死を視る白眼 (ナスの森)
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勧誘

一話目の書き直しです


 忍や魑魅魍魎が跋扈する世界。

 

 その世界の夜の森の中に佇む一つの人影があった。

 

 森林の密度が比較的低く、かぐや姫が今にも降りてきそうな美光を放つ満月の月光に晒されながら、男はただそこに佇んでいた。

 男の周りには、つい先ほどまで生きていたナニカが大量に転がっていた。

 ある者は四肢を切り離され、ある者は心臓を一突きにされたまま動かず、あるものは自分が死んだ事すら気づかないような驚愕な表情を残したままその頭部を真っ二つに切断されていた。

 周りにあった草は死体から流れ出た血や戦闘による返り血によって薄い紅蓮に染まっており、時が経つにつれて草の葉っぱにしみ込んで漆黒色に変わろうとしていた。

 

 ――――そんな地獄絵図を体現したかのような光景の中心に、男は何事もなかったかのように佇んでいるのだ。

 

「……」

 

 男は無言。しかしその口元は歪んでおり、もし大声で笑おうものならそれは狂笑となるに違いなかった。

 周りの惨状を作り出すのに用いたと思しき、合口拵えの短刀を片手で弄び、それを月光で照らし、その刀身にこびり付いている血を見つめ、時には舐めまわしてその余韻を楽しんでいるようにも見えた。

 

 一陣の風が走った。

 男の着物を揺らし、少なくない落ち葉が風に乗って男の周りにある屍に降り注ぐ。その様は見ていた男は愉快げに内心で笑った。

 ――――結局はどれも同じか。

 死体の上に乗っかった落ち葉がそこから流れ出る血液の水分を吸収し、その質量が増した落ち葉は二度と風に乗っかる事はなく朽ち果てるまでそこで永住する事となった。

 落ち葉は時を経て土へと還り、それはまたその落ち葉が降り注いだ死体についても例外ではなかった。

 ――――そうだ、同じなのだ。

 ――――どうせ皆土に還るというのならば

 ――――いつか死ぬなら、ここで死んでも大差はないってことだ。

 

 男は思い出し、また笑う。

 これらのバラバラに屍たちは皆、男の手によって手足や胴体をバラバラにされ、散っていったのだ。

 まるで空中に舞うを落ち葉をバラバラにするかのような感覚で、それらのパーツが舞い散ったのだ。

 ……この落ち葉のように(・・・・・・・・・)

 

「く、ははは」

 

 ――――同じだ。命あるものもそうでないものもその価値に大差などない。

 男は命というものに大層な価値を見出していなかった。自分と同じ人間達や自分自身に対しても何の意義も見出していなかった。

 だから、こんな惨状だって、まるで散歩の寄り道をするような感覚でする事ができた。

 

 男は命に価値を見出してなかった。

 

 男には生の実感が欠如していた。

 

 男は、万物は、世界は、とても脆いものであると理解していた。

 

 ――――そんな男にとって価値ある物があるとすれば、それはきっと……。

 

「……近いな」

 

 男の体が獲物の気配を感じ取る。

 心なしか先ほどよりも笑みが深くなっていた。

 ――――こいつらのような有象無象とは訳が違う。

 距離はそれほど近くないにも関わらず、それでも男はすぐ傍にいるかのようにその存在を感じ取っていた。

 大きいチャクラが二つ――――特にもう一方はあの化け狐を彷彿とさせる莫大なチャクラすら感じる。

 そして、更に得体の知れない気配がもう一つ、いや、二つあった。

 

 まだ見ぬ獲物の存在感を肌と本能で感じ取ったシキは、刀身についた返り血を一舐めで舐めとると、薄ら笑いを浮かべた。

 たった今彼を支配した感情は久々に殺し甲斐のある獲物に巡り合えるという期待から来る歓喜、それだけだった。

 

 ――――ハァ、ハァ……

 

 肌は戦慄で震える、鼻息が荒くなる、血流は激しくなり、まるで恋人を待ちわびる乙女に似た感情すら抱きそうにある。

 

 早く、会いたい。

 

 ……会って、解体したい!

 

 思ったが吉日、男は歩を進め、笑みを浮かべながら行動に移る。

 

 

 ――――さあ、おもてなしの準備をしなければ。

 

 

     ◇

 

 

 木々のヴェールが延々と続く山道を歩く二つの人影があった。

 両者ともに赤い雲の模様が入った黒い衣を身にまとっていた。

 一人は人間離れしたような風貌を持っており、肌の色は水色、顔はまるでサメをそのまま人型に押し込んだようにも見え、背中に一本の大刀を背負っていた。

 もう一人は黒髪で冷徹かつ落ち着いた雰囲気を放つ男性だった。背丈はもう一人の男より低く、しかしその在り方はもう一方に引けを取らず、影でありながら、しかし超然としてあった。

 彼らは『暁』というとある組織に所属している者達の内の二人であり、その組織のリーダーからある任務を受けてこの山くんだりまで来ていた。

 

「血の匂いが濃いですねえ。こいつは当たりでしょうか?」

 

 鮫のごとき嗅覚を持つ青白い肌の男・干柿鬼鮫は血の匂いに集られてか好戦的な笑みを浮かべてそう言った。

 

「……ねえ、イタチさん?」

 

 今回の任務の標的が近くにいるかもしれないと感じ取った鬼鮫はこれ見よがしに背中にある大刀の柄を掴む。まるでイベントを楽しみにしている子供のような――否、子供というには殺伐としすぎた空気を発しながら鬼鮫は自分の前方を歩いている己の相棒に問う。

 

「まだ確定した訳ではない。別人という可能性もある。事を急いて標的を見間違えるなよ、鬼鮫」

 

「クックックッ……顔もハッキリしていない相手に見間違えも何もないでしょうに。ここにたどり着いてしまった以上、何かしら持ち帰らなければそれこそ仕損じますよ。何分、無駄足というのが嫌いでして。……まあ、持ち帰るに値しない輩ですらなかったら、切ってやるだけですがねえ」

 

「目的を見失うな。俺達の任務はあくまで標的を手中にして組織に迎え入れる事だ。無駄な殺しをしに来た訳ではない」

 

「私と同じ同胞殺しである貴方がそれを言いますかねえ、クックックッ……」

 

「……」

 

 からかうように言う鬼鮫に対し、イタチと呼ばれた黒髪の男は目も合わさずにただ無言で耳を傾ける。鬼鮫の言葉に対して何の素振りも見せずに、ただ冷徹に前を見るその眼は一体何を見据えているのかは鬼鮫には見当が付かなかった。

 ……だが、先ほどはイタチに向けてからかうような事を言ってはいるものの、鬼鮫はイタチに対して敬意を抱いていた。

 如何に二人とも同じ『同胞殺し』であろうとも、二人の間には決定的な差があった。

 鬼鮫が殺してきたのはあくまで広い範囲にわたる『同胞殺し』。しかも鬼鮫の出身里である霧隠れの里は任務を遂行する為なら仲間の犠牲すら厭わないと言われている忍び里であり、暗部である霧隠れの追い忍部隊はともかくとして、普通の忍びの間ですら任務のためなら同胞を見殺しにする事すら厭わないのだ。つまる所、『同胞殺し』は霧隠れの間ではそれ程珍しい事ではない。むしろ日常茶飯事とすら言えた。

 その中で情報が他国に漏れないようにするため仲間の護衛につき、暗号部が生きたまま捕まりそうになったり情報を吐くのを防止するため仲間殺しの任についていた鬼鮫は長期に渡り多くの同胞を殺してきた。

 自身に懇意に接してくれた女性もいた、自身を忌み嫌う仲間もいた、様々な同胞を殺してきた。

 鬼鮫は心に傷を負いながらも、それに慣れてしまっていた。

 同胞を殺し続け、心に傷を負い、ついには自身の存在意義にすら疑問を抱くようになりながらも、その『同胞殺し』に慣れてしまっていたのだ。

 

 対してイタチは『同胞殺し』とは正反対の精神で成り立つ、仲間は決して見捨てない事を信条とする木の葉の里で育った。

 しかも殺した相手は一言に『同胞』と言えど、鬼鮫が殺してきたソレに当てはまることはなく、その対象は限定的。

 同胞どころか同じ血を分けた『同族』である。一族間で固い結束で結ばれていた者達なのだ。当然イタチもその一族の中に属していた。

 そんな彼らは木の葉育ち故に馴染みすらなかった『同胞殺し』を一夜にしてやってのけたのだ。

 ――――長期に渡って同胞を殺し慣れて来た鬼鮫。

 ――――一夜にして自分以外の同族を殺戮したイタチ。

 やった事の重さこそこの二人の間に大差はなかれど、一度に負った心の傷には大いに差がある筈である。

 やらされていた自分とは違い、一体どれだけの覚悟を背負ってこの男はそれを実行したのかは見当もつかなかったのだ。

 

「それに判断材料がない訳ではない。リーダーが言っていた事を思い出せ」

 

「正確にはサソリが提示した、大蛇丸が残していった情報を、ですがねえ……」

 

 二人はそう言いながら任務を言い渡される前にした、組織で開かれた茶会の事を振り返った。

 

 

 

 

 

 何処かの洞窟に禍々しく聳える像――――外道魔像と呼ばれるその像の上へ向けられた両手の五本指の上に、人影と思しき幻影が九つ、残りの一つの()は空席を示すかのように空いていた。

 

『新しいメンバーを迎え入れるだと、うん?』

 

『そうだ』

 

 片目が隠れた金髪の青年の幻影が口にした疑問に対し、残りの八人を纏めるリーダーと思しき波紋のような模様の眼をした男がそう答えた。

 新しいメンバーを組織に迎える、この突然の報せにリーダーを除く八人がそれに反応したかのように普段よりも真っ直ぐな目でリーダーを見据える。

 ――――リーダーの目に止まるような人物だ。少なくとも一定以上の実力は持っているだろうと予想は出来た。

 

『……大蛇丸が組織を抜けた時以来の全員の会合かと思えばその話か。確かに、あの男が我らの情報を盗んで組織を抜けたと考えれば奴の組織抜けは地味な痛手だろうな。使える奴がいるのなら新しいメンバーとして補充しておくに越した事はない』

 

 出来れば金を集めてくれるような奴が望ましいが、と覆面をした男はそう付け加えながら、今回の全員を急遽ここに集合させた理由に納得した。

 

『その新しいメンバーがどういう奴かは知らないが、いずれにせよ大蛇丸はぶっ殺す、うん』

 

 片目の青年はその新しく迎え入れられるメンバーが何者であるかを気にしつつも、己の相棒が敵視しているであろう元同僚に対しての台詞を吐く。

 

『それで、その新しいメンバーとやらの詳細は?』

 

『……サソリ』

 

 覆面の男の質問に対し、リーダーの男はメンバーの一人であるもう一人の男に説明役を命じた。……どうやら情報を入手したのは彼であるようだとメンバー全員がサソリと呼ばれた男に目を向ける。

 

『情報源は俺ではなく、かつて暁で俺とツーマンセルを組み、今では裏切り者となっているあの大蛇丸が残していった情報だ』

 

『そういえばサソリの旦那、珍しくあのヒルコっていう傀儡に籠ってねえよな。何かあんのか、うん?』

 

『……あの忌々しい野郎を思い出すとどうもな』

 

 己の相棒に問う片目の青年の疑問に対し、サソリは舌打ちをしながら答える。大蛇丸ともなればサソリが普段籠っている傀儡を解いて自身が直接相手をせねば務まらない程の相手である。その大蛇丸を思い出して今にも探し出して殺してやりたい気分になったのだろう。文字通り己の全力でだ。

 それを察した片目の青年はこれ以上は黙っておく事にした。

 

『……話が逸れたな。あの大蛇丸が残していった情報ってのが癪に障るが、大蛇丸が行方を追っていた角都や飛段のような不死者の多くが一人の男の手によって葬られている事が分かっていてな、どうやらソイツ……木の葉の抜け忍らしい。それも日向一族だ』

 

『……その情報の確実性はどうなんです?』

 

 メンバーの内の一人であった鬼鮫が問う。

 

『大蛇丸もまた不死者の一人だ。奴は『不死』という言葉にはまず目がない。奴はその不死を目指して他人の身体を乗っ取って生き続ける転生術を開発したり、または自分以外に不死者として知られる忍の情報を集めたり行方を追っていたりしていた。無論、その中には角都も入っていたがな。……大凡、実験材料にしてその不死を自分に取り込む算段だっただろうが。奴はその過程で知ったんだ、多くの名のある不死者の忍の大勢が一人の男によって葬られている事をな。きっと恐れていただろうぜ、ソイツの存在をなぁ』

 

 大蛇丸の事を語る度に忌々し気な表情を浮かべていたサソリであったが、最後の言葉で悪趣味げな笑いを浮かべる。早くその者を大蛇丸に会わせ、奴が恐怖する様子を見てみたいと思ったが、生憎とその大蛇丸は自分が殺すと決めている事を思い出してその案は脳内で却下した。

 

『へっへ~! 角都ぅ、お前命拾いしたなあ!? お前がもし暁に入ってなかったら今頃そいつに殺されてたかもしれねえぜ!?』

 

 背中に三本の刃が付いた大鎌を背負った男が隣にいる覆面の男に対し、人差し指で差してげらげらと笑いながらからかった。

 角都と呼ばれた覆面の男はその様子を見て呆れたように溜息を付く。

 

『……それはお前も同じだろうが』

 

『あぁ!? 何言って……ああ、そう言えば――――』

 

 呆れたように呟く角都に対し、反論しようとする大鎌の男であったが、自分も不死の体質である事を今更ながら思い出したようだ。『不死』というただ一点においては他の不死者の追随を許さない男がよりによって自分自身の不死(体質)を忘れていたのだ、滑稽にも程があるだろう。

 そんな己の相棒を見ていた角都はそっと目を逸らし呟いた。

 

『……やはりお前はどうしようもない大馬鹿だ』

 

『んだと角都てめえっ!!? 聞こえてんぞコラっ!?』

 

『よせ飛段。サソリの話はまだ終わっていない』

 

『――――ッ!? ちぇっ……』

 

 角都の台詞を聞き取った大鎌の男、飛段は即座に角都に嚙みつくが、リーダーの男に制止をかけられ、小石を蹴るような動作をしながらなんとか思いとどまった。

 ――――どうせこの茶会が終わればいくらでも噛みつけるのだ、後で思いっきり文句言ってやるぜ、ちくしょう。

 ――――とか何とか考えているのだろうが、この馬鹿の事だ。この茶会が終わる頃にはもう忘れているに決まっている。

 飛段の思考を読んでいた角都はそう結論付けながら再びサソリの方を見る。……事実角都の予想はこれから当たる事となるので如何ともし難かった。

 

『とまあ、先に語った通りに大蛇丸は不死という言葉には目がない。その不死の悉くを無為としてきたその男の事を調べねえ筈がない。奴は興味が湧いたり自らにとって脅威になりうる事は徹底的に調べ上げる質だ、それこそ自分の身体を張ってでもしてな。情報の信憑性は極めて高い。……まことに遺憾だがな』

 

 歯を若干噛みしめながら説明するサソリ。組織を裏切った男が残した情報によってまたその後釜の目星を付ける事が出来たという皮肉な結果に少し屈辱を感じていた。

 大方説明が終わったサソリは視線を全員からリーダーのいる位置に一点に向ける。サソリから出来る説明は終わったのだと悟った残りのメンバーもまたリーダーに視線を一斉に向けた。

 

『ここまでが大蛇丸が残した情報から分かった事だ。後で調べて分かった事だが、コイツは不死者以外にも多くの賞金首やその他名うての忍びを殺している。それだけに留まらずその周りにいる有象無象も体をバラバラにされているようだ。……顔が割れていないのも恐らくソレが原因だろう』

 

 リーダーの説明が終わった後、片目が隠れた青年がこんな事を口にした。

 

『大蛇丸に続いてまた木の葉の忍びか、うん。 イタチもいる事だし、大丈夫なのかソイツ、うん?』

 

 鬼鮫もまた言う。

 

『時には賞金首も関係なし……ですか。理由があってやっているのか、それとも快楽の上で成り立った殺しなのか……いずれにせよ人物像が特定し辛いですねえ……』

 

 サソリも言う。

 

『少なくともあの大蛇丸にも劣らない癖の強い奴である事は間違いねえ。飛段みてえに簡単に言う事を聞くような奴じゃない事は確かだ』

 

『その通りだ』

 

 サソリの言葉にリーダーの男は即答する。

 ここにいる暁のメンバーの内リーダーを含む三人以外は皆、この組織にスカウトされる際に実力行使という過程を経てここにいる。

 無論、いまこうして大蛇丸を除く六人がここにいるのも、ここのリーダーの力を認め、こうして従っているからだ。

 新しく迎え入れられるであろうそのメンバーも例に漏れない事は容易に想像が付いた。

 

『サソリガ言ッテイル通リ、ソイツモオマエ達ト同ジヨウニ一癖モ二癖モアルヨウナ奴ダ。少ナイ情報ヲ見ル限リハナ……』

 

『それって僕たちも人の事は言えないよね、黒ゼツ?』

 

『……否定ハセンガ』

 

 一つの身体を共有する白ゼツと黒ゼツ。

 白ゼツの言葉に、その半身である黒ゼツはそのように相槌を打った。

 この二人が言うように、ここに集っているのは各忍び里から集ったS級犯罪者の抜け忍たちだ。

 一癖も二癖もあって当然である。

 

『私は退屈しないので別に構いませんがねえ……それで、ソイツの特徴は何ですか?』

 

『顔も名前もハッキリしてはいない。だがコイツの手にかかってきた死体を見るに、日向一族の中でこのような殺し方をするような奴はまずいない。自ずと絞られてくる筈だ』

 

 鬼鮫の質問に対し、リーダーの男はそのように答える。

 日向一族は柔拳という独特の体術を用い、相手の体内にチャクラを直接に流し込んで経絡系にダメージを与える事によって、外傷を与えずに敵を倒すスタイルを主流としている。間違ってもこんな無駄に敵の身体をバラバラにするような事はしないのだ。

 

『いずれにせよ厄介者の線は消えねえって事か、うん。木の葉という事はイタチと同郷という事か、うん?』

 

 片目を前髪で隠した青年、デイダラの言葉と同時にさっきから無言で茶会の行方を見守っていたイタチの方へ眼を向けた。リーダーを含めた他のメンバーたちもまたイタチの方へ顔を向ける。

 曲がりなりにも同郷の出身である。

 何か目標に関する情報を持っているかもしれないとこの場にいる全員が思っていた。

 そんなメンバー達の心情を察してか、今まで沈黙を貫いてきた赤い三つの勾玉模様の眼を持つ男――――うちはイタチは口を開いた。

 

『まだ……木の葉のアカデミーにいた頃にこんな噂を聞いた事がある――――日向には俺と同い年の異端児がいると。その才能は目に余る物だと聞いたが、奇妙な事に里でそんな奴を見かけた奴は少なかった。俺が暗部に入ってから、何等かの問題を抱えているおかげで一族の者達に軟禁されていると聞いた。だが、雲隠れと日向のいざこざ以来、奴の情報は一切耳にしていない』

 

『ほう、イタチさんと同い年で日向……ですか。日向一族と言えばうちは一族と同じように瞳術を血継限界とする一族でしたね。確かうちはが写輪眼であるに対し、日向は白眼だとか……』

 

 イタチの説明を聞いた鬼鮫がそんな言葉を放つ同時、デイダラの顔が少し歪んでいた。それを見逃さなかったイタチは即座にその理由を察した。

 彼は元々イタチが持つ写輪眼の瞳術に敗れてここにいるのである。そんな自分と同じ里の出身で、かつ同じ瞳術使いがこの組織に来ると分かれば何かしら思う所はある筈だった。

 

『我々はその日向の者を暁に迎え入れる。イタチ、鬼鮫、そしてゼツ……お前達が迎え役だ』

 

 リーダーの男が指定した三人にそう任務を言い渡した。

 

 

 

 

 

「血の匂いが一層濃く……近くにいますかねえ」

 

「……」

 

 茶会の出来事を思い返していたイタチはふと思った。

 日向には自分と並ぶ才を持つ異端児がいる――――当時、アカデミーにて忍術を高めていた自分にとって気にならない噂だったと言えば嘘になる。

 同年代はおろか、下手すれば先輩方にすらイタチに肩を並べる者がいなかった当時としては、いつか手合せしたいと願っていた。

 ……抜け忍になり、暁に入り込んでからはもう些末な事だと思っていたが、今となってそれに関する話を聞く事になるとはイタチは思いもしなかっただろう。

 実をいうと、イタチはあの場で暁の仲間たちに口にしていない事があった。……これから暁に誘うであろうS級犯罪者の名前である。

 言う必要性を感じなかった……というよりはかつて噂になっていたその少年とこれから組織に勧誘する相手が必ずしも同一人物とは限らないので、あえて伏せていた。

 ――――もし、ソイツであるのだとしたら、俺は……

 

 ……そう考えていたら、比較的森林の密度が薄い地にたどり着いた。

 

 そして――――その月下にあった何者かの切り落とされた腕(・・・・・・・・)が転がっているのを二人は目撃した。

 

『――――ッ!』

 

 それを見た二人は周りに何か罠がないかを確認した後、即座にその転がっている腕に駆け寄る。

 二人はしゃがみ込んでその腕を観察した。

 

「……見事、ですねえ」

 

 無意識に、鬼鮫はそう呟いていた。

 そこにあったのはただの腕。

 ……されど月光に当たながらそこから赤い液体を滴らせるソレは、正に一種の芸術品だった。

 ――――何て、美しい切り口なのだろう。

 それは鬼鮫ですら嫉妬してしまう程に綺麗な、切り落とされた腕の切断面だった。

 その断面は直線状ではなく、まるで円の孤の一部分を描くかのような断面であり、そっと指で触れてみれば見事に断面に沿うかのように指がすんなり滑っていくではないか。

 

「再不斬の小僧でもこれほどの芸当は不可能でしょう。当たりですかね?」

 

「……」

 

 イタチに確認を取ろうとする鬼鮫であったが、イタチは依然として無言のまま。そしてその腕を写輪眼で見つめていた。

 ――――なんだ、これは?

 イタチはその切り落とされた腕に違和感を感じていた。

 ――――残留している血液の温度はまだ暖かいのに、それ以外はまるでそこに存在していないかのように冷たかった。

 切り落とされたばかりであるのなら、本来写輪眼で視える筈の残留したチャクラすらまったく視認できなかった

 ……まるで、完璧に死んでいる(・・・・・・・・)みたいに。

 

「見てください、イタチさん。向こうにもありますよ」

 

 鬼鮫の指摘を受け、イタチは顔を上げて鬼鮫の左手の人差し指が差す方向へ顔を向ける。そこにもまた、何者かの左手と思しき何かが転がっていた。

 写輪眼に映るソレも先ほどとまた同様に完璧に死んでおり、断面もまた見事な芸術に仕上がっていた。

 同一犯である事に違いはない。

 

「……」

 

 イタチは更に写輪眼で当たりを見回し、他に切断された死体の一部がないかどうかを確認する。

 そして、また発見し鬼鮫を連れてそこへ行く。

 そしてまた当たりを見回しては解体された死体の一部を発見し、そこへ移動する。

 

 それを繰り返す内に、段々と自分達が月明かりが強い場所へと誘導されている事に気付いた。

 

「イタチさん……」

 

「ああ、誘っている(・・・・・)な」

 

 解体した死体の一部を目印に使って誘導するという、何とも悪趣味な趣向を感じるが、それでも二人にとってはこれが唯一の手がかりだった。

 次の死体の一部を見つける度に月明かりも徐々に明るくなっていく。

 まるで導くかのように照らす月明かりに沿って進み、二人は綺麗な満月が浮かびその月下にある森林密度の薄い地帯へと足を踏み入れた。

 

 そこには、目視するにもできない惨状が広がっていた。

 

 そこにあったのはひたすら転がる死、死、死、死、死、死、死。

 

 ひたすらに周りの草を染め尽くす赤、赤。赤、赤、赤、赤。

 

 先ほどまで人の形をしていたであろうそれらは、まるで崩された積み木のようにバラバラになり、鮮血の花を咲かせながら死んでいた。

 数えるのも億劫になるほどのバラバラの手足、まるで野外スポーツ場の跡地に転がるボールのように転がった首が散らばり、それらの首がどれに繋がっていたか分からぬ程に無数のバラバラの胴体が崩れ落ちている。

 ……もはや、人の所業とは言えまい。

 

 

 その血の池の中心に、ソレ(・・)はいた。

 

 そこにあったのは紅――――鮮血を思い浮かばせる紅色の着流し。

 

 そこにあったのは黒――――漆黒を思わせる黒髪。

 

 そこにあったのは白――――満月をバックに見える、白き瞳だった。

 

 数えるのも億劫になるほどバラバラになった屍達の中心に立っているその存在を目視したイタチと鬼鮫は即座に確信した。

 ――――この者こそが、自分達が探していた人物であると。

 二人の存在を確認したその者は、ニヤリと悪寒を感じさせる笑みを浮かべ、二人向けてゆっくりと介錯した。

 

「この薄汚れた舞台にようこそお客様。態々遠い所から来てくださり誠に光栄にございます」

 

 芝居じみた口調で小ばかにするように言う青年。血に濡れながら会釈するその姿はとても口調とはアンバランスすぎており、それでいて何処かこの青年には様になっていた。

 

「この会場の入場料は後払い方式でございます。ご入場する際に払う必要はございませんのでどうかご心配なく」

 

 イタチや鬼鮫程の強者を前にしても余裕の笑みを浮かべるその姿に、鬼鮫は思わずその口を歪ませる。

 ……その者から自分と近いモノを感じ取った鬼鮫は芝居じみた演技をするその男へと話しかける。

 

「おやおや、これはまた変わった会場の主催者がいた者ですねえ。ちなみに、その入場料とやらの詳細を是非お聞きしたいのですが、如何に?」

 

「ええ、入場料は至って簡単です。お客様がご退場なさる頃にはもう既にそれは払われている事でしょう。

 お支払いは至って簡単――――あんた達の首さえありゃあ十分。これ以上分かりやすい物はないだろう、お仲間(ひとごろし)さん?」

 

 芝居じみた口調を崩し、その隠れていた殺気は露わになる。

 一見美しくみえたその白き眼は一遍して獰猛な獣の眼に変わる。

 今すぐにでもお前を殺したいと嗤うその白き眼を殺人鬼は二人に向けた。

 その殺気に当てられた鬼鮫は冷や汗を流しながらも好戦的な笑みを浮かべて、背中の大刀に手をかける。

 

「ククク、なるほど実に分かりやすい。実に私好みの舞台だ」

 

「止せ鬼鮫。俺達はコイツと殺し合いに来た訳ではなないだろう」

 

「……?」

 

 そこへイタチの制止がかかり、それを見た鬼鮫は大刀の柄から手を離した。その様子を見ていた紅い着流しの青年は訝し気に二人を見つめる。

 

「そうだよ鬼鮫。僕達の目的はあくまでソイツの勧誘」

 

「殺シ合ウノハ論外ダ」

 

 イタチと鬼鮫の隣にさらにもう一つの人影が現れる。

 地面からにょきにょきと生えてきた植物のような物からその姿を覗かせ、得たいの知れない何かを感じさせた。

 ――――……死が二つある。白い方と黒い方で別個という訳か。

 地面から出てきたゼツの姿を見た紅い着流しの少年はならば、両方殺すだけだと三人に飛び掛かろうとした瞬間、イタチが口を開いた。

 

「日向の異端児、日向シキだな?」

 

「……それがどうした?」

 

「お前を『暁』に迎え入れに来た。お前に拒否権はない」

 

 イタチは前一歩乗り出し、氷のように冷たい視線でシキと呼ばれた青年にそう言い放つ。

 当然、その暁という組織に聞き覚えのないシキは首を傾げ、なんだそれはと言わんばかりに両手をヤレヤレと広げた。

 それを見た白ゼツが簡潔に説明する。

 

「本当の平和を作り出す為の組織だよ」

 

「へえ……どうでもいいや」

 

 その説明に対してシキは一切の感心も示さない表情でそう言う。

 ―――――本当に、どうでもよさそうな表情だった。

 今まで勧誘してきた暁のメンバーの中でもこれほどに関心を示さない男は今回が初めてかもしれない。

 

「取リツク島モナシカ」

 

「どうします、イタチさん?」

 

 鬼鮫は背中の鮫肌の柄を手に取りながら、イタチの指示を待つ。

 イタチは鬼鮫やゼツに振り返る事無く、また一歩シキの方へ歩き出した。

 

「勧誘は断るという事でいいか?」

 

「元々しがらみを嫌う質なんでね。鼻の効く賢い忠犬になるよりか、醜い狂犬でいた方が性に合うのさ。

 ――――それよりもさ、さっきからあんた等を解体したいって身体が疼いて仕方ないんだ。だから、俺の舞いに付き合ってくれないか、お兄さん方?」

 

 もう耐えきれんとばかりに腰の短刀に手をかけるシキ。

 その息は心なしか荒く、まるでイタチや鬼鮫を初めて惚れた女に対して欲情するよう眼を向けてくる。

 その眼も中には正に殺し合いへの渇望が渦巻いており、今にも獲物を解体したいと飢えていた。

 

「なら仕方あるまい。……力づくでも連れて行かせもらう」

 

 イタチは顔を上げ、その眼をシキに向ける。

 三つの勾玉模様の入った赤い目……うちは一族が激しい情愛や悲しみに目覚めた時に開眼する――――写輪眼。

 その眼を視たシキはニヤリと嗤いを浮かべ――――

 

「参ったね」

 

 眼の周りにある血管が浮き出て、それを発動する。

 日向一族の血を引く者だけが開眼する血継限界、白眼をイタチの前に覗かせ、歓喜と狂気に満ちた表情で殺人鬼は嗤った。

 

「その“眼”で誘われたら、断れない……!!」

 

 そして、死合のゴングは鳴らされた。



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直死と万華鏡 上

 視界の中がおかしかった。

 目の前に繰り広げられる光景はそれこそ自分が憧れた光景であり、そしてこれ以上にない悪夢だった。

 それでも子供はこの現実から目を背けんと、代々受け継がれてきた白眼で凝らしてソレを見ていた。

 子供はある二人の戦いをその白眼で必死に追っていた。

 一人は30代前半の男――――男性にしては長い髪の毛を下ろし、厳格な雰囲気を漂わせている。

 もう一人は自分より四つ程上の少年――――紅い着流しを着こなしたその姿は、白のイメージが定着している自分達の一族との距離感を表しているようだった。

 同じ一族でありながら二人の戦い方はまったくもって違った。

 30第前半の男は正道とするのであれば、もう一人の子供の方は邪道というべき戦い方だった。

 男性の戦い方はそれこそ一族特有のソレを極めたものだったが、少年の戦い方はそのスタイルから逸していた。

 忍びの移動法の基本は姿勢を低くし、かつ疾風の如き速さで移動するという物だが、その少年は姿勢が低いとかそういう次元ではなかった。

 ……その姿勢は言うなれば蜘蛛――――四肢と胴体、そして頭部すらも全て地面と平行するような極限の前傾姿勢のまま、常に最高速で移動する。

 何より驚愕すべきその動きのメリハリ具合――――移動している方向の正反対の方へ方向転換する際の減速は一切見られず、壁や木、時には空中すらも足場にし、上忍すら展開の難しい高度な三次元戦闘をその年で実現してみせていた。

 他の忍びにとって木や障害物などが足場になりうるのなら、少年にとってはもう地面にも等しいだろう。

 既に人の域を脱したようなその動きに、正攻法の動きで対応し、かつ有利に立っている男性の方もまた怪物じみた強さを持つ事に間違いはなかった。

 

 ――――なんて、美しいのだろう。

 

 訳も分からず二人の殺し合いを目撃していた自分でさえ、最初はその見事な舞踏に心を奪われていた。

 掌底を振るっては避け、短刀を振るっては避け、互いの術と術がぶつかり合いまるで互いが互いを殺さんと――――いや、実際に二人は殺し合いを行っていた。

 互いの技を惜しみなくぶつけ合い、互いの芯を削り合うその二人の姿が、美しくない筈がない。

 だが、瞬く間にそんな思いも子供の中では吹き飛んだ。

 見る見る内に少年の身体が男性の攻撃によってボロボロになってゆき、流す血も増えていった。

 ――――なんで、やめないの?

 その疑問の後、凝らした白眼で凝視してみれば、同じく白眼を発動させている二人の眼が“本気”だという事に気付いた。

 元より少年と男性の間には如何にしても埋めようのない差があった。

 それも当たり前だった、才能はともかくとして、二人の間には経験に差があり過ぎた。

 むしろ日向一族最強の一人とされる男性を相手にこれだけの戦いをしてみせる少年の方が異常なのである。

 ……それでも、差は埋まらない。

 それなのに、どれだけ差を見せつけられても、少年の眼に浮かぶ殺意は一点も曇る事はなかった。

 やがて、少年の手に握られた短刀が男性の頬を切り裂き、しかし男性の方も少年にカウンターを食らわせ、それを短刀で受け流す少年。

 そして両者が距離を開いた。

 少年の方はもう既にボロボロ。

 男性の方こそ主な傷はパッと見てないが、所々に浅い切り傷が刻まれていた。

 既にお互いチャクラが切れかけているのか、両者の白眼はもう閉じられていた。

 それでも、少年の殺意は途切れることがなく、男性もまた戦意を尖らせ、両者は距離を詰め――――

 

「もうやめてください、父上! 兄さん!!」

 

 今の子供に出来る、精一杯の声。

 それが男性の耳に届いたのか、男性は驚いたかのように自分の方に振り向き――――

 

「――――その命、あまりに無謀」

 

 それが仇となったのか。

 少年の短刀が、男性の首を喉ごと切り裂く。

 首から赤い鮮血を吹き出し、男性は仰向け倒れる。

 

 ――――ネ、ジ。

 

 声の出ない口で、自分の名前を言ったような気がした。

 

「これにて終了でございます」

 

 ――――それきり動かなくなったヒザシの身体を後目に、まるで観客である自分に向けて、小ばかにするように芝居じみた口調を吐いた後、少年はボロボロの身体を引きずりながら、暗闇の中へと消えていった。

 

 

 その後、父親のヒザシの遺体は雲隠れの里に引き渡された。

 

 

 それ以来、子供は『運命』という因果を憎み、そして父親を殺し行方を晦ましたあの殺人鬼を憎悪するようになった。

 

 

     ◇

 

 

 三つの勾玉模様の眼がシキの姿を捉える。

 写輪眼による幻術がシキに掛けられようとするが、彼は即座にその嘘飾を見抜く。

 無論それだけで安心するシキではない。

 いつでも幻術から抜け出せるように、点穴からチャクラを瞬時放出できる準備をしておいた。

 

(やはり、デイダラのようには行かないか)

 

 写輪眼による幻術はいとも容易く抜け出せた。

 だが、イタチは別に驚愕する事はなかった。

 幻術をかけたのは確認のようなもの。

 日向の異端児と謳われた男にただの写輪眼の幻術が通じるとは到底思ってはいない。

 元々、日向は体内のチャクラを操る術に長けた一族だ。

 幻術を見抜く事にも長けた白眼は元より、相手のチャクラの流れを支配する事によって、五感を支配することでようやく成り立つ幻術は、日向一族が相手では相性は悪いと言える。

 

 だが、イタチは出来ればこの幻術でケリが付いてくれればと心の何処かで願ってもいた。

 周りに転がるシキによって殺されたであろう忍達の屍。

 

(あの死に方は……どう見ても日向の柔拳によるものではない)

 

 中には柔拳によってやられたであろう者も転がっていたが、それは少数だった。

 身体を何分割にもされている屍――――これが柔拳による物である筈がない。

 しかも断面が綺麗すぎるところからして瞬時にソレを行ったに違いない。

 ……だとしたら途轍もない解体技術である。

 故にイタチはこの男をこう結論付ける――――戦闘狂いの側面を強く持ちながらも、術に限らず、物事を広い視野で見る事ができる忍びである。

 無論これだけの判断材料では確信には至らないが、警戒しておくに越した事はない。

 

 両者は動く。

 疾風の如く、影の如く。

 先に攻撃を仕掛けたのはシキの方だった。

 腕が何本も生えたかのように錯覚させる速さで匕首を振るい、イタチの急所を切り刻まんとする。

 無論、写輪眼で全て見切ったイタチはその動きに合わせて躱してゆく。

 やがてそこに隙を見出したイタチは即座にカウンターを叩きこまんとするが、その拳を迎撃せんとするのはシキの匕首を持っていない方の、左手。

 その掌底から放出されるチャクラを写輪眼で眼にしたイタチは即座にカウンターから防御に切り替える。

 ただ防御するだけではシキの柔拳の虜となってしまうので、両腕クロスでシキの腕を捉え、上に逸らす。

 今度こそ隙だらけになったシキにイタチは暗器を仕込ませた脚を見舞うが、それより先にシキの脚が早く、そのイタチの蹴りを受け流す。

 

 ここまで一瞬にして、数々の体術による攻防。

 

 両者は距離を一旦取る。

 イタチは地面に立ったまま後退し、シキは身体を回転させながら空中へ舞い上がる。

 ……迂闊に自由の効かない空中に逃げる事は、敵に隙を晒す事を意味する。

 その隙を逃すイタチではない。

 

 ――――火遁・豪火球の術。

 

 巨大な業火の球が空中にいるシキに放たれようとしたその時

 

 ――――風遁・大突破

 

 空中でイタチに背を向けているタイミングでこっそりと印を結んでいたシキが、イタチに振り向いた瞬間に、細長い強風の息を放つ。

 両者共にそんなに距離は開いていない。

 そして両者の間に――――豪火が爆ぜた。

 

 咄嗟の事にイタチは驚き、そして同時に感嘆した。

 この日向シキという少年は自分に背を向けているタイミングで、白眼の全方向視野能力を利用してイタチが火遁の印を結んでいる所を確認していたのだ。

 そして瞬時に簡易な風遁の印を結び、振り向きざまに術を放った。

 風の性質変化を持つチャクラは通常は火の性質変化に弱く、押し負けるどころか、むしろ火遁に取り込まれてその威力を増強させてしまう。

 普通に考えれば風遁の方が不利であるのだが――――

 

(その性質を敢えて利用して、火遁の暴発を狙うとは……考えるな)

 

 写輪眼は白眼と違って透視能力は持たない。

 したがってイタチに背を向けて印を結んでいる状態であれば、察するのは難しくなる。

 白眼の能力と写輪眼の能力をうまく分析し、かつ属性の不利さえも利用する。

 そして、その戦術を瞬時の内に構築してみせる。

 ……並大抵の忍びにできる事ではない。

 

 ――――イタチは、知らず知らずの内に昂揚していたかもしれない。

 

 爆風から逃れるイタチ。

 運よく地上にいたおかげだろう。

 咄嗟の反応もあって暴発した豪火球から直接ダメージを避けることができた。

 しかし、爆風により砂埃と塵が空中に舞い、それが視界をロックさせている。

 その中でもイタチは冷静さを失わずに、分析を続けた。

 

(あの爆風を空中で受けては普通は無事では済まないが――――)

 

 それでも、あの男はきっと避けているだろうとイタチは推測する。

 あの男が考えなしにこんな無茶な戦法などする筈などないと、イタチはどこかで直感していた。

 イタチは写輪眼で先ほどまで男がいた空中を観察する。

 ……視界をロックする砂誇の中に、わずかなチャクラの痕跡が見られた。

 そこから推測できる事は――――。

 

(空中で足から放出したチャクラを水に性質変化させて足場にしたか――――)

 

 日向にそんな芸当ができるとは聞いた事がないが、しかしあの男なら可能だろうと、イタチは思う。

 異端児と呼ばれる事はある、イタチが聞き及んでいる日向一族の常識があの男に通用するとは思えない。

 

(……となれば、来るな)

 

 土煙の中に影分身を何体か置き、イタチは相手の出方を待った。

 

(ククク、参ったねえどうも……)

 

 シキは嗤いながら、心の中で愚痴った。

 相手方、まったく隙を見せてくれない上にこっちの隙を的確についてきてやがる。おまけにこっちの行動を分析し、これからはもっと的確にこちらの攻撃に対応してくるだろう。

 相手自身も厄介ではあるが、やはり彼の行動のネックとなっているのは相手の写輪眼だ。

 こちらの白眼は透視、遠視能力に加え、360°の広範囲視野を見渡す事になる。

 ……つまり、その広い視野の中で写輪眼に視線を合わせてしまえばそれだけで相手の写輪眼の幻術に嵌まってしまう可能性がある。

 ……そう考えれば白眼に頼り過ぎるのもよくない。

 

(クハハ、最高だ、最高だよあんた!)

 

 ――――この昂揚、親父と殺り合って以来だろうか。

 

「ああ、本当に堪らない!」

 

 チャクラで感づかれないよう、経絡系上に流れるチャクラの流れを最低限に抑え、気配と殺気を極限まで押し殺す。

 要求されるは、今まで磨いてきた暗殺技以外に他あるまい。

 

 シキは四肢を地面に付け、それ以外の全身の部位が地面に当たるぎりぎりの所まで姿勢を低くする。

 そしてその体勢のまま、音もたてずに最高速で走りだした。

 その様はまるで人型の蜘蛛の様……濃い土煙の中を音もなく疾走し、標的へ肉薄する。

 音も殺気も感じさせる事もなく、蜘蛛の姿勢を保ったままイタチへ接近したシキはそのまま手にもった匕首でイタチの喉元を切ろうとして――――

 

「まあ、そうなるよな」

 

 ……変わり身。

 直前までそこにいたイタチの姿は当にない。

 その時、四方からイタチの四人の影分身が、晴れた土煙の中からシキへ肉薄してくる。

 咄嗟に白眼を開き、四体の影分身の中に起爆札が仕込まれている事を直前に見抜いたシキは、四体の分身大爆発から逃れるが、その土煙が彼を襲う。

 そこで一瞬の隙を作ってしまったシキ。

 その土煙の中から現れたのは、三枚刃の手裏剣の模様をした写輪眼。

 

「――――っ!」

 

 ――――天照

 

 イタチの瞑った右眼から血が流れだす、そして開眼すると同時に、シキの右肩に禍々しい黒炎が灯った。

 ……太陽の神の名を冠するにしてはあまりにも禍々しい炎だった。

 写輪眼の上位種……万華鏡写輪眼を開眼した時にイタチが得た能力・天照。

 写輪眼の視界に映った対象を任意でその黒い炎で燃やす事ができる。

 

(少々手荒になるが、仕方がない。黒炎である程度ダメージを与えた後に捕らえ――――)

 

「……」

 

 次の瞬間見た光景に、イタチは表情に出す事はなかったが、内心では驚愕していた。

 

 ――――天照の黒炎が、消えた。

 

 天照の黒炎は本来、対象が燃え尽きるまで消えない炎であり、それこそ術者の干渉でもない限り消える事はない。

 

 ――――それが、刃物の一振りで、消滅した。

 

 黒炎を呆気なくけした張本人のシキは何もなかったかのように、黒炎で焦げた跡の衣服の部分を手で触りながら、その感触を確認していた。

 

「まさか、天照の黒炎を消すとはな……」

 

「生憎とあの程度でやられる程潔くはなくてね。あれで閉幕に持っていこう物ならそれは身が勝ちすぎてるってもんじゃないのか?」

 

 現在二人の状態はほぼ拮抗状態。

 一応、シキには天照のダメージがあるので強いて言うのならイタチに配が上がるが、シキも黒炎を着火されてすかさず炎を『殺した』のでほぼ無傷である。

 だが、消費したチャクラの量には少し差があった。

 シキが浪費したチャクラは先ほどの風遁忍術、打ち合いの際の数発の柔拳、そして爆風から避ける際に空中に足場を作るために使ったモノ。

 対してイタチが消費したチャクラは、先ほどの火遁忍術、影分身、そして何より大きいのが万華鏡写輪眼の使用によるものだ。

 

 だが、それも明確な差の内には入るまい。

 

 それにまだお互いを出し切った訳じゃあない。

 

(ククク……)

 

 シキは笑う。

 

 ――――さあ、もっとだ。

 

 ――――地中を駆け巡るような

 

 ――――泥を啜り尽くすような

 

 ――――黄泉路を這いずり回るかのような

 

 ――――広い視界中に視える『死』すら忘れさせてくれるくらいの、冷たい炎に焼かれるような感覚を俺に味わせてくれ!

 

 

     ◇

 

 

「これは、少々不味いですかねえ……」

 

 拮抗しあう二人を見て霧隠れの怪人・干柿鬼鮫は呟いた。

 ……あくまでイタチは相手を捕える為に本気で戦っていないとはいえ、あそこまで彼と拮抗しあうとは鬼鮫も想像していなかった。

 

 デイダラの時は、イタチの幻術にかかってそれで終わっていたのだが。

 

 だが、別段鬼鮫はこの程度なら不味いとは思わない。

 ペインが目を付けるような輩だ。

 ただ者でない事は予想がつくし、暁に誘われるような抜け忍が脆弱な輩な訳がない。

 

 問題は……

 

(イタチさんに万華鏡写輪眼を使わせる彼にも驚きましたが……イタチさん、何故あのタイミングで『月読』ではなく『天照』を……)

 

 鬼鮫の一番の疑問はそこだった。

 相手を無力化させるのが目的であるのなら強力な物理攻撃である『天照』よりも『月読』の方が遥かに効果的な筈である。

 普段の彼ならそのような無駄な事はしない筈だ。

 

「イタチさんが心なしか昂揚しているように見えるのは……果たして錯覚か」

 

 鬼鮫の中のイタチでは、少なくともそのような事は万が一にもあり得なかった。

 相手方の方はイタチとやりあう事を楽しんでいる様子だったが、そんな相手のペースに乗せられる程、イタチは熱くなるような男ではない。

 

 だが――――万が一、そうであるのなら……

 

「どちらかが本気を出す前に、私も行かなければならなくなるかもしれませんね……」

 

 ――――特にイタチさん、貴方が万華鏡写輪眼を使い続ければ、お体にも障りましょう。

 

 唯一、パートナーとしてイタチの身体の事情を知る鬼鮫は、いつでもこの戦いに参戦できるように、背中の鮫肌の柄を握っておいた。

 

 




イタチのキャラに違和感を感じた人はすみません。
この人ってすごい人だけど文章にするといまいち描写しづらい人物というか……(サスケェ……)

後、オリ主の戦闘スタイルは七夜の体術と柔拳をミックスさせた感じです。


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直死と万華鏡 中

馬鹿な……(急増するお気に入り登録数を見て)

何か自分の本命の七夜小説である「双夜譚月姫」より人気があって複雑です( ・´ー・`)


 ――――コロセ

 

 声が聞こえる。

 誰からでもなく、自分が言った訳でも、耳に聞こえる訳でもなく……まるで脳に直接呼びかけられるみたいに。

 

 ――――コロセ。

 

 声が聞こえる。

 奥底から湧き上がってくるように、深淵から囀るかのように、まるで血流が逆流するように。

 

 ――――コロセ

 

 声が聞こえる。

 体中の神経に伝わるように、臓腑が語りかけてくるように、その衝動は湧き上がってくる。

 

 病気だった。

 流行り病やうつ病といった茶地なモノではなく、例えるなら何かに飢えるかのような。

 まるで自分がそういう存在であるかのような。

 気を抜けば意識が反転してしまいそうな。

 まるで自分でない自分であるかのような。

 それが本当の自分であると知らされるような。

 

 

 ――――衝動だった。

 

 

     ◇

 

 

 360°の視野、数百メートルの視界範囲―――――その白眼が映す世界の中に、透視能力を通して所々にその線は走っていた。

 黒いツギハギの線、それらを束ねる点。

 常人なら見ているだけで壊れそうになる世界を、シキは超広視野の白眼で視ている。

 まるで出来の悪い子供があちこちに書いたような線

 それらは皆、死だった。

 

「さあ、殺し合おう」

 

「……」

 

 シキのその一言の元、第二ラウンドが幕を開けた。

 二人はその場から消える。

 シキは蜘蛛のような低姿勢で、イタチもまた腰を低くし、二人とも疾風の如く駈ける。

 シキの動きは異常だった。

 極限の前傾姿勢、大凡卓袱台の下すらも潜る事のできる体勢で、いつもと変わらぬ超スピードで駈ける。

 更に驚愕すべきはその動きのメリハリ――――速度を零から最高速へ、最高速から零へ一瞬で変える。

 そして――――その動き、姿勢を維持しながら木々の枝や側面を足場とし、見事な立体軌道をしてみせる。

 

「……!」

 

 イタチは少し目を見開いた。

 

(チャクラの痕跡が……空中にしかない)

 

 忍びの基本的な訓練のルールとして木登りがある。

 忍びのジャンプ力や木の枝を使うことなく、二本脚で木の側面に垂直に立ってみせると言う、常人ならば考えられない行為。

 だが、これはチャクラを付着させた足を使ってできる芸当であって、何の小細工もなしでやれる芸当ではない。

 

 ――――だが、チャクラの痕跡は彼が足場にしたとされる空中にしかなく、彼が足場にしたとされる木にチャクラの後は微塵も残されていない。

 

(写輪眼でチャクラの痕跡を追う限り、奴はおそらく、チャクラを使わずして木の側面や天井などを高速移動できる)

 

 イタチはシキの動きを目と身体で追いながら死角を取られないように留意する。

 第一の奇襲が来る、斜め後ろからの突き。

 大凡暗殺には理想的な角度。

 だが、その程度で隙を突かれる程イタチは甘くない。

 だがそれは相手も同じ。

 感づかれはすれど、決して写輪眼の視界には入るまいと、空中蹴りを駆使して死角に回る。

 それでもイタチの写輪眼は彼の動きを追っていた。

 

 彼の尋常ならぬ短刀捌きでイタチの『死』を、柔拳でイタチの経絡系を的確に攻撃してくる。

 イタチはそれを全て苦無で受け流し、時には火遁や水遁の術を使うが、手刀や短刀でことごとく“消される”。

 

 ――――この感じ……天照の時と同じか……。

 

 ただ得物を振るわれただけで己の術がことごとく消滅していく。

 いくら白眼でもこんな芸当はできまい。

 

 苦無と匕首の鍔迫り合いの状態から一時距離を取り、イタチは懐から隠し持っていた手裏剣を無造作に周囲へ大量に投げつけた。

 ……それは出鱈目に投げているように見えて、計算された投げ方だった。

 無造作に周囲へ投げつけられた手裏剣が木々に当たり、跳ね返って一斉にシキへ襲い掛かる。

 だが、白眼に死角はない。

 シキは懐から取り出した投擲用の針を無造作に下方向に何本か投げつける。

 響き渡る金属音と同時、彼は何の動作もなしに地へ急降下した。

 

 そして、地面に地を付こうというタイミングで、空中へ蹴り、また木へと移動した。

 

 その地面には、草に紛れて毒を塗られたマキビシが撒かれてあった。

 

(油断も隙もあったもんじゃないね、まったく……)

 

 咄嗟に白眼でそのマキビシの存在に気付き空中を蹴って、そこから逃れたシキは改めてこのイタチという忍びの規格外さを思い知る。

 ――――体術だけではない。

 ――――忍術だけではない。

 ――――幻術だけではない。

 ――――写輪眼だけではない。

 シキの動きを冷静に見極め、そしてソレに瞬時に対応してみせる判断力。

 ……これほど完璧な忍びなど他にいるだろうか。

 

「……楽しいなあ」

 

 ……だが、彼の笑みに浮かぶのは歓喜の笑み。

 互いの五感全てを酷使しての生存競争――――殺し合い。

 彼の父親と殺りあって以来の昂揚。

 その時でさえ、自分は善戦していたとはいえ、実質的には圧倒されていた。

 余計な邪魔が入り辛うじて殺せた彼の父親。

 

 ――――今は、違う。

 

 自分はあの時からまた一層殺しの腕を上げ、そしてその技を存分に振るえる相手がここにいる。

 

「くっははは……」

 

 笑う。

 シキはこれ以上にない獲物を目のあたりにし、まるで愛おしいように、狂う様に笑みを浮かべる。

 

 ――――さあ、俺に生きている実感を与えてくれ!

 

 未だに紅き眼光を輝かせる獲物にそう懇願した蜘蛛は、駈ける。

 

(呆れた動きだ……)

 

 イタチは呆れと称賛を奇怪な動きをするシキに送る。

 チャクラをまったく必要としない三次元移動。

 そしてチャクラを使う際には空中を足場とし、ソレを交えての立体的軌道。

 それだけではなく写輪眼で断片的に見える、所々の奇怪な挙動。

 それでいて直線距離のスピードはイタチですら目を見張るモノだという始末。

 

 イタチが知る忍びの中で最も速い動きをした者は彼の兄的な存在にしてライバルであった、うちはシスイである。

 瞬身のシスイとして各里に名が知られていたシスイはその通り名の通りそのスピードは他のうちは一族、いや他里の忍び達の追随すら許さぬものだった。

 このシキという忍びは純粋な速度こそシスイには及びもしないが、速度のメリハリと動きそのものの捉え辛さに関してはこちらの方が上を行っていた。

 

 三次元移動する事自体は忍びであるのなら苦ではない。

 木や障害物を足場にしての戦闘は忍びが最も得意とする動きであり、そして忍びの動きの基礎中の基礎である。

 だが、チャクラを要さずしてそれ以上の高次元な三次元移動をやってのけるこの男――――チャクラを要するときでさえそれは空中を足場にした時のもの。

 

 相手があれほどの動きをするのならば自分もそれに付いて行かなくてはならぬと思うだろうが。

 

(迂闊に相手の土俵に立っては……間違いなくこちらが死ぬ)

 

 向こうは元より三次元戦闘用に特化した体術、おまけにチャクラを要さない為に微量のチャクラを消費までして向こうの土俵に立ってしまえばいずれ差が現れる。

 更には向こうには白眼という空間把握にはうってつけの眼を持っている。

 360°の視野と数百mの視界範囲と透視能力はあらゆる障害物の位置とその間の空間を把握し、獣じみた動きでそれらを使い視界潰しをする事も容易だろう。

 そんな中でこちらも同じような動きをしてみせたらどうなるか――――間違いなく恰好の獲物となる

 ……そんな中で相手と同じ土俵に立てる訳などない。

 だがしかし、同時にそれをしなければ相手はいつでも自分から逃げられる状態になってしまうが、イタチはそんな事はないと判断し、あくまで地に付けた足で疾走しながらシキの動きを追っていた。

 ――――ああいう手合いは、必ず逃げる事無く、あくまでコチラを殺そうと躍起になってくる。

 事実イタチの目測は正しく、今もシキは逃げずにイタチとこうして殺り合っているのだから。

 

(ならば……足場を潰す)

 

 木々は邪魔だった。

 こちらが相手の土俵に上がれないというのであれば、こちらの土俵に引きずり出してしまえばいい。

 シキの攻撃を躱しながらそう思考したイタチは即座に印を結び、それを放つ。

 

 ――――火遁・鳳仙火の術

 

 同時に、連続して炎の弾幕を放つ。

 通常、この術は小規模の炎の玉を一つずつ連続して放つ術であるが、イタチのそれは一回分で複数もの炎弾を放出する。

 放たれた炎弾の一つ一つがそれぞれの木々に刺さり、それは燃え広がってゆく。

 元の木の葉の忍びとしてその光景にすこし胃を痛めてしまうが、あくまでイタチは己の標的を優先した。

 炎弾が次々と木に命中してゆき、やがてそれは森を紅蓮の色へ染め上げる。

 

(これで奴の足場が少しでも限定されれば……)

 

 瞬間、イタチの写輪眼がシキの姿を捉える。

 ……驚異的な速さで、炎に包まれた木々を次々と解体してゆく姿を。

 イタチの周りの木々も含め次々と解体されてゆく。

 まるでチーズでも切っているように。

 燃え盛る木々は崩れる積み木のようにバラバラになり、それら全てイタチへ落下してゆく。

 それだけでは終わらない。

 それらの木々の上空に陣取ったシキが印を結び、術を発動させた。

 

 ――――風遁・大突破

 

 一陣の風が広範囲へばら撒かれる。

 それは燃え盛る木片に当たり、木片は火の勢いと落下速度を増しながらイタチに襲い掛かった。

 

(そうは問屋が下ろさないか……!)

 

 火球が大群となってイタチの方へ落下してくる。

 イタチは即座に、普段から自分と行動を共にしていた相棒が使っている術と同じ印を結ぶ。

 

 ――――水遁・爆水衝波

 

 口の中のチャクラが津波に変換され、吐き出される。

 だがそれは普段彼の相棒が使っているソレの量には及ばない。

 元よりこの術は彼の相棒が使っているソレを写輪眼でコピーした物であり、使用するのも今回が初めてであった。

 だが、イタチにとってはそれで十分だった。

 今放った水遁の術は降ってくる燃えた木片を防ぐ事ではなく、足場の不利を逃れる事。

 もし燃えた大量の木片が地上に落ちてしまえば、草木にまで火の手が上がり、イタチの足場まで限られてしまう。

 ……上がった波はやがて地へ渡ってゆき、降ってくる木片のクッションとなる。

 紅蓮に染まった木片らは地面の草木を燃やす事には至らず、先ほどイタチが放った水遁の水によって鎮火されてゆく。

 

 そしてイタチに向かって大きめの燃えた木片が落下してくる。

 それを避けたイタチの眼前に―――――匕首の刃が迫っていた。

 

「――――っ!」

 

 即座に避けると同時、苦無を取り出し、カウンターを狙う。

 ――――シキの匕首の刃はイタチの頬を切り裂き。

 ――――イタチの苦無はシキの脇腹を掠る。

 

「ちぃっ!」

 

 両者は舞う。

 蜘蛛の如き動きで水面を滑るかのように疾走する紅い影。

 同じく水面の上で蜘蛛と踊る黒い影。

 

 蜘蛛の忍びは己の最も有利たる足場を消され、黒い忍びの方も己の望んだ展開に進んだとは言い難い。

 きしくも両者がそれぞれ望んだ内容とは違う形で同じ土俵に立った二人。

 それでも二人は疾走する。

 武器で打ち合い、受け流し、避け合う。

 そしてイタチの苦無とシキの匕首がぶつかるタイミングで――――水面の下からイタチの影分身が現れた。

 ――――打ち合いの最中、シキに気付かれずに影分身の印を結んでいたのだ。

 四方からの手裏剣の嵐がシキを襲う。

 シキは己の匕首と切り結んでいるイタチの苦無を、身体を反転させて蹴り上げ、即座に手裏剣への対処をしようとする。

 

 ――――風遁・大突破。

 

 印を結び、真下の水面に向けての強風の息。

 上方から風に押された水面はシキを四方から守る津波となり、四方から飛んでくる手裏剣を防いでゆく。

 そして、防ぎきれなかった残りの手裏剣を針で全て打ち落とした。

 しかし、それだけでは終わらなかった。

 

 津波に接触した四体の影分身の内の三体が、爆発を起こす。

 

 手裏剣を防ぐ為の津波は三方からの爆風により即座にシキを襲う業流へと寝返った。

 白眼によりイタチともう一体の影分身の場所は分かる。

 相手もそれを承知の上でこれをした筈だ。

 ――――ならば、この津波はコチラの動きを封じる為だけの目的しかない筈。

 そう思考したシキは匕首に己のチャクラを込める。

 

 ――――チャクラ刀。

 

 風の性質変化を加えてより切れ味が強化されたそれは全方位からシキに襲い掛かる津波を切って捨てる。

 その波を切り裂いた先にあったのは、正面と後ろからイタチと影分身が斜め上方向から挟撃してくる姿が。

 

「蹴り穿つ……!」

 

 シキは反転し、影分身の方に向け、身体ごと跳ね上げながら蹴り上げを放つ。

 ただの強い蹴りではなかった。

 その足からは柔拳と同じくチャクラが放出されている事を見抜いたイタチの分身は即座に見切って避けるが――――。

 

「悪いね」

 

 突如、背後からの衝撃がイタチの影分身に襲い掛かる。

 イタチの影分身はそれをもろに食らってしまった。

 

 その衝撃の正体は――――シキの影分身だった。

 

 先ほどの津波の合間にシキはチャクラ刀を展開する前に、影分身の印を結んでいたのだ。

 ちょうど津波が隠れ蓑として利用できた為、イタチの写輪眼にはその様子が映らなかった。

 

「まだまだ!」

 

 シキの影分身は蹴り上げた衝撃を殺し、空中でイタチの影分身を掴み、そのままシキの本体を狙うイタチの本体に向けて投げつけた

 

「――――っ!?」

 

 結果、シキの柔拳による蹴り上げを受けるか、投げつけられた自らの影分身を受けるかの二択に迫られる。

 

 否―――――それはシキの蹴り上げと投げつけられた影分身を同時に受けるか、それとも首を捩じ切られるか(・・・・・・・・・)の二択だった。

 

 シキの影分身はイタチの影分身を投げると同時に、空中蹴り、同じスピードでイタチの背後に回ったのだ。

 そしてイタチの首をへし折らんとその手を伸ばしていた。

 

 ――――そして、イタチが取ったのは第三の選択。

 

 身体を逸らす事で己の首が捩じ切られるタイミングをずらす。

 そして、目を瞑り血を流した右眼を開眼。

 

 ――――天照。

 

 即座に万華鏡写輪眼で投げつけられた己の影分身に黒炎を着火させる。

 そして炎が全身に回りきらない内に己の影分身を蹴りつけ、そのまま身体を回転させてシキの影分身へぶつける。

 その回転の際にシキ本体からの蹴り上げも同時に回避した。

 

 それらのやり取りは、まさしく互いに神業だった。

 

 イタチの影分身に着火された天照の黒炎はやがてシキの影分身へと燃え移り、両者の影分身は煙となって、やがてそれぞれの本体へとそのチャクラを還元させる。

 

 やがて両者は空中で密接状態となり、そのまま空中で体術でやりあったのち、水面に着地する間もなく、互いに蹴りをぶつけ、その衝撃で両者は距離を取る。

 

 イタチは二本脚で水面に着地し、シキは四足を突き蜘蛛のような姿勢で構えを取りながら着地する。

 

 そして、それからは同じことの繰り返しだった。

 

 両者共に疾風の速さで動く。

 蜘蛛のごとき動きしながら戦うシキ

 その動きを写輪眼で追いながら、対応するイタチ。

 

 両者は一歩も譲らず、瞬時の間に行われる体術の打ち合い、手裏剣と投擲針のぶつかる金属音。

 イタチの放った火遁や水遁の忍術もシキの『眼』に殺され、シキはイタチの写輪眼に視線を合わせる事無くイタチの死角に回り続け、イタチもまたそのシキの動きを『眼』でギリギリ追いながら、かつてうちはの鬼才と言われた男と、かつて日向の異端児と呼ばれた男は、己の芯をぶつけ合っていた。

 

「クッ、アハハハハ!」

 

 シキは笑う。

 ――――これだ。

 ――――自らが死となり相手を追うと同時に、自分もまた死に追われる感覚。

 ――――中途半端な生ではあり得ない、死の実感。

 

「楽しい、楽しすぎだってあんた!」

 

 称賛の言葉を送りながら、彼は手に持った短刀を躍らせる。

 己が独自に磨き上げた暗殺術と、柔拳と、短刀術の見事な使い分けとコンビネーションで、彼はうちはイタチと互角に打ち合っていた。

 

「――――っ」

 

 イタチは、表情は冷静ながらも内心では焦っていた。

 それは相手の想定外の強さ、洞察力、そして判断力。

 どれを取ってもイタチからしてみれば一流のモノだった。

 それに加えてイタチは一つの懸念に迫られていた。

 

 ――――奴にやられたであろう、何分割にもされた死体。

 

 ――――短刀が振るわれるだけで、天照を含み、ことごとく消されてゆく己の忍術。

 

 ――――そして、先ほどの見せた、周囲の木々をいとも簡単に何分割にも解体してみせる芸当。

 

 どれも、チャクラを消費して行われた者ではなく、相手の短刀によって行われたという事実。

 仮に血継限界だったとしても、白眼にそんな芸当ができるとは思えない。

 だがもし――――仮に、それが本当なのだとしたら。

 

 イタチは先ほどから“ある恐怖”に駆られていた。

 根拠があってではない。

 里の為に、弟の為に、暁の犯罪者として己の全てを投げ込まんとする男が、ある恐怖に駆られていた。

 

 

(奴は一体……『何』を視ている?)

 

 

 イタチは察していた。

 ――――相手は、他の日向一族の白眼とは……また違うナニカが視えているのではないかと。

 ――――未だ自分が感じているこの未知の感覚の原因が、ソレであるのではないかと。

 

(形振り構ってはいられない……か)

 

 イタチはシキの事を認めていた。

 ――――強い。

 忍術はともかく、おそらく体術そのものに関しては向こうの方が上。

 全方位視野の白眼を発動していながら、頑なにこちらの写輪眼に視線を合わせぬ技量。

 そして何より突出すべきはその頭の機転のよさに加え、類稀なる戦闘センス。

 そのどれもがイタチと拮抗しあっていたのだから。

 

 ――――出来れば、もっと早く出会いたかった。

 

 ――――自分がまだアカデミーにいた時に、己と並びうる実力を持つこの忍びと、切磋琢磨し、競い合いたかった。

 

 だが、それはもう遅かった。

 互いにもう里を抜け、そして互いにS級犯罪者同士。

 自分が今すべき事は、里の脅威になり得る組織、この暁の監視と――――

 

(サスケ……)

 

 ――――死ぬ前に、己が背負ううちはの未来を、弟に委ねる事。

 

 その為にも――――ここで出し惜しみをしてはならないのだ。

 

「……?」

 

 シキは突如、疑問符を浮かべ立ち止まる。

 イタチが突如、その動きを止めたからだ。

 “好機”であると、普段なら思うが、背中に走る“予感”が彼をイタチに近づけるのを良しとしていなかった。

 ――――コイツのような奴が、無駄な事なするわけがない。

 悪寒とそれ以上の期待を抱きながら、見つめていたその時――――

 

 

 

 

 ――――現れたのは、赤い高濃度のチャクラの炎で形成された、骸骨状の巨人だった。

 

 

 

 

「――――」

 

 その存在感にシキは眼を奪われ、立ちすくんだ。

 

 骨の巨人は更にその姿を変える。

 骨の隙間から肉が発生し、そしてやがて骨全体を覆う。

 やがて更にその全身を覆う様に、フード付きのマントのようなものを巨人は羽織った。

 

 そして――――右手の瓢箪から発生したチャクラで形成された剣と、左手に装備された巨大な円盤状の盾。

 

(死が、視えない!?)

 

 その巨人が持つ剣と盾には、あるべきモノがなかった……否――――

 

 ――――ほんのかすかに、視える。

 

 ――――『点』はまったく視えず、しかし数本の細い『線』が、確かに走っていた。

 

「……」

 

 シキは再度、その武器を含め、巨人をその白眼で視る。

 ――――その巨人は、膨大なチャクラの塊だった。

 どことなく女神を思わせるその巨人は、この舞台においての誰もが逆らえぬ絶対者だった。

 

「おいおい……」

 

 シキは冷や汗を流し、巨人を見上げたまま動かなかった。

 

「これを……見せる事になるとはな……」

 

 そして、その巨人の透き通った皮膚の内側に視える、イタチの存在。

 表情か変わらずとも、心なしか苦痛に耐えているような表情。

 

「月読と天照……これら二つの万華鏡の能力を開眼した時に得た、もう一つの能力。

 ――――須佐之乎だ」

 

 

 

 

 

 ――――須佐之乎。

 

 

 

 

 その名がシキの脳内に刻まれると同時、蹂躙は始まった。

 

「――――っ!?」

 

 咄嗟にシキは身体を動かす。

 その動きを視たのではなく、感じたのでもなく。

 ――――その身に臓腑まで切り刻まれた『死の嗅覚』が、彼の身体を突き動かした。

 

 瞬間、彼のいた位置に、大地を刻むような一閃が放たれていた。

 

 それは刹那だった。

 その巨体に似合わぬ攻撃スピード。

 暴力という理不尽の塊だった。

 

「クッ、ククク……」

 

 その様を見、シキはかみ殺したような笑いを浮かべ――――

 

「アッハッハッハッハッ……!!」

 

 男は嗤う。

 狂喜する。

 その笑いは恐怖によるものでもなく、諦めのものでもなく――――歓喜一色の狂笑だった。

 

「くく、はは、ああ、そうだ、こうでなくちゃあ――――」

 

 ――――殺し甲斐がない!!

 

 歓喜を胸に、シキは身体を動かす。

 己の出来る限りのスピード、出来る限りの身のこなし。

 それらの限界すら超え、蜘蛛は獣の域すら超えて動き出した。

 衝動のままに、本能のままに。

 人外の域すら超えた動きで蜘蛛は掛け続けた。

 

 ――――一閃が迫る。

 

 目で見るのではなく、ただ身体に委ねたまま、蜘蛛の如き動きで躱す。

 その動きは既に人ではない。

 

 ――――またもや巨人が剣を振るう。

 

 もはや目視は適わず、白眼すら意味は成さない。

 それでも、シキは避ける。

 まるで空中に視えない巣を貼る蜘蛛のごとく、彼は避けた。

 

 ――――三閃目。

 

 その一振りはシキの右肩を掠り。

 それだけで打ち落とされるてしまうような衝撃が身体を走る。

 それでも――――蜘蛛は疾走する。

 

 ――――四閃目。

 もはや両者の間に距離はない。

 巨人の一振りは更に強力なモノとなりて、シキに振るわれる。

 その一振りは、シキの頭の上を走る。

 数本の髪が掠り、舞う。

 

「――――殺す」

 

 その刃を、巨人の皮膚に突き立てようとした時――――神聖の盾がその行く手を阻み、放出された衝撃で匕首を押し返されたシキは、そのまま吹っ飛んだ。

 

「――――ッ」

 

 声もでない衝撃と痛みが彼を襲い、舞った彼の身体は地面に二、三回バウンドし、そして木に衝突した。

 ――――その木に大きな軋みと罅が入る。

 ようやく動きを止めた彼の身体は、クッションとなった木からゆっくりと崩れ、そのまま動かなくなった。

 

「……」

 

 動かなくなった彼の身体を遠くから写輪眼で確認したイタチは、須佐之乎を仕舞い、ゆっくりと膝を付く。

 

「ク、ゥ……ハァ、ハァ……」

 

 幾たびなる術の使用に加え、天照を二回使用、更には須佐之乎すらも使用した彼の身体には負担が重なっていた。

 既に残りのチャクラも少なく、酷使して動き回った身体も既に限界だった。

 イタチは身体の痛みを抑えながら、ゆっくりと動かないシキの身体を遠くから見つめた。

 

 

    ◆

 

 

 

 ――――動かぬシキの身体の傍の地面から、それは現れた。

 

「あれ……死んじゃったのかな?」

 

「……サアナ、ダガ須佐之乎ノ一撃ヲマトモニ食ラッテハタダデハ済マイナイダロウ」

 

 現れたのはゼツだった。

 あまりにも壮絶だったので忘れる所ではあったが、これはあくまでシキを暁へ勧誘するための戦いなのである。

 そのためイタチとシキの殺し合いとも言うべきソレは度が過ぎていた。

 だが……ソレも仕方のない事。

 出し惜しみをして勝てる程――――甘い男ではなかったのだから。

 

 ゼツはシキの安否を確認せんとその身体に触れようとする。

 ……死んでいるのであれば諦める他ない。

 ……まだ生きているのならアジトに連れ帰り、新しいメンバーとして迎え入れようではないか。

 

 

 

 ――――そして、ゼツの白い方の腕が、シキの身体に触れようとしたその時―――

 

 

 

 ――――その直前、男はその白い眼を開けた。

 

 

 

「――――ッ!?」

 

 そして、ゼツに振るわれる、一振りの匕首。

 驚いたゼツはすかさず後退する。

 だが――――その一閃はあまりにも速すぎた。

 

 後退したゼツはすかさず己の身体を確認する、そして――――

 

 

 ――――白い方のゼツの腕が、肩から無くなっていた。

 

 

「――――ッ?!!!」

 

 突如、自分の腕の感覚が肩から消えた事に違和感を感じたゼツ。

 やがて己の腕が男によって切り落とされた事を認識したゼツは、切り落とした犯人に苦渋の表情で睨んだ。

 

 

「オマエ、僕の腕をっ……!!」

 

 切り落とされた後の断面を抑えながら、ゼツはその犯人に吠える。

 ……『今すぐにでもお前を殺したい』と嗤う眼が、ゼツを睨んでいた。

 

「見ロ、白ゼツ……」

 

「何だよっ!?」

 

「切リ落オトサレタ腕ガ……消滅シテイクゾ」

 

「――――ッ!!?」

 

 黒ゼツに指摘され、白ゼツは地面に落ちている切り落とされた己の腕を見た。

 ――――無数の砂となって、そのまま消えていく己の腕が見えた。

 

 それを認めた白ゼツは改めてシキの方を視る。

 

 ――――殺される。

 

 その白眼を見た途端、ただそれだけの思考と恐怖が白ゼツを支配し、その恐怖で彼はしばし固まってしまった。

 だが、直後のシキの発言によってその硬直は解かれた。

 

「あんたじゃ、ないな」

 

 そう呟いた後、シキは木につかまりながらゆっくりと立ち上がる。

 

「今ので殺したつもりだったんだがな……どうやら獲物を間違えたらしい」

 

 シキは額から流れる血を掻き上げ、その眼を覗かせる。

 ――――その眼中に白ゼツの姿など映っていなく、目先に存在する獲物しか映っていなかった。

 それを確認したシキはゆっくりと歩きだす。

 ふらふらとした足取りで、しかし隙を決して見せず。

 イタチの前に――――再び立ちふさがった。

 

「まだ……やるつもりか?」

 

「無論、そういう性分だからね。それにしてもひどいじゃないか、そんなものを隠しもってるなんて、余計に濡れちまいそうで仕方ないよ」

 

「……」

 

 そして、シキは動いた。

 先ほどとまったく遜色ない動き。

 捉えづらい蜘蛛の動きを展開させ、またイタチに迫らんとした。

 何処にそんな元気があるのかと呆れるイタチは、再び須佐之男を発現させた。

 

(もう既に身体にガタが来そうだが……ここで出し惜しみをしてはいけない)

 

 そう思い、イタチの須佐之乎の「十拳剣」が振るわれると同時。

 

 

 疾走する蜘蛛は、薄ら笑いを浮かべ――――

 

 

 

 

「教えてやる」

 

 

 

 

 匕首を地面に突き立て――――

 

 

 

 

「これが、モノを殺すという事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、世界が殺された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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直死と万華鏡 下

やっと投稿出来たorz

久々に書く文章なので色々と拙い所があるかもしれませんが、ご了承ください_(._.)_


 地面が崩壊する。

 不規則に入り込んで、しかしそれでいて既に定められていたかのように、シキの匕首が刺さった地点を中心に亀裂が走り、それは崩壊してゆく。

 イタチは突如、己の視界が揺らいだ事に気付き、シキを抹殺する筈だった須佐之男の十拳剣は彼の身体を微かに掠る事に留まった。

 

「――――ッ!!」

 

 ――――何が起こった?

 イタチの心情は正にこれに尽きる。

 そして、二人の戦いを傍観していたゼツや鬼鮫もソレは同様だった。

 崩壊範囲はイタチがいる範囲どころではない。

 ゼツや鬼鮫をも巻き込み、見渡す限りの地形が崩れてゆく、否、死んでゆく。

 

 相手の動作は至って単純――――ただ地面に短刀を突き刺しただけ。

 

 たったそれだけの事。

 これだけの惨状を生み出した。

 

 ――――そして、気付いた時には、写輪眼の視界にシキの姿は無かった。

 

 そして、イタチは気付く。

 地形は崩壊し、底なしの奈落へと落下してゆく。

 イタチの周りを取り囲むのは無数の瓦礫と砂埃、そして根を張る足がかりを失い共に落下してゆく木々。

 こうも視界が封じられては写輪眼の機能を十全に発揮する事はできない。

 そして――――周りが落下物の障害物だらけのこの状況。

 

 ――――ここはもう、相手にとって都合のいい蜘蛛の巣だった。

 

 しまった。

 そう悟ると同時、イタチは須佐能乎の維持に使うチャクラを最低限に留め、その際に巨人に纏っていた皮膚と肉は剥がれ、人型の髑髏へと姿を変える。

 写輪眼だけではなく、五感全てを活用し、シキの気配を探る。

 少なくとも彼の動きとこの地の利からして視界にとらえる事はほぼ不可能。

 要求されるのは一寸先の未来視と瞬時の慧眼。

 

 ――――そこか

 

 眼ですら捉えきれぬ、相手にとっては狩場も同然の状況。

 しかし、イタチの須佐能乎が振るう十拳剣は迷いの一点もなくそこを狙う。

 そこには、背後から短刀の矛先をイタチへと向けるシキの姿が。

 本来ならば回避は不可能な程の速度で振るわれるソレを、シキはタイミングを極め空中を蹴り回避する。

 が、イタチの須佐之男は十拳剣を大振りに振るに留まらず、回避された途端その軌道を変え、そのままシキへと襲い掛かる。

 

「ちっ」

 

 あんなガタイを手懐けながらよくもあんな芸達者な動きをさせてくるものだ。

 デカイだけの人型とは違う、正真正銘の絶対者が殻となって敵の抹殺を阻害し、さらにはその殻すらも守る最強の盾と、突きさされたら一貫の終わりの最強の矛を持って攻撃してくる。

 まったく以て厄介な存在である。

 

「く、ははは……!」

 

 それ故に、嗤いが毀れる。

 状況はどちらかと言われればこちらの方が有利なのであろうが、まったくその気にさせてくれないなんて……楽しさを通り越して至福と快感の情すら抱いてしまう。

 ……巨人を展開させこちらを威圧する獲物をその白眼に定める。

 向こうは自分を捉えきれていない筈なのに、恐怖と快感には今にも全身に行き渡り、震え上がらせる。

 

 ――――……そうだ、もっと、忘れさせてくれ。

 

 日向一族のしがらみも、この視界中に映る死でさえも、この恐怖と快感……そして生の実感で埋め尽くしてくれ。

 獲物であるイタチに、まるで初めて会った異性に対して欲情するのに似たような興奮と発情を覚えるシキ。

 死への恐怖すらもそれを「生の実感」という快楽として受け入れ、楽しむその思考はもはや狂人と例えるに相応しかった。

 

 シキはなるべく落下する瓦礫を蹴る形で、須佐能乎の斬撃を避けながら、少しずつ接近する。

 まるで達人のごとく華麗に振るわれる剣の連撃すらも、彼の身体はそれに反応し、イタチの周りを跳びまわる形ではあるがそれでも着実に近づいてゆく。

 姿勢は蜘蛛、早さは疾風。

 気配は悟られるぬ殺気と呼吸を極限まで殺し、そして本来人間ではあり得ないような奇怪な身のこなしで須佐之乎の斬撃を躱してゆく。

 

「……ッ!!」

 

 しかし全てを躱し切るには至らず、所々を掠める。

 ……そして、そのダメージは少しずつ、だが確実に彼の身体を蝕んでいった。

 掠めたとはいえ、須佐之乎の斬撃はただそれだけで術者の体力を根こそぎ奪い取る。

 切れ味以前に凶悪な速度と腕力によって振るわれた斬撃はたとえ掠めただけでもその衝撃が身体に振動し、まともに動けなくなるようなダメージを負う。

 それでもシキが未だに動いていられるのはその体技を成す強靭な肉体と、獲物を殺すまでは何が何でも動き続ける殺しへの執念と、そしてこの体中を迸る殺人衝動のおかげだ。

 

 もはや印を結ぶ暇すら許されない。

 

 そして、余裕がないのはイタチも同じであった。

 須佐之乎を止めて印を結ぶなどと言った隙を少しでも見せれば、足場の不利なこの状況で瞬く間に接近され、須佐之乎の殻ごと殺され、その牙は自分に喉元に到達しかねない。

 おそらくだが、相手はチャクラで練られた物体や術そのものを容易く消してしまうような能力を持っている事は明白だった。

 それがあの白眼の能力であるのかは定かではないが、そうだとしたら須佐之乎の皮膚も容易に貫かれる可能性もある。

 だが、この“十拳剣”と“八咫鏡”なら、まだ分からない。

 だが相手がわざわざソレを消さずに避け続けるという事は、この剣は消せないのかもしれない。

 仮にこちらを油断させる為にわざとそうしているとしても、それをするデメリットの方が大きくなってしまう。

 敵もそんなに馬鹿ではない。

 既に爆水衝波や万華鏡写輪眼、そして多くの術を使い、更にはこれまでの長時間須佐之乎を使用してきたイタチの身体にチャクラはもう少ししか残されていないため、須佐之乎一本でケリを付けるしかない。

 

 つまり

 

 ――――シキがイタチの須佐之乎の十拳剣の連撃に倒れる前にイタチに接近するか。

 

 ――――それともイタチの須佐之乎の十拳剣の連撃が接近される前にシキを殺し切るか。

 

 勝負の分け目はそこだった。

 

 須佐之乎の右の豪腕が振るわれる。

 剣は確かな殺意を持ってシキへと向き、シキはそれを躱す。

 が、剣はすぐに軌道を変え、まるでシキの動きを読むかのように振るわれる。

 一撃一撃が必殺の威力を持つ十拳剣。

 掠るだけでダメージを受け、突きさされた暁には永遠の幻術の世界にその身を引きずり込まれる事になる。

 シキは確実にダメージを受けながらも、確実にイタチへと近づいていく。

 イタチも落下する瓦礫や木々を足場にシキから距離を取ろうとするも、元々の身体能力ではシキに分がある。

 おまけに地の利もシキにあるため、須佐之乎の攻撃からの回避時間を差し引いても確実に距離は詰められている。

 

 ――――だが、それは百も承知。

 

 殺される前に殺し切るのみである。

 

 シキは動く。

 

 イタチも動く。

 

 シキの牙がイタチの喉を掻っ切るか、イタチの十拳剣がシキの身体に裁きを下すか。

 

 蜘蛛は影となり、そして疾風となり、イタチに迫る。

 

 写輪眼に捕らえられるか捉えられないかの境界線を維持しながら、かつて瞬進と言われたうちはの忍びですら成し得ない速度の究極的なメリハリを実現する体技。

 白眼の用途を最大限までに活用する為に独自に編み出し極めてきた蜘蛛の体術。

 そして、敵を殺す為の『眼』。

 敵を殺す為の道具は全て揃っている。

 後はそれら全てを注ぐのみである。

 

 赤色の禍々しいチャクラで具現化された巨人が剣を振るう。

 振るわれる一太刀の連撃は正に刹那の瞬間。

 既に剣そのものを見切る事は適わず、巨人の筋肉の挙動から動きを先読みし、持ち前の瞬発力で回避し続ける。

 

「……ッ、……ッ!!」

 

 しかし、完全に躱した時でさえその斬撃の余波がシキの切り傷を残す。

 掠った時の痛みはこれとは比べ物にならない。

 まともに食らえば即死、そうでなければ奈落の世界へ引き摺り落とされる。

 

 だが、シキは躱す。

 掠り続ける須佐之乎の斬撃を限界すら超えた身体を駆使して躱し続ける。

 かろうじて致命傷に至らない傷を負い続けながら、イタチへ迫ってゆく。

 

 痛い。

 最高に痛かった。

 まるで媚薬を連続で注ぎ込まれるような快楽じみた痛みだった。

 

 発情するように酔った。

 斬撃を注ぎ込まれる度に外傷とは比較にならない衝撃と痛みが、まるでアルコールが染み渡るかのように浸透してゆく。

 

「く、あ、ハハハハ、ハハは覇はは刃破ハ……ッ!!」

 

 ああ、楽しい。

 楽しすぎる。

 断頭台の上でギロチンの刃を突きつけられるような恐怖も、獲物への渇望もひっくるめてそれは快楽へと変わりゆく。

 

 シキは狂ったように、しかしその動きは洗練されたまま須佐之乎の斬撃を全てやり過ごし、そして――――須佐之乎の皮膚へ肉薄する。

 

 最強の矛を躱し切った哀れなる蜘蛛に次に襲い掛かるのは最強の盾。

 

 八咫鏡の名を持つその巨大な円盤状の盾は、絶大な物理防御と忍術に対する耐性を備え、更にはそれ自体が性質変化を成し忍術を無効化する事すら容易な代物。

 大蛇丸ですら探しても見つからなかった、伝説上の霊器。

 そして――――

 

 

 ――――視えない。

 

 

 シキの眼に映るありとあらゆる世界に視える筈の黒い継ぎ接ぎも、それを束ねる点すらも存在しない。

 いや、そもそもこの具象化した奇跡とも言えるような存在に死などあるものか。

 歴史上から姿を消して尚人々の間で長年伝えられている伝説の代物に、存在の“終着点”はあるものか。

 シキが視ようとしているのは。神代から連綿と伝え続けられる〝生きている奇跡〟なのだ。

 ただの霊器や忍具とは神秘の桁が違う。

 

 

 ――――だからどうしたというのだ?

 

 

「いいぜ、視えないのなら……視えるまで見てやるよ」

 

 ……自分にできるのはこれだけなのだから。

 

 脳が加熱する。

 まるで熱湯を直接頭蓋に注がれるような強烈な痛みが迸り、全身を蝕む感覚に襲われる。

 だが、止まるものか。

 あの盾に接触する前になんとか“死”を理解しなければ、待つのは死のみ。

 ならばそれでも構わない。

 

 ――――全身のチャクラを白眼へと注ぎ込む。

 

 ――――視界が赤く染まる。

 

 ――――頭蓋を万力で締め付けるような頭痛。

 

 ――――内臓を吐き出してしまいそうな吐き気。

 

 それらは脳の警鐘だ。

 進めば崩壊するぞ、と脳髄そのものがシキに訴えるのだ。

 

 ――――知った事か。

 

 シキはそれをさも当然であるかのように刎ね除ける。

 

 まだだ。

 まだ視えない。

 

 ――――くく。ああ、痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い痛いイタイイタイいたいいたいいたいいたい――――!

 

 まだだ。

 まだ、視えないのなら――――

 

 

 

 

 ――――脳髄が溶けてしまうまで、アレの死を視るのみ。

 

 

     ◇

 

 

「――――」

 

 イタチは眼を見開き、声にでない驚愕を表した。

 

(八咫鏡が、砕かれただと!!?)

 

 いや、砕かれたのではない。

 消滅した。

 まるで存在すら抹消されたかのように、存在すら許されないが如く。

 如何なる状況でも冷静さを失わないイタチでさえ、冷静さを失わずにはいられなかった。

 イタチは思う。

 

 ――――何だこれは。

 

 敵は何をした。

 ただ変哲もないただチャクラを纏えるだけの短刀を、八咫鏡へ突きつけただけ。

 なのに、どうしてここまでこの盾を完膚なきまでに消せる。

 

 先ほど、自分が敵にこの盾を突き出した時、敵は成す術もなく跳ね返された筈だ。

 いくら触れたチャクラを消す能力を持っていようと、そこまでは出来ないのだと思っていた。

 なのに、今回は完膚なきまでに破壊された。

 

 在り得ない、在り得ない、在り得ない。

 

 ――――まるで死神ではなかろうか。

 

 一体どんな手品を使っているのか、イタチはそう思い、写輪眼の視界の中心をシキに置こうとする。

 が、遅い。

 イタチのほんの僅かな心の動揺、刹那の気の揺れ。

 それは、シキにとっては十分すぎる隙だった。

 

 ――――風遁・八卦空掌

 

 掌底からチャクラの真空の衝撃波を放ち、敵を吹き飛ばす遠距離攻撃技の『八卦空掌』に風の性質変化を付け加え、柔拳の持ち味である経絡系への直接攻撃をなくす代わりに威力そのものと衝撃波の速度を格段に上げた柔拳技。

 

 無論、それでも須佐能乎の殻を貫通するには程遠い威力だった。

 

 ――――しかし、その風の衝撃波は

 

 ――――イタチの須佐能乎の身体に走る、死の点を貫き

 

 ――――須佐能乎を消され、丸裸となったイタチの身体に直撃した。

 

 

「――――ッ!!?」

 

(八咫鏡に続いて、須佐之乎まで――――!?)

 

 風の衝撃をモロに食らったイタチはそのまま足場から吹き飛ばされ、単身で落下してゆく。

 だが、イタチはまだ諦めてなどいない。

 イタチは確信した。

 

(間違いない……奴は、ありとあらゆる存在を、殺せる!!)

 

 どういう原理かは分からない。

 先は何故八咫鏡を相手が殺してこなかったのかは疑問であるが、少なくとも今は出来たのだ。

 そう……イタチはもう二度と八咫鏡を使えなくなった。

 例え須佐能乎を再び発現させようにも八咫鏡はもう戻ってはこまい。

 そもそもアレはイタチの須佐能乎本来の武装ではない。

 大蛇丸がこれ以上力を得ないようにイタチが先回りして手に入れた、本来の武装よりも遥かに強力な代物に過ぎなかった。

 

(須佐能乎はまだ……、……ッ!!?)

 

 須佐能乎を再び展開しようとしたその時、それより早くイタチの身体に投擲用の針が複数迫ってきた。

 

 ――――その針の先端に、微量のチャクラが纏われているのを、イタチの写輪眼が捉えた。

 

 数は10本以上。

 通常では致命傷にすらならないような箇所を目がけて、イタチへと迫ってくる。

 

「――――ッ!!」

 

 駄目だ。

 これでは須佐能乎を出すよりも早く、あの針が自分に命中してしまう。

 的確に狙われて投擲された針は、同じ暁のメンバーが操る傀儡が放つそれよりも遥かに速く、印を結ぶ暇すら与えてくれない。

 しかも須佐能乎を使用した反動と、先のダメージのおかげでまともに動けそうもない。

 更には針の一本一本が皆同じタイミングで投擲されている。

 全てを弾くことはできそうにない。

 

 ――――イタチは、針を苦無で数本だけ弾き、残る針全てを身体に受けた。

 

「……ッ!!」

 

 今度は針を投擲した張本人であるシキが驚く番だった。

 

(ははは、一体どんな勘をしてやがるんだか……)

 

 針を弾いた事自体には驚かない。

 いや、あの状態で尚、針を数本弾く事には確かに驚きだが、何より――――

 

 ――――自分の死に向かってくる針のみを弾く(・・・・・・・・・・・・・・・・・)など、誰が想像できようか。

 

 態々分かりにくくするために全ての針にチャクラを纏わせたというのに、それすら通じないというのか、この忍は。

 だが……

 

(身体が……動かん!!)

 

 そして、イタチの身体に異常が起こる。

 身動きは出来ず、先ほどのように針を数本を弾くような動作すらできない。

 そして――――須佐能乎を出せない。

 否、須佐能乎を出す為のチャクラを練れない。

 イタチはそこでハッとなり、先ほど自分の身体の所々に突き刺さった針に一瞥する。

 

「まさか……」

 

「点穴を突くは、柔拳だけじゃあない」

 

 針が刺さった箇所――――そこは、イタチの経絡系上にある点穴。

 針が対象の身体にある点穴に刺さったと同時、相手のチャクラの流れ、および技を封じると同時に、針の先端に纏ったチャクラが経絡系そのものにダメージを与える。

 ここまでしてくるか、とイタチは心の中で悪態を付く。

 動く相手に、しかも経絡系の中でも狙いづらい点穴を、こうも正確に飛び道具で射抜くなど……果たして他の日向一族が思いつく事であろうか。

 いや、例え思いついた所で、それを実行できるのが目の前の男以外に誰がいようか。

 

「――――極彩と散れ」

 

 点穴を刺され、まともに身動きが出来なくなったイタチを確認したシキは、空中に固めたチャクラの足場を蹴り、一気に奈落へ落下しようとするイタチへ肉薄する。

 一瞬にしてイタチの懐まで接近。

 ――――一度針で狙ったしまった箇所の『死』は再度弾かれる可能性が高い。例え相手が身動きできない状況であろうと、それは避けるべきだ。ゆえに――――

 

 ――――線という線をなぞり、十七個の肉片に分割する。

 

 刹那の瞬間に殺し方のビジョンを思い浮かべたシキは、再び鞘から匕首を抜き、それを実行しようとして――――

 

「まだ…だ……」

 

 まだわずかに動くイタチの身体――――暁の衣の中から、一本の巻物が飛び出し、展開される。

 今更そのような物で何を、と思ったシキだが念の為にその巻物を殺そうとして――――イタチの写輪眼が三枚刃の手裏剣模様の物になっているのが眼に入った。

 

「――――ッ!!?」

 

 ナニカを悟ったかのように眼を見開くシキ。

 そしてシキの匕首が巻物の死に到達する前に――――それは発動した。

 

 ――――天照。

 

 巻物に黒炎が着火される。

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――火遁の渦が二人を巻き込み、二人はそのまま崩れゆく地表や木々と共に暗闇へと落下していった。

 

 

     ◇

 

 

「ぐ……ぅ……」

 

 身動きすらままならない身体を必死に起こす。

 イタチの身体は既にボロボロだった。

 度重なるチャクラ消費の激しい術の使用、加えて須佐能乎の使用により全身の細胞がとてつもない痛みに襲われ、更に点穴を五か所、針で刺されている。

 八か所でないのがせめてもの救いであろうか。

 そして、最後の爆発が何よりの痛手だった。

 敵を道ずれにするために火遁の術式を施した巻き物に天照の黒炎で着火し、敵もろとも自分を爆発に巻き込んだ。

 更にはその際の天照の発動のチャクラ消費が彼の身体に更なる負担を強いた。

 ただでさえ五門の点穴を突かれた状態で万華鏡写輪眼の力を使えばどうなるか、想像は容易い。

 

 だが……それだけでは済まさず。

 

「グ……ハ…ァ、ゴホッ、ゴホッ!!」

 

 口から鮮明な赤い液体が吐かれる。

 咄嗟に口を押えるイタチだが、すぐに赤い液体は掌から漏れ、地面に垂れてしまう。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 口に零れた己の血を一瞥し、イタチは当たりを見回す。

 ……そこは地獄絵図だった。

 大量の木々があたかも散らかった玩具部屋みたいに当たり一面に転倒しており、それが見渡すのも億劫なくらいに広がっていた。

 木や土からは既に自然の生気というものがとうに失われており、自然エネルギーすらもその活気を見せなかった。

 

「……」

 

(奴は……これほどの、惨状を、短刀一本で作り上げたというのか……)

 

 自分の忍術や八咫鏡に飽き足らず、世界すらも殺してしまう彼の力にイタチは心の底から震えを感じ取る。

 武者震い……自分は初めて、勝てるかどうか分からない敵と出会った。

 

 ……さっきよりかは、身体が動くようになってきた。

 

 イタチはかろうじて動く右手で自分の肩に刺さっている針を抜き取る。

 点穴に刺さっていたソレは、抜き取るだけで痛みが走った。

 イタチは抜き取った針を凝視し、そして気付いた。

 

(これは……ただの針ではなく……毒針!)

 

 ――――なるほど、どうりで身動きが取れなくなる筈だ。

 それも点穴に差したとなればそれだけで致命的となる。

 ……白眼の用途をこれまで最大限に引き出す忍びが、他にいようか。

 イタチは改めてシキという男の恐ろしさを実感した。

 

 ――――”お前が味わう痛みに比べれば、我らの痛みは一瞬で終わる”

 

 不意に、脳裏にそんな言葉が過った。

 

 そうだ、これしきの痛みなども百も承知の筈だ。

 イタチは最後の力を振り絞り、身体を動かす。

 

(サスケ……)

 

 唯一の肉親である弟の顔を思い浮かべ、全ての針を抜き終わったイタチは、ボロボロの身体を立ち上がらせ、その眼を標的に向けた。

 

 

 

「ガ……ぁ……」

 

 身動きすらままならない身体を必死に起こす。

 シキの身体は既にボロボロだった。

 幾たびなる須佐能乎の攻撃をやり過ごし、それでも少しずつ入ったダメージが身体を蝕む。

 そして――――『死』を視過ぎた。

 この直死の眼は使用の度に、所有者の脳に負担をかける。

 自分と同じ生き物の死を視るならばいざ知らず、鉱物の死、果てには忍術という概念の死。

 ここまではまだいい。

 極め付けは、あの八咫鏡の死を理解した為だろう。

 ……本来は日向一族の血筋に備わっていない筈の機能を後天的に宿したこの白眼は、生まれ以ての能力ではないこの力は、人の身には過ぎた物。

 それこそ不老不死にでもならない限りはとてもではないが使っていられないだろう。

 

「……ったく、……まさ…か、黒炎で……火遁の巻物に……着火させるなんて、な……ぁ」

 

 無茶しやがる、と悪態を付く。

 全身からチャクラを放出する事で爆発ダメージ自体は軽減できたが、その前から満身創痍であったこの身。

 元より、あの攻撃に全てを掛けていた自分にとって、あの爆発は致命的な痛手だ。

 

「ぐぅ……ああぁ……」

 

 ――――痛い。

 頭が今までにないくらいズキズキする。

 普段は単なる頭痛で済んだというのに、今回は殺す物の格が違いすぎた。

 循環する血流すらこの頭痛を刺激する。

 まるでに脳が今にも死にそうな悲鳴を上げている。

 視界は赤くかすみ、目からは血の涙が溢れ出ていた。

 痛い、いたい、イタイ。

 脳は今にも死にそうだと訴えかけているのに――――

 

 ――――コロセ

 

 なのに、体中の血流は未だに疼き

 

 ――――コロセ

 

 まるで死に掛けの脳の警告にすら無視するように神経が決起し

 

 ――――アレハイテハイケナイモノ

 

 黙れ

 

 ――――脳ハ正常カ? ナラバアノ男ヲ殺ス事ダケ考エロ。五体ハ満足カ? ナラバ動ク限リ、殺シ尽くセ。意識ヲコノ衝動ニ委ネテ行動シロ。コノ血ノ波動ニカケテ、アレヲコノ場デ破壊シロ!

 

「言われずとも、分かっているさ」

 

 そうだ、自分はただ殺すだけ。

 所詮人殺し、それ以外の何者にもなれはしない。

 それこそ生まれ変わりでもしない限り、自分は人殺しのままだ。

 ……最高の獲物を仕留められるというのであれば、餓鬼にすら、堕ちてみせようではないか。

 

 己の存在意義を確かめ、ボロボロの身体を立ち上がらせたシキは、獲物へと視線を向けた。

 

 

 

 両者の眼が合う。

 イタチの写輪眼は既に閉じられ、シキの白眼もまた閉じられている。

 イタチに写輪眼にチャクラを回してる程の余裕はもうない。

 既に脳が壊れ切る寸前のシキに死を視ている余裕はない。

 

 ――――この一撃で、決着が決まる。

 

 シキは歩きだす。

 イタチも歩き出す。

 互いに力の抜けた死人のような動作で近づいていく。

 ……が、徐々にその速さは増してゆく。

 

 ――――そして、両者は一気に疾走した。

 

 イタチは腰を極限まで低くし、苦無を構えながらシキへ肉薄する。

 シキもまた匕首を構え、四肢を地面に着き極限の前傾姿勢を維持しながら、まるで獣の俊敏さを得た蜘蛛の如くイタチに迫る

 既に互いの得物が届く範囲まで迫る。

 

 そして――――

 

 

 

「そこまでです」

 

 

 

 シキの背後にナニカが触れた。

 

「「――――ッ!!?」」

 

 そのナニカにシキは咄嗟に動きを止められ。

 イタチもその声を聞いてい咄嗟に立ち止まった。

 

(身体が……動かない)

 

 まるで金縛りにでもあったかのようにシキの身体はイタチの首に匕首を寸止めしたまま、微動だにしなかった。

 やがて得物を持つことすら耐えられなくなったのか、匕首を持っていた右腕が痙攣するように震えた後――――力なく、愛用の匕首を手放してしまい、そのまま地面に突き刺さった。

 

「私の大刀・鮫肌は触れた物全てのチャクラを吸い取る食いしん坊でしてねえ……。その身体でチャクラを奪われればどうなるか……お分かりでしょう、お兄さん?」

 

「ク、ハ、ハ……せっかく……最高の殺し合いを楽しんでたの……に、このタイミングで横槍かよ……」

 

 武器を落としたシキは、まるで力尽きたように膝を着き崩れ落ちる。

 もはや四肢を動かすことすらままならず、目から流れ出る血の涙すら枯れようとしていた。

 

「生憎我々の任務は貴方を殺す事ではなく貴方を暁に勧誘する事でしてねえ……、少々派手な勧誘になってしまいましたが、なんとか貴方をアジトへ連れて行けそうです」

 

 鮫肌の刀身をシキの背中に密着させながら、鬼鮫は嫌らしい笑みを浮かべてシキをからかうように囀る。

 

「ハッ、あんた……俺が一番嫌いなタイプだよ……。口先……だけを、宣……う奴の方が……まだ、好感が持て……ぅ」

 

 心底憎々しそうな表情で鬼鮫を睨んだ後、シキはそのまま力なく倒れた。

 

 

 

 




これはひどい……なんつーごり押しだ。

互いのダメージの五割くらいは己の瞳術による負担とかこれもう分かんねえなあ……


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銀魂4期終わってしまいましたね……
次の放送再開はいつになるかなあ(遠目)


 ――――3才の誕生日を迎える前、少女は一人の『少年』と一度限りの邂逅を果たした。

 

 別にそれが少女の人生を左右した訳でもないし、それが少年にどう影響した訳でもない。

 ただ一度きり会って、少し話しをして、少女は少年の事を何一つ知らないまま別れただけだった。

 

 ある日の事である。

 少女はもうすぐ3才の誕生日を迎える時だった。

 その為の誕生会が行われると父親から伝えられており、普通ならば喜ぶ所であった。

 ……だが少女の場合は違った。

 少女はとある名門の忍の一族の生まれであり、しかも宗家の長女として生まれてきてしまった。

 しかもその誕生会には、様々な分家の者達が集まり、厳粛に執り行われる為、とてもじゃないが幼児には耐えられない空気になるに違いない。

 ……無論、嬉しさという物もあったが、それ以上の緊張が心持を支配していた。

 元々穏やかな気質な上に内気に性格であった少女。

 幼いながらも、宗家の娘という重圧がどれほどの物であるのかを無意識には感じ取っていたのだろう。

 

 そしてその誕生会の日が迫る数日前の事、何とか緊張を紛らわしたかった少女は屋敷の散歩をする事にした。

 如何に恥ずかしがりやで内気な幼児と言えど、根は年相応に好奇心旺盛である。

 緊張を紛らわす他に、僅かな冒険心というのもあったかもしれない。

 そうした経緯があってか、少女は屋敷の中を探検する事にした。

 時刻はまだ日の出。

 宗家の敷地だけでもとてつもない広さを持ち、自分の住処であるにも関わらず、少女の好奇心を刺激するには十分な物だった。

 いつしか緊張というモノは薄れ、だんだんと冒険心が出てきたのか、ついに屋敷の裏庭の敷地まで行ってしまい――――

 

 ――――そこの森林地帯で、少女は迷子になってしまった。

 

 気付くと遅かった。

 草木が生い茂る森林の中、ひたすら好奇心に釣られてここまで来た為、来た道はまったく分からず、少女は途方に暮れる事になる。

 ……今頃、自分の世話役の人も、必死に自分を心配しているだろう。

 今すぐ帰ろうと決心しようにも、来た道が分からず仕舞いではどうしようもなく。

 今更になって自分がしてしまった事を後悔した少女は、来た道を探そうと辺りを見回すが、同じ風景がそこら一体に広がるのみ。

 少女はただ途方にくれるかしかなかった。

 

 ――――その時だった。

 

「どうしたのかな、お嬢さん?」

 

 背後から、誰かの声が聞こえた。

 

「――――ッッ!!!??」

 

 その突然の声音に、少女は一瞬にして身動きがとれなくなった。

 いきなり声をかけられてビックリしたのではなく……その――――まるで背後から突然鋭い刃物を突き付けられたような感覚に、まるで金縛りをかけられたかのような……。

 

 生まれて初めての本物の恐怖だった。

 

 ただ声をかけられただけなのに……振り向けばそこには今にも己を射殺さんとする狩り人がいるみたいに、そこには獲物に飢えたオオカミがいるかのように。

 

「イケない子だなあ、こんな場所に一人で来るなんて。まるで親に見放されて彷徨う醜いアヒルの子のようだ。こんな危ない獣が出る場所に来るには、もっと大人になってからでないといけないよ?」

 

 冷たく、冷酷な声。

 飄々とした言葉の一つ一つがまるで自分を奈落へ引きずり込む魔手みたいで、まともな息すら出来そうになる。

 ……少女は、恐る恐る、声がする方向に振り向いた。

 

 立っていたのは、自分より五つ程上の少年。

 

 血のような紅い着流しをザラッと着こなし、髪は黒、眼の色は自分や自分の親族たちと同じ瞳を映さない真っ白な目。

 ……その目は、少女が今まで見てきた人たちの目とは違った。

 

「――――、……ァ、ウ、アッ……」

 

 振り向いてその眼を見た途端、少女はまともな息すら出来なくなった。

 自分はこんな目を知らない。

 まるで――――抜き身の刃物を思わするような眼つき。

 他の人達は自分に厳しくしつつも優しい目で見てくれて来た中で、少女にとってこんな鋭い目は未知の代物だった。

 『今すぐにでもお前を殺したい』と嗤うその眼は、まるで獲物を逃さんと言わんばかりに少女を見下ろしていたのだ。

 

「さあ、君のような子はさっさとここから出て行った方がいい。そうでないと――――怖い怖い殺人鬼に、傷物にされてしまうからねえ」

 

「――――ッ、ア……ゥ……、……ッ」

 

 一見すれば優しい声音に聞こえるが、そんな生易しいものではないと誰もが理解できる。

 恐怖のあまりその場で棒立ちし、身動きを取れず震える少女に、少年はゆっくりと歩み寄ってくる。

 ……まるで、その一歩一歩が自分の死までのカウントダウンを表すかのように。

 

「さっさと帰るといい。それとも――――一人で帰れないのなら、お兄ちゃんが送って逝ってあげよう」

 

「……ッッ!! ィ……アッ……!!」

 

 ――――殺される。

 幼き幼児ですら即座にそう確信させるほどの寒気が体中を迸る。

 逃げ出そうにもあまりの恐怖のあまり身体を動かす事すらできない。

 そんな少女にお構いなしに、少年はまた一歩、一歩と少女へ近づいていく。

 ……死へのカウンダウンは、後僅かだった。

 

「安心していい。お兄ちゃんの手なら一瞬で御家に帰れる。だから……、――――」

 

「……?」

 

 しかし、そこで少年の言葉は止まり、同時にその歩みも止まる。

 少女は息を詰まらせながらもその違和感に気付き、どうしたのかと思い、少年を見つめる。

 そして――――少年は、震わせて握りしめた拳を振り上げ――――

 

 ゴッ!

 

 自分の額を思い切り殴りつけた。

 

「――――ッ!!?」

 

 少年の突然の血迷ったかとしか思えない行為には少女は呆然となる。

 殴り付けた額からツー、と赤い液体が拳から腕にかけて流れていく。

 そんな刹那の静寂の後――――

 

「ク……」

 

 少年は苦しそうな様子を見せるや否や、

 

「くはは、あはははは!」

 

「……?」

 

 先ほどとは打って変わって毒気が抜かれたかのような笑い声をあげる。

 ……さっきの見るだけで人を射殺しそうな雰囲気は幾分か和らぎ、笑い声も少しではあるが見た目相応のモノになっていた。

 

「はははは。危ない危ない。まさかこんな子にまで疼いちゃうなんて……もう、末期どころの話じゃないな、こりゃ……」

 

 まるで自嘲するかのように無邪気にそんな事を言う少年。……その様子は何処か悲しそうにも見えた。

 少年の今の様子と先ほどのギャップに少女は呆然としつつも、何とか息ができるまで回復した少女は少年に恐る恐る問うた。

 

「あの、その……あなたは……?」

 

「ああ、さっきは恐がらせちゃってごめんね。僕は君と同じ日向の者さ。……少しワケありのね」

 

 少年の目つきは相変わらず鋭いままだったが、先ほどの今すぐおまえを殺したいという風な雰囲気は既になく、どことなく暖かさも宿していた。

 少年もどうやら自分と同じ日向一族の子供であるらしい。

 訳あって一族から遠ざけられ、宗家の敷地の裏庭に広がる森林地帯の中にある『離れの屋敷』という場所に一人で暮らしているらしい。

 何で一人で暮らしているのか、という疑問は当時幼かった少女には湧いてこなかった。

 

「所で、君はどうしてこんな所に来たんだい? いくら日向家の日課の朝起きは早いとはいえ、こんな時間にこんな場所に来る程酔狂な質でもないだろう?」

 

「……それは、えっと……」

 

 人と接することが苦手な少女はそんな率直な疑問に答える事すら躊躇してしまう。

 ……いや、聞き方はその年の子供にしてはかなり捻くれているが。

 少女は自分がここまで来た訳を思い出し、それを少年に打ち明けた。

 もうすぐ自分の誕生会があるのだが、その際に宗家の他にも様々な分家の者達がその誕生会に参加するという。

 しかも里で同日に行われるという雷の国の「雲隠れの里」との和平条約のセレモニーに誰一人日向一族は出席せずに、自分の誕生会に来るのだと言う。

 自分は宗家の嫡子である。

 厳しい父親からもそう言い付けられていた少女はそれがただの誕生会でない事くらいは分かっていた。

 宗家の嫡子としての重圧を自覚させられる日でもある。

 

「誕生会ねえ……そういえば親父もそんな事を言っていたな」

 

「……おやじ?」

 

「ああいや、こっちの話だ。気にしなくていいよ」

 

 少年の言うその“おやじ”という人物が自分の父親の双子の兄弟に当たる人物だと――――つまり目の前にいる少年が自分から見て従兄に当たる人物であるという事を、この時少女はまだ知る由もなかった。

 

「それにしても、偉いじゃないか」

 

「え……?」

 

 少年の口から出てきた以外な言葉に、少女は呆然とする。

 

「この年でそこまで気負う事などまずないってのに……いや、あの堅物共に囲まれていたらそうも行かないか。ま、いずれにせよ健気なお嬢さんだよ、君は」

 

 少年は目の前いる幼児が自分の従妹にあたる子供だとは気付いているが、あえてそれは伏せて「お嬢さん」とらしくない呼び声を使う。

 ……少年にはもう僅かしか時間が残されていない。

 

「あ、ありがとう……ござい、ます」

 

 少女は若干顔を伏せながらも、きちんと少年に聞こえる声で言う。

 ……少しだけ、勇気が湧いてきた。

 

 その後も少女は様々な事を打ち明ける。

 厳しい父親の事。

 いつも自分を案じてくれる付き人。

 

 今まで人と接するのが苦手で、自分の内を打ち明ける事があまりなかった反動だろうか。

 とにかく少女は顔をうつ伏せ、声を小さくしながらも少年に言いたい事を話した。

 少年は相槌を打つことがほとんどだったが、しっかり少女の言葉を薄らい笑みを浮かべながら聞いていた。

 

 ――――その時だった。

 

「――――ッ!!?」

 

 少女と話していた少年であったが、突然頭を押さえ、苦しげな表情を見せた。

 やがて少年は苦しげに笑いながらも、呟いた。

 

「――――ハ。どうやら迎えが来たようなだね。やれやれ、君一人だけならまだ耐える事が出来たのに、残念だ」

 

「え……?」

 

 少年は残念そうな様子で薄ら笑いを浮かべ、両手を上げ肩を竦めた。

 そんな少年の様子に首を傾げた少女であったが、すぐに遠くから自分を呼ぶ声が聞こえ、そちらに振り向いた。

 

「ヒナタ様ぁ!」

 

 声の主は少女の名を叫びながら走って近づいて来る。

 それは少女にとってもよく見知った顔だった。

 

「ヒナタ様……よかった、見つかって……、……ッ!!? ヒナタ様、その子からすぐ離れてください!! 早く!!」

 

「……え?」

 

 少女を見つけて安心した様子を見せる、が、その隣にいた少年の姿を見るや否や一気に顔色を変えた男性は慌てたように少女に、少年から離れるように呼び掛ける。

 自分にすら見せた事のない咄嗟の慌てようを見せる世話役の男性を見て呆然とする少女。

 

 どうして自分が、この人から離れなければいけないのかと思い、もう一度少年に振り返ってみれば――――

 

 ――――少年の姿は、既にどこにもなかった。

 

「……あれ?」

 

 ――――さっきまでここにいた筈なのに……

 少女は周りを見渡し少年の影を探すが、既にここから離れているのか、気配の微塵も感じる事ができなかった。

 

「ヒナタ様!!」

 

 世話役の人が少女の名前を呼びながら駆け寄ってくる。

 

「ヒナタ様!! お怪我は!!? あの子に何かされませんでしたか……!!?」

 

 世話役の男性は膝をついてしゃがみ込み、少女の身に傷がないかを体中を弄って確認する。

 ……ちょっとくすぐったかった。

 

「いえ、なにも……」

 

「そうですか。よかった……」

 

 少女が無事である事が分かった途端に世話役の男性をほっとした様子で胸を撫で下ろした。

 

「さあ。帰りましょう、ヒナタ様。ヒアシ様がお待ちです」

 

「……はい」

 

 世話役の男性は暖かい笑みで少女に手を差し伸べる。

 少女は戸惑いながらもその手を取り、世話役の男性と一緒に屋敷へと足を運んでゆく。

 ……さっきまで、自分と話していた少年がいた場所を時折振り返り、見つめながら。

 

 

 

 少女は知らない――――少年にとって少女と話したその瞬間こそが、まだ正気の欠片を残していた少年が見せた最後の微笑みであるという事を。

 

 

     ◇

 

 

 ――――目覚めれば、そこは白一色の雪原だった。

 

 氷色の満月が天上に座し、まるで雪原を守る天狼星のようにその世界の主たる少女を見守っていた。

 その少女もまた白かった。

 まるで雪の妖精であるかのような白くサラサラな髪、血のような赤い瞳、黒い衣服とスカートの上にそれらを覆い隠す白いコートを羽織っている。

 頭の後ろに白い大きなリボンを付け、それが彼女の幼さを象徴しているかのようだった。

 

 少女は、自分の雪原に招き入れた人影を目に入れると、妖美に微笑みながら、優雅な足取りでその人影に近づいた。

 そしてスカートを摘まみ、所謂カーテシーと呼ばれる動作で頭を下げ。

 

「やっとお目覚めかしら? 私のだらしないマスターさ――――」

 

 ――――ヒュ

 

 が、少女の挨拶の言葉が言い終わる前に、人影は待ち切れる様子もなく少女の首筋目がけて短刀を振るう。

 一瞬の戸惑いもなく振るわれたソレを、少女は目を見開き、慌てて回避行動を取る。

 首を飛ばす事は適わず、斬撃は少女の頬を切り裂くに留まった。

 

「……つッ! 貴方ねえ、せっかく人が挨拶をしてるっていうのに、それが自分の使い魔に対してする事かしら!?」

 

 頬から流れる血を拭い、不機嫌そうな様子で切り付けてきた人影を睨み付ける。

 紅い単衣を青い帯で絞め、着こなす青年。

 黒髪で端正な童顔に、瞳を映さない真っ白な目を持つ男。

 常に微笑を浮かべたような憎々しい能面顔の青年に向かって少女は怒ったように怒鳴りつける。

 

「何って、見知らぬ空間で、顔も名前も知れぬ輩が急に話しかけてくるんだ。何をしていいか分かる訳もなし、とりあえず殺してみるのが妥当かと」

 

「自分が契約した口寄せ動物の顔と名前くらい覚えておきなさいよ!! しかもここは私と貴方が初めて会った場所じゃない!! それなのに見知らぬ場所とか言うワケ!?」

 

 まったく悪びれる事なくさも当然であるかのように言う青年に、少女の怒りのボルテージは更に上がり、その憎たらしい顔に向けて怒鳴り散らした。

 が、男にはそんな少女に臆する様子は微塵もない。

 

「見知った顔だからと言って気を許していたら足元を掬われるのが忍の世の常だ。それにあんな無防備な姿を晒しておきながら殺されないと勘違いしているのなら、それはあまりにもの慢心だよ、レン」

 

「――――ッ! ……何よ、ちゃんと名前覚えているじゃない。まったく、怒って損をしたわって――――」

 

 いいかけてレンと呼ばれた白い少女は、はっとする。

 ――――という事は……と言う事はだ。

 

「……ねえシキ。貴方さっきもしかして私を覚えていながら殺しに来た訳?」

 

 青年――――シキに向けて一歩踏み出し、訝しげな表情で問い詰める。

 一般人ならばそれだけで怯えてしまう冷たい目線ではあったが、生憎普通ではない青年は微動だにせずだった。

 

「……」

 

「ちょっと!? 何か言いなさいよ、ねえってば!!」

 

 もしレンという少女の言ったことが事実であるのならそれはとてつもないショックであった。

 忘れていたから攻撃されたならばともかく、ちゃんと覚えていて尚襲い掛かってきたとうのであれば尚質が悪かった。

 

「……」

 

 実を言うとシキの方はこのレンと言う白い少女の事を素で忘れていており、ついさっき彼女の事を思い出した所だった。

 つまり、まるっきり彼女の勘違いである訳だが、シキは目の前の少女の様子を面白がって敢えて言わない事にしていた。

 ……そもそもいきなり斬りかかってくる時点でレンはシキに対して十二分に怒っていいのだが。

 悪趣味極まりなかった。

 

「――――ふん。もういいわ……」

 

 両手を腰後ろに束ね、拗ねたようにそっぽを向くレン。

 ……実際彼女はこれ以上にない程に拗ねていた。

 好意を抱いている主人が自分の事を覚えていながら、問答無用で殺しにかかってきたのだ。むしろよく拗ねるだけに留まっているものである。

 ……実際は覚えられてすらいなかったのだが、まあそこは今更問うても仕方あるまい。

 

「頬を裂いた傷がもう治ってる……この感じじゃあ首を切り落としても同じ、か?」

 

「そうよ。ここは私の世界。加えて今の貴方は私が意志のみを逆口寄せしてきた所謂幻影。殺せる道理がある筈ないわ。私にとっては現実だけど、実際は私が貴方とのパスを通して夢魔をかけているだけ。貴方にとってここでの出来事は夢として処理される訳。……幻影でしかない貴方がこの世界で私を殺せる道理がある筈ないでしょう?」

 

 ……それでも傷を付けられる時点でおかしいのだけれど、とレンは青年に聞こえないように呟く。

 

「成程、道理でさっきから死を視ようとしても視れんわけだ。実際そこに意志が宿っているだけで生きていない幻影ごときが死を視れる道理がある筈なし。幾度殺しても生き返るっていうループは確かに御免被るな。今後この世界であんたに斬りかかると言う行為は無しにしようか」

 

「そうして頂戴。さっきは状況反射で避けたけど、結局は無駄って訳。……それでも痛みは感じるのだけれどね」

 

 何とか今後は自分に斬りかからないと言う約束をシキに取り付ける事に成功した少女は内心でほっと胸を撫で下ろす。

 ……そもそも、殺せないにせよ幻影の状態でしかない存在が自分に傷つけられる筈ないのだ。

 ――――本当に、初めて彼がこの世界に入ってきた時といい……この青年はつくづく不可解な存在である。

 

(だからこそ興味が湧くのだけれどね)

 

 シキをジト目で見つめながら内心で呟くレン。

 

 ――――……決して、私をこの世界から引っ張り出せる人間が現れて嬉しいとか……そんなんじゃないんだから……。

 

「うん? 何か言ったか?」

 

「別に、何も言ってないわ」

 

 うっかり声に出ていたかと、内心でしまったと呟くレン。

 ……主従揃って互いに捻くれている所は似ていた。

 

「……それで、何で態々逆口寄せをしてまで俺をここまで? 別に俺はあんたに疚しい事をした覚えはないんだが?」

 

「貴方……数分前の自分を思い出してもそう言えるのかしら? ……ハァ、もういいわ。別に、これと言って用がある訳じゃないわ。最近殺し合いに明け暮れているだけの駄目マスターが今どうしているのかを知りたかっただけよ……」

 

 決して寂しかったとかなんかじゃないんだから……、とシキに聞こえないようにして呟くレン。……呟いたというよりは、自分に言い聞かせたという感じだが。

 だが、こんな場でも設けなければ自分は契約主とまともに会話できないのだ。それこそ向こうが自分を口寄せしてくれない限りは。

 この逆口寄せの術も、シキとレンが契約のパスで繋がっている事と、レンの口寄せ動物としての能力である『夢魔』があるからこそ成り立つものだった。

 ……つまり、青年の意識が完全に沈んでいない限りは実行できない術である。

 

 そして、そうした機会は中々に訪れないのだ。

 シキは抜け忍である上に今やS級犯罪者として指名手配されている。

 あの事件以降、シキの顔を目撃したものは皆一人残らず解体、もしくは毒殺されている為シキの現在の顔は知れ渡っていないのが唯一の幸いか。

 

 とにかく一定の居場所や仲間という物を持たないシキはいつ他の忍びからの襲撃で命を落とすか分からない日々を続けていた為、睡眠をするにしても常に片目を開けたまま寝たり、体中から常にほんの微量のチャクラを放出し続けながら寝るなどの対策をしているため、完全に意識を沈めるという機会はそう訪れてくれない。

 

 ――――そして、ようやくその機会が訪れたのだ。

 

 これを逃す手はない。

 自分の主が今何をしているのかを気にならない使い魔などいないだろう。

 ――――決して、心配とか……そんな物では、ない……筈……なのだ。

 

「とにかく……何でもいいから何か話しなさいよ。最近こんな事やあんな事があったとか、その……好きな食べ物とか……」

 

 要はレンはシキの近況とか何気ない身の回りの出来事とか知りたいだけだ。

 ……こんな殺し合いしか取り柄のない駄目マスターでも、そのくらい一つや二つはあるだろうと。

 マスターの、シキの声が聞きたかった……本当にただそれだけなのだ。

 

 だというのにこの駄目マスターは――――

 

「ああ。じゃあついこの間殺し合った666の獣の因子を使う禁術を持つ大男の事でも話すか。アイツの身体は特に解体しがいがあった。身体から獣を出す術、獣の因子を応用した術――――混遁忍術だとか奴は言っていたか。とにかく身体から様々獣を出してくるは、この世に存在しない幻想種みたいな見た目の奴まで出張ってくるは、最終的には自身を獣の因子を纏った凶悪な怪物に変身させる術とか……くくく、とにかく他の誰よりも解体しがいがあって楽しめた。まあ、俺は殺しで奴は食らう。互いの領分がかみ合わず、戦うには相性がよかったのが少し残念だったかな……」

 

 近況だとか何気ない出来事だとかを語らずに――――

 

「後は忍術を使う元台密の破戒僧――――アレは最高だった。特に結界忍術に関しちゃあ奴に敵う奴はいないだろうよ。その屈強な身体と巨体から繰り出される体術は強烈なもんだった。下手したら一撃を食らうだけであの世逝きだろうよ。後は、仏舎利とか言ったか、その仏舎利とやらを身体に埋め込んでいるみたいでな。死は視え辛いは、切り落とした腕が勝手に独立して動くは……あそこまで俺と殺し合いを演じて見せた奴も中々いないだろうな。かなりギリギリだったぜ? 奴に死を悟られる前に殺すことができたのが幸いだったか……」

 

 殺し合いの話になる時だけこんなに楽しそうに――――

 

「ああ、後はこんな奴もいたな。かなり独特な剛拳使いの忍びでな。確か『蛇』とか言ったか。あのしなる鞭のように円弧を描き、そして垂直かつ直線的という軌道全てが組み合わさったあの動きはオレでも真似できん。俺の『蜘蛛』の体術はあくまで三次元特化の物だからなあ、水平な地面であんな動きをされては恐れ入る他ない。それに加えて幻術まで使用してこちらを完璧に幻惑して来やがる。あまり強い幻術じゃないからかかるのはほんの一瞬だが、奴にとっては十分すぎる隙だろうよ。この白眼がなければ今頃殺されていたのは俺の方――――」

 

 

「……もういい。いいわ。聞いた私が馬鹿だった」

 

 

 これ以上聞きたくないと耳を塞ぎながらレンはシキに懇願した。

 自分が聞きたいのはこの主の身の回りで起こったや近況だとかそんな程度だというのにこんな殺伐として内容をこうも熱く語られても耳が腐るだけだった。

 これでは何も分からないではないか。

 ……強いて言うのであればこの男がそれだけ殺伐として人生を送ってきた事ぐらいか。

 

 だからこそ、だからこそだ。

 だからこそレンは内心に秘めた不満をシキに漏らした。

 

「そんな数々の強敵と当たってるんだったら……一度くらい私を口寄せしてくれたっていいじゃない」

 

「せっかく定めた最高の獲物を他人に明け渡す殺人鬼が何処にいるかよ」

 

「別に獲物を取る訳じゃないわよ!! ただ……その……少しくらい、私を頼ってもいいじゃない……」

 

「はいはい」

 

「……」

 

 適当な返事しかしないシキに対してジト目で不満そうに見つめる。

 せっかく人が恥じらいながらも本心をほんの少し晒して言っているのに、どうでもよさげに返事をするこのマスターにはほとほと嫌気が刺す。

 レンは呆れたように溜息を吐き、更なる不満を漏らした。

 

「大体ねえ、貴方がいつまでたっても口寄せしてくれないから私はこの雪原に籠りっぱなしなのよ? だから私がこうして貴方を呼んでまでしているのに、貴方と来たら……」

 

「そういうのは俺じゃなくあんたをここに閉じ込めた奴に言えよ。俺だってあの時ここに来れたのはただの偶然だっていうのに……」

 

「し、仕方ないじゃない。ここに閉じ込められてから随分立つし、顔も名前も覚えていないよ」

 

「その割には、この場所に随分と愛着があるようだが?」

 

「そりゃあ、何千年も見慣れていれば愛着も自然と湧いてくるわ。……だけど、動かない氷の結晶でも、戯れたい時だってあるのよ」

 

「戯れたい、ねえ……」

 

 ――――そんな行為に、何の意味があるのか。

 未だに自分を口寄せするようにせがんでくるレンを見ながらシキは内心で思う。

 日向一族にはある呪いが存在する。

 ……宗家を、日向という名そのものを守るために分家の者達に額に刻み付けられる呪印だ。

 それらはしがらみでもある。

 分家の者達を鳥の籠の中に閉じ込めるしがらみだ。

 シキだけは例外にその呪印を殺すことができたのだが。

 

 ――――運命を抜け出した所で、待っているのはさらなる過酷な運命としがらみだけだっていうのに

 

 この少女にそれが分かるか否かは別にどうでもよい事なのだが。

 

「まあ……貴方がやられるなんて事はまずないし、私が呼ばれる機会が中々ないなんて事は――――」

 

「ああ。ついさっきやられたところだ」

 

「――――分かってるけれど……って、……え?」

 

 突然のシキの爆弾発言にレンは咄嗟に固まって呆然とする。

 ……思えば、この逆口寄せの術は主であるシキが完全に意識を沈めたからこそ出来た芸当なのだが。

 そういえば何故シキの意識が完全に沈んでいたのかはレンにとって完全な盲点だった。

 ――――まさか……

 

「嘘……まさか……」

 

「奴さんは俺を勧誘するためにアジトに連れていくと何とか言っていたが、ま、よくわからな……うん?」

 

 白レンが青ざめた表情で呆然としている間に、シキの幻影に変化が起きる。

 レンが彼の姿をもとに象った幻影が消えていく……つまりは主人の現実世界への目覚めを意味していた。

 

「ああ、どうやら本当のお目覚めの時間らしい。じゃあなお嬢様、いずれまた――――」

 

「ちょ、待ちなさいよシキ!! 一体そっちで何が起こって――――」

 

 

 

 そして、シキの姿は雪原から消えた。

 

 

     ◇

 

 

 ――――ふと、目が覚めた。

 

「……やれやれ、あの白猫め」

 

 おかげで静かな眠りができなかったではないか。

 ……まあ、別に退屈はしないに越した事はないのだが。

 咄嗟に夢を見せられては本当に眠った気がしないではないか。

 この通り眠気は無い訳だが。

 

「……ここは?」

 

 自分の使い魔への愚痴を中止して、シキはあたりを見回す。

 ――――どこかの洞窟だろうか。

 どうやら自分はどこかの洞穴の中に作られた一室の中で眠らされていたようだ。

 ……ご丁寧に身体に治療まで施して、しかも心地よい布団の中に寝かせてまでして……。

 

 ――――そんなに人手不足なのかねえ、“暁”とやらは。

 

「やっと目が覚めたか」

 

「……」

 

 ドアが開き、そこから一人の男が現れる。

 赤い雲の模様が入った黒い衣。

 額に雨隠れのマークが入った額宛。

 オレンジ色の髪。

 鼻に付けられた六つのピアス。

 そして……波紋のような模様の、薄い紫色の眼。

 

「――――ッ!?」

 

 その眼を見て、シキは驚愕する。

 ……あんな力を持った眼は見た事がない。

 自分の白眼でもなければ、あのうちはの者が持つ写輪眼でもない。

 

 ならば――――あの眼はなんだ。

 

 該当する瞳術は一つしかない。

 写輪眼でも白眼でもない――――三大瞳術の中でも最も崇高にして最強の瞳術とされるその眼。

 シキは日向の屋敷の本棚にあった文献の中でしかその存在を知らなかったが、それでも――――確信した。

 

「――――輪廻眼」

 

「ほう、よく気が付いたな」

 

 無機質な声が響く。

 その声は肯定だった。

 ――――おいおい……。

 シキは嬉しそうに、そして惜しむような顔をする。

 

 ああ、今手足が動いていれば

 

 手元に武器があれば。

 

 ――――いますぐにでも、殺し合いたい!

 

 輪廻眼――――伝承でしか伝えられていないその眼は、シキの殺し合いの欲望に火をつけるには十二分すぎる代物だった。

 

「おまえはあれから三週間以上も寝ていた」

 

「ハ――――あれだけ暴れればそれくらいにはなるだろうよ」

 

「おまえと戦っていた相手、うちはイタチも昨日目覚めた。四捨五入すれば奴も三週間以上は寝ていたな」

 

うちはイタチ――――それがこの間自分が殺し合った者の名前らしい。

 うちはイタチ……まだ木の葉の里にいた時に聞いた事があった。

 曰く、たったの七歳でアカデミーを主席で卒業したうちはきっての天才児。

 木の葉はおろか日向一族からすら疎遠されていた自分ですら耳に入る程だった。

 

 ――――なるほど、通りで強い訳だ。

 

「そして、おまえはそのイタチと引き分けたと聞く」

 

「……何が言いたい?」

 

 ただ単に事実だけを述べていくこの男の意図が分からない。

 ……まるで生きていないかのように――――いや、この男には生き物として死が視えなかった。

 となれば、あの輪廻眼は果たして本物なのだろうか?

 例え紛い物だとして、それですらこんなにも力に満ち溢れているのだとしたら……本物はさぞかし……

 

「単刀直入に言う。暁に入れ――――」

 

「……」

 

 またもや自分の世界に入り興奮していたシキを、男の声が現実に引き戻す。

 ――――いけないいけない、興味深い獲物にそそられる度に周りに目がいかなくなるのが自分の悪い癖だ。

 あのイタチとの戦いもそうだった。

 

「我々はおまえのような力ある者を欲している。本当の平和を実現するために、おまえのような実力がな」

 

「……」

 

 そして男――――ペインと名乗ったその男はシキに説明する。

 暁という組織を。

 その目的を。

 全ての尾獣を掌握し、金を集める。

 それによりかく忍び里に変わる忍び界初の戦争請負組織を設立し、戦争を我が物として自由自在にコントロールする。

 国すらも破壊しつくすような兵器も製造し、それを戦争に導入する事で、人々に“痛み”を思い知らせ、戦争の悲惨さと愚かさを大衆に知らしめる。

 

 それによって戦争の苦しみを人々に理解させ、やがて平和にしていくというもの。

 

 シキはそれをただ黙々と聞いていた。

 内容としては至極どうでもよい事だった。

 誰もが考えそうで誰もが思いつかない――――それでいて単調で浅はかな思想だと。

 本人は本気であるのだろうが、はたしてそれで戦争は終わるのか?

 憎しみの連鎖を止める事は絶対に不可能だとして――――そんな人間達の愚かさや醜さを抑制する事などできるのか?

 人間ってのはそんな単純なものではない。

 

「……俺は、あんたがいう夢には何の興味もないし、現実味も感じられん」

 

「……」

 

 嘲笑うかのような口調で笑うシキを、ペインは黙ったまま見つめる。

 問題は――――シキが暁に入るか否か。

 

「だが……あんたの作る世界が偽りの平和を樹立するか、それとも俺にとって住みやすい餓鬼と修羅に満ちた世界になるか、少し興味がある」

 

「……」

 

 ペインは黙ったまま返答を待つ。

 

「俺に楽しい殺し合いをさせてくれるっていうんだったら、入ってやらん事もない」

 

「――――決まりだな」

 

 そして、ペインは初めて微笑んだ。

 ……これで、また夢に一歩近づくのであれば、それもまた是だ。

 

「日向シキ――――お前を暁に迎え入れる」

 

 そう言って、ペインは赤く雲の模様が入った暁の衣をシキに差し出した。

 

 

     ◇

 

 

 零――――ペイン

 白――――小南

 朱――――うちはイタチ

 南――――干柿鬼鮫

 青――――デイダラ

 玉――――サソリ

 亥――――ゼツ

 三――――飛段

 北――――角都

 空――――日向シキ

 

 

 

 

 

―――――かくして、役者は揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっと書き終わった……疲れたあ……

最後のペインとの場面の文章が少し駆け足になってすみませんでした。
いずれ書き直すかもしれません。


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ある男の決意

更新遅れて申し訳ありません。
一応、設定は固まったので、ひとまず投稿したいと思います。

※タグに転生眼を追加しました。開眼は本当に終盤になります(果たしてそこまで行けるのか……)




 

表と裏。光と闇。愛と憎しみ。

 

あらゆる相反する概念が跋扈する忍の世界にて

獲物を求めて地を這い彷徨う蜘蛛が一匹

獲物を発見するに相応しき白き眼

全方位、広視野を見渡すその目は蜘蛛が持つにはうってつけであり

餌に飢えたその獣は今も尚最高の獲物を求め続けて彷徨う

 

 

 その眼に映る、仕留め甲斐のある個体は皆、彼の獲物だった。

 首を刎ねて手に入る賞金などは二の次。それは自分が生き続ける(殺し合い続ける)ための手段でしかなく、本命は殺し甲斐があるか否かであった。

 他人を殺し続け、他人の命を奪い、死を感じる事でしか己の生を実感できぬ哀れな男は幾度と名のある忍びや、その他有象無象を解体してきた。

 名が知れないにも関わらず圧倒的な腕を持った忍、かけられた賞金とは裏腹にその実何の殺し甲斐もない忍、逆に低い賞金をかけられていたにも関わらず実はそれに似合わぬ腕の持ち主である忍、その他剣の腕が立つ侍、またはそれらの周りにいた無名の者たちを寸分違わず一本の刃物で解体してきた。

 

 その鮮やかな手口と獲物や周りの者に対して一切の顔を見せない彼の物の顔を知る者は一人たりとも存在せず、唯一、日向一族の中で彼の存在を知るものだけが彼の幼い頃の顔立ちを覚えているのみ。

 

 故に彼は顔が出回らないまま世間でS級犯罪者として手配され、にも関わらず顔を知る者はいなかった。

 

 加えて今まで彼の手にかかってきた獲物達の中にこれといった共通点はなく、殺害対象は正に善悪、老若男女問わず皆同じように身体をバラバラにされているといった始末。

 

 獲物となった者達の関係者はこの事実に深く怯え、何処に潜んでいるとも知れぬ影の殺人鬼に恐怖した。憎悪を抱く者もいたがそれ以上に畏怖の情が勝っていた。

 

 ――――もしかしたら、次は自分かもしれない、という恐怖を胸にしまいながら。

 

 

     ◇

 

 

 とある武家屋敷のような大きな建物の一室にて、一人の男は座布団の上に正座で座っていた。年は大体40代前半と言った所だろうか。長い髪を降ろし、厳格な雰囲気を漂わせるこの男こそがこの屋敷の主であり、そして日向と呼ばれる一族の宗主でもある男だった。その男の名は日向ヒアシと言った。

 

 ヒアシは現在、世界各地で配られるという抜け忍や犯罪者に身を落とした者の手配書を見つめていた。目次の項目にある「S級犯罪者一覧」の項の下にある犯罪者の名前一覧を一通り目を通し、やがて最後のページにある「unknown」の項のページ数に目がつく。

 ヒアシは急いでそのページを開き、そしてその内容を目にした。

 

『名前:unknown

 分類:S級犯罪者

 消息:不明 顔写真:no photos

 犯行詳細:■の国の要人、及びその護衛の忍達を十分割以上に解体(初犯行・予想)/賞金首となっていた抜け忍、■■■を〇の国の小川付近にて解体(予想)/▲の国にて売女を護送中の商売人達、およびその護衛の抜け忍達を売女ごと解体(予想)/……(中略)……任務帰り途中であった霧隠れの追い忍部隊全員を解体(予想)/……(中略)……/■の国の忍部隊を忍頭含めた全員を森の中で解体(予想)……等々』

 

「……シキ」

 

 やがてヒアシはそっと手配書のページを閉じ、心なしか握った拳を震わせながら項目にあった「unknwon」の正体であろう人物の名を呟く。

 悲劇は何時からだったか――――彼が自身の父親である自分の弟を殺めた時からか、あの九尾の事件か、それとも彼が生まれたその瞬間からか――――答えはもうすでに暗闇の中だった。

 分かる事は、予期せぬ事とはいえ、この男を生み出してしまったのは紛れもなく自分たち日向一族である事、それだけだった。

 彼の在り方は一族の中でも異端だった。日向の柔拳の才能は自分の娘や彼の弟には及ばず、しかし“殺し”に関する才だけは稀代の傑作品だった。だがその才能は決して日向一族に歓迎される物ではなかった。

 他の一族の者が柔拳を中心にして戦うのに対し、彼は幼い頃から自身の才能に気付いているかのように“殺人技巧”を極め続け、柔拳や忍術もその一環に過ぎず、更には“殺し”に適した独自の体術までも編み出し、より異端視されるようになった。

 そしてある悲劇を境に、山中一族の心転身の術の助けを借りてようやく発覚した事実――――即ち“チャクラを多く持った人間に対する強烈な殺人衝動”が発覚し、ついに日向宗家は少年の幽閉を決意した。

 

 だが、もはやその幽閉すら意味を為さなくなったのか。

 ある日、よりにもよって自分の娘を浚った雲隠れの忍頭を殺害し、雲隠れが自分の死体を要求してきた、その最悪のタイミングで彼は脱獄した。

 当時、抜け出す事など不可能であった筈の日向の呪印から抜け出し、ヒアシの弟であったヒザシを死闘の末殺害し、忽然と姿を消した。

 

 ――――その時のヒザシの死体が運よく雲隠れに送る「日向ヒアシの影武者」としての役割を果たしてくれたという、皮肉な結果を残して。

 

「……ッ!!」

 

 思い出し、握りしめた拳の握力を更に強め、体を震わす。

 ――――湧いてくる感情はただただ後悔のみ。

 父親の進言により弟の息子を幽閉するだけで向き合うことすら出来ず、そしてその幽閉から抜け出した少年が自分の弟を殺してくれたおかげで、自分は生き残る事ができた。

 その事実が、ヒアシにとってこれ以上にない無力感と後悔を募らせた。ヒザシのもう一人の息子であったネジは宗家が自分の兄に父親を殺すよう仕向けたのだと思い込むようになり、宗家と兄を憎悪し、そして運命に絶望した。

 

 こんな状況ですら何もできない自分などいっそ殺したくなるが、それは逃げに過ぎない。

 生かされてしまったこの命、この手で断つ事は断じて許される事ではない。

 

 今更嘆いた所でもうどうにもならなかった。

 

 故に、自分ができる事は一つ。

 

 

「シキ。お前は……私が葬る……」

 

 

 日向の名にかけてせめて、自分が彼に引導を渡してやるだけだ。

 

 




現在判明している情報
・基本的にシキの顔を見た者は全員獲物としてバラされているため、彼の現在の顔を知るものはおらず、日向宗家の一部の人間が幼い頃の彼を知っているのみ。
・彼の情報は木の葉の中でもシークレット扱いであり、手配書にも名前と出身が記されていない(現在最も多くの人を殺してる犯罪者が木の葉の者であるとばれたらまずいため)
・ある事件を機に、山中一族の協力によってシキの中にある”衝動”が発覚し、幼い頃に幽閉された。



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血獄の後

術ギルを引けたのなら、今度は弓ギルが欲しくなるというのが人情というもの。
結果はまあ、ご察しの通りで……。


 突如、己の揺り篭を揺らす衝撃と共に目が覚めた。

 バッと飛び起き、息を整えて周りを見渡す。

 己を守る殻にして柵である籠は動いている様子はなく、普段から感じている慣性すら感じる事ができず、それが少女の胸をとてつもなく苦しくさせた。

 ドクン、ドクン、と時計の針が刻むのと似た間隔で胸が鳴った。

 いても立っても居られず、布団から飛び出た少女は、そこで光源の存在が皆無である事に気付く。

 キョロキョロと当たりを見回す。

 今気づいた事であったが、自分が籠っていた駕篭の中身の中にあった唯一の光源たる提灯の蝋燭が消えているではないか。

 蝋燭は既にその寿命を置いており、その受け皿の上にはわずかに残ったロウだけが垂れていた。

 

 ――――もしや、役人が蝋燭の入れ替えを忘れたのか?

 

 だとしたら家に付いた後に呼び出してガツンと言ってやれねばならない。

 そう思いきったら心のどこかで何とか決心が付いたのか、先ほどまでの不安は収まっていた。

 意を決して、外に出る事にした。

 駕篭の出口に懸かっているカーテンを通して見える僅かな明かりが見えた。もしかしたら光源に使えるかもしれないと思い、カーテンを開いて外に飛び出す。

 

「いたっ……」

 

 いつもなら護衛の人が草履を用意してくれていたので、ついそこには既に草履があるのだと錯覚し、思わず素足で地面に降り立ってしまった。

 ……凸凹の地面では足の土踏まずの部分にも砂利の感触が辺り、その嫌らしい痛みを少女は初めて感じていた。

 新鮮……というには些か痛すぎるという物だろう。

 こう見えても少女はとある国の大名の娘であった。

 あまり活発的な子でもなく、普段は城の部屋で籠っており、外出するときはこのような駕篭に入って家臣に運ばれての状態の時のみだ。

 所謂井の中の蛙、箱入り娘という物だ。

 

「――――」

 

 痛みが引き、顔を上げると同時――――その眼に映ったのは少女の知らない世界だった。

 いや、知っているが、理解していない世界だった。

 夜は恐かった、だからこそ夜になれば少女はその暗闇に恐れおののき、出来るだけ何も考えずに視界を閉じて寝るようにしていた。

 少女は夜が嫌いだった――――ほとんどの人間が生命活動を休止させるその時間が、その静寂が、訳も分からない孤独が少女は嫌いだった。

 

「みんな……ドコ、行ったの……」

 

 普段は籠を運んで己の足の代わりになってくれる家来達がどこにも見当たらなかった。

 

 ……曇天が月を覆い尽くし視界が暗くなってゆく。

 ただでさえ暗闇が苦手である少女にとって、それはとてつもない不安と恐怖に陥れるものだった。

 そんな少女にとっての、唯一の希望が一つ、そこにあった。

 

 自分の家来が落としていった思しき、一つの提灯だった。

 

 幸い転倒している訳ではなく、正しい直立状態で落とされていたため、中身の蝋燭は倒れる事無く、そして火を灯したままの状態でそこにあった。

 

 それを発見した少女は反射的にソレを取る。

 まるでこの暗闇を拒絶するかのように、まるで暗闇に対しての抵抗であるかのようにそれを取った。

 蝋燭の火から熱を感じた。

 

 暖かった。

 

 一本の蝋燭が灯す火から感じるソレは昼間の日光に比べれば程遠い暖かさであったが、それでもそれは少女に現実逃避という名の一種の希望を与えた。

 この温かみを包まれながら、殻に籠っていれればどれだけの安息と安心感を得られるのだろうか。

 心の何処かでそう思いながら、少女は暗闇(げんじつ)から逃避する。

 少女の視界にはもはや暗闇など映っていなかった。

 見えてくるビジョンはただ質素な畳が敷かれた床と、心地よい暖かみが漂う小さな一室。そこで一人布団の中で包まっている自分。

 自我さえも薄れていくような幸福だった。

 

 しかし、ソレは少女が視る儚き幻想に過ぎず

 

 一陣の風が吹き、少女の着物を揺らす。

 冷たい風だった。

 蝋燭の火の温かみすらあざ笑うかのようにそれを塗りつぶし、少女を仮想の揺り籠から現実の恐怖へと連れ戻す。

 

「……アっ……」

 

 再び現実に戻された。

 風の冷気に当てられ、ゾワッと震えあがるような感覚と共に現実へと引き戻された彼女は、呆気に取られた表情で見上げていた。

 ――――何をしているのだろうか、自分は。

 何故、目の前の現実が見えなかったのだろう。何故、自分にとって都合のいい風景だけが映ったのだろう。

 少女は知らない――――これは恐怖のあまりの、所謂現実逃避という物であるという事を。

 

「――――ッ」

 

 感覚が段々と正常になってきたと同時、次に少女を襲ってきたのは即座にその鼻を潰し閉じたいという衝動に駆られる程の激臭だった。

 思わず鼻を塞ぐ。

 知らない匂いだった。

 匂いだけではない、この月のない夜も、この孤独も、この匂いも、少女にとっては全てが初めて味わう恐怖だった。

 

 足が震える。

 

 未知の世界に対しての恐怖。

 

「……」

 

 それでも、進まなければならなかった。

 突如として消えた家来の者達、先ほどまで駕篭に入った自分を運んでくれていた者達が突如として消えたのだ。

 自分で進む以外に希望を探す道はあるまい。

 そう思い至った少女は、千鳥足ながらも歩を進める。

 持ち歩ける光源があるのが不幸中の幸いと言った所か。

 

 そして、ズチュ、と嫌な感触が少女の足の裏に感じ取れた。

 

「……」

 

 嫌な感触だった。

 どんな物かは分からなかったが、嫌な感触だった。

 足を動かしてみる。

 ヌルッ、という感触と共に動いた。

 

 恐る恐る、踏んだソレを見てみる。

 

 腕だった。……切断された、人の腕だった。

 

「キャアアアアアアアアアアアアアァァアアァッッッ!!!!??」

 

 少女の悲鳴が木霊した。

 

 少女が経験するにはあまりにも速すぎた、あまりにも惨過ぎるその惨状に少女はその驚きと恐怖のあまり提灯を地面へと落とし、自身は後ろ向きへ思い切り尻もちを付く。

 

 何奈にナニな二なにこれなんなのこれは一体なンなのどうシテあルのコレは一体ナんなノ⁉

 

 少女にはソレが何なのか分からなかった。

 ソレが何なのか分かっているが故に、理解できなかった。

 

「ア“、ア”、ア“ア”ア“、ア”ッ、ア“ァッ!」

 

分からないまま、己の素足の裏に付いた、赤いソレを、己の着物で必死にふき取っていた。

 

 今にも足に染みついて離れないあの感触を必死に頭からぬぐい取らんと、赤く染まっていく着物の生地などに一切を気を留める事無く、奇声を上げながら必死にぬぐい取っていた。

 

 少女は知らなかった、その感触を。

 故に恐怖した。

 

 少女は理解していた、その感触を。

 故に必死にソレを拭い取ろうとした。

 

「ハァッハァッハッ……」

 

 居ても立ってもいられなくなった少女は即座に走り出す。

 

 走る。走る。何処までも暗闇の中を。

 

 普段は感じている夜への恐怖は微塵もなかった。何故ならこれ以上の未知の恐怖で塗りつぶされているからだ。

 それ故に、夜を恐れず走れる事は何とも皮肉な事だった。

 

 気が付けば手にもっていた筈の提灯も落としてしまい、それでも少女は恐れを上回る怖れから逃れる為に走った。

 

 安息のない暗闇を走り抜けて、月が雲からほんの少し姿を現して、世界に光が少しだけ戻った瞬間に、彼女は見覚えのある背中が見えた。

 

「あっ――――」

 

 その背中を見た途端、彼女は途方もない安心感に包まれ、その背中に向かって走り出す。

 その背中は紛れもなく、自分の国が保有する隠れ里の忍び装束のモノだった。

 おそらくもしもの為に更なる護衛として影からずっと一行を見守ってくれていたのだろう。

 その彼らがここに現れてくれた。

 

 もう怖いモノなんてない。

 

 そう、思いかけた。

 

「――――え?」

 

 そして、少女がその忍の肩に触れた瞬間、その忍の体はまるで積み木が崩れ去るかのようにバラバラに崩れ落ちた。

 

 訳も分からず、崩れた体から飛び出た返り血を浴びた少女は硬直する。

 

 少女の身体はもう真っ赤な血に染まっていた。

 

 まるでバケツの水を上からかけれたような感覚を感じたと同時、自分の頭から滴っていたのは紛れもなく赤い血液。

 

「あ゛…ぇ……こ、れ……誰、の……?」

 

 水というには、あまりにも濃く、あまりにも重い液体。

 物理的な重みよりもぐんと圧し掛かる未知の重圧に晒される。

 完全に赤く染まり切った己の着物を一瞥し、下の方に顔を向ける。

 

「■■……?」

 

 自分の足元に転がっていた首。

 

 名を読んでも反応せず、ただ苦悶の表情をしたまま動かなくなっていた。

 

「あ……え……ぇ」

 

 訳も分からずに少女は狼狽える。

 

 恐怖のあまり声は掠れてまともな声は出ず、この惨状を受け入れずにいた。

 

 ……そうしている内に、雲に隠れていた月が姿を現した。

 

 辺りの風景も徐々に見えるようになり、徐々に世界に光が戻ってくる。

 

 そしてその先に視えたのは―――――血に濡れた短刀を弄ぶ一人の男の姿だった。

 

「!!?」

 

 その姿を見た途端、少女は訳も分からぬ感覚に襲われる。

 

 アレはなに? 本当にヒトなの? なんで血に濡れてるの? どうしてこんな所にいるの!?

 

 自分以上に血に濡れたその影の存在を少女は必死に否定する。拒絶する。あれはこの世にはいてはいけないものだと、本能が警告する。

 

 ……なのに、身体は動かない。

 

 まるで全身が視えない釘に刺されたかのように、身体が逃げろと叫んでいるのに、硬直するだけで動かなかった。

 

「……」

 

 短刀に付いた返り血を舐めとりながら、男は少女の方へ振り返る。

 ……綺麗な、白き双眸が少女の目をくぎ付けにした。

 

「やあお嬢さん、いい月だね」

 

 優しく、甘く、まるで耳元で囁くような声で少女に語り掛ける。

 その声は血に濡れた姿で言うにはあまりにもアンバランスすぎていた。

 

 それが余計に少女の恐怖を煽り、最早思考すらままならなくなっていく。

 

 やがて雲に隠れていた満月が完全に現れ、さらに明るくなった月光は青年に背後にある風景を映し出した。

 

 ――――バラバラの屍が大量に転がっている、地獄絵図を。

 

「■■――――……っ!!!??」

 

 息をつまらせた少女は、ふたたび青年の白き眼を直視する。

 今すぐにでもお前を殺したいと嗤う、凶器のような眼を。

 

 その男以外の、すべての世界が見えなくなった。

 全てが赤い血の世界にしか見えなくなった。

 全てが、死でできた世界にしか見えなくなった。

 

「中々いい体をしてるじゃないか。特別肉付きがいいわけではない華著な体つき。解体(バラ)し甲斐があるかはともかくとして、薄味のようにさっぱりとした切り用っていうのもまた違った味がある。そうは思わないか、お嬢さん?」

 

「……ぁ……」

 

 最早、男の言葉は聞こえずにただ震える事しか少女にはできなかった。

 

 

 

 背中から何かに刺された。

 前方を見ればもうそこに男の姿がなく、己の胸から生えた刃物だけが視界に移った。

 気が付けば足の感覚がふっとなくなり、飛び出す鮮血だけが己の世界を支配した。

 赤い世界が晴れると同時、そこには自分の下半身に繋がっていた筈の両足が転がっていた。

 続いてそこに延ばされようとした右手が宙を舞い、続いて二の腕から肩にかけてのパーツがバラバラに崩れていった。

 

 突如、世界が反転する。

 視界に移ったのは首を無くした己の体(・・・・・・・・・)、そして己の目前に迫る短刀。

 

 痛みを感じる暇もなく、それがなんなのかさえ分からず、少女の世界はそこで断絶した。

 

 

     ◇

 

 

 とある山奥にある川の上流。

 そこの河原にて白いコートをきた少女が、洗濯板で洗い物をしていた。

 洗っていたのは、血に濡れた衣だった。

 赤い雲の模様の入った黒い衣の着物についた返り血を少女、レンは流れる冷たい水の感触にびくともせずに衣を洗濯板にごしごしと擦り付けていた。

 その手のひらには少なくない豆ができており、レンは不満そうにその作業をしていた。

 やがて。

 

「……ねえ」

 

 隣にいた青年に声をかける。

 紅い着流しをざらっと着こなし、愛用の短刀や苦無、千本などを研いだり洗ったりしている青年、日向シキはレンの声に反応しない。

 相も変わらず微笑を浮かべた能面顔を覗かせ、刃物研ぎに勤しんでいた。

 もはやうんざりする程に聞き飽きた石と金属の摩擦音。

 いくら愛しの(マスター)の頼みと言えど限界である。

 

「ねえってば!!」

 

 故に大声で呼びかける。

 その声にようやく反応したのか、シキはちらりとレンの方を一瞥し、ハァっと溜息を付きながらレンの方へ振り向いた。

 

「どうかしたか?」

 

「『どうかしたか?』じゃないわよ! ようやく私を口寄せしてくれたと思ったらいきなりこんな血まみれな衣の洗濯なんて、口寄せ動物を何だと思ってるのよ!? 大体どれだけ暴れればこんな血まみれになるのよ!? 元々衣の色の大部分が黒いのが幸いだとしても、この赤い模様の部分まで染まっちゃってるじゃない!!」

 

「ああ、雇い主(リーダー)からある者の暗殺任務を依頼されてね。やけに護衛の忍が多いから楽しめそうだと思って暴れてみたはいいんだが……ま、がっかりもんではあったがね。」

 

 本命のお嬢さんは中々いい反応をしてくれたがね、とどこか残念そうな笑みを浮かべるシキ。

 いざ手始めに一人目を解体したら、その周りにいた護衛の者達はそれに気付かない始末だったので今度は分かりやすく前列の者をバラバラにしてやったのだ。

 そこでようやくその驚異に気付いた忍たちは戦闘態勢に入ってくれた。

 そこまではよかったものの、最近はあのうちはイタチとの殺し合いというとても刺激的な出来事を体験していたシキにとってみればそれはとてもとても退屈なものだった。

 大名の娘の護衛に選ばれていたにも関わらず、敵はただ一人、ただその事実だけで動きがあまりにもお粗末になってしまっていた。

 仕方なしに軽く殺気をぶつけたら途端に全員が怯んでしまい、今度は動けなくなってしまう始末。

 一部見込みのある者もいたが、それでもシキにとっては殺し合うには取るに足らない存在であり、精々遊ぶ玩具には持って来いと言った所であった。

 殺し甲斐がないのであればないなりに楽しもうというのがシキが大抵の格下相手に対して出す結論であり、それ故シキは格下に対してはどうしても遊んでしまう癖がある。

 例えば、これみよがしに相手の目の前で仲間を解体したり、少しずつ切れ込みを入れてじっくりと苦しませて殺したりなどその趣味はまさしく最悪と言えた。

 それを繰り返せば返り血はいくらでも付いてしまおうモノである。

 

「相変わらず悪趣味な事。紳士のする事ではなくて?」

 

 ジト目で睨むレン。

 

「――――ハッ。そういうのはもっと相手を選んでいう事だ。こんな薄汚れた殺人鬼なんざ、紳士からは最も遠い存在だろうに」

 

「……それはそうだけど」

 

 鼻で笑うシキに対し、言い淀むレン。

 自分の(マスター)であるのならせめて表向きだけでも紳士らしく振舞ってほしい言いたい所だが、この人でなしを体現したかのような男にそんな事を言っても無駄である事は分かっていた。

 暗殺に適した体術を態々生み出しておきながら行動はその真逆というまったく以って矛盾めいた男である。

 

「……まあ、そういう所とか嫌いじゃないけれど……」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「別に。何も言っていないわ。それよりもシキ、いつまでこんな事続けさせるつもり? 返り血はこれ以上取れそうにないし、手がもう豆だらけなんだけど。そっちと交換して下さらない?」

 

 赤面して目を反らしながらそう言うレン。

 赤い豆でいっぱいになった手を抑え、如何にも痛いといったようなアピールをさり気なくしながら、しかし表情は必死に余裕を保とうとしていた。

 この娘もこの娘で何かと矛盾めいてはいた。

 

「…………洗濯よりも刃物研ぎの方がよほど危ないと思って其方を頼んだわけだが?」

 

 そんなレンをジト目で見やりながらシキはそう言った。

 

「……」

 

 そんなシキの発言を受け止めたレンは、シキの目の前にズラリと並んでいた忍具に一瞥する。

 忍具とは言うものの、実際に並んでいるのは投擲用の長針や苦無などといった人を殺す為だけの道具しか並んでいなかった。

 一つ一つが人を殺す為の利器であり、シキの手によって余す所なく研がれ、輝くソレは一種の芸術と錯覚してしまう程に煌めいていた。

 特に針に至っては経穴に刺されては常人ならば瞬時で死に至る程の猛毒が塗られているため、素人のレンが触ったらどうなるか分かったものではないだろう。

 あくまで人間にしか試した事がない毒なので、口寄せ動物であるレンに効き目があるかは微妙な所であるが、触らないに越した事はなかった。

 

「……何よ、少しは紳士らしい事もするじゃない……」

 

 複雑な気持ちになりがらも、赤面しながらそう言うレン。

 主がようやく自分に気遣いらしい気遣いをしてくれた事が少しばかり嬉しそうだった。その嬉しさが半分(・・)だった。

 

「にしては何処か浮かない顔だな」

 

「……何でもないわよ」

 

 真顔で聞いて来るシキに対し、レンは少しばかり不機嫌そうに答えるも、その言葉で興味を失くしたのか、再び刃物研ぎに勤しんだ。

 その様子にレンは余計に不機嫌そうに眉を潜めた。

 

「刃物、好きなの?」

 

「そういう訳じゃあない。獲物を中途半端に解体(バラ)してしまわないようにする為さ。せっかくのいい食材の味を鈍い得物で台無しにしてしまうのは耐えられない性分なんでね」

 

 包丁の切れ味によって食材の味という物は変わる。

 とどのつまり、せっかく自分が解体した獲物を不味いモノにはしたくないという、殺人鬼なりの拘りだとシキは語る。

 

「……よく言うわ」

 

 シキに聞こえないようにレンは呟く。

 元より刃物の切れ味の良し悪しなど、結局の所彼の眼をもってすればそんな物まったくの無意味なのだ。

 下手すれば刃物すら必要とせず、そこらに落ちてある物、いや指や爪などでも容易に獲物を解体できてしまう力を持つこの殺人鬼が態々刃物の切れ味に拘る必要性など殆どなかった。

 つまり、シキが今夢中に勤しんでいる刃物研ぎは紛れもなく彼の嗜好が大半を占めているという事になる。

 

「……」

 

 実際、シキはいつもと変わらぬ真顔でそれに勤しんでいるものの、錆びや汚れ一つ許すことなくしている事からも、相当な熱の入り用である。

 

 ――――何が“そういう訳じゃあない”よ。やっぱり好きなんじゃない。

 

 内心でそう愚痴り、レンはシキに丹精込めて研がれてピカピカと煌めきながら並べられた刃物をジト目で睨む。

 

 ――――私なんかより、そんな刃物(もの)の方がずっと大事って事?

 

 そんな妬みの感情を込めてソレらを見つめるレン。

 心が宿っていない無機物にそんな事をしてもまったくの無意味であることをレンは分かってはいるものの、やはりやらずにおれなかった。

 

 口寄せで自分を呼んでくれたのは確かに嬉しかった。

 こんな雑用を押し付けられるのもまあいい。出来れば彼の一番の楽しみである“殺し合い”の時に呼ばれたかったが、そこまで贅沢を言うつもりもなかった。

 だがこの(マスター)、自分に雑用を押し付けておきながら、自分とろくに交流を図ろうともせずに延々と得物を研ぐことに専念しているのだ。

 今回自分を口寄せしてくれたのも、この前の夢の世界での自分の願望を考慮してくれたのは確かなのであろうが、あくまで本人にとっては気紛れの一つに過ぎないのだろう。

 ……そう思うと、少しばかり遣る瀬無い気持ちにもなった。

 

「……レン、ちょっとの間猫の姿に戻れ」

 

「え?」

 

「先輩のお出ましだ」

 

 突如、ニヒルな笑みを浮かべながらそう言うシキ。

 いつの間にか傍で並べていた得物が握られており、相変わらず微笑を浮かべた能面のような顔だったが、心なしかその眼は殺意で嗤っていた。

 悪寒がしたレンはすぐさま猫の姿に戻り、先ほど自分が洗っていた主の衣の中に身を潜める。

 

「……」

 

「ソウ殺気立ツナ」

 

「やめてよね。ただでさえ一度君に腕取られてるっていうのに」

 

 どこから聞こえたかも分からぬ声が聞こえた瞬間、シキの背後から少し距離がある所から一つの人影が地面からニョキニョキ生えるかのように出てくる。

 白い左半身、黒い右半身、ハエトリグサのような物で包まれ、その上に暁の衣を身にまとった、人間離れした風貌の男が現れた。

 

「誰かと思えばアンタ“達”か。……で、そんな距離を取った所から現れる訳は一体?」

 

「貴様ノ間合イニ入ルト何ヲサレルカ分カッタ物デハナイカラナ」

 

「こっちはただでさえ君に腕を取られてるからね。一歩でも近づいたら僕達バラバラにされちゃうでしょ?」

 

「さあ、どうだろうねえ」

 

 黒、白共に訝しむような言葉に対し、シキは曖昧な返答を出す。

 少なくとも、同じ仕事仲間である限り、今の所殺そうとは思わない。今の殺気は単にゼツの気配に体が反応してしまっただけであり、シキ本人に殺そうという意志はなかった。

 

 ――――まあ、その背中を見せられればその限りではないがね。

 

 内心でそう付け加えながら、ゼツに気付かれないよう後ろでこっそりと得物を下ろした。

 

「で、何か用かい? 雇い主からの依頼は無事達成した筈だが?」

 

「ヤリスギ、トイウ話ダ」

 

「いくら大名の娘だからって、首を刎ねた後更に脳天突き刺しにするのはさすがの僕でも引くよ?」

 

 その時、シキの傍に置いてあった暁の衣がピクッ、と動いた。

 

「地に転がる前に息絶えさせるのが俺のやり方でね。それにその方が向こうさんにとっても効果はあっただろう?」

 

「……」

 

 シキの言い分に双方のゼツは黙ってしまう。

 

 暁にとあるの国の大名から一つの依頼が舞い込んできた。

 今では停戦協定を結んでいる隣国があるのだが、そこの大名の刺客に自分の娘を奪われた過去があり、だからと言って国力では勝てず、戦争に持ち込む訳にもいかなかったのでやむを得ず停戦協定を結ぶしかなかった。

 が、一方的に大切な生娘を奪われて何も仕返しせずに終われる筈がない。だからと言ってお抱えの忍び里に頼ればどうなるか結果は見えている。

 

 だからこそ、何処の国にも属さず、かつ安い金で依頼を受けてくれる傭兵集団・暁に目を付けた。

 

 その依頼内容とは、その隣国の大名の娘の首を取って、それをその大名に届けて絶望させてほしいという物だった。

 

 首だけとなって帰ってきた娘を目の当たりにしたその大名は、発狂のあまり城の天守閣から飛び降り自殺をしたという。

 首だけならまだしも、その首すら脳天を突き刺しにされているという始末だったので、その苦しみと悲しさは想像に容易い物だった。

 

「コノ話ハモウイイ。ソレヨリモ、大蛇丸ニツイテハドウナッテイル?」

 

「前任者の始末も君のノルマの内に入ってる筈だけど?」

 

「まったく音沙汰なしって所かな。よほど自分の不死に自信がないのか、それとも単に神経質なだけなのか……」

 

 やれやれ、肩を竦めるシキ。

 

 今まで多くの不死者を狩ってきたその功績を買われて、リーダーから裏切り者の大蛇丸の抹殺というノルマを課されたシキ。

 白眼という探索能力に長けた瞳術もあってか、大蛇丸を殺すのに最も適したメンバーは間違いなくシキである。

 そのことにデイダラが、「大蛇丸をぶっ殺すのはオイラだ!」と突っかかってきたが、リーダーの一言でそれも鎮まった。

 

「トニカク見ツケ次第、スグニ殺セ。オ前ノソノ眼ナラ確実ニ殺セル筈ダ」

 

「デイダラやサソリには僕達から言っておくから、ね?」

 

「俺としちゃ、あの二人と殺し合える口実ができて喜ばしい限りだが?」

 

「やめてよねそれ。君だと本当にやりかねないから」

 

「はいはい」

 

 何事もないかのように返事をするシキ。そんなシキに両ゼツは内心で呆れながらも、去り際にこう言い残した。

 

「直ニリーダーカラ連絡ガ来ル筈ダ。ソレマデハココデ待機シテイロ」

 

 再びゼツの身体はハエトリグサのような物で包まれ、そのまま地面の中へと消えていく。それを見届けたシキは再び、研ぎ石の方へ向き直り、衣の中に隠れていた者に声をかけた。

 

「もう出てきていいぞ、レン」

 

「……」

 

 衣の中から一匹の白猫が現れる。まだ洗ったばかりの衣に隠れていたおかげで身体が濡れてしまったのか、白猫は身体を振るわせて全身に纏わりついた水分を追い払った。

 犬かお前は、と突っ込みそうになったシキは悪くない。

 

 やがて猫は元の人型へと姿を変えた。

 白い少女の姿へと。

 

「……ねえ、シキ」

 

「何だ?」

 

 少女の姿に戻るや否や、こちらを若干咎めるような眼つきでシキを見つめるレン。何が言いたいのやらとシキはレンの言葉を待った。

 

「その、今度からは……女子供を殺すの、やめて下さらないかしら?」

 

 先ほどの咎めるような眼つきから打って変わって、まるで懇願するような眼つきでシキにそういうレン。

 その発言にはさしものシキも唖然としてしまった。

 殺人鬼相手に何言ってるんだこいつ、と。

 

「出来たらでいいから……あまり、特に私みたいな背丈の女の子とか、手に掛けないで欲しいの……」

 

「……」

 

「べ、別に強制している訳じゃないわよ? だからその、リーダーとやらから与えられた仕事以外でいいから、出来れば……」

 

 ――――何言ってるのよ、私ったら……。

 レンは心の中でそう呟いた。

 (マスター)の行動を制限するなど、使い魔にはあるまじき行為であるというのに、一体何を言っているのだろうか。

 彼は自分を外の世界へ連れ出してくれる、それ以上は望まないつもりでいたのに、どうして……。

 

「まあ、気が向けば善処しておくよ」

 

「……」

 

 興が失せたのか、いつもの能面顔に戻ってまた刃物研ぎに専念し始めるシキ。先ほどの自分の言葉をどうでもよさげに流したシキを、レンはただジト目で睨んだ。

 それは善処しない者の台詞ではないか、とレンは心の中で突っ込み、拗ねたようにシキに背を向けて、洗濯板で洗った己の主の衣を木の枝の上に干した。

 

 リーダーから連絡が来たのは、それからしばらくしての事だった。

 




白レンを膝の上にのせて頭を撫でたい人生だった。


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再会

ギルも山の爺も引けなかったけど、単発でイシュタルが来てくれました。
邪ンヌとの相性いいゾーこれ


『木の葉隠れの里で事件が起きた。大蛇丸の仕業だ』

 

「へぇ……」

 

 ゼツの言う通りに待機していたら知らせ通りにリーダーからの連絡が来た。そしてその内容にシキは僅かに口角を上げた。

 先ほどゼツから大蛇丸の事について聞かれた直後にこの報告である。暁の情報係であるゼツが兼ねてからこれを知らぬ筈がなく、となればゼツはこれの事を伏せて自分に大蛇丸の事を問うたのだ。

 

 つまる所、自分は試されたのだろう。

 

 本当に組織の為に働いているのかどうかを確かめる為に。暁が大蛇丸を尻尾を掴んでいるのを伏せ、敢えてシキに問うたに違いなかった。

 どうやら傭兵組織としての仕事をこなすだけでは一メンバーとしては到底認められないらしい。

 シキとしては殺しができるのであればそれでいいので、認められるとか認められないといった問題は些末事なのだが。

 

『大蛇丸は音隠れと砂隠れの忍を使い、木の葉に戦争を仕掛けたが、木の葉崩しには失敗したようだ』

 

「御愁傷様、とでも言えばいいのかしら?」

 

 シキとのパスを通じてリーダーからの連絡を聞いていたレンはそう零す。

 一方で、シキは余計にその口角を釣り上がらせた。

 リーダーはあくまで『失敗した』というだけで、大蛇丸が『敗れた』とは言わなかった。それはつまり、木の葉も大打撃を受け、そして自身のノルマでもある大蛇丸もまた生きているという事に他ならなかった。

 不死殺しという功績を買われてこのノルマを科されているはいえ、シキ自身も大蛇丸を殺し甲斐のある獲物の一人として以前から目を付けていた。

 何せあの伝説の三忍の一角とまで謳われた大物だ。

 転生忍術といい、蛇を彷彿とさせる能力といい、何故か不快に響く特徴を持ちながらも、それ以上に殺すべき獲物の一人として認識していたのだ。

 故に、死なれたら少し困る。

 死んだら死んだで仕方なしと諦める他ないが、生きているのであれば殺し合う機会もめぐってこようものである。

 

『この戦争で三代目火影が死んだ。退いた大蛇丸だが行方は分からない。誰かに調査に行って貰うが……』

 

 

 

 

『木の葉にはイタチ、鬼鮫。そしてシキに行って貰う事になる。元木の葉隠れのイタチとシキならば木の葉の結界に引っかかる事無く出入りできるだろう。イタチと鬼鮫は大蛇丸の調査のついでに木の葉の人柱力の件も調査しろ。シキは大蛇丸に専念してくれて構わない。もし見つけたら殺せ』

 

 

 

 

「くくくっ、あはははッ!」

 

「何いきなり笑ってんのよ」

 

 急に笑い出したシキにレンは若干引け目になりながら言う。

 そんなレンの事を他所に置いてシキは己の雇い主たる人物に感心していた。

 

 ――――ああ、本当にあんたは俺の使い方を心得ているな!

 

 シキの他にイタチと鬼鮫のコンビに木の葉の調査の任務を出したリーダーであったが、さり気なくあの二人にもう一つ別の調査を依頼する事で、イタチ・鬼鮫のコンビとシキが合流する確率を低くさせたのだ。

 もしシキが大蛇丸と鉢合わせ、殺し合いに発展した時、そこにイタチと鬼鮫が介入する確率が低くなるように、もしくはもしイタチと鬼鮫が大蛇丸と鉢合わせた時、そこにシキという邪魔が入ってこないように。

 殺し合いを邪魔されるのも、邪魔するのもシキの流儀からは反している。シキにとってはどちらに転んでも後腐れのない結果となろう。

 

 だが――――

 

「悪いね、雇い主(リーダー)さん。あんたのその気遣い、今回ばかりは無為だよ」

 

 別にリーダーの配慮が嬉しくないという訳ではなかった。彼はちゃんと自分に抑えを効かせているし、自分に殺しだってさせてくれるし、そして最高の仲間(獲物)たちとも巡り合わせてくれた。

 お遊び程度にはその義理を果たしてもいいとさえ思っている。

 

 だが、今回は違う。

 

「仕事だ。行くぞレン」

 

 こうしちゃいられないとシキは並べてあった得物を回収して立ち上がり、木の枝に干されてあった暁の衣をつかみ取って、身に纏うと即座に走り出した。

 こうしてはおれまいと、微笑を浮かべながら走った。

 レンもその後に付いて来る。

 

「大蛇丸とやらを殺しに行くの?」

 

 訝しげに聞くレン。

 どうやら内心でシキの本命がソレでない事に勘づいているらしい。

 

「いいや。少し先約が出来た。

 せっかく機会が巡ってきたんだ。過去の清算くらいするのも、悪くはないだろう?」

 

 その時にシキの微笑顔が

 

 ――――あまりにもキレイで

 ――――あまりにも殺意に満ちていて

 ――――あまりにも爽やかで

 

 その顔に見惚れたレンは、思わず赤面して顔を背けてしまった。

 

 

     ◇

 

 

 その光景を今でも覚えていた。

 日向ネジは幼い頃に味わった悲劇から運命という底のない闇をとつてもなく憎み、絶望していた。

 今でも鮮明に思い出せる、自分の父親の喉元を掻き切り、笑みを浮かべながら自分に背を向けて去ってゆく殺人鬼()の姿を、刹那たりとも忘れた事などなかった。

 そして、後に分かった事実――――兄が殺した父親の遺体を、日向宗家はそれを悼むどころか、これ都合よしと言わんばかりに自分の伯父である日向ヒアシの影武者として利用したのだ。

 その出来事が、日向ネジという少年をどれだけの絶望の淵に追い込んだか、想像できるものは誰一人としておるまい。

 

 ――――貴様らは、何も思わないのか。

 ――――自分達と同じ血を引く同族同士が、それも親子が殺し合って

 ――――殺された一方の屍すらも、これ見よがしと利用して

 

 それでも何も思わないのか、貴様らはっ!!?

 

 日向ネジは運命を憎む。

 日向ネジは宗家を憎む。

 日向ネジは、双子の弟(自分の父親)を利用して生き残った生き汚い宗主を憎む。

 日向ネジは、そんな宗家の口車に乗せられた兄を憎む。

 

 一族においてもう、彼が信用する人間は誰一人としていなかった。

 奴等(宗家)は憎むべき敵だ。

 自分と同じように呪印に縛られ、離れの屋敷の牢に繋がれていた兄すらも利用して、その兄に親殺しの咎を背負わせ、それを甘い蜜を吸うかのように利用する彼らがとてつもなく憎かった。

 

 それでも、それでも――――そんな卑劣な奴等に、運命に抗えない自分が、一番嫌いだった。

 

 何をしている、抗え、抗って見せろ、憎たらしい鳥籠を食い破って、奴等の喉元にその牙を突き立てろ。

 そう何度も己に言い聞かせてきた筈なのに、結局は無理だと諦めてしまう。

 彼らの前でそんな姿勢を見せた時点で、鳥籠ごと握りつぶされてしまうのが目に見えている。

 日向一族分家に付けられる呪印とは、そういうものだった。

 

 そんな己の運命に、ネジは絶望したまま人生を送り続けてきた。

 

 唯一、自分の父との『繋がり』であった柔拳を鍛え上げ、本来ならば宗家にのみ代々伝っている技である筈の「八卦掌・回天」すらも独学で習得し、その才はもはや宗家の人間すらも凌駕していた。

 それでも、自分は抗えないのだ。ただの「天才」でしかない自分では、この運命には抗えないのだ。

 運命とはどうしようもなく抗い難い、絶望という檻物なのだ。

 自分達分家はその鳥籠に一生囚われ、一生飛び続ける事のできない哀れな雛鳥なのだ。そしていずれは鳥籠ごと使いつぶされて息絶える運命にあるのだ。

 実力だとか、才能だとか、そんなもので抗える物じゃない。

 誰もが、生まれた時からそういう運命にあるのだと定められるのだ。

 

 そんな絶望を抱えたまま、十年近い歳月が過ぎ、彼に転機が訪れた。

 

 ――――中忍試験。

 

 そこの選抜戦の本選で彼は一人の後輩に敗れた。

 

 後輩の名前はうずまきナルトと言った。

 かねてからアカデミーで落ちこぼれと蔑まされ、卒業試験に三回も落ちたドベ中のドベ。そんな少年に、彼は敗れたのだ。

 

 うずまきナルトはとても不思議な少年だった。幾度となく点穴を突かれ、幾度となくその実力差を見せつけられ、如何ともし難い才能の差を見せつけた。

 

 これがお前の運命だ。才を持つ自分でさえ運命に抗えないというのに、それ以下のお前に何ができるのだ。

 ここがお前の終着点だ。精々絶望して楽になってしまえばいい。

 それがお前のためだ。

 

 ――――なのに、何故抗うのだ。何がお前をそうさせるのだ。

 

 幾度となく実力差を見せつけられても未だに絶望しないナルトに、ネジは内心で戸惑った。

 ナルトは聞いてきた――――何故そこまして落ちこぼれと差別するのかと。

 何の気紛れを起こしたのかは分からなかった、だがこのナルトという後輩を見ていると異常に腹が立ったのか、ネジは話す事にした。

 日向の因縁、そして自分が運命に絶望するきっかけを話した。

 自分の事、父親の事、伯父の事、兄の事、そして一族の事。

 

 この楽観的な落ちこぼれ(ナルト)に対して、現実とはこういうものだと突きつけるために、本来、外部に漏れてはいけない日向の内情までも話してやった。

 

 話を終えてやったネジは、今度こそ満身創痍のナルトに止めを刺すことにした。自分はこいつを殺すつもりでやる、止めたければ好きに止めろと審判に言い、ナルトの息の根を止めてやらんとする。

 

 それでもナルトは、諦めなかった。

 

 呆れたように、嘲笑うようにネジは聞く。

 

『どうしてそこまで自分の運命に逆らおうとする?』

 

 必死に印を組み、ある筈のないチャクラを練りながら、ナルトは強く答えた。

 

『落ちこぼれだと、言われたからだ……!』

 

 それを遺言と聞き取って、白眼を発動させたその時だった。

 

 ネジの白眼に、信じられぬ光景が映った。

 ナルトの経絡系に流れていた青いエネルギー、チャクラは既にネジが経穴を潰した事によって既に川に水が流れなくなったかのようにその流れが停止していた。

 ……筈なのに、その川が再び流れだしたのだ。

 だが、その流れ出したものは水と形容するにはあまりにも禍々しく、もし形容するのであればそれは、まるでマグマのようだった。

 

 馬鹿な、とネジは内心で驚愕する。

 

 マグマのような、赤いチャクラ。

 それがナルトの腹部を中心にして、まるで蜘蛛の巣を高速で張り巡らしていくかのような勢いでナルトの経絡系に流れ出していくのだ。

 

 そしてネジは見たのだ、ナルトの中に眠るその『怪物』を。

 

 その恐ろしいナニカを目の当たりにしたネジは、思わず躊躇いでしまった。

 

 その赤いチャクラを纏ったナルトのスペックは尋常な物ではなかった。あらゆる点穴を突かれ、さっきまで死に掛けであったのが嘘であるかのように俊敏な動きを以てネジと渡り合った。

 

『日向の憎しみの運命何だか知んねえがな! けどお前、ただ単に兄ちゃんが怖いだけ(●●●●●●●●●)だろ!』

 

『――――何、だと』

 

 挑発とも、核心を突かれたともとれるその発言は、ネジの逆鱗に触れた。

 

 ――――怖いだと、俺があの男を恐れているだと!?

 

 そんな筈はない。

 日向という運命に逆らう事は既に諦めている。

 ……だけど、だけど……あの男、兄、日向シキを許した事は一日とてない!!

 例え運命に逆らう事はできなくても、あの男、あの男だけは――――俺の手(●●●)で――――

 

 ――――俺の手で、倒せるのか?

 

 そんな疑問が、ネジの脳裏に浮かぶ。

 思い出されるのはあの日の光景――――自分の憧れ、日向一族で最強だと信じて疑わなかった父親が自分の目の前で、あの男に喉元を裂かれ、無惨にもその鮮血を散らして倒れ逝く姿。

 そして、その屍の前に立つ自分の兄。

 

 ――――父親の返り血を浴びて嗤っているあの姿に、自分は――――

 

『馬鹿な……』

 

 それを思い浮かべた瞬間、自分から湧き出た感情(恐怖)を、ネジは否定する。

 

『馬鹿なバカな莫迦なバカなバカなあぁッ! そんな訳あるかぁ!! 俺はあの男に勝つ!! 何としてもあの男を、この手でぇ――――』

 

 この時、ネジは気が付かなかった。

 自分はあの男に“勝つ”と言った。

 そう――――“倒す”とまで言えないのが、自分の限界であると、気が付かなかった。

 日向宗家や運命とか言ったそんな物より、何より自分はあの兄が一番怖いのだと認める事ができなかった。

 

 結果として、ネジは負けた。

 赤いチャクラを纏ったナルトの突進に対して、回天によるカウンターを返し、土煙が晴れた後に見えたのは満身創痍で倒れているナルトの姿。

 勝った、と思ったその時、その倒れたナルトは実は分身であり、本体は地中に身を潜めてネジの足下から奇襲をかけ、見事にネジに勝って見せたのだ。

 

 意識が薄れゆく直前に、ナルトに言われた事は今でも胸に残っていた。

 

『運命がどうとか、変わらねえとか、そんなつまんねえ事メソメソ言ってんじゃねえ』

 

『お前はオレと違って、“落ちこぼれ”じゃねえんだから……』

 

 

 

「うずまき、ナルト……」

 

 日向の分家に割り当たられた屋敷の庭でネジは訓練所でただ一人、空を見上げながら自分を負かした後輩の名を呼ぶ。

 あの少年は最後まで諦めていなかった、最後まで抗う事をやめなかった、最後まで運命から逃げる事をしなかったのだ。

 その時点で、自分は負けていた。

 

 あまりにも無様で、あまりにも潔く無くて、あまりにも生き汚くて――――そして、あまりにも彼は強かった。

 最初から諦めていた自分とは、大違いだった。

 

「俺も抗えるのか、お前のように……」

 

 最後まで諦めなかったあの少年を幻視しながら、ネジは虚空に向けて問う。

 運命に絶望し、唯一屠ると誓った筈の兄にすら恐怖を抱き、一体自分は何なのだろうとネジは自問自答し続けてきた。

 

 そこでふと疑問に思った。

 

「俺は、本当に兄の事が憎いのか、それとも怖いのか――――」

 

 怖い、というのは本当だろう。

 今までの自分ならばこんな事実、認められないだろうが、こうして自分と向き合う余裕ができるとすんなりと受け入れてしまう事もできた。

 

 ああ、確かに――――今でも、血に濡れたあの姿を幻視するだけで、贓物が痛み、足が笑ってしまう。

 

 こんな様でよく兄に勝つなどと豪語できたものだ、とネジはあの時の自分を恥じた。

 

 だが、恐いだけではないだろう。

 

「俺は、兄を憎み切れているのか?」

 

 それを自分に問うた瞬間、答えに詰まってしまう。

 ここからはネジの推測でしかないが、あの時自分の父親が殺される瞬間を見てしまった時、その下手人であった兄の額には“あるもの”がなかった。

 

 兄とは交わした言葉こそ少なかったものの、父である日向ヒザシの計らいで牢に繋がれた兄と少しばかり対話をしたことはあった。

 どこか達観したような雰囲気を持ちながらも、父と同じで優しい雰囲気の持ち主だったのは覚えている。

 

 あの時は何故兄が牢に繋がれているのか疑問に思わなかったが、今にしてみれば何故牢に繋がれていたのかという疑問が残った。

 何を仕出かしたかまでは分からなかったが、あの時の眼は確かに弟の存在である自分を心の底から祝福してくれていた。

 

 牢に繋がれ、外に出る事ができず心をすり減らし続け、自分という弟の存在を喜んでくれた兄を、憎み切れるだろうか?

 

 ネジはあの悲劇の後、兄の事をとてつもなく恨んでいたが、同時に彼なりに何故兄があのような暴挙に出たのかを推測していない訳ではなかった。

 あの時、兄の額になかった“呪印”。

 牢に繋がれていた時はあったのに、あの時はそれがなかった。

 

 つまり、日向宗家は兄に対して呪印からの解放を条件に、父親に手をかけさせたのだろうとネジは推測していた。

 だからといって兄を許せる筈もなかった。

 『自分の自由』と『父親』を天秤にかけ、前者を選んだその自分勝手さを、ネジは一時たりとも許した事はなかった。

 

 ――――けど、心の何処かでは兄に共感してしまう自分もいなかったと、言い切れるだろうか?

 

「……ああ、そうか……」

 

 ここに来て、ネジはやっと認めた。

 

「俺はあの男を、兄さんを憎み切れていない」

 

 だからと言って、許した訳ではない。

 今でも憎悪の対象であることに変わりはない。

 

 ナルトは自分が火影になって日向を変えてやると、堂々と言ってきた。よくもまあそんな根も葉も根拠もない事を言えるものだと感心してしまう。だが、不思議とアイツなら出来てしまうのではないかという気持ちになってしまう。

 

「ふっ、そんな事はないか……」

 

 さすがにそれはないと、ネジは否定する。

 ネジはナルトの事を認めてはいるが、同時にそんな事は絶対ないと言い切った。

 ナルト個人の強さの問題ではない、一人の人間の意志で一族という群衆の意志を変えるなど、そんなの夢物語だ。

 

 だけど、アイツはそんな夢物語を目指しているからこそ、あのように強くなれたのだろうとネジは思った。

 少しだけ、羨ましいと思った。

 

 ――――その時だった。

 

 

「ミー」

 

 

 突如、何かの鳴き声がした。

 

「猫?」

 

 鳴き声がした方向へ振り返ってみると、そこには一匹の白猫だった。

 馬鹿な、とネジは考える。

 ここの屋敷の周りに貼られた結界は木の葉の忍以外のすべての生物に反応するように出来ている。

 

 ――――なのに、何故あの猫はそれに引っかからず出入りできたのだ

 

 普通ならば木の葉の忍びのチャクラによって口寄せされた動物であるならばまだ納得できる――――否、その前提から間違えていた。

 そもそも、白眼という瞳術を持つ日向一族の屋敷においそれとこっそり口寄せ動物を侵入させるなどどう考えても愚策だ。

 つまり――――あの猫を口寄せした者は、こちらの情報を詳しく知らない。元この里の抜け忍である可能性が高い。

 

「ニャア」

 

「っ⁉ 待てっ!!」

 

 ネジの視線に気づいた途端、即座に木陰に隠れて逃げ出す猫にネジは呼びかける。

 

 ――――逃がす物か!

 

 そう思い、白眼を発動させて猫を追う。

 360゚の視界と透視、望遠能力を誇るこの眼がたかが一介の猫を見失う筈もなく、ネジはその猫を追わんと走り出した。

 そして、その猫が向かっている先に見当を付けた。

 

 ――――あの先は日向宗家の敷地の裏庭……何故そんな所に?

 

 敷地の裏庭とはいうものの、あそこにあるのはただ延々と広がる森林地帯と、その中にポツリと立っている「離れの屋敷」だけだった。

 今では誰も使う物はおらず、かつてあの男が幽閉されている時に使われていた場所。

 

 ――――何故、そんな場所に――――

 

「――――ッ!!?」

 

 その時、ネジは見た。

 白猫が行く先、そこに佇んでいた男の肩の上。

 

 その男の姿を、刹那たりとも忘れた事はない。

 

 白猫を肩の上に乗せ、赤い雲の模様が入った黒い衣を身に纏い、その下に見える血のような紅い着流し。

 背丈こそ違えど、その今にも消えそうな、しかし強烈な存在感はネジの脳裏に焼き印を押されたかのように焼き付いていた。

 

「よう兄弟、愉しんでるかい?」

 

 あの時と同じ、まるで小ばかにするかのような、飄々とした声がネジの耳を支配する。

 

 ネジにとってその存在は正に"死"そのもの。

 

 日向シキ――――あの時自分の父親を殺し、飄々と姿を消していった(人殺し)がそこにいた。

 




 ※注:呪印から解放される事を条件に父を殺したというのはあくまでネジの推測です。
ちなみに原作とは違い、このネジはヒアシとまだ和解してません。ヒアシさんは兄に関する事で原作以上にネジに対して気まずい思いをしてますから。


次回、胸糞展開注意


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2人の『兄』

※注:この主人公は正義の味方などでは決してありません。根っこから屑の悪人です。
※注:また今回は胸糞要素が入っています。それらが苦手な人はブラウザバックを、それに愉悦を感じる外道神父の皆様はそのままご観覧ください。


 とある部屋の一室、その部屋のベッドにてマスクをした白髪の男が寝ていた。瞳術によるチャクラの酷使、および強力な幻術を掛けられた事による精神的負担により、途方もない疲労に見舞われたその男はぴくりとも動かさずに眼を閉じていた。

 ベッドの傍にある窓際には彼が担当している班と一緒に撮られた写真が飾られており、彼が如何に彼らの事を大切に想っているかを物語っていた。

 そしてその様子を見守る、男の同僚と思しき三人の男女もまたこの部屋にいた。

 

「奴等の様子じゃ、まだナルトは見つかってないようだな」

 

 三人の内の一人、緑色のタイツの上に木の葉の忍装束を身に纏い、太い眉毛が特徴の男、マイト・ガイが深刻そうな様子でそう言った。

 それにもう一人の男、ガイと同じ木の葉の忍装束を着たアスマが率直な疑問を口にした。

 

「それなんだが、おかしくないか? あいつは既に里に入り込んでいた。この里でナルトを見つける何て簡単だろう? イタチはナルトの顔を知ってるんだぞ?」

 

 机の上に座りながら懐から煙草を取り出し、そう言う。

 

 木の葉に戻ってきたうちはイタチという男は、十三歳にして暗部の部隊長に任命される程の忍だ。それ程の忍がこれ程目的の捜索に手こずるだろうか?

 直接対峙したからこそアスマには分かる。今にして思えば、あの忍はいつでも自分たちを簡単に仕留める事ができた筈だ。

 態々怪しまれるような格好で侵入してきた事についてもそうだ。

 何か別の目的があるのではないかと勘ぐってしまいそうになる。

 

「しっ」

 

 イタチ――――誰かが廊下の階段を上る音を聞き取ったガイは、その名を口にしたアスマに向けて静かに、とサインを送る。

 足音は近づき、やがてドアが開いた。

 

「カカシ、……ッ!?」

 

 半袖の衣服を着た黒髪の少年が白髪の男の名を呼ぶが、そのカカシがベッドで寝ている事に驚いた。

 続いてそのカカシの部屋に居座っていた三人の男女が目に入り、少年・うちはサスケの疑問は更に深まった。

 

「……どうしてカカシが寝ている?」

 

 嫌な汗を流してサスケは疑問を口にする。

 

「それに上忍ばかり集まって、一体何があった!?」

 

 自分の担当上忍であるカカシが倒れ、更にそこに木の葉の上忍の三人までもが集まる事態、一体何事だとサスケは三人に問う。

 

「いーや? 別に何も」

 

 イタチが木の葉に来ている事が知られれば、このサスケという少年がどんな行為に走るかは目に見えているので、ガイは敢えてはぐらかす。

 他の2人もまたサスケから目を逸らし、この件に関わるな、と暗にそう告げる。

 しかし、自分の担当上忍がやられているのを見て、そうは行くか更に食い下がろうとした、その時だった。

 

「あのイタチが帰ってきたっていう話は本当か!?」

 

「あっ……」

 

 突如、扉を開けて部屋に入ってきた上忍、アオバが発した言葉で、サスケの頭は真っ白になった。

 聞かせてはいけない単語をサスケに聞かせてしまった三人はまずい、と苦渋の表情でアオバを睨む。

 しかし、慌てているアオバはそれに気づかずに更なる爆弾発言をかまし出す。

 

「しかもナルト追ってるって……あっ」

 

 そして、ようやく部屋の中にいるサスケを視界に収めたアオバはしまった、と口を開けたまま呆然としてしまった。

 

 

「――――」

 

 

 突如、顔つきを変えたサスケはアオバの懐を通り過ぎて玄関の外へと飛び出す。

 

 

「……バカ」

 

 部屋の外に出ていくサスケを見届けた三人。

 そのうちの一人であった紅が呆れたようにため息をはき、アオバに向けてそう言い放つ。事が事だとはいえ、上忍がそう軽々と、しかも大声で騒ぎになるような情報を口にしたのだ。呆れてものも言えない、と紅はアオバに内心でそう愚痴る。

 

「何でこうなるのぉっ!!?」

 

 せっかく手配した暗部からイタチの事は内密にと言われていたのに、こうもあっさりと、しかも一番知られてはいけない人物に知られてしまった事にガイは耐え切れずに大声を出してしまった。

 紅は深刻そうに顔を俯け、アスマはあちゃー、といった感じで天井を見上げた。そんな中で気まずそうに萎縮するアオバ。

 ただでさえ木の葉崩しの影響で自分たち上忍がそう前線に出られない状況にあるというのに、ここに来て状況はまた最悪な物へと繋がっていく。

 

 

 ――――彼らは知らない。

 

 そんな状況の中でもう一人、この里に最悪な伏兵が潜り込んでいるという事を。

 

 

 

 

 

 窓の外からそんな上忍たちの会話を聞いていた白猫が、建物から飛び降りた。

 

 

     ◇

 

 

「へぇ、上忍たちの間ではそんな話題で持ちきりか……」

 

【どうしたのよ、そんな腑に落ちなさそうな顔して】

 

 珍しく訝しそうな表情をするシキに対し、偵察の任を終えて戻ってきたレンは猫の状態のまま念話でそう語りかける。

 常時微笑を浮かべた能面顔のような表情から一転したその表情からも、シキのイタチに対する思い入れが垣間見れた。

 

「いや、何でもないさ」

 

 そんな嫉妬の視線をレンから感じたシキはそんな感じにはぐらかし、思考に耽る。

 シキが知る中で、うちはイタチという男は今まであってきた中で一番忍らしい忍だ。自分と殺り合っていた時はシキ好みの鬼を見せていたが、それ以外でイタチが派手な行動をしたのをシキは見たことがない。

 ましてや自分の存在を忍び込んだ里の、しかも自分の生まれ育った里の上忍たちに知られるといったヘマは決して犯さない筈なのだ。

 

 ――――まあ、好都合ではあるがね。

 

 シキはほくそ笑む。

 里の上忍たちの警戒がイタチや鬼鮫に向けられている今、どうやら簡単に事を成すことができそうだとシキは踏み込む。

 里中の忍全員と殺し合ってみるというのも非常に面白そうではあるが、今回はきちんとちゃんとした目的があってこの里に来ているため、そんなヘマは踏まない。

 

【所で、その格好は一体何のつもり?】

 

 念話で訝しそうにシキに聞くレン。

 まるで気でも違えたのか、とでも言いたげなレンに対し、シキは面白可笑しそうに答えた。

 

「ああ。偶には解脱と悟ってみるのも面白いかなと思ってね。自分で言うのも何だが、中々様になっているんじゃないか?」

 

 シキの現在の格好は、一言で表すのなら何処ぞと知れぬお坊さんだった。

 黒い法衣の上に「無我」と書かれた紫色の袈裟を架け、三度笠を被って顔を隠し、手には数珠をぶら下げていた。

 

【似合ってない訳じゃないけど、解脱した貴方とか想像しただけで笑えてくるわよ……】

 

 ある意味では解脱しているけれど、と内心で付け加えるレン。

 だが、案外こんな(マスター)の姿も悪くないと、レンは心の中でも思う。だけどやはり馴染むのは普段から来ている血のような紅色の着流し姿だとレンは思う。

 あの絶妙にはだけさせた胸元がエロ――――

 

 ――――って、何考えているのよ私は……っ!?

 

 自分の中に一瞬浮かんでしまった破廉恥な考えを破棄するレン。

 今のはそう……あれだ、一瞬の気の迷いだとレンは自分に言い聞かせた。

 

「それに暁の衣装は既に上忍達に知れ渡っているみたいだしな。態々怪しまれるような格好で彷徨く道理もないだろう?」

 

【……それもそうね】

 

 木の葉はほかの五大国の里と比べて非閉鎖的なので、忍宗の他にも様々な仏教とも繋がりがある。その為、シキのような僧姿でも仕草さえ気をつけていれば怪しまれるような事はまずないと言い切れる。

 その為、この変装はまことに英断であった。

 しかも懐にはレンという白猫がいるため、大衆からは不殺生を教えとする類の仏教だと錯覚されやすい。

 ……正に自分とは正反対の理念だなとシキは内心で笑いつつも、木の葉の街中を歩き、目的の場所へとたどり着いた。

 

 ある屋敷が見える場所だった。

 僧服を脱ぎ捨てて暁の衣装に着替えたシキは、その屋敷を見渡せる木の上に陣取り、殺意を込めた笑みを浮かべて見下ろす。

 

【それで、ここで何するの?】

 

「何、少々『傷跡』を残して、その後餌を誘い込むとするさ」

 

 そして、日向一族宗家の屋敷から、人の気配が消えた。

 

 

     ◇

 

 

 憎しみと恐れ、そして哀れみの三つの感情を抱きながらネジは、十年ぶりに再会した兄と対峙していた。

 この三つの感情の内のほとんどを占めているのは間違いなく『恐怖』だった。

 ……こうして対峙するだけで足が笑う。……本能が逃げろと警告する。……あの日の記憶(トラウマ)が鮮明に蘇ってくる。

 それでも、それに負けるかと言わんばかりにネジは兄を睨みつける。

 

「日向、シキ……ッ」

 

 幾度となく憎悪し、幾度となく恐れ、幾度となく想った。

 あの日、自分の父親と殺し合い、父親を宗家に売った張本人。それを引換とし呪印から逃れた卑怯者。

 そう思えば思うほど、ネジの中で兄への想いは薄れ、そして憎悪が恐怖と同じくらいにまで増大する。

 そして思う。

 

 ――――この男を今ここで殺すと。

 

「お前を、お前を殺す為に、俺は生きてきたッ……!!」

 

「そう昂ぶるなよ。惨劇はまだ始まったばかりなんだ。楽しく踊ろうぜ、兄弟?」

 

「ほざけぇっ!」

 

 叫ぶや否や、ネジはシキに躍りかかる。

 今まで貯めてきたありったけの憎しみをその掌に込めて、シキへと肉薄した。先程まで兄の事を恐れていた自分がまるで嘘であるかのように、ありったけのチャクラをのせて近付いた。

 迷いも、曇りもない踏み込みをもって一瞬で兄との距離を詰めたネジは、発動させた白眼に映るシキの経絡系を見定め、自慢の柔拳を見舞う。

 シキはそれを涼しい顔で、紙一重で避ける。

 

 憎しみを以て兄と対峙するネジ。

 

 その先を見据えて余興に浸るシキ。

 

 互いに拗れに拗れた関係を持った兄弟の再会は、そんな殺伐とした舞踏で始まった。

 

 

     ◇

 

 

 とあるアパートの廊下にて、もう一つの再会があった。

 ある部屋のドアの傍で立つイタチと鬼鮫、そしてそれを見上げるナルト。対峙しただけで絶望させられるような威圧をかけられたナルトは今までにない恐怖を抱いたまま、それを見上げる事しかできずにいた。

 

「ふーむ、イタチさん。チョロチョロされても面倒ですし、足の一本でも切り落としていきましょうか?」

 

「……っ!?」

 

 鬼鮫が背中に背負った大刀・鮫肌の柄を手に取り、ナルトの手足を切り落とさんと振るわれる直前――――

 

「……久しぶりだな」

 

「うん?」

 

 突如、イタチが呟いた言葉に鬼鮫は手を止め、突如後ろから感じた気配に振り向く。

 ナルトもそれに続くように前を見上げる。

 

「サスケ」

 

 階段から登った所の位置に、その少年は立っていた。

 その黒い勾玉模様が入った赤目は憎悪に染まり、対峙しようものならそれだけで圧死させてしまう程の殺意を放ちながら、うちはサスケはそのイタチを睨みつける。

 我慢などできなかった。

 最初はナルトの安否を優先してここまで来たにも関わらず、その彼と対峙した瞬間、サスケの中の優先順位はイタチへの憎悪の方が上となっていた。

 

「うちは、イタチッ……」

 

 長年憎悪し続けてきた兄の名を、憎々しそうに、待ちわびたかのように、噛み締めるかのように口にする。

 その言葉にどれだけの憎悪がこもっているかは、誰の想像すらも絶していた。

 

「ほぅ、写輪眼……しかも貴方によく似て。一体何者です?」

 

「俺の、弟だ」

 

「――――ッ!?」

 

 イタチと呼ばれた男の言葉に、ナルトは驚愕の表情を浮かべながら彼の顔を見つめる。

 

「うちは一族は皆殺されたと聞きましたが……貴方(●●)に」

 

 興味深そうに聞いてくる鬼鮫の質問を流し、イタチは冷酷な眼つきを装いながらサスケを後ろ越しに見やる。

 ――――大きく、なったな。

 内心で弟の成長に喜びつつも、それを出さずに弟に振り返る。

 写輪眼を見る――――まだ勾玉模様が一つしかなく、写輪眼と呼ぶには些か完成には程遠い。

 そして何より、その眼はまだ自分を憎みきれていなかった。

 他所から見ればそれは憎悪の一点しか垣間見えぬその眼は、しかしイタチからしてみればソレ(憎悪)は遥かに足りていなかった。

 

「うちはイタチ……アンタを殺す……ッ……!」

 

 そう宣言すると共に、互いの写輪眼を見る。

 サスケは憎しみを込めて、イタチは冷たさの奥にその愛情を潜ませ、両者は向かい合った。

 

「あんたの言った通り……」

 

 両親が切られていくその光景を思い出す。

 

「あんたを恨み、憎み、そして……あんたを殺す為だけに俺は、俺はッ……!!」

 

 チチチ、と鳥の鳴き声のような音と共に、サスケの左手にそれはあった。

 相手を殺す為だけに磨かれ、ありったけの雷遁チャクラがその形状を殺意の刃へと変える。

 憎しみを以て磨かれたその雷光を放ちながら、サスケはイタチを睨む。

 

「俺は、生きてきたァッ!!!」

 

 ――――そうだ、それでいい。だが、まだ(●●)足りない。

 かつて暗部だった頃の上司の術を見せられて若干驚きつつも、弟のその成長ぶりを喜ぶ。だが、それでも足りなかった。

 圧倒的に憎悪が足りなかった。

 その憎悪では俺を殺し得ない。

 そのまま俺を殺してしまえばサスケは絶対に後悔するだろう。

 だから、自分を殺してしまっても後悔しないように、ちゃんとうちはの名を背負って生きていけるように。

 

 ――――サスケ、俺を存分に憎め。

 

 二度と自分に情を抱かないように、二度とあの日の自分を思い出せないくらいに、二度と自分を兄と思わないくらいに。

 どうか自分を憎んでくれ。

 そして。

 

 ――――俺を殺して、その先へ進んでくれ。

 

 歪で、しかし純粋な愛情を冷たきその眼に潜ませながら、手から雷光を発して突っ込んでくるサスケにそう懇願した。

 

 願わくば、その牙があの日向の異端児も裁いてくれる事を。

 

 

     ◇

 

 

 掌底が振るわれる。何度も。何度も。

 ただ我武者羅に振るうのではなく、洗練された動きを以て、そして揺らぐことのない殺意を以て、それは振るわれていた。

 時には遠距離からチャクラを飛ばして攻撃し、時には点穴を狙って何度も突き攻撃を繰り出した。

 それらは皆天才によって磨かれた業であり、一族によって伝えられたソレをネジは惜しみなく使って目の前の相手を殺さんと躍起になっていた。

 

 それでも、目の前の男には及ばない。

 

 柔拳はかすればそれだけで致命傷となる厄介な体術だ。

 相手に外傷を与えるのではなく、その手から発されたチャクラを相手の経絡系に流し込む事によって、その経絡系と密接している内蔵に直接ダメージを与える代物である。

 それでも、目の前の男には届かなった。

 

 掠っていると錯覚してしまう程の絶妙な避け、しかし実際は一発たりとも掠らずに紙一重でそれはよけられていた。

 構えすら見せず、直立不動の状態からまるで平行移動でもするかのような動作で躱される。

 その眼に殺意はあらず、まるでネジをおちょくっているかのように嗤う。

 

 白眼を開かずしてこれだ。

 ネジとシキの間にどれだけの差があるかをそれは物語っていた。

 これは殺し合いではない、唯の遊びだと。

 

「――――ッ、舐めるなぁッ!!」

 

 その実力差を理解しても、ネジは止まらない、止めれない。

 この感情を、この昂ぶりをなんとしても抑えられず、しかし技のキレだけはいつも以上に冴えていた。

 にも関わらず、その男は白眼を開かずにただ踊るように躱すだけ。

 それがネジの神経を余計に逆撫でた。

 

「これなら……」

 

 ネジは全身からチャクラを放出し、そしてその体を高速で回転させる。

 

 ――――八卦掌・回天

 

 チャクラの暴風が炸裂し、自分の周りにいる至近距離の相手をひとり残らず殲滅し、かつ白眼の唯一の死角を補いさえする、日向一族宗家のみに伝わる絶技。

 分家のネジはそれを持ち前の才と独学をもって習得し得た。

 その才能は正に日向に愛された代物と言って良いだろう。

 

「ほぅ……」

 

 最初はどうでもよさげにネジの攻撃をかわし続けていたシキであったが、それを目にした瞬間、口角を吊り上げ、興味深そうにネジを見る。

 日向宗家にのみ伝わるその柔拳業、それを習得してみせる弟の才にシキはかつて殺した父親の言葉を思い出した。

 ――――お前の弟は、日向の才に愛されている。

 父親の慧眼を疑っている訳ではなかったが、なるほどどうやら節穴だったのは自分の方らしい。

 これほどの逸材を餌として使ってしまうのは、少し惜しかったかもしれない。

 

「くそッ……」

 

 至近距離で、しかも今までで最高速の回天を見舞った筈なのに、それ以上の速さでネジから距離をとっていたシキの姿を確認してネジは舌打ちをする。

 如何にギアを上げ、いや、限界を超えた所でスピードでは到底この男には敵わなかった。それでもネジは、兄を殺すというただ一つの目的の為にその業を迸らせる。

 それでも、一切も掠ることはなかった。

 

「どうした? 息も絶え絶えじゃあないか。最初の技のキレも見る影がない。そんなんじゃ俺は殺せないぞ」

 

 お前の殺意はそんなものか、とシキはネジを挑発する。

 

「黙れぇッ! 今すぐに殺してやる!」

 

「やれやれ」

 

 無心に技をぶつけてくるネジに対し、シキは肩を竦める。

 その体制のままネジの攻撃をかわし続け、思考に耽った。

 

 足りない。

 まったく以て足りない。

 

 せっかく自分の眼が光る程の原石が目の前にあるというのに、全くもって足りないのだ。

 目の前の弟は確かに憎しみを以て自分と対峙しているのだろう、だがそれだけだ。

 

 お前には足りない。

 俺を殺すとというただそれだけの殺意(●●)が全く以て足りていない。

 

 頼むぞ弟よ。

 つい先程皆殺しにしてきた宗家共だけでは物足りないのだ。

 どうか餌だけで終わってくれるな、せっかく俺を殺すに足る理由と憎しみを持っているのに、そこから俺を殺せる程の殺意を持ってこれないようじゃあ、その憎しみもただの宝の持ち腐れじゃあないか。

 

 憎悪のみで乱雑な技ばかりぶつけてくるネジにシキは業を煮やしたのか、突如その動きを変える。

 

「悪いね」

 

「かはッ!?」

 

 兄の姿が視界から消えたと同時、一瞬で白眼の死角、ネジの丁度真後ろの空中へと跳んだシキはそのまま足を突き出して斜めしたに急降下、そのままネジを蹴り飛ばした。

 突如背後から感じた衝撃に馬鹿な、とネジは狼狽える。

 いくら白眼に死角が存在するとはいえ、その死角に入るまでその動きは見える筈なのだ。

 なのに、見えなかった

 純粋にそれが速すぎて(●●●●)見えなかったのだ。

 いや、それ以前に白眼の死角を見切ってそこに的確に、しかも空中で体を潜り込ませるという芸当自体が有り得ない。

 その有り得ない動きを、この殺人鬼はまるで息をするかのようにやってのけたのだ。

 

 ネジは改めて、自分が対峙している相手の恐ろしさを再認識する事となる。

 

 前方へと吹っ飛ばされたネジは、先ほどの蹴りの衝撃で咽てしまったのか、ケホッケホッ、と息を吐いて、再びシキへ振り向く。

 

 蹴られた衝撃のせいであろうか、息を整えたおかげで先程より幾分か冷静さを取り戻し、向き合う。

 シキは動かない。

 微動だにせず、ただネジの出方を待つようにそこに佇んでいた。

 

 向こうから仕掛ける気がない、と踏んだネジは、かねてから彼に言いたかったことを口にした。

 

「お前に、一つ聞きたい。兄さん」

 

「ん?」

 

 冷静さを取り戻した弟をみて第二ラウンドと洒落こもうという気になっていたシキ、またしても自分に踊りかかってくると思っていたネジに問いかけられ、何事かと気まぐれに耳を傾けた。

 

「何故、あんな奴等(宗家)の口車なんかに乗った?」

 

「……何の話だ?」

 

 弟の言っている意味が分からず、首を傾げるシキ。

 耐え切れなくなったのか、ネジは吐き出すように豹変して叫ぶ。

 

 

「とぼけるな! 牢に繋がれているお前と初めて会った時、お前の額には呪印がついてた! なのに、あの時あんたが父上を殺めたとき、お前の額にはソレがなかった!!」

 

「……」

 

 急に叫び始めたネジに対し、シキは驚く様子もなくそれを聞く。

 確かに父親を殺した時点ではもう既に自分の額に“呪印”はなかったが、それがどうかしたのだろうか、とシキは疑問に思う。

 

「本当は親父の事なんて殺したくなかったんだろう!? そんなお前を奴等は利用した!」

 

「……」

 

「一番自由が許されていなかったお前は誰よりも自由を欲していた。だから奴等はお前に父親を殺させて代わりに呪印から開放してやるという誘いを持ちかけた。違うか!?」

 

「……」

 

「だとしても、俺はお前を絶対に許さない! 必ず、俺の手で殺してやるッ……!!」

 

 許せなかった。

 己の自由と父親の命を天秤にかけて、前者にその選択を傾けたこの自分勝手な男を。だからこそ、弟として、同じく運命に囚われた者として、この()はなんとしてもネジの手で殺めなければならなかった。

 

 ……それが、あの時自分が邪魔したおかげで命を落としてしまった、父親への唯一の償いだから。

 

「――――ク……」

 

 しかし、そんなネジの意思表明を聞いて、シキは何を思ったのか腹を抱えながら笑いを咬み殺す。

 やがて耐え切れなくなったのか大声で笑い始めた。

 

「くくく、はははははッ!」

 

 可笑しそうに、ただ可笑しそうに子供のように無邪気に笑う。

 ――――ああ、通りで殺意が足りない訳だ。

 その理由を知りつつも、それ以上に面白おかしいのかシキは愉快に笑い続ける。勘違いもここまでくればいっそ清々しいくらいに愉快だった。

 

「何が可笑しい!?」

 

 それが癪に触ったのか、馬鹿にされたような気分になったネジは怒りを込めて怒鳴る。

 それでもシキの笑いは止まらず、やがて落ち着いてきたのか、腹を抑えながらもシキは答え始めた。

 

「クク、ハハハッ。ああいや、悪い。あまりに愉快(おかし)すぎて笑っちまった」

 

 瞬間、シキはその場から消え、気が付けばネジの眼前へと移動していた。

 

「ッ!?」

 

 視界から消えたのではなく、純粋に速すぎてそれを見切るを敵わずに、成す術もなくネジはシキの接近を許してしまった。

 

「とんだ道化(ピエロ)だよ、お前」

 

 初めて懐から得物(短刀)を抜き、それをネジの額に刺した(●●●●●●●●)

 ネジの視界に一瞬だけ映ったのは、シキの発動された白眼だった。

 額に短刀を刺されるや否や、ネジの頭を空白が支配する。

 

 自分が殺されたという錯覚を最後に、ネジの意識は空白に引きずり込まれた。

 

 まるで、何か(●●)からようやく、その空白に開放されたような、そんな感覚を。

 

「ガァッ!?」

 

 気が付けば回し蹴りを喰らい、ネジは背後にあった木へと蹴り飛ばされ、激突した。

 ぶつかった木にはその衝撃によるクレーターが生じ、それが蹴りの威力を物語っていた。

 激突した木から崩れ落ちたネジはそのまま地面に蹲り、先程蹴られた時とは比べ物にならない程の咳を吐く。

 

「ゲホッ、ゲホッ……!?」

 

 背中に残る激痛が未だにネジの体を束縛する。

 今までに培ってきたものの違いを思い知らされたネジ、しかしそれ以上に彼は困惑していた。

 

「俺は今、殺された筈じゃ……」

 

 当たり前の疑問だった。

 額を短刀で深く刺されたのだ、死なない方がおかしい。

 

 ……額を(●●)、刺された?

 

 突如、ソレに引っかかりを覚えたネジは慌てて白眼で己の額を覗き見た。

 

「――――え?」

 

 そこには、ある筈の“モノ”がなかった。

 今まで、自分が運命に絶望してきたその要因が、その呪いが綺麗さっぱりと消え去っていたのだ。

 

「嘘、だ……?」

 

 夢か幻かと疑ってしまう。

 慌てて、呪印がないその額を両手で触り、その肌触りを確認する。

 体温は正常、汗もちゃんと汗をもちゃんとかいていおり、そのべっとりとした肌触りも紛れもなく現実のものだった。

 

 ――――待てよ?

 

 もし、そうだとしたら。

 

 もし呪印が消えた原因が、先ほどの短刀による攻撃だとしたら。

 

「そ、ん、な――――」

 

 顔を見上げ、そこに佇んでいる兄の姿を見る。

 白眼を発動させた事により、ネジと同じように目の周りに血管が浮き出し、手には短刀が握られていた。

 その短刀に、血はなかった。

 じゃあ、彼が刺したのはネジの額という体の一部ではなく、本当に“呪印だけ”を――――

 

「嘘だ、嘘だ……」

 

 けれど認めたくなかった。

 それは正に、彼は自力で呪印から抜け出す手段があった事に他ならなかった。

 けれど、それは断じて認めていいものではない。

 それは今までネジが思ってきた兄に対する全ての情が壊れてしまう事を意味していたのだから。

 

「嘘だ、嘘だウソだうそだ! そうだろ、ウソだと言ってくれよ、兄さん……ッッ!!?」

 

 懇願するように、ネジは歩み寄ってくるシキを見上げながら、ただひたすら狼狽える。シキの眼はまるで何も映さないかのように透き通っていた、ただ刃物のように鋭い目つきでネジを見つめ、やがて呆れたようにため息をついて答えた。

 

「戯け。殺人鬼が人を殺すのに理由なんざ持つわけないだろう? 俺はいつだって俺が殺したいから(●●●●●●●●)殺すのさ」

 

 まるでそれが当たり前であるかのように、そう答えた。

 それこそが、自分の存在意義であると、それ以外には何もないのだと、その眼は語っていた。

 

「……ぅ……う、ぁ……」

 

 その時、ネジの全てが壊れた。

 

 全部、自分の思い違いだった。

 自由欲しさに苦し紛れに父親を殺害したという事など一切なく、全て彼の意思だけで決行したという事だ。そこに他意など存在しない。

 彼の父親殺害に、宗家はこれっぽちも関わってなどいなかった。彼らは所詮そこから漁夫の利を得た忌々しい漁夫に過ぎない。

 

 そう、彼は、父親、日向ヒザシをただ殺したい(●●●●)から殺したに過ぎなかったのだ。

 

「うわあ”あ”あ”ああああああああああ”ああ”ああああああぁぁぁぁぁあああ”ぁぁあ”あぁっ!!?」

 

 絶叫を上げるネジ。

 もう正気など保っていられなかった。

 血流全てが逆流し、それが日向ネジという人間の何たるかを分からなくさせる。

 唯一、兄を憎みきれていなかった理由……それすらも完全な偽りであった事を知ったネジは今度こそ、完全に壊れた。

 

 ネジは飛びかかる。

 目の前にいる殺人鬼に向かってただ無心に躍りかかる。

 まともな思考なんてできやしない、もはや何もかもが分からない、一体目の前の相手が誰で、自分が何者であるかすらも思考から破棄した。

 残った思考はただ一つ――――この男を殺すというだけだった。

 

 ――――柔拳法・八卦六十四掌

 

 「八卦の領域」――――その間合に男に殺意をぶつける。

 放たれるは目に見えぬ高速の連続突き。敵に対し身体を横回転させる独特の踏み込みから両手で2本貫手の突きを繰り出し、八卦二掌から始まり四掌、八掌、十六掌…と段階的に数を増やし、総計64発の突きを打ち込んで全身64カ所の点穴を閉じる。通常、技を受けた者は経絡系のエネルギーの流れを遮断され、チャクラを練ることは勿論立つことさえできなくなる。点穴を見切る瞳力と、そこに正確に素早く突きを打ち込む体術が要求される、柔拳の奥義の一つ。

 回天と同じく宗家のみに伝わるその奥義を独学で習得したネジは、今までの努力の全てをシキにぶつけた。

 

「ようやっとまともな殺意になってきたな。突き刺さる殺気が心地いいぞ」

 

「黙れ黙れだまれダマれこの人殺しがああああああああぁぁあぁあああああああぁぁああぁっ!!!!」

 

 涼しい顔で64発の高速の突きを全て躱しきったシキに対し、ネジは更にその慟哭と憎悪が入り混じったような怒声を上げて、ギアを更に上げた。

 

 ――――柔拳法・八卦百二十八掌

 

 突きの速度は更に上がり、今度は先程の64発の突きの大凡二倍の速さでシキの点穴を的確に突かんと指を穿つ。

 しかし、それでも全て躱される。

 四掌、八掌、十六掌、三十二掌、六十四掌、百二十八掌、総計128発の突きの連撃すらも、シキは涼しい顔で躱して行く。

 

「まだまだあああああああああああああああああぁぁぁあああぁああああああぁぁっ!!!!」

 

 ――――柔拳法・八卦三百六十一式

 

 更に突きの速度が上げられた連撃を放つ。

 冷静さを失いながらも、針の穴の大きさしかない点穴を突くその精度は健在であり、今度こそはシキでも全ては躱しきれないだろう。

 先程よりも倍の速さで倍の数の突きがシキを襲う。

 三十二掌、六十四掌、百二十八掌、そしてそれ以後の神速とも言える突きの連撃。それが発動しようという所で――――

 

「ま、こんな所か」

 

 ネジの二本の貫手は、シキの両手によって取り押さえられた。

 指先から放出されたチャクラは既に『殺』され、ネジの技はそこで止まってしまった。

 

 ――――何故だ、何故当たらないっ!?

 

 ――――何故躱されるっ!?

 

 ――――一体何が足りないんだっ!?

 

 この速さに追いつけるものなどいる筈がない。一族が長年かけて培い、そして日向始まって以来の天才と言われた自分が放つ奥義を、何故柔拳の才能の欠片もないこの男に追い付かれなければならぬのだ。

 分からない、分からない、全くもってわからない。

 この男はなんだ、一体何だと言うのだ。

 

 疑問と焦燥ばかりがネジの脳裏を支配していた。

 心も砕かれ、技も破れた。

 これ以上、自分が自分足り得るものなど、ネジにはなかった。

 

 

 何かが、すれ違った。

 

「――――」

 

 気が付けば先程まで両手を掴んでいた筈のシキの姿はなく、そしてネジの体は硬直したかのように動かなかった。

 

「これは親父と殺り合っていた時に偶然編み出した柔拳への対処法なんだがね」

 

 後ろから声が聞こえる。

 

「柔拳の弱点っていうのは、攻撃する時に経絡系やその点穴を常に見てなきゃいけないって事だ」

 

 まるで、散歩に出かけるような気軽さでそう語られる。

 

「お前の目を見てさえいれば、何処の点穴を狙っているかが分かるんだよ」

 

 ――――故に、避けるのは容易い。

 何故なら、事前に何処の点穴を狙っているか分かれば、事前に避ける事は用意だから。

 同じ瞳力を持つシキは、自分の点穴の位置を隅から隅まで把握できてしまう。

 自分の点穴の位置が分かっており、そして相手が狙っている点穴の位置が分かる。これらの要素が合わされば避ける事など、シキにとってはとても容易い事だった。

 故に、柔拳使いの天敵は、同じ白眼持ちに他ならない。

 

「そ、ん……な、ばか、な……」

 

 途切れ途切れにそう呟くと同時、ネジの体中にいつの間にか出来ていた無数の切り傷から、赤い液体が滲み出てきた。

 先程すれ違ったと同時に切られたのだろう。

 やがてそれは飛び出すかのように、亀裂から溢れ出し、その鮮血をぶちまける。

 体をバラバラにされなかったのが不幸中の幸いと言えた。

 

 ネジの体は地面に倒れ伏せる。

 あらゆる筋肉組織の源を切られ、動くことすらもままならなくなったネジは、しかし生きていた。

 息が絶え絶えになりながらも何とか生きていた。

 

「ぅ……ぁ……」

 

 しかし、歩み寄ってくるシキを見上げるその眼に、生気はとうに失われていた。

 心も壊された。

 技も破れた。

 生きる希望も既に失った。

 これ以上、ネジに残っているものなど何もない。あるとすればそれは彼の担当上忍とその班の仲間たちであろうが、既に正常を破棄しているネジに彼らの顔は浮かんでこなかった。

 

「六銭は持ったか? まあ、俺とお前じゃあ行き着く所は違うだろうが……。もし地獄に落ちたら、閻魔によろしく言っといてくれ」

 

 そう言って、シキはネジの首元に短刀を振り下ろした、その時だった。

 

 ――――八卦空壁掌

 

 海を削り、大地を抉り、そしてかの十本の尾を持つ化け物の尻尾すらも弾いてみせる、チャクラの凶器がシキへと襲いかかる。

 当たれば体を粉々にまで分解され、そして虚無へと霧散するであろうその向かう凶器を、シキは短刀をひと振りして”殺”す。

 

 そして、その存在を視界にいれて、シキは笑った。

 

 餌を使ったにせよ、やけに遅い御到着ではないか。

 

「ようやくだ。ようやく出会えたな――――」

 

 愛おしく、殺意に満ちた視線で『本命』を睨む。

 体はコロセとうずき、そしてシキ自身がその者との殺し合いを誰より望んでいた。

 

 今にも飛びかかりたいと昂る欲求を抑え、シキはその名を口にした。

 

「日向ヒアシ」

 

 日向一族最強にして、かつてシキが殺害した父親、日向ヒザシの双子の兄、つまりはシキの伯父に当たる男。

 

 日向一族宗主、日向ヒアシがそこにいた。

 




試験期間中なのに執筆してしまった。
まあ、次のテストまで少し日数が空いてたので問題はない……多分。


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『共犯者』 前

 崩れ去った建物の残骸が並んでいる木の葉の街。

 大蛇丸が起こした木の葉崩しにより、大打撃を受けて一気にその戦力を低下させた木の葉。

 三代目の尽力で何とか大蛇丸を倒したものの、大蛇丸を捕らえるには至らずに逃がしてしまい、里の要であった三代目火影・猿飛ヒルゼンは大蛇丸との戦いの最中、禁術の代償により命を落とした。

 音の忍と砂の忍を退け、何とか壊滅は免れたものの、今や戦力維持の為に上忍や中忍を前線に出すことを忌避し、前線任務には下忍が駆り出される現状にまで落ちた木の葉の明日は正に絶望というべきだった。

 栄華を極めた里も時が経てば何とやら、というやつであろうか。

 しかし、それでも一部の強い意思を持つ者達は希望を捨てずにいた。

 裏で色々と汚れ仕事を請け負って里を裏から支えてきた暗部や根の忍たちは元より、その街の住人たちも亡くなった三代目の犠牲を無為にせんと今自分たちができる事を精一杯やっていた。

 

 だからこそ、この地に身を構える日向一族の宗主であるヒアシもまた、そんな里を守らんと内心で意気込んでいた。

 

「お疲れ様です、ヒアシ様」

 

「ああ。お前達もな」

 

 側近の2人から労いの言葉をかけられ、ヒアシもまた返す。

 木の葉崩しにおいて敵の忍を最も倒し、里の壊滅を防ぐ為に尽力したヒアシは今、多忙に追われていた。

 具体的には日向一族宗主として、土地に関する振り分けを他の一族の宗主たちと議論したり、この戦争で戦死した多くの忍たちの弔いに墓を訪れたりなど、とにかくやることがたくさんあった。

 そのためしばらくは相談役にして実の父親に屋敷の事を一時的に任せ、こうして里中を回ってやる事を済ましているのだ。

 今はそれが粗方片付き、ようやく一段落着こうと想った矢先に、上忍達の知らせによるある情報が入った。

 その情報とは、里にあのうちはイタチが入り込んでいるというものだった。しかもあの霧隠れの怪人と言われた干柿鬼鮫と行動しているというオマケ付きである。

 あの大蛇丸よりも危険なクラスの忍が2人も入り込んでいるという事実はさすがに混乱を招きかねないので、知らされているのは上忍たちと一部の中忍たちだけだった。

 

 ――――一難去って、また一難か。

 

 心底でため息を付きたくなるも、それを押し留めてヒアシは側近と共に己の屋敷への帰路を歩く。

 

 うずまきナルトと聞いて、思い出してしまったのは、中忍試験で彼に敗れ去った自分の甥の事だった。

 

(ネジ……)

 

 思い出して、ヒアシは懐に持ち出してきた一本の巻物を一瞥した。

 うずまきナルトという、何があっても諦めない精神を持つ彼に影響を受けたネジは、ほんの少しだけだが何かが変わった。

 自分や宗家への憎悪の目線は未だに変わりないが、それでも幾ばか落ち着きを取り戻しているようにも見えた。

 だから、今のネジにならこれ(●●)を見せてもいいと想った。

 

 なのに、それができなかった。

 

 できない訳ではない。むしろ今こそ見せる時であろう。

 ネジはナルトとの戦いを経て運命に抗う事の意味を多少なりとも理解したと見える。例え落ちこぼれであろうとも、運命に抗う事をやめてはいけないのだと思い知った筈である。

 だが……それを考えるたびに自分の胸が心なしか痛くなってしまう。

 嗚呼、何という滑稽、何という無様。

 

 ――――運命から一番目を逸らしているのは、他ならぬ自分ではないか。

 

 もう一人の甥を脳裏に浮かべ、ヒアシは自嘲する。

 自分の不始末で雲隠れからの理不尽な要求を突きつけられる羽目になってしまい、本来ならば自分の首を差し出さねばならぬというのに、自分は双子の弟がその息子に殺された事をいい事に、その双子の弟の遺骸を影武者として雲隠れに差し出し、自分は生き残った。生き残ってしまった。

 その双子の弟を殺した息子は忽然と姿を消し、その弟であったネジは自分達(宗家)を憎悪するようになってしまった。

 だからこそ、自分には義務があるのだ。

 双子の弟、ヒザシが書き残したこの巻物(遺書)をネジに届ける役目がある筈なのだ。

 なのに、渡せない。

 合わせる顔がない。

 彼の才能を受け入れる事をしなかった宗家の一人である自分が、先に彼を拒絶してしまった自分達(宗家)が、その弟に合わせる顔など見つけられぬものか。

 

「――――ッ」

 

 そんな臆病な自分もまた嫌だった。

 こんな事になるくらいなら、自分も弟と一緒に分家の者にしてもらう事がどれだけ楽であったか――――否、今分家の立場で一番苦しんでいるネジの事を思えば、それを考える事すら今のヒアシには許されていなかった。

 

 一番、日向の運命に踊らされていたのは、他ならぬヒアシだった。

 

 十年前のあの日から、そんな罪悪感を背負ったまま生きてきた。己を押し殺して一族の宗主としての役割を全うしてきた。

 十年間、運命から目を逸らし続けていた。

 そんな自分が、運命に抗うことを決した弟の遺書をその息子に見せる資格など、ある筈がない。

 

「ヒアシ様、何処か体調でも?」

 

「いや、何でもない。帰るぞ」

 

 感傷に浸っていたせいか、敏い側近から声をかけられる。

 何でもないと返したヒアシはそのまま側近と共に屋敷へと帰った。

 

 

 

「これは……」

 

 屋敷の門は、異様な雰囲気に包まれていた。

 人の気配はなく、そして。

 

 ――――むせる程の、血の匂い。

 

「ヒアシ様、これは一体――――」

 

「人の気配がまるで……」

 

 側近の2人もまたその異様な空気を感じ取ったのだろう。

 当たりは静寂に包まれ、屋敷の門はまるで生と死の境界線のようにそびえ立っているような錯覚に陥らせる。

 ――――一体、何が起こっている?

 吹く風も、庭の池も、その疑問には答えてくれず、ただその血の匂い(●●●●)だけがその答えを示唆していた。

 

「――――ッ!!」

 

「ヒアシ様っ!?」

 

 だからと言って、それを受け入れられる筈もなかった。

 部下の呼び声を無視し、咄嗟にヒアシは屋敷の中へと走り出す。

 過ぎ去る部屋から漂うを死臭が嫌でも鼻に付き、それでもヒアシはそこに意識を向ける事なく、ある部屋を目指す。

 幸い、娘のヒナタはまだ担当上忍の下にいる筈だ。

 だが、もう一人の娘はまだこの屋敷の中に――――

 

「ハナビ!」

 

 目的の部屋の前へとたどり着いたヒアシは障子のドアをバンッ、と開け、娘の名を大声で呼ぶ。

 そこには――――

 

 隅っこで震えている、血まみれの娘の姿と

 

 彼女の世話役だった(●●●)者の体が、その傍でバラバラの屍となって転がっている光景だった。

 

「ハナビっ!」

 

 そのあまりにも惨い光景に、ヒアシは目を大きく開きつつも娘の安否を優先してハナビに駆け寄る。

 傍で転がっている世話役の死体の返り血を浴びたのだろうか、ハナビ自身は血まみれになりつつも何の外傷も負ってはいなかった。

 そうあくまでハナビの肉体は(●●●)無事だった。

 

「ぁ……ぁ、ひ、ぉ、バラ……、バラ……ぃ、……ぁ?」

 

「ハナビ、しっかりしろ! ここで何があったっ!?」

 

 ハナビの肩を掴み、父親という自分の存在をアピールしながらヒアシはハナビに聞く。ハナビの体は極度に冷たく、未知の恐怖のあまり顔面は信じられない程に蒼白になっており、体中が冷や汗でべっとりとしていた。

 幼きハナビの精神はもはや崩壊していた。

 

「わ、ぁ……ぁ、か………げ、とぉ、り……す……ぃ、バラ……、バラ……に……ぃ?」

 

 もはやヒアシの事を認識できているのかすらあやふやであり、それでも辛うじてヒアシの声が届いたのか、それとも単にタイミングがよかっただけなのか、意味の分からない事を発音しだす。

 大抵の人がそれを聞いても、何を言っているのか全然わからなかっただろうが、それでもヒアシには理解できた。

 即ち、『影が一瞬通り過ぎたと思ったら、気が付けばバラバラになっていた』という事だった。

 

 そこで更に。

 

『う、うわあああああぁああぁあああぁぁあああぁっ!!!?!!?』

 

 廊下から、側近の悲鳴が聞こえた。

 

「……ハナビ、そこで待っていろ」

 

 いつまでもこの死体を見させ続けるのは酷だと想い、押入れの中にいれ、羽織っていた羽織でハナビの体を包み、ヒアシは急いで悲鳴が聞こえた廊下へと向かう。

 そしたら、廊下の曲がり角から体を震わせがら後ろへ下がり、そのままべったりと尻餅をついた側近の姿があった。

 

「どうした!?」

 

「あ、あ……あれを……」

 

 側近が前の廊下の方を指差す。

 それに釣られてヒアシもまたその曲がり角を覗き込む。

 

「―――――――なんだ………………これ、は!?」

 

 それを見たヒアシもまた絶句する。

 

 そこには、ひたすら屍が転がっていた。

 もはや人とは言えないほどにバラバラにされ、切り離された手足や胴体、首などが多量の血液をぶち撒きながら散乱しており、まるでボロボロのマネキン人形の廃棄所みたいになっていた。

 人の価値など、そんな事知らんというばかりに、その地獄絵図は出来上がっていた。

 栄華を極めて日向一族、その宗家は刹那の瞬間にしてあっけもなく皆殺しにされていたのだ。

 

「……動けるか?」

 

「……はい、なん……とか……」

 

 尻餅を付いて怯えている側近にそう聞く。

 側近は震える唇を何とか動かしながらも、必死に答えた。

 今まで寝床や食を共にしてきた者達がバラバラになっている光景を見た彼の精神状態はとてもではないが大丈夫とはいえない。

 それでも、それを押さえ込んで側近の男はコクンと頷いてみせた。

 

「ハナビを安全な所へ運んでくれ。それともう一人の方には他に生存者がいないか調査するように頼んでくれないか」

 

「………………はい」

 

「すまない」

 

 多大な精神的ショックを負いつつも確かな意思を以て返事をしてくれた側近に謝り、ヒアシは更に向かうべき場所へと足を運ぶ。

 幸い、ハナビは無事だった。

 後は、自分の肉親の安否である。

 父親であるにも関わらず息子を平然と長男(●●)の身代わりとした彼には正直良い感情を抱いていなかったが、それでも今となっては唯の肉親。

 その畏敬の念は今でも途絶えてはいない。

 だから、急いでそこへと向かう。

 

「父上!」

 

 ドアを開き、自分の父の部屋へと入る。

 しかし、そこには誰もいなく、代わりに。

 

 ――――ちゃぶ台の下に、血を流した何か(●●●●●●●)があった。

 

「――――」

 

 嫌な予感を感じたヒアシは急いでそのちゃぶ台をどけ、その中身を視る。

 

 そこにあったのは、五体を切り離され(●●●●●●●●)、無惨な表情をうかべながら惨死体となった、自分の『父親』だったもの。

 

「ちち、うえ――――」

 

 信じられない、とヒアシは狼狽える。

 日向家前当主が、年老いて前線から引いた状態であるとはいえ、それが成す術もなく、しかも膝ほどの高さしかないちゃぶ台の下で見事に解体されているという事実。

 それを成し遂げた犯人のおぞましさにヒアシは身の毛立つ思いをする。

 正直に言えば、父を失った悲しさよりも、父に成す術も与えずにこのような惨死体に仕立て上げた事に対する恐ろしさの方が強かった。

 

 そして、こんな芸当ができる忍など、ヒアシの知る中でたった一人しかない。

 

「まさか……」

 

 そんな筈はない、とヒアシは一瞬思い浮かんだ犯人像を取り下げる。

 そんな事があっていい訳がない。

 大蛇丸の木の葉崩しのおかげで木の葉の戦力が大幅に低下し、そしてそのタイミングでうちはイタチと干柿鬼鮫が侵入している中で、更にもう一人それと同等クラスの危険人物が入り込んでいるなど、最悪過ぎるにも程があろう。

 

 しかし、もし本当にそうだと過程すれば

 

 彼が今いそうな場所は

 

「……」

 

 最悪な事態(もう既に最悪な事態だが)を頭に浮かべたヒアシは目の周りの血管を浮き上がらせ、瞳力を発動させる。

 日向一族宗主であるヒアシの白眼は他の日向一族の白眼よりも広視野、および広範囲の場所を見渡せる。

 そして、目に付いたのは、かつて彼が幽閉されていた屋敷が立っている場所。

 

 そこには、ヒアシが思い浮かべた最悪な人物と

 

 それに必死に柔拳をぶつけているネジの姿が目に入った。

 

「――――っ、いかんっ!!」

 

 それを目撃したヒアシは大慌てで屋敷から飛び出し、そこへ全速力で走り出す。

 もう、これ以上失う訳にはいかない。

 何としても、弟が残してくれた形見だけは守らねばならなかった。

 

 

     ◇

 

 

「ようやくだ、ようやく出会えたな。

 ――――日向ヒアシ」

 

「……シキ」

 

 互いの名を感慨深く口にする。

 シキは歓喜を秘め、ヒアシは何処となく居た堪らないような思いを秘め、奇妙で最悪な縁で繋がった甥と伯父は今、対峙する。

 傍に倒れているもう一人の甥を他所に、二人は緊迫の空気を発しながら見つめ合っていた。

 

「ネジは返してもらうぞ」

 

「まあ、所詮はあんたをおびき出す為の餌だったしな。しかし、いいのかい?」

 

「……何がだ?」

 

「その白眼を凝らしてよく見てみろよ」

 

 悪戯げに笑うシキに対し、ヒアシは白眼を発動させ、ネジの方を見やる。

 そして、ネジの額にあるべき物がない事に気付き、目を見開いて驚愕の意を示した。

 そして、納得したようにシキの方へ向き直り、言い放った。

 

「やはり、お前は呪印を自力で解いたのだな?」

 

「どうだろうねえ? まあ、ニュアンスとしちゃあ正しいかな。それで、どうする? もし、あんたの甥を取り戻したとして、もう一度(●●●●)鳥籠の中に入れてやるかい?」

 

「――――ッ」

 

 言われて、ヒアシはシキの悪趣味な質問に歯噛みする。

 悪戯げに笑いながらヒアシの答えを待つシキ。

 かつて同じように鳥籠に囚われていた者が言うには、あまりにも皮肉が効きすぎている。

 答えられないヒアシに対し、シキは興が削がれたのか悪戯げな笑いを若干収めた。

 

「まあ、別にどちらでも構わないけどね。けど、俺とこいつの件で自責に駆られていたあんたが、呪印から開放されたこいつに対してどんな躾をするのか少し興味があっただけさ」

 

「……一つ聞きたい。何故こんな暴挙に出たのだ? いくら里の力が弱っている今が好機とはいえ、それにしてもお前の行為はあまりにも無謀過ぎる」

 

 シキの質問に答えたくなかったヒアシは即座に話題を変え、目の前の甥に聞きたい事を聞き出す。

 いくら見境なく襲う殺人鬼といえど、下手すれば自分の存在を表沙汰にしてしまうようなリスクを冒してまでする事か。

 今まで殺害現場を見たものすら一人残らず解体してきたこの男が、今になって、しかもうちは亡き今、木の葉の現最強の一族としてうたわれる日向一族宗家を皆殺しにするなど、トチ狂った行動にしか思えない。

 今回の彼の行動は、あまりにも派手すぎる。

 

「いや何、ちょいと諸々あって使いっぱしりにされちまってね。そんな身でお互いいつ会えるか分かる身でもなし。今の内に未練や義理を果たしておこうかとね。いつまでもほったらかしにしておくのは餓鬼のする事だよ」

 

「お前は餓鬼のままだ、シキ」

 

 違いない、とヒアシの言葉に可笑しそうに笑いながらシキは返す。

 

「それに無謀って訳でもないさ。建物の構造さえ把握しちまえば、老害共を解体(バラ)すことくらい造作もない」

 

 嗤いながらシキは語る。

 白眼という血継限界を持つ日向一族は、その慢心から感知タイプの忍を養う事を怠っている。

 常時白眼を展開できるほどのチャクラを有する訳でもなく、しかもその状態で感知タイプはいない。

 先に白眼を開いて建物を構造を瞬時に把握し、暗殺を仕掛ければ数分足らずで死体の山を作り上げるくらい、彼にとっては息をするように簡単な事なのだと。

 

 事実、日向一族宗家は皆、彼の奇襲に気付く事なくその生を断絶されていた。

 それは前当主であった祖父であっても例外ではなかった。

 

「宗家の皆を殺し、ネジをこんな風にしたのも、全て私を誘い出すためだったのか? 何故……何故そんな事を……ッ!?」

 

 内に秘める怒りをほんの少し表に出し、ヒアシは静かな怒声を上げてシキに問う。

 そんなヒアシの殺気篭った声をシキは涼しい様子で受け止めて答えた。

 

「言っただろう、未練や義理を清算するためだって。責任感の強いあんたの事だ。会いたくて会いたくて仕方なかっただろう、お互いさ」

 

「私はお前に会いたくなどなかった。出会わずに済めばいいと、そう思っていた」

 

 それは逃げだった。

 一族の運命に踊らされ、2人の甥をその運命の中に巻き込んでしまい、その罪悪感を背負って生きてきた男の、逃げの一言だった。

 しかし、それは男の本心でないとシキは即座に見抜く。

 

「嘘はよくないな。あの日俺が親父を殺し、その遺体を利用して生き残っちまったあんたがそんな事を言う筈がない。一族からの離反者として俺を裁きたいと、それをもってしてコイツに報いたいと常々願っていた筈だ」

 

 何故ならそれしかネジに報いてやる事ができないから。

 あの日、シキは実の父親を手にかけ、その父親の双子の兄であったヒアシは己の不始末で引き起こし、その責任を取らされる形で命を落とす筈だったヒアシはその弟の遺体を影武者として利用して生き残ってしまった。

 宗家の事だ。

 例えシキが父ヒザシを手にかけなくとも、宗家ならばヒザシを影武者として雲隠れに引き渡す手段を取っただろう。

 それならばまだ、自分の責任というだけで片付ける事ができた。

 

「どの道、あんたには弟を犠牲にして生き残る未来しかなかった。しかし、俺という『共犯者』を得たあんたは、自責だけで片付ける事ができなくなっっちまった」

 

 自分の不始末で弟を犠牲にしてしまっただけなら、ヒアシは他に当たり所を得る所もなかった。

 だが、実際には宗家の思惑とは別に、弟ヒザシに直接を手をかけた犯人は別にいたのだ。

 自責の念と罪悪感に蝕まれながらも、その全ての責任は自分にはないと、心の何処かでそう言い聞かせたかった。

 

「いやさ、正直に言うと俺も腹ただしく思っちゃあいるんだ。親父は宗家の物でも、ましてや雲隠れの物でもない。

 あれは、俺が殺した獲物なんだよ! 殺して、殺し合って、俺の手で殺してやった、俺の(●●)獲物なんだよ。ああクソ、中途半端に殺しちまったおかげで、俺が殺した証を台無しにされちまった。あんな風になるくらいなら、他の誰もが手出しできないくらいにバラバラにしてやればよかった」

 

「……」

 

 ヒアシは驚愕に眼を開けながら、弁明するシキの台詞を聞いた。

 それは紛れもなくシキの本心だった。

 自分の、自分の手で殺してやった肉親を、むざむざと他里の手に渡してしまった、日向ヒザシの息子としての後悔がそこに確かにあったのだ。

 殺人鬼の、肉親への歪みすぎた愛情がそこにあったのだ。

 

「シキ、お前は……」

 

「あんただってそうだろう? 俺という裁くべき『共犯者』がいながら、日向家宗主という立場故、弟を犠牲にし、俺を探して裁く暇すら与えられないあんたは、もどかしい毎日を送っていた筈だ」

 

「お前は、まさかその為だけに――――」

 

 宗家の皆を殺したとでも言うのか。

 心なしかその刃物を思わせる眼に少しばかりの慈愛が垣間見たヒアシは、呆然としてシキを見つめる。

 この甥は、ヒアシが自分という共犯者に向き合いやすくするように、一族の宗主という立場から開放するために、たったそれだけのためにこれだけの暴挙を犯したのだ。

 

「俺が残してきた未練はただ一つ。あの日中途半端に終わってしまった親父との殺し合いの続き、その延長だよ。今度こそ、あんたをきっちり殺してみせる。

 あの時の中途半端な技でではなく、今まで多くを『殺』して磨いてきたこの技の全てをぶつけて俺は、親父(あんた)の全てを殺し尽くしてやるよ」

 

 奇しくも、両者が望まぬ形で『共犯者』という縁で繋がってしまった。

 その縁を断つためにも、無意味とは分かっていても、ただそれだけのためにシキはこれだけの暴挙を犯したのだ。

 

 

 漸くヒアシは、シキという人間を理解した。

 この子は、どうしようもなく歪んでいて、どうしようもなく救いようがなくて、そして……どうしようもなく義理堅いのだ。

 今更どんな事をしても無意味だと自分でもわかっていて、それでも事の終着を求めて突っ走る。

 日向シキは、どうしようもなく『人間』なのだと。

 

 それでも、ヒアシはこの暴挙に出た彼を絶対に許しはしない。父を殺し、祖父を殺し、そしてあろう事か己の娘の前で大切な人が殺される瞬間を見せつけた。

 確かに、宗家は生き汚かった。

 一族という総体を守るために、分家の者達に呪印を仕込んで次々と自分たちのためだけの運命に縛り付けて、絶望させてきた。

 その彼らが奇しくもその運命から抜け出した者にこうしてあっけなく皆殺しにされるのも、因果応報といえばそうなのかもしれない。何せ、その中でも一番罪深いのは他ならぬ自分なのだから。

 

 それでも決して許しはしない。

 

「一つだけ、聞いておきたい」

 

「……うん?」

 

「何故ハナビは殺さなかった? 己の獲物も、己を目撃した者達も全て殺してきたお前が何故?」

 

「ああ。相棒が女子供は殺すなと煩くてね。まあこれは俺の個人的な用事だし、使い魔からの言いつけを守るってのもどうなんだとは思うが」

 

「……そうか」

 

 そこもまた、『人間』らしかった。

 どこぞの誰かかは分からぬが、彼の相棒とやらに感謝してもしきれない。何せ、そのおかげでハナビは助かったのだ。

 

 だからこそ、自分はこの甥と戦わなくてはならない。

 彼の言う通りだった。自分は目の前の甥を裁きたくて、そして裁かれたくて仕方なかった。

 あの日、ヒナタを攫った雲隠れの忍頭を殺してしまった時点で、シキがヒザシを手にかけようがかけなかろうが、ヒアシがヒザシを犠牲にして生き残る結果は既に決まっていたのだ。

 しかし、甥であるシキという『共犯者』が現れた事で、ヒアシはヒザシが殺された事に憤りを感じつつも、シキが手にかけずとも結局は自分が手をかけていたであろう事は分かっていた。

 シキが手を出すのが速いか、ヒアシが手を出すのが速いか。

 たったそれだけの違いでしかなかった。

 

 ああ、何たる、ろくでなしの『共犯者』なのだろうか、自分たちは。

 

 ヒアシは己の不始末で弟ヒザシを犠牲に生き残ってしまった事を後悔しながら生き続け、シキもまた中途半端に殺してしまった父ヒザシが他里に渡ってしまった事を後悔しながら生き続けてきた。

 これ以上に歪な『共犯者』関係など他にないだろう。

 故に、この歪な縁に決着を付けるためにも、自分がこの甥と殺し合う事になるのはそれこそ『運命』なのかもしれない。

 

 いいだろう。

 どうやら日向(我ら)はどうあっても運命から逃れる事などできやしない。ならばせめて、その運命と向き合おう。

 それが、自分にできる事であるというのであれば。

 

 嗚呼、だけど――――ほんの少しだけ嬉しかった

 

 長年向き合えず、ただ得体のしれない何かだと思っていた甥の、人間らしい所を見ることできて。

 それがどんなに歪んでいる事を理解しても、ほんの少しだけだが、嬉しかった。

 

 故に――――

 

「分かった、シキ」

 

 こう思うことが、どれだけ罪深いか分かっていた。

 まさか、この日が来ることを感謝する事があるなど、自分でも思いたくなかった。

 それでもヒアシは嬉しく思った。

 

 こうやって、長年果たせなかった甥との決着を付ける機会が巡ってきた。

 こうして向き合えなかった甥と、向き合えるチャンスが巡ってきたのだ。

 

 故に、全てを忘れよう。

 

 日向一族宗主としての立場も、全て。

 

「日向が木の葉にて最強たる所以、その身を以て教えてやろう。来い、シキ」

 

「ああ、あんたは己の自責のために。俺はあの日の続きをするために。『共犯者』として繋がったこの(えにし)……きっちりかたを付けて黄泉路を踊ろう」

 

 両者は構える。

 眼の周りの血管が浮き立ち、互いの瞳力で見つめ合う。

 

 

 

 

「「さあ、殺し合おう」」

 

 

 

 

 二人は、お互いに全霊の技をぶつけ合った。

 




ネジ「俺放置?」

シキもかなり病んでます

胸糞展開はまだ続く


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『共犯者』 後

今回はすぐにブラバできるように敢えて冒頭でネタバレしてます。


 ――――やめろ

 

 届かぬ手を伸ばして、いやもはや動きすらもしない手を必死に伸ばそうとして、結局は動いてくれぬ腕を、いやそれでもと必死にその光景へ届かそうとする。

 

 ――――やめろ

 

 それは果たしてあそこで戦っている2人のどちらに向けられた言葉なのか、否、言葉にできる程に口に動いてはくれず、ただそこで思う事しかできなかった。

 

 また、繰り返すのか。

 

 あの惨劇を、もう一度繰り返すのか?

 

 ――――俺は、また止められないのか!?

 

 地は根こそぎ弾け飛び、木々は粉々に砕かれ飛び散り、ただ焦土だけが広がる地にて、あの日の再現はそこで成されていた。

 

 あの日、父親が兄に殺されたあの時と、今現在伯父が兄と殺し合っているその光景は如何んともしがたく重なった。

 

 頼む、倚む、憑む、托む、たのむ、タノむッ……ッ!!!

 

 動け、動けよ俺の体!!

 動けよこの凡骨!!

 

 またあの惨劇が起こるかも知れないのだ!!

 今まで散々己を縛り、絶望させてきた呪印は既にない!!

 

 だから動け、動けよ!

 

 体中を切られたから何だ!?

 自分はこの通り生きている!?

 生きて、お前たちの事を見て、叫んでいる!!

 

 届け届け届けトドけトドけトドけとどけとどけトドケトドケトドケっ!!

 

 今なら止められる、まだ止められる、自分を縛る運命など既に存在しない、だから届く筈なのに……

 どうして体は動いてくれないっ!!

 

 ――――………やめろ………………やめてくれっ!?

 

 

 ――――ヤメロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

ッ……ッッッ!!!!!!

 

 

 ネジの視界に映ったのは、空中で成す術もなく投げ出された伯父に、七人の影分身と共に一斉に短刀を構えて四方八方から襲いかかる兄の姿。

 

 

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアァァアアアアアァッッ!!!?!!?!??」

 

 

 ようやく声を出せたのは、人の原型を留めぬ程に、空中で爆発四散したかのように『殺』し尽くされた伯父の姿を目にした時だった。

 

 

     ◇

 

 

 長く、長く、この時を待ちわびていた。

 彼らは互いの『存在』が許せなかった。

 彼らは彼という『共犯者』の存在を互いに許容できなかった。

 己の不始末故に弟を犠牲にする未来から逃れられなくなった男。

 その未来に介入し、男の『責』の半分を持っていた青年。

 本来、己だけが背負う筈だった『責』を持って行かれ、一族の宗主としてその想いを殺しながらも、それでも青年の存在を許容する事などできなかった。

 青年もまた自分が仕留めた筈の獲物が他に渡ってしまう原因を作った男の存在を万一にも許容する事などできなかった。

 

 男が青年に求めるのは、青年を裁くのをもってしてもう一人の甥に償い、そして自分が背負う筈の『責』の半分をぶら下げた青年を、この手で殺す事。

 

 青年が男に求めるのは、己の仕留めた父親(獲物)が他里に渡る原因を作った男を、『父親』ともう一度殺し合い、今度こそ己の手で殺し尽くす事。

 

 互いに存在する言葉など、十年前のあの日から既に失われている。

 ならば、この二人に残っているのは対話にあらず、ただひたすら互いを喰らい合う『闘争』のみ。

 

 ――――故に/――――故に

 

 ――――あんたは俺の手で殺されて然るべきだ/――――お前は私の手で裁かれて然るべきだ

 

 ――――そうだろう、『共犯者』!!

 

「――――ッ!?」

 

 突如、目を見開いたシキは咄嗟に横に移動する。

 何が来るのかを理解していた訳ではない、ただ避けなくてはいけないと、己の『死の嗅覚』がそうさせた。

 瞬間、シキの背後にあった木が、その地面ごと根っこを抉られ、その跡が延々とシキの背後にまで続き、遥か後方の木々さえ抉られていた。

 

 ――――八卦空掌

 

 本来ならばチャクラによる真空の衝撃波を放ち、敵を吹き飛ばす技であるが、どうだろうか?

 男が放ったソレは正に地を削り、衝撃波の行先の木々の悉くを抉ってみせた。支えとなる根っこさえも抉られた木はまるでドミノ倒しのように連鎖的に倒れていき、その惨状こそが今の一撃の威力を語っていた。

 

「……冗談」

 

 呟き、冷や汗を掻いたシキは即座に今いる地点から跳び上がる。

 こうした所で焼け石に水であろうが、とにかくじっとしていてはいけない。

 ただの空掌だけでこれだ。あれが連続で放たれるとなればさすがのシキとて危うい。ただでさえその一撃一撃はシキの体を木っ端微塵にするのに十分な威力を持っていた。

 第二撃、第三撃と空掌は放たれてゆく。

 その一つ一つがシキの命を刈り取らんと、男の殺意を込めて放たれたソレは次々と木々を抉っていき、シキはそれを木々を足場としながら避けていく。

 足だけを使わずに、通常では考えられない姿勢で木に密着し、そこから有り得ない機動を繰り返し、まるで巣を張った蜘蛛の如き動きで空掌を避ける。

 一瞬でも止まれば空掌の餌食となろう。

 木々を盾にしようにも、その空掌事態がとてつもない速さと貫通力を持っていては意味などありはしない。

 そもそも白眼によって何処に隠れているかなどお見通しなのである。だが、それはこちらも同じ事。

 

 ――――これぐらい凌いでみせなきゃ、あんたと同じ土俵には立てないってかい? いいぜ、その期待に応えてやるよ。

 

 シキは動く、通常の忍では有り得ない挙動と獣の如きスピードで以て動く。

 空掌の連撃に無駄はなく、シキが木に着地する瞬間などを確実に狙って撃ってくる。解りやすく明快で、そしてこの上ない程に嫌なタイミングだ。

 これは対等な勝負などではない、ヒアシはシキを本気で殺そうとしていた。

 

 だがこの身、そう安々とやられる程に潔くできてはいない。

 

 突如、シキの動きは変わる。

 今度は木々を足場にするのではなく、空中を足場に(●●●●●●)、先程よりもより奇怪な動きを以てヒアシへと接近し始めた。

 今度はヒアシは驚く出番であった。

 

 到底信じられない光景だった。

 

 ――――体の点穴から放出したチャクラを水に性質変化させて、足場にするだと!?

 

 先程の動きにも驚かされたが、今度こそはヒアシも目を見開かざるを得なかった。確かに、忍は足裏にチャクラを付着させる事で水の上を移動する事ができる。

 けど、これはその応用と言うにはあまりにも生温過ぎた。

 まずは放出したチャクラを水に性質変化させるには印を結ぶ必要がある。そしてそれを足場とするには更に放出したチャクラを足に付着させる必要がある。これだけでも相当な工程を得ている。

 問題はここからだ、よしんば水に性質変化させて足にチャクラを付着させた所で、空中に放たれた僅かな水分はほんの一瞬で霧散し、地に垂れる。

 そもそも足場にする暇など一切もない筈なのだ。

 

 にも関わらず、彼はそれをその体技を以て成し遂げたのだ。

 

 印を結び、性質変化させる。更に放出したチャクラを足に付着させる。一瞬で霧散してしまう筈の水の足場を蹴る。

 これだけで何工程を要すると思っているのだ。

 彼はそれらの工程を一瞬でやり遂げ、かつそれを瞬時の内に何回も繰り返しての三次元移動を実現し、ヒアシの下へ接近しているのだ。

 極限までに磨かれた印を結ぶスピード、極限までに磨かれたチャクラコントロール能力、極限までに磨かれた術の精度、極限までに磨かれた体技、これら全てがようやく合わさってこそ出来る芸当。

 しかも彼の体術はどんな有り得ない姿勢からでも移動する事が可能であり、そして水に性質変化させるチャクラも日向一族の体質によって全身の点穴から放出する事が可能である

 これが何を意味するのか――――彼は空中で如何なる姿勢からでも、如何なる方向にも、自由自在に動く事を可能としているという事である。

 

 もはや空間に巣を張る所の話ではない、彼はまさしく空中に巣を張る蜘蛛(●●●●●●●●●)なのだ

 

 ――――……何たる事だ。

 

 驚愕の次にヒアシが湧いてくる感情は賞賛と、そして後悔。

 

 ――――日向は、我らは……何故これほどの才能を受け入れる事ができなかったのだ?

 

 その才能を、そして彼自身を、最初から受け止めて、受け入れてさえいれば……彼がこんなに狂う事もなかったかもしれないのに。

 日向の才能に恵まれない? 馬鹿言え、彼の才能、彼の能力にこそ日向の血筋が相応しいではないか。

 確かに彼は生まれながらにして歪んでいた。歪んでいたけど、それでもそんな己を受け入れて達観していた立派な少年だったではないか。

 彼を本当の意味で歪めてしまったのは他でもない自分たちではないか。

 

 ――――何故、どうして、こんな事に?

 

 後悔後先絶たず、後悔だらけの人生だったヒアシに、更なる後悔がのしかかる。

 褒めて上げたかった――――よくぞここまでその技を磨き上げた、と。

 例え日向家宗主としてそれはできなくても、一人の伯父としてそれくらいは出来たのではないかと。

 だが、シキがこうして暴挙に出てしまった今、それすらも叶わず。

 どう足掻こうが、ヒアシはシキと最早こうする『運命』でしかない。

 

 それに今の自分には譲れない物がある。

 それはきっと、向こうだって一緒だろう。だからこそ、今できるやり方でヒアシはシキと向き合わなければならなかった。

 

 ――――ヒザシを殺してしまったのは私だ、私がそう決定付けてしまった。

 

 ――――親父を殺したのは俺だ。何故なら他ならぬ俺こそが親父に直接手をかけたのだ。

 

 互いの目を直視する。

 シキはヒアシに飛びかかり、ヒアシもまた構える。

 

 ――――ならばその全ての『責任』は私にある。餓鬼のお前がぶら下げていいものではない。

 

 ――――直接に手にかけずに生き残ったあんたに『背負う』資格なんてありゃあしない。俺こそが親父を殺した殺人鬼としてあって在るべきなのだ。

 

 短刀と腕が交差する。

 経絡系を狙うチャクラを纏った掌底と、『死』を狙う蜘蛛の牙がすれ違った。

 

「むっ!?」

 

 しかし、ヒアシが放った柔拳にその異常は起こる。

 ――――放出していたチャクラが消えたのだ。それも短刀とすれ違ったその瞬間に。

 咄嗟に頭を逸らして短刀を避ける。

 頬にかすり、数ミリ程度の深さの切り口ができた。

 そして、ここでやられっぱなしのヒアシではない。

 シキの腕を掴み、もう一方の手でそれを折らんとする。

 

「そらっ!」

 

 そしてそれを易々と受け入れるシキではない。

 短刀を持っていないもう一方の手は空いているものの、相手の得意分野の柔拳で仕掛ければどうなるかは目に見えている。

 ならば、残るは脚。

 腕を掴まれた体勢から体を捻らせて回転、そのままヒアシの脇腹を思い切り蹴りつけた。

 

「……っ!」

 

 その勢いで掴んだシキの腕を離してしまうヒアシ。

 

 ――――やれやれ、気付かれぬ間に突かれていたのか……。

 

 短刀を持った右腕の反応が心なしか鈍くなっているのを感じたシキは即座に白眼でソレを確認する。

 突かれた、痣がそこにあった。

 ヒアシはシキの腕を折ろうとするついでに、シキの腕を掴んだと同時にその点穴をついたのだ。

 しかもシキが気付かぬ間にそれをやってのける。

 ネジの時はきちんと“見て”狙ってきたので避ける事は容易かったが、ヒアシはそこの点穴に視線や意識を集中させる事無く、ただ自然とやってのけた。

 これが日向ヒアシ――――日向一族宗主にして、日向最強の柔拳使いであった。

 

「ク――――」

 

 嗤いが毀れる。

 そうだ、これだ。

 この技、力のぶつかり合い、そしてこの一瞬の駆け引き。

 まさしく自分が求めていたものではないか。

 

 そうだ、今度こそ――――

 

 今度こそ、あんたを――――

 

「今度こそ親父(あんた)を殺して見せる……!」

 

 短刀を握り直し、攻める。

 先ほど点穴を突かれた事により、内臓に起こっている何らかの不調をシキは感じ取った。おそらくだが、これは後からじわじわと効いてくるだろう。柔拳とはそういうものである。

 

 ――――だが、これくらいならば性能に問題ない。

 

 そう結論付けたシキは果敢にヒアシへと殺しにかかった。

 ヒアシもまたシキへと走り寄って柔拳を仕掛ける。

 四足を地面に付けたまま極限の前傾姿勢を保ったまま一足で最高速をたたき出したシキ。足下にいる標的を仕留めるのに向かない柔拳にとってその移動法は正に天敵といって差し支えなかった。

 

「フッ!」

 

「斬!」

 

 短刀を受け流しては、柔拳をぶつける。

 柔拳を避けては、短刀で切り付ける。

 

 だが、それはあくまで柔拳に限った話。

 シキの体術は柔拳の天敵には成り得ても、白眼の天敵には成り得なかった。

 そもそもの話、シキの体術は相手の死角に回る事に特化した暗殺用の体術である。

 そして、死角がほとんど存在しない白眼の使い手を相手にしていては死角に回りようもないのである。

 いや、シキの体術とてネジの白眼の死角に体を無理やりねじ込ませる事ができる程の精度を誇っているものの、それはあくまでネジからみてシキの死角に回る速さそのものが見えていなかったからこそ出来た芸当であり、それを容易に見切って対応するヒアシに対してそんな無策が通用する筈もない。

 

「寝てな」

 

「……!」

 

 それでも、シキはヒアシと何とか渡り合えていた。

 正面からまともに打ち合っていてはとてもではないが勝ち目はない。

 死角に回る事こそできないものの、人間の身体というものは後方や足下などにそう都合よく反応できるようにはできていない。

 それは日向一族だって同じ事だった。

 それに加えてシキには同じ白眼使いとして、ヒアシが狙う経絡系やその点穴を事前に察知する事ができるのに対し、シキが狙っているヒアシの『死』はシキの白眼にしか視えぬ代物であるがために、ヒアシはそれを事前に察知する事ができない。しかもシキには空中を足場にできるアドバンテージさえも得ている。

 ……それらの要素を足し得て、やっとシキはヒアシと渡り合う事ができるのだ。

 おそらくこれらの要素の一つでも欠けていたら、シキはあっという間にヒアシの柔拳の餌食となってしまうだろう。

 

「ハハハハハハ!」

 

「シキぃ!」

 

 シキは嗤う、ヒアシはシキの名を叫ぶ。

 避ける、切り付ける。受け流す、打ち込む。避ける、蹴りつける。受け流す、打ち込む。

 大凡、七十回にも繰り返されたこの攻防。

 

 一人はひたすら愉しみ笑いながら、一人は怒りそして甥と必死に向き合いながら。

 

 生物の本能、その原初、それらすべてを曝け出しながら、彼らは『闘争』していた。

 技と技がぶつかり合い、それが殺し合いの域を超えて二人の『鬼』の戦いを神秘的なソレへと昇華させる。

 

 お互いは一歩たりとも譲らなかった。

 そして譲れない理由があった。

 

 片や己の不手際で弟を犠牲にする未来を決定してしまい、片やその人物が犠牲になる前に直接殺めた。

 彼らはまさしく『共犯者』だった。

 本来ならば己の責だけで片付いた筈のソレが、弟を他里に渡し、本来ならばそれで終わる事柄だった。

 しかし、ヒアシはシキという『共犯者』を得てしまった。

 シキが父親ヒザシを手にかけるにせよかけないにせよ、ヒアシがヒザシを犠牲にして生き残る事は既に宗家によって運命付けられていた。

 だから、これは本来ならばヒアシがその『責任』を負い、そしてソレを背負ったまま生きてゆく筈だった。

 にも関わらず、その『責』の半分を横からかすめ取った子供がいた。

 己が背負う責を横取りしたその子供の存在を許容する訳にはいかない。弟は自分が殺してしまったのだ、それを子供がぶら下げるのをヒアシは許せない。

 

 子供もまた同じだった。

 初めて自分の意志で行う殺人、その第一の獲物となった実父ヒザシ。

 殺した筈だった、他ならぬ自分が彼の喉元を切り裂き、その息の根を途絶えさせたのだ。ヒザシはまさしく子供の父親であり、そして極上の獲物だった。

 あれは自分のものだ。自分だけの獲物なのだ。

 ……なのに、その屍を利用して生き残った不埒者がいた。

 自分が殺した、殺してやった筈なのに、『殺』さなかったせいで自分が討ち取ったその首はまんまと雲隠れに引き渡され、利用された。

 その不埒者を決して許す訳にはいかない、父を、自分が殺した証を無為にしたその不埒者を絶対に許す訳にはいかない。

 

 故に、互いは『共犯者』という存在を許容できない。

 

 ――――親父の屍を踏み越えたあんたを殺し、親父(あんた)を『殺』し尽くし、ようやく俺だけが親父を『殺』した殺人鬼となる事ができる。

 

 ――――私が殺す筈だったヒザシに先に手をかけたお前を殺し、本来私が背負うべきものをようやく取り戻す事で、ようやく私だけが『ヒザシを殺した責』を背負う事ができる。

 

 互いが、互いを許す事ができない。

 

 ――――故に、あんたは/お前は ここで死ね。

 

 殺意と殺意がぶつかる。

 甥と向き合うために、伯父と殺し合うために、そして『共犯者』として繋がったこの縁に決着を付けるために。

 二人はひたすら踊っていた。

 

 そして、その差はついに表れようとしていた。

 

「……ッ!!」

 

 心なしか、苦渋の表情を浮かべながら短刀を振るうシキ。

 互いに何度も打ち合ったおかげか、汗をかき、息は乱れ、血流は激しくなっていた。しかし、長い打ち合いの中でその体の負担の比重はほんの僅かずつであるがシキに偏っていった。

 その原因は至って単純である。

 互いの攻撃を受け流しては避け、受け流しては避ける――――そのやりとの最中に両者はその攻撃を躱し切れずにほんの少しばかり掠ってしまう。

 結果、ヒアシの体中には無数のかすり傷ができ、シキの身体にもまた何度も柔拳が掠ってしまう。この時点で差が現れてしまうのだ。

 かすり傷を何度負ったとてそのどれもが致命傷にならぬのなら大した支障はないだろう。だが、柔拳は違う。

 その一撃はまともに食らわずとも掠っただけでその効力を発し、経絡系に着々とチャクラが流し込まれてその内臓にダメージを受ける。

 

 互角にやりあって見えるその攻防はしかし、シキにとっては間違いなく不利な状況だったのだ。むしろ柔拳を何度も掠りながらよくぞここまでやってきたと褒めるべきだろう。……何せ相手は日向一族最強の男、そう簡単に殺せる道理などある筈もないのだから。

 

「ク、クク、ハハハハっ!」

 

 それでもシキは嗤っていた。

 シキにとってこの苦痛はまさしく歓びだった。

 痛覚は『生』を教えてくれる。

 中途半端な自分にこれほどにない生存本能を滾らせ、『生』を実感させてくれる。

 

 故に、ここで終われるわけがない。

 もっと、もっともっともっともっと、この痛みを、苦痛を、生を、もっと味わいたい!

 

 ――――影分身の術。

 

 打ち合いの最中に印を結び、その術を発動させる。

 ヒアシの周囲に更に二人の影分身が出現した。

 先ほどの打ち合いではこれが限界、ならばその三倍はどうだと意気込んで、三人のシキはヒアシへと躍り出た。

 

 しかし、それは失策だった。

 

 ヒアシの全身の点穴からそのチャクラが放出される。

 

「――――ッ!?」

 

 しまった、とシキは目を見開いた。

 三人がかりで放出したチャクラを『殺』そうにも、361か所の点穴から放出されるチャクラを一度に『殺』す事などさしものシキでもそれは不可能である。

 

 ――――八卦掌・回天

 

 瞬間、その災害は発生した。

 回転したヒアシを中心に暴風が発生する。

 あまりにも速すぎたその回転は、チャクラの大玉と化して広がっていく。

 

 その暴風はもはや人の域が出せるものではなかった。

 周りの木々は根こそぎ吹き飛ばされる。無情に、そして残酷に、その災害は周囲を巻き込んいく。

 その暴風域に入った人間は跡形もなく吹き飛びそして、その身をチャクラの風で粉々に切り裂かれるだろう。

 

 しかし、シキは生き残っていた。

 チャクラは殺せないと判断し、どの道分けたチャクラは戻ってくる事を見越して影分身を見捨て、とにかく全速力で跳んだ。

 一足でではなく、刹那の間に水遁チャクラによる足場を何度も作り出しては蹴る事を繰り返し、最高速に更なる加速を瞬時の間に繰り返して、ようやく暴風の域から逃れる事ができた。悲鳴を上げる筋肉と内臓の声を無視し、それでもその神業を即興で成し遂げた。

 

 しかし、それで終わりではなかった。

 

「――――ッ!?」

 

 咄嗟に全身を暁の衣を脱いで、その前面をガードする。

 暴風の次に襲い掛かってきたのは、『熱』だった。

 回天の際に発生した荒ぶるチャクラと空気との摩擦によって発生した摩擦熱が暴風に乗ってシキに襲い掛かってきたのだ。

 暁の衣装を盾にしてやりすごしたシキはボロボロに焦げたその衣を脱ぎ捨て、血のような紅い着流し姿が顕になる。

 

 そして、次にシキがみた光景は――――

 

「冗談」

 

 柔拳法・八卦空掌を後ろ方向に放ち続けながら、それを推進機替わりにしてシキに突進してくるヒアシの姿だった。

 先ほどのシキの跳び退きより少し遅いか、もしくはそれに匹敵する速さを持ってシキに接近してくる。増幅の経絡でも突いたのか、その消費するチャクラ量は先ほどの回天にも匹敵し得よう。

 一秒でも早くシキという存在を殺したいのだろう。殺し合いとはそういうモノであるのだから。刹那の後にシキはヒアシに距離を詰められてその命を刈られる事であろう。

 

 

 シキは心から雑念の一切を取り払い、着流しの裏から取り出した毒針を無造作に投げた。

 無造作に、神速で投げられたソレは確かにヒアシの点穴をめがけて(●●●●●●●)放たれる。

 さしものヒアシでもこのスピードのまま進めば、その点穴に針を受けてしまうと思ったのか、そのスピードを下げて、毒針を弾く。

 そして、その下には蜘蛛の如き低姿勢を維持しながらヒアシの懐まで接近してきたシキの姿があった。

 ヒアシがスピードを下げ、針を弾いた隙を狙って接近してきた。いくら透視能力を備えた白眼を持とうとも、意識が別の方向に集中していれば虚を突くことくらいは造作もない。

 そのままヒアシの襟を掴み、後方に向けて己の身ごとヒアシの身体を背後の木に投げつけた。

 先ほどのスピードの慣性力も相まって、その衝撃をヒアシは背中にもろに受けてしまった。

 

「ガ、ハァッ!?」

 

 その衝撃は内臓にも及んだのだろう、驚愕の表情のまま血を吐く。

 あまりにも予想外だった。

 超高速で接近してくる相手に対し、正確にその点穴めがけて毒針を投擲してくるなど予想できる筈もなかった。いくら白眼をスコープにソレが見えているのだとしても、それを実行するのにどれだけの技術を要するのか……。

 昔、霧隠れの追い忍達と殺し合った時にそこから盗み取った技を、シキは白眼を利用する事で実現させていたのだ。むしろ、何故今までこの技を追い忍ではなく、日向一族が会得していなかったのかとシキが疑問を感じる程までに、この技は白眼と相性がよかったのだから。

 

「その首、俺が貰い受ける!」

 

 狙うはヒアシの首に走る、死の線。

 悲鳴を上げる体を全速で動かし、短刀を振るって倒れて動けないヒアシに殺しにかかる。しかし――――

 

「ゴ、ホォッ!?」

 

 突如、血を吐きだしたシキはその手を止めてしまった。

 咄嗟にヒアシが柔拳によるカウンターを仕掛け、何とか回避行動を取ったシキだが躱し切れずに、掠ってしまう。

 今まで散々掠ってきた柔拳のダメージが重なり、そして今のカウンターの一撃が決定的となってしまった。これこそが柔拳の本領――――例えまともに当たらずとも、掠りさえすれば効果は出る。

 先ほどの攻防の中で掠ってしまった柔拳は数あり、そして今の一撃の掠りを以てそれは決定的となった。

 

「やはり、な……」

 

 苦しそうな掠り声ながらも、ヒアシは呟く。

 

「な、に――――?」

 

 同じく、シキも苦しそうな掠り声を上げながら、訝し気にヒアシの顔を見る。

 

「違和感は……感じていた。戦闘の際に柔拳で経絡系や点穴を狙わずに、刃物で斬りかかる戦い方。柔拳のように限定的な場所を狙わなくても良い筈なのに、お前が斬りかかろうとしていた箇所はやけに限定的(●●●)だった」

 

「――――ッ!?」

 

 ヒアシの言葉に、シキを目を見開いて驚愕を表す。

 ――――視えてもいないというのに、勘づいたとでも言うのか……?

 

「お前が日向一族(我等)と違って『何』が視えているのかは分からん。だが……瞳力(玩具)に頼り過ぎだ。お前の技を以てすれば、そんな物がなくとも人体をバラバラにする事くらい造作もなかろうに……」

 

 決定的な差を突きつけられた感覚だった。

 シキは自分の経絡系や点穴が視えているからこそ、ヒアシが狙ってくる箇所を知ることができた。なのに、ヒアシはシキと違って彼が狙っている物など視えていないのだ。にも関わらず、ヒアシはあの攻防の中でシキが狙ってくるであろう箇所を把握していたのだ。

 

 ――――ああ、そうか……。

 

 そんな無様な己に対して、シキは自嘲するように笑った。

 ああ、簡単な筈だ。

 自分との攻防を通して線の位置を把握されているのだとしたら、先ほどの首の線を狙っての一撃だって見切られて当然。

 その上で、カウンターを返された。

 これ以上の無様などあるまいて。

 

「まさか、アンタからそんな説教を食らうたぁね。ああ、何て無様。親父(あんた)を完膚なきまで『殺』し尽くすと決めてこの様たぁ、地獄の閻魔も大笑いだろう……よ……」

 

 苦しそうに腹を腕で抑えながら自虐を吐くシキ。

 これでは弟の事を言えないなと、思いながらあの日を思い出す。

 ああ、そうか、自分はこの眼を使い慣れていなかったあの頃だからこそ、狙った箇所を悟られなかったあの頃だからこそ、親父を殺す事ができたのだ。

 なのに、この『眼』を使いこなせるようになった事に、完膚なきまで『殺』せるようになった事に燥いで、それが仇になってしまう事に今まで気付かなかったなどと、笑止千万。自分の体術は他の忍よりも縦横無尽にかけ、死角から予測不能の攻撃を仕掛けられるように磨き上げた筈なのに、その強みを態々自分から潰してしまうなど、そのような愚行、(マシラ)にも劣る。

 

「ゴホッ……こちらも下手を打ったがな。――――だが、お前のソレは致命的だ。あの世でヒザシにも説教されて来る事だ!」

 

 体の痛みに耐えながら起き上がり、ヒアシはシキを視る。

 シキもまた内臓の痛みに耐えながらも、後ろに跳び退く。

 だが遅い、遅すぎる。

 

 この間合は既に、八卦の領域。

 

 彼を死へと誘う領域なのだ。

 

「終わらせるぞ、シキ」

 

 八卦の領域とはこれ即ち、ヒアシのソレは正に白眼の視界範囲そのものだ。故に、逃れる事は絶対に出来ない。

 ヒアシのソレは敵を本気で葬る誓った者のみに見せる、日向一族に代々伝わる奥義。独学で習得したネジのソレとは違い、ヒアシのソレはまさしく正当なる継承を受けている。

 比べるのもおこがましい程だ。

 

 ――――柔拳法・八卦百二十八掌

 

 それは、先ほどネジが放ったソレとは比べようのない、超神速の突きの連撃だった。ネジのように怒りに錯乱されて放たれたものではなく、ただ一人の甥を葬りその責を背負わんと決意した男から放たれた、高速の連撃だった。

 

「――――ッ!?」

 

 眼を見開いてシキは、その白眼でヒアシの眼を見る事だけに集中する。

 ――――よく見ろ、視ろ!

 ネジの時とは違う、今度はそれを見れるかすら分からない。

 ヒアシが狙うであろう、己の点穴の箇所の特定、そしてそれを事前に察知して避ける、その繰り返し。

 今度はそれができるか分からなかった。

 ネジの時のように技を途中で止めさせる余裕など一切も許されず、ただ避けるだけで精一杯だった。

 

 ――――四掌、八掌、十六掌

 

 それでも、シキは避け切っていた。

 ヒアシが狙う点穴を見極め、反撃など考えずにただそれだけに集中していた。

 シキは何としてもヒアシを殺さねばならなかった。

 例えこの殺し合いで自分が死のうとも、残してきた未練や義理を果たさなれば死ぬに死にきれなかった。

 

 ――――三十二掌

 

 神速の突きは更に速さを極め、シキの点穴を狙いゆく。

 それでも、シキは避け切った。

 しかし、そこで終わりなどあり得る筈もなく、極められた高速の突きは更にそのギアを上げた。

 

 ――――六十四掌

 

 総計六十四回の突きが終わる

 

 ――――百二十八掌!

 

 今度こそ、避け切る事が出来なかった。

 総計六十四回の突き、その後に襲ってきたのは一瞬でもう六十四個もの点穴を穿つ、もはや人に見切れる限界さえも超えた連撃だった。

 それでも、シキは避けれる物は避け、それでもほとんどの突きはシキの点穴を的確に突いていった。

 

「……っは、あ、がああああああああっっっ!」

 

 通常の柔拳とは訳が違う。

 猛烈に襲う苦痛、それと共に一気に力が削がれていく感覚、刹那の間に無力の極致、その深淵と落とされていく。

 悲鳴を上げる体、それに反比例して緩やかになっていく血流、そしてチャクラの流れ。

 

 やがてシキの経絡系に流れていたチャクラは、ヒアシの視界から姿を消した。

 

「ぐ……うぁ……」

 

 最後の一撃を何とか後ろに退く事で躱した物の、それで限界だったのか、シキはうつ伏せにどさっと倒れこむ。

 まるで糸の切れた操り人形のように、それは活動を停止した。

 

「終わり……か」

 

 安堵の息を吐き、ヒアシは空を見上げる。

 キレイで青い、虚ろな空を見上げる。

 ――――おそらく日向一族はもう終わりだろう。

 分家はまだ腐る程いるが、呪印を起動させる宗家のほとんどが殺された事で、恨みを募らせた彼らは、水を得た魚の如く動き出すだろう。……全ては、自分達の自由のために。

 

 ――――ならば、ここで死ぬ訳にはいかない。

 

 宗家は守れずとも、せめて己が産み落とした娘たちと、そして――――

 

 白眼で遠く離れた所を見つめる。

 そこに倒れているネジの姿をヒアシは一瞥する。

 

 ――――弟の形見を、守らなければ。

 

 例えもう一方の形見を殺してでも、自分は日向ヒザシを殺した日向ヒアシとしてそれを全うしなければならない。

 だから――――

 

「オマエが持っていたその『責』、返してもら……ッ!」

 

 ぞわりッ、と背筋が震えた。

 

 視線をシキに戻したら、そこにいたのは満身創痍ながらも立ち上がるシキの姿。

 もはや生きているかすら分からぬその状態、その不気味さ。まるで亡霊が、悪夢がそのまま形になったかのような薄く、そして大きな存在感。

 

 その眼の中の殺意は、未だに衰えていなかった。

 

 純粋無垢、ただ殺す事しか知らぬ甥のその眼に、ヒアシは一瞬だけ恐れを感じてしまった。

 

「どうした? もっと楽しもうぜ。あんただってそれを望んでいたんだろう? 俺はまだ立っている……だったら、あんたの選択は一つだけだ」

 

「もういいいだろうシキ! 何故そこまでして殺そうとする!? 何故お前は……」

 

 シキは恨みを以て日向宗家を皆殺しにしたのではない、単純に“殺したい”からだ。そこに恨みも罪悪も関係ない。ただひたすらに殺したいという欲求、純粋無垢で曇りのない殺意だけが彼を突き動かしていた。

 だからこそ、ヒアシは問わずにはいられなかった。

 例え殺しに理由がないとしても、何故そこまでするのかと。

 

「俺は所詮どこまで行こうが人殺し。それ以外の何にでもなれやしないのさ」

 

 シキは何も変わらない。

 死に掛けようが、致命傷を負おうが、その殺意は一点の曇りもない。

 今すぐにでもお前を殺したいと嗤う、刃物のような眼を変わらずにヒアシに向けていた。

 

「そういう運命(ほし)の下に生まれてきちまった。何、日向(俺達)はいつだってそれに踊らされて来ただろう? つまり、そういう事なのさ」

 

 何を今更、という風に答えるシキ。

 それは生命としてとても矛盾したあり方だった。

 生きる為に殺すのではなく、殺す為生きる。

 その在り方は、生命としてとても矛盾していた。もはや常人の在り方ではない。

 彼は生粋の殺人鬼なのだ。ただひたすらに殺す事に『生』を求め、それ以外の事を知らぬ、ただ己の矛盾した欲求のみに従う。

 殺しを享楽する人でなしなのだと、彼は自分で言う。

 

「そんな状態で私を殺せる、とでも言うのか?」

 

「無論」

 

「何故そのような己を捨て鉢とするような生き方しかできない!?」

 

「勘違いしちゃあいけないな。俺にとっては全てが捨石(すていし)さ。だからその場その場の殺し合いを楽しむ。ああ、俺はあんたを殺したい、殺したくてたまらない。その肉体を解体して貪りし尽くしたくてたまらない!」

 

 最早何を言っても無駄だった。

 生粋の殺人鬼に殺しの理由を問うなど無粋だった。

 彼がヒアシを殺す理由自体はあるもの、そもそもその根底にある父親を殺したい欲求にこそ矛盾を孕んでいる。

 何処までも矛盾していて、何処まで純粋な殺人鬼、それが彼なのだ。

 

「……分かった。お前がそう言うのであれば、私はお前を完膚なきまで『殺す』」

 

 元より、自分には譲れない理由があったというのに、今更何を問うているのだろうか、自分は。そのように自嘲するヒアシ。

 未練がましいとはこの事だ。あの日から、どうあっても自分と彼はこうする運命だったのに、それでも夢想してしまう。

 自分とヒナタとハナビ。ヒザシとシキとネジ。

 六人で共に日向の運命に抗い、共に切磋琢磨しているIF(もしも)を、どうしても。

 

 シキは動く。

 最早その体ではまともに動く事さえ叶わない。

 それでも、その眼にある殺意は少しも衰えずにヒアシへゆっくり近づいていく。

 距離にして七メートル、その距離をゆっくり進んで近づいていく。

 

 ヒアシもまた走って近づく。

 この勝負、もはやついたのも同然だった。

 ヒアシも体中に無数のかすり傷を残し、先ほど木に叩きつけられた衝撃で相当なダメージを負ったものの、それはシキのそれにはまったく及ばない。

 攻防の中で何度も柔拳がかすり、内臓に度重なる負担を受け、しかもその状態でも柔拳法・八卦百二十八掌の内の約六十発を受け、そのダメージと共に経絡系のチャクラの流れを断たれた。

 勝ち目など、万に一つもない。

 

 だからこそ、ヒアシは接近した。

 シキが近づくまで待っていては、彼はヒアシに近づくまで、たとえその体を引きずってでもヒアシを殺す事をやめはしないだろう。

 そんな彼を見ているのはもう、辛かった。

 一歩でも早く殺して、楽にさせてあげようと。

 

 それが、誤算だった。

 

「――――ッ!?」

 

 ヒアシは目を見開いた。

 シキが突如、その動きを変えた。

 ふらふらとした足取りでヒアシに接近していた筈のそれが、急に倒れこんで前傾姿勢となり、それを維持したまま最高速を出してヒアシに接近し始めた!

 そして何より驚くべきなのが。

 

 ――――チャクラが、流れ出しただと!?

 

 馬鹿な、とヒアシは狼狽える。

 次の瞬間には、短刀は既にヒアシの眼前へと迫っていた。

 

 しかし、ヒアシはシキの狙う箇所が分かっていた。

 シキはまたしても、ヒアシの『線』を狙ってその短刀を振るっていたのだ。いつまでも学習しない程頑固なのか、それとも単にそれを思考する能力が鈍っているだけなのか。

 いずれにせよ、狙う所が分かっていたヒアシにしてみれば、その一閃を避ける事は簡単だった。

 その、筈だった。

 

 しかし、避けられると思ったその一閃は――――

 

 ――――チャクラ刀、だと!?

 

 その短刀を避けた瞬間、その刀身から更にチャクラの刃が伸び。

 

 ヒアシの右腕に走る線(●●●●●●)を、断ち切った。

 

「ぬ、ぅ――――」

 

 避けたと思った。

 短刀の間合から外れ、その一閃を躱したと思った。

 だが躱したその瞬間に、突如として現れたチャクラの刃がその間合を伸ばし、避けられたと思った筈のそれはヒアシの死の線に届いたのだ。

 なまじ狙っていた所が分かり、だからこそ避けられる高を括っていたその慢心の隙を、シキは付いたのだ。

 

「ぬぅ、ぅおおおおおぉッ!?」

 

 切断された腕の断面を抑えて悲鳴を上げるヒアシ。

 完全に隙を突かれた。

 まともに動けないと思っていたタイミングから、ある程度接近した所で突如として高速で肉薄され、あまつさえ避けれると思った短刀でさえ、避けた瞬間にその刀身のリーチは伸び、そんな二段構えの奇襲を受けたヒアシはまんまとしてやられてしまった。

 

「蹴り砕く!」

 

 腕を抑え、隙を見せたヒアシにシキは更に追撃を仕掛けた。

 一度に三回の飛び蹴りから、更に同じくもう三回を見舞う蹴り上げによる追撃。それぞれ腹部に二回、鳩尾に一回、肺に三回の蹴りを受け、更にそこの足裏から流れるチャクラは経絡系に流れ、その内臓にすらダメージを負わす。

 外側と内側の両方にダメージを受けたヒアシは蹴り上げられた衝撃で宙を舞った後、そのまま地面に叩きつけられた。

 

「カ……ハァ!」

 

 肺の空気は全て吐き出され、嘔吐感にさえ見舞われる。

 しかしその苦痛さえも全ては切断された腕の痛みによって打ち消され、更なる苦痛がヒアシを襲った。

 肩口から失われた右腕は宙に舞い、ヒアシの傍に転げ落ちる。

 切断面から多量の鮮血が舞い、体内の血液が大幅に減って貧血症状にさえ見舞われそうになっていた。

 おまけに先ほどの蹴りは、いわば剛拳と柔拳を同時に受けるようなもの。

 もしヒアシ以外の日向一族の者であるのならとっくにその命を断絶されているに違いなかった。

 

「立てよ、『共犯者』」

 

 もはや現実から逃げたくなるような痛み、なのに、その呪いの言葉がヒアシの意識を現実へと戻した。

 そこには血を吐きながらも、超然とそこに立っているシキの姿がある。

 断たれた筈のチャクラの流れはその息を吹き返し、先ほどの状態が嘘のようにシキは立っていた。

 そして、ヒアシはそれらの点穴を白眼で凝視し、そして見開いた。

 

 ――――まさか、そんな事まで……。

 

 シキの経絡系に再びチャクラの流れが戻ってきた原理は単純明快。

 経絡系の点穴を突くとはこれは即ち相手のチャクラの流れを断つ事ではない。突く点穴の場所によっては、チャクラを増幅させる(●●●●●●●●●●)事も可能なのだ。問題は、如何に相手に気付かれずにそれを行使するかであるが、その種もヒアシは分かった。

 

 それは針だった。

 

 先ほど、ヒアシに投げつけられた毒針。

 それの毒が塗られていない針、着流しの下に仕込んでいたソレを、シキはヒアシに接近している途中で、ヒアシに気付かれないレベルでわずかに体を捻らせて、仕込んでいた数ある針を自分の増幅の経絡に刺しこんで、チャクラを増量させたのだ。

 仕込まれていた針は次々とシキの増幅の経絡に刺さってゆき、結果としてシキの経絡系に流れるチャクラは再び復活する。

 それを接近する中でシキはタイミングを見計らった中でやってのけたのだ。

 

 結果、今までに受けたダメージこそ無かったことにはできぬものの、身体の性能自体はある程度取り戻す事が出来る。

 極限までに極められた小細工だった。

 

「ぐ、ぅ……」

 

 痛みを堪え、立ち上がろうとするヒアシ。

 

「腕を取られたから何だ? その両脚は、その残った片腕は、その瞳力は一体何の為にある? 俺を殺す為だろう? 俺から『責』を取り戻して、俺という存在を消すためにあるのだろう? なら立て、日向ヒアシ」

 

 殺し合い相手に、シキは呼びかける。煽るように、促すように。

 腕がないなら、噛みつけ。足がないなら、その膝で飛び上がれ。己か、もしくは相手の存在が脳髄に至るまでその機能を停止させるまでが、『殺し合い』だ。

 

 ヒアシは立ち上がり、睨む、目の前の『共犯者』を。

 シキも嗤い、そして睨む、目の前の『共犯者』を。

 

「さあ、続けよう。俺があんたを殺すか、あんたが俺を殺すか、それとも仲良く食い合って共食いか。どれに転ぼうが後腐れはなしだ。俺とあんたの命、何方かが続く限り、それを燃やし尽くして潔く散ろうじゃないか」

 

 言葉は最早不要。

 ただ互いに全霊に食い合い、貪り尽くす。

 それだけだった。

 

「日向、ヒアシぃ!」

 

「シキぃ!」

 

 両者は踊りかかる。

 ヒアシはあらゆる感覚を捨ててシキに挑んだ。

 痛む暇があるのなら、苦しむ暇があるのなら、ただひたすらに目の前の『共犯者』を殺す。

 互いの存在を否定し、故に向き合い、故に食い合う。

 ただそれだけだ。

 

 両者は体中に駆け巡る痛みを知った事かと言わんばかりに踊る。

 状況は、先ほどとは違ってヒアシに圧倒的に不利だった。

 片腕を失った事により、回天を始めとした柔拳の奥義が使えなくなり、ただひたすらに一本の腕に掛けて挑んでいた。

 それに加えてシキは先ほどとは違い、狙う箇所は『死』に留まらず、人体の急所となるあらゆる箇所を狙って全霊でヒアシを殺しにかかっていた。

 

 後悔だらけの人生だった。

 危険性を孕んでいたといえ、父の決断に逆らえずに甥を閉じ込めてしまい、更にはもう一人の甥からも父親を奪ってしまい、後悔しかない人生だった。

 しかもその父親を直接手にかけたのは自分ではなく、閉じ込めた筈の甥、つまりその息子。己の不手際のせいでどの道弟を犠牲にして生き残るしか道はなく、しかし己の手でかける筈だった弟は、彼の息子によって殺された。

 思わぬ『共犯者』の出現で、その後悔は更に圧し掛かった。

 弟を殺された怒り、しかし弟はどの道自分が生き残るのに利用されて殺される未来しかなかった。

 複雑な事情は後悔の中に更なる葛藤を生み、ヒアシという男の人生を大いに狂わせた。

 

 

 高く飛び上がったシキがその空中に作った足場を蹴り、ヒアシへ肉薄する。

 強烈な切り上げがヒアシを襲い、その斬撃と共にヒアシは空中へ斬り上げられた。

 

 空中に舞い上がったヒアシに隙を与えんと、シキは空中を超高速で蹴りながら、すれ違いざまにヒアシを切り付けていく。

 

 もう片方の腕、右足、左足と切り落としていく。

 

 四肢を失ったヒアシに、四方八方からシキと、そして七人の影分身、合計八人のシキが襲い掛かる。

 

 ――――せめて、ネジに一言謝りたかった。

 

 その思考を最後に、八本の短刀がヒアシに到達する。

 八人のシキは、持っていた短刀でヒアシの身体を一斉に突き刺し、切り付け、解体する。

 『死』も狙い、あらゆる箇所をバラバラにしていく。その肉も、骨も、脳髄も、白眼でさえも。

 あの時とは違い、今度は誰もが手を出せないように、何処にも引き渡されないように、その体を誰にも調べられないように、日向ヒアシという存在が永遠に自分が殺した獲物として有れるように。

 

 空中で、鮮血が爆発四散するように飛び散り、それは赤い花火となる。

 

「血だまりに、沈め――――」

 

 ――――閃鞘・瞬獄

 

 ただ再び父親(ヒアシ)という存在を殺し尽くす為だけに、シキが唯一名前を付けた体術奥義。

 

 それを以てしてシキは、日向ヒアシという存在を『殺』し尽くした。

 

 飛び散った鮮血は辺りに降り注ぎ、木の葉っぱや草を紅く染め上げ、その光景を穢す。

 その紅く染まった地帯に降り立ったシキ。

 

 彼は顔を俯かせ、その余韻に浸っていた。

 影分身は既に消え、彼のチャクラとして還元されている。

 血に濡れた短刀を何度も見つめ、その殺した感触をその血を見て何度も確認し、続いて辺りに散らばった血液を一瞥して、彼はやがて……

 

「ク、クク――――」

 

 深淵から湧き上がる嗤いを堪え始めるも、やがて耐えきれなくなったのか、大声で嗤い始めた。

 

「ク、ハハハッ、アハハハハハハハハハッ! やっとだ、やっとあんたを殺せたよ……ハハハハハハッ!」

 

 愛情と、殺意の持ちうる限りを以てシキは狂笑する。

 ……慈しむように。

 ……喜ぶように。

 ……狂ったように。

 彼は笑っていた。

 

「やっと、やっと親父(あんた達)を『殺』し尽くせた……ハハハハハッ! これで、あんた達はやっと、俺が殺した獲物になってくれた、ハ、ハハ、ハハハハハハハッ!!」

 

 内蔵の痛みを無視して彼はひたすらに笑い、嗤い、微笑い、嗤い、哂った。

 長かった――――ひたすらに長かった。

 殺した筈の父親の遺体は、その双子の兄が原因で雲隠れに引き渡され、彼の首はシキが討ち取った物ではない、別の物になっていた。

 後悔した……なぜもっと『殺』し尽くしてやる事ができなかったのだと。この『眼』を使いこなせていなかったばかりに、ただ喉を裂くだけに留まってしまい、結果として奪ったのはその命だけだった。

 だから、やり直したいと思った。続きをしたいと思った。

 

 遺体が雲隠れに引き渡される原因を作った、その双子の兄。殺した業の半分を持っていた彼を、殺したいと願った。

 その父親(双子の兄)を再び殺し、そしてその業を取り戻して、やっと自分は彼らを殺した殺人鬼になれるのだと。

 そう思って、その技を長年磨き上げてきた。

 

 そして、ついにそれは叶った。

 ついに自分は、彼らを『殺』す事ができたのだ。

 

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアァァアアアアアァッッ!!!?!!?!??」

 

 遠くから、悲鳴が聞こえてきた。

 その悲鳴の主がすぐに分かったシキは笑いを引っ込めて、瞳力を閉じたその眼を向ける。

 悲鳴の主は先程、自分が彼を誘い出すための餌として使った弟、ネジだった。

 

 あの時のトラウマが蘇ってしまったのだろうか。

 彼は最早、その焦点が何処に当てられているのかすら分からぬ目を開きながら、涙を流して泣いていた。

 泣きながら、悲鳴をあげていた。

 意識が定まらぬその声は、しかし、それだけでネジの気持ちが伝わってくるものだった。

 

 殺せた喜びの余韻に浸っていた所を邪魔されたシキは若干顔を顰めながらも、その弟を見詰めて暫しの間考えた。

 壊れた玩具などに今更用などない、しかしだからと言って思い入れがまったくないという訳でもなかった。

 

 あの時、確か最後に一言、ネジに置いていって去った自分を思い出した。

 ならば今回も、何か言い残してやろうと、シキは嗤いながら言った。

 

「救われないなあ、俺も、お前も」

 

 それきり、シキは弟への興味を失くし、里から去っていった。

 

 

 

 宗家は壊滅し、分家の呪印を起動できる者は既にいなくなった。

 ならば日向一族に次に起こる悲劇とは、言うまでもなかった。

 




胸糞展開の山場でした。
この小説はひたすら殺しに狂った主人公を描いていますので、気分を害された方は申し訳ありません。作者はヒアシが嫌いな訳ではなありません。


・閃鞘・瞬獄とは
とある型月同人ゲー「Battle Moon Wars」の七夜の必殺技。
無印では色々と手抜きがされてアレであったが、
the best版で作り直され、七夜の新立ちグラと共に一新されて一気にかっこいい技になった。

見たい人はようつべで検索されよ。




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日向の因縁

バイオ7怖すぎぃ!


 

 木の葉の里は今ある騒ぎに陥っていた。

 既に木の葉崩しによってその力を大きく失った木の葉に、その事実は木の葉に対して更なる追い打ちをかけた。

 

 ――――日向ヒアシ、および宗家の全滅。

 

 かろうじて生き残ったのはそこには居合わせなかったヒナタとヒアシの側近二人、そして何故か殺されずにそのまま放置されていたハナビの四人だけだった。

 ヒアシの娘である幼い二人だけが宗家の生き残りとなり、それ以外の宗家は全て惨殺されたという話だった。

 

 全ての人々が、その事実に、耳を疑い、そして絶望した。

 うちはイタチによるうちは一族の虐殺、大蛇丸による木の葉崩し、そして日向一族宗家の惨殺。

 時を経て、木の葉は衰退していく。

 まるでそれが運命であるかのように、それが必然であるかのように、それが戒めなのだと言わんばかりに、木の葉は着々と地に墜ちていく。

 うちはイタチにせよ、大蛇丸にせよ、そして今回の下手人にせよ、木の葉は自分達が生み出した者によって着々とその葉を食われていくのだ。

 

 

 とある学者は言う。

 ――――人は外的要因によって滅ぶのではない、あくまで自滅によって滅ぶ生き物なのだと。

 

 

     ◇

 

 

 木の葉の里にある忍専用の病院、そこのある病室にて二人の子供がそれぞれのベッドに寝かされていた。

 そこの病室のドアの傍の廊下でアスマ、紅、ガイの三人の上忍が集まっていた。

 

「サスケの方はどうだ?」

 

 鬼鮫にやられた傷を一瞥した後、アスマは隣の部屋のドアに視線を向けながらガイにサスケの事を聞いた

 

「左手首を折られ、全身に打撲、だがそれ以上の事はされていない。問題は――――」

 

「精神、か……」

 

 紅が深刻そうに呟く。

 先ほどサスケの前で堂々とイタチの木の葉侵入を暴露してくれた一人の上忍を頭に思い浮かべるも、今は他に考えるべき事があると判断した紅はそれを頭の隅に追いやった。

 まだ新しい火影が決まっていないこの状況では何とも言えないが、アオバはしばらく給料を差っ引かれるくらいの事はされるだろう。

 

「あの場に自来也様がいてくれて助かった。おかげでナルトも無事で、サスケも生きて帰る事ができた。こっちの件については後で考えるとする。問題は……」

 

 冷や汗を搔きながら、ガイは心配そうな顔で目の前の病室のドアを見やる。そこの病室には現在、ハナビとネジがベッドで寝かされている。

 ネジは全身に深い切り傷を負わされ、身体がバラバラにされるその寸前まで追いやられていた、そして何よりその精神は崩壊し、しばらく目を覚ましそうにはなかった。

 ハナビの方も直接やられはしなかったものの、目の前で大切な人がバラされた瞬間を見せつけられて今やネジと同じように精神が崩壊していた。

 

「ヒナタとハナビ、そしてヒアシさんの側近二名以外の宗家全員を皆殺し、か……。かつてうちはを滅ぼしたイタチでもない限りできない芸当だぞ、こりゃ」

 

 拳を握りしめて冷や汗を掻きながらアスマは苦渋の表情で言う。

 木の葉崩しに続いて、これだ。

 生まれ育った里がこうも急激に衰退していく様を見てしまい、しかも上忍である自分は何もできない始末。そんな不甲斐ない自分が吐き気を催す程に情けなかった。

 そんなアスマを横目で見た紅は何も言えず、悲しそうに目を細めた。

 

「ヒアシさんの遺体は暗部が処理してくれるそうだ。最も、原型を留めていたのは四肢の部分だけだったが……」

 

『……』

 

 沈黙して項垂れる紅とアスマ。

 ガイの言葉からして、犯人はおそらくヒアシの四肢を切り落とした後、残る胴体を跡形もなく無惨に切り刻んでバラし、残ったのはバラバラに飛び散った内臓や骨の破片と血液くらいなものだった。

 ――――どんなに、無惨な死に方だったのだろうと。

 そしてそこまでする犯人は一体どのような思惑があってこんな事をしたのだろうと。これ程の惨状を作り上げた犯人に対して怒りを抱きながら。

 

 ――――だが、正直よかったかもしれない。

 

 そんな中、ガイは二人とはまた違う考えを持っていた。

 日向ヒアシが殺された事自体は嘆くべき事態だった。

 しかし、カカシという同期を通じて暗部や根の闇を見てきたガイにとって、跡形もなく解体された事はむしろよかったのかもしれなかった。

 血継限界を持つ忍はその希少価値によって例外なく、その死体を調べ上げられ、解剖され、弄られてしまうものだ。

 暗部はともかく、根の者たちはそういった事だってやりかねない。

 だから、ああいう風に調べ上げられ弄り尽くされる余地もなくバラバラにされるのはある意味よかったかもしれないと、不謹慎だと思いながらもガイはそう考えていた。

 

「紅。この事はもうヒナタには伝えたのか? ヒナタの担当上忍はお前だろ?」

 

「……………………伝えたわ」

 

 アスマの問いに紅は暫しの沈黙の後にそう答えた。

 その答えにアスマとガイは目をパチクリさせながら紅を見る。

 いくら何でもまだ下忍に成りたての子供にそれを伝えるのは酷すぎないか。先のサスケの件だってある。どのような意図があって伝えたのかガイとアスマは疑問だった。

 

「イタチの事だって、アオバ上忍が言わずともいずれサスケに知れ渡っていた。火影様が亡くなられた今、情報の統制や秘匿は暗部のみに委ねられている。だけど木の葉崩しで里内部の情勢が混乱している中じゃ、とてもじゃないけれどそんな事は難しいわ。いずれ伝わるくらいなら……今の内にはっきりと言っておいた方がいい」

 

 組んだ両腕を心なしか力ませながら、紅は答えた。

 紅の答えを聞いたアスマとガイはそうか、と納得したように紅から目を逸らした。

 彼女なりに悩んだ末の判断だったのだろう。

 イタチの件だってタイミングが悪かっただけで、こんな状況の中じゃいずれサスケにも伝わっていたに違いない。

 ならば今の内に伝えておいた方が、本人にそれを受け入れる時間を与えるという意味でも得策だ。

 

「あの子は今私の所で預かってるわ。心ここに在らずっといった感じでいつも天井を見上げてる。……受け入れるには、少し時間がかかりそうだわ」

 

「……そうか。それにしても、屋敷の死体から判断して下手人はおそらく――――」

 

「ええ、犯人はおそらく『正体不明(unknown)』。顔も身元も不明の彼のS級犯罪者と見て間違いないわ」

 

「忍界一の猟奇殺人鬼、とうとう木の葉の中にまで入り込みやがったか……」

 

 賞金首を中心として老若男女、腕の立つ忍問わず襲い掛かる殺人鬼。

 顔も名前も判明しておらず、被害者は皆体をバラバラにされている事から忍界でいちばん恐れられているS級犯罪者の一人だ。

 それが木の葉に入り込んできた、しかもイタチと鬼鮫が侵入しているタイミングでだ。

 大蛇丸、イタチ、鬼鮫に続いてこの正体不明までもが侵入してきた。

 この短期間の間にS級犯罪者が入り込みすぎだろうと三人は心底で愚痴る。やはり大蛇丸の木の葉崩しが発破となってしまったのだろう。

 今の木の葉は、穴だらけすぎる。

 

「……実はな、その正体不明とヒアシさんが殺り合っていたと思しき場所で、ある物が見つかったらしい」

 

「……ある物?」

 

「それって?」

 

 犯人について話し始めた二人に対して、ガイはある事を話そうと口を開いた。

 

「あのイタチと、えっと~……」

 

「干柿鬼鮫ね」

 

「そうだ! イタチとその干柿なんたらが着用していた物と同じ模様の衣類が落ちていたらしい。……何故か焦げていたらしいが」

 

「「!?」」

 

 ガイのその発言に2人は目を見開いて驚愕を露わにした。

 それが何を意味するのかは語るまでもなかった。

 

「“正体不明”も暁に所属している……そういう事か、ガイ?」

 

「断定は出来ん。だが可能性は十分にある!」

 

「じゃあ、その三人は最初からグルだったって事? 私達に予め自分達の侵入を悟らせて、警戒がその二人にいっている間に、その隙にもう一人侵入させて宗家を皆殺しにさせた」

 

 今まで出てきた話を元にし、紅が頭の中でそれを整理しながら推測を口にする。もし“正体不明”が暁に所属しているのだとしたら、今の所考えられる線はソレだ。

 しかし、何処か引っかかりを覚えたアスマは自分の考えを口にした。

 

「……だが、それにしては妙じゃないか? カカシは奴等の目的はナルトの九尾だと言っていた。カカシは過去に暗部に所属していた。俺達が知らない情報もたくさん知っているだろうし、あの口ぶりじゃあ暁の目的はまるで尾獣集めにあるかのようにも聞こえたぞ?」

 

「それじゃあ順序がまるで逆じゃない。それだったら一方が囮になってもう一方がナルトの中の九尾を取る算段だったって事に――――まさか……」

 

「組織の事とは関係なしに、それぞれ別の思惑で行動していた。そう言いたいのだろう、アスマ?」

 

「……まあな」

 

 自信なさげに目を逸らしてそう答えるアスマ。

 線としてはまだ紅が推測した物の方が強いので、アスマも自分の推測にはあまり自信をもってはいないようだ。

 

 そんな会話をしていた、その時だった――――

 

「ぅ……あぁ、あああぁぁッッ!!」

 

「「「!?」」」

 

 病室のドアの向こうから悲鳴が聞こえた。

 

「この声は……ネジか!」

 

 自分の部下の悲鳴を聞いたガイは即座にドアを開けて病室に入る。

 アスマと紅も一度互いに顔を見合わせた後に互いに頷きながらガイに続いて部屋に入っていく。

 

「あぁ……ち、ち、うえ……ぇ、あ゛あ゛あ゛ぁっ……」

 

 体中を包帯に包まれ宛らミイラのような見た目になりながらも、苦しそうに、苦渋の表情で、苦悶の声を上げて亡き者を呼ぶ様は正に亡霊と言って差し支えない程に、ネジの精神は崩壊していた。

 

「ぢぢう゛え゛……っ、い、ぢうえ、ぁヴぁ……あ゛ぁっ!」

 

「大丈夫か!? ネジ、しっかりしろ!」

 

 ネジは悪夢を見続ける。

 喉を裂かれ、倒れる父親。完膚なきまでに『殺』された父親(叔父)

 二つの悪夢を交互に見続け、更に彼は地獄のどん底へと落とされていた。

 

「アスマ! 急いで看護婦を呼んで鎮静剤を! 後止血剤もお願い!」

 

「分かった!」

 

 その様子を見かねた紅がアスマにそう呼び変え、返事をしたアスマはすぐに看護婦を呼びにへと部屋を出て行った。

 

「とりあえず包帯を巻き直すわよ。騒いだ拍子に傷口が開いちゃってるわ!」

 

「……ッ、すまない、紅。恩に着る!」

 

 自分の部下が危機に瀕している中で、自分以外の二人の上忍がこの場に居合わせてくれた事はガイにとってはこの上なく幸運だった。

 包帯を巻き直してる途中で、アスマが看護婦を連れて戻ってきた。

 

「皆さん、今から鎮静剤を打ちます! 患者の身体を傷に触らぬように注意しながら押さえつけてください!」

 

 看護婦の言う通りに三人はネジの身体を押さえつける。

 傷に触らないように細心の注意を払いながら、紅とアスマがそれぞれネジの右腕と左腕を、ガイは両足を押さえつける。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ……、ぢぢう゛え、ぢぢうえ゛、ぢぢう゛え゛ぇッ……!」

 

「鎮静剤、打ちます!」

 

 ネジの慟哭とも取れる魘され声を聞いた看護婦は顔を少し歪めながらも、冷静に鎮静剤をネジの二の腕に打ち込む。

 

「ち……ち、うえ……」

 

 未だに亡き父親の事を呼びつつも、安定した息遣いとなって次第に沈静化していくネジ。しかし、その表情にはいまだに苦悶と悲壮が渦巻いており、最後にガイやアスマ、紅の三人に衝撃を残す一言を呟いて眠りについた。

 

「にい、さん――――」

 

『――――ッ!?』

 

 一斉に目を見開く三人。

 ガイは慌ててネジの顔を覗き込む。

 しかし当のネジは鎮静剤の効果により既にすやすやと安らかな眠りについていた。

 

「……ネジに兄貴なんていたのか、ガイ?」

 

 当然のように思った疑問をアスマはガイに問いかけた。

 

「……いいや。担当上忍の俺が言うのも何だが、そんな話は聞いた事がない」

 

 否、とガイは答える。

 

「だけど、担当上忍になるのなら、その部下の家族関係とか調べていた筈でしょう? だったら――――」

 

 紅もまた問いかける。

 そもそもガイは人の名前を覚える事が大の苦手な人種だ。調べていた所で、そこにネジに兄がいたという事が判明していた所で、本人の頭に残っているかどうかが疑問だった。無論、そんな事はないだろうが、念の為に問い合わせてみたのだ。

 

「調べたさ」

 

 ガイはきっぱりと答えた。

 

「ネジだけじゃない、リーも、テンテンも、あいつ等が俺の部下になる直前まで三人の事は家族関係は粗方調べたさ。特にネジに関しては複雑な事情がある。だから徹底的に調べた。……だが、ネジに兄がいたなんて情報はなかった。血のつながりがないという線で身の回りの人物も調べてみたが、ネジの兄貴分のような存在は誰一人としていなかった」

 

 当時の事を思い出し、ガイは顰め顔で語る。

 ネジは日向一族宗主の弟の息子という事もあり、他の二人よりもより綿密に家族関係や人間関係、または本人の経歴などを調べたが、そこに彼の兄らしき人物の影など何処にもいなかったのだ。

 

「じゃあ、今のは単にネジが意味もなく口走ったという事か? もしくはハナビやヒナタを見て自分も兄弟が欲しいという願望が口に出ただけじゃ……」

 

「――――いいや」

 

 アスマの推測に、ガイはまたもや否、と否定した

 

「根も葉もないが、少なくともこんな状況で、しかもこんな状態で、最後に父親を呼ばずに兄の事を呼んだ。つまりネジにとっては、“兄さん”と呼んだその人物は、父親と並ぶくらいには大きな存在なのかもしれん」

 

 少なくも、願望したり想像する程度で出てくるような言葉ではないとガイは断言した。根も葉もない言葉だが、しかしガイが言ったからこそであるからか、不思議と説得力を感じさせた。

 言い終わったガイは再びネジの方に顔を向け、アスマと紅もまた続いてネジの方を見やる。

 自分が入っていいような話ではないと感じた看護婦はでは私はこれで、と言い部屋から退散していく。

 三人は部屋から出て行く看護婦にお礼を言って再びネジの事について話し始めた。

 

「まさか、ガイ。お前は『正体不明』はネジの兄貴だって……そう思っているのか?」

 

「可能性としてはゼロじゃないわ。……いいえ、むしろ私は得心が行くわ」

 

「紅?」

 

 突如挟んできた紅の言葉にアスマは訝しむように紅を見る。

 

「むしろ、そうでなければネジが生き残っている理由に納得が行かないわ。……もし、犯人がネジのお兄さんなのだとしたら、少なくとも宗家を恨む理由は十分に持っているでしょうし……」

 

「……日向ヒザシの仇、か?」

 

「ええ。それに……『正体不明』の犯行手口からしてまず日向一族の者だって想像できる者はまずいない。だからこそ、『正体不明』はこれまで特定されずに連続殺人犯になり得たのかもしれないわ」

 

「なるほどな」

 

 聞けば聞くほど、考えれば考える程質の悪い殺人鬼だと、三人は『正体不明』の事を思う。無論、『正体不明』がネジの兄であるという可能性自体は決して高くはないが、在り得ない話でもない。

 

「……俺の調べ不足という可能性もある。今一度ネジの経歴やその周りを調べ直して、それでも出てこないようであれば……知っていそうな人物に聞くしかない」

 

「私も協力するわ。ネジの事もそうだけど、うちのヒナタの事だってあるし。……アスマは?」

 

 ガイに協力を申し出た紅は、アスマの方へ向き、問いかけた。

 ――――貴方はどうするの?

 ガイや紅がネジの事について調査するのは、今回の件の被害者が自分の部下の中にいるからだ。担当上忍として自分の部下にしてやれる事はしなければならない。例えソレが、里の機密(ブラックボックス)に触れるような事になったとしてもだ。

 だが、アスマは先述の二人の担当上忍という訳でも、ましてや深い関わりがある訳でもない。

 無関係のアスマがこの件に首を突っ込む義務などないのだ。

 

 そんな紅の気遣いを読み取ったアスマは、フ、ほくそ笑み、答えた。

 

「おめぇ等がやるっていうのに、俺がやらねえなんて選択肢はねえだろう。俺も首を突っ込ませて貰うぜ」

 

 ガイもまた笑う。

 

「里がこんな状況では、俺達上忍が前線に駆り出される事はない。しかしだからと言って、何もしないのは熱い青春にかける者として恥ずべき行為だ! 俺達は俺達で、前線に出るであろうあいつらにしてやれる事はしなければな! 同じ青春を共有する者として!」

 

 ガイの暑苦しい言葉を軽く聞き流しつつも、ガイとアスマもまた同じような決意を胸にした。

 

 その時だった。

 

 ガチャ、とドアが開く。

 そこには、満身創痍の一人の男が入ってきた。

 

 

     ◇

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 木の葉の里の夜の街中を、一人の男が息を切らせながら歩いていた。

 

「くそ……こう、なる、事は……分かっていた筈なのに……」

 

 男は目立った外傷こそはないものの、破裂するような内臓の痛みを必死に堪えながら、千鳥足で街中を歩く。

 

「ゲホッ、ゲホッ……!」

 

 街灯の明かりのスポットに入ったと同時、男はせき込み、口からドス黒い血を吐きだした。……人体から飛び出したばかりの血は、本来ならば酸素をまだ多く含んでいるためその色は鮮血の如く真っ赤な筈なのに、彼が吐き出した血はどす黒かった(●●●●●●)

 それほどまでに、男の内臓は異常をきたしていたのだ。

 

「くそっ、くそっ……分家の、連中め……!?」

 

 己の不甲斐なさと、悔しさのあまり涙が出た。

 男は今は亡き日向ヒアシの側近だった(●●●)人間だった。

 使えるべき主を失い、そして共にいるべき家族ともいえる存在を突然失くした彼は行き場を失い、もう一人の側近と共に酒場で酔っ払っていたのだ。

 己の矜持も、誇りも忘れ、ただただ自分が日向一族宗家の者であるという過去の栄光に縋り、もう一人の側近と共に荒れながらそれを語り合っていたのだ。

 

 その最中、襲撃にあった。

 

 自分達が酔っ払っているタイミングを見計らって襲撃してきた者達。

 彼らの額に付いていたあの模様は忘れもしなかった。それもその筈である。それを彼らに付け、彼らを鳥籠の中に押し込めて縛り付けてきたのは紛れもなく宗家(自分達)なのだ。

 態々額当てを付けずに襲撃してきたのはおそらく、自分達宗家に対する当てつけなのだろう。そんな彼らの思いを、男は否定する事はできなかった。

 自分がこうして体よく宗家に残れたのも、運がよかったのに過ぎないのだ。自分だって巡り合わせが違えば分家に落とされ、もしくはそこに生まれ呪印で縛られて宗家に尽くさせられていた事だろう。

 そう、単なる巡り合わせの違いでしかなかったのだ。

 

 彼の主であったヒアシ、そしてその双子の弟であったヒザシに関してもそうであったが、もしヒナタとハナビ、一方が宗家となり、もう一方が分家に落ちる時、今は亡きヒアシはどう思うのであろうか。

 ヒアシとヒザシの場合は先に生まれたか後に生まれたかの違いで宗家か分家を決められたが、ヒアシはちゃんと次女のハナビを正式な後継者として任命する事を表明していた。これはヒアシ様なりの、彼の父親を反面教師として学び取った結果だと男は考えていた。

 ヒアシは口にする事はなかれど、その本心ではただ後に生まれたか先に生まれたかの違いで自分と弟を宗家と分家に分けた事を恨めしく思っていたに違いない。判断材料としては明らかにおざなりで、そして早計にも程があるだろうというヒアシなりの思いの顕れなのだろう。

 現に弟の息子として生まれてきたネジは、ヒアシの娘二人をはるかに凌ぐ才の持ち主だった。後に続く者の才能を見るのであれば、むしろ宗家にすべきなのは弟の方であったと、主ヒアシは常々考えていたかもしれない。

 だからこそヒアシは今度こそ、先に生まれたか後に生まれたかの違いではなく、きちんと才能という明確な基準を以て長女と次女、どちらを跡取りに選ぶかを決断した。跡取りを選ばなかった方に関しても、彼女が呪印を刻まれぬ機会に恵まれぬよう、精一杯日向家から遠ざける事で双方の娘の安寧を願っていた。

 

「は……ははは」

 

 今は亡き主の葛藤を思い出し、男は自嘲した。

 

「何やってるんだよ……俺……」

 

 一族の宗主と、そして一人の親という二つの立場の間で葛藤しながらも、それでも精一杯向き合って娘の安寧を願い続け、そして二人の甥に懺悔し続け、そんな思いを長年抱えながら一族を引っ張ってきた男がいたというのに、自分は一体何をしているのだ。

 

 高々、自分の拠り所を失ったくらいで、過去の栄光を幻視し、酒場で飲み耽るという愚行。更には予測できたであろうにも関わらず、その隙を突かれて襲撃されるという失態。

 ああ、すべて己の不甲斐なさが招いた事だ。

 自分の他いたもう一人の側近は先の襲撃で命を落とし、自分は何とかここまで逃げ伸びる事ができた。

 

 ――――ならば、今自分がすべき事は……。

 

 気が付けば、木の葉の病院まで辿り着いていた。

 その病院のある病室の窓を見つめる。

 

 ――――あそこの部屋には確か、ハナビ様とネジが……

 

「――――ッ!?」

 

 突如、殺気を感じた男は少ないチャクラを振り絞って白眼を開いた。

 眼の周りの血管が浮き上がると同時、視界が三百六十度に広がる。

 

「なッ……、もうここまで……くそっ!?」

 

 白眼に映った者達(●●)を目の当たりにした男は最後の力を振り絞って病院内へと入った。すれ違う患者達や看護婦たちなど気に留めない。

 留めないつもりでいた……複数の物陰に隠れている同族たち(●●●●)を見るまでは。

 

 ――――……ッ!? 既に院内にも入り込んでいるのか!?

 

 最悪の事態を目の当たりにしながらも、男は内心で納得する。

 そもそも宗家と分家の事情を知っているのは木の葉の中でも一部の者だけだ。偶然にも中忍試験の会場に居合わせていた観客たちはネジの告発を機に知ってしまったみたいだが、それでもほんの一部の者達だけだ。

 日向一族宗主の娘が入院しているこの状況では、院内に日向一族の者が多くいても違和感などあるまい。

 だとすれば余計に急がねばならなかった。

 

 白眼を開き、同族が見張っていない廊下を選びながら走る。

 もちろんこっちの動向は向こうも白眼で見張って把握しているであろうが、やらないよりはましである。

 

 ――――間に合ってくれ!

 

 ただその思いを胸に廊下を走り、階段を駆け上がる。

 やがて、その部屋のドアへとたどり着き、取手を回して開く。

 

「ハナビ様……ッ!?」

 

 彼女の名前を呼んだその時――――

 

 背中に、何かが触れた。

 それが何であるかは、白眼を開いていた男にはすぐにわかった。

 

 後ろから、柔拳を見舞われたのだ。

 

「ご、ハ――――」

 

 その認識を最後に、男はうつ伏せに倒れる。

 

 薄れゆく意識の中、必死に前を見上げ、そこにいる三人の人影が目に入った。

 

 ――――ああ、彼が今まで、ハナビ様を看てくれていたのか。

 

 おまけに三人とも木の葉ではそれなりに名の知れる上忍ではないか。

 彼らなら……彼らなら……。

 

「頼む……どうか……」

 

 体を這いずらせ、呆然と佇む三人へと近寄る。

 

「どうか……ハナビ様、を……」

 

 その言葉を最後に、男の意識は断絶した。

 

 

     ◇

 

 

「そうか、白眼の回収は叶わなかったか……」

 

 頭の下半分から右眼あたりまでにかけて包帯で包み込んだ老人、志村ダンゾウは幾ばか落胆するように呟く。障子越しに見える片膝をついた彼の部下らしき影が頭を下げて謝罪した。

 

「申し訳ありません。回収した白眼は既に、瞳力としても、目としても機能せぬ状態でして……」

 

「日向の異端児め……己の獲物は何が何でも他人に弄らせんという訳か」

 

 宗家の屋敷の死体から回収した白眼は皆、瞳力としての力も、そのチャクラも既に失われており、あたかも完全に死んでいるかのようだと部下から報告を受けたダンゾウは、現在忍界を恐怖に陥れる猟奇殺人鬼を思い浮かべ、表情を変えずに忌々しげに呟いた。

 

「よい。やりようはまだいくらでもある。暫し下がっていろ」

 

「はっ」

 

 そう言って、部下の影は退散していく。

 そしてダンゾウは更に思考に耽った。

 元々、うちは一族と同等の爆弾を抱えていた日向一族であったが、まさか今になって爆発寸前にもなるとは思わなかった。

 生まれつきの呪いを抱えているうちは一族とは違い、日向一族は自分達で自分達を呪った一族。そしてその呪いも周囲には対して影響を及ぼさない類であったからこそ、ダンゾウの中で日向一族はうちは一族よりも優先順位が低かった。

 ……だが、そうもいかなくなった。

 本来ならその爆弾をコントロールする筈の宗家が、刹那の間に惨殺され、分家の呪印を起動できる者はほとんどいなくなった。

 積年の恨みを抱えた彼ら(分家)は今すぐにだって動き出すだろう。

 そうなると自分が決断するまでの時間も残されてはいまい。

 

「報告です、ダンゾウ様」

 

「……何だ?」

 

「先ほど、酒場で酔っ払っていた宗家の生き残りが分家の者達に襲われたそうです。このままでは……」

 

「つくづく……時間とは待ってはくれぬ物よ」

 

 ダンゾウは立ち上がり、部下に命令してくれた。

 

「分家の連中はもはや争いの種にしかならぬ。生け捕りにして白眼を回収する程の余裕も此方にはない。分家の奴等は皆殺しにせよ」

 

 何せ、日向一族はうちは一族と比べ、歴代の規格外とはともかく、一族の総体としてみるのであれば圧倒的に強い。

 開眼条件が緩い、ないしは必要としない白眼はその開眼率がうちは一族の写輪眼と比べても圧倒的に高いのだ。

 故に一族全体の実力はうちは一族よりも高い。

 生け捕りにして白眼を回収する余裕などないだろう。

 

「襲撃にあった宗家の生き残りはもはや長くはあるまい。白眼は奴の遺体から頂くとしよう」

 

「はっ」

 

「それと宗家の娘共に関しては暫く保留にしておく。だが長女や日向ネジに関してはよく気を配っておけ。前線にでも出されたりすれば呪印がない事をいい事に敵に白眼を持ち帰られる可能性も出てくるだろう。――――行け」

 

 ダンゾウの命令と共に影は姿を消した。

 

「さて――――」

 

 ダンゾウは再び机の書類を向かい合い。

 思考に耽った。

 

 今回の件でうちは一族に続き、日向一族もまた絶滅の一途を辿る事になる。

 例え里の牙を折ってでも、火種を絶つことで里の平和を測る……それが彼ら「根」のやり方である。

 

「ヒルゼンよ。光を浴びる木の葉であるお前が死に、(みつ)を吸い上げる根である儂が残った。だが、安心しろ」

 

「葉が枯れようと、根が無事ならまた新しく生える。今度は儂が、根であると同時に、葉になってみせる」

 

 

 

 




前回で死の線についての設定が問題になった件……はっきり言って今でも分からぬ
いくらググっても分からぬ。
……分からないからこのままでいこうと思います。
というか、もし動いてるんだったら型月の直死持ちはどんだけ超人なんだよ!(志貴と式)


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