ルルーシュと麦わら海賊団 (みかづき)
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麦わら邂逅編
麦わら帽子と仮面の魔王


ブリタニア諸島における内戦の終結。

 

エリア11における長きにわたる戦いもついに今日終わりを迎えることとなる。

最大の反ブリタニア勢力である”黒の騎士団”は名ばかりの同盟という形をとり、ブリタニアに降伏した。

その調印式において、内戦の終結を証明するための一つのイベントが行われる。

 

”魔王”ゼロの処刑。

 

”ブラック・リべリオン”を引き起こしたテロリスト。

ブリタニア海を支配した”大海賊艦隊”黒の騎士団の元団長。

”世界最悪の犯罪者”ドラゴンの優秀な部下。

 

そして今ここに”魔王”と呼ばれた仮面の海賊は、処刑台に立つ。

黒覆面の処刑執行人がゆっくりと斧を振り上げ、それをブリタニア軍に、黒の騎士団、そして集まった民衆たちが見つめる。

 

「オール・ハイル・ブリタニア!オール・ハイル・ブリタニア!」

 

ブリタニア兵達は高らかに謳い、団員達は目を背け、民衆は悲鳴を上げる。

その混沌の中、目の前に現れた麦わらの一味に向かって、ゼロは・・・ルルーシュは言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        ”撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――数週間前。

 

コバルトブルーの景色が広がるブリタニア諸島の近くの海に一隻の船があった。

ウォーターセブンに向かうその羊の頭を持った船に乗るのは、一億の賞金首“麦わら”のルフィと仲間達であった。

 

「サンジ~腹減って死にそうだ!飯はまだ~?」

 

「うるせい!もう少しまってろ!」

 

いつも通りのやり取りを横目に航海士のナミは新聞を見つめていた。

新聞を読むのは彼女の日課である。

 

グランドラインではほんの少しの情報不足が命取りとなる。

情報収集という言葉を他のメンバーが知らない以上、ナミの日課は必然の作業となっていた。

そのナミの関心を引いたのは一面に載っていた“黒の騎士団”のニュースだった。

 

 

捕縛された"黒の騎士団"の団長が護送中に逃亡したという。

 

“黒の騎士団”といえばこの海域を支配する大海賊だ。

この海賊団の規模は"海賊艦隊”と呼ばれたドン・クリークを超え"大海賊艦隊"と呼ばれている。。

その団長の逃亡劇となれば、追う海軍と奪還に来た部下との間で大規模な抗争になるのは必定だ。

――早いうちにこの海域を出た方がいいわね

 

そう思案しているナミの後ろから、ルフィの声が聞こえる。

「スッゲー!!変態仮面が釣れたぞ!!」

 

釣りをしていたルフィの針にかかったのは一隻のボートだった。

そこに乗っていたのは栗色の髪をした少年。緑色の髪をした少女。

そして変態仮面?だった。

 

「あわ、あわわ~」

 

新聞を握り締め、ナミは卒倒しそうになる。

握り締めたその新聞の一面の写真。

そこに載っているのはまさにその変態仮面。

 

黒の騎士団団長“魔王”ゼロ。2億6千万の賞金首だった。

 

 

 

 

 

 

「いいから捨ててきなさい!!」

新聞を片手にナミは叫んだ。

「捨て犬じゃねぇんだぞ…。」

メリー号に救助した3人を前に尻目にゾロはごく当たり前の突っ込みをいれる。

チョッパーの診断では栗色の髪の少年と緑色の髪をした少女はすでに息絶えていた。

少女の横ではサンジが「運命は残酷」だの「もう少し早く出会ったいれば」だのと 一人嘆いている。

 

「あんた達、事の重大性に気づいてないの?そいつはあの“ゼロ”なのよ!!」

 

 

"魔王”ゼロ

 

その存在を世に知らしたのはブリタニア領エリア11による独立戦争。

俗にいう「ブラック・リベリオン」だった。

 

エリア11(日ノ本)の解放を唱えるゼロは"革命軍"と結託しブリタニアに決戦を挑んだ。

戦いは黒の騎士団の優勢に進んだ。

しかし劣勢のブリタニアは海軍に援軍を頼んだ。

海軍が出した答え。

 

それは"バスターコール"

 

その虐殺と混乱の中、黒の騎士団とゼロは海に逃れ,海賊となった。

 

「バスターコール…。」

その言葉にロビンは肩を震わせた。

「わかった?“ゼロ”は革命軍と繋がり、

 世界政府からも目をつけられるほどのヤバイ奴なのよ!!

 その正体はまったくの謎。知った者は例外なく殺されると聞いているわ。

 そんな奴と関わったら命がいくつあっても?!」

「やったー!やっと取れたよこの仮面!!」

 

熱弁を止めナミは固まった。

 

「おもしれー!この仮面」

「あんた!!あたしの説明聞いてなかったの?!!」

鬼のような形相で詰め寄るナミを前にルフィはしり込みする。

「しょうがないだろ。脱がせなきゃ治療にならないってチョッパーが」

 

「チョッパーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

「ぎゃー鬼が出たー!!」

 

「ちょ、落ち着けナミ」

 

一同の喧騒の中、ロビンはゼロを見つめる。

まだ少年の面影がのこる黒髪の青年。

海賊でありながら生まれ持った高貴さを感じさせる。

 

「この人…どこかで」

自分の記憶を遡ろうと思案に入るロビン。その横で

 

 

 

  ・・・ここはどこだ?

 

 

 

ゼロは目を覚ました。

 

 

 

 

 

ここはどこだ?

頭がひどく痛い。そうだ。俺はブリタニアに捕まり海軍に引き渡された。

 

 

インペルダウン行きの幽閉船に乗り込む最中、突然首から血を流す海兵たち。

一秒たりとも狂いのないその出血は公園の噴水を連想させた。

 

 

  兄さんは僕が守る!

 

 

 

「やめてくれロロ!その力はお前の心臓を」

 

 

  はやくこいルルーシュ!私との契約を忘れたのか?

 

 

「ああ、わかっているさC.C。」

 

 

 

  ゼロ、いやルルーシュはギアスを使い人の意思を捻じ曲げるペテン師だ!

 

 

「扇…キサマ!?」

 

 

 

  ルルーシュ。まさか君がゼロだったとはね

 

 

 

「シュナイゼル!これはあなたのチェックか!!」

 

 

 

 

  お兄さま! お兄さまーーーーーーーーーーーー!!

 

 

 

 

 

「ナナリーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 

  ・・・そうだ!俺は―――ッ!

 

 

 

 

「海賊仮面!!参上!!」

 

「ぎゃはははw」

 

ゼロの仮面を被り遊ぶルフィを見てウソップとチョッパーが盛大に笑う。

目の前でゼロな仮面で遊ぶ男達。何が起こったのかは明白だった。

 

 

―――正体を知られた。

 

 

意識が急速に回復し、コンピューター並みのその頭脳がフル稼働し、ルルーシュは自分が取べき行動を即理解した。

その答えは一つしかない。

 

「ん、気がついたか?」

 

ルフィの声で一同は視線をルルーシュに向ける。

 

「あの~私たちはですね~」

 

「顔色が悪いな。何か暖かいものを持ってきてやろうか?」

冷や汗をかきながら愛想笑いを浮かべるナミとサンジの言葉を無視し、

ルルーシュはゆっくりと立ち上がる。

そのただならぬ雰囲気にゾロは無言で刀に手をかける。

「お前たちには感謝する。ありがとう。そしてさよならだ。」

 

「あん?」

 

近寄ろうとするサンジの足が止まる。ルルーシュの両目は赤く光っていた。

 

 

――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。

 

 

 

 

 

 

 

           「お前たちは死ね!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレは今から死ぬぞーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

「オーーー!!!」

船首に飛び乗り麦わらの男と狸はそう高らかに宣言し、海に向かってダイブする。

ルルーシュの瞳に紋章が浮かび上がりそこから赤色の光が放たれた直後のことだった。

 

「さて、逝くとするか」

「あの世にはカワイイお姉さまはたくさんいるかな?」

 

侍もどきとホスト風の男はそれぞれ海に向かって歩き始めた。

 

「…あの世でもお金は必要ね…。」

 

「死ぬ前に本を整理しなくては…。」

騒がしい女と長身の女は自分達の部屋に歩を進める。

 

 

  そうだ。それでいい。ゼロの秘密を知った者は生きてはいられない。

  この世界の心理。絶対の事実。

  オレはそうやって生き延びてきた。今までも、そしてこれからも。

 

 

「フフフ…フハハハハハハハ!」

 

 

 

  そうだ!俺はゼロ!オレが“魔王”。世界を破壊し、世界を創造す…ん?!!

 

 

 

「…え?」

 

勝利を確信し高笑いを始める仮面の魔王。

それを呆然と見つめる長鼻の狙撃手。

ほぼ同時に二人は互いを見て驚愕した。

 

 

  何故ギアスが効かない?!

 

ルルーシュは思考の世界でキーボードを叩き出し、数秒で125通りの回答を導き出した。

 

何らかの悪魔の実の能力者。

生まれつきの特異体質。

改造人間。

ブリタニアの血族。

 

しかし、その数秒間の思考の旅は徒労に終わった。

正解は一目瞭然だ。

ゴーグル。

 

ウソップが海中で、砂漠で、雪原で、ありとあらゆる困難な状況下において

狙撃の視界を確保するために、改良に改良を加えた自信作。

マニア以外の人間が見たらシニカルな笑いを浮かべるそのゴーグルが

偶然にもギアスから送られる視覚情報を防いだのだった。

 

 

ウソップは呆然とルルーシュを眺めていた。

この男の目が赤く光り、「死ね」という一言の直後、仲間達は奇怪な行動を取り出した。

ルフィとチョッパーは海に飛び込み、ゾロとサンジはその後を追う。

ナミとロビンは自分達の部屋に向かう。ほんの数秒間の出来事だった。

ナミの話が脳裏をよぎる。

 

“魔王”ゼロ。2億6千万ベリーの賞金首。

黒の騎士団の団長。この男が何かしたのは間違いない。

(悪魔の実の能力か?なんでオレだけ無事なんだ?)

 

ウソップは全身から嫌の汗が流れるのを感じた。

仲間の援護はない。

戦うのは自分一人。

目を赤く光らせ睨みつける青年はまさに悪魔の化身に見えた。

その時ウソップが連想したのは 絶望・敗北・死亡 だった。

「長鼻―――――――ッ!!」

 

「ゼ、ゼロ――――――!!」

 

ルルーシュが銃を構えるのに呼応し、ウソップ反射的に構えた。

直後、両者が放った弾丸が交錯した。

 

弾丸がウソップの頬を掠めた。その衝撃でウソップはほんの少し体勢を崩した。

 

絶望的だった。

 

しかし、それにも増してウソップの集中力は過去に例がないほど高まっていた。

逃げ場のない海の上、頼れる仲間は誰もいない。だからこその“抗い”だった。

崩れた衝撃を利用し、床を回転する。相手は2億の賞金首、“魔王”と呼ばれる男だ。

おそらく「火薬星」はかわされる。いや、喰らっても平然と笑っているに違いない。

 

 

 楽しい海賊人生だったなぁ。でもまだ足りねえよ…。

 

 

胸が熱くなった。

時間にするとほんの一秒ほどであったが、いままでの冒険が頭を過ぎった。

手で回転を止め、体勢を整える。覚悟は…決まった!

「ぐわぁッ!!」

 

「…え!?」

 

火薬星を派手に喰らい、崩れ落ちるゼロをウソップは呆然と眺めた。

 

「ぎゃーーーおぼれるーーー助けてーーー」

「ブクブクブクブク…。」

 

水しぶきを上げながらルフィを助けを求めた。

「なんでオレは海に落ちてんだ!?」

 

「知るかそんなこと!それより二人を助けるぞッ!!」

 

状況がつかめないゾロにサンジは檄を飛ばす。

 

「あれ…なんでお金なんて数えてるのかしら?」

 

「あら…私?」

 

ナミとロビンは自分達が何故部屋にいるのかさえわからない。

そんな仲間達の喧騒がどこか遠い、自分とは関係ない事のようにウソップは

気絶している青年を、2億の賞金首を、“魔王”ゼロを見つめていた。

 

 

 

 

――これがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと麦わら海賊団との出会いだった。

 

 

 

 







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旅の仲間

「いいから捨ててこいよ。」

「捨て猫じゃないのよ!」

 

事件から数十分後、ゼロの処遇について二人は当初の立ち位置を入れ替えていた。

「銃を構える奴に向かって俺は言った。

“イーストブルーでは誰もが知っている!俺たちの仲間に

手を出だせばどうなるかってことくらいなッ"するとゼロは…。」

 

「ウソップすっげえーーーーーー!!」

 

「すげ~カッコイイーーーー!!」

 

「おいおい、本当かよ・・・」

 

樽の上に乗り、大演説を続けるウソップをルフィとチョッパーが囃し立てる。

サンジは事の信憑性を疑っているが、チョッパーに至っては

その眼差しに尊敬の色さえ浮かべている。

ロビンはというと、一人椅子に腰掛け、サンジの入れた紅茶を

飲みながら、気絶しているゼロをただ見つめていた。

 

「最初に捨てて来いと言ったのはお前じゃねーのか?」

 

「状況が変わったのよ。バカ!バカ!この大バカ!!」

 

「なんだと!この女!!」

 

議論は白熱し、道を外れ、ただの誹謗中傷合戦に突入した。

「黒の海賊団と合流したらどうするのよ? "大海賊船隊"と戦うの?冗談じゃないわ!」

ゼロを逃がせば、“黒の騎士団”に追われることになる。

 

それがナミの言い分だった。

騎士団のトップに手を出してしまった以上,その想像は限りなく現実の答えに近い。

 

「じゃあ、海に沈めて・・・」

 

「万が一あたし達が犯人だとばれたらどうするの? それこそ一生追われるわ! どうしてわからないの!?このバカ!!」

 

「そうだ、ナミさんの言うとおりだ!このマリモ!」

「いきなりなんだてめーは!?死ね!この素敵眉毛!!」

議論の場にいつの間にかサンジも加わり、ゾロの怒りに油をそそぐ。

「オレは体を回転させ、奴の銃弾を華麗にかわし…。」

 

「ウソップすっげえーーーーーー!!」

 

「すげ~カッコイイーーーー!!」

「…。」

 

怒号と喝采と沈黙。それらが一体となって渦巻く船内。 そのカオスの中で…。

 

 

 

 

 

               ならば…我に従え!!

 

 

 

 

 

ゼロは目覚めた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめーのせいでこうなってんだろ!このバカ仮面!!」

 

「なにが“従え”だ!?この変態マント!!」

 

「ぐおわぁッ!?」

 

二人がかりで踏みつけられてルルーシュは鈍い声をあげた。

傍目からは縄で縛られた貧弱な変態マスクが

「グラサン」をかけた柄の悪い二人組みに絡まれ暴行を

受けているようにしか見えかった。

事の始まりは「ギアス」が解けた直後、

ロビンがウソップの証言と その顔につけてある「ゴーグル」から、

ゼロの能力が 「視覚情報を使った洗脳」であると見抜いたことからだった。

全員がなんらかの装備で目を覆い、

ルルーシュに ゼロのマスクをかぶせることで

「ギアス」に対する備えを万全にし、ルルーシュの目覚めを待っていたのだ。

 

「お前がグラサンかけると893にしか見えねーんだよマリモ!」

 

「ナンパにでも出かけるのか?このエロコック!」

 

「キサマら話を聞…ぐぎゃあーー×○△▼◇■!!」

二人で互いは罵倒しながら、ルルーシュにストンピングを連打する。

その華奢な体が激しく上下にバウンドし、

ルルーシュは声にならない叫びを上げる。

もはや交渉不能と悟り、泣きながら「ぎゃーぎゃー」と叫ぶナミ。

死闘を演じたライバルと自己の英雄譚の崩壊を救うため、止めに入るウソップ。

そのシュールな光景をパーティ用の鼻眼鏡をつけたルフィが愉快そうに笑っている。

もはや権威も恐怖も“ゼロ”のルルーシュが 一瞬の隙をつき、声を張り上げた。

 

 

 

 

   俺と契約し“黒の騎士団”に入れ!“麦わら”のルフィ!!

 

 

 

 

思いもよらない提案に一同は静まる。

 

ゼロはなんと言った?“黒の騎士団”に入れ?

「黒の騎士団に入れば全ての条件はクリアされる。

 俺はお前達を追う必要はなくなり、お前達も追われる理由は消える。

 悪くない話だろ?“麦わら”のルフィ。“海賊狩り”のゾロ」

 

「ほう…俺達のことを知っているのか?」

 

ゾロは興味深そうにルルーシュを見る。

 

「世界中の集金首の情報は俺の頭に入っている。七武海の “サー”クロコダイルを破ったルーキーとなればなおさらだ。」

政府がひた隠す第一級情報を平然と口にする姿に 大海賊のトップの片鱗を感じさせる。

この男はやはりゼロ。“魔王”と呼ばれる海賊なのだと。

 

「契約し、部下になればあなたは私たちに何をくれるの?」

 

ナミが口を開いた。

交渉の余地ありとなれば、自分の出番とばかり に前に出る。

 

“他の連中に任せたらどうなるかわかったもんじゃない。 こういうことは自分がやるしかない!”

 

その確固たる意思が ナミの行動を支えている。

一瞬の沈黙の後、ルルーシュは一同を見つめ、こう答えた。

 

 

 

      夢を、お前達の“願い”の全てを

 

 

 

 

「夢…すべての願い?」

ナミは驚きルルーシュを見つめる。こんな大それたことを平然と

言いながらルルーシュは余裕さえ漂わせていた。

縄に縛られてさえいなければものすごくかっこよかったに違いない。

「女、まずはお前から聞こう。お前の望みはなんだ?」

ルルーシュはナミを見つめる。

「お金!大金!たくさんの金(きっぱり!)

 ついでに世界の海図を書くこと(ぼそっと)」

 

一瞬、躊躇した後にナミは捲くし立てた。“うわ~”という

周囲の視線を背にしながら。

「俺のマントの内ポケットを探れ。とりあえず それをプレゼントしよう。」

 

ナミは言われるがままに内ポケットを探る。

取り出したのは小さな宝石だった。

 

「なによこの小さい宝石?」

小バカにしたような顔でルルーシュを見下すナミの手から ロビンが宝石を取る。

 

「ちょっと!ロビン…。」

 

「ブリタニア王家の秘宝“龍の左目”ね…。

 もしオークションに出せば20億ベリーは確実な品よ。」

「ナミです。お会いできて光栄です!ゼロ」

 

自己紹介を済ますとロビンから宝石を奪い、

ナミは 素早く、そして静かに後方に退いた。

 

 

「次はお前だ。長身の女。」

 

ルルーシュは次にロビンを指名した。

「ロビンよ。私は…そうね。ブリタニアの遺跡や古書を調べたいわ」

「ブリタニア全土の遺跡と古書を進呈しよう」

 

ルルーシュの即答にロビンは“くすくす”と笑みを浮かべる。

「確かにゼロならば…いえ『あなた』ならそれが出来るわね」

 

ロビンの含みを持たせた言葉にルルーシュは一瞬押し黙る。

仮面を被っていてもその表情はロビンの笑顔とは 対称的であることを感じさせた。

 

「・・おい長鼻!次はお前だ」

 

乱暴な口調でウソップを指名し、一瞬崩れた空気を元に戻す。

侮辱的な表現に内心怒りながらも、恐怖でガチガチのウソップが口を開く。

「ウソップだ。オ、オレは…勇敢な海の男にッ!!」

 

「却下だな。あまりにも抽象的過ぎる…。」

 

肩を落とすウソップをサンジが慰める。

「サンジだ。夢は2つあるんだが…。」

 

「1つに絞れ欲張りめ」

 

取り付く島も与えない。サンジは腕を組み考える。

 

 

   かわいい女の子とオールブルー。どちらか1つに決めるなら…。

 

ほんの数秒ではあるが、身を引き裂くような苦痛がサンジを襲った。

このどちらかを捨てることなどできない。

この男が大海賊の船長であるならば、数々の美女たちを保有しているに違いない。

”かわいいお姉さんを紹介しろ”といえば、自分が夢見た桃源郷は即座に完成するだろう。だが――

 

「オレの夢は…“オールブルー”を見つけることだ!」

 

後悔はない。サンジは晴れやかに笑った。

 

「そんなものあるわけないだろ…。バカかお前は?」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

泣きながら襲い掛かろうとするサンジをウソップとチョッパーが必死で止める。

「地理的、物理的考察から見解を述べた。つまりは常識を問題にしている」

 

そう言って他人事のようにサンジの発狂を眺めている。

その流れからサンジを止めようと頑張るチョッパーと偶然、目があった。

 

“変態仮面に見つめられている”

 

自分の願いを考えながらチョッパーは ルルーシュに熱い視線を注ぐ。

 

「次はお前だ。“海賊狩り”のゾロ」

 

ショックを受けるチョッパーを他所にゾロは答える。

 

「大剣豪だ。だが人の手を借りる気はない。」

 

「残念だな…。だがその考え、嫌いではない。」

 

ゾロの返答を予想していたようにルルーシュはあっけなく引き下がる。

 

「最後に“麦わら”のルフィ。お前の夢は…野望は何だ?」

 

 

  そうだ・・・。ここからが本番だ。“麦わら”のルフィ。

  一億の“ルーキー” 七武海を倒した男。

  お前の望みを言え!金か?名誉か?何でもくれてやる!

  お前さえ手中に収めればこの船を制圧するのはさほど難しいミッションではない。

  さあ、言え、お前の欲望(ゆめ)を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            「俺は…海賊王になる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…な!?」

 

ルルーシュは絶句した。それは当然のことだった。

この海で…。 それもこのグランドラインで…。

「海賊王になる」と口にする男に 初めて会ったからだ。

 

「その言葉の意味がわかっているのか?

 それは“この大海賊時代の頂点に立つ“  そう言っているとのと同じことだぞ・・・!」

 

ルルーシュの計算機が弾き出した1250通りのルフィの回答予想が音をたてて崩れる。

 

 

   当たり前だ!こんな馬鹿げた回答が予想できるか!

 

 

「なれるとか、なれないとかじゃない。俺がなるって決めたんだ。 そのために死ぬんなら別に構いやしない!」

 

ルフィは平然と笑って答えた。

 

 

   この海のレベルは知っているはずだ。この海に辿りつくまでに何度も死にかけたはずだ。なのに・・・。

 

 

「…。」

 

 

 

   テロではブリタニアは倒せない!やるなら戦争だ!覚悟を決めろ!正義を行え!

 

 

 

月夜の中、赤髪のテロリストは目を見開き、絶句した。

 

 

 

   撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるやつだけだ!

 

 

 

ブラック・リベリオンの直前、銃を向け、俺を止めようとする緑髪の女に言い放った。

 

 

 

   僕は…。俺は…ブリタニアをぶっ壊すッ!!

 

 

 

東京が陥落したあの夏の日、泣きながら親友に立てた誓い。

 

 

 

 

 

 

       

        「ワンピースは…俺が見つける!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完敗だった。

自分を超える“バカ”に出会った。

 

「交渉は決裂だな…。“海賊王”では部下にはできない。」

 

ルルーシュは仮面の中で静かに目を閉じた。

海賊船における交渉の失敗。

それはすなわち死を意味していた。

覚悟は決まった。自分の敗北を。死を。

だが、気分はそう悪くはなかった。

 

「俺は部下になる気はねーよ。お前が俺の仲間になれよ。よし決まりだ!」

 

「フ、好きにしろ………え!?」

 

 

 

  え、ええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?!

 

 

 

「ちょっと待って!何言ってんだ!?ルフィ!!」

「ふざけんな!こんな怪しい奴を船に乗せられるか!」

 

「反対だ!あいつだけは絶対反対だからな!!」

 

一同は驚愕の声を上げた後、

ウソップ、ゾロ、サンジは抗議の声をあげながら一斉ににルフィに詰め寄る。

常識さえ持っていれば ごく当たり前の反応だった。

 

「いいじゃん。面白そうな奴だし。それに カッコイイじゃん!あの変態仮面」

 

「仮面のデザインで仲間にすんな!!」

 

船長の言葉に嘘偽りはないが、こんな理由を承諾できるクルーもいない。

“ぎゃーぎゃー”とルフィを問い詰める三人の後ろにナミが立つ。

 

 

 

          ガン! ガシ! ゴリ!!

 

 

 

 

「痛てーーーー!!」

 

「何するんだ!?ナミさん」

「てめー明らかに俺を強く殴ったな!?」

振り返った3人に対してナミは敢然とした態度で言い放つ。

「あんた達こそ何?船長であるルフィが決めたのよ!  文句を言わず従いなさい!!」

 

ナミの正論と迫力に押される3人。

 

(何考えてんだよナミの奴…。)

 

「ナミさ~ん…。」

 

(何企んでやがるあの女…)

各自、言いたいことを抱えながらもナミの正論は“海賊の掟” である以上逆らえない。

渋々ながら場を解散させる。

( …一時は絶対絶命だったけど、これぞ逆転さよなら満塁打ってやつね!

  これで“黒の騎士団”に追われることなく次の目的地にいけるわ。

  いや、それどころか“黒の騎士団”から何かいろいろ引き出せるかも?

  たとえば、お金とか、黄金とか、ダイヤとか、etc…。)

 

 

 

 

 

 

「フフフ…フハハハハハハハ」

 

ナミが妄想の世界を旅する後ろで、縄を解かれたルルーシュが笑い出す。

 

 

「気に入ったぞ!“麦わら”のルフィ! いいだろう…結ぶぞ!その契約!!」

 

ルルーシュはルフィに向かって手を差し伸べる。

「ハハハ、いちいち大げさな奴だな。」

 

差し出された手を前に、ルフィは麦わら帽子を 被り直した後、しっかりと応えた。

 

「俺はモンキー・D・ルフィ。よろしくな!」

 

「ゼロと呼ばれている。本名はルルーシュ。 ルルーシュ…“ランペルージ”だ。」

 

“ばんざーい”棒読みで祝福するナミ。納得がいかないウソップ達。

 

「…」

 

その後ろでルルーシュを見つめるロビンがいた。

 

「ぎゃーーー!!死人が生き返った!?」

 

悲鳴を聞き、一斉にチョッパーの方を向く一同。

その視線の先にいったのは、死亡と診断された緑髪の少女。

 

「C.C.!?」

 

ルルーシュは少女に向かってそう叫んだ。

 

「ここは…。ご主人さま?ご主人様ーーー!」

 

 

 

 

 

 

ゼロと遭遇し、1時間後。

ルルーシュ・ランペルージとC.C.が麦わら海賊団に加わった。

 

 

 

 



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C.C.と料理と黒の騎士団

 

 

同時刻。

 

"大海賊艦隊”黒の騎士団・本船「斑鳩」館内・司令室。

かつて“魔王”ゼロが使用していたこの部屋は今では

1組のカップルの愛の巣と化していた。

男は机に座り、新聞を手に取る。

男の後ろのカーテンの向こう側

では、女が気を失ったように眠り込んでいる。

男が手に取った新聞の一面には“魔王”ゼロの逃亡の詳細が書かれている。

元団長の写真を見つめ男は呟いた

 

「全てはゼロが、ルルーシュが悪い!!(ドーン)」

 

扇要。

 

"大海賊艦隊"黒の騎士団の現団長である。

ゼロ追放後、空位になった団長の椅子は副団長であった扇の手に 自動的に転がりこんできた。

今や扇は“黒の騎士団”のトップであり ブリタニア海の支配者として君臨していた。

 

「副団長!失礼します。」

一般団員のその言葉に扇は一瞬怒鳴りそうになるも押しとどまる。

ゼロ追放後、まだ間もないことから、扇“団長”という認識が浸透 していない

だから、このような不届き者が出るのだ。 懲罰は後回しにすると決めた扇は答える。

 

「何かな?俺は"激務"を終えて疲れているんだ。」

 

扇の返答に一般団員はうろたえる。

「い、いえ…。副団長の指示に従い、 シュタットフェルト隊長をお呼びしたのですが…。」

 

(…はあ?シュタットフェルト?誰よソイツ?外人!?)

 

扇は数秒間本気で考え込み、そして思い出す。

自分が呼び出したことと“親友”の妹の名字を。

 

「扇さん、話というのは何かしら?」

隊長と呼ばれる赤髪の女は扇に話かけた。

「え…ああ、これを見てくれ。」

自分が持っていた新聞を女に渡す。

「ゼロ!?そんな!?」

 

扇は女が新聞に注意を注いでいることを確認すると、頃合を計り 机を力いっぱい叩き出す。

 

「くそーー!!親友を売ってまで取り戻した日ノ本がまた エリア11に戻ってしまう!

 ゼロさえ、ルルーシュさえ 渡せば、シュナイゼルは約束を守るはずなのにィ!!」

 

バン!バン!と机を叩くのを止め、扇は顔を押さえる。

その指の間から流れる液体を見て女は肩を震わせる。 女の角度からは手の中に仕込まれた目薬が見えない。

出口に戻り、扉に手をかけた女は去り際にこう言い放った。

 

 

 ゼロは、ルルーシュは私が捕まえる!!

 

 

女の右手が赤く光ると扉は「沸騰」し、次の瞬間爆発した。

その姿が消えるのを確認すると、扇は椅子に深く腰掛け 新聞を手に取る。

日課のポルノ小説を読むためだ。

「クックック、扉くらい普通に出て行け…。零番隊隊長“紅月”カレン」

 

 

 

 

かもめ達が舞い、メリー号を陸地に誘う。

ゼロを加えた麦わらの一味が向かうのはエリア11の東京ゲットーだった。

何の計算もなくただ純粋にゼロを仲間に加えた船長“麦わら”のルフィを

除いて、ゼロを「仲間」として迎えいれた者はだれもいない。

表向きはルフィとゼロの握手を歓迎したナミも

“黒の騎士団”との 衝突を避けられるプラス@という下心満載であった。

そんな彼らの思惑を察して、その提案を出したのはゼロだった。

 

一つ目は船の針路であった。

ゼロの捜索のために海軍は警戒を強めていて次の目的地である

ウォーターセブンへ向かうのは困難である。

そこでいまだ “黒の騎士団”勢力圏であるエリア11に警戒網が解けるまで 滞在するというものであった。

“燃料・食料・ウォーターセブンへのルート確保。

これらは全て ゼロと“黒の騎士団”が責任を持つ“と。

 

二つ目は船の中での生活のことであった。

まず、ゼロは自分の力は「ギアス」という視覚情報による洗脳であることを明かした。

条件は相手の目を見ること。効果は一人につき一度きりというものだった。

「つまりは俺の目を見なければいい。」

そしてこれからもゼロの仮面を被り続けると宣言した。

このマスクの構造が脱ぎにくいのはルフィが証明している。

また、少しでもマスクを脱ごうとした 場合に攻撃も許可した。

「仲間」たちとの「信頼」のために。

その提案にナミが付け加える。

「ゼロが近くにいる場合にサングラス等を装着する」と。

万が一のことを考えて。「仲間」たちとの「信頼」ために。

つまりは、彼らの共通認識はあくまで「仲間」でなく「旅の道連れ」であった。

船長“麦わら”のルフィただ一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

船内に与えられた部屋でルルーシュはやっと息をついた。

一時は本当にダメだと思った。

海軍から逃げ出した先が“一億”のルーキーとは…。

二度目に目覚めた直後、蹴りまくられた時には走馬灯が見えた。

母を殺され、父に捨てられた。

親友と別れ、海に逃れ、海賊となった。

そんな甘酸っぱい少年時代の記憶が、胃液と共に流れ出た。

 

 

  しかし…今俺は生きている!重要なのはそれだ。

  東京ゲットーにたどり着けば「オレンジ」と連絡が取れる。

  また戦える!救い出せる…ナナリーを!!

 

 

「ご主人さまぁ…。」

 

狭い部屋のベッドの片隅に体を隠しながらC.C.がこちらを見ている。

“奴隷時代の少女”に戻るのは自分の知る限りでは2度目。

死ぬほどのダメージを負うと現れる症状らしい。

側により、軽く頭を撫でてやると少し落ち着いたらしく目を瞑る。

あの高慢で高飛車な女が自分を助けるために命を懸けた…。

 

「ありがとうC.C.。ありがとう…ロロ。」

 

口から出たのはC.C.への感謝と「弟」の名前。

「ランペルージ」の姓を持つ死んだ護衛の名前だった。

 

「“麦わら”のルフィ…甘い男だ。フフフ、”仲間“か…。

 いいだろう!なってやろうじゃないか。

 エリア11までの 短い旅の間だけな!

 そしてもし…再び敵対するようならば…

 駒として…散々こき使った挙句、ボロ雑巾のように捨ててやる。」

 

ルルーシュの「両目」が赤い光りが宿る。

仮面に隠されたその光をC.C.は気づかない。

 

 

 

 

目的地に向かうメリー号を上空から覗いてみると

なにやら黒い物体が動いている。

船上を行き来するそれは上空から見ると巨大なボロ雑巾に見えなくもない。

 

ゼロであった…。

「掃除くらい毎日しろ!バカどもが…。」

 

舌打ちしながらも、黙々と床をモップで拭き続ける。

完璧主義の災い。

部屋に塵1つ残さない(特に妹の部屋だが)

その性格は ルフィたちの適当な掃除を許せるはずもなく、

旅を始めて三日目には 誰に呼びかけることもなく一人黙々とメリー号の掃除を始めていた。

 

船長である“麦わら”のルフィは船首の部分で昼寝をしている。

“海賊狩り”のゾロは自慢の刀の点検をしている。

共にその目の部分を無防備にさらしていた。

“ウソップに一撃で敗れた男”それが2億の首・ゼロのこの船に おける別名であった。

その圧倒的な弱さが高く評価され、この船でサングラスなどのギアス対策

をしているのは、ナミ、ウソップ、チョッパーのおなじみの3人だけとなった。

その“ゼロを倒した男”は、ゼロから距離を置き、

ゴーグル越しにチラチラ盗み見 ながら掃除を手伝っていた。

特に会話はないが、共に奇妙な親近感を感じながら。

 

一週間が過ぎた頃、ゼロの苛立ちはピークに達していた。

それは、不衛生な環境を自分で変える努力に疲れたためではない。

掃除はむしろ気分転換として効力を発揮していた。

では、彼を苛立たせたのは何か?

 

「C.C.ちゃ~ん。デザートができたよぉ!」

 

…奴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「C.C.ちゃん!味はどうかな?」

 

「は、はい!す、すごく美味しいです!」

「それはよかった!C.C.ちゃんのために特別に作ったんだ!」

そう言って、サンジはC.C.の肩に手をまわした。

 

「…ピク。」

 

遠くからゾロがサンジに向かって厳しい視線を投げかけている。

他のクルーからみてもサンジのスキンシップならぬセクハラは 目に余るものに変貌を遂げていた。

サンジのC.C.に対する露骨なアプローチはその料理にダイレクトに表れた。

毎日がフルコース。

それを美味しそうに食べるC.C.。喜ぶサンジ。悪循環は止まらない。

他のクルーの食事の量が減少した。ルフィは不満そうにサンジに文句をいう。

しかし彼はまだマシである。もっとも被害を受けていたのは

C.C.の“ご主人様”であるはずのゼロであったからだ。

 

最初の三日間は普通の量だった。

だが、その後、フルコースの影響からか明らかに量が減っていた。

ついにこの3日間に支給されたのはカップ麺だけとなった。

 

「あいつ・・・人間が一日に必要な野菜の量をしているのか?」

 

明らかに栄養不足のゼロ。そしてその前で行われるセクハラ。

明らかな挑発。

宣戦布告に他ならなかった。

 

「本当にかわいいな~C.C.ちゃん!」

サンジがC.C.の腰に手をまわした時

 

 

 

     ブチッ!! 

 

 

 

 

 

ルルーシュは切れた。

 

 

 

 

 

「ご機嫌だな!コックの男よ!」

 

ゼロはマントを広げ、サンジを指差した。

サンジはギョッとしてC.C.から離れる。いきなりこんな怪しい 仮面男から指名されれば当たり前だ。

 

「な、なんだ?何か用かよ?」

 

「ずいぶん時間を持て余しているようだな?せっかくだから

 掃除を手伝ってくれないか。“仲間”だろ…?」

 

ゼロの挑発めいた言い回しにサンジは少しムッとしながらも、黙ってモップを 手にもつ。

確かに正論であり、今まで掃除をこなしてきたゼロの言葉に説得力があった。

 

「で、どこを掃除すればいいんだ?」

あらかたというか、船内は完璧に掃除されていて塵1つ見当たらない。

 

「ここだよ。ここ。」

ゼロは椅子に座り、靴の裏を指さした。

「拭け。舐めるように…丹念にな」

 

 

 

 

 

瞬間湯沸かし器とはこの時のサンジであった。

 

「てめー!喧嘩売ってんのかよ!!」

 

ゼロの袖に手をかけ、絞りあげる。

「喧嘩を売るとは連日のカップ麺のことか?」

ゼロも引かない。

 

「そもそも、お前みたいな怪しい野郎を仲間として認められるか!!

 俺が歓迎したのはC.C.ちゃんだけだ!

 何が“ご主人さま”だ!この変態仮面が!」

 

サンジは大声で罵る。―――めちゃくちゃ私怨を込めながら。

 

「それは困ったな。”仲間“として認めてもらわなければならない。

 せめてこの旅の間だけな…。

 だから提案したい。決着をつけようと!」

 

「望むところだ!」

 

こうしてゼロとサンジは決着をつけるために対戦することになった。

その種目とは?

 

「二つの洗い場に洗い物を二等分しました!」

 

…お皿洗い勝負だった。

 

 

 

 

(バカかこいつはッ!!)

 

サンジは心の中で罵倒した。コックである彼のプライドが刺激された。

日々の業務。もはや彼にとっては生活習慣ともいえる作業で勝負を

挑まれるとはサンジは想像すらできなかったからだ。

 

(こんなバカがトップに立つなんてあり得ねえ!

 まだルフィがマシに見えるぜ! きっと“黒の騎士団”ってのはアホの集まりに違いない!)

批判はゼロから彼の部下に飛び火した。ついでに自分の船長にも…。

そうして一通り心の中で罵倒を終えたサンジは少しずつ余裕を取り戻す。

すでに結果が見えている勝負より、

いかにこの状況を利用するかという打算が動き始めたのだった。

サンジはC.C.を見る。

C.C.はそれに気づくを恥ずかしそうに俯く。

「かわいい…マジかわいい!」

 

サンジの鼻の下が自然と伸びる。それを見てゼロは呟く。

「…なんだその顔芸は?勝負はもう始まるぞ。」

 

「…ッ!!」

 

ある意味最悪のタイミングを見られ、それを興味のない“突っ込み”ですらない

“呟き”で返されたサンジは現実に戻り、ゼロを睨み付ける。

 

 

 

   すべてこの野郎がいけないんだ!

  きっとC.C.ちゃんはコイツに攫われて無理やり

  “ご主人さま”なんて呼ばされているに決まってる!

  ああ、なんてかわいそうなC.C.ちゃん…。

  俺が勝ったあかつきには君を自由にしてあげるからね!

 

 

怒りをモチベーションに変えるサンジ。C.C.は片手を挙げる。

「位置について…よ、よーい、スタート!」

 

C.C.のスタートの合図と同時にコップとスポンジを手に取るサンジ。

その二つが蛇口に流れる水の前で交差するとコップは 鮮やかな光りを取り戻していた。

必要以上の力はいらない。スナップとスピード。

そして 何万回ともいえる反復の経験がそれを可能にする。

サンジはコップを乾杯の仕草でC.C.に向け ウインクをし、余裕を演出する。

 

「どうだ!お前にこれができ…ッ!?」

 

勝利を確信し、ゼロを見たサンジの動きが止まる。

「水温摂氏11度、蛇口直径16ミリ、皿全体のワインゾース  の面積2パーセント以下。

 この条件に最適な構えはこの角度!」

 

“ゴ、ゴ、ゴ”と効果音が聞こえそうな異様なオーラが立ち上る。

 

「抉りこむように…擦るべし!擦るべし!擦るべし!擦るべし!」

 

「え?うおぉ!?うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!?」

 

「擦るべし!擦るべし!擦るべし!擦るべし!擦るべし!擦るべし!」

 

 

 

 

船が進み波がざわめく。

その音を楽しみながらゼロは船上の真ん中で 優雅に読書を楽しんでいた。

その足元で何かがゴソゴソと動いている。

 

「手を休めるな、しっかり拭け。舐めるように…丹念にな」

 

屈辱に耐え、黙々と作業を続けるサンジ。

わざわざ船の真ん中に 椅子を移動し、読書など行うのは、

この状況を周囲に晒すために他ならない。

ルフィとウソップは指を指して笑い。

ナミは哀れそうに眺めている。

遠くからはゾロがあいかわらず厳しい視線を投げかけている。

敗戦の結果とはいえ、この状況…耐え難い。

 

「喉が乾いたな…紅茶をくれないか?ボーイ君」

“飲まないよね?というか飲めないよね?”そんな抗議を瞳に託しながら

サンジはゼロを睨む。―――このままでは終われない。

 

「第二ラウンドだ!さっきはお前の得意分野で戦った!

 だから、今度は俺が種目を決める!」

 

過去の自分の言葉をかなぐり捨て、サンジは挑戦状を叩きつける。

 

「よかろう…その種目とは?」

 

承諾するゼロ。完全決着をつける気だ。

 

「料理勝負だ…C.C.ちゃんを賭けてな!」

 

 

  あいつ、プライドはねえのかよ・・・。

 

 

遠くからゾロはそう呟いた。

 

 

 

 

(バカかこいつはッ!!)

 

サンジは心の中で罵倒した。

コックである彼のプライドが刺激された。

日々の業務。

もはや彼にとっては生活習慣ともいえる作業をゼロが承諾 するとは、本当のところ思えなかった。

(こんなバカがトップに立つなんてあり得ねえ!

 きっと“黒の騎士団”ってのは痴呆症の馬鹿軍団に違いない。)

 

批判はゼロから彼の部下に飛び火した。

ゼロを批判できる材料があれば なんでもいい。それほど奴が憎かった。

そうして一通り心の中で罵倒を終えたサンジは少しずつ余裕を取り戻す。

周りにはクルーが集まり出していた。

ルフィに至ってはすでに席につき食べる準備を完了させている。

サンジはC.C.を見る。

C.C.はそれに気づくを恥ずかしそうに俯く。

「かわいい…超かわいい!」

鼻の下が伸びそうになるのを堪える。

このままでは前回と同じだ。

ゼロを見ると、明らかに怪しいマント男は無言で食材や調理器具を準備していた。

今回の勝負の素材は「海王類」。

「馬鹿マント!変態仮面ッ!!」

 

もはや脊髄反射で罵倒が飛び出す。

怒りをモチベーションに変えるサンジ。C.C.は片手を挙げる。

「位置について…よ、よーい、スタート!」

 

スタートと同時に包丁を手に取るサンジ。

空中に投げた肉と包丁が交差すると、肉は見事に分断され

それをボウルでキャッチする。

必要以上の力はいらない。スナップとスピード。

そして 何万回ともいえる反復の経験がそれを可能にする。

――この勝負だけは負けられない。

 

前回は余裕を出しすぎたのが

仇になった。サンジは懐からビンを取り出す。ラベルには

「秘伝の調味料」と書かれている。

この材料は一部の海王類の肝でしか作れない。

修行時代からコツコツ集め、特別な催し以外には 決して使うことのない品であった。

 

「潰してやる…絶望を見せつけてやる…。」

 

ブツブツと呟きながら、調味料を贅沢に使用する。

彼は本気だった。

その背後で黙々と料理を作るゼロ。

残り時間10分前…その出来事は起こった。

「お前…まさか“C.C.”が本当の名前だと思っているのか?」

 

「え…!?」

 

後ろ向きで相対するゼロの言葉にフライパンの動きが止まる。

 

 こいつ…いま何と言った?

 

「俺は知っているぞ…本当の名前を」

 

確かにおかしな話だった。

「C.C.」この文字を見て名前だと思う人間が 世界で一体何人いるだろうか。

何かの「記号」と思うのが普通だろう。

サンジは妄想の海に落ちていく――

そこからは牢屋に囚われた美女達がいる。

ドアが開き、マントを翻しながら変態仮面が現れた。

階段を降り 牢屋に近づき、緑髪の少女を指差さす。

 

「今日はお前にしよう…“C.C.”」

 

「私は“C.C.”なんかじゃない。私の名前は――」

 

泣きながら拒絶の意思を示す緑髪の少女。

仮面の悪魔は冷笑する。

 

「奴隷に名前などいらない…。お仕置きが必要だな」

 

その言葉に反応して肩を震わす少女。

 

「うう、申し訳ありません…“ご主人さま”」

 

それから浮かび上がる痴態の数々、サンジは妄想の海に落ち続けた。

「鍋…。」

 

妄想の海からサンジを釣り上げたのは、ゼロの言葉だった。

泡を吹き上げる鍋。

炎を天井まで吐き出すフライパン。

終了時間、五分前の出来事であった。

 

 

 

 

「すげぇーーーうめぇな!これ!!」

 

「海王類のフェイバレット焼きブリタニア風だ。 こちらの料理は…。」

 

食卓に並ぶ数々の料理。

日ノ本食をベースにブリタニア風の味付けがされて いる。

ブリタニアで生まれ、日ノ本で生活してきたゼロならではの料理であった。

日ノ本に人質に取られたときから、その料理人のキャリアをスタートさせたゼロ。

毒殺を警戒して、自分と身内の料理はずっと彼が担当していた。

その結果、その 料理の腕前は高級店のコックが裸足で逃げ出すほどに成長していた。

 

一方食卓の端の方。

ゼロの料理に紛れながら、たった一品だけサンジの料理があった。

5分で出来る料理…「海王類の刺身」だった。

「…。」

 

結果は明白だった。

いや、もはや勝負以前の問題である。

あまりにも気の毒すぎて「料理勝負」であったことに触れないクルー達。

ゾロですら視線を合わせない。

 

「うめぇ!超うめぇ!!」

 

ルフィの食いっぷりを見て苦笑するゼロ。

 

「フハハハ、そんなに気に入ったなら、食べさせてやろう。 エリア11に着いたら好きなだけな」

「本当か!?絶対だぞ!約束だからな!!」

 

あまりの食いつきぶりに、いささか引く…この男の食い物に対する執念は ちょっとだけ怖かった。

席を立ち、落ち込むサンジに近づく。

ジロリと睨み付けるサンジ。

その瞳は“敗者を笑いにきたのか”と物語っている。

「…C.C.の本当の名前は俺も知らない。

 俺達はただの契約関係だ…恋人でも、まして愛人でもない」

 

サンジの瞳に希望の光が宿る。言葉にするなら“よっしゃーー”といった具合だ。

「夢をバカにして悪かった…。

“オールブルー”それを全否定できる根拠を俺は持っていない」

 

その口から出たのは謝罪の言葉。

サンジは少し驚いた後、右手を差し出す。

 

「無謀は承知の上だ。 笑われるのには慣れっこだ。」

 

握手で答えるゼロ。

こうしてこの対決は一応の決着を見せた。

 

 

 

 

それから数日後…。

 

「これは“ダイヤル”といって衝撃や音を吸収するんだ」

「ほう、それは興味深いな…。」

あの対決の後、ゼロとクルー達の関係は少しの変化を見せた。

ウソップとは、メリー号の掃除を通して、少しずつ会話ができるようになり、

今ではお互いの冒険談を話せる間柄になった。

「褒めたってなにもでないぞ!このヤロー」

「チョッパーよ…お前は卓越している。 

 優秀な人…いや、トナカイだ!」

 

喋る狸…もといトナカイで医者であるチョッパーとも

医学の知識を通じて交流し始めた。

「C.C.ちゃ~ん。デザートができたよぉ!」

…奴は相変わらずだが、食事が改善されたことには感謝をしていた。

船長である“麦わら”のルフィは船首の部分で昼寝をしている。

“海賊狩り”のゾロは自慢の刀の点検をしている。

今日もいつもと変わらない一日が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月が海面を照らす。今日は満月だった。

ルルーシュは一人、外に出て暗い海を眺めていた。

こんな夜にアイツと出会った…。

ロロ・ランペルージ…我が「弟」に。

 

 

 ゼロ…あなたを殺しに来ました。

 

 

一瞬で惨殺される団員達。月明かりの下でその手に持つナイフが鈍く光る。

ブリタニアの暗殺者、ロロ・ランペルージ。

もしも、”ギアス”の能力が知られていたら、間違いなく殺されていた。

ロロは体感時間を止めることができる「トキトキの実」を食べた「時間人間」だった。

 

 

 お前は俺の弟になれ!!

 

 

それがロロにかけたギアスだった。より優秀な「駒」として側に置くために…。

海軍から俺を救出に来たのはロロとC.C.だった。

その顔色はひどく青ざめていた。ここに至るまでに能力を使い続けたのが一目でわかった。

ロロの能力の欠点。

それは 能力の使用中は心臓が止まるというものであった。

高すぎる能力の代償。

連続使用の帰結は確実な“死”だった。

 

「もうやめてくれロロ!俺はお前を利」

 

 

  …停止!!(キュイーン)

 

 

「用して、お前は俺の弟なんかじゃ」

 

 

  …停止!!(キュイーン)

 

 

気がついた時にはボートの上だった。

ロロの顔色はその運命を告げていた。

 

「すまない…ロロ。俺はお前を…。」 

「知ってたよ…兄さんは…嘘つきだから…。」

 

俺の言葉を遮り、ロロは命の炎を燃やした。

 

「兄さんの…ことなら…なんでもわかる…僕は兄さんの…弟だ・か・・ら」

暗い海面にロロの最後の顔を映る…笑顔だった。

麦わら達に助けられた後、ロロの遺体をC.C.と二人で海に返した。

ほぼ面識がなかったロロとC.C.が救出チームを組んだ過程は C.C.の記憶が戻らない限り永遠にわからないだろう。

でも、こんな夜にはロロ…自分の「弟」を思い出さずにはいられなかった。

 

  そうだよな…お前はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアではなく

  ルルーシュ・ランペルージの弟だもんな…。

 

 

少し強い風が吹き抜けた。

船内に戻ろうとした直後、足が止まる。

「あなたも月を見に来たの?“ランペルージ”君」

 

「…ニコ・ロビンか。」

 

そこに立っていたのは長身の女、ニコ・ロビンだった。

別名“オハラの悪魔”多くの海賊を裏切り、生き延びてきた女だ。

「…。」

 

悟られないように距離を取る。

この一味でこいつだけが知っている。

こいつだけが気づいていた…自分が何者であるかを。

「警戒するのは無理もないわね…。」

 

その場に立ち止まり、月を眺める。

「でも、あなたが何者であれ…彼らはきっとあなたを

迎え入れてくれる。きっと…。」

 

「では、お前にはそれができたのか?“オハラの悪魔”よ」

 

“オハラの悪魔”その言葉を聞いて沈黙するロビン。

 

 

  そうとも!出来るはずがない…。ほんの少し甘さを見せた結果、

  俺は 騎士団を追われた。

  弟を失い、妹を危機に晒しているッ!

 

 

「今はまだ…でも、いつかきっと…。」

 

 

  騙されるな!甘さを捨てろ!そうしなければ取り返せない!ナナリーを

 

 

ロビンは目に何も付けていなかった。

「ギアス」は一度しか効かないという言葉を信じたのだろうか?

だが、それは“以前”までの話だ。それとも、信頼の証だろうか?

(それは“甘さ”だよ…。)

 

仮面の下でルルーシュの「両目」が赤く光る。

後は仮面の細工を作動させるだけだ。

 

「…!?」

 

ロビンの表情が変わる。“気づかれた!?”一瞬そう考えた。

しかし、それは間違いだった。

ロビンの視線は月を捉えていた。

振り返り、月を見る。

その中から人影が浮かび上がる。

「やっと…見つけたッ!!ルルーーーーシューーーーーーーッ!!」

 

 

 

 

―――刹那、月が赤く映えた。

 

 

 

 



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”紅月”カレン 

赤い人影が降り立った瞬間、床が爆炎をあげた。

受身によって距離を取ったルルーシュは煙の中を見つめた。

そこから人影が浮かび上がる。

 

「こんな時間に訪問とは…些か無礼ではないか?

 零番隊隊長…カレン・シュタットフェルト!」

 

ルルーシュはいつも愛用しているモップを手に取り構える。

たとえ、それに意味がないことを知りながらも。

カレンは足を止め、船内を見渡す。

上空には麦わら帽子をした髑髏が揺らいでいる。

「…驚いたわ。“麦わらの一味”といるなんてね。

 一体何を企んでいるの?ゼロ…いえ、ルルーシュ!」

 

「…。」

 

返答はない。

ただ、構えをやや上段に移動させた。

それを“合図”と受け取ったカレンは小さく笑う。

 

「…ルルーシュ、あなたは私が捕まえる!でもその前に…」

 

足が再び動きだす。素早く、力強く、獲物を狩るかのように。

 

「クッ!!」

上段に構えたモップをカレンに向けて投げつけた。

槍のように、直線的に、 それはカレンの額を目がけて飛んでいく。

対するカレンの反応は単純なものだった。

 

――ただ”右手”を出すだけ。

しかし、モップは激突することなく消えた。

いや、消えたというよりも “蒸発”という表現が正しいだろう。

右手に触れた瞬間、沸騰し、消滅したのだ。

 

「うぐぉッ!!」

 

モップを消した右手がそのまま仮面を襲い、体が宙を浮いた。

仮面を掴み上げながら、カレンは先ほどの言葉を続ける。

 

「…その前に、この嘘で固めた仮面をぶち壊して真実(すがお)を

曝け出してあげるわ!ルルーシューーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあッ!?」

 

悲鳴を上げたのはカレンの方だった。

手が仮面から離れたために、そのまま 床に叩きつけられる形になったルルーシュは

頭を抑えながら立ち上がり 直後、驚愕した。

カレンの両肘から腕が生え、それが首を締め付けている。

「…悪魔の実の能力者かッ!!」

 

振り返るその視線の先にはロビンがいた。

「二輪咲き(ドスフルール)」

胸の前で交差させた腕をに少し力を入れるとカレンは苦しそうに息を漏らす。

ロビンは一連の流れを回想する。

突然の来訪者はゼロの知り合いではあるが 仲間ではないようだ。

物体を沸騰させて消滅させる力がある能力者であり、 攻撃する意思を持っている。

 

つまりは“敵”だ。

 (”ロギア”ではないようね…ならば!)」

 

―――敵は排除する。ゼロだけではなく、仲間たちのために。

カレンの体から複数の腕が生え、その体を固める。

「六輪咲きクラッチ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ!」

 

予想外の状況だった。

六本の腕によるサブミッションである「六輪咲きクラッチ」

屈強な大男でさら、簡単にその背骨を粉砕する。

だからこそ、今目の前で起こって いる状況は驚愕に値するものだった。

一見、どこにでもいる町娘と変わらぬ背丈 の赤髪の女は、ただ“筋力”のみで

クラッチに耐えている。

交差させた腕に更なる力を注ぐ…極めきれない。赤髪の女は血管を浮き立たせ

ながら右手を少しずつ上げていく。根競べが始まる。

ロビンは後悔していた。

一瞬で決めていれば、今のような状況に陥ることはなかった はずだ。

少女の姿は“擬態”であり、目の前の女は強敵だった。その認識さえあれば…。

 

根競べは終わった。

赤髪の女の右手がロビンの腕の一本を捕らえる。

赤い光りが放たれた瞬間、ロビンの腕は“沸騰”した。

 

 

ロビンは腕を押さえ、膝をついた。腕が“沸騰”した瞬間に技を解いた…

しかし、ダメージは「火傷」という形をもってはっきりとロビンの腕に 刻まれていた。

咳き込みながら、先に立ち上がったのはカレン。

首を押さえながら、無言で右手をロビンに向ける。

右手の周りには赤色の波動が渦巻いている。

 

「…弾けろ!」

 

赤い波動がロビンに向かって襲い掛かる。

 

 

 

 

 

――痛みに耐えるロビンはそれに気づかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い波動が獲物に襲い掛かるように一直線にロビンに向かう。

そしてまさに捕らえようとする寸前、爆発した。

ロビンの横を通り抜けた「斬撃」と衝突し、四方に飛び散り煙を吐く。

その爆発により、ロビンは後方に飛ばされた。

赤い波動は煙となり、主人をも捕食する。

煙の中でカレンは身構え、目を細めた。自分の攻撃が失敗に終わったのは

明らかであった。

 

“一体何があった?”

 

その答えは煙の中から現れた。

鋭い刀の切っ先がカレンの頬を掠める。自分の胴に向かってくる二の太刀を バク転をしてかわす。

その後を追って煙の中からその刀の「本体」が登場する。

「ゼイヤァッ!!」

 

口に刀を咥えた奇妙な剣士…ロロノア・ゾロ。

別名“海賊狩り”のゾロだ。

腰のナイフを抜き、逆手に持ったカレンはゾロの斬撃を受け止める。

一本のナイフと二本の刀の鍔迫り合い。どちらも引かない。

「てめー何者だッ!海兵か!?」

 

「邪魔を…するなーーーー!!」

 

力は拮抗している。凶器を境界線として二人は睨み合う―――

 

「きゃあ!!」

 

均衡を破ったのはゾロだった。

鍔迫り合いに集中し、無防備となったその腹に 強烈な蹴りを見舞う。

吹っ飛ばされたカレンは後ろに構えていた壁に 叩きつけられ、その衝撃でナイフを落とした。

後ろ手に壁を触り、逃げられない ことを悟るカレン。

対して、ゾロはこのチャンスを逃すはずはない。加速し、 距離を詰め、

三本の刀を一気に振り下ろす!

「三刀流…虎狩り!!」

 

三刀流「虎狩り」は目前の敵を吹き飛ばす。まるで虎に襲われたように宙を舞う

敵には三本の傷跡がはっきりを刻まれる。ゾロの得意とする技の1つだ。

だが、吹き飛ばされ、宙を舞う…はずの女は目前に敢然と立っていた。

 

「…ッ!?」

 

右手で三刀を防ぎながら。その女の右手から出た赤い波動は

まるで「盾」のように形状を変化させ、その使用者を守った。

 

「これが“輻射波動”この間合いに入った時に私の勝ちは決まっていた」

「何ッ!?」

 

カレンの“勝利宣言”に反感を覚えるゾロ。

その思いとは裏腹に「虎狩り」を 解き、後方に飛ぶ。

カレンの言葉の意味を感じていた…自分の口が、手のひらが。

「輻射波動」によって3本の刀は一瞬で高温と化した。

その熱はたとえ鞘で 守られている手のひらにも伝わってくる。

もしも、意地になり、技を解くのに

躊躇していたら、この程度の火傷ではすまなかった。

 

「逃がすものかッーーー!!」

 

右手をそのまま前方に出し、体ごと前に飛び出すカレン。

凶器と化した右手が ゾロの顔面に向かって牙を剥く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾロの顔に向けて伸びた右腕は止まり、直後、カレンは体を反転させる。

盾と化した「輻射波動」が何かを飲み込み、ボウッ、と小爆発を起こす。

右手を向けた先には長鼻の男がパチンコ台を構えていた。

「ゾローーー!!大丈夫かあーーーー!?」

 

“麦わら”の一味の狙撃手であるウソップが騒ぎに目を覚まし、救援に駆けつけたのだ。

「ウソップ!?バカ!早く逃げろッ!!」

 

赤髪の女の実力は十分思い知った。

だからこその反応だ。

とても、ウソップが出る幕ではない。だが、当の本人はそのことを 知らない。

 

「そこの君!降伏するなら今だ!俺には八千人の部下が…」

 

ウソップの話はまえふりのみで終わった。

女の右手の波動が形状変化 していく様を見たからだ。それにははっきりと攻撃の意思を感じる。

「火薬星!火炎星!鉛星!卵星!ウソップ輪ゴムッ!!」

 

ありったけの技を出す。

その全てが波動に飲まれ、小爆発を起こす。

 

「…しつこい!!」

 

「輻射波動」の光線がウソップを襲う。寸前でかわすウソップ

 

「しまったッ!!」

 

悲鳴を上げたのはカレン。

ウソップがよけたその先にはゼロが立っていた。

 

「…ッ!!」

 

爆発と共に煙が周囲を覆う、“肉が焼けた”ような焦げ臭い嫌な匂いを 風が運んでくる。

戦いを中断して、一同は煙の中心を見つめていた。

その場所には先ほど、“魔王ゼロ”ことルルーシュ・ランペルージが立っていた。

不意を付かれたために、体を硬直させていたルルーシュは、おそらく「輻射波動」

をまともに喰らってしまったに違いなかった。

この嫌な匂いこそ、一同の推理 を裏付ける有力な根拠であり、唯一の証拠であった。

 

煙が上がり、数秒間の推理劇の解答が示された。

煙の中心で倒れていたのは…緑髪の少女。

その背中は赤く染まり、まるで華が咲き開いたかのようだった。

そして、その横に呆然と彼女を見つめるゼロ…ルルーシュ・ランペルージの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い波動に身が包まれる瞬間、背中に衝撃を受け、床に向かって倒れた。

爆発音が鳴り、何かが倒れる音が聞こえた。

 

――誰かに助けられた。すぐそれに気づいた。そして、誰に助けられたのかも…

 

 

 

「…C.C.」

 

視線の先には、C.C.が倒れたいた。

その背中には赤く染まり、真紅の血が床を 濡らしている。

だれの目から見ても致命傷なのは明らかであった。

 

だが――笑っていた。

顔は酷く青ざめていた。しかし、瞳はしっかりと ルルーシュを見つめ、C.C.は・・・笑っていた。

 

「ご主人・さ・・ま…」

 

手をルルーシュに向けて伸ばす。

それは、あの時の光景とよく似ていた。

 

 

 日ノ本がエリア11なったあの日、俺は海で出た。

 そして…あっさり人買に捕まった。

 人買は俺がブリタニアの皇子であることを 知り、売り込もうと目論んでいたらしい。

 そしてブリタニアに連行される俺を助けてくれたのは

 緑髪の少女…C.C.だった。

 

「私と一緒にくるか?ブリタニアの皇子よ」

 そういって手を差し伸べるC.C.。

 優しい…笑顔だった。

 そして俺は「革命軍」のもとで力をつけ、再び海に出た。

 今の俺があるのは全てC.C.のおかげだ。

 時代が変わろうとも、記憶を失おうとも…C.C.お前は俺を――

 

 

手を握ろうとするルルーシュ。

しかし、C.C.の腕はその直前で崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「C.C.なんで…なんであなたがここに!?」

そう言って頭を抑えるカレン。

酷い頭痛がする。頭が割れそうだった。

瞳を閉じる。真っ暗な闇の世界。そこには“黒い霧”がたちこめていた。

 

(ハァ、ハァ)

 

その“黒い霧”の先に明かりが見えた。

小さな、本当に小さな光り。

手を伸ばす。

小さな光りに、暖かい光に。

それが、自分が本当に欲しかったもののように感じたから。

だが、黒い霧が叫ぶ。

 

 

 

  “ルルーシュを殺せ”と。

 

 

 

そして、その光りを押し潰した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!何の騒ぎ!?海軍の襲撃!?」

 

「何があった…ってC.C.ちゃん!?」

 

「ふわぁ~、うるせーぞお前ら」

 

「な・何が起きてんだ?」

 

騒ぎを聞いて、他のクルーがデッキに集まる。

“麦わらの一味”全員集合だ。

 

「…ッ!」

 

時間切れだった。

さすがのカレンでも“麦わらの一味”全員を 相手にできるとは考えていない。

奇襲による“ゼロ捕獲作戦” は一味の全員集合によって「失敗」という結果に終わった。

その結果を悟り、船端に飛び乗るカレン。

「ルルーシュ…これだけは覚えておきなさい。

 何を企もうとも、この海のどこに逃げようとも、 ルルーシュ!あなたは、私が捕まえるッ!!」

 

そう言い残し、海に身を投げる。

直後、爆炎が上がり一隻のボート が火を吐きながら波を切り裂き、メリー号から離れていく。

 

 

「かっけー!“エース”の船みたいだな!あいつの」

 

離れていくボートを眺め、ルフェがうれしそうに声を上げる。

「ダメだ…死んでるッ!」

 

「C.C.ちゃん…せっかく出会えたのにッ!うう」

 

C.C.を仰向けにして、治療を試みようとしたチョッパーを呻くように

呟いた。その傍らではサンジが声を上げて泣いている。

 

「心臓も止まってる。顔色も…!?」

 

死亡確認のため、顔を眺めたチョッパーは驚きのあまり言葉を止めた。

死んだはずの…死んだはずのC.C.がじっとこちらを見ているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どけ…狸よ」

 

「ぎゃーーーーー!死人が喋ったッ?!」

 

チョッパーは驚きのあまり尻餅をつく。

“ガタガタ”と震えるチョッパーを尻目にC.C.はゆっくりと立ち上がる。

 

「うむむ、腹が減った。回復のために体力を使い切ってしまったぞ。

 そこのコック!サンジと言ったな。“ピザ”を…最高の“ピザ”を 直ちにもってこい!」

 

「え?!あ、え、えーと…C.C.ちゃん?」

 

復活するや理不尽な要求を突きつけるC.C.。

あまりのことにサンジは 返答すら満足にできない。性格…変わってないか、

とそんな顔をしながら。

 

「服も酷い状態だ…女!ナミといったな。お前の服を貸せ」

 

新たなる要求を突きつける。その被害者はナミ。

「いいけど…レンタル料、高いわよ」

 

気圧されながらも、何とか返答するナミ。

C.C.の背中にはすでに傷跡がなかった。

 

「ケチな女だな…ここ百年いなかったぞ、私にそんな口を聞いた輩は」

「ムキー!何この女!性格変わりすぎ!!」

肩を竦めるC.C.。

その態度に激昂するナミ。

ついさっきまでは生まれたての子鹿のような目をして、オドオド、していたのに。

その様子を少し離れて、見ていたのはルルーシュだった。

 

(…記憶が戻ったのかC.C.)

 

 

「…何者だあの赤髪の女は?相当な手錬だぞ」

 

少し火傷を負った手を風にあてながらゾロはルルーシュに尋ねた。

服装や言動から考察すれば、明らかに海軍の者ではない。

「…カレン・シュタットフェルト。 “黒の騎士団”零番隊・隊長だ」

 

ゾロの質問に答える。

その視線は暗い海の方を眺めていた。

 

「ちょっと待ってッ!今何て言ったの!?」

 

C.C.と口論していたナミがルルーシュの返答に驚きの声を上げた。

「零番隊ってあんたの親衛隊のことよね?!

 その“隊長”が…“黒の騎士団”がなんで私たちを 襲うのよ!?

 説明しなさいよッ!ゼローーーーー!!」

 

 

 

 

ナミの悲鳴が暗い夜の空いっぱいに響き渡った。

 



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地味な男と扇の本性

同じ暗い海の夜の下、扇要――”大海賊艦隊”黒の騎士団の現団長が

本船・斑鳩の甲板の上に立ち、ある人物を待っていた。

(…ッチ、クソ眠いな…よりによってこんな時間に帰ってきやがって)

あくびをかみ殺し、目を擦る。その目は少しだけ充血していた。

扇がいる斑鳩に一隻のボートが近づいてくる。それには一人の男が乗っていた。

男は現在“黒の騎士団”において五番隊・隊長の地位を預かっていた。

男は元“日ノ本解放戦線”の幹部であり、「四聖剣」の異名を持つ剣豪であり、

各エリアのレジスタンスから情報収集するという任務をゼロから受けて いたが、

その任務を途中で中止し、急遽、斑鳩に戻ってきたのだった。

甲板に男が上がる。扇は手を広げ、いつもの作り笑いをする。

「お疲れ様!任務ご苦労だったな、とべ」

 

「…卜部{うらべ}だ(ドーン)」

 

"四聖剣"卜部巧雪。

"黒の騎士団"五番隊・隊長であった。

 

(…クソがッ!難しいんだよその漢字!振り仮名ふっとけやッ!)

 

内心で毒吐きながらも、ハハハ、と笑って誤魔化す。

この男はいつもそうして生きてきた。

それを黙って見つめる卜部。

卜部が斑鳩に戻ることを決めたのは、部下からの密告だった。

扇たち幹部が突然、ゼロをブルタニアに売った、というのだ。

その理由はゼロがギアスという超能力で敵や仲間を 操っていた、というものだった。

 

ゼロ引渡しの報酬は日ノ本のエリアからの解放。

そして、ゼロ更迭に異議を唱える団員達を新たに団長となった

扇が、次々と牢に捕らえ、今や“黒の騎士団”は扇の独裁体制 にあるという。

 

“藤堂さんたちの様子がおかしい”

 

そう報告した部下とは 連絡がつかなくなった。

もはや、事態を自分の目で判断するしかない。

そう決意し、卜部は斑鳩に帰還したのだった。

「扇、率直に聞く。なぜ、ゼロをブリタニアに売った!?」

卜部の質問を予想していたように、キリッ、とした顔で扇は答える。

 

「ゼロはブリタニアの皇子、ルルーシュ!

 ギアスという力を使い、人を操る…ペテン師だ!!」

 

「…。」

 

返答を聞いて黙る卜部。扇はそれを見て、なぜか誇らしげな顔をしている。

しばらく沈黙した後、卜部は口を開いた。

「その情報…誰から聞いた?」

「シュナイゼル宰相だ」

扇は、ニヤリ、と笑い、懐からカセットテープを取り出す。

スイッチを押すとテープは、ジジ、と音をたて回り出し、その記憶を呼び覚ます。

「ルルーシュ!君はブリタニアの皇子でみんなにギアスをかけたのか?」

「そうだ!俺は皇子でみんなにギアスをかけたのさ!」

上記は、ゼロが王子でギアスをつかった、という証拠のテープの要約だった。

謎の二人の会話。

一人が質問し、もう一人が回答する。

もちろん、回答した人間がゼロ、ルルーシュ本人であるという証拠はどこにもない。

 

「これを誰に貰った?」

 

「シュナイゼルさんだ!他にも証拠はある」

 

懐から取り出した複数の書類を卜部の足元に投げる。

そこには、日ノ本解放戦線の草壁中佐、片瀬大将。ブリタニアの学生、

エリア11総督のクロヴィスの写真が載せられていた。

扇が言うには彼らは“ギアスによって操られていた”らしい。

もちろん、操られていた証拠など何もない。

 

「これを誰に貰った?」

 

「シュナイゼル様だ。わざわざ時間指定便で送ってくださった。料金高いのに」

 

にこやかに笑う扇を見て、卜部は血管が切れそうになるのを堪えた。

「つまり、エリアの半分を陥落させた敵の宰相・シュナイゼルの

 言い分をそのまま受け入れて、ゼロを、こちらのリーダーを売った…と?」

 

卜部の質問を、フッと鼻で笑い、指を鳴らす。

斑鳩の内部に繋がる入り口から 一人の女が、オドオド、と歩いてくる。

その肩を抱き、扇は答える。

 

「確かに、今までのものは証拠としては弱い。

 しかし、ギアスが俺たちの“仲間” にかけられていたならどうだ?

 そう、この千草こそ、ギアスにかけられていた 被害者であり、

 ギアスの存在を立証する生きた証人だあーーーーーー!」

 

「そいつは…ブリタニア人で、“ブラック・リベリオン”時に

 お前を撃った 海軍のスパイじゃねーかーーーーッッ!!」

 

寡黙な男の血管がついにぶち切れた。

 

「“仲間”じゃない!そいつは断じて“仲間”じゃねーッ!!」

 

その女・・千草は、扇の地下工作員として働いていた。

しかし、彼女の正体は海軍少佐・ヴィレッタ・ヌゥ。

海軍のスパイだった。

 

“ブラック・リベリオン”の時、扇はヴィレッタに撃たれ、無様に泡を吹いて 倒れた。

そのため指揮系統は崩壊し、ブリタニア軍に態勢を整える時間を与えた。

それが“ブラック・リベリオン”における敗戦の大きな理由の1つとなった。

「ゼロは卑劣にも、千草にギアスをかけ、海軍の逆スパイとして利用したんだ!」

逆切れ気味に扇はゼロの非道ぶりを糾弾する。

(…え、何が悪いの?それって結構名案じゃね?)

 

確かに一人の人間としてみれば、極悪非道なのは間違いない。

しかし、今、行われているのは戦争だ。

国際法という最低限のルールを表面上、守りながら行う殺し合いゲーム。

自身も人には言えない汚いことをした…生き延びるために。

奇麗事だけでやっていけない現実がある。

例え、ゼロが自分たちを “駒”として見ていたとしても、それはどうでもいいことだ。

自分たちもゼロを有能な“道具”として期待しているから…。

組織には必ずそういう側面が付き纏う。

「ゼロは悪党だ!奴の行ったこと、築きあげたもの全ては“悪”だ」

(…ッ!)

 

扇要…いつも後方の安全な場所にいたこの男はその現実を知らない。

 

 文句があるならてめーが出てけ!、

 

 

と言いたいのを堪える卜部。

論争も終盤に差し掛かっていた。

 

 

 

 

 

「はっきり言ってやる! 俺は…俺たちは“ギアス”などにはかかっていない!!」

 

その宣言を、ニヤニヤ、と笑いながら扇は聞く。

「なぜそう言い切れる。“証拠”はあるのかなぁ~?」

してやったり、勝った!と、扇はそんな顔をしている。ああ、殴りたい…。

その衝動、その怒りを全て言葉に乗せて卜部は言い放つ。

「簡単なことだ。もし、俺たちが“ギアス”にかかっていたのなら

 ゼロを裏切ることは絶対にできない!

 この追放劇の成功こそ、ゼロが俺たちに“ギアス”を

 かけていなかった…証明だーーーーーーーーーーーーー!」

 

卜部の咆哮に、扇は後ずさりする。

あまりにもシンプルな答えだった。

「~~~~~~ッッ!!」

余裕だった形相が一変する。

ほんのりと汗をかき、泡を飛ばして反論する。

 

「ゼ、ゼロはそういう“ギアス”をかけ忘れたんだ!」

「便利なものだな“ギアス”とやらは…。

 ゼロは、あの男は一種の天才だった。そんなヘマはしない。

 扇…お前のような無能とは違ってな!」

 

鼻で笑い、即答する卜部。

ついに扇に対する罵倒を解禁する。

 

「百歩譲ってゼロがブリタニアの皇子で、俺達に“ギアス”をかけ操っていた としても、

 まずはその身柄を拘束して、徹底的に取り調べを行うのが

 当然の処置だ!それを即、敵に引渡して交渉するなんて…このバカ!

 クズ!卑怯者!強姦魔!キモパーマ!モジャ公!一人だけ変なコート!」

 

正論の後、ありったけの悪口を言う卜部。

扇が“黒の騎士団”の制服を一人だけ着ていなかったことにやはり不満があったようだ。

「“皇子”だろうが、“ギアス”だろうが、どうでもいい!

  問題はゼロが俺達やエリアの民を裏切っていたかどうかだ!

  否…絶対にない!ゼロは本気でブリタニアを倒そうとしていた!

  エリアを解放しようと命を懸けて戦っていた。

  それは、側で一緒に戦った俺が知っているッ!!

  扇…なぜだ?お前も言ったはずだ“ゼロのブリタニアに対する怒りは 本物だ“と、

  ”ゼロは全エリアの希望“だと」

 

全てを吐き出し、返答を待つ卜部。

それを耳をかきながら聞いていた扇。もはや表情を取り繕うことはしない。

めんどくさそうに、忌々しそうに、その問いにこう答えた。

 

「・・・あれはノリだよ。ノ・リ。その場の空気を読んだだけだよ…このバーカ!

   合コンとか行ったことないの?これだからモテない奴は」

 

「…ッ!!」

 

信じられない回答に絶句する。

俺達の命懸けの戦いを“合コン”のノリで!?

 

「あーあ、めんどくせーからはっきり言ってやるよ!

 俺はゼロが、ルルーシュが大嫌いだったんだよ!

 いつも高みから命令しやがって、何が“もっと仕事をしろ”だ?

 俺だってしっかりやっているよ!例えば…そう、色々だ!

 それに、あいつは俺達の…俺と千草の仲を引き裂こうとしやがった。

 何が“国際法違反の婦女暴行罪”だ!?何が“ストックホルム症候群”だ!?

 まるで俺が“強姦魔”で、千草が“病気”みたいじゃないか!?

 許さねー!絶対に許さねーーッ!

 だから、売ってやったんだよ!ゼロを…シュナイゼルに!」

 

「この追放劇はお前が…お前が仕組んだのか扇!!」

 

「そうだ!俺がゼロを売った。

 偶然あいつの正体に気付いた俺は シュナイゼルにコンタクトをとった。

 ククク、あとは簡単だったぜ~お前にも見せたかったよ。

 あいつが連行される様を!クハハハ、アーハッハハハ!」

 

扇の高笑いが夜の闇に響き渡る。その笑いを聞きながら卜部は思い出していた。

今までの戦いを、死んでいった仲間たちを、日ノ本の、子供たちの顔を。

「ビぎゃーッ☆○#б%ж★χ◆ムキーッ★☆○#б%ーーーーッ!!」

 

ゼロの悪口を連呼する扇。興奮し過ぎてもはや何を言っているのかわからない。

 

 

(…許せないッ!この扇(クズ)だけはッ!!)

 

 

良業物・月下

その愛刀に手をかける。

このゲスを殺す!それに何の躊躇もない。

しかし、一方である「疑念」が卜部の思考を捕らえていた。

――それは、なぜ誰も反対しないのか、というものだった。

 

扇の論理は全て穴だらけだった。

こんなものでは子供ですら説得できない。

幹部たちは“将軍”藤堂をはじめとする歴戦の勇士ばかり。

とても扇などに 遅れをとるはずがない。

では…なぜ?

 

「ハアハア…すでに“種”は蒔かれた。とべ!お前はゼロが敵国の

 皇子だと知った時に、“ギアス”の話を聞いたときに…一瞬でも

 ゼロを疑ったはずだ。お前の中にはすでに“疑心”の芽が生まれてるんだよ!

 あとは…育てるだけだッ!!“モジャモジャノーム”」

モジャモジャパーマに手をかける扇。

昔の不良が自慢のリーゼントを決めるような体勢を取った。

そこから円状に“黒い霧”のようなものが発生し、卜部の体を覆う

 

「うう…。」

 

卜部の頭の中を“黒い霧”が渦巻く。

 

霧は話しかけてくる

 

 

“ゼロは裏切り者だ”と。

 

霧がゼロの姿を映し出す。そのゼロは仲間に“ギアス”をかけ、駒として 利用していた。

エリアの民を裏切ろうと企てていた。

こうして、見ると扇の言うことは正しいのかもしれない…。

そんな気分になったきた…。

 

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーー!!」

 

霧を振り払うように咆哮し、月下を左腕に突き刺した。

痛みで思考がはっきりする。黒い霧も――晴れた!

クッ、と呻く扇。

しかし、すぐ持ち直し、パチパチ、と拍手をする。

「痛みで能力から逃れたか…。さすが!さすがは“隊長”」

 

拍手をし、笑う扇を卜部は睨む。

 

「扇…キサマ、いつ“悪魔の実”を…まさか、ナオトの!?」

 

“ナオト”その名前を聞き、扇は、ニヤリ、と笑った。

 

ナオト・シュタットフェルト。

 

元レジスタンス「ナオトグループ」の リーダーであり、

"大海賊艦隊"黒の騎士団の副団長だった男だ。

ある作戦から帰ってきたナオトは2つの“悪魔の実”を持ち帰った。

1つは妹のカレンが食べた。

 

ゾオン系幻獣種モデル“紅蓮”

 

それを食べたカレンは “輻射波動人間”となり、騎士団のエースとして月夜の海を駆けた。

そしてもう一方の実は…。

「消失した。ナオトの死のどさくさに紛れてな…。

 何者かが情報を流したため、作戦がブリタニアに知られていた。

 仲間を逃がすために 囮となったナオトはそのまま…。扇!まさかキサマがッ!?」

 

「ナオトが死んだのは、はずみだ。この実は俺を選んだんだよ~とべ!

 俺は“黒の騎士団”で“最強”になれたんだ~~~~ッ!!

“悪魔の実”の中でもまた異質…俺の能力は“詐欺”だッ!」

扇の頭から“黒い霧”が立ち上る。

右手を上げ、パチン、と指を鳴らす扇。

その合図に答えるように、入り口から複数の隊員たちが姿を現す。

隊員は…五番隊の隊員だった。

 

「卜部隊長は“ギアス”に操られている。解放してやれ」

瞳を薄暗く曇らせた隊員たちが前に出る。

「月下」を片手に持ち卜部は吼えた――

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の海に浮かぶ羊頭の海賊船。

その姿を月の光が優しく包む中、船上には、

この船のクルーである麦わらの一味全員が集まっていた。

それと対峙するのは、このブリタニア海で魔王と呼ばれた海賊。

”魔王”ゼロこと,ルルーシュ・ランペルージだった。

ルルーシュは、先ほどのナミの問い――”黒の騎士団”零番隊・隊長"紅月”カレンのゼロ襲撃

の理由を語り出した。

その成り行きを記憶を取り戻したゼロの相方、”魔女”C.C.が静かに聴いていた。

その姿こそ、変わらないが、あの子供のような少女の雰囲気は微塵もない。

いや、今ではむしろその逆。何十年も修羅場を潜り抜けてきたような落ち着きと威厳を持ち、

その思慮は図れない。

あれほど、C.C.に慣れ慣れしく接していたサンジがその雰囲気のギャップに呑まれ、

持ってきた紅茶を渡せずにただ呆然と成り行きを見守っていた。

 

 

「黒の騎士団の幹部は日ノ本人が多くを占める。

 日ノ本の解放が条件ならば扇に扇動され、

 俺をブリタニアに売ることに同意しても不思議ではない。」

 

黒の騎士団のクーデター。

「ゼロ追放劇」の要約を説明するルルーシュに、 グラサンをかけたナミが質問する。

その容貌はまるで“姉御”だった。

「他に…私達についた“嘘”は何?」

 

「エリア11の…東京ゲットーの隠れ家について本当だ。

 お前達を匿うという契約もな…ただし、それを行うのは

“黒の騎士団”ではなく、俺の個人的な部下だ。」

「――信用できない!」

 

その返答を一刀両断するナミ。

そして息を切らすことなく次の言葉を放った。

 

「あなたは私達に“嘘”をついた!そして、まだ何かを隠している。

 私にはそんな気がする…だって、あなたはあの“ゼロ”だもの!」

「…。」

 

チョッパーから治療を施されているロビンがその成り行きを見ている。

その瞳には武器を構えるナミが映る。

「船を…降りて貰うわ!今すぐに」

 

 

もはや交渉の余地なし、

 

 

とそんなメッセージを全身から発するナミを尻目に ルルーシュはルフィに声をかける。

「…ルフィ。俺はお前達に“嘘”をついた。

お前の“仲間”になるという契約は…破棄させてもらう」

 

 

 

 

 

 

「はあ、ハア」

 

激しく息を切らせながら、卜部は片膝をつく。

その体には複数の刀傷が付けられ、 至る所から血が流れ出ている。

卜部の周りには複数の隊員達が倒れていた。

誰一人、身動きする者はいない。息は…すでになかった。

その光景を見て卜部は思う。

 

扇の能力・・・人の心の隙を突いて操る悪魔の実 の力は大したものではない。

知ってさえいれば・・・。“敵”と認識していれば、

戦場では何の役にも立たない、扇に相応しいカス能力だ。

 

――だが、知らなければ…。“仲間”だと思っていれば、

生活している中で、ほんの少しの隙を何度も狙われたのならば…。

操られてしまった人間を…誰が、誰が責められるのか!

操られた戦友達、彼らを救えなかった自分を卜部は激しく責めた。

 

「五番隊の精鋭を“片手”で倒すとは…。

 さすが“四聖剣”ここで殺すにはおしいな。

 とべ…いや卜部!今からでも遅くない、俺の“仲間”になれ!」

隊員と卜部の死闘を鼻歌を歌いながら観察していた扇は“勝者”である 卜部の勧誘を始めた。

 

「“ゼロ”の時代はもう終わりだ!日ノ本の王には俺がなる!

  その後のプランはすでに出来ている。

  ――まずは敵対していたブリタニア帝国と和解し、軍事同盟を結ぶ!

  この件に関しては、すでにシュナイゼル宰相は承認ずみだ。

  世界政府の中でも屈指の大国であるブリタニアとの同盟だッ!!

  お前もその意味がわかるだろ!?

  軍事同盟の見返りとして、日ノ本はブリタニアのエリア政策に賛同する。

  “黒の騎士団”は各植民エリアに“駐屯軍”として配置され、治安維持を行う。

  安全保障も雇用も完璧!日ノ本の敵もいない!まさにパーフェクトだあ~!

  これが俺の日ノ本…いや、“扇ジャパン”だ!

  さあ、卜部!俺と共に“扇ジャパン”を――」

 

 

 

 

            扇ジャパン(笑)

 

 

 

まさに、あからさまに、明確に、必要以上に卜部は“鼻で笑った”

それはどの言葉を選ぶより卜部の意思を雄弁に語っていた。

卜部は笑い出したい気分だった。

こんな、こんなピエロがいるとは!

「駐屯軍」とは実にシュナイゼルらしい発想だった。

治安維持とは 名ばかりの、それは間違いなく、エリアに対する「弾圧軍」に他ならない。

自分を襲ってくる犬と遠くから見ているその主人。

人は間違いなく、まず犬を憎み、倒そうとするはずだ…。

「駐屯軍」とはまさに、ブリタニアの犬であり、その憎しみを 肩代わりする存在となる。

その生贄は日ノ本、“黒の騎士団”。

“馬鹿”というのは適度だからこそ笑えるものだ。

扇要…こいつはどこまで無能なのだろう。こんな奴が副団長だったのだ。

いや、むしろまだ自分が生きていることの方が不思議だった。

ゼロは“こんなの”をカバーして戦っていたのだ…無茶しやがって。

 

卜部は自分の前方に倒れている団員に目をやる。

この男は、日ノ本解放戦線時代からの同士だった。

新宿事変の時、家族を虐殺され、その日泣きながら自爆テロを志願してきた。

左側に倒れている男を見る。

自分の娘を殺された男だ。3歳の娘と公園で遊んでいる時にブリタニア兵に

狙撃された。狙撃の理由は…新しい銃の試し撃ちだった。

 

一番奥で倒れている男。

他のエリアの出身者だ。ゼロと騎士団の理念に賛同し、団員になった。

全エリアが解放されるまで家族には会わない、そういって俺に写真を見せた。

――みんな、すまない。“弱い”隊長で…。救って…やれなくて…。

 

 

 扇ジャパン?冗談はやめろ!これ以上、これ以上――

 

 黒の騎士団(俺たち)を侮辱するなーーーーーーーーッッ!!

 

 

 

「力に屈して何が男!“四聖剣”とは虚名にあらず!!」

 

 

「…だとさ。藤堂さん」

 

「…旋回活殺自在陣」

 

「…承知!」

 

“将軍”藤堂、そして同じ“四聖剣”の名を持つ朝比奈達が卜部を囲むように旋回する。

 

「はあ、ハア」

 

愛刀「月下」を鞘に収める。

諦めた…のではない。

自分が最も得意とする抜刀術を仕掛けるためだ。

重心を低くして構える。

 

 

“将軍”藤堂と“四聖剣”の戦場に「敗北」はない。

――だが、それ以上に“黒の騎士団”の“隊長”に「絶望」は許されない。

フォーメーションが狭まる…。卜部の瞳に“反逆”の炎が灯る――

 

 

「…ゼロ!日ノ本を、民を、騎士団を拾ってやってくれッ!!」

 

 

 

刹那、卜部の視界は赤く染まった。

 

 

 

 

 



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魔王再び

月光に照らされるメリー号。

鳴り物入りのルーキー”麦わらの一味”と”魔王”ゼロとの会談は幕を閉じた。

ルフィ達に背を向け、自分達の部屋に向かうルルーシュ。

その後に従うC.C.にナミが声をかける。

「あとで私の部屋に寄って。服は…あげるわ」

 

「…感謝する」

 

ほんの少しだけ笑い、素直に礼を言うC.C

ナミは俯く。

仕方のないことだった。

この大海賊時代、海の上での油断は即、死に繋がる。

それは、”最弱の海”と呼ばれた故郷のイースト・ブルーで嫌というほど味わっている。

そして、ここはグランドライン――最強の悪党達が集まる海だ。

この一週間ほどの付き合いで、魔王と呼ばれた海賊はそんな悪い奴でないことがわかった。

短い旅だったけど、それくらいはわかる。

だが、それは一面に過ぎない。あいつは・・・ルルーシュはやはり”魔王”ゼロなのだ。

 

大国ブリタニアを相手に戦争を仕掛けたテロリスト。

ブリタニア海の支配者。

 

ブリタニアの敵であるゼロと行動と共にするだけで危険なのだ。

それに、今度は仲間であるはずの黒の騎士団からも追われている。

ナミは思う。

”青キジ”の教訓を思い出せと。この決断は正しいと。だけど・・・

少しだけ、切ない気持ちになった。

「…待てよ」

 

ルルーシュが扉に手をかける、

まさに、その時だった。

 

「俺は“契約”なんて知らねー! お前が船を降りたいなら止めねー!

 でも“約束”は守ってもらう!!」

 

「・・・約束?」

 

立ち止まり、ルルーシュは仮面越しにルフィを凝視する。

何を言っているのか見当もつかない・・・といった感じだった。

 

「こんにゃろ!お前が言ったのにもう忘れたのか!?

 エリア11についたら、好きなだけ飯を作ってくれる”って 約束したろ!

 男の約束は絶対だ!

 それが飯のことなら たとえ死んでも守ってもらうからな!!」

 

そう一気に捲くし立てるルフィ。

その目は一欠けらの曇りもなく真剣そのものであった。

唖然とする一同。

 

「フフフ、アッハハハハハ」

 

C.C.が笑った。

声を上げて、高らかに、とても楽しそうに――

 

「ちょっと、ルフィ!!あんた、何言ってんの? この状況がわかって――」

 

ナミは叫びに近い声を出した。

自分がこんな葛藤の中で出した決断を飯が理由で――?!

言葉と同時に身体がルフィに向かって駆け出そうとしていた。

だが――

 

「船長命令だな!」

 

ナミの言葉を遮ったのはウソップだった。

 

「船長命令ってのは絶対なんだろ?」

 

それにゾロが続き、意地悪そうに笑う。

 

「あんた達!あ、あれは方便で…」

 

「ナミさ~ん!こいつらバカばかりだからしょうがないよ。

 さあ、あっちに行こう!美味しいお茶をいれるから」

 

そう言って、ナミの肩に手をかけて半ば無理やり連れて行く。

普段はチームワークなど微塵もない3人。しかし、こういう時はやたらと連携が上手い。

”ぎゃー、ぎゃー”と抵抗していたナミだが、大きなため息を1つ吐いた後、

トボトボ、と 肩を落としながら歩いていく。

それをロビンが可笑しそうに、クスクス、と笑う。

 

 

 

 助けたいから、助けるんだ!他に理由なんかいるか!!

 

 

 

あの夏の日…あいつの言葉が蘇る。

「“契約”なんて知るか! 俺との“約束”を守れ!」

 

 

ああそうだ。

昔から、勝てる気がしないな…このタイプには。

 

 

「ルフィ…ありがとう」

 

不器用に、ぎこちなく、わざとか細い声で、確かにそう言った。

尊大で、傲慢で、いつも芝居掛かった仮面の男の素直な気持ち。

 

「ウシシシシ、何も聞こえねー!」

 

頭に手を廻して、後ろを向くルフィ。

そこには、暗い海と満月がきらめいていた。

エリア11―旧日ノ本―まであと数日の距離だった。

 

 

 

 

 

 

あの夜を境に、ルルーシュから、乗船以来抱え込んでいた緊張感が和らいだ。

丸くなった、という表現が適切だろうか。

一時期は自室にいる時も外さなかった

仮面を外にいるときも外すようになった。

ほんの短い時間、主に海を見ている時。

一人で遠くを眺めている時。

ルルーシュのその行為を咎めるクルーはいない。

サングラスも、もはやナミ一人しかつけていなかった。

 

ベッドに仰向けになりながらC.C.は、クスクス、と笑っている。

シャワー室から出てきたルルーシュは頭を拭きながらC.C.を睨む。

その目は“まだ笑っているのか”と語っている。それを見たC.C. は、さらに楽しそうに笑った。

事の始まりはルルーシュが今夜のメインディッシュに「海王類の丸焼き」を

提案したことから始まる。

仮面を脱ぎ捨て、フハハハハ、と笑いながら、羊頭の上に立つ。

そして、海王類に“ギアス”をかけて捕らえる…はずだった。

だが、ルルーシュの目前に現れた海王類、魚にもいる視力はないが

嗅覚で獲物を捕らえるタイプであった。

まさにあっという間に丸呑みにされる。

慌てて、助けに入る、ゾロとルフィ。

 

「・・・あんな海王類、データになかった。」

イレギュラーに弱い男。

”策士、策に溺れる”をまさに体言するような敗戦の弁。

C.C.が笑っていたのは、救助された後、海王類の匂いを落とそうと必死なルルーシュの姿だった。

 

着替えを終えたルルーシュは、荷造りを始めた。

エリア11―旧日ノ本―までもう少しの距離だった。

準備をしておくことに早すぎることはなかった。

「記憶が戻ってなによりだC.C.。

 海軍から助けてもらった礼…まだ言っていなかったな」

 

 

荷造りの作業は続けていながら、唐突にルルーシュが話しかける。

 

「気にするな。お前は“我々”にとっても必要な男だからな」

「“革命軍”か…C.C.お前は誰の味方だ?

 “ゼロ”か?それとも“ドラゴン”か?」

 

視線をC.C.に向ける。

真剣な眼差し。それを見てC.C.は笑う。

 

「自分で考えろ童貞ぼうや」

 

「フ、“魔女”め」

 

表情が崩れ,ルルーシュは笑った。

体勢をうつ伏せに変え、ルルーシュを見つめるC.C.。

「…“ブリタニアの魔女”。完成したようだな」

 

ルルーシュの「両目」に赤い光りが宿る。

「俺がそのことに気付いたのは、ルフィ達にかけたギアスが

 "解けた"という事実を知った時だ」

 

ウソップの「火薬星」をまともに喰らい気絶したルルーシュ。

意識の断絶による“ギアス”の解除。

それは1つの事実を物語る。

 

「ギアスの最終形態“ブリタニアの魔女”

おまえならさしずめ“魔王”といったところだな」

 

最終形態“魔王”

命令のキャンセル可能。

それは“ギアス”の唯一の弱点と いえる回数制限の消滅を意味していた。

仮面を拭き、右目が開く仕掛けをチェックするルルーシュ。

 

「結局、この一味には“魔王”は使わなかったようだな」

 

「いや、使う機会を失っただけさ…」

 

そう言って嬉しそうに笑うルルーシュ。

「…違うよルルーシュ。お前はきっと使わなかったさ。

 だって、お前は今、“笑って”いるもの…」

 

C.C.は思い出していた。

遠い昔、“ブリタニアの魔女”を完成させた女の顔を。

その顔には孤独と絶望が刻まれていた。

“ブリタニアの魔女”その完成条件は 深い孤独と絶望。

全ての望みを叶える力の代償は、全ての希望を捨てること だった。

女は生涯、“笑う”ことはなかった。

 

(…ルルーシュ、私は言ったはずだ。 “王の力はお前を孤独にする”と。でもお前は今…)

 

「本当に驚いたよ!ルフィは“ゴム人間”だったんだ!

 フハハハ、面白いだろ!あいつの麦わら帽子は あの“赤髪”のシャンクスの…」

 

(…この契約違反め)

 

聞こえないように、そう呟き、C.C.はルルーシュの話に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カレン・シュタットフェルト“黒の騎士団”零番隊・隊長が「斑鳩」に 帰還したのは

“ゼロ襲撃”から約半日後のことだった。

ボートは「輻射波動」の力を動力としていたために、その体は疲労困憊、 体力は限界に近かった。

しかし、カレンは休むつもりはなかった。

すぐさま、零番隊の精鋭達から 「討伐隊」を編成しなければならない。

 

 

“どこに逃げようとも捕まえる”

 

 

そう宣言したものの自信の程はまったく なかった。

相手はあの“ゼロ”なのだから。

急ぎ足で甲板に上がるカレン。

直後、その足を止める。気付いたのだ。

甲板に残った血のあとに…。

死臭に…。

 

( 一体何があったの? )

 

そう考えるカレンに団員が近づいてきた。

 

「シュタットフェルト隊長、お待ちしておりました。

 扇団長がお呼びです。こちらにどうぞ」

 

その言葉に従い、団員の後を追うカレン。

行き着いた先は第四倉庫。

その光景を目のあたりにした瞬間、カレンは崩れ落ちた。

 

「卜部さん…何で――!?」

 

カレンが目にしたのは、真っ白な棺、その上に置かれた卜部の写真。

そして、一人拝む団長・扇要の姿だった。

 

甲板の血糊、死臭、全てがパズルのピースをはめるように繋がった。

ブラック・リベリオンの敗戦からゼロと合流するまでの半年間。

黒の騎士団の崩壊を防ぎ、仲間たちを守ったの卜部だった。

絶望的な状況で、食料すら満足に入手できず、已む無く目玉焼きを

半分こすることになったことがあった。

とんかつソースを好むカレンに対して、卜部は…メープルシロップだった。

日ノ本人とは思えない味覚を持つあのメープル男は、戦場では

誰よりも勇敢で、誰よりも仲間思いで、誰よりも…日ノ本を愛していた。

「そんな…。そんなッ!!」

 

止まらない。

涙が…止まらなかった――

 

「卜部は“ギアス”によって操られ、俺たちを襲ってきた。

 ゼロ、いや、ルルーシュ!

 あいつは、あいつはどこまで“俺たち”をバカにすれば

 気が済むんだーーーーーーーーッ!!」

 

怒りで顔を歪ませながら、卜部の棺を乱打する扇。

 

「扇さん…ルルーシュは今“麦わらの一味”と一緒にいるわ!」

 

「“麦わらの一味”と一緒に!?カレン!これこそ、ルルーシュが

 “ギアス”という力を使い、人を操る証明だ!

  くそーー!今度は“麦わらの一味”を駒にしているのか!」

 

「うう…ルルーシュ。許さない…許さない!!」

 

カレンの瞳が薄暗く曇る。

それを見て扇は満足そうに笑みを浮かべる。

 

「カレン、よくぞ知らせてくれた!今日はゆっくり休め。

 あとは全て、オレに任せてくれ!」

 

そう言って、団員の一人に指示を出す。

「ブリタニア帝国…シュナイゼル宰相に連絡をとれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリタニア宮殿内の「アリアスの離宮」において一人の男が優雅に 午後の紅茶を楽しんでいた。

名門貴族出身、その才能を若くして認められた 男は「帝国宰相」としてブリタニアを支えている。

 

ブリタニア帝国・宰相シュナイゼル(ドーン)

 

 

シャルル皇帝が病に倒れてから3年あまり、彼がブリタニアの実権を握ってきた。

皇帝シャルルのエリア政策は彼によって受け継がれ、その支配をブリタニア諸島 全域に広げた。

“エリアの半分を落とした男”その異名でレジスタンス達から憎まれ、

恐れられている彼にとって、エリアの拡大などは、実はどうでもいいことだった。

 

 

――シュナイゼルには野心がない。

 

 

目の前の事象はかれにとって何の価値もないものばかりだった。

彼にあるのはただの「使命感」。

与えられた課題を着々とこなすこと。ただそれだけだった。

執務に戻るため、席を立とうとした時に、部下が「電伝虫」を持ってやってきた。

電話の相手は扇要。

黒の騎士団の現団長であり、“ゼロ追放劇”の立役者だった。

数分間の通話を終えて、電伝虫を切る。

その顔に微笑を浮かべながら。

唯一の懸念材料となっていた“ゼロの逃亡”その対策が完成したのだ。

「ゼロ、いや、ルルーシュ皇子。

 君には驚かされてばかりだよ。

 だが、もはや不安はない。――全てのカードは我が手の中に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリア11――旧日ノ本――東京ゲットー付近のある海岸。

普段、人影がないその砂浜は、今日に限ってはうるさいほど騒がしい。

そこでは、イーストブルーを越えてやってきた “麦わらの一味”の宴が

今、まさに開催されていた。

ひたすら料理食いまくるのは、“一億の賞金首”船長“麦わら”のルフィ。

その料理を作り続けるのは“二億の賞金首””大海艦隊隊”黒の騎士元団長

“魔王”ゼロこと、ルルーシュ・ランペルージだった。

そして、ルフィに負けじと「ピザ」のみを食べ続けるのは“革命軍”幹部のC.C.

その周りには“麦わら”の仲間たちが楽しそうに酒を飲んでいる。

この事態を海軍本部が知ったならば「大将」の派遣を検討したであろう。

しかし、今、行われているのは、世界を転覆させる“密談”でも、“同盟”でもない。

ただの“宴”であった。

 

「ルルーシュ!お前も飲め!!」

 

「飲め!飲めーー!!」

 

酔ったウソップがルルーシュの口に酒瓶を押し込もうとし、チョッパーが囃し立てる。

 

「お前ら!未成年の飲酒は禁止で――ウぐッ!」

 

「逃がすか!そっちを抑えろ」

 

「おう!」

 

サンジとゾロ。

屈強な二人の男に抑えられては、ルルーシュのような貧弱ガリ男に逃れる術はない。

結局は丸々一本飲み干してしまった。

 

「良かったなルルーシュ。お礼に見せてやれ。“黒の騎士団”の宴会名物。

 “ゼロの裸マント”を」

 

「いーぞー!脱げ!脱げ!」

 

冷やかすC.C.。

それに追随するナミは黄色い声を上げる。

 

「手伝おうかしら?」

 

そう言って、ルルーシュの肩に腕を生やす。

その目は少しだけ本気だった。

「ちょ、待て!やめろ!やめろ!お前達ッ!!」

 

必死で抵抗するルルーシュの姿を見て、一同は笑った。

 

この宴は別れのために行われた。

ルフィ達をアジトに匿うという契約は破棄された。

”ゼロ逃亡”という状況において、ブリタニアの捜査はきつくなることはあれど、

緩くなることはまずない。

それに、零番隊・隊長”紅月”カレンにより、ゼロの所在はバレてしまった。

このエリアに留まれば、留まるほどに、ブリタニアと黒の騎士団に襲撃される

可能性が増えるという訳だ。

 

麦わらの一味において別れの宴が静かに行われることなどない。

派手に飲み、盛大に喰らい、おおいに謳う。

近所の酒屋を無理やり、たたき起こして買った酒も底をついた。

あまりの大量購入に気を良くした店主はウソップに店で売っていた 「花火」をくれた。

花火は日ノ本の名産品であり、大概どの店でも売っている品だ。

ウソップが花火に点火すると花火は勢いよく空に飛び立ち、 様々な光りに姿を変える。

その光りは、この数週間ほどの短い旅の終わりを一同に告げた。

 

ゼロとしての正装を整えたルルーシュはルフィに近づく。

仮面と黒き衣で身を隠していても、その顔はどこか悲しげにみえた。

「ルフィ…ここでお別れだ。

 だが、もし…お前が“海賊王”になって再びここに寄ることがあったら、

 また…またみんなで花火を上げよう」

 

それは“契約”ではない、ルルーシュの“願い”。

 

「“もし”じゃねー!“絶対に”だ!約束だぞ!!」

 

ルフィの答え…それは“約束”だった。

 

「何かわいいこと言ってんのよ!この萌え仮面は」

 

そう言って笑うナミ。

その目にはもうなにもつけていない。

そのつっこみに俯くルルーシュ。

仮面で隠されたその顔が真っ赤になっているのは誰もが知っていた。

ルルーシュは言葉を続ける。とても…穏やかな声だった。

「ルフィ、みんな…俺は1つだけ“嘘”をついていた。

 俺の本当の名は…ルルーシュ・ヴ」

 

ロビンが微笑む。

その横で、ぎゃ、と声を上げたのはC.C.だった。

風に飛ばされてきた新聞がその顔に直撃したのだ。

 

「ハハハ、何をやっているんだ」

 

そう言って、笑ったルルーシュが目にしたのは、慌てて走り寄ってきた C.C.の青白い顔だった。

 

「ルルーシュ!これを!!」

 

C.C.から渡された新聞を見て、ルルーシュは息を呑んだ。

 

「なんだルルーシュ。“ヴ”がどうした?」

 

のんきな声で尋ねるルフィ。

その声に呼応するように、ルルーシュはゆっくりと振り返る

 

「…言葉の続きか?聞かせてやろう。」

 

場の空気が変わる。

それはまるで初めて会った日のように――

投げ捨てた新聞が空を舞い、マントを広げながら、仮面の魔王はこう叫んだ。

 

「ヴァカめ!お前らは騙されたんだ!!」

 

「え?」

 

 

 

 

 

――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

           

          

          「全力で…メリー号をよこせ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右目の仕掛けが開く。

一同を赤い光りが包み込む。

 

「…イエス、マイロード!」

 

「フフフ、フハハハハハ」

 

ルルーシュの、“魔王”ゼロの笑いが夜の空に響き渡る。

空を舞っていた新聞が砂浜にゆっくり落ちてきた。

 

その第一面にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

“黒の騎士団”とブリタニア帝国との同盟締結。

 

 

 

そして…ゼロの“妹”の公開処刑――

 

 



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オレンジ畑とゼロの正体

 

 

 

ここはエリア11――旧・日ノ本のとある浜辺。

普段、人通りの少ないその浜辺に今宵、月の光が数人と一匹の影を浮かびあがらせた。

イースト・ブルーから鳴り物入りでやってきた“麦わらの一味”のクルー達。

彼らは暗い海をただ呆然と眺めていた。

そこには彼らの船「メリー号」があるはずだった。

「メリー号がねえーーーーーーー!?」

「やられた!!」

 

「ルルーシュ!いや…ゼローーーーーーーーーーー!!」

「やっぱり、あの野郎を信頼すべきじゃなかったんだッ!!」

「ルルーシュ…。」

 

「…。」

 

 

ゼロの能力“ギアス”

絶対遵守の支配から彼らが解放されたのは、事件から約3時間後のことだった。

 

あの男は一体いくつの“嘘”をついていたのか?

“ギアス”は一度しか効かないのではなかったのか?

 

 

様々に疑惑が渦を巻く。

しかし、真実は何であれ“メリー号を奪われた”という事実は何も変わらない。

これまでの冒険を共に乗り越えてきた仲間とも呼べるメリー号はゼロに奪われ、

視界の先にあるのは、暗い海とさざ波だけだった。

ナミは一歩前に出て、海に向かって叫ぶ。

 

「メリー号を返せ!このドロボー!!」

「そうだ!ドロボー!」

 

「嘘つき野郎!変態仮面!」

 

「体力ゼロのガリガリ男!」

 

ナミに続き、次々にルルーシュの罵倒を叫ぶクルー達。

外見と身体的特徴についてあらん限り思いつく罵倒を浴びせ始めた。

その中で・・・

 

「そーだ!この傲慢シスコン男!!」

 

外見でも身体的特徴でもなく、明らかに、その内面に関する罵倒があった。

どこかで聞き覚えがある上から目線のその罵倒。

その声に一同は振り返る。

そこには“革命軍”幹部にしてゼロの相方であるC.C.がいた。

腰を下ろし、片手にピザを持ちながら。

 

「C.C.!?なんであんたがここに!?」

 

悲鳴に近い声を上げ、驚くナミ。

 

「相変わらず騒々しい女だな…。ピザならやらんぞ」

煩わしそうに返答し、ピザを一口かじる。

 

「いらないわよ!・・・あんた、ルルーシュと一緒に逃げたんじゃなかったの? 一緒になってメリー号を盗んで!」

 

一瞬だけ沈黙するC.C.。

しかし、すぐに笑って答える。

 

「…あいつは“自分の戦い”に出かけたよ。私は不要らしい。

 それに盗みとは人聞きが悪い。我々はメリー号を盗んでなどいない。 ただ、借りただけだ。」

 

「…借りた?」

 

「少しの間,レンタルさせてもらった。

 船は1日か2日で帰ってくる…はずだ。

 私はお前達にそれを伝えるためにここに残った」

 

「レンタルってあんた…」

言葉を詰まらせるナミの横でチョッパーが声を上げる。

「あれ?誰かいないぞ!?」

 

「ああ、言い忘れた。借りて行ったぞ1人。返却作業に必要らしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇を切り裂くように一隻の船が帆を進める。

羊の頭を持つその船の速さは本来のものではない。

高速艇の倍以上と思われるその速さの秘密は、船の後ろにあった。

2匹の海王類が船を押しながら、泳いでいる。その目に赤い光りを帯びながら。

「船の針路はこのまま維持しろ」

 

「・・・イエス!マイロード」

 

海図を見つめながら、指示を出すルルーシュに

赤い目をしたウソップが “ニヤリ”と笑みを浮かべ、返答した。

海図を手にするルルーシュの視線は、それを越えて過去を見つめる。

「あいつに会うのはブラック・リベリオン以来か…。 あいつに…枢木スザクに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海軍のブリタニア支部が、ブリタニアと日ノ本の境に配置されたのは

“ブラック・リベリオン”の後だった。

大国・ブリタニア帝国の 全面支援を受けて建設されたその砦は、

マリンフォードの海軍本部を モデルとし、鉄壁の様相を誇っていた。

ここには、先の戦争で捕縛された“黒の騎士団”の団員や海賊、 テロリストを投獄する留置場。

そして、その首を落とす処刑場も 備わっており、

ブリタニアを縄張りとする悪党どもにとっては まさに恐怖の象徴だった。

この支部の特徴はこれだけではない。

海兵のほとんどがブリタニア人で占められている。

ブリタニア帝国の「エリア政策」は海軍にも影響を与えていた。

そのため、海軍と ブリタニア軍は人脈・資金面において他国に類を見ないほど

蜜月な協力体制が構築され、“ブラック・リベリオン”後は、より強固なものになった。

そんな中で、異彩を放つのが、若き最高権力者。

このブリタニア支部 において“非ブリタニア人”である「海軍中将」の存在だった。

“ブラック・リベリオン”時は「少佐」だった彼は、ゼロを討った功績 と

シュナイゼル宰相の強力なあと押しにより、「中将」に成り上がった。

“名誉ブリタニア人”として唯一の「騎士」の称号を持って。

 

ブリタニア支部の食堂において一般海兵がある張り紙を見ていた。

その張り紙には

 

 

“砂糖は1杯につき1つ”

 

 

 

と書かれている。 「中将」の直筆だった。

ブリタニア人の彼はそれを鼻で笑った。

食料の備蓄のためとはいえ、こんなことに何の意味があるのか?

いちいち、マイルールを作って押し付ける「中将」を彼は嫌っていた。

いや、彼を含むブリタニア出身者で中将に好意を持つものなどいない。

それが、ブリタニア人の“非ブリタニア人”に対する当たり前の意識 である。

彼は、家でそうするように、砂糖2個をコーヒーに入れた。

 

…しかし、直後、彼は後悔した。

砂糖を2個入れたこと、ルールを破ったことに。

何者かに腕を捕まれたと思った瞬間、彼の脳裏をよぎったのは、

猛獣が自分の 腕を噛み砕いた映像だった。

“ゴキッ”と鈍い音が室内に響く。

 

「お前の“正義”はかなえてはいけない!(ドーン)」

 

枢木中将。

海軍で唯一の「騎士」の称号を持つ “白騎士”スザクは海兵の腕を掴み、そう告げた。

腕を掴まれた海兵が泡を吹いているのを見た他の海兵達が慌てて止めに入る。

枢木スザクが“少し強く掴んだ”という事実は一般海兵にとっては

“ゴリラに万力で締められた”に等しかった。二人の海兵が肩を貸し医務室に向かって歩き出す。

事態を、きょとん、とした目で見るスザク。

 

「…成り上がりのイレブンめ」

 

青く腫れあがった腕を押さえながら医務室に連れて行かれる海兵が

去り際にそう毒づいた。

 

 

 

 

 

 

――森を抜けるとそこにはオレンジ畑があった。

文豪小説に書かれそうな風景がそこにあった。海岸を歩き、森を抜けた頃には

夜が明けて、太陽が一同と、しっかりと実ったオレンジを照らしている。

アジトに関してC.C.は端的に語った。

 

「“オレンジ”はここで農夫として潜伏している」

 

コードネーム「オレンジ」。

ゼロの個人的な部下という男は文字通り、 オレンジ農園の主としてエリア11に潜伏していた。

この場所からは海がよく見える。海から侵入してくる敵の動きを把握しやすい。

森も天然の要塞として機能してくれるだろう。

逆に、陸からの敵に対しては 海への逃亡が容易である。

なるほど、「隠れ家」としてはまさにうってつけの場所だ。

あの憎たらしい仮面男がメリー号とウソップをさらったせいで

、一同は当初の予定通り の行動を余儀なくされた。

つまり、海軍の警戒が収まるまでではなく、

メリー号と ウソップが帰ってくるまで「隠れ家」に待機することになったのだ。

 

「すげーーー!オレンジばっかりだな!!」

 

「見事なもんだ」

 

一面のオレンジ畑に一同は感嘆の声を上げた。

その中で一際喜びの表情を見せたのはナミだった。

たわわに実ったオレンジを1つ取り、香りを楽しむ。

その香りは、自分の故郷の、 ココヤシ村の、実家のみかん畑を連想させる。

オレンジとみかん。品種、学術的な 違いはあれど、ほとんど同じものと考えていい。

皮をむき、1片を口に放り込むと、 ほんのりと上品な甘さが広がってきた。

大事に育てられているのがよくわかる。

農家は潜伏のための偽装とはいえ、なかなかどうして、本格的だ。

「…でも、ベルメールさんの“みかん”には敵わないけどね」

 

そう呟くナミ。

しかし、その呟くを聞き逃さない者がいた。

 

 

 

“みかん”だと!? オレンジ畑で“みかん”だと~~~~!?

 

 

 

声の方向を見たナミは固まった。

そこには諜報員「オレンジ」が立ったいたのだ。

 

「…。」

 

違う…明らかに違う。

男はオーバーオールを着ている。

服装こそはオレンジ畑で働く 農家そのものだった。

だか、その顔は…。その顔の半分は機械で覆われていた。

“黄金の仮面”と形容したらいいのか。黄金の装飾、

そしてメカの片目が開閉し、 “ウィン、ウィン”唸っている。

ナミは固まったままだ。 “スゴイのがきたーーー”とそんな目をしながら。

 

「女!“みかん”といったな!何者だ!?さては同業他社のスパイか?」

 

“何者!?”と叫びたいのはこっちの方だとつっこみたい衝動をおさえ、 ナミは後ずさりする。

忍んでない! この「オレンジ」という諜報員は明らかに忍んでいなかった。

 

「ち、違うんです!私は…」

 

手を振り、否定のジェスチャーをするナミ。

その拍子にポケットから小さな宝石が落ちる。

ブリタニアの秘宝「龍の左目」だ。

慌てて拾うナミ。

メリー号がない現在、“麦わらの一味”の全財産は

この龍の左目――20億ベリーだけだった。

“危ない、危ない”と冷や汗を拭うナミ。

だが、ジェレミアはそれを冷たい目で…。機械の瞳で見ていた。

 

「…貴様。それをどこで手に入れた?」

 

「へ?」

 

「ブリタニアの秘宝“龍の左目”

 それは殿下が持っておられたはず。

 ナナリー様の処刑が刻々と迫っている。

 殿下は今だ行方知れず。…なぜ、貴様がそれを持っている?

 どこで手に入れた!?殿下はどこにおられるのだ!!」

 

ナミに向かって右手を向けるジェレミア。

その肘の辺りから剣が飛び出し、 ナミの首筋で止まる。

“ヒッ”と短い声を上げ、固まるナミ。あまりの事態に 卒倒しそうなのを必死で堪える。

 

「ナミさん!!」

 

ジェレミアに向かって走り出すサンジ。

ジェレミアはそれに見向きもせず,その剣を後方になぎ払う。

“ガッチィ!”いう衝撃音と共に火バチが起きる。

 

「卑怯な!後ろをバックに!」」

 

「へッ!」

 

ジェレミアが凶器を出した瞬間に、ゾロがその背後を取っていたのだ。

「マリモ!」

 

「手を出すんじゃねーぞ!クソコック!!」

 

同じ剣士としての血が騒ぐ。

ゾロは1対1を望んだ。

 

「小癪なり!」

 

それに応じるジェレミア。

台詞とは裏腹にその顔には笑っている。

「グッ!?」

 

戦いが始まり、数度、剣を交えたゾロは驚きの声を上げた。

片手のジェレミアに対して、両刀で受けるゾロ。

しかし、その重さといったらどうだ。

思わず片膝をつきそうになる。

パワーではジェレミアが圧倒的に上だった。

しかし、ゾロは歴戦の勇士。即座に思考を切り替える。

“剛の剣”から“柔の剣”に。 力で対抗することを止め、

ジェレミアの剣を受け流しながら、懐に飛び込む。

 

交差する両雄。

その刹那、ゾロは自分しか持ち得ない技を使った。

すなわち、 口で咥えた3本目の刀でジェレミアの胴を切ったのだ。

 

「クッ硬てえ!!」

 

ゾロは呻いた。

ジェレミアの体はまるで鋼鉄のようだった。

アラバスタのあの殺し屋ダズを彷彿させる。

 

「フッ」

 

ゾロの感想をそのまま表現したように、ジェレミアは笑った。

まるでダメージを受けていない。

ならば、手は1つだけだ。

三刀を納刀し、居合の構えをとる。

ただならぬ殺気に身構えるジェレミア。

 

「獅子歌歌ッ!!」

 

稲妻がジェレミアの横をすり抜けていく。

ゾロの一刀流の奥義。

鉄すら両断するこの斬撃で、あの鉄のような殺し屋を倒したのだ。

これならば、と振り返るゾロ。

 

「…なるほど、よき剣士かな!しかーーーーーーし!!」

 

オーバーオールの切られた場所から機械の体が露出している。

「鉄より硬てえのかよ!!」

 

迫りくるジェレミア。

即座に迎撃体勢を整えるゾロ。

その間に、白い影が舞い降りた。

 

「…そこまでだ」

 

両者の間に飛び込んだのはC.C.だった。

交差させた両手には いつの間にか銃が握られ、二人に向けられていた。

「C.C.!こやつらは何者だ!?殿下はどこにおられるのか!!」

 

金きり声を上げるジェレミアにC.C.はいつもの口調で答える。

 

「その殿下からの伝言だ。命の恩人である“麦わらの一味”を 丁重に保護せよ、とな」

 

「命の恩人」という言葉を聞き、うろたえるジェレミア。

その後ろで声を上げたのはナミだった。

 

「ちょっと!話が見えないんですけど!

 さっきから“殿下、殿下”って一体何のこと?!」

 

「…ルルーシュのことよ」

 

ナミの質問に答えたのはロビンだった。

 

 

 

 

「彼の本名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。…ブリタニアの皇子よ」

 

 

 

 

 

 

一同の叫び声が、オレンジ畑にこだました。

 

 

 

 

 

 



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戻れないあの夏の日

 

 

 

 

「私は!私はマリアンヌ様をお守りすることができなかったのです…」

 

ジェレミアは涙を流し、こぶしを振るいながら、己の過去を熱く語った。

一同はそれに深く同情…したのは一回目の時だった。

どんな悲しい話でも、 それが3回連続となると流石に飽きる。

ゾロはあくびをし、 ルフィに至ってはジェレミアのリアクションに笑い出す始末だ。   

 

「そのショックで落ちぶれたジェレミアさんは“饗団”とかいう

 怪しいカルト団体に捕まって、改造手術を受けたんですよね?」

 

ジェレミアの長話が始まる前にナミが機先を制す。

なにはともあれ、ジェレミアの話によって、ルルーシュの過去が明らかになった。

ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

ブリタニアの皇子として輝かしい未来を約束された

彼の人生は、母・マリアンヌの暗殺によって激変した。

母親の死の真相を迫る ルルーシュに父・シャルル皇帝が出した答えは、敵国日ノ本への人質だった。

酷い話だった。

敵国である日ノ本での生活は凄惨なものに違いない。

目の前にある全てが敵に見えたのだろう。あの性格はその頃培われたのかもしれない。

自分と、ただ1人の妹・ナナリーを守るために…。

その日ノ本と戦争状態に突入した時に、二人は忽然と姿を消した。

その後、ブリタニア帝国内で、皇位継承を賭けた殺し合いが起こった。

暗殺・毒殺・病死。

 

結果、皮肉なことに皇位継承権を失ったはずのルルーシュとナナリーが、

ブリタニアの唯一の皇位継承者となったのだった。

 

「…素顔が見せられねーわけだ」

 

サンジは煙草を咥える。

あの変態仮面にはそんな理由があったのだ。

反ブリタニアを掲げるレジスタンスのリーダーがブリタニアの皇子だと

知られたなら組織の崩壊は必定だ。

 

「復讐か…」

 

ゾロは呟いた。

もし、自分がルルーシュの立場に置かれたのなら、

そうしていたかもしれない。母親の敵討ち。 そして自分達を捨てた父親に対して…。

ルルーシュはそれを国家の存亡を巻き込みながら行ってきたのだ。

「日ノ本を本拠地に選んだのは、

 早期降伏により、他のエリア よりも戦力が温存されたため。

 それと、ルルーシュのホーム グランドだから…ということでいいかしら?C.C

 あいつがメリー号を奪ったのは妹のナナリーを助けに――」

 

新聞をたたみ、推理の解答を聞こうと顔を上げるナミ。

しかし、そこには解答者となるC.C.の姿はなかった。

 

「ナナリー様…おお!ナナリー様!」

 

“ナナリー”という言葉に反応して、ジェレミアが泣き出した。

“しまった!変なスイッチを押した”と顔をしかめるナミ。

 

「…お茶」

 

そこに台所からお茶のおかわりをピンク色の髪の少女が持ってきた。

お茶はもちろん「オレンジ茶」だ。

「か…かわいいお子様ですね」

話題を変えようと、ナミはアーニャの頭を撫でる。

その言葉にジェレミアは首をかしげた。

 

「ん?妻だが…」

 

ゾロがお茶を吹く出す。

それが目に入り、ナミは“ぎゃー”と悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

C.C.は浜辺を歩いていた。

そこでは、昨晩、麦わらの一味”の宴が開かれていた。

目を閉じるC.C.。

瞼の裏に満月が浮かび上がり、その光りは ルフィ達を照らし、数人と一匹の影を作り出す。

その横で二つの影が揺らめく。

 

「しかし、それではお前が――!」

 

「ナナリーを救うにはこれ以外に方法はない」

 

ルルーシュとC.C.のいつもの光景。

しかし、声を荒げるのはC.C.の方であり,対するルルーシュの声はどこか穏やかだった。

「新聞には“ゼロの妹”としか書かれていない。

 シュナイゼルがナナリー皇女を殺すとは思えない。

 これはお前を誘い出すための罠だ!」

 

「ナナリーが囚われているのは事実だ。罠だとわかっていても、可能性がある以上、行かないわけにはいかない!」

  

「…麦わら達なら、きっとお前の力になってくれる」

 

ルフィ達を見るC.C.

一同は“ギアス”にかけられた当時のままに固まっている。

「知っている。だからこそだ」

 

ルルーシュは小さく笑い、首を振る。

 

「俺には俺の“戦い”がある。

 あいつらにはあいつらの“冒険”が待っている。

 ナナリーは俺が救わなければならない!

 …それに、これ以上、あいつらの“夢”の邪魔をしたくない」

 

そう言って、ルフィ達を見るルルーシュの眼差しはとても穏やかだった。

C.C.は俯き、呟く。

 

「ルルーシュ。恨んでいないのか?私のことを…」

 

とてもか細い声だった。

体がかすかに震えている。それでもC.C.は話し続ける。

 

「私と出会ったことでお前の運命は大きく変わってしまった」

 

「らしくないな。魔女のくせに」

 

そう笑ったルルーシュは言葉を止めた。

C.C.が見ていたから。悲しそうな瞳で。真剣な眼差しで。

「…C.C.“ギアス”があったから、お前がいてくれたから、

 俺は歩き出すことができた。そこから先は全て俺の…」

「…初めてだよ。お前のような男は」

 

C.C.は笑った。

いつものように。二人は見つめあう。いつもの光景。

 

「ありがとうC.C.…ありがとう――」

 

 

C.C.は静かに目を開ける。

そして驚くのだった。自分の頬を伝うものに…涙に。

涙はC.C.の両の瞳から止め処なく溢れてきた。

手のひらに流れ落ちる涙を見てC.C.は小さく笑った。

「もう忘れてしまったはずなのに…涙なんて。

 捨てたはずなのに…こんな感情も…本当の名前なんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギアス解除!」

ルルーシュの声と共に赤い光りが辺りを包み込む。

その光りに驚き、鳥達が“ギャア、ギャア”と逃げ出した。

 

「…。」

 

ウソップの意識はまだぼんやりしていた。

その目に最初に入ってきたのは 密林の青色。木々が生い茂り、鳥の鳴き声が聞こえる。

次にウソップは 頭上を見上げた。太陽が眩しい…この位置にあるということは

時刻は、だいたい昼ごろだろうか。だんだんと意識が戻ってくる。

 

 

 

  ああ、眩しいな…。なんで太陽が光っているのだろう?

  俺は、真夜中にみんなと宴を楽しんでいたはずなのに…。

  そうか、この光りは“花火”の光なのだ。

  あの後、俺達は別れの挨拶を…あいつと…ルルーシュと…ルルーシュ!

 

 

 

ウソップは目の前に立っているルルーシュにパチンコ台を向ける。

記憶は定かではないが、この状況こそが、ルルーシュが“ギアス”を使った

というなによりの証拠だった。

ルルーシュは…ゼロは俺達を騙したのだ!

再び、戦うことを決意したウソップは直後、驚く。

あのプライドの高い…傲慢で、尊大な嘘つき男が自分に向かって頭をさげている!?

「すまない…お前達に“嘘”を…“ギアス”をかけた」

 

うろたえるウソップ。

手に持ったパチンコ台の置き場を迷い、手を上下させる。

「ウソップ。もう時間がない。今すぐ、あの浜辺に戻れ!

 船に乗れば、海王類が運んでくれるように“ギアス”をかけた」

 

「うお!?」

 

後ろを振り向いて、ウソップは叫んだ。

メリー号の後ろから、二匹の海王類が 海面から顔を出して、こちらを見ている。

いまさらながら、“ギアス”の恐ろしさを思い知る。

 

「ルフィ達と合流したら、すぐに、このルートから

 ウォーターセブンへ向かえ!

 もうすぐ この海には最大レベルの警戒網が敷かれることになる。急げ!」

海図をウソップに渡すと、ルルーシュは密林に向かって歩き出す。

 

「オ、オイ!どこに行くんだよ?ルルーシュ!」

 

慌てるウソップは、状況が飲み込めず、ルルーシュを呼び止める。

その声に反応し、ルルーシュは歩みを止める。

数秒間の沈黙。

振り返ったルルーシュの顔はどこか寂しそうだった。

「…ウソップ。みんなに伝えてくれ。

 “また一緒に花火を上げる”約束…守れそうにないと」

 

「な…何言ってんだよ?」

 

そう言って、再びルルーシュを引き止めようとしたウソップは息を呑んだ。

ルルーシュが向かった密林の先に、巨大な建造物が見える。

 

その頭上に揺らめく旗には、こう書かれている

 

 

海軍――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

枢木スザクは俺にとって最初の友達であり、ただ一人の親友だった。

日ノ本に人質として送られた俺達を待っていたのは、冷たい視線、差別、そして――

 

「俺を舐めるな!ブリキ野郎!!」

 

…こいつの強烈な洗礼だった。

枢木ゲンブ首相の息子、枢木スザク。

最悪の出会いだった。

だからこそ、俺は生きることを決めた。 ナナリーと二人で。誰も頼らずに…。

出会えば罵り合う日々。

そんな日常を変えたのは、あの雨の日…ナナリーが迷子になった時のことだった。

 

「助けたいから、助けるんだ!他に理由なんかいるか!!」

泣き出しそうな俺に向かってスザクはそう言い放ち、森に向かって駆け出した。

そして、落とし穴に落ちたナナリーを見つけ、笑い合っていた。

それが、日ノ本で見るナナリーの初めての笑顔。

 

「ルルーシュ…。お前スゲーよ…うう…」

 

俺達の境遇を知り泣き出すスザク。

あの日から、俺とスザクは友達になった。あの遠い夏の日に…。

 

 

 

 

ブリタニア帝国が日ノ本に宣戦布告したのはそれから一ヶ月後のことだった。

徹底抗戦を唱える枢木ゲンブは、人質である俺達を、

ブリタニアの皇子と皇女である俺とナナリーの公開処刑を計画した。

それを知ったスザクは、枢木ゲンブを…実の父親を殺し、俺達を海に逃がした。

 

「ゴメンな…こんな事しかしてやれなくて…」

 

涙でボロボロになった俺達をスザクは最後まで気遣ってくれた。

俺達が乗りこんだボートは…スザクが盗んだもの。

あれほど、不正を憎んでいたのに…。本当は泣き出したいはずなのに――

俺は忘れない。

お前がしてくれたことを。お前がいてくれたことを。

 

「…スザク。僕は…。俺は…ブリタニアをぶっ壊すッ!!」

 

あの日、俺達を救ってくれた親友にたてた誓い。

母の仇を討ちたい。

ナナリーを守りたい!

せめてスザクに祖国を返したい!!

胸が熱かった。奥底から“反逆”の炎が沸き上がる。

その炎から生まれた怪物は俺に向かって叫ぶ。

 

 

 

 

 

        ブ リ タ ニ ア を 無 に 還 せ!

 

 

 

 

 

 

あの日から俺は“ゼロ”になった。

 

 

 

 

 

「お会いできて光栄です。クロヴィス総督」

 

ブリタニア兵に変装し潜入した俺はクロヴィスに銃を向ける。

“革命軍”で力をつけた俺は、その援助と“ギアス”の力によって勢力を

拡大し、武装集団“黒の騎士団”の団長として、エリアの解放を唱え、

日ノ本を拠点にレジスタンス活動を展開していた。

“黒の騎士団”は絶望の中にいた日ノ本人達から絶大な支持を受け、

その存在は、ブリタニアにとっても無視できないものになっていた。

そんな中で、ブリタニア帝国・宰相シュナイゼルが打ってきた策が

「行政特区・日ノ本」だった。

 

――行政特区・日ノ本。

そのエリアにおいてのみ、ブリタニア人と日ノ本人は

平等の権利を持つことができる…まさに夢のような政策であった。

しかし、夢は所詮、夢に過ぎない。

行政特区・日ノ本には3つの裏の顔があった。

一つは、最終的にブリタニアに経済を依存することになる狡猾な経済構造。

二つ目は、特区に参加する者と反対者の思想的分断。

そして、三つ目は…“黒の騎士団”の自然崩壊。

  

 

「…実にシュナイゼルらしいやり方だ」

 

震えるクロヴィスに向かって、俺は特区の真の目的を指摘した。

 

「行政特区の中止を宣言してもらうぞ、クロヴィス。

 ブリタニア人と日ノ本人の平等を口にする資格はお前にはない!

 “新宿事変”を忘れたとは言わせない!

 お前は“日ノ本人を虐殺”する命令を…」

 

クロヴィスの“新宿事変”の蛮行を糾弾する。

その時、“それ”は起こった。

 

「…イエス。マイロード!」

 

そう言って、走り出すクロヴィス。

唖然とその様子を見つめていた俺は、何が起きたのかを理解できずにいた。

とにかく、あとを追いかけようと走り出すが、広間の鏡の前で立ち止まる。

…その目は赤く光っていた。

直後、悲鳴と共に銃声が鳴り響く。

 

 

 

 

「行くな!ルルーシュ! ブリタニアと戦うにはまだ早すぎる!」

 

「ここで戦わなければ、騎士団が日ノ本人を見捨てたことになる。

 日ノ本人の支持は失われ、黒の騎士団は崩壊する。

 ――なにより、この状況を前にして団員達を止めることは不可能だ!」

 

C.C.の言葉を振り切るように仮面を手に取る。もはや、戦いは不可避な状況に陥っていた。

 

「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!」

 

“ゼロ”としての誓い。

C.C.に…自分自身に言い聞かせながら、団員達の前に立つ。

 

「“黒の騎士団”総員に告げる!

 行政特区・日ノ本は反エリア主義者を誘き出すための卑劣な罠だった!

 我々は…裏切られたのだ!

 零番隊は広場に突入!各隊は戦闘準備を整え、東京に集結せよ!

 ブリタニア軍を殲滅し…日ノ本人を救出しろッ!!」

 

地鳴りのような雄たけびが沸き起きる。“ブラック・リベリオン”が始まった――

 

 

 

 

激しい怒りに駆られた団員達はブリタニア軍に襲い掛かる。

日ノ本全土では、ブリタニアに対する大規模な暴動が巻き起こり、

勢いは完全に騎士団側に傾いた。騎士団はブリタニアのエリア駐屯軍を

瞬く間に叩き潰し、東京を制圧した。

東京に軍を集結させた俺は “合衆国・日ノ本”の建国。そしてブリタニアからの独立を宣言した。

――しかし、この時、すでにシュナイゼルは次の手を打っていた。

海には「海軍本部」の“五人の中将“が集結していた。

 

「扇!何故、海軍の動きを知らせなかったッ!?」

 

俺は電伝虫を握り締め、激昂した。致命的…あまりにも致命的だった…!

 

 

「扇が女に撃たれた!情報網はズタズタだッ!どうすればいいゼロ!?」

   

「――そんなのは放っておけ!代わりなどいくらでもいる!

 今からお前が指揮をとれ!」

 

「なッ!?」

 

何か言おうとする南を無視して、電伝虫を切る。

砲撃の爆音と人々の悲鳴が聞こえる。負ける…?これほどの犠牲をだして――

 

「負けるわけには…負けるわけにはいかないんだッ!!」

 

その悲痛な決意は「バスターコール」の砲撃音に掻き消された。

 

 

 

 

雨の中、零番隊の一部を引き連れ、険しい山道を行軍する。

海軍の「バスターコール」の発令により、東京は火の海となり、騎士団は崩壊した。

なんとか「バスターコール」を免れた俺は、海を目指していた。

この山道を抜ければ、万が一のために用意していた脱出艇を使い、

海に逃れることができる。再起をかけることができる。

C.C.に、ドラゴンに借りを作るのは癪に障るが今は仕方がない。

雨が重い…。

その雨、一粒一粒がこの戦争で死んだ人々の涙に。命そのものに感じた。

 

「背負えというのか…この俺に」

 

雨はただ降り続ける。

答えなどすでに知っていた。

たとえ何があろうとも、もはや無為に死ぬことなど 許されない。

どんな手を使おうとも、生き延びなければならなかった。

撤退戦の最中、多くの団員が自分を守るために死んでいった。

ある者は砲弾をその身で防ぎ、

ある者はブリタニアの包囲網に自爆テロを仕掛け突破口を開いた。

彼らは、「ゼロ」を守ることで、日ノ本の未来を…。家族を…。

守りたかった「何か」を守ろうとして死んでいったのだ。

自分はその命を繋いで出来た橋を渡り、今ここにいる。

だから何としても生きねばならなかった。

あの夏の日以来となる新たな誓い。

「ゼロ」として人々を救うこと。それが…せめてもの贖罪だった。

降り続ける雨。

その静寂は突如、団員の悲鳴よって切り裂かれた。

倒れた団員の側に、一人の海兵が立っている。

信じられなかった。あの「バスターコール」を抜けて、自分達を追ってきた!?

海兵は隊員をなぎ払いながら、自分に向かってくる。

 

「ゼロは私が守る!」

 

前に出るカレン。“輻射波動”が赤く光る。

それを寸前でかわした海兵の帽子が落ち、その素顔が見えた。

信じたくはなかった。その顔を誰よりも俺が知っていたから。

 

「枢木…スザク!」

 

それがあの夏の日以来となるスザクとの再会だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

枢木スザクはベッドに座り、壁にかけてある自分のコートを見つめていた。

そこには「正義」の二文字が刻まれていた。

幼い頃、スザクが信じたシンプルなもの。自由と正義、そして友情。

現在、スザクはその「正義」を背負い、「海軍中将」として

この海域の平和を守っている。

枢木首相の急死により、戦争は日ノ本の早期降伏に終わった。

自分の父親を殺した罪。

その生涯消えることはない十字架を背負ったスザクが選んだ新たなる道。

それは「海軍」への入隊だった。

世界の「正義」を標榜する海軍に身を置き、戦うことが、自分にできる

せめてもの罪滅ぼしと信じた。

“ブラック・リベリオン”の前のブリタニア支部は、ブリタニア人の比率が高いと

はいえ、まだ多くの非ブリタニア人の海兵がいた。そのために、スザクは

ほとんど、差別や迫害を受けることなく、信頼できる仲間と上司の元で、

みるみるとその頭角を現して行った。

時が流れ、スザクが「少佐」の地位についた頃、スザクに運命の出会いが訪れた。

 

ユーフェミア。

ブリタニアとエリアの平等を訴える市民活動家。偶然出会った二人は恋に落ちた。

スザクはユフィの優しさに。ユフィはスザクの誠実さに惹かれていた。

二人は語り合った。

ブリタニアと日ノ本の未来を…。夢を…。

――だか、その夢は「バスターコール」の爆撃に消し飛ばされた。

“ブラック・リベリオン”時、日ノ本人のテロリストに

人質にされたユフィのいる教会に砲弾が炸裂した。

駆けつけるスザク。そこで見たのはユフィの変わり果てた姿だった。

 

「オオオオオオオオオオオオオオッ――!!」

 

獣のような唸り声を上げ、スザクは走り出した。

 

 

 

全てはあの男…ゼロのせいだ!!

 

 

 

雨のように降ってくる砲弾を全てかわし前に進む。

神経が極限まで研ぎ澄まされて 砲弾がスローモーションのように感じられた。

街を抜け、山道を進む。雨の中、行軍する集団を見つけた。

 

 

 

あそこに…ゼロがいる。殺す!奴をこの手で!

 

 

 

襲い掛かってくる団員達をなぎ払う。武器を持つ敵を物ともせず、拳を打ち込む。

赤髪の女の手から放たれた波動をかわした時に帽子が落ちる。

構わず前に進み、女の懐に飛び込む。

 

「速いッ!?」

 

幼き頃より、教え込まれた日ノ本の伝統武術、空手と柔術

それを独自に編成し作り上げたスザクの体術。

それこそが、わずか数年でスザクを「少佐」の地位まで押し上げた秘密だった。

吹き飛ばされたカレンは崖下に落ちていった。

これでこの場に立っているのはスザク…そしてゼロのみとなった。

 

「傲慢にして卑劣!それがお前の正体だ!ゼロ!!」

 

ゆっくりと近づいていくスザク。

ゼロが銃を構えると同時に走り出し、廻し蹴りを喰らわす。

 

「お前の存在が間違っていたのだ!お前は世界から弾き出されたんだ!!」

 

押さえつけられながら必死にもがくゼロ。

その仮面に手をかける。

 

「貴様を殺す…!だが、その前に顔を見せてもらう。

 仮面によって隠してきた薄汚い、その素顔を――!」

 

仮面が外れ、ゼロの素顔が明らかになった。

信じたくはなかった。その顔はあの日以来、忘れたことはなかったから。

 

「…スザク」

「ル…ルルーシュ――!?」

 

 

 

 

 

数秒間の沈黙。

ズザクは全てを理解した。

ゼロがブリタニアに反逆した理由を。本拠地に日ノ本を選んだ理由を。

全てはあの日の約束のため。 あの日、“ゼロ”は生まれたのだ。

ルルーシュは約束を守るために…自分に祖国を返すために戦ってきた。

 

 

 ならば、ユフィは誰のために死んだ?

 本当に間違った存在とは誰なのか?

 

 

狼狽するスザク。

その瞳にカレンの落としたナイフが映る。

 

即座にナイフを手に取り、スザクはそれを自分の首筋に押し付けた。

――全ての罪は自分にあった。

 

全てはあの日から…実の父親を殺した時から始まったのだ。

 

 ルルーシュを殺してもユフィは微笑まない。

 ルルーシュを殺すことなんて自分にはできない!

 

 

もはや、これ以外に手段はなかった。ナイフを持つ手に力が篭る。

首筋から鮮血が流れ出る。

 

「スザク、死ぬな! お前は生きろ!!」

 

その刹那、記憶の終わりに、スザクが最後に見たもの。

止まない雨と、そして涙で濡れた親友の赤い瞳だった。

 

 

 

 

 

ゼロの仮面を抱いて倒れていたスザクは“ゼロを討った男”として

“ブラック・リベリオン”の勝利の象徴として祭り上げられた。

ゼロを討ったのが日ノ本人の海兵であったことを知ったシュナイゼルは

これを最大限に政治利用した。

シュナイゼルの政治的な後押しにより、スザクは「中将」に昇進した。

スザクをブリタニア支部の最高権力に据えることで、シュナイゼルは

「名誉ブリタニア人」制度の健全性を世界にアピールし、

ブリタニアのマスコミは、スザクを「名誉ブリタニア人」の誇りとして 絶賛した。

目が眩むようなフラッシュライト。栄光の光。

しかし、その賞賛は、ブリタニア人の間でのことだった。

日ノ本人や他のエリア人のスザクを見る目は冷たかった。

“ゼロを討った男”は、自分達の“希望を奪った男”。売国奴にすぎなかった。

日ノ本に凱旋帰国した時、人々の自分を見る視線。スザクは理解した。

自分が海軍という温室にいた時に、日ノ本人はずっと暗い部屋に閉じ込められていた。

日の当たらない闇の中。絶望。そこに現れたのがゼロだった。

人々にとって、ゼロは光り。希望そのものに見えたに違いない。

それを奪ったのが、同じ日ノ本人のスザク。

人々の絶望と憎しみは全てスザクに向けられた。シュナイゼルの思惑通りに。

 

凱旋パレードの最中、鋭い痛みが右足に走る。

瞬時にそれが刃物によるものだと悟ると、体が自動的に反応し、

暗殺者に蹴りを見舞う。

“ギアス” ゼロによって与えられた呪い。

これによって、スザクは幾度も暗殺の危機を切り抜けてきた。

目から赤い光りが消え、正気に戻ったスザクは、その光景に言葉を失った。

暗殺者は5,6歳ほどの子供だった。手にナイフを持ち、涙を流している。

 

「返して…パパを!ママを――」

 

直後、数発の銃声が響き渡る。

スザクの攻撃を、ブリタニア兵達が発砲の許可と捉えた。

子供の足をひきずりながら去っていくブリタニア兵。

その光景は、ゴミか何かを片付けるように、さも当たり前の行動に見えた。

子供が生きていたことを示す血溜り。

その中に一枚の写真が落ちていた。写っていたのは…ゼロだった。

 

枢木スザクの夢は、日ノ本人にとっての悪夢。

枢木スザクの栄光は、エリアの民にとっての絶望。

枢木スザクの“死”が人々にとっての“願い”だった。

しかし、スザクには、その“願い”を叶えてあげることはできない。

“生き地獄”は確かに存在する。

天国のユフィから最も遠い場所にスザクは立っている。

消えてしまった心。とっくの昔に燃え尽きた魂。

それらのガラクタ達が音を立てて動き出す。

 

 

 あいつが、この海に帰ってきた。

 妹のナナリーを救うために、必ずここにやって来る!

 あいつが…ルルーシュが!

 

 

「…失礼します。」

 

ドアをノックする音を聞き、スザクは応じた。

そこには、自分の部下が立っていた。瞳に赤い光りを輝かせて…。

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

        「ゼロ様がお呼びです。」

 

 

 

 



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砂の味

 

 

 

「我が名はジェレミア・ゴットバルト!

貴様に敗北をもたらした記念すべき男の名だ!」

 

饗団内で行われたバトル・ロワイアル。

最後に生き残った二人の決着後、 片膝をつくアーニャに剣を向けながら、

ジェレミアは高らかに宣言した。

 

「…こうして私達は結ばれたのだ。」

 

「いや!その流れはおかしい…!」

 

大概のことでは動じないルフィがまじめな顔で突っ込みをいれる。

その横で赤くなり、うつむくアーニャを見て、チョッパーが冷や汗を流していた。

何ともいえない空気が場を支配する。

息苦しさを感じたゾロはふと視線を壁に移した。

 

「流石だなロロノア!その写真に注目するとは!」

 

「いッ…!?」

 

ジェレミアは席を立ち、壁にかけてある写真をはずし、ゾロの目前に置く。

何事か、と驚くゾロに向かって、ジェレミアは満面の笑みを浮かべ語り出した。

 

「これは、私が諜報員としてまさに全盛期を迎えた頃の写真だ!!」

「お、おう・・・。」

 

もはや逃げれないことを悟るゾロ。

写真を見ると二人の人物が写っていた。

一人はジェレミア。自信満々の表情で不敵に笑っている。

二人目は、おそらくターゲットと目される男。

汗をかき、明らかにおびえながら ジェレミアを見ている。

まるで「鬼太郎」のエンディングに出てきそうな光景だ。

 

「諜報員として優秀すぎる成績を収めた私は、

 この隠れ家を管理する 大役を預かることになったのだ!」

 

ああ、左遷されたのか、とナミは憂いを帯びた遠い目でジェレミアを見つめる。

その視界に大量に詰まれたパンフレットが入った。

 

「こ、これは…!」

 

何気なくとったパンフレットを持つ手が震える。

そのパンフレットにはオレンジを持ち、微笑むジェレミアが写っていたのだ。

 

「それか?近隣の村人達から、どうしても、と頼まれてな。

 このゴットバルト農園のオレンジを地元の名産として売り出したのだ。

 私は騎士!貧しき者を助ける義務がある!

 あまりに好評なので、近々、チェーン展開を予定している!

 ん?どうした?その残念そうな顔は?」

 

工作員ェ・・・と、ツッコミを入れる者はもはやいない。

全てにおいて斜め上を行くジェレミアに一同はただ驚くばかりだった。

 

「…あんた、とんでもない大バ…」

 

ゾロが率直な感想をつぶやこうとした時、その袖を小さな手が引っ張った。

見るとピンク色の髪をした少女がこちらを見つめていた。

 

「…言わないであげて。ジェレミア、改造された時に頭を…」

 

その瞳には涙が浮かんでいた。うろたえるゾロ。

 

「ん?なんだロロノア?“オ”がどうしたというのだ?」

 

にこやかに話かけるジェレミア。涙目で訴えるアーニャ。

返答に困ったゾロはとっさに外を見る。そして苦し紛れに答えた。

 

「と、とんでもないオ…オレンジ野郎だ…!」

 

それを聞き、後の「オレンジ卿」は“ニヤリ”と笑った。

 

 

 

 

 

 

 

ブリタニア支部の海兵達は廊下に整列し、敬礼をとる。

その中をこの支部の最高権力者、中将・枢木スザクが「正義」の二文字を

背負い、歩いていく。敬礼をとる海兵達に尊敬の念はなかった。

いや、その意志そのものを奪われ、命じられたままの行動を続けている。

まるで操り人形のように。

 

海兵の列は外へと続いていた。

この異常といえる状況下にありながら、 スザクは歩みを止めることはなかった。

この先に何が待ち構えているかを ズザクは知っている。

その強い確信は、今、起こっていることを、

これから起こるであろうことを、まるで運命であるかのように感じさせた。

外に出るとそこには一人の男が立っていた。

黒髪に、黒いマント、片手に黒い仮面を持ち立っているその男の周りは、

時刻は昼を過ぎた頃であるのにひどく暗く感じる。

その男を中心に夜、いや闇が広がっているかのように。

 

「ルルーシュ・・・」

 

「…スザク」

 

スザクとの再会。

それは、「親友」としてはあの夏の日以来の。

「敵」としては、“ブラック・リベリオン”以来のことだった。

スザクの自分を見るその視線。

その冷たい眼差しは、この再会が後者であることをルルーシュに強く認識させた。

 

 

ナナリーの処刑は明日に迫っている。

時間こそが勝敗を分けるならば、自分はすでにチェックをかけられている。

時間さえあれば…。

最強の力である“魔王”を使い、ナナリーを取り戻す方法など いくらでもあった。

だが、この限られた時間の中で、敵が“ギアス”を知っているならば、話は違う。

騎士団とブリタニアの同盟は、騎士団があの男の管理下に入ることを意味していた。

シュナイゼル――。

 

あの男が“ギアス”の存在を知った以上、すでにその対策は完璧になされていることは疑いようがない。

騎士団とブリタニア。

この二つの攻略ルートが閉ざされた以上、残るルートを一つしかない。

 

海軍。

いかにブリタニアと強固な強力関係を形成しようとも、その連携は完全とはいえないはずだ。

特に、“ゼロの正体”についての情報は、騎士団の幹部とシュナイゼル達にしか知り得ないトップシークレット。

ならば、それに次ぐ秘密である“ギアス”について海兵達は知らされていない可能性は高い。

 

ルルーシュの読みは当たった。ブリタニア支部の海兵達は“ギアス”によって瞬く間に陥落した。

ただ一人、“ギアス”を知る枢木スザクを残して。

 

 

 

 

 

 

「…よくここに来れたね」

 

お互いの距離を保ちながら、沈黙。

それを破るかのように口火を切ったのはスザクだった。

 

「海軍の警戒はエリア11側に集中している。

 逆にブリタニア側に対してはいくつか無防備なルートが…」

「違うよ、ルルーシュ」

 

海軍支部への潜入ルートを説明しようとするルルーシュの言葉を

遮るようにスザクは喋り出す。

 

「よく俺の前に姿を見せることができたな、と言っているんだ」

「…ッ!」

 

その言葉を聞き、沈黙するルルーシュに向かって、スザクは言葉を続ける。

 

「あの戦争で多くの仲間が死んだ。多くの日ノ本人が…。ユフィも――」

 

ルルーシュに向かい、右手を向けるスザク。

そのには白い羽ペンが握られていた。 ルルーシュの顔が歪む。

自分に向けられたスザクの手が微かに震えている。

それを見ただけで、そのペンの持ち主。ユフィという人がスザクにとって

どれだけ大切な存在だったかを知ることができた。

 

あの夏の日を思い出す。

スザクは自分達を守るために実の父を殺した。

そして、今度もまた自分のせいでスザクは大切の人を失ったのだ。

言葉を失うルルーシュ。

しかし、スザクはもはや言葉を必要としていなかった。

羽ペンを懐に入れ、ゆっくりと空手の構えをとる。

 

「ルルーシュ。その悪魔の瞳で何を望もうとも、無駄だ。

 あの時の…“ブラック・リベリオン”の決着は今ここでつける!

 お前の“願い”は――叶えてはいけない…!」

 

 

 

 

 

 

構えを取りながら、少しずつ距離を詰めるスザク。

しかし、その険しい表情とは裏腹にその心は穏やかだった。

 

 

“ブラック・リベリオン”以来、自分という存在を呪わない日はなかった。

自分という“間違った存在”を消し去る方法を探し続けた。

そして、今日、やっとこの苦しみから解放される――。

自分を地獄に誘う死神は、親友の姿を借りてやって来たのだ。

 

“ギアス”

 

シュナイゼルから聞いたルルーシュの能力。人の意志を奪い、操る呪われた力。

あの時、自分にかけられた“生きろ”という呪い。

それを解くことができるのは、それをかけたルルーシュだけだ。

ルルーシュを見る。あの雨の日が頭を過ぎる…。

暗い森の中、泣きながら、必死でナナリーを探すルルーシュ。

 

何も変わっていない。

あいつは今も、あの暗い森の中にいるのだ。

 

しかし、自分はもう手を貸してやることはできない。

背中に刻まれた「正義」の二文字。

自分は海兵として、海賊であるルルーシュを止めねばならない。

…ならば、残された方法は一つだけだ。

“裏切り”のスザクは今日、“英雄”ゼロによって討たれる。

ゼロは妹を助け、いつの日か日ノ本を解放し、人々を救う。

 

…それでいい。

死ぬことのみが、僕にとっての唯一の償いであり、救いだった。

全ては、今日、終わる。

ユフィのいる場所に少し近づくことができる。

 

 

 そう…。だから、ルルーシュ!僕に“ギアス”を――

 

 

死を願うスザク。

しかし、直後、彼に与えられたものは、“ギアス”ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「…スザク。すまない」

 

ルルーシュがスザクに与えたもの。

それは“ギアス”ではなく、懺悔だった。

仮面を地面に置き、膝をつき、頭を深く下げる。

それを見たスザクの瞳に絶望が広がっていく。心の中で何かが壊れる音がした。

 

「…いまさら、いまさら何だそれはーーーッ!!」

 

スザクは走り出し、膝をつくルルーシュの腹に蹴りを見舞う。

 

「グハッ――」

 

胃液を吐き、額を地面につけるルルーシュ。その頭をスザクが踏みつけた。

 

「いまさら、許されると思っているのか!?

 お前に惑わされた人々が、死んでいった人々が…ユフィだって――

 謝るくらいなら、ユフィを生き返せ!今すぐにだ!!

 お前の悪意で日ノ本を救ってみせろ!お前は“奇跡の男”ゼロなんだろ!?」

 

踏みつける足に力が篭る。骨の軋む音が聞こえる。

その中で、ルルーシュは呻きながら話し出す。

 

「奇跡…なんて…ない。全ては…計算と…演出。

 ゼロという仮面は…嘘をつくための…装置に…すぎない。」

 

「何が“装置”だ!そんな言い訳が通ると思っているのか!?

嘘だというなら最後まで突き通せ!!」

 

足を離し、ルルーシュの襟首を掴み、締め上げる。

それでも、ルルーシュは苦しそうに言葉を続けた。

 

「しかし…過去には戻れない!やり直すことは…できないんだッ――」

 

「ルルーシュ――ッ!」

 

怒りに任せてスザクはルルーシュを突き飛ばす。

二人の間に距離が生まれる。息を整えるためにスザクは言葉を止めた。

再び、二人の間に沈黙が訪れた。

刹那であるはずが無限に感じる時間。

その静寂を破り、時を動かしたのはルルーシュの言葉だった。

 

 

 

 …スザク。俺を殺せ

 

 

 

 

その言葉に驚くスザクに向かって、ルルーシュは話し続けた。

 

「スザク…俺はお前の大切なものを奪ってしまった。

 だから、お前に殺されるならば、俺は構わない。

 それで、お前が救われるのならば…。

 ――だが、妹は…ナナリーは関係ない!

 スザク!俺の命はくれてやる!!

 だから、ナナリーを!どうかナナリーだけは…助けて…ください」

 

そう言ってルルーシュは再び、膝をつき、頭を下げる。

ルルーシュの“戦い”の答え。

それは、自分の命と引き換えに、ナナリーの救出をスザクに願うことだった。

 

 

 

“魔王”の力を使えば、再びスザクに“ギアス”をかけることができる。

しかし、“ギアス”は思考を単純化させる。

その力の支配下にある者は複雑な思考に耐え切れず、目的達成に向けて猛進するだけの人形に成り果てる。

そして、それ故に、“ギアス”にかかった者はその本来の力を出し切ることは難しい。

そんな状態のスザクを手に入れたところで、あの男――シュナイゼルに勝つことはできない。

シュナイゼルとの戦いは一手先を読み合う苛烈な心理戦になる。

その戦いに勝利し、ナナリーを取り戻すには、枢木スザク本来の力が不可欠だった。

 

…そして、なにより、もうスザクに嘘(ギアス)をつきたくはなかったから。

 

 

 

 

頭を下げるルルーシュをスザクは見つめる。

その姿は、惨めで、醜くて、とても、とても、小さな存在に見えた。

子供の頃の、気高く、尊大な態度。

ゼロの時の、威風堂々とした姿。

今の、この姿はルルーシュ本来のそれとは、あまりにもかけ離れた、遠いものだった。

 

「…ルルーシュ。お前がかけた“生きろ”という“ギアス”は俺の信念を歪ませた。

 答えろ!何故そんな“ギアス”をかけた!?」

 

「…俺の逃亡に利用するためだ」

 

 

 

 嘘だ。俺の命を…助けるためだ。

 

 

 

「なぜ、“ゼロ”となり、ブリタニアに反逆する?」

 

「…俺が、ブリタニアの支配者になりたいからだ」

 

 

 

 嘘だ!母親の仇討ちと父親に対する復讐のためだ。

 

 

 

「なぜ、日ノ本を拠点に選んだ?」

 

「…日ノ本人は利用しやすかったからだ」

 

 

 

 ウソだ!!愚かで、卑怯な…醜い、裏切り者に祖国を返すためだ。

 

 

 

「全ての罪は俺にある!でもどうか、ナナリーを!ナナリーだけは――」

 

 

 …知っている。ずっと昔から。世界中の誰よりも…。

 お前が…ナナリーの幸せの為に生きてきたことを――

 

 

 

 

 

 

「スザク…?」

 

異変に気付き、顔を上げたルルーシュは言葉を止めた。

スザクが…泣いていた。大粒の涙を流し…声を殺して…泣いていた。

スザクの涙を見たのは、あの遠い雨の日のことだった。

自分達の境遇を知り、その悲しみを共有するかのように大粒の涙を流してくれた。

あの日、俺達は救われ、あの時からスザクの運命は始まった。

あの日のように…スザクは泣いていた。

 

「…ルルーシュ。僕達はもう、あの夏の日には戻れない。だけど――」

 

夏の日の終わり。

屋敷を脱出し、小高い丘を越えるために差し出された手。

あの時のようにスザクは手を伸ばす。

 

「だけど、ナナリーのために…もう一度、君と――!」

 

「ナナリーを…助けて…くれ…る?」

 

スザクが差し出す手が涙でよく見えない。

 

 

 …昔、二人でこんな話をしたことがあった。

 スザクは俺を皇帝に。俺はスザクを首相にする。

 絶対に出来る!俺達二人が力を合わせて、出来ないことなんてないのだから!

 

 

「ありがとうスザク!お前と二人でならきっと――」

 

 

 

 バァンッ!!

 

 

 

 

二人の手の間を何かがすり抜ける。

それが銃弾だとわかったのはその直後だった。

 

 

 

 

 

「ご無事ですか!?枢木卿!!」

「ゼロ!正体はすでに知られているぞ!」

 

サイドバイザーで顔を隠し、銃で武装したブリタニア兵達が

ルルーシュに襲い掛かり、数人掛かりで地面に押さえつけた。

 

「ブリタニア兵!?どうしてここに…!?」

 

ルルーシュが拘束される様を呆然と見ていたスザクが我に返り、後ろを振り返る。

その視線の先には、ブリタニア兵を従え、一人の男が歩いてくる。

金髪で長身。

高貴な身なりのその男はこちらを見て微笑を浮かべている。

 

「シュナイゼル!!」

 

地面に押さえつけられながら、ルルーシュはその男の名を叫んだ。

 

「必ずここに来ると思っていたよ…ゼロ。

 それにスザク君…よくやってくれた。また勲章が増えたね」

「ス…ザク?」

 

シュナイゼルの言葉に驚き、ルルーシュはスザクを見る。

狼狽するスザクは後ずさりしながら、激しく首をふる。

“違う…!違う…!”と呟きながら。

 

「さあ、ゼロを留置場に連行してくれ給え」

 

シュナイゼルの声に従い、兵士達は、ルルーシュを引き摺りながら連行していく。

 

「ま、待て!その男は…ゼロは“海賊”だ!拘束権は海軍にある!!

ゼロは“海軍中将”の自分が――」

 

ブリタニア兵を制止しようとするスザクの声は彼らには届かない。

まるで聞こえていないかのように、留置場に歩いていく。

それを止めようと走り出すスザクの肩をシュナイゼルが掴む。

 

「スザク君。これで戦争は終わる。平和の敵は倒さねばならない」

 

振り返るスザク。

その耳元でシュナイゼルは囁いた。

 

「…ゼロの処刑後。私は日ノ本の独立を承認するつもりだ。

 スザク君。この意味はわかるね?」

 

スザクの瞳に再び、絶望が広がっていく。

 

 “海兵としての任務以外の行動は許さない”

 

 

シュナイゼルはそう言っているのだ。

その報酬は日ノ本の独立であり、その代償は…。

 

「スザク!ナナリーを!ナナリーを――」

 

親友の自分と妹を呼ぶ声が遠ざかっていく。

それを何か遠い世界の出来事のように、スザクはただ呆然と聞いていた。

幼い頃、スザクが信じたシンプルなもの。自由と正義、そして…。

肩に手をかける。

力を入れた指が肉を裂き、白地を赤く染める。

それはまるで華が咲いたように、「正義」の二文字を際立たせた。

 

 

 

――背中が…重い

 

 



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反逆者の最期

 

 

 

 

「あ~やっと落ち着いた!」

 

オレンジジュースを飲み干したウソップは心境をありのままに告白した。

彼がここに至るまでの道のりはそう長くなかった。

“ギアス”によって操られた海王類によって宴が行われた

あの浜辺に戻ったウソップが最初に目撃したのはジェレミアだった。

初見のウソップとってジェレミアはメリー号によじ登り、侵入してきた謎の敵。

それも、農夫に扮した正体不明の機械人間にすぎない。

捕まり、抱え上げられた時には、恐怖のあまり、声も上げずに気絶した。

数十分後。

ゴッドバルト農園で目を覚ますウソップ。

仲間達の顔を見て歓喜の声を上げるも、その後ろで微笑むジェレミアを見て再び気絶した。

そんな短くも濃密な過程を経て、

この場に辿りついたウソップは、ルルーシュが海軍支部に向かったことを一同に告げた。

 

「…なるほどね」

 

一人納得したナミは、

頭の上にクエスチョン・マークを浮かべる一同に哀れみを浮かべながら説明を始める。

 

「いい?この海域の三大勢力は“ブリタニア帝国”“黒の騎士団”そして“海軍”」

 

そう言って、机の上に三つのオレンジを並べる。

まるで子供に簡単な数学を教えるような光景だが、ルフィとチョッパーは真剣な顔でそれを見つめていた。

 

「この内、二つの勢力…”ブリタニア“と”黒の騎士団“が明日、同盟を結ぶわね。

 では、その護衛を勤めるのは誰?」

 

「…海軍だ!」

 

チョッパーはまるで犯人でも見つけたかのように興奮の声を上げた。

二つのオレンジから明らかに孤立させたオレンジを見れば、まさに 一目瞭然だが、

理解させることができれば、ナミにとっては何でもいい。

少し、離れたところから、ジェレミアが

オレンジジュースが注がれたワイングラスを片手に、ウインクしたのは気になるところではあるが…。

 

「そう!ルルーシュがナナリーを助けるためには

 三大勢力を相手にしなければならないの!その最初の障壁が“海軍”なの!」

「なるほど…!そーだったのか!!(ガーン)」

 

「遅せーよ(汗)」

 

いまさら理解に達したルフィをゾロがあきれ顔で見る。

その傍ら、ウソップが沈痛な面持ちで話し出す。

 

「…あいつ、最後に言ったんだ。“もう一度花火を見る約束”守れそうないって。

 まるでもう二度と会えないようなツラしてさぁ…。

 ナミ…あいつ大丈夫だよな?」

 

「…。」

 

ナミは答えられなかった。

この限られた時間の中で三大勢力からナナリーを取り戻すのは不可能だと知っていたから。

 

(…でも、ルルーシュなら、あいつの“ギアス”があれば、もしかしたら…)

 

 

少なくとも、可能性は生まれる。

ルルーシュの・・・他人の意志を奪い、操るあいつの魔眼。

あの恐ろしさは身を持って味わった。

そして、あいつの戦略。海軍を選んだのは正しい。

海軍はおそらく“ギアス”について知らないから。

ゼロの正体がルルーシュ皇子であることをブリタニアは知っている。

 

では、なぜいまだにそれを公表しないのだろうか?

ゼロの正体が敵国の皇子だと分かれば、反ブリタニア勢力の崩壊は必定だろう。

この秘密を公表することに関するブリタニアのメリットは計り知れない。

 

だが、彼らはそれをしない。

いや、それどころか、騎士団のクーデーターでルルーシュの身柄を押さえた後に、

保護するどころか、海軍本部に引き渡した。

ルルーシュを海賊“魔王・ゼロ”として処刑させるために。

つまりは、現ブリタニアにおいて、実権を握っている勢力は「行方不明の皇子」

であるルルーシュに生きていられては困るのだ。だから、ゼロの正体を隠した。

海軍はゼロの正体を知らない。おそらく、その能力である“ギアス”さえも。

 

――勝機は生まれる。

海軍に潜入し、警備の隙をつくか、海軍そのものを手に入れ、ブリタニアに戦争を仕掛けるか、

それは私にははわからない。

しかし、ルルーシュは必ず動く。

妹のナナリーを助けるために。

明日、きっと”何か”が起きるだろう。

 

 

そして――

 

 

 

「私達に出来ることは何もないわ。船を出しましょう!あいつの意志を無駄にしないためにも」

 

 

 

 

 

 

「ナミ!?」

「…!」

 

突然のナミの提案に驚きの声を上げるウソップ。

その横で押し黙るルフィをナミが決断を仰ぐような目で見つめた。

 

「ちょっと待てよ!!短い間だったけど、あいつは“麦わらの一味”にいたんだぞ!

 こんな別れ方があるかよ!!」

 

「そんな言い方は止めて!これ以外に選択肢はないの!迷ってる時間すら――」

 

席を立ち、詰め寄らんばかりのウソップにナミは苛立たしげ声で答える。

 

ナミは思う。

ウソップの言いたいことくらいわかってる。

出来ることなら、手を貸したい気持ちは同じだ。

だが、ルルーシュの次の行動が読めない以上、動くことはできない。

敵はこの海、全てと言ってもいい。

迂闊な行動は、即死に繋がる。

あいつだってそんな結末は望んでいない。 

ならば、事が起こる前にこの海域からの脱出。

それ以外に選択肢はないではないか…!

 

「…ナミの言ってることは一理あるぜ」

 

「ゾロ!?」

 

ナミとウソップの言い合いを離れたところから見ていたゾロがおもむろに、そう呟いた。

その言葉を聞いたウソップは、信じられない、といった顔でゾロを見た。

「あいつを仲間と認めるならば、その“覚悟”を受け取ってやるのが

 オレ達の役目なんじゃねーのか?」

 

「…!」

 

ゾロの短い言葉にウソップは反論できずに黙り込む。

短いが、その言葉は核心をつき、

何よりも、ロロノア・ゾロという男の生き方に繋がっているような気がした。

覚悟。

 

三大勢力を相手に妹を取り戻そうと決意した時からルルーシュはそれを受け入れたはずだ。

必ずナナリーを取り戻す覚悟を。

そして、約束を破ることになるかもしれないことを…。

ウソップに渡した脱出ルートを記した地図は、約束を破る代償であり、

ルルーシュの覚悟そのものだった。

 

「…そうは思わねーな」

 

ウソップが黙り、議論が終結に向かおうとする空気を壊したのはサンジだった。

初めて出会った時から、ルルーシュを嫌悪し、乗船に反対し、C.C.をめぐり料理バトルを展開し、

挙句は、靴の裏を丹念に拭くことになった男。

誰よりも、ルルーシュを嫌っていたはずのこの男が議論の終結を止めるために、

煙草を咥えながら“ツカ、ツカ”とゾロに向かって歩いていく。

 

「あいつが野心のために死ぬなら、勝手にしろだ!海賊らしいと笑ってやるさ。

 ――だが、そうじゃねーだろが!プライドだけは異様に高いあのバカが

 妹さんを助けるために命はろうとしてるんだ!

 覚悟だ!?その背景を察してやるのが仲間ってもんじゃねーのかよ!!」

「…ッ」

「――ちょ、ちょっと落ち着けよ!二人とも」

 

怒気を発したまま、ゾロに詰め寄ろうとしたサンジとゾロの間に

人型に変身したチョッパーが慌てて割って入った。

サンジには、その気はなかったが、チョッパーの行動が逆に場に緊迫感をもたらした。

チッと吐き捨て、ゾロから背を向けるサンジ。

それを最後に一同を沈黙が支配した。

 

爪を噛んで下を向いたナミは考えていた。

そもそも、海賊になろうとする者は野心家で当たり前、自己主張の塊で然るべきなのだ。

だからこそ、他の海賊や海軍相手に勇敢に戦い、時には人々に蛮勇を奮う。

全ては己が望みを叶えるために。それは、この“麦わらの一味”とて例外ではない。

いや、これほど個人レベルで野望を持った海賊団をナミは知らない。

個人の野望(ゆめ)を尊重することで生まれた絆。

“麦わらの一味”が自分達より遥かに巨大な戦力と戦い、

勝利してこれたのはそれがあったからだ。

そして、だからこそ、恐れてきた意見の衝突。

大海賊では起こりえない、個人の主張による対立、そして崩壊。

それが今、まさに起ころうとしている。

少数の海賊、特に“麦わらの一味”にとって“仲間”に関する意見の衝突はあまりに重い。

確かに、ルルーシュが“麦わらの一味”にいた期間は短かった。

しかし、一度、仲間と認めた以上、どう動くか――その決定は自分達に委ねられる。

 

ルルーシュを助けるか否か。

 

 

それにより、今後の“麦わらの一味”の仲間というものの在り方が決定する。

ナミは黙ったままだった。

予感していた。

この件における安易な選択は、後に必ず禍根となることを。

そして、その予感を共有するかのように、一同も黙っている。

時間にしては十分ほど…しかし、数時間にも感じるその沈黙は

勢いよくドアを開けて入ってきた仲間によって破られた。

 

「ロビン…。」

 

「――ハァ、ハァ」

 

ドアから入ってきたのは、ニコ・ロビンだった。

遺跡探索を生きがいとするこの一味のクール・ビューティ。

戦場ですら、優雅に佇むこの女が息を切らせるほど走るのは珍しい。

普段なら、それを肴に小一時間ほど雑談することができるのだが、

この雰囲気の中、誰一人としてそれを指摘しようとする者はいない。

ただ、肩で息をするロビンを見つめていた。

 

「…ロビン。ルルーシュは海軍に向かったそうよ。

 私達はどうするかを今、話し合ってい…」

 

ロビンに最初に話しかけ、途中でそれに気付いたのはナミだった。

ロビンの手には新聞が握られていた。

 

「ロビン、それは?」

「…号外よ。今、エリア11全土に配られているみたい」

 

呼吸を整えたロビンは、一同を押しのけ、テーブルの前に立つ。

その背中見つめる一同。ロビンは振り返ることなく、新聞を置き、それを広げた。

 

 

 

「彼の…ルルーシュの“戦い”の結果よ」

 

 

 

 

「な、なんと――!」

 

ジェレミアは声を上げた。

そこに写っていたのは見紛うことなき、主の姿。

 

「嘘…!」

 

ナミは絶句した。

そんなはずはなかった。勝負は明日のはず。こんな早く決着がつくはずがないのに!

 

「あのバカ…!」

 

サンジは吐き捨てるように呟いた。

第一面に写っている仮面の男に。

 

「そんな…」

 

ウソップは新聞を握り締める。

ほんの数時間前、こいつと一緒だった。こんな終わり方があっていいはずはない!

 

「ルルーシュ!」

 

ルフィはその男の名を叫んだ。

 

その号外は、明日の処刑について書かれていた。

そこには“ゼロの妹”に関する新情報はない。

その代わりに、処刑人、変更の報せ。

ほんの短い旅の仲間。

あの仮面の男が写っていた。

 

 

 

 

明日、”大海賊艦隊”黒の騎士団・元団長“魔王”ゼロの処刑執行――

 

 

 

 



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ゼロ処刑編
処刑前夜「嘘と誇り」


 

 

 

マリンフォードの海軍本部をモデルとしたブリタニアの海軍支部。

ブリタニアの全面援助で建てられたこの要塞の海軍からの影響は外装だけには留まらなかった。

その内部――この海域の犯罪者達を幽閉する留置場は、

あの「インペル・ダウン」を真似られて作られていた。

地下、5階を最下層とし、その危険度によって、各階層に犯罪者達を振り分け、

監視するこの留置場は、完成からただ、一人の脱獄囚も出していない。

その鉄壁の牢獄に“ゼロ”が投獄された夜、一人の潜入者が現れた。

 

時刻は夜になり、満月がブリタニア支部を照らす。

その光が届かぬ、暗い階段を潜入者は下りていく。その潜入者の登場に

1階フロアの囚人達は狂喜した。

この地獄に似つかわしくないその容姿は、

犯罪者達を好色に駆り立て、彼らは口々に卑猥な言葉を投げかける。

しかし、その歓声は看守の惨劇を目の当たりにすると、直後、悲鳴に変わり、

後は、ただひたすら沈黙するだけとなった。

フロアを下にいくほど、囚人の危険度は上がっていくこの留置場において、

3階フロアからの囚人は、“ブラック・リベリオン”において拘束された

“黒の騎士団”の団員達であった。

その彼らが、侵入者にむけた眼差しは、侮蔑ではなく、畏敬。

投げかけるその言葉は、憎悪ではなく、親しみが込められていた。

その中を潜入者は進む。

フロアを降りれば、降りるほど、強さを増す看守達など眼中にはなかった。

現れる敵を前に、右手を掲げ、たたこう呟くだけ。

 

「…弾けろ!」

 

それだけで、敵は“沸騰”し、大火傷を負い、床に倒れる。

その横を潜入者は悠然と進む。

その足は、ついに5階フロアに到達した。

このフロアにいる犯罪者はただ、一人。

先の“ブラック・リベリオン”の首謀者。

”大海賊艦隊”黒の騎士団の元団長。

彼の牢を前にして、潜入者は歩みを止め、ゆっくりと右手を掲げた。

 

 

 

「答えて、ルルーシュ。あなたは私に“ギアス”をかけたの?」

 

 

 

 

 

 

時刻はもう夜になっただろうか。

拘束され、牢に放り込まれてた後は、激しいショックと絶望により、冷静さを失っていた。

心を落ち着けるために瞳を閉じ、ただ時が過ぎることに身を委ねていたが、

いつのまにかに浅い眠りに落ちていたようだ。

仕方のないことだ。

ルフィ達と別れた後、不眠不休でこの海軍支部に潜入し、

海兵達に“ギアス”をかけた。その疲れが出たのだろう。

 

  必ずここに来ると思っていたよ…ゼロ。

  それにスザク君…よくやってくれた。また勲章が増えたね

 

脳裏に数時間前の映像が浮かび上がる。地面に組み伏せられた俺が見たのは、

微笑を浮かべ、冷徹に自分を見下す宿敵。、

その傍らで呆然と立ち尽くしている親友の姿。

――シュナイゼルの言葉。あれはブラフだ。

限られた選択肢の中で、俺が辿りついた答え。奴がそれを読んでいたのだ。

すでに海軍支部のどこかに身を潜めながら、俺達を見学していたのだろう。

まるで、演劇鑑賞に招待されたゲストのように。

スザク…あいつは、何も知らされていない。

シュナイゼルは、絶妙のタイミングで言葉というナイフに不信という毒を塗り、投げ放った。

俺たちの決意を殺すために。

全ては、シュナイゼルが仕組んだことだ。

奴はそれが出来る人間であり、

スザクは“嘘”をつける男ではない。――なにより、俺は、あいつを信じたい。

 

 ナナリーは必ず、スザクが助けてくれる!

 だから、もうなにも心配する必要はない。たとえ、俺の身に何があったとしても…。

 

 

 

(…そうだろう?カレン)

 

 

 

 

 

卜部さんが死んだあの日、私の中にある“疑念”が生まれた。

あの日、卜部さんは、“ギアス”に操られ、扇さんに襲い掛かった。

それを止めるために藤堂さんと四聖剣の仲間達は已む無く、卜部さんを殺害した。

それが、扇さんが私に話してくれた事実だった。

 

“ギアス”人の意思を操るゼロの能力。

 

私は、戦場において、何度か“ギアス”をかけられたと思われる敵に遭遇している。

どこか、生気がなく、うつろな目をしていた。そいつは私達を気にも留めず、

味方の陣地に突入し自爆テロを起こした。

あれは、人というよりも、人形の様に、戦う気概も、生きようとする意志も感じることはできなかった。

 

卜部さんの水葬はその日のうちに行われた。

最後に正装に着せ替える作業は、私が行った。

藤堂さん達は、 たとえ任務といえど、仲間を殺めたことに自責の念を抱き辞退した。

藤堂さん達以外で卜部さんと最も親しかった隊長は私だ。

“ブラック・リベリオン”敗戦後を共に生き、あの人が目玉焼きに何をかけるかだって知っていた。

だから、私がやらなくちゃ。五番隊の隊員達の補助を伴い、作業に入る。

 

“疑念”はその時、生まれた。

 

卜部さんの体には夥しいほどに切り刻まれていた。

それは、藤堂さんと四聖剣によってつけられたものだ。

彼らの“決死”のフォーメーションから逃れるのは、私でも難しい。

それも、一体四の劣勢の状況においては…“ギアス”に操られているような状態では

きっと、一撃のもとに決着したはずだ。

 

…だが、体の傷は違う事実を訴えている。

この傷は、あのフォーメーションを何度も潜り抜けたことを物語っている。

腕や肩の傷は、急所への一撃を防ぐために出来たものだ。

胸の傷は心臓への斬撃を避けた時にできたのだろう。

額を擦りむいている。何度も倒れ、そして起き上がってきたに違いない。

全ての傷から、隊長としての意地…戦士の意志を感じる。

全ての傷は、訴える。“断じて操られてなどいない”と。

 

――頭が割れるように痛い。

頭の中に、小さな光が生まれ、それが黒い霧に押し潰されないように懸命に抗っている。

なにが“嘘”で何が“真実”なのか。

それが分かるまで、私は一歩も前に進めない…!

 

――だから

 

「答えて、ルルーシュ。あなたは私に“ギアス”をかけたの?」

 

右手を掲げたカレンは、苦しそうに頭を押さえる。

何ももたない右手。

しかし、それはマシンガンを向けられるより、遥かに危険であることは、

このブリタニア海に生きる者にとっては常識だった。

その危険な右手――“輻射波動”に襲われた敵は、“沸騰”し大火傷を負う。

その右手との距離が近ければ、近いほど、“輻射波動”の業火はその威力を強め、

ゼロ距離における攻撃は文字通りこの世界から“消滅”を意味する。

しかし、今日、その禍々しい凶器を向ける相手は、自分が命を懸けて守り通してきた主君。

かつての仲間だった。

 

「“ギアス”という力を使い…私の心を捻じ曲げて…従わせて――」

 

頭の中で黒い霧が渦巻き、その力を増している。それに押し消されないように

小さな光が懸命に足掻いている。頭が割れるように痛い…。

今にも倒れそうな身体。折れかけた心。

それを支えているのは、視界に入ったルルーシュの姿だった。

 

「フフフ…フハハハハハハハ」

 

「ルルーシュ-――ッ!?」

 

留置所にゼロの笑い声が響き渡る。

その笑い声を「嘲り」と捉えたカレンは怒りに駆られ鉄格子に詰め寄った。

その右手は赤く光り“輻射波動”の初動の段階に入る。

ルルーシュとカレンの距離はもはや1mもない。

その輝きはルルーシュの瞳を照らし、その瞳に映るカレンを赤く染めた。

口を閉じたルルーシュはただカレンを見つめていた。

静かに、昔を懐かしむように。

 

 

  スザクもそうだが、ここ数日は昔を懐かしむことが多い。まだそんな歳ではないのにな。

  カレン。君は覚えているだろうか?俺と初めて会った時のことを。

  ゼロとしてエリア11で活動を始めた頃のことだ。

  仲間を集めるために、俺が目をつけたのは、レジスタンスとして名を売っていた「ナオトグループ」。

  そして、その中で有名なのが「紅い月」と呼ばれる女テロリストだった。

  使えるならば“駒”として利用する、

  そう考えて近づいた俺は、結局カレンに“ギアス”をかけることはできなかった。圧倒されたのだった。

  その手に持っていた銃ではなく、その瞳に宿る強い意志、気高さに。

  そして、俺達は“黒の騎士団”を結成し、ブリタニアとの戦いを始めた。

  カレンは最も優秀な部下になり、背中を預けることができる唯一の戦友になった。

  “成田攻防戦”の時、土砂崩れを利用した俺の戦術は、ブリタニア軍だけではなく、

  多くの一般人の被害者を出すことになった。

 

  共に進みます。私は、あなたと共に

 

自分の戦いに…歩みに迷い、

立ち止まりそうになった俺の背中を押してくれたのは、君だった。

カレン、君がいてくれたから、俺は歩み続けることが出来た。

 

 

 ――だから

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・君の心は君自身のものだ。ゼロへの忠誠も憧れも全て」

 

「う、動かないで!」

 

カレンに向かって歩き出すルルーシュ。

それを静止しようと声をあがるカレン。

両者の間の距離はカレンの掲げる右手のみになり、ルルーシュはその前で歩みを止めた。

 

「カレン、誇りに思っていい。君が決めたんだ。君が選んだのだこの…私を」

 

「…ッ!」

 

そう言ってルルーシュは再び、歩み始める。

カレンは腕を引き、ルルーシュとの距離は 鉄格子を挟むのみとなる。

離れようと身を引こうとするカレン。その右手をルルーシュは掴んだ。

 

 

  カレンのあの時の誓いを…誇りを守ることができるのは“ギアス”なんかじゃない。

  必要なのは“言葉”。それを伝える“覚悟”だけだ。

 

 

「グウッ!!」

 

「あ、ああ…!」

 

カレンはその光景に言葉を失った。

自分の右手を…この海域で最も危険な凶器を掴んだ

ルルーシュは、その右手を自分の胸に押し付けたのだ。

その右手――“輻射波動”は初動の状態とはいえ、

その高熱は、ルルーシュの服を焦がし、肉を焼く。

辺りに特有の嫌な匂いが立ち込める。

慌てて能力を解除し、離れようとするカレンの手をルルーシュは離さない。

ただ、その瞳のみを見つめ、言葉を続ける。

 

「…信じることができないか?」

 

「…ルルーシュ」

 

辺りを静寂が覆う。カレンの耳に聞こえてくるのは、自分の心臓の高鳴り、

そして、右手を通して伝わってくるルルーシュの鼓動だけだった。

 

 

 

 

(…思い出した。私はあの時、“ギアス”にかけられたんだ)

 

 

 

 

 

「待って!一方的過ぎるわ!こんなの!

 ゼロのおかげで私達、ここまでこられたんじゃない!彼の言い分も・・・!」

 

「離れろカレン!お前も死にたいのか?」

 

「“ギアス”だ!カレンも“ギアス”に操られているんだ~ッ!」

 

第四倉庫に呼び出された私達を待っていたのは、幹部達のクーデターだった。

幹部達は空ろな瞳と重火器を私達に向け、もはや話し合うチャンスすらなかった。

私は、即座に“輻射波動”を展開させて、ゼロの盾となる。

ゼロを守ることは親衛隊長としての任務。

ゼロはこのエリアの希望だ。私が守らなくちゃ・・・。

“輻射波動”の火力を最大に上げ、敵の武器を観察する。

マシンガンの他にバズーカ。

これほどの火力に私は耐え切ることができるだろうか?

できるだろうか…ゼロを逃がすことを。

 

(…無理だ)

 

“輻射波動”の持続時間はそう長くはない。

考えられる退路は全て塞がれている。罠に嵌った時に、勝敗は決まっていたのだ。

涙が出てきた。

心臓の高鳴りが聞こえてくる。

まるでそれは死神の足音のように感じる。

だが、逃げ出す気はなかった。命に代えてでも守るべき人がいたから。

…でも、聞きたかった。

何でもいいから。何か“言葉”を。

それを聞けば、聞くことができたなら、きっと私は大丈夫。どこまでも戦える!

 

だから、ゼロ!私に――

 

 

「…カレン、君は生きろ!」

 

 

光が私の中で膨らみ、あふれ出る。そして、黒い霧を打ち消した。

 

 

 

 

 

 

「カレン…?」

 

「ルルーシュ…私は…私は――」

 

カレンの瞳から大粒の涙があふれる。

カレンの瞳を覆っていた黒い霧は消え、その瞳に力が戻った。

全て思い出したのだ。

自分が“ギアス”にかけられたことに。

その“誓い”その“誇り”は間違いではなかったことに。

 

「私は、私は――ッ!?」

 

ルルーシュに言葉を投げかけるカレン。

その途中で何かに気付いたように視線を後ろに逸らす。

そして数秒間の沈黙後、

俯きながらカレンは話し出した。

 

「…私はあなたを信じることはできない。さよなら、ルルーシュ」

 

カレンはルルーシュに背を向け、歩き出し、扉の向こうに消えて行った。

 

「…さよなら、カレン」

 

そう呟き、カレンを見送ったルルーシュの瞳は怒気を帯び、扉を睨みつける。

 

 

 

 

「…監禁が趣味だとは聞いていたが、盗聴もそうだったとはな。

 お前の存在は途中で気付いた。出て来い!そこにいるんだろ?扇」

 

 



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処刑前夜「ペテン師と王の器」

 

 

 

「ククク、そうだよ。オレだよ!オレ!扇だよ!」

 

扉を開けて一人の男が笑いながら歩いてきた。

男の名は、扇要。

黒の騎士団元副団長にして“扇ジャパン”現総帥。

ゼロを裏切り、ブリタニアに与した売国奴であり、日ノ本の次期首相であった。

 

「久しぶりだなゼロ!いや、ルルーシュと呼んだほうがいいかな?

 ハハハ、牢屋の居心地はどうだい?」

 

「貴様…!」

 

扇の挑発に殺意を覚えたルルーシュはその姿に絶句した。

黒の騎士団時代から扇の奇抜なファッションセンスに定評があった。

しかし、副団長という立場から咎める者はおらず、多くの人間がスルーしていた。

ルルーシュ自身も作戦に支障がないので、敢えて放置したそれは、

“扇ジャパン”総帥となった今、大きな変貌を遂げていた。

扇の軍団服をベースに、

七武海の“サー”クロコダイルの服を意識したような仰々しいジャケット。

首には、今時の海賊は決してつけないであろう髑髏のネックレス。

そして、顔には、ギアス対策として、ドフラミンゴを参考にしたようなグラサンをつけている。

その姿は、海賊というより、ビジュアル系を意識して何か間違えてしまった、といった感じだった。

 

「…悪魔の実の能力か?」

 

扇のファッションを即座にスルーすることを決めたルルーシュは、唐突にそう呟いた。

騎士団の幹部達の突然の裏切りは、通常ではあり得ないほどのスピードだった。

それに、先ほどのカレンの様子。

あれは、何かと心の中で必死に戦っているようだった。

これらの状況証拠から導き出せる結論は一つだけ。

その言葉を予期していたように、扇は“ニヤリ”と笑い、頭のリーゼントに手を当てる。

そこを中心に“黒い霧”が発生し、辺りを覆った。

 

「そうだ!これが“サギサギの実”の能力。

 人を洗脳し、操る、オレの力だ~ッ!

 クハハハ、お前の“ギアス”ほど使い勝手は良くないがな!」

 

周囲を覆う黒い霧。

 

もし、ルルーシュが顕微鏡を持っていて、それを覗いたら悲鳴を上げていたに違いない。

その黒い霧は、小さな扇が集合して構成されていた。

いわゆる“扇菌”というやつだ。

ルルーシュの“ギアス”が視覚情報からの洗脳ならば、

扇の能力は“扇菌”による寄生だった。

その為に、洗脳するのには多少の時間がかかる。

 

「カレンの洗脳が甘いと思って、後をつけていたらご覧の通りだ。

 まあ、あの様子なら、問題なしってことかな。

 ククク、しかし、見事に振られたなルルーシュ~ッ!

 あいつはお前に惚れてたのによ~!

 まあ、安心しろ。カレンはオレが“2号”として可愛がってやるからよ!」

 

扇はそういって好色を顔に浮かべながら、下卑た笑いをする。

もはや、この海に敵なしの扇はその邪悪な色欲を隠そうともしない。

”騎士団のエース”もその欲望の対象の一つでしかなかった。

 

「ゲスが…!それが貴様の正体か?」

 

この“大海賊時代”において扇のような雑魚が生き延びるには強者に媚を売るしかない。

“良い人の扇さん”は扇にとって、生き延びるための擬態であり、

必要だからこそ、それを演じてきたのだ。

ブリタニアに意識を集中するあまり、扇のその擬態に気付くことができなかった自分が恨めしかった。

扇という視界にすら入らない虫けらは

体内で成長し、遂にはその内部から主人を食い殺す寄生虫に変貌を遂げた。

最初に駆除すべきはこのような獅子身中の蟲だったのに・・・。

 

「クハハハ、悔しいか?今まで散々、他人を“駒”として利用してきた

 お前が逆に利用されるのはよう~!“人の良い扇さん”か…。

 ククク、そうだ!

 お前の正体を教えてくれた“お人好し”が誰か知ってるか?

 教えてやるよ!お前の妹…ナナリーだ~ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッ!?」

 

 

その名前を聞き驚きを隠せないルルーシュの表情を嬉しそうに見つめながら

扇は語り出した。

 

「まあ、あれは本当に偶然だった。お前が任務に向かっている間、

 後方支援を任されたオレは“斑鳩”の中を散策していた。

 そこでナナリーに呼び止められてお茶に誘われたんだ。

 まあ、オレは幹部であり、“ゼロの親友”を自称していたからな。

 何の警戒心もなく、誘ってきやがったぜ。その時だよ。

 今後のために、媚の一つでも売ろうと考えたオレは、

 自分がゼロの親友であり、いかにゼロを大事に思っているか熱演してやったのさ。

 妹の好感を得られれば、今後、何かと有利になるかもしれないからな。

 そしたら、どうだ?ナナリーの奴は急に泣き出して、自分の素性を語り出しやがったんだ。

 自分達がブリタニアの元皇位継承者だとな」

 

そう言って、扇は両手を組み、目を瞑る。

どうやら、その時のナナリーの真似をしているようだ。

その姿を見るルルーシュの瞳に殺意の炎が揺らぐ。

 

「一通り素性を話したあいつは最後に泣きながら言ったよ。

 ”どうか、お兄様を守ってあげてください。扇さん”ってよ~!

 クハハハハ、そんなことはしませ~ん!クーデターはその直後だよ。

 あのガキも可哀想だよな~。

 目さえ見えれば、秘密を知った時のオレの顔さえ 見ることができれば、

 気付くことができたのにな…自分が騙されたってよ~。

 クハハハ、まさに身も心も盲目ってやつだな!」

 

「――死ね!死ね!!扇~~ッ!!

 貴様のような外道に明日を迎える資格などない!

 よくもナナリーを…ナナリーの優しい心を――ッ!!」

 

ルルーシュの両眼は赤い光を帯び、“ギアス”の紋章が浮かび上がる。

無駄とわかっても止めることはできない。

ありったけの憎しみを込めて呪詛の言葉を扇に放つ。

それをサングラス越しで見る扇はより愉快そうに笑い、懐から何かを取り出す。

 

 

 

 

「ナナリーの心?ああ、もしかしてコレのことか?」

 

 

 

 

「――それはッ!?」

 

扇の手に握られている物、それは「千羽鶴」。日ノ本に伝わる工芸品だった。

一枚の折り紙から鶴を作り、それを千回繰り返してようやく完成に至る。

シンプルだが、時間と根気。

そしてなにより作り手の相手を思う心が必要なもの。

それをさも、つまらなそうに扇は見つめる。

 

「本当に暇だよな~あの目○ら。

 いくら時間を持て余してるからって、こんなもんを作ってるんだから。

 “皆さんの無事”を願って団員一人一人に作って配るんだってさ。

 これはその第一号。

 クハハハハ、うちの団員、何千人いるか知ってるのか?あのバカ。

 このゴミ、人数分作るのにどんだけ時間がかかると思ってるんだよ!?

 無理だよ!無駄だよ!無意味だよ~ッ!!

 だ・か・らさ~。こうしてやるよおぉぉぉぉぉーーーーーーーーッ!!」

 

「や、やめろ――ッ!!」

 

牢獄に“ゴキッ!”という鈍い音を響き、ルルーシュは苦痛に顔を歪める。

自分の鉄格子の前に投げ捨てられた千羽鶴――ナナリーの心。

それを目がけて襲い掛かる扇の踵から守ろうと投げ出した右手は千羽鶴と共に踏みにじられた。

 

「――グあッ…!」

 

「そうやると思ったよ…そう来ると分かってたよ!ルルーシュ~~~!

 クハハハ、読めるぞ!手に取るように!あの“ゼロ”の行動がよ~!

 だから!だから、お前は負けたんだよーーッ!!」

 

涎を垂らしながら、愉悦を顔に浮かべる扇ははしゃぎ出し、

千羽鶴と共にルルーシュの右手を踏みにじる。

 

「ケッ!何が兄妹だよ、カスが!

 ん?ああ、そうだ、他にもいたな“自称弟”が。

 あいつだよ!お前の“ギアス”に操られたあの偽者の、

 暗殺者で、護衛の…そうそう!ロロとか言ったな。あのクソガキ!」

 

「…!」

 

 

 

 

 

ロロ・ランペルージ。

ゼロを殺しにきたブリタニアの暗殺者。

“ギアス”を使い、洗脳した偽りの弟。

最後までそれを信じて、自分を救出するために命を投げ出した。

死に際の…安らかな笑顔が頭を過ぎる。

 

「お前が海軍に連行された後、

 任務から戻ってきたあのガキはオレに泣きついてきたんだよ。

“兄さんはどこに行った!?”ってよ~。

 泣きながら、死にそうな顔してさ。

 あんまりにも、惨めなので、オレは教えてやったんだよ。真実をよ~。

 ”お前はルルーシュの弟なんかじゃない。

 お前はギアスで操られてるだけのまったくの赤の他人なんだよ~“ってさ。

 そしたらどうしたと思う?」

 

 

 

 

 

   「兄さんの居場所を吐くかあの世に逝くか10秒以内に決めてください。

    10、9、(超早口)2.1…」

 

 

 

 

 

「…いつの間にか、ナイフを首元に当てられて脅迫されたんだよーーーッ!!

 クソッ!あの二重人格のクソガキめ!無機質な冷たい目で見つめやがってよ~ッ!

 あまりの恐怖でその場で失禁しちまったじゃねーか!クソ!クソ!」

 

その時の状況を思い出し、扇は怒り出す。

まるで復讐するかのように足に力をこめ、“グリグリ”と右手を踏みにじる。

完全な逆恨みである。

それをルルーシュは一言も発さずにひたすらに耐えていた。

 

 

 

知っていたのだ。

自分が何か反応することは、この変質者に快楽を与えるだけにしかならないことを。

だが、踏みつけられる痛みはスザクの時の何百倍も。

心を焼き尽くそうとする炎はカレンの“輻射波動”の何千倍もの熱を感じる。

ただ、屈辱に耐えることしかできない…それこそが最大の屈辱だった。

 

「お前の側にいないってことはあのガキはもう、この世にはいないってことか?

 あいつ、心臓が悪かったそうだからな~。海軍を襲撃した時にか?

 クハハハ、最後までボロ雑巾な、操り人形の哀れな人生だったな~ッ!」

 

 ――ロロ。

 

 

「お前らは俺が日ノ本を手に入れるための“駒”に過ぎないんだよ~ッ!

 “明日を迎える資格”とか言ったよな?

 クハハハ、明日、死ぬのはお前だろうよ!

 明日の調印式でお前は多くの観衆が見つめる前で、その首を落とすんだよ。

 この海軍基地には、そのための特設処刑場が建設された。

 お前は死ぬんだよ!ルルーシュ~~ッ!」

 

 

 ――こんな奴に…

 

 

「お前に…お前らに“明日”なんて来ないんだよ!

 この世界はオレの都合のいいように設定されてんだ!

 お前らに“優しい世界”なんてもんは永久に訪れないんだよ~ッ!! 」

 

 

 ――こんな奴に…!

 

 

「まったく、哀れな奴らだぜ。ん?そうそう…他にもいたな哀れな奴らが。

 “麦わらの一味”だったよな?船長は確か“麦わら”のルフィ。

 せっかく、グランドラインまで来て、一億ベリーまで成り上がったのに

 お前と出会ったおかげであいつの海賊人生は終わりだ。

 今、海軍とブリタニアが総力を挙げて探してるぜ。

 お前の“仲間”ってことでよ~」

 

 

 …ッ!

 

 

「大方、“ギアス”で操って駒にしたんだろ?

 念には、念を入れて、オレが今から出陣して

“麦わら”の一味の首をここに持ってきてやろうか?

“扇ジャパン”総帥のこのオレがよ~ッ!!ん…?」

 

白目をむき出し、嗜虐の快楽に悶える扇は、ルルーシュを苦しめるため、

思いつく限りの挑発を繰り返す。

その一つとして挙げた“麦わら”の一味討伐。

仕事嫌いの扇がこの時間に動くはずもない。

ただ、ルルーシュを挑発するために出したその提案の直後、

扇はルルーシュの変化に気付いた。

ルルーシュは顔を伏せ、肩を震わせていた。

 

「なんだ?なんだ~ッ!!ついに泣き出して…」

 

「…フフフ」

 

「あ?」

 

 

 

        ”フフフ、フハハハハハハハ――”

 

 

 

 

突如として、だが確かに、そして高らかに声を上げて――“ゼロ”は嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だよ~何が可笑しいんだよ…」

 

 

その笑い声に驚いた扇は後ずさりしながら、理由を尋ねる。

扇の声には怯えが混じり、自慢のリーゼントも心なしか萎れている。

 

“ゼロ”の笑い声。

 

ただ、それだけで、両者の関係は一変した。

扇は思い出していた。

ゼロが笑うという意味を。

それは――勝利の確信。

どんな絶望的な戦局であろうとも、その笑い声が響き渡れば、団員達の瞳には希望の光が灯る。

事実、ゼロが笑った後で、負けた戦いは一度たりともない。

しかし、敵となった今の立場において、

その声は、何と恐ろしく邪悪で薄気味悪いものか。

それは、まるで自分を地獄に誘おうとする死神の如く。

 

もはや、そこには元皇位継承者の脆弱な影はなかった。

そこにいるのは、紛れもなくブリタニア海を支配した“魔王”と呼ばれた海賊。

 

「…笑わせてもらった礼に一つ忠告してやろう。

“麦わらの一味”に手を出すなど止めておけ」

 

顔を上げたルルーシュの瞳から赤い光と“ギアス”の紋章が消えていた。

ただ、その瞳には、以前のように強い自信と確信に満ちている。

 

「扇、お前が何を企もうとも、どんな手段を使おうとも無駄だ。

 あいつは…ルフィは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          “海 賊 王” に な る 男 だ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ?はあぁぁぁぁ~ッ!?」

 

「…だから、貴様のような雑魚では、はじめから相手にならない。諦めろ。

 というか死ね。自ら硫酸を被り惨たらしく逝け。」

 

“海賊王”

 

その想定外の言葉に驚愕の声を上げる扇。

今時の子供達ですら、そんなことは口にしない。

しかし、ゼロから…あの“魔王”と呼ばれた男からそのセリフが飛び出してきた。

さらには、“ギアス”が使えたなら、実行させていたであろう恐ろしい内容も。

 

「何より、俺が何の策も講じていないとでも思っているのか?

 フフ、すでに麦わら達はこの海域を脱出して、

 今頃は“ウォーターセブン”に着いているだろう。

 相変わらず無能で安心したよ扇。

 貴様が日ノ本を手に入れる?

 思い上がりも大概にしろ!せいぜい、シュナイゼルに駒として使い捨てにされるだけだ。

 そして、そんなことはエリアの民が…日ノ本人が許さない。

 扇…日ノ本人を舐めるなよ!!

 彼らは強い!

 それは共に戦ってきた俺が一番よく知っている。

 たとえ、俺が死のうとも、彼らは独力でブリタニアを倒し、いつの日か日ノ本を取り戻す!

 貴様は首が落ちるその日まで、砂上の城の中で怯えながら暮らすがいい!」

 

ルルーシュの言葉は続く。

ブリタニアの皇子が日ノ本人の力を信じ、

日ノ本人の売国奴を糾弾するというシュールな光景がそこにあった。

ルルーシュの顔には活力が戻り、得意の毒舌も復活した。

扇は黙っていた。

ルルーシュの弁舌に圧倒されたこともそうだが、

何よりも、その瞳に…強い確信を帯びたその瞳の力に沈黙した。

ただ、体を“ワナワナ”と震わせながら。

 

「…ククク」

 

「…フフフ」

 

「クハハハハハ――」

 

「フハハハハハ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             “ハーッハハハハ!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が可笑しい~~~ッ!!」

 

「…フン」

 

笑い出した直後、白目を剥きだしながら逆キレするリーゼント頭。

そのノリつっこみに応じておきながら、

ルルーシュはそれをさも、つまらなそうに、まるでゴミを見るような目で見つめる。

扇は思い出していた。

クーデターを成功させたことを。ナナリーを売り渡したことを。

シュナイゼルから日ノ本の統治を認められたことを。この海の支配者となったことを。

 

(なのに…なのに…何だ!これは~~~)

 

二人の関係はあの頃に戻ってしまった。

何を考えているか分からない仮面の魔王に対して必死に媚を売っていたあの頃に。

きっと仮面越しに、このゴミを見るような目で自分は見られていたのだ。

 

「その目で…その目でオレを見るんじゃね~ゼロォォォーーーーーーッ!!」

 

助走をつけて走りだした扇は足を振り上げる。、まるでサッカーボールを蹴るように。

その足、憎しみが、ルルーシュに…ゼロに襲い掛かった。

 

 

 

 

「止めたまえ、扇君」

 

その声に反応し、扇の足がルルーシュの顔、1cm手前でストップする。

その声がした方向から一人の男が歩いてくる。

ブリタニア兵を従え、金髪で長身。高貴な身なりのその男は微笑を浮かべる。

 

「シュ、シュナイゼル様~~」

 

犬のような声を上げ、扇はシュナイゼルに近づいていく。

媚を売ったことを屈辱と感じていた男とは思えない反応。

モミ手はだんだんと速度を増し、今にも火を吹くそうになっている。

 

「扇君。これはどういうことかな?」

 

シュナイゼルは相変わらず、微笑を崩そうともせず、現状把握に努める。

 

「へへへ、実はうちの団員がゼロを襲おうとしましてね。

 そこを何とかこの扇めが止めた次第です。

 しかし、この薄汚いペテン師は相変わらずの演説を始めまして。

 それで、少しお灸を据えてやろうと思いまして…。

 まあ、つまりは“正義の制裁”を――」

 

「捕虜の虐待は国際法違反だと知っているかな?」

 

これまでの過程の説明、そして自己弁護を始めようとする扇の言葉を

シュナイゼルは制す。

笑ってはいるが、その瞳に冷徹な光が輝く。

 

「…バレなければ無問題では?どうせ明日には死ぬ男ですから」

 

その“ザ・犯罪者”の肉声を前にブリタニア兵達がざわめいた。

自分達の敵…“黒の騎士団”は数倍の敵に対して戦いを挑んでくる

強さと勇気を兼ねそろえた相手だった。

だからこそ、今回の同盟締結により、その脅威が消えることを

喜ぶブリタニア兵も多い。しかし、この犯罪者がそのトップに…!?

 

「扇君…この場は帰ってくれないかな」

 

シュナイゼルは相変わらず、微笑を浮かべる。

だが、その場の空気が一変したのは誰もが気付いてた。

その空気は扇の首に巻きつき、その息の根を止めようと動き始めた。

 

「へ…へへ、私はこれで失礼します。ゼロ!全てはお前が悪い!」

 

そう言って扇は部屋から逃げるように出て行く。

ゼロに対する最後の罵倒を置き土産にしながら。

 

 

 

 

 

 

 

(チッ!シュナイゼルの野郎!いいところで邪魔しやがって・・・!)

 

唾を吐き、悪態をつきながら、扇はもと来た道を戻っていく。

 

 

 

 せいぜい、シュナイゼルに駒として使い捨てにされるだけだ。

 

 

 

先ほどの、ルルーシュの…ゼロの言葉が扇の脳裏に蘇る。

いくら無能だからといって、扇でもそれくらいのことは予想できる。

“エリアの半分を陥落させた男”それがシュナイゼルの異名。

黒の騎士団時代においても、その戦略・戦術の高さを目の当たりにしている。

そのような男がイレブンである自分を部下として、仲間として信用するはずがない。

だからこそ、何度かの会見の時に、使ったのだ…悪魔の実の力を。だが――

 

(あの野郎…欲望ってものがまるでないのか?)

 

“サギサギ”の実の力は欲望に寄生して発動する。

しかし、シュナイゼルにはそれが見当たらない。たまたま、現段階において

それがないのか。生まれつきなのかは分からない。

だが、それがなければシュナイゼルを“駒”として操ることはできない。

 

「気持ちの悪い野郎だぜ…だが、時間はたっぷりある!そう!たっぷりとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…気持ちの悪い男だ」

 

扇が去った扉を見つめながら、シュナイゼルはそう呟いた。

見え透いた媚へつらい、時々、頭から湧き出るゴキブリのような黒い霧。

たとえ、シュナイゼルのように

感情の起伏がない者でも嫌悪を感じずにはいられない。

その後、シュナイゼルは部下を下がらせた。

 

”大海賊艦隊”黒の騎士団・団長“魔王”ゼロ。

ブリタニア帝国宰相・シュナイゼル。

何度も戦火を交えてきた二人のトップがこの部屋ではじめて二人きりで対面する。

 

「あのような男を部下にしたことがあなたの命取りとなった。

 我々の勝負を分けたのは“部下の差”といってもよいでしょう。」

 

「…。」

 

シュナイゼルの言葉に反論することができない。

初期メンバーでナオトの親友というだけであのようなゴミクズを幹部にした

自分が恨めしかった。

日ノ本型組織の限界を感じずにはいられない。

 

「そんなことを話しにわざわざここに来たわけではあるまい?本題に入れ。」

 

あのゴミに関する話題で時間を浪費することをルルーシュは避けた。

なによりも、シュナイゼルがここに来た理由が気になった。

何か…胸騒ぎがする。

 

「…ルルーシュ様。先ほどシャルル皇帝がお亡くなりになりました」

 

 

 

 

 

「―――ッ!!」

 

一瞬、頭の中が白くなった。

倒すべき宿敵、ブリタニアの象徴、自分達を捨てた父親。

まるで走馬灯のように数々の映像が頭を過ぎる。

病気で床に伏せていたのは知っていた。長くないことも。

だからこそ、焦っていた。

なんとしても生きている間にブリタニアを倒したかった。

あいつを引きずり出して、

母さんのことを懺悔させたかった…ナナリーに対して謝らせたかった。

 

「さきほど、医師から連絡がありました。病死だそうです。

 それとあなたが追っていたマリアンヌ様の暗殺犯についてですが、

 あなたが倒した“ギアス饗団”のトップだったと判明しました。

 自分達の研究にマリアンヌ様が反対していたのが理由のようです。

 マリアンヌ様の死後、陛下がエリアの侵略を口にしたのも彼らの進言のようです。

 確かに…この頃から陛下は普通ではなかったように思います。

 不死についての研究を始めたのもこの時期からでした。」

 

自分が生きる理由。

母親の仇討ち。

その相手はいつも間にか倒していた。

その事実を前にルルーシュは声を失った。

仇を討った。

暗殺犯を殺し、皇帝シャルルは死んだ。

 

――だが、達成感はなかった。

ただ、喪失感だけが残る。

心の一部が欠落したように。

しかし、この事実を前にどうしても知っておかなければならない。

ルルーシュは顔を上げ、シュナイゼルを睨む。

 

「シュナイゼル。シャルルを殺したのは貴様か!?」

 

 

 

 

「…。」

 

シュナイゼルは黙ったままだ。

ルルーシュの質問の意図を見抜いたからだ。

皇帝が亡くなれば、ブリタニアを継ぐのは、ルルーシュとナナリーのどちらかになる。

しかし、その身柄はシュナイゼルが押さえている。

その存在を闇に消しさえすれば ブリタニアはシュナイゼルの手に落ちる。

皇帝がなくなった今、

シュナイゼルこそがブリタニア帝国の事実上の盟主となった。

ルルーシュがシュナイゼルの皇帝暗殺を疑うのは当然といえる。

 

「…いいえ、違います。ルルーシュ様。」

 

「…。」

 

しかし、シュナイゼルはいつもの微笑を浮かべ、手短に答える。

ルルーシュもそれに反論することはしない。

この場においてシュナイゼルの言葉を覆す証拠などない。

なにより、ブリタニアがシュナイゼルの手に落ちた事実は変えられない。

真実などもはや、何の意味もなかった。

 

「ルルーシュ様。あなたは私を誤解している。

 私はブリタニアを手に入れよういう野心などない。

 ただ、帝国宰相として最善の行動をとるだけです。今までも、

 これからも。そう、だからこそ…」

 

ルルーシュはシュナイゼルを見つめる。

そして考えていた。恐らく、この男は“嘘”をついていないと。

これまでに多くの海賊達を見てきた。

その目にギラつく野心を。

だが、シュナイゼルには、それがなかった。

対面してはじめてわかった。

この男が自分の宿敵となり得た理由を。

この男、シュナイゼルはどこか感情が欠落している。

だからこそ、自分以上に最適で手段を選ばずに行動することができたのだ。

シュナイゼルは言葉を続ける。冷たい微笑をうけべながら、その言葉を放った。

 

「だからこそ、あなたには死んでもらわねばならない。」

「…!」

 

「海軍本部にあなたを引き渡したのは、あなたに死んでもらいたくなかったからだ。

“インペル・ダウン”でおとなしくしてくれたのならば

 いつの日か皇帝として迎えることができたかもしれない。

 ――だが、あなたはこの海に帰ってきた。

 本当に残念です。ルルーシュ様。

 あなたが、“革命軍”傘下の海賊でなければ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

         “ドラゴン”の優秀な部下、ゼロでさえなければ・・・

 

 

 

 



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処刑前夜「嵐の夜とドラゴン」

 

 

 

 

 

 

海賊“魔王”ゼロの正体はブリタニアの皇子。

その事実により、反ブリタニア勢力は瓦解するというナミの推理は正しい。

しかし、敢えて間違いをあげるならば,

それは、その後の推理“ブリタニアが公表しなかった”という点だろう。

ブリタニアは公表しなかったのではない。

 

決して“できなかった”のだ。

 

ゼロの正体のもう一つの意味。

ブリタニアの皇位継承者が“ドラゴン”の部下であるという事実によって。

 

 

 

 

「あなたの存在によって、ブリタニアは二つに割れる。

 皇帝を守護する騎士達を中心とする純血派。そして、帝国主義者に別れ、内戦が起こるだろう」

 

ブリタニア帝国はエリア支配を行い帝国となった今においても、王国時代の気風を残している。

その象徴となるのが“騎士”の存在である。

騎士達は皇族に忠誠を誓い、生涯をかけて、それを守り通すことを誇りとする。

そして、彼らが結成した”純血派”はその中でも、より狂信的に皇族に忠誠を誓う

派閥であり、軍部内においても、大きな影響力を持っている。

逆に帝国主義者は皇族を国家のシステムの一部とみなす者達であり、

その中心は エリアに利権を持つ貴族達である。

 

この二つの勢力によって形成されているのがブリタニア軍。

その微妙なパワーバランスは次期皇帝…いや、事実上、現皇帝が

“魔王”ゼロであるという事実をもって一気に崩れ去る。

 

「この内戦はエリアに飛び火し、この諸島全土に広がるだろう。

 だが、それだけではすまない。“彼ら”は必ず介入する。

 あなたを…そしてドラゴンの存在を彼らは決して許さない。彼ら“世界政府”は」

 

シュナイゼルから発せられた“世界政府”という言葉。

それにより、ルルーシュは全てを理解した。

いや、より強く認識したといった方が正解だろう。

自身が正体を隠した理由…最も恐れていた敵なのだから。

 

“世界政府”

 

800年前に20人の王によって創設された国際組織。

最高権力者“五老星”を筆頭に世界中に加盟国を持ち、その数は170カ国以上に及ぶ。

まさに世界最大の組織である。

大国ブリタニアといえど、その一加盟国に過ぎず、

その国力に比べて発言力は非常に低いものでしかなかった。

 

「ドラゴンが“世界最悪の犯罪者”と呼ばれる所以は

 世界政府そのものに対する反逆者だからだ。

 その部下であるあなたが皇位に就くことを

 世界政府の首脳達が黙って見過ごすはずがない。

 “海軍本部”を含めた彼らの力の前にはたとえブリタニアといえども抗う術はない。

 分断統治されるか、あるいは諸島全土が奴隷国となるか、どのみちの亡国は避けられない。

 フフ、皮肉な話じゃないか。

 帝国主義を掲げ、覇道を歩んでいたはずの

 ブリタニア帝国がいつのまにか、世界政府の植民地寸前だなんてね」

 

ゼロの仮面は希望のないパンドラの箱だ。

その箱を開けば、双頭の毒蛇が現れ、ブリタニアと反政府主義者に絡みつく。

その毒牙は、諸島全土を噛み砕き、朱色にそめる。

シュナイゼルは悲しそうに笑った。

だが、それが真に見えないのは、この男が嘘をついているためだろうか。

それとも…。

刹那、そんなことを考えてしまったルルーシュの思考が現実に引き戻される。

 

「――だが、それはただの“真実”でしかない。

 そんなものは消してしまえばいい。

 ルルーシュ皇子は生涯、行方知らず。ゼロは正体不明のまま、公開処刑される。

 ただ、それだけだ。歴史にはそう記される。そのために…」

 

そう言ってシュナイゼルは後ろ手に隠していたものを床に投げ捨てる。

それは二回転ほど転がった後、床上で回転し、ルルーシュの前で止まった。

それは仮面――ブリタニア海で“魔王”と恐れられた男の物だった。

 

 

 

「あなたには死んでもらう。正体不明の海賊――“魔王”ゼロとして」

 

 

 

 

 

 

死刑宣告直後、

自分の仮面を見つめるルルーシュに向かってシュナイゼルは語り続ける。

 

「明日、あなたの死によって、

 ゼロの登場から始まったブリタニアに対する“大反逆時代”の幕は下りる」

 

「…フ、本当にいいのかなそれで?」

 

仮面に向けていた視線をシュナイゼルに移し、ルルーシュは語りだす。

その瞳の力は未だ衰えていない。

 

「ゼロが正体不明のまま死ねば、ゼロは伝説と化す。

 その意志を受け継ぎ、この仮面を被った者が新たなゼロとなりブリタニアに戦いを挑むだろう。

 何度も…何度でも!」

 

「違うな、間違っているよ、ルルーシュ皇子。

 ゼロの真贋はその奇跡によってのみ示される。

 多くの観衆の見つめる中…“黒の騎士団”というかつての仲間に裏切られ、

 惨めに死んだいく海賊などだれが英雄と認めよう?負け犬の仮面を被る者など誰もいない」

 

「…ッ!」

 

駆け引きが通じる相手ではないことは承知していたが、

こうもあっさりとその可能性を潰され、ルルーシュは押し黙った。

 

黒の騎士団との同盟締結は、その脅威を取り除くためだけではなかった。

その真の狙いは公開処刑における“ユダ”の役割を担わせるため。

ゼロの力の大半はその組織力にある。

その組織そのものが裏切るならばもはや、ゼロの存在は否定されたも同然だ。

仲間に見捨てられる者が英雄になれるわけがない。

 

シュナイゼルが捉えたのは本質――奇跡を起こせないゼロに価値などないのだから。

 

「フフ、だがそれだけではない。あなたの死はより大きな意味を持つ。

 ルルーシュ様。

 あなたはどれだけご自分のことを理解しておいでだろうか?

 世界中で暗躍する革命軍のルーキー達。

 その中でもゼロの存在は別格だ。

 たかが海賊がわずかな期間で反政府勢力をまとめ上げ、

 ついには国家に対して独立戦争を仕掛けるまでの組織に変貌させた。

 その知略、カリスマ性は他のルーキー達と比べて群を抜いている。

 まるで若き日のドラゴンのように…。

 その急激な成長は世界政府の目に留まった。

 いつの日かドラゴンの”後継者”となり得る危険な存在として」

 

 

 

 

“魔王”ゼロの首にかかった懸賞金――2億6千万ベリー。

 

ルーキーとしては間違いなく破格の懸賞金額であり、七武海と比べても遜色がない。

この懸賞金は過去に行った行動より、

その未来に対する危険性がより多くの比重を占める。

その結果、先の“ブラック・リベリオン”において世界政府は

ブリタニアの要請とはいえ、異例ともいえる“バスターコール”の許可を下した。

すべては、ゼロという次世代の革命家の芽を摘み取るために。

 

「だからこそ、あなたの死には価値がある。

 ドラゴンの後継者となり得る器――“魔王”ゼロの死。

 それは後の戦争に大きな意味を与える。

 革命軍に…そして、世界政府に対してね。

明日、あなたの処刑に際して、ブリタニアはドラゴンに対して――宣戦を布告する」

 

 

 

 

 

「…生贄、という訳か」

 

「理解が早くて嬉しいよ。そう、すぐさま“革命軍”と戦うわけではない。

 だが、いずれその機会は必ず訪れる。彼らが“世界の敵”である以上はね」

 

数秒の沈黙の後、

ルルーシュが出した回答に、シュナイゼルはほんの一瞬、微笑を崩した。

その後、すぐに微笑を取り戻すシュナイゼル。

だが、微笑を崩したほんの一瞬、確かにその目には好意の念が浮かんでいた。

それは、自分と同じ舞台に立つものに対する敬意。

たとえ、敵であろうと賞賛せずにはいられないという人にとっては

自然な…シュナイゼルにとっては不自然な感情の発露であった。

 

「“世界政府”においてブリタニアが覇権を握るには実績が必要だ。

 あの老人達の椅子に座るための確かな…他国を納得させる程の実績を上げる必要がある。

 そして、その機会は必ず訪れる。

 いずれ行われる“革命軍”との戦争。

 その戦争においてブリタニアは“世界政府”の中心国としてドラゴンを討つ」

 

「…そのために必要なのが俺の首と宣戦布告の事実と言う訳か」

 

「後継者候補であるゼロの死と宣戦布告。

 その事実を前にブリタニアが戦争の中心国となるのに異を唱える国はいない」

 

「フ、俺の首がそれほどの値うちを持つとな…光栄の極みだな」

 

「喜んでほしいな、ルルーシュ皇子。

 亡国の皇子として名を残すはずのあなたが、

 ブリタニア帝国の更なる繁栄の礎となることできるのだから」

 

ルルーシュの皮肉をそれ以上の皮肉で返すシュナイゼル。

その宿敵をルルーシュは見つめる。

 

 

  ――さすがだよ。ゼロという死神を逆に栄光のための踏み台にするとはな。

  敵ながら見事なものだ。ただ一点の間違いを覗けばな…。

 

 

ルルーシュは瞼を閉じる。

そこ脳裏には、革命軍から旅立つ前日の嵐の雨音が。

そして、黒い影と頬に刻まれた巨大な刺青が浮かび上がる。

 

 

 

 

 

 

     

         

    (俺は…ドラゴンの部下ではない)

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう。これで共犯関係成立だな」

 

そう言って、ピザを齧るC.C.。

俺はそれをただ呆然と見つめていた。

現実感がない。

まるで先ほどのことが夢であったかのように。

 

 

――1時間前

 

俺達が海に出て数年が経った。

つまり、C.C.に助けられ、革命軍で数年を過ごしたことになる。

この数年間は大きい。

この革命軍で学び得たことはこの先の戦いを有利に進める大きな糧になるだろう。

そう、俺はこの先の戦い…ブリタニアを倒すために海に出た。

明日、ついにその戦いが始まる。

ブリタニアを…皇帝シャルルを倒す戦いが。

 

「フ、天も祝福してくれているようだな」

 

外は嵐だった。

風がうねりを上げ、その音はまるで悲鳴のように船内に轟く。

これから起きることを予期するかのように。

 

今日は旅立ちの前日。

ドラゴンから直接指示を受け、俺は晴れて革命軍の一員に、

ドラゴンの部下ということになるだろう。

ドラゴンから直接指示を受けるなど、異例の出来事だが、

俺がブリタニアの皇位継承者という立ち位置もまた異例に違いない。

革命軍にとって俺の存在はブリタニア諸島を押さえる最適の駒。

だからこその特別待遇。

ドラゴンからの直接指示と言う訳だ。

 

  俺は駒…違うな、間違っているぞドラゴン。

 

 

確かに革命軍には返せないほどの恩がある。

だが、それ以上に譲れないものがある。

ブリタニアは…シャルルはこの手で倒さなければならない。

誓いは自らの手で果たさなければならない。

誰かの飼い犬となり、それを果たすことに意味などない。

人は小さいプライドと笑うだろう。大義のために捨てろと言うだろう。

 

 ――だが、その小さなプライドを守るため、俺は海に出た!

 

 

革命軍に従属してはならない。

対等な同盟――共犯でなければならない。

 

「そう、だからドラゴン…貴様に“ギアス”をかける」

 

 

 

 

 

計画は完璧だった。

ドラゴンと同席するはずだった幹部達。

オカマの王をはじめとするこの海で名の知れた賞金首はこの会談に来ることはない。

みな、他の予定に赴くことになる。全員が、不自然なほどに。

 

俺はドラゴンと二人きりで会談し、奴に“ギアス”を――

 

「モグ、モグ、モグ…」

 

…かけるはずだった。

何が“言ってなかったか?私にはギアスは効かないと”だ!

聞いていない!聞いていないぞ!そんなこと!

お前に助けられ、師と仰ぎ、数年になるが初めて聞いたぞ!

知っていたら、格好をつけて計画の全容を暴露したりしない!

 

「ムシャ、ムシャ、ムシャ…」

 

…しかし、俺の計画を知りながら、C.C.は止めようとしない。

ただ、部屋の片隅に佇みながらピザを食べ続けている。

“ドラゴン”を信頼しているのか。

俺をなめているのか。

何を考えているのかまるで読めない。

思えば、初めて会った時から、この女の素性は知れない。

わかっているのは、不死身であり、ピザが大好物であることくらいか。

 

「何を企んでいるかは知らないが…後悔するなよ。

 あとで泣きを見ても知らないからな!このピザ女」

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう。これで共犯関係成立だな」

 

目に涙を浮かべ、鼻水を垂れ流す俺を見下ろしながら、

C.C.は祝福の言葉を口にした。

 

 

 

――10分前

 

”ドラゴン”は俺達の前にやってきた。

”革命軍”のトップ。

“世界最悪の犯罪者”と言われる男。

その表情は黒いフードを深く被り、伺うことができない。

ただ、その頬に刻まれた巨大な刺青がドラゴン本人であることを語っている。

奴が部屋に入った瞬間、俺は気絶しそうになった。

いや、正確には一瞬落ちていた。

持ち直せたのは、後ろにいるC.C.に

かっこ悪いところを見せられないという意地、やせ我慢のおかげだった。

 

“覇気”

 

人間の気を高め武器する技。

主な使用法は素手や武器による攻撃力を上げること。

優れた使い手による覇気は、悪魔の実の最高峰“ロギア”すら打ち破る。

 

そして、数百万に一人しか持ち得ない覇気…覇王色。

王の資格を持つ者のみが許されると言われる覇気。

普通の人間は意識を保つことすらできない。

その覇王色の覇気が今まさに、ほんの一瞬この部屋を駆け抜けて行った。

ドラゴンとの初対面。その僅か数秒間で俺の顔から色が失われた。

脳裏に過ぎるのは“死”の一文字。

 

冗談ではない!冗談ではなかった!

もはや、“ギアス”をかける計画など脳内から消去されていた。

全身の細胞が警戒音を奏で、体は緊急脱出モードに、

意識はすでにドアの外に走り出していた。

実感した。

 

 

“世界政府”にとっての脅威は革命軍ではない。“ドラゴン”自身であると。

 

 

 

 

 

「そう落ち込むな。あの時のお前は今までで一番格好良かったぞ」

 

もはや、俺がドラゴンに対してとれる策は一つだけ。

正直に話すこと…だけだった。

俺の言うことは恩を仇で返すことに他ならない。

ドラゴンに対する反逆と言われても仕方のないことだった。

 

喉が枯れる。

死の恐怖から涙が自然に流れ出し、挙句、鼻水まで…。

完全にキャラ崩壊だ。

 

――だが、譲ることはできなかった。

 

「男の旅立ちに水を差す気はない。

 ブリタニアの皇子よ…行け、修羅の道を」

 

もはや、意識も絶え絶えの俺にドラゴンが言った最後の言葉。

ブリタニア打倒後のエリア解放を条件とする同盟関係の成立だった。

 

 

 

 

 

 

「フフ、今を生きる人間の表情はやはりいいものだ。

 たとえ、涙でグシャグシャで鼻水を垂れ流す醜い様でも

 それ自体が、真剣だからこそ、本気であるから生きていることの証明に他ならない。

 私にはもう…なくしてしまったものだからな」

 

「…褒めてるのか、バカにしているのか、どっちだ?」

 

涙と鼻水を拭いながら、俺はC.C.を見上げた。

C.C.はいつの間にかピザを食べ終え、小さな笑みを浮かべている。

 

俺と“ドラゴン”の会談。

対等な同盟関係の成立を見届けた唯一の証人。

それがC.C.が選んだ自らの役割だった。

 

「そう睨むなよ。

 私はただ、人間の素顔が好きなだけだ。

 お前は、この革命軍の中で常に“仮面”を被ってきた。

 自分自身を…そしてナナリーを守るためにな。

 そんな、お前の本当の顔を見れたことが素直に嬉しいよ。

 そして…もう、二度とその顔を晒すことはできなくなる。

 これから先、必要だろ?これが」

 

一瞬だけ悲しそうな笑みを見せたC.C.が差し出したもの。

それは仮面。後、ブリタニア海で“魔王”と呼ばれる男のそれだった。

 

「…ただし、覚悟しろ。

 それを被った瞬間から、世界が…お前の運命が変わる」

 

「C.C.。この海に出た時から、覚悟などすでに決まっている。

 いいだろう!変えてやろうじゃないか!この世界全てを!」

 

あの夏の日、

俺の中に生まれた虚無という怪物は漆黒の仮面に姿を変えこの世界に現れた。

 

――そう、俺が“ゼロ”世界を破壊し、世界を創造する男だ!

 

 

 

 

 

 

「そうか、話は決まったな。では、さっそく旅の準備に入るぞ。

 私は明日に備えて寝ることにする。

 お前はピザを焼いておけ。できるだけ大量にな」

 

「フ、お安い御用だ」

 

自分の部屋に戻っていくC.C.を横目に、俺はピザを作るため厨房に…

 

「――ッて待て!!なぜ、お前まで一緒について来るんだ!?

 聞いてなかったのか!? ドラゴンとの共犯関係はあくまで建前だ!

 ブリタニアは俺自身の手で――」

 

「それはお前とドラゴンとの関係だ。私は知らん。

 言ったはずだぞ、私はお前の“個人的な”共犯者だと。

 それに、まだ契約を果たしてもらっていない」

 

「契約って、お前、あれは…」

 

意地の悪い笑みを浮かべるC.C.に俺は反論することができなかった。

革命軍に入り、C.C.の師事した時に交わした小さな約束。

時が過ぎれば忘れられたはずの出来事が脳裏に蘇る。

契約を果たさない者が誓いを守るために海に出られるはずもなく、

翌日、俺とナナリー、そしてC.C.の3人で海に出ることになる。

“黒の騎士団”の前身となる、たった3人の海賊団で。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺はブリタニアの商船を襲い、資金を奪い、名を挙げ、

ナオトグループを吸収し、“黒の騎士団”を結成する。

多くのテロリスト達を傘下に加え、“黒の騎士団”の力は増していった。

しかし、それは、俺の功績ではなかった。

 

革命軍の“魔女”。

 

その存在が、正体不明の仮面の海賊に“革命軍”所属という保障を与えた。

俺は何度も“革命軍”とは同盟関係であり、共犯にすぎないことを告げた。

しかし、いち海賊とあの“ドラゴン”が対等な同盟を結ぶと誰が信じよう。

テロリスト達はおろか、幹部達まで俺の言葉を信じることはなかった。

戦火を挙げるにつれて、俺の異名は変化していった。

最初は、玉城のバカが誤解して流した「女幹部の愛人」

次は「革命軍の超新星」そうそう「革命仮面」なんてのもあったな。

結局、黒の騎士団が“大海賊艦隊”と呼ばれる存在まで成長し、

ゼロが“魔王”という異名が与えられた今でも、“革命軍傘下”という

肩書きは消えることはなかった。

それどころか、世界政府の中には、

ゼロを「ドラゴンの息子」と怪しむ者さえ出てくる始末だ。

おかげで、賞金額は極端に跳ね上がるという結果を招いた。

人は信じたいものを信じる。

その真実の前にあの日、あの部屋で交わらされた契約。

3人だけが知る真実は消え去っていった。

 

 

 

 

 

 

「…もし、初期の段階において黒の騎士団を倒すことができたなら、

 このような結果を避けることができたかもしれない。だが、できなかった。

 なぜなら、あなたの傍らにはいつも、あの“魔女”がいた」

 

回想の間、

俺を無言で見つめていたシュナイゼルが過去を思い返すように話し出した。

シュナイゼルの言葉は真実を告げていた。

 

ブリタニアの最高戦力――ナイト・オブ・ラウンズ(最強の12騎士)

 

もし、初期の段階において、

ブリタニアが主力を用いていたのなら、騎士団の全滅は避けることはできなかっただろう。

いや、それ以前にブリタニアの大部隊を前に、俺は幾度となく全滅の危機に陥った。

それを救ってくれたのが――C.C.

C.C.が独自に“革命軍”を動かし、

ブリタニアを翻弄してくれたおかげで、俺は危機を脱出することができた。。

その結果“革命軍”の急襲に備え、シュナイゼルはナイト・オブ・ラウンズを

首都・ペンドラゴンをはじめとする要所から動かせずにいた。

 

 

 

(ハハ、何が“魔王”、何が“世界を変える男”だ。

 結局、俺は、ドラゴンに・・・C.C.に――守られていた…!)

 

 

 

「本当は彼女の身柄も押さえたかったのだがね。

“天竜人”から長年、ご所望があるようですし。

 彼女…明日の調印式に来てくれるだろうか?」

 

「あの女は俺でも手を焼く。

 貴様では無理だな。

 それに…ドラゴンを倒すだと?――思い上がるな!シュナイゼル!」

 

シュナイゼルの言葉にルルーシュははじめて怒りの表情を見せた。

 

天竜人――世界貴族とよばれる特権階級に君臨する者達。

その地位に奢り、人々を奴隷として弄ぶと聞く。

そのゲスどもの歓心を買うためにC.C.を差し出す。

その計画を聞いた瞬間、

ルルーシュの脳裏に奴隷時代のC.C.が映った瞬間

すでに挑発の言葉は出ていた。

何の戦術も策略もない、ただの挑発。

 

「お言葉痛みいります。ルルーシュ様。だが…」

 

その挑発を、

シュナイゼルは変わることのない微笑で受けとめる。

そして、次の言葉を放った。

 

「だが、ここから先は、あなたに関係のない世界だ」

 

「…ッ!」

 

シュナイゼルの変わらぬ微笑。

そしてその言葉は決して変わることのない未来を示していた。

ゼロは…ルルーシュは明日、死ぬ。

どんなに、怒り、喚き、涙を流そうが、この先に進むことは決してないと。

 

「…ナナリーを。ナナリーをどうするつもりだ」

 

扉に向かって歩き出すシュナイゼル。

その背にルルーシュは問いかける。

もはや、その声に覇気はない。

大切な妹を案じる兄の消え入りそうな心のみがそこにある。

 

「ナナリー様には、いずれは皇位に就いて頂きます。

 しかし、あの方は目が不自由だ。政治に参加することはできない。

 よって成人となった暁には、他の大国の王と婚姻を結んでもらうことになるでしょう。

 ブリタニアをさらなる繁栄のために、皇帝としての責務を果たしてもらいます。

 ああ、明日の調印式には出席してもらういます。

 あなたの死に立ち会い、過去を清算してもらうためにね」

 

あの日の誓いの全ては、ナナリーを守るために始まったことだ。

その誓い…ナナリーの幸せが今、崩れ落ちていく様をルルーシュは感じていた。

そして、ナナリーがどんなに悲しもうとも、

もはや、その傍らに立つことはできないことも

 

「それでは、ルルーシュ様。せめて安らかな夜を」

 

その言葉を最後にシュナイゼルは部屋から出て行った。

だれもいなくなった部屋でルルーシュは、仮面を見つめていた。

 

 

“魔王”ゼロの仮面。

仮面は、その持ち主であるルルーシュと、

その後ろに広がる闇をただ、映し続けていた。

 



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そして、決戦の朝へ

 

 

 

“魔王”ゼロの処刑発表から1時間後、

エリア11全土は蜂の巣を突ついたような騒ぎになっていた。

ある者は嘆き悲しみ、ある者は怒りの声を上げ、

ある者は“嘘だ”と叫びながら新聞を破り棄てた。

噂が噂を呼び、町中を駆け巡り、更なる混乱を招く中、

町から遠く離れたオレンジ農園から一人の男が出てきた。

そのオレンジ農園は町から離れ、海に程近い所にある。

時刻はもう夕暮れ、沈むゆく太陽がオレンジ畑を金色に染め上げていく。

その金色の中に佇む男の姿は本来の農場主のそれではなかった。

新調された貴族の白い正装、その背中のマントには

帝権の象徴であるライオンと、死と再生及び智恵を象徴する蛇が刻まれていた。

肘から伸びた剣で十字を切り、男は天に向かって高らかに己が名を叫ぶ。

 

その男の名は――

 

 

「我が名はジェレミア・ゴットバルト!ブリタニアの騎士である!!」

 

 

男の名はジェレミア・ゴットバルト。ブリタニアの元騎士である。

男は辺境伯の位を持つ名門貴族・ゴットバルトの長男として生まれ

なに不自由のない人生を送っていた。

名門貴族の息子という地位、騎士となり得るだけの才能。

まさに神に愛された彼の人生は順風満帆に進んでいた。

そう、あの日までは――

 

「マ、マリアンヌ様――――ッ!!」

 

神聖ブリタニア帝国・第三皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア暗殺事件。

ジェレミアの騎士としての初任務であったマリアンヌの護衛。

それは彼の生涯初めての挫折となり、決して消えることがない傷となった。

事件の捜査班は、この暗殺が巧妙に計画されたものであることから

内部の協力者の存在を疑う。

しかし、それは皇族に疑いをかけることに他ならず、事件は闇に葬られることとなった。

 

しかし、結果は残る。

マリアンヌを守ることが出来なかった護衛。

忠義を果たせなかった騎士。

なにより、母親の亡骸に守られ、生き残った皇女の虚空を見る瞳に映った

自分の無力な姿が、ジェレミアをジェレミアたらしめていた何かを壊した。

その後の転落は早かった。

職を辞した後は、酒に溺れるというあまりにも教科書どおりの転落ぶり。

ゴットバルト家を放逐され、街角で酒瓶を片手に眠り込んでいるところを

饗団に拉致され、改造された。

冷たい鉄の半身。

しかし、それ以上に凍てついた彼の心にはそれが心地よく感じた。

饗団の命に従う傀儡の日々。

それはのただの浪費であり、暇つぶしの日々。

それが、命尽き果てるまで続くと信じていた。

 

 

 

「ジェレミア・ゴットバルトよ。貴公の忠節はまだ終わっていないはず…そうだろ?」

 

 

 

その日、突如として現れた黒の騎士団によって饗団はあっけない最後を迎えた。

ゲフィオン・ディスターバーという特殊な電波で動きを封じられ、跪くジェレミア。

その彼の前に立つ、仮面の海賊。

その仮面の下から現れたのは、あの日の・・・

あの日、守ることが出来なかった幼き皇子の…日ノ本で死んだ皇子の面影だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…イエス、ユア・マジェスティ!」

 

 

運命の、いや忠義の神は彼を見捨てなかった。

 

ジェレミアは、その日からルルーシュの側近として行動することになる。

スパイとしての才能がないのも理由になるが、ジェレミアが隠れ家の管理を

任されたのも、彼がマリアンヌの護衛であったことが大きい。

何千人の部下がいようとも、正体を隠さざる得ないゼロ。

その仮面の海賊の正体を知るということ。

ジェレミアはその意味を、その信頼を理解している。だからこそ――

 

「シュナイゼル…!」

 

彼を瞳は、海を越えてその怨敵の姿を想像し怒りに燃えた。

そう、だからこそ、ジェレミアにとって、臣下でありながら、帝国を牛耳り、

皇族を利用せんと企てるシュナイゼルは、

憎むべき逆賊であり、決して許すことができない怨敵。

その男のこれまでの所業、

そしてこれから行われるルルーシュの処刑という蛮行を前に、彼の怒りは頂点に達した。

 

 

 

  ――シュナイゼル!

  貴様のこれまでの所業、同じく皇帝に仕える身として断じて許すことはできない!

  その行為は万死に値する!それにも関わらず、さらにはルルーシュ様を処刑するだと!?

  許さん!このジェレミア・ゴットバルトが断じて許さんぞ!

 

 

心の中でそう呟きながら、その呟きを無意識に声に出しながら、

ジェレミアの怒りのボルテージは頂点を超えて行く。

 

 

  ――皇族を守るために、騎士になった。その誓いを守れず、挫折を知り、屈辱にまみれた。

  改造され、傀儡となり、挙句はオレンジ農家に成り果てた!だが…

  だが、全てはこの日のためにあったのだ!

  そうだ!ブリタニア騎士として今こそ忠義を果たす時なのだ。

  真実を知る自分だけが、ルルーシュ様をお救いし、

  ブリタニアに仕える全ての者の名誉を守ることができるのだ!

  私の人生はこの日のために存在した。

  敵は、この海の全てを言っていい。だが、それが何だというのだ!

  私には鉄の体と燃え盛る忠義の心、

  そして、オレンジと間違って食べた“悪魔の実”の能力がある!

  たとえこの身が燃え尽きようとも魂魄となり戦おう!

 

 

「…シュナイゼル。喰らわしてやるぞ!

 1分間に三万回、超伝導“オハヨウゴザイマシタ”をな」

 

 

そう呟き、歪んだ笑みを見せるジェレミア。

しかし、その勇ましいセリフとは裏腹にその足は一歩を踏み出せずにいた。

マントを握る小さな手によって。

 

 

「…離せ、アーニャ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…嫌」

 

アーニャ・アールストレイム。

ジェレミアと共にこの隠れ家で任務を共にしてきた小さな彼女は

ジェレミアのマントを掴み、離さなかった。

いつも最小限の言葉しか話さず、静かな少女。

しかし、それと同時にある強い存在感は今はない。ひどく儚く感じる。

ジェレミアとアーニャ。

二人の出会いは饗団時代に遡る。

 

 

「記憶せよ!わが名はジェレミア・ゴッドバルト!貴様に勝利した記念すべき男の名だ!」

 

 

饗団で行われたバトル・ロワイアル。

そこで勝者として勝ち残ったジェレミアは

片膝をつくアーニャに向かい、高らかにそう告げた。

饗団の実験による副作用により、記憶を長時間保つことができないアーニャ。

そんな彼女にとってその言葉、

その瞬間が、その男が、携帯手帳に書き残さなくても思い出せる唯一の思い出となった。

何故、それだけを思い出せるか理由はわからない。

だが、その思い出が彼女を今日までジェレミアと共に生きることを選ばせた。

 

「離せ、アーニャ」

 

「…。」

 

ジェレミアは再び同じ言葉を繰り返す。

その言葉にアーニャは答えることなく俯く。 マントを掴む手が小さく震えていた。

 

「アーニャ…私はブリタニアの騎士である!だから私は行かねばならない!

 殿下を助けることができるのは、私だけなのだ!

 たとえ、その結果が死であろうとも進むことが

 ブリタニアに仕える者に与えられし崇高な義務なのだ!

 だから…わかって…くれるな?」

 

ジェレミアは語る。

ブリタニアに仕える者の運命を。

それに赴く自分に若干酔いしれながらジェレミアは振り向いた。

そこで泣きながら、自分に別れを告げるであろうアーニャの姿を期待して―――

 

「嫌」

 

「…え!?」

 

そこには、儚き少女の姿はなかった。

同じ顔、同じ背丈、同じ服。

しかし、その体から闘気と、そしてその瞳に覚悟を宿した戦士の姿があった。

 

「がッ・・!?」

 

一瞬にしてアーニャの姿がジェレミアの視界から姿を消し、

ジェレミアはバランスを崩し、前のめりに倒れた。

次の衝撃はすぐにやってきた。

視界が逆再生のように戻ったかと思うと、

まるで幼い日に肩車されたように視界が広がった。オレンジ畑がよく見渡せる。

 

「ジェレミア…死んじゃう。行ったら死んじゃう!」

 

そう言ってジェレミアの片足を掴み、片手で高々と抱え上げたアーニャは

近くに ある小岩に向かい、走り出し、ジェレミアを打ちつけた。

誰かが遠目でその光景を見たならば、

少女が岩にタオルか何かを打ち付けているように見えるに違いない。

饗団の改造により、アーニャが得た力。

それは、その華奢な体からは想像もつかない怪力。

その力は長身で鉄の体を持つジェレミアを軽々と持ち上げ岩に打ちつける。

 

「…死んじゃう!ジェレミア死んじゃう」

 

何度もジェレミアを岩に打ちつけるアーニャ。

どうやら、ジェレミアを気絶させようとしているようだ。

機械の体を持つジェレミアはロロノア・ゾロの斬撃をも退ける防御力を誇る。

故に生半可な攻撃では気絶などさせることはできない。

そう判断したであろうアーニャの攻撃は高速に、高角度に、そのエグさを増していく。

 

「あが・・あ、あが…」

 

アーニャに執拗な攻撃は目的こそ果たせないものの、

ジェレミアの体に深刻なダメージを蓄積しつつあった。

機械の瞳からはオイルが流れる。それはまるで血の涙のように…

ああ、死んじゃう。確かにジェレミア死んじゃう…!

 

「――?!」

「ぐはぁ!!」

 

その時だった。アーニャが突然、

手を離したためにジェレミアは空中で回転し地面に激突した。

何が起きたのか分からないが、地面に顔が埋もれた状態を脱出すべく頭を動かした。

ダメージで朦朧とするその視界の先には、

黄金色に輝くオレンジ畑。そして五人と一匹の影が浮かび上がる。

 

「お、お前達は―――ッ?!」

 

 

 

 

 

         「オレンジのおっさん!俺達も行くぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

モンキー“D”ルフィ。

イーストブルー出身の海賊。

七武海を倒した一億の賞金首。

そして何の因果かゼロと知り合い、この諸島の大事件に巻き込まれつつあった

麦わらの男が天に両手を突き上げ、高らかに叫んだ。

 

「と、当然だだだな、お、おおおれれもいい行く!」

「俺も行くぞーー!」

 

「ふふふ、たまにはこういう立ち位置も悪くないかもしれないわね」

 

後、狙撃の王として指名手配されるウソップが震えながら。

ヒトヒトの実を食べたトナカイであり船医であるチョッパーが後に続き。

“オハラの悪魔”と呼ばれるニコ・ロビンが傍らで静かに笑う。

 

「あれ、マリモ。お前は助けに行くの反対じゃなかったのか?」

 

「俺は一理あると言っただけだ。エロコック」

 

後の“黒足”のサンジは論争を思い出し、ニヤニヤ笑う。

すでにその名を轟かす“海賊狩り”のゾロはその挑発を受け流し

「船長命令だろ」とにやりと笑った。

 

麦わら海賊団。

 

魚人海賊団を倒し、イースト・ブルーを救った海賊団。

七武海・“サー”クロコダイルを破り、アラバスタを救った海賊団。

“神”エネルを退け、空島を解放した海賊団。

その彼らが、再びこの戦いの場に集う。

 

それはいつものように――

初めは巻き込まれ―――

今度は自ら飛び込みながら――

そして最後は当たり前のように―――

 

笑いながらそこに集う。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ったーーーー!」

 

 

 

その背中に声をかける者がいた。

おそらく、全力で走ってきたであろうその肩を弾ませながら

一同の後ろに彼女は立つ。まるでその道を塞ぐかのように。

 

彼女は、後の“泥棒猫”ナミは。

 

 

 

 

  やっぱりだ。やっぱりここにいた。悪い予感はしていた。

  出航の準備に誰もいない時に確信した。全力で走って来てみれば、やはりこれだ。

  ルフィ。あんたがそんな物分りがいいわけないものね。

  フリよね。真剣に悩やむフリをしていたのよね。答えなんてもう決めていたくせに。

  ゾロ。この裏切り者。本当に、本当に“一理ある”だけだったのね。

  ウソップ。チョッパー。ロビン。サンジ君…あんた達、私の味方でしょ?

  ああ、もう私しかいない。まともで常識人は私だけだ。

  今回は無理だ。

  もちろん、今までのことも本当は全部無理だったに違いない。

  しかし、今回は本当に、本当に無理なのだ。

  魚人達は強くても一海賊団に過ぎない。アラバスタは国王軍と反乱軍の間隙を突くことが

  できたからだ。空島に関しても神軍とゲリラの間で戦うことができた。

  しかし、今回は違う。

  ブリタニア、黒の騎士団、海軍。敵はその全てだ。味方なんてない。隙などない。

  ルルーシュを救うにはその全てと戦わなくてはならない。

  …だから、私は止めねばならない。

  無理だ、と。

  …だから、言わねばならない。この海賊団を守るために言わねばならない。

  ルルーシュを…見捨てる、と。

 

 

 

 

 

ナミは立ちふさがる。

息を弾ませながら、覚悟を決めながら。

 

「あんた達、分かってるの?!敵は海軍よ!黒の騎士団よ!ブリタニアよ!」

 

  ――そうだ…!絶対に無理だ。

 

 

「まともに戦って生き残れると思ってるの?!勝てると思ってるの?!」

 

 

  ――無理に決まってる!だから言え!言ってしまえ!

 

 

「無理に決まってるじゃない!だから…」

 

 

  ――諦めよう、と…。ルルーシュを見捨てる、と

 

 

「だから…」

 

 

  シャーシャシャシャ!今日からこの村は俺たち魚人のものだ!

 

 

「…」

 

 

        ルフィ…助けて

 

 

「だから…」

 

 

 

 

        当たり前だぁぁぁーーーーーーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       「…作戦会議よ!ルルーシュ救出のね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナミ!!」

 

「よっしゃ!さすがナミさん!」

 

「ヤッターーーーーー!」

 

「くすくす」

 

「しししし」

 

ウソップとサンジとチョッパーはその決定に肩を組んで飛び上がり、

ロビンはいつものように、ルフィはさも可笑しそうに笑う。

ゾロは刀を肩に乗せ、“やれやれ”といった感じで、はしゃぐ一同を見る。

そして、決定を下したナミはそれを悔いるように両手で目を覆った。

 

「う、うおおおおおおーーーーーー!!殿下は…殿下はよき仲間を持たれた!!」

 

突如、ジェレミアが叫び声を上げた。

大粒の涙を流しながら。機械の瞳からオイルを流しながら。

 

「私も…私も仲間に入れてくれーーーーい!必ず!必ず役に立って見せる!」

 

そういって手を伸ばすジェレミア。

しかし、その様子は一同には、血まみれの重傷者が助けを求めているようにしかみえない。

チョッパーが“大変だー”とかなきり声を上げ、手術の必要性を説く。

その言葉に従い 一同はもがくジェレミアを無理やり船内に連れ込もうと動き出す。

その様子を見て、ナミは自分の決定に再度、頭を抱える。

夕暮れがまぶしい。

オレンジ畑がまるで黄金のように輝く。

その一つを手に取り、ナミは呟く。

 

 

 

「オレンジ畑にあいつらの背中…私が止められる訳ないじゃない」

 

 

 

 

 

日は沈み、夜が訪れる。

辺りを暗闇が支配する中で、農園の小屋に明かりが灯る。

その部屋の中で、ジェレミアはただ黙々と目の前のオレンジを食べ続け、

アーニャはただひたすらオレンジを運ぶ。

沖に停泊している羊頭の船では、航海士のナミが一人、海図を睨み、

コックであるサンジは暗い調理室でタバコをふかす。

狙撃手のウソップ、医者のチョッパー、学者のロビンは船上に出て星を見つめる。

帆の下では、剣士のゾロが愛刀の手入れをし、羊頭にはこの船の船長である

ルフィが自身の麦わら帽子を見つめ、その上に満月が光り輝く。

その月の下、赤い髪を輝かせ、“紅月”カレンは遠く空を見つめている。

遠い空の下、砂漠の荒れ果てた教会の像の前、その闇の中でC.C.はただ祈りをささげる。

闇の中、ルルーシュは自身の仮面を見つめる。

仮初の自身と本当の自身の姿を。

 

 

 

 

―――そして、決戦の朝へ

 

 

 



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白騎士の襲撃 ルフィvsスザク開戦!

 

 

 

 

 

 

「オハヨウゴザイマシタ」

 

「お、おう…。」

 

オレンジのように輝く太陽を背景に船の上から満面の笑みを浮かべる

ジェレミアの挨拶にゾロは若干ひきながら応える。

“魔王”ゼロことルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの処刑までおよそ10時間。

今、出航すれば、時間的には余裕が持てる。

しかし、正確な処刑執行時刻はブリタニアの上層部以外しらない。

彼らの意向次第では、いくらでも変更可能なことを考えれば、

余裕などないと考えるのが妥当であろう。

 

「・・・本当に大丈夫なんだろうな?ナミ」

 

荷物を運びながら、ゾロは小声でナミに今回の救出作戦について念を押した。

あの決意の夕暮れからナミが考えた作戦はあまりにも大胆なものであった。

いや、もっと的確にいえば、一か八か。

悪くいうならやけっぱちに近い。

ゾロの質問にナミは瞬間、暗い顔になり、涙を浮かべ、笑顔になり、また普通の顔に戻る。

わずか0.5秒のことだが、ナミのここの至る苦心が伝心した。

ナミほどの策士をもってしても、

一味がブリタニアの全勢力を相手にルルーシュを取り戻す方法を考えるのは至難の業だ。

いや、無理といっていいだろう。

それでも辿りついた答え。

この拙い作戦の成功をナミはその顔に確信と笑みを浮かべて答える。

 

「これ以外方法はないわ!今回の処刑場の場所、ブリタニアと黒の騎士団の配置の予想。

 何よりも、ジェレミアさんの悪魔の実の能力があればね…。

 今日は頼んだわよ!ジェレミアさん!」

 

「任せろ!ロロノア!」

 

「え…?!」

 

覚悟と自信を満面の笑みに乗せてジェレミアはゾロに“グッ”と親指を立てる。

 

(え、あの距離から聞こえてたの?なんで俺に?何、その笑顔?)

 

ゾロはそう心の中で自問し、困惑した。

なにやら気に入られてしまっているようだ。

 

荷物を積み終え、一同は、甲板に集まる。

出航の用意は万全…といいたいところだが,

ジェレミアの荷物だけ、明らかに異彩を放っている。

その荷物の全てはオレンジ。

広大なオレンジ畑のおよそ4分の1をアーニャが前夜にリヤカーで運んでいた。

アーニャは相変わらずの無表情を通しているが、瞳はやや赤かった。

その傍らでジェレミアは一心不乱にオレンジを食べ始め、

ゾロはその姿からあえて目を逸らす。

 

「全員そろったか?」

 

「い、いつでもOKだ!」

 

「ルフィ、お前、肉持ち込すぎだ!」

 

「ジェレミアのおっさんだってオレンジいっぱい持ち込んでるじゃん!」

 

「あれは必要なの!いいわね、ルルーシュ助けたら、即、逃げるのよ!

 絶対、ぜーたいに戦わないでね!戦ったら私が殺すから!」

 

「え~」

 

「残念そうに答えるなー!」

 

「おい、本当にだいじょ…いやもういい」

 

本来、決死隊にあるべき、重苦しい雰囲気はここにはない。

ここにあるのは、いつもの雰囲気。

この大事を前に、まるでピクニック前の子供のようにハシャギ、笑う。

ルフィがボケてナミが怒り、ゾロ、ウソップ、サンジがツッコミ、みんなで笑う。

海賊界の新星“麦わらの一味”まさにここにあり。

 

 

 

「今から行くぞー!待ってろルルーシュ!」

 

 

 

天高く、両の手を上げてルフィが叫ぶ。

 

 

 

 

 

  ドボォンッ!!

 

 

 

 

直後、ルフィの声に呼応したように起きた騒音。

それは、仲間の歓声ではない。

それは、カモメの鳴き声でもない。

それは、カイオウ類が跳ねた水しぶきでもない。

 

それは、大砲の音。

出航を控えるメリー号の眼前に向かってくる船団。

その帆に掲げられるは「MARINE」の文字。

その船団の中心の一際大きい軍艦に、一人の男が立っていた。

荒くれ者の猛者が集う海兵を従えるその男はまだ少年と言っていい顔立ちだった。

男の背中には海兵の誇りである「正義」の文字が背負われている。

男は海軍ブリタニア支部における最高権力者。

ブリタニア帝国における最高戦力“ナイト・オブ・ラウンズ”が第7席。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「麦わらの一味…お前達の願いは叶えてはいけない…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海軍中将“白騎士” 枢木スザク、ここに見参―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーテス、テス。こちらは海軍中将・枢木。

 麦わらの一味!君たちは完全に包囲されている。すみやかに投降しなさい。

 君たちは航海法第23条、海賊行為禁止法違反、並びにブリタニア帝国憲法第156条…」

 

マイクのテストの後、投降を促し、その海賊の罪状を述べ始めるスザクの定番の行動に

海兵はうんざりといった表情でその行為を見つめる。

他の海ならともかく、

このグランドラインにおいて降伏する海賊など皆無に近い。

それでもスザクはこの行動を止めることはない。

海兵にはそれはもはや偽善にすら感じられた。

 

「航海法第33条、無断航海禁止法違反、並びにブリタニア帝国憲法…」

 

麦わらの一味の罪状を述べながら、

スザクはシュナイゼルとの会話を思い出していた。

 

 

 

 

「麦わらの一味の捕縛…ですか?」

 

「そうだスザク君、君には処刑当日、麦わらの一味の捕縛を優先して欲しい」

 

「しかし、海軍として自分には処刑場の警備をする任務が…」

 

「スザク君、処刑場には、ブリタニア軍と黒の騎士団が配備されている。

 海軍の兵力は不要だよ。

 当日のブリタニア軍の指揮は“ナイト・オブ・ラウンズ”

 第10席のブラッドリー卿が、黒の騎士団においては扇君が担当する。

 また、政府の知人が”ある人物”を派遣してくれることになっている。

 ゼロの逃亡に関する対策は何の問題もないよ」

 

シュナイゼルはいつものように微笑を浮かべ、話を続ける。

 

「それより、君たち海軍には一時期、

 ゼロと行動を共にしていた麦わらの一味の捕縛を担当して欲しい。

 麦わらの一味は現在、ゼロの隠れ家に潜伏しているとの情報が入った。

 麦わらはゼロの“ギアス”にかかっている可能性がある。

 麦わらが“億超え”のルーキーである以上、この件を軽視することはできない。

 スザク君、頼まれてくれるかな?」

 

シュナイゼルの話は理に適っている。

しかし、ゼロというこの国の歴史に名を残すほどの存在、

世界政府から次世代の脅威と目されるほどの大物の処刑当日、

このブリタニア支部の最高責任者であるスザクが現場を離れ、

大物新人とはいえ、一海賊に過ぎない麦わらの一味の捕縛を優先させられるのは

違和感を禁じない。

 

(…外されたか)

 

スザクはそう直感した。

いや、むしろ処刑場から遠ざけられたと言った方が適切だろう。

ルルーシュとの対面において、シュナイゼルは、自分に不審を抱いた。

もっと具体的に言えば、裏切る可能性を考慮したのだ。

ゼロの奪還を考えるならば、この厳重な警備を外から破るより、中からの方がたやすい。

海軍中将のスザクなら、移動に制限は少なく、警備の配置も把握できる立場にある。

ならば、その脅威は排除するのが望ましい。

おそらく、それが答えに違いない。

 

「…イエス、マイロード」

 

もとより、答えは決まっている。

海軍として、またブリタニアの騎士として、

帝国宰相であるシュナイゼルの要請を断ることなどできない。

ブリタニア式の敬礼をした後、スザクはシュナイゼルに背を向け、歩き出す。

運命は決まった。

ルルーシュは死ぬ。

自分は海兵として、ただ正義のために生きる。

 

もうあの夏の日には戻れないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第257条ブリタニア入国法違反、並びに航海法第…ん?」

 

麦わらの一味の罪状を読み上げながら、

回想していたスザクは部下の“中将!中将!”という叫び声に現実に引き戻される。

 

「中将!奴ら話を聞いていません!こっそり碇を上げています!」

 

「え(ガーン!)」

 

見ると羊頭の海賊船は碇の引き上げ作業をほぼ半分をほど終了させていた。

それはスザクの降伏の勧告の直後、

いや、その開始と同時にその作業をはじめたことを意味していた。

つまり、話をまったく聞いていなかった。

 

「ッ…!許しは請わないよ!」

 

どんな海賊でも、降伏はせずとも話くらいは最後まで聞いていた。

それを、1秒たりとも聞くことはなかった麦わらの一味にスザクは

若干マジキレしながら、砲撃の合図をする。

 

「ばれたか!ウソップ達は碇を上げろ!ルフィ、マリモ、俺たちで船を守るぞ!」

 

サンジはそう言って走り出し、大砲の弾を蹴り落とす。

ゾロが後に続き、玉を真っ二つに切り、ルフィは砲弾をはじき返す。

ウソップとチョッパーは必死で碇を上げ続け、ナミは叫ぶ。

その最中でもジェレミアはオレンジを食べ続け、アーニャは心配そうにそれを見つめる。

 

「なんだありゃ?」

 

砲弾を蹴り落としていたサンジが叫んだ。

砲弾の雨の中、明らかに違うものが混じっていたのだ。

 

それは―――人間。

 

スザクがその並外れた身体能力をフルに生かし、発射された砲弾に飛びついたのだ。

砲弾を片手で掴みながら、砲弾とともに飛ぶのは並外れた握力とバランスが必要になる

それをさも当たり前のようにスザクは実行し、メリー号の眼前で手を離し、

身体を回転させる。

 

「うわッぁ――!」

 

回転の勢いをそのまま加えたスザクの蹴りをまともに喰らい、

ルフィはメリー号の外に飛び出した。

 

「ルフィ!野郎…!首肉(コリエ)シュート!!」

 

「枢木キック!!」

 

吹き飛ばされるルフィを見て声を上げるサンジに、それを実行したスザクが向かってくる。

それに気づきサンジは撃退すべき、跳び上がり、必殺の蹴りを放つ。

それに対してスザクは同時に跳び、回転蹴りを撃つ。

 

空中で激突する両者。

技の威力はほぼ同じであり、空中で停止し、両者は睨みあう。

 

「ぐわあッ!」

 

その直後、スザクはさらに回転し、サンジを床に叩きつけた。

それは、蹴りではなく、足を使った投げ技に近いものであった。

 

「チィッ!」

 

それを見てゾロを駆け出す。

侵入者であるスザクに居合いの一閃を喰らわすために。

しかし―――

 

「なッ?ぐはぁ!!」

 

着地したスザクが即座に跳び上がり、ゾロの刀の柄に横蹴りを当て、抜刀を防いだ。

そしてそのまま、刀を踏み台に駆け上がり、ゾロに飛び膝を決めた。

 

 

もし、海軍・ブリタニア支部の海兵に枢木スザクに関するインタビューを行えば、

おそらくはありとあらゆる罵倒が帰ってくるだろう。

しかし、生粋のブリタニア人であり、

差別主義者である彼らをして悔しさを滲ませながら言う枕詞がある。

 

「実力は確かなものだが…」

 

枢木スザクの中将昇格はシュナイゼルの政治的策略であることは確かである。

しかし、それだけで海軍の中将が務まるわけがない。

枢木スザクが持っていたのは確かな実力。

海軍本部の中将達に比肩する才能があった。

ブリタニア支部の最高権力者は同時にブリタニア支部の最高戦力。

それを証明するかのように、“海賊狩り”のゾロと“黒足”のサンジは床に倒れ、

スザクは冷たい目でそれを見下ろしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「麦わらの一味…君たちを逮ほ―――ホグッ!」

 

過去多くの海賊たちを前にこの台詞を述べてきたスザク。

しかし、今回は違う。

その言葉の完遂直後に、わき腹に何かが直撃して声を上げる。

 

「ゴムゴムの“ロケット”!!」

 

飛び込んできたのは“麦わら”のルフィ。

この船の船長。億超えのルーキー。

 

スザクに蹴り飛ばされ、海に落ちたと思われていたルフィは腕を伸ばし、

船の端にしがみつき、パチンコ玉のように反動をつけ、スザクに突っ込んできたのだ。

二人は絡まりながら、砂浜に落下する。

そのまま、数メートル、ごろごろともつれながら転がった後、

下の体勢になったスザクは蹴り飛ばすべく、ルフィの顔面に向けて蹴りを放つ。

蹴りをよけて、その勢いのままバク転し、距離をとったルフィ。

そして、麦わら帽子をかぶり直し、メリー号に背を向けたまま大きく叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

        「船を出せ!こいつは俺が倒す!!」

 

 

 



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戦う理由

 

 

 

 

「ルフィ!」

 

「ウソップ!ルフィを信じろ!」

 

スザクと対峙するルフィを心配そうに見るウソップはゾロの声によって

碇を上げる作業に駆け出して行った。

ゾロとサンジも飛んでくる砲弾を落とすことに集中し、ルフィに加勢しようとはしない。

 

信頼。

 

普段の生活では意識することはないが、

こういう場面において、

自分達の船長であるルフィに寄せるそれが大きいことを一味の行動が表している。

ルフィの言葉通り、加勢がこないことを確認したスザクは

その視線をメリー号からルフィに戻す。

 

「麦わらのルフィ。この包囲から逃げられると…僕に勝てると本気で思っているのか?」

 

「うん、楽勝」

 

「…犯罪者め」

 

そのつぶやきを開戦の合図にスザクはルフィに向かって駆け出した。

それと同時にルフィは、拳を引き、反対の手で狙いを定める。

 

「ゴムゴムの“ピストル”!」

 

「超人(パラミシア)か…!ならば!」

 

勢いよく自分に伸びてくる腕を顔をそらすことでスザクはかわす。

ルフィの拳がわずかに頬を掠っても顔色を変えるずそのまま加速し、

ルフィのわき腹に強烈なミドルキックを叩き込む。

 

「―――痛ッ!?」

 

わき腹に直撃する寸前、“オーラ”を纏った蹴りをまともに喰らい、

ルフィは数メートルふきとばされて、わき腹を押さえのたうち回る。

 

ゴム人間。

 

それがルフィの悪魔の実の能力。

故にルフィに打撃は効かない…はずだった。

だからこそ、ルフィはあえてスザクの蹴りを避けずにはじき返すことを選んだ。

 

「降伏しろ麦わら。悪魔の実の状態変化は僕には意味をなさない」

 

その冷たい瞳にルフィを映し、スザクは空手の構えをとる。

悪魔の実の能力は絶対ではない。

たとえ同じ悪魔の実の能力をもたずとも対抗する手段は存在する。

 

“覇気”

 

幼き頃より、空手や柔術の英才教育を受けてきたスザクは武術の“気”の鍛錬も培ってきた。

それにより、すでに“覇気”を習得する土台はできており、海軍本部での研修の際、

“英雄”ガープ中将に出会うことで、その才能を開花させる。

枢木スザクが捕縛した賞金首は50を超える。

その中には悪魔の実の能力者も含まれており、

超人系はおろか、ロギア系の能力者も存在する。

 

―――悪魔の実の能力者は、その能力を過信するが故に脆い。

 

それが枢木スザクの持論であり、現在に至るまで証明してきた事実である。

ロギアをも打ち崩す体術。

それこそ、スザクを中将という地位に留め、

ブリタニア支部最高戦力の地位に押し上げた秘密であった。

 

「誰がするか!」

 

ルフィが起き上がり、スザクに殴りかかる。

その攻撃を体軸を崩すことなく華麗によけるスザク。

そのまま、連続で襲い来る突き蹴りの連撃を難なくかわし続ける。

 

「ゴムゴムの“戦斧”」

 

足を伸ばしての真上からの踵落としはスザクの残像を切り裂き、

砂上を叩き砂煙を起こす。

辺り一面の視界が砂で覆われ見えなくなる。

スザクは、ルフィの姿を見失ったことに冷静さを失うことはなかった。

呼吸を整え、足を内八字に、両腕を引き締め、瞼を閉じる。

 

「ゴムゴムの“バズーカ”!!」

 

「枢木流・防御型“三戦”」

 

一瞬、人影が写るとその中からルフィが飛び出してきた。

 

ゴムゴムの“バズーカ”

 

両腕を後ろに伸ばし、敵の腹に叩き込むルフィの大技の一つ。

それを喰らった敵は、後方に吹き飛ばされ、大ダメージを受ける。

 

「うわぁ――ッ」

 

しかし、今回に限っては違う。

吹き飛ばされたのはルフィであり、スザクは先ほどの構えを一ミリたりとも崩さず、

ただ悠然と立っていた。

 

“三戦”

 

空手の鍛錬型の一つであり、

本来は肉体を鍛えることを目的とし、防御に用いることはない。

しかし、スザクは極限までこの型を追求し、瞬間的に己の肉体を鋼鉄と化す

ことにより、防御に応用することに成功した。

それは、後にルフィ達が戦うこととなる政府の暗殺組織CP9の体術“六式”の

“鉄塊”と同等の効果を持つ。

 

「最後の通告だ麦わら。お前は僕には勝てない。降伏し…」

 

スザクは追撃しなかった。

ただ、冷たい目で悠然とルフィを見下ろす。

その実力の差を見せつけるために。これ以上、無駄な抵抗をさせないために。

 

「…ゴムゴムの―――」

 

「愚かな・・・!」

 

しかし、その言葉の途中でルフィを再び腕を後方に伸ばし、地面を蹴る。

スザクは、苛立たしそうに再び“三戦”の体勢をとる。

 

「“バズーカ”」

 

「――ッ!?」

 

“三戦”により、全身を鋼鉄と化したスザクは一瞬、驚愕を浮かべた。

バズーカの直撃寸前において、ルフィは両手を合わせることなく、

そのまま両腕を交差させて、スザクの両肩を掴む。

直後、スザクの身体は浮き上がり、“三戦”の体勢は解けた。

“ニッ”と笑顔を浮かべるルフィ。

ゴムの力で引き寄せられ、その笑顔にスザクは全身で突っ込んでいく。

 

「うぐッ!」

 

ルフィの頭突きをもろに受けて、スザクは初めて苦悶の表情を浮かべる。

 

「逃がすか!もう一発喰らえ!ゴムゴムの―――」

 

反撃はこれで終わりではなかった。

そのまま、抱きつき、スザクの両手を封じたルフィは

その首だけを勢いよく、後方に伸ばす。

 

「“鐘(かね)”!!」

 

“ガッ!!”と浜辺に鈍い衝撃音が響き渡る。

 

伸縮で威力を増したルフィの頭突きが再びスザクに直撃した。

羽交い絞めにされ、身動きが取れないスザクにそれを避ける術はない。

もはや、避けることができないと悟ったスザクは、

その直撃寸前で頭に“覇気”を纏う。

それは、悪魔の実の能力を打ち消すと同時に、

普通の人間同士の全力の頭突き合いという結果を招いた。

数十秒、両者はうずくまりながら頭を抑えて動けなくなった。

 

「痛てて、お前、起きてくるなよ。ルルーシュ助けるのに間に合わなくなるだろ」

 

「…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、スザクは固まる。

 

(こいつは今、なんと言った?ルルーシュを…助ける!?)

 

そう自問するスザクに、ルフィの拳が眼前まで迫る。

それをギリギリでかわし、スザクは蹴りを見舞う。

ルフィは、もう能力に頼ることはしない。その蹴りを膝で防御して、反撃する。

子供の頃から武術の英才教育受けたスザクに対して、

ルフィは我流ともいえる体術で互角に渡り合う。

いや、現状ではスザクは押されていた。

 

「なぜ、貴様がゼロを、ルルーシュを助ける?

 麦わら!貴様は“ギアス”に操られているのか!?」

 

スザクの頭にシュナイゼルの言葉がよぎる。

 

 

  “麦わらはギアスで操られている可能性がある”

 

 

当時は、自分を遠ざけるための方便でしかないと気にも留めていなかった言葉。

しかし、ルフィの言葉、この現実をスザクは認めざるをえない。

もし、ルルーシュは自分が捕まった時に備え、麦わらのルフィにギアスをかけたならば…

“ゼロの処刑”という情報を耳にしたこの男に“ギアス”が発動したのだとしたら…

それは可能性として十分にありえることだ。

 

「うるせ――お前には関係ねーだろッ!!」

 

ルフィはその言葉を無視して、渾身の“ライフル”を打ち込む。

それをスザクは両手をクロスさせて防御する。

スザクの身体は後方に数メートル下がり、砂にその軌跡が残る。

 

「フフフ」

 

「ん?」

 

「ハハハ…アーッハハハハハハハハ」

 

スザクは顔を抑え、突然笑い出した。

ルフィは、構えながらも唖然とした顔でそれを見つめる。

 

 

スザクは思う。

ルルーシュとは何度も衝突してきた。

ゼロとは何度も戦ってきた。

そして、また自分はルルーシュの前に立っている。

ルルーシュの願いは麦わらの男に宿り、自分の前に立っている。

自分は戦わなくてはいけない。海兵として、騎士として。

倒さなければならない。麦わらのルフィを。

消さなければならない。ルルーシュの願いを。

つくづく…最後まで

 

 

(俺とルルーシュの運命は…呪われている…!)

 

 

スザクは笑う。

まるで狂ったように。まるで泣いているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ…僕にはもう関係ない」

 

「…ッ!」

 

顔から手を離したスザクの目を見て、ルフィは構えを低く取る。

その顔は冷酷さを取り戻し、その目は黒く…深く濁っていた。

殺気を感じた瞬間、後方に飛んだルフィの眼前にスザクの貫手が止まる。

指先を極限まで鍛えぬき、相手の急所を貫く空手の技。

スザクの貫手はもはや本物の槍と言って過言でない。

そのまま貫手の連続攻撃に入るスザク。

ルフィが避けた先にある岩をまるでスライスチーズのように切り裂きながら、

的確にルフィの急所を突いていく。

それをルフィは“わ、危ね”と口走りながら辛うじて避けている。

スザクの目には先ほどまであったかすかな光、

言い換えるなら甘さはもはや存在しない。

まるで機械のように、ルフィの生死を問わず、その活動を停止させようと貫手を繰り出す。

 

「危ねーだろーが!この」

 

スザクの貫手を直撃寸前で真剣白刃取りのようにキャッチしたルフィは

そのまま跳び上がり、ドロップキックを放つ。

後方に飛ばされたスザクは椰子の木に打ちつけられた。

 

「そこにいろ!ゴムゴムの“銃乱打(ガトリング)”!!」

 

障害物により、スザクは後方に逃げる術がない。

このチャンスを1億の賞金首が逃すはずがなかった。

“銃乱打”の雨がスザクに襲い掛かる。

 

「――ッ!!」

 

追い詰められたスザクがとった行動は左右に逃げることではなかった。

逆に椰子の木を蹴り、加速して前進する。

“銃乱打”の豪雨の中、スザクの手のひらを前に出し、回転させる。

 

「枢木流“廻し受け”」

 

スザクは走る。

ルフィの拳を弾くのではなく、手のひらで柔らかく軌道をそらしながら。

豪雨の発生源にたどり着き、ルフィに強烈な前蹴りを当てる。

後方に吹き飛ばされるルフィは逆に椰子の木に叩きつけられる。

 

「うッ…!」

 

逃げ場を失ったという認識と同時に“ゾクリ”という悪寒がルフィの全身を駆ける。

スザクはすでに間合いに入っていた。

拳を引き、体勢を低く構え、それはまるで虎のように――

 

「…枢木流“白虎”」

 

一瞬、スザクの拳が消える。

そのすぐあとから“ドスッ”という鈍い音が響く。

スザクはルフィに背を向け、空手の”極め”のポーズをとる。

その瞬間、ルフィの後ろにあった椰子の木が粉々に砕け、

吐血しながらルフィはゆっくりと倒れる。

倒れたルフィの頭上には、スザクのマントにかかれている

“正義”が風にゆられていた。

 

「麦わらのルフィ、これも一つの結果だ」

 

スザクは、そのまま歩き出す。

残りの麦わらの一味を捕らえるために。

己の使命を全うするために。

 

しかし―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴホ、ゴホ、」

 

その後ろで、さきほど倒された麦わらの男がゆっくりと立ち上がった。

 

「…動ける傷ではないはずだが」

 

「ん?ああ、どうってことねえよ」

 

そう言ってルフィは服についた砂を落とす。

 

(この男は強い…そして)

 

ルフィの強さをスザクはいまさらながら実感する。

悪魔の実の能力者の多くは、その能力を過信し、

自分自身を鍛えることを放棄した。

それ故、“覇気”を纏ったスザクの打拳の前になす術なく敗れ去った。

 

しかし、この男は違う。

“白虎”の直撃の際、わずかに身体を逸らし、衝撃を逃した。

ルフィは、口に残った血を吐き出した。

それは、直撃こそ避けたものの、内部に深刻なダメージを残した証拠でもある。

スザクはルフィの強さを認める。

そして、それと同時に気づいた。

 

「麦わらのルフィ…お前、”ギアス”に操られていないのか…?」

 

「ん?」

 

“何を言っている?”

そう頭にクエッションマークを乗せるルフィ。

 

スザクは確信する。

目の前の麦わらの男は”ギアス”にかかってなどいない。

わざかな間だが、この男と本気で戦った。

だからこそわかる。

この男は“ギアス”に操られてなどいない。

この男には“意志”がある。

ギアスの操り人形にはない強烈な意志を感じる。

 

―――この男は本気だ。

 

「麦わらのルフィ、何故、ルルーシュを助ける?」

 

「…」

 

スザクは再びルフィに問う。

この男が本気だとわかった。

だからこそ本気でわからなかった。

何故、この男がルルーシュを助けるのかが。

調査書には、逃亡中のルルーシュを助け、数週間ともに過ごしたとある。

その期間にルルーシュと親しくなったのかもしれない。

だが、それで命を賭けられるはずがない。

ルルーシュの置かれている状況がどれほど絶望的なものか

わからないはずがない。

グランドラインで生き延びているこの海賊が知らないはずがない。

 

―――では、何故!?

 

「うるせ――!さっさと戦るぞ!俺はルルーシュ助けなきゃならないんだ!」

 

「ッ…!」

 

その問いを無視して臨戦態勢に入るルフィに

スザクは今までに感じたことのないイラつきを覚えた。

質問を無視されたことではない。

 

“ルルーシュを助ける”という言葉。

自分が言いたかった言葉に。自分が捨てた言葉に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの男に莫大な報酬でも約束されたのか?」

 

「…うぜー」

 

「ゼロは、ルルーシュは悪党だ。約束など守りはしない」

 

「うぜー」

 

「あの男は死んで当然だ!今までに多くの罪を犯してきた!

 あいつが死ねば、日ノ本の多くの民が救われる!」

 

「うぜーって…!」

 

「なぜ、お前が命を賭ける?!お前はルルーシュの何なんだ?!」

 

「うぜーーー!」

 

 

 

スザクは質問を続ける。

能面のような顔にいつの間にか感情が戻り、質問に答えない麦わらの男を睨む。

スザクは止まらない。

湧き上がる感情を全てぶつけるかのように言葉に乗せる。

 

 

 

「俺はあいつの…ルルーシュの友達だった…!

 でも俺は見捨てた!ルルーシュを!

 お前は何なんだ!?たかが、数週間前に出会っただけの…お前に何がわかる!

 お前に俺たちの―――」

 

「うぜ―――って言ってんだろが!」

 

「麦わら――――――ッ!」

 

「“仲間”だからだ!他に理由なんかいるか!!」

 

 

 

 

 

 

 

  ”助けたいから、助けるんだ!他に理由なんかいるか!!”

 

 

 

 

 

 

 

「あ…」

 

あの遠い夏の日の風がスザクを通り抜ける。

目の前に現れた少年時代の幻は一瞬微笑み、ルフィの中に消えていった。

 

 

「…青キジに負けた時に俺は思ったんだ。

 この先の海にまたこんな強い奴が現れるなら

 俺はもっと強くならなくちゃ、仲間を守れねえ。

 俺には強くなんかなくたって一緒にいて欲しい仲間がいるから!

 俺が誰よりも強くならなきゃ、そいつらをみんな失っちまう!

 力一杯戦う方法を考えた。

 誰も失わねえように…。誰も遠くにいかねえように…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ギア・セカンド!!

 

 

 

 



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オール・ハイル・ブリタニア

 

 

 

「何をしている?体の中で何が起こっている…?」

 

膝をポンプの要領で押し始めたルフィの身体から湯気が立ち上がる。

その身体は熱を帯び始め、皮膚が赤色に変化していくのがはっきりと視認できる。

湯気はもはや蒸気となり、さらにその異常性を増していく。

 

ハッタリなどではない―――

 

スザクは確信する。

わずかな時間の中、この男とは殴りあった。感情をぶつけ合った。

だからこそ、わかる。

この男に嘘はない。

 

「枢木流”前羽の構え”…!」

 

ルフィがゴムゴムの“ピストル”の構えをするのとほぼ同時に

スザクは両腕を前方に構える。

 

前羽の構え。

それはゴムゴムの“銃乱打”を捌いた“廻し受け”をより完璧にした絶対防御。

技の体勢を完成させたふたりはどちらも動かない。

相手を睨んだまま、砂浜には、波の音とカモメの声

そして、互いの呼吸のみが聞こえる。

 

 

  自分がどうあるべきか、俺にはもうわからない。

  だが、麦わらを…目の前のこいつから逃げることはできない。

  こいつは本気だ。ならば、俺もすべてを出し切る。

  未来のことはわからない。

  自分がどうあるべきなのかわからない。

  だが、今はこの男を倒すことのみ考えよう。

  海軍もブリタニアも関係なく、今は枢木スザクとして

  俺はこの男を倒す。

 

 

スザクは、前羽の体勢から、少しずつ摺り足で間合いを詰めていく。

砂にはその証明として軌道が線として残っていく。

だが、ルフィは動かない。

ルフィが狙っているのは、スザクの初動。

攻撃を加えるための第一歩。

その一歩目を技名であるピストルのごとく狙いを定めている。

 

逆にスザクは、“ピストル”を捌くことに全てを賭けている。

モーションの大きいゴムゴムの“ピストル”を捌ければ、

無防備のルフィに攻撃を加えることができる。

それが貫手であれ、奥義である“白虎”であれ、この闘いの決定打となりえる。

傍目からみれば、ほぼ動きのない二人の戦いは、

さながら、荒野のガンマンの一騎打ち、

居合いの達人の殺し合い同様に先の読み合いであり、瞬間の勝負であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ハァ…ハァ…」

 

 

  ―――静かだ。波の音しか聞こえない。

 

 

いや、それと…呼吸音、俺の…麦わらのも聞こえてくる。

 

 

「…ハァ…ハァ…」

 

 

  ―――こんなに集中したのはいつ以来だろう。

 

 

麦わらとの距離はまだ…

ああそうだ。

子供の頃、ルルーシュとナナリーと遊んだ時は…

 

 

「…ハァ…ハァ…」

 

 

  ―――心臓の鼓動が聞こえる。

 

 

俺は…生きている。

距離はもう…

 

 

 

 

  麦わら…ルルーシュ…俺は…勝ッ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     「ゴムゴムの“JET”銃(ピストル)―――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――――――!!?」

 

 

ぎりぎりの間合い。

スザクの全身全霊をかけた出足。

その初動をルフィは捉え、ゴムゴムの”JET”銃(ピストル)を放った。

その弾丸はスザクの全神経を張ったレーダーである両腕をすり抜け

無防備の顔面に叩き込まれた。

 

完全なるカウンター。

 

その効果により、威力を倍化した“JET銃”は

スザクの身体をきりもみに回転させながら吹き飛ばした。

椰子の木をへし折りながら飛ばされたスザクの身体は5本目でようやく止まり、地面に落下した。

 

 

「…(どーん)」

 

「ハァ…ハァ…」

 

 

うつ伏せに倒れたスザクはその表情こそ見えずとも、起き上がりそうになかった。

ルフィは“ギア・セカンド”を解き、息を弾ませながらその様子を見つめている。

 

 

  ドゴォン!!

 

 

海の方で砲弾が着弾した音が聞こえる。

煙を上げる海軍の船の横を羊頭の海賊船がすり抜けていく。

 

「ルフィ――!早くこい!」

 

「わわ、待ってくれ!ゴムゴムの“ロケット”」

 

ウソップの呼び声に慌てたルフィは

椰子の木を使い、ゴムゴムの“ロケット”で船へと飛んでいく。

砂浜には倒れたスザクとカモメの鳴き声のみが残る。

 

「よし、全員そろったようだな。

 殿下…今、参ります!うおおおおおおーーー“ザ・オレンジ”爆誕!!」

 

ルフィが戻るやいなや、ジェレミアはオレンジを飲み込むと、

羊頭に駆け上がり台詞とともに謎のポーズを決める。

 

その直後オレンジ色の光がメリー号を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…その直後、巨大な水柱が上がり、麦わら達の船が消えたと

 部下から報告があったが、それで間違いないだろうか?スザク君」

 

「自分は直接見てはおりませんが、部下からはそのように報告を受けております」

 

「君が敗れるとは驚いたよ。麦わらの一味に対する認識を改める必要がありそうだ」

 

「…申し訳ありません」

 

部下に救助されたスザクは、電伝虫を手に取り、現状をシュナイゼルに報告する。

シュナイゼルは、すでに部下から報告を受けているようだった。

部下はほぼブリタニア人であり、その報告にシュナイゼルは疑いをかけることはなかった。

電話越しにおいても、その口調は穏やかにして、冷徹であり、変わることはない。

ただ、スザクの敗北については少し疑念がある口調だった。

わざと負けることで麦わらを逃亡させたのか、といったところだろうか。

 

「まだ麦わらの一味は遠くには行っていないはずです。

 自分は今から処刑場に帰還し、警護に――」

 

「その必要はないよスザク君。

 すでにそちらにはラウンズのモニカ・クルシェフスキー卿の艦隊を向かわせてある。

 麦わらの一味がここにたどり着くことはない。」

 

「しかし…」

 

「…”ロブ・ルッチ”という男の名を聞いたことがあるだろうか。

 政府の知人が今回の処刑の警護のために彼を派遣してくれてね。」

 

「…!」

 

シュナイゼルの機転の速さ。

そして“ロブ・ルッチ”という名にスザクは息を呑んだ。

 

CP9――世界政府の闇。

 

その中でもロブ・ルッチの名は海軍内においても知れ渡っていた。

 

曰く“闇の正義の体現者”

曰く“最強の暗殺者”

 

海賊に人質にされた王国の兵士達を海賊もろとも

葬りさったのはあまりにも有名な話だ。

 

「スザク君。君はなにも心配しなくてもいい。

 君はこの度の戦闘で負傷したと聞いている。ゆっくりと休養をとってくれ」

 

その優しく、その実は幽閉措置とも言い換えられる言葉を最後に

シュナイゼルとの会話は幕を閉じた。

電話を終えたスザクは目を瞑る。

ブリタニア軍と黒の騎士団に囲まれ、蟻一匹逃げ出すことができない処刑場に

おいてCP9までもが監視の目を光らしている。

これでルルーシュの運命は…死は万が一にも動くことはないだろう。

 

「うッ…」

 

歩き出そうとしたスザクはバランスを崩し、地面に膝をつけた。

まだ、ルフィの“JET銃”のダメージは身体に重く残っていた。

突如崩れて片足をついたスザクに部下が慌てて駆け寄ってくる。

 

「中将!大丈夫ですか…え?」

 

肩を貸そうと近寄った部下が困惑を浮かべた。

それは、スザクの様子の異常によるもの。

ダメージで倒れたはずのスザクが頬に手を当てながら笑っていたからだ。

 

「フフフ…ハハハハハ」

 

「ちゅ、中将殿?」

 

笑い続けるスザクを見て、部下達は“ついに狂ったのか?”と狼狽する。

しかし、スザクは笑う。

笑い続ける。高らかに、さわやかに、嬉しそうに。

 

 

 

  こんなに思い切り殴られてのはいつ以来だろうか。

  ああ痛い。ハハ…本当に痛いや

 

 

 

スザクは思う。

未来のことはわからない。

自分がどうあるべきかはわからない

 

だけど、背中は…軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オール・ハイル・ブリタニア!オール・ハイル・ブリタニア!」

 

 

 

 

エリア11。

 

海軍ブリタニア支部・海軍広場に設けられた特設処刑場において自然発祥的に

巻き起こる自国への賛美は、文字通り自国への賛美と長かった内戦の勝利を謳っている。

ここに集まるは勝者たる神聖ブリタニア帝国の兵士達。それを見つめるエリア11の民達。

そして、もはや、ブリタニア軍の一部であり、事実上の敗者である黒の騎士団。

今回の、ゼロの処刑のみの為に作られたこの処刑場はある特別な趣向がなされている。

それは本来、陸にあるべき処刑台が湾内の、それも海の前に設置されたところにある。

ここで断頭された罪人の首と身体はそのまま海に落下して、魚や海王類の餌になる。

 

そのメッセージは“海賊は死して海に還せ”――

 

青く輝く海を背景に落ちていく大物海賊の首と身体。

この映像はマスコミを通して全世界に流される。

この演出のために湾内においての警備は海軍基地の城壁に取り付けられた砲台と

小型の巡回船のみと最小限のものとなっており、

黒の騎士団の斑鳩をはじめとする軍艦は湾に停泊しているだけである。

だがしかし、その近海においては、海軍とブリタニアの連合艦隊が何重にも網を張り、

戦時体制レベルの厳重警戒。

海からの進入はまず不可能であった。

そして陸においては、処刑台を囲む形で、ブリタニア軍と黒の騎士団が左右に分れ配備

されていて、その光景を遠く、鉄柵の外から日ノ本人、

現在においてはエリア11の民たちが固唾を呑んで見守っている。

 

黒の騎士団――総員17000人

神聖ブリタニア帝国――エリア維持軍85000人

 

その総兵力10万超。

仮にここでゼロを奪還しようと計画したならば、

それは四皇レベルの戦力の投入が必要となるだろう。

それほど、いまここに集いし戦力―――

黒の騎士団を飲み込んだ神聖ブリタニア帝国の力は四皇、海軍、世界政府の均衡関係に

確実に一石を投じるほど巨大なものとなっていた。

 

 

 

 

 

「オール・ハイル・ブリタニア!オール・ハイル・ブリタニア!」

 

海軍基地の城壁に現れた人影を見た兵士達の喝采はより大きさを増していく。

城壁に現れたのはナナリー・ヴィ・ブリタニア。

シャルル皇帝亡き後のブリタニアの継承者である。

まだ、年は若く、盲目にして、車椅子を引かれる姿は人々の同情を誘い、

新皇帝として相応しくはない。しかし、兵士達の喝采は鳴り止むことはない。

 

兵士達の信頼は、車椅子を押す人物。

シャルル皇帝と共にエリア支配を進め、黒の騎士団を陥落させた男。

現ブリタニアの真の支配者たる宰相・シュナイゼルに集まっていた。

シュナイゼルの後にはブリタニアの大臣達が続いていく。

そして、その中に明らかにこの場にふさわしくない、場違いな雰囲気を漂わせる男がいた。

白を基調とするブリタニアの要人達の中で異彩を放つ黒い服。

それは、白いフロアを這いずり回るゴキブリの如く、人々に言い知れぬ不快感を与える。

 

男の名は扇要。

大海賊艦隊“黒の騎士団”・元副団長。

そしてこれから新設されるであろう“扇ジャパン”の総帥である。

この式典に扇が選んだ服は、黒の騎士団時代のあの自前のダサい服をベースに

したものであり、そのダサさにより磨きがかかっている。

おしゃれのためにコートに意図的に入れた切れ目は、ロックスターというより、

むしろ熟練のホームレスを彷彿とさせる。

そのために首にかけた宝石や指に付けた大粒のダイヤは、

さきほど資産家の家から盗難してきたものにしか見えず、

トレードマークのバンダナはもはやその下品さを際立たせるものでしかない。

しかし、それを諫言できるものなど扇の側にはもはや存在しない。

クーデター以降、扇は黒の騎士団を完全に掌握し支配してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで…こんなことに」

 

若い団員は青ざめた顔でそう呟いた。

まるで悪夢を見ているようだった。いや、悪い夢であって欲しかった。

全てはあのクーデターの日から始まった。

理由を求める自分達に向かって扇は、

ゼロは“ギアス”という能力を使って俺たちを操った、と意味不明な供述を繰り返した。

しかし、それに異を唱えない幹部達。

まるで人形のような目をした別人のようだった。

反抗した団員達の多くは、船の牢獄に幽閉された。

そして残った団員は武器を取り上げられ、今日という日を迎えることになった。

今になって警備のために最小限の武器の携帯を許されている。

だが、それが一体何の意味があるというのか。

盟主たるゼロは今日、この場において処刑され、

自分達は同盟という名のもとにブリタニアの犬として生きることになる。

なぜ、こんなことになったかはもはやわからないだろう。

しかし、これだけはわかる。

自分達の、日ノ本の、エリアの独立の夢は今日この日に潰えるということを。

黒の騎士団の団員達を取り巻く負のオーラが彼らの服より濃く黒くなっていく中、

式は進み、シュナイゼルの演説が始まる。

 

「今日この場に私が帝国を代表して立つことをどうか許して欲しい。

 本来ならば、亡きシャルル皇帝に代わり、新皇帝となられるナナリー様

 がおられることこそ望ましい。しかし、ナナリー様はまだ帝位に就いて

 いないため、私が代理としてこの場に立つことになった。

 ブリタニアの兵士諸君、まずはおめでとう。

 君たちの今日までの働きにより、長きに渡る内戦はここに終結した」

 

“ワァ――”と嵐のような歓声と共に万雷の拍手が鳴り響き、辺りは騒然となる。

シュナイゼルはそれを静観し、熱気を帯びた静寂が訪れるのを見計らい、演説を再開する。

 

「ブリタニアの兵士諸君、そして黒の騎士団の諸君、改めて聞いて欲しい。

 内戦の終結を意味するこの調印式には3つの目的がある」

 

ざわ…ざわと黒の騎士団の中に動揺が起こる。

今まで宿敵として憎み、その首を狙ってきた帝国宰相であるシュナイゼルに

直接呼びかけられるのは、やはり拭いがたい違和感をある。

 

「目的の1つ目は、騎士団のブリタニア軍への編入にある。

 この調印式を機に黒の騎士団の諸君は、我々の友軍として、各エリアに

 平和維持部隊として駐軍し、エリアの平和を守ってもらうことになる。

 君達の力は、長年戦ってきた我々が一番よく知っている。

 君達なら必ずこの役目を担うことができると私は信じているよ」

 

「…。」

 

ブリタニアの犬となれ―――

 

それが優しく、穏やかなシュナイゼルの言葉の真意。

ゼロと共にブリタニアを恐怖させた“黒の騎士団”の成れの果て。

だが、騎士団の中から異論を叫ぶものはいない。

もはや、この状況において個人の感情や意思は何の意味も持たないことを

皆が感じていた。

 

「そして次は…ゼロの処刑。

 黒の騎士団の団長であり、反ブリタニア勢力の盟主。

“ブラックリベリオン”を代表する数々の

 テロに関与してきた“魔王”と呼ばれた海賊の処刑にある。

 …ここで、皆にある人物を紹介したい。

 彼は黒の騎士団の副団長という立場にありながら、

 我々の平和への意志に共感し、ゼロを裏切り、引き渡してくれた。

 この内戦を終わらせたのは彼の功績ともいえるだろう。扇君、ここに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エヘヘ」

 

照れ隠しのために頭をかきながら、下卑た笑みを浮かべた扇が

壇上に上り、それを一部の人間のまばらな拍手が迎える。

“ゼロを売った売国奴”そう紹介されたことに気づくことすらなく、額面どおりに

その言葉を受け止めた扇は“英雄”として大衆の前で演説する機会を

得て有頂天になっていた。

その愚かさは、扇を初めて見るブリタニアの兵士達に不快感を。

扇をよく知る騎士団の団員達に暗い影を落とした。

 

「…ゼロは“ギアス”という力で俺たちの心を操ってきた…ペテン師だ!」

 

開口一番の言葉。

“キリッ”とドヤ顔をキメる扇とは対照的に両軍の間に困惑が広がる。

 

「みんな、聞いてくれ!これまでゼロが起こしてきた数々の奇跡は

 全て“ギアス”という人々を意のままに操る力によるものなんだ!」

 

扇はかって卜部に対して行ったギアスの説明を再び始めた。

 

「…だが、ゼロは…あいつは俺たちを利用するだけの“駒”としか見ていなかったんだ~」

 

机を叩き、マイクを握り締め、苦悶の表情を浮かべる扇。

だが、それとは裏腹に口元は歪んだ笑みを浮かべ、今にも笑い出しそうなのが

遠目からでも確認できた。

 

「そもそも、俺たち日ノ本人がブリタニアに反旗を翻したのは

 全て“ギアス”によるものであり、俺たちの意思じゃないんだ。

 そう、全てはゼロの仕業だ!」

 

「…?!」

 

それから扇が行った長いが価値を持たない演説の内容を

あえて要約するなら

 

 

 

        「ゼロのせい」 「ギアスによって」 「俺は悪くない!」

 

 

 

というものに集約される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…屑が!」

 

マイクの音でかき消されたその小さな罵声は意外にもブリタニア軍から生まれた。

 

「恥知らずのイレブンめ!誇りはないのか?」

 

神聖ブリタニア帝国はエリアの統治者であり、侵略者である。

それはブリタニア軍全兵士が共有する認識。

その自分達と長きに渡り戦ってきた黒の騎士団は憎むべき敵であり、

敬意に値する相手だった。

その強敵に打ち勝って迎えた今日という日はブリタニア兵にとっての誇りであり、

死んでいった戦友達への献花でもあった。

だか、それは扇という取るに足らない愚物の戯言により汚された。

扇に対するブリタニア兵の怒りは、誇りを持った戦士が共有する

当然の生理反応といえる。

 

「大したものだな“ギアス”とやらは」

 

「そんな悪魔の実があるならば、ぜひとも食べたいものだ」

 

「その能力でブリタニアを支配してみろ!」

 

“ギアス”というゼロの能力の暴露を最初は驚きを持って聞いていた

ブリタニア兵達も扇の“ギアス”が~の連呼に失笑しはじめて、

ついには欠伸を伴うようになっていた。

ゼロは恐らく“操作系の悪魔の実”の能力者だろう。

しかし、その能力は限定的なものに違いない。

その証拠にブリタニアをその能力で支配せず、黒の騎士団と共に戦うことを選んだ。

それが普通の推測であり、当たり前の結論。

しかし、“サギサギの実”の詐欺能力により、騎士団を支配してきた扇には

一般人相手に論理を持って説得するという視点が完全に欠落していた。

自分のいうことは誰もが信じて当たり前だ、と夢想し、話を続ける。

 

「…そもそも、あいつは誰だ?」

 

「あんな奴、騎士団にいたのか?戦場で見たことは一度もないぞ」

 

「なんだあのバンダナは?ディズニーランド帰りか?」

 

黒の騎士団の主力達―――“紅月”カレン、“将軍”藤堂、“四聖剣”

もし彼らのうちの誰かが、扇と同じ演説をしたならば、

ある程度の説得力と真実味が生まれただろう。

しかし、扇のように、常に後方に待機し、戦場から逃げ続けてきた男にその説得力はない。

結局、扇の演説は卑劣な男がゼロを裏切り、それを騎士団が許したという印象を

残すのみとなった。

 

「…最後に黒の騎士団は今日で解散することになる。

 そして俺の指揮のもとに“扇ジャパン”としてエリアの平和維持に努めてもらう。

 オール・ハイル・ブリタニア!」

 

もはや拍手すらない中を扇は満面の笑みを浮かべ、手を振りながら壇上から去っていく。

 

「くたばれ売国奴!地獄に落ちろ!」

 

「裏切り者!恥を知れ!黒の騎士団!」

 

鉄柵の外からその演説を聴いていたエリア11の日ノ本人達がついに罵声を始めた。

その矛先は、扇と黒の騎士団。

 

その声を聞いて黒の騎士団の女性団員がその場に泣き崩れた。

彼女の肩口には“扇ジャパン”という即席で作られたダサいワッペンがついていた。

あくまで騎士団を自分の所有物にしよういう扇の強姦魔としての執念を感じる。

 

エリアの民の憎しみは扇と騎士団に集まっていく。

それを涼しい顔で確認したシュナイゼルは再び壇上に上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、私からこの調印式の最後の目的について話したいと思う。

 その前に諸君は“革命軍”という組織の名を聞いたことがあるだろうか?

 世界中で暗躍する犯罪組織。

 その首謀者たる“ドラゴン”は“世界最悪の犯罪者“と呼ばれている。

 まさに彼らこそ”平和の敵“といってもいいだろう

 彼らの脅威はすでにブリタニアにも及んでいる」

 

そう言ってシュナイゼルは鉄柵の向こうにいる観衆たち。

その中に潜んでいるであろう“革命軍”を一瞥する。

 

「これまでのゼロとの戦いにおいて、革命軍の幹部とゼロが共に

 行動してきたこと我々は把握している。

 ゼロは…“魔王”と呼ばれたあの男はただの海賊などではない。

 ゼロこそ、ブリタニアを破壊するために革命軍から送り込まれた刺客。

 ドラゴンの後継者として将来を期待される彼の忠実な部下だ。

 そう…我々の真の敵はゼロではない。

 我々の敵はその背後にいる革命軍とドラゴン。

 我々は“平和の敵”を許さない。

 そのためには力の行使も厭わない。

 ブリタニアこそが世界と平和の守護者なのだ」

 

シュナイゼルの表情はいつもと変わらない。

だが、その声にほんの少し高揚の色が帯びている。

その事実に本人も少なからず驚いていた。

それは、これから始まる未来への期待。

自分が開くブリタニアの栄光の始まりのために―――

 

 

 

 

 

 

「今日、ここに、神聖ブリタニア帝国は

 ゼロの死をもってドラゴンと世界に我々の正義と平和への決意を示す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおーーーーーブリタニアに栄光あれ!」

 

「ドラゴンを倒せ!平和の敵に死を!」

 

地鳴りのような歓声。

世界政府において屈指の大国が革命軍の打倒を口実にその覇権をついに世界に向ける。

その政治声明を前にブリタニア兵は武器を掲げ、声を上げる。

この調印式において扇という存在が黒の騎士団に絶望を与えたとは

対照的にシュナイゼルは己の野心をもってブリタニア兵に希望と未来を魅せた。

 

「では主役にご登場願おうか」

 

その合図に呼応し、海軍基地の扉が開く。

神聖ブリタニア帝国の黄金期の到来。

 

 

 

その戦意高揚が最高潮に達する中で、

 

 

 

反ブリタニア勢力の盟主、黒の騎士団・団長“魔王”ゼロ―――ここに現る。

 

 



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助けに来た!

 

 

 

「皆様、ご覧ください!

 これがブリタニアに反逆した愚か者の末路。“平和の敵”の最後の姿です」

 

 

アナウンサーが原稿を読み上げ、カメラのシャッター音が鳴り響く。

その眩いフラッシュライトの中をゼロは…ルルーシュは歩き出す。

その両手の自由は鉄の手錠で塞がれているが、近くに逃亡を防ぐために同行する衛兵の姿はない。

しかし、その左右はブリタニア軍が占め、その人垣は処刑場までの道を形成していた。

シュナイゼルは敢えて言わなかったが、

この調印式の真の目的は“ゼロの伝説”を終わらせることにある。

そのためには、騎士団がゼロを見捨てた、という事実が必要であり、

この演出はそれを最大限にアピールする狙いがある。

 

(チェック・メイトか…)

 

そうルルーシュは呟いた。

細工を壊された仮面はもはや、ギアスの発動を妨げるだけの障壁。

ルルーシュにとってまさにデス・マスクに他ならない。

いや、たとえ、ギアスを発動させ、視界に入る十数人を操ったとしても、

その後ろに控える十万を超える敵を相手に何ができようか。

すでに勝敗は決したのだ。

 

「ざまあみろ!くたばれ!ゼロ!」

 

「ああ、ゼロ様!どうか奇跡を!」

 

ブリタニア兵の罵声、民衆の悲鳴、騎士団の沈黙。

その混沌の中を、ルルーシュは死へ向かって歩き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルルーシュは歩きながら周囲を見渡す。

顔を背け、俯く騎士団の団員達の中に赤髪の少女はいない。

 

 

 

  ――カレン、望んだ形とは違うが、この諸島の争いは終わる。君は生きろ。

 

 

 

悲鳴をあげる民衆たちの中に緑髪の女がいないことを祈る。

 

 

 

  ――C.C. 出てくるなよ。

    シュナイゼルはお前も狙っている。すまないな…お前との契約は守れそうにない。

 

 

 

 

「お兄さま…!」

 

そう呼ばれた気がした。

シュナイゼルの傍らにいる車椅子の少女…愛おしい妹の姿が見える。

 

 

 

  ――ナナリー、愛している…!

 

 

 

それ以外の言葉が思い浮かばなかった。

これから先、ブリタニアに翻弄されるその運命を思うと胸が張り裂けそうになる。

だが、もはや自分は側に居てあげることはできない。

 

 

 

  だが、ここから先は、あなたに関係のない世界だ

 

 

 

シュナイゼルの言葉が頭をよぎる。

今更ながら、その事実を強く実感する。

 

 

 

  ――スザク、ナナリーを頼んだぞ。

 

 

 

頭の中に浮かんでくる親友の顔は少年時代のものだった。

ほんの一瞬、あの夏の日の風を感じた。

 

ルルーシュは歩き続ける。

そしてついに処刑台へと続く階段の前に辿りついた。

処刑台への階段。

その前でルルーシュは歩みを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(怖いものだな…死というやつは)

 

 

処刑台を前にルルーシュは思う。

自分が死ぬという現実。

その現実を前に足は竦み、

大声を上げて逃げ出したい衝動に駆られる。

自分という存在が消滅する。

その恐怖を前に、今までの全てを否定し、

懺悔すれば、処刑は免れるかもしれない。

そんな決してありはしない妄想すら甘い誘惑に感じられた。

 

 

  ――違うな、間違っているぞルルーシュ。

 

 

自分の中で声が聞こえる。

あの日生まれた怪物の声が聞こえる。

 

 

  ――撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ

 

 

それがあの日、怪物と交わした契約。

俺のただ一つの信念。

その信念のみを支えに戦ってきた。ゼロとしてここまできた。

ゼロを守るために、多くの仲間が死んでいった。

ゼロのために多くの人々が犠牲になった。

今更、ゼロをやめることなどできない。

あの日の契約を捨てることなど許されない。

嘘をつくなら最後まで――

 

 

 

    そうだ!俺はゼロ…魔王と呼ばれた男だ!

 

 

 

ルルーシュは階段を上る。

逃げ出したい気持ちを偽り、

本能に反逆し、震える足に力を入れる。

ルルーシュは死への階段を上る。

力強く、踏みしめながら、魔王のように。

 

「ゼロ…!」

 

「ゼロ様!」

 

その最後の勇姿を前に、

団員達は目頭を抑え、民衆は声を詰まらせる。

 

反逆の王の最後。

それは希望の終焉。

エリア独立という夢の終わり。

 

人々がその姿を目に焼き付ける中で、ついにルルーシュは階段を上りきった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

処刑台には二人の衛兵と黒覆面の処刑執行人の姿があった。

巨大な斧が執行人の手の中で不気味な光を放っている。

 

「ぐぅッ…!」

 

即座に衛兵に組み伏せられ、首を棒で固定された。

眼前には青い海が広がっている。

海は穏やかで波一つない。

海面は太陽の光で輝いている。

 

かつて海賊王が処刑される際には嵐が吹き荒れたと聞く。

反逆の王と呼ばれた自分の処刑において、

雨風ひとつないのは器の差なのか、それともこれがふさわしいのか…。

そんなことを考え、ルルーシュは仮面の中で静かに笑った。

 

「ゼロから始まる“大反逆時代”は幕を閉じ、

 ブリタニアと世界は新しい時代を迎える。

 彼の死が、ブリタニアの繁栄と世界平和の礎とならんことを願う。

 オールハイル・ブリタニア!」

 

「オール・ハイル・ブリタニア!オール・ハイル・ブリタニア!」

 

シュナイゼルの最後の演説を合図として

処刑執行人はゆっくりと斧を振り上げていく。

 

「オール・ハイル・ブリタニア!オール・ハイル・ブリタニア!」

 

あの夏の日のスザク、嵐の夜のC.C.の笑顔、月夜のカレンとの出会い、

ナナリーとの日々…様々な思い出が蘇る。

 

「オール・ハイル・ブリタニア!オール・ハイル・ブリタニア!」

 

その中で、ルルーシュはふと思い出す。

数週間前に出会った海賊たちのことを。

 

斧はついに頂点に達し、いよいよ振り下ろすだけとなった。

ゼロの死を前にブリタニア兵の自国への賛美歌はますます大きくなる。

 

 

「オール・ハイル・ブリタニア!オール・ハイル・ブリタニア!」

 

 

 

(あいつら…いま何をしているかな)

 

 

 

「オール・ハイル・ブリタニア!オ…!?」

 

 

処刑場を包み込むほど響きわたった

ブリタニアの賛美歌が突如鳴り止み辺りを静寂が包む。

 

「…?」

 

その静寂といつまでも振ってこない斧を

不思議に思ったルルーシュは恐る恐る目を開けた。

眼前には青い海が広がっていた。

だが、その海面はさきほどの平穏が嘘であるかのように激しく泡立ち、

その下には何かの巨大な影が浮かび上がっていた。

“ざわ…ざわ”とブリタニア兵に、黒の騎士団、

そしてそこにいる全ての人々が騒ぎ始め、辺りは騒然となった。

 

海面に浮かび上がった巨大な影。

その場にいる多くの人々は、その正体を“海王類”と予想した。

だが、この海軍基地の湾内に、これほど巨大な海王類の侵入は過去に例がない。

泡はいよいよ激しさを増し、巨大な影は巡回船を巻き込みながら

海面へと浮上し、その姿を現す。

 

 

 

 

 

 

それは、巨大な、巨大な海オ…オレンジだった…!

 

 

 

 

 

 

「…。」

 

あまりの出来事に、その場にいる全員が固まる。

誰一人として喋ることなく、ただ、そのオレンジを見つめていた。

無言で見つめる観衆の中で、

オレンジは突如、開き始め、辺りはオレンジ色の光に包まれる。

その光の中から、一隻の船が飛び出してきた。

海面に派手に着水するその船は、一瞬、ペガサスを連想させた。

 

それは、羊頭の海賊船。

その羊頭の上に一人の男が立っている。

麦わら帽子を被った男は両腕を天に向けて大声で叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        ”助けに来たぞ!ルルーシュ!”

      

      

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレンジの中から現れた海賊船。

その船に乗っている麦わらの男が放った一言は

オレンジの出現から、氷のように硬直していた人々の時間を動かした。

 

「…何だ?あの海賊どもは!?」

 

「あの男…今、なんと言った?」

 

「“助けに来た”確かにそう言ったぞ…!」

 

「じゃあ…あいつらは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         ゼロの“仲間”かーーーーッ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼロの仲間――

 

ブリタニア兵が口走ったその言葉にブリタニア軍は殺気立ち、

黒の騎士団の中に動揺が走る。

それは、瞬時に処刑場全体に伝播し、ざわめきが蜂の巣を叩いた

ような騒ぎになるのに時間を要さなかった。

 

ゼロの仲間によるゼロの救出。

このブリタニア海における最大の海賊にして反ブリタニア勢力の盟主

であるゼロの処刑において、それはもちろん想定されていた。

しかし、ここに集いし戦力――10万を超える兵を前に何ができようか。

総兵力10万という数字は、海軍本部の戦力に匹敵する。

それに対抗できるのは、このグランド・ラインにおいても

“四皇”と“ドラゴン”に限られる。

だが、処刑時刻が迫っても、彼らの影は海にも陸にもなかった。

では、あとは民衆の中に隠れた反ブリタニア勢力のつまらないテロを警戒するだけ。

黒の騎士団にすら見捨てられた反逆の王を助ける者など、もはや、だれもいない。

そう、多くのブリタニア兵は笑っていた。

そのはずだった…だが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…コーティング船?」

 

処刑場を包む騒乱。

その中でシュナイゼルは呟き、思い出していた。

 

枢木スザクの“麦わらの一味消失”の報告。

そして、以前、自身が視察で立ち寄ったシャボンディ諸島の特殊技術を。

 

 

ジェレミア・ゴットバルトの悪魔の実の能力――ザ・“オレンジ”

 

 

ジェレミアの身体を起点として発動されるオレンジ状のバリアは、

その時、食べたオレンジの量により、その範囲、硬度を自在に変化させる。

 

ナミが考えた作戦。

それはこのジェレミアの能力を“コーティング船”として使用することだった。

 

この近海を警備するはあの”ナイト・オブ・ラウンズ”(最強の12騎士)が1人。

“ナイト・オブ・トゥエルブ” モニカ・クルシェフスキーが指揮するブリタニアと海軍の連合艦隊。

 

その戦時体制レベルの警戒網の下、メリー号は、まさにその”真下を”堂々と潜り抜けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…アガガガ」

 

だが、しかし、この作戦の最大の功労者たるジェレミアは今、床に倒れ、

アーニャの膝の上で苦しそうに息をしている。

“ブリタニアの騎士”としての正装と意気込んで新調したその服は

血で染まり、むき出しとなった機械の部分からは煙と時折、電気が奔る。

その姿を、アーニャが心配そうに見つめている。

当初の予定において、この能力の使用は、警戒網の直前で行われる予定だった。

だが、その予定は“ナイト・オブ・セブン”海軍中将・枢木スザクの襲撃により、

大きく狂うこととなった。

 

予定よりも数時間伸びた使用時間。

その使用時間に必要なオレンジの量は、ジェレミアが食べ切った

あの広大なオレンジ畑の四分の一すらも凌駕した。

 

使用制限を越えた能力の代償――

それを、ジェレミアは文字通り“命”をもって補うこととなった。

生身の身体からは鮮血が迸り、機械の身体が火を吹く。

泣き叫ぶアーニャに背を向け、自分を誘う死神と闘い続けた果てに

ついにジェレミアはメリー号を主君の元に送り届けた。

この奇跡を成し遂げたものが、ジェレミアを支えたものが

 

忠義――

 

ただその二文字だけだったという事実をこの男を前に誰が否定できようか。

 

「あんたの忠義…確かに見せてもらった」

 

戦闘開始を意味する黒い布を頭に巻きながらゾロは呟いた。

そこには、いつもジェレミアを微妙な顔で見る男の姿はない。

そこにいる剣士の目には“ブリタニアの騎士”に対する確かな敬意があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、生きてる!いや~間に合った!よかった!よかった!」

 

 

 

“大海賊艦隊”黒の騎士団――17000人(ドン!)

 

神聖ブリタニア帝国――85000人(ドン!)

 

海賊“麦わらの一味”―――8人と1匹(どーん!)

 

 

 

この状況、この戦力差を前に船長・麦わらのルフィは

数日ぶりのルルーシュとの再会を喜び、陽気に手をふる。

 

「…こ…いる?」

 

「ん?何か言ったか?聞こえねー」

 

助けるべき仲間、ルルーシュ・ランペルージが、

いや、この場においては“魔王”ゼロが何かを呟いたのに気づいたルフィが問い返した。

 

 

 

 

 

     「なぜ、ここにいる?」

 

 

 

 

 

冷たく、苛立ちを含ませながら、

それが助けに来たルフィ達に対する最初の一言。

ブリタニア海を支配した魔王が発した言葉だった。

 



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”仲間”

突如現れた巨大なオレンジ。

その中から飛び出してきた羊頭の海賊船。

そして、麦わらの男が放った言葉。

 

ゼロの”仲間”と思われる一味の襲撃。

この超異常事態と言える状況の中、

ブリタニアも黒の騎士団の団員も、日ノ本の民衆達さえ、固唾を呑んで、

ゼロとその仲間と思われる麦わらの男の会話を、その成り行きを見守っている。

 

 

「だから、お前を助け――」

 

「“なぜ、ここにいる?”そう聞いている!」

 

ここに来た理由。

その問いに対して答えようとした

ルフィの言葉を遮るように、ルルーシュは再び問い返す。

その言葉には、今度は明確に怒気が込められていた。

 

「…なあ、ウソップ。

 俺はお前に“ウォーターセブン”に行けといったはずだ。

 そのウォーターセブンにいるはずのお前たちがなぜ、ここにいる?」

 

仮面の視線が変わり、その回答をウソップに求めた。

ルルーシュと最後に話をしたのは”ギアス”にかけられ、

海軍支部までの道のりを共にしたウソップだった。

 

ウソップは仮面を見る。

その仮面の中にある顔が…“約束は守れそうにない”そう呟いた。

少し寂しそうなあの笑顔が頭を過ぎった。

 

「ルルーシュ…俺たちはお前を――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  “撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウソップの回答がルフィと同じであると判断したルルーシュは、

それを今まで己を支え続けた言葉によって打ち消した。

 

 

「…それが俺の信念だ。

 それだけを守り、今日まで戦ってきた。

 なあ、ルフィ…俺には俺の戦いがある。

 お前たちには、お前たちの冒険が待っている。そうだろ?」

 

 

その言葉を前にルフィは沈黙する

ルルーシュがルフィの問いかけたのはこの海に生きる者の真理。

このグランド・ラインを生きる一人ひとりに自分だけの物語は存在する。

それを否定することなど誰もできない。

 

 

「だから…今日、ここで死ぬことになろうとも…

 これは俺の戦争だ!ここは俺の戦場だ!

 お前たちがいるべき場所じゃないんだ―――ッ!!」

 

 

ゼロを支えた信念。

その言葉、その覚悟を耳にし、ブリタニア兵はざわめき、

黒の騎士団の団員達は息を呑む。

10万の軍勢が動くことはなく、ただ、麦わらの一味と

ゼロのやりとりを見つめていた。

 

 

「…ウソップ、勇敢な海の戦士は無謀なことはしない。

 チョッパー、この場に医者は必要ない。

 ロビン、ブリタニアの遺跡は陸にある。

 ナミ、この場所の海図はすでにあるぞ。

 サンジ、“オールブルー”はこんな場所にはない。

 ゾロ、お前を超える剣豪はここに誰もいない」

 

 

搾り出すような声で語るのは、あの夢の話。

出会った日に一味が語ったそれぞれの夢。

 

 

「ルフィ…お前は“海賊王”になるんだろ?

 お前は…お前たちは…こんな場所にいてはいけないんだ…!」

 

 

そう言ってルルーシュは視線を落とした。

その嘆き、その苦しみは、たとえ仮面越しでも伝わってくる。

 

この海域を支配した大海賊。

ブリタニアを恐怖させた魔王のそんな姿を前に、麦わらの一味をはじめ、

敵であるブリタニア軍も、仲間であった黒の騎士団も、その場にいる

全ての人間が沈黙し、次の行動、次の言葉を出せずにいた。

 

 

 

あの男を除いては…。

 

 

 

 

 

 

「“ギアス”だ~!これが“ギアス”の力だ~!」

 

 

 

 

 

 

その沈黙を破ったのは――

 

扇要

 

やはりこの男であった。

 

 

 

 

 

 

 

(そうだ!この光景だぁ~。オレはお前のその姿が見たかったんだぁ~!)

 

 

涎をたらし、邪悪な笑みを浮かべながら扇はマイクを握りしめる。

その顔は先ほどの演説にいた“間抜けだが、いい人そうな扇さん”の面影はない。

いや、この小悪党を絵に描いたような邪悪な顔こそがこの男の本性に違いない。

ここにいる全員にそう思わせるほど、

今の扇の顔は、身に纏う雰囲気は変貌を遂げていた。

しかし、扇はそれを隠そうとしない。

いや、それに気づかないほど歓喜し、興奮していたのだ。

 

ゼロの処刑。

心の底から憎み、何万回殺しても飽き足らないゼロのたった一度の処刑。

そのイベントを前に、扇はイラついていた。

扇は死を前にしたゼロの醜態を心の底から楽しみにしていたのだ。

 

 

ペテン師と言われ、石を投げられるゼロ。

処刑台を前に泣き叫ぶゼロ。

許しを請い、逃げ出そうとするゼロ。

あまりの恐怖で失禁し、兵士達に無理やり連行されるゼロ。

 

 

どんな醜態を晒すか期待するあまり、夜も眠れなかったほどだった。

だか、蓋を開けてみたらどうだ。

 

自分があれだけ説明した“ギアス”について人々は誰も信じない。

ゼロといえば、醜態を晒すことなく、処刑台に堂々と上がり、

民衆はまるでその姿をメシアのように崇めている。

なんだこれは?

それは扇にとってはまるで上等な料理に蜂蜜をぶちまけられたような心境だった。

いや、それ以上だった。

このまま醜態を晒すことなく、ゼロが処刑されたなら

ゼロに勝ち逃げされたようにすら感じる。

 

そんな屈辱すら感じている中で、起きた“麦わらの一味”の出現。

そして、それを悲しみ、嘆くゼロ。

 

最高だった。

その様を見たかったのだ。

更なる醜態が見たい!その欲望が扇にマイクを握らせた。

 

 

「ククク、みんな状況がわからず混乱しているようだな。

 オレ様が説明してやろう!

 まずはそこの麦わら帽子を被ったバカは“麦わら”のルフィ。

 賞金“一億ベリー”の海賊のルーキーだ。

 海軍の調査書には、ゼロとは数週間前に知りあったとある。

 ククク、哀れな奴らだぜ~!」

 

「いきなり何だ!?あのモジャモジャはッ――!」

 

 

マイクを片手には叫ぶ扇に衆目が集まる。

“バカ”と名指しされたルフィは初めて見る扇の姿に

怒りのボルテージを即、マックス付近まで引き上げた。

 

「みんな不思議に思わないか?

 たった、数週間しか付き合いのない男のために海賊が

 こんな危険なところに来るなんてなあ。

 自分のことしか考えない、欲望にまみれた海賊がだぞ。

 自らの命を賭けてこの処刑場に来るか?あり得ないだろ?」

 

そう言って、扇はもったいをつけるように演説を中断した。

ブリタニア軍に、黒の騎士団、そして民衆達が各々で話し始める。

 

扇は心の中で笑いに嗤った。

 

ゼロは“ギアス”という力を使ってみんなを操ったという自分の演説。

その演説において、自分としては完璧に説明できたと思ったが、

実際は、いまだ多くの人間がその力の存在に懐疑的だった。

いや、まったく信じていなかった。

それは、“ギアス”があるという明白な証拠がなかったからだ。

ゼロ…あの男を“ペテン師”として地獄に落とすには、

「ギアスに操られた人間」という明確な証拠が、サンプルが必要だった。

 

麦わらの一味。

 

まさに、それが目の前に現れたのだ。

最高だった。

まるで鴨が葱を背負ってきたようだ。

 

「ブリタニアに黒の騎士団。

 海軍も含めれば、この海の全ての戦力がここにいる!

 10万だぞ!10万の戦力だ!

 そんな相手を前にして

 たかが、一人を助けるために戦おうなんて奴は

 世界中探してもあの“白ひげ”くらいだ。

 どんな金を詰まれても断るのが当たり前だ!

 だが、こいつらはここに来た。

 わずか数人の海賊がここにいる。

 ゼロを助けるためにな!

 みんな~もう、答えはわかってるだろ?」

 

そう言って、扇は聞き耳を立てる。

“ざわ、ざわ”とブリタニア兵に黒の騎士団、民衆達の会話が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

  なんということだ…!

 

 

                       まさか…

 

 “ギアス”か!?

 

 

          扇の話は真実なのか… 

 

                           操られているのか?

 

 

    麦わらの一味は“ギアス”で…

 

 

                    じゃあ、俺たちも操られて…

 

 

 なんだあのバンダナは…

 

 

            ディズニーランド帰りか?

 

 

 

 

 

 

 

扇は興奮しながら、聞き耳を立てる。

全て理想どおりの展開だった。

これで“ゼロの伝説”は終わる。

日ノ本は自分の物となり、地位も名誉も思いのままだ。

後は、ゼロの醜態を見物するだけ。

目の前で惨殺される麦わら達の姿を前に、

ゼロはどんな声で鳴いてくれるだろうか。

 

さあ、仕上げだ。

 

扇はマイクを持つ手に力を入れる。

涎をたらしながら、トドメとばかりに喋りだす。

 

「そうだ“ギアス”だ~!

 麦わらの一味は“ギアス”で操られて―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    “うるせーぞ!そこのモジャモジャ!お前は黙ってろ―――ッ!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モジャ…(がーん)」

 

 

 

一喝、一閃、まさに一蹴だった。

 

トドメとばかりに放った扇の言葉は、ブチ切れたルフィの一声にかき消された。

いや、それだけではない。

ルフィから扇に向かって直線状にいたブリタニア兵達が泡を吹きながら

ばたばたと倒れ始めた。

扇もなんとか意識は保てたものの、白めを剥き出し、泡を吹きながら

ピクピク、と痙攣している。

自慢のリーゼントもヘナヘナと萎れていた。

 

“覇気”

 

怒りの秒針を振り切ったルフィの罵声に偶然であるが、それが加わった。

しかもそれは数百万に一人しか持ち得ない“覇王色”の。

この後の“頂上戦争”以降、開花するであろうその才能が発露した。

その前では、力なき者は意識を保つことすらできない。

 

この事態を前に、ブリタニアに黒の騎士団、そして民衆達は一斉にルフィに視線を注ぐ。

再び、場の主役は麦わらの一味に戻った。

まるで、扇の戯言も、いや、その存在すら、最初からなかったかのように。

 

「俺たちが“ギアス”に操られているだと!?」

 

怒りを前面に出し、拳を握り締めるルフィ。

だが、そのまま、数秒間、固まった後、腕を組みながら下を見る。

 

そして…

 

 

 

「…おい、ウソップ、“ギアス”って何だっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いや、俺たちは“ギアス”なんて都合のいいものは知らねえな」

 

そのルフィの一言に10万人がズッコケそうになる中、

ウソップは笑い出しそうなのを懸命に堪えながら、その質問に答えた。

 

 

「それより、待たせちまったなぁ、ルルーシュ!」

 

 

そう言って、ウソップは大見得を切る。

ルフィの天然ぶりに完全にペースを戻したようだ。

ウソップは思い切り息を吸い込む。

そして、ルルーシュに、ここにいる全ての人間に聞こえるように全身全霊で声を張り上げる。

 

 

 

「“イースト・ブルー”では誰もが知っている――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  “麦わらの一味(俺たち)の仲間に手を出せば一体どうなるかって事くらいなぁ!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けにきてやったぞ!ルルーシュ!」

 

「ブリタニア!許さないぞーーーーッ!」

 

「さっさと逃げるわよ!ルルーシュ!」

 

 

ウソップの後に、続けとばかりに

サンジにチョッパー、ナミが次々とルルーシュの名を叫ぶ。

 

「お前たち…!」

 

ルルーシュの脳裏に短い旅の、わずか数週間の日々が、あの夜の花火が蘇る。

 

 

 

“仲間”を助けにきた――それがここにいる理由。命を賭ける意味。

 

 

 

その答えを前に,

ブリタニア軍は驚愕し、黒の騎士団は息を呑む。

10万の大軍は揺れた。

だが、衝撃はここで終わらなかった。

勢いをそのままに身を乗り出したルフィが叫ぶ。

 

 

 

 

 

「ルルーシュ!今から俺たちはこいつら全員ぶっ飛ばす!お前はどうする!?」

 

 

 

 

 

 

「なッ…」

 

「にィ―――――――――ッ!?」

 

扇とブリタニア兵が一斉に声を揃え、、

ロロノア・ゾロは不敵に笑い、

ナミが“ぎゃーーー”と叫び声を上げる。

そして視線の全ては回答者となるゼロに、ルルーシュに集まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は・・・

 

 

   お前に…お前らに“明日”なんて来ないんだよ!

   お前らに“優しい世界”なんてもんは永久に訪れないんだよ~ッ!!

 

 

俺は…

 

 

   だが、ここから先は、あなたに関係のない世界だ

 

 

俺は…!

 

 

   だけど、ナナリーのために…もう一度、君と――!

 

 

俺は――ッ

 

 

          お兄様・・・お兄さまぁ―――

 

 

 

 

――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが“願う”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    「俺も“仲間”に入れてくれ―――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当たり前だぁ―――!!」

 

そう叫びながらルフィはボールを投げるかのように大きく振りかぶり

その腕を前に投げ出した。

その腕はルフィを起点にルルーシュに向かって一直線に伸びていく。

 

「腕が…!?」

 

「伸びたーーーーーーーー!?」

 

扇にブリタニア兵、そしてそれを目の当たりにした全ての者が

口を大きく開け、絶叫した。

 

「パラミシア(超人系)…?」

 

冷静に分析しながら、シュナイゼルはこの場において初めて微笑を崩した。

 

 

ゴム人間――それがルフィの能力。

 

 

ここグランド・ラインにおいては、悪魔の実の能力などもはや珍しくもない。

だが、実際、初めて人間の腕が伸びるという事態を目にした者の反応は他の海と変わらない。

 

「…へ?」

 

自分に向かって伸びてきた腕が仮面を“パシリ”と掴んだ時に

ルルーシュは間の抜けた声を出した。

仮面を掴んだと認識した瞬間、ルフィは“フン!”と気合を入れ、

後方に向かって引き上げた。

それは、まるで大物を釣り上げるかのように。

初めて出会った時の釣りのように。

 

黒覆面の処刑執行人は慌てて斧を振り下ろす。

だが、斧はむなしく空を切り、地面に突き刺さる。

 

 

 

 

 

「うわああああああぁ――――」

 

 

 

 

 

 

 

処刑されるはずのゼロはそのはるか上、空にいた。

 

 

 

変態仮面、空を舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり―――!」

 

メリー号に放り込まれたルルーシュを、サンジとウソップ、

それに変身したチョッパーの三人がキャッチする。

 

「ただいま!…って殺す気か―――ッ!!」

 

ルルーシュのノリつっこみをルフィは“うししし”と笑いながら眺める。

 

「ルフィ…みんな、ありがとう!」

 

ルルーシュはその感謝の言葉をはっきりと素直に述べた。

もはや、ここにおいて取り繕う必要は何もない。

 

 

“麦わらの一味”全員集合だ。

 

 

「感動の再会は後だ!来るぞ!」

 

刀を引き抜きながら、ゾロが檄を飛ばす。

 

「殺せぇ!ゼロを、麦わらの一味を殺せぇ~ッ!」

 

扇の発狂に呼応するかのように、城壁に取り付けられた砲台が

次々のメリー号に照準を定めていく。

 

「ぎゃ――ッ!オレンジさん!ジェレミア、ジェレミア・バリア!」

 

パニックを起こしたナミが名前を間違えながら叫ぶ。

その声を聞き、ジェレミアはよろよろと立ち上がる。

 

 

 

 

 

その中で、処刑場に爆発音が鳴り響いた―――

 

 

 






ルフィの腕が伸びた時に
BGM コードギアス「0」を脳内で流すと雰囲気が出るかもしれません。


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選択の時”黒の騎士団”

麦わらの一味を狙った砲台。

そして処刑場に轟く爆発音。

だが、それは、砲撃の音ではなかった。

 

城壁に取り付けられた砲台は、

赤い波動を受けた直後、沸騰し、爆発し、消滅した。

次々と沸騰し、爆発していく砲台。

それを目の当たりにした者達は、

最後に残った砲台の上に人が乗っていることに気づく。

 

その姿を見た瞬間、

黒の騎士団の団員は驚愕し、ブリタニア兵は恐怖した。

その人物に対する認識は、所属する陣営によって真逆となる。

だが、その風に靡く赤髪を見た者は、等しく、“月夜”を連想した。

 

 

風が心地よかった――

 

 

砲台の上で、赤い髪を靡かせながらカレンはそう思った。

風の心地よさ。太陽の優しさ。

そんな当たり前のことがとても久しぶりな気がする。

あの黒い霧から解放されて、全てがはっきりした。

ゼロの正体も、真実も、本当に戦うべき敵も、そして自分が何者であるかも。

砲台の上からは、辺りがすっかり見渡せる。

ブリタニアと黒の騎士団、そして全ての人々が自分を見つめている。

 

 

私はなんて幸せなんだろう――

 

 

羊頭の海賊船を見る。

自然と笑みがこぼれてしまう。

心の底から嬉しかった。

自分には生きる目的がある。意味がある。意志がある。

そして、そのために戦う力がある。

ただ、それだけで、心は踊り、身体は躍動する。

 

さあ、笑え。そして行こう――

 

カレンは目を閉じ、息を吸い込む。

その刹那、数々の思い出達が輝きながら光のように流れる。

 

 

  …そうだ。

  あの始まりの日から何も変わらない。

  私の決意は変わらない。

  私は私だ。いつでもあなたの側にいる。

  そう決めたんだ。共に歩むと。

  あの時の誓いも誇りも、今も私の中にある。

 

  そう、私は――

 

 

 

 

「私は“黒の騎士団”零番隊・隊長、カレン・シュタットフェルトだ!

 ゼロは…私が守る―――ッ!!」

 

 

 

 

 

赤い波動を浴び、最後の砲台が爆発した。

 

 

(ルルーシュ…あんたのためじゃないんだから!)

 

 

その小さなツンデレは爆音の中でかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウアアアアアアァーーーーーーッ!!」

 

爆風の中から姿を現したカレンは、落下中に壁を蹴り、

ブリタニアの一群の中に突入した。

 

「弾けろ!ブリタニア―――ッ!」

 

着地と同時に右の拳を地面に叩きつける。

その瞬間、地面に赤い光が四方に奔り、直後、その一帯は爆発し、

ブリタニア兵は空中に舞った。

カレンは止まらない。

所かまわずブリタニア兵に向かって赤い波動を飛ばす。

 

ゾオン系幻獣種モデル“紅蓮”

 

その能力である“輻射波動”を浴びた者は、

沸騰し、爆発し、消滅する。

その力は、単純な火力だけなら、

あの海軍大将の“赤犬”、

白ひげ海賊団・二番隊・隊長“火拳”のエースの後を追う。

その悪魔の業火が今まさに、ブリタニア兵に襲い掛かる。

黒の騎士団の隊長、ただ1人の出現。

ただ、それだけで、その一帯は地獄と化した。

 

「く、黒の騎士団の…」

 

「“零番隊”隊長・・!」

 

「奴は…親衛隊の“紅月”カレンだぁーーーー!!」

 

沸騰し、爆発し、消滅した仲間を見たブリタニア兵が口々に恐怖の声を上げる。

 

カレンは走る。

ブリタニア兵の剣をかわし、その首に蹴りを見舞う。

次々の襲い掛かってくるブリタニア兵を悪魔の右手でなぎ払う。

 

 

 

  そうだ! 私を見ろ!

  私はここだ!ここにいる!

 

 

 

カレンは笑う。

もう難しいことを考える必要はない。

ただ、暴れるだけでいい。

ただ、戦うだけでいい。

ブリタニア軍の殺意を自分に向けるだけでいい。

ただ、それだけのために今、自分はここにいるのだから。

後先のことなど考えない。

ありったけの力を解放すればいい。

ブリタニア軍を引き付けるだけでいいのだ。

 

ほんの数分前。

私は絶望の中にいた。

ゼロを救出するチャンスは、処刑の瞬間しかなかった。

執行人をなぎ払い、ゼロを助ける。

そこまでは私には可能だ。

だが、そこから先…10万の大軍を前にゼロを連れて逃げ切ることは不可能だった。

だが、無理だとわかってもあきらめる選択肢などない。

私は親衛隊長だ。

誓ったのだ。共に歩むと、あなたの側にいると。

 

(好きな男と心中か…。女冥利に尽きるな)

 

覚悟と絶望の中、心の中で皮肉を笑いもした。

 

―――だが、今は違う。

 

“麦わらの一味”

 

ゼロの…ルルーシュの仲間達。

この処刑場に仲間を助けるために命を賭けた海賊団。

あいつらなら、きっとゼロを連れてここから逃げ切ることができる。

ルルーシュを助けることができる。

 

ならば、話は簡単だ。

私は暴れるだけでいい。

その命が尽きるまで、暴れるだけ暴れ、ブリタニア軍を引き付けよう。

あいつらが逃げ切るまで、命の炎を燃やそう。反逆の火を灯そう。

麦わら達が逃げ切った後、

八つ裂きにされた私の死体を見て、扇は…あのクズは嘲り嗤うだろう。

“ギアスに操られた”と。“捨て駒にされた”と。

 

「捨て駒…上等じゃない!

 行きなさいルルーシュ。

 あなたが生き続けることが、私が生きた証なのだから」

 

カレンは天高く右手をかざす。

その右手から湧き上がる赤き波動が天に向かって咆哮を上げる。

それはカレンの意志を。決死の覚悟を雄弁に語っていた。

 

 

 

 

「かかって来い!ブリタニア―――ッ!」

 

 

 

 

テロリスト「紅い月」

“黒の騎士団”零番隊・隊長“紅月”カレン。

ゼロを守り続けてきた“騎士団のエース”は今もここにあり!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺せッ!カレンを…あの裏切り者を殺せ~ッ!!」

 

泡を飛ばし、狂気の目を奔らせた扇が叫ぶ。

それに、従うように、重武装した騎士達が現れ、カレンの周りを囲む。

彼らは、ブリタニア本隊から派遣された来たナイト達。

巨大な盾とスピアを構え、巧みに陣形を変えながらカレンに接近する。

カレンはナイフを構え、距離をとる。

迫るナイト達。

その距離はじりじりと縮まっていく。

 

「シュタットフェルト隊長…。」

 

「カレンの姉御…。」

 

その光景を前に黒の騎士団の団員達は絶句した。

ブリタニア兵達が殺気立ち武器を取る中で、

黒の騎士団で動く者は誰もいない。

まるで時の流れに取り残されたように、

誰一人動くことなく、事態を見つめていた。

 

カレンの咆哮。

その戦いぶりから、その覚悟のあり方が伝わってくる。

カレンは、ゼロを逃がすために、捨石となるつもりだ。

 

団員達は思い出していた。

カレンの言葉を。麦わらの一味の言葉を。

 

カレン隊長は何と言った

 

“ゼロを守る”と。

 

あの海賊たちは何と言った。

 

“仲間を助けにきた”と。

 

では、俺は何だ?

俺たちは一体何者だ?なぜここにいる?

俺達は、俺たちは―――

 

「ゼロ…。」

 

ある団員が呟いた。

 

「ゼロ様…。」

 

ある団員が続いた。

その呟きに呼応するかのように、

“黒の騎士団”総員17000人が一斉にメリー号を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オ、オイ、ルルーシュ!」

 

ルルーシュがゆっくりと羊頭の船首によじ登ろうとしているのを

見てウソップが驚きの声を上げる。

ルルーシュはその声を無視して羊頭の上に上がる。

いや、無視したのではない。

この時のルルーシュには、何も聞こえていなかったのだ。

ルルーシュはただ前だけを見つめる。

船首の上からは、この処刑場の全てが見渡せた。

カレン決意も、殺気立つブリタニア軍も、

そして、自分を見つめる黒の騎士団の団員達も。

この時のルルーシュは何も考えていなかった。

あれだけ、謀略に長けた男が、

あれだけ、演出にこだわる男が、

この時、この瞬間だけは、人生で生まれて初めて

戦略も、戦術も、頭の中のスーパーコンピューターさえ停止させた。

ルルーシュはただ、それに従った。

生まれ持った王としての資質に。

そして、今日までを生き抜いてきた反逆者としての本能に。

 

ルルーシュは…ゼロは、ゆっくりと右手を前に掲げた。

ただ、それだけだった。

だが、それだけで、

団員達の心に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“戦場の風”が吹き抜けた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒の騎士団の団員達が体験した戦場は、

所属した時期、参加した作戦によって、その風景を変える。

だが、どの戦場にも共通しているものがある。

 

それは、ブリタニア軍との圧倒的な兵力差。

絶望的な戦場だった。

 

そして、どの戦場にも決して変わらないものがあった。

絶望的な戦局。

圧倒的な数で迫り来るブリタニア軍。

その戦場に…自分達の側に…いつも、ゼロはいた。

 

ルルーシュの哲学の1つに、「王、自ら動く」というものがある。

 

 

それは、ルルーシュの信念――“撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ!”――

 

その覚悟を体現するものであり、命を賭ける部下達に自分の正体を

隠さざる負えない仮面の魔王のせめてものケジメだった。

それは、本来の王の在り方とは違う反逆の王の在り方。

戦場に出ようせず、安全な場所に隠れ潜む扇と対極の場所に立つ者の姿。

 

絶望的な戦局。

飛び交う死の弾丸の嵐。

騎士団の戦いは、常に四面楚歌、絶体絶命は基本仕様。

その地獄を前にして、団員達は決してあきらめなかった。

なぜなら、そこに―――ゼロがいたから。

 

  王はいつも我らと共にあり。

 

それが、正体不明の仮面の魔王と団員達を繋ぐ絆。

ゼロがそこにいたから…その誇りがあったから、

団員達は、戦うことが出来た。ここまで来ることができた。

 

そしてゼロは今も戦場にいる。

自分達の前にいる。

 

ゼロがとったポーズ。

 

絶望的な戦局において、ゼロが仕掛けたトラップが発動し、

ブリタニア軍が総崩れとなった時、ゼロはゆっくりと右手を前に掲げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その意味することは―――反撃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼロ…」

 

ある団員が呟いた。

 

「ゼロ…ゼロ!」

 

ある団員が続いた。

 

「ゼロ!ゼロ!ゼロ!」

 

片手を挙げながら、ある団員が声を上げた。

 

「ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!」

 

両手を高く挙げて、目に一杯涙を溜めながらある団員が続く。

 

「ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!」

 

武器を掲げ、涙を流しながら団員達はその名を叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

 

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

 

 

 

 

 

 

 

処刑場は、反逆者の名と

それに殉ずる“反逆者たち”の声に包まれた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グワァあッ!」

 

「き、貴様ら…!」

 

鎧の継ぎ目を狙撃されて、カレンを包囲していたナイト達が

次々と倒れていく。

 

「てめーら、誰に断って姉御に手を出してんだよ!」

 

「隊長! 隊長の背中は俺たち“零番隊”が守ります!」

 

「みんな…!」

 

最初に動いたのは零番隊だった。

ナイト達を一掃した後、

カレンを囲み、ブリタニア軍と交戦に入る。

 

次に動いたのは五番隊。

“四聖剣”卜部巧雪の配下達だ。

一斉に抜刀し、メリー号を襲おうとするブリタニアの一群に突入する。

 

「五番隊は麦わらの船にブリタニア軍を近づけるな!

 ゼロを…俺たちの“仲間”を守れえーーーーーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお――――」

 

「ぐわあぁ――!」

 

若い団員に幹部の玉城が殴り飛ばされた。

団員は、玉城の懐から鍵束を奪うと、

扇に反逆し、幽閉された仲間たちの下へ走る。

それ行動を前にして、

他の団員たちは次々と武器を取る。

 

それは、若い団員を止めるためではない。

それは、若い団員を粛清するためではない。

 

団員達は左右に分かれ、お互いの武器を交差させる。

次々とそれに加わる団員達。

そこに出来たトンネルを。

幽閉船に向かう道を若い団員は泣きながら走る抜ける。

それを見送った後、団員たちは次々とブリタニア兵に襲い掛かる。

 

若い団員は泣きながら走る。

 

“なぜ、自分は戦えなかったのか”

“なぜ、扇に反逆した仲間を助けなかったのか”

“なぜ、ゼロを最後まで信じなかったのか”

 

団員は走る。その後悔と共に。

 

「でも…まだ、間に合う!まだ間に合うんだーーーー!」

 

団員は走る。涙を拭い、決意と共に仲間の下へ。

 

ゼロを…仲間を助けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「扇、このペテン師野郎!必ずぶち殺してやるからな!そこで、首を洗って待ってろ――ッ!」

 

団員は、城壁の上にいる扇に向かって銃を撃つ。

はじめから、当たることなどは期待していない。

 

「いつも影に隠れやがって!この売国奴の裏切り者が!」

 

別の団員もそれに続く。

その銃撃は、ブリタニアと、そして扇に対する宣戦布告。

 

「1人だけ変なコート着やがって!そもそもお前はキモいんだよ!」

 

それは、祝砲。

扇の支配からの解放と、自分の名を思い出したことへの喜びを銃弾に込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が“扇ジャパン”だ!ふざけるなよ扇!俺は…俺たちは―――」

 

そう言って、団員は肩に付けられた

“扇ジャパン”のワッペンを引き千切り、空へと投げる。

 

それに次々と続く団員達。

 

それはまるで雪のように―――

 

“扇ジャパン”という恥辱を刻まれたワッペンは、

処刑場を舞う白い花びらとしてその生涯の最後を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちは―――」

 

「私は―――」

 

「僕は―――」

 

「俺が―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      

 

              “黒 の 騎 士 団” だ !!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギ、“ギアス”だぁ~!こ、こいつら全員、“ギアス”に操られているんだぁ―――ッ!」

 

 

 

 

 

“黒の騎士団”総員17000人の”反逆”

 

 

 

 

その事実を前に、

扇の絶叫が戦場と化した処刑場に空しく響き渡った。

 

 











ゼロが腕を掲げるシーンはBGMコードギアス「Madder Sky」のイメージでお願いします。


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ブラック・リベリオン

 

「ビぎゃーッ☆○#б%ж★χ◆ムキーッ★☆○#б%ーーーーッ!!」

 

 

 

扇は叫ぶ。

ゼロの、麦わらの、黒の騎士団に対する有らん限りの罵倒を。

それを少し離れた場所から、

シュナイゼルが相変わらずゴミを見るような目で見つめている。

だが、あの”変わらぬ微笑”はその顔からついに消えた。

 

 

 

 

 

「ししし、なんだよルルーシュ。お前、仲間いっぱいいるじゃん」

 

麦わら帽子を被り直しながら、ルフィはルルーシュに笑いかける。

 

「ああ、俺にはもったいないくらいだ」

 

その問いかけに、ルルーシュは仮面の中で静かに笑った。

 

ルルーシュは、再び戦場と化した処刑場を見つめる。

 

刃が激突し、銃弾が飛び交う戦場。

銃声と悲鳴が鳴り響く中、カレンと黒の騎士団達は、

数倍の数のブリタニア軍を相手に決死の戦いを続けていた。

 

ゼロは戦場を見つめる。

 

カレンを、団員達を、日ノ本の民達を、そしてナナリーを。

全てを救うために、頭の中のスーパーコンピューターが唸りを上げる。

戦略も、戦術も、演出も、策謀も、そしてゼロという存在も

全ては今日のために。

目の前にある全ての者を守るためにこそあり!

 

答えは出た。全てに決着をつけるための解答が。

ルルーシュは後ろを振り返る。

そこには、自分を命懸けで助けに来てくれた仲間達がいる。

ルルーシュは目を瞑り、そしてゆっくりと開いた。

 

 

 

 

 

「作戦を考えた。ルフィ…みんな、力を貸してくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

黒の騎士団の団員達の決意。

その気高き魂が、黄金の意志が、灼熱の風に乗り広場を吹き抜ける。

その熱に当てられた人々は、警備兵を殴り倒し、武器を奪う。

 

ここは、エリア11。

ブリタニア諸島における最大の激戦地。

ブリタニアに反逆するレジスタンスの最後の砦。

ここに、生きる人々は、親族関係に、商売関係に、生活の上で

なんらかの形でレジスタンスと繋がりを持つ。

そして、この広場に、ゼロの最後を見ようと来た者は、

元レジスタンス、現レジスタンスが大半を占める。

彼らを、黒の騎士団を援護するために、鉄柵の一部を破壊し、

戦場と化した処刑場になだれ込んだ。

 

「発砲用意!かまわん!イレブンどもを殺せ~!」

 

広場の警備隊長が叫び、警備兵たちは一列に並び、銃を構える。

その最初の標的となったのが、

 

「うう、ママ…。パパ…どこに行ったの?」

 

騒乱の中、両親とはぐれてしまった小さな女の子だった。

その光景を目のあたりにした人々は声にならない叫びをあげた。

 

 

行政特区・日ノ本における虐殺の再現。

 

 

警備隊長は腕を振り下ろす。

警備兵たちは同時に引き金を引く。

銃弾は、向かっていく。

小さな女の子に。最初の標的に。試し撃ちをかねて。生贄の意味を込めて。

 

その時だった―――

 

 

群集の中から全身を黒いローブで纏った人物が飛び出してきた。

黒いローブの人物は、女の子の前に着地し、両腕を広げた。

直後、十数発の弾丸が、黒いローブに突き刺さり、ローブから鮮血が噴き出した。

黒いローブの人物はそのまま、大の字に倒れ、ピクリとも動かない。

その周りはあふれ出た血によって赤い水溜りができた。

あっけに取られる警備兵たち。

その隙に、両親と思われる男女が女の子を連れてその場から走り去った。

数秒間の沈黙の後、

再び、警備隊長が檄を飛ばし、警備兵たちは銃を構える。

 

つまらんイレブンの自己犠牲。

 

それが、彼らが出した結論。

再び、彼らは新たな生贄を探そうとする銃を前に向けた。

そして、直後、驚愕した。

 

黒いローブの人物が…あの死体が“バッ”と飛び起き、こちらに向かって来るではないか。

 

 

  ローブの下に防弾チョッキを着ていた!?

  いや、では、あの血の量は何だ!?

  致死量をとっくに超えているはずだ!

 

 

刹那の間、驚愕ともに彼らのこれまでの軍人としての経験からの推理が生まれる。

しかし、目の前に迫り来る現実は、そのどれにも当たらないものだった。

 

「う、撃て!撃ち殺せ――!」

 

隊長の叫び声で我に返った警備兵たちは引き金を引いた。

再び、黒いローブに突き刺さる弾丸。

だが、もはや、その中には何もなかった。

 

その本体は遥か上――太陽の中にいた。

 

太陽の光ともに放たれた銃弾は、警備兵たちの心臓を正確に射抜き、

十数人の警備兵たちは、一斉に倒れた。

 

その人物は…女は大地に降りる。

太陽の中から現れたのは、緑髪の少女。

全身を黒で染め、その両の手には、黄金の拳銃が握られていた。

 

その黒き衣は魔女の正装。

 

“革命軍”・幹部。“魔王”ゼロの共犯者。

 

“魔女” C.C.

 

ブリタニアに伝わりし、”不老不死の魔女”の伝説はここに再び幕を開ける―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、革命軍の”魔女”…!」

 

「宰相閣下の仰られた通りだ!馬鹿が!わざわざ捕まりに来るとは!」

 

暴徒鎮圧のため、広場に援軍に来たブリタニア兵たちが口々に叫ぶ。

 

「撃ちまくれ!奴は不死身と聞いている!動けなくなった後で捕縛する!」

 

その一軍の上官と思われるブリタニア兵の言葉に従い、

ブリタニア兵は銃を構える。その数はおよそ50人ほどだ。

C.C.は黄金の拳銃を両の手で持ち、黙ってそれを見つめている。

 

「撃てーーーーーーーーーーーッ!!」

 

およそ50の弾丸が、C.C.に向けて一斉に発射された。

 

「なッ!?」

 

「はあ!?」

 

その直後、ブリタニア兵たちは驚きの声を上げた。

 

不死身の魔女。

革命軍の幹部。

 

その肩書きから考えれば、C.C.はそれなりの実力者であることは疑いがない。

この銃撃に対してもそれに見合う反応をするはずだ。

 

地を側転しながら避ける。

空を飛び、バク転しながら避ける。

 

それが、ある程度、実力がある者の反応だろう。

 

――だが、C.C.は違った。

 

“ヒョイッ”と擬音が付くかのように横にステップしただけだった。

ただ、それだけだった。

だが、それだけで、C.C.は全ての銃弾をかわしていた。

 

そして――

 

 

 ドサッ!

 

 

一番右端にいたブリタニア兵が倒れ、絶命した。

 

「う、撃って!とにかく撃ちまくれ!」

 

ブリタニア兵は再び引き金を引く。

叫びながら、何度も、何度も。

しかし、その度に、C.C.はステップを奏で銃弾をかわしていく。

 

それは、まるで踊りのように。

それは、まるで演舞のように。

 

華やかで、美しく、見ている者を魅了した。

 

 

 

         “ガン=カタ”

 

 

 

東洋の武術の型を元に軍事考案された対銃撃戦用の型。

それは、相手の銃の角度、人数から、瞬時にそれに対応する型を選択する。

その型は、銃弾をかわすと同時に、こちらからの銃撃に転じる。

理論上では、可能とされるこの新しき武術は、すぐにその存在を歴史から消した。

この武術を体現するには、高い反射神経、冷静さ、なにより、膨大な経験が必要だった。

それ故、およそ常人では、この武術の完成前にその命は戦場の露と消える。

 

C.C.がこの武術の存在を知ったのはおよそ50年前。

そして“ガン=カタ”を完成させるべく、選んだ練習場所は戦場だった。

全てが本番。

繰り返される失敗。死。死。死。

 

不老不死の魔女。

彼女のみに許された特権。狂気の人体実験。

その果てに完成を向けえた“ガン=カタ”

 

C.C.が50人からの一斉銃撃に対応できるようになったのはおよそ10年前。

魔女は舞う。華麗に。魔女は踊る。妖艶に。

ブリタニア兵の銃声をバックミュージックにしながら。

革命軍の魔女は踊る。

銃撃ごとにブリタニア兵はC.C.の銃撃で倒れていく。

その踊りに魅入られたように次々と。突如、戦場で開催された死の狂宴。

 

「ヒ、ヒヒヒヒヒ――ッ」

 

恐怖に耐えかねた狙撃兵が狂気の声を上げる。

その声を聞き、その狂宴を目の当たりにしたブリタニア軍に動揺が生まれた。

 

その瞬間を、その隙を見抜いたC.C.が空に向かって発砲する。

 

それを合図として、黒いローブの集団がC.C.の横を走り抜けていく。

次々とローブを脱いでいく屈強な男達。

その手には武器が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

「か、“革命軍”だ~ッ!!」

 

それが、そのブリタニア兵が発した最後の言葉だった。

革命軍は次々とブリタニア兵を倒し、レジスタンス達もそれに続く。

 

C.C.は広場からメリー号を見つめる。

そこには、仲間達が、自分の“共犯者”がいる。

 

「お前を死なせはしないさ、ルルーシュ。まだ“契約”は果たしてもらっていないぞ」

 

 

 

  もう忘れてしまった。本当の名前も、そんな感情も―――

 

 

 

あの日、そう言った私に向かって、真っ赤な顔をしながら小さな黒髪の皇子様は宣言した。

 

「僕は君と契約する!僕は君に―――」

 

 

 

バァン!

 

 

 

後ろから襲ってきたブリタニア兵を振り向くことなく撃ち抜く。

 

 

 

 

「私に“笑顔”をくれるんだろ?」

 

 

 

 

銃口から出る煙を吹き消しながら、C.C.は小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…扇君、あとは任せたよ」

 

「シュ、シュナイゼル様…!」

 

戦場に向けて罵倒を叫び続ける扇にその言葉を残し、

シュナイゼルはナナリーの車椅子を押しながら基地の中に消えていった。

その姿を、扇は呆然としながら見つめる。

 

扇は本能で感じ取った。

先ほどのシュナイゼルの言葉は自分に対する最後通告であることを。

黒の騎士団の反乱、そしてゼロの逃亡。

これら全ての失態は、間違いなく扇の責任となる。

 

その責任の帰結は――処刑。

 

“サ――ッ”と血の気が引いていくのを扇は感じていた。

目の前にいる大軍が、世界においても屈指の大国が、神聖ブリタニア帝国が敵となる。

その事実の前に扇は失禁しそうなのを必死で堪えた。

 

扇の能力――“モジャモジャノーム”は相手の心の隙につけこみ、徐々に洗脳していく。

 

だが、その能力はあの男には効かない。

シュナイゼルには…“エリアの半分を落とした男”には。

あの冷酷で非情な男は、自分をゴミのように処分するだろう。

扇は頭を抱える。

 

 

  なぜ、こんなことになった…そうだ!アイツだ!アイツらのせいだ!

  “魔王”ゼロ…そして“麦わら”のルフィ。全てアイツらのせいだ!

 

 

扇は羊頭の海賊船を睨む。

そこには、船の中に姿を消したゼロと麦わらの一味が再び船上に戻ってきた。

ゼロはまた、羊頭の上に乗り、様々なポーズをとる。

それを麦わらの男が笑ってみている。

船は港を離れ、ゆっくりと沖の方に進んでいく。

奴らはここから脱出する気だ。

このまま逃がすわけにはいかない。

もはや、自分が助かるには、コイツらを殺すしかない。

奴らを自らの手で仕留め、その首をシュナイゼルに差し出すしかない!

 

「藤堂!斑鳩を出せ!」

 

「…承知」

 

扇の頭から黒い霧が発生し、辺りを包む。

扇の後ろには、“将軍”藤堂と“四聖剣”そして、幹部たちが空ろな目をして集う。

 

 

 

「殺してやるぜ!麦わら~!そして・・・ゼローーーーーーーーーーーッ!」

 

 

 

常に後ろに隠れ潜んでいた男。

その男が・・・扇は自らの命を賭けてついに戦場に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車椅子を押しながらシュナイゼルは基地の中を歩いていた。

ナナリーの不安そうな表情を気にも留めず歩を進める。

シュナイゼルは考えていた。

この黒の騎士団の反乱をどう政治利用するかを。

 

そうだ…こうしよう。

 

この反乱、いや、扇のクーデター自体が、ゼロとドラゴンが策謀した罠だった。

平和を愛する我々ブリタニアは、その罠に嵌り、同盟条約を結ぶ。

そして、今日の調印式において、黒の騎士団とゼロは再び、牙を向ける。

ブリタニアは、危機に陥るも、ゼロを倒し、騎士団を全滅させることに成功した。

そして、ブリタニアは、黒幕であるドラゴンと革命軍の打倒を再び誓う。

 

まあ、落としどころはこんなところか。

これで、革命軍打倒を口実としたブリタニアの世界進出の計画に支障を出すことはない。

扇は…あのゴミの始末はどうしようか。

そうだ…ゼロの“忠実な部下”として後を追わせよう。

ゼロはその寸前で逃げられたが、あの処刑台はまだ使える。

観衆の見つめる中で、扇の首と胴体は海に落ちていく。“魔王”ゼロの忠臣として。

ゼロをあれだけ、憎んだ男にとっては最大の屈辱だろう。

あんな男の心情などどうでもいいことだが・・・。

 

しかし、ルルーシュ様、あなたには驚かされてばかりだ。

 

「え…!?」

 

驚きの声を上げて、ナナリーはシュナイゼルの方を振り向く。

かすかだが、あのシュナイゼルが笑う声を聞いたからだ。

名門貴族の出身。若き天才宰相。

あらゆる成功と名声を手中におさめてきたシュナイゼル。

 

その彼が人生で初めて“チェック・メイト”を返された――

 

 

ルルーシュ皇子。

認めよう。あなたが本物であることを。好敵手にふさわしいことを。

だが、あなたは、一時的に投了を免れたに過ぎない。

あなたの持ち駒は、キング(王)と数少ないボーン(兵士)のみ。

こちらには、その数倍の兵士とナイト達。

首都ペンドラゴンには、主力である”ナイト・オブ・ラウンズ”がいる。

その力の前にボロボロの王と兵士だけで何ができようか。

そして、最強の駒である“クイーン”(ナナリー)は、我が手の中に!

それだけではない。

私には切り札がある。絶対のカードがある。

扇は無能でも、獲物を追い立てる猟犬の役ぐらいは演じられるだろう。

あなたの逃げたその先には、あの者がいる。

チェスの駒にはない役柄――“暗殺者”

ロブ・ルッチ…“最強の暗殺者”があなたを待っている。

 

ゲームは次の1手で決まる。

 

シュナイゼルは笑う、静かに、冷酷に、凄惨に。

そこあるのは紛れもなくレジスタンス達を恐怖させた“エリアの半分を落とした男”の顔。

 

 

 

 

 

    「さあ、決着をつけよう、ルルーシュ皇子…いや”ゼロ”!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼロの処刑によって止まるはずだった“大反逆時代”の時計の針は再び音を立てて動き出した。

 

時計は回る。

ルルーシュの決意、ゼロの戦略、シュナイゼルの策謀を飲み込みながら。

 

時計は回る。

カレンに、C.C.、騎士団の団員たちの思いを乗せて。

 

時計は回る。

クルクル、くるくると。

ブリタニア諸島に生きる全ての者達の運命とルフィ達を巻き込みながら。

 

そして、針は止まる。

 

ブリタニア諸島における内戦の決着。

長きに渡るブリタニアと黒の騎士団の最終決戦。

 

針が指し示すは、あの灼熱の刻―――

 

 

 

 

今日、ここに・・・

 

 

 

 

 

        第二次“ブラック・リベリオン”開戦―――

 

 

 

 



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最終章 黒の反逆編
最強決戦 赤の決意


 

 

 

騎士団の団員達は“いま”を覚えているだろうか。

多くの時が流れても、それを覚えていることができるだろうか。

それは平和な日常の中で少しずつ記憶の彼方に埋もれていくのではないだろうか。

この灼熱の刻も、時が流れれば、いつか歴史の中に消えていく。

後年、ある歴史学者が、黒の騎士団の最後の団員にインタビューをとった。

 

“なぜ、戦うことができたのか?”

 

黒の騎士団・総員1万7000人に対してブリタニア軍は8万5000人。

こと軍事においては、数の有利は絶対なものであり、

戦略・戦術をもっても、この差を埋めることは難しい。

しかも、この戦いは突発的なものであり、戦術・戦略はなかった。

では、この絶望的な状況で、なぜ戦うことができたのか?

第二次ブラック・リベリオンにおいて、その背景には未だに多くの謎を残している。

だが、最大の謎は、なぜ、騎士団は戦うことができたのか、ということに尽きる。

その直前まで、ゼロを見捨て、

裏切り者と呼ばれようとも生に固執した彼らを変えたのは一体なんだったのか。

その質問に対して、黒の騎士団最後の1人である老人は、ただ一言呟いた。

 

 

  あなたも、あの時、あの場所にいればわかる。

 

 

歴史学者はその回答を理解することはできなかった。

老人は静かに笑う。

あの時、黒の騎士団は絶望の中にいた。

戦士としての誇りを忘れ、裏切り者の犬として生き残るだけの人生。

その暗闇の中に、たった一筋の光が差し込んだ。

それは、自分達が捨てた誇りの欠片。

自分達は、それを取り戻すため、走り出した…ただそれだけだった。

あの光を掴みさえすれば…ゼロを守るため戦うだけでよかった。

それだけで、裏切りも、卑劣さも、醜さも、生への執着も、いままでの全てを消して

自分達は自分達に戻ることができる。

自分達の信じた“黒の騎士団”に戻ることができる。

たとえ、その結果、戦場で果てようとも、自分の意志を受け継ぐ仲間がいる。

たとえ、全滅しようとも、ゼロが生きていれば、必ず自分達の意志を継いでくれる。

この戦場に無駄死になどない。

ただ、戦うことで…前へ、ただ前へ進むだけでいい。

それだけで、自分達の全てを肯定できる。

生も死も、勝利も敗北も、今までの人生の全て肯定できる。

ああ、それはなんと幸せなことだろう。

あの時、あの場に仲間と共にいれたことはなんと幸福なことだろう。

 

その数日後、彼は亡くなった。

その人生の最後、脳裏を過ぎったのはあの灼熱の風と戦友達の背中。

それは、時が過ぎても消して色褪せぬ記憶。

彼が黒の騎士団の団員であった証だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「離せ!離さんか!このイレブンが!」

 

団員をスピアで串刺しにした騎士は叫んだ。

彼は、ブリタニア帝国・本隊から派遣されたナイト。

その武器である巨大なスピアで団員を貫いた時に、浮かんだ歪んだ笑みは直後、

驚愕に、そしてすぐに恐怖に変わった。

絶命したと思われた団員が、スピアを握りしめ離さないのだ。

 

「離せと言っているのだ!イレ―――」

 

その直後だった。

団員の背後から別の団員が飛び出し、騎士の頚動脈を切り裂いた。

自分の首から噴出したものが何かわからぬまま、騎士は驚愕のうちにその最後を遂げた。

騎士を倒した団員は振り返ることなく、前に向かって走る。

彼と死を迎えようとしている団員は幼馴染。

新宿事変で家族や恋人を殺されたのを契機にレジスタンスになり、

ブラック・リベリオンの敗戦後を共に支え合い生き抜いた。

その親友の最後を団員は看取ろうとしない。

知っていたのだ。

振り返り、手を取ることが、死に逝く友への手向けにはならないことを。

その死に報いるなら、ただ一歩でも前へ。

彼が進めなかったその先へ。

団員は走る。ただ前だけを見て。目に一杯の涙を溜めながら。

その背中を見て、死に逝く団員は微笑んだ。

その背に、幼き日の思い出を見たから。

その背に、自分達が信じた明日を見たから。

 

 ああ、これで胸を張って家族に会いにいける。

 

団員は静かに目を閉じる。その顔は安からだった。

 

戦場における安らかなる死。

それは1つの奇跡に違いない。

その奇跡は、戦場の至るところに生まれ、

その連なりは、ブリタニアに恐怖を、騎士団に勇気を与えた。

 

 

 

神聖ブリタニア帝国。

 

世界政府においても屈指の大国。

この海域における最大の軍事帝国。

彼らの総兵力は8万5000人。

対する黒の騎士団は、レジスタンスと革命軍の助力を足しても約2万人。

圧倒的な戦力差。

ブリタニアの勝利条件は単純だ。

ただ、数の力で押せばいい。

ただ、囲んで殲滅すればいい。

ただ、それだけでいい。

だが、あのブリタニアに、それをさせることを許さないほどに

この戦場における黒の騎士団の勢いは常軌を逸していた。

 

 こんなはずはなかった。

 

ブリタニア兵は狼狽した。

自分は今日、勝利を受け取りに来ただけだ。

戦いは終わったのではないのか?

勝者は我々ではないのか?

支配者は…

 

その思考の刹那、銃弾が彼の胸を貫いた。

 

 

 

 

ブリタニアよ。

 

準備はできたか?

俺たちと命を賭けて戦う準備はできたか?

ブリタニアよ。エリアの支配者達よ。

その支配の代償を考えたことがあるか?

ブリタニアよ。覚悟なき圧政者よ。

今こそ、エリアの民の怒りを知れ。

今こそ、俺達の怒りを思い知れ。

ブリタニアよ。我々の宿敵よ。

今こそ、お前達の敵の名を思い出せ。

 

最後にもう一度問う。

ブリタニアよ。

 

覚悟はできたか?

俺達はとっくにできている。

ああ、そうとも、いつだってそうだ。

いつの時代も変わらない。

戦争とは、命と命の削りあいなのだ。

戦場にいるなら覚悟を決めろ。

だれであろうと変わらない。

 

撃っていいのは…

 

 

 

 

 

       “撃たれる覚悟のある奴だけだ!”

 

 

 

 

 

 

ゼロを…仲間を守るため命を捨てた黒の騎士団の団員達。

その覚悟を前にブリタニアが…最強の帝国が大きく揺らいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐怖し、混乱に落ちるブリタニア軍。

だが、しかし、その中で唯一笑う者がいた。

その男は当初からそして今に至ってもピクニック気分を変えることはない。

いや、この死の渦巻く戦場こそ、男が望んだ光景。

そう物語るように男はこの戦場の中に立ち、狂ったように笑う。

男はユニコーンを模った兜を被り、紫色の鎧で全身を染めていた。

その手には、特殊なスピアと巨大な盾を握っている。

男は、この処刑場におけるブリタニア軍の総指揮官。

ナイト・オブ・ラウンズ(最強の12騎士)が第10席。

 

その男の名は…

 

 

 

「お前にとって“大切なもの”は何だ? そう…“命”だぁ―――ッ!」

 

 

 

神聖ブリタニア帝国“ナイト・オブ・テン”

 

“吸血鬼” ルキアーノ・ブラッドリー。

 

死の戦場の中心のおいて“人殺しの天才”を自称するブリタニアの悪鬼は凄惨に嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、なんだ? だらしないぞブリタニア兵どもよ」

 

「ブ、ブラッドリー卿!」

 

ブリタニアと黒の騎士団との最前線に自ら足を踏み入れ、ルキアーノは呆れながら笑う。

 

「ア、アイツは!?」

 

「ナイト・オブ・テン! ルキアーノ・ブラッドリーだ!」

 

「ブリタニアの“吸血鬼”! なぜ、ここに!?」

 

ナイト・オブ・テン。

この戦場におけるブリタニア軍の総指揮官。

その怨敵の突然の登場に驚きの声を上げる団員達。

だが、すぐ落ち着きを取り戻し、その瞳には殺意の炎が揺らぐ。

 

「司令官殿がわざわざ、前線にお出ましとは探す手間が省けた!」

 

「ブリタニアの“吸血鬼”! 貴様に殺された多くの仲間達の仇をとらせてもらう!」

 

「囲め!縦横活殺自在陣を敷く!一気に殺るぞ!」

 

十人からなる団員達がルキアーノの左右に分れ、旋回する。

ルキアーノはそれを愉快そうに見ている。

 

「今だ―――ッ!」

 

その声を合図に、旋回していた団員全員がルキアーノに突撃をかける。

十の刃がルキアーノに突き刺さろうとする次の瞬間―――

 

「がハッ――ッ!?」

 

左側から突撃をかけた団員達がドリルのように高速回転するスピアに吹き飛ばされた。

攻撃に対してルキアーノは一瞬で距離を詰め、

左から来た団員達を瞬殺すると反対にいる団員達に向けて巨大な盾を向ける。

盾が左右に開き、そこからマシンガンのようにナイフが撃ち出された。

まさに、ほんの一瞬だった。

瞬きするほどの時間で十人の団員達はルキアーノの前に倒れ、起き上がる者はいない。

その戦闘を目の当たりにしたブリタニア兵達は感嘆の声を上げた。

 

「馬鹿どもが! 数ではこちらが圧倒的に上だ。冷静になれブリタニア兵達よ。

 数で押せ。囲んでゆっくりと殲滅せよ。

 イレブンどもにもう一度教えてやれ。この諸島の支配者は誰であるかをな!」

 

「ブラッドリー卿!」

 

「さすがは“ラウンズ”!そうだ、イレブンどもを殺せ!」

 

“ナイト・オブ・ラウンズ”(最強の12騎士)ブリタニアの力の象徴。

 

その最強の騎士の力を前にブリタニア兵は冷静さを取り戻した。

勢いは黒の騎士団にある。だが、それが何だ。

数ではこちらが圧倒的に上回っている。

時間がたてばいずれ戦局は逆転する。

そして、なにより、この戦場には、ブラッドリー卿がいる。最強の騎士がここにいる。

“ナイト・オブ・ラウンズ”の戦場に敗北などありえない。

 

 

 

 

 

冷静さを取り戻し、士気を上げるブリタニア兵達。

それを確認したルキアーノは、倒れた団員の一人に向かって歩いて行く。

 

「…ところで、イレブンよ。お前にとって“一番大切なもの”は何だ?」

 

ルキアーノは、ナイフが肩に刺さり、絶命を免れた若い団員を見下ろす。

その目には、快楽と狂気の色が浮かんでいる。

 

「う、うう…」

 

傷口を押さえながら、団員は呻いた。

十人で同時攻撃を仕掛けたはずが、自分を除く仲間全員が一瞬の内に惨殺された。

“ナイト・オブ・テン”。その圧倒的な強さ。

そして、その目に映る狂気を前に団員の顔は恐怖で歪む。

 

「そうだ!大切なもの…それはお前の“命”だぁ~!」

 

「ヒッ!!」

 

そう言って、ルキアーノは団員の眼前にスピアを止める。

そのスピアは先ほど殺した団員の血で赤く汚れ、不気味な光を放つ。

その光を恍惚の表情で眺めながら、ルキアーノは言葉を続ける。

 

「知っているか? イレブンよ。血の色は、同じ赤ではないということを」

 

眼前にある凶器とルキアーノの狂気に震える団員。

だが、ルキアーノは最初から自論に対する返答など期待していない。

それはまるで、目の前に出された料理を批評するかのようだった。

 

「科学的に証明などされてはいないが、俺は知っている。

 何千という敵兵の死を目の当たりにすれば、それに気づくはずだ。

血の色は、恐怖に染まれば、染まるほどにその鮮度を増すということが。

その色は、死の寸前こそ、最も美しく輝く…だから」

 

それまでの体験を思い出すように、虚空を見るルキアーノ。

その顔は恍惚で染まり、身体はかすかに震えている。

 

「聞かせてくれよ、お前の叫びを。魅せてくれよ、お前の血の色を!

 お前の一番大切なもの…命を賭けてな~ッ!」

 

視線が再び団員を捕らえる。

その目は、まるで爬虫類のように細くなる。

そして、団員の眼前にあるスピアが回転を始めた。

 

「うッうあ…」

 

ブリタニアの“吸血鬼”。

そのふたつ名に相応しいルキアーノの狂気。

団員は恐怖で声も出ない。

身体はガタガタと震え、目に一杯の涙を浮かべる。

 

だが――それでもなお、団員の瞳から、その気高き意志は消えることはなかった。

 

 

  ああ、俺はもうすぐ死ぬ。

  ブリタニアの“吸血鬼”。

  この化け物には、たとえ俺が何人いようと傷ひとつさえつけられないだろう。

  スピアが回転している。音がリアルだ。

  きっと、刺されたら痛いなんてもんじゃないだろうな…。

  この化け物が語っていた話はたぶん本当なのだろう。 

  血を見るのが好きというのだけは、嫌というほど伝わってくる。

  だが、こいつの本当の狙いはそれじゃない。

  こいつは、“叫び”を聞かせてくれと言った。

  この化け物の本当の狙いは俺の叫び声だ。

  惨殺される俺の悲鳴を戦場に響かせ、騎士団の士気を落とすことにあるのだ。

  それが、こいつの目的だ。

  こいつはそれを趣味も兼ねてやろうとしていやがる。

  だがな、ナイト・オブ・テン…ブリタニアの吸血鬼。

  俺を、黒の騎士団を…舐めるな!

  たとえ、死ぬことになろうとも、仲間の足を引っ張るくらいなら死んだほうがましだ!

  貴様なんぞに、ただの一声だってやるものか!

 

 

迫り来る死。

最後の“反逆”の覚悟を決める若い団員。

 

その眼前を“赤い波動”が通り過ぎた―――

 

 

 

     「違うな…間違ってるよ、ブリタニア」

 

 

 

その声を聞き、その姿を見た時、

若い団員は、安心感で涙腺を緩め、涙と共に鼻水を流す。

 

「た、隊長~ッ!」

 

「命より大切なものは…ある!」

 

その髪を見た者は等しく“月夜”を連想する――

 

 

黒の騎士団“零番隊”隊長“紅月”カレン。

 

 

黒の騎士団最強の戦士が、ついに最強の騎士の前に立つ!

 

 

 

 

 

 

 

「ほう…」

 

輻射波動をかわし、距離をとったルキアーノが

カレンの姿を見て、愉快そうに笑う。

ブリタニアの“吸血鬼”は、黒の騎士団最強の戦士を

目の当たりにしてもいつもの調子を崩すことはない。

いや、その狂笑は、カレンの突然の乱入を歓迎すらしていた。

 

「黒の騎士団“零番隊”隊長、カレン・シュタットフェルトよ。

 お前の噂は聞いているぞ。“魔王”のゼロの親衛隊長よ。

 確認する。お前が“黒の騎士団のエース”だな?」

 

“黒の騎士団のエース”

 

その言葉は前にカレンは一瞬とまる。

“零番隊”隊長として、数々の戦場を駆け、武勲を打ち立ててきたカレン。

その称号に十分相応しいのは、団員全員が認めている。

それでも、カレンは、自分よりずっと前からブリタニアと戦ってきた

“将軍”藤堂や“四聖剣”のことを考えると、

どうしてもその称号を自ら名乗る気にはならなかった。

“騎士団のエース”その称号は、レジスタンス全ての希望になりうる者こそ相応しい。

それが、カレンの自論であり、真実だった。

そして、この最後の決戦の場において、最強の敵から、その名を問われた。

 

 

  “黒の騎士団のエース”か…。

  その言葉は、私には、ずっと重荷だった。

  その二つ名は、騎士団の象徴を意味する。

  ブリタニアと戦う全てのレジスタンスの希望を意味する。

  私が背負うには、重すぎる。ずっとそう思っていた。

 

 

カレンは視線を移す。

あの若い団員は、仲間に担がれ、後方に運ばれていく。

さきほどの気高き意志を持った若者とは思えぬほど、泣きじゃくっている。

だが、その姿は微笑ましく、とても美しく感じられた。

カレンだけは知っていた。あの若い団員の覚悟を。

彼は、殺されようとも、ただの一声すら上げなかっただろう。

 

 

  みんな、バカだよ。

  ゼロを逃がすために死ぬのは、私だけでよかったのに。

  地獄の底まで一緒に行こうなんてさ。

  本当にバカばかりだ。だけど…最高の仲間だ!

  死なせたくないな、みんなを。

  いや、こんないい奴らを死なせてなんかやるものか!

  みんなが、必死になってブリタニアと戦っている。

  この兵力差において、現状はまったくの互角だ。

  この現状こそ、ひとつの奇跡に違いない。

  なら、私も負けてられないな。

  起こしてやろう、奇跡というやつを!

  そのために、名前のひとつも背負えないでどうする?

  今こそ、背負う!今こそ、胸を張ろう!

  私は…“騎士団のエース”だ!

 

 

カレンがルキアーノの前に立ったのは、偶然ではない。

“ブラック・リベリオン”が始まってから今に至るまで

カレンは、ルキアーノの姿を戦場で追い求めていたのだ。

現状において、騎士団とブリタニアはまったくの互角。

しかし、時間がたてばたつほどに、勢いは落ち、数の力は有利となる。

だからこそ、カレンは動いた。

今、この互角の戦場を崩すために。騎士団に勝機をもたらすために。

この均衡を崩すには、騎士団の勢いをさらに増し、ブリタニアの士気を挫けばいい。

そのためには、そのきっかけが必要だ。

 

ナイト・オブ・テン――ブリタニア軍の総指揮官にして、

最強の12騎士の一人。ブリタニアの力の象徴。

 

カレンが考えたこと。それは――ラウンズの”瞬殺”

 

ブリタニアの力の象徴をねじ伏せることで、この戦場の流れを決めようと考えたのだ。

それは、黒の騎士団の命運を背負うことを覚悟した赤の決意。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、そうよ。はじめまして、ブリタニアの吸血鬼さん」

 

カレンの回答に、ルキアーノは満面の笑みを浮かべる。

 

「ハハハ、イレブンのエースよ!お前は“戦場の真実”を知っているか?」

 

「…さあ? 何かしら」

 

質問に答えながら、カレンは距離を詰め、ぎりぎりの間合いで止まる。

それを知りながらもルキアーノは自論を続ける。

 

「日常で人を殺せば、罪となるが、戦場では人を殺した数だけ英雄になる」

 

「ふーん、ブリタニアの吸血鬼さんは英雄になりたいわけ?」

 

ルキアーノの自論にカレンは、不快に顔をしかめる。

その反応にルキアーノは嘲るように首をふる。

 

「い~や、公に人の一番大切なもの…“命”を奪えるなんて最高じゃないかって話さ」

 

「アンタさあ…下品なんだよ!」

 

二人の殺気が交錯する。

その雰囲気を察し、団員とブリタニア兵は二人から距離をとる。

 

カレンの右手から赤い波動が迸り、ルキアーノはそれを見て狂ったように笑い、嗤う。

 

 

 

“黒の騎士団のエース”と”ナイト・オブ・ラウンズ”

 

 

 

騎士団とブリタニアの最終決戦。

 

その場において、史上初めて、”最強”の2人が、ついに激突する―――

 

 



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最強決戦 裏切りの白

第二次“ブラック・リベリオン”の開戦により戦場と化した処刑場。

黒の騎士団とブリタニア軍は陸で激突し、

麦わらの一味とゼロは海に逃れ、扇達はそれを斑鳩で追う。

その騒乱から、少し離れた沖に、一隻の軍艦が浮かんでいた。

調印式の開始前から何時間も停泊していたその軍艦は

一般的なものよりも小型であり、それはむしろ「工作船」と呼ぶ方がふさわしい。

その船は世界政府直属のある組織が所有物。

 

その組織の名は――CP9

 

世界政府直下の諜報機関CP(サイファーポール)。

政府の指令により、あらゆる情報を探り出すため、世界の8ヶ所に拠点を置き、

CP1(サイファーポールNo.1)からCP8(サイファーポールNo.8)までの8つの組織がある。

だが、CPには公式には存在しないもう1つに組織が実在する。

 

それが、CP9(サイファーポールNo.9)。

他のCPが諜報活動を専門とするなら、彼らの任務はその他。

つまり、公式においては決して許されない任務…“暗殺”を専門としている。

悪党を裁く、司法の島「エニエス・ロビー」にその本拠地を置き、

長官スパンダムの下、7人の実力者で構成された実行部隊。

“闇の正義”を標榜し、

世界政府に対して脅威となりえる人間に対する暗殺を生業とする殺しの集団。

まさに世界政府の闇の体現者達であった。

その暗殺組織が、偶然にもそのメンバーの内、実に4人が、

ここブリタニア諸島にほど近い「ウォーターセブン」において諜報活動を行っていた。

その目的は、古代兵器「プルトン」の設計図。

だが、彼らはその手がかりを掴めぬまま、数年の時が過ぎていた。

そんな中で、突如やってきた神聖ブリタニア帝国・宰相シュナイゼルからの

ゼロ逃亡に備えた処刑場の警備の要請。

CP9長官スパンダムは、いずれ世界政府の中心の1つになるであろブリタニアに恩を売るために、

要請に対して、2人のCP9の派遣を決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっと、慣れてきたか…)

 

数年ぶりに袖を通したスーツにそんな感想を抱きながら、男は工作船の廊下を歩いて行く。

本来であれば、正当な制服であるべきスーツに違和感があるのは、

今、行っている任務がそのスーツとはまるで無縁なものであったからに他ならない。

古代兵器「プルトン」の設計図。

その入手のため、男は現在、「船大工」として働いている。

大工の職場にスーツなど必要なわけもなく、

男は、ここ数年、Tシャツとラフなジーンズのみで生活を行っていた。

それが、数年も続くとなれば、

本来の制服である黒のスーツに違和感を持つのも自明なことだろう。

それだけ、難航している任務。

設計図は伝説の船大工トムの弟子のアイスバーグが握っていると考えられる。

だが、その尻尾を掴めぬまま、任務はついに5年を経過していた。

 

男は、いっそのこと、このまま、船大工にでもなってしまおうかとすら考えることがある。

所属しているガレーラカンパニーは、この海域でも指折りの造船会社。

街の人間からの信頼も厚く、キャリアを築くには申し分ない環境だ。

パウリーのギャンブル狂が社長にならなければ、潰れることはないだろう。

だが、そんなことは所詮、夢物語だと男は知っている。

 

本質の違い。

 

ただ、その一点を持ってガレーラの連中とは相容れない。

所詮、今の自分は、擬態に過ぎない。

獣はどこまでも行っても獣。人と交わり生きることなどできない。

血が戦いを求める。

それは、平穏であったこの5年の間でも変わることはなかった。

だからこそ、休暇を取ってまで、この任務を受けたのだろう。

 

“魔王”ゼロが逃走した際における速やかな暗殺――

 

スパンダムの馬鹿が、ブリタニアの歓心を買うために引き受けた要請。

神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼルからの直接の指名。

10万の大軍から、ゼロが逃亡することを前提とした無価値な任務。

これを受けたのは、断る理由が特になかったこともそうだが、

心のどこかで、それを期待していたからだろう。

 

 

ゼロが逃亡することを。戦争が起こることを。

 

 

男は廊下を歩いて行く。

男の頭には、今の任務でも、

そして戦場でも被り続けたトレードマークのシルクハットと、

そして、その肩には、相方である鳩の「ハットリ」が留まっている。

船上に近づくに従い、その音は聞こえてくる。

獣の聴覚には、遠い戦場の声がはっきりと聞こえてくる。

 

銃声と悲鳴が交錯する戦場。

 

それは、まるで男の帰還を祝福するファンファーレのように。

それは、故郷の子守唄のように。

全てが、懐かしく感じる。しっくりくる。ここが自分の本当の居場所だ。

 

 

 

「ああ、認めてやる。好きなんだよ“殺し”が…」

 

 

 

世界政府直属・暗殺組織CP9リーダー。

ロブ・ルッチ。“最強の暗殺者”は獣のような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ロブ・ルッチは、船上に向かって歩いて行く。

ブラック・リベリオンにより、戦場となった処刑場。

悲鳴と銃声は、獣の聴覚を持たずとも、常人にも微かに聞こえてくる。

ロブ・ルッチが、船上に向かうのは、戦場を確認するためではない。

 

悲鳴と銃声。

 

それが、今まさに、戦場ではなく、この船の船上に鳴り響いていた。

船上への入り口には、複数の男達が倒れていた。

彼らは、この任務に同行していた次世代のCP9の候補者達。

候補者といえど、他のCPと比べてもその実力は遜色がない。

だが、彼らは、白目を向いて倒れており、その周りには、武器が散乱している。

さきほどの悲鳴や銃声は、彼らのものに間違いはなかった。

ロブ・ルッチのその中の一人に目をやる。

 

(コイツは確か…ネロとかいう奴か)

 

海イタチのネロ。

六式の内、四式を使いこなし、近々、正式にメンバーとなる予定の男だ

だが、その期待の新人は、泡を吹き、無様に気を失っていた。

 

(六式も使いこなせないゴミがCP9とは…候補者のレベルも落ちたものだ)

 

そう毒づきながら、進行の邪魔となるネロを蹴飛ばし、前に進む。

新入りと候補者達の醜態。それは、1つの事実を物語っていた。

 

 

確かな実力を持った“賊”の侵入――

 

 

予感は確信に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

船上に出ると太陽が眩しく、海鳥が歌い、その下を二つの影が交錯していた。

 

「ほう…」

 

ルッチは感嘆の声を上げた。

暗殺者として、常に冷徹であることを求められ、それを実行してきたロブ・ルッチ。

その彼をして、驚嘆せしめるほどに、目の前で起こっている現象は異常であり、

また、彼の顔に獣のような笑みが浮かぶほど、その光景は鮮烈なものであった。

 

二つの交錯する影。

 

その内の一人をルッチは知っていた。

その男はここに派遣された2人のCP9の片割れ。

潜伏している“ウォーターセブン”においては酒場のマスターとして働いていた。

牛のような体格を持ち、普段はのんびりとした性格をしているが、それは全て擬態。

本来の性格は、冷静沈着。暗殺実行にあたり、眉1つ動かさぬポーカーフェイス。

実力も、CP9において上位に属する。

 

ブルーノ。

 

暗殺者の中の暗殺者。暗殺者の完成形。

その男が、額に汗を浮かべ、必死の形相で拳を振るっていた。

 

六式。

指銃、嵐脚、剃、月歩、鉄塊、紙絵、それら六つを一式として完成する暗殺者の武術。

進入した賊は、瞬間的に加速するブルーノの“剃”に難なく追いついて行く。

指を硬化させ、鉄すら貫通させる“指銃”を華麗に捌き、

ブルーノのわき腹に廻し蹴りを放つ。

胃液を吐きながら、ブルーノは距離を取ると、

その後ろにドアが出現し、その中に姿を消した。

 

ブルーノの悪魔の実の能力“ドアドアの実”

 

隔てるものをドアに変えられ、人体や大気にもドアを作り出すことができる。

 

侵入者は、構えを解き、目を瞑る。

その背後に突如、ドアが出現し、ブルーノが扉を開き、現れた。

常人では、瞬きするほどの瞬間。侵入者の頭に指銃が伸びていく。

だが、侵入者は、それを見ることなく、ただ、首を動かすだけでかわし、

ブルーノの鼻っ柱に裏拳を叩き込む。

鮮血が吹き出る。鼻を押さえながら、ブルーノは月歩で後方に飛ぶ。

 

(…折れてはいないか。だが、呼吸は苦しくなるな)

 

同胞の劣勢を、眉1つ動かすことなく、ルッチは分析する。

 

空中を逃げるブルーノを、賊は地を疾走しながら追う。

着地したブルーノは、即座に“鉄塊”で身を固める。

身体を鋼鉄と化す絶対防御。どんな攻撃を跳ね返す究極の体技。

だが、侵入者は構わずにその懐に飛び込む。

拳を引き、体勢を低く構え、それはまるで虎のように――

 

拳をブルーノの腹部に叩き込んだ男は、背を向けて空手の“極め”のようなポーズをとる。

その直後、ブルーノの牛のような巨体はゆっくりと崩れていく。

ゆっくりと崩れゆく同胞の身体。

それにより、ルッチは侵入者の後ろ姿を初めて目の当たりにする。

 

賊の背中には、その所属を示す二つの文字が刻まれていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

          “ 正    義 ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかる、枢木中将殿」

 

気絶したブルーノを船内に投げ入れた後、

ロブ・ルッチはシルクハットをとり、恭しく一礼する。

 

「最年少の海軍中将にして、神聖ブリタニア帝国の“ナイト・オブ・セブン”。

 輝かしい業績と肩書きに比例するかのように、あなたには数々の二つ名がある」

 

その経歴を解説しながら、

ルッチはポケットに手を入れて、ズカズカ、とスザクに向かって歩いて行く。

この海域の賞金首を始め、要人のデータは全てルッチの頭に入っている。

それは、海軍とて例外ではない。

 

「“最年少の中将”“白騎士”“ゼロを討った男” ”白き死神”」

 

ロブ・ルッチは制空圏の前でピタリと歩を止め、スザクを見る。

その目には、敬意ではなく、明確な敵意が光る。

 

「だが、ここでは、こうお呼びした方がいいだろうか…何のつもりだ?“裏切り”のスザク!」

 

常人では心停止するほどの、殺気が周囲に迸る。

 

 

  風が気持ちいいな―――

  こんな当たり前のことを感じるのは新兵の時、以来だろうか。

 

 

その凍りつくような殺気の中、スザクは、昔を思い出していた。

神聖ブリタニア帝国“ナイト・オブ・セブン”海軍中将“白騎士”スザクは海を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間前――

 

 

 

「…恥知らずのイレブンめ。せいぜいその“奇跡”に縋り付くがいい」

 

離れ行く高速艇を見下ろしながら、ナイト・オブ・ラウンズが12席、

“ナイト・オブ・トゥエルブ” モニカ・クルシェフスキーは先ほどあったことを思い返した。

 

神聖ブリタニア帝国と黒の騎士団の同盟。

そして、その調印式における“魔王”ゼロの公開処刑。

 

宰相シュナイゼルは、万が一の事態に備え、異例とも言える3人のラウンズの派遣を決定した。

 

陸においては、処刑場におけるブリタニア軍の総司令官として

“ナイト・オブ・テン” ルキアーノ・ブラッドリーを。

海においては、ブリタニアと海軍の連合艦隊の総指揮官として

“ナイト・オブ・トゥエルブ” モニカ・クルシェフスキーを。

 

そして、最後のラウンズは、モニカの指揮する連合艦隊に突如として訪問した。

 

「…お久しぶりです。枢木卿」

 

「お久しぶりです。クルシェフスキー卿」

 

“ナイト・オブ・セブン” 、枢木スザク。

神聖ブリタニア帝国“ナイト・オブ・ラウンズ”が第7席にして海軍ブリタニア支部の中将。

その任務はゼロの仲間と思われる麦わらの一味の捕縛であった。

 

「どのようなご用件で、ここにいらしたのでしょうか?」

 

機制を制すかのように、モニカは話しかける。

“ブリタニアの薔薇”と呼ばれ、絶やすことなき太陽のような笑みはそこにはない。

その目は、まるで怨敵を見るかのように冷たく光っていた。

同じラウンズの席に座りながらも、

モニカとスザクの生い立ちは対極といえるほど違っていた。

 

ブリタニアの名門貴族と名誉ブリタニア人。

 

そこには、歩みよることが許されないほど、深き溝が存在する。

 

名誉ブリタニア人。

 

ただ、その一点を持って、モニカにとって、それは視界に入れる存在とはならない。

その存在に対等に話かけられるという、この事態そのものがモニカにとっては屈辱だった。

皇帝シャルルの戯れ、宰相シュナイゼルのエリア戦略のためのラウンズへの抜擢。

生粋のブリタニア人であるモニカにとって、枢木スザクは唾棄すべき存在だった。

そして、なにより、

モニカの警戒心を駆り立てたのが、この枢木スザクの訪問という行動だった。

シュナイゼルの最後の電報により、枢木スザクの任務失敗をモニカはすでに知っている。

 

ゼロの奪還を目論むテロリストの生死を問わない捕縛。

 

その自分の任務の中に、“麦わらの一味”が加わり、彼らをを向かい討つべく、

モニカは連合艦隊を移動させ、ここに陣を敷き、待ち構えていた。

だが、網に飛び込んできたのは、同じ“ナイト・オブ・ラウンズ”。

一億の首とはいえ、海賊のルーキーに敗れたラウンズの面汚しだった。

 

何をしにきた?

 

それが、モニカの率直な感想だった。

常識的に考えれば、スザクの任務はすでに終わっている。

シュナイゼル宰相からは、何も聞かされていない。

はっきり言えば、気味が悪かった。

 

「自分は、処刑場に向かわなければなりません!

 クルシェフスキー卿には、自分の通行を妨げないように、

 他の艦隊に伝令を出して頂きたいと考え、貴公を訪問しました」

 

「失礼ですが、それは何故ですか?」

 

「麦わらの一味はゼロの“ギアス”にかかっておりました。

 ゼロはおそらく他の者…ブリタニアの要人に“ギアス”をかけている可能性があります。

 何度も戦ってきた自分なら、処刑場にいれば、万が一の事態を未然に防ぐことができます!」

 

「…なぜ、それをシュナイゼル宰相に進言しなかったのですか?」

 

「…恥ずかしい話ですが、麦わらと戦ったダメージで冷静さを失っていました。

 式は、すでに始まっており、シュナイゼル宰相と連絡をとることはできません。

 それで、恥を忍んで、独断でここに馳せ参じました…」

 

そういいながら、枢木スザクは、額に大粒の汗をかく。

 

…明らかに、怪しかった。

 

枢木スザクの弁明を前に、モニカは沈黙する。

 

――怪しい。

 

この一言を発した際におけるリスクを考えながら。

 

“ナイト・オブ・ラウンズ”

 

神聖ブリタニア帝国において、その地位は、皇帝、宰相の後に次ぐ。

12人全員が、領土と城と兵士を所有し、大きな権限と独立性を持っている。

それゆえ、ラウンズが他のラウンズに対して名誉を犯し、

権限に干渉した場合における内紛は内戦すら招きかねない事態に陥る。

事実、過去、ラウンズ同士の争いが、

皇位継承者を巻き込んでの泥沼の内戦に突入し、その争いは十数年に及んだ。

 

その教訓として課された鉄の掟――ラウンズの相互不干渉。

 

モニカの枢木スザクに対する嫌疑は、それに該当しかねなかった。

 

 

  枢木スザクは確かに怪しい。

  だが、それだけだ。灰色はどこまでも灰色。黒ではないのだ。

  私がその一言を発した場合、枢木スザクはどう出るのだろうか?

  名誉を害されたとして、決闘を申し込んでくるかもしれない。

 

 

“ナイト・オブ・ラウンズ”の戦闘力は、個人差こそあれ,海軍の中将に匹敵する。

別格である“ナイト・オブ・ワン” ビスマルク・ヴァルトシュタインを頂点とする序列。

その中において枢木スザクは、

間違いなく三指に入る実力を有しており、モニカはそれに及ばない。

 

 

  仮に決闘となれば、私はこの男に勝てるだろうか?

  いや、ラウンズにおいて、この男に必ず勝てると断言できるのは

  ヴァルトシュタイン卿ただ一人。

  可能性があるのは、“ナイト・オブ・スリー” ジノ・ヴァインベルグくらいか。

  それほどに、この男のポテンシャルは計り知れない。

  連合艦隊の助力があれば、勝てるかもしれない。

  だが、多勢で勝利したとあっては、ラウンズの名誉に傷がつく。

 

  

額に汗をかくスザク。

だが、モニカも、自身がいつの間にか頬に汗を流していることに気づく。

 

 

  私の任務は、処刑場に近づく賊の捕縛だ。

  まさか、それにラウンズを含むわけにいかない。

  “怪しい”の一言は、まさに揚げ足を取られかねない。

  ああ、ウザい!何なのだ?このイレブンは。何が目的なのだ!?

  処刑場には、10万の大軍がいる。もはや誰にも何もできまい。

  この男が今更行ったところで何になるというのだ。

  そもそも、無様に“麦わら”に破れた貴様が悪いのではないか。

  失態を挽回できると思っているのか。

  そこまでシュナイゼル宰相の歓心を買いたいか。

  それとも、やはり別の目的が…

 

 

「クルシェフスキー卿!聞こえていますか?」

 

「は、はい! 何でしょうか!?」

 

真意不明のスザクの行動を前に、頭の中の密室をグルグル回っていたモニカは、

スザクの声により現実に戻ってきた。

 

「クルシェフスキー卿!通行の許可の伝令をお願いします。

 自分は、ブリタニアの危機に対してラウンズとしての責務を果たしたいだけなのです。

 “ナイト・オブ・セブン”の名誉に賭けて誓います!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…恥知らずのイレブンめ。せいぜいその“奇跡”に縋り付くがいい」

 

処刑場に向かっていくスザクが乗った高速艇を見下ろしながら、モニカは呟いた。

 

 

“ナイト・オブ・セブン”の名誉。

 

 

その一言により、モニカは枢木スザクの進言を聞き入れた。

ブリタニアの名門貴族の家に生まれ、騎士を志し、血の出るような研鑽を積んできた。

それゆえ、ラウンズの一員となることの奇跡を、その意味を誰よりも理解していた。

“ナイト・オブ・ラウンズ”騎士の中の騎士。

その眩いばかりの名誉と名声は、何を犠牲にしても代えがたい。

その奇跡を不相応にも、イレブンごときが手にしている。

 

枢木スザク。

“ゼロを討った”売国奴。日ノ本を裏切った名誉ブリタニア人。

あの男にとっては、“ナイト・オブ・セブン”という称号だけが、

このブリタニアで生きるための証明書なのだ。

あの醜いイレブンは、今回の任務失敗で、

万が一にもその奇跡を失うことを恐れたに違いない。

だがらこそ、あのような嘘をつき、処刑場に出向き、

シュナイゼル宰相の歓心を買おうとしているのだ。

なんと汚らわしい輩だろう。所詮、イレブンはイレブン。ブリタニア人にはなれない。

 

「…恥知らずのイレブンめ。せいぜいその“奇跡”に縋り付くがいい。

 その称号が真にふさわしいブリタニア人の手に戻る日まで」

 

そう言って、モニカは海から背を向け、船の中に戻っていく。

 

モニカ・クルシェフスキー。

ブリタニアの名門貴族出身。騎士の中の騎士。ブリタニア人の中のブリタニア人。

 

それが、彼女の限界だった。

 

だが、モニカにミスはなかったと強調したい。

枢木スザクの灰色の行動を制す権限は同格のラウンズである彼女にはない。

それも、相手は海軍中将でもあり、下手な干渉は、事態の複雑さを増すだけだ。

疑わしきは罰せず、その原則に従った彼女を誰が裁けよう。

あの段階において、枢木スザクの心を見抜けた者などいない。

ただの一度でも、権威や称号に頭を下げた経験のある者にわかるわけがない。

 

枢木スザクとって、“ナイト・オブ・セブン”の称号も

海軍中将の地位も輝かしい名誉も名声もそれらを生み出してきた”奇跡”すら

 

 

何の価値もなかった―――

 

 

スザクは嘘に嘘を重ね、包囲網を抜けて処刑場に向かった。

 

この男が嘘をつく。

 

それ自体が1つの奇跡に違いない。

海軍基地が視界に入った頃、“ブラック・リベリオン”は始まった。

それにより、スザクは進路を変える。

沖に浮かぶ一隻の軍艦。

それをCP9の工作船と見抜いたスザクは迷うことなく突入する。

 

スザクの嘘の帰結。

その奇跡は、ゼロの救出に間に合わずとも、シュナイゼルの最後の切り札。

ルルーシュにとって知られざる最悪の敵の前に立つことで1つの成就を遂げた。

 

それは、裏切りの白がとった最後の裏切り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ロブ・ルッチ、僕は…“ギアス”に操られている」

 

「…はあ?」

 

海を眺めながら突如、発したスザクの回答を前に“最強の暗殺者”は間の抜けた声を上げた。

 

「ゼロには“ギアス”という人を意思を操る特殊な力がある。

 その“ギアス”に操られた人間は、その行動の間、記憶を失うらしい。

 これは、“ギアス”に操られたとされる多くの人間が証言している。

 だから、”僕は何も覚えていない”と、海軍本部に報告するつもりだ」

 

「…。」

 

「そう、僕は何も覚えていない。何も知らない。

 今、起こったことも。そして、これから起こることも」

 

そう言いながら、スザクはルッチと正対し、晴れやかに笑った。

 

 

  麦わらと戦って、僕はもう何もわからなくなった。

  何が正義なのか、何のために生きているか。

  だが、麦わらのルフィは…あの男は何も考えていないに違いない。

  あいつは、生きたいように生きている。

  まるで僕の子供の時のように。

  僕は、どう生きていけばいいかわからない。

  なら、今はただ心の赴くままに生きよう。

  ただ、あの時の約束を果たそう。

 

 

「だけど、ナナリーのために…もう一度、君と――!」

 

 

 

  ああ、あの言葉に、嘘なんてなかった。

  何が正義かなんて俺にはあまりにも遠い。

  だけど、今は、あの約束だけは守り抜く!

  それが今の俺にとってのただ1つの正義だ。

 

 

 

 

「…こいつはウザいな」

 

スザクの意図を、意志を、戦闘の不可避を理解したルッチはそう呟いた。

だが、その言葉とは裏腹に、その顔には獣の笑みが浮かぶ。

 

 

 

神聖ブリタニア帝国”ナイト・オブ・セブン” VS 世界政府直属・暗殺組織CP9リーダー。

若き海軍中将と”最強の暗殺者”の殺し合いが今、ここに幕を開ける。

 

 

 

大気が軋む。殺気がぶつかり、空間が歪む。

 

ルッチが、帽子を空に投げ捨てると同時に、スザクはマントを脱ぎ捨てた。

 

帽子を鳩のハットリが空で受け取り“正義”のマントが白波に消えた瞬間―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拳と拳が激突した―――

 

 

 

 



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時代の舵

 

 

“大反逆時代”

 

それは、ゼロの登場から始まるブリタニアに対する反逆の時代を意味する。

世界のおいて数多ある独立戦争や内戦。

歴史を見れば、星の数ほど存在するそれらと“大反逆時代”をわけるポイントが

あるとするならば、それは、“ゼロ”という希代の反逆者の存在に違いない。

実際“大反逆時代”において、ブリタニアであろうが、エリア諸国であろうが、

ブリタニア諸島における全てのベクトルはゼロを示し続けた。

それは、この第二次“ブラック・リベリオン”においても変わらない。

 

ゼロと麦わらの一味の逃亡―――

 

この戦場で戦う全ての者が、その情報を前提に刃を交えていた。

ゼロを殺すことで内戦の終結を目論むブリタニアを剣とするならば、

ゼロを守り、希望を繋ぐことを決意した黒の騎士団は盾となり、両者は激しくぶつかる。

その間隙をつくかのように、ゼロと麦わらの一味が乗ったメリー号を追うために、

扇と騎士団の幹部達が乗る戦艦“斑鳩”と複数のブリタニアの軍艦が処刑場から出航した。

全ては己が命を守るため。

扇は、シュナイゼルが言うところの猟犬のごとく、メリー号を追いかける。

 

処刑場においては、黒の騎士団とブリタニアの戦闘が激化し、

“騎士団のエース”と“ナイト・オブ・テン”の戦いがまさに始まろうとしていた。

メリー号が進む、その先に停泊しているCP9の工作船では、

“ナイト・オブ・セブン”と“最強の暗殺者”の拳が激突する。

 

それが第二次“ブラック・リベリオン”における現在の情勢だった。

全ての役者が舞台に上がり、己が役割を演じ始める。

その中心をゼロと麦わらの一味を乗せたメリー号が進んでいく。

 

 

船の中には、3人の男女がいた。

その内の一人の背中に敵であるはずのブリタニアの紋章があった。

帝権の象徴であるライオンと、

死と再生及び智恵を象徴する蛇を背中に刻んだ長身の男は床に倒れていた。

 

男の名は、ジェレミア・ゴットバルト。ブリタニアの元騎士である。

 

ブリタニアの“純潔派”のリーダーとして頭角を現したこの男の運命は

第三皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア暗殺事件によって大きく変わることとなった。

いずれは“ラウンズ”の一席に座るはずの未来も、マリアンヌの命と共に潰えた。

忠義を果たせなかった騎士。

それが、ジェレミアに対する周囲の認識である。

その男が、いま、ブリタニアに対する反逆者であるゼロと麦わらの一味と行動を共にしている。

男はブリタニアを裏切ったのだろうか。ジェレミアは不忠の騎士だろうか。

 

いや、断じてそれはない―――

ジェレミア・ゴットバルトは“忠義の騎士”である。

男の行動原理は、生まれてから今に至るまで

“皇族のため”に“ブリタニアのため”に向けられていた。

それは称号のためではない。それは名声を求めたためではない。

全ては“忠義”のために―――

 

ジェレミア・ゴットバルトはおそらく狂人であろう。

だが、真実を突き詰めることは、その道を歩む者は、古今東西、等しくその要素を兼ね備える。

批判を省みず、その道を歩く姿は大多数の凡人からみれば、まさに狂人に他ならない。

だがしかし、それ故にこそ辿りつく極地がある。

10万の敵を前に、主君を救出するために、

ただ一人立ち向かうことを覚悟した時にジェレミアの騎士道は完成を迎えた。

ゴットバルト農園の玄関から1歩でたあの場所は、

“ナイト・オブ・ワン”すら到達できない騎士の頂き。

この男こそ、ブリタニアにおける騎士の魂であり、正義の証明であった。

 

 

 

その忠義の男はメリー号の中で安堵の表情で眠りについていた。

先ほど、主君であるルルーシュの救出を目の当たりにしての狂喜乱舞で感涙した後、

それまでの疲れが一気にきたのか、気絶するように床に倒れた。

ジェレミアは眠りにつく。妻であるアーニャの膝を枕にして。

ジェレミアの頭をはるか年下であるアーニャは愛おしそうに撫でる。

それはまるで遊び疲れ、眠る子供を慈しむ母親のように。

 

その部屋の中で、この船の舵を握る男がいた。

いや、男が握るのは、“時代の舵”と言ってもいい。

“大反逆時代”の主役。“第二次ブラック・リベリオン”の中心人物。

その賞金総額は2億6000万ベリー。

 

“魔王”ゼロ。

 

仮面の海賊。希代の反逆者は、メリー号の舵を握る。

 

 

 

 

 

(シュールだわ…)

 

先ほどから、落ち着くことができず、船上と船内を行ったり来たりしていたナミは

ゼロの後姿をマジマジと見つめ、改めて思う。

その姿は、基本派手な格好を好む海賊の中でも、また異質。

むしろハロウィンの中に出てくるお化けに属するだろう。

正体を隠さなくてはならない事情を考慮しても、

発案者であるルルーシュのセンスを疑わざる負えない。

 

だが、この仮面とマントこそがこの時代の象徴。

ブリタニアの全兵士の標的。

黒の騎士団の全団員の希望。

この仮面の海賊が今まさに“時代の舵”を握っているのは間違いない。

歴史の転換点。

アラバスタにおいて、空島において、そこに吹き荒れた時代の風。

ここブリタニア諸島においても、ナミは再びそれを感じていた。

 

「おー!でっかい軍艦が追いかけてきたぞ!」

 

ルフィのハシャギ声を聞き、思考を中断し、ナミは急いで船上へ走る。

船の上に出ると、仲間達と青い海、そして、自分達を追いかけてくる大船団の姿が見える。

 

「あれが黒の騎士団の戦艦“斑鳩”ね。フフフ、うわさ通りの大きさね。

 乗ってるのは“将軍”藤堂と“四聖剣”。それに、あのモジャモジャの人もいるみたい。

 あと、ブリタニアの軍艦が多数。フフフ、ゼロの予想どおりね」

 

双眼鏡を片手にロビンがさも可笑しそうに笑う。

それもそのはずだ。ここまでの流れは全てルルーシュの予想通りだったのだから。

 

この第二次“ブラック・リベリオン”の決着は黒の騎士団の全滅ではない。

ブリタニアにとって、黒の騎士団は強敵であるが、所詮はテロリストの集団。

帝国の総兵力を考えれば、恐れる敵ではない。

恐れるべきは、ゼロ。ブリタニアの最大の敵。“大反逆時代”の象徴。

ゼロを倒さずして、この時代を終わらせることはできない。

そのゼロが逃亡したとあっては、何をおいても彼の殺害を優先せざる得ない。

追っ手を差し向けてくるのが当然である。

そして、その追っ手は、黒の騎士団の反逆によって後がなくなった扇達。

メリー号の出航前にすでにルルーシュはこの事態を予想していた。

 

その慧眼にナミは舌を巻く。

 

 

  さすがは2億の首といったところね。

  ルルーシュ。あんたと敵として出会わなくてよかった。

  味方として、戦略の面において、あんたほど頼りになる奴はいない。

  ここまでは、全てあんたの予想どおりよ。

  ならば、この作戦の成功は、全て私の肩にかかってるってことね。

  いいわ。やってやろうじゃない!

  麦わらの一味の航海士は、世界一だって証明してあげるわ!

 

 

「みんな!ここからが麦わらの一味の力の見せどころよ!気合を入れなさい!

 いくわよ“神根島”へ!」

 

「オー!!」

 

ナミを中心に麦わらの一味は、空に向かって雄たけびを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嵐脚!」

 

「枢木流“青竜”!」

 

名前こそ違えど、同形の衝撃波が船上の真ん中で激突し、爆風を巻き起こす。

その爆風の中から“ナイト・オブ・セブン” 枢木スザクが現れ“貫手”を繰り出した。

それに対して“最強の暗殺者”ロブ・ルッチは“指銃”で迎え撃つ。

衝撃音と共にお互いが弾き飛ばされ、直後、同時に床を跳び上がり、蹴りを見舞う。

繰り出された蹴りの威力はほぼ互角。スザクは、さらに回転し、

投げ技のようにルッチを床に吹き飛ばした。

だが、ルッチはまるで豹のようにしなやかに回転し、床に着地する。

もし、この場に観客がいたならば、その一連の流れに息を止め、

技の終わりに歓声を上げたに違いない。

わずか、わずか十数分ではあるが、達人同士の殺し合いは壮絶にして、華麗。

その戦いはまるで、格闘技の宝石を散りばめたような芸術作品であった。

 

「…フハハ」

 

一瞬の油断が命取りとなる打拳の応酬の中、ルッチは笑った。

それは、ルッチ特有の獣のような笑みではない。

それは、一人の武術家としての笑み。

自らの武術を全力でぶつけることができる好敵手を前にした人間の笑みであった。

 

 

  枢木スザク。

  シュナイゼルの政治力で成り上がった名ばかりの中将と聞いていたが、

  それこそが、実力のない馬鹿どもの戯言に過ぎない。

  化け物だよコイツの才能は。

  流派は…空手をベースに柔術を混ぜ、独自に練り上げたといったところか。

  たかが、島国の民間武術を六式並みに進化させるとは、恐れ入る。

  この男が最初から六式を学んでいたら、俺はコイツに勝てるだろうか?

 

 

 

武術家としての賞賛。

その思考の最中、スザクの上段突きが頬を掠める。

 

「うオォォーッ!」

 

「ぐっ……」

 

上段突きの流れのままに後ろ廻し蹴りを放ち、ルッチはそれを捕らえる。

だが、スザクは、身体をさらに回転させ、跳び上がり、逆の足で踵落としを放つ。

真上から迫り来る踵をルッチは片手を上げ、ガードした。衝撃音と共に、風が船上を駆け抜ける。

右手に響く衝撃と共に、ルッチは快心の笑みを浮かべた。

 

 

  面白い!面白いぞ枢木スザク!

  さすがは“ラウンズ”が七席。そうこなくてはな!

  何年ぶりだろうか、この感覚は。

  眠ったようなこの五年間の中で、いまほど心躍ることはなかった。

  グ…ッ!拳が重いな。

  コイツの打拳は“鉄塊”の上からでも効いてくる。

  まるでコイツの全てを拳に乗せているかのように。

  そうだ、これが戦いだ。これこそが、俺が求めていたものだ!

  ああ、楽しいな。

  できることなら、一人の武人として、キサマと決着をつけたかったよ。

  だが、俺はCP9。世界政府直属の”暗殺者”。任務の遂行をなにより優先する。

  “遊びの時間”は終わりだ。

 

 

 

「残念だが、時間のようだな」

 

「…?」

 

スザクの蹴りを避け、距離をとったルッチが、再びポケットに手を入れ、呟いた。

ルッチとの間合いを確認し、警戒しながら、スザクは後ろを振り向いた。

息もつけない打拳の応酬の中、何かの騒音が近づいていることをスザクも気づいていた。

視界の先には、黒の騎士団の象徴。この海域最大の戦艦“斑鳩”がいた。

その左右には、複数のブリタニアと海軍の軍艦が並び、船団を形成していた。

その船団を率いるように一隻の小さな船が先行し、船団はその船に砲撃を行っている。

こちらに近づいてくるその海賊船には羊の頭がついていた。

 

「あれは…」

 

間違いなかった。

メリー号。海賊“麦わらの一味”の船だった。

船の上を見ると、そこには、

船長である“麦わら”のルフィとその仲間達が迫り来る砲弾を必死に防いでいた。

麦わらは“悪魔の実”の能力で身体を膨らませて、砲弾を弾き返している。

“海賊狩り”のゾロは砲弾を叩き切り、黒のスーツを着た男は砲弾を蹴り落とす。

 

「あはは」

 

湧き上がってくる自分の感情を堪えきれずにスザクは笑みを漏らした。

当たり前だ。自分はどうかしている。

数時間前に殺しあった海賊の生還を海兵の自分が嬉しく思うなんて。

 

 

 

 

 

      “仲間”だからだ!他に理由なんかいるか!!

 

 

 

 

 

  あいつは、“麦わら”のルフィは、あの言葉を貫き、10万の敵を相手に

  仲間であるゼロを…ルルーシュを救い出してきたのだ。

  これを笑わずして、何を笑えというのだ。

  海賊なんて、自分の利益しか考えられないクズばかりだと信じていた。

  だが、あいつは違った。命より仲間を選んだ。

  この世界は、そう捨てたものではないかもしれない。

 

 

メリー号は、進むその先には“神根島”があることをスザクは気づく。

 

 

  あの船が、処刑場から脱出して、これだけの追っ手がいることを考えれば、

  あそこには、ゼロが…ルルーシュが乗っていると考えて間違いない。

  あれだけの船団に追われ、逃げ切るのは不可能に近い。

  だが、ルルーシュが…ゼロがいるなら、話は違う。

  ゼロに、戦略的撤退はあっても、敗走はありえない。

  それは、海兵として、何度も煮え湯を飲まされてきた自分がよく知っている。

  あいつには、この状況を打開する策があるはずだ。

  ならば、自分がしてやれることは何もない。

  自分は、ただ目の前の相手…ロブ・ルッチを倒すことに集中すれば・・・

 

 

 

 

 

 

・・・ゾクリ―――

 

 

 

 

 

「うわぁッ!?」

 

 

思考の刹那、スザクは突如、声を上げて背後に裏拳を放つ。

拳は空を切り、背後には何もなかった。

ロブ・ルッチはポケットに手を突っ込んだまま、1歩も動かず、間合いは変わっていない。

だが、あの思考の刹那、スザクは確かに感じた。確かに見た。

 

獰猛な猛獣が自分の首を噛み砕く映像を。

 

スザクは、低く構え、全神経を目の前の敵に集中させる。

 

ロブ・ルッチとの距離は変わらない。

だが、しかし、ロブ・ルッチの凍りつくような殺気は変貌を遂げていた。

ロブ・ルッチの雰囲気が変わる。

それは、獰猛な肉食獣の檻に、小さな子供が放り込まれるのを見たような。

そんな絶望的な気分にされるほどの禍々しさ。

 

 

 

 

「我らはCP9。“闇の正義”の執行者。

 枢木スザク…お前に教えてやる。

 こと迫撃において“ゾオン系”こそが最強の種であることを・・・!」

 

 

 

 

 

眩しい日差しの中、映し出されたルッチの影は徐々に姿を変えていく。

ロブ・ルッチの獣のような笑みは真の獣に変貌する。

 

次の瞬間、膨れ上がった獣の影は、枢木スザクを飲み込んだ。

 

 







22~24話の感想を募集してます。
特に23・24話なんてどんな感じだったでしょうか?
作者としては、結構気になる部分なので是非よろしくお願いします。


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シュナイゼル・エル・“ブリタニア”

 

 

「きゃぁ…!」

 

何度目かの転倒により、膝を床に着き、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは小さな悲鳴を上げた。

繰り返される転倒により、彼女の膝や足には薄っすらと血が滲んでいる。

盲目であり、歩行困難な彼女が歩き続けるのは、彼女の意思ではない。

まだ、正式ではないとはいえ、世界政府において屈指の大国、神聖ブリタニア帝国の

皇帝である彼女は、服従を強いられ、歩き続ける。その手を掴む者の意思によって。

彼女の手を握る者は、ブリタニア皇帝の意思に反逆する者は、テロリストではない。

いや、むしろ皇族のために、その身を投げ出すためにこそ、存在するべき立場にある者である。

男は、膝をつく皇帝ナナリーを冷たい眼差しで見下ろしていた。

 

シュナイゼル。

神聖ブリタニア帝国・宰相。現、ブリタニアにおける事実上の盟主である。

 

前皇帝シャルルと共に、ブルタニア諸島の統一を成し遂げた天才宰相。

エリアのレジスタンスの憎悪と恐怖の象徴。黒の騎士団の最大の敵。

その彼の顔にあるあの”変わらぬ微笑”は今はない。

それが、この状況がいかに切迫したものであるかを如実に物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

――数十分前。

 

ナナリーの車椅子を引きながら、シュナイゼルは海軍基地内を移動していた。

その後ろには、国務大臣や外務大臣をはじめとするブリタニアの要人達が列をなし、

彼らの左右にはブリタニア本隊の精鋭達が警護している。

 

ゼロと麦わらの一味の逃亡―――

 

その報告を受け、シュナイゼルは、自分すら駒として、次の一手を指す。

この第二次“ブラック・リベリオン”は、

持ち駒に差こそあれ、自分とゼロをキングとするチェスに過ぎない。

チェスは終盤に差し掛かり、チェックをかけられたゼロが、

この処刑場からの逃亡という手段をもってマスを移動したなら、

自分もまた、中庭にある飛行艇による脱出という手段をもって、マスを移動するだけだ。

まだ、現状は、チェックされたとは言い難い。

だが、黒の騎士団の唯一の勝利条件が、キングである自分の首である以上、

彼らにほんのわずかでも希望を残すべきではない。

たかが、わずか数人の海賊に“チェック・メイト”を返されたのだ。

もはや、ほんの少しの可能性の芽すら摘む必要がある。

 

シュナイゼルの脳裏には、羊頭に乗り、右手を掲げるゼロの姿が蘇る。

 

鮮烈だった――

 

ただ、右手を掲げるだけ。

ただ、それだけで、黒の騎士団の団員達は、

ゼロのために、仲間のために、圧倒的な戦力差を知りながら、再びブリタニアに牙を向いた。

あれは“ギアス”ではない。あれは、ゼロのカリスマによるもの。彼の生き様によるものだ。

 

“ドラゴンの後継者”

 

ブリタニアの世界進出のためのプロパガンダ。

ドラゴンと革命軍への宣戦布告のための偽りの称号。

それが、真実となった瞬間だった。

ゼロの恐ろしさは“ギアス”にあらず。その真の恐ろしさはそのカリスマにこそあり。

 

――なんとしても殺さなければならない

 

車椅子を引きながらシュナイゼルは、静かにその決意を固める。

“最強の暗殺者”ロブ・ルッチ。自分が用意した最後の切り札。

彼の実績を考えれば、万が一にも失敗はないだろう。

だが、それならば、10万の軍勢に囲まれ、処刑台に立った時にゼロの運命は決まったはずだ。

 

“天運”

 

この世界には、論理の外にある得体の知れないものがある。

それがなければ、ドラゴンも、あの“海賊王” ゴール・D・ロジャーすら、

あれほどの存在に成り上がることはできなかったはずだ。

もし、ゼロがロブ・ルッチの牙すら逃れることがあったなら、

ゼロがそれを持っていることになる。

黒の騎士団の命運は、今日、この戦場において潰えるだろう。

だが、そんなことは、何だというのだ。ゼロが生きてさえいれば、黒の騎士団は再び蘇る。

“新世界”を中心に、この世界には、世界政府による圧政に苦しむ大勢の民がいる。

ゼロが、彼らを解放し、戦力として活用するならば、黒の騎士団は第二の革命軍となる。

それは、この世界の均衡の破壊を意味する。

ゼロは、ブリタニアどころか、世界そのものに対する反逆者となるだろう。

“ギアス”“知略”“カリスマ”そして、ゼロに“天運”すら味方するなら…間違いない。

ゼロはいずれドラゴンすら超える存在に成長する。

 

――なんとしても殺さなければならない

 

怪物がさらなる怪物へと変貌する前に、その息の根を止めねばならない。

ブリタニアのために。世界のために。

この第二次“ブラック・リベリオン”によって、ゼロの懸賞金は間違いなく3億を超える。

これは、海賊のルーキーの中では最高ランクであり、七武海にすら匹敵する。

もはや、手段は問わない。体裁など考える余裕はない。

たとえ、センゴク元帥に圧力を加えて、大将を出陣させてでもゼロを抹殺する。

“赤犬”なら…海賊を異常なまでに憎む大将サカズキなら、ゼロの危険性を理解するはずだ。

 

“平和の敵”は消さねばならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼロの危険性と、彼の抹殺のための次なる一手を思案しながら、

シュナイゼルは大広間を通過する。

 

 

 

その時だった――

 

 

 

「宰相シュナイゼル!覚悟――」

 

その声に振る向いたシュナイゼルの視線の先には、数人の黒の騎士団の団員がいた。

刀を手に、全身を血に染めながら、こちらに向かって走ってくる。

 

(…馬鹿な!?)

 

その光景を冷徹に見つめながら、シュナイゼルは呟いた。

 

早すぎる――

 

それが、シュナイゼルの偽らざる感想だった。

第二次“ブラック・リベリオン”が始まり、まだそれほどの時は経過していない。

戦力においては、ブリタニア軍は、黒の騎士団の数倍。

そして、この海軍基地の前を守るのは、“本隊”から派遣されたナイト達。

たかが、兵士(ボーン)ごときに敗れる壁ではない。

だが、黒の騎士団の団員は、今、まさに自分に向かって襲いかかってくる。

 

彼らは黒の騎士団“五番隊”の団員達。

五番隊は、先の“ブラック・リベリオン”を生き延びた団員を中心に構成された。

ゼロと合流するまでの地獄の半年間。

彼らを指揮し、彼らを鍛えたのは“四聖剣”…いや“聖剣” 卜部巧雪。

彼の指導の下、五番隊の団員達は、日ノ本の古流剣術を徹底的に学んだ。

 

 

 

黒の騎士団において“五番隊”こそ最強!

 

 

 

それが、彼ら五番隊の自負であり、真実であった。

この第二次“ブラック・リベリオン”において、

麦わらの船を守っていた彼らは、隊を二つに分けた。

最強の五番隊から選抜された精鋭達が向かった先は、海軍基地。

狙うは、敵の大将、シュナイゼルが首ただ一つ。

本隊から派遣されたナイト達の守備陣に突入した彼らは多くの犠牲を出しながら、

ついにその一角を切り崩し、海軍基地に侵入したのだ。

 

迫り来る団員を前に、シュナイゼルはあの微笑を崩すことはなかった。

団員達は脅威であるが、たかが、数人。すでに重症を負っている。

自分達の前には、護衛のナイト達が剣を構え、団員を追ってきたナイト達の姿も見える。

万が一の場合でも、要人達が、盾となり、皇帝と自分を守るはずだ。

危機を前に、動じることなく、シュナイゼルは冷静な判断を下す。

その器は、やはり、ブリタニアの事実上の盟主といえるだろう。

 

シュナイゼルの見立てどおり、

この五番隊の団員の命は、この数分後、奮戦空しく散ることとなった。

だが、彼らの命は決して無駄ではなかった。

彼らの登場が、彼らの存在が、彼らの勇気がなければ、シュナイゼル達は何事もなく、

大広間を通過し、飛行艇に乗り、この戦場を脱出したに違いない。

 

次の瞬間、シュナイゼルは思い知ることになる。

 

戦争はチェスではない。ゲームなどではないことを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、助けてくれ――」

 

「きゃあ!?」

 

「なッ…!」

 

チェスでいえば、城(ルーク)や僧兵(ビショップ)として、王であるナナリーを守る

はずの国務大臣が、奇声を発しながら、ナナリーの車椅子を押し倒し、逃げ出したのだ。

それを見て、要人達は、金切り声を上げ、パニックに陥った。

彼らは、ブリタニアの貴族として生を受け、

当たり前のように特権を享受し、今日までを生きてきた。

貧困や戦争は、彼らの人生とは何の関係もないもの。領土とは、地図の上にあるものだった。

そんな彼らが初めて目にする戦争。自分を殺害せんとする本物の敵。

全身を血で染めながら“薩摩流トンボの構え”で向かってくる団員は、彼らから見れば、

地獄から這い出してきた悪鬼羅刹に他ならない。

その光景を前に彼らの赤子のような精神。蚤のごとき心臓が耐えうるはずがなかった。

国務大臣に続けとばかりに他の要人達も彼の後を追う。

誰一人として、傀儡とはいえ、皇帝であるナナリー・ヴィ・ブリタニアを気遣う者はいない。

 

「クッ…」

 

シュナイゼルは、ナナリーを抱きかかえるも、その流れの中に呑まれていく。

その人の川が、飛行艇のある中庭への通路とは、別の通路へ流れていくことを知りながらも。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから、数十分が経過し、シュナイゼルの周りは、ナナリーをおいて誰もいない。

その代わり、彼らの歩いた後には、国務大臣をはじめ、数名の銃殺された遺体が転がっていた。

シュナイゼルが、国務大臣を粛清すると、彼らは、鶏のごとく騒ぎ、脱兎のごとく逃げ出した。

ナナリーの手を無理やり引きながら、別の手で銃を握り、シュナイゼルは歩き続ける。

案内役のナイトがいないため、自分がどこにいるか正直なところわからない。

広間に戻ろうにも、万が一だが、黒の騎士団の援軍に制圧されている可能性がある。

方角さえ、あっていれば、飛行艇のある中庭にたどり着けると考え、歩いてはいるが、

この海軍基地は、あの海軍本部を、真似て作られており、

外敵の侵入に備え、複雑な作りをしており、ある種の迷路に近かった。

 

この状況下において、シュナイゼルは再び微笑を浮かべた。

 

(まさかこの歳で迷子になるとは)

 

それは、あの“変わらぬ微笑”ではなく、自分が陥った状況に対する皮肉の笑み。

 

 

 

  あのような男を部下にしたことがあなたの命取りとなった。

  我々の勝負を分けたのは“部下の差”といってもよいでしょう。    

 

 

 

この地下の留置場において、暗い闇の中、ゼロを見下ろしながら述べた台詞。

あれは、扇のようなゴミを部下としたゼロの甘さを指摘したものであった。

だが、今の状況を鑑みれば、それはなんという皮肉だろう。

世界政府屈指の大国。弱肉強食の論理の下、世界に進出せんとする大ブリタニアの屋台骨

を支えていたのが、あのような家柄のみのクズどもとは…。

 

結局、ブリタニアを支えていたのは私だけなのだ―――

 

薄々、感じていたが、今日、身をもってその事実をシュナイゼルは痛感する。

 

 

 

  ブリタニアを支えているのは私だけだ。今日までも、そしてこれからも。

  ブリタニアを守るのは私だ。そのためには私さえ生き残ればいい。

  私さえ生き残れば、ブリタニアの繁栄は約束される。

  ナナリー様とて…皇族であるこの娘とて駒に過ぎぬ。

  盲目の少女の影武者などいくらでも用意できよう。

  そうだ。それでいい。全ては正当化される。私こそが“ブリタニア”なのだから。

 

 

(…シュナイゼル・エル・“ブリタニア”とでも名乗ろうかな)

 

 

 

冷徹なる狂気の中で、シュナイゼルは呟き、静かに笑った。

 

その直後の出来事であった。

 

 

 

 キィ…

 

 

 

 

「何者だ…!」

 

シュナイゼルはその音の方向に向かって銃を上げる。

その銃口の先には、一人の青年が立っていた。

その両手には、あの広間で喪失したナナリーの車椅子がある。

帽子を深く被っていることでその表情こそ見れないが、

その帽子には「Marine」の文字が刻まれている。

 

「じ、自分は、海軍の新兵であります。宰相閣下」

 

銃口を向けられたその海兵は、恐怖のあまりまるで銅像のように直立不動になった。

緊張で、声がどもり、非常に聞き取り難かった。

 

「じ、自分は、この海軍基地の運営の任についておりました。

 そこで、広間の方で騒ぎ声を聞き、向かったところ、この車椅子がありまして。

 そ、それで、もしや、これは、ナナリー陛下のものでは、と考え、

 辺りを捜索しておりましたところ、宰相閣下を見つけまして…そ、それで」

 

「…。」

 

モゴモゴと話すその新兵を前に、

シュナイゼルは相変わらず、冷徹な眼差しで見つめ、銃口を逸らすことはなかった。

だが、彼が、新兵であるのはどうやら本当らしい。そうシュナイゼルは考えた。

もし、階級のあるような海兵なら、自分を前にして、硬直するようなことはなく、

まずは、敬礼を行うだろう。それができないことが彼の経験のなさを雄弁に語っている。

彼は海軍の新兵に違いない。それゆえに、彼は命を救われたのだ。

シュナイゼルの微笑は崩れない。だが、それはあくまで擬態だった。

もし、この新兵があの時、敬礼でもしようものなら、わずかでも動こうものなら、

シュナイゼルは間違いなく、彼を銃殺しただろう。

皇族すら駒とするこの男にとって、海兵の命など、リスクをかける値打ちはない。

 

「宰相閣下、じ、自分はこの海軍基地内に精通しております。

 よ、よろしければ、自分が、中庭まで案内したいと思いますが…」

 

「…よろしく頼むよ」

 

シュナイゼルの了解を聞くと、海兵はナナリーに向かって車椅子を引いていく。

シュナイゼルは、海兵を観察しながら、油断することなく銃口を彼の背に向け続けた。

 

「ナナリー陛下。お手を」

 

「あ…!」

 

海兵は、ナナリーの手をとり、彼女を車椅子に乗せる。

手を取られた時に、ナナリーは小さく驚きの声を上げるも、それ以降、目立った様子はない。

ナナリーを歩行させるのは、もはや限界であることをシュナイゼルも感じていた。

できることなら、皇族に危害を加えるような状況を望まないのは、偽らざる本心だ。

海兵はナナリーの車椅子を引きながら歩き始める。

彼は長身だが、海兵にしては華奢であった。帽子からは、黒い髪が見える。

 

 

 

(皇帝を救出した海軍の新兵か…)

 

 

 

プロパガンダはいつの世も必要だ。

第二次“ブラック・リベリオン”の英雄には彼がふさわしいかもしれない。

 

銃を片手にシュナイゼルはそんなことを考えていた。

 

 



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正義の味方

 

 

 

「ガハッ…!?」

 

深く右胸に突き刺さった“指銃”を見つめ、海軍ブリタニア支部“中将”。

神聖ブリタニア帝国“ナイト・オブ・セブン” 枢木スザクは吐血と共に驚愕の声を上げた。

先ほどまで、互角の戦いを続け、その過程で何度となく防いだ敵の技。それなのに…

 

まるで見えなかった―――

 

それまで戦っていた敵“最強の暗殺者”ロブ・ルッチはもはやそこに存在しなかった。

その代わりに、巨大な獣が…恐らくは豹が黒のスーツに身を包み、自分を見つめている。

そう、もはや、ロブ・ルッチは“人間”ではなかった。彼は1匹の獣に変貌したのだ。

 

 

 

ネコネコの実 モデル"豹(レオパルド)"

 

 

 

最強の武術“六式”を極めCP9でも、歴代最強の冷酷な「殺戮兵器」と称された

天才に悪魔の実の力により、獣の身体能力が加わった。

その動きはもはや、人間の限界を軽く超える。

たとえ、達人といえど、枢木スザクが対応できなかったのは道理といえる。

 

「…!?」

 

だが、それでも、枢木スザクは天才だった。

ロブ・ルッチをして“化け物”と言わしめたその才能がこの危機的状況においても発露した。

“指銃”の衝撃により、浮いた身体を利用し、ルッチの腕に絡みつく。

 

飛びつき腕十字固め―――

 

柔術の高等技術。スザクはルッチの腕を折りに行く。

腕が伸び、骨が折れた時に鳴る独特の嫌な音色をイメージしながら。

次の瞬間、ルッチの腕一本にスザクの全体重がのしかかった。

 

「な…!?」

 

「フフフ…」

 

再びスザクは驚愕の声を上げる。

自分の全体重と全腕力をかけて、腕一本を折りに行った。技は完璧であり、非の打ち所はない。

だが、ルッチの腕はピクリとも動かない。

むしろ、その腕を介して伝わってくる圧倒的な力は、スザクを絶望に誘い、

その表情をルッチは歪んだ笑みをもって見つめている。

 

(ば…化け物)

 

それが最年少の海軍中将にして、ラウンズの第七席に座る男の偽らざる感想だった。

そして、その感想の直後だった。

ルッチはスザクごと腕を高く掲げ、高速で地面に叩き付けた。

 

「あ…がッ!」

 

叩きつけられた箇所の木片がスザクの鮮血と共に飛び散る。

ルッチが“指銃”を抜くとそこから血があふれ出し、床を染めていく。

 

「…。」

 

 

 

"瞬殺"

 

 

若き海軍中将が・・・ブリタニアの”ナイト・オブ・セブン”が

変身したルッチに何もできず敗れ去った。

スザクは辛うじて生きているが、すぐ治療しなければ、危険であることは明らかであった。

ルッチは歪んだ笑みを浮かべながらスザクを見下ろす。

 

「裏切り者め…キサマの罪は軍法会議によって裁かれる」

 

そう言ってルッチは、視線をスザクから海の方へと移した。

視界の先には、麦わらの海賊船がまさに工作船を通過しようとしていた。

工作船と麦わらの船とは少し距離があり、あちらはこちらの存在に気づかない。

後方の船団から打ち込まれる砲弾を必死で防いでいる。

情報では、麦わらの一味の船には、あの“オハラの悪魔”ニコ・ロビンが乗っているはずだ。

あの女は、古代兵器の秘密を解く重要な鍵。

この意外な報酬にルッチは笑った。

 

(あとは、ニコ・ロビンを除く麦わらの一味とゼロを殺せば、この任務は完了する。

 期待はしていなかったが、存外、実のある任務だったな)

 

視線を再びスザクに戻す。この男はなぜ裏切ったのかは以前不明だ。

もしかしたら、本当に“ギアス”とやらに操られていたのかもしれない。

しかし、それを調べるのは、海軍の仕事であり、もはや、どうでもいいことだ。

 

さあ、任務を完了させよう―――

 

「“魔王”ゼロ…あの海賊は、我らCP9の“闇の正義”によって裁く。

 枢木スザク…キサマはゼロの死の報せをここで待つがいい!」

 

ルッチはメリー号を見る。六式の技“月歩”によって、到達する距離を測るために。

そして、計測は終わる。ルッチは、獣の足に力を込める。

任務を遂行するために。ゼロと麦わらを抹殺するために。

 

ルッチはまさに飛び立とうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…その手を離せ裏切り者」

 

「う、うう…」

 

ルッチは自分の足に絡みつく者に侮蔑の眼差しをもって見下ろした。

先ほどの一撃で死んだように沈黙し、倒れていた枢木スザクが床を這いずり、

いつの間にか自分の足を掴んでいたのだ。

 

「お…お前を、行かせは…しない」

 

「実力差がわからない訳ではないだろ・・・。キサマに勝機は万に一つもない」

 

その無様な姿を呆れたように見下ろすルッチの言葉を無視し、

スザクは、ルッチの足に縋りながら、徐々に立ち上がっていく。

 

「あ、あいつは…俺が…守ら・・・なきゃ」

 

その目は、空ろであり、視点は定まっていない。

それでもなお、スザクは言葉を続ける。

 

「約束したから…俺は…あいつの…友達・・・だから」

 

スザクは立ち上がる。

ダメージは変わらない。絶望的な状況は何も変わっていない。

だが、スザクの目には、再び、光が宿る。

 

「あいつは…ルルーシュは…俺が・・・守る!」

 

スザクを支えているのは、言葉だった。

かつて自分が捨てた言葉。自分がずっと言いたかった言葉。

ただそれだけが、今のスザクを支えていた。

 

「…イカレているな枢木スザク。

 どうやら、修正するのは不可能なようだ。ならば、その頭を今ここで砕いてやろう!」

 

そう吐き捨てるとルッチはスザクの襟首を掴み、

高々と持ち上げた後、高速で頭から床に叩き落した。

常人では、悲鳴を上げることすら、許されぬ刹那の時間。

それが、スザクには、とてもゆっくりと、まるでスローモーションのように感じる。

スザクの身体はゆっくりと地面に落ちていく。

その過程で、今までの人生における様々な記憶が蘇る。

 

ルルーシュとナナリーとの出会いと別れ。

父の殺害と戦争の終結。

正義に燃えた海軍の新兵時代。

ブラック・リベリオン

民衆の憎しみを込めた眼差し。

 

様々な思い出が交差する。

 

その中で、一人の女性の姿が現れた。

 

 

 

ユーフェミア。

 

最愛の人。ブリタニアとエリアの共生の夢を語り、そして恋に落ちた。

彼女は、先の“ブラック・リベリオン”で“バスターコール”により、その命を落とした。

彼女の勤める教会で、子供たちを囲んで行ったささやかなクリスマスパーティーの後で、

彼女と二人で満天の星空を見たことがあった。

呪われた人生の中で、こんなにも幸せなことがあってもいいのか、そう思った。

スザクは思い出の中のユフィを抱きしめる。

 

 

「ユフィ…。もし、死ぬことができたら、君にまた会えるかもしれない。

 いつもそう思っていた。だから、僕はずっと死にたかった。

 でも…ゴメン。僕はまだ、君に会うことはできない。

 僕にはまだやることがあるんだ…だから…ゴメン」

 

 

それを聞き、思い出の中のユフィは微笑みながら、光となって消えた。

 

思い出は更なる過去へと遡る。

 

あの夏の日、暗い森の秘密基地の中で、

ルルーシュとナナリーと3人で肩を寄せ合いながら、雨が止むのを待っていた。

 

 

 

 

この小さな温もりを守りたい―――

 

 

 

 

それが、あの頃の僕のただ一つの“正義”だった。

 

ああ、そうか…。最後に、ここに…戻って来れたんだ。

 

“正義の味方”に…僕はなれたんだ。

 

 

 

 

 

ナナリー。ルルーシュ…。

 

 

 

 

 

 

 

俺は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            “ 生 き る ! ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キサマ!まだ――」

 

スザクの頭を砕いたはずのルッチが、驚愕の声を上げた。

“最強の暗殺者”と恐れられ、常に冷静さを失わないロブ・ルッチ。

その彼が声を上げたのはスザクがとった受身によるものだった。

最後の力を振り絞り、見苦しく技を逃れたのなら、驚きなどしない。

瀕死の敵には、よくあることだ。

だが、スザクは違った。およそ、武術の理想を体現するかのように美しく着地した。

まるで滝が流れるように。木の葉が舞うように。あまりにも、自然であり、静かであった。

 

完全なる無音。

 

それは、あまりにも自然であり、あまりにも異質であったことから、

ルッチの脳はすぐにそれを認識できなかった。

 

「クッ!!」

 

即座に思考を切り替え、ルッチはスザクの顔面に向けて“指銃”を放つ。

 

 

  枢木スザクの雰囲気は変わった。

  だが、それがなんだというのだ。俺の手は奴の襟首を掴んだままだ。

  人間の力では、獣の握力を振り払うことなどできない。

  このまま顔面を貫き、奴の息の根を止めてやる!

 

 

顔面に伸び行く“指銃”を前に、スザクは、自分の襟を掴むルッチの手を静かに掴んだ。

 

その直後だった―――

 

 

  メリリッ

 

 

「があッ!?」

 

ルッチの手首の関節が悲鳴を上げ、その巨体が、宙に浮き上がっていく。

 

合気柔術。

 

柔術における最高技法。

わずかな動きをもって、相手の関節と神経を制圧し、自在に投げる究極の体技。

稀有な才能持った者でも、数十年に及ぶ修行が必要な幻の技。

たとえ、獣とて、関節がある以上、この魔術から逃れる道理はない。

 

ルッチの身体は手首を起点に高々と宙に浮いた。

投げられたというより、誘導されて自ら飛んだというのが正しい。

もし、その流れに逆らったなら、ルッチの手首は一瞬でへし折られていたに違いない。

スザクは身体を少し落とした。

次の瞬間、ルッチは真っ逆さまに落ちていく。

腕はまるで一本の鉄の棒と化し、襟首から離れない。

 

(地面が…!手が離れない…受身を!)

 

落ち行くルッチの身体。

地面への激突をルッチが覚悟した瞬間だった。

 

 

 

 

 

       

         枢木流…“玄武”!

 

 

 

 

 

 

「がッ!?―――」

 

ルッチの頭が地面に激突する寸前、スザクはその頭めがけて回転蹴りを放った。

投げにより、防御不能となった敵の頭部を破壊する枢木流の奥義。

それは落ち行くルッチの頭をボールに見立てての全力の“サッカーボールキック”

常人では、絶命必至のまさに“必殺技”

それをまともに喰らい、ルッチの身体は、竜巻に巻き上げられたように回転しながら

再び上昇した後で、激しく地面に叩きつけられた。

 

即座に起き上がり、構えるルッチ。

悪魔の実によって得た獣のタフネスはさすがといえる。

だが、常人では死が免れぬほどのダメージがその頭に残っている。

視界が揺れ、枢木スザクの姿がぼやける。

そのためだろうか。

揺れる視界の中で、ルッチは確かに見た。

 

枢木スザクの瞳が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“赤く”光っていた―――

 



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勝利の女神

 

 

反ブリタニアを掲げる全て者の希望たる“黒の騎士団のエース”

対するは、神聖ブリタニア帝国の頂点の一角“ナイト・オブ・テン”

両雄が戦場の中心で激突しておよそ数分の刻が経過した。

その時間経過における両軍の情勢に変化はなかった。

圧倒的な数で迫るブリタニア軍に対して、黒の騎士団は決死の覚悟をもって抗う。

戦局は一進一退を繰り返している。

だが、この数分の間に、相変わらずの狂笑と絶対の自信からくる余裕を崩さぬ

“吸血鬼” ルキアーノ・ブラッドリーに対して、

零番隊隊長“紅月”カレンの表情は、焦りと共に深い疲労の色が滲んでいた。

 

カレンは思う。

親衛隊長として、ゼロを守り“紅月”の二つ名を背負い戦ってきたこれまでの

自分の覚悟は決して軽いものではないという自負はある。

あの誓いも誇りも偽りなど何一つないと胸を張って言える。

 

――だが、“黒の騎士団のエース”この言葉は…称号はなんと重いのだろうか。

 

それは、文字通り黒の騎士団の命運を背負う者だ。

いや、それだけではない。この戦場には、黒の騎士団を援護するレジスタンス達。

そして、ゼロの処刑を立会いに来た日ノ本の多くの民間人達がいる。

この戦場において、黒の騎士団が敗北することがあるなら、ブリタニアの牙は

彼らに向かうことは想像に難くない。

 

“経済特区日ノ本における虐殺”

 

日ノ本の再統治の大義名分の下、あれを上回る虐殺が起きるかもしれない。

それを阻止できるか否かは、私達、黒の騎士団の働きにかかっている。

この戦場における勝利にかかっている。私の勝利にかかっている。

そのためには、目の前の敵――“ナイト・オブ・テン”。

“吸血鬼”と呼ばれるこの悪鬼を倒さなければならない。

ブリタニアの力の象徴“最強の12騎士”を倒すことができれば、

この戦場の流れは一気に騎士団に傾く。

圧倒的な戦力差を覆る起爆剤になることができる。

だから何としても私は勝たなくてはならない。

 

なのに――

 

「クハハハ!」

 

「クッ――」

 

ルキアーノの盾が開き、数本のナイフが回転しながら発射させる。

カレンは、側転しながら、辛くもそれを避け、息で肩を弾ませる。

その単調な攻防がこの数分間を占めていた。

 

突破口がまるで見出せない――

 

それが、ブリタニアを恐怖させた黒の騎士団最強の戦士の偽らざる本心だった。

ルキアーノに接近できたのは、ファーストコンタクトの一度きりだった。

輻射波動を叩き込もうと接近するカレンに対してルキアーノが取った行動は

あの黒の騎士団の団員5人を瞬殺した回転する特殊なスピアによる斬撃だった。

自分の横腹に襲い来るスピアを後方に飛んでかわしたカレンは

空中で輻射波動の赤い波動を放った。

その波動を浴びたものは沸騰し、爆発し、消滅する。

過去、何人たりも防ぐことはできなかった悪魔の業火。ブリタニア兵の恐怖の象徴。

それが、ついに、ブリタニアの頂点に襲い掛かる。

だが、ルキアーノの狂笑は崩れることはなかった。

襲い来る輻射波動の赤い光の中で、その狂笑はよりいっそう高鳴っていく。

ルキアーノは巨大な盾を構えた。そして盾が振動した瞬間。

 

 

輻射波動が弾かれた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クハハハ!」

 

そして戦いは今に至る。

あれから、盾から繰り出されるナイフの連射により

近づくことすらままならない。

輻射波動はあの特殊な盾に弾かれてしまう。

仮に、接近できてもあのスピアが待っている。

打つ手なし――ただその一言に尽きる。

カレンの攻撃は、輻射波動を要とする。

 

悪魔の実――ゾオン系幻獣種モデル“紅蓮”

 

それの悪魔の力をベースとして、

我流の体術とレジスタンスのナイフ術を加えることで、

零番隊隊長としてのその名をブリタニア海に広めてきた。

だが、今その力は、目の前の敵には…“ナイト・オブ・テン”には効かない。

 

 

  確認する。お前が“黒の騎士団のエース”だな?

 

 

先ほどルキアーノが述べた台詞が頭を過ぎる。

あの言葉の真意は、この輻射波動の対策を実行するための確認。

帝国最高戦力である“ナイト・オブ・ラウンズ”は、各自が海軍の中将

レベルの力を有していると聞く。

この男には、それに相応しい戦闘技術と狂気…いや用意周到さがある。

そうだ。この狂笑は、あくまでこいつの一部でしかない。

その本質は、蛇のような周到さにこそある。

10万の連合軍という状況の中で、こいつだけがブリタニアにおいて

私と戦う準備をしてきた。それも完璧に、かつてないほどに。

 

その思考の最中、ルキアーノの盾から再びナイフが発射される。

 

「ハハハ、どうしたイレブンのエースよ~」

 

カレンは再び辛くもナイフをかわす。

ナイフは腕や頬をかすめ、そこから血が滲む。

 

「はあ、ハア」

 

現在できることはただ逃げるだけ。

輻射波動を展開させ“盾”として使用することはできるが、

それでは、その場に釘づけにされ、長期戦を余儀なくされる。

それは、カレンにとって、いや黒の騎士団にとって最悪の選択と言っていい。

カレンには、砂時計から流れる一粒一粒がまるで団員の命のように感じる。

この戦局は、団員達の覚悟で…命によって維持されているといっていい。

故にこそ、その一秒一秒は、計り知れないほど重く、

カレンに長期戦という選択を選ばせることを許さない。

 

ラウンズの“瞬殺”

 

“黒の騎士団のエース”に課せられた使命はただそれに尽きる。

だが、ルキアーノは、その現状を見抜き、決して接近を許さない。

意図的に長期戦に持ち込み、カレンのミスを笑いながら待っている。

そして、輻射波動を封じられたカレンに、打つ手はない。

 

黒の騎士団と民衆の命運。そして、この絶望的な状況。

 

わずか、数分でカレンの疲労はピークに達した。

 

ナイフを避けながらカレンはふと思う。

同じラウンズの椅子に座りながら、この悪鬼はあいつとこうも違うのか、と

 

アイツと…“ナイト・オブ・セブン” 枢木スザクと。

 

日ノ本人でありながら、ゼロ討った売国奴“裏切り”のスザク。

海軍の中将にして、ブリタニアの“ナイト・オブ・セブン”。

 

大嫌いだった――

 

全ての言葉は鼻につく。全ての言葉が偽善に聞こえた。

 

だが、戦いだけは違った。

何度となく戦った。その全てにおいてあいつは真っ向から向かってきた。

輻射波動を恐れることなく、堂々と正面から。

肩書きも称号も関係なく、一人の戦士として。

 

大嫌いな男だった。最悪の敵だった。

だけど、その戦いに向かう在り方には尊敬の念を持てた。

もし、この場にいるラウンズがあいつならば、すでに決着はついていたに違いない。

どちらが地に倒れているかはわからないけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ…らしくなかったわね」

 

「ん?」

 

疲労とあせりを浮かべていたカレンの顔に突如笑みが戻る。

それを、ルキアーノほ、笑みを浮かべながらも訝しそうに警戒する。

 

(背負うことでそれに囚われてどうする。今までどう戦ってきたかを思い出せ)

 

カレンは息を整える。

今までの戦いを生き抜いてきたのは、緻密な戦略や戦術ではない。

そんなものは全てゼロに任せ信じてきた。

自分が生き残れたのは、本能からくる機転、ただそれだけだ。

たしかに、この吸血鬼には、“普通”の輻射波動は効かない。

だが、自分の勘が…本能が教えてくれる。

アレを使うならば、奴の狂笑を止めることができると。

逃げ回る間に、接近する方法も考えた。

だが、それを躊躇していたのは、絶対に負けられないというプレッシャーのため。

その作戦は、成功率2割をきる。

 

成功率――その言葉にカレンは内心苦笑する。

 

 

  私は、何を躊躇していたのだろうか。

  これから起こそうとしてるのは“奇跡”だ。

  その前に確率を気にするなんて。

  2割…高すぎるくらいだ。

  それに…たとえ0%だろうと私は死なない。

 

 

 

 

 

     …カレン、君は生きろ!

 

 

 

 

 

  そう命じられたから。

  だから、私は絶対に死なない。

  もう一度、アイツに会うまでは!

  

 

  “黒の騎士団のエース”

 

  その名を背負え!その名に囚われるな!

  さあ、行こう――

 

 

「ッ!?」

 

盾からのナイフの連射を避けきったカレンが次にとった行動に

ルキアーノは少し驚いた。

側転から体勢を戻したカレンが、輻射波動を除けば自分の唯一の

武器であるナイフをルキアーノに向かって投げ放ったのだ。

巨大の盾と全身を鎧で固めたルキアーノに、

投擲など意味をなさないのは、誰の目にも明らかであった。

ルキアーノの向かって飛んでいったナイフは大方の予想通り、

ルキアーノが掲げた盾に阻まれ、“カツーン”と頼りない音をたて

地面に落下した。

それは、万策尽きての苦し紛れの行動だろうか。

ルキアーノが盾を掲げ、ナイフが地面に落ちるまで、約1秒。

だが、それこそが、カレンの狙いだった――

 

「チッ」

 

ルキアーノが盾を掲げたわずかの時間。

その時間を最大限に利用して、

カレンはルキアーノに向かって駆け出した。

カレンは走る。左右ジグザグに跳躍しながら――

 

「馬鹿が――!」

 

盾が開き、ナイフがマシンガンのように回転しながら発射される。

その中をカレンは疾走する。

左右に跳躍しながら、さらにスピードを上げて。

だが、それでも、全てのナイフを避けることはできない。

最初の一本は左肩に突き刺さった。

焼けるような熱を感じた。

次のナイフは、右の太ももに突き刺さった。

肉が抉られる感覚と共に激痛が走る。

それでもカレンは、走ることを止めない。

痛む足に力を入れ、頬を掠めるナイフに怯むことなく突き進む。

 

そしてついにナイフの暴風を、

最初の障壁を抜け…ルキアーノの懐に飛び込んだ――

 

「クハハ――ッ!」

 

しかし、それは、ルキアーノにとって予想通りの展開。

ファースト・コンタクトを再現するかのように、

特殊なスピアが回転しながら、カレンの左脇腹に襲い掛かる。

これこそが第二の障壁。

黒の騎士団の団員達を一瞬で葬り去った凶器。

回転させることで、相手の武器ごと弾き飛ばす吸血鬼の魔剣。

それが、まさに、今、カレンに向かって襲い掛かかる。

 

「!?ッ――」

 

このスピアの斬撃を受けた者は例外なく吹き飛ばされる。

その衝撃により、最悪、胴体は二つに分かれ、無残な遺体を

戦場にさらすことになる。

だが、今、起こっていることは、そのどちらでもなかった。

カレンは吹き飛ばされることもなく、

また、その胴体が二つに分かれてもいなかった。

スピアはカレンの左脇腹で止まり、回転を続けている。

その接触部において火花を出しながら。

 

鞘から半分ほど抜かれた刀が、スピアの斬撃を止めていた。

カレンは、左腰に隠していた刀を逆手で抜刀し、スピアの斬撃を防いだのだった。

その刀は、本来の刀より、少し短い“小太刀”と呼ばれるもの。

 

 

 

世界に名を成した良業物50工が1つ――“月下”

 

“四聖剣” 卜部巧雪の愛刀であった。

 

 

 

 

黒の騎士団の団員達が所有する武器の多くにはある特色があった。

それは、その武器の本来の持ち主は、戦死を遂げているという事実である。

亡き戦友の武器の活用は、資金が乏しく、武器確保が困難なためという

貧弱なレジスタンスのまさに苦肉の策から始まった。

だが、いつしか、それは、亡き友の意志を受け継ぐ団員達の覚悟に変わっていった。

卜部の意志を継いだカレンが継承したのはその愛刀“月下”

世界に50工しかないその名刀は、その所有者の意志を体現するかのように、

今、まさに襲い来る吸血鬼の魔剣から仲間であるカレンを守ったのだった。

 

「ウアアアアアアァーーーーーーッ!!」

 

カレンは雄たけびを上げながら、

その手に力を入れ、全力で“月下”を引き抜いた。

 

火花が弾ける。

 

次の瞬間―――スピアが真っ二つに切り裂かれた。

 

「グッ!!」

 

多くの敵の血を吸ってきた己が魔剣の最後に吸血鬼は絶句する。

逆手で抜刀された“月下”は太陽の光に当てられ美しく輝く。

そして直後、その輝きを最後に、“月下”はまるで役目が終えた

かのように粉々になって砕け散った。

 

その砕けた白刃に、卜部の笑顔が写った…そんな気がした――

 

(…ありがとう。卜部さん)

 

その刹那の中、第二の障壁を越えたカレンは、前に踏み込み、

最後の障壁である盾を掴んだ。

その盾は、対“輻射波動”専用に特殊コーティングされたもの。

何度も輻射波動を跳ね除けた最大の障壁だった。

 

(盾を奪うつもりか!?このマヌケが―――ッ!)

 

そう心の中で絶叫しながら、

盾を掴まれたルキアーノは、盾を持つ手に力を込める。

盾を奪おうとするカレンをそのまま盾ごと圧殺するつもりだ。

 

だが、カレンは盾を持つ手を動かそうとしない。

何かに集中するかのように一瞬、目を閉じて、静かに開いた後…

 

叫んだ―――

 

 

 

「輻射波動“全解放”―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      “ 紅蓮 ”!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、カレンの右手から膨れ上がった輻射波動の赤い波動が

巨大な幻獣の形となり、再び、カレンの右手に収束していく。

その右手は黄金色に輝く。

 

そして―――

 

 

 

“ジュワア”

 

そんな擬音と共に、あの特殊な盾の一部が溶け出した。

 

「なッ!?」

 

盾の裂け目からカレンと目を合わせたルキアーノは驚愕する。

 

「ハアアアアアアァーーーーーーッ!!」

 

気合と共に、カレンは最後の力を振り絞る。

盾は半分とけながら、縦に焼き裂かれた。

 

「チッ!!」

 

盾を離したルキアーノは後ろに跳躍する。

このまま逃す手は、カレンにはない。

前足に力込め、全身でルキアーノに飛び込んでいく。

右手には輻射波動の赤い光が帯びる。

それが、ルキアーノの顔面に向けて伸びていく。

 

「これで――」

 

勝利を確信したカレンは叫んだ。

だが、死を前にしてルキアーノの表情は変わらない。

いや、それどころかその顔に再びあの“狂笑”が戻る。

 

「ああ…終わりだ――」

 

 

 

“ゾクリ”

 

 

 

その刹那、カレンの全身を悪寒が駆け抜けた。

刹那の時間、全ての動きがスローモーションに感じられる。

自分の右手に悪魔の業火が迸り、それが、ルキアーノに向かって伸びていく。

だが、それと交差するかのように、ルキアーノのユニコーンを模った兜の角が

カレンの額に向けて発射された。

 

(隠し武器!?)

 

それは、ルキアーノが追い詰められた時を想定した奥の手。

盾を手放し、後ろに跳躍したのも、全ては罠。

全ては、この武器で仕留めるためのものだった。

空中でルキアーノに向かって全身を伸ばしているカレンに

この奥の手を避ける術はない。

ゆっくりとカレンの額に向かっていく吸血気の最後の牙。

 

 

“死”――!?

 

 

刹那、カレンがそれを覚悟した瞬間だった。

 

 

――“ガッッン”!!

 

 

衝撃音と共に、隠し武器は、カレンに突き刺さるまさにその前に、弾け飛んだ。

 

「え!?」

 

「なッ!?」

 

己が死を覚悟したカレンも、己が勝利を確信したルキアーノも同時に驚きの声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ――」

 

状況がわからずも再びルキアーノは、後ろに跳躍する。

今目の前にいるのは、ブリタニアを恐怖させた“赤い月”

その悪魔の業火から逃れるために、ルキアーノは跳躍した。

 

「ガッ!?――」

 

しかし、その顔面に鈍い衝撃が響き渡る。

 

“右ストレート”一閃――

 

先に動いたカレンが、深く踏み込み吸血鬼の顔面に全力の右を叩き込んだのだ。

それは、輻射波動のタイムラグを考慮しての選択。

ルキアーノの身体は派手に吹き飛ばされ、カレンから離れ、地面にバウンドする。

だが、衝撃は終わらない。

右ストレートを繰り出したカレンは、そのまま疾走を開始し、

吹き飛ばされたルキアーノと併走する。

そして、地面にバウンドしたルキアーノの身体を…その顔を、

バスケットボールを取るように…

掴んだ―――

 

「ぐああッ!」

 

そのまま、ルキアーノの身体を片手で高々と引き上げる。

190を越えるルキアーノが、170を満たぬカレンに片手で

空中に固定されるというシュールな図がそこにあった。

 

「ああ…」

 

先ほどまで歓声を上げていたブリタニア兵達は、

“ナイト・オブ・テン”の…ラウンズのその醜態を前に呻き声を上げる。

 

「はあ、ハア」

 

息を整えながら、カレンはルキアーノを見つめる。

“新宿事変”から始まるレジスタンスとしての絶望的な戦いの日々。

ブリタニアの頂点であるラウンズは遥か彼方の存在だった。

しかし、今、カレンの腕は…その意志は、最強の12騎士の一人に届いた。

その事実を前に、カレンは動じることはない。

ルキアーノを見つめ、あの言葉を放つ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    質問…あなたにとって“命より大切なもの”は何?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふざけるなよ小娘が――ギ、ぎやあああああああああああああ」

 

吸血鬼の断末魔が戦場に響き渡る。

回答することなく、その悪態を最後に、ルキアーノは沸騰し、爆発し、消滅した。

 

命を侮辱する者に、その問いに答える資格なし―――それがカレンの答え

 

ルキアーノが跡形もなく、消滅したその場所には、

勝者である“黒の騎士団のエース”

零番隊隊長“紅月”カレンだけが立っていた。

負傷した左肩や足から血が止め処なく流れ落ちる。

だが、その鮮血は戦場を彩る赤き華。

ブリタニアにとっては、戦場の赤き死神。

騎士団にとっては、勝利の女神は今、まさに咲き誇る。

 

「ブ、ブラッドリー卿!そんな…」

 

「嘘だ!“ナイト・オブ・テンが…」

 

「ラウンズが―――負けた!?」

 

その決着を前に、ブリタニア兵達は、口々に呟いた。

全員が驚愕し、ブリタニア最強の騎士の敗北を、信じられぬといった顔をしながら。

カレンは、ブリタニア兵に向かって振り向く。

その殺気により、ブリタニア兵達は、現実の世界に戻った。

 

「ヒ…あ、悪魔」

 

「ば、化け物だ…助けてくれーーーー」

 

ブリタニア兵達は、武器を捨てて逃げ出した。

ラウンズの敗北と断末魔の絶叫は、彼らに絶対の恐怖を植え付けた。

8万を超えるブリタニア軍が、ラウンズ一人の敗北により総崩れとなる。

 

「うおおおおおおおおお姉御ーーーー」

 

「やった!隊長が・・隊長が、あの吸血鬼を…ラウンズを倒した!」

 

「見たかブリタニア!黒の騎士団万歳!」

 

「今度は俺達の番だ!いくぞ、みんな!」

 

「ああ!俺達の力を見せてやる!」

 

“黒の騎士団のエース”の勝利は、団員達に絶対の勇気と希望を与えた。

士気の高さは、この瞬間、絶頂を迎えた。

 

 

戦場の流れが…決まった―――

 

 

「…礼は言わないわよ」

 

肩の傷を抑えながら、カレンはその後ろにいる人物に向かって、

振り返ることなく、呟いた。

 

 

 

 

 

カレンとルキアーノ戦闘が開始され、

その周りにいる団員もブリタニア兵も誰一人動くことなく

その戦いを固唾を呑んで見守っていた。

彼らの中で、その影に気づくものを居ただろうか。

戦場において、黒きドレスを纏ったその女は、

黄金の拳銃を手に、2人の動きを追い続けていた。

友の勝利を信じながらも…万が一に備えながら。

カレンと同様に、女の狙いは、ルキアーノの首であった。

しかし、その違いは決定的であった。

決闘という手段を用いたカレンに対して、女が取ろうとしたのは

 

“ラウンズの暗殺”

 

だが、ルキアーノの首をカレンに託した女は、

カレンの敗北も想定しながら、銃口を保ち続けた。

そして訪れたルキアーノの隠し武器による攻撃。

女の放った銃弾は、カレンのまさに目の前で

その武器を破壊した。

 

 

 

 

 

「さあ、なんのことやら」

 

 

 

 

その黒き衣は魔女の証明―――

 

革命軍“幹部”

 

 

“魔女”C.C.

 

 

そう嘯きながら、C.C.はいつもの笑みを浮かべ、銃口の煙を吹き消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソーもう限界だ!まだか、ナミさん!?」

 

砲弾を蹴り落としながら、サンジは叫んだ。

 

 

――ドカーン!

 

その最中、何発目かの砲撃がメリー号に炸裂し、その箇所から火が噴出す。

チョッパーが慌てて消化作業に入る。

煙は、メリー号の至るところから、昇っている。

 

「ッ…」

 

いつもなら、“うるせーエロコック”とツッコミを入れるゾロは

無言で砲弾を叩き切る。それは、言葉なき同意に他ならない。

いつもクールを貫くニコ・ロビンの頬に汗が流れる。

誰もがもはや限界であることを感じていた。

“神根島”はもう目の前にある。

だが、この船の航海士であるナミは、

口を横一文字に閉じて、ただ、前だけを見ていた。

あの男の言葉を信じながら。

 

 

 

 

 

「ゼロ…“みんなの力”があれば、君を!」

 

キリリッとイケ面風な顔をしながら、扇はその台詞を放つ。

だが、その台詞を聞いている肝心な“みんな”は

誰一人それに反応することはない。

まるで意志なき人形のように己が仕事を続けている。

 

ここは、斑鳩の司令室。

常に隠れ潜んでいたこの男は、戦場に出たものの、今度は

この海域最大の戦艦において最も安全な場所で指揮という名の

お遊びに興じていた。

斑鳩の前には、合流してきた多数のブリタニアと海軍の軍艦がある。

その数は、もはや船団というより、艦隊と言っていい。

その艦隊が追うのは、一隻の小さな海賊船。

それはもはや狩りと呼んでも差し支えないだろう。

この状況に扇は、有頂天となっていた。

黒の騎士団時代においても、

扇は、ブリタニアの圧倒的な戦力に密かに憧れていた。

レジスタンスという弱者の立場を心の底から見下し、

いつかブリタニアの側に立ち、支配者となることを夢見ていた。

この状況は、まさにその夢の実現に他ならなかった。

 

目の前の艦隊は即席の“扇ジャパン”

そして、敵であるゼロと麦わらの命運はあとわずかである。

笑い出して邪悪な顔になるのを必死で抑えながら、

扇は顔を引きつらせながら“逝け面の扇さん”を演じ続ける。

 

 

 

(まだなの…?)

 

神根島をみつめながら、ナミはそれを探していた。

サンジの叫び声のあと、爆発音が聞こえ、船は揺れた。

また、着弾したのだろう。

正直なところ、メリー号の限界は近い。

ただ、私には、すぐに何かできることはない。

私のできることは一つだけ。

アイツの言葉を信じる。ただそれだけだ。

脳裏に、ゼロの…ルルーシュの言葉が蘇る。

 

 

 

 

  ナミ、お前ならできるはずだ。お前が有能な航海士ならの話だが…

 

 

 

(一言多いのよ、このシスコン!)

 

過去のルルーシュに向かってナミは今更、悪態をつく。

あの男は、いつも何か一言を多いのはなぜだろう…?

そんなことを考えそうになったナミは、頭を振る。

 

(…とにかく、方角と位置に間違いない。なら、きっとあるはずだ)

 

だから、ナミは前だけを見る。

口を一文字に閉じて。

自分を信じてくれた仲間と今、戦っている仲間のために。

 

神根島はいよいよ近くなり、その前にいくつかの岩礁が見えた。

 

その内の一つを見つけた時…

 

ナミの口が…

 

三日月に変わった―――

 

 

 

“フハハハ”

 

 

 

ゼロのように笑い出したいのをナミは必死で堪えた。

 

 

  当たり前よ、ルルーシュ。

  こんなものは、意識すれば、並みの航海士だって気づくわ。

  あたしを誰だと思ってるのよ。

  この潮の流れがこんなに激しい場所に、

  あんな岩があるはずがない。海流に削られ、なくなるはずだ。

  じゃあ、あの不自然なほどきれいな大岩は何?

  まるで、潮の流れを妨げるように。

  答えは、簡単だ。あの岩は人工物。

  じゃあ、何のために?

  それこそ、もっと簡単よね!

 

 

「あの左に見える大岩を砲撃して!」

 

ナミの声がメリー号に響く。

その瞬間、ゼロは走り出し、砲台を操作し、狙いを定める。

慣れた手つきで照準を合わせ、岩に向かって砲撃する。

数秒後、砲弾は岩に見事に命中、爆炎を上げる。

 

「その格好で、上手いもんだな!」

 

感嘆の声を上げ、サンジが口笛を吹く。

 

「チョッパー!面舵一杯!みんなは衝撃に備えて!」

 

 

 

 

   

     “とっくに対ショック!”

 

 

 

 

 

 

 

ナミの指示に、全員が口を揃えた―――

 

 

 

 

 

「ん…?」

 

麦わらの海賊船があらぬ方向に砲撃した後、右に逸れていく。

それを見た扇は、少し疑問に思いながらも、

ニヤニヤしながら口元を押さえ、鏡を見る。

扇は思う。

麦わら達は、この状況を前にとち狂ったのだろうと。

そんなことよりも、扇にとっては、

この後に、待っているであろう記念撮影の方が大事である。

ゴミのひとつでもついていないかを鏡で入念にチェックする。

 

――ドカーン!

 

その時だった。麦わらが砲撃した大岩が派手な音をたてた後

木っ端微塵に爆発したのだ。

その光景に、扇は少し、驚く。

 

「ちょ…麦わらの船、火力凄くね?」

 

その小学生並みの感想の直後だった。

 

―――ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ

 

地鳴りが響き、斑鳩が激しく揺れる。

 

「な、何だ!何だ!?」

 

立ち上がり、扇は喚きだす。何か嫌な予感がした。

 

 

 

“フハハハ”

 

 

 

 

扇の頭の中に、突如、あの仮面の海賊の笑いが響き渡る。

この感覚を扇は知っている。

 

 

そう、これは―――

 

 

この潮の流れの激しいこの場所で、その流れを妨げていた大岩は消し飛んだ。

それにより、潮の流れは大きく変わる。

潮の流れは、一時的に…巨大な渦巻きを作り出した――

 

前を先行していたブリタニアと海軍の軍艦が、それに飲み込まれ、

次々と転覆していく。

斑鳩も、その流れに飲まれ回転し、斑鳩の館内は、まるで竜巻の中に

いるかのような惨状に襲われる。

 

 

 

通称――“足場―スト”

 

 

 

ブリタニア軍の足場諸共、崩壊させることで戦局を逆転するゼロ戦術である。

過去、それを受けた多くのブリタニア兵と同様に、

扇も、再び、醜い小悪党の顔に戻り、あの台詞を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ゼ、ゼロオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うげ…!」

 

扇は派手に転倒し、頭を抑える。衝撃が頭に響く。

だが、それ以上の衝撃が、伝令を通して扇に襲い掛かった。

 

「大変です!むぎわらの一味が侵入しました!」

 

「な、何~!?」

 

メリー号は、この渦巻きを利用し、ぐるりと一周して、

斑鳩に突入してきたのだ。

最初に船長“麦わら”のルフィが、船にゴムの力で登り、ロープをかける。

それを次々に麦わらの一味が登っていく。

 

「くそ~てめえら時間を稼げ!オラー“みんなの力”だぁ!」

 

そう言って、扇は棒立ちしている南の背中に蹴りを入れる。

そして、第四倉庫に向かう階段に走っていく。

 

 

 

 

 

 

 

「ゴムゴムの鞭!」

 

ルフィは操られた幹部達を、まとめて吹き飛ばし、船内に向かう。

だが、その瞬間、4つの斬撃が、ルフィに襲い掛かる。

 

「わ!は!ほ!トオ!」

 

連続して襲い来る斬撃をなんとかかわすルフィ。

だが、攻撃はそれで終わりではない。

攻撃を仕掛けてきた4つの影は、再びルフィの周りを旋回する。

 

「…旋回活殺自在陣」

 

「…承知!」

 

レジスタンス上がりが大半を占める黒の騎士団において

異彩を放つ旧日ノ本国の本物の軍人達。

その名は、ゼロの登場より前に、“剣豪”としてブリタニア海で知られていた。

それを指揮するは、旧日ノ本国の“将軍”。

 

“将軍”藤堂と“剣豪”四聖剣。

 

戦のスペシャリストの凶刃が今、ルフィに襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…へへへ」

 

暗い倉庫の通路で、扇は懐からキーを取り出す。

キーは青白く光り、その光りは半笑いした扇の顔を映し出した。

ここを夜道と想定するなら、完全に変質者である。

 

「ゼロ…神根島に来たのが運のツキだ。

 策士、策に溺れるとはまさにこのことよ。

 神根島なら、アレが使える。

 あの兵器が使えるなら、お前らなんか目じゃねえ」

 

窮鼠、猫を噛む。

まさにその状況に追い詰められた扇の目に狂気が走る。

 

 

 

「へへへ…そうだ!

 ゼロ、そして麦わら、お、お前らなんか怖くねえ!

 野郎~ぶっ殺してやるーーーーーーーーーーー!」

 

 

 

扇の絶叫が第四倉庫の闇の中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

ルフィに攻撃する瞬間、自分に向かって襲い来る黒い影のとび蹴りを

刀で防いだ朝比奈は、声を上げた。

 

「ルフィ!お前は、あのモジャモジャをぶっ飛ばせ!」

 

黒い影…後の“黒足”のサンジは、そう檄を飛ばした。

 

「…邪魔だね。君は」

 

刀を向けて朝比奈はサンジを睨む。

 

「“将軍”っていうのはアンタのことだろ?」

 

「…“海賊狩り”のゾロか」

 

藤堂の前には、ゾロが3本の刀を構える。

 

「そこのお前、女だからといって容赦はしないぞ!」

 

「え!?」

 

主要な敵は、チョッパーかロビンに任せて、端の方で

雑魚とでも戦おうと考えていたナミは、千葉の言葉に驚愕の声を上げた。

 

「ゼロ…!」

 

「…。」

 

仙波の前には、仮面の海賊が立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

         麦わらの一味 VS 扇ジャパン

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ神根島において、

第二次“ブラック・リベリオン”最後の戦いが始まった―――

 

 



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反逆の終わり

 

神聖ブリタニア帝国の日ノ本への武力侵攻。

日ノ本の降伏によりブリタニアの支配エリアに新たな数字「エリア11」が刻まれた。

全てあの日から始まった。

あの日から一人の少年の心に生まれた反逆の灯は、消えることなく燃え続けた。

何度となく、踏みにじられようとも、灯は不死鳥の如く蘇り、再び輝いた。

いつしか灯は、闇の中でさまよう人々にとっての道しるべとなる。

そして、灯は時代の風に乗り、その勢いを強め、ついにエリアを照らす太陽となった。

 

 

始まりは、小さな少年が心に抱いた反逆だった。

始まりは、一介のテロリストの反逆だった。

 

 

敵は、神聖ブリタニア帝国。

世界政府屈指の大国。この海域最大の軍事帝国。

帝国の総兵力は、60万超。

その頂点に君臨するは“ナイト・オブ・ラウンズ”。

各自が、海軍中将と同等の実力を有しており、

その頂点たる“ナイト・オブ・ワン”の力は、あの“鷹の目”のミホークと肩を並べる。

 

絶望的な戦いだった。

何度となく、敗北し、何度となく、挫折した。

多くの犠牲を出した。

多くの戦友を失った。

 

だが、それでもあきらめなかった。

歩みをやめることはなかった。

 

小さな少年が心に抱いたものは最初は細波のような感情だった。

だが、それは、いつしか、時代を巻き込む大きなうねりとなった。

 

 

全ては、あの約束のため。

全ては、死んでいった仲間のために。

 

 

あきらめる事なき歩みは今日、ついに終着を迎える。

 

 

 

 

 

 

「…馬鹿な」

 

神聖ブリタニア帝国・宰相シュナイゼルは、憎悪に瞳を染め、吐き捨てるように呟いた。

飛行艇のある中庭に、海軍の新兵に誘導されたシュナイゼルが見たものは、

飛行艇の前で、自分に銃を向ける数人のブリタニア兵の姿だった。

銃を持った兵士達の顔には、感情がなく、その瞳は薄っすらと赤く光っていた。

 

 

“ギアス”

 

 

人の意思を操る絶対遵守の魔眼。

それにより、ブリタニア兵達が操られているのは、明白だった。

 

 

扇のクーデター

10万の連合軍

異例とも言える3人のラウンズの派遣

世界政府CP9への暗殺依頼

 

 

何度となく、チェックをかけられた。

一度は“チェック・メイト”になった。

だが、その投了は覆され、反逆の灯は再び光り輝いた。

 

シュナイゼルの眼前で銃を構える操り人形たち。

 

 

 

 

それは内戦を通して、ブリタニアにかけられた初めての“チェック”

 

 

 

 

全てはあの日から…一人の少年の歩みから始まった。

 

あの始まりの日に、小さな少年の胸の中で生まれた反逆は、

多くの犠牲を出しながらも、多くの仲間の思いに支えられ、

数多の困難を打ち破り、襲い来る絶望を跳ね除けた。

 

 

 

そして、その抗いは…ついに――神聖ブリタニア帝国の盟主の前に辿りついた。

 

 

 

 

 

「――クッ!」

 

シュナイゼルは即座に銃口を車椅子に座るナナリーに向ける。

車椅子を押していた新兵は、それを目にして、手を上げながら震える。

その状況を前に、操られたブリタニア兵達は、何の反応もせずに、

ただ、目に薄っすらと赤い光を浮かべている。

 

(…ブリタニアとの決戦に備え、予め“ギアス”をかけていたというのか?)

 

操り人形と化したブリタニア兵達を睨みながら、シュナイゼルは考察する。

 

売国奴の扇の裏切りにより、その全貌を掴んだゼロの能力“ギアス”

だが、いくら対策を打ちたてようが、それ以前にかけられたならば見つけようがない。

ゼロが、ブリタニアとの決戦に備え、何人かのブリタニア兵に“ギアス”をかけていた。

それが、この第二次“ブラック・リベリオン”を条件のクリアとして発動した。

なるほど。それなら合点がいく。

 

――だが、それならば、どのような手段を用いて彼らを動かしているのだ?

 

操り人形には、それを糸で操る操者が存在する。

操者をゼロとするならば、糸はどこだ?何を使い、彼らを操っている?

 

状況を即座に見極め、シュナイゼルは、ブリタニア兵達を凝視する。

すると、右にいるブリタニア兵が持つものから、

小さな異音がしていることに気づく。

ブリタニア兵に手には、何か貝殻のようなものが握られていた。

“ジ、ジジ”とかすかに機械音がする。

シュナイゼルは注意深く、それを見つめる。

 

すると、そこから、あの男の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「シュナイゼル…ジ…お前の…ジジ…負けだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――バァン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声を聞くや否や、シュナイゼルは、貝殻のようなものを握るブリタニア兵を銃撃した。

シュナイゼルは、銃口を再びナナリーに向けると警戒しながら、

銃撃されたブリタニア兵の死体から貝殻のようなものを抜き取る。

それに対して、操り人形と化したブリタニア兵達は、シュナイゼルに銃口を向ける

ことを継続するも、発砲する様子を見せない。

相変わらず、心ここにあらずといった様子で、目に赤い光を浮かべている。

 

 

 

「…いや、私の勝ちだ。ルルーシュ皇子」

 

 

 

 

拾った貝殻に向かってシュナイゼルはそう言った。

その顔に、あの“変わらぬ微笑”を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

(これが糸の正体か…貝殻の形はしているが、電伝虫と同じ通信機と考えて間違いない)

 

心の中でそう呟きながらシュナイゼルは笑う。

 

 

 

  黒の騎士団には“ラクシャータ”という天才科学者がいる。

  このような携帯型の電伝虫を開発していたとしても不思議ではない。

  ゼロは、この通信機から、操り人形達に命令を下していたわけだ。

 

 

 

「残念だったねルルーシュ皇子。この通信機は今、私の手にある。

 君が、この操り人形に命令を下すのはもはや、不可能だ。

 フフフ、君は今、麦わらと一緒に逃亡の最中のはずだ。

 その状況の中、このような“チェック”をかけてくるとは。

 君には驚かされてばかりだよ、ルルーシュ皇子」

 

 

 

  正直危なかった。

  私以外のブリタニアの要人達なら…

  あの国務大臣をはじめとする臆病者どもなら

  “チェック・メイト”になっていただろう。

  だが、私には、極めて高い勝算があった。

  ゼロは、今、海の上にいる。

  そのために、こちらの状況は会話や音から推測するしかない。

  私の突然の銃撃に対して、即座に対応できないはずだ。

  もちろん、その対策として、この人形達に予め命令しておけば、

  私を銃殺することはできるだろう。

  だが、ゼロにそのリスクをおかすことはできない。

  

  なぜなら――

 

 

 

「ジ、ジジ…ナナリーを…ジ…離せ」

 

鈍い機械音の後、貝から再びルルーシュの声が聞こえてきた。

 

 

 

  そうだとも。

  万が一、ナナリー様が銃撃戦に巻き込まれる危険がある以上、

  ゼロにそのような命令ができるはずがない。

  フフ、役立たずの“クイーン”が最後の最後で役に立ったという訳か。

 

 

 

「そう、ナナリー様は今、私と共にいる。

 彼女の命は私と共にあるといってもいいだろう。

 ところで、ルルーシュ様、私が送った“ゲスト”とはまだ会っていないようだね」

 

「ジ…ジジ…ジ」

 

返答はない。ただ機械音のみが聞こえる。

 

 

“最強の暗殺者”ロブ・ルッチ。

 

 

配置から考えれば、すでに麦わらの一味とゼロを急襲しているはず。

だが、未だにゼロが健在ということは、何かアクシデントがあったか…。

シュナイゼルは、そう思案していると再びルルーシュの声が聞こえてくる。

 

「ジジ…哀れだな…ジ…シュナイゼル」

 

「クッ…!」

 

貝殻から発せられたその言葉には侮蔑の感情が込められていた。

 

 

 

 

 

神聖ブリタニア帝国。

世界政府屈指の大国。総兵力60万の頂点に君臨し、宰相の地位に座るシュナイゼル。

あろうことかその地位にいる人間が、まるで強盗が人質をとると同じように

現、ブリタニア皇帝であるナナリー・ヴィ・ブリタニアに銃を向けている。

そしてその皇帝は、車椅子に座るか弱き少女。

なんと、醜悪な光景だろう。

ルルーシュの短い言葉でそれを指摘されたような気がして

シュナイゼルのプライドは傷つけられた。

 

「…何とでも言えばいい。

 仮にあなたが勝ち、私が敗れるならば、

 それは、すなわちブリタニアの滅亡を意味する。

 私は帝国宰相として、それを許すことはできない。

 私の敗北はブリタニアにとっての死だ。

 ならば、ブリタニア皇帝であるナナリー様に

 その責任の一端を引き受けていただく。

 ルルーシュ皇子。これは脅しではない」

 

シュナイゼルは改めてナナリーに銃口を向ける。

盲目のため、現状を視認できないが、会話の内容を聞き、

ナナリーは、不安そうな表情を浮かべる。

海軍の新兵は、ナナリーから少し離れ、頬に汗を流している。

 

「ジジ…シュナイゼル…ジ…お前は負けたんだ…俺達、黒の騎士団に」

 

「黒の騎士団…彼らの命運はあと少しで尽きるだろう。

 ルルーシュ皇子、あなたも逃がしはしない。

 追っ手はブリタニアだけではない。世界政府と海軍本部を動かす。

 あなたの敵は、この陸と海の全てだ。

 あなたが安心できる場所など世界のどこにもない。

 あなたに“明日”など来ない。

 さあ…茶番は終わりだ。

 ルルーシュ皇子、この操り人形どもを下がらせてくれないか。

 ナナリー様の身に万が一のことはあってはいけない」

 

「ジ…ジジ」

 

シュナイゼルにとっては、それは最後の通告だった。

ゼロからの最後の“チェック”をかわした。

ゼロには、もはや打つ手はない。

あとは自分達が、飛行艇で脱出するだけだ。

目の前の操り人形を一掃させた後、それを行えばいい。

 

 

 

 

――だが、

 

「シュナイゼル…ジ…お前の…ジジ…負けだ」

 

再びルルーシュは挑発を続けた。

それに対して、シュナイゼルは苦笑した後で、

少しイラつきながら、喋り返した。

 

「あなたにしては、飲み込みが悪いな、ルルーシュ皇子。

 あなたにできる“チェック”は、もはやない。

 さあ、早くこの操り人形に――」

 

「ジ、ジジ…ナナリーを…ジ…離せ」

 

「…ナナリー様は、ペンドラゴンまで私に同行してもらう。

 もはや、君にできることは何も――」

 

「ジジ…哀れだな…ジ…シュナイゼル」

 

「…くどい!あなたの負けだ!

 何度同じことを言わせれば――」

 

「ジジ…シュナイゼル…ジ…お前は負けたんだ…俺達、黒の騎士団に」

 

 

 

 

―――!!?

 

 

 

 

 

その瞬間、違和感がシュナイゼルを包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュナイゼル…ジ…お前の…ジジ…負けだ」

 

 

――違う。同じことを言っているのは、ゼロの方だ。

 

 

シュナイゼルは貝殻の形をした通信機を見つめる。

 

「ジ、ジジ…ナナリーを…ジ…離せ」

 

 

――これは、“通信機”ではない。まさか…これは…

 

 

「ジジ…哀れだな…ジ…シュナイゼル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――これは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            

              “ 録音機 ”!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シュナイゼルの“変わらぬ微笑”が消えた――その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

まるでそれを合図とするかのように、海軍の新兵が、

シュナイゼル達を案内し、先ほどまでガタガタと震えていた

あの海兵が、シュナイゼルに向かって突進してきた。

 

「――クッ!」

 

驚愕により、反応が遅れたシュナイゼルは慌てて海兵に向けて引き金を引く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――バァン!バァン!バァン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き…貴様」

 

数発の銃弾が空に向かって発射された。

シュナイゼルの右腕は、海兵の両手によってがっちりと掴まれている。

銃口は、完全に空に向けられて、海兵にも、人質のナナリーにも銃口を

向けることはできない。

 

「くッ!」

 

シュナイゼルは空いている左腕で、海兵の顔面を払う。

両手を使っているために海兵はそれをまともに喰らう。

「Marine」の帽子が空を飛び、黒い頭が露になる。

 

その黒い頭が――次の瞬間、そのまま、シュナイゼルの顔面に突っ込んできた。

 

 

 

――ガッ!!

 

 

 

「グッ!?」

 

額と額が激突して、互いの額から鮮血が飛び散る。

 

(頭突きだと――!?なんと野蛮…!)

 

名門貴族として生を受け、帝国宰相まで上り詰めたシュナイゼルには

およそ想像もできない路上の荒業。

そのような野蛮な所業を行ったこの賊をシュナイゼルは憎悪の瞳をもって睨む。

 

だが、次の瞬間、シュナイゼルは絶句した。

額と額が触れるほどの距離で目の当たりにしたその男は、

このブリタニアにおいて、最も高貴な人間だった。

 

 

 

 

「あ、あなたは――」

 

 

「シュナイゼル…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            “ゼロ”に従え!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シュナイゼルがシュナイゼルとしての人生で最後に見たもの。

 

それは、魔王の“赤い瞳”だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼ…ロ…麦わ…らを…おと…り…に…」

 

それを最後の言葉に、シュナイゼルは銃を落とし、その瞳に赤い光を帯びる。

 

 

 

第二次“ブラック・リベリオン”の開幕を飾る麦わらの一味の“ゼロ救出劇”

 

 

処刑場から脱出するメリー号とその羊頭の上に立つゼロの姿。

 

それを合図として、黒の騎士団とブリタニアの両軍が激突した。

ここにいる全ての人間は“ゼロと麦わらの一味の逃亡”を前提として動き出した。

それは、カレンも、C.C,も、シュナイゼルとて例外ではない。

だが、処刑場から離れゆくメリー号から、一人の男が飛び降りたのを

目撃した人間は、何人いるだろうか。

 

それを目撃した黒の騎士団の団員は、必死で刀を振るい、そのことを

頭の中から消していた。

それを目撃したブリタニア兵は、数分後、戦場の躯と化していた。

「ゼェゼェ」といいながら、陸に辿りついた上半身裸の男は、

近くにいたブリタニア兵に向かって

 

「死ね!」

 

そう暴言を吐いた。

それを聞いたブリタニア兵は、その男に銃を向けず、自らの頭を打ち抜き即死した。

男は、ブリタニア兵の服を奪うと、ブリタニア兵に成りすまし、戦場を巧みに駆け抜ける。

海軍基地の前を守るは、あのブリタニア本隊から派遣されたナイト達。

その男は、彼らに向かって

 

「我に従え」

 

そうわめき散らす。

すると、ナイト達は、熱に浮かされたように、海軍基地を案内する。

大広間に辿りついた男は、5番隊の団員の死体とナナリーの車椅子を見て、

即座に状況を理解する。

男は“空島”の音を吸収する"音貝”(トーンダイアル)という貝殻に、

何か吹き込むと、ブリタニア兵達に渡して、中庭に向かわせる。

そして、男は、海兵を見つけると

 

「さっさと脱げ!」

 

と殴られても仕方がない台詞を浴びせた。

しかし、それを喜び聞き入れる海兵。こうして男は海兵に成りすました。

そして、男は、海兵としてシュナイゼルを案内し、その時を待った。

 

その時を…一瞬の隙を…シュナイゼルが録音機に気づき、

あの“あの変わらぬ微笑”が消える瞬間を――

 

 

 

“ルルーシュの哲学の1つに、「王、自ら動く」というものがある”

 

 

 

 

“魔王”ゼロ

 

 

 

 

その賞金総額"2億6000万"ベリー

 

 

 

 

 

麦わらの一味が行った歴史に残る大救出劇。

ルルーシュは…“魔王”ゼロは、あの土壇場において、

 

 

 

助けに来たメリー号と自らの仮面とマントを“囮”にして

 

 

 

自らの手で…シュナイゼルを…討ちに来た――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い目をして呆然と立ち尽くすシュナイゼルの横を抜けて、

ルルーシュはナナリーに向かって歩き出す。

 

「遅くなってすまない。ナナリー…もう大丈夫だ」

 

「あ…」

 

そう言って、ナナリーを抱きしめる。

事態が飲み込めず、ナナリーは驚きの声を上げた。

だが、すぐにルルーシュを抱きしめると、肩を震わせ泣き出した。

 

「うう、お兄様…。お兄様――」

 

 

 

 

 

ナナリー・ヴィ・ブリタニア。

 

神聖ブリタニア帝国の現、皇帝である彼女は、今日、自決することを心に決めていた。

“魔王”ゼロ。兄であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの首が落ちたその瞬間に

隠し持った毒薬を用いて兄の後を追うつもりだった。

その毒薬は革命軍時代に手に入れ、今日に至るまで所持していたもの。

それは、覚悟の証明。

それは、シュナイゼルのような奸臣に己が運命を弄ばれることを

是とせぬ皇族としての意地ではなく、

 

己が命は兄と共に――そう決意していた小さな海賊の誓いだった。

 

だから、死ぬことなど怖くはなかった。

最愛の人と離れ離れとなり、この残酷な世界に一人取り残されること。

ただ、それだけが恐ろしかった。

 

しかし、その運命は麦わらの一味の登場により、再び流転する。

ブラック・リベリオンがはじまり、暗闇の中で響くは、悲鳴と銃声。

何者かに車椅子を倒された後、

自分の手を握るは、ブリタニアを略奪せんとする奸臣の冷たい手。

およそ常人では、発狂死しても不思議ではない恐怖の中、

彼女を支えていたものは何であったのだろうか。

母を殺され、父に捨てられた残酷な運命。

祈る神すらいないこの世界において、それでも尚、

ナナリーには信じられるものがあった。

 

兄は…ルルーシュは必ず自分を助けに来てくれる――

 

それだけがナナリーを支えていた。

だから、海兵に扮したルルーシュに手を握られた時には、思わず泣き出しそうになった。

 

 

 

「お兄様・・・!うわ~んお兄様――」

 

 

 

そして今、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは、皇帝から

ただの十七歳の可憐な少女に戻り、人目を憚らず泣き出した。

堰を切ったように。大きな声を上げて。

 

ずっと怖くて。

本当に嬉しくて。

 

 

「すまない。ナナリー。遅くなって…」

 

 

そう言ってルルーシュはナナリーを抱きしめる。

 

強く。

 

優しく。

 

いつまでも。いつまでも――

 

 



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奇跡を起こす男

「…嘘つき」

 

「恩人だぞ私は…」

 

カレンのその言葉を背中越しに聞き、C.C.は小さく笑みを浮かべた。

その不敵な笑みは、いつもと変わらない。

だが、美しい氷雪を連想させるその顔は赤みを帯び、額に汗が流れる。

呼吸も荒く、息で肩を弾ませる。

その肩から下の右腕は、大きく抉られ、辛うじて繋がってはいるが、

傷口からは大量の血が流れていた。

 

 

 

“ナイト・オブ・テン” ルキアーノ・ブラッドリーを倒したカレンが次に向かったの

海軍基地だった。

この戦場の総司令官であったルキアーノの死によりブリタニア軍は総崩れとなった。

“最強の12騎士”ナイト・オブ・ラウンズの一人であるルキアーノの敗北は

ブリタニア軍に対して、戦場における総指揮官の戦死以上に大きな心理的影響を与えた。

全幅の信頼をおいていた力の象徴の消失により、ブリタニア軍は総崩れとなった。

その混乱に乗じ、カレンの零番隊を中心とする黒の騎士団と

C.C.が率いる革命軍の両軍は本丸である海軍基地に歩を進めた。

ブリタニア軍は、その混乱の中、各自が独断で動き出す。

そして結果、この海軍基地正門前に両軍の大半が集まることになった。

 

「止めろ!なんとしても奴らを!」

「殺せ!“紅月”と“魔女”を殺せ!」

 

その声に呼応し、突撃したブリタニア兵達は、緑と赤髪の女達に次々と倒されていく。

 

“紅月”カレンは悪魔の業火で襲い来るブリタニア兵をなぎ払い、

“魔女”C.C.は両手にある黄金の拳銃をを華麗に奏でる。

 

ルキアーノの敗北から始まる黒の騎士団の優勢はこの二人から始まった。

彼女達がこの戦いの中心にいることは誰の目にも明らかである。

その故に、ブリタニア兵は、砂漠で水を求めるがごとく彼女達に襲い掛かる。

もはやブリタニア軍に余裕など微塵も存在しない。

「はあ、ハア」

 

輻射波動を繰り出した後、カレンは肩を大きく弾ませる。

その仕草、その表情から疲労がピークに達しているがわかる。

 

満身創痍――

 

“最強の12騎士”の一人を討ち取るという内戦史上最大の戦果は、

それと引き換えに、カレンの身体に相応の代償を与えた。

応急処置したとはいえ、ルキアーノのナイフを受けたその腕と足の包帯は赤く濡れている。

輻射波動の最大火力“紅蓮”の使用により、悪魔の実の力も限界に近づいている。

 

「…」

 

それを横目にしながらも、C.C.はカレンのサポートに廻ることはしない。

カレンもC.C.の助力を期待することなく、己が力を振り絞る。

 

それは、この海軍基地に突入する寸前にお互いが決めたこと。

 

「カレン…ここからは修羅に入る。お前を助ける余力はない。死ぬ気でついて来い!」

「わかってるわよ!」

 

カレンが限界に近いことを知りながらも、突入直前にC.C.はあえて挑発の言葉を口にした。

カレンはそれにぶっきらぼうに答える。

C.C.の言葉の真意をカレンは理解している。

戦場の流れは、確実に黒の騎士団に傾いている。それを生み出したのは、

ラウンズを倒した“黒の騎士団のエース”であるカレンだ。

この流れを止めることは許されない。

たとえ限界が近づこうとも、足を止めることはできない。

全ては守りたいものを守るために…前に進むしかない。

 

黒の騎士団のエースは己が責務を果たすため、前へ進む。

その眼前に、ブリタニア本隊のナイト達が立ちはだかる。

 

「これ以上行かせるかーーー!」

 

巨大なスピアを片手に、巧みに陣形を組み替えながらナイト達は突撃を仕掛けてきた。

 

「クッ…!」

 

ブリタニア軍最後の砦ともいえる彼らの連携にカレンは呻く。

時間差をつけて敢行されるその連続攻撃に、慢心創痍の身体はひどく重く感じる。

 

「あッ…!」

 

その思考の最中だった。

足がもつれ、体勢が大きく崩れた。

 

「死ねえィーーー!」

 

巨大なスピアがカレンの眼前に近づいていく。

だが、その切先が触れる寸前に突き飛ばされたカレンは、その光景を前に叫ぶ。

 

「C.C.!」

 

カレンの視界の先にはC.C.がいた。

そのC.C.の腕を巨大なスピアが通過し、そこからまるで赤い華のように血が咲き乱れた。

C.C.は即座に左手に持つ拳銃をナイトの兜に押し込み、引き金を引く。

その直後、ナイトは糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。

右腕を押さえるC.C.に複数のナイト達が襲い掛かる。

 

「ウアアアアアアァーーーーーーッ!!」

 

咆哮と共に跳躍したカレンは、C.C.に襲い掛かるナイト達に輻射波動を放つ。

赤い波動を浴びたナイト達の鎧は沸騰し、彼らは叫び声を上げて地面に転げ落ちる。

C.C.とカレンはすぐさまお互いの背を合わせた。

 

それは、自分達を包囲するナイト達の追撃に対処するため。

そして、お互いを守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…嘘つき」

 

「恩人だぞ私は…」

 

カレンのその言葉を背中越しに聞き、C.C.は小さく笑みを浮かべた。

 

C.C.自身、自分の行動に驚いていた。

“助ける余力はない”その言葉は本当だった。

最悪、見捨てることも計算していた。

 

なのに… 

 

「C.C.アンタを死なせはしない。今度は私が守る!」

 

その最中、カレンの声が響く。

C.C.が不死の存在であることをカレンは知らない。

 

「アンタどうは思ってるか知らないけど…アンタは私の“仲間”だから」

 

その声が、その言葉が戦場の騒音の中で胸に静かに届く。

 

100年の魔女―――

 

“コード”の呪いにより、己が死を願い続けてきた半生。

そのC.C.にとって“死なせはしない”などという言葉は忌むべき以外の何者でもない。

だが、今だけは、その言葉は、そして“仲間”という響きは心地よく感じた。

 

「…そうか」

 

100年生きようとも自分のことすらわからない――

 

そんなことを考えながらC.C.は小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二次ブラックリベリオンはいよいよ佳境へと突入する。

黒の騎士団とブリタニアの両軍は己が力の全てを出し激しく激突する。

 

「…さて、カレン、どうする?」

「…」

 

自分達を取り囲むナイト達を前に

左手で黄金の銃を構えたC.C.は背中越しにカレンに質問する。

その言葉を前にカレンは沈黙する。

C.C.の言葉の意味をカレンは理解している。

それ故に、即答できずにいた。

 

この最終防衛ラインであるこの正門前を突破すれば、

ついに敵の本丸である海軍基地に進軍することができる。

勢いでは完全にこちらが勝っており、ブリタニアが大混乱に陥っている今こそ

あの海軍基地を落とす最大の好機だ。

 

だが、その一方、今こそが撤退の最大の好機でもある。

この海軍広場には、黒の騎士団と革命軍やレジスタンス達の他に

多数の民間人が取り残されている。

まだこちらに余力があり、ブリタニア軍の指揮系統が回復しない今こそが

最小の被害で撤退できる最後のチャンスでもあった。

 

二つを選ぶことはできない。

 

この最終ラインは軍を二つに分けて突破できるほど甘くはない。

それこそ、一丸となって、数多の犠牲の先に開かれる道である。

そして、海軍基地内は、敵侵入に備え、迷路のように作りとなっており、

攻略に時間をかければ、ブリタニア軍に態勢を整える時間を与えかねない。

 

撤退こそが英断である。

 

カレンはそう思う。

わずか一時間ほど前、カレンの目的は、ただ一つ。

ルルーシュの…ゼロの救出であった。

その目的は達せられ、ゼロは麦わらの一味と共にこの戦場を脱した。

奇跡のような出来事だった。

その奇跡は続き、あのブリタニア“最強の12騎士”ラウンズの一人を倒すことができた。

ラウンズの撃破はこの十数年続く内戦史上最大の戦果に違いない。

ゼロの救出とラウンズの撃破。

本来なら叶うはずのない2つの奇跡を手に入れ、これ以上何を望むのか。

もう十分ではないのか。

 

だが、それでもなお、カレンの心を離さないものが胸の奥で疼く。

海軍基地には、今あの男がいる。

 

 

あの男が…神聖ブリタニア帝国・宰相シュナイゼルが。

 

 

レジスタンスの憎悪と恐怖の象徴。“エリアの半分を落とした男”

本来なら首都・ペンドラゴンにいるはずのブリタニアの事実上の盟主。

その男が、今ここにいる。

 

黒の騎士団の現在の戦力ではペンドラゴンを攻略することは不可能であると

カレンは理解している。

 

 

首都・ペンドラゴンを守るは“騎士の頂点”。

“ナイト・オブ・ワン” ビスマルク・ヴァルトシュタイン。

 

 

未来を読む能力を持ち、七武海“鷹の目”のミホークと

引き分けた伝説を持つ怪物と数人のラウンズが守るペンドラゴンを落とすには、

それこそ四皇に匹敵する戦力が必要になる。

 

それ故に、心のどこかでは届くことはないと考えていたブリタニアの盟主の首級。

だが、その盟主はペンドラゴンを離れ、今この戦場にいる。

護衛の役を担っていた“ナイト・オブ・テン”は倒した。

この最終ラインさえ突破できれば、奴の首に手が届く。

こんなチャンスはもう二度と訪れないと断言できる。

今までの戦いで死んでいった仲間達が頭を過ぎる。

 

――だが、その一方で、これまでを生き延びてきたレジスタンスとしての感覚が囁く。

 

あれほどの狡猾な男が本当にまだあの海軍基地に残っているのか?

ゼロがこの戦場を脱出した以上、奴がこの戦場に居続ける理由はない。

すでに、秘密の脱出口から逃れ、この戦場を後にしたのではないのか?

そうなら、多大な犠牲を出してこの最終ラインを突破するのはまったくの無駄。

むしろ、ブリタニア軍が冷静さを取り戻し、全滅の危険すら出てくる。

 

わずか数秒の間に、カレンはそれら様々な可能性に囚われ、即断できずにいた。

 

その時だった。

 

“ビィーー”というスピーカー音がカレンの頭上に、そして戦場全体に響き渡り、

 

 

 

 

 

「この戦場にいるブリタニア兵達よ。そして黒の騎士団の諸君、

 私は…神聖ブリタニア帝国・宰相シュナイゼル」

 

 

 

 

 

 

直後、あの男の声が聞こえてきた。

 

「さ、宰相閣下!」

「シュナイゼル様!」

 

その声を耳にし、ブリタニア兵達は口々に叫ぶ。

 

「カレン!」

 

シュナイゼルのこの行動を前に、最終判断を求め、C.C.は声を上げた。

 

(ブリタニア軍の混乱に焦りを覚え、自ら介入してきたか…)

 

そうカレン思う。

事実、この放送の一声でブリタニア軍の空気は変わってきている。

ただ、その名を、その声を耳にするだけで、自分達が何者なのかを思い出したかのように。

これだけでもシュナイゼルの目論見は成功といっていいだろう。

 

 

――だが、それと引き換えに、この放送がどれだけ致命的なことか、

シュナイゼルは気づいているだろうか?

 

 

 

「シュナイゼル…!」

 

シュナイゼルの声を聞き、黒の騎士団の団員達の目に怒りが漲る。

 

 

――それは敵である私達の戦意を上げることにもなることを。

もはや、放送程度では戦場の流れは、止められない。

“ラウンズ”の敗北に焦りを覚えたか。それとも初めて戦場のためか。

致命的なミスをしたことにお前は気づいていない。

そのおかげで、私は決めることができた。

私の…私達の取るべき選択を。

 

 

 

なぜなら・・・

 

 

 

 

―――シュナイゼルはまだここにいる…!

 

 

 

 

 

 

「…ッ!」

 

熱風を肌で感じC.C.は振り返る。

カレンは右手を天に向ける。

その右手から赤い波動が空へと迸る。

 

 

 

「みんな!最後の力を貸して!ここでシュナイゼルを…ブリタニアを討つ!」

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーー」

 

赤い波動を旗印に、黒の騎士団は刀を掲げる。

 

 

「勇敢なる神聖ブリタニア帝国全兵士に告ぐ…」

 

 

再びシュナイゼルの声が戦場に響く。

 

「宰相閣下を守れーーーー」

「調子に乗るなよイレブンども!」

「うおおおおおオール・ハイル・ブリタニア――!」

 

その声に呼応し、ブリタニア兵は剣を掲げる。

再び両軍の戦意は最高潮に達し、最後の激突を向けようとしたその瞬間―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       ”武器を捨て、戦闘を中止せよ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ!全員、武器を捨て戦闘を…え?」

「ハア!?」

「な…!?」

 

その声明を前に、全員が激突寸前で急ブレーキをかけ、同時に海軍基地を振り返る。

ブリタニア軍も黒の騎士団も革命軍も、おおよそ10万人は超すであろうその場に

いる全員が戦闘を止め、海軍基地を見つめる。

それほどに、シュナイゼルが述べた言葉が、その場にいる者の想定を超えていたのだ。

その沈黙の中、シュナイゼルの放送は続く。

 

「この戦争は我々、ブリタニアの敗北である。

 ブリタニア兵は、直ちに武器を捨て、戦闘行為を中止せよ。

 黒の騎士団諸君も、戦闘行為を中止してほしい。

 繰り返す。この戦争は我々、ブリタニアの敗北である」

 

「…ッ!」

 

衝撃は続く。

ブリタニアの盟主の口から出てきたのは、まさかの敗北宣言であった。

 

「嘘だろ…」

 

そう呟いたのは黒の騎士団の団員であった。

最終ラインを突破し、シュナイゼルのその首先に刀を向けたならともかく、

数だけなら、未だにブリタニア軍が圧倒的な優位を誇っている。

それがわからない男ではないはずなのに。

 

「…そしてこの戦争をブリタニア諸島における最後の戦闘行為とする。

 そのために、この時より神聖ブリタニア帝国は、黒の騎士団に対して、

 全ての殖民エリアの解放を条件とする停戦条約の交渉に入る」

 

「なッ…!」

「そんな馬鹿な!」

 

その声明を前にブリタニア兵達は絶叫する。

 

 

 

全殖民エリアの解放…それは、つまり帝国の崩壊。

 

 

 

神聖ブリタニア帝国の完全敗北に他ならなかった。

 

世界政府屈指の大国。この海域最強の軍事帝国。

ゼロの首を土産とし、革命軍との戦争を口実に、世界に進出せんした大帝国。

まさに黄金時代を迎えようとした大帝国の突然の終焉を前に、

しばらくの間、誰もがただ呆然と立ち尽くした。

 

「に、偽者だ…」

 

あるブリタニア兵が呟いた。

 

「そ、そうだ偽者だ。この放送は捏造だ!」

「そうだ!こんなことがあってたまるか!」

 

その声に他のブリタニア兵が追随し、声を荒げる。

まるで目の前の現実を否定するかのように。

 

「全部捏造だ!俺達はブリタニアだぞ!」

「そうだ、これはイレブンの捏造だ!おのれ!このイレブンどもが!」

「クッ…!」

 

現実を振り払うかのように、剣を上げ、ブリタニア兵は吼えた。

その光景を前に、団員も刀を構える。

再び場は殺気立ち、騒然となる。

 

だが、その頭上に再びシュナイゼルの声を鳴り響く。

 

 

「ブリタニア諸島における内戦の終結は

 次期皇帝陛下であるナナリー ヴィ ブリタニア様の願いであり、

 停戦条約の締結は、帝国宰相であるこのシュナイゼルの決定である。

 それに従わない者は好きにするがいい。

 ただし、その時より、その者は、ブリタニアに対する…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        “反逆者”とみなす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その威厳と冷徹に満ちた声は何人足りも真似できぬブリタニアの盟主の声。

 

「う、うあ…」

 

「あ、あああ」

 

その声を聞き、その言葉を前に、ブリタニア兵達はその場に崩れ落ちた。

世界政府屈指の大国。“ナイト・オブ・ラウンズ”をはじめとする

総兵力60万が自分の敵となる。

その力の依存してきた彼らが反逆などできるはずはなかった。

 

 

ブリタニアに対する“反逆者”

 

 

それは、すなわちあの仮面の男と同じ場所に立つということ。

 

 

その意味を前に、その覚悟を求められた時に

覚悟なき圧政者達の牙は一瞬で消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘…」

 

そうカレンは呟いた。

その瞬間に全身の力が抜ける。

そして、お互いを守るために背中を合わせていたC.C.と一緒に

ズルズルと地面にへたり込んだ。

 

今、起こっていることが現実と思えなかった。

カレンが死を決意し、ルルーシュを救出しようとしたのが一時間ほど前。

そして、その一時間後、十数年の及ぶ内戦がブリタニアの敗北と共に終わった。

まさに夢物語。

こんなこと現実感があろうはずもなかった。

 

「痛ッ…!」

 

突如、後頭部に衝撃が襲う。

C.C.が後頭で“コツリ”と頭突きしたのだ。

 

「なんだ、そんなこともわからないのか?カレン」

「え?」

 

背中合わせでそう質問するC.C.に頭を抑えたカレンが振り返る。

 

「アイツは…ゼロは“奇跡を起こす男”だろ・・・?」

「あ…」

 

その名を聞き、カレンは全てを理解した。

 

こんなことができるのはアイツしかいない。

こんな奇跡を起こせるのはアイツ以外にいるはずない。

 

ふと見ると、C.C.は瞳を閉じていた。

かすかにだが、吐息が聞こえる。その顔はとても穏やかだった。

 

「うん・・・そうだね」

 

そう答え、カレンは夕日がかかり始めた空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「ゼロ…」

 

誰かが呟いた。

 

「ゼロ…ゼロ!」

 

その名を聞き、その名を呟き、ブリタニア兵は理解した。

 

「ゼロ!ゼロ!ゼロ!」

 

その名を聞き、その名を叫び団員達も理解した。

 

「ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!」

 

この魔術をなした者が誰なのか。戦場にいる全員が悟った。

 

「ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!」

 

武器を掲げ、反逆者達はその名を叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

 

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

   ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!ゼロ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十数年に及ぶブリタニア諸島の内戦の終結。

 

世界政府と海軍、そして革命軍をも巻き込んだ“第二次ブラック・リベリオン”は

 

戦場を包む反逆者の名と共に、黒の騎士団の・・・勝利に終わった―――

 



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完全なる勝利

 

 

「うオォォーーーーーッ!」

 

 

“ナイト・オブ・セブン” 枢木スザクは、“CP9リーダー”ロブ・ルッチが

“鉄塊”を繰り出しているのを承知で、全力の廻し蹴りを右横腹に叩き込む。

 

悪魔の実の力により、2mを超える獣人となったルッチに

本来ならば、人間の蹴りなど通じるはずはない。

それも、最強の体術“六式”の防御技“鉄塊”の上からとなれば、尚更のこと。

だが、対する枢木スザクは人間でありながら、もはや人間ではなかった。

“ギアスの呪い”により、本来引き出せるはずがない

人間の潜在能力を100%近くまで引き出している。

そこらから生み出される力はおよそ人の理を遥かに超える。

そしてそれが武術の天才と呼ばれ、

最年少の海軍中将であり、ラウンズの第七席に座る男の蹴りならば尚のこと。

まさに想像を絶する威力となるに違いない。

その蹴りが脇腹に叩き込まれた瞬間、船上を突風が駆け抜け、直後、“メリリッ”という

特有の嫌な音色と共に、スザクの足に、ルッチの脇腹の骨にひびが入った。

 

「グッ――ッ」

 

口泡を噛み締めながらルッチはたまらず後方に飛び距離を取る。

 

「グルル…!」

 

獣のような低い唸り声を上げながら、ルッチはスザクを睨む。

ロブ・ルッチに変身直後にあった枢木スザクに対する余裕はもはや存在しない。

その獣の身体と同様に、その精神まで獣となり、全力でスザクの命を狩りに行く。

 

「指銃”斑”…!」

 

腕を左右に大きく広げ、ルッチはスザクに向かって駆け出し、指銃を繰り出す。

まだスザクとの距離はあるが、何発もの指銃を撃ち、それが次第に加速していき、

ついには、その腕が何本にも見えるほどの速度に達した。

 

単発でさえ一撃必殺となりうる指銃を斑状に連撃する六式の上級技・指銃“斑”

 

獣の身体能力でより完成度を増したルッチの斑はまるで“阿修羅”の如し。

それは進行を妨げるものを一瞬で蜂の巣と化すであろう死の暴風。

まさに死神となった獣人は、スザクの命を刈り取ろうと加速する。

迫り来るルッチはスザクにとってはまさに免れることができない死の具現化。

それに対してスザクは敢えて前に進む。

それは何らかの策があったからではない。

それは、勝負をあきらめて自暴自棄になったからではない。

いや、むしろ今のスザクにそのような思考は全て邪魔なものでしかない。

今、必要なのはこの状況を打開できるかもしれない安い希望ではない。

今、必要なのはその真逆。決して助からないという絶望。圧倒的な絶望が必要だった。

だから、スザクは何も考えず前に進む。何も考えず死の暴風に向けって駆け出す。

その瞬間、スザクの瞳が赤く輝く。

 

“ギアスの呪い“

 

絶対遵守の魔眼により、生きることを強制されたスザク。

その力は、この絶望的な状況からスザクを救うため、その潜在能力を極限まで引き上げる。

 

「枢木流“廻し受け”!」

 

自分に襲い来る数十発に及ぶ指銃に対して、スザクは腕を円状に回転させてそれを捌く。

空手の“前羽の構え”から繰り出される防御技。

それは攻撃を弾くというより柔らかく逸らすことを目的とする。

この技の連撃に対する効果の高さは、先の“麦わら”のルフィとの戦いにおいて

ゴムゴムの“マシンガン”を完全に防いだことで実証している。

 

「ッ…!」

 

だが、それをもってもルッチの“斑”は捌ききれない。

前腕を切り裂かれ、肩を抉られ、鮮血が噴出す。

血の霧が2人を包む。

その血の霧の中をスザクを進む。

急所への致命傷を避けながら、死の暴風の中心に向かって突き進む。

そして中心目掛けて強烈な前蹴りを放った――

 

「ガあッッ!」

 

常人では、口から内臓が飛び出るほどの蹴りがルッチの腹部に直撃する。

その瞬間、黒い巨体はまるで弾丸のように弾き飛ばされた。

 

「ギギ…ッ!」

 

海に向かって一直線に飛ばされる最中、ルッチは即座に爪で船の床を掻き毟る。

悪魔の実の力は利点ばかりではない。

海に落ちれば、その呪いにより、永遠に浮上することはない。

それを防ぐため、ルッチは死に物狂いで床に爪をたて、海への落下を避ける。

爪からは火花が飛び、床にその軌跡がはっきりと刻まれた。

 

「クッ…!」

 

海への落下を辛くも阻止したルッチは、目の前の光景を前に呻いた。

前蹴りの後、即座に疾走を開始したスザクはすでにルッチの前にいた。

懐に深く入り込み、あの構えをとる。

 

拳を引き、体勢を低く構え、それはまるで虎のように――

 

「“枢木流”―――」

「“鉄塊”―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      “白虎”    

 

 

 

 

              “空木”

 

 

 

 

 

 

 

バギィィィ―――

 

ルッチの腹部に正拳を叩き込んだ直後、

拳が砕ける音と共にスザクは後方に弾き飛ばされた。

 

六式の防御技・鉄塊“空木”

 

攻撃してきた相手を逆に破壊する鉄塊のカウンダー技。

その効果により、攻撃したスザクの拳は破壊された。

スザクの拳が砕けた音を聞き、ルッチは快心の笑みを浮かべる。

 

「!?ッ―――」

 

だが、その直後だった。

追撃に出ようと歩を進めたルッチの視界が突如ズレた。

2mを超える黒い巨体がぐらり揺れ、ずしりと地面に片膝をつく。

 

「う…ウガァッ」

 

突如、襲い来る嘔吐感に耐え切れず、ルッチは床に血を吐き出した。

血はどす黒く濁っていた。

それは、内臓に深刻なダメージを負ったことを意味する。

 

枢木流“白虎”

 

枢木流奥義“四神”が一つ。

正拳に“覇気”を込めて敵を打ち抜くこの技は

外部ではなく、その内部を破壊することを目的とする。

白き虎の爪は、たとえ砕けようとも、黒き獣の内部に確かな爪あとを残した。

 

 

 

「ハア、ハア」

「ゼェ、ぜェ」

 

 

 

死闘―――

 

 

 

“ナイト・オブ・セブン”と“CP9リーダー”

若き海軍中将と最強の暗殺者の殺し合いはついに極限に達した。

ラウンズとCP9、本来なら有り得ぬ組み合わせ。

この光景を、ルッチの同僚である他のCP9達、

盟友であるカクであれ、ライバルを自称するジャブラであれ、

目の当たりにしたならば、きっと驚愕の表情で絶句するに違いない。

 

相手がラウンズであれ、海軍中将であれ、たとえ何者であっても、

 

こと“迫撃戦”において、

 

あのロブ・ルッチが…

 

地に片膝をつき、見下ろされている―――

 

 

 

 

 

「フフフ、フハハハハ―――」

 

それでも尚、この劣勢においてロブ・ルッチは笑う。凄惨に嗤う。

牙を剥き出し、口を血で濡らしながら。

それは、怒りで気がふれたのではない。

それは、皮肉の笑みではない。

それは、勝利の確信。

己が勝利の姿をはっきりと描いた故の笑みであった。

ルッチは、床に飛び散った己が血を凝視した後、ゆっくりと枢木スザクを見上げる。

スザクの騎士の白き正装は、血によって赤く染まっていた。

指銃によって貫かれた胸の傷からは、今も赤き鮮血が流れ続けている。

“斑”によって引き裂かれた前腕や肩の傷も深く、白地を赤く染める。

 

(枢木スザク…悪魔の実の能力か何かは知らんが、お前が人の理を超えた力を持ったこと

 を認めよう。だが、だからと言ってお前が“生物”を超えたわけではあるまい)

 

 

致命的な出血量―――

 

それが、ルッチの勝利の確信だった。

たとえ、人の理を超えた存在であろうとも、生物である以上、それが保有する血液量は

その身長と体重によっておおよその察しはつく。

これまでの戦闘においてスザクの流した出血量から計算すれば、

枢木スザクの行動限界まで、5分を切る。

つまりは、ただ5分だけ戦闘を長引かせるだけで勝利することができる。

それに気づき、ルッチは笑う。凄惨に嗤う。

 

「ハア、ハア」

 

肩で息を弾ませながらスザクも現状を理解する。

自分が動ける時間は残り少ないことを。

流れ落ちる血はまるで砂時計の砂にように感じる。

たとえ“ギアスの呪い”の力をもってしても、生物の理を超えることはできない。

この絶望的状況を前に、スザクはふと笑った。

あの雨の中、“第一次ブラック・リベリオン”において、

ゼロに…ルルーシュにかけられた“ギアスの呪い”

ずっと憎んできたその呪縛によって、いま自分は生かされている。

 

 

 

 

 

 

      スザク、死ぬな! お前は生きろ!!

 

 

 

 

 

 

あの言葉をずっと憎んできた。ずっと恨んできた。

この力を“呪い”だと忌み嫌ってきた。

だけど、今ならわかる。

あの言葉は…この力はルルーシュの“願い”だったと。

だから、自分は生きている。

だからこそ、戦うことができる。

最強の敵を前に“正義の味方”になって友達を守ることができる。

 

(ルルーシュ…ありがとう)

 

そう呟き、スザクは駆け出す。

残り時間―――5分。スザクは最後の勝負に出た。

 

 

 

 

 

 

「!?――」

 

顔面に襲い来る“指銃”を掻い潜ったスザクは反撃することなくそのまま直進する。

 

 

 

―――逃走!?

 

 

スザクの反撃に備え、即座に防御をとっていたルッチは、

その行動に驚き、防御を解き、離れ行くスザクの後姿を目で追う。

スザクの向かう先にはマストがあった。

マストとは帆を張るために甲板に取る付けられた帆柱である。

マストに向かって一直線に走るスザクはそのまま加速し、マストを駆け上がっていく。

そしてその頂上まで駆け上がると、

宙返りした後に自ら高速回転し、ルッチ目掛けて落ちていく。

 

「…くだらん」

 

太陽の中、ルッチに高速回転しながら向かってくるスザク。

それを見上げながら、ルッチは吐き捨てるように呟いた。

 

 

 

 

  人間の構造的弱点に真上からの攻撃に対処できないというものがある。

  そのためにマストを利用したか枢木スザク。

  なるほど、このまま戦闘を継続しても勝ち目なしと判断し、

  落下による重力と回転による遠心力を利用した一撃に全てを賭けたか。

  最後に頼ったのが拙い人の理とはな…失望したぞ枢木スザク!

  数多の常人どもならいざ知らず、我らは“六式”を極めしCP9。

  そのような弱点はすでに克服している。

  そして、今の俺はもはや、“人”ですらない。

  この至高の戦いの結末が、よもやこのような陳腐なものになるとはな。

  本当に残念だ。

 

  だが、枢木スザク、それでもキサマを“敵”と認めよう。

 

  久しく出会わなかった強敵と認めよう。

  本当に強かった。

  変身が遅れていたなら、敗れていたのは俺かもしれない。

  そう思うほどにな…。

  だからこそ、キサマにこの技を捧げよう。

  この至高の戦いの結末はこの技こそがふさわしい。

 

  喰らえ…枢木スザク。

 

  “六式”を極めし者のみが持つ奥義―――

 

 

 

 

 

       “ 六 王 銃 ”

 

 

 

 

 

 

ルッチは天に向けてゆっくりと両腕を掲げた。

太陽の中、落ちてくるスザクを両の眼でしっかりと捕らえ、その時を待つ。

息を殺しながら、足を踏みしめ、その時を待つ。

枢木スザクが攻撃してくる瞬間を。

その直前に、その胴体に“六王銃”を叩き込む瞬間を。

 

時間にしてはほんの一瞬。だが、両者にとっては永遠ともいえる静寂の中

 

ついにその瞬間は訪れた――

 

「死ねぇ枢木ィ――ッ!」

 

高速回転するスザクの胴体を完全に捕られたルッチは、両の手を天に向かって突き上げた。

踏みしめた床はその衝撃によりひびが入り、

ルッチの身体を中心に発生した衝撃波が船を揺るがす。

 

六式・最終奥義“六王銃”

 

最強の体術“六式”を極めし者のみが使用するこの技は

枢木スザクの“白虎”と同様に相手の内部を破壊する。

両腕を使用することにより、衝撃を相手の内部に集約させるこの技の威力は絶大。

それは、後の“麦わら”のルフィとの戦いにおいて、“ゴム人間”であるルフィを

瀕死の重傷に追い込んだことにおいて実証される。

“悪魔の実”の能力者すら、打倒し得るこの技が常人に炸裂したならば、

その瞬間より、その身体は衝撃により四散する。

“ギアスの呪い”により、超人と化した枢木スザク。

だが、それは“ロギア”のように状態変化が可能となったわけではない。

その身体は、強化されてはいるが、普通の人間と変わらない。

 

ならば、“六王銃”をまともに受けたスザクの身体は分断されて―――

 

 

 

 

 

 

「何ッ!?」

 

その直後、勝利を確信した“最強の暗殺者”は声を上げた。

それもそのはずだ。

分断されたはずのスザクの身体は、ルッチの両腕の先にいまだ存在していたのだ。

 

(馬鹿な―――ッ!?)

 

この現実を前にして、ルッチは心中で驚愕する。

己が切り札である“六王銃”の不発。

絶対の自信を持った放ったその一撃は枢木スザクのわずか5cm前で止まった。

 

(この俺が距離を誤っただと!?そんな馬鹿なことが―――)

 

タイミングは完璧だった。

高速回転する枢木スザクの胴体を完全に捕らえた。

万が一にもミスなど有り得ない。

 

(いや…違う)

 

焦りと困惑の中、ルッチは思い出す。“六王銃”を放った直前のことを。

 

(コ、コイツ―――)

 

両者が激突するその直前、スザクは回転しながら空中に蹴りを放った。

その瞬間、まるでそこに見えない壁があるかのように

スザクの身体は反発し、空中に浮遊した。

その直後、先ほどスザクの胴体のあった箇所を目掛けてルッチの両腕が打ち込まれた。

 

(いつの間に―――)

 

この技は、ブルーノがスザクから距離をとるために使用した技。

それはルッチとの激闘の最中、スザクは何度もその動きを目で追ってきた技。

空手と柔術を“六式”と同等の高みまで練り上げた類まれな才能の持ち主。

その武術の天才に、人の理を超えた力が加わった今、それができないはずがない。

目で見ただけだとしても、今のスザクにできない道理はない。

そう…この技の名は―――

 

 

 

 

         (“月歩”を―――ッ!!)

 

 

 

 

 

“六式”が一つ“月歩”

 

素早く空気を蹴り、空中に浮遊する六式の基本技。

この技を使用することにより、スザクは“六王銃”をギリギリのところでかわしたのだ。

それは、スザクにとって危険すぎる賭けだった。

ほんの少しでもタイミングが遅れたならば、“月歩”を失敗したならば、

スザクの身体は今頃、バラバラになり、海に四散したに違いない。

だが、スザクは賭けに勝った。そして、闘いはまだ終わっていない。

 

「“枢木流”―――」

「ハッ!?」

 

全てを理解し、現実に戻ったルッチは、目の前の光景に絶句する。

一瞬の思考の刹那、その隙を突き、

スザクは再びルッチの頭上で高速回転を始めたのだ。

 

「クッ!!」

 

もはや避けることはできない。

ルッチは、“六王銃”を解き、相打ち覚悟で“指銃”を放った次の瞬間―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             “ 朱雀 ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガッァ―――!?」

 

“指銃”が決まった手ごたえと同時に脳天に強烈な衝撃が走り、視界が回転する。

 

枢木流“朱雀”

 

枢木流奥義“四神”最後の聖獣は奇しくも自分と同じ名である“朱雀”

高所から獲物に襲い掛かるが如き、空中落下式の回転踵落とし。

それを脳天にまともに受けたルッチの身体はその場で一回転した後、

顔面から船床に突っ込んだ。

 

 

 

―――バギィィ!!

 

 

衝撃は続く。その威力により、耐え切れなくなった船床は破れ、ルッチの身体は

船内に落ちていく。その勢いは船内でも止まらず、その床すらも破壊した。

 

「…グッ!」

 

次々に床を突き破り、落ちていく黒き獣。

その落下はついに、船の最下層に達し、船底に激突し、派手にバウンドすることでようやく終着を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウ…ウググ」

 

約十秒間の完全なる沈黙。

 

船内に轟く不気味な音と指先に伝わる違和感に意識を取り戻したルッチは

その状況を前に即座に起き上がる。

 

「か、海水が…ッ!」

 

ルッチが激突した箇所から海水が湧き出し、

船底の壁からも少しずつ海水が漏れ出していた。

それがまるで滝のような浸水に変わるのに、そう長い時間を要さなかった。

 

―――ゴ、ゴゴゴ

 

それだけではない。

船全体に鳴り響く不気味な軋みは、悲鳴のような騒音に変わった。

船底の傾斜が少しずつ急になっていき、ついに正常に立つことが困難となった頃、

すでに水はルッチの膝下まで達し、その頭上には次々と木片が降り注いでくる。

 

「クッ!」

 

木片を腕で弾き飛ばしながら、ルッチは“月歩”による脱出を試みる。

木片の雨を掻き分けながら、自分が作った大穴を駆け上がっていく。

ついに船上に辿りついたルッチは、その勢いのままスザクに襲い掛かろうとした。

だが、決着をつきるべき敵の姿は船上のどこにもいない。

“指銃”の手ごたえは確かにあった。だが、その程度で倒せるような相手ではない。

 

ではどこに――!?

 

 

 

 

 

 

「グ…ッ!」

 

その光景を前にルッチは呻いた。

 

船上から姿を消した枢木スザクは海の上にいた―――

 

全ての力を振り絞り、“指銃”で吹き飛ばされたスザクは海へと落下し気絶した。

だが、その身体はそのまま海の底へ落ちていくことはなかった。

“ギアスの呪い”…いや、“願い”は意識をなくした主の身体を支配し、

その命を守るべく、脅威となるルッチから逃げていく。

呼吸ができるように、背泳ぎでバシャバシャと船から離れていく。

 

「グ、グルルッ…!」

 

海の彼方へ消え行くスザクの姿を、

ルッチは牙を剥き出しにしながら、ただ睨むしかなかった。

まだ“月歩”で追えないことはない。

だが、枢木スザクに攻撃した次の瞬間、海に落下し、二度と浮上することはない。

“悪魔の実”の能力者は海に嫌われる。

絶対的な能力と引き換えに得たその呪いにより、ルッチは動くことはできなかった。

 

勝負を分けたのは両者の“呪い”と“願い”そして―――

 

 

 

 

 

 

「~~~ッ!!」

 

工作船はルッチが突き破った場所を起点に大きく二つに裂け、

辛うじて海に浮かぶ孤島へと変わり果てた。

 

枢木スザクの真の狙いは、ロブ・ルッチの破壊でなく、その下にある船の破壊。

これにより、ロブ・ルッチがゼロと麦わらの一味を追うことはもはやできない。

 

 

船の走行不能―――それは、つまり“任務の失敗”

 

 

“ブラック・リベリオン”の正史に刻まれぬラウンズとCP9の死闘。

その結末は、世界政府CP9の暗殺指令を阻止し、

“最強の暗殺者”から自身が生き延びたことにより、枢木スザクが完全なる…勝利を得た。

 

 

 

 

 

 

「枢木…スザク~~~~~~~ッ!ウオオオオォォォーーーーーウオオオォォ~~ォォン!!」

 

獣の怒りの咆哮が海原を切り裂く。

その光景を海に落ちて目覚めた海イタチのネロがガタガタと震えながら見ていた。

 

 

 

後に救援きたCP9の同僚カクが

“ブラック・リベリオン”におけるブリタニアの敗北、そして、ゼロ抹殺の任務中止を伝えたのは、

 

これから5時間後のことだった。

 







土曜日の朝くらいしか書く時間がないですね。
あと3話で完結します。楽しんで頂けたら幸いです。


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二人を分けるもの

夕焼けの赤い光がエリア11を染め、今日の終わりの始まりを告げる。

エリア11―――いや、その呼称はもはや、ふさわしいものではない。

それは、過去の歴史において、神聖ブリタニア帝国に支配された時の名称でしかない。

今はもう、本来の名前である“日ノ本”…そう呼ぶことがふさわしい。

 

十数年に及ぶ長きに渡る内戦は、神聖ブリタニア帝国・宰相シュナイゼルの降伏宣言によって

今日、ここに終わりを迎えた。

勝利した黒の騎士団の団員達やレジスタンス達は、泣きながら歓声を上げた。

対する神聖ブリタニア帝国の兵士達は、

今起こっていることが信じられぬ、といった表情で呆然と立ち尽くしている。

その光景を戦場の中心となった海軍基地の屋上から眺めている者がいた。

下からその姿を発見した黒の騎士団の団員もブリタニア帝国の兵士も、

その姿を見た次の瞬間には、興味を失くし、すぐにその人物のことを記憶から忘れ去っていった。

それもそのはずである。

海軍基地の屋上に、海兵がいるのは当たり前のことだ。

たかが海兵を勝利の絶頂と敗北のどん底の中、一々気にしている者などいるはずがない。

だが、その海兵につけられた賞金総額を知ったならば、

およそ、その場にいる全員が一斉に屋上を見上げたに違いない。

 

その首―――2億6千万ベリー

 

海兵の姿をしたこの男こそが、このブリタニア海最大の海賊にして、黒の騎士団・団長。

第二次“ブラック・リベリオン”において、ついにブリタニアを打倒した奇跡の男。

“魔王”ゼロ―――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、その人であった。

 

 

ルルーシュは海軍基地の屋上から戦場全体を眺めていた。

戦争が終わってから少しばかり時間が経過したが、未だに勝利の熱気は冷める様子はなかった。

戦場の至るところで、黒の騎士団の団員達が万歳三唱や、胴上げを行い、まるで宴のようだった。

それに対して、神聖ブリタニア帝国の兵士達は、

これから何をしていいかわからず…といった様子で立ち尽くしたままだ。

本来ならば、指揮官の指示に従うべきだろう。

だが、その指揮官であったラウンズ(最強の12騎士)の一人。

“ナイト・オブ・テン” ルキアーノ・ブラッドリーは“完全”にこの世から姿を消した。

故に、この場において、ブリタニア兵達に指示を与えられる者は存在ぜず、

彼らはただ立ち尽くすしかなかった。

戦場におけるこの光景はまるで光と闇のコントラストのようだ。

栄華の絶頂にいたブリタニアと絶望のどん底にいた日ノ本の位置がわずか1時間で逆転したのだ。

この事象は歴史においても、おそらく空前絶後となろう。

 

戦場を眺めていると見慣れた髪が目に留まった。

燃えるような真紅の髪の持ち主は、カレン・シュタットフェルト。

黒の騎士団“零番隊”隊長であり、親衛隊・隊長であった。

月夜の出会いから、今日までを共に戦った紛れもなき、我が“右腕”。

彼女が、死を覚悟して、この戦場に現れなかったら、すでに自分は、この世にはいない。

 

夕日に輝く美しい緑髪は、C.C.。

黒の騎士団“戦略顧問”にして、革命軍の“幹部”。

海に出たあの日から、今日までを共に歩んできた、自分の真実を知るただ一人の“共犯者”。

あいつが、まるで望みのない救出作戦を強行したことに正直、驚きを禁じえない。

 

“らしくないな”

 

その言葉に、今のあいつはどう反応するだろうか。

 

掛け替えなき“右腕”と“共犯者”。その二人は、背中を合わせながら、

地面に腰を下ろし、瞼を閉じている。おそらく、寝ているのだろう。

その血染めの衣装から先ほどの戦いがどれほど過酷なものだったか容易に推察することができる。

慢心創痍。まさにズタボロだった。

だが、それ故にこそ、美しい…純粋にそう思える自分がいる。

二人はまるで、戦場に降り立った女神のようだった。

 

ルルーシュは、後ろを振り返る。

そこには、一人の男が膝をつき、“主”であるゼロの命を待っていた。

男の名は、シュナイゼル。

神聖ブリタニア帝国・宰相であり、現ブリタニア帝国の事実上の支配者であった。

ブリタニア帝国を更なる高みに引き上げるために、

ゼロの首を手土産に、革命軍との戦争を企てた冷徹非情な策略家。

いずれ老いて死に行く五老星に代わり、世界政府の玉座を狙った野心なき野心家は、

今はただ地にひれ伏し、主の命を待っていた。その瞳に赤い光を帯びながら。

 

「シュナイゼル…」

 

ルルーシュは、宿敵の名前を呟く。いや、今となっては“宿敵だった男”だろう。

最悪の敵だった。

戦闘力においては、おそらく海兵一人分の力もないこの男は、

実にエリア諸国の半分をその頭脳のみで落としてみせた。

策略家としては、自分と同等の能力。いや、東京をバスターコールで火の海にした

その非情さを考慮すれば、自分以上であることを認めざる負えない。

ブリタニア総兵力60万よりも、ラウンズよりも、遥かに恐ろしい難敵だった。

事実、つい一時間ほど前までは、この男の描いた戦略通り、

断頭台の上に組み伏せられ、まさにその首を落とされるところだったのだから。

 

そう…あいつらが来るまでは―――

 

 

一時間前―――

 

 

「じゃあ、俺はこの仮面を被ってゼロのフリをすればいいんだな?」

「ああ、できるだけ派手にやってくれ」

 

救出された直ぐ後に、ルルーシュは一味全員をメリー号の船内に集めた。

両手にゼロの仮面とマントを渡され、戸惑うウソップの質問にルルーシュは、

策士特有の笑みを浮かべ答えた。

 

ゼロと麦わらの一味が戦場から脱出した―――

 

この戦場にいる全員にそれを認識させる必要があった。

いや、その言い方は正確ではない。

戦場にいる全員を騙すことにより、ただ一人の男を騙す。それこそが目的だった。

状況の変化を読み、まるでチェスを打つかのように、その男は、次の一手を打つだろう。

 

(そうだろ?シュナイゼル…!)

 

海軍基地の屋上から冷徹な眼差しで自分を見下ろす宿敵の顔。

そして、その横で今にも泣き出しそうなナナリーの悲しそうな顔を思い出し、

ルルーシュの瞳に殺意の炎が揺らぐ。

 

 

シュナイゼル…この作戦の全てはお前を倒すためだけに存在する。

ゼロがこの戦場から、逃げ出したとなれば、シュナイゼルは必ず次の行動に移る。

当然だ。残された黒の騎士団の勝利条件が、お前の首である以上、必ず行動に移る。

お前は、誰よりも聡明な男だ。論理的であり、狡猾であり、目的を達成するためなら

常に最適な方法を選択する。

故に、この状況においてなら、お前の次の行動が手にとるようにわかる。

シュナイゼル…お前は、こう考えるはずだ。

残された黒の騎士団の希望の芽をどう刈り取るべきか、と。

 

飛行艇による戦場からの脱出―――

 

自分達の安全を確保し、黒の騎士団に絶望を与えるには、これ以上の選択はありえない。

あの地下牢でお前と会って、はっきりわかったよ。

お前がどれほど、論理的で感情を排した行動がとれる男であるかをな。

だからこそ、決して考えることはないはずだ。

戦争をチェスと同じだと思っているお前にはな。

この戦いを“キング”同士の戦いだと勘違いしているお前には想像もつかないだろう。

 

 

 

この俺が自ら、お前の首を取りにいくなどとはな…!

 

 

 

この戦いは俺とお前という“王”同士の戦い。違うな…間違っているぞ、シュナイゼル!

 

 

 

“王”である前に俺は―――

 

 

 

 

    

              “海賊”だ!

 

 

 

 

 

海賊は、“宝”を自らの手で掴み取る。

 

ナナリーは…俺、自らの手で取り返す―――!!

 

 

 

 

救出からのわずかな刹那、それが、ルルーシュが考えた作戦だった。

ゼロに扮したウソップが、派手に目立ち、ゼロ脱出を周囲に印象づける。

その間に、ルルーシュが船から海に飛び降り、海軍基地に単独で潜入し、

飛行艇に乗り込む前に、シュナイゼルを討つ。

それは、ゼロという存在と、非悪魔の実である“ギアス”を最大限に生かした作戦だった。

 

「わかった!俺に任せろ!俺が今からゼロ…!黒の騎士団の団長だ!」

 

そう叫ぶと、ウソップは、鼻から“にゅるり”と仮面を被った。

 

「え…!」

 

そのあまりにも奇怪な動きに、一同は揃えて声を上げた。

 

「ハハハ、海賊仮面、参上~!」

「ぎゃははは!」

 

仮面とマントを身につけたウソップが、樽の上に乗り、ポーズを決めた。

それを、ルフィとチョッパーが指を指して笑う。

この超非常事態において、初期のものすごく懐かしいことを再びやるのは、

さすが麦わらの一味といったところか。

 

「ちょっと、ちょっと、本当に大丈夫なんでしょうね?あんたの仕掛けたトラップは…?」

 

バカどもは無視、という感じで、海図を手にしたナミが、険しい表情で尋ねる。

 

「神根島をはじめ、俺は至る所に、いざという時のためにトラップを仕掛けてある。

 ここからだと、神根島が一番近い。人工岩による海流を利用した天然トラップだ。

 ナミ、お前ならできるはずだ。お前が有能な航海士ならの話だが…」

 

そう言って、挑発するようにルルーシュは笑う。

追っ手として、必ずくるであろう、ブリタニアと海軍の艦隊。

そして、おそらくであるが、扇達、幹部が乗った戦艦“斑鳩”を

一網打尽とする作戦をナミに説明する。

 

「キー!当たり前でしょ!このあたしを誰だと思ってるのよ!」

 

激昂するナミの姿に、ルルーシュは、声を殺して笑うも、その表情は突如曇る。

そうなのだ。

この作戦は、ゼロと麦わらの一味が脱出した…というのが最大のポイントとなる。

つまりは、ゼロと共に、逃げる麦わらの一味を

ブリタニアが総力を挙げて狙ってくることに他ならない。

わずか、一隻の海賊船に、ブリタニアと海軍の連合艦隊の全砲台が標準を合わせ、火を吹く。

この状況が、どれほど危険のものなのかを、

この海域最大の海賊であるゼロが想像できない訳がなかった。

しかも、敵は、ブリタニアだけではない。

扇の雑魚はともかく、斑鳩には、あの“将軍”藤堂と四聖剣がいる。

旧日ノ本、最高戦力。全員が剣の達人であり、その5人が繰り出すフォーメーションにより、

多くのブリタニア兵の屍の山を築いてきた。

もちろん、個人戦においても、その実力は折り紙つきであり、

藤堂においては、“斬月”という“大業物”を自在に操る達人だ。

味方としては頼もしいが、敵として相対すれば、これ以上厄介な相手はいない。

この作戦を実行するということは、麦わらの一味を彼らの的にすることに他ならない。

 

その事実を前にして、ルルーシュは、最初の一歩を踏み出すことに躊躇した。

自分を助けるために、命を懸けてくれた仲間を再び危険にさらす。

 

それは、“駒”として利用することと同じではないか…?

 

そう考えるとルルーシュの顔は一層、険しいものとなった。

 

「ん?どうした、ルルーシュ?」

 

その表情を察したのか、ルフィが声をかける。

 

「お前達には、本当にすまないと思っている…」

 

雰囲気の変化を察して、集まってきた一味に向かってルルーシュは、話し出す。

 

「いまさらだが、この作戦は、危険だ。

 ゼロを標的とするブリタニアの艦隊がお前達をも標的として、襲い掛かってくるだろう。

 そう、この作戦は、俺のためにお前達が囮となる作戦だ。

 駒として利用した…そういわれても仕方がない。だが、俺には、これ以外の選択はない。

 これが、シュナイゼルを倒す最後のチャンスだ。

 ナナリーを…俺の妹を取り戻す最後のチャンスなんだ」

 

 

 だから…俺は…お前らに―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              “行ってこい!!”

 

 

 

 

 

 

ルフィ、ゾロ、ウソップ、ナミ、サンジ、チョッパー、ロビン、全員が一斉に答えた。

 

「お前は行ってこい!俺があのモジャモジャぶっ飛ばしてやる!」

「し、心配するな!あ、あとはお、おお俺に任せろ…!」

「いまさら過ぎるのよ!さっさと行きなさいよ!」

「将軍とやらが、どんなものか楽しみだ」

「うおおおおおーーーー!俺はやるぞーーーーー!」

「うふふ、面白くなってきたわね」

 

「お、お前達…!」

 

“駒として利用される”

そんなこと微塵も思わない仲間達の言葉にルルーシュは声を詰まらせる。

 

「さっさと行けよ!あ、後で妹さん紹介しろよな!」

「いや、それは無理」

「早ッ!?」

 

流れの中で放ったサンジの下心をルルーシュは光りの速さで拒絶した。

 

これは、これ。それは、それ…であった。

 

 

 

 

 

ほんの一時間前のことを思い出し、ルルーシュは、素直に笑った。

 

あいつらがいる―――

 

それだけで、勇気がわいてくる。

どんな敵も怖くなかった。どんな壁も越えていけるような気がした。

 

「シュナイゼル、お前は以前、俺とお前の差は、“部下”の差…そう言ったな?」

 

地にひれ伏し、その言葉に反応を見せぬシュナイゼルに対し、

それでも、ルルーシュは言葉を続けた。

 

「それがお前の限界だ。シュナイゼル、俺とお前の差は、部下の差ではない」

 

 

 

 俺とお前の差は―――

 

 

 

 

 

 

 

                “仲間”だ!

 

 

 

 

 

 

「…。」

 

反応はなかった。

だが、この事実を誰が否定できようか。

 

「…よいお友達ができたのですね、お兄様」

 

いや、反応はあった。

全てを最愛の妹が聞いていたようだ。

 

「ああ…」

 

一人で盛り上がってしまい、ナナリーが聞いていることをすっかり忘れていたようだ。

ルルーシュは恥ずかしそうに俯いた後、空を見上げる。

その方角には、神根島があった。

この空の下で、きっと、まだ仲間達は、戦っている。

藤堂と四聖剣は強敵だが、ルフィ達ならきっと大丈夫だろう。

 

だが、斑鳩の中には、“アレ”がある。

 

アレをラクシャータが完成させていたとしたら、厄介なことになる。

しかし、今、自分ができることは何もない。

ただ、信じること…それだけだ。

 

ルルーシュは、仲間の勝利を信じ、ただ空を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

「…で、君は、一体、誰なのかな?」

 

“四聖剣”朝比奈省悟は忌々しそうに、剣先を向けた。

その剣の先には、一人の男が立っていた。

その黒き仮面とマントは、この海域最大の海賊の象徴。

故に、その男は“魔王”ゼロに他ならなかった。

だが、その男は、長身のゼロと比べると明らかに身長が低かった。

マントからは、海賊服の一部が見えていた。

 

 

仮面とマントを身につけた偽者―――

 

 

遠くからならともかく、近くで見るとそれがはっきりとわかる。

戦場の大混乱の中、ただ、その仮面とマントを標的として追ってきた。

だからこそ、このような変装もどきすら見抜けなかった事実に、

朝比奈は、怒りに震え、剣先をプルプル振るわせる。

 

「フフフ、俺の正体を知りたいのか?」

 

仮面を被ったウソップは、腕を組んで肩を震わせる。

 

「フフ、奴らにお前の正体を見せてやれよ」

「フフフ」

「ククク」

 

サンジも愉快そうに、腕を組み、笑い。

ナミも、ゾロも、声を殺して笑う。

 

「フフフ、俺の正体…それは―――」

 

そう言って、ウソップは、仮面に手をかけ、脱ぎ―――

 

「…ん?ん!?」

「フフフ、どうした、ウソップ?」

 

仮面を掴んで、いっこうに脱ごうとしない、ウソップにサンジが問いかける。

 

「…脱げない」

「…はい?」

「鼻に引っかかって…脱げない」

 

その一言に腕を組み、不敵な笑いを浮かべていた全員が振り返った。

 

「何やってんだよ!?てめーは!」

「いや、だって、本当に脱げないし…」

「被るときは簡単に被ってただろ!!」

「いや、あれは、鼻から入れたわけで…今回は…その鼻が」

「ちょ、何やってんのよ!すいません、タイム!タイム!ちょっと待ってくださいね!」

 

ナミを作り笑いを浮かべながら、藤堂たちに向けて、アルファベットのTを手で表した。

 

「ど、どうすんだよ、これ?」

「どうするも何も、無理やりでもとるしかないでしょ」

「え、マジ…?」

「わかった。マリモは足を持て。俺は仮面を引っ張る」

「命令するな、アホ」

「いい?一斉に引っ張るわよ。最悪、顔の一部は諦めましょう」

「え…?何それ、怖い」

「せーの、行けーーー!」

「ぎょえええええええ」

 

絶叫と共に、何とか仮面は脱げ、反動でゾロとウソップは甲板に転げ回る。

 

「その正体は…この俺だ!」

 

鼻を押さえながら、ウソップは、立ち上がり、グッと親指を立てた。

 

「…いや、だから、君は誰?」

 

この時期、賞金首として手配書がないウソップのことなど朝比奈が知るはずがない。

その行動は、朝日奈の怒りに更なる油を注いだようだ。朝比奈の額に血管が浮き出る。

 

「…どうやら、一杯食わされたようですね、藤堂さん」

 

怒りの絶頂に達した朝比奈は、上官である藤堂に同意を求めた。

 

「ふふふ、そういうことか」

 

だが、上官である藤堂はこの状況を前にしても至って冷静だった。

さすがは、旧日ノ本の将軍であった男だ。

 

「全ての謎が解けたぞ、朝日奈」

「はい…?」

 

突然の上官の言葉に、朝比奈は要領を得ない返事をした。

ただ、替え玉に騙された…それだけのはず。

“謎”というのは、些か大げさではないだろうか、と朝比奈は思う。

 

「そうか、お前が本物のゼロだったのか!」

 

「え…!?」

 

全員が藤堂を見つめた。

 

“そっちで来たか~”とまさにそんな表情をしながら。

 

「いや、藤堂さん、それは…」

「藤堂将軍…」

 

仙波と朝比奈が狼狽する。

上官の勘違いをどう指摘していいかわからないといった感じだろう。

 

「いやん、藤堂さん、かわいい」

 

千葉が、頬を赤らめながら、藤堂を見つめる。これが、惚れた弱みなのか。

その視線を、真実を見抜いた上官に対する尊敬と勘違いした藤堂は、さらに言葉を続けた。

 

「しかし、ゼロ。お前が仮面を被っていたのは…。そうか、その顔を隠すためだったのか。

 なるほど、納得したぞ」

 

あ…!という沈黙が、その場を支配し、数秒の時が経過した。

 

「う、うおおおおおおおーーーーー!!」

 

その言葉の意味を理解したウソップが、泣きながら怒りの火薬星を藤堂に放った。

 

 

 

    麦わらの一味 VS 藤堂 with 四聖剣 開戦―――――

 

 

 

 

「ゴムゴムの“鞭”!!」

「うげッ!!」

「ブヒッ!!」

 

 

斑鳩の司令官室に侵入したルフィは幹部の玉城と南を一掃した。

 

「ハア、ハア」

 

ここに来るまで、幹部の大方は片付けてきた。

あとは、あの気持ち悪いモジャモジャ野郎だけということになる。

 

「ん?」

 

辺りを見渡していたルフィの目に地下への階段の入り口が入った。

 

「あそこ…なんだか、モジャモジャっぽいぞ!」

 

野生的な勘により、ルフィは、先ほど、扇が逃げ込んだ地下階段を下りていく。

 

「モジャモジャーーー!出てこーい!!」

 

第四倉庫の暗闇の中を、ルフィは叫びながら、疾走する。

階段を下りてから、かなりの距離を走った。

もう少しで、突き当たりにつくはずだ。

通路は暗く、また異常ともいえるほど高かった。まるで、巨人でも移動させるかのように。

 

そんなことを思っていた時だった―――

 

 

「ギッヒッヒヒ、会いたかったぜ~麦わら~!」

 

 

闇の中で、あの気持ちの悪い男の声が響き渡る。

 

 

そして―――

 

 

不気味な機械音と共に…巨大な赤い目が光った――――

 

 




ギアスの方を久しぶりに書きました。お久しぶりです。
待っていた方は、本当に申し訳ありません。
なんか、なかなかに書けませんでした。

そして、あと3話と言ったな・・・あれは嘘だ

すいません。
想定より、字数が多くて無理になりました。
今回だけでも、7000字超えたので、話を分けます。
たぶん、35話くらいになるかもです。

では、年内、もしくは、来年会いましょう。


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神根島の戦い

「旋回活殺自在陣を敷く!!」

「承知―――!」

 

斑鳩の甲板において、麦わらの一味を相手に藤堂は開始早々、必殺の陣を敷いた。

 

―――旋回活殺自在陣

 

将軍・藤堂と四聖剣による必殺必中の戦術フォーメーションである。

敵の周りを旋回し、そこから繰り出す難解自在の連続攻撃。

それを避けることは非常に困難であり、仕掛けられた敵は、1分ともたず

体中に斬撃を浴びて絶命する。

過去にこの陣から生還したのは、当時は海軍少佐であり、後の海軍“中将”。

神聖ブリタニア帝国“ナイト・オブ・セブン” 枢木スザク、ただ一人。

それも、決して無傷ではなかったという事実を知れば、この陣から逃れるのは

いかに困難かは容易に想像がつく。

ならば、戦闘担当であるゾロやサンジならともかく、非戦闘員といえるウソップやナミでは、ひとたまりもない。

藤堂とて、この陣を仕掛けた真の標的は、前者の2人であり、後者の2人に関しては、

瞬殺することを前提としていた。

だからこそ、旋回活殺自在陣を展開してからの、この“3分”という時間は、

藤堂達にとっては、まったくの想定外に違いなかった。

 

「危ねえ、ウソップ!」

「ぐエッ!」

 

ゾロは朝比奈の斬撃を受け流しながら、ウソップの背中に蹴りを見舞う。

 

「チッ――」

 

悲鳴を上げ、吹き飛ぶウソップが居た場所を、直後、仙波の刀が通過した。

 

「ナミ、来たぞ!」

「ギャーーー!」

 

続けて、ゾロはナミの背中に蹴りを入れた。

 

「ちょこまかとよく動く…!」

 

先ほどナミの首があった空間をなぎ払い、千葉が吐き捨てた。

 

「ゾロ…!アンタ、覚えておきなさいよ!後で―――」

「ナミさん!すまねえ!」

「ギャーーー!サンジ君!?アンタまで!」

 

ゾロに蹴り飛ばされながら、罵声を放つナミに今度はサンジが蹴りを入れた。

レディ・ファーストを貫き、女性には決して暴力を振らないことを信条とするサンジ。

その信条を破るなら死を選ぶであろう、この男が、女性であり、仲間でもあるナミに

蹴りを見舞うのは、それが暴力でなく、回避だからに他ならない。

 

「しつこい――ッ!」

 

事実、先ほどナミのいた空間に、朝比奈が放った突きが空しく通過した。

 

およそ3分。

ゾロとサンジは、戦闘力が劣るウソップとナミを、まるでピンポン玉のように

蹴飛ばしながら、“旋回活殺自在陣”を逃れていた。

初見にして、この必殺必中のフォーメーションに対応したのは、

さすがあの“七武海” サー・クロコダイルからアラバスタを救い、

ゴッド・エネルから空島を守った海賊の一味であると言えるだろう。

 

だが、果たして、理由は本当にそれだけだろうか?

 

「クソ、こんなはずは…!」

「ハア、ハア、ゼエ、ゼエ」

 

思わぬ苦戦に、朝比奈は苦悶の表情を浮かべ、仙波は、肩で息をするほど疲労していた。

藤堂と四聖剣にとって、これほど“旋回活殺自在陣”を持ちこたえた敵は初めてであった。

それ故に、焦りが生まれ、技の精度に影響が出るのは必然であった。

 

「オイ!マリモ、気づいたか?」

「ああ?当たり前だろ、クソコック!」

 

逆に、精度が落ちてきた斬撃の雨の中で、ゾロとサンジに会話をする余裕が生まれた。

 

「オイ、ウッソプ!聞こえるか?」

「ああ…!うげッ――!そ、それより、もっとやさしく蹴って…」

 

サンジは、蹴りながら、ウソップに声をかける。

ウソップは辛うじて、それに応える。

彼はどちらかと言えば、味方の蹴りで死にかけていた。

 

「ウソップ!3時の方向に構えろ!」

「え!?ウゲッ!」

「ウソップ、素敵眉毛の言うとおりにしろ!」

「いくぞ、3,2,1…撃て――ッ!!」

「うおおおーーーーー火炎星(かえんぼし)!!?」

 

サンジの号令で、ウソップは、火炎星を放った。

ウソップが、疑問の声を上げたのは当然のことであった。

火炎星を放った先には、誰もいない。

だが、それでも、まったく無人の空間に技を放てと命じられ、

疑問を持ちながらも理由を聞くことなく、

ウソップが即座にそれを実行したのは、やはり、仲間への信頼ゆえであろう。

そして、それが、正しかったと証明されたのは、その直後だった―――

 

「ぐわぁああああああ!?」

 

誰もいなかった空間に放った火炎星に、仙波が突っ込んできた。

 

「仙波!?」

「馬鹿な――ッ!?」

 

火炎星を派手に喰らい、吹っ飛ぶ仙波を見て、朝比奈と千葉が動きを止めた。

それは、必然的に“旋回活殺自在陣”が敗れたことを意味する。

 

ここで戦局は大きく動く。

 

「ウヌ…」

「へ…」

 

“旋回活殺自在陣”を解いた直後、“海賊狩り”のゾロと“将軍”藤堂が正対した。

 

剣士と剣豪。

生まれた場所は違えども、同じ獲物を持つ者同士、対峙したなら、答えは決まっている。

藤堂は大業物“斬月”を上段に構え、ゾロに向かって疾走を始めた。

対するゾロは、全ての刀を納刀し、居合いの態勢で迎え撃つ。

 

「“斬月”―――ッ」

「一刀流“居合”―――」

 

 

 

 

     “影の太刀”

 

             “獅子歌歌”

 

 

 

 

藤堂は黒い妖炎を帯びた大業物“斬月”を振り下ろし、

ゾロは、己が愛刀“和道一文字”を振り抜いた。

 

交差する両雄。

その瞬間、突風が甲板を吹きぬける。床には、まるで、かまいたちが通過したような

切り傷が至るところについていた。

どちらの陣営にとっても、間違いなく最強の戦力の激突。

その場にいる全員が、その瞬間を見つめ、そして、その結果を待つ。

“旋回活殺自在陣”が解けたから、わずか数秒の時。

だが、この勝負の結果で、この戦いが大きく動く。

 

ならば、果たして、どちらが―――

 

「クッ…!」

 

右肩が切り裂かれ、鮮血と共に、ゾロは片膝をつく。

 

「殺ったぞ!ロロノア―――」

 

勝利を確信し、藤堂は振り向き様に“斬月”を振り上げる。

藤堂の眼下には、ゾロの無防備な背中が晒されていた。

だが、ゾロは振り返ることはしない。

防御することも、回避することもしない。

ただ、“和道一文字”を静かに納刀した。

その直後だった。

 

「がぁああ―――ッ!?」

 

勝利を確信し、“斬月”を今まさに、ゾロの頭上に振り下ろさんとした藤堂の

胸が切り裂かれ、鮮血が飛び散った。

ゾロの頭に振り下ろされた斬月は、その寸前で軌道を外し、その所有者共々、

空しく地に堕ちた。

 

「名刀が泣いてるぜ…正気に戻って出直してきな」

 

ゾロは、倒れた藤堂に振り向くことなく、刀を腰に戻した。

その言葉に、どこか空しさが込められていたように聞こえたのは聞き間違いではない。

その言葉には、ゾロの本心と、この勝負における藤堂の敗因の全てが込められていた。

もし、大業物“残月”を自在に操る大剣豪である藤堂が、扇に操られることなく、

この勝負に挑んでいたなら…

一点の曇りなく、ただ純粋に勝負に挑んでいたのなら…

もしかしたら、地に平伏したのはゾロの方だったかもしれない。

だが、それは結局のところ、ただの推測でしかない。

 

目の曇った剣豪が、ただ頂点のみを見つめる剣士に勝てる道理なし。

 

その現実だけがこの場に残った。

 

「藤堂さん―――ッ!?」

 

朝比奈と千葉は同時に叫んだ。

全幅の信頼をおく上官であり、精神的支柱である藤堂の敗北の瞬間を

目の当たりにした二人がその場に硬直したのは無理なからぬことだった。

だが、その刹那の瞬間は、戦場においては命取りとなる。

 

「ハッ!」

 

またしても、同時にそれに気づく二人。だが、時すでに遅し。

敵はすでに、二人の背後をとっていた。

 

「本日のディナーはこれにて終了―――」

「お帰りの際には、突然の雷雨にご注意下さい―――」

 

 

 

 

    “首肉シュート”

 

             “サンダーボルト=テンポ”

 

 

 

「ぐわぁああ―――ッ!!」

「きゃぁああああ―――」

 

朝比奈が振り向いた瞬間、サンジの蹴りがその首筋に深々と喰い込んだ。

千葉の頭上には、いつの間にか雷雲があり、それに気づいた瞬間、落雷が直撃した。

技を喰らった直後、今度は時間差こそあれど、二人は前のめりに倒れた。

四聖剣の一瞬の隙をつき、サンジとナミは、二人の後ろに回りこみ、それぞれ、

己の得意とする技で相手を仕留めた。

特に、ナミにおいては、蹴られて罵声を放ちながらも、雷雲を作り出すための気泡を

放ち続け、それが、実を結ぶという本来の抜け目のなさを見せつけた。

正面から堂々と戦うことのみが勝利の条件ではない。

乱戦においては、隙を見せてた者から脱落するのは必定である。

故に、二人の勝利に非のつけどころなどない。

完全な勝利であった。

 

全ては“旋回活殺自在陣”を解いてから、10秒たらずの出来事。

もし、“旋回活殺自在陣”が完璧なものであれば…

四聖剣が最後の一太刀“卜部巧雪”がこの場にいれば…

結果はまったく違っていたことだろう。

藤堂の当初の想定どおり、ウソップとナミは瞬殺され、

ゾロとサンジも、5対2という状況では、敗戦は免れなかったはずである。

だが、卜部は扇に操られた藤堂とその他の四聖剣の手により、この世にいない。

故に、“旋回活殺自在陣”を敷いた時、誰かが卜部の負担を補わなければならず、

それを、仙波が一身に負担した。

そのために、仙波のみは、単調でパターン化した動きをとらざるを得ず。

百戦錬磨のゾロとサンジがそれを見逃すはずはなかった。

そう、この勝負を分けたのは、卜部の存在と言っていい。

卜部は四聖剣において、もっとも影の薄い男という事実は否定しようがない。

だが、その影の薄い男は、死して尚、その存在価値を見せつけた。

第二次“ブラック・リベリオン”において、卜部の愛刀“月下”がなければ、

カレンはルキアーノに破れ、黒の騎士団は全滅を免れなかったはずである。

そして、この戦いもまた然り。

藤堂と四聖剣の敗北は、いや、扇とブリタニアの敗北は、全てあの夜、

最後の最後まで抗い、己が信念を貫いた卜部の死によって、決定済みだったといえる。

 

何はともあれ―――

 

「…(ドン!)」

「…(ドン!)」

「…(ドン!)」

「…(ド~ン!!)」

 

藤堂と四聖剣。

旧日ノ本“最高戦力”は床に倒れ、動かない。

第二次“ブラック・リベリオン”最終戦“神根島の戦い”

 

 

        麦わらの一味…勝利!!

 

 

「何、お前だけ目立ってんだ!?俺がおまけで勝ったみたいじゃねーか!」

「知るか!何、絡んできてんだ、このクソコック!てめーも斬るぞ?」

「ゾロ、そして、サンジ君…今からメリー号の裏に行こうか…」

「か、体中が痛い…し、死ぬ~~~」

 

ゾロの勝利の隙をつく形となったサンジが、ゾロに絡む。

売り言葉に買い言葉とゾロも刀を抜きかける。

回避のために、散々蹴られたことをナミは忘れてはいない。

二人の肩を掴んで、まるで中学生のような台詞を呟く。

その下で、ウソップが死にかけている。

 

「お前ら…喧嘩してないでこっちを手伝えーーーー!!」

 

操られている黒の騎士団の幹部を振り回しながら、チョッパーが激昂する。

残った黒の騎士団の幹部の数も残り少なく、こちらの勝利もほぼ確定だった。

斑鳩は、まさに、麦わらの一味が占拠する寸前であった。

その状況下において、“それ”は現れた。

 

 

―――ドカァーン!!

 

 

斑鳩の床が突然、爆発して炎上する。

近くにいたウソップは、床と共に吹く飛ばされ、ゴロゴロと床を転がる。

 

「痛ててて、な、何が起きたんだ―――!?」

 

頭を押さえながら、ウソップは起き上がり、爆発が起きた箇所を見つめる。

その箇所は、床が吹き飛び、巨大な穴が開いていた。

そこから、ヌッと何かが顔を出した。

 

「なッ!?」

 

一同が声を上げたのは、それが巨大な頭部だったからだ。

それは、巨人ではなかった。

それは、生物ではなかった。

言うなれば、それは、鉄の化け物。鉄の巨人であった。

鉄の巨人は、片手で床を掴み、ゆっくりと這い上がってきた。

その頭部に大きな砲筒を乗せている巨人の全貌が露となる。

 

「あ、あの野郎は!?」

「クヒヒヒ…」

 

巨人の身体の胸の部分は半透明になっていた。

そこは、どうやら操縦席のようだ。そこには、あの男が…

あの気持ちの悪い男が乗っていた。

 

「モガ、モガ、くそ!離せ!!」

「ル、ルフィ―――!?」

 

鉄の巨人の片手には、この一味の船長であるルフィが握られていた。

いや、握り潰されて、手足だけを出してジタバタしていた。

握り潰されても死なないのは、さすがゴム人間といったところか。

だが、衝撃はまだ続く。

 

「う、浮いた!?」

 

ウソップが絶叫した。

鉄の巨人の身体は、ゆっくりと床を離れ、空中に浮遊したのだ。

 

「ブリタニア諸島の…古代兵器…?」

 

その光景を前に、額に汗を流し、ロビンが呟いた。

 

「クヒヒヒ、そ~だ!これが、ゼロが神根島の遺跡から掘り出し、対ブリタニアの決戦に備えて、ラクシャータに完成を急がせていた代物…古代兵器・“ナイトメア”だ~~~ッ!!

ハハハ、ゼロ~~こいつは俺が使わせてもらうぜ!お前と麦わらを殺すためになッ!!」

 

操縦席からマイクを掴み、扇は狂気の笑みを浮かべる。

 

 

第二次“ブラック・リベリオン”最終戦“神根島の戦い”

 

 

――――VS 古代兵器・“ナイトメア”

 

 




中途半端になりましたが、こちらは何とか月刊ペースでやりたいので投下します。
次回は扇さんが世界の脅威となります。四皇なみに危険な男ですw
もちろん、ルフィとタイマンです。
期待せずにお待ち下さい。





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天才科学者 ラクシャータとベガパンク

マリンフォード頂上戦争―――

 

“火拳”のエース奪還を賭けた白ひげ海賊団と海軍本部の争いは、

王下七武海やインペルダウンの脱獄囚達の参加により、

歴史に類を見ない空前絶後の乱戦へと発展した。

 

己が死をもって大海賊時代を切り開いた“海賊王” ゴール・D・ロジャー。

 

彼の息子であり、時代の担い手となるエースを処刑することで、時代の幕を下ろすことを目論んだ元帥・センゴクは、それを阻む“白ひげ”との全面戦争を覚悟した。

その予想通り…いや、白ひげという海賊を知る者なら誰でも思い描く通り、

白ひげはエースただ一人を救うために己が率いる全戦力をもって、

マリンフォードに乗り込んできた。

 

世界三大勢力の激突。

 

両陣営合わせて10万を超える実力者達が、ただ一人の海賊の命をかけて

刃を交え、拳を激突させた。

もはや伝説である白ひげが古き時代の生き様を見せたなら、

兄を救出するために単身乗り込んできた“麦わら”のルフィの獅子奮迅の活躍は

時代の新しい風を予感させた。

そう、この戦争はまさに時代の変わり目と言えるだろう。

この戦争によって世界は変わった。時代は動き出した。

 

 

海賊王の息子“火拳”のエースと“白ひげ”四皇・エドワード・ニューゲートの死―――

 

 

それは一つの時代の終わりであり、新しい時代の始まりでもあった。

新たなる四皇として、白ひげを裏切り、エースを売った男“黒ひげ”の台頭。

海軍においては、赤犬が青雉を倒し、元帥の座に君臨した。

そして、“最悪の世代”をはじめとしたルーキー達が海賊王を目指し、一斉に動き出した。

大海賊時代はさらなる混沌を深め、新たなる時代へと帆を進める。

 

だがしかし、マリンフォード頂上戦争の影響は、海に限ったことだけではなかった。

 

 

白ひげ海賊団の猛者達を蹴散らした鉄の化け物の出現。

 

 

 

パシフィスタ―――

 

 

その存在は科学技術界に巨大な一石を投じ、

Dr.ベガパンクの天才科学者としての名声を不動のものとした。

 

 

…ここで時代を少し戻そう。

 

ここはブリタニア諸島・合衆国“印度”。

都心から離れた郊外に、建てられた研究所の中に一人の科学者が煙草をふかしていた。

印度人特有の褐色の肌。

気だるそうな目で技術資料を見ている彼女は、科学者の象徴ともいうべき白衣を羽織り、

中央の椅子に腰を下ろしていた。

 

あの第二次“ブラック・リベリオン”の後、彼女は黒の騎士団を引退し、

故郷である印度に戻り研究所を設立し、日夜研究に追われている。

寝不足により少し充血した目を擦り、来訪者を見つめる。

パシフィスタの出現以来、このような取材が後を絶たない。

“天才科学者” Dr.ベガパンクと同じアカデミーの同窓であり、

同じ研究分野にいる彼女にマスメディアが注目するのも当然といえるだろう。

だが、彼女は気に入らない。

彼女もまた、紛れもなき“天才”に他ならないのだから。

 

「…で、またベガパンクの話…?」

 

苛立ちを隠すことなく、そう吐き捨てた彼女は、煙草の煙を気だるそうに吐き出した。

 

科学技術界に名を轟かす“ブリタニア諸島の三科学者”の一人。

 

名誉ブリタニア人としての成功を捨て、神聖ブリタニア帝国に反旗を翻した

彼女につけられた賞金総額は6000万ベリー。

 

元“大海賊艦隊”黒の騎士団・科学技術班“最高責任者”。

ラクシャータ研究所“所長” ラクシャータ・チャウラー。

 

“堕ちた天才科学者”は皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

「悪いんだけどさぁ~アカデミーで私はベガパンクの奴とはあんまり親しくなかったんだよね~」

 

機先を制すかのようにラクシャータは語りだす。

マリンフォード頂上戦争以降、連日のような記者の訪問。

繰り返される同じような質問にラクシャータは心底うんざりしていた。

取材を断るにも手間と時間がかかる。

ならば、いっそのこと、全部受けて適当にあしらってしまおう…!

そう考えたラクシャータは、その考えを実行し、現在に至る。

嘘はついていない。

実際にベガパンクとはそれほど親しくはなかった。

ラクシャータはベガパンクの天才性を認めていた。

だが、その反面激しく嫉妬していることも自覚していた。

ラクシャータは自他共に認める天才であった。

それ故に、天才というものが他者からどれほど羨望と憎しみを持たれるか

熟知していた。

自分以上の天才であるベガパンクに同情に近い感情を抱いていたし、

自分が彼に抱く嫉妬に対しても対処することができた。

それは、天才である自分が他者の天才性を妬むなどあってはならない、という

矜持によって支えられていた。

何はともあれ、複雑な感情の絡み合いによって、ラクシャータは意図的に

ベガパンクとの接触を最小限に収めた。

だから同窓といえどラクシャータはベガパンクの人柄をよく知らなかった。

 

「ベガパンクのことを知りたいなら、プリン伯爵かセシルに聞けば~?

あ、プリン伯爵というのは、ブリタニアのロイド・アスプルンドのことね。

あいつら一緒にセシルの作ってきた弁当から逃げ回ってたし、きっと私より面白い話を

聞けるんじゃないの~?」

 

そう言って彼女は再び煙管を咥える。

 

“ブリタニア諸島の三科学者”の残りの二人。

 

ロイド・アスプルンドとセシル・クルーミーのことを思い出す。

セシルの作ってくれた弁当をベガパンクとロイドがお互いに激しく譲り合う。

 

「僕は食欲がないから君が食べなよ~セシル君喜ぶよ」

「いやいや…君こそ」

 

その醜い争いを見てキレたセシルに二人が追い掛け回されたことがあった。

青春の思い出の1ページだ。

 

(まあでも、ブルーベリー入りのおにぎりは私でもキツイな…)

 

そんなことを思い出して、ラクシャータは小さく笑った。

 

「それかシーザー・クラウンの馬鹿にでも聞いたら~?

あいつも同じ研究所にいたんでしょ?

ああ、でもアイツ今は賞金首か…いつかやる奴だと思ってたんだよね~。

まあ、でも“黒の騎士団”にいた私が言うのも説得力ないけどね」

 

“シュロロロ”というあの悪趣味な笑い声が聞こえてきそうだ。

性格は破綻していたが、あれもなかなかの才能を持っていた男だった。

だが、他者の才能に異常な敵意を持つ傾向があり、

アカデミー時代においてその一部は、自分に、プリン伯爵に、セシルに向けられ、

大半はベガパンクに向けられていた。

あの男の科学者としての醜さを見ていなければ、自分も同じ闇に落ちていたかもしれない。

賞金首となったと聞いた時にあの敵意を持った眼差しと、

必死に押さえつけたベガパンクに対する嫉妬を思い出した。

 

「え…?ベガパンクについての取材じゃないの?」

 

このままお引取り願おうと思っていたラクシャータは怪訝な表情を浮かべる。

どいつもこいつもベガパンク、ベガパンクと心底ウンザリしていたので、

この記者がそれを否定したのは、意外でありまた興味が出てきた。

 

この記者は自分に何を聞きに来たのか…?

 

ラクシャータの瞳に好奇の色が帯びる。

 

「ハァ…!?ブリタニア諸島の古代兵器を…“ナイトメア”について聞きたい…!?」

 

記者の口から出たその名前にラクシャータは珍しく驚きの声を上げた。

そしてそれと同時に、好奇を帯びた瞳が憎悪を塗り替えられた。

 

「確かにアレを復活させたのは私だけどさ~。正直、思い出したくないんだよね。

アレは私の科学者としてのキャリアにおける唯一の汚点だわ…」

 

 

 

ラクシャータは思い出す。あの日のことを。

 

 

「ちょっとさ~どういうことよ、扇?」

 

後手を縄で縛られたラクシャータは、自分の前に立つ男を睨みつけた。

男の名は扇要。

大海賊艦隊“黒の騎士団”副団長。

クーデターを成功させ、ゼロを売り渡した現在においては、

事実上の黒の騎士団のトップであった。

 

「フヒヒ…」

 

扇はラクシャータを見下ろしてニヤニヤと笑う。

その態度はラクシャータの苛立ちをさらに加速させた。

まさかこんなことが起こるとは思わなかった。

こんなコバエのような男がクーデターを起こすなんて。

それが成功するなんて。

正直、ラクシャータには信じがたい状況だった。

人望などまるでない中間管理職。

決して戦場に出ない“第四列目の男”と陰口を叩かれている扇が

このような大それたことをやる遂げるなんて。

 

「ラクシャータ~お前、ゼロから古代兵器の復活を依頼されてたよな?」

「そうだけど~。それがな~に?」

 

扇の質問にラクシャータはいつもの調子を崩さないようにしながらも、

内心では警戒する。

 

古代兵器“ナイトメア”

 

神根島から発掘されたその兵器の復活をラクシャータはゼロから依頼されていた。

それはもしかしたら、ブリタニアとの決戦において切り札になるかもしれない代物。

扇の狙いがわからない以上、下手なことは言えない。

そう決意し、ラクシャータは扇の出方を窺う。

 

「その古代兵器なんだが、改造してくれねえか?こんな風にさ」

「そ、それは…!?」

 

自分の前に投げ出された資料を目にし、ラクシャータは驚きの声を上げた。

それもそのはずだ。

それは、あの資料…後のマリンフォード頂上戦争において出現した悪魔の兵器。

ベガパンクのパシフィスタの設計資料だったからだ。

 

「噂には聞いていたけど…な、なんでアンタがコレを!?」

「ブリタニア経由で手に入れた海軍の天才科学者の設計資料だ。

フヒヒ…この力を古代兵器に取り入れたら面白いだろうな~?」

「な…!?」

 

食い入るように資料を見ていたラクシャータを絶句し顔を上げる。

そこには、扇が歪んだ笑みを浮かべていた。

 

「ああ、外見はコレで頼むぜ。俺のように格好よくしてくれよ!」

 

そう言って扇は技術資料の横に扇が書いたと予想される下手糞な絵を投げた。

どうやら、古代兵器をパシフィスタの技術を応用しパワーアップさせたいようだ。

しかも、外見を扇を機械化したようなダサくして…。

 

「ばっかじゃないの~?」

 

ラクシャータは即答する。

あの美しい古代兵器をこんな不細工なものにするなど言語道断だ。

それにベガパンクの技術を応用…ふざけるな!

ラクシャータの科学者としてのプライドは大きく傷つけられた。

 

「ああ、そうかい…」

 

扇はその様子を見て嘲笑する。

 

 

そして、ラクシャータにとっての禁句を放った―――

 

 

 

「やっぱり、お前じゃベガパンクには及ばないのか?キヒヒヒ」

 

 

刹那―――

 

ラクシャータの感情が爆発した。

 

 

 

 

 

「ふざけるな―――ッ!!私は天才だぞ!誰がベガパンクなんかに―――」

 

 

 

 

 

 

          “モジャモジャ・ノーム”

 

 

 

 

そこからはよく覚えていない。

扇の頭から発生した黒い霧に飲み込まれた後のことは。

ただその間ずっと、ベガパンクに対する嫉妬に身を焦がしていた。

私がアカデミー時代、ずっと抑えていたもの。

解き放たれたそれは私を支配し、ただひたすら古代兵器の改造に向かわせた。

第二次“ブラック・リベリオン”が終わった後、

聞いた話では、あの黒い霧は扇の“悪魔の実”の能力だったそうだ。

ああ、気持ち悪い…!

まるで扇に心も身体も犯されたように感じる。

古代兵器の話を聞かれるとまずそれを思い出す。

だから、不快にならないわけがないではないか。

それに、あのデザイン。

扇を機械化したような古代兵器の末路は、科学者として本当に恥だ。

殺されてもあんな醜悪なものは作るべきではなかった。

 

…泣きそうだ。

 

よし…記者が帰ったら、一人で泣こう。少女のように泣いてやろう。

 

 

ラクシャータに涙目で睨まれ、記者はだじろぐも最後の質問をする。

その質問に我に返ったラクシャータはいつものような皮肉な笑みを浮かべた。

いや、いつもの…ではない。その笑みには科学者としての圧倒的な自信が含まれていた。

 

「パシフィスタとナイトメア…どちらが上か…だって?

アンタさあ~最後に面白い質問するじゃない。そうだね、一言で言えば…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――比べものにならない。

 

 

 

 

「あれは外見は不細工でもこの私が改造したのよ~!この天才である私がね。

破壊…ただそれだけに関してならばナイトメアは間違いなく私の最高傑作。

パシフィスタなんて目じゃないわ!

なんたってアレには、最強の矛と最強の盾が備わっているんだもの~ッ!」

 

 

 

 

ナイトメア…それは古代と現代の科学が融合した悪魔。

 

 

 

 

記者が知ったのは最悪の事実。

“堕ちた天才科学者”は怯える記者の様子を見て満足そうに煙草の煙を吐き出した。

 

 




お久しぶりです。隔月でなんとか連載させて頂いています。
今回は、最終決戦前の小話を書いていたのですが、
予想に反して字数が伸びたために、単独の話として投下することにしました。
当初はラクシャータとベガパンクの接点のみでしたが、
ロイドさんやセシルさん、そしてシーザーなども加えてみましたw
もう何か異次元のメンバーですねw書いていて楽しかったです。

次話こそ最終決戦です。
別作品を連載していますが、こちらの完結を優先させて頑張りたいと思います。


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最終決戦! ルフィ vs 扇

(クソが…!こんなはずではなかったのに…ッ!!)

 

それが現在における扇要の偽らざる本心だった。

 

クーデターは完全に成功した。

その後、ゼロに逃げられるイレギュラーは生じたが、

ブリタニアが捕獲に成功したことで計画は再び元通りとなった。

 

ゼロを売った見返りに日ノ本の王となる―――

 

神聖ブリタニア帝国・宰相 シュナイゼルにその地位を約束させ、

10万を超える連合軍の中で、ゼロの処刑を笑いながら見ていた。

 

(それが…何だこれは…!?)

 

突如現れた“麦わらの一味”にその計画は全てぶち壊された。

 

ゼロは麦わらの一味と共に再び逃亡。

黒の騎士団は再びブリタニアに牙を向いた。

 

一転、日ノ本の王になるどころか、もはや自分の命すら危うい状況に追い詰められた。

ブリタニアと海軍の連合艦隊を引き連れ、

奴らを追い込んだと思ったら、海流のトラップに嵌り、艦隊は全滅。

もはや、自ら出陣せざる得ない状況まで追い込まれ、ここに座っている。

 

「ぐぎぎぃいいいい~~~~~ッ!!」

 

扇は破裂寸前まで血管を浮き立たせ、白目をむき出しにしながら歯軋りした。

歯が摩擦で削れることなどもはや、眼中にない。

眼下の状況が彼の怒りの火にさらなる油を加えていた。

 

麦わらの一味の周りには、4人の男女が倒れていた。

 

“将軍”藤堂と“剣豪”四聖剣。

 

旧日ノ本・最高戦力。

悪魔の実の力で洗脳し、

麦わらとゼロを討伐するために連れてきた扇子飼いの部下達であった。

 

「負けやがったのか!!?使えねえ生ゴミどもがぁああ~~~~~ッ!!」

 

洗脳したといえど、麦わらの一味との激闘により倒れた部下に対して、

扇は感情のままに彼らを罵倒した。

 

「そのまま死んでろ、クソどもが!!ん…ゼロがいねえ!?」

 

罵詈雑言を浴びせる中で扇はようやく自体に気づく。

ゼロは…いや、ルルーシュは、

ウソップにその仮面と衣装を貸して自らシュナイゼルを討ちに行った。

ゼロのマントを羽織るウソップを目の当たりにして、

扇は、ようやくその事実に気づいた。

 

「なるほど…ゼロの野郎、海賊に自分の衣装を貸して、自分は一人で船の中に隠れていやがるのか…ククク、やるじゃねえか…!」

 

だが、その推理は微妙に間違っていた。

危険を覚悟して自らシュナイゼルを討ちに行く…そう言った思考を

決して持つことができないところが所詮、扇さんだった。

 

「ククク、ゼロ~~どぶ鼠みたいに好きな場所に隠れてな!!

お前も、麦わらも、ここにいる全員、今からブチ殺してやるからよ~~~ッ!!」

 

ここにいないゼロを脳裏で想像し、扇は歪んだ笑みを浮かべた。

 

古代兵器“ナイトメア”

 

“堕ちた天才科学者”ラクシャータが完成させた

この悪魔の力さえあれば、それを可能にするのは容易い。

 

 

まずは眼下の麦わらの一味から片付けるか―――

 

 

そう呟きながら、レバーを握る扇の視界に奇妙な光景が入ってきた。

 

「この野郎、離せ~~~!!」

 

ナイトメアに握られた拳から、手足が飛び出てバタバタともがいている。

その手には麦わら帽子が握られていた。

それは、さきほど握りつぶした男のトレードマーク。

1億のルーキー“麦わら”のルフィの物だった。

 

「麦わら!?生きてやがるのかぁ~~~ッ!!」

 

扇は絶句するも、直後、苦虫を噛み潰したような顔をして納得する。

 

“麦わら”のルフィの能力はゴム。

 

その力により、手足を自在に伸ばし、銃弾すら跳ね返す。

故にゴム人間を握り潰したところで圧死することはない。

ただ、その動きを止める程度でしかない。

それを証明するかのように、ルフィの手足は元気にバタバタと動く。

 

「クソゴム野郎が~~~ッ!!どこまでも邪魔しやがって!!」

 

機先を制されたような気がして、扇のイラつきはさらに高まっていく。

扇は思い出す。

あの処刑場において、巨大なオレンジの中から出てきたルフィの姿を。

 

 

 

そうだ…こいつだ。

 

 

 

 “うるせーぞ!そこのモジャモジャ!お前は黙ってろ―――ッ!!”

 

 

 

全部…コイツのせいだ。

 

コイツさえいなければ、全て上手く行ったんじゃないのか?

ゼロも処刑され、黒の騎士団も裏切らず、俺は日ノ本の王になれた。

全部、コイツがいなければ…

 

 

 

 

 

そうだ――――――

 

 

「全部てめーのせいだぁあ~~“麦わら”のルフィ~~~~~~~~ッ!!」

 

 

 

 

 

 

扇要の精神構造の基本において、「自分は悪くない…!」というものがある。

つまりそれは問題が生じた場合、自分以外の誰かの責任ということになる。

今回の件においてはそれはルフィのせい…ということで帰結した。

 

なにはともあれ、ターゲットは決まった。

そして、最後の戦いが動き出す。

 

 

「ルフィ―――!?」

 

ルフィを掴んだまま

神根島に向かって飛んでいくナイトメアを見て、ウソップが声を上げる。

ナイトメアを神根島に近づくにつれ、その速度を増していく。

 

「オラよっとッ!」

 

扇は浜辺に着地すると、大きく振りかぶって、ルフィを浜辺にある大岩に投げつけた。

 

「ふぎッ!!」

 

“バチン!”と派手に大岩にぶつけられたルフィは、鈍い声を上げるも、

即座に立ち上がり、ナイトメアに向かって構えをとる。

 

「クヒヒ、ナイトメアは、神根島から発せられる特殊な波動をエネルギー源としている。

あの船上では力を発揮することはできない。だが、ここでなら100%の力を出せる…」

 

「え、何だって?」

 

扇は得意げにナイトメアの構造を説明する。

だが、その目はルフィに対する殺意で歪み、その口はさながら肉獣のようだった。

 

「まあ、わかりやすく言えば、てめーはここで俺に惨たらしく殺されるってことだ。

ああ、心配するな。ゼロもお前の仲間も一緒に殺してやるから、キヒヒヒ」

 

「…やってみろ!」

 

まったく理解していないルフィに、扇はわかりやすく挑発の言葉を投げつける。

それを受け、ルフィの目に怒りの炎が宿る。

 

コイツはぶっ飛ばさなければならない敵―――

 

だだ、それだけはよくわかった。そしてその認識は正しい。

 

殺すか殺されるか―――

 

もはや、それ以外の選択はお互いに残されていない。

 

 

 

 

「死ねぇえええ!!!麦わら~~~~ッ!」

 

先手を取ったのは扇だった。

ナイトメアが手をルフィの方に向けると指先から刃物が出てきて、

それが指先ごとルフィに向けて発射された。

 

「わッ!?」

 

慌てて後に飛びのいたルフィ。

さきほど居た場所に、ナイトメアの指先が突き刺さり、すぐにワイヤーで元の箇所の戻る。

 

それは“スラッシュハーケン”という武器だった。

 

「ほら、ほら、ほら、逃げろ!逃げろ!」

 

扇は笑いながら“スラッシュハーケン”を連投する。

 

「わ、わ、クソッ!」

 

ルフィは連続で遅い来る“スラッシュハーケン”を辛うじて避け続ける。

そして、“スラッシュハーケン”をギリギリで飛び上がってかわし、

空中で拳を固める。

 

「ゴムゴムの――――うわッ!?」

「フヒヒ、ビンゴ!」

 

ゴムゴムの“銃(ピストル)”を放とうとした瞬間、“赤い波動”がルフィに炸裂した。

 

「熱ッ!?アチチ―――」

 

一瞬身体が燃え上がったルフィは、砂浜を転げまわり、慌てて火を消す。

 

「キヒヒ、いいザマだな、麦わら~~~」

 

その様子を笑いながら見ていた扇は、スイッチを乱打する。

すると、ナイトメアの肩口の銃口から、あの赤い波動が連射される。

 

その赤い波動は“黒の騎士団”零番隊・隊長。

あの“紅月”カレンの悪魔の実の能力。

ゾオン系“幻獣種”モデル“紅蓮”である輻射波動を改良したものだった。

 

「フヒヒ、どうしたよ、麦わら~防戦一方か~!?」

 

“スラッシュハーケン”と輻射波動を連打しながら、扇は余裕の挑発を行う。

 

「調子に乗るなよ!このモジャモジャ!見てろ!」

 

その挑発にキレたルフィは、ナイトメアから距離とる。

 

「ゴムゴムの“銃(ピストル)”―――ッ!!」

 

そして、先ほど放つことができなかった己が必殺技を扇に放った。

 

「キヒヒ…」

 

だが、扇はその笑みをやめようとはしない。

嘲笑を続けながら、あるボタンを押した。

 

「なッ!?」

 

技の直撃後、声を上げたのはルフィの方だった。

決まれば海兵10名を一気に吹き飛ばすゴムゴムの“銃(ピストル)”

それが、ナイトメアに当たる直前に、ピンク色の光の壁に阻まれたのだ。

ピンク色の光りは球状にナイトメアを包んでいる。

 

「ゴムゴムの“銃乱打”(ガトリング)―――!!」

 

わけがわからずもルフィはさらなる攻撃を加える。

連続技である“ガトリング”により、その光りの壁を破壊しようと試みる。

 

「うおおおおおおおおおおおーーーーーーーッ!!」

「フヒヒヒ…」

 

雄たけびを上げ、全力で拳を打ち込むルフィを

扇はまるで哀れなピエロを見るような目で嘲笑し続ける。

 

「ハア、ハア…」

 

ガトリングの連撃により砂煙が上がる。

ルフィは肩で息をしながら、その結果を待つ。

あれほどの打撃を加えたなら、あの巨人は無事で済むはずがない。

これまで多くの難敵を打ち倒してきた拳の力に偽りはない…はずだった。

 

 

だが―――

 

「なッ…!!」

「フヒヒ、どうした麦わら~そんな驚いた顔をして~?何かあったのかな~?」

 

鉄の巨人はその場に悠然と立っており、光の壁は傷ひとつついていない。

扇の嘲笑は止むことを知らない。

 

 

 

 

「これぞ古代の力…最強の盾“絶対守護領域”だあ~~~ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ラクシャータ研究所。

 

「そう、それが古代兵器の能力“絶対守護領域”なのよ~。

神根島から発せられる特殊な波動を濃縮して光の盾とする。

まあ、軍艦の大砲程度では破れる代物じゃないわね。

出来るとすれば、四皇“白ひげ”の“グラグラの実”の破壊の力くらいかな。

要するに、普通の能力者じゃ傷一つつけられないってことなのよ~」

 

記者の質問にラクシャータは得意げにナイトメアの性能を話す。

 

 

パシフィスタとは比べ物にならない―――

 

 

そう豪語した根拠の一つにこの最強の盾である“絶対守護領域”があった。

神根島周辺に限定されるが、その硬度は強力無比。

ルフィの攻撃を完全に防いだ点を考慮するならば、

確かに防御面においては、パシフィスタに大きく差をつける。

 

「そして武器としては、指先から“スラッシュハーケン”と肩口から輻射波動を…」

 

ラクシャータが武器の説明に入ると、記者が怪訝な表情を浮かべる。

確かに、スラッシュハーケン”と輻射波動は使い勝手のいい優秀な武器に違いない。

だが、それでも大将黄猿の「ピカピカの実」の能力を再現したレーザーに比べたら

優位性が高いとは思えない。

いや、むしろ武器においては、パシフィスタの方が上ではないか…?

それらを“最強の矛”というのは言い過ぎではないか。

記者にはそのような疑念が生まれた。

それを察知したかのように、ラクシャータも複雑な表情を浮かべる。

 

「アンタが言いたいことは想像つくわ~。でも最後まで聞いてくれない?

私が今、説明しているのはあくまでもサブ・ウェポン」

 

その途中でラクシャータは煙管から煙を吐く。

その表情には、研究者としての複雑な感情が映し出されていた。

 

 

 

 

 

「“最強の矛”それはベガパンクの技術を応用した――――」

 

 

 

 

 

 

「どうしたよ麦わら~~お前は“海賊王”になるんだろ?もっと頑張れよ~」

「ハア、ハア」

 

扇の嘲笑に、ルフィはただ肩で息することしかできなかった。

“銃乱打”を含め、“鞭”“槍”もあらゆる技をあの光の盾で防がれてしまった。

 

打つ手なし―――

 

まさにその状況に追い込まれていた。

 

「フヒヒ…いい顔だな麦わら~もう十分に遊べたぜ~」

 

ルフィの劣勢に扇は満足そうな笑みを浮かべた。

あの麦わらが手も足も出ない。

予想以上のナイトメアの性能と麦わらの現状に扇の憂さは大分晴れてきた。

 

(もういい…そろそろ終わらすか)

 

麦わらをここに連れてきたのは、自らの手で痛ぶることもそうだが、

ナイトメアの運転を慣らすことが目的であった。

その目的は十分に達成した。

あとは、最終目的に移るだけ…扇の口は裂けるほど開いた。

 

「いい位置にいるな麦わら~。ちょうどお前と斑鳩が一直線にあるぜ」

「ん!?」

 

ルフィはその指摘で後を振り返る。

確かに自分の真後ろには、自分の仲間達が乗っている戦艦“斑鳩”の姿が見えた・

 

「…約束どおり、お前もゼロも仲良く一緒に殺してやるよ」

 

扇はそういって、ナイトメアを包む“絶対守護領域”を解いた。

雰囲気が変わったことを感じたルフィは、姿勢を低く構えた。

 

「天才科学者ラクシャータの手によって復活した古代兵器に

Dr.ペガバンクの技術が加わり、この悪魔は現在に誕生した――――ッ!!

 

 

 

死ね!ゼロ!!

 

消え去れ!麦わら!!!

 

 

 

喰らえ――――――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            “ フレイア ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

う、う~ん、酷く頭が痛いぞ。

ずっと何か悪夢を見ていたような気分だ。う、吐きそう。

それになんだろう?

身体中が電撃を浴びたように痺れている。

よくわからないが、とりあえず挨拶しよう。

 

 

「おはようございます。“黒の騎士団”三番隊・隊長 千葉凪沙だ(ド~ン!)」

 

 

なんとか自分の名前くらいは思い出したようだ。

そうだ。

わたしは、“黒の騎士団”の隊長であり、“四聖剣”といわれた剣豪だった。

母国である日ノ本が侵略された後、日ノ本解放戦線として活動し、

ゼロが率いる“黒の騎士団”に合流して、ブリタニアと戦う日々。

うん、確かにそうだった。

そして問題は、その私が、床に這いつくばっているのだろう?ということだ。

海賊のような奴らが立っているが、コイツラは誰だろう?

敵なのか?それとも味方…思い出せない。

そもそも私はいつから記憶があやふやなのだ…?

 

そうだ、あの日からだ…!

 

 

 

「ただいま任務を完了しました。千葉凪沙、独身です!」

「う、うむ…」

 

任務完了の報告をすると藤堂さんは渋い顔になった。

 

(このアピールではダメなのかな?もう!藤堂さんは鈍感なのだから)

 

「暖かくなってきましたね。春か…もうすぐ結婚の季節ですね!」

「よし、今から剣の稽古に入る!少し出かけるぞ」

 

私が話しかけると藤堂さんは、顔に汗をかきながら剣の稽古に出かけて行った。

剣豪が剣の稽古に熱心なことは結構なことだが、毎回これでは話の一つもできない。

 

「フフフ、頑張ってるね~」

 

私が頭を抱えていると、その様子を見ていた朝比奈が苦笑しながら声をかけてきた。

 

「私が話しかけると藤堂さんは逃げてしまうのだ。何故だ、朝比奈!?」

「さあ、何故だろうね」

 

真剣に問いかける私に対して、朝比奈は苦笑し続けるだけだった。

 

 

あの“ブラック・リベリオン”の敗戦の後、バラバラになった黒の騎士団は

ゼロの下、再び以前の力を取り戻しつつあった。

いや、敗戦から立ち上がったことを考慮すれば以前以上の力だろう。

ブリタニアとの戦いを優位に進められることが多くなってきた。

 

エリアの独立。

 

それが夢物語ではないところまで私達は来ていた。

そんな時だった。

 

「…そろそろ、女の幸せを考えてもいいんじゃないの?」

 

“四聖剣”の仲間であり、二番隊・隊長である朝比奈省悟が私に向かってそう言った。

朝比奈は私の藤堂さんに対する思いに気づいていたのだ。

 

(朝比奈…お前も自分の幸せを…)

 

私はそう言おうとして、言葉を止めた。

朝比奈はある意味、ライバルである私にその言葉をかけてくれたのだ。

その決意の前に私の言葉はあまりにも無粋なものだった。

 

こうして私のアタックが開始された。

 

 

 

「ふう…」

 

私は浴槽から出てバスタオルを羽織る。

今日は少し忙しかった。

 

扇要…黒の騎士団・副団長が逃亡したのだ。

 

扇はなんとヴィレッタ・ヌゥという海軍少佐を監禁し、

自分の恋人に洗脳しようと目論んでいたのだ。

それがゼロにバレて、現在、斑鳩館内に逃亡中というわけだ。

なんという男だろう…!

前々から気持ちの悪い男だと思っていたが、そのような鬼畜外道の所業を行っていたとは。

事が事なので、捜索は幹部達のみで行った。

私も参加し、斑鳩の隅々まで捜索したが、奴は見つからなかった。

まるでゴキブリだ…!

ゼロは生け捕りにしろと言っていたが、私は状況によっては、斬殺を決意していた。

正直なところ、扇の存在はお荷物を通り過ぎて、黒の騎士団の実害となっていた。

禍根はここで断つべきかもしれない。

だが、奴は見つからず。それを実行することはできなかった。

 

私は鏡に映る自分の顔を見る。

捜索のために、表情は少し疲れたいた。

 

「どうして藤堂さんは、振り向いてくれないのだろう…」

 

疲れは心労からも来ていた。

私がもっと若ければ、思いはすぐに届いたのだろうか?

 

藤堂さんに初めて会った時のことを思い出す。

まだ女子学生だった時、ブリタニア兵に乱暴されそうなのを助けてくれたのが、

日ノ本軍・将軍であった藤堂鏡志朗だった。

そんな彼に惹かれ、自分も軍に参加し、藤堂の下で剣を学んだ。

敗戦につぐ敗戦の中、ブリタニアに勝利した唯一の戦「厳島の奇跡」

複雑な地形を利用した強襲により、

アレックス将軍を藤堂が討ち果たした時は本当にうれしかった。

 

「奇跡の藤堂」

 

そう呼ばれ、称えられる彼の姿は誇らしかった。

 

だが奇跡…その称号はいつしか彼の名から離れていった。

その称号はゼロの…奇跡を起こすあの仮面の男の代名詞となった。

黒の騎士団に加入し、ゼロの下で戦うことで、

ゼロのブリタニアに対する憎しみは本物であることは実感した。

その実力も認めた。

ブリタニアに勝利するにはゼロの力が必要だった。

頭では理解している…。

 

だが―――

 

時々、夢に見ることがある。

黒の騎士団の団長として「奇跡の藤堂」が日ノ本を解放する姿を。

 

 

「な…!?」

 

そんなことを考えていた時のことだ。

ベッドの下から何かが這い出てきたのを鏡越しで目撃した。

ゴ、ゴキブリ…!?

そう思ったが、それはモジャモジャした人間の髪の毛だった。

 

「キヒヒ…」

「ヒッ…!?」

 

そしてその本体が顔をだした。

 

扇要―――

 

なんということだ!

コイツは自分の部屋に身を隠していたのだ!

 

「へへへ、いい身体してるじゃねえか、千葉~~」

「こ、殺す…!」

 

扇のその言葉により、裸を覗かれていたことを知った私は激昂する。

 

斬る―――

 

生け捕りなど知ったことか!よくも乙女の裸を…斬り殺してやる。

 

私は剣を手に取ろうとして絶句する。

 

「お探しのものはコイツかな~?」

「き、キサマ…!」

 

私の愛刀は扇に奪われていた。

そうか、今まで隠れていたのは、シャワーの隙を狙って…

 

うろたえる私を見て、扇は笑う。

それは今までに見たこともないような、凄惨で不気味な笑顔だった。

 

「千葉~お前にはこれから働いてもらうぞ。俺の操り人形としてな~」

「なッ…!?」

 

 

 

 

           “モジャモジャ・ノーム”

 

 

 

 

 

そして、黒い霧が私を包みこんだ―――

 

 

 

 

…そうか、思い出した。

私は、扇の…あの野郎の悪魔の実の能力で――――

 

「ああ…!」

 

全てを思い出した直後、私の頭の中にあらゆる映像が流れ込んできた。

 

扇の手駒として、藤堂さんと他の四聖剣を罠に嵌めたこと。

扇のクーデーターの協力。

そして…血に染まり、雄たけびを上げる卜部の姿。

 

「ああ…私は…私は何てことを…!」

 

千葉は全てを思い出した。

ゼロの処刑。第二次“ブラック・リベリオン”。

そして、何故、自分がここにいるのかを

 

「私は何てことを…!仲間達になんてことを―――」

 

自分の不甲斐なさに涙が出てくる。

自分が未熟なせいで、扇の能力に屈してしまった。

そのために、ゼロは追放され、卜部を…卜部を殺してしまった。

なんと愚かなのだろう…。

許されるならば、今すぐにでも切腹したいくらいだ。

 

だが―――

 

「う、うう…」

 

自分の倒れる目の前に、朝比奈が、千波が、そして…藤堂さんがいる。

苦しそうに息をしている。

まだ、生きている…!

 

(あの人だけでも…助けなきゃ―――)

 

電撃でボロボロの身体に力を入れる。

這いながら千葉は、ほんの少しづつ前へ進む。

最愛の人に向かって少しづつ前へ進む。

 

 

 

「藤堂鏡志朗…私の愛する人」

 

 

 

千葉が思い人に向かって手を伸ばした瞬間、それは起こった。

 

 

「…え?」

 

視界が赤く染まり、その眩しさを逃れるために千葉は目を瞑った。

爆音が轟く。

熱風の中、少しづつ瞼を開く千葉は直後絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――そこには、ただ青い海だけが広がっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キヒヒヒ、キョヒヒヒ、ウヒョヒョヒョ~スゲエ、凄いよこれ~~~」

 

扇は舌を伸ばして、レバーを舐め回し、絶叫する。

 

 

“フレイア”

 

 

それは黄猿のレーザー砲に神根島の波動の力を加えた超兵器。

それは、普通のレーザー砲の十数倍の威力を誇る悪魔の兵器。

まさに、最強の矛であった。

 

フレイアの直撃により、

斑鳩は丸々半分を削り取られ、辛うじてその姿を海に浮かべている。

 

「チッ…!半分残っちまったか。なあ、麦わら~ゼロはまだ生きてるかな~?」

 

照準を調節しながら、扇は砂浜に膝をつくルフィに声をかける。

ナイトメアの頭の砲台から“フレイア”が発射された瞬間、

ルフィはゴムの力を利用して、大きく横に飛んだ。

その行動と“フレイア”の照準がわずかにズレていたこともあり、

ルフィはなんとかその直撃を免れた。

でも、ほんの少しだけ掠った草鞋の一部は完全に消失していた。

 

「しかし、本当に凄いなこれは…まさか、これほどは思わなかった…」

 

“フレイア”あまりの威力に扇も絶句する。そして、その直後、最悪の事実に気づく。

 

「…これさえあれば、もうシュナイゼルの後ろ盾なんざ必要ないんじゃねえか?」

 

扇は思う。

古代兵器“ナイトメア”この悪魔の兵器さえあれば、もはや何も恐れることはない。

ラウンズを殺し、シュナイゼルを消し去り、首都ペンドラゴンを落とせば、

日ノ本の王どころか、自分はブリタニア諸島の支配者になることができる。

 

「いや、もっとだ。もっと上を目指せるぜ…!」

 

欲望はさらなる成長を遂げる。

この古代兵器は神根島の周辺しか動かせない弱点がある。

しかし、あの“天才科学者”Drベガパンクをはじめとした科学者達を拉致して洗脳すれば

その弱点もいずれ克服することができるのではないか。

それだけじゃない。

ナイトメアを大量生産させ、洗脳した兵士を乗せれば、無敵の軍団が完成する。

そうなれば止められるものは誰もいない。

 

扇のこの話を絵空事と笑うことができるだろうか…?

 

もし、この話をあの“頂上戦争”を生き残った者が聞いたら…

白ひげ海賊団を駆逐するパシフィスタの群れを見た者ならば…

 

おそらく、誰一人としてそれを笑うことはできないはずだ。

村や町や国を焼く尽くす古代兵器の軍団。

それに踏み潰される幼き命達。

 

 

 

 

 

「そうだ~そうなれば、もはや誰も俺に逆らえる者はいねえ!!

この世界の全ては俺のものだ!!

フヒヒ、そうだ!邪魔するものは全部、ぶっ殺してやる!!

四皇も海軍大将も王下七武海も…邪魔するものは、

どいつもこいつも全員ブチ殺して大海賊時代の頂点にはこの俺が立つッ!!

麦わら~~~~“海賊王”には俺がなってやるぜ~~~~ッ!!!!」

 

 

 

 

 

扇は笑う。欲望は嗤う。浅ましく、凄惨に、邪悪に。

扇を知る者がその姿を見たならば、彼はそれを悪魔と見紛うだろう。

もはや、そこに扇要という人間は存在しなかった。

 

多くの人間は不思議に思うはずだ。

扇のような凡人が、何故ここまで増長することができたのか?と。

“英雄”ゼロを陥れ、ブリタニアの盟主の首すら密かに狙い、

そして、ついにこの世界にすら牙をむいた。

このような所業を、あのような凡人にできるのだろうか?と。

 

全ての始まりは、幼き日に、己が幸せのために、他人を陥れたことから始まった。

それが、親友を謀殺し、悪魔の実を手に入れた時から完全にその芽を開き、花となる。

我欲。

扇の心の中に生まれた寄生虫は、その身も心も喰らい尽くし、その牙を世界に向けた。

 

そこにいるのは扇要であった別の何か。

 

 

怪物――――

 

 

我欲の化け物の手に最悪の兵器が渡った。

突如訪れた世界の危機。

その前に、ルフィはただ、呆然と斑鳩を見つめていた。

 

「キュヒッヒ、どうした麦わら~怖くて声も出…」

「お、お前ら、生きてるかーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

ルフィは扇の挑発を無視し、駆け出す。

そして、浅瀬ギリギリのところで止り、力いっぱい叫んだ。

ルフィは、扇の戯言など何一つ聞こえていなかった。

あの赤い光に飲まれた中に、仲間がいたかもしれない…それだけで頭が一杯だった。

 

「お、俺達は無事だぞ!」

「ギャ~~何なのよ、あれは!?なんとかしなさいよ、ルフィ!!」

「こっちは無事だ!」

「そのモジャモジャ野郎を早く倒せ!」

 

 

ルフィの声に応えたのは、ウソップ、ナミ、サンジ、ゾロのいつものうるさい面々だった。

その声を聞き、ルフィはほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 

しかし―――

 

 

 

「みんな…みんなが消えた」

「お、俺の部下があの赤い光に飲み込まれちまった!!」

「隊長が、隊長が私を庇ってあの光の中に…!」

「玉城がいない!?」

「南が…南の本体が…」

 

 

 

「千波…朝比奈…?い、嫌あああああ~~~~~~~~藤堂さーーーーーーーんッ!!」

 

 

 

 

 

あの赤い光に飲み込まれた仲間を呼ぶ黒の騎士団の幹部達の悲鳴が海原に響く。

それはまるで阿鼻叫喚のようであった。

 

その声を聞き、ルフィの身体が震え出した。

 

「なんだ、なんだ麦わら~~とうとう恐怖のあまり失禁して…」

 

その様子を嘲笑する扇に、ルフィはゆっくりと振り向いた。

 

 

 

 

 

「お前は…お前は“仲間”を何だと思ってるんだァ!!!」

 

 

 

 

 

ルフィに顔にあるもの…それは“怒り”だった。

敵を葬るために、仲間の犠牲を厭わない扇に、ただ純粋に怒りを爆発させたのだった。

 

「ハア…?仲間…?」

 

その言葉に対して扇は絶句する。

 

何を言っているのか本当にわからない…そんな表情をしながら。

 

数秒間の沈黙の後、ルフィの言葉を理解した扇は、ハイハイ、と手を叩く。

 

 

そして、その言葉を心の底から馬鹿にし、心の底から嘲笑し、吐き捨てた――――

 

 

 

 

 

 

 

仲間だぁ…?ああ、あのクソの役にも立たねえ、ゴミどものことか。

 

 

あんなものは、いつでも使い捨て可能な…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           “ 駒 ”だろ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギア――――――――――――――――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             “ セ カ ン ド ”―――――――――――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 





5000字ほど書きました(6/8 現在)

VS扇さんは間違いなく1万字を超えます。
よって、分けて投稿するか、全部書き上げるか思案していますw
できれば、完全決着ですっきりしたいですね。


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”JET"の暴風

「ギッヒヒヒ、なんだ、何だ?麦わら~蒸気機関車の真似事か~?」

 

裂けるほど開いた口から放たれた扇の嘲笑は、僅かな怖気を帯びていた。

 

“麦わら”のルフィの身体は、彼が地を叩き割る勢いで足を踏みしめた直後、

まるでポンプのように膝を押し始めてから、みるみるその姿を変えていった。

肌の色は、急速に赤へと変わっていく。

その様相はさながら灼熱のマグマを連想させた。

 

異常―――ただその一言に尽きる。

 

その姿を前に、扇の嘲笑は、自然に止み、

代わりに剥き出しの憎悪がその顔に刻まれていた。

 

 

        “最強”

 

 

古代兵器“ナイトメア”と己が悪魔の実の力により、

この大海賊時代の頂点に立ったと確信した。

“フレイア”の破壊の光により、半壊した戦艦“斑鳩”をその証明とし、

気分はまさに最高にハイってやつだった。

 

だが…。

 

「麦わら~~~~~~~~ッ!!」

 

まただ…!

 

また、この男に邪魔された。

せっかくの気分に冷や水をかけられた。

これからはじまるであろう黄金時代の最初のページに黒いシミをつけられた。

あの処刑場の時と同じだ。

自分の成功の生贄となるはずだったゼロの処刑を邪魔された時と。

そうだ。

あの処刑場で、オレンジの中から飛び出してきたこのわけのわからない男は、

今度も再びわけのわからない行動をして、俺の邪魔をしている。

 

思えば、一目見た時からムカついていた。

初めて聞いたその声に虫唾が奔った。

 

“天敵”

 

麦わら…奴はまさにそれだ。

出会えば、必ず殺さずにはいられない存在。

コイツに会った時から、湧き出た殺意は、今この時をもって完全なる確信となる。

 

(まず殺すべきは、ゼロじゃない。コイツだ…!)

 

コイツがこの世にいれば、必ず俺様の邪魔をしてくる。

命ある限り、俺の成功の足を引っ張りにくる。

 

これは運命だ。

 

お互いが、この世界に生れ落ちた瞬間、今日のこの瞬間は決まっていたのだ。

 

 

殺す…!

 

殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!

殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!

殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!

 

 

「殺してやるぜ~~麦わら~~~~~ッ!!!」

 

 

ナイトメアは、ルフィに向けて手を掲げる。

次の瞬間、扇の憎しみを込めた“スラッシュハーケン”がルフィに向かって襲い掛かる。

 

「ファッ!?」

 

だが、意外なことに、叫び声を上げたのは、攻撃した扇の方だった。

麦わらに攻撃した直後、目の前で起きた奇怪な出来事に、

扇は奇声をもって応えるしかなかった。

 

(き、消えた―――ッ!?)

 

“麦わら”のルフィが、目の前から消え去ったのだ。

 

先ほど、ルフィの居た場所には、スラッシュハーケンが突き刺さり、

その攻撃の失敗を無言で訴えていた。

攻撃が当たる瞬間、麦わらは、まるで透明人間のように、この世界から姿を消したのだ。

少なくとも、扇の目にはそう映った。

 

(バ、バカな―――ッ!?)

 

扇はその刹那、“瞬間移動”を疑った。

 

 

麦わらの奴はまさか…悪魔の実を2つ食べたのか―――ッ!?

 

 

そんな考えが同時に思い浮かんだ。

悪魔の実の能力者が、他の悪魔の実を食べた場合、その者は必ず死ぬ。

噂でそう聞いたことがある。

しかし、自分は、実際に悪魔の実を2つ食べて死んだ人間を知らない。

もしかして、それは嘘だったのではないか。

麦わらは、悪魔の実を二つ食べた。

 

そして、あの忌々しいゴムの能力だけでなく、瞬間移動の能力も持っている!?

 

物事を無駄に壮大に考えてしまうのは、扇の悪癖の一つである。

今回のケースも恐らく、それに該当する。

 

 

“麦わら”のルフィは消えてなどいない。

 

 

「なッ!?」

 

 

ルフィは横に避けた…ただ、それだけだ。

 

 

ルフィは、さきほど居た場所から3mほど離れた場所に姿を現した。

砂浜には、ルフィが移動したことを証明するかのように、その軌跡が

はっきりと残っていた。

 

“麦わら”のルフィは、消えたのではなかった。

“ギア・セカンド”の能力により、速く動いただけだ。

 

ただし…“超高速”で。

 

そして、ルフィは、すでに次の動作に移っていた。

扇に狙いを定めるかのように、左手を前に構え、右腕を後ろに引く。

 

それは、まるで“ピストル”で獲物を狙うかのように―――

 

 

 

    ゴムゴムの“JET”銃(ピストル)――――――ッ!!!

 

 

 

扇はその瞬間、ルフィの右腕を見失った。

あまりの速度に視認することができなかったのだ。

 

“JET”銃。

 

それはあの“ナイト・オブ・セブン” 枢木スザクを破った技。

 

「ギィイイ―――ッ!?」

 

衝撃がナイトメア全体に響き渡き、扇は叫び声を上げた。

ナイトメアの巨大な鉄の身体は5mほど後方に飛ばされた。

それだけではない。

 

「うギィ!?」

 

扇の眼前のフロントガラスに巨大なヒビが刻まれていた。

コックピットを守るこのフロントガラスは、強固な防弾ガラスであった。

マシンガン程度なら傷一つつけることすらできない高い防御力。

それが、“JET”銃のただ一撃でこの有様。

ガラスの一部は欠け落ちており、次の一撃には耐えられそうにないことは

素人の扇でも容易に想像できた。扇の顔に恐怖が奔った。

 

「ウリィイイイイイイ~~~~~~~~~ッッツ!!」

 

ナイトメアを後方に走らせ、扇は半狂乱になりながらも“輻射波動”を乱れ撃つ。

十数発もの炎の弾丸がルフィに向かって襲いかかる。

距離を取りながら、物量で押しつぶそうという扇の作戦は、

与えられた選択肢の中で最良の策だった。

 

 

だが…“当たらない”

 

 

ルフィは輻射波動を全て一瞬の内にかわした。

それは常人の目には、まるで炎の弾丸がルフィの身体を通過したように錯覚させた。

 

「ウギィイアアア――――ッ!!」

 

窮鼠、猫を噛む。

追いつかれることを悟った扇は、獣のような雄たけびを上げて、

ナイトメアを反転させる。

 

「これならどうだ!?クソゴム野郎―――――ッ!!」

 

ナイトメアの手から全てのスラッシュハーケンが放たれる。

 

 

“当たらない”

 

 

ならば、と扇はスラッシュハーケンの鉄のロープをまるで鞭のように交互に振り回した。

すぐ傍にあったヤシの木は、それに触れた瞬間、バラバラに引き裂かれた。

硬いヤシの木がこれならば、ゴム人間などひとたまりもない。

 

だが――――

 

 

“当たらない” “当たらない” “当たらない” “当たらない” “当たらない”

 

 

高速で襲い来るナイトメアの攻撃が、剥き出しの扇の憎悪が、

ただの一度も当たらない。かすりもしない。

 

ナイトメアの鉄の鞭は、一瞬浮き出たルフィの残像を空しく切り裂くことを繰り返すのみ。

それは、まるで醒めることなき悪夢に迷い込んだようだった。

 

 

「ウォオオオオオ~~~~~~ッ!!何をされてるのか、全然わからねえ!!!!?」

 

 

悪夢の最中、半ば発狂した扇は、助けを求めるかのようにありったけの声を振り絞る。

 

 

「“JET”スタンプ――――――ッ!!」

 

 

「ギィビビイイイイ~~~~~ッ!!?」

 

その声に応えるかのように、ルフィが放った次の一撃がナイトメアの左腕に直撃した。

衝撃で引き千切られた左腕は、大空に高く舞い上がり四散した。

 

「ゴムゴムの――――」

 

「ヒッ…!?」

 

衝撃は終わらない。

ルフィは、いつの間にかナイトメアの正面に立ち、後方に腕を伸ばしていく。

その光景を前に、扇は我に帰り、小さな悲鳴を漏らした。

 

「ぜ、絶対守護領域―――――」

 

刹那、扇は本能に従い、“最強の盾”である“絶対守護領域の発動ボタンを押した。

 

 

「“JET”バズーカ―――――――――ッ!!」

 

 

ほぼ同時にルフィは己が技の中でも一撃必殺の破壊力を誇る

“ゴムゴムのバズーカ”を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ヒ、ヒヒヒ…)

 

 

扇は心の中で感嘆を上げた。

ヒビが入ったフロントガラスの前には、絶対守護領域のピンク色の光が展開されていた。

そして、そこには“麦わら”のルフィの両の手が張り付いている。

ほぼ、同時に動いた両者の結末は、コンマの差で扇に軍配が上がった。

 

“最強の盾”絶対守護領域。

 

“天才科学者”ラクシャータをして、“四皇”白ひげクラスの攻撃力がなければ、

どうにもならないと豪語した全方位バリアがナイトメアを包み込む。

 

これで麦わらは手も足もでない。戦いは振り出しに戻る。

 

扇は刹那、そんなことを考えていた。

 

「ピギィイイッ!?」

 

次の瞬間、扇の予想を吹き飛ばすように衝撃がナイトメアに響き渡る。

“JET”バズーカの直撃で、ナイトメアはバリアごと後方に吹き飛ばされた。

 

「ゴムゴムの“JET”鞭(ウィップ)―――――ッツ!!」

 

「ブギィイ~~~~~~~ッ!!!?」

 

 

止らない…ルフィは止らない。

 

 

「ゴムゴムの“JET”銃弾(ブレット)!!!」

 

 

ルフィは絶対守護領域の光の盾に構わず攻撃を続ける。

ナイトメアはバリアごと、右へ左へと吹き飛ばされる。

 

「ちくしょう~~~~クソゴム野郎!!ち、調子に乗りやがって!!」

 

ナイトメアのコックピットの中で扇は死に物狂いでハンドルにしがみついていた。

 

(い、今は我慢だ。奴は明らかに異常だ。ドーピングか何かは知らんが、

こんな異常な動きがそう長く続くはずがねえ…!た、耐えるんだ!

も、もう少しで“フレイア”のエネルギーが溜まる。

奴が限界を迎えてた時に…今度こそ、フレイアでこの世界から消してやる…)

 

 

最終的な勝利を信じて、扇は“JET”の猛攻の中、必死にハンドルを抱きしめる。

 

 

 

 

 

――――ラクシャータ研究所。

 

 

 

「アンタねえ~私はもう帰りたいんだけど~」

 

帰り支度を始めるラクシャータに、記者は最後の質問と言って食い下がる。

 

「ハア?ナイトメアの弱点…?」

 

その質問によって、

退屈を隠さなかったラクシャータの瞳にほんの少しの好奇心の火が戻る。

 

攻守において完璧を誇るナイトメアの弱点。

 

それはたとえ素人といえども心踊る話題と言えよう。

 

「弱点ねえ…」

 

ラクシャータは数瞬、考えた後に、口元に笑みを浮かべ答えた。

 

「敢えて弱点を挙げるとするならば、

“フレイア”の充電にいくらかの時間が必要な点かしら~」

 

神根島から発せられる特殊な波動をエネルギーに転換することで生成される破壊の光。

その破壊力に比例し、膨大なエネルギーを必要とするために、連射は不可能であった。

よって、再充電の間は、サブ・ウェポンでの戦いを余儀なくされる。

 

「でもねえ~その間は“絶対守護領域”で凌げばいいだけだしねぇ~」

 

ラクシャータは嗤う。

よほどのバカでもない限り負ける要素がない、と。

 

「ハア?試運転…?」

 

記者に背を向け、出口に向かって歩き始めたラクシャータに

“個人的な興味”として、記者は慌てて質問を投げかける。

とりあえず、聞けることは何でも聞くつもりのようだ。

 

“コックピットの内装はどうなっているのか?”

“ハンドルや座席はどこのメーカーのものを使用したのか?”

“試運転時になんらかのトラブルはなかったのか?”

 

慌てていたために、どれも稚拙な質問であった。

記者も直後、それを自覚して、顔に汗を流す。

その問いに対して、振り返ったラクシャータは、

“心の底から興味がない”そんな瞳で忌々しそうに答えた。

 

「知らないわよ!

私が担当したのは、ナイトメアの古代の力とパシフィスタの現代の最新科学の融合。

座席?ハンドル?そんな低俗なものは全部、部下の技術班に丸投げしたわよ!

アンタ、バカ~?」

 

ラクシャータは誇る。己が才能への絶対的な自信を。

ラクシャータは吐き捨てる。凡庸な技術に対する軽蔑を。

 

「それに…試運転?

アンタ、私を誰だと思ってるの~?私は“天才”なのよ!私の発明は完璧なの!だから…」

 

 

 

 

 

       試運転なんて…するわけないじゃな~い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ガシャ

 

 

 

その異音は、扇が数分間の“JET”の暴風を耐え抜き、ついにルフィの攻撃に

疲れが見え始めた時に起きた。

 

「ほえ…?」

 

いきなり身体が“ガクリ”と前に落ちて、扇は間の抜けた声を上げた。

扇の身体と座席を固定していたシートベルト。

それが扇の肩にだらしなく垂れ下がっていた。

何が起きたかを把握するのに扇は数瞬の時を要した。

そして事態を把握し、その危険性を理解した直後だった。

 

 

「ゴムゴムの“JET”銃――――――ッ!!!」

 

 

背後に廻ったルフィがナイトメアに向けて“JET”銃を放った。

衝撃がナイトメア全体に響き渡る。

 

 

そして――――

 

 

「ホギィィイイ!?」

 

扇の身体は、まるで弾丸のように座席から飛び出した。

 

 

「ギョェェエエエエエエエエエエエエエエ――――――ッ!!!!」

 

 

ヒビが入り剥き出しとなったフロントガラスに扇は顔面から突っ込み絶叫した。

 

「ガ、ガラスが…痛てえ…痛えええええええええ」

 

細かく砕かれたガラスの欠片が顔に無数に突き刺さっている。

扇の顔から鮮血が迸る。

フロントガラスには、扇の顔の形が薄っすらと血によって刻まれている。

 

「ク、クソ!は、早く、シートベルトを―――」

 

扇は、鮮血を流しながら、シートベルトを付け直そうともがく。

だが、焦りと血によるすべりで“ガシャ”“ガシャ”と思うようにしまらない。

 

「ラクシャータめ~こ、こんな欠陥品を…」

 

ラクシャータがコックピットの内装を技術部に丸投げしたことを扇は知らない。

そして、試運転すらしていないことも。

本来、開発という部署にとって、試運転は必須の事項である。

それを何十、何百と行うことにより、細かなミスを検証し、修正する。

この地味な作業には、多くの時間と作業員が必要となる。

だが、今回に限っては、それは根本的に不可能であった。

ラクシャータは、洗脳により、ナイトメアの“完成”のみを命じられ、

それを完了させた。また、技術班もそうである。

彼らには、ナイトメアを検証する時間が、なによりも意思が欠けていた。

 

故にこれは必然の事態である。

 

だが、技術班の名誉のために言っておきたい。

彼らは完璧な仕事をした。

その証拠として、ルフィの攻撃にシートベルトは数分を耐え抜いたのだ。

この結果は、全てが想定外だったことに主因する。

 

想像して欲しい。

全長7m。体重10トンを誇る鉄の巨人が…

 

 

 

 

  “絶対守護領域”ごと吹き飛ばされるという異常事態を。

 

 

 

「ゴムゴムの“JET”鞭―――――ッツ!!

 

「グゲィエエエエエエエエエエ~~~~~~ッ!!」

 

 

側面から放った“JET”の次の一撃により、扇の身体はレバーに突き刺さった。

“ミシリ”と嫌な音色を奏で、

あばら骨に細かなヒビが入り、扇は吐瀉物を撒き散らした。

 

 

「ウオオオオオオオオオ――――――――ッ!!!」

 

「フギギギィィイイイイイイ~~~~~ッ!!」

 

 

ルフィはナイトメアを蹴り上げた。

全長7mもの鉄の巨人が宙を舞い。扇は天井に頭を叩きつけられた。

 

 

「ゴムゴムの“JET”戦斧(オノ)―――――――ッ!!!」

 

「ギャヒィ!!!」

 

天空に伸ばした足を高速でナイトメアに叩きつける。

扇はナイトメアごと地上に落下し、コックピット内で激しくバウンドする。

 

「ちょ、ちょと…」

 

「ゴムゴムの“JET”槍(ヤリ)―――――――ッ!!!」

 

「ぴギィイィ!!」

 

「ま、待って――――」

 

「ゴムゴムの“JET”銃弾―――――ッ!!!」

 

「ポギュワァアアアアアッ!!!!」

 

 

なにわともあれ…フロントガラスも。

 

 

「フギギギィィイイイ!!!!」

 

 

レバーも。

 

 

「グゲィエエエエ!!!!!」

 

 

天井も。

 

 

「ぴギィイィ!!」

 

 

 

すなわち、コックピットの全てが“凶器”――――――――

 

 

 

  ギ、ギョエエエエエエエエエエエエエエ~~~~~~~~~~ッ!!

 

 

 

逃げる場所などどこにもない。

扇は“JET”の嵐の中で、ひたすら悲鳴を上げ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハア、ハア、ハア」

 

ルフィは肩で息を上げて、手を両膝に置き、砂浜を見つめる。

汗が滝のように流れ、顔下の砂を濡らしていく。

 

それが“ギア・セカンド”の代償。

 

わずかな時間、超人の能力を得ることと引き換えとなる極度の疲労。

ルフィは、顔を上げることすらできず、ただ息を整えることに集中している。

 

 

「ま、参った。参った!俺の負けだ~~~~もう勘弁してくれ!!」

 

 

ルフィの眼前に倒れたナイトメアの光の壁が解かれ、

コックピットを開き、扇は両手を挙げて絶叫した。

その顔には、細かなガラスの欠片が刺さっており、血で濡らしている。

何度となく衝突したことから、鼻の形が若干おかしい。

 

「お前らの勝ち…だ。お、俺はもうこの件から手を引く」

 

扇は叫ぶ。ルフィ達の勝利と己が敗北を。

 

「ゼ、ゼロにはもう手を出さないと誓う!

俺はこの諸島から出て行く。二度とお前らの前に姿を現さない。だから…」

 

 

 

   だから、もう…勘弁してくれ~~~~~~~~~~~~ッ!!!

 

 

 

そこには惨めな敗北者の姿があった。

それは、己が欲望のため、仲間を陥れてきた男の哀れな末路。

 

 

「ハア、ハア、ハア、ゼエ、ゼエ」

 

ルフィは扇のその懇願を息を切らせながら、無言で聞いていた。

 

これで本当に“第二次ブラック・リベリオン”の

最終戦・神根島の戦いの幕が降りた…のだろうか?

 

 

(フヒヒ…なんてな)

 

 

いや、違う…扇は、この男はそんなタマではない。

ゼロを陥れ、シュナイゼルに牙を向け、世界を手に入れようとした我欲の化物。

そんな男がこの程度で己が欲望を諦めるわけがない。

 

扇は、ルフィが見ていないことを確認した後、

ゆっくりと挙げていた両手を自慢のリーゼントに添えた。

そう、扇にはこれが残っていた。

 

 

多くの仲間を陥れてきた悪魔の実の能力が――――

 

 

 

   

         “モジャモジャ・ノーム”

 

 

 

 




お久しぶりです。
投稿が遅くなり申し訳ありません。
1万字を確実に超え、また今以上に投稿が遅れると判断し、
とりあえず区切りのいいところで投稿することにしました。
完全決着を望んでいた方は本当に申し訳ありません。

この作品が遅れに遅れているために、原作の方がドフラミンゴ編の後編に突入し、
とても面白くなっています。
だから、この作品にもドフラミンゴとサボを少しだけ登場させようかとも考えています。
まだ、サボの方が原作でも詳しく書かれていないので、あくまで予定ですがw

そして、次回の決着後は、ちょっとした企画を考えています。
もし、時間がある方がいたら、付き合っていただけると幸いです。

しかし・・・扇さん(のような何か)しつこすぎぃw


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都合のいい世界

(ギヒッヒ、勝った…!勝った!)

 

心の中で扇は笑う。扇要を喰らいつくした我欲の怪物は高らかに嗤う。

扇の髪から発生した黒い霧は、ルフィの周りを渦巻き始める。

 

「ハア、ハア」

 

だが、ルフィはそれに気づくことはない。

手を膝に置き、苦しそうに地を見つめる。

 

それは“ギア・セカンド”の代償。

 

身体能力を飛躍的に高め、超人の力を得る代償は、極度の披露であった。

野生の獣並みの体力を持つルフィが、

わずか数分でもはや立つこともままならない状態であることを見れば、

それがどれほど身体の負担を強いるか想像に難くなかった。

 

その間に、どんどん黒い霧はルフィの身体を取り巻いていく。

その霧は扇の悪魔の実の能力。

多くの仲間達を己が欲望の海に陥れてきた扇の切り札だった。

 

「ヒヒヒ、麦わら様~~~さすがでございます!さすがは1億首のルーキー!

この扇め、あなた様の強さに感服致しました」

 

猫なで声を用いながら、扇はルフィに語りかける。

 

「あなた様の強さはお聞きしていましたが、まさかこれほどとは!

いや~~凄い!私など相手になるはずがなかった。

これなら、ラウンズも…あの“ナイト・オブ・ワン”も目ではありませんよ!!

麦わら様、最強!グランドラインいち~~~~~~~~~~!」

 

下卑た笑みを浮かべながら、扇はあからさまに媚へつらう。

だが、それが不自然に見えないのは、この男がいかにそれを

日常的に行っていたかの証左かもしれない。

それと同時に始めた揉み手は、だんだんと速度を速め、もはや

煙を出してもおかしくないほどの勢いに達する。

 

「ハア、ハア」

 

「…チッ」

 

だが、ルフィの態度に変化はない。

いまだ苦しそうに地を見つめたままである。

 

「…麦わら~~~俺は待っていたんだよぉおお~~~お前のような男に出会う日をよぉ」

 

 

誰―――ッ!?

 

 

先ほどのやりとりを見ていた者でさえ、瞬間、その言葉が浮かんだ。

それほどに扇の態度は180度の変貌を遂げたのだった。

 

「俺は、ずっと待っていたんだよぉ~~~ゼロの部下になるフリをしながら、

こんな日が来るをずっと…アンタのような本物の男に会える日をずっとよぉ!

うう…やっと俺の旅も終わる」

 

媚へつらいでは効果なしと判断した扇は、即座にキャラを変えた。

今度の設定は、ルフィに会うまで、ゼロの下で耐えていた男、というものらしい。

その過程を旅に例えている…何の旅かはよくわからないが。

 

「ああ、嬉しいな…今日は何て嬉しい日なんだぁ。な、涙で前がよく見えねぇよ」

 

扇はそう言って、顔を覆った。

その指の間から、涙が溢れ出てきた。

 

「こ、こんなこと今さら無理だってわかってる…恥の上塗りだってこともよぉ。

だ、だけど、この思いを抑えることはできねぇ…言わせてくれ、麦わらさん!」

 

 

 

 

 

俺を…俺をお前の仲間にしてくれ~~~~~~~~~~ッツ!!!

 

 

 

 

 

 

仲間。

扇は恥も外聞も忘れて叫ぶ。

“麦わら”のルフィにとって掛替えのない言葉を。

どんな財宝も及ばない大切な存在を。

 

「…。」

 

その問いに対してルフィは答えない。

ただ、無言で地を見つめ続ける。

 

「あ、ありがてぇ…ありがてぇ、麦わらさん!こ、こんな俺を仲間に…うう」

 

ルフィのその態度を無言の肯定と曲解した扇は、歓声を上げる。

顔を覆った指からはとめどなく涙が流れ落ちる。

 

これは扇が改心した証拠なのだろうか?

あの男が本当に野望を諦め、ルフィに負けを認めたのだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…なわけねーだろ、バ~~~~~~~~~~~~~~カ)

 

 

 

 

そう、そんなはずはなかった。

扇が…この我欲の怪物がこの程度で己が野望を手放すはずがなかった。

手で覆ったその下は、これまで見せたことがないほど邪悪な顔で歪んでいた。

その指の内側には数本の目薬が挟まれていた。

あの一瞬で、これを仕込むのはまさに神技といっていい。

そう呼んでも差し支えないほど、扇は過去、この技を使ってきたのだろう。

 

(てめーの仲間になるくらいなら、ゴキブリの仲間になってゴミを漁った方がマシだぜ!)

 

心の中で扇は吐き捨てる。

扇にとって、仲間とは利用して捨てるもの。ゴキブリ以下の存在であった。

 

(もう十分時間は稼いだ…そろそろ仕上げといくか。

ククク、クソゴム野郎、お前は自らの欲望によって地獄に行くんだよぉ~~~)

 

扇は顔を覆った手をゆっくり下ろす、その下には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「ヒッヒヒ、麦わらさん。アンタと俺が手を結べば、このブリタニア海に敵はいねえ。

日ノ本どころか、シュナイゼルとラウンズをブチ殺して、ブリタニアを手に入れること

だって簡単だ。だが…あんたの望みはそんなちっぽけなもんじゃねえだろ…?」

 

扇はそう言って、一呼吸置く。

その目には、獲物を眼前に置く蛇のように細い。

口から涎を垂れ流し、扇は放つ。

必殺の言葉を。ルフィの欲望を解き放つ一言を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンタ…“海賊王”になりたいんだろ…?

 

 

 

 

 

 

「…。」

 

無言で下を向いているルフィがピクリと反応した…ような気がした。

それだけで扇は快心の笑みを浮かべた。

 

(やったか!?そうだ、それがお前の野望だもんなぁ!ヒヒヒ、感謝するぜ、ゼロ~~~)

 

昨晩の地下牢におけるゼロとの対面を思い出す。

赤い目を光らせ自分を睨む魔王。

底知れぬ恐怖と共に思い出す。ゼロが語った麦わらの野望を。

 

“海賊王”――――

 

あろうことか麦わらの野郎はこの海の頂点を目指しているらしい。

真正のクソ馬鹿野郎だ。

だが、奴の野望がなんであれ、この情報は使える…そう、扇はほくそ笑む。

 

(ゼロ~~てめーのおかげで、麦わらの欲望を解き放ってやったぜぇ~~!

最後の最後で、お前は結局、俺に負ける運命なんだよぉ~~~)

 

仮面の魔王を罵倒しながら、扇はルフィに目を向ける。

 

「海賊王…麦わらさん、それがアンタの野望なんだろ?

いいぜ、俺がアンタを海賊王にしてやるよ!

アンタの力と俺のナイトメアがあれば、恐れるものは何もねぇ!!」

 

扇は吼える。

それに呼応するように黒い霧は渦巻き、人の形を成し始める。

それは、まるで扇要そのものだった。

 

「俺とアンタが力を合わせれば、海軍なんて相手にならねぇ。大将だって倒せる。

いや、七武海も四皇も全員、ぶっ殺して俺達で全ての海を支配しようぜ!」

 

扇は語る。黒い霧はルフィの耳元で騙る。

 

「それだけじゃ終わらねえ!最後に世界政府もぶち壊して、世界の全てを手に入れよう!

お前が世界の王になるんだよぉおおおおおお~~~~~~~~~~ッ!!」

 

薔薇色の夢を。偽りの未来を。

扇は手を広げ、高らかに謳った。

 

黒い霧の扇に絡みつかれたルフィはただ地を見続ける。

 

 

(ヒヒヒ、完全に妄想の世界に陥ったか。もう好きなように洗脳できるな)

 

 

その様子を見ながら、扇は涎を垂らす。

 

(今から、自分の仲間とゼロをその手で殺させるのも面白そうだな。

いや、海軍や四皇との戦争において鉄砲玉として使い捨てるのもいいな)

 

操られたルフィが仲間達やゼロを惨殺する姿や、大将や四皇に無残に殺される

ルフィの姿を想像して、扇はクスクスと笑う。

 

 

 

 

 

 

(だが、ダ~~~~~メだぁ!!

俺は、お前がこの世界に存在することが1秒でも許すことはできねえんだよ!!

死ね、いますぐ殺してやるよ)

 

 

 

 

少し歪に曲がった鼻をさわりながら、扇は復讐心に燃える。

それ顔は、まるで悪鬼羅刹の類であった。

その目に“フレイア”のゲージが映っていた。

斑鳩を半壊させたあの悪魔の光。

そのゲージの値はMAXを指し示した。

 

「キャハッ」

 

あまりの嬉しさに声が漏れてしまった。

扇は慌てて口を押さえる。

それはまるで、小悪魔が純情な人間を罠に嵌めた時に出すような、

もはや、人間が放つ笑いではなかった。

 

(麦わら~~~海賊王でもなんでも好きなものになりな…あの世でな)

 

ゆっくりとフレイアの発射ボタンに指を近づける。

ナイトメアの直線上には、半壊した斑鳩が存在する。

ルフィと共にゼロとその仲間を殺すつもりだ。

 

 

 

「死ねえ!!麦わら~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

絶叫の中、扇はボタンを押し―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾクリ―――――

 

 

 

 

 

 

 

「…な、なんだ?なんだァ~~~!?」

 

 

扇は目の前で起きたことに驚愕した。

ナイトメアは“フレイア”を発射しなかった。

刹那、扇は故障を疑ったが、そうではないことにすぐ気づく。

ナイトメアの周りには光りの壁が発動していた。

 

それは紛れもなく最強の盾“絶対守護領域”

 

扇は“フレイア”ではなく“絶対守護領域”のボタンを押してしまったのだった。

 

「何で?ナンデ!?」

 

扇は小さなパニックを起こす。

扇は何が起きたのか理解できなかった。

だが、感覚は覚えている。

あのボタンを押す瞬間に全身を駆け巡った感覚を。

まるで、死神に抱かれたような本能的な恐怖。

それに襲われた瞬間、

扇は本能的に身を守るために“絶対守護領域”のボタンを押したのだった。

それは扇の持つゴキブリ並みの防衛本能。

それが正しかったことがわかるのは、その直後だった。

 

 

 

 

ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ!!!

 

 

 

 

雄たけびと共に、ルフィは地を見つめていた顔を天に向かって上げ吼えた。

 

「ヒッ!?」

 

その雄たけびはナイトメアの中にいる扇にも響き渡る。

 

「フンッ!!」

 

ルフィは片足を上げ、地面に叩きつける。

あまりの勢いにより、足は地面に突き刺さり、衝撃により、膝から血が吹き出る。

 

「フンッ!!」

 

ルフィはさらに残された足も地面に突き刺す。

それは、まるで衝撃に備えるように。自らが吹き飛ばされてしまわないように。

 

「ヒギッ!?」

 

その様子に扇は小さな悲鳴を上げた。

嫌な予感が極限まで高まっていくことを肌で感じる。

そして、ルフィの行動はもう一つの真実を扇に告げていた。

 

 

 

 

麦わら…こ、この野郎…

 

 

 

まったく、操られていない――――――ッ!?

 

 

 

 

“戦場では何の役にも立たない、扇に相応しいカス能力”

 

かつて扇と戦い、その能力をそう評したのは、5番隊“隊長” 卜部巧雪だった。

扇の能力は無敵ではない。

人の心の隙をつかなければ発動しない使い勝手の悪い能力。

戦場では不向きである、と卜部は断言した。

その証拠に、卜部は、己が腕に刀を突きたてた痛みによって能力から逃れた。

また、シュナイゼルは、その野心のなさによって、その能力にかからなかった。

 

では、今回、ルフィはどのようにして、扇の能力を防いだのか?

 

 

答えは“聞いていなかった”…ただそれだけだった。

 

 

ルフィは体力の回復に全てを集中して、扇の戯言全てを聞いていなかった。

話を聞いていないのだから、欲望の解放の何もない。

ルフィは体力の回復に全てを賭けた。

それは、次の攻撃で全てを終わらせるため。

この第二次“ブラック・リベリオン”の決着をつけるため。

 

 

溜めに溜めた力は爆発する。

 

 

 

 

次の瞬間…

 

 

ルフィの両手が消えて、

 

 

 

 

ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

空気が裂ける音が聞こえた―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒ、ヒィイイイイ~~~~~~~ッ!!」

 

“絶対守護領域”に十を超える拳が張り付いた瞬間、ナイトメアは

“絶対守護領域”ごと後方に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ!!

 

 

 

ルフィは最後の力を振り絞り、渾身の“JET”ガトリングを放つ。

その威力は音速の壁を引き裂き、ナイトメアを吹き飛ばした。

ナイトメアは、大岩に叩きつけられ、“絶対守護領域”ごと岩に埋め込まれていく。

 

「ギヒィイイイ~~~~~~~ギョェエエ~~~~~~~~~」

 

扇はその光景を前にありったけの絶叫を上げた。

 

「ウピュエエ~~~~~~ギェエエエエエエ~~~~~え、アレ?」

 

絶叫の中、扇は気づく。

ナイトメアは先ほどのように、右へ左へピンポン玉のように吹き飛ばされていなかった。

徐々に大岩に埋め込まれているために、コックピットの中は、安定していた。

 

 

 

「ハ、ハハハハ、ヒャハヒャヒャ―――――――ッ!!」

 

 

 

扇は笑う。我欲の化物は嗤う。

それは勝利の確信。この戦いに最終的に勝つ自分の姿を思い浮かべたためだった。

麦わらの最後の攻撃は事実上、失敗に終わった。

先ほどの様子を見れば、麦わらは疲労により、当分動くことはできないだろう。

ならば後は簡単だ。

 

 

“フレイア”のボタンをポチッと押すだけでいい。

 

 

それだけで全てが終わる。

ちょうど直線上に、斑鳩がある。あそこには忌々しいゼロもいる。

 

(麦わらが力尽きた時…それが俺の勝利の瞬間だ!)

 

“JET”の暴風の中、扇は足を放り出し、口笛を吹く。

後は、麦わらの攻撃が終わるのを待てはいいのだ。

簡単なことだ。

結局は俺が勝つのだ。

扇は思う。

この世界は、自分にとって“都合のいい世界”であることを。

 

 

親友のナオトを謀殺した時も世界は俺を許した。

ゼロを陥れた時も世界は俺を許した。

成り上がっていく過程で多くの仲間を殺してきたが、全て世界に許された。

 

 

 

 

(そうだぁ~~~~この世界は、俺にとって都合がよくできてるんだぁ)

 

 

 

 

涎を垂らしながら、怪物はほくそ笑む。

眼前には、“絶対守護領域”が麦わらの攻撃を防いでくれている。

ラクシャータ曰く“最強の盾”

四皇“白ひげ”クラスの攻撃力がなければ破壊できない代物らしい。

その光の壁は、まるで“都合のいい世界”を具現化しているかのようだ。

 

その光りは美しく、シミ一つなく…

 

「ん…?」

 

その時、扇は気づく。

美しい光の壁の一点に黒いシミが浮き出ていることに。

そのシミはまるで、ゼロを麦わらを具現化したように…ひどく邪悪なものに感じた。

扇は身を乗り出して、食い入るようにそのシミを見つめる。

そのシミは麦わらの拳がぶつかるのに呼応するかのように拡大していく。

 

「そ、そんなはずはねえ…」

 

扇の顔から滝のように汗が流れ始める。

扇の本能はこれから起こることを予期していた。

扇の経験がこれから起きる最悪の未来を想像させた。

 

「こんなはずは…こ、この世界は俺にとって都合がよくできてんだ!

だから、こんなはずはねぇ…!こんなことが起こっていいはずがねえんだぁあああ!!」

 

 

 

 

次の瞬間…

 

 

 

 

“絶対守護領域”に…扇にとって“都合がいい世界”に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ヒビ”が入った―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおおお!?やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

扇は絶叫した。

 

「やめろぉおおおおお!麦わら、やめてくれぇええええええええええええ~~~~!!」

 

ありったけの声を上げ、扇は叫んだ。

“絶対守護領域”のヒビは徐々に拡大していく。

それは扇の都合のいい世界の崩壊を具現化したようであった。

音速を超えた拳の暴風は止むことを知らない。

 

「な、なんでもする!か、勘弁してくれぇええええええええ~~~~~ッ!!」

 

扇は後ずさりしながら、叫ぶ。

扇にとってこの光景は現実に思えなかった。

まるでそれは悪夢を見ているかのようで。

どこか現実感がなかった。

だが、その間にもヒビは拡大し続ける。

 

 

「もうやめろぉおお!そ、そうだ!お、女は好きか?ブリタニアの女は好みか?

お、俺の女をくれてやるぞ!ヴィレッタって名だ。へへへ、好きに使ってくれよぉ」

 

 

もはや下衆の極み。

己が命のために、自分の女?すら差し出すこの外道ぶりに乾いた笑いも出ない。

 

 

 

 

 

 

ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ

 

 

 

「ヒッギ…!」

 

その返答として、ルフィは雄たけびを上げて、ガトリングの威力を上げる。

その衝撃が扇を更なる絶望に誘った。

 

「う、うえ~~ん、ゴメン、ゴメンよ~僕が悪かったよ。もう許してよぉ~」

 

今度は子供の真似をしてメソメソ泣き出してみた。

顔を手で覆いながらも、チラ、チラとルフィを見る。

 

 

 

 

 

ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ

 

 

その様子にルフィはさらにガトリングの勢いを増した。

 

「く、クソが!いい加減にしろ、麦わら~~~~ッ!!」

 

少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、扇は邪悪な正体を曝け出した。

 

 

「こ、こんなはずはねぇ…!」

 

 

“ナオト~~~お前は、俺の駒として死ぬ運命だったんだよぉ~~”

 

 

「こ、この世界は俺の都合のいいように出来てるんだ…!」

 

 

“ヒャハハハ、ゼロを陥れてやったぞ!黒の騎士団は俺のもんだ!”

 

 

「お、俺はこの世界の支配者になる男だぞ!!」

 

 

“ゼロが麦わらの一味と?知らねえ名だな、ヒヒヒ、一緒にブチ殺してやるよ”

 

 

 

 

 

「麦わら~~俺の名を呼んでみろ!俺は、おう――――――オビュッ!?」

 

 

 

 

 

 

最初の一撃は、扇の前歯全てをへし折った―――――

 

 

 

「ホギョエエエエエ―――――――ッ!?」

 

 

 

続く連撃は、扇の肋骨の全てを粉砕した。

 

 

 

 

“ドッドッドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ドドドドドドドドド――――――“

 

 

 

 

 

ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ

 

 

 

 

ギョゲァアアア――――ヒギャァアアアア――――ブヒィイイアア

アアアア――――――――――アアア――――………………………

……………………………………………………………………………

……………………………………………………………

……………………………………………

…………………………………

……………

 

 

 

 

“絶対守護領域”の光の壁は粉々に消し飛んだ。

そして、ジャスト5秒。

千を超える拳が音速を超えて、ナイトメアと扇に突き刺さった。

 

 

 

「ハア、ハア、ハア、ゼエ、ゼエ、ハア、ハア、ハア」

 

ガトリングを撃ち終わり、前のめりに倒れたルフィは激しく息する。

 

“JET”ガトリング。

 

半壊し、完全に岩に埋め込まれたナイトメアとルフィの疲労に、

その威力と代償の高さを見ることができよう。

 

 

「ア、アガガア…」

 

その中で…半壊したナイトメアの中で、息をするものがいた。

 

「ム、ムギュワラ~~~~」

 

その男は扇要だった。

いや、扇要だった何かだった。

外見だけは扇要であった我欲の怪物。

だが、その外見は“JET”ガトリングによって、

撃ち壊され、元の外見をほとんど保ってはいない。

全身の骨を折られ、自慢のリーゼントは全てそぎ落とされ、

その顔はコブで覆われていた。

それは、まるで地球外生命体のように。

もはや扇要は存在しない。

そこにいるのは、身も心も完全なる怪物。

 

そしてその指は、フレイアのボタンに向かっていた。

ナイトメアの砲筒は、破壊されず、まだルフィと斑鳩を向いている。

そのゲージは未だに“MAX”を指していた。

 

「ご、ゴロ…じでやる…ムギュワラ…」

 

プルプルと震える指をボタンに近づけていく。

これほどの容姿に成り果てながらも、怪物は何ら殺意を衰えていない。

 

「ゴロじでや…いッツ――――ッ!?」

 

 

ボタンに指を触れた瞬間、勝利を確信して顔を上げた扇は絶句する。

扇はここに決してないものを見た。

それはここに存在するはずのない代物。

 

 

扇要であった怪物がこの世界で見た最後の光景。

 

 

 

 

それは―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     “ 巨人族 ”の右腕――――――――――――ッ!!

  

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
かなりいい場面で終わってしまいましたが、
これ以上、待たせられないのと、扇さん(であった怪物)が予想を超えてしつこいのが原因ですw

次話でブラック・リベリオンは決着をつけます。
今度こそ、あと3話で完結させます。


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決着ブラック・リベリオン!俺達の勝ちだ!!

―――ギア3

 

自ら指に傷をつけその傷口から直接体内に

空気を送り込むことで身体の一部を巨大化させるギア2に続くルフィの奥の手。

“ゴムゴムの実”の伸縮の特性を

最大に生かしたこの技を見た者は、“巨人族”の腕を連想する。

その腕は見掛け倒しではない。

後のエニエス・ロビーにおける“オハラの悪魔”ニコ・ロビンの奪還戦において、

あのCP9最強の戦士であるロブ・ルッチがこの技を受けた際に、

“鉄塊”で身を固めた状態で、部屋ごと海上に吹き飛ばされ、一瞬ではあるが

気を失わせるほどの威力を示した。

あの“頂上戦争”では、兄“火拳”のエースを助けに行く途中で、

その行く手を阻む巨人の中将をこの技で吹き飛ばし、戦場に鮮烈なインパクトを残した。

 

詰まるところ、後の“麦わら”のルフィの代名詞となる技である。

 

その威力は絶大であり、

 

その技は今…まさに――――

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ」

 

「ぴィぎゃぁあああああああああああああああああああああ―――――ッツ!!」

 

 

扇要の目前に迫っていた。

 

 

「ピぎェエエええェエエエエエエ!!ジィネェエエエエエムギュワラァアアアアア!!」

 

 

扇は半狂乱になりながら、レバーのボタンを連打する。

そのボタンはあの“フレイア”のボタン。

ナイトメアの砲台から放たれた破壊の閃光は、あの巨大戦艦斑鳩を半壊させた。

砲台は、迫り来る“麦わら”のルフィに向けられ、

その直線上には半壊した斑鳩の姿があった。

“フレイア”の破壊の閃光により、麦わらのルフィと斑鳩に乗っている麦わらの一味を。

そして、あの忌々しいゼロをこの世界から一掃する…それが扇の脳裏に刹那、

過ぎったシナリオであった。

事実、ナイトメアの砲台は、奇跡的にゴムゴムの“JET”ガトリングの猛攻を耐え、

完全な破壊を免れていた。

“フレイア”に必要な波動のゲージは“MAX”を示している。

“フレイア”発射の条件は全てクリアされていた。

この土壇場において、逆転の条件を備えることができただけでも、

扇を支え続けた“悪運”の強さに感嘆を禁じえない。

さすがは“英雄”ゼロを陥れ、

ブリタニアの盟主までもその毒牙にかけようとした男だけのことはある。

大したものだ。

だが、忘れてはいないだろうか?

この世界に存在する以上、全ては有限であり、必ず限りがあるということを。

それは扇の怪物めいた“悪運”ですら例外ではない。

この戦いの結末を運のみで語るなら、それはいつ決まったのだろうか?

 

藤堂と四聖剣が敗れた時か?

ロブ・ルッチが任務に失敗した時か?

ナイト・オブ・テンがこの世界から消失した時か?

シュナイゼルの変わらぬ微笑が消えた時だったのだろうか?

 

いや、全ては、あの時…仮面の魔王と海賊王を目指すルーキーが邂逅を遂げた瞬間に。

あの時にこの結末は決まっていたのだろう。

海賊王の高みを目指し、襲い来る困難を恐れることなく向かっていく強靭な意志。

その意志を前にして、たかが悪運如きが勝てる道理などあるはずないのだ。

 

詰まるところ、この状況を敢えて言葉にするならば

 

 

――――悪運、今ここに尽きる…である。

 

 

「…ふえ?」

 

扇は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして眼前を見つめる。

“フレイア”のボタンは押された。

ならば、なぜ未だにこのような光景が目の前にあるのか?

“フレイア”の破壊の閃光により、

麦わらとゼロ達はこの世界から蒸発し、塵一つ残らないはずだ。

眼前にあるのは、ただ大海原のみ…そのはずだ。

 

 

(じゃあ…なんで麦わらの野郎がいるんだぁあああああああああああ!?)

 

 

扇は心の中で絶叫した。

ルフィも仲間達が乗っている斑鳩も何一つ変わることなく存在していた。

それどころか、ルフィと扇の距離はどんどん狭まっていく。

巨人族の腕を掲げて向かってくるルフィの姿は、

扇にはまるで死神が巨大な鎌をもって迫ってくるかのように錯覚した。

 

 

「キョェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ~~~~~~ッ!!」

 

 

扇は半狂乱になりながら、“フレイア”のボタンを連打する。

 

 

(消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!この世から消えろ麦わら~~~~ッ!!)

 

 

砲台から“フレイア”が放たれ、破壊の閃光が“麦わら”のルフィを飲み込む姿を

夢想しながら、扇は必死でボタンを連打する。

そして、その過程である異音に気づいた。

 

 

ぺシ、ぺシ、ぺシ、ぺシ、ぺシ、ぺシ、ぺシ、ぺシ。

 

 

「ホゲ…?」

 

 

はじめは何の音かわからなかったその異音。

だが、それがボタンを押す度に発せられることに気づき、扇はゆっくりと自分の指を見る。

そして絶句した。

扇の指は…根元からぽっきりと折れており、辛うじて皮だけで繋がれている状態だった。

ナイトメアの砲台が軽症であるならば、

あの“JET”の暴風は一体どこに向かったのであろうか?

その全ては扇のいるコックピットに叩き込まれた。

あの暴風の直撃により、全身の骨が砕かれる中で、

扇は急所を守るために己が両手を盾にした。

その為に両手のほぼ全ての指がヘし折れれてしまうという結果に至った。

その手はもはや、箸を握ることすらできない。

 

ならば“フレイア”のボタンを押すことなどとても…

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ」

 

 

扇が残酷な真実を知った間にも、ルフィはさらに距離を詰めてきていた。

 

 

ぺシ、ぺシ、ぺシ、ぺシ、ぺシ、ぺシ、ぺシ、ぺシ。

 

 

コックピットにはただ皮が叩きつけられる乾いた音だけがこだまし、現実を告げていた。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ」

 

「ピィギュエァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――ッツ!!」

 

 

そして・…扇はついに失禁した。

 

 

「ヒィひぎィ~~~~~~~~~~~~~キュンッ!!」

 

 

突如、扇は白目を向いて倒れた。

死んだフリではない。本当に失神したのだった。

獣の中には、危機を前に、自ら仮死状態になることで難を逃れるものがいるが、

これはそれに該当しない。

扇はただ、逃げただけだった。

敗北から、痛みから、戦いから、己が人生の結末から。

ただ、肉体を捨てて、精神のみ全てから逃れるつもりなのだ。

扇は、いや、扇要を飲み込んだ我欲の怪物は、

主である扇とその最後を共にすることを拒み、精神の闇の中に閉じこもった。

もはや、野望の達成は不可能だと知り、痛みから逃れるためだけに。

それだけのために、怪物は精神の闇の中に逃げこんだ。

それは、この戦いに関わった者全てに対する侮辱であった。

 

 

だが、そうはいかない。

そう、上手くいくはずがないのだ。

今一度言おう。

 

悪運、今ここに尽きた…のだ。

 

今まで守ってくれた悪運が消えた今、襲いくるのは…

 

 

 

―――超ド級の“不運”である。

 

 

 

 

「ハア、ハア、ハア」

 

 

闇の中で怪物は息を整える。

ここは精神の奥底にある扇の心の闇。

怪物が生まれ育った場所であった。

その生まれ故郷に戻った怪物は息をしながらほくそ笑む。

 

 

「クズどもが…誰が最後まで付き合ってやるかよぉ~~~~~ッ!!」

 

 

もはや、敗北が確定した以上、現実の世界になどいる理由はない。

わざわざ激痛の果てに息絶える必要性などありはしないのだ。

そんなものは扇要にでも任せておけばいい。

もはや、扇要と怪物は完全に別人格であった。

怪物は都合の悪い現実を全て扇要に押し付けてここで安寧な最後を遂げるつもりだった。

そう、この闇は怪物にとって最も安全な場所。

 

ここには誰一人いるはずもな…

 

「ん…?」

 

闇の中で扇は違和感に気づく。

眼前の暗闇で何かが動いているのだ。

それはまるでこの闇を擬人化したような漆黒の影。

それが1歩1歩と自分に近づいてくるのだ。

 

「んん…?」

 

怪物は目を凝らして漆黒の影を見つめる。

ここに自分以外の人間がいるはずはなかった。

気のせいに決まっているはずだ。

だが、酷く…嫌な予感がしていた。

 

その時だった。

 

「扇…」

 

「な…!?」

 

漆黒の影は言葉を発した。

それは影が人間であることの証明であった。

それだけではない。

影は自分の名前を呼んだのだ。

つまりは、影は自分が知っている人物…!?

怪物の額に大量の汗が流れ落ちる。

この安寧の闇の中、自分以外の人間が存在している。

そしてその声はどこかで聞いたことがあるような…?

そんなことを怪物が考えている間に、

怪物と影との距離はついにその姿を確認できるほど接近した。

刹那、怪物は絶句した。

 

漆黒の闇の中から、あの仮面が現れたのだ。

 

その仮面は大ブリタニアに反逆した男の象徴。

数多の犠牲を超えて、ついにブリタニアに勝利した奇跡の証。

 

あの男が被っていた仮面だった。

仮面の男はマントを翻しながら、ゆっくりと歩いてくる。

扇に向かって1歩1歩進んでいく。

戦場でこの男の姿を見たブリタニア兵は一斉にその男の名を叫ぶ。

 

その男の名は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼ、ゼゼゼ、ゼゼゼゼゼゼ、ゼ―――ゼロ~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の中、怪物の悲鳴が響き渡った。

 

 

「ギョエアワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

怪物は現実の世界に帰還した。

安寧だと思った精神の闇の中になぜあの男がいるのだ!?

怪物は驚愕しながらも、その謎について考えようとした。

 

「…ん?」

 

だが、現実は厳しい。

怪物にそれに費やせる時間はなかった。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ」

 

 

ルフィとの距離は気絶した前よりずっと狭まっており、

その覇気が傷口に響くほど接近されていた。

 

 

「ぴィぎゃぁああああああああああああ―――――キュンッ!!」

 

 

その絶望的な光景を前に、怪物は再び精神の闇に逃亡した。

 

しかし―――

 

 

「扇…」

 

 

「うびゃァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

闇の中では、今度はゼロとの距離が狭まっていた。

 

「ヒ、ヒィイイイイイイ~~~~~~~~~ッ!!」

 

怪物は腰を抜かし、地面を這いながら、ゼロから逃亡しようと試みる。

もはやその脳裏からは

“なぜ、ゼロかここにいる!?”という謎の解明が完全に消失していた。

怪物はまるでゴミ虫のようにノロノロと地面を這っていく。

 

この状況において、もはや怪物からの意見を聞けそうにない。

よって代わりにこの謎に対して私見を述べてみることにしよう。

この謎が起きた原因には、その直前…つまり、ルフィとの戦いの最中に

起きた出来事が大きな要因ではないかと推測する。

それは、怪物の回想。

“モジャモジャノーム”を放って、ルフィを洗脳しようとした時に、

怪物はルフィの夢が海賊王になることを思い出した時に、

一緒に思い出してしまったのだ。

 

ゼロに対する身体に刻み込まれた恐怖を。

あの赤い目を輝かせて自分を睨む魔王の姿を。

 

それが精神の闇の中で、ゼロの姿となって具現化したのではないだろうか。

 

最も、これは私見であり、真実はまさに闇の中だろう。

ただ一つだけ言えることは、

 

この状況が怪物にとっては、まさに…

 

 

―――超ド級の“不運”に違いない。

 

 

 

「フギュィイイイ~~~~~~ヒギィ~~~~~~~~~」

 

 

怪物は逃げる。

ノロノロとゴミ虫のように。

何が起きているかまるでわからない。

だが、今はあのゼロからなんとしても逃げ延びるのだ。

だが、今の怪物にそれすらも叶うことはなかった。

ただ逃げる…それすらも不可能だった。

 

「な…ッ!?」

 

怪物は小さな悲鳴を上げる。

何かに両足が絡まって、前に進めないのだ。

両足に絡みつくこの感覚。

それはまるで人の腕のようだった。

怪物は恐る恐る後ろを振り返る。

 

そして、絶叫した――――

 

 

「う、卜部~~~~~~~~~~~~ッ!?ナ、ナオト!?お前まで~~~~~ッ!?」

 

 

そこにいたのは、かつて自分が謀殺した卜部とナオトであった。

ナオトは“サギサギの実”を手に入れるために。

卜部は手駒にならないという理由で殺した。

その二人が、今まさに、自分の両足をしっかりと握っている。

それだけではない。

地面やゼロの後方には、自分が出世のために利用し、

殺めてきた無数の人間達の姿が見えた。皆、冷たい瞳で自分を見ている。

 

 

「ピィギュエァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――ッツ!!」

 

 

怪物は爪を地面に突き立てながら前進する。

卜部とナオト、そして怪物が殺めてきた人々の幻影は、

まだ怪物に完全に飲み込まれる前の扇要が

心の中に押し込めてきた罪悪感の具現化であった。

それが最後を前に、その枷を解かれ、怪物に襲い掛かってきたのだ。

 

 

「キィアアアアアア!!ギュゲェエエエエエエエエエ!!!」

 

 

だが、怪物はあがく。最後まで見苦しく。

爪を突き立てながら、卜部とナオト諸共、前進を開始する。

 

その怪物の背中に何者かが覆いかぶさってきた。

 

 

「今度は誰だぁ~~~~~~~~~ッ!?また殺してやるどぉおおおおおおお」

 

 

ついに怪物は逆ギレした。

もはや誰が来ても恐れることはない。

所詮は過去に、自分に殺された程度の輩だ。亡霊め、再び殺してやる…!!

 

 

「ブッ殺してや…なッ!?」

 

 

白目を剥き出しにして振り向いた瞬間、怪物は絶句した。

 

 

 

 

―――――そこにいたのは、扇要だった。

 

 

 

 

扇要は、しっかり怪物の背中を抱き、動かない。

その扇要は、扇要の心に残った最後の善意“きれいな扇さん”だった。

“きれいな扇さん”は扇の心が怪物に喰われる寸前のその姿を

精神の底に隠し、難を逃れることに成功した。

だが、その間、精神を乗っ取られた自分が行った凶行を

ただ見ていることしかできないことをずっと後悔してきたのだった。

そして彼は決意した。

この最後の瞬間において、精神の闇が生み出した怪物に一矢報いようと。

それを叶えることが出来て、きれいな扇さんは微笑を浮かべる。

 

 

 

         “もう、いいんだよ”

 

 

 

まるでそう言っているかのように優しい笑顔で怪物に微笑んだ。

 

 

 

「い、嫌ぁああああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

 

怪物は再び失禁した。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ」

 

「ぴィぎゃぁあああああああああああああああああああああ―――――ッツ!!」

 

 

再び現実の世界に逃げた怪物の前にルフィが迫る。

 

 

 

「扇…」

 

「うびゃァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

精神の闇の世界に戻っても今度はゼロが迫ってくる。

現実と精神の世界を行ったり来たりしている内に、

怪物はもはや、自分がどこにいるのかわからなくなっていた。

ただ、一つだけわかることは、

 

現実だろうとも…

精神の闇だろうが…

 

 

この世界に――――

 

 

 

 

 

 

          怪物に逃げる場所なし!

 

 

 

 

 

 

 

 

「扇…俺はお前に忠告したはずだ」

 

「ヒ、ヒィイイイイイ~~~ッ!!」

 

 

精神の闇の中、その目前まで迫ったゼロがゆっくりと仮面を脱いだ。

両目に“ギアス”の赤い光を輝かせながら、再び魔王は語る。

 

 

 

―――扇、お前が何を企もうとも、どんな手段を使おうとも無駄だ

 

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ」

 

「ぴィぎゃぁあああああああああああああああああああああ―――――ッツ!!」

 

 

 

アイツは…ルフィは――――

 

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――――ッ」

 

 

「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 

 

 

 

 

 

 

         “海 賊 王” に な る 男 だ!!

 

 

 

 

 

 

 

       

      “ゴムゴムの巨人の回転弾(ギガント・ライフル)”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――あべし!!

 

 

 

ゴミ虫が“ブチリ”と潰れた音がした後、

ナイトメアを岩ごと上空に吹き飛ばされた後、大爆発を起こした。

それは、まるで夜空に煌く汚い花火のように。

 

 

「ハア、ハア、ハア、ゼエ、ゼエ、ゼエ、ゼエ」

 

 

ルフィは砂浜に大の字になって倒れ、全身で息をする。

その身体は、まるで子供のように縮んでいた。

それはギア3の後遺症。

巨人の力と引き換えに、しばらくの間、戦闘不能になるのだ。

 

「ハア、ハア、ハア」

 

地面に寝たまま、ルフィはゆっくりと右腕を空に伸ばし、拳を固める。

そして空に向かってありったけの声を上げて叫んだ。

 

 

 

―――聞こえるか、ルルーシュ!!この戦争(ケンカ)…

 

 

       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         俺達の勝ちだ―――――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

 

「ぐぅあ…!?」

 

 

第二次ブラック・リベリオンの終わりと共に戦場で気絶していたカレンは目を覚ました。

頭を上げた拍子に、背中合わせで座っていたC.C.の後頭部に頭突きした形になり、

C.C.も目を覚ました。

 

「痛いぞ、一体何が起こったのだ?」

 

「うん…」

 

逆上したブリタニア兵の襲撃だと思ったC.C.が銃をとるも、

カレンはまるで聞いていなかった。

 

「おい!だから一体…」

 

「誰かの声が聞こえた気がする」

 

そう言ってカレンは空を見る。

いや、カレンだけではなかった。

戦場にいる誰もが、黒の騎士団もブリタニアも革命軍もレジスタンスも

誰もが空を見つめていた。

空は夕焼けに染まり、オレンジ色の光が眩しく輝いていた。

 

 

 

 

第二次ブラック・リベリオンの終戦によって、首都ペンドラゴンに戻るため、

ブリタニアの高官達が飛行艇に乗り込んでいく。

その中には、ブリタニアの事実上の盟主であるシュナイゼルが。

そして、次期皇位継承者であるナナリー・ヴィ・ブリタニアの姿が見えた。

その中で異彩を放つのが、ナナリーの車椅子を押す人物。

その頭には「MARINE」の帽子を被り、身長は高いが華奢な外見から察するに、

海軍の新兵と思われる。

だが、この人物こそ、この戦争の勝者であり、大ブリタニアをついに打倒した

反逆のカリスマ“英雄”ゼロその人であった。

そして、ゼロの正体は、神聖ブリタニア帝国の正当な皇位継承者である

ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであった。

 

ルルーシュは思う。

第二次ブラック・リベリオンの終戦に伴い、戦局は新たなステージに移行した。

ゼロの勝利…それはつまり、革命軍勢力が世界政府屈指の大国を打倒したに他ならない。

その事実はこの諸島にとって最悪の事態を引き起こす。

捕縛された時のシュナイゼルとの会談が脳裏を過ぎる。

 

シュナイゼルの懸念。

それは、ブリタニアの次期皇帝がドラゴンの部下であるという事実。

それを口実とした世界政府によるブリタニアへの侵略であった。

ブリタニアは世界政府屈指の大国に成り上がったが、あくまで新興国の一つに過ぎない。

少しずつ力をつけてきた新興国の中においてブリタニアはその象徴といえるが、

それは、天竜人を中心とした旧体制側から見れば、煙たい存在に違いない。

それは4年に一度開かれる“世界会議”において、ブリタニアの発言が限定されて

いることから見ても明らかである。

世界政府は神聖ブリタニア帝国をその巨大な軍事力から潜在的脅威として認識している。

そのブリタニアが革命軍勢力であるゼロに敗れる。

それは、ブリタニアの次期皇帝が

ドラゴンの部下であるという事実と同等…いやそれ以上の意味を持つ。

 

 

      “革命軍勢力からブリタニアを解放する”

 

 

それを大義名分として、世界政府の侵略が始まるだろう。

 

だからこそ―――“先手”を打たなければならない。

 

もはや、一刻の猶予もない。

早急に首都ペンドラゴンに出向き、ブリタニアの中枢を掌握しなければならない。

目に映る全てを守る…そう決めたのだ。

これまでの戦いで失われた数多の命に報いるために、立ち止まるわけにはいかない。

そう、必要なのは“覚悟”だ。

 

天竜人よ、生まれ持った強者達よ、貴様らにその覚悟はあるか?

 

 

「世界政府の老人どもよ、貴様らに思い出させてやる。

たとえ世界の玉座に座っていようとも、どんな巨大な力を持とうとも…」

 

 

 

 

 

    ”撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ!”

 

 

 

 

その覚悟を胸に、ルルーシュは飛行艇に乗り込もうと歩を進めた。

 

その時だった―――

 

 

「お兄様…?」

 

 

突然、車椅子が止ったことを不思議に思ったナナリーが振り返った。

ルルーシュは立ち止まり、空を見ていた。

誰かに名前を呼ばれた気がしたのだ。

あの空の下では、ルフィ達が扇達と戦っているはずだ。

正直、気にはならないというのは嘘になる。

だが、心配などしていない。

アイツらが扇などに負けるはずがない。

 

 

だってアイツは“海賊王”になる男なのだ。

 

 

 

 

 

――――なあ、そうだろ?ルフィ。

 

 

 

 





お久しぶりです。本当にお久しぶりです。
やっと決着を書くことができたので、投稿させて頂きます。
VS扇はなんとこ今年中にと考えていたので、書き上げただけで嬉しいです。
完全に自己満足です。
いろいろ紆余曲折をして、
まさか”きれいな扇さん”を書くことになるとは思いませんでしたw
そしてタイトルが「城之内死す」並みにw


残り2話となりましたが、
個人的に募集したいことがあります。
時間がある方はお付き合いして下されば幸いです。

[募集]

”魔王”ゼロと”紅月”カレンの最終懸賞金額。

現在は

ゼロ 2億6千万ベリー
カレン 9千万ベリー

ですが、この戦争の勝利によって、どれくらい上がるか、を考えてくれる方を募集します。
”最悪の世代”との比較して・・・などの自説を下さると嬉しいです。

採用されたら次話でその金額が反映されます。


完全に遊びですw
あまり人気のない作品ではありますが、
作者として思い入れがあるので、ちょっと企画してみました。

意見は作者にミニメールでください。
万が一、多数下さった場合、活動報告にまとめようと思います。


(年末、年始は返答が遅れます。あしからず)


誰もこなかったら、3億6千万ベリーくらいにしようと思いますw



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