八重歯の兄妹 (特撮ファンA)
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兄貴とリオ

 果たして俺は――喜ぶべきなのだろうか。

 残心の構えを取る妹を見て、タイガ・ウェズリーは自問する。

 物心ついた頃に生まれ、以来ずっと成長を見守ってきた妹。笑顔もたくさん見てきたが、今の笑顔はその中で最高のものだと言って間違いない。

 そうだ、何を迷うというのだ。

 俺がリオに教えてきた春光拳、その今までの努力が実ったというだけのことではないか。

 兄ならば、ともに喜びを分かち合うのが正しい行ど……ちょっと待って痛い、『(えん)(らい)(ほう)』命中したお腹すごく痛い。

 

「リオ……」

「えっ!? は、はい?」

 

 痛みを気取られまいと、師匠としての面子を保とうと、そして今にも無限の彼方へレッツゴーしてしまいそうな意識を繋ぎ止めようと、脅威的な精神力が普段通りの自然なイケボ(自称)を口から放った。それが功を奏し、我が妹リオ・ウェズリーはビシッと気をつけ。

 

「本当に、強くなったな。春光拳について、俺から教えることは、もう無い」

 

 タイガの最期……もとい、最後の教えに、リオは耳を傾ける。その顔は真剣そのものである。威厳が出るように、噛み締めるような口調を心がけた甲斐があるというものだ。

 別に炎雷の作用で痺れて喋りにくかったりするわけじゃない。

 

「けど、慢心するなよ。大会に出りゃ分かるが、俺なんかより強い奴はそこら中にいるからな」

「は、はい」

 

 そこでタイガはふっ、と顔を綻ばせ、

 

「安心しろ……お前なら、前に言ってた強い友達にも勝てるさ」

「えっと……はい!」

 

 今までで一番の返事をするリオ。全く、魔法とはいえ立派になりやがって……。

 

「……お兄ちゃん、もう現実見て」

 

 そう言うと、リオの体が光に包まれ、次の瞬間、十代後半くらいの背丈だった彼女は十歳の少女へと姿を変えた。変身魔法で体を成長させていたのだ。

 ちょっと心配げに眉尻を下げる。

 

「……お兄ちゃん、本当に大丈夫?」

「え、何が? 見ろ。こんなにピンピンしてるだろう?」

「というより顔がパンパン……」

 

 何言ってるんだ。そんなに心配するほど腫れてないだろう。

 でも不思議だ、すごく視界が悪いのはなんでだろう。

 

「髪の毛もアフロになってるし……」

「あーこれね、今日の朝起きたら天パになってたんだよ」

 

 いやー、人体って不思議!

 たまにバチバチとスパークしてるのは気のせいだね。たまに頭から足まで電流が流れたみたいに痺れるのも気のせいさ。

 

「あと……あんまり普通に話してるから言い出せなかったけど」

 

 リオは言い辛そうにその言葉を放った。

 

 

「お兄ちゃん……壁に逆さまにめり込んでるんだよ」

 

 

 くっ……今まで全力を尽くしてそのことから話題を逸らしてきたというのに、この優しい妹はそれを放置するという手段を取れなかったようだ。

 だが、ここで大人しく認めるタイガではない。

 往生際悪く、逆さ大の字の態勢のまま悪足掻きを続ける。

 

「最近のマイブームなんだよ! 壁って結構居心地良いんだぜ! その……ほら! すごく屈辱的な気分になるから!」

「いやいやいやいやお兄ちゃん私の炎雷炮で吹っ飛ばされた挙句そうなったでしょ!? 私見てたからね!」

 

 そう、俺はリオの変身魔法……まあ、面倒だから「大人モード」としよう。その練習の最終段階として、模擬戦をしたのだ。

 結果は俺の完全勝利……なんてことは普段の練習不足であり得るはずもなく、コテンパンにやられましたよはい。

 だがリオが格闘戦よりなら、俺は魔法戦よりだ。今回のような実戦では互角に渡り合える。……はず、だった。

 突然のデバイスの故障。この時ほど世の不条理を憎んだことはない。……デバイスを使って料理したのが悪かったのだろうか。拭いたけどレモン汁ついてたし……。いやでもレモン汁で壊れるもんなのか?今度きちんと実験してみよう。

 本当なら修理して別の日にやればいいのだが、何日も前に約束していてリオも楽しみにしていたからそんなことはできなかった。

 それで、しがないデバイス工をしている俺は、最後の手段をかますことにしたのだ。

 こうなるまでの経緯をダイジェストでお送りしよう。説明するより早い。

 

『あれ、お兄ちゃんデバイスは?』

『実はな、ついこないだ試作したやつを使ってるんだ。ただ、バリアジャケットのデザインまで設定する暇なかったからその辺のジャージに見えるが、ちゃんとバリアジャケットも着てるからな! 安心してかかって来い!』

『分かったよ! じゃあ、お願いします!』

『……でもできれば強い魔法はやめ』

『絶招! 炎・雷・炮!!』

『ぐべあっ!』

 

 ――こういうわけなのだ。

「練習だろうが常に全力を」というタイガの教えを心に刻んでいたリオは、開戦早々しっかりとお腹に必殺技を食らわしてくれた。

 当然、ほぼ生身に近いタイガは耐えることなどできる筈もなく。非殺傷設定だからそんなに怪我しないだろうと甘く見ていたタイガの体は、壁に突っ込んだ時のフィジカルダメージと、リオの炎雷の魔力変換資質で熱いやら痺れるやらの状態異常を起こし、現在とても面白いことになっている。

 

 お前は何をしているのだと言われそうな有様ではあるが、こう見えて彼はリオとの約束を果たしているのだ。

 

「リオ、これを見ろ……」

「え?」

 

 タイガはポケットに手を突っ込もうと……あ、両手ともめり込んでるじゃーん、手使えないじゃーん。

 結局、リオにポケットの中のものを取ってもらうことに。

 それは野球ボール大の機械的な物体だった。

 

「これなに?」

「俺の受けたダメージをあらゆる観点から解析する簡易デバイスだ。データは念話の要領で俺の脳内に直接送られてくるようにしてある。さっきお前に言ったことはそれに基づいた感想だから信頼して良いぞ」

 

 実際は自身の周囲に特殊な魔力フィールドを作り、受けた攻撃をそのフィールドで解析する……など色々とやっているのだが説明は省く。だって面倒臭いし。

 故障に気がついたタイガが、デバイス無しでも使える簡単な高速移動魔法の応用で手の動きを早め、一から完成させた努力の結晶である。

 当然、このデバイスそのものからデータを閲覧することも可能だ。

 

「まあそれ見たら分かるだろ、変身魔法は完成だな」

「お兄ちゃん……」

 

 リオはタイガの顔を正面から見つめた。

 なんだか照れくさいな。

 

 

 

「……それ作る時間でデバイス修理すれば良かったのに」

 

 

 

「………………ソウダネ………………」

 

 その言葉がトドメとなり、遂にタイガは意識を失った。

 

 

 今日の教訓。テンパると碌なこと無いね。

 

 

 

 

 

「……でも、ありがとうお兄ちゃん」

 

 

 

 ……?なんか聞こえたような。

 



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リオの一日

とりあえず、最新話までは目新しいところなどは無いです。
一日一話のペースで再投稿していきます。


 リオの朝はアラームで始まる。

 寝ぼけ眼のリオは、朝を告げる自分のデバイスを手にとり、アラームを止める。

 

「むにゃ……おはよぉ、ソルフェージュ」

『おはようございます、マスター』

 

 布団から這い出ると洗面所で顔を洗い、その後毎日の習慣となっていることをするためにある部屋へと向かう。

 程なくして到着したのはタイガの部屋だ。どうせ寝ているのだろうからノックは省略してドアを開き、

 

「お兄ちゃん朝だよー」

 

 言いながら足を踏み入れた。

 決して汚くはないが、様々な工具やデバイスの部品がしまわれた箱、デバイスについての数々の書籍などが並んでいるためにどこか雑然とした感想を抱く兄の自室が出迎える。

 その大量の物に囲まれた場所に布団が敷かれ、タイガがいびきを上げながら爆睡していた。

 

「おにい……あれ?」

 

 もう一度呼びかけようとすると、枕元に何か置かれていることに気がついた。

 しゃがみ込んで見る。

 

「ああ、ゼロの修理してたんだ……」

 

 原型を留めないほどバラバラにされた金属部品が几帳面に並べられている。手にドライバーを持っているところを見るに、徹夜で作業していたようだ。

 結局、なんで故障したのだろうか。聞いてみても目を逸らして誤魔化されて教えてくれなかった。「やっぱりレモンかな」とか言ってたけど、それは料理のことだと思うし。

 なんとなく、愛機を修理する兄の姿が思い浮かび、起こすのが忍びなく感じた。

 

 ――が、それはそれ。これはこれ。作戦を第二フェーズに移行する。

 

「お兄ちゃん、起きて」

「ZZzzzz」

 

 肩を揺するも起きる気配はなし。これで起きるとははなから思っていないため、次の段階へ移行する。

 両肩を掴んでシェイク。

 

「お兄ちゃーん?」

 

 遠慮なく揺らしてガックンガックン。目覚めの良い日ならこれで起きるのだが、今日はなかなか眠りが深いようだ。

 ――作戦を第四フェーズに移行する。

 カーテンを開け、布団を剥ぎ取り、頭の下から枕を抜き取る。

 朝日が容赦なく顔面に降り注ぎ、支えを失った頭が布団に落下。

 

「へぇあ!?」

 

 頭を打ってヤバそうな声を上げるタイガだが、まだ夢と現実の狭間で揺蕩(たゆた)っているようだ。いつもならどんなに眠くてもこうすれば起きるというのに。どうやら昨日の模擬戦と徹夜が相当こたえているらしい。

 だが、夢の世界から引きずり出せたならもう難しくはない。肩を軽く揺する。

 

「おーい、朝だよー」

「むぅ……」

 

 ようやくタイガが反応を見せた。あとは簡単である。タイガが目を覚ますまで揺すり続ければ、やがて兄は起きる。経験則だった。

 

「起きないと仕事遅れちゃうよ?」

「んー……ん……わかった……」

「ほら、今日の朝ごはんはお兄ちゃんの好きな……」

「……わかったって……謝る……こっそりリオのプリン食べたこと……」

「………………」

「………むにゃ」

「……………………………………」

 

「「………………………………………………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

「お兄ちゃん、なんとかして早起きできるようにしてよ? いつもいつも私が起こすわけにはいかないんだから」

「ああ、悪い……いつもありがとな。ところで今朝の記憶が無いんだけど、リオなんか知らない?」

「シラナイヨ」

「棒読みだなおい」

 

 そっぽを向くリオと、その横を歩いて不思議そうに首を捻るタイガ。彼が手に持っている袋には修理中のデバイスが入っている。

 ちなみに二人の服装は、リオが学園の制服、タイガが私服の上に白衣というものだ。彼曰く「仕事着」らしい。工場(こうば)で着ればいいんじゃないか……?とリオはいつも思っている。

 

「それよりさ、結局どうしてゼロ壊れちゃったの?」

「いやーまだ原因はわからないんだよ。多分レモンが絡んでると思うんだけど」

「へ〜レモ……ん!?」

「デバイスも機械だからな、防水はしっかりしてるけど見直しが必要かもしれん。あ〜あ、仕事以外にやることが増えた……」

「どうしてこの話でレモンが出てくるの!?」

 

 と、バス停に到着。タイガの仕事場はこの先にあるのでここで別れることになる。

 

「お、着いたか。じゃあなリオ、気をつけてな」

「うん、行ってらっしゃい」

「おう、行ってきます」

 

 軽く手を振りあうと、タイガは歩き出す。

 その背中が見えなくなった頃、バスがやってきた。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

 放課後。リオは学校図書館にいた。

 彼女が通うSt.ヒルデ魔法学院は聖王教会系列の学校で、普通の学校と比べて施設の規模が大きい。学校図書館もそれに余らず豊富な資料が揃っていて、調べ物にはもってこいだ。それ以外にも、放課後の小会議をするにもちょうどいい場所である。

 リオはそこで、ある二人とちょっとした相談事をしていた。

 

「じゃあ、合宿はテスト明けの連休に決定だね?」

「うん! 向こうでも楽しみにしてるみたいだよ!」

 

 二つおさげの少女コロナの問いに、そう朗らかに答えた金髪の少女、ヴィヴィオ。二人ともリオの友達であり、共に格闘技「ストライクアーツ」を習っている仲間だ。

 その相談の内容は、今週末に控えているテスト後の土日を含む四連休の予定を確認することだった。

 

「楽しみだなぁ……早くテスト終わればいいのに」

 

 リオはしみじみとつぶやいた。

 二人は何度か行ったことがあるらしいが、彼女たちと年度末に知り合ったばかりのリオは当然初めての体験である。楽しみに待っている行事だった。

 だがテストで悪い点を取れば当然、課題という大海に揉まれてその楽しみは藻屑と化す。

 それを避けるための勉強会も兼ねた集まりだった。

 

 

 

「そういえば、リオ」

「ん?」

「リオのお兄ちゃんも合宿に来てもらったらどうかな?」

 

 驚きのあまりリオは椅子ごと飛び上がると空中で椅子ごと二、三回転して白鳥のポーズ。そこから空中分離で椅子から離れ、華麗な仰向け態勢を披露すると豪快に床に落下した。椅子はどうだろうか?お見事、寸分違わず元あった場所に着地している。

 

「リオ!?」

「ご、ごめん……急に言われてちょっとびっくりしちゃって」

「びっくりしてああなる人初めて見たよ」

 

 ごもっとも。

 

 

 

「お兄ちゃんかー……誘えば来るだろうけど、合宿に来てちゃんと参加するかなあ?」

「デバイスマイスターなんだっけ?」

「そう、一応自分用のデバイスも持ってるんだけど、今故障してるんだって。まあでも、週末までには直すだろうから大丈夫かな……? いやでも……」

「そんなに悩むことでも、何かあるの?」

 

 ヴィヴィオの問いに、思わず押し黙る。

 悩むというか……おとなしく合宿に参加する姿が思い浮かばないというか。

 

「やっぱり仕事とか忙しいのかな? 難しいならそんな無理して考えなくても……」

「いやー仕事は大丈夫だと思うよ。お兄ちゃん、仕事は速いから」

 

 リオが心配しているのはそういうことではない。

 なんというか、得体のしれない不安があるのである。

 普段工場に引きこもっている分、ここぞとばかりに何かする気がする。ストレス解消とか言って、なんかこう………。言葉にし辛い。

 

「……わかったよ、一応話してみるね」

 

 結局、リオは考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、タイガは妹にそんな心配をされていることなど考えてもいなかった。

 小さすぎず、大きすぎずといった感じの町工場。

 タイガはそこで、持ち込まれたデバイスの診断をしていた。

 

「この仮面、血がつくと針が出るらしいんだが詳しく調べてもらえないだろうか」

「作品間違えてますね」

 



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兄貴の一日

 タイガはバス停でリオと別れると、そこから更に五分ほどの距離を歩いて職場に行く。

 そこは人気の少ない通りだった。幾つかの小さな店が並んでおり、ちょっとした商店街になっている。その中の一つがタイガが個人経営するデバイスショップ「虎屋」だ。名前? タイガ()の経営する店だから虎屋。シンプルはいつの時代もベストである。

 

「ふわぁ……ねむ……」

 

 欠伸を噛み殺しながら店の鍵を開け、中に入る。

 まず目に入る受付カウンターの上を軽く片付け、端にあるスイングドアを通って奥に進む。

 作業室に入るとゼロが入っている袋をテーブルの上に置いて、そのまま棚を確認。

 

「えーっと、今日返却予定のデバイスはこれと……あとこれか」

 

 幾つかのデバイスを持ち出すと入り口のカウンターに戻り、整理して置く。これで開店準備は終わりだ。

 

「さて、仕事すっか」

 

 タイガは言うと、入り口にかけられたプレートを「閉店」から「開店」にひっくり返した。

 

 

 

    ◇

 

 

 

 昼である。何時間かすっ飛ばした気がするが昼である。

 周りの商店街も賑やかになり始め、喧騒がドアの向こうから聞こえてくる。

 タイガは、入り口のプレートを「閉店」に変える。虎屋では午前中に受付、午後はもっぱら預かったデバイスの修理や、注文されたデバイスの発注や製作に当てているのだ。

 午後に入ってまずすることは、昼食だ。自分で作った弁当をものの五分で食すと、タイガは作業室に向かった。

 

「よし、直すか」

 

 修理道具を作業机に広げ、必要な部品を揃え、タイガはもう一つの業務を始めた。

 

 

 

    ◇

 

 

 

 数時間後。時間的には高校生が帰り始める頃。またすっ飛ばしたけど気にすんな、どうせ野郎が黙々と作業してるだけだから。

 何個めかのデバイス修理を完了して一息ついていると、昨夜の修理で通信機能だけは回復したゼロの残骸が通知アラームを鳴らした。

 

「お?」

 

 ひとまず、直したデバイスを梱包して棚にしまい、その後ゼロに指示して通信をつなげる。

 

「はい、こちら虎屋です」

『あ、お兄ちゃん? 今お仕事大丈夫?』

「リオか。大丈夫だけど、こんな時間にどうした?」

 

 空間に投影されたモニター越しに問いかける。

 

『うん、今日は何時に帰るのかなって。あと、それとは別に相談したいことがあったから』

「相談? まあ、わかった。今日は……そうだな、七時半くらいになりそうだな。ゼロのフレームを組み立てるくらいはやっておきたい」

『わかったよ』

 

 リオが話すたび、口から八重歯が覗く。可愛い。……まあ、八重歯は俺にもあるんだけど。

 

「で、相談ってなんだ? ソルフェージュに何かあった?」

『ううん、それは大丈夫なんだけど……お兄ちゃん、週末の連休に予定は?』

「連休? 多分なんも無いけど……」

 

 頭の中でスケジュールを確認する。

 休日中に返却予定のデバイス――ない。

 誰かと会う約束――ない。

 隣の喫茶店の店長(女、二十九歳独身)とのお茶会――そんな約束するわけがない。

 うむ、予定はないな。

 

「やっぱり無いな。連休どっか行きたいのか?」

『実はね、かくかくしかじか』

「なるほど、合宿ね」

 

 小説って便利。

 

「それってナカジマさんとかも一緒に行くのか?」

『うん。他にもヴィヴィオのお母さんとか、局員の人たちがいっぱい来るんだ。勉強になりそうなことがいっぱいあるよ。あと、大人モードをお披露目するつもりなんだ』

「へー……」

『それで、ヴィヴィオがお兄ちゃんも来たらどうだって言ってくれたんだけど』

「うーん、どうすっかな」

 

 確かに面白そうな内容だが、そうすると休業を告知したりなど、やることができる。

 ふと時計を見ると、結構な時間が経っていた。

 

「あー、返事は後で良いか? まだ何個か修理するデバイスが残ってるんだ」

『あ、うん。仕事中にごめんね?』

「いや、気にすんな。じゃあな」

『うん、頑張って』

「おう」

 

 通信が切れる。タイガは預かっているデバイスの返却日と名前をまとめてある書類を手に取り、確認をした。

 

「んと、残ってるのは……あと二つか」

 

 さて、頑張りますか。これが終わったらゼロの修理の続きだ。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「終わったああああ…………」

 

 ぐっ、と体を伸ばして脱力。倦怠感が心地よい。

 目の前には、原型を取り戻した銀色の腕輪がある。ゼロの待機形態だ。タイガが左腕に装着すると、中央にある青いランプが息を吹き返すように点灯した。

 タイガの腕に合わせてサイズを自動で調整する。

 

「お、直ったか。いやー急に壊れたからびっくりして手首が砕けるように痛いぃぃぃぃ!!」

 

 タイガの腕のサイズより小さくなっても更に締め続けるゼロ。心なしか表面に青筋が浮かんでいるような。だいぶキレていらっしゃる。

 

「ちょっ……腕……待っ……わ、わかった! 俺が悪かった! 許して! 許してくださいゼロさ橈骨(とうこつ)尺骨(しゃくこつ)が砕け散るうぅぅぅぅ!!」

 

 もう料理に使ったりしない! レモン汁ついたりしないように細心の注意を払う! だから許して!

 床をのたうち回り何度も壁に激突して、それをしばらく続けているとようやく締め付けが収まった。

 批難するようにランプが点滅する。

 

「はい……もうしないです……」

 

 息も絶え絶えにそう答えると、ようやくランプの点滅が収まり、大人しくなった。タイガは恨めしげにゼロを見るが、よくよく考えれば怒られても仕方ないのは自分の方なので黙っていた。

 それに、今度こそ腕が折られそうだ。

 

 

 

 店に鍵をかけ、夜の街を帰路につく。この時間になると、昼間は賑やかな商店街も鳴りを潜める。代わりに飲み屋やレストランなど、夜に客が来る店が繁盛を見せていた。酔っ払いの楽しそうな声が聞こえてくる。

 酒って美味いのかな……あと四年経たないと飲めないけど気になる。

 そんなことを考えながら十分ほど歩いていると、ようやく我が家が見えてきた。

 

 

 

「ただいまー」

 

 玄関の扉をくぐって靴を脱ぎ、居間に進む。リオが勉強していた。こちらに気付いておかえり、と言う。

 

ぐ〜…………

 

「ゼロ直った?」

「ああ、うん……なんか凶暴になったけどちゃんと直したぞ」

「凶暴……?」

「冗談だ」

 

 だから締まるのやめて、ゼロさん。

 

「そうだ、合宿の話だったな。どうせ連休中は店を休むつもりだったし、行ってもいいならついて行こうかな。それに、ヴィヴィオちゃんがいるならなのはさんも来るんだろ?」

「うん、そうだよ」

「ならまあ、保護者ってことでついて行くよ。なんなら料理の手伝いでもできるし」

「じゃあみんなにもそう言っておくね」

 

ぐ〜…………

 

 白衣とカバンを自室に投げ込み、居間に戻るとリオに向き直る。

 

「で、飯は?」

「まだ食べてない!」

 

 キリッと一言。

 さっきから聞こえる音はリオの腹から鳴っているらしい。

 はあ、とため息をつく。

 

「今日は遅くなるって連絡しただろうに……」

「だってお兄ちゃんの方が料理上手だもん♪」

 

 ここまで言われたら仕方がない。

 

 

 

「お前も料理くらいできるようになれよ? 将来結婚したら苦労するぞ」

「私が結婚したらお兄ちゃん朝起きれなくなるぞー?」

「そりゃそうだ。やっぱお嫁なんか行くな。俺が飯作ってやるから」

「変わり身早いね。今日は何作るの?」

「ラーメンだ。麺から作るぞ」

「私みそ!」

「俺醤油!」

 

 ちょっと遅めの夕飯は、少し熱くなってしまった。

 



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兄妹勉強会

 ある日のこと。仕事から帰り、夕飯で腹を膨らました後のこと。

 

「あー眠ぃ」

 

 その日、タイガは目の下にクマを作りながら洗い物をしていた。

 広大なミッドチルダ首都、クラナガンにおいて虎屋はかなり田舎にある店だが、口コミで広がって現在はクラナガン都市部からも客足は伸びてくるようになった。売り上げが上がるので嬉しいことは嬉しいのだが、それでここまで疲れるのは最近の悩みであった。

 いや、世の社会人の皆様に喧嘩を売っているわけではない。これには色々事情があるのだ。

 というのも今日、学者から遺跡発掘で見つかったという遺産――古代(エンシェント)ベルカ式のデバイスを、当時のように復元しろという無理難題を吹っかけられたのだ。

 当然、管理局などの専門家に持っていくように言ったが、これがしつこかった。管理局にロストロギア判定されて研究の機会を失うのが嫌なのか、もしくは安く済まそうとしているのかは知らないが、そんな考えは簡単に読んでしまうタイガである。

 結局、偉そうなおっさんは引き取っていったが、帰り際にやたら子供くさい捨て台詞を吐いていった。そしてゼロにこっそり仕組ませておいた落とし穴に見事に引っかかってくれた。思わず笑ったが悪くない。

 つまり、タイガが疲れているのはそういった人を追い返すのに苦労したためなのだ。しかもその状態で預けられたデバイス修理をして帰ってきたのだから、その疲労度は半端ではない。

 そんな分かりやすく疲れているタイガだったが、ふとキッチンを伺うようにピョン、と覗く一房の毛の束に気がついた。

 ふむ、あの動き……何かを言おうか迷ってるな?

 

「リオー。どうした? ご飯足りなかったか?」

 

 向こうが迷ってるならこちらから声をかけるまで。その毛は一瞬、ギョッとしたように震えたが、やがて恐る恐ると顔が覗く。

 リオは少し気まずそうにタイガの顔を見る。

 

「いや、ちょっと頼みたいことがあったんだけど、なんかお兄ちゃん疲れてるみたいだったからさ……」

 

 頬を指で掻きながらそんなことを言う。疲れたと言っても、一晩寝れば回復する程度だから何も問題無いというのに。

 リオは上目遣いでタイガを見上げた。

 

「その……勉強教えて欲しいんだけど……」

「任しとけ、いくらでも教えてやる」

 

 クマが一瞬にして消滅する。彼女が天然の上目遣いで少し恥ずかしげに言ったそのお願いは、意図せずして一人の男のHPを全快させたのであった。

 

 

 

「へー、魔法学院てこんなことするのか」

 

 リオの教科書をさっと読み、タイガはそんな感想を漏らした。

 

「あれ? お兄ちゃん博士号持ってるってお母さん言ってたけど」

 

 リオの言葉に苦笑する。

 

「ただの論文博士だよ、デバイス工学だけ。学校は聖王崇拝がなんか性に合わなかったから初等科二年の途中でやめた」

 

 先生方には生意気な子供だったろうと今更に思う。

 そもそも、勉強するためにクラナガンに来たというのに、肝心の学校を辞めたのだ。

 この知らせには同じく春光拳を習っていた従姉妹のリンナも愕然としたという。

 じーちゃんにはこっ酷く叱られたっけか。

 

「へー、初耳」

「まあ言う機会もなかったしな。あ、別に聖王オリヴィエ自体が嫌いってわけじゃないぞ」

 

 タイガは勉強机に向かっているリオの後ろに立ち、何をしているのかをのぞき見る。

 

「どこが分かんない?」

「んと……この古代(エンシェント)ベルカの問題」

「あー……ややこしいからなぁ、ベルカ関連は」

 

 ちょっと待ってろ、と言って部屋から出ていくタイガ。しばらくすると大きな本を脇に抱えて戻ってきた。

 

「何それ?」

「ベルカ関連の集本。難しいのから子供向けのまである。教科書見た感じだと、ベルカ戦乱期の王達のことを覚えといた方が良さそうだからな。これ読みやすいし、子供向けでもちゃんと史実に基づいてるようだし」

「お兄ちゃんそんな本持ってたっけ」

「こないだ本棚整理したら出てきた」

 

 要するに、今まで物に埋もれていたと。

 リオがこめかみを抑える。

 兄の部屋がまた汚くなってたら私が掃除しよう、とリオは心に決めた。

 

「まあこれはテスト直前とかに読めばいいだろ。他に分かんないとこあるか?」

 

 そう言いながら本を渡す。リオは受け取るとその本をとりあえずカバンに入れておき、机に向き直る。

 

「えっと、こことこことここ……」

「あー、それはこれとこれを掛けてここを足して、そしたらあれをこうしてこれを良い感じに……」

 

 そうして勉強を進めていくと、

 

「そういえばこの間、虎屋の隣の喫茶店の人が『タイガくん×エリオくんなんてどうかしら』ってブツブツ言ってたけど、どういう意味?」

「一生理解してはいけない話だ。それを理解した瞬間、人は腐った修羅の道へ迷い込み、二度と戻ってくることはない……」

「えっ」

 

 年頃の妹に何教えてんだあの人は。とりあえず、今度会ったらしばく。

 そんなんだから結婚できないんだよあの人……。

 

 

 

 

 気がつけば既に二十時を過ぎていた。うとうとし始めたリオだが、十分勉強は進んだと思う。

 

「にしても……」

「ほえ?」

 

 不意に何か呟いたタイガに、眠たげなリオが目を向ける。

 

「リオ、十分頭良いじゃん。随分焦ってたからもっと色々聞かれると思ってたんだけどな」

 

 彼女が勉強中に聞いてきたのは、大半がこの年齢の子には難しめの応用問題。基礎や軽い応用問題はサラサラと手を動かして解いていってしまうため、思わず感心したものだ。

 

「えへへ、本当?」

「おう、ホントホント」

 

 リオの肩を揉んでやる。そんなに長時間勉強したわけでもないためそんなに凝っていなかったが、昔からこうしてやると気持ち良さそうに満面の笑みを浮かべるのだ。それを見るだけで、こっちも疲れが取れる気がする。

 

「うっし、なんか食うか? 軽めのやつなら作ってやるよ」

「ホント!? ならごま団子!」

「オッケー、任しとけ」

 

 

 ごま団子を頬張ったリオはその味に頬っぺたが落ちそうになり、そんな彼女の緩んだ表情にタイガは癒された。

 

 その後も二人の勉強会は深夜まで……続くことはタイガが許さず、二十一時頃には風呂も歯磨きも済まし、床についたのであった。

 

 

 

 ちなみにテストは普段より点が高かった。

 



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合宿編①

用事が重なって更新できませんでした!
ごめんね!


 訓練合宿出発の日。

 人数の都合上、他の人達と一緒の車には乗っていけないということで、タイガは自分のスクーターに自分とリオの二人分の荷物を乗せて次元港へ。

 

「うわ、人多いな」

 

 入り口をくぐると、喧騒とともに圧倒されるような人の波が目に入る。

 連休中に何処かへ旅行に行こうというのは、やはり皆考えることなのだろう。それに加えてここは第一管理世界ミッドチルダ。普段から人の流れが大きい場所なのだ。相乗効果で恐ろしい人数がひっきりなしに動いていた。

 取り敢えず、人混みを掻き分けて指定されたフードコートを目指そうと歩き出した。

 

 

 

 ……が。

 

「なるほど分からん」

 

 この男、重度の方向音痴だった。

 先ほどから案内板に従って歩いているつもりだが、なぜか同じ場所に戻ってきてしまう。変化球を織り交ぜようと逆方向にも行ってみたが結果は変わらなかった。

 むう、と唸って周りを見るも、すでに案内板すら見えない。

 いかん。このままでは一人寂しくミッド残りになってしまい、連休の間一度もリオと会えなくなってしまうではないか。

 取り敢えず道を聞こう。そう考えて近くの人に声をかけてみた。

 

「すみません」

「む、何だね?」

 

 クルッと振り返ったのは、なぜか白衣を着た男性。頭に女性物のパンツを被っている。フリルのついた可愛らしいものだ。最近のパンツは通気性も良いから被り心地は良いかもしれないね。オシャレで機能性抜群とか最高じゃないか。

 

 お巡りさーん! と叫びたくなるのをグッと堪え、口を開く。

 

「実は迷ってまして、フードコート探してるんですが……」

 

 たとえ変態だとしても俺はみんなと合流する必要がある。ここは全力でスルーすべきだろう。あと関わりたくない。そんな失礼極まりないことを考えながらタイガは会話を試みる。

 

「ふむ、そこならさっき見たな。あの角を曲がって少し進んだ場所にあるはずだよ」

 

 意外にも親切に教えてくれた変態(仮)さん。お礼を言って立ち去ろうとすると、なんかくさい匂いが漂ってきた。……今スカしたな? あだ名はスカさんだ。

 そうしてスカさんに聞いた通りに道を歩いていくと、フードコートが見えた。

 足を踏み入れると知り合いの顔を探すが、見当たらなかった。どうやら、遅れることなく先につけたらしい。スカさんのおかげだ。変態だけど。

 やることも無くなったので、ちょっとした食事を食べておくことにした。カウンター席につくと、普段はあまり作らないハンバーガーを一つ注文し、ボーッと店内を眺める。

 それにしても……ファストフードとはいえ、美味しそうである。他の客の食べっぷりを見ていると空腹感に襲われる。今朝はちゃんと食べてきたのだが。

 特に横の女性はとんでもない量の食事をそれはそれは美味しそうに頬張っている。

 ……うん、見てるだけで胸焼けしそうだ。空腹感とか吹っ飛んでしまった。気を紛らそうと、ゼロを使ってラジオでも聞くことに。

 

『速報です。ついさっき、次元港にて女性用の下着を頭に被った変質者が、係員によって取り押さえられました。被疑者は白衣を着ており……』

 

 ……スカさん……。

 

 

    ◇

 

 

 そんなこんなで、着きました。

 

 無人世界、カルナージ。一年を通して温暖な気候で、緑あふれる世界である。

 つい一、二時間前に到着した一行は、世話になるアルピーノ母娘に挨拶を済ませると、ヴィヴィオの母親である高町なのはさんやフェイト・T・ハラオウンさんを筆頭とした管理局メンバーはトレーニングにアスレチックフィールドへ。リオたちちびっ子組はウォーミングアップも兼ねて川遊びへと向かった。

 

「えーと、こいつの点検すれば良いんだな」

 

 で、タイガが何をしているかというと、施設の点検作業であった。仕事着である白衣を羽織り、ドライバー片手に配線などをチェックする。

 もともとこの合宿に来る予定のなかったタイガだが、局員の人のオフトレに素人が参加するのも迷惑じゃないかと考えたのがそもそもの始まり。

 親切なことに宿も無料で提供してくれたのだが、それは悪い。デバイスマイスターとして何かできることがあればそれをしようとアルピーノさんに聞いてみたところ、施設のチェックを頼まれた。

 なんでも、ここのホテルや練習場は彼女の娘が一から作ったのだという。それを聞いて気絶しそうになったのは置いておくとして、腕は確かだから心配は無いが一応確認して欲しいと言われたのだ。

 

 デバイスマイスターの仕事は多岐に渡る。いつもタイガがしているようなデバイスの制作や修理を筆頭に、都市の魔力を賄うシステムのメンテナンス、次元航空鑑のメカニカルスタッフとして携わる者もいる。一口にデバイスといっても、その種類は無数に存在するのだ。

 当然のことながら、デバイスマイスターにも向き不向きがある。次元鑑の整備は誰にでもできる訳ではないし、それができる人でも普通のデバイス修理はできないこともある。

 しかし、大まかな構造はどれもそんなに変わりはないのだ。

 かつてタイガは、それを身をもって体感したことがある。

 

 四年前のJS事件。

 

 クラナガンを震撼させたあの大規模テロ事件は、一時的にその都市機能に壊滅的なダメージを与えた。

 当時十二歳。駆け出しとはいえデバイスマイスターとして生計を立てていたタイガは、クラナガン発電施設の修理を依頼されたことがある。彼は右も左もわからないような子供だったが、あの時はそれほど切羽詰まっていたのだ。

 最初は見たこともないような部品に戸惑い、慌ただしく動く大人のマイスター達の間で小さくなっていたのだが、彼らの姿を見ているうちになんとなくデバイスを修理する時の光景が思い浮かんだ。

 それからは驚くほど簡単に構造を掌握することに成功し、修理も無事に終わった。

 

「よし、終わり」

 

 一仕事終えたタイガは、アルピーノさんに連絡を入れる。すると他にやることは無いとのことなので、リオの様子を見に行ってみることにした。

 

 

 

 しばらく歩くと川に出た。また迷ってスカさんと出くわしたりしないかと不安だったが、杞憂に終わったらしい。

 まず目に入ったのは、元気に泳ぎ回る子ども達の姿。はしゃぎながらお互いに水をかけ合ったり追っかけっこしたり。楽しそうで何よりだ。

 引率のノーヴェがタイガに気付く。時計を確認すると驚いたように声をあげた。

 

「もう終わったのか?」

「もともとかなり上手く出来上がってましたからね。そこらの業者よりも良い仕事してます」

 

 苦笑しつつ、そう答える。これはお世辞なしの言葉だ。

 ちなみに挨拶は既に全員と済ませてある。なんか知り合いがいっぱい混ざってたが。

 リオたちに目を戻す。なんか一列に並んで拳を構えている。

 

「あれは何を?」

「"水斬り"だ」

「ああ、水切り」

 

 それならば知っている。タイガもデバイスの特性上、たまに練習として行っていた行動だ。懐かしいな……でもあの構えは何だろうか?と軽く首をひねるタイガだが、次の瞬間謎の光景を目にした。

 

 女の子――確か、名前はコロナ――が水中で突きを放ち、次の瞬間、拳圧が水を切り裂き、小規模な津波が起きる。

 

「ん?」

 

 次にリオが同じく拳を振るえば、更に大きな津波が高速で進んでいった。

 

「あれ?」

 

 最後に金髪の女の子が全身を使ったパンチを繰り出す。あ、すげー。型できてる。そんな現実逃避も嘲笑うように、これまでで最大の波が起きた。その様は、ゴジラ出現シーンにも劣らない見事な迫力。

 ノーヴェがしたり顔でこちらを振り向く。感想でも求めているのだろうか、ならば期待に添えることができるかもしれない。

 タイガは白目をむきながら一言、こう言った。

 

「……俺の知ってる水切りと違う……」

 




スカさんははぐれた娘に気づかれたい一心であんな格好してたんだよ……多分


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合宿編②

【前回のあらすじ】
スカさん逮捕。


 平べったい形の石を拾うと、丁度いい具合に窪みがあったのでそこに人差し指を引っ掛けるようにして持ち、そのまま腕を引き、体勢を低くして構える。

 

「――よっ」

 

 掛け声と同時に、石をアンダースローのように投擲。手首のスナップで強く回転をかけることも忘れない。手から放たれた石は水に触れても沈むことなく、まるで意思を持つように水面を跳ねていく。四、五、六……石は勢いを落とさないまま跳ねる回数を伸ばしていき、最後には対岸まで届いてしまった。

 おお、という声が聞こえる。

 

「そんな訓練があるんですね!」

「訓練っていうか遊びっていうか……まあ良いか」

 

 目を輝かせて詰め寄ってくる金髪の少女、ヴィヴィオ。なんていうか、本当に格闘技が好きなんだなあと思い苦笑した。リオも大概だと思っていたのだが、聞けばリオが大人モードを作ろうと決めたのもヴィヴィオの影響だと言う。

 最近のちびっ子はすげえなあ、なんて考えを抱くも、十歳頃の自分も大差なかったかと思い直した。勿論、きちんと学校に行っている彼女達の方が数倍凄いのだが。

 ふと目を戻すと、子どもたちが石を探してウロウロとしていた。

 ……あれ、教えなきゃいけない感じ?

 

 

 その後は軽い水切り講座みたいなものをなし崩し的に開くことになったり、逆に水斬りをちびっ子達に指南されたりとなかなか忙しいことになってしまった。俺水着持ってきてないのに。

 

 そんな訳でびっしょびしょに濡れたシャツを絞っていると、その様子を見ていたノーヴェに声をかけられた。

 

「子どもに慣れてるんだな」

「まあ、昔からリオの相手してるので。実家(ルーフェン)の方でも、偶に帰ったらチビ達の相手させられたりしますし」

 

 話しながら絞ったシャツを広げると、右手に魔力を込める。すると赤い光が熱とともに発生した。火力をアイロン程度に抑えると、シャツの濡れた部分に当て、撫でるようにして乾かしていく。

 

「それは炎熱変換?」

 

 後ろから聞こえた声に振り返ると、いつの間にか水から上がってきた紫色の髪の少女、ルーテシアが興味深げにこちらを覗き込んでいた。ホテルの所有者であるアルピーノさんの娘だったはずだ。歳は結構近かった気がする。

 返答の代わりに右手を見せ、火力を上げる。すると徐々に赤みが強さを増し、次の瞬間、明るい炎が燃え上がった。

 ――魔力変換資質。魔導師の一部が生まれつき保有している特殊な性質で、魔力をごく自然に直接的な物理エネルギーに変換できる能力だ。

 タイガの使っている資質は『炎熱』。読んで字の如く、魔力を炎や熱に変換する資質である。他にも『電気』や『氷結』などがあり、その種類はまさに無数だ。

 ルーテシアの楽しげな表情に満足すると、火力を元に戻して乾燥作業に戻る。

 

「便利だね」

「そうだな」

 

 魔力変換資質は、戦闘においては砲撃を強化するなど様々な使用法があるが、炎熱の場合このように日常生活においても役に立つのがタイガ的に気に入っているポイントだ。梅雨時なんかには本当に重宝する。

 ただし火力調整を間違えると火事になったりするのでそこだけ注意。まあデバイスが制御してくれるようになってからそんなことも滅多に無い上に、もう一つの変換資質でもなんとかなるのだが。

 一通り乾かし終わったシャツを着ていると、一際大きな水しぶきが上がった。見るとちびっ子の一人、アインハルトが水斬りをしたようだ。だが起きたのは波ではなく巨大な水柱で、本人は不思議そうに首を傾げている。

 それを見たノーヴェさんが苦笑いしながら近づいて行く。リオたちのコーチを務めているというので、コーチらしく指導に行ったのだろう。

 

「………………………」

 

 一言二言何かを言った後、ノーヴェさんが足を振り上げると、ヴィヴィオ達とは比べ物にならないほどの波が起きる。それを見て子どもたちは大はしゃぎだ。アインハルトは魅入っているようで、ノーヴェさんの教えたことを反芻している様子。

 今の蹴り、凄いな。かなり鍛えられてるっていうか……なんか、凄すぎる。違和感すら覚えるほどに。人離れしている、とでもいうのだろうか。

 

「お兄ちゃんっ」

 

 自分でも何が言いたいのか首を捻るようなことを考えていると、見知った顔が視界にニュッと飛び込んできた。口の端から八重歯がのぞいている。可愛い。さっきまで何考えてたか忘れちゃったぜ。

 リオはタイガの手を取ると、来て来てと言いながら川の近くまで引っ張っていく。

 

「どうした?」

「見て、水切りできるようになったよ!」

 

 そう言って構えるのは、石。教えた通りのモーションで腕をテークバックすると、一気に投げ放つ。回転を加えられた石は軽快に水面を五回ほど跳ね、そして最後は沈む。

 

「おお!」

 

 教えてからそんなに経ってないのに、これだけ飛ばせるとは大したものだ。思わず感嘆の声が漏れる。

 

「すごいすごい、やるなリオ」

「えへへへ」

 

 リオの頭を少し強めに撫でてやると「きゃー」と楽しそうな声を上げてはしゃいだ。

 

「……っと」

 

 ゼロに現在時刻を表示させてみると、もう昼時だ。

 アルピーノさん……分かり辛いのでメガーヌさん、つまりルーテシアの母親なのだが、彼女と昼飯の準備を手伝う約束をしているため、そろそろホテルに戻らねば。

 そういうわけなので、一言断ってからタイガはその川を後にした。

 

 

 

「いやー、このままだともうすぐ追いつかれそうだな〜」

 

 ホテルまでの道中、誰に向かってでもなく、タイガが呟いた。ゼロからも返答は無いが、代わりに一度明滅する。

 この間の模擬戦でも思ったことだが、リオの実力は着実に上がっているらしい。それこそ、もうすぐ追いつかれるんじゃないかと心配になるほどに。いや、追いつかれても別に悲しくないっていうかむしろ一緒になって大はしゃぎするくらいなんだけども、それでも今はまだダメだ。

 なぜか。

 

(どうせなら、万全のコンディションで倒して欲しいもんだよな)

 

 いくらなんでも、自分の実力が全盛期から変わらないということはありえない。

 デバイスマイスターになるために必死にしてきた勉強。そのために犠牲にした練習の日々は簡単には戻らない。その上、普段は店にこもって運動不足ときた。

 自惚れではないが、かつての自分は本当に強かったのだと思う。学校をやめた当時、目標を見つけようと努力していたのだが、所詮は子供だ。考え続けることに限界はある。

 そんな時は、ガス抜きとして市民アリーナで春光拳の鍛錬に勤しんだ。休憩時間すら他の利用者の動きを観察し、未知の格闘技術を盗んだ。時には大会などに出てみて、自分が実家(ルーフェン)でどれほど身の程知らずだったのかを思い知らされた。

 

 やがて、じーちゃんからリオが学校に通う年齢まで成長したらミッドにやって来るつもりらしいことを聞き、このままではいかんと自分の本当の意味での目標を探し始めた。そして見つけた、デバイスマイスターの夢。我武者羅に勉強し、やっと手にしたのが六年前……タイガ・ウェズリー少年、十歳の時の話だ。

 

 無駄な話で長くなったが、要するにリオに倒されるならば弱った今の自分ではなく、全力を以って戦い、そして倒されたいということだ。

 

「……なあゼロ。その辺どう思う?」

『………………』

 

 反応はない。

 それでもなんとなく、コイツなら同意するんだろうなあとは思ってしまった。

 




《おまけ》2秒で分かる『タイガ・ウェズリー』

シスコン。



今回は
(あれ……俺って思ったより運動不足?)
と運動不足野郎が自覚した、というだけですので、なんか最後の方シリアスっぽい雰囲気出してますがそんなことないのでご安心を。


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合宿編③

【前回のあらすじ】
刑務所に逆戻りしてしまったスカさん。そこで彼を待っていたのは、パンツを取られて激怒する娘の姿であった。果たしてスカさんは、頭に被っているパンツを隠すことができるか!?


 昼頃、合宿に参加している人達に昼食を振る舞った。自分の料理をこんなにたくさんの人に食べてもらうのは久しぶりだったため張り切ってしまい、作り過ぎたかと不安になるほどの量を出したのだが、大食いの人間が自分含めて数人いたので杞憂だったようだ。瞬く間に料理が減っていく様を見て、内心ホッとする。

 おかわりを持っていくと、ちょうどリオとコロナちゃんが俺の作った豚肉入りの包子を食べていた。

 

「これ美味しい!」

「肉まんですか……?」

ハホフ(包子)ッヘヒフフハホ(って言うんだよ)

「口を空にして話しなさい」

 

 両手に一つずつ包子を握り、口いっぱいに頬張っている妹の頭を軽く小突く。食欲旺盛なのはいいことだが落ち着きなさい。

 

「もう一つもらっても良いですか?」

「ん、好きなだけ食べて良いよ」

 

 コロナちゃんがいただきます、と言いながら一つ包子を取り、ふと思い出したように聞いてくる。

 

「これお兄さんが作ったんですか?」

「そうだよ」

「んぐんぐ、んむぐむぐ」

「おいリオ」

 

 さすがに今度はなんて言ったのかわからなかったぞ。

 やっぱり友達との食事が楽しくてテンションが上がっているのだろうか。

 それは良いのだが、そのうち喉に詰まらすぞ? と思いながら持ってきた水をリオの目の前に置いておく。

 

「むぐむ……んむっ!?」

「ほら言わんこっちゃない」

 

 まさに水を置いた瞬間に喉に詰まらせた。反射的に目の前のコップを持ち上げると口に運び、ぐびぐびと水を飲み始めた。

 軽く背中を叩いてやりながら、他の人の分の水も渡す。

 

「な、慣れてるんですね……」

「まあ、よくあることだから」

 

 リオの兄をやっていれば、何かやらかす時は自然と分かるようになる。基本は良い子だからそんなに役に立たない能力だが、今日に限っては友達と一緒でテンションが上がっているのだろう。何よりリオは基本的に元気な女の子なのだから、まあ仕方ないととうの昔に受け入れてしまっている。

 

「……あれ? あと二人どこ行った?」

「ああ、ヴィヴィオとアインハルトさんなら……」

 

 あっちですと言われて見てみると、まるで油の切れたロボットのような動きで蠢く二つの物体。

 ヴィヴィオとアインハルトだな。

 

「どうしたのあの子たち」

「水斬りのやり過ぎでああなっちゃったみたいです」

「すごいな……何回やったらああなるんだろ、まるで死にかけの老馬みたいだけど」

 

 俺なんか二回くらいで既にちょっと筋肉に来ているというのに、普段から鍛えている彼女たちが何回やればあんな疲れるというのか。考えたくもない。

 まあ体はあんなんでもちゃんと料理は楽しんでいるようだし、問題ないだろう。俺は他のとこにおかわりを持っていくとしよう。早くしないと冷めてしまう。

 

 

   ◇

 

 

 昼食後も管理局組は引き続き訓練を続け、ちびっ子は各々練習に励んでいた。

 俺はというと、なぜか高町さんに誘われて少しだけ訓練に参加させられたりしたが、なんとか無事に午後を生き抜くことができた。

 そんなことがあった後の夜。ホテルアルピーノの有する極上の温泉で疲れを癒している時のことだった。

 

「まさか男子が二人しかいないとは思ってなかったよ」

「僕はもう一人いてくれて良かったですよ……」

 

 この風呂がやたらと広く感じられるのは実際の広さ故か、はたまた浸かる人数の少なさ故か。合宿参加者の中でただ二人だけの男――つまり俺とエリオ・モンディアルは、揃ってだらしない表情を浮かべていた。

 いやほんと、周りが女性ばっかりだと精神的疲労が凄まじいのだ。リオくらいの子供ならば慣れてるっていうか、普通に子供として扱えば良いので楽なのだが、同年代かそれ以上の女性相手だとそうはいかない。一級フラグ建築士でもない限り、男とは何もなくても女性に気を遣ってしまうものなのである。

 そんなわけで、男しかいないこの空間は気を抜ける数少ない瞬間である。

 更に、そのもう一人がもともと知り合いだったら尚更のこと。

 

「でも、タイガさんが来るなんて聞いてなかったので驚きましたよ」

「俺も最初は来る予定なかったんだけどね。もしかしてハーレム状態の方が好き――」

「男女比1:11の空間に投げ込まれても同じこと言えますか?」

「ごめん」

 

 死んだ瞳で虚空を見つめている彼、エリオは俺の二歳年下でありながら、管理局で働いている立派な少年である。以前、一度だけ虎屋にデバイスのメンテナンスを依頼されたのだが妙に馬が合い、以来私的な交友が続いている。

 とはいえ、仕事があるので大概は通信だけである。

 故に、こうして面と向かって話すのは久しぶりになる。

 

「そ、そういえばまた身長伸びたんじゃないか? もう俺と並びそうだよな。いつも何食べてんの?」

「そんな特別なものは食べてないんですけどね……やっぱり、しっかり食べて運動することでしょうかね」

「ふうん」

 

 熱湯風呂に浸かって夜空を眺めながら、つらつらと他愛ない話を続ける。

 いい湯加減だ。

 

「管理局だといっつもあんな訓練してるのか?」

「あれは訓練合宿だから過酷ですけど、普段はもうちょっと優しい訓練ですよ。仕事に響くと悪いですし」

「そうなんだ」

 

 「もうちょっと」の具合がものすごく気になるが気にしないでおく。

 

「……あの、タイガさん」

「なに?」

「もう出ませんか……?」

「えーもうのぼせた? 情けねーなー」

「炎熱持ってる人と一緒にしないでください!」

 

 と、いい加減熱いのに耐えられなくなったらしいエリオが、熱湯風呂から出る。

 ああは言ったが、炎熱も持ってないエリオがここに五分以上入ることができたのはすごいと思う。俺が平気なのはひとえに高熱耐性があるからなのだ。

 ちなみにリオも炎熱変換を持っているため、家の風呂の温度設定は普通の家庭より高い自信がある。

 更に言うと俺は水風呂も大好きである。

 別の風呂に避難したエリオを見ながら、リオは何してるかな、とふと思った。

 

 

 

『炎雷炮ッ!!』

『あ〜っ』

 

 

 

 その時、リオの裂帛の叫びと何者かの悲鳴が夜空に響き、人型の何かが空に飛んでいくのが見えた。

 

「………………」

 

 何してんのあの子は。いやむしろ何されたのあの子は。あれか、最近の格闘技は入浴中も練習するのが普通なのか? つくづく厳しい世界である。んなわけねえだろ。

 

「あの、タイガさん」

「なんだ」

「今のリオちゃんの声……」

「知らん。俺は何も知らんぞ」

 

 脱衣所に置いてきたゼロ(非常時はソルフェージュから緊急連絡が入るよう設定している)から何も連絡が来ないということは大したことないだろうしな。ていうか俺があそこ(女風呂)に突入したりしたら管理局に捕まるわ。

 

「……そういえば、リオちゃんも変換二つ持ちなんですね」

「そうだよ、言ってなかったか?」

「兄弟で変換を持ってることしか聞いてないです」

「そうだっけか」

 

 そういうエリオもたしか電気の変換を保有しているはずだ。記憶が正しければ。

 ……あ、良いこと思いついた。

 ちょいちょい、とエリオを手招きする。

 

「なんですか」

「ちょっと害のない程度に電気流して欲しい」

「良いですけど……」

 

 しばらくするとビリビリきた。

 うむ、思った通りだ。

 

「電気風呂だ」

 

 止められてしまった。

 




作者はちょっと熱めの風呂が好き。40度くらいあると最高。


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合宿編④

【前回のあらすじ】
被っていたパンツをズボンの下で履くことで難を逃れたスカさん。なんとか娘の疑惑を逸らすが、きっとすぐにバレてしまう。そのことに気がついたスカさんは、遂にパンツ返却作戦を始動させた──。


 ミッドチルダの街並みが再現されただだっ広いフィールド。そこでタイガは、必死に『あの人』から逃げていた。

 

「はあっ、はあっ、うおっ!?」

 

 昨日久しぶりに着たばかりのバリアジャケットを、桃色の魔力弾が掠る。たったそれだけの衝撃で飛行のバランスが崩れそうになるものの、ゼロの補助でなんとか体勢を整える。

 これでも自身の出せる最高速度で飛んでいるというのに、相手はそんなこと関係ないというように正確かつ強力な射撃は俺のことを追い詰めていく。

 

『ロックオンを確認、退避せよ』

「砲撃とか勘弁してくれ!」

 

 ゼロの警報を信じ、振り返らないまま急上昇してその場から離脱。

 次の瞬間、巨大な魔力砲撃がさっきまでいた場所を桃色に染め上げる。圧倒的な威圧感に、思わず身が震える。

 

『第二射、確認』

「もう!?」

 

 急上昇の勢いを止める間も与えられず、右側に飛ぶように魔力を放出。今度は幾つもの魔力弾が殺到した。同士討ちを期待するも、魔力弾は絶妙な起動で激突を避けると再び俺に向かって襲い掛かってきた。

 

『避けてばかりじゃ埒が開かん、準備運動は十分だろう』

「無茶言うな――って、うおおっ!?」

 

 死角から襲ってきた一発の魔力弾が、背中に炸裂する。これにはたまらず下方に吹き飛び、飛行速度を出していたのもあって粉塵を巻き上げて激しく地面に墜落してしまう。

 

「痛っつう……!」

『休んでる暇はないようだぞ』

「わかってるって……」

 

 瓦礫を押し退かし、ふらつきながらも立ち上がる。直後、目の前に円形のライフゲージが表示される。

 ……魔力弾一撃で千ダメージ強とか、頭おかしいとしか言えない。もう数発直撃してたら戦闘不能だったかもしれないぞ、これ。

 自身と相手の残りライフの差を比較し、そこに自分の魔力量、格闘技術、相手の戦闘能力を加味して考えれば、一つの確実な事実に否応にも気付かされてしまう。

 

 逃げ切れない。

 

 そんな悲しい現実を受け入れるしかないようだ。

 ならば、戦って勝てるだろうか?

 

 いや無理だろ。

 

 相手は現役の魔導師であり、その上でミッドチルダに知らぬ者はいないほどの実力を持った『エース・オブ・エース』。

 対してこちらは、運動不足のデバイス工。魔法戦技に関してはある程度数年前の実力を保っている自負はあるものの、言っちゃ悪いがこっちはあくまで一般人なのだ。管理局のエースとどう戦えば勝てるというのか。

 

 ああ、なぜこんなことになったのか。

 それを知るためには、少し前まで時間を巻き戻す必要がある。

 

 

 

 

 

 

 そもそもの始まりは、合宿一日目の夜のことだった。

 

「タイガさんも春光拳できるんですか?」

 

 風呂を上がってから少しした頃、廊下でちびっ子達とばったり出会った時ヴィヴィオちゃんにそう聞かれた。

 別に隠すようなことでもないので素直に答えることにする。

 

「うん、基礎を一通りと実践向きの技も多少実家で習ってるよ」

「小さい頃からですか?」

「まあ……ね」

 

 実際のところ、いつ頃からやっていたのかよく覚えていなかったりする。

 ミッドに来る前には既にかなりの技術を仕込まれていたはずだ。

 

「どうしてそんなことを?」

「昼間の水斬りを見てたら、なんとなくリオと動きが似てる気がしたので、気になって」

「なるほど」

 

 一、二回だけの動きを見てそう判断できるのは、最近の格闘技では割と普通なのかと疑問に思ってしまう。

 

「あの、それじゃあリオとはどっちが強いんですか?」

「え? うーん……」

 

 コロナちゃんに聞かれて、考える。

 そりゃあ自分の方が強いと信じたい気持ちはあるが、正直、練習をおろそかにしてしまっている自分がリオと戦えばどうなるかといえば、負けるとしか思えないのが事実だった。

 そう伝えようと口を開こうとするが、その前に言葉を発した者がいた。

 

「お兄ちゃんの方が強いよ!」

 

 リオだった。それはもう、なぜか自信満々に言い切りおった。おい、今明らかにちびっ子達の目つきが変わったけどどうした。特にアインハルトちゃん、目が怖いよどうしたんだよ。

 

「それなら!」

「お、おう」

 

 

「――タイガさん、明日の模擬戦一緒に参加しませんか!?」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 ――そして、あれよあれよと話が進み。

 二日目の朝食を食べたらもうフィールドに放り込まれていたのだ。

 なぜだ。昨日まで「リオの模擬戦見るの楽しみだなあ」としか思っていなかったのに、それに自分まで参加することになってしまった。

 ちなみに、これは模擬戦の二戦目だ。一戦目はルールを把握するために見学させられていたため、これから本格的に参加することになる。

 

「……言ってても仕方ないかぁ」

 

 どこか遠くを見つめながらそんな呟きが漏れた。

 ぶっちゃけ、もっと抵抗すればやらなくて済んだ気がする。

 

 だけど……あんな期待に満ちた目を向けられて、断れる人なんかいないとも思う……。

 

 ため息を一つ漏らし、左腕を胸の前でかざしてゼロの起動準備に入る。

 

「ゼロ、セットアップ」

『Stand by』

 

 低い男声の電子音声がゼロから流れると、銀色の腕輪からガジェットが展開してその姿を前腕部を覆うブレスレットに変える。そして次の瞬間、全身が炎に包まれた。どうでもいいけどゼロ、随分と久しぶりに喋った気がする。

 

『Get set』

 

 炎が収束するとタイガの装いは大きく変わる。どこにでも売ってそうな安い白Tシャツの代わりに、先ほどの炎が凝縮したような赤をベースに所々黒のラインが走るパーカーが上半身を包み、これまた安売りコーナーで買ったジャージのズボンは黒いジーンズに似たものに変化している。その上から銀色の籠手と脚甲が装備され、バリアジャケットの展開が完了する。

 

「……問題ないみたいだな」

 

 数年前のサイズのままバリアジャケットが展開されたらどうしようとか心配だったのだが全く問題なかったようだ。事前に入力していた身体データを基にゼロが調整しておいてくれたらしい。さすが俺のデバイス、気遣いのできる奴である。これでキレても腕を締めなくなれば完璧だ。

 そして鳴り響く、試合開始の合図。

 

 ――さて。

 

「隠れよう」

『おい』

 

 待て、分かった、ちゃんと戦うから締め付けやめようぜ、な?

 




今まで黙ってたけど──ゼロは喋れるんだ。


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合宿編⑤

【前回のあらすじ】
ごめん、ネタ切れ。


 模擬戦は参加者が赤、青、黄の三つの組に分かれて行われる三つ巴戦である。一回戦は二組に分かれていたのだが、少し人数が合わなくなったので変則的な分け方にしたらしい。

 組分けは赤組が高町さん、ルーテシア、ノーヴェさん、ヴィヴィオちゃんの四人で、青組はハラオウンさん、ティアナさん、キャロ、アインハルトちゃん、スバルさんの五人。

 そして黄組。リオ、コロナちゃん、エリオ、そして俺。みんな近距離メインじゃねえか。

 ちなみに分け方はクジだった。

 

 そういうわけで、模擬戦の始まりである。

 

 

 既に空中にはスバルさんのウイングロード、ノーヴェさんのエアライナーで作り出された青と黄色の二本の道が見える。

 が、黄組にはそういった魔法を使える人間がいない。あのどちらかの道に乗って移動しても良いのだが、それよりも良い方法がある。

 あの道がないということは即ち、こちらのチームメートがどこへ向かうのかを予測する方法が、相手側には一切無くなるということだ。

 つまり。

 

「不意打ちするしかないよな」

 

 建物の影に隠れ、繰り広げられる戦闘を見ていた俺は、悪どい顔をしていたかもしれない。

 汚いとか言わないで欲しい。なにせ、我ら黄組には回復要員がいないのだ。ライフが全て無くなれば、その時点でゲームオーバー。慎重に行かなければすぐ全滅も有り得る。

 もちろん他のメンバーの手腕は信じているが、念には念を、だ。

 

(まあ隠れ切る自信は無いが)

 

 俺では不意打ちする前にたぶん見つかってしまう。だからこそ気付かれないうちにするのは、不意打ちではなく『仕掛け』だ。

 俺はゼロの格納領域から、ある物を取り出した。

 

 

 

 だがしかし数分後。

 

「リオさんのお兄様!」

「ファッ!?」

 

 背後からかけられたそんな叫びに心底驚かされる。

 バッと振り返ってみると、大人モードのアインハルトちゃんが猛然と走ってくるのが見えた。

 しまった。まだ仕掛けが終わって無い。

 

「気付くの早すぎるって……!」

「強者の気配に気付かない私ではないです!」

 

 なにその理屈。

 言っている間にもどんどんアインハルトちゃんは近付いてくる。

 

「一槍、お願いいたします!」

「逃げて良いかな……」

『別に良いが、たぶんすぐ捕まるぞ』

「だよなぁ」

 

 ひとまず、仕掛けを施していた物をゼロに再び格納してから、アインハルトちゃんと正面から向かい合う。

 できる限り接近戦は避けたかったが、ここまで来たら仕方ない。

 左手を胸の前に構えて拳を握り、右手は前方に伸ばして拳を開き、足元に魔法陣を展開する。

 

『昨日の訓練で多少は感覚が戻っているはずだ。そう弱気になるな』

 

 しかし多少で勝てる相手じゃないことは、一回戦の様子を見たから分かっている。本気で戦ってもどうなるか分からない。

 

 問、ならばどうするか。

 

 答、初見殺しでなんとかする。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 タイガが構えたのを見て、アインハルトは自分の予感が正しかったことを確信する。どこか脱力しているようにすら感じさせるその構えは、しかし一分の隙も見せていない。紛れもない、強者の構えだ。

 当の本人はブランクを感じて若干弱気になっているようだが、彼自信が積み重ねてきた練習はこうした基礎的な部分にこそ現れるのだ。もし嘗ての実力を発揮できなくとも、決して弱くなってなどいないのだ。

 だからこそ、アインハルトは全力を以って目の前の青年と戦うことを決める。

 

「行きます!」

 

 タイガの足元には、既に魔法陣が見える。迎撃の準備は出来ているのだろう。

 ならば正面から打ち破ろう。アインハルトは拳を振り抜こうと足を強く踏み込み、

 

烈火(れっか)衝墜(しょうつい)!」

 

 次の瞬間、足元が爆ぜた。

 

「なっ……!?」

 

 自分の体が倒れていくのを感じ取る。踏み込もうとした場所が爆発したのなら、体制が崩れるのも道理。

 何をされたのかはわからないものの、これが誰の仕業なのかは十分理解できる。

 何か来る。一瞬にしてそう判断したからこそ、アインハルトは視界に飛び込んだ赤い光にも対処できた。

 

「炎炮!」

「くっ!」

 

 その正体は炎に包まれた右脚。ミドルキック気味に放たれた蹴りは腕を胸の前でクロスして防ぎ、更に衝撃を後方に飛ぶことで受け流す。

 着地したアインハルトは警戒を緩めず構えた。

 そしてそれはタイガも同じ。

 

(やっぱり大したダメージにならないか……)

 

 烈火衝墜は魔法陣を通して地中に魔力を打ち込み、任意の場所で爆破する魔法だ。一見接近戦の構えで待ち構えるタイガに警戒している隙を突く魔法である。

 ただし、めちゃくちゃ威力が低い。あまり爆破力が強いと自分まで巻き込む危険があるからだ。奇襲のためだけに存在する魔法なのである。

 だからこそ次の炎炮で決める、のははっきり言って無理だがそれなりにダメージを与えるつもりだった。実際、技への繋ぎは上手くした自信があった。

 失敗したのはアインハルトの技量を少し見誤っていたためだろう。

 

 

 想像より、ずっと強い。

 

 

「炎龍!」

 

 自分の地力だけでは勝てる気がしない。タイガは炎熱変換した魔力を龍として顕現させた。

 咆哮を上げてアインハルトに向かう炎龍、だが彼女は慌てることなく対処してみせる。

 

「覇王空破断!」

 

 力強く踏み込んで拳が振り抜かれる。拳に込められた力が強烈な衝撃波となって炎龍を襲い、激突する。

 だが拮抗は一瞬のことだった。

 

 悲鳴にも似た轟音とともに揺らいだのは、炎龍の方だった。

 徐々に空破断の威力に押され始め、やがて完全にかき消される。弾け飛ぶ熱波。それは空破断の威力を半減させるが、相殺には至らない。空破断は威力そのままに、炎龍の背後のタイガを貫く――

 

「いない……?」

 

 ――ことはなかった。

 空破断が破壊したのは地面のコンクリートだけだ。

 どこだ? アインハルトは辺りを見回し、そして数メートル先で強い魔力を感じ取る。

 そこへ目をやると、炎に包まれた右拳を中腰に構え、今まさに拳を握り込んでいるタイガが見える。

 だがパンチを放つには離れ過ぎている。そのことを疑問に思いながらも、何らかのミドルレンジ攻撃を覚悟して対峙する。

 

吼牙(こうが)爆砕(ばくさい)ッ!」

 

 タイガが足を踏み込み、その勢いを拳で爆発させて強力なパンチを繰り出す。だが届くはずはない。ただのパンチならば。

 次の瞬間、その()が弾丸の如く打ち出された。

 

「んなっ!?」

 

 ゴッ、と空気を薙いで迫るソレは、ジェット噴射の如く吐き出される炎を推進力にグングンと加速してくる。

 

 そう、パンチはパンチでもロケットパンチ。右腕の腕部装甲に炎熱魔力をチャージして打ち出すミドルレンジ攻撃。

 

「くぅっ!」

 

 旋衝波で跳ね返す、間に合わない。

 断空拳で相殺する、これも間に合わない。

 できたのは咄嗟に張った障壁での防御。直後、衝撃。受け止めた障壁を越えて、腕に凄まじい力と熱が襲う。

 噴射炎は留まるところを知らず、むしろどんどん勢いを増しているのではと思わせる威力でアインハルトの体を押していく。踏ん張った足は地面を削り、砕けたコンクリートが後方へ飛ぶ。

 これ以上後退してたまるか、と障壁を抑える力を更に強める。

 だが――障壁の方が先に限界を迎えた。

 ピシリという音とともに小さなヒビが走る。

 背筋が凍る感覚を覚えるのと同時、ヒビはどんどん広がっていき、そして。

 

「あぐっ!?」

 

 障壁が四散し、勢いそのまま胸に激突する炎の弾丸。

 アインハルトの姿が爆炎に包まれる。

 

『四十五点だな』

「……昨日の四十点よりマシだろ」

 

 タイガは額の汗を、腕部装甲が無くなったことで露出している右手で拭う。

 炎龍で時間を稼いでいる間にできるだけ多くの魔力をチャージ、そして吼牙爆砕の発動。

 ゼロ発案の攻撃方法は見事成功したようだ。どの程度のダメージを与えたのかは疑問だが……。飛んで戻ってきた腕部装甲を再装着しながら、爆煙の中に潜むだろうアインハルトへの警戒を続ける。

 

 模擬戦開始から既に二十分ほど経っていた。

 

「……そういえば、全体の状況はどうなってる?」

『赤組ノーヴェ・ナカジマ選手と青組スバル・ナカジマ選手が相打ちで戦闘不能。あとエリオ選手がハラオウン選手と高町選手の戦闘に巻き込まれて撃破された』

「ありゃりゃ」

 

 と、物音が聞こえる。

 やはりというべきか、アインハルトは立ち上がった。円形のライフゲージが空間に表示される。

 

 

『アインハルト・ストラトス

  LIFE 1820/3000』

 

 

 あれだけ魔力を込めた割には、期待ほどのダメージ量では無い。軽く絶望感に襲われるタイガだが、構えを緩めることはなかった。

 近接主体の相手から逃げ回ってミドルレンジからの攻撃ばかりしたためか、幸いにもこちらはまだノーダメージ。しかし、恐らくパターンはもう読まれている。彼女の意表を突く攻撃をしてもある程度対応されてしまうだろう。

 ――が、もうそんなことは関係ない。

 

 別に、この模擬戦は黄組vs青組の試合ではないのだから。

 

 ほら、目立つ炎龍に気が付いて、今まさに近付く人影がある。

 

 

「一閃必中、ディバイーンバスタァー!」

 

 

 恐らくアインハルトも気付いていたのだろう、不意に襲ってきたヴィヴィオの虹色の魔力砲撃を見事に回避してみせる。

 逆にタイガは、僅かに身をそらして直撃を避けるに留め、衝撃波をそのまま補助にして物陰まで跳ぶ。

 気が付いたアインハルトが、あっと声を出す。

 

「まっ、待ってください!」

「ごめん、無理」

『Sonic move』

「あ! 逃げたー!」

 

 更にゼロの補助も受け、高速移動。

 

 アインハルトとヴィヴィオの非難じみた声を背中に受けながらも、それを聞かなかったことにして逃げる速さを上げた。

 集団戦なのだから、こういう行動も大切だと思う。……言い訳じゃないよ?

 

 

 

 

 

 ――だが後のことを考えると、あそこで戦っていたままの方が良かったのではないか……と思わずにいられないのは、多分気のせいではない。

 




スカさんは使いやすいんだけどやり過ぎるとコレシ゛ャナイ感がすごいよね(前回のあらすじを書いた感想)


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合宿編⑥

【前々回のあらすじ】
自分が履いていたという証拠を消そうと、深夜コインランドリーに進入したスカさん。しかし、そこに「もしかしてここに忘れた?」とパンツ探しに娘がやってくる。慌てて洗濯機に隠れるも、最期の時は刻一刻と迫る──スカさん、絶体絶命のピンチ!


「……そろそろ良いか」

 

 数百メートルほど移動した後、ソニックムーブを解除する。後方に消えていく景色の速さが通常に戻り、そのまま着地。

 念のためゼロに周辺をサーチさせながら逃げてきたため、ここが安全地帯だということは確認している。もちろん今の所は、という一言は欠かせないが。なにせ、この模擬戦は戦闘の回りが異常に早い。まあ、そのおかげでアインハルトちゃんから逃れることができたとも言えるが。

 

「よし、今の内に……」

 

 アインハルトちゃんに遭遇するまでやっていた作業を再開しようと、ゼロに目を向け──そして。

 なんか、周りを飛んでいる羽虫に気がついた。

 色は紫。形はコマのようで、小さい羽が左右についている。

 どう見てもそこらにいる虫ではない。というかぶっちゃけると、召喚虫である。カラー的にルーテシアの使役している奴だろうか。

 

「…………………………………」

 

 ルーテシアといえば赤組の参謀役である。

 嫌な予感しかしなかった。

 

「逃げよう」

 

 すぐさま高速移動魔法を発動してそこから離れようとする。だが、遅かった。

 

 ふと予感がして、後方へ飛び退く。直後、立っていた場所に魔力弾が着弾した。

 

 一瞬見えた魔力光は──ピンク。

 

(あっ、俺死んだわ)

 

 爆風に晒されながら、そんな失礼な思いを抱く。

 よりにもよって、一番戦いたく無い相手がやってきてしまった。

 視点を上に向けていくと、案の定、白い彼女が無数の魔力弾を周囲に漂わせながら空中に陣取っているのが目に入る。

 高町なのは。ヴィヴィオちゃんの母親にして管理局の白い悪──もとい管理局の誇るエース・オブ・エースが来てしまったのだ。

 彼女はタイガが無事なのを確認すると、意外そうな、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「まさか避けられるとはおもわなかったなぁ。不意を突いたと思ったのに」

「昔から避けるのは得意なものでして」

 

 そう、例えば突然家のトラ(ネコ)に飛びかかられたり。

 間違って従姉妹のおやつ食べたら、怒ってけしかけられたゴーレム数体から逃げ回ったり。

 突然虎屋に湧いて出た店長から咄嗟に逃げ出したり。

 なんだ、逃げてばっかりだな俺。この調子でなのはさんからも……

 

『逃げたら一秒と経たず墜とされるだろう』

「ですよねー」

 

 じりじりと後退するのが精一杯なのが現状である。今の所は向こうも様子を見ているのか何もアクションは無いが、こちらが大きな動きを見せれば即座に戦闘が始まるだろう。

 

 ……いやまあ、逃げるしか無いんだけどね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それから色々あって、前々話冒頭に戻り。

 現在、瓦礫の山にうまく隠れています。

 

「うーむ……攻撃するにしても、砲撃であの人の防御を突破する自信は無いし、かと言って接近戦じゃアインハルトちゃんみたく捕縛盾(バインディングシールド)で捕まるのがオチだろうし……」

 

 さて、魔力弾で撃墜されてようやく逃げるのを諦めたタイガだが、今の所思いつく策は瞬時にダメだと言い切れるものばかりであり、可能性があるかもしれないような気がする策も、確実に逃げ切るには程遠い。

 『仕掛け』も中途半端だし。

 

「………ん?」

 

 今の『仕掛け』でも、あれ(・・)と組み合わせてうまく撹乱すれば、或いは……。

 

「──よし、これで行こう」

 

 脳内プランがまとまる。はっきり言って成功率の低い穴だらけの愚策だが、現状ではこれ以外にいい考えもなかった。

 瓦礫を押し退けて起き上がると、ゼロに格納していたある物を両手に呼び出す。

 それは金属的な銀の光沢と鋭利な刃を持つ、変わった形の二対のナイフだった。大会に出ていた頃、素手のまま攻撃範囲を抉る理不尽な必殺技をお持ちの方に勝つために考え出した手持ち武器である。結局勝てなかったが、あいつ今何やってるのかな。もっとも、怖いから会いたくないが。

 懐かしい感触を味わいながら飛行魔法を発動し、空中のウイングロードに移動して着陸する。魔力を節約できるならした方がいい。

 

「じゃあ、改めてお願いします」

「うん、よろしくね!」

 

 ふう、と息をつく。両手のナイフ『ディセクター』を握りしめ、臨戦態勢を整えると、脱兎の如く駆け出した。

 

◇◇◇

 

 タイガが走り出したのを認めたなのはは、間髪入れずに魔力弾を射出する。

 

「はっ!」

 

 炸裂するかというその時、閃光が走る。次の瞬間、魔力弾は真っ二つに切り裂かれ、そして破裂する。タイガは無事だった。

 

「おお、速いね!」

 

 ある程度なのはがいる場所まで近付いたタイガは再び飛行魔法を発動して飛び上がり、一気に接近。炎熱魔力を流し込み赤熱化したディセクターをなのは目掛けて振り抜く。その攻撃はなのはが発動したシールドに防がれるが、タイガは逆のディセクターで攻撃を繰り出し、防がれ、また攻撃。無謀にも見える猛攻を繰り返す。

 絶え間ない攻撃を続けるうちに何度もシールドは破られ、その度にレイジングハートか新たなシールドがタイガの攻撃を防ぎ続ける。

 いくらタイガが幼い頃から武術を習っていたとしても、幾つもの死線を乗り越えてきたなのはとの間にはやはり埋めきれない経験の差があり、十年近いその差を易々と埋めることなどできやしない。

 全く攻撃が通じないことに焦ったかのように、段々とタイガの放つ斬撃は荒々しく、大ぶりになっていく。

 やがて何度目かの打ち合いで、レイジングハートが弾かれ、体へのガードが甘くなった。

 その瞬間を狙い澄ましていたかのように、渾身の一撃を放とうとディセクターを振りかぶるタイガ。

 身体強化も合わさり、それなりの威力が込められていることを読み取ったなのはは、即座に強度を高めた特殊なシールドをそれに合わせて展開した。

 直後、二つの物体が激突した衝撃に風が吹く。

 火花が収まりタイガの目に飛び込んだのは、シールドに威力を殺された得物と、そこから発生するバインドによって雁字搦めに縛り上げられた自らの右腕だった。ならばと左腕のディセクターで鎖を破壊しようとするが、その時逆の腕も桃色のバインドによって拘束されていることに気付く。

 

「エクセリオンバスター!」

 

 そしてなのははタイガから距離を取り、瞬時にチャージが終了した魔力砲撃を放つ。

 圧縮された魔力の奔流は、成す術もないタイガを呑み込んだ──かに見えた。

 

 

(──よし!)

 

 なのはの砲撃が今にも放たれようとした時、タイガは思わずそんな声をもらしそうになる。そして、拘束された左腕に持っていたディセクターを、軽く手首を振って放った。

 側から見れば武器を捨てたようにしか見えないその動きは、しかし彼にとっては大きな意味を持つ行動だった。

 次の瞬間、空中に放り出されたディセクターが猛烈に回転を始め、意志を持つかのように機動を開始し、左腕を拘束していたバインドを閃光となって切り裂いた。

 自由になった左手で戻ってきたディセクターをキャッチすると、そのままの勢いで右腕を拘束するバインドをシールドごと破壊し、完全に自由になったタイガは間を置かずに空中へ飛び立つ。

 直後、砲撃がタイガを擦り、ウイングロードを破壊する。

 その威力に戦々恐々とせざるを得ないが、今はそれどころではない。これは時間との勝負だ。

 

「ゼロ」

『Type"frost"activation』

 

 ゼロが光を放ち、次の瞬間、タイガの全身を白い冷気が包み込む。それが収まると、赤いバリアジャケットが青色に変わっていた。

 

 

 

 

「……ねえリオ、あれ何?」

 

 ──そんな二人の戦闘を建物の陰からこっそりと覗いていた者がいた。

 一人はタイガの妹その人であるリオ。もう一人は、先ほどの疑問を口にしたコロナ。ともに黄組所属である。

 「できればこっそり戦ってね」というタイガの指示を遵守していた二人は、いざという時のために一緒に行動していたのだが、この近くに来たらタイガがなのはと交戦して(逃げ回って)いるではないか。

 思わず隠れながら観戦していたものの、やはりといっては失礼だが、タイガの勝ち(逃げ)目がいつまで経っても見えてこない上に、最終的にはバインドで捕まってしまった。コロナはどうしよう援護した方が良いんじゃ、と穏やかな心地ではなかったのだが、リオに止められたのだ。

 一体どういうつもりなの、そう聞こうとしたコロナの目に飛び込んだのは彼の手持ち武器が飛び回ってバインドを破壊する瞬間だった。

 

「あれはディセクタービットっていって、さっきみたいに飛ばしたり、手持ち武器にしたりできるから、基本的にバインドはお兄ちゃんに通じないよ!」

 

 目をキラキラさせ、ドヤッと言わんばかりの表情で嬉しそうに言うリオに「そ、そうなんだ」としか返せないコロナ。

 そんな折、またタイガに動きがあったため視線を戻すと、何やらバリアジャケットの色が変わったタイガの姿が目に入った。

 燃えるような赤が、凍えるような青へ。あれはなんだろうか、色が変わっただけなのか。説明を求めるようにリオを見ると、待ってましたとリオが語る。

 

「私って炎と電気の変換持ちでしょ?」

「うん」

「お兄ちゃんは炎を使ってたでしょ?」

「うん」

「実はね、お兄ちゃんも炎の他にもう一つ変換資質を持ってるんだよ」

「……うん?」

 

 リオは二つの魔力変換資質を持っている。これは知ってる。

 タイガは炎の魔力変換資質を持っている。これも見ているので知っている。

 二つ持ちである。おかしい。

 

「でもタイガさん、今まで炎しか使ってるの見たことないよ? 二つ持ってるなら、リオみたいに同時に出るんじゃ……」

「お兄ちゃんのは私のと違って、物凄く相性の悪い属性同士だから、一緒に使うと相殺しあって大変なんだって。だからゼロで制御してるらしいよ」

「じゃあさっきのは使う変換を切り替えてたってこと?」

「そうだよ、ほら」

 

 タイガを指差すリオ。コロナもつられて目をやる。

 

「お兄ちゃんは夏も冬も好きなんだよ」

 




とりあえずここまでがストック分。次回からは前のようなゆっくり更新に戻ります。

次回、タイガが逃げる逃げる!


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合宿編⑦

アインハルトが使いやすくて困る

【パンツマスタースカさん】
遂に娘と正面から対峙することになったスカさん。果たして修羅と化した娘を宥めることができるのか?
五体満足で独房に帰還できるのか?
頑張れスカさん!負けるなスカさん!
スカさんの勇気が全世界の下着ドロを救うと信じて──応援ありがとうございました!


 『タイプ・フロスト』を発動したタイガは、間髪入れず右手に『氷結変換』した魔力を込める。

 

白蓮拳(はくれんけん)!」

 

 凝縮された魔力が冷凍光線と化し、なのはの不意をついた。

 だが彼女は冷静に対処し、シールドで受け止めて防いでみせる。

 が、そこで彼女の表情が変わった。

 理由は簡単、砲撃は防いだものの、シールドの攻撃を受け止めた面の表面が白く凍りついていったのだ。

 

「すごいなぁ」

 

 言いながらシールドを解除し、流れるようにレイジングハートから砲撃を放つ。

 当然避けると思っていたなのはの予測に反し、タイガは模擬戦が開始してから初めての防御魔法を発動した。

 現れたのは魔力シールドではなく、氷の壁。それは砲撃を受け止めると、そのまま後退もせずに防ぎ続ける。

 タイプ・フロストの特性の一つ、シールド強化。平時ではそこまで強いとは言えないタイガの防御を、強固な氷で補強することで爆発的にその防御力を高めることが可能となっている。

 しかし、なのはの砲撃は強力だ。数十秒なら耐え切れるが、これが何分も続けばやがて押し負けるのは見えきっている。

 

「よし、ゼロ!」

 

 だからこそ、ディセクターが役に立つ。

 壁に守られながら、タイガはゼロからディセクターを展開、すぐさま二本同時に投げ、コントロールしてなのはに向かわせる。

 

「おっと!」

 

 猛回転して迫るブーメランを避けるためになのはは砲撃を中断し、無数の魔力弾で迎撃に移った。

 実体を持ち、常時回転しているため魔力弾一撃くらいは簡単に斬り裂けるディセクターも、一度に大量の魔力弾に撃たれてはバランスを保つことができず、どうしようもないため、接近しては離れるの繰り返しになってしまう。これではダメージを与えることは不可能だ。

 

 

 ──だが忘れてはいけない。タイガの目的はあくまで『逃げる』ことだということを。

 

 

(──今!)

 

 今のなのはは戦闘態勢。『タイガを逃がさない』のが目的だったさっきまでと比べれば、これ以上ないチャンスだといえる。

 それ以前に、ディセクターの『仕掛け』──すなわち、自由飛行に用いるための内包魔力の残量を考えると、ディセクターでの自動攻撃にも限界が近づいてくる頃だ。

 

 決める(逃げる)なら今しかない。

 

 タイガは魔力を周囲に放出、そして氷結変換して凝縮させ、氷のディセクターを作り出した。

 それも、一つではない。

 

「絶招天蒼牙(てんそうが)

 

 氷のディセクターは合図と同時に一斉に飛び出し、マルチタスクによる個別コントロールによってそれぞれが意思を持つように自在に飛び回り、なのはを襲う。

 

「うわっ、何この数!?」

 

 氷のディセクターは本物のディセクターと入れ替わるように弾幕へ飛び込むと、次々と魔力弾を破壊した。破壊された魔力弾は次々と炸裂し、遂になのはの視界を塞いだ。

 

「ぃよしっ!」

 

 ディセクターを回収し、ここぞとばかりになのはに背を向けると高速魔法で姿を消すタイガ。

 ある程度の距離なら絶招天蒼牙のコントロールは有効なため、十分な距離を稼ぐことが可能なはずだ。

 

 飛ぶ。自分の出せる最大の速度で空を駆け、やがてタイガはなのはの射程圏内から離脱した。

 

「あと、少し……!」

 

 既に絶招天蒼牙のコントロールは切れている。タイガは建造物の影に隠れながら、更に逃げる。

 

 はっきり言って、かなり苦しい計画だ。

 まず、ディセクターでの近接戦闘を行って、なのはの「近接封じの必勝パターン」を誘い出す。もしもここで彼女がそれをしなければ、その時点で詰んでいた。

 そうして捕縛盾(バインディングシールド)に捕まったら、次はディセクターの自由起動でバインドを破壊、脱出し、すぐさまタイプチェンジ。そこで一度明確な攻防を行い、戦闘の意思があると思わせる。

 その後はディセクターで時間を稼ぎ、絶招天翔牙で視界と注意を奪って、その隙に逃走する。

 

 そしてディセクターの魔力を補充しつつ参加者が減るのを待てばいい、タイガはビル群を突き抜け──

 

 

「覇王断空拳!」

 

 

 ──横から凄まじい威力でぶん殴られた。

 

「へぶあっ!?」

 

 やべえ油断した、そう思った直後に視界が混沌の渦へと変わり、なんだか数分前にも同じ目にあった気もしながら何かの建造物の壁を破壊し、墜落。

 ライフゲージが出現する。

 

『タイガ・ウェズリー

  LIFE 302/3000

 こうかは ばつぐんだ!』

 

「そうそう、こおりタイプにはかくとうが相性いいよねってふざけんな!」

 

 ザッと足音が聞こえ、咄嗟にシールドを展開するのと同時に衝撃。

 虹彩異色の瞳と目が合った。

 

「さっきの断空拳で落とすつもりだったのですが……」

「通りで強い」

 

 死ぬかと思った。

 タイプ・フロストは素の防御力もそれなりに高い。それに加えてライフポイント制だったのが幸いした。

 もしクラッシュエミュレート適応下でこれだけのダメージを受けてたら、恐らく気を失っていた。

 まあ何が言いたいかって、この子(アインハルト)強すぎない?

 

「はあっ!」

「ぬ」

 

 再び拳がシールドに襲いかかり、タイガは飛行で後方に数メートル飛び退る。案の定シールドは砕け散り、先ほどまで頭があった場所を拳が通り過ぎた。

 アインハルトは止まらない。

 一歩踏み出す──タイガがそう思った瞬間、彼女はタイガの目の前にいた。

 

「──!」

 

 放たれた拳を、彼女の腕を横から弾くことで軌道を逸らす。

 発生した風圧に前髪が揺れた。

 すぐさま逃げようとするが、更に逆の拳を構えるのを見て間に合わないことを悟る。

 ──ならば。

 

「『虎咆』!」

「っ!?」

 

 下げようとした足を逆に踏み込み、両手を虎の(アギト)のように上下に構え、春光拳の代表技にして基本の掌打『虎咆』を放つ。

 事案が発生しないように最大限に配慮した一撃は見事腹に命中し、アインハルトを怯ませ後退させることに成功した。微々たるものながら、確かにダメージも入っている。

 だが、彼女はやはり並ではない。

 

「──っ!」

「ぐほっ!?」

 

 体勢を崩されながらも脚を振り上げ、脇に強烈な蹴りが入る。虎咆を放った直後で受け流すこともできず、もろに受けたダメージに思わずたたらを踏む。

 それでもなんとか脚を動かし、アインハルトが体勢を整える前に距離を置くことはできた。

 すかさず全身に炎を纏わせる。

 

『Type burst』

「紅蓮拳!」

 

 再び赤い姿『タイプ・バースト』にチェンジし、間髪入れず右拳から高火力の炎熱砲撃をアインハルトめがけて放った。格闘の技術で渡り合おうとしては確実に負ける。いくら防御力の高いタイプ・フロストでもジリ貧は免れない。その点、攻撃力と砲撃をどちらも強化するタイプ・バーストの方がこの場を凌ぐのに有利だった。

 だがアインハルトも既にタイガの攻撃パターンを見切っていた。その場から飛び上がって紅蓮拳を避けると、空破断をタイガに撃つ。

 タイガもなんとか飛行でそれを避け、ある程度の魔力チャージが完了したディセクターを一つ投げ放つ。が、

 

「ハァァッ!」

「嘘ぉっ!?」

 

 なんと魔力を纏わせた拳の振り下ろしでディセクターが叩き落とされ、そのまま地面にめり込んだ。

 ──どんな動体視力だよ!

 

「覇王──」

 

 そのままの勢いで迫るアインハルト。構えと魔力充填量からみて『覇王断空拳』と見て間違いないだろう。

 この状況を覆す手段がないわけではない。だが、次に繋げる余裕がない。

 俺ってこんなに鈍ってたのか、と思わず悲観するタイガだが──この男は少々性格が悪かった。

 この状況で考えたのは、負けるにしても道連れにできるんじゃね、と。

 運が良ければ倒せるんじゃね、と。

 実にひん曲がった考えであった。

 直後、必殺の拳を構えたアインハルトが感じたのは地響き。目に飛び込んだのは──地面に腕をめり込ませているタイガの姿。

 

「龍王──」

 

 タイガは残る魔力の約半分を右手に込める。

 そしてそのまま腕を引き抜き──()()()持ち上げた。

 それは春光拳の中でも単純にして、かなり頭がおかしい技だった。

 

「──破山墜ッ! でえやぁぁぁっ!」

 

 龍王破山墜──それは、『力を振り絞って地面を持ち上げ相手にぶん投げる』というそこまで技巧を凝らすタイプではない技。

 リオもそうだが、今現在タイガの自慢できる要素は単純に『怪力』である。

 男女の差でリオをも上回るそれは、ただし使えば筋肉痛に襲われるという運動不足特有のリスクを孕んでいた。

 が、もう考えることをやめたタイガ(バカ)にそんなことは無関係だ。

 

「っ!?」

 

 流石のアインハルトも予想をはるかに超える事態に表情を変えるが、すぐさま断空拳を放つ。

 岩塊が砕け散る。開けた景色の中に、アインハルトは灼熱の炎を目にした。

 

「絶招、赫炎炮(かくえんほう)ッ!!」

 

 持てる魔力の全てを炎と化して右脚に注ぎ込み、凄まじいまでの熱量を放ちながら絶招(必殺)のキックは放たれた。

 激突する力。

 

 やがてそれは、二人を飲み込み──

 

 

 

 

 

 

 なんてことはなかった。

 

「か、体が、動かん……」

「お兄ちゃん張り切ってたねー」

 

 結局、だいぶダメージを受けた身体で全力のキックなど大した威力は出ず、そのまま弾き飛ばされゲームオーバーになってしまった。

 現在は第二ラウンド、筋肉痛との戦いである。こればっかりは治癒魔法無しの自然回復を待つほかない。

 草原の上でぶっ倒れている男の絵面はなかなかに面白いものであった。ちなみに三回戦には出れそうになかった。

 今は休憩時間中、リオと並んで寝転んでいる。

 

「それにしても、思ったより動けたな。まあ一般人としては十分すぎるレベルだよな!」

「春光拳を習ってきた人としてはかなりダメな方だけどね」

「ぐっ」

 

 ちょっと悪戯げな笑みを見せるリオに唸る。

 

「やっぱりお兄ちゃん、鍛えなおさなきゃね!」

「……お前最初からそう言うつもりで模擬戦誘ったな?」

「さあねー」

 

 つーんとそっぽを向くリオに、ため息をこぼすしかなかった。




思ったよりもなのはさんが書きにくかった。しょうがないんや!だってあの人書いてたら千文字いかないで終わるんやもん!

《おまけ》二分……いや三分?ぐらいで分かるタイガ・ウェズリー(ふまじめ)

リオの兄。運動不足のデバイスマイスター。デバイス関連では割と有名。

デバイスであるゼロは作者がよく設定を凝らすまで一切話をしなかった。
ディセクターはゼロスラッガーである。ググってね!

リオと同様、魔力変換資質を二つ保持しているものの、炎熱と氷結という絶望的に相性の悪い属性であるためにいまいち役に立たない。そのためタイプチェンジで切り替えているが、理由は作者がウルトラマン好きだからとかではない。氷結でミラクルゼロスラッガーとか炎熱でウルトラゼロキックとか使ってるが作者が一番好きなのはゼロではなくコスモスである。フューチャーモードかっこいい。

タイプバーストは炎熱を使うためのタイプ。ポケモンでいえばこうげきととくこうが高くなる。
タイプフロストは氷結を使うためのタイプ。ポケモンでいえばぼうぎょととくぼうが高くなる。

あと弱い。




次回はチビっ子組の誰かの回。誰にするかはまだ決めてない。


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合宿編⑧


みなさん一年ぶりです。
見えないと思いますが今土下座してます。




「インターミドル?」

 

 その日、タイガが食卓で初めて発した言葉がそれだった。

 模擬戦があった翌日のことである。

 

「うん! るーるーが教えてくれたんだ、それでみんなで出ようって話になったの!」

「ほほう」

 

 インターミドル。

 正式名称、ディメイションスポーツアクティビティアソシエイション(DSAA)公式試合インターミドルバトルチャンピオンシップ。長い。

 端的に言えば、全次元世界で最強の10代女子を決める大会である。一応男子部門もある。

 普段はテレビをあまり見ないタイガでも、これだけは毎年チェックしているというくらいには有名な大会である。

 心なしか、いつもより食事の勢いが荒いリオは、八重歯を覗かせながら力説する。

 

「もちろん、今から特訓しても厳しいってことは分かるよ。だけど行けるところまで行ってみせる! って気持ちで挑戦するんだ」

 

 リオの表情にはやる気が満ち溢れていた。口の端にはジャムが付いていた。

 

「うん、良いことだ。あと食べる時は落ち着いて食べようなー」

 

 言いながらティッシュを渡すと、私はそんなに汚さないよ、とでも言いたげな少し不満げな表情を見せつつ、素直に顔を拭いていた。

 実際に汚れてるのに気がつき、なんだか渋い顔になった。

 そこでリオから視線を外し、周りを見渡す。

 

 寝るのが早過ぎたのか少し早く起きてしまったようで、今食堂にいるのはタイガと、どういうわけか同じタイミングで目を覚ましていたリオと、この食事を用意してくれたメガーヌだけだ。

 外もようやく日が出てきたようで、これから続々と起き出してくるだろう。

 タイガがパンをもう一つ手に取った時、キッチンの方からお盆を持ったメガーヌが歩いてきた。

 

「ごめんなさいね、パンだけで。もうすぐ経ったら色々できるから待っててね。はい、お茶とお水」

「いえ、こんな時間に起きてきたのはこっちですし。用意してもらえただけでもありがたいですよ。お茶、ありがとうございます」

 

 メガーヌはホテルの館長だからなのか、タイガが起きるより前から食事の準備をしていたようだった。

 彼にとっては非常に嬉しいことだった。というのも、この男は朝に何かを口にしなければろくに動けないタイプの人間なのだ。

 

「……あ、そういえばタイガくんに聞こうと思ってたことがあるのよ」

「何ですか?」

 

 ふと、メガーヌが思い出したようにそう切り出した。

 画面を空間投影し、目的のものを映し出すと、それをタイガに向ける。

 

「これなんだけど……」

 

 促され、タイガは画面に映っていた見出しを読み上げる。

 どうやら、新聞の歴史コラムのようだった。

 

「……『熾凍の魔女』?」

 

 画面の文に目を走らせる。

 

『危険な破壊兵器や、異常なまでの戦闘力を持つ騎士がそこらにいたとされる古代ベルカ。

 そんな時代に、国々を震え上がらせた伝説を貴方は知っているだろうか。

 その存在についての文献は、ベルカの始めから終わりまで、あらゆる時代、あらゆる国々に残っており、聖王教会も数多くの資料を所有しているらしい。

 そして、残された資料には例外なく、恐怖の存在として『熾凍の魔女』を描いているのだ。………』

 

「熾凍──炎と氷の魔女?」

 

 初めの段落まで読んで、タイガは訝しげに呟いた。初めて聞いた名前だった。

 

「うーん、その様子だとやっぱり知らないのね……」

「俺は知らないですね……リオは知ってる?」

「ううん」

 

 リオも首を傾げるので、メガーヌに顔を向き直す。

 

「どうしてこれを?」

「タイガくんを見てると、なーんとなくそれを思い出してね。炎と氷のダブル変換なんて、なかなか見れるものじゃないでしょ? それにこの合宿って古代ベルカの関係者が何人か集まってるし、もしかしたらーって思って」

「……関係者? ベルカの? 確かにベルカ式使ってる人は何人かいましたけど、関係者って何です?」

「あ、タイガくんは聞いてないのね。あら、口が滑ったかしら」

「?」

 

 あらあらどうしましょ、と口を押さえるメガーヌを見て、タイガの疑問がより一層深まる。

 ふと、彼の脳内に「覇王流」「虹彩異色」などのワードが浮上した。

 

「……よくよく考えりゃ、覇王流の使い手なんてそうそういませんよね。オッドアイだって、珍しいのに二人もいますし」

 

 偶然で片付けるには少々出来すぎな気がする。

 しかし、その疑問は今は飲み込むことにした。確かに気にはなるが、それらを無視しても『熾凍の魔女』のことを知りたい気分だった。

 それに、とリオを見る。

 先程から、なんとなく迷ってるような顔だ。彼女の友達に関することで、何かしらの秘密を知っているのは多分間違いない。

 無理に聞くことでもないだろう。

 タイガは記事の方に目を戻す。

 街は燃え、人が恐怖の表情のまま凍てつき、それを嗤う魔女の恐ろしげな挿絵が彼を見返していた。

 

 

  ▽

 

 

 一人で涙を流す少女がいた。

 親は近くにいないようで、寂しいから気付いて欲しくて声をあげて泣く。

 とにかく、その女の子は早く親に会いたかった。

 いつも好き嫌いは許してくれないけれど、毎晩一緒に寝てくれる母に抱きしめて欲しい。

 怒ると怖いけれど、それを忘れるくらいに笑顔が穏やかな父に頭を撫でて欲しい。

 少女は怖かった。今すぐに二人を探しに走り出したかった。

 けれど、それは叶わないのだろう。

 なぜか足が動かないのだ。

 冷たい感覚が、腰から下を包んでいる。

 目で見て確認したくても、二つの目はもう何の情報も彼女にもたらしてはくれなかった。

 混乱と恐怖で頭がおかしくなりそうだった。

 少女にとって幸福だったのは、そうなる前に意識が完全に途絶えたことだろうか。

 それを見て、悪魔は笑い声をあげた。

 

 

 

 私はただ、見ていることしかできなかった。

 

「なぜ……!」

 

 それでも、怒りは口から溢れた。

 悪魔は耳聡くそれを聞き取り、グルっと顔を向けた。

 

「なんだいなんだい負け犬くん。勝手に私を悪者に仕立てないでくれるかな。この子は私が殺したんじゃないよ、ただちょっと運が悪くて私の氷に巻き込まれただけだ。哀れではあるがどうしようもないことだよ」

 

 それとも、と悪魔はもう一度しゃくり上げるように笑い、

 

「その自慢の拳で氷を割ってあげてはどうだい。そうすりゃ少なくとも墓に弔ってやるくらいはできるさ。

 え? 覇王様」

 

 

 強くなったはずだった。

 かつての自分の弱さを憎み、どんな物も砕ける拳を手にしたつもりだった。

 だが自分はあっけなく破れ去った。

 この悪魔を揺るがすこともできなかった。

 

 もうどれだけの血を失ったか分からない。立つことはおろか、これ以上何かの言葉を発することも不可能だった。

 

 彼にできたのは、人々の悲鳴と耳障りな笑い声をただ聞いていることだけだった。

 

 

 ────彼にとって最も新しく、最も不愉快な記憶だった。

 

 

 

 

 コンコン、とノックの音がした。

 

「おーいストラトスさーん。ご飯だよ」

 

 耳慣れない声が耳朶を打つ。

 目を開くと、友人の兄であるタイガ・ウェズリーが入り口からこちらを覗き込んでいるところだった。

 

「ああ、お兄様。おはようございます」

「おはよ、今日はパンだって」

 

 彼はアインハルトが起きたのを確認すると、それだけ言ってさっさと戻る。

 なんとなく、アインハルトはその背中を見送った。

 

「……似てる」

 

 思わず、といった感じで彼女が呟いた。




前回:10/30 23:10
今回:10/31 00:10

たった一時間で次の話更新する作家の鑑ですね
でも土下座します


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兄貴と不審者

土下座

前回までの流れはぶった切って合宿明けから書き始めてます。
展開思い浮かばないんだもん……


 熾凍の魔女。

 本名不明。

 国籍不明。

 生年、没年共に不明。

 家族構成、不明。

 魔女とはいうが、実際のところは性別も不明。

 そもそも実在したかどうかも不明瞭。

 

 ──タイガは顔を上げ、ため息を一つ。

 

「これだけ調べて何も分かんないとはね……」

 

 げんなりした顔でタイガは目の前の本の山を眺めた。これを片付ける苦労も想像すると、またまたため息が溢れる。

 

 

 メガーヌの話を聞いて数日後、合宿も終わり、ミッドチルダへと帰還したタイガは、クラナガン市立図書館にて『熾凍の魔女』の伝承について個人的に調べているところだった。

 リオたちちびっ子組はインターミドルへ向けて猛特訓を開始しており、今日もまたナカムラジムにて厳しい稽古をつけられていることだろう。

 対してタイガといえば、連休前から変わりばえのしない日々が続いていた。

 変わったことといえば、ふとした瞬間に彼の魔女に関する疑問が湧いてくるようになったのみである。

 そんな日々の中、月に一度の虎屋の定休日であるこの日、暇を持て余したタイガは気晴らしに図書館にやってきたのである。

 来たのならば、常日頃から気になっている魔女について調べてみようと思い立ったのが事の始まり。

 それで疑問が解決したならばまだマシだが、結果としては余計にあやふやな知識が増えただけに終わった。

 

 

 調べてみてわかったことといえば、「なんかやべーやつがいた」程度のことだけで、そのどれもが度を越して胡散臭いものばかりである。例を挙げてみると、

 曰く、一夜のうちに幾つもの国を滅ぼした。

 曰く、一週間で一つの世界を燃やし尽くした。

 曰く、誰も見たことがない更なる力を持つ。

 曰く、不死身である。

 曰く、人を食べる。

 曰く、時を越える力がある。

 

 

 

 どうにも、信憑性の薄い伝承だらけで、肝心の正体についてはちっとも分からない。

 そもそも、彼女について調べた歴史学者の誰も彼もが「サンタみたいなものじゃね?」みたいに結論付けちゃってる様子なのが、所々の文書の適当さから窺い知れた。

 

 残念ながら時間の無駄だったようだ。

 

 昼下がり、本の山を数分かけて片付け、家に帰ろうと図書館の扉をくぐったタイガは、耳を打った水音に足を止める。

 

「──しまった。今日雨だったか」

 

 まだまだ春になったばかりのこの時期、一度降り出すとなかなか止むことはない。

 かと言って、まだ昼食にありつけていないタイガに図書館で大人しくしているつもりは毛頭なかった。

 どうせ炎熱で服乾かせるだろ、と楽観視して家まで歩き出した。

 

 

 

 

 

「せっかくの休みだってのに、嫌な天気だな全く」

 

 やっとの思いで自宅付近までたどり着いた頃には、タイガはびしょ濡れだった。

 メシの前にシャワーかな、なんて考えながら急ぎ足で家に向かう。

 

 が、到着した自宅の前で、彼は思わず足を止めることになる。

 

 

 

「う、うーん……」

 

 ──知らない少女が玄関前でうつ伏せになって倒れていた。

 特徴的な赤い髪の色をしている。

 

「……どちら様?」

 

 恐る恐る声をかける。返事はない。

 様子を見るに、意識は無いようだ。気絶なのか眠っているのかまでは分からない。

 タイガはおっかなびっくり肩を叩こうとして、

 

「──熱っつ!?」

 

 触れた瞬間、ジュッという甲高い音が膨大な熱気とともに彼の指を焼いた。

 慌てて手を引くが、右手のひらがヒリヒリする。見れば、少し赤くなっていた。

 一瞬触れるだけで火傷するほどの熱量。そんな物が一人の少女の体から放出されている。よくよく見れば、この雨の中彼女の周囲の地面は全く濡れていない。

 どう考えても只事ではない。

 

「このままじゃ動かせもしないか……ゼロ、セットアップ」

『OK - Type flost』

 

 タイガはゼロを起動しバリアジャケットを展開。

 両手に冷気を集中させ、少女の体に触れる。触った側から高熱が伝わるが、冷気で相殺しているので火傷するほどではない。

 ゆっくりと少女の体勢を仰向けにすると、熱のせいだろう、顔を真っ赤にして苦しそうに呼吸をしている。

 あんなに元気だったのに、何で──。

 

 

「──あれ、おかしいぞ」

 

 

 「あんなに」?

 「元気だった」?

 

 それはおかしい。タイガは、この少女と会ったことも、似た誰かを見たこともないはずだ。

 

 なのになぜこうも、彼女の容姿を懐かしいと感じるのだろう。

 

 自宅に不審な人間──本当に人間なのか怪しいが──がいることよりも、人体に発生するにはあり得ないほどの熱量よりも、不可思議な現象である。

 

「んなもん、後でいいや」

 

 だが、まずはこの熱をなんとかする必要がある。もしもの話だが、あまり熱が上がりすぎるとどうなるかわからない。火事などはごめんである。

 

 とはいえ、タイガには医療の知識などない。

 しかし、妹が体調を崩した時は真っ先に気がつき適切な応急処置を行う理想の兄(自称)であるタイガは、こういった原因不明の異常にも対応できる心得があった。

 

「ディセクター、センサーモードで展開。ゼロ、スキャン開始」

『Scaning, start up』

 

 2本あるディセクターを、それぞれ頭の上と足の先に、少女の体を縦に挟むようにセット。ゼロを通じて微量の魔力をその間に流して全身をスキャンし、異常を探る。

 この完璧なる機能は、ある時はリオがウィルスに感染していたことを、またある時は目立たない位置の骨折を、またある時は虫刺されを発見するという数えきれないほどの大活躍を遂げている。

 また、これは仕事であるデバイス修理の際にも、どこに欠陥があるのかを探ることに大いに役立っている能力でもある。

 あくまでリオの健康のために身につけた技術であるのでそこを履き違えてはいけない。

 

 ──が、モニターに出されたスキャン結果は、これまでに前例のないものであった。

 

「──まじで」

 

 絞り出すような声が出る。

 

 正直、まあ人間がこんな熱出すわけないよなーとか、でもこの子人間にしか見えないなーとか、てか可愛い人だなーなんて思ってはいたが。

 

「この子──人間じゃないんだ」

 

 モニターに映し出されるは、緻密に設計された機械。

 戦闘機人とも違い、生身の部分は存在していない。

 驚愕の目を向けながら、思考は加速していき。

 

 ──目の前にいるのは、信じられないほどの精巧さで作られた、ロボットである。それが、タイガの出した結論だった。



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