ救いの手が無くなる。

 

そしてそれは、待ちに残してしまった子供達から更に遠くに離れてしまうと言うことに繋がる。

 

それは嫌だ。

 

ならどうするのか?

 

今、自分が選べる選択肢は2つ。

 

適合試験を受けるか、逃げ出すか。

 

ここまで来たら、選ぶ選択肢など考えるまでも無かった。

 

 

イリヤは、おもむろに1歩を踏み出した。

 

そして、機械に向かって歩いて行く。

 

機械の前に立った。

 

丁度右手の高さの位置にくぼみがある。そこ右手を置け、と言っているのだろう。

 

彼は、右手を溝に合わせておいた。

 

その瞬間。

 

プレス機の上で待ち構えていた部分が自分の右手首を挟んだ。

 

そして___

 

「あ゙っ、があ゙アアあぁぁぁああぁあっ!!!!」

 

激痛。

 

それも、骨折したときの痛みや、火傷をしたときの痛みとは訳が違う、異次元の痛み。

 

身体が何かを拒絶しているかのような反応を示す。

脂汗が全身から吹き出し、全身はがくがくと震え、目眩と吐き気を覚え、身体の中は暑い。

 

そして、何よりも彼を苦しめるのは痛みだ。

 

それも、ただ右手が痛いのでは無い。

 

右手を基点にした身体の“中が”痛いのだ。

 

「うぅアがぁぁぁアアあぁぁああああっ!!!」

 

そして、痛みの中で彼は聞いた。

 

 

___自分のでは無い、誰かの拍動を。

 

それが聞こえたとき、痛みは消え去った。まるで、最初から何も無かったかのようにピタリと。

 

『おめでとう。これで君もゴッドイーターだ。今後の活躍を期待しているよ』

 

その声と共に、試験は幕を閉じた。

 

彼は、もう引き返せない。

 

だが、彼自身引き返すつもりも無い。

 

彼は、まだ知らない。

自分が選んだ道が、どれだけ苦難に満ちているのかを。

どれだけ理不尽に埋め尽くされているのかを。

 

たが、進むしか無い。

 

その日、世界は動き出した。

 

進むその先に、何が待っているのかは、まだ誰にも分からない。

 

 





お帰りイリヤ君!!

お帰り主人公!!!!!!

さて、次はどんな話にしようかなぁ

楽しみにしてて下さい!!!


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再び 前

イリヤの日常の環境は、他の人間から隔離されがちなものだった。

文句は無い。自分のやった結果、その延長だ。

そんなある日のこと……


イリヤが、正式に神機使いになってからすでに1週間が過ぎていた。

 

飯、座学、訓練、飯、訓練、反省、飯、自室で待機。

 

彼の1日のルーチンはこんなものである。多少の自由時間は認められているが、何せ前科未遂者の身のためか、他の神機使いに対して制約が多い。

 

同期入隊した、藤木コウタという少年もいたが、座学以外ではほとんど関わる機会が無い。

 

今のところ、イリヤの扱いは“危ない奴”、“不審人物”、などといった、居心地の良いものでは無かった。

 

そして、何より彼を“怪しい奴”に仕立て上げている原因は、彼に与えられた神機にあった。

 

彼に与えられた神機は、いささか特殊な経歴を持つ“ミナシゴ”のあだ名を持つものだ。

 

何故そんなあだ名がついているのか、由来を聞いたことは無いが、恐らくろくな理由では無いだろうとイリヤは予想していた。

 

その神機は、あだ名が変わり者であれば、神機としても変わり種であった。

 

与えられた型番は「(Y)2ndSeries-Type01A6」

 

他の神機使いが使用している物とは違う機体である。

 

現在普及している第1世代神機は1芸特化型であり近距離型と遠距離型とそれぞれ別の種類となっていたことが、最大の特徴であり欠点でもあった。

 

この場合、部隊行動においてそれぞれの役割を明確に分けることを可能とさせて連携の円滑化を図る、と言う面においては優れていたが、誰か1人、特に近距離型の人員が戦闘不能に陥ったときに、戦闘の継続が極端に困難になる、という脆弱さも孕んでいた。

 

この問題は、第1世代神機が各支部の神機使いに運用されるようになってから表面化してきた。

 

そこで、次世代の神機は遠近両面の戦闘が可能な汎用性に優れたものにするという方向性で、新しい世代の神機の開発に着手した。

 

そうして出来上がったのが、俗に言う“新型神機”だ。

 

特徴は、ブレードフォームとガンフォームのタイプチェンジ機構の搭載、第1世代近距離型神機の特徴であったシールド展開機能と捕食機能の搭載。そして、自分でOPの補充が出来るという自己完結性にある。

 

ただし、新型だからという理由でイリヤの神機が変わり種呼ばわりされるには、いささか無理がある。

 

運用数こそ少ないが、正統派第2世代神機は他の支部でも運用が開始されている。

 

ならば、何故変わり種なのか。

 

彼の神機は、確かに第2世代神機の特徴を全て含んでいる。いるのだが、細かく見ていくと正統派の機体とは所々違う部分が見受けられる。

 

ブレードパーツはバスタータイプのみという極端さ。シールドは、本来ならばブレードの刃の面に対して垂直になるように展開するが、彼の場合右側面に常時展開した状態で、しかもガンフォームの時でも展開が維持されているという使用だ。

 

いわば、“かなり人を選ぶ”神機なのだ。

 

とは言え、イリヤはそんな事情など知るよしも無い。

 

ただ、彼が最初に自分の神機のことを“ミナシゴ”とあだ名されたとき、何故か。何故か、倉橋のことを思い出した。

 

そして、

 

「そう言うのはやめてくれ」

 

と、軽くあしらった。

 

神機“ミナシゴ”。その由来は、いつからあったのかどこから来たのか、前の使い手が誰だったのか、と言う様々な出所の怪しさからきていた。

 

 

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___エントランスロビー

 

エレベータが止まり、中から妙齢の美女が出てきた。

肩より少し下まで伸ばした、艶と少しクセのある黒い髪。

どうだと言わんばかりにバストを絶妙にはだけさせ(上乳とも言う)、全身を包む白い衣装は、背中やら、脚のサイドラインをそこはかとなく見せつける。

 

だが、彼女の正体を知る者であれば、その姿に鼻の下を伸ばすことなど出来ない。出来るわけが無い。

そんな覚悟を持ち合わせておりません!!!

 

雨宮ツバキ。年齢不詳(訊こうとしたコウタがしばらく行方不明になった)。極東支部のエース、雨宮リンドウの姉であり、自身も現役時代は遠距離型として活躍していた。

現役を引退後は、教官として後進の育成に励んでおり、その教鞭は「厳しさの中に厳しさを垣間見、そのほんの隙間から厳しさを感じる厳しさ」と評価されている。

 

つまり、鬼教官。

 

「イリヤ2等兵!!! いるか!?」

 

低く良く通るツバキの声が響く。

 

「はい、自分はここです、ツバキ教官」

 

この日は珍しくイリヤは非番を与えられ、尚且つアナグラの中であれば自分の権限でいける限りの場所を動いていても構わない、と行動の自由を与えられていた。

 

とは言いつつ、何をどうしたいという気分でも無かったので、アナグラの中を適当に回ってそのままエントランスロビー2階のソファに座り込んでいる、と言う状況になる。

 

イリヤの周りには、誰もいなかった。

 

そのことに、ツバキは内心で苦い思いをしつつも、顔には出さず、いつも通りの口調でイリヤに話を始めた。

 

「つい先程、治安維持部門の方から貴様に連絡が入ってな。まぁ……貴様も心当たりがある案件があるだろ。それに関して、確認したい事項があるらしくてな。本人に直接赴いて欲しい、とのことだ」

 

「あぁ、はい。何のことかは分かります。で、自分はいつどこへ行けばよろしいのでしょうか?」

 

「本日1330に治安維持部門の方へ直接行け。詳しいことは向こうで教えるつもりらしい。質問は?」

 

「了解しました。質問もありませんよ」

 

「よろしい。忘れるなよ」

 

最後まで事務的な態度を崩さずに、ツバキは立ち去った。

 

(俺がしばかれた日のことだよな……面倒臭ぇな)

 

そう思いながら、彼はソファから立ち上がりエントランスロビーを出て行った。

 

 




ん~♪

この後どうなるんでしょうね?

楽しみにしていて下さい!!!



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再び 中


治安維持部門に呼び出されたイリヤ。

真っ先に彼に見舞われたのは、準暴力事件。

しかし、本当に彼を待っていたのは、彼にとって最も嬉しい話だった。


治安維持部門のエントランスロビーに足を踏み入れて、真っ先ににイリヤが感じたのは、多くの人間の動きが同じ感じに見える、と言うことだった。

 

イリヤの抱いた印象はあながち間違いでは無い。

 

まず、彼が見かけたことのある全ての神機使いと今彼の周りにいる隊員達を比べると、彼の周りにいる方の隊員達の方が姿勢が良いのだ。

少なくとも、常時猫背の隊員は1人も見受けられず、何よりも上官と擦れ違うときに見せる敬礼の形が格好良く見えるのだ。それも、彼の見える範囲では全員が。

 

「……カラーの違いって奴か」

 

対アラガミ部門の雰囲気と治安維持部門の雰囲気の違いをその一言にまとめきる。

 

彼が見たところ、全員がトンファー型の警棒と拳銃を装備している。即応性を求めた結果なのかどうかは、イリヤの知るところでは無い。

 

実際その通りで、神機使い達はこの世の誰よりも死に対して肉薄するような仕事内容だからせめて平時くらいは堅苦しいのは無しにしよう、と言う暗黙の心得があった。そしてそれは、正規の兵士としての教育を受けていない彼等だからこそすぐに馴染んだとも言える。

 

それに対して、治安維持部門は、この世で誰よりも民間人との距離が近いが故に向こう側が付け入れるような隙を見せてはならない、と言う理念の下で正規の兵士としての教育を受けてきた。だからこそ、上下関係の明確な区別化がなされ、そして隊員達もそれに何の疑問も持たずに従えるのだ。

 

そんな厳しい教育をやり遂げてきた彼等だからこそ、今そこにいるイリヤという人間の態度や服装に対して違和感しか感じられない。

 

「おい、アンタ。ここは治安維持部門の施設内だ。よそ者が何ウロチョロしてんだ」

 

イリヤという“異物”の存在に堪えきれず、1人の隊員がイリヤに近寄り肩を掴んだ。

 

「ん? 俺はおたくらに呼ばれたから来てるんだが」

 

そう言いながら、右腕の腕輪を見せる。

だが、男からすればそれも気に入らなかったらしい。

 

「あぁ、何だその態度は? お前、見たところソッチでも新入りだろ。先輩に対する態度じゃねぇな?」

 

イリヤからすれば「何だコイツ」、である。

そして、その感情と態度を隠すこともしない。

 

相手もそれに気付いたらしい。

 

「なぁ、お前舐めてるだろ? 仕事の内容は違うがな、フェンリルに身を置く者としては俺の方が断然長いんだ。社会の常識って奴を覚えとかないと、潰されるぞ?」

 

そう言って、男はイリヤと向き合った。

 

周囲も、自分と男が醸し出す、怪しい雰囲気に気付いたらしい。距離は置かれているが、周りをそこはかとなく取り囲まれて、半ば見世物状態である。

 

その様子を確かめた後、目の前にいる胸ぐらを掴んで今にも殴ろうとしてきている男に向かって、イリヤは溜息を吐いた。

 

そして___

 

「んじゃあ、アンタは真っ先に潰されるな」

 

男は、その声を自分の背後から聞いた。

 

その直後____

 

____ゴキッ

 

「あっだあぁぁぁぁあぁあああ!!!!」

 

イリヤの足下で男がのたうち回る。

 

「……うるせぇな。アンタが俺達、と言うか俺が嫌いだって事は分かったが。いきなりそんな態度で迫って、あまつさえ相手に攻撃されると勘違いされるような真似をして。肩外されても文句は言えねぇなぁ? 俺のは正当防衛だからな? 逆恨みするなよ?」

 

そう言って、痛みの余り暴れ回っている男を押さえ付けて、やや強引に外した肩を整復する。

 

「まだしばらく痛むと思うが大丈夫だ。まぁ、しばらくの間、そうだな…1週間程度安静にしてれば問題ない。その間は、あんまり激しく動かすな」

 

半泣き状態の男に向かって、むしろ冷静過ぎる口調でそう伝える。

 

そして、イリヤは気付いた。否、思い出した。

 

今自分が立っている場所が、治安維持部門のテリトリーであることを。

 

周囲を見渡す限り、少なくとも15人~20人の人間に取り囲まれている。

 

「……一斉に飛びかかられたら、流石に相手できねぇぞ?

やめろよ? リンチとか痛ぇイベントは嫌いなんだ」

 

ややおどけた態度のまま、その実本心は大まじめに、そう口にする。

 

周りは、何も反応を示さない。

 

(今のところ銃持ってる奴は見当たらないが、その内出てくるか……)

 

そして、彼は気付いた。と言うよりも、これもまた思い出した。

 

(全員拳銃持ってるんじゃねぇか。何で抜かない?)

 

その時だった。

 

「あぁ、アンタだな。うん、アンタで間違いない」

 

人混みをかき分けてイリヤに近付いてくる男性隊員がいた。

 

ある程度短く男性らしいややはねた黒髪。

イリヤよりも少し低いくらいだが、充分に良い体格。

そして、身にまとう戦闘服が全体の雰囲気を引き締めている。

 

「うん、アンタだ。その顔、俺は覚えてる。2軒の建物がアンタ1人で壊された、その事実を理解するのに時間がかかった。まさか、あのときの人が神機使いになってるとは思わなかった」

 

1人で話を始めて、1人で自己完結しようとしている目の前の男。イリヤとしてはまたしても「何だコイツ」である。

 

「あぁ、すまない。俺は相葉と言う者だ。この間アンタを捕まえた部隊の一員で、アンタが壊した建物の屋根にいた1人だ。面と向かって話すのは教が初めてか。内の者が面倒な絡み方をしてすまなかった。そこの男は後でこっちで絞っておくから、アンタは俺に着いてきてくれ」

 

「なぁ、ちょ、おい! どういうことだ、教えろ」

 

「まぁ、着いてきてくれ。話はそれからなんだ」

 

腕を取られて無理矢理引っ張られる様は、ある種パートナーを無理矢理連れて行く恋人のような関係にも見えなくは無い。何せ、2人ともハンサムな類いの男性なのだ。

 

しかも、意外と似合っている。

 

そのての話題は今の世でも残っており、そのての話が大好きで堪らない女性もまだいる。そんな女性達にとっては大喜びなショットなのだ。

 

しかし、2人ともそっちの気は無い。

 

イリヤはただ、よく分からない状況にもまれるだけだった。

 

 

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人気の少ない廊下を歩きながら、唐突に相葉が口を開いた。

 

「少し前に、A08居住区でホームレス達による人質を伴った準テロ事案が発生した。俺達の小隊は、その鎮圧と人質の救出任務が与えられた」

 

「何!? あそこのホームレスが!? チッ、アイツ等俺がいなくなった途端に……」

 

イリヤとしては懸念していたことで、予想していたとは言え驚きを禁じ得なかった。

 

「幸い、被害者は全員無事だ」

 

その一言で、安心したのが、自他共に分かる程度の態度。

 

「それで……13人の子供、じゃないのか。その人質にされたってのは。違うか?」

 

「と言うことは、やはりアンタがイリヤ・アクロワと言う人間で合っている、と」

 

「あぁ、そうだ。俺はイリヤ・アクロワだ。ついこの間ゴッドイーターになったばっかりのな」

「そのことについては驚いてる。まさか、あのときとっ捕まえた奴が神機使いになっていると考えられなかったからな。色んな留置場を検索しても、全然引っかからなかったからな。予想外だった」

 

「俺も驚いてるよ」

 

そして、お互いに話をするような内容も無くなり、足音だけになる。

 

そんな中で、イリヤはただ、子供達が無事でいてくれたことに、嬉しさがこみ上げていた。

 

(……良かった。本当に良かった)

 

油断すれば泣きそうなくらいだが、今は堪える。

 

泣くのならば、あの子達に会ったときで無いと___

 

 

案内されたのは、少し広めの面会室だった。

何でも、結構良い肩書きの人同士のための面会室らしく、確かにテーブルやソファとおいてある物は普通だが、質は断然こちらの方が良いと目で見て分かる程度に差別化されている。

 

「しばし待っててくれ。子供達を連れてくる」

 

「あぁ。それまで少しのんびりしとくさ」

 

ドアが閉まり、部屋はイリヤ1人きりになる。

 

(まぁ、いつも通りの待ち方になる、か)

 

そう思いながら、壁にもたれかかる。

 

(……時間感覚狂ってるんなぁ……長いこと顔会わせてねぇのは分かるのに、その期間がどれくらいなのか分からねぇ)

 

若干の自己嫌悪を覚えて、バカなことを考えた、と思い直し天井を見上げる。

 

(今まで心配させた分、これからもっと大事にすりゃ良い。それ以外で償える……違うな、謝り方、だな。それが無い。誠意はちゃんと態度で示せってな)

 

自身の中に根付く子供達への申し訳なさに対して、これからどう言う心構えで返していくのかを決めたイリヤの目は、しばらく見せていなかった兄として、そして親としての決意と優しさが灯っていた。

 



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再び 完


静かな部屋の中。

唐突に開け放たれたドア。

一刻も早くと、急ぐ数多の足音。


数日前____

 

相葉は不思議に思うのと同時に、ほんの少し焦っていた。何故か? いくら留置場のデータを漁っても、ある人物が見つからないからだ。

 

探しているのは、イリヤと言う男。

 

準テロリストとして、特別留置場に入れられている“はず”の人物なのだが、例の留置場のデータはおろか、どこのデータにもその存在が示されていない。

 

何でそんな、それこそ訳の分からない男を見つけようとしているのか?

 

この間の暴動事案の時に救出した、13人の子供達が、ここ最近になって口を揃えて言うのだ。

 

「イリヤ兄ちゃんに会いたい」

 

フェンリルの孤児保護施設から、『イリヤと言う男性を探してくれ』と依頼があったときは、全員が嫌そうな顔をした。

 

何故、そんな人間をこっちが探さなければならないのか。そっちで勝手に探せば良いじゃ無いか。

 

そんな思いと、誰も口にはしないが、若干のトラウマを植え付けた人間であるイリヤと、関わりたくない、と言ういささか情け無い内心が理由だ。

 

それでも、隊の中で1番子供達とイリヤのことを知っている相葉は知らん顔が出来なかった。

 

そして、手当も何も付いてこない依頼を引き受けて、今に至る。

 

「……何でいない?」

 

獄囚リストを見直して、改めて独り言ちる。

 

(すでに刑が執行されてるのか……? いや、それならそれでその旨の記載が追加されているはずで、個人の情報が消される訳が無い)

 

あらゆる留置場のデータファイルを自分の権限が許す限り漁り、イリヤを探す。

 

そして、探し始めてから2日が経過したときだった。

 

相葉はふと考えた。

 

(俺の権限では見れないようなデータファイルに移されたのか……?)

 

彼の考えは至って単純。

自分の権限が許す限り、最大限の情報を閲覧しているにもかかわらず見つからないと言うことは、更に上位の、しかも秘匿する必要がある情報として取り扱われているのでは?

 

彼の予想は、あながち間違いでは無かったが、その時点での彼にはそれを立証するだけの術は無かった。

 

(……自分の力では見つけられませんでした、か)

 

ここまで来たら、諦めて依頼主側に頭を下げた方が楽ではある。

 

そして次の日、依頼主と子供達にその旨を伝えようと施設に赴いた。

 

そこで、彼は見てしまった。

 

子供達の寂しそうな雰囲気と、自分に縋るような期待の眼差しを。

 

「お兄ちゃん見つかったの!?」

 

小さい少女の、明るい声質で発せられた寂しさを滲ませた言葉に、彼は何も言えなくなった。

 

自分に突き刺さる期待の眼差しを折るという選択肢を、彼は選べなかった。

 

だから。

 

「……まだなんだ。もう少し待ってくれ。必ず見つける」

 

気付けばそう口にしていた。

 

 

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さて、そこからは案外アッサリとイリヤの足取りを掴むことに成功した。現実とは、それほどドラマチックな展開を許してくれないもので。

 

単純すぎる話、彼が最初に放り込まれていた留置場の責任者に直接話を聞きに行ったのだ。

 

そして、事の経緯を全て理解したとき、相葉は自分の愚かさに自己嫌悪を覚え、心の中でじたばたした。

 

(……司法取引は予想外だったが、もう少し早く直接話を聞いていたら……)

 

そこからの話は早かった。

 

フェンリル職員の登録リストを検索してみると、イリヤ・アクロワの名前は神機使いとして見つけることが出来た。

 

「マジか……」

 

見つけた後は、自分のここら数日先の日程を確認して、連絡を入れて、会うだけだ。

 

そう言った経緯の下、イリヤは治安維持部門から呼び出されることになる。

 

 

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「……まだか」

 

イリヤは、1人のためにはいささか広すぎるのと豪華すぎるのを兼ね備えた面会室で、結構な時間待っていた。

 

少なくとも、20分以上は待っている。

 

それでも、自然と苛々することは無かった。

 

(アイツ等が生きてて良かった。本当に良かった……)

 

その思いが強すぎて、待ち続けさせられていることに対する苛立ちがすっぽりと抜けていたのだ。

 

(かなり不安な思いさせちまっただろうなぁ……俺も親失格だな)

 

そう思い、苦笑が漏れる。

 

(あぁ、早くアイツ等に会いてぇ……)

 

いつもよりも強く、早い鼓動の音を自分の中に聞きながら、天井を見上げる。

 

口元には、色んな感情を混ぜ込んで1つにまとめた笑みが浮かんでいる。

 

(最初にアイツ等に何て言おうか)

 

 

 

_____その時。

 

 

 

 

 

 

勢いよくドアが開け放たれた。

 

 

 

 

 

そして_______

 

 

 

 

 





「「「イリヤ兄ちゃん!!!!」」」

1日として忘れなかった、愛する家族の声。

ただひたすらに、抱きしめる。

泣きながら、笑いながら、今まで出来なかった分精一杯に。


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前夜


訓練に訓練を重ねていたイリヤ。

そしてついに______


 

イリヤの非番という名の休日が終わってからしばらく経った。彼はまだ、実戦に出ることは無く訓練場で自身の神機を完璧に使いこなすための演練の日々が続いていた。

 

彼の機体は機能だけを見れば充分に第2世代神機と言えるのだが、構造は正統派の物とは異なる。

 

構えたとき常に右側で展開している盾、そしてバスタータイプの小回りと取り回しの悪さ。それらが相まって、斬撃の軌道にかなりのクセが出てくる。

ガンフォームのときでも展開し続ける盾は、射撃の時の反動が右側にそれやすいというクセを与えている。

 

結果として、彼の神機は試作段階のバスターパーツとシールド、そしてスナイパーパーツで構成されることになった。

 

一撃離脱戦法を主体にして戦闘をする彼にとっては、それが1番やりやすいのだ。

 

近距離攻撃の際に大ぶりになり隙が大きく生まれるのであれば、それを素早く埋めることが可能なシールドを選択し、遠距離戦でも1番シールドの影響を受けにくい銃身パーツとしてセミオートのスナイパーパーツが選択される。

 

彼の戦闘スタイルと、神機の構造としてどうしようも無いクセに折り合いをつけた結果だ。

 

『よし、次の目標を出力する。オウガテイル型5体だ』

 

訓練監督であるツバキの声が響くのと同時に、5体の模擬アラガミが出力された。

 

大きさやら、動きはコントロールできるので、その気になれば本物のオウガテイルよりやっかいな標的も、出力させようと思えば出来る。

 

そして。

 

言わずもがな、イリヤが相手しているのはそのやっかいな方だ。

 

(前2体、左右1体、後ろ1体………分が悪いのなら…!)

 

一瞬で判断した彼は、すぐさまポーチからスタングレネードを取り出した。

 

同時に、全てのアラガミが違ったパターンで彼に襲いかかってくる。

 

「遅いっ!」

 

しかし、イリヤの方が早かった。

 

強烈な光と衝撃がイリヤを中心に全集に襲いかかる。

 

彼に迫ろうとしていた全てのアラガミが、スタン状態に陥り、大きすぎる隙を彼に晒す。

 

次の瞬間、彼は目の前の1体に向かって跳んだ。

 

そして、落下速度と、自身の筋力と、神機の重さを利用してアラガミの首に向かって剣先を、真上から突き立てた。

 

ズシリ、と重みのある反動が柄を通してイリヤに伝わる。

 

アラガミの首身体から切り落とされ、切断面が空気に晒される。

 

すかさず、切断面に向かって神機を深く突き刺す。

 

刀身の半分以上が、アラガミの中に食い込んだ瞬間。

 

「食い散らかせ…!」

 

アラガミのボディが、まるで中から爆発したかのように爆ぜた。

 

彼がやったことは、単純である。

 

首をはねて、ボディを内部から捕食。

 

ただ、その1連である。

 

「もうそろそろ他の奴等が立ち直るな」

 

彼は、そう判断して素早くその場から離脱。

高台へと移動した。

 

そして、神機をガンフォームへと変形させる。

 

(弾はレーザー。貫通力重視、クセ無し。威力まあまあ。射程は長い。属性は氷)

 

使用する弾の特性を自身でもう一度確認する。

 

その時には既に他の4体は復活していた。だが、いつの間にか消えたイリヤを探し出そうと、動き回っている。

 

だが、彼が選んだ位置は、訓練場で最も高い場所だ。

 

そう簡単に見つからないし、見つかったとしてなかなか上がってもこれない。

 

彼は、ほくそ笑みながらほどよい距離を歩いているアラガミに狙いをつけた。

 

「……バぁン」

 

狙われたアラガミの両足が、身体から千切れ飛んだ。

ダルマになったオウガテイルが腹をイリヤ側に向けてのたうち回る。

 

「バぁン、バぁン」

 

すかさず、むき出しの腹部に向かって2発分叩き込む。

アラガミは、腹にバスケットボール二つ分ほどの大きな穴を穿たれ、絶命。

 

イリヤがその1体を射撃している間に、更に残った3体が彼に向かって距離を縮めてくる。

 

「飛び降りたら喰われるな」

 

今イリヤが真下に飛び降りたとして、次の瞬間にはアラガミ達に滅多打ちにされる。

 

ならば。

 

「もういっちょスタグレか」

 

彼のほぼ真下に集まってきたオウガテイル3体に、新たなスタングレネードを1発投げ込む。

 

コツン、と真ん中の1体の頭に当たってはねた瞬間またもや強烈な光と衝撃がアラガミ達の真上から襲いかかる。

 

「貰った…!」

 

飛び降りた彼は、3体の脚をなぎ払う。

 

硬質な反動と、肉を千切るような鈍く弾力のある反動が連続的に彼の手に伝わる。

 

手前に倒れた1体に向かって、チャージクラッシュを放つ。

 

しかし、一刀両断はならず背中の途中まで食い込むにとどまった。

 

ならば。

 

「っがあぁ!!!」

 

無理矢理に、アラガミ後と神機を振り上げ、さらに横薙ぎに神機を振るう。

 

遠心力によって神機から剥がされたアラガミは、向こう側の壁まで吹き飛び、壁を大きくへこませる。

 

そのアラガミはいったん意識から切り離し、すぐ後ろの2体に向き直る。

 

(動けねぇならただ危ない肉塊なんだよっ!)

 

鬼の如き形相を叩き割り、顎を砕き、腹を斬り付け、皮を、肉を、薙ぎ払う。

 

2体を、粉微塵に切り裂いた直後。

 

イリヤの背後に先程のオウガテイルが襲いかからんとして肉薄していた。

 

距離が10mほどに詰まった瞬間、オウガテイルが飛びかかった。

 

 

重たい金属的な衝撃音が響き渡った。

 

 

無音の一瞬。

 

 

オウガテイルは。

 

 

大きく開けた口に、シールドをねじ込まれていた。

 

 

「……っらぁ!!!」

 

シールドごと振り回して再び壁に叩きつける。

 

うずくまるオウガテイルに向かって、ガンフォームに変形させた神機を向けた。

 

 

 

____5発の銃声が轟いた。

 

 

 

『……2分54秒、か。まぁ、この設定でこの結果なら上出来だな。よろしい。イリヤ2等兵、本日の訓練はこれまでとする』

 

いつもよりも、やや感情がこもっているツバキの声。

それもそうだろう。

先のアラガミの設定は、人間側の方でかなり難易度を高くしたダミーデータなのだ。それを3分と経たない内に片されたのだから、少し意地悪をした側としては驚きを隠せない。

 

「了解です」

 

額の汗を拭っているときだった。

 

『あぁ、あと1つ言い忘れていたな』

 

「何でしょうか?」

 

 

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イリヤは、自室のベッドの上で寝そべっていた。

 

(明日が初陣って……いきなりだな)

 

そう。

 

訓練が終わった後、ツバキはこう言ったのだ。

 

 

『明日が貴様の初の実戦だ。なに、私の愚弟が同行するから大船に乗ったつもりでいれば良い。だからと言って油断は禁物だ。覚えておけ。命令下達は貴様のノルンに直接送っておくから、後は内容を読んで承認しろ』

 

 

ツバキの言っていた愚弟とは、雨宮リンドウのことだ。

極東支部のエースゴッドイーターで、単独でヴァジュラを討伐できる唯一の人物。

恐らく現時点で世界最強のゴッドイーター。

 

(大船に乗ったつもりで、ねぇ……分かんねぇな)

 

イリヤも、雨宮リンドウと言う人物がどれほどの実力者であるのかは噂程度には知っている。

 

ただし、今のところ神機使い関連でイリヤと面識があるのは、雨宮ツバキ、シックザール支部長、ペイラー榊、楠リッカ、藤木コウタの5人だけだ。

 

しかも、藤木コウタに至っては互いに顔を知っているだけであって、向こう側はイリヤの声どころか、下手をすると性別すらろくに知っていないだろう。

 

今の時点でそれほどに人間関係が希薄なイリヤにとっては、噂でしか聞いたことの無い人間に対して、どうやって大船に乗ったつもりになるのか、全く想像できないことだ。

 

(シャワー浴びて寝るか…。あ、寝る前に命令受領だ)

 

そう考えてベッドから起き上がり、シャワールームへ向かった。

 

 

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イリヤにとっては、自室に1つシャワールームが備え付けられているのはありがたいことであった。

 

何故か?

 

彼は、他人に自分の肌を、正確には自分の体中にある傷を見られたくないからだ。

 

その傷は、大半が火傷後であり、そして全てが彼にとって忌まわしく穢らわしいい記憶に直結する。そんな傷を、どうしても他人に見せたくないという思いがあるが故に、その心配をしないですむ個室のシャワールームが有難いのだ。

 

鏡に映る自分の顔を見て、顔をしかめる。

 

白く、きめの細かい肌。細く通った高めの鼻。ほどよい厚みの艶のある唇。長いまつげに透き通るような薄い青の瞳。細くやわらかな顎のライン。そして、肩よりも下に伸びた長い金髪。

 

鏡に映るその顔は、中性的で、どちらかと言えば女性のよりの顔立ちだ。

 

ふと、とある過去の記憶が蘇りそうになる。

 

(……ド畜生が)

 

心の中で苦々しく呟き、無理矢理に思考回路を切り替える。しかし、胸のあたりまでこみ上げてきた不快感はなかなか薄まらず、イリヤの機嫌は悪いままだった。

 

 

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黒いタンクトップに半パンジャージという出で立ち着替えたイリヤは、自室のノルンを起動させていた。

 

ツバキが言った通りであれば、命令下達は既になされているはずだ。あとは、自分が命令受領したことを上の方に伝えればすむ。

 

一般の物とは別に設定された特別メールの受信ファイルの中にそれは送られていた。

 

受信したメールを開示する。

 

(“イリヤ・アクロワ2等兵。明日1130より実戦出動。任務内容:旧市街地エリアに侵入した小型アラガミの排除。尚、本任務は第1部隊隊長雨宮リンドウ少尉を長として遂行”……か。なるほど)

 

再度内容に目を通して、命令受領したことを送信する。

 

イリヤはノルンから離れて、ベッドへ向かう。

 

「寝みぃ……」

 

そう言うのと同時に、ベッドに沈み込んだ。

 

(明日が俺の初陣ねぇ)

 

アラガミに対して特別な憎悪を抱いていないイリヤにとっては、明日の任務に対して特別に何かを思うと言うこともなく、死にたくねぇな、と言う至極当たり前なことしか思い浮かばなかった。

 



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初陣

とうとうその日が来た。

イリヤにとって、新しい人生の本当の1歩目を踏み出す日が。




旧市街地エリア。通称“贖罪の街”と言う、やや砂漠化が目立つ地域だ。アラガミが出現する前までは、それなりに繁栄していた街らしく、確かにその面影は荒廃した今で尚所々に見受けられる。

 

建物の隙間を吹き抜ける風が、不気味なうなり声を上げていた。

 

(酷ぇ有様だな。どんな感じの街だったのかね……)

 

風化した建物の群れを眺めながら、イリヤはそう思った。

風に吹かれて飛んでくる砂が目に痛い。

 

彼の手には今、神機“ミナシゴ”が握られている。

 

いつもの長い髪は、単純にポニーテルにまとめられている。その気になればいくらでもアレンジできるが、実用性と手間を考慮した末だ。

 

イリヤにとってこの日は、初陣であった。

 

「おぅ、お前さんが例の新入りか」

 

突然、背後から聞き慣れない男性の声がした。

振り向くと、そこにはフェンリル士官服を身にまとい、タバコをたしなんでいる黒髪の男性がいた。

 

「俺は雨宮リンドウ。形式上、お前さんの直属の上司になるが……まぁ、堅苦しいのは無しにしようや」

 

(この人が雨宮リンドウ、か。戦慣れ…とは違うか。でもやたらと肝が据わった目だな)

 

イリヤはリンドウの目つきを見て、そんな印象を受けた。

飄飄とした雰囲気に少し気楽そうな口調だが、眼の光は鋭い。そこに、雨宮リンドウについてまわる伝説級の噂話の影響が無いとは言わないが、イリヤの戦士の部分が確かにそう感じたのだ。

 

この男は確かに強い、と。

 

(コイツ、随分と目が据わってやがるな……どんな経験してきたらこんな目つきになるんだ)

 

リンドウも、長年の経験がイリヤに対してそんな気配を感じていた。

少なくとも、リンドウの目から見て今のイリヤには、普段の新人のような、緊張しすぎて失禁寸前、のような怯えは見受けられない。ただ、今まで相手をしたことが無い獲物に緊張している、そんな感じだ。

 

(緊張をしてないわけじゃねぇみたいだが……まぁ、様子見だな)

 

「おい新入り」

 

「はい?」

 

「俺がお前に出す命令は3つ。

絶対に死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そして隠れろ。運が良ければ隙を突いてぶっ殺せ。……これじゃあ4つか。まぁ、細かいことは気にするな。とにかく、死なない努力をしろ。そうすればその内勝てる」

 

「……了解しました」

 

「よし、んじゃあそろそろ行くか」

 

(なるほど、大船に乗ったつもりってのはこういうことか)

 

イリヤは無意識のうちに、雨宮リンドウという人間が醸し出す“この人といればいける”と思わせる雰囲気に安心感を覚えていたことに気付いた。

 

「にしても、お前の神機。変わった形してんなぁ」

 

「クセは強いですけど、慣れれば良いヤツです」

 

2人は、戦場へと足を踏み入れた。

 

 

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いざ降りたってイリヤが最初に感じたのは、肌がピリピリと痛むような、張り詰めた空気だった。

今自分がいるフィールドにいるのは、人間と敵では無く獲物と獲物だ。周囲を漂う空気の中に、明確な敵意を見出すことが出来ないイリヤは、そう結論づけた。

 

ここは、戦場では無く狩り場である。そして、自分は相手を狩り殺す力も持ったエサだ。

 

(……これが、壁の外の空気…これが神機使いの戦場……)

 

今まで経験したことが無い、異質の空気にイリヤは表情を強ばらせた。

 

彼の直感が叫ぶのだ。

 

ここにいるのは人間よりも理不尽で、人間よりも強力な輩。油断した瞬間、殺される。

 

神機を握る手の中に、ジットリと汗が滲む。

 

(やっと新人らしい顔……でもねぇな。場の空気を理解してやがる。どんだけ勘が鋭いんだ)

 

イリヤの雰囲気を見て、リンドウはそう思っていた。

 

そんなリンドウの心中を察するほどの余裕も無く、イリヤはただ極限近くまで集中力を研ぎ澄まし、ゆっくりと足音を立てずに歩みを進め続けていた。

 

(どこだ……)

 

その時だった。

 

かすれた口笛のようなすきま風の音の中に、明らかに違う音が混じってきた。

 

硬質な、それも岩石質の物体を砕いているような音。

 

「正解だ、新入り。この近くにアラガミがいる」

 

小さく抑えられたリンドウの声が、イリヤの耳に入る。

 

「……この教会の中だろうな。行くぞ」

 

リンドウが先行して、2人は小走りに進み出した。

 

 

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「……いたな」

 

教会の入り口の壁に身を潜めていると、リンドウがそう言った。

 

確かに、イリヤも先ほど自分が聞いていた音が更に大きく鮮明になっていることに気付いて、やはりこの中にいたか、と改めて思っているところだ。

 

「もう少し進むぞ」

 

リンドウがそう言って、小走りで更に先の壁まで駆け寄っていった。イリヤもそれに続く。

 

リンドウが、壁から少し顔を覗かせて、聖堂の中を確認する。

 

「……オウガテイルか」

 

視線の先には、崩れた石壁の破片を捕食している最中のオウガテイルがいた。幸い、こちら側の気配に気付いた様子も無く捕食を続けている。

 

リンドウはその様子を確認して、イリヤに向き直った。

 

「新入り。これが、お前の初の討伐になる。すぐそこにオウガテイルがいる。そいつを狩ってこい。なに、拙いと思ったら逃げれば良い。俺も付いてる。思いっきりやっちまえ!」

 

そう言って、イリヤの肩を叩く。

 

「分かりました」

 

一呼吸置いて発したその声は、やはり普通の新人のそれとは別なもの含んでいる。

 

イリヤは、素早く礼拝堂に躍り出た。

 

まだ、気付かれていない。

 

(よし、いける…!)

 

神機をガンフォームに変形させ、素早く脚の付け根に狙いを定める。

 

 

_____1発の銃声。

 

 

光弾は尾を引いて、確実にオウガテイルの右脚の付け根に直撃した。

 

オウガテイルの、耳障りな悲鳴。

 

ダミーには無かったそのリアクションにも驚きを覚えたが、イリヤはそれどころでは無かった。

 

「げっ!?」

 

ダミーなら確実に脚を1本千切れさせていたはずの一撃は。

 

リアルのアラガミには、ただでかい傷を負わせるだけにすんでいた。

 

オウガテイルが振り向き、イリヤと対面した。

 

その瞬間、イリヤは見てしまった。

 

“アラガミ”の眼を。

 

(コイツら、敵なんてもんじゃねぇぞ……)

 

彼の身体が、本能的に竦み上がる。

 

(天敵だ……)

 

言いしれぬ絶望感が、彼の身体を更に重たくする。

 

(やべぇ、さっさとしねぇと俺が喰われる!!!)

 

迫り来るオウガテイルに、イリヤの頭だけが警鐘を鳴らし、身体はいっこうに動こうとしない。

 

恐怖に身体が震え、身体の芯から力が抜けていくような錯覚を覚える。

 

しかし。

 

「……クソッタレがぁぁあ!!!」

 

自分を狙って迫ってくるオウガテイルに向かって、撃てる限りの弾を撃ちまくる。

 

光弾はオウガテイルの顎のや眼を確実に削り取っていくが、オウガテイルは脚を緩めない。

 

鬼よりも更に恐ろしく醜くなった形相の天敵が、迫る。

 

そして、15mほど離れた場所からオウガテイルが飛びかかってきた。

 

 

(嘘だろ……?)

 

 

彼は、もう死んだ、と思いながらそれでも反射的にシールドを構えた。

 

 

来る、そう思った瞬間だった。

 

 

 

「上出来だ新入り」

 

 

 

その声と同時に、重量のある物体が何かに叩きつけられるような音が響き、そして地面を揺らした。

 

少し離れた場所から、アラガミの呻き声が聞こえる。

 

(……え?)

 

「お前さん、ダミーとやってるときと同じ感覚で突っ込んでただろ。それじゃあ駄目だ。本物のアラガミは、ダミーよりも硬いし獰猛なんだ。今度からは、それに気を付けろよ……っそらぁ!!!」

 

また、アラガミの悲鳴が聞こえる。

 

「ほら、いつまでも亀みたいに盾構えてないで攻撃しろ、攻撃」

 

その声が聞こえたとき、イリヤは初めて自分がどう言う立場なのかを認識した。

 

(……そうだよな、俺は。そうだ…!)

 

「とどめだ、“ゴッドイーター”」

 

 

その瞬間、身体が軽くなった。

 

震えは止まり、天敵に恐怖する感情も静まりかえった。

 

神機をブレードフォームに変形させる。

 

そのまま、重力を感じさせない軽やかな足取りで駆け出し、跳び上がった。

 

 

 

「どぉりゃぁぁあっ!!!!!」

 

 

 

_______斬

 

 

 

 

オウガテイルの首が千切れ飛んだ。

切断面から噴き出した体液が、イリヤを汚す。

 

 

「……でやっ!!!」

 

 

 

________突

 

 

 

切断面から突き刺したブレードが、半分以上肉に埋まる。

 

 

 

 

「……食い散らかせ…!!」

 

 

 

 

_________喰

 

 

 

 

そしてアラガミのボディが、内側から削り取られた。

 

飛び散ったアラガミの肉片が、黒い霧となって流れていく。

 

静寂が訪れた。

 

 

「……勝った…のか…」

 

 

 

ようやく理解が現実に追いついたイリヤは、そう言うやいなやその場にへたり込んだ。

 

そしてしばらくすると、ピクピクと身体を震わせ出して、唐突に笑い出した。

 

笑い声がだんだんと大きく、開けっ広げたものに変わっていく。

 

「やったぁぁ! 勝った! 勝ったぞ俺は!! 勝ったんだ!!!」

 

生き残れた安心感と、天敵に打ち勝った達成感、そして内からこみ上げてくる嬉しさがごちゃ混ぜになり、笑い声となってあふれ出す。

 

(やれやれ、肝を冷させやがって……まぁ、生き残ったから良しとするか)

 

少し壊れたように笑い続けるイリヤを遠目に見ながら、リンドウは優しげに口元を緩めた。

 

「おい新入り! いつまでも笑ってないで、さっさと帰るぞ!」

 

「ふひひっ、は、はいぃっ…分かりっ…くくっ、くははははは!!」

 

「……はぁ」

 

 

しばらく、イリヤの笑い声がやむことは無かった。

 

 

 




やっと、ゴッドイーターらいし話が書けました\(^O^)/

イリヤ君が少し情け無いというか動揺していたのは許してあげて下さい。

彼は、ここら成長していくのですから!

続き楽しみにしていて下さい!!

頑張ります!


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初めての

イリヤの人生を語る上で、避けられない人物。

今回は、そんな人物との邂逅の話。


初陣が済んでから、数日が経過した。

 

イリヤは、1人エントランス2階のソファでぼんやりとしていた。

 

今のイリヤには、無理矢理有休が与えられていた。

 

と言うのも、初陣のときに彼が使用している神機のブレードパーツを若干破損させたので、その修理のためだからだ。

 

思い返せば、確かにむちゃくちゃな使い方だった、と自身でも思い当たる節は多々ありすぎる。

 

『君の神機は少し特殊なんだ。だから、直すのに少し時間がかかっちゃうけど、ごめんね?』

 

とは、アナグラの神機整備のプロである楠リッカの言葉だ。何でも、彼女の父親もプロの神機整備士であったそうで、そんな父親の手伝いがてらに色々と整備について学んでいたら、かなりの腕前になっていたそうだ。今では、極東支部で管理されているほとんどの神機の整備を担っているという。

 

すげぇもんだ、と思いつつ天井を見上げて溜息を吐いた。

 

非番と言われても、彼は未だに行動に普通の神機使いよりも厳しい制限が付いている。2等兵の権限でいけるところまでしか移動できず、無論外出も許可されるわけが無い。

 

そして、2等兵の権限だと対アラガミ部門以外の部署まで行こうと思うと直属の上官の許可と、相手側の許可がいるのだ。そうなってくると、未だに治安部門の方で保護されている建前の子供達にも簡単には会えない。

 

改めて、残念そうに溜息を吐いた。

 

そんなときだった。

 

「あのぉ、あんまり溜息とかしない方が良いと思うんだけど……」

 

控えめな声がした。

 

何だと思って声がした方を見ると、そこには顔しか知らない少年__藤木コウタが立っていた。

 

黄色い縞模様のニット帽。オレンジ色の髪。表裏のなさそうな明るい眼。実用性よりも見た目の方に比重を置いた、黄色っぽいイメージの服装。

 

(あ、アホそうな子だ)

 

本人には失礼だが。大変失礼極まりないのだが、イリヤは心の中でそう呼んでしまった。

 

「他の先輩達に変な目で見られちゃうよ」

 

コウタはなおも控えめな声で続け、ある1点をチラチラと確認する。何を見ているのかと思い、イリヤもその方向を見ると。

 

余りガラの良くなさそうな男性陣が固まって、こちらを見ながらひそひそと話し合っていた。

 

その内容は、大方予想が付く。

 

(どうせ、元犯罪者のくせに何チャラ、とか言ってんだろうなぁ……。あと、女顔のことも何か言ってそうだ)

 

本人には全く自覚は無いが、その3人を見るときのイリヤの目は、まるでつまらない劇を見ているような、冷たいものだった。

 

「ほら、な? 露骨な溜息はやめといた方が良いって」

 

イリヤの直感だと、あの3人以外にも自分のことで変な陰口をたたいている輩は結構いるだろうな、というところだ。不特定多数の人間と下手に対立しても何の得も無いことを理解し、ならばわざわざ相手に悪印象を与えるのもアホらしく感じる。

 

「……分かった、気を付けるよ」

 

そう返事したときだった。

 

コウタから発せられる気配が、固まった。そして、イリヤはそれを敏感に感じ取った。ただし、イリヤにはコウタをそうさせた心当たりは無い。

 

「……? 何だ?」

 

流石に不審に思い、コウタの方を見ると。

驚愕に顔面を硬直させているコウタが突っ立っていた。

 

その表情は…………どう表現したものか。

 

とりあえず、“ついさっきまで信じて疑っていなかった事柄に裏切られた”と言った感情がダダ漏れの顔だ。効果音を付け加えるとしたら『ギャーン』とか『ガーン』と言ったところか。

 

「何だ、どうした? おい」

 

不審者を見る目でコウタを見る。

 

「………ナカッタ…」

 

「ん?」

 

「イリヤ“ちゃん”じゃなくてイリヤ“君”だった!!」

 

コウタの悲鳴とも言える叫びに対して、イリヤは後生見せることが無いであろう酷い表情を顔面に貼り付けていた。

 

 

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無言でコウタの頬をつねり上げて、ズルズルと引きずりながら向かった先。

 

「……まぁ、かなりかいつまんでるが。そう言うわけで、残念ながら俺はお前が夢見た“胸が残念な外人美女”じゃねぇぞ、と。分かったか?」

 

新人フロアにの自販機のそばのベンチ。

 

半泣きで頬をさするコウタに向かって、イリヤはそう言い放った。

 

現実を受け止めきれない少年は、ただショックと絶望感を滲ませた表情でだまり続けている。

 

 

そして、2人はまだ知らない。

本当に“胸が残念な外人美女”が極東支部にいることを。

だが、それはまた別の話だ。

 

 

グスグスと情け無く、落ち込んでいるコウタ。自分に責任は無いはずだが、何故か悪いことをしたような気分になるイリヤ。

 

(何だこのカオスは……)

 

「……痛ぇ」

 

「てめぇ男だろうが」

 

「っ!?」

 

メソメソするコウタに、軽いげんこつを見舞う。

 

しばらくすると、コウタが静になった。

 

「でも良かったよ」

 

「変態か?」

 

最悪の返答。しかも即答。

 

いや、仕方ないと言えば仕方ない。何の脈絡も無く、唐突に“良かった”と言われても、イリヤ本人としては頬をつねり上げた記憶しか無い。それが良かったと言われていると誤解してしまうのは、仕方ない………はずである。きっと。

 

「違ぇよ! 何で変態なんだよ、おい!?」

 

「じゃあ何が良かったんだよ」

 

「いや、さ。オレ、イリヤと面識はあったけどお前のこと何にも知らなかったからさ。極東支部で今期の神機使いがオレとお前だけで、しかもイリヤは何か別枠みたいな扱い受けてたから、結局オレだけみたいな状況なのかなって思ってたからさ。だから、ちゃんと入隊同期のヤツのことを知ることが出来て良かったなってこと」

 

あぁなるほどな。

 

コウタの話を聞いて、イリヤはそう思った。

 

確かに、事実としてイリヤとコウタが入隊同期であることには間違いは無い。しかし、お互いにほとんど顔を合わせる機会も無く、お互いに全く別のカリキュラムをこなしていくうちに、コウタの方は不安が積み重なっていたのだろう。

 

イリヤは、最初から自分がまともな待遇を受けられないと構えていたので、他の神機使い達からどんな目で見られても気にもならなかったし、彼自身それに対して不便も感じていなかったのもあり、結局不安を感じることは無かった。

 

しかし、コウタはただゴッドイーターとしての適正があっただけであり、元々は何の変哲も無い明るい少年だったのだ。それなのに、いざ入隊すれば、身近に頼れるのは入隊同期だけなのに、コウタには事実上それに当たる人間がいなかったのだ。

 

軽率が過ぎた発言に、恥を感じる。

 

「悪かったな、変態呼ばわりして」

 

ただ不安だっただけの少年に向かって言うことではなかった、と己の中で反省する。

 

「良いって別に。気にすんなよ」

 

そう言ってニカッと笑うコウタの笑顔は、明るく純粋なものだった。

 

「じゃあ、まぁ改めて。俺はイリヤ。イリヤ・アクロワ。ここに来る前は、居住区の方で少し暴れてた。色々と訳があって、今は神機使いをしている」

 

「オレは藤木コウタ! 好きなもの、妹のノゾミとアニメのバガラリー!! よろしくな、イリヤ」

 

「あぁ、よろしくな」

 

「今からオレ達は親友だ!! 一緒に頑張ってこーぜ!!」

 

コウタから差し出されたてをイリヤはしっかりと掴み返すことで返事とした。

 

「なぁ、ところでバガラリーって何だ」

 

「えっ!? 知らねぇのか、イリヤ? バガラリーってのはなぁ……」

 

しまった。気付いたときにはもう遅い。コウタのバガラリーに向ける熱意を理解し、それを布教しようとする心意気まで察してしまう。長い熱弁になりそうだ。

 

そんな空気に飲まれて。

 

これが親友なのか、と何故か不安になるイリヤだった。

 




コウタ君の味が出せない……

これかはどんどんと出てくるので、その中でコウタの持ち味を出せればなぁ、とか思います。

頑張ります、はい。



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2nd Time


渡る世間は鬼ばかり。

案外そうでも無いらしい。


暗い空間。

限界を悟らせない、深い闇。

止むことを知らない、断末魔と悲鳴の怨嗟。

 

 

「痛い……痛いよ」

 

 

啜り泣く少女の、心の悲鳴。

 

「誰か…私を……見つけて」

 

 

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食堂の隅っこに出来た空間。そこに1人だけ。半径5m以内には誰も座っていない。黙々と、プレートの上に乗った料理を口に運ぶ。味は、市民向けの配給食の方が美味しかったかも知れない。量と栄養価的な面で言えば、こちらの方が断然上だが、今のイリヤには全てどうでも良いことであった。

 

彼は今、不機嫌極まりない。

 

ここ最近、周囲の神機使い達が彼に向ける忌避の眼が、かなり露骨になっているからだ。具体的に言うと、陰口が本人にまで聞こえるようになってきた。

 

陰口を叩かれているのは、イリヤ本人も黙認していた。何せ、そう言われても仕方の無い前科がある。その理由が何であれ、前科持ちが神機使いになったのだから迎え入れさせられる側としては、やはり気分は良くない。そのことも、十分理解している。

 

だが。

 

最近は明らかに度を超している。

 

例を挙げるならば、

「あの新人、前にリンドウさんと任務行ったときに、リンドウさんを囮にして自分だけ逃げ続けてたんだとよ」

「前に入ってきた新人、藤木だっけか? ソイツに手ぇ出して喝上げとかやっているらしいぜ」

「いや、俺が聞いた話だと、ここに来る前は大量殺人犯だったらしいぜ。しかも、女子供ばかり殺すようなクズ」

 

どこで聞く話も、イリヤ自身には身に覚えが無い。そして、それも1部で言われていることでは無く、結構広く通った話になっていたのだ。

 

(ほとんどいじめじゃねぇか……クソッタレ)

 

ただでさえ余り美味しくない食事が、更に不味く感じられるのは、きっと気のせいでは無い。

 

そして彼に浴びせられる罵詈雑言の中に、彼の耳からなかなか離れないフレーズがあった。

 

 

_____死に神が増えた

 

 

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神機の修理が済んだ、と言うことで今日からイリヤは任務に復帰することになっていた。

 

確かに、昨晩彼のノルンに命令書が送られていた。

 

そして、それを受諾したのは良いのだが、1つだけ分からないことがあった。

 

(橘サクヤって誰だ?)

 

願わくば、少なくとも身に覚えの無いことで蔑視する様な人物で無いことを。それ以上の人物像を、彼は期待していない。するだけおこがましいとすら思っている。

 

「君がもう1人の新人君かしら?」

 

知らない女性の声を背中から受けた。

 

ここの人間は人の視界外から声をかける習性でもあるのか? と思ってしまったのは別の話。

 

振り返ると、そこには横乳……もといかなり際どい服装の美女がいた。生足と横乳である。

 

「良かった! 髪下ろした後ろ姿だとどっちか分からなかったんだけど……君がイリヤ君ね?」

 

「はい、そうですが……あ」

 

「そうよ。私が、今回の任務に同行する橘サクヤ。サクヤで良いわ。よろしくね」

 

そう言って、手を差し出された。

 

「……俺のことを軽蔑とかしないんですか?」

 

差し出された手を見つめながら、ぽつり、と。

形良く差し出されていた手が、いったん下ろされる。

 

「そうね……私も、正直なところイリヤ君について良い噂は聞いてないわ。だから、警戒していないとは言い切れない。でも、私も、他の神機使いも、誰の力を頼らなくても生き残れるほど強くない。だから、任務に同行するのなら、その一瞬だけでもあなたを信頼するわ」

 

そう言って、改めて手を差し出される。

随分と親しみやすい形だった。

 

「それに、ね? 任務先でギスギスしていても良いこと無いじゃ無い」

 

優しい人なんだな、そう思いながら彼は手を取った。

 

「よろしくお願いします。サクヤ先輩」

 

「先輩はやめてよ。私そんなガラじゃ無いし。サクヤで良いわ」

 

「ん、じゃあ……サクヤさん…?」

 

「それでお願い」

 

 

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降り立った場所は、嘆きの平原と呼ばれるエリアだった。

風景全体としては薄気味悪いのだが、エリア全体の地形を見ると、かたちだけは何だかユニークな場所だ。

 

イリヤは、最初にその風景を見たときに“ホコリまみれのシャブシャブ機”と名付けてしまった。無論口には出していない。

 

それにしても、エリア中心の竜巻のような渦が、ユニークさを全て台無しにしてしまっている。場の空気が禍々しい。

 

「今回の任務は、コクーンメイデン数体の討伐よ。コクーンメイデンについては知っているわね?」

 

「離れれば撃ってくる、近いと針で刺してくる、自分では動けない……そんなところでしたっけ?」

 

「正解。あと、針に毒が含まれているから、そこは要注意。つかず離れずの間合いを意識すること。私が後ろから援護するから、新人君は思うように動いてみて」

 

「了解しました」

 

そう言った瞬間、彼は神機をガンフォームに変形させた。

銃身は、狙撃に特化させた“オーカ・ニエーバ”。修理のときに、リッカがついでに色々と改良してくれたらしい。

 

(弾種、レーザー。威力重視、射程長い、クセ無し、属性氷。距離230)

 

自分に背中を見せている目標に狙いをつける。

 

「……まず、奇襲」

 

同時に、2発の光弾を背中の真ん中に叩き込む。

 

(でかい穴が空けば嬉しいなぁ…!!)

 

そう思いがら、ソードフォームに変形させつつ目標に向かって駆ける。神機使いの常人離れした身体能力で、一気に距離が縮む。

 

(……もらった!!!)

 

斬りかかろうと飛びかかったのと、相手が振り向いたのはほぼ同時。そして、コクーンメイデンの腹が“開いていた”。

 

「げぇっ!?」

 

本能がやばいと叫び、攻撃を中断。空中で落下しながら、無理矢理防御姿勢を取る。

 

鋭く重たい衝撃が、盾に襲いかかる。

 

「うおぉぉ!?」

 

浮いているだけのイリヤは、ただの質量物体でしか無く、故に外部からの運動エネルギーの干渉でもたやすく吹き飛ぶ。

 

(……油断した……ってか、アラガミはアイアンメイデンも食べたのか?)

 

予想外の攻撃で少し混乱している頭は、現実逃避のために無関係なことまで考えてしまう。

 

(何にせよ、まず、止まるな!!)

 

ステップを踏みながら、一足一撃の間合いに詰める。

 

そして、一気に畳みかける。

 

神機を横薙ぎに振るい、直線的に離脱。振り返りながら、今度は切り上げながら擦り抜ける。背後を取って、上段から神機を振り下ろす。

金属的な固い感触と、それを砕き中の肉をえぐり切り裂く生々しい感触。

飛び散る体液が、彼の顔を、服を徐々に汚していくが、それでも彼は手を緩めない。

 

「とどめだ」

 

コクーンメイデンがダウンした隙に、ワンステップ後退して、捕食形態を発動。

神機から、ズルリと黒く禍々しい顎が生えてくる。

 

そして。

 

「喰っちまえ」

 

大きく開かれた顎が、コクーンメイデンのボディーヲ呑み込んだ。ブチブチと、肉が千切れる音と、生肉を咀嚼しているかのような気味の悪い音。

 

「……1匹目、始末」

 

後方から、サクヤが駆け寄ってくる。

 

「まずは1匹目ね。まぁ、良い感じよ。次は油断しないように気を付けて」

 

「はい、気を付けます」

 

 

そこから先は、一瞬であった。

 

戦闘のスイッチが完全に入ったイリヤの動きは、神機使いの身体能力を存分に発揮したもので、相手よりも早く、早く次の一撃を加え続けていくという、一方的な攻撃に終始していた。

 

無論、いくつかの傷は負ったが。

 

「……これでこのエリアの小型アラガミは一掃できたようね。お疲れさま」

 

「いえ、こちらこそ」

 

「それにしても、後半はなかなか良い動きしてたわよ。期待の新人君現る、ね」

 

「やめて下さいよ。それに、何のかんので僕が手をつける前に結構攻撃してたじゃないですか。そのおかげです」

 

「そう言ってもらえると私も嬉しいわ。それじゃあ、帰りましょうか」

 

 

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「痛い……痛いよ」

 

 

 



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留守番 

常に命がけの神機使い達でも、たまにはこんな日もある


楠リッカは、アナグラ随一の腕前を誇る神機整備士である。極東支部の神機使い達の命運は彼女が握っていると言っても過言では無く、従って全ての神機使いから敬意と触れぬ神的な扱いを受けている。つまり、様々な意味で女神様なのだ。

 

そんなリッカも、年は16歳。

 

仕事は大好きだが、1人の女の子としても複雑な年頃である。

 

“女の子としてオイルまみれってどうなんだろう……”

“女の子としてつなぎとタンクトップ姿っていかがなものか”

 

積もる不安は底を知らず。

 

だが、仕事をおろそかにする訳にもいかないので、ほんの少し、本当にほんっっっの少しだけ、女の子の矜恃を犠牲にして今日も神機整備に汗を流す。

 

「じゃあ、頑張りますか!」

 

彼女が整備士として心がけていることが1つある。

曰く“神機の声を聞いてあげること”。

無論、本人とて本当にその声が聞こえるとは思っていないが、そうするかしないかで結構神機整備の調子が変わるのだ。そして、その心がけは彼女にとって唯一の今亡き父からの直伝でもある。

 

彼女の父も、極東支部の神機整備士であった。腕前はフェンリル本部から引き抜きを狙われるほどのもので、整備士としてだけではなく技術者としても超一流だった。

 

その父が、毎度口にしていたことが、

「神機の声を聞かねぇで整備してると、向こうが不機嫌になって整備が滞っちまう」

「整備士の責任として、自分が整備した神機が実戦でどう使われているのかを見届けなけりゃあならん」

の2つであった。

 

そして、彼はついに戦場でアラガミに殺された。

 

それ以来、整備士を始めとした非戦闘員は許可が出ていない限り戦場に出てはならない、と厳しく義務づけられた。

 

ちなみに、彼が死んでからしばらくの間、神機の稼働率や調子が低下していたと言われている。

 

「みんな、今日もよろしくね」

 

保管庫の中で、整然と並ぶ神機達にむかってそう言うと彼女はいつも通りの順番で点検を始めた。

 

神機は、使用者個人が勝手につけたパーソナルネームをもっている機体がほとんどだ。

 

エクスマキナだったりコクシムソーだったりノコギリだったり、その人その人の個性趣向に溢れた個性的な名前ばかりだ。

 

そして、リッカはその全ての名前を覚えている。

 

その中で、彼女は1つ気がかりな名前の神機がいた。

 

“ミナシゴ”

 

(……不憫な名前だなぁ)

 

リッカは、噂程度にだがその神機の素性を知っている。かつて極東支部にいた幻の部隊、その隊長が死ぬまで愛用していた神機。主の血の味を知ってしまった、悲しき神機。

呪われた神機だからこそ他の適合者も現れず、ずっと独りぼっちでホコリを被り続けていた。前の持ち主の素性も分からず、今でさえ誰にも取られない、見捨てられた神機。故に“ミナシゴ”。

 

(今はちゃんとご主人がいるんだから、素敵な名前をもらえると良いね)

 

そう思いながら、優しい目でミナシゴを見つめる。

 

雄々しくそびえ立つ、重厚な刀身。波紋が浮かんでいない、艶めかしい輝きの刃。浅く沿った刀身は、切っ先の諸刃を持って美しく完結されている。

 

唐突に、リッカはその姿の中に、背中を向けてうずくまる少女の姿をイメージした。

 

「え?」

 

余りにも突然で、そしてリアルすぎるそれに戸惑いを覚える。彼女の目には、神機以外何も映っていない。少女も、やはりいない。

 

それでも、ふと浮かんだイメージは余りにも明確だった。

 

淡い黄色を帯びた長い白髪の毛。ほっそりと柔らかみのある、女性的な肩のライン。病的なイメージを抱かせる白いワンピース。

 

(何だったんだろう……)

 

ほんの一瞬浮かんだイメージは、忘れることは出来なかったが、もう見えることもなかった。

 

(この神機は………イリヤ、君のだったよね)

 

その神機の使用者の顔を思い出す。

思い出して、思い出して、思い出していく内にだんだんと負けた気分になってしまった。自分の中で、何が彼に負けている気分にさせているのか。

 

(向こうの方がよっぽど美人だ)

 

神機の使用者の顔を思い出して、ぐぬぬと悔しいそうに唸る。彼女も、イリヤが男性であることは十分理解しているし、そもそも男の子に向かって美人という評価がどれだけ微量なものなのかも分かってはいる。

 

それでも、負けた気分になるのだ。

 

(いや、胸の大きさなら……)

 

相手は男だ。

 

(でも、あのヒトになら絶対勝ってる……!!)

 

どこかのスワロウが背中を狙っていそうだ。

 

結局、誰にも勝つことを許されず自滅してしまった。

 

(もう少し女の子のプライドを持たなきゃいけないのかな)

 

ズーンと言う効果音が似合いそうな姿勢で、そんなことを考える。

 

(あぁ、でも神機のお世話もしたい! でも、女の子らしいこともしたい、と言うかしなきゃ女じゃなくなる)

 

彼女も、必要最低限の女の子の嗜みは押さえている。

むだ毛の処理、肌の手入れ、髪の手入れ。少なくとも、女じゃないとは言わせないレベルだ。

 

でも、性別的に女の子のとして認識されても、女性として見られるかどうかで言えばかなり危うい。

 

だって、油汚れが目立つのだ。

 

お風呂を欠かしたことは一度もない。しかし、最低限のケアをするだけであって、高みを目指そうとは一切考えていなかったのだ。それよりも、神機の整備の方が大好きだったから。

 

そして、ふと正気になって周りを見ると。

 

(イリヤ君にまで負けてるって、どうなんだろう)

 

そう、彼の髪の毛はかなり綺麗なのだ。それはもう、リッカだけでなく大半の女性が羨むほどに。ただし、羨む女性のほとんどがイリヤが男性であることに気付いていないにだが。しかし、そうなってしまうくらいにイリヤは女の子以上に女の子しているのだ。本人は無自覚だが。

 

(もう少し、肌の手入れを念入りにするか)

 

敗北感を拭いきれないまま、彼女は自分アップを固く誓うのだった。

 

 

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イリヤは、待機要員指定を受けてアナグラに残っていた。

 

待機要員指定、と言うのは他の主力部隊が出払っているときにアナグラの守備を任される隊員のことで、各部隊から1名ずつ出される。

 

そうとは言っても、彼は大半の人間から避けられるか嫌われている。

 

ついこの間仲良くなれたコウタは、第1部隊要員として既に出撃している。

 

他に残っているのは、第2部隊からブレンダン・バーテル。第3部隊から、ジーナ・ディキンソン。第4、第5、第6部隊から1人ずつ。

 

待機要員は、その身に課せられた任務から普段のように自分で任務を受注することを許されていない。そして、アナグラ周囲のアラガミは、現在確認されておらず、結論として待機要員は暇な時間を送ることになる。

 

イリヤ本人は、暇な時間を送るのがいかに無意義なことなのかを理解しているから、流れに身を任せるつもりもなかった。

 

いつ出撃が出ても良いように、ポーチや簡易バックパックの中身を点検する。

 

回復錠やホールドトラップ、スタングレネード、信号弾や各種火薬類や簡易工具類、携帯食料、飲料、ビーコン、携帯通信機。

 

「まぁ、無くなるわけねぇよな」

 

準備して、したまま世話になっていないのだ。

無くなるわけが無い。

 

「新しい弾作りに行くか……」

 

彼は自室を出て、射撃訓練場へと向かった。

 

 

射場には既に2名の先客がいた。

 

1人はイリヤと同じくスナイパータイプの使用者で、もう1人がアサルトタイプの使用者。

 

どちらも女性。

 

外見的な違い。

 

1人は、銀髪外人で背が高く乳が無い。胸ははだけている。もう片方は、ネコをイメージしたデザインのパーカーを着ていて、乳がある。

 

心の中の評価を態度にはおくびにも出さない。

 

「?」

 

「……」

 

共通事項。どちらも、少なくとも自分のことを快く迎えるつもりは無いらしい。とは言え、拒まれなかっただけまだマシとも言える。

 

彼は神機を簡易の固定台に載せて、別室にこもってバレットの制作に入った。

 

彼が神機使いになってから、新しく増えた趣味がバレットエディットである。

 

実用性のかけらも無いふざけた弾を作る日もあれば、実用性のみを追求した弾を作る日もあり、制作した弾の種類は今のところ23作品。その内の18作品はふざけた使用だ。

 

(さて、今回はどうやって作ろうかね)

 

今日の彼は、比較的まともな弾を作るつもりでいた。

 

構想としては、対象を短時間物理的にその場に拘束できる弾。

 

(レーザーをメインにして……次は……)

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

数時間かけて、彼はやっと形にすることが出来た。

 

出来上がった弾は、彼の予想であれば高密度のオラクル凝縮体を釘状に形成して撃ち出され、目標に命中したあとしばらく形態を維持して、その場に固定させる事が出来る。

オラクルの消費量はやや多めだが、そこは実戦ならどうにでも出来る。第2世代型の強みだ。

 

欲張った予想を言えば10秒ほど消滅せずに対象を固定させるはずだが、恐らく保って5秒と言ったところだ。アラガミの肉を貫通する時点でかなりのエネルギーを消費すると予想した計算の結果だ。

 

(まぁ、とりあえず撃ってみるか)

 

彼は立ち上がって、神機へと足を運んだ。

 

まだ射場には2人とも残っていた。

 

銃声がけたたましい。

 

少し2人の射撃の様子を観察していると、2人ともかなりの腕前であることが分かった。

 

どちらも移動標的を狙っているのだが、どちらも見る限りでは1発も外していない。

 

(すげぇな)

 

そんなことを思いながら射座につく。

 

神機をガンフォームに変形させて、射撃の姿勢を取る。

 

的は、静止。

 

____撃つ

 

 

「うおぉぉおおおお!?」

 

 

砲撃音と言って過言で無い発射音と、予想を遙かに上回っていた反動に、イリヤは吹き飛ばされた。

 

ゴロゴロと後ろへ転がり続け、壁に叩きつけられてようやく止まった。

 

射場は静になっていた。

 

「いってぇぇ」

 

ぶつけた後頭部をさすりながら、自分が撃ったはずの的を探す。

 

 

何も、無かった。

 

 

「んん?」

 

そして、明らかに不自然な状態になっている所を見つけた。そこは、削り取られたかのように床がへこんでおり、その周囲では、パリパリと稲妻が走っている。

 

(これは……やべぇもん作ったか)

 

本能的に悟る。これは恐らく人の手ではコントロールできねぇほどに危なっかしい代物だ、と。

 

消費オラクルも、計算よりも大幅に取られていた。

 

「は、はは……ははは」

 

流石のイリヤも顔を引きつらせていた。乾いた笑い声と共に。

 

 

この後、ツバキ教官に滅茶苦茶怒られたのは別の話である。




どうしよう。

ネコ耳で胸がある子はナナじゃ無いです。

後もう1人の胸が無いひt……()

まぁ、上手い具合にやっていきます


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留守番 完

3回目の戦闘。

初めての防衛任務。初めての他部隊メンバーとの連携。

初めてづくしの中で彼は何を得るのか……


ぼんやりと時間が流れる中。

 

 

 

 

突然、エントランスにアラームが鳴り響いた。

 

 

 

 

アナグラ全体の空気が、先ほどまでと比べものにならないほどにぎちぎちに引き締まる。

 

イリヤもそれを肌で感じ取っていた。

 

(……この空気は)

 

 

          “戦闘だ”

 

 

 

全ての神機使い達が一斉に動き出す。

 

「1~3部隊は俺が指揮を執る! 4~6部隊の指揮はそっちで決めてくれ!!」

 

ブレンダンが落ち着いた声で指示を出していく。経験が豊富なんだな、と場違いに冷静な感想がイリヤの頭に浮かぶ。

 

神機保管庫に着くなり、ブレンダンが更に指示を出していく。

 

「突破されたのはB区画だ。侵入してきたアラガミはオウガテイルが複数、ザイゴートが複数。他のアラガミは確認されていない。俺が前衛を務める。ジーナはバックアップを頼む。お前…」

 

「イリヤです」

 

「イリヤは遊撃だ。出来るか?」

 

「やってみます」

 

それぞれが自身の神機を手に取り、体制が整う。

 

「よし、行くぞ!!」

 

 

 

市街地は悲鳴と破壊音で満ち溢れていた。

その様を一言で表すのなら“混沌”。

 

「……治安部隊!」

 

ハンヴィーが、メインルートの真ん中を拘束で駆け抜ける。治安部隊の誘導のおかげで車両の通行ルートがフリーになっているのだ。

 

「……あの人達がこういう事態のとき、市民の避難誘導をしているのよ」

 

窓の外の光景を見ていると、その声が聞こえた。

 

「ジーナ・ディキンソンよ。よろしくね、新人さん」

 

「俺はブレンダン・バーテル。今回はよろしく頼む」

 

イリヤも、2人のことは話だけなら知っている。

かみ砕いてまとめると、2人とも実戦経験豊富なベテラン神機使いで実績もある、といったところか。

 

「……イリヤです」

 

下手にひねたことは言わずに、名前だけを告げる。

イリヤにとって、2人が自分をどんな目出見ているかなど、もはやどうでも良いのだ。相手のことを勝手に見限っている、と言われればそれまでだが、そもそもイリヤも今はそんなことを考えたくも無かった。

 

相手が自分のことを嫌うのは構わない。避けるのも問題ない。ただ、自分に直接害が無ければ文句は無い。

 

 

目を閉じ1つ深呼吸をして、頭の中にこびりつき始めていた無駄な考えを剥がし落とす。

 

同時に。

 

「着いた。行くぞ!!」

 

ブレンダンの指示で3人は車両から飛び出た。

 

 

 

「……結構いるな、おい」

 

車両から降り立った瞬間、目の前に光景にイリヤは唖然とした様子で呟いた。

 

なるほど、明確な個体数を言わずに複数と言っていた理由がよく分かる。ぱっと見ただけでも、20以上いることくらいは分かる。

 

「敵集団を適度に分散させて、一気にカタをつけに行く。行くぞ!」

 

ブレンダンはそう言うやいなや、敵集団に対して左に回り込むように走り出した。

 

「よし、あのオウガテイルからだ! ジーナ、イリヤ! バックアップを! 俺が突っ込む!!」

 

ブレンダンは崩れた建物や、むき出しになった鉄骨を器用に利用しながら、高速で距離を詰めていく。

 

その間に、イリヤとジーナは敵に向かって、牽制を兼ねた銃撃を浴びせる。

 

「ちぃっ…!」

 

いざ狙いをつけようとすると、意外と遮蔽物が多く思うように狙いがつけられない。

 

そんな中、おもむろに隣から銃声が響く。

 

「……最高ね」

 

更に続けて銃声。

 

「……綺麗な花…」

 

(え、何言ってんだこの人…?)

 

ギリギリ撃つことを忘れずに、隣で撃ち続ける女性の、狂気じみた台詞と、やけに熱っぽい声にゾッとする。

 

「でぇやあぁぁ!!!!」

 

その一瞬を、ブレンダンの気迫に満ちた叫びで打ち消される。

 

「……あの花はもう駄目ね。次よ」

 

(俺に向かって言ってんのか……?)

 

どうとでも解釈が出来そうな言い回しをした後、彼女はその場から移動を始めた。

 

「ブレンダンさん、こっちは場所を移動します!」

 

『分かった! お前はジーナと同行してバックアップしろ! 俺もすぐに追いつく!!』

 

 

 

ジーナの方は既に新しい標的を見つけ、いたぶっていた。

 

「……綺麗な花を見せてちょうだい…!」

 

弾が相手に命中する度に、恍惚的な表情と共に熱情的な声でそう呟く。端から見ている分には、少し近寄りがたいタイプの人、と言った印象だ。イリヤも、そんな印象を抱いた人間の例に漏れず、やっぱり少しヤバい感じの人か、と思わずにはいられなかった。

 

(サディズムじゃねぇが……とりあえず恐ぇな)

 

目の前に少し狂った人がいると、帰って自分が冷静になれる。そして、今回はそれが良い方に働いた。

 

(……ジーナさんの援護だな)

 

周りの状況、周囲と自分の実力差を鑑みて、自分がどう動くべきなのかを冷静に判断していく。

 

ブレンダンが猛威を振るっている場所と、ジーナが滅多打ちにしているヶ所、その隙と死角に視線を巡らせる。

 

誰かの死角に、敵が入り込んでいないか。

 

2人が気付いていない場所に敵がいないか。

 

(………いた)

 

ジーナの右斜め後方から2体のアラガミ___オウガテイルとザイゴートが迫っていた。

 

(まずザイゴートから!)

 

すぐさま神機をガンフォームに変形させて、ザイゴートに狙いをつける。

 

照準線に入った瞬間、3発のレーザーを放つ。

長く伸びる光弾は、そのままザイゴートの上半身と卵状の器官をとらえ、大きな孔を穿った。それで絶命させたとは思っていないが、ザイゴートは確かにダウンさせた。

 

その間に、更に迫っていたオウガテイルにも狙いをつけようとしたが、いささか距離が近すぎることに気付く。

 

「チイッ!」

 

ジーナとオウガテイルの間に自身の身体を割り込ませて、オウガテイルと対峙する。神機はブレードフォームに変形させている。

 

威嚇的な咆哮と共に、オウガテイルが飛びかかってきた。

 

「せぇりゃあぁぁっ!!!」

 

神機を振りかぶって、オウガテイルを迎え撃つ。

 

1歩よりもやや深く踏み込み、前足に全体重をかけて神機を一気に振り下ろす。

 

グシャリ、と装甲と肉を一気に叩き割る感触が柄を通して彼の手のひらに、腕に、全身に伝わっていく。

 

振り下ろし、地面に突き刺さった神機には顔面に刃を食い込ませた状態でもがくオウガテイルがいた。

 

「___ふんっ!」

 

力任せに刃を引き抜いて、更にチャージクラッシュの体制に入る。

 

全身の筋肉に、徐々に力入れて限界点に来るまでため続ける。心拍数が上昇し、身体の中から鼓動が聞こえてくる。内側から溢れてくる熱が限界点に達した瞬間___

 

 

 

「てやりゃあぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

ズシン、と全てを力任せに断ち切った感触。

 

アラガミの体液と肉片が飛び散り、砂埃が舞う。

 

(……ザイゴート!)

 

オウガテイルを始末した直後、瞬時に先ほど自分がダメージを負わせたはずのザイゴートの存在に注意を向け直す。

 

それは、すぐに見つけることが出来た。

 

ぽっかりと孔が開いた状態で、低くヨロヨロと飛行しているザイゴートは、戦場の中でもよく目立つ。

 

(とどめだ)

 

神機をガンフォームに変形させて狙いをつけようとした瞬間、自分の頭上を一閃の光が駆け抜けた。

 

その光は自分が狙っていたザイゴートに直撃。

 

ザイゴートの身体が爆ぜた。

 

「綺麗な花が咲いたわ……」

 

後方から、底冷えするような冷たい声色なのに場違いにも官能的な側面を感じてしまうような、ジーナの声。ハァ、と熱情を秘めたような溜息がやけに生々しい。

 

イリヤは振り向かない。振り向けない。本能が叫ぶのだ。自分の後ろにいる女はかなりヤバい、と。頬を伝い下に落ちていく汗がやけに冷たい。背中から吹き出るように滲む汗も、決して戦場の空気に感化されたから、絶対にそれだけの理由では無い。

 

(…恐ぇ……)

 

ブルリと背筋が震える。

 

ふと、後ろを振り返ったとき。

 

イリヤの視界に映っていたのは、瓦礫の上で神機を構えたまま恍惚としているジーナと、その背後から今にも喰い殺さんと大口を開けて飛びかかっているオウガテイルの姿であった。

 

「っジーナさん!!!!!」

 

その時。

イリヤが引き金を引くよりも早く、オウガテイルが横に吹き飛ばされた。

 

「きゃぁっ!?」

 

「!?」

 

イリヤもジーナも、一瞬何が起こったのかが理解できなかった。特にイリヤは。

 

そして、その疑問の答えがすぐに分かった。

 

「ジーナ! アンタ死にたいわけ!?」

 

跳躍とステップを器用に使いこなして、見覚えのある女性が彼女の近くまで駆け寄ってきた。移動中の銃撃も勿論忘れていない。

 

(……ボケッとすんな!)

 

事の理解に時間を要していたイリヤが、ようやく現実に引き戻される。

 

そして、迷うこと無くジーナに襲いかかろうとしていたオウガテイルに向かって飛びかかった。

 

「新入り! ソイツは任せるわよ!!」

 

(言われなくても……!!)

 

鉄骨を蹴ってオウガテイルの真上に跳び上がり、重力に任せてそのまま落下。イリヤと神機の両方の重量を背負ったブレードの切っ先がアラガミの腹に向かって襲いかかる。

 

 

ズンっ、と重たい感触が全身に響く。

 

 

脚に痺れを感じるが、それを無視してオウガテイルを神機ごと持ち上げる。

 

 

「……食べちまえ!!」

 

 

黒い肉塊のようなグロテスクな顎が神機から生えてきたのと同時に、オウガテイルは神機に呑み込まれた。

 

「!」

 

その瞬間、彼は自身の身体の中の異変を感じ取った。

 

(身体が軽い……神機も、いつもより軽い……)

 

ミシミシと全身の筋肉がきしみを上げ、早く暴れたいと言わんばかりに、体中で叫び声を上げる。

 

(これがバースト状態……なのか?)

 

今まで感じたことのない方向性の身体の変化に、若干の不安を覚える。内からあふれ出してくるような、力。

 

五感が冴え渡り、故に、目敏く敏感にアラガミの接近を察知する。

 

「っ!」

 

1つの跳躍でさえ、いつもよりもずっと遠くへ跳べる。

 

(見つけた!)

 

イリヤは少し離れたところから自身に向かってくる3体のアラガミを見つけ、更に速度を上げた。一気に距離が詰まったところで、速度を維持したまま更に跳躍。移動速度と、強化された身体能力が相まって一瞬でオウガテイルの目の前へ。着地するやいなや、スピードを殺すことをせずに、勢いに任せたまま滑り込みオウガテイル達の脚を薙ぎ払う。

 

(軽い!)

 

手応えが薄い、そう感じながら擦り抜け振り返った瞬間彼は、別な思考の部分で唖然とした。

 

手応えが薄かったのでは無い。

 

彼の力が過剰すぎて、オウガテイルの耐久力よりも遙かに上回っていただけだったのだ。

 

だが、戦闘のスイッチが入ったイリヤは、動揺如きでは動きを鈍らせず、更に攻撃するという選択肢を選ぶ。

 

ステップと斬撃を見事に織り交ぜた一撃離脱スタイルのもと、一瞬にして2体のアラガミが屍と化した。

 

 

(最後の1た……い…!?)

 

 

最後のアラガミを始末するべく構え直した瞬間、突然、全身の力が抜けた。同時に、ガクンと視界が揺れる。咄嗟に神機を地面に突き立てて辛うじて片膝立ちに留まるが、身体はピクリとも動こうとしない。

 

まるで、身体の芯が抜け落ちたかのように身体が重たく感じる。

 

(拙い、死ぬ____)

 

目の前には、ザイゴートの口が迫っていた。

 

 

 

音が聞こえなくなり、全てがスローモーションに感じる。

 

 

 

一瞬、ザイゴートの身体が痙攣したかのように見えた。

 

 

次に、ザイゴートの左側で3回小爆発が連続して起きる。

 

時間感覚が元に戻ってくる。

 

鼻の先まで迫っていたザイゴートが、吹き飛んだ。

 

「___え」

 

「新入り、ボケッとしてんじゃ無いよ!!」

「イリヤ! 大丈夫か!?」

 

2つの声が同時に耳に入ってきた。

 

「お前はここジッとしてろ!」

 

目の前まで駆け寄ってきたブレンダンが肩を揺すりながらそう言た後、ザイゴートへと躍りかかった。

 

「新入り! アンタも死にたいわけ!? 何やってんのよ!」

 

更に駆けつけてきた、見覚えのある女性。

 

「アタシは羽黒ミコト。第6部隊の衛生兵で、さっきまでもう片方のチームの指揮をしてた」

 

早口に自己紹介をしながら、イリヤの頭部や要所を簡単に診ていくミコト。

 

「もう片方のって……今は?」

 

「1人が油断して半分ダルマにされたから、もう1人のヤツと護衛に付けて後退させた……見た感じ大丈夫ね。多分、バーストが解放された後のリバウンドだと思う」

 

「リバウンド?」

 

「パンクよパンク。無理矢理身体能力上げてた状態が解除されて、さっきまで身体にかけてた負荷が一気に来てる状態。新人に多い現象よ」

 

「……なるほど」

 

彼女の口ぶりから、その内身体が慣れてくるのだろう、と予測を付けてそれ以上は訊かなかった。

 

「もうそろそろ全て終わるわ……」

 

彼女がそう言った瞬間、通信機が鳴った。

 

『最後のアラガミを排除……綺麗に咲いたわ』

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……終わった、のか…?」

 

らしくないほどに気の抜けた声。

 

「……みたいね」

 

彼女もうなずき、そう返す。

 

しばらくの沈黙の後、イリヤが口を開いた。

 

「なぁ」

 

「……何?」

 

「俺は、アンタ方に何かしたか?」

 

「?」

 

「いや、全員がそうとは言わねぇが、ここの神機使いの大半が俺のこと嫌ってるだろ。俺が何かしたんなら、謝りてぇな、と」

 

「……少なくともアタシは別にどうでも良いわよ。……でも、ほとんどのヤツがアンタを嫌ってるのも事実ね」

 

そう言って、ミコトは立ち上がった。

 

「まぁ、アタシはそこの話には興味無いし。1つアドバイスするなら、別にアンタが何かしたわけじゃないって事ね」

 

なるほど、と彼は何故かすんなり納得出来た。

つまりはた迷惑なやっかみの的になっちまってるのか、そこまで理解した瞬間に、何だか全てがどうでも良くなってしまった。

 

 

 

 




とりあえず、更に新しいキャラクターの出現。
どんな子なんでしょうね? ニヨニヨ

さて、次はどんな話にしましょうか

楽しみにしていて下さい!!


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判断

イリヤの周囲を取り巻く空気は、悪化の一途を辿っている。

それはとうとう、ツバキやリンドウの目にも余るほどに


雨宮リンドウ。

 

フェンリル極東支部が誇る極東のエース神機使い。その戦績は、世界でも数少ない単独でのウロヴォロス討伐を始め、凄まじい、の一言に尽きるものだ。

 

そして、何よりも目を見張るべきは、彼が同行した任務は隊員の生還率が9割を超えている、そこにある。通常、どんなベテラン隊員が指揮を執っていたとしても保って1ヶ月。それまでの間に必ず隊員の内の1人は死ぬのだ。しかし、彼はその常識を唯一覆している。世界中の支部は勿論、本部ですら目を付けるほどの逸材である。

 

そんな彼は今、姉である雨宮ツバキの部屋にいる。

 

決していかがわしい理由では無いし、そもそも“そう言うこと”をするのならもう相手もいる。相手のことは、この際割愛しておく。

 

「で、姉上は一体何の用で俺を呼びつけたんですか?」

 

リンドウの、いつも通りのおどけた口調

 

「姉上でなく大尉……いや、今はそれはどうでも良いか。お前も何となく察しているだろう。例の新人のことだ」

 

今の今まで溜め込んでいた全ての陰鬱事項を晴らすかのような重たい溜息と共に、そう言った。

 

それで、リンドウはツバキが何の話を持ちかけたいのかを察した。

 

「少し前にアイツとは面談をしてみたのだが……良くない傾向だ。非常に良くない」

 

「イリヤが何か言ったのか?」

 

「私が“最近随分と戦い方が荒んでいるみたいだが、何かストレスを溜め込んでいるのか?”と訊いたら“任務に行くことである程度発散しているから問題ない”と。おおありだあの馬鹿者め……」

 

「……少し嫌な物言いだが、例えそうだとしてもアラガミをぶち殺してるならゴッドイーターとしては問題ねぇだろ」

 

「……本気で言っているのか?」

 

底冷えするような重たい声色で、睨み付ける。

 

その発言は、人事管理責任者としても一個人としても到底聞き流すことが出来るものでは無かった。

 

しかし、その怒りも次のリンドウの言葉で、アッサリと剥がし落とされる。

 

「姉上がどの立場で言っているかによるな。勿論、俺だって一人間として今のイリヤの状態を見るって話なら、非常によろしくないことくらい分かる。だが、あくまで上官として見るのなら別に問題は無い。アイツを“アラガミを殺すための駒”として見るならな」

 

衝撃を受けた。

まさか、リンドウからこんなクズの指揮官のような発言を聞くとは思っていなかったからだ。しかし、彼の言い分ももっともであり、落ち着いて受け流す。

 

「……無論前者だ。一人間としての私の意見であり、一人間としてイリヤの今の状態が良くないと言っている。これを見てみろ」

 

また溜息を吐きながら、ツバキはリンドウに薄いファイルを渡した。その中に挟まれていたのは、ここ最近のイリヤに関する戦闘成績や生活態度、健康状態を示したグラフで埋められていた。

 

「おぉ、こりゃ凄ぇな。ぐんぐん戦績が伸びてる」

 

「馬鹿者、そこも確かに目を見張るものがあるが、それが重要なわけじゃ無い。他のグラフや追記事項にも目を通してみろ」

 

リンドウは言われた通り、他の表や記載にも一通り目を通していった。

 

生活態度に関しては、概ね良好。むしろ、余りにも抑揚がなさ過ぎて逆に気味が悪いとすら言える。どんなに優秀で真面目な隊員でも、もう少し動きがある。

 

次に、健康状態。リンドウに医療関係の知識があるわけでも無いので、詳しい数値の意味などは理解できなかったが、睡眠中の脳波のグラフの形が段々変になっていっているのは何となく理解できた。健康状態も、あまりいい顔が出来る印象ではない。

 

補足事項や追記事項には、「コミュニケーションに対して消極的」、「周囲から孤立しがちの傾向あり」、「他の神機使い達からの心証が悪い」等と散々なことが書き足されていた。

 

その中でも、リンドウの目を引いたのは「任務の度に神機の破損の程度が酷くなっている」と言う記載だ。その筆跡は、彼自身もよく世話になっているリッカのものであり、ツバキの言っていた“戦い方が荒んでいる”と言う言い回しに得心いく。。

 

「……なるほど。こりゃあ、相当よろしくないな」

 

「分かるか?」

 

「さっき姉上が言っていたイリヤの話も、何となく意味が分かった。まぁ間違いなくアイツは…」

「任務に行くことで溜め込んでいるストレスを発散している。それも、徐々にエスカレートしている。それは、リッカの書き足しを見れば分かる」

 

「流石姉上」

 

感嘆の溜息と共に、懐のタバコに手を伸ばす。

 

「この部屋は禁煙だ。私がいる空間は全て禁煙だ」

 

「うへぇ、そりゃないぜ……。にしても、アイツが相当ストレス溜めてるのは分かった。だが、何で俺だ?」

 

「貴様、タバコと酒の配給を差し止めにするぞ」

 

「……悪いが姉上。俺が面倒を見切れるのは、あくまで一神機使いとしてのイリヤまでだ。そこから先は俺には手を出し切れん。それ以上のことは、隊長の仕事というよりカウンセラーの仕事だ」

 

「……あのことを引きずっているのか?」

 

「まぁ、それもあるっちゃある」

 

「……確かに教育期間の時点で私もアイツの扱い方……接し方や待遇を間違えたのも多分に影響しているんだろうな」

 

「……姉上。何が言いたい。アンタにしては珍しく歯切れの悪い物言いだぜ?」

 

「……」

 

ジッと、心の底を見抜くような鋭い視線に、ツバキは口を噤む。

 

「アイツが心配なのは分かる。俺だってイリヤのことは1人の部下として心配だ。できる限り守ってやりたい。だが、俺に出来るのは精々アイツのガーゼになることまでだ。それ以上に踏み込もうとすれば、あいつ個人だけじゃなく、アナグラ全体として拙い状態に陥りかねない」

 

「……変わったな、お前も」

 

「独善だけで動けば別なところで厄介ごとを招く。それで人が死ぬのなら、尚避けるべきだ……そう考える時点で、俺も相当冷たいな」

 

自嘲的な笑みを浮かべるリンドウ。

 

やはり癒えるものでは無いか、かつてのリンドウからはかけ離れた冷静で冷徹な態度に姉として悔しさを覚える。

 

「……あと、愚痴のついでに言っておくか」

 

「……何だ?」

 

「姉上がよく“上官として云々”って個人のトラブルに積極的に関わろうとしないがな、俺だってその言い訳は使えるんだぜ?」

 

「……皮肉か?」

 

苦しいことを言われた、その思いと一緒に重く苦々しくそう吐き捨てる。

 

彼女も理解しているのだ。自身の干渉で部隊の運用に支障を出すわけには行かない、その言い訳で自分の身を守り、下の者に嫌な役を押しつけていることを。

 

「愚痴のついでっつったろ。ただの独り言だ」

 

ばつの悪そうな口調でリンドウがそう付け足す。

 

(お前は根が優しいままなんだな、リンドウ)

 

今で尚変わっていないリンドウの根の優しさが、彼を苦しめていることをツバキは何となく察していた。

 

優しさが故に人を傷つけ取り返しのつかない事態に陥った。だから、その優しさから極力目を逸らすようになってしまった。そして、優しさを捨てきることが出来なかったからこそ、今も迷ってあるのだ。かつての出来事にも、今目の前にある問題にも。

 

「……ミコトは立ち直ったぞ?」

 

本当に自分は汚い。自己嫌悪に耐えながらも、その名前を出してしまう。

 

「……俺はアイツほど強くねぇってだけだろ。あと、ミコトを引き合いに出すのは卑怯だぞ姉上」

 

「っ……」

 

これ以上は、お互いの精神衛生上良くない。

 

「すまなかった。手間を取らせて悪かったな、戻って良いぞ」

 

沈んだ声のままツバキはそう言って、リンドウを開放した。

 

「……」

 

リンドウは、何かを言おうとして、それを言い淀んだまま部屋を後にした。

 

「……クソッ!!」

 

やり場のない苛立ちを、ファイルを床に叩きつけることでどうにか消化する。

 

叩きつけられたファイルは、イリヤに関する周囲からの所見が書き連ねられているページが開いていた。

 

そこには_____

 

 

 

“人殺しのゴッドイーターとは任務に行きたくない”

“殺人犯が何故? 信用できない”

“上層部の判断を疑う。どうして犯罪者を神機使いにしたのか? 他にも適合者はいただろうに”

“気味が悪い人間。どうして神機使いになれた?”

 

 

 

 

 

 

      

       “ここにいて欲しくない”

 




少し視点を変えてみました。

久々にシリアスな感じ……と言うよりやや鬱?

とりあえず頑張ってみます!!!

応援、コメントなどよろしくです!!!

楽しみにしていて下さいm(_ _)m


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混沌汚濁

濁る空気は、とどまることを知らない。

誰にも、止めることも出来ない。


「おい、アイツだ」

 

「チッ、気分悪ぃな」

 

「流石元人殺し、か。むかつく目つきだ」

 

またか、と思いつつ左の耳から聞き入れて右耳から抜けていく。

 

「アイツと一緒の場所で飯食ってたら不味く感じるぜ」

 

「あーあ、殺人鬼と一緒の飯かぁ! 俺達の立場も随分悪くなったな? それとも殺人鬼が偉い世の中に変わったのかぁ??」

 

「ただでさえ不味い飯が喉も通らなくなっちまった」

 

影口にすらなってねぇぞ、情緒を半分ほど切り捨てた思考で冷静に突っ込みを入れる。

 

イリヤを取り巻く環境は、ほぼ最悪といって過言では無い状況であった。アナグラにいるほとんどの神機使いが彼の顔を見るなり、明らかに嫌そうな顔をする。前までは陰口と言えたものも、今では本人がいるのを分かった上でわざと聞こえるように言っている傾向がある。

 

(あ~、うぜぇな……)

 

久しく忘れていた荒んだ言葉も、今では常習的に使うようになってしまったあたり、イリヤ自身嫌気がさす。

 

だが、わざわざ態度に出すことはしない。そこで態度で示せば、もっと悪い方へと時点が進むと、直感的に理解しているからだ。

 

せめてもの救いは、誰も直接手を出してこないことか。そこだけは、自分に着いた“元殺人鬼”のあだ名に感謝する。そのあだ名のおかげで、下手に手を出したら酷い目に遭う、と向こうが勝手に思い込んでいるのだ。

 

(手前ぇらが付けたあだ名だろうに……)

 

内心で小馬鹿にする。

 

「あ~、やっぱりうぜぇな」

 

つい口をついて出てしまった、内心の悪態。

しまった、と思ったときにはもう遅い。

結構ハッキリとした声で言ってしまったから、他の神機使いや職員達にもしっかりと聞き取られた。

 

周囲が一斉にざわめく。

 

(あぁ、やっちまった)

 

若干の後悔を感じながら天井を仰ぐ。

 

(自分で自分の首を絞めるって、バカか俺は)

 

どうしようもない自己嫌悪に陥りながら、彼は席を立って食堂から逃げるように出ていった。

 

 

 

新人フロアの長椅子に座り込む。

 

頭を垂れているのは、常日頃のストレスに加えてつい先ほどの失言によるものだ。

 

「……やっちゃったわね」

 

いつの間にか目の前に立っていたのは、羽黒ミコト。特に感慨を含めていない声と目でイリヤに接する。

 

「気兼ねなくため息が吐けると思ったんだが」

 

「それは残念。ため息はまた今度ね」

 

そう言って、彼の隣に座る。

 

「……皆のアンタの心証、かなり酷いわよ」

 

「知ってる」

 

「……任務、行く?」

 

「前ので盛大に神機壊して今の俺は役立たず」

 

「あぁ、そう言えばリッカちゃんにも凄く怒られてたわね。“もっと神機を大切にしてあげて”って」

 

「……そう言えばまだ神機の名前つけてねぇ」

 

(相当キてるみたいね)

 

なんの脈絡もない言葉を紡いでいるイリヤの姿に、ミコトはそんなことを思った。最近ただでさえ抑揚のない口調になっていたのが、更に酷くなり、そして会話の脈絡ですら危うくなったとあれば、ほとんどまともではない。

 

「ミコトは任務行かなくて良いのか?」

 

「アタシもそれなりに嫌われてるしね。一緒に行ってくれる人はジーナさんや第2部隊の人達くらい」

 

「第1部隊はどうなんだ」

 

「それは……まぁ、アタシの方が少し避けてるのかな。うん、多分そうなんだろうね」

 

「どうしてだ?」

 

「まぁ、だいぶ前にね。色々とあったから」

 

(あまり踏み込まれたくねぇみたいだな)

 

ミコトの分かり易いくらいの会話の躱し方を見て、そう判断する。

 

「……少し身勝手なこと言うけど」

 

「何だ?」

 

「アンタ、もう少しバカになれたら楽だったろうね。変に賢いから、変なこと言われ出しても何も言い返さないし、それが続いてとうとう本当に何も言えないところまで追い詰められちゃってるでしょ? もう少し後先を考えない性格だったら、最初の時点で喚けたのにね」

 

ほんの少し同情の色を滲ませた声。

 

「……そんな生き方は考えたこともなかったな。つうか、そんな生き方をガキ共に教えるわけにも行かねぇしな。尚更選べねぇ生き方だ」

 

「子供? いるの?」

 

「……まぁ、今は治安維持部門の方で保護して貰ってるが、家族だ。ちなみに実子でも無けりゃ血の繋がりもねぇぞ」

 

「へぇ、知らなかった」

 

「訊かねぇから話さねぇ。そんだけだ」

 

そこで、会話が途切れた。

 

静かな時間が流れていく。

 

羽黒ミコトと言う女性は、イリヤにとって数少ない“敵ではない人物”だ。何故彼のことを嫌わないのか、その理由は知らないが、別に知りたくもない。同じように、何故自分に構うのかも分からないが、それにも興味がない。

 

ただイリヤにとっては、パーソナルエリアに踏み込まれても別に気にならない人物だからどうでも良い、という側面が強かった。

 

(まるで数年前の私の男版ね)

 

ミコトは、自分の隣に座っている男がで日々くたびれて行っている姿を見てそう思った。

 

彼女としても今の彼の姿は、哀れ、としか言いようが無い。

 

彼には落ち度がない。ただ周りが勝手に騒いで、本人がそれに呑み込まれて溺れてしまっているだけだ。

 

(ほんと、哀れね)

 

静かな溜息が、沈黙の中に溶けていく。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

楠リッカは、激昂と心配の両方を抱え込んでいた。

 

無論、その対象はイリヤである。

 

ここ最近のイリヤの、神機の扱いの荒さには怒りを覚えるものがある。何でもかんでも無理矢理叩き割った結果なのか、最初は美しさを讃えていたブレードパーツも、日を追うごとに痛々しい姿に変わっていく。

 

そして、何の考えもなくそんな風にしているのなら彼女は本気でイリヤをスパナで殴り飛ばしているところだが、神機整備士という立場故か噂などに耳敏い彼女は今イリヤが他の神機使い達からどう言う目で見られているのかを知っている。そして、それが何の根拠もない戯言であること、何よりもそれを溜め込んでしまっているイリヤのことも。

 

(……キミもキミのご主人も難儀なんだね)

 

悲しげな目で、イリヤの神機___“ミナシゴ”を見つめる。

 

(イリヤ君も、結構不器用な性格みたいだし……任務に行ってるのもほとんど八つ当たりのためみたいなものだし)

 

どうしたものか、と考えるのと同時に、まるであのときのようだ、とも思っていた。その“あのとき”の時点では彼女は正規の神機整備士ではなかったが、あのときの居心地の悪い空気は、今でも覚えている。彼女の父でさえ、ただでさえ少なかった口数が更に減ってしまったほどだ。

 

(また誰か死んじゃうのかな……)

 

半ば諦めたような思考でその考えに至り、何を馬鹿なことを、とその考えを振り払う。人が死ぬことを前提に考えるのは指揮官の仕事であって彼女の仕事ではない。むしろ、彼女はその死亡する確率を可能な限り減らすのが仕事だ。

 

(不安……だな……)

 

自分にはどうにも出来ない全体の空気。

 

そして、その空気が呼び寄せる結果は絶対に悪いものだ。結論の1例を知っている彼女としては、手が出せないことがもどかしく、どうにも出来ない自分が情け無く思えた。

 

 

彼女の心は、涙をにじませていた。

 

 

 

 

そして神機が、コトリと震えていた。

 

 

 

 

 

 

______痛い、痛いよ

 

 

 




さて、どうなることやら……

頑張りますよ!

おうえんよろしくおねがいします!!!


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愚衆醜悪 前

アナグラを取り巻く悪意の渦。

悪意の行き着く先は一体何なのか……


藤木コウタと言う人間を一言で表現するのならば、まさにお調子者である。しかし、本人が気付いているかは不明だが、そのお調子者は自分の憶病さを誤魔化すためのものでもある。

 

コウタの周囲も、ここ最近彼に対する態度が変わってきていた。大概の神機使いの彼に対する当たりというか態度が、嫌に高圧的なのだ。

 

コウタ本人もその変化に気付けないほど鈍感ではない。むしろ憶病な彼は、そう言うことにはやけに敏感とさえ言える。

 

「藤木! もっとちゃんと撃てよ!!」

 

「おい、お前がしっかり撃たねぇからこっちが怪我したんだぞ! 分かってんのか!?」

 

横暴とさえ言えるような、先輩神機使い達の叱責。実戦経験が豊富な人間であれば、彼等の戦闘の流れを見た瞬間に、藤木に非は無い、と断言できるのだがコウタにはそれほどの経験は無い。

 

だからこそ、何か言われる度に

「すいません!!」

と頭を下げるしかやり方が無い。

 

コウタがいじめられている理由は明確であった。

イリヤという訳の分からない輩と仲が良い、と言う傍若無人極まりない理由だ。

 

そして、中途半端に敏感な彼は、そう言うところには気づけない。

 

アナグラの空気は、濁り続ける。

 

日を追うごとに、神機使い達の負傷頻度が上昇していく。同じく、神機の破損の程度もゆっくりと酷くなっていくばかり。

 

(酷ぇよ……)

 

ここ最近のコウタの頭の中はその言葉で一杯だった。

 

その姿に、初めの当たりに見せていたお調子者の面影は無く、憶病さと傷だらけの優しさがむき出しになっていた。

 

 

彼の心は、震えていた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

イリヤ・アクロワと言う男には、許せないことがある。家族、親友、大切な人___そう言った人達を傷つけようとする存在だ。

 

 

 

彼は、最近不自然な空気を感じ取っていた。

 

それは、前まで自分を嫌悪していた連中が急に大人しく___とは違う。とにかく、彼の周りで喚く輩が急に減ったのだ。無論、受け入れられたわけでは無く、本人もそれは理解している。

 

だからこそ、である。

 

何で急に静になった? 

 

彼は、それが気になって仕方が無かった。

 

 

 

 

「おい、藤木」

 

「…何ですか?」

 

 

コウタは、ここ最近やたらと自分に絡んでくる先輩神機使いに呼び出されていた。

 

「いやぁ、最近俺達もな。流石に酷いことをしすぎたかな、と思ってた所なんだ」

 

その言葉を聞いた瞬間に少し表情が明るくなった時点で、彼は優しすぎた。そして、そんな彼の弱点とも言える優しさを見逃す理由も無い。

 

「お前等、任務行ってこい。任務内容は俺が適当に見繕ってやる。2人とも生きて帰ってこれたら、今後お前等には一切干渉しない。何、ただの中型アラガミの討伐だよ」

 

寒気を覚えるほどの不自然な笑みと優しい声。

 

しかし、もはや誰かを疑うような精神力も残っていないコウタには、そんなことですら気づけない。

 

(ふん、バカが)

 

男は、目の前で嬉しそうな表情を隠そうともしない少年の姿を見ながら、内心ほくそ笑んでいた。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「な、なあイリヤ」

 

久々に話し掛けてきた声には、少し怯えの色と震えが孕まれていた。そこに気付いても、もはや今のイリヤにはそんなことはどうでも良くなっていた。

 

「何だ?」

 

「いやぁ、その…さ。一緒に任務いかね? コンゴウの討伐任務だよ」

 

流石に、彼の口から明確なアラガミの名前を聞くとは思っていなかったので、少し不自然さを感じる。何せ、少なくともイリヤが知っているコウタは、「あの恐い顔した二本脚の白いヤツ」とか「動かないアレ、針とかなんか変なので攻撃してくるヤツ」、「風船と女の子の上半身のヤツ」と言ったアホを丸出しの表現を使うのだ。その差違に違和感を覚える。

 

「……どうしてまたコンゴウなんだ?」

 

色々と含みのある質問を投げかけてみる。

 

「い、いやぁ……この間アイツにぼこぼこにされたからさ! そのリベンジだよ、リベンジ!」

 

(嘘臭ぇな)

 

そこまで考えて、それでも、まぁどうでも良いかと流してしまう。

 

神機の修理も終わっているし、彼本人としては久々に舞い込んできたストレス発散の機会だ。これを逃す手は無い。

 

「……分かった。任務受注はお前が済ませてくれ。俺は少し準備してくる」

 

「いや、もう受注は済んでるんだ。早く行こうぜ!」

 

やけに手際が良いことに、また不自然さを感じたが、やはりどうでも良いか、と流してしまっていた。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

2人が降り立ったのは廃寺エリア。比較的標高の高い地域にあるエリアで、その特性として未だに雪が溶けていない、通常のエリアよりもや空気が薄いと言ったことが挙げられる。

 

しかし、ゴッドイーターのヒトを遙かに上回る身体能力はそれしきの環境条件で怯むことは無い。

 

(雪、か……)

 

久しく忘れていた、情緒的な感想。

戦場に立っている方が気が休まる、それが異常であるという自覚が無いわけでは無い。しかし、今の彼にとっては外の世界にいる方が、よほど人間らしい感情を取り戻せるのだ。

 

「な、なぁ、イリヤ。どんな感じで行く?」

 

おもむろにコウタが訊いてきた。

 

その声は震えている。流石にその薄着なら寒くても仕方ない、と思いつつ恐らく寒いだけでは無いだろう、と察していた。怯えの震えだ、彼は経験的にそう判断した。しかし、それが何に対する怯えなのかまでは分からなかったが。

 

「まず気を付けることだが、ヤツはやたらと耳が良いらしい。移動中は極力音を立てるな。あと、戦闘が始まればコウタは一掃射ごとに、ポジションを移動しろ。同じ場所に突っ立ってるな。前衛は俺がやるから、お前はそのバックアップをメインに頼む。俺がお前の盾だ」

 

「分かった」

 

よし、とお互いの拳をぶつけ合う。

 

 

イリヤが前衛に立ち、5歩後方をコウタが続く。神機使いの、基本的なバディポジションだ。曲がり角にさしかかると、イリヤが“待て”のハンドサインを出す。そっと顔を覗かせて、視界にとらえられる範囲を素早く確認する。

 

(いねぇ……が、気配はする)

 

ズン、ズン、と重量を感じさせる足音のような音が彼の耳に入る。

 

“敵、姿確認できず。されど気配あり。要警戒”のハンドサインをコウタに飛ばす。数秒してから右肩を2回叩かれた。これは、了解の意味だ。

 

2人は、静かに進みはじめた。

 

坂を上って行くにつれて、徐々に例の足音が鮮明かつ存在感を明確にしていく。

 

“敵、近し。戦闘用意”

 

ハンドサインを送り、了解の返答。

壁に張り付き、僅かに顔を覗かせる。

 

すると、ノルンの資料でしか見たことの無かった中型アラガミ“コンゴウ”が確かにそこにいた。背中をこちらに向けていて、2人の存在に気付いた気配は無い。

 

“敵発見。スリーカウントで突入”

 

身体を壁に隠して、コウタに向き直るとそのハンドサインを示す。コウタは、頷くことで了解の返答。

 

壁から少し離れて、3本指を立てた拳を出す。

 

“……3、2、1”

 

2人は同時に躍り出た。

 

コウタは、コンゴウを見つけるなりすぐに銃撃を開始。イリヤもガンフォームに変形させて射撃しながら対象との距離を詰めていく。

 

適度に近付いた瞬間、ソードフォームに変形。同時にポーチからスタングレネードを取り出し

 

「対閃光、対音響!!」

 

叫びながらコンゴウに投げつけた。

 

スタングレネードはやや直線的な軌道を描き、コンゴウの目と鼻の先で炸裂。アラガミとて、確かに物理的な破壊は不可能だが光刺激や音刺激はちゃんと認識できる。下手な生物より鋭敏化された五感には、なおのこと効果的なのだ。

 

両手で顔を覆いながら、数歩後ずさりうずくまる。

 

(そこ)

 

ステップと同時にコンゴウの横っ腹を切り抜く。すぐに身を切り返し、更にもう一撃を加える。どの傷も、さして深くない。

 

(手数)

 

ただひたすらに、隙がある場所に向かって切り込み続ける。感触は金属製の板を浅く削りえぐるような手応えの薄いものばかりだが、そんなことはどうでも良いのだ。

 

ひたすらに、手数で攻める。

 

スタン状態からは既に立ち直っていたが、イリヤにはそんなことは関係ない。ひたすら切り込む。

 

手数戦方は本来バスタータイプのブレードに向いていないものだが、イリヤはそれをステップを用いた一撃離脱戦法で成し遂げる。下手なブレードパーツよりもよほど重たいバスタータイプはそれだけでも、充分にダメージを与えられる。

 

(少し疲れた……)

 

息が上がってきた頃合いだ。

これ以上続けるとスタミナ切れを起こす。例えほんの一瞬であろうと、不動の時間を敵に晒すわけには行かない。

 

「コウタ!! 少しそっちに引きつけてくれ!!」

 

「分かった!」

 

コウタの銃撃がコンゴウの顔面に集中する。

 

痛覚からきているのか、コンゴウが呻き声を上げる。しかし、次の瞬間コンゴウが攻勢に転じた。

 

(ん?)

 

コンゴウは、少し身を引いた後小さく跳躍した。

 

 

そして_____

 

 

「コウタ避けろっ!!!!」

 

 

反射的にガンフォームに変形させて、縦スピンでコウタに直進していくコンゴウにレーザーを撃ち込む。

 

僅かにバランスを崩し、コウタはそれを見逃さずに回避する。そして、更に銃撃。

 

少しずつ削られていくオラクル細胞制の表皮。コンゴウは何カ所からか体液を流していた。

 

(もう少し圧高めの攻め)

 

コンゴウの全体的な傷の程度を見て早判断すると、彼は、コンゴウと自分を結ぶ線の上にホールドとラップを設置。

 

「コウタ! こっちまで来い!!」

 

コウタに向かって叫ぶ。彼もイリヤが何を狙っているのかを即時に理解し、攻撃を中断して後退する。

 

イリヤは、トラップを設置した場所からワンステップ後退する。コンゴウが彼と正対した。

 

(来い…!)

 

しかしイリヤは見誤っていた。まだ、コンゴウの攻勢は続いていたのだ。

コンゴウが、重心を後ろに下げて頭を下に下げて体制を作る。

 

(何だ?)

 

コンゴウの目の前で、大気の渦が形成されていく。

 

やべぇ!! そして彼はコウタの前に位置取った。

 

すぐさまシールドを展開。

 

ドウッ、と言う音が聞こえた瞬間シールドに信じられないほど重たい衝撃が襲いかかった。そして、更に重たい衝撃が襲いかかり、イリヤは耐えきれずに弾かれた。

 

 

「ぅがはっ!?」

 

 

石壁に叩きつけられ、小さなクレーターの中に埋まる。

 

肋骨を何本か折られた、脇腹に広がる鈍痛に戦闘とは別な思考がそう判断する。奇跡的に頭部の負傷は免れ、脳しんとうにはならなかった。

 

「チクショォーーー!!!!」

 

コウタの怒声と共に、複数の銃弾がコンゴウの側面に襲いかかる。

 

「あぁ、まったくもって畜生だ」

 

うっかりと相手の攻撃を許した自分に畜生。相手の攻撃を受けて怪我をした自分の間抜けさに畜生。

 

コウタを、自分の大切な友人を傷つけようとしているコンゴウに畜生。

 

ユラリ、と立ち上がる。

 

意識が、混濁する。

 

幻聴が聞こえる。

 

ハッキリとは聞こえないが、きっと自分の陰口に違いない。それに、ちゃんと聞こうとも思わない。

 

あぁ、うぜぇ。

 

苛々する。自分にも。敵にも。

自分に都合の悪い全てに苛々する。

 

発散しねぇと。

 

 

 

爆発しちまいそうだ。

 

 

 

 

 

        ……このド畜生が。

 

 

 

 

 

彼は、神機を握り直しただ目の前の“敵”に向かって突っ込んだ。

 

コンゴウの側面から、シールドで打撃。体制が崩れた瞬間を見逃さず、更に打撃を加える。

 

 

うぜぇ。

 

 

きえろ。

 

 

苛々する。

 

 

ド畜生が。

 

 

 

盾が使い物にならなくなった瞬間、斬撃に切り替える。

 

ガンっと言う硬質な反発や、グシャリと言う肉を潰すような感触が、不規則に柄から全身へと伝わる。

 

 

気持ち悪ぃな。

 

 

さっさと。

 

 

くたばれよ。

 

 

クソッタレが。

 

 

返り血の雨を全身に受けながら、腕の筋肉がきしみを上げている中、それでも一切手を緩めること無く、力任せに斬り付けていく。

 

 

ゴシャッ。

 

 

グチャッ。

 

 

「…イ!」

 

 

ズシャッ。

 

 

「オイ!」

 

 

ドスン。

 

 

「おいイリヤ!」

 

 

ズンっ。

 

 

 

ズンっ。

 

 

ガシッ。

「しっかりしろよイリヤ! コンゴウはもう死んでるって! どうしたんだよ!?」

「!?」

 

 

気が付けば、コウタに止められていた。

目の前の少年は、心配そうに、本当に心配そうな目でイリヤの目を見続けている。

 

イリヤには、何が起きたのか理解が出来なかった。

 

 

「イリヤ、落ち着けよ……な?」

 

 

「あ……え、あ」

 

 

「ほら、深呼吸だよ」

 

言われた通り、何回か深呼吸をする。

 

「……落ち着いたか?」

 

「あ、あぁ。大丈、夫……だ。」

 

「ほら、さっさとコア取り出して帰ろうぜ」

 

「そう、だな」

 

落ち着きを取り戻し、グチャグチャになったコンゴウの死体に向かって捕食形態を取る。

 

その瞬間、ゾワリと背中に悪寒が走った。

 

「!?」

 

振り返り、神機を構える。

 

「どうしたんだよイリヤ? もうこのエリアは」

 

「……いやいる」

 

「え?」

 

             ・・・

「コウタ、この任務。本当にお前が受注したか?」

 

 

その瞬間、聞いたことの無い咆哮が響いた。

 

暴力的なまでの威圧感を孕んだそれは、全身に鳥肌を立たせるほどに恐ろしく。

 

生物の本能が“逃げろ”と叫ぶ。

 

同時に、“何が”が飛び降りてきた。ドシンと言う音と共に地面が揺れ、雪が舞う。

 

 

雪煙の中に隠れていたのは_____

 

 

 

 

「……ヴァジュラか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                ~続く~    



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愚衆醜悪 中

イリヤは死を覚悟せざるを得なかった。

そこまで追い詰められていた。


そして____



(あんなの勝てる分けねぇだろ、クソッタレが……)

 

イリヤは今、廃寺エリアの中を文字通り逃げ回っていた。物陰に隠れ、上がった息を何とか落ち着かせようとする。

 

身体は傷だらけ、神機もほとんど使い物にならなくなっていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「………ヴァジュラか」

 

 

突如、イリヤ達の目の前に現れたヴァジュラ。

 

その姿を見た瞬間に、撤退の2文字が浮かんだ。

 

とてもじゃないが、今の自分とコウタだけでは勝ち目が無いどころか逆に喰われる。

 

“目”を見た瞬間にそう悟ったのだ。

 

「コウタ、逃げるぞ!」

 

迷う暇を与えずに判断し、行動に移そうとしたとき。

 

コウタは固まっていた。

 

「どういうことだよ、話が違うじゃんか……」

 

うわごとのようにそう呟く姿は、目の前にいる恐怖で固まっているそれでは無い。

 

「ちっ…!」

 

コウタの腕を掴んで、走り出す。

 

アイツ約束守る気なんか無かったんだ、これじゃあ死ねって言ってるようなもんじゃねえか、等と力の抜けた声で呟き続けている。

 

気になる内容だが、今のイリヤにとってはどうでも良い。それよりも先に逃げることが先決なのだ。

 

逃げ回りながら、ヘリに救援要請を送る。

 

「こちらイリヤ2等兵! 任務中にアクシデント発生!! 救援をよこしてくれ!!」

 

『了解。すぐにヘリを出す』

 

「早くしてくれ、相手は……どわぁっ!?」

 

追いついてきたヴァジュラの攻撃で無線機を壊された。

 

ヤバいヤバいヤバい!!!! 背後に迫るヴァジュラの気配に全身が警鐘を打ち鳴らす。

 

「これでも喰らえ!!!」

 

ポーチからスタングレネードを取り出し、ヴァジュラに向かって投げつける。

 

その効果が発動されたかを確認することも無く、さらに走り出す。

 

後ろから破裂音とヴァジュラの悲鳴が聞こえる。どうやら効果を発揮したようだ。これで少しの間時間を稼げる。

 

だが。

 

時間を稼ぐだけでは何の解決にもならない。

 

それは理解している。

 

だからこその判断であった。

 

「コウタ、ここから先はお前1人で逃げろ。エリアの離脱ルートは分かるだろ? ヘリも呼んだ。任務中断時用の回収ポイントだ、分かるな? 早く行け!」

 

「え、あ、でも」

 

生気を失った目と声で、無理だ、と訴えかけてくる。

 

「良いから行け! 手前ぇ男だろうが!!!」

 

イリヤの、恐らく彼は初めて聞くであろう怒声に、ようやく正気を取り戻した。

 

「……絶対死ぬんじゃねぇぞ!! 絶対だからな!!」

 

「分かってる! さっさと行け」

 

ちゃんと心配してくれる仲間がいたことに、場違いながら胸が熱くなる思いだった。

 

イリヤは、コウタに背を向けてヴァジュラがいるであろうポイントへと走った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その結果、満身創痍で逃げ回っているイリヤがいる。

 

奇襲的に何度か攻撃をしかけたが、斬撃はろくに通らない、銃撃も充分なダメージが期待出来ない、盾はその前に自分でぶっ壊した、と話にならない結果である。 

 

(遺書なんて書いてねぇぞおい)

 

本当に、本当に死ぬかも知れない。そう思う。

 

弱気な考えでは無く、事実として勝算が無いのだ。コンマ数パーセントの話になれば別だが、今はそんな奇跡的な確率論にすがれる状況では無い。

 

コウタを逃がしてから、少なくとも3時間以上は経過していた。

 

(救援は来ねぇのか? あぁ来るわけねぇか。俺嫌われてんだった)

 

肩に積もる雪が、体温を奪っていく。

 

(死にたくはねぇが……やりようがねぇしな) 

 

披露と消耗でろくに身体を動かすことも出来ず、思考でさえ正常かどうかが怪しい。とにかく、身体が重たい。思考も、そんなに長く続かない。

 

(とりあえず……場所を変えるか)

 

せめて、これ以上体力を奪われないために、彼はエリアの一番奥にある境内を目指した。

 

運良く、ヴァジュラや他のアラガミと遭遇することも無く中に入り込めた。

 

(身を隠せる場所は……)

 

壁に開いた穴を見つけ、その中に入り込む。

 

(ここで凌ぐしかねぇな)

 

肩に積もっていた雪に今更気付き、払い落とす。

 

彼は壁にもたれかかったまま、ズルズルと滑りその場に座り込んだ。

 

(助けてくれ……誰か……)

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

______寒いよ……痛いよ

 

 

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  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「どうなっているっ!?」

 

ツバキはデスクを叩きつけるなりそう怒鳴った。

 

「いえ、確かに任務受注はされているんです!」

 

オペレーター___武内ヒバリはそんなツバキに怯まず、確かな事実を述べる。

 

「そんな馬鹿な話があるか! あのエリア付近の任務は軍曹以上の隊員しか受注できないはずだ!」

 

それでも、ツバキにはヒバリの言っていることがにわかには信じられなかった。

 

廃寺エリアは、現在ヴァジュラが確認されておりその排除が確認されるまでは任務受注に規制がかけられている。曹長以上の階級の隊員をリーダーとした軍曹以上の隊員による3名以上の部隊の編成をもって出撃を許可。

 

それなのに、新兵2人のチームで出撃など、普通ならあり得ない話だ。絶対に差し止められる。

 

そこまで考えが追いついた瞬間、ツバキは青ざめた。

 

(____まさか!?)

 

 

        

        意図的に仕組まれた?

 

 

 

 

そんな馬鹿な、とそれこそ笑い飛ばしたい。しかし、1度浮かんでしまったその予想は、あまりにも現実味を帯びていて、逆に決定的な否定が出来ない。

 

(いや、今はそれを考えるな。それよりも、救出が先だ)

 

出口の無い思考に陥りかけたところで、自分にブレーキをかけて冷静にさせる。

 

(現在救出に回せる部隊は……第5、6部隊。しかし、どちらの部隊も根本的に人員が足りていないし、そもそも到底ヴァジュラにかなうような部隊じゃ無い。やはり第1部隊の任務を中断させて救出に回すか……?)

 

「ツバキ大尉」

 

唐突に、呼び止められた。

 

そこにいたのは______

 

「ミコ……羽黒曹長か。何だ?」

 

「イリヤ2等兵の救出要員に加えて下さい」

 

「……駄目だ」

 

「何故ですか?」

 

「お前では力不足だからだ」

 

「誰も、ヴァジュラを討伐するとは言っていません。イリヤ2等兵を救出するだけなら問題ないはずですが?」

 

「そもそも、貴様に部隊を統率する能力があるのか?」

 

汚い。自分でもそう思う。

ミコトも、そろ言葉に何も言い返せない。何故言い返せないのか、何故言い返さないのか、その理由はお互いに知っている。

 

 

ミコトは他の神機使いから好かれていない。

 

 

本人のプライベートにまで関わるようなことを引き合いに出すことが、どれだけ卑怯なのかはツバキもよく知っている。

 

しかし、現実問題としてミコトには荷が重い。それも確かな事実であり、だからこそ行かせるわけにいかない。

 

(どうする? どうしたら良い!?)

 

徐々に混乱していく思考。

 

正常な判断を下せない。

 

その時だった。

 

「え? 何これ……?」

 

ヒバリの声だった。それは、自分の理解が及ばない範囲の出来事に困惑している声。

 

「どうした!?」

 

「輸送ヘリが1機出撃しました……進路は廃寺エリアです」

 

「何だと? 馬鹿な!? 今出撃できる神機使いはいないはずだ!!!」

 

 

意味不明の事態の連続に、アナグラの中に混乱が渦巻く。

その中で、ただ1人____百田ゲンだけが落ち着きを払っていた。

 

(……多分、アイツだな)

 

 

 

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  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

ヘリのローターが大気を切り裂く。

 

「久々の外出かと思ってたんだがな……」

 

(あんな必死にせがまれちゃあなぁ……断れねぇな)

 

男は、ヘリポートで出会った初対面の少年に泣きつかれた瞬間のことを思い出した。何故か断れなかった。

 

しかし、彼にとってはどうでも良いことだ。

 

(久々に聞いた名前だったなぁ……)

 

ヘリのローターが大気を切り裂く。

 

クヒヒヒ、と耳障りな笑い声を載せて_____    

 

 

 

               ~続く~

 




何か自己満足の真っ最中です。

頑張ります!!

応援よろしくお願いします!!!


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愚衆醜悪 後

逃げるイリヤ。

そして、死を覚悟したとき____


「おぉ~、今も昔も寒いまんまか……」

 

その地に降り立った男は、昔と変わることの無い風の振る舞いに、かつてこの戦場で起きた“思い出”を思い出していた。

 

「よっこら…せっとぉ」

 

自身の神機“神墜”を引きずり出して、肩に担ぐ。

ガトリング方の銃身が、鈍色に光る。

 

「さぁて、行くか……待ってろよ」

 

 

 

 

         イリヤさんよ

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

混濁。

 

まどろみ。

 

例えゴッドイーターであろうと、やはり結局は恒温動物。いくら身体能力を強化したところで、種としての限界を飛び越えることは出来ないらしい。

 

(寒ぃ……のか?)

 

もはや、寒いの寒くないのと言った以前の問題で、温度感覚が麻痺してしまっている。雪に晒される場所では無いが、いくら屋根の下と言ってもそもそもの冷気はどうにも出来ないらしい。

 

ガチガチと歯が鳴る。

 

(震えられてる間はまだ良いがな……)

 

その震えすら出来なくなったとき、彼は神機使いとしてでは無くただ生き物として死ぬ。寒さに体力を奪われて、野垂れ死ぬ。

 

少しでも体温を逃すまいとして、更に身を縮める。

 

(腹は……減ったな…。まだ寒い……な。眠たいのは我慢)

 

生理的欲求がまだ死んでいない事を確認して、気休めの材料を増やす。気休めを求める時点で、まだギリギリ正常な判断力がある、とも言える。

 

しかし、気休めは所詮気休めでしか無い。

 

ジワリ、ジワリ、と体力が奪われていく実感だけが明確にある。それに抗う方法は、無い。

 

(ちくしょう……まだ死にたくねぇぞ俺は)

 

少しずつかすんでいく視界。

 

抗いきれないほどの眠気が彼を襲う。

 

 

その時だった。

 

 

____クスン、クスン

 

 

啜り泣くような声が聞こえた気がした。

 

(あ? 幻聴か?)

 

 

____痛いよ

 

 

(やべぇ、いよいよ死ぬのか俺は)

 

幻聴だと信じ、自身の意識を手放しそうになった瞬間。

 

 

熱を感じた。

 

 

 

「痛い、痛いよ……」

 

 

 

声が、ハッキリと、聞こえた。

 

その瞬間、白い光が周囲を包みこんだ。

 

(?……現実、なのか…?)

 

ぼんやりとした温みを持ったその光がイリヤの周囲を包み込み、彼に熱を与える。

 

光が身体の中に入ってくる度に、震えがおさまり、五感が戻ってくる。

 

寒さは、感じなくなっていた。

 

「痛い……もうやだ……」

 

いつの間にか、そこに少女がいた。

 

こちらに背中を向けて、小さく、怯えるようにうずくまっている。

 

薄い黄色を帯びた長い銀髪。陶器のような白くきめの細かい肌。女性的な柔らかく細いラインの肩。病的な雰囲気を醸し出す、薄手の白いワンピース。

 

ただ、イリヤはその少女が人間では無いと言うことだけは理解していた。いくら全体のシルエットが人間のものだろうと、その身体は幻想的な淡い光を放っているのだから。

 

「……誰だ?」

 

いつの間にか無意識に、そう訊いていた。

 

「え?」     

 

弱々しい声の少女が、振り向く。

 

その横顔を見たとき、イリヤはゾッとした。

 

血に塗れた、顔面。その大きな愛らしい赤みの強い橙色の瞳からは、大粒の涙が止めどなく溢れ、頬を伝っている。顎まで降りた涙は、血に染まり赤黒い滴となって落ちる。

 

よく見れば、少女は体中に傷を負っていた。体中、至る所に血が滲んでいたり、アザが出来ていたり。少女と言うには、あまりにも哀れな姿だ。

 

「……誰? 私が見えるの?」

 

怯えきった仔犬のような目つきで問いかけられる。

 

「見えてる、んだろうな。こうして話せてるわけだしな。あぁ、あと名前はイリヤだ……お前は?」

 

何故か、イリヤは警戒心を抱くことも無く、少女に問いかけていた。むしろ、彼は少女に対して親近感にも似た感情を抱いている。

 

「………ずっと前はカエデって呼ばれてた…。今は、誰も私を名前で呼んでくれない……」

 

「そう、か……ん?」

 

そこで彼は気付く。“ずっと前は”と言うワードの存在に。

そして、何故か少女の全てを理解した。出来てしまったのだ。

 

「……“ミナシゴ”」

 

そう呼ばれた瞬間、彼女は明らかに肩を震わせた。

 

「やっぱり、か……」

 

「え? あなた誰なの? 何でその名前を……?」

 

少女___カエデはハッキリと怯えの視線を彼に向けていた。

 

そして、警戒をするためかカエデは彼と真っ向から向き合った。怯えきった表情のまま。

 

そして、イリヤは2度目の底冷えを感じた。

 

(なっ……)

 

胸の真ん中よりやや左寄りの部分。

ぽっかりと穴が開いていた。

 

「?………!? いや!! 見ないで!!!!」

 

カエデはその穴を両手で塞ぐように隠した。

 

「……」

 

イリヤは、もはや何も言えなかった。否、何も口にすることを彼自身が許さなかった。

 

悟ってしまったのだ。

 

少女の、全身から滲む血の由来を。涙のワケを。

 

(全部……俺がやったこと、なんだな)

 

痛々しい少女の姿を見て、彼は罪悪感に押し潰されそうになった。

 

「お前……神機、なんだな?」

 

「誰なのよ……あなたは……?」

 

そう問われて、一瞬息を詰まらせる。

名乗らなければならないのか、心のどこかでそんな呟きが聞こえる。何も知らない傷まみれの少女に、傷つけた張本人が名を名乗り、そして少女を傷つけた本人だと改めて伝える。少女にも悪い気がするし、何よりも自分が傷つきたくないという本音がある。

 

しかし、少女の瞳には耐えられなかった。

 

「今のお前の使い手……だ」

 

少女の表情が固まった。

 

(そりゃあそうなるだろうな。何せ自分を傷つけた張本人とご対面なワケだ)

 

少女のリアクションを見て、自嘲気味にそう思う。事実、内心は自身を嘲笑っている。

 

「……」

 

「恨み辛みとかねぇのか?」

 

半ばやけになってそう訊いた。蘇ってきた情緒的な心が、自分を殴りつけてやりたいと責め立てる。

 

「……やっぱり、私なのね」

 

呟くような、少なくともイリヤには向けていない言葉。ただ、彼にはその声が随分サッパリとし過ぎな声に聞こえた。

 

(………何なんだ?)

 

「………ねぇ、イリヤ……だったかしら」

 

どこか遠いところを見つめていた目が、急に彼を見据えた。

 

「合ってる。…何だ?」

 

「名前……ちょうだい」

 

「……は?」

 

「名前よ。つけてちょうだい」

 

「何でだ? カエデって呼ばれてたんだろ。ならそれで良いんじゃねぇのか?」

 

「………その名前は……あの人にしか呼ばれたくないし。それに、その名前で呼ばれると嫌になるから」

 

あの人、と言う言葉に引っかかったが彼はそれには触れなかった。恐らく、触れない方がお互いのためだと感じたからだ。

 

「名前……ねぇ。つける分には構わねぇが、その前に1つ訊いて良いか?」

 

「何?」

 

「俺は、今までお前を傷つけてきた男だ。今日もお前のことをボロボロにした。お前は、俺が憎くないのか?」

 

これは、イリヤとしては放置しておけない話であった。果たして、今まで彼女を傷つけてきた自分は、これから先彼女を振るう資格があるのか。そもそも、人の姿を見た瞬間に罪悪感を覚えてしまったことにも嫌悪感が沸いてくるのだ。

 

「俺は、お前のその姿を見るまで何にも気付いていなかったような男だ。お前は、それでも良いのか?」

 

その問いに彼女は。

 

「殺せるなら殺したいわよ」

 

先ほどまでの、怯えきった仔犬のような雰囲気はなりを潜め、ただひたすらに冷たい声。まるで、氷の塊を胃袋にねじ込まれたような気分だ。

 

「___って言って、あなた素直に殺されるの?」

 

彼は、そう言って自分を見据える少女の目を見て、彼女の本質の片鱗を理解した。

 

(……アラガミと同じ目だ)

 

しかし、アラガミを彷彿とさせた目は、みるみる弱々しい先ほどまでの子犬の目に変わる。

 

その1連の様子を見て。

 

「無理だな」

 

何となく。しかし、確信を持って応えた。

 

「あぁ、殺されねぇだろうな。素直には」

 

そして、彼は何となくだが。きっと彼女は自ら人間を殺せないだろう、と思った。どれほどの殺意と憎悪に塗れてしまったとしても。彼女は、例えるなら猟犬だ。獲物を与えられ、それを狩り殺すことに秀でた猟犬。見境の無い野良犬では無い。

 

「……分かったよ、名前だな?」

 

彼は、それ以上考えるのを止めた。

意味が無いと悟ったのだ。

 

 

「名前ねぇ………久しぶりだな」

 

 

長らく忘れていた感覚。

 

 

「………仔犬……シシェノーク…………シノ」

 

 

何かがはまった。ピッタリと。

 

 

「シノ。お前の名前、シノ。文句ねぇな?」

 

 

「シノ……うん、良いわ」

 

 

少女___シノはその名前を受け入れた。

 

その瞬間、周囲を包んでいた光が段々と薄らぎ始めた。

 

「……そう言えば1つ教えておくわ」

 

前触れも無く、シノは口を開いた。

 

「きっと、あなたが最後よ」

 

やけにぼんやりと曇って聞こえる声だった。ハッキリと声を認識しているのに、頭の中で活字化した途端にぼやがかかるような、不思議な感覚。

 

「どう言う意味だ?」

 

「さて、もうそろそろ時間ね」

 

「おい!」

 

話は一方的に切り上げられ、周りを包み込んでいた淡い光も全て消え去ってしまった。

 

 

 

そして、とうとうヴァジュラが宮内に現れた。

 

 

 

 

                ~続く~



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愚衆醜悪 完

五感が死ぬような寒さは感じない。むしろ、少し暑いとさえ思えるような状態だ。

 

恐らくシノが作り出していた___としか思えないあの空間を包み込んでいた光の影響だろう。あれが身体の中に入り込む度に、五感が正常に回復していったのだ。

 

今考えると、何がトリガーであの現象が発現したのかがよく分からないが、そんなもの後で考えれば良い。

 

 

環境に耐えきれず野垂れ死ぬ、その道は免れた。しかし、もっと現実的な脅威___ヴァジュラが、本当にすぐそこにいる。

 

 

(……あの光、身体を温めるだけで傷を癒やしたりする効果はねぇのか)

 

五感がしっかりと戻ってきた途端に、全身がズキズキと痛み出した。コンゴウにやられたもの、ヴァジュラにボコボコにされて出来たもの。何であれ、今の彼は満身創痍である。

 

(気付かねぇでくれよ……)

 

息を潜め、ヴァジュラが出て行くことをただ祈る。祈るしか、今の彼には出来ない。

 

戦闘など、出来ない。きっと今の彼が攻勢に転じようとしても、すぐに返り討ちに遭って一方的になぶり殺しにされる。

 

見つかるな、ただそれだけを考えできうる限り最大限に気配を殺す。

 

呼吸音を、身じろぎ1つを確実に小さくする。

 

ズシン、ズシン、とヴァジュラが1歩を歩く度に重量を感じさせる足音と、揺れを感じる。動き回る度に、天井からぱらぱらと木くずや、雪が落ちてくる。

 

足音が、近い。

 

ヴァジュラが動く度に、イリヤが座り込んでいる床が、もたれかかっている壁がギィと木質のきしみを上げる。

 

 

ギ、ギィ、ギィ、ギギィ

 

 

(……拙い!!!!)

 

 

そう思った瞬間、おもむろにヴァジュラが周囲の壁を破壊し始めた。

 

(バレた!!)

 

舌打ちしたいのを堪えて、その場からの離脱を試みる。

 

同時に、さっきまで自分が身を任せていた場所がぶち破られた。

 

木片が飛び散り、1部は彼に襲いかかる。

 

(見つかった…!!!!)

 

舞い上がる塵、ぱらぱらと落ちてくる木片。

 

その先に立つのは雷獣ヴァジュラ。暴力の権化。

 

その目で睨まれた瞬間、イリヤの脚は竦んだ。そして、次に全身が震えだした。

 

恐怖で。

 

生物としての本能が叫ぶ。

                  ・・

“目の前にいるのは敵ではない___『天敵』だ” 

 

全身から冷や汗が吹き出し、呼吸は乱れ、心臓は苦しい。筋肉はガチガチに硬直し、そのくせ全身はガクガクと震える。

 

その場から、動けない。

 

恐怖に、打ち勝てない。

 

 

ヴァジュラが咆哮と共に腕を振り上げた。

 

勢いよく振ったその質量の塊のような腕は、しっかりとイリヤの左側面をとらえ、そして振り抜かれた。

 

「はがぁっ_____」

 

イリヤの身体が、まるで紙屑のように吹き飛ばされる。

 

吹き飛ばされた勢いは常識の外を行く威力で、イリヤは何本もの支柱と何枚もの壁を突き破り、最後の壁をぶち抜いて宮内の外に打ち出された。

 

身体が地面の上を何回か転がり回り、石壁に激突してようやく動きが止まった。

 

 

あの一撃で、彼はほぼ全ての体力を根こそぎ奪われた。もう、彼に戦うだけの力は残っていない。逃げるための体力ですら、ほとんど底を尽きかけている。

 

全身が痛む。

 

 

立ち上がり、せめて相手を睨み付けたいところだが、それですらもう出来ない。

 

 

「っ___っはが___うぐぅ」

 

 

呼吸がままならない。

 

 

鳩尾にクリティカルヒットを食らったときのように、身体中の空気が押し出され、入れることは出来ない。

物理的な痛みと、呼吸が出来ない苦しさ。

 

 

生への執着を全て奪い去られる。

 

 

死を受け入れるつもりは毛頭無いが、生き残る気力も無い。

 

 

ヴァジュラが、宮内から出てきた。

 

 

仕留めた獲物を遠目からじっくり観察したいのか、歩み寄る速度は嫌みったらしいくらいにゆったりとしている。

 

 

(クソッタレが……こん畜生が……!!)

 

 

目と鼻の先に、ヴァジュラの前足があった。  

 

グルルル、と小さなうなり声を漏らしながら品定めをするように全身をくまなく観察する。

 

 

(喰うなら喰えよ、こんクソが……!!!)

 

 

地面に這いつくばったまま、目玉を動かしてヴァジュラの目を睨み付ける。全身全霊の殺気を込めて。

 

だが、ヴァジュラがそれを気にするはずも無く。

 

 

 

捕食者の口が開いた。

 

 

 

(死んだ____)

 

 

 

 

  

 

 

  「ネぇコスケえぇぇぇえええええ!!!!!」  

 

 

 

 

 

 

ドスの利いた腹の底からビリビリと震えるような雄叫びと共に、信じられない速度の銃撃音ががなり散らした。

 

 

(____え?)

 

 

一掃射がなりを潜めた頃には、彼の目の前にいた怪物は、かなり離れた場所まで押し込められていた。

 

 

しかも、撃たれた側の半身はボロボロに結合崩壊している。

 

 

数多の穿たれた孔から体液が噴き出し、白い雪を赤黒く染めていく。

 

 

(何、が……)

 

 

その瞬間、イリヤは意識を手放した。

 

 

彼が覚えているのは、クヒヒヒヒ、と言う聞いた覚えのある耳障りな笑い声とけたたましい銃撃音だけ。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「応えろ! 藤木コウタ2等兵!! これは、下手をすれば査問委員会ものの事案なんだぞ!!!」

 

 

ツバキは、八つ当たりとも言えるほどに高圧的な口調でコウタを問い詰めていた。

 

目の前の少年は、怯えたように縮こまっている。やり過ぎたか、と思う反面、その態度にすら苛立ちを覚える自分がいる。

 

「何故、貴様とイリヤ2等兵が廃寺エリアにいたんだ!? あのエリアは現在規制がかかっていて、貴様等は本来あそこに行けないはずなんだぞ!?」

 

バンッとデスクを叩きつける。

 

その音にまたビクッと身体を震わせるコウタ。

 

彼の中には葛藤が生まれていた。

 

(ここで本当のことを言ったら、絶対またあの先輩に何かされる……。でもイリヤはこのままじゃ死んじまうし……でも、絶対ここで本当のことを言ったら絶対にもっと酷いことになる……俺のせいでイリヤがもっと孤立しちまう……分からねぇよ、どうしたら良いんだ、ああ、駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ)

 

コウタの暗く陰鬱に濁りきった目を見た途端、ツバキは変に冷静な思考を取り戻した。

 

今の彼は、正常では無い。

 

 

        「藤木コウタ!!!!!」        

 

 

コウタはその瞬間ハッとした。

 

 

「貴様……何に怯えている? ヴァジュラか? それとも私か? それとももっと別な何かか? それだけでも良いから応えろ」

 

目の前に来ているその視線には、先ほどまで孕んでいた威圧的なものは無くただひたすらに真剣そのものだった。

 

自分自身を溺れさせていた陰鬱な思考の螺旋が、少しずつ解れほどけていく。

 

ようやく正気に戻った。

ちゃんと応えなければ。

 

 

「………別の…何か………です」

 

 

絞り出した声は、かすれ震えていた。

 

ツバキは、コウタのその声で、態度で、目で、全てを悟った。

 

 

藤木コウタは怯えている。

 

何に?

 

アナグラを包み込む悪意に満ちた空気に。

 

そして、今回の案件を引き起こした張本人に。

 

「……よく言った。医務室で検査を受けたら後は部屋でゆっくり休め」

 

ツバキはそう言ってコウタの肩、優しく、力強く手を載せた。その中に、もう怯えなくても良い、と言う思いを込めて。

 

(さて……誰だ?)

 

コウタの背中を見送った後のツバキの目は、静かな怒りが燃え盛っていた。

 

 

(ミコトのときと同じ轍は踏まん)

 

 

その決意を共に宿しながら。

 

 

 

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  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ん……あぁ?」

 

まぶたから透き通ってくる、オレンジ色の光にイリヤは目を覚ました。

 

「? おぉ、起きたか。気分はどうだ……っつっても最悪だろうがな」

 

どこかで聞いた記憶のある声だ。

 

すると、目の前に見覚えがあるような気がする男性が現れた。だが、ハッキリと想い出せない。まだ、頭が正常に働いてくれない。

 

今まで経験してきた記憶の全てに、ぼんやりと霞がかかったような感覚。

 

覚えはあるが、思い出せない。

 

「あぁ、無理矢理変なこと考えるな。お前さん、今相当弱ってるからな。少し強めのクスリ使ったから、しばらくまともにものが考えられねぇぞ」

 

「…くすイ……?」

 

気になった言葉を問おうとしても、ろれつが回らない。身体が、鉛のように重たい。眠気のように、考えがまとまらない。

 

「裂傷、骨折、打撲、火傷、感電……しかも出血多量と来た。お前さん、ショック死の一歩手前まで言ってたからな。とりあえず“神機使いのモルヒネ”を使って色々誤魔化してる状態だ。クスリ切れたらお前さんは死ぬ。まぁ、もっともクスリが切れる前にちゃんとした医療施設に放り込まれるだろうがな」

 

一気に言葉が耳を通じて頭の中に流れ込んでくる。しかし、そのどの言葉も音を認識できても意味の理解が追いつかない。男が何を言っているのかが、分からない。

 

分からないが、訊きたいことは山ほど浮かんできた。

 

男が誰なのか。

 

ここはどこなのか。

 

ヴァジュラはどうなったのか。

 

自分の神機は。

 

コウタはどうなった。

 

アナグラはどう言う状況か……

 

挙げればキリが無い。

 

「それにしても、よく生き残れたもんだ。普通新人が1人でヴァジュラに追いかけられていたらその内喰われるもんだが、お前さんは良く生き延びた。しかも、あんだけボロボロの神機引っさげて、だ。と言うか、どんな使い方したらあんな風に壊せるんだ?」

 

男はそう言って、ある1点に視線を移した。イリヤも、それに吊られて視線を動かす。

 

その先にあったのは、壁に立て掛けられた自身の神機“シノ”と、見たことの無い形の遠距離型の神機。

 

「しかも、随分と懐かしい神機だ。いつの間に掘り出されたんだ? “あの神機”は封印されていたはずなんだが」

 

そこまで言って、あそう言えばお前さん今舌が回らねぇんだった、と額をペチンと叩いた。

 

イリヤは、自身の耳でとらえた音をかみ砕くので一杯だった。

 

よくいきのこれた

 

ふつうしんじん

 

ひとり

 

う゛ぁじゅら

 

くわれる

 

ぼろぼろの

 

じんき

 

どんなつかいかた

 

あんなふう

 

こわれるんだ

 

一つ一つのフレーズを理解するのに10秒以上の時間がかかる。そして、文章に組み立てるのに更にそれの倍以上の時間を要する。

 

(このオッサン……なにをいってる…?)

 

ゆっくりと、時間をかけながら聞き取ったフレーズを文章にして頭の中に落とし込む。

 

五分近い時間をかけて、ようやく1つの文章が出来上がり、そしてやっと男が何を言っているのかを理解する。

 

そして、男の言葉に対する答えを探す。

 

(……神機の破損は……盾でコンゴウを殴ったから………いつの間に掘り出されたんだ? ……知るかそんなこと)

 

答えを得たところで、それを発音して相手に伝えることは出来ないのだが。

 

(このオッサン……誰だ? 覚えはあるんだが……分からねぇな。思い出せねぇ)

 

重たいまぶたを半開きにしたまま、目の前の男が何者なのかを必死に思い出そうと、脳味噌が足掻く。

 

 

「……もうそろそろ迎えが来るな」

 

 

足掻く脳味噌が、いったん足掻くのを止めた。耳で聞き取った音を理解しようと、改めて働き始める。

 

得た答えを理解して。

 

(また、あそこに戻らなきゃならねぇ、のか)

 

ただでさえどんよりした気分が、更に沈む。

 

 

あぁ、あんな場所戻りたくねぇな……

 

 

最後にそう思って、イリヤは意識を手放した。

 

 

 

 

吹雪が荒れ狂う中。

 

「どこだ! どこにいる! 倉橋ケンジ!!」

 

やけに高圧的な声が流れてくる。

 

「おぉ、ここだ。やかましくしないでもちゃんといるから喚くな」

 

小屋からひょっこり顔を出して、そう返す。

 

「っ……貴様!」

 

「アンタの苛々晴らすのは後だ。なかなかに重症の神機使いがいる。早く助けねぇと死ぬぞ」

 

顔を真っ赤にして腹を立てている男に、むしろ冷静な声色でそう伝える。

 

「何!? その神機使いはどこにいる」

 

「ほら、そこの小屋ん中にいる。アイツの神機は俺が持つから、アンタラはアイツを急いでヘリまで運べ。アナグラのメディカルセンターにも連絡入れろ」

 

小屋を指さしながら、淡々と次の指示を進めていく。

 

「貴様! 囚人の分際で我々に指示を出すな!」

 

「守られる分際で偉そうなこと言うなよ。ほら、さっさと動かねぇとアンタ等のせいで1人の神機使いが死ぬんだぞ」

 

「……クソッ! 覚えておけよ倉橋……何をしている、早くタンカを出せ!!」

 

 

「さて、俺は2人分の神機を運ぶか……」

 

倉橋はそう呟いて、神墜とシノの柄を掴んだ。

 

 

荒れ狂う吹雪の中、男達の姿が白の中に溶けていく。

 

 

 

 



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分かる者


気づける者は既に気付いていた。

今のイリヤがまともで無いことを。


 

「早くこのゴッドイーターを運べ、急げ!!」    

 

 

ヘリポートでタンカに乗せられた少年___イリヤが数人の男達に運ばれていく。彼が行く先はメディカルセンターの特別集中治療室。神機使いのための特殊医療設備だ。

 

その1連を見送った倉橋は、改めてヘリから2つの神機を持ち出した。

 

1つは彼専用の遠距離型の第1世代神機“神墜”、もう1つはイリヤの神機___シノ。

 

(今はシノって呼ばれてんのか、お前さんは)

 

イリヤの神機を見つめながら心の中で呟く。呟くというよりかは、神機に向かって語りかける、の方が倉橋の感覚としては正確だ。

 

(覚えてねぇか? ずっと前、俺はお前さんを“あの人”の次に近くでずっと見守ってたんだが)

 

神機は何も応えない。

 

(_____カエデさんよ)

 

そう呼びかけた瞬間、シノを握っていた左手が痛いぐらいに痺れた。反射的に神機を手放す。

 

ガシャン、と重たい音を立てて神機が床に横たわる。

 

(その名前が嫌いなのか、それとも“あの人”以外には呼ばれたくないだけなのか……とりあえず邪険にしないでくれると嬉しいね)

 

神機にそう語りかけながら、改めて柄を掴む。拒まれはしなかったが、手に馴染むことも無かった。

 

(あぁ、お前さんはそれで良い)

 

そう語りかけて優しく微笑む。

 

 

  

 

「___やっぱりテメェだったか」

 

 

 

 

ヘリポートで芯の通った低い声が響いた。

 

 

 

「____倉橋」

 

 

 

 

そこに立っていたのは百田ゲン。

ピストル型神機の時代を切り抜け、ついに生き残った百戦錬磨の元神機使い。旧軍からの叩き上げのその男は、鋭いながらも懐かしさと哀れみを含んだ目で倉橋を見据えていた。

 

 

「久しぶりだな____ゲン」

 

 

「あぁ、もう何年ぶりかも忘れちまったが久々だな。まだ神機を握ってたとはな」

 

 

悔しそうな色を滲ませた口調。

 

百田ゲンという男は、ピストル型神機時代を生き延びることは出来たが、今で言う第1世代神機の適正は無く、ピストル型神機が役に立たなくなるのと同時に現役を退いた。

 

しかし、今、目の前に見据える男はゲンには越えられなかった壁を乗り越えることが出来たのだ。

 

しかし。

 

「そんな悔しそうな声するなよゲンちゃん。俺の身体だって、お前さんが思ってるほど羨ましいもんじゃねぇんだ。お前さんは人だったから戦場から生き延びれた。俺は化け物だったから今も戦場をのたうち回る猟犬を演じなけりゃならん。それだけのことだ」

 

 

倉橋はそう言って、ゲンの悔しそうな態度を一蹴する。

 

 

「倉橋……」

 

 

倉橋の言葉に、ゲンは何も言えなかった。

 

 

「俺は死ぬそのときまで猟犬を演じなきゃならんのだ。全く、もう少し御老体を労って欲しいもんだ」

 

見せ付けるように“イリヤの神機”を肩に担ぎ、ゲンの横を通り過ぎていった。

 

「倉橋、テメェまさか…!?」

 

ゲンは倉橋のその態度で理解した。

 

倉橋はもう後戻りが出来ない所にいると言うことを。

 

「ん、あぁあと1つ」

 

ゲートをくぐる直前、倉橋はゲンに向き直った。

 

「あのイリヤってガキなぁ……下手すりゃあともう一息で壊れるぞ。何でお前さんがいながらあんなになるまで放置してたんだ?」

 

 

「___何のことだ?」

 

 

「とぼけんなよゲンちゃん。俺もイリヤのことは気に入ってんだ。ありゃあ、相当いじめ抜かれたヤツの目だ。しかも、溜め込んで怒りに変換する、厄介なヤツだ。アイツの目と、神機の有様見たら嫌でも分かるぜ?」

 

やや皮肉と挑戦を込めた視線。

 

「___独善が善行って訳じゃねぇんだ」

 

ゲンは苦々しくそう吐き捨てた。

 

 

「……ふん、老いは恐いねぇ。ゲンちゃん、くれぐれも身体に気を付けろよ」

 

 

今度こそ明らかな皮肉を込めた口調で言い放ち、倉橋はヘリポートから姿を消した。

 

 

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  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

楠リッカは唖然としていた。

 

無理も無い。

 

今、目の前にあるイリヤの神機の破損の度合いが、毎回更新していた“過去最悪”を今回は大幅に更新していたのだ。彼女が神機整備の現場に踏入始めてからこの方、ここまで滅茶苦茶に壊した神機使いはいただろうか。

 

答えはNO。

 

当然ながら怒りは感じる。何でもっとちゃんと使ってあげないのか、と。

 

しかしながら、今回ばかりはそれを遙かに上回って、どうしたものか、と途方に暮れてしまう側面の方が大きい。

 

(シールドは全壊……ブレードはガッタガタ……銃身も結構酷いね、これは……)

 

もはやあまりの酷さに乾いた笑いが出てきてしまう。

 

リッカはつなぎのポケットからメモ帳とペンを取り出して、イリヤの神機の整備に関するメモを書き足していった。

 

(最優先事項……補足事項……整備順序……所要期間)

 

必要事項に埋め尽くされたメモ帳の1ページを破り取って、イリヤの神機の固定台に貼り付ける。

 

「これは相当かかるだろうね……」

 

そして、目の前の神機の使い手___イリヤのことを、ふと思い出した。

 

(イリヤ君……大丈夫、なのかな……)

 

その心配は、今回のイリヤの怪我のことも含めてはいるが、それが全てでは無い。むしろ、彼の心の方が過半数を占めている。

 

 

実際の所、イリヤの神機は破損の程度こそ“未だかつて見たことが無いほどの破損”だが、破損の仕方、どんな使い方をした結果の破損なのかは簡単に分かる。流石に、誰にでも分かるというものでは無いが、リッカにはそれが分かった。

 

ただ単に、あらゆる部位に過剰な力をかけた。

それだけ。

 

最たる例は、それこそギッタギタに破損したシールドだ。あの破損の仕方は、見ただけで“あ、この人盾で殴りつけたな”と分かってしまう。

 

攻撃を受け止めるとき、受け流すとき、自ら力をかけたとき、とで盾にかかる力は大きく変わる。盾は、前者2つを目的に作られているからその用途で使う分にはほとんど壊れることは無い。壊れたとしても、表面が焼けただれたり削れていたり、と受動的な傷ばかりだ。

 

しかしイリヤの神機の盾は、ベコベコだ。

 

これほど分かり易く盾で殴りつけた、と分かる壊れ方の方が、ある意味珍しい。

 

そして、ブレードパーツの破損の程度にしても同じ事が言える。“あ、この人固いものを無理矢理叩き割ったな”と“あ、この人攻撃をブレードで受け止めやがったな”の2通りの破損の仕方が共存している。

 

 

そして、それらの破損の仕方から彼女が感じ取ったのは、使用者であるイリヤの“怒り”もっと言えば“ストレス”だ。

 

彼は、それらの感情を神機を経由してアラガミにぶつけることでどうにか均衡を保っている。

 

だからこそ、こうして神機が破損する、という“副産物”が発生する。

 

リッカは、神機使いと直接関係を持つ機会は少ない。友人と言える人間関係を築きにくい立場だ。しかし、だからこそ、その人その人の心の持ちようや気分、感情を神機を通じて察する術を身につけた。

 

イリヤの神機を見て分かること。

 

それは、彼はずっと苦しんでいる、それだけ。

 

(どうしたら良いのかな……?)

 

神機を修理することはいくらでも出来る。どれだけ滅茶苦茶な壊し方をしようが、ちゃんと修理できる。その自信はある。

 

しかし、それだけでは足りないのだ。

解決にはならない。

 

(1度、ちゃんと話し合わなきゃ……)

 

リッカはそう心に決めてから、目の前のボロボロの神機の修理に取りかかった。

 

   



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俺は誰だ


4日の眠りから目を覚ましたイリヤ。

しかし彼は___


 

痛みで目を覚ました。

 

「ん……あぁ……あ?」

 

目の前に広がるのは、見覚えの無い白い天井。

 

何も、考えることは浮かんでこない。ただひたすらに目の前に広がる天井を見つめ続ける。

 

頭の中に霧がかかったように、ぼんやりとしている。決して眠いわけでは無いが、眠気のときと同じ感覚。

 

何も、考えられない。

 

身体の中に溜め込んでいる空気を一新させようと、とりあえず深呼吸をしてみる。

 

そして、呼吸の痛みに耐えきれず咳き込んだ。

 

しかし、その痛みのせいで頭の中の霧は随分と晴れた。

 

気分は、最悪。

 

頭の中の霧は晴れても、体中の痛みや倦怠感などがむしろハッキリしてしまった。

 

「……ここは……どこだ……?」

 

横になったまま目玉だけを動かして周囲を観察する。青白い天井。落ち着かない、無機質な白っぽい蛍光灯の光。フィルターを通した、むしろ違和感を感じる味の無い空気。

 

気が付けば、彼の周囲は彼を不快にさせる要素で埋め尽くされていた。

 

ここはどこなのか?

 

体中が滅茶苦茶痛い。

 

この光が気に入らない。

 

身体がだるい。

 

空気が不味い。

 

とりあえず___

 

「……ムカつくな」

 

 

そのとき、奥の方からガスが抜けるような音が聞こえた。少し遅れて、カツカツと高いヒールの靴特有の足音が聞こえ、近付いてくる。

 

誰だと思い、ゆっくりと上半身を起こすと。

 

「起きたか……気分はどうた?」

 

とりあえず、あり得ないほど開けっ広げた豊満すぎる胸の谷間に目が行ってしまった。そして、いけないと、心のどこかが叫び幸福の渓谷から視線を外す。

 

「貴様には色々と訊きたいことは山のようにあるが……まぁ今は勘弁してやろう。まる4日間眠り続けた気分はどうだ?」

 

彼の斜め左前に立つ、とりあえず色々と際どい露出の白い服装の美女は、返事しか認めない、と言わんばかりの口調で問うてきた。

 

「最悪……です」

 

「そうか」

 

淡々とした会話。

そんなことよりも、彼は知りたいことが山ほど合った。

 

「あの……」

 

「何だ?」

 

「ここは…?」

 

「アナグラのメディカルセンターだ」

 

どこだそれ?

 

「何があって、自分は4日間もここで眠り続けていたんですか?」

 

「貴様が藤木2等兵と共に向かった任務で、貴様が重症の状態で救助されたからだ」

 

任務?

救助?

藤木2等兵?

 

どういうことだ?

 

「あ……」

 

そこで、彼は気付いた。

 

「ん? 何か思い出したか?」

 

違う、思い出したのでは無い。

 

そもそも、何故目を覚ました初期の時点で“それ”を疑問に思わなかったのか。それが不思議で仕方ないが、今はどうでも良い。それ以上に、重要な気がすることがある。

 

 

 

「____俺は誰だ?」

 

 

 

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  ━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「いやぁ、随分とまたややこしいことになったねぇ」

 

極東支部随一の、否恐らく世界一の頭脳の持ち主ペイラー榊は、ずれた眼鏡を直しながら、本当にそう思っているのか怪しい、むしろ少し楽しそうな口調でそう言った。

 

本心を悟らせない細い目も、今回ばかりは少し興奮の色を滲ませている。

 

彼にとってはよほど興味深いデータが入ってきたのだろう、とツバキは内心で溜息を吐いた。

 

「榊博士。笑い事では無いのですが?」

 

ツバキは、目の前の科学者___しかも形式上彼女よりも上の立場の___に向かって不機嫌さをあらわにした声色で返す。

 

「いやぁ、すまないすまない。いやしかし、本当に厄介なことになったね。まさか___」

 

 

____まさかイリヤ君が記憶障害に陥るとは 

 

 

 

「医者の話によれば、薬物による一過性のもの、大量失血時のショック症状で脳の記憶野にも影響が出た、心因性の記憶障害、そのどれもこれもが一気に現れた、だそうですが……」

 

ツバキの声が、徐々に覇気の欠けるものに変わっていく。彼女としても、それなりに衝撃の大きい事柄なのだ。

 

「まぁ、薬物の影響による分には新陳代謝だけでどうにかなるけれど、脳への影響と、心因性のもの、となってくると面倒だね」

 

榊の声が、急に真面目なトーンになる。

 

「脳へのダメージが問題なら、オラクル細胞もってしても回復はほぼ見込めない。下手をすれば彼の神機使いとしての生命にも影響が出かねないしね。それに心因性の記憶障害にしたってそうだ。心の傷__トラウマは消し去ることは出来ない。乗り越えることは出来るけど、傷が無くなるわけじゃないし、そもそも本人がその傷と向き合う気が無ければ、乗り越える乗り越えない以前の問題だ」

 

「そもそも、あの薬物は安全性が定かでは無かったはず!! 何故そんなものが……」

 

「あれは本部の方で研究が進められていた『オラクル細胞の活性抑制薬品』の結果だからね。本部の息がかかったものは、だいたい何でも押しつけられるよ」

 

部屋に重たい沈黙が訪れる。

 

ツバキは、いまだにあの言葉の衝撃を引きずっていた。無理も無い。

 

 

 

俺は誰だ?

 

 

あなたは?

 

 

 

まさか、自分が育てた神機使いが記憶を失って帰ってくるなど、考えたこともなかったからだ。確かに、重症を負って帰ってきた教え子は少なからずいた。身体の一部を失うか、身体の一部だけで帰ってくる者もいた。しかし、それは神機使いとしてはごく普通の話だ。決して慣れることも無いが、特別なことでも無い。

 

だからこそ彼が発したあの言葉の衝撃は、あまりにも胸に苦しいものがある。

 

そんなツバキの様子を見かねてなのか。

 

「今は、少しゆっくりと流れを見極めるべきだ。今慌てたところで、彼にもツバキ君にも、アナグラ全体としても良い影響は無い」

 

宥めるような、静で力強く穏やかな声。

 

「……失礼します」

 

ツバキは、やはり覇気の無い声のまま部屋を後にした。彼女がここまで分かり易く態度に出すのも、珍しいことだ。

 

(まるで“あの時”のようだね)

 

榊はそう思いながら、イリヤの先の任務中のバイタルデータに視線を移した。

 

(それにしても興味深いデータだね。実に面白い) 

 

彼の興味を捕まえて放さないデータ。

 

そこには、体細胞の活性値、体温、心拍数、血圧、脳波、オラクル細胞の活性値等の様々な数値がグラフとして示されている。

 

任務を開始してからメティカルセンターに入れられるまでの間の彼のバイタルデータ。様々な状況を彷彿とさせるその数字の乱れの中に、ほんの数秒。およそ5秒。

 

 

 

イリヤ・アクロワは1度死んでいる。

 

 

 

少なくとも、彼の身体を構成しているヒトの部分は一瞬だが、完全に機能を停止していたのだ。

 

 

しかし、彼は生きた状態で帰ってきた。

 

 

榊の中では、既に仮説は出来上がっていた。

 

通常、神機使いの体内にあるオラクル細胞は、その宿主たる神機使いが死んだとき一緒に死滅する。しかし、イリヤの体内にあるオラクル細胞は、イリヤの身体がまだ取り返しのつく時点で生存本能を活性化させ、イリヤの身体機能を一部代替わりして宿主を復活させた。オラクル細胞は、無限の可能性を秘めた細胞で、それであるが故にこの仮説も筋は通る。オラクル細胞の生存本能が、今回のような形で発現しても何らおかしくは無い。

 

無論、このような現象は世界中どこを探しても、他に類似するような事例は無い。しかし、だからこそオラクル細胞研究の第一人者である榊には大変興味深いのだ。

 

普通、科学の世界では、100回の実験で99回が失敗に終わればその実験は失敗と見なされる。つまり、実験のテーマとされた事例は事実では無くなる。1%の成功も無意味となる。しかし、オラクル細胞はその常識を覆す。

 

世界で唯一確認された事例は、それだけで事実になれる。

 

「実に面白い……!」

 

クツクツと堪えたような笑い声。

 

しかし、その笑い声は楽しいことを見つけた子供のような、無邪気な色に満ちていた。

 

 





さぁて、どうしたものか

プロット通りにキャラが動いてくれない
キャラが勝手に予定に無い動きをしてくれる

作者が作品に振り回される!!!

なんてこったい楽しいぞ!!

頑張ろ



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記憶


何を忘れたのかが分からない。

何を、どこまで覚えているのかも定かでは無い。

名前はイリヤ。

でも、実感は持てない。

自分は誰だ?




ゴッドイーターが何なのかは、分かる。

 

フェンリルがどう言う組織で、アナグラがどう言う場所なのかも、知識としては覚えている。

 

しかし、彼___イリヤ・アクロワは、自分自身がそのフェンリルに所属するゴッドイーターである、と言うことにいまいち実感がわかない。

 

確かに、自分の右手首にはゴッドイーターの証である赤い腕輪“P53アームドインプラント”がはめられている。と言うことは、これが偽物で無い限りは、きっと自分は本物のゴッドイーターなのだろう。

 

やはり実感は沸かないが。

 

 

個人病室のベッドの上で、イリヤはただ現実感の無い自分の状況を呆然と見つめていた。

 

 

「____俺は誰なんだ?」

 

 

呟きは空間に溶けていく。

 

返事は、返ってこない。

 

自分に問うたはずなのに、全くその実感もわかない。自分とは別の何かに話しかけている気分だ。

 

大切な何かが空回りしているかのような、少なくとも愉快では無い不思議な気分。

 

自分は誰だ?

 

その質問ですら、的外れに感じる。

 

何かが違う___ような気がする。

 

分からない。

 

 

 

「____何なんだ俺は」

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

(これはまた面白いことになっているねぇ)

 

世界のマッドサイエンティスト___ペイラー榊は、自分の情報端末に転送されてくる、イリヤのバイタルデータを見ながら、やや鼻息を荒げていた。

 

 

まず、神機使いの体内の大前提として、神機使いのヒト細胞と移植されたオラクル細胞は共在はするが共存はしない。つまりどういうことかというと、人体という器の中にヒト細胞とオラクル細胞は同時にあるが、それが混ざり合うことは無い、ということだ。何故なら、オラクル細胞はそれ1つで自己完結した生物でありその細胞と共存すると言うことは、人体という器ごとオラクル細胞に捕食されることを意味するからだ。

 

だからこそ、その捕食を避けるために偏食因子を定期的に接種することで2つの細胞を共在させているのだ。そうすれば、ヒトという器でありながらヒトを遙かに上回る身体能力と神機を使える、と言うメリットに繋がる。

 

しかし。

 

 

イリヤの体内では、その大前提ですらきっちりと覆されていた。

 

 

 

本来ではあり得ないはずの、オラクル細胞の共存。人体への、捕食を伴わない同化。

 

 

 

イリヤという1匹のヒトを構成している細胞の一部を、オラクル細胞が完全に補完していた。

 

 

「まさか、大昔に否定された理論がこんなときに証明されるとはねぇ。実に興味深い!」

 

 

榊は鼻歌交じりにデータを漁る。

 

図らずも、自信が築き上げた仮説が立証されたのだ。単純に、科学者としての喜びが強い。

 

 

ヒト細胞に進化したオラクル細胞。

 

 

イリヤの体内にあるオラクル細胞を例えるなら、この表現に行き着く。

 

僅か5秒間、死んだ彼の使い物にならなくなった細胞“のみ”を“差別的”に捕食し、それをトレースし、彼の生命活動を再開させた。

 

(中枢神経の一部や脳細胞の一部……と言ったところかな。オラクル細胞としての特徴を残しつつイリヤ君の細胞に成り代わるとはねぇ)

 

データの内容を観察しながら、イリヤの体内のどこの細胞がオラクル細胞に補完されているのかを読み取っていく。

 

確かに、イリヤの体内にオラクル細胞はある。しかし、それらは既に1つの捕食細胞ではなく、イリヤの一部としての機能を備えた別な生き物。捕食作用を排除し、ヒト細胞の特徴を完備した独立した生物。

 

そこまで読み取って、イリヤの記憶障害について、榊は唐突に新たな仮説が思い浮かんだ。

 

体細胞の一部が、オラクル細胞によって補完されたことによる身体の拒否反応。彼の脳の一部もオラクル細胞によって補完されている。そのリバウンドで身体が一時的な発作を起こし、それが今回の記憶障害に繋がった。

 

こじつけ感は拭えないが、その仮説が今のところ一番合理的だ。

 

 

そこまで思考が至り、榊は更に鼻息を荒げる。

 

 

(おぉ、そうなってくるとオラクル細胞の可能性はもっと広がってくるねぇ。実に面白い!)

 

 

一人の科学者として、目の前に示された可能性の塊に、興奮を隠しきれない。

 

榊の鼻歌は、鳴り止まなかった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「___行くわよ、カエデ」

 

聞いたことの無い女性の声。

声のイメージとしては、随分と凜々しい感じ、と言ったところか。だが、どことなく無理をしているような雰囲気も見受けられる。

 

「___ご苦労様、カエデ」

 

「___あっ、刃こぼれしてる……ゴメンね」

 

「___あのネコスケ…! 行くよカエデ!!」

 

「___今日もありがとうね」

 

 

何というか、誰かの話を聞いている、そんな気分になる。誰かが聞いた話を自分が聞かされている。果たして自分は誰かの話を聞かされる機会があったのかどうかが甚だ怪しいが、しかし感覚としてはそれが一番シックリくる。

 

声は凜々しいが、きっと優しい人なんだろうな。聞こえてくる声にそんな印象を抱く。

 

「___○○○○! どこに撃ってるのバカ!!」

 

「___やるじゃない! 次もお願いね」

 

「___怪我してるなら出てくるな、治せ!!」     

 

「___あなた達、少し反省しましょうか?」

 

あ、やっぱり恐い人かも知れない。

最後の台詞は、マジで恐ぇ。トーンがヤバい。

 

それにしても、誰なんだろうか。

この声の女性は。

 

「___ちょ、話が違うじゃ無い!! 偵察班は何を見てきたのよ!? 嘘ばっかりじゃない!!!!」

 

「___○○○! 後ろ!!」

 

「___皆いったん退くわよ!!」

 

「___仇よ。絶対に、ここで討つ」

 

「___このおぉぉおお!!!!」

 

「___絶対にただじゃ死なないわよ…!!」

 

「___お前等は! ここで! 死ねぇぇええ!!!!!」    

 

「___何人生きてる…?」

 

「___え? ちょ、や来ないで! イヤ、イヤァ!!!」

 

「___アハハッ、ハハハハハハ……もう、何もかも、いやんなっちゃった……ハハ、アハハハハハハ!!!」

 

「___モうイや…………ごメんネかエデ」

 

 

その瞬間、口の中に鈍い痛みと共にじわりと血の味が広がった……

 

 

 

 

 

「__はぁっ!? っはぁ、はぁ、はぁ」

 

 

イリヤは血の味と口の中の痛みで目を覚ました。

 

息が、荒い。

 

「痛っ……」

 

痛む部分を舌でなぞって、そうしてやっと自分が頬の内側を噛んでしまったのだ、と気付く。舌の上に、血の独特な苦いような塩っぱいような不快な味が広がる。

 

「何だったんだ、今の……? 夢?」

 

ジクリ、と胸が痛んだ。

この痛みは苦しみの痛みだ、心当たりは無いが直感的にそう理解した。酷い後悔と自責の念、そう言った負の感情の痛みだ。

 

 

「……カエデ……」

 

 

何となく耳に残っていた、誰かの名前。でもきっとそれは、誰か、では無く、何か、の名前だろう、とこれもまた直感的に感じていた。

 

そして、そのカエデというフレーズに何故か違和感を感じている自分がいる。

 

 

(カエデ……で合ってるはずだが……何か違うな)

 

 

ジクリ。ジクリ。鈍い痛みが彼の心を苛む。

ジワリ、と涙が浮かんでくる。慌ててそれを拭うが、1度浮かんできた悲しい気持ちはなかなかおさまらない。

 

 

「___何なんだ、ほんとに……」

 

 

青白い病室の中。声は誰にも届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





フフゥフ!

プロットなんてわがままは言わねぇ、キーワードさえ押さえていればもうキャラがどんなに暴れようと構わねぇ!
好きなように動きやがれ、コンニャロめ!!ww

テンションおかしくてすみませんm(_ _)m

頑張ります!!



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ストレス


突如、人間の姿に発現したシノ。

何が故に、そうなったのかは分からない。

そんな中、イリヤは。

苦痛と、痛みと、不安がルーチンになって自分の中を流れていく。

その苦しみ。

ひたすらにそれに耐えている毎日だった。





 

「あっ」

 

気が付けば、冷たい金属製の床の上に立っていた。裸足、と言うのだろう。足の裏の感覚が、やけに冷たい。

 

「……何これ?」

 

とりあえず、見える範囲で自分の身体___と思われるそれを全部観察してみる。

 

皮膚。何だか、オウガテイルの顔面みたいに白い。いや、アレよりかは若干ピンクっぽい…? 何にせよ、白い。

 

手。小さくて、指が細くて長く、全体的に縦に長いと行った印象の、手。

 

足。これもまた小さくて、人差し指が一番長く、それをてっぺんに矢尻状に指先の山をなしている。何となく、ほっそりと少しとんがったイメージ。

 

脚。少し外側に弓状に反った脛、あまり大きくないふくらはぎ、緩やかな出っ張りの膝、太い印象は持てない太もも。とりあえず、全体的に細い。

 

次に胴体。細く、くびれ___で良かっただろうか? それがある腰。うっすらと縦に筋が入ったお腹。

あれ、何この薄い変なの? 服? 今更それに気付く。

なだらかであまり起伏の無い曲線の胸。

 

毛。頭に生えてる毛。髪の毛といっただろうか? 長い。色は、淡い黄色を帯びた銀髪。感触は、細くて柔らかい。サラサラした感じ。

 

 

(この身体……ニンゲン?)

 

 

だとしたら、確か雄雌があったはずだ。

自分はどっちだ、と疑問に思う。

 

(普通雄雌の概念が無かったし……何で区別するんだっけ?)

 

あ、と思いだしておもむろにヒップやら股やらをまさぐりだした。

 

(……メスか)

 

と言うか、何だろうか。この身体のことを知っている気がする。

 

そのとき、身体にふと違和感を感じた。

 

ジクリ、ジクリ。胸が、痛い。

 

視線を胸に移すと。

 

「えっ」

 

ぽっかりと、穴が開いていた。

 

そのとき、一気に全ての記憶が頭の中から溢れかえってきた。そして、思い出す。

 

「これ、私の身体じゃない!」

 

ハッとなって、後ろを振り返る。

 

 

目の前に鎮座していたのは、もう1人の自分。

 

 

物言わぬ、同族の血に染まり、大切なヒトの血に穢れた、冷徹なる自分の器。

 

 

神機___シノ。

 

 

「え、どうして?」

 

 

どうして、自分は人間の身体に___器から抜け出したのだろうか?

 

 

どうして、何かが足りない感じがするのだろうか?

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

ジクリ、ジクリ。

 

目を覚ます度に、その胸の痛みに顔をしかめる。

 

あの日以来、彼はあの夢を見ることは無くなったが、刻みつけられた強烈なイメージと痛み、そしてあの時の血の味は忘れられないでいた。

 

悲しく、哀しい。

 

胸の痛みを感じる度に、心臓がきつく縛られ、胃がねじ切られるような苦痛を感じる。

 

(何でこんなに悲しいんだよ……)

 

やはり、問うたところで誰も何も返してはくれない。自ら投げかけた疑問は、まるで無重力の中を突き進むように。

 

そして、包帯まみれの身体が現実の痛みを訴え、それでやっと現実に戻る。とは言え現実に戻ったところで、今の彼は何が出来るのか、何が出来ないのか、それすらもやはり分からないままなのだが。

 

 

神機使いだと言われながら、自分にはその実感がまるで無い。

 

とある任務で重症を負った、と説明されてもやはり実感はわかない。そもそも、そんなことを思い出せない。

 

任務って、いつ? 俺が? 嘘だろう?

 

そうは思っても、実際包帯にぐるぐる巻きにされて、しかもその下からは現実の痛みがズキズキと刺してくるのだから、まぁきっと何かはあったのだろう。それが件の任務の結果である、と言う確証も無いが。

 

 

果たして、自分は何を忘れているのか。

 

 

果たして、自分は何を覚えているのか。

 

 

そもそも、自分が今持っている知識は本当に自分の記憶なのか。

 

 

疑い出せばキリが無い。

 

分かってはいつつも、それでもやはりどこか腑に落ちない。頭の中にある知識が、それが自分が知っているものでは無く、まるで辞書を読み上げているだけのような、上辺だけのもののように感じる。

 

 

ズキリ。

 

 

「痛っ…」

 

 

突然の頭痛に、考えすぎたな、と思った。

 

目を覚ましてから、まる1週間。目を覚ました最初の日以来、誰とも会わず、ただ1人。

 

 

心の痛みと、身体の痛みと、漠然とした不安に苛まれ続ける毎日を繰り返すだけ。

 

 

彼は、疲れていた。

 

 

 



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迷路と邂逅と無くした記憶

記憶を失ったイリヤ。

そして、人の身体を得たシノ。

導かれるように出会った2人は___


「ん?」

 

アナグラ内に___全く褒められたことでは無いが___自分が勝手に敷き詰めたセンサー類の中に、気になる反応を見つけた。

 

「……んん??」

 

身を乗り出して画面を食い入るように見る。

反応は、一瞬現れてはロスト、一瞬現れてはロストを繰り返している。しかも、しっかりと移動しているのだ。

 

「……これは一体…?」

 

しかし、榊の注意を引くことは、反応の怪奇的な出現と消失の連続では無い。いや、それも充分に彼の興味を引く事象ではあるのだが、彼をそれ以上に釘付けにさせることがある。流石に彼も、最初はシステムがエラーを起こしたと考えた。しかし、どうもそうでは無いらしい。反応は、ちゃんとアルゴリズムに則った動きをしている。

 

 

そして、その正体は___

 

 

 

「___神機……?」

 

 

 

いや待て、それはおかしい。いかなる現象に対しても寛容な対応を取る榊も、流石に今回ばかりはいきなり“おかしい”と断定してしまった。だってそうだろう? 神機の反応が独りでに動き回っているのだ。神機が、他のアラガミと同じように脚を持っていたり、独自の移動手段を持っていたのならまだ分かる。しかし、実際はそんなものを持ち合わせてはいない。神機が単独で動き回ることなど、あり得ないのだ。

 

榊は、光学映像、熱源映像、赤外線映像の3種類の映像データを自身の情報端末に出力させる。

 

結論。

 

何も映っていない。

 

「……どういうことなんだ?」

 

どの映像にも何も変なものは映っていない。しかし、センサー類は言っている。“何かいる”と。

 

(システムエラーか……?)

 

しかし、と考える。その可能性はきわめて低い。何故なら、このシステムはエラーを起こすほど高負荷でも無く、複雑でも無いからだ。単に、センサー類から得られたデータを自分の情報端末に送る。それだけのシステム。下手なサイバー攻撃対策などしていない。センサー単独で見るならいささか面倒な作りのものもあるが、それでも、だ。

 

つまり、今この段階で一番有力な説は、“何かがいる”と言う話に落ち着く。

 

「この反応は……」

 

念のために、現在のアナグラの全ての神機の運用状態を確認する。任務で出払っているもの以外は、確かにアナグラの神機保管庫で厳重に保管されていた。

 

しかし、アナグラの中を動き回っているこの反応は、確かに神機の反応だ。

 

しかし、神機の反応、と言うだけであって誰の神機なのかは判断が出来ない。そもそも、本当に神機なのかどうか、この現象が本物なのかどうか、等と疑うべき部分はいくらでもある。

 

(これは……)

 

その時だった。

 

榊の情報端末の画面の一番手前に、新しい画面が出力された。『緊急』のタグが点滅している。

 

そして___

 

 

『榊博士、大変です!』

 

画面に映っていたのは、楠リッカと羽黒ミコト、藤木コウタの3人だった。

 

『イリヤ君が! イリヤ君が、病室からいなくなりました!!』

 

「何だって!?」

 

 

 

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  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

包帯にぐるぐる巻きにされた身体に患者用衣服をまとったまま、彼___イリヤは“何かに会いたい”と言う、少なくとも自分のものでは無い声、に従って動いていた。

 

“何かに会いたい”

 

何にだ?

 

“何かに会いたい”

 

どうして?

 

“何かに会いたい”

 

お前は誰だ?

 

自分の中から滲み出てくる欲求に、心は懐疑的な態度でいるものの、身体は“どこかに行かなければ”と言う強迫観念にも似た本能によって動く。

 

落ち着かない。

 

何かに会わなければならない、と頭の中でその感覚が訴えかける。しかし、その何かとは何か、となると自分でも、勿論頭の中で訴えかけてくるソイツにも分からない。

 

 

したいことがあるはずなのに、それが何か分からない。その苛立ちと焦燥感。

 

 

“何かに会いたい”と言う思いが、果たして自分の感情なのか、それとも自分で無い誰かの欲求なのかすら、もはや分からなくなっている。

 

しかし、身体はハッキリと何かを探し求めている。

 

(何なんだこの気持ちは……?)

 

身体を動かしているのは誰だ? 俺か? それとも違うのか? そんなことですら分からなくなる。

 

まるで、その“何か”に恋い焦がれているかのような胸の苦しみ。とてつも無く切ない気分になる。

 

彼の心では無いが、確かに彼の内側にいる何かが望んでいる。そして、いつの間にか彼自身も、その感情に同化してしまっている。

 

 

「何なんだよ……?」

 

 

身体は、何かに吸い寄せられるように、彷徨い続ける。まるで夢遊病者の気分だ。自分の意思では無いのに、何故か勝手に身体は動く。

 

そして何よりも気持ちが悪いのは、本当に自分の意思では無い、と言いきれない心のモヤモヤがあることだ。

 

どこに行きたいんだ?

 

問うても、誰も応えない。

 

何を探し求めているんだ?

 

誰に問うているのか分からない。

 

問うているのは自分なのに。問いかけの相手も自分のはずなのに。まるで自分に問うているという実感はわいてこない。

 

(何が欲しいんだ、俺は?)

 

もう一度問うが、それでもやはり何も応えてくれない。得体の知れない不安が彼を蝕む。

 

         ・・・

(何が欲しいんだ、お前は!?)

 

 

その言葉を導き出したとき。

 

 

何故か唐突に、自分が何に会いたいのか、理解した。

 

 

 

 

   あぁ、“シノ”に会いたいのだ、自分は。

 

 

 

唐突に出てきた“シノ”と言う言葉に戸惑いを覚えたが、しかし彼は自分がそれを望んでいると言うことには一切疑いが持てなかった。

 

途端に、イリヤは自分がどう歩くべきか悟った。

 

 

頭では、何も分かっていない。

でも、身体は理解している。身体は動く。

 

 

そして___

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

シノは彷徨っていた。仔犬のように。

 

ジクリ、ジクリ。蝕むような胸の痛みに耐える。開いた穴は塞がらない。

 

「イリヤに……会わなきゃ……」

 

熱に浮かされたような、ぼんやりとした声。

 

呼吸が、乱れる。

 

まるで本能のようだ。自分の心___という言い方も何だか変だが___それが望んでいるわけでは無い。でも、確かに“行かなければならない”と言う衝動が、彼女を動かしている。

 

「どこなの? イリヤ……?」

 

彼に会って自分がどうしたい、と言う欲求は全くわいてこない。それでも、何故か彼を探し求めている。

 

不安にも似た感情が、胸を押し潰しそうになる。

 

苦しい。辛い。悲しい。

 

でも何で? どうしてそう感じるの?

 

分からない。分からないが、そう感じる。

 

自分が、彼に何を求めているのかが分からない。自分が彼に何をしたいのかも、全然分からない。

 

でも、今、この気持ちと欲求は本物なのだ。

 

 

イリヤに会いたい。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……イリヤぁ……」

 

 

自分が何を求めているのか分からなくなって、頭の中がグチャグチャになる。

 

 

仔犬は彷徨う。

衝動に抗えず。衝動を疑わず。

 

 

 

そして___

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

      

      そして2人は再び出会った

 

 

 

「! イリヤ……!」

 

シノは、イリヤを見つけた途端に表情が明るくなった。それが何でなのかはシノ自身にも分からない。でも、理由も無く嬉しい気持ちになったのだ。

 

「お前は……」

 

彼は、何故か彼女の顔を知っている気がした。

 

自分が知っている、とは違う。少なくとも、覚えている限りでは彼女の顔を見たことは無い。

 

それでも、覚えている気がした。

 

 

「……シノ、なのか?」

 

 

淡い黄色を帯びた銀髪。陶磁器のように白くキメの細かい肌。血のような赤さを孕んだオレンジ色の瞳。女性的な細さと柔らかさを帯びた身体の線。胸の中心から、やや左側の部分にぽっかりと空いている、穴。病的なイメージを醸し出す、薄手の白いワンピース。

 

 

全て、記憶には無いはずなのに、覚えている。

 

 

あぁ、間違いない。彼女はシノなのだ、と。

 

 

「イリヤ……! イリヤぁ……!」

 

 

シノは、内からわき出てくる嬉しさのあまり、彼に駆け寄って、抱きついた。

 

 

「っ!?」

 

 

ぱっと見て“可愛らしい顔立ち”と言う印象を抱いた少女にいきなり抱きつかれて、動揺する。

 

抱きつかれるようなことをした覚えも無いし、そもそもそんな経験が無い。無いだけに、今の状況は1人の男としても非常に苦しい。

 

 

「ま、待て! 離れてくれ……」

 

 

まだ余力を残していた理性を動員して、抱きつくシノをどうにか引きはがす。意外と彼女の力が強かった。

 

 

「? ……イリヤ……?」

 

 

彼女は、不安げな表情でイリヤの様子をうかがう。小首をかしげ、眉を八の字にしてしょんぼりした雰囲気に、場違いにもまた“可愛い”と感じてしまう。

 

だが、今の彼にはそれよりも重要なことがある。

 

 

「お前が……シノ、なんだな?」

 

 

確信を持ちきれていない声。それを聞いた途端に、シノの表情が時を止めたかのように固まった。

 

 

「すまないが、記憶に無いんだ。確かに、俺はお前のことを知っている。だが、本当に思い出せない。お前が俺にとって何なのかも、そもそも俺自身のことですら思い出せないんだ」

 

 

そう言った途端、彼女は何かを理解した様子を見せた。固まっていた表情が、落ち着きを取り戻す。

 

 

「何て言ったら良いのか……本当に覚えてなくて。いや、シノのことは何か分かるんだ。記憶には無いけど、知ってるって言うのか……申し訳ない、上手く説明できない」

「いや、イリヤがどう言う状態なのかは分かった。大丈夫、安心して」

 

イリヤの謝罪が言い終わるのとほぼ同時に、シノが言葉をかぶせた。

 

大丈夫私は分かっている、と。

 

イリヤは、シノのその言葉を聞いて怪訝な顔をした。何が大丈夫なのか、何が分かっているのか、と。信頼できるような気はしたが___おもむろシノがイリヤを欺すメリットが思い浮かばなかっただけだ___何にせよ完全に信じ切ることは到底出来ない。

 

だが、次のシノの言葉で、尚怪訝な顔をする羽目になる。

 

 

「実はね、イリヤは1度死んでるの」

 

 

は? と思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 

自分が1度死んでいる、と言われて素直に、はぁそうなんですか、と納得できる人間が、この世の中に一体どれだけいるだろうか? まずいない。

 

 

「何か前に見たときと口調が変わってるなぁ、とは思ってたんだけどね。そう言うことなら納得できる」

 

「待ってくれ、1度死んでいるって言うのはどういうことだ? 意味が分からない。確かに記憶は無くしたみたいだが、俺は今も息をしてるし、心臓も動いてる。ちゃんと生きているんだぞ?」

 

イリヤは、彼女が何を言っているのかサッパリだった。自分が1度死んでいる、と言われても今現に生きているでは無いか、と返してしまう。

 

「じゃあね、いくつか確認しても良い?」

 

仕方ないご主人だなぁ、と苦笑しながら、至って平坦な声で訊いてきた。

 

「何だ?」

 

「変な夢見た?」

 

そう言われて、イリヤは真っ先に1つ思い当たるものを思い出していた。そう、自分の口の中を噛んだ痛みで目を覚ました、あの日の夢だ。

 

「ああ」

 

「どんな内容だったか、訊いても良い?」

 

どんな内容だったか、と訊かれてイリヤは少し考え込んだ。胸くそ悪い夢だった、と言う印象は覚えているのだが、詳しい内容となると、ハッキリと思い出せない。

 

「すまない、忘れたみたいだ。だが、少なくとも良い気分になれる夢では無かった記憶がある」

 

「アバウトすぎる気もするけど、まぁ間違ってはいないよ。その夢、私の記憶だもの」

 

またしても、イリヤは怪訝な顔をした。

だが、シノはそれをスルーして次の質問を投げかけた。

 

「時々、胸が痛むことは?」

 

「しょっちゅうだ」

 

イリヤは即答する。むしろ、胸が痛まない日は目を覚まして以来1日と無い。

 

「それも、私の胸の痛みと共鳴してるのよ。イリヤが感じているのは、どんな痛み?」

 

「どんな……苦しい、辛い、悲しい……何て言えば良いんだ、そう……例えるなら……侵蝕されるような痛み?」

 

「___ジクリ、ジクリ。そんな感じじゃ無いの?」

 

全てを見透かしたような声。だが、それよりも例えの正確さにイリヤは食いついた。

 

「そう、それだ! いや待て、何で分かるんだ?」

 

「だから、その痛みは私の痛みに共鳴しているだけなのよ」

 

信じられない、未だにイリヤはそんな顔をしている。

 

「夢の内容も、きっと女の人の声が聞こえていたはずよ」

 

そう言われれば、確かにそんな気がする。

 

「まぁ、それがイリヤが1度死んで、それを私が生き返らせた根拠。あなたが一瞬死んだときに、私がほとんど反射的に、イリヤの身体の中に私の一部を流し込んで、無理矢理蘇生させたの。覚えてない?」

 

「……分からない」

 

イリヤは、そう言って首を横に振る。

 

「まぁ、とにかく私がそう言う手段を使ってイリヤを蘇生させたから、イリヤの身体の中にも私の身体の一部___オラクル細胞の方が分かり易いかな、それがあるの。だから、私の記憶や感覚に共鳴して、あなたは夢を見たし、毎日胸を痛ませているの」

 

一通り話は聞いた。イリヤが聞く限りでは、確かにつじつまは通っている。その説明なら、自分が訳の分からない胸の痛みに苛まされる理由も、あの日見た夢のことも、納得は出来る。納得は出来るが、それでもにわかには信じがたい。それがイリヤの結論だった。

 

「俺が死んだ根拠は1つも見当たらないんだが?」

 

それを聞いた瞬間、シノはう~んと難しそうな顔をした。いや、確かに彼の言いたいことはシノでも理解できた。自分が話したのは、あくまで何で変な夢や胸の痛みを感じるのか、その根拠だけだ。死んだという証拠になるようなことは、1つも言及していない。

 

しかし。

 

「無理矢理思い出させることは出来るんだよ?」

 

そう、確かにそれはしようと思えばいくらでも出来る。だがしかし。それでも。彼女はそれをためらう。

 

「えっとね? 今でも、やろうと思えばイリヤの死ぬ直前の記憶どころか、死ぬ前の記憶も全部引き出せるのは引き出せるの。でも、それにイリヤが耐えられるの?」

 

どういうことだ、とイリヤは首をかしげた。

 

ここで重要なことは、イリヤは前の記憶を失っているが、シノはイリヤが自分の主になったその時から、イリヤの気持ちや行動などを全て覚えている、と言うことだ。そして、シノが懸念しているのは、イリヤが記憶を失う前の彼自身の話。

 

少なくとも、彼女が覚えている限りでは、彼は自身の中にストレスを溜め込み、それをシノという神機を経由してアラガミにぶつけていた、と言う記憶がある。あぁ、あの時は散々痛い思いしたなぁ、と場違いに思い出にふけるが問題はそこでは無い。あの時のストレス___具体的に言えば怒り、苛立ち、苦しみ、しかも尋常で無いほどに積み重なったそれらを今のイリヤに突然思い出させて、それでイリヤが正気でい続けられるかどうか。

 

シノにはそれが心配だった。

 

「イリヤはね、死ぬ直前まで自分の中に溜め込んでいたストレスに押し潰されそうになってたの。しかも、私にも分かるほどに分かり易く。そんなに酷いストレスを、今ここで思い出させたとして、イリヤは正気でいられるの? 今度こそ壊れちゃうかも知れないんだよ?」

 

本気で心配している様子のシノ。その目は、まるで調子の悪いご主人を見る仔犬のように不安を滲ませていた。

 

イリヤは何も言えなかった。

 

何となくだが、怖い、とすら感じていた。

 

死ぬ瞬間のことを思い出すのもそうだが、シノがそんなに心配するほどに自分が追い詰められていた、と言うその時を思い出すことに躊躇してしまう。

 

だが。

 

それでも。

 

今は思い出すことが出来ない大切な記憶もあるはずだ。

 

それこそ根拠は無いが、確信はあった。

 

きっと忘れてはならない、大切な記憶もあったはずなんだ、と。

 

ためらいが無いとは言わない。

 

やはり、怖いものは怖い。

 

それでも。

 

 

 

_____良い、思い出させてくれ

 

 

 

それが神機の定なのか、それともシノという神機の性格なのか。

 

 

「分かった」

 

 

その声が聞こえた瞬間____

 

 

 




文字数が過去最高になった……!!!


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きっとあるはず


封印を解かれた記憶の渦。

その濁流の中に、イリヤは何を見るのか___


まず最初に芽生えた感情は苛立ちだった。

 

何故かは分からない。ただひたすらに、苛々が心の底からわき上がってくる。

 

次に感じたのは、怒りだった。

 

歯ぎしりを堪えなければならないほどに、激しく身を焼くような怒りが燃え上がる。

 

そして、段々と音が聞こえ始めた。

 

いや、これは音では無い、と何故か分かった。

 

 

これは声だ。

 

 

ハッキリと意味をなすほどに聞こえるわけでは無いが、数多くの声は遠いところから、何かを言っている。十中八九ろくな事じゃ無い。何を言っているのかは聞き取れないクセに、それらの声を聞く度に怒りが増していくのだ。

 

 

その声達は徐々に、その姿を明確に、大きくしてくる。

 

 

そして最初に聞こえたのは___

 

 

『チッ、またアイツだ』

 

 

何のことだ、と思った瞬間。

 

 

___ズキッ

 

 

「っ!」

 

 

___ズキッ、ズキッ

 

 

彼を襲う痛みに構わず、声達は次々と流れてくる。

 

 

『流石元殺人鬼だ』

『ムカつく目つきしてやがる』

『ねぇ知ってる? あのヒト大量殺人鬼なんだって! しかも、女の人とか小さい子供ばっかり殺すようなクズ』

『あ~あ、殺人鬼が同じ場所で食う飯はクソ不味いなぁ!!』

『何でアイツ死なねぇんだよ……』

『あの新入りホントに消えて欲しい』

『同期に喝上げするようなヤツなんだろ?』

『いなくなれば良いのに』

『アイツが来てから負傷率上がってねぇか?』

『疫病神だな』

『死ねよあのカス』

『死んじゃえ』

『消えろ』

『死ね』

 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

___止、め……ろ

 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ねしねしねしねしねしねしねシネ

シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

 

___止め__てく_れ

 

 

シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

 

 

___頭__が潰_れそ__う_だ

 

 

 

 

        シネヨオマエ

 

 

 

 

 

___ブチリ

 

 

 

 

 

 

頭の中で何かが切れた。

 

 

 

 

その途端、憎悪とも言える汚濁した感情が、怒濤の勢いで溢れてきた。

 

 

 

___うぜぇな畜生

 

 

 

浮かぶ言葉は、ただそれだけ。

 

しかし、その言葉の中に秘められた激情の密度は計り知れないほどに濃い。

 

 

 

___俺が何をしたんだ

 

 

 

それは心の訴え。イリヤの悲鳴。

 

 

 

___黙れよ畜生が

 

 

 

それはイリヤの怒り。

 

 

 

___あぁ、うぜぇな畜生

 

 

 

それはイリヤの___。

 

 

 

        ・・・

その時、イリヤは全ての記憶を思い出した。

 

 

 

汚濁しきった、醜悪な記憶。初めて命の危機を、死を感じたときの記憶。彼の心を陰鬱に塞ぎ込ませるような記憶の濁流。

 

 

___あぁ、死にたくなってきた

 

 

 

穢れきった記憶と、感情の渦に呑まれ溺れる。足掻く気力さえ一瞬にして根こそぎ削られる。

 

 

そして、あの日を思い出した。

 

 

暴力の権化。雷獣ヴァジュラ。

 

 

そうか。そう言うことだったんだ。

 

イリヤは、悟った。

 

        ・・・・・・・・・・・・・

なるほど、俺は“狙ってあの状況に陥れられた”わけだ。なるほどな、それほどに俺は嫌われてたのか。

 

 

なんだ。もうどうでも良い。

生きるも死ぬも、好かれるモ嫌われるモ、もう全てがどうでも良い。考える気も失せた。

 

 

全てが、どうでも良くなる。

 

 

 

____あぁ、もうどうでも良い

 

 

 

どうでも良いから、死んでも良いんじゃねぇか

 

 

どうせ誰も俺が死んだところで気にしねぇだろ

 

 

 

皆あんなに俺に死ねっつってたんだし、良いや

 

 

 

素手で自殺する方法もあった。思い出せたんだ

 

 

 

 

 

_____死んでも、誰にも迷惑かけねぇだろ

 

 

 

 

 

 

イリヤは、何も言わず静に、自分の喉を掴んだ。

 

 

 

一気に握力をかけ、喉を握り潰しにかかる。

 

 

 

「っ! がっ!」

 

 

 

苦しい。でも、一瞬だ。そう思えば楽だ。

 

 

 

更に力を増す。

 

 

 

(ゴッド___イーターは握_力も凄ぇ__な)

 

 

 

徐々に視界が霞んでくる。喉の奥から、血の臭いが逆流してくる。痛い。頭がぼぅっとする。苦しい。息が出来ない。

 

 

 

苦しい。

当たり前じゃ無いか。

 

 

 

何でだ?

お前が望んだことだろ。

 

 

 

何を?

自分で死にてぇって思ったんだろ?

だからそうしてるんだろ? 

だったら苦しいのは当たり前だ。

 

 

 

 

薄れていく意識の中、変な自問自答を繰り返した。自分は一体、何を躊躇しているんだ? 死にたいんだろう? なら何も間違ったことはしてねぇだろうが。

 

 

だが、確かに死ぬことを躊躇している自分も確かにいるのだ。

 

 

死にたいんだろ? 死ねば良いじゃねぇか。

 

 

頭ではそう分かっている。分かっているのに、すんでの所で最後の力を入れることが出来ない。

 

 

何でだ? 何を嫌がってるんだよ?

 

 

分からない。

 

 

死にてぇから死ぬんだろ。何も間違っちゃいねぇ

 

 

分からない。

 

 

何が分からねぇんだ? 別に何もおかしくねぇぞ

 

 

分からない。

 

 

 

分からないが、まだ死にたくない。

 

 

 

違う。

 

 

   ・・・・

まだ、死ねない。

 

 

 

そうだ、思い出した。自分で決めたことじゃねぇか。何で忘れてたんだよ。

 

 

 

畜生、これはこれでムカつくな。

 

 

 

そうだ、そうだった。

 

 

 

 

この世に生まれたからには、死ぬその時まで生き延びる権利があるんじゃねぇか。

 

 

 

自分で死ぬなんて、選べるわけねぇじゃねぇか。   

 

 

 

黒く濁った記憶の隙間から、光を見出した。

 

 

 

 

そうだ。

 

 

 

大切な記憶だってあるんだ。忘れちゃならねぇ、宝物見てぇな思い出だって、ちゃんとある。

 

 

 

家族がいるんだ。

 

 

 

仲間がいたんだ。

 

 

 

相棒だっている。

 

 

 

埋もれてしまうほどに少なく、小さな光。押し潰されるほどに儚い、大切な宝物。

 

 

     ・・・・

それでも、あるんだ。

 

 

俺にだってあるんだ、大切な記憶が。

 

 

俺が死んで困るヤツが、ちゃんといるんだ。俺が死んで悲しむヤツがいるんだ。

 

 

 

だったら。

 

 

 

 

だったら____

 

 

 

 

 

 

 

 

   『こんなんで死ねるかってんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

イリヤは、そっと喉を掴む手の力を緩めた。

 

 

 

「ぐっ! ___ゲホッ、ゲホッ……ゲホッ!!」

 

 

 

血の臭いを感じながら、一気にむせた。新鮮な空気が気管を通り抜け、肺に行き渡る。息をする度に、喉の中がヒリヒリと痛む。

 

 

「あ゙あ゙、い゙でぇぇ___ゴホッ、ゲホッ」

 

 

 

「___当たり前よ、馬鹿」

 

 

そこには、涙を溜め、苦しそうに顔をしかめているシノが立っていた。涙に潤んだ目は、まるで冷え切った石のように冷たく見える。

 

と、その顔に段々と怒りが滲み出てきた。

 

 

「痛いなんて___痛いなんて、そんなの当たり前よ!! 馬鹿じゃ無いの!? 何勝手に死のうとしてるのよ!? 何でなのよ!! 馬鹿、ホントに馬鹿よ!!!!」

 

 

怒濤の剣幕に、流石のイリヤもたじろぐ。

だが、シノの様子は変わっていた。

 

 

「だから言ったのにぃ………バカァ……!!」

 

 

シノは、泣いていた。

 

不思議と、イリヤの目にも涙が浮かんでいた。そして、イリヤはすぐにそれが自分の涙では無い、と悟る。

 

ただ、シノが泣いている。

 

それだけなのだ。

 

 

「……すまん」

 

 

イリヤが謝罪の言葉を口にすると、シノはキッとイリヤの目を睨んだ。

 

 

「別にね! イリヤの心が壊れようが何も問題無いのよ! 私がイリヤの記憶をどうにでも出来るんだもの! イリヤの心の傷も、忘れさせてあげられるんだもの! でもね! イリヤが死んじゃったら、私は何にも出来無くなっちゃうの!! 忘れさせてあげることも、思い出させてあげることも、何も出来なくなるの!!」

 

一通り怒鳴って、息を入れ直す。

 

 

そして___

 

 

 

 

「もう私を、1人にしないで!!!!」

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、イリヤは脳天を突き抜かれたような衝撃を感じた。

 

 

目の前の少女は泣いている。

 

 

 

___そうだった。

 

 

 

そうだった。シノは、長い間独りぼっちだったのだ。誰にも触れられず、誰の記憶にも残らず、ただ独りぼっち。挙げ句の果てに“ミナシゴ”と呼ばれ忌み嫌われるようになった。

 

彼女は何も悪くないのに。

 

 

彼女は、1人になることを、誰からも忘れられることを、誰にも触れられないと言うことを、何よりも恐れているのだ。

 

 

 

「悪かった、シノ」

 

 

 

目の前で泣き崩れる少女を優しく抱きしめた。

 

 

「ばかぁ……イリヤのばかぁ……! このアンポンタン……おたんこなすぅ……あほぉ……!!」

 

 

 

            ・・・

「……流石に言い過ぎじゃねぇか?」

 

 

「あ……!」

 

 

シノの表情が、嬉しさに染まる。

 

 

 

「ちゃんと思い出したぜ。シノ」

 

 

 

シノは、イリヤの胸に顔を埋めて、喜びを全身でアピールしていた。

 

 

 

あぁ、そうだった。

 

 

 

シノの名前。シシェノーク___仔犬だった。

 

(まんま仔犬だな)

 

 

きっとシノに尻尾がついていたら、今頃千切れんばかりの勢いで振っているに違いない。

 

そんなイメージがやけにリアルすぎて、イリヤは少し吹いた。

 

 





あぁ、どうしよう。
最初のときに予定していたよりも、シノが可愛くなってしまっていた(多分作者バカw)

別にシノをメインヒロインにする気は無かったんだが、困った。インパクト強すぎる……

頑張ってみます!!!!


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穏やかな流れに

シノとイリヤ。

仔犬とご主人。

2人の間に流れる時間は緩やかで穏やかで___


温かい時間が流れていく。

会話は無い。しかし、それでも充分だった。

 

グリグリと胸にすり寄ってくるシノの、細くしなやかな長い髪の毛がくすぐったい。どう扱ったら良いのかよく分からないが、とりあえず頭を撫でておくことにする。

 

(俺の髪よりもサラサラじゃねぇか……)

 

敗北感とまでは言わないが、シノの髪のさわり心地と自分の髪とを比較して、何か思うところが生じてしまう。悔しいわけでは無いはずなのだが複雑な気分だ。

 

いつの間にか、シノの頭を撫でていた手はシノの髪を手櫛していた。

 

(……これはこれで……なかなか面白ぇな)

 

スルスルと透き通るような手触りの髪をすきながら、イリヤは久しぶりにろくでもないことを思いついた。

 

手櫛をしながら、そこはかとなくシノの髪の毛で遊んでみる。三つ編みにしてみたり、適当にまとめてみたり、団子を作ってみたり、ツインテールにしてみたり、ポニーテルにしてみたり、サイドテールだったり____

 

 

___ガリッ!

 

 

 

「いって!」

 

 

鎖骨を噛まれた。思いっきり。

割と本気で痛い。

 

 

「私の髪で何してんのよ?」

 

 

歯を立てたままの少しこもった声が、顔のすぐ近くに聞こえる。分かっててやっているのか、とイリヤは少し困ってしまった。

 

(意外と色っぽい噛み付き方するなコイツ……)

 

少し怒ったような目つきで上目遣いをされてしまい、妙な気分になりかける。鎖骨に突き立てられた八重歯が、尚のこと犬っぽさを引き立てる。

 

見た感じは、充分に可愛らしい。

やや暴れん坊の仔犬感が溢れ出している。

 

だが。

 

「まぁ、とりあえず歯ぁ立てるのを止めてくれ。思いの外痛ぇんだ」

 

彼は失念していた。

今目の前でじゃれてくる“仔犬”の名を冠する少女は、今でこそ人の形をしているが、本来は神機なのだ。

 

さっき抱きつかれたときもそうだったが、これが意外と力が強い。抱きつかれたときも痛みは感じなかったが充分に息苦しかったし、噛まれたときも骨が割れそうなほどの痛みだった。

 

(ますます仔犬だな……)

 

しかも、力加減やら何やらが不器用な、少し困った方の仔犬だ。手がかかる。

 

しかし。

 

手がかかる仔犬ほど可愛い物なのだ。

 

「髪の毛がな」

 

「?」

 

「髪の毛が結構サラサラだったから、つい遊んじまった」

 

淡々とした口調。反省の色は、無い。

 

「___開き直りって言わない、それ?」

 

「おお、シノが難しい言葉使った!」

 

「馬鹿にしてるでしょ!? ねぇ!?」

 

「…………ん?」

 

「とぼけんなぁ!!」

 

襟を掴まれて、グラグラと揺すられる。

やはり、力加減が苦手らしい。イリヤの視界がグワングワンと歪んでいく。

 

「シノ~、脳震盪起こしそうだ~、緩めてくれ~」   

 

「えっ、あ、ゴメン!」

 

最後の一振りが一番衝撃が強かった。

 

ガクンッ、と本来ならばあまり人間にはよろしくない勢いの衝撃が、イリヤの頭と首に襲いかかった。

 

幸い、ゴッドイーターの強化された肉体にはこれと言った影響は無かったものの、やはり痛いものは痛い。

 

「ゴメン、その……大丈夫? 頭とか」

 

「シノ、さらっと非道い言い方すんな」

 

「え?」

 

どう言う意味なのか全然分かっていない様子のシノに、イリヤは手がかかる、と少し困ったように溜息を吐いた。

 

「まぁ、単に言い回しの話だが……仕方ねぇ。またおいおい教えてやるよ」

 

多分コウタに聞かせたらアイツ傷つくだろうなぁ、とかまた少し良からぬ想像をしてしまう。それはそれできっと見物にはなるだろうが、シノの場合は何の悪意も無いからむしろもっと非道い。

 

「?」

 

やはり最後までよく分かっていないシノであった。

 

その時、シノの身体に異変が起きた。

 

シノの身体から、淡く柔らかい白い光が発せらた。

 

「あ」

 

その変化の正体に一番早く気が付いたのは、本人であるシノであった。

 

「この光は……?」

 

蛍のように漂う数多の光。

 

「もうそろそろ時間みたい。器に戻らなきゃ」

 

「器?」

 

「うん。イリヤ達で言うなら神機ってやつ」

 

「そう、か」

 

話している間にも、彼女の身体からは光が放ち続けられていて、しかも徐々に身体が透き通ってきている。まるで水彩画のような淡く澄んだ姿。

 

「あ!」

 

突然、彼女が何かを思い出した様な素振りを見せた。イリヤはそれに気が付いた。

 

「どうしたんだ?」

 

「話すの忘れてたんだけど、イリヤを助けたのってこの光なんだよ。この光、全部私の身体みたいなものだから」

 

「ん? ……あ」

 

少し考えて、イリヤはシノが何を言っているのか、いつの話をしているのかを理解した。

 

そう、あの宮内のとき。初めて、イリヤがシノと会えたあの日。イリヤが彼女に“シノ”と名付けたあの時。確かに、彼等の周囲をこれと同じような光が包み込んでいた。

 

「あの時は、私もほとんど何も考えずにやっちゃってたからね……。思い出してみると、結構無茶なことをしたものね」

 

そう言って、クスクスと笑う。

 

「まぁそれで命は助かった……と言うよりかは生き返れたからな。ありがてぇ話だ」

 

「……うん、助けたご主人がイリヤで良かった」    

 

彼女はそう言うと、明るくはにかんだ。

 

「止めろ、恥ずかしいから」

 

照れくさくなってシノから顔を逸らす。すると、彼の頬に手を添えられた。そのままシノに向き直される。

 

「ちゃんと私を見て」

 

彼女の表情は仔犬のような明るい笑顔では無く、悲しみも知った、ひたすらに穏やかな優しい笑顔であった。

 

「また、こうやって話そうね」

 

その言葉に。

 

「ああ。約束だ」

 

イリヤは優しく微笑みながら頷いた。

 

 

そして。

 

 

___シノの姿は空気に消えた。

 

 

 

 

 

(また、な)

 

 

 

 

 

彼の心は至って穏やかであった。

 

 

 

 




さて、次はどんな話にしようかな~♪

それにしてもリザレクションやりてぇなぁ


追加
まだこの話は終わらせませんよ!!
お付き合いの程ろ世しくお願いします!!!


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リンゴと来訪者


病室に、事実上監禁されているイリヤ。

さて、そんな彼に訪れた来訪者は___


シノと2回目の邂逅を果たしてから3日が経った。

 

イリヤは、未だに包帯まみれの状態で病室にて安静___と言う建前の監禁状態___にさせられていた。

 

自分で巻き直した包帯は、特に胸やら腹やらに巻いたのが、少し緩い。別に問題があるほどに緩いわけでは無いのだが、他の部位をカッチリと巻いたせいで違和感が酷いのだ。

 

「……」

 

本当ならば、包帯の巻き直しはメディカルセンターの看護師か、どう妥協させても衛生兵にやらせるものだ。しかし、イリヤはそれを___端から見れば尋常で無いほどに___頑なに拒んだ。

 

他の人間に身体を触られるのが駄目な性格、と言うわけでは無い。勿論、それはそれで彼としても不快なことではあるのだが、それが最大では無い。

 

彼は、ただ他の人間には、家族であるあの子供達にですら背中を見せたくないのだ。

 

彼が背中に持っているもの。

 

 

それは。

 

 

かつてその背中に焼き付けた火傷痕。

 

 

見る者が見れば、その火傷がどういった経緯で焼き付けられたのか分かる。そう言う火傷だ。

 

 

(こればっかりはマジで見られたくねぇからな)

 

 

つい無意識に背中の火傷痕をなぞり、思い出したくないものを思い出しかける。

 

 

「はぁ……」

 

 

久々の重苦しい、聞いた人の気分ですら重くさせるような暗い溜息。

 

 

(クソったれが)

 

 

ついうっかり栓を緩めてしまったせいで、彼にとってある意味トラウマと言える記憶がチクチクと彼の脳裏をつつく。

 

(生きるためだったとは言え……アレは止めときゃ良かった)

 

もう一度溜息を吐いて、少し緩い包帯をなぞる。

 

(……巻き直すか)

 

そうすれば、きっと今のもやっとした不快な気分も吹き飛ぶ、と信じ込もうとする自分がいる。きっと気分が晴れるはずだ、と。

 

 

 

さて、と一息入れたときだった。

 

 

 

___コンコン

 

 

 

ドアがノックされた。

 

 

慌てて患者用の上着を羽織る。

 

 

(誰だ?)

「……どうぞ」

 

 

警戒を極力隠した声。

 

 

ガスが抜けるような音と共にドアが開いた。

 

 

入ってきたのは。

 

「……お見舞いよ」

 

いつも通りのネコパーカーを着たミコトだった。その手には赤い果物___確かリンゴだったはず___がある。こんなご時世にまた随分と贅沢なもんが出てきた、とイリヤは思わずにはいられなかった。

 

ミコトは、特に何を言うわけでも無く、彼の右側にある面会者用の椅子に静に腰掛けた。

 

「……調子はどうなの?」

 

少ししてから、おもむろにミコトが口を開いた。彼女の右手はリンゴを弄んでいる。いつも通りか、それ以上に声に覇気が無いように感じた。

 

「せめてもう少し自由にさせて欲しぃい゙!?」

「黙りなさい……!」

 

全てを言い切るまえに、ミコトがイリヤの鼻を思いっきりつまんだ。流石遠距離神機使い、人差し指と親指にかける指圧が尋常で無いほどに強力だ。

 

つまり、ばちくそ痛い。

 

「……凄ぇ痛ぇんだが?」

 

鼻をつままれた状態でもとりあえず冷静に痛みを訴える。痛いのは慣れっこだ。褒められたことでは無いが。

 

「……舐めたこと言うからよ」

 

「……ゴメンナサイ」

 

「酷い棒読み」

 

そう言うと、彼女はパッと彼の鼻を解放した。まだつままれていた部分がジンジンと痛む。

しかし、さっきのやり取りの中でイリヤは少し違和感を感じていた。気のせいかも知れないので何も言わないでおくが。

 

「……どうしてまた急に?」

 

「別に? 暇だったし、ほんの気紛れ」

 

いつも通りの、少し素っ気ない感じの態度。しかし、イリヤはそれぐらいの方がやりやすい。踏み込まず踏み込まれずの間合いが、他人と接するには一番おさまりが良いのだ。

 

「その割に随分豪華なもん持ってんじゃねぇか」

 

しかし、どうしてもミコトの右手にあるリンゴが気になってしまう。もはや不可抗力だ。 

 

「目敏いわね……」

 

「じゃあ隠せ。俺が目敏いんじゃ無くて、お前のそれが明ら様すぎなんだよ」

 

そう言うと、ミコトはぷいっと顔を逸らしてしまった。

 

「別に良いでしょ? お見舞いなんだし、手ぶらで行くのも何だか気が引けたのよ」

 

(おぉ、うちのガキが何か恥ずかしがってるときみたいな反応するな……)

 

そんなことを考えていると、サリサリと聞き慣れない音が聞こえ始めた。

 

(? 何の音だ?)

 

明らかに音源はミコトなのだが、ミコトが何をしているのかはサッパリ分からない。何せ背を向けられているのだ。

 

「……何してんだ?」

 

「……少し待ってて」

 

風情もへったくれも無い淡々とした会話。

それでも、何となくそれだけでその場の空気が良い感じにおさまってしまう。

 

サリサリ。

 

サリサリ。

 

ミコトが何をしているのか分からないが、多分自分には無害なことだろう、と思って何も言わないでいる。

 

 

___しばらくして

 

 

「……できた」

 

 

はい、と言って彼女がイリヤに差し出したのは、どこから用意したのか分からない皿とその上に盛られた綺麗に切り分けられたリンゴだった。

 

 

「……はい、どうぞ」

 

「……」

 

 

世の中珍しいこともあるものだ、とイリヤは半ば冗談めいた思考で考えた。が、しかし。イリヤは、1つ気がかりな、気に食わないと言っても良い、ことがあった。

 

(やっぱり、少し目ぇ濁ってんな……)

 

さっきもそうだったし、今もちらっと見えたが、今のミコトの目つきはイリヤにしてみれば気に入らないものだった。

 

(何つぅ辛気臭ぇ目をしてんだ)

 

皿の上に盛られたリンゴが、ほんの僅かに震えている。きっと、それは気のせいでは無いのだろう。

 

「……ほら、早く食べなよ」

 

「……嫌なことでもあったのか?」

 

言葉などいくらでも選びようがあったが、イリヤはあえてど直球な言葉を使って訊ねた。ミコトの肩が、確かに揺れた。

 

(……なるほどな)

「まぁ1口もらうぞ、と」

 

口に放り込んだ一切れのリンゴは、随分と水っぽくて緩い歯応えだった。不思議とそれを不味い、美味しくない、とは思わなかったが。

 

ミコトは、先のイリヤの一言を聞いてから何も話さない。

 

 

(やべぇ、ど真ん中の図星だったか……)

 

 

無言の中、イリヤの咀嚼音だけが響く。

 

 

口の中に放り込んだ果肉が、原形をとどめないほどに噛み砕かれたころ、ようやく飲み込んだ。そう言う種類なのか、甘みよりも酸味の方が勝っていた。

 

 

ミコトは、未だに何も言わない。

口を開こうとする気配すら見せない。

 

 

イリヤも何も言わずに、黙ってもう一切れ取って口に放り込む。やはり、酸味の方が強い感じだ。

 

 

声の沈黙と、物の咀嚼音。

 

 

ハッキリ言って居心地が悪い。

イリヤとて、自分が言ったことを棚上げするつもりは毛頭無いが、やはり居心地が悪いものはどうしても悪い。

 

 

「ミコト」

 

 

イリヤは彼女の名前を呼ぶなり、おもむろに一切れつまんで彼女の口に押し込んだ。

 

 

「むぐ!? んん!? 酸っぱい!!」

 

 

前触れが全くなかったイリヤの暴挙に、戸惑いと羞恥を覚え、そして口の中に突撃してきた予想外の酸味に、悶える。

 

 

「とりあえず一緒に食べよう。悪いことは言わねぇから、な?」

 

 

ミコトは軽くジト目でイリヤを睨みながら、むぐむぐと酸っぱそうな表情を浮かべながら咀嚼を続ける。普段がやたらと寡黙なイメージだけあって、そう言う表情をしていることに意外性を感じる。

 

「……セクハラ」

 

「いや、まぁ……スミマセンデシタ」

 

ミコトの至極まっとうな非難に、流石のイリヤも拙いな、と感じた。だが、ミコトがちゃんと口を開いてくれたので、彼としては結果オーライとしたいところだ。

 

「うぅ……酸っぱい……甘いはずなのに……」

 

どう言うわけか、イリヤは目の前にいるミコトという女性から少しアホの子の気配を感じ取った。いや、間が抜けているのか。どっちにしろ、ろくな評価では無い。

 

「本物のリンゴを食べたのが初めてだからな。こういう物かと思ってたんだが……違ぇのか?」

 

「……甘みが強いって書いてた……」

 

なるほど、恐らく彼女はノルンか何かで先にリンゴに関して情報を得ていたのだろう。そこから芽生えた先入観に対して、今現実のリンゴは酸味の方が強いから、ショックを受けているのだろう、と彼は考えた。

 

(アホの子か)

 

すぐ横でしょげているミコトに、この上ない物珍しさを感じながら、かなり失礼な評価を付け加えた。

 

 

「で? 改めて訊くが、何かあったのか?」

 

 

少し経ってからイリヤは訊いた。

やはり、どうしてもそれだけは気になってしまうのだ。お節介だ、とは自分でも分かっているのだが。

 

 

「……まぁ、その。アタシの所属部隊が編成を解かれちゃってね。私とリーダー以外にまともに戦える隊員がいなくなっちゃってさ」

 

 

まるで心底どうでも良いような話をするような口調だな、とイリヤは思った。

 

 

「リーダーの方はこの間リーダーが殉職した第4部隊の隊長として移動したんだけど、アタシがね___」

 

 

______第1部隊の要員になったのよ

 

 

さっきまでの無関心無感動のお手本のような口調とは打って変わり、かなり沈んだ声。そして、イリヤは前に彼女と交わした会話を思い出した。

 

 

 

 

___第1部隊はどうなんだ

 

 

___それは……まぁ、アタシの方が少し避けてるのかな。うん、多分そうなんだろうね

 

 

 

 

(コイツがわざわざ負い目作るようなことしでかすとも考えにくいんだがな……)

 

彼が考え得る限りでは、第1部隊の古参メンバー___リンドウ、サクヤ___他にもいるだろうが、そのあたりと何かあったのだろう、としか予想が立てられない。

 

少なくとも、自分とコウタはミコトよりも後の入隊になるから、確実に無関係だ。

 

(これは……訊こうにも訊けねぇな)

 

少なくとも、ミコトと旧第1部隊との間で、良いことが起こった、とは考えられない。

 

「……酸っぱい……」

 

ミコトがもごもごと口を動かしながら、呟く。    

 

「これはこれで良いんじゃねぇか?」

 

 

しばらく、2人の咀嚼する音だけが響いていた。

 

 





少しくどいですが、ちゃんと続けますよ!
バースト編まではちゃんと足掻きますよ!!

応援よろしくお願いします!


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死神と言うあだ名


イリヤはその名を聞いた。

___死神

それがどう言う意味なのか、彼はまだ知らない


シャクシャク、シャクシャク___

 

リンゴを咀嚼する音だけに満たされる病室、と言うシーンもわりとシュールだ。しかも、リンゴを食べている男女は、男の方は真顔、女の方は酸っぱそうな顔をして少し悶えている、とあればもはやネタと言っても良い気がする。

 

狙ってか否か定かでは無いが、ミコトが楊枝を用意していなかったのもあり、2人とも手で摘まんでリンゴを口に運ぶ。

 

2人の指先は、リンゴの果汁に濡れていた。

 

「……イチゴは甘かったのに……」

 

ミコトのぼやきに、イチゴとリンゴじゃ種類が違うだろう、と変なツッコミを心の中で入れてしまう。

 

イリヤは確信した。今、自身の右隣で一緒にリンゴをつまんでいるこの女は間違いなくアホの子だ、と。

 

そんなイリヤの心の中身に気付くことも無く、ミコトは口の中を襲撃する酸味に、未だに悶え続けていた。

 

(ノルンが……嘘ついた……許さないんだから……!!)    

 

一体誰を許さないのだろうか。

少なくともノルンをぶち壊したとして、間違いなく懲罰棒に放り込まれる未来しか待っていない。

 

羽黒ミコトは、甘党であり辛党である。しかし、酸味に対する体制は、ほとんど無い。彼女が嫌いな食べ物の代表例は、梅干しだ。極東支部では支部設立当初から食事の中に含まれていた万能食品だが、ミコトはこれが、全くと言って良いほどに駄目だった。

 

(何でコイツ普通に食べられるんだろ……)

 

味覚においてのみ、個人の正義が通用する。それに従えば、ミコトにとってイリヤは本気で信じられない味覚の持ち主に思えた。

 

「あ、随分濡れたな……」

 

指先を見つめてそんなことをぼやくイリヤを、チラッと見やると。

 

彼はペロリと、指先についた果汁を舐めとった。

 

その姿が、イリヤの容姿やら少しはだけた患者服やらの視覚的な影響も相まって、かなり官能的に映ってしまった。

 

(ちょ、何でそんなにエロいのッ!?)

 

口にも顔にも態度にも出していないから、その心の叫びがイリヤに察せられることは無かったが、ミコトは妙な気分になってしまった。

 

男にしては、細く、そして長い指。

 

その指先を濡らす果汁ですら扇情的に見えてしまう。そして、その果汁を舐め取るときのあの仕草の色気は、下手な風俗嬢の誘惑よりも官能的で___言葉を選ばなければ___エロかった。エロく見えてしまったのだ、ミコトには。

 

無論、イリヤは狙ってやっているわけでは無い。確かに彼は、そう見える術、は心得てはいるが、別にそれをやっているわけでは無いのだ。

 

「ぁ、最後か。ミコト、お前が食えよ」

 

心の中で真っ赤になっているミコトに、イリヤが何も察することも___はずも___無く、至っていつも通りのトーンで最後の1切れをミコトに譲った。

 

「へぁ? え、何?」

 

だが、頭の中が淡いピンクの霧に霞んでいたミコトはその声すらまともに聞いていなかった。

 

「いやだから、最後の1切れを譲るって話だ」

 

大丈夫か、と言いたげな目をしながらイリヤがミコトの顔を覗き込んだ。しかし、身につけてしまったポーカーフェイスが彼女の心の内をイリヤに悟らせることを許さない。

 

「い、良いわよ別に。アンタが食べなさいよ」

 

それじゃあありがたく、とイリヤは最後の1切れをつまんだ。スッと、最短距離を通ってリンゴを口へ運ぶ。そして、リンゴの先端をかじった。

 

 

___シャクッ

 

 

そして数回咀嚼してから、更に残った部分を口の中に放り込んだ。その際に、人差し指が唇に触れる。その姿ですら色っぽく見えるのだから、イリヤが相当無意識にエロいのか、ミコトがそうなのか。少ししてから、飲み込む。

 

彼は、もう一度指先を舐めて、唇も少し舐めた。

 

その仕草全てに、ドキッとしてしまう。恐らくミコトの方が過剰に反応し過ぎなだけだろう。無論、イリヤがエロくないとは言わないが。

 

(エロ過ぎでしょアンタ!!!)

 

何故か心の中で怒鳴ってしまう。何度も言うが、口と顔と態度には出していないので、イリヤにはバレない。

 

「ごちそうさまでした」

 

そう言って律儀に合掌する姿に、ミコトは意外さを感じた。言ったら悪いから口にしないが、彼がそう言った風習的なマナーを守るような人だとは思っていなかったからだ。本当に失礼なことである。

 

少ししてから、ミコトが口を開いた。

 

「あのさ、自分で用意した手前なんだけど、このリンゴ美味しかったの?」

 

酸っぱい物が駄目なミコトにとっては、やはりイリヤがこのリンゴをちゃんと食べたことが一種の怪奇現象のように感じられるのだ。

 

「ああ。普通に美味かった。つーか、リンゴ食ったのこれが初めてだからな。良い物食えた」

 

「そ、そう、なら良いんだけど」

 

そして、また無言の時間が流れ出す。

 

別に、お互いに何か話したいことがある訳でも無いし、聞いて欲しいような悩みがある訳でも無い。いや、2人とも悩みはあるが、お互いにそれを口にすることを苦手としているだけなのだが。

 

すると、唐突にイリヤが起こしていた上体をボスッとベッドに沈めた。あまりに突然すぎるアクションにさすがのミコトも少し大きく反応してしまう。

 

 

「ん? あぁ、悪ぃ驚かせたか?」

 

 

「いや、大丈夫……」

 

 

少し、広めにはだけた胸元に目が行ってしまったが、すぐに視線を逸らした。

 

「なぁ」

 

おもむろにイリヤが口を開いた。

 

「何?」

 

「他の奴等……コウタとか最近どんな感じだ?」

 

「コウタ……あぁ、あのアホの子。随分調子を取り戻したみたいよ。第1部隊の隊長さんとかツバキ教官とかあたりにそこはかとなく守られてるし。きっと本人は気付いてないでしょうね」

 

「守られてるってのは、どういうことだ?」

 

「少し前まであの子、アンタとセットにされていじめの的にされてたからね。それを見かねての結果よ」

 

「なるほどな」

 

恐らくそのいじめている輩は、この間自分を任務に乗じて死なそうとした輩と同じ人間か、ソイツの仲間だろう、とイリヤは予想した。

 

そして、顔にこそ出さないが確かな怒りを感じた。

 

(俺の親友に手ぇ出すとは、馬鹿が)

 

退院したら確実に何らかの形で報復を実行する、と心の内に誓う。彼の大切な物を傷つける輩は、ただでは済まないのだ。

 

「アンタのことに関しては、相変わらず。印象最悪のまんま」

 

「だろうと思った」

 

先ほどとは打って変わって、心底どうでも良さそうな態度。イリヤは、自分のことにはあまり関心が無いのだ。それこそ、自分に害が無ければ。

 

そうは言っても、だからこそ自分でも気付かないうちにストレスを溜め込んでしまうのだが。

 

(シノやリッカに迷惑かけるのも何かな)  

 

まぁ、周囲が自分に対してどう言う態度を取るかで身の振り方を変えよう、と以前より少し能動的な対応にしようと考える。

 

「そう言えば、ミコトは第1部隊への正式な転属っていつなんだ?」

 

ふと、思い出し、訊く。

 

「明日。___ふふっ、これで第1部隊はアナグラの死神大集合よ」

 

「?」

 

最後の言葉の意味が分からず、首をかしげる。

 

「退院したら嫌でも分かるわよ。アタシ、アンタ、そしてもう1人」

 

「もう1人ってのは誰だ?」

 

「さぁ? それじゃ、アタシはここら辺で」

 

そう言うと、ミコトは席を立って部屋を出て行った。

 

(死神、ねぇ)

 

少なくとも気分が良いあだ名では無い。いや、確かに死神という名が称号になり得る可能性も否定はしないが、これには悪意を感じる。何せ、自分が嫌われているという自覚があるのだ。良い意味でとらえろ、と言う方が無茶である。

 

(アナグラの雰囲気ってのは割と陰湿なのか?)

 

そう思わずにはいられないような、いやな感じがイリヤの中でうごめいていた。





さて、そろそろ次のステージに行こうかね……!!

行こう、かな……?


行きたい、な……


頑張ります!!!


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SG'sRecord-01

!Caution!

人の日記を覗くのは良い趣味とは言えないねぇ

それでも覗くのかい?


        入/出              


Code:KiHonor11

 

さて、榊だ。

 

備忘録、と言うのも何だが、そんなニュアンスでこれから何かあるごとに記録を残していこうと思う。

 

まず記録を残そうと決めた理由から述べようか。  

 

この極東支部に科学セクション責任者として赴任してから結構経つのだが、最近は思いの外暇だった。出現するアラガミのタイプもだいたい固定されてきたし、何より珍しいアラガミのコアは全てヨハンの方に回っているのだ。

 

だけど、今期の入隊者の中に実に興味深い人物が神機使いになったのだ。

 

名前はイリヤ・アクロワ。

名前や容姿から察するにロシア系の人種だろうと思われる。やけに女性的な顔立ちであることも、彼のパーソナリティと言えるだろう。

 

彼が、この記録を書き残していくことを私に決意させたのだ。

 

まず、科学者として彼に興味を持った要素から。

 

1つ。(Y)シリーズ神機への遺伝子的適性。

2つ。偏食因子との適合率がさほど高く無い。

3つ。彼の身に起きた、怪奇的な蘇生現象。

 

まず1つ目の事項について。

 

そもそも第2世代神機は、今でこそ正統派モデルが決定されているが、試作段階では候補機体もいくつか開発されいた。それらの試作神機は、本部直轄の試験部隊やここ極東にいた戦技開発部隊の元で試験運用されていた。その過程で、今正統派とされているタイプが選定されて、今の第2世代神機に繋がる。

そして、イリヤと言う人物は正統派では無く試験機の方に適性を示した。これがどういうことか、と言うと。

そもそも、正統派に選ばれなかった試作神機達の欠陥として、あまりにも人を選びすぎるきらいがあるのだ。今の正統派ですら人を選ぶのに、それに輪をかけて人を選ぼうとすれば適合者は0に等しい。その中で彼は適合者になれたのだ。奇跡的な遺伝子、とも言える。

まぁ、それだけと言えばそれだけだ。

 

 

次に2つ目の事項について。

 

これがなかなかどうして意外だったのが、彼はP53偏食因子への適性が低いのだ。フェンリルが正式に定めるところでは、適合率が6割7分以上でなければ適性試験を受けさせないとしているのだが、彼はそれよりもやや下回って6割4分の値を示していた。

さて、ここで重要なことは通常であれば適合率が低い原因は、その個人のヒト細胞が偏食因子に対して免疫が低い___言い換えれば侵蝕されやすいからである。

しかし、彼の場合はあまり見られないタイプだったのだ。つまり、ヒト細胞が偏食因子に対してアレルギーの一歩手前と言えるほどの耐性を持っていたのだ!

あまりいないタイプのデータだから、これには非常に興味深いものがある。

だが、ここで注意しなければならないことがある。偏食因子への適性が低いと言うことは、逆に言えば神機からの侵蝕を受けやすいとも言える。

 

今気付いたのだが、もしかするとこれが(Y)シリーズへの適合の鍵なのかも知れない。また調べるとしよう【G01:タグ登録】

 

 

最後に3つ目の事項についてだ。

 

私としては、ここ最近の情報の中でもこれが一番興味深い! 何故かって、この現象が解明できないからだ。

多分今後忘れることも無いだろうが、念のために噛み砕いた状況の説明を入れておくとしよう。

イリヤ君が最後に出撃した任務の話だ。廃寺エリアで彼と当時同行者のコウタ君がコンゴウを討伐した直後にヴァジュラと接触した。イリヤ君は自分を囮にしてコウタ君をエリアから離脱させたんだけれども、相当ダメージを受けたんだろうね。ヴァジュラと接触してから6時間程度経過したときに、ほんの数秒。5秒間、彼は死んでいたのだ! 腕輪から転送されるデータを根拠にしているから、間違いでは無い。そして何よりも奇怪なことは、彼はその5秒が経過した後、何と蘇生したのだ!! 

詳しい原因の解明は出来ていないが、私は恐らく彼の中にあるオラクル細胞が自身の宿主と心中することを回避するために起こした生存本能が成した技では無いか、と予測している。可能性の塊のオラクル細胞だ。そんな現象が生起したところで何ら不思議では無い。

この現象の解明が、今のところ私にとっては一番楽しいことだ。これからも、当時のあらゆるデータを用いて現象の解明に努めようと思う。

 

ヨハンからよこされる仕事はツバキ君に頼もう。彼女は何のかんので引き受けてくれ……無いかな……無いね。

何てことだ、またデスクワークに時間を奪われる日々が来るのかと思うと逃げ出したくなってきた。

 

まぁ、仕事をしないと研究もさせてくれないからね、うちの支部長は……。

 

あぁ、いけないいけない。いい年をしたオジサンがやさぐれるなんてみっともない。

どうしよう、凄く情け無い気分になってきた。何だか、とても白髪染めが欲しい気分だ。

 

それにしても、もうすぐ件のイリヤ君も部隊に復帰する予定らしい。一人間としても嬉しい気持ちで一杯だ。一科学者としても嬉しい。

気がかりなことと言えば、彼を取り巻く周囲の態度だね。あまりそういう事情に口を挟むつもりも無いが、やはり心配になってしまう。まぁ、せめて私としても彼に何か出来れば良いんだけれど……。

 

まぁ、今回の記録はここら辺でまとめるとしよう。

 

次の記録のときまでに、イリヤ君の身に起きた現象の解明が少しでも進んでいることを願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ReverseCode:I401UBoatMilitary

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本部のアラガミ学者達が最近になって変なことを言い出しているようだ。

 

曰く「天変地異」だとか「地球転生説」だとか。    

 

内容を聞く限り、一種の都市伝説の様なものであったが、完全に否定することも出来ない微妙な説、と言う印象が強い。憶測の域を出ないが、確かに可能性はあるのだ。

 

私の方でも、シュミレーションを試みてみようかと思う。

 

まぁ、仮に本当だったとしても私は何もしないと思うけれどね。

 

私はあくまで“傍観者”なのだから。

 

 

 

 

それにしても、ヨハンは何を考えているのか。

表で記述した様に、珍しいアラガミのコアや強力なアラガミのコア等は全てヨハンの管轄下に搬入されているのだが、それらが変なのだ。通常、回収されたコアは用途ごとにタグ付けされて管理されているはずなのだが、それらのコアの行方が分からないのだ。“あの計画”に使うとしてもアラガミ装甲と同じタグで管理されるはずだし、神機のコアにするつもりならもっと厳重な管理になる。

あまり良い雰囲気では無い。

これが杞憂で無いことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

!Caution!

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榊の日記です。
多分こんなの書いてるだろうなぁ、と。
はい。

最後の英文は、多分英語慣れした人から見れば不細工なもんだろうなぁ、とか思ってます(-_-;)
格好つけたかったんです、はい……

頑張ります


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Family

優しさとは何なのか。

味方とは何なのか。

イリヤの知らない答えがそこにあった___


ベテランフロア、リンドウの私室。イリヤは、少し強ばった顔で敬礼した。

 

「イリヤ・アクロワ2等兵。本日0945時を以て、支部長の命の下、第1部隊へ復帰します…………ご心配おかけしました」

 

敬礼の手を下げた後、イリヤは正面に立つ男___雨宮リンドウ___に対してぺこりと頭を下げた。

 

「あぁ、気にすんな気にすんな。頭上げろ。お前がちゃんと生きて帰ってこれた、それだけで文句は無い……んだがな」

 

リンドウは、困った、と言う風な表情でボリボリと後頭部をかきながら言葉を続けた。

 

「俺としては文句は無いんだが、上官としては1つ気に食わないことがある」

 

「何でしょうか?」

 

「どうして囮なんかした? お前がやったことは一流神機使いの英断じゃなくて、半人前の無謀な独り善がりだ」

 

気に食わない、と明言しただけあってリンドウの声にも厳しさと憤りの色が色濃く表れていた。とは言え、イリヤとしてもかなり難しい質問である。いかんせん、あの時は必死すぎて、自分でもどうしてあんな指示を平然と出したのか分からないからだ。

 

考えに考え抜いた末に得た答えは___

 

 

「……正直、全然分かりません」

 

 

正直に、本当に正直にそう言うと、リンドウもはぁ~と困ったような溜息を吐いた。指導中でも、懐からタバコを取り出すことを忘れないあたりがリンドウらしい。

 

「まぁそうだろうなぁ……お前さんのことだからそう答えるだろうとは思ってたんだが」

 

本人が分からないと言っている以上、リンドウとしても下手なことを言えない。彼とて分かっていたのだ。イリヤがそう答えることは。

 

「俺個人としてはお前の行動は買うし否定もしないぞ? そりゃあそうだ、俺だってお前と同じ状況に置かれたらお前と同じ判断をするだろうからな」

 

それでも上官としてはそれを認めるわけには行かないのだ、と暗に語る。

 

「あのまま逃げ続けても全滅すると思ったので、先に藤木2等兵を離脱させて支部からの救援を求めよう、と考えたからです」

 

思い詰めたような表情でイリヤはそう言った。

彼としては、いくらそれらしい理由を探ってもそれ以上の言葉は出てこなかったのだ。

 

「お前さんが言いたいことは分かってる。大体そんなところだろうと思ったさ。だが、お前さんも何となく分かってるとは思うが、俺が言いたいのはそこじゃ無いんだ」

 

それはイリヤも分かっている。リンドウが言っているのは、何故自己犠牲的な判断を下したのか、なのだ。だからこそ、自分自身でその答えが分からないからこそ更に思い詰めてしまう。

 

「まぁ、お前さんみたいに根が優しいヤツは何も考えずに平気でそれを選んじまうからな」

 

また、はぁ~と困り果てたような溜息を吐く。イリヤとしては、心配をかけたことに対する申し訳なさもある手前、下手に口を開けない。分かっちゃいたんだがなぁ、とリンドウのぼやきが紫煙と共に空気に溶ける。

 

「まぁ、アレだ。今後、そう言った無茶な真似をしないように……としか言えねぇよなぁ」

 

「ご迷惑おかけしました。以後、重々気を付けます」

 

「止めろ止めろ、そんな堅苦しく頭下げるな。まぁ、上官としての指導はこれで終わりだ___良く帰ってきたな、新入り」

 

ガシガシと無遠慮に頭を撫でられた。

 

「おぉ? 見た目通りサラサラだなぁ!」

 

何かがはまったのか、リンドウはおぉ~とかははは等と笑いながらイリヤの頭をワシワシと撫で続けた。

多分グッチャグチャに乱れてるだろうな、とされるがままの中でそう思う。

 

「なぁ、イリヤ」

 

突然撫でる手が動きを止めて、リンドウは真面目な声でイリヤの名を呼んだ。

 

「ちゃんとお前の味方を数えろ」

 

リンドウのその言葉に、イリヤは強い衝撃を受けた。悲しかったり、嫌な気分になる衝撃では無い。どちらかと言えば、図星を突かれた、とかそう言ったニュアンスの衝撃だ。目から鱗、と言う表現が一番良いのか。

 

「お前の味方はきっと0じゃ無いはずだ。俺もお前の味方だ。他にもいるはずだ。ちゃんとソイツ等を頼れ。分かったな?」

 

イリヤは何も言えなかった。

初めてだったのだ。

こうもいとも簡単に自分の心の領域の中に入り込まれたことが。そして何より、それが不快では無く、むしろそれに安心を覚えたことが。

 

「返事しろ返事。分かったな?」

 

少しムスッとした声。だが、その中には悪意的な感情は見えない。おもむろ父性を感じさせるような、気さくで優しさに満ちた声だ。

 

 

「___は……い………っ」

 

 

やっと絞り出した声はかすれていた。

 

「はい………………はい゙……っ!!」

 

「おぉおぉ、落ち着け………ったく」

 

リンドウは自分の目の前でボロボロと、恥も外聞も無く涙を流すイリヤを優しく撫でながら、少し強引に胸元へ抱き寄せた。

 

(どんだけ1人で背負ってたんだか……)

 

少なくとも自分が思っている以上に色んな物を背負っていたに違いない、とリンドウは思った。イリヤという少年は、端から見れば強かで達観したように見えるが、その実ただの不器用で強がりな“子供”なのだ。

 

(俺も俺で何やってんだか………)

 

ふぅ、と紫煙と一緒に溜息を吐きながらそんなことを考える。

 

(まぁ良いか)

 

変にひねた考えをするのも面倒に感じたので、リンドウはそれ以上考えるのを止めた。

 

雨宮リンドウと言う男は、飄々としてどこか少し抜けていて根はとても優しくて凄く仲間想いで___そんなお人好しとも言えるような性格が彼の本質なのだ。彼がそれをどこまで自覚しているのかは別の話だが。

 

「……リンドウさん、タバコ臭いです、髪に臭い付きます」

 

「お、おぉ悪ぃな」

 

(何かサクヤみたいなこと言うなコイツ)

 

そうは思いつつも、やはりそこはかとなくタバコの火を消すあたりがリンドウらしいのであった。

 

 

 




どうしよう、何か少しホモくさい雰囲気になっちゃつた……((((゚д゚;))))

まぁ、これはこれで良いんですけど。

2人ともノンケですし。そこを変えるつもりは毛の先ほども無いし。


これからも頑張ります!!!


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自称化け物と自称華麗なる云々

祝福すべき、イリヤの復帰1番の任務に同行したのは………




(あぁ、昨日のことを無かったことにしてぇ)

 

イリヤはエリアの合流ポイントで1人、どんよりと曇りきった空を見上げながらぼんやりとそんなことを考えていた。彼が言っているのは、前日、彼が部隊復帰をリンドウに報告したときのアレのことだ。

 

(黒歴史だ……)

 

半ば達観したような心境で、あの出来事に付箋をつける。つけたところで、心の底にあるブラックボックスに厳重に封印するだけだが。

 

ふぅ、と溜息を吐いて

身体の中に溜まりかけていた陰鬱な空気を吐き出し、空気を一新する。

 

彼は今、鉄塔の森と呼ばれる地域にいた。

 

ことの発端、と言う言い方も変だが、それは昨日の晩にまでさかのぼる……黒い箱が蓋を開けそうになった。危ない。

 

『復帰して早々悪いが、お前には明日任務に行って貰う。なに、卵みたいな形した小型アラガミをぶっ殺すだけの任務だ』

 

(ザイゴートのこと、なんだろうな)

 

リンドウもたまに、本人が自覚してるかは知らないが、コウタのように物の正式名称では無く、形や特徴で表現するときがある。しかし、そうだと言ってもコウタとリンドウを同列のアホの子としては扱わないが。扱えるわけが無いが。

 

『あぁ、あと悪いがその任務には俺は同行できない。別の任務があるんでな。そこで、代わりと言っちゃあなんだが、うちの部隊から2人同行者を出す。1人はまぁ、根は悪くないんだが少し不器用なヤツでな。もう1人も、多少変わってはいるが良いヤツだ。安心しろ、2人とも実力はある』

 

(思い出せば出すほど不安になるのは何でだ?)     

 

どっちがどう、とかそう言うのでは無く、どっちの人物も少し微妙な印象を植え付けられたのだ。恐らく会ったことが無い、もしくは見たことが無いから、そこから来る先天的な警戒も多分に影響しているだろう。

 

(味方云々なんて求めねぇから、せめて敵じゃ無ぇ人間でありますように)

 

ガラにも無く、割と本気で心の中で祈る。とは言っても、彼には信奉する神などいないのだが。

 

曇りきった空。どんよりと、憂鬱な灰色の雲にまみれたその中に、数カ所、雲が薄いのか淡く光が差し込んでくる場所もいくつか見受けられた。

 

(まぁいけるだろ)

 

再び降り積もりかけていた憂鬱な気持ちを気合いで消し飛ばす。悪いように考えるから、結果も悪くなるのだ、そう言い聞かせながら。

 

 

___そのとき

 

 

「やぁ! 待たせてしまったようだね、キミが噂の新型の新人クンかい?」

 

 

自信と生起に満ち溢れた、もう少し言えば、これもアホの子の臭いを醸し出しす、そんな声が飛んできた。高々と話す、と言う実例を耳にした気分になれる、そんな口調だ。

 

誰だ、と思って振り返ると。かなり対照的な雰囲気を放つ2人組の男達が歩み寄ってきた。

 

(あ、さっきのはこっちの人か)

 

イリヤは、赤髪にサングラス、胸を開いたジャケットに、胸にタトゥーを彫り込んだ、“愉快そうな人”を見てそう判断した。何を以てそう判断したのかは言わないでおく。

 

「初めまして。僕はエリック・デア・フォーゲルヴァイデだ。エリックと呼んでくれ。こっちの少しぶっきらぼうな雰囲気の子は」

「ソーマだ。別に覚えなくても良い」

 

 

少し空気が冷たくなったような感じがした。

 

 

「……と、言うわけだ。今回の任務はよろしく頼むよ、新人クン。共に華麗なるゴッドイーターとして華麗に戦おうじゃないか!」

 

差し出された手は、これがまた意外なことに形も綺麗なのだがちゃんと親しみやすさも内包した、一言で言えば凄く丁寧な形をしていた。

 

(悪いヤツじゃねぇみたいだな)

 

そう判断して、イリヤも差し出された手をしっかりと握り返した。

 

「イリヤ・アクロワ。よろしくお願いします」    

 

「おい、仲良しごっこやってる暇があったらさっさと任務終わらせるぞ」

 

ソーマ、と名乗った少年のその言い方にイリヤは少しイラッとしたのはまぁ当然として、それでもどう言うわけか“これはこれで愉快そうな人”と見た目からは到底考えつかないような印象も抱いた。

 

「……彼はね、あんな言い方をよくするけど実は優しい人間なんだ。どうも他の人はそれに気付かないみたいだけどね」

 

ソーマの後ろに続いて歩くイリヤに、エリックがそう耳打ちした。

 

「彼の場合は、少しぶっきらぼうが過ぎるけど、ただ不器用なだけなんだよ。だから、キミも出来れば彼と仲良くしてやって欲しい」

 

そう耳打つエリックの声は、少し寂しそうな物だった。

 

「……敵じゃねぇんなら別に良いですよ」

 

色々な想いを込めて、イリヤはエリックの頼みにそう返した。

 

「……ありがとう。君は優しい人なんだね」

 

「おい。ちゃんと周囲を警戒しろ」

 

かなり小さな声で話していたはずなのに、ソーマには聞こえていたらしい。ゴッドイーターの強化された聴覚だと、さっきのトーンですらやはり聞こえるのだろうか。

 

しかし、そう言うわけでは無い、とその直後に教えられる。

 

ソーマが突然、険しい表情で振り返った。

 

 

 

 

「エリック、上だ!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

イリヤとエリックも、ソーマの視線につられて後ろを振り向いた。

 

 

 

振り向くと、その直後に周囲が影に覆われた。

 

 

 

視線を上に向けると___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オウガテイルがその凶悪に大きな口をガッパリと開けて、今にもイリヤに食いつこうとしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(___あ、死ぬ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____ガチンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「___ソーマが間違えるとは、珍しいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目をつむったのと同時に聞こえたのは、重量物が勢いよく固い何かにぶつかったときの衝撃音と、エリックの至極冷静な声だった。

 

 

「___せっ!!」

 

 

エリックは極限まで小さく固められた気合いと共に神機を横薙ぎに振るい、オウガテイルの横っ腹に叩き込み、その身体を真っ二つにかち割った。勢いをつけすぎたその一撃で、コアもろとも破砕させてしまう。

 

 

「イリヤ君も、さっきのはマイナス1点だね。人間の目は前に付いているんだから、警戒はむしろ背後の方に注意しなきゃ。ソーマも、気付いたのは良いけど言う相手を間違えるのは良くない」

 

「……チッ……悪かったな」

 

 

イリヤは、自分の脳味噌の中で今目の前で起きた一連の流れを整理することが出来なかった。ただ、1つ理解できたことはエリックという男はかなり強い、と言うこと。

 

(てか……銃身パーツでアラガミを叩き切ったのか!?)

 

 

少し深呼吸をして、動揺をおさめる。

まずは、自分が助かったことを認識しなければ。

 

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

「気にしないで良いよ。それよりも……結構集まってきたみたいだね」

 

「え?」

 

気が付けば、自分の目に見える範囲全体にザイゴートが複数姿を見せていた。宙を舞う全ての邪眼が、確実にイリヤ達3人をとらえている。

 

「ざっと10体程度か……」

 

「フン、何体いようが全部叩っ切るだけだ」

 

長い付き合いなのだろう。2人は、特に示し合わせることも無くごく自然と背中合わせの状態になっていた。

 

「イリヤ君は遊撃手をやってくれ。くれぐれも、誰も味方から離れすぎないようにね」

 

エリックの、神機を掴んでいない方の手が拳を成して高々と突き上げられる。立てられた指は、3本。

 

(スリーカウント……!)

 

 

 

___3…

 

 

 

___2…

 

 

___1…

 

 

 

 

 

拳が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

「僕の華麗なる戦いの前に散るが良い…!!」

 

 

「……全部ぶっ殺す…!」

 

 

___2匹の獣が駆けだした。

 

それぞれが求める物は、殺戮、その先にある“勝利”。それを勝ち取るためならば、いくらでも血溜まりの上を駆け巡る。いくらでも返り血を飲み下す。

 

 

イリヤは、その2人の姿に背筋が冷えるような感覚を覚えた。

 

 

何のための勝利かは別に、2手に分かれた2人の背中にはそれぞれの覚悟が垣間見える。

 

 

自分には無い、求めるもの確かにあるのだ。

 

 

それを勝ち取るために手段などを選ばない、その冷徹なまでの情熱にイリヤは恐怖すら感じた。

 

      ・・

(これが………闘い)

 

 

人類を蹂躙する神為らざる神を、人類が蹂躙するその様に鳥肌が立つ。正に、神への反逆。

 

 

(だったら……やることは1つだよな……)

 

 

何も言わず、神機をガンフォームへ変形させる。

 

 

(よろしく頼むぜ___シノ……!)

 

 

心の中でそう唱えて、より多い数を相手にしているソーマの方に銃身___オーカ・ニエーバ改を向ける。イリヤの視線の先にいるのは、巨大なノコギリのような凶悪な形状をしたバスターでザイゴートの群れをなぎ倒していくソーマ。だが、やはり死角はある。

 

それを見逃すほどアラガミも優しくは無い。

 

ならば。

 

 

 

それ以上の冷徹さと冷淡さをもって

 

 

___アラガミを屠るだけだ

 

 

 

 

「___そらっ」

 

 

 

超高密度の光弾が帚星の如く太く力強い尾を引いてザイゴートの土手っ腹に直撃。そのまま貫通して、ザイゴートの身体にバスケットボールより一回り大きいくらいの風穴が穿たれる。あの一撃で力尽きたとは思っていないが、ソーマの背後に陣取っていた驚異は排除できた。

 

 

「チィッ、イリヤ君! そっちに1体逃してしまった! 始末してくれ!!」

 

 

エリックの警告を聞いて、瞬時にソードフォームに変形。振り向けば、ザイゴートが高速で迫ってきていた。距離にして30mほどあるが、敵の速度を鑑みるに数秒で到達する。

 

攻撃? タイミングを外せば命取りになる。

 

防御? 遅い。

 

 

___ならば、回避

 

 

一直線に突っ込んでくるザイゴートに対して、左側へ2ステップ。唾液をまき散らしながら迫っていた巨大な口は、虚空を噛み砕いた。

 

突如視界から消えたエサを探してキョロキョロとしているザイゴートの背後に回り込み、跳躍。

 

「っやりゃあぁ!!!」

 

神機の重みと重力と自身の筋力をもって、縦一文字に刃を振り下ろす。

 

以前より更に強化洗練された刃は、ザイゴートの背中を深々と切り裂き、返り血を咲かせる。

 

人のそれよりも黒みの強い液体がイリヤの顔を、髪を汚す。

 

過剰なダメージを負ったザイゴートが、無様に地面に墜ちる。

 

 

3ステップ後退して、ガンフォームに変型。3発の銃声が轟く。

 

 

3発の至近弾をまともに受けたザイゴートはもはや肉屑のような有様になっていた。

 

 

焼け焦げた中の肉の隙間から、明らかに質感の違う発光体を見つけた。

 

 

(コア……)

 

 

またソードフォームに変型させて、捕食形態に移行。

ズルリ、と下手なアラガミよりも醜く凶悪な黒い顎が現れる。ポタポタ、と黒い液体を滴らせるその姿は、エサを目の前に舌なめずりする肉食獣のそれだ。

 

 

「___喰っちまえ」

 

 

黒い獣は、ザイゴートの肉ごとまるまる飲み込み捕食した。相手はほぼ死体だったようで、バースト状態にはなれなかった。

 

(まぁ、良い)

 

『こちらエリック、僕の方は全て始末したよ。1匹取り逃したのは華麗とは言えなかったね……他の皆は?』

 

『……こっちも全部片付けた』

 

「見える限りは全て排除」

 

『よし、じゃあイリヤ君のいる場所で合流だ』

 

 

しばらくすると、やはりアラガミの返り血に汚れた2人がイリヤのもとへ駆け寄ってきた。

 

 

すると唐突に。

 

 

「おいテメェ」

 

 

ソーマに胸ぐらを掴まれた。

 

 

「俺みたいな化け物を援護する暇があるならエリックの方を援護しろ……俺に構うな___」

 

 

 

 

 

 

___死にたくねぇならな

 

 

 

 

 

 

怒り、と言うよりも憎しみに近い感情。

イリヤはソーマの言葉からそれを感じ取った。それも、イリヤ本人にも向けてはいるのだが、同時にソーマ自身にも向けていて。

 

 

 

 

だから、イリヤは何も言えなかった。

 

 

 

 

「ソーマ」

 

 

 

 

エリックの、少し厳しい口調にソーマは舌打ちをしながら掴んでいた襟を解放した。

 

 

 

 

「___俺に構うんじゃねぇ」

 

 

 

 

 

ソーマは再びそう言うと、1人で歩き出した。 

 

 

「まぁ、彼も色々気難しいところがあるんだ。あまり悪く思わないでやってくれ」

 

 

「……はい」

 

 

エリックにそう言われて、何となくそう返事をするイリヤだったが。

 

 

  ・・・・

(……見えねぇなぁ)   

 

 

 

ソーマの背中を見つめながらそう感ていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、ソーマはこの時、彼の人生に関わるレベルの大誤算をしてしまったのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 




よし、エリック死亡ルート回避!!

それが出来ただけで満足じゃぁ~い(*´∀`*)

頑張っていきます!!


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懐かしき者との再会

久方ぶりの非番の日。

イリヤは、しばらく見なかった男と出会う___


正式に部隊に配属されてから、滅多に聞くことが無くなっていた単語を久しぶりに聞くことになった。

 

 

___非番

 

 

そう、非番。それは日々命を賭してアラガミ達との生存競争に競り勝つ神機使い達のための癒やしの時間。傷ついた身体を、荒んだ心を清める、唯一の時間(非リア充に限る)。闘いの時間を忘れることを許される至福の時___

 

 

のはずだが。

 

 

イリヤは非番を言い渡されたにも関わらず、ツバキ経由で支部長室への出頭を命じられ、そして今、パリッとのりを効かせたフェンリル指定の制服を身にまとい、支部長室入り口の前で突っ立っている。

 

表情は、緊張に強ばったものでは無く、おもむろ不機嫌と言ったところか。

 

気持ちは分かる。誰だって休みの時間を阻害されて嬉しいわけが無い。イリヤもその例に漏れない、それだけの話だ。

 

(一日中寝れると思ってたんだが……)

 

呼び出されたからにはさっさと用件を済ませて、パッパとと自室に戻って、チャチャッと寝る。心に固く誓い、イリヤは支部長室のドアをノックした。

 

 

『入りたまえ』

 

 

ドアの向こうから、いつぶりか分からない支部長の声が聞こえた。

 

「失礼します」

 

そう言って、ドアを開けて支部長室の中へ足を踏み入れた。赤い絨毯が血の色に見えるのは、恐らく心が荒んでいるからだろう。

 

直立不動の姿勢を取り敬礼。

 

「イリヤ2等兵は、支部長の出頭命令につき参りました」

 

「そんなに固くならなくて良い。楽にしたまえ」    

 

そう言われて、いつの日かツバキに叩き込まれた休めの姿勢を取る。基本教練は1度叩き込まれたら、身体が忘れてくれない。

 

さて、と支部長___ヨハネス・フォン・シックザールは一息ついてから口を開いた。

 

「私が君をここに呼び出した訳だが、実のところこんな命令ばった形式にする必要も無いことでね……」

 

すまないね、と苦笑しながらヨハネスは続ける。

笑い事じゃねぇよ時間返せ、とは口が裂けたら言えないし裂けなくても言わない。勿論、態度にも顔にも出さない。

 

「君の家族についてのことだよ」

 

家族、と言う言葉にイリヤは目を細めた。

 

「警戒しなくても良い。治安維持部門の孤児管理責任者から君宛に用件があるそうでね。何でも、君の保護下にいた13人の子供をどの孤児院に任せるか、と言う話だったよ」

 

「はぁ」

 

どの孤児院って言われても知らねぇよ、と心の中で思うがやはり口には出さない。イリヤという男は、権力にはそれなりに反抗的だが、上下関係は心得ているのだ。不思議なことに、この2つは矛盾しない。

 

「とは言え、私も詳しい事情は心得ていないのでね。治安維持部門から代表者が来ているので、彼と話すと良い。入れ」

 

治安維持部門、彼……ん? あ! 2つのキーワードをこねくり回して繋がった答えは___

 

 

「失礼します」

 

 

入ってきたのは___

 

 

「治安維持部門から参りました。相葉曹長です」    

 

 

イリヤと子供達を引き合わせてくれた、恩人とも言える青年___相葉タケシだった。あの時と変わらない顔立ち、前よりも少し伸びた髪、そして左胸の胸ポケットの部分に白いフェンリルのマークが縫い付けられた治安維持部門の制服。

 

 

「対アラガミ部門所属、イリヤ2等兵です」

 

 

叩き込まれた、上官への敬礼という鉄則が始めて活かされた瞬間。

 

 

「まぁ、ここで話すのもなんだろう。そこの面会室を使うと良い」

 

 

ヨハネスはそう言うと、支部長席の左後ろにあるドアを指した。そこが面会室なのだろう。

 

 

「ありがたく使わせていただきます」

 

 

相葉がそう言ってぺこりと頭を下げる。

イリヤもそれにならって、敬礼。

 

2人は面会室へ入った。

 

 

「さて、改めて。久しぶりだな」

 

面会室に入るやいなや、相葉が少し気を緩めた声でそう言い、イリヤと向き合った。

 

「どうも。あの時は本当に世話になった。感謝している」

 

「気にするな。それより、用件は聞いているな?」

 

相葉はソファに座るなり用件を切り出した。

 

「まぁ、ぶっちゃけうちの部門の本来の業務じゃ無いからさっさと正規の孤児院に移したいって話なんだが」

 

どこが良い? と良いながら相葉はイリヤに数冊のパンフレットを渡した。そのどれもが、フェンリルの息のかかった孤児院のものである。

 

それをみて、イリヤは顔をしかめた。

 

「まさかうちのガキ共をここにあるどれかに絶対に入れなきゃならんのか?」

 

「まぁ、俺が勧めるなら、と言うチョイスだ。ここにあるどれかじゃなければ駄目だ、と言うわけでも無い。が、ここにある孤児院以外ろくな場所がほとんどないのも事実だ」

 

相葉はそう口にして、ペシペシとパンフレットを叩いた。

どのパンフレットにある孤児院も『フェンリル』または『F』の文字が入っている。

 

渋々、それっぽいパンフレットを一冊手に取りぱらぱらとページをめくる。

 

「やはり、フェンリル嫌いとしては複雑、か?」    

 

「と言うよりかは、信用できねぇってだけだ」

 

相葉は、イリヤの即答になるほどな、と思った。そう言えば、イリヤという男はフェンリル社会の闇と言える部分で生きていた男だったのだ。未成年、保護者無し、市民登録も成されていない。そんな最悪の条件の中で生き残ってきたのだ。今でこそフェンリルの人間として生活の保証を受けているが。

 

「信用できない、と言うのは我々としてはやはり苦しい言葉だな。身の程、と言うか我々の不甲斐なさを痛感させられる」

 

「自覚あったのか。意外だな」

 

「普段、俺達が暴徒鎮圧の名の下で検挙してる輩は大半が税金未納者だが……まぁ複雑なのさ」

 

くたびれた溜息。それを聞くと、イリヤとしては神機使いよりも治安部隊の方がよっぽどキツいだろうな、と思った。神機使いは目の前のアラガミをぶち殺して生き残れば良い。それで勝ちだ。だが、治安部隊はそうもいかない。暴徒を鎮圧して、それで終わりではない。彼等には明確な勝利条件などない。そして、勝ちがない割には常に負けることも許されず、そして守るべき市民達からは嫌われる。

 

「大変みたいだな、そっちは」

 

「神機使いだって充分大変だろう。いつも任務のときは命張ってるんだ」

 

「俺等は相手が人間じゃねぇからな。その分仕事もやりやすい」

 

パラパラ、と無意味にページをめくる音。

 

相葉もイリヤも別に友人というわけではない。だが、お互いに愚痴を言い合う程度には隔たりがないのも事実で。他人以上友人未満と言う奇妙な関係だった。

 

「どこもかしこもフェンリル、フェンリル……」

 

「仕方ないさ。今のところ人類の中で1番力が強い集団と言えばフェンリルなんだ。どこのどんな組織だって、その庇護下にいないとろくに機能できないんだ。孤児院もな」

 

相葉も分かっているのだ。フェンリルという組織が、いかに強力で、いかに内部腐敗を起こしているのか。

 

「アンタが1番勧める孤児院はどこだ?」

 

イリヤは、こう言ってはなんだが、選ぶのが面倒に感じられてとうとう相葉に投げた。

 

「俺が?」

 

パンフレットをチョイスした手前、彼も下手なことは言えない。1番好印象を抱いた孤児院の名前を思い出して、そのパンフレットを探す。

 

「俺としては、ここが1番だな」

 

そう言って渡したのは___

 

 

「ん? 何て読むんだ? ……マ……マグ……ん?」

 

 

忘れてはならない。イリヤはもとはと言えばロシア人なのだ。ロシア語圏の言語なら問題ないが、ローマ字になると全く分からないのだ。英語? 食えるのそれ? ドイツ語? クロワッサンですか? フランス語? ボンジュール? そんなレベルなのだ。そのくせ日本語が読み書きできるのは気にしては駄目だ。

 

 

「マグノリア・コンパス。子供達への生活環境も、教育環境も高水準。俺が見た中では1番好印象だった場所だ」

 

 

「マグノリア・コンパス、ねぇ……」

 

 

イリヤはその名前聞いたとき、凄ぇ胡散臭ぇ、と感じた。

 

Μагнолия・Компас……マグノーリヤ・コンパス……そのままの意味で言えば“木蓮の磁針”、少し洒落ると“慈愛のありか”とも言える。が、イリヤとしては。

 

(フェンリルのことだからなぁ……崇高な導き手、みたいな意味なんだろうな……ん?)

 

イリヤは、そのマグノリア・コンパスのパンフレットを読みながら違和感を覚えた。気になって、他のパンフレット数冊と見比べていく。

 

「どうした? 何かあったのか?」

 

「なぁ、ここに入っていく子供の数と社会へ出て行けた子供のデータ。どこだ?」

 

イリヤが気になったのはそこだった。

 

確かにグラフはある。だが、そこに示してあるのはあくまで、卒院者の全体に占めるフェンリルへの就職率だけなのだ。入ってくる子供に対して卒院率、就職率、それに関しては一切触れられていないのだ。

 

変と言われれば変である。普通は卒院者の就職率の方が気になるから誤魔化せるが。

 

「ん? あ、確かに。何で載ってないんだ……?」

 

相葉も、何か違和感を感じたらしい。怪訝な表情を隠そうともしていない。

 

「すまんが、そこは遠慮する。どうにも好かねぇ」

 

「そうか……」

 

「ここにあるパンフレット以外にどこか良い場所知らねぇか?」

 

イリヤの問いに相葉は、うぅん、と唸る。

 

そこで、彼はあることを思い出した。

 

「うちの隊に笠原ってヤツがいるんだが、そいつも孤児院の出身なんだが。多分、そこが1番アンタとしては納得できるかも知れんな」

 

笠原とは、相葉の所属隊の狙撃手。笠原イクのことだ。覚えている人は覚えているかも知れない。

 

それはさておき。

 

 

「何ていう名前の孤児院だ?」

 

イリヤはあまり期待していない口調で訊いた。

 

「ピジョンズ・ベル児童園。フェンリルの支援を受けていない民間の孤児院で、恐らく庇護下に無い孤児院の中では1番良いところだろう」

 

「……場所は?」

 

「外部居住区だが、フェンリルの保護特区の中にある。治安的な面でも安全と言える」

 

「なるほど。一考の余地あり、か」

 

イリヤはそう言うと、パンフレットの中から1番マシだと思えた孤児院の物を引き抜いて、席を立った。

 

「ピジョンズ・ベル児童園ってのとこのパンフレットの孤児院が候補だ。両方とも、俺が直接見に行っても大丈夫か?」

 

「問題は無い」

 

「じゃあ決まりだ」

 

イリヤは感謝の気持ちを込めて手を差し出した。相葉も、何も言わず、ただしっかりとその手を握り返す。

 

イリヤも、相葉も、“コイツとは仲良くやれそうだ”と心の内に感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、イリヤの直感は数年後証明されることになるが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 




いやぁ、イリヤ君の直感による危機回避能力が高いw ここだけ少しチートかも知れない。

はい、久しぶりに相葉クン出してみました。

支部長が空気なのはお許しを。その内キャラ濃くなってくるはずだから……(-_-;)

あと、笠原の名前はもろにとある小説の主人公の名前を意識してます。分かる人は分かると思います。
映画も出来てるし、2部作……

これからも頑張ります!


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変わらない、変えられない


ピジョンズ・ベル児童園。

そこでイリヤが見つけたのは___


イリヤは、神機使いになってから初めて私用での外出を認められることになった。とは言え、建前なのかそうでないのか引率者同行が条件だったが。

 

「……」

 

「……」

 

同行者はソーマ。

いつも通りの藍色のパーカーに黄色のワイシャツ、黒いネクタイ、少しダボついたカーゴパンツという出で立ちに、暑くねぇのかコイツ、と感じてしまう。

 

アナグラの中は空調設備が整っているからそれほど暑さ対策や寒さ対策は必要ないのだが、外は訳が違う。まず、昼間はクソ暑い。ギリギリ熱中症にならない程度で、むしろ逆に鬼畜的な気温とも言える。やるならひと思いにやってくれ、そう言うレベルだ。そして、夜は死ねるほどに寒い。本当に人が死ぬ。昨日生きていたホームレスが次の日凍死体で見つかるなんてのはざらにある話だ。全ては、“人類最後の愚決”が招いた代償だ。

 

余談だが、件の凍死体はすぐに消える。そして、昨日死にそうになっていたホームレス達は少し元気を取り戻している。そこにどんな因果関係があるのかは、イリヤは気付かないふりをしている。

 

乾燥した少し砂っぽい空気。

 

巡回の治安部隊隊員から敬礼されるあたりに、自分がフェンリルの神機使いなのだな、と改めて感じさせられる。何せ、どちらかと言えばフェンリルの目の敵にされていた時間の方がまだ長いのだ。違和感やら、変な感慨深さやらで複雑な気分になってしまう。

 

住民から浴びせられる視線も、正にカオスだ。憎かったり、妬みだったり、恐怖だったり、憧れだったり。1つ確かなことと言えば、歓迎さてれる空気では無いと言うことだ。

 

2人は、何も言わずに足を進める。

 

 

「……」

 

(おぉ、不機嫌そうな顔……)

 

 

深く被ったフードの影から見え隠れするその目は、明らかに不機嫌で、更に言えば他者を寄せ付けまいとする敵意にも似た威圧感があった。

 

見ていて、恐い。

 

 

すると___

 

 

「…………チッ」

 

 

(お!? 何でだ!?)

 

 

少なくともイリヤにとってはいわれの無い舌打ちを受けて、少し動揺する。恐らく自分のお守りをさせられているのが気に食わないのだろうが、それはツバキに言うべき文句であって、イリヤに向けるべきものでも無い気がする。

 

誰かと一緒にいてイラッとくるときはたまにあったが、恐いと感じたり、萎縮しそうになるのはこれが初めてである。それほどに、ソーマは攻撃的な拒絶をあらわにしているのだ。

 

ピリピリとした棘みたいな空気を隠そうともしない少年と、その空気を恐ぇと思いながら受け流すことに徹する少年。

 

これはこれで、なかなかカオスだ。

 

 

(なんつーか、いやに濁った目だな……何やったらこんな目になれるんだか……普通はなれねぇ目だぞ、おい)

 

 

フードの影から盗み見るようにして観察していて、イリヤはそんなことを思っていた。そして、イリヤはいつの日かこんな目をした人間に会ったことがあったのを思い出した。

 

 

イリヤがフェンリルに入る随分前のことだ。ある雨の日に、1人の男を見かけた。その男はガリガリに痩せこけていて、骨と皮と内臓が布きれをまとって歩いてあるような酷い体つきだった。その男は、常に小さな声で何かをずっと呟いていた。何を呟いていたのかはついに知ることは出来なかったが、今際の際だけは聞いた。その男を見かけるようになってから数日後。何の偶然か、その男の最期をイリヤはたまたま看取ったのだ。呆然と見ていた、とも言えるが。その男は死ぬ間際に、

「あの外道共め!! 滅べ! 滅んでしまえ!!!」

そう叫んでいたのを今でも覚えている。何に対して言ったのかは知らないが、その男の目が死ぬその時まで、鉛の様に重苦しく冷たく濁っていたのだ。

 

(あの頃の俺等にしてみりゃ、外道なんていくらでもいたからなぁ……一概にフェンリルとは言えねぇよな)

 

と、インパクトの強かった記憶を思い出しながらそんなことを考える。ホームレスや未登録者達からしてみれば世の中全てが外道のようなものだったから、男が呪っていた対象も思い当たる節はいくらでもある。

 

 

それはともかく。

 

 

その男が死んでから、以来ずっとあの目を見ることは無くなっていたが、まさか今になって再びアレと同じ目を見ることになるとは、イリヤは全く思っていなかったのだ。

 

(ワケあり……なんだろうな)

 

まぁきっとろくな目に遭ってなかったんだろうな、と言うことだけは何となく察した。そうで無ければ、なかなかお目にかかることの無い目なのだ。かと言って、ソーマがどんな過去を持っていようと同情する気もさらさら無かったが。

 

イリヤから言わせてみれば、ソーマがどんな人生を歩んできたかなど、そんなことはどうでも良いのだ。彼が、イリヤの敵で無ければ、それで良い。

 

 

そうは言えども、ソーマの濁った瞳が気になってしまうのはやはりイリヤも、根がお人好しだと言う証明なのだろう。

 

 

 

 

そうしているうちに、目的地であるピジョンズ・ベル児童園に着いていた。

 

 

「……ほぉ」

 

 

着いたときに、イリヤはその正門をみて“うまいな”と感じた。正門は閉じられているが、だからこそ1つのレリーフが浮かび上がる。

 

(正に平和の鐘、だな……)

 

西洋風の鐘とその上に止まって翼を広げている鳩。構図としては至ってシンプルだが、だからこそ力強い印象も同時に感じる。

 

「おい、何突っ立ってんだ。早くしろ」

 

(人間語喋った!!)

 

と言う場違いなツッコミは口にせず、あぁ、と至って普通のトーンで返す。心の中では、声も不機嫌そうだな、と考えていたりする。

 

イリヤは正門のすぐ側にある扉を開けて、敷地の中へ入った。

 

少し広めの運動場のような広場。今のご時世には珍しい、本物の花。よく見ればヒナゲシがほとんどだが、パンジーやホウセンカなどもちゃんと植えてある。

 

「凄ぇ……」

 

生まれて初めて嗅ぐ花の匂い。感想は、臭くは感じないが落ち着かない匂い、と言うものだ。だが、イリヤの心は思いの外癒やされていた。確かにノルン経由でも様々な娯楽を得ることは可能だが、それもほぼ全てが映像媒体による娯楽だ。こういう、ヒーリング系の娯楽は無いと言って過言では無い。

 

「はぁ~………」

 

感嘆の溜息。いや、実に良いものを見れた。そう結論づけようとしたとき___

 

 

「……ん?」

 

 

彼は、気になる花を見つけた。

 

 

(コイツは………)

 

 

 

 

 

 

玄関は、児童用と職員用の2つがあり、児童用はこれがまた牧歌的な優しいデザインのものだった。そこをあの子供達がくぐるのだ、と考えると自然と笑みがこぼれる。まぁそれも、ちゃんと手続きを踏まないとただの夢だ。だから、それを現実にするために粋も味も無い質素なデザインの職員用玄関のベルを押した。

 

ビー、とレトロな音が鳴る。

 

しばらくすると、奥からドタドタと足音が近付いてきた。

 

そして、勢いよくドアが開け放たれた。

 

「あ、あの、すみません、出るのが送れちゃって」

 

中から姿を現したのは、少し茶色がかったボブヘアーの女性だった。太い黒縁の眼鏡。白と水色の横縞のシャツに、ジーンズ。失礼ながら、胸は少し残念。例えるなら___スパナが飛んできそうな気がするので例えない。

 

「あぁ、すみません。こっちも何の連絡も入れずに訪れちゃったんで……」

 

イリヤが話すと、女性は驚いたような顔をした。もう少し隠せよ、とは思うが仕方ない。この女性も、自分のことを第一印象で女だと誤認したに違いない。慣れっこだ。もはや何も言うまい。

 

「自分、フェンリル所属のイリヤと言います」

 

フェンリル、と言う単語を口にした瞬間、女性の目が据わった。身にまとう空気も、少し冷たくなっている。

 

(あぁ、この人もフェンリル嫌いか)

 

と、冷静に観察する。

 

「私は、当孤児院責任者の長瀬ケイと申します。お見受けしたところ、ゴッドイーターさんのようですが……こちらに何の用件でしょうか?」

 

女性___長瀬ケイはイリヤの右手首の腕輪を細めた目で軽く睨み付けたあと、石のように冷たく重たい声で言った。明らかにフェンリルに思うところがあるらしい。フェンリルが、彼女に、この孤児院に何をしたのかは知ったことでは無いが。

 

知ったことでは無いからこそ、彼には関係が無い。何にせよ、話を聞いてもらわねば。

 

「あぁ、その……とりあえず、警戒解いてもらえませんかね? 恐いです。用件も、俺の子供……兄弟? を入園させて欲しいって言う……」

 

長瀬は怪訝そうな表情を浮かべるも、どうぞ、と渋々イリヤを中へ案内した。

 

案内されたのは、園長室だった。

やはり質素な光景だが、こっちには温みがある。職員用玄関とは何かが違っていた。

 

「フェンリルの、と言うかゴッドイーターさんが何故フェンリル庇護下の孤児院をご利用なさらないのか、そこが私としては分からないんですけれど」

 

もっともと言えばもっともだ。彼女の言っていることは理にかなっている。とは言え、だからといってそれに従う理由も無いわけで。

 

「まぁ、率直に言えばフェンリルの支援が入った孤児院があまり好かないってだけです。自分もフェンリルの人間ですけど、もともとは外部居住区に住んでいましたし。元テロリストみたいなものなんでね」

 

長瀬は眉をひそめた。恐らく、自分という人間を見抜こうとしているのだろう。別に隠すような後ろめたいことも無い。

 

「自分、捨て子でしてね。ちゃんと覚えてねぇんですけど。まぁ、その関係でいわゆる“闇子”だったんです。で、食い詰めてテロまがいなことやってて、とうとう捕まった。それでも運が良かったのか、自分ゴッドイーターの適性があったらしくて、それになる代わりに罪を帳消しに___まぁ司法取引ですかね」

 

長瀬はまだ黙ったままだ。

 

「んと、子供の話に関しても、俺が保護者みたいなポジションにいるってだけです。条例上にそれを保証する項目は無いんで。何分、自分も未成年なもんでしてね」

 

えっ、と長瀬は声をあげた。イリヤが話し始めてから、初のリアクションだ。

 

「まぁ、結局のところ自分がフェンリルを好いていないって話に落ち着くんですけど」

 

適度なところで話を切り上げる。見抜こうとしたんだ。何も隠さずに話した。あとは、相手がどんな対応を取るかでその都度捌けば良い。

 

「___なるほど」

 

長瀬は静に、ただそれだけを言った。

 

(まぁ、大方どうしたら良いか分かんなくなってんだろうな)

 

しばらくすると、長瀬が口を開いた。

 

「分かりました。正式な手続きはまだ出来ませんが、入園を受け入れます」

 

「ありがとうございます」

 

素直に、ぺこりと頭を下げる。

 

「ただ、私たちの方も経済的な面で苦しいところは多々あるので、子供達の生活は質素なものになりますが……」

「ちょい待ち」

 

イリヤは、恐らくどこかで金の面に関する話が出てくるだろうと睨んでいた。それも、経済的に苦しい、と言うフレーズで出てくるだろう、と。だが、この孤児院は質素ではあるが経済的に困窮している様子は無い。おもむろ花壇に花など植えられている時点で、やや裕福とさえ言える。

 

そして、イリヤはずっと軽く握っていた左手を差し出した。

 

 

手を開くと____

 

 

「なっ!?」

 

 

ヒナゲシによく似た形。サイズは、ヒナゲシよりも一回りか二回りほど大きく、花弁の色は赤では無く紫。

 

 

 

 

 

「___ケシ、だな?」

 

 

 

 

 

ケシ。正確にはアツミゲシ。20世紀の黒い遺産、その原材料。これから作り出される物質によって、かつて1つの王朝が滅亡させられた。

 

 

「勘違いしないで欲しいのは、別にこれを通報する気は無いってことだ。ただ、足洗って、まっとうな方法で金を稼いで欲しい。それだけのことです」

 

 

旧世紀の黒い遺産___アヘン。その取引価格は今でも高値が付く。そして、それに足を踏み入れて戻ってこれなくなった者、もしくは廃人寸前までたたき落とされた者は今の世でもいる。

 

イリヤも、かつて、その日を生き延びるのに必死だった時代、コレに呑まれかけた。呑み込まれる前に、ソッチの世界から捨てられたのだが。

 

 

「高値で取引されてるのは知ってる。でも、駄目だ。コイツは手を出すべきじゃ無い」

 

 

そう言って、左手を強く握りしめた。

 

 

「経済面で困ってるなら、俺の給料から毎月20万寄付する。ただの善意だから気兼ねなく使ってくれ」

 

 

そう言うと、イリヤは立ち上がった。

 

 

「気が変わったのなら、今回の話は白紙にして貰っても構いません。それと、ケシの話も口外はしません。約束します」

 

 

失礼しました、そう言ってイリヤは孤児院を出た。

 

 

「遅ぇぞ」

 

 

「悪ぃな」

 

 

(やっぱそう簡単に変わるもんじゃねぇよな)

 

 

久しぶりに戻った外部居住区は、彼がいた頃と比べても良くも悪くも変わっていなかった。

 

 

 





さて、なんか変に重たくなったな……

まぁ、次に何かあるかな、多分。

頑張ります!!


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付け込む者、付け込まれる者


ピジョンズ・ベル児童園でアツミゲシを見つけてしまったイリヤ。

彼はその存在を黙認したのだが___


 

(……解せねぇ)

 

イリヤは支部に戻ってから、つい先ほど浮上してきた1つの疑問に対して、考え込んでいた。自室の中で考え込んでいるので、いくらでも溜息が吐ける。吐けるが、いくら溜息を吐いても、一向に納得のいく答えどころか、仮説すら出てこない。

 

ここまで彼を考え込ませている疑問。

 

 

 

それは___

 

 

 

(何であの長瀬って人はフェンリル嫌いなんだ?)

 

 

 

 

自分でもアホくさい疑問だと思う。だが、コレがどうにも引っかかって仕方が無いのだ。

 

 

外部居住区で生活するほとんどの人間は、フェンリルのことを、少なくとも快くは思っていない。身内にフェンリル関係者がいれば話は別だが、そんなもの外部居住区民全体の5%かそこらだ。そして、残りの95%前後の住民はフェンリルのことを好いていない。

 

理由は様々だ。

 

そこはかとない弱者切り捨ての被害を受けていたり、高い所得税が気に食わなかったり、治安部隊との折り合いの悪さだったり…………見つけようと思えばいくらでも見つけられる。フェンリルとはそう言う組織だ。

 

 

(あくまで“人類”を守っつってるだけで、“弱者”を守るとは一言も言ってねぇしな)

 

 

見捨てられた人々、切り捨て台の上に打ち上げられた人々がフェンリルを憎むのは、イリヤとしては凄く理解できる。かつて自分もそこにいたから。

 

 

だが、あの孤児院はどうだろう?

 

 

外部居住区の中で最も安全とされている保護特区に建てられている。これだけでも充分に恵まれている、と言える。あの地域は特に治安維持部門も目を光らせている場所で、精鋭部隊であるA管区隊第1中隊が警備を担当している。先の5%の住民がそこで生活しているからだ。フェンリル的にはそこは何としても守りたいのだ。防衛班のメイン出撃ゲートもこの地域にダイレクトに繋がるような場所に設けられているほどだ。感謝しろとは言わないが、そんな恵まれた環境の中にいてどうしてフェンリルを嫌うのか。

 

 

(フェンリルの目が光っているから?)

 

 

イリヤはピジョンズ・ベル児童園の花壇の中にそこはかとなく植えられていたアツミゲシを思い出して内心で鼻で嗤う。いくら警備を厳重にしている、と言い張っていてもあの程度を見逃すようでは精鋭の名が廃るというものだ。

 

だが、長瀬がそのことを警戒しているならばフェンリルを嫌っているのも辻褄は合う。いつ違法植物栽培取り締まりの罪で治安部隊に捕まるのか、それを怖れているならば。

 

 

だが、違和感がある。それが何に由来しているのかは分からないが、とにかく納得ができない。

 

 

(ん~、何か気持ち悪ぃ)

 

 

そこで、イリヤはあることに気になった。

 

 

 

ベッドから起き上がってノルンを開く。

 

 

 

(……まさかなぁ)

 

 

 

ここ数年間で、極東支部の中で起きた事件らしい事件を全て調べていく。

 

 

(………当たってたらやだなぁ)

 

 

調べ上げた事件は総じて12200件弱の12172件。年間3000から4000件の発生率だ。最後に更新された事件は、ホームレスの暴動事案だった。発生した場所がB管区内だったので、彼の家族が被害に遭ったアレでは無い。ちなみに、イリヤが捕まえられたあの事件は12121件目だった。この短い期間で良くもまぁこれほど更新されたものだ、と居住区の治安の悪さに逆に感心する。

 

 

(さて、あるかどうか………)

 

 

出来れば、1件でも良いからあって欲しい、と願いつつ暴動事案意外の事件を確認していく。

 

 

組織内での収賄、内外問わず詐欺、同じく性犯罪、内部で起きた殺人………

 

 

居住区暴動事案以外の事件5263件を全て調べても、とうとう彼があって欲しいと願っていた事案は見つからなかった。

 

 

(………おかしい)

 

 

彼の頭の中で浮かんできたキーワード達が、おぼろげに繋がっていく。

 

 

 

(………ありえねぇ)

 

 

 

何度見ても“ソレ”は見つからない。

 

 

 

(………ど畜生が)

 

 

 

彼が探していた事件。

 

 

 

それは____

 

 

 

 

 

 

___麻薬取り締まり事案が1つも無い。

 

 

 

 

 

 

ここで、1つの矛盾が出てくる。

それは、保護特区に精鋭を置きながらも、あのアツミゲシを見つけ出せなかったこと。調べた事案の中には、保護特区で起きたものもあった。そして、治安維持部門はそれらに対してはどこの管区隊よりも迅速かつ完璧に対処解決してきた。そこまでの実力がありながら、どうしてそんなことを見落とすのか。

 

 

 

 

考えられる可能性は、フェンリルの黙認。

 

 

 

 

そう考えると、数年間のうちに麻薬取り締まり事件が発生していない理由もわかる。つまり、もみけしだ。

 

 

 

 

思い返せば、イリヤもかつてそれに呑まれかけた時期があったのだ。それにも関わらず、事案になっていないことそのものがおかしいのだ。

 

 

(………リアルに嫌な感じだな)

 

 

ある程度キーワードが固まってきたところで、少し情報を整理してみる。

 

ピジョンズ・ベル児童園はアツミゲシを栽培していた。そして、長瀬はアツミゲシの存在がバレたとき、明らかに動揺していた。つまり、自分がやっていることが悪いことであると自覚しているのだ。

何故ソレが悪いと思うのか? アツミゲシはアヘンの原料であるから。そして長瀬の態度は、ソレを買い取る存在、つまり麻薬使用者がいるということを示唆している。イリヤ本人、ソレが世の中に出回っていることをその身で体験したから、間違いない。

 

次に、麻薬取り締まり事件が発生していない。必ずどこかにいるはずなのに、一切検挙できていない。栽培している場所の一部も、支部のお膝元にあるにも関わらず、だ。それに、他の居住区に行けば麻薬中毒者の死体も見つけようと思えば見つけられる。特に、風俗街に行けば。それなのに、治安維持部門は一切手を出そうとしていない。

何故? 検挙することによって、内部にとっても何かしら不都合なことが起きるから。

 

 

(となると、だ)

 

 

彼の考えはあるところに行き着く。

 

 

(アヘンに限らず、何かしらの麻薬がフェンリル内部にも出回っている……?)

 

 

そう考えると、長瀬がフェンリルを嫌っている___と言うよりかは警戒している理由も何となく見えてくる。

 

 

もとより、あの孤児院でアツミゲシが栽培されているのを支部___否、内部の一部は知っている。そして、アツミゲシからアヘンを生産し、ソレを売る利益の1部を孤児院に流す。その実態を知っている人物達は、バレたら拙いことになるのは分かっている。だから、関係のある者に釘を刺す。それも、かなり危険な釘だ。

 

『お前等、絶対に悟られるなよ? 消すぞ?』

 

 

そう考えると、あの時長瀬が動揺した理由も分かる。イリヤがアツミゲシの存在を明かせば、あの女が消される。彼女はそれを怖れたのだ、となると綺麗に納得できる。

 

 

 

(ん……? いや待て)

 

 

 

イリヤは、もう1つの可能性を見つけた。可能性を見つけ、そしてそれを前提にキーワードを繋げていくと。

 

 

(………なるほど)

 

 

新しい、そしてより悪質な仮説が出来上がってしまった。

おもむろ、こっちの方が可能性は高く、そして全体的に見ても合理的だ。

 

 

 

(………仮にそうだとしたらウチはかなり腐った組織ってことになるな)

 

 

 

イリヤはふぅ、と溜息を吐いて閲覧しているファイルを閉じて、ノルンから離れ、再びベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 

 

 

 

右手を天井に向けて突き上げる。

 

 

 

 

(さぁて、どうしたものか)

 

 

 

 

イリヤは赤黒く光る腕輪を睨み付けて、好戦的な笑みを口元に浮かべていた。

 

 





何で少し推理ものになってるんだ?

極東支部の犯罪件数と言うか犯罪密度が高いのは気にしないで下さい(-_-;) むしろ、それほどに腐敗した社会だという設定なので

次はどうなる!?


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芋掘り大会 前夜


徐々に外堀が埋められていく。

見なくても良かった物の形が見えてくる。

そしてイリヤは___


もしも。もしも、彼が想定した仮説が本当であるとするならば。それでもイリヤにとっては不可解な部分が残っていた。

 

(これこれで解せねぇ……)

 

それは、あの花壇に植えられていたアツミゲシだけではアヘンはそこまでの数を製造することが出来ない、と言うことだ。通常、あの手の薬を製造するのであれば、それなりの規模の栽培農場が必要になる。

 

麻薬の需要供給の一連の流れは「栽培→製造→密売→購入」が一般的である。イリヤは、この流れの中で製造と密売をフェンリル、あるいはもっとタチの悪い連中が担っている、と睨んでいる。そして、栽培の一部はあの孤児院が担っている。

 

無論、イリヤはあの孤児院だけが農場になっているとは思っていない。他の場所でも栽培されているだろう。それでも、だ。

 

イリヤが立てた仮説で行くと、あの花壇に植わっていた数だけでは長瀬があそこまで動揺するとは考え難いのだ。あの孤児院は麻薬の世界に片足を突っ込んでいるのは確かだ。だが、あの量は少ない。少なすぎる。

 

(何かからくりがあるはずなんだが………)

 

イリヤはピジョンズ・ベル児童園の敷地全体の間取りを思い出す。

 

そのどこかに、大量生産が可能な範囲があるはずだ。

 

あの手の植物を栽培したいのなら、まず人目の着かない場所に限定される。そうなってくると、目立つような場所や目視されやすい場所というのは消去される。

 

(どこだ……)

 

頭の中で整理しきれなくなりだした。

デスクにあるメモ帳から1ページを破り取って、改めてピジョンズ・ベル児童園の敷地見取り図を書き込んでいく。

 

 

              ┌──────┐

┌──────┬──────┤      │

│      │ 職員棟  │      │

│児童用宿舎 │ 安全   │      │

│      ├───┬──┘      │

│  安全  │花壇!│         │

│      ├───┤   運動場   │

├──────┘   │         │

│          │    安全   │

│   駐車場    │         │

│   安全     │         │

└─────┤  ├─┤         │

           └─────────┘

 

 

書き込んでいくと、今度こそ完璧に分からなくなった。花壇以外の場所で大量に栽培できるような場所など見つからないからだ。

 

(おかしい……絶対どこかにあるはずなんだが)

 

だが、実際どこを見ても無いのだ。

 

(……どこだ……?)

 

1ヶ所ずつ指で指し示しながら確認する。駐車場、児童用宿舎、職員棟、花壇、運動場………どこも前に見たときは特に何も無かった。

 

思い過ごしだった、ですんで欲しい。しかし、それは無い。ならば、どこかにあるはずだ。

 

 

(何かあるはずなんだが………)

 

 

記憶の中にある、自分が敷地内を歩いていた視点とそこから見えた景色を、1つ1つ思い返してみる。

 

 

 

 

(どっかに見落としがあるはずなんだ)

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

その時、ふと思い出した。

 

 

 

敷地に入ったとき、何が印象に残っていたのか。

 

 

 

花壇と、そこに植えられていた本物の花は勿論印象に残っている。色んな意味で忘れられるわけが無い。

 

 

 

 

だが、もう1つ印象に残っていた場所があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

___やけに広い運動場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………冗談だよな……?)

 

 

イリヤは、ふとこう考えたのだ。

 

 

運動場の“下”に栽培プラントがあるのでは無いだろうか、と。

 

 

既に、地下栽培技術は確立している。とは言え、それはフェンリルが管理するアーコロジー内の直轄のプラントのみが利用している技術だ。

 

通常、民間には無縁な技術と言える。

 

 

しかし。

 

 

このアツミゲシ栽培プラントは、確実に極東支部が関わっている。その手の技術が応用されていてもおかしくない。

 

そもそもこの技術が民間に出回っていないのにはまっとうな理由がある。金がかかるのだ、施設の維持に。それも、かなりの金額だ。だから、民間だとその施設維持費に耐えられないから、出回らない。

 

 

逆に言えば、金さえあれば民間でも問題なく運用できると言うことだ。

 

 

そして、この孤児院はほぼ間違いなく金がある。この孤児院には金が無いとしても、製造密輸に関わっている組織が運用しているから、どっちにしろ金には困らないのだ。

 

 

そうなると、色々と納得がいくところもある。

 

 

イリヤが最初にアツミゲシを見つけたあの花壇。アレは、本来なら至極普通の花壇だったのだ。本当に、ただ観賞用の、それだけのための。

 

だが、どこかの段階でついうっかり、誰かがあの花壇にアツミゲシの種を落としてしまったのだ。そうなれば、あの微妙な場所にアツミゲシが数本だけ咲いていたのも納得がいく。

 

もとよりあそこにあったアツミゲシは、アヘンの原料として植えられていたものでは無かった、と言うことなのだ。

 

そして、長瀬は、イリヤにアツミゲシの存在がバレたことに驚いていた。だが、その根本は“どうして地下プラントの存在がバレたのか”と勘違いしたものだろう。だから、イリヤが「花壇で見つけた」と口にしたときに更に驚いたのだろう。

        ・・・・・・・

何せ、本来そこにあるはずが無い秘密の花を見つけられたのだ。無理も無い。

 

 

(だいぶ見えてきた……)

 

 

ここまで来ると、あのピジョンズ・ベル児童園が“公的には”フェンリルの支援を受けていないにも関わらず、民間経営にしては随分と小綺麗な施設を持っていることにも納得が出来る。

 

イリヤは確信した。

 

ピジョンズ・ベル児童園は、もはやただの傀儡だ。麻薬密売に関係している組織の言いなりになっているだけの状態なのだ。

 

 

そして、イリヤは自分が立てた仮説を立証するために最後の調査に取りかかった。

 

ノルンを起動し、検索システムに自分が知りたい情報の開示を要求する。

 

 

 

検索内容、それは____

 

 

 

 

 

 

___ピジョンズ・ベル児童園の創設から、現在に至るまでの経営状況だ。

 

 

 

 

 

イリヤの予想が正しければ、この孤児院はある状況に陥っているはずなのだ。

 

 

求めているデーターを見つけて、それを出力。

 

 

見ると、この孤児院は極東支部が設立されてから少し時間がたってから設立されたようだ。支部内の孤児院としては後発にあたる。

 

 

(入園者の基準が低いことを売りにしてたのか)

 

 

フェンリルの支援を受けている孤児院は、そのほとんどが入園者の受け入れ基準がやや高いのだ。例えば、アラガミの被害に遭って両親を無くした者に限る、とか。

 

 

 

(設立当初からしばらくは好調…………)

 

 

 

経営状況を示すグラフの線を、心持ち急かすように追いかける。

 

 

そして、やはり彼の予想した通りだった。

 

 

途中から徐々に経営状況が悪化を始め、そしてそれは緩やかにあの孤児院の首を絞めていっていた。

 

 

そして、経営状況が最低の状態が1年ほど続く。

 

 

そして、何があったのか“知らないが”すこしずつ経営状態が改善されていっている。

 

 

そして、ある一定のところで落ち着き初めて、そして現在の状態に至る。

 

 

 

「……これだ……!」

 

 

 

イリヤが立てた仮説はこうだ。

 

ピジョンズ・ベル児童園は設立当初は経営状況は好調だった。しかし、他のフェンリルの支援を受けている孤児院の方が受け入れ基準を緩和し始めて、ピジョンズ・ベル児童園の売りであった受け入れ基準の低さがそれほど効果を発揮しなくなってしまった。すると、徐々に経営状況は悪化していき、そしてついには破綻寸前まで落ち込んだ。その状況を、麻薬密売に関係している組織に付け込まれたのだ。大方“アツミゲシの栽培農場のための土地を寄越せ。クスリを売った利益の一部をソッチに流すから”と言ったところか。その時の誘惑に抗えずに、孤児院は要求を受け入れた。そして、共犯者になってしまったのだ。

そして、最悪の想定で言えば極東支部もグルになっている。そうなってくると、仮に孤児院側が情報をリークしても、孤児院だけが裁かれる様に内側から働きかけることが可能になる。そうすることで、組織はピジョンズ・ベル児童園を傀儡に仕立て上げたのだ。

 

 

 

(……結構でけぇ問題だな)

 

 

イリヤはそう感ぜずにはいられなかった。

 

もともとはトモキやノゾミ達を任せる場所として下見に訪れたはずの孤児院が、実は麻薬犯罪の氷山の一角を担っていたのだ。そして、掘り下げていけば行くほど、見なくても良いところまで見つけてしまった。挙げ句の果てに、フェンリルの上層部にまで届きかけているのだ。

 

イリヤも、この問題を無視する気は毛頭無い。

 

毛頭無いのだが、彼1人ではどうにもならないのも事実だ。何せ、相手が大きすぎるのだから。

 

(誰を味方につけるかね………)

 

まぁ、1人は確実に決まっている。

 

彼を味方につけない理由は無い。

 

 

イリヤはベッドから起き上がった。

 

 

 





何か大変なことになってる(-_-;)

次はどんな展開になるのやら……((o(^-^)o))

お楽しみに!!


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芋掘り大会 開催直前

信じていたものに裏切られる。

それでも動かなければならない___




「そっちから呼び出すとはな」

 

何かあったのか、と付け足しながら相葉はイリヤの様子をうかがった。2人は今、治安維持部門の面会室にいる。

 

「あぁ、問題が出ちまってな」

 

イリヤはそう言うと、あからさまな溜息を吐いてやれやれと首を振った。この男にしては随分回りくどいな、と相葉は感じた。相葉の中のイリヤ像は、単刀直入かつ攻めが強い話術の持ち主だ。だから、こうしていちいちリアクションを混ぜているあたりに、違和感を覚えてしまう。

 

「いやぁ、ピジョンズ・ベル児童園ってのは、ああ、良い孤児院だったよ。とてもフェンリルの支援を受けていない民間経営の場所とは思えなかった」

 

「……そうか。何か面白いものでもあったのか?」     

「あぁ、あった。1番衝撃を受けたのは本物の花が植えてあったことだな。生きている内に見れるとは思っても無かったからな」

 

(本物の花、か……)

 

相葉も、本物の花が高価な物であることは知っている。無論、雲の上にある価格というわけでは無く、現実的な値段ではあるが。

 

「あぁ、何があったかな……。つっても種類はそんなに無くてな。見た感じは4種類かそこらだったか。結構数は揃っててな………」

 

(……回りくどい……話が見えない)

 

相葉は、本気でイリヤが何を伝えたいのか理解できないでいた。何を言いたいのかが分からない。そもそも、話している内容に本質が無いようにさえ感じる。

 

「なぁ、1つ良いか? お前は問題があった、と言ったな? どんな問題なんだ。教えてくれ」

 

堪りかねて、努めて冷静な声でイリヤに訊くと。

イリヤは、分かり易いくらいに怪訝な顔をして、それからチラチラと周囲を目配せしだした。

 

(何なんだ、一体……?)

 

一通り周囲を見渡してから、しかたねぇ、と溜息を吐いたイリヤは、途端に据わった目で相葉をとらえた。その目を真正面から見てしまった相葉は、背筋が冷えるような、そんな感覚を覚えた。

 

「まず1つ。もし無線機つけてるなら、切れ」     

 

有無を言わせない、冷淡な口調。

相葉も、これはただ事では無いな、と瞬時に理解して無線機のスイッチを切る。そして、その無線機を机の上に置いて、イリヤの方に渡す。

 

「理解が早くて助かる」

 

「先に言っておくとすれば、この部屋には虫の類いはいない。そこは確かだ」

 

イリヤが無線機のスイッチを切るように求めてきた時点で、相葉は、イリヤが盗聴の類いを警戒していることに気付いた。そして、それを警戒すると言うことは、聞かれたら拙いことがある、と言う裏返しでもある。

 

「防音加工された部屋だ。宴会開いても外からはほとんど聞こえん」

 

「そりゃあありがてぇな。心置きなく話せる」

 

「で? 何があったんだ? どうせろくな話じゃ無いんだろうがな」

 

少なくとも相葉は、イリヤが何の用も無く自分を呼び出すとは思えない。そして、呼び出すときはそれなりにヤバいことがある、と判断している。お互いに、顔見知りで、会えば愚痴を言い合うくらいの関係だが、それくらいのことは既に分かっていた。おもむろ、イリヤと相葉は基本的に似たもの同士なのだ。

 

何にせよろくなことじゃ無いだろう、と相葉は若干ながら高を括っていた。ろくでもないことには慣れっこだと思い込んでいたのだ。

 

だが、次のイリヤの発言で跡形も無く消し飛ぶ。

 

「まぁ率直に言えば___」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___極東支部で麻薬事案が発生している

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何だと?」

 

 

相葉は、正しく自分の耳を疑った。本気で聞き間違えたのか、と考える。

              ・・・・・

(麻薬事案? 極東支部で……? 極東支部で?)

 

 

いや、嘘だろう。理屈で考えるよりも、感情がそう先走る。認めたくない。認められるわけが無いのだ。相葉は、敏い。敏いからこそ、イリヤがどう言う意図で“極東支部で”と言う言い回しにしたのかを理解する。だが、相葉はそれでもその言葉を信じたくなかった。確かに、相葉も何度か身内切りに関わったことはある。だが、それはどれもごく個人的な事件に終始していた。しかし、今回はどうだ? 組織的な事件なのだ。

 

仮に、相葉がイリヤの言葉に納得するとしよう。しかし、それは今まで自分が信じてきた物に裏切られることに他ならない。そんなことを認められるわけが無いのだ。

 

だが、イリヤはそんな相葉の心境を察するはずも無い。察したところで遠慮もしない。

 

 

「あの孤児院でケシが栽培されてる。アツミゲシだ。俺が、この目で見たからな、間違いねぇ」

 

「……それがどうして極東支部に関わる?」

 

覇気の無い、しかし恨めしげな口調で最後の抵抗を試みる。

 

「そうだな。まず、簡単にあの孤児院の経歴から話すぞ。あそこが設立されたのは極東支部が設立されてから数年後。孤児院の中でも後発組だ。売りは受け入れ基準の低さだ。設立から数年間は経営も順調だった」

 

だが、とここで一息吐く。

 

「他のフェンリルの支援を受けている孤児院も受け入れ基準を緩和し始めた。すると、ピジョンズ・ベル児童園の魅力はすぐに薄れちまった。段々経営状況が悪化していって、終いには破綻寸前まで行った。しかし、ここで何があったかは知ねぇが、徐々に経営状態が改善されていって、そして今に至る」

 

「その、破綻寸前の時期にあった“何か”が麻薬に関係する、と。そう言いたいのか?」

 

「正解だ。賢いヤツは好きだ」

 

だが、それでも相葉はまだその話が極東支部に結びつくのか分からないでいた。

 

「まぁ、想像で話するには余りにもでかかったからな。俺で調べられる文は全部調べて、外堀もできる限り埋めた」

 

「?」

 

「破綻寸前の時期に、あの孤児院で何かあったかを全部調べた。するとな___」

 

 

 

____あの孤児院はその時期に一度工事をしていた

 

 

 

「工事だと?」

 

おかしいだろう、と相葉は感じた。何で破綻寸前なのに工事なんてしたのか? 理由は? そもそも工事費用は? 疑問がわいて出てくる。

 

 

「運動場の拡張工事だとさ。公的にはそう言うことになっている。ここで面白ぇことなんだが」

 

「何だ?」

 

「その工事は、極東支部が直接受け持っていた。ついでに言うと、工事費用も極東支部が孤児院に金を貸す形でおさまってた」

 

相葉は、更に不自然さを感じた。外部居住区での建築工事等は、基本的にフェンリルの傘下にある不動産企業が担当している。だから、工事の契約も、契約主がその企業に直接依頼する形態になっている。そのはずなのに。

 

(極東支部が直接……?)

 

無論極東支部が直接工事に関わることもある。代表的な例で言えばアラガミ装甲の増築工事やアナグラ直轄の施設の建設、補修等がある。が、しかし民間の工事を引き受けることなど、ほとんど無い。

 

「いやぁ、必死こいて調べたぜ」

 

イリヤはそう言って、ニヤリと不敵な笑みを口元に浮かべていた。その底冷えするような冷たい笑みに、相葉は、コイツはかなり凶悪だな、と改めて感じた。何せ、彼の肩書きは2等兵なのだ。その権限だけで、良くそこまで調べて上げた物だ、と関心すら覚える。

 

「そんでもっと面白いことに、フェンリルの工事担当の記録にはそんな記録残ってねぇんだ。その代わりと言っちゃあ何だが、同じ時期に地下栽培プラント建設工事の記録が残ってた。金の方に関しても、誰の指示で動いていたのか探ろうとしたんだが、コイツは掴めなかった。うまい具合にやってやがる」

 

その言葉を聞いて、相葉は理解した。

 

 

つまり、やはりそう言うことなのだ。

 

 

もはや、途中から諦めていたとは言え、やはり自分でその答えに行き着くと、変な脱力感に襲われる。

 

 

「分かった。分かったよ……」

 

 

(……あぁ、これが裏切られたときの気持ちか)

 

 

相葉は、今まで治安維持部門が掲げる正義を信じて疑っていなかった。

曰く「フェンリルの目的である“人類の維持再繁栄”を完遂するための、我々は盾である。時として力を以て裁きを為し、時としてその力を見せつけて盾としての象徴たらねばならない。我々が守るものは、フェンリルであり、それが人民を守ることに繋がるのだ」

そんな大仰な名目を本気で信じていたのに。だからこそ、自分がいくら人々から嫌われても耐えられていたのに。組織がその信念に背いたら、何を信じてこれからを耐えれば良いのか。

 

 

「どうだ、フェンリルから切られた感想は?」

 

 

半ば放心していた相葉に、イリヤはむしろ平静な態度で問いかけた。

 

 

「……少し、お前達の視点に近づけた気分だ」

 

 

相葉は自嘲気味な調子で返した。

 

 

「そうか……」

 

 

権力や組織に依存しやすい性格なんだな、と相葉の様子を見てイリヤはそう感じた。それが間違っていると言うつもりは無いが、依存する相手を間違えば自分が酷い目に遭うのもイリヤは分かっていたので、やはり肯定する気にはならない。

 

 

 

「とりあえず、この話は持って帰らせて貰う。もっと情報を集めて、ここぞと言うときに切り込む………それが俺達の仕事なんだ」

 

 

 

相葉は、ほんの少し濁った瞳の中に確かな炎をたぎらせながら言い切った。

 

相葉は、それ以上何も言わずに、静に席を立ち、部屋の扉へ向かってゆっくりと進んだ。

イリヤにはその姿がやけに痛々しく思えて。

 

だから。

 

 

 

「警察も軍人も、仕える相手は住民であって、役人じゃねぇ。今も昔も」

 

 

 

相葉の背中に向けて、そう告げた。

 

 

イリヤとて分かっている。ただの綺麗事だ。それは認める。だが、綺麗事は正論であり、故に間違ってはいないのだ。それが理にかなっていないのは事実だが、少なくとも間違ってはいないのだ。

 

 

 

「仕事の前にごちゃごちゃ考えるのは嫌いなんだ」

 

 

 

イリヤが見たその表情は、やけにくたびれた印象を与える儚い苦笑だった。

 

 

 



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芋掘り大会 結果発表





イリヤは自室でソファに身を沈めながらテレビを見ていた。普段はそんなに見ることは無いが、今日ばかりは話が別だ。

 

待っていたニュースが始まる。

 

『こんにちは。正午になりました。FIC極東放送局の乾です』

 

乾と名乗った、細身の中年男性。イリヤは、その男性が今日のキャスターであることに、内心で舌打ちした。フェンリルの広報のやり口で、特に視聴者に悪印象を与えるニュースのときはこの男性を使うのだ。何せ、この男はかなり口が巧い。

 

『本日のニュースはこちらです』

 

テロップが箇条書きに表示されていく。

 

冒頭のニュースは、新種のトウモロコシ開発に着手と言う当たり障りの無い内容だった。

 

次が、極東支部に新たに最新の食物生産プラントの建設の決定と言う、これもまた当たり障りの無いニュース。

 

 

『昨日、治安維持部門が麻薬事案に関わったとされる組織の一斉検挙を開始。事件の真相は___』

 

 

「……なるほど?」

 

待ち望んでいたニュースのテロップは、イリヤの目から見れば随分とオブラートに包んだように見えた。特に“組織”と言う曖昧な言い回しにしているところに、何とも言えない小賢しさを感じる。

 

最後は、明日の天気予報だった。

 

『では、最初のニュースから参りましょう。

フェンリル食料問題対策機構が、新種のトウモロコシの開発を開始しました。このトウモロコシは、現在普及しているジャイアントトウモロコシよりも更に生産性に優れ、また食品加工能力も高い品種を目指して開発が進められています。正式にプラントでの栽培を開始するのは3年後と見立てており、今後が期待されています』

 

(別にアレはアレでいけるけどな)

 

ジャイアントトウモロコシとは、いわゆるジャイアントコーンとは少し違う。ジャイアントコーンを品種改良して更に大きく、そしてもう少し食べられる味にした代物だ。

現場での評判は、“美味しくない”、“食べにくい”、“お通じ以外何も良いこと無かった”等、余り良いものでは無い。

 

イリヤにとっては、心底どうでも良いことだが。    

 

『続いてのニュースはこちら。

極東支部に最新の食物生産プラントの開発が決定されました。このプラントは、栽培プラントとしての能力と食品加工工場としての機能を兼ね備えた準全自動式の生産プラントで、フェンリル本部では既に試験的に5機が稼働しています。このプラントが極東支部に設置されると、食糧自給率が例年よりも3%上昇すると予測されています。施設施工は来月1日からおよそ4ヶ月程度と見込まれており、極東支部は可能な限り早急な完成と稼働を目指す、との会見を示しています』

 

「4ヶ月……ねぇ……」

 

果たして、そのときまで自分は生き延びれているのか。漠然とした、不安にも似た感覚を感じる。勿論死ぬ気は無いが、具体的な数字を見た瞬間に、少し足が竦んでしまう。

 

(まぁ、それはそのときに考えるか。今は……)

 

イリヤは、少しそれた意識をニュースの方へ引き戻す。次のニュースがイリヤにとっては一番大事なのだ。

 

(あれから全部、治安維持部門の方に丸投げしちまったからな……)

 

 

 

先日、イリヤのもとに1本の電話があった。相手は、やはり相葉だった。

 

 

___もしもし。相葉です。イリヤさんでよろしいでしょうか?

 

___はい、イリヤです……何かあったのか?

 

___ああ。近いうちに治安維持部門主導で極東支部の一斉捜索と検挙が決まった。

 

___つーことは、的は絞れたのか?

 

___ああ。それも結構大きな的だった。酷いことに、支部だけじゃ無く外部居住区にあるギルドも噛んでた。凄いことになりそうだ。

 

___ギルド……風俗街のか?

 

___正解だ。知ってたのか?

 

___昔世話になったことがあってな……まぁ、それなら武装することを勧める。アイツ等は相当過激な類いだからな。

 

___言われなくともそうするつもりだ。

 

___………単純に興味本位で聞くが……

 

___何だ?

 

___この件が一段落したら、アンタどうするつもりだ?

 

___その質問には答えられない。悪いな

 

___そうか……

 

___俺達が動くのは恐らく明後日になる。次の日の正午のニュースには確実に報道されるはずだ。イリヤ……お前には、それを見届けて欲しい。

 

___………どう言う意味だ?

 

___治安維持部門主導でっつっただろ? 色んなものを犠牲にして身内切りの主導権握ったんだよ。これに決着が付いたとき、その後どうなるかが分からないんだ。

 

___なるほどな。分かった。

 

___助かる。

 

___そう言えば、誰から聞いたかは覚えてねぇんだが、こんな言葉を聞いたことがある。「主の手を噛む猟犬は、犬は悪く無い。主が噛まれるようなことをしたんだ」ってな………まぁ、そう言うことであんまり気負うなよ。

 

___その話で行くと、その猟犬はその後どうやって生き延びれば良いんだ?

 

___そこから先は言えねぇな。答えは前に言った。自前の脳味噌こねくり回して考えろ。

 

___手厳しいな………まぁ、ありがとう、とだけ言っておく。時間を取られせて済まなかったな。

 

___気にすんな……御健闘を。

 

___ああ。……じゃあ、ここら辺で失礼する。

 

 

 

 

治安維持部門が、相葉達が何を犠牲にしたのかは知らない。だが、丸投げしてしまった手前、その決着を見届ける義務がある。

 

(さて……どうなったのか見てやろうじゃねぇか)

 

 

『次のニュースです。

本日、10時頃に治安維持部門が“昨日に極東支部内で発生していた麻薬事案に関して関係者全員を逮捕した”との発表がありました。当局の発表によりますと、匿名者の通報があり、それで捜査を開始したところ支部全体に及ぶ事案になった、とのことで、この件について極東支部治安維持部門総括の木佐貫マサアキ氏は、「この件は誠に遺憾であり、それと共に内部にまで行き届いていたにも関わらず何もしてこなかった我々にも責任があるものと考えます。今回の件は、我々の職務怠慢も原因の一環であり、私はその責任を取り、この件に決着が付き次第速やかに辞職します」との会見を発表しました。この件に関わった職員の規模は20名であり内7名が幹部職員であることが公表されています。また、外部居住区にも関係する組織があったようですが、それについては詳しくは発表されていません』

 

今後の極東支部の人事などが注目されます、の1文でそのニュースは締め括られた。

 

(………犠牲にしたのはトップ、か)

 

恐らく、それ以外にもかなりのものを切り捨てたに違いない。治安維持部門は、結局肉を切らせて骨を断つ攻め口で挑んで、相打ちになったのだ。

 

(今のところ負け、だな)

 

イリヤは、軽く舌打ちをするとソファから立ち上がりテレビを消した。

 

(あとは、あの孤児院がどうなるか、だな)

 

そう、最後の決着は、ピジョンズ・ベル児童園がどうなったか、で決まる。その基準は、ごくごく個人的な尺度になるが、結局そこが分からなければ、イリヤの中での決着が付かないのだ。

 

「さて」

 

イリヤは、最後の結末をその目で見るために。

 

 

 

 



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芋掘り大会 閉会 ~花咲く未来が来ますように~

極東支部を巻き込んだ麻薬事案に収束がつき始めていた。

そして、イリヤは再び____


「………」

 

イリヤは、外部居住区を歩いていた。1人で。

いつの日も、雨が降っていなければ空気が砂っぽい。それは、イリヤ達がかつて住処にしていた場所も、今歩いている保護特区も変わらない。違うことと言えば、保護特区の方が全体的に小綺麗な建物である、と言うところか。

 

 

___あら、あの子前も来てなかった?

 

___やぁねぇ……ついこの間も治安部隊の人達が来てたのに、また何かやるつもりなのかしら?

 

___フェンリルって言ったら、ついこの間凄い問題を起こしたって言ってなかった?

 

___そうそう、麻薬、だったかな。俺等から金だけ取りやがって、ろくでもねぇことしやがる……

 

___こんなんじゃ税金の払い損よ……!

 

___フェンリルだからってでけぇ顔しやがって……

 

 

歩きながら、耳に入ってくる戯れ言を___戯れ言だと認識している時点で褒められないが___今日は、何となく心の中に迎え入れていた。慈愛だとか、そんな大層な理由では無く、単に気が向いただけだ。

だが、真正面から受け止めたその言葉は、やはりイリヤの心には棘が多いきらいがある。イリヤだけ特別、と言うわけでは無いのだろう。きっと、彼等はフェンリルの人間なら無差別に嫌いなのだ。

 

(でけぇ顔したつもりもねぇよ……)

 

等と、心の中でうそぶく。

 

やはり、イリヤにとっては神機使いよりも治安部隊の隊員の方が激務に思える。巡回の度に忌避の目で見られ、ついうっかり耳を澄ませてしまえば自分達に向けられる棘だらけの言葉を受け止める羽目になるのだ。きっと、その内慣れてしまうのだろう。だが、慣れてしまった時点で心のどこかが麻痺してしまっているのだ。

 

まるで、いつかの自分のように。

 

イリヤは、残酷なことを言ったな、と少しだけ悔やんだ。そう、彼は相葉に言ったのだ。軍人も警察も仕える相手は住民であって役人では無い、と。だが、実際はどうだ? 仕えるべき住民から、それこそいわれの無い仕打ちを受けているのだ。

 

(なんつーか………これは確かに役人が役人に依存するわけだ)

 

こんな現実を目の当たりにして、それでも住民に尽くせるのはよほどの善人だ。そうで無ければ、耐えられない。耐えたくも無い。

 

(相葉とかも、これでよく仕事が勤まるな)

 

きっと相葉も心のどこかにある敏感な部分を麻痺させているのだろうな、とイリヤは思った。それが意識的なのか無意識なのか、又は壊れた結果なのかは知らないが。相葉という男は、イリヤの印象的には、一言で言えば心が弱い男だ。いや、もしかすると相葉くらいの心の強度が普通なのかも知れない、と考える。少なくとも、イリヤはもう自分の心のどこかが壊れていることは自覚している。何せ、これだけ忌避の視線に晒されながら、それに対してどう傷つけば良いのか、を考えてしまっているのだ。その時点でおかしいと言える。しかし、そんなイリヤに対して相葉は優しすぎた。そして、自分の心に鈍感すぎた。だから、いつの間にか組織に依存するようになり、だから、組織に裏切られたときに酷く傷つく。

 

(きっと、相葉くらいが普通なんだ)

 

そう、きっと彼くらいに回りに振り回されやすいのが普通の人間の心なのだ。人間、心の底から忠誠を誓える、誠意を尽くせる相手など、片手で数えるくらいしか持ちきれないのだ。その相手に、住民は大きすぎる。

 

耳から入ってくる様々な戯れ言や、体中で感じる忌避の視線を、意識的に感じ取りながら、そしてそれに対して特にリアクションを示すことも無く流していく。消化では無く。

 

 

そうしながら歩いて行くと、いつの間にかピジョンズ・ベル児童園に着いていた。

 

 

門は開かれていた。

 

 

「今日は平和が真っ二つ、か」

 

 

そんなことを呟きながら敷地に足を踏み入れた。

 

運動場の入り口はテープで封鎖され、花壇の花も全て掘り返されていた。

 

(何も他の花まで抜かんでも良いだろうに……)

 

イリヤは花壇まで歩み寄ると、その場にしゃがんで花壇の土をすくった。よくよく考えれば、イリヤは、彼が覚えている限りでは、初めて土を触ったことになる。そのことに、少し感動を覚えつつ土の感覚を楽しむ。

 

(………何か柔らかくて、少し湿気てるのな)

 

手のひらの上で弄んでみたり、少し握ってみたりして土の感覚を感じる。

 

(………これくらいが自然なんだよな)

 

ふと、土の柔らかを心の脆さに重ねる。

 

これくらいに柔らかくて、これくらいに潤ってて、そして崩れるときは一瞬で崩れる。きっと、それくらいの心が普通で、だからきっと自分の心は少し壊れているのだ、と自虐的な気分になる。

 

はぁ、と溜息を吐いてその場に立ち上がる。

 

 

「さて………」

 

 

イリヤは職員用玄関へ足を運ぶ。

 

玄関は、前来たときと同じように、やはりどこか味の無い薄寂れた様子でイリヤを迎えた。

 

玄関のベルを押すと、やはりこの前と同じ様な、ビーと言うレトロな音を響かせた。

 

しばし待つと、弱々しい感じに扉が開けられた。

 

「はい、どちら様で………っ!?」

 

出てきたのはやはり長瀬だった。

ただ、この前と違うのは、どちらかと言えば今日の方はフェンリル嫌いでは無く、怯えている感じであった。飼い主に暴力を振るわれた犬のように、卑屈な感じの上目遣いで長瀬はイリヤを見ていた。

 

「どうも、お久しぶりです」

 

目の前の小柄な女性に、内心舌打ちをしたい気分になりながらもそれを堪える。イリヤは、長瀬のその怯えきった目つきが気に入らなかった。

 

「あの……何の用でしょうか…?」

 

「まぁ、この間も相談した内の家族の件ですよ」

 

「……っ、すみません。お引き取りを……」

 

そう言って、逃げるようにドアを閉めようとする。

 

だが、イリヤはそれを許さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___逃げんな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

長瀬の表情は、驚きの色を滲ませたまま硬直していた。

 

「犯罪にまでてぇ出して子供を、孤児院を守ろうとしたクセに、今更逃ようとか考えてんじゃねぇ」

 

イリヤは長瀬の怯えきった目つきが気に入らなかった。何故なら、彼女のその目は、大昔に鏡越しに見つめた自分の目つきにそっくりだったからだ。何もかもに怯えて、守りたいものさえも忘れきった、人形の目に。

 

「あんな手を使ってまで守ろうとしたんだ、アンタは。それなのに今更逃げるな。守ろうとしたものを手放すな、忘れるな、裏切るな……!」

 

 

何アツくなってんだ、と少し自分の行動を省みる。

 

 

「……相談だけでも聞いてもらえますか?」    

 

 

それを最後に、イリヤは長瀬の反応待つことにした。

 

 

 

「……中へどうぞ」

 

 

 

しばらくして、長瀬は少し冷静さを取り戻した様子でイリヤを中へ案内した。迎え入れられたのは、前の時と同じく職員室だった。

 

 

 

「前のときはろくなおもてなしもせずにすみませんでした。コーヒーでよろしいですか?」

 

 

「はい、それでお願いします」

 

 

 

無言の流れの中に、コーヒーを入れる日常的な音がささやかに流れ込む。

 

 

「……結局、悪いことに手を出すべきじゃ無かった、そう言うことでした」

 

 

お待たせしました、と言いながら長瀬が淹れたてのコーヒーをイリヤの前に置いた。長瀬の方も、イリヤと正対するように座る。

 

「……と言うと?」

 

イリヤはコーヒーをすすりながら、訊く。

 

「アツミゲシの大量生産で得ていた収入が消えた瞬間、一気に赤字に落ち込んだんですよ」

 

そう話す長瀬の表情は、どこか哀愁が漂っている。

 

「今までお金を寄付して下さっていた方達からも愛想を尽かされまして。振る袖も無いとは正に、ですよ」

 

「そう、ですか………」

 

まぁそれはそれで仕方ねぇだろう、とイリヤは考えていた。当然、長瀬だって気付いているはずだ。今まで支援していたところが、実はろくでもないことに荷担していました、なんて知れば支援する気も失せる。

 

「だから、悪いことに手を出すべきじゃ無かった、と言っているんです。後の祭りですけどね」

 

その苦笑はやはり儚げで、そしてイリヤはそれが長瀬の素なんだろうな、と感じていた。きっと、目の前の女性は、大切な者を守るためならいくらでも危険なことに踏み込める強さと、それをしてから初めて怖じ気づく憶病さを持った強がりなんだ、と。

 

「これからはどうするつもりなんですか?」

 

だから、イリヤはむしろ単刀直入に訊いた。

 

「そう、ですね………正直に言うとまだ何も決められていないんです。ここを閉鎖するか、しないか。今いる子供達をどこに任せるのか、それとも任せないのか……本当に、何も」

 

そう話す長瀬の目は、どこか遠いところを見ているような、そんな印象をイリヤに与えていた。ただ、それよりも憑き物が取れたような雰囲気も携えていて、結局、目の前の女性は現実と向き合わざるを得ない状況なのだな、と理解する。

 

「例えば、あなたは死ねと誰かに言われて、はい分かりましたって言いながら死にますか?」

 

「え?」

 

「いや、まぁ……長瀬さんはこの孤児院を閉鎖しろと誰かに言われたら素直に従うんですかって話です」

 

「それは…………」

 

「従うのも従わないのも、どっちでも構いません。そこはあなたが決めることで、自分にはどうでも良いことですから。ただ……」

 

「ただ?」

 

「個人的には、また本物の花が見たいな、と思うところはありますね。うちの家族にも、本物の花が見れる場所で育って欲しいし」

 

おっと長居しすぎましたね、と言いながらイリヤは随分ぬるくなったコーヒーを一気に飲んで、席を立った。

 

 

 ・・・・・・・・・

「花に溢れている未来が来ると良いですね」

 

 

イリヤはそう言うと、職員室を出た。これ以上言うことも無い。後はあの女性がどう言う判断をするのか、どんな道を選ぶのか、それ次第だ。

 

(街は花でいっぱい、ってな)

 

できれば家族がここに任せられるように、そう心のどこかで願いながらイリヤはアナグラへの道を辿り始めた。

 

 




芋掘り大会と言うタイトルを選んだ自分の、致命的なセンスの無さに絶望してます。

芋掘りって……芋掘りって……(T-T)

もうそろそろ話の方も動き始めたら良いな……

頑張っていきます!!!


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こういう日もある

一連の麻薬騒動から解放されたイリヤ。

さて、今日は____


「っだぁ!…………きちぃな……!!」

 

イリヤは、神機使い用の戦闘訓練室に放り込まれていた。

放り込んだのはツバキ教官で、曰く「あれだけ休んでおいてただで済むわけ無かろう」とのことだった。正論である。否、ツバキが言うから全てが正論に聞こえるだけなのか。

 

正直、どっちでも構わない。

 

 

周囲はダミーアラガミで囲まれている。

 

少し気を抜いたら、さっきまで4体だったのが5体、6体と増えていく。

 

 

「あんの鬼畜年増ぁぁああっ!!!!!」

 

 

訓練内容は、単純。

 

  ・・・・        ・・

出現しているダミーアラガミを全て討伐しろ。

 

ただそれだけ。

 

ただし。

 

ダミー達は40秒ごとに1体ずつ出現する。そして、ダミーの表面の強度は本物のオウガテイルと同等の物にアップグレードされている。

 

最初に出現したのは3体だった。

 

最初の3体を駆逐した頃には、新たに3体のダミーが出現していた。その3体を駆逐した後には、4体のダミーが………と、気が付けばイリヤは終わりの見えないループにはまり込んでいた。

 

もう何体のダミーを倒したのかも分からなくなっていた。感覚で言えば、既に3桁は倒している気がするが、正確な数字は数えていない。

 

数える暇が無い。

 

「___うりゃっ!!!!」

 

しかし、何体倒したかは数える気すら失せていたが、敗北条件だけは覚えている。

 

これも単純で、死亡判定の攻撃を受けたとき、その時点でのダミーの出現数が10体を超したとき。

 

            ・・・・

腹が立つことに、イリヤはそこそこ神機使いとしても能力があるから、死亡判定の攻撃を受けることも無ければ、ダミーの数もそこまで増やさせることも無い。しかも、彼の実力だとその時点で出現しているダミー全てを撃破することもなかなか出来ない。

 

   ・・・・

何せ、そこそこの実力で止まっているから。

 

 

そして気のせいかも知れないが、ダミーの出現レートが心持ち早くなっている気がする。

 

 

「っなろぉ!!!!」

 

 

始めたばかりの時は、我武者羅にダミーへ飛び込んでいたイリヤも、今では自分から攻めるよりかは相手の攻撃に対してカウンターを決めに行く戦法に変わっていた。

 

 

呼吸が乱れ、鼓動は早く、流れる汗は既に味を失っている。肺が、痛い。

 

 

「クッソ……!!!」

 

 

イリヤが毒づいている間にも、ダミー達は無慈悲に増え続ける。

 

終わらせたくても終わらせられない。無論、わざと負けるなんてふざけた真似をするつもりも無い。どこか生真面目なイリヤの性格を逆手に取った、ある意味で究極の責め苦とも言える。

 

「こんにゃろぉ……!!!」

 

シノをガンフォームに変形させて、レザーをダミーの土手っ腹へ確実に撃ち込む。

 

7体に増えていたダミーが6体に減る。

 

さらに他のダミーにも銃撃を加えて、可能な限り数を減らす。

 

6体から5体。5体から4体。そして、弾が尽きる。すかさずブレードフォームに切り替えて、目の前のダミーに斬りかかる。消耗した身体では、充分な跳躍力も得られず、一撃目はダミーの表面を浅く削っただけに留まる。毒づきながら、更に1歩を踏み込んでシノを横薙ぎに振るう。これも、筋肉がパンパンに張った腕の力では振り切れず、刀身がダミーの身体に食い込んだ状態で止まる。

 

「っしゃらぁ!!!!!」

 

無理だと判断した瞬間に、腕の力を緩めてシノを捕食形態へ。ボディの真ん中を綺麗に喰い取られたダミーはそれで絶命。

 

残り、3体。

 

バースト状態に入ったイリヤは、またシノをガンフォームに変形させる。

 

わざわざ疲れるような真似をする必要など、無い。

 

「消えろっ」

 

銃声が轟く。

 

3発ごとにローリングで射撃位置を変える。

 

遠距離線の鉄則だ。

 

いくら疲れていようと、その鉄則だけは守る。で無ければ、死ぬ確率が上がる。

 

 

3体が2体に。2体が1体になった。

 

 

バースト状態は解かれていたが、まだOPは半分以上残っている。

 

(___とどめだっ)

 

残りのOPを全て使い尽くす勢いで銃撃を放つ。野太い尾を引いた光弾が次々とダミーに直撃する。ダミーのフェイスパーツが削れ、ボディに穴が穿たれ、足が千切れ飛び、そして駄目出しの1発がダミーをアラガミの姿から肉塊へと変貌させた。

 

 

___ダミー絶命。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ………終わっ、た……?」

 

 

 

息も絶え絶えにそうぼやいた瞬間だった。

 

 

 

視界に影が差した。

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

反射的に上を見上げると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダミーアラガミが、その大きな口を開けて上から襲いかかってきていた。

 

 

「なっ!?」

 

 

脊髄反射的な速度で防御姿勢を取る。

試作第2世代神機___シノならではの特権だ。

シノの第1の特徴は何と言っても、右側で常に展開された状態のシールドの存在なのだ。

 

 

だが、完全に消耗しきったイリヤの身体は、ガードしたときの衝撃にすら耐えられ無かった。身体のバランスを崩し、そのままダミーに組み伏せられる。

 

右肩と左腕に重みを感じるのは、そこをダミーに踏みつけられているからだ。

 

押し倒された衝撃で神機は彼の手から弾かれていた。   

 

 

 

 

 

 

そして_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『イリヤ2等兵、死亡判定___まったく、やっと死んだか。予想以上に長く保ったな』

 

 

 

 

ルーム内のスピーカーからツバキの声が響く。

 

 

 

 

 

 

 

イリヤは、青ざめた。

 

 

 

 

 

 

 

『あぁ、イリヤ2等兵。私は何も聞いていなかったぞ。ああ、私は何も聞いていない。貴様がダミーとやり合っているときにどんなことを口走っていたのかなど、全く知りもしない。アラガミの出現レートだって弄っていないさ。全く、これっぽっちも!!!』

 

 

ツバキにしては珍しいくらいに大げさな抑揚のしゃべり方を耳にした瞬間、あこれは死んだ、とイリヤは本能で感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後イリヤは、本当にゲロを吐くまで、ルーム内でダミー相手にひたすらに神機を振り回す羽目になった。

 

ゲロとは言っても、ただの胃液しか出てこなかったが。それで、ようやくイリヤは鬼畜年増___もといツバキの拷問級のトレーニングから解放された。

 

イリヤは気分の悪さに耐えきれず、ルームを出てすぐのトイレへ駆け込んだ。

 

 

 

「……死ねる……体力的に……マジで…………うっ!?」   

 

 

 

死に体でそんなことをぼやいていると、また吐き気が込み上がってきた。大便器に顔を突っ込んで、胃袋からせり上がってくる“衝動”を解放する。

 

衝動がおさまる頃には、イリヤは全身がプルプルと痙攣していた。筋肉の悲鳴や、消化器系が訴える苦痛に由来している。

 

口の中に残る、胃液特有の苦酸っぱさと生臭い臭いを、水でゆすいで取り払う。

 

ついでに、少しだけ水も飲んでおく。ここでガブ飲みしたら、今度こそ倒れかねないので、量は自重する。水は何だか消毒薬の臭いがしていて、少なくとも美味しくは無かった。

 

 

ほんの少しの水分を補給した後、イリヤはトイレを出て、すぐ近くのベンチに座り込んだ。

 

 

(間違ってもあんなこと言うんじゃ無かった)

 

 

等と考える。所詮は後の祭りであることには変わりないが、教訓にするくらいはしておかないといけない気がしたのだ。

 

 

壁に背中を預けた状態で、深く、ゆっくりと呼吸をする。すると、全身のいたる部分から軋みという名の悲鳴がイリヤの脳味噌めがけて突撃してくる。

 

熱を持った、全身の筋肉。特に、両腕と両肩、僧帽筋とももの筋肉がひどい。感覚がぼやけている。力を入れようにもなかなか入らない。例えるなら、限界まで懸垂をやった後握力がガクンと落ちているときの、あの感覚だ。

 

そこはかとなく膝にも負担が溜まっているようで、座っているにも関わらず、カタカタと脚が震えている。

 

そんな疲れ切った身体には、壁の冷たさが心地よく感じられるのも致し方ないことなのだろう。

 

イリヤはいつの間にか意識を手放して、浅く寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____ピトッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

額に冷たさを感じて、イリヤは目を覚ました。

 

「ん……んぅ?」

 

寝起きの少ししょぼついた視界に、何かよく分からないが茶色がメインの円柱状の“何か”が映っていた。

 

 

「や。起きた?」

 

 

ぐしぐしと眠たい目をこすりながら、声の主を探す。何度かまばたきをして、焦点を合わせる。

 

クリアになった視界に入ってきたのは___

 

 

 

「…………残ねンごぉっ!?」

 

 

 

かなり強烈な衝撃がイリヤの脳天を貫いた。

 

別に何も、残念と口走ろうとしたわけでは無い。断じて違う。残念な胸、等と誰が言うものか。

 

「寝起きの一言にしては随分とケンカ売ってるね? イリヤ君?」

 

彼の目の前にたっていたのは、ある意味一番神機使いの命を握っている女神サマ___楠リッカだった。彼女の手には、何かは知らないがスチール缶が握られており、恐らくさっきの衝撃もアレでどつかれたのだろう、と容易に想像が付く。滅茶苦茶痛かったから。

 

「人が何か言いかけてるときにどつく方がよっぽどケンカ売ってるように見えるんだが、そこんところは?」

 

いまだに痛みを訴える頭頂部をさすりながら問う。リッカを見上げる視線は、少しだけ恨めしげだ。

 

「絶対その言いかけた言葉って失礼な内容だよね?」

 

「……ナンノコトダカサッパリダナ」

 

と言いながら視線を逸らす。

 

「酷い棒読みだね」

 

何故か分からないが、イリヤは、これが俗に言うデジャヴなのか、と悟った。

 

隣座るね、と言いながらリッカはイリヤの左隣に腰を下ろした。脚を伸ばしてブーツの爪先を軽く左右に振りながら、手にしていたスチール缶のタブを開ける。

 

開けた瞬間に広がった匂いを嗅いで、イリヤは酷く怪訝な表情になった。決して悪い臭いでは無い。おもむろ良い匂いとさえ言える。

 

そのはずなのだが。

 

どうしても、それを素直に受け入れることが出来ないでいた。

 

「ぷは~、美味し」

 

「美味いのか、それ?」

 

幸福そうな表情を浮かべているところに、水を差すような、何とも言えない居心地の悪さを自覚しつつも彼はやはりそう訊いてしまった。

 

「え? あぁ、うん。美味しいよ、すっごく」

 

それなのに、リッカは自信満々な様子で、嬉しそうな口調でそう返してきた。

 

「そう、か。分かった」

 

「イリヤ君も飲んでみたら? 冷やしカレードリンク。お勧めだよ」

 

イリヤは、本日2回目の衝撃を受けた。今度は直接脳味噌を揺さぶられた気分だ。

 

冷やしカレードリンク? 何ソレ? 飲み物? 本当に飲み物なの? ネーミングの時点で確実に人を選ぶような飲み物を、イリヤは無条件に信じることが出来ない。

 

そして、隣に座るリッカの眼差しは、まるで新興宗教を盲信し布教せんとする信者のそれにも似た、凄まじく期待に満ちたものだった。

 

イリヤは、少しと言わず、割とマジで退いた。

 

だが、是非、と本当に善意しか含んでいないその眼差しをぶった切れるほどイリヤは冷淡になれなかった。

 

イリヤという男は、純粋な眼差しと、無邪気な押し、この2つにはとことん弱いのだ。

 

 

相手が誰であろうと。

 

 

仕方ねぇ、と半ば諦めた心持ちでベンチから腰を上げて近くの自動販売機のもとへ。神機使い専用のIDカードを使って、以外と高価だった140fcと引き替えに冷やしカレードリンクを購入。

 

ゴトン、と音を立てて落ちてきたスチール缶を取り出して、ベンチに戻る。

 

ベンチでは、期待に輝いた眼差しを維持し続けていたリッカが、まだかまだかと言わんばかりに待っていた。

 

さっきと同じ場所に座り、そして握っている茶色がメインカラーのスチール缶___冷やしカレードリンクを睨み付ける。気分としては、勝てるかどうか分からない相手にステゴロで挑むときのような感じだ。

 

えぇいままよ! 

 

ガラにも無く半ばやけくそになってタブを開けて、冷やしカレードリンクを一気に煽った___

 

 

 

 

「! ………?」

 

 

 

 

 

どうかな、と言いたげな瞳のリッカ。

だが、イリヤはどうとも言うことが出来なかった。不味くは無いのだ。間違いなく。だが、美味いと言うにも抵抗がある。

 

強いて言うならば。

 

 

「この味で、温かかったらな……」

 

 

そう、冷たいから抵抗があるのであって、これが普通にコーヒーみたいな温度だったら文句が無いのだ。何度も言う、冷たくなければいけるのだ。

 

 

「今までの中でキミが1番冷やしカレードリンクのことに理解を示してくれたよ……」

 

 

そう話すリッカの口調は、どこか沈んだものだ。彼女は言外にこう言っているのだ。イリヤ以外の全員がこの飲み物に対して拒否を示したのだ、と。

 

 

「たまに飲むくらいならいけるな、コレは。だが、いっぺんにガンガン行くのは流石に無理だな」

 

 

とりあえず、正直な感想を言っておくことにする。ちなみに、ガンガン行ったら胃もたれを起こしそうな予感がするのだ。何せカレーだ。イリヤの予感もあながち間違いでは無い。

 

 

「冷えているからこその冷やしカレードリンクなのになぁ……」

 

 

少しつまらなさそうな口調で呟きながら、何かを期待するようにチラチラとイリヤに視線を送るリッカ。

 

「…………」

 

イリヤにしてみれば、凄く居心地が悪い。悪いことは何一つしていないはずなのに、何故か罪悪感を感じてしまうのだ。

 

そして彼は、とうとうそのプレッシャーに負けてしまった。故に___

 

 

「ま、まぁ、飲んでいる内にクセになるだろうな。あぁ、そんな気がする」

 

 

と口にせざるを得なかった。

 

それを言ったときの、隣に座るリッカの嬉しそうな表情に、まぁ良いか、と思ってしまうのはイリヤが優しいからなのかそれともヘタレなだけなのか。

 

 

そのまま2人は少しの間、世間話___という名の神機に関するうんちくをお互いに交わすのだった。

 

イリヤという男は、若干の神機ヲタクなのだ。     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばさ」

 

「何だ?」

 

「さっきツバキ大尉と擦れ違ったんだけど、あの人、ほうれい線がどうだの目尻がどうだのって呟いてたんだけど、イリヤ君何か心当たりある?」

 

「………シラナイナアソンナコト」

 

(あ、何か言ったんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ちなみに、これが後にイリヤの人生を大きく変える出逢いであるが、それはまた別の話~

 

 

 

 

 




ネタの振り方があざとい感じがする……

もっと技術を磨かねば………

頑張ります!!!!


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人生的計算外

 

ある日のこと___

 

イリヤは食堂で昼食をとっていた。いつもなら“ジャイアントトウモロコシの醤油焼き”を2本ですませているところだが、今日は少し気分を変えて“極東パスタ”なるメニューを選んでいた。皿の上には、GE盛り、という山盛りを2倍くらいに大きくした量のパスタが盛られていた。ソースは梅干しをメインにしたバター醤油で、ややサッパリした味。

 

(んめぇ……)

 

盛り方は全然気品が無いが、イリヤはそれでもちゃんと行儀良く食べていく。麺をフォークに小さく巻き付けて、口へ運ぶ。チマチマとそれを繰り返す。だが、間違ってはいけない。食べ方がチマチマと行儀が良いだけであって、スピードは他の神機使いのドカ食いとそこまで変わらない。

 

(たまにはこう言うのもありだな)

 

余談であるが、某ネコパーカーの神機使いはこれが食べられない。何せ、酸っぱいから。

 

そんなことは一切気にせずに、無言真顔でひたすらに食べ続けて、そして皿を平らげた。

 

「ご馳走様でした」

 

手を合わせてそう言うと、途端に周囲がざわめきだした。イリヤの日本式食事マナーを守る姿に対するものでは無い、と気付くのにはさして時間はかからなかった。

 

 

 

___おい、死神が戻ってきたぞ!

 

___同行した奴誰だった?

 

___第4部隊の奴だが……どうだ? いるか?

 

___分からねぇ……

 

 

 

(死神……ミコト? ソーマ? どっちだ)

 

余りひそひそとは言えない音量の会話を盗み聞きしながら、イリヤはそんなことを考える。

 

 

 

 

___……アイツだけみたいだな

 

___らしいな

 

___ほら見ろ、アイツが一緒だと死ぬんだよ

 

___エリックは運が良かったんだな

 

___で? ほら、賭けてたんだろ? 金寄越せ

 

___ちっ、アイツと一緒に行った奴も使えねぇなぁ……ほらよ、3千fcだ

 

___へっ、死神様々だぜ

  

___畜生、また赤字だ

 

 

 

 

そして、その会話を聞いている内に、イリヤはだんだん不愉快な気分になってきた。死神、が誰のことを言っているのかは分からなかったが、それでも腹が立った。イリヤ自身、こんなことで怒りを感じるのも初めてだから戸惑っている部分もあるが、それでも、だ。

 

(……人の命をチップにしてんじゃねぇよ)

 

これ以上この場所にいたくない、という思いが勝ってイリヤは皿とトレーを返却台に運び、そして食堂を後にした。

 

廊下を歩いていると、見覚えのあるサングラスをかけた赤髪の青年が壁にもたれかかっているのが見えた。

 

 

(誰だ………?)

 

 

記憶を辿っていくと、答えが見つかった。

 

 

「エリック……さん?」

 

 

ほとんど無意識に口にして訊いていた。そして、エリックはそんなイリヤの声を聞き取り、少し驚いた様子でイリヤを見た。

 

「やぁ、イリヤクン。どうしたんだい」

 

過去の印象と一寸もずれること無く、少しナルシズムを携えた口調でエリックが近付きてきた。

 

「いや、エリックさんこそこんなところで何を? っつうか、随分暗い感じですね。何かあったんですか?」

 

「キミにも見抜かれてしまったか……」

 

今のエリックの声には覇気が欠けていた。その代わりと言っては何だが、沈んだような雰囲気に溢れている。部隊の人間とそこまで交流が無いイリヤでも、それくらいはすぐに気付いた。

 

「まぁ、ね。また、1人の神機使いが、任務中に死亡した。第4部隊の隊員でね……ボクと同期だったんだが……」

 

「そう、ですか」

 

任務中に死亡。そのフレーズを聞いたとき、イリヤは改めて自分達がいつ死んでもおかしくない職に就いているのだ、と自覚する。その死んだ人物が、どのような人柄で、どんな死に方をしたのか、には全く興味がわかなかったが。  

 

「同行していたのがソーマでね……」

 

なるほどだからか、とイリヤは心の中で勝手に納得していた。そうなると、食堂で聞こえたあの不愉快な会話の意味もよく分かる。そして、今こうしてエリックが落ち込んでいるのも。

 

「ソーマも、あれが以外と打たれ弱いからね。またしばらく荒れるんだろうね……」

 

イリヤにとってのソーマの第一印象は、よく分からないが愉快そうな人物、と言うものだった。だから、エリックの口から「ソーマが打たれ弱い」と聞いたときに、むしろソーマとエリックの関係が結構親しいのだろうな、と理解できた。 

 

「こう言っては何だが、別にソーマがいたせいで死んだわけじゃ無い。任務中に死亡するのは、死んだ方が悪い。死ぬような振る舞いをしたから死ぬんだ……それをソーマのせいだと言うのは、全く華麗じゃ無い」

 

「………」

 

「おっと、すまなかったね。変に愚痴を聞いてもらうような形になってしまって……これじゃあボクも華麗とは言えないね」

 

時間を取らせてすまなかったね、エリックはそう言いながらその場を去って行った。

 

(どうにもねぇ……)

 

イリヤは、何とも言えない心のモヤモヤを抱えながら自室へと戻っていった。

 

 

 

 

___次の日

 

 

 

 

「今回の任務は新入りとソーマのペアで行ってもらう」

 

エントランスロビー2階で、リンドウがいつも通りの軽い調子で2人にそう告げた。イリヤとソーマに与えられた任務の内容は、言ってしまえば旧市街地に入り込んだコンゴウ2体をぬっ殺せ、と言うものだった。

 

「他の奴等も任務が入ってるから、お前等2人で良い感じに強力して」

「俺一人で充分だ」

 

リンドウが話し終える前にソーマが無理矢理話を断ち切った。

 

 

「おい新入り。お前も俺に関わるな」

 

 

ソーマは脅すような口調でそう言い放ち、その場を離れる。

 

「ったく、ソーマは………悪いな。だが、今のアイツは少しデリケートなんだ」

 

困った奴だ、と言わんばかりのリンドウの溜息。イリヤは、遠のいていくソーマの背中が、少しだけ彼の本音を代弁しているような気がした。その本音が何を言いたいのかは察せなかったが。

 

「本来ならエリックと組ませたかったんだが、あいにくエリックの方が入院している親族の見舞いに行っててな」

 

「問題ありません」

 

「………そう言ってもらえるとこっちとしてもありがたい」

 

「じゃあ俺も行ってきます」

 

「………頼んだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何で来てやがる……」

 

輸送ヘリの中で、ソーマが憎々しげな声色でイリヤに問うた。答えによってはお前を殺す、と言い出しそうな勢いだ。

 

「……何て答えて欲しい?」

 

「なめてんのかテメェ」

 

いきなり胸ぐらを掴まれた。イリヤを睨み付けるその瞳は、憎しみに濁っていて、イリヤにはそれが気に入らなかった。そもそも胸ぐらを掴まれている時点で不愉快なのだ。

 

「仮にそうだとして、お前は俺をどうするつもりだ? ここで殺すのか? ん?」

 

イリヤも耐えかねて、純粋に殺意を込めた視線をソーマの瞳にぶつける。ほんの少しだけ、ソーマの瞳が揺らいだ。ソーマの力が緩んだ瞬間に、素早く胸ぐらを掴む手を解き、間合いを離す。

 

「まぁ、ギスギスしねぇで仲良くしようぜ? 悪いことは言わねぇから」

 

そう言いながら右手を差し出す。

 

「………チッ、勝手にしろ」

 

ソーマは、差し出された右手を握り返すことは無く、ただそう吐き捨てるだけだった。

 

(嫌われてんなぁ、俺)

 

差し出した右手をさりげなく退いて、耳の後ろあたりををポリポリと指でかく。

 

 

 

 

 

「この任務は俺が1人で片付ける。お前は出しゃばるな、分かったな?」

 

任務開始地点に到着するなり、ソーマがいきなり口走った。その言葉は、威圧的であり、そして拒絶的な色を多分に含んでいる。よほど1人でいることに執着しているらしいことは、イリヤも何となく察していた。

 

「はいはい、新入りは大人しくそこら辺をほっつき歩いとくよ。任務終わったら連絡入れてくれ」

 

「………チッ」

 

感じの悪い物言いになるが、イリヤは別にそれはそれで構わないと思っていた。自分が手を下さずに任務が勝手に終わるのなら、それを拒む理由も無い。イリヤは、ソーマが1人になることに拘ることを、別に否定するつもりは無かった。

 

「んじゃあ、俺は勝手に散歩しとくから」

 

イリヤは、ソーマよりも早く飛び降りてエリアへと足を踏み入れた。イリヤは、流石にコンゴウとサシで当たって勝てるとは思っていない。前はコウタと一緒だったから勝てただけだ。だが、オウガテイルやザイゴート、コクーンメイデン程度なら問題無く始末できるくらいの実力は持っている。

 

(まぁ、上手い具合にやるか)

 

そう思いながら、気が向いた方向へ歩く。

 

「さて、1人寂しく宝探しと洒落込むか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____そのはずだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(げぇ、マジか……)

 

イリヤが入り込んだ建物の中にいきなりコンゴウがいた。コンゴウは、建物の隅の方で瓦礫を捕食している真っ最中で、イリヤに背中を向けた状態。奇襲をかけるなら絶好のチャンスであった。だが、冷静な状態のイリヤは、今から奇襲をかけたとしてその後どうなるかを正確に予測した。結論としては、ボコボコにしばかれてその後喰われる。

 

(どうするよ、これ………)

 

下手に動けば、コンゴウの化け物じみた聴覚に、気配を悟られる。かと言って、このままじっとしていてもその内見つかる。そもそも、その間に他のアラガミがこっちに来ない保証が無い。

 

そうイリヤが思考を巡らせているときだった。

 

コンゴウが、いきなり顔を上げた。キョロキョロと周りを見ている。

 

(やべぇ)

 

イリヤが足音や物音を立てたわけでは無い。だが、イリヤは理解した。今、目の前にいるコンゴウは、他の場所にいるソーマが響かせている戦闘音に感づいたのだ、と。

 

はぁ、と苦々しく溜息を吐く。

 

その気配でコンゴウがイリヤに気付いた。

 

そして____

 

 

 

「こんクソがぁぁああっ!!!!!」

 

 

罵声を吐き捨てながら、ガンフォームに変型させたシノを構えてレーザーを我武者羅に撃ち込む。オーカ・ニエーバ甲から放たれた、超高密度オラクルが流星の如く光の尾を引いてコンゴウの横っ腹に直撃。更に2発目、3発目の光弾がコンゴウの表層組織を確実に破壊していく。

 

「3発撃ったら即移動ぉ!!!」

 

イリヤは、やけくそになりながらも戦闘の鉄則に従って立ち回る。

 

「うりゃぁぁああっ!!!!」

 

更に3発の光弾をコンゴウの顔面に叩き込む。1発目と2発目はコンゴウの頬を抉り、3発目がコンゴウの右目を直撃した。

 

コンゴウが耳障りな悲鳴と共に、両手で顔面を覆いながらうずくまる。

 

イリヤはコンゴウがダウンした隙を見逃さずに、すぐさま建物から離脱。教会裏の広場に出た。

 

対アラガミマニュアルにはこう示してある。

 

「相手が小型種であれば狭い場所を戦場とするべし。相手が大きくなるほど、開いた場所に移動するべし」

 

理由は簡単で、小さいアラガミは広い場所でちょこまか動かれるよりか狭い場所で行動の規模を小さくさせる方が攻撃が読みやすくなるからだ。それに対して、サイズが大きいアラガミは狭い場所だと逆に攻撃を受けやすくなるから広い場所に逃げろ、と言うことになる。ちなみに、両タイプのアラガミがいる場合は、上手い具合にやれ、と言う無茶ぶりだ。

 

(マニュアルに則ったは良いが………)

 

そう、中型種のアラガミに対してイリヤのこの対応は模範的である。

 

ただし。

 

相手がコンゴウで、しかもそれが複数同じエリアにいる場合は、悪手である。

 

コンゴウ種は聴覚が極めて高く、例えエリアの端にいようとも、半径1㎞以内の戦闘音ならば確実に聞き取れるのだ。

 

「やっちまった……」

 

苦々しく吐き捨てながら、シノをブレードフォームに変形させて待ち構える。

 

建物の中から、右目が潰されたコンゴウが躍り出てきた。イリヤの真正面に対峙する敵は、耳障りな咆哮を上げながら威嚇してくる。

 

「うるせぇんだよっ!!!!!」

 

イリヤはそう叫ぶやいなや、一気にコンゴウに肉薄し、相手の顔面を下から切り上げた。ガツッと硬質な手応えが柄を通してイリヤに伝わる。

 

「チィッ!!」

 

一撃目に与えたダメージは軽微。コンゴウの下顎を少し削る程度のものだ。欲張って、もう少し斬り込みたいところだが、一端バックステップを踏んで間合いを取る。

 

(近接時の間合いは常に付かず離れず……!!)

 

ステップを踏んで相手の死角に滑り込み、隙あらば肉薄して一撃を加える。

 

「せやりゃっ!!!」

 

横っ腹を切り裂くが、コレも少し手応えが薄い。だが、深追いはせずにすぐに間合いを取る。

 

更に数回ステップを踏んで、死角に回り込む。

 

 

 

「___ここだっ!!!!」

 

 

 

 

イリヤが踏み込んだ瞬間_____

 

 

 

 

全身がバラバラに千切れ飛んでしまいそうな程の衝撃が、イリヤの左側から襲いかかってきた。

 

 

「____がっ……はっ」

 

 

その勢いのまま吹き飛ばされ、教会の壁に激突。イリヤはその身体のほとんどを壁に埋もれさせる。

 

シノはイリヤから少し離れた地面に突き刺さっていた。即ち、今のイリヤには攻撃の手段も身を守る術も無いと言うことだ。

 

(イイモン貰っちまった……!!!)

 

グラグラと揺れる視界。脳震盪を起こしたようだ。全身に襲いかかる激しい痛みに、正常な思考が阻害される。

 

次の一手を、次の行動を、選べない。

 

ただ、焦点の定まらない目で、遠くのコンゴウを睨み付ける。だが、相手はアラガミだ。自身より下等な生物の威嚇などに怯えるような存在では無い。

 

すると、コンゴウが頭を下げ、重心を後ろに移動させた姿勢で止まった。

 

 

ヤバい。

 

 

イリヤは直感でそう悟った。

 

 

コンゴウのすぐ手前に空気の渦が発生。その空気の流れに砂が舞い上がる。

 

 

逃げろ、頭で叫んでも身体が応えない。

 

 

そして次の瞬間____

 

 

 

 

「___ぐげぇっ!!!??」

 

 

 

 

意識が飛びそうになるほどに重たい一撃がイリヤを直撃した。だが、ぎりぎり気絶は免れた。

 

 

それでも。

 

 

もう、既にイリヤは限界だった。

 

あと一撃___それがどのアラガミのいかなる攻撃であっても___喰らえば、確実にアウト。繋ぎ止めた意識の中で、イリヤの本能が警鐘を鳴らす。速く逃げろ、このままでは死ぬぞ、と。

 

(んなこたぁ分かってんだよ……)

 

しかし、身体が動かないのだ。

 

 

左腕は間違いなく骨折。肋骨も数本折れているだろうし、痛みの感覚で言うと、内臓に刺さるか何かしている。身体の節々が激痛を訴え、そのくせ動かそうとすれば感覚が無い。

 

 

 

 

 

____絶体絶命。

 

 

 

 

 

 

 

その4文字が頭の中に克明に浮かび上がる。

 

(死ぬに死にきれねぇ……んだが………!!?!)

 

気がつけば、コンゴウはローリングで急接近していた。その光景はやけにスローモーションに映って、いよいよイリヤの脳味噌に“死”と言う概念を植えつける。

 

 

 

 

 

反射的に、ギュッと強く目を瞑った___

 

 

 

 

 

 

 



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人生的計算外 結

 

「___このっ」

 

 

 

(?)

 

最初に感じたのは振動だった。それは、イリヤの身体に直接襲いかかるものでは無く、別の場所で発生した揺れを感じている感覚。

 

 

 

 

 

「___さっさと」

 

 

 

 

 

(え?)

 

彼がその一瞬で理解できたのは___

 

 

 

 

「くたばりやがれっ!!!!!」

 

 

 

 

ソーマが駆けつけてくれた、と言うことだった。

 

 

 

 

次に聞こえたのは、重量物が勢いよく肉に叩きつけられる音。そして、肉が引き裂かれ千切れていく音。大量の液体が噴き出し、地面にまき散らされる音。

 

 

コンゴウの、悲鳴。

 

 

「チッ」

 

 

コツン、とイリヤの体に何かが投げつけられた。腹の上にのっていたのは___

 

「……回復、錠……?」

 

「さっさと使いやがれ……!」

 

「え?」

 

何も訊く暇も無く、ソーマはコンゴウへ向かって距離を詰めていった。まるで、喋る暇があったらさっさと回復しろ、と言わんばかりの勢いで。

 

へへっ、と笑いながら回復錠を口の中に流し込む。

 

即効性の鎮痛剤と微量のオラクル活性剤が一瞬でイリヤの体中を駆け巡り、負傷した組織を素早く修復させ、同時に痛みや疲労感を一時的に誤魔化す。

 

のそり、と崩れた壁の中から立ち上がる。

 

「へへっ………こりゃあ」

 

ユラリ、ユラリとシノに近付いていく。

 

 

「___ちぃとキレた」

 

 

シノの柄を掴んだ瞬間、イリヤは目にもとまらぬ速さで駆けだした。見据える先にいるのはコンゴウ。

 

 

「だぁりゃぁぁああああ!!!!!」

 

 

ソーマに気を取られて、背中を向けているコンゴウに向かって力尽くの一太刀を加える。その一撃は予想以上に重たく、一発でコンゴウの背中の管状の器官を粉砕した。

 

 

「バカッ!! 出しゃばんじゃ___っねぇ!!!」

 

 

イリヤが攻勢に加わったことに気付いたソーマは、それでも自身の攻撃の手を緩めることも無く、イリヤの加勢を咎めた。そこにどんな感情を込めているのかは知ったことでは無いが、少なくとも快くは思っていない。

 

 

「うっ___せぇっ___よっ!!!!」

 

 

イリヤも負けじと斬撃を加えていく。

 

 

シノ専用のバスターブレードパーツ“ギルィティーナ”が、その名に恥じぬ勢いでコンゴウの肉を切り裂いていく。

刃にこびりついた肉片が飛び散り、赤黒い体液が溢れかえって飛沫をあげる。

 

 

白銀の刀身が、赤く汚れていく。

 

 

 

「チッ!! おい、離れろっ!!!!」

 

 

 

ソーマの警告が耳に入った瞬間、振り抜こうとした神機を無理矢理止めてシールド展開させる。

 

コンゴウの回転ラリアットをダイレクトに受け止め、4m程の電車道を作る。

 

 

(やべぇ、へばった!!!!)

 

 

先の一撃をまともに受け止めたせいで、イリヤの身体に残っていたスタミナを全て使い切ってしまう。脚がガクガクと震え、そのまま膝をついてしまう。

 

 

「___バカがっ」

 

 

 

ソーマは、イリヤが潰れた瞬間を見逃さず、すぐに彼とコンゴウの間に身体を挟み込んでイリヤを護る。

 

 

「うぜぇんだよっ!!!!」

 

 

ソーマのバスターブレード“イーブルワン”が、猛威を振るう。ノコギリ状の刃がコンゴウの肉に深く食い込み、そして引き裂く。

 

 

「へばってるっ___っ暇がっ___あんならっ____さっさとっ______持ち直せっ!!!」

 

 

ソーマは必死だった。

 

一撃一撃の合間を使ってイリヤに檄を飛ばす。早く立ち上がれ、そんなところでへばってくれるな、と。

 

 

「分かってるよ………急かすんじゃねぇ」

 

 

そんなソーマの必死の檄を聞きながら、イリヤはむしろ不気味なほどにゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

(OPは……満タン……全部叩き込んでやる)

 

 

 

イリヤはガンフォームに変形させたシノを構えて、狙いをコンゴウに定める。

    

 

 

 

 

「_____射線空けろぉっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

イリヤの怒声を聞いたソーマは、すぐさま身を退く。そして、その次の瞬間、スナイパーの銃身にあるまじき速度でレーザーがコンゴウの身体に撃ち込まれていく。

 

 

 

1発。

表面を抉る。

 

2発。

初弾と同じ位置に着弾。更に抉る。

 

3発。

表層が結合崩壊。体液が噴き出す。

 

4発。

更に周囲の組織を破壊。傷を拡げる。

 

5発。

肉を抉る。

 

6発。

更に深く肉を抉る。

 

7発。

体液が飛沫をあげる。

 

8発。

コンゴウ、痙攣。

 

9発。

更に痙攣。

 

 

 

「______Пошли На Фуй(失せろカス)」     

 

 

 

 

 

10発目の銃声が木霊した。

 

 

コンゴウの胴体には、人間1人が潜れそうなくらいの穴がポッカリと穿たれていた。

 

 

「あぁ、やっちまった、コアも消えたか」

 

 

 

 

 

 

 

_____コンゴウ、絶命。

 

 

 

 

 

 

 

イリヤがそうぼやいた途端に、コンゴウのボディが黒い粒子となって風に吹かれて原形の輪郭を崩していく。まるで、砂で造り上げた城が風化して姿を消していくように。

 

 

 

「オイ」

 

 

 

輪郭が崩壊していくコンゴウの屍をぼんやりと眺めていると、いつの間にかソーマがイリヤの後ろに立っていた。

 

 

 

「新入り、テメェ、言ったよな? 出しゃばんじゃねぇって」

 

 

 

また胸ぐらを掴まれる。

 

 

 

「まぁ、仕方ねぇだろ? 散歩してる途中で出くわしたんだからさ。つぅか、もう1体はどうしたんだよ」

 

 

「とっくに殺した」

 

 

「おぉ凄ぇ!」

 

 

「テメェ、ふざけんじゃねぇぞ」

 

 

イリヤは口を噤んだ。ソーマの瞳が、彼が思っている以上に重たく濁り、そして真剣な光を鈍く放っていたから。

 

 

 

「もう、金輪際、俺に関わるんじゃねぇ」

 

 

ソーマの声は、悲痛だった。

 

 

「『死にたくねぇならな』ってか?」

 

 

 

だから、イリヤはそれが気に入らなかった。

 

 

 

「俺はまだ死んでねぇぞ? お前に助けられたってのもあるが、まぁそれでも死んでねぇことに変わりはねぇ」

 

 

 

 

イリヤは、何となく察しがついた。

 

 

ソーマは、単に他人が恐いのだ。自分と一緒にいて、今も生き残っている人が余りにも少ないから。自分と一緒にいた誰かが、目の前で死んでいくから。

 

 

目の前で誰かが死んで、そのたびに死神と貶されるくらいなら、いっそ関わりを絶てば良い。だから、他人も自分に関わるな。

 

 

ソーマは、ただそこに逃げ込んでいるだけなのだ。自分の近くにいた誰かが死ぬのを見たくないから。

 

 

 

それを間違っていると言うつもりは全く無い。

 

 

 

むしろ、イリヤはソーマが何を怖がっているのか、何を嫌っているのかが手に取るように分かるから、それを否定しようとも思わない。何せ、今の自分だってソーマに説教を垂れられるほどじゃないから。

 

 

 

だが、それでも1つだけ気に入らなかった。

 

 

 

「お前といたらソイツが死ぬって言う、その辺な思い込みはやめろ。不愉快だ。俺はまだ良い。どうせ簡単に死ぬつもりはねぇからな。だが、エリックさんはどうなんだよ。あの人と付き合い長ぇんだろ? 流石に失礼だ」

 

 

 

 

 

 

だから、俺に関わると死ぬ、なんて口にすんな。

 

 

 

 

 

胸ぐらを掴んでいたソーマの手が急に放されて、イリヤはその場に尻餅をついた。

 

 

「チッ____戻るぞ。それと___」

 

 

 

 

 

_______それでも俺に関わるな

 

 

 

 

 

ソーマは静にそう言い放って、イリヤに背を向けて歩き出した。

 

 

 

「流石に、新入りがチョコッと何か言っただけで変わるわけねぇか」

 

 

 

気長に付き合うか、と独り言ちながら立ち上がりイリヤもソーマの後を追った。

 

 

 

 

 



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I Hate Myself


何もかもが憎い。

ソーマの心の闇は深い___


 

薄暗い部屋。壁には無数の斬撃痕と銃弾痕が穿たれており、スクリーンにも数カ所穴が開いていた。床には拳銃弾の薬莢と空になったマガジンが無造作に打ち捨てられている。家具らしい物もあるにはあるが、それらは本来の用途を発揮していない。

 

椅子だろうが、テーブルだろうが、ベッドだろうが。ほとんどの家具には、今まで使ってきた神機のブレードパーツが無造作に放置されていた。

 

その部屋を一言で表現するなら、荒れている、と言うところに落ち着くだろうか。

 

そんな薄暗い空間の中で、ガンッ、と人が住む部屋にはあるまじき鈍い音が響いた。

 

 

「……クソっ!」

 

 

音を響かせた張本人___ソーマはそう吐き捨てながら壁にもたれ床に座り込む。

 

蹴りつけた壁がへこんでいる。この部屋に新しく刻まれたソーマの感情だ。

 

彼は、不愉快な気分だった。

 

何がソーマを不愉快にさせているのか。

 

それは、イリヤと言う男の存在だ。

 

思い出せば出すほどに腹が立つ。自分のことをどうとも思っていないと言うあの態度が。

 

挑発的な、あの喋り方が。

 

自分と同じ土俵に立とうとするあの男の神経が。

 

イリヤという男の存在が、ソーマの心をとことん不愉快にさせる。

 

 

 

そもそも、ソーマという青年は“ニンゲン”が嫌いだ。おもむろ憎んでいる、と言っても良い。いつからそう思うようになったのかは覚えていないが。

 

 

ソーマの出生はかなり特異なものだ。ある意味で言って試験管ベイビーと呼んでも間違いでは無い。

 

 

ソーマは簡単に言えば、彼は両親の愛故に産まれた子供では無い。人類の希望となることを前提に発生させられた、いわば生物兵器として望まれた存在だ。

 

彼は幼少の頃から、同世代のニンゲンとの関わりが無かった。代わりに、自分に兵器としての強さを求め続けるニンゲンに囲まれて育った。

 

 

 

 

 

___お前が人類の希望なのだ

 

___アラガミを殺すために産まれたのだよ

 

___君はヒトという種を超越している

 

 

 

 

 

 

___アラガミをこの世から抹殺しろ。それがお前に与えられた運命だ

 

 

 

 

 

 

 

彼の心などには一切関心を向けずに、周囲はただ力の象徴としての彼を望んだ。

 

そして、13歳のとき、彼は兵器としての真価を発揮させる。

 

神機使いになったのだ。

 

その戦果は、彼の幼少期を囲っていたニンゲン達にとっては、それはもう興奮を抑えきれないほどのものだった。

 

単独での戦闘能力は並の神機使い10人分に匹敵し、また通常の神機使いとは全く異なるプロセスで産まれた彼は、身体の組成からして普通では無かった。

 

ただ、普通では無かった。

 

それだけだったのだ。

 

いつの日からだろうか。

 

彼は極東支部の神機使いとして戦果を上げていく最中、周囲から畏怖の目で見られるようになったのは。

 

 

いつからだっただろうか。

 

 

彼が“死神”と呼ばれ周囲から忌み嫌われるようになったのは。

 

 

ソーマは自分のことを力としてしか認識していなかったニンゲンに囲まれて育ってきた。

 

 

そして、次にソーマの周囲を囲んでいたのは、彼を“化け物”、“死神”と嫌悪するニンゲン達だった。

 

 

思えば、そのときからだったのだろう。

 

 

ソーマは、自分自身のことをバケモノだと自称するようになったのは。

 

 

そのときからだったのだろう。

 

 

バケモノという視点から、ニンゲンを蔑視するようになったのは

 

 

 

 

 

___オレはお前等とは違う

 

 

___バケモノのオレに関わるな

 

 

___オレに近付くな

 

 

 

 

 

彼はニンゲンを拒むようになった。

 

 

自身のことをバケモノと貶すニンゲンを憎むようになった。自身を取り巻く、全てのニンゲンが憎くて憎くてしかたがなくなった。

 

 

いつの間にか、彼の近くにいたニンゲンは既にほとんどがいなくなっていた。

 

 

周囲は更に彼を畏れた。

 

 

死神のあだ名が定着した。

 

 

ほとんどのニンゲンが、自分のことをヒトとして扱ってくれなかった。

 

 

扱って欲しい、と言う欲求でさえ無くなっていたのだからソーマの心も、その時点で固く閉ざされていたのだろう。

 

 

 

だから。

 

 

 

あの任務へ行く途中。輸送ヘリの中でイリヤが見せた、自分に対する純粋な殺意が___

 

 

 

 

 

 

 

 

_____恐かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、恐かったのだ。

 

 

蔑視していたはずのニンゲンに向けられた殺意が、どうしようも無く恐かったのだ。

 

 

だから、ソーマは苛立った。

 

 

心のどかで見下していたはずのニンゲンが、自分と同じ土俵に上がってきたことが。面白くなかった。

 

自分のことを、肯定も否定もしないイリヤの不気味とさえ言えるあの態度が、気に入らなかった。

 

 

全てを見透かしたような、あの目が憎かった。

 

 

そのことに、何だか自分がコケにされたような気分になり、そしてそんな風に感じられる自尊心だけが健在な自分に腹が立った。

 

 

「___クソっ」

 

 

ぶつける場所すら分からなくなった苛立ちは、心の中を彷徨って、結果的に罵声を吐き捨てるところで落ちつく。だが、相手のいない罵声など虚しい独り言とさして変わらない。

 

心の中にはモヤモヤが溜まったままだ。

 

 

 

 

___おい、バケモノだ

 

___アイツに近寄るな。厄もらうぞ

 

___またアイツと一緒に行った奴が死んだんだとよ。どれだけ死なせば気が済むんだ

 

___なぁ、うぜぇ奴とかをアイツと無理矢理一緒の任務に行かせるってのはどうだ? アラガミは討伐される。うざい奴は消える。どうだ? 皆ハッピーじゃねぇか!

 

___お? 死神サマ~ってか?

 

___ゲスイこと考えるなぁ、お前

 

___でも、それくらいでしか役に立たねぇだろ

 

___違ぇねぇな

 

___死神とハサミは使いよう、だな

 

 

 

 

 

 

ニンゲンの声が次々と蘇ってくる。

 

自分を忌み嫌うニンゲンの声が。彼自身が憎むニンゲンの声が。

 

彼の頭の中を駆けずり回って、彼の中のバケモノを責め立てる。

 

 

___また死んだんだとよ。アイツ、これで何人目だ? 誰か数えてねぇか?

 

 

(………煩ぇよ……)

 

 

___アイツまだ生きてんのか?

 

___違ぇよ、死人の数だけ長生きすんだよ

 

___はっ、流石死神だな

 

 

 

(……………黙れ)

 

 

 

___ソーマ

 

 

 

(やめろ)

 

 

 

___『死にたくねぇならな』ってか?

 

 

 

(黙れ)

 

 

 

 

___お前といたらソイツが死ぬって言う、その辺な思い込みはやめろ。不愉快だ

 

 

 

 

 

 

「_____っ!! 黙れえぇぇっ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

手元に落ちていた拳銃を拾い上げて、めくらめっぽうに撃ちまくる。

 

 

 

 

弾は、6発しか込められていなかった。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ………」

 

 

 

クソっ、と吐き捨てながら手にした拳銃を反対側の壁に向かって投げつける。

 

 

 

ろくな手入れを受けていないその拳銃は、虚しい音を立てて壁にぶつかり、その衝撃でバラバラに分解した。

 

 

 

 

床に落ちていたボロボロのヘットフォンを耳につける。音楽は流れない。

 

 

 

だが、これで少しは楽になれる。

 

 

 

両膝を抱え込み、全てを拒む。

 

 

音も、匂いも、色も、温度も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___本当に拒みたいのはバケモノの彼自身だ     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





書いてて、作者自身が陰鬱になるという事件(白目)

原作ソーマってもう少しマシだったはずなんだけどなぁ……ここまで酷いキャラじゃ無かったはずなんだけどなぁ(遠い目)


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ピースは揃う


そして、物語のピースは揃った。

果たして、パズルは何を描くのか___


廃寺エリア。任務区域から少し外れた撤退用の退路を2人の神機使いの男が必死に走っていた。

 

通常はアラガミを任務区域___つまり通常のエリアに誘導してから討伐任務を発行する。この2人の男は、その誘導するべきアラガミから逃走している。

 

服は所々が焦げていたり、破れていたり。片方の男は左肩から血を流し、もう片方の男は背中に3条の鋭い裂傷を背負っている。2人が滴り流す血液が、道標の如く彼等が走ってきた路を汚していく。

 

真っ白な大地に、鮮やかな赤、赤、赤___

 

まるで赤い水玉模様のようだが、現状はそんな朗らかなものでは無い。

 

本物の、死活問題だ。

 

「畜生……畜生……!」

 

背中の傷の男が、泣きそうな声で喚く。

傷の深さが、彼の生きる気力を自身の血液と共に外へと流し出していく。

 

「……大丈夫だ……あともう一息なんだ、耐えろ!」

 

左肩の傷の男が、今にも生き延びることを諦めようとしそうな男を、冷静に、必死に鼓舞する。否、冷静は偽りだ。それを装って、その実内心では相方と同じくらいに絶望している。

 

          ・・・

(畜生! 何だってんだアイツは……!?)

 

2人は“ヴァジュラのような何か”に追われていた。

 

 

本当は彼等は、2人では無く3人だった。

 

彼等の所属は、ナンバー部隊では無く偵察部隊だ。その任務は先に挙げたように、任務区域外のアラガミを捕捉、そのアラガミを任務区域に誘導することだ。

 

今回の彼等に与えられていた任務。それは、討伐の確認がされずに消息を絶ったヴァジュラの再捕捉だった。いつだったか、廃寺エリアに侵入規制をかけていたあのヴァジュラ。あれのことだ。

 

 

「……見えた!」

 

少し開けた場所に、ブラックホークがスタンバイしていた。いつでも飛べる状態だ。

 

 

 

だが___

 

 

 

 

 

 

 

 

___絶望とは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今そこにある望みを絶つからこそ絶望なのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の目の前で、機体が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 

爆風で飛び散った破片が、2人を襲う。小さな金属片が背中の傷の男の頬をかすめ、肉を深く抉る。

 

 

背後からの、咆哮。

 

 

2人の心臓が、鼓動を跳ね上がらせた。

 

 

ジワリ、と滲み出る汗。それは、負傷のショックから来る脂汗ではなく、純粋な生命の危機を悟った冷たい汗。

 

 

恒温動物は自身の命の危機を悟ったとき自ら体温を下げると言われている。ならば、この2人もその例に漏れないのであろう。背筋が、身体の底から、訳の分からない生理的に嫌な寒気を感じたのだから。

 

 

 

「畜生……畜、生………ちく……しょ………」

 

 

 

ガタガタと震えが止まらない。

 

 

身体を支配する感情は、恐怖。

 

 

 

 

死ぬと身体が分かっている、奇妙な感覚。

 

 

 

 

「やるっきゃ……ねぇのかよ」

 

 

 

左肩から溢れる液体が、腕を伝い、指先へと溜まり、含みきれなくなって地に落ちる。さび付いた歯車のように、ぎこちなく身体を振り向かせる。

 

 

咆哮。

 

 

 

 

それと同時に視界が真っ黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

(え……?)

 

 

 

奈落に落ちる直前、ほんの一瞬、赤が視界の端をかすめたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___……Οдин……Два……Три………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________

  ___________________

 

 

 

 

 

「_____だってさ。ヤバいよな」

 

「悪ぃ、途中から聞いてなかった」

 

エントランス2階のソファ。イリヤのお気に入りのスペースで、イリヤはコウタが聞いた噂話を聞いていたはずなのだが、途中から全く聞いていなかった。

 

コウタの口から“ヴァジュラ”の名前を聞いた瞬間、胸がジクリと鈍く痛んだ。

 

イリヤに植え付けられたトラウマの根深さがそれで分かる。

 

「いや、だからさ。ある意味精鋭揃いの偵察部隊が3人のチームで任務に行ったら、1人が喰われて、残りが重症になって帰ってきたんだってさ」

 

「任務内容は何だ?」

 

「詳しいことは知らないよ。ただ、廃寺エリアのあたりで行方が分からなくなってたヴァジュラを探してたんだってさ」

 

「……なるほど」

 

状況はなんとなく理解できた。

 

「あと何だっけなあ~……比較的マシだった方の隊員が何かを聞いたって話なんだよな……何だっけ?」

 

コウタが、忘れてしまった内容を必死に思い出そうとして、ぐぬぬと唸る。大変失礼なことだが、その姿は普段のコウタには似つかわしくない。イリヤの中のコウタ像は、言葉を選ばなければアホの子の一言に尽きる。コウタは、ノリと明るさだけで充分だ。

 

「無理に思い出さなくても良いんじゃねぇか?」     

「いや、あともうちょっとで出てきそうなんだ」

 

「俺には煙が出そうに見える」

 

「酷くねぇ!?」

 

コウタが訴えてくるが、そこは軽くスルー。コウタにはこれくらいの扱いが丁度良いのだ。

 

「んで? そのマシだった奴が聞いたってのは何なんだ? アラガミの鳴き声とか言ったらはっ倒すぞ?」

 

「いや、そんなんじゃなくてさ。女の声だったって話だったような………あじん? だったかな。駄目だ、ちゃんと思い出せねぇや」

 

「あじん?」

 

イリヤはその単語を聞いたとき、酷く懐かしい感覚を覚えた。何せ、その発音は彼の母国語にも全く同じものが有るのだ。

 

Οдин___アジン___ロシア語で、1。

 

となると、思い当たる節がある。

 

「Οдин Два Три………か?」

 

「あ! そうそう、それだよそれ! アジン、ドゥバ、トゥリー! どうして分かったんだ?」

 

「まぁ、な。俺の母国語だよ。ちなみにそれは1、2、3って意味だ」

 

「凄ぇ……え? じゃあ何でイリヤって日本語ペラペラなんだ?」

 

「……気にすんな。また煙り出るぞ」

 

「出してないから! 煙!!」

 

またコウタが必死な顔で訴えてくるが、またもやスルー。まともに受け答えするだけ時間の無駄だ、と言えば言い過ぎなのか。

 

だが、そんなことはイリヤにとってはどうでも良い。それよりも、何でその男がロシア語を耳にしたのかの方が気になる。この土地に来てからかなり長い間耳にすることの無かった母国語を久々に聞いた瞬間、どう言うわけかイリヤは酷く微妙な気分になった。

 

理由はよく分からない。ただ、何となく、そう感じたのだ。

 

(偵察部隊をほぼ壊滅させたヴァジュラと、生き残りが聞いたロシア語、か)

 

「あ、そうそう。ヴァジュラも何か普通の奴じゃ無かったらしいぜ。まぁそうだよなあ。じゃないと、偵察部隊の人達がやられるわけ無いしなあ」

 

偵察部隊は、ナンバー部隊の隊員以上に戦技に長けた精鋭だけで構成されている。神機使いが戦いやすい通常エリアよりも更に過酷でアラガミに都合の良い区域で活動している。そのため任務中での死亡率もだんとつで高い。

 

だが、構成メンバーはそれぞれ単独での戦闘能力はもちろんチーム戦での戦闘能力は極東第1部隊と互角かそれ以上とされている。

 

つまり、チームでヴァジュラに挑んだら例え負傷者が出たとしても派遣部隊壊滅と言う事態はほぼあり得ないのだ。

即ち、彼等が相手にしたヴァジュラ___果たして本当にヴァジュラなのかも怪しいが___がどれほどに強力な存在だったのかを、逆説的に物語る。

 

 

「普通の奴じゃ無い、ねぇ……」

 

 

それが一体どんな正体なのかは分からないが。

 

 

 

イリヤは嫌な胸騒ぎを、ただの気のせいだと流すことが出来ないでいた。

 

 

 

 

 







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銀色の棘


揃ったピースはあるべき形を目指して動き出す

それが例えどんな過程であろうとも

形をなすその日まで、ずっと____


不穏な噂を耳にした数日後の朝だった。

 

 

「本日付でこちらに所属することになりました。アリサ・イリニーチナ・アミエーラです」

 

 

イリヤを始め、ツバキによりエントランスロビーに集合させられた第1部隊のメンバーの目の前には、そう名乗る少女が立っていた。

 

青く冷たい瞳。肩まで伸びた銀色の髪。ともすれば無機質にも見える色素の薄い白い肌。

 

一言で言えば、美しい方の少女だ。

 

「女の子ならいつでも大歓迎だよ!」

 

コウタが、恐らく本音半分相手の緊張を解く心意気半分のいつもよりも更にやや明るめの口調でそう言う。

 

本音は下心に塗れているが、それでも相手を気遣う優しさが半分も入り交じるあたりが、コウタという少年の無邪気な優しさだ。

 

 

 

___だが

 

 

 

「………良くそんな浮ついた考えで、今まで生き残れてきましたね」

 

 

一瞬、場の空気が凍り付く。

 

侮蔑の色を濃密に含んだ、相手の神経を逆なでするくらいの冷たい声。それも、自分は正しいと本気で信じている類いの、芯の通った声だ。

 

そんな中。彼女のその傲慢とも言える物言いに、イリヤは密かに眉をよせた。それは、勿論その態度に対する苛立ちも含まれている。だが、それだけでは無かった。彼の中で、何かが引っかかるのだ。

 

頭の中によぎる思いは、“そんなことを言うような奴じゃ無いのに”と言う、何故か彼女を知っている体の変な直感じみたものだ。

 

事実、イリヤは彼女を知っている気がしているのだ。それも、過去にどこかで会ったことがあるとかそう言うのでは無く、もっと身近な存在として知っていた気がする、と言うスッキリしない宙ぶらりんのもの。

 

しかし、彼の記憶の限りでは、彼女に会ったことなど一度も無い。

 

「彼女は、実戦経験こそ少ないが演習などでは優秀な成績を修めている。各人、くれぐれも抜かれることの無いように精進しろ。アリサはしばらくの間リンドウの指揮下に入れ___それから、イリヤ2等兵」

 

ツバキの自分の名を呼ぶ声に、イリヤは現実に意識を引き戻された。無論、それを悟らせるようなことはしない。

 

「はい、イリヤ2等兵」

 

「貴様は、極東支部において唯一新型の先輩だ。彼女をサポートしてやれ」

 

「……了解」

 

面倒臭ぇ、と本心では思うものの。それでも、何故か拒否するという選択肢は出てこなかった。それが上官の命令だから、なのかそれともごくごく個人的な感情に由来しているのかは、イリヤ自身にも分からないが。

 

ただ、どっちにしろ彼女を放っておけない、と言う感情が介入してきたことには変わらない。

 

 

その後、命令下達が終わり場は解散となった。

 

 

イリヤとアリサはリンドウの指揮下で任務へ出撃。コウタは防衛班と合流して、巡回任務。サクヤ、ソーマは即応大樹要員に指定。

 

「イリヤ、先に任務受注手続き済ませといてくれ。名義は俺の名前で良い」

 

俺はちょっと用事済ませてから合流だ、とリンドウは言い残してその場を後にした。

 

 

「___あなたが極東唯一の新型の人ですか?」

 

 

いつの間にか周囲の人間がどこかへと消え、2人きりになったとき、彼女___アリサが話しかけてきた。

 

「……ああ。つっても、俺が使ってるのは正統派じゃねぇがな」

 

「あのコウタとか言う人よりかは真面目そうで良かったです。……あの、名前は?」

 

「イリヤ。イリヤ・アクロワ。アンタと同じロシア人だ。呼ぶときはイリヤで構わねぇ。よろしくな」

 

彼が自分の名を名乗ったとき、アリサは怪訝な顔をした。それに気付かないようなイリヤでは無く、どうかしたか、と表情と仕草で訊く。

 

「いえ、あの……あなたは男の方、ですよね?」

 

「……俺が女に見えるか?」

 

「黙っていれば割と見えなくも無いです」

 

その評価に、イリヤは少し不愉快になるがそれはこの際置いておく。それよりも、どうしてそんなことを訊いたのか。彼はそっちの方が気になった。

 

「いえ、その……何だかとても女性的な雰囲気だったので、つい……変なことを訊いてすみません」

 

 

ぺこりと頭を下げる彼女に対して。

 

咄嗟に気にするな、とは言えなかった。

 

 

「………とりあえずよろしくな」

 

その場しのぎのために、無理矢理話を切り落とす。脈絡も無く、唐突に手を差し出す。

 

 

「……新型同士とは言えあまり気安い態度を取らないで下さい」

 

 

思いの外はっきりとした拒否。結局、ぎこちなく差し出した手は握り返されることも無く不格好に引っ込めることとなった。

 

(……感じ悪ぃな)

 

流石のイリヤも、正直にそう感ぜざるを得なかった。アリサという少女は、それほどに無差別に棘を突きだしているのだ。

 

それでも。

 

敵じゃねぇなら構わねぇか、とばっさりと切り捨てられるあたりがイリヤの冷たさであり、そして強さでもある。今回もその彼の強みをいかんなく発揮することで、アリサに対する関心を必要最低限に削る。

 

今までもそうして、自分を守ってきた。

 

そして、イリヤとアリサの間にほんの僅かな壁が張り巡らされる。それは、きっとイリヤにしか気づけないほどに薄く、そしてやたらに強固な壁だ。

 

(ま、任務中は変なこともしねぇだろ)

 

気まずい沈黙の中で、イリヤはそう願っていた。

 




本当にお久しぶりです。

生きてましたよ、生きてましたとも!

ここ最近、仕事が過剰に忙しすぎて全然執筆すら出来ませんでした(TOT)

次の更新は出来るだけ早めになるように努力します



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人の背後は見えにくい 前

イリヤ、リンドウ、アリサをのせた輸送ヘリコプター。ブラックホーク。その機体が目指す先は贖罪の街。

 

再編成された偵察部隊が早速持ち込んできた任務は、その贖罪の街で確認されたヒト型アラガミ“シユウ”、それの討伐だ。

 

急遽持ち込まれた任務故に、ヘリの中でミッションブリーフィングを行う。

 

とは言え、リンドウが仕切るそれは言うほど長くも形式張ってもいない、優しく言って緩い物だが。

 

「あー、今回相手にするのはシユウだ。コイツの特性は……そうだな、アリサ君。答えてみたまえ」

 

若干胡散臭い講師風の口調でアリサに話を振る。

 

当の彼女自身は、何で私が、と表情で非難しているが、それでも律儀に頭の中にある知識を引き出してくる。

 

「シユウ。数あるアラガミの中でも珍しくヒト型の形態を持つタイプで、大きな特徴は大きな翼を持ち飛行能力を獲得していることです。また、徒手による白兵戦や光弾を撃ち出す能力も持ち合わせており、オールレンジに対応した戦闘能力、加えて高い機動性を持ち合わせた難易度の高い敵である、と言えます」

 

ノルンのデータベースや、神機使いの教範に載っている情報を、淀みなくスラスラと並べていく。

 

まるで優等生だな、とイリヤは彼女の言葉を聞き流しながらそう感じた。

 

と、同時に意味記憶と言うよりも手続き記憶のような調子___つまりはただ刷り込まれた文章をそのまま朗読しているだけのような、上辺だけの文章を聞かされたような感覚も覚える。

 

そんな感想をよそに、話は進む。

 

「全く以てその通りだ。素晴らしいぞアリサ君。まぁ、要は飛んだり飛び道具も使いこなせる、ガタイのデカい厄介な格闘家、みたいなもんだ」

 

1つ言い終えてから、懐からタバコを出して火をつけようとライターを構える。

 

が。

 

「機内は火気厳禁です」

 

ピシャリ、正にその表現がピッタリと合う口調でアリサはリンドウに言う。

 

その様子に、生真面目、のレッテルも付け加えながらイリヤはやはり優等生みてぇだな、と若干やさぐれた心持ちでそんなことを感じていた。

 

何故無関心を念じながらも彼女に絡むような思考になるのか、そこに疑問は感じてしまうがそれを無理矢理飲み込む。

 

「しゃあねぇなぁ……」

 

苦笑いを漏らすリンドウは、素直にタバコとライターをしまう。

 

「実際吸えるほど時間も無かったみたいだしな」

 

いつの間にか高度を下げていたブラックホークのハッチが開くのと、彼ら3人が各々の神機を掴んだのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

降り立った3人を迎えるのは、荒廃し生きる力を失った街だけが持つ独特の空気だった。

 

圧倒的なまでの、拒絶。

 

もはや、人が立ち入って良い場所ではないのだ、と雰囲気が物語っている。だが、この街に降り立った3人にはそんなことは関係が無い。

 

「おぉ、よくよく考えると今回の任務は同行者が2人とも新型だったんだよなぁ~。オッサンも足引っ張らないように頑張らねぇとな!」

 

本意はどうであれ、実戦慣れしていない2人、特にアリサを気遣った発言。無論、リンドウが足を引っ張るわけが無い。彼は、今や本部でも名が通った生ける伝説のゴッドイーターで、むしろイリヤやアリサの方が実力も経験も大きく後れをとっている。

 

しかし、その事実を釜の底というか釜の存在そのものから忘れきっているアリサには、全く以て通じることも無く。

 

「旧型は旧型なりの仕事をして頂ければ良いと思います」

 

無感情ではなく、どちらかと言えば冷たく蔑ずんだような口調でそう言い放った。

 

その、当たり前のことを言ったまでですが、と言わんばかりの物言いを前にイリヤもリンドウも思わず目をパチクリさせてしまう。

 

イリヤからしてみれば、何言ってんだコイツ、である。まるで、新型こそ最強でその最強を操れる私が全て正しいのだ、と言わんばかりの態度。実際彼女の中ではその通りなのだろう。

 

現実がどうかは別だが。

 

彼女の口調からは、第1世代機を操る神機使いに対する明らかな侮蔑が顕在しているのだ。

 

彼女の物言いに、確かな苛立ちを感じるイリヤだがしかしリンドウはそうではなかった。

 

「ハハッ、まぁ気楽にやらせてもらうさ」

 

何も気にした様子も無く、そして気負ったような雰囲気も無くそう告げる。そして、すれ違い様にアリサの肩をぽんと叩いたときだった。

 

「キャアっ!?」

 

まるで暴力を振るわれそうになった少女のような、切実さを孕んだ悲鳴が木霊した。

 

さすがのリンドウも、これには本気で驚いた様子で。

 

ぽかんとした表情をしつつも、

 

「……なかなか嫌われたもんだな」

 

と乾いた嗤いと共に呟くだけだ。

 

そして、何よりも場の空気を釈然としないようにしているのが、先程の悲鳴を上げた本人であるアリサで。

 

「え? あれ……え?」

 

何故自分が、あんなにも過剰に拒否を示したのかを理解できていない様子で、相当に困惑しているのが端から見ていてもよく分かる。

 

その様子を見ながらイリヤは

 

(ワケあり、って感じか)

 

と彼女の裏側を何となく察していた。

 

「アリサ」

 

スッと、困惑していた空気を引き締める声が響く。

 

紛れもないリンドウの声だった。

 

「こう言うときはな、空を見るんだ。そんで動物に似た雲を探せ。そいつを見つけたら、俺たちに合流しろ」

 

リンドウの間合いとアリサの間合いが丁度触れあうだけの距離から、彼はそう支持した。

 

「何で私がそんなことをっ」

 

「これは命令だ、良いからさっさと探せ」

 

彼女の抗議には目もくれず、ジェスチャーだけでイリヤを伴わせて、リンドウは歩き出す。

 

もう数メートル離れた背後では、アリサが文句ありげな表情をしながらも律儀に空を見上げて、必死に雲を探していた。

 

今日は快晴。雲は少ない。

 

動物に似た雲を探し出すのには少し時間がかかりそうだ、と言うのは誰の目にも明白だ。

 

と、唐突にリンドウが、耳打ちに近い声で告げてきた。

 

「あのアリサだがな。実はワケありらしい。どうにも精神的に不安定なところがあるみたいでな、今でも専属の医者から定期的にメンタルケアをしてもらっているみたいなんだ」

 

それを聞いてイリヤは自分の直感が正しかったと知る。

 

「あいつの変に高飛車な態度もそれに起因してるんじゃねぇか、と俺は考えてる。まぁ、こんなご時世だ。まともな奴の方が少ねぇさ」

 

だから、あいつに壁を作るのはまだ待ってやってくれ、と陽気に言いながらリンドウはイリヤの肩を叩く。

 

(見抜かれてたのか)

 

どうあっても、この人には叶わねぇだろうなと感じながらイリヤはリンドウの後ろに続く。

 

倒すべき敵は、すぐそこまで近づいていた。

 




大変長らくお待たせしました!

アギョーです!

生きていましたよ。逃げては。。。いたけど何とか這い戻ってきました!!

失望されていた方もおられるかも知れません、ずっと待っていて下さった方もおられるかも知れません。

逃げずに、最後まで走りきります。

ですので、皆様、どうか応援の程よろしくお願いします


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人の背後は見えにくい 後

 

イリヤとリンドウが教会前の広場を、フォーメーションを組みながら索敵前進しているときだった。

 

「ま、待って下さい!!」

 

少し息を切らせたアリサが後ろから追いかけてきた。恐らく、何かしら動物に見える雲を見つけたは良いが、合流するべき自分達がどこにいるのか分からなくてあちこち駆け回ったのだろう、とイリヤは予想する。その正否自体は彼にとってどうでも良いことだが。

 

「お、どんな雲を見つけたんだ?」

 

イリヤの内へこもっていく思考とは全く別に、リンドウが興味本位で彼らに追いついたアリサに訊ねる。

 

「えぇと、アレです……高級毛皮の穴を掘って地面で生活してる……」

 

すぐに息を整えた彼女は、次に自分が見つけた雲がどの動物に見えたのかを思い出そうと頭をひねらせる。

 

「……モグラのことか?」

 

イリヤが、アリサが口にしていたキーワードからふと思い当たった名前を何の気無しに口にすると。

 

「そう、それです!!」

 

食いつかんばかりの勢いで肯定する。

 

その勢いに若干引き気味になるイリヤであったが、不意に自身の背中に得体の知れない感覚を覚え、唐突に戦闘態勢に構える。

 

「え?」

 

イリヤの態度の急変ぶりについて行けないアリサだが、リンドウは違った。

 

「正解だ、新入り1号」

 

リンドウの眼差しも、鋭く細められている。

 

ようやく2人が敵の気配に気付いたのだとアリサは悟り、同じく神機を構える。

 

イリヤは、今はもうビリビリと殺気を感じる程に明らかになった敵の気配、その出所を探る。

 

どこにいる......? 頭の中でそう思った時。

 

不意に、周囲に影が差した。

 

誰よりも先に反応したのは、ベテランであるリンドウだった。

 

「お前ら、散れ!!」

 

イリヤとアリサは、その声に反射で反応しその場を飛び退く。

 

刹那、ズドンと言う何か大きな物が地面に打ち込まれたような震動と共に砂埃が周囲を包み込む。

 

目をこらして、砂埃の中心部を睨み付ける。

 

(出てきやがれ…...!)

 

神機の柄を握りしめる。

 

ぼんやりと黒い影が滲み出てきたときだった。

 

「!! アリサ! 避けろ!!!」

 

影が動くのとリンドウの警告はほぼ同時だった。

 

すると、掠め切られるような鋭い風と共に宙を舞う砂埃が一気に消し飛ばされる。そこから間髪いれずに、響くかん高い防御音。

 

「くぅっ……!!!」

 

衝撃の強さにアリサが呻く。

 

イリヤとリンドウは、アリサにも気を配りつつその後方で悠然と構えている敵___シユウを視線で捉える。

 

シユウは、まるでマントについたほこりを払う仕草のように大きな翼をばたつかせる。

 

「俺とイリヤが切り込む。アリサはそれをバックアップしろ。何、ヤバいと思ったら隠れりゃ良いさ」

 

リンドウが、いつもと変わらない気さくな調子で指示を飛ばす。

 

さあ来い、と言わんばかりのシユウ。

 

それを狩り殺さんと気迫を研ぎ澄ませてゆく3人。

 

熱い砂を孕んだ風が、彼我の間を吹き抜ける。

 

「......来るぞ」

 

 

 

 

何の前触れも無く、火蓋は切られた。

 

 

 

 

先手を切ったのはシユウ。遠い間合いを、滑空で一気に詰めてくる。狙われたのはイリヤ。

 

「ふんっ」

 

展開した盾に、予想できないほどの衝撃が走る。

 

防御、成功。

 

しかし、それ以上に思ったよりも大きくスタミナを削られる。

 

(クソ重てぇな、野郎ォ)

 

両腕と脚が、じんじんと痺れる。

 

盾による防御で勢いを殺されたシユウは、イリヤから6メートルほど離れた場所で体制を整えていた。

 

普通の人間にしてみれば充分に遠すぎる間合いだが、ゴッドイーターの常人を遙かに上回る身体能の前には近閒も良いところ。

 

(お返しだ!!!)

 

イリヤが斬りかかる。

 

姿勢を前傾に倒し、一気に距離を詰め、スライドステップを踏んでシユウの足下を一瞬ですり抜ける。すれ違い様に、シノのブレードパーツ“ギルティーナ”を横凪に振るい、シユウの表面を削る。

 

手応えは、やはり浅い。

 

(もういっちょ!!!)

 

すぐに反転して、再度シユウへ急接近。

 

1擊目と同じ要領で、シユウに切り込む。

 

シユウの注意が、イリヤに張り付く。

 

イリヤは、背中に感じる殺気の強さで自身が狙われていることを悟る。

 

 

                      

しかし、それは彼にとっては多少問題があっても彼等にとってはむしろ思惑通りの展開だ。

 

 

 

「おら! 背中がガラ空きだっ!!」

 

シユウの死角に入り込み続けていたリンドウが、ここぞとばかりに飛びかかる。

 

その手に握るのは、ブラッドサージ。

 

獲物の血を潤滑油とする、神を喰らうチェーンソー。

 

その刃が、シユウの翼の付け根を深く切り裂く。

 

アラガミの体液が弾けるように咲き、リンドウを赤黒く濡らす。

 

着地と同時に、更にシユウの脚の裏側を切り刻んでいく。金属板を切りつけるような手応えが、柄を通してリンドウに伝わる。

 

だが、彼は手を緩めない。

 

むしろ、切りつける速度を増していきシユウをその場に釘付けにする。

 

「オラオラオラァァア!!!!」

 

手応えの中に、肉を断ち切る感触が混ざり出す。

 

「イリヤ、やれ!!」

 

リンドウはそう叫ぶと同時にシユウから一瞬で距離をとる。そして瞬きの間も無く、イリヤがシノを振りかぶりボロボロに崩壊したシユウの脚部にとどめを刺す。

 

破壊音。

 

シユウ、ダウン状態。

 

片膝立ちの状態で蹲るシユウを、彼等が何もせずに眺めているわけも無く。

 

「アリサ、イリヤ!! ぶっ放せ!!!」

 

リンドウがすかさず2人に指示を出す。

 

がなり立てる銃声。

 

アリサのアヴェンジャー、イリヤのオーカ・ニエーバから数多の殺意を乗せた光が吐き出される。

 

それらは、1つも外れること無くシユウへと吸い込まれる。削られる、敵の表層。確実に減じていく敵の体力。

 

イリヤの頭の中で、そろそろ弾切れになると、感覚が警告を出す。

 

考える間もなく、ガンフォームからブレードフォームに切り替えてシユウへ肉迫する。

 

突然射線上に躍り出たイリヤにアリサは、動揺しつつも射撃を中断。舌打ちをしつつも、同時に彼が何をしようとしているのかを悟り、彼女も神機を変形させる。

 

 

 

イリヤは、ホールドトラップを構えていた。

 

 

 

「……死ぬまで痺れとけ」

 

未だ蹲ったままのシユウに冷たく言い放つ。

 

刹那、シユウの身体に稲妻が走りそして痙攣を起こす。

 

それを確認した瞬間、3人は一気にシユウに取り付き有機的な連携を以てその身体を切り刻んでいく。

 

赤黒い飛沫が舞い、刃にこびりついた肉片が飛び散り、確実にシユウの生命を刈り取っていく。

 

 

 

「これで終いだ!」

 

 

とどめの一撃は、リンドウによる捕食だった。

 

ことごとく剥がされたシユウの表面装甲は、肉の中に埋まるコアを守ることも叶わず、結果呆気なくリンドウによって抜き取られてしまった。

 

コア___シユウをシユウたらしめていた核が無くなり、抜け殻は風化した砂の城のように輪郭を崩していく。

 

彼等に与えられた任務は、達成された。

 

イリヤは、青い空を見上げつつ深呼吸をする。

 

(今日はよく動けた方、だよな...)

 

心の中で、そう呟く。

 

その時だった。

 

「イリヤさん」

 

背後からアリサの声。

 

「あ?」

 

振り向くと同時に。

 

乾いた音と、少し遅れて右頬に痛み。アリサに頬を張られたのだと理解するのに、数秒を要した。

 

「少しはまともな神機使いだと期待していたのですが、全く失望しました。あなた、旧型使い以上に足手まといです」

 

本気で冷たく言い放たれると、そもそも言葉に温度すら感じなくなるのだとこのときイリヤは初めて知った。

 

遠くに、迎えのヘリのローター音が聞こえたが、イリヤには更に遠くのように聞こえていた。

 

 

 




何とか書けた…

キャラクターシート残しといて良かったと、今痛感しておりますww

うーん、それにしてもこれからどんな風に話が転がっていくのやら......


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壁越しの自販機


イリヤの頭痛の種は減らない。

減らしたいが、術も無い。

そんな時___


 

(さて、どうしたもんかねぇ……)

 

イリヤは自室のベッドに腰を下ろし、ため息をつきながらそんなことを思う。

 

その日の勤務時間___一応フェンリルの規定に定められている___は数時間前に終わっていた。

 

髪留めをほどいたら、腰まで届くほどの艶のある薄い金髪。空調機から微かに届く風が、毛先を僅かに揺らす。

 

彼は、今の自分の立ち位置___言い換えれば周囲が自分に抱いている感情だとか評価を頭の中で整理していた。

 

基本的に、彼は周囲の神機使いから嫌われるか敬遠されている。彼に嫌悪感を抱いていない、と断定できるのはリンドウ、サクヤ、コウタ、ミコト、エリック……と神機使いの中でも名指しで数えられるほど。それ以外を含めれば、そこにリッカ、榊博士、ツバキも加えることが出来るがそれでも多くは無い。

 

彼が嫌われている理由は単純。

 

彼の前科___彼が神機使いになる以前に生活していた頃に生きるためやむを得ず繰り返していたフェンリルの物資配給車襲撃___があること、それにも関わらず司法取引で神機使いになる代わりに全てチャラにされる、と言う訳の分からない処遇。

 

噛み砕いて言えば、彼の運が良すぎる事の運びが面白くないのだ。

 

無論、周囲の人間達が彼の前科を正確に知っているわけでは無く、イリヤという人物がかなり歪曲して認識されている、と言うのも状況の悪化に拍車をかけている。

 

 

 

___ここまでが、以前と共通している事項。

 

 

 

変化があったこともある。

 

まず、自身の階級がいつの間にか上等兵に上がっていたこと。つい先日気付いたことで、しかもその前にもいつの間にか1等兵に昇進していたらしい。階級が上がっていたこと自体は悪くないが、せめて事務的手続きもしっかりとこなして欲しいところだ。

 

次に、アリサという呼んでも望んでもいない後輩が出来たこと。しかも、彼女は彼自身のことをかなり蔑視しているのだから、手のつけようが無い。

彼女の件に関しては、彼自身もやや硬化した態度で接しており全てが全て彼女の一方的な云々、とも言い切れない部分がある。

ちなみに、期間をおかずして性急な階級昇任が下されたのは、彼にアリサの教育担当として相応の肩書きを与えるための措置でもあった。

 

ついでに言うと、彼女がアナグラに来てからおおよそ2週間経つが良い噂は聞いていない。ちょくちょく不満やら何やらが彼にも来るが、かと言ってそのことを彼女に指導しようとすればあの手この手で避けられる始末。

 

また、ソーマからも拒絶と敵愾心をむき出しにされている。これについては、やはり心労の一因ではあるがイリヤに落ち度があるわけでも無く、そして何よりも相手の要求が分かり易い分他の面倒な事情よりも幾分対応が容易であるため、差し迫った問題でも無いと言うのが彼の認識だ。

 

 

(何でこう、頭が痛くなるようなことばっか来るんだよチクショウが……)

 

 

一通り整理を付けて、現実に項垂れる。

 

数少ない救いは、来たばっかりの頃と違い味方がちゃんといることだ。もしも、未だに彼が自身の味方を認知できていなかったら___と考えて、最悪な結果を見る。

 

(相談、するべきかねぇ……)

 

誰にだ、と考えて頭をひねる。

 

そもそも、彼が問題だと認識している事柄の内どれを真っ先に解消したい、と言った順位付けがなされていない。

 

どれもどうにかしたいとは思いつつも、しかしその優先順位は曖昧で。

 

そこまで考えて、ふとのどの渇きを覚えた。

 

立ち上がり、冷蔵庫の中身を確認。

 

「……」

 

ミネラルウォーターの新品ボトルが3本。

飲みかけのビール缶が1本。

そして、わざわざ専用に設けていた冷やしカレードリンクコーナーは、狙い澄ましたかのように空っぽ。

 

彼は、小銭を数枚財布から取り出してズボンのポケットに突っ込んだ。

 

行き先は、新人フロアに設置された自動販売機。

 

自室を後に、彼は目的の場所へ足を運ぶ。

 

 

 

 

自動販売機はフロアのエレベーターホールに設置されている。数は3台で、飲料は全てフェンリル傘下の企業が販売している物だ。

 

彼は、決まって数ある種類の中から冷やしカレードリンクを選ぶ。アナグラで初めて知った味がそれで、無論他の飲料も飲んではみたもののどれも印象に薄く、結局原点回帰することになったのだ。

 

(まぁ残ってるだろ)

 

そんなことを考えながら、エレベーターホールに差し掛かったときだった。

 

「アリサちゃんってさ、アナグラの皆のことキライ?」

 

(え?)

 

反射的に、気配を消して壁に張り付く。

 

「あまり好きになれそうにもありません」

 

角を曲がったその先にいるのは、リッカとアリサであると理解する。2人で何やら話しているようだ、と言うのはイリヤもすぐに察した。内容はまだ何とも言えないが。

 

「そもそも、ここにいる神機使いの皆さんは戦術を生かし切れていない人が多すぎます! あんな戦い方ではチームで挑んでいる意味が無いです!」

 

「んーと、ロシア支部にいた頃は違ったのかな?」

 

「ええ、全く。任務に合わせた適切な役割分担、適切な装備、戦術、立ち回り……それを理解していない人が戦場に立たれると邪魔なんです、正直」

 

なるほど、日々の不満をリッカに聞いてもらっているらしい。

 

「それで、任務中にも言っちゃうのかな?」

 

「ええ、邪魔は邪魔ですから」

 

2回目のなるほど。良い噂を聞かない原因の1つが分かった。

 

「何でわざわざこっちの射線を塞ぐような立ち回りだとか、有効性の低いホールドトラップの設置の仕方をするのかだとか……キリが無いですよ」

 

それを聞いて、イリヤは彼女が転属してきた当日のツバキからの紹介を思い出した。

 

(実戦経験は少なくて演習での成績は優秀、だったか)

 

イリヤの予想でしか無いが、つまり彼女は非常に___もしくは頑なに___教科書に徹した立ち回りをしているのだろう、と判断する。教科書的な戦術は、確かに間違っていない。

 

だがしかし。

 

それは間違っていないだけで、現場での最適解か否かについてはまた別問題なのだ。

 

彼女は、そこを理解していない。

 

「キミが言っていることは何も間違ってはいないと思うよ。私は神機使いじゃ無いけど、その代わり神機を見ればある程度のことは理解できるつもりでいるから」

 

聞き手に徹していたリッカが、口を開いた。

 

「キミの神機のメンテしてるときに思うのがね、“あぁ、この神機を使っている人は凄く基本に忠実な動きをしているんだなぁ”って感じのこと。一目見ただけで一発で分かるくらい」

 

言い聞かせるような、優しくゆっくりとした口調。

 

「同じ感じでね、例えばリンドウさんとサクヤさんの神機を見たときなんかは“あ、リンドウさん少し油断して慌てたな。そこをサクヤさんがすかさずフォローしたんだな”って、何となく察しがつくんだよ。不思議とね」

 

(凄ぇな)

 

リッカの話を壁越しに聞きながらイリヤは素直に驚嘆と尊敬の念を覚える。

 

「で、アリサちゃんと一緒に任務行った人の神機を見て思うことが“この人のいつもの癖ならこんな風にならないんだけどなぁ”って言う変な傷が増えたなってこと。さっきアタシが癖って言ったけど、これが重要なの。アリサちゃん、癖って結局のところ何だと思う?」

 

「え、癖……ですか?」

 

突然話を振られて慌てる様子のアリサ。

冷静沈着のように見えて、イレギュラーに弱い傾向があるらしい、とイリヤは観察する。

 

「……分からないです」

 

10秒以上の沈黙の後、アリサは降参した。

 

「まぁ、あくまでアタシ個人の解釈なんだけど。癖って言うのはつまり、その人にとっての一番最適な動きだったり姿勢だったり、まぁ、個人ごとのベストなんだと思うんだ」

 

「個人ごとの、ベスト……」

 

「そう。そして、今生き残っている人達は個人ごとのベストを尊重し合いながら戦う術を身につけてきたんだと思う。そこで彼等のスタイル__アリサちゃん風に言えば戦術が完成しているの。でも、それは正規の視点から見ればデタラメも良いとこで、きっとアリサちゃんはそれで怒ってるんだと思うんだ」

 

上手い説明だな、とイリヤは思った。誰にも責任を押しつけるような言い回しをせずに、それでも的確に事実は押さえる。

 

「キミはまだ極東支部___アナグラに慣れていないだけだと思う。たがら、さ。いきなり駄目出しせずに、少しずつ慣れていって欲しいな。そしたら、もっと別なことも見えてくるよ」

 

そう明るく締めくくる。

 

恐らく、リッカという少女はこれまでもこうして様々な神機使いにアドバイスをしてきたのだろう、と見る。端から聞いていただけのイリヤですら、アリサに対する見方が少し変わったくらいなのだ。

 

「……少し、考え方を変えてみようかと思います」

 

不本意ではあるが納得もしている様子の口調でアリサが告げた。

 

「なら良かった」

 

対してそれに応じるリッカの声はむしろ明るい。

 

「それでも、ここの支部の人達には緊張感が足りていないように思います......あ、もうそろそろ先生とお話があるので失礼します」

 

(そういや、メンタルケア受けてるんだっけな)

 

リンドウから聞いたアリサの現状を思い返す。

 

「あと、それちゃんとどかしておいた方が良いと思いますよ」

 

「完成したらすぐにどかすよ」

 

意味はよく分からないがアリサのリッカ宛の警告らしき声が聞こえて少ししてから、彼女を乗せたであろうエレベーターが動き出す音が聞こえてきた。

 

その瞬間。

 

「もう出てきなよ、イリヤ君」

 

隠れて聞いていた自覚があり、思いの外ぎくりとする。

 

「......どうして分かったんだ?」

 

隠れ続ける理由も無く、渋々と言った雰囲気で壁から身を乗り出す。

 

「アナグラでキミほど長い金髪の持ち主ってそうそういないからね。壁から見え隠れしてたよ」

 

そう言われて、そう言えば髪をほどいていたことを今更になって思い出す。

 

「それより、ほら!」

 

リッカから、いきなり何かを投げつけられる。

 

反射でそれをキャッチ。

 

投げつけられたものは、心のどこかで予想していた通り冷やしカレードリンク。

 

「丁度それが最後の1本。いやぁ、キミに気付かなかったら全部飲んじゃうところだったよ」

 

彼女が座るベンチのすぐ傍らに、冷やしカレードリンクの空き缶で作られた小さな塔がそびえ立っていた。

 

「じゃあ、それ飲んだら空き缶をこのてっぺんにのっけてね」

 

「……崩れても文句言わねぇよな?」

 

「多分、きっと!!」

 

イリヤは何も言わずに、スッと背を翻し自室へと足を運ぶ。

 

「後でかたすの手伝う。それと、最後の1本はありがたく頂く」

 

後ろからブースか聞こえるリッカの抗議には取り合わない。

 

彼の頭の中にあった憂鬱は、何も解決はしていないのに何故か少し軽くなっていた。

 





筆の感覚が懐かしくて、もしかしたら文章の雰囲気と関わってるかも知れないという不安。

もし変わっていたとしても、それが読みやすい方になっていることを願うばかり。

これからも頑張ります!!


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不穏の隠れ蓑


まだ、何も起きていない。

それはただ、まだ時が満ちていないだけと言うこと。

それまでは、平穏なのだ。


 

ALISA's Viewer

 

(個人ごとのベスト……)

 

アリサは、お世辞にも綺麗とは言えない自室のベッドに横たわりながら、リッカの言葉を反芻する。

 

彼女の専属医___大車ダイゴによるカウンセリングが終わったのは30分ほど前の話だ。

 

カウンセリングの最中でさえ彼女の心の中に居心地悪く残り続けるリッカの言葉は、やはり大車にも気付かれてしまい軽く注意されたほどだ。

 

逆を言えば、それほどに彼女にとっては影響力の強い言葉であったとも言える。流石は、我流で神機使い達の相談相手をこなしてきた彼女の言葉だ。

 

アナグラの神機使い達を見て、アリサが真っ先に抱いた印象は決して良い物では無かった。

 

彼女がロシア支部で極東支部とそこの神機使い達について教育を受けた際は、各地でも類を見ないほどにアラガミの数も新種の発生率も高い危険地帯でありそれに対応している神機使い達も皆精鋭揃いである、と聞かされた。

 

故に彼女は期待したのだ。今まで培ってきた技術、ロシア支部の新型神機使いであると言うプライド、それらを思う存分活かせる場所に行けるのだ、と。

そして何よりも彼女の期待値を上げていたのは、彼女の転属先である部隊だ。

 

フェンリル極東支部対アラガミ部門討伐班第1部隊。

 

神機使い達の中でも言わずと知れた精鋭精強。そんな部隊に行けるのだから、彼女の興奮は醒めやらぬ物にまで沸騰していた。

 

それがどうだ。

 

いざ来てみたら、最低限にまで形骸化した規律、締まりの無い空気、最前線だというのに博打やら遊戯に精を出す意識の低さ。普段の生活の雰囲気でさえ彼女を幻滅させるのに十分すぎ、そして実戦に出てみればどいつもこいつも教本に無いような滅茶苦茶な動きをして、戦略も戦術も無く不合理極まりない戦闘をする始末だ。

 

何よりも彼女を傷つけたのは、着隊当日のアレだ。

 

『女の子ならいつでも大歓迎だよ!』

 

あの男の言葉で、彼女の中にあった、極東支部に対する期待は粉になる直前くらいにひび割れたと言って過言では無い。

 

後は、現場を見れば見るほどに彼女の中にあった期待は砂の城の如く崩れていった。

 

代わりに芽生えた物は、彼女の目についた全てが蔑むべき対象である、と言う偏りきった価値観だ。

最たる例が、第1世代神機を使っている隊員は先頭に置いて足手まといにしかならない、と言う考え方だ。

極東支部はほぼ全ての隊員が第1世代神機を使っているので、彼女の価値観に合わせるとそれら全員が彼女にとっては邪魔者になる。

 

ここで、極東支部の隊員と彼女との対立が明確な構図になる。

 

「サイッテーです……」

 

寝返りを打ちながら呟いた言葉は、案外自分自身にも向けられている。

 

未だに、リッカの言葉が頭の中で反響し続ける。それも、反射するごとに音が大きくなっていく感じでだ。

 

(要するに私の価値観が全てだと思い込んでるだけのイタイ奴ってことじゃないですか……)

 

だが、アリサはそこまで辿り着いていてなお、それでもリッカの言葉を完全に受け入れられていない。

 

どうやっても、アナグラの雰囲気は彼女にはとうてい許容できないのだ。

 

彼女が最低だとぼやくのは、聞き分けの悪い子供のような自分の内面を見せつけられ、それにふて腐れてしまう自身の幼稚さに対してであるが、彼女自身はそれ自体にはまだ気づけていない。

 

アリサは、それ以上考えるのも精神に毒だと考えて寝ることにした。

 

(ほんと、サイテーです……)

 

意識は微睡みの波にさらわれていった。

 

 

 

 

 

 

 

楠リッカという少女は、立場的には一般の神機使い達よりも上にある。彼女に与えられた肩書きは“極東支部対アラガミ部門技術課神機整備班主任技術官”と言う見た目には全く似つかわしくないものだ。この肩書きを神機使いの階級に合わせるならば、少佐か中佐くらいになる。

 

つまり、相当偉い立場と言う事だ。

 

故に、例えば新人フロアにいる隊員などが容易に踏み入れないフロアにも平然と立ち入ることが出来る。

今彼女がいる技術開発フロアもそのうちの1つだ。

 

技術開発フロアでは、主に新たな適合者が見つかった封印中の神機を復活再調整したり適合者の都合で特別調整を必要とする神機の調整整備等々、神機の管理に関わるほぼ全てを担っている。

 

そんなフロアで、今回彼女は特別調整神機のメンテナンスのために赴いていた。

 

相手にする神機は、ついこの間管理替えで来たばかりの新型神機___つまりアリサの愛機だ。

 

「主任、お疲れ様です!」

 

「うん、お疲様~」

 

すれ違う部下達からの挨拶に、いつもと変わらぬ明るい調子で応じる。

 

彼女に仕事が舞い込んでくる場所の大概は、神機保管庫と今いるフロアの通路だ。このフロアに彼女の部屋はあるが、彼女自身の念の入った要望で部屋に直接来ないようにしている。

 

ただでさえ仕事の多い彼女は、せめて仕事の搬入窓口は少なくしたいのだ。そうすれば、仕事が増える勢いも気持ち抑えられるから。

 

「あのぉ……楠主任。今時間よろしいでしょうか?」

 

不安げな様子で声をかけてきたのはリッカの直属の部下である女性の整備官だった。名前はレベッカで北米支部から転属してきた彼女は数少ない同性の部下であり、リッカにもよく気に入られている。

 

「ん? あぁレベッカ! どうしたのかな?」

 

「8号計画の技術検証実験の件で少し問題が起きてしまって……」

 

「8号は……あぁ、本部から押しつけられてたアレのことだね。新しく来た神機のメンテ終わったら直接そっち行くから、詳しいことはそっちで聞くよ。それまで少し待ってて」

 

「あの、でしたら私もお手伝いします!」

 

「あはは~、気持ちはありがたいんだけどキミはチームに戻って。キミがチームリーダーなんだから」

 

「うぅ、はい。すみません……それではお待ちしております」

 

じゃあまたあとでね、と手を振りながらその場を後にするとリッカは目的の部屋まで足を運ぶ。

 

特別調整を要する神機は、例外なく科学技術フロアの特別整備室で整備を受けることになる。

 

普段リッカや他の技官達が神機保管庫で行っている整備は通常整備と言われる表面的なメンテナンスだ。故に、技術さえ持っていれば誰でもやろうと思えば出来る。しかし、特別調整になってくると、若干ややこしくなりそれを行える人間も限られてくる。

ちなみに極東支部でそれが行えるのはリッカと榊博士だけだ。

 

「ん?」

 

目的の部屋が見えた瞬間、リッカは足を止めた。

 

部屋の中から見知らぬ男が出てきたのだ。黄色いバンダナを巻いた小太りの中年くらいの男性。

 

少なくとも、彼女直属の部下では無くそして技術課内でも見た覚えは無い。

 

ふと、男と目が合った。

 

彼女の、視力1,8の目が男のネームプレートに記された名前を素早く捉える。

 

(オオグルマ……?)

 

男もリッカの身の上を悟ったのか頭を下げて礼をして、そのまま何も言わずに立ち去っていった。

 

(誰……?)

 

不審に思いながらも、整備室の前まで進む。一応、異常が無いかを目で見て分かる範囲で探す。

 

が、変なところは見当たらない。

 

引っかかるものは確かにあるものの、それ以上追求する術も無く、彼女は諦めて部屋の中へ入る。

 

 

中で彼女を待っていたのは、アリサの神機だった。

 

 

リッカも、数回しか見たことのない正統派の第2世代神機。初めて見たときの印象は、イリヤが使っているシノ___試作型よりもスッキリとまとめられた癖の無いデザイン、言い方を変えれば特徴が無いデザインだな、ということだ。

 

基本的に多くに普及するデザインは大衆に対して最大公約数を取らざるを得ないので、特徴が無いのも仕方が無いことではある。

 

「やあ、調子どう?」

 

神機を整備する前の、彼女が欠かさないルーチン。神機とのコミュニケーション。

 

「今日キミの中の方を少し調整させてもらうよ。勿論痛いことはしないから安心して」

 

親しげな口調で話ながら、同時に調整の準備も進める。

 

今回彼女が行う作業は、神機の外部指示受領動作変換機能の反応速度調整だ。

 

特別調整の中でも比較的簡単な作業ではあるが、かと言ってそこで機を緩めるほどリッカも甘くは無い。

 

外殻を外していき、アーティフィシャルCNSをむき出しにする。

 

アーティフィシャルCNSは人工的に調整したアラガミコアであり、よって定期的な整備調整にも人が携わることになる。

 

専用のプラグを差し込んで、調整用の外部端末と同期させる。

 

「ここまで来たら後はすぐ」

 

とリッカが独りごちると同時に、機械が勝手に調整を開始する。

 

数分待つと、作業達成率を示すゲージが満タンになり作業が終わったことを示していた。

 

端末から吐き出されるデータグラフを読み取りながら、異常なく調整が終わったことを確認していく。

 

異常があった場合、それが分かるような事象は2つある。

 

1つはグラフの中にノイズが生じる、と言うものだ。これに関しては機械が悪いときもあるから少しややこしいが、まだ安全ではある。

ならばもう1つは何だと言うことであるが、それは神機が暴走する、と言う形で示される。無論、かなり危険なことである。過去に他の支部でそう言った事故の果てに技官が捕食されてしまった、と言う話もあるくらいだ。

 

今回の結果は。

 

「うん、ノイズも無いしオッケーだね」

 

作業が問題なく終わったことを確認して、リッカは手早く場の撤収にかかる。

 

彼女は、普段の態度にはおくびにも出さないが思いの外多忙なのだ。

 

「えぇと、次はレベッカのところだったね」

 

走る手前くらいの速度で特別整備室を飛び出して、レベッカ達がいるラボまで急ぐ。

 

……彼女は本当に多忙なのだ。

 





さて、少しずつ調子を取り戻そうと頑張っておりますアギョーです。

もう少しで……あと、もう少しで!!!!
完結するわけじゃ無いですけど頑張ります!!!!



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滲み黒み


コトコト、コトコト。

それは煮詰められる。

蓋が開くのは最高の瞬間___


 

悪意に始まり、大概の仄暗い意識や行動と言うものは対象にぎりぎり勘付かれるか完璧に隠し通せる間合いを置いて渦巻く。

 

で、事の悪質さの話で行けば完璧に隠し通せる間合いで練られた奴の方が単純にタチが悪い。当たり前と言えば当たり前だ。本人が思いもしないタイミングで、考えもしなかった爆弾をいきなり落とされるのだから、その衝撃たるや計り知れないものがある。

 

ならば、ぎりぎり勘付かれる間合いがまだ可愛いのかと言われればそれはまた別の話だ。むしろこっちの方が搦め手でややこしく、威力も絶妙に調整されている可能性が高く、総じてこっちの方が悪質になりがちと言える。

 

考えてみれば分かることだが。

 

意図的にその間合いで事を練っているとしよう。つまりそれは、勘付かれても問題ないと言うことでその分得体が知れなくなるのだ。

実行に移されるまでの間に対象は焦らされ精神を磨り減らし、良い頃合いで適度に調整された爆弾を落とされる___プロセスだけを見ればこっちの方が博打要素を混ぜている分当たりを引かされたらダメージが絶妙に致命傷にかするのだ。

 

無論例外もあるだろうが、ここでは割愛する。

 

要は、イリヤを取り巻いている悪意がどう言った類いの物なのかを判断するための彼自身の分析なのだ。

 

で、得た結論が。

 

「一も二も無く後者だよなぁ」

 

第1部隊に下達された任務___鉄塔の森で確認されたコンゴウ1体及び他複数の小型アラガミの排除___が終わりアナグラに帰還したら、どう言う訳かイリヤを名指しする形で別の任務がいくつか放り込まれていた。それも、第1部隊を通しての話では無く、イリヤ個人に直接依頼という体で、だ。

 

どれも難易度的には問題無かった。

 

ツバキも、若干不思議そうな態度を示していたがイリヤをそれらの任務に赴かせた。

 

___結果として最後の任務でコクーンメイデンの森に放り込まれてなかなかややこしい目にあったのだ。

 

ジャミングの嵐という状況下で、オウガテイルやらザイゴートやらの乱入が立て続きジリ貧状態になったのだ。

 

いつの日か、止めどなくダミーが出てくるツバキ式スパルタトレーニングをこなしていなかったら本当に食われていた可能性すらある。

 

やや命からがらの状態で任務を達成して、帰還する。その時点で、流石にこれはおかしいと思ってヒバリのところで諸々の手続きを手早く終わらせて自室のノルンからその日の任務データを引き出してみた。

 

何が出るかは皆目見当もついていなかったが、蓋を開けてみてあぁなるほど、と彼は思った。

 

彼を5秒間死なせたあの日の任務、その時の依頼元と同じ所から依頼が来ていたのだ。

 

(つまり何が何でも俺を任務中に消してぇのか)

 

顔も知らぬ相手の徹底した自分柄の悪意と殺意を肌でうっすらと感じ、それをどうでも良いと受け流す。

 

こういうとき、イリヤはどう言った立ち回りをするのが相手にとって一番腹が立つのかを心得ている。それは、決して相手の思い描いたビジョン通りの結果に陥らないことだ。

 

どうしてそこまで彼を殺すことに固執しているのかは知らないが、どんな任務が舞い込んでこようが生きて帰ってさえいれば相手にとっては面白くないのだ。

 

そこから先はイリヤと相手の耐久レースだ。

 

イリヤは耐えれば良いだけで、そして彼は耐えることがかなり得意だ。仮にストレスがあったところで、発散の場は相手が用意してくれる。

 

そこまで考えて、その思考の穴に気付く。

 

相手がイリヤをどうにかしたいと考えているのは間違いないが、それを実行するに当たってどうして自分にしかそれが来ないと言い切れるのか、と言うことだ。彼の周りにも何かしら影響がある可能性だって、十二分にあり得る。

 

やはり、ぎりぎりの間合いの方が質が悪いと改めて認識させられる。

 

こうして考えるだけでも、計画性も無く不穏な事項が増えていくのだ。

 

そしてそうなってしまっていることこそがぎりぎりの間合いの術中にはまり込んでいることにも気付くが、気付いたところで現状をどうにか出来るほどの力も無い。

 

(自覚の有無だけでも分かってりゃまだマシか)

 

いったんそう結論づけて、思考を打ち切る。

 

これ以上考えたところで何か良いことがあるとも思えず、何より無意味にネガティブな方へと流される予感しかしなかったからだ。

 

「……寝ちまうか」

 

雨宮姉弟からは任務を差し止められている。罰則とかそう言った後ろ暗い理由では無く、単にイリヤの疲労度合いを見かねての判断だ。

 

隊長たるリンドウからは

 

「お前さん、今日は頑張りすぎだ。隊長命令だ、もう休んどけ」

 

と言い宥められたほどだ。

 

ならば無理に逆らう必要も無く、さっさと寝ていつ来るか分からない緊急の任務に備えて体力を回復させておく方がよっぽど賢い判断である。

 

サッとシャワーを済ませて彼はベッドに身体を預ける。

 

思いの外意識を手放すのは早かった。

 





前に放り込んでいたオリジナル設定とかもようやく再び日の姿を見せられそうです。

今はまだ停滞気味のストーリーですが、もう少しお待ち下さい。

否応なく怒濤になるので、それまでの辛抱だと思って気長に待って下さると嬉しいですww

それでは!


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The Crazy Gun/Up the Hammer

凶器に満ちた弾丸と悪意から削り出した銃身は、悪魔によって銃の形に仕上げられ、魂を売り渡した咎人により撃ち放たれる。

凶弾が突き進む先は神ですら分からない___


大概、ある程度の施設規模を持っていればフェンリルのどの支部でも職員居住区画の中には外来フロアと呼ばれるフロアが用意されている。

 

字面が示す通り、外部から来たフェンリル職員を臨時で住まわせるためのフロアだ。

 

無論、相手の身分によって幹部用、一般用と部屋のランク分けもなされている。

 

アナグラの外来フロアの一般用の内の1室は、大車ダイゴと言男にあてがわれていた。

 

その部屋の中身は、有り体に言って気味が悪い。

 

明は最低限にしかついていない薄暗い空間、乱雑に広げられた荷物、脱ぎ散らかされた衣服、こもった空気。

 

これだけで言うのならこの男に対する評価も整理整頓ができない生活能力の低い人物、に落ち着けることができる。

 

が、この部屋の空気を異質たらしめているのは床に散らばった雑物が原因では無い。

 

部屋に備え付けられていたデスク、加えて彼が持ち込んだ野外デスク……その上である程度整理されて並んでいるカプセル碇や錠剤が入ったケース、ケース、ケース。

他にも、ハーブやら、お香やら、全体的に見てセラピストなのか医者なのか分からない混沌とした様を醸し出しており、この部屋にいる男の存在を輪郭が分からない曖昧な物に仕立て上げる。

そもそも、目立たないようにしているのかはたまた偶然なのかは分からないが、医療やらセラピーとは明らかに無関係な特殊作業工具までそこはかとなく存在している。

 

一言で言って、カオスだ。

 

部屋も、使っている男の素性も。

 

そして、その部屋の仮初めの主は壁に取り付けられたコルクボードに数枚の写真と、いくつかのペーパーグラフを貼り付けそこに新たに何かを書き加えている。

 

中心には、今よりも更に幼い雰囲気のアリサの写真。中に留められた彼女の眼は、仄暗く寒冷下の金属を思わせる冷たさと拒絶を孕んでいる。命を宿す直前の人形のような、生きながらにして無機質。

 

そして、彼女の写真のすぐ真上には数本の糸を乱雑にまとめて貼り付けたセロテープ。そこを起点に伸びた糸は彼女の周りに貼り付けられた別々な写真に繋がる。

 

それぞれの写真は、イリヤ、リンドウ、サクヤ、ツバキ、コウタ、榊博士、リッカ等のアリサと比較的接触の頻度が高い人物の物だ。それぞれを繋ぐ糸には付箋紙で更に補足事項が書き足されている。

 

基本的にどれも接触の頻度だとか、何の会話だったとか、関係の深度だとかストーカー然としたもの。この時点で充分に異常性は理解できるが、それに輪をかけているのがそれぞれの写真に直接貼り付けられた殺すか否かを示した付箋紙だ。

 

特にイリヤとリンドウの写真は念入りな殺意がこめられた付箋紙に塗れている。

 

『雨宮リンドウ:暗殺 任務中 事故死~調整済』

『イリヤ・アクロワ:暗殺 計画段階~調整中』

 

まるで蜘蛛の巣。

 

「ふふ___ふははは!! アリサは良い子なんだよ……本当に、良い子だ___貴様らなんぞに触れさせるものか」

 

大車は、聞く者に確実な生理的嫌悪を覚えさせる粘ついた鼻息を漏らしながらコルクボードの上のアリサの写真を指でなぞる。

 

ぎらついた眼は独占欲に染まり、同時に嫉妬心と敵愾心も内包している。

 

「あぁ___アリサ、キミはまだ完成していない___キミの美しさは壊れて狂って__そのとき初めて出来上がるんだ__」

 

歪んでいる。狂っている。

 

その表現が全て。

 

大車ダイゴという男は、この時点で既に人の道を外れているのだ。

 

「ん~? そう言えばコイツもアリサを......ふふ、ふふふ__私のアリサを汚す輩は全て消してやる」

 

『楠リッカ:暗殺 誘拐 殴殺 刺殺~調整中』

 

凶器の撃鉄は今起こされた。

 

 




さて、良い感じにぐつぐつ煮えてきた感じがします(主観)

どうやって爆発させようかな~ww


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The Crazy Gun/Sitting the Target

照門と照星を結んだその先に、穿つべき者がいる。

しかし、狙われている者たちが静かにじっとしているかどうかはまた別の話だ

 

______________________

 

ペイラー榊とは、包み隠さず言うと変人である。

彼の本質的な性格は、干渉せずにただあるがままを観察する、という徹底した傍観主義と言える。

 

故に、彼の根底を理解している者は彼を“星の観測者”とあだ名する。

 

だが、そんな彼にも愛着に始まり多少の拘りという物はある。ペイラー榊は、本質が何であれそもそも人間なのだ。

 

「急に呼び出して、自分に何の用でしょうか?」

 

ラボラトリに呼び出された彼___イリヤ・アクロワは怪訝そうな表情で訊く。

 

「やぁ、イリヤ君。何、そんなに身構えないでくれたまえ。何も変なことをしようって気は無いから」

 

そういう言葉を信じて欲しいならまず部屋の中をどうにかしろ、イリヤは心の中でそう即答してしまった。

 

デスク周辺に積み上げあられた書類やらレポートの山。

その山に挟まれたデスクの上には複数のPC画面。その影に隠れるようにして榊はいる。

唯一の救いは、眼に届く範囲でマッドな機材やら薬品が見あたらないことだ。

 

とは言えはっきり言って人を呼び出す者の振る舞いでも態度でも無い。

 

「いやぁ、イリヤ君とは一度ちゃんと話をしてみたかったんだよ」

 

今できる作業を全て終えた榊が、デスクの椅子から立ち上がり上山の中を器用に進んで座学用兼来客用のソファに腰を下ろす。

 

「まぁ、立ち話も何だし座ってくれ」

 

いったい何だと思いながらも、言われるままにソファに腰を下ろす。

 

「さて、イリヤ君。こういうプライベートな形で僕と話をするのは初めて、だったかな?」

 

これがプライベートな会話というのならば、公的な会話との区別はどこで理解するべきなのか。そこが全く分からないくらいに、榊の口調は普段通りだ。

 

はぁ、と曖昧な返事が漏れる。

 

「話、とは言っても朗らかな世間話がしたいわけでもなくてね。最近、君にとっても僕にとっても面白くないことが多い気がしてね。心当たりはないかい?」

 

世間話と言うよりは密談のような内容の会話を、やはり普段通りの口調で口にする。

 

言われたイリヤとしては、心当たりが確かにある。

 

「そう、ですね。個人的に面白くねぇなと感じることはいくつか」

 

「だろうね」

 

全てを見透かしたかのような、確信を持った口調。

 

イリヤの中で、嫌な予感が渦巻く。また、何かろくでもないことが自分もダシにして煮立っているのではないか、と言う胃袋を捻り絞られるような不快感。

 

「単刀直入に言おう。君はこのアナグラの1部の派閥から消されそうになっているんだよ。命も、存在も、ね」

 

アナグラの1部の派閥、その表現に心当たりがありすぎるイリヤは思わず鼻で笑ってしまった。

 

「1部の、ですか。なるほど、あの数で1部の派閥か。バカみてぇだな」

 

「ん? 何がおかしいんだい?」

 

イリヤは、無論愚か者ではない。そして、阿呆でもなければ野蛮でもない。それなり以上に頭脳があり、教養もあり、何よりも知恵がある。

 

「1部って言うには、随分と大袈裟な数な気がするんで。つい、おかしくて」

 

そもそも。

 

イリヤが本当に殺されかけた任務といい、幾度となく不自然に舞い込んできた任務といい、アレは1神機使いができるような芸当ではない。

 

何せ、どこまで行こうがイリヤに舞い込んできたのは任務なのだ。

 

であれば、任務を受注する側だけではどうにも出来ないことだってある。例えば、“軍曹以上の隊員で構成されたチーム”等の条件付き任務を、どうやってイリヤに受けさせたのか、と言う話だ。

 

うんちくを垂れるより、答えを言おう。

 

彼を殺そうとしているのは、何も神機使いだけでなく他の方面にもいると言うことだ。

 

「ふむ、そこまで察しが付いていたのか。いやぁ、なかなか鋭いね」

 

榊の感情の薄い声がやけに耳に残った。

 

「さて、キミの事情もさることながら僕も大概嫌われていてね。主に本部の研究グループとかに、ね」

 

はぁ、と実感のない返事がイリヤの口から漏れる。その話題がどうやって時分の事情と結びつくのかが、現実的な予想として思いつかないのだ。

 

「僕個人としては、お互い嫌われ者同士仲良くしようと思うんだけど......まぁ、向こう側も似たような考えに至った部分があってね」

 

「......つまり? 本部の研究グループの一部と、アナグラで自分のことを嫌ってる輩共が何かの拍子に協力関係を築いた、と?」

 

イリヤとしては、そんな馬鹿な、と一笑に付してしまうような予想だ。現実味が無さ過ぎる。

何せ、少なくとも今ある情報だけでは相手の2勢力が関係を築くような接点が少なすぎるし弱すぎる。

 

しかし。

 

「どう言う訳か、そう言うことらしい。残念なことにね」

 

「その判断の根拠はどこから来てるんですか?」

 

イリヤは、何よりも先にそれを突いた。

イリヤを排除しようとする意思と、榊博士を排除しようとする意思の、一体どこに繋がりが出てくるのか? 繋がることで、一体どんなメリットがあるのか?

 

少なくとも、イリヤにはそれが分からないでいる。

 

「僕は、僕以外のアラガミ研究者達から嫌われていてね。特に本部のタカ派連中には、ね」

 

榊は、何かを思い出すような風情で話す。それは、まるで遠い昔の苦い記憶を語るようにも見えて。

 

「僕も、フェンリルの研究職員の中では大分強い権限を持っていてね。僕の認可が無いと実行に移せないような種類の研究も、結構あるんだ。そのせいで、僕から早くその権限を取り上げたい連中は多いんだよ」

 

「はぁ……」

 

イリヤも、榊の説明で何故彼が嫌われているのかは理解した。理屈として分からない話ではない。榊の権限とやらで実行できない研究が、果たしてどのような物なのかは流石に分からないし、訊こうとも思わないが。

 

「ただ、僕の敵は確かに馬鹿にならないほどに膨れ上がっちゃってるんだけど、例えばハト派の研究者の中には僕の協力者になってくれる人もいるんだ。イリヤ君にも分かる人物で言うならリッカ君とか、ね」

 

重苦しいネタの会話の中に、自分が知っている人物の名前が出てきて少しだけホッとする。

そして、さっきまで自分自身でも気づかない内に緊張していたことに、イリヤは少し動揺を覚える。自身を取り巻く環境に対して、彼は彼が思っているよりもストレスを感じているのだ。

 

「そういう繋がりの中で、いろんな噂に始まる各種の情報が僕の所にも来るんだけどね。その中に、僕を嫌う連中と君を消したい連中の結託を臭わせる話が出てきたんだよ」

 

「臭わせる話、ねぇ……。また、えらく信憑性に欠けそうな雰囲気ですね」

 

ところがどっこいそう言うわけにもいきそうにない、と言わんばかりの勢いで榊は返す。

 

「さっきも言った通り、僕の権限で凍結させている計画が複数ある。そのうちの1つに、マーナガルム計画と言うのがあるんだ。細かい内容は省くけど、要はP73偏食因子に適合する人間を作ろう、と言う話だよ」

 

そのマーナガルム計画の落とし子がソーマなのだが、榊はその場では口にはしなかった。

遅かれ早かれ、イリヤにも知られる日は来るのであろうが、少なくとも今すぐに教えなければならないことでは無いのだ。

 

かつての苦い記憶にほんの僅かに言葉が詰まりそうになるが、それを無理矢理ねじ伏せる。

 

「凍結されたマーナガルム計画の代わりに、僕達ハト派が提唱したのが第2世代神機の開発運用プロジェクトなんだ」

 

実際、第1世代神機だけでは戦力として不足しているのはどうしようも無い事実だ。

その戦力不足を、どう補うかという問題に対して強力な神機使いを生み出すか、強力な神機を作るかの方法論の違いが出てしまっただけだ。

 

「派閥争いなんてする暇あったのかよ……」

 

イリヤは思わずそうぼやいてしまった。

無理も無い話だ。イリヤは今でこそフェンリルの神機使いだが、もともとはフェンリルから見放された中で文字通り必死に生き延びてきた人間だ。言ってしまえば、フェンリルのせいで苦労していたのに、当のフェンリルはそんな下らない方法論の違いだけで揉めていたのだ。

 

「ハハハ、耳が痛いね。特に、イリヤ君のような人から言われると尚更にね」

 

榊の苦笑いに若干の居心地の悪さは感じたが、撤回しようとも思わなかった。少なくとも、榊に謝罪をしてほしいわけでは無いし、こんな所で昔話をほじくり返したいわけでも無いのだ。

 

榊も、イリヤのその意思をくみ取ったのか話を戻す。

 

「まぁ、イリヤ君の言うとおりの馬鹿馬鹿しい派閥争いが続いているんだ。頭が痛いことに、今も、ね。そして、タカ派の中でも特に過激な部類の輩が聞き捨てならないシナリオを想定している、と言う噂が僕の所にも流れてきたんだ」

 

「そこで俺が絡んでくるんですね? 大方、新型神機の運用実績に、リカバリーが利かないほどの失点を付けさせて凍結中の計画に注目と期待値を引き付けたい、とか。んで、その生け贄に俺が指名されている」

 

「……正解だよ。やっぱり、君は鋭いね」

 

重苦しいため息をこらえながら、榊はイリヤの理解力に賞賛を送る。そして、内心ではイリヤの理解力の高さは、いずれ何らかの形で煙たがれる日が来るのだろう、と容易に想像できてしまい、尚更ため息を吐きたくなっている。

 

「で? そのシナリオの中で生贄になる人物として俺を推薦しやがったのはどこのどいつなのか、までは分かってるんですか?」

 

「残念ながら、そこまだ明確になっていない。ただし、関与のレベルとしては現場の神機使いから、アナグラの司令部付き幹部まで、とかなり広く予想が出来る。まぁ、それくらいの関与が無いと君の任務内容の工作なんて出来ないだろうしね」

 

榊が提示した予測範囲の広さに、もはや乾いた笑いすら忘れてしまう。

だが、冷静に考えてみれば不自然な範囲でも無い。イリヤだけを消したいのならば明らかにやり過ぎの範囲だが、榊を失脚もしくは消したい、と言うのであればそれくらいになってもおかしくは無い。

 

何せ、消そうとしている相手の立場が立場だ。

 

「ちなみに言うと、僕をどうにかしたいって思っているであろう人間についてはいくつか候補がある。一応聞いておくかい?」

 

榊の提案に、数秒思考を巡らせる。

 

重要度は高いか? 否。

知らないままで損はあるか? 否

後で聞いてリカバリーが出来るか? 可。

 

であれば。

 

「今はまだいいです。聞いたところで、多分ややこしくなるだけなんで」

 

情報はあるに越したことは無い。

それは事実だ。しかし、処理しきれない問題や後に回しても大丈夫な類いの情報は抱え込むだけ足枷になる。

有効活用できない情報は、邪魔になるのだ。

 

「そうかい。分かったよ。また、必要になったらいつでも聞きに来てくれてかまわない。あと、何かあったらできる限り逐次教えてくれ。僕の方でも何か分かったら君に教えよう」

 

「共同戦線、ですか?」

 

「その通り! 向こうが複数で結託してきてるんだ。こっちもそれ相応に対応しないとね」

 

「分かりました。変なことがあったらすぐに知らせます。あとは……このことは自分と博士だけの内密にしておいた方がいいですか?」

 

組織的な圧力や陰謀に対抗するには、まず自分達の情報を隠匿することが重要になる。情報の隠匿は、情報保有者が少なければ少ないほど容易になる。

ただし、情報保有者の数はそのまま戦力の頭数にも繋がる。少なすぎても、問題があるのだ。

故に、結束の幅の調整には非常にシビアなセンスが問われる。

 

「リッカ君と第1部隊、ツバキ君、ゲンさんあたりには共有しておいても構わないよ。恐らく、彼らも薄々感づいてはいると思うからね。共有するかしないかは君に任せるよ」

 

「……分かりました」

 

僅かな思案の末に、イリヤはそれだけを応えた。

榊が大丈夫だと言うからには問題は無いのだろうが、まだ自分の中で整理できていないことも多々あるのだ。

 

「他に何か質問とかはあるかい?」

 

「そうですね……変な話ですが、敵はフェンリルだけなのかって言う疑問はありますね」

 

「……成る程」

 

イリヤの疑問に、榊は確かに、と納得する。

どこの支部に行ってもそうだろうが、フェンリルという組織は基本的に腐敗している。どう言うレベルで腐敗しているかというと、例えばアナグラで言えば地下組織の麻薬栽培に少なからぬ関係を持っていたり、と言った具合だ。

 

そして、榊の情報収集力だからこそ知っているのだが、その件については、イリヤが少なからず関わっていることも察している。

 

そこから読み取れるのは、地下組織___ギルドからの何かしらの妨害や直接的な攻撃も想定さてる、と言うことだ。

 

何せ、ギルドとアナグラには一部とは言え深く強い繋がりがあるのだ。そして、麻薬事案については両者共にイリヤの存在が面倒の根源にあることも分かっているだろう。

 

「確かに、あり得る話だね。ただ、想定出来る相手が曖昧すぎるのも事実だ。警戒はしておいて損は無いけど、疑心暗鬼にならないように気をつけてね」

 

「……努力します」

 

「他には?」

 

「今のところはありませんね」

 

イリヤのその返事で、榊はイリヤを部屋に帰した。

 

そして、榊1人になった部屋の中で彼は天井を仰ぎながら大きくため息を吐く。

 

「恨むよ、ヨハン……」

 

苦笑いを口元に携えながら、静かにそう呟いた。

 

ペイラー・榊とは変人である。

それは、過去のすれ違いから襟を別ったはずの友人を今でも憎み切れていない、人間的な甘さも内包しているが故なのかも知れない。




大変お待たせしました!

年単位で投稿が滞っていたことに、深くお詫び申し上げます。
待って下さっていた皆様には感謝しかありません。

更新速度はカタツムリ並みになってしまいますが、これからもよろしくお願いしますm(_ _)m


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The Crazy Gun/Pull the Trigger

引き金は引かれた

吐き出されたその魔弾は確実に標的へと向かって飛んでいく

それが当たるまでの時間は、言うまでも無く短い


イリヤは新人区画の自動販売機スペースのソファにもたれかかっていた。

 

自動販売機の照明は、電力の関係か機械自体の問題なのか弱々しい光で点滅している。

 

周囲には、誰もいない。

 

ここ数日は目立ったアラガミの活動も確認されなかったため、非番を言い渡されていた。

 

榊博士との協力を結んだ日から、1週間が過ぎようとしていた。

 

とは言え、いくら協力関係になったからと言ってイリヤの身の回りにすぐに変化が現れるわけも無い。むしろ、急な変化は周囲に不信感を与えかねない。

 

___申し訳ないんだけど、キミの現状にに対して直接僕から手を出せるわけじゃ無いんだ___

 

そう榊が言っていたのをふと思い出す。

 

本音を言ってしまえば、直接的に何かしてもらえない、と言う状況はありがたくない。とは言え、そこに駄々をこねるほどイリヤは物分かりが悪いわけでも無い。

 

ならば、今はそれを甘んじて受け入れて耐えるしか無いのだ。

 

しゃあねぇ、と呟いて立ち上がる。

 

軽く背を伸ばすと、背骨やら肩甲骨やらが小気味よく音を鳴らしていく。

 

任務が無いのは死ぬ心配をしなくて言い分気楽だが、逆にやることも思いつかなくて暇を持て余してしまう。

 

とりあえず自室に戻ろうとしたところで、自動販売機で目がとまった。

 

そう言えば、自室の冷蔵庫には支給品のビールが3本しか残っていない。それ以外の飲料らしき物は、無い。

 

ついでだし何か買っとくか、と考えて取りあえず200fcを機械に入れる。

 

ミネラルウォーターにしようかと思ったが、いつも水とビールだけだと物悲しいと感じて、他の物を探す。

 

幾つかの炭酸飲料、コーヒー、日本茶、紅茶等々と選んではみる。が、どれもめぼしいとは思えない。

 

そして、不服ながらも水以外に目が行ってしまった物があろうことにも冷やしカレードリンクだった。

 

何でそれに目が行くんだ手前ぇは、と自分に突っ込みを入れるが止まってしまった物は仕方が無い。そもそも、水とビール以外の飲み物を、ろくに飲んだことが無いのだ。冷やしカレードリンクを除いて。

 

2度目のしゃあねぇ、を呟いて冷やしカレードリンクのボタンを押す。

 

 

___機械、沈黙を維持

 

 

「……は?」

 

 

___5秒経過するも、未だ沈黙

 

 

おい待て、金の飲みこんだまま黙りとかふざけんじゃねぇぞオイ、と内心で焦り始める。

 

あちこちの目に付くボタンやらレバーを押したり引いたりしてみるが機械は黙ったまま。

 

すでに、1分近く経っている。

 

イリヤは、今でこそ金に困っているわけでは無いがそれでもほんの僅かでも無駄な金の損失を嫌っている。しかしながら、リカバリーが利くときと利かないときの区別はつくし、今は利かない方だ。

 

一度、大きくため息を吐く。

 

そして、畜生やられた、と思って諦めるために心の整理をしようとしたときだった。

 

ガコンガコンと、自販機の中から冷やしカレードリンクが落ちてきた。

 

落ちてきたのは、2本。

 

「ほぼ壊れてんじゃねぇか……」

 

新たに80fcを自動販売機に入れてから、イリヤはその場を立ち去った。

 

自動販売機は、その80fcに反応を示すことも無く素直に飲み込んでいた。

 

 

 

______________________

 

 

場所は変わって、羽黒ミコトの自室___

 

彼女の部屋には、本人の他には誰もいない。

そして、本人以外の誰かを入れるつもりも無いし、事実ほとんど入れたことも無い。

 

理由は簡単で、未だに人がパーソナルスペースの中に入ってくることが苦手だからだ。

 

彼女の部屋の光景は、至極シンプルだ。もはや、殺風景と言っても過言では無い。

 

内装は、部屋をあてがわれたときから何も変えていない。中央のスクリーンに映す画像でさえ初期の設定のままで、定期的にランダムに画が変わる程度。

せめてもの装飾は、白く小さい磁器製の花瓶とそこに生けられた1本のタンポポだ。

 

流石に、毎日掃除はしているから汚いわけでは無いが、その代わりに人がいない部屋の様な薄ら寒い雰囲気が漂う。

 

そんな部屋で、ミコトはソファで横になりながら日本人が書いた詩集を流し読みしていた。

 

彼女の目を通じて、頭の中に流れ込んでくるその言葉達からは優美だとか煌びやかな物は感じられない。空虚さの方がよっぽど目立つ。

 

「愛する者が死んだのなら死ななければならないって……」

 

そう独り言ちながら詩集を閉じる。

 

悪態にも似た感想だが、彼女はおもむろこう言った空虚な感覚を好む傾向がある。感情を昂ぶらせるような物語を読んだ後に、現実の冷たさを感じるのが嫌だから、と言う独特な理由だ。

 

そして、彼女もその傾向があることは自覚している。そして、それを治す気も無ければ必要も無い。

 

しかし、過度に空虚さに吞まれるのもよろしくない。彼女が空虚さを好むのは、それで心の波が落ち着くからであるが、やり過ぎたら逆にネガティブになりかねない。

 

いざというときにそのネガティブな気持ちが尾を引かないように、適度に調整する必要があるのだ。

 

「今日はこのくらいでいっか」

 

そう呟くとソファから起き上がって、ベッドの方へ向かう。

 

眠いわけでは無いが、他にやることが無いのだ。いつもの猫パーカーを脱いで、ラフな姿でベッドに寝転ぶ。

 

「…………お姉ちゃん、今の私を見ても褒めてくれるのかな……」

 

そう独り言を漏らしながら、枕カバーの中に手を突っ込む。ゴソゴソと手を動かしていると、目当ての物が指先に触れた。

 

枕の中から取り出された物は、随分と色褪せた茶色い革製のカードケースだった。サイズは、胸ポケットに収まる程度で形は長方形。例えるなら、いわゆるメモ帳とよく似た形状だ。

 

厚みは、彼女の手にあるケースの方がよっぽど薄いが。

 

仰向けになったままそれを開くと、中には2つの押し花と1枚の写真が左右に納められていた。

 

押し花は、これもまた2つともタンポポ。

 

そして、写真には今よりも少しあどけなさが残るミコトと彼女とよく似たもう1人の女性が写っていた。写真の中の2人は、それぞれ神機を携え、活力のある笑顔をしたまま肩を組んでいる。

 

撮影された日は、2年前の5月5日___ミコトの17歳の誕生日であり同時に神機使いになった日でもある。

 

「……お姉ちゃん……」

 

写真に写るもう1人の女性___羽黒マコトの輪郭を指先でなぞる。

 

ジワリ、と視界が滲む。

 

 

___アタシ、ちゃんと頑張ってるから……許して

 

 

心の中に浮かぶその言葉は、果たして謝罪なのか懇願なのか。

 

どちらにせよ、彼女もまた過去に呪われていることだけは確かで、そして未だに自分を追い込むことでしか心の平穏を保てないでいるのも事実と言える。

 

彼女はせめて涙は零すまいと、頑なに真っ白なだけの天井を睨み続けていた。

 

 

 

 




どうも、アギョーです
こんばんちりはm(_ _)m

取りあえず、復活してから2回目の投稿です

内容とタイトルが噛み合っていないことについては見なかったことにして下さい。タイトルセンスが微妙なのは散々晒しているので(白目)

取りあえず次からはどうなることやら……アレ?

おうえんよろしくおねがいします!!!


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