仮面ライダーLYRICAL A’s to StrikerS ((MINA))
しおりを挟む

ANOTHERゼロノス登場
第一話 「青い仮面ライダー」


みなさん。こんにちは。

いかがお過ごしでしょうか?

このたび 第三部の要望が思った以上にありましたのでこちらで掲載することにしました。

それでは第三部開始です。


新暦0071年。

これはミッドチルダの暦である。

『新』と名がつくという事は一応『旧』もあるということだろうが、今はさしたる問題ではないので取り上げない。

『闇の書事件』及び『ネガタロスの逆襲』から六年が経過した世界。

それでも時間は等しく時を刻んでいる。

 

 

『時の列車』

 

それを手にした者はある事を決断しなければならない。

 

『普通』の生活を捨てるという事を。

 

 

空は快晴であり、心地よい風が吹く季節。

時刻は『午後』に差し迫っていた。

市立聖祥大付属中学校あと一時限受ければ学生達にとっては憩いとなる『昼休み』になるのだが、集合時間が迫っているので早退しなければならない。

『三年二組』の教室をフェイト・T・ハラオウンが出ようとしていた。

「じゃフェイト。いってらっしゃい。授業のノート取っとくからね」

「うん。ありがとうアリサ。あといつものでいいんだよね?」

フェイトは学生生活のケアをしてくれているアリサ・バニングスに感謝しながら代償はいつものものでいいのか確認を取る。

「そうそう。報酬は翠屋のケーキセットでいいわよ」

「わかった」

フェイトは笑みを浮かべて鞄を持って教室を出ていく。

このやり取りだが、最初はアリサが冗談半分で言ったものだがフェイトはそれを本気で受け止めて、『自分達の学生生活があるのはアリサやすずかのお陰』という感謝の意を込めて返した事から始まっている。

学生生活が守られる代償がケーキセットというのは、正直破格な取引といってもいいだろう。

「なのはも!気をつけてね!」

「はぁーい!」

アリサがフェイトと同じ目的を早退しようとする高町なのはにも声をかける。

無論彼女もフェイト同様に学生生活のケアの代価として翠屋のケーキをご馳走するようになっている。

自分のお小遣いで買っているので、やましい事は何一つない。

フェイトを追うようにして、なのはも教室を出た。

 

『三年六組』でも同じ様なやり取りが行われていた。

「ほんなら、すずかちゃん。また月曜にな。お礼は例の物でええんよね?」

「うん。いつもありがとう。はやてちゃんも気をつけてね」

「何言ってんの。私等がこうして学生できるんもみーんなすずかちゃん、アリサちゃんのお陰なんやで。もうありがたくてありがたくて」

八神はやてが仏様を拝むようにしてすずかに手を合わせて拝む。

「は、はやてちゃん!?もうそれはやめてって……」

ちなみにこんなやり取りも日常的に行われているため、クラスメイト達は温かい目で見ていたりする。

はやてが早退し、残りの授業の面倒を月村すずかに頼んでから教室に出ると廊下にはフェイトが歩いていた。

「はやて」

「フェイトちゃん。なのはちゃんは?」

「後から来るから大丈夫だよ」

「そか」

フェイトとはやてが他愛のないやり取りをしていると、

「フェイトちゃーん。はやてちゃーん」

遅れてなのはが走ってきた。

はやてとフェイトは互いに顔を合わせて笑っていた。

 

三人は人目のつかない学校の屋上に移動していた。

既に授業が開始しているのか、屋上には三人しかいない。

『三人とも準備は出来てる?忘れ物はない?』

三人が持っているデバイスを介して、エイミィ・リミエッタが確認するように言う。

「はい!大丈夫です!」

「私も大丈夫だよ」

「問題ありません」

なのは、フェイト、はやてはそれぞれ返事をする。

『それじゃ、いつもの場所に転送ポートを開くね』

エイミィの言葉に三人は頷き、それぞれ待機状態になっている相棒を掌にとって翳す。

「レイジングハート!」

『イエス。マイマスター』

主の声に紅い珠---レイジングハート・エクセリオンが返す。

「バルディッシュ!」

『イエッサー』

野上良太郎から貰った懐中時計と同じくらいもしかしたら比べてはいけないくらいに大切な物---バルディッシュ・アサルトに声をかけ、相棒は即座に返す。

「リィンフォース!」

かつて自らの信念と思いを貫いて消えたリィンフォースが残した金色の首飾りを掌に取る。

「はい!マイスターはやて!」

リィンフォースと酷似した容姿をしながらも、青い瞳に愛嬌のある雰囲気でリィンフォースと違い子供な体型をしている掌サイズの少女が出現した。

少女---リィンフォースⅡ

ツヴァイ

(以後:リィン)である。

 

「「「セーットアーップ!!」」」

 

三人が同時に翳した。

その直後に校舎の屋上には三人の姿はなくなった。

なのは、フェイトはバリアジャケットを纏い、はやては騎士服を纏っていた。

リィンははやての左肩に乗っかっている。

足場を空に移して互いに顔を見合わせてから、

 

「「「ゴォォォォォ!!」」」

 

と第162観測指定世界の空を駆けた。

 

 

第162観測指定世界の衛星軌道上に佇んでいる次元航行艦アースラ。

「じゃ改めて今日の任務の説明ね。そこの世界にある遺跡発掘先を二つ回って発見されたロストロギアを確保。最寄の基地で詳しい場所を聞いてモノを受け取って、アースラに戻って本局までの護送!」

エイミィが第162観測指定世界の空を飛んでいる四人(リィン含む)に告げた。

『平和な任務ですねぇ』

飛行の心地よさと任務が血腥くない事になのはは安堵し、どこか平和な声色を出していた。

「まぁモノがロストロギアだから油断は禁物だけど、なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃんの三人が揃っててもう一箇所にはシグナムとザフィーラがいるわけだから、まぁ多少の天変地異くらいならなんとかしちゃうよね」

エイミィは信頼を込めて言う。

「よろしく頼む。あと今更君達に説明をする必要はないが一応言っておく。イマジンに出くわしたら迷わずに撤退する事。人命第一だからね」

エイミィの後ろにいるアースラ艦長であるクロノ・ハラオウンが現場にいる面々に一言言う。

 

了解と声が聞こえた。

 

今日、時空管理局はイマジンに対しては常に後手に回り肝を嘗めさせられている。

イマジン一体と戦うのに何十人の武装局員を用いて戦わなければならないという事実だ。

しかもそれで勝てればいいのだが、現実問題としては十回イマジンと戦って勝てるのは一、二回である。

結果は『快勝』でも『楽勝』でもない『辛勝』なのだ。

個人対個人ならばその結果でもいいだろう。

だが、一部隊対個人の戦いでその結果はあまりに情けないというのが組織の上に立つ者達の意見でもあり、世間の評価でもある。

「彼等の存在が今になって肌身に染みるなんてな……」

「本当だね。良太郎君と初めて会った時に言われたんだよね?イマジンは決してそんなに甘い相手ではないって」

「ああ。あの時は単純な過大評価だと思っていたが、こうして仮面ライダー

彼等

がいない時にイマジンと対峙してみてそれが決して誇張とかではないと理解したよ」

「仮面ライダーっていえばクロノ君。聞いたことない?『青い戦士』とか『青い仮面ライダー』の話」

「何度かは聞いたことあるよ。正体不明で神出鬼没。ここ最近になってからか。この話が飛び交うようになったのは……」

クロノは腕を組んで正体を考えるが、思い当たる節がない。

エイミィにしても同じだった。

いつまでも雲を掴むような噂話をするよりも任務を遂行している面々の事に話題を切り替えることにした。

「みんな最近忙しいし立場も固まってきちゃったから、こーやって同じ任務に関われるのもあと何回あるのかなぁ」

エイミィとしては皆が個々に羽ばたいていく事は悪いとは思っていない。

だが寂しさがあるのもまた否定できないのだ。

「そうだな」

クロノとて表情には出さないが、複雑といえば複雑だったりする。

いつも当たり前と思っていた事が変わっていく。

経験がないわけではないが、正直慣れないし順応する努力をしなければならないのは常だ。

「あの子達の研修期間が懐かしいやー。あの頃は本当艦内も賑やかでさぁ」

「僕は騒々しくてかなわなかったがな」

エイミィとクロノが研修期間の頃を思い出しながら素直な意見を述べていた。

「ま、今日は楽しい同窓会的任務。終わったら賑やかにやりましょ」

「まぁ仕方ないな」

二人は一通りの談話を終えると、仕事に集中する事にした。

たとえ内容が楽でも気を抜いていいという理由にはならないからだ。

 

 

北部定置観測基地に向かう中で四人はある話題が飛び交っていた。

現在手ぶらだし、ただ目的地に向って飛んでいくだけでは味気ないので誰からともなく話をする事になったのだ。

「『青い仮面ライダー』の正体か……。良太郎達じゃないことは確かだよ」

フェイトが噂の人物がチームデンライナーではないと断言した。

「侑斗さんやデネブちゃんでもあらへんね」

はやてもチームゼロライナーではないと即断する。

「どうしてなんですかぁ?マイスターはやて」

はやての左肩に乗っているリィンはフェイトと自分の主があっさりと言い切ることがわからない。

彼女は実をいうと『仮面ライダー電王』や『仮面ライダーゼロノス』の事は聞かされているが、実物を見たことがないので今ひとつピンとこなかったりしていた。

「リィンも実物を見たら私とフェイトちゃんがあっさりと違うと言い切れるんもわかるんやけどね」

写真一つ残っていない現在では彼等がこちらに赴いてくれない限り不可能な事だ。

「そうだよねぇ。口で細かく言うよりも実際の電王さんやゼロノスさんを見てもらったほうが早いもんね」

なのはも笑みを浮かべながら、はやての意見に賛同する。

「リィン。電王さんはね、赤、青、金、紫とか色々形態を持ってるんだよ。そしてゼロノスさんは緑色と錆びた感じの赤色の二つの色を持ってるんだ」

なのはがリィンに電王とゼロノスの装飾しているカラーリングについて説明した。

「でもでもそれだとゼロノスさんには当てはまらなくても電王さんには当てはまっちゃうですよ?」

「リィン。噂の仮面ライダーの色はきっと青色がメインカラーだと思うよ。それに電王にとって青色はあるけどメインじゃないんだよ」

フェイトが補足するようにリィンに告げる。

「ふええ~。そうなんですかぁ」

リィンは感心していた。

「それで話を戻すけどな。なのはちゃん的には青い仮面ライダーについてどない思う?」

「私?」

「うん。私も聞きたいな」

はやてが話題を戻してなのはにふっかけ、フェイトも意見を求めていた。

「正体不明に神出鬼没。個人でイマジンと戦う戦闘力。私達が出動する前に解決してしまう手際のよさからして変身者は変身していなくても相当強いと思うよ」

なのはは戦技教導官として言う。

「短時間でイマジンを倒せるって事はそれだけイマジンの生態を知っているという事になるし、相当場慣れしていなきゃできない事だよ」

そして戦技教導隊で明らかになっている事実を話し始めた。

なのはは戦技教導隊入りした際に、上司に訊ねた事がある。

「魔導師何人がかりでイマジンを倒せますか?」と。

すると上司はこのように答えた。

「イマジン一体倒すのに魔導師ランクがC-からA+の魔導師が五十人がかりで三十分以内に仕留めなければ負けは確定。AA-からAA+なら四十人がかりで三十分以内に仕留めなければ負けは確定。AAA-からAAA+までなら十人がかりで二十分以内に仕留めなければ負けは確定。S-からSSS+までの場合、単体で挑むなら五分以内に仕留めなければ負けは確定」と言われた。

この上司の言葉は定義づけられている魔導師ランクの実力。魔法を使用するのが人間である事を踏まえての事である。

元々、身体機能が人間よりもはるかに優れているイマジンと戦うのだ。多少のズルはやむなしとしてもこれほどの差があるとは思わなかったくらいだ。

「改めて聞かされると……」

「良太郎達が凄いって思わせられるね」

なのはの説明にはやてとフェイトは素直な感想を述べた。

「あ、目的地ですぅ」

リィンが指差す方向に北部定置観測基地があった。

 

目的地に到着すると、三人はバリアジャケットを解除して管理局御用達の制服になる。

「さて基地の方はと……」

なのはが周囲を見回すと、男女一組の管理局員が敬礼していた。

知的なイメージがある眼鏡をかけた男性と穏やかな雰囲気を持った眼鏡女性だ。

「遠路お疲れ様です。本局管理補佐官グリフィス・ロウランです!」

「シャリオ・フィニーノ通信士です!」

「ありがとう」

なのはは眼鏡男性---グリフィスと眼鏡女性---シャリオに感謝の言葉と敬礼で返す。

「ご休憩の準備をしてありますのでこちらへどうぞ」

「あ、平気だよ。すぐに出るから」

グリフィスが三人を休憩室へ案内しようとするが、なのははやんわりと断った。

「私等、これくらいの飛行じゃ疲れたりせーへんよ。グリフィス君は知ってるやろ?」

はやてはグリフィスと面識があるのか慣れしたんだ感じだ。

「はい……。存じ上げてはいるのですが……」

グリフィスは重々わかっているが、それでも形式的なことなので引くに引けない。

はやてとグリフィスのやり取りになのはとフェイトは頭上に疑問符を浮かべる。

「ああ、二人は会った事なかったんやったね。こちらの彼はグリフィス君。レティ提督の息子さんやで」

はやてが簡潔にグリフィスの紹介をした。

紹介を聞いた二人は「ああ、なるほどぉ」とか「確かに似てる」というコメントを返した。

「フィニーノ通信士とは初めてだよね?」

フェイトもなのはもはやても初対面だ。

「はい!でも皆さんの事はすごーく知っています!!」

シャリオの表情はアイドルや芸能人を見て酔っている一般市民の表情に似ていた。

「本局次元航行部隊のエリート魔導師。フェイト・T・ハラオウン執務官!」

シャリオが憧憬の眼差しをフェイトに向ける。

「いくつもの事件を解決に導いた本局地上部隊の切り札。八神はやて特別捜査官!」

次に同じ眼差しをはやてに向けた。

「武装隊のトップ、航空戦技教導隊所属。不屈のエース。高町なのは二等空尉!」

最後になのはに向けてきた。

「陸海空の若手トップエースの皆さんとお会いできるなんて光栄ですぅ~!!」

シャリオが三人を前に頭が落ちてしまうのではないかというほどの勢いで頭を下げていた。

三人はそのように誇張されるのはいつまで経っても慣れていないので苦笑いを浮かべるしかない。

「リィンフォースさんの事も聞いていますよー。とっても優秀なデバイスだって」

「ありがとうございますぅ」

シャリオはリィンと握手するために右手の人差し指を出す。

リィンは人差し指を両手で握った。

握手が一応成立したのだ。

「シャーリー。失礼だろう」

「あ、いけない。つい……」

グリフィスはテンション高めな状態になっているシャリオを窘める。

「シャーリーって呼んでるんだ?仲良し?」

フェイトがグリフィスにシャリオとの関係を訊ねる。

「す、すみません。子供の頃から家が近所で……」

グリフィスがどのように答えたらいいのかわからない。

「幼馴染だ!」

なのはが二人の関係を言い当てる。

「いいね。私達も幼馴染だよ」

フェイトも自分達の間柄を打ち明ける。

「幼馴染の友達は貴重なんだから。大切にしてね」

「「はいっ!」」

なのはが幼馴染と言う間柄を持つ先輩として後輩二人に指導した。

 

 

時空管理局本局に『無限書庫』がある。

デジタルが主流ではあるが、ここだけはアナログであったりする。

日々書物が増え続けるので整理が難しくなるのが特色だ。

何せ一日に書物化して棚に入るのは一冊ではないのだから。

それが日々続くのだから、常人なら発狂しかねないだろう。

なお武装局員に無限書庫の業務をさせた場合。このような感想が返ってきた。

「出口のない迷路にいるみたいだ。気が変になりそうになる」

「これなら現場で犯罪者を追い掛け回した方がいい」

「本当に適正不適正が問われる場所」

などである。

上司が聞き分けのない部下に対して、「無限書庫に放り込むぞ」という脅し文句があったりする。

なおこの脅し文句を聞いた部下は素直に上司に従うというエピソードがあったりする。

現在も無限書庫には管理局の制服を着た司書達が数名、本棚や本と睨めっこをしていた。

『ユーノ。そっちのデータはどうだ?』

クロノが宙にモニターを展開して訊ねてきた。

その中で私服姿の少年がいた。

無限書庫司書長のユーノ・スクライアである。

「もう解析を進めている。なのは達が戻る頃には出揃うよ」

『そうか』

ユーノの返答にクロノは満足していた。

「はいよ。ユーノ」

アルフに似た容姿をした幼女が数冊の本を持ってユーノに渡してきた。

「ありがとう。アルフ」

アルフに似た容姿をした幼女。コレが現在のアルフの姿である。

「アルフもすっかりその姿が定着しちゃったね」

「あぁまーねー」

ユーノの台詞にアルフは感慨深く思う。

「フェイトの魔力を食わない状態を追求していったらこーなっちゃてねぇ」

アルフは腕を組んで思い出す。

フェイトの魔力を食わないために試行錯誤した日々をだ。

「あたしはフェイトを守るフェイトの使い魔だけどさ、フェイトはもう十分強いし一人じゃないしね。そばにいて守るだけが守り方じゃないしさ。家の中のことをやったりするのも結構楽しいし、来年にはクロノとエイミィも結婚する予定だし子供とか生まれたらもっと忙しくなるしね」

『アールーフー!!その話はまだ秘密だって!!』

「えー、まぁいーじゃん」

モニターにはエイミィが映し出されて、顔を紅くしていた。

後ろにいるクロノも紅くなっていた。

「ええと。おめでとうございます。クロノもやっと決心したんだね……」

いきなり暴露されたエイミィに同情しながらもユーノは祝福の言葉を送った。

『うう……ありがとう。それよりユーノ君はなのはちゃんと何ともないわけ!?』

エイミィが仕返しとばかりになのはとユーノの関係を訊ねてきた。

「なのはは僕の恩人で大切な幼馴染ですよ。それだけですよ。本当に」

ユーノは即答した。

『この二人はまだ先に進みそうにないか……』

エイミィは苦笑しながらもモニターを閉じた。

「よし!モニター閉じたね。もう解いていいよ」

アルフの声と共にユーノの姿が光りだす。

やがてユーノから男性司書へと姿が変わった。

「ふうー。疲れましたぁ。司書長の姿に化けてハラオウン提督と会話するのってこんなに緊張するんですね」

「まぁ相手がクロノ達だからね。一見さんなら簡単には見破れやしないさ」

アルフが変身魔法を用いていた司書に労いの言葉を送る。

「アルフさん。司書長、大丈夫でしょうか?」

女性司書がユーノの心配をする。

「アイツが考案したプランAZを無事に成し遂げるのがあたし達がユーノにできる事だしね。後はアイツが無事に帰ってくるのを祈るしかないからねぇ」

アルフが天井を見上げて言った。

 

 

第162観測指定世界に私服姿のユーノと左肩に乗っている白い毛並みに青いメッシュの入ったフェレット---ロッキーがいた。

眼前にはこおろぎ型のイマジンであるクリケットイマジンがいた。

目的が何なのかはわからないが、イマジンが単体で動く時は『契約者の望み』か『はぐれイマジン』の場合は自分の意思と相場が決まっている。

「そこをどけぇ。俺は今からロストロギアを探すんだからよぉ」

その言葉からして契約者持ちのイマジンだとユーノは推測できた。

「ロストロギアの盗掘が違法だってわかっててやってるんだね?君の契約者は……」

となると契約者は裏のブラックマーケットでロストロギアを売ろうとする『死の商人』といった所だろう。

契約を履行させてしまえば『時の運行』だけでなく、罪のない人間が泣きを見るのは確実だろう。

「残念だけど契約者さんの望みは叶わないんです!」

ロッキーがユーノの方から降りて左前脚を出して宣言する。

「あん?何でだよ」

「僕達が君を倒すからだ!」

訝しげな表情を浮かべているクリケットイマジンに対して、ユーノとロッキーは真剣な表情になっていた。

「ユノさん!僕、本当の姿に戻ってもいいんですよね?」

「もちろん。思いっきり暴れていいよ。プロキオン!」

「はい!」

ロッキーが確認するように訊ねると、ユーノは二つ返事で肯定する。

それからユーノは自らの身体エネルギーを用いてベルトを出現させて腰に巻きつけた。

カチリと音がする。

そのベルトはデンオウベルトではなく、ゼロノスベルトに酷似しておりクロスディスク部分は青色と白色になっていた。

ユーノはパーカーのポケットから黒いケースを取り出して、中身を取り出す。

それは黒い素体に青色のカラーが施されているカードだった。ちなみに裏面は白色のカラーが施されている。

バイオリンで奏でているようなミュージックフォーンが流れ出す。

 

「変身!!」

 

ゼロノスベルトのバックル上部にあるチェンジレバーを右にスライドさせてからカードを挿入した。

『ベテルギウスフォーム』

電子音声で発すると、ユーノの身体に仮面ライダーゼロノスと酷似したオーラスキンに纏われていく。

青色が目立つオーラアーマーが装着され、両肩、両下腕、両ふくらはぎに二センチほどの刃のような突起が出現する。

そして、頭部にはトリケラトプスの系統であるネドケラトプスを髣髴した電仮面が銀色のデンレールを走り、形状を象って装着される。

「はぁ!!」

叫ぶと同時に右手で薙ぎ払うような仕種をする。

ブオンという音が鳴って、クリケットイマジンを仰け反らせた。

ロッキーが全身を輝きだし、見る見るうちに大きくなっていく。

身長は横にいる戦士より若干高いくらいになっていた。

フェレットと仮面ライダーのイメージが混濁して誕生したフェレット型のイマジンであるプロキオンである。

ちなみにロッキーとは愛称であって本名ではない。

「お、お前!仮面ライダーゼロノスか!?」

クリケットイマジンは興奮気味に叫ぶ。

別世界側のイマジンでもこのくらいの知識は有している。

「違いますよ。我が主は仮面ライダーゼロノスではありません」

プロキオンが即座に否定する。

戦士はゆっくりと歩きながらクリケットイマジンに告げる。

 

「もう一つのゼロノス。ANOTHER

アナザー

ゼロノスだ」

 

この時、この場に仮面ライダーANOTHERゼロノス(以後:Aゼロノス)が降臨した。




次回予告

             Aゼロノス降臨!

            その戦闘力はいかに?

          同窓会的任務にも怪しい兆しが見え始める。

           第二話 「部隊表と舞台裏」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 「舞台表と舞台裏」

『ゼロノスカード』

 

それは周囲の者達が使用者に関する『記憶』を忘却する能力を持つカード。

 

知らずに使った者には『後悔』が。

 

知って使う者には強い『覚悟』が必要とされる。

 

 

『皆さんの速度ならポイントまでは十五分ほどです。ロストロギアの受け取りと艦船の移動までナビゲートします』

シャリオ・フィニーノが定置観測基地から現在、目的地まで飛行している高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやてに告げた。

「はい。よろしくね。シャーリー」

「グリフィス君もね」

フェイトとなのはが快諾した。

『はい!』

二人のナビゲーターが元気よく返事した。

「しかし、私達も今年で六年目か~」

はやて達は九歳から時空管理局で働いているので六年と既に『ベテラン』と呼ばれてもおかしくない。

「中学も今年で卒業だしね」

フェイト達は今年聖祥大付属中学を卒業する事になっている。

「卒業後は今より忙しくなるかなぁ」

なのはの言うように、この三人は中学校を卒業してからは高校に進学するつもりはない。

時空管理局の仕事を本業にしていくのだ。

はやては元々両親がいないため、その手の選択肢に異議を唱える者はいない。

財政面でバックアップをしてくれている元時空管理局提督であり、現在は地球で隠棲生活を送っているギル・グレアムは『与えられた時間を仕事だけでなくしっかりと楽しむ事を約束できるならば構わない』という条件をつけた。

フェイトの場合は家族全員が管理局員であるため、進路がそのようになる事に関してはハラオウン家全員反対を唱えたりはしなかった。

ただし、グレアム同様に『仕事に忙殺されずに人生を楽しむという事が条件』がリンディ・ハラオウンからつけられていた。

この手のことで一番悩まされるのがなのはである。

彼女は、フェイトやはやてと違ってそこまで『魔法』の世界にどっぷり浸かる必要性がないといえばない。

特に罪人扱いを受けて恩赦を貰った事もないので変に引け目になることもない。

高校に進学して掛持ちしながら業務に取り組んだからといって後ろ指を差されることはないだろう。

先の二人と違って、なのはに関しては揉めに揉めまくったのはいうまでもない。

リンディが仲裁を取り計らう中でやっと丸く収まったくらいだ。

しかし、なのはにも先の二人と同じく『条件』がつけられていた。

『気負わない事。時折は帰ってくる事。そして人生を楽しむ事』である。

保護者達がこのような条件をつけたのには理由がある。

それは『時の運行』を守っている仮面ライダー電王と仮面ライダーゼロノスを知ったことが大きな原因となっている。

彼等の存在によって、当たり前のように存在している『時間』が実は脅かされたり護られたりしているものだと知ったからだ。

誰にも称賛されずに、日の目の当たらない所で戦っている者達の事を考えると護られている側にしてみれば『時間』を大切に扱う義務が生じると感じるのは不自然なものではないだろう。

まさに生き急ぎとは真逆の事である。

生き急ぎとは限られた時間を有効には使わずにいたずらに放置している行為といってもいい。

ここにいる三人だけでなく、保護者達も教わったのだろう。

ここにはいない別の世界にいる『仮面ライダー』に。

「あの時は揉めたなぁ」

なのはは、頬を掻きながらその時の事を思い出していた。

「でも義母さん達があんな条件をつけてくるとは思わなかったよ。私達そんなに生き急いでるようにみえたのかな?」

フェイトも思い出しながら呟く。

「多分、そんな風に見えたんやろなぁ。アカンなぁ折角侑斗さん等が命懸けで護ってくれた時間やのにそんな風に使おうとしてたなんて」

はやてもしみじみ考えてから苦笑いを浮かべながら反省する。

「そうだね。今度良太郎達に逢う時に、そんな生き急いでたら怒られちゃうもんね」

「良太郎さん。怒ったら怖いもんね……」

フェイトもなのはも野上良太郎の起こった姿を思い出して、少しブルッと震えた。

「そんなに怖いんですか?」

リィンは野上良太郎を知らないため、怒った姿を知るはずもないので管理局のエースと呼ばれている二人が心底怯えたような態度を取ったので、はやてに訊ねた。

「そうやね。本気で怒った野上さんには多分やけど誰も勝てへんよ」

「へ?」

リィンが間抜けな声を出してしまう。

主の言っている事が信じられないのだ。

「シグナムやヴィータちゃんでもですか?」

「良太郎はシグナムに勝った事があるんだよ」

「ほ、本当ですかぁ!?」

フェイトの言葉に信じられない、という表情をリィンはしていた。

「うん。それは間違いないよ。私もはやてちゃんもその現場を見てるしね。それにヴィータちゃんは良太郎さんを怒らせたりはしないって心から誓っていると言ってたしね」

なのはが補足する。

「それにシグナムとフェイトちゃんは野上さんを巡ってのライバルなんやで」

リィンには実を言うとこの手の事は知らされていない。

リィンに訊ねられる事もなかったからだ。

「ふえぇ。そうなんですか~」

「は、はやて!」

「いずれはバレるんやからええやないの」

フェイトは顔を真っ赤にして抗議するが、はやては涼しい顔をしている。

「バレるってバラしたのは、はやてちゃんだよ……」

なのはがツッコミを入れる。

「自分のことを棚にあげて言わないでほしいよ。リィン。はやてはね、桜井さんから貰ったカードを毎日一時間懸けて磨いてるんだよ」

「ちょっ……フェイトちゃん!それは内緒やって言うたのに……」

「いずれはわかっちゃうんだからいいじゃない」

自身の痴態(?)を暴露されて、はやては顔を紅くして睨むがフェイトは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「はやてちゃ……マイスターはやては、ユウトさんって人が好きなんですか?」

左肩に乗っかっているデバイスが無邪気に主に訊ねる。

「な、なななななに言うてんの!?リィン!わ、私と侑斗さんはそんな関係やあらへんよ!それに私の片想いやし……」

真っ赤な顔が更に真っ赤になって否定しようとするはやてだが、語尾がどんどん小さい声になっていた。

「二人ともそろそろ……ね?」

この二人がこういうやり取りをすると必然的になのはが仲裁役になってしまう。

なのはは二人が純粋に一人の人間を想える事が羨ましいと思った。

自分にも正直、そう想える人がいるのかどうかと訊ねられると「気になる人がいる」と答えてしまう。

『好き』か『嫌い』かの二択だと『好き』だと答えられる。

だがこの『好き』は、フェイトやはやてが一途に想い続けている原動力となっているそれ(・・)とは明らかに違っている。

それにその人物は明らかに何かが変わったようにも思えた。

根拠はないし、そのような事を当人に訊ねたとしてもはぐらかされるのがオチだろう。

相手は自分よりもはるかに口達者なのだから。

「みんなは卒業後はどうなるの?私は教導隊の一員としてあちこち回る事になるんだけど……」

なのはは話題を切り替えると同時に自分の今後の凡その予定を告げた。

「私は長期の執務官任務を受ける事になるね」

フェイトも答える。

「私は卒業の少し前にミッドの地上にお引越しや。ミッド首都

クラナガン

の南側で家族六人で暮らせる家。えーカンジのトコを探し中やねんけどな。決まったら遊びに来てな。二人とも」

「うん!」

「行く行く!」

フェイトとなのはが二つ返事で答える。

「リィンも、はやてちゃ……マイスターはやてと一緒にお待ちしてるです!」

リィンも笑顔で言う。

「あはは」

「そんな堅い言い方しなくても『はやてちゃん』でいいんじゃない?」

「う……」

何度も言い換えるリィンがおかしいのかフェイトは笑い、なのはは呼びたいようにに呼べばいいのではと

打診するが、リィンとしてはそれを甘んじる気はないようだ。

四人はそのような談笑をしながら、空を駆けていた。

 

 

北部定置観測基地では、護送隊のナビゲートをするためにグリフィス・ロウランとシャリオ・フィニーノがモニターに映る映像の変化を注意しながら見ていた。

「あれ?発掘地点と通信が繋がらない?」

シャリオが異変を口に出した。

「本当に?」

グリフィスが確認するように訊ねる。

シャリオはもう一度キーボードを叩きながら試みるが、結果は同じだった。

「本当だ……」

「一体どうなってるんだろ……」

グリフィスはシャリオが凝視している画面を見るが、『通信不能』と表示されていた。

またも警報が鳴った。

「今度は何?これってまさか……」

グリフィスが担当している場から鳴り響いており、席にモニターを戻ってみてみるとそこには見たことがない三人が映し出されていた。

グリフィスは中央モニターに映し出す。

「もしかしてこれって……」

シャリオも映し出された映像を見て、驚愕の表情を浮かべていた。

そこに映し出されていたのは二体のイマジンに一人の青色が目立つ戦士だった。

「もしかして最近噂になってる……」

「仮面ライダー……」

シャリオの続きをグリフィスが締めた。

 

 

目的地が視認できる範囲になると、四人はその光景を見て異変を感じた。

それは『楽しい談話』の時間の終了にもなる。

四人の表情が『少女』から『魔導師』になっていた。

現場上空に辿り着くと、発掘をしていた大学生二人が十体近くの楕円型の機械に襲われていた。

「現場確認。機械兵器らしき未確認体が多数出てます!」

「ん!」

リィンが解説すると、はやてが頷いた。

「フェイトちゃん!救助には私が回る!」

「私は遊撃する!はやてとリィンは上から指揮をお願い!」

「「了解!」」

なのは、フェイトが自身の役割を告げ、はやてとリィンは了承してその場で散開した。

「おし!やるよリィン!」

はやては左掌に乗っかっているリィンに呼びかける。

「はいです!」

リィンは了承して両手を広げてそのまま、はやての胸元に飛び込んだ。

激突はせずに溶け込むようにして入っていった。

 

『ユニゾン・イン!』

 

はやての髪が色素の薄い色になり、瞳の色が青色となる。

右手には『騎士杖』であるシュベルトクロイツが握られていた。

「中継!こちら現場!発掘地点を襲う不審機械を発見!強制停止を開始します!」

なのはが北部定置観測基地へと連絡する。

『本部に連絡します!』

「お願い!」

シャリオが返答し、フェイトは念押しに頼んだ。

「あ……」

「ああ……」

大学生二人は機械兵器の攻撃にもはや『最期』が来ると直感した時だ。

機械兵器が中央にある発射光が輝きだして、発射しようとした時だ。

なのはが素早く着地して、右手を前に出す。

バリア系の魔法障壁を展開させる。

機械兵器が発射されたレーザーを見事に防ぎきる。

バシィンと言うような音が鳴り響くが、その魔法障壁には破損はおろか亀裂一つ入っていない。

なのはが大学生二人を無事に守っているのを確認してからフェイトはバルディッシュ・アサルトを天にかざす。

「プラズマランサー!!」

『イエッサー』

フェイトの左右にバチバチと稲妻が帯びた黄金の魔力球が数個出現した。

やがてそれは黄金の環状魔法陣と(やじり)鏃となる。

「ファイアっ!!」

フェイトの掛け声と同時に黄金の鏃は一直線に機械兵器に向っていく。

機械兵器は『避ける』という事を知らないのか全弾直撃する。

「大丈夫ですか?」

「は……はい」

「あれが何故襲ってきたかはわかります?」

なのはは助けた大学生二人に襲われた事情を訊ねる。

「わかりません。コレを運び出していたら急に現れて……」

大学生の一人が両手で抱えているバンドで止められている木箱をなのはに見せた。

『広域スキャン終了。人間はあの二名だけです!』

はやての内にいるリィンが告げた。

「ん!」

はやてはその報告に頷く。

「あれは機械兵器……?」

『該当データはありません』

フェイトは腑に落ちない表情をしており、バルディッシュ・アサルトが短く眼前の敵が過去にも存在していたかどうかを照合した結果を告げた。

(当てたけど、倒した感触がまるでない……)

黄金の鏃は確かに機械兵器に直撃した。

だが、破壊したという実感がまるでないのだ。

何故そのように感じるかの答えは機械兵器自身がネタをばらしてくれるのを待つしかない。

『中継です!やはり未確認!危険認定破壊停止許可が出ました!』

シャリオが本部の指示を告げてくれた。

「了解!発掘員の救護は私が引き受ける!なのはちゃん!フェイトちゃん!思いっきりやってええよ!」

「「了解!」」

はやてがGOサインを送り、二人が承る。

機械兵器が何かを展開した。

足元に魔法陣が展開していないので、魔法ではないと思われるが似ているものだろうと推測しながら三人は凝視する。

『マスター』

「フィールドエフェクト?」

レイジングハート・エクセリオンが(なのは)の判断を仰ぐ。

基本魔法防御四種の一つであり、『フィールド』とは範囲内で発生する特定効果(温度変化等)の発生を阻害する事による防御である。

なのはが先程用いていた『バリア』系とは違い、展開範囲が広く効果によれば手も足も出せなくなってしまう厄介なものにもなる。

「様子見でワンショット!レイジングハート!」

『アクセルシューター』

なのはは機械兵器に向けてレイジングハート・エクセリオンを構える。

今から放つ一発を決め手とは考えず、機械兵器がどのような効果を持つフィールドを展開したのかを探るための一発だ。

ガシャンとレイジングハート・エクセリオンのヘッド付近のカバーがスライドしてガシャンと音を立て、蒸気を噴出しながら空になった薬莢を排出する。

「シュートォォォォ!!」

大きな桜色の魔力球から光線が走り先端には小型の魔力球が数個、機械兵器に向って飛んでいく。

機械兵器に直撃すると思われたが、展開したフィールド内に桜色の魔力球が侵入すると『球』としての形を保てなくなりやがて微粒子となって消滅した。

「無効化フィールド!」

なのはは展開したフィールドの正体を見極めた。

AMF(アンチマギリングフィールド)……。AAAランクの魔法防御を機械兵器が……」

フェイトはその現実を受け入れながらも、このようなものを制作した者がまともな輩ではないと本能的に感じた。

(はわわっAMFって言ったら魔法が通用しないってことですよ!?魔力結合が消されちゃったら攻撃が通らないです!)

はやての内にいるリィンが狼狽していた。

AMFはいわば魔導師を無力にする事さえ可能なフィールドであり、戦闘キャリアの薄いリィンの言う事はしごく尤もな事である。

「あはは。リィンはまだちっちゃいなぁ」

はやてはうろたえるリィンとは対照的に落ち着き払っていた。

(ええっ!?)

はやてが言う『ちっちゃい』とは身体的にという意味ではなく、精神的にという意味であり『幼い』とか『経験が足りない』という意味が含まれていたりする。

「憶えておこうね。戦いの場で「これさえやっとけば絶対無敵」なんて事はそうそう滅多にないんだよ」

なのはは真剣な表情でリィンに伝える。

レイジングハート・エクセリオンはガシュンガシュンとカバーをスライドしながら音を立てて蒸気を発しながら空薬莢を二個排出する。

フェイトのバルディッシュ・アサルトもカバーがスライドして内部に組み込まれたシリンダーが回転してガシュンと叩きつけるようにしてカバーが元の位置に戻った。

その動作を計二回行う。

「どんな強い相手にもどんな強力な攻撃や防御の手段にも、必ず穴はあって崩し方もある」

はやてが解説を始める。

その間にフェイトを中心にして、黒い雷雲が出現する。

ゴロゴロゴロと雷の音が鳴り始める。

なのはは最寄の地面にレイジングハート・エクセリオンを向けて威力が小さい魔力砲を放つ。

地面が抉れ、いくつかの小さな岩となり桜色の環状魔法陣を帯びて浮上していた。

「魔力が消されて通らないなら、『発生した効果』の方をぶつければええ」

はやての言葉どおりに二人は『発生した効果』を目的とした魔法を繰り出そうとする。

「たとえば小石……」

はやてが例える。

「スターダストォォ」

なのはの方は発射態勢が整っていた。

「たとえば雷……」

更にはやてが例える。

「サンダァァァァ」

フェイトも同じ様に態勢を整えて、後は発射するだけだった。

 

「「フォールゥゥゥゥ!!」」

 

なのはが環状魔法陣を帯びた小岩を、フェイトが魔力で発生させた雷雲から生じる雷を一斉に機械兵器に向って振り下ろした。

魔力を帯びた小岩は隕石のように。

雷雲から降り注ごうとしている雷は天の裁きのように。

機械兵器に触れ、その原型を歪めて機能を停止させた。

小岩に潰されて機能を停止したものや落雷して内部メカがショートして停止したものなど様々な残骸となって転がっていった。

(ふええぇ。すごいですぅ)

「二人とも一流のエースやからね」

内のリィンが感心しているが、はやてにしてみれば慣れた後景であった。

なのはとフェイトの攻撃範囲外にいた機械兵器が向きを変えて離れようとしていた。

「追おうか?」

「ううん。ええよ。こっちで捕獲するから平気やで」

なのはが申し出てきてくれるが、はやては丁重に断った。

二人にばかり働かせて高みの見物というのが嫌なのだ。

(リィン。頼んでええか?)

(はいです!)

はやては内のリィンに逃亡する機械兵器の捕獲を任せることにした。

(発生効果で足止め捕獲というと……)

機械兵器対策を講じながらリィンは使用する魔法を考える。

足元に三点の小魔法陣からなる三角形のベルカ式の魔法陣が展開される。

(こうです!!)

リィンが発動すべき魔法を放つ。

逃亡を謀ろうとしている機械兵器にリィンの足元と同じ魔法陣が出現して形を変えて動きを縛るような動きをする。

 

凍てつく足枷(フリーレンフェッセルン)!!)

 

機械兵器が氷漬けとなってその動きを停止した。

氷から噴き出る冷気が寒気を誘うが相手が機械なので反応はない。

「お見事!」

(ありがとうございますですぅ!)

なのはの褒め言葉をリィンは素直に受け取った。

難が去り、護送隊の代表としてフェイトが大学生二人と掛け合っていた。

「これがそのロストロギアですね」

「はい……。中身は宝石のような結晶体で『レリック』と呼ばれています」

わかる範囲で詳細を聞いているフェイトをなのはとはやては見ていた。

『…し……こちら……』

聞き覚えのある声がなのは達の耳に入った。

「こちらアースラ派遣隊。シグナムさんですか?」

なのはは送信者の名を確認する。

『その声はなのはか?そちらは無事か?』

「機械兵器の襲撃があったんですが……。まさかそっちも?」

『こちらは襲撃ではなかったがな。危機回避のため、既に無人だったのが不幸中の幸いだったが発掘現場は何もない。先程ヴィータとシャマルを緊急で呼び出した。あと悪報と朗報の二つがある』

シグナムが『悪報』と言うからには相当悪いものだろう。

なのは、はやて、リィンそして大学生との話が終わったフェイトは真剣な表情になっていた。

『まず悪報からだが、この次元世界にイマジンが一体いる。目的はわからん』

『イマジン』という単語を聞いただけで四人の表情は強張った。

出くわした場合は『交戦』ではなく『撤退』が魔導師達の暗黙のルールとなっている。

圧倒的に力量差がある者達なら迷わずこのルールどおりに行動する。

それなりに戦える者達はよほど危機に迫らない限りは戦ったりはしない。

そのくらい『仮面ライダー』がいない今の別世界(ここ)ではイマジンが脅威になっているのだ。

『そして朗報だ。そのイマジンと噂になっている青い仮面ライダーが交戦中との事だ』

 

 

Aゼロノスとプロキオンはクリケットイマジンと睨みあっていた。

プロキオンは両腕をクロスさせてフリーエネルギーを用いてシャキンと三本の鋭い爪を両手から生やす。

「レッツ、ゴー、バトルです!」

そのままクリケットイマジンに向っていった。

その速度は恐ろしく速い。

クリケットイマジンと間合いを詰めると、右フックを繰り出す。

しかし先に当たるのは拳ではなく三本の爪であるが。

ブォンという音が鳴り、クリケットイマジンはその場にしゃがんでから空振りになるがそのような音が鳴る時点でプロキオンの放った一撃は速い上に重たいのだという事を理解した。

「言葉遣いに騙されたぜ。テメェ、ガキの癖に随分と生意気な戦い方してるじゃねぇか!!」

後方に下がってクリケットイマジンはフリーエネルギーで二丁の拳銃を作り出してから、構えて狙いを定めて引き金を絞る。

「!!」

プロキオンはその場で高く跳躍するとその直後にフリーエネルギーの光線がクリケットイマジンに直撃した。

「ぐふぅ!」

プロキオンの奇襲はこの攻撃のための布石ならば抜群のコンビネーションである。

跳躍したプロキオンはクリケットイマジンの後方に着地する。

Aゼロノスの右手には銃が握られていた。銃といっても完全に『銃』の姿をしているわけではない。

ナイフのようにも見える形状だ。

Aゼロノスの専用ツールであるデュアルガッシャー(以後:Dガッシャー)である。

Aゼロノスは空いている左手を腰元に添えているDガッシャーのパーツに手を添えてから外す。

そして、下にあるゼロガッシャーの先端に似たパーツに縦連結させてから拳銃の引き金と密接している側のグリップを握ってから引き抜いた。

フリーエネルギーによって『銃』としての機能を持つDガッシャーバレットモード(Dバレット)へとなった。

左側のDバレットもクリケットイマジンに向ける。

そして引き金を絞る。

ガガガガガンとフリーエネルギーの光線がたった一回引き金を絞るだけで数発発射された。

右手のDバレットも人差し指を引き金に添えて絞る。

左と同じ様にたった一回、絞るだけで数発のフリーエネルギーの光線が発射される。

そのままAゼロノスはクリケットイマジンへと歩み寄る。

「いだっ!あだぁ!いだだだだぁ!!」

クリケットイマジンの体から後ろに足を下げながら火花が飛び散る。

Dバレットから発射される光線一発分の威力は仮面ライダー電王ガンフォームのデンガッシャーガンモード(以後:Dガン)の弾丸一発の二分の一しかない。

つまり一発食らってもイマジンには決定的なダメージを負わせる事は出来ないのだ。

しかし、DバレットはDガンにはない利点もある。

それは連射性である。

Dガンは一回引き金を絞って一発しか発射されないが、Dバレットは一回絞っても数発発射されるのだ。

それでパワー不足を補っているわけだ。

クリケットイマジンは前方と後方を交互に見比べる。

「ええい!クソォ!二対一じゃ分が悪いぜ!だがなぁ電王やゼロノスじゃねぇテメェ等ポッと出に負けてやるわけにはいかねぇんだよ!」

そう言いながら、両腕を水平に構えて引き金を絞る。

銃口から弾丸が発射され、立ち止まらずにその場で駒のように回り始める。

弾丸を避けながら、Aゼロノスとプロキオンは顔を見合わせて頷きあう。

「変身!」

プロキオンは全身を輝きだして、イマジンからフェレットへと姿を変えた。

クリケットイマジンはまだ回りながら乱射している。

Aゼロノスは跳躍してクリケットイマジンの頭上で逆立ちの態勢をとってから二丁のDバレットの銃口を向けて引き金を絞る。

銃口から発射された光線は無数の雨のようにして降り注ぐ。

「ぐわあああああっ!!」

前面にしか注意がなかったため、頭上からは完全に死角となっていた。

「変身!」

プロキオンがフェレットからイマジンへと変えて、その場で軽く跳躍して腰に捻りを加えて左飛び回し蹴りを放つ。

右側頭部に直撃して、左へと飛ばされるクリケットイマジン。

地面に転がるがすぐに起き上がる。

「ユノさん!」

プロキオンが主に次の攻撃を委ねる。

頭上攻撃から無事に着地したAゼロノスは両腕を引いた状態でDバレットを手放す。

スーッと真っ直ぐに落ちるDガッシャーのグリップを順手に握る。

それだけでDバレットからDガッシャーダガーモード(以後:Dダガー)となる。

デンガッシャーやゼロガッシャーと違って組み替える必要がないのも先の二つにはない利点といってもいいだろう。

そしてその二本のDダガーのグリップを向き合わせてそのまま寄せて連結させる。

上下に刃があり、フリーエネルギーで少しだけ大きくなる。

Dガッシャーランスモード(以後:Dランス)へと切り替えてから、クリケットイマジンへの間合いを詰めて駆ける。

「せえいっ!!」

Dランスを袈裟に振り下ろして、火花を飛び散らせてから、

「はああっ!!」

右切上へとDランスで切り上げる。

相手に何かをさせずに繰り出した攻撃なのでクリケットイマジンは防御をする間もなく、斬撃を食らう。

「ぐわあああっ!!」

Aゼロノスは間合いを開けるために後方へと飛びのく。

中腰になって、振りかぶる。

そしてDランスを投げた。

Dランスは手裏剣のように縦回転しながらクリケットイマジンへと向っていく。

回転は次第に増していき、速度も上がる。

クリケットイマジンに回転する刃が触れる。

ガリガリガリガリと容赦なく刃が抉りながら宙を舞う。

DランスはそのままUターンしてAゼロノスの元へと向っていく。

Aゼロノスは右手をかざすとパシッとDランスを受け止めた。

火花を跳び散らせているクリケットイマジンを一瞥してから、Dランスを握った手を下ろして踵を返す。

「契約者ののぞ……み……ぐうおあああああ!!」

肉体がダメージに耐え切れなくなり、クリケットイマジンは爆発を起こした。

プロキオンがAゼロノスに駆け寄る。

「やりましたね!ユノさん」

「うん。それじゃ帰ろっか」

Aゼロノスとプロキオンが無限書庫へと戻る手筈をとろうとした時だ。

彼等の前方には、なのは達が交戦したあの機械兵器が群れを成して現れた。

「アレ全部壊さないと帰れないみたいだね……」

「うえ~」

Aゼロノスは向ってくる機械兵器を睨みながらDランスを分離してDダガーへと戻し、プロキオンも悲鳴のような声を上げながらも両腕から三本の爪を出現させていた。

 

 

第12管理世界。

生活するには問題ない場所であり、自然に恵まれて気候もよくて訪れる人間も決して少なくはない。

そのような世界に『聖王教会』がある。

中央教堂では一人の女性が宙に映っているモニターを見ながら、打ち合わせをしていた。

『ええ。片方は無事に確保しているのですが、もう片方は爆発で発掘現場ごと消滅(ロスト)してしまっています』

「そうですか……」

女性は落胆するが、人命が下手に奪われていないだけマシだと思って良しとする事にした。

『爆発現場はこれから調査と捜索を行います』

女性の通信相手はクロノ・ハラオウンだった。

「クロノ提督。現場の方達はご無事でしょうか?」

『ええ。現地の発掘員にもこちらの魔導師達にも被害は何もありません』

「そうですか……。よかった」

クロノの言葉を聞き、女性---カリム・グラシアは安堵の息を漏らした。

『現場発掘員の迅速な避難は貴女からの指示をいただいていたからこそですね。騎士カリム』

「危険なロストロギアの調査と保守は管理局と同じく聖王教会の使命ですから。名前だけとはいえ、私は管理局の方にも在籍させていただいていますしね」

カリムは聖王教会教会騎士団であり、時空管理局理事官でもある。

「こちらのデータでは『レリック』は無理矢理な開封や魔力干渉をしない限り、暴走や暴発はないと思われますが、現場の皆さんには十分気をつけてくださるようお伝えいただけますか?」

『はい。それでは……』

クロノは了承すると、通信を切った。

「ふう……」

通信が切れてモニターが消えると、カリムはどっと疲労感に襲われたのか両肩を撫で下ろした。

「騎士カリム。やはりご友人が心配でしょうか?」

カリムの背後から一人の修道女が声をかけた。

「シャッハ」

カリムは後ろを振り返りながら修道女の名を呼ぶ。

シャッハ・ヌエラ。

カリム同様。『聖王教会』に所属する修道女である。

「よろしければ私が現地までお手伝いに窺いますよ。非才の身ながらこの身に賭けてお役に立ちます」

シャッハは謙虚ながらも、自身の意思を表に出す。

「クロノ提督や騎士はやては貴女の大切なご友人。万が一の事があっては大変ですから」

カリムはシャッハの言葉を聞きながら、抱えた不安が消えていくように感じた。

「ありがとうシャッハ。でも平気よ」

カリムはシャッハに顔を向ける。

「はやては強い子だし、今日は特に祝福の風(リインフォース)はもちろん守護騎士(ヴォルケンリッター)達も一緒で、はやての幼馴染の本局のエースさん達もご一緒だとか」

カリムが根拠を打ち明ける。

「それは私の出番はなさそうですね。大人しく貴女のそばについているとしましょう。あと、お茶をお淹れしますね」

「ええ。お願い」

シャッハは恭しく頭を下げてから、望むことを告げるとカリムは笑顔で応じた。




次回予告

第三話 「ファーストコンタクト」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 「ファーストコンタクト」

『仮面ライダー』

 

力なき者達には『希望』となる。

 

力持つ悪には『恐怖』と『絶望』が降りかかる。

 

そして自身が名乗るのではなく、他者に呼ばれた時に初めて価値を持つ『称号』でもある。

 

 

第162観測指定世界定置観測基地。

「発掘員の方は観測隊が無事に確保しました」

グリフィス・ロウランがマイクを片手に状況を説明していた。

「なのはさ……高町二等空尉達護送隊は妨害を避けて運搬中です」

シャリオ・フィニーノがモニターを見ながらアースラへと報告していた。

「あと、別区域で出現したイマジンは一体がロストしています。恐らく青い仮面ライダーが倒したと思われます」

グリフィスが締めくくるようにAゼロノスの事も報告した。

 

 

観測指定世界の軌道上に佇んでいる次元航行艦アースラ。

「はい了解。現場とアースラは直通通信が通らなくなっているから、シャーリーとグリフィス君で管理管制をしっかりね」

エイミィ・リミエッタが報告を受けながらも、先輩としてアドバイスを送った。

『はい!』

グリフィスが即座に返事する。

『あ、現場の方にヴィータさん達が到着したようです』

そう言うと、モニターに映るシャリオの姿が消えた。

「クロノ君。どう思う?この仮面ライダーについて……」

エイミィがグリフィスが送ってきた映像データをモニターに映す。

それはAゼロノスとプロキオンがクリケットイマジンと戦闘している映像だった。

「明らかに良太郎やモモタロス達、桜井侑斗とは別人だな。自身の火力不足を熟知しながら的確にパートナーイマジンと連携して戦っている。あの二組にはない戦法だ」

クロノ・ハラオウンが手を顎に当てながら、映像を凝視しながら分析する。

「確かに良太郎君やモモタロス君達のような派手さはないよね。それに桜井君のような豪快さもないしね」

エイミィが映像を見て思った事を口に出す。

「ウチにスカウトするには極めて困難な存在だな。『電王』ではなく『ゼロノス』なんだからな」

クロノも六年前の際に仮面ライダーゼロノスを知っているため、映像に映っているのはタイプ的に『電王』ではなく『ゼロノス』に近いからそのように呼んでいる。

「さしずめ、『青いゼロノス』ってところ?」

エイミィが便宜上の呼称を決めた。

「そんなところだろうな……」

クロノはAゼロノスの変身者の心境を想像してみた。

変身するたびに周囲の人間が変身者を忘れていく事。

しかし変身者自身は周囲の人間を憶えているというズレ。

その恐怖に常に向き合わなければならない覚悟。

並の人間では到底できない事だろう。

仮にスカウトをしても時空管理局には『青いゼロノス』に見合う代価を払う事が出来ないのは事実だ。

金銭や権力程度では到底対価とは呼べないだろう。

「エイミィ」

「わかってるって。青いゼロノスについて分析してみるよ」

エイミィがモニターに映っているAゼロノスについて分析を始めた。

 

 

「ひでぇなこりゃ。完全に焼け野原だ」

騎士服姿のヴィータとシャマルがシグナムとザフィーラ(獣)と合流して、周囲を見回した。

彼女の言うように、巨大なクレーターが一つ出来上がっており建造物等はその機能を果たす事は永遠に叶わないくらいに破壊されていた。

「かなりの範囲に渡っているが、汚染物質の残留はない。典型的な魔力爆発だな」

シグナムがクレーターが出来た大まかな原因を告げた。

「ここまでの話を総合すると、聖王教会から報告・依頼を受けたクロノ提督がロストロギアの確保と護送を三人に要請」

シャマルが宙にモニターを表示して、シャリオとこれまでの出来事をおさらいを始める。

「平和な任務と思っていたらロストロギアを狙って行動しているらしい機械兵器が現れて、こちらのロストロギアは謎の爆発って流れで合ってるかしら?」

『はい!合ってます!』

シャマルが確認するように訊ね、シャリオが首を縦に振りながら肯定した。

「聖王教会といえば、主はやてのご友人の……」

「うん。多分騎士カリムからの依頼ね。クロノ提督ともお友達だし」

シグナムが『聖王教会』というフレーズから何かを思い出し、シャマルが補足した。

ザフィーラが現場をじっと見たまま動かないヴィータに気付く。

「ヴィータ。どうかしたか?」

「ザフィーラ。別に何でもねーよ。相変わらずこーゆー焼け跡とか好きになれねーだけさ」

ヴィータの表情はどこか憂いを秘めていた。

「戦いの跡はいつもこんな風景だったし……。あんまり思い出したくねぇことも思い出すしさ」

ヴィータの脳裏にはある出来事が甦っていた。

雪が降っている次元世界。

自分は瀕死の重傷になっている一人の魔導師を抱き上げて、必死に声をかけていた。

魔導師は息も絶え絶えになりながらも、自分の事を気遣ってくれていた。

普段なら鬱陶しいと思ってしまうが、この状況下でそんな風に思えるほど自分は非情ではなかったようだ。

主である八神はやて以外で涙目になったのはこれが初めてなのかもしれない。

白がメインカラーとなっているバリアジャケットは所々がくすんでいたり、血が赤いシミとなっていた。

その瀕死の重傷を負っている魔導師とは高町なのはだった。

「ヴィータ。何を怖い顔をしている」

シグナムが背を叩く事で、ヴィータは現実に戻った。

「リインが見たら心配するぞ」

シグナムはヴィータの頭を穏やかな表情で撫でながら気遣う。

それは『ヴォルケンリッターのリーダー』というよりは『八神家の家族の一員』という意味合いの方が強いと思われる。

「うるせーな。考え事だよ。あと撫でるな……」

ヴィータはぶすっとしながら返す。

「よし……。調査魔法陣展開!アースラと無限書庫に転送してね!」

『はい!』

シャマルはベルカ式の魔法陣を展開しながら、シャリオに送った。

 

 

護送隊飛行ルートの四名はというと。

寄り道せずに荷物であるロストロギアを持って、空を駆けていた。

「えーと。もう一度確認するです」

なのはの左肩に乗っかっているリインが『夜天の魔導書』に記していた。

「AMFというのはフィールド防御の一種なわけですよね?フィールド系というのは……」

「基本魔法防御四種の内の一つだね。状況に応じて使い分けたり組み合わせたり、あと私達のバリアジャケットやリインの騎士服もバリアやフィールドを複合発生させているんだよ」

なのはが追加説明した。

基本魔法防御には『バリア』、『シールド』、『フィールド』、『物理装甲』がある。

『バリア』は攻撃を防御膜で相殺して柔らかく受け止めることを旨とする最も汎用性の高い防御。

『シールド』は攻撃と相反する魔力で固く弾く・反らす事を旨とする防御。

『フィールド』は範囲内で発生する特定効果(温度変化等)の発生を阻害する事による防御で、通常は複数の種類を重ねバリアやシールドの補強として使用するものである。

『物理装甲』は素材強度による物理的防御。つまり魔法を用いずに直接防ぐものである。

リインはサラサラと『夜天の魔導書』に記していく。

「AMFはフィールド系ではかなり上位に入るけどね」

なのはの言うように、フィールド内に入った魔法を無効化にするのだから下位であるはずがない。

「魔力攻撃オンリーのミッド式魔導師は咄嗟に手も足も出ないだろうね」

「ベルカ式でも並の使い手なら威力増強は武器の魔力に頼っている部分が多いし、ただの刃物や鈍器やと潰すんは辛いんよ」

フェイトとはやてはミッド式魔法、ベルカ式魔法でもAMFを攻略するのは至難なものだと打ち明ける。

「でも、なのはさんやフェイトさんは簡単に……」

リインが両手を広げてドカーンとという表現をする。

「距離があったし、向こうのフィールドが狭かったからね」

なのはが先程の戦闘の事を思い出していた。

「さっきのやり方だと発動地点がフィールド外じゃないとダメなんだ」

先程の戦闘でなのはとフェイトは機械兵器が発生させたAMFの外で魔法を発動させていた。

「囲まれたりしてフィールド内に閉じ込められたら結構ピンチだね。AMF内で魔法を発動するのは難しいから」

仮に魔導師がAMF内にいた場合、フィールド内では魔法が結合しないため効果そのものを起こす事が出来なくなるのだ。

そうなると、魔導師の基礎体力で勝負になる。

「飛行や基礎防御もかなり妨害されちゃうし、やり方はあるけど高等技術なんだ。リインは気をつけないと大変な事になるよ」

なのはの説明にフェイトが補足しながらも、リインに忠告した。

「はうあ!?そうでした!リインは魔法がないと何もできないんです~」

リインがフェイトに忠告され、AMF内にいる自分を想像していた。

「いい機会だからその辺の対処と対策も覚えておこうね」

「はいです!あの、なのはさん」

「ん?なぁにリイン」

「電王さんやゼロノスさんだったらどうなるんでしょうか?」

リインが電王やゼロノスならばどのように対処するのか興味を持ったのか訊ねてきた。

「そうだねぇ。良太郎さん達なら私達みたいに変に考える必要はないから、はやてちゃんが言った刃物や鈍器で直接潰すだろうね」

「それってAMFの中でもですか?」

「うん。良太郎さん達は魔導師じゃないからAMFの事なんて関係なく戦えるからできるんだよ」

「良太郎達は魔法とは違うエネルギーで戦っているからAMFそのものが効果がないんだよ」

「私等が知る限りでは『最強』やいうてもおかしないね」

なのはとフェイトの説明をリインは聞きながら、『夜天の魔導書』にメモしていく。

「リイン。いい機会やから高町教導官に教えてもらうんやで」

「はいです!」

はやてが締めくくり、リインが元気よく返事をした。

 

 

ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラは飛行はせずに、足でその場を歩いて警戒していた。

現在の所は怪しい魔導師も機械兵器もイマジンも姿を現してはいなかった。

「そういやシグナム。一緒の任務って結構久し振りだな」

暇といえば失礼だが、無言でいる必要はないのでヴィータは口を開いた。

「そうだな。我々みな担当部署が離れてしまったからな」

シグナムはヴィータに言われるまで失念していた。

「あたしとシャマルは本局付きでザフィーラはもっぱらはやてかシャマルのボディガード。ま、家に帰れば顔を合わせるし関係ねーけどな」

「確かに。緊急任務がない限り休暇には皆揃うしな」

ヴィータは自分達の状況を言い、シグナムは首を縦に振って腕組をして納得していた。

「しかし来年には引越しか。海鳴のじーちゃん、ばーちゃんともお別れになるなぁ」

寂しそうにゲートボール仲間の老人達をヴィータは思い出す。

海鳴ではやて以外に出来た多分最初の『友達』だ。

「住所が変わるだけだ。今生の別れというわけではなかろう。会いたいと思えば会えるさ」

シグナムは前向きに考えるようにヴィータに諭し、ヴィータは黙って首を縦に振る。

「ちょっと間が開いたらもー変身魔法でも使わねーと会えねーな。育たねぇから心配される……。実年齢だけならじーちゃん達より上なんだけどな」

ヴィータは呟く。

「違いない」

シグナムも自身の掌を見ながら同意した。

ヴォルケンリッターは精神的に成長を遂げても外見が成長する事はない。

良い解釈をするならば『不老』ととれる。

ただし悪い解釈ならば『化け物』のレッテルを貼られても仕方がない。

実情を知る者ならばその手の事には触れたりはしない。

しかし、ヴィータの友達の老人達やシャマルの井戸端会議の主婦達、シグナムが講師を勤めている剣道場の同僚などがそのような事を知っているはずがない。

だからこそ時が経って海鳴に訪れた際には外見をある程度は変えておく必要がある。

「あら~、じゃあ私がちゃんと調整して可愛く育った外見に変身させてあげる♪」

シャマルが笑顔でヴィータにしてみれば出来るなら関わりたくない笑顔を向ける。

「……いい。自分でやる」

「私達は当分は服装や髪型程度で誤魔化せるだろうな」

ヴィータは否定し、シグナムは魔法を用いずに済む対策を言う。

「ザフィーラはいいよな。犬だから」

「……狼だ」

ヴィータはこの手の事を考えずに済むザフィーラを羨ましがる。

ヴィータは知らない。ザフィーラはザフィーラで苦労がある事を。

いつまでも子犬というのも怪しまれるため、微妙な大きさを考えておかなければならないのだ。

この手の事は先輩に当たるアルフに聞いてみようと考えていた。

「それにしてもミッドへの引越しは色々と不安も多いのよ。いい物件もまだ見つかっていないし……」

シャマルは左手を頬に当てながら、家庭関係で悩む主婦のような仕種をする。

家賃と部屋割り。

ご近所付き合い。

交通の便宜。

引越しの際に持っていく物等など。

「「その辺はお前に任せた」」

シグナムとヴィータは声を合わせて丸投げした。

「!!」

ザフィーラが何かを感じたのか、顔を上げた。

「ザフィーラ。どーした?」

「森が動いた。座標を伝える。シャマル調べてくれ」

「うん!」

ヴィータの問いにザフィーラが短く答えながらも、シャマルに指示を出した。

『こちら観測基地!先程と同系と思われる機械兵器を確認!地上付近で低空飛行しながら北西に移動中。高高度飛行能力があるかどうかは不明ですが、護送隊の進行方向に向っているようです!狙いはやはり……ロストロギアなのではないでしょうか?』

「そう考えるのが妥当だな。主はやてとテスタロッサ、なのはの三人が揃って機械兵器ごときに不覚を取ることは万に一つもないだろうが……」

「運んでいるものがアレだものね……」

シャリオの報告を聞きながら、シグナムとシャマルの表情は真剣なものになっていた。

「こっちで叩きましょう」

「ああ」

シャマルの提案にシグナムは異論を唱えなかった。

どこか気負っているような雰囲気を漂わせているヴィータがいた。

「観測基地!守護騎士から二名出撃する!シグナムとヴィータが迎え撃つ!」

シグナムがヴィータの背を叩きながら告げた。

「あに勝手に決めてんだよ」

「何だ?将の決定に不服があるのか?」

「……ねーけど」

我に返ったヴィータはシグナムを睨む。

「こっちは二人で大丈夫」

「危機あらば駆けつける」

シャマルは笑顔でザフィーラはいつもの表情でこれから出撃する二人を見送ろうとしていた。

「守るべきものを守るのが騎士の務めだ。行くぞ。その務めを果たしにだ」

「しゃーねーなぁ!!」

シグナムの言葉にヴィータは表面上は面倒臭そうに答えた。

「主はやて。シグナムです。邪魔者は地上付近で我々が撃墜します」

シグナムは、護送隊のはやてにこれからの事を告げる。

 

 

アースラ艦内のメインモニタールームでエイミィとクロノがAゼロノスの分析をしながらも、シグナムとヴィータの戦闘ぶりをモニターで見ていた。

「シグナムとヴィータはやっぱり凄いね。未確認でもモノともしない」

エイミィが無難な感想を述べた。

「合流地点までもう少しだし、そろそろアースラも回収の準備もしとこうか」

クロノは黙ったままだ。

「クロノ君。どうしたの?難しい顔をして」

「……ああ。この後のことを考えていた」

「あと?」

「それよりもこの青いゼロノスについて何かわかった事は?」

クロノは話題を切り替えてAゼロノスについての調査結果を聞く事にした。

「まずこの姿はバリアジャケットでも騎士服でもないね。正真正銘魔力以外のもので構築されてる。次にこのゼロノスの使っている武器は材質のサンプルでもあればもっとわかるんだろうけど、電王じゃなくてゼロノスが使っている武器と同じ材質と見ていいね」

電王、ゼロノスのデータがないためこれが初の『仮面ライダー』のデータとなる。

「AAAランクの魔導師と照合しても凄いという言葉しか出ないね。全く劣ってないもん」

「今のところはイマジンを倒すだけが目的みたいだが、今後どう出るかはわからないな……」

クロノは変身者が何かをやらかすのではないかと考える。

「でも何かをやらかすつもりなら既にやってるような気がするよ。このゼロノスだって『時の列車』持ってるはずだし」

「それもそうだな……」

エイミィの言うとおりだと納得したクロノは任務に集中する事にした。

 

 

護送隊の四人はというと、空を駆けたままだった。

「シグナム達は大丈夫そやね」

「うん」

「シグナムもヴィータちゃんもカッコいいです~」

「だね」

はやてとフェイトは現在戦っている二人の心配は無用だといい、リインはなのはと共にその二人の活躍ぶりを宙に出現させているモニターを見て喜んでいた。

「はやて。特別捜査官としてはどう見る?今回の事」

「んん?そうやなぁ。あのサイズのAMF発生兵器が多数存在してるゆーんが一番怖いなぁ。今回、この世界に出現してるんが全部であって欲しいけど……」

はやては話を振られるものの、冷静に的確に特別捜査官としての意見を告げる。

「そうでないなら規模の大きな事件に発展する可能性も十分にある。特に量産が可能だったりするとなぁ。執務官と教導官はどうなんやろ?」

はやてはひとしきり言い終えると、今度はなのはとフェイトに訊ねた。

「私はあの未確認がロストロギアを狙うように設定されているのが気になるよ。猟犬がいるって事は狩人がいるって事だもんね」

教導官としての、なのはの感想は機械兵器の後ろにはロストロギアを狙う誰かがいるという事だ。

機械兵器がニワトリのように卵からポコポコ生まれてくるわけではないので、必ず製作者がいると踏んでいるのだろう。

「ロストロギアを狙う犯罪者……。技術者型の広域犯罪者は一番危険だね」

フェイトが執務官としての感想を述べる。

それから五分後に護送隊はヴォルケンリッターと合流した。

 

 

アースラ艦内ではクロノとエイミィが今後の事を話し合っていた。

「そういった事件になると管理局でも対応できる部隊はどれくらいあるか、人や機材が揃ったとして動き出せるまでどれぐらいかかるのか、そんな状況を想像すると苦い顔にもなるさ……」

クロノは手を顎に当てて、難しい顔をしていた。

「なるほど。指揮官の頭の痛いトコだね」

エイミィがため息をついてしまう。

組織の体制からしてお先真っ暗なのかもしれないのだ。

「はやても指揮官研修の最中だからな。一緒に頭を悩ませる事になるよ……」

「でもまあ、今回の事件資料と残骸サンプルはそのテの準備の貴重な交渉材料でしょ。事件がどう転ぶかわかんないのなんていつもの事だし」

「それはそうなんだがな……」

「なんとかなるよ。『P・T事件』も『闇の書事件』もその後の色々な事件の後も、みんな何とかしてきてるんだもの」

頭を抱えているクロノに対して、エイミィは前向きに考えるように促した。

 

 

なのは、フェイト、はやて、リインはヴォルケンリッターと合流して喜び合っていた。

任務もほぼ完了して、第162管理世界転送ポートへと向おうとしていた時だ。

『こちら観測基地!転送ポートへと向う進行ルートに先程の未確認が出現。一つの箇所に集まろうとしています!その数五十いえ百、に、二百です!!』

シャリオの報告にその場にいる誰もが目を丸くしている。

自分達に向って襲い掛かってきたのでもせいぜい十体くらいだ。

その二十倍が一箇所に集まるなんて余程そこには何かがあるのだろうと考えるのは自然な事だった。

「そこには何かあるの?」

なのはが代表してシャリオに訊ねる。

『ちょっと待ってください……。あ、いました!多分ですけどその機械兵器は青い仮面ライダーを標的にしてるんじゃないかと思われます!!』

その単語にそこにいる誰もが心動かされたのはいうまでもないことだ。

正体不明にして神出鬼没。

イマジン現れる所必ず出現する謎の戦士。

『ハラオウン提督からです。その青い仮面ライダーの救援に向うようにとの事です』

 

了解!

 

その場にいる誰もがその命令に従った。

 

 

見渡す限りの機械兵器。

一つ目も二百あると気持ち悪い。

「うえ~。怖いですよ。ユノさ~ん」

プロキオンが機能停止した機械兵器を爪から引き抜いてから踏みつけると、Aゼロノスに何とかしてほしそうに訴える。

「流石にあんなにたくさん相手するとなると気が滅入ってきそうだね……」

そう言いながらもDランスを分離して、Dバレットに切り替えてからひたすら引き金を絞る。

銃口から放たれた無数の光線は機械兵器の腹部を貫いていく。

貫かれて機能停止した機械兵器はバタバタと倒れていく。

Dバレットは引き金を一回絞る事で五発の光線が発射される。

それらは確実に四発は命中しているので一回で四体は機能停止していることになる。

「よぉーし!僕もやります!!」

主が頑張っているのに自分が怠けるわけにはいかないと感じたプロキオンは中腰に構えて、機械兵器に向っていく。

殴る。蹴る。投げ飛ばすとこの三つでドォンともボォンとも音を立てて蹴散らしていく。

プロキオンの足元には機械兵器の残骸ばかりが落ちていく。

それでも前を見ると、減っていく気配がまるで感じない。

「!!ユノさん!なのさん達がこっちに向ってきます!!」

プロキオンはモモタロスとは違うモノを感知する嗅覚を持っている。

モモタロスがイマジンの臭いを探る事が出来るのに対して、プロキオンは魔導師の匂いを探る事が出来る。

「どのくらいで来るかわかる?」

Aゼロノスが至近距離なのでDバレットからDダガーへと切り替えて、機械兵器の腹部を突き刺す。

バチバチバチッと音を立てて機能停止する。

「匂いの距離からして二分後です!」

そう言いながらも迫ってくる機械兵器を倒していく事はやめない。

「二分か……」

Aゼロノスがプロキオンの報告を聞いて、思案する。

恐らくこの機械兵器の異常な数は伝わっているはずだ。

そして自分達が戦っている事もだ。

そうなると時空管理局の魔導師である以上、救援に向ってくるのは自然の流れといえる。

(正直救援してもらえるのはありがたいけど……)

Aゼロノスは本音としては救援はありがたいが、何かと面倒な事になる事も予測できていた。

(間違いなく職質(職務質問)を受ける事になるね……)

助けた見返りというわけでは間違いなく、そのような流れになるだろう。

プロキオンが爪で機械兵器を突き刺して、投げ飛ばして後方の機械兵器数体を誘爆させていた。

 

「そこの仮面ライダーさんとイマジンさーん!!」

 

上空から声がしたので、Aゼロノスは顔を上に向ける。

なのはを始めとする魔導師陣営だった。

「どうしましょう?」

プロキオンがAゼロノスの側まで寄る。

「こうなったら乱暴だけどこの手しかない!!」

Aゼロノスは左手に握られているDガッシャーをダガーからバレットへと切り替えて、空へと向ける。

そして引き金を絞る。

無数の光線が空を昇った。

 

「ひゃああ!!」

なのはは思わず、後方へと反射的に退がる。

救援に向おうとしたなのは達の前に一直線に無数の光が走ったのだ。

「なのは!大丈夫か!?」

ヴィータは気遣うと同時にAゼロノスを睨み、グラーフアイゼンを構えていた。

シグナムもレヴァンティンを抜剣しようとしていた。

「当てる気がない?」

「何でそう思うん?フェイトちゃん」

フェイトの呟きをはやてが聞き逃さなかった。

「あの位置からなら確実に当てる事はできたのに、そうしなかった。威嚇かもね」

「私達を現場に近寄らせないようにする事?」

シャマルの言葉にフェイトは首を縦に振る。

「でも、いきなり威嚇射撃ってのはどうかと思うけど……」

なのはは乱暴な手だと言う。

「拒む理由があるのかもしれんな……」

ザフィーラが推測する。

「それにしてもあの仮面ライダー……。ゼロノスに似てるなぁ。とりあえずいきなり撃ってくるところからして、私等の救援を望んでないって事になるからしばらく様子見やな」

はやてはAゼロノスを全体をしたから上へと舐め回すようにして見ながら感想を述べながら、その場で待機を選ぶように皆に伝える。

「うん。そうだね」

なのはも首を縦に振って、Aゼロノスとプロキオンの戦闘を凝視する事にした。

 

救援に向ってくるアースラチームに向けて『威嚇』目的で光線を放ったAゼロノスは宙で留まっている様子を見てから、すぐに正面へと視線を向けた。

その間にもプロキオンが機械兵器を持ち上げて、膝に向って下ろして『へ』の字にさせていた。

「残り百体くらいかな……」

「やりますか?」

プロキオンは、なのは達がいるのでAゼロノスを『ユノさん』とは呼ばない。

 

「おいで!プロキオン!!」

「はい!!」

 

Aゼロノスはゼロノスベルトのチェンジレバーを右にスライドさせてゼロノスカードを抜き取り、裏返す。

青色のカラーから白色のカラーの面に変えた。

バイオリンで奏でているミュージックフォーンが流れる。

そして、クロスディスクに向ってゼロノスカードをアプセットした。

『シリウスフォーム』

ベテルギウスフォームの電仮面が消え、プロキオンがフリーエネルギー体となってAゼロノスの体内へと入り込む。

上半身に、白色がメインで裾に青色のポイントカラーがされている袖のないロングコート---プロキオンクロークが出現する。

両肩には三本の爪のような飾りが施され、両下腕にはプロキオンが用いていた武器であるプロキオンクローが装着されていた。

プロキオンクロークの背部にはプロキオンの顔が出現しているが、これはデネブ同様に『飾り』だったりする。

そして電仮面にはミサイルの弾頭部分がAゼロノスのデンレールを無視して、中央に走り出して停止すると回転しながら六芒星状に展開して電仮面となる。

仮面ライダーANOTHERゼロノスシリウスフォーム(Sゼロノス)の完成である。

 

「はああっ!!」

 

Sゼロノスを中心に小さなクレーターが出来た。

タンタンタンとリズミカルに両足をその場で動かす。

そして……

 

「ゴォォォォォ!!」

 

プロキオンが主人格となっており、Sゼロノスはプロキオンクローを構えて機械兵器へと向かっていった。

 

「イマジンと一体化して戦うところまでゼロノスと同じなんて……」

はやては先程のフォームチェンジを目の当たりにして目を丸くしていた。

心なしかはやてはどこか落ち着かない様子だった。

「はやてちゃん。大丈夫?」

なのはがそんな様子のはやてを心配する。

「う、うん。大丈夫やよ。あのゼロノスは侑斗さんやデネブちゃんじゃないって事はわかってるて」

はやては笑みを浮かべて返すが、内心穏やかではない事をなのはは簡単に予測できた。

(はやてちゃんが一番気にしてるのは、ゼロノスの変身に必ず消費するゼロノスカードにおける変身者に対する記憶の消費……)

なのはは知っている。

桜井侑斗から貰った一枚のゼロノスカードを見るとき、『懐かしさ』や『恋しさ』と同時に『決意』のようなモノが表情に宿っている事を。

(もし私の知っている人達がゼロノスカードを使っていたとしたら……)

なのははもしもの事を想像し、正直ゾッとする結果だった。

『変身者に関する記憶』を周囲が忘れる事を承知で使う変身者は怖い。

『忘れてしまう』という事すら忘れてしまう自分も恐ろしく感じた。

ゼロノスカードを使用する事に関してはどちらもが被害者であり、加害者でもある。

(ユーノ君だったらどういう風な事言うかな……)

今起きている事をユーノ・スクライアに言えばどのような返答が出るかをなのははSゼロノスの戦闘を見ながら考えていた。

 

機械兵器を蹴飛ばし、踏みつけ、寄ってくる場合は回し蹴りで機能停止させていた。

眼前に迫ってくる場合はプロキオンクローで突き刺す。

「うりゃあああああああ!!」

これまでの戦闘でわかる事はSゼロノスは一度たりとも機械兵器に攻撃をさせていない。

攻撃を受ける前に全て機能停止させているのだ。

まさに『攻撃は最大の防御』という格言をやってのけているのだ。

(あと二十五体。踏ん張ってプロキオン!)

「はい!!」

深層意識のユーノがSゼロノスに励ます。

それから十分後に残り二十五体の機械兵器もみな地面に転がる事になった。

「終わりました~」

Sゼロノスはそう言いながら、チェンジレバーを右にスライドさせてゼロノスカードをまた裏返してベテルギウスフォームへと戻す。

プロキオンとAゼロノスへと分離する。

直後に空の一部が歪んで線路が敷設されていく。

空間からAゼロノスとプロキオンに向って三両編成の『時の列車』であるANOTHERライナー(以後:Aライナー)が停車した。

一両目であるAライナー・ミサイルのドアが開いていた。

乗り込もうとするAゼロノスとプロキオン。

「ま、待って下さい!」

なのはが呼び止めた。

プロキオンが先に乗り込み、Aゼロノスは足を止める。

「あの、貴方は一体誰なんですか?」

なのはが単刀直入に訊ねてきた。

「ANOTHERゼロノス」

「僕、プロキオンです!」

なのはの質問にAゼロノスとプロキオンは素直に答えた。

「艦に戻るまでが任務じゃないの?気を抜いちゃダメだよ」

Aゼロノスはからかうようにして、なのはに告げるとAライナーに乗り込んだ。

ドアが閉まり、車輪が回り始めて走り出した。

 

仮面ライダーANOTHERゼロノスと高町なのはのファーストコンタクトはこのようにして幕を閉じた。

 

なのはは知らない。

自分がフェイトやはやてのような運命に巻き込まれようとしている事を。

なのはは知らない。

Aゼロノスの正体が最も近しい存在である事を。




次回予告

第四話 「打ち上げ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 「打ち上げ」

モニュメントバレーを髣髴させる荒野の中を三両編成のAライナーが線路を敷設・撤去の工程を繰り返しながら走っていた。

Aライナーはゼロライナーと同じく黒色をメインにしてポイントカラーを青色にしている。

一両目はネドケラトプスの先頭部になっているAライナー・ミサイル(以後:Aライナー)。

二両目は翼竜系のダルウィノプテルスが先頭部になっているAライナー・ガトリング(以後:ガトリング)。

三両目はT-REXの頭部がモデルになっているAライナー・マガジン(以後:マガジン)である。

Aゼロノスとプロキオンは二両目のガトリングに乗っていた。

Aゼロノスはゼロノスカードを抜き取ってゼロノスベルトを外す。

ゼロノスカードがシュウウウという音を立てながら消滅しながら、Aゼロノスからユーノ・スクライアへと姿を戻す。

プロキオンも身体全体が光り出してイマジンモードからフェレットモードへと変身する。

Aライナーは『時の空間』を抜けて、真っ暗な部屋に抜け出た。

『時の空間』は穴を閉じてしまう。

プシュウウウウウウと音を立てて停車した。

ここは司書長室から通じる地下格納庫である。

ここの存在を知るものは時空管理局の中でもごく僅かに限られている。

ガトリングのドアが開いて、ユーノとプロキオンが降りた。

プロキオンは専用席といわんばかりにユーノの左肩に乗っている。

司書長室へと繋がるエレベーターに乗る。

キュィィィィンという音を立てて、昇っていく。

エレベーターが止まると降りて、自動で本棚が動いて司書長室へと足を踏み入れる。

ガーッと本棚がスライドして元の位置に戻る。

「おかえりぃ。ユーノ」

アルフ(幼児)が出迎えてくれた。

「アルフ。僕の不在時に何かあった?」

「いつもの通りさ。クロノが訊ねてきたけど、何とか上手く誤魔化しといたよ」

「そっか。ありがとう」

「ありがとうございます。アルフさん!」

ユーノが軽く礼を言い、プロキオンは深々と頭を下げた。

「アンタは相変わらず礼儀正しいねぇ。本当にモモタロ達と同じイマジンなのかい?はやてがおデブをイマジンなのかって疑った事あったけど、まさかあたしがそんな心境になるとはねぇ」

アルフはプロキオンがイマジンである事を知っている。

もちろん、ユーノが何故Aゼロノスになったのかもだ。

「僕、イマジンですよ」

プロキオンはアルフに自身がイマジンだと公言する。

「わかってるって。でも、フェイトやなのは達には絶対に言うんじゃないよ?」

「はい!アルフさん」

アルフとプロキオンの会話が終わりを迎えようとしていた。

「アルフ。ロッキー。そろそろアースラに向おうか?今から行けばいい時間になるだろうしね」

「「はーい」」

アルフとプロキオンは子供のように返事した。

 

 

第162世界の衛星軌道上に停滞している次元航行艦アースラ。

「護送隊と『レリック』、先程本艦に収容しました。残念ながら爆発点からは『レリック』やその残骸は発見できませんでしたが……」

クロノ・ハラオウンがモニターに映っているカリム・グラシアに報告していた。

『お気になさらずクロノ提督。事後調査は聖王教会でも致しますので……』

カリムが笑みを崩さずにクロノに労いの言葉を送る。

「確保したレリックは厳重封印の上で自分が本局の研究施設まで運びます」

『ああ。その件なんですが、こちらから一人警護員を送りました。ご迷惑でなければご一緒に運んでいただければ……』

「ああ……。はい……」

カリムの含みのある言い方が気になるが、クロノは了承した。

 

ユーノ、プロキオン、アルフの二人と一匹はアースラへと転送されており、打ち上げ会場となっているレクリエーションルームへと向うために廊下を歩いていた。

「これがアースラ。広くて綺麗な所ですね~」

プロキオンがキョロキョロしながら感想を述べていた。

「ロッキー。アンタはアースラに来るの初めてだったね?」

「はい。次元航行艦というものはたくさん見た事ありますけど中に入るのは初めてです」

アルフの言うようにユーノの隣にいるプロキオンは時空管理局本局をあちこち回る事が多い。

そのため次元航行艦を見る機会は多いのだ。

「あれ?ユノさん。誰か来ますよ」

プロキオンの言うように、向かいから一人の青年が歩いてきた。

白いスーツに緑色の長髪をした長身の青年である。

「アイツ、どこかで見た事あるような気がするんだけどねぇ」

アルフも会った事があるのだが名前が思い出せないようだ。

「アルフさん。思い出さないとダメですよぉ」

「わかってるんだけど二、三回程度だったらどうしても出てこないんだよねぇ」

青年がこちらに歩み寄ってくる。

「スクライア司書長?」

「アコース査察官」

青年---ヴェロッサ・アコースから先に話しかけ、ユーノも応じた。

「ああ、やっと思い出したよ!ヴェロッサ・アコースだよ!本局の査察官!」

「正解。思い出してくれてありがとう。ハラオウン執務官の使い魔のアルフさん」

ヴェロッサは笑みを浮かべて返す。

「あたしを知ってんのかい?」

アルフが目を丸くしている。

「職業柄、一度会った人の事は忘れないようにしてるんだ。ん?そちらのフェレットはスクライア司書長の使い魔ですか?」

ヴェロッサがプロキオンに目を向ける。

「あ、はい。僕ユノさん、じゃなかったユーノ・スクライア司書長の使い魔でロッキーです!よろしくお願いします。査察官さん」

フェレットモードのプロキオンは世間では『ユーノの使い魔、ロッキー』として通している。

つまり『プロキオン』という本名を知らない者の方が多数なのだ。

「こちらこそよろしく。ロッキー君」

ヴェロッサが右人差し指を出して、プロキオンは小さな両前脚で掴む。

『握手』である。

「それでアコース査察官はどうしてこちらに?レクリエーションルームは逆ですよ」

「ああ。僕は義姉の頼まれ事を果たさなければならないんで打ち上げには参加できないんですよ」

「聖王教会からですか……。それはまた……」

ユーノもまた職業柄、一人の人間の身辺を調査するのは得意分野になっている。

そのためヴェロッサの周辺は一通り把握していた。

「いえいえ。たまには義姉孝行しませんとバチが当たりますよ」

ヴェロッサはケラケラと笑いながら言う。

「バチ……ですか……」

ユーノは一瞬暗い影を落としたが、すぐに戻る。

「それではこれから知人と共に任務に行きますので失礼します。また機会があればゆっくりと話しましょう」

「ええ。そうですね」

ヴェロッサの誘いにユーノは笑顔で応えた。

(幼馴染を偽って動いている僕にも下るんだろうね。バチが……)

ユーノはそんな事を考えながら、アルフとプロキオンを連れてレクリエーションルームへと向った。

 

クロノがカリムの含んだ言い方を気にしながらも、警護員が待機している艦内応接室へと向っていた。

入ると、そこにはヴェロッサが思いっきり寛いでいた。

「やぁ!クロノ君」

「ヴェロッサ!君だったか」

警護員が知り合いだとわかると、クロノの肩も軽くなっていた。

その証拠に表情が柔らかくなっていた。

座っていたヴェロッサが立ち上がって歩み寄る。

「久しぶりだね。先の調査行以来だ」

「ああ。元気そうで何よりだ」

再会を祝するようにして、ヴェロッサとクロノは手を握り合う。

「今日はどうした?義姉君のお手伝いか?」

クロノが席に着きながら訊ねる。

「うん。カリムが君達を心配してたから……っていうのもあるんだけど」

ヴェロッサが習うようにして、席に着く。

「本音を言えば面倒で退屈な査察任務より、気の合う友人と一緒の気楽な仕事のほうがいいなってね」

「相変わらずだな。君は」

ヴェロッサの本音を聞き、クロノは苦笑する。

「そうしていると局でも名の通ったやり手とは思えないからかえって怖い」

クロノが紅茶が入っているカップを手にする。

「こっちが素なんだけどね」

ヴェロッサは苦笑いを浮かべていた。

「君と君の義姉君である騎士カリム。そしてはやてを加えた三人は局内でも貴重な古代ベルカ式の継承者で有用でレアスキル保有者。その上それぞれの職務でも優秀だ」

「確かにカリムは優秀だし、はやては色々凄い子だけど僕は別に、さ」

「謙遜を。ともあれ君が警護についてくれるのならありがたい。出る前にはやてに声をかけるか?」

「ああ。大丈夫だよ。お土産はもう届けてあるし」

ヴェロッサはその必要はないという感じで告げた。

「それとクロノ君。出る前にひとつ聞きたい事があるんだけどいいかな?」

「何だい?」

「さっきそこでスクライア司書長に会ったんだけどね」

ヴェロッサの表情は能天気なものではなく、『査察官』としての表情になっていた。

「ユーノがどうかしたかい?」

「彼ってどういう人なんだい?」

クロノはヴェロッサがどうしてそのような事を訊ねてくるのかはわからなかった。

「元フェレットもどきで『無限書庫』の司書長で、なのはの魔法の師匠でイマジン達に毒されて口が達者になった奴、くらいだけど。それが何か?」

「僕の印象とは違うなぁっと思ってね」

ヴェロッサは紅茶を口に含む。

「君はどういう風に思ってるんだい?」

クロノの質問に答えるためにヴェロッサはカップをテーブルに置く。

 

「普段は温厚で人当たりのいい人だけど、肝心な部分は決して人にはさらけ出さない上に自分の事になると人を踏み込ませない壁を作っている人かな……」

 

ヴェロッサのユーノに対する印象にクロノは何も言えなかった。

クロノ自身、ユーノについてどのくらい知っているかと聞かれると返答に詰まってしまう。

言われてみたらわからない部分が多い。

休日はどのように過ごしているのかとか。

趣味は何なのかとか。

高町なのはとの仲はどのようになっているかとか。

「六年の付き合いなのに君に指摘されるまで考えもしなかったな……」

腐れ縁で六年なだけという事を改めて認識させられた。

 

レクリエーションルームではというと。

和洋中とありとあらゆる料理がギッシリと並んでいた。

「おお!すごいですねぇ」

「肉がある!!」

「こんなに用意されたんですか?」

「ユノさん。コレ食べてもいいんですか?」

エイミィ・リミエッタが驚き、アルフが眼を輝かせユーノが調理したリンディ・ハラオウンに訊ね、プロキオンがユーノに食してもいいのかと聞いてきた。

「半分はアコース君からの差し入れよ。任務を終えたエース達にですって……」

そうなると半分はリンディが用意した事になる。

「艦長……じゃないリンディさんもすみません」

エイミィが未来の義母に頭を下げながら、自身もエプロンを着用する。

「ふふ。いいのよ。私も艦を降りてから平穏な内勤職員だもん。子供達のお世話してあげたいしね」

リンディは現在のライフスタイルを満喫していた。

「そうですか」

エイミィも料理の準備に取り掛かる。

「と、言ってるそばから……」

リンディとエイミィの顔を向ける方向に、前線に向っていた面々が入ってきた。

「ただいま戻りましたー♪」

八神はやてが筆頭になって、声高らかに叫ぶ。

「おかえり」

「おつかれー」

リンディとエイミィが労いの言葉をかける。

「フェイトー♪」

アルフが主であるフェイト・T・ハラオウンに駆け寄った。

「おお!なんだこの食事の量!?」

「すごいわねー」

テーブルに乗っている食事の量を見て、ヴィータとシャマルは驚きの声を上げていた。

「この辺はアコース君から」

リンディがテーブルに乗っている食事の実状を話す。

「あ、ロッサ(ヴェロッサの事)来てるんですか?」

「クロノ君と一緒に本局まで護送だって」

はやてにしてみてもヴェロッサ来訪は予想外だったらしい。

エイミィが来訪目的を話した。

「お疲れ様です。義母さん」

「うん」

フェイトが抱きついているアルフの頭を撫でながら、リンディに労いの言葉をかける。

「ユーノ君、ロッキー君。三日ぶり♪」

「うん。なのは」

「はい!なのさん!」

ユーノと高町なのははハイタッチをする。

パンという掌同士がぶつかる音が鳴る。

ユーノとプロキオンにしてみれば三日ぶりではなく、さっき会ったばかりだがなのはは知らない。

「ロッサもクロノ君と一緒なら会いに行ってもお邪魔かなぁ……」

「あの二人、仲良しさんですもんね」

はやては男同士の友情に水を差すわけにはいかないと自粛し、シャマルはその判断が妥当だと思った。

 

クロノとヴェロッサは艦内応接室ではなく、転送室へと移動していた。

「最近はどうだい?次元世界(うみ)の方は?」

主要地上世界(おか)と同じさ。芳しくない」

ヴェロッサの問いにクロノは答えるが、両者共に先程のような穏やかな表情はしていない。

仕事をするときの表情だ。

「『世界は変わらず、慌しくも危険に満ちている』で、旧暦の時代から言われている通りだ」

クロノは旧暦の格言を引用した。

「各世界の軍備バランスの危うさ。世界内での紛争や闘争。それぞれの世界が壊れないようするだけで手一杯さ」

「陸も相変わらずだね。危険なロストロギアの違法捜索や不法所持にさらにはそれらの密輸問題。地上はまさにそういったことの舞台だからね」

人がいる限り、どこの場所にも平和はないと言いたくなるような内容を二人は言う。

「破滅的な力を持つロストロギアはよからぬ輩の手に落ちればすぐさま争いの道具となる……」

「そして『秘匿級』のロストロギアともなれば戦いの道具として手に入る事が出来れば……」

クロノが切り出し、ヴェロッサが続ける。

二人の目の前には輝きを出している一つの石が厳重に保管されていた。

人を魅了する光だ。

二人はそのように思ってしまった。

「世界の『バランスを崩す』どころじゃない」

「破滅に向って一直線……ってね」

クロノとヴェロッサは最悪の事を口に出した。

「そうやって滅びた世界はいくつもあるのに、それでも自分達を守るために力を求めなきゃいけない……」

「そういう気持ちもわからなくもないんだけどね」

「しかしそれでも……」

クロノとヴェロッサは複雑な表情を浮かべている。

余程の事でない限りは自衛手段として力を求めているからだ。

それを一概に『悪』と言い切るほど自分達は立派ではない。

「それを防ぐために働かなきゃならない……だろう?」

「こういう仕事を選んだ以上はな……」

ヴェロッサとクロノは決意を秘めた眼差しを向け合っていた。

「検分はもういい。封印処理を頼む」

「はい。クロノ提督」

クロノはアースラスタッフの一人であるルキノ・リリエに処理を命じた。

「検査担当が誰だか聞いてるかい?」

「技術局のマリエルさんのチームらしいよ。ところでクロノ君。最近噂になっている青い仮面ライダーについてどう思う?」

「青いゼロノスのことかい?」

「青いゼロノス?」

ヴェロッサは話題を変えてAゼロノスの事を切り出し、クロノが応じた。

「ああ。今日の任務で姿が明らかになってね。僕が名付けたんだ」

「神出鬼没で正体は不明。目的はイマジンを倒す事、つまり『時の運行』を守る事と考えていいね」

「僕達の味方になると思うかい?はやては味方にはなってほしいと言ってるけど、乗り気ではなくてね」

「無理もないさ。管理局に引き込んでイマジンが現れる度にその変身者に出動要請していたら間違いなく管理局の財政は破綻するよ」

ヴェロッサはゼロノスの変身に用いる代価を知らされていないのか、味方にはなってほしい純粋に思っている。

対してクロノは味方になってほしいと思いつつも、そうなったら時空管理局の財政は破綻すると断言していた。

「財政破綻って……。クロノ君、大袈裟すぎない?」

「いや支払う代価がアレである以上、そうなっても不思議じゃないさ」

「一体何を代価にしてるんだい?」

ヴェロッサがクロノに早く答えるように急かす。

 

「記憶だよ。正確には『変身者に関する記憶』を僕達周囲の人間が忘れていくんだ」

 

「………。だからはやては乗り気じゃなかったし、クロノ君は味方に引き入れた場合財政破綻をしてもおかしくないって言ったんだね」

ヴェロッサはようやく義妹や友人が複雑な表情を浮かべている事を理解した。

「良太郎が言うには忘却している以上、取り戻す事はできるらしいがあまり効率的とはいえない上に僕達ではどうしようもない手段だそうだよ」

クロノはかつて野上良太郎に訊ねた事がある。

その際に『時の列車』で過去に向えば忘却した記憶を取り戻す事が出来るらしい。

だが『時の列車』を所有していない時空管理局ではその方法は使えないし、忘却した人間を捜し当ててその都度、過去に向わせるなんて非効率にもほどがあるというものだ。

「つまり一度忘れてしまったら……」

「事実上、不可能だろうね」

クロノは締めくくった。

「現在イマジンを倒す事が出来るのは青いゼロノスだけというのが余計に辛いね……」

「邪な企みを持つ偉い人は是が非でも引き入れようとするし、管理局の面子を過剰に保とうとする者は適当な罪をでっち上げて犯罪者同然に扱うかもしれないしね」

ヴェロッサとクロノはAゼロノスは管理局にとっても決して楽観視できない存在だと言う。

Aゼロノスにとって最大の敵は半端な権力を持つ者の嫉妬ややっかみだろう。

巨大な組織にとって一番の屈辱とはたった一人によって存在を虚仮にされることだ。

それから三分後に二人は転送室から出立した。

 

「アースラ本局直通転送ポイントに到着。クロノ君とアコース査察官転送室から無事出立!というわけでみんなは安心して食事を楽しんでね♪」

レクリエーションルームではエイミィがクロノとヴェロッサが無事に出立したと告げた。

その場にいる全員がテーブルに置かれている料理を我先にと手にしていた。

アルフは目当ての肉を手にして、かぶりついていた。

なのは、フェイト、はやての三人は「おつかれー♪」と言ってグラスを片手に乾杯する。

ユーノも皿に料理を乗っけていく。

その量は明らかに『無限書庫』で内勤している人間の量とは思えなかった。

誰もがその量を見て目を丸くしていた。

「?どうしたの?みんな」

ユーノは気にせずに皿に盛り付けていき、口の中に放り込む。

「僕も食べまーす!」

プロキオンはユーノが盛り付けた皿の料理を食べていく。

その仕種は何とも可愛かったりする。

なのはやリィンは目をキラキラと輝かせている。

ビクッと何か寒気を感じたのでプロキオンは手にしている料理を口に含んでから専用席であるユーノの左肩に乗っかる。

「ユーノ君」

シャマルがグラスを渡してくれた。

「ありがとうございます。シャマルさん」

シャマルは笑顔で渡す。

(あの世界にいたって事は聞くまでもなくイマジンがいたのね?)

直後にユーノに念話の回線を開いた。

(ええ。イマジンはすぐに倒しましたけど、その後の機械兵器があんなに現れて帰るのに手間取ったんですよ)

(そう)

(これで何枚目になる?)

ザフィーラ(獣)がシャマルの隣に寄り、念話の回線に入り込んだ。

(今月に入って三枚目です)

(ちょい待ち!アタシを抜きにして話を盛り上げるのはなしだよ!)

(僕もです!)

骨付きマンガ肉を持ったアルフも寄って、念話の回線に入り込んだ。

プロキオンはイマジンであるが契約者がユーノである為かそれとも突然変異かどうかはわからないが、『念話』という手段を使う事が出来る。

「ユーノ君?」

フェイト、はやての二人が会話を盛り上がる中、なのははユーノを見た。

プロキオン、アルフ、シャマル、ザフィーラに囲まれて何かを話している姿が見えた。

ただそれだけなのに、何故だろう。

(何でだろう……。同じ部屋にいるのにユーノ君が遠い人のように感じちゃうよ……)

なのはの胸中で言い知れない不安が渦巻いていた。




次回予告

第五話 「夢に向かう者。夢を護る者」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 「夢に向かう者。夢を護る者」

次元航行艦アースラのレクリエーションルームでは同窓会的任務が無事に終了し、打ち上げとして盛り上がっていた。

「助けてください!ユノさん!」

プロキオン(フェレット)が愛らしい表情に涙腺を浮かべながら、ユーノ・スクライアに懇願していた。

「ロッキーくーん♪」

「ロッキーちゃん♪逃げちゃ駄目ですぅ~♪」

いかにも触ってその毛並みを堪能したがっている高町なのはとリィンがいた。

目がキラキラ輝いており、なのはの両手がわきわきと動いていた。

リィンはサイズが小さいためか、抱き枕のようにしてプロキオンを堪能しようとしているらしい。

プロキオンがユーノの頭の上で身体を丸くして怯えている。

しかし、可愛い物好きにはそのような仕種すら心を揺さぶられる材料にしかならない。

なのはとリィンの瞳が更に輝いているように見えた。

「なのは、リィン。ロッキーが凄く嫌がってるように見えるんだけど……」

ユーノは相棒が本気で怯えているようにも見えた。

その後景を周囲の者達は「また始った」というような表情をしており、誰も止めようとはしなかった。

「そんな事ないよ♪ね、リィン」

「はいです。リィン達はロッキーちゃんのフカフカな毛並みを堪能したいんですぅ♪」

なのはとリィンが嫌がるような事はしてないと言い張る。

「嘘です!なのさんもリィンさんも僕がグッタリするまで離さないんですよ!僕には拷問です!フェレット権を尊重してほしいです!」

「フェレット権って何だよ……」

プロキオンの主張をヴィータはツッコミを入れるが、彼の耳には入っていない。

その主張を聞いたなのはとリィンはというと。

「ロッキー君がそんなに嫌がってるなんて……」

「リィンは自分の欲望に忠実すぎたです……」

結構効いていた。

(僕ももっと主張しておけばよかったかな……)

ユーノは物怖じせずに主張するプロキオンを羨ましく思いながら、自身がフェレットの姿で生活していた時の事を思い出していた。

邪な感情を抱く男性ならば代わってほしいと言うだろうが、ユーノにしてみれば地獄そのものだった。

いくらフェレットとして鳴き叫んでも全然聞いてくれない。

人語を話せば珍生物扱いになるため、話したくても話せない。

元は人間でフェレットに擬態しているだけなので、常識や倫理等は全て『人間』を前提として行動してしまう。

しかし、可愛いもの好きの人(主に女性)はその辺りの事を察してくれない。

とにかく無防備なのだ。

平気で裸になるし、スキンシップを図ってくるしユーノ自身抗議をしても一向に聞き入れてもらえなかった事が多数なので、今のプロキオンの気持ちは痛いほど理解できる。

プロキオンはイマジンとはいえ性格は子供でも、性別は『男』なのだ。

若い女性の裸を見て、喜ぶような好色家ではなくむしろ羞恥心が勝るといってもいいほど初心なのだ。

「ユーノ君」

「ユーノさん」

プロキオンに抗議されて落ち込んでいるなのはとリィンがこちらを見ていた。

様子から察するに、プロキオンの機嫌を直してほしいとの事だろう。

「まぁ僕もフェレット姿のときは散々弄られたからね……」

女の子が落ち込む表情を見るのはあまり好きではないが、プロキオンの心情も理解できるので板挟み状態になっていた。

「ロッキー」

「何ですか?僕怒ってるんですよ。フェレット権が尊重されるまで戦うんです!」

頭上のプロキオンのご機嫌を伺ってみるが、絶賛不機嫌中だった。

「フェレット権ってなに?」

今度はフェイト・T・ハラオウンが訊ねるが、誰も回答してくれなかった。

「ロッキー。二人とも反省してるようだから許してあげたら?」

主にそのように言われると、プロキオンとしては従うかどうかは悩んでしまうところだ。

なのはとリィンを見るプロキオン。

反省しているようにも見える。

(女の子はマショウだと司書の人が言ってたです。でも……)

自分のせいで二人の少女が落ち込んでいる。

それを冷たく放置できるほど、自分は大人なイマジンではない。

「なのさん。リィンさん」

プロキオンが加害者的二人に声をかける。

「なに?ロッキー君」

「何ですか?ロッキーちゃん」

「フェレット権を尊重してくれるならいいですよ」

プロキオンが条件をつける。それを守れるなら許すという事だ。

「わかった。ロッキー君の権利---フェレット権を尊重するよ」

「リィンも尊重するです!」

二人の言葉をユーノとプロキオンを聞いている。

「ユノさん。お願いします」

「了解」

ユーノは頭上に乗っかっているプロキオンを両手で掴んで、なのはに差し出した。

なのははプロキオンを受け取り、凝視する。

「あ~。やっぱり可愛いよぉ」

「本当ですぅ」

なのはとリィンはプロキオンを見て、にへらと表情を緩める。

「なのは、リィン。ロッキーとの約束破っちゃ駄目だよ?」

「「は~い♪」」

なのはとリィンはプロキオンに嫌われないように、可愛がる事にした。

「フェレット権って何なん?」

八神はやてが訊ねるが、やっぱり誰も答えてはくれなかった。

 

プロキオンの背に乗っかっているリィンはなのはにある事を訊ねていた。

『戦技教導隊』の事である。

「一般イメージでの『教官』は『教育隊』の方になるね。私達『戦技教導隊』の主な仕事は魔導師用の新型装備や戦闘技術をテストしたり、最先端の戦闘技術を作り出したり研究したり、それから訓練部隊の仮想敵として演習の相手。想定される敵の能力や陣形をシュミレーションするからいろんな飛び方や戦い方をするんだよ」

なのはは一口ジュースを口に含む。

「あとは預った部隊相手に短期集中での技能訓練……。これが一番教官っぽいかな。私はこれが一番好きなんだけどね」

なのはは大まかな説明を終えた。

「要はアレだな。戦時のエースが戦争のないときに就く仕事だ。技術を腐らせず有用に使うためにな」

「うーん。まぁそんな感じではあるんですが……」

シグナムの端折った説明になのはは唸りながらも頷く。

「でも、うちの航空教導隊にも色んな年齢や経歴の人がいるんですけど、みんな飛ぶのが好きなんですよね。一緒に飛ぶ人や帰り着く地上が好きでだから自分の技術や力で自分の好きな空と地上を守りたいって。そういう思いは一緒なの」

なのはが語りながら笑顔になっていく。

誰もがその言葉に耳を傾けていた。

「なのはがずっと憧れていた夢の舞台だもんね……」

グラスを片手に持っているフェイトが付け足す。

「夢はまだまだこれからだけどね!」

なのはは右手を振り上げて、『もっと頑張る』という表れであった。

「勉強になりました!ありがとうございました。なのはさん!」

「どういたしまして」

リィンはプロキオンから降りて、はやての元へと戻っていった。

そんななのはをユーノ、フェイト、ヴィータが見ている。

「なのはは本当に嬉しそうだけど、ユーノはやっぱり心配でしょ?あの事故の後、私達三人は付っきりだし……」

フェイトがジュースを一口飲んでから、苦笑を浮かべながら訊ねてきた。

「あたしは心配じゃねー」

ヴィータはそっぽを向いて呟きながらチャーハンを一気に口の中に放り込んでいた。

「まぁ心配は心配だけど……。なのはが初めて空を飛んだときから何となくは思ってたんだ」

シグナムと話しているなのはを見ながらユーノは言う。

「なのはには青い空がよく似合うって」

ユーノは本人も無意識なうちに何か眩しい物でも見るような表情をしていた。

プロキオンが指定席であるユーノの左肩に飛び乗る。

ユーノは手にしたグラスをテーブルに置く。

「ユーノ?」

「少しアースラの中を散歩してくるよ。ロッキーは初めてだからね」

「そうなんだ。行ってらっしゃい」

「ありがとう」

ユーノは背を向けてレクリエーションルームを出ようとする。

「良太郎?」

一瞬だがフェイトにはユーノの背中がここにいるはずのない野上良太郎の背中に見えた。

「ん?どうしたの?フェイト」

「え、ううん。何でもないよ」

フェイトは両手をバタバタと振って慌てて誤魔化した。

自動ドアが閉じて、ユーノの姿がなくなるとフェイトは自身が何故そのような事を口に出したのかわからなかった。

「フェイトぉ、いくら良太郎に会いたいからってユーノの背中を見てソレはねーじゃねーのか?」

ヴィータが呆れながらもフェイトをからかう。

「ち、違うよ!私もわからないんだけど何でかユーノの背中が一瞬良太郎の背中に見えたんだよ」

「?」

言っている側のフェイト自身もわからない事を聞いている側のヴィータがわかるはずがなかった。

 

アースラの廊下をユーノとプロキオンが歩いていた。

プロキオンは新しい事を知る事が楽しいのかキョロキョロと見回していた。

「ごめんね。プロキオン」

ユーノの謝罪にプロキオンは首を傾げる。

「いいですよ。居辛かったんですか?」

「そうだね。覚悟はしてたけど見るのが辛くてね」

ユーノの表情は辛さを耐えているものだった。

決して、幼馴染達の前では見せない表情だ。

「みんな。夢に向かっているんだなって改めて思い知らされたよ……」

「ユノさん……」

人は誰でも夢を見る権利があるし、叶える権利もある。

だがそれは『時間』が存在しているからだ。

そして自分はその『時間』を護るために戦う事を選んだ。

同時に夢を見る権利も叶える権利も捨てた。

その事に後悔はない。

そもそも自分にはそんな事を後悔する『権利』もないのだ。

「『今』の僕があるのは『あの人達』のお陰だからね」

ユーノとプロキオンはガラガラの食堂に入る。

「もうすぐですね……」

「うん……」

プロキオンの言いたい事をユーノは理解できるので首を縦に振るだけだった。

 

レクリエーションルームでは話が盛り上がっていた。

今度はフェイトの番となっていた。

宙に映像写真を出現させていた。

フェイトと共に様々な子供が写っていた。

みな笑顔を浮かべているのが印象的だ。

「執務官の仕事で地上とか違う世界に行った時にね。事件に巻き込まれちゃった人とか、保護が必要な子供とか保護や救助をした後お手紙くれたりすることがあるの。特に子供だと懐いてくれたりして……」

「フェイトちゃん。子供に好かれるもんね~」

フェイトが詳細を説明し、なのはが率直な感想を述べた。

「あー!エリオ、しばらく見ないうちに大きなったなー」

はやてが映像写真に映っている一人の少年の名前を口に出していた。

「あーこいつもその手の子供かー。エリオ・モンディアル六歳祝い?」

ヴィータが映像写真の下に書かれている内容を口に出して読み上げる。

「うん。色々な事情があってちょっと前から私が保護者ってことになってるの。法的後見人はうちの義母さん」

「元気で優しいいい子だよ」

笑顔でなのはが付け足した。

「フェイトちゃんが専門のロストロギアの私的利用とか違法研究の捜査とかだと子供が巻き込まれてるケースが多いからなぁ」

はやてが解説しながらも映像写真を見る。

後ろでシャマルが「かわい~」と言っていたりする。

「うん。悲しい事なんだけどね。特に強い魔力や先天技能のある子供は……」

フェイトがどこか悲しげな笑みを浮かべる。

今こうして写っている笑顔になるまではそれなりの経緯があった。

身体の傷は治す事は出来ても、心の傷は簡単には消えない。

こうして笑顔を向けている子供達とて完全にその傷が消えたわけではない。

心の傷を癒すには荒療治か長い目で見るかどちらかしかないだろう。

自分は出生の事実を告げられたとき、荒療治で立ち直った側だ。

でも、そこには常に見守ってくれた人がいた。

(私がこうして子供達と関わったりお世話を焼いたりしてるのも良太郎が昔、私にしてくれた事から始っているのかもね)

振り返ってみると、そのように考える事も出来ていたりする。

「だからお前はそれを救って回っているんだろう」

「そーだよ」

シグナムとアルフ(幼児)が背中を押すように言う。

「子供が自由に未来

ユメ

を見られない世界は大人も寂しいですからね」

フェイトは穏やかだが、強い覚悟を持った瞳で告げた。

「そういう意味ではお前は執務官になれてよかったのだろうな。試験に二度落ちた時はもう駄目かと思ったぞ。野上がいない間に合格できてよかったな」

シグナムがフェイトをからかう。

「あうっ!シグナム。貴女はそうやってことあるごとに……。それに私は良太郎に言ったんです。絶対に諦めないってだから良太郎がいようがいまいが私が恥ずかしいと思うのは諦めた時だけです。それにシグナムこそどうなんですか?私の事をからかっていますけど、良太郎と会った時何も変わってないではその……」

フェイトが負けじと言い返す。

「……それもそうだな」

シグナムは自覚したようだ。

あれから六年。自分は何一つ変わっていない事に。

「その点、はやてさんはすごいわよね」

「上級キャリア試験一発合格!」

リンディ・ハラオウンが切り出し、エイミィ・リミエッタが締めた。

「私はそのタイミングとか色々と運がよかっただけですから……。レアスキル持ちの特例措置もありましたし……」

「またまたぁ」

エイミィがはやてに「ご謙遜を」というような口振りでからかう。

「凄い勉強してましたもんね」

「あの時から『試験』と聞くと心配で心配で……」

なのははその頃の事を思い出し、シャマルはまるで受験生を持った母親のような口振りだった。

ちなみにフェイトとシグナムはどんよりと落ち込んでいたが、誰もフォローには入らなかった。

「レアスキル保有者とかスタンドアロンで優秀な魔導師は結局便利アイテム扱いやからなぁ」

はやては疲れたのか近くにあった椅子に腰掛ける。

「適材が適所に配置されるとは限らへん」

なかば愚痴に近い事をこぼしていた。

「はやてとヴォルケンリッターの悩みどころだなぁ」

アルフがマンガ肉を食べながらザフィーラ(獣)にも別のマンガ肉を食べさせていた。

「でも、はやてちゃんの目標通り部隊指揮官になれば……」

「そのための研修も受けてるじゃない」

「準備と計画はしてるんやけどな。まだ当分は特別捜査官として色んな部署を渡り鳥や」

なのはがはやての目標を語り、フェイトがはやての近況を言う。

はやては現実を語りながら、リィンに皿に乗っている料理を食べさせていた。

「はやてちゃん。色んな場所に呼ばれちゃうから、お友達とかできづらいのがねぇ」

シャマルは、はやての人間関係に『友達』と呼べる人種が少ない事を懸念していた。

『渡り鳥』と自称するだけあって、はやて達は『巣』と呼べる腰を落ち着けるようなところがない。

メリットとして、様々な人脈を獲得する事は出来る。

デメリットしてはその付き合いが『広く浅く』になってしまうため信頼関係を築き上げるのにかなりの時間を要する事になる。

「いや友達は別に。もう十分に恵まれてるし」

シャマルの懸念をはやてはやんわりと流す。

「でも経験や経歴を作ったり人脈作りができるのはいいことですよね」

「まぁ確かに」

フェイトの台詞に焼き鳥を食べているシグナムは同意する。

「陸士部隊は海や空と違って部隊ごとの縄張り意識みたいなもんが強いから、その辺を肌で感じてみるとええってクロノ君も教えてくれたしな」

はやてはリィンに料理を食べさせる。

「まぁ部隊指揮官はなったらなったで大変そーやし、どこかで腰据えて落ち着けたらそれはそれで……ゆー感じやね」

はやてはおぼろげながらも自身の未来を語っていた。

「落ち着ける場所。見つかるといいよね」

「私も二人に追いつかななぁ」

なのはが希望先が叶う事を願い、はやても感謝を込めて笑顔で返した。

「ユーノ君はどう?ってあれユーノ君は……」

なのはが今度はユーノの近況を聞こうと思っていたのだが、そこには当の人物はいなかった。

 

ユーノとプロキオンは食堂ではなく、個室を覗いていた。

「ここがアースラでの個室だよ。ほとんど寝るだけ部屋だけどね」

「寝るだけ部屋?」

聞きなれない言葉にプロキオンは首を傾げる。

「寝る以外にはここに戻る事がないから寝るだけ部屋って僕は呼んでる」

ユーノが解説すると、プロキオンは納得する。

「次は転送ポートへと行こうか」

「はい!」

特に急がない足取りでユーノとプロキオンは艦内見学を続行していた。

 

なのははレクリエーションルームを出て、単身ユーノとプロキオンを捜していた。

アースラは広いとっても迷路ではない。

それに勝手知ったる何とやらであるため、どこに何があるかは大まかに把握している。

(ユーノ君……)

なのはは言い知れない不安のようなものがあった。

この不安は割と前から時折あった。

(いつからだろ……。ユーノ君が遠い人のように感じるようになったのは……)

今まではいて当たり前の存在だった。

自分が困った時、いつでも相談に乗ってくれた。

『無限書庫』は自分にとって心休まる場だった。

なのはがユーノの事を気になりだしたのは、自身が重傷に遭った時だ。

あの時、ユーノは自身の責任のようにして責めていた。

「僕が魔法の世界に巻き込みさえしなければ、こんな目に遭わずにすんだのに」と言って。

まるで『償い』のようにして、彼は自分のリハビリに付き合ってくれた。

自身が完治してからもユーノの『自分を責める』という姿勢は変わらなかった。

その度に「気にしていない。自分を責めなくていい」というような事を、なのはは言う。

ユーノはその度に笑みを浮かべて、お茶を濁すような言葉を吐く。

そして結果は変わらない。

(ユーノ君。やっぱり今でも気にしてるのかな……。アレは私の責任なのに……)

自分が重傷に遭った事に、ユーノに責任はないといえばない。

ユーノの周りに『変化』を感じるようになったのも、完治してからだろう。

食堂に入るが、誰もいない。

それは目に見える『変化』ではなかったので、すぐにはわからなかった。

ユーノが『変わった』と感じたのは今から一年前のあの二つの出来事だろう。

一つは五年に一度行われる時空管理局主催の魔法戦競技会『MAGILING VALETUDO(マギリングヴァーリトゥード)』に出場していた事である。

参加資格は年齢制限なしではあるが、魔導師ランクに制限があって下は『ランクなし』からで上はA+

エープラス

までとなっている。

ユーノの魔導師ランクはAだったので、参加資格はある。

ユーノが参加する事になったと聞いたとき、なのはは驚いた。

その手の事に積極的にならないユーノが何故?と真っ先に思ったくらいだ。

結果としてはユーノが優勝した。

幼馴染とその仲間達も観戦しており、誰もが祝福の声やら宴会やらを催そうと企んでいた。

なのはも労いの言葉をかけようと思った。

その時、なのはは見た。

優勝者の顔には何の感情も入っていないことを。

まるで優勝した事に、感動も安堵もない、どうでもいいというような投げやりな表情をしていた。

その時、なのははユーノが『変わった』と確信した。

(その後からだっけ。ユーノ君が行方不明になって、戻ってきた時にはロッキー君がいたんだよね……)

もう一つはユーノが発掘の仕事に携わった際に行方不明になった事だろう。

二ヶ月近く音信不通になっており、もしくは死亡したのではないかとまで囁かれた事もあった。

なのはは仕事に取り組みながら、ユーノが無事に帰ってくることを願っていた。

ユーノが無事に帰還してすぐだろうか。彼が『変わった』と思えたのは。

以前のような暗さがなくなったのはいいが、何かを決意したように思えた。

何を決意したかはわからないが、そして現在に至るというわけだ。

「あ!ユーノ君!ロッキー君!」

なのはが声を上げると、艦内見学をしていたユーノとプロキオンが手を振ってくれた。

 

なのはと合流したユーノとプロキオンは二人と一匹のパーティ編成で歩いていた。

「そうなんだ。ロッキー君にアースラの中を見せてあげてたんだぁ」

なのははユーノからレクリエーションルームから抜けた理由を聞いて納得していた。

もちろん、それは建前である。

本当は居辛かったなんて事は口が避けても言えない。

「はい!いつも本棚ばっかりだから凄く新鮮で面白かったです!」

プロキオンは無邪気にそのように言う。

建前が始まりであっても物事を純粋に楽しめるのがプロキオンの長所である。

「よかったねロッキー君。でもそれなら私も一緒に行きたかったなぁ」

なのはは不満をこぼしながらちらりとユーノを睨む。

「でも、なのは。夢中で話してたじゃない?話の腰を折る気にはなれなかったからね」

「む~」

ユーノの最もな言い分になのはは頬を膨らませて唸って抗議する。

そんな仕種を見て、ユーノは笑みを浮かべる。

「あ、そうそう。ユーノ君は最近どうなの?」

「どうって?仕事の事?プライベート?」

「うーん。お仕事もだけどプライベートも知りたいかな」

「仕事は暇か忙しいかで言えば忙しいね。クロイノの資料請求は相変わらずスタッフ泣かせだし、プライベートっていっても休みの日は本を読んだり、学会に提出する論文書いたり、なのはと出かけたりとするくらいかな」

なのはは聞き終えると、ユーノの両肩を掴んでいた。

「ユーノ君!」

「は、はい」

思わぬ迫力に慇懃に返してしまう。

「私が言うのも変かもしれないけど、もっと遊んだ方がいいと思うよ!ユーノ君、このまんまじゃ寂しいお爺さんになっちゃうよ!?」

なのはは勝手に未来を予想しているが、何故か疑問になっていた。

「なのは。僕の未来を想像するのはいいけど、何で疑問形になっちゃうの?」

「だってぇ、ユーノ君、本当に『お爺さん』になれるのかどうか心配で……」

「僕は桃子さんや士郎さんじゃないから『お爺さん』になるよ」

「本当?」

なのはがずずいと顔を寄せる。

その目には『疑い』が篭っていた。

「私達がお婆さんになっても、ユーノ君はお爺さんになりそうにないような気がするんだよね……」

「根拠は?」

「うーん。私の勘じゃ信用できない?」

「魔法がらみでない、なのはの勘はどうもね~」

思いっきり疑っていた。

「ひどいよ!ユーノ君」

なのはは両手を高くかざして『怒ってます』というような仕種を取るが、ユーノにはそれが微笑ましく思えてしまう。

そんなユーノを見たなのはも笑顔になっている。

(最初はこの笑顔を守りたいから強くなりたいって思ってたんだっけ……)

今は違う。

今は『なのはだけ』の為に戦っているわけではないとハッキリと言える。

今は『時の運行』を護る為に戦っている。それがその世界に住んでいる人々を護る事になると信じてだ。

「ユーノ君?」

「ん、何?なのは」

「どうしたの?ジーっと私見てたけど顔に何かついてる?」

「いや、何でもないよ」

ユーノは腹の内を探られるのを避ける為に誤魔化した。

「お休みできたらさ。また海鳴においでよ。翠屋のケーキご馳走するよ♪」

なのはは、ユーノに休暇が出来たら海鳴に来るように促す。

「そうだね。久しぶりに食べたくなってきたよ」

「僕も食べたいですぅ」

「うん。ロッキー君も来たらご馳走するからね」

プロキオンが純粋に喜ぶ姿を見て、なのはとユーノも笑みを浮かべていた。

二人と一匹はその後も談笑しながら、レクリエーションルームへと足を進めた。

 

 

クロノ・ハラオウンとヴェロッサ・アコースは時空管理局本局の廊下を歩いていた。

「クロノ君。君から見てどうだい?君が見守ってきたエース達は?」

「……なのはやはやて達の事か?今更僕が語る必要はないさ。それぞれ優秀だよ」

ヴェロッサの質問に対して、クロノは「何を今更」というような表情をしていた。

「しかし三人ともまるで申し合わせたように技能と能力がバラけてるよね」

ヴェロッサが件の三人に関して口を開く。

「稀少技能と固有戦力持って支援特化型で指揮能力を持ち、仮面ライダーゼロノスとファーストコンタクトをした経歴がある八神はやて特別捜査官」

ちなみに武装隊では一尉扱いである。

「法務と事件捜査担当。多様な魔法と戦闘力で単身でも動き、仮面ライダー電王と出会い最初に戦闘した経験を持つフェイト・T・ハラオウン執務官」

はやての次にフェイトのことを語るヴェロッサ。

フェイトが電王と戦闘した事は今のフェイトにしてみれば閉まっておきたい『若気の至り』だったりする。

「部隊メンバーを鍛え育てる事が出来て、こと戦闘となれば単身でも集団戦闘でもあらゆる状況を打破してみせ、人類に対して友好的なイマジンと最初に接した『勝利の鍵』高町なのは二等空尉」

最後になのはの事を語って終えた。

「三人揃えば世界の一つや二つ軽々と救ってくれてみせそうだなってさ。かの三提督の現役時代みたいに」

「夢物語ではあるがな。それに今、管理局は次元犯罪者だけを相手にしているわけにはいかないからね。本当に夢物語だよ」

「イマジンかい?」

クロノが途端に真剣な表情になり、ヴェロッサも釣られて同じ表情になる。

「ああ。奴等は次元犯罪者よりずっと性質が悪い。個人の戦闘能力が魔導師でいうAAA-だからね」

それだけでまともに対処できる存在が限られてくるというものだ。

「でも、そんな夢物語を現実にしてくれそうな存在があるのも確かだ」

「仮面ライダーかい?」

ヴェロッサの一言にクロノは首を縦に振る。

「彼女達と彼等が手を取り合えばそれこそ本当に夢物語が実現できそうだけどね」

クロノが締めくくった。

「クロノ君はやっぱり優しいお兄ちゃんだねぇ」

「なんだそれは……」

ヴェロッサのからかいにクロノは苦笑するしかなかった。

(仮面ライダー---青いゼロノスもその部類に入るみたいだし、少し調べてみようかな)

ヴェロッサはクロノと共に歩きながらもAゼロノスの単独調査に取り掛かることを決意した。

 

こうして同窓会的任務は幕を閉じた。




次回予告


第六話 「G・W。二度目の出会い」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 「G・W。二度目の出会い」

次元航行艦アースラのレクリエーションルームでの打ち上げは締めに入ろうとしていた。

「あ、そや!二人ともG・W《ゴールデンウィーク》の連休!」

八神はやてが、思い出したかのように高町なのはとフェイト・T・ハラオウンに告げる。

「はやてちゃんの研修先の近くの温泉地なんだよね?」

「お休みの申請は出してあるよ」

なのはが旅行先の場所を確認し、フェイトは既に準備は整ってあると告げた。

「ホテルはもう予約してるからな。ホンマはアリサちゃんやすずかちゃんも来れたらよかったんやけど……」

はやても抜かりはないと告げるがアリサ・バニングス、月村すずかが不参加というのは残念でならなかった。

「ユーノ君も~」

なのはも不満顔を浮かべてユーノ・スクライアを見る。

「まぁ、女の子達でってことで……」

「ごめんなさい。なのさん」

ユーノはお茶を濁すような曖昧な返答で返し、プロキオン(フェレット)は申し訳なく頭を下げて謝罪した。

「ごゆっくりどうぞ」

「私達も緊急任務がなければ途中からでも合流します♪」

シグナムが三人(主にはやて)に慰労の言葉を送り、シャマルは後から合流すると告げる。

旅行先のことについて、盛り上がる面々をユーノとプロキオンが温かい目で見ている中ザフィーラ(獣)とアルフ(幼女)が寄ってきた。

(ユーノ、アンタ本当に参加しないのかい?)

アルフが念話の回線を開いて、ユーノに訊ねた。

(G・Wは僕にとっては忘れられない事があるからね……)

ユーノの表情が一瞬だが暗くなった。

(ゴメン。無神経だったね……)

アルフも思い出したのか、頭を下げる。

誰も見ていないというのが、せめてもの救いだ。

(スクライア。あれから一年も経過している。自分を責めるのはよせ)

ザフィーラはユーノが自責のあまりに自身の『存在』を蔑ろにしているのではないかと、懸念していた。

(ザフィーラさん。まだ一年『しか』経過していないんですよ)

ザフィーラの言葉にユーノは反論する。

(そうか……)

ザフィーラはそれ以上の言葉は何の意味もないと判断したのか、それ以上は口を開かなかった。

 

 

同窓会的任務から約二週間が経過した。

時期はG・W真っ只中となり、時空管理局局員も例外ではなく休暇届を提出するものが続出していた。

ここ『無限書庫』も例外ではなかった。

地下格納庫ではプロキオン(イマジン)はAライナーに荷物を詰め込んでいた。

テントにワインに当面の食料とぎっしりだ。

プロキオンはそれらを軽々と持ち上げて、Aライナーの中へと入れていく。

『ユノさん。荷物は粗方詰め込みましたっ!』

「わかった。ありがとう」

プロキオンの報告に端末で操作していてユーノは満足し、感謝の言葉を返す。

司書長室ではユーノは自身が休暇している間の『無限書庫』の運営を指示するための資料を作成していた。

「よしっ!できたっ!」

端末に入力を終えると、ユーノは資料をプリントアウトする。

その枚数は結構なものである。

「僕とプロキオンが休むだけでこれだけのシミュレーションがでてくるとは思わなかったよ」

ユーノは眼鏡をカチリと直しながら、溜め息をつく。

「ま、アンタが抜けるだけでそれだけの穴になっちまうってのが現実なんだけどねぇ」

司書長室にはアルフが三人分の紅茶を持ってきてくれた。

「ほい。プロキオン!こっちおいでぇ。アンタの分もあるよぉ」

『はーい!』

その三十秒後には地下格納庫にいたプロキオンは司書長室の直通エレベーターから降りてきた。

「いただきます!」

プロキオンはイマジンモードのまま合掌してから、紅茶を飲む。

「結構な数だねぇって、あたしがいない時の事も想定してのシュミレーションってワケかい……」

アルフは資料に目を通しながら、何故これだけの量になってしまったのかを改めて知った。

『無限書庫』の要となる人物が不在になる事を全て想定しての資料なのだという事を。

「で、ユーノ」

「なに?アルフ」

アルフは紅茶を一口飲んでから、対面で飲んでいるユーノに視線を向ける。

「しつこいけどさ、アンタ本当に参加する気ないのかい?」

アルフとてこちらの事情は知っている。

自分が今回の温泉旅行に不参加を表明したのを。

そしてこの事を、なのは達が知らないという事を。

「ごめん。参加は出来ないよ。というよりも参加する気になれないんだ」

ユーノは椅子から離れて立つ。

「そうかい……」

アルフは何も言わないようにした。

彼の抱えている荷物を下ろす事が出来るのはユーノ《彼》か、彼と共に歩む覚悟を選んだ者の誰かなのだという事を。

それから一時間後にユーノは『無限書庫』のスタッフに引継ぎを行うと、そのままAライナーに乗り込んで発車させた。

 

ミッドチルダ北部臨海第8空港。

G・Wだけあって、人が賑わっていた。

その中で一人の少女---ギンガ・ナカジマが受付の前に立っていた。

「お待たせしました。ご用件はなんでしょう?」

受付嬢が笑顔で訊ねてきた。

「あの……迷子の呼び出しをお願いしたいんです」

ギンガが緊張しながらも、口を開く。

「はい。ではまず、お客様のお名前をお願いします。それから出発された場所も……」

受付嬢が必要事項をギンガに告げながら、端末に手続きの準備を始めていた。

「はいっ。ミッド西部エルセアから来ました。ギンガ・ナカジマです。迷子になったのは、わたしの妹で……多分エントランスの辺りではぐれたと思うんですけど……」

ギンガは事の顛末を受付嬢に話す。

 

「名前はスバル・ナカジマ。十一歳です」

 

最後に名前をフルネームで告げた。

 

「んー。おねーちゃん、ここにもいない……」

少女---スバル・ナカジマは単身、姉のギンガを捜索していた。

台詞とは裏腹に表情には落胆の色はなかった。

「じゃあ今度はあっち♪捜索開始ー!」

はぐれてしまったギンガを見つけることが最優先事項なのだが、好奇心に勝てるはずもなくスバルは目に付いた別の場所へと駆け出した。

 

空港内の輸送物資仕分け室。

ひとつの光球がその中に誰に気づかれる事なく、入り込んだ。

その光球はやがて人型へと象っていく。

象られていく姿は二足歩行ではあるが、『人間』ではなかった。

もず型のイマジン---シュライクイマジンである。

「さーてお宝お宝っと♪」

シュライクイマジンは仕分け室で保管されている物を物色し始めた。

その中には『危険物扱い』と明記されている木箱もあった。

 

 

目的の次元世界に到着したユーノとプロキオンはキャンプの準備をしていた。

停車させているAライナーからプロキオンは荷物を下ろしていた。

ユーノはテントを張っていた。

あらゆる次元世界を放浪しているため、決まった住居を持たないスクライア族はテント生活が身体に染みこんでいるためその手際は慣れたものだった。

テントを張り終えたユーノは、周囲を見回す。

見渡す限り街や村はおろか、人っ子一人いない寂しい風景しかなかった。

あるのはテントを張っている対面にある一つの慰霊碑と二つの墓標があるだけだった。

「ザフィーラさんが言うように、あれから一年にもなるんですね……」

プロキオンも思い出しながら呟く。

「まだ一年さ……」

ユーノはザフィーラに返した台詞をプロキオンに返す。

その表情は打ち上げの際に一瞬だけ見せたものと同じで暗かった。

暗い雰囲気になり始めようとすることを察したかのようにAライナーから警鐘が鳴り出す。

「イマジン!?」

プロキオンの表情が険しくなる。

ユーノは持参している携帯端末を起動させて、イマジンの出現世界を検索する。

カタカタカタとキーボードを叩く音が響く。

「ミッドチルダの臨海第八空港に一体のイマジンが出現してる。目的は……」

更に空港のメインとなる端末にハッキングして、ユーノはイマジンが出現した理由を探る。

空港にイマジンが出現するとなると、『VIPの殺害』が真っ先に浮かび上がる。

乗客リストが出現するが、その中にはVIPと称される人物は一人も該当しなかった。

このイマジンは『殺人』以外が目的という事になる。

(殺人以外となると……)

端末のキーボードを中指と薬指で軽くタンタンタンとリズミカルに軽く叩く。

端末を用いる際に考え事をする仕種だ。

「!!」

ユーノの思考が固まったのか端末のキーボードを素早く叩く。

モニターに映し出されたのは、輸送物資仕分け室に保管されている物品のリストだった。

物品名と現物写真を対比する。

(写真から見ても、イミテーション(紛い物)ばっかりだ……。このイマジンが贋作コレクターと契約を交わしていればそれだけで動く動機にはなる)

美術品系は時として真作より贋作に着目される事もある。

考古学等に関わるユーノはその事を知っていた。

(でも贋作だとしても、粗悪なものばっかりだ。見る眼のある人ならすぐに贋作だと見破れる……。ん?)

物品リストの中にユーノにしてみればあからさまに怪しい物が目に入った。

『危険物扱い』と現物写真からも読み取る事が出来た。

(質量兵器?これじゃあまりにだし……)

ユーノの両目が大きく開く。

(まさか……)

ユーノの中で『危険物扱い』の中身が何なのかが明らかになろうとしたときだ。

「あ!ユノさん!見てください!!」

プロキオンが大声で端末に表記されているモノを指差す。

「どうしたのって……」

ユーノはプロキオンが告げたい事がなんなのかを端末に映っている現在の臨海第8空港の映像を見て理解した。

紅蓮の炎が覆うように空港を燃やしていたのだ。

燃え盛っている空港の近辺の空は夜なのに、茜色の空になっていた。

「行くよ!プロキオン」

「はい!ユノさん!!」

一人と一体はAライナーに乗り込んだ。

Aライナーの車輪はガタンと回り、空の一部に生じている空間の歪みに向かって線路を敷設しながら向かっていった。

 

 

「ふえ~。ミッドの地上も首都と北部は結構違うねぇ」

なのはは北部に足を踏み入れて、周囲を見回しながら感想を述べた。

「こっちの方は自然が多いから観光スポットも多いんだよ」

フェイトがガイドマップに記載されている内容を読み上げていた。

首都と違い、自然が満ち溢れており心が癒されるようだ。

二人の表情は強張ったものでも険しいものでもなく、自然な表情になっていた。

「はやてちゃんやリィンとの待ち合わせの時間までどのくらいだっけ?」

「ええとね。あと二時間、かな……」

なのはの問いにフェイトがジャケットのポケットから懐中時計を取り出して、パカッと蓋を開けて時刻を見る。

「それって良太郎さんに貰ったんだよね?」

「うん」

フェイトが愛用している懐中時計の送り主は、なのはも知っている。

「あれから六年も経つけど、その……電池切れたりしないの?」

なのはがおそるおそる訊ねる。

「そういう心配はないよ。この時計は『機械式』だからね」

「機械式?」

フェイトが懐中時計の形式を答えるが、なのはにしてみれば首を傾げるだけだった。

「懐中時計には『機械式』ともうひとつ、『クォーツ式』があってね。私の持ってる機械式だから電池の交換とかの心配はないんだよ」

「へええ~」

ちなみに『機械式』は竜頭を回して手で巻かなければならず、毎日もしくは数日に一度は行わなければならない。

対して『クォーツ式』は、先程なのはが言ったように電池で動いている。

手巻きの煩わしさや誤差修正などを考えると、『クォーツ式』に軍配が上がるが『機械式』ならではの『コチコチ音』を好む利用者も多いためどちらがいいかというのは完全に利用者任せになってしまうのが現実だ。

「逢えるって信じてるんだよね?」

「うん。良太郎が言ってたからね。いつになるかはわからないけど、また逢うのは未来でって」

なのはは一途に逢える事を信じているフェイトが羨ましく思えた。

一人の人間を一途に待ち続ける。

ドラマ等のフィクションならありがちなものだが、現実にそれを実行しようとして成功した者は殆どいない。

「頑張って。フェイトちゃん!」

「うん!」

なのはは親友の悲願が達成する事を心から願って応援した。

 

管理局武装隊陸士104部隊。

はやては隊士服の上着を着用しながら、外へ出ようとしていた。

「はやてちゃん。なのはさん達は空港からホテルに向かってるそうです」

側で宙に浮いているリィンが近況を報告していた。

「はぁい」

はやては理解すると、即座に返す。

「じゃ、ちょっと外回ってそのまま休暇に入りまーす」

はやては近くに局員にそのように告げると、隊舎を出た。

「はいよ。八神一尉。非常回線は開けといてくださいよー」

局員の一人が釈迦に説法を説くかのごとく、出て行くはやてに告げた。

はやては振り向かずに手を振って了承していた。

「はやてちゃん。外に回ると言ってましたけど、どのくらいの予定なんですかぁ?」

「ん?そうやね。時間にして一時間くらいかなぁ。回るだけやからさほど時間はかけへんよ」

深く込み入った仕事ならともかく巡回のようなものなので時間をかけるつもりは最初からないと、はやてはリィンに告げる。

「楽しみですねぇ」

リィンの頭には既に温泉旅行のことで頭がいっぱいだった。

身体全身にもそれがハッキリと出ている。

はやてはそんなリィンを見て、笑みを浮かべる。

『回線失礼します!八神一尉!』

突如、非常回線が開かれた。

歩を進めていたはやてだが、その場で停まる。

「どないしたんですか?」

『実はミッドチルダ北部臨海第8空港で火災が発生しましたので、至急救援活動に向かってください!!』

「了解です。すぐ向かいます」

はやての表情は管理局員の表情となっていた。

「はやてちゃん……」

「リィン。休暇はなしやで」

はやての表情で、リィンはこれから何が起こるのかは大体の予想が出来た。

 

ミッドチルダの空の一部が歪んで、線路が敷設されて『時の列車』であるAライナーが出現した。

モニターには臨海第8空港が映し出されていた。

「どうします?このまま行きますか?」

AライナーのコントローラーであるマシンANOTHERホーン(以後:Aホーン)に跨っているプロキオンが訊ねてきた。

「他ならともかく、ミッドチルダ《ここ》ではイマジンのいる現場に直でAライナーで向かうのは後々面倒だからね」

ユーノはそう告げると、二両目のガトリングを抜けてから三両目のマガジンへと足を進める。

三両目のマガジンは格納庫となっており、一台の青色がメインカラーとなっている大型装甲車が置かれていた。

T-REXの頭部を髣髴させるレックスランダーだ。

「コレに乗っていく」

「コレも十分目立つと思いますけど……」

ユーノの決断に異を唱えるつもりはないが、プロキオンとしてはAライナーで現場に向かうのもレックスランダーで向かうのも大差ないのではと思ってしまう。

「陸地を走るのと空を翔るのだったら、大きく違うよ」

ユーノは言うと同時にゼロノスベルトを出現させて、カチリと腰に巻く。

バックル上部のチェンジレバーをスライドさせる。

カードケースを取り出して、ゼロノスカードを一枚抜き取る。

青色のカラーリングが目立つ側を表にしている。

「変身!」

ゼロノスカードをクロスディスクに挿入《アプセット》する。

『ベテルギウスフォーム』

電子音声が発すると同時に、ヴァイオリンが奏でるミュージックフォーンが流れ出す。

黒色と銀色のオーラスキンに包まれてから、青色が目立つオーラアーマーが装着される。

頭部の銀色のデンレールからネドケラトプスの頭部を髣髴させる電仮面が走り出して、装着される。

そして両肩、両下腕、両ふくらはぎから突起が出現する。

Aゼロノスに変身を終えてからレックスランダーを見る。

レックスランダーのキャノピーが自動的に開く。

Aゼロノスとプロキオンは乗り込む。

その直後にキャノピーは自動的に閉じられた。

ブゥゥゥンという鈍い音が起動音となっていた。

一人と一体の暗かった正面はモニターが映し出される。

『レックスランダー。発進完了シークエンス開始。現在十パーセント』

モニターには発進完了までのバーと十パーセントと図と数字で表示されていた。

『二十パーセント』

レックスランダーに組み込まれているAIが告げる。

『五十パーセント。駆動系システム設定完了。残りの五十パーセントで武器システムの設定にかかります』

ウィィィンというどこか切れのある音へと変更されていく。

「そういえばユノさんはレックスランダーの武器ってどのくらい知ってるんですか?」

退屈になってきたので、プロキオンは隣に座っているAゼロノスに訊ねる。

「殆ど知らないなぁ。何せ走らせたことはあるけど、武器を使う場に出くわした事なんてないからね」

レックスランダーは今回が初使用というわけではない。

何度も使用した事があるが、レックスランダーの装甲は威力のない魔法では傷一つどころか汚れ一つつけることも出来ない。

威力のある魔法でも、搭載されているAMF発生器を用いれば無効にする事が出来る。

防御に関しては恐らく現存する兵器の中では間違いなくトップクラスだろう。

そのため相手が自滅してくれているので、こちらが攻撃に転ずる必要もなかったわけだ。

『コンプリート。レックスランダー発進まであと二十秒』

レックスランダーの後輪がコロコロと回転して後方へと下がっていく。

ガチャンと音が鳴り、マガジンの後扉が開いてレックスランダーの車体が乗っかるとスロープのように伸びて、地面スレスレに留まる。

『レックスランダー発進。よい運転を』

レックスランダーを支えていた後扉が外れて、収納されていく。

ボゥンとバウンドして前輪後輪含めて計八個のタイヤ(前輪が二個、後輪が左右に二個ずつ)が道路に付着する。

「レックスランダー。発進!!」

ギュルルルルという音を鳴らしながら、レックスランダーが目的地へと走り出した。

 

 

臨海第8空港の輸送物仕分け室からシュライクイマジンが身体に纏わりついている煤を叩いていた。

「まったくお宝は手に入れねーわ。ちょっと扱い間違ったら爆発しちまうわ踏んだり蹴ったりだぜ」

この空港の火災原因を作ったのは紛れもなく、このイマジンである。

『危険物扱い』というラベルが貼られていた木箱を乱暴に扱った直後に起きたものだ。

シュライクイマジンとしては契約者との契約を叶えられなかったのは不本意だが、そこまで真剣なものではなかった。

契約者が欲深な上に人《イマジン》使いの荒い人物なので、契約者とは利害だけの関係でしかないと言い切れる。

「契約者《あいつ》の所に戻っても、ネチネチ言いやがるだけだしなぁ。ストレス発散でもするか」

シュライクイマジンはそう言って、仕分け室を出た。

辺り一面は炎に包まれているのだが、イマジンである彼には何の問題もなかった。

 

 

はやては一台の中継車とも思われる車輌の上に乗っかって、モニターを展開させて陣頭指揮を取っていた。

「二〇三。四〇五。東側に展開してください!魔導師陣は防壁張って燃料タンクの防御を!」

表情は深刻なままで緊張が解けていないところからすると、それだけ状況が最悪な方向へと向かっているという事になる。

(事態が全然よくならへん。私が考えてるよりもずっと火の広がりが速い!!)

内心では焦りたいところなのだが、そんな事をしても好転しないというのは経験上、はやてが一番知っていることだった。

「はやてちゃん。駄目です!まるっきり人手が足りないですよぉ!」

背後からリィンが降りてきて、弱音が混じった事実を告げてきた。

「せやけど首都からの航空支援部隊が来るまで持ちこたえるしかないんよ。がんばろ!」

リィンの事実に焦りが募るばかりだが、はやてはリィンを励ます。

空港を呑み込まんとする炎を、はやては負けじと睨んでいた。

 

空港に一筋の金色の光が向かっていた。

バリアジャケットを纏ったフェイトである。

『航空魔導師本局〇二《ゼロツー》。応答願います』

「こちら本局〇二、T《テスタロッサ》・ハラオウンです」

フェイトが非常回線の相手に応対した。

『八番ゲート付近に要救助者の反応がありますが局員が進めないんです。お願いできますか?』

(局員が進めない?障害物?あるいは炎の広がりが凄まじいから?)

フェイトはそのような状況に追い込まれた原因を考えるが、中断する。

「八番ゲート……、バルディッシュ!」

右手に握られている相棒に視線を向ける。

『ルート検索終了。二分以内に到着します』

短くバルディッシュ・アサルトが告げた。

「すぐに向かいます!」

目的地がはっきりとわかると、フェイトは更に加速した。

金色の光が音速を超える音を鳴らした。

 

臨海第8空港に向かってレックスランダーが駆けていた。

『目標地点まで到着時間は今から十分後です』

AIが計算した時間を告げてくれた。

右手にアクセルレバーを握っているAゼロノスは正面に映るモニターを見ながら、左手で巧みに操縦桿を操っていた。

「短縮ルートは?」

『交通状況を鑑みて、ルート短縮は危険です。人身事故を起こす確率は三十パーセントです』

「三十!?それって高いですよ!?」

Aゼロノスではなく、プロキオンがその数字に驚く。

「アフターバーナーを使えるポイントは?」

レックスランダーには一時的に『跳躍』という追加効果をもたらす加速機能がある。

それが背部に設置されているアフターバーナーである。

『今から三百メートル先のポイントで三回用いる事ができます。臨海第8空港付近で一回出来ます』

「それだけわかれば充分!!」

アクセルレバーを勢いよく前に傾ける。

レックスランダーが前を走っている車をどんどん抜いていく。

まるで進路がわかっているかのようにすいすいと進んでいた。

実際モニターに映っている進路方向はレックスランダーが導き出した理想的なラインが表示されている。

アフターバーナーの使用ポイントに到達すると、別のモニターにどのように使用すれば最適かという図が映し出されていた。

ハイウェイを跨いで下っていくという方法だ。

しかもアフターバーナーの使用ポイントは下った道路で使うのではなく、次のポイントに向かうまでの宙で使用する事になっている。

モニターはアフターバーナーの使用するタイミングが数値で表されていた。

ゼロ表示がされた時に使用すればいいという事になっているのだろう。

「凄い賢いね。君」

「本当です。管理局のコンピューターよりも優れてると思いますよ」

『恐縮です』

AゼロノスとプロキオンがレックスランダーのAIを褒め称えた。

アクセルレバーのカバーを開くと、ボタンがある。

そして押す。

その直後、凄まじいGが一人と一体に襲い掛かりレックスランダーが跳躍した。

 

「そのまま南へ!」

はやては展開されているモニターを見ながら、指示を出していた。

「はやてちゃん!防衛部隊の指揮官が到着です!」

リィンが浮かべあがりながら、告げる。

「すまんな。遅くなった」

はやてが乗っている中継車に一人の中年男性が駆け寄ってきた。

中年男性がその場で停まると、はやては中継車から飛び降りた。

「いえ。陸士部隊で研修中の本局特別捜査官、八神はやて一等陸尉です。臨時で応援部隊の指揮を任されてます」

はやては敬礼をしながら、略式な挨拶をする。

「陸上警備隊第一〇八部隊のゲンヤ・ナカジマ三佐だ」

中年男性---ゲンヤ・ナカジマも返すようにして敬礼する。

「ナカジマ三佐。部隊指揮をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ああ。お前さんも魔導師か?」

はやてが掌に乗せている物を見て、ゲンヤは納得した。

「広域型なんです。空から消火の手伝いを……」

「はやてちゃん!大変です!!」

リィンが両手をバタバタしていた。

「どうしたん?リィン。そないに慌てて」

「今入った情報なんですけど、一台の車がメチャクチャな事をしてるんですよっ!」

「「メチャクチャな事?」」

はやてとゲンヤが声を合わせて、リィンの発言に首を傾げる。

「飛び上がって道路を跨いでるんです!」

「愉快犯でしょうか?」

「それにしちゃ命懸けだ。車体にショックがかかりすぎる。下手すりゃ確実に死ぬぜ」

リィンの言葉に、はやてとゲンヤは考え込む。

「しかもその車はこっちに向かってきてるんですよ!」

「「え?」」

リィンのとどめとなる証言に、はやてとゲンヤはまたも声を合わせてしまった。

 

レックスランダーは跳躍を終えた臨海第8空港の車線へと辿り着いた。

車体はグワングワンと揺れる。

「凄いです。アレだけの事をしてるのに全然何ともないなんて……」

揺れながらも怪我一つしていない事にプロキオンはレックスランダーの高性能ぶりに舌を巻くしかない。

『車体確認開始します。走行の負担となる損傷はありません』

AIが告げると、モニターにレックスランダーの全体図が映し出される。

『目標地点まで七百メートル。アフターバーナー点火ポイントを数字で表示します』

Aゼロノスはニュートラルにしていたアクセルレバーを前傾させた。

ギュウウゥンという音を唸らせながら、レックスランダーは駆けた。

距離にして三百メートルくらいになる。

Aゼロノスはアクセルレバーのカバーを開く。

『点火ポイントに到達しました。ボタンを押してください。これより、跳躍までのカウントダウンを開始します』

ボォンという火を噴いて、レックスランダーは更に加速した。

 

火災現場の中を、スバル・ナカジマは一人涙を流しながらとぼとぼと歩いていた。

右腕が折れた天使像の下を出口を捜しながら歩いていた。

「お父さぁん。お姉ちゃぁん」

嗚咽を漏らしながらも、肉親を捜す。

だが返事が帰ってくるはずもない。

この近辺にはいないのだから。

ゴゴゴゴと地鳴りが響き、爆風が生じた。

「ああっ!!」

憔悴しているスバルは抗うすべなく、吹き飛ばされた。

ゴロゴロと転がって仰向けになって倒れる。

「痛いよぉ。熱いよぉ。こんなのやだよぉ。帰りたいよぉ」

今心底思っている本音を打ち明けても、そのコメントに対して返答はなかった。

スバルの後にいる片腕の天使像の台座に亀裂が走り始めていた。

「助けて……。誰か助けて……」

四つんばいになったままでスバルは助けを求める。

亀裂に限界が生じて天使像が前のめりに、スバルに向かっていった。

ゆっくりとしかし、確実に向かってきている。

スバルが振り向いた時、天使像が彼女には悪魔に見えた。

両目を閉じて、『死』を覚悟した時だ。

しかし天使像は倒れなかった。

桜色の数本の輪が巻かれていた。

『指定空間内の物体をその場に固定する』機能を持つ魔法『レストリクトロック』だ。

 

「はあ……はあはあ……。よかった。間に合った……。助けに来たよ」

 

魔法を発動させたのは右手をかざして白いバリアジャケットを纏ったなのはだった。

 

なのははスバルの側まで駆け寄って、彼女と同じ目線になる。

そして、右手を彼女の左肩に置く。

「よく頑張ったね。偉いよ」

労いの言葉を送る。

「もう大丈夫だからね。安全なところまで一直線だから」

なのはは天井を睨んでいた。

脱出路を作るつもりだ。

『マスター。こちらにイマジンが近づいてきています。距離にして三十メートル』

レイジングハート・エクセリオンの報告は、なのはに動揺をスバルに恐怖を与えるには充分なものだった。

『二十メートル』

なのははスバルを庇うようにして、前に出てレイジングハート・エクセリオンを構える。

『十メートル』

(イマジンの視界を奪って、この場から離れる!)

なのはは即席のプランを立てて実行しようとする。

 

「そこの車!停まりなさい!!」

「ここは立ち入り禁止だ!!早く帰りなさいって聞いてるのか!?」

というような守衛達の声がはやて、リィン、ゲンヤの三人の耳に入った。

「何だよ。騒がしいな……」

「車って言ってへんかった?」

「言ってたです」

三人が守衛達の言葉内容に疑問を感じた。

だが、その疑問は即座に解決した。

三人の頭上が突如暗くなったのだ。

三人は上を見上げると、一台の車輌が宙を舞っていた。

「「「………」」」

三人は顔を動かしながら、車輌---レックスランダーを目で追う。

ズシャンという音を鳴らしてバウンドしてから、空港内へと向かっていった。

窓ガラスや柱を壊れていく音が響く。

「アレはお前さんの知り合いか?」

ゲンヤの質問にはやてとリィンはこれ以上振れば首が取れるのではないかというくらいに速く横に振った。

 

「魔導師といかにも弱そうなガキ発見かぁ」

シュライクイマジンが入った直後、なのはは即席のプランを実行しようと考えたが中断していた。

(さっき考えたプランは私一人なら使えるけど、この子が一緒じゃ危険が大きすぎる……)

天井に穴を開けていれば使えるが、退路が断たれているに等しい現状では何の意味もない。

自分一人なら対処方法はあるが、要救助者を抱えている状態ではその対処方法も全て使用不可となる。

「さあてとストレス発散させてもらうぜぇ!!」

シュライクイマジンが首を鳴らしながら、こちらへと歩み寄る。

なのはは構えを解かずに、スバルの前に立つ。

(この子だけでも何とかしないと……)

シュライクイマジンを睨むことでしか抵抗できないというもどかしさを感じながら。

「「?」」

「何だ。この音」

二人と一体の耳に何か聞き覚えのない音が近づいてくる。

グシャとかベキッとかガシャンという音を立てながら。

その音はどんどんと近くなっていく。

ギュウウウウンという音までが聞こえ始めていた。

その音がハッキリと耳に入る頃になると、

「ぶべぇっ!!」

シュライクイマジンが音の発信源に轢かれて、外へと飛ばされた。

音の発信源---レックスランダーが全身を一度揺らしてから停車する。

キャノピーが開いて、搭乗者である一人と一体が降車する。

「ちょうどいい。外まで吹っ飛んだか……」

「待ち伏せするつもりでしょうか?」

「どっちにしろ倒すさ」

Aゼロノスとプロキオンだ。

「貴方達は……」

意図したものではないが、なのははそのような台詞が口から出てしまった。

 

「これで二度目だね。縁があるのかな」

 

Aゼロノスは目の合ったなのはに向けてそのように返した。




次回予告


第七話 「揺らぐ炎を見つめて」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 「揺らぐ炎を見つめて……」

燃え尽きる様子がなく炎が舞っている臨海第8空港。

レックスランダーを降車したAゼロノスとプロキオンはシュライクイマジンが作った穴を睨んでいた。

プロキオンの言うように、飛行能力を有しているのならば空を足場にしている可能性は十分にある。

それからレイジングハート・エクセリオンを天井に構えている高町なのはを見る。

『上方の安全を確認』

レイジングハート・エクセリオンが紅い珠部分を明滅させながら発する。

(安全な場所に狙いをつけて、穴を開けるつもりだね……)

Aゼロノスはおおよその見当を想像する。

なのはが助けた少女---スバル・ナカジマは現在なのはが張った桜色のバリアの中に包まれていた。

レイジングハート・エクセリオンを振り下ろすと、なのはの足元に桜色のミッド式の魔法陣が展開されていく。

『ファイアリングロック、解除します』

「一撃で地上まで抜くよ」

『オーライ。ロードカートリッジ』

レイジングハート・エクセリオンは主の命に従い、行動を開始する。

ヘッド付近のスライドカバーがガシュンガシュンと音を立てて空になった薬莢を二個排出する。

レイジングハート・エクセリオンの全体が桜色に輝き、ヘッド付近に三枚の桜色の翼が展開されていた。

名残として、桜色の羽が付近を舞っていた。

『バスターサーチ』

レイジングハート・エクセリオンの先端に三つの桜色の環状魔法陣が出現し、中央に桜色の魔力球が構築されていた。

キュイィィィィンという今にも発射しそうな音を出して。

「ディバィィィィン……」

なのはが鋭く狙いをつけて睨む。

 

「バスタァァァァァ!!」

 

声と同時に桜色の魔力球は一筋の光線となって一直線に発射された。

ズドォォォォンという音を立てて、あらゆる障害物を撃ち抜いていった。

「すごいです……」

プロキオンがその威力に目をパチパチさせながら呟いていた。

空港を爆煙がたちこめた。

「さ、行くよ。しっかり掴まっててね」

なのはがバリアを解いてスバルを抱きかかえて先程開けた穴から飛び立とうとしていた。

「待って!」

Aゼロノスがなのはを止めた。

「え?」

なのはは何故止められたのかわからないようだ。

「空から行く気?」

Aゼロノスが訊ねる。

「え、はい。そうですけど……」

なのはは自分の判断は間違っていないと思っているが、他人に訊ねられると自信が揺らぐ。

「だったら君が開けた穴だけど、僕達が先に行かせてもらっていい?」

「え?」

「誤解がないように言っておくけど、我が身可愛さでそんな事を言っているわけじゃないよ」

Aゼロノスはなのはが一瞬だが『失望』に近い視線を向けていたのを見抜いており、訂正する。

「あのイマジンが待ち構えている可能性があるって事です」

プロキオンが付け足した。

「あ、ああ。そうだったんですか……」

なのはは安堵の息を漏らしていた。

 

「僕達が先に行かせてもらっていい?」

とAゼロノスが発した時、なのはは何故か『失望』や『愕然』という言葉が脳裏に過ぎった。

自分が知っている仮面ライダー---電王やゼロノスはそのような事を言わなかったからだ。

災害時に自身の命を優先する事は間違ってはいない。

Aゼロノスの発言を否定する権利はある意味では誰にもないのだ。

だがその言葉は待ち伏せをしていると思われるイマジンに対しての策のようなものだった。

つまり自己保身の為に言ったものではない。

その事に気付いた時、なのは自身何故か安堵の息を漏らしていた。

(何でだろ……。この人とはまだこれで二度目なのに、何でかそういう事をする人じゃないって思っちゃうんだよね。だからショック受けてたのかな……)

会って二度目のはずなのに、不思議とそのように思ってしまう。

「それで、えと……」

「ANOTHERゼロノス。好きなように呼んでいいよ」

「Aゼロノスさん。具体的にどうするつもりなんですか?私が知ってる限りではその……仮面ライダーには飛行能力はないはずじゃ……」

なのはが知る限り、電王にはあるが、ゼロノスには単体で飛行することはできないと記憶している。

目の前にいる仮面ライダーが『ゼロノス』ならば飛行能力を有していないと推測している。

「大丈夫ですよ♪僕達にはあるんです♪」

プロキオンが胸を張って言う。

「ふえ?」

「あの二人にない力が僕達にはある。逆にあの人達にある力が僕にはなかったりするけどね」

どちらが優れているというような事をAゼロノスは言うつもりはないらしい。

Aゼロノスはチェンジレバーを右にスライドさせて、ゼロノスベルトのクロスディスクからゼロノスカードを抜き取って裏返してからもう一度、クロスディスクにアプセットする。

「プロキオン!」

「はい!」

バイオリンが奏でるミュージックフォーンが鳴る。

『シリウスフォーム』

ゼロノスベルトの電子音声が発する。

プロキオンがフリーエネルギー体となって、Aゼロノスの中に入り込む。

上半身に、白色がメインで裾に青色のポイントカラーがされている袖のないプロキオンクロークが出現する。

両肩には三本の爪のような飾りが施され、両下腕にはプロキオンが用いていた武器であるプロキオンクローが装着されている。

電仮面にはミサイルの弾頭部分がAゼロノスのデンレールを無視して、中央に走り出して停止すると回転しながら六芒星状に展開して電仮面となるSゼロノスとなった。

「それじゃ、僕の後に付いてきてください」

Sゼロノスは言うと同時に、なのはが開けた穴に向かって跳躍した。

「はい!」

 

プロキオンクロークは仮面ライダーゼロノス・ベガフォームのデネブローブとは違う能力がある。

それが飛行能力だ。

そのため、プロキオンクロークは飛行時は平時とは違って若干裾が長くなっている。

(いる?)

上昇しながら、深層意識の中にいるユーノ・スクライアはSゼロノスに訊ねる。

「いますね……」

(読みどおり、か……)

予測が当たっても嬉しくも何ともない。

「イマジンを足止めさせる為に先に行きます!」

Sゼロノスは飛行速度を上げる。

先程なのはが放ったディバインバスター・エクステンションの際に生じた爆煙を突っ切る。

「やああああああああああ!!」

Sゼロノスが更に速度を上げながら、空で待ち伏せているシュライクイマジンに狙いをつけてそのまま顔面に左肘撃ちを食らわせた。

「ぶはぁっ!」

シュライクイマジンは奇襲攻撃をまともに食らって、仰け反る。

「テメェ!!」

攻撃を食らって引き下がってくれるほど、シュライクイマジンはお人好しではないらしく両手にはフリーエネルギーで構築された剣を出現させていた。

Sゼロノスも、両手のプロキオンクローを構える。

 

「レッツゴー・バトル、です!!」

 

告げると同時にSゼロノスから切り出した。

 

なのははスバルを抱きかかえたまま、夜空を飛行していた。

二人を背景に夜空の星々は輝いており、まるで宝石のようだとスバルは思った。

「こちら教導隊01。エントランスホール内の要救助者、女の子一名をを救出しました」

なのはが結果を報告していた。

『ありがとうございます。さすがは航空魔導師のエースオブエースですね!』

なのはの通信相手が若干興奮気味になっていた。

「西側の救護隊に引き渡した後、すぐに救助活動を続行しますね」

『お願いします!』

なのはは今後の活動を告げると、通信が切れた。

スバルを救助隊に引渡し、救助活動を続行したのはそれから五分後の事である。

 

 

ゲンヤ・ナカジマ、八神はやて、リィンは口をポカンと開けて跳び越えたレックスランダーを見送ってから正気に戻った。

「ナカジマ三佐」

はやてがゲンヤを呼ぶ。

「俺、今度はアレに買い換えるかな……。アレならどんなヘボが運転しても死なねぇだろうしなぁ」

はやての言葉が耳に入っていないのかゲンヤはレックスランダーを思い出しているのだろう。妙な事を口走っていた。

「ナカジマ三佐!」

「お、おお。悪い」

はやては先程よりも大きめの声をあげ、ようやくゲンヤは我に返った。

「今から空に行って消火の手伝いを……」

『はやてちゃん。指示のあった女の子を無事救出。名前はスバル・ナカジマ。さっき無事に救護隊に渡したんだけどお姉ちゃんがまだ中にいるんだって……』

はやての側にモニターが出現して、なのはが結果と今後を報告していた。

「了解。私もすぐに空に上がるよ」

『了解。あと空港付近の空に上がるなら気をつけてね。今Aゼロノスさんとイマジンが交戦中だから』

モニターは閉じられた。

「イマジンって……。この状況でかよ……」

ゲンヤでなくても露骨に嫌な表情になるものだ。

イマジン一体を倒すのにどれだけの兵力が必要になるかを知っているからだ。

しかも、用いたとしても勝てる可能性が極めて少ないというのが現実である。

「それであの青い装甲車が突っ込んだってワケやな……」

青い装甲車の搭乗者はAゼロノスだと、はやては確信を持った。

「ナカジマって……」

リィンは聞き覚えがあるために、記憶を呼び起こそうとする。

「ウチの娘だ。二人で部隊に遊びに来る予定だった……」

「………。ではナカジマ三佐。後の指揮をお願いします」

はやてはゲンヤの心中を察しながら毅然とした態度を取り、敬礼をしてからゲンヤに後の指揮を任せる事にした。

「リィンしっかりな。説明が終わったら後で私と上で合流や」

「はいです!」

最後にはやてはリィンに指示を送ると、その場を駆け出した。

駆け出しながら身体全身が輝き、制服姿から騎士甲冑姿へと切り替わる。

左足を強く踏み込んで跳躍すると、背中の黒い翼を羽ばたかせて空へと飛翔した。

 

 

臨海空港の別エリアではというと、三人の一般市民が青色でドーム状の近代ベルカ式の防御魔法に包まれながらも、咳き込んでいた。

そのエリアに一直線に金色の魔力砲が走り、壁に大きな穴を開ける。

爆煙が立ち、その原因を起こした張本人が出てくる。

フェイト・T・ハラオウンだ。

「管理局です!」

フェイトは周囲を見回しながら要救助者を捜す。

「ここです!」

防御魔法に包まれている三人の内の一人がフェイトの姿を確認すると、呼びかける。

耳に入ると、そばまで駆け寄る。

「もう大丈夫ですから」

『ディフェンサープラス』

バルディッシュ・アサルトを向けて金色のドーム状の防御魔法を展開する。

しゃがんで要救助者と同じ目線になる。

「すぐに安全な場所までお連れします」

「ああ、あの……」

「はい……」

「魔導師の女の子がこのバリアを張ってくれて、それから妹を捜しにいくって言ってあっちに……」

一般市民はフェイトにまだ救助者がいることを教え、その女の子が向かった先を指差していた。

その先は炎の壁が出来上がっていた。

轟々と燃えている。

「わかりました。皆さんをお送りしたら、すぐに捜しに行きます……」

フェイトはまず眼前の要救助者の救助に専念する事にした。

 

中央に大きな空間ができているフロアに一人の少女が満身創痍の状態ながらもゆっくりと進んでいた。

「スバルぅ。どこぉ!?」

ドォォォォンと向かいの位置から爆発が起きても、少女は前へと進んでいた。

「返事してぇ。お姉ちゃんがすぐに助けに行くから……」

少女はヨロヨロになりながらも、妹の身を案じていた。

か弱い妹だから。

繊細だから。

自分は『姉』として守らなければならないのだ。

両膝を引きずり、左手は手すりを握ったままゆっくりと歩き出す。

 

フェイトは要救助者の少女がいると思われるエリアまで走っていた。

爆発が起こるが、爆煙を抜けてひたすら走る。

下を見ると、そこには一人の少女がゆっくりと前に進んでいた。

彼女が先に救助した一般市民が言っていた少女なのだと確信した。

「そこの子、じっとしてて!今助けに行くから!!」

少女は自分の声に反応して、こちらを見る。

その直後に少女がいるフロアの床に亀裂が走り出して、砕けた。

「わ、ひゃああああああああああ!!」

少女が悲鳴を上げながら、瓦礫と共に落下していく。

『ソニックムーブ』

バルディッシュ・アサルトが告げた直後にフェイトは一筋の金色の光となって落下していく少女へと向かっていった。

瓦礫が最下層に落下して、煙を立てる。

煙の中から一筋の金色の光が、上に昇っていく。

少女を抱きかかえたフェイトだ。

「ごめんね。遅くなって。もう大丈夫だよ」

フェイトは少女に優しく語りかける。

それから比較的落盤がなさそうな場所を選んでそのまま移動を始めた。

「妹さん。名前は?どっちに行ったかとかわかる?」

フェイトは少女の妹の名と所在を訊ねる。

「エントランスホールのところではぐれてしまって、名前はスバル・ナカジマ。十一歳です」

フェイトは少女の喋り方が災害に見舞われながらもしっかりしている事に内心驚いていた。

大抵なら慌てふためていたり、最悪の場合はまともに会話も成立しない時もあるからだ。

『こちら通信本部。スバル・ナカジマ十一歳の女の子を既に救出されています。救出者は高町教導官です。怪我もありません』

モニターが出現して、なのはがスバルを助けている所が映し出されてすぐに消えた。

「スバル……。よかった……」

心のつかえが消えたのか少女は安堵の声を漏らす。

「了解。こちらは今お姉さんを保護。名前は?」

「ギンガ。ギンガ・ナカジマ。陸士候補生十三歳です」

少女---ギンガは自身の名と処遇を明確にした。

「候補生か……。未来の同僚だ」

フェイトは笑みを浮かべて、新たな『仲間』ができた事に喜ぶ。

「きょ、恐縮です……」

ギンガは嬉しさと緊張で堅い返事しか出来なかった。

フェイトの飛行速度が上がった。

 

 

一台の中継車が内部からケーブルを出していた。

車内にはゲンヤとリィンがいてモニターを睨んでいた。

「補給は?」

「あと十八分で液体補給車が七台到着します。首都航空部隊も一時間以内には主力出動の予定だそうです!」

「遅ぇな。要救助者は?」

ゲンヤは助けの遅さに毒づきながらも現状を把握しようとする事を怠らない。

「二十名ほど……。魔導師の皆さんが頑張っていますから……。なんとか……」

リィンが真剣な表情でモニターを睨みながら告げる。

「最悪の事態は回避できそうか……」

「はいです」

「よし。おチビの空曹さんももういいぞ。自分の上司のところに合流してやんな」

ゲンヤがネクタイを緩めながら、リィンにはやての所に行くように促す。

「いえ。もう少し情報を整理して指揮系統を調整してからにします」

リィンはゲンヤの申し出をやんわりと断った。

「そうかい。ま、助かるがな」

ネクタイを緩め終えると、感謝の言葉を述べる。

 

はやては現在、空に佇んでいた。

足元には円型の魔法陣で構築された白いベルカ式の魔法陣が展開されている。

右手には専用の非人格型アームドデバイス---シュベルトクロイツ。

左手には専用の魔導書型ストレージデバイス---夜天の書。

夜天の書を開いて、はやては魔法を繰り出そうとしていた。

「ほの白き雪の王。銀の翼とて眼下の大地を白銀に染めよ!」

はやての頭上に白いキューブが出現する。

「八神一尉。指定ブロック避難完了です。お願いします!」

局員の一人がはやてに告げる。

意識を今やるべきことの為に集中する心構えを取る為に両目を閉じていたはやては両目を開く。

「了解!来よ、氷結の息吹……」

シュベルトクロイツを天に掲げる。

宙に出現しているキューブがそのばで高回転する。

 

「アーテム・デス・アイセス!!」

 

振り下ろしたシュベルトクロイツのヘッド中心部が輝きだす。

四つの白いキューブが白い流星となって、空港へと飛んでいく。

全てが落下すると、まるで染色するかのように紅く染まっていた空港全土がみるみるうちに青く染まっていく。

その変化に生じる速度は速く、あっという間だった。

地道に消火作業をするのが馬鹿らしくなってくると思わせるものだった。

「おし!」

振り下ろしたシュベルトクロイツを持ち上げながら、はやては上手く言った事に喜ぶ。

「すっげぇ……」

「これがオーバーSランク魔導師の力……」

はやての近くにいた局員二人が感想を述べながら、バリアジャケットに付着している雪を払い落とす。

「巻き添えごめんなぁ。私一人やとどうも調整が下手で……」

はやては二人の局員に謝罪をしながら、夜天の書をパタンと閉じた。

無数の光がこちらに向かっているのがはやての視界に入った。

首都航空部隊の魔導師達だ。

 

中継車の中で首都航空部隊が駆けつけたことを知ったゲンヤは安堵と呆れが混じった息を吐いた。

「ふぅ……。やっと来たか……」

「はい♪」

リィンは純粋に喜んでいる。

「だがまだ油断はできねぇ。もうちっと情報整理を頼んでいいか?」

「了解です♪」

ゲンヤの依頼にリィンは快諾した。

「あとおチビの空曹さん」

「何ですか?」

「お前さんはあの青い仮面ライダーを知ってるのかい?」

ゲンヤは事態が少しマシになったのを機に気になっていた事を訊ねる事にした。

「前に一度だけ会った事があるだけです。名前はANOTHERゼロノスというそうです」

リィンは知っている情報を打ち明ける。

「アナザー?てことは過去にもゼロノスがいたって事か?」

『アナザー』と名がついている以上、過去に『ゼロノス』そのものがいたという事になる。

『ゼロノス』の存在があるからこそ『ANOTHERゼロノス』と名付けられるのだから。

「リィンは見た事も会った事もないですけど、『仮面ライダーゼロノス』という人がいたそうです」

「お前さんも知らねぇってのかい?」

「はいです。リィンが生まれる前の事ですから……」

ゼロノスがここで戦っていたのは今から六年前の事だ。それよりも後で誕生したリィンは、はやてやヴォルケンリッターの証言でしか知らない。

「どっちにしろ仮面ライダーの存在で一悶着起きそうな気がするってのは俺の思い過ごしじゃねぇだろうなぁ」

ゲンヤは時空管理局のトップ連中がAゼロノスをどのようにして捉えるかを気にしていた。

『味方』として受け入れた場合、確実に支配下に置こうとするだろう。対等な『協力』関係をもとうとはしない。

大組織にとって個人と対等な協力関係を結ぶ事は屈辱でしかないからだ。

『敵』として認識した場合、出現した直後にイマジンと交戦していようがお構いなしに排除する可能性も十分にありえる。

正攻法に挑んでも敗北するのは管理局側なのだから。

ゲンヤはモニターに映し出されているSゼロノスとシュライクイマジンの戦闘を見ていた。

 

 

プロキオンクローとフリーエネルギーの剣がぶつかり合って火花を飛び散らせていた。

単純な力技ならSゼロノスに分があるのだが、シュライクイマジンは口調に反してテクニカルな戦闘スタイルをしていた。

「オラオラオラァ!最初の勢いはどうしたぁ!!」

シュライクイマジンの双剣が交互にしかし、生き物のように両腕を動かしている。

右から左から斜め上から斜め下から。

距離をとる為に後方へと退がるSゼロノス。

(僕達にとっては厄介なタイプだね……)

「大丈夫です。チャランポランに見えてもあのイマジンの剣の軌道にはパターンがあります」

深層意識のユーノに対して、Sゼロノスは突破口を見出したかのような口調をしている。

プロキオンは近接戦闘に特化したイマジンであり、性格は子供だが戦闘センスは極めて高くユーノと契約した影響もあるのか理詰めで戦闘を解析しようとする部分もある。

「ん?」

(あれは……首都航空部隊)

Sゼロノスはこちらに向かってくる魔導師達を見る。

ユーノにしてみればありがたいどころか邪魔者が増えただけでしかない。

シュライクイマジンがなのはに狙いをつけたのは『ただそこにいたから』というものだろう。

シュライクイマジンの目的はあくまで『窃盗』であり、人を襲うのは失敗した『憂さ晴らし』のようなものだからだ。

こちらに来ようとしている魔導師達はシュライクイマジンにとっては鴨がネギを背負ってきたようなものである。

(僕達にとっては護る対象が増えただけだよ……)

「どうします?」

(場所変えするか、即座に倒すかどっちかしかないね……)

「なら、即倒します!!」

Sゼロノスは両腕をクロスさせて構える。

プロキオンクローがキラリと光ったかのように見えた。

一直線にシュライクイマジンとの間合いを詰めると同時に、右拳を一直線に繰り出す。

正確には拳ではなくプロキオンクローであるが。

今までの速度とは違い、シュライクイマジンは避ける事ができずに双剣で受け止める。

ギリギリギリと音が鳴り、そのまま続いて空いた左腕を振り上げて双剣に狙いをつけて繰り出す。

「くっ!テメェ遊んでやがったな!!」

力負けしている事を理解したシュライクイマジンは力を出し惜しみしていたと思われるSゼロノスを睨みつける。

「僕、そんな事してませんよ!」

出し惜しみする余裕はなかったというのは本当だ。

ただ、今までは力任せに振り回していただけで現在は相手の動きをよく見て繰り出すというスタイルに切り替わったのだ。

もちろん、このスタイルチェンジも最初からあったわけではない。

この戦いで身についたものだ。

両腕が塞がったのを機にSゼロノスはつかさず、右下段回し蹴りを放つ。

太股に一発、そのままふくらはぎにも一発と計二発繰り出してから右足を引き戻す。

そのまま左下段回し蹴りを繰り出して、右同様に計二発繰り出してから引っ込める。

蹴りを食らうたびにシュライクイマジンは苦悶の表情を浮かべている。

効いているという証明だ。

これが陸地なら確実に膝を地に着けているのだが、ここは空中でそのような醜態を晒す事はないのがシュライクイマジンにとっての救いになるだろう。

Sゼロノスの一撃は力+速度で威力は十分な破壊力がある。

常人ならば確実に足の骨が折れているといってもいいだろう。

折れない事はイマジンの耐久力によるものだろう。

そのままぶつけいていた両腕を引っ込めてから、その場で両脚を浮かせてシュライクイマジンの顔面に狙いをつけて一直線に両脚で放つ。

速くて重い一撃を。

「べっ!!」

ドロップキックを食らったシュライクイマジンは後方へと飛ぶ。

「逃がさないです!!」

Sゼロノスは場が空である利点を生かして、クルリとバック転をしてから先程より低い位置に足場を変えてから、シュライクイマジンへと向っていく。

「うりゃああああああ!!」

間合いを詰めたら、両手で右足を掴んでそのまま背負い投げをするようにして、シュライクイマジンを救出活動がまだ行われている臨海空港に狙いをつけて投げ飛ばした。

双翼を用いて、ホバリングに持ち込むこともできない。

ドコォンという破壊音が鳴り響き、瓦礫と化した床や天井の材質の一部が粉塵となって煙のように空を舞っていた。

Sゼロノスも両脚を空港に着ける。

瓦礫を押しのけてシュライクイマジンが双剣を構える。

Sゼロノスは構えずにそのまま駆け出す。

構えを取ったシュライクイマジンも駆け出す。

Sゼロノスとシュライクイマジンが同時に跳躍して、空中でプロキオンクローと剣がぶつかる。

「はあっ!!」

左腕を引っ込めて、すぐに別の場所へと攻撃を繰り出すSゼロノス。

狙いは右脇腹。

「ぐはぁ!!」

プロキオンクローが刺さっていることを自覚して声を上げたのを機に、シュライクイマジンはバランスを崩す。

「りゃああっ!!」

さらに追い討ちとして右腕を引っ込めてすぐに一直線に顔面に狙いをつけて放つ。

今度は盾として使っていた双剣も破壊されて、直撃した。

三本編成のプロキオンクローの内の二本がシュライクイマジンの目に刺さっていた。

「ぎゃあああああああ!!」

両手で潰された両目を押さえており、両脚は視界がなくなった事と先程のダメージが抜けていないためフラフラだった。

「終わり、ですね」

(うん)

Sゼロノスの発言にユーノも頷く。

両腕を大きく広げる。

そして、そのまま駆け出しながら広げていた両腕を徐々に収めていく。

「はあああっ!!」

Sゼロノスの姿が一瞬だが、見えなくなった。

テレポーテーションのような超能力を使ったのではない。

ただ単純に速いのだ。

『目では見えない速さ』を駆使しただけなのだ。

Sゼロノスが姿が見えるとシュライクイマジンの後ろに移動しており、両腕も広げていた状態から×字になっていた。

シュライクイマジンの身体に大きな×の傷痕が浮かび上がっていた。

その傷痕が発生源となり、身体の崩壊が始まる。

「ぐ、ぐあおおおおおお!!」

悲鳴を上げながら、シュライクイマジンの肉体が爆発してやがて爆煙が立った。

臨海空港の屋上にいたので飛び降りる。

着地して前を向くとそこにはなのは、フェイト、はやて、リィン、ゲンヤがいた。

Sゼロノスはゼロノスベルトのチェンジレバーを右にスライドしてゼロノスカードを抜き取って裏返してから再びアプセットした。

Sゼロノスが輝き、Aゼロノスとプロキオンに分離した。

「イマジンは?倒したんですか?」

「もちろん。それが僕達の役目だからね」

なのはの問いにAゼロノスが答える。

空港の壁とガラスウィンドウを壊す音が聞こえてくる。

レックスランダーが自動運転で走ってきたのだ。

「その車。お前さんのかい?大量生産してるんなら俺にも分けてほしいんだがなぁ」

ゲンヤが冗談半分本気半分で打診してみる。

「ナカジマ三佐!?」

はやてはゲンヤの打診に目を丸くする。

それはなのは、フェイト、リィンも同じだった。

「あの車一台ありゃどこいっても安心だぞ。火災現場に放置されてたのに傷どころか熱で溶けた部分も見あたらねぇ。こいつがありゃ救済活動も随分と楽になるぜ」

「最大乗員数は何人なんですか?」

「二人。それ以上はシートがないから乗れない」

フェイトの質問にAゼロノスは丁寧に答える。

レックスランダーの製造元などを訊かれるとまずいが、このくらいなら大丈夫だ。

「質問です。これってスポーツカーなんですか?」

はやてが挙手して質問してきた。

「多分違うと思う」

Aゼロノスは腕を組んで首をかしげながら曖昧に答える。

「質問は終わり?だったら僕達は帰るよ」

レックスランダーのキャノピーが開く。

プロキオンが先に乗り込む。

「待ってください!最後に、これだけは聞いておきたいんです!」

乗り込もうとするAゼロノスをなのはが呼び止めた。

Aゼロノスはなのはの前に立つ。

 

「貴方もやっぱりその……ゼロノスカードで『記憶』を代償にしてるんですか?」

 

なのはの両目には『そうであってほしくない』『できれば違うといってほしい』というような想いがこもっていた。

(なのは……)

彼女がどのようにしてそのように質問をしてきたのかはわからない。

Aゼロノスは拳を震わせていた。

覚悟はしていた。

この姿で会えば必ずこのような事を訊ねてくるのは想定していたからだ。

だがそれはあくまで『イメージ』でしかない。

そして現実が『イメージ』通りにならない事も知っている。

 

「君の言うとおりだよ。僕もゼロノス同様に記憶を代価にしている」

 

なのはが何かを言おうとしたが、先にAゼロノスは背を向けてレックスランダーに乗り込んだ。

エンジン音が鳴り、レックスランダーの車輪が回転し始めた。

乱入した時と違い、道ができているのでそのまま走り出す事が可能だ。

「……行こう」

Aゼロノスはアクセルの役割を果たすレバーを前に倒す。

レックスランダーが走り出した。

 

 

夜空が星々が輝いていた。

テントを張っていた次元世界に戻ったユーノとプロキオンは毛布に身をくるみながら、目の前で焚いている炎を眺めていた。

ゆらゆらと炎が揺れる。

先程のミッドチルダでの炎とは違う。

『優しさ』のようなものがあった。

マグカップに入っている酒を軽く飲む。

スクライアの部族にいた頃からアルコールを飲んだ経験はあるので平気だ。

プロキオンがマグカップに入っているオレンジジュースを飲む。

「………」

ユーノは炎の向こうに立っている慰霊碑と二つの墓を一瞥してから炎に目を向けた。

 

遡る事新暦0067年。




次回予告

    新暦0067年。一つの悲劇が起き、歯車が回り始めた。


    第八話 「0067年の悲劇」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ANOTHERゼロノス誕生
第八話 「0067年の悲劇」


新暦0067年。

 

今思い返せば本当の意味で僕の『時間』が生まれたのかもしれない。

 

 

時空管理局本局にある『無限書庫』

制服姿の局員達が本棚とにらめっこをしている中に一人の少年がいた。

少年は本棚の側にいるわけではない。

中央に佇み、宙に浮いている数十冊の本がパラパラと独りでにページが捲られていた。

少年はそれらを速読し終えると、すべて元にあった本棚に戻した。

数十冊の本は引っ張られるようにして本棚に収まっていく。

その光景は初めて見る者にとっては手品としかいいようがない。

『魔法』が蔓延している世界に『手品』というのも変な話ではあるが。

少年の一連の動きを見ていた局員達は『無限書庫』に来るのが初めてなのか目を丸くして口をポカンとした間の抜けた表情をしていた。

「見るのは初めてかい?」

局員の一人が間抜け顔をしている局員達に近寄ってきた。

「あ、はい……」

仕事をサボっているのを注意されると思ったのか身構えていた。

「俺達も最初にアレを見た時は驚いたねぇ。どんなに優れた魔導師でもあんな事はできないからね」

「そうなんですかぁ」

見慣れているのか、その局員は尊敬の眼差しで少年を見ていた。

「もしかして、未整理状態だった『無限書庫』を運営可能に持ち込んだのって……」

彼等は噂話で聞かされた事がある。

未整理状態だった『無限書庫』を運営可能に持ち込んだ者がいるという事を。

その人物は少年であるという事を。

『闇の書事件』の解決功労者の中にその人物がいるという事を。

「そう。彼だよ」

初心者局員達は少年を見ていた。

少年の名は。

 

ユーノ・スクライア。

年齢十一歳。

 

彼は一人の司書として働いていた。

 

局員達にそのような紹介をされている事を知らないユーノは黙々と作業を続けていた。

しかし、実際にはというと。

(お腹すいたな。今日くらいは食堂で食べないと、なのはに怒られるもんなぁ……)

一心不乱に仕事を打ち込んでいるとは逆に昼食のことを考えていた。

今週に入ってから、火の通った食事はほとんど食べていないような気がする。

食べたとしても夜中に食べたカップラーメンくらいだ。

その事を高町なのはに包み隠さず正直に話したら、目に涙を浮かべながらも本気で怒ってきた。

女の子を泣かせたという自覚が初めて出た時だったりする。

ここ数日おろそかになっていたため、そろそろ説教が飛んできそうなのでユーノはキチンと食事を取る事を選んだ。

正午になったので、旧式ではあるがベルが鳴る。

他の部署は正午になると全員休憩をとることが出来るが『無限書庫』ではチーム編成で休憩を取るようになっている。

今週はユーノが所属しているチームは比較的楽に活動できるようになっていた。

「それじゃお昼行ってきまーす」

ユーノが手を振って、『無限書庫』を出て食堂へと向かった。

 

食堂は正午という事もあって、色んな服装をした局員が賑わっていた。

教導官に執務官に提督に陸士隊などひとつの組織に部署ごとにこんなに制服分けする必要があるのかどうかと思うと考えてしまう事がある。

私服姿で業務している自分が言えることではないのだが。

厨房で料理をしているおばちゃんに声をかける。

「すいません。日替わり一つ」

「あいよ」

ユーノは食堂に行っても、何を食べたいかなんて考えたりはしない。

食が細いわけではないが、不味くなければ何でも食べれる健啖家資質だからだ。

本日の日替わりは白米に味噌汁に白身魚のフライに漬物だ。

海鳴で高町家で何度か白米を食べていくうちにパンより白米の方が好みになっていた。

「いただきます」

合掌して、お椀を左手に持って味噌汁をすする。

食道を通過して、身体の内部が温かくなっていくような感じがした。

「同席いいですか?」

「どうぞ。って……」

頭上から声がしたので、ユーノは特に気にせずに相席を許したが聞き覚えのある声なので顔を向ける。

教導隊の制服を着たなのはと武装隊の服を着たヴィータだった。

「ユーノ君。食堂で会うのは久しぶりだね」

蟹クリームパスタをトレイに乗せたなのはが笑顔で言った。

「お前、私服だからこーゆー時には目立っていいよな」

から揚げ定食をトレイに乗せているヴィータがからかいながら向かいの席に座る。

「『無限書庫』まで専用の制服着るように強要されたらさすがにわからなくなるね」

ユーノは白身魚のフライをかじる。

「二人はこれから任務?」

「ううん。明日の任務の最終打ち合わせ」

なのはは左手にフォークを握ってパスタをくるくると巻いて口の中に入れる。

その仕種自体は特に不自然のようなものを感じる事はないのだが、ユーノには何か違和感のような物を感じた。

「ある次元世界の捜査なんだと」

ヴィータが面倒臭そうにから揚げを一つ口の中に放り込む。

「なのはやヴィータが出るって事は危険な任務?」

高ランクの魔導師二名をかりだすという事はそういう意味合いを取るには十分なものだった。

「さーなー。捜査任務だから保険かけてんじゃねーの」

ヴィータの言い分は尤もだった。

「備えあれば憂いなし、だよ」

なのはもヴィータと同じ考えのようだ。

「とにかく気をつけてね。特になのは」

「ふえ?」

「最近激務なんじゃない?少しは休みなよ」

「ありがとう。でも平気だよ」

そう言いながら、なのはは両手を拳にして『元気です』とアピールする。

先程同様に妙な違和感をユーノは感じる。

「そう。それならいいんだけど……」

今までだってどんな危険な任務からも無事に帰ってきた。

だから今回も大丈夫だろうとユーノは思った。

「あ、そうだユーノ君。今日は忙しいの?」

「クロノからの請求はないから割とゆったりしてるよ。それがどうかしたの?」

クロノ・ハラオウンの請求がない。

それが『無限書庫』に勤めて二年になるユーノにとってはどれだけありがたい事になるだろう。

クロノの請求はいつも重要性が高く、それでいて難解なのだ。

何度休暇を潰されて、何度も直接殴り飛ばしてやろうかと考えた事もあったりするがそれは口には出さない。

「じゃあさ、今日の夜。ウチに来ない?みんな会いたがってるしさ」

なのはの折角の誘いを無碍にする訳にはいかない。

「わかった。何もなかったら海鳴に行くよ」

「うん!」

なのはの笑顔を見ながらも、ユーノにしてみれば曖昧な約束の取り付け方で申し訳ないと思っていたりする。

「なのは。さっさと食わねーと冷めちまうぞ?」

から揚げ定食を半分くらい食べ終えているヴィータがなのはを促した。

ユーノ・スクライアの周辺は相も変わらず平穏だった。

 

 

ユーノとプロキオン(イマジン)が足を踏み入れている次元世界。

揺らいでいる炎の奥には自分の内なる部分が見えているのではとユーノは酒の入ったマグカップを片手にぼんやりと考えていた。

(あの頃は何も変わらないと思ってた。いつまでもこんな順風満帆な毎日や時間が送れると思ってたんだよね……)

マグカップに入っている酒を一気に飲んでから、ボトルの酒を注ぎ込む。

注ぎ込まれた酒をユーノはじっと見ていた。

 

 

夜となり、本日の業務が終了となった。

『無限書庫』はいまだに業務に徹している者達もいるが、ユーノは定刻で終了だった。

「お先に失礼しまーす」

とユーノは退勤の際に言うお決まりの台詞を口にしながら『無限書庫』を出た。

なのはは多分先に海鳴に戻っているのだろうと推測したユーノは転送ポート室へと向う。

「第97管理外世界をお願いします」

ユーノは転送ポートの捜査を担当している局員に告げる。

局員は素早く操作しながら、ユーノに注意事項を告げていく。

ユーノはわかりきっている事だが、万が一の事があるかもしれないと思って真剣に耳を傾けていた。

その五秒後にユーノの姿はなくなった。

第97管理外世界---地球へと向ったのだ。

 

地球---海鳴市に到着したユーノは高町家に向かう際に何かお土産を買おうと思い、高町家からずれた座標を依頼していた。

「お菓子とかスイーツとかが普通なんだけど、なのはの家はそのお菓子とスイーツで生計立ててるからこの手は使えないんだよね」

ユーノは何を買おうかと悩んでしまう。

「飲み物かなぁ。お酒のつまみで喜ぶのは士郎さんだけだし……」

高町士郎は酒類は何でもござれであるが、他の高町桃子、恭也、美由希がそうというわけではない。

それに桃子と恭也は飲酒可能だが、美由希はまだ未成年だ。

この世界---日本では飲酒は二十歳にならないといけないらしい。

その事を知った時、自分はどうなるのだろうとユーノは考えた事がある。

スクライアの部族の教育の一環としてアルコールに対する免疫をつけるための訓練を受けているので、自分は常人よりも酒には強い方だ。

しかし、十一歳の少年が飲酒というのは世間的にはいい顔はされないためユーノは自粛することにしていた。

「食材かなぁ。でももう作ってたら嫌味になっちゃうしなぁ」

スーパー等で高級な食材を購入してもいいが、既に料理を作り終えている中で持ってきたら嫌味になる可能性は十分にありえる。

散々考えたが、特に何かいい案が浮かぶ事もなくユーノは酒屋に入って、酒とジュースを購入する事にした。

酒屋に入って、高級ワインを手にするとカウンター兼レジにいる店主にじーっと見られていた。

(やっぱり僕が一人で酒屋に入るのって不自然なんだろなぁ)

十一歳の少年が一人で酒屋に入ってワインを手に取るというのはどうみても不自然でしかない。

ユーノは買い物カゴに高級ワインと1.5リットルのジュースを数本入れてレジへと向かう。

「すいません。お会計をお願いします」

店主は何も言わない。

ただ黙ってユーノを見ていた。

「あの~」

ユーノは恐る恐る声をかけてみる。

「言わんでいい。俺には何もかもわかってるんだからよ……」

「はい?」

店主が妙な事を口走ったのでユーノは訊ね返す。

「飲んだくれの両親に買いにいかされたんだろ?言わんでもわかってる!」

店主は涙ぐんでいた。

(もしかして僕、はやてと同じ目にあってたりする?)

ユーノは以前、八神はやてと談笑していた時の話の内容を思い出していた。

ヴォルケンリッターの私服を買いにいった時の事らしいのだが、洋服店の従業員達に家庭環境を誤解されて、定価の七割引で買えたという事だ。

「あのですね。僕は……」

ユーノは何とか釈明しようとする。

「あんたぁ!何大声だしてんだい!?」

カウンターの奥から店主とは対照的な容姿とスタイルをしている女性が出てきた。

(この人の奥さんなんだろうけど、海鳴の女の人たちって老化って言葉に縁がないのかな……)

「おお。母ちゃん。それがさぁ聞いてくれよぉ。語るも涙聞くも涙ってやつでさぁ」

(僕、何も言ってないですよ……)

ユーノの言うとおり、彼は自分の身の上を何一つ語っていない。

夫婦間で何か話し合っている。

「あの~」

ユーノはもう一度釈明しようとする。

店主夫人も涙を流していた。

「アンタもロクでもない親の元にいるんだねぇ。いいよ。そんな子に定価で売るなんて事はしない。残った金はアンタの小遣いにしな?ね、それがいいよ」

店主夫人は涙を流しながら、会計を済ませてくれた。

定価の八割引でユーノは購入できた。

「あ、ありがとうございます……」

ユーノは感謝二割、申し訳なさ八割の気持ちで言葉を発した。

 

高町家への入口前に立ったユーノはインターホンを押す。

『はーい。どなたですかぁ?』

なのはがリラックスしているような声を出していた。

「ユーノです」

『あ、ちょっと待っててねぇ』

戸が開き、私服姿のなのはが出てきた。

「いらっしゃい。ユーノ君」

「今日はありがとう。あ、これみんなに」

ユーノは軽く会釈してから酒屋で買った品の入った袋をなのはに見せた。

「え?こんなに!?いいの?高かったんじゃ……」

袋の中身を見て、なのはは目を丸くしていた。

「いやそれがね……。僕もはやてと同じ目にあっちゃって……」

ユーノは後頭部を書きながら苦笑している。

「にゃはは。しょうがないよ……」

なのはも苦笑するしかなかった。

「さ、上がって。もう晩御飯できてるから」

「お邪魔します」

ユーノは高町家へと足を踏み入れた。

リビングに踏み入れると、高町家全員がテーブルを囲っており後はなのはとユーノが座るだけだった。

「久しぶりー。ユーノぉ」

美由希が手を振って迎えてくれる。

「よく来たな」

恭也が短い言葉で応じてくれる。

「久しぶりユーノ君。少し背伸びた?」

桃子が笑顔で本日の夕食のおかずをテーブルの上に並べている。

「お父さん。ユーノ君がコレを……」

なのははユーノから預かった買い物袋を新聞を読んでいる士郎に見せる。

「いや悪いねぇユーノ君。いつももらってばっかりで……」

士郎はユーノに気を遣わせていることを詫びながらも、もらった高級ワインに目が泳いでいた。

「いえ。お給料もらっても僕一人の生活じゃ結構余るんですよ……」

ユーノの何気ない一言に桃子、恭也、美由希はユーノを見る。

「ユーノ君。月にどのくらい貰ってるの?」

「結構余るって事はお前倹約家なのか?」

「ねぇねぇ。それって私のお小遣いより多い?」

単純な好奇心なのだろうか三人はずずいとユーノに詰め寄ってくる。

「ええとですね……」

ユーノは近寄っている三人に耳打ちする。

反応はというと、桃子と恭也は「おお~」と感心し美由希は「負けた……」と打ちひしがれていた。

「おいおい。ユーノ君がいくら一人身だからって集ろうなんて考えるんじゃないぞ」

士郎が早速高級ワインをグラスに注ぎ込みながら釘を刺していた。

(温かいな……)

ユーノは高町家のこの空気が好きだった。

温かくて優しくて心地よい。

赤の他人も包み込んでくれる事が純粋に嬉しかった。

「さ、みんな食べるぞ」

士郎の一言に全員が席に着いて合掌し、夕食を食する事になった。

本日の夕食はサラスパとビーフシチューだった。

夕飯を食べ終えると、ユーノは美由希のリクエストに応える為にフェレットになっていた。

スリスリされたりしてユーノとしては複雑である。

美由希の表情は心底幸せそうだった。

なのははグッタリしたユーノを両手で優しく抱きかかえて、ソファに置く。

フェレットから人間に戻ってもユーノはグッタリしていた。

「ユーノ君。大丈夫?」

なのははコップに入ったジュースを渡しながら心配する。

「……久しぶりだったからね。正直参ったよ」

ユーノは引きつった笑みを浮かべながら答えた。

コップを受け取ってジュースを一気飲みして落ち着いた表情を取り戻す。

「あぁ。あの感触はユーノ(フェレット)じゃないと無理だね~」

美由希は触り心地を思い出しながら浸っていた。

「もぉ、お姉ちゃんったら……」

なのはは姉の若干行き過ぎた行いに呆れながらも笑みを浮かべていた。

「ユーノは今日は泊まるのか?」

「いえ。明日も仕事がありますので帰ります」

恭也は夜も遅くなってきたのでユーノの今からの事を訊ねるが、帰ってきたのは仕事している人間なら誰もが多分一度は言うような台詞だった。

「若いからってあまり根を詰めるんじゃないぞ」

「はい」

士郎が父親のようにして忠告してきたのをユーノは素直に首を縦に振った。

 

 

翌日となり、ユーノは時空管理局本局『無限書庫』で業務に勤しんでいた。

彼の周りに浮いている数十冊の本は役目を終えるようにして、本棚へと収まっていく。

(やっぱり、なのはの家の食事が一番美味しいな……)

昨日の事を思い出しながらもユーノは業務を怠る気配はない。

(そういえば、なのはとヴィータは今日捜査任務だけど無事にやれてるかな……)

今日はなのはとは会っていない。

時間が合えば挨拶はしておきたかったのだが、合わなかったのだから仕方がない。

(それにしても何だったんだろ……。あの違和感は……)

ユーノはなのはの仕種で感じた違和感を思い出していた。

(悪い予感じゃなきゃいいんだけど……)

外れてほしい予感なので口には出さない。

声に出せばそれが現実になりそうだからだ。

「スクライア司書!いますか!?」

業務に集中しようとしたユーノを制服局員が呼び止めた。

「はい」

ユーノは呼ばれた理由を知る為に制服局員の側まで寄る。

無重力空間なので歩み寄るというよりはふわーっと寄るという表現の方がいいのかもしれない。

「スクライア司書ですか?」

制服局員が真剣な表情で確認する。

「はい、そうです。ユーノ・スクライアです」

「そうですか……。今から言う事を聞いても心を乱さないようにしてくださいね」

「は、はい……」

 

「高町士官が未確認に撃墜されました……」

 

「え?」

制服局員の一言をユーノは理解できなかったため、間の抜けた声を出す。

「もう一度言いますよ。高町士官が未確認に撃墜されました」

ユーノがその言葉をきちんと理解するのに要した時間は十秒必要だった。

 

 

炎がゆらゆらと揺れて、過去の事が映像で映し出されているのかユーノはじっと見つめていた。

(悪夢や悲劇は必ずといっていいほど何の前触れもなくやってくるんだ……。そしてみんな決まってこう言うんだ)

それは自分も例外でない事をユーノは知っている。

何故なら自分もそれを思い、そして口に出したからだ。

 

どうしてこんな事に……ってね。

 

夜空の星は光り輝いていた。

 




次回予告

第九話 「0067年の決意と挫折」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 「0067年の決意と挫折」

新暦0067年。

 

僕はある『決意』をした。

 

だが僕は『挫折』を味わった。

 

 

ユーノ・スクライアは制服局員に案内されるまま、ICU(集中治療室)の前に足を運んでいた。

そこには先にフェイト・T・ハラオウン、アルフ(人型)、八神はやて、シグナム、ザフィーラ(獣)、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、リンディ・ハラオウン、レティ・ロウラン、そして高町なのはと同じ任務に就いていたヴィータである。

誰もがICUのドアを睨んでいた。

ちなみにシャマルはICUの中でなのはの治療に当たっていた。

ユーノはICUのドアを一瞥してから、なのはと同じ任務に就いていたヴィータを見る。

普段の強気な表情はなく、俯き加減で暗かった。

「ヴィータ……」

そんな状態の人間に起こった出来事を蒸し返すような事はできるだけしたくないが、事実をキチンと知る為にユーノは訊ねる事にした。

「……ユーノ。なのはの事か……」

ヴィータも粗方の検討はついていたのか、特に表情を変えずにユーノを見る。

「……何があったの?」

ユーノとて感情が揺れないわけがない。

でも、ここで揺れて感情の赴くままに行動すればヴィータはなお自分を責めるだろうと察したため感情を必死に抑えていた。

「ユーノ君。その……なるべく……な?」

はやてが車椅子ではなく、杖を突きながら穏便に終わらせるように頼んでくる。

彼女は歩けるようになったのだが、長時間というのはまだ無理なため杖を使っている。

「わかってる……」

ユーノは首を縦に振ってからヴィータに顔を向ける。

「……なのははあたしを庇って堕ちたんだ……。あたしがしっかりしてりゃこんな事にはならなかったのに……」

ヴィータは全身を震わせながらも口を開き始めた。

「なのは、言うんだよ。大丈夫?ってさ。堕ちてからも自分の事よりもあたしの事ばっかり心配してさ……。たまんねーよ……」

ヴィータはその時の事を思い出したのか、両手で頭を抱えていた。

「あたしが悪いんだ……。あたしが……」

ヴィータは壁に背を凭れさせながらずるずると座り込んでしまった。

「ヴィータの責任じゃないよ……」

ユーノの言葉にヴィータは顔を上げ、他の面々もユーノを見ていた。

 

「なのはを魔法の世界に引き込ませた僕の責任だよ……」

 

ユーノは両拳を震わせながら呟く。

「それを言ってしまえばリーゼ達に本局の細部を案内し、なのはに魔導師としての進路しかないように導く結果になってしまった僕にも責任がある。君やヴィータの責任じゃないよ」

クロノがユーノとヴィータがこれ以上責めないように、自身にも責任がある事を告げあえて貧乏くじを引こうとする。

「クロノ君……」

エイミィも不安げな表情でクロノを見る。

「今は誰のせいでそうなったのかを糾弾するのは後にしましょう。そんな事をしても、なのはさんは喜ばないわ」

リンディが下手をすればフェイトやはやても自分の責任だと言いかねないと判断し、その場にいる全員に打ち切るようにした。

「とにかく、もう夜も遅くなってるからあなた達は帰りなさい。私とリンディが残っておくから」

レティがICUにいる全員に変えるように促す。

だが、それで変えるわけがないというのも確かだ。

「といってもそれで素直に帰れるわけないものね……」

レティも予想の範疇内だったため、さして驚く様子はなかった。

ICUの照明が消えたのはそれから六時間後の事だった。

 

 

空は雲がチラチラと泳いではいるが、太陽は顔を出している。

リンディ、ユーノ、ヴィータ、フェイトの四人は現在海鳴市に来ていた。

高町家の面々は、なのはが重傷に遭い入院しているという事を知ってはいる。

昨日にリンディが連絡したからだ。

今でもその時の高町夫妻の声の低さは忘れられない。

まるでこの世の終わりが訪れたかのように低い声色だった。

「ユーノ君、ヴィータさん。貴方達までついてくる事はないのに……」

リンディとしてみればユーノとヴィータが責任を感じているという事は重々承知している。

「いえ……。やっぱり……」

「あたしのせいですし……」

ユーノもヴィータも俯き加減ながらも告げる。

(責任感が強いというのも正直考えものよね……)

二人の長所を穢すつもりはないので、リンディは内に秘める事にした。

責任感が強いというのは時に長所となり、短所にもなる。

特にこういう仕事に就いているとなると尚の事だろう。

今回は短所の部分が表に出ている。

恐らく、一生纏わりつく因縁になるだろうとリンディは予測していた。

(こればっかりは外からのケアは無効になっちゃうものね……)

外的なものでなく、心的なものである以上克服するのは当人達次第なのだから。

(フェイト)

(はい義母さん。どうしたんですか?)

リンディは念話の回線を開いて、フェイトを呼びかける。

(今からなのはさんのご両親との対面になるけど、ユーノ君とヴィータさんが少しでも妙な行動を取ったら力ずくでいいから止めてほしいの)

(あの、妙な行動って……、たとえば……)

フェイトはあたふたしながらリンディを見る。

(そうねぇ。ユーノ君もヴィータさんも海鳴のいえ、日本の知識を有しているから『切腹』なんて事を考えてなければいいのだけど……)

(せ、切腹!?)

リンディの一言に更にフェイトはあたふたする。

フェイトとて日本に生活して二年近く経過しているので、一応『切腹』というものは知っている。

日本の古い風習で主に不祥事などを犯した際にその責任をとるかたちで用いられるものである。

なお切腹にも概念はひとつではなく、主君の後を追う際に用いる『追い腹』や無念の際にやむなく用いる『無念腹』というものがある。

不祥事などの責任を取る際に用いる切腹を『詰め腹』という。

(いくらなんでもそれはないと思いますけど……)

フェイトはリンディの予想が杞憂だろうと思いながら、件の二人を見る。

『切腹』しそうな雰囲気を十分に纏っていた。

(……わかりました)

フェイトは腹を括る事にした。

 

高町家に入って、フェイトが早速感じた事は今までと違う空気が漂っていた事だ。

今まで入り慣れた高町家が初対面の家に感じるほどにだ。

リビングには八人が正座していた。

(ユーノとヴィータは……)

フェイトは切腹候補生ともいうべき、ユーノとヴィータを見る。

全身から『なのはの重傷は自分の責任』というオーラが噴き出ていた。

(義母さん。本当に力ずくで止めていいんですか?)

フェイトが念話の回線を開いて、リンディに訊ねる。

(穏便に済めばそれでいいけど罪の意識を感じている二人ですもの。何をしでかすか正直わからないわ。そういう兆しを貴女が感じたら止めてほしいの。責任は私が持つわ)

(わかりました……)

フェイトはリンディから『承認』を貰っても表情は決して晴れなかった。

リンディとユーノとヴィータは深々と頭下げて謝罪する。

正座状態から深々と下げているので、土下座状態になっていた。

(やっぱり怒ってるよね……)

フェイトも三人に遅れながら頭を下げながら、高町家の面々の心理状況を推測する。

「頭を上げてください」

士郎が四人に声をかける。

その声色は普段のような明るいものではなかった。

娘が重傷に遭っているのに明るい声を出すと言うのも無理なものだが、ユーノとヴィータが何かを思い誤った行動を取るには十分な材料になるだろう。

フェイトはユーノとヴィータを見る。

二人とも、ポケットなどから光物(刃物)を出す気配はない。

(大丈夫……。大丈夫……)

フェイトは念じる。

「なのはもこの仕事をすることになった以上、このような目に遭う事は覚悟はしていたと思います。人を助けるというのは決してきれいな事だけでは片付かないものですからね」

士郎の指摘は管理局もとい命の危険に晒されるものには至極当然に背負わなければならない事だ。

桃子、恭也、美由希も黙って聞いている。

「リンディさん。なのはは今の仕事をやめたいと言っていましたか?」

桃子がリンディに訊ねる。

「いえ。まだ麻酔が効いている状態なのでわかりません」

リンディが正直に告げる。

「もし、なのはが意識を回復して今の仕事に対して『やめたい』と言わなければ覚悟を決めていると思います。もし覚悟を決めていないならば……」

「言うかもしれない、という事ですか……」

桃子は首を縦に振る。

その後、高町家ではなのはの見舞いの際の手続きなどが綿密に話し込まれていた。

リンディとフェイトの考えは杞憂で終わった。

だがフェイトは気付いていなかった。

ユーノの拳が震えていたという事を。

 

 

高町なのはが入院してから一週間が経過した。

 

 

ユーノは業務を終えてから、時間さえあればなのはの元に顔を出していた。

ベッドから離れるにはまだまだ時間がかかるらしく、寝たきり状態になっていた。

意識はハッキリとしているらしく、自分が訪れた際には笑顔を向けてくれた。

普通の状態なら、そんな笑顔を見て心が休まるのだが今は違う。

ただただこちらを気遣わせないように取り繕っているように思えて、痛々しいとしか言いようがなかった。

ユーノは近くにある椅子に座る。

「今日は僕以外に誰か来た?」

「ヴィータちゃんとはやてちゃんが来てくれたよ」

酸素マスクをつけたままだがきちんと話せるし、その声を聞く事はできる。

(参ったな……。なのはの姿を見るたびに突きつけられるよ……)

自分が無力である事を嫌でも知らされる事になる。

今のままで言いわけがないと考えさせられる。

その度に拳を震わせ、唇をかみ締める事になる。

「ねぇユーノ君」

「ん、なに?」

「わたしね、こんな大怪我に遭って、初めて自分の限界がわかったような気がするんだ……」

「自分の限界?」

「うん。魔法があれば何でもできるって思ってたんだよ。今まで自分ができなかった事が魔法を使ってできるようになったり、魔法を使ってわたしにしかできない事があるって思ったんだ……」

なのはは魔法に関わる以前は高町家にいながらもどこか居場所のなかった存在だという。

末っ子の利点である『ワガママ放題』を得られなかったらしい。

なのはが魔法を知り、それで今まで到底できなかった事ができるようになった時の感動は恐らく自分が考えている以上のものだろう。

なのはとて人間。知らない間にその感動が『快楽』に溺れる事はごく自然の流れとってもよいだろう。

快楽に溺れるといずれはツケを支払わなくてはならなくなるのもまた自然の『掟』ともいえる。

「ユーノ君。だからね。このケガはわたしのせいだからユーノ君が自分を責めることはないんだよ」

恐らくヴィータにも似たような事を言ったのだろう。

「……そうだね」

ユーノはなのはの言葉に応じた。

しかし、それが表面上のものであることは誰から見てもわかる事だった。

病室を出て、ユーノは拳を強く握り締めながら廊下を歩いていた。

『強くなりたい』

その気持ちがふつふつと奥底から湧き上がっているのが実感できた。

「強くなる……。絶対に……」

ポケットの中から携帯電話を取り出して、ユーノは通話状態に連絡を取った。

 

時空管理局本局の自然が満ち溢れている区画。

そこにいたのはアルフ(人型)、ザフィーラ(人型)の二人だ。

「あれ?アンタも呼ばれたのかい?」

「ああ」

アルフは自分以外も呼ばれた人物が意外な人物なので目を丸くしていた。

「スクライアは一体なにが目的で我等を?」

「さあねぇ。ただ電話越しからだけどユーノ、おかしくなかったかい?」

アルフは電話越しのユーノの声色から推測を始める。

「それは感じたな」

ザフィーラは腕を組んで、先程自分にかかってきた電話でのやり取りを思い出す。

「すいません二人とも。呼びつけておいて遅れてしまって」

二人を呼びつけたユーノが歩いてきた。

「「!?」」

ユーノの表情を見てアルフとザフィーラは目を大きく開く。

それは今までに見た事がない表情だった。

『後悔』、『怒り』、『嫉妬』、『悲しみ』が入り混じり覚悟を決めた『決意』をした現在の表情をしていた。

「ユーノ!?アンタ一体……」

「スクライア……」

二人は何故ユーノが今のような表情に至るまでになったのかの原因はおおよその見当がついていた。

「今日は二人にお願いがあって呼んだんです」

普段ユーノはアルフとは気兼ねない言葉遣いをするが、ザフィーラに対しては同姓であり明らかに見た目的に年長であるためか丁寧語になってしまう。

だからこの二人がいるときは大抵丁寧語を活用してしまうのだ。

両手両膝を地に付けてユーノは深々と頭を下げる。

 

「お願いします!僕を……僕を強くしてください!!」

 

土下座をしながら懇願した。

「ユーノ。アンタ……」

「………」

アルフとザフィーラはいきなりの行動に面食らってしまう。

「頭を上げてくれ」

ザフィーラが土下座を解くようにユーノに告げる。

ユーノはその体勢のまま、顔だけ上げる。

「じゃあ……」

了承してくれたのかとユーノは解釈する。

「一つ聞きたい。何故我等だ?強くなりたいのなら高町やテスタロッサやハラオウン執務官など他にもいるだろう」

「あー、ユーノはアンタが挙げた奴等には絶対に頼まないと思うよ」

「何故だ?」

こういう機微はどちらかというとザフィーラよりアルフの方が長けていたりする。

「まぁ単純になのはやフェイトには絶対頼まないだろうねぇ。男のプライドが許さないだろうし。同姓だけどクロノに頼むってこともありえないしねぇ……」

アルフは手を顎に当てて訳知り顔で言う。

「なるほど……」

ザフィーラはアルフの解説に頷いている。

「だが我等は魔力等ではお前とさほど変わりはないぞ」

「お願いします。魔力もですけど、僕は力が欲しいんです!!単純に『暴力』という『力』が!!」

「ユーノ……」

アルフは初めてユーノの悲痛な叫びを聞いた。

「奴等を見ていたからその結論に達したのか……」

ザフィーラの言う『奴等』はユーノにも隣にいるアルフにも理解できた。

奴等---チームデンライナー、ゼロライナーだ。

二年前、彼等は現れ自分達が到底解決できない出来事を力づくで解決した。

極めれば純粋な『暴力』を用いているといっても過言ではない。

当時九歳の少年がその光景を見せられれば『魅せられる』のは自然の流れと言ってもいいかもしれない。

「でもさユーノ。アンタは魔導師だからその……、どんなに頑張っても良太郎達にはなれないよ」

アルフは申し訳なさそうに、現実を打ち明ける。

「それでも僕は強くなりたいんです!!たとえたとえ……」

ユーノが再び俯く。

 

「悪魔と契約を交わす事になっても!!」

 

再び顔を上げる。

その双眸には迷いがない。

先程言った事をやりかねないとこちらが感じてしまうほどに。

「どうしよっか……」

「………」

アルフが最終決定権をザフィーラに委ねる。

「条件がある。お前のこれからする鍛錬にシャマルを同伴させる」

回復係のシャマルを巻き込むという事はそれだけ苛烈な内容になるのだろうとそこにいる誰もが理解できた。

「ありがとうございます!よろしくお願いします!」

ユーノは深々と頭を下げた。

 

 

それからユーノは通常の業務と、なのはの見舞い、そして秘密裏の鍛錬という大人でも正直悲鳴を上げるような苛烈な生活を送る事になった。

しかしユーノは弱音を吐くことなく、日々時間を刻んでいた。

身体に節々に小さな傷ができ、目の下にクマができるがそれでも彼は前を向いて歩いていた。

妙な話だが、自分が自分の為に『生きている』と実感できているのだ。

『強くなる』と決めたのはいいが、目標もなく漠然と励むのは決して賢いとはいえない。

人は目の前に目標が『ある』と『ない』では取り組む姿勢が全く違うという。

ユーノも『強くなる』と目標を立てた以上、漠然と取り組む気はない。

今の目標は近々行われる『魔導師ランク試験』である。

そこで現在登録されているランクを上回る事が現在の目標だ。

「ユーノ君。大丈夫?」

辛うじて起き上がったなのはに心配されていた。

「え?大丈夫大丈夫。最近仕事とか忙しくてね」

笑いながらも、なのはには自分が鍛錬している事を隠している。

打ち明けてもよかったのだが、理由を聞かれるのは必至だ。

そこで行き詰るのはわかりきっている事だった。

「なのははどう?リハビリとかは?」

「来週辺りから始まるんだって。元の状態に戻るには一年くらいのリハビリが必要だって」

なのはは強い瞳をユーノに向けていた。

(なのはは立ち上がる。諦めていないんだ。もう一度空を飛ぶ事を……)

ユーノにしてみればそれは『励み』になった。

「ありがとう。なのは」

「ふえ?」

いきなり礼を言われたのだから、なのはでなくても首を傾げたくなるものだ。

 

 

魔導師ランク試験会場にはユーノを始め、当日の受験者やその同伴者などで賑わっていた。

ユーノの同伴者としてアルフ、ザフィーラ、シャマルの三人がいた。

彼がこの試験に受ける事は他の面々は知らない。

「それでは受験者の皆さんはこちらにお願いします」

試験官が拡声器を持って、案内する。

「それじゃ行ってきます」

「気をつけなよ」

「健闘を祈る」

「頑張ってね。ユーノ君」

三者三様に応援してくれた。

こうしてユーノの『力』への探求の最初の試練が始まった。

 

それから四時間後。

 

魔導師ランク試験も運転免許試験のように即日に結果が発表される事もある。

しかも魔導師ランク試験の場合、合格、不合格関係なく理由までわざわざ通知してくれるのだ。

合格者にとってはそのような通知は特に関係ないが、不合格者にとってはほとんど『死』の宣告に匹敵するものだったりする。

「受験番号19944989の方!」

試験官が拡声器を持って、呼びつけてきた。

「はい!」

ユーノは試験官の前に立って、封筒を受け取る。

封筒の中に入っている一枚の用紙を広げる。

 

 受験番号:19944989 

   氏名:ユーノ・スクライア 

   年齢:十一       

   結果:不合格

   理由:貴方は防御や補助という分野には秀でています。しかしその反面、魔法による攻撃に関して      は平均以下となっています。今取得しているランクより上を目指すには避けては通れない部分です。

傾向と対策:貴方が今後、再受験をするのならば止めはしませんが今以上に魔力が向上する事はありません。今貴方の魔力はピークを迎えています。魔導師の魔力のピークには年齢は関係ありませんので気を落とさないように。

 

「………」

不合格通知を握ったまま、ユーノは硬直していた。

アルフ、ザフィーラ、シャマルが背後から不合格通知の内容を覗き見る。

「「「………」」」

(コレ、どうする?)

(何とも言えん。シャマル、何とかならんか?)

(無茶言わないで。今の状態のユーノ君に何を言えっての!?)

念話の中でアルフ、ザフィーラ、シャマルは励ましの言葉をかけるべきか否かを会議していた。

正直、下手な事を言えば確実にユーノは立ち直れなくなるだろう。

十一歳の少年は『魔導師としての寿命を既に迎えている』と言われているのだ。

いわば彼が求める『強さ』の道が閉ざされた事になる。

「参ったな……。魔導師としてはもう強くなれないって……」

乾いた笑みを浮かべながらユーノは茜色の空を見上げていた。

 

ユーノ・スクライアへの『力』を得る道は『挫折』から始まった。

 

 

揺らぐ炎を見ながらユーノは右拳を見ていた。

(アレから四年になるんだ……)

今の自分にしてみれば些細な出来事だと受け止める事ができる。

「どうしたんですか?ユノさん」

「ん?」

隣に座っているプロキオン(イマジン)が心配してくれる。

「君と出会う前の事を思い出してたんだ」

ユーノは空になったマグカップに酒を注ぐ。

 

魔導師として、これ以上は強くなれないといわれた僕だけどそれでも『強くなる』っていう気持ちが衰える事はなかったんだ。

 

夜は長い。




次回予告

   断たれた魔導師としての成長への道。

   しかし、少年は自らの牙を研ぐ事をやめない。

   少女はもう一度翼を広げる。

   第十話 「0068年 復活の翼」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 「0068年 復活の翼」

みなさん。 お久しぶりです。

しばらくぶりですが、皆大好は無事に生きております。

ぼちぼちではありますが、投稿再開いたします。


0067年補足 高町なのはが重傷に遭うという身内間で大きな出来事が起こったが、その陰に隠れた出来事がいくつかある。その中に『フェイト・T・ハラオウンの執務官試験の不合格』がある。

不合格原因は、自身の力量不足か親友の容態が気がかりで集中できなかった事によるものだが真相はフェイト当人にしかわからない。

なお、コレがネタとして使われてフェイトが散々からかわれたりするのだがそれはまた別の話。

 

 

0068年 

ユーノ・スクライアは今日も黙々と『無限書庫』で業務に勤しんでいた。

無重力状態なので立ちっ放しで疲れるという事はないが、長時間無重力にいすぎると筋肉を使わなくなるため重力のある普通の空間で耐えられなくなるのだ。

スペースシャトルに乗り込んでいる人達が、通常では考えられない回数のトレーニングをするのも無重力空間から重力空間へ移行する際のギャップを身体に感じさせないためのものでもある。

彼は宙で胡坐を組んで、両目を閉じて数十冊の本に囲まれている。

本はひとりでにページを開いてパラパラと規則正しい動きをする。

本は全て同時に閉じられて、本棚へと戻っていく。

「ふう……」

ユーノは一息吐いてから、首をバキボキと鳴らす。

0067年の魔導師ランク試験で魔導師としてはピークを迎えていると宣告されてはいるが、彼は相変わらずアルフ、ザフィーラ、シャマルと共に秘密裏の鍛錬に励んでいた。

皮肉な事にその苛烈な鍛錬のお陰でユーノは体力が向上して、少しくらいの徹夜で倒れたりしないようになっていた。

目的とは違う場で活かされているというのも少々変な話だが。

「あ、そろそろ時間だ」

ユーノは携帯電話を取り出して、液晶画面に表示されている時間を見た。

今日はフェイトとヴィータと一緒に、なのはの見舞いに行く日だった。

「それじゃあ、少し抜けますけどあとよろしくお願います」

ユーノは『無限書庫』を抜けた。

 

時空管理局本局にある病室。

なのはは車椅子で迎えてくれた。

あれだけの重傷に遭って、暦は変わっているがそれでも一年は経過していないのにここまで回復しているのはもはや、なのはの『生』に対する執念がなされたものだろう。

「何だか前より車椅子の扱い慣れてねーか?」

ヴィータがなのはの車椅子の手さばきを見て、感心半分呆れ半分になっていた。

「時間があればアチコチ回ってるからね」

なのはの天性の明るさによるものか、車椅子生活でありながらも痛々しさのような物があまり感じられなくなっていた。

「なのは。それ病人のすることじゃないと思うよ……」

フェイトはなのはの行動にまるで、保護者のように心配をする。

「そういえば、もうすぐリハビリも『歩く』方向に移るんだってね」

ユーノは前に来た時に、なのはから聞かされたことを思い出す。

「うん。リハビリを受けてるとね。自分が回復してるって気持ちになってるんだよ」

「オマエ。底抜けに能天気だからなー。身体も単純にできてるんじゃねーの?」

ヴィータがからかいながらその場から逃亡する。

「ヴィータちゃん。それひどいよー!」

なのははそれを追いかける。

もちろん車椅子で。

「車椅子ってあんなに速く走れるの?」

「さあ……」

フェイトはなのはが操る車椅子の速度の異常っぷりを直視できないのか、ユーノに訊ねるが彼も何ともいえないのが本音だった。

 

 

空は青色、雲ひとつない快晴である。

ユーノはあお向けになって倒れていた。

肩を上下に揺らして、激しく息を乱して。

全身汗ばんでいた。

「しっかし、アンタの今の強さはまさに執念だねぇ。付き合うあたし等も正直ここまでになるとは思わなかったよ」

アルフ(人型)は腰を下ろしながら、両肩を揺らして息を乱していた。

「魔力が向上しないから、今持てる強さを限界まで活かしきる事を選ぶ。一見単純な発想だが中々奥が深い」

ザフィーラ(人型)もこの鍛錬に付き合ううちに学んだものがあるようだ。

人に教えながら、自分も学ぶ。

これは教育という点では究極の理想像といってもいい。

「最近は私の治療の回数も減ってるものね。一日に何十回も治癒魔法を使ってた頃が懐かしいわ」

シャマルとしては怪我が減るのは嬉しい事だが、自身の役割が少ないというのも正直寂しかったりする。

三人が思うに、今のユーノ・スクライアは単純な殴り合いなら余程の相手でない限り負けることはないくらいになり始めている。

尤もそんな『殴り合い』の場になる事自体、ユーノの性格からして珍しいといえば珍しいのだが。

「ねぇアルフ、ザフィーラ。今のユーノ君なら私達の身内に何人か勝てるかしら?」

シャマルの素朴な疑問にアルフとザフィーラは目を丸くしたが、考え始める。

「魔法抜きの戦闘なら、魔法頼りとなっている我が主や高町は勝負をするだけ無駄だ。ただの虐めになる。テスタロッサやシグナム、ヴィータと戦うとならば勝つか負けるかはわからないが前者に比べればいい勝負になるのではないか?」

「フェイトやシグナムやヴィータは元々の身体能力の高さもあるからねー」

アルフも同じ意見らしい。

「でもあんな通知を受けても諦めずにここまで強くなれたのだからユーノ君の執念は大したものよ」

シャマルは起き上がろうとしないユーノを一瞥してから、賞賛の言葉を送った。

ユーノは勤務による過労と鍛錬による疲労で熟睡していた。

 

秘密の鍛錬が終わり『無限書庫』に戻ったユーノは業務に取り組んでいた。

いつもの余裕のある表情はそこにはない。

クロノ・ハラオウンの請求があったので現在は自分を始め、他の司書達も血眼になって取り組んでいた。

 

うおおおおおおおおおおおお!!

 

『無限書庫』というある意味文科系な場所には似つかわしくない咆哮だった。

無重力空間を本が飛び交う。

検索していた文献をまとめたレポートが飛び交う。

資料を探しながら半ばグロッキーになっている司書達も飛び交っていた。

『無限書庫』は無重力空間なので何が飛んでいても不思議ではない。

「買出し班!ただいま戻りましたぁ!!」

「遅いぞぉ!!五分の遅刻だ!!」

「すいません!!今すぐ取り掛かります!!」

とても文科系とは思えない会話内容だった。

 

#$%&@*?¥!!

 

人間の咆哮とは思えない声まで飛び交っていた。

 

そんなある意味地獄絵図ともいえる状況をこっそりと見ている者がいた。

請求者であるクロノだ。

せめて労いとして差し入れを持ってきたのだが、とても入れる状況ではない。

入ったら最後。捕食対象になりかねない。

「!!」

『無限書庫』の中にいる一人がこちらと目が合った。

「#$!!」

人ならざる雄叫びをあげながら、こちらに寄ってくる。

しかも凄い速度で。

今まで幾多の事件捜査をしてきたクロノだが、この時は別の意味で恐怖を感じていた。

両手に持っている買い物袋を引っ手繰られて、『無限書庫』を追い出された。

「……請求の量を妥協してみるか」

クロノは自身の身の為にも今後資料の量を減らす事を考えた。

翌朝。

時空管理局本局の『無限書庫』の入口。

「ご、ごくろうさん……」

クロノはユーノから資料を受け取るが、どこか震えていた。

執務官であり、魔導師ランクAAAクラスであり近い将来提督になるのでは?と囁かれている自分だがあそこまでぞんざいに扱われたのは初めてである。

「じゃあ、僕はなのはの見舞いに行ってから寝るよ」

「あ、ああ。そうしてくれ」

クロノはユーノのこれからの行動に異議を唱えるつもりはなかった。

 

「ユーノ君。眠そうだね」

なのはの病室に入って早々、ユーノは眠そうな顔をしているのを隠す事ができなかったようだ。

「うん。クロノの請求でね……」

「にゃはは。そうなんだ……」

『クロノの請求』と聞いただけで、なのはは事情を察した。

ユーノの頭はカクンカクンと揺れている。

「ユーノ君。無理しないで寝た方がいいよ」

「うん」

そう言うと直後に椅子に座ったまま眠っていた。

「早い……」

なのははあまりの寝るまでの早さに両目をパチパチと開いて驚く。

「何だか、わたしももうひと眠りしたくなってきちゃったよ」

なのはも欠伸をしてからベッドに背を預けて夢の世界へと飛び込んだ。

夕方となり、椅子に座って眠っていたユーノは目をパチリと開いた。

「あ、ここで寝てたんだ……」

なのははベッドですやすやと眠っている。

その寝顔を見ると、自然と笑みを浮かべてしまう。

すぐに真剣な表情になる。

(僕はまだ……、なのはを守れる力を手に入れていない)

拳を強く握ってユーノは病室を出た。

 

 

ユーノはマグカップに入っている酒を一気に煽った。

「ぷはぁ」

夕食である缶詰を開けて、フォークで突き刺して口の中に入れる。

隣にいるプロキオン(イマジンモード)は薪を燃えている炎の中に放り込む。

パチパチと燃える音が鳴る。

(魔導師で強くなる可能性を断たれた僕は純粋に『力』で強くなる事を。今持てる力全てを活かしきる強さを手に入れることを選んだんだ)

ユーノは見つめている掌を拳にした。

 

 

「あった!!」

フェイトが電光掲示板に映っている自身の受験番号を見て、歓喜の声を上げた。

本日は執務官試験の合格発表の日だ。

彼女は今回で三回目だ。

過去に二度不合格になっている。

なのはも杖を突きながらだが、会場に来ていた。

ユーノが念のためと思って車椅子を押していた。

八神はやてのリハビリは終了しており、今は普通に歩いていた。

アルフやヴォルケンリッターも見に来ていた。

「みんな、やったよ!!わたし執務官になれたよ!!」

「おめでとう」とお決まりな台詞しか出てこないが、フェイトに感激の言葉を与えるには十分なものだった。

フェイトはポケットから懐中時計を取り出す。

それは二年前に野上良太郎からハラオウン家の養子に向かう際にお祝いとして貰ったものだ。

(やったよ!良太郎!!)

一番この事を伝えたいのはここにはいない一人の青年だが、逢えないのならばいつか必ず逢える事を信じて前へ進む事を選ぶ。

「これで野上に顔向けできるな。テスタロッサ」

シグナムが懐中時計を見ている自分の背後から声をかけた。

「まだまだですよ。良太郎はまだ遠くにいます」

フェイトの視線には良太郎の背中が見えているのだろうとシグナムは予想した。

ユーノは二人のやり取りを見ていた。

(良太郎さんや侑斗さん、それにモモタロスさん達のような『強さ』はまだまだ遠いんだ……)

ユーノの力への探求はまだ始まったばかりなのだ。

 

「う~。やっぱりわたしも参加したい~!!」

なのはは病室で頬を膨らませて不満をこぼしていた。

「しょうがねーじゃん。オマエ病人なんだしよー」

「フェイトの合格発表の会場に行くのも本当は反対されていたんだけど、何とか上手く言って許可を貰ったくらいなんだよ」

ヴィータは容赦なく『諦めろ』と言い放つ。

ユーノはこれ以上のワガママは通じないと警告する。

「ごめんね、なのは」

フェイトは両手を合わせて申し訳なく告げる。

「……うん。しょうがないよね。ごめんね。ワガママ言っちゃって……。みんなは楽しんできてね」

なのはも諦めがついたのか、受け入れる事にした。

これから三人はフェイトの執務官合格のお祝いに出席するのだ。

なのはが重傷に遭った際は中止にしようかという声が出ていたが、なのはの「気にせずにやってもいいよ」という声で決行する事になったのだ。

そう言った当人だが、実際決行されると一人だけ除け者状態になる事に気付いてしまったので寂しかったりしていた。

三人は病室を出ると、なのはは一人残されていた。

「美味しいもの食べたいなぁ」

どんな料理が出ているのだろうと、なのはは想像する。

時空管理局の病食は決して不味くはないのだが、それでも健康管理が徹底されている料理なので飽きが来るものだ。

ある程度は身体が自由になったのでそうなると後は身体を動かしたくなるものだ。

「ユーノ君。来てくれないかな……」

なのはは今一番ここに来て欲しい人物の名前を呟く。

件の人物は今は皆と共に盛り上がっているはずだ。

「来ないよね……」

なのはは寂しげな表情を浮かべてからベッドに寝転がる。

コンコンとドアをノックする音が耳に入った。

なのはは身だしなみを整える。

髪やパジャマが着崩れていないかを確認する。

「どうぞぉ」

なのはがそのように言うと、ドアが開いた。

入ってきたのは両手に荷物を持ったユーノだった。

 

「ユーノ君……。どうして?」

なのはがそのように問いかけるのはユーノにしてみれば予測の範疇内なので驚いたりはしていなかった。

むしろ冷静にテーブルに持ってきた荷物を置いて、広げていく。

「なのはが一人で寂しがってるんじゃないかって、ね。みんなを代表して僕が」

「うぅ。否定できないよ」

そのように言われて、なのはは顔を赤くする。

図星だからだ。

「食事で注意は受けてる?」

「ううん。私元々外傷だったから内蔵とかは大丈夫だったんだって……。だから食べ物は何食べても平気だよ」

「よかった」

ユーノは遠慮なくなのはの前に料理を置いていく。

なのはに割り箸とフォークとスプーンと取り皿を渡す。

「うわぁ」

なのはの双眸が輝いていた。

「でもこんなにたくさんは食べれないよ。わたし」

「ああ、僕の分も含まれてるから心配しなくてもいいよ」

ユーノはちゃっかり自分の取り皿を手にしている。

「ユーノ君。食べてないの?」

「うん。入ってすぐに一式持たされて追い出されたんだよ」

「にゃははは。どう言ったらいいのかな。わたしとしては嬉しいんだけどね」

「そう?だったらいいんだけどね。さ、食べよう。ここまで飲まず食わずだからお腹すいちゃって」

「うん!いただきまーす!」

なのはは笑顔で目の前の料理を味わう事にした。

「もうすぐ、リハビリの最終段階なんだ」

「うん。もう歩いたり走ったりはできるけど、魔導師だからやっぱり……」

「魔法が使えて空が飛べるか否か、だね」

「うん」

なのはは取り皿をテーブルに置く。

真面目な話なので、ユーノも取り皿をテーブルに置く。

「なのは。聞いていい?」

「うん。なぁにユーノ君」

ユーノは凄く真面目な表情で、なのはを見る。

「なのははもう一度、空を飛んだり魔法を使えるようになりたいんだよね?」

「うん。そうだよ」

なのははユーノの質問に首を縦に振る。

「ということは、また同じ目に遭うかもしれないって事も考えてるんだよね?」

「え?」

ユーノの一言は、なのはの思考を停止させるには十分なものだった。

「どうなの?僕はなのはが真剣に考えた末にもう一度今の舞台に戻るなら反対しないし、このまま管理局を辞めて普通に生活する事も反対しない」

「ユーノ君?」

「でもね、そんな事も考えずにまた戻ろうとするんだったら僕は反対だね」

ユーノがなのはを見据えていた。

「ユーノ君……」

「なのは。時間はまだあるんだ。その辺りの事もゆっくり考えてみたほうがいいと思うよ」

ユーノはそう告げると、テーブルに乗っている取り皿を手にして料理を口に含んだ。

(これが僕が、なのはにしてあげられる最後の事かもしれないね)

ユーノは『なのはの魔法の師』という立場でしてあげられる事は数少なくなっているのは自覚していた。

そしてこれを最後と定義している以上、なのはが自分が満足する回答を出したのなら『巣立ち』という事になることも。

フェイトの合格祝いの打上の日から二日が経過した。

その間ユーノは『無限書庫』で業務に勤しみながら鍛錬に励んではいたが、なのはの見舞いには行っていない。

なのはが自身で考えて答えを出さなければならないから敢えて行かないようにしていたのだ。

クロノの請求がないので、『無限書庫』の空気は比較的穏やかなものだった。

(自分で言った手前とはいえ、不安だなぁ)

ユーノにしてみれば多分最も厳しい課題を出したと自覚している。

(多分、なのはは重傷に遭った時の事を思い出してるはずだから苦しんでいるはずだ……)

ユーノには、なのはがそ

に恐怖をしている姿が安易に想像できた。

(なのは。もう一度同じ舞台に戻るなら、これは絶対に乗り越えなきゃ駄目なんだよ)

ユーノは心を鬼にして、なのはが回答を出す事を待った。

 

時を同じくして、なのはが入院している病室。

「う……ううう……」

ベッドの中でうずくまっていた。

両手で胸を押さえながら、なのはは内にある恐怖と戦っていた。

彼女の脳裏には、自分が撃墜された事が蘇っていた。

(いやだ……。いやだいやだ。怖いよ……。助けてよ……)

視界が真っ白になり、両目を開いた時には泣きそうな表情をしているヴィータが映っていた。

全身に激痛が走り、自分の身体なのに自分のものではないような感じがした。

『死』というものを初めて実感した時でもあった。

「怖いよ……。いやだよ。死にたくないよ……」

全身を震わせて両目には涙が浮かび上がっている。

病室は消灯しているので、辺りは暗い。

室内の闇がなのはの内の闇を現しているようにも思えた。

リハビリをこなせば身体は確かに治っていく事は実感していた。

だが、同時に心に負った傷が癒えたわけではないのだ。

リハビリによる痛みは治療のため、復活のためだ。

だから今、心に起こる痛みは心に負った傷を治すためのものだと思うようにする。

「絶対に逃げない……。絶対に……」

身体をうずくまらせながらも、なのはは呪文のように呟いた。

真の意味で復活する為に。

 

なのはの異変にフェイトとヴィータが見逃すはずもなく、不安な表情を浮かべていた。

「なのは。どうしたんだろ……。目の下にクマが出来てたよ」

「それだけじゃねーよ。何かに怯えてたようにも見えてたしな」

なのはの見舞いのあと、二人は休憩室でジュースを片手に話していた。

昨日まではそんな事はなかった。

回復が順調に向かって、復帰できる事を心待ちにしていたなのはの表情が急に暗くなったのだ。

昨日の内に何かがあったに違いないと推測するのは別段難しい事ではなかった。

「昨日、なのはと会ったヤツって……」

「ユーノしかいないよ」

ヴィータが思い出しながらフェイトは結論を導き出した。

「じゃあ、ユーノが何か言ったのかな?」

「ありえねーだろ。アイツ、基本なのはに甘いし」

「そうだよね……。でもハッキリさせておく必要があるから本人に直接聞いてみようよ」

「ま、そーだな」

フェイトの提案にヴィータは賛同した。

二人は『無限書庫』の入口前に立っていた。

「クロノが言ってたんだけど、たまにここって事件現場よりおっかなくなるらしいよ」

「あたしもはやてから聞いた。司書全員が人じゃなくなってるって言ってた」

『無限書庫』とは時空管理局の中では影に近い部署だ。

司書達はいくら功績となる事をしても、表彰される事はない。

表彰された場合、前線に出ている者達から無用な因縁を吹っかけられる事は確実だろう。

その辺りを考慮してか、それとも『無限書庫』が機能して歳月が浅いため軽視されているのかはわからないが上層部は『無限書庫』の功績を表立って認めるような事はしないのだ。

その辺りが司書達にも知れ渡っているので、辞めていく司書達も少なくないという。

扉を開けて、二人はこっそりと覗く。

司書達は鬼気迫るような雰囲気を纏ってはいなかった。

平和なのだろうと二人は推測する。

「大丈夫そうだね」

「ユーノを呼んでもらおう」

二人は『無限書庫』の扉を開き、足を踏み入れた。

そして無重力の中を巧みに身体を操り、最寄の司書の元まで移動する。

「すみません。スクライア司書はいらっしゃいますか?」

フェイトが訊ねる。

「スクライア君ならあそこにいるよ。彼は身なりと行動で『無限書庫』

ここ

では目立つからね」

司書の指差す方向にユーノはいた。

彼の周りには宙に浮き、独りでにページがパラパラと動いている数十冊の本が囲まれており、役目を終えた数十冊の本は閉じて、全て本棚へと戻っていった。

「スクライア君!友達が来てるよー」

司書がユーノを呼ぶ。

「わかりましたー」

ユーノは即座に返して、フェイトとヴィータの元まで移動した。

「で、なに?僕に何か用?」

三人は現在、休憩室に移動しておりフェイトとヴィータはユーノと向き合うかたちで座っていた。

「今日、お見舞いに行ったんだけどね……」

「なのはの様子が変なんだよ。何かに怯えてるみてーにな」

フェイトとヴィータの説明をユーノは黙って聞いている。

「なのはは今戦ってるんだよ。たった一人で乗り越えなきゃいけないものとね」

ユーノは知っている口調で静かに告げる。

「ユーノ?」

「オマエ何か知ってるんだったら、あたし等にも教えろよ!」

フェイトはいつもと違うユーノの様子に戸惑い、ヴィータは元々気の長い方でもないので苛立ちを露にしていた。

「確かになのはの身体は完治の方向に向かっているよ。順調にね。でもね心に植えつけられた『恐怖』を乗り越えているわけじゃないんだ。違う?」

「それはその……」

「ユーノ、まさか……」

ヴィータはユーノの言葉につまり、フェイトはなのはの異変の原因を知った。

「………」

ユーノが何も言わない事が、なのはの異変の原因を作ったのが彼だという証明になった。

「なのはの事を本当に思うなら、今は何もしないであげてほしいんだ。これはなのは自身の戦いなんだ。避けて通ったらきっとまた今回みたいな事になる……」

ユーノはそう告げると、椅子から立ち上がって休憩場を出た。

「あたし、アイツの事よく知らなかったのかもしれねー」

「ユーノも良太郎みたいな事ができたんだ……」

フェイトとヴィータはしばらく顔を見合わせ、そのまま動かなかった。

 

数日後。ユーノはなのはに呼び出されていた。

場所は病室。

なのはの現在の衣食住の拠点というべき場所だ。

病室に入ってから五分が経過している。

互いに一言も発しない。

ユーノは、なのはの言葉を待っている。

なのははユーノに自身の『覚悟』を伝える言葉を再確認していた。

「あのね。ユーノ君」

なのはが真剣な表情でユーノを見る。

その双眸には『決意』と『覚悟』が含まれていた。

 

「わたし。やっぱり戻りたい!あの青い空を飛んで大切な人達を護りたい!」

 

短く告げた。

(やっぱりね)

ユーノにとって、なのはの回答は予想通りの内容だった。

「もし戻っても、また前みたいに遭うかもしれないよ?いや下手をすれば死んでしまうかもしれない。それでも戻りたい?」

ユーノも真剣な表情でなのはに確認するように訊ねる。

「その事を考えた時。とても怖かった……。ユーノ君の言うように管理局を辞めて普通に暮らす事もできるって思ったけどそれだと、わたしがわたしを許せなくなるよ」

「自分が自分を許せない?」

「うん。わたしは誰かに強制されて管理局にいるんじゃないもん。わたしの意思でいるんだよ。それなのにわたし自身がその事から逃げるなんてやっぱり嫌だよ。死ぬのは怖いけど、それに怖がってばっかりじゃ何にも出来ない。でしょ?ユーノ君」

なのはの回答は間違いなく自身の『恐怖』と向き合った末の結論だとユーノは判断した。

「なのは。よく一人でそこまで答えを出せたね」

先程までの真剣な表情とは打って変わってユーノは笑みを浮かべていた。

「その気持ちと覚悟。絶対に忘れちゃ駄目だよ」

ユーノは自然と右手をなのはの頭の上に置く。

「うん!」

なのはは顔を赤らめながらも、笑顔で頷いた。

 

 

薪がパチパチという音を鳴らしながら、炎を燃え盛らせている。

(なのはが導き出した答えは僕にとっても十分な励みになったんだ。そして僕は今、なのはが導いた答えの事をしている……)

ゼロノスカードを用いて、周囲の人々が自分に関する事を忘れていくのは正直怖い。

そしてゼロノスカードを使い切った時、どのような末路を辿るかは知らない。

影も形もなくなって消滅するかもしれない。

そう考えると、使う事自体に躊躇いを感じてしまう。

(でも僕がAゼロノスになったのは僕の意思なんだ。あの人達が身を挺して助けてくれた命を時間を、僕は僕が正しいと思う方向に使う!)

これは自分が本当にやりたかった事だ。

そこに恐怖が付きまとっていても、逃げる気はない。

逃げた時は、なのは同様に自分自身を許す事ができなくなるだろう。

ユーノは缶詰の残りを食べきる為に、フォークに突き刺して口の中に放り込んだ。

 

 

なのはが自身の『恐怖』を乗り越えてリハビリをこなしてから一週間が経過して、最終日となっていた。

なのはは現在外にいた。

空は雲ひとつない快晴である。

左手にはレイジングハート・エクセリオンが握られて、服装はパジャマではなく白がメインのバリアジャケットだ。

主治医を始めとして、時間の空いている殆どの身内がそこにはいた。

「それでは始めてください」

「はい!!」

主治医の言葉に、なのはは頷いて両目を閉じて深呼吸をする。

そして、意識を集中する。

自分の内にあるリンカーコアが一年振りに目覚めようとしていた。

(大丈夫だよ。わたし達

はできるよ)

なのはは自分のリンカーコアに語りかける。

リンカーコアは輝きを増していく。

(行こう!!)

なのはの意思とリンカーコアが完全に同調した。

『フライヤーフィン』

レイジングハート・エクセリオンの紅玉部分に名称が表示される。

なのはの両足首付近に桜色の双翼が出現する。

ブワッと音を立てながら風が吹き、なのはは地上から空へと場所を移した。

周囲を見回す。

一年ぶりの懐かしい視点だった。

見上げるわけではなく、見下ろすでもなくその場にいるだけで青い景色を見る事が出来るこの位置。

『一年ぶりのご感想をどうぞ』

「最っ高!!これからもよろしくね。レイジングハート!」

レイジングハート・エクセリオンの台詞に対して、なのはは満面の笑みを浮かべて返した。

『はい。マイマスター』

なのはは地上に目を向けると、身内が全員で諸手を挙げて喜んでくれていた。

「みんなぁ!!ありがとぉぉぉぉ!!」

なのはは両手を振って、感謝の言葉を述べた。

喜んでくれる身内の群れの中をはぐれている人影が見えた。

ユーノだ。

なのはは早速、速度を上げてユーノの元に着陸する。

「ユーノ君!わたし、帰ってこれたよ!」

「うん見てた。おかえり、なのは」

なのはは自身の復活を自覚して笑顔を浮かべ、ユーノもまたその事を我が事のようにして喜んだ。

「これで晴れて巣立ちの時が来たね」

「ふえ?巣立ち?」

なのははユーノが何を言っているのかわからない。

 

「うん。僕がなのはに教えてあげられる事はもうないからね。だから巣立ち---卒業だよ」

 

「そんなユーノ君。わたしまだ色々と教えてもらいたい事もあるよ。だからそんな事言わないでよ!」

なのはとしてみればいきなり卒業といわれて、嬉しいどころか寂しさと納得できない事の方が幅を占めていた。

「僕が最後にしてあげられる事も、なのはは乗り越えたじゃない。だから本当に僕はなのはにしてあげられる事はないんだ」

狼狽しているなのはとは対照的に、ユーノは穏やかで落ち着いていた。

「だからなのは。もっと胸を張っていいんだよ。自分の恐怖を乗り越えるって口で言うのは簡単だけど、誰でも出来る事じゃないからね」

ユーノは、なのはを諭すと歩き始めた。

「ユーノ君!ありがとう!!本当にありがとう!!」

ユーノは振り返らずに、左手を軽く挙げて返した。

なのはは振り返ってくれると思ったが、ユーノは一度も振り返らなかった。

 

 

新暦0070年。運命の歯車が遂に動き出す。

 




次回予告

    十四歳となった少年は苛立ちを感じていた。

    自身が望む強さが何なのかを迷い始めていたのだ。

    そんな時、とある次元世界での発掘の依頼が舞い降りた。

    第十一話 「0070年 回りだす歯車」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 「0070年 回りだす歯車」

新暦0069年。

高町なのはが念願の教導隊入りとなる。

彼女の夢の第一歩が叶った事なので、身内はそれを口実に盛大に盛り上がっていた。

ユーノ・スクライアも時間が空いていたので参加して我が事のように喜んだ。

だが、この時分から彼は自身の『強さ』というものに対して、悩みを抱くようになった。

それはあの怪人が出現するようになったからというのが大きな原因である。

その『悩み』は日増しに強くなり、やがて『苛立ち』へと変わるのにさほどの時間はかからなかった。

 

 

0070年。

今日もユーノはアルフ(人型)、ザフィーラ(人型)、シャマルの下で鍛錬に励んでいた。

「ユーノ君。イマジンが出現してから鬼気迫るものになってない?アルフ」

シャマルが隣に座っているアルフに訊ねる。

「まぁねぇ。イマジンが一回出てきた去年からユーノ、何かに取り憑かれたみたいに身体をいじめるようになっちゃってさ。正直止めても聞かないんだよねぇ」

アルフもユーノが明らかにオーバーワークをしている事を再三忠告したのだが、一向に聞き入れてはくれないとぼやく。

「ふっ!!」

ユーノの右正拳がザフィーラの顔面に狙いをつけるが、顔を傾けるだけであっさりと避けられる。

「スクライア。疲労がたまっているお前の拳では捉えられん」

ザフィーラが彼なりに気遣う言葉を送りながら、左掌を胸元に狙いつけて突き出す。

「!!」

ユーノは羽毛のようにふわりと後方へと飛ばされる。

両脚で踏ん張るが、土煙を立てながら下がっていくだけで効果がない。

「くぅ!!」

両手を地に着けてもズルズルと下がっていくが、やがて勢いは完全になくなって停まった。

「普段のお前なら難なく勢いを殺す事が出来たはずだ」

ザフィーラはユーノに自身の現状を理解させる為に攻撃を繰り出したのだ。

「………」

ユーノは四つんばい状態から起き上がる。

身体は重いし、思ったように動けない事を痛感させられたユーノは黙って頷くしかなかった。

「シャマル。手当てを」

「ええ。わかってます」

ザフィーラはシャマルにユーノの治癒をするように促すが、シャマルは既に準備を整えていた。

「ユーノ君。一つ忠告していいかしら?」

シャマルが治癒魔法を施しながら、真面目な表情で言う。

ユーノは首を縦に振る。

「この三年間の鍛錬でユーノ君は魔導師でありながら対魔導師戦においては、まず誰もが思いつくけどやらない方法を編み出して実戦レベルまで持ち込むまでになってるわ。それでも十分大したものよ。でも最近のユーノ君はどこか上の空よ。そんな状態じゃ徒に疲れるだけだし、ユーノ君自身のためにもならないわ」

「はい……」

シャマルの忠告はあまりに正しく、ユーノは反論する機会を失った。

 

ユーノは休憩室で一人、缶ジュースを飲んで天井を見上げて溜め息をついていた。

確かに昨年イマジンが出現して以来、自分は危機感からによる『焦り』が転じて、苛立っていた事は否定のしようがない事実だった。

そのため、なのはを始めとする身内とは極力会わないようにしていた。

ユーノが危機感を感じているイマジン事件とは通称『0069年の悪夢』といわれている。

概要としては昨年出現したイマジンの数は一体。

その討伐に向かった武装局員の数は五十人。

一対五十というと一見すると『勝って当然』の戦況だった。

だが結果は武装局員五十人を投与してもたった一体のイマジンを倒す事が出来ないという厳しい現実を突きつけられるものだった。

この時初めて人々は『イマジン』という怪人が存在することを知る事となり、そういった得体の知れないものを倒す事が出来ると思われていた時空管理局は目も当てられぬほどの大敗をした事で記憶に残っている。

今となってはこの別世界の住人にとって、イマジンは恐怖の対象となっていたりする。

(何とかしないと……。でもどうしたら……)

五年前に自分はイマジンと戦った事がある。

なのはと共に戦ったが、大ダメージを負わせるのがやっとで倒せなかった。

時空管理局所属の魔導師ではどんなに善戦に持ち込む事は出来ても『勝つ』事は出来ないだろう。

何故なら彼等は相手が極悪人でも命を奪わないからだ。

非殺傷設定という制限が設けられているためである。

殺傷設定に切り替える事は出来るが、そうなれば『管理局の仕事』ではなく『純粋な闘争』へとなってしまう。

模擬戦にしろ訓練にしろ、実戦を想定してはいるものの最終的には『命を奪う覚悟』という点には行き届いていないのが現実であったりする。

(僕が求める『強さ』もやっぱりそこに行き着いちゃうんだよなぁ)

ユーノが求める『強さ』も突き詰めてしまえば『命を奪う覚悟』が終着となってしまう。

(良太郎さんや侑斗さん、モモタロスさん達はどういう気持ちだったんだろ……)

イマジンと対等に戦える存在である者達はどのような気持ちで今まで数多のイマジンの命を屠ってきたのだろう。

当人達に聞いてみなければわからない事だし、その当人達はここにはいない。

だからわからない。

想像する事は出来るが、そこには自分の都合のいい脚色が施されている事も否定できないため敢えて想像しないようにしている。

「ユーノ君♪」

嬉しそうに自分の名を呼ぶ声がした。

顔を上げると、なのはがいた。

「なのは……。仕事の帰り?」

教導隊の仕事が終わった帰り道なのだろうと推測する。

「うん。ユーノ君は?」

「休憩」

短く答えて、缶ジュースの残りに手をつける。

なのはは時間に余裕があるらしく、向かいの席に腰掛けた。

「ん?なに?」

「ええとね。ユーノ君。またカップラーメンとかジャンクフードばっかり食べてるでしょ?」

なのははじーっとユーノの顔を見ながら、食生活を訊ねてきた。

「なのは。お医者さん?」

人の顔を見ただけで、食生活をほぼ確実に言い当てるのだから医者顔負けの診察眼である。

「そんなに鋭くないよ。ただ、ユーノ君ってお仕事と違って食事に関してはあまり気にかけてない部分があるからね」

なのはの言葉にユーノは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「それでも食べてる方だよ。僕達の食生活が質素になっていくって事はそれだけ平和じゃないって事だしね」

「それって遠まわしに、私達のせいって言ってない?」

「そう聞こえる?」

「ユーノ君の意地悪~!」

なのはは頬を膨らませるが、本心で怒ってるわけではない。

ユーノはそんな、なのはの表情を見てついつい声を出して笑ってしまう。

復帰してから二年が経過しており、なのはは以前に重傷に遭っていたのか疑いたくなるくらいの健康ぶりだ。

「折角、お母さんからユーノ君を連れてくるようにって言われてるのにそんな意地悪するんだったらどうしようかな~」

今度は、なのはが反撃に切り出した。

「桃子さんからって事はもしかして、夕飯の招待?」

「そ。でもどうしよっかな~」

なのはは渋っている。

「それは困るよ。僕の楽しみを奪わないで。なのは」

ユーノにしてみれば、高町家の夕飯は数少ない楽しみの一つだった。

正直、高町家の人々の心の広さと優しさには今でも甘えている。

元々、両親を早くに亡くしてスクライアの部族が『家族』だ。

そして今の自分にとって高町家の人々は『第二の家族』といってもいいくらいだ。

なのはの重傷に遭った原因は自分にあると申告した時も、あの人達は自分を責めはしなかった。

「何故?」と訊ねた際には、

 

「きっかけは君かもしれない。でも、なのはは自分の意思で今まで歩いてきたんだ。だから、ここで変に君が責任を感じる事はなのはの意思を侮辱する事になる」

 

と高町士郎に静かに諭されたものだ。

その時は、その言葉が正しいと信じて首を縦に振った。

それでも日が経つにつれて、士郎の言葉が正しいのか責任は自分にあると考えるのが正しいのかはわからない状態になっている。

(イマジンまで現れるようになった以上、なのはを守る為に僕は更なる『力』が必要なんだ……)

内に秘めたる想いはは小火程度だがそれでもくすぶっている。

「ユーノ君。どうしたの?怖い顔してるよ」

向かいのなのはが心配げな表情でこちらを見ている。

「え?ううん。何でもないよ。それでいつ?」

ユーノは笑って誤魔化しながらスケジュールの調整のためにも日取りを訊ねる。

「ええとね。明日はどう?」

なのはが告げる予定をユーノは懐から取り出した手帳のページを捲っていく。

「うん。特に何もないから大丈夫だよ」

ユーノは快諾した。

「じゃあ、明日の夕方にね♪」

「うん」

なのはは立ち上がって、そのまま海鳴に戻るのか『転送ポート室』へと向かっていった。

その背中を見送っているユーノの表情に笑顔はなかった。

 

 

ユーノは眼前の慰霊碑と二つの墓標のうち、一番左端の墓標を見ていた。

(高町家へ招待されてからすぐだったよね……。マギリングヴァーリトゥード(以後:MV)が開催されたのは……)

自分のメンタル面に不安を感じたシャマルとアルフが無断でエントリーしたのだ。

ユーノの口元が小さく緩む。

「どうしたんですか?ユノさん」

横で自前の爪を缶きり代わりにして缶詰を開けているプロキオン(イマジン)が窺う。

「ん?いや一年前に開催された魔法戦技会に参加した時の事を思い出してね」

「僕と契約する前ですよね?それでどうだったんですか?」

プロキオンは知らされていないのか目を輝かせている。

「優勝したよ。武装隊を出し抜いての優勝だから結構後から色んな人達に目をつけられたけどね」

ユーノは苦笑しながらも語る。

一年前は煩わしいとか鬱憤晴らしとして、後から喧嘩をふっかけてきた局員達を片っ端から返り討ちにしたもんだ。

もっとも『苛立ち』が解消された事はなかったが。

「それからすぐだったよね……。あの出来事が起こったのは……」

MVに優勝してから一週間が経過した頃だ。

 

ユーノの運命が大きく動き出したのは。

 

 

MVが終了し、時空管理局全体はいわゆる『お祭りムード』が抜け切っていない者達もチラホラといるがそれでも通常の緊張感溢れる雰囲気が漂っていた。

彼の周りで変わった事といえば、今まで我が物顔で歩いていた武装局員達が自分と目を合わせずに廊下の端に移動して、極力目を合わせないようにしていた。

(何もこちらから喧嘩を売るようなマネはしないのに……)

売られた喧嘩は『降りかかった火の粉を払う』という名目で買うが、自身から売るような事はしない。

自分はそこまで好戦的ではないからだ。

『無限書庫』の扉を開いて、司書長室へと入る。

現段階では司書長室という部屋はあっても、『司書長』という役職に就いている人物はいない。

現在はちょっとした談話室扱いになっている。

そこには依頼主である中年の眼鏡をかけた学者風の男と、悪友であって『無限書庫』にとっては『疫病神』や『悪魔』、『人でなし』と言われて恐れられているクロノ・ハラオウンがいた。

(この人って確か……)

次元世界の考古学ではかなり有名な人物だと記憶している。

「呼び出してすまないな。実はこちらの方が君の論文を見て、いたく君に興味を沸いたらしくてね……」

ユーノは数ヶ月前に提出した論文の事を思い出した。

「ユーノ・スクライア君ですね?私はこういう者でして……」

ユーノは向かいのソファに座ってから、名刺を受け取る。

「あ、ど、どうも。こちらこそ初めまして、ユーノ・スクライアです。僕こそ高名な教授にお、お会いできてその……感激です!」

ユーノは起立してから深々と頭を下げる。

「いえいえ。スクライア君。席に着いてください」

「は、はい……」

ユーノにとって中年男---教授は一度は会いたくなり、また『憧れ』を抱いていた人物である。

「実はね。教授は君を今度の次元世界の発掘隊のメンバーとして参加してほしいそうなんだ」

「え?僕がですか!?」

クロノがこちらに訪れた動機を打ち明けているのだが、ユーノには左から右へとこぼれていた。

その斯界で高名な人物が直々に自分をスカウトしに来たというのだから舞い上がるのも当然だった。

「どうでしょう?スクライア君。君の素性は失礼かと思いましたが調べさせていただきました。スクライアといえば我々考古学を携わる者にとってはまさに誉れ高い部族なんですよ。今回の発掘の際にはぜひとも君の力を貸していただきたいのです」

教授はそう言うと、深々とユーノに向かって頭を下げる。

恐らく先にスクライアの部族にコンタクトを取ろうと試みたはずだ。

しかし、一つの場所に居を構えない性質のためか捕まる事は至難の業だとユーノは知っている。

その中で『スクライア』の姓を持って、一つの場所に留まっている自分にコンタクトをとるのは別段不自然な事ではない。

「はい!非力ではありますが、喜んで参加させていただきます!どうかよろしくお願いします!」

ユーノは気負っている部分もあるが、それでも自身の気持ちを教授に打ち明けながら快諾した。

 

ユーノは憧れの教授の発掘に参加できる事に純粋に喜びを感じていた。

『無限書庫』を出て、出発の際の支度をしようとしていた。

「あ、ユーノ君」

「何だか機嫌がいいね」

「何かええ事でもあったん?」

廊下を歩いていると、なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、リィンの四人と逢った。

「うん。尊敬している教授の発掘隊にメンバーとしてスカウトされたんだよ」

「よかったね。ユーノ君」

なのはは我が事のように喜んでくれた。

「だから普段のユーノからは考えられないくらいに落ち着きがないんだね」

フェイトもユーノがはしゃいでる姿というのは滅多に見れないので新鮮なものだと認識する。

「発掘となると、遺跡とかなん?」

「うん。どうやら今まで立ち寄ってない遺跡があってその中には現在の技術ではとても制作できないモノがあるらしいんで、その調査ってわけ」

はやての質問に、ユーノはわかる範囲で回答した。

「期間はどのくらいなの?」

「早くても三週間くらいかな。未知の遺跡の調査だからそれでも短いくらいだけどね」

なのはの質問にユーノは凡そで答える。

「フェイト。その間はクロノに請求はしないようにって言っておいてくれない?」

駄目押しでユーノはフェイトに頼んでみる。

「一応やってみるけど、あまり期待しないでね」

フェイトは確信はもてないが、やってくれるようだ。

「ユーノ君。何かお土産があるんやったらよろしくな♪」

「ユーノさん。頑張ってくださいです!」

はやてとリィンが彼女達なりの台詞で応援してくれた。

「ユーノ君。頑張るのはいいけど食事はちゃんと取るんだよ。あと食事っていってもカップラーメンとかばっかりは駄目だからね」

なのはが釘を刺すようにして、食生活の事を注意してきた。

「わかりました。なのは、何気にしつこいよ?」

「このくらいでいいの!」

ユーノの抗議になのはは即座に切り替えした。

 

 

現在ユーノは教授を始めとする数十人と共にある次元世界の遺跡の前に立っていた。

まずは拠点基地を作らなければならない。

テントを張って、その中に機材を設置する。

皆ベテランなため、テントを張る仕種や機材を設置する速度はこの手の事が生活習慣となっているスクライアとしても目を見張るものだった。

「速いですね。しかも正確です」

ユーノは失礼と思いながら、本音を口に出す。

「我々も年に何度も回っているからね。自然と慣れてしまうんだよ」

教授は短く答える。

基地が完成する頃には昼になっていた。

昼食は簡易にカップラーメンだった。

(なのはが見たら絶対に怒りそう……)

ラーメンの麺を口に含みながら、ユーノはミッドチルダもしくは海鳴市にいると思われる一人の少女が怒っている姿を想像していた。

昼食後、遺跡の調査が始まった。

古い遺跡には高確率で外部からの侵入を防ぐための罠が設けられている。

内部に侵入させないための罠もあるし、侵入できたとしても目的地とでもいうべき地点にまで到達させないように罠が仕掛けられている事も十分に考えられる。

日程としては今日は侵入防止のための罠の有無の調査となっている。

ユーノも魔法を用いて探査する。

(築数百年ってところだけど、造りからして今の技術に遠く及ばないという教授の言葉からは程遠いなぁ)

『発掘調査』といっても、広義では『試掘調査』、『確認調査』、『一般調査』と区別されている。

地表面からは確認できない遺構(過去の人物の不動産)の所在を確認するための『試掘調査』。

遺構の性格の概要までを把握する『確認調査』。

遺跡の有無を広域にわたって把握するために踏査を行なって遺物の表面採集を行なう『一般調査』。

現在ユーノが行っている調査は『確認調査』にあたるだろう。

スクライア出身であるユーノは罠を探りながらもどのくらいの遺跡なのかも同時に探っていた。

調査開始から六時間が経過した。

空の色は青から茜へと切り替わっており、日本ならカラスが鳴いていてもいい時間帯になっていた。

本日の作業は終了という事を表していた。

遺跡の中に入ることも可能ではあるが、罠があるかどうかもわからない場所を綿密な調査もせずに飛び込む行為はわざわざ自殺しにいく事は変わらないので、プロである彼等はそんな愚行は行わない。

というよりも、単純に空腹で作業に没頭できないというのが本音だろう。

「……昼間と全然違いますね」

ユーノがそのような感想をもたらすのも無理のないことだと思う。

昼間は質素なカップラーメンだったのに対して、現在は豪華なバーベキューである。

牛肉、鶏肉、豚肉を始め鹿肉、猪肉などと野菜よりも豊富だった。

メンバー達は皿を手に取り箸を構えて、我先に食していた。

ユーノは気後れしながらも、野菜から食していく。

ベジタリアンというわけではないが、アルフと食事をしている回数が多いためか一度肉を食すると取られないために根こそぎ皿の中に放り込むからだ。

この方法は気心が知れた者同士だから通じるが、会って間もない人達の前で披露できるものではない。

「どうですか?食は進んでいますか?スクライア君」

「ええ。美味しくいただいています。あの教授……」

「何ですか?」

「野菜や肉をこの場で食べれるのは嬉しいですけど、保存できるんですか?」

ユーノの尤もな質問に教授は更に乗っている豚肉を食べる。

噛んでからきちんと呑み込むと笑みを浮かべてユーノに向ける。

「その点なら大丈夫ですよ。発掘作業に必須のデバイスがあるんですよ」

教授はそう言いながら、指差す方向には野営地には相応しくないものが数台設置されていた。

相応しくないもの---冷蔵庫だ。

「ストレージデバイス、キュールシュランク。アウトドアの頼もしい味方ですよ。スクライアでは使わなかったのですか?」

「スクライアは現地調達なんです」

ユーノも過去を思い出しながら語る。

「薬草や毒草などの本で得た知識を正しく活かせるかどうか確かめられますし、動物等の狩りの際にはどのような罠が手早く捕まえられる事ができるかとか、結構学びましたからね」

「もし向かった次元世界に植物や動物がいなかったらどうなるんですか?」

今度は教授がスクライアの実体に興味を抱いていた。

「町や村があれば店で購入します。それもなければ非常食です」

「なるほど」

教授はユーノの体験談にうんうんと頷いていた。

発掘隊の一人が串に刺さっている肉を食べながら、そんな二人を見ていた。

帽子を深く被っており、素顔はわからないが彼の左手には陶器製のマグカップが握られていた。

マグカップには『良太郎ちゃん専用』とデザインされていた。

 

 

ユーノは揺らぐ炎を見ながら、パーカーのポケットに入っている黒いケースを取り出した。

カチャッという音を立てながらケースの上部分を開けると、ゼロノスカードが数枚入っていた。

カチンという音を立てて上部分を閉じる。

 

そして僕の歯車が……いや『時間』が動き出したんだ。




次回予告

    最深部に足を踏み入れた発掘隊。

    その中で少年は『時の列車』を目にする。

    その『時の列車』を強奪しようとイマジンが出現。

    一人の青年がイマジンに銃口を突きつけた。

    第十二話 「0070年 宝を守護する者」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 「0070年 宝を守護する者」

第97管理外世界---地球。

海鳴市で高町なのははバリアジャケットではなく、聖祥学園の制服で授業を受けていた。

いかに時空管理局で『エースオブエース』と呼ばれている彼女だが、地球

こちら

ではただの『女子中学生』でしかない。

そんな彼女は窓際の席で、どこか上の空で青空を眺めていた。

(ユーノ君が発掘のお仕事に行ってからもう三日になるんだぁ)

今頃彼も同じ青空の下で作業に勤しんでいるのだろうと、なのはは想像していた。

教師がなのはを指名しているが、マルチタスクを用いていなかったので頭の中には入っていなかった。

無論、教師に『彼氏の事でも考えてたんでしょ?』というような内容でからかわれたのは言うまでもないことだ。

 

 

ユーノ・スクライアは現在拠点で本日の作業内容を聞いていた。

一日目は外部の調査で、二日目は内部の調査をしていた。

外部には撃退用の罠がなければ、内部にも侵入者抹殺用の罠は一つも仕掛けられていなかった。

どちらとも『確認調査』であり、遺跡の中にある遺物(過去の人類が残した石器や道具)は一つも採集していない。

本日からようやく世間一般に『発掘の仕事』と思われている『一般調査』が行われる。

(本格的な調査となると思わぬことが起こるかもしれないから、余計に気を引き締めていかないと……)

幼い頃から発掘調査などに関わっているユーノは『確認調査』よりも『一般調査』の方が危険が増すという事をよく知っている。

それはここにいる発掘隊のメンバーも承知のはずだ。

(この二日間の調査からわかった事はこの遺跡にある遺物は捏造されたものじゃない事は確かだ)

発掘において、最もあってはならない事象が『捏造』だ。

発掘や考古学等における捏造とはあらかじめ別の場所で採集した遺物を、更に別の場所で埋設して掘り起こすというものだ。

それによってもたらされる影響は『歴史が狂う』や学校の歴史の教科書で記されている出来事も全て抹消しなければならないための回収作業など、様々な部分で影響を与える。

民衆にとっては『発掘調査』そのものに対して、不信感を抱かれる始末である。

そうなると発掘に関して費用を負担してくれる支援団体は激減して『発掘調査』そのものができなく鳴るという事も十分にありえる。

『信頼を裏切った報い』と言ってしまえばそれまでのものだが。

またこの出来事は遺跡発掘や遺跡調査を生業とする『スクライア』にしてみてもそれなりに打撃を与えられたものだったりする。

しかし、次元世界においてことこの手の分野で広く知れ渡っている『スクライア』が捏造などという行為を行う必要性は皆無に等しいため彼等を知る者達は誰もが捏造疑惑そのものに疑惑を抱いたというのが事実だったりする。

つまり『スクライア』が捏造疑惑で追い詰められた期間は他の考古学に携わる者達よりもはるかに短かった。

「それでは皆さん。今日も一日頑張りましょう!」

 

はい!!

 

教授の一言にメンバーは一丸となった。

 

遺跡の中へと足を踏み入れた教授とユーノを始めとする発掘隊は、普段の倍の時間をかけて足を進めていた。

昨日の調査でもこの遺跡には罠らしい罠は特に何もなかったが、現代人が作った未開の場所でも我が家のようにズカズカと歩くようなことはしない。

古代人がどのような理由で建設したのかわからないし、現代人を惑わせるほどの技術があるとしたら戦闘に特化した者がいないこのパーティでは全滅は免れないだろう。

皆わかっているのだ。同じ時間の人間が建築した建物でさえ警戒するのに違う時間の建造物が相手なのだから、何が起こるかわからないという事を。

理屈ではなく本能で。

マッピングは昨日の調査で行っているが、それでもいくつか触れてはいない場所もある。

今日はそういった場所にも触れることなる。

「古代人の遺跡といっても、城とかではなさそうですね……」

教授が周囲を電灯を照らして見回しながら感想を呟く。

築数百年が経過としても、『城』ならばどこかそういう豪奢な雰囲気というものがある。

だがこの遺跡にはそれがない。

祭事を行う際の『祭壇』とも考えられるが、そういったところ特有の神聖な空気のようなものもない。

ここがもし祭壇だと仮定し、『邪教』と呼ばれる教えを信奉する集団が用いたとしたら血痕を始めとして禍々しい空気が存在しているものだ。

それも存在していないところからして『祭壇』でもないとなると、後は『墓』となる。

墓ならば神聖さも禍々しさのようなものがないというのも頷ける。

古来、王家のような庶民とは一線を画している墓には死者を弔う際に様々な動産が一緒に収められていると言う。

死者の魂を丁重に常世へと送るためだ。

そのため、遺跡の財宝を採集して売り払う事で生計を立てているトレジャーハンターなどは遺跡といっても主に墓に狙いをつけたりするくらいだ。

「しかし教授。この次元世界には王制はなかったはずですが……」

発掘隊のメンバーAがこの次元世界の歴史の一部を語った。

「となると、集団墓地かもしれませんね」

「でも集団墓地の中に遺物なんてあります?しかも昨日の調査でも見ましたけど、かなりの数でしたよ」

発掘隊メンバーBが教授の言葉に異を唱えた。

集団墓地は一人一人を埋葬したわけではなく、ひとまとめにして葬る様式で特に個人が識別不能になっている状態の事を指す。

「個人の識別が不能となると、身分のある方もこの中に?」

発掘隊メンバーCが仮説を立てる。

「多分ですが……」

教授が自信はないが首を縦に振る。

集団墓地が条件とするなら伝染病、戦争、天災などで死亡した際に用いられる。

ただし死者への葬り方があまりにも雑だと言われているので、道徳的にも問題視されていたりするがこの遺跡が集団墓地ならば従来のものとは違うという事がわかる。

部屋一室につき、石棺が十基埋葬されていた。

そんな部屋が一階につき十室あり、それぞれに石棺が置かれていた。

集団墓地にしても格段に扱いがいい。(集団墓地による埋葬のされ方は様々だが、穴を掘って遺体を放り投げるというのが一般的)

「僕も今まで色んな発掘で『墓』に関わった事はありますが、集団墓地でここまで丁重に死者を葬ったものを見るのは初めてです」

ユーノも部屋に入り、石棺一つ一つを調べながら感想をもらしていた。

「教授。調査前に言ってた現代の技術ではとうてい追いつかない技術が眠っているとは思えないんですけど……」

ユーノが教授の真意を探ろうとする。

「たしかに外観や部屋には石棺。遺物にしても現代の技術が追いつかないものとは言い切れませんね。でもスクライア君。私がここの発掘に踏み切ったのはあ

を聞いたからなんですよ」

「ある噂?」

「この遺跡の最下層にその噂の元となっているものが眠っているらしいんですよ」

「それは一体?でもそんな噂が流れているって事は先駆者がいたって事ですか?」

「だと思います。ただそれを見たとしても、採集していないところからして何かいわくつきのものかもしれませんね」

「だから教授はその最下層にあるものが現代の技術では届かないものだと考えているんですね?」

「まぁ推測と想像の範疇ですけどね……」

調査を続けながら、ユーノ達は最下層へと足を踏み入れようとしていた。

 

 

なのははフェイト・T・ハラオウン、八神はやて、アリサ・バニングス、月村すずか達と校舎の屋上で昼食を食べていた。

「ユーノ君、ちゃんとお昼食べてるかな……」

なのはは高町桃子作の弁当を食べながら、心配していた。

「なのはちゃん。まるで母親みたいやで」

はやてがからかう。

「だって~。ユーノ君一人にすると絶対に食生活メチャクチャになっちゃうもん」

なのはは過去の経験から断言した。

「メチャクチャってどんな風に?」

すずかが代表して訊ねる。

「まだいい方だった時は一週間連続でおにぎりとゆで卵だったし、その次によかった時は五日間連続で麺料理ばっかりとかでひどい時は十日連続で薬草と砂糖水とかだし、もっとひどい時なんてお料理する時間が惜しいって理由で塩と砂糖を舐めておしまいってのもあったんだよ!」

なのはが語る内容に四人は何も言えなくなる。

「ユーノってそういう事には人一倍気を遣ってるイメージあったけど……」

アリサは自身が描いていたユーノ像が崩れているのがわかった。

「アリサ。『無限書庫』って結構激務なんだよ。多分内勤の中ではトップレベルじゃないかな……」

「四六時中。前線に出てる人等や偉いさんの会議の際の資料を作ったりと暇らしい暇はないくらいやねんで」

フェイトとはやてがユーノの職場に関して簡潔に説明する。

「なのは。ユーノは三週間後には帰ってくるんだから、その時はなのはがご馳走を振舞えばいいんじゃないかな」

フェイトが、不安を抱えているなのはに助言を送る。

「ユーノ君って何が好きなん?」

はやてが知る限り、ユーノが好き嫌いしている姿を見た事がない。

「それも悩むところなんだよ~。ユーノ君、何でも食べるから特別好きなものとか嫌いなものとかってないんだよね」

振舞う側

なのは

としては本当に悩まされる部分である。

「まぁ帰ってくるまで時間あんねやからゆっくり考えたらええやん」

はやては自販機で購入したパックジュースに付属のストローを突き刺して、すすっていた。

なのはは食べながら思案していた。

 

 

最下層へと向かう道程は前日に調査したにも関わらず「罠あるんじゃないの?」と思いたくなるくらいに平凡で真っ直ぐだった。

最下層は上階のような石棺は一つもなく、ただただ広大だった。

緊急避難の場所とするなら、落盤以外なら護ってくれるだろう。

「ついちゃいましたね……」

ユーノは最下層に足を踏み入れて最初にそのように呟いた。

「罠がないのはいい事ですがね」

教授は苦笑しながらも背負っているリュックサックを下ろして、作業に入ろうとする。

「教授!」

発掘隊メンバーDが大声で叫ぶ。

「どうしました?」

対して教授はいつもどおりに冷静だ。

「こ、コレを見てください!」

教授とユーノはメンバーDのもとへと足を運ぶ。

「これは……」

「そ、そんな……。コレって……」

教授の眼鏡がキラリと光るのに対して、ユーノは両目を大きく開いてソレを見ていた。

彼が驚くのも無理はなかった。

そして同時に確信した。

コレが教授が言っていたものだ。

 

「時の列車……」

 

ユーノ達の前に佇んでいるのは黒色を主体に青色のポイントカラーが施されている三両編成の『時の列車』だった。

「噂は本当だったんだ……」

「どうみても最新技術の塊って感じだよな……」

「放置した可能性もありますよね」

「時空管理局でも無理なんじゃないかな」

「何の為に使うんだコレ……」

発掘隊メンバーが『時の列車』を見て口々に言う。

「スクライア君」

「あ、はい。何ですか?」

「君は先程つぶやきましたね?『時の列車』と。君はコレが何なのかを知っているのではないでしょうか?」

「形は違いますけど、似たようなものを五年前に見ています」

ユーノの言葉に教授の眼鏡が更に光る。

「これは一体、どういうものですか?」

「これはいわゆるタイムマシン---現在、過去、未来を行き来できるものなんです」

 

タイムマシン!?

 

ユーノ以外の発掘隊メンバーが大声を出して驚いた。

密閉された室内で声が反響する。

「タイムマシン。誰もが耳にはしますが見た事はないというのが普通ですよね」

教授の言うように、いくら次元世界の中で技術レベルがトップとも言えるミッドチルダでもタイムマシンを製作して成功した例はない。

尤もタイムマシンの制作そのものは学説では否定的に飛び交っている事もある。

だがユーノはその説に関しては否定的だ。

それは彼がタイムマシン---『時の列車』を直に目にしているからだ。

どんなに立派な講釈もたった一つの現実には勝てないのが自然の摂理である。

三両編成の『時の列車』を誰もが検分する。

線路が三両分しか敷設されておらず、一両目の先端はネドケラトプスがモデルになっており、二両目はダルウィノプテルス、三両目はT-REXとなっていた。

「デンライナーやゼロライナーとは違う車輌だ……」

ユーノは一両目に触れる。

プシッと音が鳴って、ドアが開かれた。

 

「あれ?お客さんかな……」

『時の列車』二両目のシートに寝転がっていたイマジンが起き上がる。

彼は『はぐれイマジン』ではない普通のイマジンだ。

契約者を持たない今では『時の列車』の中にいるため、実体化しているが外に出れば間違いなく砂状態になる。

彼がこの『時の列車』に居ついてから二、三ヶ月になる。

一人で起きてはまた寝る、という行為の繰り返しだった。

一両目のドアが開く音が聞こえた。

「ど、どうしよう。僕の事怖がられたら襲い掛かってくるかもしれないし……」

イマジンは慌てふためく。

『時の列車』に足を踏み入れる音が聞こえた。

「えいっ!」

イマジンは原型を崩して、白色と青色が混じった光球となった。

 

ユーノは『時の列車』の一両目に足を踏み入れて、じっくりと検分していた。

その後ろに帽子を深く被った発掘隊メンバーEが同伴していた。

モニターにコントローラーとなっているバイク。

「良太郎さんが乗ってるバイクに似てるけど、少し違う」

野上良太郎の愛車であるマシンデンバードⅡに似てはいるが、ヘッド部分に二本の角が装備されていた。

その角の形状は一両目の先端のネドケラトプスをモデルにしているものだった。

二両目に向かうと唯一の居住空間なのか、シートがL字になって設置されてテーブルが一つ置かれているだけだった。

テーブルの上には一つの黒いケースが置いてあった。

「これって……」

手にしてカチャっと音を立てて開けて、中身を取り出す。

桜井侑斗が所持しているゼロノスカードと酷似していた。

表面は青色でBと施されており、裏返してみると白色でSと施されていた。

「侑斗さんが持っているのとは違う」

取り出したカードをケースの中に収めて、テーブルの上に置いた。

メンバーEがケースを手にして、ポケットの中に収めた。

そして三両目に向かう。

そこには青色でTーREXの頭部を髣髴させる装甲車輌が一台置かれていた。

「凄い……。こんな車、ミッドチルダでもそうそう見られないよ」

別段自動車好きというわけではないが、それでもわかる。

自分の眼前にある車輌はミッドチルダの技術では到底製造できないほどのスペックを誇っていると。

「!!」

ユーノの耳に悲鳴のようなものが聞こえた。

『時の列車』を出ると、一体のイマジンが発掘隊のメンバーを屠っていた。

「コイツは『時の列車』じゃねぇか。こんな物があるってわかっちまったら俺達イマジンは常に怯えて生きてかなきゃならなくなるってもんだ」

くるまえび型のイマジン---プローンイマジンが教授の首を掴んで持ち上げながら、こちらを睨んでいた。

「ス、スクライア君……。に、逃げてくださ……」

「うるさいよ。オッサン」

ゴキリという音が鳴ると、プローンイマジンは教授を離した。

教授の首が折れ、そのままぐったりとしていた。

誰が見ても絶命したのだという事がわかる。

「言っておくけど、外の連中も皆殺してるからお前等を助けに来るヤツはいねぇぞ?」

プローンイマジンはユーノにしてみれば一縷の希望となる事も先に粉砕した。

「くっ……」

ユーノは中腰になって構えを取る。

「ほぉ。やるってのか?俺達イマジン相手に正面きって構えを取るのは初めてだぜ」

プローンイマジンは構えは取らないが、その物腰に隙はひとつもなかった。

「でもま、結果はかわらねぇぜ。テメェ等はここで俺に殺されてこの『時の列車』はバラバラの木っ端微塵になるんだよ!」

プローンイマジンは高笑いしている。

自分が人間に遅れをとることはないと本気で考えている。

 

「どうかな?」

 

帽子を深く被った発掘隊メンバーEがユーノの後ろから告げた。

ユーノを押しのけて、自前の50口径の二連式の銃を構える。

ユーノとて時空管理局に勤めている人間だ。

質量兵器ともいえる『銃』は色々と見ているからわかる。

この人物が持っている銃は『次元世界』には存在しない。

「そんなオモチャで俺を倒そうってのか?お笑いだぜ!!」

プローンイマジンが腹を抱えて笑う仕種を取る。

対して、メンバーEは余裕の表情を浮かべていた。

「やってみなければわからない、よ!」

メンバーEは引き金を絞る。

二箇所の銃口からエネルギー弾が発射される。

プローンイマジンは右にサイドステップして避けようと試みるが、弾丸はまるで意思があるようにして自動で追尾して直撃させた。

「ぐわあああっ!!」

プローンイマジンは後ろに仰け反る。

発掘隊メンバーEは帽子を脱ぎ捨てる。

「誰?」

ユーノがそのような台詞を吐くのはごく自然な事だ。

彼も発掘隊に参加する際に参加メンバーの名簿には目を通しているから、人相は全て記憶している。

だが目の前にいる青年の顔は知らない。

「日本人?なのはのいる海鳴の人?それとも良太郎さんや侑斗さんのような別の世界の日本から来た人?」

ユーノの独り言じみた推測に青年は反応した。

「リョウタロウ?君は野上良太郎を知っているのかい?」

青年が今度はユーノに訊ねる。

「ええ、まあ……。仲間ですし……」

「彼の顔の広さには驚くね」

青年は銃口をプローンイマジンに向けたまま小さく微笑んだが、すぐに顔もプローンイマジンに向ける。

「貴方は一体?良太郎さんとはどのような……」

ユーノが青年の素性を訊ねる。

「野上良太郎を始めとするデンライナーの連中とは知らない間柄じゃないが、君のように『仲間』ではないね。彼等にとって僕は『敵』と認識されても不思議じゃないくらいだからね」

青年はさらりと答える。

彼の口調や声色からして嘘をついているとは思えない。

となると、チームデンライナーとは微妙な関係の人物だと推測できる。

そして青年は更に口を開く。

 

「僕の名前は海東大樹

かいとうだいき

だ。憶えておきたまえ」

 

青年---海東が短く自己紹介を終えると、黒いケースから一枚のカードをブゥゥンという音を鳴らしながら取り出す。

海東はカードを銃身側面中央部に設けられているカード挿入口に挿入する。

50口径二連式銃の前面を左手で前へスライドさせる。

『カメンライド』

電子音声で発しながら50口径二連式銃---ディエンドライバーにマゼンタカラーで『KAMEN RIDE』と浮かび上がり、キュウンキュウンという待機音が鳴り響く。

ディエンドライバーを海東は天に掲げる。

 

「変身!!」

 

高らかに叫ぶと同時にディエンドライバーの引き金を絞る。

『ディ・エンド』

電子音声が発し、海東の頭上に紋章が浮かび上がりシアンカラーのライドプレート十三枚となる。

赤、青、緑のシルエットが出現して、海東の周りを滑るようにして移動する。

その工程を三回ほど繰り返してから、三色のシルエットが同じタイミングで海東へと入り込む。

海東の姿が黒が目立ち、ポイントカラーとして銀色と黄色が入った姿へと変わる。

そして頭上にある十三枚のライドプレートが頭部にガスガスガスッと刺さる。

直後に脇、腕内側、下半身に向けてシアンカラーが走る。

両目であるディメンションヴィジョンが輝く。

身体全身から突風が吹き荒れる。

次元をまたにかける戦士。

全ての世界の『お宝』を守護し、手に入れる戦士。

仮面ライダーディエンド(以後:ディエンド)が次元世界に降臨した。

「電王でもゼロノスでもない仮面ライダー……」

ユーノの呟きをディエンドは聞き逃さない。

 

「見ていたまえ。電王ともゼロノスとも違う僕の戦い方を」

 

ディエンドはディエンドライバーの銃口を向けながらプローンイマジンとの間合いを詰め始めた。

 




次回予告

    ディエンドとプローンイマジンの戦いをただ見ているしかないユーノ。

    激しい戦闘に耐え切れずに、遺跡は崩壊を始める。

    ディエンドは一人去り、ユーノの身体から砂が噴き出る。

    ユーノは気を失い、一つの家族が彼を拾った。

    第十三話 「0070年 難は去っても幸は来ず」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 「0070年 難は去っても幸は来ず」

ディエンドはディエンドライバーの銃口を向け、引き金を絞る。

二箇所の銃口から魔力ともフリーエネルギーとも違う別室のエネルギーで構築された弾丸が発射された。

「君は列車の中に隠れていたまえ。守りながら戦うというのはどうにもやり辛い」

「は、はい!」

ディエンドの忠告に従うようにしてユーノ・スクライアは『時の列車』へと入った。

「まずはテメェからぶっ潰させてもらうぜ!!」

プローンイマジンはフリーエネルギーで両手に自動拳銃を出現させて、銃口を向けると同時に引き金を絞る。

「できるかな?君に」

ディエンドは左腰に装備されている黒いケース---ライダーカードホルダー(以後:カードホルダー)を開けて、一枚カードを引き抜く。

ブゥウンという音を鳴り響かせながら、ライダーカード(以後:カード)を一枚手にする。

ディエンドライバーを後方にスライドさせてカード挿入口に引き抜いたカードを差し込んで、前にスライドさせる。

ディエンドライバー側面から『ATTACK RIDE』とマゼンタカラーで浮かび上がる。

引き金を絞る。

ディエンドライバー側面の文字表示が『INVISIBLE』と切り替わる。

『アタックライド・インビジブル』

機械音声が発した直後に、ディエンドの身体が赤、青、緑のシルエットに切り替わって原型をなくした。

プローンイマジンが放った弾丸は素通りしてしまう。

「どこ行きやがった!?出て来い!!」

プローンイマジンは二丁の銃を構えながら、周囲を見回す。

「ここだよ」

声と同時にプローンイマジンの背後に赤、青、緑のシルエットが出現して三色は一つとなってディエンドライバーを構えているディエンドが出現する。

ディエンドライバーが銃口を構えて、引き金を絞る。

一度に二発のエネルギー弾丸が発射される。

振り向いたプローンイマジンも負けじと二丁の銃の引き金を絞る。

フリーエネルギーの弾丸が発射される。

四発の弾丸が発射され、宙で同時にぶつかって相殺される。

バァンボォンと爆煙が立つ。

互いに一瞬に近いが、視界が遮られる。

ブゥウンという音が鳴る。

ガシャッとディエンドライバーを後方へスライドさせて、先程引き抜いたカードを挿入口へと差し込む。

『ATTACK RIDE』

ディエンドライバーの側面にマゼンタカラーで表示される。

引き金を絞る。

『BLAST』と切り替わる。

『アタックライド・ブラスト』

ディエンドライバーが発すると同時に、銃口からマシンガンのように数発のエネルギー弾丸が発射された。

「何!?」

プローンイマジンも対処できないのか驚きの声を挙げながら、何発かを相殺する事はできたが全ては不可能なため直撃を許してしまう。

「ぐうっ!!」

プローンイマジンは仰け反って足を数歩さがってしまう。

ディエンドがこの機を逃すわけもなく、間合いを詰める為に駆け出した。

 

『時の列車』に避難しているユーノはディエンドの戦闘を内部から見ていた。

「あの銃は単なる射撃性能だけでなく、差し込んだカードの能力を引き出す機能も備わってるんだ……。たしかに電王やゼロノスとは違う戦い方だ」

ディエンドはカードの能力と自前の身体能力を駆使して戦っている。

カードの枚数だけ戦術が組めるという事になる。

それだけで電王やゼロノスよりも利点が多いという事になる。

ただし、素人にいきなりできるかといわれると確実に不可能だ。

カードの枚数=手数となるが、素人ならではの落とし穴もあるわけだ。

冷静に判断できないと手数の多さに混乱して敵にやられるという事になる。

だがディエンドにはそのような『迷い』が一切ない。

それだけカードを駆使して実戦を乗り越えてきているという証明だろう。

「凄いですねぇ。あの人」

列車内から声がする。

「そうだね。カードをいくら所持しているといっても、それぞれの特性を理解していないと宝の持ち腐れになるね」

ユーノは声に対して自然に答える。

「え?」

そこで自分が何と応対しているのか気付く。

列車内にいるのは自分以外にいないはずだ。

周囲を見回す。

前はもちろんの事、横にも背後にもいない。

「もしかして!」

そう思いながら、頭上を見上げるがただの天井で何もない。

「気のせい、とは思えないか……」

イマジンの出現に仮面ライダーの登場とまるで、自分の中にある『平穏』を全てぶち壊すように。

今なら何が起こっても不思議ではないからだ。

 

ディエンドがプローンイマジンとの間合いを詰めてから、左フックを繰り出す。

プローンイマジンにとっては避けきれない一撃ではないので、しゃがんで避ける。

「甘いね」

ディエンドライバーの銃口がしゃがんでいるプローンイマジンに突きつけた。

引き金を絞る。

二連式の銃口からエネルギー弾丸が発射される。

「!!」

プローンイマジンは首を傾けて避けると同時に、二丁の銃をディエンドに向けると同時に引き金を絞る。

「!!」

ディエンドはバック宙をして後方へと下がって、宙に浮く。

その間に一回引き金を絞る。

そして、両脚が地面に着地すると同時にもう一回引き金を絞る。

全弾がプローンイマジンに直撃する。

「がはあっ!!」

身体からブスブスと火花が飛んで、煙が噴き出ている。

だが『やられたらやり返す』という意思が、プローンイマジンの全身を突き動かしていた。

「潰す!!」

叫ぶと同時に銃を構えて、発砲する。

ディエンドは飛んでくる弾丸を横に走りながら避けていく。

弾丸は全て遺跡の壁に当たっていく。

頑健な造りではないらしく、めり込んだ弾丸を中心にして壁に亀裂が走り始める。

「まいったね……。長期で長引かせるわけにはいかないか」

カードホルダーからカードを一枚引き抜く。

そして、『時の列車』を見る。

「宣言はしてしまったしね」

ディエンドライバーを後方へスライドさせてから、カードを挿入口に差し込んで手ではなく、ディエンドライバーを前に振った勢いでガシャっとスライドさせた。

側面にマゼンタカラーで『KAMEN RIDE』と浮かび上がる。

走っていた両足は停まり、ディエンドライバーを構えて引き金を絞る。

『BLADE』とスペードの紋様を背景に切り替わる。

『カメンライド・ブレイド』

機械音声と共に赤、青、緑のシルエットが出現して、三方向に走ってから三色のシルエットは一つになる。

銀色と青色が目立ち、頭部はヘラクレスオオカブトをモチーフにし赤い目をした戦士が出現した。

左腰には専用武器が吊るされている。

戦士はプローンイマジンを睨んでいる。

戦士---仮面ライダーブレイド(以後:ブレイド)は一言も発することなく、プローンイマジンへと向かっていった。

 

「あれも仮面ライダー、かな?」

戦いを『時の列車』で覗き見ているユーノもディエンドが召喚したブレイドを強く『仮面ライダー』だと言い切ることはできなかった。

何せ知らないのだから無理もないことだが。

(何が起こっても不思議じゃないと覚悟を決めたけど……)

ここまでとは予想はしていなかった。

召喚されたブレイドはただ目の前の敵を倒すかのようにして、プローンイマジンに殴りかかっている。

避けられてはいるものの、その事に苛立ちや焦りを感じていないのか黙々と攻撃を繰り出していた。

その攻撃には『意思』のようなものが感じられない。

「戦士の召喚まで。もうほとんど魔法だよ……」

あまりに電王やゼロノスとは違う戦いぶりに、ユーノはどのようなコメントをすればいいかわからなかった。

「あんな事まで出来るとなると、次に何が出てくるんでしょうね?」

声はどこかディエンドの行動に期待していた。

「どこにいるの?」

ユーノは声に向かって試しに訊ねるが、何も出てこなかった。

光球が出現し、ユーノの頭上に浮いていた。

 

ディエンドとブレイドの二対一となってプローンイマジンにしてみれば苦しい状況に追い込まれていた。

二丁の銃で狙いをつけるが、どちらがいいかわからない。

ディエンドを狙えばブレイドがフリーとなって襲い掛かってくる。

反対にブレイドを狙えばディエンドが何かをしでかしてくるのはわかっている。

「くっ!」

プローンイマジンは結果として、一丁ずつそれぞれに狙いをつけて引き金を絞った。

だが元々射撃性能が低いので当たるはずがなく、ディエンドとブレイドは難なく避けてしまう。

弾丸は全て遺跡の壁にめり込む。

「ん?」

パラパラっと天井から土の欠片が降ってきた。

「そろそろヤバイね……」

ディエンドは周囲を見回しながら、ここがあまり長くもたないと理解する。

その直後にカードホルダーからカードを一枚引き抜く。

ディエンドライバーを後部にスライドしてから、カードを挿入口に差し込む。

そしてディエンドライバーを前へ突き出す。

同時にスライドしてブレイドの胸部に黄色でスペードの紋様と『FINAL FORM RIDE』と浮かび上がる。

そして、ディエンドはブレイドに狙いをつけて引き金を絞る。

 

「痛みは一瞬だ!!」

 

胸元が『BLADE BLADE』へと切り替わった。

『ファイナルフォームライド。ブ・ブ・ブ・ブレイド』

ディエンドライバーが発する。

ブレイドの背中に赤色のトランプカードの裏面のようなものが円となって出現する。

次に胴が伸びて、頭部が折れるようにして後ろへと引っ込む。

身体全身が逆立ちになりながら腰が捩れていく。

空に向かって突き立てている両脚が内股になって太股、ふくらはぎの裏側から刃が出現してブレイドの専用武器である醒剣ブレイラウザーが腰元から独りでに離れて両足の頂点に収まる。

ブレイドのファイナルフォームライド(以後:FFR)形態、ブレイドブレード(以後:Bブレード)である。

ディエンドはBブレードを手にする。

更にカードホルダーからカードを引き抜いて、ディエンドライバーに差し込む。

『ファイナルアタックライド。ブ・ブ・ブ・ブレイド』

ディエンドライバーの機械音声直後にディエンドはBブレードを握って、プローンイマジンに切りつける。

Bブレードの刀身は青いエネルギーに覆われている。

袈裟から右薙ぎへと斬りつける。

斬った瞬間にブワッとエネルギーが噴き出て、衝撃波が生じて最下層全体に伝わる。

「ぐおわああああああああ!!」

プローンイマジンは自身に斬りつけられたエネルギー量と肉体を耐久できるエネルギーの許容量を超えているため耐え切れずに爆発した。

爆煙がたちこめ、Bブレードの姿はなくなった。

 

イマジンは光球となって、自分の塒である『時の列車』に入り込んだ一人の少年を見ていた。

時折、声をかけてみるが大袈裟に驚く様子はなかった。

(魔法の世界だから、かなぁ)

実を言うとこのイマジン。『時の列車』の外を出た事がない。

出たいと思わなかったというのもあるし、イマジンの本懐にも興味を見出せなかったというのもある。

そもそもイマジンの本懐はどちらかというと嫌っていた。

(人の弱みにつけ込むなんて、嫌だもん)

イマジンとは思えない考えだ。

(この人、僕の事どう思うかなぁ)

自分にとっては一番最初に会話をした人間という事もある。

大袈裟に驚かなかったからこそ、妙な期待感を抱いてしまう。

少年が『時の列車』から出ようとする。

「あ、待って!待ってください!」

イマジンは光球状態で姿を現し、声のする方向に顔を向けている。

つまり今の自分と目が合っているのだ。

だがそれは一瞬でイマジンは少年---ユーノの中に入り込んでいた。

 

ユーノは自分が幻を見たのか疑っていた。

何かが自分の身体の中に入り込んだ感覚のようなものがある。

だがそこに論理的根拠がない。

両手を見るが、外見的な変化はない。

かけている眼鏡を外すが、視力がよくなったという事もない。

「気のせいかな……」

ユーノはドアを開いて、外を出る。

「やあ。こっちは片付いたよ」

ディエンドが軽く手を挙げる。

「今のは一体なんですか?」

ユーノはブレイドやFFRのBブレードの事を訊ねる。

「手品師にとって、『死』に等しい行為とは何だかわかるかい?」

ディエンドが質問で返してきた。

「マジックの種が明るみになる事、ですよね」

ユーノは自分が知りうる限りの考えをディエンドにぶつける。

「正解。僕の戦い方も同じ様なものだから聞かないでくれたまえ」

「はあ」

そう言われると、ユーノとしても黙っているしかない。

「そうだ!教授達は……」

ユーノは万に一の望みで生存者を探ろうとする。

「残念だがここにいる僕達以外は全員死亡している。この遺跡が墓地として使われたのがせめてもの救いかもしれない」

ディエンドは黙祷をささげる。

変身している以上、変身者はどのような表情を浮かべているかは想像するしかない。

「死者に敬意を払う事をいい事だが、急ぎたまえ。ここは間もなく崩れる」

ディエンドの言うように天井からパラパラと土がこぼれ、大きな瓦礫が落下を始める。

「おわっ!!」

ユーノはスレスレに落ちてきた事に驚き、仰け反る。

「ど、どうしたら……。脱出するにしても走ってたら間違いなく下敷きになる……」

(転送魔法?駄目だ。目的地を指定する時間がない!)

八方ふさがりになりつつあるユーノをディエンドは見ていた。

「それを使おうとは思わないのかい?君は『時の列車』を知らないわけじゃないんだ」

「でも……」

「使わないなら、その『時の列車』は瓦礫の下敷きになるし君もここで死ぬよ。では僕はお先に失礼」

ディエンドは忠告をすると、カードホルダーから一枚カードを引き抜く。

カードを差し込む。

ディエンドライバー側面にマゼンタカラーで『KAMEN RIDE』と表示されて、引き金を絞る。

『AGITO』と切り替わる。

『カメンライド・アギト』

機械音声と同時に赤、青、緑のシルエットが出現して上下左右に行き来してから中心でシルエットが重なると、金色と黒色が目立つ色彩で、複眼はブレイド同様の赤色で龍をモチーフにした戦士---仮面ライダーアギト(以後:アギト)が出現した。

ディエンドはすかさず、カードホルダーからもう一枚のカードを引き抜く。

そしてディエンドライバーに差し込む。

アギトの胸部に黄色で『FINAL FORM RIDE』と浮かび上がる。

「痛みは一瞬だ!!」

ディエンドが引き金を絞る。

アギトの胸部がアギトの頭部を表している紋様と同時に『AGITO TORNADOR』へと切り替わった。

『ファイナルフォームライド。ア・ア・ア・アギト』

ディエンドライバーが機械音声で発する。

アギトの背中にバイクのシート部分が出現する。

跳躍した直後に、両腕と両脚に赤色と金色が目立つ装甲が出現する。

その装甲が命ずるままにアギトは人型から別の型へと変形を始める。

やがてアギトは愛車であるマシントルネイダーのスライダーモードと酷似した姿---アギトトルネイダー(以後:Aトルネイダー)へと変形を完了した。

ディエンドはAトルネイダーのに乗っかる。

そして、そのまま出口へと向かっていった。

残されたのはユーノだけだ。

「海東さんの言うとおりだ。このままじゃ僕は下敷きで一巻の終わりだ……」

ユーノは『時の列車』に乗り込む。

現在は一両目、車輌全体を操縦するとしたらこの車輌だけだろうと推測する。

「このバイクで操縦できると思うけど……」

ユーノは五年前の戦いの際に、デンライナーに乗車した経験はあるがどのようにして操縦しているかは知らない。

取扱説明書らしいものはここにはないし、探す余裕もない。

コントローラーとなるバイクに跨る。

アクセルを噴かす。

ブォンと鳴って前輪と後輪が回転を始める。

その直後にガッコンという音がユーノの耳に入った。

バイクの前面にあるモニターは黒い画面のままだったのに、前面の景色が映し出されていた。

「動いてる?でもこれなら!」

ユーノはバイクのグリップを思いっきり回す。

『時の列車』が線路を敷設・撤去しながら走り出した。

ガガガガガガンという音を鳴らしながら、遺跡が崩れていった。

 

ディエンドの変身を解除した海東大樹は崩れていく遺跡を見ながらポケットの中にしまいこんでいたカードケースを取り出す。

「コレを『お宝』にする事が出来る人物だったのに……」

海東にしてみれば今手にしている物は『お宝』ではなく『ガラクタ』だった。

彼の言う『お宝』には様々な捉え方がある。

誰から見ても価値があり、売却した際には高額が確実に見込める『お宝』

一部の人間には大変価値があるが、一部の人間には何の価値もない『お宝』

そして、殆どの人間にとってはガラクタ同然だがたった一人にとっては何物にも勝る価値がある『お宝』

彼はそれを時には手にし、時には護っていたのだ。

今回の目的は『お宝』は『入手』と決めていた。

しかし、それは変更された。

何故ならユーノがこのカードケースを手にした時、海東には『輝き』が見えたからだ。

この『輝き』とはいわば『手にするに相応しい』と思われる人間が物に触れたときに生じるものだ。

つまり物に『輝き』を発せられる人間というのは端から見たら『ガラクタ』と思える物がその者にとっては『お宝』になるという事になる。

「コレを『お宝』にできる彼は間違いなく、これから先険しい道を辿る事になるね」

海東は確信に近い予想をする。

『お宝』を手にした者にはそれなりにリスクが訪れる事を知っているからだ。

それが、一人の人間の人生を変えるほどの『お宝』なら尚の事だろう。

「ん?」

ゴゴゴゴゴという音が鳴り響く。

その直後に砂煙が宙を舞い、巨大な影が地中から出てきた。

砂煙から線路が出現し、巨大な影---『時の列車』が出現した。

プシューッと音が鳴ってドアが開き、ユーノが出てきた。

「はあ……はあ……はあはあ」

出てきたユーノは疲弊しており、その場に座り込む。

無理もないだろうと海東は思う。

ぶっつけ本番で自動車やバイクとは違う別物を操縦して、生き永らえたのだから。

「お疲れ」

海東はそう言いながら、ユーノの前に立ってカードケースを差し出した。

「コレは?」

「受け取りたまえ。コレは今から君の『お宝』だ」

「え、あ、どうも。でもどうして?貴方はコレを私物にすることも出来たんじゃ……」

ユーノの質問に海東はというと。

「僕が手に入れるのは『お宝』だけさ。そしてソレは君が持つことによって初めて『お宝』になって、君以外には『ガラクタ』になるとわかったから君に渡しただけさ」

「?」

ユーノは首を傾げる。

「今はわからなくてもいい。でもいずれはわかるよ」

海東はそう告げると歩き出す。

その前の風景が歪みだす。

海東はユーノに顔を向け、呟く。

 

「頑張りたまえ。仮面ライダーになる運命の少年」

 

そして今度は真っ直ぐ前を見据えて歪んだ風景の中に入り込んだ。

 

「あの人、何て言ったんだろう?」

ユーノは海東の最後の呟きを聞き取る事ができずに、首を傾げていた。

『時の列車』は空間を歪ませて、線路を敷設して走っていった。

見送ってからユーノは手にしたカードケースを見る。

「僕にとっての『お宝』か……」

海東の言っている意味が理解できない。

(これがもし、侑斗さんのゼロノスと同じシステムなら僕もなれる……)

このカードケースの中に入っているカードを用いれば仮面ライダーゼロノスに変身できるとユーノは推測する。

(でも、使えば間違いなく……)

だがゼロノスカードの効力を知っているため、その考えはすぐに打ち消されてしまう。

ゼロノスカードの効力。

それは使用者に関する記憶を周囲の者達が忘却していく事だ。

使えば二度と元の生活を歩む事はできなくなるだろう。

使用者と相手との記憶に『ズレ』が生じるからだ。

「それよりもこれからどうしよう……」

発掘隊は自分を除けば全滅である。

最悪な事に救難信号などの器具もご丁寧にプローンイマジンは破壊している。

こちらから助けを呼ぶ事はできない。

今自分がいる次元世界は臨行次元船は一応来るが、辺境中の辺境であるため一日に一回くらいしか来ない。

事情を時空管理局に伝えたいというのも本音だが、まず自分が生き残る事が先決だ。

「港に行くにしても、地図も全部壊されちゃってるからなぁ……」

こんな時自分もデバイスを持っておけばよかったと考えるが、ないものねだりをしても仕方がない。

「とにかく歩こう。もしかしたらこの世界に住んでいる人に会えるかもしれない」

ユーノはカードケースをポケットにしまいこんで歩き出す。

歩くたびに彼の身体からバサッと白い砂が零れ出す。

砂は独りでに集まって、上半身と下半身が逆転していた真っ白な状態のイマジンとなる。

「あの、待ってください!」

「え?」

背後から声がしたので、ユーノは振り向くとそこにはフェレットと仮面ライダーのイメージが混濁したイマジンがいた。

「人が住んでる所は遺跡から南にありますよ!」

イマジンがユーノが歩く方角は間違っていると忠告する。

「えーと……君はもしかして、『時の列車』で話しかけてくれた……」

ユーノは何故ここにイマジンがいるのかわからなかった。

後、何故真っ白で上半身と下半身が逆転している妙な姿なのだろうと。

「はい!僕は……。あ、すいません。僕、まだ名前ないんです」

イマジンが首をがっくりと落とす。

「僕達イマジンは契約者と契約を交わさないと、実体化できないんです」

現在このイマジンは宙ぶらりんの状態という事になる。

「もしかしてその契約者って……僕?」

「はい!」

ユーノは自分を指差し、イマジンは無邪気に首を縦に振る。

「………」

ユーノは何も言えなくなっていた。

(ここまで来ると、本格的に魔導師から離れていくね……)

イマジンに憑かれてゼロノスカードまで所持しているのだから、ユーノでなくても言うだろう。

「で、南にいけば村か町があるんだね?」

「はい!『時の列車』でこの世界の地理は大体憶えてます!」

イマジンが自信を持って言う。

「それは頼もしい」

ユーノはこの聡明だが子供っぽいイマジンを信じる事にした。

 

イマジンが指定した方角を歩いて三時間後。

 

「はあはあ……はあ……はあはあ……」

ユーノは激しく息を乱し、両肩を上下させて歩いていた。

足取りも重くズルズルと引きずっているようにも見えた。

「そういえば聞いてなかったけど、その場所ってどのくらいの距離なの?」

「えーと五十ってモニターには出てました」

「それ絶対にメートルじゃなくてキロメートルだと思うよ」

ユーノはあと何十キロもあるかなければならないと思うと、『時の列車』を手探りで操縦した事や発掘の際での緊張感などによる疲れが一気に身体に圧し掛かってうつ伏せになって倒れた。

「あ、しっかり!」

「いくら身体を鍛えてても、精神的にもう……ダメ……」

ユーノはイマジンにそう呟くと完全に気を失った。

「ど、どうしよう!僕この身体じゃ運べないし!!」

あたふたとするイマジン。

上半身下半身逆転状態でその行動を取ると、とてもシュールである。

イマジンの耳に排気音と鼻に匂いが感じた。

「人が来る!これなら!」

そう言うと、イマジンはユーノの身体に入り込んだ。

 

「行き倒れ?」

「もしかして死んでないよね?お父さん」

「まぁ待て。まずは脈を取ってみる」

ジープに乗っている壮年の男と帽子を被った少年は、倒れているユーノを見つけた。

壮年の男はユーノの脈を取る。

「大丈夫だ。生きてる。ただ相当疲れてるみたいだな」

「助けるよね?」

「当たり前だろ」

壮年の男はユーノをジープの後部座席に寝かせて、そのまま自分達の村へと走らせた。

 




次回予告

    ある村に運ばれたユーノはとある家族に手厚く看護される。
 
    その頃管理局では発掘隊が行方不明になったので捜索チーム
    が編成されていた。

    発掘品で賄う村であり、小さくはあるがそこそこ裕福だった。

    しかし、そんな村にも魔の手が迫っていた。

    第十四話 「0070年 ユーノ・スクライアの消息」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 「0070年 ユーノ・スクライアの消息」

管理世界。

時空管理局が管理している世界というのが世間での常識で通っている。

その反対の意味を『管理外世界』と呼ばれている。

しかし、管理世界もピンからキリまでが平等に目が行き届いているわけではない。

そう、本拠地があるミッドチルダから離れている次元世界は結構見落としがちになっているというのがマスコミ達が時空管理局に対して批判記事を作り上げる際に最適なネタであったりする。

 

『管理世界』というものに決して安全ではないと知ったのは僕はこの一件が初めての事だった。

 

 

「う……うん……」

ユーノ・スクライアは閉じていた双眸をゆっくりと開き始めた。

意識がぼんやりしていることもあるからか、視界はハッキリしておらずどこかボケていた。

(眼鏡がかかってない?外された?)

ユーノはベッドから起き上がりながら、眼鏡がないことを確認するかのように掌で顔をペシペシする。

視界はさっきと変わらないが、これは単純に視力低下によるものだ。

ぼんやりとする視界でありながらも眼鏡らしき輪郭を見つけて手に取る。

眼鏡をかけることでやっと視界がハッキリする。

そして周囲を見回す。

木質構造の家だと推測しながらベッドから起き上がるが、仰け反るようにフラッとしてお尻をベッドに乗っけてしまう。

「大丈夫ですか?」

ユーノの身体から砂がこぼれて、やがて形となっていく。

上半身と下半身が逆転し、フェレットと仮面ライダーが混濁したイメージのイマジンが出現した。

「何とか……ね。君は僕が寝てる間も起きてたの?」

「はい。僕は意識ハッキリしてましたから。それがどうかしたんですか?」

「じゃあ、僕を運んでくれたのはどんな人だったか説明できる?」

ユーノはイマジンにどのような人物が助けてくれたのかを訊ねる。

「ええとですね。一人は男の人でした。呼び方は『おじさん』っていう感じの年齢の人ですね。もう一人はお兄さんと同じ年くらいの男の子?でしたよ」

イマジンが二人目に関してはどこか曖昧な言い方をしていた。

「自信がないの?」

「うーん。そういうわけではないんですけど、何か変なんですよねぇ……」

イマジンが腕を組んで、首をかしげている。

ドアを叩く音がしたので、イマジンはまたユーノの身体の中に入り込んだ。

「はい。開いてます」

ユーノがそのように返すと、帽子を被った少年がトレイを両手に持って入ってきた。

トレイの上にはパンとコーンスープが乗っかっていた。

「よかった。目が覚めたんだね」

少年はトレイをユーノに渡す。

「!!」

ユーノは少年の顔が近くなると、何かを感じた。

イマジンが何故曖昧な答えしか出せなかったのか理解できたようだ。

「ん?どうしたの?」

「あ、いや何でもないよ。それより助けてくれてありがとう」

「いいよ。困った時はお互い様ってヤツだよ」

ユーノはその場でトレイを持ったままで失礼ではあるが頭を下げ、少年は笑顔で返す。

「食べ終わったらリビングに来てくれないかな?君の事を聞かなきゃいけないしね」

少年はそう言うとドアを閉めた。

ユーノはパンをかじり、コーンスープを飲み始めた。

窓から見える景色で外は青空から茜色になっていた。

 

 

えええええええぇぇぇぇ!!

 

と時空管理局のレクリエーションルームでは大きな声が出ていた。

そのような声を出したのは高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやてを始めとしてアルフ(幼女)、ヴォルケンリッター、エイミィ・リミエッタである。

クロノ・ハラオウン、リンディ・ハラオウンは思わず耳を塞いでしまったが彼女達がそのような悲鳴を上げてしまう理由も理解できるので抗議をする気にはならなかった。

「クロノ君!ユーノ君が行方不明ってどういうこと!?」

なのはがクロノに詰め寄る。

「な、なのは。落ち着いて!」

「気持ちはわかるけど、落ち着いて!な?」

フェイトとはやてが、今にも首根っこを掴みかねないなのはを何とか抑えようとしていた。

「なのはちゃん!」

エイミィの一声が決め手になったのか、なのははクロノから離れる。

「なのはさんが取り乱すのも無理はないと思うわ。ユーノ君が参加している発掘隊は管理局が支援しているから一日ごとに定期連絡する事が義務付けられているの」

リンディがクロノに代わって説明を始める。

「その連絡がないから行方不明になっている、と?」

理解を始めたなのはにリンディは首を縦に振る。

「別の遺跡に行ったとかじゃねーの?」

ヴィータがありえそうな予想を口にする。

「それはない。別の遺跡に足を踏み入れるにしても期間を延長するにしても連絡はあるからな」

クロノが否定する。

「それがないとなると確かに心配だ」

シグナムが腕を組んで言う。

「既に捜索チームが編成されいるはずよ。でも本格的な捜索は明日以降になるでしょうね」

「義母さん。何故ですか?」

皆が首をかしげ、代表してフェイトが訊ねる。

「距離の問題よ。ミッドチルダ

ここ

からユーノ君のいる次元世界までは臨行次元船でも片道十六時間かかるのよ」

 

十六時間!?

 

その場にいる女性陣は思わず大きな声を上げる。

「ちなみに管理局の艦を使っても十時間だ。すぐ捜索なんて事はまず出来ないだろう」

下準備に所要する時間もあるのだから当然だ。

クロノが次元航行艦を用いても六時間しか短縮できない事を打ち明ける。

「何かわかったから連絡するよ」

クロノの言葉はひとまず今日は終わり、と推測させるには十分なものだった。

 

 

食事を終えたユーノは空になった皿を乗せたトレイを持って、リビングに足を踏み入れていた。

そこには自分に食事を運んでくれた少年と幼い少女、そして壮年の男性と恐らく似た年齢だろうが若く見える女性に、一番最年長ととれる老人(男)がいた。

服装は軽快なものばかりで、洒落っ気よりも機能重視というのが一目でわかった。

「やぁ気がついたみたいだね」

家族の大黒柱的役割である男性が新聞を読んでいた。

「丸一日、眠ってたのよ」

その大黒柱を支える女性が笑顔でユーノが手にしているトレイを受け取った。

「お兄ちゃん。大丈夫?」

幼女がユーノを見上げるかたちで心配する。

「ありがとう。大丈夫」

ユーノはしゃがんで感謝の言葉を述べる。

「その身なりからしてお前さん。本土(ミッドチルダの事)の人間なのか?」

「ええ、まあ……」

老人の質問にユーノは当たり障りがないように答える。

民間人が時空管理局所属の人間に対して、好意的か否かというと微妙な部分なのであえて伏せておく事にした。

それに自分は所属しているといっても、生粋の内勤である。

事件が起こったからといって前線で活躍する権限は緊急時でも与えられていない。

「立ちっ放しもなんだから座ったら?」

少年が椅子に座るように促す。

「は、はあ……」

ユーノは促されるままに椅子に座る。

対面には新聞を読んでいる男性と穏やかな雰囲気を出している女性が座っていた。

新聞を畳んでこちらに視線を向けてきた。

「早速だが君の名前と何故あんな所にいたのかを教えてもらえるかい?俺はファーティだ」

「妻のムッティです」

二人は『人に名乗らせる前にまずは自分から名乗る』という礼儀を重んじたのだろう。

「ユーノ・スクライアです」

「僕、フィリオ」

「わたし、スール!」

ユーノが名乗った直後に子供達二人も名乗る。

「儂はグランベールじゃ」

最後に老人が名乗った。

「ところでスクライア君。君は何故あんな所で倒れていたんだい?しかも身一つで」

ファーティは発見した時のユーノの身なりに疑問を感じていた。

(早速一番難しい事聞いてきましたよ)

深層意識の中に潜伏しているイマジンが声をかけてきた。

(正直に全部話せれば一番いいんだけどね)

しかし、この家族がイマジンのことを話して信じてくれるかどうか疑問になる。

それにそんな厄介な存在からどうやって生き延びる事ができたのかと訊ねられるのも確実だ。

そうなると、ディエンドの事も話さなければならなくなる。

(何でだろ……。真実を話そうとすればするほど現実味がなくなっていくような気がしてならないんだけど……)

『事実は小説よりも奇なり』ということわざがあるが、まさにその通りだと思ってしまう。

(ごまかすのも辛いしなぁ)

折角助けてくれた恩人に対して、嘘八百を並べるのも正直心苦しい。

(どうします?)

イマジンもお手上げらしい。

(訊ねてきたら正直に答える事にして、とりあえずは当たり障りのない答えで行こう)

ユーノとイマジンの相談は終わる。

この一人と一体の会話は誰にも聞かれてはいない。

「実はある遺跡の発掘の仕事で、この次元世界に来ていたんです。でもちょっとしたトラブルに巻き込まれて遺跡は崩壊して僕以外の発掘隊のメンバーは全員帰らぬ人になりました……」

イマジンやディエンドの事を隠して真実味のある話をするにはこう言うのがベストだとユーノは考えている。

「身一つというのも命からがら逃げてきた証拠というわけだね?」

「はい」

ファーティが確認するように訊ねて、ユーノは首を縦に振る。

「可愛そうに……」

ムッティは我が身に降りかかった出来事のように哀れんでいた。

リビング内の空気が途端に重くなる。

「帰るにしても路銀はないのじゃろ?それにお前さんの姓は『スクライア』なのじゃな?」

グランベールが何かを思い出したかのように、ユーノは訊ねる。

「はい。そうです」

「父さん。どうしたんですか?」

ファーティはグランベールの意図がわからない。

「お前さん、しばらく儂等の仕事の手伝いをしてくれんか?何、別に疚

やま

しいことをするわけではないしの。それにお前さんが『スクライア』なら心強いしの」

ファーティはグランベールが何故、ユーノに仕事を手伝わせようとしているのかようやく理解した。

「俺達は遺跡を発掘してその中で換金できそうな物を街で売り払って生計を立てているんだ」

ファーティは自分達の稼業を簡潔に説明する。

「なるほど。それならスクライア

にとってはうってつけって事ですね」

ユーノは理解してからひとつ気になった事を訊ねる。

「でもそれって犯罪にならないんですか?」

学者的観点からだとトレジャーハントは問題視されている。

何せ遺跡から発掘した物を商売のタネにするという行為そのものは立派な先人に対しての冒涜されているからだ。

いくら時空管理局が管理していたとしても、目の届かないところでは発掘品の売買という行為は行われていたりする。

「その点は問題ないよ。闇取引でない限りは構わないという特別な措置がされているからね」

「それにここは遺跡世界。遺跡に潜ったらどんな素人でもそこそこの価値のあるものを見つける事ができるんだ」

ファーティの説明にフィリオが補足する。

「わたしもこの前見つけたよー」

スールも言う。

ここにいる人達は発掘品を売り払う行為そのものに罪悪感を抱いてはいない。

そもそも『スクライア』とて依頼での発掘でない限りは品を売って収益を得たりする事もあるので、彼等を批判するつもりはない。

(僕の手持ちじゃ、港に行くまで心許ないのも確かだしね)

ミッドチルダに帰る場合、自力で帰るとなると金は必須だ。

そうなると自分が取るべき行動は自ずと出てくるというものだ。

「わかりました。微力ではありますがよろしくお願いします」

ユーノは彼等の仕事を手伝う事にした。

この場にいる誰もが大いに喜んでくれた。

 

 

ユーノ・スクライアを始めとする発掘隊が行方不明と正式に認定されてから一ヶ月が経過した。

 

 

海鳴聖祥学園の屋上。

空は快晴であり、昼休みに昼食を取るには最適な環境である。

なのは、フェイト、はやて、アリサ・バニングス、月村すずかは持参したお弁当を持って食していた。

ただ一人、空とは対照的に暗い雰囲気を漂わせていたが。

「ユーノ。まだ見つかってないの?」

「なのはちゃん。あんな状態でお仕事大丈夫なの?」

アリサとすずかが、なのはの耳には入らないようにフェイトとはやてに訊ねてくる。

ちなみに四人ともまだ弁当は半分も残っていたりする。

「今はお仕事してるか、学校で授業受けてる時以外はずっとあんな感じやで」

「行方不明になって一ヶ月も経つけど、手掛かり一つもないんだもん。仕方ないよ」

いつもならガールズトークで花咲くのだがここ一ヶ月は葬式に近いくらいに暗かった。

「ユーノ君……」

なのはが呟く。

暗い雰囲気の中で言うから正直切なくなってくるというのが聞いている側の意見だったりする。

「ユーノ君が帰って来んかぎりは、なのはちゃんはあのままやろね」

「うん……。私達に出来ることって悔しいけど、ないよね」

「フェイト、はやて。あんた達がユーノを捜すのに手伝えないの?」

アリサが訊ねてみるが、フェイトもはやても首を横に振るだけだ。

「どうして?」

「捜索チームは既に編成されとってな。私等は指名されてないんよ」

すずかの問いに、はやてが打ち明ける。

「あー!!もう!!」

アリサは何もできない自分と状況に苛立っていた。

余談ではあるが、なのはは暗い雰囲気を纏っていながらも弁当箱は空にしていた。

 

 

ユーノは現在もファーティ達と共に遺跡世界で発掘作業をしていた。

「そろそろ切り上げようか。スクライア君」

「はい」

ファーティの指示に従うように、作業を打ち切った。

「父さん!スクライア君!」

「はやくー」

ジープに乗っているフィリオとスールが手を振って、来るように促す。

二人も乗り込んで、発進させる。

ジープは街へと向かい、本日収穫した発掘品を売りに行く。

ユーノの取り分は収入から大体一割だ。

一ヶ月間溜めたお陰でミッドチルダに帰る為の費用はできた。

後はいつ帰るかだけだ。

(なのは達、心配してるかな……)

自分ひとりがいなくても大して世の中変わらないという思いが根底に根付いているので、今ひとつ自信がもてない。

「スクライア君。もしかして帰りたい?」

後部座席に座っているフィリオが訊ねてきた。

「どうなんだろ……。最初ほど帰りたいって思わなくなったのは確かだけどね」

この家族はとても親切で温かい。

高町家を思い出させてくれるくらいにだ。

村に到着すると、専用駐車場に停めて自宅への帰路を辿る。

村に入るといつもの穏やかな空気はなく、どこか剣呑なものだった。

その証拠に質量兵器(銃器類)を手に携えているスーツ姿の男達が村の中を歩き回っていた。

新暦になった現在、質量兵器の使用は原則として禁じられている。

だがそんな法を守るのは力ある者の庇護下にいる者たちだけであって、その庇護の外にいる者達が真っ正直に守ることはない。

「ドロール一家……」

「何ですソレ?」

ファーティから出る新しい言葉にユーノは訊ねる。

「この村を仕切っているマフィアだよ。上納金として十日に一回は僕達の稼ぎの二割をぶん取るんだよ」

フィリオが嫌悪を露にして告げる。

(どこの世界にもいるんだなぁ。そういうの……)

ミッドチルダに限った事ではないがそれでもしみじみ考えさせられてしまう。

(捜索隊が来たら片がつくかもしれないね……)

ユーノ自身、現在の戦闘力ならば純粋な殴り合いでマフィア程度ならば後れを取る事はない。

だが現在、事を構えた場合不利になるのは間違いなく自分達だ。

仮に街を歩いているマフィアを公衆の面前で倒したとしたら、村人達を人質に取るのは必須だ。

自分がマフィア側ならそうするからだ。

「しかし妙だ。上納金の回収は五日前に行われたばかりなのに……」

ファーティが五日前に大金を抱えて、外を出たことをユーノは思い出した。

「あの時のお金が上納金だったんですね……」

「まぁね。戦えない者にしては金を払って身を守れるんだったらこれほどありがたいものはないけどね」

「………」

ファーティの言葉に、ユーノは何も言わない。

正確には何も言えないのだ。

彼の言葉を批判する資格は自分にはないのだから。

「どへどへどへへへへ」というドロール一家のボスであるドロールが下品な笑い声を出しながら、村の中を歩いていた。

ユーノはドロールを凝視しながら、何かを感じた。

「ファーティさん。もしかしてドロール一家より上の組織っていたりします?」

感じた事を口に出した。

「スクライア君?」

「集金日でもないのにマフィアが村に押し入ってる所からしてただ事ではないと思います。多分マフィア間の抗争が起ころうとしてるんじゃないかと思うんです」

「まさか!?ドロールがペーシモ一家に反旗を翻すってのかい?」

「ペーシモ一家がドロール一家の上に当たるマフィアなんですね?」

「ああ。でもドロールはペーシモと上下関係といっても『信頼』や『利害』なんてないはずだからね……」

ファーティとユーノのやり取りは続く。

「信頼や利害でない上下関係というと『支配』ですね……」

「そうだよ。それより中に入ろう。いつまでも外にいたら変に目をつけられるかもしれないからね」

「はい」

ユーノは自分達が『狐と狸の化かしあい』あるいは『欲にまみれたバカ達の抗争』に巻き込まれたのではないかと感じた。

 

夜になって、ドロール一家もなりを潜めたのか静かなものだった。

ユーノはベッドから起き上がり、リビングを出て外へと出る。

漆黒の夜空ではあるが、星々が輝いており美しかった。

「何を考えていたんですか?」

ユーノの身体から砂が噴き出て、上半身と下半身が逆転した白い身体のイマジンが出現する。

「少しは強くなれたと思ったけど、僕は何も変わってないって思ってね……」

「?」

イマジンは首を傾げる。

ユーノは今から一年前に一人『恩人』を失っている。

名はティーダ・ランスター。

執務官になる事を夢見ていた優秀な捜査官だった。

身内は妹が一人いたらしいのだが、今はどうしているかは知らない。

ポケットからカードケースを取り出して、中身を取り出す。

溝に走っているカラーは違うが形状は間違いなくゼロノスカードだった。

「使わないんですか?」

イマジンはソレがどんな効力を持っているかはわからないようだ。

「僕にとっての『お宝』らしいんだけどね……」」

ユーノはゼロノスカードを裏返したり、表に戻したりしていた。

 

「お前さん。ソレをどこで手に入れた!?」

 

ユーノと同じ様に外に出ていたグランベールが両目を大きく開いて叫んだ。

 




次回予告

    ゼロノスカードを持ったユーノに問い詰めるグランベール。

    ドロールはペーシモに呼び出されていた。

    アンビシオン一家というペーシモと対立するマフィアが
    ユーノが現在生活している村を狙っていた。

    夜、グランベールはユーノを起こし村を出るように言う。
    そしてグランベールは自分の過去を打ち明けた。
    それはユーノにとっても、他人事ではなかった。

    第十五話 「0070年 戦の始まり」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 「0070年 戦の始まり」

ユーノ・スクライアが滞在している村の夜空は幾千の星々が輝いていた。

彼が厄介になっている家族の一人で村の村長でもあるグランベールがユーノが手にしている物を見て、大きく両目を開いてこちらに詰め寄ってきた。

「ソレを……ソレをどこで手に入れたのじゃ!?」

グランベールが指差しているのは、自分が持っているゼロノスカードの事だ。

「遺跡ですけど……」

ユーノは入手した事を大まかに話した。

ちなみにグランベールが現れた事でイマジンはまたユーノの中に戻っている。

「という事はお前さんはアレも見つけたのか?」

『アレ』が何なのかは推測するのは簡単だった。

「……はい」

正直に答えるしかなかった。

「そうか……」

グランベールは満足したのか、それ以上は何も訊ねずに家へと入っていった。

 

ユーノが滞在している村の近くにある街に一際豪華というか悪趣味な屋敷がある。

ドロール一家の上に当たるマフィア、ペーシモの本拠地である。

ドロールは本日、上司的存在であるペーシモに呼ばれていた。

(ったく。面倒臭ぇなぁ)

ドロールは心底嫌そうな顔で屋敷の中に入る。

煙草を吸いたいところだが、吸ったら吸ったで嫌味を言われるのはわかっているので吸わないでおくことにした。

ペーシモの私室の前に立つと、ノックをする。

「ドロールでぇす」

ご機嫌を伺うような猫なで声でいく。

「入れ」

しわがれた声が返ってきた。

ペーシモの私室は豪華といえば豪華だが、見る者にとっては悪趣味といわれても仕方がないくらいに無駄があった。

ドロールも口には出さないが、内心では『成金趣味』と罵っていた。

「あのぉ、わたくしに何か御用でしょうかぁ?」

『力』が全ての世界では力なき者が力ある者に媚びへつらってでも生きていく事は特に珍しい事ではない。

「最近お前がシノギ(上納金の回収)にしている村を狙っている奴等がいてなぁ……」

ダルそうな感じでペーシモは言う。

面倒ごとに関わりたくないという口振りだ。

(このヤロォ……)

ドロールは彼との会話が嫌いだ。

何故なら彼の放つ息が臭くて臭くて仕方がないのだ。

「その辺の対策、どうしてるんだぁ?」

夜食の鳥の丸焼きを頬張って、くっちゃくっちゃと音を立てる。

料理特集などで芸能リポーターがそそらせるような食べ方ではない。

単純でがっついているだけだ。

品がなくて『卑しい』という雰囲気しか出てこない。

「え、えーとですね。先月に購入した質量兵器(銃器類)を構成員全員に装備させて巡回させていますんで大丈夫だと思います。はい」

したくもないけど、ペコペコしながらドロールはペーシモに報告する。

「ほぉ。で、狙ってる奴等の中に魔導師がいたらどうすんだ?ん?」

ペーシモが次元世界で当然のことを告げる。

いくら銃器類で身を固めても、それ以上の『力』ともいえる魔法で太刀打ちできる保障はない。

「そ、その辺りは魔法を使う前に仕留めれば何とかなるのではないかと……」

「お前の部下の中にそんな達者な奴がいたか?」

ペーシモは完全に自分の組織構成を把握している。

ドロールの部下に魔導師はいない。

ペーシモはその辺りを知っていながらわざと訊ねているのだ。

嫌がらせとしか言いようがない。

「まぁ、せいぜい気張れや。お前の稼ぎとなる場所はあの村しかないんだからな……」

ペーシモは嫌味ったらしい笑みを浮かべていた。

ドロールは屋敷を出て、一人愚痴りながらも村へと向かっていた。

「ったく、相変わらずむかつくデブだぜ」

自分も似たような体型であるが、あえて無視する。

村に戻りながら、どうやって守るかを考えていた。

元々自分もこの村の出身だ。

一発当てるという目的でマフィアになり、一時期は飛ぶ鳥も落とす勢いで出世したのだが信用していた部下に裏切られて権力も金も女も持っていかれてしまい、現在に至る。

「あのヤロォ。俺から全部奪ってのし上がりやがって……」

いつか必ず殺してやる、と誓いながら。

だが心の中で殺人宣誓をしながらも彼はソレを実行に移す事ができない。

あるものを捕られているからだ。

外には一人の少年がいた。

(あのガキ、確かグラン爺んとこに厄介になってるガキじゃねぇか)

「よぉ。一人で天体観測か?」

ドロールが少年---ユーノに声をかけた。

「貴方は確か、ドロールさんですよね?」

「おう。憶えてもらえて光栄だぜ」

ドロールは愛想笑いを浮かべるが、ユーノは警戒している。

「そう警戒するなよ。とって食いやしねぇよ。グラン爺いやグランベールいるか?」

「家にいると思いますよ」

「ありがとよ」

ユーノに礼を言ってからドロールは家の中へと踏み入った。

 

ドロールに話しかけられたユーノは彼の後に付いていかたちで家に入った。

リビングではドロール、グランベール、ファーティ、ムッティ、フィリオがいた。

一番下のスールは今頃眠っているのだろう。

ドロールがグランベールと話し合っており、ファーティやムッティも聞いており、フィリオがドロールを睨んでいた。

ユーノもその場に留まり、事の成り行きを見届ける事にした。

「なぁ、グラン爺。アレはどこにあるんだよ?」

「アレはこんな事のためにも使うものではない。それに中途半端な覚悟でアレを使えば間違いなく破滅じゃ」

(アレ?もしかして『時の列車』やゼロノスカードのこと……?だとしたらグランベールさんもドロールさんも何で知ってるんだろ……)

ユーノはパーカーのポケットに入っているカードケースをまさぐる。

「じゃあ何の為に置いてあるんだよ!?出し惜しみするつもりかよ!?知ってるんだぜ!あんたはアレをどこかに置いてあるってな!!」

ドロールが怒鳴る。

「アレは既に儂の元から離れておる。もう今となっては儂も知らん」

「チッ!このままじゃこの村は滅ぶしかねぇんだぜ!!」

テーブルを叩いて、ドロールは出ていった。

「二度と来るなぁ!」

フィリオがドロールの背中に向かって怒鳴る。

「やっぱり抗争が起こるんですか?」

「この村はドロールが牛耳っておるというが、実際にはペーシモに支配されておるのが事実じゃ。それにドロールはペーシモにあるものを捕られている以上、逆らえんのじゃ」

「あるものってまさか……」

グランベールの口振りからして、ユーノはそれが何なのかを理解した。

「スクライア君?」

フィリオはわかっていないらしい。

ユーノの拳がぷるぷると震えていた。

 

 

時空管理局本局ではクロノ・ハラオウンとヴェロッサ・アコースが二人で会っていた。

この部屋をセッティングをしたのはヴェロッサだ。

テーブルには紅茶が既に用意されていた。

「どうしたんだい?急に呼び出して……。しかも二人だけで話したいなんてさ」

ヴェロッサは普段のお茶らけた雰囲気がなく査察官としての表情をしていた。

「クロノ君は今、行方不明になっている『無限書庫』の司書であるユーノ・スクライアさんとは友達なんだよね?」

「友達というより腐れ縁だけどね。それが?もしかして見つかったとか?」

それならば他の面々にも知らせてあげなければならない。

「その逆だよ。見つかっていない、というより管理局は見つけるつもりはないみたいだよ」

ヴェロッサの一言にクロノの瞳の色が変わる。

「どういう意味だい?既に捜索チームは編成されて艦を用いてユーノがいる遺跡世界に向かっているんじゃ……」

「そう思ったさ。でもねこの一ヶ月間、艦は一度も遺跡世界には向かってないんだ。それどころかその編成されている捜索チームっていうのも存在そのものが胡散臭いね」

「胡散臭い?」

クロノは空いた両手の指を絡める。

「うん。会議室の使用履歴を見たんだけどね。捜索会議そのものが行われていないんだよ」

「じゃあ誰がそんなデマを……」

クロノの予想では自分達よりも上の連中の誰かが故意に行ったものだと考えている。

「それはわからない。遺跡世界に何かがあると考えるのが定石かもしれないね」

ヴェロッサは腕を組んで、組んでいた足を組みかえる。

「何かって何だろう?」

「上の連中がわざわざこんな小細工を弄してまで隠し通したいもの。相当ヤバイものだと思うよ」

二人は同時に紅茶で喉を潤していた。

 

 

翌朝となり、村は相変わらずドロール一家の構成員達が銃を手に巡回していた。

仕事を一つするにもいちいちお伺いを立てなければならないのだから面倒としか言いようがない。

『疑って当たり前』の状態であるため、ほとんどの者達が疑われて村の外に出してもらえないというのが現状だったりする。

ユーノは家の側で外の風景を見ていた。

自宅待機ではないのが幸いだ。

村の子供達も近所で遊んでいた。

ドロール一家のマフィア達に「一緒に遊んで」とねだったりしている子供もいた。

その中にスールがいたりする。

人目のつかないところに移動すると、足を止める。

「まだいるんでしょ?」

「はい。いますよ」

ユーノの台詞に反応すると身体から砂が噴き出て上半身と下半身が逆転し、身体が真っ白のイマジンが出現した。

「どうしたんですか?僕を呼び出して。もしかして契約をする気にでも?」

「いや、そうじゃないよ。ただ話し相手になってもらいたくてね……」

「?。それはいいですけど何ですか?」

イマジンは特に不快に感じることなく応じてくれるようだ。

「コレだよ」

パーカーのポケットからゼロノスカードが入っているカードケースを取り出す。

「あのお爺さんが何故ソレを知っているかってことですよね?」

イマジンはユーノが何を言いたいのか察した。

「うん。それに昨日ドロールさんとの会話から考えても、グランベールさんはカードの事や『時の列車』を知っているようにしか思えないんだよね」

ユーノは昨日の会話を思い出している。

「あのお爺さんは過去にそのカードを使った事があるって事ですか?」

「でなきゃ、僕がカードケースから取り出しただけであんなに大声を上げるとは思えないよ」

ユーノはイマジンの意見に賛成している。

もちろんこれは推測であり、確たる証拠もないので立証するのは難しい。

グランベールに直接聞けば早いが逆に根掘り葉掘り訊ねられる可能性があるのでこちらからは聞かない。

「どちらにしてもグランベールさんには何かがあると思った方がいいのかもしれないね……」

「そうですね……」

一人と一体の会話が締めくくろうとした時だ。

村の広場からドロールの声がした。

広場にいると村人達が集まっており、台の上に乗っているドロールが拡声器を持って叫んでいた。

集まっている村人達の中に見知った顔の少年---フィリオがいたので側まで寄る。

ちなみにイマジンはまたユーノの内に収まっている。

「いいか!テメェ等ぁ!この村を守りたきゃ武器とって戦うしかねぇ!戦う気のある奴は武器を取れ!戦う気のねぇ奴はどんな手ぇ使っても戦わせる!!」

何かに追い詰められているような表情をしているドロールは左手に持っているハンドガンの銃口を天に掲げて二、三回引き金を絞る。

バンバンバンと銃声が響き、抗議の声を上げていた村人達が全員黙る。

そして構成員達が適当に武器を村人に配り始めた。

 

ユーノは家に戻って構成員に渡された武器の取扱説明書をベッドに寝転んで読んでいた。

ちなみに彼が渡されたのは二本のサバイバルナイフである。

「飛び道具が相手だったら隠れてナイフ投げて仕留める以外にないじゃない……」

発掘を生業とするスクライアはナイフの扱い方も護身術の一巻として教育課程に含まれている。

サバイバルナイフのホルスターは左右両腰に装着してから部屋を出て、リビングを出てある場所に向かう。

それはドロール一家だ。

「スクライア君。どうしたの?」

向かう中で恐らく射撃の練習をしていたのであろうフィリオが来た。

そのように推測できるのは彼の身体から硝煙の臭いがするからだ。

「ドロールさんのところに行くんだけど……」

「だったら僕も行くよ。あのオッサンには一言文句言わないと!」

できれば一人でいきたかったのだが、一度言い出したら聞きそうにないのは短い付き合いでわかってる。

「わかった」

ユーノはそれだけ言うと、フィリオと共にドロール一家へと向かった。

ドロール一家のアジトに到着し、ドアをノックしようとする。

「ん?何か声がする」

「え?」

ドア越しに声が聞こえてくるので、ユーノとフィリオは耳を傾けている。

 

「頭ぁ。俺達であのデブ、殺っちまいましょうよ!?」

「バカ野郎!下手に逆らってみろ!確実に殺されちまうだろうが!!」

 

手下らしき男の声とドロールの声がする。

「あのオッサン。昔は骨のあるマフィアだって、お爺ちゃんは言ってたのに……。ここまで落ちぶれるなんて……」

「待って。まだ続きが聞こえてくる……」

ドロールを軽蔑するフィリオに対し、ユーノは次の会話に耳を傾ける事に専念した。

 

「でもこのままじゃ、いつまで経っても俺達はあのデブのパシリ……いや奴隷ですぜ!!」

「わかってらぁ!そんな事はよぉ!!クーデター起こして俺達が死ぬのはいいぜ。こういう稼業に手をつけてる時点でしょうがねぇ事だからな。だがよぉ……それで俺の女房やお前等のお袋さんが殺される可能性だってあるんだぞ!何せアイツは人質や村を爆破させる爆破装置の起爆リモコンを肌身離さず持ってるんだからな!」

 

手下とドロールの会話を聞いているユーノとフィリオは顔を見合わせる。

「人質に爆破装置って……」

「人質と爆発物で脅す。人を従わせるには十分すぎるものだよ」

驚愕するフィリオに対して、ユーノは冷静に受け止めていた。

「スクライア君。これってもしかして……」

「今日の徴兵や上納金などは全てペーシモが裏で糸を引いていると見て間違いないだろうね」

ユーノはドアから離れる。

「スクライア君?」

「帰ろう。これ以上ドロールさん達に鞭を打つ必要はないよ」

ユーノの言葉に従うようにして、フィリオも頷いた。

 

 

ユーノ達の村を双眼鏡を用いて、様子を窺っている男がいた。

身長は二メートルほどあって筋骨隆々のたくましい肉体をしていた。

長身なためか、長髪が似合っていた。

年齢からして二十歳前後だろう。

男の後ろには似たような格好をした男女数百名がいた。

「お頭。あの村にはドロール一家がいますぜ」

「ドロールなど恐るるに足らん。所詮は素人に毛が生えただけの連中の寄せ集めにすぎん」

男は手下の顔を見ないで、双眼鏡越しに映る風景を見ている。

「あの村を制圧し、拠点にすればペーシモを潰す事はたやすいな」

双眼鏡で窺っている男こそ、この集団---『ソルプレーザ』の首領であるアンビシオンである。

「それだけじゃありません。ペーシモの権力と金を奪った後には村人から上納金を徴収して私達がこの次元世界を支配するための資金を安心して生み出す事ができますからね」

副首領ともいえる女が横から告げる。

「ああ。この次元世界を我々ソルプレーザのものにするための始まりとしてまず、この近辺を牛耳っているペーシモを潰す事だからな」

アンビシオンにとっては野望の一歩という事になる。

 

 

海鳴市は既に夜となっており、三日月が我が物顔で君臨していた。

高町家は家族全員揃っているが、リビングの空気は重かった。

「ユーノはまだ見つかってないの?」

「ああ。なのはの話ではな……」

高町美由希と高町恭也が向かいに座っている高町なのはに聞こえないように話し合っていた。

「ユーノ君。大丈夫かしら……」

「わからない。正直、なのはでなくても不安になるよ」

高町桃子はユーノの身を案じ、高町士郎は娘が不安になるのも無理はないと言う。

なのはは黙々と食べていた。

一言も発しないまま。

正直普段の明るさは微塵も感じられなかった。

 

 

住人の誰もが寝静まった頃、ユーノは閉じていた両目を開き、ベッドから起き上がった。

ドロールから貰ったサバイバルナイフは装備している。

発掘の際、音に対して反応するトラップの対策のため音を立てずに歩く方法も心得ている。

ゆっくりと音を立てずに、ドアを閉めて駆け出す。

「待て」

静かだが、ユーノの身体の動きを封じるには十分な威力があった。

後ろを振り向くとグランベールがいた。

「どこに行くつもりじゃ?」

「………」

「答えるつもりはないという事じゃな。では儂が当ててやる。お主ペーシモのところに行くのじゃろ」

グランベールの言っている事は見事に当たっていた。

「……わかってるなら行かせてください」

「ならぬ!!」

ユーノは行こうとするが、グランベールは大声で停める。

「お主、『殺し』の経験はあるのか?」

「……いえ」

「どんなモノでも『殺し』を目的でそのモノの命を奪えばもう後には退けぬぞ。お主は自分の意思で自分の命---時間を停める事は許されなくなるのじゃ」

命を奪う者には『自殺』という行為は許されないと言っているのだろう。

「そんな事はわかってます。どうせ死ぬなら僕も戦って死にたい……」

「この馬鹿者!戦って死にたいじゃと!!そんな者は中途の覚悟しかない者が言う台詞じゃ!そんな考えではお主が目指すものには到底なれぬわ!!」

グランベールの一喝にユーノは怯むが、すぐに持ち直す。

「僕が目指すもの……」

自分が目指すものとは何だろうか。

三年前に魔導師としての成長を切られ、ひたすら身体を鍛える事に専念した。

魔法抜きの純粋な戦闘ならそうそう負ける事はないと思う。

だがそれが自分が本当に目指しているものなのかどうかと訊ねられると答えられない。

違うような気がしてならないからだ。

「そのカードがお主の元にあるのは偶然だと思っているがそれは違うぞ。お主がカードを選んだのではない。カードがお主を選んだのじゃ。お主はこれからこの次元世界の時間を守らねばならぬ。だからこんな所では死んではならぬ。今は逃げるのじゃ。非情になれ」

グランベールの言っている事を聞きながらも、ユーノは背を向けたままだ。

「……ここにいる人達を見捨てる人間が次元世界の時間なんて守れるわけがないですよ!」

ユーノはペーシモの屋敷に向かって、歩き出した。

「甘い。甘すぎる……」

グランベールは非情になりきれずに若さゆえの青さを出しているユーノに呆れた。

 




次回予告

     ペーシモの屋敷に忍び込むユーノ。

     しかし……

     遂に始まる欲深き者達の抗争。

     グランベールが明かす真実とは?

     第十六話 「0070年 開戦」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 「0070年 開戦」

時間は夜。

いつもは月と星が光輝いていたが、本日はそうではなかった。

ペーシモの屋敷をユーノ・スクライアは家から失敬した双眼鏡を用いて窺っていた。

「さすがにこの辺りの支配者だからセキュリティは万全だね」

四方の監視カメラに、最新技術による指定されたナンバーでしか開錠できないセキュリティゲート。

「だけど、僕にとっては何の問題にもならない」

ユーノの足元に翡翠色のミッドチルダ式の魔法陣が展開する。

自らに周囲と同化させる魔法をかけて、監視カメラを通り過ぎてから後ろに向く。

カメラのケーブルに狙いをつけて腰に収まっているサバイバルナイフ(以後:ナイフ)を投げる。

真っ直ぐに向かいケーブルに当たってブチッと切れて、ナイフは地面に刺さる。

ナイフを拾い上げて、手に握る。

現在ユーノがかけている魔法は監視カメラの映像を誤魔化すだけでなく、サーモグラフィに映し出される熱分布も誤魔化す事ができる。

コード入力画面を凝視する。

「このタイプか……。一回でも間違えると自動的にアラームがなるシステムだ……」

となると、時間もないし一番手っ取り早い方法はゲート端末の周波数を割り出して強制的に同調させる事だ。

右掌を入力画面にかざして、右手首に翡翠色の環状魔法陣が展開する。

環状魔法陣が回転しながら、周波数を同調させている。

キュルルルルルという音を立てている。

時間にして五秒後。

ピーっという音を立てた後、セキュリティゲートが開かれる。

素早く入り込むと直後にセキュリティゲートがまた閉じられた。

最初にかけた魔法は継続中だ。

「今のところは見回りをしている守衛はいない、と……」

右掌を地面に当てて、翡翠色の魔法陣を展開する。

ユーノの頭の中に、守衛の数やペーシモのところまでの地図が叩き込まれていく。

頭の中に叩き込まれた地図を思い出しながら、現在地と照らし合わせる。

「守衛の数が僕が思っているより少ないってのがよかったよ……」

自分はペーシモを暗殺に来たから、わざわざ派手な行動を取る必要はない。

(ダクトの中を通っていくしかないね……)

ユーノは中に入るためのダクトの場所まで移動する事にした。

ダクトの前に移動すると、ユーノはカバーを掴んで力いっぱい引っ張る。

ダクトを締めているボルトが強引にはがれていく。

全てが外れてカバーを静かに置いて、ユーノはダクトの中へと入り込んだ。

ダクトの中に入って、しばらく経ってからもう一度掌を地面につけて翡翠色の魔法陣を展開する。

今度はどのダクトから出れば見つからずに済むかを探査する。

「よし!」

リスクが限りなく低いダクトへの道程を把握すると、ユーノはダクトの中を移動した。

「ここだね……」

ダクトの中なのでカバーを引っ張るではなく、押し出すようにして強引にはがす。

手ではなく、ひたすら足で蹴りを入れるようなかたちでだ。

ベコリと凹んでカバーが外れる。

音を立てないように、ゆっくりと置く。

顔を出して、周囲を見回してダクトから抜ける。

「皮肉なものだよね……。アレだけ族長からも『使わなくていい術』なのにそれが今、役立つんだからね」

ぼやきながらも、掌を床につけて翡翠色の魔法陣を展開する。

屋敷内の地図と守衛の数などが頭の中に入っていく。

「よし!」

ユーノは駆け出した。

 

 

時空管理局本局応接室。

クロノ・ハラオウンとヴェロッサ・アコースは夜も会っていた。

テーブルの上にはどちらの趣味かはわからないが、ステーキ弁当が置かれていた。

「スクライアのもう一つの顔?」

クロノはステーキ弁当を食べていた箸を止める。

「あれ、知らなかったのかい?次元世界伝説の中では割と有名な部類なんだけどね」

ヴェロッサが意外そうな表情をしていた。

ちなみに次元世界伝説とは都市伝説のようなものだと思ってもらえればいい。

クロノはその手の話はトンデモ話と思っているので、大して興味を持っていなかった。

「スクライアってあのユーノの?」

確認するように訊ねるクロノ。

「他にはないと思うよ。スクライアなんて部族の名前」

ヴェロッサはステーキを一切れ口に銜えてから噛んで、残りを白米の上に置く。

「で、一体どういう顔なんだい?」

クロノがヴェロッサを促す。

「表の顔は知っての通り、一つの場所に居を構えずに発掘や考古学などに精通している顔。もう一つは……」

ヴェロッサの言葉にユーノはゴクリと固唾を呑む。

 

「スパイ活動や暗殺を生業にしていたらしいよ」

 

その場の空気が一瞬で冷えるものになった。

「今となっては生業にはしていないけど、それでも技術だけは伝わってるらしいけどね」

「ではユーノにも?」

「まず間違いなくそういう技術はあると思うよ。まぁ披露したり誰かに教えたりしても得しないから言わないって事は十分に考えられるけどね」

ヴェロッサはさっき噛み千切ったステーキ肉の残りを口の中に放り込む。

「思えば僕はもちろん、なのは達も彼---ユーノの事を知ってるわけじゃないんだな……」

そう思い返せば誰一人彼の事を知っている者はいないだろう。

『本当』のユーノ・スクライアを知っている者はこの時空管理局の中には一人もいないのかもしれない。

 

 

ペーシモは屋敷の最上階の寝室で眠っていると予測しているユーノは最短距離を選んで進んでいく。

その間、守衛とは一度も戦っていない。

「ここだな……」

一つの部屋の前に立つ。

開き戸式のドアであり、この屋敷の中にはごくわずかしかない。

用いられるのは全てペーシモ関連だ。

「やっぱり寝室だけあって、セキュリティがついてる……」

門扉同様にセキュリティが設置されていた。

右掌をコード入力画面にかざす。

右手首に翡翠色の環状魔法陣が展開される。

環状魔法陣が回転しながらキュイィィィンという音が鳴る。

ピーと鳴った後、ガチャリと開錠が成功した音が鳴る。

ドアを音を立てないようにゆっくりと開く。

巨大なベッドが一つ中央にあり、グガーグガーといびきが聞こえる。

(ペーシモか……)

腰に収まっているナイフを取り出して、逆手に構える。

(こいつがいる限り、村の人達が苦しみ続ける……)

意を決してユーノはベッドに向かって音を立てずに歩き出す。

 

ガシャン。

 

ユーノとベッドの間に鉄格子が遮った。

「なっ!?」

ベッドからむっくりと何かが起き上がる。

「やれやれ。久しぶりだねぇ。俺のところにまで来たヤツは……」

寝巻き姿のペーシモがこちらを馬鹿にするような目線を送っていた。

「ん?見ない顔……違うなぁ。お前確か村長であるグランベールのところにいた居候の小僧だったな?グランベールに命令でもされたのか?俺を殺しにいけってな……」

ペーシモは直接村に赴かなくても、その手の情報はいくらでも手に入れられる。

「あの人達は関係ない。僕が自分の意思で来たんだ……」

「ほぉ。今時虫唾が走るくらいの正義感だねぇ」

ペーシモはニヤニヤと笑う。

ユーノは睨み返す。

「取り押さえろ!」

その直後に屋敷内にいた守衛が入ってきて、ユーノを取り押さえた。

強引にひれ伏す体勢を取らされる。

「俺を殺しても何にも変わりゃしねぇよ。別の誰かがあの村を襲って権力者が変わるだけだ。そいつは俺よりも酷い奴かもしれねぇけどなぁ」

「!!」

ペーシモを見上げながら、ユーノは自分がここに来た事を知った。

自分のしている事は何の意味もないこという事を。

本当の意味で村の住人達を救った意味にはならないという事を。

「少し痛みつけてから村に捨てとけ」

ペーシモはベッドの中に潜った。

 

空は雲が泳いでいるが概ね晴れといってもいい天気。

ドロールが、武器を携帯しながらも散歩をしようとした時だ。

一台の車が停まっており、何かを放り捨てた。

「ん?ありゃペーシモの車じゃねぇか?ゴミでも捨てにきたのかよ?」

ゴミ?を見にいってみると……。

「お、お前!?」

ドロールはガチャンと武器をその場に落としてしまった。

ゴミ---それはしこたま痛めつけられたユーノだった。

「う……うう……」

擦り傷に鞭の痕など全身に傷を負っていた。

「まだ息がある!グラン爺のところに運んでやるからな!死ぬんじゃねぇぞ!!」

ドロールは意識が朦朧としているユーノを負ぶってグランベールの家まで向かった。

「グラン爺!!」

ドロールが勢いよく、ドアを開く。

「何じゃ?騒々しい……。ドロール!すぐに部屋に運べ!」

「わかってるって!」

グランベールはドロールが背負っているものが視界に入ると、すぐに部屋に運ぶように指示した。

「見た目以上に傷が深くないというのが幸いかもしれぬな。打撲や擦過傷は目立つが骨には何の異常もない……」

グランベールがベッドに寝かしつけているユーノを手当てしながら、容態を分析する。

「しかし何でコイツがこんな目に……」

ドロールは頭を捻って考えてみるが、ペーシモにここまでやられる理由が見当たらないのだ。

「スクライア君、そういえば僕と一緒にアンタのところで立ち聞きした後から変だった……」

「まさかアレを聞いてたのか?俺と手下達の会話を!?」

ドロールの質問にフィリオは首を縦に振る。

「だからって何でコイツがわざわざ……」

それでもドロールには理解できない。

赤の他人同然の彼が命懸けでペーシモの命を奪いに行く理由がわからないのだ。

「ペーシモを殺せば儂等が救われると考えたのじゃろう。『命』を奪ったことがない人間がそこまで考えて行動した結果なのじゃ……」

グランベールの言葉にその部屋にいる誰もがひとつの決断を下す事に時間はかからなかった。

 

ベッドで眠っていたユーノの閉じていた両目がゆっくりと開き始める。

部屋の照明がオフになっているため暗いが見知った天井であり、身体の節々に痛みが走る。

「生きてた……」

暗殺に赴いて目的を果たせずに、しこたま痛めつけられたとはいえ生還できたのは奇跡としか言いようがなかった。

ベッドから起き上がる。

「ぐっ……」

痛みが襲い掛かり、顔が苦痛に歪む。

両肩を上下に揺らして、息を乱す。

「結局何もできなかった……」

ユーノはベッドに寝そべって、呟く。

自分以外の誰かだったら成功していたのではないかと考えてしまう。

ドアをノックする音がした。

「どうぞ」

「スクライア君……。よかった……」

入ってきたのはフィリオだ。

自分が目を覚ました事に安堵の息を漏らしていた。

姿は見えないがユーノには妙に感じた。

どう妙なのかはわからないが、何かが違うと感じたのだ。

「その……聞いたよ。ペーシモを殺しにいったって……」

フィリオはこちらに歩んでこない。

「失敗したけどね……」

ユーノは自嘲気味に笑みを浮かべる。

「赤の他人同然の僕達のために行ったんでしょ?本当にありがとう。村のみんなを代表させてお礼を言わせて」

「いいよ。それに僕はこれで二度も助けられたんだね……。まだ一度目の恩も返せていないのに……」

「そんなことない十分だよ。スクライア君の行動でね。僕達が取る行動は決まったんだ」

「決まったってまさか……。戦うつもり!?無茶だ!素人がどうにかなる相手じゃない!」

「ダメなんだよ。村のみんなも戦えない人達はペーシモの人質に取られてる。戦わなきゃ殺されちゃうよ」

「あいつ……」

ユーノは両手を拳にして震わせる。

フィリオ達に与えられた選択肢は一つしかないという事になる。

これから攻め込んでくる集団と戦うしかないのだ。

ギシギシッと床を踏む音が聞こえる。

フィリオがこちらに近づいてくる証明だ。

部屋の照明をフィリオがオンにする。

そこにはフィリオがいた。

だが普段被っている帽子がなく、長い髪がなびいていた。

「なのは?」

そう言ってしまうのも無理もない。

髪型をストレートにしているだけで彼女の容姿は高町なのはと瓜二つなのだから。

「そう言えば最初に助けた時もその名前を呟いてたね。恋人?」

フィリオは普段とは違う穏やかだが拒否権を許さない口調で訊ねる。

「友達……かな……」

「嘘。意識がハッキリしない中で呟いた名前だよ。友達なわけがない」

フィリオが詰め寄り、息が顔にかかる距離までになっていた。

 

「……僕の好きな人」

 

ユーノは観念したのか素直に打ち明ける。

でもその気持ちを告げる事はない。

自分は青い空を飛翔する彼女には相応しくない。

彼女にとって自分は咎人なのだから。

「やっぱりそうなんだ……」

フィリオの顔が離れると同時に声が暗くなっていた。

「フィリオ?」

「フィーユ。それが僕の本当の名前。スクライア君ごめん!」

そう言うと同時に、フィリオはユーノに抱きついた。

「本当は怖いよ……。スクライア君と一緒にこれからもいたい。でもね。みんなで決めたんだ……」

「え?」

「お前さんを逃がすという事じゃよ」

グランベールとファーティとドロールが入り、フィリオが顔を紅くしながらも離れる。

「みなさん……」

「村全員と俺達ファミリーの総意なんだよ。オメェを逃がすってな」

「俺達がこれから戦うのはペーシモのためなんかじゃない。ペーシモにたった一人で立ち向かってくれた君の為に戦うんだ。ムッティやスールもここにいれば応じてくれるよ」

「そういうこと。だからスクライア君は逃げて」

言いたい事を言い終えたのか、グランベール以外の三人が部屋を出て行った。

「最後じゃからお主が抱えている疑問を答えてやろうと思うがどうじゃ?あるじゃろ?」

グランベールは椅子を取り出して、座る。

ユーノがグランベール関連で知りたがっている事といえば、ゼロノスカードや『時の列車』の存在のこと、そしてドロールが何故その事を知っているかだ。

「貴方やドロールさんはゼロノスカードや『時の列車』を知っている口振りでしたね。何故ですか?」

ユーノはかねてから考えていた事なので、とちることなく訊ねた。

「ドロールはな、かつては儂と共にこの次元世界の『時の運行』を守っておったのじゃ」

「変身とかせずに……なるほど、サポート役だったんですね」

ユーノの解答にグランベールは首を縦に振る。

「そして先程の答えからもうわかっておるかもしれぬが、儂は……」

 

「かつてゼロノスカードを使ってゼロノスとして戦っていたんですね」

 

グランベールが答える前にユーノが先に答えた。

「でもどうしてなんですか?あの遺跡にカードと『時の列車』を放置していたという事は戦う事をやめたって事ですよね?」

ユーノはグランベールが何故ゼロノスである事をやめたのかを訊ねる。

「お主はあのカードを使えば何が代償になるかを知っておるか?」

「はい。周囲の人達が変身者に関する記憶を忘れていく、でしょ」

「知っておったのか……」

「ゼロノスに変身する人を知っていますから」

ユーノの回答に満足しているグランベールは思わず目を丸くする。

「お主、何故ゼロノスを知っているのじゃ!?」

「短く言いますが、別の世界から来たゼロノスに過去に一度会っているんです」

ユーノは自分が見つけたゼロノスカードと『時の列車』はこの次元世界のものだと考えている。

次元世界にも『時間』が存在している以上、十分に有り得る事だからだ。

「もしかして戦う事をやめた理由って……」

「そうじゃ。儂は怖かったのじゃ。周囲の人間に忘れ去られていくことがな……」

「やっぱり……」

ユーノはグランベールがゼロノスである事をやめた理由にはおおよその見当がついていた。

まともな人間は『戦う事で周囲から忘れ去られていく』という現実を受け入れるのは難しい。

桜井侑斗はその現実を受け入れて戦っている稀有な存在だ。

彼ももしかしたら、内心ではその事実に怯えているかもしれない。

だがそれをおくびにも出さずに前を向いているのだから、並みの精神力ではない事は確かだ。

(侑斗さん……)

かつて海鳴で戦った青年を思い出す。

「お主は今選択を迫られておるのかもしれん」

「選択?」

「何と何から選択するかは儂が言う事ではないかもしれんが、どちらを選んでも茨の道じゃ。ゆめゆめ忘れてはならんぞ」

グランベールは自分が何と何を選択するかを察しているのだろう。

口に出さなかったのは彼のせめてもの配慮だろう。

グランベールも部屋を出て行き、残ったのはユーノ一人だ。

ユーノに迫られた選択とは……。

ひとつはここから逃げおおせてゼロノスカードを捨てて全てを忘れて元の生活に戻るという選択。

もうひとつは全てを受け入れて戦う事を選ぶ選択。

前者はユーノの心に大きなしこりを残す事になり、心の葛藤が常に付きまとう茨の道。後者を選択すればもう元の生活に戻る事はできない茨の道が待ち受けている。

どちらを選んでも他者はユーノを責めたりはしないだろう。

彼を責めるのは彼自身だからだ。

(誰も僕に戦えなんていわない……。決めるのは僕自身なんだ……)

彼の脳裏に二人の仮面ライダーの背中が甦る。

五年前に現れ、イマジンという怪人を難なく倒した別世界の戦士。

仮面ライダー電王と仮面ライダーゼロノス。

名誉や地位や富を求めて戦ったわけではない、自らの信念と使命を貫いて戦う『戦士』だった。

その生き方が九歳とはいえ、自分に大きな衝撃を与えた。

自分もあのような力が欲しいと思うようになった。

あるいはそれに匹敵する力が欲しいと思った。

自分は『魔導師』で強くなると決めた以上、『仮面ライダー』にはなれないと決めていた。

だが今はどうだろう。

『魔導師』としてはこれ以上強くなれないと三年前に宣告され、現在は『仮面ライダー』になれるかどうかという曖昧な状態だ。

手にすれば手に入るかもしれない距離にいながら、自分は手を伸ばそうとしない。

「何で悩んでるんですか?」

ユーノの身体から砂が噴き出て、上半身と下半身が逆転したイマジンが出現する。

「ん?君か……」

イマジンを見てから、ユーノはパーカーのポケットからカードケースを取り出す。

「ソレ使えば戦ってみんなを守れるんですよね?使わないんですか?」

イマジンが純粋に訊ねてくる。

「……使えば元に戻れなくなるよ」

「じゃあ使わなきゃいいじゃないですか」

ユーノの言葉にイマジンはサラリと返す。

自分はこのイマジンに何を期待していたのだろう。

自分にとって都合のいい答えを出してくれるとでも思ったのだろうか。

「それとも使わなきゃいけないんですか?」

「え?」

イマジンの率直な質問にユーノは目を丸くしていた。

「だって、今の言い方だと自分が使わなきゃいけないって聞こえちゃいますよ」

「使わなきゃいけない、か……」

海東大樹に渡されて自分は知らず知らずのうちに変な『義務』が芽生えていたのかもしれない。

(侑斗さんは義務でゼロノスカードを使っていたのかな……。違う。あの人は本当に使わなきゃいけないときにしか使ってないんだ……)

侑斗が住んでいる世界には仮面ライダー電王である野上良太郎がいる。

電王がいる限り、ゼロノスカードの乱用は防ぐ事ができる。

つまりゼロノスは電王不在もしくは電王だけでは手に余る時に現れる。

だが次元世界には電王はいない。

でもゼロノスは存在する。

そして次元世界ではイマジンの存在が明らかになっている以上、悠長に構えていられないのも理屈ではわかる。

そして自分がそのゼロノスになれる可能性がある位置に立っているのだ。

ユーノの脳裏にはイマジンに蹂躙されているかあるいはイマジンによって滅ぼされているミッドチルダが浮かび上がっていた。

(僕は、なのはを守りたい為に強くなる事を選んだ。でも……)

悩みの色が出ていたユーノの瞳に『意思』と『覚悟』が芽生え始めていた。

ユーノはベッドから立ち上がる。

「でも、もうそんな事を言ってる場合じゃないんだ……」

今はここにいない想い人よりも、ここにいる自分を助けてくれた人達を救いたい。

『強くなる』と誓った動機を思い返す。

イマジン出現の際に危惧を感じていた。

「僕がゼロノスになれるなら……」

カードケースを強く握り締める。

「僕がゼロノスになって、誰かを守る事が出来るなら……」

彼の瞳にはもう『迷い』はなかった。

そのために大きな代償を支払う事になったとしても。

「僕は……」

彼の腰元に光の粒子が発生する。

 

「僕はゼロノスになる!!」

 

ハッキリと口に発すると同時に、腰元の光の粒子は形となっていく。

腰元の光の粒子はゼロノスベルトとなった。

光の粒子はユーノの身体エネルギーであるチャクラという事だ。

イマジンはユーノの行動を見ていた。

今、次元世界のゼロノスが誕生しようとしていた。

 

 

アンビシオン率いるソルプレーザの面々が武器を構えていた。

「いいか!あの村を手に入れることが俺達のこの世界を手に入れる第一歩だ!だからしくじりは許されん!ここで失敗すれば俺達に未来はないと思え!!歯向かう者は一人残らず屍にしろ!無抵抗な奴等は無視しろ!目当ては……」

 

ペーシモの全て!!

 

ソルプレーザ一同が同時に叫ぶ。

「行くぞぉぉぉ!!」

アンビシオンが右手を掲げると同時に部下達は武器を手にした手を天にかざして宣誓する。

その中には、はぐれイマジンと思われるイマジンが二体ほどいた。

ソルプレーザは総出で村に向かって出陣した。

 

ドロール一家&村人連合軍が勝てる確率は奇跡でも起きない限り、ゼロとなった。

 

 

 




次回予告

    遂に戦いが始まった。

    ドロール一家&村人連合軍とソルプレーザがぶつかる。

    しかし、素人の集まりがプロに勝てるわけもなく次々と倒されていく。

    イマジン二体も暴れ、もはや絶体絶命となっていく。

    その時、一人の戦士と一体のイマジンが爆煙を抜けて現れた。

    第十七話 「0070年 ANOTHER Birth」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 「0070年 ANOTHER Birth」

時間にして正午。

遺跡世界の天気はこれから起こることとは正反対に晴れ晴れとしていた。

ソルプレーザは武器を持って、村に向かっていく。

ロケットランチャーを持っている者達は一斉に構えて引き金を絞る。

ロケット弾が発射されて、村に向かって飛んでいく。

地面に着弾して爆発して、爆煙が立つ。

それだけで戦闘の素人である村人達は恐れ慄いている。

その証拠に武器を握っている手はカタカタと震えていた。

それでも眼前に襲い掛かってくる者がいれば殺されてやるわけにはいかないのが本音だ。

ソルプレーザらしき者達が視界に入ると、震えながらも前進する。

ただがむしゃらに突っ込んでいく。

 

うおおおおおおおおお!!

 

村人とドロール一家の構成員が駆けていく。

「撃てええ!!」

ソルプレーザの幹部が声を上げる。

その直後に一斉に銃器類を構えた者達が前列に並んで一斉に引き金を絞る。

銃口から弾丸が一斉に飛んでいく。

村人と構成員が悲鳴を上げながら前に後ろに倒れていく。

銃声に武器と武器がぶつかる金属音に、その武器によって倒れていく際の人達の声が飛び交っている。

「ええい!全然歯が立たねぇ!!」

ドロールが自前の拳銃で迎撃しながらも毒づく。

その間に構成員二人が倒れた。

「ボ、ボス!」

構成員の一人が血相変えて駆け寄ってきた。

「何だよ!?テメェ持ち場に戻れ!」

「俺の持ち場はさっき滅んじまいましたよ!!二匹の化け物に!!」

構成員は自身の持ち場を壊滅した原因を報告する。

「二匹の化け物だあ?まさか……グラン爺!!」

もたらした情報の内容が自分の予想通りならば、自分達がこの戦いに勝つ見込みは万に一つもないという事になる。

「間違いなくイマジンじゃ……」

グランベールも手にしている拳銃で迎撃しながらもドロールと同じ様に自分達の末路が見えていた。

このままでは確実に全滅だという事を。

ソルプレーザ構成員が真っ二つに分かれて、列を作る。

その中央から二体の異形な怪人が堂々と歩き出す。

オオアリクイ型のイマジンのアントイーターイマジンと、カワウソ型のイマジンであるオッターイマジンが歩いてきた。

ただ歩いてきているだけなのだが、敵対するこちら側としては恐怖心をあおるには十分なものだった。

 

 

その光景をモニターで眺めている男がいた。

ペーシモである。

「くっそぉ!何だってんだ!?あの化け物は!?」

戦場の中を散歩でもするかのように足を踏み入れている怪人二体を見て狼狽を隠す事はできなかった。

いくら武器を持ち込んでも恐らく倒す事はできないだろう。

「このままじゃ村も……俺が手に入れた全てもなくなっちまう……」

ペーシモはモニターを睨みながら、我が身の事を思い返していた。

マフィアという『力』こそがすべての世界の中で彼はあまりにも平凡と言えば平凡だった。

腕っ節が強いわけでもないし、絶対的なカリスマ性があるわけでもい。

背も高くないし、もちろん容姿もよくはない。

ドロールと並んでも似たり寄ったりの体型だが、何故か彼の方が村人やマフィア社会では信頼されていた。

同じ事をしても自分がドロール以上になる事はないと確信したのもこの時だった。

それからはドロールの部下として働いて彼の信頼を買い、頃合を見計らって何もかもを奪い取った。

ソレを基盤にして現在の地位まで築き上げたのである。

ゼロから作り上げたわけではないが、それなりに苦労はしている。

ソレを新興勢力にわざわざ丸ごと奪われてやるわけにはいかない。

自分がしている事を棚に上げている事などは彼は他者に指摘されるまでは考えもしないだろう。

「くっそぉ!誰でもいいから何とかしやがれ!」

ペーシモは気付かない。

ゆっくりとゆっくりと自分の喉下に光物を突きつける存在が向かっている事を。

 

 

戦火が舞って人が倒れている中、ユーノ・スクライアとイマジンは外に出ていた。

「もう始まってますね……」

イマジンは燃えている家等を見て、抗争が始まっていると確信する。

「ん?イマジンの臭いがします」

イマジンがモモタロス同様に鼻をクンクンさせてから言う。

「君、モモタロスさんみたいな事できるの?」

ユーノはイマジンの隠れた能力を訊ねる。

「ももたろす?」

「君の前に知り合ったイマジンだよ。仮面ライダー電王に変身して戦うんだよ」

ユーノが簡単にモモタロスの説明をした。

「かめんらいだー?」

イマジンが聞きなれない単語に首を傾げる。

「これから僕達が目指すものだよ」

「ぼくたち?僕も行っていいんですか!?」

イマジンは自分が含まれていることに驚きを隠さなかった。

「もちろん。それとも嫌かい?」

イマジンは激しく首を横に振る。

「そんな!僕も連れてってください!」

イマジンは乗り気だった。

「じゃあ、僕と契約してくれる?」

「喜んで!それで内容は?」

ユーノは、はしゃいでいるイマジンを見て微笑みながら真面目な表情になる。

「それじゃ言うよ」

「はい!」

 

「僕が死ぬまでずっと一緒に戦ってほしいんだ」

 

ユーノの短くもあるが嘘偽りのない言葉を聞いたイマジンはというと……。

白い身体で上半身と下半身が逆転していたからだが一つになり、『人型』としての完全体の位置になっていく。

白かった身体は乳白色となっていき、要所要所に青色が入っている。

仮面ライダーとフェレットのイメージが混濁した身体が実体化した。

両腕を×時に構えてからその場に跪く。

 

「貴方の願い。しかと聞きました」

 

イマジンはそのよう告げてから、立ち上がる。

「よし!」

カードケースを開けて、ゼロノスカードを取り出す。

青色のカラーが入っている側を表にする。

バイオリンで奏でているようなミュージックフォーンが流れ出す。

 

「変身!!」

 

バイオリンで奏でているようなミュージックフォーンが流れる。

ゼロノスベルトのバックル上部にあるチェンジレバーを右にスライドさせてからカードを挿入した。

『ベテルギウスフォーム』

電子音声で発すると、ユーノの身体に仮面ライダーゼロノスと酷似したオーラスキンに纏われていく。

青色が目立つオーラアーマーが装着され、両肩、両下腕、両ふくらはぎに二センチほどの刃のような突起が出現する。

そして、頭部にはトリケラトプスの系統であるネドケラトプスを髣髴した電仮面が銀色のデンレールを走り、形状を象って装着される。

電仮面が青く光る。

「はあっ!!」

右手で薙ぎ払う。

ぶあっと風が舞って土煙が生じる。

仮面ライダーANOTHERゼロノスが遺跡世界に降臨した。

Aゼロノスはイマジンを見る。

イマジンは目を丸くしてポカンとしていた。

「そういえば君の名前、まだ決めてなかったね。君は今日からプロキオンだよ」

「ぷろきおん?」

「この姿の名前がベテルギウスだから多分あるとするならシリウスとプロキオンなんだよ。カードの裏面は白色でSを表記していたからプロキオンを君の名前にしたんだ。不満?」

Aゼロノスの言うとおり、彼のゼロノスカードには表には青色でBetelgeuseの頭文字であるBが施され、裏面には白色でSiriusの頭文字であるSが施されている。

「そんな、ありがとうございます!僕は今日からプロキオンなんですね!」

イマジン---プロキオンははしゃいでおり、その場を行ったりきたりしていた。

「行くよ!プロキオン!!」

「はい!」

Aゼロノスとプロキオンは駆け出した。

 

ドォンバコォンと爆発音が飛び交っていた。

戦況はアントイーターイマジンとオッターイマジンによってドロール一家&村人連合軍(以後:連合軍)が圧倒的に不利になっていた。

「このままじゃ僕達、ただの犬死になっちゃうの!?」

フィリオが恐怖に駆られながらも、自身の『死』が迫っているのを実感していた。

「俺達が戦っている間はスクライア君は無事なんだ。決して犬死なんかじゃない!」

ファーティが娘に激励を飛ばすが、それでも恐怖がないわけではない。

爆発が発生して爆煙が噴き出る中、誰もが『死』を予感した。

自分達はこの二体の怪人に殺されると。

「ぐわぁ」

「ぎゃあああ」

悲鳴を上げながら村人とドロール一家構成員が地に伏していく。

そのような声が耳に入ってくるたびに連合軍は戦意を喪失していく。

(助けて……。誰か助けて……)

フィリオも例外ではなく、もはや誰かに祈るしかなかった。

アントイーターイマジンとオッターイマジンを中心にソルプレーザがゆっくりと恐怖心をあおらせるようにして前進している。

その時一直線に数本の光線が走り、アントイーターイマジンとオッターイマジンが後方へと仰け反った。

「だ、誰だ!?」

ソルプレーザ構成員の一人が、叫んでから連合軍の背後の爆煙から二つの影が見えるのが視界に入った。

影はゆっくりと姿を現した。

Aゼロノスとプロキオンだった。

「まさか、あやつ……。なりおったのか……」

グランベールにしてみればかつての我が姿である。

変身者が誰なのかはすぐにわかる。

この時間帯ではいるわけがない少年だ。

その横にいるイマジンは彼の横にいるところからして契約したイマジンなのだろう。

「あれってグラン爺がかつて変身してた姿じゃねぇか……」

ドロールも面識があるので驚いていた。

「みなさん。下がっていてください」

Aゼロノスが戦意を喪失しかけている村人全員の前に立って告げる。

「その声、スクライア君?」

フィリオの問いにAゼロノスは背を向けて歩き出した。

 

Aゼロノスとプロキオンの前にはズラッと数百人以上のソルプレーザ構成員と先ほど仰け反らしたイマジン二体がいた。

「テメェかあ!?俺達を吹っ飛ばすなんて生意気な事をしやがったヤツは!?」

オッターイマジンがAゼロノスを睨みつける。

「だったら?」

「ぶっ殺す!!」

その言葉が合図になったのかソルプレーザ構成員が武器を構えて突っ込んできた。

「プロキオン!」

「はい!」

Aゼロノスの言葉に従うようにして、プロキオンは両腕を×字にしてから両手からフリーエネルギーで構築された三本の爪を出現させる。

「レッツゴー・バトル、です!!」

そう告げると同時にプロキオンは大群の中に突っ込んでいった。

構成員達が銃を構えて引き金を絞るが、プロキオンは高く跳躍して落下と同時に蹴りを繰り出して一人を倒してからもう一度跳躍して、右跳び回し蹴りを放って構成員四名を一気に倒す。

刀剣を持っている構成員の攻撃を爪---プロキオンクローで受け止めてから、腹部に狙いをつけて前蹴りを放つ。

一人ではなくその背後にいる数人を一気にドミノ倒しにして倒す。

「こ、こいつ強ぇぞ!」

「固まるな!固まったら一気に潰されるぞ!」

構成員の一人が慄き、構成員の一人が対策を皆に告げる。

「遅いです!」

プロキオンが全速で駆けると、一人が吹き飛ばされた。

「調子に乗ってんじゃねぇ!!」

オッターイマジンがプロキオンに殴りかかるが、プロキオンは構成員を蹴飛ばして飛ばす。

「邪魔だ!!」

押しのけるがそこにプロキオンの姿はない。

「どこに行きやがった!?」

「ここです」

オッターイマジンが背後へ振り向きながら同時に右裏拳を放つが、プロキオンは予想していたのかしゃがんで避ける。

「あっぱー!!」

技名を告げると同時に、飛び上がると同時に右拳をオッターイマジンの顎に向かって放つ。

プロキオンクローがオッターイマジンの顎に刺さる。

素早く引き抜いてから、右足を上げる。

そして腰の捻りを加えて右上段回し蹴りを放つ。

「ぶほぉっ!」

オッターイマジンから初めて『痛み』ととれる声を発する事に成功した。

あお向けになって倒れるオッターイマジンを見てソルプレーザ構成員達は動揺を隠す事はできなかった。

「ぶっ!」

別の方向から一人の構成員が飛んで倒れていた。

右拳で殴り飛ばしたAゼロノスだ。

銃を構えたり刀剣を構えたりしている者達が襲い掛かる。

Aゼロノス両腰に収まっているDガッシャーのグリップパーツを先端パーツに縦連結してからバレットモード時のグリップ(以後:バレットグリップ)を握ってから引き抜く。

そしてざっと見回してから狙いを定めて、引き金を絞る。

二丁のDバレットからフリーエネルギーの光線が数本発射される。

光線は全て構成員達が持っている武器に狙いが定まっており的確に武器の機能を不能にしていく。

「やあああああ!」

それでも撃ちもらしているものはあるので、刀剣を上段に構えて襲い掛かってくる。

右手をバレットグリップから離れて、九十度の位置にあるダガーモード時のグリップ(以後:ダガーグリップ)を逆手に持って受け止める。

ガキンと音が鳴るが、人間と仮面ライダーでは元の能力に大きな差が開いているのでAゼロノスが力負けする事はない。

右手のDダガーをDバレットに持ち替えて、左右同時に引き金を絞る。

光線が発射されて、手にしている武器を無効化していく。

「スクライア君!うしろ!」

フィリオの声に反応して、Aゼロノスが振り向くとそこにはアントイーターイマジンが拳を振り上げて襲い掛かろうとしていた。

(まずい!!この銃の一発は明らかにイマジンに対して決定打には持ち込めない……)

Aゼロノスは武器の特性や使い方は初めて変身した際に解説が脳に自動的に入り込んでいた。

それはもちろん、長所と短所も含まれる。

Dバレットをもう一度見る。

正確にはDバレットの先端をだ。

(そうか!!)

AゼロノスはそのままDバレットをアントイーターイマジンに向けて突く。

先端はアントイーターイマジンの胸部に突き刺さる。

これはDバレットの先端が両刃状の剣になっているからだ。

そして引き金を絞る。

「行けええ!!」

Dバレットから光線が発射され、アントイーターイマジンの胸部を貫いた。

「ぐおおおおおっ!!」

どんなに攻撃力の低い武器でも至近距離からならば十分に致命傷を与える事ができる。

殆ど賭けに近い状態だが、上手くいってよかったと心底Aゼロノスは思っている。

「貴様、何者だぁ!?まさか仮面ライダー電王、いやゼロノスか!?」

アントイーターイマジンは自分の命が風前の灯であるという事を予期にしているのか、自分を葬ろうとしている者の名を訊ねる。

「どちらでもないよ。僕は……」

Aゼロノスは思案する。

『仮面ライダー』と呼ぶほど自分は立派ではない。

『ゼロノス』ではあるが、自分が知るゼロノスは一人しかいない。

だが自分が変身している姿もまた『ゼロノス』であることに変わりはない。

 

「もう一人のゼロノス。ANOTHERゼロノスだ」

 

そう告げると同時に、アントイーターイマジンは爆発した。

 

 

ペーシモの屋敷の私室でもAゼロノスがモニターに映し出されていた。

「よし!やれ!やっちまえ!そんな奴等みんな殺しちまえ!!」

形勢が逆転しつつあるのかペーシモは舞い上がっていた。

「随分と賑やかだな」

私室のドアが開く。

「あぁん。誰だぁ?」

ペーシモがダルそうに振り向くと、そこには長髪長身の男が腕を組んでいた。

ソルプレーザの首領であるアンビシオンである。

「き、貴様!?どうやって……」

「お前が村に兵士を投入しているって事はつまりここは手薄って事だろ?だからだよ。ここの警備をしてる連中は俺にとっては足止めにすらならん」

彼の言葉に偽りはないだろう。

その証拠にアンビシオンの服には汚れ一つもない。

ペーシモは銃を構える。

「ん?何だソレ」

アンビシオンは怯えている素振りがまるでない。

「そんな銃で俺を殺せるとでも本気で思ってるのか?」

アンビシオンはたんたんと歩く。

反対にペーシモは椅子から飛びのいて、銃を構えながら後ろへと退がる。

構えている銃はカタカタと震えている。

「それだけ震えてりゃ、当たるものも当たらないぞ」

アンビシオンは短剣を鞘から抜く。

そして、構えてから駆けだした。

ペーシモの私室の床に赤い液体がぽたぽたと零れ落ちていた。

 

 

抗争が始まってから夕方になっていた。

Aゼロノスとプロキオンの力もあってかソルプレーザの殆どが戦闘不能になっていた。

「な、何て奴等だ!化け物か!?」

「頭が連れてきた化け物の一匹はやられちまったぜ!」

「どうする?逃げるか?」

「馬鹿言うな。バレたら殺されるぞ!」

「どっちにしたって殺されちまうよ!!」

構成員同士で揉めていた。

「慌てるな!我々には例のヤツがある!」

ソルプレーザの副長が動揺している部下達をたしなめながら恐らく最終兵器らしきものを使用しようとしていた。

それはこの戦いより一月前のことである。

おさげに眼鏡をかけて妙な服装をした少女を筆頭に似たような格好をした少女達がある物を買ってほしいと申し出てきた。

手足がなく身体を浮揚しており、中央に目玉のようなものが一個だけある機械兵器を二十体だった。

出来栄えからすれば根は張ると高を括っていたのだが、値段は破格の安さでありおまけというか当然というべきか『ある条件』がついていた。

だがその条件も変に考えなければ、何てこともない。

その条件とは『何が起きてもこちらは一切責任は負いません』との事だ。

元々裏社会における取引や売買においては利害関係のみで成り立っている者達において『責任』というものはないに等しい。

「よし!全機発進!!」

副長の指示の後に機械兵器がぞろぞろと出現して、Aゼロノスとプロキオンに向かっていった。

 

オッターイマジンと戦っているプロキオンの両耳に何かが向かってくる音が入ってきた。

「イマジンの臭いがしない……。何かが来ます!」

放たれる拳を巧みに避けながら、Aゼロノスに注意する。

「わかった!」

Aゼロノスはプロキオンの忠告を聞きながら、右に走りながらDバレットで狙いを定めて引き金を絞る。

武器をどんどん無力化していく。

「この裏切り者がぁ!!」

オッターイマジンが拳を左右交互に放ちながら、プロキオンに向かって罵声を放つ。

「裏切り者?ああ、僕がイマジンのやらなきゃいけない事をやろうとしてないからですか?」

反撃として、左右の拳を放ってからその場で左跳びまわし蹴りを放つが、オッターイマジンはしゃがんで避ける。

「そんなの僕には興味ありません!」

左足が地に着いたと同時に空いている右足を振り上げて、前蹴りを放つ。

「ぶうぅ!!」

先程のダメージが残っている顎に直撃する。

仰け反るが倒れようとはしない。

「行きます!」

両腕を広げてオッターイマジンに詰め寄る。

「やあああああ!!」

そして×字に両腕を振り下ろす。

オッターイマジンの胸部に×字の痕が浮かび上がり、その痕から火花が飛ぶ。

「お、お前わかってるのか……。こんな事をすればイマジン全部を敵に回すんだぞ……」

プロキオンはオッターイマジンを見据える。

「だったら戦います!」

プロキオンは後悔している素振りはなく、高らかに宣言する。

オッターイマジンがどのような文句を言うのか想像したが、その前に爆発した。

 

「何アレ?」

Aゼロノスはこちらに向かってくる妙な物体を見て思わず口に出してしまった。

明らかに人型ではない楕円型で中央に目玉のような物が一つだけで、宙を浮いている機械兵器だった。

「ざっと二十体かな……」

「うえ~。さすがに僕ももう嫌ですよ~」

イマジン二体に構成員を百人近く倒しているのだ。

正直戦闘狂でもない限り、『楽しい』という感情は湧いてこないだろう。

そしてこの一人と一体は戦闘狂ではないのでその感情はない。

あるのは『やらなければやられる』という生存を突きつけられているという自覚だけだ。

Aゼロノスはゼロノスベルトに挿入されているゼロノスカードを見る。

(もしかしたら……)

ゼロノスカードをゼロノスベルトから引き抜いてから、バックルのチェンジレバーを右にスライドさせる。

「ぶっつけ本番だけど……。やってみるか。プロキオン!」

「はい?」

いきなり呼ばれてプロキオンは首を傾げる。

「おいで!」

プロキオンは考えるより先にAゼロノスに駆け寄る。

ゼロノスカードを裏返して、白色が装飾されている面を表にする。

バイオリンが奏でるミュージックフォーンが流れる。

そして、ゼロノスベルトに挿入する。

『シリウスフォーム』

電子音声が発すると、プロキオンの身体がフリーエネルギー状に輝いてAゼロノスに入り込む。

電仮面が消えてから上半身に、白色がメインで裾に青色のポイントカラーがされている袖のないロングコート---プロキオンクロークが出現する。

両肩には三本の爪のような飾りが施され、両下腕にはプロキオンが用いていた武器であるプロキオンクローが装着されていた。

プロキオンクロークの背部にはプロキオンの顔が出現しているが、これはデネブ同様に『飾り』だったりする。

そして電仮面にはミサイルの弾頭部分がAゼロノスのデンレールを無視して、中央に走り出して停止すると回転しながら六芒星状に展開して電仮面となる。

「やああっ!!」

仮面ライダーANOTHERゼロノスシリウスフォームが遺跡世界に足を踏む。

Sゼロノスを中心にクレーターが生じる。

両掌や身体の節々をまじまじと見るSゼロノス。

次に顔を触る。

「僕が動かせてる?何で?どうしてなんですか?」

Sゼロノスは何故この姿になったのか理解できていないようだった。

(多分だけど、そうなるんじゃないかなぁって思って……。僕も根拠はなかったんだけどね)

深層意識のユーノが答える。

「コレ僕が動いていいんですか?」

(もちろん!目の前にいる機械兵器は任せたよ)

「はい!」

一通りの会話を終えると、Sゼロノスは駆け出した。

間合いを詰めて機械兵器の一体に右下段回し蹴りを放って、サッカーボールのように飛ばす。

ガシャアンという音が鳴り響いてからバチバチバチと火花が飛ぶ。

「てえええい!!」

右拳を振りかぶって、腰を入れて一直線に放つ。

ザクリとプロキオンクローが機械兵器の身体に刺さって火花が飛ぶ。

素早く引き抜いてから、跳躍して左足を突き出して一体を踏み潰す。

そのままもう一度跳躍して、密集している中に飛び込む。

機械兵器の目が集中するが、臆することなく手近にあった一体を両手で持ち上げる。

「りゃあああああ!!」

そのまま放り投げる。

放り投げた一体が誘爆して、周囲にいた四体を爆破した。

(残り十二体)

深層意識のユーノがカウントしていた。

機械兵器がまたこちらにやってくる。

腰元に収まっているDガッシャーを素早くDダガーに切り替えてから、二本を同時に投げつける。

ドスドスっと二体に突き刺さって火花を飛び散らせて機能停止する。

「残り十体!」

そのまま突き刺さっているDダガーを引き抜いて、左右から挟み撃ちを目論む機械兵器を同じタイミングでDダガーで突き刺す。

素早く引き抜いてから、背後から襲い掛かる一体を後ろ蹴りで吹っ飛ばす。

もう一体いたため、誘爆して二体とも爆発する。

(残り八体!)

カウントはどんどん減っていく。

Dダガー同士を立てに連結させてDランスにしてから、その場で跳躍して右手を大きく振りかぶって狙いを定めてから投げつける。

Dランスは縦回転から横回転に切り替えながらも横に並んでいる二体を真っ二つにする。

ゴトンガシャンと横に切断された上半身が地面に転がり落ちる。

Sゼロノスの足が地に着くと同時に投げつけたDランスは主の手へと戻る。

パシッとDランスを受け止めてから前後に攻めてくる二体を前方から一突き、後方に一突きと突き刺して機能停止させる。

(残り四体!気を抜かないで!)

「はい!!」

Sゼロノスを囲むように四体が四方向から同時に襲い掛かる。

Sゼロノスは動かない。

Dランスを構えて中腰になり、そのまま動かない。

距離がほぼゼロになりかけたときだ。

Sゼロノスは独楽のようにその場で回る。

一周が終わると同時に、Dランスを構える右肩にもたれさせる。

その直後に囲っていた四体の上半身がズルズルとずれてから地面にガシャアンと落ちた。

「終わりました……」

Sゼロノスがそう呟くと同時にソルプレーザの残党達は我先にと退散していった。

(守れたんだ……。ここにいる人達を……)

深層意識のユーノは達成感に包まれていた。

「よかったですね」

Sゼロノスはそんな主の満足いく感情が嬉しかった。

だが、ここにいる誰もが気付いてはいなかった。

 

破壊された機械兵器のあるモノが作動している事を。

 

 




次回予告

     戦いは終わった。

     連合軍が勝利したのだ。
 
     だが悪魔の洗礼がこれから始まろうとしている事を誰も知らない。

    第十八話 「0070年 闇の中にある光を掴むために」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話 「0070年 闇の中にある光を掴むために」

戦地となっている村から数キロ離れた街にあるペーシモの屋敷。

彼の私室の床に赤い液体---血がじわーっと広がっていた。

短剣で腹部を挿されたペーシモがうつ伏せになって倒れていた。

現在アンビシオンはカタカタと端末を操作していた。

「お前がこの街を始め、あの村にも爆破装置を仕掛けてあるのは既に調査済みだ。もちろん停止するためのコードもな」

アンビシオンはそう告げると、端末を操作する指を停める。

停止コードを入力して爆破装置を停止させたからだ。

「だが俺達の方も無事ではないな……」

ペーシモを瀕死に追い込んだのはいいが、こちらの被害も半端ではなかった。

構成員は九割が地に伏しており、残りの一割は戦意を喪失して逃亡。

この時の為に購入した機械兵器二十体は大破。

契約していた二体のイマジンも倒されている。

立て直すには相応の時間が必要になることは仕方ない事だ。

だが端末のモニターでは停止のコードが消去されていく。

「何!?」

アンビシオンが驚愕の表情を浮かべて、もう一度端末を操作する。

だが全く受け付けない。

誰かはわからないが、完全に端末のコントロールを奪っているのだ。

私室に大きく設置されているモニターは戦地から『SOUND ONLY』へと切り替わった。

「何だこれ?」

 

『はぁーい。この端末を操っている方はどなたですかぁ?この端末の持ち主であるペーシモさんですかぁ?それともそのペーシモさんの利権を奪おうと画策していたアンビシオンさんですかぁ?』

 

この声に憶えがあったのはアンビシオンの方だった。

そう自分達に機械兵器を売りつけたおさげで眼鏡をかけた妙な格好をした女性だ。

『まぁどちらでもいいですけどね~。実はですねぇ。今から一分以内に私がお売りした子達に組み込まれた自爆装置が作動する事になります。一体が爆発しても家を二、三軒は軽く粉砕する事が出来るほどの威力がありますよ~』

声の女はおっとりしながらもサラリと嗜虐的な事を言う。

「何だと!?自爆装置が搭載されているなんて聞いてないぞ!!それに自爆の起動をそっちが握っているなんて」

アンビシオンは狼狽を隠さずにはいられなかった。

『あれ~。でもご購入の際に言いませんでしたっけ~?何が起こっても責任は負いませんって~』

確かに声の主の言うとおりだった。

機械兵器を破格の値段で購入する際の『条件』だった。

「嵌めたのか……」

アンビシオンはモニターを睨みながら、唇をかみ締める。

爆発までの秒読みは既に始まっているので一秒も早く、爆破圏内に出ることを選んだ。

『あ、あと言い忘れましたけどぉこの屋敷を始点にして設置されている爆破装置もコントロールは私が奪いましたので停止コードは役に立ちませんよ~。こちらも既に起動していますので逃げるのなら頑張ってくださいね~』

おっとりしている声だが聞き取り方次第では人の命を弄んでいるようにも捉えれる内容だった。

声の主の宣言どおり、ペーシモの屋敷は爆発した。

 

ソルプレーザを撤退させた連合軍は勝利に浸っていた。

ある者達は抱擁を交わす事で『生』に対する実感を味わっていた。

ある者達は人質に取られている家族を取り戻すために収容されている場所へと向かった。

シリウスフォームからプロキオンと分離したAゼロノスはそのような光景を浮かべて安堵していた。

フィリオやファーティ、ドロールやグランベールも酔いしれていた。

「みんな、喜んでますね」

プロキオンは喜んでいる人々を見て、笑みを浮かべていた。

「これでこの村の脅威はなくなったんだ。当然だよ」

Aゼロノスは労うようにプロキオンの左肩を掴んだ。

「スクライア君!」

喜びに酔いしれていたフィリオが笑顔で駆け寄ってきた。

その表情はまさに高町なのはそのものといってもよかった。

「ありがとう!」

ただ短く感謝を込めて深く頭を下げてから母と妹がいる収容されている場所へと駆けていった。

「お父さん!早く早く!」

ファーティを促すように呼んでいた。

「お主、とうとう決めたのじゃな」

「ええ。僕はこれからもこのカードを使って彼と共に戦っていきます」

グランベールが杖を突きながら、Aゼロノスの隣に立つ。

Aゼロノスは『誓い』とも『覚悟』ともいえる台詞を吐く。

グランベールは、はしゃいでいるイマジン---プロキオンを微笑ましく見る。

「お主にも共に歩いてくれる者がいるのじゃな」

「はい」

村に平和が戻ったと誰もが思った瞬間だった。

爆発音が鳴り響き、人の悲鳴が聞こえてきた。

「一体何が!?」

Aゼロノスは爆発音の方向へ顔を向けると、爆煙がたっていた。

家が粉々になり、その近くにいた人々は全身から煙がブスブスと出ていてうつぶせやあお向けになって倒れていた。

あちこちから爆発が起こり、その度に悲鳴が起こる。

「ドロールさん!人質になっている人達はどこに収容されているんですか!?」

「え、ペーシモの屋敷だけどよ……」

「ここから距離は?」

「車で五分ぐれぇだ」

自動車で五分ならば歩きなら軽く二、三倍の時間がかかる。

空の空間の一部が歪んで、線路が地上にまで敷設されていく。

空間から遺跡に放置されていた『時の列車』であるANOTHERライナーがAゼロノスの側で停車した。

「プロキオン!」

Aゼロノスはプロキオンを呼んでからAライナーに乗り込む。

三両目であるAライナー・マガジンの口扉が開いて、滑り台が設置される。

T-REXの頭部を髣髴させる青い装甲車輌---レックスランダーがバックで降りてからそのままペーシモの屋敷のある方向へとタイヤを回転させていた。

「一体どうしたんですか?急に車に乗って……」

「フィリオやファーティさんは今、ムッティさんやスールのいるペーシモの屋敷に向かっている。その間の道が爆破装置の爆破圏外とは思えない……」

Aゼロノスは左側に数個あるボタンの一個を押す。

直後にメインモニターにペーシモ屋敷から伝導されている爆破装置のラインが映し出されていた。

「今走っている道もラインに含まれてます!」

「フィリオ達がこの爆発に巻き込まれてなければいいけど……」

「あのおデブのおじさんのお家が爆発の始まりなら人質に取られている人達は……」

「………」

プロキオンの予想に対してAゼロノスは何も言わなかった。

ドゴォォンという爆発音が鳴り響き、地中に埋め込まれているものが作動したのだ。

レックスランダーでも車体が一瞬だが傾くほどの威力だ。

「ぐっ!」

「うわっ!」

ズシャンという音を立てながらも、レックスランダーは体勢を立て直しながら前進する。

「降りるよ」

「はい!」

これ以上は車輌に乗って前進しても歩いてもあまり変わりがないと判断した。

レックスランダーのキャノピーが開いて、一人と一体は降りる。

地に足着くと同時にゴゴゴゴゴという音が耳に入ってきた。

「「!!」」

ドオオオオオンという音が一人と一体の耳に入り、その直後に更に大きな爆発音が鳴り響いた。

 

その日一つの街と一つの村が滅び、三つの組織が壊滅した。

 

空は茜色から漆黒となり、月と星が光り輝いていた。

「う……ぐぐぐぐ……」

仰向けになって倒れていたAゼロノスがよろめきながら起き上がる。

身体に付着している土を叩く。

「プロキオン、大丈夫!?」

隣で仰向けになっているプロキオンを呼ぶ。

「だ、大丈夫です……」

よろよろだが起き上がる。

一人と一体は周囲を見回す。

あるのは幾数の死体。

ペーシモの屋敷に訪れると屋敷は瓦礫の山と化していた。

そこからはみ出ている赤い液体が何なのかはすぐにわかった。

生存は絶望的だろう。

「……行こう」

Aゼロノスはプロキオンを連れて、レックスランダーに乗り込んで村へと戻った。

村に戻っても、生存者がいるとは思えないくらい悲惨な状況だった。

道に倒れているのは死体で転がっているのは瓦礫ばかりだった。

「生きてる人いるんでしょうか……」

プロキオンが弱弱しく訊ねる。

「わからないよ……」

Aゼロノスはよろよろと歩きながら、生存者を探す。

ピクピクと動く人影が見えた。

肥満体型---ドロールだ。

「あの人生きてます!」

プロキオンが大声で言う。

「ドロールさん!しっかり!」

Aゼロノスがドロールを起こす。

「よ、よぉ。お前か……。その姿だったから助かったみてぇだな……」

ドロールがAゼロノスを見て笑みを浮かべる。

「他の……奴等は?」

ドロールの問いに首を横に振るAゼロノス。

「そ、そうかよ……。グラン爺が死んじまった以上、この村の真実を伝えるのは俺だけじゃねぇかよ……」

「村の真実?」

ドロールの一言にAゼロノスは関心を持った。

「いいか。この村は普通の村じゃねぇ……。この村は……この村は……」

重要な事を言う前に、ドロールは息絶えた。

ドロールを地面に寝かしてからAゼロノスは空を見上げた。

両拳を震わせてから、右腕を振り上げて地面に叩きつける。

地面には拳の二倍くらいのクレーターができた。

「うおわああああああああああああああ!!」

一人の戦士は戦場の跡地で獣のような咆哮を上げた。

 

仮面ライダーANOTHERゼロノスの初陣は辛い結果となった。

 

 

その後、僕とプロキオンは自力でミッドチルダへと戻った。

その直後に僕は肉体と精神が限界に達したため、入院をする事になったわけで。

 

 

ユーノ・スクライアは心身をリラックスしているかというとそういうわけにはいかなかった。

「さてと、コレはどういうことか話してもらえるかしら?ユーノ君」

ユーノが入院している病室には現在シャマル、ザフィーラ(人型)、アルフ(幼児)とベッドで寝ているユーノとミッドチルダに到着する前に予め主に指示を受けて白い毛並みに青いメッシュが入っている風変わりなフェレットに変身したプロキオンがいた。

「あと、この妙なフェレットもな」

アルフがプロキオンを掴んでいる。

シャマルが手に持っているのはゼロノスカードのケースである。

ユーノがICUに入る前に、シャマルが失敬していたのだ。

「このケースの中の空間から察するに一枚は使っているわね。コレを使ったのはユーノ君?」

シャマルが確認する為にユーノに訊ねる。

「内容次第では主達には伏せておいた方がいいかもしれんな」

腕組をして成り行きを見守っていたザフィーラが口を開く。

「それでユーノ君。話してくれないかしら?このカードケースの事、そしてアルフが掴んでいるフェレットの事もね」

シャマルが代表して問い詰めてきた。

ユーノとしては口を噤んだままやり過ごしたかったというのが本音だ。

だがこの状況では自分の方がはるかに不利だし、最悪この事を高町なのは達に報告されでもしたら自分がこれからやろうとしている事が頓挫してしまうのは明白だ。

「わかりました。全てお話します」

ユーノは自分の身に起こった事を三人に全て打ち明けた。

シャマルとアルフは複雑な表情を浮かべており、ザフィーラは表情には出ていないがどのような言葉をかければいいかわからないようだった。

「アンタ、イマジンだったんだね……」

「はい。僕はユノさんと契約を交わしたプロキオンです」

掴んでいるフェレットを見ながらアルフがしみじみと呟く。

「とてもではないが、主達には報告する事は出来んな」

ザフィーラの言うように迂闊に八神はやて達に報告したら、規則に従っての措置が行われる可能性が十分に考えられる。

最悪ゼロノスカードとAライナーが没収される事も有り得る。

そして現在次元世界に蔓延るイマジンと戦い、そして倒す事が出来る者はユーノしかいないのだ。

「ユーノ君、さっき言ったことを本気でするつもりなの?」

これからユーノがやろうとする事は明らかに管理局が定めた法律に抵触する事だ。

「本気です。でも相手は巨大権力。正当な方法でいっても簡単に潰されるのがオチですからごくわずかの人数で内々にやっていくしかありませんね」

そうなると、ここにいる三人は比較的目立たない立ち位置にいる。

シャマルはユーノの瞳に今までにない『決意』と『覚悟』を見た。

そしてその『決意』と『覚悟』を瞳に宿した人物を自分は知っていた。

桜井侑斗と野上良太郎だ。

この二人と同じ場所に彼は向かおうとしているのだとシャマルは感じた。

それは同時に『魔導師としてのユーノ・スクライア』はもういないものだと解釈できてしまう事でもあった。

シャマルにはわかっていた。

恐らくアルフとザフィーラも理解しているのだろう。

これは彼が自分で考えて望んだ事なのだと。

そしてこれは彼にしか出来ない事なのだと。

内々で鍛錬に付き合ってきたからこそわかるようになっていた。

「わかったわ。ユーノ君がこのカードを持っていた事やそこのプロキオン君がイマジンだという事、そしてユーノ君がこれからやろうとする事は、はやてちゃん達には伏せておくわ」

「その方がいいです。言えば確実に参加したがるでしょうし……」

シャマルの案にユーノは賛成する。

今からやろうとしている事は時空管理局の『闇』に触れる可能性もあるので、『夢』を叶えようとする彼女達の障害になることは必至だ。

シャマルはユーノにカードケースを返す。

「でもユーノ。アンタ一人にそんな危ない道を行かせる気はないよ」

プロキオンをユーノに渡しながら、アルフは強気な笑みを浮かべる。

それは『自分も付き合う』という表れだった。

「そうだな」

ザフィーラも短くだがアルフと同じ意思表示をしていた。

「アルフ、ザフィーラさん……」

ユーノとしては嬉しくもあるが、同時に申し訳なくも感じる。

何せ『主』を裏切る事に近い行為になるからだ。

「フェイトちゃんやはやてちゃんとの関係を思っているなら、今更って感じになるわよ」

シャマルは『何を今更』というようにユーノに告げる。

「三年間も内々にしてきたのよ。これからは内容が少し変わるだけじゃない」

「内容が少し変わるって下手をすれば犯罪者になりますよ!?それでもいいんですか?」

シャマルがしれっと言う事に対してユーノは事態の深刻さを再認識させようとする。

「今の次元世界で必要なものって優秀な魔導師よりもイマジンを倒せる存在だと思うの。ユーノ君はその力を手にした。そしてソレを手にしたユーノ君をサポートできるのは私達だけだと思うの」

シャマルはユーノに同情しただけで賛同しているわけではない。

彼女は自分をサポートする事で直接的ではないにしろ、主を始めとして人々を守ろうと考えているのだろう。

「『無限書庫』のみんなも案外参加してくれるかもしれないねぇ。みんな、アンタに惚れ込んじまってるしそれに前線に出てる連中を出し抜けるとか思って喜んでやってくれるかもしれないよ」

アルフの言っている事は決して脚色でも誇張でもない。

時空管理局の内勤と前線を主とする武装局員は決して折り合いがいいとはいえない。

武装局員は内勤者を軽視し、内勤者は武装局員のサポートをしながらも評価されない事に不満を抱えたりしているのが現実だ。

特に内情を知らない者達が一番陰口を叩くとなると、『無限書庫』にあたる。

『無限書庫』のスタッフが育たないのは業務内容よりもそういった心無い誹謗中傷で精神的に参ってしまうのが主な原因といってもいい。

武装局員は内勤者を中傷したり、八つ当たりすることで精神安定になるかもしれないが内勤者には鬱憤を晴らす捌け口がないのが現状だ。

「賛成すると思う?」

「賛成するんじゃない。前線出てる連中が手も足も出ないイマジンを自分達の身内が戦ってるんだからさ、内心いい気分になれると思うよ」

ユーノがAゼロノスとして戦う事が『無限書庫』スタッフの励みになるというのも妙な話だった。

「みなさん……」

プロキオンは三人を見ながら感激すると同時に、ユーノの味方になってくれるのは自分だけではないと確信した。

その後、なのは達も時間が空いていれば見舞いに来てくれた。

ユーノはもう今まで纏わりついていた憑き物が落ちたように、表情が晴れ晴れとしていた。

だがその表情の裏には並々ならぬ決意があったことを彼女達は知らない。

 

『魔導師』ユーノ・スクライアが死亡し、『仮面ライダーANOTHERゼロノス』ユーノ・スクライアが確実に誕生した事も。

 

 

パチパチと薪が鳴り、炎がゆらゆらと燃えている。

毛布に包まったユーノは空にしたマグカップを地面に置く。

毛布を払いのけてから、眼前の墓標の前に立つ。

一つは村の人々とドロール一家を纏めた慰霊碑。

中央にあるのは、なのはに瓜二つの少女---フィリオことフィーユの墓標。

そして最後の三つ目は『魔導師』としての自分の墓だ。

何故あの村が滅ぼされなければならなかったのか、犯人は誰なのかもわかってはいない。

だがそれでも小さくではあるが、着実に一歩ずつ進んでいるのも確かな事だ。

『プランAZ』が動いている以上、もう後には退けない。

ただただ前に進むしかない。

先に眠っているプロキオン(イマジン)に毛布をかけてあげながら、ユーノは気を引き締めた。

 

ユーノ・スクライア。

時空管理局データベース『無限書庫』司書長。

司書の傍ら古代史の論文を発表、学者としての実績を重ねる。

そして……

 

そして仮面ライダーANOTHERゼロノスとして次元世界の『時の運行』を守る戦士として戦う事を選ぶ。

 




次回予告

    0072年となり、Aゼロノスは『青い狩人』と呼ばれるようになる。

    その青い狩人を単身調査する者がいた。

    彼は真実に辿り着く事が出来るのか?

    第十九話 「0072年 訓練士学校」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

青い狩人
第十九話 「0072年 訓練士学校」


新暦0072年6月。

ミッドチルダも例外ではなく、この時季の温度は高い。

室内はどこもかしこも冷房が行き届いていた。

外からセミの鳴き声が鳴いている。

時空管理局武装隊ミッドチルダ北部第四陸士訓練校。

学長室には一人の青年と女性が机に書類を広げていた。

「もう夏ですね……」

青年は向かいに座っている女性の独り言のように呟く。

一匹の白色の毛並みに青色のメッシュが入ったフェレットが窓から景色を眺めていた。

「ええ。そうね」

時空管理局第四陸士訓練校の学長であるファーン・コラード三佐がそのフェレットの仕種が可愛いため、笑みを浮かべながら相槌を打った。

青年---ユーノ・スクライアは机に乗っかっている書類の内容をコラードに話していく。

コラードはユーノが話す内容に質問をしながらも、聞いていく。

彼がここに訪れたのはいわゆる訓練生が所持する教本についてだ。

内容に不備(誤字、脱字、不適切な表現)がないかの確認も彼の仕事だ。

また新版を作成するにあたってどの辺りを重点的にすべきかなどの打ち合わせもかねている。

話が終わると、コラードは紅茶を淹れてくれた。

「ありがとうございます」

ユーノは礼を述べてから、一口含む。

「イマジンが蔓延るようになってから、どのくらいになるかしら……」

「『0069年の悪夢』からですと三年になりますね……」

正確にはもっと前から存在しているが、その事を告げても何の益にもならないとユーノは判断して口を噤む。

「そう。三年になるのね……」

コラードは決して生徒や教官達の前では見せない沈んだ表情を浮かべていた。

三年前の事件の殉職者にはこの学校から卒業した者達もいたからだ。

「『青い狩人』が現れるようになってからは、『青い狩人』がイマジンを倒す事ができる唯一の存在と世間では定着されているのよね」

「そうですね……」

ユーノは特に表情を変えずに返事する。

『青い狩人』。

仮面ライダーANOTHERゼロノスは現在そのような通り名で世間に浸透している。

神出鬼没でイマジンが現れるところ、必ず現れて狩ることから『狩人』と呼ばれている。

「一体何者なのかしら……。どう見ても一般人が戦っているとは思えないもの」

「どういう意味ですか?」

「私も伊達に貴方の幼馴染が務めている戦技教導隊にいたわけではないわ。あの『青い狩人』の動きは一般人のソレではないわね」

コラードは学長になる前は高町なのはが属している戦技教導隊に属していた。

「あの動きは無駄がないわ。無駄を排しながら的確に相手を仕留める事を主においている。魔力に依存している魔導師ではまず出来ない動きね。魔導師の欠点や短所を逆手に取っているといった方がいいわね」

窓の景色を見ていたフェレット---プロキオンがユーノの左肩に乗っかる。

(がくちょうさん。凄いですね。僕達の動きをそこまで見てるなんて……)

(そうだね。元とはいえさすが戦技教導隊ってことはあるね)

プロキオンとユーノは違った二人だけの回線を開いていた。

この回線は契約者とイマジンの間柄のみに発生するものであり、外部から入り込む事は原則不可能である。

「そういえばこの後フェイトも来るのだけど知ってる?」

「まぁ話くらいは聞いています」

恐らく新設する部隊の事だろうとユーノは高を括る。

「それではまた何かありましたらお伺いしますのでその時はよろしくお願いします」

ユーノとプロキオンはコラードに一礼をしてから、学長室を後にした。

 

 

時空管理局査察官個室。

ヴェロッサ・アコースが上着を脱いで、モニターと睨めっこをしていた。

モニターに映っているのAゼロノスとSゼロノスとプロキオン(イマジン)だった。

あらゆる角度から徹底的に調査してみるがめぼしい結果はない。

本当に神出鬼没としか言いようがない。

イマジン現れるところ必ず現れて狩る故に『青い狩人』と呼称されている仮面ライダー。

あとわかっていることといえば、イマジンが頻繁に出現するこの一年くらいから現れたという事だろう。

それだけでも『0069年の悪夢』の際には出現していないだろうと推測は出来る。

もし存在していればそのイマジンを倒していたはずだ。

「正直、管理局でお手上げな相手を倒す以上は『英雄』と呼ばれてもおかしくはないんだけどね」

ヴェロッサが個室である事をいい事に独り言を言う。

昨年から個人で調査しているので既に一年経つ。

「何かヒントがあるはずなんだ。何か……」

ヴェロッサは髪をかきあげながら、自分が相手の立場だったらどうするだろうという想像をする。

そこから何かヒントが得られるかもしれないからだ。

 

 

学長室から出たユーノは腕時計を見て、昼時だと判断して食堂へと向かう。

だが食堂はまだ開放されておらず、ユーノは入口前においてあるカップ麺が陳列されている自動販売機から二つを購入する。

自動販売機の脇には割り箸が置かれており、『ご自由にお取り下さい』と書かれていた。

割り箸を二本抜き取る。

隣にはポットがあり、沸騰していた。

カップ麺の蓋を開け、どぼどぼと中に注ぐ。

ちなみにカップ麺はユーノはカレー味でプロキオンはシーフード味だったりする。

蓋をテープで閉じるとユーノは上着の胸ポケットに割り箸を入れて、左右の手で淹れた湯をこぼさないようにカップ麺を持って屋上へと上がろうとする。

「ユーノ」

声をかけたのは執務官制服を着たフェイト・T・ハラオウンだった。

「フェイト。今来たの?」

「フェイトリアンさん。こんにちは」

前もって知っている情報なので、ユーノは平静でいられる。

プロキオンはフェイトを過去に見た洋画の登場人物の名前と混ぜ合わせて呼んでいる。

「ロッキー。フェイトでいいよ。フェイトリアンは長いって」

「そうなんですか?フェイトリアンさん」

フェイトは苦笑しながらもプロキオンに呼び方の矯正をしようと試みるが、意味はなかった。

「コラード学長に会いに来たってのはわかるけど、もしかして新設予定の部隊のため?」

高を括っていた内容をぶつけてみる。

「うん、まぁね。ユーノは?」

フェイトはユーノがここにいる理由を聞かされてはいない。

「僕は教本の打ち合わせ、かな」

ユーノは短く内容を打ち明けた。

「そうなんだ。それでこれからは?」

「屋上で昼食をとってから本局に帰るよ。今日は特に急な請求もないからね。まったりと過ごすつもり」

ユーノはこれからの予定を告げてから屋上へと上っていった。

 

学長室に入ったフェイトは軽く旧交を温めてから、窓から見える外の景色を眺めていた。

「新人さん達、みんな元気ですね」

「ええ。今年も元気な子達が揃ったわ」

フェイトは眺めながら感想をもらし、コラードは机に座ったまま答えていた。

「七年前の貴女達に負けず劣らずのやんちゃな子達もいるわよ」

コラードは七年前のフェイトを思い出しているようだ。

「はい」

フェイトが答える選択肢はこの一つしかない。

「まぁ貴女となのはは、たった三ヶ月の短期プログラムだったけど」

「その節はお世話になりました」

ドアを叩く音が聞こえた。

「どうぞ」

コラードが入るように促す。

入ってきたのは陸士官制服を着た眼鏡の女性と私服で赤髪の少年だ。

「失礼します」

少年が先に声を出した。

「あーどもです。本校通信科卒業生シャリオ・フィニーノ執務官補佐でっす!配置換えになりましたー」

眼鏡の女性---シャリオが自身の近況を告げながら少年の背中を押しながら学長室に入っていく。

「知ってるわよシャーリー(シャリオの事)。貴女もやんちゃだったから。それにそちらは……」

コラードは少年を見る。

 

「はい!エリオ・モンディアルです!」

 

少年---エリオは敬礼をしながら自己紹介をした。

「今日は見学の許可をいただきまして本当にありがとうございます!」

エリオは見学の機会を設けてくれた事に感謝の言葉を述べる。

「訓練校の事、色々勉強させてもらいます!」

「はい。しっかり勉強していってね」

コラードは笑顔で応じた。

「シャーリーごめんね。エリオをよろしく」

「はい♪勝手知ったる母校ですから」

フェイトはこれから予定があるのでエリオの見学には付き合えないため、シャリオに依頼する。

「じゃあエリオ。私は学長先生とお話があるから」

「はい。フェイトさん」

「シャーリーについていい子でいてね。帰りは一緒だからね」

フェイトはしゃがんでエリオと同じ目線で話しながら、エリオの身だしなみを正す。

「はいっ!」

エリオは笑顔で頷く。

そしてシャリオとエリオは学長室から出て社会見学を行う事になった。

「いってらっしゃーい」

フェイトが笑顔で二人を見送る。

完全に二人きりになると、コラードの右目がうっすらと開く。

彼女はいわゆる糸目なのだろう。

「あの子が例の……?」

「ええ。私が研究施設から保護した子です」

コラードはエリオの素性を大まかだが知っていた。

「あの子も将来は局員に?」

「本人はその気みたいなんですが、私からはよく考えるように言っています。今日は特に社会勉強ですね」

フェイトはエリオが自身で考えた末の結果ならば異議は唱えないと考えている。

「しかしあのやんちゃ娘の片割れがもう子供の世話をしてるとはね。私も老けるわけだわ」

「またまたぁ」

コラードが年寄りじみた事を言うので、フェイトは否定をしようとする。

「そういえばシャーリーとはいつから?」

「先月です。希望指名で補佐につけてもらいました」

フェイトはシャリオとの経緯を大まかに説明する。

「さてそろそろ本題に入りましょうか。執務官殿の相談事は何かしら?」

「はい……」

フェイトとコラードの雰囲気が『生徒』と『学長』から『執務官』と『学長』へと切り替わった。

 

青空を見上げながら、ユーノとプロキオンは昼食であるカップ麺を食べていた。

湯気がもくもくと空へと昇っていく。

はふはふと言いながら、ラーメンをすするのがカップ麺の楽しみの一つである。

「おいしーです♪」

「うん。やっぱり外で食べるカップ麺は一味違うね」

器用に食べるプロキオンの仕種を微笑ましく見ながら、ユーノはラーメンをすすっていた。

ガチャリという音が鳴り、ドアが開く。

「ここからなら陸戦訓練場を見ることが出来るよって、カレー?」

「本当だ。カレーの匂いがしますね」

シャリオとエリオが屋上に足を踏み入れると、鼻腔をくすぐる匂いを当てる。

「スクライア司書長!」

「フィニーノ執務官補佐」

匂いを発生させている原因をシャリオは言い当てる。

「お食事ですか?」

「ええ。食堂でとも考えてたんですけどまだ開放されていなかったもので……」

「シャーリーさん。あの……」

エリオはユーノやプロキオンとは面識がないので首をかしげている。

「君がエリオ君だね?」

だがユーノはエリオの事を知っていた。

情報収集源はどこからでも手に入れられるから特に困りはしない。

「僕はフェイトの友達のユーノ・スクライアっていうんだ。それでこの肩に乗っているのが……」

「使い魔のロッキーです!」

ユーノとプロキオンは簡単に表面上の自己紹介をする。

フェイトとの間柄を『幼馴染』ではなく『友達』と言ったのは今の自分が『魔導師』ではなく、『ANOTHERゼロノス』だからだ。

プロキオンも本来は『使い魔』ではなく『イマジン』なのだが、それを明らかにするわけにはいかないので偽っている。

これも『プランAZ』の一つである。

「変わった毛並みのフェレットですね」

「触ってみる?」

エリオがプロキオンに触りたがっているのでユーノはプロキオンを訊ねてみた。

「え?いいんですか!?」

「どうぞ」

ユーノが肩に乗っているプロキオンをエリオに渡す。

エリオはプロキオンを恐る恐る受け取る。

「わあ」

エリオは小動物に触れる事に感動した。

初対面の人間に触れられている際は、プロキオンは下手に声を発しない。

エリオがプロキオンを撫でている。

その度にプロキオンがくすぐったいのかむずむず動いていた。

しばらくプロキオンを触って満足したのかエリオはユーノに返して、礼を言った。

指定席とばかりにユーノの左肩に乗っかるプロキオン。

カップ麺を食べ終えるとユーノは空同士を一つにさせて、割り箸も一つに纏めていた。

それからエリオ、シャリオ、プロキオンと共に陸戦訓練場を眺めていた。

「広い練習場ですねー」

エリオが覗き込むようにして見ながら感想を述べる。

彼の現在の身長では自力では見れないので足の下には踏み台が置かれている。

「陸戦訓練場だからね」

訓練場は更地ではなく、より実戦的にという事を想定しているためかわざと高低差があるような地形になっている。

そのような悪条件で様々な技術を駆使しなければならないという事なのだろう。

「ここは陸戦魔導師さんの訓練場なんですよね?」

「そうだよー。ほとんどの戦闘魔導師のスタート地点で今も一番数が多くて、空を飛ばずに戦う魔導師達が学ぶ場所なんだ」

シャリオが更に説明を続ける。

「フェイトさん達みたいに先天資質でA以上とかそういう人を除けば飛行訓練はかなり大変だからね。予算もかかっちゃうし、空戦魔導師になる場合でも陸戦魔導師として訓練や実績を積んでから……って場合も多いんだよ」

例外及びスタンダードな流れを説明する。

「あ、もちろんどちらが上とか偉いとかってことはないんだよ」

「はい。わかってます!陸も空もそれぞれの場所でそれぞれに働いて助け合ってるからこの世界を守ってるんだって、フェイトさんに教えてもらいました」

シャリオが補足を告げると、エリオは頷いてからフェイトに教えてもらった事を告げる。

「うん。偉い偉い」

シャリオは笑顔で褒めながら、エリオの頭を撫でた。

ユーノとプロキオンはそんな二人を微笑ましく見ていた。

 

 

一人の男の身体から砂が噴き出てて上半身と下半身が逆転した全身白色の怪人が出現する。

男は怪人に呟く。

怪人は上半身と下半身の位置が入れ替わり、『人型』になる。

「お前の望み、聞いたぞ」

怪人---トカゲ型のイマジン、リザードイマジンが時空管理局第四陸士訓練校へと飛び立った。

男の手には時空管理局第四陸士訓練校の不合格通知がぐしゃりと握られていた。

 

 

時空管理局本局査察官個室。

ヴェロッサは目元を押さえながら、悩んでいた。

Aゼロノスの足跡を追いかけてはいるが、一向に掴めない。

「僕は視野を狭くしていたのかもしれない」

そう思い当たると、キーボードをカタカタと叩く。

Aゼロノスそのものを調べても足取りを掴む事は不可能だろう。

イマジンが出現したところに現れて、倒して去っていくのだ。

「はやてが言ってたな。時の列車を所有している以上、アジトを捜すのは不可能に近いって」

時の列車は『時の空間』を経由して移動することが出来る。

決まった入口や出口のようなものが存在しないため、潜伏先を探ろうとする者達の煙をまくには十分なものだった。

「アジトが無理ならどうやってイマジンの情報を仕入れて、その次元世界に迷わずに行動する事ができるか、だね……」

無駄がない行動をする為に事前にある程度の事を知っておく必要がある。

つまり、Aゼロノスは相当の知識人だということになる。

「一般人でない事だけは確かか……」

ヴェロッサは的を一つ絞り込む事が出来ただけでも上出来だと思う事にした。

それでも、正体が誰なのかはわからない事に変わりないことだが。

 

 

陸戦訓練場で訓練生が精を出していた。

優秀な者もいるが、中には内容を把握せずに行動している者がいたりしていた。

無論ペナルティーをもらったのは言うまでもない事だ。

ちなみにそのペナルティーをもらった二人を見たエリオはというと、

「あれ楽しそうですね!。僕もやってみたいです!」

無邪気な事を言うが隣にいるシャリオはというと、

「うーん。エリオは真似しちゃ駄目だよー。フェイトさん泣いちゃうからねー」

保護者が確実に泣き顔になることを予測しながら窘めた。

(訓練中止を受けた片方はたしかナカジマ三佐の娘さんでもう一人はティーダさんの妹さんか……)

ユーノは調べた内容と現実を照合させて一致させた。

訓練風景を眺めること三十分。

そろそろ本局に帰ろうと踵を返したときだ。

急に場内の雰囲気が変わったようにプロキオンは感じた。

(ユノさん。イマジンです!)

(わかった。行こう)

プロキオンは自慢の嗅覚でイマジンの臭いを感じ取り、特別回線でユーノに伝えた。

物音を立てずに、ユーノとプロキオンはその場から離れた。

エリオとシャリオは一人と一匹がいなくなった事に気付かなかった。

 

学長室ではフェイトとコラードの会談が続いていた。

「去年の空港火災。公にはされていませんが原因はロストロギアです。密輸品として運び込まれたものが爆発したと見られます」

フェイトの眼前には小型の半透明なモニターが出現している。

コラードはフェイトが提出した資料を凝視している。

「そしてそのロストロギアに付随するように現れる機械兵器があります。ロストロギアに付随する事から『ガジェット』あるいは『ドローン』と仮称していますが、これらは一機ずつでAMFを展開する機能を保有しています。そしてどこからどうやって現れるのか神出鬼没にロストロギアに群がって確保しようとする……」

フェイトはそこで一呼吸してから続ける。

「これらが多数出現すれば局員達は各地でAMF状況下での戦いを強いられます。後は……」

「イマジン、かしら?」

「はい。お伺いしたいのはそういった状況下に対応できる魔導師を育成するとしてかかる時間と『卒業』の期待値なんです」

「なるほどねぇ」

コラードは顎に手を当てて、天を仰ぎながら予想できる範囲の事を口を開く。

「確実に時間はかかるし、卒業期待値もあまり高くないわよ。それに適性のある精鋭を揃えて短期集中での訓練なら私の古巣、貴女の親友がいる本局の戦技教導隊に依頼すべきだと思う」

コラードの言うように、訓練生が卒業したとしてもいざ実戦で即戦力になるかというと答えはノーだ。

次元犯罪者やAMF搭載の機械兵器を目の前にして訓練校での動きを活かすだけでも至難の事になる。

ましてやイマジンとなれば先の二つよりもはるかに厄介な存在であり、訓練校卒業して間もない者達が瞬時に対応する事は更に難しい。

「そっちでも動いてはいるんですが……。将来を見越しての準備をしたいんです。数年計画の……」

「それはまた……」

気の長い人間でなければやれないような事を言うフェイトにコラードは苦笑する。

「それにしても難しいわよ。新暦になって質量兵器の使用が原則として禁じられて以来、平気も戦力もほとんどが純粋魔力頼りだもの……」

コラードは複雑な感情を抱きながら、新暦になった兵力事情を呟く。

この事から旧暦だった頃は魔力だけでなく、質量兵器も認められていたことになる。

「……ええ」

魔力だけではどうにもならない事があるというのをフェイトはよく知っている。

七年前に関わった『プレシア・テスタロッサ事件』と『闇の書事件』及び『ネガタロスの逆襲』でいやというほどに。

「まぁ折角訪ねてきてくれたんだし、もう少し詰めた話をしましょうか。それと最近の貴女達の事もね」

コラードは笑みを浮かべて、フェイトに促した。

「はい」

促されたフェイトも笑顔で応じた。

訓練場にイマジンが出現したと聞くのはこれから三十秒後の事である。

 

陸戦訓練場ではリザードイマジンの乱入により、訓練生も教官もパニックに陥っていた。

とてもではないが、対応なんて出来るものではない。

恐怖による悲鳴を上げながら、我先にと逃げていく訓練生達。

教官も自分の身の安全を考えながら、訓練生達の避難をする。

その中、反省清掃をしていたスバル・ナカジマとティアナ・ランスターはほうきとちりとりを駆使して、テキパキと作業を進めていた。

「何か騒々しいね」

スバルがほうきで埃を掃きながら、訓練場に視線を向ける。

「訓練にしては妙に切羽詰ったような感じよね」

ティアナがちりとりで埃を受け止めながらも、スバルと同じ様に訓練場に視線を向けていた。

この距離からでも訓練ならでは独特の雰囲気が伝わってこない。

清掃を終えて、スバルに掃除用具を片付けさせると二つの影が訓練場へと向かっていくのが見えた。

「何よ?アレ……」

ティアナは生まれて十三年。あのようなものを見たことがなかった。

二足歩行ではあるが、明らかに人間とは違う何かだった。

「ランスターさん。ただいまぁって、どうしたの?」

「訓練場に何かが向かっていったんだけど……」

ティアナが訓練場を指差し、スバルは首を傾げた。

「気になるの?」

「なっ!?べ、別にそういうわけじゃないわよ!」

強く否定している事が『気になる』の裏返しでしかない。

「行ってみようよ。掃除終わったし」

「え?」

「気になるんでしょ?だったら行こうよ」

そう言うと同時にスバルは先に訓練場へと向かっていった。

「あ、ちょっとナカジマ訓練生!」

ティアナは結局、訓練場へと向かう事になった。

 

訓練場ではAゼロノスとプロキオン(イマジン)がリザードイマジンと戦っていた。

AゼロノスはDダガーを逆手に持って構え、プロキオンも両腕からフリーエネルギーで構築されているプロキオンクローを出現させていた。

リザードイマジンはフリーエネルギーで棘の入った鞭を出現させて、自らの尻尾のように巧みに操っていた。

鞭が獲物を食らう蛇のように向かっていく。

左手に握られているDダガーをダガーグリップからバレットグリップへと持ち替えて、Dバレットへと切り替えて狙いをつけて引き金を絞る。

フリーエネルギーのレーザー光線が数本一直線に向かって飛んでいく。

リザードイマジンは鞭でかき消す事はできないので右へ避ける。

「やあああ!!」

プロキオンがその隙を狙って懐に入り込んで、右、左と正拳を繰り出すがリザードイマジンは後方へと下がる事で全て避けていく。

距離が開くが素早く詰め寄って右拳を掬い上げるようにして放つ。

「あっぱー!!」

ブォンと凄まじい音が鳴るが、結局は空振りであってプロキオンが勢いあまって宙に浮いている状態だった。

無論プロキオンは飛行能力を有したイマジンではないので、重力に逆らう事が出来ずにただただ下がっていくだけである。

リザードイマジンがそんな好機を逃すはずがなく、鞭を繰り出してプロキオンに巻き付けて地面に叩き落とそうとする。

「ぷぎゃっ!」

プロキオンが右肩から地面に落下した。

鞭が離れていき、今度はAゼロノスに向かっていく。

「!!」

瞬間、Aゼロノスは『理屈』ではなく『本能』が身体を支配した。

左手に握られているバレットグリップからダガーグリップへと瞬時に持ち替えた後、すぐにスナップを利かせて投げた。

Dダガーは一直線にリザードイマジンの右手の甲に刺さる。

「がわああっ!!」

リザードイマジンの右手から鞭が離れる。

「今です!」

地面に叩きつけられていたプロキオンは立ち上がっており、地面に転がっている鞭をどこか後方へと蹴り飛ばす。

Aゼロノスが駆けて間合いを詰め、逆手に持ったDダガーを弧を描くような流れで首元に狙いをつけて切りつける。

イマジンの反射神経がなせるものかリザードイマジンの皮一枚を切りつける結果で終わった。

半歩踏み込んで左前蹴りを胴に食らわせて後方へと下がらせる。

その瞬間にリザードイマジンの右手の甲に刺さっているDダガーを抜き取る。

二本ともバレットグリップに持ち替えてから横連結にさせてツインDバレット(以後:TDバレット)へと切り替える。

軽くグルンとTDバレットを回してから、リザードイマジンへと詰め寄っていた。

 

「す、すごい……」

「高ランクの魔導師でも恐れるといわれているイマジンと対等にしかも押してる……」

逃げ遅れたというより、事情を把握できていないスバルとティアナだが目の前に起こっている光景をただただ見ているしかなかった。

「アレって確か『青い狩人』よね?」

「うん。たしかお父さんから聞いたんだけど、仮面ライダーANOTHERゼロノスっていうのが本当の名前らしいよ」

スバルは父であるゲンヤ・ナカジマ経由での情報をティアナに打ち明けた。

AゼロノスはTDバレットの銃口をリザードイマジンに向けていた。

 

Aゼロノスはゼロノスベルトのバックル上部にあるフルチャージスイッチを押す。

『フルチャージ』

機械音声が発して、バチバチと伝導されているゼロノスカードを引き抜いてTDバレットのガッシャースロットに挿しこむ。

「はあああっ!!」

TDバレットの引き金を絞る。

銃口にフリーエネルギーの光球が収束されて一直線に放たれた。

その速度は速く、来るとわかっていても防御など意味がないと思わせるものだった。

リザードイマジンの胸部に大きな穴が出来ており、火花が飛んでいた。

「ぐ、ぐおわあああああああ!!」

仰向けになって倒れて肉体が維持できなくなり、爆発した。

爆煙が昇り、呆気に取られている二人の訓練生を一瞥してからAゼロノスとプロキオンはその場から退散した。

 

死亡者ゼロ。

重傷者は二名。

軽傷者は十名。

とイマジン襲撃にしては比較的に被害の少ない事件であった。

この一件は後に『第四陸士訓練校襲撃事件』と歴史に記される事になるのだが、このイマジンを倒したのがAゼロノスによるものだと知っている者はほとんどいない。

 

 

外は夜となり、大抵の局員は家路に向かう準備をしている頃。

時空管理局1039航空隊では本日の教導が終了し、全員が整列していた。

「それでは以上で教導を終わります。お疲れ様でした」

戦技教導隊教導官である高町なのはが終了の挨拶をした。

 

お疲れ様でした!!

 

なのはとその場にいた航空隊員全員が敬礼した。

「高町教導官。ありがとうございました……」

シグナムが公の場なので慇懃な態度で接していた。

「シグナム三尉。お疲れ様です」

なのはも同じ様な態度で返す。

公私のけじめをつけている表れでもある。

「よければ食事を一緒にどうです?」

「ああ。いいですね」

シグナムの誘いに、なのはは即答した。

「本体の魔導師達はいかがでしたか?」

「いいですね。しっかり鍛えられています。仮想敵もやりがいがありました」

廊下を歩きながら恐らく隊長格とも取れる男の言葉に、なのはは率直な感想を述べた。

「では我々はこれで」

「またよろしくお願いします。教官殿」

隊長格二人が、なのはに敬礼するとその場から去っていた。

「ふぅ。お疲れ様です。シグナムさん」

「ああ。すまなかったな。気を張らせてしまった」

なのはとシグナムの雰囲気がプライベートの時と変わらぬ状態になった。

「食事は私の同僚達とだけだ。気楽にしてくれ」

「はい」

シグナムの気遣いに、なのはは笑顔で頷いた。

廊下を歩いてしばらくすると、一組の男女がいた。

長身の男性と、小柄だが男が長身であるため余計に小さく見えてしまう女性だ。

「アルトとは初対面のはずだがヴァイスの方は……」

「お疲れ様です!ヴァイス・グランセニック陸曹でありますッ」

「アルト・クラエッタ整備員でありますっ」

シグナムが紹介する前に、ヴァイスとアルトは先に自己紹介をしながら敬礼をした。

「あー、地上本部の面白いヘリパイロットさんですね!」

「憶えていただいて光栄であります。教導官殿」

なのはの妙な記憶の仕方にヴァイスは後頭部を掻きながら苦笑した。

 

ユーノとプロキオン(フェレット)は陸士訓練校でリザードイマジンを倒してからは『無限書庫』に戻って通常業務を定時から一時間くらいまで勤しんでから本局を出て、レストランへと赴いていた。

プロキオンと食事するのは一番気楽なので、あえて誰も呼ばない。

見知った人間を呼んでいないので、酒も注文する。

オードブルとして生野菜の盛り合わせが出て、プロキオンにいくつか分けてあげながらも自分も口に含む。

「おいしいです~」

プロキオンはドレッシングがかかっているレタスを食べてから感想をもらす。

「うん」

ユーノは頷く。

「オニオンスープでございます」

ウエイターがスープをユーノの前に置き、右側に避けられている空になった前菜の食器をトレーの上に乗せて去っていった。

スプーンで掬ってからプロキオンに向けて飲ませる。

スプーンで掬われている量はフェレットサイズのプロキオンの一杯としては十分なものだった。

「はあ~。ラーメンもいいですけどこういう料理もいいですね~」

「比べる対象が違うよ」

ユーノは笑みを浮かべながら、プロキオンに突っ込みを入れながらもオニオンスープを口の中に含む。

食道を介して身体全体が温まるような気分だった。

スープは空になり、食器をウエイターが回収しやすいようにテーブルの端に置く。

しばらくしてから、いくつかの靴音が耳に入ってきた。

次の魚料理が出てくるまで退屈なので、靴音の源を見てみることにする。

「なのさんとチルナムさん(シグナムの事)です」

プロキオンが来店してきた四人のうちの二人の彼なりの呼び方で言う。

「後の二人は、シグナムさんの同僚ってところかな……」

ユーノがそのように分析した後に、魚料理である『鯛とアサリのアクアパッツア』が運ばれてきた。

 

なのは、シグナム、ヴァイス、アルトの四人も空いている席に座って、それぞれ注文してからナイフとフォークを手に食事をしていた。

「そう……。二人とも『レリック事件』については知ってるんですね」

なのははヴァイスとアルトが件の事件を知っている事が話がスムーズに進むと考えて、話を続けた。

「今後も関わっていく方向で動いているからな。そちらの方では何か進展があったか?」

シグナムがヴァイスとアルトもこれから追いかけようとする事件の『仲間』になると告げながら、なのはの近況を訊ねる。

「クロノ君が各方面で調査や調整依頼をしてくれてるそうなんですけど、今のところは何も……」

ナイフで肉を切ってフォークで突き刺して、なのはは口の中に含む。

「AMF関連はテスタロッサが動いているが、あちらもあまり芳しくはないようだ。レリックがこれまで出てきた三つ以外にいくつあるとか、AMF兵器がどれくらい存在しているかもまだ何もな……」

シグナムがナイフとフォークを巧みに操って料理を切りながらフェイトの近況を伝える。

「発生場所や発見間隔が中途半端で、だから合同捜査本部がなかなか設立されないとか……」

アルトもナイフとフォークを操りながら、芳しくない結果の原因を言う。

曖昧な事件に時間と労力と費用を使う事を渋っているというのが、実状だろう。

「そうなんだよー。地上部隊同士だと中々連携も取れないからね」

迅速に行動できない事に、なのはは溜め息をつく。

「そこが地上の面倒くせえとこっスね。次元航行部隊だとその辺はいくらか身軽らしいけど……」

ヴァイスもなのは同様にその辺りの妙なしがらみに辟易していた。

「海は海で大変だと思うけどね」

次元航行部隊には次元航行部隊なりにしがらみのようなものがあると、なのはは言う。

「どちらにしても私達武装隊員は誰かが出動をかけてくれないと出られないからね……」

ナイフとフォークを手放して、両肘をテーブルに着いて考えるようなポーズを取る。

自然と目つきも鋭くなっている。

「なのはさん。もう教導隊なんスから、そんなに前のめりにならなくても……」

「ふえ?」

ヴァイスに諫言されるまで、なのは自身自覚がなかったらしい。

「そうだな。すぐにでも出たそうな顔をしていたぞ」

シグナムも頬杖をつきながら、なのはをからかう。

アルトも苦笑していた。

「落ち着いてます!別に好き好んで前に出たいわけじゃないですけど被害とか出したくないじゃないですかー!」

なのはがムキになって弁解する。

「それは勿論だが」

シグナムがなのはの言い分も尤もだと頷く。

その後も四人は今後の創設される部隊の事などで盛り上がっていた。

 

粗方料理を食べ終えたユーノは司書達のお土産を物色していた。

「中々決まりませんねぇ。まだですかぁ?」

プロキオンが痺れを切らしかけていた。

「あー、ごめん。もう少しだけ我慢してよ」

「むー」

ユーノが謝りながら物色しており、プロキオンが頬を膨らませていた。

「駄目だよロッキー君。ユーノ君をあんまり困らせちゃ」

背後から声がしたので顔を向けると、なのは、シグナム、ヴァイス、アルトの四人がいた。

「来ていたのか」

「ええ」

シグナムの問いにユーノは短く答える。

「あのシグナム姐さん。この方は?」

ヴァイスがユーノを知らないのも無理がない事だ。

彼が『無限書庫』に訪れる機会がない以上、知り合うことはない。

「ユーノ・スクライア。『無限書庫』の司書長だ。そして左肩に乗っかっているのは使い魔のロッキーだ」

「「司書長!?」」

シグナムの紹介にヴァイスとアルトは敬礼する。

「ああ、いいですよ。そんな畏まらなくても……」

ユーノは敬礼を解くように二人に告げる。

司書長となると『無限書庫』のトップであり、上下関係でいえば自分達より上になるとヴァイスとアルトは判断しての行動だろうと察する。

プロキオンはヴァイスとアルトに頭を下げる。

「ユーノ君。決まらないの?」

「うん。どれにしようか悩むよ。みんな美味しそうだしね」

なのははユーノの土産選びに自然と参加していた。

「そうだよねぇ」

なのはもその意見には同意していた。

それから決まるまでに十五分もの時間がかかった。

 

ユーノとプロキオンは現在は、なのはと共に帰路を辿っていた。

シグナム、ヴァイス、アルトとは途中で別れて現在は二人と一匹だけだ。

ちなみにレストランで購入した土産は宅配便で『無限書庫』に送るようにしていた。

「ユーノ君の方はどうなの?何か進展あった?」

「いや、何も出てこないね。レリックに関する事やAゼロノスに関することは今のところは全くわかってないね」

前者は本当だが、後者は嘘だ。

「そうなんだ……」

なのはとしても一瞬だけ気落ちしたが、すぐに平静を取り戻す。

「相手も相当な切れ者って事だよ。変に焦ったら足元掬われるかもしれないからね」

「うん!そうだよね」

ユーノの言葉に、なのはは頷く。

(そう。あの村を滅ぼした奴等やドロールさんの言っていた意味もまだわかってない。でも必ず見つけてみせる。そして……)

ユーノは強く拳を握っていた。

「ユーノ君?」

なのはがユーノの異変に不安げな表情を浮かべる。

「ん?どうしたの?」

「え、えとね。凄い怖い顔をしてたからその……どうしたの?何か悩みがあるんだったら、私相談に乗るよ」

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

ユーノは、なのはに笑顔を見せて安心させる。

 

(必ず潰す!!)

 

ユーノはこれから自分が行う事に対しての『決意』と『覚悟』をより強くした。

 

エースオブエースは知らない。

隣に『青い狩人』がいる事を。

その内に秘めた炎の火種を。

それを彼女が知るのは今より三年の時間が経った時である事も。

 

 

 




次回予告

    最終話 「0075年 未来へと路線は繋がれる」


 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 「0075年 未来へと路線は繋がれる」

新暦0075年。

時空管理局本局査察官個室では、ヴェロッサ・アコースが仮面ライダーANOTHERゼロノスに関しての調査が行われていた。

かれこれ既に四年の時間を費やしていた。

それだけ時間をかけたにも関わらず、芳しい結果は得られていなかった。

個室には資料が散在しており、所々にサインがされていた。

「ここまでアリバイが完璧とはね……」

ヴェロッサはとある人物の勤務時間の記録を凝視していた。

アリバイが完璧、それ自体がいいか悪いかというと複雑になる。

アリバイが『ない』場合は事件がらみならば確実に『容疑者』になる可能性が大になる。

だが、アリバイが『ある』場合も扱いは安全というわけではない。

本来ならば『ない』のだが、『ある』ように細工をしたという可能性も否定できない。

いわゆる『アリバイ工作』だ。

このアリバイ工作というのは偶然や奇跡で崩される事もあるが、その逆はまずない。

計画的に行って初めて成功するものだ。

「この人ならばそのくらいはやりかねないね……」

ヴェロッサの瞳が鋭くなり、ギラリと光っていた。

 

 

ミッドチルダ中央区画湾岸地区は人で賑わっていた。

殆どが制服の局員であり、みなトラックに詰め込まれている物資を隊舎に運んでいた。

これからここは古代遺失物管理部『機動六課』の本部となるのだ。

二人の女性がいた。

一人は局員制服の上にコートを着込んでいる金髪でショートヘアのシャマル。

もう一人も局員制服だが、コートを肩にかけている濃い目の茶髪でショートヘアの八神はやてだ。

「なんかこうして隊舎を見てると、いよいよやなーって気になるなー」

隊舎を見上げながら、はやては体内が熱くなっているような気がした。

「そうですね。はやてちゃん……」

隣のシャマルが、はやての逸る気持ちが理解できていた。

彼女の念願の夢が叶ったのだから。

 

「いえ。八神部隊長♪」

 

シャマルが茶目っ気を込めて、これからのはやての呼称を言う。

「あはは♪」

はやてとしては嬉しいと同時にくすぐったかった。

シャマルは現在機動六課所属の医務官となっており、はやては機動六課部隊長で二等陸佐となっている。

「いい場所があってよかったですねぇ」

「交通の便がちょうよくないけど、ヘリの出入りはしやすいし機動六課にはちょうどええ隊舎や」

シャマルの感想に、はやてはこの場所のメリットとデメリットを告げる。

「なんとなく海鳴市と雰囲気も似てますしね」

シャマルが周囲を見回しながら、かつての故郷を思い出す。

「そうやなぁ」

はやてもその意見には同意した。

「隊長室はまだ机とか届いてないんですよね?」

「リィン用のデスクでええのがなくってなぁ。エイミィさんに探してもらってるんよ」

隊長室は何もないという事になる。

今日くらいは床でゴロゴロ出来るんやなぁって、はやてはシャマルに悟られないように考えていた。

 

機動六課駐機場では様々な資材が箱積みになっていた。

局員達は開封して、中の物を取り出してセッティングの最中だった。

その中を一組の男女が歩いていた。

「ヘリの実機はまだ来ていないんだな」

「今日の夕方。到着っス」

機動六課フォワード部隊『ライトニング分隊』副隊長のシグナムと機動六課ヘリパイロットのヴァイス・グランセニックの二人である。

「届くのは武装隊用の最新型!前から乗ってみたかった機体なんでこれがもー楽しみで楽しみで!」

ヴァイスは欲しかった玩具を待ち望む子供のようにワクワクしていた。

「隊員達の運搬がお前とヘリの任務だ。お前の腕からすれば物足りなくはあるかもしれんがな」

シグナムはヴァイスに改めて自身の任務を告げると同時に、内心不満ではないかと気にかける。

「いやぁなに、ヘリパイロットとしちゃ操縦桿を握れるだけでも幸せでしてね。めいっぱいやらせてもらうっスよ」

ヴァイスには不満の色はなかった。

「シグナム副隊長ー!ヴァイス陸曹ー!」

一人の女性局員が二人の下に駆け寄ってきた。

「アルト・クラエッタ二等陸士!ただいま到着です!」

アルトが駆け寄って停まってから敬礼をする。

「ああ。早かったな」

「何だよオメェ、半年ばかり見ねぇ内に背ぇ伸びたか?」

「はい!三センチほど!」

ヴァイスの指摘にアルトはさらりと答えるが、シグナムにしてみれば三センチ伸びたのかどうかといわれると、正直わからない。

「ヘリはまだ来てないんですか?あのJF704式が配備されているって聞いて急いで来たんですよ!」

アルトの表情は先ほどのヴァイスと同じ表情になっていた。

「まだだよ。夕方だ」

ヴァイスは先輩として、逸るアルトを抑える。

「相変わらずだなアルト。通信士研修は滞りなく済んだのか?」

シグナムは苦笑しながらも、アルトの近況を訊ねる。

「はいっ!シグナム副隊長!ついでにいくつかの資格も取得しました!」

そう言いながらアルトはその証明として身分証を見せる。

そこには様々な資格が記されていた。

「おーおー、生意気な資格が並んでる!」

「えへへー。いつかはヘリパイロットのAも取りますよー」

今後の抱負も語るアルト。

「人員配置の都合で整備士や通信スタッフは新人が多い。お前ももう新人気分ではいられないぞ。しっかり頼むぞ。先輩としてな」

「はいっ!!」

シグナムの言葉にアルトは気を引き締めるようにして再敬礼した。

「こんにちは失礼します!アルト・クラエッタ二等陸士はこちらに……」

女性局員が敬礼をして入ってきた。

「あ……ルキノさん!どうもお疲れ様です!」

「ああどうも、お疲れ様です」

ルキノと呼ばれた女性局員はアルトの知り合いらしい。

「あ、紹介しますね。通信士研修で一緒だったルキノさんです」

「本日より機動六課『ロングアーチ』スタッフとして情報処理を担当させていただきます。ルキノ・リリエ二等陸士です!」

ルキノが自己紹介をして敬礼をする。

「前所属は次元航行部隊で艦船アースラの事務員だそうで……」

つまりクロノ・ハラオウンの下にいたという事になる。

「アースラには昔幾度か大変なお世話になった。艦長のクロノ提督はご健勝か?」

「はいっ。今はアースラを降りてXV級新造艦の艦長をされています」

「そうか」

シグナムはクロノの近況を訊ね、ルキノが答えてくれた。

「お前達の上司については聞いているか?」

「はい。通信主任のシャリオ・フィニーノ一等陸士と」

「指揮官補佐のグリフィス・ロウラン准陸尉ですね」

アルトとルキノが思い出しながら交互に語る。

「おう。そのお若い准陸尉殿とメカオタ眼鏡の一等陸士がお前等の直接の上司だ。まぁロングアーチのトップは八神部隊長だがな」

「「はいっ」」

ヴァイスの説明を受けて二人は返事する。

「二人は今後コンビで通信管制や事務作業をしてもらう事になる。シャリオが戻るまで二人で隊舎の中でも見回ってるといい」

「はい!」

「ヴァイス陸曹。ヘリが到着したら!」

「あー、通信で呼んでやるよ」

アルトの言いたい事をヴァイスは理解していたので、しっしと手で払う。

二人は駐機場から出て隊舎見学と洒落込む事にしたようだ。

「大丈夫なんスかねえ。あんなガキンチョどもで……」

姿が完全になくなると、ヴァイスが愚痴った。

「入局したてのお前を見て私は全く同じ感想を持ったものだよ。なあ八年目?」

「いやシグナム姐さん。それは言わねー約束で」

ヴァイス、アルト、ルキノよりキャリアのあるシグナムにとってはどんぐりの背比べでしかなかった。

 

アルトとルキノは隊舎内を歩き回っていた。

「あ、お疲れ様です」

「お疲れ様ですー♪」

妙な光景を見て二人は停まる。

小さな少女が普通に挨拶をしていたのだ。

しかも宙に浮いていた。

「「かわいい……」」

二人とも年代としては若いので、可愛いものには目がないのだ。

「何あの子?誰かの使い魔とか?」

「そうかも!あんなちっちゃい子は初めて見るけど!」

二人は興奮状態になっていた。

周囲の事はお構いなしに両手をぶんぶんと振っていた。

他にもその少女を見ながら、色々と推測しあっていた。

「あ、お疲れ様です。クラエッタ二等陸士とリリエ二等陸士ですね」

「「はい。あ、え?」」

「二人のお話はシグナムとフェイトさんから伺ってるんですよー」

少女に声をかけられたことで、二人の思考は停止していた。

 

「はじめまして。機動六課部隊長補佐及び『ロングアーチ』スタッフ。リィンフォースⅡ空曹長です!」

 

小さな少女---リィンは二人の前で敬礼する。

((上司ぃぃぃぃぃぃ!?))

アルトとルキノが心の中で叫んでしまった。

「「し……失礼しました!」」

二人は失態の詫びも含めて敬礼をする。

「あー、いいですよ。そんなに固くならなくて、私のほうが年下でありますし『ロングアーチ』スタッフ同士仲良くやれたら嬉しいです」

リィンが笑顔で今後の抱負を語る。

「「ありがとうございます!」」

「はいです」

ひとまず締めくくられた。

「アルトのことはシグナムからよく聞いてたですが、私の事は聞いてなかったです?」

リィンはシグナム経由でアルトの事は知っていたのだからその逆があってもおかしくはないのだから。

「あのご家族にリィンという小さな末っ子がいるとは伺っていたんですが、まさかその……こんなに小さい方とは……」

失礼と思いながらもアルトは本音を打ち明けてしまう。

「あはは。シグナムらしい説明不足さですぅ」

リィンは気分を害した様子はなかった。

ルキノはその間、リィンの仕種に虜になっていた。

 

 

時空管理局本局査察官個室。

椅子に思いっきり背を預けているヴェロッサは気分転換としてある一冊の本に目を通していた。

それはミッドチルダで流行っているミステリー小説だ。

「こんなトリックを使う人間なんてそうそういないような気がするけどね」

一人で作品内容にツッコミを入れてしまう。

内容は魔法を用いてアリバイをでっち上げるというものだ。

確かにありえそうだが、現実にはありえない。

フィクションなので、変に深く考えたりはしない。

ヴェロッサはある人物がAゼロノスだという確信を持っている。

だが、それを現段階で当人に突きつけても勘や直感の域を出ていないので確実にはぐらかされるのは確定だ。

その人物を相手に舌戦で勝利するには、根拠が必要になる。

そう、誰が見ても納得するような根拠が。

「もし、この人のアリバイがこの本のトリックを用いたものだったら……」

ヴェロッサは小説を読むのをやめて、立ち上がって散在しているサインつきの資料をもう一度見直す。

「本当に恐ろしい人だよ」

ヴェロッサはまた新たな角度から分析を始めた。

モニターに人名と数値が羅列される。

それは『無限書庫』の作業能率を数値化させたものだ。

「やっぱり……」

目に見えるものと仕種は騙させても、個人の能力までは魔法でも模倣できなかったという事だ。

 

 

ミッドチルダ西部二十一区管理局市民窓口センター。

管理局の陸士隊服を着た少年、エリオ・モンディアルが長椅子に座っていた。

「モンディアルさん。エリオ・モンディアルさーん」

「はいっ!」

窓口の男性職員に呼ばれて、エリオは席から立ち上がる。

「IDカードの更新ですよね。更新事項は武装局員資格と魔導師ランク陸戦B。役職は陸士研修生改め三等陸士。お間違いないですか?」

男性職員が最後の確認をする。

「はいっ。大丈夫です」

エリオは間違いはなかったので、即答する。

「ではこちら正規の管理局員としての新しいIDカードです」

「はい!ありがとうございます!」

男性職員が笑顔でエリオにIDカードを渡した。

「エーリーオー♪」

シャリオ・フィニーノがエリオを呼ぶ。

「シャーリーさん!」

「更新終わった?」

「はいっ」

エリオがシャリオの元に駆け寄り、予定が完了した事を告げる。

「ふっふっふ。それじゃあ……。フェイトさんからのお祝いメッセージ~」

そう言うと同時に宙からモニターが出現して、フェイト・T・ハラオウンが映し出される。

『エリオ。正規採用おめでとう!』

「フェイトさん!!」

エリオがモニター越しとはいえ、保護者に会えた事に素直に喜びの表情を見せる。

『あたしもいるぞー』

フェイトの横に彼女の使い魔であるアルフ(幼女)が映し出されていた。

「アルフ!」

エリオがフェイトの世話になっている以上、その使い魔の事を知っていても何ら不思議な事はなかった。

 

『あれ?でもフェイトさんお仕事中じゃ……、それにアルフも……』

モニターに映るエリオが時間帯を見て、フェイトとアルフが自由に動いてるのを不思議に思っていた。

「今、食事休憩中」

「あたしはちょっと、おつかいがあってな」

二人が自由に動いてる理由を告げる。

「エリオの事だから大丈夫だとは思っていたけど、試験も研修も無事に終わってよかった」

「がんばったなー」

フェイトとアルフが労いの言葉を送る。

『ありがとうございます!』

エリオは素直に感謝の言葉で返してきた。

「出会った頃はあんなちっちゃかったエリオがもう正規の管理局員なんて、私は何だか感慨深いんだか寂しいやらで……」

姉というよりは母親の心境だねぇ、とアルフは隣でフェイトを見て思うが口には出さない。

『すみません。フェイトさん……』

エリオは叱られたと思い、しょぼんとする。

「何で謝るの。いいんだよエリオが選んだ夢だから」

失言だとフェイトは反省しながら苦笑する。

『はい……』

エリオは表情を戻しながらも、返事する。

「私との約束もエリオはちゃんと守ってくれるもんね」

フェイトは最後の確認させる。

『友達や仲間を大切にする事。戦う事や魔法の力の危険と怖さを忘れないこと。どんな場所からも絶対元気で帰ってくること!』

エリオはフェイトの『教え』を復唱した。

「そう。六課(機動六課の略称)では同じ分隊だから来月から私や新しい仲間達と一緒に頑張ろうね」

『はいっ!』

「シャーリーはこの後は?」

フェイトはエリオに同伴しているシャリオに視線を向ける。

『エリオが訓練校に行くのに付き合って、それから六課の隊舎に行ってきます』

シャリオは自身の予定を告げる。

『フェイトさんとなのはさんのお部屋とかデバイスルームの最終チェックとか色々やることが山積みで~♪』

「ありがとうよろしくね。じゃあエリオ本当におめでとう」

『はい!』

「あたしも今度お祝いしてやっからな~」

『あはは。ありがとうアルフ……』

フェイトは後は定型的な挨拶を終えると、交信を切った。

「エリオはすぐに六課に合流ってわけじゃないんだよね?」

「まだ出向研修の日程が残っているんだって」

アルフはエリオの今後について訊ね、フェイトは答える。

その間に彼女はモニターをタッチしながら、自身のスケジュールの確認をしていた。

「うーんでも今の日程だとエリオとキャロの初顔合わせに私は立ち会えそうにないのが残念だな……」

「そっかぁ。キャロも保護隊から陸士研修の日程があるもんなぁ」

本当に母親の心境だねぇとアルフは思ってしまう。

良太郎が見たら驚くかもねぇ、とも思っていた。

「まぁ、あの二人ならきっと仲良くなれるよ」

アルフは二人の顔を浮かべながら想像する。

「うん。私もそう思う」

フェイトも頷く。

「キャロは自然保護隊の皆さんにお別れの挨拶をしてるところかな……」

「ダダこねてなきゃいいんだけどね~」

アルフが意味ありげに言いながら、フェイトを見る。

フェイトはそれがどういう意味を示しているのか理解できたので顔を赤くした。

 

管理世界61番『スプールス』自然保護区。

自然が満ちており、都会のような物々しい雰囲気がまるでない世界である。

その中で一組の男女が一人の少女を見送っていた。

田舎の両親が子供を都会に送り出すシチュエーションに似ていなくもない。

「じゃあキャロ。忘れ物ないね?」

女性---ミラが少女---キャロ・ル・ルシエに最後の確認をさせる。

その隣にはキャロの相棒である使役竜フリードリヒがパタパタと翼を羽ばたかせていた。

「はい!本当にお世話になりました」

キャロは名残惜しい表情を浮かべていた。

「あー、いざ行っちゃうとなると寂しいもんだね~!キャロにはずっといてほしかったよ~」

ミラがキャロの目線になるようにしゃがんでから、両肩を掴んで未練がましく言う。

「ミラさん……」

キャロもミラの態度を見ながら、心が揺れ動く。

「おいおいキャロの保護者の方がいる部隊に行けるんだし、こんな山奥から都会の陸士隊に栄転でもある華々しい門出じゃないか」

「タントさん……」

男性---タントがキャロの異動が彼女にとって大いにプラスになることだ告げる。

「あの、わたし保護隊でお世話になって……、お仕事させてもらって……本当に楽しくて……」

キャロが精一杯告げようとする。

「あたしも楽しかったよ。キャロはまだちっちゃいけどさ。一人前の魔導師になれるように、いつか大好きなフェイトさんの事助けてあげられるようにって、いつも一生懸命頑張ってたこと、あたしやタント達はちゃんと知ってる」

ミラがキャロに元気付けるように告げながら、抱きしめる。

「キャロはもう保護隊員としては一人前だからさ。陸士も魔導師もしっかりやっていけるよ。がんばっておいで!」

「ありがとうございます。がんばります……」

二人の励ましを受けて、キャロは旅立つ。

 

 

ミッドチルダ南部陸士386部隊本部隊舎。

災害担当部配置課応接室では担当者が来客者二名にモニターでとある二人の紹介をしていた。

「ええ、二人とも突入隊のフォワードです。新人ながらいい働きをしますよ」

担当者は自慢げに誇らしげな笑みを浮かべていた。

「二年間でしっかり実績も積んでいます。いずれそれぞれの希望転属先に推薦してやらんとは思ってましたが、本局から直々のお声がかりとはウチとしても誇らしいですなぁ」

担当者が続ける。

「スバル・ナカジマ二等陸士。ウチのフォワードトップ……武装隊流にいえばフロントアタッカーですな。とにかく頑丈で頼もしい子です」

モニター映像では災害担当の防護服を着たスバルが、被災場を歩いていた。

「足も速いし、タテ移動も優秀です。インドアや障害密集地なら下手な空戦型より、よっぽど速く動きますな」

モニター映像のスバルが右拳を振りかざして、障害となる壁を粉砕していた。

「本人の希望は特別救助隊でしてね。で……二人目」

そう言うと同時にモニターの画面の人物が切り替わった。

「シューター……放水担当ですね。ティアナ・ランスター二等陸士。武装隊向きの射撃型な上に本人も将来的には空隊志望とかで、正直ウチではどうかと思ったんですが訓練校の学長先生からの推薦もありまして。射撃型だけあってシューターとしていい腕ですし、覚悟がいいんでしょうね。飲み込みは早いし今やるべき事は完璧にこなすって気概があります」

モニターの映像ではスバル同様に防護服を着たティアナが放水活動をしていた。

「ナカジマもランスターも魔導師ランクは現在Cですが、来月昇格試験を受ける事になっています」

「あ、両利きなんですね?」

来客者の一人がティアナの利き腕に注目していた。

次元世界でも利き腕は右利きが幅を占めているところは変わりはないようだ。

「ええ。魔力カートリッジ用のデバイスですね。本人の自作だそうです。何より訓練校からコンビ三年目ってことでこの二人の技能相性やコンビネーション動作はなかなか大したもので……」

モニター映像にはスバルとティアナが互いを守るように背中合わせのフォーメーションを取っていた。

「ああ。いや航空教官のヴィータ三尉や戦技教導隊の高町教導官がご覧になれば穴だらけとは思いますが……」

担当者が来客者である高町なのはとヴィータのお目汚しになるのではと思い、とりあえず愛嬌を振りまく。

現在、なのはは航空戦技教導隊教官で機動六課『スターズ分隊』の隊長である。

ヴィータは『スターズ分隊』の副隊長だったりする。

 

「交替申し送りは以上です」

引継ぎが行われており、スバルとティアナは引継ぎをする側であり緊張から解放されていた。

「ティア。お疲れー」

表情から険しさがないスバルは相棒に労いの言葉をかける。

「んー」

ティアナも伸びをしながら、相棒の言葉を素直に受け止めていた。

「本局航空隊の方が来てたんだって。何の用だったんだ」

「さあ?もう帰られたそうですよ」

という会話も二人の耳には入っていなかった。

「Bランク試験。来月……ていうかもう再来週くらいだけど準備オッケーだよね?」

「まぁね。任務や待機の合間にずっと練習してきたんだし、私もアンタもね」

「うんっ!」

二人は再来週に魔導師ランク試験を受験する。

それが現在、廊下を歩いている二人の頭の中の大半を占めていた。

「てゆーかね。卒業後の配置部隊とグループまで一緒どころか何が悲しくて魔導師試験まで二人一組枠で受ける事になってんのよ?」

「あはは。何かずっとセット扱いだよねぇ」

ティアナは二人一組という事に妙な呪いでもかけられてるのではと愚痴り、スバルは能天気に笑っていた。

「でも訓練校の主席卒業とDとCランク一発合格。ここまではティアの目標通りにちゃんと来てるよね」

「まぁね」

スバルの言うように、ここまでは順風満帆に進んでいる。

正直、相棒がスバル以外だったら多分こうまで上手くいっていないとティアナは思っている。

「一緒に頑張ろうね。ティア」

「アンタに言われなくても頑張るわよ!」

「あはは~」

スバルは流石に三年間コンビを組んでいるためか、ティアナの言葉に怯む事はなかった。

「でも別に無理して付き合うこともないのよ。アンタも自分の夢があるんだからさ」

「んん?あたしの夢はまだまだ遠い空の向こうだしね」

自分の目標につき合わせていることに若干の申し訳なさを感じたのか、ティアナはスバルはスバルで自由にしてくれればいいと思っていた。

「だからいいいんだ。まだ当分はティアと一緒!」

「あー嬉しくない」

笑顔で言うスバルに対して、ティアナは憎まれ口を叩く。

「あ!そうだティア、駅前のお店今日はサービスランチの日だよ!食べに行かなきゃ!」

「はいはい」

三年間コンビを組んでいるだけあって、スバルの強引さもティアナは熟知していた。

 

 

ミッドチルダ北部旧ベルカ自治領『聖王教会』大聖堂。

カリム・グラシアがペンを取って、書類にサインをしながら眼前に立っているヴェロッサと会話をしていた。

「機動六課かあ。お子様だったはやても、もう部隊長か」

「出会ってからもう八年よ。はやても立派な大人だわ」

二人の会話はどう見ても娘を温かい目で見る親のように思えた。

「部隊の後見人で監査役でもあるクロノ提督はいろいろお忙しいし、私やシャッハも教会からあんまり動けないし、はやての言っていた方達も今はいない。はやての事助けてあげてね。ロッサ」

カリムは動かす手を止めて、ヴェロッサを見た。

「了解、カリム。僕等のかわいい妹分のためにもヴェロッサ・アコース、頑張りますとも」

ウインクをしてヴェロッサはさも当然というように了承した。

「さてと、そろそろ行くよ」

「あら?誰かとお約束?」

「まぁね。どうしても会っておきたいんだ」

カリムは見逃さなかった。

ヴェロッサの表情が『査察官』のものになっていた事を。

 

 

夜となり、紛い物の光が地上を支配し天然の光が夜空を支配していた。

ここは時空管理局本局よりは若干距離が離れているビルの屋上である。

「どうも、お待たせしました」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。お忙しいところをお呼びしてしまって……」

左肩にプロキオン(フェレット)を乗っけたユーノ・スクライアが先に来ているヴェロッサに謝罪したがすぐに返された。

「それで僕にお話とは何でしょう?」

ユーノは遅れた詫びも兼ねてか事前に用意していた缶コーヒーをヴェロッサに渡す。

「そうですね。色々お伺いしたい事はありますが単刀直入に一つだけお聞きします」

缶コーヒーを受け取ったヴェロッサは軽く会釈してタブを開けて、一口飲んでから真面目な表情になって訊ねる。

 

「貴方が『青い狩人』、仮面ライダーANOTHERゼロノスですね?」

 

プロキオンがビクッとした。

それをヴェロッサが見逃すわけがない。

(ど、どうしましょう……。もしかして僕のリアクションでバレたんじゃ……)

(いや、単純にカマをかけてるわけじゃないね。確信があって言ってると思う)

プロキオンとユーノが特別回線で会話をしている。

(ユノさん……)

(変身しているところを目撃したってわけでもなさそうだね)

Aゼロノスに変身する際には細心の注意を払っている。

それでも穴が出来てしまう事には否定できない。

(どうするんですか?)

(はぐらかす必要はないよ。自分で捜して行き着いたんだと思うしね)

そこまで言うと、一人と一体の特別回線は閉じられた。

 

「ええ。そうですよ。僕がANOTHERゼロノスです」

 

ユーノのあっさりとした肯定にヴェロッサは目を丸くする。

もっとはぐらかしてくると思ったのだろう。

「それでどうします?僕を局に通報しますか?ロストロギア相当の物を私物化していますから十分な理由になりますよ」

ユーノは逆にヴェロッサに訊ねてきた。

しかも、最もいやな事を。

「捕まるつもりはないもしくは捕まってもいつでも脱走できる余裕、ですか?」

ヴェロッサがユーノの言葉の真意を探る。

「それもありますけど、もっと単純ですよ。管理局は僕を捕まえたりはしません」

ユーノは確信と自信を持って告げた。

「何故?」

「さあ……。五年前のある世界の事を深く調べたらわかるかもしれませんね」

ユーノは、はぐらかすと同時にヒントも出した。

「仮に僕の予想が外れたとして、管理局が手を出してきたとしたらその時は抵抗するかもしれませんね」

穏やかな口調だが、ユーノは覚悟を決めて言っているのだと理解できた。

(一体、この人の覚悟はどこから……)

ヴェロッサは同じ場所にいて、自分がどこか追い詰められているような気がしてならなかった。

蛇に睨まれた蛙のようだった。

(査察という立場で色んな人と関わってきたが、ここまで怖いと感じたことはなかった……)

ヴェロッサの全身から震えが来る。

そして同時に確信した。

はやての幼馴染の彼はいない。

友人であるクロノの義妹の幼馴染の彼はここにはいない。

その義妹の親友であり、彼女の魔法の『師』である彼はもういないのだ。

ここにいるのはユーノ・スクライアという名をした『別人』だと。

「アコース査察官」

「な、何ですか?」

ユーノが呼びかけ、その雰囲気に呑まれつつあったヴェロッサは我に返る。

「どうして僕だとわかったんですか?」

「コレ等を見ていただければすぐにわかると思います」

ヴェロッサは宙にモニターを出現させて、ユーノにデータを見せる。

ユーノは羅列されている内容を素早く目を通していく。

「なるほどコレが『穴』だったんですね……」

ユーノはヴェロッサの作成したデータから自身が立ち上げた『プランAZ』の弱点を発見した。

「ありがとうございます。今後の課題が出来ました」

そう言うと同時に、ユーノは軽く会釈した。

ヴェロッサはその間、考える余裕があった。

今ここで『法』に従って、ユーノを通報するか否かだ。

通報すれば間違いなく、ユーノを強いては仮面ライダーを敵に回してしまう。

それに面子にこだわって、泣きを見るのは自分達を含めて次元世界に住む力なき人々たちだ。

広い視点で見れば彼を捕まえるのは『損』だけで『得』はひとつもないのだから。

左肩に乗っかっているプロキオンが鼻をクンクンさせていた。

「ユノさん。イマジンがいます」

「わかった。行こう。それではアコース査察官失礼します」

「失礼します!」

「え、あ、はいってちょっとスクライア司書長!!」

ヴェロッサの制止もきかずに、ユーノとプロキオンはビルから飛び降りた。

身体全身が輝き、白色がメインのプロキオンクロークをなびかせてミッドチルダの夜空をSゼロノスが翔けた。

「貴方の『覚悟』は本物なんですね」

そう言うと同時にヴェロッサはAゼロノス関連のデータを全て消去した。

「これからも次元世界をお願いします。『青い狩人』さん」

そこにはいない『青い狩人』に向けてヴェロッサは深々と下げた。

これまで救われた次元世界の者達の代表としての意味もこもっていた。

 

野上良太郎を始めとする別世界の仮面ライダーが大地に立つまであと一ヵ月。




第三部 完


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。