大逆転! 大東亜戦争を勝利せよ!! (休日ぐーたら暇人)
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1 一寸未来(さき)は闇

本日は2話投稿にいたします。
では、マルタ島の発端をどうぞ。


1941(昭和16)年12月7日 深夜 ウェーク島近海

 

 

夜の闇の黒が海をも染める中、白波を蹴り立て複数の船舶が航行していた。

更にその船舶は大小のサイズや数の違いこそあれど、どれも砲を載せている軍艦である。

しかも、隠密航行らしく、艦橋など中から光が漏れそうな場所の照明は消され、僚艦が立てる白波と識別灯で慎重に航行していた。

そんな中、一際巨大で巨砲の連装砲塔を積んだ戦艦の甲板で1人の青年士官が夜の海を眺めていた。

この青年の名は滝崎正郎(たきざきまさろう)、まだ20代ながらも大佐兼艦隊副官として乗り組んでいた。

 

 

「暗い海か…まるで何かに引き摺り込まれそうだな」

暗い海に視線を向ける滝崎に声を掛けたのは上官であり、同期生であり、艦隊司令の松島宮徳正だった。

 

 

「まあな…いよいよ、アメリカと開戦となれば…余計にこの闇に吸い込まれそうで怖いよ」

 

 

「……準備はした。訓練も、作戦も、戦略も、戦術も、外交も、物資も…出来る限り全ての手を尽くした。どれもこれも、お前の提言のお陰だ。そんなお前がそんな不安な事を言うな」

 

 

「歴史は指先程度の事で変わる……僕は転生者だから記憶の形でこれからの歴史を教えれたけれど、その歴史通りにいくかは解らないよ?」

 

 

「まあ、既に少し歴史が違うからな…だがな、お前が教えてくれた『歴史』は変える必要がある…いや、変えねばならん。多くの臣民が南方や沖縄、本土、満州で死ぬ情景を、空襲で焼かれ、核の実験動物にされ、極寒の重労働にさらされる未来など見たくは無い! 例え我が身を犠牲にしてでもだ! その第一歩がお前の存在なんだぞ、滝崎」

 

「……だが、上手くいったとして、間違いなく、歴史は変わる。多分、俺の知識は役に立たなくなるぞ?」

 

 

「大丈夫だ。お前の様に頭の回転が利く。その回転が役に立つさ」

 

 

「おいおい……さて、そろそろ戻るか、徳子(とくこ)」

 

 

「ふん、真の名前で呼ぶな。正義(まさよし)」

 

そう言って滝崎と松島宮は互いの本当の名前を言って艦内に戻っていった。

 

 

 

………後に日本史・世界史の教科書にも書かれる日米の対決と日本の勝利、アメリカ・ソ連の敗北、第二次大戦の終結……これに寄与する事になる若き2人士官、その2人に付いていく事になる2人の外国人士官と2人に関わった偉人達、艦魂(ふなだま)の物語。

そして……転生したがゆえに歴史と未来を変えようとする若者の軌跡を書いた物語である。

 

 

では……その切っ掛けとなる場面から見ていこう。




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2 2011→1935

2011年9月15日 京都市内の一角

 

 

『危険な原子力発電を止めろ〜』

 

 

「「「「止めろ〜」」」」

 

 

自らが通う大学への通学中、京都市内の道路で東日本大震災以来『活発な』活動をしている反原発団体のデモ行進を青年……滝崎正義は白けた目で見ていた。

 

 

(止めるのは構わないが…その後をちゃんと考えてる……訳ないか)

 

電気を含めたエネルギー問題は国の命脈に繋がる一大問題であり、国と国民の運命を左右する話だ。

それを『危ないから』と言う単純な話で止めれる訳がないし、その影響と対策、代替手段を出さなければ始まらない話なのだ。

(歴史は繰り返す、か……アメリカの禁油の様にエネルギーを失えば日本は滅ぶ……歴史をしっかり教えないから、再びあの悲劇を繰り返すとも知らないバカが騒ぐのか)

 

未だにデモ行進を続ける一団に呆れた視線を送りながら滝崎は自らが通う大学への歩みを進める。

滝崎は大学で日本の近現代史を専攻、日米外交を主軸に卒論を書くつもりで色々と調べていた。

 

 

(『日本が中国を侵略をしたからボコボコにされて負けた』か……そんな単純な話じゃあない。そもそも、そこに政治・軍事・地勢学と言った事項も無い。そこを説明しないで軍事行動を全て侵略と説明するなんて…自分の無知を語っている様なものだ)

小学生の頃から『如何にして日本の被害を抑えて戦争を終わらせればよいか?』を考えていた滝崎は大学に入るまで独自に調べ尽くしていた。

故にあの集団に似た主張を掲げる輩を嫌っていた。

 

 

「……未来か…過去か…変えれるなら、どっちも変えたいな」

 

そう呟き、大学に向かう最後の小さな交差点を通った時、さっき滝崎の横を通り過ぎた少女に向かってトラックが向かって来た。

 

 

「危ない!!」

 

慌てて少女を押し退ける……が、次の瞬間、自分自身がそのトラックにぶつかり、飛ばされた。

 

 

(……マジかよ…ここで人生終了……仕方…ないか)

そう思った瞬間、意識が暗転した。

 

 

 

 

????

 

 

 

「………ぅぅぅ……うぅ、ここは……病院…か?」

 

再び意識を取り戻した時、滝崎は見慣れぬ天井を見て呟いた。

 

 

「ん…おぉ、気が付いたか!?」

 

医者と思われる白衣を来た男が滝崎が意識を回復したのに気付いて近付いて来た。

 

 

「は、はい……えっと…ここはどこの病院ですか?」

 

 

「ん、ここは舞鶴の海軍病院だ。いや〜、海に転落して1週間も意識が戻らないのだから、此方はヒヤヒヤしたよ」

 

 

「……………え?」

 

医者からの言葉に滝崎は固まった。

舞鶴、海軍病院、海に転落、1週間……この4つのキーワードが引っ掛かっていた。

 

 

(京都市内に居た筈なのに、京都府の舞鶴だと? しかも、自衛隊ではなく海軍病院? 更に道路でトラックに当たって飛ばされた筈が海に転落? 1週間は…有り得なくはないが…どうなっているんだ?)

 

疑問に対し急速に意識がはっきりし、回転が上がる。

そして、ベッドのネームを見て滝崎は内心で驚いた。

 

 

(滝崎『正郎(まさろう)』!? お爺ちゃんの名前だぞ!?)

 

自分の祖父である名前のベッドに自分が眠っていた……これが示す答えは限られる。

 

 

「………すみません、今は何年ですか?」

 

 

「……大丈夫かね? まさか、転落で記憶を失ったのか?」

 

 

「え、あ、えぇ、なんか、頭の中がボヤーとしてて…」

 

 

「そうか…今は1935年…皇紀2595年4月12日だ」

 

 

「…あぁ、そうか、確かに1週間ですね」

 

そう呟きつつも、滝崎は内心衝撃を受けていた。

何故なら、自らが生きていた筈の70年も前の年代を言われたからだ。

 

 

 

その日の夜……病室

 

 

(1935年なら昭和10年か…1945年、昭和20年の敗戦の10年前だ)

 

そう考えながら滝崎は天井を眺めていた。

 

 

(何がどうなってるかはわからないが、ここが大戦前の日本である事は間違いない……となると、間違いなく、あの敗戦が再びきてしまう)

 

寝返りをうち、寝る体勢に入る滝崎。

 

 

(……まだ情報が少ない。下手な判断はダメだ。だけど……このままでいいのか?)

 

そんな自問自答を繰り返しながら、滝崎は眠りについた。

 

 

 

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3 皇族学生

祖父の身体に転生してしまった滝崎。
そして、滝崎は『相棒』と出会う。



1935(昭和10)年4月19日

 

 

舞鶴海軍兵学校校門

 

 

 

「……新鮮だな〜」

 

退院した滝崎はその足で自らが所属する『舞鶴海軍兵学校』の門を潜った。

 

 

(でも、舞鶴の士官学校が開校したのは44年頃。『史実』では35年に開校していない…まあ、これもこの世界の特徴なのかもしれないけど)

 

入院中に情報収集(書籍や新聞を読み漁る・見舞いに来た覚えのない学友からの話を聞く)をした結果、『大筋は一緒だが違う歴史』である事がわかった。

上記の舞鶴士官学校もそうだが、違う点も幾つかある。

一番海軍に関係あるのはワシントン海軍軍縮条約と関東大震災で処分・改装される筈だった赤城、天城、加賀、土佐が現存している事。

天城・赤城は『天城型航空母艦』、加賀・土佐は『加賀型戦艦』として在籍していた。

また、昨年、訓練中に電の衝突により沈没する深雪がダメコンの成功等の幸運で生還していた。

 

 

(空母の『ビック4』は天城、赤城、レキシントン、サラトガ。戦艦は『ビック9』で長門、陸奥、加賀、土佐、ネルソン、ロドネー、コロラド、メリーランド、ウエストバージニアの9隻…アメリカとなら4対3か)

 

それを差し引いても、アメリカと戦うにはキツキツな戦力である。

しかも、日米戦争開始まで6年7ヶ月…それまでに如何に日本を『勝てる』様に持っていくかが…歴史の変わり目なのだ。

 

(問題は……どうやって上層部に食い込むか…だよな)

 

歴史を変えるにはどうしても政府・軍部などの上層部に接触し、有力者の理解と支援が必要だ。

しかし……今の自分はしがない兵学校生であり、そんな物は無い。

 

 

(士官への任官を待つなんて悠長な事をしている暇はない…でも、下手に目立つのは危険だし……だが、一刻も早く接触はしたい…しかし、接点なんて無いしな……どっから手を付け始めればいいんだ?)

 

そんな事をグルグルと頭の中で考えながら滝崎は自分の教室へと向かった。

 

 

 

教室

 

教室に入った瞬間、見舞いに来てくれた同期生を筆頭に皆が暖かく出迎えてくれた……記憶が無い為、愛想笑いしか出来なかったが。

そうした騒ぎが一段落した時、教室の引き戸が開かれた。

 

 

「滝崎正郎! 漸く戻って来たか!」

 

自分(の祖父)の名前を呼ばれ、そちらを向くと1人の生徒が立っていた。

 

 

「…………どちら様?」

 

 

「なに!? 好敵手で有る私を忘れたのか!? まさか、海に落ちた時に記憶が飛んだのか!?」

 

 

(……本当に解らん)

 

困惑しているとその本人がズカズカと教室に入り、滝崎の前までやって来た。

 

 

「松島宮徳正王だ。ま、つ、し、ま、の、み、や、と、く、ま、さ、お、う!」

 

わざとらしい区切りで名前を言う松島宮。

(……『宮』と『王』がつくなら、この方は皇族だよな…でも、松島宮って…いや、この世界ならあっちの世界で無かった物があってもおかしくないよな…パラレルワールド、異世界だし)

 

……迫られているのにそんな事を考えていた。

 

 

「……大丈夫か?」

 

 

「え、あぁ、うんうん、大丈夫、大丈夫」

 

 

「……まあ、大丈夫ならいいが…それより、貸していた本を返してくれ。あの一件で返却期間が延びているんだが」

 

 

「…あぁ、すまない。部屋に置いてあるから、後で届けるよ」

 

 

「そうか…まあ、帰って来たばかりなのに騒いで悪かったな。あっ、本の事は忘れるなよ」

そう言って松島宮は教室から出て行った。

 

 

「……なんだったんだ?」

 

疑問符を浮かべながら呟く滝崎。

ただ、わかった事は……どうやらこの世界の祖父は先程の皇族とは『好敵手』として仲が良い……と言う事だった。

 

 

 

数日後……校内廊下

 

 

 

「うぐ〜〜…さすが天下の海軍兵学校、シゴキはキツいや」

 

廊下で歩きながら背伸びをしつつ、滝崎が呟いた。

 

 

「下手くそ底辺でも剣道やってたからマシだったけど…いや〜、キツい、キツい…だから、主治医が居るのか、松島宮殿下には」

 

あの後、同期生の話を盗み聞きするなど松島宮殿下について解った事は『ちょっと変わってる』と言う事。

これは人の性格的な事では無く、扱いの事であるのだが、確かに変わっていた。

例えば、宿舎での寝起きなどの共同生活が当たり前な兵学校において、外の借家で寝起きしている。

また、校内に掛かり付け医…この場合は主治医や侍従医と言うべきか?…が看護婦と共に一室を借りて待機している、と言う特別扱い振りだった。

ただ、この特別扱いも『皇族だから』と一言で片付いてしまうのは……何かの皮肉かもしれない。

そもそも、なぜ皇族が伝統ある呉の江田島ではなく、舞鶴なのかと疑問も出るが……箔を付けたいと言う理由ならば納得出来てしまう。

 

 

(とりあえず、体育の授業は出てるけど……身体の何処かが弱いか持病で、とりあえず名目でもいいから軍人にしてる…って事なのかな?)

 

皇族・華族の子息は軍人へ、と言う風潮が当たり前の戦前であるため、多少の事があっても軍に入れる。

そして、身分が皇族である以上、身体に何かあって、それをサポートする為に侍従医がいる……と推測するなら、特別扱いの理由として筋は通っている。

 

 

「まあ、何でもいいや…あっ、松島宮殿下」

 

 

前を歩く松島宮殿下に声を掛ける。

 

 

「おっ、おう…滝崎か…うう…」

 

 

「えっ、どうしました、松島宮殿下?」

 

 

「……気持ち悪い……吐きそう…」

 

 

「それは不味い! 不味過ぎる! 医務室行きましょう! あっ、侍従医の方ですからね!」

 

……言われた滝崎が慌て、松島宮に肩を貸し、医務室に連れて行った。

 

 

暫くして……医務室

 

 

 

「やれやれ、食べ過ぎで吐きそうになるとは…まあ、元気なのは良いのですが」

 

 

「あはは……」

 

侍従医の物言いに苦笑いを浮かべる滝崎。

しかし、そう言ってから侍従医は値踏みをするかの様に滝崎を見る。

 

 

「………何か?」

 

 

「うむ、殿下からは何故か君の話をよく聞いていたからね。なるほど、何故かわかった様な気がする」

 

 

「はあ…自分の話をよく…」

 

何とも意外な様な…ライバル故に話したくなるのか…まあ、嫌われてるよりマシだが。

 

 

「いや〜、殿下にもお友達が出来てよかった。このままひとりぼっちとはいかないし」

 

 

「皇族も大変ですね」

 

相槌を打つかの様に言う滝崎。

まあ、皇族とか王族と言うのは昔から大変なものだが。

 

 

「やれやれ、お母上、お父上や弟君の事もあって、気苦労が多い殿下には珍しく、笑っておられるな」

 

 

「えっ??」

 

 

「侍従医、少し喋り過ぎだ」

 

そう言って後ろに看護婦を連れた松島宮が上着を着ながら出てきた。

 

「やあ、松島宮殿下。大丈夫そうなんで、自分は失礼します」

 

そう言って滝崎は3人に一礼してから退室する。

 

 

「……よろしいのですか?」

 

 

「なにがだ?」

 

3人になった医務室で侍従医が松島宮に訊いた。

 

 

「このまま御一人で切り抜ける、と言うのは難しゅうございます。彼なら信用も出来ますし、我々が居なくても殿下を助ける事が出来ると私は思いますが?」

 

 

「……そんな事、既にわかっておる。そもそも、あいつをかっているのは私なのだからな」

 

侍従医の言葉に素っ気なさそうに松島宮は言った。

 

 

 

 

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4 秘密と進展

ライバル視されている同期生の秘密とは?


翌日午後 舞鶴某所

 

 

 

「……えーと、松島宮殿下。いったいなんですか?」

 

 

授業終了後、何故か松島宮に呼び出された滝崎はそのまま流される形で松島宮が借りている借家へやってきた。

 

 

「そんなに畏まらなくていい。上衣も脱いだらどうだ」

 

そう言って本人はそそくさと上衣を脱いでポンポンと畳んでしまう。

 

 

(……よく見れば、松島宮の身体のラインって細いよな)

 

横目でチラチラ見ながら滝崎は上衣を畳む。

畳終えて隣を見ると、いつの間にか松島宮が座っていた。

 

 

「うおっ!?」

 

「なんだ、びっくりしたのか?」

 

 

「気付かぬ間に隣に居たら驚くって」

 

 

「あぁ、たしかにな…滝崎よ、皇族を含めた上流階級は楽だと思うか?」

 

 

「うーん…まあ、俺個人としては御家事情だから一概には言えないと思うが…やっぱり、それなりの苦労はあると思うけどね」

 

 

「…農家出にしてはえらく現実的な事を言うな」

 

 

「いや、そんなもんでしょう?」

 

 

「まあ、そうだな…で、では…わ、私がお、女だと言ったら…ど、どうする?」

 

 

「……えっ、えー、えぇ!?」

 

思わず松島宮の顔を見る滝崎。

そして、よーく見てみれば……胸部にさらしが巻かれている。

 

 

「……………と、と、とりあえず、事情を話してくれないか?」

 

 

「う、うむ、わかった」

そして、松島宮は少しづつ語り始めた。

 

 

 

松島宮家は皇族家の末席にある。故に跡取りと言うのは重大であった。

ただ、なかなか子宝に恵まれず、漸く産まれたのが徳子…つまり、女子である徳正王であった。

これに父親は落胆、挙げ句の果ては徳子を徳正王にして『男子』として育てる事にした。

そして、松島宮に対する不幸は続いた。徳子を男子として育てる事に対して最大の反対者であった正妻が徳子を生んでから体調を崩していたのだが、徳子2歳の時に亡くなると、これ幸いとばかりに父親はあちこちの女性に手を出しはじめた。

また、徳子も母親を亡くした事により精神的支柱を大きく削られる事になった。

この状況が変わったのは数年前に手を付けていた女性の1人が遂に義弟とも言うべき男の子を出産、家督の継承権がその義弟に移った事だった。

既に『男子』として育てられて10年以上経過しており、男の為りが定着していた。

また、義弟が出来た事により父親との隔絶は明確化し、これを切っ掛けに前々から家を出る事を考えていた松島宮は決断、絶縁とばかりに家を出る事にした。

なお、海軍になったのは父親代わりの『叔父様』が海軍軍人で周りにも薦められたから……と言う事だった。

 

 

「ちなみに、それを言った理由は?」

 

「前々からあの侍従医に言われておったのだ。『信頼出来る者を見付けて、我々が見てない時も助けてくれる様にしておけ』とな」

 

 

「それはまた大変で」

 

 

 

「当たり前だ。皇族と言えども、女が軍務に就くなど聞いた事があるか?」

 

 

「記録を調べれば有るかも知れないけど…あっ、会津藩に居たな」

 

 

「八重殿か…いや、それ以外だ! それ以外!」

 

 

「知る限りではないな」

 

 

「だろう? あーあ、言えたからスッキリした」

 

そう言って松島宮はスッキリした表情で畳の床に寝転がる。

 

余り公言も出来ず、色々と溜め込んでいた物を吐き出したのだから、当然かもしれないが。

 

 

(……これはちょうどいい、この機会に賭けてみよう。多分、これを逃せば次は何時くるかわからない)

 

松島宮の告白に滝崎は賭けてみる事にした。

 

 

「じゃあ、松島宮。もし、10年後に日本が滅びる瀬戸際に陥るとしたら…どうする?」

 

 

「皇国が? アメリカやソ連と戦になれば有り得なくはないが…日本の何処に好き好んで戦争を仕掛けるバカがいる? 特にアメリカに?」

 

 

「そこだ。もし、水面下で日米を戦わせ、互いに疲弊したところをソ連が世界規模に勢力を拡大する企みが少しづつ進んでいるとしたら? しかも、現大統領ルーズベルトが様々な理由で日本を敵視し、密かに叩き潰す機会を伺っているとしたら!?」

 

 

「待て待て待て! 共産党勢力の拡大はわかる! だが、アメリカはモンロー主義にあり、資本主義と対立関係にある共産主義を助ける様な真似を何故する? 更に移民に対する問題などの懸案事項はあるが日米関係は悪くはない。何故、10年後に皇国が滅びる瀬戸際になるんだ? いや、そもそも、滝崎、お前はなんでその話題を出してきた?」

 

「君が自身の秘密を話したのなら、僕も自身の秘密を話す必要がある。しかも、日本の未来、世界の未来に関わる事項だ」

 

 

「ほう、皇族の女子が海軍軍人に紛れこもうとしている以上の秘密か? よかろう、日本や世界の未来に関わるなら聞いてやろう」

 

 

1時間後……自身が更に70年後の未来からやって来て、更に日本と世界の歴史を大筋に語り終えた後、暫く沈黙が場を支配した。

長く感じた沈黙の後、漸く松島宮が声を震わせながら絞り出すかの様に口を開いた。

 

 

「つ、つまり、2年後には支那国民党と戦闘状態になり、それが発端となりアメリカと対立し、開戦…最後は惨敗に終わる…だと?」

 

 

「あぁ、そうだ」

 

 

「それだけでなく、本土の都市は焼け野原になり、広島・長崎は原子爆弾の実験場にされ、沖縄は戦火に焼かれ、特別攻撃と言う体当たり・自爆攻撃を行い、ソ連の条約無視の侵攻による悲劇……結果、臣民300万の尊き命が犠牲になっただと!! 問題大有りだ!!」

 

 

「お、落ち着いて、落ち着いて…深呼吸して」

 

 

「はあ…はあ…はあ……くそ、世界大戦は始まる上に、スターリンの掌に踊らされる事が余計に腹が立つ! 滝崎! その話は本当だな!?」

 

 

「天地神明に誓って本当だ。ただし、これは僕の世界での話だ。でも、多少歴史は違っているが、このままいけば間違いなく、日本は危ない」

 

 

「うむ、だが、それは叔父様や叔父様と親しい海軍軍人達も言っていた事だ。よし、わかった! そんな話を聞いたら黙ってられん。筆だ! 紙だ! 叔父様に緊急の手紙だ!!」

 

何処かから紙と筆と机を持って来て、スラスラを内容を書いていく松島宮。

それを不覚にも呆然と見つめる滝崎。

 

 

「あっ、そうだ、滝崎。お前も何か話題を出せ。そうすれば信憑性が出てくる」

 

 

「あぁ、とりあえず、海軍だと悪天候下での演習による第四艦隊事件、陸軍だと人事案件による永田鉄山斬殺と皇道派クーデター未遂の2.26事件だな」

 

 

「……ちょっと待て、海軍関連より、陸軍関連がとてつもななく問題ではないか! しかも、統制派重鎮が殺害されるだと!? それに加え皇道派クーデターだ!? まったく、日本を2つに割るつもりか? これではアメリカに勝てるか!!」

 

 

「落ち着いてくれ! 御近所迷惑! 憲兵が跳んで来る! 深呼吸! 深呼吸!」

 

 

「ふー…ふー…ふー……ならば余計にこの手紙を届けねば。イザとなれば、どっちも潰してやる」

 

 

「いや、それはそれで不味いからね」

 

 

 

手紙を送って2週間後

 

 

 

「えっ…帝都に?」

 

 

「あぁ、最初は叔父様も戯言の様に思っておったのだが、時間が経てば経つ程気になってきたらしい。だが、叔父様は忙しい御方だからな。それに直接会いたいそうだ」

 

 

手紙を出してから2週間、2人が首を長くして待っていた手紙の返事が漸く来たと松島宮から聞き、内容を訊くと帝都に来てほしい、との事だった。

 

 

 

「まあ、それは構わないが…行けるの、帝都に?」

 

 

「問題はない。任せろ」

 

 

「…わかった」

 

 

若干不安になる滝崎だった。

 

 

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5 叔父様と皇族

自らの秘密と歴史を語った滝崎は松島宮の『叔父様』へと会いに行く。


5月30日 3等客車内

 

 

「……何とも言えないな」

 

舞鶴から福知山を通って大阪に向かう汽車の3等客室に座り、窓から外を見ながら滝崎は呟いた。

『家の用事で帰る事になった。故に連れを連れて帝都に向かう』との松島宮からの言葉により、松島宮は滝崎を連れて堂々と帝都に向かっていた。

なお、肝心の松島宮は隣で爆睡中である。

 

 

「さて……とりあえず切っ掛けは出来たが…次の段階に進めるかね?」

 

『松島宮の叔父様』が海軍に居る事を知り、そこから徐々に上層部へ浸透する方針をとったが……どうも、利用しているようで、滝崎としては苦い感じがして嫌だった。

 

 

「とりあえずは帝都に着いてからだな。でも、松島宮の話を聞いてる限り、御忙しい方のようだし…色々と大丈夫かな?」

 

皇族で軍人なのだから、礼儀や言葉使い等が大丈夫か心配になってきていた。

 

 

「しかも、手紙の内容も単純な文面だったし…秘密保全の観点かな?」

 

なお、返事の手紙の内容は『内容は承知せり。詳細知りたき為、帝都に帰られたし』との簡単な内容だった。

 

 

「とりあえず、駅に着いたら、腹拵えの駅弁だな」

 

 

 

大阪

 

 

 

「むにゃむにゃ……うーん……ここは何処だ?」

 

 

「おはよう。はい、駅弁」

 

眠っていた松島宮が漸く起きたと同時に弁当を買いに行っていた滝崎がちょうど戻ってきた。

 

 

「うん、ありがとう…どうした?」

 

弁当を受け取った松島宮は弁当を見つめる滝崎に訊いた。

 

 

「いや、戦時中なら簡単で質素な弁当になるのにな…と思って」

 

 

「あっ、そうか。戦時中ともなれば配給になって統制されるからな」

 

 

「あぁ…この駅弁も…いや、止めよう。話が辛気臭くなる」

 

 

「うむ…あっ、そうだ、未来の話が聞きたいな。例えば鉄道の事とか」

 

 

「鉄道なら…そうだな、時速300キロの『新幹線』と言う名の高速鉄道があるな」

 

 

「時速300…戦闘機並みの速さだな。技術進歩とは恐ろしいものだが…乗ってみたいな」

 

 

「歴史が変われば、案外早く乗れるかもよ?」

 

 

「さて、その頃、私は何歳だろうかな?」

 

 

「……さて、わかりません」

 

 

 

その後、大阪から東京まで更に6時間、汽車の三等客車の座席に揺られ、東京駅に到着した。

東京駅では松島宮の叔父様が出してくれていた出迎えと合流、出迎えの人間に訊くと、松島宮の叔父様は多忙な為、会えるのは明日にあるとの事だった。

 

翌日 松島宮の叔父様の屋敷

 

 

 

「ふゎ〜、おはよう、滝崎」

 

 

「おはよう、松島宮。よく眠れたみたいだね」

 

兵学校での生活に慣れた為か、何時もの起床時間に起きてしまい、屋敷の外の敷地を数周走ってから朝食をとっていたところに松島宮が起きてきた。

 

 

「そう言えば、叔父様とは何時お会い出来るんだ?」

 

 

「朝食の後にお前を連れていく。焦る気持ちもわかるが心配するな」

 

 

「……そうだな、確かにそうだ」

 

言われて焦っている自分が居る事に気付き、言われた通り落ち着く事にする。

 

暫くして……

 

 

 

「おはようございます、叔父様。彼を連れて来ました」

 

 

「うむ、入ってくれ」

 

 

「失礼します」

 

朝食を終え、松島宮の後ろを着いて行き、叔父様の待つ応接室へと入る。

 

 

「事情は手紙で知っているよ。私は松島宮の叔父、高松宮宣仁親王である」

 

 

「……た、た、た、た、高松宮宣仁親王殿下!? 殿下が松島宮の叔父様!!?」

 

高松宮殿下と松島宮を相互に見やり、驚きで唖然とする。

高松宮宣仁親王(たかまつのみやのぶひとしんおう)…海軍軍人(終戦時中佐)で昭和天皇の弟、『高松宮日記』は近現代史史料にされる程の有名人だ。

そんな超VIPが松島宮の叔父様だったとは…。

 

 

「殿下が叔父様だったなんて……予想してなかった」

 

 

「余り公言するな、と頑なに言われていたからな。こうして会うまでは言えなかったんだ」

 

 

「ふむ…未来の私はそれほどに有名人かね?」

 

 

「殿下の日記は1級の史料ですからね。更に海軍中枢部に居られた皇族であらせられる」

 

 

「ふむ、では答えてほしい。これからの日本の未来を」

 

 

 

 

2時間後……

 

 

 

「……なんと言う事だ…我が国はそんな事に…」

 

 

「はい、アメリカの庇護の下、経済的復興には成功しましたが、精神的復興はアカから浸透した左翼勢力により邪魔を受けていました。長年の左翼による洗脳教育により、愛国心を持つことを否定され、歴史をねじ曲げられてきました」

 

 

「国が滅ぶ瀬戸際であったとは言えな……ところで永田鉄山少将の一件だが」

 

 

「はい。事の発端は教育総監の更迭です。教育総監が皇道派であった為、統制派の永田少将が関わっていると相沢少佐が斬殺を…まあ、誤解のとばっちりであった訳ですが」

 

 

「ふむ、そして、それを発端とした皇道派・統制派の対立激化の結果が2.26事件かね?」

 

 

「はい。他にも昨今の経済低迷による貧困も原因です。東北での貧困層の生活を下士官より聞いた青年士官は人情もあって動いた……もちろん、その行動方法は間違っていましたが」

 

 

「うむ…東北での状況は聞いていたが…なんとも言えんな」

 

 

「他にも…青年士官内部に共産思想が入っています。それらに動かされて……どちらにしろ、我が国は白人優越主義と国内にも入っている共産・社会主義と戦わなければいけません。しかも、敵は裏で手を結んでいる状況です」

 

 

「ふむ……わかった。君の事を信じよう。松島宮、電話を頼む。陸軍は管轄外だ。東久邇宮殿下をお呼びしてくれ」

 

 

「わかりました」

 

 

 

3時間後……

 

 

 

「ふむ…高松宮殿下から火急の呼び出しと聞いて駆け付けたが……これは我が皇国の運命を司る火急な要件だな」

 

高松宮殿下から連絡を受けた東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこおう)殿下は滝崎の話を聞いて納得した。

 

 

「そこまで詳細に語られては君を信じるしかあるまい。それで、どうすればよいかね?」

 

 

「先ずは永田少将斬殺と2.26事件、国内を片付けましょう。それから、国外の事にあたるべきです。とにかく、西安事件・第二次国共合作を防がねば、盧溝橋事件は防げません。そして、盧溝橋を防げなければ、第二の尼港事件である通州事件、第二次上海事変も防げません。仮にふせげても、時間や場所、方法を変えて軍事衝突へと誘導される事は間違いありません」

 

尼港事件と聞いて高松宮・東久邇宮両殿下に苦い表情が浮かぶ。

シベリア出兵時に発生した惨劇を知る人間としてはその惨劇が再びおきるかもしれないと聞いては当然とも言える反応かもしれないが。

 

 

「とにかく、根本を断たねば余り変わらない、と言いたいのだな?」

 

 

「あぁ、特にルーズベルトが大統領である以上、対米戦は阻止出来ないし、ソ連は影響圏拡大に日本が邪魔だと認識しているからね。それなら、出来る事は主敵を明確化し、それに備える事に傾注しつつ、敵を減らし、味方を増やす。これしかないよ」

 

 

「支那やアメリカ、ソ連だけでなく、イギリス、自由フランス、オランダ、と敵に回り、1対多数で戦い、戦線が拡大した事への反省か?」

 

 

「うん。対米で一対一の短期集中戦なら日本にもチャンスはある。だが、注意しないといけないのはソ連がいる事。つまり、国力は出来る限り温存するしないといけない。これは必須条件だよ」

 

 

「簡単に口で言うが、実現にはそうでは相当苦労する話だな」

 

 

何故だか2人だけで会話が進んでいく。

それを見た東久邇宮は高松宮に言った。

 

 

「あの2人、ウマが合いますな」

 

 

「あぁ、徳子があんな風に話すのを見るのは何年ぶりだろうか、そう思ってしまう程だ」

 

 

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6 山本五十六航空本部長

と言うわけでこのお方の出番です。


その後、幾つかの提言を高松宮・東久邇宮寮殿下に行った滝崎は松島宮と共に舞鶴に戻り、勉学に励む日々を送った。

そして、7月後半から夏季休暇期間に入り、一度実家のある田舎へと戻ったのだが、意識が正義である為に顔見知りでない両親や親戚・友人に囲まれる事になった。

それと上手く付き合いつつ、実家で夏季休暇を過ごしていたが、松島宮より『30日二大阪デ待ツ。早急ニ来ラレタシ』の電報を受け取り、大急ぎで大阪に向かい、松島宮と合流、そのまま帝都の高松宮邸に向かう事になった。

 

 

8月1日 高松宮邸

 

 

「夏季休暇中にすまないね」

 

 

「いえ、自分としましても、田舎に居りますと状況の進み具合がわからないので、ちょうどよかったです。それで、進捗状況はどうでしょうか?」

 

到着直後に会って直ぐに時間も惜しいと言わんばかりに単刀直入に用件へと入る滝崎。

 

 

「予想通り、と聞いて思うかもしれんが、なかなか上手くいかんね。君の事を表だって言うわけにもいかんし、さりとて、下手に皇族が口を出すわけにもいかんからな。東久邇宮閣下のところも似た様な状況だ。君が言っていた戦闘機不要論の一件も話してはいるが、反応は今ひとつだな」

 

 

「そうですか…いえ、自分も理解されるまでに時間がが掛かる事は承知済みです。それよりも、本来なら自分がやるべき事をを高松宮殿下にさせていることに頭を下げたいぐらいです」

 

 

「仕方あるまい。今の君は名も無き一介の海軍兵学校生だ。とてもではないが、相手にされず門前払いされるのが目にみえとる。それに事が事だ、遠回りしている時間も惜しいからね。おぉ、そうだ、先の戦闘機不要論の話だが、1人だけ聴く耳を持った者がいたよ。今日はその者を呼んでいる」

 

その時、ノックと共に松島宮のが入ってきた。

 

 

「叔父様、航空本部長が来ておられます」

 

 

「ちょうど良かった。入ってもらいなさい」

 

それを聞いて滝崎入って1人しか思いつかなかった。

この時、海軍航空本部長だった人間、それは……。

 

 

 

暫くして……

 

 

 

「本日はお招きいただき、ありがとうございます。高松宮殿下」

 

 

「いや、本来ならこちらから出向いた方がよいのだがね。余り表沙汰に出来ないからね」

 

 

「いえいえ、わたしも海軍を勧めた人間として松島宮殿下の御様子も気になっていましたから。ちょうどよい機会でした」

 

松島宮と共に入ってきたイガグリ頭の小柄な人物、山本航空本部長…後の世に日本海軍を語るには決して外す事のできないビック・ネーム山本五十六であった。

 

 

(と、言うか、松島宮って山本元帥からも海軍勧められたんだ…ある意味、羨ましいな)

 

 

「さて、君が未来を知る滝崎正義君…いや、正郎君かな?」

 

 

「あっ、は、はい! えっと、今は正郎でお願いいたします」

 

緊張と興奮で心臓が高鳴り、握手の為に差し出した右手も同じく緊張で汗でぬめりだす。

 

 

「ほう、私に会う事はそれほど緊張するかね? 表情が硬くなっているぞ」

 

 

「…当然です。日本海軍航空戦力育成に努め、世界初の空母機動部隊を創り上げた御方。世界がその手腕を認める、世界の海軍史に大きな一歩を刻んだアドミラルですから」

 

 

「ふむ、私の様な父親からも嫌われた小柄な爺さんがそんな評価を受けるかね? 過大な評価の気もするがね」

 

 

 

「そう言えば御名前の五十六、御父様の年齢で嫌がっていましたね。奥様にも御見合いの際に日進で受けた傷をお見せになりましたし」

 

 

 

「……はっはっは、まるでお見通しと言わんばかりだな。なら、右手の指2本がない事も知ってるな?」

 

 

「あと1本失えば、規定により退役でしたね。いやはや、どう転ぶかはその時次第ですね」

 

 

「ふむふむ、では、君の話を聞こうか?」

 

 

 

1時間を掛けて滝崎は山本航空本部長にこれからの未来を自分が転移する寸前まで話した。

 

 

「ふむ、弱点がわかってしまった防弾も無く、後継機が中々出ない零戦ではF4Fにも負け始めるか。しかも、相変わらずな工業力だな」

 

 

「えぇ、口の上手い人が『隔月刊正規空母、月刊軽空母、週刊護衛空母、日刊駆逐艦、3時刊輸送船』と言ったぐらいですから」

 

 

「な、な、な、なに……1週間で護衛空母、1日で駆逐艦、3時間で輸送船……アメリカは気狂いか…」

 

 

「やれやれ、アメリカの底力は恐ろしい」

 

 

「やはり、長期戦となれば工業力により巻き返されるな」

 

滝崎の言葉にそれぞれ感想を呟く3人。

 

 

「ところで、陸軍のほうはどうかね?」

 

 

「陸軍は1939年のノモンハン事件の経験から防弾にも力を入れ始め、また、1年毎に新型機が開発完了・実戦投入された事もあり、零戦の様にならずにすみました」

 

 

「つまり、新型機の早期開発と実戦投入、更に整備面や生産面にも手を加える必要があるな。それとアメリカの数に対抗するには陸軍との調整も必要だな。何か意見はあるかね?」

 

 

「航空機関連であれば、先ほど申されました整備・生産面に関係しますが部品規格の統一・共通使用化に無線機の改良、大馬力エンジンの開発…外国製生産機材を今から買い占めておく事ですね。また、エンジンもイギリスやドイツから支援を受けた方がいいです。また、生産工程の省略化や生産マニュアルの作成も…挙げたらキリが無くなりますよ」

 

 

「ふむ…そこまで言われたら、君を信じるしかないね」

 

 

「ありがとうございます。それと山本部長、水から石油は出来ませんよ。その類の事を言うヤツがいたら、構わず牢屋にでもぶち込んで下さい。詐欺師なんで、容赦なんか必要ありませんよ」

 

 

「ほう…わかった、詐欺師には気を付けておこう」

 

 

 

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7 第一航空戦隊

明けましておめでとうございます。
昨年中は読者の皆様、先生方々にお世話になりました。
新年と言う事で、早速更新いたします。
今回はワシントン軍縮条約の事も書いております。
今年もよろしくお願いいたします。
では、どうぞ。


8月3日 呉軍港沖

 

 

 

「うぉ!! 凄いな!!」

 

桟橋から沖合いの艦艇に行く内火艇で歓声を上げる滝崎。

滝崎の視線の先には改装が完了した全通甲板の空母『赤城』と改装前の三段甲板である空母『天城』の2隻が停泊していた。

そして、内火艇は旗艦である天城へと向かっていた。

 

 

「おいおい、そこまで興奮してどうする?」

 

 

「興奮しない方がおかしい! 全通の赤城と三段の天城だぜ? 写真を撮らないとな!」

 

そう言ってさっそく買ったばかりのカメラを構えて写真を撮る滝崎とその姿に呆れて溜息を吐く松島宮。

さて、2人が何故呉に居るかと言うと、山本本部長からの紹介で現在の第一航空戦隊司令に会いに来たのである。

 

 

 

甲板に上がった2人は士官の案内で司令室までやって来た。

 

 

「司令、お客様です。例の兵学校生です」

 

 

「うむ、入れてくれ」

 

その返答に士官がドアを開ける。

すると、部屋には1人の将官が待っていた。

 

 

「五十六から連絡は受けているよ。しかし、皇族の友達とは、随分いい立ち位置を得たね」

 

そう言ったのは部屋の主であり、現第一航空戦隊司令である、堀悌吉少将だった。

山本五十六の同期であり、親友でもある堀少将は史実であればワシントン軍縮条約時に主流派である艦隊派に喧嘩をうった事にされて退役・予備役に回されたのだが、こちらの世界ではワシントン軍縮条約の内容も変わった為か、堀少将は第一航空戦隊司令として現役であった。

 

 

「たまたまです。それに、 今は居候のタダ飯…痛っ!?」

 

いきなり後頭部に松島宮の拳骨が入ってきた。

 

 

「大馬鹿者め。堀少将、こいつは少し謙遜し過ぎる奴だからな、タダ飯とかの言葉は気にしなくてよいぞ」

 

 

「わかりました、松島宮殿下。では、滝崎君、君の話を聞こうか?

 

 

 

1時間後……

 

 

「ふむ、確かに状況が少し違うとは言え、このまま不味い事には変わり無いな」

 

 

「はい、戦艦は長門、陸奥、加賀、土佐と戦艦に関してはとりあえず対抗出来ます。また、空母も複数同時使用の機動部隊なら練度もあってこちらが有利です。ですが、いずれはアメリカの国力に押されます」

 

 

「五十六も同じ事を言っていたし、私もその考えを支持する。となると、短期決戦しか無いか」

 

 

「それは間違ってはいません。ですが、ただ、アメリカの戦力を潰しても意味はありません。ここはかつての明石元帥並みの事をアメリカに仕掛けないと」

 

 

「驚いたな。日露戦役の再現をアメリカでやろうと言うのか? しかし、アメリカに革命は…」

 

 

「いや、革命まではおこさないよ。ただ、アメリカ国民が対日戦に積極的にならない様にするだけさ」

 

 

「やれやれ、君は容姿に似合わず、案外大胆な事を考えてるね。まあ、あんな国に常識的に打ち勝とうなど不可能に近いが」

 

 

「ですが、これは自分の世界の英霊…国を思い、戦った方々の犠牲があったからこそ、考えついたやり方です。再びあの悲劇を繰り返すなど、私は黙って見ている事など出来ません」

 

 

「なっ、堀少将。こいつはこの類の話しになると目の色を変え、肝を据える。覚悟なら、とうに出来ているぞ」

 

 

「なるほど、高松宮殿下や五十六が気にいる訳だ。わかりました、私も協力しましょう」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「おいおい、それは戦争に勝ってからだよ。さて、どうするべきかね?」

 

 

「今は…とりあえず、各々が出来る事をしか…第一航空戦隊は航空隊の練度向上に努めて下さい。今のウチに練度をあげておかないと、後進育成もすすみません。それと、機動部隊ならば輪形陣による艦隊行動を磨いて下さい。空母を守るのは自身の戦闘機と艦隊の対空砲火、正確な索敵です」

 

 

「ふむ、輪形陣の件は難しいが、君の言う事は筋が通っているし、事実だ。他の事も君の話を聞くと納得できるな」

 

 

「ありがとうございます。私も堀少将が在籍しているだけでも、少し希望が持てています」

 

 

「そうだな。お前から何度も聞いているからわかるが、歴史は紙一重の事で大きく変わるな」

 

そう言って松島宮が会話に入って来た。

さて、ここで何故、堀少将が史実の様に退役させられず、更に加賀・土佐などの戦艦が健在なのかを説明したい。

史実のワシントン軍縮条約では陸奥が承認され、天城、赤城が空母に改装、加賀、土佐が廃艦になる予定であったところを関東大震災で天城が破損したら為、加賀の空母に改装された。

しかし、こちらの世界では博打とも言える大立ち回りでワシントン軍縮条約の内容を変えてしまっていた。

陸奥の無理矢理な完成にあわせ、日本側は加賀、土佐も無理矢理に8割完成(後は武装載っけるだけの状態)と言い張り、加賀と土佐の保有を主張した。

対し、日露戦争後から日本を敵視し、今回の軍縮・外交条約会議で日本の弱体化を密かに狙っていたアメリカはこれを否定した。

これに対し、交渉団の1人が外交条約会議を絡めて、こう発言した。

「アメリカは軍縮会議で戦艦を破棄しろと言い、外交会議では日英同盟を排し、4カ国、並びに9カ国条約を結べと言う。我が国の国防に関する件であるにも関わらず、どちらも一方的に破棄しろと言うだけで、損ばかりでは無いか! 少しはこちらにも利がある様に妥協すべきだ!」。

この発言に対し、フランス代表の1人が「もし、このまま、その主張で押し通された場合はどうするのか?」と訊くと、「遺憾ながら、世界平和の為と言えども、自国が不利のままでは終われない。我が国は軍縮会議を降りる」と返された。

これを聞いたイギリス代表が慌てて休憩を提案、一時休憩となるとイギリス代表はアメリカ代表に「日本の主張も一理ある為、妥協すべきだ」と迫った。

イギリスとしては国家財政逼迫の事情から軍縮条約を締結させたい為、日本側の決断で流れるのは何としてでも阻止したかった。

故にイギリス代表からアメリカへ迫った。これに対し、アメリカ側も壮絶な内外との論争の挙句、『日英同盟を破棄する代わりに二戦艦保有を『特別信用枠』として認める』事で合意したした。

こうして、加賀・土佐の保有が何とか認められた為、条約反対の艦隊派も何とか納得し、堀少将も山本少将の奮闘で左遷の形で第一航空戦隊へと異動になった。

以上が戦艦加賀・土佐が保有に至った経緯である。

 

 

「しかし、海軍はそれで、納得出来るとして、陸軍はどうするのかね? 陸軍が簡単に信じてくれるとも思えんし、下手をすれば政治工作で君や我々を潰しにかかるよ?」

 

 

「それについては大丈夫だ、堀少将。もし、陸軍統制派の永田鉄山少将の身に何かある、となれば?」

 

 

「それは…あっ、なるほど、そこにも手を回しているのか」

 

 

「松島宮と高松宮殿下のお陰です。東久邇宮殿下にお話ししているので」

 

 

 

その後、滝崎と松島宮は堀少将と幾つか話をした後、帝都東京へと戻っていった。

 

 

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8 前田利為侯爵

少しマイナーな方でますが、結構重要な方でした。
(中立派と言う事つま)


8月5日 東久邇宮邸

 

永田鉄山斬殺事件まであと1週間に迫ったこの日、滝崎と松島宮は東久邇宮邸に来ていた。

 

 

「おぉ、君達か。まあ、言わずとも、君が来た用件がわかってしまうのが、皮肉な事だが」

 

 

「すみません。では、単刀直入に…陸軍の具合はどうですか?」

 

 

「うむ、君もわかっているから正直に言うが、中々難しいよ。皇族だからと言って下手に口を出すのは問題があるからね」

 

なお、読者によっては意外に思われる方もいるであろうが、現代の日本国憲法はもとより、大日本帝國憲法時も天皇の直接的政治介入は『認められていない』のである。

これは明治の制定時に元老伊藤博文ら作成陣がドイツ帝國憲法を基本にしながら「天皇の政治介入をどの程度まで許すか?」を激論した挙句に大英帝國憲法の様な『君臨すれども統治せず」に至ったためである。

故に天皇の直接的政治介入については昭和天皇の2度(226事件と終戦決議)以外無く、その他は国事行為に定められた範疇(間接的政治介入)に基づいて行われている。

また、今も昔も『天皇制』たる物は存在していない。あしからず。

 

 

「アメリカ相手は海軍ですが、その前に支那の一件に加えて、ソ連と対峙します。故に陸軍の内部統一は必須事項ですが…支那工作には陸軍の力は絶対に必要ですので」

 

 

「支那には居留民をはじめとした日本人が数多くいる。その安全なを確保する現地政府があの様子では、我々が動かざるを得まいが…どちらにしろ、今の一件を収めねばならぬし、下手に動いて目立つわけにもいかないからね」

 

 

「東久邇宮様、永田少将の方は?」

 

話が前に進んでいない事に業を煮やしたのか、松島宮が話題を永田少将の件に持ってきた。

 

 

「あぁ、そうだったね。そっちは大丈夫だ。秘密裏に手を回して、当日はもちろん、前後数日は厳重に警戒するよ。だが、これでは皇道派・統制派を抑えるどころか、煽る事になって根本的解決にはならんな」

 

 

「そうですね。とりあえず、統制派には混乱が起きないだけですからね」

 

 

「うむ…おぉ、そうだった、これをどうにか出来るかも知れん人物が君の話を聞きたがっていたよ。今から呼んであげよう」

 

 

「自分の話を…誰でしょうか?」

 

 

「華族でも有数な武家派だが、本人は外交官になりたい、と言っておったよ」

 

 

 

3時間後……

 

 

「ふむ、君の話を聞く限り、確かに合点がいく部分は多いな。しかし、まさか、文麿の周辺がアカの巣窟だったとは……やれやれ」

 

近衛文麿の一件を聞いて溜め息を吐いたのは、かの有名な加賀百万石の前田家現当主の前田利為侯爵である。

なお、前田家は近衛家とは親しい関係にあり、前田侯爵も近衛文麿とも知己であった。

 

 

「まあ、未来では近衛文麿さん並みのバ…失礼、理想家がおりましたので、余り偉そうには言えませんが」

 

 

「いや、未来にそんなバカを生み出すきっかけを作ってしまった我々にも責任はある。しかし、君の話を聞く限り、戦車開発と対戦車対策は重要だね。特に刺突地雷など、馬鹿げた話だ。203高地と訳が違うのに、そんな馬鹿げた戦法と武器を使うとはな!」

 

明らかにノモンハン事件以降、進歩していない対戦車戦と刺突地雷を含めた特攻的歩兵攻撃に憤慨していた。

 

「島国である日本だと、どうしても戦車に対する割り当ては少なくなります。また、当分の敵は対戦車能力の劣る支那軍閥ですからね。国力の関係もあり、仕方無いと言えば仕方無いのですが…」

 

 

「うむ…だが、いま、その話を聞いたのだから、対策は立てれる。特にソ連がドイツの力も借りて戦車開発にあたっているのなら、尚更だ。ソ連が戦車を本格的に動かせる様になれば、日本の国防上、大きな脅威になる」

 

 

「だが、この前、ソ連の電撃戦の話をしたが、ヨーロッパの脅威になったのだろう?」

 

 

「松島宮……その話は本当です。実際、1990年代までソ連戦車の開発はアメリカ・ヨーロッパの脅威でしたし、ソ連大機甲軍団侵攻のシナリオは西側軍事関係者にとって頭痛の種でした」

 

 

「ならば、余計に対戦車兵器の開発は重要だ。火炎瓶や刺突地雷、地雷での肉薄戦など、203高地の再現だ。いや、203高地は仕方無いが、それを戦車で再現するなど馬鹿げてる」

 

 

「私も陸軍の人間とし、その話は無視出来んな。歩兵が携帯出来る対戦車兵器は無いのかね?」

 

 

「私も原理はうろ覚えですが、有名になるのはノイマン効果を活用した携帯兵器ですね。アメリカならバズーカ、ドイツならパンツァーファウストやパンツァーシュレックです。無反動砲も2000年代でも歩兵が使っています。ノイマン効果は担当部署に問い合わせるのがよろしいかと思います」

 

 

「ふむ、探りを入れておこう。ほんとうであれば、もっと君の話を聞きたいが、根回しなどで一刻も惜しい。またの機会にじっくり聞かせてもらおう。ありがとう」

 

 

「前田侯爵閣下、それはアメリカとソ連に戦って勝ち、真の意味での日本の生存が確定してから言う事ですよ」

 

 

「…うむ、そうだな。これは早まった事をしてしまったな」

 

 

 

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9 永田鉄山を守れ!

題名通り。永田鉄山斬殺(相沢)事件です。
さて、どうなるやら…。


8月12日 朝6時頃 高松宮邸 居間

 

 

「なんだ、随分と早いな」

 

 

「日にちが日にちだけにゆっくりと寝れずに、早く目が覚めちゃってね…こうしてるの」

 

この日、自分の行動の全てを問われる日……永田鉄山斬殺を防げるかどうか…….になる滝崎はいつもの起きる時間よりも早く、それこそ朝日が昇る前に起きて、居間で新聞を読んでいた。

ただ、中身の記事より事件の事が気になるらしく、視線はともかく、意識は別の方にいっていた。

 

 

「まあ、わからんではないが、先ずは朝食を食べよう。果報は寝て待て、と言うではないか」

 

 

「……そうだな。とりあえず、朝食にするか」

 

 

 

朝食後 再び居間

 

 

 

「………………」

 

グルグルグルグル……

 

 

「………………」

 

 

「………………」

 

そわそわそわそわ……

 

 

「……お前は落ち着けれんのか!?」

 

 

「落ち着けれないよ!」

 

黙って部屋をグルグルと回り、止まってもそわそわして落ち着かない滝崎に松島宮がついに声をあげた。

 

 

「はあ、やっぱり無理だな……よし、時間は未だ間に合うな。うむ、陸軍省に行くぞ!」

 

 

「行くぞ、って…皇族で海軍軍人だからって、簡単に陸軍省に入れる訳が…」

 

 

「問題無い。イザと言う時の為、東久邇宮様に一筆書いて頂いた」

 

そう言って松島宮が見せたのは東久邇宮殿下直筆の『入門許可書』だった。

 

 

「……準備いいね」

 

 

「先手を取ったまでだ。ほら、行くぞ。何かの拍子に討ち入りが早まったらどうするんだ?」

 

 

「それは冗談でも大いに困るな」

 

そう言って滝崎も動き出した。

 

 

2時間後………陸軍省

 

高松宮殿下に訳を話し、車で陸軍省に向かった松島宮と滝崎。

門では衛兵に(当然だが)止められたが、東久邇宮殿下の『入門許可書』が役に立ち、陸軍士官の案内付きで永田鉄山少将が居る部屋へと案内された。

 

 

「軍務局長、お客様です」

 

 

「すまない、いま、大事な打ち合わせ中からなので、待っていただけるかな?」

 

案内の陸軍士官がノックの後に入り、松島宮、滝崎の来訪を告げると永田鉄山軍務局長は振り向いてそう言うとこちらに背を向ける。

 

(確か、あの憲兵隊の腕章は東京憲兵隊の物だったな。軍内の怪しい動きに関して報告されてたら…って皮肉過ぎだよ)

 

そう内心で呟きながら室内を見渡していると時計が目についた。

時間は……9時45分を指していた。

その時、ドアが開く気配に気付いた滝崎はドアを見た…見た覚えのある顔、相沢少佐が入ってきた瞬間だった。

 

 

「危ない!!」

 

柄に手を伸ばした相沢少佐を見て滝崎は慌て永田少将を押し倒す。

間一髪、相沢少佐の一撃は滝崎の背中で空を切った。

 

 

(あ、危なかった…斬撃の勢いと言い、空を切った時の音時の言い…マジで危なかった)

 

 

「邪魔するな、小僧! そこを…は、離せ!!」

 

滝崎の行動により初撃を空振りさせたれた相沢少佐が怒鳴る。

しかし、待機していた憲兵隊が突入し、たちまち相沢少佐を取り押さえた。

 

 

「大丈夫か、滝崎?」

 

 

「あぁ、なんとか…物凄く危なかったけど。あっ、永田閣下は!?」

 

 

 

「大丈夫だ、たんこぶぐらいは出来たかもしれないが、重傷ではなかろう」

 

そう言って打った箇所を摩る永田鉄山少将を見ながら松島宮が言った。

 

 

「それより、さっさと引き上げるぞ。下手に海軍士官が長居しては、あとあと変な疑いを持たれるからな」

 

 

「あ、あぁ、そうだな」

 

そして、2人はコソコソと帰っていった。

 

 

その日の夕方、夕刊には『永田鉄山少将、皇道派将校に襲われる』の題名と共にデカデカと一面を飾っていた。

 

 

 

2日後 高松宮邸 応接室

 

 

 

「ふむ…なるほど…」

 

 

「私の最終戦争論と似通っているのが怖いがな」

 

事件から2日後、東久邇宮殿下から松島宮の事を聞いた永田少将が石原莞爾大佐を伴って高松宮邸へとやって来た。

事情を聴かれた高松宮殿下が松島宮と滝崎の事を紹介し、これを皮切りに滝崎は永田少将と石原大佐に自分の世界の『未来と歴史』を語った。

 

 

「最終戦争論は未だに有名ですからね。アメリカ軍将校でも読んでいる方はおりますので」

 

 

「しかし、最終兵器…原子爆弾はそれ程までに強力なのかね?」

 

 

「強力なんて話を超克しています。今は戦艦の保有で国家の力と世界的発言力を象徴していますが。未来では原子爆弾をふくめた核兵器の有無がそれにあたります。また、更に高威力化した水爆を下手に使えば1発で日本は死の島に、数発使えば世界が滅びますからね」

 

 

「だが、アメリカもソ連も互いに核兵器を手に入れたが為に『使ったら互いに滅びる最終兵器』と化し、互いが使わない様にした結果、第三次大戦は無く、終始睨み合い…冷戦となった訳だな?」

 

石原大佐の言葉に滝崎は頷いた。

やはり、奇才と呼ばれただけに、冷戦への道筋を理解した様だ。

 

 

「なるほど……だが、その為に支那共産党が第三勢力となり、結果、アメリカ、ロシア、支那共産党が世界の混乱を巻き起こす根源になっているんだね?」

 

 

「はい。無論、ヨーロッパ諸国にも原因はありますが…ですが、このまま、この状況を放置すれば300万人の同胞が死にます。内民間人は約100万人、原爆死者数は約30万になります」

 

 

「………それは大事だ。しかも、シベリア抑留の犠牲を抜いた数字なんだね?」

 

 

「えぇ。また、これに韓国・ロシアによる竹島・北方領土の占拠と漁民銃殺、北朝鮮による拉致被害……未だ日本は困らされていますよ」

 

 

滝崎の言いように腕を組む永田鉄山、顰め面の石原莞爾。

 

 

「君がそこまで言うのなら、何か策があるのだな?」

 

永田鉄山の言葉に滝崎は頷く。

 

 

「まずは陸軍にご協力してもらう事が数多くあります…耳痛い話もありますよ?」

 

 

「私の一件の時点で耳痛いも何も無いよ。さらに226事件はなんとしてでも防がなければならない。いま、内乱の真似事をしても事態は好転するどころか、陛下の信用を失う。それに内部分裂していてはソ連やアメリカの様な大国を相手に戦えない。日露戦役の様に陸海、軍政、官民を越えて協力しなければ君の世界の未来が待っているならね」

 

 

「ありがとうございます。では、国内を片付けたあとは支那方面の安定化です。そして、ソ連への対峙、次にアメリカ対峙です」

 

 

「支那方面なら、私の範疇だ。共産党を抑えたいのだろう?」

 

 

「はい。蒋介石を支那共産党と合作させなければ、こちらが幾分か楽になりますので」

 

 

「よし、決まった。ならば今から動かねばな」

 

そう言って永田鉄山は頷いた。

 

 

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10 第四艦隊事件

リメイク版では軽くでしか取り上げていなかった第四艦隊事件を追加します。


9月25日 舞鶴分校

 

 

夏季休暇を終えた2人は元の士官学校生生活を再開していた。

但し、周りの同期生には色々と秘密な関係ではあったが……しかし、周りからすれば相変わらず『ライバルだから仲が良い反面者同士』と言う妥当な評価に落ち着いていた。

そして、課業後、松島宮は滝崎のところに来ていた。

 

 

「で、高松宮殿下や東久邇宮殿下から何か連絡は?」

 

 

「いや、ないな。なにせ、一部の人間と話を付けただけで、アカのスパイが何処にでもいてもおかしくない状況下では派手に動けれないだろう?」

 

 

「まぁ、そうだよな……226からが本番だから、早めに何とかしたいんだけどな…」

 

 

「おいおい、米露相手に歴史を変えるなんて大事、1人で出来る訳なかろう。あの話を聞いて、お前だけでなく、山本本部長や前田閣下や永田閣下も動いておられる。気持ちはわかるが、お前だけ焦っても事態は簡単に動かんぞ」

 

そう言いながら松島宮に背中をバシバシ叩かれ、滝崎は苦笑を浮かべる。

 

 

「それにだ、お前があの話をしてくれたからこそ、動けないお前に代わって、動けるものが動いてくれているんだ。お前はいま出来る事を充分にやっている。後はちゃんと私と共に士官となって表だって動ける様に勉学に励む事だ」

 

 

「……あぁ、そうだな。しかし、なんか、諌められたり励まされたりしてるな」

 

 

「おいおい…あっ、今日はどうする? 邸に来るか?」

 

 

「いや、時間的に無理だから、今日は止めとくよ………あっ、そうか…」

 

 

「ん? どうした?」

 

ふと見たカレンダーを見て滝崎は止まり、気になった松島宮が訊いた。

 

 

「明日は……大事な日だ…日本海軍にとってだけど…」

 

 

「……あっ、そうか、明日は…」

 

この瞬間、2人にあるキーワードが思い浮かんでいた。

『第四艦隊事件』と言う、重大なキーワードが…。

 

 

2日後 27日 舞鶴分校

 

 

26日午後に荒天下演習中の第四艦隊の多数の艦艇が天候被害を受けた、と教官達から教えられた。

そして、27日昼頃には更に詳細が判明していた。

沈没艦艇は無し。但し、船体切断や艦橋損傷と言った重大損傷艦多数……と、ほぼ滝崎の知る史実であった。

ただ、滝崎の知りたい事項は別にあり、それが届いた瞬間、滝崎はショックを隠しきれなかった。

『駆逐艦初雪艦首切断。切断された艦首は重巡那智が発見するも、機密保持の為、砲撃処分』……と。

 

 

 

3日後 舞鶴 松島宮邸

 

 

 

「……それで、最近はあのまま、と?」

 

 

「うむ、初雪の艦首砲撃処分を聞いて、少し気がそっちに向いている様だな」

 

密かに松島宮邸に来ていた山本本部長が居間に居る滝崎を見て聞いたところ、松島宮は呆れた感じで事情を話した。

 

 

「まあ、まだ短い付き合いだが、最近あいつの事が少しづつだが、わかってきたがな」

 

 

「と、言いますと?」

 

 

「滝崎があの話をする時、何時も力が篭る場面がある。それは『人の生死・人生』が関わる場面だ。神風特攻、原爆、シベリア抑留、戦死者数……あいつはそれが必要犠牲であると承知しつつ、全員を助けるつもりだ。例え、自らを犠牲にしても、だ」

 

 

「………なるほど、確かに彼は自分を捨ててでも他人を助けようとしますね。永田少将の一件が正にそれですな」

 

 

「うむ。歴史に名も残らぬとは言え、その者にも人生がある。家族がいる、妻がいる、子がいる、恋人がいる、帰りを待つ人がいる…あいつはそれを知っているから、自らを捨てて1人でも多くの人間を悲しい目に遭わせまいとするのだろう……それが他国人を犠牲にする事を覚悟してな。その為に茨の道へ自ら飛び込む気だ…ふん、敗戦で『個より公』を否定される教育を受けたと言ったが、あいつは自らその教育から抜け出す、骨のある奴だ」

 

 

「故に今回の一件…初雪の件も引き摺っている、と?」

 

 

「さっきも言ったであろう。あいつは今回の一件の最大の犠牲者がこの件だと知っていたから、それを防ぐ為にも話したんだ。それなのに結果は変わらず、自らの無力さを原因にしているのであろう。山本少将、そろそろ種明かしをしないと、後々面倒だぞ」

 

 

「わかりました。しかし、殿下とあの若者はやはり良いペアですな」

 

 

「何を言っている、本部長。あいつは私の好敵手。好敵手を知らねば勝つ事は出来んぞ」

 

 

「なるほど…では、種明かしをしてきます」

 

 

「うむ、頼む」

 

そう言うと松島宮はお茶を入れる為に台所へと足を向ける。

そして、山本本部長は居間に入った。

 

 

「元気…とは言い辛いな」

 

 

「あっ、山本少将。お疲れ様です」

 

 

「うむ、まぁ、言わなくても私がここに来た理由がわかるだろうが…その前に1つ、いいかな?」

 

 

「はぁ、構いませんが…なんでしょうか?」

 

 

「うむ、初雪の艦首処分の件だがね…艦首部乗組員は切断面から後部に退避していて、那智が砲撃処分したのは無人の艦首だ。よって、初雪艦首砲撃処分における殉職者は皆無だよ」

 

 

「……………………本当ですか?」

 

 

「あぁ、君の助言は役に立ったよ」

 

「………あぁ、よかった…本当に良かった!」

 

先ほどまで全力で落ち込んでいたのが一転、安心しきったかの様に顔を綻ばせる。

 

 

「やれやれ、変わり身の早い奴だ。それより、山本少将の要件を聞かねばならんだろう」

 

お盆にお茶の入った湯飲みを3つを載せて松島宮が話に入ってきた。

 

 

「あっと…すみません、山本本部長」

 

 

「いやいや、構わんよ。さて、話の本筋だが、今回の一件について、君の意見を訊きたい」

 

 

「そうですね、先ずは非破壊調査…超音波による検査も行って下さい。更に溶接用鋼板の開発・改良も続けて下さい。今後、戦時体制への移行に伴う護衛・輸送船舶の建造・生産に関わりますので、今からこれらの設計もお願い致します」

 

 

「ふむふむ……他には?」

 

 

「それと…現場の艦長、並びに造船技官の自決は防いで下さい。幾ら軍縮の影響があったとは言え、無茶な要求をしたのは用兵側ですから。それより、これを機にダメージコントロールの研究・強化を」

 

「君に言われると、耳の痛い話だ…だが、数年後の大戦を考えれば良薬と思って服用しよう。他に何かあるかな? なんなら、損傷艦の一部を弄る事も可能だが?」

 

 

「………では、鳳翔、龍驤、扶桑、山城の4隻の改装をお願いします」

 

 

「なに!? 扶桑と山城もか!?」

 

 

「ほう…大きく出たね」

 

滝崎の言葉に松島宮は驚き、山本本部長はニヤリと笑いながら呟いた。

 

 

「山本本部長はご存知の筈です。鳳翔は現在のままだと小型・低速で新型艦載機を運用出来ません。龍驤もあのトップヘビーな構造を治す必要がある。扶桑、山城は日本戦艦の中でも低速過ぎます。まぁ、いずれは伊勢型・長門型も改装は必要ですが」

 

 

「先行的に2戦艦の改装か…よかろう。進言してみよう」

 

 

 

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11 狸親父

今回は本当の意味でのオリジナル版です。
なにせ相手は……


10月のとある日 舞鶴 松島宮邸

 

 

「ふぁ〜〜〜ぁ……あぁ〜、解放感あるな〜」

 

松島宮邸の居間でゴロゴロと転がりながらそんな事を呟く滝崎。

そんな滝崎の近くには世界地図と幾つかの将棋の駒が転がっていた。

 

 

「まったく、ゴロゴロするのは構わんが、世界地図と将棋の駒を広げて何をしてるんだ?」

 

呆れた様子で滝崎に問い掛ける松島宮。

 

 

「ちょっとした作戦会議…かな?」

 

 

「地図と将棋の駒でか?」

 

 

「まあまあ、ちょっとやってみせるから」

 

そう言うと滝崎は世界地図に幾つかの駒を並べる。

 

 

「まず、支那は幾つかある軍閥勢力の中の二大勢力たる国民党と共産党が対立してて、内戦状態」

 

そう言って2つの『歩』の駒を突き合わせる。

 

 

「ヨーロッパ方面はナチス・ドイツの勢力拡大にイギリスとフランスが警戒を強め始めてる」

 

今度はイギリス、フランス、ドイツに置いていた『桂馬』の駒を突き合わせる。

 

 

「そして、ソ連は五ヶ年計画の『成功』を背景に世界革命を目指して暗躍してる」

 

そう言ってソ連に『金将』の駒を置いた。

 

 

「で、アメリカは経済を立て直しつつ、支那を狙って暗躍し、日本を敵視している、だろう?」

 

 

「その通り」

 

松島宮の言い分に滝崎は頷く。

 

 

「で、このままだと、ソ連とアメリカに挟まれて滅亡…これがお前が話してくれた『未来』だな」

 

そう言って松島宮は駒の中から『銀将』2つを取り出し、日本に置いてある『王将』をソ連側とアメリカ側から『銀将』を使って挟み込んだ。

 

 

「まあ、他にもイギリスとかからの駒もあるが、それはいいでしょう」

 

 

「で、この駒から今後、お前が考える外交戦略を聞こうか?」

 

 

「うん、とりあえず、これかな」

 

そう言って滝崎は日本の『王将』を取ると、そのままヨーロッパに持っていき、まるで将棋をするかの様に一手をさした。

 

 

「……待て待て、なんでイギリスとドイツを取れるんだ!?」

 

ヨーロッパに打ち込まれた王将がイギリスとドイツの『桂馬』を取った事に松島宮は問い質す。

 

 

「うーむ、ドイツを取ったのは不味かったかな?」

 

 

「いや、違う。なんでそうなるか、だ」

 

 

「わかってるよ、まず、国共合作を防ぎ、国民党を味方につける。これはいいよね?」

 

 

「あぁ、それはよい。それで?」

 

 

「うん、そこから外交工作によりイギリスを味方につける。最低限、イギリスの非参戦・不介入を確約させる。そして、国民党へ武器売買と軍事顧問団を含めた軍事支援を行うドイツと接触し、ドイツ技術を売買する。日本の技術だけでアメリカには対抗は難しいからね」

 

 

「ふむふむ……いやいや、待て。状況が違うとは言え、お前の歴史はドイツと接触した為にイギリスに警戒されたんだぞ? なんでドイツと接触していてイギリスを味方につけれる? いや、下手をしたら、非参戦・不介入を取り付けるのも難しいぞ!?」

 

 

「そこがミソなの。イギリスはアジアに膨大な利権があり、それを保障さえすれば幾らでも乗ってくれる。それにこちらとしてはイギリスの技術も必要だ。よって、資源と技術だけで大人しく利権保障してくれるなら、イギリスは安心してアジアから部隊を引き抜いてドイツに対抗出来る。それに商取引きはイギリスもドイツも嫌な顔はしないし、イザとなったら仲介役になってやれるしね」

 

 

「つまり、英独の対立をいい事に漁夫の利を狙う、と言うのだな?」

 

 

「あぁ、出来ればイギリスとは日英同盟復活まで持っていきたい。ドイツとは技術協力協定か商取引き協定で抑えつつ、状況如何によっては工作するが…それは向こうの出方次第だから、柔軟に対応する」

 

 

「やれやれ…外交官を味方に付けないといかんな。しかし、あのイギリスが乗るかどうか……ん? 来客か、珍しいな?」

 

玄関から声が聞こえた為、松島宮はそう呟きつつ立ち上がり、滝崎は世界地図と将棋の駒を片付ける。

しばらくして、松島宮は訪問者と話しながら戻ってきた。

 

 

「滝崎、珍しい客人だ。吉田茂外交官がイギリス貴族を連れて来訪だ。えーと、名前は…」

 

松島宮が1番前に居る吉田茂外交官の背後の人物を見ながら滝崎に言った。

そして、その『イギリス貴族』を見た瞬間、滝崎はその人物の名前をやきもちまな松島宮が言う前に口走った。

 

 

「マールバラ公…チャーチル卿!」

 

 

 

暫くして……居間は外交交渉の場であるかの様な緊迫した空気か流れていた。

理由は簡単、チャーチル卿とテーブルを挟んで対峙する滝崎がいるからだ。

 

 

「ふむ…日本に対して変な事はやってないつもりだが…にしても、どうも、変わった感じの…不思議な若者だね」

 

たどたどしい日本語で滝崎を見ながら呟くチャーチル卿。

やはり、その破天荒な人生と政治家・軍人・記者・作家を兼ねる御仁だけあって人の見る目は違った。

そして、油断のならない御仁であるのだが……

 

 

「よくぞ気付いた、マールバラ公。こいつは私の好敵手で日本の切り札だ。 何故なら、歴史が見える奴だからな!」

 

そして、この緊張感をバラして飛ばす好敵手に滝崎はひっくり返る。

 

 

「はっはっは、殿下、御冗談が上手いですな。こんな年寄りを…」

 

 

「おや、貴公の噂は度々聞くぞ、マールバラ公。日本風に貴公を評価するなら…現役古狸親父と言うべきかな」

 

 

「殿下も口が達者ですな」

 

互いに談笑しながら話す松島宮とチャーチル卿。

その時、滝崎が松島宮の肩に手を置いた。

 

 

「おい、なに警戒される事をバラしてんだよ!?」

 

 

「滝崎、お前もマールバラ公を知ってるなら、下手に隠すのは不味いとわかっているだろう?」

 

 

「わかっとるわ。だがな、故に慎重になるべきであって…」

 

 

「では、殿下。少し私と賭けをしませんか?」

 

滝崎と松島宮の話に割って入るかの様に言うチャーチル卿。

それに松島宮はニヤリと笑う。

 

 

「内容は?」

 

 

「日本国内の混乱を収め、支那の情勢安定に協力する…期限は来年末で」

 

 

「支那の情勢安定と言う事は、国民党を助けろ、と言う事かな?」

 

 

「それはお任せします…出来ましたら、上級のコイーバ葉巻を1ダース」

 

 

「ふむ、煙草は吸わぬが、戦利品としては中々だな。立会人は吉田外交官でよいな」

 

 

「結構です」

 

……何故か外に追いやられている滝崎と吉田外交官は互いに顔を見合わせるしかなかった。

 

 

 

 

「まったく……あんな事を…」

 

 

「紹介の事なら、仕方無かろう。既に半分バレている様なものだったではないか」

 

チャーチル卿と吉田外交官が帰った後、そう言ってテーブルに突っ伏す滝崎に松島宮は言った。

なお、吉田外交官が舞鶴に来たのは山本本部長に滝崎の事を聞いたから。チャーチル卿が来たのは偶然に日本に来ていたから、舞鶴行きを誘ったところ付いて来た……との事だった。

 

 

「それもあるが、問題は賭けの一件だよ! 幾らやる予定があるとは言え、まだ青写真状態なんだよ!?」

 

 

「だが、 イギリスもそれを望んでいる、と言う事であろう? それに、お前の話だとチャーチル卿はイギリス上級貴族で最もアジアを知る人間。ならば、知己になっておいて損は無かろう。例え狸親父でもな」

 

 

「確かにそうだが…しかし…」

 

 

「それに、後々お前の存在がバレて、警戒・闇討ちされるのも面倒だ。逆にああ言った狸親父が知っているなら、向こうもお前を利用しようとするなり何なり考えるであろう? なら、それに乗れば良い話だ。ルーズベルト、スターリンに対抗するなら、チャーチル卿を味方に付けておかねば、どちらにしろ、対抗出来んのだからな」

 

 

「…君もけっこう、曲者になったね」

 

 

「お前と日常茶飯事でこんな会話を交わしていたら、少しは知恵が付いてくる。それに、チャーチル卿を驚かしておくのも一興だろう?」

 

松島宮の言いように滝崎は苦笑いを浮かべた。

 

 

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12 226始末と昭和天皇

一言……滝崎の語りは熱くて長い!


2月26日 帝都 宮城(皇居)内

 

 

 

「…………………ねぇ、これ、どう言う訳??」

 

 

「阿呆! 私もわからんわ!」

 

昭和最大の武力事件である226事件がある今日………なにもおきなかった。

それもそのはず、滝崎の告発を受けた東久邇宮殿下、前田侯爵、石原大佐が憲兵隊を使って捜査した結果、中心人物となる陸軍青年将校と民間協力者を事前に拘束した。

こうして、226事件は防がれた……のだが、高松宮殿下から呼び出しを受けた2人はこうして皇居に来ていた。

 

 

「呼ばれて来てみれば、いきなり皇居に連れて来られて……うん、わからん」

 

 

「まさか、陛下の身に何かあったか?」

 

「松島宮、それは冗談でもヤバい」

 

そんな会話を交わすうちに高松宮殿下が東久邇宮殿下と共に部屋に入ってきた…後ろから昭和天皇を連れて。

2人は慌てて立ち上がり、直立不動になる。

 

 

「よいよい、今回の一件で1番の功労者だからね。さあさあ、座りたまえ」

 

 

「「は、はい」」

 

今上天皇に勧められては応じる訳にはいかず、2人は座る。

 

 

「さて、松島宮徳正王…いや、徳子だね。様々な事情がありながらも若い身で軍務に就くこと、朕としてはとても誇りに思う」

 

 

「え、あ、い、いえ、皇籍の末席の末席の更に末席とは言え、皇国の為に軍籍に入るは慣わしですので」

 

 

「その事に関しても色々とあったであろう。だが、それにもめげず、皇家の役目を果たさんとする貴殿は誉れである」

 

ガチガチに固まりながら話す松島宮に昭和天皇は微笑みながら言うと滝崎の方をみた。

 

 

「そして、滝崎正郎君。君の事は先日、東久邇宮から今回の一件の報告で聞いた。君のお陰で永田少将をはじめ、多くの臣民、重臣達を救ってくれた事に礼を言いたい。ありがとう」

 

この時、滝崎は自らが日本人である事を再認識した。

あの昭和天皇に礼を述べられる…これ程、身を震わせる事はない。

しかし、故に言わねばならなかった。これがまだ小さな一歩でしかない事を…。

 

 

「陛下、感謝の御言葉、大変ありがたく感じております。しかし、これはまだ序の口です。ようやく、陸軍部内の内部闘争を収束させたにすぎません。ですが、これから、この日本に降り掛かる災いは一歩間違えれば取り返しのつかない破滅の道へ向かうものです」

 

 

「それは重々承知している。だからこそ、私にも聞かせてくれないかね? これからの日本が歩む道のりを」

 

昭和天皇の言葉に滝崎は頷くと語り始めた。

 

 

 

何度も著名な偉人に話した内容とは言え、流石の昭和天皇に話すとなると緊張の他にも混ざって、若干困った。

しかし、滝崎も予想していた通りの反応だった。

盧溝橋事件・第2次上海事変で始まった支那事変、それに伴うアメリカ・イギリスとの関係悪化、開戦からソロモン消耗戦までは静かに聞いていた。

だが、通州事件や末期戦の話になり、神風特攻やサイパン・沖縄での悲劇、本土空襲、原爆投下、敗戦と引き揚げの中での悲劇……これらの話では明らかに憤慨していた。

戦後になり、焼け野原からの復興とそこからの発展には素直に喜んでいた。しかし、話が冷戦とこれに絡んだ数度の安保闘争、そして、歴史・政治・外交問題になると再び憤慨、特に取り戻せぬ領土よりも国の骨幹とも言える奪還出来ぬ拉致被害者や東日本大震災の対応には怒りを抑えていたらしく握っていた拳が震えてさえいた。

全てを語り終わった時、滝崎が見た昭和天皇は明らかに憔悴しきっていた。

 

 

「……確かに我々の行動によって民には犠牲と破壊をもたらし、未来の子孫達には多大な迷惑を掛けた。無論、言い訳を言うつもりはない…だが、我々の行動は民族生存と子孫達の良き未来への歩みを守る為のものでもあったが……我々の行動は間違っていたかな…」

 

忠臣を殺され、自ら近衛師団を率いて鎮圧に乗り出そうとし、終戦では自らの身さえ捨てる覚悟で御聖断を下した昭和天皇とは思えない落胆ぶりに滝崎は思わず声を張り上げた。

 

 

「何をおっしゃいますか、陛下! この時代を生き、戦い、未来の為に自らを犠牲にする決断を下した貴方方に責任はありません! いえ、それどころか、民族の矜持を捨てず、奴隷の平和に甘んじず、真の自由と幸福、未来への戦いを果敢に挑んだ日本は70年経って尚も世界が賞賛しています。もし、責任があるのならば未来の子孫たる私を含めた自分達です!! 我々が貴方方の戦いを、決断を、犠牲を誇りに思わず、正当・冷静な評価を下さずに悪者の行為とその結果だと見捨て伝承を怠った結果が70年後の未来です!!」

 

……本人も気付かぬ内に立ち上がり、周りも忘れて熱弁を振るっていた。

 

 

「世界は日本の行動の正当性を知っていますし、そして、その結果、白人相手に人種戦争を挑み、世界情勢をひっくり返した日本の行動は世界が賞賛しています。アジア・アフリカ諸国は果敢に挑んで負けながらも有色人種の力を見せ付け、独立と地位向上に寄与した日本に感謝しています! 対して、自分達はどうか? 未だ『侵略戦争』の呪縛から逃れずに普通の国家の行動が取れない! 国民すら救えない! 先人である貴方方の犠牲を再び繰り返す事態が迫っているのに軍隊は使えない! 話し合いで解決出来ると無知蒙昧な事をほざき、自国民より他国民を優遇せよと馬鹿な事を言う! 政治家やマスコミが他国の手先になり、政権を取った挙句に国民を見捨てる! 貴方方の苦悩を、犠牲を忘れ、連合国から与えられたと勘違いした繁栄を享受しながら日本を嫌い、貴方方に文句を言う奴らを殴りたいと何度も思いました! そんな様相になっても未だ自分が日本を好きで誇りに思うのは貴方方がいたからです!! だからこそ、悲劇を防ぎたい! 歴史を変えたいんです!!」

 

そこまで言い切り、漸く気付いた……自分達のヒート振りに。

 

 

「も、も、も、申し訳ありませんでした!! 平にご容赦を!!」

 

素早く頭を床に付けて土下座する滝崎。

 

 

「わかった、わかった。お前の熱い想いはよーーーーーく理解出来たから少し黙ってろ…陛下、末席の私が言うのもなんですが、滝崎の言葉は本当です。身近にいるからこそ、この者の想いと行動は理解出来ます」

 

 

「いや、私も滝崎君の話を聞いて弱気になってしまった……問題はこれからだな。高松宮、東久邇宮、滝崎君をサポートし、この先の戦いに勝ってくれ。必要なら、私も出よう。先ずは支那での悲劇を防ぐ事だ!」

 

 

「「「「わかりました」」」」

 

 

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13 足掛かり(+おまけ)

お待たせして申し訳ありませんでした。

今回はリメイク版オリジナルのおまけを入れています。


5月18日、『史実通り』現役武官制度が承認・可決された。

しかし、それだけではなかった。これに加えさらに『統帥権政府委任案』と『陸海軍統合戦略会議案』が同時に可決,承認された。

もちろん、これは滝崎からの助言があったからだが、纏めたのは陸軍は永田少将や前田侯爵、海軍は山本航空本部長や堀少将滝崎が連日に渡って様々な角度から調整した物だ。

当初は現役武官制度を認める交換条件として承認してもらう方針であったが、予想通りと言うべきかどちらも陸海軍双方から激しい抵抗があった。特に統帥権問題に関しては当時の『不磨の大典』大日本帝國憲法に触れる問題であった為に議論を呼んだ。

しかし、これを聞いた昭和天皇は異例にも自ら陸海軍省に乗り込み、「前回の軍縮条約時の騒動や天皇機関説騒動、更に515事件や今回の223未遂事件(*)において常に統帥権が纏わりつき、結果は皇道派・統制派の闘争と流血事件であった。これは朕を含めた皆の問題である! 臣民を守るべき軍が統帥権問題で武力を臣民に向けるなどもっての他である!!」と一喝、更に「これを解決する為には『不磨の大典』と言えども時代によって変えねばならぬ時がある。もし、それに不満があるのであれば、朕自ら近衛師団を率いて応じる覚悟がある! 不満がある者は直ぐに退席せよ!」と言われ、反対派はなりを潜め、更に後の『昭和改憲』に繋がる事になった。

そして、『陸海軍統合戦略会議案』については双方の心情的嫌悪感からの問題であったのだが、これも「過去の日露戦役の辛勝は形は違うが、陸海軍の情報共有と意識統一の結果である。いま欧州の雲行きが怪しく、再び戦乱が巻き起こり、それが何らかの形でアジアへ飛び火し、その火を消し去る事が今の状態で可能なのか? 言っておくが、今度は血も涙も無い傍若無人なソ連が相手になるやもしれんのだぞ! 尼港の悲劇を再び繰り返すのか!?」と、これまた語気を激しく昭和天皇が問うた為、自然的に承認される事になった。

 

(*)……223未遂事件とは、226決起(史実の226事件)に向けた部隊配置、並びに決起文の作成などの最終会合が2月23日の夜に行われており、その会合に憲兵隊が突入し、軍民関係者を逮捕した事件。

決起が未遂に終わった為、未遂事件と命名された。

 

 

 

その頃 舞鶴 松島宮邸

 

 

「山下奉文少将の陸軍残留を東久邇宮殿下は決めかねている様だな」

 

東久邇宮殿下からの手紙を読んだ松島宮が滝崎の方を見て話題をふった。

 

 

「なら、返事はイエスだ。確かに山下少将は皇道派だが、その話は終わってるし、彼は有能な人間だ。それより、彼をイギリス・ドイツに派遣して色々と学ばせた方がいい」

 

 

「わかった、返事にそう書いておこう。あっ、叔父様から、溶接工法製作に最適な船舶の問い合わせがきているが?」

 

 

「うむ…そうだな、いきなり大型艦は不味いだろうし…」

 

 

「特型駆逐艦のどれか…ともいかんか?」

 

 

「それはそれで設計図を1から書き直す事になるからな。単純な構造で練習になる、大量生産品は……」

 

そう呟きながら、滝崎は持っていた鉛筆を回す。

そして、ふとその鉛筆が止まった。

 

 

「大型発動機艇…大発、上陸用舟艇なら条件に見合うな。次に二等輸送艦、その次に駆逐艦の設計を流用している一等輸送艦、そして、各種艦艇へ、と移行させたらいいな」

 

 

「わかった。それも返事に書いておくぞ」

 

そう言って松島宮はサラサラと返事を書いていく。

最近気付いたが、さすが皇族家の人間と言うべきか、松島宮は文才豊かである。よって返事は松島宮に任せている。

 

 

 

(おまけ)その頃………………

 

 

一機のスーパーマーリンS4レース用水上機が全速力で垂直上昇していた。

そして、高度3000で上昇を止め、水平飛行に切り替えた。

 

 

「…………狭いわね」

 

ゴーグルを掛けたまま、不満あり気に呟くパイロット。

 

 

「飛び飽きて狭くなったわ。もっと広い海と空はないの?」

 

なんとも贅沢な願いを呟くパイロットである。

 

 

「あっちは地上を走る物だからいいけど、私はもっと広い所を飛んでみたいわ」

 

 

 

これまたその頃…………………

 

 

 

「クシュッ! ん、誰か噂でもしたか?」

 

軍手にドライバーを持ってバイクを弄っていた人物が小さくくしゃみをして顔を上げた。

 

 

「……まさか、また、あのバカな親戚か? まったく、また暢気に空でも飛んでいるのか…」

 

そう呟くと此方もブツブツと呟きながらバイクを再び弄り始めた。

 

 

 

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14 陸軍三羽烏

皆さん、お待たせして申し訳ありませんでした。
今回は感想から出たリメイク版オリジナルです。
まあ、オリジナルでは作中の期間が随分空いていましたからね。
では、どうぞ。


6月18日 舞鶴 松島宮邸

 

 

舞鶴の松島宮邸に珍しく東久邇宮殿下が来訪した。

 

 

「やあ、元気そうだね。本当なら手紙でもよかったのかもしれないが、事が事なんで私が様子見を兼ねて来てしまったよ」

 

 

「わざわざすみません。それで要件とは?」

 

居間に通され、東久邇宮殿下の話を松島宮と共に聞く滝崎。

 

 

「うむ、君は小畑敏四郎中将を知ってるかな?」

 

 

「永田中将を筆頭とした『陸軍三羽烏』と『バーデン=バーデンの密約』の1人ですね。確か皇道派で永田中将とは対露・対支那路線の対立もあって疎遠になっていた筈ですが?」

 

 

「うむ、その小畑中将を中央に戻そうと思う。永田中将も三羽烏の1人、岡村寧次中将もこれには賛成している。どうやら、永田中将はこの機会に関係を修復したいと考えている様だしな」

 

 

「なるほど、対露路線への切り替えなら、小畑中将は是非とも必要ですね。ちなみに岡村中将はどちらに?」

 

 

「今は第2師団師団長だが、何れ支那方面に異動してもらうよ。それで、この案件について意見を聞きたいのだが?」

 

 

「殿下、幾度も申し上げていますが、確かに表向きは統制派主導で内部闘争を収めた形ですが、実態は統制派・皇道派の分解・再統一です。確かに過去の確執などで色々とありましたが、これから来る策略と陰謀、米ソ二大大国との戦いを勝ち抜くには過去の派閥を越えた各個の能力とそれを引き出す柔軟な組織運用が不可欠。皇道派などの過去はこれから来る災厄の前には取るに足らない事ですよ」

 

 

「…ふむ、やはり、君はそう言うか。いや、すまない。わかってはいたが、事が事だけにな」

 

 

「それは仕方無いでしょう。ですが、これは良い機会かも知れません。永田中将と小畑中将の関係修復が上手くいけば、元皇道派の不安感払拭にもなりますし、改めて陸軍内部統一統制のキッカケにもなりますから」

 

 

「うむ。そこでだ、君に小畑中将に会ってもらえないかな?」

 

 

「……えっ、自分がですか?」

 

 

「ふむ、未来を知るお主なら、小畑中将も納得させる事も出来よう。私も賛成だ。あっ、私も同行するからな」

 

東久邇宮殿下の言葉に滝崎が唖然とする中、今まで話に入れなかった松島宮が入ってきた。

 

 

「もちろん、松島宮殿下もご同行してもらいます。なにせ、名目上は貴女と小畑中将が会う事にしていますので」

 

 

「ふむふむ、それなら私も行かなければな。そうだろ、滝崎?」

 

 

「えっ、あっ、あぁ、そうだな……うん、そうだな……(あれ? なんで知らない内に話が進んでいるんだ?)」

 

勝手に話が進んでいる事に滝崎は心中で微妙なツッコミを入れていた。

 

 

7月6日 高知県 小畑中将の実家

 

 

 

「ふむ……君の未来の話は対ソ路線支持した者からすれば悪夢な結果だな」

 

松島宮・滝崎の来訪に快く応じた小畑敏四郎中将は滝崎の『未来』の話を聞いて頷きながら言った。

 

 

「しかし…まさか、支那国民党を使った支那共産党とソ連の絡め技と言うのは皮肉だな」

 

 

「国力の無い日本がリソース選択においてどれかに集中すると言うのは仕方の無い事です。しかし、後から見てみればどちらの主張も間違っていなかった、と言うのはザラにある事でしょう。まあ、未来から来た人間が言えば後知恵で語る傲慢と受け取れるでしょうけど」

 

 

「だが、事実は事実だ。しかも、その第一段階が迫りつつある。だから、君は伝を使って陸軍部内統一を図っているのだろう?」

 

 

「言い出しっぺが何も動いていませんがね。そして、何時までも派閥闘争の事を引き摺っていては、二大大国相手に裏表で互角に戦う事など不可能。しかも、負ければ取り返しもつかない一回勝負ですから」

 

自虐を挟みながら事情を語る滝崎。

そこへ唐突に松島宮が小畑中将に向かって口を開いた。

 

 

「小畑中将閣下、中将閣下が永田中将らと共に『バーデン=バーデンの密約』を交わしたのはそれが未来の為に陸軍を変えようとして行動したのならば、この者の言葉や行動は解る筈です。確かに此奴は言い出しっぺで動いていない。だが、動ける時には命を掛けるし、そもそも、未来の悲劇を知ってるからこそ動いている。先も言いましたが、このまま別個で対応したのでは最終的に日本は焦土化、臣民300万人、内100万人を超える民間人が空襲と実験の様な原爆投下などで屍の山を築く事になる。既にこの事は陛下もご存知の事です。もし、不満とあればこの松島宮徳正王が陛下に直接お聴き出来る様に取り計いますが…如何ですか?」

 

滝崎も唖然とする中、松島宮は小畑中将に対して挑戦とも取れる眼光で見る。

それに対して小畑中将は……

 

 

「……はっはっは、あの事を出されては私も何も言えません。しかし、国の未来が掛かるとなれば軍人である以上、協力しましょう。まずは永田と仲直りしなければなりませんな」

 

 

 

………暫く経ち、小畑中将はかつての盟友永田中将・岡村中将と会合を行い、此処に皇道派・統制派の正式な和解と『陸軍三羽烏』の再結成となった。

そして、陸軍内の統制が図られ、密かに対支那共産党・対ソ連を主眼とした方針が固められるのであった。

 

 

 

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15 西安事件 前編

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
今回は三作品を更新します。

本当は一話で纏めるつもりでしたが、やっぱり、前後編になりました。


5月19日……自動車製造事業法が否決される。

史実では国内製造啓発と国防の観点から国外資本を排除する形になった法律だが、『現代の日本の技術では信頼性と量産性が確保出来ない』との事で否決された。

代わりに後日『自動車製造提携法』が制定され、外国資本との積極的な取り込み・提携により、自動車製造・信頼性向上を目指す事となった。

 

 

11月25日……日独『技術提供』協定締結。

史実で『日独防共協定』が締結される筈であったが、態勢を立て直した陸軍、海軍、政府内で滝崎の主張を支持し『ドイツとは技術・通商関係に留める』との方針を取り、技術提供協定に限定した。

なお、これ以後はドイツとは通商関係の協議を続けたものの、滝崎の助言の通りに主眼はイギリスとの連携強化を水面下で進め、更に密かにフィンランド・トルコと接触を図っていった。

 

 

 

12月13日 夕刻 舞鶴 松島宮邸

 

 

「やっぱり、張学良はやりやがったか」

 

新聞紙面の『西安にて蒋介石が張学良に拘束される』との内容がデカデカと書かれた夕刊を見ながら呟いた。

史実同様、12日に発生した『西安事件』は上海に居た共同通信社の緊急電によって発覚、13日の夕刊には詳細な内容で記事にされ、日本でも報道されていた。

 

 

「これがそのまま進めば第二次国共合作、盧溝橋事件・通州事件・第二次上海事変、支那事変に発展する訳だな?」

 

 

「そして、日米開戦と敗戦、共産主義の台頭と冷戦、混迷の世界へ…だよ」

 

そう言いながら滝崎は歯痒い思いで奥歯を噛み締める。

言い出しっぺである自分が直接なにも出来ない事が歯痒いのである。

故に復活した『陸軍三羽烏』に全てを託すしかない。

ただ言える事はここで対応を誤れば史実同様に支那事変に嵌まり込む。

そして、支那の戦場で泥沼な戦いを強要された挙句、膨大な戦費と無駄な時間を消耗し、大東亜戦争に転がるのがオチだと言う事だ。

その歴史だけはなんとしても回避しなければならない……支那のデブ男とソ連の髭男、更にアメリカの異常者の思惑の為に日本人を犠牲にされては堪らない。

その上、自分達の悪行を日本に押し付ける様な奴らの為に戦争をやるなんぞ、水素爆弾を叩き込まれるぐらい嫌だ………反対なら喜んでやるが。

 

 

「上海での中山水兵射殺事件をもとより、出来る限りを尽くして邦人襲撃事件は寸前に防いだ。確かに心配にはなるが、今回も大丈夫だ」

 

 

「あぁ、わかってる……陸軍三羽烏なら大丈夫……だが、やっぱり、心配なんだよ……歴史を弄った後の反動とか…色々とさ」

 

その場にいないこその不安に滝崎は呟いた。

だが、これだけははっきりしていた。

 

 

「蒋介石は2週間後に妻の宋美齢の説得もあって、国共合作を受け入れて解放される。共産党幹部が来るのが17日……この機会を逃せば今までの邦人襲撃を防いだ意味がある無くなる。そして、そうなれば将来的に支那は共産党の天下だ」

 

真剣な表情で断言した。

 

 

 

12月17日 夕刻 陸軍参謀本部

 

 

 

「現地の機関員から報告です。『TM情報』通り、周恩来以下の支那共産党幹部の面々が到着したそうです」

 

 

石原莞爾大佐は現地に潜入させた特務機関員からの情報を報告した。

 

 

「やはり、滝崎君の話は間違ってなかったな」

 

 

「改めて言うまでもないが…彼は嘘を言う人間ではないよ。根は生真面目だ。ただ、敵には大嘘を吐くかもしれないがね」

 

大まかではあるがTM情報……滝崎君の未来情報……通りの動きに永田

中将と前田侯爵は素直な感想を述べる。

 

 

「皮肉で馬鹿な話だな」

 

 

「何がだ?」

 

小畑中将の呟きにに岡村中将が訊き返した。

 

 

「対支那か、対ソ連かで争っていた事がだ。考えてみれば支那共産党が出来た時点でソ連が裏工作をしていた事は当然だった。そこに支那かソ連かで方針対立をする必要は無かった。支那共産党を含めたソ連に対処する、と言う方針でいけば良かったのに馬鹿な遠回りをしてしまったものだ」

 

小畑中将の言葉に前田侯爵を含めた3人は苦い顔を浮かべる。

無論、それに至るまでに様々な経緯があったのは承知している。

しかし、反省してみれば『争う必要すらあったのか?』と思ってしまう。

 

 

「だからこそ、滝崎君の存在は天佑なのではないでしょうか?」

 

石原大佐が鋭く言った。

 

 

「彼はその話をする時『後知恵の傲慢』と言います。確かに詳細を後で知れば何とでも言えます。しかし、それは『彼の世界の話』です。彼の世界で流された多くの同胞の血を彼はこの世界でも流さん為に我々に話してくれた。ならば我々が出来るのはその犠牲と彼の信念と無念さを汲み取って報いる事です。更にこれは終わりではありません、始まりです。米ソの二大大国を相手に堂々と喧嘩を売り、更に歴史に喧嘩を売るのです。それは我々より彼の方が解っているでしょう。ですが、彼が未来の為に戦うと言うのですから、陛下も覚悟を決めた。ならば、次は我々が覚悟を決める番です。既に海軍さんは覚悟を決めています。なら、陸軍も覚悟を決めましょう。何故なら、我々には時間がないのですからな」

 

 

「石原大佐の言う通りだ……皆、覚悟を決めて作戦を始めよう」

 

前田侯爵の言葉に三羽烏も頷いた。

 

 

 

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16 西安事件 後編

長らく更新致さなかった事、すみませんでした!

リメイクなんで色々と変わってます。

そして、滝崎……。


支那 西安

 

日付が間も無く17日から18日に変わろうとする時、事は既におきていた。

稲作が終わり、野晒しの水田…もちろん、水など入れていない…に屈強な男達が落下傘降下した。

そして、手慣れた手付きで一緒に投下された物量筒を回収し、装備を整えると隊列を組んで歩き始めた。

そして、暫く行くと……目的の蒋介石が監禁されている屋敷が現れた。

寝ずの門番役である兵士達3人が隊列が見えた瞬間、誰何しようとしたが背後から忍びよっていた潜入工作員に口を塞がれ、喉を切られて始末された。

そして、潜入工作員3人は隊列の先頭にいた隊長に現状を二、三言告げ、隊長は隊列の部隊を屋敷に雪崩込ませた。

この不意を突かれた奇襲攻撃に張学良配下の部隊の対応は後手後手に回った。数日経過していた為に襲撃なんて有る筈ない、と思っていた兵士達は寝るか阿片を吸っており、大半の者が急な対応が出来なかった為に容易に崩れた。

ベルクマン系短機関銃と柄付き手榴弾で抵抗を排除、忽ち監禁されていた蒋介石を確保し、就寝中を襲撃されても激しく手足をばたつかせて抵抗する張学良には麻酔薬をタップリ注射し、身柄を拘束した。

そんな中、ある隊員がとある一室から人の気配を感じベルクマン短機関銃を一連射、更に駆け付けつてきた仲間と共に互いに手榴弾を部屋の中に投げ込んだ。

そして、ドアを蹴破り突入してみると、扉の近くに短機関銃の一連射を浴びて死んでいる死体、その奥のソファの後ろに手榴弾が原因で気絶している男を発見した。

この気絶している男、扉の近くで死んだ部下と共に休んでいた周恩来だった。

部下は爆発音に扉の隙間から様子を伺った為に銃撃を浴び、周恩来はソファの陰に隠れたが、投げ込まれた手榴弾により気絶してしまったのだ。

隊員は脈を確かめ、気絶しているのを確認すると周恩来の身柄を外に出した。

そして、暫くすると救出された蒋介石は確保された張学良の自動車に乗って一路近くの飛行場に向かっていた。

 

 

「君達は…日本軍かね?」

 

流暢な日本語で蒋介石は隣に座る機関員に訊いた。

 

 

「はい、今回の一件を不審に思った陛下の意により調査し、陛下に申し上げましたら、『同じ亜細亜の民として助けよ』との命が下りましたので、東久邇宮殿下から前田少将、陸軍三羽烏、石原大佐らの指示により、閣下を救出致しました。ですが、表向きは閣下のドイツ軍事顧問団とその育成兵による救出になっております」

 

機関員はニヤリと笑いながら答えた。

 

 

「なるほど、日本陸軍のトップ達に加え、今上陛下が居られのなら、安心だ」

 

蒋介石も安心した様に微笑んだ。

 

 

「閣下はこのまま戻って頂きます。後の片付けは我々がやりますので」

 

 

「うむ、わかった」

 

その後、蒋介石と張学良、ついでの周恩来に機関員を含めた襲撃部隊は蒋介石傘下のドイツ軍事顧問団ひきいる部隊が確保した飛行場に向かい、直ぐに全員が輸送機に乗り込むと空の人となった。

その10分後、海軍基地航空隊の96式陸攻隊が飛来、飛行場を爆撃し、証拠を綺麗に始末した。

 

 

 

南京に戻った蒋介石は直ぐに国民党臨時幹部会議を開き、自らの無事と共匪(支那共産党)討伐の続行を宣言し、混乱の収拾と方針の再統一を行なった。

また、張学良については背信と自らの拘束、更に共匪と繋がっていた事から地位の剥奪と身柄拘束・監禁の処分を下したのであった。

こうして、西安事件は蒋介石の帰還により幕を閉じた。

そして………支那共産党とコミンテルンの思惑は潰され、支那事変も阻止される事になる。

 

 

 

 

暫くして 京都市内

 

 

京都市内にあるとある料亭に滝崎、松島宮、更に前田侯爵、石原莞爾、山本五十六、そして、拘束後、秘密裏に日本へ連行された周恩来がいた。

 

 

「まったく……まさか、日本が陸海軍合同でこの件に介入してくるとは予想外だった」

 

 

居並ぶ面々を前に日本へ留学経験のある周恩来は流暢な日本語で言った。

 

 

「なに、手を回したのは我々陸軍、最後の片付けを海軍がやっただけだ」

 

 

「だが、まさか国民党にまで話を通していたとはな」

 

 

「要らぬ疑いを掛けられない為にな」

 

 

「それに話の体裁上は国民党が自力で奪還した事になっている。我々は伝を使って手伝ったまでだ」

 

確かにそうだった。

陸軍は支那通の岡村中将他、汪兆銘ら支那国民党要人への伝を使い(軍・政共に日本への留学者が多かった為である)今回の作戦を実施したのである。

 

 

「それで、蒋介石に引き渡さずにこうして日本へ私を連れて来たのは何故かな?」

 

 

「蒋介石奪還が目的で、貴方に関してはついでみたいなものだったからね……どうする、滝崎君?」

 

そう言って石原大佐は滝崎に視線を向ける。

 

 

「さて…軍事素人の毛沢東にとって貴方は朱徳らと並ぶ共産軍の重鎮。既に死んだと思われていても不思議はありませんが…」

 

さすがの滝崎も偶々手に落ちた周恩来をどうするかは考えていなかった。

 

 

「日本陸軍がこんな若者に意見を求めるとは意外だが…言っておくが、私を利用しようと考えるだけ無駄だ。共産党にはソ連の助力があるのだぞ?」

 

 

「……それもそうですね」

 

そう言って滝崎は懐から14年式拳銃を取り出すと何の躊躇いも無く周恩来へと向けた。

 

 

「「「「「な!?」」」」

 

 

「た、滝崎!!」

 

驚く周恩来や前田侯爵ら、更に止めるべく声を上げる松島宮。

 

 

「確かに貴方は要らない。それどころか支那共産党同様、害しかない。貴方によって幾人の洗脳者やシベリア抑留犠牲者が出たか、また、毛沢東がどれほどの民を殺したか、幾人の周辺国の民が苦しんだか、そんなのは『理想の実現』と言うものの前にはどうでもいい事でしょう。なら、既に死んでる事になってる貴方がここで死んだところで何も変わらない訳だ」

冷静に、しかし、何処か冷徹に淡々と言葉を述べる滝崎に周りは兎も角、こう言った場を何度もくぐり抜けた筈の周恩来は何故か言い表せない恐怖を感じていた。

 

 

「まあ、どれだけ言葉を積んでも意味は無いでしょう。実の弟、愛する義理の娘、かつての仲間や部下達の逮捕指令書に毛沢東の権力を示す為にサインする事になる事実を知る前に死ねば代わりの者が…」

 

 

「ちょっと待て! 娘が…孫維世(ソンイセイ)の逮捕命令にサインするとはどう言うことだ!?」

 

 

「貴方が国民党との内戦に勝って暫くしたのちの1960年代後半から70年代後半までの約10年の間、支那では『文化大革命』と言われる『破壊・殺戮』活動が行われました。そんな中、女優である貴方の養女孫維世は『反乱の疑い有り』として、『貴方のサインした』逮捕指令書によって逮捕・監禁・拷問死した。その背景には毛沢東の女癖の悪さ、更に妻で元女優の江青(コウセイ)の嫉妬となってますが…まあ、旦那も妻も死体の山を築きますから、屑には変わりないですな」

 

 

「…………まて、なんでそんな事を…しかも、未来の事を…」

 

 

「それはね、彼がさっき語った事の更に30年も後の世から来た『未来の人間』だからだよ。彼のお陰で西安や君らが計画している事はお見通しだったのさ」

 

周恩来の質問に答える山本五十六。

それに唖然とする周恩来だった。

 

 

 

暫く後の松島宮・滝崎の会話

 

 

「冷や冷やさせるな。まあ、確かに殺す気満々の目をしていたがな……まさか、本当に撃つ気だったのか?」

 

 

「初弾の装填はしてあったから、後は安全装置外して撃つだけだった」

 

 

「………恐ろしい奴め」

 

 

 

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17 昭和12年の年初め

おはようございます。
本日、終戦記念日です。先ずは英霊に黙祷。



さて、年初めなのに10日経ってます。
また、作中の意見交換会で艦政(開発・設計)側からの出席者を(出来れば実在の方で)募集しています。
現場側は思い付くのですが、艦政の方がなかなか…。


なお、本日、新作を投稿予定。


昭和12(1937)年1月10日 舞鶴 松島宮邸

 

 

 

「あけましておめでとうございます、山本次官」

 

 

「あっはっはっは、正月三ヶ日どころか、10日も経過しているぞ」

 

 

「それは御容赦を」

 

 

「まったく、せっかく山本次官が来てくれたのにつまらん話をするな」

 

この日、山本次官が松島宮邸にやって来た。

新年の挨拶に来た…と言うのが理由である。

 

 

「やれやれ、幸か不幸か、新年の初めは何事も無く迎えられたよ」

 

 

「まあ、今年も今年で色々とありますからね、本来なら。ところで、国民党との交渉の方はどうですか?」

 

 

「うむ、イギリスが仲介を申し出た為かスムーズに進んでいるよ。どうやら、モーバラル公が負けを認めたようだな」

 

 

「滝崎から幾度も聞いたが、あの古大狸(ふるおおだぬき)公は読みと空気を掴むのは上手い。そうで無ければあの状態の英国を戦勝国に持っていくのはどだい無理な話だ」

 

西安事件後の国民党・日本との交渉について滝崎が訊くと山本次官が答え、松島宮が同調する。

 

 

「まったくだ。君の言う通り、日露戦役同様にイギリスがバックに就ているならヨーロッパからの圧力は減るし、心強い」

 

 

「現在のヨーロッパでアジアを含めた世界規模の情勢を拾えるのはイギリスだけです。そして、イギリス内でその情勢を冷静に分析出来る知識のある人物はモーバラル公のみ…と自分は考えます」

 

 

「うむ…おぉ、そうだ、話は変わるが、前に話してくれたミッドウェーの一件だが、堀と話して私なりに色々と考えてみたんだが、聞いてくれるかね?」

 

 

「小官でよければ」

 

そう言って滝崎は姿勢を正し、松島宮も正す。

 

 

「まずは君の言った通り慢心はあった。これは私も堀も認めるしかない事実だ。次に情報戦だ。アメリカの『飲料水が欠乏した』との電文でミッドウェーが見破られた。いや、そもそもそんな軍事機密事項が安易に入手出来た事を疑うべきだったし、更に言うなら珊瑚海で敵空母が2隻も出て来た時点で暗号が読まれている事に気付くべきだった…或いはその可能性を考えて対策すべきだった……いや、ドーリットル空襲の時点で何か気付くべきだったか」

 

 

「確かに…また、『後世・後知恵の高慢』と言われるかもしれませんが、ドーリットル空襲からミッドウェーまで負の一連の流れは不利な状況下のアメリカが僅かな優位を活かして自らの掌に日本を誘い出す為の方法だったと言っていいです」

 

 

「あぁ…そして、次は人事だ。確かに南雲君は人は悪くない…が、色んな背景があったにしろ、ジザや角田君を使うべきだった……その為に多聞丸を……」

 

 

「……山口少将の奥様、確か山本次官の御紹介でしたね」

 

山口多聞少将は同期・同輩・上司・部下の誰もが認める将官で、後に山本長官襲撃時にアメリカ側が『タモン・ヤマグチが戦死しているから、ヤマモトの後任に恐ろしい奴は出てこない』と言ったとの話が出てくる程だ。

 

 

「……皮肉な話ですが、人間は失敗しないと学べない生き物ですから」

 

 

「確かにな…ですが、未来からとは言え、我が方はその失敗の仕方と敵のやり口か解っているのは優位ではないのか?」

 

滝崎の言葉に松島宮が問うが、山本次官が首を横に振りながら否定した。

 

 

「殿下、それでもアメリカとは長期戦は戦えません。生産力や国力は向こうが遥かに上です。以前、正義君が話してくれましたが比喩とは言え、月一で軽空母、1日で駆逐艦、3時間で輸送船を作る国ですよ」

 

 

「よくネタに上がるけど、現代…こっちでは未来兵器になるけど、それらを持ってきて逆転する、って話を設定しても結局は補給や数の話で戻される、がオチになるんだよ」

 

 

「う、うぅ〜〜む……」

 

山本次官と滝崎の言葉に唸り声をあげる松島宮。

 

 

「兎にも角にも、人事を含めた問題は今から変えていくしかありません。開戦まで残り5年を切りましたからね」

 

 

「そうだな…おぉ、そうだ、今度、空母について艦政と艦隊…つまり、開発と現場で意見交換会をやろうと思う。ミッドウェーの件だけではないが、現場と開発の生の声を互いに聞いて活かして貰おうと思ってね」

 

 

「それはいいですね……で、実際ところは別の意図があるんでしょう?」

 

 

「まったく、君も読みが鋭いね。うむ、意見交換会は隠れ蓑で実際は君の話を現場と開発、双方に聞いてもらう。まあ、意見交換会である事には変わりない。君の話を聞いて、現場と開発がどう思い、どのような意見を持ち、ぶつけてくるか…私も堀も楽しみにしているよ」

 

 

「なるほど、双方が滝崎の話を知っていてもいいし、更にその場で生の意見をぶつけるのは悪くないな。下手に時間差が出来るとややこしくなってしまう可能性もあるしな」

 

 

「……松島宮、山本次官、なんか、私の事を無視して、上でヤイヤイやってませんか?」

 

 

「そうかね? だが、君としても現場・開発、共に言いたい事もあるだろうし、互いの現状を知るのは君にとっても有難いだろう? まあ、いつか、航空機やその他分野でも『意見交換会』をやるがね」

 

 

「……まあ、別に構いませんが…」

 

 

「…なあ、いま思ったがそれを陸軍でもやって、更に陸海軍の意見交換会になって、更に省庁の話に引っ張られるんでないのか?」

 

 

「………………あっ……」

 

 

「……あっはっは、頑張りたまえ。あ、あと、これは先の話だが、卒業直後の遠洋航海の司令と艦長の1人は古賀峯一少将と宇垣纏大佐だった。どうかね、偶然とは言え面白いだろう?」

 

 

「……確かに面白いですね」

 

 

 

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18 討論会

お久し振り……なんて言えないぐらいの久しぶりの更新です。
終戦記念日ですので、此方を更新致します。

英霊の皆様、ありがとうございます。安らかに。



主力作品のここ数ヶ月の更新出来なかった理由はコロナを含む生活リズムの激変とスランプが原因です。

今回の話はオリジナルです。


2月6日 上大崎 海軍大学校兵棋演習室

 

この日、空母航空隊を中心とした海軍航空隊(基地・教育隊を含む)の各指揮官・参謀ら現場側、艦政本部を含む軍政機関側、オブザーバーとして中島知久平社長や堀越二郎をはじめとした航空技師・関係者が参加した意見交換会が行われていた。

そして、意見交換会は開始1時間もしない内に白熱したモノになっていた。

 

 

(…まあ、仕方ないと言えば仕方ないけどさ)

 

上座に座る松島宮の隣に控える形で椅子に座っており、ある意味第三者視点で意見交換…と言う名の議論を見る滝崎は内心で苦笑いを浮かべ、呟いた。

実際、主に空母航空隊関係者が『これからは全金属機が主力になるから、大型空母の量産だ!』と言えば艦政側は『大型空母は金と時間と物が掛かる! 良くて中型空母の量産が理想だ!』と返し、それを起点に互いの論争へと発展していた。

無論、これに関しては互いに正しい。

現場派の航空隊からすれば大型正規空母に多数の艦載機を搭載し、大兵力で攻撃すればいいのは子供でもわかる話だ。

対して、軍政派の艦政側からすれば、数が有れば強力なのは承知しているが、その数を揃えようとすれば大型正規空母は建造期間も消費する資材や金も膨大な為、小回りが利いて消費が抑えられる中型正規空母や適合する既存船舶の改造空母にしたいのも計算が得意な子供なら分かる話だ。

しかし、悲しかな、資源と国力が少ない日本においてはリソース選択が必要であって、『どっちかに決めないと成り立たない』のである。

 

 

(にしても、軍政代表の山本次官も、現場代表の堀司令も互いに言わせるだけで介入しないのは…まあ、先ずはガス抜きなんだろうな)

 

開始早々の激論も流れに任せる盟友な山本次官と堀司令。

そして、互いに言いたい事を吐き出し尽くした両者が一息吐いた時に山本次官が動いた。

 

 

「諸君らの貴重な意見は全て聞かせてもらった。無論、どちらの主張も一考の余地があるものばかりだ。しかし、少し視点が違う者の意見も聞いてみようじゃないか」

 

手を叩いてそう言うと山本次官はワザワザ滝崎の所までやって来てから、松島宮に一礼した。

 

 

「少しよろしいでしょうか?」

 

 

「構いません。お好きにお使い下さい」

 

ニヤリと笑う山本次官、ニコニコと笑う松島宮。

このやり取りに滝崎は内心苦笑いを浮かべる…なんだよ、裏で段取りしてました的なこの茶番劇の様なやり取りは。

 

 

「さて、ここに居る全員が初見であろうが、彼、滝崎正郎君は高松宮殿下の代理人である松島宮殿下の付き人となったいるが、それは事実でもあるが建前だ。彼が今から語るのは諸君らの意見に答え、更に諸君らに新たな悩みを生み出す事になるが拝聴してくれ」

 

最後にウィンクする山本次官とヤレヤレと言いたげな堀司令を見ながら滝崎は死刑台に立たされた感覚を覚えた。

 

 

「…ご紹介に上がりました、滝崎正郎です。これからお話する事は日本の運命を左右する事になりますので、冷静にお聞き下さい」

 

 

 

時間を掛けて全てを滝崎が語り…時々、感情的になった人間が居たが全てを知る山本次官や堀司令が制してくれた…終わった時、室内はまるで葬式の式場の様な重い沈黙の場になっていた。

そして、山本次官や堀司令、松島宮以外の人間の顔はある者は絶望感、ある者は魂が抜けた様に、またある者は顔を真っ青に、そして、またある者は反対に怒りで真っ赤にしていた。

 

 

(……これ、後で俺、殺されるんじゃあね? いや、予想は出来てたけどさ…)

 

長い沈黙と場の空気が空気だけに「やっちゃったか?」と滝崎が思わずにいられなかった時、隣に控える主人が立ち上がる。

 

 

「何を絶望しておるか! いま、ここに居る皆が次の大戦では現場や組織の中心になる者ばかり! 滝崎がこの場で話す事を我が許したのは皆に絶望を与える為では無い! 迫る悲劇と絶望を跳ね除け、問題点を解決し、日本が生き残る手段を考える為であるのだぞ!」

 

そう松島宮が一喝すると、オブザーバー陣の中から手が挙がった。

 

 

「松島宮殿下、発言してもよろしいでしょうか?」

 

 

「中島社長か。我に構わずともよいぞ」

 

手を挙げたのは中島知久平社長だった。

 

 

「では…滝崎君、軍艦にしろ、軍用機にしろ、そのアメリカの生産数を我々が超える事は可能と思うかな?」

 

 

「正直に申しますと無理です。航空機だけを取れば中島社長はご存知の通り、御社はアメリカ式のベルトコンベア式組み立てライン方式。例え他の航空会社の生産ラインを中島式に変えても、航空機の部品や組み立て、その手法確立に時間を取ります…そもそも、人も物資も工場の数も圧倒的過ぎますね」

 

 

「…ですな」

 

政治家でもあり、元海軍(機関科)士官だけあって中島社長は直ぐにそこが計算出来た様だ。

 

 

「ならば、次期海軍艦上戦闘機の一件はどうしますか? 海軍さんからの要求はある意味無茶が多過ぎます」

 

色々と溜め込んでいたであろう堀越技師が吐き出すかの様に言った。

 

 

「だが、長距離戦闘機は必要だ。どう転ぶにしろ、護衛も無しに陸攻を突っ込ませるなんて出来んぞ。話にも出たが、頑丈が売りのアメリカ重爆でさえ、護衛無しでの空襲は被害が多かった訳だしな」

 

 

「うむ、陸攻の搭乗員も数多の金と長い時間を使って育てた者ばかりだ。陸攻の防御力にも限界がある以上、長距離戦闘機は必須だ」

 

ここで現場である大西瀧治郎と教育隊の市丸利ノ助が発言した。

 

 

「だが、先の話によると、空母をどう守るんだ? 次期艦上戦闘機…零戦の初期型は急降下性能で四空母を守れなかった事になるぞ? 無論、空母にも各種装備は施すが…それも限界がある」

 

艦政側からも声が上がった。

 

 

「それに関しては面倒かもしれませんが、護衛機と迎撃機の二本立てにするしかないでしょう。しかも、早急に…滝崎君の話が本当ならば、5年後に本土空襲の練習、7年後には本番が控えています」

 

堀越技師が苦い顔で言った。

そこから先は現場・軍政、軍官・民間の垣根を踏み越えての本格的な論争の場になった。

 

 

「……やっぱり、ヤバい事になっちゃったな」

 

 

「何を他人行儀な事を言っておる。お前もあの渦中に行って知恵を貸してこい」

 

そう言って松島宮は無防備な滝崎の背中を押し、三者論争の渦中へと放り込む。

そして、放り込まれた滝崎は瞬く間にその論争の渦中に飲み込まれた。

 

 

 

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19 香港条約

長ーーーーく、お待たせして申し訳ありませんでした。
なお、今回も原作からのオリジナルです。


2月20日 香港

 

 

この日、イギリス領香港にて日本、並びに支那国民党政府をイギリスが仲介する形で『日支安全保障条約(別称 香港条約)』が締結された。

ただ『安全保障』と書いてはいるが、実質は『防共・対共』であるが、事情通は知った上での事とそこは露骨にしない。

無論、ここに至るまでの交渉は簡単ではなく、特に支那国民党側がごねる事もあったが、大英帝国特任大使のチャーチル卿の提言(脅し)により、以下の条件で締結された。

 

1 支那国民党政府は支配地域の治安維持に尽力する。

 

2 対峙した脅威対象が日本他諸外国の租界等を侵害する場合、日本政府は支那国民党政府を支援する。

 

3 満州帝国との安全保障条約の締結(支那国民党政府)と仲介(日本)を行う。

 

4 今回の条約において、片方が正当な理由なく不履行等を行った場合、仲介者たるイギリス政府は経済制裁を含めた制裁を行う。

 

 

5 本条約は基本1年毎の自動更新とするも、状況による追加・削除とそれに伴う両国間の交渉は常時行えるものとする。

 

以上

 

これらの事項に固まった条約は日本側が『義足の外交官』重光葵特認大使、中華国民党側が汪兆銘が特認大使として調印を行った。

 

 

 

調印後 香港総督府内一室

 

 

調印式の後、総督府の一室にて重光大使と前田侯爵、汪大使と蒋介石、チャーチル卿、そして、松島宮と滝崎がいた。

 

 

「いやいや、私の敗北だよ。約束通り、最高級コイーバ葉巻1ダースを贈りますよ」

 

何処か楽しそうにニコニコと微笑みながらチャーチル卿は松島宮に言った。

 

 

「うふふ、ありがとうございます」

 

そして、松島宮もニコニコと微笑みながら受けた。

 

 

「さて、重光大使を通じて、こうして会談の場を設けた理由をお聞かせ願いますかな? あぁ、もちろん、ご要望通り、盗聴機等は我が方を含めて一切ありませんよ」

 

賑やかに微笑みながらチャーチル卿は松島宮に訊いた。

 

 

「今回の件を含めて、チャーチル卿には大変お世話になりました。ですので、チャーチル卿や蒋介石閣下、汪大使、そして、関係者の皆様に大切なお話をする為にこの場をお借り致しました」

 

そう言って松島宮は隣に立つ滝崎の方に視線を向ける。

 

 

「チャーチル卿は御存知ですが、この滝崎正郎は私の侍従…と言うのは表の顔。これからお話する事があり、私の侍従として行動しています」

 

先程とは変わらないニコニコ笑顔の松島宮に対し、話を振られた滝崎は苦笑い顔。

 

 

「えー、チャーチル卿は御存知ではありますが、改めてご紹介に与りました、滝崎正郎です。先程言われました通り、松島宮殿下の侍従としてお側におります…痛い、痛いって、松島宮」

 

滝崎の挨拶は松島宮が滝崎の尻を数回軽く叩いた為に止まる。

 

 

「緊張もあるとは言え、そんな気長くなる挨拶は要らん。要件を始めろ」

 

松島宮の言葉に、やり取りを聞いていたチャーチル卿らはクスクスと笑い始める。

どうやら、場を和ませる為に松島宮はわざとやったようだ。

これに滝崎は苦笑をうかべながら話を始めた。

 

 

 

1時間後

 

 

「「「…………」」」

 

滝崎が出来る限りに纏めた『自分の世界』でのこの後の大戦と戦後の世界の説明が終わった後、チャーチル卿、蒋介石、汪兆銘の3人は黙ったままだった。

但し、反応は違う。蒋介石・汪兆銘は重く苦々しい表情ではあるが、チャーチル卿は納得しながらも思案する顔をしている。

 

 

「なるほど、この前会った時の君の表情はそう言う事か……しかし、そこまでの歴史や政治・技術等々の知識とその対策を生み出す思考能力があるなら、この大戦を利用し、日本が世界を征する様に動かす事も出来るのではないかね?」

 

思案が纏まったらしいチャーチル卿がニヤリと笑いながら滝崎に顔を向けて言った。

 

 

「まあ、不可能ではありませんね…ただ、私は戦争が終わって50年も後に生まれた人間です。世界征服を成した後のゴタゴタと戦後の趨勢を知れば日本に領土的植民地支配など継続する事は面倒としか…貴国のインド独立運動問題は御勘弁願いたい」

 

 

「なるほど、これは手厳しい返しだね」

 

滝崎の返答に自国の問題を指摘されたチャーチル卿は葉巻を吹かしながら苦笑いを浮かべる。

 

 

「ふむ、では、似た質問をするが、何故、我々に話したのかね? 無論、我々が後々の当事者である事が大きいとは解るが」

 

 

「そもそも、君の話ならば、私と閣下は袂を分かつ可能性もあるのだろう?」

 

チャーチル卿の質問に漸く話の糸口を見つけた蒋介石と汪兆銘が訊いてきた。

 

 

「まず、貴殿方が反共産主義者である事。そして、場合によっては妥協や次善策を取れる方である事です。また、汪兆銘大使にはこれからも日本側との接触も多くなり、イザとなれば蒋介石閣下の代理人となる可能性もありますから」

 

確かに西安事件は防げた。

しかし、第2、第3の西安事件が発生する可能性は否定出来ない。

支那共産党の後ろにソ連、また、アメリカの影があのだから、可能性は決して皆無…いや、反対に高い。

 

 

「更に言えば、この滝崎君は少し理想主義的なところがありましてな。日本の生存は勿論の事、犠牲者が減ってくれればいい、と考えているのですよ」

 

今まで黙っていたニコニコと笑いながら前田侯爵が言った。

 

 

 

 

その後、更に3時間も会談し、その長さから『何か密約があるのでは?』と報道陣から質問された面々だか、『松島宮殿下、前田侯爵との会話が盛り上がり、長引いてしまった』と答えるのみだった。

 

 

 

少し後

 

 

「蒋介石閣下、少しよろしいかな?」

 

 

「なんでしょう、チャーチル卿?」

 

会談後の報道陣の質問攻めを抜けた後、チャーチル卿は汪兆銘大使と共に帰ろうとする蒋介石に声を掛けた。

 

 

「要らぬ忠告と申しますか…決して、日本を、何より、あの滝崎君を敵に回さない様に」

 

 

「何を言われるのですか、チャーチル卿? 彼は我々にとっても有益な存在だ。害しようとする気は…」

 

とんでもない、と言わんばかり否定する蒋介石。

 

 

「それなら良いのですよ。ただ…これは私の見立てだが、彼の瞳の奥には制御された狂気がある様に見えたのでね」

 

 

「制御された…狂気、ですか?」

 

 

「まあ、彼も余り自覚は無いでしょうな。ただ、先程本人が言っていた通り、彼は愛国者で、この後の悲劇を防ぎたいと言う想いがある。故に敵になるぐらいなら、彼も収容はするでしょう……虐殺をやろうものなら、彼は理性と知識で制御していた狂気をその国家指導者に向けてもおかしくはありませんよ」

 

チャーチル卿の言葉に蒋介石は頷いた。

何故なら、『東京空襲』や『原爆投下』で彼の言葉と表情に『黒い物』を感じたからだ。

 

 

 

 

……後の『チャーチル卿回顧録』などでチャーチル卿は滝崎の事をこう書いている。

『聡明な好青年である彼を決して敵に回していけないと感じた。何故なら、彼の瞳には『制御された狂気』があったからだ。但し、勘違いしてはならない。彼の狂気は破壊衝動などではなく、『人間の尊厳を踏みにじった輩はそれ相応の報いを受けさせる』と言う、ある種の制裁罰的な狂気である』と。

 

 

 

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20 遠洋航海

近日と言っておきながら、1ヶ月近くお待たせして申し訳ありませんでした。


6月10日 洋上 海防艦八雲 甲板

 

 

「う~~~ん……海だ~~」

 

 

「なんだ、その感想は?」

 

潮風を感じる滝崎の感想に松島宮はツッコミを入れる。

滝崎・松島宮は兵学校卒業に伴う訓練航海に参加し、海防艦八雲と磐手の2隻により、スエズ運河経由で地中海に行く予定であった。

 

 

「いやー、長期航海、しかも外国に行くなんて、前世でも体験してないからさ」

 

 

「ふむ、70年も未来、しかも、航空機技術が驚く程に発展していても、外国に行くと言うのは簡単な事ではないのか?」

 

 

「まあ、書類審査とかパスポートとか…後はお金とか、色々とあるしね」

 

 

「あぁ、確かにな……それなら、こうして機会を利用しようと?」

 

 

「うん。時代は違えど、他国を観れる機会だからね。興味もあるし」

 

 

「どう言う方向の『興味』かは置いておくとして、未来が変わる可能性があるなか、長く本土に居ないのは不味くないか?」

 

 

「確かに…だけど、居ないからと言って何も出来ない人達じゃあないよ。それに逆に僕の言葉に意識を向けすぎて、何か見落としをする可能性があるしね」

 

 

「ふーむ……それを言われると難しいものがあるな」

 

 

「あぁ…まあ、大丈夫だよ。それに一応、『置き手紙』も置いてあるしね」

 

 

「『置き手紙』な」

 

 

「そう、『置き手紙』をね」

 

 

 

 

その頃 海軍省 次官室

 

 

「やれやれ、彼も心配性だな」

 

執務室で滝崎の『置き手紙』を読んだ山本五十六次官は苦笑いを浮かべながら呟いた。

 

 

「大半が前々から言っていた事だから、ある意味念押しと言ったところかな? まあ、早めに取り掛かる方がいいのは解るが……ん?」

 

『置き手紙』の続き、『お願いリスト』と言っていい念押しの箇条書きとは別に様相が違う、長々しい文章が書かれた複数枚の用紙がある事に気付く。

 

 

「なになに…『対潜水艦哨戒、並びに同攻撃に対する一考』か。ふむ、なんだろうかな?」

 

滝崎から散々に『次の大戦』の様相の一つとして、アメリカ潜水艦による補給航路破壊とその影響を聞いていた山本次官としてもタイトルだけで興味を持ち、続けて読んでみる。

 

 

「……未来では『ヘリ(回転翼機)』による対潜水艦哨戒と攻撃を行うか…攻撃は無理かもしれないが、哨戒だけでも出来れば今の潜水艦の性能を考えれば、それだけでも随分と行動を制限できる…そして、今ならこの回転翼機はオートジャイロの事だな。ならば古巣に声を掛けねばならないし、早い方がいいか」

 

滝崎の言いたい事を理解した山本次官はウムウムと頷きながら、この件の答えを纏め、続きを読む。

 

 

「……耳が痛い話だが、これは重要だな。『彼の世界』で我々海軍の至らなさで陸軍が自衛する事になってしまった…だが、故に『迫撃砲による対潜水艦攻撃』を行った、と」

 

その文言に山本次官は椅子に背を預け、思考を纏める。

 

 

(今のところ、潜航中の潜水艦に対しては駆逐艦の艦尾の爆雷投下だけだ。後々には爆雷投射機も開発されるが……だが、曲がりなりにも『前方への対潜水艦攻撃手段』があるのは敵潜水艦に対して色んな意味で大きい。さっきのオートジャイロによる対潜哨戒と組み合わせれば面白いしな。例の『ヘッジホッグ』がまだまだ先の状態を考えると…そもそも、『ヘッジホッグ』も『対潜迫撃砲』と言われている様だしな)

 

脳内で呟きながら、思考を纏めると山本次官は電話へと手を伸ばす。

航空本部、更には迫撃砲の調達の為に陸軍に話を通さなければならないからだ。

 

 

 

 

同じ頃 陸軍省 軍務局長室

 

 

「ふむふむ、なるほど…オートジャイロと迫撃砲の事で山本次官あたりから連絡がきそうだな…….それと、戦車は当分チハを基礎に開発・設計か…なるほど」

 

此方も『置き手紙』を読んでいた永田軍務局長はウンウンと頷く。

 

 

「更にドイツを手本にして、『駆逐戦車』『対戦車自走砲』を開発し、強力な戦車に対抗する事か……対戦車に戦車と拘らず、2手3手と手札を揃えておくべきか……確かにな」

 

ノモンハンと独ソ戦を中心とした戦車開発の加速・発展ぶりを聞いている永田局長としても、『最善策』だけでなく『次善策』も提言している事に満足していた。

 

 

「今から新型を作っても間に合わん。ならば、今は既存の改良に務め、その経験を次の新型開発に活かすか……我々は海軍と違い、来年と再来年に事がおきる。急な現状変更は混乱を招く可能性がある。ならば、比較的混乱の少ない状況を選択し、新型開発などの目処が付くところで大規模に弄るか……なるほど」

 

そう言いながらウンウンと頷く。

 

 

(…日本で本格的な対戦車戦になるノモンハン。現場の奮戦を司令部や我々が無にしては意味はない。更に『無意味な現場幹部の処分』は人材を無駄にする行為だ。これからの我々には現場を経験した人間はどんな資源よりも重要過ぎる…やる事は多いな)

は人材を無駄にする行為だ。これからの我々には現場を経験した人間はどんな資源よりも重要過ぎる…やる事は多いな)

 

そんな事を考えている時、山本次官からの電話が鳴った。

 

 

 

暫くして  八雲艦内

 

 

「お呼び立てして申し訳ありません。ですが、殿下の付き人でありますので、こう言う形を取る他、ありませんでしたので…」

 

 

「気にしなくてもよろしいです、古賀中将。こうでもしないと、周りに怪しまれるのは承知の上です」

 

遠洋航海訓練艦隊司令の古賀峯一中将の詫びに対し、松島宮は答える。

呼び出しを受けた2人が入室すると、古賀中将の他に『黄金仮面』の渾名で有名な現八雲艦長の宇垣纒大佐も居た。

 

 

「君の事は山本次官や高松宮殿下から聞いているよ。もちろん、君の世界での『未来』も触り程度だが、聞いている。さあ、我々にも詳しい『未来』を話してくれないかね?」

 

 

 

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21 戦車開発

オリジナルより内容が濃い…気がする。


10月21日  陸軍省

 

 

卒業に伴う遠洋訓練航海から帰ってきた滝崎と松島宮。

帰国直後、滝崎は山本次官から『永田局長からの要請があった』と言う事で陸軍省へ向かった。

そして、いま、永田局長が集めた面々に対して『未来』の話をしているのだが……

 

 

(……いつも事だけど、これ、大丈夫かな…)

 

永田局長の召集で集まった戦車開発陣と運用陣は滝崎の話を聞いて苦い顔、真っ赤な顔、頭を抱える者が大半で静かに腕を組んでいる者は2人しかいない。

 

 

「…チハの生産を取り止め、新型の開発に尽力すべきではないか?」

 

 

「何を言う? 既に上層部からはチハの量産許可が降りているんだぞ?」

 

 

「ではなにか? 米軍の『軽戦車』とも戦えない中戦車に乗せて、人員を損耗させろと? ふざけるな! 熟練者こそ、これから様々な場面で必要と彼も言ったではないか!」

 

 

「そうは言っていない! だが、今から新型を作って、何時に現場に引き渡せる? 米軍との戦闘には時間があるが、あと1年や2年で新型を配備するなんて期間的に無茶があるぞ!」

 

 

「いっそのこと、ドイツ戦車を購入するか、生産…」

 

 

「交換部品や燃料はどうする!? 規格違いで補給と生産が混乱するぞ!」

 

 

「待て待て。そのドイツが大戦を始めるんだぞ? しかも、彼の話では戦車不足で後のフランス戦でも戦車を鹵獲する事に熱心だったドイツが完成品を引き渡すか怪しいぞ!」

 

 

「じゃあ、アメリカから軽戦車を購入するか? また、『日本最強の戦車はアメリカの軽戦車だ』と言われるか?」

 

 

「敵対するアメリカが売る訳ないだろう!」

 

お通夜状態から一変し、白熱な議論モードに突入した開発陣と運用陣に滝崎は苦笑いをうかべながら困惑する。

すると、腕を組んでいた佐官の1人がわざとらしくゴホンと咳をする。

 

 

「落ち着きたまえ。確かに先程の話を聞いて検討すべき事や問題があるのはわかる。だが、解決を急いても、中身をしっかり検証しなければ、解決するものもしないぞ」

 

開発陣の長にして、戦後創立された陸上自衛隊の戦車開発にも関わった原乙未生(はらとみお)中佐の言葉に白熱した議論が止んだ。

 

 

「それにだ、彼の話を分析すれば、こちらより高性能な米軍戦車を相手に戦術や運用で対抗し、互角に戦っている。敗戦を聞いて自虐になるのは仕方ないが、その中でも汲み取れる部分を探すのも我々の務めだ」

 

そう言ったのはもう1人の静かに腕を組んで聞いていた運用陣の重見伊三雄(しげみいさお)中佐。

 

 

「まずはだ…滝崎君、ここまで解っていて、更に永田局長にすら所属を越えて頼りにされてる君がなぜ、『チハの量産に口を出さなかった』のかね?」

 

原中佐の問いに開発・運用双方の人間がハッとなりながら、視線を滝崎に向ける。

 

 

「私見と言う事で言いますと、名実共に現段階の日本の実情にあった戦車だからです。下手に手を加えなくても生産・補給体制が構築され、発展性も申し分ない。逆に手を加えて段取りを乱す方が問題になります」

 

 

「ふむ、なるほど。では、君が先ほど言った発展性はどうかね? 今までの話なら、チハは軽戦車に負けているが?」

 

 

「確かにそうです。ですが、フィリピン戦では42年に入って47㎜速射砲に装換した『チハ改』を実地試験の名目で投入しています。実際、研究開発では欧米諸国に劣らないどころか、勝る物を作ってはいます。問題はそれを現場運用・量産に持っていくまでに時間が掛かってしまう事、そして、戦車開発のみならず、戦争に関わる技術全ての進化速度が予想以上に早くなる事、です」

 

 

「なるほど。その黒板に描いた戦車も、進化速度の影響だと?」

 

なお、黒板には滝崎が描いたタイガーⅡ、シャーマン、T-34/85が描かれている。(上手くはないが)

 

 

「はい。タイガーⅡに関して言えば、41年のドイツのソ連侵攻後に設計しておりますが、当時のドイツが持ちうる技術を集めて作られいます。まあ、最大の難点は重量であり、運用には苦労していますし、ドイツ敗戦で短命でした。逆にシャーマンやT-34はその発展性もあり、戦後長く使われています。特にT-34は21世紀になってもアフリカやアジアで稼働している、と言われております」

 

世紀を越えて使用されている事に別の意味でざわめきがおきる。

 

 

「そして、それらの事情を踏まえて、チハが戦えると言うのだね?」

 

 

「『それしかなかった』と言え、チハとその系列は75㎜戦車砲を搭載できる発展余地があります。また、我が国の生産設備の能力上、多種類の車体を作る余裕はありません。後付けでもありますが、砲塔口径と付属装備、設計目的で三号と四号の二本立てにするのは日本ではあいません」

 

滝崎の話を聞いて、原中佐と重見中佐はウンウンと頷く。

 

 

「理屈、理論の証明はともかく、筋としては解る。そうなると、新型開発や既存の改良での問題はエンジンと重量や寸法の制限だが…」

 

 

「重量と寸法に関しては緩和出来る。海軍が滝崎君の助言を聞いて『車輌揚陸艦』を設計・建造している。自走での積載・揚陸が可能となるだろう」

 

原中佐の発見に静観していた永田局長が言った。

 

 

「なるほど…滝崎君なりにお膳立てをしてくれたのならば、我々もやるしかありませんな」

 

重見中佐がニヤリとしながら言った。

 

 

 

 

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22 次官付き士官

お久し振りのこちらの更新になります。
りっく・じあーすの方はウクライナ情勢の兼ね合いもありますので、暫くは更新を控えさせていただきます。

なお、次号から作品のタグに艦これが追加されます。

では、どうぞ。


11月2日 海軍省 海軍次官室

 

 

この日、滝崎と松島宮は前日1日に『海軍次官付き士官』の辞令を受け取り、翌日こうして海軍次官室に来ていた。

 

 

 

「これで君達も動き易いだろう?」

 

 

「『皇族付き侍従』よりかは……痛い、痛い、痛いからやめて」

 

ニコニコと言う山本次官にそう返答し、松島宮に脚を軽く蹴られる滝崎。

 

 

「ふん、動き難いからそうしたのに、そう言われたら、こうしても罰は当たるまい」

 

 

「あっはっは、ペアが板についたな。そうそう、先日の戦車開発の件で永田局長が礼を言っていたよ。それと『小型汎用装軌輸送車』購入の陸海軍共同購入の打診があったから、話を進めておくよ」

 

 

「あっ、はい。わかりました」

 

 

「まーた、私が知らないところで悪さをしていたのか?」

 

 

「悪さは…いや、だから、痛いから。地味に痛いからやめて」

 

自分が知らないところで事を動かしていたことに松島宮はぺちぺちと地味に痛い足蹴を再び滝崎にやる。

 

 

「いやいや、微笑ましいかぎりだ。さて、早速だが、君達には呉の戦艦『加賀』に行ってもらう。ジザ…小澤治三郎に機動艦隊を率いてもらう予定なんでな。いま、彼には編成やら艦隊行動やら…作戦行動の計画をさせているんだ」

 

 

「その計画立案の助言をしてこい、と? 山本次官、自分は…」

 

 

「『後知恵語りの素人』と言いたいのだろう? 確かにベテラン古参や玄人には『経験』では勝てんだろう。だが、『発想』に素人と玄人、新参と古参、新人とベテラン、なんてのは関係ない。要は多様な視点からの意見だ。まさか、急場の戦場でそんな議論をさせる事がどれだけ愚かしいか…君は戦場の怖さを素人なりに知ってると思うが?」

 

 

「…………」

 

山本五十六の言い様に滝崎は参る。

その言い様こそが『ベテラン』であるが故だと。

 

 

「まあ、戦場で急に出来るかどうか議論するより、平常時に議論していた方が大事にはならんだろう。平常時なら『失敗』の一言で済むが……まあ、これ以上は滝崎も知ってるから、言わんでおくが」

 

 

「松島宮、君、僕の退路を断ってないか?」

 

 

「ほお、退却も考えていたとは、さすが滝崎だ。なら、助言を出す事など容易いよな?」

 

 

最近、組んで自分の事を玩具に遊んでいるのないかと密かに思う滝崎。

 

 

「ジザには事前に話してある。と言っても、防諜の観点から、大雑把にしか話してないがね。と言う事で、こいつを持って行ってくれ」

 

 

そう言って山本次官は日本酒の一升瓶と手紙を取り出す。

 

 

「酒は彼奴への気付け薬だ。まあ、君には言わんでも解るだろう?」

 

 

 

「あはは……まあ、はい」

 

そう、小澤治三郎はアル中で、またヘビースモーカーなのである。

 

 

 

 

11月4日 1630 呉軍港 加賀艦内

 

鉄道移動により、呉へとやって来た2人。

移動と休息に1日置いた後、昼食を挟んで協議を行っていた。

 

 

 

「つまり、終戦間際のアメリカ機動艦隊も決して無敵ではなかった、と?」

 

 

「珊瑚海から南太平洋まで、血で血を洗う空母対決を繰り広げ、その集大成なマリアナで完勝したかにみたアメリカ機動艦隊でしたが、難攻であれど、隙を突かれては決して不落ではありませんでした。確かに特攻は戦術としては愚劣です。しかし、その中でも汲み取った戦訓を活かし、成功率を上げた。決して、無謀無策で突っ込ませた訳ではない……そこは評価すべきです」

 

質問に対して答える滝崎。

しかし、後半には苦渋に充ちた表情で、硬く握った右手拳を震わせながら答えた。

 

 

「……ふむ、アメリカの付け入る隙か…君は何処だと見る?」

 

 

「そうですね……これは誰しも言える事ですが、ハイテクを過信するあまり、アナログを疎かにする傾向がもっともかと」

 

 

「……ハイテク…アナログ…う、うむ、なんとなく解る」

 

 

「滝崎、お前の世界の横文字を出しても解らん。えーと、この場合は温故知新の故事が適切かと…最新技術を盲信し、既存技術を疎かにしている事が多い、との事かと」

 

小澤少将の言葉と表情と言葉に松島宮がフォローを入れる。

 

 

「なるほどな。まあ、我々も暗号の件で人の事は言えんが…うむ、やはり君は、山本さんが言った通り、優秀だな」

 

 

「小澤ちょ…じゃなかった、小澤少将、自分は…」

 

 

「はっはっは、誉め言葉に過剰反応し過ぎだよ。さて、昼を挟んで随分議論したな。夕食まで一息入れよう」

 

そう言って小澤少将はヤカンのお茶を注いで2人に渡す。

 

 

「にしても、君の話を聞けば聞く程、アメリカと言う国家にも十分付け入る隙があると思えてくるね。無論、山本さんの言う国力は強大だが…特に大戦後の戦争や紛争で見せるアメリカの失態ぶりは少し考える物があるがね」

 

 

「あくまでも私見ですが…第二次大戦で我々日本やドイツを倒すのに総力を傾注したが為の燃え尽き症候群…つまり、腑抜けたり、見下す様になり、更に技術的、国力的に自国が圧倒的な為、そう言った傲りから生まれる心理的な隙な積み重ねが、『無敵国家アメリカ』を無敵にならない要因になっているかと……すみません、この類いの話はなかなか言葉では説明しにくい事なので…」

 

 

「いやいや、武道をやっている人間が聞けば、君の言いたい事は解るよ。だが、ふむ……そこを上手く突けば、やれん事はないな」

 

 

「滝崎、そう言った事を助言するのはよいが、私への助言もしてくれるんだろうな? んー??」

 

 

「あはは、だから、つねらないで、地味…以上に痛いから」

 

ニコニコと微笑みながら、陰で滝崎をつねる松島宮。

 

 

「ところで、君の世界とこの世界の海軍戦力を見て、君はどう思っているのかね? 忌憚のない意見を聞かせてくれ」

 

 

「そう、ですね……空母の数は同じですが、40センチ搭載艦の加賀、土佐があるのは大きいですね。長門、陸奥と合わせて4隻、対して、41年12月時点でアメリカ側のロクに動ける40センチ艦はコロラド型の3隻、しかも、ネームシップのコロラドは西海岸。このまま艦隊決戦に持ち込めば、へまをしなければ空母、戦艦の主要戦力を無傷で撃滅する事が可能でしょう。まあ、夢物語にも等しい話ですがね」

 

 

「そう言うものか? お前の知ってる向こうの弱点を組み合わせて、その夢物語をやれそうだが?」

 

 

「『机上の空論』と言う言葉があるんだよ? いくら此方側の人間が上手くやったって、向こうは漫画の悪役でもなければ、芝居の斬られ役でもない。『窮鼠猫を噛む』の諺通り、生き残る為、或いは守る為に……神風特別攻撃隊員の様な気で来られたら、色んな事が事前の計画通りに行く訳ないし、下手をすれば、勝敗すらひっくり返される可能性だってあるんだからさ」

 

 

「そうだな。先程のアメリカが無敵に等しいにも関わらず、ゲリラ相手に苦戦するのも、結局は人が動く所以であるからな……現在建造中のノースカロライナ型、サウスダコタ型が動けるのはもう少し先になるかね?」

 

 

「ノースカロライナ・サウスダコタ型の完成が41年以降です。ですが、慣熟訓練がありますので、直ぐに投入とはいかないでしょう。サウスダコタ型3番艦マサチューセッツが42年後半に未完成のフランス戦艦と撃ち合いをしていますが…それ以外の戦艦は作戦参加はあっても、実戦経験無しに太平洋戦線へ参加する事になります。41年12月前後の開戦であれば、出せる新型はノースカロライナ型のみとなりますが……動けて射てれば合格、と言ったどころかと思います」

 

 

「君の予想は『出来たばかりで乗組員が慣れていない新鋭艦より、使い慣れた古参艦が有利』と言ったところかね?」

 

 

「『どんな良い物でも、扱う人間がダメならガラクタになる』。昔からある事は億の時間が経っても変わりません」

 

それを聞いて小澤少将はニヤリと笑う。

大戦後期、特に航空戦で被害が増大した理由はベテランパイロットが不足し、若手パイロットが彼らのフォローを受けれなかった事。

機体の古い・新しいは関係なく、その性能や特性、状況を把握・活用しなければ、どんな最強機体に乗せても、格下の機体に撃墜されるのだ。本来ならば。

 

 

「じゃあ、少し話は変わるが、君は物の怪の類いを信じるかね?」

 

 

「『物の怪の類い』ですか? 見たことはありませんが…ですが、『名匠の造りし物には命が宿る』は日本人には普通では? まあ、擬人化は何処の世界にもある様ですけども」

 

 

 

「ん? ギジンカ? 擬人化?」

 

 

「なるほど、なるほど……なら、今夜、また来たまえ。君や、殿下の為になるだろう。さて、飯の時間だ」

 

そう言って小澤少将は切り上げた。

 

 

 

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23 船の乙女

と言う訳です。
あくまでも私見ですが、『船霊・艦魂=艦娘』ではないかと思っています。
故に好き嫌いの話とは言え、『艦これ』や『アズレン』等を邪見にする気は毛頭ありません。(実際、両方で提督してるし)

なお、次号はとある有名人が出ます。


夜 戦艦加賀艦内 小澤少将私室

 

 

小澤少将の誘いに応じ、滝崎と松島宮は小澤少将の私室前に来ていた。

 

「小澤少将、松島宮と滝崎、参りました」

 

 

「おぉ、構わん、構わん。入れ入れ」

 

滝崎の声掛けに中の小澤少将から入る様に促される。

ただ……

 

 

「なあ、滝崎。明らかに私達以外に呼ばれた者が複数いる様子だが?」

 

 

「うん、話し声がするしね。しかも、ほぼ全員、女性の声ぽいね」

 

促されても入りにくい理由。

それは他に人がいる事よりも、『居ない筈の女性の方々』がいる事。

 

 

「……艦外から芸者を呼んだ…訳ないよな?」

 

 

「乗艦させた時点で一騒動だよ。まあ、いつまでも入らない、は失礼だし、入るとしよう……不安だけど」

 

流石に『入らない』と言う選択肢は無いため、滝崎と松島宮はドアを開ける。

すると………

 

 

「どうだ、霧島。今度の演習の下地だが…」

 

 

「えーと…長門さん、基本はこれでよいと思います。ですが…」

 

 

「長門、こっちの案件の事だけど…」

 

見知らぬ3人の『女性』が滝崎達の事などそ知らん顔で目の前の『案件』に掛かりきっていた。

 

 

「その様子だと、ハッキリ見えても聞こえている様だな」

 

前回持って来た日本酒を片手に小澤少将が言った。

 

 

「え、あ、はい。バッチリ、ハッキリくっきりと」

 

 

「その様子ですと、殿下も見えているご様子…いやいや、すまんすまん。試すような事をしたな」

 

 

「いえ、今更な気もしますし…ところで、彼女達はいったい…?」

 

こちらの事など気にもせず、先程と同様、何かの案件を議論している『彼女達』を横目に見ながら滝崎は気になっている事を訊いた。

 

 

「うむ、まあ、君ぐらいなら話は聞いた事はあるだろう? 船霊(船魂・ふなだま)と言う存在は?」

 

その言葉に全てを察した滝崎は慌てる。

 

 

「あ、いえ、確かに話ぐらいは…しかし、前世でも、今までも見えては……」

 

 

「さあ、私もそこまでは解らんよ。多分、神職や坊さんが扱う領分だろう……だが、君の場合は日本を思う心が、何かしらを引き寄せたのではないかな?」

 

 

「なるほど……松島宮が見えるのは…なんか解る」

 

 

「えっ、なんで?」

 

 

「女性で皇族だから」

 

 

「ふむ、なるほど。納得だ」

 

 

「……なぜ、微妙な気持ちになるんだ?」

 

自分だけ見えた理由が簡単な事に微妙な表情を浮かべる松島宮。

そんな中、小澤少将の隣に道着姿の『女性』が現れた。

 

 

「小澤少将、酒の肴の件ですが…失礼しました。後で…」

 

 

「おう、加賀か。別に気にするな。それより、何度か話した2人だ。しっかりとお前達が見えてるぞ」

 

小澤少将の言葉に『加賀』と呼ばれた女性は此方が『見えてる』事に気付いたらしく、そのクールな表情は崩さないながらも、素早く敬礼をする。

 

 

「失礼しました。加賀型戦艦一番艦、兼ねて第一艦隊旗艦『加賀』の加賀です」

 

 

「はっはっは、まあ、少し硬い奴ではあるが、優秀だ。互いに肩を並べて戦う事になるだろうからな。喧嘩なんてせんでくれ」

 

小澤少将の言葉に苦笑いを浮かべて頷く2人に対し、加賀は『戦う事になる』と言う言葉に反応する。

 

 

 

「やっぱり…最近、戦闘を意識した演習が多いと思ったら」

 

 

「おいおい、言葉の綾だ。そう過剰に捉えんでくれ」

 

 

「本当ですか? どうも、そうは思えませんが…第一航空戦隊との合同演習はともかく、年末に配備される新型空母が所属する予定の第二航空戦隊との演習も予定していると聞きましたけど?」

 

 

「そりゃあ、そうじゃあないか。本格的な正規空母だから、天城達と違う事もある訳で…」

 

いつの間にか加賀に対する小澤少将の釈明になりつつある状況に何とも言えない2人。

そして、そんな状況にも関わらず、例の3人は此方をフル無視で案件の検討にご熱心だった。

 

 

 

 

「御二人に関しては小澤少将から予々…天城さんの所にいらっしゃったとか」

 

小澤少将の釈明が終わったと同時に例の3人との打ち合わせに入ってしまった為、2人の相手を加賀がしていた。

 

 

「山本次官の紹介で堀司令へ会いにです」

 

 

「そうですか……先日、次官付きを拝命したそうですが、その割には、特に最近、御二人のお名前をよく聞く気がするわね」

 

 

「「あはは、なんでだろうね~?」」

 

苦笑いタップリなハモり発言しか出ない。

 

 

「それに、扶桑さん達の改装も第四艦隊の一件からだけど…その頃から、御二人のお名前を聞く様になった気が…でも、御二人はまだ兵学校生ですから…」

 

 

「「さぁ~~??」」

 

思いっきり介入している(滝崎がだが)のだが、誤魔化しになっているかも怪しい誤魔化しで話を流す2人。

 

 

「じゃあ、これで頼む。ふう…加賀、待たせてすまんな。肴の件だが、頼む」

 

 

「わかりました。一旦、失礼します」

 

打ち合わせが終わった小澤少将の頼みを聞いた加賀がそう言って消えた。

 

 

「すまんな。旗艦ともなれば、自然に耳が良くなるからな」

 

 

「いえいえ、大丈夫です。それにしても、小澤少将が見えたと言う事は…」

 

 

「まあ、察しの通りだ。それに、今回は山本さんに会わせてやってくれと言われたからな……さあ、そんな話は無しだ。加賀が戻って来たら、肴を摘まもうじゃないか」

 

 

 

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24 忠臣者

今回はリメイク版オリジナルです。
(まあ、人物自体は旧作でも一回ですが、出たんですよね)
そろそろ、人物の再評価が必要かと。



11月15日 1800 東京 とある料亭

 

 

 

「君の噂はよく聞いてるよ。あちこちで随分と動き回っている様だね」

 

開口一番に非友好気味な言葉を発言しつつ、ジロリと眼鏡越しにその眼光で睨むその人物を散々『写真』で見て、更にその人物の一端を知る滝崎でさえも内心びびらざるおえない。

 

 

「陸軍には御迷惑をお掛けしない様に努めておりますが…私も人ですので、配慮が足りない部分があるのは謝罪します。東條閣下」

 

そう言って、今回山本次官を通じて会談を申し出てきた本人、対峙する東條英機中将(現関東軍参謀長)に謝罪する。

 

 

「あぁ、ハッキリ言って迷惑しとるよ。海軍軍人の癖に陸軍の事にまで口を出しているからな。更に言うなら、末席とは言え、皇族である松島宮殿下を誑かしている様に見えてる事もな」

 

『カミソリ東條』の渾名通りにスッパリと言い切る東條中将。

色々と刺々しい言葉に滝崎は苦笑いを浮かべ、隣に居る松島宮は怒っていいのか解らず微妙な表情を浮かべる。

 

 

「…だが、永田閣下を救い、更に陸軍のゴタゴタを鎮めてくれたのは事実だ。当事者の1人として礼を述べたい」

 

そう言って頭を下げる東條中将。

 

 

「東條閣下、自分は『歴史改変』の為に行動したまでで、それも完成した訳ではありません。頭を下げて頂く段階では…」

 

 

「そう、今回、こうして会ったのはその真意を問うためだ」

 

下げていた頭を上げる、メモ帳を開きながら言った。

 

 

「君の世界でのこれからは永田閣下から聞いている。もちろん、内容から見ても由々しき事態だ……先に断っておくが、私は戦犯として裁かれる事に関してはどうこう言うつもりはない。アメリカやソ連の暗躍があったとは言え、陛下のご意志に添えず、日米開戦に至った時点で、その謗りを受け、後ろ指を指されるのは覚悟の上だ」

 

そう力強く言った直後、少し目を伏せ、物悲しげな表情になる。

 

 

「だが、だ…陛下を御守りする為に被った汚名が数十年先の未来で足枷になるのは容認できん」

 

その言葉の後、暫く沈黙の間が流れる。

それを変えたのは滝崎だった。

 

 

「閣下にはご息女が居られましたよね?」

 

 

「あぁ…それが?」

 

 

「戦犯だ、敗戦国だの前提は無しとして話ます。もし、年端のいかないご息女が外国に拉致された場合…それを閣下は容認出来ますか?」

 

明らかに地雷的な発言に松島宮は戸惑いの表情を浮かべながら、ぎこちなく東條中将の方に視線を向ける。

もちろん、先程とは比較にならない眼光でギロリと睨み、額の皺が怒りの為かピクピクしている。

 

 

「更にその拉致が当事国政府容認な上、目的も潜入工作員育成の為。しかし、その理由を『過去の侵略の賠償』と面の皮が厚い事を言ってきましたら…」

 

 

「あー、滝崎、もう、その下りはいいと思うぞ」

 

いつの間にか腕組みまでしていた東條中将の様子を見ていた松島宮がヤバいと思い、声を震わせながら止めに入る。

 

 

「……それが、君の世界の日本の現状だと?」

 

 

「国家の義務は国民を守る事です。無論、時にはそう出来ない時はあるでしょう。ですが、明らかな国民への侵害行為に対して対処出来ない。拉致被害自体の認定が遅かったと言え、発生から半世紀近く経過しつつある中、全員を取り返せていない上に、『死亡した』と言われて渡された遺骨を鑑定してみれば別人だった……これは国家国民に対する侮辱もいいところではないでしょうか?」

 

暫く沈黙が流れる。

そして、口を開いたのは東條中将からだった。

 

 

「君の言いたい事はわかった。この話はここまでにしよう。次に戦車開発の件だ。君の事だから、言いたい事は解るな?」

 

 

「本来、統制派は航空戦力の整備・強化が主眼。であるのも関わらず、戦車開発にも力を入れる様に進言した事ですね?」

 

 

「そうだ。お陰で各部署の調整でてんやわんやだ。しかも、陸海軍共同採用の『小型汎用装軌輸送車』、これはイギリスのガーデンロイド系列のユニバーサル・キャリアーの事だそうだな?」

 

メモ帳に目を配りながら、明らかな不満顔の東條中将。

 

 

「はい。それが何か?」

 

 

「イギリスとの関係改善もあるが、何故採用するのかね? 君はチハの量産を勧めていたのなら、チハを汎用化すればよいのではないか?」

 

 

「確かにそうです。ですが、これまた様々な状況的を考えた結果です。まず、小型で小回りも取り回しもよく、日本でも量産出来るのはユニバーサル・キャリアーがほぼ唯一と言っていいでしょう。何より、その姿形から見て解る通り、単純な構造ですから」

 

 

「チハを転用する事への空白期間への対処と稼働率向上か…歩兵、工兵、砲兵、輜重兵等、戦車以外に幅広く採用するのは、機械化による機動力の増強だな。だが、君の事だ、もう一考していそうだが?」

 

 

「戦後の事を考えて、です。戦争が終われば、軍備は縮小され、代わりに日本の国土整備、各種生活必需設備整備の公共工事が増えるでしょうし、農業の機械化も始まります。そうなった場合、企業や工場は生産・整備経験を小型土木・農業機材の開発に活かせる。更に人に関しては兵役中に運転や整備をした経験を活かせる…ほら、御互いに利益がありますよ?」

 

ニコリと笑顔で答えた滝崎にメモを取りながら東條中将は頷くだけだった。

 

 

 

暫くして

 

 

2人が帰り、東條中将のみが残っていた。

しかし、襖が開き、隣の部屋にいた人物が入ってきた。

 

 

「やれやれ、一瞬ヒヤリとしたよ。まさか、あんな事を言うとはね」

 

 

「君が是非に会ってほしい、と言う程はあったな。わざわざ此方を怒らす様に絡めて話題にする胆力もあるとは…にしても、君が慌てるとはな、石原」

 

隣にいたのは石原少将だった。

彼は東條中将が滝崎に対して理不尽な事をした場合のストッパーとして来ていた。

 

 

「で、どうですかな?」

 

 

「ふん、永田閣下が信じるなら、私も信じるしかないさ」

 

そう言って、松島宮の前であった事もあって我慢していた煙草に火をつける東條中将。

しかし、大きく吸い、同じだけ空気と煙を吐くと呟いた。

 

 

「いかんな……まったくもって、いかんな」

 

 

 

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25 張鼓峰

戦闘…後描写になった……。


昭和13(1938)年7月30日 帝都 陸軍参謀本部

 

 

年度代わり4月をもって、陸軍参謀本部次長になっていた永田中将の元に7月11日に発生したソ連・満州国境にある張鼓峰占拠からの武力衝突(『張鼓峰事件』)に、滝崎と松島宮は『海軍次官との連絡役』として来ていた。

 

 

「戦況の方ですが、どうですか?」

 

 

「滝崎君のお陰で我が方優位に進んでいるよ。明日には朝鮮軍からの増援をはじめ、各部隊が動き出す。海軍さんの方は?」

 

 

「『演習の為』、釜山近海にいた第二航空戦隊、並びに同じ理由で舞鶴に待機中の第一航空戦隊、96式陸上攻撃機隊など、向けれる戦力は全て支援に回します」

 

互いにニヤリと笑う永田次長と滝崎。

それを横で見ている松島宮は溜め息を吐く。

 

 

「永田次長、滝崎同様に悪人が笑っている風にしか見えないのですが…」

 

 

「はっはっは、すまないね。だが、半年以上も準備時間があったからね。担当する部隊と増援に充分な装備を配備する事も出来た」

 

 

「『ノモンハン』の事前練習ですからね。ここで躓くと不味いですし」

 

 

「あぁ、そうだね。だが、君の早く正確で的確な助言によるものが大きい。ホントに随分と助けられた。しかし、『最も必要な物が無いのなら、持ってるところから買えばいい』と言ったのは、ある意味、目から鱗だったがね」

 

 

「あはは……永田次長、その辺で…」

 

永田次長の言葉に滝崎は苦笑いを浮かべながら言った。

何故なら、『最も…』の下りを聞いて松島宮が笑みになってない笑みを浮かべていたからだ。これは『また、私が知らないところで悪さをしたのか? ん?』と言いたいのだ。

 

 

「それと、対戦車兵器に関してだが、無反動砲の開発が完了した。37㎜ではあるが、現段階においては歩兵個人が携帯出来る有効な兵器だ。今は正式採用に向けての最終試験中だ。なお、物品とその内容特定を避ける為、『軽砲』の名称を使用する」

 

 

「なるほど、確かに有効ですね。出来ればノモンハンあたりまで隠し通したいところですが」

 

 

「それについては大丈夫だろう。なお、引き続き口径の拡大等の改良、並びに他の対戦車兵器の開発は続ける。日米戦開戦時には目処はつける。そちらは安心してくれ」

 

自信有りげに永田次長は言った。

 

 

 

 

史実であれば4個大隊の兵力で防衛戦を行っていたが、この世界ではそうならなかった。

事案発生と同時に朝鮮軍から史実部隊を含んだ第19師団を派遣、8月1日時点で朝鮮軍、更に関東軍からも増援を派遣。

また、空母航空隊を含んだ陸海軍航空戦力を投入。圧倒的な数と練度を惜しみもなく投入し、制空権の確保に努めた。

 

 

 

8月8日 朝鮮・ソ連国境 張鼓峰

 

 

ソ連軍の攻勢を撃退した防衛線の付近に撃破された戦車や装甲車、更にソ連兵の死体や負傷者が転がる。

戦闘を終えた第75連隊の一部の兵士達は後方の重砲兵隊からのダメ出し阻止射撃、更に空爆が行われている間に工兵隊の安全確認の下、衛生兵と共にソ連兵の負傷者を収容したり、撃破したソ連軍車輌をユニバーサルキャリアーを使い、出来る限り牽引回収している。

また、工兵隊によって補強された防衛線である塹壕では次の戦闘に備え、据えられた機関銃や山砲、速射(対戦車)砲、迫撃砲の整備点検が行われている。

 

 

「ソ連軍侵入と聞いて、一時はどうなるやらと考えたが…ここまで楽になるとは思わなかったな」

 

被害報告を受けた連隊長佐藤幸徳大佐は言った。

実際、人海戦術と多数の火砲による大砲撃を得意とするソ連軍の攻勢に苦戦必至と考えられた。

だが、人海戦術はともかく、重砲による砲撃戦は当初こそソ連軍は撃ち返していだが、度重なる陸海軍航空隊の空爆により鳴りを潜め、日本側の独壇場になっていた。

また、前述した通り、制空権を確保した事により、ソ連軍側は空爆もロクに行う事も出来ず、何の援護射撃のない中を人海戦術のみで防衛線攻撃に向ける事態となった。

だが、この人海戦術も被害の割には効果はなく、武器弾薬等の消耗に対する補給も朝鮮・満州と後方連絡線が確保されている日本側に対し、ソ連側は前線後方への輸送すら一苦労であった。

そして、この後方連絡線の確保は負傷者救護に絶大な格差を生んだ。

日本側は負傷しても前線後方の野戦病院で初期処置を施し、朝鮮・満州の病院へ搬送する事が出来、緊急であれば野戦飛行場から輸送機を飛ばして搬送する事が出来た。(これは収容したソ連兵にも実施された)

対し、ソ連側は重傷者を見捨てる事もさる事ながら、軽傷者の処置すら最低限であり、その軽傷者を次の攻勢に平気で投入する為、消耗率はうなぎ登りであった。

よって、前線では『日本側が負傷した味方を収容している』情景を見て、一か八かに賭け、『負傷・戦死したフリをして日本側に投降する』ソ連兵が続出したのは皮肉と言うべきであった。

 

 

「それにしても、4月から新装備配備や装備転換、慣熟訓練に防御演習、とドタバタさせた理由は、実はこれだったのか?」

 

 

佐藤連隊長の言葉に周りの幹部達も苦笑いを浮かべる。

4月の新年度になってから新装備(ユニバーサルキャリアー)配備と速射(対戦車)砲の装備転換(ラインメタル3.7cm PaK 36『ラ式三七粍対戦車砲』)があり、これらの慣熟訓練にあわせて防御演習が頻繁に行われていた。

このドタバタなスケジュールに佐藤連隊長他、連隊長レベルの人間が困惑していたのだが……その答えがこの事態と言う事らしい。

 

 

「とにもかくにも、だ。現状を維持すればいい話だ」

 

 

 

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26 布石

滝崎が言った事。
東條さんがやった事。


8月10日 帝都 陸軍参謀本部 次長室

 

 

「なるほど……防御戦ではあるが、ユニバーサルキャリアーやラ式対戦車砲の配備・実戦投入は成功、効果があったか」

 

報告書を見ながら原大佐、重見中佐に言った。

 

 

「はい。ユニバーサルキャリアーを与えられた対戦車砲中隊、山砲連隊はその機動力、並びに展開力を大幅に高めました。また、歩兵・工兵に配備された物は現地で撃破した戦車、装甲車の牽引回収に使用されております」

 

 

「『歩兵・工兵隊等の機動力・輸送力・作業効率の向上』の名目で配備しましたから、その一端と考えれば大成功ですな」

 

原大佐、重見中佐はウンウンと頷きながら言った。

それを見て、永田次長も笑みを浮かべる。

 

 

「しかし、彼のお陰で上手く立ち回りましたな。特に対戦車砲の件に関しては、例の『説明会』(第21話の事)での砲部門の者達の顔が忘れられませんので」

 

 

「『説明会』で『ノモンハンで94式37㎜対戦車砲の砲弾に欠陥が…』と彼が言った瞬間、葬式の真っ青顔から、死刑宣告を受けた罪人の白に近い青い顔になっていたからな……滝崎君は色々と諌めてくれていたが」

 

 

「故にチハの耐弾性の確認を含め、外国製対戦車砲を…となった彼が言いましたからね。『ある所から買えばよいのです。ついでに大量に買って、戦力にしてしまいましょう』、と」

 

そこからは簡単で、滝崎の話を聞いた永田次長は国民党(政府&軍)に問い合わせをかけると、アッサリに『売買は持ち掛けられた。しかし、それほど必要もないので、数門しか買ってない』と返答された。

この為、国民党の仲介で上海のドイツ商会からラインメタル3.7cm PaK36対戦車砲の購入を打診した。(もちろん、ドイツ本国にも打診)

当初、各種試験向けに4門の購入を提示した時点でドイツ側は疑心暗鬼であっが、続けて『後継開発完了までの繋ぎとして二桁後半、出来れば100門程購入したい』と言うと、一転歓喜し、トントン拍子で話が進んだ。

何故かと言うと、ドイツ側としては国民党への武器売買が不調(売り手と買い手の商品違い)であり、日本からの大量購入は魅力的であったからだ。

(なお、国民党はこの仲介により、欲しかった物(野砲)を入手)

 

 

「そう言えば、関東軍からの報告書がえらく詳細なのですが…永田次長は何かご存じで?」

 

原大佐の問いに永田次長は言った。

 

 

「適任者が最終確認をしているからな」

 

 

 

 

同じ頃 満州帝国首都 新京 関東軍本部 参謀長室

 

 

「ふむ……うむ、これで参謀本部に提出しよう。私の一筆書きを沿えて送付してくれ」

 

 

「はっ、わかりました」

 

提出する報告書を確認した東條参謀長がそう言うと持って来た士官が返事をした。

 

 

「それにしましても…今回は衛生の部門まで事細かいですが…」

 

 

「国境紛争とは言え、ソ連が動いた。国内での粛清、欧州での領土問題、更にはスペインでの内戦が代理戦争化してる中での動きだ。今回、様々な新たな試みをやった以上、次のソ連との戦いに備え、問題点を確認し、改善する。これは必要な事ではないか?」

 

参謀長の言い分に士官はそれ以上言わない。

しかし、何かを思い出したかの様に口を開く。

 

 

「そう言えば、投降兵の件で特務機関長が一考あるそうです」

 

 

「樋口季一郎少将がかね? ふむ……具体的な提案書を書いて、直接持って来るように言ってくれ。実利的ならば、一筆書いて上申する、と言うのも伝えてくれたまえ」

 

 

「はっ、わかりました。失礼します」

 

そう言って士官が出て行く。

そして、東條参謀長は後ろの窓から新京の街を眺める。

 

 

「前線では最近攻勢はなく、にらみ合いの状況。逆にモスクワでの停戦交渉も佳境に入っている。もうじき終わるだろう。だが……」

 

参謀長の立場であるため、前線だけでなく、外交交渉の過程も伝わっている。

しかし、これがまだ始まりだと知っている東條参謀長の顔は真剣だった。

 

 

「……約1年でどれだけ準備出来るかが勝負を分ける。今回、ソ連軍は本気ではなかった上に、矢面に立ったのは朝鮮軍だ。しかも、比較的地形的に有利、かつ事前的な準備も容易だった…だが、ノモンハンはそう簡単にはいかんだろう」

 

そう呟き、メモ帳を取り出し、ノモンハンの簡易図、そして、今回の一連の戦闘報告で気になった点を描いたページを開く。

 

 

「…この関東軍も備えなければならん。私が矢面に立つかは解らんが、誰が就いても問題なく対処出来る様にせんとな」

 

そう呟き、メモ帳に黙々とメモを書き始めた。

 

 

 

 

翌8月11日、モスクワで行われていた停戦協定が締結され、『事件』は終結した。

終始日本優位のままに戦闘が進んだ結果、外交交渉も有利に進み、日本の主張をソ連側が受け入れる形で落ち着いた。

だが、ほぼ一方的な展開で戦闘が推移した為、ソ連側の被害は甚大であり、当然な事ではあった…が、交渉後半でのソ連側のすんなりと条件を受け入れる様に、日本側は『やはり』今後も警戒が必要と判断し、既に進めていたトルコ、フィンランド等への外交接触・諜報能力の強化を一層進めていく事になる。

 

 

 

なお、この時、援軍として参加した関東軍側から出た意見を収集・編集し、東條参謀長自身が一筆添えて提出した物は後に『東條(関東軍参謀長)上申書』と呼ばれ、各方面に活かされる事になるのは別の話である。

また、この件について、東條参謀長自身は『私はこれを纏めたに過ぎない。真に評価すべきは、現場で事にあたった者達、そして、その者達の意見を聴取した者達である』と自らへの賛辞を終生断り続けていた。

 

 

 

 

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27 働き者

さて、皮肉が多分に入った題名なりました。


8月11日(イギリス標準時) ロンドン

 

 

「ですから、日本は我々に敵対する意思などない、と言ったではありませんか。首相閣下?」

 

自らの自宅である為、来客の相手に対しても平気で葉巻を吸いながらの言葉に、張鼓峰停戦の報に自ら足を運んだ現イギリス首相のネヴィル・チェンバレンはその態度に一言言うのを諦め、話を続けた。

 

 

「しかしだね、君が普段から煩く言っているナチスドイツから多数の対戦車砲を買ったのだよ? それに、過去に満州事変の事もあるだろう?」

 

 

「ですが、その日本は2・23クーデター未遂をきっかけに、軍内部の統制強化、更に政府との方針一本化により、あの時ほど暴走しなくなりましたよ。更にチャイナの蒋介石と軍事的な保障条約を結び、更に我が国との再同盟を模索している。これを踏まえれば、日本が我々と事を構える気などないと解るではありませんか?」

 

 

「やれやれ、それ皮肉かな? まあ、そうでなければ、ユニバーサルキャリアーの輸出とライセンス生産を要請してこないか」

 

そう言ってから暫く話してから、首相官邸に戻っていくチェンバレン首相の背中を見送ってから、チャーチルは盛大な溜め息を吐く。

 

 

「まったく、その『普段から煩く言っている』方の話を聞いてくれんかね……にしても、彼方は若い熱血漢な狂気持ち、そして、相棒の男装の殿下が上手い事をやっている。羨ましい事だ」

 

そう呟いて、葉巻の煙を吐き出す。

 

 

「……エンペラーが認め、軍・政府の中央・中堅がその方針を支持しているのなら、『右に倣え』な日本人ならば現場末端は従うだろうし、その意図を悟られずに事を動かす事は容易だ。まあ、『国が滅ぶ』と聞けば、誰しも亡国など望まないのだから、当然だが……我が国は前大戦の影響で国全体が『戦争恐怖症』に陥っているから、中々そうならない上に、儂だけが騒いでいる状況では、日本ほどスムーズにはいかんな」

 

苦々しく呟きなが、またポツリと呟く。

 

 

「あと20年、儂も若ければな…若気で突破するんだがな」

 

 

 

1週間後 8月18日 日本 海軍省 海軍次官室

 

 

「もう少し粘るかと思ったが、意外にもアッサリと此方の条件を呑んだな」

 

 

「これ以上、極東の国境紛争で苦戦していても利はありませんからね。どちらかと言えば、今はスペインを重視したいのでしょうけど」

 

 

「そのスペインもフランコ派が優勢か。まあ、確かにそちらを重視するな」

 

互いに仕事(山本次官は決裁。滝崎・松島宮は書類等の運送)をしながら先の停戦の事を話す3人。

 

 

「航空戦では初陣の第二航空戦隊を含めて貴重な実戦経験を得た訳だ。支那事変がない以上、少ない機会を活かすべきだな」

 

 

「まあ、予定上は短期間でも支那事変並みの航空戦を展開しますからね。他にもやる事はありますが」

 

 

「ノモンハンか。96艦戦で互角なら、後は運用次第だから、戦い様はあるのか…山本次官、新型艦戦『零戦』の投入は出来ないのですか?」

 

 

「難しいな。確かに滝崎君の助言で開発は進んではいる。だが、検証だったり何だったりで同じくらい時間が掛かるからな…ノモンハン終盤に先行量産型の11型が出せればいいところだろうな」

 

 

「ですよね……あっ、航空戦力と言えば、生産態勢の方は?」

 

 

「うむ、新規工場建設と同時に中島のアメリカ式生産法を採用する手筈だが…これまた、『やりながら』になるそうだ。あと、工場に隣接して滑走路を作る事に関しては問題はない。現在、造営中だしな。さあ、口を動かすのはここまでだ。もう少しやって、一区切りつけんとな」

 

そして、暫しの間、3人は無言で職務にあたる。

 

 

 

暫くして

 

 

「そうそう、通商関係でだいぶ動きがあったんで、君には伝えておかんとかな」

 

一区切りつき、3人がお茶と羊羮で一息吐いていた時、山本次官が言った。

 

 

「通商関係…ですか?」

 

 

「うむ。まあ、船舶関係でもあるがな。現在、ドイツとは通商協定、イギリスとは同盟再締結に向けて動いているな? これを見越しつつ、第二次大戦勃発後の事を考え、『欧州諸国巡回大西洋航路』策定を逓信省が進めている。まだ未確定な部分は多いが、優秀船舶建造助成施設枠の新田丸級貨客船3隻を宛てよう、との話になっている」

 

 

「なるほど……にしても、かなり賭けに近い話ですね? 確かに我々は欧州では中立を貫く方針ですが」

 

 

「中立だから、と言って攻撃されない保障も現時点ではない筈なのに…よくやるものだ」

 

 

「だが、大戦が始まれば、英独双方の船舶輸送は支障が出る。特にドイツは海路をイギリスに抑えられているからな。となれば、独自運航も必要だろう。特に我々は両国から様々な物を輸出入するからな」

 

 

「そうですね…まあ、何処まで転ぶか解りませんので、私は口を出しませんが…船の関係ですが、造船の方は?」

 

 

「既存の造船ドックの拡張はもとより、旅順、室蘭などに新たな造船所を建設中だ。新規造船所では海防艦や輸送艦等を建造してもらい、徐々に大型船舶の建造を行ってもらう予定だ。それと、先程の新田丸級が空母として使えない事になるからと、艦政では生産性を重視した護衛空母の設計を開始した。出来る限り、タンカー等の設計を流用するとの事だが…まあ、これも話が始まったばかりで、まだまだな件だがね」

 

 

「ほう、どうやら、お前が口を出さなくても、ちゃんと仕事はしているようだな」

 

 

「それが健全だと思うし、下手に口を出すのも悪いと思うよ」

 

 

 

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28 迫る暗雲

微妙に時事ネタに近いお話が付属。


9月13日 中島飛行機 武蔵野製作所

 

 

「さすが、中島飛行機。生産は順調の様だな」

 

 

「陸軍機主軸の製作所でありますが、お褒め頂き光栄でございます」

 

中島社長案内の下、松島宮と滝崎は武蔵野製作所内を見学している。(なお、武蔵野製作所は4月に開設)

 

 

「光栄もなにも、先の張鼓峰で97戦をはじめとした陸軍機は活躍したではないか。事実を述べてるに過ぎん」

 

 

「そうでございますが…まあ、まだまだ稼働したばかりの工場でございますので」

 

 

そう言って中島社長は2人を外へと案内する。

そこには陸軍工兵隊がユニバーサルキャリアーを用いて作業に当たっていた。

 

 

「エンジンの製作所に滑走路か?」

 

 

「品質検査をするのであれば実機に取り付けた方がよいので。まあ、そうでなくとも、稼働試験では場所を取りますし…それに、この造成作業も『工兵隊の機材への習熟と野戦飛行場造成訓練』の名目で行われております」

 

実際、動き回るユニバーサルキャリアーは排土板を付けたブルドーザー型、ローラーを付けたロードローラー型、山盛の土を載せたリヤカーを牽引するダンプカー擬き、と大まかに3種類があった。

 

 

「なるほど、確かにいい練習場所と、いい練習理由だな、これは」

 

 

「はい。そう言えば、ユニバーサルキャリアーの採用を助言したのは滝崎君だとお聞きしましたが…」

 

 

「あはは……いや、痛い、痛い、痛い。もの凄く痛いからやめて、松島宮」

 

中島社長の言葉に滝崎は苦笑いを浮かべつつ、背後からゲジゲジと背中を殴る松島宮に抗議する。

 

 

「その話は本当だぞ、中島社長。何せ、東條参謀長にそう言って啖呵を切ったからな。しかし、その様な面白い事を悪巧みかの様に隠して行うバカがここに居る訳だ」

 

その抗議に松島宮はニコニコと微笑みながら無視しつつ、中島社長にそう愚痴る。

その愚痴を聞いた中島社長も苦笑いを浮かべながら、内心では『仲が良い御二人だな』と呟いていた。

 

 

 

暫くして

 

 

「そう言えば……昨日、ドイツがズデーテン地方割譲を明言し、チェコスロバキアに割譲要求を出しましたな」

 

案内の後、一室に通されて、麦茶を飲んでいた時に中島がそう言って切り出した。

 

 

「『ズデーテンはドイツ系住民が多く、チェコスロバキア政府は民族自決権を侵害している』であったか? まあ、割譲要求は前々から出ていたし、チェコスロバキアでは動員令が下っているから、『戦争の危機』ではあるな」

 

松島宮の言葉に中島社長は真剣な表情で滝崎に訊いてきた。

 

 

「……『戦争』になりますかな?」

 

 

「…『今回』はならんでしょう。まあ、『開戦が延びただけ』ですがね。なにせ、英仏は先の大戦の『戦争拒否症』が治っていない。更にフランスはマジノ線と国内企業の統合問題でボロボロ…『戦争を回避した』と思いたいが故の『引き延ばし』ですが」

 

それを聞いた中島社長は腕組みをしながら言った。

 

 

「やはり、避けれませんか」

 

 

「彼方は表立ってチャーチル卿が騒いでいるのみ。此方は……まあ、既に違いますので、比較にはなりません。ちなみに…中島社長、本日、こうして『視察』にお呼び頂いた『本命』にその話題は関係ありますか?」

 

中島社長の問いに答えながら、滝崎はその真意を問う。

すると、中島社長は微笑みながら答える。

 

 

「いやいや、君には敵わんな。実はね、まだ『個人の考え』程度だが、『戦略爆撃機開発』を考えている。なお、この話は山本次官と永田次長には話してある」

 

 

「なるほど……ですが、中島社長。今の日本では…」

 

 

「もちろん、アメリカの様に数百機、数千機と生産は出来ない。だが、開発自体が戦後の技術発展や民間需要を生み出す…と前回の討論会(第18話参照)で話してくれた『富嶽』の件を絡めて、発案してみた。なお、山本次官、永田次長共にこの計画を支持する、と言ってくれたよ」

 

 

「それなら、自分はそれ以上、計画自体になにか言う事はありませんが…それでは、自分を召喚した理由は?」

 

 

「うむ、技術者ではない君にも解るかもしれんが…肝心要なエンジンの、正確には『該当するエンジンはないか』と意見を貰いたくてね」

 

それを聞いた滝崎は腕組みをし、唸りなから困り顔で思案する。

 

 

「既存のエンジンの改良発展では駄目なのですか? 96陸攻の金星エンジンを強力にしたエンジンの開発を山本次官から耳にしておりますが…」

 

 

「残念ながら…それこそ、殿下が滝崎君から聞いているアメリカ爆撃機、特にB29の様な機体であれば余程の大馬力ですし、耳にタコでしょうが、リソース分配の話をするなら、出来る限り数を限っていくしかありません。なにせ、開戦まで約3年。時間も余り無い以上、機体設計から、必要な機材、物資、その配分や完成と配備等を考えれば、とてもではありませんが、既存エンジンの改良発展では追い付く事が出来ません」

 

松島宮の疑問に中島社長が答えると、松島宮もたちまち苦い顔をする。

 

 

「うーむ……滝崎、どうなんだ?」

 

 

「なんとも…既存エンジンの改良発展だって、冷却の問題とかが出てくるから難しい。と言って、アメリカみたいに希少金属を湯水に使えないし、エンジンの整備を捨てて、エンジン生産でカバーするなんて無理。液冷エンジンは日本では主力でないから難しい。新規開発とするにしても……ジェットエンジンは馬力出力としてはいいが、エンジンそのもの耐久性と燃料消費効率が悪すぎる。どれもこれも、一長一短な上に、制約の事を考えれば確信の保障が出来ない」

 

 

「やはり、分野外とは言え、滝崎君の知識内でも難しいか」

 

最終的に三者共に腕を組んでの困惑顔。

暫く、うーん、と考えていると、滝崎がある事を思い出した。

 

 

「あー、中島社長。都合がいいかも知れませんが、既に理論理屈と技術が確立し、50年代に開発され、未だに使われている機体とエンジンが参考になるかもしれません」

 

 

「はぁ? そんな都合のいい話があったのか?」

 

松島宮の問いに苦笑いを浮かべながら滝崎は答える。

 

 

「あぁ、あったよ。既存技術の塊だから、上手くいけば救世主さ」

 

 

 

 

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29 ユダヤ人対応

今やネットでも(色々と情報の誤差が有りますが)普通に出てる事が起点のお話。
現在、難民・移民問題で揉めていますが、『人種差別? いや、この認識が常識』な世界の中で、ここまで『人種で区別せず』を貫き戦った日本が如何に大変だったか…。



時を遡り………

昭和12(1937)年12月26日 哈爾浜(ハルビン)

 

この日、哈爾浜では『第一回極東ユダヤ人大会』が3日間の予定で行われていた。

そこには樋口少将、陸軍の『ユダヤ通』安江仙弘(やすえのりひろ)大佐と共に松島宮と滝崎も参加していた。(服装はスーツ)

そして、開会の挨拶の樋口少将の祝辞から始まった大会を拝聴し、その後、予定外ではあったものの、松島宮が壇上に上がり一言述べた。

 

 

『今回、自らの知見を拡げる為、この様な貴重な機会に参加させて頂きました。私は軍人としても、更に責任ある身としても、未熟な若輩者であります。ですが、あなた方を含めた辛い目に遭っている方々の希望になれる様、微力ながら尽力致します。皆様に平穏と希望がありますように』

 

そして、帰る際に松島宮は滝崎にこう言った。

 

 

「今回の件で気を引き締めた。そして、腹を決めた。偽善と言われても、私は正しいと思った事をやるぞ。末席とは言え、皇族を舐めるな」

 

苦笑いを浮かべながら、滝崎は頷いた。

 

 

 

時を少し進めて……

昭和13(1938)年3月8日 満州・ソ連国境付近 オトポール駅

 

 

極寒の中、多くのユダヤ人が列車や駅舎で足留めされていた。

彼らはドイツで迫害を受け、自らと家族を守る為にシベリア鉄道を乗り継ぎ、ここまでやって来た。

最初はソ連が受け入れていたが、彼らが農作業を含めた開墾作業が苦手であり、シベリア開発に向かないと判断したソ連は受け入れを拒否。これを受け、彼らはビザも何もないまま、ソ連領を横断し、満州国境までやって来た。

しかし、満州国外交部は日本のドイツとの外交関係から、入国を渋っていた。

ここで満州国在住のユダヤ人から相談を受けた樋口少将が外交部に『日本はドイツの属国ではない。ましては満州は日本の属国ではない』と言い、満州鉄道総裁である松岡洋右に頼み、無料輸送の段取りをつけた。

これにドイツは抗議したが、東條参謀長は勿論、日本政府自体が『内政干渉だ』と突っぱねた為、この件は有耶無耶となった。

後に『オトポール事件』『オトポールの奇跡』と呼ばれる一件だが、これを聞いた滝崎はかねてからの案件を実行に移した。

 

 

 

更に時系列を進め……12月6日 帝都東京 海軍省次官室

 

 

『ただいま、集計が終わりました……圧倒的多数をもって、審議されていた『猶太(ユダヤ)人難民保護法』、並びに『猶太人対策要網』が貴族院・衆議院の両院で可決されました』

 

ラジオから流れる放送を滝崎や松島宮、山本次官、前田侯爵らと共に聞いていた。

 

 

「君だけでなく、松島宮殿下が随分と熱心に貴族院議員達を説き伏せていたからね。いやいや、良いものをみさせてもらったよ」

 

ニコニコと微笑みながら語る前田侯爵に松島宮は苦笑いを浮かべる。

 

 

「しかし、かなり大事にしたな。まあ、ユダヤ人保護は陛下の意思でもある訳だが…『国家国民の意志』と堂々と世界に宣言するとはな。ドイツが怒るぞ?」

 

 

「ドイツが怒るなら、放置しておきましょう。どうせ、いつまでも日本に構って、怒れませんし…それに、そのデメリットなんて打ち消してくれるメリットがある訳ですし」

 

 

「君の世界では三国同盟が締結されたから、ユダヤ人の引き込み策が空中分解したんだったね? だが、我々は通商協定、しかも、イギリスとの再同盟に向けて動いている。しかも、イギリスやアメリカは保護もせず、露骨に放置している。なるほど、少々悪どいが…まあ、そこは対価と言うべきかな?」

 

 

「其方に関しては窓口でしっかり説明をして頂かないと…メリットだけでなく、デメリットも公開する事により、疑心暗鬼を解きます。まあ、長年弾圧されてきた彼らですので、完全には解けませんでしょうが…ですが、我々に彼らを害する気も、後ろめたい事もありません。ただ、『協力』して貰えれば良いのです」

 

 

「その『協力』がアメリカを揺り動かす事でもあるんだが…まあ、そうでもしないと、あんな化け物の様な国と戦うなど出来ん訳だしな」

 

山本次官、滝崎、前田侯爵の3人の会話に入れてない松島宮が割り込む。

 

 

「それで、彼らをどう使ってアメリカに揺さぶりを掛けるのだ? 日露戦役の様に金工面をしてもらう過程で、アメリカから盗んで貰うか?」

 

 

「あはは、それは面白いね。まあ、やれたら大打撃だけど…まあ、もの凄く単純な話、『報道工作』さ」

 

 

「なるほど、『自由と民主主義』を標榜するアメリカが大統領でも逆らう事の出来ない『世論』で揺さぶるんだな?」

 

 

「はい。故に山本次官が真珠湾攻撃で意図した『強大な一撃をもって、アメリカ国民を厭戦・反戦感情をもたらし、早期講和に繋げる』は間違ってはいませんでした。なにせ、ベトナム戦争以降、最終的に世論によってアメリカは戦争を『止めざるを得ない』事があった訳ですし」

 

 

「ユダヤ人の伝手を使い、在米ユダヤ人の力を借りて、様々な形で無形な打撃を加えるか…やれやれ、君の話を訊くと、ますます日露戦役の応用だな」

 

 

「そうかもしれません。ですが、この段階での問題はどちらかと言うと『日本国内の世論形成』です。早期講和を目指すなら、日露戦役でのこの失敗を解決しませんと」

 

 

「確かにな。勝ち戦で喜ぶのはよいが…君が言う『日比谷の再来』は今回だとアカが利用する事は容易に予想出来る。国内報道も統制せんとな……やれやれ、ブン屋は余計な事しかしないな」

 

山本次官の最後の呟きに苦笑いを浮かべながら、頷いて賛同する滝崎だった。

 

 

 

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30 大規模摘発

原作では軽くしか触れていなかった件をリメイクついでに書いてみました。
よって、原作とは日付け等を変更しました。

では、どうぞ。


1939(昭和14)3月22日 午前10時 東京 朝日新聞社

 

 

この日、朝日新聞東京本社にトラックを含む複数台の車が止まり、乗用車から出たスーツの男達を先頭に、後ろから制服警官達を引き連れて本社ビルへと入る。

そして、そんな団体がズカズカと気にする事はなく歩き、ある人物のデスクの前で止まった。

 

 

「尾崎秀実(みつほ)だな? スパイ容疑で同行願おうか?」

 

最前列のスーツ姿の刑事が警察手帳と逮捕状を見せ、驚愕顔で固まる尾崎を制服警官が2人が両脇から挟んで身柄を確保する。

 

 

「これより、家宅捜索を行います。皆さん、念の為、壁際で待機して下さい。下手な事をなさると、公務執行妨害になりますので、あしからず」

 

先程の刑事がそう言うと、尾崎のデスクを含めた証拠押収が始まった。

また、数名かの私服刑事と制服警官は他の朝日新聞社に居る容疑者確保・家宅捜索の為、ここで分かれる。

残りの刑事達と尾崎らは一足先に車に乗り込むと、尾崎の自宅に車を走らせた。

 

 

 

同じ頃 都内 目黒

 

 

「離せ! 私はドイツ人で、新聞記者だ! これは日本官憲による横暴だ!」

 

家屋から憲兵によって両脇を拘束されて出てきたリヒャルト・ゾルゲと同じく拘束された無線技士マックス・クラウゼン、ジャーナリストのブランコ・ド・ヴーケリッチが出てくる。

ゾルゲは声で抗議し、クラウゼンは身体を動かして激しく抵抗、自宅に突入された為か、ヴーケリッチは大人しい。

 

 

「あぁ、わかっているよ。君がドイツ大使館と繋がりがある事も、ドイツ系ロシア人である事もね。だから、警察の特高ではなく、憲兵が出向いた訳だよ」

 

抗議に対して、そう答える(久々な登場)小畑敏四郎中将、その横に控える形で樋口少将が待ち構えていた。

 

 

「既に君らがソ連のスパイと言う事は我々軍や特高によってわかっている。今は『違法電波をロシアに向けて送っていた』と言う名目だが、その違法電波で情報を送っていた事を含めて、既に掴んでいるんだ。無駄な抵抗はよした方がいいぞ」

 

そう言われ、抵抗していたクラウゼンが絶望顔で抵抗を止めた。

 

 

「それにだ、ドイツ本国に送ったナチ党員登録手続きで書かれた経歴に怪しい部分があるのもわかっている。それを含めて答えてもらうからな」

 

樋口少将の言葉に絶句したゾルゲを先頭に3人は連行される車に乗り込む。

 

 

「……それにしても、何故だ? 何故、我々がヴーケリッチの自宅に集まると解った?」

 

 

「それはだ…それ自体が我々の工作だったからだよ」

 

樋口少将の答えと同時に後ろにいた外国人が出てくる。

その外国人を見たゾルゲは何か察した様に溜め息をつくと、そのまま連行された。

 

 

「少し形は違うが、張鼓峰での投降兵が早速お役に立ったね」

 

 

「はい。滝崎君の助言が役に立ちました」

 

樋口少将の後ろから出て来た外国人は張鼓峰事件で『準亡命』の形で投降してきたソ連兵の1人であった。

樋口少将が考えた一考(第26話出典)とは、投降してきたソ連兵達を予想される『対ソ連戦』に防諜・潜入工作等に活用しよう、と言うものであり、程度はあるとは言え、兵士として訓練を受けていた事もあり、様々な場面での活用法があると理解された。

これを『対ソ連戦考察部』(対ソ連戦の戦略・戦術・工作・防諜等の作戦計画作成・対応する部署)のトップ小畑中将が『ゾルゲ・スパイ網撲滅に使えないか?』と樋口少将に相談したのが、きっかけだった。

史実でも1935年からゾルゲ達の違法無線電波のやり取りは解っていたのだが、共産党員を含めたスパイ捜査対象が多かった事と、発信拠点が複数あり、その都度で変えていた為に特定に至っていなかった。(それらもあって、史実では1941年まで逮捕出来なかった)

しかし、滝崎がそのトップ格と言っていいゾルゲと尾崎の名前を出した為、特高や憲兵隊の捜査スピードが加速され、1939年時点でゾルゲや尾崎だけでなく、容疑者・被疑者・重要参考人をほぼ特定し、充分に逮捕・拘束するだけの証拠も揃えていた。

しかし、ここで『どう逮捕するか?』で問題となった。

いくら同時に逮捕するにしても、それぞれの職業上、居場所はバラバラであり、尾崎ら日本人メンバーを逮捕出来たとしても、ゾルゲ自身を逃がしたり、或いはゾルゲ以外のソ連メンバーを逃がせば、証拠隠滅を図られる事は間違いなかった。

故に『日本人メンバー・ソ連メンバー共に、特にトップ級は間を置かずに一網打尽にしたい』と言うのが逮捕にあたる特高・憲兵隊の考えだった。

この件で相談を受けた滝崎は捜査資料の中の交友関係資料にヴーケリッチが商家の娘と結婚を前提に交際している記述を見つけ、これを利用する事を提案した。

樋口少将が用意した元ソ連兵を『追加で派遣されたスパイ』としてゾルゲのもとに送り込み『ヴーケリッチが結婚の事で話がある』と伝え、ヴーケリッチには『ゾルゲが結婚の事で話したい』、クラウゼンには『ヴーケリッチの結婚の件を話し合いたいから、ゾルゲが来てほしいと言った』と伝達して、ヴーケリッチの自宅に集め、この一網打尽の舞台を整えたのであった。

 

 

「さあ、主要な外国人容疑者は捕らえたが、関係者や参考人の外国人も多い。特高もまだ多くの日本人メンバーを捕らえなければならんから、我々の仕事は終わっておらんぞ」

 

 

「はい。先ずはヴーケリッチ宅の家宅捜索ですな。滝崎君の話だと、ここも発信所の1つとの事でしたし」

 

そう会話している時、家宅捜索をしていた憲兵の1人が通信機を見付けた、と報告してきた。

 

 

 

後に『ゾルゲ事件』と名を残すスパイ摘発事件はこの『3.22大摘発』から世間にも出てきた為に激しく動き始めた。

尾崎をはじめとした朝日新聞社記者数名、尾崎・ゾルゲの家庭教師(尾崎の娘の絵の教師・ゾルゲの日本語教師)兼連絡役の洋画家、宮城与徳ら多数の日本人メンバー、並びにゾルゲら外国人メンバーも数多く逮捕・拘束され、重要参考人・関係者・事情聴取者を含めるとスパイ摘発としては日本史上最大規模の逮捕者・拘束連行者を出した。

更に日本人・外国人メンバー共に、特に尾崎やゾルゲは過去に共同で上海等でのスパイ活動もあり、また、逮捕・容疑者の中には満州など国外に居た者もいて、これまた日本史上最大の広域捜査案件となった。

だが、特高・憲兵共にこれ程の大規模捜査を行った事により、日本領域内でのソ連スパイ活動網をほぼ撲滅する事に成功した。

 

 

 

 

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31 ノモンハンの戦い 1

……金曜日の一件は衝撃でした。
ご冥福をお祈りします。

陸軍の試練、ノモンハンの戦い!


5月12日 哈爾浜 関東軍司令部

 

 

「ふむ…つまり、以前から国境付近で外蒙古(モンゴル)軍騎兵隊による越境行動を含めた挑発行為はあった、と」

 

 

「はい。此方は警告のみに留めていましたが、遂に向こうが発砲、更に続けて複数発発砲した為、警備の満州軍騎兵隊も応射した、との事です」

 

石原少将の質問に士官が答える。

なお、部屋には『対ソ連戦考察部』の小畑中将も居る。

 

 

「どう思うかね、石原くん?」

 

士官が退出した後、小畑中将が石原少将に訊いた。

 

 

「『歴史通り』と言ったところですな。しかし…」

 

 

「やはり、気になるかね? 今回の動きが?」

 

 

「小畑閣下もお気付きでしたか? ソ連の動きに落ち着きがない。何か慌てている様な動きですな」

 

 

「ふむ、駐独大使館からは『ソ連が頻繁にドイツ政府に接触している』と言っているから、例の『独ソ不可侵条約』締結に動いている様だが…ドイツ側の態度があやふやだからな。まあ、ここまでは滝崎君が話してくれた『歴史通り』だから、『納得』は出来る」

 

 

「だが、ソ連は『それ』を知らない。ヒトラーや英仏の態度、更に先月終結したスペイン内戦もフランコ派が勝利した事もあって、ソ連内部、特にスターリンが焦っている。だから、この後の事を考えると、『日本を押さえ付けておく必要がある』から焦っている、と?」

 

 

「うむ。無論、その焦りの理由にゾルゲ・スパイ網の喪失もあるだろう。なにせ、対日本の情報収集と情報操作が出来なくなったのは、想像以上に痛いだろう。『敵の事が解らない』のは人間心理的に影響が大きい、と滝崎君も言っていたからね」

 

 

「ならば、今まで同様、向こうからの挑発は極力無視しつつ、『準備』を進めましょう。東條さんも異動するまで色々と進めてくれたみたいですし」

 

互いに頷きあいながら、2人は今後の事を話し合った。

 

 

 

数日後の5月15日、関東軍からの増加派遣部隊を出動させたところ、外蒙古軍騎兵隊はそそくさとモンゴル側のハルハ河西岸へと撤収した。

これに対し、満州帝国・関東軍は罠の可能性もあり、追撃せずにその撤収を見送り、引き上げた。

その後も外蒙古軍からの挑発行為(越境等)があったものの、あえて無視していた。

6月に入ってからは外蒙古軍の中にソ連軍兵士が混じる様になり、そして、6月中旬からは露骨に航空偵察も実施する様になった。

航空偵察を実施して直ぐの6月17日、満州側のハルハ河東岸に満州・日本軍陣地構築中の報告を受けた。

ウランバートルのソ連軍司令部(軍事顧問団を兼ねる)は地上偵察による確認の後、モスクワのスターリンにお伺いをたてた。

これに対して、スターリンは『軍事行動の認可』を下した。

7月1日、ソ連・外蒙古軍はハルハ河を渡河し、ハルハ河西岸に進出、構築された陣地群を攻撃した……。

 

 

 

7月1日 ハルハ河西岸

 

 

 

「……なんだ、あれは?」

 

とあるソ連軍兵士は目の前の光景に呟いた。

ハルハ河を渡河し、構築された陣地群を攻撃、奪取した両軍。

そもそも、奪取自体は拍子抜けするぐらい簡単であった。何故なら、陣地群は彼らが来た時点でもぬけの殻だったからだ。

しかし、その陣地群を占領した後、彼らの目に入った光景は驚くべきものだった。

それは……自分達がいま占領した陣地群なんて比較にもならない『重厚な防衛陣地群とそれで構成された防衛線』だった。

 

 

「何をしている! 攻撃だ! 攻撃!!」

 

呆然としている兵士を見て、指揮官が怒鳴る。

この時点で、最低限、司令部へお伺いすればよかったのだが、『ハルハ河東岸の陣地を占領せよ』の命令を『生真面目』に実行してしまった。

これがどうなるかは………予想出来る人は出来たかもしれない。

 

 

 

7月7日 ウランバートル ソ連軍司令部

 

 

「……で、結果はこれか」

 

担当の士官から報告を受けたゲオルギー・ジューコフ中将は苦い顔で呟いた。

報告書には1日から6日までの攻撃での膨大な損失が書かれていた。

確かに彼は『ハルハ河東岸の陣地を占領せよ』と命じた。しかし、『その後方にある新手の陣地も攻撃しろ』とは一言も言っていない。

明らかに現場指揮官が命令を拡大解釈した行動だと思うし、そうでなければ、ハルハ河東岸の陣地群を占領した時点で、詳細を報告し、次の指示を仰ぐべきだった。

だが、俗に言う『赤軍大粛清』で経験豊富なベテラン指揮官クラスが軒並み排除され、一部を除けば『演習や教本しか物を知らない』者が指揮を執っているのが現状なのだ。

 

 

「その『真の陣地群』の詳細は?」

 

 

「わかりません。地上は人も車輌も一歩でも敵の『キルゾーン』に入った瞬間、銃火砲の一斉大量射撃で殺られ、陣地を観察する事すら出来ないそうです。航空偵察も、護衛を付け、囮を出すなどして実行しましたが、野戦飛行場があるらしく、次々にやってくる敵戦闘機の迎撃と対空砲火の妨害で、偵察をするどころか、無駄に人員と機体を失う事になっています」

 

 

「うむ…火砲の損失も、敵の空爆によるものか?」

 

 

「はい。敵は対砲兵戦を挑まず、此方の支援砲撃を単発機、双発機の空爆で破壊しています。此方も空爆による敵砲兵撃滅を実施しましたが、陣地攻撃も兼ねてる上に、偵察機同様の妨害と敵の居所が解らない為、空振りに終わっています」

 

 

「わかった。制空権の確保に関しては敵戦闘機の排除が最優先だ。腕利きを派遣してくれる様にモスクワへ打診する。現場は戦力の回復と増強に努めつつ、敵陣地群並びに防衛線の実態を掴む様に…難しいだろうが、そう指示を出してくれ」

 

 

「は、わかりました。失礼します」

 

そう言って担当の士官が退出した後、ジューコフは困惑顔で思案する。

 

 

「……日本の手際が良すぎる。例のクーデター未遂から軍も政府も統一された意思の下に連携して動いている。張皷峰での一件から言っても……これは苦戦するだろ」

 

そう呟くジューコフ。

動き出した以上、止められるのはモスクワのスターリンだけなのだ。

 

 

 

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32 ノモンハンの戦い 2

長らくお待たせいたしました。
仕事と、一時ブロックされていたので更新が遅れました。

本日は終戦記念日です。
ウクライナの件もあり、先の大戦を見直そうとする動きもあり、何とも言えない日々も続きます。
ですが、本日はそんな事は抜きにして、ただ、慰霊の気持ちを。

英霊の方々、ありがとうございます。安らかに。


同じ頃 哈爾浜 関東軍司令部

 

 

「とりあえず、初戦は勝利、と言ったところですな」

 

 

「うむ、東條さんのお陰だな」

 

石原少将と小畑中将はノモンハン近辺の地図を広げながら話す。

実は今回のノモンハンの戦闘においては東條参謀長による下準備があったからこその話であった。

今や前任となってしまった東條(前)関東軍参謀長は張鼓峰の戦闘後、関東軍全体に『ソ連国境、並びに蒙古国境で武力衝突が発生した場合、関東軍単独での事態対処を禁ずる』と厳命していた。

更に『事が発生した場合、満州帝国・満州軍は勿論の事、政府や参謀本部と連携し、一貫した姿勢をもって状況の打開にあたるべし』との訓示を示していた。

よって、最初の国境での発砲から直ぐに関東軍司令部は政府と参謀本部に連絡し、決して単独で事にあたらない様にしていた。

 

 

「予め防衛陣地作成やその為の測量、軽便鉄道の敷設、それらに関する関東軍内の訓練と準備、外部への準備や協力要請、それらを東條さんは自分で出来る範囲で進めていた」

 

 

「満州の企業にもユニバーサルキャリアーの生産、満州帝国軍への配備手配、これ等もあり、現地では防衛線は日が経つ毎に強化されているとか。しかも、野戦飛行場をあちこちに建設し、負担と被害の分散に努めている様です」

 

 

「これはあれかな? 滝崎君に触発されたかな?」

 

 

「かもしれませんな。まあ、『統制派のトップ』などと言う似合わない役目を押し付けられていない事で、精神的に余裕が出来たのかもしれません」

 

 

「なるほど…さて、問題はこれからだ。確かに我々は出鼻を挫いた。だが、今はそれだけだ。前にも話したが、スターリンの目的が日本への牽制なら、まだまだ終わらんが…滝崎君の世界の『歴史』を参考にどう進める?」

 

 

「この為に我々は西安事件を邪魔し、支那事変を阻止した訳です。そして、我々には余裕があり、ソ連には無い。久々に派手にやりましょう」

 

 

「はっはっは、なるほど……ならば、本土にも動いて貰うかな」

 

 

「その為に小畑さんがいる訳ですからな」

 

互いにニヤリと笑いながら、今後を詰めていく。

 

 

 

この頃、日本政府はソ連に対し、度重なる国境侵犯と挑発、そして、今回の満州帝国への領土進攻に対して抗議していた。

 

 

 

 

 

7月14日 ノモンハン ハルハ

 

約一週間の戦力回復期間の後、ソ連・蒙古両軍(主体はソ連軍)は増強の増援を加えた戦力で再び日本軍防衛線へと攻撃を開始した。

だが、それは防衛線に迫る時点で頓挫した。

 

 

「ん? どうした?」

 

 

「な、何かに引っ掛かった様です!」

 

順調に進んでいたBT-5戦車の車長はいきなり乗車が進まなくなった事に疑問を投げ掛けると、ドライバーが悲鳴の様に答えた。

これに車長はハッチを開け、後ろから随伴している歩兵隊に確認しようとしたが、その歩兵隊は質問をするまでもなく、直ぐに答えをくれた。

 

 

「おい、何か巻き込んでいるぞ」

 

 

「これは…ピアノ線か?」

 

この会話を聞いた車長は素早く周りを見回す。

周囲でも同じく急停止し、スタックしたり、擱坐したりする戦車や装甲車があちこち見受けられた。

 

 

「くそ、罠だ! 歩兵は下がれ! 車輌を放棄しろ! ぐずぐずするな! 死ぬぞ!!」

 

そう叫びながら車長はハッチから飛び出し、車体を走って後ろに逃げる。

これに先程のドライバーともう1人の乗員も手近なハッチから出ると、車長に続いて車体をつたって後ろへと逃げる。

そして、ドライバーが地上に降りて、数歩離れた瞬間、先程まで乗っていたBT-5が爆発した。

 

 

 

 

少し前 日本軍防衛線

 

 

 

「いいか、まだだ。まだだぞ」

 

ジリジリと近付くソ連・蒙古両軍に対し、防衛線内のある一角で軍曹が指揮下の兵士達にそう声を掛ける。

既に息を潜ませて待ち受ける兵士達は何時でも撃てる様に各種火器の引き金に指を添えている。

 

 

「ぐ、軍曹殿!」

 

 

「バカ、焦るな。もっと大量に罠に引っ掛かってからだ」

 

1輌の戦車がピアノ線杭に引っ掛かったのを見て、兵士の1人が声をあげるが、軍曹は落ち着いた声で宥める。

そして、次々にかなりの車輌がピアノ線で動きを止められた時、『待ち』は終わった。

 

 

「よし! よく我慢した! 撃ちまくれ!!」

 

軍曹の声が合図であったかの様に防衛線のあちこちから、立ち止まったソ連・蒙古両軍に向けて無数の銃砲弾が放たれる。

対戦車砲、野砲、山砲と言った対戦車で効果的な火器は動けない、或いは動きが制限された戦車や装甲車を撃破し、迫撃砲や擲弾筒、重軽機関銃、小銃は歩兵を撃ち倒す。

そんな猛烈な弾幕射撃の中、ソ連・蒙古両軍歩兵は戦車や装甲車が撃破され、顔もろくに上げれない中を匍匐でジリジリと前に行く。

しかし、その先には何重もある鉄条網が待ち構えており、彼らはくぎ付けにされるのみだった。

 

 

 

 

同じ頃 日本軍防衛線末端

 

 

防衛線の端の方は火力の指向と優先性から、中央に比べれば弱く、進攻してくるソ連軍部隊の消耗は少なかった。

また、ここには『出撃路』と言う事で、ある各種障害物の中を突っ切る形で道が作られていた。

無論、そんなところを見逃す筈はなく、この整備された1本道にソ連軍部隊は殺到した……ここも防衛線中央正面同様の『殺しの間』である事も知らずに。

 

 

「よし、あの正面の奴だ。撃て!」

 

分隊指揮官の指示の下、帝国陸軍唯一の対戦車ライフル『97式20㎜自動砲』の射手は『出撃路』の先頭を進んでいた戦車の履帯に命中させる。

履帯が外れ、動きが止まったところに、『98式37㎜軽砲(無反動砲)の装填手兼後方確認係が射手の鉄帽をはたく。

と同時に射手が引き金を引き、発射された対戦車弾は側面に命中し、先頭の戦車を撃破する。

続けて、別の軽砲が後尾の戦車を撃破し、前進も後退も出来ない状態となったソ連軍隊列に投入出来る火力が撃ち込まれる。

自動砲や軽砲の対戦車弾、更には火力指向性を改善するために配備された『98式対戦車自走砲改』の47㎜対戦車砲は戦車や装甲車の装甲を易々と貫いて撃破し、擲弾筒や軽砲の対人榴弾はソ連兵を吹き飛ばす。

そこには防衛線中央とほぼ変わらない情景があるだけだった。

 

 

 

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33 ノモンハンの戦い 番外編 情報戦と企み

随分とお待たせいたしました。
リメイクですので、後半が原作より大きく変わってます。
では、どうぞ。


7月14日 午後1時頃(現地時間) ロンドン 日本大使館

 

 

「では、定例会見を始めますかな」

 

そう言って吉田茂駐在英国大使は吸っていた葉巻を灰皿で消し、集まった各国各社の記者達の前で会見を始める。

この会見は主にノモンハンでの戦闘経過を発表するもので、発生直後から行われ、日本の正統性を主張するため、イギリスだけでなく、東京やアメリカのワシントンD.C.でも行われていた。

実際、この定例会見により、共産主義並びにソ連に懐疑的なイギリスを含めたヨーロッパ諸国内では日本を支持する論調が拡がりはじめていた。

無論、この『定例会見』の実施を進言したのは、もちろん滝崎である。

日本人の気質もあって、『宣伝戦』を苦手である事に『情報公開』と言う形で『情報・報道戦』に先手を打つ形で実施した。

これにより、スペイン内戦で醸成されていたヨーロッパでのソ連への不信感が一気に上昇し、皮肉にも『ナチスドイツより、ソ連の方が露骨に侵略の意図を露にしている』とヨーロッパ諸国に捉えられた。

未だに先が見えないノモンハンの戦いを『直接影響がないとは言え、無関係とは言い切れない諸外国』を潜在的な味方とする事は『今後』を考えると非常に重要であった。

また、この定例会見で日本側はあえて淡々と状況を説明する事によって『日本側に正統性があり、戦局も日本側有利に進んでいる』と言う余裕感を出す事によって、受け手の諸外国を心理的にも納得させていた。

対し、ソ連も当初は後手になりながらも『ソ連側の思惑』を含んだ状況説明をモスクワで実施したが、報道担当者の感情がもろに出ていた事から、『スペイン内戦に続いて、状況が上手くいっていない為にスターリンが激怒している。故に報道担当者も感情がもろに出ている』と『ソ連側の余裕の無さ』まで諸外国に見透かされた事が原因で今や不気味な沈黙を続けざるを得なくなっていた。

こうして、日本は再び『東洋の憲兵』の名を諸外国から授けられたのであった。

 

 

 

 

その頃 日本 帝都東京 とある料亭

 

 

一室には山本次官と永田次長が互いに杯を傾けていた。

 

 

「陸さんの方は上手くいっている様ですな」

 

 

「えぇ。まあ、言い方は悪いですが、滝崎君が彼処まで執拗に耳にタコが出来る程、口酸っぱく言ってくれましたからね。お陰で準備時間を多く貰えましたよ」

 

 

「それは良かった。海外での『報道戦』の方も上手くいっていて、特にヨーロッパ諸国の反応は良いとか」

 

 

「実は何ヵ国からか、観戦武官の派遣を打診されています。主に北欧や中欧、ソ連との問題を抱えてる国々からです」

 

 

「なるほど……まあ、それも滝崎くんの狙いでもありましたからな。受け入れの方は?」

 

 

「既に準備を準備しております。まあ、受け入れを拒否する理由もありませんし、機密に関しても『ノモンハンでは』軽砲の事だけですが…まあ、これは追々な話ですからな」

 

 

「確かに。まあ、それに我々『海軍の動き』の目を反らす事になりますからな」

 

 

「あぁ、そうですな。もうそろそろ、動く時期でしたな」

 

互いにニヤニヤと笑いあう2人。

そして、ふと何かを思い出した永田次長は『それ』に話題を振る。

 

 

「その海軍さんの一件ですが、東久邇宮殿下から聞きましたよ。あの2人も同行するそうですな?」

 

 

「えぇ、事が事ですからな。特に滝崎くんは日本に居るより、現地に居た方が良いかと思いましてね」

 

 

「なるほど。まあ、それについては我々にも関連する事ですから、解らんでもない話ですが………『随行員』ではなく、『乗組員』として送り込むのは意外と思いましてね」

 

この言葉に山本次官は杯を置いて答える。

 

 

「確かに『随行員』になる資格はあります。何なら、『皇族と侍従』で随行員としてもよかったのですがね」

 

 

「わざとしなかった、と?」

 

 

「なにせ、本人達が断って来ましたからな。『現場を他人に任せて、自分達が安全圏にいるのはおかしい』とね」

 

 

「……うーん、『立場を考えれて頂ければ』、では納得してくれはせんでしょうな。特に滝崎くんはその事で後ろめたく思ってもいましたし…松島宮殿下も殿下で、滝崎くんと似た思いがありますからな…止めても止まらんでしょう」

 

 

「はい。まあ、本人達も断ったのもありますが、2つの理由から『現場の人間』として送り出す事にしました」

 

 

「2つの理由?」

 

 

「まず、今後の昇進に関してです。陸海軍共に今回を以降は対米戦まで軍の出番は史実通りならないでしょう。そして、あの2人はその時にはそれなりの地位にいてもらわなければならない

 

 

「だからこそ、今回の件に参加させて、『実績』を作ると。では、もう1つの理由は?」

 

 

「2人には実戦現場を経験しておいた方がよいかと。覚悟もありますし、人の死を『書類の数字』で認識する事はないとは思いますが……やはり、ある程度、慣れている必要はある……私も、あの日の日進艦上で体験しましたからな」

 

そう言って山本次官は杯の酒をぐいっと飲む。

言葉の意味が解る永田次長も静かに自分の杯を空けると、次の一献を山本次官の杯と自分の杯に注ぐ。

 

 

「……2人の若者にばかり頼ってはいられませんな」

 

 

「えぇ、まったくです」

 

そして、2人は同時に杯を傾けた。

 

 

 

 

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34 ノモンハンの戦い 3

またまた間が空いてしまいすみませんでした。


7月25日 ウランバートル ソ連軍司令部

 

 

「………凄まじいな」

 

 

「……申し訳ありません」

 

報告を聞いたジューコフがそう呟くと、報告に来た士官が謝罪した。

 

 

「いや、君の責任ではない……しかし、日本軍の守りは相変わらず固いな」

 

 

「はい…鉄条網とピアノ線の組み合わせは絶大です。これを排除する為、切断しようと工具を持った者は狙撃される為、誰も何も出来ません…ですが、やれる事は敵防衛線へ人海戦術での波状攻撃のみで…」

 

 

「ううむ…」

 

士官の言葉に苦い顔になりながら唸るジューコフ。

本来なら、強固な防衛線には旅順要塞攻略の様に大量の各種火砲による集中射撃、または航空戦力による空爆、その両方を実施するのが『セオリー』である。

だが……

 

 

「火砲と航空戦力の回復状況は?」

 

 

「進んでおりません。やはり、制空権を握られている状況では…」

 

 

「やはり…か」

 

予想通りの答えにジューコフは溜め息を吐く。

その『セオリー』を『出来ない』理由は『既にやって失敗している』からだ。

 

 

「敵航空戦力の増強具合は?」

 

 

「日本大使館からの未確認情報では、日本本土の航空部隊は粗方移動しているそうで…陸海軍問わず、の様です。それを示すかの様に、現場での投入数が日を過ぎる毎に増加しつつあります」

 

史実と違い、支那事変を抱えていない日本帝国陸海軍は現状ソ連に互角以上に対抗出来る航空戦力を一部を除き、訓練・錬成部隊すらも満州方面に派遣していた。

そして、ローテーションを組ませ、訓練・錬成部隊を防衛線上空・前線後方の警戒・迎撃にあたらせる事によって、一線級部隊による事前迎撃を行わせていた。

また、この事前迎撃を行わせる為に『防空監視網』の構成が行われていた。

と言ってもレーダーのない現状では既存の偵察機や地上の偵察部隊、前線の防衛部隊、地上設置の空中聴音機による情報を無線・通信機で繋いで『飛来を報告』するだけの『有り合わせの寄せ集め』である。

しかし、その『概念』を作る事、そして、『最初から高度な事は求めない』事で基礎の確定させる事にしていた。

よって、ソ連軍機編隊接近を聞いた陸海軍戦闘機隊が司令部から流される『飛来通知ラジオ』を聞いて効率良く迎撃出来た。

無論、これを成すためにはイギリスより技術指導を受けて性能・品質・生産性を安定させた『航空機用無線機』を全機種全機に配備する事が出来たからこそだった。

特に陸軍は今回が勝負処であった為に、陸海軍の垣根どころか、軍民の垣根すら取っ払って各種通信機器、並びに通信系統の改善に乗り出していた。

これらの結果がこうして出ていた。

また、ソ連大使館が情報を拾えないのはゾルゲ事件後、日本帝国自身かより一層監視を強めており、今やソ連大使館は新聞と噂話でしか情報を拾えていないからであった。

そして、その増強された航空戦力が制空権を確保し、昼夜問わずソ連軍部隊、補給路とその補給路を使って移動する火砲や補給物資を軒並み吹き飛ばしていたからだ。

 

 

「うーむ……航空戦力の増強は無理だろう…いや、地上戦力を含め、現状が限界だ」

 

 

「何故ですか!? それこそ、ヨーロッパ方面から回せば…」

 

 

「君も我が国土の事はわかっている筈だ。いくら航空機の移動速度が速いと言っても、国の端から端へと行くには時間が掛かる。それに今のヨーロッパ情勢は我が国にとって微妙な状況だ。安全を確保する為にも、相応の戦力がヨーロッパ方面に必要だ」

 

無論、それは事実であり、建前であるのもジューコフにもわかっていた。

ジューコフくらいの人間であれば、否応なしに『政治』と言うものに関わらなくてはならず、欧州方面から戦力を引き抜けない『真の理由』も知っているのだ。

 

 

「火砲の移動は? 夜間に動かせているんだろう?」

 

 

「ダメです。対戦車砲や野砲なら何とかなります…ですが、重砲となると手間が掛かります。更に日本側は此方の動きを察したらしく、夜間にもハルハ河を中心に空爆を開始したので、更に移動機会が減っており、輸送計画は頓挫状態です」

 

 

「火砲がそれなら…弾薬を含めた補給物資の輸送状況も察せれるな…」

 

 

「はい……故に、最前線は物資不足が顕著に現れています…」

 

 

「うむ…現状の打開どころか、現状維持すら危ういか…だが、この状況を変える手法は我々にはない。そもそも、敵は此方の手の内を知り抜いている。対し、此方は何も解らんし、何も出来ん…か」

 

何とも暗い話ばかりにジューコフは溜め息を吐く。

それを見た士官が気まずそうに話を続ける。

 

 

「実は士気の話になりますが……これはあまり公言しづらく、政治将校の前では話せないのですが……」

 

 

「なにかね? 今なら大丈夫だから、言ってみたまえ」

 

 

「はい…前線では『戦闘に紛れて投降している者が多数いる』との噂話が…」

 

 

「……確かに、政治将校の前では言えんな」

 

士官の言葉にジューコフは予想出来た事に溜め息すら出なかった。

 

 

 

 

 

その頃 ノモンハン

 

 

 

「いや~、参った、参った。降参、降参するよ」

 

周囲を日本兵達に囲まれた中、おちゃらけた調子で降参する既出(第32話)の車長。

鉄条網やピアノ線の隙間を上手い事見付けて前進し、防衛線の塹壕まで辿り着いたものの、歩兵は誰もついて来ていなかった挙げ句、対戦車砲で走行装置を破壊され、その余波で塹壕へ落ちてしまい、どうにか乗員と共に脱出したものの、手遅れだった。

 

 

「車長殿、これはマズイのでは…?」

 

 

「大丈夫だ。彼方の会話を聞いている限り、手荒な真似はしないさ」

 

ドライバーの問いに件の車長はおちゃらけた調子で言う。

 

 

「……まさか、車長、日本語が解るんですか?」

 

 

「うん、まあ…スペイン内戦に派遣された時、向こうで仲良くなった日本人が居てな…料理人で、日本の一流ホテルに居たこともあったそうだが、その時にな……まあ、食糧車がスタックして、助けに行こうとして死んじまったのは奴らしいと思っちまったがな」

 

装填手の言葉に何処か物悲しそうに車長は言った。

 

 

 

 

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35 北樺太攻略作戦

今年最後…になるかも解りませんが、投稿致します。


7月30日 満州 哈爾浜(ハルピン) 関東軍司令部

 

 

 

「上手い具合に進んでいるな」

 

 

「はい、前線はソ連軍を抑えています。特に空は此方の圧倒的有利。そして、現状がソ連の限界である、と」

 

報告書を読みながら、互いにウンウンと頷きあう小畑中将と石原少将。

 

 

「いや、ホントに滝崎君の助言には助かる…多分、間違いなく、ソ連側の動きや意図も解らず、後手後手に回っていただろう。そして、冷静な観察も出来ず、損害の多さと世界情勢の変化に振り回され、最悪な結果を生んでいたな」

 

 

「まったくです。そして、それがわかっていたから、また、彼が我々を理解していたから、こうしてスムーズに対応出来ている訳ですが」

 

 

「うむ。故に此方も新たな手札を切る事が出来る。しかも、余裕を持ってな」

 

 

「その件ですが…ソ連側はなんと?」

 

 

「外務省によると、重光大使が『無意味に戦火を拡げるのか?』と訊いても、向こうは大した反応を示さなかったそうだ。故に『ならば、此方も新たな実力行使の手段に出る』と間接的に警告したが、気にも止めていないようだな」

 

 

「なるほど……では、此方は大手をふって動けますな」

 

 

「あぁ、何せ、これはソ連が招いた『自業自得』なんだからな」

 

悪人の様な笑みを2人は見せながら話していた。

 

 

 

 

翌8月1日 樺太 日ソ国境線

 

 

日本の南樺太、ソ連の北樺太を分ける国境線を早朝から日本陸軍の戦車、トラック、ユニバーサルキャリアーの集団が陸軍航空隊の援護の下、何の抵抗もなく、突っ走っていた。

 

 

 

「やれやれ、満州で戦っているのにも関わらず、これ程簡単に国境を突破出来るとは…無防備過ぎるな」

 

移動司令部のトラック(荷台部改装)の中で『北樺太攻略軍司令官』となった東久邇宮殿下が幕僚達を前に言った。

(なお、階級は大将である。念のため)

 

 

「今回は表向き『紛争終結の為、北樺太を攻略し、ソ連政府に圧力を加える事』と言うのは理解出来ますが、真の目的たる『石油油田の確保』と言うのは本当ですか?」

 

 

「うむ、莫大な量ではないが、樺太北端のオハに採掘可能な場所があるそうだ。まあ、南樺太の安全確保の為に北樺太を確保し、樺太全体の安全を確保する、と言うのは利に叶っているからな」

 

東久邇宮殿下の言葉に幕僚達は頷く。

 

 

「ところで、海軍さんはどうかな?」

 

 

「そろそろ、各種支援の為に攻撃を開始する時間です」

 

幕僚の1人が自身の腕時計を見ながら答えた。

 

 

 

 

その頃 オホーツク海海上

 

 

冬とは違い、まだ比較的穏やかなオホーツク海海域を堂々と進む艦隊があった。

旗艦の戦艦金剛を初め、姉妹艦の榛名、第二航空戦隊の蒼龍、飛龍を中心とした艦隊は合流した陸軍特殊船神州丸を中心とした陸軍輸送船団とその護衛と共に北樺太北部に向かっていた。

 

 

「蒼龍より入電。『攻撃隊準備よし』との事」

 

 

「うむ、予定通り、第二航空戦隊の指揮で攻撃隊を発進させよ。艦隊は対地砲撃準備。陸軍の上陸を支援する」

 

将旗を掲げる旗艦金剛で士官の報告に応える古賀峯一中将。

この『北樺太攻略支援艦隊』の指揮を金剛で執っている。

 

 

(……彼と会って2年か……海軍内はゆったりだったが、それ以外は激動だったな)

 

一通りの指示を出した後、古賀中将は窓からオホーツク海を観ながら心中で呟く。

実際、陸軍や国内外情勢に比べれば海軍内の動きは比較的穏やかである。(部署によっては違う。特に航空隊や技術開発研究部門等)

また、滝崎・松島宮との遠洋航海後、軍令部次長となり、海軍次官付きとなった2人とも業務連絡等の仕事での付き合いもあった中、2人の人事異動に重なる様に今回の『北樺太攻略支援艦隊』の艦隊司令のポストと10月に『第二艦隊司令官』への異動が決まっていた。

 

 

(久々に海に出て、『勘を取り戻せ』と言うのか? 或いは『実戦経験』なのか? 或いはポストの為の実績作りか?)

 

俗に言う、『艦隊派』の中でも、『海軍左派三羽鴉』や堀悌吉とも親交がある古賀中将で有るため、頑冥に物事を固持するタイプではない。

 

 

(…まあ、いい。これから海軍も忙しくなる。高松宮殿下にはぐらかされたが、滝崎君が私を押したと言う話もあるし、それは信頼してくれている、と言う事だろう)

 

今頃、自分以上にてんてこ舞いしているであろう、滝崎と松島宮を思い浮かべながら、笑みを溢す。

 

 

「さて、陸軍さんの脚を引っ張らん様にせんとな」

 

気を引き締めるかの様に幕僚達に向かって言った。

 

 

 

 

この突然とも言える『北樺太進攻』にソ連側は現地もその近隣も、ウラジオストク、そして、モスクワも対応出来なかった。

日本側の事前・直前偵察(陸軍の97司偵、海軍の98式偵察機による航空偵察等)の下、陸海軍航空隊による飛行場や拠点、陣地等の攻撃に続き、間髪入れずに南樺太からの陸軍部隊の進攻、北樺太北部からの陸軍部隊の上陸進攻の報に現地部隊自身が混乱し、その報告そのままがウラジオストク、更に上のモスクワに届いた為、ウラジオストクやモスクワは『誤報』とすら受け取った程だった。

 

しかし、時間の経過と共に状況がハッキリするも、ソ連側は何も出来なかった。

 

樺太近隣もウラジオストクも『下手に動いて、モスクワに目を付けられる(そして、責任問題を背負いなくない)』のを嫌い、よくて『様子見の偵察機』を飛ばすのが関の山だった。

モスクワはモスクワで『ノモンハンで手一杯で対処不可能』であり、また、今更になって、『北樺太攻略が陽動で、ウラジオストク等への進攻もありえる』として、『防御を固めろ』としか指示出来なかった。(そして、内部で責任転嫁の内輪揉めをやっていた)

 

この様な状況では北樺太は『孤立した』と同意義であり、しかも、辺境の様な北樺太と言う事で、国境警備隊や守備隊に戦意はなく、日本軍を見て、さっさと降伏する部隊もあった。

故に北樺太攻略は日本側の想定よりもスピーディーに攻略が完了した。

 

進攻側の日本軍は国境から進攻した本隊、オハに上陸した挟撃隊は中央部のアレクサンドロフスク・サハリンスキーの街へ向かい、それぞれ約200キロの道のりを陸海軍航空隊と艦隊の支援を受けながら爆走し、進攻開始5日目の8月6日、双方の合流とアレクサンドロフスク・サハリンスキーの残余部隊が降伏した事により、北樺太攻略作戦は大成功の下、終了した。

 

 

 

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36 根負けのソ連・一手の日本

比較的早く書けましたので、ホントの今年最後の投稿です。
では、少し早いですが、今年も1年ありがとうございました。
良いお年を。






一応、明日も書けたら、投稿します。


8月6日 ウランバートル ソ連軍司令部

 

 

「……やられたか」

 

『北樺太陥落』の報にジューコフはそう呟いて頭を抱えるしかなかった。

そもそも、石油採掘施設があるとは言え、歴史的に流刑地であり、警備部隊程度の部隊しか配置していない北樺太に本格的進攻を止める戦力などなく、更にモスクワでの外交交渉の場で『日本側が間接的に示唆していた』にも関わらず放置していたのだから、文句など言える筈もない。

それでも進攻された8月1日に『日本軍による労働者への弾圧行為だ』と外交部が抗議したが、そもそも日本側が定例会見の場で示唆した事を公言していた事もあり、諸外国の反応は『そっちが始めたんだから、自業自得だろう?』と冷淡な反応しか返ってこなかった。

そして、この日本側の動きは諸外国も含めて、『国境紛争が戦争になってもいい』と言う事を容認していると言っていいのだ。

(どちらかと言えば、ドイツが再び動き始めた事に対処しなければならない為、『嫌いなアカの事なんてどうでもいい』と放置しているとも言えなくもないが)

 

 

「失礼します、同志ジューコフ将軍。モスクワのクレムリンからの返事が来ました」

 

 

「そうか、で、なんと?」

 

 

「『イエット(否)』…と」

 

 

「……だろうな」

 

状況打開の為の大規模増援要請の返答を士官から聞いて、ジューコフは溜め息を吐きながら納得した。

そう、余りにも状況が悪すぎるのだ。『悪い』から『最悪』に転び落ちた(或いはジョブチェンジした)のである。

 

 

「それと….同志プジョンヌイ元帥より、将軍への私信です」

 

 

「プジョンヌイ元帥から…見せてくれ」

 

自分を推挙してくれた上司からの私信を一読したジューコフは士官に指示を出した。

 

 

「同志スターリンの代理と言う事での指示だが、私はヨーロッパ方面に異動、後任に任せろ、との事だ。なお、確保したハルハ河東岸を含めた紛争地域からモンゴル軍部隊を含めた全軍を撤退させよ、との指示だ」

 

 

「そんな! 奪取した陣地や地域を放棄しろと!?」

 

 

「それが敵の戦略だったんだ。最後まで付き合う必要もない。それと、先程も言ったが、『同志スターリンの代理』であるプジョンヌイ元帥の指示だ。つまり、同志スターリンも容認している…後は、わかるな?」

 

 

「……わかりました。全部隊に通知します」

 

ジューコフ元帥の言葉に悔しそうに士官が応え、退室する。

 

 

「ドイツに仲介を頼んで、停戦交渉に入る…か。此方の敗北は確定だな」

 

1人になったジューコフはプジョンヌイ元帥の私信に書いてあった、『幕の下ろし方』を思い出して呟いた。

現状、ソ連軍は『ヨーロッパ方面を無視すれば』反撃は可能であった。

しかし、それが出来ない事は自身がヨーロッパに異動する事、更に『ドイツが仲介に入る』事で察していた。

 

 

 

 

数時間後 満州 哈爾浜 関東軍司令部

 

 

「ほう、『ドイツが間に入る形で停戦交渉をする』と言う事になったか。北樺太を攻略した『外交的意義』も出来た訳だ」

 

陸軍参謀本部からの通知に小畑中将はニヤリと笑う。

 

 

「それにしても、偶然とは怖いものですな。滝崎君は石油資源、小畑さんは戦略の観点から、『北樺太攻略』を考えていたとは」

 

小畑中将の言葉に石原少将が言った。

 

 

「日本の直接的な破滅への要因がアメリカの禁輸政策だったからな。自前の確保も必要だった訳だし、彼も支持してくれたのもあって、私も助かったよ」

 

『北樺太攻略』について、小畑中将は滝崎に相談をした訳だが、滝崎はオハ油田の確保(と揚陸作戦への経験値稼ぎ)、小畑中将はソ連への揺さぶり(と諸外国に対する正統性への納得)と言う観点から、『理由は違えど、目的は一緒』だった事もあり、すんなりと承認された裏事情もあった。

 

 

「さて、ほぼ決着もついた様だし、事務処理を含めた戦後処理に取り掛かろうか。特に戦訓の洗い出しはしっかりせんとな」

 

 

「東條さんみたいに上手く出来るかは解りませんが…まあ、やれるだけはやりましょう」

 

小畑中将の言葉に石原少将は苦笑いを浮かべながら言った。

 

 

 

 

その日の夜(日本時間) 帝都 とある料亭

 

 

「とりあえず、山場は越えましたな」

 

 

「はい。後は停戦交渉が纏まれば、滝崎君の世界での『ソ連軍に惨敗した日本軍』の汚名は避けれますな。本当に、滝崎君には感謝しかありませんよ」

 

山本次官の言葉に永田次長が応える。

 

 

「それを言ってしまえば、彼はこう言いますよ。『感謝を言うには早い。我々は試練の一つを達成しただけで、まだまだこれからなんです』とね」

 

 

「なるほど、確かに彼なら言いそうだ」

 

ウンウンと頷きながら、永田次長は山本次官の杯を受ける。

 

 

「さて、そうなりますと、『次』についてですが…如何ですかな?」

 

 

「陸軍の第一陣は既に…まあ、海軍さんの様にあからさまには無理なので、苦労はしましたがね」

 

 

「本来なら、我々が護衛すべきなんですが…まあ、第二陣以降は海軍がしっかり護衛しますので、ご容赦を」

 

 

「わかりました。その際はよろしくお願いします。しかし、いよいよ、彼の歴史とは『違う事』をしますね」

 

 

「えぇ、本来なら、我々は支那事変で忙しく、とても余裕などなかった。今回のノモンハンもその一例であり、余裕がなくなった一因でもある」

 

 

「……さて、後世の歴史家はどう評価しますかな?」

 

 

「さあ…それは全て終わってからの話でしょう」

 

 

 

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37 駆逐艦『朝顔』

明けましておめでとうございます。
昨年はお世話になりました。
今年もよろしくお願いいたします。

新年最初の投稿致します。


8月8日 呉軍港

 

 

 

「……なんで、こうなったんだろうか?」

 

 

「それ、何回目か覚えてる?」

 

駆逐艦の露天艦橋で夏服姿の2人は喋っていた。

2人が乗り込んでいるのは若竹型二等駆逐艦五番艦『朝顔』。

基準排水量820トン(日本海軍では基準排水量1000トン未満は二等駆逐艦)、主砲12㎝砲3基、53㎝連装魚雷発射管2基を搭載し、速度35.5ノット、航続距離14ノットで3000海里の小型駆逐艦である。

そして、2人はこの『朝顔』の艦長(松島宮)と副長(滝崎)として乗り組み、指揮を執っていた。

 

 

「確かに現場配属は希望した……だが、海軍省勤めの経験皆無な士官をいきなり駆逐艦の艦長にするのはどうなんだ?」

 

 

「まあ、確かにそうなんだけど……何かしら意図がある、と思って真面目に勤めるしかないと思うよ」

 

普通であれば、駆逐艦か巡洋艦へ一士官として配属し、経験を積ませてから艦長・副長として赴任させればいいのだが、今回はこの過程を吹っ飛ばしての異動な為、素人に艦長・副長職を任せていいのだろうか、と2人は思っている。

無論、実際はそうで、赴任直後は2人とも通常業務ですら、てんてこ舞いであった。

それが何とかなっていたのは……乗り組んでいるベテラン陣のお陰であった。

 

 

 

「艦長、至急決済が必要な物がある、と主計が…」

 

 

「うむ、わかった。直ぐに行く。副長、済まんが頼む」

 

 

「了解。預かるよ」

 

そのお世話になっているベテラン陣の1人である運用長のお呼びに松島宮は滝崎に場を預けると、主計長の居る艦内へと降りて行った。

 

 

「……艦長は大丈夫ですかね?」

 

松島宮が艦内に入ったのを見届けて近付いて来たベテランの運用長が滝崎に話し掛けてきた。

 

 

「と、言いますと?」

 

 

「いえね……なんせ、艦長は皇族出身なんで…」

 

それを聞いた滝崎は合点がいくと共に内心で苦笑する。

やはり、皇族出身と言うのはそれだけで微妙な距離感による『壁』が出来てしまうものだ。

 

 

「いや、違うよ。駆逐艦配属ではなく、いきなり経験不足な素人が艦の指揮を執っていると言う、自虐的な愚痴だよ。まあ、これに関しては私も人の事は言えないがね」

 

 

「あぁ、なるほど…大丈夫ですよ、自分もそうだったし、他の人間もそうですが、最初は誰でも未経験、誰かに相談したり、失敗したりして、馴れていくものですよ」

 

滝崎の答えに運用長の疑問が解けたらしく、一転変わってニヤリと笑みを浮かべながら言った。

実際、着任から11日が経過した段階で、運用長らベテラン陣の助けを多分に借りて、この『朝顔』を動かしているのが実状だった。

 

 

「それはわかっているのですが…御迷惑ばかりで、申し訳ない」

 

 

「いえいえ、それに、我々としては名誉にさえ思えますよ。余り赴任する事がない宮様がこうして新米艦長として赴任されている。それを我々が指導する…なかなかない事ですからな」

 

滝崎の言葉に何の心配もなくなったのか、運用長の口が軽くなった。

 

 

「では、ついでにもう一つ質問してもよろしいですか?」

 

 

「まあ、答えられる範囲でなら…どうぞ」

 

 

「では、副長のお言葉に甘えまして…副長、今のところ、この『朝顔』に移動も訓練の指示も出ていません。最低限、私はそんな予定は聞いてもいない。しかし、長距離航海の為の物資の積み込みが行われている。しかも、似た様な事が特定の複数の艦で行われている…察しのいい副長なら、言いたい事は解るのでは?」

 

先程とは違い、神経な表情で訊いてくる運用長に滝崎は下手に誤魔化すのは悪手と判断した。

 

 

「ふむ…….後学の為に聞きたいんですが、『特定の複数の艦』と言う情報はどの様にして入手したんでしょうか?」

 

 

「それについては簡単です。この歳に役職ともなれば、あちこちにいる同期をはじめとした伝手がありますので…で、話題になったのが『乗組員分の防寒着をはじめとした冬季装備を積み込んでいる』との事でしたので…ウチも積み込みましたからね。ついこの間まで次官付きだった艦長や副長なら、何か知ってるのではないか、と」

 

どうやら、独自の『情報網』の証拠を基に『何かある』と気付いた様だ。

 

 

「……まだ、不確定要素が多く、情勢次第では取り止めになる可能性がある。あと、これは『その時』まで他言無用で頼みます」

 

滝崎の神経な表情と言葉に『わかっています』と言いたげ静かにに頷く運用長。

 

 

「……北ヨーロッパだ。正確に言うなら、北極圏の北欧だ」

 

 

「……北欧ですか?」

 

オホーツク海辺りだと思っていたらしい運用長は意外な答えに聞き返すかの様に呟く。

 

 

「あぁ…どうやら、上層部はソ連が満州ノモンハンでの国境紛争中にも関わらず、ヨーロッパ方面から戦力を抽出しない訳を探っていたみたいなんだが…どうも、北欧周辺に何かあり、と検討をつけたみたいですね」

 

 

「なるほど……だから、防寒具やらなんやらを…いや、すみませんでした、副長」

 

 

「いや、まだ、『かも話』だしね。それに運用長が知っていたら、それはそれで話が早いから、『ここまでの話』を話しただけさ」

 

 

「副長もお人が悪い……しかし、ソ連の動きが事実だとして、それをイギリスやフランスなどの近所である欧米が黙っているでしょうか?」

 

 

「ナチスドイツの動きもあるから…なんとも言えませんね」

 

……本来なら、ほぼ歴史の動きを知っている滝崎だが、下手に喋って混乱を巻き起こす訳にはいかないので、『ここまでの話』で済ましておくしかなかった。

そして、二度目の世界大戦は直ぐそこまで迫っていた。

 

 

 

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38 英国表敬派遣艦隊

さて、主人公達は何処へ行く…。
(題名通りだが)


8月20日

ドイツ第三帝国の仲介により、ソ連と日本はノモンハン事件の停戦に合意。双方、停戦条約に調印した。

大きな内容としては、『国境線をハルハ河とする事』、『北樺太を日本へ譲渡する事』、この2つで合意した。

 

8月23日

ドイツ第三帝国・ソビエト連邦が『独ソ不可侵条約』を締結。

ノモンハン事件の停戦条約締結直後と言う事もあり、世界に衝撃を与える。(なお、同時にポーランド分割も秘密裏に合意)

なお、この事態に取材を受けたチャーチル卿は『ナチスドイツがハルヒンゴール(ノモンハン事件のソ連側呼称)の停戦仲介をした時点で、『何かある』のはわかっていた。私は驚くに値しない』とコメントした。

 

8月30日

人事異動の発令に伴い、史実であれば山本五十六中将が着任する筈だった連合艦隊司令長官は彼の親友である、堀悌吉中将が就任した。

同日、着任した事を示す長官旗が連合艦隊旗艦加賀のマストに掲揚された。

 

9月1日

ドイツ第三帝国、早朝よりポーランド国境を越え、進攻開始。

第二次世界大戦始まる。

 

 

 

その数時間後 呉軍港

 

 

「ドイツが露助と手を結んだ、と聞いて何かはあると思っていましたが、まさか、ポーランドに軍事侵攻とは…」

 

 

「さて、事はポーランドだけで済まんだろうな。昨年9月頃のチェコの一件でイギリスやフランスは警戒していたし、隣国故に警戒していたポーランドは両国と安全保障で条約を結んだいた筈だ。多分、また欧州に戦火が拡がるな」

 

運用長のぼやきに滝崎が言葉を紡ぐ。

 

 

「そう言えば運用長。歳から考えれば、運用長は先の大戦にも参加しているのではないか?」

 

2人の会話を聞いていた松島宮がそう言って運用長に訊いてきた。

 

「あー、あれは21年前でしたか? あの頃は私も艦長や副長みたいに、まだぺーぺーの若造でしたな。まあ、特務艦隊の方ではなく、こっちで船団護衛をしていましたがね」

 

 

「なら、運用長も経験者と言う訳だな」

 

 

「その経験者ゆえに訊きたいのですが、副長の言った事がホントなら、先の大戦同様、我が国も巻き込まれる可能性が高いと思いますが…副長、どうなんです?」

 

 

「……まあ、英独双方と何かしろの関係を持っている以上、知らぬ存ぜぬは通用しないよ。ただ、今すぐ我が国が英独どちらかと戦火を交える事はないさ」

 

 

「そうですかね…まあ、仕方ないとは言え、今更取り止める訳にもいきませんからな。イギリス行きを」

 

運用長の言葉に滝崎と松島宮は苦笑いをうかべる。

実はこの日、滝崎・松島宮が乗り組む朝顔をはじめとした艦艇は『イギリスとの更なる友好を深める為』とした『英国表敬派遣艦隊』が出港する手筈となっていた。

無論、これは『ドイツが動く』事を解った上での艦隊派遣の為、今更中止などあり得ないのだが。

 

 

「それにしても、まさか、『連装魚雷発射管を一つ下ろして、爆雷を追加搭載しろ』なんて事を言われるとは思いませんでしたよ。お陰で水雷科を宥めるのに苦労しましたね」

 

 

「まあ、戦闘をしに行く訳ではない…とは言え、同じく随行する第二水雷戦隊にそんな指示がなかったから、余計に悪印象を抱かせてしまったね」

 

運用長の言葉に滝崎が苦い顔する。

何せ、朝顔は第二水雷戦隊の指揮下ではなく、同じく随行する第一航空戦隊隷下(トンボ釣り用)で随行する為、敵艦隊に殴り込みに行く事はしない(出来ない)。

しかし、二等駆逐艦とは言え、建造目的が魚雷による殴り込みに用に造られ、また、訓練してきた水雷科員にとっては『任務的には納得するが、心理的には…』と言う事もあり、中々大変であった。

最終的に艦長の松島宮の謝罪で収まった。(流石の彼らも艦長に迷惑を掛ける気はなかった)

 

 

「艦長、旗艦比叡より、『艦隊全艦出港せよ』との事です」

 

 

「うむ、わかった……さて、行くか。朝顔、出港!」

 

通信長からの報告に松島宮は力強く命じた。

 

 

 

 

『英国表敬派遣艦隊編成』

 

戦艦 比叡(旗艦) 霧島(第三戦隊第一小隊)

空母 天城 赤城(第一航空戦隊)

重巡 妙高 那智 足柄 羽黒(第五戦隊)

軽巡 神通(第二水雷戦隊旗艦)

駆逐艦(各駆逐隊&所属艦)

(第十一駆逐隊)吹雪 初雪 白雪 深雪

(第二十駆逐隊)朝霧 夕霧 天霧 狭霧

(第八駆逐隊)朝潮 大潮 満潮 荒潮

(第九駆逐隊)朝雲 山雲 夏雲 峯雲

(第一航空戦隊隷下) 朝顔

 

『英国表敬派遣艦隊 主要将官』

艦隊司令長官 豊田副武中将

第一航空戦隊 小澤治三郎少将

第五戦隊   南雲忠一少将

 

 

 

 

少しして 連合艦隊旗艦 加賀艦橋

 

 

「表敬艦隊、全艦抜錨しました」

 

士官からの報告に堀中将は黙って頷いた。

本来なら、連合艦隊司令長官就任直後のポーランド侵攻と言う事態にゴタゴタしていてもおかしくないが……事前に知っている堀中将からすれば『予定通り』なのだ。

 

 

(さて、予定通りとは言え……密かに準備はしてきたが、後は各地の展開次第か)

 

今のところ、『日本の動き』以外の大きな『歴史の変化』はない。

が、これから先は『解らない』のだ。

 

「いよいよ、我々も本格的に歴史の流れに逆らう訳だな」

 

 

「は? 何か言いましたか、長官?」

 

 

「いや、何でもない」

 

士官の問いにそう答えつつ、堀中将は表敬艦隊を静かに見送った。

 

 

 

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39 アラビア海海上

新キャラあり。


9月25日 アラビア海 朝顔艦橋

 

 

「このアラビア海を抜ければ、いよいよ、アフリカ大陸です」

 

 

「そして、その先にはスエズ運河があり、その向こうが地中海と」

 

 

「わかってはいるが、スエズを抜けるにしても、やはりイギリスは遠いな」

 

艦橋にて海図を拡げて運用長と滝崎が話し、隣で聞いていた松島宮がぼやく。

朝顔ら『英国表敬派遣艦隊』は呉を出港後、高雄➡️シンガポール➡️コロンボの順に寄港、給油・給水等を行いながら、今はアラビア海を航行していた。

 

 

「8日前、ソ連がポーランドに侵攻しましたが…艦隊上層部は何か言ってきましたか?」

 

 

「艦隊司令部は何も言わんさ。其方は本国がやる部類だからな。まあ、予定変更はあるかもしれんとは思ったが、別に何もない」

 

運用長の問いに松島宮は答える。

だが、何度も言う様に今回の派遣は『わかった上での派遣』なので、変わる事はほぼ無いのである。

 

 

「まあ、何をするにしても、現状の我々は直接…」

 

そう言っていた滝崎の言葉を切ったのは装備装換により主砲となった艦首の単装10年式12糎高角砲が操作・射撃訓練の為に上空へ空砲を撃ったからである。

 

 

「……そう言えば、スコールが来そうですな」

 

空砲射撃を見ていた運用長がそう言ってある雲を指差す。

その意図を読み取った2人は頷くと松島宮は言った。

 

 

「砲術は訓練終了。総員『風呂』準備。あっ、私の事は気にせんでいいからな」

 

艦船の大小を問わず、真水が貴重であり、特に小型な駆逐艦ではこうしたスコールを利用した『スコール風呂』をする事は日本帝国海軍ではよくある話であった。

 

 

 

暫くして

 

 

 

「にしても、難儀ですな」

 

 

 

「はい?」

 

他の乗組員に混じり、『スコール風呂』で体を洗う滝崎の横で運用長の呟きを聞いて反応する。

 

 

「いえ、艦長が風呂を楽しめないのが残念だと…えっと、なんでしたっけ? 過去の『精神的外傷』? でしたか?」

 

松島宮が女性である事は秘密な為、こうした場合の言い訳として、運用長をはじめとした乗組員には『幼少期に雨の中、下着一枚で走り回り、父親から激怒され、風呂禁止一週間を言い渡された過去が原因』と説明していた。

(この言い訳に『あの父上を知っていたら、絶対にあり得ない出来事と言えるな』と松島宮は苦笑いしていた)

 

 

「まあ、うん……そこは色々と、な」

 

 

「…副長も言われましたが、やはり、皇族の宮様とは大変ですな」

 

こうして、『皇族』と言う事があまり事情を深く訊かれない事になってるのは正直ありがたかった。

 

 

 

 

暫くして 艦内副長室

 

 

「ふう……」

 

松島宮から「このまま艦橋に立つから、お前は休んでおけ」とスコール風呂後に言われた為、何かあったら呼ぶ様に運用長らに言って、自室へと戻ってきた滝崎。

濡れた髪をタオルで拭き、窓にある干し紐に掛けて干すと、ひと息吐いて椅子に座る。

 

 

「さて…ヨーロッパはまだ遠いし、松島宮の方は何とか隠せてるし…安心していいのか、どうなのやら…な」

 

 

「自分は安全圏内だから、他人の心配してるの?」

 

滝崎の呟きに背後から声が掛かる。

振り向くと、滝崎の使っているハンモックからひょっこりと顔を出す少女。

彼女はこの『朝顔』の艦魂である『朝顔』である。

そして、彼女は『松島宮と滝崎の正体を知る』数少ない者である。

 

 

「…あのー、朝顔さん。そこ、私のハンモックなんですが?」

 

 

「いいじゃん、いいじゃん。今は使ってない訳だし…そもそも、魚雷発射管外したり、主砲換えたりして、勝手に弄ってるのは何処の誰かな~?」

 

 

「あの、その件に関して、私は直接関与してないので、文句言われても困ります」

 

なお、本当に滝崎は朝顔の装備換装については『意見は出したが、どれに何をやるかは指定してない。まさか、朝顔にやるとも知らなかった』ので、偶々である。

また、滝崎は普段、ハンモックを使っており、副長室にある備え付けのベッドは使っていない。

理由はベッドで寝れない……ではなく、貧乏性が出て『使うのが贅沢に思えて』使えていないからだ。(つまり、ごく個人心理的な問題である)

 

 

「それよりー、随分と余裕ね?」

 

 

「余裕? いやいや、不安いっぱい、心配いっぱい、心理的にはいっぱいいっぱいだよ」

 

そう言って滝崎は降参ポーズで両手を挙げる。

確かに『結果』は変わってはいる。しかし、それは『日本のみが関連する結果』であって、今から行う『外国の結果すら変える』となると『史実通りになるか』どうかは解らない。

今のところ、『今回を除き』日本として表立った行動は日米開戦まで基本的に取らないつもりだ。

しかし、そもそもとして、今の時点でも『自分の知る推移通りにいくかどうか』に関しては、『良くて確率七割五分』と言いたいし、気が抜けない以上、滝崎の心理的には半分参っている状態だ。

 

 

「それで陸軍でも参謀やれそうな副長なのよね」

 

 

「おだてても何も出ないよ。それに、それも後世のあと知恵ってもんだし…自慢も威張れる事でもないよ」

 

 

「ふ~ん」

 

滝崎の返答に「そんなものかしら?」とも言いたげに返事をする朝顔。

 

 

「まあ、直接的に動くのはもう少し先だし…少しくらいは肩の力を抜いてもいいかもね」

 

自虐的にも聞こえる事を言って延びをする滝崎だった。

 

 

 

 

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40 ジブチ港にて

新キャラ出ます。
(艦これには実装済み。と言うかガチの古参組)


10月2日 ジブチ港 朝顔艦内 艦長室

 

 

 

「……誰もいないから静かだね~」

 

 

「そうだな。まあ、両舷上陸で艦内はほぼ誰もいないから、当然かもしれないが」

 

ジブチ港へ寄港した表敬艦隊は燃料・食糧・真水の補給を行いつつ、乗組員には上陸許可が出た為、当番・当直以外は上陸しており、艦内は静かであった。

(なお、2人は互いに譲り合った挙げ句、『2人共残るから、運用長が上陸したらいいよ』となって居残る事にした)

また、上陸とあって乗組員全員が真水で沸かした風呂で入浴している……松島宮も乗組員が全員入った後、ホントの最後に入っている。

 

 

「さて…この後はどうしたもんかね」

 

 

「それはどう打つのか、と言う戦術的な自問か? それとも、どう勝つかの戦略的な自問か?」

 

そして、2人は暇潰しに将棋をしている。

 

 

「うーん……はい、捕まえた」

 

 

「うわっ!? なんでバレたの!?」

 

 

「いや、駒が勝手に動けば解るだろう」

 

そして、触れてもいないのに動く駒に将棋盤の上で姿を隠して動かしていた朝顔を滝崎が捕まえ、バレて驚く朝顔に松島宮がツッコミを入れる。

 

 

「悪戯が過ぎるぞ、朝顔」

 

 

「それより、いいのか? 時間が確かなら、今は…」

 

呆れ気味に窘める滝崎に何かに気付いて時計を見ながら言った瞬間、誰かが複数人で3人の前に転移してきた。

 

 

 

「朝顔さん。所属は違うとは言え、古参なんですから、朝礼には出て下さい、とあれほど…」

 

 

「あちゃー、二水戦隊長はちょっと勘弁だよ」

 

そう言って朝顔は逃げるかの様に転移する。

 

 

「はぁ…すみません、お騒がせいたしました」

 

悪い訳ではないが、性分なのか、そう言って謝罪する、二水戦隊長こと軽巡洋艦『神通』の艦魂の神通。

 

 

「いや、別に気にはしてないよ」

 

 

「それより、早く追った方がいいぞ」

 

 

「ありがとうございます」

 

滝崎と松島宮の言葉に頭を下げてから転移する神通。

 

 

「神通も大変ね」

 

 

「まあ、あれが神通の性格だから、仕方ないとも言えるけど」

 

 

「おはよう、足柄、比叡」

 

 

「おはよう、2人共」

 

そして、居残った2人、艦魂の妙高型重巡洋艦三番艦足柄の『足柄』と金剛型戦艦二番艦比叡の『比叡』に挨拶する滝崎と松島宮。

ただ、松島宮は足柄、比叡と女子高生の友達の様に『ハイタッチ』までしている。(昭和10年代にハイタッチが存在していたかは知らないが)

 

 

「…御仲がよろしい様で」

 

 

「な~に~、滝崎副長は嫉妬してるの~?」

 

滝崎の呟きに先輩お姉さん風(実際に先輩)に足柄が滝崎の不満顔で少し膨らんだ頬っぺたを突ついてちょっかいを掛ける。

それに松島宮が笑顔ながら、目に『私の物に何してるんですか?』と圧が込められた視線を送るのを比叡は感じ取り、内心『ひぇぇ…』と思いながら答える。

 

 

「ま、まあ、副長はご存知ですよね? 私と高松宮殿下の事?」

 

 

「もちろん、殿下が新米砲術科士官として来たのが付き合いの始まりだとね…まあ、松島宮とは親戚だから、解るがね」

 

滝崎が納得したかの様に言う。

 

 

「あら、なら、私が選ばれたのは英国来訪経験から?」

 

 

「一昨年のジョージ6世陛下の観艦式ですね。それについては何とも…朝顔にも言いましたが、編成には関わっておりませんので…と言いますか、平の士官に選択も意見を言う権限もありませんよ」

 

 

(そう言ってる割には、同期で侍従代わりとは言え、何故か松島宮艦長に引っ付いて行けてるのよね。しかも、高松宮殿下の所に居候してるって言う…何処が『平の士官』なのかしらね)

 

 

(と言いつつ、この後の展開をおおよそ知っていて、隠れた『最重要人物』。でも、『であるが故に』目立たない様に編成計画作成人員からわざと外した滝崎副長…どうなるか解らないけど、お姉さまにも話せないな)

 

一部事情しか知らない足柄、旗艦であるが為に全てを知る比叡。

故に2人は内心を口には出さず、微妙な視線を滝崎に向ける。

 

 

「……あの、自分の顔に何かついてます?」

 

 

「「別に、何も」」

 

 

「左様ですか」

 

その微妙な視線に気付いた滝崎が2人に問うも、明確な返事が出ないので、気にしない事にする。

 

 

 

この4日後の10月6日、独ソ両国から進攻されたポーランドは遂に降伏。

『史実通り』両国によって分割統治され、ポーランド本土内での抵抗は終わった……かに見えた。

しかし、亡命者以外の現地抵抗勢力は各地に潜伏していた。

特にこの抵抗勢力の中には(史実同様に)『現地の日本大使館』の保護を受けており、後にこれら抵抗勢力を結集し『国内軍』が結成された。

 

 

 

 

更に6日後、艦隊は地中海中部、イタリアのシチリア島南部にあるマルタ島へ補給の為に入港。

補給を行いつつ、同島イギリス海軍墓地内にある、第二特務艦隊戦没者墓地(現『旧日本海軍戦没者墓地』)にて、慰霊祭を開催。

参加した滝崎は内心で皮肉に感じていた。

何故なら、この『表敬派遣艦隊』は場所は違えど、『海外の戦争』で『外国を守る為』に派遣される艦隊なのだ。

しかし、故にと言うべきか…験担ぎ、神頼みであるにしても…こうして、先人に願ってでも、無事帰還を祈らずにいられないのだ。

 

 

 

この後、フランス東部トゥーロン、イベリア半島(スペイン)イギリス領ジブラルタル、フランス西部ブレスト等を経由し、表敬派遣艦隊は目的地のイギリス本国のブリテン島へと向かった。

 

 

 

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41 イギリス到着&新装備

リメイクの為、原作よりかなり中身の文章が変わっています。

なお、後半は時代背景もあって絡ませましたが、内心ガクブルです。
いや、ホントに……。


11月1日 イギリス プリマス軍港

 

 

「……プリマス軍港だな」

 

 

「なんだ、その腑抜けた様な言い様は?」

 

都合2ヶ月に及ぶ航海の末、表敬派遣艦隊は無事にイギリスのプリマス軍港に入港した。

表敬派遣艦隊は歓迎される中を次々に接岸していく。

 

 

「この後は…セレモニーやって、歓迎会に参加して…」

 

この後にやる事を指折りで数える滝崎。

実際、松島宮がいくら『随行員』ではなく、『艦隊構成員』であるとは言え、『皇族』である以上、この類いの『行事』には参加しなければならない。

故に松島宮をフォローしなければならない滝崎も忙しくなるのだが。

 

 

「とにもかくにもだ…運用長、本艦も接岸用意。乗組員の服装も忘れるな」

 

 

「はい。心得ております」

 

ベテランの運用長の指示もあり、着々と接岸の用意が整っていく。

久々に長期上陸も出来ると言う事もあり、乗組員の挙動も軽快だ。

 

 

「で、だ……この後、どうなると思う?」

 

 

「まあ、ドイツは文句を言うだろうね……意趣返しでもあるから、知ったこっちゃない」

 

 

「それは少し無責任過ぎるぞ」

 

周囲が忙しくなるのを見計らった松島宮の質問に滝崎は素っ気なく答え、松島宮を呆れさせる。

何故なら……それだけ、インパクトを持つ『事』が発表されるからだ。

 

 

 

その後、表敬派遣艦隊の歓迎セレモニーの中で挨拶をしたチェンバレン首相はある発表を行った。

それは『日英同盟の復活』、つまり、『第四次日英同盟』(第二次・第三次は明治38年・同44年の改定)締結を明らかにした。

内容自体は以前の日英同盟と同様とし、『欧州の混乱に伴う第二次大戦発生により、ワシントン軍縮会議において締結された四ヶ国条約では過不足が発生したと見受けられた。よって、欧州と極東の安定と相互協力を主眼に置き、日英同盟の復活が妥当と判断し、この良い機会を得て、締結を宣言させていただく』と発言した。

この発表はセレモニーの場では群衆の大きな拍手によって迎えられた。

 

 

この『日英同盟復活』にドイツは即日駐独日本大使館、並びに駐日ドイツ大使を通じて日本政府へ『文句(抗議)』を行った。

だが、日本大使館と日本政府の返答は『独ソ不可侵条約を結んでおいて何を言っているんだ!(直訳)』であり、更に『イギリスから技術提供・通商協定破棄を迫られながらも、中立の堅持との交換条件で認可されたんだから、我慢しろ!(直訳)』と反論した事にドイツは退き下がるしかなかった。

 

また、この一件では意外な国(…でもないかもしれない)が文句を言った。

それはソ連……ではなく、アメリカだった。

後日、駐イギリス大使自らがダウニング街10番地を訪問し、『確かに四ヶ国条約は現状役不足である』と認めた上で、『しかし、日英同盟を復活する程ではない筈だ。それこそ、条約や協定でも良いのではないか?』と質問をぶつけてきた。

これに対し、アメリカ大使来訪の報せに、説明役として来ていた推進者であったチャーチル海軍大臣(9月3日就任)自らが返答した。

内容は、『大戦が始まった以上、インド以東のオーストラリア、ニュージーランドを含めたイギリス植民地並びに自治領は重要な資源地帯であり、巨大な後方地帯である。先の大戦を見れば解る通り、戦局如何によっては駐留軍や自治領軍をヨーロッパに派遣する事になるだろう。その場合、当然の如く、治安維持能力の低下に繋がる。本国が対応出来ないとなれば、地理的に対処可能な日本を有力な同盟国とした方が様々な事に対応しやすいからだ。つまり、条約や協定では収まらないからこそ、かつての『日英同盟』を復活させる事になったのだ』と言う事だった。

この返答に駐英アメリカ大使もドイツ同様に退き下がるしかなかった。

 

 

 

なお、艦隊は歓迎セレモニーの後、各艦船の整備・艦底掃除の為、ドックに入渠した。

 

 

 

3日後 11月4日 プリマス軍港内 艦船ドック

 

 

「…と、言う事で、朝顔には海外から購入した武器の実地試験をしてもらう事になった」

 

入渠している朝顔に集まった松島宮や滝崎を中心とした朝顔の幹部達。

滝崎の説明を終えると、幹部達は視線を松島宮に向ける。

 

 

「やれやれ…どうも、上層部は都合の良い小間使にしかみてないのかな?」

 

苦笑いを浮かべながらそう呟く松島宮。

その言い様に幹部達も苦笑い。

 

 

「まあ、『現地受け取りついでに使ってみろ』、と誰も使っていない物を触ると言うのも悪くはない。運用長、人員はどうにかなるか?」

 

 

「そうですな…ボフォース40㎜機銃も、アメリカのM2 12.7㎜機銃も元の機銃手を充てるのが妥当ですが…特にボフォースは物が弾を含めてデカイ上に、操作の手間を考えますと、我が海軍も運用していた毘式(ビッカース)40㎜機銃を扱った事のある人間を探してみましょう」

 

 

「そうか。他の艦艇にいるなら、この寄港中であるなら、操作指導で来てもらう事も出来る。砲術長らと共に調整してくれ」

 

 

「わかりました」

 

そう言ってから、幹部達がボフォース社員から説明を受けるのを背にして滝崎と松島宮は話す。

 

 

「まあ、我々はあの説明を晩餐会(到着日のセレモニー後に行われた歓迎会)で聞いたからいいが…少し都合がよくないか?」

 

 

「まあ、仕方ないさ。イギリス陸軍は発注してるが、イギリス海軍はまだ契約してない状況で骨を折ってくれたチャーチル卿の計らいでもあるし…」

 

 

「ほお、儂がどうかしたか?」

 

横合いからの声に2人が振り向くと、話題にしていたチャーチル卿が居た。

 

 

「ちゃ、チャーチル卿…どうして此方に?」

 

 

「うん? もちろん、仕事だよ。名目は色々だしね。『海軍大臣として、売買交渉仲介に関わった案件の最終確認』『同盟国海軍艦艇の活動具合の視察』…他に訊くかね?」

 

 

「「あはは……いえ、結構です」」

 

滝崎の問いに葉巻を燻らせならが答えるチャーチル卿にハモって答える滝崎と松島宮。

 

 

「まあ、一番の理由は『お忍びに来ている王族のエスコート』だがね」

 

そう言うとチャーチル卿の背後から10代前半の少女が姿を表し、ちょこんとお辞儀をする。

 

 

「エリザベス・アレクサンドア・メアリー殿下だ。まあ、回りには私の親戚の娘っ子の様な風体で頼むよ?」

 

ブルドック顔のチャーチル卿が悪戯小僧の様な笑みを浮かべながら本来の事情を明かす。

しかし、2人からすれば『現在の称号』でなくとも、本名を聞けばわかった。

滝崎は歴史で、松島宮は皇族だからこそわかったと言える。

 

 

 

……後に松島宮が死去した時、『一生の友であり、憧れを抱いた半身の様な存在だった』とコメントし、個人的に喪に服した『エリザベス王女殿下』、後の『エリザベス女王陛下』齢13歳の時の事であった。

 

 

 

 

 

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42 バルト海通行要請

オリジナルよりドイツ側の会話が増えてます。(約1.5~2倍増)

次号はオリジナルより変更増し増し。


11月15日 ドイツ首都 ベルリン 総統府官邸

 

 

ポーランド降伏後、『まやかし戦争』と呼ばれる膠着(平穏)状態下にあり、戦時下にありながら奇妙な平和な雰囲気にある当事国のドイツ。

そんな中、外務大臣のヨアヒム・フォン・リッベントロップはヒトラー総統の元を訪れた。

 

 

 

「総統閣下、日本より『要請』が届きました」

 

 

「日本から? ふん、日英同盟復活を明かしておきながら、なんとふてぶてしい事だな…それで、要請の内容は?」

 

日本からの要請と言う事で、(前話での)日英同盟復活の件もあり、不満げなヒトラー。

 

 

「はい。『ノルウェー、並びにスウェーデン両王国表敬の為にキール運河並びにバルト海の通行を許可してほしい』との事です」

 

 

「北欧2国表敬の為にキール運河とバルト海の通行か……ふむ……」

 

そう呟いて考え込むヒトラー。

この時点でドイツは翌年春頃にノルウェーへの進攻を計画していた。

まだ準備段階であり、更に約半年間の時間があるにしても、日英同盟復活の件もあり、ヒトラーとしても色々と警戒しているのである。

 

 

「……レーダー元帥を呼べ。どうするにしろ、海軍の意見が必要だ。あと、ゲーリングもだ」

 

 

手近に居た事務官にそう指示した。

 

 

 

 

暫くして

 

 

 

「……と言う事だ。海軍としてはどう思うかね?」

 

召喚され、事情を聞いていたレーダー元帥にそうヒトラーは質問した。

この時点でレーダー元帥は答えを用意出来ていた。

と言うのも、日本が表敬艦隊を出した時点で、その過剰気味な戦力に『念のため』表敬艦隊の戦力分析と『撃退プラン』を海軍内で策定していた。

故に答えは用意出来ていた。但し、総統を不機嫌にさせる事が確実な答えであるが、だ。

 

 

「…もし、総統閣下が日本の表敬艦隊を撃滅しろ、と御命じになるなら、海軍としては全力を挙げさせて頂きます……ですが、海軍としましては、今回の要請は受け入れるべき、と進言させて頂きます」

 

 

「なんだと!? それはどう言う事だ!?」

 

 

「はい。まず、表敬艦隊にはイギリスのフッド級巡洋戦艦と同等以上のコンゴウ型戦艦が2隻、先の観艦式で『飢えた狼』と称されたミョウコウ型重巡洋艦4隻、我が海軍にはない大型空母のアマギ型航空母艦が2隻、この護衛に軽巡洋艦を旗艦とした16隻の駆逐艦で構成された一個水雷戦隊。しかも、駆逐艦も世界を驚愕させたフブキ型とその発展型です。この艦隊である事は総統もご存知ですね?」

 

 

「細かい事は置いといて、数と艦艇の種類は把握している。それが?」

 

 

「はい。まず、コンゴウ型は先の大戦でイギリスが参戦を望んだ程の戦艦です。また、日本海軍ではコンゴウ型はその快速性を持って、対巡洋艦戦や戦艦との撃ち合いを有利に進める為、軍縮を機にかなりの改装を施されており、現在我が海軍の持つシャルンホルスト、グナイゼナウでは苦戦は必至です。ミョウコウ型に関しては、先の総称はイギリス側の皮肉ではありますが…61cm魚雷発射管を装備し、20.3cm主砲10門と戦闘にリソースを振っており、数も此方の倍ですので、此方も苦戦は目に見えています。水雷戦隊の方も『ニスイセン』と呼ばれる精鋭との事であり、フブキ型以降の日本駆逐艦には61cm魚雷発射管が装備されており、かなりの戦闘能力があります。最後に空母ですが…此方は未知数としか言えません。しかし、日本海軍はアメリカを仮想敵としており、先のノモンハン事変…ハルヒンゴールの戦いを見れば、かなりの脅威と思われます。よって、我が方に有利な点は皆無と言ってよろしいでしょう」

 

 

「バカな! 航空戦力なら、此方がテリトリーなんだぞ! 我がルフトバッフェが負ける筈がない! 海軍は消極的過ぎる!」

 

空母・航空戦力の話になり、同じく召喚されたゲーリングが口を出す。

 

 

「ならば、我々海軍はキールに籠るので、空軍だけで日本艦隊を撃滅して頂きたい。出来るのであれば、ですが」

 

 

「なんだと!?」

 

 

「落ち着け、ゲーリング。それで、そう言いきるのだから、迎撃プランと…なぜ、受け入れを進言するのかを聞こうか?」

 

レーダー元帥の煽りにゲーリングが声を荒らげるが、ヒトラーが落ち着かせ、続きを促す。

 

 

「はい。まず、此方から撃滅しに行くのは無謀ですので、日本艦隊を引き込んで迎え討つ事になります。そして、潜水艦による集中攻撃や空軍の航空攻撃で弱らせた後、我が方の水上艦艇を結集し、これを撃滅します。まあ、本当に単純でシンプルなプランになります…しかし、これが不味いのです」

 

 

「不味い? どこが不味いのだ?」

 

 

「総統、この場合、『戦術的勝利の為に戦略的敗北を促す結果になる』リスクが高いのです。日本艦隊を迎え討つ為、我々は通商破壊に出しているUボートや装甲艦を引き上げねばなりません。この時点で海軍戦略並びに戦争計画の見直しが発生します。また、この拘束が長ければ長い程、イギリスに余裕を与えます。更に此れから冬になれば大西洋全体が荒れてきます。そうなれば、日本艦隊を見付ける事も難しくなるでしょう。そもそも、我々の『メイン』はイギリスです」

 

 

「うぐ……つまり、日本艦隊撃滅は我々の手足を縛る事になり、それは戦略レベルの話にまで影響がある、と言うのだな?」

 

 

「はい。日本を敵に回してもイギリスにしか利がありません」

 

 

レーダー元帥の話、特に『メインはイギリス』の言葉にヒトラーはこの件の話の不味さを理解した。

 

 

「それに…この類いの話は専門ではありませんが、外交的にも不味いのでは? 特に資源、資材関係の取り引きでは?」

 

 

「むぅ….どうなんだ、リッベントロップ?」

 

 

「はい…実は満州から飼育飼料を含めた大豆等の供給が失われる可能性があります。また、天然ゴムやキニーネ等も日本が購入した物を分けてもらっている現状ですので……イギリスがそれを規制している以上、レーダー元帥の指摘は間違いではありません」

 

リッベントロップの回答、特に天然ゴムを聞いてゲーリングが苦い顔をする。

天然ゴムとなると、航空機のタイヤを含めた需要は多く、ドイツ航空業界を手中にしているゲーリングとしては確かに不味い話である。

 

 

「うーむ……わかった、日本の表敬艦隊通過を認めよう。但し! 海軍の監視付きだ。日本にはそう返答せよ、リッベントロップ」

 

 

「わかりました」

 

 

「総統閣下の寛大な決断に海軍を代表し、感謝致します」

 

 

ヒトラーの指示にレーダー元帥がそう言って頭を下げつつ、内心ホッとした。

先にも言った通り、今のドイツ海軍にイギリス、日本の二大海軍国家を相手にするなど、とても出来る事ではないからだ。

 

 

 

翌16日 イギリス プリマス軍港 旗艦比叡艦内 長官公室

 

 

 

「ドイツから通過を認める、と言って来たそうだ。まあ、ドイツ海軍の監視付きだがね」

 

長官公室に呼ばれた松島宮と滝崎は豊田中将から要請の返答を聞いた。

 

 

「ドイツの監視ですか…まあ、ドイツに対して後ろめたい事はないので、それくらいは甘んじて受けましょう」

 

 

「はっはっは、君らしいな。さて、いよいよ、本番だな」

 

 

「えぇ、もう少し先ですが…いよいよです」

 

 

 

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43 ノルウェーの未来・それぞれの苦悩

オリジナルではノルウェーに触れておらず、今回触れましたので、題名を変更しています。


11月18日……表敬艦隊プリマス軍港を出港。

なお、艦隊到着後に到着した陸軍部隊を載せた輸送船団を伴って出港。

 

11月20~24日……ドイツ海軍監視下でキール運河並びにバルト海を通過。輸送船団に関しては『大戦開始で受けとれなくなったスウェーデン企業への発注品を取りに行く為だ』と言って通過させてもらった。

 

11月25日……スウェーデンの首都ストックホルムに入港。

 

11月26日……カレリア地峡付近にて、死傷者13名を出す『マイニラ砲撃事件』が発生。ソ連政府はフィンランドの仕業だとフィンランド政府を非難。(もちろん、自作自演) 同日に不可侵条約破棄を通告。

 

 

 

翌日(11月27日) ノルウェー首都クリスチャニア(現オスロ) ノルウェー王宮内

 

 

 

「……緊張するな」

 

 

「今更それを言うか? いったい、何人の有名人に会ってると思っているんだ?」

 

 

「それとこれとは別なの」

 

こんな会話をノルウェー王宮内の一室でしている2人。

もちろん、これは仕事である。

先日発生した『マイニラ砲撃事件』により、『艦隊は緊急事態に備えて臨戦態勢待機』となり、『ノルウェー訪問が取り止めになりそうな為、その事情説明と釈明』に『身分的に相応しい』2人に白羽の矢が立った訳である。

 

 

「陛下が参られました」

 

入って来た係官の後ろから、現ノルウェー王国国王ホーコン7世が現れ、2人がお辞儀する。

その後、人払いをすると、ホーコン7世が口を開く。

 

 

「君達の事は日本大使館、そして、事情に関してはエリザベス殿下の手紙で知っている。また、今回の『名目』に隠れた役目もだ。さあ、話してくれたまえ」

 

単刀直入な言葉に滝崎は逆に安心し、手短にこれからの事、特にノルウェーをメインに話す。

 

 

「…と言ったところです。最終的にノルウェーは連合軍勝利で独立を回復しました。ですが、その後の冷戦により、ヨーロッパの緊張状態は相変わらずとなり、バルト海の要として、ノルウェーは引き続き、ソ連・ロシアと対峙する事になります」

 

 

「ふむ……ソ連、いや、ロシアと事構えるのは伝統とも言えるレベルだから良いが……問題は、ナチスドイツの軍門に下る事だな」

 

その言葉に滝崎は複雑な表情になる。

実際のところ、ノルウェーのナチス党である『国民連合』のメンバーを一網打尽にすれば多少マシなのではあるが、ノルウェー軍の軍備やドイツの準備具合と距離、連合国の動きを見る限り、ノルウェー陥落を引き延ばす事は出来ても、ドイツ軍を追い返す事は無理難題としか言い様がない。

 

 

「うむ……まあ、今から大事が控えているにも関わらず、他国の心配を出来る君は肝が据わっているな。大丈夫だ、君達から話を聞けただけでも充分だ。上手くやってみるさ」

 

滝崎の表情を見てホーコン7世はそう言った。

 

 

「陛下、確かに日本は直接的には助ける事は出来ません。ですが、要請があれば各国の日本大使館が協力いたします。これは政府も認めている事ですので」

 

滝崎に代わり、松島宮が『日本が出来る事』を話す。

 

 

「それが聞けただけでも、日本の誠意が解る。さて、そうなると、我々はその誠意にどう応えたら良いかね?」

 

 

「今は何も…先程も申しました通り、どうなるかは未知数になりますので」

 

ホーコン7世の問いに滝崎はそう答えた。

 

 

 

 

暫くして 帰りの機内にて

 

 

 

「……心此処に有らずな表情で機外を眺めるな」

 

スウェーデンへ帰る機内で憂鬱そうな表情で窓から機外の光景を眺める滝崎に松島宮は呆れながら言った。

 

 

「いや、まあ………うん、すまない」

 

 

「どうせ、『中途半端に介入するだけで、後の事を当事者に押し付けてる自分はいったいなんだろう?』とか考えていたのであろう? あぁ、なんで解ったかは、長年の付き合いだからこそ、解るからな」

 

 

「……ぐうの音も出ない程のお見通しぶりで」

 

松島宮の言葉に滝崎は苦笑いを浮かべながら言った。

 

 

「まったく…大体だ、お前は何でもかんでも1人で背負い過ぎなんだ。今回の一件だって、何時までも我が国が介入出来る訳ではない。それをホーコン陛下も解っておられる。逆にあそこまで他国人が心配している事に、更には七難八苦の末に祖国を取り戻せたと言う未来と希望が聞けたのだ。今はそれだけでも充分だったのだ。お前は立派にいま出来る役割を果たした。ここはそこで一区切りつけようではないか」

 

 

「……あぁ、そうだね」

 

松島宮の言葉に溜め息を吐きながら滝崎は答えた。

 

 

 

 

11月29日……ソ連政府、フィンランド政府に対し、国交断絶を発表。

 

 

 

同日深夜 ストックホルム港 朝顔艦橋

 

 

 

「……ま! だ! か!?」

 

 

「ごめん、まだなんだ」

 

露天の艦橋で防寒服で着膨れしている乗組員達の中で、湯気が出そうな程に怒気をかもしながら訊く松島宮と冷静に答える滝崎。

 

 

「まったく! もう確実なのだから、天下御免でよかろうに!」

 

 

「落ち着いて、落ち着いて…いや、その憤慨は理解するが…」

 

 

「艦長、旗艦の比叡より、ようやく出港の指示が出ました」

 

同じく着膨れした運用長が通信室からやって来た。

 

 

「漸くか。よし、直ぐに出港だ!」

 

 

「あっ、忘れてるかも知れないけど、出港しても、フィンランド近海で一旦待機だからね」

 

 

「また待つのか! もう、我慢は飽きたぞ!!」

 

 

「抑えて、抑えて」

 

ノリノリに出港指示を出す松島宮に滝崎は忘れてるであろう事を言うと、忘れていた松島宮は憤慨し、滝崎が再び諌める。

 

 

「艦長は御冠ですな……まあ、あの憤慨も解りますが」

 

 

「あはは……御迷惑お掛けします」

 

 

「いえいえ、事が事ですから……副長や私を含めた皆も同じ気持ちですよ。ああして本音を素直に出せるのは…若者の特権ってやつですよ」

 

ニヤリと笑う副長に滝崎も微笑んだ。

 

 

 

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44 初戦闘

(2人が参加する)初戦闘です。



12月1日 フィンランド湾 朝顔艦橋

 

 

「……………………まだか?」

 

 

「残念ながら、まだだ」

 

 

「………そうか」

 

 

イライラ気味に訊く松島宮に滝崎は冷静に返答する。

それを聞いて感情の爆発を抑えつつ、またイライラ気味にそっぽを向く松島宮。

 

 

「……艦長も難儀ですな」

 

 

「皇族とは言え、一艦長が『フィンランドに突入しろ』とは言えませんからね」

 

そんな様子に運用長と滝崎はヒソヒソと(は言えないが)話す。

その直後、96式艦戦2機が艦隊右舷方向へ飛んで行った。

 

 

「何かおきたか?」

 

 

「艦長、どうやら、ソ連機が彷徨いていたみたいで、それを追い払いに行った様です」

 

松島宮の問いに運用長が通信長経由で聞いた航空用無線の状況を報告した。

 

 

「……念のためだ。戦闘配置で待機。対空戦闘用意」

 

静かに指示を出す松島宮に滝崎と運用長は敬礼で応えた。

 

 

 

 

1時間後

 

 

 

「艦長! 露助が大群で来ましたよ!」

 

 

「大群! 詳細は!?」

 

 

「哨戒に出した比叡の95式水偵が接近中のソ連軍機編隊を確認! 天城と赤城からは迎撃隊発進中! なお、ソ連機編隊は右舷方向から接近中!」

 

運用長の報告に松島宮が問い、滝崎が答える。

それを聞いた松島宮は周辺を見回し、見える範囲で他の味方艦の動きを確認する。

 

 

「戦闘配置は良いな? どう来るかわからん。現状はそのままだ…ちなみに敵機種は?」

 

 

「既存機ばかりですな。戦闘機はポリカルポフI16とI153チャイカ、爆撃機はツポレフSB4とイリューシンIL4です」

 

どれもこれも、スペイン内戦など『空のソ連代表』と言える既存機体ばかり。

但し、ツポレフSB4は高速爆撃機として有名であり、96艦戦では厳しい。

実際、その後の迎撃では戦闘機こそ赤子の手を捻るが如く叩き落としていくが、ツポレフSB4はその高速を活かし迎撃を突破する。

 

 

「敵編隊、爆撃進路に入ります!」

 

見張りの報告が合図であったかの様に、比叡、霧島、天城、赤城、妙高型4隻から高角砲の対空射撃が開始される。

先導機に従って飛ぶ水平爆撃の為、対空射撃はやりやすい……当たるかどうかは別なのだが。(まあ、これはお互い様である)

その対空砲火を高度とスピードで走り抜け…れる筈もなく、数機が被弾し、火を噴くか、バラバラになりながら落ちていく。

 

 

「どうも、高角砲の射撃精度が悪い様だが?」

 

 

「あの様子ですと、敵さんは引き腰気味ですな。さっさと爆撃して、さっさと逃げ帰ろうと言う気がよく解りますわ。対して、此方は爆撃を当てに来る事を前提に撃ってますから、それは仕方ありませんよ」

 

松島宮の問いに運用長が答える。

実際、艦隊は回避行動を取りつつ射撃しているのに対し、ソ連軍爆撃機隊はそれに追従しようとする事なく、まっすぐに飛んでいる。

そして、爆撃を開始した……もちろん、爆弾は艦隊を掠りもしない場所に落下し、虚しく連続した水柱を作るだけで終わる。

 

 

 

「下手くそ! そんな事ではいつまでも当たらんわ!!」

 

 

「まあ、水平爆撃ですので……あんな爆撃をウチのところの陸攻隊がやったら、間違いなく、鉄拳制裁と始末書の嵐ですな」

 

 

「まったくですね」

 

無駄弾をばら蒔くソ連軍爆撃機隊に聞こえないと解りつつ、憤慨を

叫ぶ松島宮に苦笑いを浮かべながら呟く運用長と同調する滝崎。

しかし、首筋をチクリと刺された様な嫌な予感がして、周囲に視線を向ける。

そして、『それ』を見張りと同時に見付けた。

 

 

「右舷低空に双発4機! 腹に魚雷を抱えてます!!」

 

漸くシルエットが見えたと思えば、数百キロの速度で近付いている為、あっという間にイリューシンIL4が距離を詰めてくる。

 

 

「艦を右舷へ! 各銃砲座、各個に射撃! 射界に捉え次第、撃ち方初め!!」

 

松島宮の指示に既に戦闘配置に就いていた朝顔の乗組員達はイリューシンに銃砲身を向ける。

朝顔の動きを見て、或いは自身の見張りの報告で気付いた、周囲にいた僚艦の駆逐艦らが慌てて25㎜機銃を撃ち始める。

 

 

「僚艦の対処が後手に回っている」

 

 

「明らかに高空の爆撃機隊にばかり注意を向けていた様ですな…おっ、漸く1機落ちましたな」

 

滝崎のぼやきに運用長が答えている最中、僚艦らの対空射撃に捉えられた1機がバランスを崩し、海面に激突する。

その頃には、朝顔の艦首の12cm高角砲、M2 12.7㎜機銃が撃ち初め、それを皮切りに順次射撃を開始する。

 

 

「しめた! 露助はウチの艦攻や陸攻より高く飛んでる! 砲も機銃も撃ちまくれ!!」

 

 

「下手に狙うな! 鼻先に向かって撃てば当たる!! 当たらなくても、水柱で妨害するんだ!!」

 

 

「的がこっちに向かって来てるんだ! 射的の的より当たるぞ!!」

 

 

「弾だ! 曳光弾を多めに差し込んで、どんどん持って来い!!」

 

 

射撃指揮官や砲手、射手が射撃音に負けずに怒鳴る。

12cm高角砲3門、40㎜機銃1基、12.7㎜機銃3基の射撃に頭から突っ込んだイリューシンの末路は1機が12cm高角砲の直撃を受け、1機は機銃の弾幕にズタズタにされ、最後の1機はこの弾幕にビビったのか、慌てて魚雷を投下し、射軸がずれた為に有らぬところ進んでしまい、機体自体は離脱途中に僚艦からの対空射撃に撃墜された。

 

 

 

「雷撃隊は全機撃墜したみたいだな」

 

 

「あー、そう言えば、空襲自体も終わったみたいだね」

 

いつの間にか爆撃機隊の編隊も消え、対空砲火も止んでいた。

 

 

………こうして、2人の初戦闘は終わった。

 

 

 

 

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45 日本、冬戦争に介入す

遅くなりました。
(微妙に時事ネタですが)いよいよ、冬戦争へ。


12月1日……フィンランド国境の都市テリヨキ(現ゼレノブルスク)にて、オットー・クーシネン首班の『フィンランド民主共和国』を樹立。

ソ連は共和国を『フィンランドの正統的な政府』として、現フィンランド政府との交渉を一切拒否した。

2時間後、大日本帝国政府は『我が国はソ連のフィンランド進攻、並びに傀儡政権を容認しない。正統的な現フィンランド政府を支持し、フィンランドに対し、出来得る限りの全面支援を行う』と発表。

と同時に、動向を見守っていた表敬艦隊がソ連軍航空隊の攻撃を受けた事を表明し、ソ連政府に抗議した。

更に2時間後、ソ連政府はこの抗議を受け付けず、両国関係は悪化した。

 

なお、この件についてイギリスは『フィンランドと日本を支持する』とチャーチル卿がイギリス代表としてコメントするのみだった。

 

12月2日……ストックホルムで待機していた帝国陸軍派遣部隊を乗せた輸送船団がフィンランドのトゥルク港に到着。

その後、鉄道にてヘルシンキに移動。

なお、陸軍派遣部隊は二個歩兵師団、一個増強戦車連隊(二個中隊増)、一個野戦高射砲連隊、衛生・通信・補給・防疫給水などの後方支援部隊を加えた編成である。

 

 

 

12月3日 ミッケリ

 

ヘルシンキより前線に近いミッケリに司令部を移したマンネルヘイム元帥を追い掛ける形でやって来た陸軍派遣部隊司令部を元帥は温かく出迎えた。

 

 

「派遣部隊を預かっております、山下奉文中将です。よろしくお願いします、マンネルヘイム元帥」

 

 

「頭を上げてほしい、山下将軍。我が国は孤立無援に等しい中、こうして駆け付けてくれた貴官ら日本帝国軍に、此方が頭を下げたいぐらいだ。しかも、マニイラでの件の直後、日本大使館から『開戦後、直ぐに部隊を派遣します』と言われた時には驚いたが、まさかこれ程早く来てくれた事に更に驚いたくらいだ」

 

 

「それに関しましては…まあ、あちこちに情報の網を張っておりましたし、ソ連の動きは例え自国以外の工作とは言え、注意を払っておりました結果ですので」

 

……実のところ、山下中将は派遣部隊司令拝命の際に永田次長から『裏話』を聞かされているのだが、『秘中の秘』である為、今のところは出さないでいる、

 

 

「いやいや、それでもありがたい。私はかつて日露戦役に参加していた。また、近年貴国はソ連に対し、国境紛争で幾度も勝利している。君達が来ただけで、我が軍の士気も大いにあがるだろう」

 

 

「いえいえ、我々としましても、フィンランド軍の脚を引っ張る事にならない様に致します。それよりも元帥。状況を確認したいのですが?」

 

 

「おっと、すまない。では、状況を説明しよう」

 

そう言ってマンネルヘイム元帥は山下中将ら派遣部隊司令部の面々に地図を見せながら説明する。

 

 

「既に開戦からソ連軍は国境部より10㎞程前進している。我が方は防戦しながら後退している。なお、この防戦は焦土作戦の準備の為の時間稼ぎも入っており、今のところは順調にソ連軍を引き込んでいる」

 

 

「なるほど…そして、時期をみて引き込んだソ連軍に対し、反撃を仕掛ける、と」

 

 

「うむ。気象予報ではあと数日すれば天気が崩れ、冬の嵐が発生する。そうなれば、航空偵察はもちろん、地上部隊も慣れてない限り、一切の偵察活動が低調になる。その間に戦力を移動させ、ソ連軍に痛打をくわえる予定だ」

 

 

「わかりました。此方も直ぐに動ける様に準備致します」

 

 

「もし、何かあれば言ってくれたまえ。我々も其方の準備に出来る限り協力しよう」

 

……こうして、本格的な『日本の支援』が開始された。

 

 

 

大日本帝国陸軍派遣部隊(第一陣)

 

二個歩兵師団

一個増強戦車連隊 72輌

(第9戦車連隊+二個中隊)

一個野戦高射砲連隊 32門

通信・衛生などの後方支援諸部隊

 

主要将校

 

派遣部隊司令

山下奉文中将

 

歩兵師団長

栗林 忠道少将

宮崎繁三郎少将

(双方特別戦時昇進)

 

戦車連隊

重見伊三雄大佐

西  竹一少佐

 

戦車連隊編成

 

本部隊

97式中戦車チハ(改)×1(注1)

98式軽戦車ケニ(改)×2(注2)

 

第一~第五中隊

97式中戦車チハ(改)×10

 

第六中隊(増加配備)

98式対戦車自走砲改×10

97式中戦車チハ(改)×3

 

第七中隊(増加配備)

99式機動山砲×10(注3)

 

※注1……史実のチハ改(新砲塔チハ)の正面装甲に25㎜増加装甲を装着。それ以外は史実のチハ改と同様。

 

※注2……95式軽戦車ハ号の改良・後継型として開発された98式軽戦車に史実では計画のみに終わったチハ改の砲塔を搭載し、更に25㎜増加装甲を装着。

 

※注3……95式軽戦車の車体をベースに94式山砲をオープントップ式で固定配置した火力支援車輌。自走砲開発・運用ノウハウの獲得と山砲運用力向上の為に開発。

 

野戦高射砲連隊装備

ドイツ製8.8㎝ Flak18高射砲 32門(ドイツより購入)

 

 

 

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46 吹雪の中で

お待たせして申し訳ありませんでした。


12月4日 トゥルク 港内埠頭 朝顔艦内食堂

 

 

 

「随分と吹雪いておりますな」

 

 

「素人目でも、こんな時に出歩いたら遭難すると思う程だな」

 

外の吹雪具合に運用長と松島宮が話す。

ソ連軍の航空攻撃後、陸軍派遣部隊に続く形でトゥルクに寄港した表敬艦隊は猛烈な吹雪により開店休業状態だった。

故に艦艇幹部達は艦内食堂に集まっていた。

 

 

「気象予報ですと、この吹雪は当分続くそうですよ」

 

 

 

「なら、航空偵察も出来ない。隠れて部隊配置を行うには絶好の天気だな。まあ、人間にはたまったもんじゃあないけど」

 

同じく外を眺めていた砲術長が何処からか仕入れたネタを話すと、滝崎が淹れられたばかりの紅茶に口をつけながら言った。

 

 

「ほう、やはり、副長殿は陸さんで中隊長ぐらいはやれますな。陸戦隊に転身されては? 伝手に話を通しますよ?」

 

 

「止めてくれ、水雷長。副長が離れると、書類処理が停滞する」

 

 

「それに、私はそんなタマじゃあないよ、水雷長」

 

水雷長の物言いに松島宮と滝崎が否定する。

ただ、机の下では松島宮は滝崎の足を踏んでいた。

 

 

(で、その話のネタ元は何処だ?)

 

 

(史実です!)

 

グリグリと足を踏みながらヒソヒソと話す2人。

その間、運用長達は互いに話している為、ヒソヒソ話は聞こえていない。

そんな中で砲術長が言った。

 

 

「にしましても、こんな冬の真っ只中に戦争とは…ソ連やスターリンは何を考えているんですかね?」

 

 

「ドイツのポーランド侵攻、並びにバルト三ヶ国の確保やらのスケジュールの都合だろうさ。それにスターリンとしては『大軍での大攻勢で短期間で潰せる』と思っていたんだろう。だから、冬になろうが、吹雪で荒れようが、関係ないのさ」

 

そして、それで過去に大失態を犯しているにも関わらず、さすが『書記長』、他人に責任を押し付けて逃げた過去があるのか、反省はしていないらしい。

 

 

「さてはて………どうなりますかね?」

 

紅茶に口をつけながら、滝崎は呟いた。

 

 

 

 

その頃………

 

 

 

「やれやれ、北極圏の吹雪がこれ程とはな」

 

防寒着で着膨れした栗林忠道少将は呟く。

現在、栗林少将率いる歩兵師団はスキー装備でフィンランド軍先導の下、北部へ向かっていた。

 

 

「…これでは騎馬での移動も難しい。車輌も気を付けないと動けなくなるな」

 

そもそもが騎兵科であった事、更に個人的にドライブ好きである栗林少将はその視点からもこの環境下での移動の難しさを把握する。

 

 

「お互いに難儀するな、栗林」

 

 

「宮崎か。そっちはどうだ?」

 

同じく防寒着で着膨れした宮崎繁三郎少将が声を掛けながら近付いてきた。

なお、2人は陸士同期(26期)、陸大一期違い(栗林35期 宮崎36期)である為、フレンドリーに話している。

 

 

「満州に居たから、準備は出来ていた。だが、想像以上だ。参謀本部がスキーを含めて準備していなかったら、これは本末転倒になっていたな」

 

 

「あぁ、騎兵科としても、満州の冬やシベリア出兵での経験があるが…この天候は難儀なやつだ」

 

 

「互いに雪に馴染みはある筈なんだがな……これは比べるのが難しいな」

 

なお、栗林少将は長野県、宮崎少将は岐阜県の出身である。

だが、北極圏の冬は『日本での冬』とは訳が違う。

 

 

「やめだ、やめだ。天気の事を嘆いても意味はないし、そもそも、これも作戦の内だからな」

 

 

「そうだな。なら、景気づけに歌うか? お前が関わった『愛馬進軍歌』でもな」

 

 

「と言う程関わってはないんだがな」

 

宮崎少将の言葉に苦笑いを浮かべる栗林少将。

だが、歌うかは別である。

 

 

『くにを出てから幾月ぞ♪ ともに死ぬ気でこの馬と♪ 攻めて進んだ山と河♪ とった手綱に血が通う…』

 

 

 

その頃……

 

 

「伊達にとらぬこの剣♪ 真っ先駆けて突っ込めば…」

 

 

「愛馬進軍歌かね? 西少佐」

 

 

「おっと、重見大佐でしたか」

 

移動中の貨車の中で愛馬進軍歌を歌いながら小銃の手入れをする西竹一少佐に重見大佐が声をかける。

 

 

「いきなり戦車隊に異動になるとは思っていなかっただろう?」

 

 

「はあ…ですが、騎馬隊の縮小と戦車隊への再編成は決まっていた様なものですから…それに、我々にもこの様な物を貰えましたからね」

 

 

そう言って西少佐は手入れをしていた小銃を見せる。

一見すると38式騎銃(実は『38式騎兵銃』は書類上正式名称ではなく、『38式騎銃』が本来の正式名称。発音による『機銃』との混同避ける為、現場では『騎兵銃』と呼ばれていた)なのだが、見慣れた者なら装填装置を含めた機関部の違いで解る『別物』。

 

『98式騎(兵)銃』

 

『44式騎銃の後継』としつつ、外見も口径(6.5㎜)もほぼそのまま『38式騎銃』で、『何が変わったのか?』と訊きたくなる『98式騎銃』。

そもそも、99式歩兵銃が採用されている(本格配備はまだ)状況において、『何故に99式の騎銃型を作らないのか?』と問われ、しかも、『旧型の焼き増し』としか捉えかねない『98式騎銃』。

では、何が違うか?

その答えが装填装置を含めた機関部。見知った者なら解るM1ガーランドの様な機関部。

そう、98式騎銃は『半自動小銃』なのである。

何故そんな物があるか、の理由を当事者として知る重見大佐。

しかし、それはあえて言わない。

 

 

「まあ、これからも転向組も増えるし、君の様な有名人だからこそ、苦労もあると思うが、頑張ってくれたまえ」

 

 

「えぇ、わかっています。そう言えば、我々は北部に向かうとか?」

 

 

「フィンランド軍としては、今は南部は防衛線で防ぎ、北部で攻勢を掛けて、ソ連軍を撃退するつもりだ。その戦力増強として、我々が向かっている」

 

 

「なるほど、では、新たな愛馬達で頑張りましょう」

 

ニヤリと笑いながら、西少佐は言った。

 

 

 

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47 戦力強化

本日は終戦記念日です。
毎年の事ですが、政治的な事は横に置いて。

英霊の皆様、ありがとうございます。
安らかに。



今回、後半は前話で出た『98式騎(兵)銃』の裏話。
大半が文章化してしまい、読み難いかも…。
(そして、要らん豆話付き)


12月4日……フィンランド周辺の天候悪化。ソ連軍の航空偵察を含めた偵察活動が停止。対し、フィンランド軍はこれを利用し、フィンランド軍、並びに援軍の日本軍を北部へ移動させる。

 

 

12月5日 トゥルク 空母天城艦内 長官私室

 

 

「予報通り、今日もよく荒れているな」

 

 

「はい。艦隊は今日も開店休業状態ですね」

 

互いに将棋を指しながら窓からを外を見つつ話す小澤中将と滝崎。

天城に呼ばれた滝崎は松島宮と一緒に来艦し、今は一勝負中である。

 

 

「陸さんがスキーを履いて移動しているから、我々も何かしたいが…残念ながら、これでは何かしたくとも出来ないな」

 

 

「ソ連海軍が出てこれば話は別でしょうが……暫く先でしょうね」

 

 

「ふむ、そうだな……では、この手だ」

 

そう言って小澤中将は一手を打つ。

その一手に滝崎は頭を掻く。

 

 

「あ~、ダメだ、こりゃ…いや~、やっぱり小澤中将には敵わないです」

 

 

「はっはっはっ…しかし、君はあっさりと敗けを認めるな」

 

滝崎が素直に敗けを認めると、小澤中将は手元の日本酒に手を伸ばしながら言った。

 

 

「正直者なだけです。それに、名将を前に駄々をこねたところで意味はありませんから」

 

 

「やれやれ…まあ、どちらかと言うと、将棋は山本さんの方が得意なんだがね」

 

そう言って湯飲みで日本酒を飲む。

その時、松島宮が入って来た。

 

 

「ふう~、スッキリした…なんだ、もう勝負がついたのか?」

 

なお、彼女はトイレに行っていた。

 

 

「将棋に関してはド素人なんでね。ルールを知ってるのが関の山さ」

 

 

「まったく…では、小澤中将、一勝負でも?」

 

 

「おぉ、いいぞ…と言いたいのだが、呼び出した案件を先に終わらせようか」

 

 

「ようやく本題ですね。なんですか?」

 

小澤中将の言葉に滝崎は先を促す。

 

 

「うむ、君も気付いているだろうが、先の迎撃戦に参加した戦闘機のパイロット達に色々と訊いたんだが…やはり、96艦戦の火力不足を指摘する声が多い。君はどう思うかね?」

 

 

「確かに、いまの96艦戦の7.7㎜機銃では威力不足です…ですが、現状96艦戦も設計限界まで弄っている以上、追加武装や武装変更は難しいのでは? それこそ、そこを弄れば速度低下、並びに運動性能を含めた格闘性能の低下を招き、本末転倒な結果にしかならないかと」

 

 

「ほう、そう思うかね?」

 

 

「多分ですが、威力不足を指摘する理由の一つがSB高速爆撃機に対して余り効いていない事もあるでしょう。ですが、その為に武装強化に振れば、速度低下を招き、せっかくの武装変更の意味が無くなります。つまり、現状の解決策は…」

 

 

「新型機の配備しかない、と。まあ、確かにそうなるな」

 

滝崎の答えに頷きながら言う小澤中将。

 

 

「だが…その新型機はまだまだ先の話だろう?」

 

 

「まあ、予定上はね。山本次官もそこは何も言ってなかったし」

 

松島宮の言葉に滝崎も肯定的な事を言うしかない。

だが、それを聞いていた小澤中将は密かにニヤリと笑う。

 

 

「いや、すまなかった。訊くまでもない話だったな。では、殿下、一勝負といきますか?」

 

 

「ん、あぁ、もちろんですよ、小澤中将」

 

そして、小澤中将の勝負の誘いにまったく松島宮は先の会話を忘れ、一勝負の方に意識を向けた。

 

 

 

 

同日 日本 海軍省次官室

 

 

 

「そうか、『試供品』は無事到着したか」

 

その報告を聞いた山本次官はニヤリと笑う。

 

 

「はい……ですが、よろしかったのですか? いえ、『そうして』よかったのですか?」

 

その反応に報告しに来た士官は困惑しながら訊いた。

 

 

「ん? 別に問題はない。そもそも、折り込み済みだからな。それより、派遣の陸戦隊の方はどうだ?」

 

 

「そちらも順調です。予定通り、年末頃には到着します」

 

 

「うむ、わかった。とりあえず、今は予定通りに事を進めてくれ」

 

 

「はい。では、失礼します」

 

士官がそう言って退出すると悪戯小僧の様に山本次官は笑う。

 

 

「やれやれ、まさか、興味本位で彼に訊いた事がここまでピタリと填まるとは思わなかったな」

 

何処か面白そうに呟く山本次官だった。

 

 

 

同じ頃 陸軍参謀本部

 

 

「ほう…98式騎銃の評判は中々良い様だな」

 

石原少将から報告を受けた永田参謀次長は顎に手をあてながら言った。

 

 

「はい。騎銃譲りの銃身の短さで取り回しがよく、使用感覚も38式歩兵・騎銃と変わらない為、連続射撃時の射撃反動と跳ね上がりにさえ気を付ければ、装填方法の違いだけを教えれば良いので、将兵からは随分と人気があるそうです」

 

 

「ふむ…滝崎君もこれを聞けば喜ぶかもしれんな」

 

石原将兵の話にうんうんと頷きながら呟く永田参謀次長。

実のところ、『98式騎(兵)銃』の開発には当然の如く滝崎は口を出しているし、そもそもな話をすれば滝崎が口を出さなくても、帝国陸軍は史実においても自動小銃の開発提案・計画を何度も発足させている。

事実、結果的に海軍が大戦末期に『四式自動小銃』を完成させたのだが、それまでに帝国陸軍も自動小銃の開発をしており、対米戦どころか支那事変前、構想と試作ならば日露戦争終結翌年の陸軍演習に試作品が試験運用されていたとする話まで存在する。

つまり、別に帝国陸軍に保有意思がなかった訳ではなく、終戦までに開発出来なかったのは技術的、或いは現実的理由(開発予算・既存銃の量産・弾薬消費量・量産補給体制の確立・現場の使い勝手等々)なのである。

(なお、ドイツやソ連など開発が成功・運用した国々での評判がいまいちな理由もこれである)

対して、アメリカは第一次大戦時の反省(参戦したはいいが、制式小銃のスプリングフィールドM1903を兵士全員に配備出来なかった)と自動車による補給体制を確立していた事などから、その増大するであろう弾薬消費量を補給する目処が立っていたからこそ、M1ガーランドを平気で使えた訳である。

(ちなみにイギリスの装備は日本やドイツとほぼ一緒であり、むしろ日本は当時の標準装備で、別段遅れてはいない。アメリカがチート国家なだけである)

まあ、別な意味でアメリカは銃器関係で失敗してたりするのだが……。

 

 

「にしても、上手い開発文句を考えたものですな。『新しい歩兵銃を開発してるなら、騎兵銃も更新していいじゃないか』とは」

 

 

「確かに…ラ式対戦車砲の件と言い、ユニバーサルキャリアーの件と言い、よくもまあ、ポンポン思い付くものだよ」

 

石原少将の言葉に苦笑いを浮かべる永田参謀次長。

実際、支那事変が発生せず、余裕があった(作った)帝国陸軍だが、だからと言って7.7㎜小銃(99式歩兵銃)の現場要望と開発計画に横槍を入れる形になり、更に開発理由に乏しい(『米軍が使うから』では弱い)自動小銃の開発は難しかった。

そこで滝崎はM1ガーランドの亜種であるM1カービンを持ち出し、『既存騎銃の更新に自動小銃の騎銃を組み入れる』と言う案を提案した。

こうすれば99式歩兵銃の開発の邪魔にもならず、『騎兵銃の更新』と言う名分も立ち、更に改変・廃止で不遇気味な騎兵科にも対応出来たからだ。

また、騎兵銃やM1カービンがそうである様に『騎兵科以外にも自衛火器として採用・使用されている』関係上、使用データが取れる上に、『そもそも、騎兵同士の撃ち合いなら、互いが馬に乗っている関係上、速射出来た方が良いのではないか』と言う滝崎の意見に『確かに』と納得されたからだ。

(なお、銃剣は44式騎銃のスパイクバヨネット式でなく、38式騎銃の装着式になった。理由は第一次大戦以降騎兵同士の白兵戦なんて事例が少ないから)

この様な経緯で開発(と言っても装填装置含めた機関部を弄る以外は既存銃なので短期間。更にこの際に部品共通規格化にも着手)し、満州での実地試験(耐環境試験等)、張鼓峰での試験運用(試作品の実戦使用)後に昭和13年12月制式採用。(試験結果洗い出し・改良改善・製造工程の確立等で期間が必要だった。更に『99式』になると99式歩兵銃と混同され、補給等で混乱する為、意図的に避けた)

そこから、ノモンハン事件で初期生産型を実戦使用し、問題がなかった事から、フィンランド派遣部隊に『量産型』が配備されたのである。

 

 

「まあ、こうして自動小銃開発の糸口を掴んだ…ここから改良すれば、米軍に撃ち負ける可能性は低くなるだろう」

 

 

「しかし、この好評ぶりですと、99式より98式を選ぶ部隊も増えるでしょうな…そちらに関しては?」

 

 

「ふむ、実はだ……滝崎君もそこで悩んでいた。確かに99式実包の対応も考えているそうなんだが、38式実包と違い、実包自体に手を加える必要がある。そうなると、開発したばかりの実包の調整に時間が掛かる上に、それに対応した機関部が必要だ。だが、ドイツが将来的に本格的な自動小銃を開発する上に、『小口径高速弾』の存在もあるからな…まあ、本人は『後々の事を考えたら、手を出しておく必要はある』と言っていたがね」

 

 

「なるほど……まあ、それに気を留めておく必要はありますが、まだまだ始まったばかり、まずは運用してみて、その結果次第としましょう」

 

 

「…そうだな、下手に悩んでも、この類いはハッキリしてからでも遅くもないしな」

 

 

 

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48 フィンランド湾海戦 前編

さあ、海戦ですよ!
(もちろん、主人公ら参加)


12月7日~……フィンランド中部で『スオムッサルミの戦い』が始まる。(翌年1月8日まで続く)

 

12月12日~……ラドガ湖北岸で『トルヴァヤルヴィの戦い』が始まる。(22日にフィンランド軍勝利で終結)

 

(冬戦争非関連事項)

12月12日……第一回欧州諸国巡回大西洋航路船『新田丸』がウルグアイ沖でドイツ海軍艦艇の臨検を受ける。

なお、ドイツ海軍艦艇は接触時の誰何で日本船と判明すると、艦長自らが新田丸へ謝罪に赴いた事もあり、日本側もそれ以上問題にする事はなかった。(一応、双方本国へ報告はしている)

 

 

 

その最中……12月18日 午後11時頃 フィンランド湾 朝顔艦橋

 

 

「うへ~、凄い霧だな~。吹雪がおさまって、北極圏の星空が見えると思ってたのにな~」

 

 

「まったく、夜間哨戒任務1日目に何を言ってるんだ、お前は?」

 

朝顔の露天艦橋で防寒着で着膨れした滝崎が濃霧で白一色な空と海を見ながらそう呟くと、隣で聞いていた松島宮が呆れながら言った。

 

 

「いや、せっかくだから、そんな楽しみでも持って哨戒任務にあたろうとしただけなんだけど」

 

 

「なるほど、ものは考えようですな。しかし、北方で経験があるとはいえ、この濃霧は厄介ですな」

 

滝崎の言葉に運用長が肯定しつつ、周囲を見ながら愚痴る。

現在、朝顔は単独でフィンランド湾の哨戒・警戒中であり、艦橋を含めた上甲板にいる人間全員が周囲を警戒しているのだが、濃霧と言う事もあり、難儀している。

 

 

「こんな時にレ…電波探信儀があればな」

 

 

「無い物ねだりをするな、馬鹿」

 

ついつい言いなれた名称を口にしそうになり、日本語名称に言い直す滝崎に松島宮は呆れながら注意する。

 

 

(で、史実のソ連海軍の動きは?)

 

 

(残念ながら…奴ら、目立った動きをしていないんだ。侵攻支援はしていたんだろうけど、余りに情報が少ないんだ)

 

そして、松島宮が滝崎に近付き、ヒソヒソと史実の確認をする。

 

 

(なら、何か動きぐらいあるだろう?)

 

 

(と言ってもね…知っているのは明日19日にフィンランド湾封鎖を開始する事と、巡洋艦キーロフが沿岸砲台の逆襲を受けて逃げたぐらいさ。多分、適当に対地支援砲撃はしてたんだろうけど、具体的な話はさっき言った2つのみだ)

 

 

(なんだ、それは……よほど、役に立たなかったのか)

 

滝崎の話に松島宮は呆れていた。

 

 

2時間後 19日 午前1時頃

 

 

「相も変わらず、霧が深いですな」

 

 

「僚艦がいないから、船同士での接触事故の心配はしなくていいんだがな」

 

運用長のぼやきに松島宮が呟く。

朝顔は晴れない霧の中で哨戒を続けていた。

が、そんな平穏な時間は突如終わりを迎えた。

 

 

「前方正面! 何かいます!」

 

前方監視の水兵の叫びに誰もが前方に視線を向けて注視する。

そして、霧を切り裂くかの様に艦首が出てきた。

 

 

「衝突するぞ! 面舵!!」

 

艦首の向く先が自分達だと解った松島宮が叫ぶ。

操舵手が慌てながら冷静に操舵輪を面舵(右側)へ回す。

衝突を避けた朝顔は手空きの乗組員が衝突未遂を犯した相手を確認する。

 

 

「あれは…キーロフ型か!?」

 

 

「…はい、間違いありません。キーロフ型ですな」

 

声を抑えながら叫ぶ滝崎に運用長も声を抑え気味に答える。

が、これだけでは終わらなかった。

 

 

「後ろに続いてデカブツが来ます!」

 

 

「デカブツ……まさか…」

 

 

「…この付近でソ連のデカブツとなれば……ガングート型かと」

 

水兵の報告と滝崎、運用長の会話に艦橋どころか、艦橋の空気を読み取った朝顔全体が実に『不味い』状況を認識した。

後ろにキーロフ型巡洋艦、前にガングート型戦艦、格上のサンドイッチでは800トンの二等駆逐艦などボロ雑巾にする事など容易い事だ。

しかし、である……

 

 

「総員戦闘配置! 水雷長、魚雷発射管用意! 砲術長、各銃砲射撃用意!」

 

この状況下ながら、松島宮は闘志を剥き出しで指示を出す。

 

 

「…まさかと思うが、喧嘩を売るつもりかい?」

 

 

「ほう? 衝突されそうになったから、とおめおめ逃げて泣き寝入りするか? 一言文句を言っても罰は当たらんだろう」

 

 

「うーん、『一言文句』が銃砲弾と魚雷を撃ち込む、物騒なはなしなんだかね」

 

松島宮の答えに滝崎は苦笑いを浮かべる。

だが、滝崎自身は止める気はなかった。

 

 

「では、やりますか。通信長、頼む」

 

 

「わかりました」

 

やる気を確認した運用長は通信長に『敵艦発見』の通報を行わさせる。

乗組員達も目の前の獲物に嬉々しながら戦闘用意を行う。

特に魚雷発射管を降ろされ、出番が無いと思っていた水雷科員は思わぬ出番と『槍一番』の獲物と興奮もあり、本当に嬉しそうに準備を行う。

 

 

「敵戦艦の方はどうだ?」

 

 

「気付いておりません。ホントに間抜けな連中ですな」

 

 

「うーん、なんか盗っ人みたい」

 

こそこそと近付く朝顔。

だが、流石に……

 

 

「あ、目標の甲板に人が…艦長、気付かれました!」

 

此方に気付いたソ連海軍水兵が艦内に入るのを目撃した見張りの水兵が叫ぶ。

 

 

「砲術長! 牽制でもよい、やたらめったらで撃ちまくれ!!」

 

 

「はい! 相手はデカブツだ! 目を瞑っても当たるぞ! 撃ち方始め!」

 

砲術長の指示に各銃砲座から射撃が始まり、たちまち戦艦に命中を続発させる。

 

 

 

「艦長! 何時でもどうぞ!!」

 

 

「よし! 発射!!」

 

 

「てぇー!!!」

 

水雷長の報告に松島宮は発射指示を出す。

そして、水雷長の気迫の入った発射命令に応えるかの様に朝顔唯一の6年式53cm連装魚雷発射管から53cm魚雷が発射される。

 

 

「時間です!」

 

至近距離から全速力で逃げる朝顔。

そんな中、水雷長はストップウォッチを眺めながら叫んだ。

 

 

 

 

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49 フィンランド湾海戦 後編

遅れてしまい、申し訳ありません。

さて、フィンランド湾海戦の勝敗の行方は……。



次の瞬間、戦艦の船体に2つの水柱が立ち上がった。

そして、その瞬間、朝顔からは大歓声が響いた。

拳を振り上げて雄叫びをあげる者、万歳三唱をする者等々、特に水雷科員は近くの同僚や他の乗組員と抱き合いながら喜ぶ。

が、艦橋の面々は冷静だった。

 

 

「くっ! 魚雷2本では足りんか!」

 

腐っても戦艦と言うべきか、水柱が収まった後のケロリとしているガングート型戦艦に松島宮は悔しそうに呻く。

 

 

「これが酸素魚雷なら、もう少し違ったんだが…」

 

 

「確かに致命傷ではありません…が、深手な手傷は与えたかと」

 

滝崎も苦しそうに呻きの様に呟く。

そんな若手な艦長と副長に運用長はフォローを入れる。

 

 

「艦長! 敵戦艦から探照灯!!」

 

 

「本来なら逃げるところだが…番犬が何もせずに逃げる訳にはいかん! 威嚇で吠えながら絡んでやれ!!」

 

水兵の報告にあわせて、雷撃された戦艦から自らを襲った輩を探す為にサーチライトが点灯し、周囲を探る。

まだ霧が晴れていない為、捕捉されていないが、松島宮の言葉の意味を悟った乗組員達は動く。

すなわち、戦艦周囲を走り回り、各銃砲座はサーチライトに向かって射撃を開始する。

たちまち、戦艦からのサーチライトは消えたが、今度は朝顔の後方からサーチライトが明後日の方向ながらも照らし出された。

 

 

「どうやら、後ろの巡洋艦が慌て我々を探している様ですな」

 

 

「それにしては時間がかかっていますね。連携がおざなりだ」

 

冷静に上記を把握する運用長と連携が出来ていない事に呆れる滝崎。

確かに格上が2隻も居て、朝顔1隻にここまで後手後手に回っていれば、そう思われても仕方ない。

こうして、相手の連携の悪さと霧の視界不良、駆逐艦ゆえの軽快さで2隻を翻弄していた朝顔だったが、時間の経過により、霧が晴れてきた。

 

 

「不味いですな、艦長。霧が薄くなってきました」

 

 

「むぅ…味方は来ていないが…潮時か?」

 

 

「流石に三十六計逃げるに如かずになっても…」

 

運用長の指摘に松島宮が潮時と考え、滝崎がその考えを肯定しようとした時、空が明るくなる。

見ると、霧が晴れかけている空に照明弾が1発、更に続いて2発、新たな照明弾が空と海を輝き照らしていた。

その照明弾が照らし出す外側、つまり、朝顔を探しているソ連海軍巡洋艦の後ろから、この照明弾を撃った艦艇が近付いていた。

 

 

「艦長! 援軍です! 旗艦の比叡、更に妙高と那智が来ました!」

 

見張りの水兵の報告に再び朝顔からは歓声が上がった。

 

 

 

 

同じ頃 比叡艦橋

 

 

「朝顔より、『我れ健在なり』と打電してきました」

 

 

「やれやれ、少し血の気が多いな…此方は肝が冷えていんだがな」

 

朝顔からの打電に豊田副武中将は溜め息混じりで呟く。

『敵艦発見』の報に霧島、足柄、羽黒を第一航空戦隊の護衛に残し、妙高の南雲忠一少将を率いて朝顔を助けに来たのである。

 

 

「敵戦艦損傷の模様! 巡洋艦を殿に撤退中!」

 

 

「出番など無いと思っていたが、まさかこんな形で出番が回ってくるとはな…朝顔のお膳立てを無下には出来ん。殿を南雲少将に任せ、敵戦艦を討つ」

 

見張りの報告に豊田中将が方針を決め、その言に比叡の艦橋から雄叫びがあがる。

日本海軍にとって日本海海戦ぶりの『敵戦艦との撃ち合い』に興奮しない筈がない。

殿のキーロフ型が比叡達の接近を阻もうとするも、妙高と那智がキーロフ型を抑え、比叡は行き足が鈍くなったガングート型を追尾する。

30ノットを出せる比叡に対し、スペック上は23ノット出せるガングート型戦艦も魚雷2発をまともに受けた影響もあって更に速力は低下、『逃げるより戦った方がマシ』と言わんばかりに逃走を止め、比叡との撃ち合いに入った。

 

 

 

妙高艦橋

 

 

 

「魚雷発射用意よし!」

 

 

「うむ、タイミングを見て発射せよ」

 

キーロフ型と那智と共に砲撃戦を展開する妙高の艦橋で士官の報告に南雲少将は頷きながら返事をする。

しかし、南雲少将は不安視している事があった。

英国親善派遣艦隊編成時の懇親会で初めて会った『朝顔』副長の滝崎大尉から聞いた『ある一件』。

もし、派遣艦隊幹部の1人として辞令を受け、山本次官から直接説明されていなければ『水雷科に喧嘩を売ってる』と捉えかねない(&滝崎の命すら危うい)話。(もちろん、滝崎は後々問題にならない様にやんわりと説明している)

しかし、水雷屋として内情を知ってるだけに『あり得る話』な為、全否定も出来ないが故の不安視と不安感が南雲少将にあった。

 

 

「敵巡洋艦、射線に捉えました!」

 

 

「魚雷戦始め」

 

砲撃を行いながら指向されていた妙高と那智の92式四連装魚雷発射管から次々と93式61cm酸素魚雷が発射される。

普通ならば(全部命中しないにしろ)8本の魚雷、しかも、61cm酸素魚雷が当たれば戦艦でも沈没を免れない『筈なのだ』。

そんな代物が命中コースにあった3本の魚雷が爆発した……水柱が収まった後、見た目はケロリとし、更に砲撃を再開する程であった事に驚愕させる事になる。

 

「ば、バカな!? 酸素魚雷をくらって無事だと!?」

 

艦橋の驚愕具合を代表するかの様に航海長が叫ぶ。

対して、南雲少将は『滝崎から指摘された』事が発生した為に苦虫を噛み潰したような表情で拳を握る。

 

 

「あ、朝顔から『先程の雷撃は命中にあらず。早爆と視認で確認す』と入電が…」

 

担当士官の報告に南雲少将以外の面々もこの事態の理由を察した。

 

 

「…魚雷再装填。今度は信管の感度を鈍く設定する様に伝えよ……間に合えばよいがな」

 

『酸素魚雷が信管感度調整を行える事による早爆』。

滝崎から聞いていた事態が実際に発生しながらも、南雲少将は冷静に再装填を命じる。

だが、皮肉にも南雲少将の呟き通りになってしまう。

水雷科員が魚雷の信管調整と再装填をフル回転でやっている間、キーロフは今までの被弾・至近弾と(他国魚雷に比べ水中爆発威力が弱いとは言え)酸素魚雷の至近距離爆発による衝撃により、大規模浸水が発生。

ダメージコントロールでは抑えきれない浸水にキーロフの艦長は『沈没による脱出』を回避するために手近な浅瀬に座礁、艦を放棄したのであった。

 

 

 

比叡艦橋

 

 

「敵巡洋艦座礁! 艦を放棄する模様!」

 

 

「極寒の海での沈没を避けたか…だろうな」

 

士官の報告に豊田中将は納得せざるおえなかった。

冬の北極圏の海に飛び込む……どれだけ健康でも僅か数分で凍死する現状ではそうするしかない。

 

 

「敵戦艦は?」

 

 

「未だ健在…ですが、電路が切れたのか、砲塔による各個射撃により応戦中です」

 

朝顔の2本の魚雷、更に比叡からの36cm砲弾4発を受けながらも、弩級戦艦ガングートは未だに反撃していた。

 

 

「そうか……武士の情けだ、トドメを刺してやれ」

 

豊田中将の言葉が合図であったかの様に次の瞬間、4基の連装砲が吼えた。

そして、この斉射が文字通りのトドメとなった。

 

「2発命中! あっ! 砲塔1基吹き飛びました!!」

 

命中を示す2つの閃光、更に閃光と共に爆発する砲塔。

これがガングートにとってトドメとなった。

甚大な被害と拡大する火災と浸水の二次被害にガングートの艦長もキーロフと同じ選択をとる。

手近な浅瀬に座礁し、艦の放棄と総員退艦を下す。

そして、消す者が居ない火災は遂に弾薬庫へ延焼し、砲塔の爆発とは比べ物にならない爆発音と閃光を発し、大爆発をおこす。

これが、この『フィンランド湾海戦』の幕を下ろすフィナーレとなった。

 

 

 

 

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50 96式陸上攻撃機隊

タイトルの割には96陸攻に触れていない…。
昨日、これを書き上げ、次号を書いてたら、昨日1日で書き上がったので、お昼頃に投稿予定。


12月19日 ロンドンタイムズ号外

 

 

『フィンランド湾にて海戦! 日本海軍勝利!!』

(勝利の影に勇敢な駆逐艦の存在!!)

 

本日午前1時頃(現地時間)、フィンランド湾を哨戒中の日本海軍駆逐艦『朝顔』がソ連海軍巡洋艦『キーロフ』、並びに同海軍戦艦『ガングート』と遭遇・交戦した。

『朝顔』は『ガングート』に魚雷を発射、命中後も執拗に追撃し、救援到着まで接触を続けた。

その後、『キーロフ』は日本海軍巡洋艦『妙高』『那智』、『ガングート』は日本海軍戦艦『比叡』とそれぞれ交戦、2隻は沈没を避ける為、座礁・放棄された。なお、『ガングート』は放棄後、大爆発をおこしている。

なお、『朝顔』には日本の皇族が艦長として乗り込んいる。

 

 

 

同ロンドンタイムズ 夕刊 チャーチル卿へのインタビュー

 

『今回の『フィンランド湾海戦』はこの『冬戦争』の縮図の様な戦いであった。(中略)いま戦う勇者達に幸があらん事を』

 

 

 

 

12月22日……『トルヴァヤルヴィの戦い』が終結。フィンランド軍の大勝利に終わる。

なお、この戦いで『フィンランド湾海戦』のフィンランドの号外を宣伝ビラ代わりにばら蒔き、ソ連軍兵士の戦意・士気低下の一因となった。

 

 

 

12月24日 トゥルク近郊の飛行場

 

 

 

この日、豊田中将、小澤少将と共に松島宮と滝崎は防寒服姿で来る筈の面々を待っていた。

 

 

「来ましたね」

 

双眼鏡で飛来を確認した滝崎が報せる。

視線の先にはポツリポツリと黒い点…接近と共にそれが『空の貴婦人』と呼ばれる96式陸上攻撃機の編隊だと解る。

その編隊が次々と着陸し、編隊最後の機体からこの陸攻隊の司令と参謀兼親友が降りてきた。

 

 

「おう、多聞丸、大西、待っていたぞ」

 

降りてきたのは飛行服姿の山口多聞少将と大西瀧治郎少将。

2人はイギリスを経由してこの陸攻隊を率いてやって来た。

 

 

「イギリスではどうだったかな?」

 

 

「フィンランド海戦の一件もあり、日本のお株は日々上がっております」

 

 

「我々と一緒だった陸軍航空隊も随分歓迎されましたよ。それと陸軍航空隊ですが、ストックホルムに到着し、近日中に展開する予定です」

 

山口・大西両少将が豊田中将、小澤少将と話している間に近寄って来た松島宮と滝崎に大西少将が何かを思い出したのか、2人に話を振る。

 

 

「おぉ、そうだ、そうだ。君達2人にチャーチル卿から伝言を預かっているよ」

 

 

「はあ…伝言ですか?」

 

 

「うむ、『暴れるのは構わんが、姫様が興奮するから程々にな』だそうだ」

 

 

「「あはは……」」

 

大西少将の言葉に意味を察した2人は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

暫くして トゥルク 日本海軍臨時司令部

 

 

フィンランド政府から貸し出されたホテルの臨時司令部へと移動した一行は今後の話を始めた。

 

 

「昨日、マンネルハイム元帥に会ってきた。先のフィンランド湾海戦の勝利に対する賛辞と、今までの協力を感謝された。特にフィンランド湾海戦での勝利と戦果は前線での将兵のみならず、国民を奮い立たせる事になり、また、ソ連軍に大きな動揺を与えた、と言う事もあってな」

 

豊田中将の言葉に他の5人も一斉に頷いた。

 

 

「しかし、先の見えない中での光明とは言え、現実的な状況はどうなのでしょうか?」

 

そんな中で山口少将は真剣な表情で質問した。

これに豊田中将は苦い顔になりながら答える。

 

 

「うむ、山口君の言う通りだ。マンネルハイム元帥も仰っていたが、確かに前線はフィンランド軍の奮闘もあって、ソ連軍相手に互角以上に戦っている。だが、この状況がいつまで続くか、或いはこの状況がいつまでも続くのは不味いのは確かだ。我が国より国力で劣るフィンランドとしては、我が国はもちろん、近隣ヨーロッパ諸国の援助が必要なのだが…」

 

 

「ドイツの直接・間接的圧力によってヨーロッパ諸国の援助が届かない、これがフィンランドの頭痛の種の一つ、と?」

 

豊田中将の言葉に滝崎が続ける形で口を出す。

 

 

「そうだ……そう言えば、君はこの先を知っているんだったな。君なりの打開策はあるのかな?」

 

豊田中将が滝崎に話を振る。

 

 

「正直に申しますと、ドイツからの圧力はフィンランドや我々より、日本政府が対処する案件ですので…まさか、『圧力を中止しろ』と言って、キール軍港を襲撃する訳にもいきませんし」

 

 

「お前は一言多すぎだ」

 

そう言って松島宮が夫婦漫才の様にツッコミがてらに頭を叩く。

それに豊田中将らがニヤニヤと笑い出す。

 

 

「とりあえず、我々派遣部隊がやれる事は今の攻勢を防ぎきる事です。このまま何もなければ、フィンランド軍はソ連軍の攻勢に勝利し、一旦ソ連軍は大規模攻勢の為の準備期間に入ります」

 

 

「だが、その大規模攻勢が始まれば、フィンランド軍に勝機はあるのかね? どれ程かは解らんが、それこそ、数十万や百万の兵力や戦力をぶつけられれば、しかも、冬が終わってしまえば、地の利があるフィンランド軍と言えど、最終的に押し潰されてしまうぞ?」

 

大西少将の発言に皆の視線が滝崎に集まる。

 

 

「例えばですが…その準備期間中、ソ連側に大きな『トラブル』が発生し、集積されていた物資、弾薬が消失したとしたら…どうでしょうか?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

さすがの発言に意を突かれたのか、豊田中将達が驚愕の表情を浮かべる。

 

 

「さらに、サンクトペテルブルク…あ、いや、今はレニングラードですね。そこの軍需関係生産施設や鉄道施設にも『トラブル』が発生し、『短期間での復旧が困難』になれば……ソ連側の焦りはどれ程のものでしょうか?」

 

 

「そりゃあ…面白い事じゃないか」

 

 

「スターリンは怒り心頭。ソ連軍は事態と独裁者の怒りに大いに焦るだろうね」

 

 

「だが、それ程上手くいくのかね? 特に施設の復旧ならば、人海戦術でどうにかしそうだが?」

 

滝崎の言葉にニヤニヤと笑いながら小澤少将と山口少将が言い、大西少将は疑問を提示する。

 

 

「それについては…皆様、お耳を拝借」

 

そう言われ、面々が顔を寄せ合わせ、滝崎がボソボソと説明すると、皆ニヤリと笑う。

 

 

「ほほう、面白そうだな」

 

 

「なるほど、それならば『短期間』は難しいな」

 

 

「お前はホントに時々悪事めいた事を考えるな」

 

納得した様に豊田中将、大西少将、松島宮が言った。

 

 

「無論、これは素人の素案なので、専門家の意見が必要ですが…」

 

 

「そこは心配するな。よし、早速、艦隊や陸軍、フィンランド軍に話をしよう。地元の事なら、フィンランドは色々と情報があるだろうし、彼らもこの事には乗るだろう」

 

 

「では、我々航空隊も内々に準備を進めましょう」

 

この場の全員の賛成により、滝崎の『素案の策』は動き始めた。

 

 

 

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51 伝説の始まり

何の伝説かは作中にて。



12月28日……小畑英良少将率いる陸軍航空隊、大田実大佐率いる呉鎮守府第6特別陸戦隊(兵力約2000名)がフィンランドに到着。

 

昭和15(1940)年

 

1月4日……戦車連隊への増援2個中隊(97式中戦車(改)・99式機動山砲 計20輌)、並びに第23歩兵旅団(旅団長 佐藤幸徳少将)がフィンランドに到着。

 

1月8日……『スオムッサルミの戦い』がフィンランド軍勝利で終結。

 

 

 

 

1月9日 フィンランド ヘルシンキ近辺上空

 

 

この日、天候が一時回復した事もあり、ソ連軍はフィンランドの首都ヘルシンキへの空爆を実施する事とした。

無論、これはフィンランド湾海戦を含めたソ連側の敗北に対する『報復』であったのだが……。

 

 

 

「な、なんだ! あいつは!?」

 

ポリカリポフI 16に乗るソ連軍パイロットはそう絶叫した。

ヘルシンキへ向かう途中で『敵の迎撃に受けた』。

これは当然と言えば当然だった……が、それは迎撃隊と接触した時だった。

正面に固定脚単翼機の集団が現れ、それを迎え討とうとした瞬間、上空から銃撃を受け、戦闘機・爆撃機が一気に10機以上、翼を折られるか、爆発四散し、撃墜された。

後は混乱の乱戦に突入し……彼の様に危機的状況だった。

 

 

「敵に新型があるなんて聞いてないぞ!! と言うか、何処から現れた!?」

 

いま、自分の後ろにいる『敵の新型機』は単翼『引き込み脚』機であり、寸胴な愛機より洗練されたデザインな機体。

もし、この場でなければ、その新型機に見惚れ、『操縦してみたい』と願望が涌き出ていただろうが、現状その機体は『美しい死神』であり、その『鎌』で刈り取られない様にするので手一杯だった。

 

 

「しかも、なんなんだよ! あのスピードと身軽さと火力は!?」

 

高速が売りな筈の護衛対象であるSB4爆撃機が爆弾を積んでいる状態とは言え、簡単に追い付かれ、銃撃を受けてあっという間に火を吹く。

友軍戦闘機はどれだけ逃げても、或いは躱しても、直ぐに追従され、数発の銃撃で落ちていく程だ。

例えそれから逃げれても、敵の既存機がハイエナの様に狙っており、気を抜く暇もない。

 

 

「くそ! 新型は30もいない筈なのに…ぐちゃぐちゃにされて、一方的に押されてる!!」

 

もう友軍機を助けるどころか、自分を守るだけで精一杯な状況で、彼は何時もの文句を割り増しで口にした。

 

 

「あの政治将校め! 何が『敵空軍は弱体化しつつある』だ! 魔女婆さんの釜にぶちこまれて、そのままスープの具にされちまえ、クソタレ!!」

 

そう言った直後、敵新型機の銃撃が翼に大穴を複数開け、最後を悟ったこのパイロットは一か八かに賭け、敵地に不時着を決めた。

 

 

 

同日 昼頃 トゥルク 日本海軍臨時司令部

 

 

 

「損失0、被弾機少数、敵損害多数……いやー、やってくれましたね」

 

驚嘆より呆れを多分に含んだ滝崎の呟きが部屋に響く。

 

 

「まあ、史実の初陣を考えれば、この結果は当然ではないのか?」

 

 

「いや、そうはそうなんだよ。だけど、色々とぶっこんできたなー、って………小澤少将、知ってましたね?」

 

松島宮の言葉に滝崎は『まあ、予想は出来た』と言いつつ、多分、当事者であろう小澤少将に視線を向ける。

 

 

「ん? いや、儂や山口君、大西君も知っていたぞ?」

 

 

「………あー、もう、いいです、はい」

 

『お手上げ』と言わんばかりに両手を広げ、ソファに背を預ける滝崎。

そんな相棒をとりあえず放置し、松島宮は小澤少将と話を続ける。

 

 

「それにしても、『零戦』の開発は完了していたんですね?」

 

そう、今回出てきた『新型単翼引き込み脚機』は『零戦』、正式名称『零式艦上戦闘機(11型)』であり、今日がこの世界での『零戦』の初陣だった。

 

 

「実は派遣艦隊編時に開発完了の目処は立っていたんだ。だが、それを待っていては冬戦争開始に間に合わん、となり、零戦部隊だけ別枠として送られる事になったんだ。今頃、第一航空部隊に配備される部隊も整備・調整を受けている頃だろう」

 

 

「ですが、今日迎撃に出た零戦部隊は何処から来たんですか? フィンランド国内に居たら、嫌にでも、我々の耳にも届いた筈では?」

 

 

「ふむ、そうだな。それについては、そこでやる気を放り投げている相棒が関わっている」

 

 

「自分は零戦派遣に関して、何も知りませんが?」

 

話を振られた滝崎がやり投げ気味に答える。

 

 

「はっはっは、実はだね、『史実ではスウェーデンが零戦を買う計画があった』と言う話を聞いた山本さんが『試供品』と言う事でスウェーデンに派遣していたのさ。もちろん、スウェーデンは零戦を買う事を承諾し、いまある『試供品』とは違う『実物』を送る予定さ」

 

 

「…………うわ~、騙された~」

 

それを聞いた滝崎は余計にやる気をなくし、ソファでふて寝する事にした。

 

 

「ちなみに、搭載予定の20㎜機銃の動作問題は解決したんですか? 聞いてる話では冷却機能の問題だった、と滝崎から聞いていますが?」

 

 

「さすが、殿下、勉強されておりますな。実は今回の派遣部隊がスウェーデンに行った理由の一つとして、対環境耐久試験も兼ねておりまして、更に言うなら、今回の派遣部隊の零戦は20㎜の搭載はせず、殿下が乗艦されております朝顔に載せたM2 12.7㎜機銃を航空機銃への採用も兼ねて代わりに載せているんですよ」

 

 

「なるほどな。だそうだ、滝崎。どうやら、制空権の心配はせんでもよさそうだ」

 

 

「うーん、確かにそうなんだけど…零戦に陸軍航空隊、歩兵旅団、陸戦隊の増援だけじゃあ、とても足りないよ。そもそも、フィンランドの戦力増強も欧米諸国の支援が届かないと、たかが知れてるしね」

 

ふて寝からそう言いながら起き上がる滝崎。

 

 

「だが、それがドイツの圧力で届かないのだろう? そちらはどうなんだ?」

 

 

「この類いは本国の仕事だからね。まあ、この状況でドイツが日本との通商条約を切るなんてしないと思うが…こればかりは政府に頑張ってもらうしかないね」

 

松島宮の言葉に滝崎が答える。

 

 

「だが、今のところ、情勢は我々の味方の様だ。そして、それを成すため動く者を評価する者も居る訳だ」

 

2人の会話に入るかの様に小澤少将が言った。

 

 

「はあ…評価ですか」

 

 

「うむ、山本次官から連絡があってな、朝顔と乗組員に感状を出す事になったそうだ」

 

 

その言葉に滝崎と松島宮は顔を見合わせる、

 

 

「………感状な」

 

 

「………感状ね」

 

 

 

 

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52 両国の独裁者

ソ連・ドイツサイドのお話。
(3400字越え…)


1月10日 モスクワ クレムリン宮殿

 

 

「これはどう言う事だ!!」

 

その日のソ連上層部が集まる会議でのスターリンの怒声は大きかった。

それもそうだろ。冬戦争開始以降、侵攻開始数日を除けば、上がってくる報告はほぼ『負けました』か、『大損害を被りました』なのである。

そのイライラが遂に爆発したのである。

 

 

「戦闘に負けて侵攻が止まる! 海軍が出ればボロ負けする! 挙げ句はヘルシンキに向かった爆撃機隊は護衛の戦闘機隊共々大損害の上に爆撃を阻止される!! フィンランドの様な小国相手に何をやっているんだ!!!」

 

怒り過ぎて口から火を吹くのではないかと言わんばかりの怒声に集まっている面々は黙るばかり。

そんな中、彼の親友兼国防人民委員(国防相)クリメント・フエレモヴィッチ・ヴォロシーロフ元帥が発言する。

 

 

「それは仕方ない話だ。フィンランド湾海戦をはじめ、スオムッサルミ・トルヴァヤルヴィ、更に昨日のヘルシンキ空爆失敗も、どれもこれも日本軍が介入している。特にスオムッサルミ・トルヴァヤルヴィの戦いでは100や200ではすまない…下手したら、1000以上の日本兵の姿が確認されているし、空爆失敗も日本軍の新型機が介入していた様だからな」

 

国防相の言葉に会議出席者はざわめきだす。

 

 

「……何かの間違いじゃあないか? 日本がフィンランド支持を表面したのは侵攻当日だぞ? その数日後に旅団規模の兵力がフィンランドに現れたと言うのか!? 馬鹿を言うな! 1ヶ月経った今頃に現れたならともかく、開戦当日にはフィンランドには到着していただと!? ふざけるな!! 魔法を使うか、悪魔の仕業でもない限り不可能だ!!!」

 

『信じられない』と言わんばかりに怒鳴りながら、スターリンは机を叩く。

 

 

「しかも、日本の新型機だと!? いくら何でも準備が良すぎる!! 現場の連中が自らの失敗を隠蔽する為に嘘をほざいているのではないの!!?」

 

 

「報告自体は事実だ。新型機も素性はハッキリしないが、これも間違いない。何処でどうしたか、我々の日本領域内でのスパイ網が摘発により壊滅しているとは言え、それ以外の諜報網を潜り抜け、日本が介入した事は確かだ」

 

スターリンの言い様にヴォロシーロフは苦い顔を隠しながら冷静に淡々と事実を述べる。

そして、続けて、『当然の結果』も口にする。

 

 

「それに、日本の介入とフィンランドの奮戦により、ヨーロッパ諸国でフィンランド支援に動き始めた、と言う情報も入ってきている。連合国、ファシスト問わず、出せる国は多少でも供給しようとしている様だ」

 

 

「くそ! 反共産主義者め! モロトフ!! 圧力を掛けて阻止しろ! いいな!?」

 

 

「は、はい」

 

スターリンの指示にモロトフ外相は返事をする。

 

 

 

「ティエモンシェンコ将軍! あの忌々しいマンネルハイム線を突破しろ!!」

 

 

前任者に代わり、フィンランド侵攻軍司令官となったティエモンシェンコ将軍に怒鳴るスターリン。

 

 

「その件についてですが、大規模な増援と1ヶ月の準備期間を頂きたい」

 

 

「大規模増援はともかく、準備期間が長すぎる! もっと早く出来んのか!?」

 

 

 

「これが最善克つ、早い方法です。日本軍が展開している以上、ただ戦力を投入しても無意味です」

 

 

「……わかった、増援と準備期間の件は了承する」

 

ティエモンシェンコ将軍のハッキリした物言いにスターリンは苦々しい声で返答する。

だが、もし、この会議の流れを滝崎が聞いていればニヤリと笑っていただろう。

『史実通り、克つ予測通りだ』と。

無論、ソ連側がそんな事を知るよしもないのだが。

 

 

 

同じ頃 ドイツ ベルリン 総統府

 

 

 

「……また、か?」

 

 

「はい。日本政府から『フィンランド支援に対する直接・間接的な圧力はやめてもらいたい』と」

 

リッペントロップ外相からの返答に質問したヒトラーは『やれやれ』と言いたげに溜め息を吐く。

現在、ドイツは明確な支持こそ明らかにしていないものの、春頃に実施するノルウェー攻略作戦の絡みから、ノルウェー・スウェーデンへの対フィンランド支援協力(自国の武器支援は勿論、他国からの支援品輸送へのルート提供)に圧力を掛けていた。

これはイタリアやハンガリーなどの他の枢軸国に対する直接的な圧力・妨害よりも、この間接的な圧力・妨害がフィンランドや支援国には厄介だった。

 

 

「義理は無いとは言え、ソ連と不可侵条約を結んでいるのだがな…それに、日英同盟復活を宣言した以上、日本が間接的にイギリスを支援する可能性もある。『はい、そうですか』とはいかんな」

 

 

「まったくですな。それどころか、これを機会に秘密裏に連合国の戦力をノルウェーに展開する為の手助け、と言う疑いもありますからな」

 

ヒトラーの物言いにゲーリングが同調する。

が、そこに同席していたレーダー元帥がジロリと睨み付けながら言った。

 

 

「なら、日本を敵に回しますかな? 昨日の件もありますし、もし、そうなった場合、海軍は危ないのでキールに籠らせて頂きたいます。まあ、どちらにしろ、そうなって喜ぶのはイギリスですがね」

 

この言葉にゲーリングはばつが悪そうに顔を背ける。

実は昨日、ドイツに向かっていた大西洋航路船新田丸がドイツ海軍からエスコートの為に派遣していた駆逐艦2隻と航行中、空軍に誤爆されそうになっていた。

直前に空軍が気付いたからこそ未遂で終わったが、これを聞いたレーダー元帥は直接ゲーリングの所に行き、『お前ご自慢の空軍は敵か、自軍の駆逐艦と友好国の貨客船かも見分けれないのか!?(直訳)』と抗議していた。(なお、ドイツ海軍はトラブル防止の為に空軍を含めた関係各所に通知していたから更に問題になった)

更にこの件に対して行動が鈍いゲーリングに対し、レーダー元帥は先のウルグアイでの一件もあり、手早く日本大使館等に連絡し、問題の早期収束を果たしていた。

故にレーダー元帥はゲーリングに対して刺々しさ満載の言葉をヒトラーの前とはいえ、言えたのである。

 

 

「まあ、レーダー元帥の言葉も解らんではない。だが、『そう言った関係上』我々としては簡単に止める訳にはいかん」

 

 

「それについてですが…日本から『見返り』の提示を受けております」

 

 

「ほう…内容は?」

 

リッペントロップの言葉にヒトラーが続きを促す。

 

 

「はい、まずは海軍には売却した貨客船シャルンホルスト号の空母改造に伴うドイツ海軍・造船関係者の参加・見学(費用日本負担)と空母設計図の譲渡、これらが海軍への譲渡案件です」

 

 

「なん、だと!?」

 

これにレーダー元帥は驚く。

実際、シャルンホルスト号売却とその搭載機関のターボ電気推進機関の取り扱い指導員(シャルンホルスト号の機関員が中心)、更にこの機関に興味を持った日本側が研究用として2基の購入を決定した事により、ドイツ海軍としてかなり『儲けて』いた。

今回は更に売却したシャルンホルスト号の空母改造への参加と空母設計図を譲渡してくれる、と言うのだから、かなりの大盤振る舞いである。

 

 

「海軍でそれか。なら、陸軍や空軍にも何かあるな?」

 

 

「もちろんです。陸軍には朝鮮産タングステンインゴット80トン、88㎜高射砲の追加購入。空軍はマウザー砲とドイツ製航空機製造機械の購入、航空技術者の招待(費用日本負担)、天然ゴムの追加支給と…なお、購入の代金は此方の言い値でよいと」

 

 

「……フッハッハッハ、なるほど、これは良い取り引きかもしれんな」

 

 

「な、なんですと!?」

 

ヒトラーの言葉にゲーリングが驚く。

 

 

「先程も言ったろう? スターリンに『義理』などないのだ。しかも、空軍としても、天然ゴムの件は無視出来まい? ならば、少しぐらいの『融通』はよいだろう」

 

 

「は、はあ、わかりました」

 

渋々と言った様子でゲーリングが了承する。

 

 

「リッペントロップ、日本へ了承すると伝えよ。但し、北欧3国への兵員移動は認めん。支援物資のみだ。これがドイツが出す最低条件だ。よいな?」

 

 

「わかりました」

 

ヒトラーの指示にリッペントロップは返事をすると退出し、ゲーリングもそれに続く。

レーダー元帥もそれに続こうとした時、ヒトラーに呼び止められた。

 

 

「あぁ、レーダー元帥よ。少しよいか?」

 

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 

「うむ、先程の改装工事に人を遣る件だが、SSから1人『出向』の形で共に派遣出来るかな?」

 

 

「はあ、まあ、1人くらいなら問題はありませんが…理由をお訊きしてもよいですか?」

 

 

「なに、日本の動きを探る為だ。最近、この件を含めて日本の動きが良すぎる。その理由を探る為だ」

 

 

「わかりました。『派遣武官』の形で用意しておきます」

 

 

「うむ、頼んだ」

 

 

 

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53 作戦会議

さあ、いよいよソ連を殴りますよ。
(え、今まで? カウンターパンチですよ?)




1月12日 ミッケリ 日本帝国陸軍派遣軍司令部

 

 

フィンランド軍本部に隣接する場所を借りた日本帝国陸軍派遣軍司令部に滝崎と松島宮が来ていた。

 

 

 

「なるほど…それにしても、前線後方はもちろん、後方拠点となるレニングラードをこれ程細かく写真撮影出来るとは…苦労しましたでしょう」

 

航空写真を基に現状説明を受けていた滝崎が航空写真の事に触れる。

これに自ら説明していた小畑英良少将(史実では第31軍司令 グアム島で戦死)は首を振りながら答える。

 

 

「いえいえ、実は今回、我々の部隊には97司偵だけでなく、今年制式採用予定の『新司偵』の増加試作機が『実践試験』名目で配備され、その増加試作機を存分に使いましたので、何ら問題はありませんでしたよ」

 

 

「新しい司偵…ですか。なるほど」

 

この時点で滝崎はこれが『100式司偵』の事だと感づいていたが、下手に口に出すのは止める。

ここで松島宮が話題を変える為に口を開く。

 

 

「ちなみに、『例の件』ですが…陸軍の予測は?」

 

 

「フィンランド軍と擦り合わせ中ですが…チャンスは近日中かと」

 

小畑少将の答えに松島宮は頷く。

 

 

「では、小畑少将。此方のレニングラード関連の偵察写真と解析資料、お借り致します」

 

 

「あぁ、海軍さんの作戦成功の為、我々の物が役に立つ事を願っていますよ」

 

 

「はい。では、また、数日後の合同会議で」

 

そう言って松島宮と滝崎は小畑少将に敬礼すると退出した。

 

 

 

 

2日後 1月14日 ミッケリ フィンランド軍本部

 

 

この日、海軍からは豊田中将、小澤少将、南雲少将、山口少将、大西少将、松島宮と滝崎、陸軍からは山下中将と小畑少将がマンネルハイム元帥らフィンランド軍首脳陣らと『作戦会議』を行っていた。

 

 

「その後の我々の航空偵察により、カレリヤ地峡を中心に前線への兵員移動が行われている様です。また、レニングラードでも鉄道を中心に兵員・軍需物資の運送が活発化しております。また、飛行場の航空機も日々増加しています。よって、ソ連軍が大規模攻勢の為の準備に入った事は間違いないでしょう」

 

前線後方で兵員や兵器が集団で移動する写真、駅舎で人や武器、物資を満載した列車、または貨車から物資の積み降ろしでごちゃごちゃしている場面を撮った写真、更に格納庫や掩体壕に入りきらない航空機が無防備な状態で駐機場に置かれている飛行場の写真なとをを面々に見せなから説明する陸軍航空隊の担当者。

それを面々(マンネルハイム元帥は通訳を通して)は頷きながら聞いている。

 

 

「現状がこれですから、更に増えるでしょう。海軍さんの『作戦』が空振りに終わる事はまずありません」

 

それを聞いて豊田中将の視線が滝崎に向けられる。

『発案者だから内容を話せ』と言う事である。

 

 

「では…既に概要は聞いておられると思いますが、今回の作戦は『レニングラードに点在する軍需工場、軍需倉庫、並びに飛行場を空爆する事です」

 

そう言って滝崎は拡げられているレニングラードの地図に点在する標的を示した赤丸を指差しながら言った。

 

 

「緒戦で敗退したソ連軍は一大攻勢によるマンネルハイム線を中心としたフィンランド軍防衛線を突破し、この戦争に決着をつけるつもりである事は確実です。故に最前線は勿論、前線後方の拠点であるレニングラードに戦力と物資を集結させています。よって、我々はこれを海軍航空隊の陸攻隊で叩きます」

 

ここまでは既に概要を聞いていれば簡単に察せられる内容である。

では、何故に『陸軍やフィンランド軍と擦り合わせを行うのか』である。

 

 

「ですが、それでは効果は薄いでしょう。確かに後方拠点を空爆され、直接的影響を受けても、ソ連ならば『そこに人を集中すればいい』で終わります」

 

無論、滝崎はこの空爆に対して、ソ連側のその意識を挫く方法を導き出しているが、それだけでは『足りない』と思っている。

また、『日本ばかりがいいとこ取りをしている』現状ではフィンランド側には(軍や政府は別として)不満を生む要素が多分にある。

更に人間心理として、『厄介事が一つなら、それに集中出来る』のは心に余裕が生まれ、ミスを犯しにくい。

では、『人が更にミスを犯すのはどういう状況か?』と問われた時に思い浮かぶ事はなんであろうか?

 

 

「ここでフィンランド軍と陸軍には『攻勢』に出てもらいます。陽動的意味合いもありますが、出来れば本格的な攻勢…領土奪還の為の攻勢をお願いしたいのです」

 

それを聞いた山下中将とマンネルハイム元帥がニヤリと笑う。

 

 

「あー、滝崎…大尉。守勢で支えているからこその互角な状況でそれは自さ…いや、無謀ではないかな?」

 

空爆の事で『付属事項』として攻勢の件は聞いているものの、『本格的攻勢なんて聞いてない』と松島宮は周りの目もあり、普段喋りを修正して訊く。

 

 

「….と同じ事を前線のソ連兵士はもちろん、レニングラードのソ連軍司令部、下手をすればスターリンも意識の片隅に持っています。そこが付け目、心理的な隙です」

 

 

「……へぇ??」

 

 

さも当然な言葉と言う様な滝崎の返しに松島宮は追い付けずに間抜けな言葉が口から出てしまう。

 

 

「つまり、侵略者で一度撃退された身にも関わらず、まったく反転攻勢を意識してない連中に『それは油断ですよ』と言いながら今までの分を殴り返してやれ、と言う事だな? うむ、やってみよう」

 

 

「領土奪還の為ならば、我々としても不満はない。その攻勢、実施しようではないか」

 

山下中将とマンネルハイム元帥(通訳を通して)がウンウンと頷きながら言った。

 

 

「そうなると艦隊はどうなるかな? 今のところ、出番はないようだが?」

 

そこに南雲少将が質問を入れる。

 

 

「艦隊に関しては対地艦砲射撃にて攻勢の支援になります。艦砲射撃範囲外を陸軍航空隊、空爆を終えた海軍航空隊で支援し、フィンランド軍の前進を容易にします」

 

 

「ふむ、何もせんで見物と言うのも居心地が悪いからな」

 

納得したように南雲少将が言った。

 

 

「攻勢準備間の牽制か、コッラー河付近でのソ連軍の攻勢が確認されている日本陸軍には増援をお願いしたが…どうかね?」

 

 

「栗林少将の歩兵師団に戦車連隊からの分遣隊を出していおり、既に到着、現地部隊と陣地構築を始めております。ですので、此方の攻勢間は大丈夫でしょう」

 

 

「では、何時実施するか、ですが…」

 

 

「君の理想な天気が2日後の夜になる、とウチの気象担当の予想だが…陸軍さんの方は?」

 

 

「此方も同じです。なお、フィンランドの気象台にも確認したところ、同じ回答がかえってきました」

 

小澤少将の問いに小畑少将も頷きながら肯定する。

 

 

「わかりました。では、2日後の夜に…ちなみに作戦符丁はどうしますか?」

 

 

「夜襲なんだ、『ヤ号』でよかろう。単純な方がフィンランド側にも解りやすい」

 

滝崎の問いに松島宮が答える。

こうして、後に『冬戦争の行く末を決めた』と言われる、『ヤ号作戦』『ヤ号攻勢』が決定した。

 

 

 

 

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54 コッラー河の戦い

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

本来なら、昨年中や元旦、1月頃に投稿する予定だったのですが、運営のスパムメール等の除去作業で前作投稿から今月までの約3ヶ月ほどマイページにログイン出来なかった為、本日になってしまいました。

申し訳ありませんでした。


1月15日 ラドガ湖北部 フィンランド軍司令部

 

 

「各防衛線より報告! ソ連軍の攻撃が始まりました!」

 

血相を変えた士官が駆け込みながら報告する。

この報告にこの地域の防衛を担当するフィンランド軍司令官ユハン・ヴォルデマル・ハッグルンド少将と増援として来た栗林少将がテーブルに拡げられた地図に視線を向ける。

 

 

「閣下の増援により、間一髪で防衛線の増強が出来ました」

 

 

「いえいえ。逆に到着が遅れて申し訳ない」

 

 

「仕方ありません。カレリア地峡の防衛は最重要課題。緒戦の勝利で一旦落ち着いたとは言え、予断を許さぬ中、マンネルハイム元帥が切り札に等しい貴殿方を派遣していただいた事は英断です。また、ハルヒン・ゴールの戦いなど、ソ連軍に苦杯を舐めさせて来た貴殿方の来援は、防衛にあたる兵士達を奮い立たせるきっかけになります」

 

 

「それは過大評価と言うものですよ。しかし、こうして我々が居る事によって、お役に立てている。今はそれだけで充分ですよ」

 

方針の検討とは真反対な称賛と謙遜な会話をしているが、それはそれをする余裕があるからだ。

ラドガ湖北部はコッラー河を中心にした防衛線の固守であり、防御一辺倒である。

故に栗林少将の一個歩兵師団の増援で現地の一個師団がカバーしきれなかった場所の防衛と予備兵力の確保に重点を置いていた。

故に後は状況の推移を見極めて対応すれば、まず崩れる事はない。

 

 

「地形的に戦車の機動力は活かせません。せっかくの戦車部隊も予備兵力以外は戦車隠蔽壕で固定砲台となります」

 

 

「かの『バロン西』には酷な事になりましたな」

 

 

「大丈夫でしょう。まあ、それを言ってしまえば、私も騎兵の出ですから、暴れたいところですが…説得には苦労しましたが、西君も上手い具合にやりますよ」

 

そう言って栗林少将は地図の一点を見つめる。

そこはこのコッラー河防衛線の要にして、防衛線の自信の現れとも言える場所だからだった。

 

 

 

コッラー河防衛線の一つ 小高い丘

 

 

 

「いいか、何時も通りだ。まだ撃つな。引き付けろ」

 

この防衛陣地の指揮官である第6中隊(カワウ中隊)アーネル・エドヴァルド・ユーティライネン中尉は指揮下の約30名の兵士に指示を出す。

何時も通りの砲兵による事前制圧射撃後に大兵力の集団で接近してくるソ連兵の群れ。

ユーティライネン中尉の部隊と増援の日本軍からの2個歩兵中隊は向ける火器を向けて待ち構える。

 

 

「ニシ、戦車と狙える奴は頼む」

 

 

『わかっている。そっちもしくじるな』

 

有線の野戦電話で戦車隠蔽壕にダックインしている戦車隊を指揮している西少佐。

何かの波長が合ったのか、ツーカーで話していた。

 

 

「よーし……いいか、ハユハの狙撃が合図だ。それまで絶対に撃つな」

 

ジリジリと近付くソ連軍兵士の群れ。

そんな中、指揮官とおぼしき士官が一発の銃声と共に倒れる。

 

 

「今だ! 撃て! 撃て!!」

 

その狙撃が合図であったかの様にフィンランド軍、並びに日本軍も射撃を開始する。

 

 

 

 

「伏せろ! 伏せろ!! 狙撃だ!!」

 

先頭の士官がヘッドショットされた瞬間、古参兵が慌て伏せさせる。

 

 

「間違いねえ! ヘイヘの仕業だ!」

 

 

「死神だ! 『白い死神』が現れた!!」

 

狙撃にソ連兵達に動揺がはしる。

特に『白い死神』ことシモン・ヘイヘの狙撃である事に恐怖心が沸き立ち、それが拡がってしまえばどれ程の大兵力と武器・弾薬、そして、新兵器があったとしても、『烏合の衆』になるのは古今東西変わらぬ『結果』なのだ。

 

 

「何をしている! 早く…」

 

伏せたまま前進しない歩兵を前進させようとした政治将校がシモン・ヘイヘの狙撃に倒れる。

 

 

「くそ! こんなんで進めるか!」

 

 

「それより、なんだよ!? この弾幕は!? 明らかに人数が増えてるぞ!!」

 

元の人数に2個中隊の増員であるので、その弾幕は今までとは比べるものではない。

 

 

「標的、歩兵後方のT-26…撃て!」

 

西少佐の指示にチハ改の47㎜砲から徹甲弾が発射され、T-26を撃破する。

 

 

「ある程度捌いたら、弾種を榴弾に変更。露助に浴びせろ」

 

 

「はい」

 

敵情を見ながら西少佐が方針を定める。

実際、ここで全て撃破しなくても、フィンランド軍・日本軍の対戦車砲や無反動砲(日本側が供与)がある為、問題はない。

そんな中……

 

 

「…………」

 

『白い死神』シモン・ヘイヘは静かに次の標的に銃口を向ける。

反射光を嫌い、スコープを付けずに狙う次の標的はT-26の車長だ。

そして、車長ハッチから身を乗り出していた車長は次の瞬間、ハッチ周辺を血に染め、物言わぬ骸になっていた。

 

 

「くそ! 前と状況が違い過ぎる!! おい! 他所の状況は!?」

 

誰が指揮権を継承してるかも解らない中、兵士と共に伏せてやり過ごしていた少尉が手近にいた通信兵に状況を訊く。

 

 

「ダメです! 他の所も似たり寄ったりです! しかも…」

 

 

「しかも? なんだ!?」

 

 

「不確定も含めて…ヤポンスキーが居ます!」

 

その一言に少尉を含めた周囲の空気が別の意味で凍る。

 

 

「…撤退だ! 撤退するぞ!」

 

 

「いいんですかい、少尉殿?」

 

ベテランの古参軍曹が少尉に訊く。

 

 

「ふん、こんな場所で死ぬ気ない。しかも、今までと状況が違う…死神のスナイパーに疫病神な日本軍が居るなんて、魔女の婆さんの呪いだ! それとも、軍曹。こんな、焚き火に氷を投げ込む様な状況に打開策はあるか?」

 

 

「いやー、悪知恵に自信がある私も、流石に…」

 

苦笑いを浮かべながら言う軍曹に少尉も呆れる。

 

 

「真面目に返すな…日本軍が居るだけで言い分としては充分だ! 撤退!!」

 

この指示に少尉が率いる部隊が撤退すると、他の部隊もつられる様に撤退していく。

これを止めようとする士官や政治将校はシモン・ヘイヘが狙撃で処理していく。

後に『キラーヒル(殺戮の丘)』と呼ばれるこの防衛地点のこの日の攻撃はこれで終了した。

 

 

 

結局、この日のコッラー河防衛線に対する攻撃はソ連軍の失敗に終わった。

しかし、普段とは違ったのは参加部隊から『日本軍がいた』と言う情報が届けられ、この地域の攻略を担当していた前線司令部は前線からの『情報』とそれを基にした『推測』により、日本軍が同地の増援に『最低でも2個歩兵師団と1個戦車連隊が展開している』とフィンランド侵攻軍司令部に報告していた。

(実際は1個歩兵師団と2個戦車中隊、1個機動山砲中隊)

この報告にレニングラードの侵攻軍司令部はラドガ湖方面への増強も必要になった事から、攻勢準備の修正と調整が必要になり、頭を抱える事になった。

 

……まあ、そんな修正や調整すら吹っ飛ぶ事になるのだが。

 

 

 

 

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55 ヤ号作戦

さあ、ピクニックですよ!
(某モロッコの恐怖からの引用)


1月16日 深夜 フィンランド湾 カレリア地峡沿岸

 

旗艦比叡艦橋

 

 

「長官、時間です」

 

時計の針が11時を指したのを確認し、士官が報告した。

 

 

「うむ……では、予定通り、『ヤ号作戦』を開始する」

 

 

「はい。艦隊、撃ち方始め!!」

 

その指示の下、比叡、霧島、妙高、那智、足柄、羽黒が艦砲射撃を開始する。

また、フィンランド海軍から海防戦艦のイルマリネンとヴァイナモイネンもこの艦砲射撃に参加している。

第二水雷戦隊と朝顔は周辺警戒である。

 

 

 

朝顔艦橋

 

 

「旗艦比叡をはじめ、艦砲射撃を開始しました」

 

 

「あぁ…しかし、夜だから余計に砲火が目立つな」

 

警戒中にも関わらず、運用長の報告に場違い感たっぷりな感想を述べる滝崎。

 

 

「まったく、そんな間抜けな感想を言ってる暇があるなら、しっかり警戒しろ。漂流してる機雷や、潜水艦の魚雷をくらいたくなければな」

 

それを横で聞いていた松島宮が呆れながら言った。

 

 

「そろそろ、陸攻隊が合流する時間ですが…あっ、来ましたな」

 

運用長が腕時計を見ながら言った瞬間、タイミングを合わせたかの様に96陸攻隊と護衛の零戦隊が飛来する。

そして、天城や赤城から第二次攻撃隊が発艦し、合流しながら一路レニングラードへ飛んでいく。

 

 

 

同時刻 レニングラード ソ連軍司令部

 

 

 

「なんだ!? この電話の騒がしさは!!」

 

 

「あっ、ティモシェンコ将軍!!」

 

就寝中を起こされた為か、周囲の電話の呼び出し音で更に不機嫌になったティモシェンコが悪態を吐きながら訊く。

 

 

「そ、それが…日本軍とフィンランド軍による攻勢が…」

 

 

「なに!? 嫌がらせの夜襲ではなかったのか!?」

 

 

「まったく違います! カレリア地峡で総攻撃が開始されました!! マンネルヘイム線からの制圧射撃だけでなく、フィンランド湾からの日本艦隊からの艦砲射撃、並びに航空攻撃とそれに合わせた地上部隊の一大攻勢です!!」

 

報告する士官の叫びにティモシェンコは事態の深刻さを理解し、周囲を見渡す。

 

 

「じゃ、じゃあ…この電話の嵐は…」

 

 

「指示を請うものばかりです! 既に幾つか途絶しています!!」

 

この言葉にティモシェンコの顔は青くなる。

なにせ、防御側のフィンランド軍が攻め手に転じるなど『専守防衛』と認識していたソ連軍司令部は想定外であったからだ。

しかも、更に追い討ちが発生する。

突如、レニングラードにサイレンが響き渡る。

 

 

「な、なんだ!? 今度はなんだ!?」

 

 

「大変です!! ひ、飛行場が…空襲を…!!」

 

『予想外』の連続にティモシェンコはフリーズするしかなかった。

 

 

 

 

少し前 レニングラードの飛行場

 

 

『前線が空襲を受けている』と言う事で叩き起こされた整備兵とパイロットは戦闘機の発進準備を慌て行っていた。

だが、夜間空襲を想定していなかった事、更に今が冬の1月である事から、『エンジン周囲を焚き火等で暖め』ながら整備しないとダメな事から、この場合の緊急発進は不可能に近い。

故に氷解と照明の為に相当な火や明かりが点在し、手元に注意が注がれていた為、誰も寸前まで『気付かなかった』。

気付いた時には天城、赤城の第一次攻撃隊制空隊の96艦戦や零戦が銃爆撃を開始する寸前であった。

 

 

「に、逃げろ!!!」

 

その絶叫を皮切りに飛行場はあちこちで火災が乱発する。

以前も書いた通り、飛行場にはソ連軍の攻勢の為に航空戦力が集結し、収容施設に入りきらない物はシートを掛け、或いはそのままで置かれていた物ばかりだ。

故に銃撃や小型爆弾で燃料が漏れ、何かしらが原因で引火してしまえば……後は大規模火災の出来上がりである。

 

 

「ぶ、無事な機体を避難させろ!!」

 

 

「無茶言うな! 火に巻かれるぞ!!」

 

 

「なら、火を消せ!!」

 

 

「無理だ、諦めろ! 消火するより、延焼が早い!!」

 

 

「避難しろ! もうダメだ!!」

 

空襲に慌て起きた対空火器要員も現状を見て、持ち場に就くことを諦め、整備兵やパイロット共に避難する。

しかも、これで終わりではない。

何故なら、『本命』の艦爆、艦攻の攻撃はこれからなのである。

 

 

 

 

暫くして レニングラード上空 陸攻隊

 

 

「あの様子だと、飛行場に注意がいってるな」

 

近くの窓から飛行場の方を見ながら大西少将はニヤリとする。

飛行場がある空は赤く染まりつつある。

 

 

「あぁ…さあ、いよいよ、俺達の出番だ」

 

同じく乗り込んでいた山口少将が同じく視線を向けながら言った。

2人は編隊最後尾の機体(鴨番機)に乗り組み、『予備対空監視員』として参加していた。

 

 

「うむ、全員無事に帰還したら、一杯やる約束もあるしな」

 

 

「やれやれ……彼らも誘ってやらねばならんな」

 

親友の言葉に周囲の搭乗員がガッツポーズをやり、それを苦笑いを浮かべて見る山口少将。

そして、概要とは言え、素案を作り、いまは自分の任務を果たす2人の『若者』のことも忘れない。

 

 

『目標に接近。爆撃準備!』

 

中隊ごとに割り当てられた爆撃目標に向かう。

2人の居る中隊はレニングラードの軍需工場が目標である。

 

 

『ちょい右……ズレた、ちょい左……そのまま、そのまま…よし、爆撃よーい!!』

 

爆撃の為に微調整を行う無線の声と共に進む陸攻隊。

そんな中、目標の工場は今頃になって電気が消える。

 

 

「今頃消したか…もう遅い」

 

それを見た山口少将がポツリと呟く。

 

 

『そのまま…よーい、てぇぇ!!』

 

その指示の下、陸攻隊は腹に抱えていた60キロ爆弾を次々に投下する。

 

 

『爆撃成功、帰還するぞ! まだまだ、俺達の仕事は終わってないからな!』

 

……そう、まだ『事』は終わっていないのだ。

 

 

 

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56 激怒のスターリン 称賛のヒトラー

前号の結果とそれぞれの反応。


2日後 1月18日 モスクワ クレムリン宮殿内 会議室

 

 

「この被害は! この醜態は!! どう言う事だ!!!」

 

朝一番の会議の初っ端から、クレムリン宮殿どころかモスクワ市街にも響き渡りそうな絶叫の怒声をスターリンは吠えていた。

無論、その理由は先日(前号)のフィンランド・日本軍によるカレリア地峡攻勢、レニングラード空襲の件を踏まえた(推定)被害報告とその甚大さ(まだ推定)が原因だ。

 

 

「今までの被害すら霞む程だ! なんだ、これは!? 前線は崩壊し、10キロも後退! 配置された部隊は武器も装備も物資も捨て敗走! レニングラードは軍需工場や駅、倉庫も飛行場も全て空爆されて燃やされた! しかも、一機も落とせなかっただと!!」

 

怒りのあまりに机すら破壊しかねない勢いで吠えるスターリン。

だが、被害の概要は彼の言う通りだった…しかし、その内容は深刻であった。

カレリア地峡での件は10キロの後退に対して人的被害は少なかった。だが、それ以外は『大損害』と言っていいレベルだ。

何故なら、現地部隊は撤退の際に武器や装備等を邪魔になるからと投棄・放棄していた為、それらは追撃するフィンランド・日本軍に回収され、『フィンランド軍の装備』になっていた。

特に銃火器や火砲、戦車と付属する弾薬類はフィンランド軍からすれば喉から手が出る程であったから、後に『スターリン給与』と言う皮肉たっぷりな文言まで生まれた。

では、なぜこんなん事になったかと言うと、結局のところ、『フィンランド軍が攻勢を仕掛けてくる事はない』と言う油断と、前線にいた部隊が今までマンネルヘイム線に攻勢を仕掛けて消耗していた敗残部隊であり、その後方に大規模攻勢の為に送られてきた新兵中心の新参部隊であった事だった。

攻勢の矢面に立たされた前線部隊はそれまでの消耗とそれに伴う士気低下、更には『敵の手強さ』を認知している為が故に大半が防衛を放棄、その撤退してきた前線部隊に押される形で後方待機の新参部隊も撤退したのである。

本来なら、この新参部隊と共に留まればこれ程の『惨敗敗走』にならなかったのだが、新参部隊は新参部隊で状況無理解な上に突然の攻勢によるパニックで統制が取れなかったことが原因だった。

更にこの敗走を止めようにも現場の士官も部隊司令部もベテランが少ないが故に混乱し、レニングラードへの指示要請も不通(レニングラードへの空襲が原因)となり、一部の静止の声も混乱と恐怖心による崩壊の波浪の前には何の塞き止めにもならなかった。

 

話は変わり、レニングラードの件だが、此方の方が前線の敗走よりも問題は深刻であった。

艦上機隊、並びに陸攻隊によって行われた軍需工場らに行われた空爆は手始めに飛行場を空爆した事もあり、何の妨害もなく実施された為、大成功を納めており、それがレニングラードもモスクワも絶望させていた。

空爆により、同時期に複数箇所で発生した大規模火災は延焼こそ何とか防いだものの、施設の大半が全焼レベルで焼失していた。

これにより、倉庫は格納されていた物資、駅は各種貨車や施設、飛行場は格納庫ら施設と航空機が一緒に焼失しており、軍需工場は中の製造機器自体が使用不能となっていた。

これらの被害自体も相当深刻で、カレリア地峡から撤退した部隊の再編成の為に備蓄していた物を使う事も、新たに補充し、それを輸送・格納する事も出来ず、航空作戦もレニングラード防空も行う事が出来なかった。

これだけでも絶望ものだが、更に厄介な問題が存在していた。

それは『復旧作業が春にならないと出来ない』事だった。

そんな馬鹿な、と言いたくなるのだが、ちゃんと理由がある。

それは消火による放水が冬季の極寒により火事現場を凍結させてしまい、瓦礫撤去が冬季中は実質不可能と判断された為だ。

(現場では無理矢理解凍し、人海戦術で復旧作業を行う気でいたが、『今度はレニングラードを焦土にする気ですか!』と調査担当者に抗議された事もあり断念)

しかも、春期になり、瓦礫撤去が出来ても、先ず鉄道施設の復旧が必要な為、特に軍需工場の生産活動再開は『春期から数えて3ヶ月から半年が必要』との概算が出ていた。

そして、これが滝崎の『狙い』であった。

滝崎は『史実のソ連』が利用した冬季の『冬将軍』と言う自然の脅威を最大限に逆利用し、ソ連側に大打撃をくらわせたのである。

そして、それは見事にど真ん中で的中し、この概算報告の時点でモスクワの上層部を絶望させ、スターリンを激昂させていた。

 

 

「これで我々は世界一の笑い者だ!! 世界最大の恥さらし者だ!! フィンランドの様な小国相手に、この体たらくなんだからな!!!」

 

スターリン以外の者が押し黙る中、スターリンは怒りに任せて怒鳴る。

しかし、怒鳴ったところで自体は好転する訳がないのだが……怒鳴るしか出来ないのであった。

 

 

 

 

その頃 ドイツ ベルリン 総統官邸

 

 

「はっはっは! 何とも愉快な事じゃないか! 今頃、スターリンは額に青筋を浮かべて激怒しているだろうな。その姿が容易に想像出来る。そうだろう?」

 

愉快そうに笑いながら、スイスの新聞を片手にヒトラーがゲーリングをはじめとした面々に言う。

もちろん、新聞の一面記事はレニングラードとカレリア地峡の事がデカデカと書かれている。

もちろん、ドイツは『仮想敵』であるソ連の重要拠点のレニングラードにも『探り』を入れている為、ソ連上層部に入っている報告とほぼ同様の情報を(段階的とは言え)入手していた。

 

 

「私も日本軍と日本への認識を改めねばならない。レーダー元帥があれ程日本との対立を避けようとしたのも頷ける。レーダー元帥の慧眼には感謝するしかないな」

 

 

「はっ、ありがとうございます」

 

控え目に謙遜しながらレーダー元帥は頭を下げる。

無論、レーダー元帥からしてみれば『海軍からの知見』で語っただけで、これ程の大事になるとは予想していなかったのだが、それを言うのは無粋であるので口にしない。

そんな中、ゲーリングは諜報部から入ってきたレニングラード空襲の概要報告を読んでいた。

 

 

「ゲーリングよ、さっきから熱心に読んでいるが、どうしたんだ?」

 

 

「え、あ、すみません。実は『日本の新型戦闘機を見た』と言う記載がありまして…空軍を預かる者としては気になったものですから…」

 

 

「そうか…うろ覚えだが、日本の戦闘機は単葉固定脚だった筈だが?」

 

 

「はい…ですが、どうやら、引き込み脚機のようでして…場合によっては我が軍のメッサーシュミットと互角の可能性もあります。無論、推測ばかりの話ではありますが、我々にもバレずに北欧まで持ち出してくるとは…」

 

 

「先程も言ったではないか、ゲーリング。『日本への認識を改めねばならん』と。だが、これは良いかもしれん。赤軍大粛清と今回の戦争で弱体化したソ連を牽制する意味では、日本との技術提供協定枠内の拡大も視野に入れるのも良いかもな」

 

 

「海軍としては直接的影響はないので、総統にお任せ致しますが…上手くいきますかな?」

 

 

「レーダー元帥よ、君が先の大戦の事もあって、イギリスを注視する様に、この数年で日本に散々な目にあったソ連ならば自ら仕掛ける気が当分無くても、日本の動きには相当敏感になる筈だ。日本もソ連に仕掛ける事がなくても、シベリアと満州の国境で睨みを利かせてくれれば、それだけ我々にも利がある。ゲーリングよ、空軍も何か出来ないか検討してくれ」

 

 

「わかりました。新型機の件もありますので、失礼します」

 

 

「うむ」

 

そう言ってゲーリングが退席し、他の面々も退席する。

そして、最後に残ったレーダー元帥がヒトラーに声を掛ける。

 

 

「総統閣下、例の『出向員』の事ですが…」

 

 

「ん? 何か問題があったか?」

 

 

「あ、いえ、問題と申しますか…あの者で大丈夫かと…」

 

 

「うむ、堅物ではあるが、身分もしっかりしていて、下手に偏見を持たん者を選んだのだが…」

 

 

「なるほど、ならば問題は無いかと。愚問を御許し下さい」

 

実はこの時、レーダー元帥の質問とヒトラー総統の答えに認識の差があったのだが、それに気付いたレーダー元帥は敢えて指摘せず、この話を終わらせる事にした。

 

 

 

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57 前兆

地味に長くなった…。


執筆裏話

小畑少将(兄)の経歴を確認しよう。

(wikiにて)あれ、小畑少将の写真、こんなんだったっけ?

ふぁ!? 弟おって、陸軍かよ!!(にしても兄弟やからよく似てる)

なぁに!? 輜重科出身! 貴重枠やん!! 兄弟共々フィンランドにぶち込んでやる!!

以上


1月20日 ミッケリ 日本軍派遣司令部 ある一室

 

 

 

「つまり、『兵站部門』から見ても状況は悪い、と」

 

 

「はい。見ても解ります通り、ソ連の補給線は鉄道が主役です。ですので、レニングラードの鉄道施設や倉庫がほぼ『焼失』している以上、今や普段の部隊維持すら『過不足』と言えますね」

 

司令部の一室『輜重・兵站部門室』と札が扉に掲げられた部屋の中で滝崎と松島宮は大佐の階級章を着けた将校と机の航空写真を見ながら話していた。

 

 

「なるほど……もし、この状況で…いえ、この状況『だからこそ』攻勢を仕掛けるとしたら、限界まで何日だと思われますか?」

 

滝崎の質問に部門を預かる小畑信良(のぶよし)大佐は眼鏡の奥に軽蔑を込めた目になりながら答えた。

 

 

「……規模にもよりますが、このまま全戦力…いえ、半数を使ったとしても『半日保てれば良い方』かと」

 

正にドストレートに言えば『攻勢云々の前に兵站が崩壊している』と言う答えに滝崎は顎に手をあてて考える。

 

 

「滝崎、まさか、ソ連がこの状況で攻勢に出ると考えているのか?」

 

 

「残念ながら、『イエス』と答えるしかない。敗残部隊でも戦力が『保持』されてる『今』だから、『磨り潰す』こと前提に仕掛けてくるだろう。ソ連は『そう言う国』だ」

 

松島宮の問いに滝崎は冷酷な『現実』を言う。

いや、これは『敗戦しそうな国がやる賭け』と言うべきかもしれないが。

 

 

「大戦力を投入し、磨り潰す前提の損害度外視攻勢で防衛線を崩壊させ、その勢いのままフィンランドを制圧する、か…兵站も無視した『賭け』だね」

 

眼鏡を掛け直しながら小畑大佐は滝崎の言いたい事を口にした。

 

 

 

「…おっと、お時間取らせて申し訳ありませんでした、小畑大佐。航空偵察の判定だけの為に長居してしまいました」

 

 

「いえいえ、兄から連絡をもらっていましたので。それに私も輜重兵站を預かる身として、君と一度は会いたいと思っていたからね。ユニバーサルキャリアーや自動貨車の配備を主張し、輜重兵站の強化を熱心に説いていた、と永田参謀次長から聞いていたからね」

 

 

「それに関しましては…自分は当然の事を主張したまで、と言わせて頂きます」

 

滝崎はそう言うと松島宮と共に一礼して退室し、小畑大佐は敬礼で見送る。

(なお、小畑大佐の『兄』とは、小畑英良少将の事である)

そして……滝崎の懸念は現実の物となった。

 

 

 

1月25日 日本軍派遣司令部 会議室

 

 

「『ソ連兵の一団が凍結したフィンランド湾を探りながら歩いていた』と?」

 

 

「はい。フィンランド軍の巡回が見つけ、マンネルハイム元帥のところに上がってきたとの事です」

 

急遽陸軍から呼び出しがあり、海軍側の面々が来てみると、概要を聞いた豊田中将が山下中将に聞き返し、概要を説明する。

 

 

「滝崎、どうやらお前の『もしかすると』は当たった様だな」

 

 

「出来れば当たってほしくなかったよ。万人の為にね」

 

松島宮の言葉に滝崎が嫌そうに答える。

無論、集まっていた面々は2人に顔を向ける。

 

 

「何か懸念材料があったのかね?」

 

 

「そう言えば、先日会った時もその話になりましたが…なぜ、そう思ったのか、是非お聞きしたい」

 

山下中将の問いと小畑大佐の言葉に反応した他の面々の無言の『早く話せ』オーラに滝崎は話す。

 

 

「史実の独ソ戦であった事例ですが、レニングラードなど孤立した地域の中には冬季の厳寒で凍結した湖や河川を利用した補給輸送ルートを作り、耐え忍んだ事例があります」

 

滝崎の言葉に場がざわめきだす。

 

 

「兵站を預かる人間として訊きたいのだが、どれくらいの物を輸送していたのかね?」

 

 

「私も詳細までは…ですが、トラックやBTシリーズの比較的軽量な戦車を自走させていた様です。また、氷結具合等によってはレールを敷いて、臨時鉄道線を敷設、低速運行で鉄道輸送を行った事例もあるそうです」

 

小畑大佐の問いに『あくまで知ってる範囲』で答える滝崎。

だが、その話により、『凍結した氷上を使っての進攻攻勢』が与太話ではない事は集まった面々に認識される。

 

 

「ふむ…滝崎大尉の話は将来的にソ連と戦う上でも考慮する事項である。まあ、その話は置いとくして、その対処に意見はあるかね?」

 

山下中将の言葉にざわついていた場の空気が鎮まり、滝崎の方に向く。

 

 

「既にお気付きの方もいらっしゃると思いますが、この攻勢はソ連軍の窮状を打開する為の、賭けに近い作戦です。そして、ソ連軍がこの攻勢作戦を『成功』させるには2つの要素が大前提で必要です」

 

 

「『凍結した氷上を使う』なら、1つは『奇襲である事』か?」

 

滝崎の問いに話がわかったのか松島宮が答える。

 

 

「そうだ。まあ、この時点で奇襲は成り立たなくなりましたが…そうでもしなければカレリア地峡に展開したフィンランド軍に後退を強いる事は出来ません」

 

その言葉にその場の面々は頷く。

現在、カレリア地峡に防衛線を引き直し、マンネルハイム線には予備部隊を配置している。

つまり、マンネルハイム線は空き家ではないので、そのままソ連軍の手に落ちる事はないが、『背後に敵が居る』のは厄介であり、現在のフィンランド軍は限界ギリギリまで動員しているので、状況推移によっては鉄壁のマンネルハイム線が奪取される可能性は低くない。

 

 

「そして、もう1つですが…これが一番の要素であり、ソ連側の『敵』ですね」

 

 

「『時間』だね」

 

滝崎の言葉に小畑大佐が答えを出し、それに滝崎は頷く。

 

 

「小畑大佐、その理由は?」

 

 

「一番の理由は輜重兵站です。繰り返しになりますが、先の我が方の攻勢とレニングラードへの空襲、これにより大攻勢の為の各種軍需物資をソ連側は失いました。普段の大兵力の維持すら困難な状況ですから、このまま何もしないにしろ、逆に攻勢をするにしても、短時間で成果を出さねばソ連側は物資不足で自壊します」

 

山下中将の問いに輜重兵站部門の長としての見解を述べる小畑大佐。

史実でも数少ない『輜重兵站』部門を歩んできたスペシャリストであり、インパール作戦に異を唱えた人物の1人にして、永田参謀次長が『彼しか任せられない』と派遣軍の輜重兵站部門の長に抜擢した人間であるが故の説得力もあり、陸軍側の人間が納得した様に頷く。

 

 

「更に言うなら、各所に時間の制約が多いのが原因です。奇襲的効果を狙うなら夜が望ましい。ですが、氷上である為に移動に時間が掛かる。その為に早く出発すれば早期に捕捉され、奇襲効果を失うばかりか、空爆などで阻止される。また、戦略的効果を狙うあまり、下手に西側に進攻すれば、我々海軍の艦砲射撃を受ける…ソ連側としては、これこそ最も避けたい事かと」

 

 

「確かに。いくら分厚いとは言え、氷に約670キロの鉄の塊をぶつけたら、一溜りもないからな」

 

滝崎の言葉に豊田中将が頷きながら同意する。

そもそも、例え表面的に何も無くても、亀裂がはしり、割れ目が出来てしまえばどうなるか……想像出来た者の顔は若干青くなっている。

 

 

「ふむ…攻勢の可能性だけを考えるつもりが、『攻勢をやる』と言う結論に達してしまったな。となれば、我々は何を出来るか、となるが…」

 

 

「ならば、我々陸戦隊の出番ですな」

 

今まで聞き手に回っていた海軍陸戦隊司令の大田実大佐が手を挙げる。

 

 

「陸軍さんがフィンランド軍支援で人を下手に回せないなら、我々が該当地域の守備を行いましょう」

 

 

「やれるかね、大田大佐?」

 

大田大佐の言葉に豊田中将が念押しとばかりに問う。

 

 

「滝崎大尉の言葉通りなら、足止め出来れば我々の勝ちです。艦砲射撃や空母からの航空支援があれば充分やれますよ」

 

 

「と言う事だ、山下中将」

 

 

「わかりました。我々陸軍も出来る限り支援します」

 

 

 

 

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58 陸戦隊

更新が遅くなりすみませんでした。


2月5日 深夜 フィンランド湾沿岸部

 

 

 

「……寒いなー」

 

 

「…呑気なぼやきだな」

 

防寒服で着膨れし、完全武装の滝崎と松島宮が呑気そうに会話を交わしている。

なお、2人共、拳銃こそ14年式拳銃だが、滝崎は38式歩兵銃、松島宮は100式短機関銃を装備している。

2人がここに居る理由は、乗艦の朝顔の点検と船底清掃の為にドック入りした為、陸戦隊に同行しているからだ。

 

 

「まったく、そんな調子だと、狙撃されるぞ」

 

 

「あはは……ごめんなさい」

 

そんなやり取りを交わしつつ、2人は陸戦隊の司令部になっている哨戒所に向かう。

 

 

 

「あぁ、戻ったか。どうかね、陸上の散歩は?」

 

 

2人が姿を現すと大田実大佐が出迎える。

 

 

 

「…巡回をしていただけなのですが」

 

 

「その事を『散歩』と言っているんであろう? お前は固いな」

 

そう言って松島宮は滝崎を肘で小突き、周囲が微笑む。

こんな和やかな雰囲気が、戦闘前の雰囲気と言うのでなければ、だが。

 

 

「ところで、現状は?」

 

 

「あまり変わらないな。陸さんの各種偵察でカレリア地峡を中心に攻勢の動きあり、と言ってきた以外は航空偵察でレニングラードから部隊が出発した事を除いて変化はない」

 

そんな場の空気を変えるかの様に滝崎は真剣な表情で大田大佐に訊くと、大田大佐は机の略地図を指しながら答える。

 

 

「今のところ、お前の勘働き通りだな」

 

 

「取れる手段が限られてるからね。後は空挺部隊による空挺強襲だが…規模と天候の問題で無理だよ。しかも、やれるなら開戦初頭にとっととやってる」

 

そもそも、第二次大戦期のソ連軍空挺部隊は成功例より失敗例の方が多い…気がする。

 

 

「だが、君の推察は筋が通っている。それに山下中将がマンネルヘイム元帥に君の言った懸念を話したら、マンネルヘイム元帥自身もその可能性を考えていたそうじゃないか。しかも、過去にあった事例だったそうだしな」

 

 

「えぇ、それについては豊田中将から聞きました。フィンランドがスウェーデン王国領だった時代に凍結したフィンランド湾をコサック騎兵隊で渡らせて、閉じ込められたスウェーデン王国軍艦を燃やしたとか…木造軍艦だったから出来た話ですがね」

 

 

「うむ、故に我々にお鉢が回ってきた訳だがな。状況から考えて、ここへの到達は日付が変わるぐらいだろう」

 

滝崎の言葉に大田大佐が頷きながら答える。

なお、陸戦隊の配置された場所はコトカ、ハミナとフィンランド湾沿いの都市に近く、ここを抑えれば内陸部、または首都ヘルシンキへ向かうルートがある。

 

 

「なら、まだ時間がありますね…コーヒーでも飲んで時間を潰します」

 

そう言って松島宮は別の机にあるポットのコーヒーをカップに注いで飲む。

 

 

「…個人的にだが、後学の為に訊いていいかね?」

 

 

「はい、なんですか?」

 

そんな姿を眺めている中、大田大佐が質問を投げかける。

 

 

「君の立場、殿下の立場、両方わかっている。だが、先のフィンランド湾海戦はともかく、何故自ら身を危険に晒す必要があるのかね?」

 

 

「…けじめ、そして、『そうする必要がある』からです。先の事が見える、と言って傲慢に振る舞えば、現場では誰も話を聞いてはくれないし、信頼もしてくれない。古代の英雄が戦場に身を置き、時に先頭に立って鼓舞したからこそ、戦士達が死を恐れずに戦えた…そう言う事も必要なんです。時代遅れ、と言われても」

 

真剣な表情で、しかし、最後にはその表情を隠すかの様に鉄帽を深く被り直す滝崎に頷いて納得した大田大佐はそれ以上なにも言わなかった。

 

 

 

 

……事態が動いたのは数時間後、正に日付が変わろうとする時だった。

滝崎は松島宮と共に既に10を超えてから数えなくなった双眼鏡での周囲確認をしていた時、視界の隅に何かが光るのを見た。

なお、この時の天候は『曇り時々晴れ』の予報だった。

 

 

「…松島宮、10時の方向、反射光が見えた」

 

 

「ん、10時の方向か。少し待てよ」

 

隣に居る松島宮に声を掛けると、別方向を見ていた松島宮は滝崎の見ている方向に向け直す。

 

 

「……ふむ、反射光は見えんが…微かに人影らしいのは見えるな」

 

そう言うと松島宮は手近にいる陸戦隊員を手招きする。

 

 

「すまないが、哨戒所に居る大田大佐の所に走ってほしい。どうやら、悪さしに来た露助が漸く現れた様だ。たが、騒いで見付かるのも面倒だ。ギリギリまで隠れたい。行ってくれ」

 

松島宮の指示に陸戦隊員は頷くと音をたてない様に哨戒所に走る。

その間も滝崎、そして、指示を出し終わった松島宮も再び双眼鏡でその方向を見続ける。

 

 

「他に何か見えるか?」

 

 

「なんとも…人影らしいのが複数ぐらい…こちらからの反射光は?」

 

 

「それは大丈夫だと思う。いま、此方に月明かりはない」

 

滝崎の問いに松島宮は双眼鏡から目を離し、空を見ながら言った。

 

 

 

「歩兵だけ…な訳はないよな?」

 

 

「多分、彼らは先遣隊だ。後続が戦車やら火砲やら引っ張って来るよ」

 

 

「それは豪勢な事だ。まあ、賭けに等しい作戦なら、戦車も火砲も無しとはいかんな」

 

そんな会話をしている時、先程の陸戦隊員が大田大佐らを連れて共に戻って来た。

 

 

「どうかね?」

 

 

「10時の方向、最初は反射光、次に人影らしきもの複数です」

 

大田大佐の問いに滝崎は報告しながら自らの双眼鏡を渡す。

それで一瞥した大田大佐は直ぐに決断を下した。

 

 

「戦闘用意。我々の正念場だ」

 

 

 

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59 氷上の戦い

これにて冬戦争(戦闘)は終わりです。
次号は戦後処理と帰還。


2月6日 早朝

 

 

大田大佐からの指示で陸戦隊は直ぐに、しかし、出来る限り音や反射光を出さない様に戦闘用意を整える。

 

 

「でだ、お前の目算は?」

 

 

「夜明けまで数時間、夜間でも航空支援があるなら、充分に耐えれる」

 

松島宮の質問に滝崎は自分の38式歩兵銃を点検しながら答える。

何度も言っている通り、この侵攻攻勢は『足止めされた』ら自壊し、失敗してしまうのである。

そして、今この場に展開している呉鎮守府第6特別陸戦隊は臨時編成であった陸戦隊を『常設』編成にしたからこそ『特別』を名称に入れた、陸戦専門の部隊。

(史実なら盧溝橋事件から繋がる第二次上海事変を契機に編成されるが、そこは滝崎の助言あっての事である)

大田大佐率いる第6特別陸戦隊は銃火器以外に97チハ改2輌、山砲、速射(対戦車)砲、迫撃砲、97式20㎜自動砲、無反動砲を保有している。

特に無反動砲は98式37㎜軽砲の他に、『実地試験』とばかりに新型の100式57㎜軽砲(無反動砲)2門を保有していた。

故に下手な事をしなければ防衛は可能である。

 

 

「なるほど…じゃあ、やるしかないな」

 

そう言って松島宮は100式短機関銃の点検を終えると弾倉を差し込んだ。

 

 

 

少しして

 

 

 

「………」

 

司令部の哨戒所から大田大佐はじっと前方に視線を向けていた。

既に部隊の戦闘準備は完了している。

上陸作戦を含めた陸戦を専門とする特別陸戦隊は、新編成と言う事で比較的に新装備を導入していた。

小銃は38式歩兵銃と98式騎(兵)銃の半々、サブマシンガンも100式短機関銃とトンプソンM1928マシンガンと銃火器に関しては新しい。(機関銃関係は既存品)

これに上記した装備もあり、『海軍陸戦部隊の骨幹』として大田大佐ら海軍内の陸戦専門家を中心に順次編成されている。

故に今回の防衛戦は海軍陸戦隊の未来すら決めかねない戦闘であった。

だが、大田大佐に何の不安もなかった。

それ特別陸戦隊設立にあたり、『先の事』を聞いているが故のある種の『達観』であるとも言える。

そして、ソ連軍戦列をギリギリまで引き付けると……彼は静かに右手を振り下ろした。

 

 

 

1時間後

 

 

「前衛を追っ払ったら、意外と早く本隊が現れたな」

 

前衛の歩兵部隊の侵攻を撃退し、点検と弾薬補給を終えて暫くすると後退した歩兵部隊と後続の本隊が現れる。

それを松島宮は眺めながら呟く。

 

 

「と言っても、彼らがわかっているのは『防衛部隊がいる』と言うだけだ。それ以外は…おぼろ気な数を把握しただけで、わかってはいないさ」

 

そんな呟き滝崎は弾薬の確認をしながら答える。

 

先程の前衛の撃退に際して、大田大佐は銃火器と擲弾筒以外の火器の発砲を禁止している。

これはソ連側に戦力を悟られない為だ。

(そもそも、前衛に全てを教える必要はない)

 

 

「で、この後はどう読む」

 

 

「此方が歩兵のみの防衛部隊だと思ってるだろうから、戦車を前に出して、砲列敷いて、正にごり押しの典型をやるだけさ」

 

そして、この場合、氷上を進む必要上、下手に重量のある重砲は運べない以上、運べて使えるのは野砲までだ。

何度も言う様にこのソ連軍の攻勢は『時間制限がかなりシビア』で有るため、最初から鈍重な物を持ち込んでいない。

 

 

「故に『時間稼ぎ』の第一段階は完了だ。後は此れからの本命をどれだけ叩いて、露助を足止めし、諦めてもらうかだ」

 

滝崎の言葉を繋げる様に大田大佐がやって来て言った。

 

 

「大田大佐…何故此方に?」

 

 

「将来ある若手の働きぶりを見に来た、ではダメかね?」

 

 

「「いえ、別に」」

 

大田大佐の答えに2人がハモりながら答える。

 

 

「それともう一つ、艦隊から航空支援がやって来る。既に勝ちは確定だ」

 

ニヤリと微笑む大田大佐に2人はこの先が予想出来た。

 

 

 

更に数十分程の時間を掛け、戦車を先頭に戦列と砲列を敷いたソ連軍は収容した先遣隊と現段階で到着していた部隊で前進した。

ソ連軍の思惑としては『歩兵と限られた火器』しかない防衛部隊に対して、戦車を盾にした戦列を前進させ、射撃を開始した防衛部隊に対し、機関銃座やトーチカに野砲のピンポイント射撃を実施し、ある程度沈黙させたところで山砲や迫撃砲と合わせた制圧射撃を実施し、防衛部隊を撃滅、続々とやってくる後続部隊と共に上陸するつもりだった。

どこか消極的な砲撃方針なのは弾薬量が少ないのも然ることながら、やはり不動な土の地面ではない氷結した氷上と言う不安定な要素(射撃衝撃で割れる恐れがある)を避けたかったからだ。

 

だが、その思惑も陸戦隊が射撃を開始するまでだった。

銃火器と共に隠す必要もなくなった火砲(チハ改の47㎜戦車砲、無反動砲を含む)をソ連軍戦列に向かって撃ち始める。

装甲の薄いBT戦車やT-37水陸両用戦車が撃破・炎上し、後ろの歩兵戦列に山砲や迫撃砲の曲射射撃が降り注ぐ。

この光景を見た部隊指揮官は慌て砲列を指揮する砲兵指揮官にこれに対処する様に命じた。

しかし、砲兵指揮官からすれば擬装隠蔽された火砲を見付けてピンポイント射撃を行うには距離があり、また、予定を変えて制圧射撃を実施するには特に野砲の弾薬量が心配だった。

この為、砲列を前進させる事を選択したが、その命令を下した瞬間、無慈悲が襲い掛かる。

天城、赤城の攻撃隊が到着し、砲列と続々と到着・待機していた後続部隊に銃爆撃を実施した。

砲列が火砲・弾薬・砲兵と共に吹き飛び、後続部隊が薙ぎ倒される。

氷結した氷上では穴を掘る事も出来ない為、伏せるか走り回って逃げるぐらいしかない。

この状況では指揮官の指示など必要なく、ソ連兵達は各々で逃げ始める。

ソ連側からすれば空襲が開始された時点でこの氷上侵攻は失敗であり、継続など不可能であった。

そして、この時点でソ連側のスケジュールでは『ギリギリ間に合う瀬戸際』であり、これ以上の遅延は不可能だった。

故に……ソ連軍の氷上侵攻は『失敗』が確定したのだ。

 

 

 

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60 名残惜しきフィンランド・イタリア寄港

戦後処理と講和、そして、イタリア…。


2月5日深夜~6日早朝 ソ連軍攻勢、並びに氷上侵攻作戦失敗。

 

カレリア地峡を中心としたフィンランド軍防衛線に対する総攻撃、並びに奥の手であった凍結したフィンランド湾からの氷上侵攻はその主攻である氷上侵攻が阻止・失敗した為にソ連軍の総攻撃は頓挫、夜が明ける前にソ連軍は攻勢を諦め撤退した。

 

同6日昼頃 フィンランド政府、講和を決定。

 

上記のソ連軍総攻撃を防ぎきったマンネルハイム元帥はフィンランド政府に対して講和を打診。

これを受けフィンランド政府は必要のない戦争の長期化を避ける為(更に今までの戦闘で充分な成果があった為)、打診を受けいれ講和を決定した。

なお、日本政府は『当事者はフィンランド政府であり、その決定に従う』とし、日本側も受け入れる方針であった。

 

2月13日 フィンランド・ソ連講和交渉開始。

  20日 両国講和交渉完了。

  21日 フィンランド・ソ連講和条約締結。

 

ドイツの仲介により、ベルリンにてフィンランド・ソ連の講和交渉が開始された。

フィンランド側はカレリア地峡の占領地を含めた国境線の認定を求め、ソ連側はそれの否定と領土割譲を求めた。

だが、いくら日本の介入と各国の支援があったからとは言え、ソ連側が一方的に叩かれ、終始フィンランドの有利に進んだ以上、ソ連側の要求など聞く必要もなく、最初から不利を自覚していたソ連側は最終的にフィンランド側の要求を受け入れ、講和条約が締結された。

なお、フィンランド側は賠償の一環として、フィンランド湾海戦で座礁・破棄された(撃沈扱い)巡洋艦キーロフをサルベージしている。

 

2月22日 日本政府、フィンランド派遣軍、並びに英国表敬艦隊に帰還命令を通達。

 

 

 

一週間後 2月29日 トゥルク冲 朝顔艦橋

 

 

「異国の地と言えど、4ヶ月近く居た為か、愛執が付きまといますな」

 

 

「なに、また来る事は出来る。まあ、その時は親善航海の様に平和な時であれば良いのだがな」

 

少しづつ遠くなっていくトゥルクを見ながら運用長と松島宮が話していた。

帰還命令を受けた表敬艦隊は陸軍・陸戦隊を載せた輸送船団と共に出港した。

トゥルクの街の方に視線を向けると、埠頭近辺はマンネルハイム元帥やフィンランド政府首脳陣を中心に人が溢れんばかりに集まり、艦隊と部隊へ感謝と別れを惜しみ、艦隊と部隊では手空きの人員達が手を振り、それに応えている。

 

 

「……ソ連はこのまま引き下がりますかな?」

 

 

「『否』だな。目的や面子もあるから、いずれ戦力を整えて再侵攻を企むだろう。だが、明日や明後日ではないから、この一時的な平和を謳歌しつつ、フィンランドも備えるだろう」

 

運用長の問いに滝崎が答える。

実際、今回の戦争により、史実以上に消耗している上、ソ連国内並びに勢力圏内に不穏な空気が漂っている。

故にソ連は仕掛けるのに時間が必要なのだ。

 

 

「そうなりますと…また、我々が行く事になるので?」

 

 

「それは解らん。その時に我々や我が国がどうなっているかわらんしな」

 

運用長のぼやきに松島宮はそう答えるしかなかった。

 

 

 

 

3月7日 表敬艦隊・輸送船団、イギリスのプリマスに到着

同地にて大歓迎を受ける。

 

3月9日 表敬艦隊・輸送船団 プリマスより出港

 

 

 

3月27日 イタリア ナポリ 比叡艦内 長官公室

 

プリマスより出港した艦隊と輸送船団は数度の寄港後、イタリアのナポリに燃料等の補給の為に寄港した。

そんな中、松島宮と滝崎は比叡の豊田中将に招集された。

 

 

「失礼します。豊田中将、何か問題が発生しましたか?」

 

 

「あぁ、すまない。なかなか厄介な問題が発生した」

 

入室直ぐの滝崎の問いに豊田中将が答える。

なお、長官公室には小澤少将と山下中将も居た。

 

 

「厄介…それは外交的にですか? それとも艦隊的に?」

 

 

「両方だな。実はムッソリーニ統領が『冬戦争に参加した我々現場首脳陣と会いたい』と要請してきたんだ」

 

松島宮の質問に豊田中将の代わりに山下中将が答える。

 

 

「確かにそれは…厄介ですね」

 

 

「冬戦争ならともかく、下手に我々が他国の政治と絡むのは避けたいのだが…滝崎君、君のムッソリーニ評はどうかね?」

 

 

滝崎の呟きに小澤少将が訊いてくる。

 

 

「そうですね…ヒトラーやスターリンと強烈な独裁者がいる中でですと、ムッソリーニは『逆に何をした?』と問いたくなる程、地味で目立たない独裁者ですね」

 

 

「なんだそりゃ?」

 

滝崎の返答に皆が思った事を松島宮がツッコミ代わりに言った。

 

 

「いや、確かにエチオピア侵攻とか、スペイン内戦介入とかあるよ。でもね、それ以外ってなると、ファシズムの発端者とか、まあ、地味と言うか、微妙と言うか…ただ、教皇領帰属問題や、イタリアマフィア摘発など、イタリア国内の問題解決に尽力したり、為政者として後世のイタリアでは評価されています。また、ドイツと防共協定を結んではいますが、彼とファシスト党はヒトラーに同調せず、国内のユダヤ人保護に努めた、と後年に言われています」

 

 

「あー、つまり、今回の件は…」

 

 

「本人に政治的意図はなく、人気取りか、単純に本人が会いたいのが理由かな」

 

滝崎の返答に松島宮だけでなく、豊田中将ら3人も苦笑いを浮かべる。

 

 

「政治的意図がないのはわかったが…さて、我々も忙しい身だ。断るにしても、体裁は整えんとな」

 

多分、本音としては『ややこしい事になりそうだから、会いたくない』と言うオーラが見え隠れしているが、大人として『断り方』を模索しようとする豊田中将。

それを解決したのは松島宮だった。

 

 

「なら、豊田中将。私が行きましょうか?」

 

 

「「「「えっ!?」」」」

 

流石の提案に滝崎含めて4人が驚く。

 

 

「首脳陣の代替としてなら、皇族である私が行けば無下には出来ません」

 

 

「いや、そうだが…それはそれで本土に帰った後が…」

 

困り顔の小澤少将。

 

 

「もちろん、条件をつけます。『ローマ法皇とイタリア国王に謁見してから』と。皇族が他国の元首を無視するのは無礼ですので」

 

ニヤリと微笑みながら松島宮が言う。

これに意図を察した豊田中将が頷く。

 

 

「わかった、そう先方には伝えよう。滝崎君、同行は頼むよ」

 

 

「わかりました」

 

 

 

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