Girls und Kosmosflotte (Brahma)
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年表(本作の見取り図を兼ねます)

各話の時系列を整理しました。本作の見取り図を兼ねます。順次加筆更新します。

<<21世紀初頭?地球>>
第63回全国高校戦車道大会決勝 黒森峰女学園(熊本)vs大洗女子学園(茨城)
※地球教時空転移開発者グループ(エリオット、ワルフ仮面など)により異変が起こされている
〇大洗のフラッグ車Ⅳ号被弾?(第1話前半)
〇黒森峰、副隊長車ティーガーⅡが大洗のフラッグ車Ⅳ号に命中させたときに異変発生、逸見エリカ帝国領へ。他の乗員は行方不明(第44話)
〇黒森峰超重戦車マウスの下に大洗38tヘッツアー仕様がもぐり、ヘッツアー故障前に乗員(生徒会)が同盟領辺境に飛ばされる(第102話前書き)。
〇東富士演習場のHS地点、Ⅳ号戦車とティーガ—Ⅰの残骸の近くに散乱している濃い栗色の髪をゼフィーリアが拾って、自分の「ラボ」にもちこむ(第44話、エピローグ)。「ラボ」から西住まほ出現。
〇大学選抜と大洗女子連合との試合中、赤星小梅と直下(ショートカットのヤークトパンター車長)の車両がカール自走臼砲の砲撃により転倒し、帝国暦487年の世界へ飛ばされる(第150話)。
〇島田愛里寿が、大洗女子からの帰途の船が爆破され、同盟領フェザーン回廊出口付近を航行中のへルクスマイヤー伯爵家の宇宙船内に転移(第44話など)。ただしリップシュタット戦役終了時に島田家の自分の部屋に帰還(第77話)



<<銀英伝世界>>

 

西暦2801年(宇宙暦元年)アルデバラン星系第2惑星テオリアにて銀河連邦成立。

 

宇宙暦310年(帝国暦元年)ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムによりゴールデンバウム朝銀河帝国成立。

 

宇宙暦527年(帝国暦218年) アルタイル星系から脱出した共和主義者たちが、サジタリウス腕のバーラト星系第4惑星ハイネセンにて自由惑星同盟成立。

 

※タイムスリップさせられ、みほ、沙織、華、優花里、同盟軍士官学校を受験させられる(第17話)。

宇宙暦787年、ヤン・ウェンリー、士官学校卒業。

宇宙暦788年5~9月 エル・ファシルの戦い。ヤン中尉、エル・ファシルから300万人の民間人救出。

宇宙暦789年、ダスティ・アッテンボロー、士官学校卒業。

 

宇宙暦790年、みほ、沙織、華、優花里、エリコ士官学校卒業。フォークやスーン・スール少佐と同期(第18話)。

※このころ38tヘッツアー仕様の乗員(生徒会)が同盟領辺境に出現、みほやクルブスリーと接触(第102話前書き)みほは中尉。

 

※チーム「あんこう」海賊討伐で活躍(第19話)。みほは准将まで昇進している。

 

宇宙暦794年 フレデリカ・グリーンヒル士官学校卒業

 

※ヤン、アスターテ会戦前に少将に昇進、フレデリカがヤンの幕僚となる(原作と異なる)。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年2月

アスターテ会戦

 

西住みほ、帝国軍エルラッハ分艦隊旗艦ハイデンハイム艦内に「転移」

拷問受ける。みほ、同盟軍の背面展開を見破り、エルラッハに忠告するが聞かれずエルラッハ旗艦撃沈(第1話後半)。

西住みほ、第2艦隊ヤン分艦隊旗艦ヒューベリオン艦内に「出現」(第2話)。

西住みほ、ヤンにアスターテ会戦の勝敗条件をみごと分析して説明、みほは、フレデリカ付きの事務員になる(第10話)。

 

※武部沙織、キャゼルヌ家に「出現」(第3話)。

 

※秋山優花里、惑星ハイネセンの都市ハポネプラムの憂国騎士団事務所付近に「出現」。

ハポネプラム駅のエクセル・プランティードの逮捕の放送で、沙織は、優花里がテレビに映っているのを目撃(第6話)。

 

アスターテ会戦慰霊祭

第13艦隊の結成

みほが、ヤンの指示でイゼルローン攻略作戦を考案。ヤンも考えていた「こっそりジャイアン作戦」が提案される(第11話)。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年5月

第7次イゼルローン要塞攻防戦で、ヤンの指揮とローゼンリッターの活躍(「こっそりジャイアン作戦」)で、同盟軍がイゼルローン要塞を無血で陥落させる。

ヤン、中将へ昇進。

みほの亡命者としての手続きが行われる。沙織の誘拐(第12話、第13話、第14話)。

 

同盟軍士官学校創立日記念式典

テルヌーゼン代議員選挙

反戦市民連合事務所に五十鈴華「出現」、ライズリベルタ社爆破事件(第7話)

ヤンが反戦市民連合運動員ピーターを助ける。華は事務所を外出する(第8話)。

投票日前日にジェームス・ソーンダイク候補殺害(第9話)

優花里が捨てられる(第14話)

優花里がムナハプロに拾われ、エリコ・ミズキと知り合う。男性アイドル「秋月優」としてデビュー(第15話)

みほが国防委員会次官室で士官学校へ行くことを決意後、沙織、優花里とともに姿を消す(第16話)

 

自由惑星同盟最高評議会で帝国領侵攻が決定

帝国領侵攻に関する作戦会議(第20話、第21話)

 

宇宙暦796年/帝国暦487年8月下旬(第22話)

 

※帝国領内の占領地拡大、みほ、沙織、優花里、キャゼルヌの執務室を訪れる(第23話)

 

※キルヒアイスのスコット提督補給艦隊の襲撃とみほ率いる第14艦隊の迎撃

(コルマール星沖会戦、第24話、第25話)

 

宇宙暦796年/帝国暦487年10月初頭

アムリッツア前哨戦

 

※帝国軍の反攻(第26話)

※惑星リューゲン上空戦(第27話、第28話)

ドウェルグ星域で、第13艦隊フィッシャー分艦隊の戦艦ゼートフェル艦内に冷泉麻子「出現」。

巧みな操艦でゼートフェルを救う(第4話)。

麻子が第13艦隊のドウェルグ星域からの撤退作戦を考案し、あざやかな撤退で、アムリッツア星域へ向かった(第5話)

※あんこうチーム復活(第29話)、アムリッツア星域会戦(第30話~第32話)

 

宇宙暦796年11月~12月

ヤン、大将へ昇進、みほ、中将へ昇進。それぞれイゼルローンの司令官及び副司令官に任ぜられる(33話)。アーサー・リンチがラインハルトの指示で同盟への工作を決意(第34話)。

 

※ラインハルト、捕虜交換実施の宣言(第35話)

 

宇宙暦797年2月14日

バレンタインデー(第36話)

 

2月14日~16日

みほ、「ジャーナリスト」たちにおいかけられ、優花里とシェーンコップに助けられる。

(第37話)

 

2月19日

捕虜交換式(第38話)

 

2月22日~

ヤン、イゼルローン出航、ハイネセンへ(第39話)

 

※コードウェル公園の密談(第40話)

 

3月21日

カルデア66号にてヤン一行ハイネセン出航(第41話)

 

3月30日

リンチによるクブルスリー大将暗殺未遂事件(第41,42話)

 

4月1日

トリューニヒト辞任?(第43話)

 

4月12日自由惑星同盟評議会議員総選挙、13日、ヤン邸でヤン、みほ、ユリアンのお茶会、ハイネセンで救国会議によるクーデター発生、ビュコック、ドーソン拘禁(第45~49話)

 

ヤン艦隊出撃(第50話)

 

※シャンプール鎮圧(第51~53話)

 

※バグダッシュ大佐侵入(第54話)

 

※リップシュタット連合の帝国貴族たちの脱出時に、オーディンの首都制圧に西住まほ、逸見エリカが地上部隊の指揮官として関与。島田愛里寿は、キルヒアイスの分艦隊を指揮してオーディン上空の衛星軌道上で貴族たちの脱出を監視(第43話)。

 

帝国暦488年/宇宙暦797年 4月下旬

アルテナ星域会戦(第70話)。苦戦するシュターデン艦隊艦内に青みが勝った黒髪で大鎌を担いだなぞの美女が現れ、ガルミッシュ要塞への撤退を成功させる。

 

宇宙暦797年5月18日

ドーリア星域会戦(第55話~第57話)

 

※ハイネセンスタジアムの○悲劇×虐殺(第58話,第59話)

 

帝国暦488年/宇宙暦797年 7月

キフォイザー星域会戦(第70話)

 

 

宇宙暦797年/帝国暦488年 8月

ハイネセン侵攻(第61話~第66話)

ヴェスターラントの熱核攻撃(第71話)

ヴェスターラントの地上戦(第72~第74話)

ガイエスブルグ要塞攻防戦(第75話)

ブラウンシュバイク公自決(第76話)

 

宇宙暦797年/帝国暦488年 9月

リップシュタット戦役終結、キルヒアイス殺害、愛里寿の帰還(第77話)

メルカッツの亡命(第78話)

 

帝国暦488年10月

ローエングラム侯ラインハルト、公爵に爵位を進め、帝国宰相となり、政軍の大権を掌握。

 

宇宙暦798年/帝国暦489年 1月下旬、イゼルローン回廊で同盟軍アッテンボロー分艦隊と帝国軍アイヘンドルフ少将分艦隊が偶発的に接触、戦闘(第80~81話)

 

※キャゼルヌ家での夕食(第84話、第85話)

 

2~3月 ガイエスブルグのワープ実験(第81話、第86話、第87話)

3月9日 ハイネセン召還命令(第88話)

3月下旬~4月上旬 査問会(第89話~第99話)

 

宇宙暦798年/帝国暦489年4月~5月

第8次イゼルローン攻防戦(第94話、第100話~第111話)

※ゼフィーリアの「ラボ」からフォークのクローン出現(104話)。

 

※エルウィン・ヨーゼフ2世誘拐にかかるフェザーンの工作(第112話~第114話)

※フェザーン工作員による帝国への「忠臣」の侵入についてのリーク(第115話)

 

宇宙暦798年/帝国暦489年6月20日

ボルテックとラインハルトの折衝(第116話,第117話)

 

※エルウィン・ヨーゼフ2世誘拐事件とその対策にかかる軍議(第118話,第119話)

※ロシナンテによる亡命及び銀河帝国正統政府の設立(120話,121話)

宇宙暦798年/帝国暦489年8月20日

トリューニヒトの「残念、情弱な」演説(122話)

 

9月1日、巡航艦タナトス3号の出航。ユリアンとメルカッツ、ハイネセンへ向かう(第128話)。

 

9月20日、エルヴィン・ヨーゼフ2世廃立、カザリン・ケートヘン1世即位(第130話)

 

10月9日~宇宙暦799年/帝国暦490年1月19日

第9次イゼルローン攻防戦(第131話~第145話)

12月24日、帝国軍のフェザーン占領(第135話)

 

宇宙暦799年/帝国暦490年

1月1日

仮元帥府のニューイヤーパーティ(第138話)

 

ランテマリオ前哨戦(第146話,第147話)

 

2月4日~

ランテマリオ星域会戦(第148話~第151話)

 

※補給艦隊襲撃とゾンバルトの処分(第155話)

 

3月1日~

ライガール・トリプラ両星域の会戦(第156話・第157話)

 

3月

タッシリ星域会戦(第158話・第159話)

 

4月11日「魔法がかかった夜十二時までの自由」(第167話)

 

4月24日~5月5日

バーミリオン星域会戦(第169話~第179話)

 

 

 



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第1章 はるか未来の宇宙です。
第1話 針路、そっちはダメです!


第63回全国高校戦車道選手権大会決勝戦が東富士演習場ではじまった。


ズドーン、ズドーン、ズドーン

ここは東富士演習場。第63回全国高校戦車道選手権大会決勝戦が行われていた。

「グデーリアンは言った。厚い皮膚より速い足と。これよりわれわれは、森を突破し、一挙に敵の虚を突く。」

濃い栗色の髪のりりしい少女、というより、その瞳と表情に怜悧さと鋭い知性をただよわせ、社長、将軍、提督と呼ばれるような場合まさしく彼女のようになるだろうといった雰囲気(カリスマ)を備えた若く美しい女性がインカムで「部下」と思われる車長たちに伝える。

「隊長、アルデンヌですか。」

ディーガーⅡ、別名ケーニヒスティーガーと呼ばれる重戦車に乘る車長とおもわれる白い長髪の少女が「上官」たる少女に作戦の意図を確認する。

「そうだ。」

濃い栗色の髪の少女はうすく笑みを浮かべて答える。

彼女の率いる戦車隊は、ティーガー、パンター、Ⅳ号中戦車など名にしおうドイツ製「猛獣軍団」の戦車隊である。黒十字の校章をつけたその戦車隊は、森を突破して一斉に砲撃をしかけた。

攻撃されているのは、日本製の三式中戦車、89式、アメリカ製のM3リー、ドイツ製のポルシェティーガー、三号突撃砲、Ⅳ号戦車、チェコ製38tヘッツアー仕様、フランス製ルノーB1bisによる混成チームである。青字に「大」の字、その中央に「洗」という字が重ねられ、動物と思われるマークも付けられている。

皮肉なことに「猛獣軍団」を率いる若い女性の妹が、対戦校大洗女子学園の隊長であり、Ⅳ号戦車に乘って「混成部隊」の指揮をとっている。その妹は姉とは対照的に瞳と表情には温和さと、柔和さをたたえているが、それは「恐ろしいほど自然体で、懐深」い彼女の底知れない本質の表面かもしれないと彼女と対戦して敗れた者を考え込ませてきた。

 

さて、「猛獣軍団」の激しい砲撃に

「うわあ...」「いきなり...何!~」

「何よこれ!土煙で前が見えないじゃない!」

三突、M3リー、ルノーB1bisの搭乗員が叫ぶ。

「いきなり激しい砲撃ですね...。」

Ⅳ号の長髪の搭乗員が思わずつぶやく。

「凄い....。」

通信手と思われるオレンジ色のウエーブかかった髪の少女が絶句して言葉がつづかない。

「これが西住流...ですか...。」砲弾を抱えた装填手の少女がつぶやく。

Ⅳ号の車長である淡い栗色の髪の少女は指揮官らしく冷静だった。

「各車両はできる限りジグザグに動いてください。前方の森にはいります。」

 

ケーニヒスティーガーの車内では、フラッグ車であるⅣ号戦車を視認していた。

「前方二時に敵フラッグ車を確認!」

「よし、照準合わせ」

 

三式中戦車の車内では桃の眼帯をした操縦手の少女が必死にギアレバーを動かそうとする。「ギアが固いよ。入らない。」

「ゲームだと簡単に入るのに...。」搭乗員の長髪の少女と短い髪の少女は不安そうに嘆く。

「照準よし!敵フラッグ車に合わせました。」

ケーニヒスティーガーの車長である銀髪の少女はほくそえむ。

「一発で終わらせてあげる。」

 

さて一方、三式の車内では操縦手の少女がうなっている。

「ううう~ん。ぐぅっつ、ふん~っつ」

ガコッツ...

「入った!動いた!」三式中戦車が前進した。

そのとき「猛獣軍団」の砲弾はフラッグ車であるⅣ号へ向かって放たれ、Ⅳ号の装甲を貫き、万事休すにおもわれた。

 

「う、ううん...。」

栗色の髪の少女は上体を起こして起き上がろうとする。

パンツァージャケットと白いプリーツスカートはすすで汚れている。

「Wer bist du?Woher kommest du?」

黒い軍服を着た兵士が声をかける。聞覚えがある。どうやらドイツ語のようだ。少女は姉がドイツへ戦車道の留学をしたときにスティ先にあそびにいったことがあったからだ。

お前呼ばわりされているが、お前は誰か聞かれているらしいので答える。

「Mein name ist Miho Nishizumi.わたしは日本人です。」

その上官と思われる人物があらわれる。

「何を言っているのだ?」

「エルラッハ閣下、この娘は、ニシズミミホという名前のようですが、あとは何を言っているかわかりません。」

「あやしいやつだ。叛徒どものスパイだろう。拷問にかけろ。」

「はい。」

「それなりに可愛い娘だから、鞭じゃなく水責めにしてはかせろ。言葉が分からないとこまるから自動翻訳機をつけろ。」

それから下卑た笑みをうかべ「兵士たちのうっぷんをはらすのにちょうどいいな。」

とつぶやく。

 

バシャ...みほは水桶に顔をつけられる。

「叛徒どものネズミめ。どうやって侵入した?」

「わかりません。ハントって何ですか?」

「自由惑星同盟を名乗るものどもだ。はかないか。もういちど水につけてやる。」

「....。」

ザブン...バシャバシャ...

「どうだ?吐く気になったか?」

「わかりません。」

「まだ言うか」

ザブン...バシャ

「うぐ...。」

繰り返されているうちにみほは気を失った。

(なんで...わたしはこんな目に....みんなはどこにいるの??)

「気を失ったようです。」

「牢へぶち込んでおけ。」

「はつ。」

 

そのころエルラッハの上官である金髪の青年は、純白の旗艦の艦橋にいた。

スクリーンと宇宙空間をながめていたが決心したように、親友でもある赤毛の副官に向かって

「キルヒアイス!」

と呼びかける。

「はい。」

「戦列を組み替える。全艦隊紡錘陣形をとるように伝達してくれ。」

赤毛の副官は感じのよい、それでいてかすかな笑みをうかべて金髪の上官でもある親友に応える。

「中央突破をなさるおつもりですね。」

「うむ。そうだ。」

金髪の青年は、親友であり、有能な副官の応えに満足そうにかすかな笑みをうかべた。

 

「エルラッハ閣下、紡錘陣形をとるようにとの指示です。」

「金髪の孺子め...。わかった。紡錘陣形だ。」

灰色の艦隊は宇宙空間を魚の群れのように紡錘陣形をとり、猛々しく進撃していく。

 

灰色の艦隊と対戦している緑色の艦隊のなかに白く144Mの番号が記されたセルリアンブルーの戦艦の艦橋ではオペレーターが叫んでいた。

「帝国軍は紡錘陣形でつっこんできます。」

「中央突破を図る気だな...。」

黒髪の指揮官と思われる青年は独語した。

「司令官代理。どうなさるおつもりですか。」

「対策は考えてある。」

「しかし、どうやって味方に連絡をとるおつもりですか。」

「ラオ少佐、各艦にC4回路を開くよう伝えてくれ。それだけなら傍受されても敵には何の事だかわからないだろう。」

ラオと呼ばれた少佐はかるい驚きをおぼえた。昼行燈というべきこのぼうっといた黒髪の上官はこうなることを予測していたのか....

「もしかして司令官代理閣下はこうなることを予測していたのですか。」

「うん。役に立たなければよかったんだけどね。ラオ少佐、復唱は?」

「はつ。ただちに。司令官より伝達。全艦、C4回路を開け。」

 

エルラッハの上官である金髪の青年、ラインハルト・フォン・ローエングラムは、紡錘陣形で突き進む自軍の艦隊が敵-同盟軍艦隊-を「引き裂いていく」さまをスクリーンでながめて「どうやら勝ったな。」とつぶやいた。

しかし、しばらくしてラインハルトは、胸中にかすかな警鐘と不安のしみがひろがりはじめているのを感じていた。彼の顔からは余裕が消え、じょじょに困惑の色にかわっていく。いつのまにか指揮卓に両手をついて天井のスクリーンをにらみつけていた。なにかたちのわるい詐術にかかったような不快感が背筋にじわじわと走っていた。

いつしか左手にこぶしをつくり、人差指の関節をいつのまにか軽く噛んでいた。

「しまった...。」

金髪の青年の脳裏になにかが光ってはじけ、低いつぶやきが口からもれた。

それから間髪おかずして、オペレーターの鋭い叫びが重なる。

「敵が、敵が左右にわかれて、わが艦隊の両側を高速で逆進していきます。」

「キルヒアイス!」

彼は赤毛の副官を呼ぶ。

「してやられた!敵はわが軍の後背にまわる気だ。」

金髪の若者は指揮卓をこぶしでたたきつける。

「どうなさいます?反転迎撃なさいますか?」

それは、敵艦隊の醜態を思い起こさせ、上官でもある親友が冷静さをとりもどすための確認だった。

「冗談ではない。俺にあの敵と同じ轍を踏めというのか。」

「それでは、前進するしかありませんね。」

「そのとおりだ。」

「全艦隊、右へ転針!逆進する敵の後背に食らいつけ!」

 

エルラッハは部下に確認する。

「小娘はどうしている。」

「牢にぶちこんでいますが。」

「艦橋へ連れて来い。金髪の孺子の手柄なのは不愉快だが小娘に仲間たちが敗れるさまをみせて、吐くようにさせるのだ。」

「はつ。」

みほは、艦橋につれてこられる。

スクリーンには、帝国軍の艦列と同盟軍の艦列が映っている。みほの脳裏には艦艇がそのまま戦車におきかえられ、同盟軍の意図を悟る。

(ここは前進しか助からない。)

「金髪の孺子め。血迷ったか。敵に背中を見せてどうするのだ。はんて...」

そのときみほの脳裏に戦車砲でこの艦が貫かれる幻がうかぶ。

「前進してください!」

「なにを、小娘!」

「エルラッハさん、このままではこの船は...そっちはダメです!」

みほはエルラッハにすがりつこうとする。

「ええい、どけ」

エルラッハはみほをふりはらった。

「反転90°だ!」

エルラッハの艦隊は反転をはじめる。

「エルラッハ少将の分艦隊が反転を開始しました。」

「愚かな。」

ラインハルトはつぶやいた。

「反転するあの艦隊を狙え!」

緑色の艦隊を指揮する黒髪の司令官ヤン・ウェンリーの命令が彼の率いる艦隊に伝えられる。数百におよぶ光条の雨がよこなぐりにエルラッハの艦隊にたたきつけられ、エルラッハの分艦隊は旗艦ハイデンハイムをはじめ、爆発光と煙をはいて金属片となって飛び散った。




四散したエルラッハの旗艦ハイデンハイム。みほの運命は...


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第2話 すごく未来へ来たようです。

「直撃来ます!」
戦艦パトロクロスのオペレーターが叫ぶ。
グオオオオオオーーーン…
轟音が響き、船体がゆれる。
金属片やガラス片がとびちり、火災は起こっているものの、エネルギー中和磁場と敵の攻撃がまだ遠距離のおかげで被害は致命的にならずにすんだようだった。
青みがかった髪のそばかすのある細面の士官がたちあがると、司令官のパエッタ中将がたおれている。
士官は、
「司令官が大怪我をされた。軍医はいるか?」
軍医と看護士官が呼ばれた。
「かなりのけがですが、今なら手当てすればたすかります。」
「わかった。よろしくたのむ。」
「士官で無事なものは…。」
状況を把握しているオペレーターが答える。
「分艦隊旗艦は、すでに2隻が撃沈され、唯一ヒューベリオンのヤン少将だけが無事なようです。」
「アッテンボロー中佐、どうやら君と親しいヤン少将が生き残った士官で最高位なようだ。伝えてくれ。指揮権を引き継ぎ、君の用兵家としての手腕をみせて…ぐっ…。」
「司令官!」
パエッタは、口から血を吐き出す。軍医と看護士官は自らを落ち着かせようとしつつも蒼白な面持ちで
「運びます。」
といってパエッタが寝かされた担架をあわただしく運んでいった。

「ということですよ。ヤン先輩。信頼されてますね。」
ヤンは、スクリーンに映し出された青みがかった髪のそばかすのある細面の後輩からパエッタの指示を聞かされていた。
「さあね。まあやることをやるだけだ。」
ヤンは通信機を自らとった。同盟全艦隊の画面に彼の顔から肩までが映し出される。
「分艦隊司令官のヤン・ウェンリーだ。司令官閣下が負傷され、指揮権をひきつぐことになった。皆心配するな。私の命令に従えば助かる。なあに、確かに今われわれは劣勢だが要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ。まあ、生還したい者は落ち着いて私の指示に従ってくれ。」

ヤンは一旦通信機を保留にする。

「やれやれ、私も存外、偉そうなことを言っているな」

苦笑しながら独語した。ヤンは再び通信機に向かう。

「新たな指示を伝えるまで、各艦は当面の敵を撃破することに専念してくれ。以上だ」

 そのころ数十光秒離れた純白の旗艦の艦橋で、ラインハルトは、ヤンの通信を聞いていた。金髪の青年指揮官は、口元をゆるめてかすかな笑みをうかべる。

「やはり出てきたか。負けはしない、自分の指示に従えば必ず助かるか……」

「面白い。この期に及んでこの劣勢をどう挽回するつもりだ。」

 彼の副官である赤毛の青年には、親友でもある上官の蒼氷色の瞳に愉快気な色がうかんでいるのを見逃さなかった。
(ラインハルト様らしい。)と何の気はなしに愉快な気分になる。
彼自身も好敵手が何を仕掛けてくるかといつのまにか期待している自分に気づき心のなかで苦笑する。そのとき彼の親友でもある上官はなにか決心したように、彼に向かって「キルヒアイス!」と呼びかけたその声が耳に入ってきた..(※第1話本文中に続く)。



「ううん...」

「ここは...どこ?」

パンツァージャケットと白いプリーツスカートは、水責めで濡れたり乾いたりで、ふやけて、しわだらけになっていた。しかもエルラッハ艦隊が撃沈されたため、汚れ、火薬臭、破れは、エルラッハの旗艦にいたときよりもはるかにひどくなっており、ぼろぼろになっている。

顔も腕もよごれていた。みほは、悲しくて目に涙をうかべていた。

(みんなは、どこにいるんだろう?ここはいったいどこ??)

きょろきょろと栗毛色の少女はあたりを見回す。

どうやらさきほどとは異なる何か金属製の部屋にいるような感じだ。

そこへおさまりの悪い黒髪の青年があらわれる。20代後半か30代くらいと思われた。

「Who are you?Where do you come?」

話しているのはどうやら英語のようだ。

「わたし?アメリカに来たの?」

「ここはアメリカですか?」

と尋ねる。青年は不思議そうな顔をして

「America?Is it Unaited States of Amnerica?」

と問いかえす。

「Yes.Mr?」

「My name is Yan Wenri.Wait a moment,please」

ヤンはみほが話しているのがどうやら日本語らしいことを察し、

「フレデリカ、自動翻訳機をもってきてくれ。」と話した。

「はい。」

フレデリカはこたえてヤンのところへ翻訳機をもってきた。

ボタンのような超小型であって服につけてもほとんど違和感がない。

「アメリカという国は18世紀に独立し、20世紀に繁栄したけど、21世紀にじょじょに衰退し、22世紀には滅んだんだよ。」

みほはそれを聞いて驚く。

「では、いまは何世紀なんですか?」

「えっとアルデバラン星系第2惑星テオリアで銀河連邦の設立が宣言されたのが西暦2801年。それから800年近くたっている。」

西暦3600年ちかいということだ。

「??じゃあここは私の生きていた21世紀から1500年近く未来ってことですか。」

「そうなるね。」

「あの...それでここはどこなんですか?」

「君が21世紀からタイムスリップしたとすると、」

ヤンは、銀河系の図を映し出して見せる。

「ここは、君のいた地球だ。」

地球を普段はつかわない指揮棒で指し示す。

「ここは、銀河系内中心方向へ1万光年離れたサジタリウス腕とオリオン碗を結ぶイゼルローン回廊付近のアスターテ星域のなかの宇宙空間ということになる。」

画面上のオリオン碗とサジタリウス碗、そしてそれを結ぶイゼルローン回廊を指揮棒でなぞってみせた。

「では、私ははるか未来の宇宙船の中ってことですか?」

「そうなるね。」

「あ、あの...お風呂は?」

「そうだな。美人が台無しだ。フレデリカ、彼女を浴室に案内してやってくれ。」

「はい。」

「着替えを用意しておきますね。ほかに必要なものが有ったら言ってください。」

「はい。」

みほは、ひさびさに浴室のなかにはいった。

ほっとすると同時にさびしさがこみ上げる。

(みんなはどうしているんだろう。)

自分たちⅣ号が撃破された以上、大洗女子は敗北だ。ただみんながどこにいるのかそれだけが気になった。この不思議な現象で自分は生きている。みんなもどこかで生きている可能性が高い。願わくは同じ世界に生きているようにと願うだけだった。




エルラッハの旗艦ハイデンハイムが沈められたのになぜか同盟分艦隊の旗艦の内部に倒れていたところを助けられたみほ。ほかのあんこうのメンバーは果たして...

感想のご指摘を生かし、一部加筆修正(12/26,20:04)


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第3話 やだもー、ここアメリカ...じゃないよね。

さてⅣ号でアマ無線2級ライセンスとりたてで決勝戦に臨んだオレンジ髪の少女は...


「う、ううん...。」

オレンジ色のウエーブかかった髪の少女は上体を起こして起き上がろうとする。

パンツァージャケットと白いプリーツスカートはすすで汚れていた。

あたりを見回すと、だれかの家のようだ。

女の子が二人あらわれる。くすんだ明るい金髪だ。一人は10歳前後であろうか。

「Who are you,Miss?Where do you come?」

(英語?ここはアメリカなの?)

沙織はあたりを見回す。

「My name is Saori Takebe.I'm Japanese. Where am I?」

片言の英語を必死に話してみる。

「ここは、私たちの家。」

女の子の返事は英語であるが沙織にはなんとか意味が分かった。

奥から30代くらいであろうか。女の子を呼ぶ母親と思われる女性の声がする。

「だれかいるの?シャルロット。」

「見たことのないおねえちゃんがいる。」

簡単な英語であり沙織にもこの程度なら意味が分かる。

女の子たちの母親もくすんでつやがないが明るい金髪の美しい女性だった。

沙織は同じ質問をされ、相手に日本人であることがわかると、金髪の美しい二児の母親は自動翻訳機をもってきた。

「日本という国があったとするとあなたはかなり昔の人ということになるけど...うそついているように思えないわね。」

「あの、いったいここはどこなんですか?」

「ここは惑星ハイネセンの高級軍人の官舎よ。」

「ハイネセンって?」

「わたしたち自由惑星同盟の首都よ。そうね。あなたが本当に日本の出身だとしたら信じられないことだけど数千年前の地球からはるか未来のこの星へタイムスリップしたことになるわ。」

若い母親は信じられないという驚きを貌に浮かべながらもあくまでも冷静である。

一方、沙織はきょとんとしてしまう。状況がまるでわからない。

「ここはアメリカじゃないんですね。」

「そうよ。申し遅れたわ。わたしは、オルタンス・キャゼルヌ。」

「オルタンスさん、よろしくお願いします。」

「ところで、沙織、そういうことだったら行くところがないんでしょう。ここでしばらく暮しなさい。夫にも相談してみるわ。なにか元の時代の地球に戻れる手段がないか。」

思い出したように夫人は娘たちに向き直り

「あなたたち、沙織おねえちゃんに、よろしくお願いします、っていいなさい。」

と言うと、シャルロット・フィリスとその妹アンリエッタは

「沙織おねえちゃま、よろしくお願いします。」

とぺこりと頭を下げた。

「よろしくね。」

沙織は微笑みをうかべ、幼い姉妹たちの手を握って応える。

ヤンにキャゼルヌ家の支配者と呼ばれたキャゼルヌ夫人はあくまでも冷静だった。沙織が嘘ついているようには見えない、だいたい帝国のスパイや政府のスパイだったらどうどうと不安気な顔で倒れているはずないし、話せないことは致命傷だ。だから彼女の言っていることは本当なんだろう、なんとかしてあげたい、という気持ちになっていた。

一方、キャゼルヌ家の姉妹たちは無邪気に沙織に話しかける。

「ねえねえ。おねえちゃんって、『魔法使いソフィー』にすごく似てるね。」

「え?それって何?シャルロット?」

「今人気のテレビアニメなの。主人公の女の子がね、変身すると魔法使いソフィーになるの。主人公はホシミヤ・アイちゃんって言っておねえちゃんと同じ日本人の女の子なの。それでディンギーって小型宇宙船を操縦するのが上手で、ディンギーの大会で何回も優勝している女の子なの。でね、そのアイちゃんは、あるとき魔法の杖の光華ザートに魔法少女ソフィーとして選ばれるの。」

「それで「ミラシエーン」と言うと魔法使いソフィーに変身して、ミッドガルトという別世界で、ガヌロン帝国の魔王コシチェイやその部下でずるがしこい悪者の将軍グラナストと戦うの。」

「へええ。おもしろそう。」

「あ、『魔法使いソフィー』が放映し(やっ)てる。」

シャルロットがソファについているリモコンを押すとテレビが映った。

---

「ふつふっふ。ジークフリード、ソフィーそこまでだ。」

赤毛の弓使いの青年と錫杖を持って白と薄緑色のドレスをまとった沙織そっくりの少女が気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべる騎士と戦っているようだった。

「えー、やだもー、この人、肩とおなかが丸出しじゃない///。」

ヒロインが自分そっくりなので沙織は赤面してしまう。

敵とおもわれる黒ずくめの騎士は鎖つきの棘付き鉄球、メテオハンマーを振り回して二人を襲う。

「なにを、グラナスト。ムーテイラフー!」

ソフィーが錫杖ザートをふると光の弾丸がグラナストと呼ばれた敵の騎士を襲う。

「はっはっは。そんなものはこの俺には効かん。」

「ソフィー!」

赤い髪の青年が話しかける。

「ジーク、ケガしてるのに...」

「俺に力をかしてくれ。」

ジークフリードが弓をかまえ、ソフィーがザートを弓に近づけると光の渦が矢にまとわりついていく。

グラナストが二人に襲いかかろうとするとソフィーは錫丈をふるって

「ファルヴァルダ!」と叫び、光の壁ができ、グラナストのメテオハンマーを跳ね返す。

「うぐぐ。」

光の壁がメテオハンマーを跳ね返している間に、再びジークフリードの矢にソフィーはザートをあてる。そして今にも矢を放とうとしたとき

---

 

「三人とも夕食のしたくができたわ。」とオルタンスの呼び声が聞こえる。

「ママー、いまいいところなのに。」

「録画してるんでしょ。あとにしなさい。今日はチーズフォンデュよ。沙織、自分の家と思ってくれていいからしっかり食べなさい。それからあなたも今日から家族なんだから家事を手伝ってもらうわ。事情が事情だから家賃をいただくわけにもいかないし。」

「はい。わたし、家事は得意なんです。いつもすてきな男子があらわれたときにいいお嫁さんになれるように備えているので。」

「それはたのもしいわ。ときどきつくってもらおうかしら。」

「はい。」

沙織は満面の笑みを浮かべて返事をする。おちついてみて思い出す。

(みぽりん、華、麻子、ゆかりんはどこへいっているんだろう...)

「あの...。」

「なあに、沙織。」

「わたし以外に近くに4人女の子がいませんでしたか?薄い栗毛の娘や黒い長髪の娘やくせっ毛の娘が...」

「いえ...わたしの家にいたのはあなただけだわ。」

キャゼルヌ夫人はかすかに顔をくもらせる。

「そうですか...。」

「沙織の仲間がいるのね。」

「はい。」

「この星のどこかに保護されていればいいわね...。」

「はい。」

そのときキャゼルヌ家の当主が帰ってきた。

「ただいま。」

「おかえりなさい。」

「おかえりなさい、パパ。」

「おや、この娘は?」

オルタンスが沙織が突然現れたこと、はるか過去からタイムスリップしたらしいことを伝える。キャゼルヌは、頭を回転させ、亡命者の手続きを応用して沙織が同盟市民として暮らせる手続きを考える。

「沙織、明日には君が同盟市民として暮らせるよう手続きをとるようにするよ。家内が言うようにここは君の家と思ってくれていい。それから君のなかまたちのこともさがそう。」

「ありがとうございます。キャゼルヌさん。」

「いや、同盟はあたたかく亡命者を受け入れることが国是だからな。君は過去からやってきた珍客というのが実情であっても、ある意味亡命者と同じだから気にしなくていい。それよりも君の仲間たちを探して元の世界に戻れるようにしないとな。」

「はい。」

沙織はあかるく答えた。

 




果たして残りの三人は...


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第4話 おばぁ、ごめん。泳いで帰れる距離じゃない。

あんこうの天才的な操縦手が「転移」した場所は....


「う、ううん...。」

黒いストレートの長髪で白いカチューシャをつけた少女は、眠そうにめをこすって上体を起こして起き上がろうとする。

彼女のパンツァージャケットと白いプリーツスカートはすすで汚れていた。

(ここはどこだ??学校じゃないみたいだが...)

いましがたまで手にもっていた戦車のレバーの感覚、足のペダルやクラッチの感覚がない。

窓から星が見える。SF映画でみた宇宙船の中のように思われた。

深緑色の軍服にアイボリースラックス、五稜星のついたベレーを被った男たちが周囲をいそがしく歩き回っている。戦闘中のようで、窓と思われる部分には敵弾が横殴りの雨のように光って飛んできている。少女は操縦の様子をしばらく眺めていた。

ようやく男たちのうち一人が少女を見つけた。彼はとまどいながらも少女に話しかける。

「きみは、誰だ?どこから来た?」

東洋人の少女で、来ているものから考えても帝国軍や帝国の関係者には思えないし、スパイがそんな服装をしているようにも思えないから、とまどいながらも少女に話しかけたというところだった。

英語だ。黒髪の少女も英語で答える。

「わたしは日本人で冷泉麻子という。戦車道の試合中だったが、記憶がとんでいつのまにかここにいた。」

「日本人?戦車道?なんだそりゃ」

「なんか古そうな話だな。ヤン提督なら知っているかな。」

「いまは戦闘中だぞ。無駄話はつつしめ。どうやらその少女はあやしいところはないようだから客室へいってもらえ。」

「はい。副長。」

そのときだった。オペレーターが悲鳴のように報告した。

「ち、直撃、きます。」

「取り舵10°!」

「間に合いません。」

「ちょっとかしてくれ。」

麻子はコンソールに向かうとたくみに戦艦を操縦した。直撃弾はななめ上をすり抜けていく。艦橋に驚きの電流がはしる。

「君はいつのまに...。」

乗員たちは驚きの表情で麻子を見つめる。

「戦車の操縦とは違うけどみんなが操縦しているのをみてだいたいわかった。」

眠そうな声で麻子は答える。

「とにかく助かった。ありがとう。」

「というかここはどこなんだ。宇宙船の中のように思えるが。戦争しているのか。」

「この船は、同盟軍第13艦隊フィッシャー分艦隊戦艦ゼートフェル。この場所は帝国領内のドウェルグ星域だ。われわれは戦争をしている。」

「帝国というのが敵なのか。」

「そうだ。」

麻子は少し考えた。宇宙戦艦で戦闘するならはるか未来に違いなかった。

「わたしはかなり未来へ来てしまったらしい。いまは何世紀なんだ?」

「何世紀と言われても...宇宙歴796年だが....。」

麻子は息をのんだ。自分ははるか未来のSFの世界のまさにそのただなかにいることを改めて自覚せざるを得なかった。

(宇宙暦ということは、なにかがきっかけで暦が変わったのだ。宇宙で人類が暮らせるようになったということは、かなり技術がすすんだということだろう。宇宙歴の紀元はわからないが、21世紀から少なくとも100年くらいはたっているだろう。そこから約800年...そうなると地球からかなり離れている可能性がある...)

「!!わたしは、1000年近い過去から...タイムスリップしたらしい...。ここは銀河系の中なのか?どこなんだ?地球は??」

乗員たちは麻子の発言におどろく。

スクリーンに銀河系の星図を映し出す。

「ここがイゼルローン回廊。ドウェルグ星域はここだ。これが帝国首都オーディン。

帝国領はオリオン腕で地球はここにある。」

(おばぁを一人にしてしまった。どうすればいいんだろう...ここは地球上ですらない。宇宙服をきて宇宙遊泳して届く距離じゃない。)

「あの...ワープってできないのか?」

「できるが...。」

「地球まで行けないか。」

「いや無理だ。この船のワープの限界は、1000光年だ。ワープアウトした空間で帝国軍の索敵網にひっかかたら一貫の終わりだ。」

麻子はすべてを悟る。

(しかたがない。サンダースの試合のあとのような地球上じゃないのだ。あとの手がかりは「あんこう」の仲間たちがどこにいるかだ。)

「わたしと同じ格好をした女の子たちをみかけなかったか。」

乗員たちは首を横に振る、

「そうか...。」

麻子はため息をついた。




とんでもない事態が麻子をかえって冷静にさせた。

ニコ動の某動画や南雲さんの逸話を思い出す方がいらっしゃるかも^^;


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第5話 バカな命令に従うのに疲れたから寝る。

同盟軍第13艦隊はドウェルグ星域で、キルヒアイス艦隊の間断なく執拗な攻撃にのがれられずにいた。


「フィッシャー閣下がヤン司令官に呼ばれたそうだ。しばらくこの空域に待機だ。」

艦長がそういうと乗組員たちは

「了解」

と答えた。

ゼートフェルの艦長は麻子に向き直り、

「麻子、さっきはありがとう。君のために部屋を用意したからそこへ行って休んでいてくれ。」

「わかった。」

その戦艦の客室は、質素であったが、快適な空間だった。ビジネスホテルの一室のようだ。こういった部屋には、無難な静物画、花、風景画が飾られるものだが、壁にかかっているのは風景画で、コローの「ナルニの橋」の複製品と思われた。

 

【挿絵表示】

 

「お食事はどうしますか。」

しばらくして若い兵士が船室に来た。

「わかった。ありがとう。」

「食堂へご案内します。」

麻子は兵士に案内され、食堂へ行った。

食堂はバイキングでさまざまなものがえらべるようになっているが、補給が滞っているせいか、食材が少ない。

麻子は、小さいサバの塩焼き、きんぴら、ごはんにみそ汁をよそって食べはじめた。

 

さて、ドウェルグ星域で、同盟軍第13艦隊から数光秒はなれた地点では、帝国軍旗艦バルバロッサが、その司令官の赤い髪のように流線型で真紅の船体を宇宙空間にうかべている。その艦橋でくすんだ赤い髪の若い司令官は、部下たちに命じていた。

「敵はわたしたちより少数です。全滅させる必要はありません。艦隊を四つに分け、間断ない攻撃で疲弊させます。」

(敵は、あのヤン・ウェンリー提督ですか。すこしでも戦力を削いでおき、ラインハルト様の脅威にならないようにしなければ...しかし、巧みな艦隊運動ですね。被害が最低限になるように動いている。)

キルヒアイスは感心していたが、一方のヤンも

「ジークフリード・キルヒアイス中将か...ローエングラム伯の腹心と聞くがなかなかどうしてすぐれた用兵だ。つけ込む隙も逃げ出す隙もない。」

ため息をついてぼそりと独語する。

「感心ばかりもしてられませんぞ。数に劣るわが艦隊はこのままではいつか全滅します。」

参謀のムライが上官に進言する。

「そうだな、分艦隊のフィッシャー少将を呼んでくれ。」

フィッシャーが第13艦隊旗艦ヒュ-べリオンの艦橋に現れるとヤンは座席をすすめ、

「艦隊を相手に対してU字型に再編する。」

と自分よりも年上の白髪を七三にわけた部下に伝える。フィッシャーの黒髪の上官が指示するとスクリーンの艦列を表示した図形が変化する。

「相手を誘い込んで迎撃、反転、離脱を図る。それしかないがこれでいいか検討してくれ。」

黒髪の上官はこのすぐれた部下がさらに上手い艦隊運動をして艦隊を守ってくれることを期待して作戦の大筋のみを示した。

「はつ。」

フィッシャーは、心のなかでつぶやく。

(たしかに、この宙域から離脱するには、それしかない。しかし....かなりの損害が出るな...。)

フィッシャーは艦隊運用の名人であったが、その名人をしてキルヒアイスのオーソドックスであるがすきのない艦隊運動は、彼をして脅威に思われた。

(もうすこしうまく動ければ楽なのだが...)

フィッシャーはヤンから説明を受けたシュミレーションにいくらかの修正を加えた艦隊再編のプログラムを送るように命じ、スクリーンにて伝える。

「艦隊編成のプログラムは送った。その通りに動いてほしいが、損害がばかにならない。もっとよい方法があれば提案してほしい。」

「フィッシャー閣下、ゼートフェルから通信です。」

「つないでくれ。」

ゼートフェル艦長と麻子の姿が分艦隊旗艦アガートラムのスクリーンに映し出される。

「閣下、うちの船に不思議な少女があらわれまして敵からうちの艦を救ってくれたのです。」

麻子はスクリーンにうつったフィッシャーに対し、こくりと会釈をする。フィッシャーはヤン艦隊のスタッフらしく発想が柔軟であり、規制概念にとらわれない。

「そうか。じゃあ彼女に見てもらって改善できるようなら改善してもらいたい。」

麻子は、ゼートフェルのオペレーターから説明を受け、艦隊運動シュミレーターとプログラムをつきあわせて改善案をつくってフィッシャーの旗艦に送る。

「こんな方法があったのか。みごとだ。」

フィッシャーとアガートラムのSEは、麻子の意図を悟ってシュミレート画面のとおりに送られてきたプログラムがうまく作動するよう微妙な修正を加えて、第13艦隊全体に送った。

 

「仰角75度11時方向から敵襲!」

「おちついて対処してください。」

赤毛の若き司令官は部下を落ち着かせようと指示する。

帝国軍が主砲を打ち返すと宇宙空間が発火し、爆発煙に覆われる。

「シェーマンI撃沈、マースⅡ撃沈、トールⅡ通信途絶!」

「まきこまれるぞ!」

「退避!退避!」

(気体爆薬?まさか同盟が指向性ゼッフル粒子を?)

「次は伏角70度2時方向から敵襲です!」

「ミサイルで反撃してください!」

同盟軍の高速戦艦部隊は主砲を斉射し、ゼッフル粒子を爆発させ、帝国軍のミサイルを爆発させる。

 

さすがのキルヒアイス艦隊もすくなからず動揺する。

 

ゼートフェルでは、麻子が乗組員たちに説明する。

「戦車道では、後退するときや自分たちの動きを知られたくないときは煙幕のようなものを使うんだ。それを今回応用したんだ。」

「なるほど...。」

 

第13艦隊の光点がどんどんはなれているのが、バルバロッサの艦橋からも見える。

キルヒアイスは艦橋に立って心の中でつぶやく。

(...みごとですね。ヤン・ウェンリー提督...それとも優れた未知の助言者がほかにいる?)

 

第13艦隊は、キルヒアイス艦隊と戦いつつも、巧みに後退して陣形をU字型に再編しつつあった。艦隊を突出させると逆撃を食らうのは明らかだった。むだな戦死者を増やすことになる。

 

「敵が退却していきます。」

「そうですか。」

「司令官?」

「撤退命令が出たのでしょう。敵の次の動きに大きな変化がみられたら報告してください。」

「はっ。」

 

キルヒアイスは心の中で独語する。

(それにしてもどうするつもりなのか...敵の総司令官がまともであれば全面的な撤退をするはずですが...)

 

そのときラザール・ロボス元帥から同盟軍全艦隊に命令が伝えられた。

「全軍、戦闘を中止し、アムリッツア星域へ集結せよ。艦隊の再編を行い攻勢に転ずる。全軍、アムリッツア星域に集結せよ。これは命令である。」

「簡単に言ってくれるものだな...。」

ヤンはぼやくしかない。

まもなくその命令がゼートフェルにも伝えられる。

「アムリッツア星域に集結だそうだ。」

「総司令部は何を考えているんだ。」

「さあてね。ガキのような作戦参謀がヒステリーで倒れて、すこしでもまともになるかとおもったら、過去の栄光だけで無能なブタ元帥殿の愚かな判断につき合わされてたまったもんじゃないな。」

「ヤン司令官はため息をつきながら『これは命令なんだ』と真顔でフィッシャー閣下に言ったそうだけどあまりにも「つくった真顔」に閣下が苦笑したら苦笑でかえしたそうだよ。」

「だんだんおかずが少なくなっている。補給が十分でないということだ。それなのにまだ戦うというのか。君たちの上官は何を考えているんだ。」

麻子が覇気と抑揚がないが怒りを含んだ口調でつぶやいてみせる。

「ああ、元凶はこいつだよ。」

ゼートフェルの乗組員たちは肥満体のロボスの肖像をスクリーンに映して麻子に見せる。

「さっき話していた「ヤン司令官」のさらに上の人か?」

「お嬢さん、察しがいいな。その通りだよ。」

「おじさん方の会話から「ヤン司令官」はバカなことはしないとわかったからその上がもしかしているのかなと思ったからな。」

「なるほどな。」

「ここから退却しなければいけないんだろ。」

「そうだ。」

麻子はコンソールを操作してプログラムした内容をシュミレーション画面上に投影する。

「お嬢さん、見よう見真似でよくそこまで...。」

「疲れたから寝る。」

オペレーターが麻子の打ち込んだプログラムに微修正を加えて、ヤン艦隊は整然と後退し、アムリッツア星域へ向かった。




麻子の操作によって同盟軍第13艦隊はドウェルグ星域から被害を最小限に抑えて撤退に成功したが果たして...


なにやら思い浮かんだので加筆修正(1/9,23:30)
本日三度目の劇場版鑑賞で、みほの年賀状ゲットしました。そういえば井口さんは、「魔弾(ry」でリムアリーシャというすぐれた指揮官を演じてるんですよね。
「魔弾(ry」視てない方は、麻子みたいなテンション低い話し方をするキャラなので親しみがわくとおもいます。


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第6話 戦車道を理解してくれる?方々に出会ったであります。

Ⅳ号の装填手である戦車好きのくせっ毛の少女が「転移」した場所は...


「う、ううん...。」

くせっ毛の少女はおきあがってあたりを見回す。

ちかくにPKCとの看板がついた建物があった。

(あそこに行ってここはどこか聞いてみよう。)

「すみません。」

答えは英語と思われる言葉で返ってきた。

少女は

「My name is Yukari Akiyama,I'm Japanese.Where am I?Are there translater?」

名乗ると同時にたずねる。翻訳機をわたされる。小さな機械だが中国語のとなりに日本語のダイヤルがあったのであわせる。

「何だ、君は?」

「先ほど名乗ったように日本人であります。」

「そんな国はない。どうやら帝国からの亡命者かスパイじゃないようだな。」

「テイコクってなんですか?」

「うむ。わが自由の国と戦っている専制国家だ。」

プロテクター姿をみて優花里は、

「そうでありますか。すばらしいであります。...それに、みなさんかっこいいであります。」

「そうか。そうだろう。われわれこそ真に国を憂う憂国騎士団だ。」

「おおお、それはますますすばらしいであります。」

「これから街宣に向かう。君も来るか?」

優花里は、

「はい。」

と嬉しそうに答える。

プラカードを持ち「帝国からの移民はでていけ~!帝国との講和や平和主義を主張する売国奴はでていけ~。」

と叫ぶのだ。帝国からの移民反対、帝国との講和や平和主義反対のプラカードに交じって「地球をわが手に」などのプラカードもある。

優花里もそれにあわせる。

「ところで、わたしのような恰好をした女の子をほかに知らないでありますか。」

「知らんな。そういえば変な恰好をしているな。」

「あ、これは戦車道のパンツァージャケットです。」

「そうか。ん?戦車道?」

優花里は女子のたしなみだと説明する。

「そうか。愛国の婦人たちにふさわしい武芸だな。わが自由惑星同盟にも普及させるか。」

「そうですか。」

「そうだ。このごろ自由だの、権利だのを主張する者が多すぎる。国家あっての自由であり、生活であり、人権なのだ。もしそんなものがあればだが。」

実際には、自由惑星同盟は、マスコミが統制され、自由や権利を主張できなくなっていた。それでも憂国騎士団は、不満なのだった。

「国を憂えず、ただ講和や平和を唱えるマスコミ、新聞、テレビ局は何を考えているのか。誰に守られているのかわからないのか。」

「専制国家を倒して母なる地球をとりもどすために、全てを捨てて国家に尽くし、軍備を増強すべきだ。」

なぜか憂国騎士団の事務所には、教皇のような白い冠をかぶって美化された地球教の総大司教が描かれ賛美しているポスターがなぜか貼ってある。憂国騎士団の機関紙のほかに、軍拡を主張するとともに、自由惑星同盟の関税を廃止して大幅にフェザーンの企業活動を推奨する新聞コンプラレール紙やリストレエコノス紙も置いてあった。

「ああ、ところで君に協力してもらいたいことがあるのだが...。」

「なんでありますか。」

「売国の評論家を逮捕するのに協力してほしい。」

「わかりました。」

「じゃあ駅へ行こう。」

駅の建物にはHaponeplum Sta.と書いてある。優花里はホームへ向かうため、エスカレーターにのぼった。

そのとき下から声が聞こえる。

「お前何をやっている!」

見ると30台後半の背広を着た細面の男性がつかまえられている。

「なんだこれは!」

その男性がもっていたと思われるスマホのような端末にスカートの中身が写されていたのだ。

「これに見覚えはないか?」

優花里は、どう考えても盗撮されたとしか思えない画像をみて

「はい////。でもどうしてでありますか?」

「わたしはやっていない。あそこに防犯カメラがあるだろう。その画像でわかるはずだ。」

「これはお前の端末だろう。」

その男性は黙ってうなずくものの、どうしても納得できない様子だった。

「鉄道警察隊まできてもらおう。」

男性は連行されていった。

「あの男、エクセル・プランティードは評論家といわれているが、売国奴でしかも前科がある。以前も女性のひざにさわったという前科があって罰金を払っているのだ。」

「けしからんでありますね。」

「そうだろう。」

「でも...どうして?」

「われわれは、売国議員や売国学者の所在がすぐわかるのだよ。」

優花里の心に一抹の不安がよぎった。

その不安を察したかのように

「君は心配いらない。われわれの情報網をもってすれば君の仲間のいる場所もわかるかもしれないな。」

「ありがとうございます。」

「君の住むところをみつけないといかんな。」

「はい。」

車で案内され、部屋に通された。ビジネスホテルのようなこぎれいな部屋だった。

カーテンをあけると窓にはなぜか鉄格子がある。

「君は正体がよくわからないのでな。上司に相談したら機密にして、ここに住むようにとのことだ。食事はでるし、家賃はかからないから心配しないでほしい。それから例の事件は数日以内にテレビ放映される。君の知り合いが見るかもしれんな。」

優花里はなんとなく違和感を感じたが、

「はい。」といって笑顔で敬礼した。

 




ハポネプラム駅の「事件」は数日後にテレビで放送された。
キャゼルヌ家で沙織がそれをみて驚く。
「これって…。」
沙織は録画スイッチをとっさに押した。
沙織が良く知っているくせっ毛の少女が画面に映っている。
「経済評論家として知られるエクセル・プランティード氏がハポネプラム駅で逮捕されました。女子高生のスカートの中を盗撮したという容疑です。盗撮の被害を受けた女子高生のインタビューです。」
「盗撮されたようですが、どうしますか。」
「….。」
「突き出しますか。」
「はい…。」

「これってゆかりんじゃない!!」
「知ってるの?」
キャゼルヌ夫人がたずねる。
「はい。戦車道のチームメイトです。」
キャゼルヌが難しい顔をして画面をみつめる。
「この経済評論家を現行犯で突き出した男たち…なんか憂国騎士団のような気がするが…。」
「ユーコクキシダンってなんですか?」
「国防委員長トリューニヒトの影の軍隊と呼ばれる極右団体さ。亡命者差別発言や軍拡推進の発言、反戦団体への激しい誹謗中傷をおこなっている。意見の異なる者を暴力で押さえつけているという話だ。反戦市民団体や市民個人、運動家、政治家、軍人を路地裏で襲っているという目撃証言が報告されているが、マスコミはおそれて報道しない。暴力事件が起こった場合にやつらのプロテクターが落ちていることが散見されているといういわくつきの団体さ。」
「そんなこわい人たちとゆかりんはかかわりあいを持ってるってことですか。」
「うむ。かならずしもそうと決まったわけじゃないが可能性は高いとみていいだろうな。」
「それからテレビの画面…。」キャゼルヌは何か思い出したようにオルタンス夫人へ向かって
「おい、アルバムをもってきてくれないか。そう3年前ハポネプラムへ行った写真があるやつだ。」
「はい、あなた。」
オルタンスはアルバムをみつけて差し出す。
「この画面と、この画面」
「この写真とくらべてみてくれ。」
「へんですね。」
「この角度ではあんな写真はとれない。おそらく…。」
「合成画像!」
「そうだ。それに表情が能面みたいだったのも気になる。」
「もしかして…ゆかりんは利用されている?」
「そう考えていいだろう。テレビ放映することによってそのユカリって子の知り合いを探す協力をしているのかも知れないが自分たちが政治利用したうえに見返りとして恩を着せようって腹だろう。
やっかいなことになったな...。」
優花里が自分が発言してもいないことを合成画像で放映されたことを知るのはこの時点からかなり後のこととなる。


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第7話 ここはいったいどこでしょう...。

いや某アイドル育成ゲームとそのアニメではありませんが...

そしてⅣ号の砲手をしていた上品な華道家元の少女は...


「う、ううん...。」

黒いストレートの長髪の上品な少女は、上体を起こして起き上がろうとする。

彼女は

「はつ...。」

と小さく叫んで何かに気が付いたように左右に激しく頭を振ってあたりを見回す。

最初の校内試合で彼女がⅣ号戦車を初めて操縦した時のように、はげしい衝撃で気絶していたらしい。しかし、今度はどうやらⅣ号の中ではないようだ。

「ここはいったいどこでしょう...。」

 

「おい、これはどうしたことだ!」

黒い髪の少女はその声がしたほうへ顔を向ける。

彼女がいるのはもの置き場にされている暗い部屋だった。しかし、隣の部屋を仕切っているスライド式の扉が開けっ放しなので、照明が明るく差し込んでおり、テレビ画面も丸見えだった。

テレビに金髪の実年の男が映しだされ、黒髪の東洋人風の若い男性の肩をつかんでいる場面になる。その男の前には小学生くらいだろうか、少女がいる。黒髪の東洋人風の青年はとまどいの色を顔に浮かべている。

「紹介します。アスターテの英雄、ヤン・ウェンリー中将です。」

少女はヤンが政治宣伝に使われていて迷惑そうな表情をうかべていること、戦災孤児として紹介された少女の沈んだ表情をみのがさなかった。

「ヤン中将、花束を。」

少女はヤンに花束をわたすが、なにかいやなものを見るような沈んだ表情であった。

ヤンは少女の表情のそこにある彼女の気持ちを察し、悲しさとかすかな怒りを覚えた。

「この少女は戦災孤児なのです。この娘の父親は先般のアスターテ会戦で戦死したのです。祖国のために、自由と平和のためにその尊い命を捧げたのです。

このような命を無駄にしない方法はないのだろうか。それは戦って帝国に勝つことである。自称平和主義者どもは帝国との講和を主張するが専制的な絶対主義者との共存が可能と信じているようだがそれは妄想にすぎない。帝国に対する反戦主義などなりたちえない。わが自由惑星同盟が自由な国だからこそそのような主張が許されるにすぎないのだ。自称平和主義者どもは甘えている。自らは戦場にいきたくないという甘ったれの寄せ集め、利己主義者に過ぎないのだ。」

「そうだ!そうだ!」

周りの支持者と思われる群衆がはやしたてる。

「テルヌーゼン地区の補欠選挙には、ぜひともこのレイモンド・トリアチに一票を!個人主義でなく、公益を考えれば当然のことである。是非とも皆さんの賢明な選択をお願いしたい。それこそがあすへの勝利につながるのだ。

同盟万歳!共和国万歳!帝国を倒せ!」

同盟の国歌がハミングで唱和される。少女はうつろな目をしてうつむいていた。

そこへ、ナグラシッテという記者がたずねる。

「ところで、トリアチ候補、あなたの親族は当然最前線にいっておられるので?」

トリアチの表情はかたくなった。

他の記者も

「一説によるとリベートで兵役の..」と質問した。

トリアチは顔を真っ赤にする。

「くだらん。愛国者であるわたしを侮辱するのか。」

「そうだ、そうだ。」

「売国記者!こいつらをつまみだぜ。」

「トーリアチ、トーリアチ」

「ありがとう。ありがとう。」

ナグラシッテが質問した場面はもののみごとに削除されて放映された。

 

ナグラシッテは、会社に帰った。表札にはRiseliberta Newspapaer Co.Ltdとなっている。

ライズリベルタ社は、テルヌーゼンでもそれなりの部数を誇る中堅どころの新聞社だった。ナグラシッテは自分の机に向かい、記事をまとめようとすると、デスクに呼び止められる。

「ナグラシッテ、トリアチ候補に余計な質問をしたようだな。」

「え?」

「異論は認めん。それは記事にするな。じゃあわたしは帰るからな。」

デスクが帰った後、銃弾が一斉に撃たれた...。

翌日、過激派マフィアがライズリベルタ社を銃撃し、ナグラシッテ記者が死亡したという記事が掲載され、各紙は形ばかりの言論の自由の侵害は許さない旨の論説を載せた。

そのマフィアとされる男は「むしゃくしゃしてやった。どこでもよかった。」と発言している様子が放映された。

一方、ナグラシッテの上司であるデスクの端末にはearthと名乗る者の脅迫メールがとどいていた。

「ナグラシッテ記者の記事を載せるな。のせたらあすお前は海の上に浮かぶか、いずれにしろこの世から退場してもらうことになる。」

という文面であった。銃撃事故が起こった数時間後なぜかそのメールはデスクの端末から消えていた。気が変わって警察にとどけないようにするためだったが、もっとも警察もいたずらだとと言ってとりあわないのは目にみえていた。earthという送り主こそ、警察官自身が身の安全のために捜査を行うなという警告にもなっているからだった。

「ニュースをお伝えします。テルヌーゼン地区代議員補欠選挙の状況をお伝えします。国民平和会議のレイモンド・トリアチ候補は、支持率が15ポイント上昇して55%、反戦市民連合のジェームズ・ソーンダイク候補は、10ポイント落ちて支持率45%となりました。」

「逆転されちゃったじゃないか。」

「とんでもないことになった。」

「ヤン・ウェンリーの野郎!」

「みんな落ち着いて。あれはヤンの本意じゃないわ。みんなにも話したでしょう。」

「ジェシカ、そうは言うが現実にテレビに映って逆転しちゃったじゃないか。」

ジェシカはだまってしまった。

ガサッツ...

黒い髪の上品な少女は物音をたててしまう。

「だれだ。」

「...ここはどこでしょう...。」

「それは、こっちこそ聞きたいな。お前はだれだ。」

華には英語に聞こえた。しかし、そのまま日本語で答える。

「わたくし、五十鈴華と申します。」

どうやら帝国語ではないらしい。

「ワタクシ...だと?」

自動翻訳機をもってくると日本語の一人称単数のひとつであることがわかる。

「なんだなんだ?」

「変な娘がいる。もう数千年前に滅んだ言葉を喋っている。」

「わたくしの仲間はいないでしょうか?同じ服を着ていっしょに戦車に乘っていたのですが....。」

「戦車だと?トリューニヒトの野郎はここをかぎつけたのか。」

「おい、お前は、トリアチか憂国騎士団の手先か?」

「はやまらないで。この娘さんはなにも状況が分かっていないようだわ。」

「トリアチっておっしゃるのはあのテレビに出てた方ですか。」

「そうだ。」

「あの方はどのような方かはわかりません。しかし、あの女の子は、すごく悲しそうでした。またヤン中将という方もあまり嬉しそうに見えませんでした。お二人とも強いられてあの場にいるような感じでした。わたくしにはにおいといいますか、あのトリアチという方は理由はわかりませんがなんとなく信用できない方のように思えました。」

「そうか。そう思うか。」

「はい。わたくし、華道をやっています。華道には集中力と観察力が必要です。あの場面をいけ花にした場合、少女とヤン中将のお二人の悲しい気持ちは素直に表現できるのですが、トリアチさんを表現しようとすると、うまく言葉で言い表せませんが、においといいますか、なにか非常に違和感といいますか不安な気持ちがわきおこってくるのです。」

「へええ...といってもどうにかできることじゃない。」

「あの...わたくしのお友達にみあたりは?」

「ないな。」

「どうする?この娘。」

「仕方ないな。とりあえずうちらの仕事を手伝ってくれないか。食事はだすから。しばらくはここにいるといい。」

「はい。」

華は明るく答える。

「よく見るときれいなお嬢さんだな。」

「華道やってるんだってな。花を活けてくれないか。あんたと花があれば事務所もはなやいで前向きになれるかもしれないからな。」

「はい。」

華はほほえんだ。

「皆様を勇気づけられるのならお花を活けさせていただきます。」

(はやく「あんこう」のみんなに会いたいです。それまでのがまんです。)

翌日からビラまき、電話当番など華は反戦市民連合の事務所で手伝うことになった。

 




華は反戦市民連合の事務所を手伝うことになったが、どうにか普通の仕事を紹介してもらうか、あんこうの皆に会う手がかりをどうにかしてつかめないか祈るような気持ちだった。

華のイメージにぜんぜん合いませんが、どこで5人を会わせるか考えていたときにこういう話になりました^^;。その後気が変わったのですが、ほかの案が思いつかなかったので...ご容赦を...
イゼルローン要塞のトールハンマーをぜークトの旗艦に狙いを定めて撃つ役にいきなりだそうかなとも考えましたが、なんかいきなりだとさすがに脈絡がないし、「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」という形になるのでやめました。


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第8話 少し疲れたので外出いたします。

ヤンはユリアンと久しぶりにレストランで食事をしていた。
店主に、「ヤン中将ですね。」
とたずねられ、
「そうだが。」と答えると
「お客様が、サインをと。」と求められる。
「いまプライベートなので。」
と断るものの繰り返し、女性二人組を指して
「あのお客様がサインをと。」と
求められたので、やむなく差し出された手帳にサインすると店主が指を鳴らし、照明が落とされる。
「ヤン中将万歳!」の掛け声といきなり国歌が歌われだした。
(これはまいった)
「出ましょうか。」
「そうしよう。」
とそそくさとヤンとユリアンはさっさと会計をすませ店を出た。


「こんなもの町の美観を損ねるだけなのに。」

いらついて、選挙の電子ポスターをヤンは指でたたく。

ヤンはユリアンとともに食事から帰る途中、あまり明るくない側道にさしかかった。

路地裏にはいると

ビシッツ、ビシッツと皮膚のこすれる音やにぶい殴打音が聞こえる。

「けんか…でしょうか?」

ユリアンがヤンに話しかける。

「そう…みたいだな…。」

道路のガード下の通路からプロテクターをつけた男があらわれる。

「憂国騎士団!」

ヤンとユリアンはそのガード下へ向かっていると一人の若い男をよってたかって殴りつけているところだった。

「やめろ!何をしている!」

憂国騎士団のリーダーの男が「ひきあげろ!」

といい、クモの子をちらすように逃げていった。

ヤンとユリアンは駆け寄り、

「君、大丈夫か?」

と声をかけ、若い男を助け起こす。

若い男はぜいぜい言いながらも吐き出すように

「アーノルド・ストリートの…反戦市民連合の本部へ…。」

とつぶやいた。

ヤンは「わかった。しっかりしてくれ。」

腕をつかんで肩で背負う。

「ユリアン、手を貸してくれ。」

「はい。」

かついでいき少し広い路地を出るとヤンはカードを発光させ無人タクシーを呼んだ。

若い男を乗せると運転席に座りウィンドウを閉じる。

「ユリアンはホテルへ帰っていなさい。早く寝るんだぞ。」

亜麻色の髪の少年はやや不満そうな色をうかべたが仕方なくホテルにもどることにした。

 

「近所のビラ配りと食事へいってきます。」

華は事務所の皆に告げる。

「そうだな。ずうっとここにいては息が詰まるからな。この店とこの店がおすすめだ。いってみるがいい。」

華は笑顔でうなずいて「ありがとうございます。」と告げて出て行った。

静かな事務所にカチャカチャとパソコンのキータッチ音がする。

そこへ自動ドアがひらき、若者をかついだヤンがあらわれる。

事務所の男たちは驚き

「ヤン・ウェンリー!」

と叫ぶ。ヤンは若い男をソファに寝かせようとした。

「きさま、ピーターになにをした?」

「あわてるな。憂国騎士団に襲われていたんだ。」

「ヤン!」

ジェシカが上の部屋から降りてくる。

「ひどい傷だが、骨折はしていないようだ。」

「ヤンを応接室へ案内して。」

「わかった。」

ヤンは広い部屋に通された。

 

しばらくするとジェシカと反戦市民連合の運動員は金髪の温和そうな男性をつれてくる。

「ジェームス・ソーンダイクと申します。ヤン中将、うちの運動員を助けてくれたそうだね。本人にかわってお礼をいいます。」

「ヤン・ウェンリーです。」

ヤンが手を差し出すと、ソーンダイクの運動員の一人がカメラのシャッターを数回にわたって切る。

ジェシカは「やめなさい。」

ととめた。

運動員は

「これを発表すれば主戦論者の連中にひとあわふかせられるんだ。どうして?」

「そんなことをすれば、あの連中と同じになってしまうわ。それから先日のテレビのヤンと少女の表情はどうおもった?。」

「どうおもったって?」

「ヤン中将は政治に利用されるのが好きじゃないの。」

「もうしわけない。本当にそうなんだ。こないだはうかつだった。赦してほしい。」

ヤンは運動員たちに頭を下げた。

ヤンがジェシカと出かけると華が帰ってきた。

「おお、おかえり。」

「皆さん、ただいま。」

華は自分の席に戻って宛名書きのつづきをはじめた。

 

数日後、ソーンダイク候補は、運動員たちに

「トリアチが軍需産業から多額の献金をもらい、テルヌーゼン市議時代に入札情報の漏洩や、親族の徴兵逃れの工作を行い、トリューニヒトに多額の献金をしていることがわかった。」

と伝えた。

「それを演説に使いますか?」

「正々堂々と論戦を挑むにいいかともおもったが、誹謗中傷ととられるし、コンプラレール紙やリストレエコノス紙なんかは大々的に意見広告を出し、風評被害だという大キャンペーンをはるだろう。うちのサイトにDdos攻撃や抗議電話やFax、eメールが多量に送られてきてその対処に無駄なエネルギーを使うことになるだろう。」

「それも…そうですね。」

「最近、ライズリベルタ紙社屋の銃撃事件は知ってるだろう。それもあるから取り上げてもらえるかどうかわからないが、これをマスコミに伝えてほしい。そのような候補が代議員としてふさわしいのか市民たちに考えてもらいたいのだ。」

「そうですね。無駄かもしれませんがやるだけやってみます。」

 

さて選挙の前日になった。その前の日は雨だったがうそのように晴れている。

午前9時30分、ナイトクラブの経営者のションソン・ガーネットは、中心街へ向かった。彼はマフィアの手下で、トリアチやテルヌーゼンの警察署長エドガー・ハーデイングとも通じていた。

10時50分、ジュリア・アマンダがテルヌーゼンの西部地区に向かって車を走らせていた。エブリー・プラザにさしかかったとき、行く先にトラックが止まっていた。

「こまったわねえ。早くいかないかな。」

トラックからは二人の男が降りて、なにやらライフルのようなものを箱に入れて降ろして草むらのほうへ下って行った。トラックはそれから移動したのでアマンダは不審におもったが通りすぎて、車を走らせたときには、

「さて、何を買わなきゃいけないかな。」と本来の用事である買い物のことを考えはじめた。

正午になった。

新聞記者であるデニー・ワーズは、ジョンソン・ガーネットとブエノアイレ・ホテルで鉢合わせた。

エブリー・プラザをよごぎっている陸橋上の線路を整備していたバウワー・ヤングは、ハポネプラムのナンバーのついた三台の車がメイン通りからみて草むらの死角に隠されたのを見る。運転している二人の男のうち一人は携帯端末でなにやら連絡をとっている。

ソーンダイクの支持者だったエドワード・ハフマンは、ビブリオストック社のビルの西側に車をとめて、ソーンダイクの選挙カーを待っていた。ここからは公園の柵の向こう側までみわたせる。

縫製工場につとめていたキャロライン・ウオーリーは、同僚に話しかける。

「お昼だね。」

「そうだね。どうする?」

「近くにおしゃれなカフェがあるの。ランチ食べにいってくる。」

「わたしもつれてって。」

「いいよ。」

キャロラインは笑顔で答える。対面の赤レンガのビブリオストック社のビルの六階あたりに二人の男がいて、一人はライフルをかまえているのを見る。

「なんか、ものものしいね。」

「いこ、いこ。」

キャロラインと同僚は、その男のことを頭からおいはらって、そのビルの反対側にあるお目当てのカフェへむかった。




OVAだとソーンダイク候補は事務所の爆発に巻き込まれて死亡しますが、本作では相手候補のスキャンダル情報をつかみました。しかし、その情報が的確に公開されることさえもあやぶまれるほどマスコミが統制されていました。「まだ雨はふりだしてはおらんが雲の厚さたるや大変なものだ。」とビュコック爺さんが評していたようにです。
同盟では「盗聴の記録自体は証拠能力がないし、人権侵害として訴える材料になる。政府に同盟憲章を尊重する気があればだが...」「民主主義の建前を公然と踏みにじることは出来ませんわ。いざというとき武器に使えます。」だそうですが、前者に証拠能力があって、憲法や民主主義の建前を...おやだれか来たようだ。


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第9話 この街で花を咲かせます。

そして白昼堂々事件が起こった...。


キャロラインたちから5mほど通りの南にいた高校生のアレクセイ・ロウィも同じ男をみていた。

12時25分。

キャロラインたちが食事を終えて戻ってくると、ビブリオストック社ビル一階の玄関に挙動不審な男をみかける。これがジョン・ハーベイ・ブースだった。

ビブリオストック社二階にいたハインリヒ・ジョニーは、いきなり電灯が消えて驚く。

「停電か?」

電話会社にといあわせようとする。

ツーツーという音がするだけだった。自分の携帯端末も同じだ。

無線装置もためしたが使えなくなっていた。

12時半。

ソーンダイク候補を乗せた選挙カーはビブリオストック社を赤いレンガのビルをすぎてゆるい下り坂を下りはじめる。すると、銃声が響いた。

後ろのビブリオストック社ビルの六階と、前の草むら、公園の柵、いずれも通りの下り坂からは死角になる。エドワード・ハフマンは、柵の向こう側からソーンダイクを撃っているとおもわれる男がいるのを貌はわからないもののみかける。

 

ジェームズ・テイトは、恋人、事実上の婚約者に会うためにエブリー・プラザに来ていた。キャロラインたちがランチに使ったカフェで会おうと約束していたのだ。

群衆がつめかけていたために、車をとめて、鉄道の陸橋の支柱脇で待ち合わせることにした。

ソーンダイクの選挙カーが現れると銃声がする。

銃弾が何発かソーンダイク候補、それも頭部や胸部に命中し、ソーンダイク夫人は

「あなた、あなたぁ」

と絶叫する。

テイトも群衆もライフルが発砲されていることを悟ってとっさに身をかがめる。

「いってえ...何だ??」

テイトは頬に何かが刺さったような痛みを感じて、頬をてでさすった。

べっとりと液体のようなものが手についた感覚がしたので、思わず手のひらをみつめてしまう。

「!!」

(血だ...どうして?)

(流れ弾?)

そばの支柱に弾丸があたって、一部なくなっているのに気付く。

どうやら支柱の破片が飛び散って頬にあたったようだ。恋人に電話する。

「もしもし、事件に巻き込まれて、けがをした。これから警察と病院へ行かないと...ごめん。」

「なんか騒がしいわね。」

「撃たれた人がいるみたいなんだ。こっちはおおさわぎだ。危険だからここへ来ないほうがいいと思う、自分も目撃したし、流れ弾が近くに当たって飛び散った破片でけがをした。」

「そうなの。残念ね。」

「ほんとにごめん。自分も残念だ。」

さて、鉄道員のバウワー・ヤングも銃声がしたときに草むらから銃によるものと思われる煙が昇ってくるのを見た。

デニー・ワーズは、群衆のなかに黒いレインコートを着た男を見た。ソーンダイクが撃たれた瞬間に傘を開いて高く上げていた。しかし撃たれた直後に傘をたたんでステッキのように持ち替えた。

刑事は部下たちに命じた。

「草むらと柵の向こう側をさがせ。」

警察官たちはエブリー・プラザの草むらと柵の向こう側をさがすが、もうそのときにはだれもいなかった。証拠を残さず不審な男たちはすでに立ち去っていた。

そして背後のビブリオストック社ビルが捜査されはじめた。

「緊急ニュースです。ジェームス・ソーンダイク代議員候補者が頭部を狙撃され重体のようです。」

ソーンダイクの事務所では悲鳴が上がる。

「明日投票日じゃないか。」

「候補者が死亡した場合、三日前なら代わりの候補者を立てることができる。しかし、前日では...。」

皆が暗い顔になる。しかし、ジェシカが皆を励ます。

「まだ亡くなったわけじゃないわ。」

しかし、30分後に病院にかけつけた運動員の一人が

「ソーンダイク候補はなくなられました。頭を撃たれ即死に近い状態だったそうです。」

と仲間たちに伝え、みな悔しそうに叫び声をあげ、机をたたいた。

「対立候補の国民平和会議のレイモンド・トリアチ候補の声明です。」

「ソーンダイク候補は、口先で平和をとなえても結局無力であることを証明したことになるが、しかし、一方で言論を暴力で押さえることはこの自由の国にふさわしくない行為であるのは論を待たない。わたしは、この行為に対し、抗議を表明するものである。犯人の一刻も早い検挙に積極的に協力するものである。」

「いい気なもんだな。」

「やつは笑いが止まらないだろう。」

 

防音処理がほどこされた狭い部屋で数人の男がなにやら密談している。

「犯人のめぼしはついているだろう。」

「はい。例のジョン・ハーベイ・ブースですね。」

「しかしやつは内情を知っている。下手に口を開いたら...。」

「消しましょう。もう手筈はついています。」

1時間後。ニュースが流れる。

「犯人は、ジョン・ハーベイ・ブース。ビブリオストック社の六階からソーンダイク候補を狙撃した模様です。凶器のライフルと、薬莢がみっつ発見されました。」

華がいう。

「この人は犯人じゃありません。」

「じゃあだれなんだ。例のにおいなのか。」

「はい。もっと詳しく調べるべきです。」

「でももうソーンダイク候補は戻ってこないんだぞ。」

翌日、レイモンド・トリアチの無投票当選が決定したとの二ユースが流れることになる。

トリアチの選挙事務所では支持者が万歳三唱していたがテレビにはさすがに放映されなかった。

かわりに、

「当選を素直に喜べない暴力行為に強く抗議する。わたしの当選はけがされた。」

と表明する怒りに震えてみせるトリアチの顔が放映される。しかし、見る人が見ればときおり口もとにかすかな「ゆるみ」が数回にわたりあらわれるのを隠しきれていない。実際、華やソーンダイク事務所の運動員たちはその微妙な「ゆるみ」を見逃さなかった。

ジョン・ハーベイ・ブースは、ビブリオストック社の裏口から自分のアパートへタクシーをひろって帰ろうとした。しかし、アパートの前にいたのは、テルヌーゼン市警巡査のティルピッツだった。

「....。」

ティルピッツは下卑た笑みを浮かべて

「ブース、ソーンダイク候補暗殺犯として逮捕する。」

「話が違う。アリバイがあるから安心しろと...。」

「ふん。そんなことが通用するとでも思っているのか。」

「これでも、そういい続けるか?」

ブースは、銃をティルピッツに向けた。

すると銃声が響いた。ブースは必死に避けようとして、撃った銃弾のうち数発がティルピッツに当たった。ティルピッツは間もなく死亡した。ブースは、ティルピッツ殺害とソーンダイク候補暗殺の疑惑でテルヌーゼン市警に拘束され、12時間以上にわたる尋問を受けることになった。自分がソーンダイク候補暗殺の犯人ではないと主張しつづけたが、聞き入れられず、地下駐車場から刑務所へ移送されようとしたときだった。

ぎょろりとした目の男が笑みをうかべてブースをみた。

バーン、バーン

銃声がひびき、ブースは倒れた。

男はつかまり、ションソン・ガーネットであることがわかった。

ジョンソン・ガーネットは、

「あわれな、ソーンダイク夫人の敵を討ったのだ。」

と繰り返すだけだったが、マフィアの部下という前歴を知っている者は疑惑の目を向けていた。ガーネットは、ブース殺害とソーンダイク殺害事件について取り調べを受けた際、

「当日は、新聞記者のデニー・ワーズにブエノアイレ・ホテルで会っている。聞いてみればよい。」と証言した。

デニー・ワーズとホテルの従業員たちが呼び出され、

「ガーネットは確かにいましたが…20分か25分ほど姿が見当たらない時間帯がありました。ソーンダイク候補が殺されたと知らせてくる人がいて、ガーネットもそのとき帰ってきました。暗殺事件のことを聞いて驚いた顔をしましたが、なにか興奮しているようでした。」

と証言した。その後、ジョンソン・ガーネットも一週間しないうちに拘禁された場所から姿を消して行方不明になった。

一カ月後。とある漁船

「なんか、におうな。」

「あ、あれは...なんだ?」

その物体は、すっかり膨らんで死臭を放ちながら浮かんでいた。

「人の死体のようだが...このにおいなんとかならないか?」

「海上保安庁に連絡しよう。」

身元を確認したところ、ジョンソン・ガーネットであることが判明した...。




「お嬢さん、今までお疲れさま。あまり大きな額じゃないが...。」
そういって渡された額は15万デイナールだった。
貧乏事務所では破格の金額であることを華は悟る。
「ありがとうございます。」
笑顔で礼を言う。
「そうだ、うちのビルの一室を貸すから華道教室をひらかないか。評判がいいから続けてくれ。」
「ありがとうございます。この街で花を咲かせて見せます。」
運動員たちは、うんうんと好意的な笑みをうかべつつうなづく。
「わたくし...。」
「ん?」
「あの事件納得いきません。調べていきたいと思います。」
「お嬢さん、それはやめたほうがいい。命にかかわるかもしれん。」
「皆さんはそれでいいんですか?」
「いいわけじゃないが...。」
「わたくし、なんとかしたいんです。」
「そうか。ありがとう。みんな悔しいと思っているんだ。お嬢さんがそういう気持ちでいてくれてうれしいよ。そうだな、いっしょに事件を解明して敵を討とう。」
華は、ソーンダイク事務所の運動員たちと固く握手をした。そしてあるビルの一角を借りて華道教授を開業した。そしてこの事件を調べ始め、ハポネプラムナンバーの車があることに気づきそれを探すことにした。


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第10話 アスターテ会戦分析します。

さて、時間はさかのぼって、「別世界」のアスターテ会戦のヒューベリオン艦内の浴室からあがったみほは...


浴室に入っている間にきれいに洗濯されたあんこうマークが背にえがかれたパンツァ―ジャケットに袖を通し、白いプリーツスカートをはく。

「フレデリカさん、ありがとうございます。」

フレデリカはほほえんで答える。

「いいえ。ここはお風呂に入っている間にお洗濯が終わる高速ランドリーがあるから気にしないで。」

「ヤン提督にうかがったわ。あなたははるかな過去からきたようだと。」

「そうみたいです。友達ともはぐれてしまったようで...。」

みほは悲しそうにうつむいて、それからフレデリカのほうをむき、話をつづける。

「実はここへ来る前に、灰色のテイコクグンという艦隊のエルラッハさんという方の船にいて、拷問をうけました。その方に「前へ進んでください。」と言っても無視されて、針路を反転したのです。そうしたら、皆さんの艦隊からの砲撃が命中して、その船が爆発したのに、気が付いたらここにいたのです。」

「そう。不思議なこともあるものね。」

このことをフレデリカはヤンに話すと、ヤンは何を思ったのか

「ミス・ニシズミ。」

とみほを呼び出す。

「ヤン...提督ですか?」

「そうだ。提督だの閣下だのめんどうくさいな。わたしは本当は歴史学者になりたかったんだ。まあ、ほかの者の手前、そうしか呼びようがないもんな。で、ミス・ニシズミ」

「えっと...そういえばわたしも呼びようがないですね。みほ、じゃあなんか恋人を呼び捨てしてるみたいだし、みぽりんじゃ...。」

沙織のことを思い出してみほはおしだまる。

「だいじょうぶか?ミス・ニシズミ。」

「はい...ちょっとお友達のことを思い出しちゃったんです。ごめんなさい...。」

「中尉から聞いたよ。帝国軍のあの反転した艦隊のなかにいたのか...不思議なことがあるものだな...そのとき反転しようとする司令官に前進するように話したっていうことだが。」

「はい。スクリーンをみて。艦隊をひろげて後ろから撃とうとすることがわかったんです。」

「!!」

「ミス・ニシズミ」

アスターテ会戦の陣形図の最初の場面をヤンは見せる。

「これをどう思う?」

「ヤン提督がいらっしゃる...」

「同盟軍」

「同盟軍は、敵を包囲するには都合がいいですが、相手のテイコク軍は、一つ一つの艦隊をつぶすチャンスです。」

「そうだ。」

「ところで、この時点で、本当にこの配置だとわかっていたんですか?」

「これは、状況証拠や、わずかな索敵データから考えたわたしの案だ。結果的にこれは正しかったんだが、同盟軍の索敵は十分でなかったのは否定できない。」

みほはうなずいた。索敵が十分にできない試合は苦戦した。

アンツィオ戦では偵察でデコイを見破って、それからは自分たちのペースで勝つことができた。プラウダ戦では勢いに任せた結果、陽動による包囲にさそいこまれ、絶体絶命におちいった。このときも逆転の契機はあの3時間で敵の配置を把握したからだ。

「確実な敵の位置を素早く知る方法は…。」

「帝国の妨害電波をすりぬけて通信可能な高速移動する偵察衛星を飛ばすことも提案したが却下された。曰く「数の上の優位がある、なぜそのうえ負けない算段をしなければならないのか。君も議長の前で、指揮官の能力差も数の優位で補いがついてしまうと言ったではないか。」とね。それに最後に分かった帝国軍の艦隊配置、そして自分が帝国軍の指揮官だったらとるであろう手段を考えた場合、確実な索敵を行っている時間がないなとおもったんだ。相手は高速で各個撃破をしかけてくることは目にみえていたからね。」

みほはうなずいた。索敵している間、たとえば、敵がいないからと優花里を偵察に出したところを敵に攻撃されたら元も子もない。

「あの...それぞれの船の数はどのくらいありますか?」

ヤンは指をさし、

「第2艦隊15,000隻。第4艦隊12,000隻、第6艦隊13,000隻だ。帝国軍と同盟軍の時間的距離は推定6時間程度。これだけの距離があって、すでに強力な妨害電波が発信されていたので、完全な索敵を行うには短いんだ。」

「わたしがテイコク軍なら、最初に第4艦隊を集中攻撃、それから第6艦隊を...。」

「わかった。ミス・ニシズミ。もし同盟軍なら?」

「索敵を十分にします。敵は各個撃破を狙ってくるはずですから、艦隊の配置は...。」

ヤンは驚いた。自分の作戦案とそっくりだったからだ。

「もし、包囲網を完成する前に第4艦隊が攻撃されたら。」

「この時間的距離なら間に合いません。だから第2艦隊と第6艦隊が合流して...。」

「わかった。ミス・ニシズミ。」

「まずかったですか?」

「そうじゃない。その逆だよ。」

「戦車道でも戦争の歴史を勉強するんです。でもわたしは、個々の戦いの作戦の面白さはわかっても、お姉ちゃんみたいに歴史の全体の流れを...。」

みほはだまりこむ。その表情が沈んでいる。

「ミス・ニシズミ?」

「えへへ...。ごめんなさい。」

 

「そうか。そんな少女が突然現れたのか。信じがたいが君がいうのならそのとおりなのだろう。」

「はい。本部長。これは機密に属することなので下手に漏洩させないようお伝えした次第です。」

「うむ。彼女を亡命者としてあつかう手続きと生活のことを考えてやらないといけないな。」

「幼稚園の先生になりたいそうです。先ほど申し上げたように彼女の軍事的才能は優れていますが、本人の希望をかなえてあげたいのです。」

「そうだな。しかし、当面の生活のことを考えてやらないといけないだろう。やむを得ないな。君の艦隊付の事務員ということにしよう。しかし、それだけの才能があるなら君のように生活のために士官学校へいくという手もなくはないぞ。」

「いえ、本部長。軍人なんてろくでもない稼業だと申し上げているじゃないですか。ましてや彼女は高校生の女の子ですよ。彼女が銃をもって戦う姿なんて考えたくありません。」

「そうだな。」

白髪で黒い肌の統合作戦本部長は、豊かなバリトンで答えた。その声音と表情には、かわらんなぁというという気持ちと将来を嘱望すべき有能な愛すべき生徒が、有能なだけでなく、あくまでも市民のための軍人であるという精神を体現しようとする指揮官に育ったことに対しての感心が含まれていた。

 

こうしてみほはヤンの分艦隊付の事務員となり、幼稚園の先生になる勉強をしながらフレデリカの手伝いをすることになった。




デスクワークが苦手なヤンは、みほの生活は救済できたものの、「亡命」手続きについてはあまりの例外的な出来事に心を痛めつつもどうにもならずに放置することになってしまった。

一応「田中芳樹を撃つ!」の板には目を通してヤンが索敵重視を進言せずに自分の作戦案を提案した理由を考えてみました。



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第11話 こっそりジャイアン作戦です。

さて、ひさびさにヤンがハイネセンの自宅、高級士官の官舎へもどって数日後、アスターテ会戦の戦没者の慰霊祭が行われることとなった。
当日、控室の鏡でネクタイの位置を整えているやせぎすで優男風の国防委員長のところへ、黒い肌をした白髪で巨躯の統合作戦本部長がやってきて何やら報告をはじめた。
「何?ヤン・ウェンリー少将が欠席だと?…本当かね本部長?」
「アスターテ会戦で受けた傷と疲労が癒えていない、とのことです。」
「ほお、そんなに重傷とは知らなかった。ふむ。十分に養生するようトリューニトが言っていたと伝えてくれたまえ。」
「はつ。我々は先に席のほうへ行っております。」
「うむ。」

トリューニヒトは秘書官につぶやく。
「ヤン少将がそんな重傷とは聞いていないぞ?」
「はい。かすり傷程度だったという話ですが…。」
「とにかくアスターテの英雄のくだりは変更だ。すぐに書き直したまえ。」
「はい…。」


「委員長閣下のありがたいおおせだ。すぐにヤンに伝えてやってくれたまえ。」
「はぁ…わたしがですか?」
「そうだ。ああ、それからわたしからの伝言だ。仮病をつかっておらんで、早めに本部に顔を出せと。」
ヤンが士官学校時代に校長だった現統合作戦本部長は、なにやら少し思い出して微笑みを浮かべる。
「まったく。士官学校のころから手口に進歩のない男だな。英雄が実は仮病使ってましたなんて話せんだろう。」
元校長の隣で、士官学校の先輩だった男も苦笑せざるをえなかった。



トゥルルルル…。

「はい。」

亜麻色の髪の少年が受話器をとると、ヴィジホンの画面にキャゼルヌの顔が映る。

「ユリアンか。ヤンを呼んでくれ。」

「少将?キャゼルヌ少将からです。」

ヤンは、キャゼルヌから慰霊祭で起こったことと、シトレの伝言を聞いた。

「そうですか。お見通しとはね。」

「まあ、そういうことで。シトレ本部長はともかく、トリューニヒト委員長は不愉快かもしれんな。アスターテの英雄にすっぽかされては。」

「だれが英雄ですか?」

「いま、わたしと話している人物さ。なんだ?ニュースもみていないのか?マスメディアはこぞってそう伝えているぞ。」

「敗軍の将ですよ。わたしは。あの戦争で何万人死んだと思ってるんです??」

「だからこそ、英雄が必要なのさ。市民の目をそらすためのな。そんな英雄にされるのが嫌なら欠席もいいだろう。まあ、あの男の下品なアジ演説を聞かされて、こっちも病気になりそうになったがね。繰り返すが、本部長は、早めに本部へ顔を出せということだ。確かに伝えておいたぞ。」

「はいはい。」

プッン…

「キャゼルヌ少将もあまり国防委員長のことはお好きじゃないようですね。」

「まともな神経があれば、トリューニヒトが好きなんてやつはいないさ。で、趣味の悪くない私としてはだ、ユリアン、シロン星産の紅茶を…。」

「あの?ところで提督、この女の子は?」

「あ、忘れていた。ユリアン、ミス・ニシズミだ。」

「あ、あの….ユリアンさん、ですか?」

「そうですけど…。」

「わたしは、西住みほです。はじめまして。よろしくお願いします。」

「どうしたんですか、提督?」

「アスターテ会戦のさなかに旗艦の中に突然現れたのさ。」

「なんですか?それってSFみたいですね。」

「そうなんだ。わたしも彼女自身も驚いている。彼女にはミス・グリーンヒルの手伝いをしてもらっているのだが、ミス・グリーンヒルがひさしぶりの休暇で自宅へもどるので預かったんだ。」

「え?女性同士でグリーンヒル中尉のところじゃだめだったんですか?」

「う~ん、今は直属の上司と部下ってことになっちゃうからね。お互い気を使うし、だからといって彼女の存在は機密だからやたらなところには預けられないし、一人にするのは危険すぎるし…消去法だね。」

「そういうことですか。それならわからなくもないですが…しかし、僕と提督って、その手のことは信頼されるみたいですね。」

「そう…だな。手籠めにするみたいなことは考えられないんだろう。この場合はすなおによろこんでおくべきなんだろうね。」

 

「くしゅん。」

「どーした?ポプラン?」

「な~んかうわさされたような気がするんだが…。」

「夜遊びばっかしてるせいでかぜっぽいだけだろ。もっともいくらうわさされてもおかしくないが…。」

「ほっとけぃ。」

 

みほとユリアンとヤンは別々の部屋で寝て、翌日ヤンは統合作戦本部へ出頭した。

「かけたまえ。」

グリーンヒル総参謀長にすすめられヤンはすわろうとする。

黒い肌をした白髪で巨躯の統合作戦本部長がバリトンを響かせる。

「ところで、ヤン少将。」

「はい。」

「新たに編成される第13艦隊の司令官に就任してもらう。」

「艦隊司令には、中将をあてるのでは?」

「アスターテで生き残った兵に新兵を補充した艦隊だ。艦艇6400隻、人員およそ70万人。通常のおよそ半数の艦隊だ。」

「その最初の任務はイゼルローン要塞の攻略だ。」

「寄せ集めの半個艦隊であのイゼルローン要塞を落すのですか?」

「そうだ。」

「可能だとお考えですか?」

「君にできなければだれもできん。」

「勝算がないかね?」

「…。」

「これに成功すれば、国防委員長の感情はともあれ、才能はみとめざるをえんだろう。」

ヤンは立ち上がって敬礼し

「微力を尽くします。」

と答えた。

 

第13艦隊のイゼルローン攻略については同盟軍内でまたたくまにうわさが広がった。その数日後、統合作戦本部で自分の執務室に向かう途中の廊下でヤンはアッテンボローと鉢合わせる。

「ヤン先輩。」

「ああ、アッテンボローか。」

「ヤン先輩の第13艦隊のイゼルローン攻略の話ですがね…。」

とアッテンボローは切り出して、どのように話が伝わってるか一部始終を説明する。

「それで…ほかの艦隊司令官がたがですね…ヤン先輩の艦隊がイゼルローンを攻めるって聞いて、おむつも取れない赤ん坊が素手でライオンを殴り殺そうとするようなものだって言って酒の肴にしていたらしいんですがね。」

「ん~、正確な論評だね。」

「そ、そうですか?でも第5艦隊のビュコックの爺さんが一言言ったらみんな黙ったらしいですが…。」

「ほほお。」

「どうです?今夜あたり、人の肴になってないで一杯いきませんか?」

「あ、いやあ、すまないが、アッテンボロー、今度にしてくれないか。」

ヤンは首筋あたりをかきながら言うや、右腕をひろげて

「出動まで日がなくて、まるでひまがないんだ。」

「おっけー、じゃあ次の機会に。」

 

執務室へ入るとまもなく

ピポピポーン

予鈴がなった。

「どうぞ。」

ドアが開くと、栗毛色のボブヘアの少女が立っていた。みほは、フレデリカ付きのアルバイトということになっている。だからヤンの権限が及ぶ範囲に限って自由に軍関係への施設に出入りできることになっている。

「あのう…。」

「ミス・ニシズミ?。」

「はい。」

手招きすると、みほはヤンの執務室へはいろうとして、

「あっ。」

ドシャーン…

「いたた…。」

つまずいて、どこかの赤いリボンをつけたアイドルのようにしりもちをついてしまう。

「だいじょうぶか。」

「だいじょうぶです。」

「なんかすまないなあ。ミス・ニシズミにこんなことを考えさせて。」

ヤンはみほがイゼルローンをどう攻略するのか参考に聞きたいとおもって資料をわたして考えさせていたのだった。また同盟の科学技術で何が可能かも教えておいたのだ。

「いえ。作戦を考えるのはきらいじゃないので。」

「で、どんなことを考え付いた?」

「あのう…ひとつはごっつんこ作戦です。」

「で、どうするんだい。」

「小惑星を光の速さに近いスピードでぶつけるか、イゼルローン要塞の場所にいきなりワープさせてごっつんこ。味方はだれも死なないで済みます。」

「なるほど。ミス・ニシズミ。それだけじゃあないだろう。」

「はい。もし、イゼルローン要塞をこれからも使いたい場合の作戦も考えました。」

ヤンは続けるように無言の合図をする。

「帝国軍の軍艦をつかって、帝国語の上手なとっても強い...お兄さんたちを帝国軍の兵隊さんのふりをさせてしのびこませるんです。それで要塞の内部のコントロールをのっとっちゃいます。」

「それからおまんじゅう作戦です。艦隊を散開させながら要塞の砲台の有効射程ぎりぎりにひやかすように攻撃しながら背後にまわりこませます。同時に要塞のまえのほうに小惑星を近づけてその引力でイゼルローン要塞の「海」をお月さまが満ち潮にするようにひっぱります。要塞の「海」がおまんじゅうのようになると薄くなるところが出てくるので、そこを爆破または集中攻撃して穴をあけます。その穴へ艦載機とやっぱりすごく強いお兄さんたちに侵入させて、要塞をのっとっちゃいます。」

「その場合、駐留艦隊を封じ込められないと反撃される可能性があるね。」

「はい。だからこのように配置します。」

「なるほど、わざと逃げ道を開けておくのか。」

「はい。」(プラウダ戦で大洗がされたことの応用です。)

(いずれにしても、やはり…問題は要塞を内部から制圧可能な白兵戦部隊の確保か…)

「しかし、よく調べたね。ミス・ニシズミ。」

「基本中の基本です。」

みほは微笑んで答える。

「そうか。一本取られたな。じゃあ二番目の作戦名はどうする?」

「え~と、こっそりジャイアン作戦っていうのはどうでしょうか?。」

「おもしろいね。ありがとう。大いに参考になったよ。」

「そうですか。うれしいです。」

「うん。実はわたしも同じような作戦を考えたんだ。堅牢な要塞は内部から侵入させて制圧するしかないと。その場合、ミス・ニシズミの言うように「すごく強いお兄さんたち」を確保する必要がある。」

「そう思ったんです。外からだと砲門はないけどトール…というカールみたいな大砲を撃たれてたくさんの人が死にます。」

「ありがとう。ミス・ニシズミ。相談してよかったよ。何をすべきかはっきりした。これからも中尉を手伝ってあげてくれ。」

「はい。」

みほは微笑んで退出した。

 




ヤンはひょんなことから帝国語に堪能な「すごく強いお兄さんたち」の確保に成功。みごとイゼルローン要塞を無血占領し、中将に昇進することとなった。

みほの作戦名は「ひらがな」的な表現なのでかなり考えましたが、「パラリラ」作戦みたいな、おっさんホイホイ的なネーミングもあるので、ジャイアンもありかなと考えました。



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第2章 数奇な運命です。
第12話 事件です。 


「なんだ、あの少女は?」
キャゼルヌがフレデリカの執務室やヤンの執務室に出入りするみほを見かけて、軍の事務員に話しかける。
「なんでも最近フレデリカ中尉の下で働くことになったアルバイトさんだそうですよ。」
「そうか…。」




キャゼルヌは、フレデリカの手伝いをしている栗色の髪の少女が気にかかった。

沙織と同じあんこうマークのパンツアージャケットに白いプリーツスカート、

どうかんがえても関係がないとは思えない。

「ヤン。この娘とどこで会ったんだ?」

「実は、アスターテ会戦のさなか、敵を背面展開で攻撃しようとしたときに突然艦内にあらわれたんです。こういった事態は機密なのでどのように手続きするか困っているんですよ。」

「困っていたって??全く。お前さんが用兵学では右の出るものがいないというのも認めるし宇宙で屈指のすぐれた指揮官であるのもみとめるが、それ以外はほんとうに困ったやつだな。」

キャゼルヌはしばらく考え込んでいたが

「わかった。彼女を亡命者として手続きをする。ところでな、実は俺のところにも不思議な少女が家の中に突然あらわれたんだ。」

「キャゼルヌ先輩、それは初耳ですよ。」

「しかも、あの娘と同じこういう服を着ていたんだ。」

背中にあんこうマークの描かれたパンツァ―ジャケットと白いプリーツスカートを着た沙織の写真を見せる。

「そうなんですか?」

「そうですね。これはまったく同じです。」

フレデリカが代わりに答えた。

「それから、あの娘。ヤン中将を女子高生にしたみたいで...ほっとけないんです。」

フレデリカはほほえむ。

「仕事熱心なのと部屋がきれいなのが決定的な違いですけれど...。」

「ミス・グリーンヒル...。」

ヤンは恥ずかしそうに少し顔を赤らめる。フレデリカはかわいくてたまらない妹か娘について嬉しそうに話す姉か母親のようだった。

「ものを崩したり、ころんだり、机をひっくりかえしちゃったり、よく壁にぶつかったりするんです。この間は、かばんからものが落ちているのに気が付かなかったり。」

「ほんとにだれかさんみたいだな。」

「でもすごい頭のよい娘でそこも閣下そっくりで。」

「で、キャゼルヌ先輩、その写真の娘というのは?」

ヤンは話をもどそうとする。

「ああ、この娘で、サオリ・タケベって言うんだ。当時の日本語だと姓が先だから武部沙織っていうことになるな。」

「そういえばミス・ニシズミも日本人だと言っていました。会わせてみましょうか。何かわかるかもしれない。」

「そうだな。彼女も仲間がいないか、と家内にたずねていたそうだからそれがいいだろう。」

 

「何?沙織がいない?」

「はい。今日は、テレビ放映があるコミケということで、魔法使いソフィーの扮装をして放送されれば、先日のユカリって娘に会えるかもと言ってでかけたのですが...。わたしもついていたのにごめんなさい。」

「沙織お姉ちゃまは、かっこいいけどなんかこわいお兄ちゃまにつれていかれたの。あのテレビに映ったお姉ちゃまの友達に会わせるって。」

シャルロットが不安そうに父親にはなす。さすがに彼女としてもどうしようもなかったのだ。むしろシャルロットが人質にならなかっただけよいと言えるかも知れない。

「友達に会わせる?沙織をみただけでどうしてそれがわかるんだ?」

しばらくキャゼルヌは考え込み、くやしそうに下唇をかむ。

「まずかったな。まさかとは思うがこんなに早くかぎつけてくるとは...。」

(沙織がこの家にいることを知っていたのか?しかし、どうやって...)

「あなた、一部始終を話すわ。何が起こったか....。」

キャゼルヌ夫人は楽しい休日が暗転したその日の出来事を語り始めた...

 




夫人の話を聞き終わったキャゼルヌは妻を責める気にはならなかった。
横暴な亭主の汚名を避けたのでもなく、家庭における妻の「権力」に遠慮したのでもない。自分がそこにいても同じことをしただろうと思ったからだった。
翌日、キャゼルヌは後輩である黒髪の青年に話す。
「ヤン、沙織がさらわれた。」
「どうしたんですか。先輩。」
「家内とシャルロットといっしょにコミケに行き、例の魔法使いソフィーのコスプレをしてたそうだ。家内が食事の場所をさがしていた間にスカウトを装ってつれさったそうだ。たった3分程度の出来事で、わざわざシャルロットだけとんでもない場所で迷子として引き渡してきたそうだ。」
「なにかありますね。先輩。」
「うむ。辛抱づよくスキを狙っていたとしか思えないな。」
「官舎に盗聴機があるかもしれないですね。」
ヤンがそう言ってため息をつく。
「芸のないやつらだ、といいたいところだが...同盟憲章から考えて、盗聴自体は通信の秘密を侵す人権侵害ということになるから証拠能力はないはずだがな。」
「だからこそ、誘拐したんでしょう。情報自体には価値がありますから。」
「なんのために...。」
「魔法使いソフィーのスポンサーを探る必要がありますね。」
「オウム電脳か...」
ネットで調べてみると
「フェザーン資本のユグドラシルがからんでいるという噂の堪えない会社みたいだな。」
「ユグドラシルですか....。」
ヤンはユグドラシルグループをさらにネットで検索する。
「関連会社でマスコミ関連は、リストレエコノス紙とデイリームンド紙...。」
「もろ地球教のにおいがするな。」
キャゼルヌは一瞬苦笑するが、すぐに怒りを含んだしかめ面をする。
「ヤン...。」
「じつはな沙織の友人のユカリという娘が憂国騎士団にとらえられている可能性があるんだ。」
「そうですか...なるほど。先輩つながりましたね。」
「あまりうれしくない話だな。」
「とにかく対策を考えましょう。」
「そう...だな.」
キャゼルヌは後輩の青年の言葉にうなづいた。



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第13話 えっ、やだあ、あたしスカウト...されちゃったの?でもなんか変...

キャゼルヌ夫人は、楽しいはずの休日が暗転した次第を語り始めた。


「沙織お姉ちゃま、こういうのがあるけど行く?」

それは、ハイネセンポリスビッグサイトで行われるコミケについての広告だった。

当日はテレビ局の取材もあるという。

コスプレのコーナーもある。魔法使いソフィーは人気作だし、沙織はソフィーそっくりだからコスプレすれば取り上げられるかもしれない。

「わたし、行く。ここで放送されればゆかりんに会えるかも。」

「沙織お姉ちゃまがソフィーのお洋服着てるところ見てみたい。」

「それはママに聞いてみないとね。」

「ママ~、沙織お姉ちゃまにソフィーの格好してもらいたいの。」

「しょうがないわね。沙織、どれくらいかかりそうなの?」

沙織はインターネットでコミケのコスプレショップのサイトに掲載されている衣裳とザートの価格を確認して、

「4万ディナールって書いてあります。」

って答えた。

「じゃあ2万ディナール出してあげるわ。」

「ええっ。ほんとですかぁ。なんか申し訳ないです~。」

「沙織は本当によく手伝ってくれるから。ボーナスよ。」

オルタンスは微笑む。

「お姉ちゃま、半分でいいの?」

「シャルちゃん、気にしないで。オルタンスさんからは家事手伝いのお駄賃をたぁっぷりいただいているから大丈夫。」

「そうね。楽しんでいらっしゃい。ユカリって子が見つかるといいわね。」

「はい。」

沙織は明るく答えた。キャゼルヌ夫人は少し考えて、

「わたしもいくわ。」キャゼルヌ夫人は再び微笑む。

「はい。」

沙織は嬉しそうに答えた。

キャゼルヌ夫人は、沙織にシャルロットを預けても安心だと思ってはいたが、なにか起こった場合に目が届いていなかったことに後悔するかもしれないと思ってつきそうことにしたのだ。しかも、よく考えてみたら沙織も他人の娘だ。沙織にも何かあってはいけないと考えたのだった。

コミケ会場は混雑していた。さまざまなアニメコーナーがあり、公式店のほか、同人ショップが林立している。

魔法使いソフィーのショップは簡単にみつかった。赤毛のヒーロー、ジークフリードとヒロインソフィーの等身大パネルが置いてある。

「ねえ、お姉ちゃま、買って。」

「うん。着替えてくるね。」

沙織はコスプレ衣裳を買って着替えてシャルロットに見せる。

「どう?」

「すご~~~い。本物みたい。」

「写真撮ってあげるわね。」キャゼルヌ夫人も楽しそうにカメラを構える。

三人は会場をしばらく見て回る。シャルロットは楽しそうにはしゃいでいる。

会場を一周して魔法使いソフィーの公式店の前にもどってきていた。

「お昼になったわね。」

「そうですね。」

「ちょっと沙織、シャルロットみててね。」

「はい。」

キャゼルヌ夫人が少し離れたスキだった。

「お嬢さん。」

「はい?。」

「ソフィーによく似てますねえ。撮らせてください。」

「あ、ありがとうございます。」

(うわ、イケメン)

「お嬢さんは、最優秀賞まちがいないですよ。ほんとにそっくりだから。」

「え~、そうですかぁ。すっごく、うれしいですぅ♡。」

「こっちへきてコンテストに申し込んでみないか。」

魔法使いソフィーの公式店のスカウトだった。さすがに沙織もシャルロットもまいあがってしまう。

「お嬢ちゃんはまっててね。このお姉ちゃんは本当にそっくりだからね。」

「はい。」

シャルロットはうれしそうだ。

(お姉ちゃまは本当に似てるからなにかいいことあるかも♡)

沙織は店の奥にまで連れていかれる。

待っているシャルロットに店員は話しかける。

「お姉ちゃんはお友達さがしてるんだよね。そのお友達がみつかりそうなんだ。ここはぼくたちにまかせて。お母さんはどこへ行ってるの?」

「お昼のお店探しに行ってる。」

「じゃあそこまで連れて行ってあげるから。」

シャルロットは不安になった。

「知らない人の車に乗っちゃいけないって言われてるから、ここで待つ。」

「オルタンス・キャゼルヌさん、オルタンス・キャゼルヌさんはいませんか?シャルロット・フィリスちゃんが第二会場105番店でお待ちです。」

放送が流れる。オルタンスがそこまで向かうタイムラグを計算しあたかもそこで迷子のシャルロットをひろったという設定にするつもりなのだ。しかし、幼いシャルロットにはそこまで考えが及ばない。

「あつ...。」

店員でない男が突然現れ、シャルロットを強引に会場内のランドカーに乗せた。そして、第二会場105番店前で待っている。

「迷子になったみたいだから、お連れしました。」

「沙織「うそ。お姉ちゃま」は?。」

「知りません。では。」

男はさっさとランドカーで姿を消す。

 

オルタンスは途方に暮れた。ほんの数分だった。

戻ってきたときには、沙織もシャルロットもいない。

アナウンスで自分の名前が呼ばれてみればシャルロットのみだ。

「沙織は?」

「あのお店でお店のお兄ちゃまに、ソフィーにそっくりだね、お姉ちゃまの友達が見つかるからって、連れて行ったきり出てこないの。」

「あなたが迷子だというのはうそなのね。」

「うん。」

「でもなんでそんなことを...。」

「こわいね。なんかお姉ちゃまがここに来ることを知ってたみたいに...。」

「ええ。」

釈然としない気持ちで、沙織に申し訳ない気持ちでオルタンスは帰るしかなかった。

こんどはシャルロットが危険にさらされるかもしれないのだ。

 




キャゼルヌ夫人は警察署に事の次第を届け出たが...


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第14話 やだもーわたし、どうなっちゃう[でありますか...]んだろう

キャゼルヌ夫人はコミケ会場での事件を届け出た。


オルタンスは、会場から最寄りの警察署に沙織が誘拐されたと届け出た。窓口の警官はしつこく沙織の身元をきいてきた。

「この娘は、亡命者とのことですが。」

「はい。そうです。身寄りがいないのでうちで引き取っているのですが...。」

「出身地はどこですか。」

「地球の日本という場所です。」

「サイオキシン麻薬などの持ち込みはなかったですか?」

「麻薬...ですか??」

「はい。」

「そんなものはありません。」

「あなたの家で隠しているなんて言うことはないでしょうね。」

「隠してません。それなら家宅捜索していただいてもけっこうですが...。

そういえば、誘拐されたのは、最近、エクセル・プランティードという方がハポネプラム駅で捕まって、そのときに痴漢にあったというアキヤマユカリっていう子に会わせるからって言う誘い文句だったんです。なぜ沙織とそのユカリって子の関係を知っていたんでしょうか。もしかして沙織の所在を盗聴機などで知っていたのかもしれませんね。ついでにそれも探していただければ...」

そうすると警官の顔色が変わった。

「わかりました...。届出はこれでけっこうです。娘さんまで誘拐されないでよかったですね。お疲れ様でした。」

と冷淡な笑みを浮かべていた。

「なんか、感じがわるいわね。」

オルタンスは帰路、視線を感じながら帰っていった。

結局のところ、沙織はもともとこの世界にいない人物なのでいかようにもできるが、軍高官の娘で、後方勤務参謀の妻を殺害した場合に、自分たちの力を誇示することと、問題化することをてんびんにかけて後者のリスクをとってやめたということだった。

しかし、彼女は沙織が無事に帰ってくる予感がしていた。そのぼんやりした予感が逆に彼女をして油断させたのかもしれないが、ヤンが、夫が、そして同盟軍内で正義感も白兵戦技も頂点を極めている「とっても強いお兄さんたち」がほうっておくわけがないという確信に変わっていた。

その日、勤務から帰ってきた夫にその事情を話した。オルタンスが不思議に思ったことを夫も疑問に思っているようだった。

 

 

一方、沙織が入れられた場所は、暗い空間だった。

「あ、あの、もしかして、魔法使いソフィーにでてきたワルフ仮面?」

ワルフ仮面は、魔法使いソフィーに出てくるカペート王国とソフィーが王女をしているポリーシャ王国の南隣の大国ムーワビト王国の首領で中世騎士のような兜をかぶっている人物として設定されている。

「そうだ。よくわかったな。」

 

「さてと...。」

「うつ...痛つ...。」

腕に注射が打たれている。しばらくして沙織の意識は遠くなった。

「ソフィー。」

「...はい。」

「君は魔法使いソフィーだ。」

「...はい。」

このあと沙織の記憶がない。

後に判明したのは、彼女を撮影してアニメ化した画像が半年前の魔法使いソフィーのスタジオに送られて、声優としても沙織がセリフを喋らさせられていたことだった。

 

 

さて...

秋山優花里は、テルヌーゼンで起こったソーンダイク候補暗殺事件をテレビで見ていた。

そして画面でハポネプラムナンバーの憂国騎士団の車が映しだされる。

「!!」

疑問に思ったことを憂国騎士団の団員たちに尋ねてみる。

「あのテルヌーゼンで代議員候補者が殺害されたようでありますが?」

「そうか。みたのか。テレビを。」

「ここの事務所の車とそっくりな車がうつっていたであります。」

「同じ車種はあるからな。」

「でもナンバーの37564がおなじでありますが。」

顔色がうっすらと変わる。

「われわれを疑うのか。」

優花里は、みほが黒森峰時代にチームメイトを必死になって救った態度と正反対の姿を憂国騎士団のメンバーにこのときはっきり見た。

「もし、そうだったら自首すべきであります。」

ふん..と憂国騎士団員たちは薄笑いを浮かべる。

「お嬢さん、そんなことより街宣に行く。車に乘れ。」

「はい...。」

優花里は車に乗り、30分ほどでコンビニに寄った。

「まあ、これでも飲んで落ち着け。」

さしだされたコーヒーを飲むとなぜか眠気がおそってきた。

そして目をさましたときには、ほとんど砂漠と言っていい荒野の中に走るハイウエイの道路わきにさるぐつわをかまされ、縄で縛られて「捨てられて」いた。

端末を見ると新着メールが入っている。

送り主はearthと表示され、開封すると「今回は生かしたが次はない。お前がどこにいるか分かっている。」

と書いてあった。




優花里がたおれているところへ車が通りかかった...

優花里のように、政治がらみの事実を知っているがために「捨てられた」女性の話は、どこかの先進国で起こった実話です。もともとは、第9話の一部でしたが後がつながらないこと、あまり気持ちのいい話ではないのでやめていましたが、続きを考えましたので今回投稿することにしました。

※カペート王国=カペー朝=フランス=ブリューヌ(魔弾(ry))
※ムーワビト王国=ムワッヒド(アルモハード)朝orムラービト(アルモラビト)朝→アラブ,イスラムの大国、オスマン=トルコ、ペルシャ、バルバロス海賊=ムオジネル(魔弾(ry))


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第15話 なぜか男性アイドルにされたであります。&やだーあたしさらわれてたってこと?

暗い部屋でなにやら男たちが話し込んでいる。
一人は20代のやせぎすでインテリ風の長髪の男、もう一人は若い端正な顔だちだが、精悍さと粗暴さの雰囲気をまとっている若い男、もう一人は、中世ヨーロッパの兜のようなものをかぶっている。
「この部屋は防音仕様で盗聴器も仕掛けられないようにしてある。事前に発見できないことも確認している。それにしてもおまえたちの時間遡行の技術はたいしたものだな。」
「まあ、時空震を自由自在に作れ、爆発などの空間の異常を利用できるからな。総大司教も知らない。せっかく開発した技術だ。ゆずりわたすものか。われわれは内部の手口を熟知しているから隠しおおせた。われわれこそがあの老人やそのとりまきを倒し、新しい総大司教になる。」
「自治領主も地球教におまえたちのような技術をもった者たちがいることは知らない。だから総大司教からお前たちをかくまってきた。近い将来、わたしは、ルビンスキーにとって代わる。お互いに利害が一致するというわけだ。トリューニヒト政権だけでなくありうべきヤン政権のためにもある程度の先行投資が必要というわけだ。」
「そこであの小娘たちに目をつけたと…。」
「そういうことだ。」
「シトレの警戒は厳しかったが、われらの仲間は帝国にも同盟の統合作戦本部にもいるからな。情報は隠し通せないさ。あの戦車好きの娘がハポネプラムに来たのはついていた。」
「そうだな。」
男たちは薄ら笑いを浮かべた。
「では、さっそくはじめてもらおうか。」
精悍な男と兜をかぶった男はうなずいて消えた。




「あ~、あそこに人が倒れています~。」

元気のいいショートボブの少女が車窓から目ざとく見つけて叫ぶ。

その少女ともう一人の大人しめの少女を乗せた車が、優花里のそばで停まる。

「だいじょうぶ、ですか?」

それは、ムナハプロダクションの車だった。

優花里に声をかけたのは、大人しめの少女はネットアイドル、リケジョアイドルとしても知られるエリコ・ミズキだった。

エリコが、宇宙飛行士になり女性科学者として初めて火星に降り立つというドラマのロケのために砂漠地帯を通りかかったのだった。

「はい。大丈夫であります。」

「それだけ元気なら大丈夫なようね。どうもいくあてがなさそうだから拾ってあげるわ。」

ムナハプロダクションの社長ミドリ・カワニシは、優花里をひろっていく。

「わたしたちの会社はここよ。芸能プロダクションなの。あなたはしばらく事務所の上の部屋をつかってくれていいわ。電話番とか事務員とかアルバイトをしてもらうから。」

「はい。たすかりましたであります。ありがとうございます。」

「あなた、おもしろいわね、なんか、軍人さんみたいな話し方するのね。」

「はい。わたしはずっと戦車が友達だったのであります。戦車道の試合中にこの世界に来てしまってチームメイトとばらばらになってしまったみたいなので探したいのであります。」

「へええ。そうなの。」

「そういえばここは芸能事務所なんですよね。テレビに出る可能性もある...。」

「ええそうよ。あなたは何が得意?」

「歌は得意ですあります。特に軍歌がすきであります。ゆき~の進軍、氷を踏んで...。」

優花里は、歌い終わって

「この歌なんですけど~、最後の部分はもともと「どうせ生かして還さぬつもり。」だったみたいであります。」

「ずいぶんくわしいのね。ところで...」

「はい?」

「なぜ、あなたはあんなところにいたの?」

「実は、わたしは高校戦車道の決勝戦で自分が乗っていた戦車が攻撃されたのであります。気が付いたらいつのまにかハポネプラムの憂国騎士団さんの事務所前にいたのであります。」

「それで、その事務所に入っていき、戦車道の話をすると一見温かく迎えられたのであります。しかし、愛国心を強調し、帝国を倒せと主張するのはいいんですけど、亡命者は出て行けとか、平和主義者や講和論者はでていけだのさかんに主張するのには違和感を感じたのであります。

亡命する人は、理由はいろいろあっても亡命を決心するするほど困ったから亡命したのであります。戦争で家族を喪ったりしている人たちはほかの人に同じ悲しい想いをしてほしくないから反対しているのであります。そういう人たちがなぜ貶められなければならないのかわたしには理解できなかったであります。それから、教皇のような白い冠をかぶって美化された地球教の総大司教が描かれ賛美しているポスターがなぜか貼ってあったのであります。

ですので、インターネットで調べたらフェザーンの資金源で活動している団体だということがわかってまともではない団体だと感じるようになってきたのであります。さらに、エクセルプランティードさんという評論家さんがわたしを痴漢したことにするためにわざわざハポネプラム駅につれていったり、どうやらテルヌーゼンのソーンダイク候補を殺害するために活動しているような節があって...。」

「ちょっとこれを見てくれる?」

カワニシ社長は、録画したテレビ番組を見せる。

「『盗撮されたようですが、どうしますか。』

『….。』

『突き出しますか。』

『はい…。』」

「これは.....。」

「どうしたの。」

「ひ、ひどいであります。」

「やはり本人だったのね。」

そこまで話すとカワニシ社長は、何を思ったか

「エリちゃんちょっと来て。」と絵里子を呼ぶ。

エリコになにやら耳うちをして、エリコが優花里の身体をあちこちまさぐった。

「!!ひゃあああ、エリコ殿、なにをするでありますか。」

小形盗聴器がいくつも見つかる。

「それから下剤飲んで。」

きゅるるるる....

優花里のおなかが鳴り出す。

「トイレでいいからそれに座って。」

どこからかおまるをもちだす。

優花里はがまんできなくてまたがった。

「わたし、洗います?。」

エリコは笑顔で汚物を洗おうとする。

「エリコ殿。エリコ殿にそんなことさせられません。」

「社長」

エリコは穏かだが確信に満ちた声でカワニシ社長を呼ぶ。

「どうしたの?エリちゃん?」

「これ、やっぱり?」

エリコは小さな装置をカワニシ社長にみせる。

「もしやとはおもったけど、あきれたわね。」

「また、ですか?」

「そういうこと。完全に話が聞かれてるわ。」

「ホナミ。」

「はい社長。」

奥から丸眼鏡をかけた女性が現れる。

カワニシ社長は、彼女に耳うちして

ホナミと呼ばれた女性は、「はい。」と返事をして事務所を出ていく。

カワニシ社長はため息をつく。

「幸いにもフルネームは話していないから少しは時間かかるでしょうけど...

とりま、あなたに歌の素質があることはわかったわ。ミリタリー好きのアイドルとして売り出す。あなたは友達をさがせるでしょうし、こちらは右傾化の風潮に乘って異色アイドルとして売り出せる。しかし、話を聞かれているからあまり長くここにはいられないかもね.。」

カワニシ社長は少し考え

「う~ん、思い切ってパンチパーマにして、男性アイドルとして売り出しましょうか?そのほうが連中にも気が付かれず長続きするかもね。」

優花里には、小学校時代の悪夢がよみがえった。

「い、いやであります。小学生時代に父親そっくりのパンチパーマで...戦車道のチームメイトにしか見られていないのに...」

「そう、ちょうどいいじゃない。チームメイトに探してほしいんでしょう。盗聴機は処分したし。」

優花里は、失言に気付く。

「わたしは...。」

「僕」

「僕?」

「今日からあなたは男の子として生きるの。だけどチームメイトたちは気付いてくれるわ。早く会いたいんでしょう。」

カワニシ社長は、事務所付の理容室へ優花里を連れていく。

「この子、こんな感じにして。」

優花里は、小学生時代のように短めのパンチパーマにされる。

「え、いやであります。いやであります。」

「そんなこと言わない。」

「暴れるとけがをしますから...。」

理容師は思い余って優花里をシートにしばりつける。

十分ほどであろうか。

「どうですか?鏡をご覧ください。」

鏡を見た。

もののみごとに父親そっくりの短いパンチパーマで姿の元気な男の子にしか見えない。

優花里は、小学生時代の淋しさを思い出し、最初で最後になる「ぎゃおおおおおん。」という叫び声をあげざるを得なかった。

「芸名は、秋月優。本名に似てるし、それから友達であれば声とかあなたの趣味とかで気が付くんじゃないかしら。安心しなさい。男が女になるのなら女子トイレにはいったら変態呼ばわりされるけど、女が男子トイレにはいってもそういうことはないから。」

「そういう問題じゃないであります::」

「あなたの身が危険なこともあるから、あきらめて、男の子として活動しなさい。」

こうして優花里は、秋月優という名のミリオタ好青年アイドルとしてデビューすることになった。優花里はすっかり人気者になり、いつしか自分の境遇に満足するようになり、そんなこんなで1年が過ぎた。

ある日夜道を「自宅」である事務所の二階へ戻ろうとしたときだった。

なにやらだれかつけてくる気配がある。

「だれでありますか?」

優花里は振り向く。

「そうか、気付いたか。」

兜をかぶった男は

「お前を元に戻してやる。それから友人たちにもあわせてやるぞ。」

そういわれたとたん、優花里は、気が遠くなり眠りに落ちた。

 

どのくらい時間がたったであろうか。優花里が目を開く。

「気がついたか。」

(あれ?髪の毛が...)

気が付くと両手は縛られ、なぜか髪はもとのように伸びている。

「わたしはどうしたのでありますか?」

「とにかくついてくるがいい。」

そびえたつビルの中に入り、エレベーターをのぼって、ある一室の前に連れてこられる。

「国防委員会次官室」と表示されていた。

そして、自動ドアが開き、優花里はそこにいる面々をみて驚いた。




沙織の意識が戻ると宇宙船の中の狭く暗い一室にいた。ふだん独房として使われる船室だ。
若い端正な顔だが、精悍さと粗暴さの雰囲気をまとった男がいた。
「俺はエリオットという。お前は沙織というそうだな。」
「わたしをどうするつもり!」
「別に何もしないさ。たいせつな取引き材料だからな。」
沙織はせまい宇宙船の一室で鎖につながれていた。
エリオットは、一日に一度沙織をとじこめた部屋を訪れる。
「沙織、俺がなんで毎日この部屋を訪れるかわかるか。」
「そんなのしらない。早くこの鎖はずしてよ。」
「そういうわけにはいかない。取引材料だと言っているだろう。
お前はかわいいから、襲ってしまわないか自分をためしているのさ。
うれしいんじゃないのか。たくさんの男たちがお前を見ているんだぞ。
お前はそれを望んでいたんだろ。モテモテでよかったじゃないか。」
「わたし、うれしくない。イケメンなだけじゃなくてやさしくエスコートしてくれる男子がいいの。」
沙織は一瞬ぽわんとするが、表情を引き締めて問う。
「ところでゆかりんはどこなの。」
「さあな。俺は知らん。」
「ずるい。だましたってこと?。」
「お前がのこのこついてくるからいけないんだ。」
「だしてよ。ここからだしてよ。」
「暴れても無駄だ。ここから出ても宇宙空間で即死だぞ。」
沙織の目には涙がにじむ。
(ゆかりん、みぽりん、麻子、華みんなはどこ?)
宇宙船ワープし、後に判明したが、時間遡行も同時に行って、惑星ハイネセンに近づき、宇宙港へ降下していく。
(えっ。私は今までどこにいたの??)
沙織には、ビッグサイトに行ってからの記憶が途切れている。
「乗れ。」
「いや。」
プロテクターを付けた屈強な男たちが沙織を押さえつけてランドカーに乗せる。
その男たちに沙織は見覚えがあった。
「あなたたちは、ユー?ユーコクキシダン??」
「ほほう。お嬢さんは我々のことをよくご存じのようだな。」
「ゆかりんを返してよ。」
「ふふん。そんな娘は知らんな。」
ランドカーは統合作戦本部ビル前で停まる。
「はなしてよ。」
沙織は憂国騎士団に抵抗するが屈強な男たち数人の力に勝てるわけもない。
ひときわそびえたつビルの前に連れてこられる。
エレベーターをのぼって、ある一室の前に連れてこられる。
「国防委員会次官室」と表示されていた。
そして、自動ドアが開き、沙織はそこにいる面々をみて驚いた。

エリコ・ミズキ=水谷絵理(CV:花澤香菜)
ミドリ・カワニシ=石川実(CV:早水リサ)
元気のいいショートボブの少女=日高愛(CV:戸松遥)


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第16話 わ、わたし、士官学校いきます。

優花里と沙織が出会って驚いたのは...



トゥルルルル…

「ヤン中将、お電話です。」

「ありがとう。ユリアン。」

ヴィジホンの画面に映ったキャゼルヌが口を開く。

「ヤン、国防委員会次官がお呼びだ。」

「キャゼルヌ先輩!なぜ?」

「それがな、お前さんのところでアルバイトしている娘をつれてこいと言うんだ。」

「ミス・ニシズミを?。」

「そうらしい。しかも俺に言うんだ。沙織を返すから連れて来いと。」

「なんですって?」

「家内が言っていたんだ。警察の対応が変だったって。これで謎が解けたな。」

「まさか…本部長以外に、ミス・ニシズミのことは話していないはずですが。」

「彼女は軍関係の施設に出入りしていただろう。お前さんの権限で。」

「そう…ですね。」

(わたしの部屋にも盗聴器か…。)

「ミス・ニシズミ。」

ヤンはみほのほうに向きなおる。

「はい?」

「どうやら君の友人に会わせてもらえるらしいが、おそらく条件をつけてくるんだろうな。」

「わたし、行きます。」

「そうだな…。くやしいが仕方あるまい…。」

 

国防次官室へいくと、そこには驚くべき人物がいた。

「西住殿!」

「優花里さん!、沙織さん!」「みぽりん!、ゆかりん!」

沙織と優花里は後ろで手錠をかけられ、正座させられている。

「ほほう。君たちは知り合いかね。」

国防次官ネグロポンティはとぼけたような口調で話す。

「ヤン中将。」

「何でしょうか。」

「君のところに出入りしている少女の評判を聞いてねぇ。」

「どういう手段でそれを知ったのですか。」

「そんなことはど~うでもいいことだ。」

「どうでもよくはありません。」

「ほほう。すると君は国家にとって有為な人材を生かすことを妨げる、ということになるが…。」

「彼女は将来について希望があります。幼稚園の先生になりたいという希望があるんです。」

「国家があってこそ国民があるのだ。どちらが優先されるか自明の理だと思うが。」

「私は、そうは思いません。国家というものは、国民一人一人があつまって形成されるものです。国民の自由と権利を保障するために自由惑星同盟では同盟憲章をさだめ、税金を公平かつ適切に分配するために、国民の代表として政治家が選ばれているにすぎません。」

 

「ふん。君は極端な無政府主義者らしいな。まあ、そんなことはいい。」

ネグロポンティはみほに向き直り、

「ミス・ニシズミといったかな。君はさっそく同盟軍士官学校にはいりたまえ。最も優秀な学生のはいる戦略研究科にはいってもらおう。」

 

「西住殿、わたしは反対です。西住殿を戦争に行かせるわけにはまいりません。西住殿の才能は戦車道でこそ生かせるものであります。士官学校へいって軍人以外になったら学費は全部返還だし、士官になったら戦争へ行かなければなりません。わたしは、友達に人殺しなんてさせたくないであります。」

ネグロポンティは

「だまれ、時空犯罪者が!!」

と叫び、役人に目くばせする。

すると役人が壁の配電盤のボタンを押す。

手錠に電流が走る。

ビリビリビリ...手錠は拷問用の電子錠でもあったのだ。

「う、ああっ。」

優花里がうめく。

ヤンは抗議した。

「まってください。禁時法は、歴史改変になるから過去の事物の持ち込みは禁止されていますが、彼女たちのようにただ時空に迷い込んだ者は処罰の対象にならないはずです。それに二人とも過去から迷い込まされたむしろ被害者のほうではないですか。」

「犯罪かそうでないかは国家が決める。」

「どうだ...ミス・ニシズミ。士官学校にいくのであれば、この二人は無罪放免で解放してやるが?。」

「みぽりん、わたしたちのことは気にしないで。幼稚園の先生になりたいんでしょう。」

ふたたび、ネグロポンティが役人のほうへ向いて、あごをやや突き出す。

ビリビリビリ...

「きゃああ。」

沙織がうめく。

「どうする?ミス・ニシズミ。君がうんといえばすぐにでもこの二人を解放してやるが...。」

「みぽりん、だめ。こんなやつに負けないんだから。」

「西住殿!従う必要はありません。」

ネグロポンティは役人に目くばせする

(この娘がうなずくまで、二人をしめあげろ。)とその目は語っていた。

ビリビリビリ...ビリビリビリ...「ああう。」「ああっ。」

ビリビリビリ...ビリビリビリ...「ああう。」「ああっ。」

「わ、わたし...。」

「士官学校へ行きます。」

「みぽりん!」「西住殿!」

「二人ともありがとう。こんなことまでされているのにわたしのために...

うれしかった。ごめんね。」

「そうか、そうか、わかった。二人を解放してやる。」

ドッガーン...

そのとき次官室は爆発した。しかし、いっさい備品等は壊れておらずみほ、優花里、沙織が消えていた。

「一歩遅れたか...。」

ネグロポンティは薄笑いを浮かべている。

そこには薔薇と五稜星の肩章をつけた精悍な男たちが悔しそうな表情で立っていた。

「ヤン中将。残念でした。いま一歩のところで...。」

「いや。いい。貴官たちは急な要請にもかかわらず十分迅速にかけつけてくれた。」

「次官閣下。これで目撃者はヤン中将だけでなくなりましたぞ。」

シェーンコップが不敵な笑みを浮かべてネグロポンティをにらみつける。

「ふん。だとしてもどこのマスコミもとりあげてはくれまい。」

ひとこと言ってネグロポンティはしまったという表情をうかべた。

シェーンコップはあごをなでて

「そうでしょうなあ。」

と低い声でつぶやく。

シェーンコップは、ヤン、キャゼルヌ家に取り付けられていた盗聴器を手の中で上下に弾くようにもてあそんでいる。ブルームハルトがにやけながら、さるぐつわをかませて、後ろで手を縛った諜報員を、つきとばしてネグロポンティにこれ見よがしにみせる。

「盗聴の現行犯ですよ。インターネット上にこれを流しましょうか。」

「うぐぐ...。」

「しかし、もうミス・ニシズミはこの世界のどこにもおらん。大切な人材だから無事ではあるがな。」

近い将来、ヤンは重要な会議でみほと再会することになるがこのときは思いもよらなかった。

 

 




何やら暗がりで数人の男たちが密談している。
「この娘のひきずっている時空のゆがみが大きかったから容易に過去へもっていけたな。」
「そうだな。」
「この娘たちはヤン中将やその仲間たちに好意をもっている。トリューニヒト派につくならベストだが、ヤンについても機会を与えてやれば自分をまもるために政権を奪取せざるをえなくして、そのときにそれができるだけの力を与えておけばなにかと便利ということだ。」
「帝国と同盟を共倒れさせる。そのときに実権を握るのはあの老人ではなく、このわれわれさ。」




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第17話 わたくし、同盟軍士官学校を受験いたします。

「うううん...。ここはどこ。」
「気が付いたか。」
なにかこぎれいな建物の中であるのはたしかだった。ロビーのようにも見えるがだれもいない。
みほのそばにいる精悍な感じのイケメンと言ってもいい男のほかは。

「あなたは...」
「俺はエリオットという。お前は士官学校へ行くんだろう。その援助をするように言われている。」
「はい...。」
みほは同盟軍士官学校の入試を受けさせられることになる。



華は、エブリープラザを写した写真のトラックにハポネプラムのナンバーとトラックの窓に小さく張り付けられたPKCのステッカーを見つけた。

「この車のナンバーから相手がわからないでしょうか。」

反戦市民連合のメンバーにたずねた。

「お嬢さん、交通情報省交通運輸局テルヌーゼン支局へいけば申請書を提出すれば教えてくれる。だけどな、正攻法でソーンダイク暗殺事件と言ったら断られるぞ。」

「ありがとうございます。」

華は、テルヌーゼン支局の窓口に問い合わせる。

「あの~この車のナンバーの持ち主を調べたいのですが...。」

「そこの自販機で、登録事項等証明書交付申請書を買ってください。」

華は、申請理由に「違法駐車のため」と記入する。

印鑑を押して身分証明書を提示する。

持ち主には、「地球教ハポネプラム教会」と書かれ、ソーンダイク候補暗殺事件の起こった11月22日には、「ジョンソン・ガーネット」に所有者が変わっていた。

{この人はたしか殺されて海に浮かんでいたという人??)

華はきなくさいものを感じた。

地図でハポネプラム教会の位置を確かめて行ってみる。

一か所目は普通の会堂施設だった。

「すみません。」

Earth is Mather,Earth is in my handと書かれたタスキをつけている男性や女性たちがいたので声をかける。

「はい?。」

「この車の持ち主は?」

彼らの顔色がかすかに変わる。

「知りませんね。」

そっけなく答える。

「ありがとうございました。」

華は会釈をする。

「どういたしまして。」

彼らの態度にはどことなく冷静さを装うように感じられた。

華は、タクシーを拾い、もう一か所の「テルヌーゼン教会」へ向かう。

そこにはまぎれもなく窓におおきくPKCとステッカーが貼ってあった。

華がそこへ降りるとバラバラとプロテクターをつけた男たちが華をとりかこむ。

「!!」

そこへ白と薄緑色のドレスをまとった沙織そっくりの少女があらわれ、錫杖をふるって憂国騎士団の連中をいっぺんにのしてしまった。

「沙織...さん?」

「わたしは、魔法使いソフィー。ポリーシャ王国の王女。」

「お前は...。どっちの味方だ!」

赤マントと顔を西洋風の兜で覆った男「ワルフ仮面」があらわれ、憂国騎士団は抗議する。

「こっちも商売なんでね。いい絵が撮れた。」

「ソーンダイク候補暗殺事件、そしてこの少女を襲ったり、以前お前たちのところにいた少女を道端に捨てた件。ばらされたくなかったら黙っているんだな。」

「ふん。ライズリベルタ、トドスヨウムもおびえて報道しない。リストレエコノスとコンプラレールは「公平な報道」をするからもちろん報道しない。どこが報道するというのかwww?」

「週刊誌のデレチャプリマさ。」

デレチャプリマは右派系週刊誌なのにときどきトリューニヒト派のスキャンダルを記事にすることがあった。

「拝金主義者め。」

「何とでも言え。まあ、この件は国防次官閣下も承知済みだ。」

兜の男は憂国騎士団連中にむかってそういった。そして、華へ向き直り、

「喜べ。旧友だかクラスメートだかしれんがもうすぐ会えるぞ。」

「わたくしはまいりません。」

「そうか。勝手にしろ。」

兜の男と薄緑色のドレスをまとった沙織そっくりの少女は去ろうとする。

「待ってください。沙織さんを返してください。」

「沙織だと。知らんな。ここにいるのは魔法使いソフィーだ。それよりもあいつらといっしょに国防次官のところへいくか?連れて行ってもらえる保障はないがな?それとも俺がつれていく場所に一緒に行くか?こっちのほうがはるかに安全だが。」

華は力持ちであったが、さすがに何人もの憂国騎士団員を相手にできなかった。

「わかり…ました。まいります。」

「そぉーだ。素直に聞けばいい。」

「まて、逃がさんぞ」

兜の男はにやりとほほえむと爆発音と爆煙がひろがって、華と兜の男は消えた。

「ぬぬ、どこだ。」

爆煙が消えていくが、そこにはだれもいなかった。

 

そして華がつれていかれたのは、ビジネスホテルのようなこぎれいな部屋だった。カーテンを開けるとなぜか鉄格子がある。

「ここで何日か暮らした後、テルヌーゼンの同盟軍士官学校を受験してもらう。そこで、お前の友人たちに会える。」

「!!」

「何科を受ける?たしか戦車道で砲手をしていたんだろう?」

「砲術科にいたします。」

そして、華は、同盟軍士官学校を受験し、同時に受検した沙織たちと同じ不思議な体験をしたあと、見事合格した。そして、授業で出会う面々をみて改めて驚くことになる。




兜をかぶった男と精悍かつイケメンとも言える男が暗がりで話している。
「ソーンダイク事務所にいた女はどうしてる?」
「ああ。例の場所に閉じ込めてある。同盟軍士官学校を受験させる。」
「ソフィーだけ連れていくぞ。デレチャプリマに情報流したし、あそこ(ハポネプラム)はもう使えないからな。」
「ふん。宇宙大将軍というわけかw?」
「宇宙違いだw。それにあれは、想定もしてただろうが、いきあたりばったりの部分もあったろう。要するにソーンダイク事務所の連中だけでなくヤン・ウェンリーもかぎまわっているから証拠を隠滅しておかないと足が出るからそれを防ぎたいというわけさ。」
「なんでも利用するんだなw。」
「露骨に過ぎるな。想定される事態にあらゆる布石を打っただけのことだ。今回は幸いにも総大司教とわれわれとトリューニヒト派の利害の一致したわけだがな。」
「しかし、あのルパートという若造、どうもつけあがってるな。」
「ああ、そっちもタイミングをみはからったほうがよさそうだな。」
「とりま、宇宙大将軍してくるわ。」
「ただの少女誘拐犯だなw。好みだからって手を出すなよ。大切な「商品」なんだからな。」
「言ってろw」
精悍な男は「ソフィー」を宇宙船に乗せてひそかに飛び立った。
数日後に、デレチャプリマに、ソーンダイク候補暗殺事件の際に使われた車と高級士官の住宅街に盗聴器をしかけたのがハポネプラムの憂国騎士団が暴走した結果だという記事が掲載された(4/5,1:45加筆)。
(※第15話あとがきに続く)。

※宇宙大将軍;中国南北朝時代に東魏から南朝の梁に亡命した武将候景が、東魏と梁の和睦が成ると引き渡されるのを恐れて反乱を起こし、梁の武帝を幽閉し、その死後実権を握った際に名乗った称号のひとつ。この場合の「宇宙」は「天下」とか「世界」といった意味に近いが、兜の男「ワルフ仮面」は精悍な男「エリオット」が実際に宇宙に飛び立つことに掛けて皮肉った。




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第18話 同盟軍士官学校で学びます。

「なにこれ?簡単に解けちゃうんだけど...ほとんど勉強した覚えがないのに...。」
沙織は同盟軍士官学校の試験問題がすらすら解けるのにおどろく。
それは、別の部屋で受験しているみほ、華、優花里も同じことを感じていた。
沙織は、エリオットには通信科志望とだけ伝えた。アマチュア無線二級で麻子まで呼んで一夜漬けしたのがうそみたいだった。
(ふん。この時代の睡眠学習機は優れているからな。試験科目の予想問題集と回答をそのままプリンティングしたというわけだ。さっさと合格、卒業してもらわないといけないからな。)
このようにして「あんこう」の面々はらくらく士官学校に入学した。
優花里は「あんこう」チーム以外にも知っている顔に出会うことになる。



士官学校に入学して数日後、戦略論概説の授業だった。

あんこうチームの面々は、見覚えのある顔がちらほらいることに気付く。別々の科でも共通の授業があるために出会うことができたのだった。

「み、みぽりん?」

「沙織さん?」

「え、ほんとにみぽりん?」

「うん。」

「みほさん、沙織さん。」

「え?華?」

「そうです。」

「西住殿、武部殿、五十鈴殿。」

くせっ毛の少女が敬礼してくる。

「え~ゆかりんじゃない。」

「優花里さん。」

「麻子だけいなんだね。」

「秋山さん?」

「え?あなたはエリコ殿。」

「はい、わたしは技術科のエリコ・ミズキ?」

「知り合いなの?」

沙織が優花里に尋ねる。

「ええ、実は...。」

優花里は、憂国騎士団に砂漠に捨てられ、ムナハプロの車に助けられたこと、そのとき知りあったこと、パンチパーマでアイドルデビューしたことなどを話す。

「ゆかりん、ほんとにひどい目にあったんだね。ユーコクキシダンって許せない。国を憂うなんて言ってただのひとりよがりじゃない。」

「でもわたしたちは身寄りも、生活する手段もないから士官学校に通うしかありません。」

「そうだね。」

「でもエリコ殿はアイドルを続けられたのでは?」

エリコはほほえんで答える。

「わたしは、ムナハプロが秋山さんをかくまったことがばれた?そして、技術者としての能力が認められた?」

「そうなのでありますか?ごめんなさい。」

「気にすることはない?面白そうだから行くことにした?」

皆は少々驚いてエリコをみる。

「はじめまして、わたし武部沙織。エリちゃん、よろしくね。」

「はい?武部さん?よろしくお願いいます?」

沙織が自己紹介したのに続いて、華とみほもエリコに自己紹介した。

 

半年後の戦術シュミレーションの授業のことである。みほは、学年首席のアンドリュー・フォークと対戦することになった。みほは戦車道の車長であることもあって戦史と戦略論について優秀な成績であったが、ほかは平均的な成績である。一方、フォークは首席であるため、艦艇数は3割多めに設定されている。まともにやったら勝ち目はない。

「わたしは、戦略研究科1組、アンドリュー・フォーク。よろしくお願いします。」

「わたしは、戦略研究科2組、西住みほです。よろしくお願いします。」

(ふん。2組のドジっ娘か。とるに足らないな。)

半年もたつとみほの評判は士官学校でも知れ渡っていた。曰く、地味かわいいがドジっ娘。落としたものをさがそうとして、机の上のものをバラバラ落す。カバンからものが落ちても気が付かない。食堂ではしゃいで、お盆をおとしそうになる、など。

 

「みぽりん、がんばれえ。」

「西住殿、健闘を祈ります。」

「うん。」

みほは笑顔で答える。だれもがフォークが勝つだろうと考えていた。

シュミレーションがはじまった。

 

(一気にかたづけてやる。)

フォークはほくそえみ、一気に距離をつめてみほの艦隊を斉射する。

みほは、巧みかつ整然とした後退でフォークの鋭峰を避けた。

「!!」

(もくもく作戦です!)

みほは、ゼッフル粒子とフェライト粒子の「煙幕」を発生させ、発火させる。

(消えた?)

フェライト粒子が電波を吸収し、ゼッフル粒子の発火による煙幕が視界をくもらせ、爆発による空間のみだれがみほの艦隊の位置を把握させない。

ようやく「煙幕」が晴れて、フォークの視界にみほの艦隊が映ったときは、射程距離からはるかに離れている。

「距離300光秒。」

(おのれ、あんなところに。)

 

フォークはいきりたっておいかける。みほは、小惑星帯に逃げ込む。

「よし、完全に包囲した。西住さん、逃げられませんよ。」

「旗艦の前の艦艇に集中砲火!」

「リョウカイ。」

(その手を食うか。)

「両翼を広げて再び包囲。」

しかし、みほはここで別動隊をつかう。

「何?」

フォークの艦隊は一瞬混乱し、包囲網はやすやすと突破された。

「....。」(くそ。)

しかし、戦いは、全般的にフォークが火力にものを言わせ優勢に戦いを進めているように見える。みほは逃げまわっているだけのようにみえた。フォークの陣形には一見スキがないようにみえた。しかし、みほは、フォークが攻勢の限界点に達するのをじっと待ち構えていたのだ。

みほは、フォークの補給線が伸びきっているのを看破した。

「コンピューター、このとおり敵の補給線を絶ってください。」

「リョウカイ。」

予備兵力で、「敵」の補給艦隊を急襲する。

「!!」

フォークの「食糧」「弾薬」は尽きつつあった。フォークは、さすがにまずいことに気が付く。

(いちかばちかだ。両翼を広げて包囲し、決着をつけてやる。)

フォークは、みほを包囲しようとする。みほは一点集中砲火をフォークにあびせた。

(なんだと?この女何を考えている?)

「包囲だ。包囲するんだ。」

「ソウサフノウ。」

ようやくのことで、いくぶんか艦艇を動かすものの、結果的にフォークの艦隊は引き裂かれていくことになった。

みほの艦隊は背面展開をおこなおうと隊列を整えていく。

「はい、ここで時間切れだ。」

教官が宣言する。

(た、たすかった。)

フォークは辛くも自分が勝ったと思った。

「みぽりん?」

沙織をはじめ「あんこう」の面々の顔がくもる。

皆フォークにいい印象をもっていなかったからだ。

 

しかし、その教官の判定は意外なものだった。

「西住みほ君の勝利。」

「そんなばかな。彼女は逃げまわっていただけです。しかも自分の艦隊のほうが数が多いではないですか。」

「フォーク君。君は相手を追いかけることに夢中になって補給を怠った。古来より補給を怠って勝った軍隊はない。しかも彼女に中央突破背面展開を許している。それまでに補給がもどることはない。勝敗は自ずから明らかだ。」

教官のひとことで、フォークは歯噛みするしかなかった。

(そうか。一斉に斉射するのではなく、敵にさきまわりして隊列を中央突破しようとしたところを、高度な柔軟性をもって臨機応変に対処して、敵を挟み撃ちにすればよかったのだ。)

フォークはこのときのくやしさをこのように考え、それを心のうちに持ち続けることになる。

 




結局、みほは、戦史と戦略論については優秀だが、あとの科目は、ヤンよりましなくらいの平均点で卒業する。ただし、戦術シュミレーションは全勝であった。
そして、あんこうチーム自身が同盟軍にとって機密のような存在であるため、表にはだされず、すべて隠された。卒業後、あんこうの面々とエリコは、辺境の海賊討伐の任務に就かされることになる。

フォークの粘着質でわがままな性格を考え、加筆修正(4/13,7:23)
みほの「煙幕」についての記述を銀英伝の設定に近づけて具体化し、フォークは、慇懃無礼なので、一定量のセリフを心の声に変更する加筆修正(4/13,23:12)


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第19話 海賊討伐です。

熊本の震災に心からお悔やみ申し上げます。
ネトゲで同じ血盟の血盟主と最も親しい友人が熊本なので心配なのですが、最近過疎っているので連絡不能なので不安です。
中央構造線にそった断層帯の地震なので下手すると和歌山や愛知まで影響しないように願うばかりです。

さて、士官学校卒業後、辺境の海賊討伐を命じられた「あんこう」チームと...




ズゴーーーーーオオオン…

宇宙空間でなかったらこのような爆音がしたであろう。

爆発の衝撃波が伝わる。

「敵弾、駆逐艦マクレールⅠに命中。」

「敵のアクティヴレーダー照射確認。」

「引き続き電波妨害続行?。」

「複数の熱源、敵ミサイルと確認。着弾まで30秒。」

「敵さんはずいぶんとミサイルに余裕があるみたいですねえ。海賊の分際で。」

「各防衛システムを自動連射モード?。」

「発射。」

「敵ミサイル三基撃墜。いや一基残っています。」

近接用レーザー砲が火を噴いて撃墜し、爆炎に変わる。

「敵艦発見。華!」

「発射。」

「着弾まで30秒。」

「敵艦撃沈を確認。」

駆逐艦ロフィダの艦内は安堵に包まれる。

しかし、数分しないうちに

ヴィー、ヴィー

艦内警報が鳴る。

「沙織さん。」

「敵ミサイル4基接近だよ。みぽりん。あと20秒。」

「対象は80km圏内。かこまれているよ。」

エリコが操作盤をめまぐるしく操作して

「華さん?」と声をかける。

「発射。」

「敵ミサイル1基」

「2基」

「3基」

「4基。すべて撃墜。」

「発射想定位置は?」

「敵、確認できません。」

「ミサイルが発射されたのに発射位置が確認できないなんて。」

「西住殿、敵は、特殊なステルス仕様の装備なのでしょうか?」

「うん。エリコさん。どうですか?」

「いろいろためしてみる?」

ヴィーッツ、ヴィーッツ

「また、熱源4探知。敵ミサイル接近。」

「4基のうち2基はプログラムで対応できない?華さん?」

「はい。」

「敵ミサイル二基撃墜。」

「発射。」

「敵ミサイルさらに二基撃墜。」

「右舷方向、宇宙竜巻に接近。あと0.5光秒」

「右60度。宇宙竜巻へ向かって転針!」

「みぽりん!」

「敵は小型のミサイル艇4隻?宇宙竜巻に耐えられる性能はない?」

「なるほど。西住殿。相手のアクティヴステルスを嵐で使えなくすると?」

「うん。」

 

一方海賊船の艦橋ではみほの艦の転針をとらえていた。

「敵艦、右へ転針し、宇宙竜巻に向かっていきます。」

「宇宙竜巻に向かう敵艦を追う。」

「アイ、サー。」

 

「レーダーに微弱反応?。数4?。小型高速船と推定?。宇宙竜巻に対し対避航行中?。」

「艦影1捕捉。本艦を追跡してきます。現在の距離2光秒。」

「きましたね。」

「おそらくそれが本体?」

みほはうなづく。

 

「艦種識別?蓋然性87%?3か月前に海賊に強奪された船?」

 

「アクティヴステルス稼働率1%。偽装電波の照射一時停止。」

「なかなかやるな。われらの攻撃を回避し、自ら嵐の中へ飛び込むか。しかし、この船からは逃げられんぞ。」

「敵艦の予想位置特定?アクティヴステルス稼働見られず?航行に専念?」

「進路、速度はこのままでおねがいします。」

「了解。」

「宇宙竜巻を抜けて、敵がシステムを復帰するまでの時間が勝負!」

「わかりました。」

「減揺装置と推進器で船体姿勢を維持?しかし長くは待たない?」

「了解。」

「敵艦との会敵予想時間はどのくらいですか?」

「130秒後。」

「みほさん。いつでも発射できます。」

「敵艦の脱出予想進路を割り出した?4か所。映します?」

画面に映った予想進路をみて

「Bでいきます。」

「どうして?みぽりん?」

「気流の向きに対して艦の姿勢を安定させられるし、システムを復帰させるにはこの進路がいちばんいいからですよ。武部殿。」

みほは、優花里の説明に微笑む。

「敵艦会敵まであと65秒。」

 

「宇宙竜巻をもうすぐ抜けます。アクティヴステルス有効稼働まであと40秒。」

「索敵レーダーを復帰次第、直ちに攻撃だ。そう遠くまで逃げてはおるまい。ふふふ…さあ狩りの総仕上げだ。」

 

「!!」

「予想位置に敵艦出現!」

「撃て。」

「発射!」

 

「熱源4探知!」

「なんだと?」

「敵艦、0.5光秒!」

「信じられん。あの竜巻のすぐ外側で待ち構えていたというのか?」

「敵ミサイル20秒!」

「迎撃だ!」

「間に合いません。」

爆炎が起こり金属片が飛散していく。

 

「敵艦の位置で爆発?命中によるものと思われる?」

「敵艦かなりの損害?航行不能?」

「沙織さん。」

「みぽりん?」

「降伏をよびかけて。これ以上の抵抗は無益です、乗組員の安全は保障します、って。」

「うん!」

沙織の呼びかけで海賊たちは降伏した。

 

数か月後

「よし、敵艦をおいつめたぞ。」

「船長、敵艦のまわりにデブリ多数。」

「気にすることはない。同盟でも帝国でもわれらを発見できる船はいないのだ。」

 

「敵艦発見?距離90光秒。座標X07200 Y03812 Z37564?」

「右舷方向52度、仰角31度。」

「右舷方向51度、仰角30度。」

「発射!」

 

「船長!敵に発射反応あり!」

「なぜだ。逃げろ。」

「いえ、どっちへ逃げても当たります。」

「あ、あれは…デブリではありません。人工物です。」

数十秒後海賊船は爆煙をあげ四散していた。

 

「マルチスタテック・サテライト・システム?」

「なるほど。SFにでてきた反射衛星砲のように多数の衛星でステルスを見破っているわけですね。さすがエリコ殿です。」

「それだけではない?電波が吸収された座標とその物質もスペクトル解析できる?」

「エリコさんのおかげで、わたしの目からはどんな敵艦もにげられません。」

「エリちゃんも華もすごすぎる~。」

沙織は安堵した後にみほの指示が的確で凄みのあるものであることに気づいて付け加える。

「それからあ、戦い終わってから、なるほど、あれはそういうことなのかって改めてみぽりんの指揮のすごさがわかるよ~。」

「いえ、わたしは…。」

「いえいえ、戦果は、西住殿の巧緻きわまる指揮とそれを的確に僚艦につたえる武部殿の通信のたまものでもあります。」

「わたしは、あんな大胆なことは考え付かない?」

「みほさんのおかげで確実に当てられます。」

みほは微笑んでいた。

(大洗の時もこの宇宙でも頼りになるチームメイトがいてくれて、うれしい。これがわたしの「戦艦道」なのかなぁ)

みほは、そんなことを考えていた。

さて、このようにして、みほたちは戦果を重ねていった。

背中にあの「あんこう」が描かれたあんこうチームのパンツァージャケットを着た少女の集団と、茶色のブレザーに胸に赤いリボン、紺のプリーツスカートを着た少女の組み合わせは昇進辞令を受けるために時々首都星ハイネセンに帰還するため、いつしか同盟軍内では、駆逐艦ロフィダが率いる数隻でしかないこの海賊討伐隊「ロフィダ・ガールズ」を「チームあんこう」と呼んでその戦果がひそひそと語られるようになっていた。

 




「また、「チームあんこう」が海賊を仕留めたそうだぞ。」
「すごいな。」
「こんどは海賊のステルス破りを幕僚がやったそうだ。」
「あの赤いリボンに茶色いブレザーを着たおとなしそうな女の子だろ。」
「ああ、エリコ・ミズキ大尉だ。」
「それに士官学校時代からドジっ娘って評判のミホ・ニシズミ准将の陣形展開と判断に海賊はやられっぱなしだそうだ。」
「そういえば、彼女は戦術シュミレーションで、首席のアンドリュー・フォークを破ったという話だぞ。」
「いまや実戦の功績でフォークとならぶ准将閣下だもんな。」
「同期の出世頭だな。」
それを聞かされるフォークは歯噛みをせざるを得ない。
(無駄飯ぐいとあんな子犬のような女になぜわたしがおくれをとらないといけないのだ。)
フォークの暗い情熱は、帝国領侵攻作戦について私的ルートで自分の作戦を売り込むという挙につながった。しかし、それはとても作戦と呼べるものでなかったが…

※駆逐艦ロフィダ Lophiidae(アンコウ科のラテン語学名)
※1AU(天文単位、太陽から地球までの距離)≒1憶5000万キロ≒500光秒
※1光秒≒(地球の「円周」=40,000キロ×7.5)≒300,000キロ




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第3章 帝国領へ侵攻します。
第20話 作戦会議?です。(前編)


「ミス・ニシズミ。いやいまは西住准将と呼ぶべきかな。」
「はい、シトレ元帥。お世話になります。今回は何でしょうか。」
「昇進だ。第14艦隊の司令官になってもらう。」
「あ、あの…。」
「君は辺境の海賊討伐ですばらしい戦果をあげている。
そろそろ表に出していい頃かと思ってね。」
「はい...。」
みほは少し赤くなって下を向く。
「今度の出兵において参戦してもらうことになった。作戦会議の日程は…。」

みほは、士官食堂で「あんこう」の皆と食事をしているときにそのことを話した。
信頼できる友人たちとリラックスした場でないと気の弱い彼女には「心中を吐露」するのは難しいからだった。
「で、みぽりんは承諾したの?」
「うん….。」
「7000隻、84万人の司令官?」
エリコが確認するかのように話しかける。
「うん。」
「みほさん、すごいです。」
「まあ、西住殿の指揮は折り紙付きですから。」
「でも…とても不安。わたしなんかがこんなにたくさんの人たちを率いなければならないなんて…。」
「でも、西住殿は黒森峰でも大洗でもまた海賊討伐艦隊でも的確な指揮をしてきました。皆さんも信頼してくれると思いますよ。」
「そーだよ、みぽり~ん。自信だしなよ~。」
「で、この日が作戦会議….。」
「みぽりん~^^;」
「あんこう」の皆は実際の戦闘指揮より難題かもしれない「課題」を「発見」し、どうしようか相談し始めた。


みほは作戦会議の日に前もって統合作戦本部のシトレの執務室を訪れることになっていた。

「じゃあこちらへ来てくれたまえ。」

フォークと同じ宇宙暦790年卒にもかかわらず、ちっとも年を取っていないようにみえるみほだった。

 

白髪で黒くつややかな肌をした大柄な男が、統合作戦本部の同盟軍中央作戦室に入室する。統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥であった。そのあとを栗毛のまだ少女のようにしかみえない小柄な女性がはいってくる。皆の目はその「少女」に釘づけになった。

キャゼルヌは。(ほう...)という表情をする。ヤンは、一瞬驚いたが、納得した表情になる。

「本日は、帝国領遠征におけるわが軍の具体的な行軍計画について議論するために、諸君らに参集してもらうことになった。帝国領への遠征についてはすでに最高評議会において決定されている。諸君には忌憚のない意見をのべてもらいたい。まずそのまえに諸君らに紹介したい人物がいる。」

「さあ、先輩方に挨拶してくれたまえ。」

「あんこう」のジャケットに白いプリーツスカートを着けた栗毛色の髪の少女-ただし、その襟には同盟の五稜星と少将の階級章がついており、五稜星バッジの付いた黒い軍用ベレーは着けている-は、こくりとうなずくと

「このたび、第14艦隊司令官を拝命しました西住みほといいます。よろしくおねがいします。」

「知らない者も多いと思う。彼女は辺境の海賊討伐で功績をたててきた。このたびの遠征では、少将として半個艦隊を率いてもらうことになった。これは国防委員会の決定でもある。」

諸将は、おどろきを隠せない。

(こんな「少女」が...艦隊司令官?)

と顔に文字が書いてあるかのようだった。

 

シトレは説明を続ける。

「なお、彼女と彼女の指揮する第14艦隊については、国防委員会と彼女たちの事情で極秘あつかいとなっている。人事についても非公式になっており、すべてファラーファラ星域の海賊討伐となっている。諸将にはご承知いただきたい。」

 

一方、ヤンは、彼女の希望を守れなかった慙愧の念とみほのたぐいまれな作戦指揮への期待が入り混じった複雑な表情を浮かべざるを得ないが、この場に及んでという結果論から後者の気持が勝って、結果的に得心していた。

(彼女自身が選んだことだ。何も言うまい。)

そして(これからもよろしく)という笑みを浮かべて彼女を見る。

みほは、ヤンに微笑みを返す。それは「あんこう」の面々に再会したときの喜びと同種の気持がにじんだ笑みだった。

ウランフは

(知っているのか?)

とヤンにたずねる表情をする。

(まあ、そういうことです。)

ヤンは訳知り顔でそれに無言で答える。

ウランフは、

(ヤン・ウェンリーが評価するほどの人物か...心強いな。)

と内心安心感を覚えた。この勇将にしてみほが女性だからという偏見はない。彼女の優秀さはシトレやヤンの態度が証明している。

いっぽうで、驚愕と妬みと独りよがりな怒りに身体を小刻みに震わせる人物がいる。

作戦立案者のアンドリュー・フォークである。彼は、士官学校時代の戦術シュミレーションの忌まわしい思い出がフラッシュバックする。

みほはそんなことはつゆほどにも感じていなかった。というのも、彼女は人前に出ると緊張してしまう。二秒スピーチとか三秒スピーチのヤンとは違った意味で、スピーチが苦手だ。講演会をまかされそうになり、台風で中止になるよう祈ったことさえある。だから就任のあいさつも苦し紛れに「パンツアー・フォー」と言いそうになるのを予想した沙織と優花里に原稿を書くようにすすめられて準備はした。結局、戦車道の作戦ならいくらでも思いつくのに、たいした原稿は考え付かず、「第14艦隊の...。」と単純に自己紹介できたことに安堵していた。

「西住少将。君の席は、ヤン中将の隣りだ。」

「は、はい。」

みほは、居並ぶ諸将に敬礼し、諸将は答礼する。

ヤンのそばまで来て

「おひさしぶりです。ヤン提督。」

ヤンは無意識にベレーを一瞬はずして頭をかいて戻すと

「やあ、こちらこそよろしく。ミ..」

みほを以前の呼び名で呼びそうになって

コホンと軽く咳払いをする。

(かわらないです。あのときと。)

みほはなつかしさを覚えて満足げな笑みをうかべた。

ヤンは、再びベレーを一瞬はずすと伏し目がちに頭をかいた。

 

シトレはみほの着席を確認すると

「それでは、キャゼルヌ少将、今回の帝国領遠征の部隊編成を説明していただきたい。」

「はつ。今回の遠征は、総司令官を宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥閣下がつとめられます。総参謀長ドワイト・グリーンヒル大将、作戦主任参謀コーネフ中将以下5名、情報主任参謀ビュロライネン少将以下3名、後方主任参謀、補給をわたしアレックス・キャゼルヌほか3名が担当します。実戦部隊については、

ルフェーブル中将の第3艦隊、ビュコック中将の第5艦隊、ホーウッド中将の第7艦隊、アップルトン中将の第8艦隊、アル・サレム中将の第9艦隊、ウランフ中将の第10艦隊、ボロディン中将の第12艦隊、ヤン中将の第13艦隊、西住少将の第14艦隊の合わせて9個艦隊を動員します。その他を含めた艦艇総数16万7千隻、首都星ハイネセンの防衛に第1、第11艦隊を残します。

陸戦部隊、補給、医療、工兵など非戦闘要員を含めた総動員数は、3200万4000名となります。」

シトレは議場を見回し、

「この遠征におけるわが軍の行動基本計画は立案されていない。この会議はそれを決定するための会議である。ご出席いただいている諸将には忌憚のない提案と活発な意見の交換をお願いしたい。」

シトレの声はどことなくうつろに感じられた。最高評議会で出兵に反対したシトレの幼な馴染みでもあった財務委員長のジョアン・レベロは、「すまん。シトレ。」とつぶやいた、とされるが、シトレが逆の立場だったら同じセリフを同じトーンでつぶやいたことだろう、それを想像させるような気乗りが感じられない声であった。

そのとき発言を求めた者がおり、指名されて発言を始めた。

「本部長閣下、作戦参謀のアンドリュー・フォークであります。今回の遠征は同盟開闢以来の壮挙と言えましょう。このような壮大かつ意義のある作戦に参加できるとは、武人の名誉であります。」

シトレはためいきまじりにうつむいているように見えた。

ヤン、ウランフ、ビュコックは考える。

(名誉とか壮挙?どうでもいいことだ。補給は?戦略上の目標及び目的は?クラウゼウィッツが言っていた。目的はパリ、目標はフランス軍だと。この場合大遠征になるから最終的な目的はオーディン占領、目標は帝国軍の殲滅になるだろうが、今の同盟にそこまでできる戦力はない。だからせいぜいその前段階の中間的な目的と目標が必要だ。それにしても事の発端と動機は、政治屋どもが失政から目をそらすための選挙対策だ。戦略構想もまともじゃないし、健全なありようじゃない。)

ウランフが口を開く。自由惑星同盟きっての名将であり猛将である彼にとってはフォークの発言はあまりにも不安なものだった。

「総司令官にお尋ねしたい。我々は軍人であるからには行けと命令されればどこへでも行く。ましてあのゴールデンバウム王朝の本拠をつくというのであればなおさらだ。しかしそれには周到な準備、戦略上の目標及び目的の設定が欠かせない。まず、この遠征の戦略上の目的をお聞かせ願いたい。」

「作戦参謀、説明を。」

ロボスがおもむろにフォークに振った。

 




作戦会議がはじまりました。さて....


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第21話 作戦会議?です。(後編)

ロボスはおもむろに、血色が悪く神経質そうにやや上目遣いで口元が他人を小馬鹿にするような歪みをもった若い男に対し、
「作戦参謀、説明を。」と振った。


「はつ。」

小さく咳ばらいをしてフォークは得意そうに立ち上がる。

「大軍をもって、帝国領内を自由惑星同盟の旗をかかげて侵攻する。それだけで帝国の連中の心胆を寒からしめることができましょう。」

「では、侵攻するだけで戦わずに後退する、ということか?」

「そうではありません。高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することになろうかと思います。」

「なぬ…抽象的にすぎる。もう少し具体的に言ってくれ。」

ウランフは不安になった。同時にかすかな怒りも覚える。

(こまったものだ。こんなやつに3200万もの兵士の命を預けるのか。)

みほやヤンも不安とかすかな怒りを覚えたのも同様だった。

(わたし、この人…いや…)

しかし、はっきり発言した者がいた。頑固者の老人、「老練」という文字を実体化した印象の人物、アレクサンドル・ビュコック中将だった。宇宙暦745年の第2次ティアマト会戦にも軍曹として参戦しているビュコックは、作戦のいい加減さで兵士の命が失われるようなことが許せなかったのだ。

「要するに行き当たりばったりということじゃな。」

語調は強いがそれでも抑えていることがうかがわれる。

フォークは無視して

「ほかには?」

とつづける。

「いいですか?」

「ヤン中将、どうぞ。」

シトレがはじめて口をひらき重厚なバリトンが発声される。

「帝国領内に侵攻する時期を現時点に定めた理由をお聞かせ願いたい。」

ヤンのテナーが発声されると、ややしゃがれ声だが

「選挙が近いからじゃろ。」

と少し語調を強めて、ビュコックがつぶやく。会場にはビュコックへの同意が含まれたざわめいたような笑い声が起こる。

「戦いには機があります。それを逃しては運命に逆らうことになります。」

ヤンが問い返す。

「つまり現時点が帝国に対して攻勢に出る機会だといいたいわけか。」

フォークは高揚して、机を両手でたたいて力説する。

「攻勢ではありません。大攻勢です。イゼルローンを橋頭保となし帝国領へ深く侵攻する。さすれば帝国軍は狼狽しなすところを知らないでしょう。同盟軍の空前の大艦隊が長蛇の列をなし、自由惑星同盟正義の旗を掲げて進むところ、勝利以外の何物もないのです。」

「あの…。」

「西住少将。」

「その作戦だとすごく隊列が長くなります。敵に中央から隊列を突かれる恐れがあるので...。」

「なぜ分断の危機のみを強調するのか小官には理解いたしかねます。我が軍の中央部に割り込んだ敵は、前後からはさまれ集中砲火をあび惨敗するにちがいありません。西住少将の危惧は取るに足りません。」

ヤンがみほを応援する、

「フォーク准将。そのような挟撃は、錬度が必要で、一朝一夕にできるものじゃない。隊列が長くなれば補給や連絡に不便をきたし、指揮系統が寸断され挟撃どころではない。それだけではない。帝国軍はおそらくローエングラム伯をさしむけてくるはずだ。彼の軍事的才能を考慮して慎重な計画を立案し編成すべきだ。」

グリーンヒル大将がここで口をはさむ。

「ヤン中将、ローエングラム伯を高く評価していることは承知している。しかし彼はまだ若い。失敗することもあるだろう。」

「確かにそうですが、彼が犯した以上の失敗を我々がすれば彼が勝って我々が敗れるのです。」

「あの…。」

みほが再び手をあげる。

彼女の脳裏には、隊列が分断され、背後からエンジンを狙われて次々に撃破される戦車がうかんでいた。

(いや。こんな作戦!ダメ!><)

という気持ちが気の弱い彼女をして手をあげさせたのだ。

「西住少将。」

シトレが温かい視線をみほに向け発言を許可した。

「わたし、アスターテの会戦を分析しました。ローエングラム伯は、2倍の同盟軍に対し、包囲されると考えないで、時間差をつけて各個撃破できるってとらえたんです。それにうしろから攻撃されたら挟み撃ちなんてできません。」

「ヤン中将がおっしゃるのも西住少将がおっしゃるのも予測にすぎませんな。敵を過大評価し、必要以上に恐れるのは武人として最も恥ずべきところです。ましてそれが味方の士気をそぎ、決断と行動を鈍らせるとあっては、利敵行為のそしりを免れますまい。」

ダンと強く机をたたく音がする。義憤にかられた老将が立ち上がり、片手にこぶしを握っている。

「フォーク准将!貴官のいまの発言は礼を失しておるぞ。」

「どこがです?」

「貴官の意見に賛同せず、慎重論を唱えたからと言って利敵行為とはなんだ。それが節度ある発言といえるか!」

「わたしは一般論を申し上げたまでです。特定個人への誹謗ととらえられては甚だ迷惑です。」

ヤンは小さくため息をつきみほをちらっとみた。みほも不安そうな顔でヤンを見上げてしまう。ヤンはみほにわかる程度のかすかなうなずきをかえすと着席した。

「そもそもこの遠征は専制政治の圧政に苦しむ銀河帝国の民衆を解放し救済する崇高な大義を実現するためのものです。これに反対する者は結果として帝国に味方するものと言わざるをえません。小官の言うところは間違っておりましょうか。

例え敵に地の利あり、想像を絶する新兵器があろうともそれを理由としてひるむわけにはいきません。」

シトレは腕を組んでやや下を向き考え込んでしまった。

ヤンとみほはげんなりしている。ビュコックはあきれ顔でヤンに対し

(どうしたもんかね。こいつは。)という視線を向ける。

「われわれが解放軍として大義に基づいて行動しているのをみて、帝国の民衆は歓呼して我々を迎え進んで協力するに違いないのです。」

高揚して得意そうに「演説」を続けているフォークに対し、

ヤンとみほは、最後の論陣をはった。曰く、特定の惑星を拠点として、補給を充実させながら慎重に戦線を拡大するべきだ、というのは、大軍を維持するには補給線が確保できないと動けなくなるからだと主張した。失敗を最小限におさえるための提案だったが、それに対しフォークは、一気に力押しするために大軍を動員するのだ、くくたる策は必要ないと反論した。そしてもはやだれも発言せず、フォークが誰も反論できなかったと得意そうに「演説」をつづけた。

 




会議がおわるとフォークはみほに声をかける。
「西住少将。」
「はい…。」
「戦術シュミレーションをしましょうか。」
なめるような視線で口元には薄笑いが含まれる。しかしみほはひるまなかった。おだやかで気弱な彼女には珍しく、全国戦車道大会決勝戦で姉に対してとはやや異なる、サンダース戦で通信傍受機をにらんだ時に近い怒りを含んだ視線でフォークをにらむ。
「受けて立ちます。」
そしてフォークはシュミレーション後、再び屈辱に歯噛みすることとなる。一方勝ったはずのみほの表情は晴れず、負けたような暗い表情と重い歩調でシュミレーションルームから出てきたのだった。


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第22話 帝国領侵攻します。

「西住少将」
「はい。」
「これをみたまえ。」
それはエネルギー中和磁場を効率的に張れるよう流線型で、かつ「あんこう」が獲物を捕らえるときに使う独特の誘引突起のような全方位型の強力なレーダーを備えている。「尾びれ」に当たる部分もレーダーが備えられ、さながら緑色の巨大な金属製の「あんこう」だった。
「君とエリコ・ミズキ少佐の意見をとりいれた新造戦艦ロフィフォルメだ。」
「シトレ元帥。このようなすばらしい艦をありがとうございます。」
「皮肉なものだな。君たちの要望がこんな形でかなえられるとはな…。」
今回の出兵のために必要ということで旗艦として造られたということだった。
「この程度のことしかできなくてすまん。君たちの活躍に対しての感謝の気持ちだ。こんな形になってしまったが...。」
「いいえ。ありがとうございます。」



みほたちは、出発までの艦隊編成など文書事務に多忙をきわめた。

みほは、技術関係の仕事は、エリコと生来のミリタリー好きから同盟軍の艦艇、兵器諸元を覚えた優花里にまかせ、沙織、華とともに艦隊編成、人事などの文書事務と統合作戦本部と自らの司令部を往復する毎日がしばらく続いた。

イゼルローン要塞の星図データなどからイゼルローン回廊帝国側出口の星系の特徴を把握し、より有利な作戦案を考え、必要な資材を調達していった。

第14艦隊の出発する日がやってきた。

 

同盟軍の将兵たちはハイネセン上空の衛星軌道上にある自分たちの配属艦に乗り込む。

指揮シートに座ったみほに優花里が告げる。

 

「西住殿~。全艦隊に向けてあいさつする準備が整っているであります。」

 

「優花里さん、ありがとう。」

 

「沙織さん、回路お願いします。」

 

「了解。みぽりん。」

 

「これから第14艦隊司令官に就任した西住ど..コホン、西住みほ少将があいさつします。総員起立して艦内スクリーンに傾注してください。」

 

 みほは、呼吸をととのえ原稿を見る。スクリーンに向かって声を放った。

「みなさん、第14艦隊司令官になった西住みほです。よろしくお願いします。」

艦内中継用スクリーンにみほの姿が映し出される。

「あの、皆さん「われわれはいまのところ負けているが最後の瞬間に勝っていればいいのだ。」って、あれ、沙織さん...。」

「みぽりん、棒読みしちゃだめだって。」

「あの...士気のあがる言葉を選んでおいてって...。」

7000隻の艦艇の内部は爆笑の渦に包まれる。沙織は小声で言う。

「みぽりんは演説とか苦手じゃない。だからアスターテでヤン提督がみんなを励ました言葉がいいかなと思って。じゃあこれは?」

「えっと改めて。皆さん「おいしいケーキを食べられるのは生きている間だけだから、みんな死なないように戦い抜こう。」」

割れんばかりの拍手が7000隻の内部にひろがった。

そこへ優花里が画面に顔を出す。

「みなさん、副官兼技術少佐の秋山優花里であります。よろしくお願いします。西住ど、じゃない西住少将は、演説は苦手ですが頼りになる司令官です。戦車道の試合でも...それから、ファラーファラ星域の海賊討伐にも...。」

「ゆかりん、長すぎ...。」

「すみません。」

また7000隻の艦内は再び笑いに包まれ皆の心が自然にひとつになる。

「では第14艦隊出撃します。」

「了解。」

宇宙暦796年8月22日、同盟軍は、帝国領へ侵攻すべく遠征を開始した。

 

一方これに対し、銀河帝国皇帝フリードリヒ4世は、帝国元帥ラインハルト・フォン・ローエングラムに迎撃するよう勅令をくだした。

ローエングラム元帥府には、黄金獅子が描かれた真紅の幕が垂れ下がり、そのわきを黒地に双頭の鷲を描いた幕が垂れ下がっている。若いえりすぐりの諸将が赤いじゅうたんを挟んで二列に立ち並び、その中央奥には金髪で白皙の美しいが、蒼氷色の鋭い眼光を持つ青年が座っている。

「わたしは、この機会に同盟軍を徹底的にたたいておこうと考えている。そのためには、イゼルローンの回廊出口で敵を迎撃するのではなく、領内奥深くに誘い込むつもりだ。」

「すると敵の補給の限界点、つまり攻勢の限界点に達するまで攻撃はしないと?」

「そのとおりだ。敵の補給が限界に達したところを全軍をもって一気にたたくのだ。」

「戦わずに引くわけですか?」

そのように問うたのは、蜂蜜色のやや癖のあるおさまりの悪い髪をもち、体操選手のような敏捷性を感じさせる中肉中背の好青年ウォルフガング・ミッタマイヤーである。黒の軍服の襟と肩の階級章は中将で、金髪の若者に次ぐ名将であることを間接的に物語っている。

「そうだ。不満か?」

「不満ではありませんが、時間がかかりそうなので…。」

続いて発言したのは、頭髪は黒に近いブラウンで、細面、右目が黒で左目が青の瞳、いわゆる「金銀妖瞳(ヘテロクロミア)」の持ち主で、ダンディを地でいく男オスカー・フォン・ロイエンタールである。やはり中将の階級章をつけている。

「われわれはかまいませんが、門閥貴族どもがさわぎたてないでしょうか。」

彼は親友で、良きライバルでもある蜂蜜色の髪の好青年の危惧をさりげなく代弁し、上官たる金髪の青年に注意を促すと同時にその意図を確認したのだった。

「やつらに口出しさせないためにも、時間はかけない。」

「….?」

「せいぜい長くて2か月だ。オーベルシュタイン、説明せよ。」

金髪の青年に指名されたのは、銀色に近い白髪で、血色の悪い半目をしたような男である。

「同盟を称する叛乱軍は、これはもちろん彼らの主観ですが専制政治の圧政から民衆を解放する「解放軍」「護民軍」を自称しています。やつらの自尊心や建前を利用するために、辺境の星系から物資食糧を引き上げます。連中は、そういった事態になった場合でも自らの主張ゆえに民衆に食糧を提供しなければならなくなる。」

「つまり、やつらから民衆に物資食糧を吸い取らせる、ということですか。」

「そうだ。やつらの補給は早晩幾何級数的に限界に達するだろう。イゼルローンの生産力では補いがつかなくなるというわけだ。すでにクラインゲルト伯爵領にケスラーを派遣している。」

諸将に作戦を説明して、解散させた後、金髪の若き総司令官は、親友にして最も信頼する有能な赤毛の部下に声をかける。

「キルヒアイス。敵の補給艦隊が本国から派遣されるはずだ。それを迎撃してほしい。」

「かしこまりました。拝命承ります。」

金髪の若き総司令官は、親友である赤毛の若者をいったん呼び止める。

「勝つためだ、キルヒアイス。」

と声をかけた。彼は親友が今回の作戦が民衆に負担を強いる性質を持つのに対して感情的に是認しえない気持ちを持っているのを理解していた。それゆえに、戦術レベルの効果に意識を向けさせて納得するようわざわざ念を押したのだった。

赤毛の若き名将は、こくりと会釈すると部屋をでていった。




同盟軍はイゼルローン回廊から帝国領へなんの抵抗も受けずに侵攻し、いくつもの星系を「解放」しはじめた。その様子はマスコミにも「景気よく」伝えられた。

※ロフィフォルメ;Lophiiformes/ラテン語アンコウ目の学名。


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第23話 補給線が心配です。

さて、勢いに乗る同盟軍は、なんの抵抗も受けずに200以上の星系を占領したが...。


同盟軍が占領した星系には、30の有人惑星が含まれ、5000万人が住んでいた。

同盟軍の士官と兵士たちは、最初の20日ほどは有頂天であったが、そのうちなぜ敵は姿を現さないのか?という疑念が心のうちにしみをつくっていくのを感じはじめていた。

同盟軍の宣撫士官は、

「われわれは解放軍だ。君たちに自由と平等を約束する。もう専制政治の圧政に苦しむことはないのだ。」

「自由と平等?それって食べられるのか?」

「われわれは、政治的な権利もいいが、それよりも今食糧がほしいんだ。」

「軍隊が引き揚げてしまって赤ん坊に飲ませるミルクにさえこと欠いている。パンやミルクをさきに約束してほしいのだが。」

「わ、わかった。」

宣撫士官たちは、同盟軍各艦隊の補給、事務士官に「解放区」の食糧、物資を計算させた。そして、イゼルローンの総司令部に、5000万人分の180日分の食糧。200種の食用植物の種子、人造タンパク製造ブラント40基、水耕プラント60基、それを輸送する船舶を要求する要請書を提出した。

要求書には、「現在「解放区」の住民を飢餓状態から救うためには最低限これだけ必要である。「解放区」の拡大に伴いこの数値はさらに増加することになろう。」と付記されていた。

要請書を見て、後方主任参謀のキャゼルヌ少将は、言葉を発声する前に、思わずうなるしかなかった。彼を補佐する士官も押し黙るしかなかったが、勇気をふりしぼって「苦しい現実」について上官に確認するしかない。

「イゼルローンの倉庫を空にしても700万トンしかありません。人造タンパクプラントと、水耕プラントをフル稼働しても...。」

「わかっている。5000万人の180日分の食糧といえば穀物だけでも1000万トンに及ぶ。二十万トン級の補給船が50隻は必要だ。今後の計画もある。上申書をしたためねばならんな。」

予鈴が鳴る。

「どうぞ。」

みほ、沙織、優花里がキャゼルヌの執務室を訪れる。

「おお、西住少将、それに沙織にユカリか。」

「あの...。」

キャゼルヌは驚いた。この「少女」たちは、補給のことを心配して訪ねてきたのだ。ヤンと相談して、その存在が秘匿されていることからこそ有効な作戦行動を考えたことを説明し、キャゼルヌに補給艦隊が通るであろう航路について聞き出す。

「この航路が本国から一番いいだろうな。ただ万一敵が知っていたら危険でもある。」

「わかりました。」

「キャゼルヌさん。」

「なんだ沙織。」

「みぽりんとヤンさんが考えた作戦だから大丈夫だよ~。」

と明るく微笑む。しかし、みほやヤンから厳しい状況を聞かされているから、キャゼルヌが少しでも元気が出るよう彼女なりに明るく振る舞っているのがどうしても隠しきれていない。

キャゼルヌが苦笑し、沙織がため息をつく。それをみてみほと優花里も苦笑する。

「とりあえず、みんなでお菓子たべよ。」

そしてお菓子袋を差し出す。

「うむ。」

4人は、黙ってうなづき、しばらくぼりぼりとお菓子をたべる。

「じゃあ、行ってくるよ。」

キャゼルヌはほほえんで、手を軽く振る3人に見送られながら執務室を出て、総司令部に向かう足どりはいくらかは軽くなっていた。

 

しかし、いざ総司令部に足を踏み入れた彼の足どりはとたんに重くなった。

肉付きの薄く、血色の悪い、人をこばかにするような上目づかいと口元のゆがみのある若い士官が肉付きの良い太ったロボスのわきに立っていたからだ。

「総司令官は作戦参謀フォークの腹話術人形だ。」

との毒舌がひそかにささやかれている。

「前線からの要求があるようだが?」

肥満しているロボスは、その肉付きのみならず脂肪の一部で肥厚したあごをなでながら

「何かね。そうでなくても忙しいのだから手短に頼むよ。」

とめんどうくさそうであった。

キャゼルヌは、無能な上司でも印象付けて注意をひくために思い切った表現で発言することにした。

「では、手短に申しあげます。わが軍は危機に直面しています。それも重大な危機に。」

ロボスはあごにあてた手を止め、不審そうな視線を後方主任参謀にそそぐ。

フォークは意地悪そうな目つきと口元をわずかにゆがめる。

「例の要請書については、ご存知ですね。」

フォークは、こいつは何を言っているんだ、そういえばこいつはヤンと昵懇だったな、いつか問題にしてやるかと密かに心の隅で考えを巡らした。私怨と軍内部の出世競争にしか関心のない悪しき官僚主義の権化のような発想しかこの男には浮かばない。

「ああ、一応目を通したが、いささか過大にすぎるのではないかね。」

「イゼルローンにはそれだけの物資はありません。」

「本国に要求すればよかろう。経済官僚どもがヒステリーを起こすかもしれんが、やつらも送らないわけにはいくまい。」

「ええ、たしかに送ってくるでしょう。しかし、それが無事に届けばの話です。」

「どういう意味かね。少将?」

「敵の作戦が、わが軍に補給の過大な負担を強いることにあるということです。」

普段は背広を着せた温和な会社員しか見えないキャゼルヌの口調がおもわず強いものになる。

(あんたは全軍の指揮官だろう。なぜ指揮官が補給のことを考えない作戦をたてるのか。まっさきに補給が大丈夫か確認すべきなのに!)

キャゼルヌはロボスの鈍い反応に怒りを抑えている自分を自覚して、心のなかで自嘲することで気持ちを抑えた。

「つまり敵はわれわれの輸送船団を攻撃して、わが軍の補給を絶とうと試みる可能性があるというのが、後方主任参謀のご意見ということですな。」

「そうです。」

(わかっているならなぜそれを言わないのか!)

「しかし、最前線までのこの宙域はわが軍の占領下にあります。後方主任参謀のご意見は杞憂ですな。まあ、多少は念のために護衛はつけましょう。念のためにね。」

「そうですか。念のために護衛を付けると。覚えておきます。それでは失礼します。」

キャゼルヌは司令部を辞した。

「ヤン、ミス・ニシズミ、沙織、生き残れよ。死ぬにはばかばかしすぎる戦いだ。」

キャゼルヌは沈む気持ちと怒りを抑えながら執務室に戻る途中で独語した。




ラインハルトとキルヒアイスは同盟領本土へ忍び込んで補給を遮断すべく作戦を練っていた。帝国軍のなかでは彼らだけが部分的であるがイゼルローン回廊出口付近の同盟領の航路図をもっていた。


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第24話 補給艦隊危機です。

「ラインハルト様。ハイネセンからの補給艦隊は、現在のところの推定ですが、この数か所の航路を使っているようです。」
赤毛の青年は、彼の親友でもある上官に星図を見せる。
「そうか。」
「彼らの占領地の人口は、もうすぐ1億人を超えるでしょう。戦線もイゼルローンから700光年くらいまで拡大しています。」
「やがてイゼルローン回廊内の警備はほぼがら空き同然になる。後方に何もないのに兵力を置いておくことは遊兵をつくることになるからな。」
「回廊内と占領地は安全だと刷り込ませる、ということですね。」
「そのとおりだ。イゼルローンから前線に兵力を振り向ければ振り向けるほど良い。戦いは確かに数でするものだ。しかし大軍を振り向けたからと言っていつも自動的に戦いに勝てるわけではない。やつらは、飢えと死によってその愚行を思い知ることになる。」
「彼らの油断と補給線及び攻勢の限界点に達するまではもうしばらく時間を要するようですね。」
「でも、そう長くはない。」
金髪の青年は微笑んで赤毛の親友の顔を確認するようにのぞきこむ。
「承知しております。」
赤毛の友は金髪の青年に感じがいいが、普段とは異なる「委細承知した」旨の返答を込めた笑みを返した。



さて、一方同盟首都ハイネセンでは遠征軍からの大規模な補給の要求に対して激論が戦わされていた。

ラインハルトからすれば笑止、鼻でせせら笑うべき喜劇でしかなかった。

「われわれは専制政治から帝国の民衆を救うために派兵したのだ。彼らを救済すれば民心は自ずから同盟に傾く。軍事的見地からも政治的な意味でも「解放区」の住民に食糧物資を供給すべきである」と賛成派が主張すれば、反対派は、「この遠征は無謀なものだった。当初の予定だけでも二千億デイナール、予算の5.4%、防衛費の10%を超える。占領地を維持して食糧を供給し続けるだけでも莫大な物資食糧の量だ。これ以上戦線を拡大し続ければ、国家財政は出血死に至る。直ちにイゼルローンに撤退すべきだ。帝国軍の侵攻さえ防げればいいのだから。」と反論する。

主義主張に感情や打算がからみ、週刊誌や新聞は両派に分かれて社説を乗せる。

リストレエコノスとコンプラレールは、いせいの良い賛成論を載せ、撤退論は愛国心がない、臆病者の論理と主張し、ライズリベルタとトドスヨウムは、反対派の意見に沿った社説を載せる。

有識者と名乗る好戦的な論調の文化人は、ライズリベルタ、トドスヨウムのスポンサーを脅して広告を引き上げさせろ、と主張し、インターネット上でも出兵の失敗を隠蔽し、愛国心を声高に唱え、撤兵論は臆病者の論理と唱える論調にあふれた。ライズリベルタ、トドスヨウム系のテレビ局には、交通情報委員長のウィンザー夫人がその権限で手をまわして圧力をかけ、賛成派の論調にしたがったニュースが流される。同盟軍のイゼルローン司令部からは「我が軍の将兵に名誉の戦死の機会を与えよ、手をこまねていれば、不名誉な餓死が待つのみ。」という半ば脅迫じみた報告が寄せられる。

問題は先送りされ、輸送が続けられた。

ニュースには、「解放区」が拡大した、順調に「解放区」の統治がなされている、と画面に地図入りで報告がなされ、食糧が届いて笑顔の民衆の写真のみが放映された。

占領地の拡大は続き、「解放区」の住民は一億人を超えた。

賛成派は、補給物資の拡大の数字が日に日に莫大なものになっていくのが報告されていくにつれ、本音ではまずいと思い始めたが、いまさら間違っていましたとは言えなくなっていた。反対派は、それみたことか、5000万が一億になった。このままだと一億が二億になる。帝国は我が国の財政を出血死に至らしめるつもりなのだ。政府と軍部の責任は逃れられない。もはや撤兵しかない、と主張する。

「帝国は、無辜の民衆そのものを武器としてわが軍の侵攻に対抗しているのだ。狡猾な方法であるが、わが軍が解放と救済を大義名分としている以上、有効な方法と認めざるを得ない。もはや撤兵すべきだ。敵が窮乏したわが軍に対し総反撃をしかけ袋叩きにしてくる前に。」

最高評議会で財政委員長のジョアン・レベロはそう発言した。

このニュースはテレビには流されなかったが、勇気ある夕刊紙プレセンテをはじめ週刊誌のいくつかはその記事を載せた。

主戦論者の交通情報委員長のウィンザー夫人は端正な顔をこわばらせた。

遠征軍総司令部の無能者どもは何をしているのか!それに「誰からも選ばれなかった」と評される鈍重で無感動な印象の老人である最高評議会議長ロイヤル・サンフォード。政治力学の低レベルなゲームの末、議長の座をつかんだに過ぎない政治屋が選挙のことを言ったばっかりに...

しかも、地球教徒や憂国騎士団と談笑している写真を撮影され、彼女は関係ないと裁判まで起こして敗訴している。同じ主戦論者でも裁判を起こした彼女を彼らは許さないだろう。彼女の個人的責任として攻撃してくるに決まっている。

一方、トリューニヒトは満足していた。ふだんは主戦論を唱えるが冷静に判断した、先見の明があると評されるだろう。レベロやホアン・ルイは、軍需産業や財界からの支持がないから自分が最高評議会議長になる。彼にとっての明るい未来図を浮かべてほくそえんでいた。

結局「前線で結果が出るまで軍の行動に枠をはめないほうがいいだろう。」という先送り論が多数決で可決された。

 

「ワープアウト完了。」

帝国艦隊は、イゼルローン回廊の安全地帯ぎりぎりの空間を数百隻ずつにわけて、同盟の哨戒網を巧妙にくぐりぬけてつぎつぎにワープアウトする。ふだんであればくぐり抜けるのは不可能であったが、同盟軍は、回廊出口から帝国領の一部を支配下においているという安心感から哨戒網はいつになくゆるい状態であった。

「全艦隊集結完了しました。」

赤毛の名将はうなずくと

「索敵を行ってください。敵の補給艦隊はここを必ず通るはずです。」

「敵の補給艦隊発見。距離80光秒」

「攻撃を開始してください。」

グレドウィン・スコット提督は10万トン級輸送艦500隻、護衛艦26隻を率いてイゼルローン回廊へ向かっていた。

護衛艦の数はキャゼルヌ少将が

「少なすぎます。せめて100隻。」と主張したものを却下した結果だった。

輸送艦隊を狙うのにそれほど多くの艦艇を帝国が動員するとも思えないし、要塞周囲の警備が手薄になる、また航路の安全も期しているとの理由だった。

キャゼルヌはあきれたがひきさがらざるをえなかった。スコットにも注意をうながしたが、いままでも何事もなく輸送できた、今度も大丈夫だ、との思い込みがあって、スコットは部下と個室で三次元チェスに興じていた。

「司令官。」

「なんだ血相変えて、二コルスキー中佐?前線で何かあったのか?」

「前線ですと?ここが前線です。あれがお見えになりませんか。」

スクリーンの中央におびただしい光点の集合で光っている。その光点がひろがっていく。スコット提督の顔は蒼白になった。

「敵ミサイル多数接近。対応しきれません。」

 

「閣下、なにやら3時の方向70光秒に多数ワープアウトしてきます。」

赤毛の名将はかすかに気持ちを動かした。

「敵艦隊発見。数六千!」

(六千?敵にはそんな余力はないはずですが...やぱりこれだけの艦艇をそろえておいてよかったです。)

ヤンとみほが補給艦隊を敵が攻撃する場合、そうするだろうと想定して、その場合の時期と攻撃する場合の艦隊配置を必死に考えた結果だった。

「早いですね。西住殿。」

「うん。やっぱり帝国軍はヤン提督も言っていたけど名将ぞろいだね。」

「撃て!」

「発射!」華の号令が全艦隊に伝えられ、第14艦隊は一斉に斉射する。

しかしキルヒアイス艦隊も反撃し、巧みな艦隊運動と砲火で第14艦隊とともに輸送艦隊もたちまち沈めていく。

みほは目をみはる。

(すごい....わたしたちを相手にしているのに...)

しかしみほとエリコは手をこまねてはいなかった。




あらかじめ補給艦隊が攻撃されるのを予想していたみほたちは...

新聞社の名称を一社変更しました。前の話も遡って訂正します。


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第25話 コルマール星沖会戦

キルヒアイス艦隊に対しスコット提督の補給艦隊を守るために第14艦隊が戦ったこの会戦は、近い星系がないために「回廊同盟出口付近の会戦」、もしくは「栗毛少女と赤毛の青年の補給物資争奪戦」との俗称で呼ばれていたが、最も近い無名だった星域に後世の歴史家によって名前が付けられ、コルマール星沖会戦と呼ばれることになる。

コルマール星域沖の宇宙空間で、みほとエリコは、キルヒアイスに対してとりあえず先手を打つことに成功したが...


「司令官、後背から敵の攻撃です。」

キルヒアイスはアクティヴレーダーを発するよう命じた。

「敵の数さらに六千。艦種同定。蓋然性80%。」

同盟軍の艦艇の形状がスクリーンに映し出される。

しかし、後背の中性子ビームの光条の数がどうも六千にしては少ない感じがした。しかもミサイルが多い。キルヒアイスは不審に感じて勘を働かせた。

「エネルギー中和磁場の反応を測定してください。」

「エネルギー中和磁場反応は最初のものは四千、後背のものは三千です。」

「敵の半数近くはデコイです。実数は七千ほどです。残りは電波中継衛星、偵察衛星、それにカストロプや叛乱軍の首都を守る「アルテミスの首飾り」を小型にした戦闘衛星です。」

エリコは対海賊戦のステルス破りに使用したマルチスタテック・サテライト・システムを「アルテミスの首飾り」を参考に攻撃用に転用したのである。

「要するに敵はレーダーの反射パターンに同盟の艦艇の形状を返し、死角のない弾幕をつくれる戦闘衛星群で射線の不足をおぎなっていると。」

「その通りです。」

(しかし、かぎられた艦艇でこれだけの重厚な布陣をつくり、レーダー反射のデコイと「アルテミスの首飾り」を混ぜ込んでこれほど効率の良い射線をつくるとは凡将のなせる業ではありません。)

「指向性ゼッフル粒子工作艦を使ってください。」

キルヒアイスは工作艦に護衛艦をつけて後背の敵にあたらせた。その数も合理的なものであった。キルヒアイスは後背からの攻撃に対して被害を最小限にとどめつつ艦列を維持し、なおも輸送艦隊を攻撃し続ける。

指向性ゼッフル粒子工作艦を守りつつ、後背の14艦隊「分艦隊」に接近する。

「みやぶられた?」

分艦隊は指向性ゼッフル粒子に巻き込まれてはかなわないので、みほの本隊へ戻らざるを得ない。

みほとエリコは、本隊に含まれていた戦闘衛星と分艦隊に含まれた戦闘衛星を巧みな機動ですべてキルヒアイス艦隊へ向かわせる。

キルヒアイス艦隊が、指向性ゼッフル粒子工作艦を戦闘衛星にさかざるを得ないことを利用したのだった。

エリコはそれを行いながら補給艦隊のコンピューターをハッキングするという離れ業を行った。

「閣下、第14艦隊から、戦術及び航路コンピューターへの介入許可です。」

スコット提督はおどろいたが、二コルスキー中佐は

「ミズキ少佐のいうとおりにしてください。そうしないとわれわれはここで全滅です。」

と主張しエリコの介入を許す旨回答した。

輸送艦隊は、巧みな航路で脱出しようとした。キルヒアイスはそれを見逃さない。

輸送艦隊を守るように戦闘衛星の列がキルヒアイス艦隊に迫る。キルヒアイスは巧みな艦隊運動でそれを避ける。輸送艦隊と戦闘衛星の破壊が可能な座標に誘い込む計算しつくされた艦隊運動だった。

みほとエリコは舌を巻く。

(すごすぎる...。)

しかし、みほとエリコは指向性ゼッフル粒子を煙幕として一部でも輸送艦隊をワープさせようとしていた。

指向性ゼッフル粒子がばらまかれる。

「距離0.5光秒」

自分たちの艦隊が安全な距離にまで離れたことを確認したキルヒアイスはうなずき、

「主砲発射!」と命じる。

戦闘衛星と輸送艦隊の一部が指向性ゼッフル粒子の爆発に巻き込まれて爆発した。

爆発煙がうすれていく。レーダーにうつる艦艇数が突然消える。

一見全滅したように見えたが、キルヒアイスは、不審に感じた。

「空間歪曲場がないかスキャンしてください。」

「!!」技術士官は目をみはる。

彼の上官である赤毛の青年は返答をうながした。

「ワープトレースと思われる空間歪曲場を150確認。おそらく敵輸送艦のものと思われます。」

(さすが...ですね。あの艦隊は何者なのでしょうか?)

 

「7割は沈められてしまいました。でも…。」

華が一瞬残念そうな顔をするが成功した面を思い致して微笑む。

「150隻は逃がすことができたよ~。上出来だよわたしたち。あんなにすごい敵さんに会ったのに。」

敵の正体を知っていたら麻子がイケメンで優秀で紳士だぞと沙織を冷やかしたに違いなかった。

「我々のしたことは無駄じゃなかったってことです。」

さらに優花里の言葉に対して、みほとエリコはうなづく。

(でも、つけ込む隙も逃げ出す隙もなかった;;はらはらしどおしだった;;)

「みぽりん?」

何やら考えているように見えるみほに対し、沙織が次の指示をたずねた。

みほはわれに返り、答える。

「沙織さん。イゼルローンに戻ります。皆さんに伝えてください。」

沙織は通信機でその旨全艦隊に伝えた。

 

「敵艦隊、逃げていきます。」

「追う必要はありません。目的は達しました。しかし...。」

「しかし?」

「凄い敵が、ヤン提督以外にもいました。このことを報告します。」

 

「七千隻のうち、一千隻を失いました。」

「すごすぎる~;;エリちゃんがあれだけ計算したのに;麻子がいれば…。」

「うん…。」みほは力なくつぶやく。

「艦隊運動センスがいる?コンピューターの操作が得意なだけではだめ?」

エリコも悔しそうに自分には艦隊運動のセンスが充分でないことを認めた。

「??」

「エリちゃん?どうしたの?」

「なにか船体についてる?」

船外活動に優花里をはじめ工兵が出される。

「爆発物かもしれません。気をつけてください。」

ようやくとりはずしに成功する。爆発物はないようだった。

「!!」

「エリちゃん?」

エリコは、なにやらコンピューターのキーボードを忙しく動かし、ほっとしたように額をなでる。

キルヒアイス艦隊がしかけたバックドアの駆除をしたのだった。

 

偵察装置が外され、バックドアが駆除されたことがキルヒアイスの旗艦で判明する。

「閣下。やられましたね。」

「そうですね。仕方ありません。」

赤毛の若者は部下に微笑みを返す。

部下はふだん礼儀正しく、丁寧で、心やさしい上官の意外な面に驚きを隠せない。

(この方は、たいへんな人格者だが、こと戦術となるとやはりラインハルト閣下のように容赦がないな...。むしろ人格者だからこそ、戦死者がでないことについては容赦ないとみるべきか...)

キルヒアイスは部下を慰める。

「同盟の航路図が一部手に入りました。いまはそれでよしとしましょう。」

 

 




赤毛の若き名将は金髪の親友たる上司に事の次第を報告する。
「そんなことがあったのか?」
「はい。すみません。敵艦隊と輸送艦隊のうち150隻をのがしました。」
「いや、こちらのデータにない艦隊が突然現れた上にそれに対処したのだろう。」
「はい。」
「わたしがやってもお前以上の戦果があげられたか自信がない。」
「ラインハルト様?」
「それにしてもヤン・ウェンリー以外にお前が苦戦する敵か...みてみたいものだな。」
「そういえばラインハルト様、おみやげがあります。」
「ほう?これは?」
「例のへ―シュリッヒ・エンチェンの艦長でおられた時に得られた同盟領の航路図に今回得られた航路図をつなげたものです。」
「さすがお前は抜け目ないな。」
「ラインハルト様の友人や部下をやっていると能力にふさわしいことを常に要求されるので楽はできません。」
「言ったな。こいつ。」
ラインハルトは微笑みながらかるく親友の赤毛の頭をこつく。赤毛の若者もその拳を軽く受け止め、二人はからからと笑いあった。


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第26話 帝国軍の反攻です。 

みほたちが補給艦隊のうち150隻を逃がしたとはいえ、ぎりぎりでやっていたのがまともに物資がとどかなくなったので、同盟軍の補給が苦しいのは変わらなかった。


「何?我が軍の輸送艦隊が襲われただと?」

「かろうじて150隻が脱出できたということです。必要な物資は現地にて調達してください。」

「現地調達だと!我々に略奪をやれというのか。」

「どう解釈しようと自由です。わたしは、総司令部の指示を伝えただけです。」

画面からフォークが消えると各艦隊指揮官、艦長は画面にベレーを投げつける者、床面にたたきつける者さえあった。

「補給は万全なはずではなかったのか!」

「補給計画の失敗は戦略的敗退に直結する。その責任を前線に押し付ける気か!」

各艦隊は怒りと怒号にあふれた。

みほたちが守り切った150隻分の一部が回されても2億人に迫ろうとする「解放区」住民や兵士たちにまわされた場合限度がある。しかも帝国軍はたびたび小規模なゲリラ戦を仕掛け、補給や「解放区」への食糧供給を阻害しようとする。

第13艦隊でもそれは同様だった。「解放区」住民に供出を続けた結果、食糧は底をつこうとしていた。

「民衆が求めているのは自由でも権利でも正義でもない。だだ食糧だけです。帝国軍が食糧を運んで来れば皇帝陛下万歳と叫ぶでしょう。なんだって、そんな連中のために我々が飢えねばならないんでしょうか!」

補給担当のウノ大佐が不満を爆発させ、歯ぎしりするのに対し、ヤンは

「我々がルドルフのようにならないためにさ。」と答えるしかなかった。

ヤンは第10艦隊と第14艦隊に回線をつなぐ。

「おう、ヤン・ウェンリーか。珍しいな。何ごとだ。」

「ヤン提督...。」

「ウランフ中将、西住少将、お元気そうで...。」

スクリーンに映された精悍な浅黒い肌の勇将と子犬のような栗毛色の髪をもつ可愛らしい知将に共通しているのは、その表情の奥に憔悴の色が見られることだった。

二人が得意とする巧緻でときには大胆な用兵とは次元の異なる問題なだけに苦り切っている。

「うちの艦隊はあと二週間、もって半月分ってとこだな。あのフォークのバカの無責任な計画のせいでとんでもないことになっている。西住少将の守ってくれた150隻がなかったらもっと悲惨なことになっていただろう。それまで補給がなかったら占領地から強制的に徴発...言葉を飾っても仕方ないな、略奪するしかない。解放軍が聞いてあきれる。」

「それについて私に意見があるのですが...。」

「ああ、考えないでもなかった。撤退だろ。しかし一度も砲火を交えないうちにか...。」

「余力のある今のうちにです。敵はわが軍が飢えるのを待っているのです。」

「敵が機をみて攻勢に転じるということだろう。ただな、下手な後退をするとむやみな攻勢を誘うことになりはせんか?」

「反撃の準備は充分に整える、それが大前提です。いまならそれが可能です。兵が飢えてからでは遅いのです。」

「わかった。貴官の意見が正しかろう。全面的な潰走と解釈させるか、罠と思わせるかこともできるってことだろ。そういうのはうちの艦隊にいる貴官の後輩も、この可愛い娘さん、じゃなかった西住少将も得意なことだしな。」

ウランフはにやりとほほえむ。みほはほおをかすかに赤らめる。

「で、ほかの艦隊にはどう連絡つける?」

「ビュコック提督にお話しします。わたしが言うよりも説得力をもちますので。」

「うむ。それではさっそくことをはこぶとしよう。それではな。」

ウランフとみほが画面から消え、ヤンが一息ついたとき、凶報がもたらされた。

「第7艦隊の占領地で暴動が起きました。極めて大規模なものです。軍が食糧の供与を停止し、徴発を始めたからです。」

「第7艦隊はどう対処した?」

「催涙ガスをつかって一時的に鎮圧したそうですが、再発が繰り返されています。軍の対抗手段が最悪の場合、武力鎮圧にまで発展しかねません。」

解放軍、護民軍がなんたるざまだ。いままで同盟に敵意がなかった民衆が敵意をもつようになったのだ。ヤンは暗澹たる気持ちになり、思わずぼそりとつぶやいた。

「まったく見事だ、ローエングラム伯...。」

(自分は勝てるとわかっていてもここまではやれない。それがローエングラム伯と自分の差であり、彼をおそれるゆえんだ。しかし、こうも見せつけられるとは...)

 

ヤンが「白い艦」と呼んだ帝国軍総旗艦ブリュンヒルトの艦橋では、金髪の若き総司令官が彼の部下達である居並ぶ名将たちに告げる。

「敵の輸送船団を攻撃し、350隻を沈め、護衛艦は全滅させた。150隻をのがしたが、敵の補給線は伸び切り、攻勢の限界点に達している。」

「ミッターマイヤー、ロイエンタール、ケンプ、ビッテンフェルト、ワーレン、ルッツ、メックリンガー、かねてからの計画に従い、総力を持って叛乱軍を討て。」

「はつ。」

彼らの上官である金髪の青年ラインハルトがうなずくと、従卒に命じて、白ワインならべたトレーを持ってこさせる。諸将がおのおのワイングラスを持った。

「勝利はすでに決している。このうえはそれを完全なものにせねばならぬ。叛乱軍の身の程知らずどもを生かして還すな。卿らのうえに大神オーディンの恩寵あらんことを!プロ―ジット!」

「プロ―ジット!」

提督たちは唱和してワインを飲み干すと、ワイングラスを床に投げつけた。グラスは砕けてその破片は華やかにきらめき乱反射する。それはかれらが奪還する星の海のようにも見える。

提督たちが自分の旗艦へ戻っていく。ラインハルトは漆黒の宇宙空間にまばらに光る光点をみつめていた。

 

10月10日16時。同盟軍第10艦隊は惑星リューゲンの衛星軌道上に展開している。

「二時方向の偵察衛星より画像が送信!」

無数の光点が映し出されるが、プツンと画面が途切れる。

「偵察衛星、通信途絶!」

旗艦盤古の艦橋クルーは何が起こったのか悟り、司令官の顔を見上げる者もいる。

「会敵予想時間は、どのくらいか?」

「敵との接触予想時間まであと6分。」

「全艦隊、総力戦用意!通信士官、総司令部、第13艦隊、第14艦隊に連絡せよ。われ「敵ト遭遇セリ!」とな。」

警報が鳴り響く。

ウランフは部下たちを叱咤する。

「やがて第13艦隊が救援にかけつけてくる。さもなくば第14艦隊だ。「ミラクル・ヤン」か「ミラクル・ミホ」が来る!敵を挟み撃ちだ。勝利はうたがいないぞ。」

「おおつ。」

各艦のクルーたちは拳をふりあげる。

(もっともヤンもミス・ニシズミもいまごろは...)

本当のところ、ウランフには確信はない。ヤンとならんでみほも海賊討伐や帝国軍に一矢を報いた補給艦隊の救援を行った話は将兵たちに伝わっている。指揮官としては、そのような目覚ましい事実を思い起こさせて部下の士気を維持する必要があるのだった。

 




補給の苦しい同盟軍に対して、いよいよ帝国軍の反攻がはじまった...


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第27話 惑星リューゲン上空戦です。(前編)

惑星リューゲン上空では、第10艦隊が善戦むなしく追い詰められつつあった。
みほたちは...


第10艦隊と戦っているのは、船体を黒く塗装し猛々しく突き進む「黒色槍騎兵」と称される勇猛さでは帝国軍随一の艦隊である。その指揮官はフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトといい、たくましい体つきでオレンジ色の髪、薄い茶色の目、細面であるものの、古代遊牧民族鮮卑の首領に「龍顔」と称された人物がいたが、まさにその顔だろうと思われるような、剽悍さと猛々しさにあふれていた。宇宙のパットン、宇宙の張飛とも称されるべき猛将である。

何時間たったであろうか。ウランフ率いる第10艦隊は、「黒色槍騎兵」に著しい損害を与えていた。しかし、同時にほぼ同程度の損害を受けていた。

絶対数において劣る第10艦隊は、じわじわと包囲されていく。

第10艦隊は堅実な防御陣形を組みつつ果敢な反撃を行い、「黒色槍騎兵」に損害をあたえるものの、その差を埋めるのは困難な状況であった。

ついには完全に包囲され、前進も後退も困難になる。破壊され、推力を失った艦は惑星の引力にひかれて落下し、大気圏で四散し、燃え尽きていく。

「撃てば当たる、攻撃の手を緩めるな!」

同盟第10艦隊にビームとミサイルの豪雨が浴びせられた。

第10艦隊は4割の艦艇を失い、残りも半数が戦闘不能になっていた。

浅黒い肌をもつ参謀長チェン少将の顔色は血の気が引いて不自然に蒼白になっている。額には冷や汗が光っている。

「閣下、ウランフ中将。もはや戦闘の続行は不可能です。降伏か逃亡かを選ぶしかありません。」

「不名誉な二者択一だな、ええ?」

ウランフは不敵にも自嘲して見せる。

「降伏は性に合わん。逃げるとしよう。全艦隊に命令を伝えろ!

損傷した艦を内側に、装甲の厚い艦を外側に紡錘陣形をとれ!包囲網の一角を突破するんだ。ありったけのビームとミサイルをたたきつけろ!」

同盟きっての勇将の猛攻は帝国の猛将をたじろがぜた。

 

さらにビッテンフェルト艦隊に急報がはいる。

「敵艦隊接近、6時の方向、数1万!」

いうまでもなくそのうち半数近くははレーダーの反射を利用した「幽霊船」だったが、ビッテンフェルト艦隊で気付いたものはいなかった。具体的に視認できればその正体がばれたはずだったが、索敵した相手を画像化できる距離になるまで待っていては先に攻撃されてしまうからだ。

「なに?」

(そんな余力が敵に残っていたのか??)

さすがの「黒色槍騎兵」も後背からの攻撃に動揺する。

 

「敵の弾幕がうすれました。あ、あれは...。」

黒色槍騎兵艦隊の後方に爆発煙が次々現れるのが見える。

「援軍だ!援軍が来たぞ。」

「だ、第14艦隊です!」

「ミラクル・ミホだ!」「チームあんこうが来たぞ!」

第10艦隊の艦艇の内部は歓声にみなぎった。

 

第14艦隊が惑星リューゲン上空に第10艦隊を救援に赴けたのには理由があった。

「このままだと全滅はまぬがれないかも。エリコさん、だれを優先して助けたらいい?」

「ヤン提督以外では、最前線ではボルソルン星系の第12艦隊ボロディン中将?、惑星リューゲン上空の第10艦隊ウランフ中将がいままでの戦績データから考えて優秀?」

「うん。じゃあ近いところでボルソルン星系へ向かって。」

「了解。」

 

ボロデイン中将は、ハスラーのような金髪の男性だった。

「うちの艦隊もあと一週間ほどで食料がそこをつく。武器弾薬もだ。ありがとう。」

「敵の攻撃がこれから激しくなりますので退却したほうがよいと考えています。」

「ロボス元帥には上申したのか?」

「ヤン提督がビュコック中将を通して上申したそうですが、昼寝中で敵襲以外起こすなと...。」

「こまったものだな。わかった。撤退の準備をしよう。」

みほたちが去った後、ルッツ艦隊が現れた。しかし、撤退準備をしていたおかげでボロディンは損害を出しながらも艦列を維持して撤退することにどうにか成功した。

ルッツはじょじょに離れていく光点を見て

「うむ。逃したか。仕方ないな。」とつぶやいた。

 

つぎにみほたちが訪れたのはヤヴァンハール星系付近の第13艦隊である。

まだ幸いにもケンプ艦隊はあらわれていない。

「西住少将、補給物資は受け取った。ありがとう。」

「いえ...。」

「西住少将、これから第10艦隊のウランフ中将の救援に行ってもらえないか?」

「どうしてですか?」

「帝国軍の後退針路と補給路を考えてみると、ヤヴァンハールよりもリューゲンからわが軍に攻勢をしかける可能性が高いんだ。帝国軍としては最前線に打撃力のある艦隊で攻勢が波に乗るよう一気に攻撃してくる。そのほうが効率がいいからね。そうなるとビッテンフェルト艦隊が使われるだろう。この艦隊は攻勢に優れているが防御が弱い。これまでの戦績から考えて工作艦を使うという発想のできない指揮官のようだから君たちの艦隊の攻撃が有効だと考えられるんだ。」

「わかりました。リューゲンに向かいます。」

このようにして第14艦隊は補給物資配布後にいちはやく惑星リューゲンに到達したのだった。

 

みほのほほえむ顔が映し出され、沙織の声が回線に響く。

「みんなにお茶する時間をつくってあげるから。」

「みほさんが指揮官じゃ?」華が突っ込みを入れるが、

「「華」さん!」みほと沙織が同時に叫ぶ。

「みんな,撃って撃って撃ちまくって!」

「発射!」

おびただしい光条が後方から横殴りに「黒色槍騎兵」に襲いかかる。

加えて連携によって数個艦隊を屠ることのできる数十基もの戦闘衛星群がエリコの巧みな操作で「黒色槍騎兵」に襲いかかった。補給艦隊救援にも活躍したマルチスタテック・サテライト・システムを改造したそれは優花里によって「ウルフパック・サテライト・システム(WPS)」と命名された。カストロプ動乱でキルヒアイスにあっさり爆破され、その力を発揮することのできなかった「アルテミスの首飾り」がその無念を晴らすかのように、鉄壁の防御転じてピラニアの群れとなって「黒色槍騎兵」に襲いかかったのだ。これら二重の攻撃の破壊力はすさまじく、たちまちのうちに「黒色槍騎兵」の3割を沈めることに成功した。




「黒色槍騎兵」艦隊に著しい損害を与えることに成功したみほ率いる第14艦隊だが...


Cf.晋書巻百九載記第九(慕容皝載記)冒頭

慕容皝,字元真,廆第三子也。龍顏版齒,身長七尺八寸。

後継者争いで兄弟を倒した人ですが、政治家として優れていました。その点純粋な軍人のビッテンとは違うかも...細面で出っ歯...悪人面かギャグ要員ですがイケメンに描かれてるサイトもあったような...
龍顏は、玉顔と同じ意味、皇帝の顔といった意味でも使うのであえて説明的な記述を入れました。


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第28話 惑星リューゲン上空戦です。(後編)

しかし、オレンジ髪の細面で精悍な猛将はだまってやられてばかりはいなかった。


「おのれ...おのれ...反撃だ。」

しかし、縦横無尽に動き回る戦闘衛星が放つ弾幕と6000隻の放つ光条はまったく弱まらずに「黒色槍騎兵」は炎と煙を吐いて次々に沈められていく。

オイゲン大佐ははたと思い当り、背中につたわる冷や汗を感じた。

(キルヒアイス閣下のおっしゃっていた「動き回るアルテミスの首飾り」か...まさかこんなところで...)

「閣下、閣下、このままでは我々も敵と心中することになってしまいます。」

「ううう...。」

ビッテンフェルトはさすがに犠牲が増えるばかりとさとったが、そこはそこ、オレンジ色の髪の猛将の脳裏には退却だの後退だのまどこっこしい二字はない、活路を開くには前進しかないのではないかという確信をかえっていだくことになる(コノキキヲノリキルニハ、シチュウニカツヲミイダスシカナイ)。

目をいからせて下した命令はいかにも彼らしいものであった。

「前方の敵に砲撃を集中せよ。黒色槍騎兵(シュワルツランツェンレイター)に「退却」の二字はない。敵を蹴散らして突破するのだ!」

「おおっつ。」

猛将の部下たちは、自分たちの司令官をけっこう好いていたから、この檄によって敗勢にもかかわらず士気が上がった。「黒色槍騎兵」の艦艇は、猛烈な砲撃と勢いで突入してくる。それは同時に包囲網が崩れることを意味した。第10艦隊は引き裂かれるようにして前進して、速度を上げていった。

それに合わせ同盟軍第14艦隊も前進するビッテンフェルト艦隊に後背から一点集中砲火をおこなう。しかし、WPSが使えなくなった分、損害は抑えられている。第10艦隊を挟んで包囲網の反対側にいるビッテンフェルト艦隊の艦艇は味方艦をまきこむかもしれないので、砲撃の手を緩めざるをえない。

ビッテンフェルト艦隊から見て真横をすりぬけたはずの、第10艦隊は、いつのまにか光点となって後方6時の方向にはなれていくように見える。

「うぬぬ...。」 

ビッテンフェルトは艦橋でうなるしかない。

「敵が反転してきたら反撃のチャンスです。全艦戦闘配備そのままです。」

「やつらが反転したときがチャンスだ。砲撃準備怠るなよ。」

みほとウランフはそれぞれ揮下の艦隊に命じ、第10艦隊と第14艦隊は整然とビッテンフェルト艦隊からはなれていく。

ビッテンフェルトにもオイゲン大佐にも、さすがにすきをみせたら自分たちが今度は敵に逆撃されることはわかっていた。しかし、すきのない迎撃態勢を整えているにもかかわらず、第10艦隊と第14艦隊の光点は離れていくだけで追撃してこないことに気付く。

「ぬ?なぜ敵は追撃してこないのか?」

「局地的な戦果を挙げても損害が大きいから撤退しているのでしょう。」

オイゲン大佐が推測を語ったが、通信士官からまもなく真相が伝えられた。

「閣下。司令部より通信及び命令がはいっています。」

「読め。」

「14日をもって叛乱軍は、アムリッツア星域に集結するもよう。全艦隊集結して迎撃せよ。」

「そうか。アムリッツア星域へ向かえ。今度こそ叛乱軍の奴らをたたきのめしてやる。」

ビッテンフェルトは、艦隊を再編制してアムリッツアへ向かっていった。

 

ウランフ率いる第10艦隊はリューゲン上空の戦闘宙域を脱出した。

「味方は脱出したか?」

騎馬民族の末裔と称される名将は、血色の戻った参謀長に確認する。

「5割5分はなんとか脱出できたようです。」

「そうか...。」

スクリーンにみほが映る。

「西住少将。助かった。礼をいう。」

「いえいえ。補給艦隊を守り切れず物資が少なくてすみません。」

「先日詳しく聞きそびれたが、敵の用兵は巧緻を極めたという話だが。」

「はい。ローエングラム伯の腹心がいるとしたらそのような方ではないかと思わせる見事な用兵でした。」

「それからわたしたちの「ウルフパック・サテライト・システム(WPS)」をみごとに躱して反撃してくるだけでなく、帰還するときに偵察装置やバックドアまでしかけられましたから。」

優花里が付け足す。

「あ、戦績記録データをおくります。」

「ありがたい。」

そのとき盤古の通信士が振り向いて上官に話しかける。

「閣下。総司令部から連絡です。

『本日14日をもって、各艦隊はアムリッツア恒星系に集結せよ。これは命令である。』」

「くっ。総司令部は何を考えているんだ。聞いたか?」

「はい...。」

みほも疲れたような顔になる。

「でもこのままでは敵中に孤立することになります...。」

みほの声は沈んでいる。

「そうだな。やむをえないか...。」

「「全艦アムリッツア星系へ。」」

「「了解。」」

同盟軍艦隊はアムリッツア星系へ向かっていった。

 

同盟軍艦隊の動きを帝国軍総司令官である金髪の青年は蒼氷色の瞳に不敵な光をきらめかせながら、ひややかに眺めていた。

「やつら今頃になって兵力分散の愚に気付いたようだな。」

「そのようですな。」

義眼の光る銀髪の参謀長が答える。その口ぶりに「笑い」という言葉に縁遠いこの男が含み笑いをしているように感じたクルーもいた。

「やつらがアムリッツアを墓場に選ぶというならその願いをかなえてやろうではないか。」

「御意。」

銀髪の参謀長の口から出た同意の返事はいつもどおりの淡々としたものに戻った。

 




同盟軍はアムリッツアへ向かい、帝国軍も迎撃すべくアムリッツアへ向かう。


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第29話 あんこうチーム、宇宙で復活します。

アムリッツア途上で、ついに天才操縦手がロフィダ・ガールズ(チームあんこう)に加わる。

※麻子が現れた過程については、第4話、第5話をご参照ください。


「えっつ。麻子が?」

沙織はおどろく。

「うん。フィッシャー少将の分艦隊所属の戦艦ゼートフェルに突然現れたということなんだ。」

ヤンが話し、ゼートフェル艦長が麻子をスクリーンに出す。

「麻子...。」

「沙織か。」

「冷泉殿。」「麻子さん。」「冷泉さん。」

「秋山さんに隊長に五十鈴さんか...。」

麻子はほほえむ。彼女はあまり感情をあらわさないが、久しぶりに会えた仲間たちだ。うれしくないはずがない。

「彼女は、ゼートフェルを巧みな操艦で守ってくれたということだ。わたしからもお礼をいいたい。ありがとう。」

ヤンが話す。

「うむ。こちらこそ役にたってよかった。」

ゼートフェルのクルーたちは

「そういうことだったのか。よかったな。」

「本当はうちらの船にいてほしいんだけどな。」

「でも、友達と一緒のほうがいいよ。うちらの都合だけじゃな。」

「そうだな。」

「麻子くん。どうするんだ?」

ゼートフェル艦長は麻子に話しかける。

「われわれに遠慮する必要はないぞ。」

「わかった。ありがとう。隊長やみんなのところへいかせてもらう。」

ゼートフェルのクルーたちは少々さびしそうな色を表情にうかべるものの笑顔で命の恩人を彼女の友人たちのところへもどすことにした。それが恩返しでもあるという気持ちだった。

「そうか、さびしいが、それがいいな。」

「そうだな。」

「いままでありがとう。」

ゼートフェルのクルーたちは麻子に握手をして話しかける。

「西住少将、そちらに接舷するからよろしくたのむ。」

スクリーンに映ったゼートフェル艦長が告げる。

「わかりました。沙織さん、エリコさん、誘導お願いします。」

ロフィフォルメの窓からは緑色のゼートフェルの船体がだんだん大きく見えてくる。ゼートフェルからも独得な形状のロフィフォルメがだんだん大きく窓に映る。ゴツンと振動がしたあと接舷シリンダーで二つの船がつながれた。

「麻子!」

「おひさしぶり。沙織。みんなも久しぶりだな。」

麻子はエリコに気づいてあんこうの仲間たちに尋ねる。

「この人は?」

エリコは微笑みながら自己紹介する。

「はじめまして?冷泉麻子さん?」

「そうだが...。」

「わたしはミズキ・エリコ。お待ちしていた?あんこうチームの優秀な操縦手だった話聞いている?」

「ありがとう。お待ちしてたって?」

麻子は沙織のほうを見る。

「冷泉殿は優秀な操縦手でしかも艦隊運動プログラムも習得したって聞いてますので、エリコ殿も待っていたんですよ。」

優花里が代わりに説明する。

「パソコンの操作がうまいだけでは艦隊運動はだめ?センスがいる?」

「わかった。わたしに操艦や艦隊運動をやってほしいってことだな。」

「ありがとう?」

「これで5人そろったね。」

沙織がみほの顔を見る。

「うん!」

一番うれしそうに見えるのはみほだ。こういうときのみほの笑顔は傍の者まで魅きこんでしまう。

「西住殿、最近で一番いい笑顔ですね。」

「そう?」

「そうだよ。みぽりん。」

「わたし、またこの5人で戦えるのがすごくうれしい。それだからかな。」

「隊長。よろしく。」

麻子も笑顔になる。

5人は手を合わせる。決勝戦の始まる前Ⅳ号に手を5人で置いたことを思い出していた。

 

恒星アムリッツアの表面は溶鉱炉のように燃え盛ってうごめき、躍動している。また時折、勢いよく紅炎のアーチを吹きあげては表面に落下し消えていく。赤々と燃え盛るそれは、敗勢にある同盟軍にとって気分の良いものではなかった。

「あんまり好かんな。この星の色もだが、名前も...。」

「アムリッツア、がですか?」

「うむ、アスターテと同じ頭文字がAじゃ。鬼門かのう。」

「なるほど...そうですか...。」

「それにしても総司令部にも困ったものだな。机上で戦争はできんというのに。」

「ビュコック提督もウランフ提督も西住少将もよくご存知かと思いますが、戦史をひもとくとこういう状況というのは何度もあったのです。思い当るだけでも紀元前260年の長平の戦い、西暦1800年代のナポレオンのロシア遠征、それから150年後のヒトラーのソ連遠征、日本軍が大東亜戦争と称した戦いなど、しかも悪いことに敗北したほうは滅亡への道を転げ落ちていくというありがたくないおまけつきで。」

「長平の戦いで敗北した指揮官は、フォークそっくりな若者で、母親から任命しないでくれと君主に申し入れがあったと貴官から聞いたことがあったな。」

「はい。」ヤンはため息をつく。ウランフは苦笑する。

「しかし、そんな当たり前のことを会話して同意しなければならないのがなさけない限りじゃな。せめて戦況を把握するために前線にでてこいと...。」

(そうすれば前線の将兵の苦労が少しは分かるだろう、それも情けない話だが[じゃが]。)

ヤンとビュコックはお互いの気持が顔に書いてあるを見て、ため息をつき、苦笑する。

「どのタイミングで戦いをきりあげ、いかに犠牲を少なくして撤退するかですね。」

みほとウランフがうなずき、

「そうじゃな。」

とビュコックがつぶやく。

「では、みなさんご無事で。」

「貴官もな。」

画面からビュコック、ウランフ、みほが消える。

「お食事をなさってください、閣下。」

振り向くとフレデリカ・グリーンヒル中尉がトレイをかかえて立っている。

「ありがとう。でも食欲がない。それよりもブランデーを...。」

彼の美しい副官はヘイゼルの瞳に拒否の色を浮かべる。

「どうしてだめなんだ。」

「お酒の量がすぎるとユリアンに言われませんでしたか?」

「なんだ。君たちは連帯していたのか。」

「お体を心配しているんです。もう15時間もなにも召し上がっていません。」

その時、ヴィー、ヴィーとけたたましく警報が鳴る。

「敵艦隊接近!」

「中尉、聞いての通りだ。生き残れたら余生は健康に留意することにするよ。」

フレデリカはうなずくとトレイをもって引き下がった。

 




再び帝国軍との戦闘が始まる...


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第30話 アムリッツア星域会戦(前編)

第13艦隊は、横に赤いラインのある旗艦、すなわちミッターマイヤー艦隊の正面に位置していた。ヤンは神速の用兵を誇る帝国の名将に対し、かって自分たちがやられた戦術の意表返しをしようと考えた。


「全艦隊、最大戦速!」

「レーザー水爆ミサイルを前方の敵艦隊の直下へ。」

「了解。」

ヤンの第13艦隊は巧みな艦隊運動で敵を攻撃する。

「ヤン・ウェンリーか。さすがには早いな。」

ヤンの前方にいてそうつぶやいたのは、はちみつ色のおさまりの悪い髪をした好青年、その神速の用兵から「疾風ウォルフ」の二つ名で呼ばれる勇将ミッターマイヤーである。

レーザー水爆ミサイルが恒星アムリッツアの表面に落下していく。

ミッターマイヤーは、舌打ちをした。

「全艦上昇せよ!」

ミッターマイヤー艦隊は、吹き上がってくるフレアとプロミネンスによって百隻を超える艦艇を失い、一時的に艦列の乱れを見せる。ヤンはそこに一点集中砲火を加えるものの、おもったよりも損害を与えられない。それどころかあっという間に陣形を再編し、逆撃のかまえを見せつつ整然と後退する。

ヤンは、それに見とれて、ため息をつく。かって同盟軍のパエッタ中将は同じ攻撃を惑星レグ二ッツア上空で受け、8割の艦艇を失い、天候の急変のせいとロボスに報告したことが思い出される。

(ふつうはこの攻撃で半数を失っても不思議でないのに、なんという用兵だ。みごとというほかない。ローエングラム伯のもとにはどれほどの人材がいるんだろうか...。)

 

「左舷損傷!」

「ちいっ。さすがだ。あの方が恐れるわけだな。」

三百隻弱の損害だった。今のところミッターマイヤーの艦隊にそれだけの損害を与えられた者はいない。

 

第13艦隊と第8艦隊の間の宙域にビッテンフェルトの艦隊が突出してきた。

ヒューべリオンの艦橋では、オペレーターが叫ぶように告げる。

「二時方向に新たな敵!」

「ほう、そいつは一大事。」

指揮卓の上で片膝を立てて、黒髪の若き指揮官はつぶやく。どっかと座っていては戦況や戦場の空気が把握できない。指揮卓の上なら自分の艦の挙動も感じられる。それがヤンの流儀だった。ある意味でみほがキューポラに上半身を出す感覚に近い。自分の艦の艦橋という限られた範囲には敵弾はめったに当たるものではないし、当たったとしたら座っていようが指揮卓に片膝を立てていようが同じなのだ。

「装甲の厚い艦をつらねて、その間から長距離砲とミサイル艦で攻撃せよ。」

 

「ヤン・ウェンリーめにはかわされたか...。」

ビッテンフェルトは、第8艦隊にその鋭鋒を向けたが、ウランフとみほの砲列の猛攻を受ける。

前回の教訓から指向性ゼッフル粒子工作艦を準備したものの、至近距離であるため、使用した場合、味方も巻き込んでしまう。

「うぬぬ。狡猾な。」

結果として球形のピラニアの群れは思う存分「黒色槍騎兵」を引き裂くことになった。

「くそ。前進だ!前の艦隊を食い破れ!」

ウランフとみほの弾幕に耐えかねたビッテンフェルトは第8艦隊にその砲火を集中することになった。猛々しい黒騎士たちが第8艦隊を蹴散らしていく。

「戦艦クリシュナ撃沈。アル・サレム提督戦死の模様。」

同盟軍に悲報がもたらされる。

ラインハルトとビッテンフェルトはほくそえむ。

「ワルキューレを発進させろ。長距離砲から短距離砲に切り替えて砲撃しろ。」

しかし、ヤン、ウランフ、みほは黒色槍騎兵の砲撃が一瞬弱まったことを見逃さなかった。

第8艦隊を食い破った苛烈な砲撃を今度は黒騎士たちに食らわせる。

その姿は、さながら横撃されて落馬して突き刺される騎兵のようであった。

その爆炎を、唇をかみしめて「白き美姫」の艦橋から黄金色の髪を持つ若者は蒼氷色の瞳に怒りをうかべながら見つめていた。

「ビッテンフェルトは失敗した。ワルキューレを出すのが早すぎたのだ。」

「勝利を決定づけたいとのあせりが出たのでしょうな。」

義眼を光らせ、銀髪の参謀長がうめくようにつぶやく。

「閣下!ビッテンフェルト提督より通信です。至急援軍を請うと。」

「援軍だと?」

「はい、このままですと最悪の事態も免れないと。」

「ビッテンフェルトに伝えろ!司令部に余剰戦力なし、現有兵力にて部署を死守し、武人としての責を全うせよと。」

「以後、ビッテンフェルトからの通信を切れ。敵に傍受される。」

ラインハルトはスクリーンを見ながらつぶやく。

「実によいポイントをついてくるな。」

「あれは、第13艦隊、第10艦隊及びビッテンフェルト提督がリューゲン上空で第10艦隊を援護したという、未知の艦隊です。」

「ビッテンフェルトに出血を強いたのは、第13艦隊とあの艦隊だな。「アルテミスの首飾り」を巧妙に機動させていたな。おそらくキルヒアイスから補給船を逃がした同じ敵だろう。」

「そのようですな。敵ながら見事な用兵です。」

「うむ。」

ラインハルトは、指向性ゼッフル粒子で敵を焼き払おうかと一瞬考えたがやめた。工作艦を守らなければならない。そこを敵はついてくるだろう。

「キルヒアイスはまだか。」

「ご心配ですか?」

「心配などしていない。確認しただけだ。」

ラインハルトは口を閉ざし、再びスクリーンをにらんだ。

キルヒアイスの率いる艦隊3万隻が同盟軍の後背に到着したのは、第13、第10、第14艦隊の善戦により戦線が膠着状態に陥って数時間たった時点だった。

 

「閣下、前方に機雷原がひろがっています。その数およそ5000万。」

「予定通りですね。工作艦を配置してください。」

「指向性ゼッフル粒子、放出します。」

工作艦から指向性ゼッフル粒子が放出され、機雷原の範囲に広がっていく。

「指向性ゼッフル粒子、散布予定範囲100%です。機雷原の分布範囲全体に達しました。」

赤毛の若き名将はうなずくと

「主砲、発射!」

と宣した。三万隻の艦砲の一部であったがあっというまに気体爆薬は激しく爆発し、機雷をすべて飲み込んで吹き飛ばした。その向こう側には同盟軍艦艇の放つ光点が見える。

「全艦最大戦速!敵の後背を襲う!」

「了解!」

 

「後背に新たな敵!」

「その数およそ3万」

同盟軍のオペレーターは絶叫した。

「機雷原はどうしたのだ?」

「突破された模様。」

みほはさとった。あの恐ろしい兵器だ。




同盟軍の背後に大艦隊が出現し、たのみの機雷原を一掃した...


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第31話 アムリッツア星域会戦(中編)

WPSでエリコはキルヒアイス艦隊の工作艦を撃破しようとする。


「閣下!」

「工作艦が...。」

球形の戦闘衛星の群れが工作艦に襲いかからんとする。

「例のアルテミスの首飾りですか...。」

キルヒアイスと幕僚たちはだまってやられはしなかった。

 

「敵がシステムに侵入してきた?」

「エリちゃん?」

「大丈夫?」

エリコは、彼女らしい語尾が一瞬疑問形に聞こえる口調で答える。

エリコはバルバロッサをにらみつけていた。すごい艦だと感じた。おそらく帝国最強のシステムを使っているんだろう。侵入速度が半端ではない。

「敵システム100%乗っ取りました。」

バルバロッサでも有数のクラッキング技術を持つオペレーターが報告するが、キルヒアイスの表情は晴れない。一瞬大人しくなった戦闘衛星は再び縦横無尽に襲いかかる。キルヒアイスの艦隊は巧みな艦隊運動でそれを避けてミサイルで戦闘衛星の発射口を狙って少しづつつぶしていく。

「念のためデコイのシステムを作っておいた?。」

「さすがエリコ殿です。」

 

第13艦隊旗艦ヒューべリオンの艦橋では牡牛のように体格の良い副官が、

「閣下、どうしますか?」

指揮卓に片膝を立てている学者か若い古本屋の店主のように見える上官に話しかける。

指揮卓に片膝を立てた「史学科の若手講師」は、おさまりの悪い黒髪を一瞬かくと

「そうだな...逃げるには、まだ早いだろう。」

と他人事のように返事をした。

「中尉、回線を」

「はい。」

スクリーンにビュコック、ウランフ、みほ、ボロディンの姿が映し出された。

 

一方帝国軍総旗艦ブリュンヒルトの艦橋では勝利にわきたつ明るい雰囲気だった。

「10万隻の追撃戦は初めて見るな。」

スクリーンをながめる金髪の若者の表情はキルヒアイス艦隊の参戦後に一変し、余裕がみられる。

「閣下、旗艦を前進させますか?」

「やめておく。この段階でわたしがしゃしゃり出たら、部下の武勲を横取りするのか、と言われかねない。」

銀髪でときおり義眼の光る参謀長に対しての答えは、冗談ともつかないものであったが、すくなくとも若者の心理的余裕を示しているのには間違いなかった。

 

「わたしの艦隊が殿を務めます。どうか撤退を。」

「あの...ヤン提督。」

「ん?なんだい、ミス・二、コホン西住少将。」

「ヤン提督、「アルテミスの首飾り」はご存知ですよね。」

「君は?」

「西住ど、コホン、西住少将の副官秋山中佐であります。」

優花里は敬礼する。

「う~ん、どこかで会ったような??」

「閣下、国防次官室では?」

フレデリカが口添えする。

「そうか、あのときの...。」

実際には見ていないフレデリカのほうが覚えていて、ヤン本人はすっかり忘れていて、ヤンは頭をかく。

「すまない。で?...そうか、君たちの艦隊には、あの戦闘衛星があったんだったな。あのような使い方があるとは面白いものをみせてもらったよ。」

ヤンはしばらく考え込んでいた。権力者が自分たちの権力や利権を守るための兵器として同盟首都の衛星軌道上に並べているのには好感を持ちえなかった。しかし、刃物を使う者に罪があるのであって使われる刃物自体に罪があるのではない。このように将兵が無事帰還するために使用するならば、それは機雷原にまさる優秀な武器だろう。偏見を持ってみるべきではない。

「わかった。防御することにおいてはあの指向性をもったゼッフル粒子さえ使わせなければ有効な武器となるだろう。お願いする。」

ヤンは頭をさげた。みほはほほえむ。

今度は、ヤンとみほがウランフ、ビュコック、ボロディンを見つめる。

(まかせてください。)

黒髪の学者風の青年提督と子犬のような栗毛色の少女-彼女も部下から閣下と呼ばれる-二人の智将の目は語っている。

年長者の三人は若い二人の決意が覆せえないことを悟って、苦笑しながら顔を見合わせる。

「すまない。貴官らの無事を祈る。」

「大丈夫です。この歳で死にたくありませんから。」

「「皆さんには再戦の機会に頑張っていただきます。」」

「沙織がまだ彼氏見つけていないのに死にたくないから頑張る、って言ってる。」

「麻子、なんで余計なこと言うのよぅ。」

「えへへ。」

みほが苦笑して場の雰囲気がほぐれる。

「その若さがあればじゅうぶんじゃな。」

ビュコックが茶目っ気たっぷりににやりとする。

敬礼して各旗艦の画面から提督たちの姿が消えた。

 

ヤンとみほの艦隊は帝国軍の分艦隊旗艦と思われる戦艦や隊列のポイントを巧みに突き、指揮系統を圧迫する。なんとか砲火の網をくぐろうとすると。あのおそるべき戦闘衛星が縦横無尽におそいかかり、帝国軍はうかつに追撃できなかった。

そうして2時間ほどたった。

「もうすこしだ。もう少しで味方はイゼルローン回廊へ逃げ込める。」

 

ラインハルトは殿の同盟軍が善戦しているのに感心していた。

「あれは第13艦隊と第14艦隊のようですな。」

「またしてもヤン・ウェンリーか。思うようにはさせん。両翼を広げて包囲網を敷け!」

「閣下。」

「何だ?」

「どなたか、ビッテンフェルト提督を援護なさるべきです。敵の指揮官はもっとも弱い部分を突いて突破してくるでしょう。」

「わかっている。」

帝国艦隊は、包囲網を作り始める。

 

「ここまでだな…。」

ヤンはつぶやくと

「全艦隊、右翼前方敵艦隊の最も薄い部分に集中砲火!一点突破を図る!急げ!」

と命じた。

 

「あの黒い艦隊の旗艦を狙ってください。」

「はい。全艦発射!。」

 

「ひるむな。反撃だ!黒色槍騎兵に退却の文字はない!」

しかし、同盟軍の砲火は激しく、ビッテンフェルト艦隊をほぼ旗艦以下数隻という壊滅同然の状態に追い込まれていた。

「閣下、閣下、このままだとぜんめ...」

「ちょ、直撃きます。」

オイゲン大佐の語尾にオペレーターの叫びが重なる。

第14艦隊からの集中砲撃が旗艦「王虎(ケーニヒスティーゲル)」をつらぬいた。

「ぎゃあああああ...。」さすがの猛将も灼熱の劫火の中で叫び声をあげる。

黒い虎は断末魔にもがいて引き裂かれ、次の瞬間には四散した。

「ビッテンフェルト提督旗艦「王虎(ケーニヒスティーゲル)」撃沈しました。」

「ビッテンフェルトは脱出したか。」

「脱出者はなし...とのことです。」

「「黒色槍騎兵」の艦影なし。ぜ、全滅です...一隻残らず...。」

宇宙一の攻撃力を誇る猛々しい猛将の艦隊は、皮肉にもその対極に位置する、有能ではあるが、子犬のような小柄で愛らしくさえある栗毛色の少女の指揮する艦隊の、ふだんは花を活ける手で砲撃を行った華道家元のお嬢様によって倒されたのだった。

 




宇宙一の攻撃力を誇る猛将をチームあんこうが倒した...

※次話、別の名前を考えていましたが、やはり中編に改名(6/10,6:49am)


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第32話 アムリッツア星域会戦(後編)

オレンジ色の髪の猛将を倒してなんとか自由惑星同盟艦隊は退却を成功させた。そして...


第13艦隊と第14艦隊の光点の群れが包囲網を突き破って離れていくのを、「白い艦」の司令官は、蒼氷色の瞳に怒りと失望をただよわせつつ、彼らしくもなく拳を握り、歯をかみしめ、身を小刻みに震わせていた。

「ビッテンフェルトが死んだか...。」

黒に近いブラウンの頭髪で「金銀妖瞳」を持つダンディな男がつぶやく。

「なかなかどうして大した奴がいるものだな。敵にも。」

「しかし、ローエングラム元帥府の前線指揮官の中ではじめての戦死者だ...。」

おさまりの悪いはちみつ色の髪の好青年がつぶやくと

「そうですね...。」と長身の赤毛の若者が同意の返事をする。その声色はどうしても沈んだものにならざるを得ない。

「全員無事なら、これだけ勝てば十分だ、次に会うのが楽しみ...ということになるが、ビッテンフェルトが死んだ。「徹底的にたたく」というあの方の目的自体は達したから、叛乱軍は当分再侵攻する気にはならないだろうが、これほどまでに犠牲がでるとはな。」

はちみつ色の髪の好青年が今回の会戦を振り返ってコメントした。

「そうだな。」

「金銀妖瞳」の男が同意する。

(ラインハルト様...。完勝の手をすんでのところで払いのけられただけでなく。大切な指揮官を喪った...どういう気持ちだろうか...)

赤毛の青年は、親友でもある金髪の上官の気持ちに想いをめぐらせていた。

「総司令部より入電!残敵を掃討しつつ帰投せよ、とのことです。」

通信士官の声が耳に入ってきた。

 

さて、ローエングラム元帥府の諸将は一堂に会した。赤毛の若き名将が現れ、ラインハルトは肩をたたいて、その労をねぎらうが、そのあとに現れるべきオレンジ色の髪をもつ「龍顔」で偉丈夫な猛将はついに姿を現さなかった。

「ご苦労だった。戦いには勝ったがビッテンフェルト提督を喪った。ビッテンフェルト提督は、早まって猪突し、このような結果を招いた。しかし、このような結果となったことは、わたしにも責任なしとはしない。従って彼にはこれまでの功績に報いるに通常通り二階級特進とする。しかし、これは、彼への罰でもある。先に述べたとおり、一つには私の指揮にしたがわず、独断で猪突し、陛下からあずかった艦隊を全滅させたこと、もう一つ、こちらのほうがより重要だが、生き残って叱責を糧とし、再戦して功をもたらし、将来元帥にもなりうるの道を自ら完全に絶ち、わたしを失望させたことだ。卿らは今後の戦いでは生き抜いてほしい。そしておのおのふさわしい方法で、戦功をたて、次の機会こそ叛乱軍を覆滅させるのだ。それこそ、ヴァルハラにいるビッテンフェルト上級大将が望むところであろう。」

諸将は無言だった。勝ったはずなのにまさしく葬式のようだった。

「解散!」

金髪の覇者は、白いマントをひるがえして去っていく。

銀河帝国ローエングラム元帥府の諸将は、敬礼しながら見送った。

 

さて、自由惑星同盟軍は、敗残の列をつくってイゼルローン回廊への撤退行を行っていた。

戦死者及び行方不明者数1900万という数字は、生存者の心を寒くした。

第13艦隊、第14艦隊が過半数以上の生存者を保っている。第10艦隊、第5艦隊、第12艦隊が一定数の艦艇を残し、第9艦隊はモートン少将の指揮のおかげでかろうじて崩壊を免れ、そのほかは指揮官を失い、ほぼ壊滅になった艦隊の残兵である。

第12艦隊のボロディン提督が生き残ったのは、みほとエリコが、ボルソルン星系に寄って、ボロディンに退却を説得し、それを受け入れて退却した結果だった。ただし、ルッツの攻撃も苛烈をきわめ、4割程度を維持して撤退するのがやっとだったことによる。

黒髪の若い提督と栗色の髪の「軍神アテナ」またはまだ見かけが10代の少女であることから-共和政体らしくなかったが-「プリンセス」が、またもや奇跡を起こした....

彼らの部下たちは、おのおのの上官に対して信仰に近い感情をいだくようになっていた。

そのうちの一人、栗色の髪の「プリンセス」は、浮かない顔であった。

「みぽりん?。」

「ん。沙織さん?」

「わたしたちは、負けた気はしないけど、ヤンさん以外の艦隊は...。」

「うん...。」

みほはフォークへの怒りが頭をよぎるものの、戦死者が多かったという悲しみもないまぜになる。しかし、それを抑えて表情に出さないようにしたが、なんとなく顔ににじみ出たようで、沙織に心配そうに

「どうしたの?」ときかれてしまう。

「ん、何でもない。」みほは笑顔をつくってみせる。

「わたし?あのフォークっていう人いや?」

「ありがとう。エリコさん。」

「そっか、ゆかりんから聞いたよ。会議でいやなことあったって...。」

「補給を考えない作戦なんて非常識です。」

優花里が怒りに口を振るわせる。

「うん...。でもいいこともあったから。」

「そっか。麻子もいっしょだもんね。」

「うん!」

みほの語調はうれしさで強くなる。それは喜びとして顔にもあらわれていた。

「みんなに会えたのはうれしいが、わたしは元の世界に帰りたい。」

麻子がつぶやくと第14艦隊旗艦ロフィフォルメの艦橋は久しぶりに明るい笑い声に包まれた。

もう一人、黒髪の青年提督は、旗艦ヒューベリオンの艦橋で、椅子の背もたれを倒し、両足を軽く組んで指揮卓の上に投げ出し、腹の上で両手の指を組んで、目を閉じている。皮膚の下に疲労の色がにじんでいる。

「閣下…?」

「?中尉か。」

目を開けるとヘイぜルの瞳にややとまどった色をうかべた副官の姿が目に入る。

「ああ、レディの前だけど失礼するよ。」

「いえ…何か飲み物…コーヒー…じゃなくて紅茶ですね、をお持ちしようと思ったのですが…。」

「いいね。紅茶を…お願いできるかな。」

「はい。」

「できればブランデーをたっぷり入れて…。」

「….はい…。」微妙に美しい副官の声に張りがなくなる。

「中尉…わたしは少し歴史を学んだ。それでわかってきたのだが、人類の歴史にはふたつの思想の潮流があるんだ。生命以上の価値が存在するという説と命よりも大事なものはないという説だ。人は戦争を始めるとき前者を口実にし、戦いをやめるとき後者を理由にする。それを何千年と繰り返してきた…。」

「….閣下?」

「いや、人類全体なんてどうでもいい。わたしは果たして流した血の量に値する何かができるんだろうか…。」

そうつぶやき、「黒髪の歴史学者」はふと我に返る。

「すまない。変なことを言ったな。わすれてくれ。」

「はい。紅茶を入れてきますね。ブランデーを少しでしたね。」

「たっぷり。」

「はい...たっぷり。」

学者風提督のヘイゼルの瞳をもつ副官は軽い苦笑を抑えて、注文通りの紅茶入りブランデーを持ってきたとき、「注文主」は、黒い軍用ベレーを顔に乗せて眠りに落ちていた。




かろうじてボロディンが生き残ったものの、この大敗北は同盟に暗い影を落とした...


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第4章 つかの間の平穏です。
第33話 新たなる潮流?です。 


同盟では1900万の戦死者を出したため、政治、経済、社会、軍事の分野に影を落とした。



1900万にものぼる多量の戦死者は、同盟の国力に陰りをもたらさずにはおれなかった。

壮年の人材が多く失われたのみならず、政府は、遺族への一時金や年金を払わなければならなかった。無謀な遠征を行った政府への遺族や反戦派からの批判は当然激しくなった。ライズリベルタやトドスヨウムは、ここぞとばかり、低次元な選挙戦略だったと主戦派の政治家を批判した。しかし、フォーク家は同盟の五大財閥に連なる閨閥であったため、作戦案が最高評議会に受け入れられたのだったが、敗戦の責任は体調不良を理由にフォークには全く問われず、むしろフォークの作戦構想自体は正しかったとされた。そして主戦派の政治家たちとロボスとシトレと補給関係者の責任のみ追及された。

また、主戦論者は巧みだった。最高評議会の政治家は失脚したものの、ひたすら戦死者を英雄と祭り上げ、かってのグランドカナル事件と同じことを繰り返した。そして、どんな宗教でも対応できるような大規模な国立追悼施設を造り、地球教、憂国騎士団と組んで、政府閣僚は礼拝、参拝、参詣すべきという論調を草の根からじわじわと浸透させていった。またおだやかに、人命や財政負担があったというが、それよりも大事な大義がある、だから決して無駄ではなかった、感傷的な厭戦主義に陥ることのほうが長期的に見れば危険だ、と一見冷静な議論を装った。表向きは遺族に「充分な」一時金や年金を払うべきと宣伝していたが、裏では事細かな基準を作り、財政的な負担が大きいから適正な金額が支払われなければならないと、官僚たちに言わせた。国家に対して忠誠を尽くすのが当然で、何をしてもらえるかではなく、国家に対し何ができるかが大事だ、国家あってこその自由や権利であり、人権などを叫ぶのはおこがましい、兵士はしょせん消耗品という語られない本音がそこにあらわれていた。

同盟の最高評議会は全員辞表を提出したが、反対した3人の評議委員は慰留され、国防委員長のトリューニヒトが次回の選挙までの暫定首班となった。ロボス、シトレは辞任し、年金、退職金は大幅に減らされた。グリーンヒル大将は査閲部長になった。

あんこうのメンバーは久しぶりの休暇にみほの部屋に集まっている。

「西住殿。」

「なに?優花里さん?」

「人事が発表になりました。西住殿は中将に昇進、一個艦隊の司令官です。それから海賊討伐時代にお世話になった第一艦隊のクブルスリー中将が、大将に昇進し、統合作戦本部長です。」

みほがほほえんでつぶやく。「ビュコックさんが、宇宙艦隊司令長官...。」

「そういえばそうですね。」

「みぽりんとヤンさんの意見を応援してくれたおじいさん、だよね。」

「サンタ帽子が似合いそうです。」

「沙織さん、華さん...。」

みほは苦笑する。

ウランフ中将とボロディン中将が大将にそれぞれ昇進していた。

「でもキャゼルヌさんが第14補給基地ってどういうこと?ちゃんと補給の仕事やったじゃない。あのフォークって人が一番いけなかったのに...。ひどいよね。」

沙織は世話になったキャゼルヌが左遷された人事に不満なようだ。しかも気軽に会えなくなったことが彼女には余計に腹立たしかった。

「ヤン提督は、長期休暇をとって辺境の惑星ミトラへ行ったそうだ。あそこの星は人口の少ないへんぴな場所だが、階段状モザイク文様のある古代の神殿遺跡が見事だったり、自然がよく残っているから何も考えないで休暇を過ごすにはもってこいだ。」

「なんか新聞社やテレビが押し掛けたり、電話がひっきりなしになったり、たいへんだったみたいだよね。」

「わたしならがまんできない。」

「まあ麻子も天才という意味では共通しているもんね。」

「うん。ところで隊長はだいじょうぶなのか?「救国のプリンセス」だの「救国の戦姫」、「現代のアテナ(軍神)」だの新聞記事が載っていたが。」

麻子がヤンの顔写真とともにみほの可愛らしい顔写真が載っている新聞を見せる。

「うん...。実は長期休暇とってここへ引越したの。」

みほは苦笑する。実はヤンに劣らないくらいの取材攻勢があったので、夜逃げするように官舎を抜け出したのだった。

「だから官舎じゃなかったんだ。なんか変だなあと思った。」

「うん...。」

ヤンは休暇の後、ハイネセンに戻ると大将への昇進と「イゼルローン要塞司令官兼同駐留艦隊司令官、同盟軍最高幕僚会議議員」の辞令を受けた。またみほもヤンがハイネセンに戻って、統合作戦本部に呼び出されて辞令を受けた日と同じ日に辞令を受けた。

「西住少将ひさしぶりだな。」

「はい。クブルスリー提督、大将と統合作戦本部長への昇進おめでとうございます。」

みほはこくりと一礼する。

「うむ。君への辞令だ。西住みほ、中将への昇任を命ずる。第14艦隊は、イゼルローン駐留艦隊へ統合し、同要塞の副司令官兼駐留艦隊の副司令官を命ずる。」

「はい。謹んで承ります。」

優花里、エリコは、中佐へ昇進、沙織と華は少佐へ、麻子は軍属とされたが、士官学校の全科目をわずか三ヶ月で習得し、少尉で任官した。

ヤンとみほ、それに彼らの部下たちがイゼルローンに着任したのは、宇宙暦796年12月3日のことである。

 

薄暗い部屋で中世騎士の兜をかぶった男、好男子だが精悍で残酷ささえ瞳にただよう男をはじめ、数人の男たちが密談していた。

「順調にいっているな。」

「そうだな。」

「こんな話を知っているか?」

「ああ、銀河帝国の皇帝が死んだらしいな。」

「あの金髪の孺子が侯爵になったとブラウンシュバイクやリッテンハイムがぶつぶつ言っているそうだ。」

「あの孺子と帝国の門閥貴族どもがやがて戦うことになるが、同盟側に工作してくるだろうな。」

「しかし、孺子はどんな手をつかってくるんだろうな。」

「同盟内部も腐ってるからな、不満分子や善悪は別にして「改革」したいと考えている連中は多いだろう。」

「一つにはヤンを動かしてハイネセンをおそわせることも考えられるな。」

「あくまでも可能性だ。トリューニヒトをなんとか生かさないといけないだろう。」

男たちの密談は続いたが、「金髪の孺子」が何を仕掛けるか極力情報を集める、ということで散開した。




そのころ、帝国暦487年(宇宙暦796年)11月、一隻の帝国軍駆逐艦が帝国領内の矯正区の刑務所から、帝国首都オーディンへ向かっていた...。


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第34話 なにやらうごめいているようです。

暗がりで密談する男たちと数百光年、もしくは数千光年離れていた宇宙空間を、帝国領内の矯正区の刑務所から、飲んだくれた一人の囚人を乗せて一隻の駆逐艦が航行していた。


帝国暦487年(宇宙暦796年)11月、帝国領内の矯正区の刑務所から、元自由惑星同盟軍少将だった男が呼び出され、駆逐艦は、彼を乗せて帝国首都オーディンへ向かっていった。

 

元自由惑星同盟軍少将、いまは酒に飲んだくれた帝国矯正区の公称「思想犯」のオヤジでしかないアーサー・リンチは、無精ひげをはやし、オーディンの某所、囚人を一時的に留置しておく薄暗い部屋で酒瓶をもってグラスにそそいでいた。

そこへまさしく密談をする男たちが噂をした「金髪の孺子」、アムリッツア会戦の勝利者である美しい金髪の青年とその副官の赤毛の青年が入ってくる。

「アーサー・リンチだな。」

その声は青年の蒼氷色の瞳のように冷たい響きさえ感じられる。

「あんたは...?」

「ラインハルト・フォン・ローエングラムだ。」

「へえ...あんたがね...若いな...エル・ファシルを知っているか?何年前になるかなァ...あんたそのころ子どもだったろ?おれは少将だったぜ...。」

「ラインハルト様...このような男、役に立つでしょうか....。」

赤毛の青年の声にはリンチに対しての嫌悪、憐憫両方の感情が込められていた。

「役に立たせるさ、キルヒアイス。でなければこのような男、生きる価値もない。」

「よく聞け、リンチ。何度も言わぬぞ。お前にある任務を与えてやるからそれを果たせ。成功したらお前に帝国軍少将の位をくれてやる。」

元同盟軍少将だった囚人の目にかすかな光がもどったように見えた。

「少将か...少将ね....はっはっは...。」

弱弱しい笑いであったがなぜか語尾が部屋にひびいた。

「そいつは、悪くないな。で何をすればいいんだ?」

「お前の故国に戻り、軍の不平分子を扇動しクーデターを起こさせるのだ。」

「へ...へ...む、無理だ。あんたしらふで言っているのか?そんなことできるわけ...」

リンチが言い終わる前にパサッと紙の音がする。そばのテーブルに青年の手から書類が投げ出された音だった。

「可能だ。ここに計画書がある。このとおりやれば必ず成功する。」

リンチの眼光はふたたび鈍り、その顔にはおびえが走ってゆがむ。

「しかし...潜入に失敗したら俺はきっと死ぬ...殺される...。」

そのとき金髪の美しい青年から発せられた声は鞭のように響いた。

「その時は死ね。今のお前に生きている価値があると思っているのか?お前は卑怯者だ。守るべき民間人、指揮すべき兵士をすてて逃亡した恥知らずだ。そんなになっても命が惜しいか?」

リンチは全身をわななかせた。そして、弱弱しいが、いやに語尾が明瞭なつぶやきを発した。

「そうだ...俺は卑怯者だ...いまさら汚名の晴らしようもない....それならいっそ、徹底的に卑怯に、恥知らずに生きてやるか...。」

そうつぶやいたあと、しばらく間をおいて、リンチはラインハルトに向き直った。

「よし、やろう。少将の件はまちがいないだろうな。」

リンチの目の濁りは消えようもなかったが、その目にかってのきらめき、声には鋭気のなごりがよみがえったようだった。

ラインハルトは瞳に侮蔑の光を浮かべながらも軽くうなずいた。

低い確率だが、もしうまく生き残れて帰ってこれたらその運に免じてくれてやってもよい。しかし、途中で処断されたり、引き渡しを求められたら遠慮なく敵に差し出す。一囚人ごときの身の安全を図ってやる義理も理由も金髪の青年にはないのだった。

 

さて、宇宙暦796年12月2日にイゼルローンに赴任した者たちにとって、その二週間後、一つの吉報がもたらされた。それは第14補給基地に左遷されたキャゼルヌ少将が異動でイゼルローンに赴任する人事が決まったということだった。

何度か上申書を出し、ビュコック大将やクブルスリー大将が運動してくれて、12月15日にようやくその人事が決定したのだ。その知らせを一番喜んだのはヤンと沙織だった。もちろんその理由はまったく違うものだったが。

ヤンは

「めんどうなことは全部キャゼルヌ先輩に押し付けてやれるぞ。」

と飛び上がらんばかりだったという。なにしろデスクワークが苦手で作戦以外考えたくないという彼らしい発想だった。

沙織は

「もうすぐキャゼルヌさん、オルタンスさん、シャルロットに会えるんだね。楽しみ~。キャゼルヌさんは優しくてかっこいいし、オルタンスさんも料理がすごくうまいし、話していて女子力高いな~って感じだよね。家庭はあったかいし。わたしもあんな結婚したい~。」

と感想を言うと

麻子は一言「沙織らしい。」とつぶやき、華は、

「沙織さんらしいですね。でも相手がいないと...」と苦笑し、

優花里は、「これで補給は万全で次の戦いは安心ですね。西住殿。」

とみほに話しかけ、

みほは、「うん...。」と苦笑しながらつぶやいた。

 

年が明けて宇宙暦796年2月、キャゼルヌ少将がイゼルローンに着任して間もない、黒髪の青年提督が、久しぶりに休暇で被保護者である亜麻色の少年と三次元チェスを楽しんでいた日にその知らせはあった。戦場の名将は、球体のチェス盤のなかではすっかり追い詰められていた。キャゼルヌ少将が、ヤンと三次元チェスをするたびに、「おまえさん、実戦と違ってスキだらけだな。」とあきれてつぶやいたことがあったが、そのとおりに「チェス盤」上の戦況はヤンにとって敗色濃厚になっていた。

王手(チェック)!」

亜麻色の髪の少年が叫ぶ。

「あれ?」

黒髪の青年が頭をかきながら、三次元チェスの球体の中にある駒の配置をしばらく眺めていたが、ため息をつく。

「ユリアン...。わかったよ。やれやれこれで17連敗か,,,。」

黒髪の青年は苦笑し、ため息をついて敗北を認める。

「18連敗です。」

「う~ん、もう一戦行こうか。」

「19連敗したいんですか?ぼくはかまわないですけど,,,、」

トゥルルル...

「もしもし。」

TV電話(ヴィジホン)の受話器を取ると画面には金褐色の髪とヘイゼルの瞳を持つ若く美しい女性の顔と肩までが映し出される。

「閣下、グリーンヒル大尉です。」

「で、なんだい?」

「帝国軍の戦艦が使者としてやってきました。重大な条件で、司令官にお目にかかりたいとのことです。」

「そうか、わかった。」

「銃をお忘れです。閣下。」

「いらない、いらない。」

「でも、手ぶらじゃちょっと...。」

「ユリアン、私が銃を撃ったとしてあたると思うかい?」

「それは...。」

「じゃあ持っていても仕方ない。」

「いってらっしゃい。」

「ああ、行ってくる。」

二時間後、ヤンは、イゼルローン要塞の中央会議室に幕僚たちを呼び集めることとなった。




休日を中断したヤンは迅速な決断をせまられる。


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第35話 金髪さんは凄い人です。

ヤンは今後の対策のため作戦会議室に幕僚たちを集めた。みほ、優花里、エリコも出席していた。


栗色の髪の小柄な少女は、要塞副司令官兼駐留艦隊副司令官、西住みほ中将。

西住中将の副官秋山優花里中佐に同じくエリコ・ミズキ中佐。

中肉中背でやや細面で温和な会社員のように見えるのは要塞事務監アレックス・キャゼルヌ少将。

端正なダンディで中肉中背でありながら実は筋肉質で白兵戦の名手である要塞防御指揮官ワルター・フォン・シェーンコップ准将。

分艦隊司令官、フィッシャー少将。

参謀長ムライ少将。

参謀ブラッドショー大佐、ラオ中佐。

要塞司令官の副官フレデリカ・グリーンヒル大尉。

戦艦ユリシーズの艦長ニルソン中佐、副長エダ少佐。

「みんなも知っていると思うが、帝国軍の戦艦ブロッケンが軍使として面白い話をもってきた。帝国と同盟がかかえている200万人以上の捕虜を交換したいそうだ。」

「おたがい食わせるのがたいへんだからな。」

キャゼルヌが皮肉っぽくつぶやく。

「それなら、私にも責任があるな。」

黒髪の青年提督のつぶやきを聞いて要塞防御指揮官はにやりと笑みを浮かべる。

イゼルローンは中枢部を抑えたとはいえ、中にいた帝国軍の兵士、士官を放り出すわけにもいかず数十万人が捕虜となっている。それは、「とっても強いお兄さんたち」であるローゼンリッター連隊を率いて要塞を占拠した実質的な立役者は彼であったからだった。

「でも食わせるのが大変というのは、実際その通りだと思う。だからといって捕虜交換が急務ということは捕虜を食わせているどころではないという事態がまじかに想定されているということだ。」

「それは、どういうことですか?司令官。」

ムライが問いただす。

「つまり、ローエングラム侯ラインハルトは、門閥貴族連合と本気で武力抗争に乗り出す決意を固めた、ということだ。」

ヤンは捕虜交換の申し出があったことを同盟首都ハイネセンに伝えなければならないことになった。政府は喜んで応じるに違いない。

なにせ捕虜には選挙権がないが、帰還兵にはあるから。

二百万票とその家族の票である。単純計算で妻一人、子が成人しているか、祖父母片方一人でもいれば五百万票だ。あのどうしようもないおきまりの盛大な祝賀行事が行われるだろう。

「ユリアン、ひさしぶりにハイネセンにもどれそうだぞ。」

その声がいやに陽気だったので、ユリアンは不思議に思った。

(提督は、式典やらパーティーやら政治屋どもの美辞麗句で飾ったような空疎な演説がきらいなはずじゃ...)

しかし、ヤンはハイネセンに行きたかった。もちろん空疎な式典や演説の類は嫌いなのは変わらない。それは歴史の流れが同盟に不利な方向へ行かないよう少しでも布石が打てるよう主体的に動けるからだった。

政府からの回答があり、さっそく捕虜交換式をすすめるようにとの指示があった。場所はイゼルローン、日時は2月19日である。キャゼルヌはヤンより「捕虜交換式事務総長」に任じられた。

キャゼルヌの仕事は多忙を極めた。何しろ敵味方の臨時食のべ6000万食、のべ500隻もの輸送船の手配をしなければならない。

「政府のあほうどもは、なにか決定すればものごとが自動で進むと思っているらしい。困ったもんだ。」と亜麻色の少年に対しぼやいたという。

「ローエングラム侯が今回の捕虜交換式に先立ち演説をするそうです。つなぎます。」

「勇戦むなしく敵中に捕らわれた忠実なる将兵たちよ。帝国軍は名誉にかけて次のことを約束する。ひとつ、卿らを名誉ある英雄として迎える。捕虜となった罪を責めるがごとき愚劣な慣行は全面的に排除する。ふたつ、帰国した将兵には全員一時金と休暇を与える。帰省及び家族との再会を果たしたのち、希望者は自らの意思をもって軍へ復帰せよ。みっつ、軍への復帰を希望する者は全員一階級昇進させる。また復帰を希望しない者も一階級を昇進させ、新たな階級をもって恩給を与える。わが兵士、英雄諸君、恥じるべきものは何も卿らにはない。愧ずべきは卿らを前線に駆り立て降伏に追い込んだ無能で卑劣な旧軍指導者たちである。私、ローエングラム元帥も卿らに感謝しわびねばならない。最後に人道をもって彼らの帰国に協力してくれた「自由惑星同盟軍」の対応に対し、深い感謝の意を表するものである。銀河帝国宇宙艦隊司令長官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥」

ヤンは感嘆し、ベレーを投げ、拍手する。

「完璧だ。人道的に非の打ち所がないだけでなく、政治的効果も完全だ。帝国軍は二百万の精鋭を得たことになる。しかもローエングラム侯に忠誠を尽くす二百万だ。」

キャゼルヌはため息をついた。

「トリューニヒト政権は多くて五百万票を得るかもしれないが、敵に精兵二百万を補充することになるな。」

(政治屋どもが政治ショーで票を得る代わりに、軍や前線に負担がかかる。迷惑なことだ。)

 

みほは、スクリーンに映る金髪の美しい青年を見つめていた。

「西住殿?」

「秋山さん。この人は戦場だけじゃなくて政治でも、「戦術と腕」がすごいんだね。」

「そうですね。軍事的センスはすごいと思っていましたが政治的センスもすごい人ですね。」

オペレータ席から黄色い声が聞こえる。

「え~すごいイケメン~かっこいい。」

「沙織。」

麻子は幼馴染の反応に困ったもんだ、という表情をし、

「沙織さん。」

華は苦笑してつぶやく。

「え~だって事実じゃない。かっこいいだけじゃなくて、あの人ほんとにすごいよ。」

沙織の「すごい」には、ラインハルトの美貌だけでなく力量も見抜く、女性ならではの直観や嗅覚が含まれていた。

「そうだね。」

みほが苦笑し、つぶやきながら考える。

(あの人お姉ちゃんに似ている...お姉ちゃんがもつあの香り...というかお姉ちゃんやお母さんから感じる香りの塊をより純粋に強力にしてとりだしたような感じ...。)

みほが感じたのは王者の放つ独特な覇気やカリスマ性ともいうべきものだった。まほやしほのもつ、西住流の師範や後継者としての風格がはなつそれに近いものである。

一方、それはみほには決定的にかけているものだ。お母さんは黒森峰9連覇の前に、一年生で隊長になり3連覇をなしとげている。お姉ちゃんも一年で隊長になり9連覇目を達成した。それに引きかえ何をやってもだめなわたし。練習試合で戦車に乘れば必ず勝ったけど、戦車から降りたらびくびくおどおどしてエリカさんにしかられどおしだった。大洗に来てもアイス一つえらぶのも時間がかかって最後だし、演説をたのまれればつまるし、かばんから物がおちても気が付かなかったり、電柱や工事の看板にぶつかったり...そういえばあんこう踊り左右逆だって沙織さんにいわれたっけ...。

みほは、大洗では、全体の戦略を考えてそれを各チームに周知させ、指揮官の命令がないときは自主的に考え判断する、それが有機的にむすびついて全員が一体となる戦車道を大洗でつくりあげ、それが快進撃につながった。決勝戦でそれが完成するはずだった。だからこそそれぞれが個性を発揮する「ヤン艦隊」とヤン自身に親しみを感じるが、一方で姉のような独特な王者の香りを持つラインハルトに対して意識せざるを得ない何かを感じた。

(あの人はすごい...。それにあの補給艦隊を襲った人。あの人もすごかった。完璧な作戦と思ったのに7割沈められた...)

みほはのちに大学選抜と戦うことになるが、そのときに感じることになるのと同じような恐怖を感じた。「戦場」で姉と母を同時に敵に回すような感覚。しかし指揮官はいつも冷静でなければならない。自由惑星同盟、というかヤンの戦い方を支持することは、「みんなで戦って勝つ」という自分の戦車道を守ることにつながると強く感じていた。そのことがラインハルトに対し

「わたし、あなたに負けません。」

と心に誓うことになる。それは、だれにも聞こえない小さなものであったが、おもわずつぶやきになって口に出たみほだった。




みほは、ラインハルトとキルヒアイスの凄みを身に染みて感じていた。

今回は切れ目がうまくできなかったので少し長いです。


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第36話 やだもー 華ってばどうしてそんなこと言うの?

「キルヒアイス。捕虜交換式はお前が行ってくれ。理由はわかるな。」
「はい。ラインハルト様が直接行った場合の立場のバランス、危険性や影響を考えつつ、具体的には貴族連合の暴発に迅速に対処するためと、同盟に対し十分に尊重している態度をともに示すため、わたしも同じ立場だったら同じ人選をしたと思います。」
「それにわたしが行くならやつらの「国防委員長」やら「統合作戦本部長」やらが軍のトップなのだからそいつらが来るべきなのだ。同盟ではヤン・ウェンリーがそいつらに次ぐ地位なのだからな。」
「それにヤン・ウェンリー提督の人となりも知りたいということでしょう。」
「それにお前が補給艦隊を攻撃した時に150隻を逃がしたという恐るべき指揮官もいるのだからな。」
ラインハルトは笑みをうかべる。赤毛の青年はその笑みの奥にあるものを読み取る。
(なにやらわくわくしているようですね。自分の陣営に引き入れたいなぁという人材収集欲が顔に丸出しです。ラインハルト様。)
「承知しています。」
赤毛の青年は親友でもある金髪の上官に笑顔で答えた。

さて、そんなこんなで「この日」が来た。


宇宙暦797年2月14日。

「今日はバレンタインデーだよね。」

「あげる人いるんですか。」

「ぶぅ。華ってばどうしてそんなこと言うの?」

沙織はキャゼルヌとヤン、ポプラン、コーネフ、ユリアンにあげるつもりでチョコを用意していた。

キャゼルヌにはオルタンスがいることが分かっているから心をこめても義理チョコの範囲である。

ヤンにあげる理由は

「だって、独身で、すごい人なのに女の人に縁なさそうなんだもん。」

ということだった。じつはポプランにねだられて辟易していたので義理だと露骨にわかるものを用意し、コーネフやユリアンに対しても本気が少し入っている。

 

「ああ、ありがとう。」

「サオリ、なんかコーネフのと違くないか?」

「ポプランさんはもてるから一ぱいもらえるじゃん。コーネフさんはすてきなのにあんまりもらってないみたいだから。」

「ちぇ、差をつけるのかよ。」

「ポプランさん。」

沙織は、ほかの女性から直接もらっている写真やロッカーからのチョコのなだれの写真をみせる。

「はは、これはまいったな。」

ネット上で簡単にみつけられるもの-しかも彼自身がうpしたもの含まれる-を見せられては、ポプランも反論できない。

「沙織が反論につまったら俺が見せてやったところだったぞ。」

「なんだ、おまえもグルだったのか。」

「いつから、俺がおまえさんの味方じゃなきゃいけなかったんだ?」

コーネフとポプランが「漫才の掛け合い」をはじめたので、沙織はくすくす笑いながらその場を去っていった。

沙織が次に行ったのはヤンの執務室である。

「どうぞ。」

「ヤン提督、これ…。」

「やあ、ありがとう。ミス・タケベ。」

「いえ…。」

沙織はかすかに顔を赤らめる。

そこへ金褐色の髪とヘイぜルの瞳の美人が入ろうとして、ヤンを呼びかける。

「閣下…?」

「ああ。大尉。」

フレデリカは、沙織とデスクに置かれたチョコを見て

「ああ、そういえば今日はそういう日でしたわね。」

「どうやらそうらしい。」

そのとき沙織はもうひとつのチョコがデスクにあるのをみつけた。

(みぽりん!)

「女の勘」でそれが誰なのか即座にわかった。あんこうの優秀な車長、今は第14艦隊の司令官にして沙織自身の上官、一方で普段はやさしくてドジな親友である彼女の意外な一面をみて沙織はみほをどうからかおうか考え始めた。

 

「みぽり~ん。」

沙織がにやにやしてみほに声をかける。

「?どうしたの?沙織さん。」

「みぽりんって、意外に抜け目ないんだね。」

「え?なんのこと?」

みほには何のことか全く想像がつかない。

「これ!これ!^^」

沙織はヤンのデスクに置かれたみほのチョコ写真を携帯で見せる。

みほのほおが赤くなる。

「西住殿?」

みほはすごい動揺する。

「えーと、あの、それは…。」

「みほさんがそんなに積極的な方だとは…。」

華がほほえむ。

「隊長もそういうところがあるんだな。」

麻子が抑揚のない声だがどことなくうれしそうな口調になっている。

「みほさんは、指揮官?ヤンさんも指揮官?おたがいの気持ちがわかる?」

「なるほど。だから西住殿は同じ立場のヤン提督に惹かれたんですね。」

みほは顔を赤らめて、恥ずかしそうにうなづく。

「でも、ヤン提督ってひそかにもてるんだね。」

「まあ、エル・ファシルの民間人脱出行、アスターテ会戦やアムリッツアの会戦の退却でも同盟軍を全面崩壊から守ってて、英雄って呼ばれてるからな。ファンレターがどっさりくるようだし。」

一方フレデリカは、ヤンに業務の相談をして退出したが、なぜか積極的にみえる沙織に対してあまり「脅威」を感じなかった。

(あの、もうひとつのチョコはだれなのかしら…。)

そっちのほうが彼女の気にかかっていた。

フレデリカは負けていられない気がした。

ピポピポーン

「はーい。」

「え...。」

オルタンスは玄関口に金褐色の髪の毛とヘイゼルの瞳の若い女性が立っているのをみて驚いた。

「ミス・グリーンヒル...?」

「キャゼルヌ夫人...あの...。」

「しっかり者のあなたもそういう部分があるのね。で、これ?」

キャゼルヌ夫人は微笑んで、手作りチョコの材料を見せる。

「はい...。」

フレデリカは頬をあからめ、

「作り方を教えてください。」

と頭を下げた。

「わかったわ。」

「ただいま。あれ?おい?」

「あなた、お客さんが見えてるのよ。」

「??なんだってミス・グリーンヒルが?」

キャゼルヌ夫人はチョコレートの材料を見せる。

「そうか...なるほど...わかった。」

(相手はだれなのかな?もしかしてヤン?しかし、ところで本人気付いているのかな。)

「フレデリカお姉ちゃま~。」

「あら、シャルロット。アンリエッタ。」

「あそんで、あそんで~。」

「あのね。お姉ちゃまは忙しいのよ。パパに遊んでもらいなさい。」

「はあ~い。」

「お,おい。」

(何をすればいいんだ。)

 

「変なにおいがするな。」

「あらあら...。」

「ごめんなさい。キャゼルヌ夫人。」

「いえいえ。もういちど。そこは加熱しすぎないで...。」

「お姉ちゃま、また焦がしちゃったの?」

「シャルロット、アンリエッタ。こっちへ来ないの。」

「だって焦げたにおいがするんだもん。」

「ほらほらお前たちはこっちへこい。」

「はあーい。」

数時間後、どうにかこうにかフレデリカはチョコを完成する。

「一日遅れですけど、これで渡せます。キャゼルヌ夫人、どうもありがとうございました。」

「がんばってね。」

「はい。」

フレデリカは一礼して、玄関の扉が閉まる音がした。

「?しかし、1日おくれで誰に渡すんだ?」

「あなた。」

「なんだ?」

「仕事についてはお二人とも優秀だけど、恋愛については、子どものようなものよ。あの二人は。」

「あの二人ってだれだ?」

「士官学校卒業席次2位の才媛と歴史家志望の英雄さん。」

キャゼルヌは苦笑を返すしかなかった。




真夏なのにますます熱くなるバレンタイン噺でしたw


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第37話 困った人たちです。

同じ2月14日に、イぜルローンでは、捕虜交換式が近づくに伴って、公的にあきれた出来事が起こっていた。


宇宙暦797年2月14日、この日、30万人を超す捕虜の一団がイゼルローンに到着した。

しかし、そこに同盟政府の委員たちがいた。その連中ときたら、自分たちの割り当ての宿舎がよくない、士官食堂の食事がまずい、兵士が敬礼しない、果ては、みほや華が直接応対しても、ヤン提督がなぜ迎えに来ないのか、と勝手なことばかり言っていた。

「あの人たち、なんなんですかね。」

優花里があきれてぼやきが口をついてしまう。

「勝手な話だな。」麻子の言葉には少しいらだちがある。

「わたしに色目使ってました。」華がぼやく。

「西住殿は、こんな小さい女の子が中将なのか、なんて言われてましたね。」

「沙織、行かなくてよかったな。いろんな意味で。」

「どうしてよ?麻子?」

「おっさんたちに色目使われても困るし、小娘ってばかにされてもいやだろう。」

沙織がどう反応していいか困った顔になる。

「えへへ...。」

みほが苦笑する。

しかし問題はそれだけではなかった。

「なんだ?これは?」

「ああ、委員さんたちの土産さ。」

万年筆、靴下、タオル、時計...そこには委員個人や政治団体の名前が記されている。

「あの連中、自分たちの経費で買ってきたのかな。」

「おそらく国防委員会の経費だろうな。」

「個人名や団体名を記入するのは背任行為だぞ。」

ヤンは素知らぬ顔をして委員たちのために「歓迎」パーティを開いた。

委員たちは、言いたい放題のいやみを提督や幕僚に言ったり、華は来ないのかと尋ねたりしたらしい。

「何なのよ~!あの人たちは!」

「沙織、みんなお前と同じ気持ちだから落ち着け。」

麻子がなだめる。

パーティが終わった直後の二時ごろ、アッテンボローは、憤然として会場から出ると部下を呼び集めて

「これを帝国軍の捕虜に配ってやれ。俺が責任取るから。」

と指示し、帝国軍の捕虜の代表を呼んで

「これは同盟政府から皆さん方へ、友愛のしるしとして差し上げるものです。安物で申し訳ないが受け取っていただきたい。」

部下たちも委員たちの素行にあきれていたので、喜んで帝国軍の捕虜に配った。

その二時間後大騒ぎになったが、アッテンボローは、

「あんたたちは、捕虜を迎えるという公務のために来たんだよな。公務を利用して個人の選挙運動をやるのは、同盟公選法第4条の違反だぞ。ここは軍用施設だから、司法警察権はMPにある。なんならあんたらの主張をMPに聞いてもらおうか?」

委員たちは歯ぎしりして、だまりこんだ。

ヤンはアッテンボローが後日圧力を受けることがないよう捕虜の代表を呼び、事情を話し、

「申し訳ないが、そういうわけで感謝状を書いてもらえたらうれしいのだが。」

「民主主義と言ってもいいことばかりじゃないんですね。」

「お恥ずかしい限りで...。」

「帝国もご存知のように貴族どもがふんぞり返っていて困ったもんなんですけど。同盟さんもいろいろ事情があるんですねえ。わかりました。書きましょう。」

帝国軍の捕虜の代表は微笑んで、感謝状を各委員あてに書いてくれたため、落着した。

 

2月16日。捕虜交換式が近づいているために入港する船が多い。一隻につき5000人から1万人の捕虜がいる。

キャゼルヌはつぶやく。

「捕虜だけならいいんだが、くっついてくる汚物どもがなあ。」

「ほんと。ほんと。すっごく迷惑。」沙織も同意する。

「汚物」には二種類あって、一つは選挙運動をするために「お進物」をもってくる「国防族」の政治屋と交換式を取材するための御用ジャーナリストたちである。

 

イゼルローンにはヤンのほかにもうひとり名将がいる。しかもかわいらしい女の子だから写真を放映するだけで絵になる。

こんなことがあった。自称ジャーナリストたちが、みほが食事しているのをみつけて取材しようとする。

「西住中将...ですか?」

「はい...。」

パシャパシャ、フラッシュをたいいて写真をとる。

「あの...すみません...いま食事しているので...。」

それでも遠慮しない。完全に民主主義をはき違えている。

(落ち着いて、食事もできない;;)

みほはばっと立ち上がって逃げ出した。

「待ってください~西住中将。」

「はうっ。」

運悪く彼女は転んでしまう。白いプリーツスカートがめくれてボコ柄のかわいらしいパンティが...

みほはあわてて正座して股間を隠した。

立ち上がろうもんならパンティを撮られてしまう恐れがあったので正座したために動けなくなったみほは撮られ放題。

そこへ優花里がやってくる。

「何しているでありますか。」

「何をしているって取材に決まっているだろう。」

「それはおかしいであります。大の男が女の子を取り囲んで撮影しまくるなんておかしいであります。」

「軍の機密を侵しているわけじゃない。何をしようと自由だろう。それとも軍は何でもかんでも秘密にするというのか?情報公開の原則にもとるだろう。」

「あ、あの、女の子をおいかけて、西住殿のパ、パンティを撮ろうとするなんて。それは情報公開の範囲外であります。」

「と、とんでもない、誤解だ。われわれはただ...。」

そこへ記者の腕をつかんだ男がいた。

「お前さん方、民主主義の社会でジャーナリストの果たす役割は、権力を監視するものだと聞いているが、いつから女の子を追いかけまわすのが仕事になったんだ?」

そこへ立っていたのはシェーンコップだった。

「わ、わかりました。すみません。」

「い、いこう。」

記者たちは歩き去っていった。

「こまったものだな。」

「そうですね。西住殿?」

「あ、ありがとう。」

みほはほおをかすかに赤らめて立ち上がった。

翌17日、シェーンコップのドアポストにはチョコが入っていて、かわいらしいボコの絵のある一筆箋が添えられていた。

「シェーンコップ准将

先日はありがとうございました。三日遅れですけど、これはほんの気持ちです。

みほより。」

と書いてあった。

「連隊長。これは貴重なチョコですね。」

ヒューと口笛を吹いてブルームハルトとリンツが話しかける。

「ああ。この送り主は普段はかよわい女の子だが、艦隊指揮をさせたらヤン提督とともに帝国軍の猛者どもをおそれさせる指揮官だとはだれもおもわないだろうな。」

「そうですな。連隊長の最近の最大の戦果でしょう。うらやましい。」

「ブルームハルト、俺は白兵戦は教えられる。だがな、そっちのほうは理屈じゃない。場数をふまないとな。今回はただの偶然だが。」

シェーンコップはあごをなでた。




みぽりん、2回目のチョコ配布でした。


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第38話 捕虜交換式です。

みほは取材攻勢に遭ったことを友人たちに話す。


みほは、あんこうの面々と食事をする。

「みぽりん、そんなことあったの?大丈夫?」

「うん...。」

「たいへんでしたね。でもひどい話ですね。」

「沙織は取材してほしいんじゃないのか。」

「麻子。何言うのよ。わたしだってそんな取材のされ方されるのはいやにきまってるじゃない。」

食堂には例の記者たちがよってきて話しかけられる。

「やあ、きみたち、先日はすまなかったな。」

少しアルコールで顔が赤くなっている。

「お姉ちゃん、これ経費ね。」

士官食堂のレジ員に書類のようなものを渡していた。

「あれって?」

「つけを経費として落としてるんだろ。」

麻子がつまらなそうにぼやくが、少々怒りが混じっているのが感じられる。

「なんて人達なんだろう。」

「あきれた話ですね。」

 

がやがやとまた別の記者の一団がはいってくる。

「いやあ、ヤン提督とぼうやが食事してるとこみかけてさ。」

「で、どうした。」

「塩まかれたよ。ジャーナリズムを何だと思っているんだ。」

「なんで食事まで機密なんだろうな。公開されても困らないだろうに。」

あんこうの面々はあきれて言葉が出ない。

「....。」

「もっともっとあきれた話だな。食事の時ぐらい解放してもらいたいものだが。プライバシーを侵害するのがジャーナリズムなのか?」

麻子がわざと聞こえるような大きな声で話す。

「なんだと小娘!」

「あのう...。」

「なんだ?きれいな娘さんだな。」

「わたしは五十鈴華といいます。わたしは華道やっています。皆さんはジャーナリストですよね。」

「そうだが?」

「最近政府のいいなりの報道が多い気がします。たとえばこの記事とか...。」

華は新聞を見せる。

「情報をもらえないと取材にならないんだ。」

「そうじゃなくて、権力を監視して、権力に言いなりにならずに、ご自分の足でかせいで取材をして、客観的な情報を記事にして、市民に的確な情報を伝えるのがお仕事のはずです。市民が政治について判断するために、足で稼いで皆さんが実際に見たことを客観的に報道することが必要なのではないでしょうか。そのためにジャーナリズムがあるんですよね。」

「あたりまえじゃないか。」

「わたしには、皆さんがそうは見えません。華道では真剣にお花を活けます。すばらしいお花を活けるためにはセンスと努力が必要です。でも皆さんの場合は、ご自分の足で確かめるのではなく、与えられた情報をただ記事にしてるだけです。剣山にただ花をならべても生け花にならないように、与えられた文字を記事にするだけでは何も市民に伝わりません。ジャーナリストは情報の職人のはずです。でも皆さんは、肝心の足で稼ぐ時に限って、ヤン提督やみほさんの生活の邪魔をしています。それは逆なのではないでしょうか?」

「生意気な。勝手にしろ。」

記者たちはすたすたと歩き去ってレジに立つと

「姉ちゃん、これ経費ね~。」

と書類を提出して去っていった。

「ほんとうに塩をまきたくなるであります。」

優花里は怒りを口にした。

2月19日、捕虜交換式の日がやってきた。

「0740、帝国軍の船団を確認。捕虜の輸送艦と思われる艦艇240隻、護衛艦10隻。護衛艦のうち1隻の船体は赤く塗装され、他の艦艇と船種が異なるようです。トゥールハンマーの射程内に進入。」

「あれは...先日の輸送船団を攻撃した艦隊の旗艦です。」

華がつぶやく。

 

午前9時45分、その真紅の旗艦が入港してきた。

10時10分、その旗艦バルバロッサのハッチが開き、帝国軍の代表たちが降りてくる。

先頭で降りてきた士官は、ずば抜けた長身、ルビーを溶かしたようなという言葉が当てはまりそうな癖のある赤毛、感じの良い青い瞳、「ハンサム」という言葉を実体化したような若者である。

そのあとに赤毛の若者ほどではないが、若く見える士官が3人降りてくる。

両軍の軍楽曲が流れ、同盟の黒髪の提督は、帝国の若き赤毛の上級大将を迎えて握手をかわす。

無数のフラッシュがたかれて、撮影が行われる。黒髪の提督と赤毛の若き提督は中央のテーブルに歩み寄った。

捕虜のリストと交換証明書が二通おかれている。

「銀河帝国軍および自由惑星同盟軍は、人道と軍規に基づき、たがいに拘留するところの将兵をそれぞれの故郷に帰還せしめることを定め、名誉をかけてそれを実行するものである。

帝国暦488年2月19日 銀河帝国軍ジークフリード・キルヒアイス上級大将

宇宙暦797年2月19日 自由惑星同盟軍ヤン・ウェンリー大将」

と記されていた。

「銀河帝国軍上級大将ジークフリード・キルヒアイスです。」

「同盟軍大将ヤン・ウェンリーです。遠路お疲れ様です。」

「ヤン閣下にはかねがねお会いしたいと思っていました。」

ヤンは、口元をゆるめて微笑み

「こういう形でもお会いできてよかった。」

「同感です。」

二人はサインをし、公印を押す。そして書類を交換して再びサインをして、公印を押した。

二人は握手を交わす。

「形式というのは必要かもしれませんが、ばかばかしいことでもありますね。ヤン提督。」

キルヒアイスはヤンに若々しくさわやかな微笑を向けて話しかける。

「まったくです。」

ヤンも笑顔で返す。おたがいに好感をもったようだった。二人はしっかり握手をすると、

キルヒアイスの青い瞳は、中将の階級章が肩にみえる栗毛色の少女に目が留まる。

「...あなたとはどこかで戦った気がしますね。どこででしょうか。」

「えっと...補給艦隊を守って戦いました。」

みほは、ほおをかすかに赤らめて答える。

「やはり、そうでしたか。みごとな用兵でした。補給艦を逃がしてしまいました。」

「いえ、閣下の用兵が完璧で、つけ込む隙がありませんでした。」

「いえ、完全に読まれていました。運が良かっただけです。ミス...?」

「西住みほといいます。」

「ミス・ニシズミ、ラインハルト様がほめていました。」

「光栄ですって、お伝えください。」

「わかりました。」

赤毛の若き提督は微笑み、その瞳は、次に亜麻色の髪をもつ少年へ向けられる。

「君はいくつですか?」

「今年15になります。キルヒアイス閣下。」

「そうですか。わたしが幼年学校を卒業して初陣したのは15のときでした。頑張りなさいと言える立場ではありませんが、元気でいてください。」

ユリアンは、敵軍で第二の偉大な提督に話しかけられたことが信じられなかった。

彼は、ほうっと突っ立っていた。

「こら、あんまり感激したからといって、帝国軍に寝返ったりするなよ。」

笑いながらアッテンボローに軽くこつかれユリアンはわれに返る。

 

「沙織どうだ,,,。」

「素敵....。」

沙織は目を輝かせる。

「みぽりん?」

「え、あ、はい。」

「沙織さんの言う通りキルヒアイス提督は素敵な方だと思います。」

華が同意し、

「たしかに素敵な人だ。能力だけでなく人柄の良さがにじみ出てくる。」

麻子も同意する。しかし、麻子の言わない部分を含めてエリコがつぶやく。

「しかし、あの方も軍人?だから作戦になったら容赦ない?」

「そうだね。そういうところはみぽりんに似てるかもね。」

「え...。」

「みぽりんは、クラスのみんなの名前と誕生日覚えてるんだよね。」

「うん。」

「あの人も、それからラインハルトという人もそんな感じがする。あの人はすごく優しそう。だけどエリちゃんの言うように戦いとなったら容赦ない。みぽりんは自覚ない?」

「え...そうなんだ...ごめんなさい。」

「いいのであります。西住殿もキルヒアイス提督も部下に全面的に信頼されているから強いのであります。」

「そういうこと。」

「ラインハルトさんは、なんとなくお姉ちゃんやお母さんに似ている。」

「たしかにそんな感じだね。」

「すごいカリスマ性を感じるであります。」

しばらく間があって沙織が話題を変える。

「ところでさ~。」

しばらくガールズトークが続いていたが、

「もうこんな時間。」

と誰かが言うと睡魔(ヒュプノス)の誘いを感じた、あんこうの面々はそれぞれ自室へもどっていった。




記者クラブ弊害があるなと思います。足で稼がなくなる。都合のいい情報しか流されない。役所や政党、政治家にとっては統一的に情報が流せるので、誰がこんな情報流したんだといわれないで済んだりとか便利ということです。一方で、石綿被害とか公害病とか産廃汚水漏れとか様々な問題は勇気あるジャーナリストによって明かされてきました。本気で良心に基づく取材をしようとしたら、命がけになる場合も多いようで、たしかに給料もらって安全にすごすためにはそうなってしまうのかなと思います。今田中角栄を再評価しようとちょっとしたブームになっていますが、なぜ田中角栄だけがつぶされようとしたか、なぜそれ以外のもっと大きな疑惑にメスがはいらなかったのか...


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第39話 あの...わたし....がんばります。

ヤンは、同盟内にめぐらされる工作、陰謀を感知し、それをふせぐべくハイネセンへ出発することにした。


みほはヤンに呼び出された。

「西住中将。」

「はい...。」

「わたしは、帰還兵の歓迎式典のためにハイネセンへ行くことになった。留守部隊の指揮をお願いしたい。」

「はい。」

返事を聞くと、軽くうなづき、少し間をおいてヤンは個人的な感想をみほにたずねる。

 

「ところで、ミス・ニシズミはどうおもった?今回の捕虜交換式は?」

「あの....。」

「どうしたんだい。」

みほはほほえんで言葉をつづける。

「ビュコックていと、司令長官にわたしは元気ですって伝えてください。」

 

ヤンは、頭をかいて

「ミス・ニシズミはなんでもお見通しだな。」

「はい。だってヤン提督が式典とか儀式とか好きじゃないのにわざわざハイネセンに行きたがるのはどうしてだろうって考えたらすぐにわかったんです。」

「それから...。」

「ん、何だい?」

「ラインハルトさんは、貴族連合と戦って勝つために、現在の同盟政府に不満を持っている人たちをあおって分裂させようとしているんだと思います。キルヒアイスさんが来たのは、同盟に対しては階級のバランス、帝国内部については、貴族連合ににらみを利かせるためです。」

「そのとおりだ。「不満を持っている人たち」か...誰か特定できないものかな。」

「ですから...万一のためにビュコック長官に相談しなければいけないかな...と。」

「そうだね。」

「あの...わたし...。」

「ん?」

みほは、星図でイゼルローンの同盟側出口の部分を指差して、

「がんばります。」

と話す。

「帝国軍からの攻撃はないと、ミス・ニシズミも考えているんだね。」

「はい。」

「何かあったら、シェーンコップに相談すればいい。」

「はい。」

みほは笑顔で答えた。

 

2月22日、ヤンはフレデリカ、カスパー・リンツ、ユリアン、ポプラン、コーネフを伴い、帰還兵を乗せた船団でハイネセンへ向かっていった。

「ミス・ニシズミ。」

「シェーンコップ准将。」

「「とっても強いお兄さんたち」の首領がまいりました。」

膝をつき、手をまえに回して「あいさつ」をする。

「...知っていたんですか。」

みほは恥ずかしそうにかすかに顔を赤らめる。

「もちろん。」シェーンコップは笑顔で答える。

「で、西住中将。」

シェーンコップは真面目な顔になる。

「はい。」

星図を指差して、

「「不満を持っている人たち」かこのあたりで反乱を起こすと。」

「はい。心配しすぎだといいんですが。最悪の場合、ハイネセンでも。」

「なるほど。あの金髪の坊やは相当な食わせもんですな。」

シェーンコップは少し横を向き、わずかにあごをしゃくってつぶやく。みほは頷き、

「わたしができるのは、准将が指差した範囲ですので、万一の場合は准将にはまた活躍していただきます。」

「姫。謹んでおまかせあれ。」

二人は笑いあった。

 

そのころハイネセンでは、次回の評議委員に立候補するという新人の政治家を呼んで番組がくまれていた。

「ハイネセンリストレエコノスTV「ここまで言うん会」です。本日は、次回の評議委員に立候補されるというプログレスリー・ライトバンクさんにお越しいただきました。」

プログレスリー・ライトバンクは、血色の悪い細面の男だった。軍の会議にでていればすぐすれとわかる人物であったが、軍の会議が一般に公開されないので、普通の同盟市民はだれなのかわからない。

「で、ライトバンクさんは、帝国への進攻計画を軍に提出したのに受け入れられなかったと。」

「はい、あまりの無理解のためにこのような体たらくになったわけです。わたしの主張した通り高度な柔軟性をもって臨機応変に対処しなかったから数多くの兵士が命を喪い、わたしは病に伏せったわけです。」

「平和主義という理想のために、軍の組織や士気が低下して、社会システムにも影響を与えているわけです。戦争が長引くのはそういった人たちのせいですね。」

「なにか情報を帝国に流して得があるんでしょうか。亡命した時のためとか、同盟を滅ぼして甘い汁をすうためでしょうか。理解に苦しみます。」

ものはいいようであった。実際には軍指導者が無能なために前線で多くの兵士が命を落としていて、壮年期の人材が絶対的に足りなくなり、生活インフラに深刻な影響をもたらしているのであったが。熟練工まで動員して、戦場で戦死させ、慣れない女性や少年に武器を造らせるから、故障が増えてますます戦死者が増え、前線の補給線は絶たれて戦わずして飢え死にして、結局みじめな城下の盟いを強いられた国家もあったというのに...。

「そういった状況のなかで、ライトバンクさんが今度は軍から政治家へ転身しようとしていらっしゃるわけですね。」

「そうです。もっともっと同盟軍を強化していかねばなりません。そのためには既存の政治屋から政治を取り戻して正常化しなければなりません。」

「全くその通りですね。」

「トリューニヒト議長、コーネリア・ウィンザー夫人、ライトバンクさんと有能な方々が、愛国心に欠けた政治屋たちを一掃することを期待しましょう。」

「提供はユグドラシルグループでした。」

軍や市民の良識派から抗議の電話やファックスがテレビ局へ寄せられたが無視された。トリューニヒトがメディアの要人たちと会食していたからだった。

そして抗議をした人に対しては自宅を調べられて憂国騎士団が家屋破壊弾を投げ込んで、私怨による爆発事故として報道された。公務員の場合は、私的経費を公費で落としたという書類やなぜか不正を行ったという怪文書がでてきて、筆跡、指紋がそっくりであり、本人がいくら否定しても往生際が悪いと一斉にたたかれた。

 

一方帰国したキルヒアイスは捕虜交換式の様子を語るとともに今後の戦略について話していた。

「このクーデター騒ぎがうまくいけば、ヤン・ウェンリーは帝国領内へは攻めてこれまい。で、どんな男だった?ヤン・ウェンリーは?」

「ヤン提督は、恐ろしいほど自然体で懐深くはっきりいってとらえどころがないと感じました。」

「ほう。そしてお前の補給艦隊の攻撃を邪魔した指揮官にも会えたのか?」

「はい、彼女は...。」

「!!」

「彼女は、まだ20歳に満たない少女にみえました。栗毛の髪が印象的な小柄な女性でしたが、恐ろしいほど自然体で、懐深くはっきりいってとらえどころがないのはヤン提督そっくりでした。」

「名前は、なんというんだ?」

「ミホ・ニシズミ。同盟では、E式と呼ばれている名前です。二人とも、今回の作戦はおそらく見抜いているように感じました。逆転できる自信があるのか...いずれにせよ敵としてこれほど恐ろしい相手を知りません。ですが....。」

「ですが..?」

「友とできればこれに勝るものはないかと。」

「そうか...俺にお前がいてよかった。あの戦闘詳報を読んだら不思議なことに、一瞬背筋が冷えたが同時に何とも言えない昂揚感を感じたのだ。」

(ああ、ラインハルト様らしい。この方は雄敵と戦う時こそ輝くのだから...。)

赤毛の青年は、金髪の親友の生気が充ち溢れんばかりになるのを感じて、なぜか不思議な幸福感につつまれるのだった。




ヤンとみほの動き、陰謀渦巻く「虚栄と背徳の」ハイネセン、帝国の様子を描きました。


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第40話 西住殿への「ラブレター」執筆のために公園で密談であります。

わたし、不肖秋山優花里であります。
帝国軍の野心家で若き名将ローエングラム侯が同盟軍に内紛をしかけようとしていることを予知したヤン提督は、おなじくそれを見破った西住殿にイゼルローン要塞と駐留艦隊の留守居役を任せます。そして、ご自分はビュコック司令長官と相談するために首都星ハイネセンに向かうのであります。
この時、ときどき遠い目をしてハイネセンの方向を眺めている西住殿を見かけます。後でわかったのですが、それは五十鈴殿にサンタ帽が似合うといわれた老紳士からの「ラブレター」を待っていたからだったのでありました。


ハイネセンでは、帰国した捕虜の歓迎式典とパーティが行われた。

スピーチが終わって、参加者が食事である程度腹をみたしてパーティは中だるみのような雰囲気になる。三々五々「では、これで。」という声と手を振る姿がちらほら見え始める。

「ユリアン、そろそろ抜け出すぞ。」

「はい。提督。」

ユリアンは、フロントへ行き、

「この番号の荷物お願いします。」

と番号札と引き換えに荷物を受け取り、ヤンはトイレで礼服を私服に着替えて二人は人知れず会場となったホテルを出ていった。

コートウェル公園の入り口に、ミハイロフという料理人が屋台を開いている。公園のあちらこちらのベンチには料理を受け取った恋人たち、一人で食べている労働者、背広にワイシャツのサラリーマン、OLもいる。老人と青年と少年という取り合わせは意外に珍しいはずだが、いそがしいミハイロフは気に留めている余裕はないようだった。

三人連れは、白身魚のフライ、フライドポテト、キッシュパイ、ミルクティーを注文して受け取ると少し寂しい場所のベンチに陣取る。

「やれやれ、こんなふうに人目を避けて話さねばならんとは、不便なことだな。」

「わたしは結構楽しみましたよ。士官学校時代に、門限破りに無い知恵をしぼったことを思い出します。」

「さて、ここならだれにも知られることはないだろう。本題に移るか。」

「そうですね。実は、この国で近いうちにクーデターが起こる可能性があります。」

「クーデター、じゃと?」

老提督は驚いて聞き返す。

「ええ。」

「いま帝国では皇帝がなくなり、幼帝を宰相のリヒテンラーデ公、そして宇宙艦隊司令長官のローエングラム侯が支える形になっています。」

「ふむ。」

「しかし、ブランシュバイク公の娘とリッテンハイム侯の娘にも皇位継承権があり、大貴族は摂政として権力を握りたかったのにそれがかなわなくなり、不満が鬱積しているはずです。

そこで両者はそれほど時間をおかずに軍事衝突を起こすことになるでしょう。その場合同盟に介入されたら、さすがのローエングラム侯も二正面作戦を強いられ彼にとって最悪な事態もありうることになります。だからそれを防ぐために自分の手をわずらわせず、巧妙にクーデターを仕掛けるわけです。」

「なるほど。しごく合理的だ。彼にとっては手を打っておきたいところだろう。だがクーデターが成功すると本気でローエングラム侯は考えているのだろうか?」

「必ずしも成功しなくてもよいのです。同盟内部が分裂して、対立が生じ、一体的に動けなくなればよいのですから。それも期限付きで。」

「なるほど...。」

ビュコックは空の紙コップをつぶした。

「ただ、クーデターを使嗾するにあたっては、成功すると信じさせる必要があります。緻密でしかも一見実現可能そうな計画を立案してみせるでしょう。」

「ふむ...。」

「この場合、最も効率的な手段は、首都を内部から制圧し、権力者を人質にすることです。しかし、権力の中枢は武力の中枢でもあるわけで、強大で組織化された武力が作動すればたちまち鎮圧されるでしょう。そこで地方で大規模な反乱を連鎖的に起こさせ、その反乱と首都における権力中枢の奪取を有機的に結合させる形になるはずです。」

「なるほど。首都の兵力を分散させるために地方で反乱を起こさせ、鎮圧のために首都の兵力が動けば、必然的に首都の守りは手薄にならざるを得ない。そこをクーデター勢力の本体がおさえるというわけか。」

「先ほども申し上げましたが、ローエングラム侯にとってはクーデターが成功しなくてもいいのです。彼が貴族連合を鎮定する間、同盟が分裂して混乱をきたし、帝国内へ介入さえしてこなければ目的は達成されるというわけです。」

「やっかいなことを考えたものだな。」

「やるほうにとっては、ですね。しかし、やらせるほうは対して労力を要するわけではありません。」

「だれが、クーデターに加担するか、まではどうかね。」

「長官。さすがに、それは無理な相談というものです。西住中将もわからないから、よく長官と相談してください、と言ってましたし。」

みほの名前がでて、ビュコックはかすかに笑みを浮かべる。

(そうか、あの娘ただものではないな。)

「そうか。それでわしは、近く発生するであろうクーデターを未然に防がねばならん、ということだな。」

「発生すれば、大規模な兵力の動因と鎮定までの時間がかかるうえに傷も残ります。ですが未然に防げれば憲兵の一個中隊でことはすみますから。」

「なるほど...責任重大だな。」

「それと、もう一つお願いがあります。」

「うん?」

ヤンは老提督の耳元に小声でささやく。

「巧妙に行われて、気が付いた時には中枢を押さえられていた、ということがありえます。そこで、叛乱鎮定の命令書をあらかじめいただいておきたいのです。ことが起こった時にこちらの出兵の法的根拠、正当性の裏付けがないと、叛乱に対して私兵をもって叛乱を起こしているだけになってしまい、クーデター勢力の実効支配に正当性を許すことになりますから。」

「よろしい、わかった。あの娘にも伝えてやってくれ。元気なのはよくわかった。「ラブレター」は必ず送るから安心するように。」

ビュコックはちゃめっ気のある表情で一瞬にやりとほほえむとヤンに向き直って、

「貴官がハイネセンを離れるまでに必ず届けさせよう。それにしても...そんなもの役にたたんにこしたことはないが。」

「まったくです。ことがことだけにうかつに他人に話せないので。」

「さあてと...。」

ベンチから老人と青年は立ち上がる。

「それじゃ別々に帰るとするか。気をつけてな。」

老提督は後ろを向いて手をふり、ヤンもそれに応じる。

ヤンとユリアンは近くの無人タクシーの乗り場まで歩いていく。

「提督。」

「なんだい?」

「クーデターを計画している連中は人目を避けていまごろどこかで密談しているのでしょうか?」

「そうだな。少なくとも我々よりは深刻そうな顔をして密談しているだろうね。もしかしたら我々よりいいものを食べているかもしれないぞ。」

ヤンは面白そうに口元をほころばせる。しかしその目は笑っていなかった。




そうそう、この時期、みぽりんがね、ビュコックさんからの「ラブレター」を待っていたの。わたし、本物のラブレターかと思っちゃったら、ゆかりんに笑われちゃった。みぽりんもヤン提督もすごいよね。ふたりとも普段はどこかにつまずいたり、どこか抜けてるのに。


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第5章 異変発生です。
第41話 異変の発端です。


ユリアンとヤンはイゼルローンへ帰るはずだったが...


さて、3月20日、本来ならイゼルローンへ向かって明日にでも出発しなければならない。

ユリアンはTV電話(ヴィジホン)が鳴ったので受話器を取った。

「はい。」

金褐色の髪にヘイゼルの瞳の美人、フレデリカが画面に映っている。

「ユリアン。ヤン提督は?」

「えっと出かけていて不在です。」

「そう...そういえば帰りの船の予約はとったの?」

「あ...。」

「そんなことだと思ったわ。ちょっと待っててね。いったん切るから。」

しばらくして電話がかかってくる。

「明日9時発に駆逐艦カルデア66号で出発することにしたわ。ところでユリアン、お昼まだでしょ。一緒に食べない?」

「はい。」

ユリアンは喜んで応じた。

翌日、カルデア66号は、バイオレットの部屋からあわてて飛び出してきたポプランがぎりぎり間に合って、無事9時に出港した...。

 

薄ぐらい殺風景な部屋で男たちが10人ほどテーブルを囲んでいる。

「もう一度確認しておこうか。」

「最初の一撃は惑星ネプティス。標準暦4月3日。ハイネセンからの距離は、1880光年。第4辺境惑星区の中心で、宇宙港、物資集積センター、恒星間通信基地がある。この地区の蜂起の責任者はハーベイ...。」

名前を挙げられた男がうなずき、部屋を照らす薄暗い照明の中でその男の影がそのように動く。

「第二撃は惑星カッファー。標準暦4月5日。ハイネセンからの距離は、2092光年。第9辺境惑星区の中心で、宇宙港、物資集積センター、恒星間通信基地がある。この地区の蜂起の責任者は...。」

第三撃、惑星パルメレンド、4月8日、第四撃シャンプール、4月10日...

「このように、ハイネセンからそれぞれ2000光年近い距離で別々の場所で蜂起する。そうすれば、ハイネセンからの鎮圧部隊はそれぞれ別方向に向かわなければならず、しかも相互に連携するのはほぼ不可能だ。よってハイネセンは武力の空白地帯となる。従って、少数の兵で要所を押さえるのが可能になる。」

同盟最高評議会、同盟議会、同盟軍統合作戦本部、軍事通信管制センターなどの占拠目標の名前が列挙される。そして指揮官がだれで、いつ襲撃するか、兵員数などが確認された。

現在の政治屋には任せておれない。いつまでも自分たちは権力を握れず、冷飯組だ。

正常に戻すために取り戻さなければならない。

(政治経済、社会体制は危機に陥っている。フェザーンや国内有力企業から献金をたっぷりもらっている権力の亡者ばかりだ。そういう連中を一掃して同盟を健全にしなければならない。そのためにクーデターを起こし、正常に取戻すために、同盟憲章を一時停止し、政治屋どもがはびこらなくする必要がある。)

「理想を失い、腐敗の極に達した衆愚政治を我々の手で、正常な方向へ取戻さなくてはならない。これは正義の戦いであり、国家の再建に避けては通れない道なのだ。」

その声は一見抑制されており、狂信者の自己陶酔とは一線を画するように見えた。

「さてここで問題になる人物が二人いる。イゼルローン要塞司令官のヤン・ウェンリー大将と副司令官のミホ・ニシズミ中将だ。」

「二人を同志に引き入れることができればハイネセンとイゼルローンの二か所から全領土を制圧できることになるが...。」

「どうやって説得するか。しかしもう計画は実施ま近だ。」

「あんな二人を同志に引き込むことはないでしょう。」

「うむ。おっしゃるとおりですな。彼らなしでも十分に可能だ。首都には「アルテミスの首飾り」もある。その威力をアムリッツアで知ったはずだし、彼ら自身対策なんかないだろう。」

「いや指向性ゼッフル粒子を帝国軍のキルヒアイスが使っている。戦史や情報を重視するヤンが考慮にいれないはずがない。」

「そんなことを心配している場合ではない。いざとなったら首都の住民を人質にとればいい。いざとなったらだがな。」

「さて、シャンプールの蜂起だが、距離的に考えてヤンかあの小娘があてられるだろう。」

「イゼルローンからシャンプールまでパルス・ワープで5日、ハイネセンまで25日、都合30日かかるはずだ。しかもシャンプールを鎮圧せねばならないから、この期間は伸びることはあっても短くなることはないだろう。」

「仮にイゼルローンの全艦隊を率いるようなら辺境星域の討伐にあたるだろうキルヒアイスに情報を流す。やつらにはそんなに余裕はないだろうからあくまでも牽制だ。艦隊を二つに分けるようなら時間差をつけて各個撃破だ。」

「帝国を利用するのか。」

「敵を利用する。これは外交だよ。大義を達成するためだ。」

「予定通り行動し、権力中枢を掌握する。その一方で同志を送り込みヤンとあの小娘をそれぞれ監視させます。二人が我々にとって都合の悪い行動をとるようなら抹殺すべきでしょう。」

「それに各個撃破などできるのか。」

若く精悍な美男子がほくそえむ。

「二人を暗殺する。われわれには可能だ。あの知略をつかえなければ烏合の衆だ。これも大義のためだ。」

「清濁併せ呑む覚悟がないと大義は実行できないぞ。きれいごとを言うのは売国奴のそしりを免れないことを心に銘記してもらおう。」

男たちは散開した。

精悍な美男子は、酒浸りの男に言う。

「お前は我々の言うとおりにうごけばいい。全体の計画はわれわれがやる。生きて戻れれば帝国軍少将になれるわけだ。簡単だろう。」

さてビュコック長官は準備を始めたものの、もともと艦隊指揮は得意だが憲兵を扱うような仕事は苦手なこともあって、慎重に人選をすすめて、ようやく捜査チームを立ち上げたときには、3月も末になろうとしていた。

3月30日、クブルスリー統合作戦本部長は、ハイネセン近隣星区の軍事施設の視察をすませ、軍用宇宙港から統合作戦本部ビルへ専用車から戻ってきたところだった。高級副官と5名の衛兵がしたがっていた。かれらがロビーに入ると面会人が待合室から立ち上がっていささかあぶない歩調で近づいてきた。衛兵たちは緊張した。

白髪で無精ひげのあるその男はクブルスリーに近づくと

「わたしは、帝国軍の捕虜になっていた士官ですが、しばらく療養をしていました。だいぶよくなったので軍への現役復帰のためにご相談にうかがったのです。」

クブルスリーは小首を傾げた。本来ロビーで呼び止めて立ち話をしかけるなど無礼なことなのだが、元みほたちの上司であんこうジャケットでの勤務を許したくらいで、部下にたいしておごらない性格のクブルスリーは相手の話をきいてやる形になった。

「うむ。そのようには見えないが.....。」

「医師は完治したと言っております。現役復帰に何ら差支えないと。」

「それなら正式な手順を踏みたまえ。勘違いしないでほしいが私の権限は手順を破るためではなく守らせるためにある。医師の診断書と保証書を添えて国防委員会の人事部に現役復帰願いを提出するといい。正式にそれが認められれば貴官の希望もかなうわけだ。」

「へへ…それじゃあ遅いんだよ。」

そこでクブルスリーは気づく。

(誰かに似ているとおもったら...。)

「き、君は...。」

 

 




クブルスリー大将に接近してきたこの男は果たして...


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第42話 クブルスリー大将暗殺未遂です。

クブルスリー大将は接近してきた男に危険を感じたが...


「き、君は...アーサー・リンチ少将...か。」

クブルスリーは、相手が白髪、ひげ面でわかりにくかったがようやく思い出して相手に問いかけるようにつぶやく。

「いまさら気づいたか。」

リンチは、小声でつぶやき、にやりと薄笑いを浮かべると袖に隠していたブラスターのトリガーを押し、光線がクブルスリーの右わき腹を貫く。

「閣下!」

クブルスリーの表情が蒼白になり、幅と厚みのある中背の身体が倒れかかる。高級副官のウェッテイ大佐が思わず支えた。

リンチは、屈強な衛兵たちに組み敷かれ、ブラスターも取り上げられた。

「医者を呼べ。」

ウェッテイは叫び、衛兵達を怒鳴りつける。

「遅い。なぜ発砲する前に取り押さえなかったのか。なんのためにお前たちは衛兵をやっているのだ。」

衛兵たちは恐縮した。そしてリンチをこづきまわす。リンチの少ない前髪は汗で額にねばりついている。その瞳は焦点が定まらずになにか遠くを見つめているようだった。

「何じゃと。クブルスリー本部長が撃たれた?」

ビュコックは椅子からとびあがらんばかりだった。

「で本部長のご容態は?」

「はい。一命はとりとめたものの、全治三か月。当分は絶対安静だということです。」

「やれやれ、最悪の事態は免れたようだな。」

リンチがクブルスリーを襲って負傷させたというニュースはハイネセン全土を驚愕させ、翌日には、超光速通信で同盟全土に伝えられた。

急遽本部長の代理もしくは本部長を立てなければならない。国防委員会は、本部長もしくは本部長代行への就任をビュコックに打診してきた。

「ここでわしが本部長になったら、権力が集中され独断専行の前例を作ることになる。それから今回のようなテロが起こった時、二つの職を兼ねていると軍が機能不全になる。本部長はだれか別の方にお願いしするよう伝えてくれ。」

と断った。しかし、3人いた次官のうち歳年長であったドーソン大将が統合作戦本部長代行になったと聞いてビュコックは少々後悔した。

「これは...わしがやったほうがましだったかな。」

とつぶやいてしまった。

ドーソンは小心で神経質な男だった。フォークから幼児性を除いたらそうなるという種類のもので、憲兵隊司令官、国防委員会情報部長などを務めた。しかしもっとも有名な逸話は、第一艦隊の後方主任参謀を務めたとき食糧の浪費をいましめると称して、各艦のダストシュートを調べて回り、じゃがいもが何十キロすててあったと発表して、兵士たちをうんざりさせたことである。また一方、高級士官の腐敗や政治工作などはスルーし、むしろ密かに猟官活動をしていたといううわさが絶えなかった。また士官学校で自分よりも席次が一番だけよかった男が失敗の責任をとらされて降格されて彼の下に配属されてきたときにはいびりぬいたという話もある。

首都防衛軍司令部で地上基地のひとつで事故が発生した。整備センターで古くなった惑星間ミサイルを点検していたところ、突然それが爆発したのだった。原因は絶縁不良で、推進部の電流がミサイル本体の信管に流れたためだった。これらは兵器製造システムの弱体化を意味していた。即死した整備兵は、学費が払えないために高校進学をあきらめた少年兵やアルバイトで高校在学の学費と生活費をかせいでいたという少年兵ばかりあわせて14人であった。

長引く戦争のための人的資源の枯渇...同盟市民はわかっていた。マスコミの現場記者もわかっていたが、ほとんどは口に出せない。報道しようとしても握りつぶされた。意思を表明したり、報道がなされた場合は、街頭で政権擁護、戦争推進を唱える憂国騎士団が、自宅や会社にとんでくるのだ。よくて電車のなかでの痴漢事件をでっち上げられる。「官制」の事件なので、いくら上告しようとも裁判に勝つことはない。

反戦派のジェシカ・エドワーズは、犠牲者の少年兵たちに哀悼の意を表し、軍部の管理能力を批判した後、戦争を続ける社会を弾劾した。

「未来を担う少年たちを犠牲にする社会、そんな社会に未来があるのでしょうか。そのような社会が正常と言えるのでしょうか。わたしたちは狂気の夢から覚めて、今何が優れて現実的なのかと問わねばなりません。その答えは一つ。平和です。」

その放送をビュコックとその副官のファイフェル少佐が宇宙艦隊司令部のオフィスで見ていた。

「この女史は、我々の苦労も知らないで言いたいことを言っていますな。銀河帝国の侵略を受けたら反戦平和も言論の自由もありもしないのにいい気なものです。」

「いや、彼女の言い分は正しい。人間が年齢の順に死んでいくのがまともな社会というものだ。わしみたいな老人が生き残って、若い者がお先にとばかり次々に死んでいくような社会はどこか狂っとる。だれもそれを指摘しなければ狂いはますます大きくなるじゃろう。彼女のような存在は社会に必要なのさ。まあ、あんな弁舌が達者な女性を嫁さんにしようとは思わんがね。」

ビュコックとしてはそんなジョークをいわずにはおれない気分になっていた。というのも、新任の統合作戦本部長のドーソンにあいさつにいったところ、こっけいなほど肩肘をはって、

「どんな戦歴が古い方でも、組織の秩序に従ってわたしの命令に従っていただく。」

と高い声で言い放たれたのだ。老提督は、あやうくつむじを曲げるところだったが、ヤンと話し合ったクーデター対策を進めておくのが先決だと考え、度を超す小心者ゆえの無礼さと傲慢さにあきれとあわれみを感じてため息ひとつでやめることにした。

(クーデターの可能性と対策についてなんて言えんな。青筋たてて否定するのを説得するのも疲れるし、もし素直に受け入れるような場合は泡吹きかねん。どっちにしろ困ったものだ。)

 

さて、薄暗い部屋で男たちが密談している。

「クブルスリー大将は一命をとりとめたそうだ。」

その部屋の各所で低い声のあきれの感情を表すつぶやきと冷笑が起こっていた。

「ただ重傷で、当分任に堪えないということで現在入院中だ。統合作戦本部の機能をそぐ目的は最低限果たしたわけだ。後任はあのドーソン、あの男は汲々とした小役人でクーデターなど想定もできないだろうし、従って何も対策できないだろう。まあ、リンチは最後の「おつとめ」を果たしたわけだ。まるっきりの失敗ということもありえたのだから。」

「奴の口から我々のことが漏れることはないだろうな。憲兵隊が違法を承知で拷問にかけるか自白剤を使うかもしれんぞ。」

「まあ、まあドーソンだからそんなことまでしないだろう。それが小役人ゆえの奴の美徳だからな。」

再び冷笑が各所で起こる。

「まあ、仮に自白剤を使われたところで徹底的に深層暗示をかけてある。すべてリンチが考えたことだ。同盟の腐敗を糾し、正常化のために最後の「おつとめ」をしたというわけだ。」

「リンチは、刑務所でも精神異常者棟に入れられた。帰還兵名簿に偽名を使っていたから、帝国にスパイとして押し付けることも可能だし、そうでない場合も、エルファシルの敗戦の責任と今回の件で一生を刑務所で終えることになるだろう。」

「ふむ。さしあたって障害はない。予定通り計画を進める。」




クブルスリー大将が大けがを負い、後任は「じゃがいも」士官と呼ばれる無能な小心者がつき同盟軍将兵はため息を漏らす。


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第43話 同盟も帝国も異変発生です。

ヤンがイゼルローンへの帰路についたときそれは起こった...






4月1日、ヨブ・トリューニヒトが、統合作戦本部長暗殺未遂を受けて責任ととると称し、突然最高評議会を解散すると宣言した。4月12日に選挙が行われ、新任の評議員は、当選と同時に就任するという。選挙が終わるまでトリューニヒトは、評議会議長代行ということになったが全て秘書を通すと放送された。

4月3日、惑星ネプティスで軍の一部が蜂起、要所を占拠したというニュースがはいった。

カルデア66号では、艦長のラン・ホ―少佐が動揺していたので、ヤンは、

「この艦を攻撃してくる危険はない。わたしが保証する。貴官は当初の予定通り我々をイゼルローンまで運んでほしい。」

といって安心させると、ラン・ホー少佐は元気になり、

「全く心配ない。落ち着いて各自の任務に勤めよ。」

と艦内放送を行った。

 

イゼルローンでは...

「西住殿、どうします?」

との優花里の問いに、みほは

「ヤン提督があと数日で到着します。今後別の場所でも反乱がおこる可能性もあるので、あわてても仕方ないかな。」と答えて様子見を決め込んだ。

4月5日、惑星カッファーで軍の一部が蜂起、要所を占拠の報が流れる。遠くの星系の出来事ゆえラン・ホー少佐が動揺することはなく、イゼルローンでもみほはやはり動かないことにした。

4月8日、ヤンとユリアンの一行は、ついにイゼルローンに到着した。

「おかえりなさい。」

みほたちとシェーンコップ、キャゼルヌなど留守番組がヤン一行を出迎える。

「ただいま。」

「西住中将。」

「はい。」

みほは何か尋ねるような目つきになる。

「まもなく長官から「ラブレター」が届くはずだよ。」

「よかったです。」

みほはかすかに頬を赤らめる。

「え、みぽりん。ビュコック司令長官からもラブレターが来るの?」

「武部殿。」優花里が苦笑する。華も苦笑して「沙織さん。」と沙織に話しかける。

「え?」

「叛乱鎮定の命令書ですよ。」

「なあんだ。え?やだもーわたしってば...」

沙織もかすかに赤くなって頬を両手でおさえる。

「そういえば今日はキャゼルヌさん家で夕食をたべようって。わたしも」

「コック要員で呼ばれているのですね。」

「そうなの。久しぶりにオルタンスさんとわたしの力作をぜひ食べてもらうんだから。」

「気楽に夕食がたべれたらいいんだけどな。」

コーネフ少佐がつぶやき、沙織が

「コーネフさん、気楽にって??」と問いかえす。

「このところ、夕食時にどこかの惑星で反乱がおこっただの凶報が多いのさ。」

「そうなんだ...。」

「武部殿、ニュース見ていないんですか。」

「え、えへへ...だって、大事なことはみぽりんとゆかりんが伝えてくれるじゃん。」

「そういえば、確かにそうですね。」

優花里は、あごに親指を当てて少し上を向くそぶりをしてみせる。

夕食を食べ終わり、

「さあ、デザートですよ。」

とオルタンスが呼びかけてデザートが運ばれ、皆が口にし始めた時だった。

テレビ画面に緊張した面持ちのアナウンサーが映し出される。

「緊急ニュースです。惑星パルメレンドで軍の一部が蜂起しました。蜂起した部隊は、二手に分かれて一方が管制センターを一気に占拠。もう一方が宇宙港へ向かっているもようです。」

戦車や装甲車が走っている様子が画面に映し出される。ヤンとキャゼルヌは顔を見合せたが、デザートをゆっくり食べ、前者は紅茶、後者はコーヒーを飲み、指令室へ向かっていく。

ユリアンは、アッテンボローに会う。

「聞いたか、ユリアン。どうやらこうやってみると平和なのはイゼルローンだけみたいだな。」

「ええ...。」

「ここには、ヤン提督だけじゃなく、ミス・ニシズミって一見虫も殺さないような女の子なのに、一個艦隊を指揮してみせる人材がいるんだろう。どうせならイゼルローンが嵐の中心になればいいのに。」

「いえ、それは無理ですよ。アッテンボロー提督。」

「なぜだ?スコット提督の補給艦隊の救援はどうなんだ?みごとだったじゃないか。同盟にはローエングラム侯もキルヒアイス提督もいないんだぞ。」

「それよりもミス・ニシズミは優秀な方だからこそ、艦隊指揮をまかせて昼寝するって言い出しかねないですよね。補給艦隊の救援は、ヤン提督が予想していてキャゼルヌ少将が心配していたのに、ミス・ニシズミがやりますって手をあげて、ヤン提督と練った作戦です。西住中将は、でしゃばらないのでヤン提督に指示されたことなら無理目なことでもあんなふうに奇策をつかってでもやりとげますが、逆に言えばそれ以上のことはしません。とことんまで追い込まれないと嵐の中心にはならないかと。」

「そうか、つまらないな。」

 

そんなことを話しているとヤンとみほがやってきた。

「おお、ユリアン。」

「ヤン提督、西住中将。」

「むこうでもはじまったようだぞ。」

報道によると、ローエングラム侯についた貴族は、マリーンドルフ伯爵家、ウエストパーレ男爵家、クラインゲルト子爵家、シャフハウゼン子爵家とそれぞれの親戚縁者の一部、進歩派貴族のリヒター家とブラッケ家などごくわずかで、いずれも領民への賦課が少ない善政を行っている領主という共通点があるという。それ以外の門閥貴族はブラウンシュバイク公の別荘があるリップシュタットの森に集結し、リヒテンラーデ・ローエングラム枢軸に反対するリップシュタット盟約を結んだ。盟主はブラウンシュバイク公オットー、副盟主は、リッテンハイム侯ウイルへルム3世をはじめとする3740名。正規軍と私兵を合わせた兵力2560万。ゴールデンバウム朝を守護し奉る神聖な使命はわれわれ伝統的貴族階級にあり、専横する佞臣どもは討伐されるべし、正義と勝利は我にあり、大神オーディンにご照覧とご加護あれかしと盟約にはうたいあげているという。

 

歴史上リップシュタット貴族連合と称される-実態は権力闘争のかけひきをしつつ、ラインハルトとリヒテンラーデ公への反感からあつまった烏合の衆であったが-組織が生まれたのだ。

 

しかし、ラインハルト側の反応はすみやかだった。シュワルツエンの館を夜襲しようとしたブラウンシュバイク公の部下フェルナー大佐の部隊を返り討ちにした。貴族たちはすみやかにオーデインから自領へ飛び立った者、宇宙港へ駆け込んだ者は、ミッターマイヤーの警備兵に、専用船で飛び立った者はキルヒアイスの監視網にとらえられた。

同盟では軍務尚書エーレンベルク元帥と統帥本部総長シュタインホフ元帥が拘禁されたという報道のみであったが、8000名の武装兵を率いて軍務省にあらわれ、数秒間のにらみ合いの末、軍務尚書を拘禁したのは、長い銀髪の目つきの鋭い娘だった。

「なんだ。お前は?」

銀髪の目つきの鋭い娘は、不敵な笑みを浮かべ

「閣下に時代が変わったことをお伝えに参りました。」

と前かがみになって慇懃に片腕をふる。一見シェーンコップがみほにしたのと同じ所作であったがその内容は正反対で、ほぼ恫喝だった。

エーレンベルク元帥ががっくりと肩を落とした。その娘は、数少ないまともな上級貴族である元帥の身柄を拘禁して、帝国全軍の指揮命令系統を押さえた。

統帥本部を押さえて、統帥本部総長シュタインホフ元帥を拘禁したのは、やはり8000名の武装兵を率いた耳にかかる程度の濃い栗色の髪の、物静かだが覇気がにじみ出るような目つきの鋭い娘であった。




同盟と帝国でほぼ同時に異変が起こった。


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第44話 帝国独逸面です。

天の川銀河オリオン腕とあるG型恒星のハビタブルゾーンにある第3惑星に東富士演習場という戦車道の競技場があり、高校選手権大会の決勝戦が行われていた。

ケーニヒスティーガーと称する重戦車の車内では、敵フラッグ車であるⅣ号戦車を視認していた。

「前方二時に敵フラッグ車を確認!」

「よし、照準合わせ」

 

「照準よし!敵フラッグ車に合わせました。」

ケーニヒスティーガーの車長である銀髪の少女はほくそえむ。

「一発で終わらせてあげる。」

 

さて一方、大洗女子の三式中戦車がようやく前進した。

そのときケーニヒスティーガーの砲弾は大洗フラッグ車であるⅣ号へ向かって放たれ、Ⅳ号の装甲に命中したかに思われた時、ケーニヒスティーガーの乗員たちは戦車の車内から消えた。

 

「うう…ん。ここは…どこなの….。」

ケーニヒスティーガーの車長である銀髪の少女は薄暗い部屋でうつぶせになっていたが起き上がる。そこはスタジオの裏手のような場所だった。

彼女は驚くべきものをみた。

 

ステージのような場所で既視感のあるオレンジ髪の少女が薄緑と白のドレスのような服をまとい杖を振るっていたのだ。その背景には中世のような風景が映し出されている。

(あ、あれは….大洗Ⅳ号の通信手…)

「どうだ…気が付いたか。」

気が付くと自動翻訳機が首につけられているようだった。

「ここはどこであなたはだれなの?」

「あの少女に見覚えがあるだろう。」

「あるわ。わたしたち全国高校戦車道大会の決勝戦を戦っていて相手校のフラッグ車の通信手よ。あの女は。」

「そこまでわかっていたら話は早いな。実はお前たちは負けることになっているんだ。あの試合で。」

「なんですって!!」

「それを勝たせてやろうとしたら時空が歪んでねえ。」

男は薄ら笑いを浮かべる。

「戻してよ。」

「そうはいかない。この世界の戦いに勝ってもらわないとね。」

「そんなこと知らないわ。とにかく元に戻して。」

「わからないか?お前が目の敵にしているあの女の仲間、栗色の子犬のような女がこの世界にいる。まつろわぬ叛乱軍の指揮をとっているのだ。それを倒さない限り戻れない。」

銀髪の少女は降参した。

「じゃあ、どうすればいいの?」

「これからわれわれの訓練を受けてもらう。フェザーン独特の船隊指揮だ。戦車隊を指揮してきたお前なら覚えられるだろう。」

「....わかったわ。」

不承不承訓練を受けているうちに戦車で面倒だと思っていた部分を気にしないでいいことに気づく。

「そうね...重さがないから履帯の負担とか、ビーム砲だから砲弾の数とか考えないぶん楽だわ。」

「そうだろう。」

同意を求める男に微笑で返す。

そしてフェザーン国境付近の帝国領内の海賊討伐に向かう。

はじめはとまどいを見せた少女も鍛えられ上げて海賊討伐に戦果をあげられるようになっていった。

 

銀髪の少女は、海賊討伐のかたわら帝国軍士官学校の試験を受けさせられた。ナーヴギアに似た睡眠学習機-昼間は、丹田呼吸をリズミカルに行って記憶し、寝ているときは脳波をミッドα波とθ波にして記憶させる優れた装置-で楽々突破した。

 

東富士演習場のHS地点、Ⅳ号戦車とティーガ—Ⅰの残骸の近くに栗色の髪の毛と濃い栗色の髪が散乱していた。空中にあいた穴から現れた壮麗な鎌をかついだ女は濃い色の髪だけを数本を拾うと穴に消えていった。

女は銀色の廊下をあるき、立ち止まると廊下の壁がスライド式に開き、女は入っていった。

そしてしばらくすると、スライド式の戸が開き、みほの姉そっくりの黒褐色の髪を持つ凛々しい少女が現れた。

ただし、彼女はみほに関する記憶は欠如しおり、ただ戦車道と艦隊指揮の知識のみが記憶されていた。

 

宇宙暦793年、帝国暦484年1月、同盟領を進んでいたへルクスマイヤー伯爵家の宇宙船は突如爆煙に包まれ、乗っていた青年軍人ベンドリング少佐と10代の金髪の少女マルガレーテ・フォン・へルクスマイヤーの姿が消えていた。

マルガレーテのもっていたぬいぐるみがあちらこちらが傷んで転がっていた。片目の周囲が黒ずんでいた。

同時に大洗女子学園で高校生活を送ろうかと考えていたものの、結局高校生活を送らないことにした少女は、学園艦からの帰途の船内でおこった爆発に巻き込まれた。そしてマルガレーテよりやや年上と思われる物静かで褐色がかった銀髪の少女は、自分が宇宙船のなかにいることに気が付いた。

少女は起き上がって、近くにあったぬいぐるみをひろいあげると、どこからともなく包帯が目の前に投げ出される。

少女は包帯をひろいあげぬいぐるみの傷んだ部分にまきつけたり、腕をつったりして満足そうにぬいぐるみをながめていたが、男の存在に気づいて向きなおって

「ここは、どこ??あなたはだれ?。」

と問うた。男は笑みを浮かべながら

「気にするな。1600年後の宇宙船の中だ。」

「どうして...。」

「ふふ、「彼女」とまた戦ってみたいのだろう?」

「!!」

おどけなさの残る少女にみほの写真をみせる。

少女はうなずいた。

「元の世界に戻して。」

「こちらの言う通りにするんだ。そうしないと元の世界にもどれないぞ。ただし、この宇宙船が撃沈されても死なないから安心しろ。ああ、その「みほ」という少女を倒すのも元に戻れる条件のひとつでもある。」

「わかった。やる。」

少女はいつしか帝国領内の海賊討伐の特務部隊に組み入れられ、訓練を受けるとめきめきと頭角をあらわした。

三人の少女は、特別教室に集められた。銀髪の少女は、彼女が所属していた母校で目の敵にしていた栗色の髪の子犬のような同級生の姉にしか見えない濃い栗色の髪の少女と小柄であどけなさの残る少女と同じクラスにされた。銀色の髪の少女は幸せだった。なぜなら忌むべき同級生の姉でありながら彼女にとっては尊敬してやまない濃い栗色の髪の少女は、その妹に関する記憶も知識も全くなかったから自分だけを見てもらえる充実感と幸福感にひたれたからだった。

また、元の世界に戻りたい一心で、男性の士官学校卒業生と同時に試験を受けた。優秀な成績で卒業し、その優秀さゆえに嫉妬を受けたため、身分や女性に対する優越性にこだわらず、実力主義のラインハルト揮下に配属されたのは当然のなりゆきだった。むしろ貴族の士官たちは、けむたい女を厄介払いできたと喜んでいたくらいだった。

銀髪の少女は、海賊討伐にも功を上げ、その旗艦はケーニヒスティーガーと命名された。いつもともに戦線にあった濃い栗色の髪の少女は、旗艦をヴィットマン・ティーガーと命名され艦首の両舷には白く縁どられた赤字で212番が表示された。

二人はその功績を認められ、ラインハルトのクーデターに軍務省の要人拘束を命じられたのだった。

 

一方、小柄であどけなさの残る褐色がかった銀髪の少女は、士官学校の過程を2年で修了し、再び海賊討伐の特務部隊に戻った。

へルクスマイヤー伯爵家の宇宙船の名を聞くとキルヒアイスがその少女をひきとると言い出し、小柄であどけなさの残る少女は、キルヒアイスの分艦隊の指揮をまかされた。そして彼女は、まさに今、惑星オーディンの衛星軌道上に、ロイエンタール艦隊の隣りに艦列を並べ、片眼の周りがパンダのように黒く、包帯だらけのクマのぬいぐるみをかかえて艦橋の中央に立っていた。今は旗艦センチュリオンの艦橋が彼女が指揮を執るために立つべきキューポラだった。

 




三人の外伝を書くつもりがないので一話でまとめさせていただきました。ご容赦くださいm(_ _)m


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第45話 みぽりんがヤン提督の代わりにユリアンさんに用兵学の講義をしたんだって

自由惑星同盟では、また叛乱が起こったの。今度はイゼルローン要塞に近いシャンプールだって。わたしたち、どうなっちゃうんだろう...。でもね、あくまでもみぽりんとヤン提督は冷静なの。すごいよね。ユリアンさんがヤン提督に質問したらみぽりんがお宅に呼ばれたみたい。バレンタインデーのお返しにレアボコいただいたんだ~ってうれしそうだったな。



4月10日、惑星シャンプールで軍の一部が蜂起し、宇宙港、管制センター、自治政府庁舎を占領。

キャゼルヌ家の夕食後のラウンジである。そこにはアッテンボローとキャゼルヌ、ユリアンがいた。

「数日以内に、4か所バラバラの場所で叛乱がおこる。これをドーソンや無能な軍首脳部あたりは、偶然と考えるんだろうな。」

「ああ、建国後50年後とか安定した時期だったらつとまったんだろうが、この時期には最悪の人事だな。」

「ヤン提督なら勤まりますよね。」

ユリアンはキャゼルヌにたずねる。

「ああ、能力的には間題ないだろう。ただ本人の意思が問題だな。ことわるために二人分の年金よこせってごねるんじゃないかな。あと有能と言えばミス・ニシズミがいるからな。彼女を推薦して自分は昼寝をきめこもうとしているかもな。」

アッテンボローはにやにやし、ユリアンは返す言葉がなかった。

 

あんのじょう、ヤンがビュコック提督が本部長を兼務しなかったことが不満なのかユリアンに話しかける。

「ユリアン。」

「なんですか。」

「ミス・ニシズミを統合作戦本部長に推薦すればよかったなァ。」

「いいかげんにしてください。たしかにミス・ニシズミは優秀な方ですが、任じられるほうの立場を考えてください。」

「なぜだ?」

「あの...ヤン提督。ドーソン大将は40代、ヤン提督は30歳、西住中将にいたっては、20代

いってないかもしれないです。ヤン提督は単純に実力主義でものを考える傾向がありますが、20に満たない女の子に命令される方と本来内気で大人しい性格のミス・ニシズミが命令しなければならない立場になったらどうなるか...。」

ヤンの頭にようやく困惑して泣きそうになっているみほの姿がうかんだ。命令されるのは将官級のおっさんばかりである。この「小娘が」と思うだろう。

「そうか、そのとおりだ。よく、わかった。ミス・ニシズミにも申し訳ないな。」

4月13日、統合作戦本部から命令が下る。

「ヤン大将には、イゼルローン駐留艦隊を率いて、ネプティス、カッファー、パルメレンド、シャンプール4か所すべての反乱を可及的速やかに鎮圧せよ。」

「4か所すべてですか?帝国との国境であるイゼルローンが空になってしまいますが??」

「現在帝国は内戦中である。イゼルローンに侵攻してくる可能性は極めて少ない。ヤン大将には心置きなく軍人としての責務を全うされたい。」

はあ、とため息をついた。それは二重の意味があった。

ドーソンは用兵家としては凡庸だ、いや水準以下かも知れない。首都に大兵力が居座っていれば首都の反乱は不発になるかもしれない。ローエングラム侯のねらいが外れるかもしれない。それにしても4か所全てをか...さてこき使うつもりだな。しかしなんでそうなるんだ??

ヤンはユリアンに聞いてみた。

「えっと、こないだミス・ニシズミをなぜ本部長にしたらますいのか説明しましたよね。」

「わかった。そういうことか。」

ヤンは頭をかいた。

「しかし年齢順とか名誉とかなんでそんなことばかり考えるんだろうな。」

ユリアンは苦笑した。ヤン提督のような人ばかりなら良心的で実力のある人がそれなりの地位について活躍できるに違いない。他人の運や実力に嫉妬しないのだから。しかし、名誉欲や出世欲が仕事に精励するモチベーションにもなるわけだから一概にも言えないか...

「ところで、ヤン提督。」

「なんだい?」

「4か所いちいち攻撃するのは効率が悪いですね。」

「そう...だな。ユリアンはどう考える?」

「4か所の敵全てをいっぺんにあつめて叩くんです。」

「なるほど。」ヤンはにやりとほほえむ。

「じゃあミス・ニシズミを呼んでみるか?」

「はい。」

ユリアンは嬉しそうに答えた。

 

「あの...なんでしょうかヤン提督。」

「やあ、ミス・ニシズミ。」

「えつ?これは...。」

みほの瞳孔が大きく開かれた。

「そう。こないだほしいって言ってたレアボコだ。2月14日はありがとう。」

「ヤン提督、これはどこで?」

「いやイゼルローンにもどってきたらなぜか開店していたんだ。」

なぜこんなところにボコショップがあるのかみほは不思議に思ったが素直に喜んでプレゼントを受け取った。

「ありがとうございます。」

ユリアンは、こういうときのミス・ニシズミの笑顔はかわいらしいな、と感じた。ミス・グリーンヒルの年上ならではの知的な魅力もいいが、それとは異なった自分とほとんど歳の変わらない少女独特の魅力をもっている上に、彼女は充分知的な女性なのである。

「ミス・ニシズミ。」

「ユリアンさん?」

「シロン星産の紅茶です。ケーキは(えらぶのにまようだろうから)定番のいちごショートです。」

「ありがとうございます。でもなぜわたしを?」

「統合作戦本部から4か所いっぺんに反乱を鎮圧せよという命令が来たんだ。それで...。」

「僕は4か所の敵をいっぺんに集めて叩けばいいと思ったのですが...。」

「あの...4つの惑星にいる敵は、兵力を分散させる目的で反乱を起こしたはずです。だから4か所の敵を一ヶ所にどうあつめたらいいのか考える必要があります。それから、相手にはこちらの兵力よりも少ない状態のほうが有利です。各個撃破できますから。」

みほは、彼女らしく相手を傷つけないようにどのような用兵策がいいのかだけを述べた。

「ミス・ニシズミは一ヶ所に集めるのはどうなんですか?」

「あの...ユリアンさん、一ヶ所に集まるのをまつ必要はないと思います。敵をまずさそいだします。」

みほは星図を指でなぞって説明する。

「この場合、4か所の敵が2か所づつ集まるように仕向けます。敵、味方の兵力が同じなら、二つの集団にわけて、こちらの艦隊が、AとBを時間差をつけて叩きます。また、もう一方の艦隊で、CとDを時間差をつけて撃破します。この場合、二倍の兵力で相手をたたくことになるので勝てる可能性が高いです。ユリアンさんも知っているように秋山さんの好きなランチェスターの第二法則で実際の数の差よりも有利になります。」

 

「くしょん。」

「どうしたの?ゆかりん?」

「なんかうわさされたような...。」

 

「それから、もう一つの方法は、艦隊はまとまって行動します。最初に敵のA,Bをたたきます。敵が集まる場所を探っておいて、相手のCとDと戦います。このとき相手に敵と味方を勘違いさせるか、艦隊を二つに分けて挟み撃ちにできれば、最初にAとBに対して4倍の兵力で、C、Dに対しては2倍の兵力で戦うことになるので有利です。でも...」

みほはヤンの顔を見る。

「だけど、今回はどっちも使いたくないね。もともと同じ同盟軍だ。戦って勝ったところで傷が残るだけだからね。」

「ほんとうにそうですね。」ユリアンが返事をし、みほはかすかに微笑んでうなづく。

「だから戦わずに降伏させる方法を考えてみよう。そのほうが第一楽だ。」

「兵士は楽でしょうけど、司令官は苦労ですね。」

「お、わかってきたな。」

ヤンが笑い、みほが再び微笑む。

「ところが、世の中の半分以上は兵士を多く死なせる司令官ほど苦労していると考えるのさ。」

みほはそれにうなずいた。




ヤンは、ユリアンの提案を聞き、みほがこの状況をどう考えるかたずねてみたいと気持ちもあって、彼女を呼んだ。


タイトル変更及び多少の加筆(8/13,21:30)


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第46話 ヤン邸で全国戦車道大会のおさらいです。

みほは今回の惑星での反乱のほかに自分が経験した全国高校戦車道大会について話し始めた。


みほは、ユリアンのほうに向いて布陣図らしきものを開いてみせる。

「ユリアンさん、これは、全国高校戦車道大会準決勝の戦車の配置図です。それからこれは決勝戦の戦いです。ユリアンさんはどう戦いますか?」

準決勝の布陣図は、教会堂にいる大洗をプラウダの車両が二重に包囲している。

教会堂の出口右脇には、T-34/76一両、南西方向には、T-34/76が二両、そのうち一両がフラッグ車、そして南西方向を抜けるなり、フラッグ車を狙おうとしても、街道上の怪物KV-2がおそるべき152mm榴弾砲で待ち構えている。南側正面第1列には、T-34/85が四両、第2列には、T-34/85が一両、T34/76が二両、そして122mm砲を誇るIS-2が一両。

「KV-2は、教会堂からは見つからないように死角に隠してありました。」

「教会堂から右へ行っても左へ行ってもスピードが出せないので背後から狙い撃ちされますね。」

「包囲網が一番薄いのはここですか…。」

教会堂右脇のT-34/76一両の間からプラウダの第一列まで空間が空いているように見える。

「そこを突破できると思うかい?ユリアン?」

「無理なんですか?」

みほとヤンは顔を見合わせて、

「ユリアンさん、大洗の駒をうごかしてみてください。」

ユリアンが駒を動かすと、みほがプラウダ第2列を動かした。

「!!」

「ユリアン、その前に当然第1列も動いてくるそ。」

ヤンが第一列を動かす。

「だめですか…。」

「その通り。」

「一発逆転でフラッグ車をねらっても…突破しようとしても…。」

「そうだ。プラウダ第2列が蓋をするんだ。」

「その「蓋」を無力化する必要があるんですね。」

「そうだ。ところで大洗に有利な点が一つある。」

「それは…。」

「プラウダは大洗の出方がわからないが、大洗はプラウダの出方が予想できるということだ。戦術、戦略を立てるにあたって情報というものがいかに大事かわかるだろう。」

「そうですね…。」

「われわれであれば、ワープで後方に回り込むとかスパルタニアンで後方をたたくという手段がとれるが、あくまでも戦車同士で後方第2列を無力化しなければならない。」

「それなら、いちかばちか南側を中央突破するしかないじゃないですか。」

「よくできた。そのメリットをあげられるかい。」

「敵はおそらくぶ厚い陣営は攻撃してこないだろうと油断しているので対応が後手に回ること、結果として第二列が無力化できるということです。」

「はい。そういうことです。私たちもそう考えました。そして、スパルタ二アンの代わりに装甲、火力は弱いが機動力のある38tで第2列をかく乱したんです。」

「それから大洗は、部隊をふたつに分けました。フラッグ車を含むおとり部隊でひきつけ、暗闇に紛れて、背の低い三突とⅣ号をわきへ隠してやり過ごしました。幸いプラウダ高は、フラッグ車を含む部隊を追いかけ始めました。プラウダ高は、わたしたちが中央突破している際に巧みにフラッグ車を隠しましたが、偵察に出た秋山さんが「鐘撞堂」からフラッグ車の位置を確認しました。

それでもわたしたちのピンチは続きます。なにしろ昨年の優勝校、一流の人材ぞろいです。IS-2の砲手は高校戦車道で双璧と言っていい砲手のノンナさんだったからです。あんのじょう三両いたはずのおとり部隊はフラッグ車のあひるさんチームだけになってしまいました。」

「ただ運がいいことに敵フラッグ車は街の中をぐるぐる回っているだけ。そこで想定されるルートに三突を隠しました。そして機銃で誘い込んで撃破。しかし、あひるさんチームもIS-2に重いものをくらってしまい部品が吹き飛びました。あひるさんチームがかろうじて走行可能だったため私たちは勝てました。薄氷の勝利でした。」

「そして決勝戦です。対戦校の黒森峰はドイツの重戦車をそろえた強力なチームです。しかし足回りが弱いという弱点もあります。」

「この地形だと、引きずり回して、市街地へ逃げ込んでかき回すのがいいな。だが...」

「ヤン提督?」

「黒森峰からすれば、その足回りで引きずり回されないように奇襲攻撃をして火力にものをいわせて一気に勝負に出る可能性がある。この森を突破してね。ドイツの戦史に詳しい学校だったら当然アルデンヌ突破に習うだろう。それからこのVK4501(P)、ポルシェティーガーって車両は作戦上難があるな。どうやってクリアするつもりだったんだい?」

「電気モーター駆動にしたんです。大洗で技術のある自動車部の皆さんに...。」

みほは何か思い出したように言葉に詰まる。

「すまない。」

「いえ....。」

「さて、情報と言えば、ユリアン、この戦いは情報戦がカギを握ると思う。さっきの準決勝は、布陣がわかったから作戦がたてられたわけだが、布陣が分からない場合や、情報が混乱させられる場合もあるはずだ。ミス・ニシズミはよく反乱がおこることを予想できたな。」

「いえ、わたしがラインハルトさんやヤン提督のお立場だったら同じことを考えたと思うので。」

「というのは?。」

「ラインハルトさんは、二正面作戦を避けるため、どうしても同盟側を情報操作する必要があるからです。情報操作と言えば、十両対五両の戦いで、わたしたちの作戦はことごとく見破られた試合がありました。おかしいとおもったら通信傍受器が打ち上げられていたんです。」

「わたしは、それを逆用することを思いつきました。無線で演技しながら、沙織さんが携帯電話端末で打ち込んで連絡を取ったんです。フラッグ車でない戦車にてきとーな木を引きずらせておとりにしました。」

みほはサンダース戦の布陣図を取り出して説明する。少年と彼よりも少し年上に見える栗毛色の「少女」と黒髪の青年が布陣図を指差してときにはうなずき、談笑し、あごやほおに手をあてたりして考え込んだり...謎カーボンがあってケガさえしなければ純粋に知的ゲームとして戦える面がある戦車道について語るのは三人にとって楽しい時間だった。しかし、ヤンが思い出したように二人に話す。

「ユリアン、ミス・ニシズミ、敵は誰なのかわからないが一つだけわかっていることがある。」

「はい。」「...というのは?」

「わたしが味方にならないことが分かった時点で、敵は、われわれイゼルローン要塞と駐留艦隊を無力化する手を打ってくるはずだ。しかもわれわれが帝国軍でないからそれはよりたやすい。ミス・ニシズミ、それが悲しいことだが戦争と戦車道の決定的な違いだ。」

「はい...もしかして...ヤン提督とわたしを殺すこと?」

「考えたくないんだけどね、そのとおりだ。運が良ければ眠らされるだけだが捕虜にされるだろうね。連中は、偽情報をながしただけでなく、指揮系統を破壊することを考える。そう考えたときターゲットはわたしと西住中将だ。われわれを押さえればイゼルローンは烏合の衆というわけさ。ローエングラム侯の手のひらで踊らされているだけでなく、手のひらを離れて自分たちの体制も維持しなければならないからね。」

「そんなことはさせません。僕がお二人を守って差し上げます。」

「たのもしい。期待しているよ。」

「はい。鍛えられていますので。」

ユリアンは笑った。




ヤンとみほは雑談しながら「まだ見えぬ敵」の狙いを見破る。


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第47話 ついにハイネセンでも異変です。

みほとヤンとユリアンは、深刻ながらつかの間の楽しい時間を過ごしたが...


「ヤン提督、ユリアンさん、ごちそうさまでした。」

みほは、楽しいときの微笑みをうかべながら、ぺこりと頭をさげて帰っていった。

みほが帰るとユリアンがヤンに話しかけた。

「それにしても...ミス・ニシズミは少数での戦いを強いられてきた人だったんですね。」

「そう...だな。なぜ彼女が若いのにあれほどの用兵巧者なのかわかった気がしたよ。」

 

さて、その日の朝、首都星ハイネセンでは、地上部隊の「演習」についてニュース報道がなされていた。

「本日は、昨日もお知らせしたように、緊急事態に備えた大規模な地上戦闘部隊の演習をおこなわれます。今回は、先週お伝えしたように、各惑星で叛乱が頻発していることから、統合作戦本部、宇宙防衛完成司令部、最高評議会ビルの警護及び臨検、恒星間通信センターの臨検も行うことになっております。これらの場所は、一時立ち入り禁止となります。また交通規制が行われますのでご注意ください。交通規制の行われるのは.....。」

画面が示され説明がなされる。

「....以上です。軍機密につき、立ち入り禁止でもありますのでご注意ください。」

防災無線でも放送される。

「本日緊急事態に備えた大規模な地上戦闘部隊の演習をおこないます。統合作戦本部、宇宙防衛完成司令部、最高評議会ビル、恒星間通信センター周辺は立ち入り禁止、シメオン街区、マナセ街区、エフライム街区につきましては、交通規制にご注意下さい。以上です。繰り返します。本日緊急事態に備えた大規模な地上戦闘部隊の演習をおこないます。統合作戦本部、宇宙防衛完成司令部、最高評議会ビル、恒星間通信センターは立ち入り禁止、シメオン街区、マナセ街区、エフライム街区につきましては、交通規制にご注意下さい。」

「ものものしいな。」

「まあ、半年前からきまってたことだからな、」

「今回は、辺境惑星で叛乱が頻発してるみたいだからな。政府もたいへんだねえ。」

出勤途上のサラリーマンたちは、そんな会話を交わしながら出社すべく道を急いでいた。

 

イゼルローン要塞では、ヤンが幕僚たちを会議室にあつめ、統合作戦本部長ドーソン大将の命令を伝える。

「4か所の反乱をすべて我々だけで平定しろってことですか。」

「首都の兵力を温存しわれわれをこき使おうってわけですな。」

シェーンコップの声にはあきれが含まれている。

「そねまれていなすな。」

ヤンの顔を見てシェーンコップはにやりと笑う。

ヤンは肩をすくめてみせる。

「とにかく統合作戦本部の命令とあってはいたしかたありませんな。イゼルローンからもっとも近いのはシャンプールですが...ここから始めますか??」

ムライが三次元ディスプレイを操作しようとすると

ブーツ、ブーツとブザーの音がしてスクリーンに通信士官の顔と肩までの姿が映る。

「緊急事態です。首都で異変が起こりました。たった今情報が...もう驚きました。」

「どんな異変だ?」

ムライがたしなめるような低い声で問うと、士官がつばを飲み込んだ音に続いて絞り出すような震え声で話し始める。

「ク、クーデターです。クーデターが起こりました。」

「な、なんだと。」

ヤンとみほ、シェーンコップを除く全員が息をのみ、パトリチェフなどは巨体を揺るがして立ち上がった。シェーンコップは、ほくそえみ(ミス・ニシズミから話を聞かされてなかったら自分も立ち上がったかもしれんな、と考え)、あごに手をやった。

画面が切り替わり、首都の超光速通信センターが映し出される。しかし、そこに映し出されたのは普段のにこやかなアナウンサーの姿はなく、壮年の軍人の姿だった。

「くりかえしここに宣言する。宇宙暦797年4月13日、自由惑星同盟国民平和会議改め救国会議は惑星ハイネセンを実効支配のもとに置いた。同盟憲章は停止され、救国会議全権委任法及びそれに基づく同盟憲章緊急事態条項、省令、告示がすべての法に優先する。」

イゼルローンの高級士官は顔を見合せ、

若い黒髪の司令官と栗毛色の髪を持つ副司令官である「少女」を交互に見つめる。

ヤンとみほは、画面をいたって冷静にみつめていた。

「救国会議ねえ...。」

ヤンはあきれたようにつぶやく。

画面に映った士官は

「一つ、銀河帝国の打倒という崇高な目的に向かっての挙国一致体制の確立。

一つ、国益に反する政治活動及び言論の秩序ある統制。

一つ、軍人への司法警察権の付与。

一つ、全国に無期限の戒厳令を敷く。また、それに伴ってすべてのデモ、ストライキを禁止する。

一つ、恒星間輸送及び通信の全面国営化。また、それに伴ってすべての宇宙港を軍部の管理下に置く。

一つ、反戦、反軍部の思想を持つ者の公職追放。

一つ、議会の停止。

一つ、兵役拒否はいかなる理由も認めない。すべての刑罰の対象とする。

一つ、政治家及び公務員の汚職には厳罰をもって臨む。悪質なものには死刑を適用。

一つ、有害な娯楽の追放。質実剛健の風を旨とする。

一つ、弱者救済は最低限度とし、社会の弱体化を防ぐ。」

「おやおや...こいつは...。」

ルドルフの建てた帝国を倒すと称して5世紀前のルドルフの亡霊を呼び戻している。

ヤンは、この醜悪きわまる喜劇に、生気の欠けた笑いを浮かべるしかなかった。

「市民および同盟軍の諸氏に、救国会議の主席最高執政官(プリンケプス)を紹介する。」

「!!」

画面に映し出された顔をみたみほは、レイプ目にはならなかったものの驚きのあまり声がでない。

「みぽりん?」

「西住殿?」

「みほさん?」

みほに声をかけた優花里、沙織、華は、あらためて画面をみて、やはり言葉に詰まってしまう。

麻子とエリコは、じっと無言で画面をにらみ続けていた。




画面に映しだされたのは驚くべき人物だった。


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第48話 やだもーなんでよりによってあいつなのよ。

イゼルローンの要塞内は、驚きのあまり一瞬言葉につまったが、その後は怒りの混じったざわめきにつつまれた。

「み、みぽりん、あれって...。」
沙織が蒼い顔になってみほに話しかける。
「うん...。」
みほは元気なく答えた。



「首席最高執政官プログレスリー・ライトバンク氏である。」

それは細面で血色の悪い顔、目じりはややつり上がり、口元は人を小ばかにするように歪んでいる。同盟軍人なら知らない者は少ないだろう。

「フ、フォーク...?」

要塞内はざわめいた。

「プリンケプスか...。」

ヤンは唇を噛んだ。そういえばフォークも首席らしく多少は歴史を知っている。自分を初代ローマ皇帝になぞらえているのだろう。尊大なフォークらしい児戯きわまりない称号だ。

「次席執政官兼国防委員長は、コーネリア・ウィンザー夫人。首席補佐官は、ギーライ・イプロム氏...。」

イゼルローンの全員は一瞬あっけにとられざるをえなかった。

 

少し時間をさかのぼる。

4月12日に行われた自由惑星同盟評議会議員総選挙は、即日開票された。

総人口130億で有権者は100億を超える。そのため、投票はすべて電子投票である。しかし、不正と権力の集中を防ぐために裁判所、最高評議会、選挙管理委員会の三権分立になっている。1600年前の21世紀と異なり、数千光年の遠距離の星系から集まって本会議を行うことが困難であることから、各委員会はモニター画面を用いて行われる。立法と行政の機能が一体化されている。その反面選挙管理委員会の権限が独立機関として著しく強化されていた。選挙管理委員会が投票から集計まで、数度にわたって監視、チェックを行うが、量子コンピューターで1時間程度ですべて集計できるようになっていた。評議会議員は、それぞれ人的資源委員会、財務委員会、交通情報委員会、国防委員会など各委員会に属し、国民の代表としてひとつの委員会のみに属さず、また多くの委員会を兼任せずで必ず2つの委員会に属することになっている。それぞれの委員会では、それぞれの委員会の意見と委員長の意見を最高評議会で述べることになっている。全ての議席は小選挙区比例代表併用制で、5%以下の政党は議席を得られない。現在で言えば選挙制度はドイツのそれに酷似していた。権力の過度の集中と電子投票の操作を極力無意味にするために与党と野党は存在せず多数党と少数党が存在し、最高評議会に出席する委員長、つまり閣僚は、各政党の議席によって比例配分される。だからトリューニヒトやウィンザー夫人のような意見を持つ者と、ジョアン・レベロやホワン・ルイのような正反対の意見を持つ者が最高評議会の閣僚になる。また、自由な意見交換ができるようにと、いつしか最高評議会組織法から傍聴規定や中継規定が削除され、秘密会の規定が加えられた。シトレが「密室の中で決定される。」と皮肉ったゆえんである。

 

さて、今回の選挙結果は、保守系の国民平和会議が勝利し、議席の2/3を占め、最高評議会の閣僚数の配分で、同盟憲章の改正を発議できることになった。反戦市民連合の議席は1/4。環境党の議席は8%ほどだった。国民平和会議は、同盟憲章緊急事態条項及び最高評議会全権委任法の制定をかねてから主張していたが、選挙においては雇用、景気対策、自由貿易の推進、行政改革を唱えて争点化を避けた。

しかし、救国会議は、国民平和会議が積極的に狙ってはいても、選挙中にはとりたてて主張せず、最終的な結果がどうなろうと議会に付託するべきと考えていた同盟憲章緊急事態条項及び最高評議会全権委任法をいきなり実施したのである。

 

国民平和会議の雇用政策とは、成果主義にして残業をなくしてゆとりある時間をすごせるようにするという主張であったが、実際には、残業代をなくせるように成果主義にするというものであり、財界の意向に沿ったものだった。また自由貿易の推進によって経済や競争力を活性化するとの主張は、実のところ関税を段階的に下げ、フェザーンの投資家や商人たちが損害を受けた場合は、同盟国内法に優先させて解釈し、損害を賠償するという協定を結ぶというものだった。そのため、辺境のエル・ファシル、農業が基幹産業であるアル―シャ、シロンなどいくつかの惑星では、反戦市民連合と環境党のリベラル連合が勝利する選挙区も散見されたが、基本的に反戦市民連合は、いくら同盟憲章緊急事態条項及び最高評議会全権委任法の危険性を説明しても、「またオオカミ少年か」「戦争反対の理想を唱えているだけ」という印象しか有権者に与えられなかった。

戦争をやめて講和し、地域経済を活性化させる具体策を唱えた候補者がいるにはいたが、マスコミに取り上げられず、政見放送は、比例配分で保守系候補の放送が大部分であった。空疎な理想を唱えているだけとしか思われない反戦市民連合と財界と兵器産業の代弁者に過ぎない国民平和会議の候補者が映ったところで、有権者には新味がなく、しらけるしかない。従って、投票率は、電子投票にもかかわらず55%ほどにとどまった。

国民平和会議代表のトリューニヒトが勝利宣言をしている「画像」が中継された。

 

当日、首都星ハイネセンでは宇宙艦隊司令長官ビュコック大将は、査閲部長グリーンヒル大将から訓練通知を受け取っていた。曰く

「明日、首都において大規模な地上戦闘部隊の演習を行う。年頭に予定を組んだものであるから、各部署においては、平常通り業務にあたられたい。」

この通知は軍首脳部全員に届けられ、市民にも放送で知らされた。

 

したがって、翌13日に、完全武装の兵士たちが集団で行動しているのを見ても疑う者は少なかった。

不審に思った者がいて、MPに通報した者がいた。

「演習ですので、お騒がせしますがご承知ください。」

「半年前から通知していますし、一週間前にも放送しています。」

「国防委員会のHPをご覧くだされば...。」

との返答であった。

査閲部長という最高幹部の名で通達されたものであったことから、マスコミはもちろん、さらに政府に批判的な軍事評論家でさえ問題にしなかった。査閲部長がグリーンヒル大将であることで、かえって彼らは安心し、ネット上で、SNSの書き込みがあっても自信をもって「安心してください。」と説得したくらいだった。

ビュコックも臨戦態勢にある宇宙艦隊の監督業務が多忙をきわめ、深く考えなかった。しかも宇宙艦隊の主力が首都にある。まさかクーデターを起こすまい、と考えてしまっていた。

しかし、軍靴の足音が響き、執務室のドアがひらかれて、ようやく事態の深刻さに気づかざるを得なかった。




司令長官室に乱入者が現れた。


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第49話 軍部要人の拘禁です。

ビュコックは、軍靴の足音が響き、執務室のドアがひらかれて、ようやく事態の深刻さに気づかざるを得なかった。


「司令長官。」

「何だ貴官らは。ノックもせずに失礼ではないか。」

士官は銃をつきつけ、

「ご無礼をお許しください。国家の大事です。来ていただきます。」

ビュコックは引き合わされた軍高官の面々に会わされておどろいた。

情報部のブロンズ中将。そしてベイ准将、エベンス大佐...

「査閲部長は、グリーンヒル大将が健康がすぐれないのでわたしが代理を務めています。」

ベイがビュコックの無言の疑問に答えた。

「なるほどな。情報部も査閲部もとうに汚染されておったということか。」

ビュコックは鼻を鳴らし、唇をかんだ。

査閲部の任務は、部隊の演習、移動、災害支援など戦闘以外の面で軍隊を管理運用するのだから、合法的に部隊を移動させることは容易であり、たとえクーデターを首謀していても、それと見分けるには専門家でさえ困難である。

ビュコックは、奥にいる血色の悪く目がつりあがり、口元がゆがんだ若い男の姿をみとめた。「貴官は、フォーク准将だろう。」

「司令長官、いくら司令長官といえどもライトバンク首席最高執政官様に無礼ですぞ。」

「わかってしまいまいましたか。覚えていただいて恐縮ですな。いまは救国会議首席最高執政官、プリンケプスとお呼びいただきたい。つまり、今はあなたの上官ということです。お口を慎まれたい。」

「首席最高執政官と言ったな。それならわしは一市民だ。選挙でどんな手を使ったか知らんが貴殿を選んだ覚えはない。いずれにせよ、わしは国防委員会からの命令がないかぎり、軍人としては動かんぞ。」

「ビュコック司令長官。」

フォークはビュコックに呼びかけた。

「何かね。」

「あなたは、軍の良識家として知られた。その点については私も評価しているのですよ。」

あくまでも上から目線らしいフォークの発言だった。

「現在の政治はゆきづまり、民主主義の美名のもとに衆愚政治がはびこり、自浄能力が見いだせない。ほかにどのような方法で粛正し改革するというんですか。」

「なるほど、確かに現在の体制は腐敗している。だからこそ貴官は武力をもって粛正するといいたいのだろう。では、試みに問うが武力を持った貴官たちが腐敗したらだれがどうやってそれを粛正するのだ?」

別の声が答える。

「われわれは腐敗などしません。」

「われわれには理想があるし、恥を知っています。現在の為政者のように権力を得るために、選挙民に迎合したり、資本家と結託し、あげくに帝国打倒の大義をおろそかにするなどできないことです。われわれは救国の情熱のまま、やむを得ず立ったのです。腐敗は私欲から発生するもの。われわれが腐敗するはずがありません。」

「そうかな。救国だの、大義だの、情熱だの美名のもとに、無法な権力奪取を正当化しているようにしか思えんが。民主主義はあくまでも市民が気付くことによって改善することもある。迂遠かも知れんがそれに期待し続けるしかないのだよ。」

「納得いただけないようですな。しかし、ビュコック提督、われわれはできる限り紳士的に行動したいと考えています。しかしお口がすぎるようだと、こちらも考えざるを得ませんぞ。」

「紳士的だと?」

ビュコックは笑わざるを得なかった。皮肉たっぷりの笑い声を響かせる。

「人類が誕生して以来この方、今日に至るまで暴力でルールを破るものを紳士とは言わんのだよ。」

フォークは尊大に

「いくらお話ししたところで接点が見いだせないようですな。われわれは先駆者としてただ後世に判断を問うのみです。われわれの判断が正しかった、と評価されること疑いありません。」

「その大言壮語で貴官はアムリッツアの敗戦をまねいたのではないか。」

一瞬フォークの顔はゆがんだが、自分が圧倒的に優位である余裕から反論をつむぎだす。

「なにを言われようとわたしは初代プリンケプスであり尊厳者です。これからはわれわれの時代だ。提督が一目置くヤン提督は歴史だけは得意でしたね。歴史を知っているがゆえに仮にわたしを倒すことになった場合、偉大なるカエサルを殺したブルータスのように後世から後ろ指をさされる立場になることを恐れるでしょう。いずれにせよ、わたしを認めれば腐敗から免れ、同盟は安泰なわけです。」

フォークは、士官たちに向き直り、

「別室にお連れしろ。礼を欠かないように。」

統合作戦本部、宇宙防衛完成司令部の軍事中枢部はもとより、最高評議会ビル、恒星間通信センターもほとんど流血をみずにクーデター部隊により鎮圧された。

統合作戦法部長代行のドーソン大将も拘禁された。

トリューニヒトは姿を現さず、その行方もまったく報道されなかった。

 

ヤンは考え込んでいた。救国会議の叛乱はラインハルトが裏で糸を引いているのは明らかだが、ほかの力が働いているのではないか。そういえばフォークは今の名前でリストレエコノスの「ここまで言うん会」というバラエティー番組に出演し、その番組では、ウインザー夫人の名とトリューニヒトの名が挙がっていた。リストレエコノスの裏にはユグドラシル・グループ、地球教やフェザーンがいる。トリューニヒトの行動も不可解だった。12日には勝利宣言している「画像」が中継されているが、13日以降は姿をあらわさない。どこかにさっさと隠れたとしか思えないような行動だった。

そういえばネグロポンティがみほたちのことを時空犯罪者と呼んでいた。なぜそんなことを彼らは知っているのか。ネグロポンティも地球教や憂国騎士団とからんでいる可能性が強い。

ヤンは、何回もあるきまわった。ユリアンがそれを悔しそうにみつめている。少年はヤンの助けにならないのを悩んでいるのだ。

「ユリアン。」

「紅茶を淹れてくれるかな。」

「はい。」

少年は嬉しそうに答えていそいそと準備をする。

「それから十五分後に幹部連中と、そうだな、チームあんこうのメンバーを呼んでくれないか。」

「はい。」

ユリアンはなにかあるなと感じたがそのとおりにした。




ヤンの対策は?そしてトリューニヒトは?


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第50話 出撃です。

ヤンは幕僚の会議を招集する。


会議室へ向かう通路でヤンはシェーンコップに出会う。

「閣下。」

「何だい。」

「ミス・ニシズミとミス・グリーンヒルとどちらになさるのですか?」

「いきなり何を言い出すんだ。」

「いや、いろいろとまあ...彼女らは閣下をどう想っているかと考えましてね。いや部下としてですよ。」

「きみはどう思っているんだ?」

「さあてね。わたしにも実はよくわからんのです。あなたは矛盾の塊だから。」

ヤンはいくぶんか不機嫌そうな表情をつくる。シェーンコップは、そんな表情をしている、民主的に物事をすすめたいために部下の無礼さに対しておおらかである上官を愉快そうに見つめてさらに話し続ける。

「まず、戦争を嫌いだという人はいます。しかし、その愚劣さという点であなたほど戦争を嫌っている人は寡聞にして知りません。同時にあなたほど戦争の名人はいない。そうでしょう。」

「ローエングラム侯ラインハルトはどうなんだ。」

「やらせてみたらおもしろいでしょうな。五分と五分の条件でやらせたらたぶんあなたが勝つだろうと私は思ってるんですがね。」

「う~ん、そんな仮定は無意味だな。」

「そんなことはわかっていますよ。」

「では、次の点です。あなたは、現在の自由惑星同盟の権力体制が、道徳的にもその能力においてもどれほどダメなものか骨身しみて知っている。にもかかわらず、全力を挙げてそれを救おうとする。これも大いなる矛盾ですな。」

「わたしはベストよりベターを選びたいんだ。君の言う通り、今の同盟の権力体制が劣悪であることは確かだ。しかし、あの救国会議とやらのスローガンを君も見ただろう。あの連中は前の連中よりもひどいじゃないか。」

「私に言わせればね。救国会議のピエロどもに腐敗した権力者どもを一掃させるんです。完全に徹底的にね。どうせやつらは、ボロを出して事態を収拾できなくなる。そこへあなたが乗り込んでいって、掃除人どもを追い払い、民主主義の回復者として権力を握るんです。これこそがベターですよ。」

二の句が継げず、イゼルローンの若き司令官は。精悍な白兵戦技の猛者でありながら切れ者の部下を見つめた。その部下は続ける。

「どうです。形式などどうでもいい。独裁者として民主政治の実践面を守るというのは。閣下は、歴史がお好きだから、歴史上の人物にも独裁的な実権を握りながらすぐれて民主的な政治を行った人物をいく人かあげられるでしょう。その人物に習ったらいかがですか。」

「う~ん。たとえばペイシストラトスに大ペリクレスかい?柄じゃないな。わたしに彼らのまねができると思うかい?」

「そもそも軍人というのがあなたの柄じゃありませんよ。それでもこの上なくうまくやっているんだ。僭主だろうが独裁者だろうがうまくやれるはずですよ。」

「ところで、シェーンコップ准将。」

「なんです?」

「今の考えを、わたし以外のだれかに話したことがあるか?」

「とんでもない。」

「それならけっこう...。」

ヤンはシェーンコップに背を向けて歩き出す。黒髪の学者風司令官のあとを比類ない白兵戦技の猛者がにやりと笑みをうかべながら五、六歩ほど遅れてついていく。

会議の席上でヤンは伝える。

「全艦隊を高速機動部隊と補給及び火力を機能を中心とした後方支援部隊に分けたいと思う。」

「要塞には、キャゼルヌ少将に司令官臨時代理として残っていただきます。」

「わかった。」

「シェーンコップ准将、君はわたしの幕僚として乗り込んでいただきたい。」

「承知しました。」

「全艦隊に通達。4月20日に出発する。最終目的地はハイネセンだ。それまでの行軍については指示にしたがってほしい。」

 

一方、統合作戦本部の地下会議室に、救国会議の幹部たちが集まっている。

「ルグランジュ提督。」

「貴官には第11艦隊を率いてヤンと戦っていただく。」

「承知しました。しかし、査閲部長のご息女のことは?」

「査閲部長はいま急病で入院しておられる。提督にはただ軍人としての責を全うされたい。」

「はい。では、ヤンを屠るか、降伏させてごらんにいれましょう。」

 

「ふむ。ミス・ニシズミ、どう思う?」

「わたしも、首都星ハイネセンを突く方法は正しいと思います。だけど一つだけ心配なことがあるんです。」

「それは...。」

「シャンプールがハイネセンへ向かう私たちの後方をかく乱して要塞との連絡、補給を絶つことです。」

「やはり、そう思うか、ミス・ニシズミも。」

「はい。ヤン提督もご存知のようにわたしは少数の戦力で戦ってきましたから、わたしが敵だったら、逃げ隠れして、後方をかく乱することを考えます。」

「でも、敵の司令官は、ヤン・ウェンリーやミホ・ニシズミじゃあありませんよ。」

「未来のヤン・ウェンリーやミス・ニシズミがいるかもしれないぞ。」

4月26日になった。

「惑星シャンプールまで、3光秒。」

シャンプールが月くらいの大きさにみえる。

「西住中将、シェーンコップ准将、手筈どおりにおねがいする。」

「「わかりました。」」

「衛星軌道上の監視衛星と戦闘衛星を破壊します。華さん。」

「発射!」

「衛星軌道上の衛星群破壊完了。」

「対空レーダー、対空高射砲、対空ミサイル基地捕捉。」

「発射!」

華が叫ぶとみほの分艦隊から数千、数万のおびただしい光条が地上へ向かって放たれ、爆煙とともにあっというまに対空レーダー基地や対空火器を沈黙させた。

「西住中将。」

「シェーンコップ准将?」

「どなたか戦車隊を指揮してもらいたいが。」

「わたしは、みぽりんの指示通りに通信はできるけど...指揮は...。」

「わたくしも砲撃ならともかく、指揮のことは...。」




そして皆の視線が向いたのは?



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第51話 ひさしぶりの戦車で、ひゃっほう、最高だぜい、であります。

皆の視線の向いた先にいたのは...


自然と優花里に視線が行く。

「わかりました。秋山優花里、戦車隊の隊長をつとめさせていただきます。」

「じゃあ。わたしも行こう。戦車の操縦は車長の気心が知れたほうがいいからな。」

「ありがとうございます。冷泉殿。」

優花里は敬礼する。

「優花里さん、麻子さん、よろしくおねがいします。」

みほは頭をさげる。

「西住殿、気になさらないでください。」

「隊長、いってくる。大丈夫だ。敵の弾は戦車にあてさせない。」

「よろしくたのむ。」

シェーンコップは優花里と麻子の肩をたたいた。

麻子はシェーンコップに対してうなずき、優花里は、

「はい。准将。」と返事をした。

「隊長、行ってくる。」

麻子がふりむきざまに、みほに対して指をたててみせる。

優花里と麻子はシェーンコップに続いて陸戦隊シャトルに乗り込む。

「陸戦隊シャトル降下用意。」

護衛艦と大気内戦闘艇が陸戦隊シャトルを守りながら降下していく。低空になってくると対戦車砲や戦闘機などの地上からの攻撃がはじまるが、護衛艦と大気内戦闘艇の攻撃で次々に撃墜、破壊されていく。

部下「シャトル、護衛艦降下成功。装甲車及び戦車射出します。」

シェーンコップ(※以下「シ」と略す。)

「なんとかシャンプールに上陸できたな。状況は?」

部下「救国会議側の爆撃がありまして多数の死傷者が出てる模様。」

部下「敵は要所で土嚢を積み、陣地を構築しています。」

シ「空襲の被害は?」

部下「低高度からの爆撃で500名ほどの死傷者がでています。とくにシャンプール・シャングリラ・ホテル前は深刻で、買い物客が列をなしていたため、被害甚大です。」

シ「民間人に被害が及ばないように戦わなければならないな。」

部下「それでは奴らが塹壕を設け、土嚢を積んだ陣地にわざわざ攻撃するということですか?」

シ「迂回できないなら、正面攻撃するしかない。最大限出血を強いるつもりなのだろう。」

部下「幸い上空は、西住中将の艦隊と航空隊が支援してくれます。また第二宇宙港を奪えばさらにこちらに有利になります。」

部下「しかし、第二宇宙港に通じる道は厳重な警戒がされて装甲車が列を連ねています。」

 

みほ「制空権を取らないと、被害がますます大きくなります。空戦隊発進してください。」

「了解。空戦隊発進しま~~~す。」

隊長であるボブヘアの少女が大声で叫んだ。

「この声は??アイちゃん?」

「はい。エリコさん、優花里さん。」

エリコはおどろいた。優花里が見てもおどろいたに違いないが、彼女は戦車隊を指揮するため降下しているので気が付いていない。

それは、ムナハプロにいたアイ・ヒカワだった。彼女も優花里がまきこまれた憂国騎士団ハポネプラム支部の事件があった際に、結局ムナハプロがつぶされたためにやめざるをえなくなり、食べていくために軍隊に入り、優花里やエリコがいるという第14艦隊への任官を希望していれられたのだった。

彼女は第14艦隊の航空隊のエースのひとりだったが、そのほかにも上級者がいるようだった。ローゼンリッターや優花里にとってはうれしいかぎりだった。

 

それはさておき、シャンプールの地上ではわずかに残った救国会議の爆撃隊がイゼルローン陸戦隊の上空を襲おうとする。

ウウウーーーーーンンン

サイレンが鳴る。

「空襲警報発~令、空襲警報発~令」

 

「空襲が始まったな。」

「あわてなくてもいい。第14艦隊の艦載機隊がまもってくれる。」

アイ、ニシザワ、イワキのエースたちは、敵に狙われても後ろへ回り込む神技「左ひねりこみ」や巧みに射線を外すスライド飛行を活用してあれよあれよという間に敵機を撃墜していく。

「太陽を使った目くらましか。」

「無駄だな。」

一機、また一機と炎と煙をひきずるように噴き出して救国会議の爆撃機が地上へ向かって落ちていく。

 

部下「空襲は防げたようですな。」

シ「すぐに、第二波、第三波がくる。なんとかして宇宙港を奪うんだ。」

シェーンコップは部下たちを叱咤した。

 

シャンプール救国会議司令部のマロン大佐に戦況が伝えられる。

「なに、航空隊が敗北?」

「はい...。」

「お前の連れてきた亡命者のパイロットたちは、イゼルローン軍にやられたようだな。」

帝国からの亡命者パイロットたちはそれなりに優秀だったし、降伏したら引き渡されると脅されて必死に戦い、シャンプールの「太陽」をつかって目くらましまで試みたものの、ことごとく撃墜されたのだった。帝国の亡命者を名乗る男たちの長が答える。

「面目ないが奴らは強かったということだ。」

「資金が足りないからって、何でもありだな…。首都の奴らは本気でクーデターを成功させるつもりなのだろうか….。まあいい、お前は同じことを繰り返さないよう活をいれてこい。」

マロン大佐は亡命者の代表に対してつぶやく。

「いいだろう。」

シェーンコップたちの前には、そびえたつ断崖と鉄条網が幾重にも連なり、その上にトーチカが見える。見えない部分に塹壕、地下陣地、地雷、砲兵陣地があるのだろう。

シ「やっかいだな。しかし、制空権はこっちにある。地図はどうだ?」

部下「敵の陣地は海岸沿いに大きく分けて三段あります。それがそれぞれ三重の断崖と鉄条網、多数のトーチカが設けられています。空戦隊が撮影したものを地図として図化したものです。」

シ「さすがに、これは空戦隊の援護とトーチカを破壊しないといいようにやられるな。トマホークが届かない範囲から攻撃されたらさすがにひとたまりもない。」

部下「しかし敵にも弱点があります。大量輸送が可能な鉄道が一ヶ所しかありません。しかも経済発展優先に建設されたものなので防御が弱い。これをたたけば敵の補給、通信、移動のための手段は致命傷を受けます。」

補給、通信、移動手段の鉄道がひとつしかない。経済発展を考えて敷かれたものなのでもろい。

「みぽりん。敵トーチカの位置が全部わかったよ。」

「敵陣第一段目の後方第2陣と第3陣のトーチカを艦砲射撃でつぶします。それから敵陣二段目のトーチカを攻撃。第一段目第1陣は秋山さんの戦車隊にまかせます。」

みほの艦隊から艦砲射撃が上空から行われる。

地上におりた優花里はおどろく。

「うわあああ。シュトルムティーガーの競演であります。」

最大射程5.6km強の38cm臼砲をそなえた自走砲がならんでいた。上空からの偵察から、トーチカが少なくとも15cmカノン砲の攻撃に耐えられる仕様であることが分かっていた。

味方に死者を出したくないみほがヤンやシェーンコップに進言して確保させたのだ。

「感動している場合じゃないぞ。」

麻子がくぎをさす。

「でも冷泉殿、自動照準、自動装填であります。」

「トーチカの数がはんぱじゃない。」

「それから優花里さん、そっちにいたんですね。」

「え?アイちゃん、おひさしぶりであります。」

「おひさしぶりでありますって、向こうにも戦車がいるよ。こういうの。」

戦車の画像がいくつか送られてくる。塹壕が防御ラインの堅固さに自信があるのだろう。Ⅱ号やⅢ号程度を改造した戦車ばかりだった。しかし、かってのイタリア製やアメリカ製と思われる車両はない。砲が換装されていても車体は全てドイツ製のものだけだった。




シャンプールでの戦いがはじまる。


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第52話 シャンプールの地上戦であります(前編)。

「シャンプールが苦戦中だと。」
「はい。イゼルローンに押されています。艦砲射撃と航空隊により制空権を握られ、さらに敵は地上に38cm自走臼砲、いわゆるシュトルムティーガーを持ち出して進撃してきます。」
「わかった。すぐ行く。」




シ「これより作戦を開始する。まず敵第1陣に砲撃、トーチカを喪って混乱した敵陣を、われわれローゼンリッター、戦車隊、陸戦隊で突き崩す。」

「腕が鳴りますな。」

ブルームハルトの返事に、シェーンコップはうなづくと、優花里のほうに顔を向ける。

シ「秋山中佐よろしくたのむ。」

「了解であります。これより敵の頭上に砲撃を開始します。」

部下「発射準備完了しております。」

優花里「了解。シュトルムティーガー、全車砲撃開始であります。」

部下「おお。発射!」

優花里の命令がつたえられ、38cmロケット臼砲が轟音をたてて一斉に放たれる。

「これより戦車隊は、砲撃で開いた敵陣に突入するであります。陸戦隊の皆さんとの連携を密にし、突出は避けるであります。」

部下「了解。突撃。」

敵弾がみまうなか、麻子は巧みな操縦で避ける。

 

「前線より報告。トーチカは敵自走砲の砲撃と上空からの艦砲射撃に耐えられずに次々に崩壊しています。」

マロン「なんだと!!強力な戦車に積める120mm砲どころか、15cmカノン砲に耐えられるんだぞ。」

「敵は、38cmロケット臼砲を用意してきました。」

マロン「な..なんだと...!」

「トーチカに立てこもる士官が次々に戦死しています。」

マロン「退却は許さぬ!塹壕の歩兵支援にまわすよう伝えろ。」

「了解。」

マロン大佐は司令部から第一段陣地の戦況をみまもりつつつぶやく。

「このトーチカは、たいていの戦車や戦車砲は効かない。しかし38cmの自走臼砲を用意されるとは….」

シャンプールの防御陣地はそれなりな堅牢さをもっていた。ハイネセンとイゼルローンとの通過点の立地に位置し、当然ながらハイネセンへ直接向かった場合の後方かく乱可能な中間基地になることを救国会議側も考えていた。しかし、防御陣地はIS-2、KV-2クラスの火力を持つ戦車や88mm高射砲どころか、15cmカノン砲に耐えられる構造にして、15cmカノン砲を備えつつも、戦車はあくまでも補助的なものとして資金をかけないようにして、帝国の亡命者部隊の安い戦車を使っていたのだった。しかしかんじんのトーチカが上空からの艦砲射撃と自動装てんのシュトルムティーガーによってほぼ無力化された。艦隊戦で勝負がつく時代に戦車を多用することはない。防御陣地と塹壕さえあれば十分との考えだったが、修正をせまられていた。

「大佐、だいぶ苦戦しているようだな。」

「はい...。ん、お前は?」

「俺のことはどうでもいい。それよりも、こちらで新たな兵器を用意する。今晩あたりから配備できるだろう。」

「ありがたい。」

「請求はハイネセンの政府にまわす。」

「...。」

「そうかんたんに失敗してもらうわけにはいかないのだよ。」

「....。」

マロン大佐は複雑な面持ちでこの男をみつめた。

(何者だ...こいつは....。)

 

部下「隊長、西住中将から連絡、敵第2陣、第3陣のトーチカ、鉄道路線破壊終了、第1陣のトーチカ破壊の報があり次第、突撃を願う、とのことです。」

部下「秋山中佐より連絡。こちらも第1陣のトーチカを全て破壊したとのことです。」

シ「うむ。わかった。」

シ「いま、トーチカを全てつぶしたという連絡があった。これより突撃を開始する。」

部下「わかりました。」

部下「おおやっと出番か。」

部下「腕が鳴るぜ。」

 

「このままでは第1陣が突破されます。」

マロン「全軍で撃ち返せ。一人残らず生きて返すな。」

「対戦車砲をくらえ。」

「うわあああ…やばいであります。」

「秋山さん、昼食の角度にしてはじき返したぞ。」

「ありがとう。冷泉殿。」

優花里は、アンツィオ戦を思い出していた。

あのときはこのB1bisであや殿が操縦でよけてくれたっけ...

優花里の戦車隊は前進する。

「うわあああ。戦車が来るぞ。」

「戦車には戦車だ。」

救国会議軍の戦車が姿を現す。

 

部下「12時方向に敵の発砲を確認。」

部下「見たことのない戦車だな。」

「あれはアイちゃんから報告のあった2号戦車に50mm砲を乗せたタイプであります。徹甲弾、距離1000、撃つであります。」

部下「命中。」

 

「ぎゃああああ。」

 

「あんのじょう装甲紙ですか...。訓練用車両ですから...同情するであります。」

 

「周囲に警戒を怠るな。対戦車砲をもった敵を探せ。」

シェーンコップが叫ぶ。その様子は上空の空戦隊にも伝えられる。

「まかせてください。」

アイたち空戦隊が戦車砲規模の金属反応を探して敵を攻撃していく。

「ぎゃあああ....。」

敵の悲鳴が各所で起こる。

優花里は身を乗り出して指揮をする。

「よし。第1陣突破であります。続いて第2陣も突破するであります。」

 

「前線から報告。第1陣が突破された。」

マロン大佐は命じる。

「第2陣の兵で第1陣を奪還せよ。」

 

「突撃するであります。」

優花里の戦車隊とシェーンコップの陸戦隊が突撃していく。襲いかかってくる救国会議軍の兵士が倒されていく。塹壕から手榴弾を投げてくる兵士もいて、けが人や死人はさけられなかったが、気が付いた者は、戦車にかくれてやり過ごすことも許していた。

 

「大佐、報告です....。」

「なんだと。イゼルローン軍の砲撃で、主要な橋と鉄道、第2陣と第3陣のトーチカが破壊された?」

「はい。それだけではありません。第二段目のトーチカも上空から攻撃されています。」

「制空権を握っている者の強みということか...。」

「しかし、この塹壕、地下陣地、地雷自体は防げまい。地雷は敵のみに反応するようにしてある。」

しかし、大佐の自信をよそに敵の工兵隊が地雷探知機でつぎつぎと掘り起こしていく。

 

地上の画面がスクリーンに映され、第14艦隊の艦橋で会話がかわされていた。

「エリコさん。」

エリコは微笑んで答える。

「あの陣地には地雷があることがわかっていた?しかも費用が安く容易にさがせなくするにはどうするか?それに敵味方を区別するにはどうするか?それを考えるだけ?」

 

マロン大佐は事態が把握できなくなりかけていた。

「なぜだ、なぜやつらは地雷を掘り起こせるのだ。しかも探知機で容易にさがせないよう、陶製地雷なのに。」

「地雷を制御しているコンピューターとコントロール地雷に何者かが侵入したようで...。しかもその電子制御で地雷の位置が探知されたようです。」

工兵たちの探知機には地雷の配置図と座標がおくってあった。

「うぬぬ、抵抗しつつ、撤退だ。」

救国会議の兵士たちは、果敢に抵抗しつつも、撤退していった。

 

「一段目突破成功。」

第14艦隊の艦橋でも地上でも勝利の歓呼が上がる。

シュトルムテイーガーを引き連れた戦車隊は進み

「秋山さん、第二段目まで、あと4kmだ。」

「全車仰角合わせ。」

「発射であります。」

二段目第1陣にシュトルムティーガーの砲撃が開始された。

こうして1日目で第二段目のトーチカも無力化された。

夕闇が迫り夜となり、イゼルローン軍の攻撃がひとまずやむとトーチカも反撃をやめる。そうして寝静まったと思われたころ、上空に停泊している第14艦隊をどこからともなく強力な光条が襲い掛かった。

「!!」

いくつかの艦艇が撃沈されはじめていく。

またシュトルムティーガーも上空から襲ってくる砲弾に爆煙をあげて、次々とひっくり返らされ始めた。

「や、夜襲だ。」




快調に進撃していたイゼルローン軍であったが...

ちなみに本作のアンツィオ戦の設定は、アンツィオがマカロニ作戦を行うととも優花里たちが漫画版のようにB1bisに乗り込んでいるという謎な設定です。

優花里が砲撃を命じるシーンで、部下のセリフを削除。話の筋からしてなくても支障なし。かえって設定や世界観を損ねているため(9/13,23:34)。


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第53話 シャンプールの地上戦であります(後編)。

「これ以上イゼルローン軍が上陸しないうちにたたき出すには、夜襲しかないな。」
「うむ。昼夜分かたず攻撃するしかない。」
追い詰められた救国会議軍は決心して空、陸で夜襲をはじめた。


第13艦隊、第14艦隊地上部隊の陣地には、長距離砲と手榴弾が投げ込まれる。

シ「夜襲だと?」

部下「はい。准将。あちらこちらで被害が出ています。」

シ「やむをえん。反撃だ。」

 

「エリちゃん、どこから攻撃なの?」

「全天スキャンしてみる?」

「惑星シャンプールの周囲に金属反応?デブリ多数?」

「2時の方向仰角70度、8時の方向伏角60度、敵のエネルギー波急速接近!」

ガガーンン...

ロフィフォルメは振動する。

「おかしい?本当にデブリ??衛星で偵察する?」

数十基の偵察衛星が数光秒の場所まで飛ばされる。

「今度は11時の方向仰角45度、5時の方向伏角30度から来ます。」

ガガーンン...

「うわああ...。」

各艦艇で艦内は悲鳴が起こる。

第14艦隊では敵の光学兵器に貫かれ数隻が撃沈されていく。

動揺が艦隊内にひろがっていく。ロフィフォルメの艦内もざわつきはじめる。

「みぽりん…。」

「みんな、落ち着いて!」

艦橋内のメンバーに対して叫ぶと、みほはマイクをもった。

「皆さん、おちついてください。もうすぐ敵の攻撃の正体がわかります。敵の攻撃の射角を読んで回避につとめてください。」

「わかった?敵はステルス性の反射板搭載機で光線を跳ね返している?一種の反射衛星砲?」

「エリちゃん、ハンシャエイセイホウって?」

「地上や宇宙空間などの発射装置から発射された光線を衛星や反射板搭載機で角度を変えながら反射させて、目標にあてる?そのような兵器を反射衛星砲という?」

「発射装置を見つける必要があるね。エリコさんみつかりそうですか?」

「3時の方向仰角60度、7時の方向伏角20度、9時の方向仰角45度!敵弾きます!」

「1時の方向伏角50度、5時の方向仰角70度!敵弾きます!」

またロフォフォルメは振動しゆさぶられる。

「発見?私たちからは死角?シャンプールの南緯15度、西径45度上空500kmの衛星軌道上?これから電子攻撃をしかける?」

エリコが両手に指を忙しく動かしてコンソールを操作する。

 

「!!」

「敵に発射装置が発見されました。」

「あの人工衛星か?ただちに破壊せよ!」

「だめです。敵の衛星は鏡面装甲ですべて跳ね返されてしまいます。!!ミサイルが発射されました。」

「!!」

「今度は何だ?」

「こちらのシステムに侵入されています。」

「押し返せ!」

オペレーターは、防衛プログラムを起動する。

「敵の出力が上昇しています。ふせぎきれません。」

 

「攻撃がやんだね。」

「敵のシステム占領完了?反撃する?」

 

「第10番基地破壊確認!第9番基地通信途絶!」

反射板搭載機は、勝手な方向へ飛んで地上の基地やトーチカを光線が攻撃し始めた。

 

しかし、救国会議軍には、あらたに提供された強力な兵器があった。

それは陣地の上にそびえたつ巨砲だった。

「アダマー、5,4,3,2,1,発射!」

「ヴォータン、5,4,3,2,1,発射!」

「ロキ、5,4,3,2,1,発射!」

「ミョルニル、5,4,3,2,1,発射!」

「蚩尤、5,4,3,2,1,発射!」

「フェンリル、5,4,3,2,1,発射!」

巨砲が一斉に火を噴いた。

 

「敵弾、きます!」

シュトルムティーガーがまた数台ひっくり返される。

「あ、あれは…。」

キューポラから双眼鏡と測距機で敵陣をみつめて優花里は気づく。

「どうか、したか?秋山さん。」

「カール、カール自走臼砲であります。口径60cm、有効射程4.3km。

シュトルムティーガーの38cmロケット臼砲は、5.6kmだから後退すれば防げます。全車後退!」

シュトルムティーガーは、優花里の命令通り後退し始めた。

そのあいだにもカールからの砲撃は続く。一台、また一台と撃破されていく。

 

「地上のシュトルムティーガーが攻撃されています。」

「みぽりん...。」

沙織が不安そうにみほを見る。

「昨日非番だった空戦隊の皆さんは出撃してください。地上の敵陣を照らしてください。」

上空の艦隊からは照明が地上に照らされ、艦砲射撃が始まった。

空戦隊もおりてきて、高射砲の死角を突き、トーチカ、カールを攻撃する。

爆炎が第三段目の陣地のいたるところで吹き上がり、夜空からの照明に照らされ、たなびいているのが見える。

 

「ヴォータン、撃破されました。」

「アダマー撃破されました。」

「蚩尤、撃破されました。」

「ロキ、撃破されました。」

「ミョルニル、撃破されました。」

「フェンリル、撃破されました。カール自走臼砲全滅です。」

 

「ええい、第二段目の陣地を救援せよ。」

「おいおい、歩いてか?鉄道も道路も破壊されて援軍を送るには徒歩しかないぞ。」

「仕方ないだろう。」

苦虫をつぶしたように大佐は答える。

通常塹壕は複数の線で成り立っている。一つ目の塹壕線が突破されたら二つ目の塹壕線で食い止めるか反撃して穴をふさぐ。

しかし迅速に穴をふさぐためにはトラックや鉄道が欠かせない。なぜなら前進壕と予備壕の間は3kmある。歩く場合、重さ30kgの荷物を背負って敵の砲弾が降ってくる中を3km歩くしかないのだ。

救国会議軍は、民間人を徴用して荷車で弾薬、食糧を引かせていた。費用の節約のためである。補給計画は、それなりに高度な計算が必要なことから、高校生クラス以上の現地の学生を徴用してやらせていた。

 

三段目の陣地からの救国会議救援部隊は、上空からの攻撃と戦車からの攻撃で進もうにも進めない。

 

「このまま二段目の陣地を蹂躙するであります。逃げる敵は歩兵部隊に任せて、突破するであります。」

「戦車早すぎる。突出しすぎだ。歩兵部隊がついてこれないぞ。」

「停止するであります。空戦隊と上空の艦砲にまかせて、補給と再編を図るであります。」

 

「シェーンコップ准将から報告です。リンツの部隊が第二宇宙港を確保したと。」

第二宇宙港からの空戦隊が救国会議軍の三段目陣地を襲う。

いかに堅固な陣地と言えども、もはや勝負ありだった。

 

部下「やつら陣地をすてて壊走をはじめたぞ。しかし、走って何人逃げられるのかな。この状況で。」

 

「いまであります。撃って撃って撃ちまくるであります。」

シ「陣地を確保次第、敵を追撃するんだ。」

 

「だめだ。抗戦を断念する。司令部まで退却せよ。」

「走って撤退か。地獄だな。」

この戦いで、救国会議はイゼルローン軍に多少の出血を強いたものの代償は大きかった。

こうして、シャンプールの防御陣地は破られ、救国会議軍は、同盟軍管区司令部ビルに叛乱部隊の司令部はたてこもった。しかし、ローゼンリッターは、司令部周囲の部隊のうち、半数以上の部隊を巧みに切り離し、2時間の白兵戦と銃撃戦の末、勝敗極まれりと叛乱部隊の指揮官マロン大佐がついに自決した。シャンプールの管区司令部ビルに白旗が掲げられた。

シェーンコップは、3日で反乱を鎮圧し、ヒューべリオンに戻った。ヤンは第一声、

「准将、おみごと。」「秋山中佐お疲れ様でした。」と二人を称賛したが、よくみるとシェーンコップの顔や手や服に赤い「植物の葉の気孔」のようなモノが無数についている。キスマークだと気がついて、あきれて苦笑するしかなかった。

「まあ、これくらいの役得がないとね。」

シェーンコップはうそぶいた。ハイネセンから脱出シャトル到着の連絡があったのはそのときだった。




シャンプールは鎮圧された。ハイネセンから脱出シャトルが到着という。果たして今度は何が起こるのか...


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第6章 ドーリア星域会戦をへてハイネセンヘ向かいます。
第54話 スパイ侵入です。


「まあ、これくらいの役得がないとね。」とシェーンコップはうそぶいとき、ハイネセンから脱出シャトル到着の報がもたらされた。


「ヤン提督に報告です。クーデターを逃れたハイネセンからの脱出シャトルです。司令官にお会いしたいとのことです。」

「通してくれ。」

現れたのは細面の中年の男である。鼻の下に二か所のちょびひげがある。なんとなく怪しげな雰囲気をユリアンは感じた。

「バクダッシュ中佐といいます。お初にお目にかかります。ヤン大将。」

「よろしく。中佐。ところで首都でだれか粛清された者はいるのか。」

「現在のところ拘禁された方はいますが、粛清された方はいません。これからはどうかわかりませんが...。」

「そうか...よかった...。」

「それよりも重大な報告があります。第11艦隊がクーデターに加勢しこちらに向かっています。」

イゼルローンの一同は息をのむ。ヤンは黙って目で続きを促す。

「司令官のルグランジュ中将は、正面から堂々と決戦を挑み、小細工はしないようです。」

エリコ、優花里、みほは目配せをはじめた。グリーンヒル大将とトリューニヒトの消息がまったくわからない。しかも第11艦隊が小細工をしないとわざわざ知らせる。しかもこの時期を狙ってきたかのような脱出者...三人の軍事的才能と勘が心に警鐘をならしたのだ。

みほは、シェーンコップを見た。シェーンコップも、みほの視線に気が付く。

「そいつはありがたいな。」

ヤンはつぶやいた。続いてムライ、フィッシャーなどから質問の雨をあびながら、バグダッシュは、だれかを探しているように視線を泳がせる。

そして何気なさそうにヤンに尋ねた。

「副官のグリーンヒル大尉がいないようですが...。」

「彼女は立場が立場なのでね。イゼルローンに残ってもらっている。」

ヤンがそう答えたとき、

「あっ。」

シェーンコップがコーヒーをこぼして野戦服が汚れる。

「やれやれ、せっかくのキスマークが...ちょっと失礼。」

シェーンコップはヤンの目とみほの目をみて、一瞬かすかににやりと笑みを浮かべて、会議室を出ていった。

「おお、ユリアン、グリーンヒル大尉はどこにいるか知ってるかい?」

「病室の102号です。今朝から頭痛がするとかで...お気の毒です。」

ヘイゼルの瞳と金褐色の髪の若い女性は寝ていたが、コーヒーやキスマークなどで汚れた野戦服を着た精悍で体格のいい男が、自分を訪ねてきているのに、病室の入り口で、小柄な看護婦にあきれて制止されているのに気付く。

「大事な話があるんじゃないかしら。准将を入れてあげてください。」

フレデリカがそういうと、看護婦は不満げな表情であったが、シェーンコップを病室に通した。

「バグダッシュ中佐という脱出者が首都からやってきたんだ。ヤン提督もきな臭いと感じたんだろうな。『大尉は、ことがことだけにイゼルローンに残ってもらった。』と言ったんで、わざとコーヒーをこぼして怪しまれないように抜け出してきたんだ。心当たりがないかね。」

「バグダッシュ中佐ですか...一度だけお会いしたことがあります。あれは、5年前になりますか...父の書斎で、現在の政治体制について不満を述べておられましたわ。」

「なるほどな...どうりで大尉のことを気にしたわけだ...やつはクーデター派の工作員というわけだな。」

フレデリカの記憶から不審感をいだかれたら早めにヤンを殺害するという挙に出るかもしれない。第11艦隊との交戦中にそれをされたら、ヤン艦隊は崩壊だ。今の自由惑星同盟など滅んでもかまわないが、ヤンに死なれたらこれからの歴史の展開がおもしろくない。

夕食の前だった。ヤンはバグダッシュの姿が見えないのを不審に思い、シェーンコップに尋ねようとしたが、最初に声をかけたのはみほだった。

「あの...シェーンコップ准将、バグダッシュ中佐はどちらですか...。」

「ああ、彼ならタンクベッドのなかでぐっすりおねんねです。」

次にヤンが尋ねる。

「なるほど...なにかやったのか?」

シェーンコップは二人に対して片目をつぶってみせる。

「ちょっと乱暴ですが、なぐって気絶させ、特殊な睡眠薬を飲ませました。二週間は目を覚まさないはずです。情報部員というやつは監禁していても起きている限り油断できません。あらゆる鍵を開けるすべや不可能と言われるような牢獄からも脱出するすべをもっているはずですからな。この一戦が終わるまでおねんねしててもらうのが最上です。」

「そうか...ご苦労さま。助かったよ、准将。」

ヤンは苦笑して謝辞を述べた。

「さて、お次は第11艦隊の捕捉だな。」

「第11艦隊の位置を捕捉せよ。偵察艇、監視衛星、電波中継衛星射出。」

有効な報告はしばらくもたらされず、5月になった。

 

5月10日。

「エルゴン星域へ派遣した(駆逐艦)トリコノドンから暗号で報告です。」

ヤン艦隊では、偵察用の衛星や駆逐艦の名称は、共通の隠語としては「ネズミ」とし、しかも四重のプロテクトをかけ、各艦備え付けの特殊な暗号解析機でしか読めないようにしている。また個別の隠語としては、現生のねずみではなく、地質年代上の小形の原始哺乳類の名称を使用し、仮に読まれた場合でも、双方の情報が関連付けづらくしている。軍事上でも日常でも使わず、しかも送受信者がそれとわかるようにという苦心の作であった。

「解析してくれ。」

「ネコヲヒャクスウジュウヒキイジョウカクニン。」

「エルゴン星域へ派遣した(駆逐艦)トリコノドンから第11艦隊と思われる一万数千隻の大艦隊を捕捉とのことです。」

ヤンは幹部を呼び集め、スクリーンに航路図を映す。

「敵との決戦予定地点は、ドーリア星系になりそうだ。現在敵艦隊の編制、位置、動きを探っている。短期間に完勝しなければ、クーデターの鎮圧が困難になるが、敵の作戦を正確に知らなければならないからもうすこしまってほしい。」

幕僚たちは頷いて散会する。

 

第11艦隊、旗艦レオ二ダスに報告がもたらされる。

「敵駆逐艦を確認。」

「ねずみめ...。」

第11艦隊の司令官である金髪のクルーカットの男、ルグランジュ中将のつぶやきはヤン艦隊の隠語を知っているわけではなく全くの偶然である。敵の悪態をつくと、次は叫ぶように部下に命じる。

「情報を集められないようすぐに撃沈せよ。」

「はつ。」

おびただしい光条が駆逐艦を引き裂き、炎上して爆発煙を上げて飛び散る。

「目標、撃沈。」

 

「ネズミガネコ二タベラレタ」

「トリコノドン、通信途絶。おそらく撃沈された模様。」

「最初の犠牲者ですね...さすがに逃げきれなかったのでしょう。」

「うむ...。」

ヤンはムライのつぶやきに何やら思いにふけっているようで、うなったように答えた。




第11艦隊との心理戦がはじまった。

一部削除(偵察衛星からデータが贈られる場面)9/29,23:19


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第55話 ドーリア星域会戦(前編)

ヤンは内心じりじリとしていた。第11艦隊の情報をつかんで、はやめに叩けないと大したしたクーデターでないはずが、本格的に救国会議が足元をかためかねないからだった。


偵察衛星からの通信文と画像データが送られてくる。

「これもダメだな。」

出力されたデータをユリアンから受け取ると黒髪の魔術師はつぶやいた。

「なかなかこれといった情報がこないものですね。」

「そうだな...ユリアン。網を張っているとはいえ、宇宙は広大だ。漁業であればとにかく魚群をさがせばいいのだが、今回の場合、第11艦隊という特定した「魚群」をさがすだけでなく、その行動を予想しなければならない。ある意味、海の中で、たった一匹の魚を探すようなものだよ。」

「わかりました。」

そのようなことを繰り返して5月18日になる。その日も19通目の通信文をみて、これもだめ、とヤンは、心の中でつぶやき、まるめて床に投げ捨てた。

ヤンは部屋の中を円を描くようにぐるぐるまわるように歩いている。

「提督。」

「なんだい、ユリアン。」

「本日の20通目です。」

「どれどれ。」

ヤンは文面と画像に目を落すと、目をみはる。その瞳孔は大きく開かれているのがはたからわかるくらいだった。

ユリアンとヤンは、一瞬息を飲み込んでいた。その直後、ヤンの口からは

「よし!やった、やった、わかったぞ。」

と歓喜の叫び声が上がった。黒髪の若い学者風司令官は、新しい歴史的事実やさがしていた資料を見つめたときのように、報告書を天井に放り上げ、躍り上がって喜ぶ。

亜麻色の髪の少年はあっけにとられているが、その両手をとって部屋中を踊りまわる。

「提督、勝つんでしょう?勝つんですね。」

「そうだ、ミス・ニシズミを呼んでくれ。ヤン・ウェンリーとミス・ニシズミは勝算のない戦いはしない。」

ヤンは、みほを呼び、みほも報告書に目をみはって、ほほえんでヤンを見る。ヤンはうなずき、作戦案をみせると、みほもいくつか考えたうちのひとつを見せる。

うおっほん、と咳払いの声がする。ヤンが振り向くと、ムライ、フレデリカ、フィッシャー、シェーンコップ、パトリチェフがいた。

「喜んでくれ、作戦が決まったぞ。どうやら勝てそうだ。」

三十分後、ヤンとみほは、驚くほど短時間に作戦計画を立案し、会議室に部下の提督たちを集める。

「西住中将、説明してくれ。」

「はい。」

「第11艦隊は、その兵力を二分しました。その意図は、第11艦隊が、恒星ドーリアが、第二惑星によって蝕の状態になるのに乗じて、わたしたちの艦隊を左側面から攻撃、他の一方は、わたしたちの右後背に回って、挟撃することにあると思われます。

これに対し、わたしたちは、敵より6時間早く行動し、右後背へ布陣しようとする敵部隊をまず撃破します。グエン・バン・ヒュー提督は先鋒となって、本日2200時に行動を開始。第7惑星の軌道を横断し、その宙域で恒星ドーリアを後背にして布陣してください。」

精悍な武将が威勢よく答える。

「了解した。」

「フィッシャー提督は、翌日0400時まで現在いらっしゃる宙域にとどまって、敵に対する警戒、偵察。情報収集につとめてください。その後第6惑星を横断してそこに布陣して、わたしたちを左側面から攻撃しようとする部隊に対応してください。」

「了解した。」

白髪の細面の紳士がしずかに答えた。

「そのほかの部隊は、グエン・バン・ヒュー提督に続いて移動してください。そして所定の座標にしたがって、その左右と後背に布陣してください。」

みほは、ヤンの後背にむきなおる。

「アッテンボロー提督は、砲艦及びミサイル艦の部隊を指揮して第7惑星軌道上に位置し、本隊とイゼルローン要塞との連絡ルートを確保するとともに、他星系からの園路の攻撃に対して早期警戒に勤めてください。また敵が他星系への脱出を図ろうとした場合は、それを阻止してください。」

「アイ、ショーティ。」

ヤンの後輩であるそばかすのある青年提督はいたずらっぽい微笑をうかべている。栗毛色の少女にしか見えない知将はほおをかすかに赤らめて苦笑する。

シェーンコップがにやけてアッテンボローをこついて、それをアッテンボローは返す。

ムライが「うおっほん。」と咳払いをする。

「えっと...わたしとヤン提督は中央先頭集団の先頭に位置します。」

みほは、ヤンを見る。ヤンはうなずいて話しはじめた。

「と、これが当初考えた作戦だ。ただ、西住中将、それだけではないだろう。」

「はい。実は、グエン・バン・ヒュー提督が敵を分断し始めたタイミングで、敵艦隊にハッキングをしかけ無力化しようと考えました。それで降伏してくれれば楽なのですが...。」

「ハッキングして全艦隊をとめると。」

ムライの問いにみほは答える。

「はい。ただし、おそらく直接指揮されているのは最初に遭遇する本隊なので、本隊のみになると思います。」

「ということだ。ミズキ中佐の電算処理能力なら決して不可能ではない。なお、私は、こういった事態が起こるのを予想して、先日首都星ハイネセンにおもむいたとき、宇宙艦隊司令長官ビュコック閣下に要請して、ミス・ニシズミあてのラブレター、もとい、叛乱が起きたら、それを討ち、法秩序を回復するようにとの命令書をいただいてある。法的な根拠を得ているのだから私戦ではない。」

会議室は一瞬ざわつき、しのび笑いがもれるが、その次の瞬間、司令官の予見力に粛然としていた。

「あの...ヤン提督ぅ...。」

みほは、困ったように顔を赤らめて、弱弱しく抗議する。

そんなみほをみる提督たちの視線はあたたかで、(一見小娘にみえるが、やはりただ者ではないな。)という敬意と、さらに鋭い者には、なぜか憐れみの視線さえまじっていた。

「ああ、西住中将。すまなかった、ということで、このように行動してほしい。それでは解散。」

ザッと一同は敬礼し、諸将は会議室を出ていった。

ヤンは私室に戻るとユリアンを呼ぶ。

「アムリッツア会戦に先立って、ビュコック提督はロボス元帥に面会を申し込んだ。ところが元帥は昼寝中だったので面会できなかった。この話をどう思う?」

「ひどい話ですね。無責任で...。」

「そのとおり。ところでユリアン。」

「はい。」

「わたしはこれから昼寝をする。2時間ほど誰も通さないでくれ。提督だの、元帥だの、将軍だの誰が来ても、誰の問い合わせでも断るんだ。」

「....はい。」

ユリアンはかすかに苦笑をひらめかせつつも承諾した。そして艦橋クルーにその旨を伝えた。

 




そのころ、第11艦隊のルグランジュ中将は...

第54話末尾の削除分を冒頭に加筆し、次話へおくるために末尾部分のルグランジュ中将の様子を削除(9/29,23:26)


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第56話 ドーリア星域会戦(中編)

ルグランジュ中将が演説を始めて、ドーリア星域会戦の火ぶたが切って落とされた。


そのころ、第11艦隊旗艦レオ二ダスの艦橋では、ルグランジュ提督が腕組みをしながら、苛立ちを押さえられない様子で、身体を小刻みに震わせたり、艦橋内をときおり、歩き回っていた。

「バグダッシュ中佐から連絡はないか。」

短い金髪をクルーカットにした精悍な提督が情報主任参謀をにらむようにして尋ねるが、

返ってきたのは「ありません。」との返答だった。

提督が眉をしかめたとき、

「全艦隊に放送回線がつながりました。どうぞお話し下さい。」

ルグランジュ中将は、バグダッシュのことを頭から追い払い、演説をはじめた。

 

「全将兵に次ぐ。救国会議の成否と祖国の荒廃はこの一戦にかかっている。各員全身全霊をもって自己の責務を全うし、祖国への献身を果たせ。この世で最も尊ぶべきは、献身と犠牲であり、忌むべきは臆病と利己心である。各員の祖国愛と勇気、奮励努力に期待する。」

 

軽いあくびとともにヤン・ウェンリーは目覚めると、シートの背を起こす。ユリアンが熱いタオルと冷水の入ったコップを差し出した。

「どのくらい眠ってた?」

「1時間半くらいです。」

「もう少し眠りたかったな。まあ、いい。ありがとう。うまかった。」

冷水の入ったコップを空けると、それを亜麻色の髪の少年に返し、黒髪の青年提督はスカーフを軽く直して、艦橋へ向かう。

艦橋の閣員は緊張した面持ちだった。ヤンはマイクを握る。

「これから戦いがはじまる。ろくでもない戦いだが、それだけに勝たなければ意味がない。勝つための算段はしてあるから、無理せず気楽にやってくれ。国家の存亡がかかっているという声があるが、だれにとっての「国家の存亡」なのか?民主国家と言いながら個人の自由と権利を守れない、そうであるなら大した価値のあるものじゃない。それでは、そろそろはじめるとするか。」

第11艦隊の艦列の側面映し出される。

「敵艦隊捕捉。全艦戦闘態勢をとれ!」

 

 

「敵艦隊との距離6.4光秒!」

 

「敵艦隊,わが軍の垂直方向、右から左へ移動しつつあり。秒速3600km。」

各艦の乗員は息をひそめ、わずかな呼吸音が聞こえる。

ヤンがスクリーンに視線を向け、右腕を肩の高さまで上げる。その腕が「撃て!」という号令とともに振り下ろされると数万本の光条が光の槍となって暗黒の宇宙空間を貫き、敵艦隊の一点へ向かって収斂していく。

「え、エネルギー波、急速接近!」

エネルギーの大波は第11艦隊におそいかかり、あっという間に数百隻が焼き払われ、引きちぎられた。熟練した歯科医が歯石をあっというまに削って吸い込ませるように、第11艦隊の艦列が突き崩されて、削られていく。

ヤンは指揮デスクの上に片膝を立てて座っている。

「グエン・バン・ヒューに連絡。全速前進!敵の側面を突け!」

「突撃だ!突撃~」

グエン・バン・ヒューは猛将タイプで、同盟にもしビッテンフェルトが生まれていたらこのようになるだろうと想起させるタイプの指揮官である。

 

「敵艦隊、殺到してきます。このままだと分断されます。」

「ちょうどいい。全方向から奴らを砲撃しろ。一兵一艦たりとも生かして還すな。」

おびただしい光条がグエンの分艦隊を襲い、スクリーンや艦窓には、まぶしいばかりに閃光が狂宴を繰り返し、網膜が焼かれるのではないかと危惧するほどの明るさだ。

旗艦マウリヤの艦橋で、グエンは両手をあげて、高笑いをする。

「ははははは...こいつはいい。どっちを向いても敵ばかりだ。狙いをつける必要がないぞ。撃って撃って撃ちまくれ~。」

 

乗組員たちは、心の中でつぶやく。(大胆不敵だな...。)と思う者、(いやこいつは頭のネジがどっかゆるんでんだよ。かなわねえや。)と思う者、さまざまだった。

ヤンの旗艦ヒューべリオンの周囲を虹色の霧がつつむ。射程が遠いために、エネルギー中和磁場が敵の砲撃を防いでいるのだった。

 

レオ二ダスの艦長ではルグランジュ中将が叫んでいた。

「バグダッシュから連絡はないのか。」

「ありません。」

「あの役立たずめ。なにをやってるんだ。」

偽情報でヤン艦隊を混乱させ、それが無理ならヤンを射殺する。そうすればしょせん敗残兵と新兵のよせあつめ、ものの数ではない。

 

開戦後、30分が経過した。

ヤン艦隊のオペレーターが叫ぶ。

「グエン提督、敵艦隊のを中央突破成功。各個撃破に移ります。」

「敵の砲撃、とまりました。」

 

「司令。ちゅ、中央突破されました...。」

「!!し、司令、砲撃が、砲撃ができません!」

「なんだと。チェックしてみろ。」

やがてスクリーンというスクリーンの画面は、みほの笑顔とエリコ(容姿は水谷絵理)が可愛らしくあかんべーをしている画面にうめつくされる。

「やられた...。」

最大のスクリーンにすまし顔のみほとエリコの顔が映し出される。

みほの口からは彼女らしく丁寧な口調で勧告がなされる。

「ルグランジュ中将、砲撃一発、ミサイル一発撃てないです。悔しいかもしれませんが降伏してください。」

「なんだと!われわれは正義のために立ったのだ。降伏などしない。」

ルグランジュ中将は、激しい口調で言い返す。

「解除コードかなにかあるはずだ。どうにか解除しろ。」

画面上のエリコが小首をかしげて、相手を少しあわれむような顔をする。

「いくらやってもむだ?いったん解除した場合、ワンタイムパスワードが自動的に再発行されて動かなくなる?。」

「うぬぬ。」

その間にグエンはやすやすと敵艦隊をしずめていく。

「無抵抗か。つまらんな。」

グエンがそうつぶやいたとき

「グエン提督、いったん砲撃中止してくれ。」

グエンは今度こそつまらなそうな表情をしたが

「砲撃中止。」

と部下に命じた。

 

レオ二ダスの艦橋メインスクリーンにこんどはヤンの顔が映し出される。

「聞いてのとおりだ。ルグランジュ提督。降伏してほしい。」

「ヤン提督。わたしは貴官の才幹と良心を高く評価しているつもりだ。しかし、同時にその貴官がなぜ腐敗した同盟の体制をまた復活させるような行為をするのだ。」

「市民から選ばれた為政者が統治を行うのが民主主義だ。その誤りを正すのは市民自身でなくてはならない。」

追いつめられているにもかかわらず精悍なクルーカットの指揮官はほくそえんでいた。




ルグランジュ中将は自論に自信ありげだった。

次話に繰り越すため、末尾の議論を一部削除(9/30,21:31)


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第57話 ドーリア星域会戦(後編)

ルグランジュ中将はあくまでも持論を曲げなかった。


金髪をクルーカットにした精悍な指揮官は自信ありげにほくそえみながら反論する。

「迂遠なw。民衆は愚かだ。誤りを犯す。それを優れた者が指導してただすのだ。貴官は結局のところ帝国の専制に手を貸していることになるのだぞ。」

「優れた者か。ルグランジュ中将、あなたが指揮官として優れていたことは確かだが、同じように500年前のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムも優れた指揮官である一方、自己の正義を疑わない男だった。そのルドルフが何をしたか歴史の教科書をひもとくまでもないことだとは思わないか。」

「民主主義体制の腐敗を糾し、そのルドルフの置き土産の銀河帝国を倒すためにわれわれは立ったのだ。誰にも文句を言わせん。ヤン提督、貴官にはわかっていただけなかったようで残念だ。小管の最後の戦いが、名だたるヤン提督相手のものであったことを誇りに思う。救国会議万歳!」

銃声が通信回線に響いた。

両艦隊の乗員は、粛然として軍用ベレーを外して、目を閉じ、頭を前に傾けて弔意を表した。

第11艦隊の本隊は半数が残った。残存艦では、艦長が自決する艦が続出した。そして停止して、白旗表示を掲げる。

残存艦は、エリコによって自動航法プログラムを操作され、ヤン艦隊に連行される形をとった。

 

副官のフレデリカが上官に告げる。

「ヤン司令官。まだ敵は半分残っています。ご指示願います。」

ヤンはうなずき、

「全艦隊隊列を再編し、反転して第七惑星軌道方面へ向かう。」

「「「「了解。」」」」

 

そのころ第11艦隊分艦隊では激論が交わされていた。

「イゼルローン軍、予想宙域で確認できません。」

「謀られたか...。」

「ヤン艦隊は、第2惑星によるドーリアの太陽の蝕に乗じる作戦を逆手にとって本隊を側面攻撃した模様。」

「反転してヤンを攻撃すべきだ。」

「いや、ここで急戦したところで、本隊は壊滅している可能性がある。それよりもいったんドーリア星系を離脱し、ヤンがハイネセンを包囲するのを待ってその後背を襲うべきだ。」

「首都星にはアルテミスの首飾りがある。あの防衛システムは半永久システムであるうえに死角がない。短期間に首都を攻略するのは困難だ。そこをつけば勝機があるだろう。」

幸か不幸かルグランジュ提督がなくなった場合の次席指揮官が定まっていなかった。

 

「フィッシャー提督。」

「何かね。」

「恒星ドーリア表面にフレア活動が発生。徐々に活発化しています。」

「太陽風発生!3時の方向、敵艦隊、隊列乱れます。」

「いまだ、全艦砲撃せよ。」

 

「敵艦隊、9時の方向から接近。砲撃きます。」

「敵は第2惑星付近ではなかったのか。」

「うわあああああ...。」

フィッシャー分艦隊の攻撃が第11艦隊分艦隊の艦艇を引き裂く。

しかし、第11艦隊分艦隊の指揮官たちは、なんとか隊列をととのえ、組織的な抵抗をこころみる。

 

「敵艦隊分艦隊12時の方向に発見。フィッシャー分艦隊と交戦中。」

「エリちゃん?」

「指揮系統が統一されていない?戦隊ごとに無力化するしかない?」

第11艦隊分艦隊は、いわゆる部隊、任務隊、戦隊、小艦隊と呼ばれる小集団ごとに戦っている。そのため電子戦では小集団ごとに制圧するしかなく、本隊のようにスムースにいかない。

 

「あの...エリコさん。」

「みほさん?」

「わたし...兵士さんたちを少しでも助けたい。第11艦隊の皆さんも同じ同盟軍です。

政治がまちがってるから立ち上がった仲間なんです。わたし...なんとかしてあげたい。」

「みぽりん...。」

「やはり、みほさんはみほさんですね。」

華がつぶやき、優花里が微笑んでうなづく。華はこの時点でそのセリフを再びつぶやくことになるとは思いもよらない。おもわず口を突いて出たのだった。

エリコはほほえむ。

「一戦隊を無力化するごとに、こちらがその戦隊に属する艦艇を攻撃しないようプログラムする?」

「ありがとう。」

ヒューベリオンのスクリーンにみほの顔が映しだされる。

「ヤン提督。」

「ミス・ニシズミ?」

「この艦隊は、指揮系統がバラバラなので、ルグランジュ提督の本隊のようにいっぺんに「制圧」できません。でもエリちゃんが戦隊ごとに無力化するので、制圧された艦艇には砲撃しないよう火器管制システムに侵入することをお許しください。」

「ミス・ニシズミ...。」

みほはほほえむ。

ヒューべリオンの艦橋にあたたかい空気が流れた。フレデリカは感動のあまり、目が潤んでいる。

「わかった。ミス・ミズキ、お願いする。こちらにも制圧用プログラムとマニュアルを送ってほしい。」

「了解?」

エリコはほほえんで応える。

「エリちゃん、マニュアルあればわたしもやるよ。」

「わたしもやるであります。」

「わたくしにもやらせてください。」

沙織、優花里、華がエリコに声をかけ、

「ではプログラム送る?」

エリコはプログラムを送り、それぞれがコンソールを忙しく叩きはじめた。

 

「艦長、砲撃が、砲撃ができません。」

スクリーンにみほとエリコの顔が映し出される。

「皆さん家族のもとへ帰りましょう。選挙は熟考してわたしたちの代表を選びましょう。皆さんはきっと政治を変えられます。」

のメッセージが制圧された艦ごとに映し出される。

フィッシャー分艦隊とヤンの本隊は、一定の距離を保って、エネルギー中和磁場で砲撃をかわしていく。第11艦隊は、最初は沈む艦が多かったものの、やがて制圧されていき、撃沈される艦も減っていった。士気も徐々に落ちていき、そして第11艦隊の残存艦は結果的に全て無力化され、本隊で降伏した数と合わせて全体で半数を残して全面降伏した。

 

「第11艦隊敗北す。ルグランジュ提督は自決の模様。」

「第11艦隊は、半数を残して全面降伏。」

「半数残っている?どういうことだ?」

「ハッキングを受けて無力化され、降伏とのことです。」

「なんだと??」

「イゼルローン軍は、補給と整備の後、ハイネセンへ進行する構え。」

「各惑星の警備隊、義勇兵はイゼルローン軍に合流しています。」

救国会議は、緊急事態令、外出禁止令で犯罪や事故が減少したものの。消費物資の不足から物価が上がっていった。

「どうして物価が高騰するんだ?だれか不正をしているはずだ。きびしく取り調べろ。」

その結果わかったことは、不正などはなく物資が減っているために物価が高騰しているらしいということだった。

「これは経済現象だから、専門家のフェザーン人を呼んだほうがいいのでは?」

という意見が閣議で提案され、フェザーン商人が呼ばれることになった。




第11艦隊は制圧された。経済的な混迷が増し、救国会議では、経済顧問としてフェザーン商人を呼ぶことにしたが...


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第58話 ハイネセンスタジアムの悲劇です(前編) 

議長。

何かね。ベイ君。

あの女がハイネセンスタジアムで集会を開くそうです。

そうか。ベイ君よかったな。手間が省けたではないか。

全くです。やつらは気が短いから頭に血がのぼって早速弾圧をするでしょう。
一石二鳥というものです。

ふむ。しかし、フォーク君だったか、士官学校出の成り上がり者の彼は、用兵は下手でアムリッツアで2000万人殺したようだが、なかなか陰謀については狡猾なようだから気を付けたまえ。

はつ。尻尾はつかませません。
閣下の手の者の地球教徒が動いていますから。


「あなた方軍人は経済のことがわかっていない。ハイネセンは現在ほかの星域と隔離された状態にあります。ほかの星から物資が流れてこないのだから、いきおい自給するしかない。そうすると物資が不足し物価の高騰が起こるのです。流通機構の統制をやめて報道管制を緩めない限り、物資不足と物価の高騰は続きます。」

「そんなことを聞いているのではない。統制によって物価を高騰させない方法を聞いているのだ。」

経済の統制を一任されているエベンス大佐は問い返す。

「経済は生き物です。統制したところで予定通りには動きません。軍隊には上官が部下を殴ってでも命令に従わせようとしますが、そういう感覚で経済を論じられては...。」

「なにを。われわれは銀河帝国の専制主義者どもを倒して、人類社会に自由と正義を回復する。そのつぎはお前たち拝金主義者だ。金で人の心や社会を支配できるなどと思い上がるなよ。」

「それでは、物価が高騰しているんだから高額紙幣を発行しては?」

フェザーン商人はあきれたように言う。

(功績ある軍人ではなく、インフレを昂進させた無能な財政家として名を残すがいい。いい気味だ。私はもう知らん。)

救国会議政府は、1000ディナールで発行していた戦時債券を100万ディナールと交換できることにした。紙切れになるかもしれないという噂を押さえるためだった。それから預金封鎖を行い、すべて預金相当額を戦時債券としてのみ金融機関の窓口で引き下ろせることにしたため、一時は混乱した。また物資の流通ルートを押さえて、銃で脅し、すべて安い価格で買いたたいた。そしてハイネセンは配給制になった。また悪徳商人の摘発を行い、その財産を召上げた。

「どうだ、銃で脅したら物資を差し出したではないか。お前たちのいうとおりにする必要はないということだ。もう用はないから出て行け。」

フェザーン商人は何も言わずに出ていこうとしたが、その後頭部をエベンス大佐は撃った。

バキュー――――ンンン

銃声の後、商人はぐえっと言って口からも血をふいて倒れた。

「秘密を知っているやつを生きて帰すわけにはいかん。われわれの窮状が知れる。」

そして部下に汚いものを指差すように商人の遺体をの運搬を命じた。

「こいつを片付けろ。」

妙なうわさが流れていた。救国会議のメンバーの中にトリューニヒトへの内通者がいるという噂である。

プリンケプスは、エベンス大佐とベイ大佐に命じてうわさの発生源を押さえるよう指示した。

しかし、それは明かされることはなかった。後に生き残った者の処遇が、泥棒に鍵の見張りをさせていたことを明らかするのである。

さて、6月22日。国家行事にも使用されるハイネセン記念スタジアムにぞくぞくと人があつまってきていた。人の流れは朝から始まって、スタジアムだけでは収まらず最高評議会ビルのふもとまであふれ30万人を超えていた。

「なにやら人があつまってきています。」

「何が起こっているんだ?」

「「暴力による支配に反対し、平和と自由を回復させるための市民集会」を称しています。」

これまで同じような集会が数千人単位で行われてきたのをひそかに取り締まって、一切報道させないできた。集会が開かれているという通報があると、警察が来て、見せしめに数名ほど逮捕し、数日後に開放し、報道はさせない。しかし、今回ばかりは隠し通せそうもない感じだった。

「首謀者をさぐらせろ。」

「あの女か」

集会を開いている女性が特定された。それはかってテルヌーゼン補欠選挙で反戦市民連合候補ソーンダイク事務所のトップであり、先日の選挙で反戦派の急先鋒、公衆の面前でトリューニヒトを弾劾したことでも知られるジェシカ・エドワーズその人だった。

救国会議の幹部は最高執政官と称する男に目通りを願って通される。

「最高執政官閣下。」

「なんだ?」

「いま、「暴力による支配に反対し、平和と自由を回復させるための市民集会」で群衆どもが集まっています。」

最高執政官と呼ばれた血色のない細面の男は目をつりあげ、

「許せん。最高執政官のわたしの命令が聞けないというのか。そいつらを逮捕しろ。何をしてもかまわない。秩序をとり...すのだ。」

アムリッツアのヒステリーの後遺症かいくつかの言葉が不明瞭になるようだった。

戒厳令にもかかわらず彼女が拘禁されなかったのは、救国会議側が政府と軍部の最高幹部をとらえておくのが精いっぱいで野党まで手を回す余裕がなかったからだった。

集会を解散させエドワーズ議員を拘禁すべしとの命令が下され、クリスチアン大佐が三千の武装兵を率いてハイネセン記念スタジアムに向かった。

武装兵率いてスタジアムに乗り込み、入り口を固め銃で群衆を威圧するとクリスチアン大佐はジェシカを探し出して拘禁するように部下に命じた。

ジェシカは自分から、大佐の前に現れ

「わたしはここにいます。なぜ武装兵が平和的な市民の集会を邪魔をするんでしょうか。」

「秩序を回復するのにきまっている。大人しく我々に従え。」

「秩序ですって?暴力によって秩序を乱したのはあなた方救国会議のほうではありませんか。いったい何をもって秩序をだとおっしゃるのですか。」

「秩序の何たるかは、我々が決める。」

「衆愚政治のもとでゆるんだ同盟の社会をわれわれが矯正し、正常化させるのだ。空疎な平和論を唱える奴らが、命がけでモノを言っているかたしかめてやる。だれでもいいから10人くらいここへならべろ。」

「はつ。」

命令をうけた兵士たちが10人ほどの参加者をひきづってきた。参加した市民達から抗議のどよめきが上がる。

クリスチアン大佐は一瞬せせら笑って腰に装備されたブラスターをこれ見よがしに抜く。

「高邁なる理想を抱くお前たちにたずねたいことがある。」

「平和的な言論は暴力にまさるというのがお前たちの持論らしいが間違いないかね。」

「そうだ。」

一人の青年が震える声で応じた。

大佐は兵士にめくばせし、銃床で青年を突き飛ばし、鈍い音がした。

倒れたところをガチャリと手錠をかけた。

「つれていけ。」

若い男は連行されていった。



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第59話 ハイネセンスタジアムの悲劇です(後編)

このことを知った時無性に腹が立ったの。
どうして武器を持ってない人や女性に対して軍隊が偉そうに暴力をふるうの?
それをあまりやると目立つからって、こっそり殺しちゃうなんてなんかまちがってるよ。みぽりん、ヤン提督なんとかならないの?

沙織さん....

うん、ミス・タケベの言う通りだ。彼らは間違っている。民主主義国家の軍隊が存在する意義は単純だ。つまるところ市民の生活や生命を守ることに帰結するからだ。


「次の男。」

大佐はやせた中年の男にたずねる。

「貴様も同じことを主張するか?うん?」

こめかみにブラスターをつきつける。銃床に血がついている。

やせぎすの男は額とほおに冷たい汗の粒をにじませ、哀願した。

「許してくれ。わたしには妻子がいるんだ。殺さないでくれ。」

クリスチアン大佐は高笑いしてブラスターを振りかざし、男の顔面をなぐりつけた。上唇が裂け、折れた前歯と血が飛び散る。悲鳴をあげて倒れようとする男の襟元をつかんで、さらに殴りつけた。クリスチアン大佐は高笑いしてブラスターを振りかざし、男の顔面をなぐりつけた。上唇が裂け、折れた前歯と血が飛び散る。悲鳴をあげて倒れようとする男の襟元をつかんで、さらに殴りつけた。

鈍い音がして鼻の骨が折れた。男も手錠をかけられた。

「死ぬ覚悟もないくせにでかい口をたたきやがって。さあ、言え。平和は軍事力によってのみもたらされる。武器なき平和などあり得ない、とな。言ってみろ。言え。言ったら許してやらんこともないぞ。どうだ。」

「おやめなさい!」

青年の頭をささえていたジェシカが、青年を静かに横たえると、立ち上がって大佐をにらむ。

「死ぬ覚悟があればどんな愚かなこと、どんなひどいことをやってもいいというの?」

「愚かだと?」大佐はせせら笑う。

「甘っちょろい空疎な平和論と同盟の社会の正常化に立ち上がったわれわれのどちらに正義があるか自明だが。力なき正義は無効なのだよ。」

「暴力によって自らの正義を他人に強制する種類の人間がいるわ。大は500年前に銀河帝国の始祖となったルドルフ・フォン・ゴールデンバウム、小は大佐あなたに至るまで。あなたはルドルフの不肖の弟子よ。それを自覚なさい。そしている資格のない場所から出ておいき!」

大佐はせせら笑いをしたかとおもうとおもいきりブラスターでジェシカを殴ると、

「つれていけ。」

と兵士に命じ、手錠をかける。

「はなして。はなしてよ。」

「俺は、この兵士たちにお前を強姦しろということもできるんだ。覚えておくんだな。」

「さて、次!」

そして何人か逮捕していくうちに

「やめろ!やめろ!出ていけ!やめろ!やめろ!出ていけ!」

というコールが響いていく。

大佐に耳うちする者がいてクリスチアン大佐は、ほくそえみながらでていった。

このとき集会にあつまったのは20万人だったが、コンプラレールとリストレエコノスは3万人と報道した。トドスヨウムとライズリベルタは10万人を超えたと推察されると人数をぼやかしたにもかかわらず、抗議のメールやFax、電話が鳴り響いたため、3万人は超えたと思われると訂正の報道をした。後に電話は半分がプリペイド式、メールはその7割がオープンプロキシや全くのあかの他人のアドレスを使用していたことが判明した。

集会参加者はすべて写真をとられた。そして尾行された。

尾行に気が付いた者は、人目のつかないところまで追いつめられてつかまって、殴られた後青酸カリを飲まされ死体は目のつかないところに運ばれていった。住民票をはじめ公的機関が保管しているデータはハッキングで抹消され、銀行口座は預金封鎖され、一週間後には預金ごと消えていた。

また数日後、参加者の自宅にプロテクターを付けた人物が現れる。うむもいわせす数人がかりでバンに乗せられ殺される。また殺し合いを見て楽しむ施設に連れていかれ、薬を打たれてナイフで切りあいをさせ、死ぬまで殺し合いをさせた。蜂牢に何十人も閉じ込めて殺した。もちろんやはり住民票をはじめとするデータと銀行口座は抹消された。数日後には海に遺体がうかんでいる者もいたが顔が分からないようつぶされていた。

また体格が良かったり兵士として使えそうと判断された人物は転向して兵士になるようすすめられた。就職先はどこも勤められないぞとの脅し付きで。それに応じなかった場合は前述のような方法で殺された。それらはすべて目撃されないよう慎重におこなわれた。

プリンケプスの支持率は、マスコミによって常に35~55%の間の範囲で発表された。なんのことはない、無党派層と、「国民平和会議」支持者による党内支持率を足して二で割った数字をメディアに報道させたのだった。それはプリンケプスが支持されているという宣伝、野党や無党派への脅しと牽制、「国民平和会議」支持層に於けるプリンケプスの支持率を把握するためのものであった。そのため、時々20%代とか10%代という発表する夕刊紙、雑誌などのメディアはつぶされるか、救国会議の都合のよいニュースのみを報道する御用機関にさせられていった。

いくつかの自治体で正直に住民票が抹消されたと正直に表明すると何をしているのかといっせいにマスコミに叩かれた。また息子や娘の、一方では家族が行方不明で、住民票や各種公的機関のデータが削除されている人々に対しては大人しくしていれば何もしないが、政府に原因があると告発しようものなら家族がされたように抹殺、抹消された。そのため、家族を殺されても恨みを呑んだまま、だれもが口をつぐんだ。

また反政府活動、反政府思想を持つ者に対し密告を奨励したが、密告者も見張られた。密告者が良心の痛みを覚えて後悔して行動を起こそうものなら、同じように殺され、抹消されるぞと脅した。

またテレビには能面のような美女がいれかわりたちかわりプリンケプスを賛美する様子が毎日一日中放送されていた。その真ん中には満足そうな笑顔のプリンケプス、すなわち「フォーク」最高執政官が片手を前方斜め上に挙げていた。

ハイネセンは、500年前から450年前の弛緩していない銀河帝国の独裁体制やはるか1650年前に地球上に存在した独裁国家のようになっていた。

 



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第60話 諜報員さんお目覚めです。 

男は自分がタンクベットの中で寝かされているのに気が付く。


「ん、ううん。」

「!!」

(俺は、何を....。)

タンクベッドの中でのそのそと中年の男が起き上がってくるのが監視モニターに映し出されていた。

「スパイさんが起きたみたいだな。」

「今更後の祭りさ。ただ暴発しないように見張る必要はあるな。」

「シェーンコップ准将を呼ぶか。」

「そうだな。それがいいだろう。」

 

中年の細面のスパイ、バグダッシュは、なにやら殴られてから眠らされたらしいとおぼろげながら記憶をたどり、唖然とする。

(仕方あるまい。さて魔術師さんのところへ行ってくるか....。)

 

「ああ、あの男が起きたか。」

「はい。」

「わかった。連れていく。」

 

(あまり美味くないな。)

ヤンは食後の野菜ジュースを飲んでいた。

予鈴が鳴る。

「どうぞ。」

「バグダッシュ中佐が司令官にお話しがあるそうです。」

「すっかり見破られましたな。」

「まあ、そういうことだ。それで私を殺すつもりだったのか。」

「おっしゃるとおり、攪乱がうまくいかなければあなたを暗殺するつもりでした。とはいっても私がクーデターに参加したのも勝算ありと考えたからです。しかし、あなたの知略がわれわれの想像を超えていた。しかもあの女の子の部隊もとんでもない部隊だ。そうなっては仕方ない。」

ヤンは空になった紙コップの底をながめていた。

「あなたとあの小娘がいなければ全てうまくいったのです。余計なことをして下さった。」

「ん...それで貴官がわたしに面会を求めてきたのは不平を言うためか?」

「違います。」

「では何のただ?」

「転向します。あなたの下で使っていただきたい。」

ヤンは空の紙コップをまわしたり、もてあそびながらバグダッシュに尋ね返した。

「そう簡単に主義主張を変えられるものなのかな。」

「主義主張なんてものは生きるための方便です。生きるために邪魔なら捨て去るだけのことです。」

「わかった。」

ヤンはフレデリカを呼ぶ

「なんでしょうか。」

「バグダッシュ中佐のために船室はあるか?」

「わかりました。」

数日後、

「あの男が、食事に魚が付いていないと言い出しました。」

「魚をつけてやってくれ。」

また数日後、

「ワインがついていないと。それから給仕をとびきりの美人にしてほしいと。たとえば副官殿でもよいと。スパイとして入ってきたくせに、図々しいにもほどがあります。」

「いいさ、美人や婦人兵は無理だがワインはつけてやってかまわない。」

そしてその二、三日後バグダッシュは、ヤンの私室に現れた。会戦の事後処理、今後の作戦、部隊の再編などのデスクワークに忙殺されているところだった。

「中佐。まだなにかあるのかね。古代の中国に一芸をもって仕える臣下を抱えている王子が3人いたそうだ。そのうちひとりに仕えたある人物は、数日後、食事に魚がついていない、そのつぎの数日後には外出用の車がないってね。車はあげげられないぞ。」

「正直になところ、わたしも無為徒食にあきたんで仕事をしたくなったのです。なにか任務を与えてくださいませんか。」

「あわてることもないだろう。そのうち役に立ってもらうさ。」

ヤンはデスクの引き出しから銃を取り出す。

「わたしの銃だ。貴官にあづけておこう。わたしが持っていても役に立たないんでね。」

「これはどうも...。」

バグダッシュは、エネルギーカプセルが銃に装填されているのをたしかめると、ふっと笑みをうかべ

「ヤン提督!」

ヤンに銃を向ける。ヤンは自分に向けられた銃口をちらりと見たが何事もなかったように書類に目を落とす。

「貴官に銃を貸したのは内密だ。ムライ少将などは口うるさいからな。それだけこころえてくれたらいい。いずれ身分が確定したら正式に銃を貸与する。」

バグダッシュは短く笑うと銃を内ポケットにしまい、ヤンに敬礼をして向き直った瞬間、殺気を感じ、一瞬表情を硬化させた。

ユリアンが鋭い視線を向け、少年のもつ銃の照準はバグダッシュの心臓に向けられている。

バグダッシュは、おほん、とせきばらいをすると、両手を振って見せる。

「おいおい、そんな怖い顔をしないでくれ。見ていたらわかるだろう。冗談だよ。俺がヤン提督を撃つわけがない。恩人をな。」

「一瞬でも本気にならなかったと言えますか?」

「なんだと?」

「ヤン提督を殺せば歴史に名が残る....たとえ悪名であっても...その誘惑にかられなかったと言えますか。」

(このガキ言わせておけば...いい気になるなよ)

バグダッシュは一瞬ほくそえみ、その目がギラリと光り、ブラスターがとんで少年のプラスターを弾いて、手から落ちたかと思うと、次の瞬間、少年の背後からその頭にブラスターがつきつけられ、中年の男はにやつきながら「ぼうや、なめるなよ」とつぶやく予定だった。しかし、「...るな...」と言った瞬間に、亜麻色の頭はバグダッシュの腕の中から消えていた。その次の瞬間、少年と中年の男は、お互いがお互いを撃とうとしている。

それをみて拍手が聞こえる。

「おみごと。」

「シェーンコップ准将...。」

「ぼうや、じゃない、ユリアンだいぶ上達したな。」

「いえ...。」

ユリアンはヤンに向き直り、

「提督。ぼくはこの男を信用していません。いまは忠誠を誓っていても将来どうなるかわかったもんではありませんよ。」

ヤンは書類を放り出し、両脚をデスクの上に投げ出し、珍しく少年を軽くにらんだ。

「将来の危険など、いま殺す理由にならないぞ、ユリアン。」

「わかっています。ちゃんと理由はあります。」

「どんな?」

「捕虜の身で、ヤン提督の銃を奪い、それで提督を暗殺しようとしました。死に値します。」

「坊や。やはり、それは理由にならないな。あとでヤン提督やグリーンヒル大尉からなぜ理由にならないか詳しく聞いてみたほうがいい。」

シェーンコップが言う。

「そうなんですか。」

「そういうことだ。ユリアン。そのくらいで許してやれ。バグダッシュも充分肝が冷えただろう。気の毒に。この悪びれない男が汗をかいているじゃないか。」

ヤンは見破っていた。バグダッシュがユリアンににらまれたから汗をかいているのではなく、自分の立場が追い詰められたからだということを。

「でも提督...。」

「いいんだ。ユリアン。それじゃ、中佐もさがってよろしい。」

ユリアンは銃をおろしたが、バグダッシュを見る視線は厳しく鋭い。

「やれやれ、顔に似ず怖い坊やだな。あれをすり抜けたのは見事だったよ。君の目がいつも俺の背中に光っているのを忘れないようにするよ。ただ次があるとは思うなよ。」

そう言い捨てて、バグダッシュは背を向け手を振ってでていった。

「准将、ユリアンをよくあそこまで鍛えたな。頼もしい限りだ。」

「わたしも教師冥利につきましたよ。バグダッシュは百戦錬磨の諜報員です。スパイが簡単につかまったり殺されたりするわけにいかないですからな。ただ、スパイ同士でかわせるものであっても、白兵戦技はわたしのほうが上ですから押さえてたっぷりおねんねしてもらったわけですが、今回ぼうや...」

「ユリアン・ミンツです。」

「には、その上達ぶりをみせていただきうれしかったですよ。」

シェーンコップは言い直さない。

ユリアンは、もう...といういささか不満そうに保護者のほうに向きなおった。

「提督、ご命令いただいたらあの男を出ていかせはしませんでしたのに...。」

「あれでいいんだよ。バグダッシュはきちんとした計算のできる男だ。少なくともわたしが勝ち続けている間は裏切ったりしないさ。さしあたっては、それで十分だ。それに...。」デスクに挙げていた脚をおろして

「なるべく、お前に人殺しをさせたくないのさ。」

「そういうことだ。」

シェーンコップはユリアンの肩をたたいて出ていった。




ちょっと長いですが切りようがないのでそのまま投稿しました。


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第61話 武器なき戦いです。

ヤンは自分の見破った事実をバグダッシュに発言させてハイネセンの救国会議勢力に揺さぶりをかける。


8月になってイゼルローン軍は、バーラト星系外延部に達した。

ハイネセンまでは4光時、43億2千万キロ。太陽系で言えば海王星軌道よりやや内側にあたる。

ヤンがじわじわ進軍してきたのには理由があった。政治的効果である。

救国会議がバーラト星系すら満足に支配しえないこと、第11艦隊の敗北で機動戦力を喪い丸裸同然であること。以上のことにより、救国会議の全面敗北、クーデターの失敗を印象付けるためであった。

救国会議の支配が及ばなくなった地方紙はヤンとみほの戦術的勝利と名声を書き立てた。

それまで最高評議会政府と現在の救国会議政府のどちらを支持するのか決断を下せずにいた者もヤンとみほにつく旨旗色を鮮明にし、参集してきた。

各星系の警備隊、巡視艦隊、退役、予備役の将兵だけでなく、義勇兵を申し出る者もいた。

ヤンもみほも民間人を戦争に巻き込みたくないと考えていた。ヤンは、戦争に参加したがる民間人についてその精神構造を疑いたい気分だったが、自発的意思から出たものであるがゆえに拒否できなかった。抵抗権、すなわち同盟憲章にある人民が権力の不正に対して実力で抵抗する権利まで持ち出された日には、しぶしぶ認めざるを得なかった。

一方、そういった状況にも関わらず救国会議側もあきらめてはいなかった。

「われわれには、まだ死角なき攻撃が可能な「アルテミスの首飾り」がある。これあるかぎりいかなヤンや小利口な小娘と言えどもハイネセンの重力圏内に侵入できようはずがない。」

エベンス大佐がいい、プリンケプスが頷いた。救国会議の面々の表情にやや晴れの光が差した。

「我々はまだ勝ってはいない。」

「「アルテミスの首飾り」ですか?」

ムライが尋ねるが、黒髪の青年提督はこともなげに答える。

「いや首飾り自体は大したことはない。無力化する案はいくらでもある。」

みほもうなずく。

「それよりも、たとえばハイネセンに住む10億の市民の命を人質にとったりすることだ。そこまでするとは考えたくないが...。わたしに考えがある。バグダッシュ中佐を呼んでくれ。」

「バグダッシュ中佐、貴官にやってほしいことがある。」

「なんなりと。ですが、なにをすればいいのです?ご命令とあればハイネセンの潜入も可能ですが?」

「それでプリンケプスとエベンス大佐のもとに駆け込むか?」

「これは心外ですな。」

あきれたように両手を広げてみせる。

「冗談だ。証人になってほしい。貴官は救国会議の内部事情に通じているからこそ可能なことだ。」

「で、具体的には?」

「今回の救国会議のクーデターが帝国のローエングラム侯ラインハルトにそそのかされたものだという証人にだ。」

バグダッシュは驚き、思わずまばたきする。

「とほうもないことを思いつかれましたな。」

「この話を持ってきた者は誰だ?知っている範囲でいいから話してほしい。」

「いまさら隠し立てできませんな。アーサー・リンチとフェザーンの商人を名乗る男たちということですが...。」

「なるほど。物的証拠はないもののやはり予想した通りだな。」

ヤンはそうつぶやくと間をおいて

「信じられないのも無理はないが、とにかく証言はしてもらう。詳しい台本や物的証拠が必要なら作ってやってもいい。少々フェアではないがやむを得ない。どうだ?やれるか?」

「わかりました。わたしは転向者だ。なんでもお役に立ちますよ。」

「中佐、さがってよろしい。具体的なことは追って指示する。」

「はつ。」

敬礼して細面の中年男が下がる。

「大尉。」

「はい。」

「「アルテミスの首飾り」を攻撃する方法について技術的な詳細を詰めたい。みんなを会議室に集めてくれ。」

「はい。」

「ああ、大尉、心配ない。「アルテミスの首飾り」を破壊するのに一隻の戦艦も一人の犠牲も出さないことを約束するよ。」

スクリーンにバグダッシュの顔が映し出された。救国会議のメンバーにとっては不快きわまる驚きだった。一名を除いては。

「自由惑星同盟の市民諸君、兵士諸君。わたしは救国会議のクーデタに参加したバグダッシュ中佐である。私は諸君らに隠された重大な事実を伝えねばならない。わたしはこのクーデターが国を憂える大義と考えて参加した。ところがそうではなかったのだ。現在わが国だけではなく銀河帝国でも史上最大といってもいい大規模な内戦が行われていることは周知のことと思う。これは偶然だろうか?いやそうではない。このクーデターはその帝国の内戦の一方の当事者であるローエングラム侯ラインハルトの策謀によって引き起こされたものであったのだ。彼は、帝国を二分する内戦をひかえ、われら同盟軍に介入させないため、われわれを分裂させたのだ。私はその事実を知り、この軍事革命が帝国の野心家どもとそれらに踊らされた一部不平分子よる暴挙でしかないことを知った、諸君このクーデターには正義はない。このうえは一刻も早く内乱を収拾して国家の再統合を図るべきだ。」

「バグダッシュめ。恥知らずの裏切者め。よくもまあぬけぬけと人前に顔を出せたものだな。」

首席最高執政官ライトバンクは、

「反撃の手はもう打ってある。心配するな。」

とほくそえんでみせた。

数日後、同盟中にリストレエコノス、コンプラレール、週刊誌デレチャプリマの紙面に

「ヤン・ウェンリー、副官と副司令官ミホ・ニシズミとのただれた関係。」

「ヤン・ウェンリー、ロリコン疑惑。」

などの文字が躍った。

フレデリカが、軍に入隊してまもない時期の休暇に、酒の入ったヤンにさそわれ、強引にキスを迫った。いやがると「大人の恋愛はこういうものだ、もう二十歳にもなってバージンとはねえ。」などといわれ、翌日はラブホテルにさそわれた。フレデリカは拒否したのでさたやみになり、そのことを隠したいヤンが、キャゼルヌに働きかけ、副官にした。実は父親であるグリーンヒル大将は怒っている。だから救国会議に参加しないのに、フレデリカの副官の任を解かないのだ、といった記事、また、ヤンは、野党議員ジェシカ・エドワーズとグリーンヒル大尉だけでなく、ミホ・ニシズミの三またをかけている。たとえば、アムリッツア会戦前の作戦会議で見つめあってるような画像、みほがヤンの執務室へ出はいりしている様子が載せられ、執務室からみほの嬌声がもれているなどのあやしげな一兵士の証言が掲載されていた。ミホ・ニシズミは海賊討伐ののみでいやけがさし、ヤンにさそってもらえるよう猟官運動をして、ヤンも人事権を使い、クブルスリー、シトレのラインでイゼルローンに配属された。特別な戦艦ロフィフォルメも与えられた。ヤンはかってブルース・アッシュビーを研究していたことがあり、英雄と同じ手口で口説こうとしたが、ミホ・ニシズミは、ヤンが下手なのでいやになって、ヤンは強引に手籠めにしようとした。ヤンには帝国からの亡命者で強力な白兵戦部隊薔薇の騎士がいるために二人は逆らえず、ヤンも自分の淫行がばれないよう二人を手元において見張っている売国者だ、という記事もあった。




一方、プリンケプスはアムリッツアの作戦会議を通したように巧みな対抗手段を打ってきた。


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第62話 やだもーあいつが皇帝になっちゃったよ。みぽりん;;

ゴシップ記事の効果にほくそえむプリンケプスには、さらなる「栄誉」が与えられそうな提案がなされた。


ヤンとみほとフレデリカを標的にしたゴシップ報道にチームあんこうの面々は憤った。

「これ、なに?ひどいー!」

「西住殿、これはひどいであります。」

沙織と優花理は思わず叫ぶ。麻子や華も不愉快そうに顔をしかめる。

みほはだまっている。

「みぽりん?」

みほはかすかに頬を赤らめ、微笑んで答える。

「わたしは...ヤン提督とフレデリカさんに迷惑がかかってないか心配...。」

 

「閣下?」

「ん、なんだい?大尉。」

「こんな記事が...。」

「ああ、怒る気もしないな。心配いらないよ。ファンレターが減ってほっとするかもしれない。大尉にはファンレターの整理までさせてるから申し訳なく思っているから実はほっとしているんだ。」

ヤンは、ファンレターをすてるわけにもいかないので、全てとっておいているのである。しかし自分では整理しきれないので、いざというとき対応できるようフレデリカに検索しやすいよう整理させているのた。民主主義国家の軍人として納税者、国民の期待にどこまでも誠実でありたいというヤンの矜持を理解してフレデリカはファンレターの整理をバカにせず行っていた。

「ただ...ミス・ニシズミと大尉やみんなに迷惑がかかっているな...謝ってすむこととは思えないが申しわけない。」

「閣下...。閣下は、なにもそのようなことはなさっていません。」

「うん。ありがとう。気になるのは、これらの記事は一貫していやに大尉に同情的であることだ。本文には載せることはあっても見出しには出さない。記述の裏になにがあるのか興味があるな。」

「父が救国会議に属しているからでしょうか?」

「それはあるだろう。ただ奇妙なのはクーデター時に査閲部長の指示で訓練が行われたはずだし、グリーンヒル大将が放映時に映し出されてもいいはずなのに映しだされず、ライトバンク氏、すなわちフォークが代表として映し出された。大尉に対して同情的な割には、こちらを揺さぶるためにグリーンヒル大将を映してヤンのもとから戻ってこいという呼びかけのようなものがない。」

「というのは...。」

「大尉は、そういうことを想像もつかないだろうが、グリーンヒル大将を映し出して大尉に対してもどってこいと呼びかけることは、大尉の信頼性を失わせ、こちらの結束をゆさぶる効果があるんだ。有利な点しかないはずなのにそれをしない。だから何か隠しているんだろう...言いにくいことだが最悪な場合...。」

「父の身に何か...。」

「確証はない。そうだな。憶測はやめよう。ただ、事故で入院中とのことだが全く情報が流されない。なにかあると考えていい。あの連中は情報が流れることを最も恐れている。1600年以上前の地球上の社会主義国家で情報が閉ざされたと同じことをしているのは確かだろう。」

「それからこれがもっと重要だが、イゼルローンの兵士たちの士気に影響しかねないことだ。反論と正しい情報を提供してほしい。」

「はい。わかりました。」

さて、ヤンへ向かっていた義勇兵の申し込みがとまった。

またハイネセンでは「政治犯」が銃殺される様子が報道された。

フレデリカは、イゼルローン内に正しい情報を中継するとともに、三社に抗議の手紙を送ったが握りつぶされた。

仕方がないのでヤンは全同盟に向けて放映された写真についての説明と作戦会議での様子、プリンケプスを名乗る男がアムリッツアの敗戦の原因であることを伝えたが、ハイネセンに近い惑星では報道管制がひかれ、とくにアムリッツアの戦犯である部分については、割愛され、代わりに新たなヤンの淫行疑惑やわいろを取っているなどのゴシップ報道が繰り返しなされた。アッテンボローについての記事もあり、例の「ジャーナリスト」たちが仕返しのためにここぞとばかりに「報道」しているのだった。

 

しかし、この状態を快く思わない者がいた。ヤンがハイネセンを陥落できなければ政権復帰がほぼ不可能になる細面で端正な顔の男だった。

「私はいつまでもこもっているつもりはない。そろそろフォーク君には隠退してもらわなければならんな。どうすればいい?」

「フェザーンとしてもブレーンとして送った者が救国会議の窮状を隠すために銃殺されています。だまっているつもりはありません。やつの性格は尊大です。後世に自分の名前を残したいという気持ちが強いでしょう。奥の手があります。」

「わかった。まかせる。」

 

「プリンケプス様。」

「なんだ?」

「この際正式に皇帝になったらいかがでしょうか。そして新たな中央銀行を作り、ご自身の横顔を刻んだ通貨を発行するのです。この通貨以外は使えないことにすれば、いくらヤンが補給のための資金を集めようと無価値になります。いまプリンケプス様の行った淫行疑惑や汚職報道のおかげでヤンは打つ手がなくなっています。とどめをさすことができるでしょう。またフェザーンの守銭奴どもの鼻を明かせますから政権内でも賛意が得られるでしょう。」

その提案は、自分が無視してきたアムリッツアの敗戦の補給無視のような作戦計画の失敗を考えなくてもいいし、敗戦が続いて、かげりが出始めていた権威を一発逆転で高める提案のように思われた。しかも、救国会議内でも、フェザーンの守銭奴どもの鼻を明かせるということで中央銀行の設置と新通貨発行は賛意を持って受け止められた。

 

「そうか、そうか。わかった。即位式の日取りは一週間後とする。」

一週間後、

「全同盟に告げる。わたしは、ここに本日をもって汚職にまみれた自由惑星同盟を廃止し、ライトバンク帝国の成立を宣言する。これは新たな時代の到来と全銀河が統一されるための第一歩である。銀河帝国を滅ぼし、われライトバンクこそ唯一の皇帝であることを示すのだ。」

ナポレオンのような皇帝服を着て、玉座の近くの第に帝冠が置かれている。

プリンケプス・プログレスリーは、帝冠を自ら被る。

サクラとして動員された群衆が、わあああと歓声を上げる。

「皇帝アウグスト・プログレスリー万歳!ライトバンク帝国万歳!」

この模様は一斉にマスコミによって報道され、ライトバンク賛美が新聞でもテレビでも流される。

この報道では、新帝国成立に伴なって新貨幣アサリオンが発行されることが伝えられた。この報道にあたって、旧同盟ディナールと新通貨アサリオンを交換すること、高額な謝礼が支払われることを条件にサクラが動員されたのだった。ライトバンク帝国初代皇帝尊厳者プログレスリー1世、すなわちフォークは、得意の絶頂だった。

(新通貨には、自分の横顔が刻まれただけでなく、同盟の財政再建を実施して、栄光の中で新皇帝として即位し、帝国と伍する新王朝を建てる。なんて偉大な自分にふさわしいのだろう。)

しかし、辺境星域では、新貨幣アサリオンと旧同盟ディナール交換の特典はなかった。なぜなら皇帝をかこんでサクラをすることは不可能だったから放置されたのだった。

 

さらには、あらたな中央銀行と新通貨の発行について激怒した者たちがいた。同盟に巨額の債権を持つフェザーン商人たちだった。

 




フォークが皇帝になったというニュースを聞いて
沙織は
「やだもーあいつが皇帝だって;;みぽりん。」
麻子は、軽く鼻を鳴らして
「帝国を倒すための一時の方便と言っていたのに、自分が皇帝になって負けたら恥ずかしいな。」
と聞こえよがしにつぶやく。
それが結構大きな声だったので
「麻子!」「冷泉殿!」
思わず沙織と優花里は、盗聴器から政府に状況が伝わらないか心配して麻子の口をふさごうとした。


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第63話 本当にあのお方なのでしょうか?

わたくし、五十鈴華と申します。
いま大変なことになっています。
お花でどうやって表したらいいのでしょうか?想像もつきません。
それからあの方がスクリーンに映し出されました。
フレデリカさんのお父様であるグリーンヒル大将閣下です。


フェザーン商人たちはは同盟のマスコミに資金を流しはじめた。

まず口火を切ったのは週刊誌デレチャプリマだった。

「皇帝プログレスリー・ライトバンクの正体-アムリッツア最大の戦犯-」

と題して、ライトバンクがフォークであること、アムリッツアの最大の戦犯であること、バグダッシュの言ったことは本当であることを報道したのだった。

「陛下、このような記事が....。」

「わかった。」

皇帝プログレスリーは、なにやら鳴らして陰からプロテクターを頭に付けた黒い兵装の男が現れる。

「陛下、いかようで?」

「この雑誌社を襲撃しろ。見せしめにするのだ。」

男は、多少逡巡したものの

「わかりました。」

と答えて出ていった。

しかし、その雑誌社の周囲にも自分たちと同じ連中がまもっているのに気が付く。

「どうしたことだ。お前たちは?」

「お前こそ、皇帝を名乗る偽物になぜつくのだ。アムリッツアで同盟を崩壊させた戦犯で帝国に作戦を漏らした売国奴だぞ。」

「そんなことはない。トリューニヒトこそフェザーンの守銭奴に国を売った売国奴じゃないか。」

憂国騎士団同志がそれぞれの主張を繰り返し、お互いを説得させようとするが、そこへ黒いフードをつけた司教が現れる。

「おお、猊下、いかがなされました?」

「なんのさわぎかとかけつけてみたらこういうことか。あのバグダッシュとやらのいうとおりだ。いまは一致の時。われわれがあらそうことは異教徒どもを喜ばせるだけだ。わかったな。」

「ははつ。」

憂国騎士団がデレチャプリマを攻撃しないことが報告された。

救国会議軍も雑誌社を直接攻撃するのをためらうようなので、私服の公安警察が使われた。公安警察がデレチャプリマの社屋にのりこんだとき、当該記事を報道した編集部はもぬけのからだった。他の社員は知らぬ存ぜぬで、うそをついているとは思えず、勇ましく抗議をした社員をつかまえて引き返さざるを得なかった。

捕まえた社員を薄暗い部屋に連れ込んで拷問したものの、何も知らない様子だったので、金を受け取って黙らせることに同意すれば解放したが、断固として抗議を続ける者は睡眠薬をのませて「処分」した。

その間にもテレビ報道がなされた。意外にも次の中継は保守系のコンプラレール系列のテレビ局によるものだった。「シロン、アルーシャで反政府デモ」と題して、反帝政派によるものという比較的冷静、むしろライトバンクよりの報道であったが、「ライトバンク=フォークは即刻退位せよ」「偽皇帝やめろ!」「帝国の手先出ていけ!」などのプラカードが映された。

続いて翌日には、ライズリベルタ、トドスヨウムの紙面に、「皇帝プログレスリーのアムリッツア戦犯説立証の文書発見される。」が一面であらわされ、「帝国元帥ローエングラム侯による作戦指示書発見」「バグダッシュ大佐の証言裏づけ」、社説には「プログレスリーはただちに皇帝を退位し、同盟憲章による共和制を復活させよう」とのせられた。そしてこれが連日報道され、コンプラレールやリストレエコノスさえ似たような報道を繰り返した。

憲兵隊と機動隊が差し向けられ、ライズリベルタ、トドスヨウムの両社の社屋は華々しく攻撃されている様子が、放映された。今度は救国会議軍の半数も加わった。その周囲には、売国マスゴミをたたきつぶせ、左巻きをしめあげろと市民団体が快哉を叫んだり、絶叫したりしていた。

 

一方で救国会議軍の足並みがそろわないのを露呈させることになった。なぜフォークのために戦わなければならないのか、政治腐敗を糺すためにたちあがったはずだ、といった良識派が無言の抗議の意味で加わらなかったのである。

 

ライズリベルタ、トドスヨウム社の攻撃に加わったのはリベラル派憎しという極右思想をもつ士官や兵士の多い部隊だった。救国会議軍のなかでそういった部隊に属する良識派は無言で辞職願を出し、退役者が続出した。そしてなぜか彼らをすすんで雇う会社が現れる。その会社での雑談でますます反政府、反救国会議の意識がじりじりとひろがっていった。

 

翌日全放送局で「カッシナ、スヴァログ星系、エル・ファシルで大規模デモ」が報道される。

カッシナは、シトレ元帥の故郷でもあり、おなじみの「フォーク=偽皇帝退位せよ。」「民主制回復」「立憲主義を守れ!」といったプラカードのほかに「シトレを議長に」というプラカードも見られた。スヴァログ星域は巡視艦隊がいちはやくヤンに組すると宣言した星系である。また、エル・ファシルはヤンがエル・ファシルの奇跡と称される300万人の民間人救出を行ったこともあり、帝国への危機感とあいまって星全体がヤン・シンパのようなものだった。

その翌日、シャンプールでの大規模な反政府デモが報道された。

皇帝プログレスリーはハイネセン周辺惑星の放送局には都合の悪い報道をさせないよう、圧力をかけて、自分たちのシンパの記者たちでかためたが、電波ジャックをされてハイネセンを含む惑星系にも報道された。

皇帝プログレスリーは激怒し、どこがのっとられたのか血眼でさがさせたがわからなかった。

「陛下、どうしますか。」

「ふん、奥の手がある。」

皇帝プログレスリーはこの場に及んでも平然としていた。

(あのときヒステリーになったぼくとはちがう。ぼくはずっとせいちょうしたのだ。なにしろしそんのこうていなのだから。)

 

翌日ハイネセン中央放送局では、

英国風の紳士の顔が大きく映し出された。

「!!」

フレデリカをはじめヤン艦隊のクルー、みほたちもおもわず目を見張った。

「査閲部長より、同盟の市民諸君、兵士諸君及びヤン・ウェンリーに告ぐ」と題する放送が全同盟へ向けて行われたのだった。

「同盟の市民諸君、兵士諸君、わたしは、査閲部長ドワイト・グリーンヒルである。憶測が流れているようだが私は無事だ。ヤン・ウェンリーよ。君は、私の娘を手にかけて、その事実を隠すために帝国からの亡命者である暴徒を手なづけておどし、君の副官にして隠ぺいしようとしてきた。わたしは、君がかって研究したブルース・アッシュビーのような優秀な将帥であり、そのような事実があっても娘に対し責任をとってくれるだろうと考えわたしは耐えた。しかし、そのわたしの忍耐を、君は裏切り、ほかの女性に手を出した。そして正義のために立ち上がった政府、そして神聖にして不可侵である正統なる皇帝プログレスリー・ライトバンク陛下に対し、君は、イゼルローン軍を私物化し、正当なる政府及び皇帝に対し、不法な兵を起こしている。このような君の暴挙はわたしの予想すら超えていた。そんなことが許されるのだろうか。ゆるされるはずはない。フレデリカよ、そんな男のもとを一刻も早く去りなさい。これまでの反政府よりの報道はフェザーンの守銭奴どもの工作であることが、こうしてわたしが姿を現したことによって証明された。兵士諸君、市民諸君。前政権がなにをやってきたか思い起こしてほしい。彼らは政治や軍を私物化して私腹を肥やし、挙句の果てにアムリッツアの敗戦を招いたのだ。ヤンよ、君は私が単なる合成画像であろうなどと反論する気だろうがそうではない。何か質問してみるがいい。」

「ではグリーンヒル大将。あなたは、フォークの悪行を知っておられたはずです。なぜ民主主義の本義にもとるこのような軍事革命に加担なされたのですか。」

画面上のグリーンヒルは答えた。




果たして、画面上のグリーンヒル大将はどう答えるのか?


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第64話 始祖ハイネセンの「氷塊」です。

ヤンは画面上のグリーンヒルに問うた。


「ではグリーンヒル大将。あなたは、フォークの悪行を知っておられたはずです。なぜ民主主義の本義にもとるこのような軍事革命に加担なされたのですか。」

「君は神聖不可侵な皇帝陛下を侮辱するのか。娘を手籠めにしても足りないのか。」

「わたしが娘さんを手籠めにしたとおっしゃいますが、この放送は反論しています。どうお考えですか。」

録画したものを見せる。

「答える必要を認めない、権威に従いたまえ。」

ヤンとフレデリカとみほたちは、グリーンヒルはこんな感情的なことを語る人物ではないことから疑いが深まった。

「グリーンヒル閣下、あなたは民主国家の軍人として尽くしてきました。そのあなたはどこにいらっしゃるのですか?」

「答える必要を認めない、権威に従いたまえ。」

この返事を聞いて、ヤンは、ははあ、と思った。ほぼ確信がかたまったのだ。おそらくAIかなにか使って答えさせているのだろう。一見質問に答えているように見えればいいのだ。三種類ほどつくっておけばたいていの質問に答えられる。もっとも相手の土俵に乗らないために質問に答えないで、言いたいことで返事をするという手もある。その場合は質問を予想する必要はないのだ。

ヤンはバグダッシュにグリーンヒルが語る言葉を音声録音させ、エリコにこれまでの会議ライブラリーに記録されたグリーンヒル大将の発言を拾い出す作業をさせていた。合成画像の可能性が高いと疑ったからである。

「どうだ、ヤン大将。反論できないだろう。私の勝ちだ。君は用兵巧者であるのは認めるが、討論ではかならずしもそうではなかったな。」

「発生源逆探知成功?」

エリコがほほえむ。

「わたしは、第14艦隊副官で情報士官エリコ・ミズキ大佐?同盟市民の皆さん、兵士のみなさん?これは僭称者プリンケプス、アンドリュー・フォークのウソでねつ造?。合成画像。これがグリーンヒル大将の声紋との比較?」

グリーンヒル大将の声紋グラフの比較画面が全同盟に流される。微妙な違いだが合成音声であることがはっきりする。

「なんだ、やめさせろ。」

「無理です。のっとられました。」

ライズリベルタとトドスヨウムにつづき、コンプラレールとリストレエコノスも最初は、新通貨が首都周辺しかできていないことを批判していたが、ヤンの淫行疑惑は全部作り話であることを系列週刊誌や保守系週刊誌リストレマレエ、タブロイド判で連日報道し始めた。

マスコミは、親ライトバンク派とフェザーン派にわかれて報道合戦をはじめたが、資金源で親ライトバンク派はじわじわと圧倒されていった。

スタジアム以後に目立たないところで暗殺された人が多くいることも報道される。

そのことはイゼルローン軍にも伝わってくる。

「ハイネセンの放送が変わったね、大尉。」

「そうですね。閣下。」

「たぶん中央銀行と新通貨が効いているんだと思う。軍事政権で経済が統制され、しかも中央銀行設立と新通貨の発行を行ったものだから債権を踏み倒されると考えてフェザーンが動いたのだろう。あまりこのましい状況ではないがこちらへ流れが傾いてきている。」

「閣下、今後どうなさるのですか。」

「大尉、作戦会議を招集してくれ。いっきにかたを付ける。」

 

会議室でヤンはおもむろに口を開く。

「作戦の説明をはじめる。この作戦は、かってアルタイル第7惑星から天然ドライアイスの塊の宇宙線で脱出し、自由惑星同盟を建国した始祖ハイネセンの故事にならった。」

「バーラト星系第6惑星シリユーナガルで氷塊の採掘を行う。ここで一立方キロメートル、10億トンの氷塊を12個切り出す。

これを円筒形に整形して、中心軸をレーザーで貫きバサード・ラム・ジェット・エンジンを取り付ける。前方に磁場を発生し、星間物質をからめとり、エンジン内で圧縮加熱され、核融合反応が起こり、すさまじいまでのエネルギーを後方に吐き出す。高速になればなるほど、星間物質の吸収効率があがり、幾何数的にスピードを増大させ、亜光速に達する。そうすると10億トンの質量が200倍を超える質量となる。ここで問題なのはハイネセンに落下させずにアルテミスの首飾りだけを破壊できるよう軌道計算を行う必要がある。何か質問は?」

「十二個すべてを破壊してかまわないのですか。」

「かまわない。全部壊してしまおう。敵に交戦の意思をくじけさせることと、一つでも残すと味方に被害がでるからだ。」

 

「皇帝陛下!」

「なんだ?」

「敵の攻撃がはじまりました。」

「なんだと。ヤン・ウェンリーめ。」

「きょ、巨大な氷塊が12個亜光速で接近してきます。」

「あ、アルテミスの首飾りが...。」

「どうした?」

「す、すべて同時に破壊されました。」

「一つ残らず...。」

アルテミスの首飾りが恐ろしいのは一つの衛星を攻撃しても他の衛星が支援するように作動するので結局同時に複数の衛星を相手にすることになり、その攻撃と防御には死角がないことであった。しかもビーム兵器はその鏡面装甲で反射されてしまうので、いかな大艦隊であってもこの衛星の攻撃を防ぐのは容易ではない。だからキルヒアイスはカルトロプ動乱鎮圧のため、遠距離からの指向性ゼッフル粒子の散布によって衛星を自爆させ、艦隊戦で、執拗にミサイル発射口を狙ったのだった。

救国会議の面々はうなだれた。

 

反救国会議のメディアはこの模様を放映した。

「アルテミスの首飾りが、イゼルローン艦隊によって破壊されました。」

「どのようにですか?」

「ひとつ残らずです。その模様です。」

氷塊が亜光速で次々に戦闘衛星を破壊する様子が映し出される。

「なるほど…ほんとに全部ですね。」

「今後様々な憶測を生むでしょうが、おそらくヤン提督は、早期終結を図ったのでしょう。」

「そうみるのが妥当かと考えます。中途半端に残しておくと、ハイネセンへの降下時に多大な犠牲が避けられませんからね。何しろ光学兵器は衛星表面で反射されてしまいますし、正攻法では少なくとも3万隻ほどは用意しないとほぼ不可能でしょう。」

 

「ぐぐぐ…消せ!消せ!」

エベンス、ブロンズは叫んだ。

 




この場面は銀英伝でも印象的な場面ですね。ヤンがこの作戦をとったこだわりが感じられるので、イゼルローンの無血開城以上の「奇跡」と言えるかもしれません。


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第65話 そど子に「校則違反」でとりしまってもらいたい。わたしの遅刻よりも大問題だぞ。

同盟からの亡命者ですが...

地球教徒が保護してきたのだな。

彼は同盟の「大きな市場」を提供すると言っていますが....

命に係わる市場だからな....家族にも長生きしてもらいたいし、自分でも少しでも長生きしたいものだからな...その条件に応じろ。なに空手形にしたってかまわん。やつにはだまっていたが、トリューニヒトも同じ条件を提供していたし、やつが戻れなくてもわれわれには協定の公式文書が残るわけだからな。

それから同盟の右派は、親トリューニヒトと背後にピエドラフェール財閥のいるやつとで大きく二分されている。右派にまともな人材がいないわけじゃないが、コンプラレールもリストレエコノスもわがフェザーンが操っているから、表にでてこれん。リベラル派はいうに及ばず。ヤン・ウェンリーは野心がないから結局同盟にはクズしかいないということだ。

いざというときに御輿としてかついで傀儡としてすえるために帝国にやつを提供するという価値はある。そうでなくてもフェザーンにとって都合悪い政府を挿げ替えることができる。同盟の国論は二分されるだろう。帝国にとっても攻めやすくなる。
同盟はせいぜいわれわれに食い尽くされて干からび、帝国に「処刑」されて滅んだところをわれわれが金髪の孺子によって統一された帝国を裏から経済的に支配するというわけだ。



「皇帝陛下...ではない、フォーク!」

「なんだ。無礼な。」

「たしかに君のところの資金源がなければこの革命は不可能だった。しかしもう終わりだ。」

「終わっていない。終わっていない。ハイネセンの10億人を人質にするんだ。」

銃声が響いた。

額からは血が流れない。

「??」

銃声が繰り返し響き、フォークの身体には穴が開いているはずだが血は出てこない。その代わりに火花が傷口かから飛び散る。

服と皮膚が破られ、現れたのは、鈍い銀色の光を放つ人型の姿をしたモノが姿をあらわした。

「イキョウトニシヲ、イキョウトニシヲ、イキョウトニシヲ...。」

それは、ひたすら棒読みでそのようにつぶやいた。おそらくフォークの意識が埋め込まれた部分が破壊されたためだろう。

ガチャ、ガチャ、ガチャ....

金属がこすれあってきしむ音をたてて、大佐のほうに歩いてくる。

その身体からチッチッチッ...と時間を刻むような音がする。

「!?」

「時限爆弾だ。そいつには時限爆弾がしかけられている。逃げろ。」

誰かが叫び、救国会議の面々はその会議室から出た。

ドッガアーーーーーン

爆発音がして数分前まで皇帝プログレスリー=フォークだったロボットは爆音を発し、金属片と煙をまき散らして、ばらばらになって飛び散った。

煙が落ち着いてきて会議室に戻る。エベンス大佐は 部下の兵士たちに

「このけがわらしいものを片付けろ。」とロボットの金属片を片付けるよう指示をした。

「ヤン提督の艦隊が衛星軌道上に展開、降下しようとしていますが、どういたしますか?」

「通信回線を開け。俺がヤン提督と話す。」

「救国会議最高首席執政官代行として同盟軍大佐エベンスが話をしたい。攻撃は無用だ。われわれがこれ以上抵抗するのが無益だと悟った。全てが終わったのだ。」

「それはけっこうだが...前から疑問に思っていたのだがグリーンヒル大将はどうなさっているのだ。」

「グリーンヒル閣下は、何者かに襲われて事故になり、重傷で入院されている。それ以上のことは面会謝絶でわからない。」

「ヤン提督。われわれの目的は民主共和政治を浄化し、銀河帝国の専制政治をこの世から抹殺することにあった。その理想を実現できなかったことが心残りだ。ヤン提督、貴官はどういうつもりかわからないが、結果として帝国の専制の存続に手を貸したことになるのだぞ。」

「専制とは、市民に選ばれない為政者が権力と暴力によって市民から自由を奪い、支配しようとすることだ。ハイネセンスタジアムで君たちの仲間が丸腰の市民に対して何をしたか、そしてあの集会が終わった後に何をしたか。貴官たちがハイネセンで行っていることがまさしく専制であることの証左になっているじゃないか。」

「....われわれは市民から選ばれた。」

「一議員として選ばれた者が貴官たちの中にいるのは知っている。しかし、やっていることはルドルフと同じだ。貴官たちこそが専制者だ。」

「違う!断じて違う!」

「どう違うんだ?」

「我々が求めているのは自己の権力ではない。腐敗した衆愚政治を矯正して祖国を救い、効率化するために一時的に必要な措置であり体制なのだ。帝国を打倒するまでのかりそめの姿だ。」

「一時的な措置...ねえ...。」

「では問うが、これまで帝国と150年間戦ってきたが、打倒することができなかった。今後150年間費やしても打倒できないかもしれない。そうなったときも貴官らは一時的な措置と主張し、市民の自由を奪い続け、権力の座にしがみ続けるつもりか。」

「いま政治の腐敗は誰でも知っている。貴官も熟知していたはずだ。それを正すのにどんな方法があった?」

「政治の腐敗とは、政治家が賄賂をとることじゃない。それは政治家個人の腐敗にすぎない。政治家が賄賂をとってもそれを非難できない状態を政治の腐敗というんだ。貴官たちは言論を統制した。貴官たちの政権が続いたとき言論が統制されていれば、仮に汚職があっても指摘できなくなる。民主主義の基本は情報公開と言論の自由のはずだ。それを統制しようとする貴官たちには、帝国の専制政治や前のトリューニヒト政権を批難する資格はない。」

「我々は生命と名誉をかけていた。それについては何者にも誹謗させん。われわれは正義を欠いていたのではない。運と実力がほんの少し足りなかっただけだ。」

「エベンス大佐...。」

「救国会議万歳!」

銃声がしたと思うと画像が消えて、画面は無数の白黒のしまとシャーというテレビ受像機独特の音をえんえんと発し始めた。

ムライ参謀長が

「最後まで自分の誤りを認めませんでしたな...。」

「人それぞれの正義さ...。」

「あの、提督、とんでもないニュースを受信しました。映します。」

「フェザーン中央放送局です、緊急ニュースをお知らせします。」

「??」

 

「ライトバンク帝国皇帝プログレスリー陛下は、当フェザーン自治領主アドリアン・ルビンスキー閣下と会談し、フェザーンとの自由貿易及び経済連携協定の内容を拡大し、混合診療や自由診療を全面解禁し、患者から申請があれば先進医療を健康保険なしで受診させること、民間保険会社と製薬会社の代表を厚生委員会に加えること、薬の特許の期限が切れたときは、後継医薬品の開発には厚生委員会が作った先行医薬品を開発した製薬会社に意見をきいてそれを十分に加味したうえで申請を受け付ける方針に決定しました。」

画面に映った男はまぎれなくプログレスリー=フォークであった。アドリアン・ルビンスキーとともに微笑をたたえている。その微笑は、フォークらしく、上目づかいの人を小ばかにした表情で、うすら笑いであった。フェザーンに飴をなめさせてあわよくば復帰するつもりなのだ。フェザーンがその思惑に乗るとは限らないことを察しえないのがフォークらしかったが。

 

「....。」

 

「続報です。ハイネセンの救国会議政権の崩壊に伴い、皇帝プログレスリー陛下は退位を宣言しました。」

「わたしは、イゼルローンによる不法で淫乱な反乱者ヤン・ウェンリーと不法に軍事革命を企てた、裏切者の救国会議の面々とたもとを分かち、ここに自由惑星同盟正統政府の樹立を宣言する。帝政を廃止し、最高主席執政官となるものである。閣僚は、副執政官ギーライ・イプロム氏、国防委員長コーネリア・ウィンザー夫人...。」




救国会議は崩壊したようだけど、なんか裏でごそごそしているな。
そど子に「校則違反」でとりしまってもらいたい。大問題だぞ。無理だけど。


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第7章 何やらうごめくハイネセンです。
第66話 陰謀の網がはりめぐらされています。


こういう事態にあってもヤンは冷静だった。


「閣下?」

「いや、フォークの悪あがきさ。彼は同盟に戻るところはない。作戦を続行する。」

怪訝そうな幕僚たちにヤンは説明する。

「フェザーンにしてみれば、帝国軍なりがかついで攻めてくるときのため保険の御輿として用意しておくといったところだろう。彼は、フェザーンの製薬会社や医療機器会社にぼろもうけさせて、復帰するつもりだろうが、実際に亡命者になっている彼の価値はそれしかない。いずれにしろ帝国は口実を作って攻めてくるつもりなのだから彼をつかうかつかわないかの違いさ。放っておいてかまわない。」

ヤンは向きなおり

「シェーンコップ准将、...。薔薇の騎士連隊(ローゼンリッター)はハイネセンに降下してくれ。」

「はっ。」

(そうか...同盟内部は大混乱だが、フェザーンはいつもどおりだからな...。)

ヤンが心でつぶやき予想した通り、同盟市民は、救国会議政権が事実上崩壊したことをネット上にあげられたこのニュース動画で知った。救国会議は、国内放送局のみならずネットも監視し統制していたが、皇帝プログレスリーもエベンス大佐もいないいまでは情報統制を指示する組織の中枢がないため、あっという間に拡散した。

ハイネセンの放送局が、救国会議の崩壊を放送したときは、エベンス大佐の自殺以外のことは同盟市民はすでにネットで知っていた状況になっていた。さて、シェーンコップらが降下して判明したことは、査閲部長グリーンヒル大将が行方不明であることだった。

「グリーンヒル大将はどこだ。」

「事故で入院中とのことですが...。」

その病院には、ドワイト・グリーンヒルなる患者は入院していないという。

監禁状態だった統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官を解放して、グリーンヒル大将の顔写真まで使って所在について各病院に照会文書が流されたが、どこの病院もいないとの回答であった。

数日後、救国会議の降伏者の一人の士官が、遺体が軍施設の冷凍室に投げ込まれたのではないかと証言した。シェーンコップが、件の冷凍室を探らせたところ、血まみれのつつみが発見され、中にグリーンヒル大将の遺体が入っていることが確認された。

 

「なんだ、君たちは...。」

「グリーンヒル大将、あなたは知ってしまいましたな。」

「わたしは、この国を立て直すために必要だと思ったからこのクーデター計画に賛成し、進めようと考えた。しかし、このクーデター計画は貴様たちフェザーン、地球教徒、帝国のローエングラム侯のさしがねだったとは...。うかつだった。」

「そのとおりですよ。知られてしまったなら仕方がない。ちょうどこの部屋は防音設備完備だからありがたい。」

グリーンヒルの額と身体をブラスターの十数条の光条が貫き、細面のダンディなイギリス紳士風査閲部長はその場に倒れた。

「かたづけろ。」

遺体は袋に詰められて、冷凍保存庫に投げ込まれた。ハイネセンのクーデターが起こった2日後のことだった。その翌日、事故に会って入院中という偽造された書類が救国会議の会議の席上に出されたのだった。

 

「総大司教猊下...。」

「このたびの同盟の内乱に対してルビンスキーの動きはにぶかったな。」

「いやそれだけではありませぬ。最近教団内部で過去へ行ける技術を開発した者がいるようで...。」

「なんだと、地球復活のためにわが教団がひそかに開発につとめてきたのが成功したのか。」

「そのようですが、その技術を開発した者たちが今回の内乱にからんでいるようなのでございます。」

 

「総大司教には気付かれたかもしれんな。」

「というのは...。」

「ルビンスキーも我々の動きに気づき始めて、情報を流し、自分を守ろうとしてるってことさ。それともルパートかな。」

 

ヤンとみほは、ハイネセンに降下すると宇宙艦隊司令部を訪ねて、投降した下士官からビュコックが監禁されている場所を聞き出すと、解放させて病院にはこばせた。

「面目ないことだ。わしは全く貴官たちの役に立てなかったな。事前に情報をもらっていたというのにな。」

「いえ...あの「ラブレター」がなければわたしたちは動けませんでした。」

「聡明をもってなる西住中将にそう言ってもらえるとうれしいな。」

みほはかすかに顔をあからめた。

「長官、遅くなってご迷惑をおかけました。なにか御入用のものはありますか。」

「そうさな、ウイスキーでも一杯もらおうか。」

「すぐ用意させましょう。」

「グリーンヒル大将はどうした?」

ヤンとみほは顔を見合せる。二人の顔が暗いのをみてビュコックは察した。

「まさかとは思うが...亡くなったのか?」

「はい。ご遺体が発見されました。」

「そうか....また老人が生き残ってしまったな。」

「長官。まだウランフ、ボロディンの両提督も健在です。クブルスリー大将も時間はかかりますが回復するでしょう。気を落とさないでください。」

ヤンとみほは、救国会議のクーデターの失敗、同盟憲章に基づく秩序の回復、被害状況調査、救国会議所属者の逮捕、死者の検死報告、やることはいっぱいあった。

父の死を知った時、ヤンの副官グリーンヒル大尉はヘイゼルの瞳に悲しみと苦悶を浮かべ、上官に告げた。

「しばらく時間を、そうです、二時間でいいので時間をください。わたしは自分が立ち直れることを知っていますが、今はすぐはダメです。ですから...。」

ヤンはつらそうにうなづいて

「ええと...大尉。なんというか...その...気を落とさないように。」

と声をかけるのがやっとだった。

見事な作戦案を示して、大艦隊を率いて、鮮やかに敵を撃ち破って見せる名将は、こういうときに気の利いた言葉一つも浮かんでこないのだった。

 

二時間後、フレデリカが自室から出てくると、てきぱきと事務処理を行いはじめた。処理済のサインのあるファイルがたちまちのうちに山積みになっていく。ヤンがファイルをめっているうちに戦勝パレードのコース選定やスケジュールまで決めてしまうくらいだった。激務が彼女の救いになっているんだろうな...とヤンはため息交じりに感慨にふける。彼にとっても理解ある上司を喪って悲しくないはずがない、どうせなら行方不明の「あいつ」も亡くなっていればいいのにと考えていた。しかし、その期待は見事に裏切られることになる。




地球教やフェザーンは手段をえらばず、マッチポンプすらやってみせるという描写にしています。昨日は同盟、今日は帝国ってやってたわけで「たくまずして一定していたのではないぞ。一定させていたのだ。」というルビンスキーの発言のとおりですね。


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第67話 還ってきた「扇動者」です。

「彼」が還ってきた。某映画のタイトルではありませんが...


みほはビュコックの病室をでて帰ろうとしたときだった。

「そこの、おじょうさん。」

「はい...。」

病院のロビーで呼び止められ、振り向いた。すると...

「!!あなたは...。」

そこにいたのは同盟では知らない者のほうが少ないだろう、細面のダンディな男だった。

「君のことは知っているよ。イゼルローン要塞副司令官ミホ・ニシズミ中将だね。すばらしく有能な女性指揮官と聞いている。救国のプリンセスとか軍神アテナだとか報道されていたね。ところで、わたしはといえば、自由惑星同盟最高評議会議長のヨブ・トリューニヒトだ。ここで会えたのも何かの縁だろう。よろしくたのむよ。」

トリューニヒトは手を差し出した。

彼の周りには、「Earth is Mather,Earth is in my hand」というタスキをかけた男女が10名ほどが彼を守るように取り囲み、みほの動作を見守るかのようだった。

みほはおすおずと手を差し出すと、トリューニヒトはぐっと握ってもう片手の手のひらでみほの手をつつみこむ。

そこでパシャパシャっと音がして撮影される。

「ああ、紹介しよう。この皆さんは、私をかくまってくれた地球教徒の皆さんだ。わたしはこの皆さんの地下教会にこもって非道な軍国主義者を倒すべく、長い間,努力していたのだよ。」

「あの...。」

「何かね。」

「あの...放送が変わったんです。わたしたちがハイネセンに接近した時に。」

「おお、わかってくれたかね。もちろんわたしの力だよ。」

ぶっちゃけた話、トリューニヒトがやったのはそれだけだった。しかも実際には中央銀行と新貨幣に不満を持ったフェザーンの工作員が同盟内のマスコミに仕掛けただけで、ヤンが兵法の妙を尽くして救国会議を壊滅させたのに対し、野合で利害が一致しただけであって、直接トリューニヒトの功績ではない。しかし、反面この工作がなければメディアでどっちもどっちの悪役にされかかっていたのも事実だったから、本来人がいいみほは、口をついて一瞬礼を言いそうになった。しかし握手をしているだけなのに身体をまさぐられているような、不快な蟻走感と寒気と怖気が走った。

(いやああああ。)

白いプリーツスカートからのぞく両脚がいつのまにか内またになって小刻みにふるえる。

みほは、礼を言いそうになったのを、悲鳴と不快感をがまんすることによって呑み込んだ。

「さあ、わたしを公邸に連れて行ってくれたまえ。わたしが無事なことを全市民に知らせて喜んでもらわなければならないからな。」

議長専用の地上車があらわれ、みほと一緒である様子を撮影をすると、公邸の前までつきそわされた。

公邸の前につく。

「シェーンコップ准将。」

「西住中将?。」

「あの...お願いします。」

みほはかすかに苦笑をうかべて、ぺこりと頭を下げ、シェーンコップとその部下たちにトリューニヒト一行の身柄をあずけた。シェーンコップは、みほの表情の奥にあるものを読み取って、かすかな怒りをひらめかせたがヤンとみほのために平静を装い、苦笑をうかべてそれを受けた。

 

パトロールをしていたシェーンコップが報告のためにヤンの執務室を訪れる。

みほもそこへはちあわせた。

「ヤン提督。」

「何かあったのか?」

シェーンコップとみほは顔を見合せる。

「あの...ヤン提督。」

「西住中将?」

「名前を聞くのさえいやかと思いますが...。われらがさい...」

シェーンコップが話し出す。

「えっと...准将。元...では?」

みほが冷静さをよそおいながら訂正し、

「ああ、そうでしたな。元最高評議会議長のトリ...」

「いや、わかった。最後まで言わなくていい。」

 

「生きていたんですか?」

華が驚く。

「いや、あの手のたぐいは無駄に生命力があるからな。わたしはやっぱりと思ったが...。」

麻子も不愉快そうだ。

「西住殿...。イゼルローンに来た人たち(マスゴミと政治屋)の親玉ですよね。」

「うん...。」

「実は...。」

みほはあんこうの皆にトリューニヒトに出会った話をする、

「ええっ...」

沙織と優花里が同時に叫ぶ。

「みぽりん...手を握られたの?」

「西住殿...手を握られたんでありますか?」

「うん....。」

沙織は、額にややしわを寄せ、いたわるような視線でみほをみつめて、

「気持ち悪かったでしょう。みぽりん?」

「うん....。」

「わたしもあの人いやぁ~。」

 

「西住中将。命令だ。チームあんこうは、カッファー、パルメレンドへ行って降伏勧告をしてほしい。」

「はい。」

みほはほほえむ。チームあんこうの面々もなぜか嬉しそうだ。

「ああ、時間が多少かかってもかまわない。休暇が必要なら言ってほしい。病気休暇でもなんでも。」

多少投げやりな言い方だが、みほへの同情とトリューヒトに対する怒りと嫌悪感が含まれているのが明らかだったのでチームあんこうの面々は全く不快に感じなかった。

ヤンのせめてもの思いやりだった。くだらない式典でみほにまで再び握手させられる可能性がある。(式典に出るのはいやだが、またミス・ニシズミに不快な想いをさせるのはもっといやだ。)

「わたしは、ネプティスに降伏勧告へ向かう。」

「ヤン提督は...式典に出るんですか...。」

みほが心配そうにたずねる。

「気にしなくていいんだ。」

「お顔に書いてあります。なんだってあのトリューニヒトの野郎なんかと、って。」

華は苦笑する。

「ミス・イスズ。」

ヤンも苦笑する。しかし...と思う。勝ち続けることは自分の政治的利用度が増すことになり、トリューニヒトと握手するような機会が増えることになる。負ければ、声望が地に落ちるからさっさと退職してひっそりと隠遁生活が可能になるのではないか。しかし...

負ければ、ミス・ニシズミが勝ち続けなければならない。指揮官として優れているだけでなく、女性としても魅力がある。ウランフ、ボロディン健在と言えどもマスコミ受けを考えるとみほが政治的に利用されるのが明らかだった。

 

(ミス・ニシズミがいれば昼寝出来るかと思ったが...彼女を守るためにもわたしが勝ち続けなければならないか....。)

ヤンは今後のために真剣に思いを致さなければならなかった。

 



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第68話 空疎な式典です(前編)。

「閣下、閣下?何をお考えでしたか。」

チームあんこうの面々はヤンの執務室をとっくに退出していた。副官であるフレデリカ・グリーンヒルの声が耳に入ってきて、彼女が上司に指示を仰ぐために執務室に来ていたのに気が付く。

「ああ、大尉か。」

「有能な指揮官がいれば昼寝出来るかと思ったがそうもいかないなぁと思ってね。」

フレデリカはいくぶんあせっていた。

「そうですか。閣下は、エル・ファシルで一人の女の子の心に絶対的な信頼を植えつけました。あの...。」

そして、それとなく自分の気持ちを伝えるべきだという気持ちが発言に出てしまうことになった。しかしヤンは気が付かずに問い返す。

「何だい、大尉。」

「ミス・グリーンヒルって呼んでください。」

「ああ、すまない。ミス・グリーンヒル。」

「ミス・ニシズミを守ろうと思っていらっしゃるのでしょう?」

「ああ、このままだと彼女は...。」

しかし、一方ではみほがあまり長くこの世界にはとどまらないだろうという予感も感じていたために、次にフレデリカの口をついて出た発言はアンビバレンツなものだった。

「なぜかわたしは安心しているんです。」

「何を?」

「こんなことを申し上げると閣下に嫌われてしまいそうですが...。」

「そんなことはないよ。いつも感謝している。」

「ミス・ニシズミは近い将来にいなくなってしまう気がするんです。」

「大尉もそう思うかい。」

「ええ。」

「ミス・ニシズミ自身もそう考えているし、そう望んでいる。だから気にすることなんてない。」

「ええ。」

「だからせめて「この世界」にいる間は、できる限りいい思い出をつくってほしいんだ。たといそれが記憶に残らなくてもね。」

フレデリカは同意した。それについては彼女の考えていることも全く同じだったからだった。

「さてと、大尉。これからネプティスへ行かなければならない。たいしたものではないが、ここにおおまかな日程と作戦計画がある。出撃準備を。」

「はい。」

金褐色の髪とヘイゼルの瞳を持つ美しい副官は敬礼すると、黒髪の学者風提督の執務室を退出した。

翌日、ビュコックは、ヤンに対して、ネプティス制圧、みほに対し、カッファー、パルメレンド制圧を命じた。根元を切り取られた三惑星の救国会議の部隊は内部分裂を起こして崩壊したり、直ちに降伏したり、まさに鎧袖一触であった。ヤンは10日、みほは、三週間ほどでハイネセンに帰還した。

 

みほが二惑星の鎮圧に成功の報を受けて、政府特使が帰還していたヤンのもとにやってきた。あんのじょう同盟憲章による秩序の回復、軍国主義勢力に対する民主主義の勝利を記念する式典でトリューニヒトと握手するように求めてきた。

ヤンは非常に不愉快そうな顔をした。

「こういったことは軍部の代表である統合作戦本部長ドーソン大将が受けるべきもので、わたしはイゼルローンを守備する一大将にすぎません。どうか、ドーソン大将に出席いただきますよう。」

「もちろん出席いただくが、実質上救国会議軍を鎮圧したのは、ヤン提督あなただ。かえって疑念を招くだろう。こちらから説得しておくからぜひ受けていただきたい。」

数回押し問答が続いたが、説得する、という特使に押し切られるような形で、ヤンはしぶしぶ承諾した。

特使はなぜこのような名誉あることに不愉快な顔をするのか理解出来ない様子だったが、承諾は得たので安堵した表情で帰っていった。

後にわかったことだが、出席と握手したがっていたドーソンに対しては、階級をあげないので、鎮圧の功績をトリューニヒトが讃える意味があること、ヤンも喜んで同意したことを伝えたのみであった。この無能な男に軍を把握してもらい、反乱を起こさないようおだてて軍を監視を強化するよう言い含めたのだった。

一方、ヤンとしては断わりたかったが、政府と軍部の協調を示すこと、軍部は政府に、市民にしたがうべきという大義にたいして実践する姿勢を示さねばならないからこそ、同意した。文民統制をマスコミに知らしめることこそ民主主義であると考えたからこそ、救国会議軍の鎮圧と式典への出席を承諾するしかなかったのである。

またトリューニヒトはみほを表彰したいとの意向を軍部に求めてきた。あんまり強硬に主張すると独裁者である救国会議と同じになるとの病床のクブルスリーからの手紙と、ビュコックが説得して、ようやくあきらめた。

バーラトの太陽が放つ初秋の陽光はおだやかで、紅葉は美しかったがヤンの心は快晴からほど遠い。

トリューニヒトの演説は、あいかわらずの空疎な雄弁であった。戦死者をたたえて、国家のために犠牲をささげ、銀河帝国打倒のために個人の自由や権利を捨て、公の秩序に従えという相変わらずの主張を巧みなトーンで言い換えて絶叫している。

言っていることは救国会議よりも個人の自由や権利の存在を認めているだけまし、そして彼自身と閣僚が、救国会議の場合は、フォークことライトバンクとウィンザー夫人、ギーライイプロム以外は軍部であったから、全て選挙でえらばれているだけまし、しかしヤンにとっては自分がまもろうとしたのはこんなものだったのかと心で泣いていた。

「ヤン提督...。」

端正な顔に、一見人好きのする微笑がたたえられている。みほをはじめとするチームあんこうやヤンらイゼルローン組には吐き気をもよおす微笑であったが、何も知らない選挙民にとっては魅了されるかもしれない微笑であった。

「ヤン提督、言いたいことがおありなのかもしれないが、今日は祖国が軍国主義から解放されたことを記念する喜ばしい日だ。文民統制は民主主義のよって立つところであり、政府と軍部の間に意見の違いがあることを示すのは、共通の敵に隙を見せることになる。だから今日のところはおたがい笑顔を絶やさず、主権者たる市民に対して礼を欠くことのないよう努めようでないかね。」

正論であった。しかし、こいつはそういった正論を本気で信じているのだろうか。

式典の司会者エイロン・ドュメックの声が聞こえてくる。

「では、ここで、民主主義のため、国家の体制秩序のため、市民の自由のために戦う二人の闘士、文民代表のヨブ・トリューニヒト氏と軍部制服組代表のヤン・ウェンリー氏に握手していただきましょう。市民諸君、盛大な拍手を。」

盛大な拍手が二人に送られた。

ヤンの耳には空しく響いた。

 



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第69話 空疎な式典です(後編)。

式典の司会者エイロン・ドュメックの進行で、トリューニヒトが手を差し出してくる。ヤンはグロテスクな両生類にさわるような悪寒を感じ、その場から逃げ出したいような衝動に駆られた。

二人の手が握り合わされた時に群衆の歓声が高まって、拍手の音がひびきわたたった。

ヤンの耳と心にその拍手の音は空しく響く。

 

エイロン・ドュメックは,トリューニヒトに批判的な言論機関、マスコミを黙らせたり、政敵を陥れるために、電話、Faxによる抗議や、ネット上で中傷する書き込みをおこなったり、裁判するぞとおどして編集者や記者をくびにしたり、ありとあらゆる工作を行うことに存在意義をみいだる種類の男だった。

 

ヤンはトリューニヒトの政治的生命力に畏怖を抱かざるを得なかった。

今回のクーデターの際、情報をいち早くつかんで地球教の信者にかくまわれて逃げかくれた。反対運動を起こしたジェシカは惨殺された。また、マスコミ工作もフェザーンの資本家たちが中央銀行と独自貨幣に反発したからであって、トリューニヒト本人がいうような彼自身の手柄ではない。アムリッツアの敗戦も確実に読み取って反対した処世術...

トリューニヒトが声をかけてきた。完璧に「養殖された」誠実さのかけらもない微笑をたたえている。

「ヤン提督、群衆が君を呼んでいる。応えてやってくれたまえ。」

ヤンは機械的に手を振って見せた。

 

式典が終わって、官舎に戻った。ヤンは洗面所に駆け込み、消毒液で何度も手を洗った。

「提督、西住中将から電話です。」

「ああ、わかった。」

「ヤン提督....。」

「なんだい。ミス・ニシズミ。」

ヤンは笑顔を作って見せる。

「中継みました。ごめんなさい。」

画面上のみほは、すまなそうな表情でこくりと頭を下げる。

「ミス・ニシズミがあやまることはない。君にこんな想いをさせたくないからね。わたしの意地だよ。」

ヤンは今度こそ本当の笑顔になった。そうだ、自分は彼女をヤツの手から守ったのだ。これが勝利でなくて何だろう。

「ありがとうございます。」

ヤンの笑顔に陰りがないのを認めて、みほの顔にも笑顔が戻る。

「安心して帰ってくるように。帰還して報告が終わったら、わたしといっしょにイゼルローンに赴任してもらうことになっているから。」

「はい。お元気で。」

みほは笑顔で返事を返し、画面は再び漆黒に戻った。

玄関ではユリアンが来客に対応している。

ヤンに自伝を書くようにすすめてきたデレチャプリマの営業の男だった。

「初版は500万部を予定しています。」

「ヤン提督は、官舎で勧誘や営業などのお客にはお会いになりません。おひきとりください。」

男は少年の毅然とした態度になのか、それとも腰にさげた銃になのか、銃をちらちらみながら、しぶしぶと引き下がった。

ユリアンは、ダイニングに戻って紅茶を淹れた。ヤンは手の甲に息を吹きかけている。あまりの嫌悪感についつい皮膚をこすりすぎて、ひりひり痛むからだった。

ヤンは、ブランデー、ユリアンはミルクを入れて紅茶を飲む。二人ともしばらく無口になって,静かな部屋に、カチコチカチコチと秒針を刻む古時計の音のみが響いていた。

「今日は危なかった。」

「なにか危険なことがあったんですか?」

少年は心配そうに黒髪の保護者に返事をする。

「そうじゃないんだ。トリューニヒトに会ったとき、嫌悪感が増すばかりだったが、ふと思ったんだ。こんな男に正当な権力を与える民主主義とは何なのか、こんな男を支持し続ける民衆とは何なのかってね。」

「われに返ってぞっとした。昔のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムやこの前あえてフォークをかついでまでクーデターを起こした連中は、そう思い続けて挙句の果てにこれを救うには自分たちしかいないと確信したに違いない。しかし、救国会議の連中には資金がたりなかったのでフォーク家の属するピエドラフェール一族の資金を必要とした。まったく逆説的だが、ひとりよがりとはいえ、ルドルフを悪逆な専制者にしたのは、全人類に対する責任感と使命感だ。」

「トリューニヒト議長にはそんな責任感や使命感はあるんでしょうか。」

「ないね。不思議なことに、救国会議もトリューニヒトも、現実的にはどうするだの、代替案を示せだの、責任ある態度だの、取り戻すだの主張するけど、前者は比較的自主自立の傾向があり、後者はフェザーン資本をたよる傾向があるくらいだね。ただ議会制や民主主義の精神を建前だけでも維持しようというのが後者が前者と違う点だろう。」

しかし....ヤンは考える。

(トリューニヒトとは何者なのか。社会にとってのガン細胞、あだ花なのかもしれない。健全な細胞を食い尽くして増殖、肥大化しついには宿主の肉体そのものを死に至らしめる。あるときは主戦論者をあおり、あるときは民主主義を主張し、その責任を取ることは決してない。自己の権力と影響力を増大させ、そしてそれによって社会を衰弱させ、食いつぶす。それにやつについて過激な国粋主義や亡命者差別といった主張を繰り返す地球教徒や憂国騎士団。正常な社会を蝕む害虫のような連中...。)

「提督?どうかなさいましたか?」

「いや、なんでもない。」

そのときヴィジホンが鳴った。ユリアンが取り次ぎに部屋をでていった。

 



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第8章 リップシュタット戦役...。
第70話 キフォイザー星域会戦...


帝国暦488年(宇宙暦797年)4月下旬、アルテナ星域で、ヒルデスハイム伯の艦隊を血祭りにあげたミッターマイヤーは、背後からシュターデンの本隊を攻撃した。
「6時に敵。」
「ばかな…敵は前方のはずだ。」
「敵の本隊でしょうか?」
「ヒルデスハイム分艦隊とは連絡がとれんのか。」
「妨害が激しく通信不能。」
「いけません。直撃きます。」
シュターデンの旗艦に轟音がひびき、艦内に爆炎と爆風が走る。
「閣下、反転して後背の敵を討つようご指示を。」
「だめだ。撤退を。」
シュターデンが口から血を噴いて倒れた時、煙の中から、青みがかったストレートの黒髪で白いドレスを着た若い女が現れる。女は、装飾のある大鎌をかつぎ、薄く笑みを浮かべていた。
「これから私が指揮をとります。」
「なんだ、お前は?」
女が微笑んで艦橋内をみわたす。やがて全員が催眠術にかかったように黙り込んでしまった。
オペレーターもうしろを振り向いて、視界の一部に女の笑顔が入ると、とたんに何事もなかったように計器に向かう。
「!!」
「なんだ?」
はちみつ色の髪の青年提督は問い返す。
「敵艦隊からワルキューレ発進!」
「自、自動追尾機雷が…こちらに向かってきます。」
機雷に接触し数隻が沈む。ワルキューレが攻撃をしかけてくる。
「後退せよ!」
先ほどまでシュターデン艦隊を追い詰めていたミッターマイヤー艦隊に動揺が走る。
「敵、後退していきます。」
「追え!」
「閣下!」
後退していたはずのシュターデンの艦隊から主砲斉射がなされた。今度は数十隻が火を噴いて沈む。
「だめだ…しかし…誰が指揮しているんだ?さっきまでのシュターデンの指揮とまるで違う。」

「何?敗れたと申すか?」
「はい。ヒルデスハイム伯の分艦隊は全滅。しかし、閣下、この方が現れて、本隊は2割の損害でレンテンベルクへの撤退を成功させました。」
「こんにちは。ブラウンシュバイク公」
「おま...あ、あなたは?」
青みがかった黒髪の美女は微笑んで
「虚影の幻姫(ツェルヴィーデ)と呼んでいただくか、ゼフィーリアと呼んでいただくか」
とつぶやいた。


【推奨BGM:好敵手です】

帝国では、キルヒアイスと銀髪の小柄な少女が60数回に及ぶ戦闘にことごとく完勝していた。

 

少女のはたらきは、分艦隊独自で行動した艦隊指揮も、地上戦も目覚ましいものだった。

 

いつしか兵士たちは尊敬してやまない赤毛の名将に加えて、有能な指揮官として少女を認識するようになる。いつしか少女-島田愛里寿という-は

「フロイライン・シマダ」「フロイライン・ヴィッツアドミラル」「フロイライン」と呼ばれていた。

 

そうこうして帝国暦488年(宇宙暦797年)7月、

 

「何事ですか、司令官。」

「ローエングラム侯よりご命令です。」

「敵の副盟主リッテンハイム侯がブラウンシュバイク公との確執の挙句、五万隻を率いてこちらへ向かっています。」

「辺境星域陣を奪還するという名目ですが...」

「おそらく仲間割れ。」

少女の発言に提督たちは苦笑する。

「それと戦って撃破せよとのことです。」

「いよいよですな。」

三次元スクリーンに星図が映し出される。

「決戦場はここ、キフォイザー星域になるでしょう。」

キルヒアイスは銀髪の小柄な少女を見でうなづく。少女はうなづきかえし、

「わたしが800隻を率いて、このようにリッテンハイムの艦隊を引き裂く。ルッツ提督とワーレン提督は本隊を率いて600万キロで攻撃してほしい。」

「たった800隻ですか?フロイライン。」

愛里寿はうなずく。

「ルッツ提督、ワーレン提督、敵の艦隊編成はどう思う?」

彼女自身が信頼もし尊敬もする提督たちに質問によって作戦の意図を告げる。

高速巡航艦、砲艦、宙雷艇、大型戦艦など火力や性能、特製の異なる艦艇が雑然とならんでいる。

「これは...烏合の衆ですな。」ふたりはあきれて答える。

「そのとおり。艦隊の編制比率がバラバラ。」

少女はぼそりと話して、かすかにほほえむ。

「キルヒアイス上級大将、ルッツ提督、ワーレン提督がいらっしゃる。一万隻の差?そんなのわたしが800隻でかきまわせば勝てる。楽勝。」

「敵の退路はこっちにする。ガルミッシュ要塞を落とすには効率がいい。」

説明しながら、少女の顔にかすかに悲しげなかげりがよぎる。

ルッツとワーレンの背に戦慄と冷汗が走る。敵の退路には敵の補給部隊がいる。補給部隊まで混乱させて叩き潰すことまで視野に入れている。この少女、ローエングラム侯かキルヒアイス提督が少女に生まれ変わってもう一人いるようだ。キルヒアイス提督はここまで知っているんだろう。だから自分の分身としてこの少女を用いているのか...。それにしても一瞬見せた悲しげな表情はなんだろう。どう考えても負けそうな不安から出たものではない。なにかを憐れむような表情だった。

 

一方五万隻を率いるリッテンハイム侯は余裕の表情である。

「敵艦隊確認、数四万隻。」

オペレーターが告げるとほくそえんだように-本人は其のつもりはないが-大言を吐く。

「ふん、どうせなら金髪のほうを相手にしたかったが、赤毛の子分じゃ不足だがまあいい。」

「敵艦隊、斜線陣で接近してきます。」

「小賢しい。数で圧倒する。撃て!」

おびただしい光条がキルヒアイス艦隊に放たれるが、エネルギー中和磁場に弾かれる。

「遠いわ。間合いもわからんか。」

ワーレンはほくそえむ。

【推奨BGM:無双です】

「分艦隊発進する。」

愛里寿の率いる800隻はワーレン艦隊の隊列に巧みに隠れて、ワーレン艦隊の砲撃が開始される直前にリッテンハイム艦隊の側面をついた。思わぬ方向からの攻撃にリッテンハイム艦隊は混乱する。

「敵艦隊側面から急進してきます。一千隻未満。」

「敵は少数ではないか。なにをうろたえる。」

「撃てば同士討ちになります・」

「うぬぬ...。」

リッテンハイム艦隊の一部がその隊列を愛里寿にほうへ向けようとした時だった。

 

「600万キロです。」

オペレーターにうなずくとワーレンは命じる。

「主砲発射!」

ワーレン艦隊からおびただしい光条がリッテンハイム艦隊へ横殴りの豪雨のように降り注ぐ。

リッテンハイム艦隊はどちらの敵に対処すべきか、混乱がひろがる。

「主砲、斉射三連。」

愛里寿がぼそりと命じて、800隻は光条を発射しながら、リッテンハイム艦隊を引き裂くように突き進む。

リッテンハイム艦隊は全く抵抗できなまま動揺する。

爆発光と爆発煙がつぎつぎとあがる。

その時点で無事な艦艇も衝撃波でゆれる。

愛里寿を沈めようとしても同士討ちの被害が避けられない。かえって混乱と傷口を大きくしてしまうので意味がないからだ。

愛里寿は、リッテンハイム侯の旗艦オストマルクを発見する。

「あれがリッテンハイム侯の旗艦。戦乱の元凶。捕まえろ。」

愛里寿がややドスを効かせてぼそりと命じる。

愛里寿の旗艦センチュリオンが迫る。

リッテンハイム侯は、恐れて逃げだした。敵の指揮官が中学生くらいの少女だと知ったら驚くだろう。しかしただの少女ではない。中身は下手をすると「赤毛の子分」か少なくともラインハルト軍の一個艦隊を率いる力量をもっているのだから。

 

 

「あ、あれはなんだ。」

「あれは長期戦にそなえた補給船団です。」

 

「撃て。」

「しかし、侯爵、あれは味方の...。」

「味方ならなぜわしの逃げ、戦略的後退を邪魔するのか。撃て、撃てというに!」

 

「エネルギー波接近。」

「敵か?」

「いえ、あれは味方の...。」

轟音がおこり、補給船の船内は火の海になる。多数の死者と多数のけが人が発生した。




ヴァレンティナは、ゼフィーリアと偽名を名乗ることにしました(12/23,10:57)


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第71話 ヴェスターラントの攻防戦...(その1)。

補給船団はキルヒアイス艦隊に降伏。補給船団のコンラート・リンザー大尉は片腕をうしない、旧主に見切りをつけ、役に立てるとキルヒアイスに告げる。モーゼル子爵家のコンラートもそれに従う。リッテンハイム侯が逃げ込んだガルミッシュ要塞も平民の叛乱によって自爆し、降伏。貴族連合軍は副盟主と全兵力の1/3を喪った。

 

帝国暦488年(宇宙暦797年)8月...

貴族連合軍連戦連敗の報は詳細に伝えられなかったものの、帝国領の民衆たちは時代の変化を肌で感じ取り始めていた。ブランシュバイク公領のヴェスターラントで貴族連合の戦費のために重税を課して取り立てを強化すると、

ヴェスターラントの都市のひとつボズナニで抗議行動が起こった。

「おれたちは不当な租税や貢納ははらわないぞ!」

「私戦のために税をとりためるな!」

「シャイド男爵!民衆が暴動を起こしています。」

「なんだと!ブラウンシュバイク家の権威をなんと心得るのか!卑しい者どもが。射殺せよ。」

「はつ。」

シャイド男爵は銃撃で民衆の抗議運動を抑えようとしたが、そのやり方が民衆たちの怒りを招き、つかまって殺されてしまった。

そのことを知ったブラウンシュバイク公は激怒し、

「卑しい者どもめ。わが甥を殺しおって。ヴェスターラントに熱核攻撃を行う。卑しい者どもを駆除するのだ。」

尊大なブラウンシュバイク公には、人権感覚はかけらもない。ただ自分の特権意識で、自領の惑星は自由にできると考えていた。アンスバッハは、

「閣下お怒りはごもっともながら、熱核攻撃は、かって人類が絶滅に瀕した13日戦争以来のタブーのはず。ましてヴェスターラントは閣下のご領地です。全住民を殺すというのはあまりにご無体。首謀者だけを処刑すればよろしいのでは。」と反対した。

「黙れ!ヴェスターラントはわしの領地だ。よってわしには、あの惑星を自由する権限があるのだ。」

ブラウンシュバイク公は、アンスバッハを牢に入れようとしたが、ゼフォーリアがとりなしてとりやめにした。

一方、熱核攻撃を行うための艦隊がヴェスターラントに派遣された。

 

その情報は、キルヒアイスがあちこちに放っている工作員の一人からもたらされた。キルヒアイスは、まさしく名将であったから彼自身の価値観である人道性や正義にかないさえすれば、勝つためにある意味どんなことでもやったのである。戦争において情報は死命を決する、そしてこれはまさに戦争だから、である。

「ブラウンシュバイク公がヴェスターラントに熱核攻撃を狙っているそうです。」

愛里寿はキルヒアイスを見た。赤毛の若き名将は彼らしくもなく迷っているようだった。愛里寿はキルヒアイスとウマが合った。キルヒアイスは、愛里寿にラインハルトを思わせる天才性とあやうさがあるのを見抜いて、彼女を支えたいと感じ、愛里寿は、とてつもなく有能でありながら、肥溜めのなかにさえ美点を見出し、ラインハルトの思考回路をそのまま受け入れたように、愛里寿自身をそのまま受け入れるキルヒアイスを好ましく思い尊敬してきた。それはあたかもマルガレーテが愛里寿に生まれ変わったかのようだった。

銀髪の小柄で比類なく聡明な少女は赤毛の若くこれまた比類なく有能な青年提督の悩みを正確に見破って確認するかのようにたずねる。

「迷っている?」

「はい。フロイライン。ラインハルト様なら見捨てはしないとは思いますが..。」

「いま、ラインハルト閣下にはオーベルシュタイン大佐がいる。この人はかなりくせもの。一筋縄ではいかない。」

「フロイライン?」

【推奨BGM:好敵手です】

「私が行く。何か起こってからでは遅い。わたしが勝手に艦隊を動かした。キルヒアイス閣下は何も知らない。これでいい。」

「わかりました。念のためです。」

キルヒアイスはたしかに嫌な予感がしていた。杞憂におわればいいと思っていたので愛里寿の別行動を許した。まさかとは思うがラインハルトがヴェスターラントの熱核攻撃を見逃して政治宣伝に使うのでは..,オーベルシュタインなら進言しかねない。しかもオーベルシュタインは、事実上の黙認をさせるために正確な攻撃時間をラインハルトに知らせず、既成事実化させるかもしれない。

(それではラインハルト様の心が傷ついてしまう。しかし、自分が動くわけにはいかない。範をたれるべき上の者が自ら軍令違反を犯すことになる。)

愛里寿は、部下のだれかが勝手に動いてほしいと望んでいる、そして、その部下をかばうためにキルヒアイス自身が監督不行き届きでの処罰を甘んじて受けることを望んでいるのを見抜いた。愛里寿はそれを察して艦隊の独自行動をすることにしたのだった。

「ヴェスターラントへ向けてワープする。ワープ準備。」

「はつ。」

「5,4,3,2,1,ワープ。」

愛里寿の艦隊はワープした。

 

ブラウンシュバイク公の爆撃艦隊はヴェスターラントまで2光秒の位置まで迫っていた。

「ワープアウト完了。」

「ヴェスターラント上空2光秒」

「第一弾、発射します。」

「発射!」

ヴェスターラントの地上にきのこ雲が立ち上る。

「着弾を確認。」

「第二弾用意。」

「艦長!」

「何だ?」

【推奨BGM:無双です】

「3時の方向に空間歪曲場多数確認!」

「ワープアウト反応、数...7000!」

「なんだと!」

「て、敵です!」

 

「ワープアウト完了。」

「機関異常なし。」

「前方12時の方向にブラウンシュバイク公の艦隊を確認。数150。」

「距離600万キロ」

「主砲発射!」

愛里寿の艦隊からの光条が横殴りにブランシュバイク艦隊を襲って血祭りにあげた。

「うぎゃああああ...。」

ブラウンシュバイク艦隊の各艦は悲鳴にあふれる。

次の瞬間には気化するもの、宇宙空間に投げ出される者、そして残骸の金属片が宇宙空間に漂うこととなった。

「隊長、一発目には間に合わなかったですね。」

「うん。だけど二発目は撃たせなかった。」

オーベルシュタインは一発目の画像を高速偵察艦で撮影していた。

(ふむ。二発目以降でもっと悲惨な絵が撮れそうだったが、ひとまずはこれでよい。)




愛里寿を隊長と呼んだのは誰か?次話で明かされる...


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第72話 ヴェスターラントの攻防戦...(その2)。

「隊長が大洗からの帰途の船内の爆発事故で行方不明?」
「どうすればいいの?」
アズミ、ルミ。メグミの心の中はぽっかり穴があいたようだ。大学選抜チームが無類の強さを誇ったのは、愛里寿の実力をみとめた副官三人の権威があったからで、ナンバーワンである愛里寿のもとにナンバースリーである三人が支えてまとまってきたからだ。三人の副官のもとで愛里寿の実力と権威は大学選抜チームのすみずみまでいきわたってきた。オーベルシュタインがいたらナンバー2がいないまことに良い最高の組織だとほめたかもしれないが、それは逆に愛里寿がいなければ崩壊する危険もはらんでいた。ラインハルトが急死した場合の帝国軍のようなものだった。
大学選抜の戦車倉庫に現れた男がいた。
「ふふふ。なにをなやんでいる?あの小娘の行先は知っているぞ。」
「あなたはだれ?」
「許可は取って入ってきたの?」
「た、隊長のことを小娘だって!!」
「たしかにかわいいですが、ただの小娘ではありません。島田流後継者で、日本最強の隊
長です。西住流の娘が二人いなければ私たちの隊長が勝ったに違いないのです。」
「ふふふ、そんなに会いたいのか?」
「「「会いたいのです。」」」
「その小娘というのは訂正してください。」
「そうか...。ふん。あわせてやる。乗れ。」
アズミ、ルミ、メグミの三人の女子大生は,顔を見合わせた。
「隊長とわたしたちを帰してくれるんでしょうね。」
「それは問題ない。われわれの言うことを聞いてくれるならな。2~3日後にはもどれるようにしてやる。ただし、半年くらいは働いてもらうことになるがな。」
「なんですって!半年働くのに2~3日後にもどれるって....。」
「タイムマシン...?」
「お前たちの活動がOFFであることは調べてある。安心しろ。」
「....。」

見たこともない車に乗せられ、その車が宇宙船のようなものに入っていく。宇宙船は上昇し、異次元空間へ入っていく。そこから出ると、愛里寿の旗艦センチュリオンが見えた。宇宙船がドッキングするとハッチが開いた。
「艦橋へ連れていく。」
艦橋へ着くと銀髪の小柄な少女が黒い大学選抜のパンツアージャケットに黒いプリーツスカートを着てりりしく立っていた。腕にはボコと思われるぬいぐるみをかかえている。
三人は感激し、愛里寿にむかって
「隊長!」
と叫びながら駆け寄った。
愛里寿は笑みをうかべながらうなずいた。



ヴェスターラント熱核攻撃の派遣艦隊全滅の報は、ガイエスブルグに超光速通信でもたらされた。

「ブラウンシュバイク公...。」

「なんだ?」

「ヴェスターラントの派遣艦隊が...全滅しました。」

「なに...。」

「下手人は、赤毛の孺子の部下のようです。」

「ブラウンシュバイク公...。」

ブラウンシュバイクに助言したのは、装飾の施された大鎌を背負った白い清楚なドレスをまとったはかなげで黒髪の美女であった。

「ゼフィーリア殿。」

ゼフィーリアと呼ばれたこの謎の美女はアルテナ星域で、血を吐いて倒れたシュターデンの旗艦に突如現れ、貴族連合の艦隊をみごとな指揮で退却させるのに成功している。

「わたしがオステローデ領内の異世界から持ってきた戦車隊を使いましょう。」

「戦車?」

ゼフィーリアが大鎌エザンティスを一回転させると、T34/85戦車、ティーガーⅠ戦車が現れる。

「これが合計240両あります。」

「ほほう。これは見たことがない。しかしこれなら勝てるかもしれない。」

ブラウンシュバイク公はうなづく。

大鎌エザンティスは、ゼフィーリア自身をテレポートさせられるだけでなく、オステローデ領内(現実世界のバルト三国と一部ロシア領)からであれば、過去、未来、異次元からでもでモノを移動させることができるだった。

「ふむ。わかった。また艦隊を派遣しよう。」

「空母からワルキューレを発進させて敵を攻撃させたほうがよいかと。」

「うむ。」

 

ゼフィーリアの指揮するブラウンシュバイクの分艦隊7000が再びヴェスターラント上空に現れる。

「敵艦隊出現。惑星の裏側です。」

「何か降下しています。」

「拡大しろ。」

「隊長、あれは....。」

愛里寿はうなずく。T34/85だ。なぜ...

艦隊から次々と降下させられる戦車。

「空母からワルキューレが発進されました。その数3000。」

上空はどこからともなくワルキューレが現れる。

「ワルキューレ発進」

愛里寿の艦隊もワルキューレを出して対抗するが、愛里寿は住民を救うためには戦車を出さなければならないことを悟った。

この世界には戦車というものがない。ワルキューレがあるので戦車を用意しても仕方がないということで、装甲車と上空2万キロの単座式戦闘艇を撃墜できる高射砲しかない。そのため、ゼフィーリアは、装甲車しかない地上戦に高性能な戦車を投入することを提案したのだ、装甲車を撃ち抜けるバズーカはあっても、戦車を撃ち抜けるバズーカはない。T34/85であれば充分であった。

「隊長、センチュリオンとM26パーシング、M24チャーフィーの設計図をもってきました。」

「技師長。」

「はい。フロイライン・シマダ。」

「これは、生産できる?」

「ああ、できると思います。」

敵は、火星ほどの大きさしかないヴェスターラントで、拠点ごとに戦車を降下させている。時間との戦いになりそうだった。

愛里寿は、アズミ、ルミ、メグミをみつめる。

「どのくらいで、ヴェスターラントは落ちる計算になる?」

「10日ほどです。」

あんなにワルキューレを出してくるとは...貴族連合軍には余裕があるのか...

たいした武器をもたないヴェスターラントの住民は、たちまちのうちにヴェスターラントの都市のひとつプザンにまで追い詰められようとしていた。

一方、ラインハルト軍がおさえていた工廠は優秀で、センチュリオンとM26パーシング、M24チャーフィーなど200両の戦車を数日で生産した。

まずは、愛里寿の艦隊は、上空を援護しながらプザンにロケットランチャーと対戦車砲とM26パーシングを降下させる。

住民たちはM26パーシングとロケットランチャーで反撃を始めた。

一方で、愛里寿の艦隊は貴族連合軍の補給線を圧迫する。

ヴェスターラントでは戦線が膠着状態に陥り、10日では貴族連合軍は住民の反乱をおさえられなくなった。しかし、ヴェスターラントの貴族連合軍の主将は、陸戦については、その蛮勇で最強の猛者、いわば「武」のオフレッサー上級大将と並び称され、すぐれた指揮で「知」将とされるティリー伯ヨハン・グラーフであった。ティリー伯は、住民によるロケットランチャーの奇襲を確実に退けるために、テルシオというT34/85戦車の砲塔が四方に向いた自走砲を作らせ、機関銃をもった兵士を乗せた。いわば動く自走要塞というべきものであった。しかも、ゼフィーリアの作戦は精緻で、降下部隊をおろす場所がないよう戦車で埋め尽くし、制空権もワルキューレで埋め尽くしてゆずらない。住民軍はじわじわと追い詰められていく。どうにか戦車をプザン以外に下せる場所を見つけなければならない。

「戦車を降下できる場所を確認しました。」

「どこ?」

「プザンの北西240kmのジンセンヌです。しかし問題が...。」

「問題?」

「沼地で、しかも10m前後の潮の満ち引きがあり、降下部隊をおろすには適さないのです。」

「...。敵の補給を絶って、敵を背後から攻撃できるのはここしかない。潮が引いて上陸できるのは?」

「6日だけですね。」

「それでは6日に決行する。」

戦車隊は上陸したが、ティリー伯自慢のテルシオ部隊100両は、前後左右を五門の戦車砲を備え、機関銃を持った兵士を乗せる自走砲であり死角がない。

愛里寿の戦車隊とテイリー伯ヨハン・グラーフのテルシオ隊は、コンジュ平原で激突した。

テイリー伯は自信満々だった。

「このテルシオは。T34/85の85mm戦車砲を前後左右に四門づつ積んでいる。前方を撃ち終わったら、後方にまわるがその際横から攻撃されても、すでに横が装填されているから反撃できる。そして後ろへ回った時も装填が終わっているから後ろへ反撃できる。しかも機関銃を持った兵士が四方に向いていて、おいそれと近づけない。近づいたら運が良くてハリネズミ。最悪の場合はどてっ腹に穴が開く。生きて帰れない。」

テルシオは30mの間隔で10両一列にならび、後ろにもずらずらと10両ならんでいる。

後方にはやはり、後ろ向きに85mm戦車砲が向いていた。




いますごく悩んでいます。たしかに愛里寿無双にはなりますが、この戦いの後、ヴェスターラント住民及びキルヒアイス分艦隊(愛里寿)の防衛するプザン橋頭堡の攻防戦がありますが、ちょっと表現が難しいので、改めて外伝にするか流そうかと考えています。すみませんm(_ _)m

コピペの際にぬけていてつじつまが合わない部分があったので一部削除一部加筆しました(1/8,16:21)。


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第73話 ヴェスターラントの攻防戦...(その3)。

さんざんなやみましたが思い切ってお祭り騒ぎのようにして流すことにしました。
ミリオタの方々からすれば突っ込みどころ満載かも(汗)。


【推奨BGM:好敵手です】

「あれをどう思う?」

愛里寿は、三副官たちに尋ねる。

「30mごとに並んでいます。」

「パーシングは、90mmあるから特殊な榴弾を降らせて、大混乱に陥れて、まわりから撃ちこめばやっつけられる。でも死者が大勢出るから、ちょっと複雑だけど島田流ぽくやる。それでも敵の死者を減らして勝てる。いい?」

愛里寿はほほえむ。

「「「はい。」」」

副官たちは明るく返事をする。

「敵は30mごとに並んでいる。おそらく横の砲撃があるのは外側だけ。内部の横方向は同士討ちを避けるため機関銃しか撃てないからこの隙間は弱点。しかし、散発的に攻撃した場合、脚は遅いけど、徐々に隙間をうめてくる可能性がある。逃げられなくなるからおとりで攻撃する。まずは、前方の本隊は砲弾を打ち上げて中央や後方の敵に被害を与えて、中央部の隙間を集中攻撃する。メグミ中隊とルミ中隊は横に隠れて敵を攻撃、アズミ中隊は、最前列が後方へまわろうとする地点に伏せて敵の斜め後方から攻撃。宇宙で戦う時代に地上で射程のある兵器はあまり必要ないこと、しかもあれだけ規模が大きいと小回りが利かないし、砲塔も並んでいるから自由に回転しない。最後尾は対戦車地雷を埋めること。これは戦車道じゃないから可能。また、横と後方は、煙幕と戦車の駆動音の音源発生装置を置いておとりにする。それから発砲したら移動して反撃を避けること。」

「了解。」

「敵までの距離、2200m。」

「距離1900で、メグミ中隊は10時の方向へ進撃、距離1800を維持。相手からみて3時の方向に配置。合図があるまで待機。」

「了解。」

「ルミ中隊は、2時の方向へ進撃、同じく距離1800を維持。相手から見て9時の方向に配置。合図があるまで待機。」

「了解。」

愛里寿は、テルシオ部隊の前報距離1900で、部隊を二手に分ける。

「敵までの距離1800m。」

「敵までの距離1600m。」

 

「敵の距離1600mです。」

「よし砲撃開始。」

 

「煙幕開始。」

 

「敵が煙幕を張ってきました。」

「何する気だ。」

「て、敵の攻撃、9時方向と3時方向。ただし、散発的。煙幕で見えません。」

煙幕の中を横の砲門で撃つ。

戦車の音が前方からも横からも聞こえる。

(敵はもしかして500両くらいいるのか?ばかな!そうであってもこのテルシオの敵ではない。なにしろ四方八方に攻撃できるのだから。)

「敵の弾道を計算し、反撃せよ。」

(煙幕があろうと弾道計算できるのだ。)

ティリーは、煙幕で見えないのを砲弾の弾道から発射点を分析させ、攻撃させる。

ドドーンン、ドドーンン、ドドーンン...

テルシオの横方向の四連装の砲門が火を噴く。

しかし、愛里寿にはおり込み済みだった。発砲地点から移動して敵の砲撃を避けるよう指示してある。戦車の音はおとりの戦車音にまぎれて区別できない。忍者戦術の真骨頂だった。

最前列のテルシオが最後列へ着こうと回転した時だった。

いっせいに煙幕に隠れたパーシングの砲撃がテルシオ隊の斜め後方に集中した。

ドーン、ドーン、ドーン...

轟音が響き、装甲を撃ち抜かれたテルシオは次々に炎上する。

最後列につこうとするテルシオの隊列は乱れる。

「敵の発射点を計算し、集中攻撃せよ。」

「発射点でました。」

「砲撃開始!」

ドドーンン、ドドーンン、ドドーンン...

テルシオの砲門が斜め後方からのパーシングの砲撃発射点に集中する。

さすがに逃げ切れずパーシング数両が炎上した。

「ええい、すすめ、すすめ、かまうな。」

ティリーは叫びテルシオ隊は前進する。小回りが利かないのでそのまま前進する。

煙幕の中から、パーシングが上に打ち上げた砲弾が雨あられとテルシオにおそいかかる。

隊列を乱さないで進むしかないため、移動位置の計算はそれほど困難ではない。

歩兵戦では無敵で対戦車砲をもった住民軍をよせつけなかったテルシオ隊だが、つくづく対戦車戦には向いてないようだった。煙幕から至近距離で現れたパーシングは、テルシオとテルシオの30mごとの隙間に侵入し、砲塔を斜め横へ向けて砲撃していく。

「同士討ちになる...。」

テルシオも反撃するが、敵はさっさと通り過ぎてしまう。同士討ちで撃たれるテルシオも散見される。

ティリーは命じる。

「挟み撃ちにせよ。」

隙間がうまるがその代り中央部の隙間が開いていく。

おとりのパーシングに命中弾があがって炎上するものもある。

ティリーはほくそえむが、実は愛里寿も微笑んでいた。

「突撃。」と命じ、ひらいた中央部にパーシング数十両が殺到する。

「し、しまった...。」

「敵に中央を突破されます。」

「4時方向に敵、8時方向にも敵です。」

「ええい、砲撃しつつ前方へすすめ。」

前方へ進むと、なにやら爆発して炎上するテルシオ。

「し、将軍!?」

「今度は、何だ。」

「対戦車地雷です。」

「何だと。」

前へ進んだテルシオは対戦車地雷で炎上する。

「しかたない。2時と10時の方向へすすめ。」

気が付いたときにはテイリーのテルシオ隊は7割近い損害を出していた。

対する愛里寿は、10両にもみたない損害だった。

上空ではワルキューレによる空中戦で戦車には近づけさせない。

「全車12時の方向へ撤退。」

「将軍。それではプザンの包囲が手薄になってしまいます。」

「このままだと全滅だ。敵の戦車がそんなに強いとは思わなかった。報告するのだ。」

 

「これが敵の戦車か...。」

「それより性能がいいのは...。」

ゼフィーリアは。10式戦車の図を見せる。

「これをわが軍の工廠で生産できるか?」

「無理です。まともな工廠は金髪の孺子の軍に抑えられています。」

「閣下、地上戦に持ち込まないように艦隊戦で勝負すべきでしょう。相手をガイエスハーケンの射程内に誘い込むしかありません。プザンの包囲網は、スリム=トロラックの丘陵地帯に囲まれていて天然の要害になっています。敵が優れた戦車を持ち込んでいてもそこさえ落とせば孤立させられます。」

アンスバッハが進言する。

「ヴェスターラントをあきらめろというのか。」

「敵は制空権を完全に確保できず、地上戦でティリーには勝ったものの局地的な勝利にすぎません。プザンを落とせれば我々の勝利です。」

「うぐ...。」

ブラウンシュバイク公はうなったがいい考えも浮かばなかったので黙認することにした。

 



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第74話 ヴェスターラントの攻防戦...(その4)。

プザンを囲んではルラウ山脈が連なっていた。低い部分が回廊状になっている。

その前には湿地が広がっている。

戦車一両しか通れないような地形。プザンに至る橋はすべて壊され、テルシオをつくったティリーは戦車砲塔を改造してセンサー付きで自動発砲する簡易トーチカとして隘路のわきの植物や木の茂みに潜ませていた。

プザンの手前にカンバルという町があった。そこから南方2キロの峠まで進撃した。

さらに対戦車砲が撃たれ、ベアー少尉のチャーフィーが炎上した。

敵が峠の上り詰めた地点で陣取り、切通しになった左右の高台にもいてチャーフィーを狙ったのだ。

「ルミ中隊は右、アズミ中隊は左、わたしは中央の敵を攻撃する。」

「了解。」

敵が静かになったと思ったら狙撃兵がいる。

「隊長、あぶないので戦車にはいってください。」

「ルミも気を付けて。」

ルミはほほえんだ。

激しく砲撃を行い、敵は姿を消したようだったが、プザンの周囲を取り囲むスリム=トロラックの隘路にひっこんだだけだった。貴族連合のプザン包囲部隊は、背後から攻撃される場合をそなえて、隘路に戦車をひそませて、その前には川、鉄条網、対戦車の障害物、上り坂になってカーブしているという状態であった。天然の馬出、虎口のようになっていて、正面から攻撃しようとしたらこちらがやられてしまう。また、空からのワルキューレの攻撃に備え高度2万を誇る地対空誘導ミサイルシステムを設置し、隙が無いように見えた。さすがは陸戦の猛者ティリーがゼフィーリアと協力してつくった堅牢な陣地だった。

 

一方、愛里寿は、麾下の艦隊に気象衛星を上げさせて観測させ続けていた。

 

そして絶好の攻撃可能日をみつける。

 

【推奨BGM:無双です】

愛里寿は、メグミ、ルミ、アズミに

「あさっての晩は雨が降る。音が隠せる。絶好のチャンス。」

愛里寿は、地図を指さして

「明後日日0030時に、工兵をつかって、障害物を退かし、敵トロラック陣地を攻撃する。」

「そのため2230時に戦車はエンジン音を響かせないよう低速で移動。工兵隊も目標位置まで移動。」

「隊長、工兵は、大丈夫なのでしょうか。」

「戦車の火力支援がある。パーシングとわたしのセンチュリオン。充分。」

「ルミ中隊は、第一回廊を攻撃。」

「了解。」

「アズミ中隊、第二回廊を攻撃。」

「了解。」

「メグミ中隊、第三回廊を攻撃。」

「了解。」

「わたしが本隊を率いて第四回廊を攻撃する。」

「了解。」

工兵は敵陣近くの鉄条網を切断し、障害物を爆破する。また、各回廊の崖上から手榴弾が回廊内に投げ込まれる。手榴弾の投げ込みに対しては対ワルキューレ用の高度2万まで達する地対空誘導ミサイルシステムも全く役に立たない。

「なんだ、なんだ、なにごとだ。」

寝耳に水の夜襲に貴族連合軍はうろたえる。そうこうしているうちに信号弾があがる。

敵は撃ってくるが動揺しているため全く当たらない。

パーシングとセンチュリオンは動けずにいるT34/85を次々に撃破した。

戦車から煙が立ち上る。

「隊長!回廊内の敵戦車全滅です。」

愛里寿は頷いた。

プザンの住民たちには信号弾を3回あげたら反撃と伝えてある。

「信号弾あげる。三回。」

「はい。信号弾あげます。」

信号弾が上がり、プザンの戦車部隊の隊長主将ヤン・ジュシュカが叫ぶ

「撃てば当たる。貴族どもを成敗し、積年の恨みを晴らすのだ。」

ブザンのヴェスターラント住民軍の戦車隊はときの声を上げて、先ほどまで優勢に包囲網を築いていた貴族連合軍に襲いかかった。

貴族連合軍は、地形上の要害とワルキューレ用の地対空誘導ミサイルシステムに守られた背後のトロラックの陣地が破られるとは夢にも思わなかったが、実際には回廊内の戦車が全滅し、ブザン包囲網の自軍の戦車が挟撃されて次々に火を噴いて炎上しているのを目のあたりにして、みるみる戦意を喪失していった。

貴族連合軍は挟撃され、四部五裂となり、バラバラと逃げる者が続出した。逃げ遅れた者たちの指揮官は降伏した。

 

「ヴェスターラントが落ちた?」

大貴族は狼狽をかくせずに部下を見る。

「はい。」

それから一見清楚だが妖艶な笑みを浮かべている美女を軽くにらむ。

「ゼフィーリア殿。」

「あら、残念なことでした。わたしは、絶対うまくいくとは申し上げていません。」

美女はこともなげに答えた。大貴族の顔は憤怒の表情に変わり、叫んだ。

「敵を熱核兵器で血祭りにあげる。」

「閣下、これをご覧ください。」

アンスバッハが主君に告げて、マスコミ報道を見せる。

たった一発だったが熱核攻撃の様子が帝国じゅうに放映されていた。きのこ雲と住民の悲惨な姿。そしてラインハルトの姿。ブラウンシュバイク艦隊を撃沈した愛里寿の艦隊の姿が映し出されていた。

「うぐぐ。これでは帝国の正統なる藩屏のはずの帝国貴族が非道な野蛮人扱いではないか。」

「そのように放映されています。金髪の孺子は英雄扱いです。」

ブラウンシュバイク公は二度と熱核兵器を落とせなくなった。




すみません。簡単に流させていただきました。


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第75話 ガイエスブルグ要塞前面の攻防戦...。

時はすこしさかのぼる。

ラインハルトから貴族たちに、リッテンハイムはみじめな最期を遂げた、降伏するなら食うに困らない程度の云々という古典的な決戦状が送られたのは7月末だった。血気盛ん、戦意過多、戦略過少の貴族たちを激発させて、ガイエスブルグから引き出すのが目的だった。

ミッターマイヤーが要塞主砲ガイエスハーケン射程ギリギリを遊弋しながら威嚇砲撃をガイエスブルグに行い、ガイエスブルグはその砲撃で振動する。

若い貴族たちは出撃をさかんに願うが、総司令官たるメルカッツはとめる。しかし貴族たちは激発してついにかってに出撃してしまう。ミッターマイヤーはわざとらしく敗走してみせたが浅はかで甘やかされて育った若い貴族たちは勝ったと思って意気揚々と引き揚げ、メルカッツを臆病者よばわりした。

そして再度出撃を願い、ブラウンシュバイク公は、「帝国貴族精神の精華を万人に知らしめ、思い上がった平民どもに正義の鉄槌を加えたものと言える。帝国万歳!出撃だ。」と若い貴族たちを励まして、出撃させた。もはや盟主の意思となるとメルカッツにも止められなかった。

「提督にはここに残っていてもらおう。」とメルカッツに告げる。メルカッツはかるく頭をさげて引き下がった。そしてブラウンシュバイク公も意気揚々と出撃する。尊大な態度で後方の安全な場所に鎮座して。

貴族連合軍の乱雑な砲撃に、ラインハルト軍は、わざとらしく後退して見せたが、貴族連合軍のフレーゲル男爵などはそれが擬態だとは思いもよらない。

「見ろ、あの醜態を。一度逃げ癖がつくと恥を恥と思わなくなる。一挙にやつを葬り、金髪の孺子もろとも絞首刑にしてやる。」

嘲笑しながら、自分の首の前で手刀を横へ振って見せる。貴族たちは艦隊を前進させる。

「深追いするな。罠かも知れんぞ。」

貴族連合軍の数少ない有能な指揮官であるファーレンハイトが警告すると貴族連合軍の艦隊は追撃スピードをゆるめる。

「なんだ、ちゃんとついてこないとだめじゃないか。」とミッターマイヤーはほくそえみ、挑発するように前進させた。貴族たちがいきり立って前進すると、ラインハルト軍は後退、それが繰り返された。

そうこうしているうちに貴族連合軍の隊列が延びきって、各艦隊の連携や通信に弊害が出はじめる。その機会を狙っていたラインハルト軍、ミッターマイヤー艦隊はそのおそるべき神速の用兵をおこなう。凄まじい光条の豪雨が貴族連合軍の先頭集団を襲い、一千数百隻余がまたたくまに血祭りに上げられ火球に変わり、爆煙をあげて四散する。

貴族連合軍は、ラインハルトとオーベルシュタインがガイエスブルグへの退路へ向けて作った巧みな縦深陣に引きずりこまれて、激しい横撃の餌食になって火球となって爆煙をあげ、金属の破片を漆黒の宇宙空間に撒き散らしていく。

「ブラウンシュバイク公をとらえた者は一兵卒でも少将にして下さるとのことだ。機会をつかめ!」

銀髪の少女と濃い栗毛色の髪を持つ少女は部下たちを励まし、貴族連合軍の艦隊は、草を刈るかのように粉砕され、火球に変わっていった。

 

ラインハルト軍が圧倒的な優位に見えたとき、彼らの心に心理的な空白が生まれ、視野が狭くなって、しゃにむに夢中になるような感覚が全軍に広がる。そういった勢いが止められなくなることによって、いつのまにか攻勢の限界点に達しているにもかかわらず、引き際を見極められず心理的なスキが生じた。その状態を目ざとく見破った者がいた。それは後方に控え反撃の機会をうかがっていた初老で、この戦場で老練さでは右に出る者がいない銀髪の名将だった。

「主砲、斉射!。」

ややだみ声(CV:納谷悟朗)の指揮官の命令は、その揮下の艦隊を手足のように動かし、その砲撃は整然かつ正確で光の壁のようにミッターマイヤーとロイエンタールの艦隊に襲いかかった。

「いかん。後退だ!」

ミッターマイヤーとロイエンタールはあわてて後退を命じるが揮下の艦隊は勢いが余って冷静さを失っているために徹底せず、いたずらに犠牲を増やし混乱する。

「ワルキューレ、宙雷艇発進せよ!」

軽快かつ縦横無尽に動き回るワルキューレと宙雷艇は、ミッターマイヤーとロイエンタールの艦隊に出血を強いる。いまや火球に変わるのはラインハルト軍のほうだった。

しかし、それも長く続かずミッターマイヤーとロイエンタールの艦隊は冷静さをとりもどして整然と陣形をととのえて後退する。

「ほほう、もう立て直したか。さすがだな。」

初老の銀髪の名将は、敵将の指揮ぶりに感心してみせる。銀髪の名将は、態度だけはでかい盟主をかばいながらガイエスブルグまで整然と後退していった。

要塞への帰還後、壮年に至るまで傲慢に育った大貴族の第一声は、恩人であるはずの銀髪の名将に対しての罵声だった。

「メルカッツ、なぜもっと早く救援にこなかった!!」

老練で初老の名将は、本来であれば出撃は軍令違反である、しかし、こういった場面は出撃せざるを得ないだろうという状況が説明できるまで、そして敵が数少ないスキをみせるまでとどまったのだったが、主君たる大貴族はそれが理解できないのに暗澹たる気持ちで軽く一礼して引き下がった。名将の若き有能な副官は理不尽さに歯ぎしりしたが、青年の上官はそれをなだめた。

 

貴族連合軍は連戦連敗より追い詰められていた。息子が死に敗勢を感じ取った貴族たちは自殺した。また生き残った者の中には、ひそかにブランシュバイク公の首をみやげに寝返ろうかと密談する者までいた。

「金髪の孺子の首さえ取れば...。」

とブランシュバイク公は味方を鼓舞して再び出撃する。

ミッターマイヤーは失笑を禁じ得ない。

「貴族のバカ息子ども。穴に引っこんでいれば長生きできたものを。わざわざ宇宙のちりになりに来たか。」

 

ミッターマイヤー、ロイエンタール、キルヒアイス、エリカ、まほの艦隊は、貴族連合軍の数度にわたる波状攻撃を撃砕した。

 

フレーゲルがエリカに一騎打ちを挑発するが、エリカは冷笑するだけで、挑発に乗らずに残存艦艇の掃討を続ける。

貴族連合軍の内部では、敗勢が明確になると、味方艦をいきなり砲撃して寝返る艦、降伏する艦艇が続々現れた。そうでない艦艇では平民兵士と下士官が貴族たちに反乱を起こしてまともに指揮系統が機能しなくなっていた。

 



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第76話 ブラウンシュバイク公の最後...。

メルカッツの率いる艦隊は、勝ち誇るラインハルトの艦隊の近くに孤立していた。もはやガイエスブルグに戻ることもできない。

 

一将功成らずして万骨は枯る...か...

それは奇しくも数年後にかっての敵国の老将がラインハルトとの戦いに敗れた時に抱いたものと全く同じ感慨であった。

 

メルカッツは自室へいきブラスターをこめかみに当てた。

「おやめください。閣下、お命を大切に。」

ドアが開き、若い副官がとびこんできた。

「シュナイダー少佐...。」

「お許しを。閣下。もしやと思いまして。」

シュナイダーは、手に握ったエネルギーカプセルを上官にみせる。

メルカッツは苦笑してブラスターを机の上に投げ出し、少佐がそれを拾う。

「それにしても気付かなかった。いつカプセルを抜き取ったのかね。」

シュナイダー少佐はブラスターの銃身を折って見せた。エネルギーカプセルは抜き取られていない。

「ふふ...こいつはだまされたな。そうまでしてわしに死ぬなと言うのかね、少佐?」

「はい。そうです。」

「だが、どうやって生きろというのだ?わしは敗軍の将で、彼らからすれば叛逆者でさえある。

もう帝国のどこにもわしが生きていく場所はない。ローエングラム侯のことだ。降伏すれば許してくれるかもしれんが、総指揮官だったのは事実だ。わしも武人として恥を知っている。」

「お言葉ですが閣下、ローエングラム侯とて全宇宙を支配したわけではありません。彼の手が及ばない場所がまだまだ残っています。そこでお命を保たれ、捲土重来をお図りください。」

「...亡命しろというのか。」

「さようです、閣下。」

「捲土重来と言うからには、亡命先はフェザーンではあるまい。もう一方か...。」

「はい。閣下。」

「自由惑星同盟か...。」

「わしは、40年以上も彼らと戦い、部下を数多く殺され、わしも同じくらい彼らを殺してきた。そのわしを彼らは受け入れるだろうか...。」

「高名なヤン・ウェンリー提督をたよってみましょう。いささか風変りですが、智者や勇者を遇する道を知っている人物に思われます。

だめでもともとではありませんか。もしだめならそのときはわたしもお供いたします。」

「ばかな卿は生きることだ。卿の能力ならばローエングラム侯は重く用いてくれるだろう。」

「ローエングラム侯が嫌いではありませんが、わたしの上官は閣下おひとりと決めております。どうかご決断を。」

どのくらい時間がたっただろうか。しかし、数分とたっていないはずだった。

「わかった。卿にわしの身柄を預ける。ヤン・ウェンリーをたよってみよう。」

 

ガイエスブルグは陥落寸前であった。

「アンスバッハ准将....アンスバッハはいないか....。」

かって権勢をほこった大貴族は、服ばかりは豪奢だが、あせりとおびえで動揺している中年オヤジにすぎなくなっていた。うろうろふらふらとあてもなく要塞内を歩いている。

「閣下。ここにおります。」

「おう、そこにいたか。もう逃げてしまったかと思っていた。」

「部下たちが助け出してくれたのです。それよりも閣下無念をお察しします。」

「まさかこうなるとは思わなかったが、ここに至っては講和しかあるまい。」

「講和とおっしゃいますか...公爵閣下、どのような条件で講和なさるおつもりですか?」

ブラウンシュバイク公は、ラインハルトの宗主権を認め、娘のエリザベートを与える、皇統を継ぐ正当性を得られるのだから簒奪者の汚名を着るよりはいいだろう、というのだった。

「閣下。それは無益です。彼はあなたが比類ない帝国貴族の名門だからこそ、旧体制を払拭するとともに、人道の敵として処刑して見せなければならないのです。」

「人道の敵?」

「ヴぇスターラントの核攻撃のことです。」

「ばかな...身分卑しき者どもを始末するのは支配者として当然の権利だ。」

「平民たちやローエングラム侯はそうは思いますまい。これからは貴族の論理とは異なった論理が宇宙を支配するようになることを示すためにもローエングラム侯は、閣下を殺さねばならないのです。」

「わかった。わしは死ぬ。しかし、金髪の孺子が帝位を簒奪するのは耐えられん。アンスバッハよ。奴の簒奪を阻止してくれ。それを誓ってくれればわしは自分の命を惜しみはせぬ。」

「わかりました。ローエングラム侯を殺害して御覧に入れます。」

「なるべく....なるべく...楽に死にたいのだがな...。」

「お気持ちはわかります。毒になさるのがよろしいでしょう。すでに用意してあります。」

「急速に眠くなり、なんの苦しみもなくそのまま死ねます。」

アンスバッハは、ワインを取り出してグラスにつぐと二種類の毒薬の粉末を振りかけた。

ブラウンシュバイク公は、おびえのあまり全身をわななかせ、

「アンスバッハ、いやだ。死にとうない。わしは死ぬのは嫌だ。奴に降伏する。領地や地位を差し出して命だけはまっとう....。」

アンスバッハは合図をすると屈強な男が公爵の身体と鼻と口を押さえつける。

「何をする。無礼な!離せ!」

「ブラウンシュバイク公爵家最後の当主として潔く自決なさいますよう。」

毒入りのワインは深紅の滝となって公爵の喉深く注ぎ込まれ、公爵の目は恐怖のあまり一瞬見開かれたものの数秒のことであった。瞼が下がり、顎ががっくりと下へ向く。腕はだらりとさがって、帝国最大の権勢を誇った大貴族はこときれていた。




ほぼ原作沿いです。


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第77話 お母様、帰りました。

「あの状態では放置しておけんな。」

「仕方がない、もとにもどすか。」

「しかし、あの船(※大洗から出航した船)は本当に爆破してしまったぞ。」

「お二方、困っていらっしゃるようですね...。」

青みがかった黒髪の美女が笑みを浮かべて二人を見つめている。
いつからそこにいたのだろうか...美女は清楚な容貌に似合わなそうな大鎌をかついでいたがなぜか奇妙に調和している。

「おま、あなたは...。」

「戻すべき場所にもどしてさしあげましょうか。」
「...。」

男たちは、目の前の大鎌をかついだ美女の提案に従わざるを得なかった。


9月9日、ガイエスブルグ要塞は、ラインハルト軍の手中に落ち、勝利の式典が行われようとしていた。

ざわめきが生じ、特殊ガラスのケースに収められたブラウンシュバイク公の遺体が運びこまれてきた。アンスバッハが棺につきそっていた。ブラウンシュバイク公の腹心と呼ばれた男は、広間の入り口で、無表情に、若き覇者、彼らからすれば忌むべき金髪の孺子に一礼すると、ゆっくりと歩き始めた。静かだが低い冷笑が参列者の間から漏れる。

ラインハルトの前に出ると、アンスバッハは、恭しげに一礼し、棺のガラスのふたをひらくや、主君の遺体の軍服からすばやくハンドキャノンを取り出し、

「ローエングラム侯、わが主君の讐、お命頂戴する。」

ハンドキャノンが咆哮するが、ラインハルトの左から二メートル離れた壁が崩れ落ちた。アンスバッハに躍りかかったのは、赤毛の俊敏な若者であった。ハンドキャノンが

床に落ちて、ガシャリと武骨な音を立てる。

アンスバッハは、手の甲を赤毛の若者の胸に押し付け、指輪が光ると若者の身体を貫いて、その背から光条が生えた。赤毛の若者は激痛を覚えたが暗殺者を抑え込もうとするのをやめなかった。再び指輪が不吉に輝いて、光線を吐き出し、今度は若者の首筋を貫いた。

「きゃああああああ。」

銀髪の小柄な少女は、激しい怒りと悲しみのこもった悲鳴を上げ暗殺者をプラスターで数度貫いた。

「ぐつ...。」

その狙いは正確であったが、撃っている本人は半狂乱である。彼女にはいつもの冷静な名将の姿はなく、半狂乱に泣きじゃくる少女でしかなかった。

「フロイライン!フロイライン!」

ルッツとワーレンが暴れる愛里寿を抑える。

提督たちが少女の悲鳴を合図に暗殺者に襲いかかる。

アンスバッハは、キルヒアイスの身体と自分の身体から噴き出した血の沼に引きはがされた。

「ブラウンシュバイク公、お許しください。この無能者は、誓約を果たせませんでした。金髪の孺子が地獄に落ちるにはあと幾年かかかりそうです。」

「この痴れ者が。」

「力不足ながら私がお供いたします。」

アンスバッハは、奥歯に仕込んだ毒のカプセルをかみ砕いた。アンスバッハの両眼が焦点を失ったように大きく開き、白目をむき出しにした。

金髪の不敵な若き覇者は、無二の親友を失って抜け殻のようになった少年になってい

た。

ルッツとワーレンが冷静になった時、誰かがいないことに気が付いたが、誰がいないのか二人には思い出せなかった。

 

宇宙暦793年、帝国暦484年1月、同盟領を進んでいたへルクスマイヤー伯爵家の宇宙船は突如爆煙に包まれ、乗っていた青年軍人ベンドリング少佐と10代の金髪の少女マルガレーテ・フォン・へルクスマイヤーの姿が消えてから一秒たたない間に現れた。

マルガレーテは、ぼろぼろになったクマのぬいぐるみをひろいあげた。

 

一方、銀髪の少女は、島田家の自分のベッドの中で目覚めた。

「夢...か....。」

少女はつぶやき、自分が大学選抜のパンツァージャケットを着たまま寝ていたことに驚き、小さな血痕を数か所見出して理由もわからず深い悲しみに襲われた。少女は、自分が寝ていた場所から一番近い位置にあったボコのぬいぐるみを抱きしめた。しかし、その深い悲しみはじわじわと急速に薄れていった。

 

「フロイライン、同盟首都へワープしますか。」

「うむ。ワープするのじゃ。」

金髪の幼き令嬢が指示すると令嬢の友たる少壮の少佐がコンソールを操作し、ヘルクスハイマー家の船はその空間から消えた。

 




愛里寿とマルガレーテに起こった出来事は下記のようにワンセットになっています。

宇宙暦793年、帝国暦484年1月、同盟領を進んでいたへルクスマイヤー伯爵家の宇宙船内の爆発(44話)→ベンドリング少佐、マルガレーテ・フォン・へルクスマイヤー、行方不明に(44話)
大洗学園艦からの帰途の船内でおこった爆発(44話、72話前書き)、船が完全破壊(77話前書き)→愛里寿、へルクスマイヤー伯爵家の宇宙船内へ(44話)

宇宙暦793年、帝国暦484年1月、同盟領を進んでいたへルクスマイヤー伯爵家の宇宙船内の爆発から一秒たたない間(77話)→ベンドリング少佐、マルガレーテ・フォン・へルクスマイヤー、船内へ戻る(77話)※爆発事故でぬいぐるみは痛んだ状態でそのまま残される(歴史が復元されている)。
帝国暦488年9月,ガイエスブルグ要塞内キルヒアイス殺害時(77話)→愛里寿、地球上の島田家の自分の寝室(77話)※ゼフィーリアによる。


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第9章 帝国軍の新たな作戦です。
第78話 老練の名将を迎えます。


さて、ユリアンがヤンに自伝の執筆をすすめるデレチャプリマの営業マンをおいだし、電話に出ている間、ヤンは紅茶を飲み干したカップにブランデーを注いでいた。瓶をおいたとき、電話に出ていたユリアンが部屋に駆け込んでくる。

「提督!大変です!統合作戦本部にいるムライ少将から連絡です。」

「なにをあわてているんだ?世の中には、あわてたり、叫んだりするようなことは何一つないぞ。」

「でも...メルカッツ提督をご存知でしょう。閣下。」

「ああ、帝国軍の名将だ。ローエングラム侯の様な壮大さや華麗さはないが、人望があり、老練で隙のない用兵をする。そのメルカッツ提督がどうしたというんだ??」

「その帝国軍の名将が...」

ユリアンの声が高くなる。

「亡命してきたんです。ヤン提督をたよって!いまイゼルローンに到着したとキャゼルヌ少将から連絡があったそうです。」

ヤンはあわてて立ち上がった。テーブルに自分のひざをしたたかにぶつけたのである。

「あ、いたたたた...。」

ひざをさするヤンだった。

ヤンは幕僚を集める。

「メルカッツ提督は家族を連れて見えられたのかな。」

「いえ...その点をキャゼルヌ少将に問い合わせたところ家族はまだ帝国に居ると。」

「そうか、それならいい。」

「よくはありません。家族が帝国に居るということは、いわば人質がいるのと同然です。メルカッツ提督が不穏な目的を抱いてきたとみなすのが自然かつ当然ではありませんか。」

「あの....。」

ヤンはうなづき、

「西住中将、説明してやってくれないか。」

「はい。メルカッツ提督は貴族連合軍の総司令官でした。フェザーンから公表されている戦績データから考えてあまり厚遇されていなかったみたいです。それならローエングラム侯へつく選択もできたはずです。実際に貴族連合の指揮官で最終的にローエングラム侯についた方もいたようですから。それから、偽の家族をつけたほうが、人質が帝国にいないとわたしたちを安心させられるし、監視や情報収集もできるはずですから。」

「そのように、はじめから我々をだますつもりなら、家族を帝国に残してきたとは言わないはずさ。情報部ならそう工作するだろう?バグダッシュ中佐?」

「まあ、そんなところでしょう。メルカッツ提督という人は生粋の武人で、諜報活動とか破壊工作とかという発想とは無縁でしょう。信用していいと思います。」

「おまえさんより、はるかにな。」

「きつい冗談ですな、シェーンコップ准将」

「冗談ではないさ。」

すました顔でシェーンコップが言った。バグダッシュは少々不快そうな表情をみせる。

「わたしはメルカッツ提督を信じることにする。そして私の力の及ぶ限り彼の権利を擁護する。帝国軍の宿将とも称される方が私をたよってくれるというのだから、それに報いなければなるまい。」

「どうしても、そうなさいますか?」

「わたしはおだてに弱いんでね。」

みほはそんなヤンをみてほほえむ。

「超光速通信の回路を開いてくれ。」

「ヤン大将、こちらがメルカッツ提督です。」

キャゼルヌが紹介して、初老の「いぶし銀」「老練」という文字がぴったりの落ち着いた男性が現れる。ヤンは立ち上がって丁寧に敬礼した。

みほは、ほほえみながらその様子をみている。

「西住殿?」

「優花里さんが戦車を動かしたとき、『ひゃっほう、最高だぜい』と言ったことあるよね。」

「はい。」

「ヤン提督は、おちついて敬礼しているけど、敬意と嬉しさがこもっているの。キルヒアイス提督に会った時もそうだった。」

「なぜ、西住殿にはわかるのでありますか?」

「えへへ...。」

みほはきょろきょろあたりをみまわしてしまう。なんとなくその視線はフレデリカをさがしている。

 

「メルカッツ提督でいらっしゃいますね。ヤン・ウェンリーと申します。お目にかかれて大変うれしく思います。」

軍人というより学者のように見える黒髪の青年をメルカッツは目を細めて見つめた。息子がいるとしたらこのくらいの年齢だろうか。

「敗残の身を閣下にお任せします。私自身に関してはすべてお任せしますが、ただ部下達には寛大な処置をお願いしたい。」

「よい部下をお持ちのようですね。」

ヤンの視線を受け、シュナイダーが背筋を伸ばし、胸を張る。

(うむ、部下も優秀そうな人物だ。)

「いぜれにせよ、ヤン・ウェンリーがお引き受けいたします。ご心配なさらずに。」

一介の亡命者となった、かっての帝国軍の名将は、副官の進言に誤りのないことを知った。

同盟では、クブルスリー大将の現役復帰に伴い、ドーソンが退任した。ドーソンの最後の仕事はシェーンコップを少将に昇進させたことだった。表向きはシャンプール解放による住民からの強い要望とのことだったが、ヤン艦隊の結束にひびを入れるためとかいやがらせとしかみなされなかった。

この内戦でヤンは様々な勲章をもらったが、ロッカーの隅にほうりこんだ。被保護者である少年は、保護者である学者風提督がなぜその種のものを捨てなかったかを考えて苦笑する。

(本を買うのはいいけど、酒量は控えてもらわないと...。)

今回の人事で一番ヤンが喜んだのは、メルカッツを中将待遇の客員提督という身分でイゼルローン要塞司令官顧問でに任命できたことだった。帝国の内情に通じていること、帝国の内戦で、敗北して亡命してきた事情から帝国のスパイとして寝返ることはほぼありえないことなど上申書が認められた格好である。またユリアンは軍属の兵長待遇から軍曹待遇となり、スパルタ二アンへの搭乗資格を得たのだった。



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第79話 ごそごそうごめいています。

さて、ハイネセンから何千光年か離れた暗がりの一室である。

「過去や未来へ行き、歴史改変を行う時空転移をするシステムが教団内部で発明されているのか...。」

「その可能性があるということです。」

「たとえばアスターテ会戦やアムリッツア会戦時に通常のワープでは説明できない種類の時空歪曲場が確認されています。」

「なぜ、それがわしに知らされていないのだ?」

「不逞な輩なのか実験段階なのか...同盟と帝国を共倒れさせるという目的は変わらないから目立ちはしませんが...。」

「ルパートやルビンスキーは知っているのか。」

「いまのところ知っている様子は見受けられません。もちろん知っていて巧妙にとぼけている可能性は否めませんが。」

「ゼフィーリア。」

「はい、猊下。」

「そちは、何か知っているか。」

「心当たりがないわけではありませんが、その前に大司教猊下。お忘れになっていることがありませんでしょうか。」

「そんなものは記憶にないが。」

「このたびのリップシュタット戦役において、貴族連合軍の援助をいたしました。そのことについて報酬があることをお聞きしているのですけれど。」

「地球の神聖が守られる以外に何の報酬があるのだ。そちは忠実なる信徒ではないのか?」

その場の空気がどす黒く重くなった。美女と黒いフードの老人が激しくにらみ合って火花が散る。

黒いフードの老人が口元をゆがめると、そばにいた信徒たちが美女に襲いかかった。

美女はにやりと微笑むと大鎌をふるって狂信者たちを切り裂き、血しぶきがあがる。狂信者たちは激痛に悲鳴を上げ、生首がころがる。

総大司教の杖と大鎌が激しくぶつかり火花を散らす。

「ふん。結局ローエングラム侯は勝利を得たではないか。邪魔をして相打ちさせるか、ローエングラム侯が勝利してもアムリッツアの同盟軍のように決定的な損害を得ていなければ意味がない。」

「その話まではわたくし寡聞にしてお聞きしていませんけれど。ローエングラム侯は、キルヒアイス提督を喪いました。決定的な損害といえないでしょうか。さらにわたくし、島田愛里寿を、元の世界に戻しましたけれど。」

「ふん。時空転移技術を開発した輩を引き渡した時に上乗せする。」

ゼフィーリアは一礼して消える。

「あの女もくせものだな。はやいうちに始末するのだ。」

黒衣の信徒がかしずく。

別の信徒がかしずいてないやら報告する。

「同盟のほうは、なんとかトリューニヒトは復権させたか...。」

「ふむ。今日のところはこの程度にしておく。」

円陣のように並んだ地球教徒たちはこうべを垂れ、その中央に現れていた総大司教の幻は消えた。

またそこから少なくとも数百光年離れた似たような暗がりの部屋で、方向性は正反対だがその性質はそっくりな会話が交わされていた。

「救国会議のクーデターは失敗したが、同盟を弱体化させることには成功した。それから21世紀から実験的に同盟に送り込んだ娘たちは有能すぎた。」

「最初のひとりは帝国におくりこんだはずだが、エルラッハの愚か者が...。」

「まあいい、改めて島田流と黒森峰を送り込んだではないか。」

「こんにちは、みなさん。」

「ゼフィーリア殿。」

「このたびは、ゼフィーリア殿のおかげで死を免れたことは礼を言う。」

「わたしたちはもっと大きなことができるはずですよ。「エリオット王子」。」

「あの老人にこの秘密を知られるわけにいかん。」

「あの老人は知っています。ただ、だれがということまではつきとめていないようですけれど。」

そのとき美女がやにわに大鎌をふるった。

黒衣の狂信者がグエっとくぐもった声をあげて、血を噴き出して床にころがっていた。

「やはり油断ならなくなったな。」

「かぎつけ始めたのでしょう。いままで総大司教猊下に協力してきたことを後悔しています。」

 

そして、ハイネセンで、この惑星の名前に冠された国父が知ったら悲しむであろう内容の会話が、やはり似たような暗がりの部屋で、交わされていた。

「そうか。ネグロポンティ君。」

「はい。地球教団は二つに割れているということです。憂国騎士団も閣下のいない間に二つに割れていた次第で。」

「フォーク君の風向きが悪いとなったらわたしになだれをうつようについたというわけだ。」

「地球教団で、地球が過去や未来へ行き、歴史改変を行う時空転移をするシステムが発明されたようです。あのミホ・ニシズミをはじめとするチームあんこうは過去からつれてこられた連中のようで...。」

「ミホ・ニシズミもそうだがヤン・ウェンリーも問題だな。」

「今回は内戦だから勲章ですませ、シェーンコップだけ昇進させた。シャンプールの市民の請願がうるさくてな。仲間割れのくさびにちょうどいいからな。」

「しかし、次に武勲をたてれば昇進させざるを得ない。クブルスリーを復帰させたのだからかならず昇進させたがるだろう。」

「ドーソンはたいした功績もないのに昇進してきたからな。」

「われわれにとっては、軍部を統制するのに使えるコマです。軍部は、今回のクーデターで何もできなかった。軍部の士官たちの中にはわれわれの同志がおおくいます。彼らで固めれば、クブルスリーもあの頑固者の老人もなにもできんでしょう。同時にヤンも抑え込めるというわけです。」

「かりにヤンが武勲をたてれば元帥だ。しかし、われわれの政権維持のためにも戦勝の事実があれば大いに宣伝しなければならないから、ヤンを昇進させないわけにはいかない。」

「30そこそこで元帥か....」

「そして退役して政界入りするとすれば、不敗の名将で若くておまけに独身だ。大量得票で当選するでしょう。あのジェシカ・エドワーズと親しかったことからイデオロギー的には反戦市民連合に入る可能性がある。」

「風が吹いて、やつの周囲にむらがる連中が出てくるだろう。なんの理想もなく、政治的才能もないのに権力ほしさだけでな。そうなると量的には無視できない勢力になる。」

まともな同盟市民が聞いたら鼻白むセリフをトリューニヒト閥のボネが平気で言う。なんの理想もなく、前向きの政治的ビジョンもないくせに、自分のことは棚に置き、権力を維持することが自己目的化させた、いわば国家を食いつぶす寄生虫にすぎないことの自覚がないために恥知らずな密談ができるのだった。今回の話題はたまたまヤンが出馬した場合の危惧や対策であったが、マスコミを押さえて、自分たちの都合の良いことを「公平な」報道とし、都合の悪いものを「不公平な」報道とし、裁判を辞さないなど圧力をかけてテレビ局、雑誌社のキャスターや編集者をやめさせ、政敵を追い落とす、そのための悪だくみの延長線上の密談なのだった。




末尾を改変(1/25,1:45a.m.)


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第80話 安全な場所での密談と前線の艦隊戦であります。

トリューニヒト派の政治屋たちが暖衣飽食して密談と女性歌手にうつつを抜かしているときに前線の兵士たちは命がけの戦闘を行っていたのであります。




トリューニヒト派の政治屋たちは、まともな同盟市民が聞いたら鼻白む密談を続けている。自分たちの権力を維持することが自己目的化させることが正義であり、そのためにマスコミ幹部との会食をし、人事に介入し、都合の悪い報道を抑え、自分たちの都合の良いように報道させて、政敵を追い落とす、それが彼らの本能であり、発想の出発点なのだった。

「やはり危険だな。あのミホ・ニシズミもヤンにべったりだ。あのフォークの報道が裏目に出て事実無根ということにせざるを得なかったからますます二人の結束は強まっている。政界に出たら男性票をさらうだろう。」

「いっしょに出させなけれないいのだ。」

「ドーリア星域の会戦のとき、ヤンは全軍の将兵に言ったそうです。国家の荒廃など個人の自由と権利に比べればとるに足らない、と。けしからん言いぐさと思いませんか。」

「危険ですな。」

「国家あってこその自由と権利だというのに。国益及び公の秩序をなんと心得ているのかな。」

「それを敷衍すれば、個人の自由と権利さえ守れるなら、同盟が滅び、帝国にとって代わってかまわないことになる。愛国心や祖国愛が足りない輩ですな。」

「もっとつつけば出てくるだろう。調査しておいていざという時に一斉に流すのだ。」

「ネット上でもヤンとミス・ニシズミのサイトは盛況です。われわれも特定の大掲示板やニュースサイトだけでなく、個人ブログも監視しないと。」

「帝国と言う存在がある限り、ヤンの才能は同盟にとって必要だ。致命的なものでなければときに失敗するのも本人のためだろう。」

トリューニヒトがつぶやくように言う。同盟の国力は、長年の戦争により、疲弊していたところ、アムリッツアの敗戦が決定打になって衰退しつつあり、フェザーン、地球教、そして崩壊して、ローエングラム体制のもとで生まれ変わる帝国の草刈り場になるなどとは全く見えていないのだった。かれらは「同盟」という器さえあれば自己の権力が安泰であるかのような錯覚に陥っていることに思いもよらない。ただ近い将来に政敵になりうるヤンの存在をいかに押さえつぶすかしか考えられないのだった。

「まあ難しい話はこれくらいにして、最近ハイネセンでは、ボニータ・ライスフィールドという歌手がいて、われわれの集会にもよく顔を出してくれるんだ...。」

「ほお...。」

トリューニヒトは、自分たちのシンパでもあるという人気歌手についての雑談を聞き流しながら、ヤンのことを考えていた。あの青年は、自分の演説の時に総立ちの中、座っていたり、先日の式典の時も心を許していないことを悟っていた。無礼なやつとおもいつつも、その才能に舌をまかざるをえない。しかもイデオロギー的にも危険だ。できることならヤンを味方につけたいが、どうしてもだめなら排除せざるをえない。上手くいけば目の前にいる飼い犬のような連中と違って自分の権力はより盤石になる。そうなってほしいものだ、と考えていた。しかしそのためにはレベロ以上に良心的な政治家にならなければならないが、国民を風に流される凧のようにしか考えていないこのポピュリストには思いもよらないことだった。

 

さて、宇宙暦798年(帝国暦489年)1月22日に、イゼルローン回廊で起こった同盟軍アッテンボロー少将の率いる分艦隊と帝国軍アイヘンドルフ少将の分艦隊が偶発的な接触によって戦闘に入った。植物園のベンチで昼寝をしていた黒髪の提督は副官グリーンヒル大尉に呼び出され、最初は眠そうに返事をしていたが、副官の報告を聞き終えると、

「辺塞、寧日なく、北地春光遅しか....めんどうなことだなァ、ユリアン?...。」とぼそりとつぶやいて被保護者の名前を呼ぶ。きょろきょろと、周囲をみまわし、件の被保護者がいないことを確認して小さくため息をつき、改めて副官の顔を見る。

ヤンは黒髪を片手でかき回して、立ち上がり、軍用ベレーをかぶると

「安全だと思ったから送り出したんだがなあ...。」

と独語する。フレデリカはなぐさめるように

「きっと無事にかえってきますわ。ユリアンには才能も運もありますから。」

ヤンは、てれかくしに、ことさらに不機嫌そうな表情と声をつくってつぶやくように言う。

「さて、アッテンボローも大変だろう。今回は新兵ばっかりってことだからな。早く助けに行ってやらないとな、ということで大尉。」

副官にかけるヤンの声がやや明るくなる。

「はい。」

「至急幹部会を開く。皆を会議室にあつめてくれ。」

「はい。」

会議室の机を囲んだ部下たちの意見をひととおり聞いた後、ヤンは、司令官顧問となった初老の提督にたずねる。

「客員提督のお考えは?」

場の空気が緊張を帯びた。しかし、元帝国軍の練達の名将は、軍服こそ帝国軍のそれであるが、民主国家防衛の最前線を支える指揮官として頭を切り替え、才覚にふさわしいごくまっとうな意見を述べた。

「増援なさるのであれば、緊急に、しかも最大限の兵力をもってなさるのがよろしいかと小官は考えます。それによって敵に反撃不可能な一撃を加え、味方を収容して、すみやかに撤退するのです。」

敵と発言した時、初老のメルカッツの表情にわずかではあるが苦渋の色が見えた。やはりラインハルトの麾下であっても、帝国軍と聞けば虚心ではいられないのである。

「客員提督のお考えにわたしも賛成だ。兵力の逐次投入は、この際かえって収拾の機会を減少させ、かえって戦火の拡大を招くだろう。全艦隊をもって急行し、敵の増援が来る前に一戦して撤退する。言い換えれば、敵が賢明であれば、撤退の判断を下すことも期待できるというわけだ。ただちに出動準備にかかってくれ。」

幹部たちはザツと軍靴を揃えて敬礼し、司令官に応える。

「メルカッツ提督には旗艦に同乗していただきたいのですがよろしいですか?」

階級が上であっても、ヤンはメルカッツに対して丁寧な口調になってしまう。心から尊敬する、用兵学の生きた教科書のような帝国の名将が目の前にいるのだ。自然と賓客を遇する口調になる。帝国軍との直接戦闘する場にメルカッツを引き出したくないと考えつつもヤンが艦隊を率いて出撃したあとに、メルカッツが居残ると司令官の留守中の間の危険を危惧する声がでてきて要塞内がざわつくのを防がなければならない。ばかばかしい懸念だがヤン同様、メルカッツも充分に承知していた。

「承知しました。」

亡命の客将は短く答えた。

 



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第81話 帝国で新たな作戦の計画です。

イゼルローン回廊での遭遇戦は、開始後、9時間が経過していた。ユリアンが四度目の出撃をしたとき、母艦のアムルタートが二つに折れて爆発四散した。ユリアンがすんでのところで眼前のワルキューレを撃墜したとき、エネルギーが底をつこうとしていた。ユリアンは、息をつめてモニターをにらみ、神経質な笑い声をあげる。そのときだった。

「援軍だ。援軍が来たぞ。」

各艦の通信士官が叫び、それはスパルタ二アンにも流される。漆黒の宇宙空間に、イゼルローン要塞のある方角に光点がちらほら現れ、それはやがて無数に増えていく。

一方帝国軍のオペレーターは蒼白になる。悲鳴交じりの報告が各艦の指揮官たちに伝えられる。

「一万五千隻以上だと!?それでは勝負にならん。」

「退却だ。」

アイヘンドルフの命令が帝国艦隊に伝えられ、半ば逃げるように退却を始めた。

「敵は戦意を喪失して逃走にうつっております。追撃しますか。」

ヘイゼルの瞳と金褐色の髪を持つ副官の新たな指示を求める問いに黒髪の司令官は応える。

「放っておいていいさ。逃がしてやろう。」

「では、乗艦を破壊された味方を収容し、修復を早急に済ませ次第全艦隊帰投ということでよろしいでしょうか?閣下?」

「けっこう。ああ、それと今後のためだ。監視衛星と電波中継衛星をいくつか打ち上げておいてほしい。」

「はい。すぐに手配いたします。」

きびきびと司令官の指示を実行するフレデリカに、メルカッツがおだやかな賞賛の視線を向ける。これほど有能な副官は、彼の長い軍歴でもそう記憶には多くなかった。

 

第14艦隊旗艦ロフィフォルメの艦橋である。

「全艦隊帰投だって。みぽりん。」

「うん。」

沙織に返事をすると

「エリコさん。」

「監視衛星と電波中継衛星をいくつか打ち上げる?」

「そうだね。そうしてね。それからもう敵はいないのでできるだけたくさんの皆さんが収容できるように捜索してください。」

「みぽりん、ユリアンさんが生還したって。」

「敵単座式戦闘艇ワルキューレ3機撃墜、巡航艦1隻を完全破壊だそうであります。」

沙織と優花里が嬉しそうに言う。

「よかった...。」

みほは安堵の胸をなでおろした。

 

アイヘンドルフの上官であるケンプはこの紛争についてラインハルトに報告し、陳謝したが、

「ケンプ大将、この紛争の戦略的意味はどう思う?」

「わたしから申し上げるものもなんですが、局地的なもので戦略的意味は薄いかと。」

「そのとおりだ。まずは正確で客観的な事実を報告すればよい。百戦して百勝というわけにもいくまい。報告に際してあらかじめ意見や陳謝が必要なのは戦略的意味が重要になりそうな場合のみだ。今回は不問にする。さがってよろしい。」

「はつ。」

ケンプをさがらせた後、金髪の若者はほおづえをつき、苦笑して、

「ふん。ヤン・ウェンリーめ。」

とつぶやいた。

 

ラインハルトが元帥府で昼食をとっているときだった。

「閣下。」

「なんだ。」

「科学技術総監シャフト技術大将がお話があるとのことですが...。」

金髪の若者は不機嫌そうな表情になる。

(えせ技術屋め。何の用だ。)

「同盟、イゼルローンの攻略についての提案をしたいとのことです。」

「わかった。あってやる。ただし15分だけだ。」

シャフトが説明を始める。

「つまり、イゼルローンの前面に攻略拠点となるわが軍の要塞を構築するということか?」

「さようです。閣下。」

ビアホールの亭主の様な顔の科学技術総監はうなずくが、金髪の若者の顔には、損したという失望の色がうかぶ。

「構想としては悪くないが、成功させるには重大な条件をクリアしないといけないな。わかるか。シャフト総監?」

「それは?」

「知れたことだ。同盟のやつらがそれをだまって見物して、決して妨害しないということだ。即答できないようなら充分に見直しをして後日いずれあらためて提案を聞くことにしよう。申し訳ないが次があるので、しつれ「閣下、お待ちください。」...」

「その条件は不要です。私の提案はすでに構築された要塞をイゼルローン回廊へ移動させるというものです。」

金髪の若者の蒼氷色の瞳に、興味の色が浮かぶ。浮かしかけた腰をふたたびソファにもどした。

「詳しく聞かせてもらおうか。」

 

シャフトの話を聞いた後、ラインハルトは、白髪で義眼の参謀長を呼ぶ。

「どう思う。オーベルシュタイン。」

「やって損はないでしょう。」

「人選は?」

「もう閣下はお決めになられているでしょう。」

「うむ。一応考えてはいるがな。」

「リップシュタットと先日の紛争の名誉回復を願っているケンプ大将、大将のなかでは席次も年齢も下のミュラー大将というところだと小官は考えます。」

「そんなところだろう。わたしもケンプに機会を与えたいと考えていた。先だっての敗戦とリップシュタット戦役での武勲を挙げる機会が少なかったからなんとかしたいと願っているだろうからな。」



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第82話 フェザーンの若き補佐官です(前編)

フェザーン自治領主府のロビーである。

「あ、ぬかしたぞ。」

「なんだ、あの坊主は?」

「はいっていったな。」

フード付きの黒く長い「法衣」を着た男が秘書の呼び出しを受け、のそのそと自治領主の執務室へ入っていった。

自治領主の執務室に入ると、男はフードを脱いでみせる。

なあから現れた顔は、三十になるかならないかの印象であったが、禁欲的な生活と栄養の偏りを物語るような肉付きも血色も良くない顔であった。髪は黒く手入れされず少々べたついた感じであり、眼光は理性と信念のアンバランス差を印象付ける、何かの熱気にうなされたような、多くの宗教者にみられる何かを知っていることを誇るような不快感をさそうものであった。

「主教猊下、どうぞおかけください。」

自治領主は、高僧に対する敬称を使い、一見恭謙の意を表す態度で相手に接する。

司教と呼ばれた男は、離接には無関心な様子で進められた椅子にどっかと腰かけ

「昨日そなたが言ったことは真実か?」

「さようで。経済的な援助と協力の比重を帝国に対してより重くします。急激にではありませんが。」

「すると、帝国と同盟との勢力の均衡がくずれよう。それをどう利用するというのか?」

「ですから、ラインハルト・フォン・ローエングラム公に銀河を統一させ、しかるのちに彼を抹殺し、その遺産を手中に収める。それでよくはありませんか?」

「うまい考えではあるが、あの金髪の孺子は、それほど甘くないし、オーベルシュタインという曲者もついておる。そうやすやすとこちらの思惑になるとは思えぬが。」

「なかなか情勢に通じておられますな。しかし、ローエングラム公、オーベルシュタインも全知全能ではありませぬ。もしそうであれば先だってのリップシュタット戦役でキルヒアイス提督を喪うこともなかったでしょう。」

「権力にしろ、機能にしろ集中すれば集中するほど小さな部分を制することによって全体を制することができますからな。来るべき新王朝においてローエンエングラム公、皇帝ラインハルト一人を殪し、帝国という組織の神経回路の中枢を抑えれば全宇宙の支配に直結するという次第で...。」

「しかし、同盟の権力者どもが汝らフェザーンの富力によって首筋を抑えられているし、元首のトリューニヒトはわが教徒たちがかくまった。銀河帝国に加担するのはよいが、せっかくの同盟の手駒を喪うことになりはせぬか?汝らの用語でいえば「投資が無駄になる。」、そうならないのか?」

「主教猊下、同盟の手駒は、同盟を内部から崩壊させる腐食剤として使えます。およそ国内が強固であるのに外敵の攻撃だけでほろんだ国家はありませんからな。内部の腐敗が外部の脅威を増大させるのです。」

「フェザーンも自治領を称しているが事実上は国家だ。同盟のように頂上や内部から腐敗がすすんではおるまいな。」

「これはこれは手厳しい。為政者の責任、肝に銘じておきましょう。ところで堅い話はこれくらいにして、饗宴の用意がしてありますので...。」

「いや、遠慮しておく。」

主教が自治領主の誘いをすげなく謝絶して出ていくと、入れ替わりに青年が自治領主を呼びかける声がした。

「補佐官か。入れ。」

「失礼いたします。」

一人の青年が自治領主の執務室にはいってきた。細面の端正な顔つきで眼光が鋭い。ルビンスキーが、前任のボルテックを帝国内の工作に従事させる代わりに昨年秋に任命した補佐官でその名はルパート・ケッセルリンクといった。

「主教のおもりもたいへんでございましょう。閣下。」

「まったくだ。狂信的な教条主義者というやつは冬眠から覚めた熊よりもあつかいにくい。いったい何が楽しみで生きているのやら...。」

「何千年も前のことだが、キリスト教はローマ帝国の最高権力者を宗教的に籠絡することで、帝国そのものをのっとることに成功したのだ。それ以来表面上はキリスト教国を称してどれほど悪辣に他の民族、他の宗教を弾圧し、滅ぼしていったか。そしてその結果、ひとつの帝国どころか文明を支配するに至った。これほど効率的な侵略、支配、実験の掌握は類を見ない。それを再現させてやるというのに帝国と同盟を共倒れさせるという当初の計画に固執しおって...。」

ルパートは、自治領主のぼやきをききながらほくそ笑んだ。彼は地球教内部で、時間跳躍技術を開発した「ワルフ仮面」や「エリオット王子」の徒党と組んでいる。あなたが何を目指しているのかは知らないが、いずれとってかわってやると野心の牙を研いでいる。

ルビンスキーは、地球が巡礼地になるのは構わないが、祭政一致の神権国家で狂信者の総大司教が君臨して、「神聖不可侵の教皇」となり絶大な権力をふるうおぞましい未来図を許すつもりはなかった。面従腹背で望み、そうなる前に帝国の武力で壊滅させるつもりである。そのことによりフェザーンは地球のくびきを逃れ真の意味の商業国家となることができる。それまで慎重に事を運ばなければならなかった。ルパートもそのことは理解していた。問題はどこまで協力し、どの時点で母を見殺しにしたこの男にとって代わるかであった。

 

ルパートの仕事は、救国会議のクーデターが失敗した後の同盟に対する工作であった。

ルパートは、ヘンスローという男の邸宅へ地上車を乗り付ける。この男は、自由惑星同盟から対フェザーン外交の現地責任者として派遣されている弁務官であった。また対帝国スパイ網構築の責任者という裏の役割もあったが、政権交代のたびに論功行賞人事の一環として外交手腕の乏しい財界人や政治屋が名士としての箔をつけるための名誉職と化していた。ヘンスローは、名門企業の創業者の息子であったが、能力と人望の欠如から態よく配所されたといわれるような人物であった。

「我が自治領が買い求めた貴国の国債で償還期限を過ぎたものが総額約5000億ディナールに達します。本来ただちに償還をお願いすべきなのですが...。」

「一度にはとても...。」

「そうでしょう。失礼な物言いながら貴国の財政能力を超えてますからな。我が自治領が取り立てを控えているのは、貴国に対する友情と信頼の証明と考えていただきたい。」

「感謝に堪えません。」

「しかし、それも貴国が安定した民主国家である限りにおいては、です。」

「と...おっしゃるのは...?」

「昨年のようなクーデター騒ぎのようなことがあっては困るということです。あのままクーデターが成功していれば、わがフェザーンの投下した資本は国家社会主義の名のもとに接収されていたのは確実でしょう。実際、国立銀行と新通貨発行を行って、債権踏み倒しを行おうとしたのですから。企業活動の自由と私有財産の保護こそ我がフェザーンの存続にとって必要不可欠であり、貴国にそれを否定するような政体の変革を行われては迷惑です。」

フェザーン自治領主の若き補佐官は自分よりも十もしくは父親ほど年の差があるやもしれぬ弁務官をじわじわと追い詰めていた。



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第83話 フェザーンの若き補佐官です(後編)

「まことに補佐官殿のおっしゃるとおりで。しかし、無謀なクーデターの企ても失敗し、我が国は再び自由と民主主義の体制を取り戻しました。」

「それについては、ヤンウェンリー提督の功績がまことに大ですな。」

「さようで、なかなかの名将というべきでしょう。」

「ヤン提督の才能、名声、実力は、同盟軍内部に比肩するものがない、その彼がいつまでも現政権の頤使に甘んじ続けられるのか、弁務官殿にはお考えになったことはありませんかな?」

「ま、まさか、補佐官殿がおっしゃりたいのは...。」

「弁務官閣下は、正確な洞察力をおもちでいらっしゃいますな。」

「し、しかし、ヤン提督は、昨年のクーデターに際して現政権に味方し、軍国主義者どもの蜂起を鎮圧したのですぞ。その彼が政府にそむくなど....。」

「考えてもごらんなさい。ヤン提督だからこそ、短期間にクーデターを鎮圧できたのです。ひとたびヤン提督が野心を抱いて挙兵した場合、何者が彼を抑えることができますか?イゼルローンも「アルテミスの首飾り」も彼の前ではまったく無力だったではありませんか・」

「しかし...。」

ヘンスローは抗弁しようとするが、言葉が続かず、ハンカチで額と顔の汗をぬぐうしかなかった。ヤンに野心がないことはなんとなく肌で感じてはいるものの、弁務官にはデイベートで有効な言葉に変換する能力に欠けていた。この一件だけでも無能さを証明するものであったが、ルパートにとってはそのほうが都合がよい。

「こんな誹謗めいたことを申し上げるのもそれなりの根拠のあることでして...。」

「とおっしゃいますのは?」

頬をこわばらせ、上半身を乗り出す。いまや弁務官はルパートの吹く笛に合わせて踊る人形のようなものだった。

「例の「アルテミスの首飾り」です。あれは十二個の戦闘衛星を衛星軌道上にならべたものでしたが、十二個全部を壊す必要があったとお思いですか。」

軍事知識と人命保護、短期間に軍事クーデターの鎮圧を目的とするならば、ごく当然の手段であったが、万事に安穏と過ごしてきた弁務官はそこまで思い至らない。

「そういわれれば...。」

「あれは後日ヤン提督がハイネセンを攻略する際に障害になるものを早めに排除したのではないでしょうか。ひとえに同盟政府へのご好意で申し上げるのですが、違うなら違うでヤン提督から弁明をお聞きになったほうがよろしいかと存じます。」

ヘンスローはルパートの提案を呑むしかなかった。

自治領主にことの次第を報告する若き補佐官はいささか憮然とした様子だった。

「どうした。なにやら不満そうだが。」

「説得に成功したのはよいのですが、ああも簡単に踊ってもらうといささか物足りません。どうせなら火花が散るほどの交渉をしてみたいものです。」

「贅沢な話だ。いずれもっと楽な相手と交渉したいと思うようになる。それに水を差すようだが、今回の交渉が楽だったとしても君の外交能力が優秀だったからではないぞ。」

「わかっております。弁務官殿の立場が、たいそう弱かったからで...それも公私にわたって...。」

ルパートは、ヘンスローに金銭と美女をあてがって弱みをにぎり、いいなりにさせたのだった。

しかし、ボリス・コーネフについては思うようにいかない。なだめたりすかしたり、脅したりしているが、独立商人であることに誇りをもっているこの男にとって、黒狐の下でスパイじみたことなどやってられるか、という感覚である。脅しもどの程度のものかある程度かぎつけられてしまって、思うようにいかず、結果として、控えめながら同盟弁務官事務所から苦情がきている。

「それにしてもチェスの駒は動く方向がきまっていますが、人間はそうではありません。思うがままに動かし、役に立てるのはなかなか困難なことです。」

「うむ。確かに人間の心理や行動はチェスの駒よりはるかに複雑だが、それを自分の思い通りにするにはより単純化させる、つまり、相手をある状況に追い込み、行動の自由を奪い、選択肢を少なくさせればよい。」

「といいますと...。」

「たとえばヤン・ウェンリーだがいまやつは細い糸の上に立っているようなものだ。片方は同盟にもう片方が帝国にかかっているが、これを細く削っていけば追いつめることができる。あと2~3年もすれば、自国の政治家たちに粛清されるか、それとも政治家たちを打倒して自分が権力を握るか、帝国に亡命させるかといった選択肢を選ばざるを得なくなる。」

「ローエングラム侯に敗れて敗死するというケースもあり得ますが...。」

「そこまでローエングラム侯にいい思いはさせられんな。」

「逆にヤンが戦場でローエングラム侯を打倒するかもしれません。」

「補佐官...。」

自治領主の声色が変わった。

「どうやら私はしゃべりすぎたし、君は聞きすぎたようだ。例の子どもを担ぎ出す計画の実行部隊の人選をすすめてもらおうか。」

「...失礼しました。近日中にすすめて報告にあがります。」

フェザーンの自治領主は、たくましいあごに食肉獣を思わせるような笑みをうかべる。自由惑星同盟は、ゴールデンバウム朝銀河帝国の皇族と貴族たちが富を独占し、民衆を搾取し、民衆に兵役を課して、自分たちは暖衣飽食し、軍では無能であっても士官となって、後方の安全な場所で命令し、不都合があれば逃げ帰れるような立場に対してアンチテーゼを唱えてできた政体である。ローエングラム体制下では、そのそうな不公正は、貴族連合の掃討により大幅に是正され、領地財産は取り上げられ、マリーンドルフ家、ヴェストパーレ家、ブラッケ家、リヒター家などローエングラム体制を支持し公正な施政を行う一部領主の所領以外はすべて直轄領になり、しかも残った領主も直轄領に比べてその統治レベルを落とすことが許されず、公正を保つために民衆の自治にゆだねることすら推奨されている。

つまり自由惑星同盟とローエングラム体制は、民主的で公正な統治をおこなうための権力機構が分散されているか、集中されているかの違いだけで、共通の価値観である反ゴールデンバウムという点で共存が可能なのである。しかし、フェザーンとしてはそれに気づかせてはならない。両勢力には対立しあい、傷つけあって、フェザーンに権益をもたらしてもらわなければならない。共存するにしろ、アムリッツアの敗戦後弱体化している同盟がローエングラム体制の帝国に併呑されるにしろ、その裏面でいつのまにかすべての有人惑星の地表とそれを結ぶ航路を経済的に支配するのはフェザーンでなくてはならない。フェザーンの意思なくば何事も進まない状態にしたてあげなければならないのだ。



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第84話 キャゼルヌ家で夕食です(前編)

さて、時は少し遡ってイゼルローン要塞では...


さて、宇宙暦798年(帝国暦489年)1月下旬の遭遇戦が終わり、帝国でガイエスブルグ要塞ワープ作戦がすすめられている一方、警戒は怠っていないもののイゼルローン回廊では平穏な日々が続いていた。ユリアンが、巡航艦一隻、ワルキューレ三機撃墜した功によって軍曹から曹長に昇進することとなり、辞令をうけて数日後、曹長への昇進祝いということでヤン、ユリアン、チームあんこうの面々がキャゼルヌ家に呼ばれた。

「いらっしゃい。ユリアンお兄ちゃま。」

「こんばんわシャルロット。」

「いらっしゃい。沙織お姉ちゃま。」

「シャルちゃん。こんばんわ。」

「ママの手伝いするの?」

「うん。上がるね。」

「沙織、よくきたわ。手伝って。」

「はい。オルタンスさん。」

「今日はね、ヴァテルズィ、要するに魚と野菜のクリームシチュー、チコリのオムレツとそれから...。」

「まかせてください。」

玄関口でシャルロットが来客に応対している。

「いらっしゃい。華お姉ちゃま。」

「あら、シャルロットちゃん。お久しぶりです。」

「いらっしゃい。えっと、オットボール?じゃなくて、グデーリアンのお姉ちゃま。」

「シャルロット・フィリス・キャゼルヌ隊長、秋山優花里であります。」

「ごめんなさい。優花里お姉ちゃま。」

「こんばんわであります。」

「こんばんわ。麻子お姉ちゃま。」

「こんばんわ。」

「?麻子お姉ちゃま?」

「なんだ?シャルロット。」

「今日は眠そうに見えない。」

「ああ、午後から夕方は眠くない。」

「こんばんわ。みほお姉ちゃま。」

「シャルロットちゃん、こんばんわ。」

そして....

「こんばんわ。ヤンおじちゃま。」

「....。こんばんわ。シャルロット。」

「どうしたんだ?」

返事の遅れた黒髪の後輩を見て、五歳になった次女アンリエッタをかかえたキャゼルヌ家の家長は人の悪い笑顔を見せる。

「傷ついているんです。独身の間はお兄いちゃまと呼ばれたい、と思っているんですがね...、」

「とんだ贅沢だ。30過ぎて独身だなんて許しがたい反社会的行為と思わんか?」

続いて独身で社会に貢献した人物を4,5百人挙げられると、ヤンが言うと、家族を持ったうえで社会に貢献した人物をもっと知ってる、とキャゼルヌに言い返される。

沙織はキャゼルヌ家は第二の家のようなもので、いつのまにかキッチンにはいってエプロンを付けオルタンスの手伝いをしている。

「ひとつ真面目な話がしたいんだがな。ヤン。」

いいかげんにうなずきながらその視線は、キャゼルヌ家の姉妹に絵をかいてやっているユリアンに向いている。あんこうの5人もそこに加わっている。

「ヤン、お前さんは組織人としての保身に無関心すぎる。そいつはこの際美点でなく欠点だぞ。」

ヤンは視線を動かし、真剣な面持ちの士官学校の先輩の顔を見る。

「お前さんは荒野の世捨て人じゃない。多くの人間に対し責任を持つ身だ。自分を守るためもう少し気を配ったらどうだ?」

ヤンは士官学校の先輩に対し、そんなことを考えていたら昼寝をする暇もないとか面倒だとか屁理屈をこねた。キャゼルヌはため息をつく。

「おれがこんなことを言うのもな、われらが尊敬する元首...。」

「先輩、歯が浮いてますよ。」

「コホン、この際なんでもいい。あのトリューニヒトのことが気になるからだ。」

みほが耳をそばだてて、ふいとヤンとキャゼルヌを見る。それに気が付いたあんこうのほかの4人も二人の方向へ顔を向ける。

「奴には理想も経綸もないが打算と陰謀は充分にあるだろう。笑ってくれて構わんが、実のところ、俺は少々奴が怖いのだ。」

むろんヤンは笑わない。あんこうの5人の視線も真剣だ。

「詭弁と美辞麗句が売り物の二流の政治屋だと思っていたが、このごろ何か妖怪じみたものを感じる。なんというか何かとんでもないことを平気でやらかしそうな、そう、悪魔と契約を結んだような印象だ。」

そのときみほが、おずおずと口をはさんだ。




投稿するかどうか迷っていたキャゼルヌ家でのエピソード入れることにしました。査問会の伏線ということで...


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第85話 キャゼルヌ家で夕食です(後編)

「あの...。」

「ミス・ニシズミ?」

「クブルスリー大将からお聞きしました。療養からもどってきたら、ドーソン大将たち親トリューニヒト派にすっかり占領されていて、組織や命令系統が機能しなくなっている、このままでは同盟軍はトリューニヒト議長のためだけにうごく組織になってしまうって...。」

「それだけじゃないぞ。ヤン。あの元気なビュコック爺さんが幕僚人事や艦隊運用をじゃまされてうんざりしてるそうだ。」

ヤンは無言になった。辞表を出して年金生活とはとても言えない。

みほやメルカッツ、その他多くの部下たちを守らなければならない。

「まあ、とにかく保身のことは少しでもいいから気に留めておいてくれ。」

キャゼルヌは、いくら出来の悪い保護者でも二度も保護者をなくすのはユリアンにとって気の毒だ、といえば、ヤンはいやその出来の悪い保護者にユリアンを押し付けたのはどなたでしたかね、と反論する。そんな会話でユリアンを酒の肴にしながら、二人はふと話題の種である亜麻色の髪の少年本人を見やった。

キャゼルヌ家の小さなレディが二人とも眠そうだった。

「オルタンスさん、わたくしが。」

「お客人なのに。そんなこと。」

「オルタンスさん、気にしないで。華はこう見えて力持ちなの。」

「沙織さん...。」華はほおを少々赤らめるものの否定はせず、

「さあ、シャルロットちゃん。いきましょう。」

シャルロットを背中におぶる。

「お姉ちゃま...ありがとう。」

ユリアンがアンリエッタを抱き上げて、華に続いて寝室へ運ぶ。

「保護者と違ってよくできた子だ。」

「それはそう思いますが、ユリアンも一度だけ言いつけを破ったことがあるんですよ。」

「なんだ、それは?初耳だが?」

「隣の家のナイチンゲールを一日預かって、餌をやるようにと命じておいたのに、フライングボールの練習試合にでかけてしまった。」

「で、お前さんはどうしたんだ?」

「厳然として夕食抜きを命じました。」

「それはお前さんも気の毒だったな。」

「なんでです?」

みほや沙織もにやにやしている。

「どうしたんだ、ミス・ニシズミにミス・タケベまで...。」

「わたしがその時いたら、ごはん会におさそいしたかったです。」

キャゼルヌもにやにやしながら同意を求める視線で沙織を見て

「わかるだろ?沙織。」

と一言つぶやく。

「はい。よくわかります。」

「翌朝食欲があったのは事実です...。」

「ほう、ほう、食欲があったと。」

「それでは、わたしたちはお邪魔しました。」

「オルタンスさん、ごちそうさまでした。」

「いえいえ。」

「おう。また来てくれ。」

あんこうの5人はキャゼルヌ家の主人とオルタンスに頭を下げると玄関のドアが閉じられた。ヤンはトイレに行くために席を立った。

「ユリアン、ちょっと来い。」

「何ですか?」

「お前さんは、ヤン第一の忠臣だ。だから話すんだがな、お前の保護者は昨日のこともよく知ってるし、明日のこともよく見える。ところがそういう人間は今日の食事のことはよく知らない。わかるな?」

「はい、わかっているつもりです。」

「極端なたとえだが、今日の夕食に毒が盛られていたとする。それに気づかなければ明日や明後日のことがわかっても、ヤンにとっては何の意味もなくなる、こいつもわかるな?」

ユリアンは即答できなかった。逆にキャゼルヌに問い返す。

「僕にできることはなんだってやるつもりですが...。あの....ヤン提督の立場ってそれほど危険なですか?」

「今は大丈夫だ。帝国という強大な敵がいる以上ヤンの才能は必要だからな。事態なんてものはわかったものじゃない。ヤンが知らないはずじゃあないはずだが...。」

「純真な少年をへんに洗脳しないで下さいよ。先輩。」

戻ってきたヤンは肩をすくめてつづけた。

「わたしだって何も考えてないわけじゃありません。ミスター・トリューニヒトのおもちゃになるのはごめんですし、安定した老後を迎えたいですからね。」

とはいうものの、ヤンもキャゼルヌもユリアンもその悪い予感が3月上旬に一片の通信文によって的中することになるとは思いもよらなかった。



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第86話 「禿鷹の城」ワープ実験準備です(前編)

その報告は、ケンプが執務室で休憩しているときにもたらされた。

「閣下。」

「なんだ。」

「ローエングラム元帥からご命令です。新たな作戦計画があるので、帝都オーディンに戻り、元帥府に出頭せよ、とのことです。」

「ルビッチ大尉。話は聞いたか。」

副官は、花崗岩の風格を持つ上官に喜色が滲んでいることを感じたが

「はつ。」

と短く返事をした。

シャトルで数千光年の旅の後、オーディンが見える。

降下して、元帥府につくと懐かしい部下がいた。

「おおリュッケ中尉ではないか。お久しぶりだな。」

「お久しぶりであります。ケンプ閣下。それではこちらに。」

ラインハルトの執務室に入ると、部屋の主である金髪の青年元帥のほかにビアホールの亭主のような人物がいるのを確認する。

(科学技術総監のシャフトだったか、なぜここに?ローエングラム公はシャフトを好いていないはずだが...。)

金髪の若者は、偉丈夫の部下に声をかける。

「早かったな、ケンプ。もうすぐオーベルシュタインとミュラーも来る。そのソファにかけて少し待て。」

やがてオーベルシュタインとミュラーが入室したのを確認すると金髪の若き元帥は

「そろったようだな。それではシャフト技術大将、卿の作戦提案を話してもらおう。」

シャフトは立ち上がったが、とさかを逆立てて勝ち誇るチャボを思わせた。

説明を聞きながらケンプは心の中で毒づく。(「不逞な叛徒ども」「自由惑星同盟などと僭称している」というセリフをなんども多用して長々と説明を行っているが、要するに、イゼルローンには叛乱軍の智将と呼ばれるヤン・ウェンリーがいるが、ここさえ落とせばアムリッツアの壊滅的敗北、先だっての内乱から再建に程遠い同盟領は無人の野に等しいからイゼルローンに匹敵する要塞、すなわちガイエスブルグ要塞をワープエンジンを取り付けて移動させ、一気にたたくってことだな、単純なことを主観的な美辞麗句と中傷で長々と…この学問への敬虔さを一辺も感じさせない俗物めが…)

多かれ少なかれ、ミュラー、ラインハルトも同じ気持ちだったが、オーベルシュタインは、

一層冷ややかに得意そうに説明する「チャボのようなビヤホールの亭主」を眺めていた。

「卿らを呼んだのはこのためだ。ケンプを司令官、ミュラーを副司令官に任ずる。科学技術総監の作戦計画に基づきイゼルローンを攻略せよ。」

 

ガイエスブルグ要塞のイゼルローン回廊へのワープ計画は、ケンプ提督の精力的な指揮のもとで、64,000人の工兵が動員され、要塞の破損個所の修復、12個のワープエンジンと同数の通常航行用のエンジンの取り付けが急ピッチで進められていた。

 

その様子をながめながら、くすんだ短めの金髪と生き生きと知性をたたえたブルーグリーンの瞳をもつ少年のように見える人物はいささか不安そうな表情をたたえていた。その人物は、ドレスこそ着ていないものの、首元にスカーフをつけ、あくまでも動きやすい服装であって、筋肉質でないすらりとした肢体などから女性であることがわかる。

(ローエングラム侯は何をお考えなのかしら。今宇宙が必要としているのは、公正な統治者としての能力なのに...なぜこの時期に出兵が必要なのかしら...新技術をためすための出兵?あまり健全なありようではないわ。)

 

3月半ばには、第1回目のワープテストが予定されている。そのためにケンプはさらに25,000名の工兵の増員を要請し、ラインハルトはそれを承諾するつもりである。

「ワープというのも存外面倒なものだ...。」

昼食の席で、金髪の若き覇者は、短くくすんだ金髪の美しい主席秘書官につぶやいてみせた。

「質量が小さすぎれば、十分な出力が得られない。大きすぎれば、エンジンの出力限界を超えるし、複数のエンジンを使った場合は、完全な連動がないと亜空間に閉じ込められて出られなくなるか、原子に還元してしまう。それにあまり重力の影響の大きい場所からは発進できないし、到着もできない。」

「ケンプ提督はよくやっておいでですわ。」

「まだ、完全に成功したわけではないが...。」

「成功してほしいものですわ。失敗したら、あたら有能な提督を喪うことになります。」

「それで死ぬとしたらケンプもそれまでの男だ。仮に今回の任務を受けずに永られたところでたいして役には立つまい。」

(キルヒアイス提督が生きておられたら...。)

金髪の覇者の美しく有能な秘書官は心の中で思わずつぶやかざるを得なかった。

ビアホールの亭主のような赤ら顔の科学技術総監は、ガイエスブルグの巨大な質量とそれを移動させるためのエンジン出力の同期及び調整さえできれば技術上なんの問題もない、ととさかをさかだてたチャボのように自信ありげに断言したものの、実際に現場に携わる兵士たちの不安は拭い去りようもないものだった。なにしろガイエスブルグは40兆トン、戦艦や巡航艦がワープするのとはわけがちがう。ワープ時の通常空間への影響、ワープアウト時に発生が予想される時空震や空間歪曲の規模及び影響、そして12個のワープエンジンの完全同期は、一方間違えば要塞ごと原子に還元するか、亜空間に閉じ込められて永久に放浪しかねないことであるため、100万人という兵士たちにとっては命がけの話だった。




文字数調整のため末尾を87話に移動(2017.2.16,22:54JST)。


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第87話 「禿鷹の城」ワープ実験準備です(後編)

小規模な実験が重ねられ、要塞がワープ・インおよびワープ・アウトする予定宙域には多くの調査船が配置された。

いよいよワープ実験の準備がととのったところで、ケンプ大将は、オーディンに帰還し、金髪の若き帝国最高司令官に経過報告を行った。

壮年の花崗岩の風格を持つ大将に対し、上司である金髪の若き元帥が、ひとこと

「成功しそうか?」

と問うと、「必ず成功させて御覧に入れます。」

と武人らしい力強い答えが返ってきた。

金髪の若き元帥は、蒼氷色の瞳で、偉丈夫という文字が実体化しているような壮年の大将にを見据えてうなずくと、表情をやわらげ、一日休暇をあたえるから家族と過ごすようにすすめた。

 

この出兵に反対なのは、ヒルダのほかに帝国の双璧と称されるミッターマイヤーとロイエンタールも意見を同じくしていた。今回の出兵が不要不急なものと考えていたし、シャフトからの提案だと知ると、俗物が名誉欲から出したことかと鼻白んであきれざるをえなかった。二人は高級士官クラブにコーヒーポットをもちこんでポーカーをやりながらシャフトをこきおろした。

おさまりの悪い蜂蜜色の髪を持つ俊敏な印象の青年提督は、友人に

「戦術上の新理論をためそうと出兵を提案するなど、本末転倒もはなはだしい。いたずらに兵を動かし、武力に奢り、主君に無名の師をすすめるなど、臣下として恥ずべきだし、国家として健全なありようじゃない。」

と語ると、金銀妖瞳の友人はそれにうなずき、

「もっともだ。科学技術部の俗物めが。古臭い大艦巨砲主義を厚化粧を施してさも斬新で優れたものであるかのように吹聴しているが、巨象を一匹倒すのと一万匹のねずみを駆除するのとどちらが大変か自明ではないか。戦いは一見地味でも後者のやり方が守るにも攻めるにも優れている。集団戦の意義を悟れぬ輩には何ら語る言葉をもてぬな。」

「だが、今回は成功するかもしれん。将来的には卿の言う通りになるにしても...。」

「それに、シャフトの俗物はともかくとしてローエングラム公のほうが俺には気がかりなのだ。キルヒアイス亡き後、どうも少しお人が変わったような気がしてな...。どこがどうとはいえんが...。キルヒアイスが存命であれば、公をおいさめしたであろうに。」

「人は失わべからざるものを失ったとき、変わらざるをねないのだろうよ。ところで、ミッターマイヤー、もし仮に卿がこの任務を命ぜられたらどうする。」

「卿が考えているように戦いは人間がやるものだ。かのジークフリード・キルヒアイスは、死角なき防衛システムであるアルテミスの首飾りを指向性ゼッフル粒子を用いて実質二日で片付けた。ヤン・ウェンリーは、亜光速で氷塊をぶつけたそうだ。必ずしも取り返さないでいいというならあの要塞を無力化する方法はいくらでもある。」

「俺も同意見だ。ハードウェアに頼った思い付きの出兵なんぞ犬に食わせておしまいにしたいものだ。」

しかし、いったんケンプとミュラーが派遣軍司令官および副司令官に拝命されると、二人は口をつぐんだ。批判する段階ではないこと、純粋に出兵の意義について疑問を感じていたのに、ケンプが武勲をたてるのを妬んでいると誤解されかねないのは心外だったからである。

 

「シャフト技術大将。」

「はい...閣下。」

「卿は、ガイエスブルグ要塞に乗り込むように。」

「閣下?なぜです?小官は、技術士官として、実験の様子を全体的に把握し、客観的にみる必要があります。前線の実行部隊と役割が違います。」

「わたしは、総司令官として自らの作戦指揮にあたっては、常に前線に立ってきたが?前線に立てば兵の士気を上げられる。全体を総覧しようと思えばできる。卿は自らの身をガイエスブルグの司令室において自分の実験の成果を身体で感じるべきではないか?」

「しかし...。」

「卿は言ったな。成功すると。ならばガイエスブルグの司令室こそふさわしい場所ではないか?歴史上、作戦の失敗を自らの命にかけて償うとした軍師がいたが?万が一失敗した場合、この場で卿は自らの失敗を命でつぐなう覚悟をもってすべきであろう。」

こうしてガイエスブルグ要塞のワープ実験が行われる当日、技術部門を中心にシャフト、ケンプ、ミュラーを含む一万二千四百名の将兵が乗り込むことになった。

ラインハルトは中央指令室に坐して、諸提督や幕僚たちとともにヴァルハラ星系外縁部のワープアウトの予定宙域を映した巨大スクリーンをみつめていた。

「三(ドライ)、二(ツヴァイ)、一(アイン)...。」

秒読みの声がとぎれ、画面が一瞬乱れた。その次の瞬間には、輝く無数の粒子がちりばめられた漆黒の空に二十四個のエンジンのついた暗い銀灰色の球体が忽然と浮かびがあっている。

「成功だ!」「成功したぞ!」

興奮のささやきが司令室をはじめ随所で起こる。

ラインハルトは諸将を元府に集めた。

「諸君も承知の通り、ガイエスブルグ要塞のワープ実験は成功した。ケンプ司令官とミュラー副司令官には当初の計画のとおり、イゼルローン攻略の征旅の途についていただくことになる。解散。」

こうしてワープ実験の成功した帝国歴489年3月17日、ガイエスブルグ要塞は、二百万の将兵と一万六千隻の艦隊を収容して、イゼルローン回廊へ向けて出撃することとなった。

 



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第10章 査問会です。
第88話 ハイネセンからの召還命令です。


宇宙歴798年2月14日

シェイクリとヒューズが廊下で話している。

「まあ、戦闘がないのは退屈だな。」

「物騒な物言いだが言えてるな。」

「アムリッツアのケンプ艦隊の攻撃はすさまじかったみたいだからな。ワルキューレのパイロット出身なだけあって、空戦隊がかなりやられたらしい。死んだやつらには悪いが。俺ら第14艦隊所属にしてもらってよかったな。」

「あの攻撃の仕方すさまじかったようだからな。記録映像見たけどあれじゃいくつ命があっても足りないぜ。」

「さて、どうする。ポプランの奴は、愛を説いて回るのにいそがしいんだとさ。」

「コーネフは、自室でひとりクロスワード楽しんでるしな。」

「撃墜数で賭けないなら、久しぶりにラウンジで優雅に賭けポーカーいくか。」

「いいな。」

「で何を賭けるんだ。」

「そうだな。俺が勝ったら、シェイクリ、また娘のおもりをしてもらうぞ。」

「しょうがないな。」

「で、お前は何を賭けるんだ?」

「あれ?こんばんわ。シェイクリさん、ヒューズさん。」

ポーカーを始めた二人に声をかけたのは、オレンジ色のゆるやかなウェーブかかった髪の少女だった。

「おお、沙織か。」

「よし、決めた。ヒューズ。お前のおごりで飲み放題にしようとおもったがやめた。沙織と結婚するからお前仲人になれ。」

「え...。」

「前からいいと思ってたんだ。沙織。」

シェイクリがちゃめっけたっぷりに笑みをうかべて沙織をみる。

「ええっ...。」

沙織が驚いたように両手のひらでほおをつつむしぐさをする。

「ほら、沙織が困ってるじゃないか。シェイクリ。」

「わかった。シェイクリさん、ちょっと待ってて、今日が何の日か知ってる?」

「なんだっけ。」

「もお~~。これの日!」

沙織はチョコレートを取り出して見せる。

「そうか...バレンタインデーか...。」

「これ、あげる。」

「ありがとう。沙織。」

「....。どうしたんだ?」

「シェイクリさんはすぐにはさそわないんだ。」

「...?」

「ポプランさんには何十回も誘われてるから、なんか誘われなれてて...。」

「あ~すまない。沙織。」

「あ、あやまらなくてもいいよー。結婚はすぐには無理だけど...デートなら。」

沙織はうっすらと顔をあからめる。

「え、やだー わたしったら。」

「おお、よかったな。シェイクリ。」

しかし、その後二人は会うことがかなわなくなるとは思いもよらなかった。

 

さて、3月9日、イゼルローン要塞に超光速通信によって一通の命令書のデータが届いた。国防委員長からのハイネセンへの召還命令であり、ヤンは、それを印刷した。

「西住中将を呼んでくれ。」

「閣下...。」

へイゼルの瞳で心配そうに彼を見つめる副官に、黒髪の学者風司令官は笑顔をつくってみせる。

「呼び出しを受けたよ。ハイネセンへ出頭しろとさ。」

「何事でしょうか?」

「査問会にでるように、だと。どうもわたしも最近記憶力が衰えたせいか思い当たらないのだが、これがどういうしろものかわかるかい?大尉。」

美しい副官は、形のいい眉をわずかにひそめて答えた。

「軍法会議ならともなく、査問会などというものは、同盟憲章。同盟軍基本法、施行令、そのほかの同盟軍の法規にも規定がありません。」

「超法規的存在ってやつかな。」

「つまり恣意的なもので、法的根拠をもたないってことですわ。」

「とはいっても国防委員長の出頭命令自体は立派に法的根拠をもつからな。虚栄と背徳の都へおもむかざるをえないらしいよ。」

「あの、西住中将に引継ぎをなさるんですか。」

「いや、これを見てくれ。」

フレデリカは眉だけでなく、冷静さを装いつつも顔の皮膚の下に怒りがじわりとひろがっていくことを自覚せざるをえなかった。

(ここの守りをどうしようというの??)

 

「西住殿。」

「ヤン提督から呼ばれたの。」

「みぽりん、いい知らせ?」

「じゃないからごめんなさいって。」

みほは微笑みながらヤンの執務室へ行く。

「西住中将、これを見てくれ。」

「召還命令...査問会...。あの...これって...?」

艦隊指揮のことしかわからないみほにとって降ってわいたような話だ。

「大尉、説明してもらえないか。」

フレデリカはみほにヤンに話したことを説明した。

みほにしてはめずらしくサンダース戦の通信傍受機、帝国領侵攻前のフォークによるシュミレーション対戦への申し入れ以来見せたことのない怒りの表情を一瞬だけみせた。

それから不安な表情になり

「あの...わたしまで呼び戻して、ここの守りはどうなるんでしょうか?」

「さあね。」

ヤンはあきれ顔で両腕を曲げて両手のひらを外へ向けてみせる。

みほはもどってきてあんこうの皆に知らせる。あんこうの4人は気持ちの上で大反対なのは一致していた。

「西住殿、行くべきではありません。西住殿まで行ってしまったらここの守りはどうなるんですか。」

「みぽりん、わたしにだってわかるよ。司令官が留守の時守るのがみぽりんの役割でしょ。それなのにみぽりんまで呼び出すなんておかしいよ。」

「ここの指揮はどうするんだろうな。いままでの政治屋たちのやり方から考えて自分たちの一方的な都合しか考えてないんだろうな。帝国軍が攻めてきたらどう責任取るつもりなんだろう。戦車道で負けたから恥ずかしいって話ですまないと思うけどな。」

「みほさん、わたくしも行くべきではないと思いますし、行ってほしくありません。でも行くことによってはっきりすることがある気がします。沙織さん、サンダース戦の時覚えていますか。」

「追いかけられた時に華が『一発でいいはずです。』って言ったとき?」

「はい。いまはあのときと同じ気がします。あのとき追いかけてくるサンダースの戦車は見えていました。いま帝国軍は見えませんが、この機会をなんらかの形で知るかもしれません。でも...」

「華さん、あのときの稜線射撃のようなチャンスがあると...。」

「はい。わたくしにはそんな気がします。わたくしたちは、サンダース戦とあの苦しいプラウダ戦を戦ってきました。今はたいへん危険だと思います。ですけれど危険な場所にこそ美しく咲く花があるはずです。」

「そういえば国防委員長の命令だっけ...本当は断れないんだよね。」

「うん...。」

「西住殿、わたしがついていきます。」

「秋山さんはやめたほうがいい。」

「なんでですか?」

「隊長を助けようとして、潜入してつかまったらただですまない。ここは沙織が行ったほうがいいと思う。」

「そうですね。通信手ですし、なんらかの外部へ通信やみほさんとの連絡が必要な場面は多くなるような気がします。」

「わかった。わたしが行く。」

沙織は微笑んで元気よく答えた。



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第89話 軟禁状態です。

さてフェザーンの自治領主府である。禿頭の自治領主に若き補佐官がいくつかの報告を行っていた。

「帝国は、ガイエスブルグ要塞のワープ実験に成功し、ガイエスブルグはヴァルハラ星系外縁部に移動し、イゼルローン方面への出撃準備をととのえつつあります。それから自由惑星同盟ですが、同盟政府がイゼルローン要塞司令官ヤン・ウェンリー提督および副司令官西住みほ提督を一時ハイネセンに召還し、査問会にかけることに決定したそうです。」

「ふん。査問会か。軍法会議ではないのだな。」

「軍法会議なら、開くのに正式な告発を必要とします。被告には弁護人をつけねばなりませんし、公式記録も残さねばなりません。しかし、査問会とやらは法的根拠を有さない恣意的なものです。記録も弁護人もいりませんから、不都合であれば黙殺可能なしろものです。疑惑と憶測に基づいて精神的私刑を加えるには正式な軍法会議よりはるかに有効でしょう。」

「現在の同盟の政治屋どもにふさわしいやり方だな。口先では民主主義を唱えながら、事実上法律や規則を無視し、空洞化させていく。姑息で、しかも危険なやり方だ。権力者自らが法を尊重しないのだから社会全体の規範が緩む。末期症状だ。」

「としても彼らの解決すべき問題です。われわれが心配してやる必要はないでしょう。力量なくして遺産を受け継いだ者は、相応の試練を受けるべきです。耐えられなければ滅びるまでのこと。なにもゴールデンバウム王朝やそこに巣食っていた貴族どもに限りますまい。」

 

「大尉、キャゼルヌ少将を呼んでくれ。」

「はい。」

「首都からの召還命令だって?」

「はい。先輩、こういったことで...。」

キャゼルヌは眉をしかめた。

「しかもミス・ニシズミまでもか。」

「もう、何を考えているのか...。」

「軍閥化を単純に恐れているから脅しておこうという腹だろう。まさか行くなとはいえんが、やつらは火薬のそばで火遊びしていることに気付けないらしいな。あきれた話だ。」

「まあ、それはそれとして万事慎重にやってくれ。とにかくやつらに口実を与えないようにすることだ。」

「ええ、わかっていますよ。今回は戦艦ヒューベリオンではなく、巡航艦単艦で行きますから。」

「おお、気を使っているな。」

キャゼルヌは苦笑する。

「そうでしょう。また留守を頼みます。」

要塞防御指揮官シェーンコップ少将も、首都にやるとろくなことがないことを悟って渋い顔だ。

「警護隊をお連れになりますか。わたしが指揮をとりますが...。」

「大げさにする必要はないだろう。敵地にのりこむわけじゃない。誰かひとり信用できる人間を推薦してくれ。」

「知勇兼備のわたしでいかがです?」

「防御指揮官まで前線をはなれたらあとが困るだろう。今回は西住中将まで召還されている。実戦部隊の指揮官がいないことになる。キャゼルヌを補佐してくれ。今度はユリアンも連れて行かない。最低限の人数で行くことにする。」

シェーンコップが選んだ警護兵はルイ・マシュンゴ准尉といった。チョコレート色の皮膚、幅と厚みのある巨大な体躯、全体として心優しい雄牛という印象があるが、ひとたび怒れば、膨大な筋肉が圧倒的な力を生み出すだろう。

「首都のやわな連中なら片手で一個小隊は片づけるでしょう。」

「君より強いか?」

「わたしなら一個中隊ですな。」

「ところでグリーンヒル大尉はつれておいでになるのですか?」

「副官をつれていかなくてどうするんだ?」

「ごもっともですが、大尉をつれていってユリアンを残すならぼうやが妬くでしょうな。」

自宅に戻るとヤンは亜麻色の髪の少年から質問を受けた。

「ヤン提督、召還命令があったんですか。」

「ああ。申し訳ないが随行員は最低限だ。グリーンヒル大尉とマシュンゴ准尉しかつれていかない。」

「そうですか...。」

少年はキャゼルヌ家での毒見役の話も合った矢先、残念であった。

「二か月ばかり家事から解放されるんだ。悪いことばかりじゃないさ。」

「...。じゃあせめて荷造りを手伝います。」

「ありがとう...。ユリアン、ところで身長どのくらいになった?」

「え?173センチですけど...。」

「ふうん...来年までには抜かれるな...はじめて会ったときにはわたしの肩ほどもなかったのにな...。」

たったそれだけの会話であったが、少年は、温かい空気を感じていた。

三週間後、巡航艦レダⅡ号は、ハイネセンの軍用宇宙港にひっそりと着陸した。

レダⅡ号から降りて、国防委員長からの出迎え役が来ていた。ヤン用とみほ用の地上車二台があり、フレデリカ、マシュンゴ、沙織が乗りこもうとすると銃をもった兵士たちに制止された。

「ここからは、ヤン閣下、西住閣下おひとりづつで行っていただきます。」

ヤンの地上車は、二十分ほど走って、軍施設のものと思われる建物の前で止まり、一人の壮年の士官が出迎えた。

「ベイ少将です。最高評議会議長トリューニヒト閣下の警護室長を務めております。今回ヤン提督の身辺警護をおおせつかりました。微力ながら誠心誠意努めさせていただきます。」

「ご苦労様。」

(警護という名の監視か...)

ヤンはしらじらしく応じざるを得ない。ベイは、宿舎での世話係という人物を紹介する。巨漢の下士官だった。

ヤンは案内された宿舎の窓から外を見た。狭い中庭の反対側に窓の少ない無機質な印象の青灰色の建物が見えるだけであった。中庭には、肩に荷電粒子ライフルをかけた一個分隊ほどの兵士がいた。窓ガラスを指で軽くたたいたが、なにやら透明な分厚い石をたたいているような感覚だった。断面をみると6cmほどありそうだ。特殊硬質ガラスであり、壮年期の灰色熊が体当たりしてようやくひびが入るかもしれないという代物だった。外界との接触が困難であり、威圧と逃亡阻止を目的とした施設である。ソファー、ベッド、デスクはよいものであろうと推測はできたが、温かみのない無機質な印象だ。さしずめ高級士官用の座敷牢といったところだった。

「軟禁だな。これは..。」

さて...どうしたものか...ヤンはベッドに腰をおろして考え込んだ。

ベッドのクッションは、適度のものなのは、せめてもの救いだったもののヤンの気分は晴れようがなかった。



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第90話 査問会です(その1)

ヤンは考え込んでいた。最高評議会が明確にヤンに害を加えてくる場合である。ヤン以上の能力と忠誠心をもつ名将が出現した時、帝国との和平を結んだ時の阻害要因、ヤンが同盟を裏切るとみなした時、最高評議会が同盟を帝国に売り渡した時の4つの場合である。一番目はちょっと考えられない、二番目と三番目は最高評議会の連中が勝手に思い込む場合である。

四番目は...と考えているとインターヴィジホンが鳴った。ベイ少将の顔が、カーナビくらいの狭い画面にいっぱいになる。

「閣下、一時間後に査問会が開始されるそうです。査問会場にご案内しますのでおしたくをどうぞ。」

 

一方、みほをのせた地上車は高級住宅街へはいっていく。

最高評議会議長の公邸の前で地上車はとまった。

そこであらわれたのは最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトであった。

「やあ、ミス・ニシズミ。」

みほの全身に蟻走感がはしる。

「さあ、ここが君の部屋だよ。ミス・ニシズミ」

いつのまに評議会議長公邸にこんな部屋を作ったのだろう。その部屋は、防音壁があるように思える。まさか楽器の練習をするためとは思えない。では、なんのために...

「あいかわらずかわいらしいね。ミス・ニシズミ」

(いやっ。ヤン提督と同じ呼び方しないで!)

「!!」

そのときだった。ガチャリと音がしてみほの四肢を鎖付きの鉄の輪がつけられる。バタンと入口がしまる。

「いやああああ。」

トリューニヒトは、笑みを浮かべて、床にひじをついてみほににじりよっていく。

みほの左足のふとももに手を置くとわれものをあつかうかのように優しげに丹念になでまわした。

「や、やめて...ください...。」

トリューニヒトは笑みを浮かべてたちあがると、ゆっくりとみほの背後に回って、両手でみほのほおにつつみこむように触れる。

「やめて...ください...。」

「ミス・ニシズミ、君を召還したのは、その栗色の髪の毛一本にいたるまでわたしのものとするためだよ。」

トリューニヒトの手がほおから上へ行きみほの栗色の髪にふれると、その感触を楽しむように指にからめて、手ぐしのようにすく。

みほは、歯を食いしばり、両腕を動かしたが鎖が緩む気配はなく、身体をよじろうとすると、トリューニヒトのにやついた笑みがいっそうおさえきれない歓喜を含んだものに変わろうとするのに気付き、ぐっとこらえた。

トリューニヒトの手が、すこしづつ下へ下がり、再びみほのうなじをなで、耳の形をなぞって、ほおに触れる。

肩をさすり、腕をじわじわとなでて、手の甲に近づいていく。

「!!」

みほは自分の手に異様な感触を覚える。トリューニヒトが自分の手をなめているのだ。

あまりの不快感に悲鳴をあげそうになったが、この気持ちの悪いカエルのような男を喜ばせるだけだと考えてぐっとこらえた。がくがくと脚もふるえる。

片方の手は、腕から胸へ向かって這っていく。

トリューニヒトの手はみほの身体をまさぐり続けた。

みほはぐっと耐えているが、目からにじんでくるものがある。

(たすけて...。)

がくがくと身体から力が抜ける。涙が出てきてほおを伝わる。

「おやおや、戦場では気丈で、聡明な指揮官だと聞いているが、そうか。やっぱりかわいらしいねえ。」

「さて、今日はこのくらいにしておこう。明日もまた来るつもりだよ。わたしの指と舌の味を君の身体に覚え込ませるためにね。」

「さて、食事をはこばせる。本当はわたしが直接食べさせたいのだがね。今日も忙しいのだ。」

トリューニヒトが出ていき、ドアが閉まる。

みほは、うつむいて泣いていた。鼻をぐすん、ぐすんと鳴らす。

「ヤン提督...沙織さん、麻子さん、優花里さん、華さん、シェーンコップ少将...。」

これを知ったらヤンも冷静にはなれないだろう。珍しく怒気を顔ににじませたヤンとシェーンコップが顔を見合わせて頷きあうとトマホークの一閃がトリューニヒトの首を飛ばすに違いなかった。みほはそれを思い浮かべて耐えることにした。涙が床を濡らした。

 

ヤンの査問会が行われようとする部屋は、学校の体育館の1/3ほどであろうか、不必要なほど広く天井が高い。照明は薄暗い。空気は、やや冷たく乾いた感じである。

査問間の席は高い位置から、三方を囲み、被査問席の席を見下すようにして、威圧感を与えている。すべてが被査問者をひるませるよう暗い情熱によって計算されている。ヤンにとっては、悪意に満ちたこけおどしの厚化粧、戯画そのもので、生理的な嫌悪感を感じこそすれ、ひるみを感じなかった。かえってかすかな怒りを感じたほどだった。

査問官の席は正面と左右に三名づつだった。正面中央に座っている小太りの男の顔が、照明に慣れてきて浮かび上がってきた。国防委員長のネグロポンティである。

ヤンはトリューニヒトの子分どもを相手にこれから幾日か過ごさねばならんと考えると気がめいった。なにしろ軍法会議ではなく、権力をかさに着て気に入らない人物を私的制裁するという子どもじみた発想から行われている査問会である。だから公費の弁護人はつかないし、法的位置づけがないから秘密にされる。

ネグロポンティが名乗った後、右隣にいた男が自己紹介した。

「わたしは、エンリケ・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラだ。国立中央自治大学の学長を務めている。」

ヤンは一礼した。

ほかの七名の査問官も名乗る。うち五名はトリューニヒト派の政治家や官僚だ。

無表情な細面の後方勤務本部長ロックウェル大将が名乗る。

ヤンはため息が出た。軍部へのトリューニヒト閥の浸透は予想以上だ。

最後になのったのは、唯一の非トリューニヒト派の政治家であるホワン・ルイだった。

自己紹介が終わると、ネグロポンティが言った。

「では、ヤン提督、着席してよろしい。?...いやひざを組んではいかん。もっと背筋を伸ばしたまえ。君は査問を受ける身なのだぞ。その立場を忘れないように。」

(だれも頼んだわけじゃなし、むしろあんたがたを救国会議から救ったのはわたしなのですが...)と言い返したくなった、しかし、ヤンはそのセリフをのみこみ、謹直な表情をつくって座ることにした。



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第91話 査問会です(その2)

ヤンにはこけおどしの茶番にしか見えない会場でふと考える。

(一戦交えるにしても時機を選ぶべきだろうな...辞表を書いてやろう。やってられるか...)

「では、査問を開始する。」

査問会の最初の二時間はヤンの過去の事績の確認だった。当然士官学校の成績表も映し出される。戦史98、戦略論概説94、戦術分析演習92に対し、機関工学、戦闘艇操縦実技、射撃実技などは、これ以下だと落第という55点すれすれの成績だった。一科目でも落第だと中退処分を受ける。

ヤンは考え込んだ。もし落第していたらどうなったろう...自由惑星同盟の運命は変わっていただろう。イゼルローンは陥落しない代わりに、アムリッツアで2千万近い戦死者を出さずに済んだはずだ...救国会議のクーデターは成功し、内乱状態は続いていただろう。

「...そして現在、君は同盟軍最年少の大将であり、前線の最高指揮官というわけだ。人もうらやむ幸運とはこのことだな。」

不快感を刺激するものだったので耳にはいってきてしまう。

(人もうらやむ幸運?前線で敵を殺して、味方が殺される。自分も死ぬかもしれないのに。歴史家になりたかったのに、ボタンの掛け違いでそんな場所にいる。前線からはるか4000光年の安全な場所でぬくぬくとしていた連中にそんなこと言われる筋合いはない。)

そんなセリフが口をついて出ないのがヤンには不思議であったが、少なくともそれを言って得にならないのは明らかだったからだまっていた。

「だが、だれであれ、わが民主共和制国家においては、規範を超えて恣意的に行動することは許されない。」

(あれ?同盟憲章、同盟軍基本法を無視して、恣意的に査問会を招集したのはあんたじゃないの?)と思いがよぎる。

「その点に関する疑問を一掃するため、今回の査問会となったのだ。そこで第一の質問だが、君は、昨年救国会議のクーデターを鎮圧する際に、巨額の国費を投じて首都防衛のために設置された「アルテミスの首飾り」を十二個すべて破壊したな。」

「はい。」

「これは、戦術上やむを得ない手段だったと君は主張するだろうが、しかし、いかにも短気で粗野な選択であったと考えざるを得ない。多額の国費を投じた国家の貴重な財産を全面破壊する以外の代案があったはずだ。」

「お答えします。ないと思ったからあの手段をとったのです。その判断が誤っていたというのであれば、こちらこそ代案をご教示いただきたいものです。」

「何を言うか。君は軍人ではないか。それを考えるのが君たちの仕事だ。ニ、三個破壊して大気圏降下することがなぜできなかったのか。」

「死角のない防御手段であるのがアルテミスの首飾りです。二、三個破壊したところで、ほかの衛星が反応し、どれだけ巧妙に大気圏降下を行おうとわが軍の将兵の少なくとも半数が犠牲になったと試算が出ています。」

「....。」

ネグロポンティは一瞬歯ぎしりした。兵士の命?そんなものはどうでもよいとのど元まで出ていたが、まわりの連中もいつ手のひらを返して、そのようなことを言ったと選挙などで吹聴しかねねない。なので言い方を考えるためにその言葉を飲み込んだ。

「将兵の命よりも無人の衛星が惜しいとおっしゃるのなら、わたしの判断は誤っていたことになりますが...。」

「国家のために命を投げ出すのは当たり前だ。まあいい。どうせ救国会議の連中は、ハイネセンに閉じ込められた状態にあった。あえて短兵急な方法をとらなくても、時間をかけて彼らの抗戦の意思をそぐべきだったはずだ。」

ヤンはあきれた。ほんとうにこいつらは前線の将兵のことなど知ったことでないのだ。安全な場所でぬくぬくとしていることについては帝国の門閥貴族どもとその意識はいい勝負である。

「その方法は、わたしも考えましたが二つの点から破棄せざるをえませんでした。」

「ほう?」

「第一に、心理的に追い詰められた救国会議が局面を打開するため、首都にいる政府の要人たちを人質にする危険性があったということです。彼らがあなたがたの頭に銃をつきつけて交渉を迫ってきたら、我々としては選択の途がありません。」

さすがに査問官たちは黙り込んだ。そこまで言われてようやく人ごとでなくなったのである。

ホワン・ルイだけが査問官たちを横目でちらりとみながら軽くため息をつき、愉快そうにしている。ヤンは、ははあ、この人だけはわかってるなと感じて気持ちが少し軽くなった。

「第二に、さらに大きな危険です。当時帝国内の内乱は終息に向かっていました。ハイネセンを包囲してのんびり救国会議派の自壊を待っていたら、あの比類ない戦争の天才、ラインハルト・フォン・ローエングラムが勝利の余勢を駆って大兵力を持って侵攻してきたかもしれません。イゼルローンにはわずかな警備兵と管制要員がいただけだったのです。」

ヤンは一息ついた。会場は誰の声も響かず、一瞬だけ静かになった。

ヤンは、話していて口の中に渇きを覚えたが、軽くつばをのんで続ける。

「以上の二点により、わたしは救国会議派に心理的敗北感を与えて、短期間にハイネセンの解放を成し遂げるためにあのような手段を取らざるを得ませんでした。それが非難に値するというのであれば甘んじてお受けしますが、それにはより完成度の高い代案を示していただかないことには、わたしはともなく、命がけで戦った部下たちは納得しないでしょう。ロックウェル大将、いかがでしょうか。」

ロックウェルは歯ぎしりした。代案など思い浮かばなかったからである。ヤンはこれ見よがしに小型のペンを置いた。録音機器である。

「ヤン提督、それはなにかね。」

「あ、失礼しました。」

「君はやはり査問を受ける身だということが自覚できていないようだな。」

ばたばたと警備兵が現れ、そのペン型録音機を取り上げて床に投げつけて踏みつけた。

鈍い音がしてそれは壊れる。

ヤンはにやりと笑みを浮かべた。靴の足の甲の部分と階級章の裏側にも録音用マイクロチップはつけてある。マスコミを使ってはめられたなどと言わせないためにわざと録音機器を見せて壊させたのだった。

査問官たちは、顔を見合わせた。ネグロポンティは、せきばらいをして

「では、その件はいちおうおいて、次の件に移る。君は、ドーリア星域で敵と戦うに先立ち、全軍の将兵に向かって言ったそうだな。国家の興廃など、個人の自由と権利比べればとるに足らぬものだと。それを聞いた複数の人間の証言があるが間違いないかね。」

「一字一句その通りだと言い切れませんが、それに類することは確かに言いました。」

「不見識な発言とは思わないかね。」

「はあ?なにがです?」

ヤンは、これみよがしにとぼけた口調で答えた。



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第92話 査問会です(その3)

ネグロポンティは半ば得意そうに語る。

「国家があって、国民がある。個人、すなわち人は国家を構成する部品であって、従って、国家の権威の許容する範囲内において個人の自由と権利が保障されているにすぎないのだ。ましてや君は国家を守るべき責務を負った軍人で、若くして提督の称号を帯び、大都市の人口に匹敵する大軍を指揮する身ではないか。その君が、国家を軽んじ、ひいては自らの責務をさげすむがごとき発言をすることは、将兵の士気を下げる結果につながる。それは君の立場からして不見識だというのだ。その程度のことが理解できないかね」

「お言葉ですが委員長閣下。あれは私には珍しく見識のある発言だったと考えています。国家が細胞分裂して個人になるのではなく、主体的な意思を持った個人が集まって国家を構成するものである以上、どちらが主で、どちらが従であるか民主社会においては自明の理かと思いますが。」

「自明の理かね。私の見解は大きく異なるがね。君は自分勝手と個人の自由とをはきちがえていないかね。人間にとって国家は不可欠な価値を持つ、というより先ほどから国家あっての個人、個人という言葉がよくないな、国家あっての人なのだ。われわれ政治家が人によって構成される国家を正しく導き、個人の自由には責任が伴うことを自覚してもらい、そのために人にすぎない国民は前線に行って国家のために命がけで戦わなけれなならない。自明の理とはそういうことだ。」

「そうでしょうか。それでは、国家がない時代もあったはずですが、そのときも人間は生活していたはずです。人間なくして国家は成り立ちえないのではないでしょうか。」

「国家がない時代に人間が生きていた?こいつは驚いた。君はかなり過激な無政府主義者らしいな。冗談はやすみやすみにいいたまえ。」

「ちがいます。私は菜食主義者です。もっともおいしそうな肉料理を見るとすぐ戒律を破ってしまいますが。」

「ヤン提督!さきほどの無政府主義発言と言い、今の発言といい、当査問会を侮辱する気かね。」

「とんでもない。そんな意思は毛頭ありません。」

ヤンは彼にしてはめずらしくあからさまな大ウソをついた。法的根拠もない私的制裁が形を変えた裁判ごっこに、正直に侮辱するつもりですという必要もないし、抗弁も陳謝もする気もない。ネグロポンティは顔をしかめ、少々歯ぎしりもさせてヤンをにらみつけた。

「どうかね。ここで一つ休憩しては。」

それは、自己紹介したきり、一言も発しなかったホワン・ルイの声だった。

「ヤン提督もお疲れだろうし、わたしも退屈...というかくたびれた。一休みさせていただけるとありがたいな。」

査問官たちも、肩に力を入れて、目の前にいるたった一人の「小賢しい」青年を論破しようと思考をめぐらすものの、皮肉なことに権力に媚びることにしか知恵のはたらかない彼らにとっては無理な相談であり、実際にはその緊張感から疲れていた。そのこともあって、ホワン・ルイの発言は複数の人間を救うことになり、誰もその提案を非難せず、査問会は水入りとなった。

九十分の休憩ののち、査問会は再開される。ネグロポンティが新たな攻撃をはじめた。

「君は、フレデリカ・グリーンヒル大尉を副官として任用しているな。」

「はい。それがどうかしましたか。」

「彼女は昨年、民主共和制に対する反逆行為を行った救国会議の構成員であったグリーンヒル大将の娘ではないか。たしかにグリーンヒル大将はクーデターの途中で誤りに気づき謀殺されたとはいえ、当初は計画に参加していたことがわかっている。君もそれは知っているだろう。」

「そうですか。わが自由の国では、帝国や古代の専制国家のように親の罪が子に及ぶというわけですか。」

「わからないかね。私が言っているのは、無用な誤解を避けるため、人事に配慮すべきだということだ。」

「無用な誤解とはどういうものか具体的に教えていただけませんか。」

「親族だから内通される可能性もあったはずだ。どうやってそれを未然に防ぐつもりだったのかね。」

「グリーンヒル大将はクーデター計画について詳細に知らされていなかったことが明らかになっています。ましてや救国会議派はわたしに味方になるよう工作することが有利になることは知ってたはずで、そのためには親族である大尉をつかって工作を試みるはずですが、それを行わず、クーデターは実行されました。しかも救国会議派がグリーンヒル大将を秘密裏に殺害し、外部に情報がもれないようにしたため、大尉は一貫して自分の父親がどこにいるのかさえ把握できていなかったのです。それなのにどうやって内通できるのでしょうか。」

「さて続きがあるのですが、回答を続けてよろしいでしょうか。」

査問官たちが軽く首肯したのでヤンは続けた。

「何か根拠があっての深刻な疑惑ならともかく、無用の誤解などという正体不明なものに対して備える必要を小官は感じません。副官人事に関しては、軍司令官の任用権が法によって保障されておりますし、最も有能で信用できる副官を解任せよというのであれば、軍の機能を十全に生かすことに対し、それを阻害し、軍に損失を与えようとの意図があってのことにしか思えませんが、そう解釈してよろしいのでしょうか。」

ネグロポンティは口をに三回ぱくつかせたが、反論できず、右隣にいる長たらしい名前の自治大学長に救いを求めるように見やった。

 

オリベイラは、学者というより官僚的な雰囲気の人物で、人生のあらゆる場面で秀才とほめそやされてきたのだろう、指先にまで自信と優越感をみなぎらせている。

「ヤン提督。我々と君は敵同士ではない。先刻からの君の言動を見ていると、どうも君は、この査問会に対してある種の先入観をもっているように感じられるが。それは誤解だ。もっと良識と理性を持って互いの理解を深めようではないか。」

「はあ...。」

「我々は君を指弾するために呼び寄せたのではない。むしろ誤解を解いて、君の立場をよくするためにこの査問会を開いたといってよい。そのためには君の協力が必要だし、我々も君への協力を惜しまないつもりだ。」

「では、ひとつおねがいがあるのですが。」

「なんだね。」

「模範解答の表があったら見せていただけませんか。あなたがたがどういう答えを期待しておいでか知っておきたいんです。」

「被査問者に警告する。当査問会を侮辱し、その権威と品性とを嘲弄するがごとき言動は厳に慎まれたい!」(ふざけるな!若造!貴様はただ権威に従っていさえすればいいのだ!)

ネグロポンティの大声は、抽象の言辞を帯びて、解読不能の喚き声の寸前で、かろうじてとどまっていた。

 



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第93話 査問会1日目終わりです。

(へえ、こんな茶番に権威や品性?どの面下げて...。)とヤンは怒りを飲み込む。

一方で、上からおさえつけるつもりが、おちょくられてネグロポンティの額には興奮のあまり血管が太く浮き上がっていた。オリベイラがなにやら耳元にささやいているのをヤンは横目にみながら退出した。

 

こうしてヤンはようやく査問会の第一日目から解放されたが、世話係だという下士官に会うと、食事のために外出したい、と言った。

「お食事はこちらで用意いたします。わざわざ外出するにおよびません。」

「外で食事をしたいんだ。こんな殺風景なところじゃなくて。」

「門から外へお出になるときはベイ少将の許可を必要とします、」

「?どういう権限で許可が必要なのだ?」

「とにかく許可なしには外出できないことになっています。」

「君はそんなことが軍令になっているのをおかしいと思わないのか。」

「わたしは、指示にしたがっているだけですので。」

「それじゃあベイ少将に会わせてくれないか。」

「少将は最高評議会議長オフィスに公用で出かけています。」

(ははん、トリューニヒトの腰巾着め)とヤンは心の中で毒づく。

公用が聞いてあきれる。おそらく権力者への追従か悪巧みとたいして差のない話に違いなかった。

「いつ帰ってくる?」

「わかりかねます。で、ご用はそれだけで?」

「ああ、それだけだよ。」

下士官が形だけは立派に敬礼して出ていくと、ヤンはドアをにらみつけ、盗聴器があるのを承知のうえで怒鳴らざるを得なかった。

「やってられるか。」

ベレーを床にたたきつけ、彼らしくもなく怒りに震え、やめてやる、やめてやるぞとつぶやきながら腕組みをして室内を歩き回った。

しばらくして気持ちがおちついてくると、デスクに向かって辞表の文面を考え始めた。

 

みほは最高評議会議長官邸の秘密部屋に閉じ込められ三日ほどたっていた。

空間が切り裂かれ、大鎌をもち美しいワンレングスの青みがかった髪の美女が現れた。

「あ、あなたは...。」

「ふふふ...。今だけはあなたの味方...。さあ。」

美女はみほの手をとって、自らが大鎌であけた直径2mほどの孔のなかにみほをつれこんた。

大鎌であけられた孔は数秒経たないうちに消えていた。

トリューニヒトは帰ってきて驚いた。しかし、自分以外は知らないはずの部屋だ。マスコミはだまらせてはいるが、だれかを疑ったら自分がしたことが明るみに出る。公邸に勤務している人間をだれかこっそり処刑しても家族が不審に思うだろう。地球教の支所に問い合わせたがわからないという。人をだまし、国民をだまして狡猾に生きてきた彼にとっては珍しい敗北だった。自分がだまされる側の立場に立ったのだ。歯ぎしりしてあきらめるしかなかった。

 

一方、ヤンの副官フレデリカと沙織は、なすがままではなかった。三時間のうちに14ヶ所に手分けして電話し、ベイ少将の居場所をつきとめた。トリューニヒトのオフィスを出たところをマシュンゴ准尉を伴ったフレデリカにつかまってしまった。

「ヤン提督の副官として上司との面会を要求します。提督はどこへおいでですか。」

「みぽ、西住中将の副官として、上司との面会を要求します。提督はどこへおいでですか。」

沙織は、フレデリカにならってあわててタメ口を改める。

「国家の最高機密に属することだ。面会など許可できないし、提督の居場所も教えられない。」

「わかりました。査問会とは非公開の精神的拷問を指して言うのですね。」

「グリーンヒル大尉、言葉を慎みたまえ。」

「ちがうとおっしゃるのなら、査問会の公開、弁護人の同席、および被査問者との面会を重ねて要求します。」

「そんな要求には応じられない。」

「応じられない理由はなんでしょうか?」

「答える必要を認めない。」

「では、国民的英雄であるヤン提督を、一部の政府高官が、非合法、恣意的に精神的l私刑にかけた、と報道機関に報せてよろしいのですね。」

「どこの報道機関も応じてくれないよ。それどころか君自身が国家機密保護法の適用をうけ、軍法会議でしかるべき罰を受けることになるが...。」

ベイはほくそえむ。

「軍法会議には該当いたしません。国家機密保護法には、査問会なるものの規定はございませんし、その内情を公開したとところで犯罪を構成することはありえません。どうしてもヤン提督の人権を無視して秘密の査問会を強行なさるのでしたら、こちらも可能な限りの手段をとらせていただきます。」

「父親が父親なら、娘も娘だ。」

とベイは毒を含んだセリフを吐いた。

「ひどい。そんな言い方ないでしょう!」

沙織も抗議するが、ベイは余裕だ。提出されたが、反対論が多く、「議場騒然」として議決されなかった法令の議事録を、議決されたことにして、合法化させればいい。データの改ざんなどいくらでも可能だ。情報公開法を悪用して、意思決定過程の情報だから公開できなかったとすればクリアーだ。なにしろトリューニヒトという後ろ盾がいる。不正はやり放題だ。自分は言われたとおりにしただけと言うだけだ。

マシュンゴは憤然として腕をふるわしたが、フレデリカがなにもいわなかったので動かなかった。

フレデリカのへイゼルの瞳は、ひそかな怒りでたとえれば炎に映えるエメラルドの色に燃え上がるかのようだった。沙織の瞳も、彼女には珍しく怒りの色がうかんでいる。

「フレデリカさん、こうなったら、ビュコック長官に...。」

「沙織、上からそういうことをやるのは本当は好ましくないの。何事にも手続きがあるのよ。」

とフレデリカはなだめるものの、

「でも、正論が通用しない人たちや権力に媚びる人たちばかりになっているようなら、仕方ないわ。沙織、マシュンゴ准尉、やりたくはなかったけど最後の手段よ。ビュコック司令長官にお目にかかって事情を聞いていただきましょう。」

「はい。」

マシュンゴはだまってうなずき、沙織は明るく答えた。

さて、何十枚も紙を無駄にしたが、ヤンはようやく辞表を書き上げた。イゼルローンで待っている皆に申し訳ない気持ちもあったが、トリューニヒトの子分たちとこれ以上つきあいきれない。あんな手はそうそう使えるものじゃない。ヤンは、自分がいなくてもイゼルローン要塞なら落ちないだろうと考えて気分を鎮めたのだった。

 

ところでそのころイゼルローン要塞では...

「キャゼルヌ少将...。」

聞き覚えのある、おとなしいがどこかはりのある少女の声がキャゼルヌの耳に入ってきた。



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第94話 イゼルローンに「禿鷹の城」出現です。

「耳寄りなお話をしましょうか?」
「はい。」
「イゼルローンに帝国軍の大規模な攻勢があるようなのです。」

「それはどのくらいの規模ですか?」

「さあ、わたくしもくわしくは....」

大鎌をかついだ青みがかった黒髪の若い女は言葉を濁す。

「5万隻相当の大規模な攻撃...と申し上げましょうか。」

「5万隻...。」
それを聞いた栗色の髪の少女は絶句せざるを得なかった...




キャゼルヌがふりむくと見覚えのあるグレーのパンツアージャケットに白いプリーツスカートをはいた少女が微笑んで立っていた。

キャゼルヌの顔はあかるくなった。

「西住中将...。」

「帝国軍の大規模な攻勢があります。残念ながら詳しいお話はきけませんでしたが...回廊の帝国側出口を機雷で封鎖してください。」

「わかった。ただちに指示する。」

回廊出口が機雷で封鎖されるとキャゼルヌはみほに確認した。

「西住中将。これでよろしいですか。」

「大規模な攻勢があると聞いただけで詳しくは...5万隻以上の敵が攻めてくると考えて、とにかく警戒を厳にしてください。」

「それから副司令官が戻ってきたのだから...。」

「いいえ、キャゼルヌさん。わたしはまだいないことになっています。しばらく行方不明ということにしておいてください。」

 

「西住殿が戻ってきたんですか。」

「ああ、秋山中佐。俺も驚いた。信じられない話だが青みがかった黒髪の若い女性が大鎌で空間に穴をあけてここまでつれきてたそうだ。」

「みほさんが...よかった。」

「うむ。隊長が戻ってきてくれてよかった。これで最悪な事態は避けられたな。」

「ただ、予断は許さない。近いうちに5万隻以上の大艦隊で帝国が攻めてくる可能性があるらしい。帝国側回廊出口を機雷で封鎖した。」

「哨戒も厳とする必要がありますね。キャゼルヌ司令官代理。」

「そのとおりだ。秋山中佐殿。」

二人は顔を見合わせて苦笑する。

みほから、首都でなにがあったかチームあんこうの皆が聞いたとき、

「西住殿...。」

「ひどい話だな。」

麻子の頭には、マスコミに告発しようかという考えも浮かんだが、それが二次的なセクハラにつながらないかと思い思いとどまって、二の句を継がなかった。

一方、みほはただ「うん...。」とつぶやき、やや悲しみをうかべてうなづいた。

華は「みほさん、わたしがあんなことを言ったばっかりに...ほんとうにごめんなさい。」

とひたすら謝る。

「いえ、華さんのせいじゃないです。」みほは、即座に首をふった。

「そうだ、五十鈴さんは悪くない。 召還命令には逆らえないし、普通は大事な軍務上の指示があるって当然考える。でも実際にやったのはただのセクハラ。権力者の驕り。許されない。」

「冷泉殿の言う通りです。五十鈴殿。むしろ行くなという方が軍令違反なのですから。あとでどんないいがかりをつけられたかわかりませんし。」

イゼルローンでは帝国の攻勢に警戒はしたものの、数日間が平穏にすぎていった。

 

戦艦ヒスパニオラ、巡航艦コルドバなど16隻の哨戒グループが「それ」を発見したのは4月10日のことである。

巡航艦コルドバのオペレーターが何杯かのコーヒーを飲みながら計器を眺めていたが、前方の空間に異常が起こりつつあることを計器が示していた。オペレーターは目を光らせていた。

「前方300光秒の空間にひずみが発生。」

「ひずみは拡大中。なにかがワープアウトしてくるようです。」

「!!」

「どうした?」

オペレーターは質量計に示された数字に信じられない数字をみとめ、背筋が凍りつくような感覚を覚えて息をのみこむ。

「し、質量は極めて大。」

「もっと正確に報告せんか。」

艦長がどなり、オペレーターは2、3回ほどせきばらいをして、のどにひっかかった言葉を吐き出す。

「質量、約40兆トン。戦艦や艦隊などではありません。」

「急速後退だ。時空震に巻き込まれるぞ。」

みほが設置させた機雷網は時空震にまきこまれ半数は爆破された。

哨戒グループの諸艦は、索敵の義務を忘れずスクリーンをにらみ続けていた。

そして信じられない規模の巨大な球体をみとめて、彼らは、恐怖のゆえに言葉を飲み込み声なき悲鳴をあげていた。

イゼルローンの中央指令室はざわついていた。オペレーターたちの報告と、不安をまぎらわすために私語が飛び交っている。

「司令官代理、形状は球形もしくはそれに準ずるもの、材質は合金とセラミック、表面のうち半分ほどを流体金属層がおおっています。質量は...。」

「質量は、概算ですが40兆トン以上です。」

「ち、兆だと!?」

「質量と形状から考えて、直径40~45km以上の人工天体と思われます。」

「つまり、イゼルローンのような要塞というわけか...。」

「映像出ます。」

メルカッツの目が見開かれる。シュナイダーが目を瞠目させて思わずつぶやく。

「ガ…ガイエスブルグ要塞…。」

「あれが…。」

同盟の士官たちが振り向くと、二人はうなづく。

「さすがに友好親善使節を送ってきたとはおもえませんな...。」

「艦隊の根拠地ごとここまでワープさせてきたというわけか...。」

「見上げた努力というべきか...。」

「それにしてもとんでもないことを考えたものですな。要塞をワープさせてくるとは...帝国は新しい技術を完成させたと見える。」

「新しい技術というより、スケールを大きくしたというわけだろう。それも、どちらかというと開いた口がふさがらないといった類のものだ。」

「だが、意表をつかれたこと、敵の兵力が膨大であること、それは確かだ。」

「しかもヤン司令官が不在だ。至急連絡したとしても4週間はかかるだろう。これは長くなることはあっても短くなることはない。」

「楽しい未来図ですな。」

パトリチェフが皮肉いっぱいにつぶやく。

「それまで我々だけで持ちこたえなくてはならん。とにかく打てる手はすべて打っておく。」

「わたしに考えがあります。」

「西住中将...。」

 

「別働隊に回廊境界面ぎりぎりにミサイル艦を率いて敵要塞を攻撃してもらいます。そのときにあらかじめスパルタニアンを発進させておきます。」

「別働隊って...もしかして最近まであのクブルスリー大将のところで活躍していたという『トータス艦隊』か。」

「はい。」

みほは微笑んで答える。

「敵も要塞主砲をもっているはずです。だから敵にも「トゥールハンマー」があると考え、射程外ぎりぎりに艦隊を展開させ、その射程外にわたしが率いる主力艦隊は、このように配置します。」

「西住中将、イゼルローンはもろ射程内ですが...。」

「はい。おそらく撃ちあいになります。ですから外壁周辺の市民や将兵の皆さんは避難させてください。」

「わかった。」

オペレーターが呼びかける。

「外壁、LA00ブロックからRZ99ブロックの将兵及び住民はただちに避難してください。」

「艦隊の出撃準備と、避難の準備はとりあえずこれでいいか。あと全要塞に第一種臨戦態勢、それから万一に備えてコンピューターのデータをいつでも消去できるように。そしてハイネセンヘ超光速通信を。4月10日、帝国軍ハイゼルローン回廊ニ大挙侵入セリ。巨大移動式要塞ヲモッテナリ。至急来援ヲ請ウ、と。」

「はっ」

オペレーターはキャゼルヌ司令官代理に答えた。




クブルスリー大将のところで活躍していたという「部隊」
の部隊名を伏線になるように『トータス艦隊』に変更。2017,5,9,20:49(JST)


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第95話 華~、「次からは、クリスマスプレゼントを用意しないといけないかな。」ってビュコック提督に言われちゃった。

「みぽりん、結局無事に帰ってきてたんだね。ひどいよお。」
「ごめんなさい。連絡を取る手段がなくて...。」
「フレデリカさんとマシュンゴさんとわたしで、ヤン提督とみぽりんをかなり探し回ったんだよ。ベイ准将はとぼけてばっかだし、メッサ―スミスさんとかイケメンだったけど私のことつけたしみたいだったし、憂国騎士団とかにおそわれちゃうし、すごくたいへんだったんだから。」
「で、結局沙織は、どうやって身をまもったんだ?」
「うん、ビュコックさんをたよることにしたの。それまでの官舎は、なんか見張られてたり、どこかで話聞かれてそうでこわかったから。」


一方、はるか数千光年離れた帝国軍の元帥府では...

「そういえば、オーベルシュタイン。やつらには、ヤンのように才能のある第14艦隊を率いる小娘がいたんだったな。」

金髪の青年元帥は髪をかきあげて、何やら思い出したようにつぶやく。

「御意。」

「ケンプから送られてきたこの艦隊配置は戦理にかなっている。アムリッツアでもキルヒアイスを妨害したくらいだからな。ケンプとミュラーだけでは重荷だろう。救援を出したいが、だれがよいか。」

オーベルシュタインによって画面に映し出した人物をみて、金髪の若き帝国元帥は、ほくそえんで命じた。

「ふむ。よかろう。出撃を命じよ。」

 

ハイネセンではヤンの査問会が数日おきにだらだらとつづけられた。

ヤンは、いらいらする一方で、帝国の軍事的脅威がある限り自分を無碍にすることは不可能だろう、どう収拾つけるつもりだろうと余裕をもつことさえ可能になっていた。

一方、フレデリカ、沙織、マシュンゴは、ベイにあしらわれたあと、宇宙艦隊司令部をたずねた。司令部の受付士官は、官僚的で、あーいうえば、こーいうといった感じで、規則だの、権限だのいいたてて、なかなかビュコックに合わせてもらえそうもない状態だった。

「そちらは、フレデリカ・グリーンヒル大尉ですか?。」

「あなたは...。」

「わたしは、故グリーンヒル大将、君の父上が、士官学校副総長だったころの生徒で、エドモンド・メッサースミスといいます。今は少佐ですが、どうしたんですか。」

「ヤン提督と西住中将が召還されたんですが、宇宙港で引き離されてしまったものですからビュコック長官にお会いしたいと...。」

「そうですか。長官ならこの上の階にいらっしゃいますよ。そのエスカレーターならちかいです。」

「ありがとうございます。」

「どういたしまして。あいかわらずきれいだね。フレデリカ。そちらのお嬢さんも。」

「え~、わたしはつけたし?」沙織はほおをふくらませる。

「いやいや、ほんとうにかわいいよ。」

メッサースミスは苦笑しながら答える。

フレデリカがエレベーターに乗るとなにやらメッサースミスは、携帯端末で何やら話していた。

(そっちへ行くぞ。)

フレデリカは、エスカレーターに乗り、エレベーターは下へ下がっていった。そこで止まるとドアが開く。上へ行きたいとボタンを押すが上に上がらない。そこへばらばらとプロテクターをかぶった男たちが現れる。

(憂国騎士団!)

マシュンゴが投げとばすが、フレデリカをエレベーターから引きずりだすのに成功する。マシュンゴもエレベーターを降りてフレデリカと沙織から憂国騎士団の男たちを引きはがす。

エレベーターのドアが閉まり真っ暗になる。

暗闇でマシュンゴは、フレデリカと沙織を守るために闘う。

憂国騎士団の男たちは目配せしていっせいにマシュンゴに襲い掛かった。

そのときだった。再びエレベーターのドアが開く。

「お前たち、何をしている!」

それはビュコックとファイフェル少佐ほか数人の士官だった。

憂国騎士団は、ばらばらと逃げ出した。

「長官!」

フレデリカは、喜びのあまり、目から涙がこぼれた。

「大尉?なぜこんなところにいるのかね。それからミス・タケベかな?」

「長官。わたしのことも覚えてくださったのですか?」

沙織の顔があかるくなる。

「ふむ。次からは、クリスマスプレゼントを用意しないといけないかな。」

ビュコックは、ちゃめっけたっぷりな表情でウィンクして、みほから聞いたサンタクロースに似ているというチームあんこうの話題をふってみせた。

「もう~。でもありがとうございます。」

「長官、実は...。」

フレデリカが事情を説明し、沙織が補足する。

ビュコックは、沈黙しながら話を聞いていた。白い眉を上下させ、一瞬怒りの表情をひらめかせたが、あきれたようにため息をつく。

「閣下にこのことをお話すべきかずいぶん迷いました。ヤン提督と西住中将をお救いするのに助力をいただければありがたいのですけれど....。下手をすると軍部と政府との対立を招くかもしれませんし...。」

「ふむ。もっともな心配だが.....。無用な心配でもあるな。」

「え、それってどうしてですか?」

沙織がおもわずたずねてしまう。

「言いにくいことだが軍部がもはや一丸となって政府と対立するなどありえないことなのだよ。」

ビュコックは本来の彼に似ず闊達さに欠ける苦々しい口調である。フレデリカと沙織は問いたださざるを得ない。

「軍内部が二派に分裂しているとおっしゃるのですか。」

今度はフレデリカがたずねる。

「ふむ。二派には違いない。少数派と圧倒的多数派を同列に並べてよいのならな。もろんわしは少数派さ。自慢にもならんことだがね。」

「どうしてそんなことになったのでしょうか。」

老提督は表情を曇らせて答えるのをためらっている様子だった。

沙織は老提督がなぜ戸惑っているかわからなかった。

こういうとき、みぽりんやゆかりんや麻子なら状況を的確に説明してくれるか、ビュコックに的確な質問をするだろう...くやしいとおもいつつもみほの名を出した。

「みぽりんなら長官がなにに困っているかわかるんでしょうか。」

「ふむ。あの娘は賢いからわかるじゃろう。ん。さっきの話だと彼女も捕まっているのじゃったな。」

そしてビュコックはひときわ大きな声で「あ、捕まってるのじゃなくて召還じゃったな。そうだ召還じゃった。」と言い、

「大尉。このことでわかるかもしれないが、この部屋にもおそらく盗聴器が仕掛けられている。どうしてそうなったか説明するなら、言うのも心苦しいが昨年の救国会議のクーデターが原因と言えば原因なのじゃ。やつらの仲間の一部を巧妙にもぐりこませて救国会議のクーデターを起こさせ良識派を一網打尽じゃ。やつらの裏には憂国騎士団やフェザーン、地球教がいて、糸を引いている。それで軍部の信望が失墜し、発言権が低下したのをいいことに、軍の人事をあやつって政治屋どもが自分たちの手下で固めてしまった。クブルスリー本部長もわしも、昨年のクーデターで有効な手が打てなかったから抗議しても冷笑されるだけじゃった。」

「政治屋どもがヤン提督と西住中将を召還した根本の動機は判然とせんが、多少のことをやっても反対するものはおらんし、いたとしても潰せると考えているんじゃろう。」

「なんと申し上げてよいか...そこまでお困りとは存じませんでした。」

老提督は、気にせんでいい、という気持ちを身振りで示してさらに話を続けた。

 




ラインハルトは、みほがいったん召還され、戻ってきたことを知らなかったが、天性の勘でみほの存在をかぎとっていた。

表題変えました。ご容赦ください(4/21,0:55JCT頃)


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第96話 わたし、ビュコックさんのよう(なおばあちゃん)になりたいです。

「別に困ってはおらんよ。いまいましいだけだ。屋根裏にはいまわるネズミがごぞごぞうるさくてな。」

「さっきも言ったがこの部屋にもおそらく盗聴器がしかけられている。それを知っていてこんな話をするのは、いまさら旗色をごまかすこともできんし、犯罪の相談をしているわけではないから検挙するわけにもいかないからさ。逆にこちらが盗聴器の録音記録を証拠にできる。」

ビュコックは録音用マイクロチップを見せた。盗聴器の記録まで改ざんされた場合の備えだった。

「あきれたものさ。民主主義が回復したと喧伝しているが、救国会議が制定した市民に固有番号をつけて、ネットの書き込み、購入履歴、その行動まで監視する法は便利になるからと吹聴して名前だけ変えて再度制定、盗聴まで法律上の証拠にするための法はだんまりでそのままじゃからな。大尉は、検察官が実績をあげるために反トリューニヒト派のある官僚を陥れるために電子記録を改ざんした事件を知ってるかね。」

「はい。」

「それが明らかになってその検事がつかまった。それがいい方向に転化されて盗聴器の記録まで改ざんされないことを期待したいと思っているのじゃが。政府に同盟憲章を尊重する気が多少でもあればだがね。」

「政府は、帝国との違いを喧伝するためにも民主主義の建前を公然とふみじるのに躊躇するでしょう。いざというとき武器に使えると思います。」

「聡明をもってなる大尉にそういってもらえるとうれしいな。ところでヤン提督と西住中将の件は事情が分かった以上できるだけのことをする。大尉とミス・タケベに協力させてもらおう。」

「でも...ご迷惑ではないのですか?」

老提督はほがらかに笑う。

「訪ねてきておいて、今更そんなことはきにせんでもいい。わしもあの若い者とあの娘は好きだしな。ああ、このことを本人たちに言ってはいかんよ。あの若い者とあの娘はわからんが、たいてい若い者はいい気になる傾向があるからな。」

「本当に感謝いたします。お人柄に甘えて申し上げますとわたしくしもビュコック閣下が好きですわ。」

「わたしもです。」

「おお、おお、ぜひ家内に聞かせてやりたいな。ところで...。」

老提督は表情を引き締めると

「ここに来るまでに尾行してくる者がいなかったかね。」

フレデリカと沙織は瞳に衝撃の色を走らせた。フレデリカは、マシュンゴをみやり、巨漢の黒人は豊かなバスで答える。

「確証はないのですが、怪しげな地上車が一台ならず見ました。尾行であれば途中で交代したのだと思います。」

「ふん、やはりそうか。ベイのネズミ野郎がやりそうなことだ。」

老提督は舌打ちすると、わざと大声をたてた。

「大尉。これがかっては民主主義の総本山であった同盟の現状じゃ。救国会議退陣後瞬く間に雲が再び厚くなって、加速度的に悪化している。もしかして雨やひょうが降り始めていると言っていいかもしれない。これを回復させるのは容易なことじゃないぞ。」

「はい、承知しております。」

「よろしい。わしらは仲間というわけじゃ。世代は違ってもな。」

 

フレデリカと沙織にとって、ビュコックを頼った選択は、大正解と言えた。ビュコックの協力の意思もその地位と声望もさることながら、市民や兵士たちは、多数を占めるトリューニヒト派の士官、将校たちが無能で、出世ばかり考えている連中であることをうすうす感づくか、熟知していたから、ビュコックに何かあれば、普段はだまっていても、疑念を抱くに違いなく、そうなると士気に重大な影響をおよぼす。それを軍部の「圧倒的多数派」も感じ取っており、直属の警備兵に守らせている宇宙艦隊司令長官の家に無法の手を伸ばすには、相当の準備と名目が必要であり、そういったコストを払うことまではさけたのである。フレデリカと沙織は、ビュコックの家に滞在することにした。それまでの官舎は、盗聴や監視のみならず、政権にとって都合の悪いことを隠すために殺されるまではなくても、病院送りにされる可能性すらあったからだった。

ビュコック夫人も二人を温かく迎えてくれた。

「いつまでもいてくださいな。あ、そうもいかないわね。早くヤンさんとミス・ニシズミを助けて帰らないとね。まあ、気兼ねなくくつろいでちょうだい。」

「「ご迷惑をおかけして沁みません。」」

「気にしなくていいんですよ。ミス・グリーンヒルに、ミス・タケベ。若い人が来てくれると家の中が明るくなるし、うちの人もね、元気になるのよ。政府を相手にケンカできると喜んでいるんだから、こちらがお礼をいいたいくらい。」

ビュコック夫人の温かい穏やかな笑顔は、フレデリカを羨望させ、沙織の心に温かくひびいた。

「あの、わたし...。」

「どうしたの?ミス・タケベ?」

「沙織って呼んでください。」

「沙織...。どうしたの。」

「わたし、ビュコックさんのようなおばあちゃんに、いえ、ビュコックさんのようになりたいです。」

「あなたもすてきな人をみつけたらそうなれるわ。」

「はい。」

フレデリカと沙織は、ビュコック家をベースに活動していた時にひとつの事件が起こった。

ふたりがたまたま、立体テレビをみていたときだった。

「次のニュースです。テルヌーゼンでエドワーズ委員会なる団体がデモ行進を行いましたが、興奮のあまり、会員同士の騒動で死者150人、重軽傷450人に及び、騒乱罪で首謀者100名を逮捕しました。」

「あのような団体は、特殊なイデオロギーにかぶれた工作員が裏で糸をひいて扇動しているのです。」

「愛国心に欠けた人たちにも困ったものですねえ。」

「このように警官隊に暴力をふるっているのですよ。」

全く関係のない暴動風景の動画を流す。

「そうですね。権利と義務をはき違えて、戦争に行きたくないなどと自分勝手なことを主張するから、少しの不満でいさかいが起こるのです。国家への忠誠がなりよりも必要です。それこそ敵である帝国軍をしりぞける唯一の手段なのですから。」

「軍内部でも、現政権に不満を持つ輩が多いようですが。」

「宇宙艦隊司令長官は、それをどうお考えなんでしょうかね。」

「ひどい、なにこれ。」

沙織は怒りのあまり叫んでしまった。

「うむ。政府の常套手段じゃな。これを見てくれ。」

ビュコックは、フレデリカと沙織にネットの画面を見せる。

「エドワーズ委員会のブログですね。」

「政界、財界、官界の重要人物のリスト、そしてこれらの人物の徴兵適齢期の子息24万6千人のリストじゃ。」

 



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第97話 悲しい現実です。 

「軍隊に入れていたのは、13%で、前線に送っていたのは0.5%!」

「えーと、「この数字は何を意味するのか?彼ら支配者層のいうようにこの長い戦争が正義の実現のために不可欠なものだとしたら、なぜ彼らは自分の息子たちをそれに参加させず、特権を利用して徴兵逃れをやるのか。それは自分たちの命を、この戦争に差し出す価値がないとみなしていることの証左ではないのか?同じ質問状を政府に提出したがいまだ納得のいく回答がない。」だって。」

情報通信委員長ボネの「回答の必要を認めず。違法な街頭行動を厳に慎まれたい。」との回答が載せられ、その顔写真のあるべき部分には、「本人の肖像権を侵害しているとの申し立てにより、削除されました。」と記載され、許可印の押されたエドワーズ委員会が街頭行動を起こす旨の申請書の写真がのせられていた。

またそのブログの記事には、誹謗中傷の書き込みが多くなされ、一週間前のものは削除されていた。誹謗中傷とともに削除されたことについての誹謗中傷が同じ人物たちによってふたたび書き込まれ、見るに堪えない状況であった。

このことはタブロイド判のプレセンテが載せた以外、同盟のジャーナリズムはほとんどとりあげなかった。電子新聞、立体TVも政治権力と関係のない芸能人のスキャンダル、犯罪、人情話を知らせるだけで、エドワーズ委員会の活動は無視しているのだった。

匿名の動画で、エドワーズ委員会のデモの様子を中継しているものがあった。警官隊がでてきてそれを規制し、警官隊のなかには委員会のメンバーを突き飛ばしているものもあった。仕方なく裏通りにまわると、プロテクターを着けた男たちがあらわれた。

フレデリカと沙織は絶句し、次の瞬間には叫んでいた。

「憂国騎士団!」

憂国騎士団は、特殊セラミック製の棍棒で殴りつけ、銃声のならない銃で撃ち殺して逃げ去っていった。警官は遠巻きにながめていて、憂国騎士団が去るとけがをしているエドワーズ委員会の会員たちに手錠をかけ、次々に逮捕していった。

ヤンとみほの捜索をフレデリカと沙織は続けたが、ビュコックと、ことの次第を知ったレベロが協力してくれたが、二人の行動は見えない壁と鎖によって阻まれた。

ある日、ビュコック邸にレベロがたずねてきた。

「おお、レベロ委員。」

「ああ、長官おじゃまします。お二人にもお話があって。」

「さあさあ、どうぞお上がりください。」

夫人がスリッパを用意する。それは、二人というより、正確には片方にのみであったが、吉報というには難しいものの有益な情報であった。

「ミス・グリーンヒル、ミス・タケベ」

「レベロさん」「レベロ委員長」

「査問会の行われている場所がわかったぞ。」

「「どこなんですか?」」

「人的資源委員長のホワン・ルイから聞けた話だ。さすがにトリューニヒト派だけではまずいということで査問官に加えられているのだが、後方勤務本部のC庁舎だ。」

「ミス・タケベには申し訳ないが、査問を受けているのはヤン提督だけらしい。」

「じゃあ、みぽ...西住中将は...どうなっているんでしょうか。」

「残念ながら、ハイネセン宇宙港に到着後、トリューニヒト邸に連れ込まれたらしいが、それ以降行方不明なのだ。」

「ええっ...。」

「ふむ。レベロ委員。それでは、わしがかけあってみるとしようか。ふたりともわたしの大切な部下だ。わしには上司として部下の状態について知る権利がある。」

「そうですな。長官ならあるいは...。」

レベロは不安そうであったが一縷の望みを期待したいという気持ちをにじませながら答えた。

しかし、その結果は拒絶だった。

「国家機密によって見せられないだと。わしは、司令長官だ、上官だから部下について知る必要がある、といっても国防委員長からの命令で機密にするよう言われたいうし、第何条第何項の規定なのかと聞いたら、とにかく国家機密だからの一点張りだ。それはそうだろう。査問会なんてものは同盟憲章にも同盟軍基本法、同法施行令、施行規則にもないんじゃからな。そういやみをいって引き返さざる得なかった。すまん二人とも。」

「いいえ。ありがとうございます。」

「今度は、関係者に面会を申し込むか...あの調子だとうまくいくとは思えないが...。」

もちろんというべきか、その努力は拒否をもって報われた。しかも尾行つきというおまけまでつく。何もできないことを承知している。 あからさまな圧力なのはあきらかだった。

またようやく数人程度の証人をみつけて話を聞き出せたものの、二度目の面会ではなにかにおびえながら証言を拒む。

フレデリカは、なんとかベイをつかまえたが、今度も、たくみに言葉を左右して言い逃れようとする。

「大尉。いい加減にしたまえ。仮にヤン提督がいなくなった場合、君の軍での立場が悪くなるぞ。」

「そうなのですか。帝国軍の攻勢にどう対処するつもりですか。あまりの態度を取られるとマスコミ各社にリークも辞しません。」

「ふん。これは傑作だな。マスコミ各社はわれわれの味方さ。どこも取り上げてはくれんよ。無視か冷笑されるだけだ。」

「どこも取り上げてはくれない、無視か冷笑されるだけ?」

フレデリカがベイの目をにらみつけながら言うと、ベイは、はっとして後悔と狼狽の色をひらめかせて、それをかくそうと平静を装う。言ってはいけないことを口走ったことによる態度に間違いなかった。

政治権力とジャーナリズムが結託するということは、権力者に不都合な情報は流されなくなり、国民にとって真に重要な情報が知らされないことになる。はるか20世紀の昔、ファシズム、軍国主義国家、社会主義国家でそのような情報の統制が行われ、20世紀末から21世紀初頭には、軍産複合体、国際金融資本などの意図にしたがって各国政府は、自由貿易に関する国際条約を結んだが、その条約には投資家や多国籍企業が裁判で勝つよう条項をつけられていた。ある国にとっては、国民が貧富の差にかかわらず医療を受けられる保険制度、地域の個性ある作物や食品を生み出してきた種子保護に関する制度など優れた制度があったが、それを不当な障壁とするものだった。また国際金融機関の貸し付けによって、多国籍企業を含めた民間企業が水道事業に参入可能になる法令を通過させた。各国の国会では国際間の信頼関係の美名のもとに詳しく知らされず、その間あいかわらずマスコミは芸能人の恋愛や不倫問題を連日流しているのだった。

 

翌日、フレデリカは、マシュンゴ准尉が読んでいたタブレットをあわてて隠す場面にでくわした。

「准尉、どうかしたの?」

「はい...実は...。」

マシュンゴは、ためらいながらタブレットを渡した。



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第98話 査問会どうなるのかな。

ヤン提督は連日査問会で、このときついに耐えきれなくなったんだって。それから読者のみんなはもう知ってるんだよね。でも、わたしはみぽりんの消息をこのときまで知らなかったから...


タブレットの画面には、故グリーンヒル大将が救国会議の首謀者であったこと、にもかかわらずフレデリカが軍籍にあることや、ヤンがアルテミスの首飾りを破壊したのは、後日政権を自分が握るための布石であり、クーデターを成功させるための情報を得ていたのだ、そしてヤンは自分が攻撃されないよう、また救国会議の政権が失敗しても復活させられるよう救国会議と通じていて、フレデリカとミス・ニシズミとふたまたをかけている、という悪意にみちた報道だった。ヤンについても、士官学校時代にひそかにホテルに女子大生を言葉巧みにつれこんで、キスをせまって、嫌がる彼女の身体をまさぐったという主体不明の夫婦の談話まであった。救国会議時代と攻守を変えても全く内容は変わらない。

「ウソだらけの、けしからん記事です。」マシュンゴは憤然としてみせた、というより心から憤然としていたのだが、当のフレデリカは、ヤンをどうやって救い出そうかということが頭にいっぱいだったこともあって、あきれて怒る気にもなれなかった。

そのときビュコックから急な連絡が入る。

「大尉か?」

「はい。わたしです。」

「えらいニュースだ。イゼルローン回廊に敵の巨大要塞が出現し、攻撃を受けておる。そうだ、そこにミス・タケベがいるか?」

「はい、一緒です。」

「そうなら伝えてくれ。西住中将は無事帰還して、艦隊の指揮を執っているそうだ。なぜ帰還できたのかは政府は口をつぐんでおる。詳しいことは改めて本人に直接話したいと。」

フレデリカは、直接沙織に話す。

「沙織、ミス・ニシズミは無事に帰還できたそうよ。ビュコック提督は、盗聴の危険があるから電話ではなく改めて直接話したいそうよ。」

「よかった...みぽりんは無事なんですね。」

「そのとおりよ。」

フレデリカはうなずきながら、うれしそうに話す。

「ということは、ヤン提督も無事に査問会から解放されるんですね。」

「そのとおりだ。この際は帝国軍が救いの神というわけさ。皮肉なものだ。」

フレデリカは生まれて初めて帝国軍に感謝した。

 

何回目の査問会であろうか。査問官の一人、ブレイブ・ヴィステリア・ノーブルマンは、トリューニヒト派のいつもの議論、前線へ行くのを拒否する者や反戦政党、エドワーズ委員会を愛国心に欠ける売国奴と中傷し、民主主義国家を守るためにすすんで命をささげるべきだと演説した。

「政治家には、政治家の役割がある。大企業やその役員及びその子弟もだ。それ以外の者が前線に行くのはあたりまえではないか。きみは軍に長く勤務していながらそんなこともわからないのか。一般市民が権利のみを主張し、戦争へ行きたくないとか徴兵を拒否するなどは、自己中心でただのわがままだ。」

「ブレイブ・ヴィステリア・ノーブルマン査問官。あまりこのようなことを申し上げるのもなんですが、あなたが、運動員に選挙報酬を支払わないために騒動になり、50万デイナール支払って和解したとか、インサイダー取引を自分でやって知人にも進めていたこと、それから美少年を買春していたことが、エステ・メトロ紙やタブロイドのプレセンテに書かれていますが?それでもご自分は自己中心でわがままでないと?」

「話をそらすな。わたしは...。」

若い査問官の顔から血が引き屈辱を覆い隠して反論しようとこきざみに身体を震わせているのを横目にちらりと見て、ネグロポンティもすこしばかり青筋をたてた。

「君は査問を受ける立場だろう。査問官に質問をするなどおこがましい。自分の態度をわきまえたまえ。」

ネグロポンティは、それでも自分たちが不利な議論に追い込まれていることは自覚できたので、助けを求めるよう自治大学長のオリベイラのほうを向いた。オリベイラは、戦争の意義とやらについてヤンに講義し始めたのである。

「提督、君はまことに優秀な男だとおもうが、まだ若いな。どうも戦争の本質を「理解しておらんようだ。いいかね。緊張感を欠く平和と自由は人間を堕落させるものだ。活力と規律を生むのは戦争であり、戦争こそが文明の発達を加速し、人間の精神的肉体的向上をもたらすものだ。一滴期間続いた平和と自由は享楽と退廃の世紀末を現出させてきた。それは君の好きな歴史が証明しているのではないかね。」

「すばらしいご意見です。戦争で命を落としたり、肉親を喪ったことのない人であれば信じたくなるかもしれませんねえ。まして戦争を利用して他人の犠牲の上に自らの利益を築こうとする輩にとっては非常に魅力的な考えでしょう。ありもしない愛国心を有ると見せかけて他人を欺くような人にとってもね。」

「君は私たちの愛国心が偽物だというのか。」

「あなた方が口で言うほど愛国心や犠牲心が必要だというなら他人にどうしろこうしろと命令する前に自分たちで前線に行ってはいかがですか。人間の行為の中で何が最も卑劣で恥知らずか。それは権力を持った人間や権力に媚を売る人間が安全な場所に隠れて戦争を賛美し、他人には愛国心や犠牲心を要求して戦場へ繰り出すことです。

それだけではありません。あなたは、フェザーン企業から賄賂をもらい、同盟の医療保険、水道事業、農業、種子管理権を売り渡す自由貿易及び経済連携協定に賛同して推し進めてきたではありませんか。」

「それは...民主主義を軍国主義者からとりもどすための一時の方便だ。君も歴史を学んでいるならはるか18~19世紀のイギリスの民主主義の発展過程でそのようなことはあったし、同じころとある東洋の国では国では、タヌマという...」

「話をそらさないでください。それは外国との関係の話ではないし、フェザーンもそう思ってはいないでしょう。もし本当に愛国心があるなら、いつまでもこの墨塗り資料のみをマスコミに公表して意思決定過程の情報だと主張するのですか?

 

市民には戦場へ行くようにけしかけ、自分ではフェザーンと組んで私腹を肥やす。宇宙を平和にするには、帝国と無益な戦争を続けるより先に、その種の寄生虫を駆除することから始めるべきではないでしょうか。」

「寄生虫とは我々のことかね。」

「それ以外のものに聞こえましたか。」

「いわれなき侮辱、想像の限度を超えた非礼だ。君の品性そのものに対して告発すべき必要がある。査問はさらに延長される。」

「異議を申し立てます。」

「発言を禁ずる。」

「どういう根拠で?」

「説明の必要はない。秩序に従いたまえ。」

「いっそ退場を命じてもらえませんか。はっきり申し上げますが、見るに堪えないし、聞くにも堪えませんよ。忍耐にも限度があります。」

ヤンは、もはや我慢の必要を認めなかった。ネグロポンティをにらみつけ、胸から紙の包みをとりだした。査問官たちは一瞬ぎょっとした。ネグロポンティも負けずと睨み返す。ヤンは怒りのこもった眼でネグロポンティをにらみつけながら、辞表をとりだしてつかつかとあゆみよった。



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第99話 ヤン提督がようやく査問会から解放されたんだって。

あれから、査問会の会場で電話が鳴って、それがきっかけで、ヤン提督、査問会から解放されたんだって。よかったあ。


ヤンがネグロポンティの前にいまにも辞表をたたきつけようと手を振り上げたとき、国防委員長の手元で緊急事態を告げるベルの音がけたたましく鳴り響いた。

「もしもし、わたしだ。なにごとかね?。」

ネグロポンティは、ヤンをにらみつけながら、いかにも不機嫌そうな声を送話器に向かって放った。

「国防委員長、緊急事態です。帝国軍が大挙してイゼルローン回廊に侵入し、戦闘が開始され苦戦中との連絡です。」

ネグロポンティは、愕然とし、蒼白になった。

「それは、本当か?」

電話の声は伝える。

「はい。4月10日に、帝国軍がイゼルローン回廊に、40兆トン規模の巨大移動式要塞をもって侵入して、最新情報によると帝国軍の要塞砲が数度にわたり発射され大きな被害が出ている、とのことです。」

「なぜこの時期になのだ。」

「それはわかりません。通信を傍受したいくつかの星系から同じ情報がもたらされています。帝国軍の陽動やガセとは考えにくいと判断されます。」

「続報があれば直ちにつたえるように。」

「はい。わかりました。」

ネグロンティは、受話器を置くと、その顔は蒼白で、ほおの筋肉はこわばった状態だった。査問官の面々に向け、

「一時、査問会は中止する。査問官の諸君は、別室に集合してくれ。提督はそのまままつように。」

容易ならざる事態が生じたことは明白に感じられた。査問官たちはあわただしく席を離れていく。ヤンはそれを無感動な視線で見送った。

別室にあつまった査問官たちは、ネグロンティから事の次第を知らされる。

「4月10日に、帝国軍がイゼルローン回廊に、40兆トン規模の巨大移動式要塞をもって大挙侵入し、戦闘が開始され、要塞砲の撃ちあいで大きな被害が出ているとの情報も入っている。」

「我々のなすべきことは、考えるまでもないだろうね。」

ホワン・ルイは冷静だった。この事態は放置できるものではないのは明白だった。

「査問会を中止してただちにヤン提督にイゼルローン回廊へ戻ってもらって、帝国軍を撃退させる、いや、していただくのさ。」

「しかし、それでは朝令暮改そのものではないか。たった今まで我々は彼を査問にかけていたのだぞ。」

「では、初志を貫徹して査問を続けるかね。帝国軍がここへ攻めてくるまで?」

「.....。」

「どうやら選択の余地はないようだな。」

「し、しかし、我々の一存では決められん。トリューニヒト議長のご意向をうかがわないと。」

ホワンは、ネグロポンティのひきつった顔を憐れむような視線で見やってつぶやいた。

「じゃあ、そうするがいいさ。5分もあれば済むことだし。」

ヤンはたいくつしのぎで、羊が一匹...と数え始めた。499、500...と数え終わったころ、

ヤンは数分前とは全く異なった深刻な雰囲気を感じた。

内心でみがまえるヤンに対し、ネグロポンティは告げた。

「提督、緊急事態だ。イゼルローン要塞が帝国軍の全面攻撃にさらされている。敵は、要塞に推進装置を取り付けて、大軍をもろともワープさせてきたというのだ。至急救援に赴かざるを得ない。」

「で、私に行けとおっしゃるのですか?」

「当然ではないか。君はイゼルローン要塞と駐留艦隊の司令官だ。敵の侵略を阻止する義務があるはずだ。」

「ですが、前線を遠く離れて査問を受ける身で、しかも態度が悪いので、くびになりかねません。査問会のほうはどうなるのでしょうか。」

「査問会は中止する。ヤン提督、国防委員長として、君の上司としての命令だ。ただちにイゼルローンに赴き、防衛と反撃の指揮をとれ。よいな。」

ネグロポンティの声は猛々しくも、語尾が内心の不安や怯えから震えていた。やっと自分たちが火薬庫の近くで火遊びしていたことに気が付いたのだ。幸いにも、まだ消火可能な見込みのようであったが。

「わかりました。イゼルローンに戻りましょう。」

ヤンの言葉にネグロポンティは、安堵の息をつき、それが査問会の会場の空気をささやかにふるわせる。

「あそこには、わたしの部下や友人がいますから。で、私は行動の自由を保障していただけるのでしょうね。」

「もちろんだ。君は自由だ。」

「では失礼させていただきます。」

すると査問官の一人が声をかけてきた。末席に座っていた男だ。

「どうだね。ヤン提督。勝つ見込みがあるのかね。いやないはずがない。君はなにしろ「奇跡のヤン」なのだからな。きっと我々の期待に応えてくれるはずだ。」

「できる限りのことはしますよ、」

ヤンは考え事をしつつも、わざとらしいくらいに大げさな身振りで服のほこりを払い、軍用ベレーをかぶりなおした。そして大股にドアの前まで歩いていくとふと気が付いたように振り向いて、

「ああ、大事なことを忘れていた。」

「帝国軍が侵攻してくる時期をわざわざ選んで小官を召還して査問にかけた件については、いずれ責任ある説明をしていただけるものと期待しております。むろん、イゼルローンが陥落せずに済めばの話ですが...では失礼。」

踵を返して、ヤンは不快で不毛な数日間を強制された部屋から出ていった。

査問官たちはヤンの出ていったドアを見つめていた。

「生意気な青二才め。自分を何様だと思っているのだ。」

「救国の英雄じゃなかったのかね。彼は?あの生意気な青二才とやらがいなかったら、いまごろ帝国に降伏して、よくて政治犯として監獄行きだ。こんなところで裁判ごっこにうつつを抜かしてなどいられなかっただろう。彼は我々の恩人さ。それをここ数日いびってきたわけだ。」

「しかし、あの態度は目上、我々政治家に対して礼をかくこと甚だしいではないか。」

「目上?政治家とはそんなに偉いものかね。我々は社会の生産に何ら寄与しているわけではない。市民の納める税金を公正かつ効率よく再分配するという任務を託されて給料をもらってそれに従事しているだけの存在だ。彼の言う通りよく言って社会の寄生虫にすぎないのさ。それが偉そうに見えるのは、宣伝の結果としての錯覚にすぎんよ。ただそんな議論よりも...。」

「もっと近いところで起きている火事を心配したらどうかね。ヤン提督が言ったように、彼を敵の攻勢直前に前線から遠ざけた責任、こいつを誰が取るかだ。辞表が1通必要になるだろうな。むろん、ヤン提督のものじゃない。」

複数の視線がネグロポンティに向けられた。ネグロポンティは、肉厚のほおをふるわせた。査問官たちは、ネグロポンティの肩書に「前」の一字を付け加えていた。それは彼らにとって認めたくない事実であった。その前国防委員長に、こっそり賄賂をおくったり、こびる態度で今の地位を得ていたからだった。



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第11章 要塞対要塞(第8次イゼルローン攻防戦)です。
第100話 要塞対要塞です(その1)。


ヤンは、通信が回復された端末で、近くの公園でフレデリカ、ビュコック、マシュンゴ、沙織と待ち合わせて食事に行く約束をした。

「「ヤン提督!」」

「ミス・グリーンヒルにミス・タケベ」

「ビュコック提督...ご迷惑をおかけしました。」

「いや、礼ならグリーンヒル大尉に言うことだ。わしらは手伝っただけなんだから。」

「ありがとう、大尉、なんというか、その、お礼の言いようもない。」

「副官として当然のことをしたまでです....閣下のお役に立て多様なら嬉しく思います。

それをみていた老提督は、(二人とも不器用なことだ)という気持ちが、小さく下あごを動かしたが

「それじゃあ、五人で昼食へいこうか。我々が食事している間くらいイゼルローンはもつじゃろう。『白鹿亭』でいいかな。」

「「はい。」」

「じゃあいこうか。」

食事を終えて、『白鹿亭』を出ると、ヤン、ビュコック一行は意外な人物に出会った。小太りの顔と身体、スーツを着た中年から実年くらいの男である。

「ヤン提督、君は公人として国家の名誉を維持する義務があるはずだ。今回の査問会について、政府ないし国家のイメージを低下させるような発言を外部に向かってしたりはせんだろうね。」

ヤンと沙織はあきれた。

(人間どこまで恥知らずになれるのかと思ったが、生きた見本を目に前でみることになるとは....)

沙織はジト目でみてしまう。

(はあ?この人、さっきまで自分がなにやってたか、わかってるのかなぁ?いまさら土下座したってだめなんだから!)

ヤンの口が開かれる。

「ということは、わたしに対して行われた査問会なる代物が外部に知られた場合、国家のイメージダウンになる種のものであることを自らお認めになるのですね?」

この反撃にネグロポンティは、火を見るよりも明らかといったように、視線が泳ぎ、たじろぎと怯えの表情になった。

(なぜこんなみじめな役回りを...)

内心ネグロポンティもそう思わないでもなかったが、政治業者として生きるためにはトリューニヒトの心証をよくしておかねばならない。そうしなければ、無能の烙印を張られ、スキャンダルをマスコミに暴露され、切り捨てられてしまう。トリューニヒトの政治思想を反映した学校づくりを行っていたレザミ・ボスケ学園とカルクラール学園の理事長がトリューニヒトにとって都合の悪い証言をしたときに偽証罪として切れ捨てられたのだから...

「わたしは公人としての義務に従ったまでだ。恥を忍んでのことぐらい理解できるだろう。だから君にも公人としての義務を求める権利があると確信しているのだがね....。」

「確信なさるのは委員長の自由ですが、わたしとしては、査問会のことなど思い出したくもありませんし、何より戦いに勝つことを考えていますので。」

ヤンは、せっかくの料理が、胃の中で腐臭を放つのではと思ったほどだった。

(ハイネセンの自然は美しいが、この惑星に住んでいる政治屋どもときたら...嫌気がさしてしまうな。)

ネグロポンティが去るとヤンはビュコックに話しかける。

「ローエングラム公ラインハルト本人にならともかく、その部下に負けるようでは、先行き不安ですからね。」

あえて思い出すなら増長かなという考えが頭によぎってヤンは苦笑した。

「なんにしてもわが同盟政府には手足を縛ったり、足に重石をつけて戦いを強いる癖がおありだからこまったものですよ。長官。」

「まったくだ。しかし、だがやつらの思惑はどうあれ、今回も戦いに赴かざるをえんところだな。ささやかであることさえ怪しくなっておるが、民主主義の成果を守るためになぁ。」

「おっしゃるとおりです。それにイゼルローンは我が家も同然ですから。」

「うむ。」

「じゃあ、大尉、ミス・タケベ、我が家に帰るとしようか。」

「「はい。」」「了解。」

黒髪の学者風提督は、へイゼルの瞳を持つ美しい副官とオレンジ髪の少女にしか見えない女性士官、雄牛のようにおとなしいが偉丈夫な黒人准尉に語りかけると、三人三様の返事が返ってきた。

 

少し時間を遡る。イゼルローン回廊では...

「帝国軍から通信です。」

「パネルに出してくれ。」

花崗岩の風格を持った筋骨隆々とした士官が映し出される。

「叛乱軍の諸君。わたしは銀河帝国ガイエスブルグ要塞派遣部隊司令官ケンプ大将です。できれば降伏していただきたいが、そうもいかんでしょう。卿らの武運を祈ります。」

 

「イゼルローンより返信なし。」

「ヤン・ウェンリーなる男をみてみたかったが、武人は武人らしく勝負すべきか...。」

ケンプは、みほの艦隊配置をみて、オペレーターに分析させた。ガイエスハーケンを撃たれてもたいして損害を与えられない散兵的な配置であるうえに、ガイエスブルグ自身とイゼルローンとの間の宇宙空間に自由にクロスファイアポイントを設定できる巧緻なもので、しかも白兵戦部隊を接近させないよう工夫がこらされている。

「そうか。敵も考えたな。」

ケンプは、同盟軍の艦隊配置をながめながらあごをなでる。

「はい。要塞外壁に白兵戦部隊を送り込めないよう艦隊を展開させています。」

ケンプはほくそえむ。

「ふむ。それならそれでやりようがある。ガイエスブルグをイゼルローンに接近させろ。ガイエスハーケンエネルギー充填。」

「5,4,3,2,1,発射!」

7億4000万メガワットの硬X線ビーム砲のすさまじいエネルギーの奔流が巨大な光の柱となって怒涛のようにイゼルローンにおそいかかる。

巨大なエネルギーの槍はイゼルローンの流体金属層につきささるだけでなく、外壁をも貫いた。

「RU75ブロック破損。ただし、事前の避難のおかげで死亡者ゼロ。流体金属層は自然回復します。」

「わかった。同ブロックは廃棄。隔壁閉鎖。」

「了解。」

キャゼルヌが一息ついたとき、シェーンコップが攻撃を促す。

「司令官代理!こちらも撃ち返しましょう。」

「しかしさっきのを見ただろう。」

「だからです。今ここで弱みをみせるわけにはいきません。」

「わかった。トゥールハンマーエネルギー充填!狙点固定。」

「5,4,3,2,1,発射!」

9億2400万メガワットのすさまじいエネルギーの奔流が巨大な光の柱となって怒涛のようにガイエスブルグにおそいかかった。

 



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第101話 要塞対要塞です(その2)。

時は少しさかのぼる。
「そういえば、オーベルシュタイン。やつらには、ヤンのように才能のある第14艦隊を率いる小娘がいたんだったな。」
金髪の若き帝国元帥は髪をかきあげてつぶやいた。
「御意。」
「ケンプから送られてきたこの艦隊配置は戦理にかなっている。アムリッツアでもキルヒアイスを妨害したくらいだからな。ケンプとミュラーだけでは重荷だろう。救援を出したいが、だれがよいか。」
オーベルシュタインがある人物を画面に映し出す。
映し出されたうち、一人は階級は少将で、Erika Itsumiの名前が記載され、銀髪で目じりのきつい印象の少女のように見えた。もう一人は濃い栗色、もしくは暗褐色の髪を持つ凛々しく大人びた少女だった。
「はい、彼女らがよいでしょう。その栗色の髪の小娘と因縁があるようですから徹底的に叩き潰してくれるでしょう。ガイエスブルグ派遣部隊の作戦も伝えてあります。」
画面に映し出しされた人物をみて、金髪の若き帝国元帥は、ほくそえんで命じた。
「ふむ。よかろう。出撃を命じよ。」

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「トータス艦隊司令「アプリコット」嬢かな?」
「クブルスリーのおっちゃんだね。今度はなーにー?」
小柄でツインテールの少女が干しいもをかじりながらとぼけたように答える。
「イゼルローン要塞が敵の攻撃を受けている。君たちが一番近い場所にいる。救援に赴いてもらえないか。」
「そーだね。ここの海賊討伐任務は大体終わったから行けるよ。」
「これは、君たちと同じ世界から来たと思われる西住中将からの依頼でもあるんだ。ここに作戦計画書がある。」
敵要塞をミサイル攻撃、ただし横撃のおそれがあるので、直前にスパルタニアンを発進させてから攻撃する、など手順も書いてあった。みほがキャゼルヌに説明した別動隊の任務である。
「なるほど。面白そうだね~。行ってくるよ。」
「うむ。よろしく頼む。」
細面のクブルスリーの顔がスクリーンから消えると、緑色の亀のマークを付けた艦隊は、イゼルローン方面にワープして消えた。



「第105ブロック破損!」

「ガイエスハーケン発射!」

「敵は同士討ちする気か。トゥールハンマー発射!」

それから2回ほどがイエスハーケンとトゥールハンマーの撃ちあいが繰り返された。

キャゼルヌがトゥールハンマーを撃とうとすると

スクリーンにみほの顔が映る。

「キャゼルヌさん。」

「どうした?ミス...じゃない西住中将?」

その返事にオペレーターの悲鳴が重なる。

「流体金属層が厚すぎてトゥールハンマーが...。」

「沈んで撃てないというのか...。」

「敵はガイエスブルグを接近させて、流体金属層を満潮にさせてトゥールハンマーを撃てなくさせています。」

「!!」

「敵艦隊、要塞の前面に展開。数1万」

「トゥールハンマーが撃てないのをいいことに流体金属層から内部に侵入するつもり?」

みほは、エリコに頷きながら、麻子に敵艦隊を挑発させるがなかなかのってこない。

みほにはいやな予感がした。かってヤンに提案した「おまんじゅう作戦」にそっくりだ。同盟側の流体金属層が薄くなっている部分が心配だが目の前の艦隊を放置するわけにはいかない。

「隊長、またこっちの誘いにのってこないぞ。」

麻子がぼやくように言う。

「わかりました。麻子さん、陣形を三日月形に。」

「わかった。」

みほは、帝国艦隊を要塞に近づけずにじわじわ削っていくしかないと判断し、麻子の名人芸に頼ることにした。

「どうした?敵の陣形をつきやぶれないのか。」

「敵、右翼部分に砲撃を集中」

「艦列を移動。右翼に攻撃を集中せよ。」

オペレーターが適切な艦列構成プログラムを送るが、それを察したみほは、麻子に頷いて、麻子はその鋭鋒を巧みに避けて意図を悟った華が左翼方向に攻撃を集中させる。

「敵、今度は左翼に攻撃を集中してきます。」

「なんてことだ。敵に振り回されているではないか。」

「残念ながらあのヤン艦隊のように艦隊運動には敵に一日の長があるようです。」

「ふむ。まあいい。ガイエスハーケンも撃てないが、敵艦隊を誘いだせたのだからな。」

「そうですね...そろそろといったところでしょうか。」

 

イゼルローンには緊張が走った。

同盟側の流体金属層の薄くなった部分の前面に空間歪曲場が次々に発生する。

「60万キロの宙域に空間歪曲場多数。」

「なんだ....。」

「ワープアウト多数...これは...。」

「正確に報告しろ。」

「て、敵艦隊です。数6500.」

黒々とした艦隊で、その旗艦には、テイーガーⅡを模した傾斜砲塔がつけられていた。

その艦橋では、銀髪の少女が獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「エリコさん。」

エリコと優花里がうなづく。

「おそらくイゼルローンの位置をずらして、小ワープできるようにした?」

さすがのみほの背中にも冷汗が走る。挟み撃ちになる。

 

「レーザー水爆投下!」

流体金属が薄くなり、むき出しにした外壁にレーザー水爆が落された。

イゼルローンは振動で震えた。

「なにが起こったんだ?」

「レーザー水爆が落とされました。UH15ブロック破損。」

 

「ワルキューレ及び強襲揚陸艦発進!」

エリカは滝のような攻撃をし、強襲揚陸艦を次々に降下させていった。

五万人の装甲擲弾兵が降下し、白兵戦で要塞内部から司令室や管制室を占拠するか、もしくは少なくとも通信施設や輸送システムを破壊する。そうすればイゼルローンはただの空中砲台になりさがり、生殺与奪は思いのままになる。

「残念だったわね。せっかく占領した要塞ももうすぐわたしたちのものになるわ。」

 

「ふむ、イゼルローンをわざわざ接近させるよう誘導したかいがあったな。」

「敵は移動させられていることに気が付いていないようです。」

「ふん。ヤン・ウェンリーもこの程度か。知略の泉も枯れたと見えるな。」

ケンプとミュラーはほくそえむ。

 

「し、司令官。」

「なんだ?」

「敵ミサイル艦隊が攻撃してきます。」

「艦隊で敵の横腹を狙え。敵ミサイル艦は防御が弱いはずだ。」

「はつ。」

 

「西住ちゃーん、来たよ~。」

「会長さん!」

スクリーンに赤みがかったツインテールの少女が映る。帝国軍の哨戒網を潜り抜け回廊の危険宙域すれすれを通ってきたため時間がかかったのだった、

「かーしま、撃てば当たるぞ。撃って撃って撃ちまくっちゃって。」

「はい。会長!」

ミサイル艦の砲撃はあたってはいるもののまばらである。

「ももちゃん。当たってない。もっと射角12°右側にお願い。」

のんびりした印象の声が響く。

「ええーい、ももちゃん言うな。」

帝国艦隊は次々と爆発光と煙を上げ四散していく。

ミサイル艦の攻撃で次々撃沈されていく。右往左往する帝国艦隊はスパルタニアンの絶好の餌食でもはや戦力として機能しない。

「かーしま、あのまるっこいやつ、ねらって~。」

「ももちゃん、当たってない。射角もっと左側12°。」

「ももちゃん言うなって言ってるだろう!」

まばらだったミサイルがようやく滝のようにガイエスブルグに降り注いだ。

「生徒会」チーム分艦隊は、射角のついた砲台が目印だった。それはあたかも38tヘッツアー仕様の砲台である。「生徒会」チーム分艦隊によって後方に予備隊として残した帝国艦隊は大損害を被ったが、ケンプが要塞内の駐留艦隊5000隻を急派し、ガイエスブルグ上空の艦隊戦は膠着状態となった。

 

「よう。ヒューズ。敵さんお出ましだぜ。」

「こんどこそ、いただきだぜ。シェイクリ。」

「なんの。こっちのセリフだ。」

「敵小型戦闘艇です。敵戦闘艇の大群が…。」

「こちらもワルキューレを出せ。」

スパルタニアンは、帝国艦の両舷に隊列を組んだ蜂のようにむらがり、ワルキューレの発進口を次々に攻撃し、炎上させる。

「ワルキューレの発進口が….」

「一機も飛び立たせるものか。」

ガイエスブルグ要塞の司令室ではワルキューレの発進口やエンジンがやられて右往左往する帝国艦隊の様子が映し出される。

衝突して炎上する艦もすくなくない。

「なにをやってるんだ...。」

「敵戦闘艇にエンジンが…。」

「司令官。エンジンとワルキューレの発射口をやられて身動きがとれません。」

 

しかし、状況は決して楽観視できるものではなかった。ミュラーの指揮する一万隻はみほを要塞前面に釘付けにして要塞の背面に救援に赴けないのだ。

みほは再び表情を引き締め、くちびるをかんだ。



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第102話 要塞対要塞です(その3)。

第63回全国高校戦車道大会決勝戦では、たびたび異変と歴史修復が起こっていたが、またもや、超重戦車マウスの下に38tヘッツアー仕様をもぐらせるという前代未聞の奇策によるヘッツアー車内でも起こった。
マウスの車長は、自車の上に乗った89式を振り落とそうと砲塔を動かそうとするが、完全に「ブロック」されていていかんともしがたい状況だった。
メキメキ、ビキビキ音がして、ヘッツアーはマウスの下に潜り込もうとする。
メキメキ、ビキビキ金属が割れるような音と激しい震動がヘッツアー車内を襲う。車内の謎カーボンの粉末が割れ目から落ちてくる。
「落盤する~もうおしまいだ~;;」
眼鏡をかけた少女、河嶋桃は泣き顔でわめいている。
「車内って、コーティングで守られているんじゃ...。」
「マウスは重たいからね。何しろ188tあるから例外なのかもね~。」
Ⅳ号が斜面をかけあがってマウスのエンジンスリットを狙っているとき、ヘッツアー内の震動は激しさを極めていた。
「もうダメーだ~柚子ちゃん、何もかも終わりだ~。」
いつもは冷静な小山柚子も
「もう、持ちこたえられない!」
と悲鳴のように叫んでしまう。
そのときヘッツアーの車内が一瞬激しく寄れたと思うと
三人は見慣れない場所にいた。
「え...。」
「ここは...どこだ?」
「こんにちは。」
「西住ちゃん?」
「はい。わたしもこの世界に飛ばされてきたんです。特殊部隊として海賊討伐をやっています。こちらは上官のクブルスリー中将です。」
「こんにちは。君たちは西住中尉と同じ世界からやってきたのかね。」
「はい。実は、西住さん、わたしたち、決勝戦で黒森峰との試合中に自分たちの戦車がつぶされそうになって...。」
「!!」
「それってどういうことですか?」
聞くとみほの作戦でマウスという戦車の下に潜り込んでそうなったというのだった。
そばで聞いていたエリコが
「もしかしてパラレルワールド?」
「それって何ですか?ミズキ殿?」
「平行世界で、同じように試合が行われていて、それぞれ別の時間に転移がおこってここに飛ばされている?。」
「そういえばエリオットというイケメンの人とワルフ仮面という西洋風の兜をかぶった人が何かそんなようなこと言ってた。わたし聞いても難しくてなんのことかさっぱりわからなかったけど。わたしはアニメ声優もやらされてたみたい。」
「わたしは、アイドルをやらされました。しかも男性です。」
「そうか...複雑な事情があるようだな。よろしい、わたしのところで身柄はあずかろう。同盟首都になんか行ったら大騒ぎになる。シトレから聞いて、西住中尉たちのことも機密にしているからな。」
みほたちが、帝国領侵攻に伴って召還されたとき、杏たちは士官学校を卒業し、海賊討伐で功績を着々と上げていた。
宇宙歴798年4月のある日
「クブルスリー本部長ですか?」
「おお西住中将じゃないか。首都に召還され行方不明と聞いていたが、無事だったのか。」
「はい。実は...。」
「なるほど、青みがかった黒髪の女か。こちらの情報部とヤン提督のバグダッシュに調査させているが地球教の有力な女性主教以外にはなかなかしっぽをつかませない女だよ。まあ、それはともなく助かってよかった。で、何かね。」
みほから一部始終話を聞いたクブルスリーは、
「なるほど。わかった。手配させよう。イゼルローンを落とさせるわけにはいかないからな。」
「ありがとうございます。」
「ビュコック長官には連絡が取れたのか?」
「実は、ヤン提督も召還されて査問会にかけられているようで、監視が厳しく連絡が取れないんです。」
「そうか。わたしから伝えておこう。」




「空戦隊を発進させろ。」

「ウイスキー、ウオッカ、ラム、アップルジャック、シェリー、コニャック各中隊そろってるな?」

「国を守ろうなって柄にもないことを考えるな、片思いのきれいなあの娘のことだけを考えろ。生きてあの娘の笑顔を見たいと考えろ。そうすれば妬み深い神様に嫌われても、気のいい悪魔が守ってくれる。わかったか!」

「ラジャー」

「よおし、おれに続けえ!」

スパルタニアンが飛び立った。ワルキューレや強襲揚陸艦と戦闘状態になる。

宇宙空間のあちらこちらに爆発光や爆煙が斑点のように現れては消える。

シェーンコップはスパルタニアンの攻撃を逃れて要塞に上陸した装甲擲弾兵を迎え撃たせている。トマホークの打ち合いで、帝国、同盟の装甲兵たちが倒れるが、戦況は膠着状態となりシェーンコップにも余裕が出てきた。

シェーンコップは手招きで招いた当番兵に

「コーヒーを一杯、砂糖をスプーン半分、ミルクはいらない。少し薄めでいい。」

と伝える。キャゼルヌが皮肉をつぶやく。

「コーヒーの味に注文を付けれるうちは、まだ大丈夫だな。」

「まあね。女とコーヒーについては死んでも妥協したくないのでね。」

シェーンコップが答え、ふたりはにやりと笑いあった。

「司令官代理!」

キャゼルヌがそのだみ声に振りむくと、初老の亡命の客将が静かな決意の色をうかべていた。

「わたしに艦隊の指揮権を一時お貸し願いたい。もう少し状況を楽にできると思うのですが...。」

キャゼルヌは即答できなかったが、来るべき時が来たことを悟った。

「....ぜひ、お任せします。やっていただきましょう。」

 

メルカッツ提督とシュナイダー大尉は要塞駐留艦隊旗艦ヒューベリオンに乗り込んだ。浅黒い肌を持ち、中背ながらたくましい身体つきの精悍な軍艦乗りの印象をもつ艦長アサドーラ・シャルチアン中佐は、二人を迎えると非礼ではないが遠慮のない口調で言い放った。

「この艦にヤン提督以外の方をお迎えするとは思ってもみませんでしたが、自分の職責は心得ております。ご命令をどうぞ。」

メルカッツは静かに頷いた。艦橋の会議室のテーブルには、フィッシャー、アッテンボロー、グエン・バン・ヒューがいた。

「司令官代理のキャゼルヌ少将の基本方針は、ご存じのように守勢によってヤン提督の帰還を待つことにある。むやみな攻勢をかけた場合、敵に隙をみせることとなることを考えると、この方針は正しいと考えている。この方針にのっとって、これを戦術レベルで有効に実施していくのがわたしの役割となる。さしあたって、要塞への上陸を企図する帝国軍を排除しなければならない。諸将のご協力をあおぎたい。」

「わたしは、メルカッツ提督を支持します。」

「わたしは、ヤン提督を支持するものです。したがってヤン提督の支持するメルカッツ提督を支持し、その指揮下にはいるものです。」

「支持せざるを得ないだろう。」

3人ともヤンからメルカッツの名将ぶりを聞かされ、しかもメルカッツ自身は意識していなかったが、その出しゃばらない腰の低い態度は好感をもって迎えられたのである。

「では、作戦を説明する...。」

 

帝国軍のワルキューレ部隊は戦況をやや優勢に進めてはいたものの、その実態は、膠着状態に近いものだった。今のところ強襲揚陸艦は次々に撃破され、上陸したわずかな部隊もローゼンリッターの白兵戦部隊に防がれている。ワルキューレ部隊自身もポプランが叩き込んだ、一機がおとりとなってあとの二機が後背からワルキューレに襲いかかるという三機一体の戦法で確実にワルキューレを屠っていったのだが、いかんせん量的には帝国軍が優勢であり飽和攻撃で、上陸可能であろうとエリカは見ていた。

エリカからその報告を受けたとき、ケンプは

「この回廊はやがて名を変えることになるだろう。ガイエスブルグ回廊、もしくは、ケンプ・ミュラー・イツミ回廊となるかな。」

ミュラーは微妙な角度でまゆを動かす。エリカは、無言だった。二人の知るケンプは、こんな大言壮語を軽々しく口にする男ではなかった。分別をわきまえた花崗岩の風格にふさわしい尊敬に値する武人という印象を二人は感じていたのに、ガイエスブルグの司令室にいる男は、体格こそ威風堂々と立派なものの、どことなく浮ついた自制心にとぼしい人物に映っていた。

「以外に手間取ってるわね。」

エリカはつぶやく。

「はい。」

部下の返事を聞きながらエリカは考える。

(この手を使ったらイゼルローンの港湾施設は長期の修理が必要になる。しかし、今のこの状態が続いたら犠牲もばかにできなくなる...。背に腹は代えられない...。)

「無人の駆逐艦を用意して。6隻でいいわ。」

「はい。」

「駆逐艦を自動操縦にし、こちらからコントロールして、イゼルローンのメインポートを封鎖する。いそいで。」

「はっ。」

 

「流体金属が厚くない部分にトゥールハンマーを移動する。西住中将、射程内にある艦艇を退避させてくれ。」

「はい。」

同盟軍の艦列は、トゥールハンマーの射線を巧みに避ける。

 

「トゥールハンマー発射されます。」

「密集しているとやられるわ。艦隊を散開させて。トゥールハンマーの射線の死角に再集結!」

「はっ。」

「よし、とつにゅ...??」

 

「同盟軍の艦艇がメインポートを出港しました!」

「なんですって!」

今度はエリカが地団駄を踏んで、くちびるをかむ番だった。

「くっ...。」

 

「敵艦隊、高速で転針します。」

イゼルローンの駐留艦隊は、エリカの攻撃を避けるように艦列をまとめて針路を変える。

(なにを考えているのかしら。)

「敵艦隊の行動曲線を計算して。」

「はっ。」

オペレーターがコンソールを操作して結果が画面上に表示される。

「出ました。」

エリカはほくそえむ。

「わかったわ。敵艦隊の前面を抑える。B1回路を開いて。」

「了解。」

(先頭集団からたたきのめしてやる。)

「敵艦隊発見。」

「う...。」

エリカは、砲撃を命じようとしたとき、眼下のイゼルローンの流体金属層表面におびただしい数の浮遊砲台を認めて蒼白になった。

「こ、後退。」とエリカが命じたときには時すでに遅く、イゼルローンの浮遊砲台からおびただしい数千もの光条が帝国軍艦隊へ向かって放たれた。そしてエリカの前面に展開する駐留艦隊からも、おびただしい光条が帝国軍へ向かって放たれる。

帝国軍の艦艇は十字砲火に貫かれて煙と爆発光を放って次々に火球に変わっていく。

その様子はガイエスブルグからも見える。

「あの娘...役にたたないな。」

ケンプがぼそりとつぶやく。

しかし、ミュラーはみほにくぎ付けで動けない。ガイエスブルグは「生徒会」チームに攻撃されてうごけない。

 

そのときだった。

「エリカ、大丈夫か。」

エリカの旗艦のスクリーンに映し出された人物が最初に語ったのは、そのひとことだった。

 




感想欄でご質問があり、かなり前の記述ですので、違和感や疑問があったかと思います。力量不足すみませんでした。

>「そういえばエリオットというイケメンの人とワルフ仮面という西洋風の兜をかぶった人が何かそんなようなこと言ってた。わたし聞いても難しくてなんのことかさっぱりわからなかったけど。わたしはアニメ声優もやらされてたみたい。」

これは、さおりんの中の人(かやのん)が『魔弾の王と戦姫』に登場する戦姫の一人ソフィーア・オベルタスと同じであるため、銀英伝世界の『魔弾の王と戦姫』もどきのアニメ『魔法使いソフィー』の主人公ソフィーの声優として地球教徒であるエリオットとワルフ仮面に催眠させられてこき使われるという話(第3話、第13話、第14話)のことを指しています。またこの話は第44話にちらっとでてきます。ほかにもあるのかもしれませんが書いていくうちに忘れましたw。

>「わたしは、アイドルをやらされました。しかも男性です。」

秋山殿が、アイドルマスターDSに登場する秋月涼に似ているため、第15話で秋月涼に似た「秋月優という名のミリオタ好青年アイドル」として活動するという外の人ネタです。


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第103話 要塞対要塞です(その4)。

今回は都合によりやや短めです。


「エリカ、大丈夫か。」

エリカの旗艦のスクリーンに、りりしい濃い褐色の髪の少女の顔が映し出される。

エリカは感動して、涙をにじませて思わず叫ぶ。

「た、隊長。」

それは、みほの艦隊でも傍受された。

「お、お姉ちゃ...。」

それまで完璧だった、そしてミュラーを押し気味だった同盟軍の艦列に乱れが生じる。

ミュラーはそれを見逃さなかった。

「敵艦隊の艦列が乱れた。画面で指示するからそこを狙って撃て!」

ミュラーの命令は的確だった。みほの築いた精緻な艦列にほころびが生じ、同盟軍の艦列に三か所、四か所と穴が開く。

「ま、麻子さん、お願い。」

みほは我に返って、麻子に命じて艦列を整えさせる。

「なかなかやるな。」

ミュラーは、戦いながらもたちまち修復されていく同盟軍の艦列をみて感心せざるを得なかった。

 

一方、まほの的確な攻撃を受けたメルカッツは、細い目を一層細め、あごをなでた。

「西住まほか。もしかしてあの様子だと西住中将の姉かな。」

シュナイダーが

「そうらしくあります。」と答えると

「さすがだな。」とつぶやく。

しかし、エリカの艦隊とまほの艦隊に的確に出血を強いつつも、整然と後退していく。メルカッツが攻撃をうけつつも被害を最小限にとどめる手腕はまほを内心うならせていた。

(貴族連合の総指揮官だったときいているが、この方がもっと前面で活躍していれば...)

 

ケンプは戦況をながめていた。戦況は膠着状態で、これ以上戦っても意味があるとは思えなかった。まずガイエスブルグから駐留艦隊が出撃できなくさせ、流体金属層を撃ち破ろうとたくらむ敵を駆除する必要がある。

「ミュラー、卿は後退し、ガイエスブルグにたかる蜂どもを駆除せよ。」

「はっ。」

 

「敵艦隊後退していきます。」

「ついげ...」

「敵流体金属層表面にエネルギー反応。」

「急速、後退。」

みほが命じ同盟軍は後退していく。

そのとき、ガイエスハーケンの光の奔流が帝国軍と同盟軍の間を隔てるように、巧みに発射される。

みほ、麻子、エリコの巧みな艦隊運動で、損害は1万隻のうち、350隻程度ですみ、同盟軍は整然と後退する。

 

4月14日から15日の帝国軍の攻勢は、このように失敗に終わり、戦況は膠着状態になっている。ケンプとミュラー、まほ、エリカは顔を見合わせている。

「ヒューベリオンに乗っていたのはメルカッツ提督だそうです。」

「なに...やはり亡命していたという噂は本当だったのだな。」

「そのようであります。」

「メルカッツにあの小娘...。あの小娘は、あの故キルヒアイス提督が賞賛したほどの力量をもっています。やっかいです。」

「しかし、もう一隻は、あの小娘の旗艦だ。ヤンはどこにいるのだ。」

「そのことで軍医から報告が。」

「司令官。捕虜の一人が奇妙なことを申しております。」

「どんなことだ。」

「じつは、イゼルローンには、ヤン司令官は不在である、と...。」

「ほんとうか?」

「内容の信憑性はともかく、瀕死の捕虜が高熱にうなされて、そのように口走ったのは事実です。もう死んでしまったので、確認は不能ですが。」

「ふむ。」

「しかし、司令官。」

「あの恐るべき男が要塞にいないなどと...そんなことがありうるだろうか、ミュラーお前もそう思うか。」

「考えにくいことですが、メルカッツと例の小娘がいるなら...。」

「なめられたものだな。ミュラー。」

「ええ。この意表返しはたっぷり味あわせてやります。」

ケンプとミュラーは顔をみあわせてほくそえんだ。

「ヤン・ウェンリーとは、そこまで恐れるべき人物なのですか?」

エリカが尋ねる。

「エリカ、お前は、あの要塞を味方の血を一滴も流さず、陥落させることができるか?」

「...いえ、不可能です。」

「そうなら、やはりヤン・ウェンリーは恐るべき人物だ。すぐれた敵にはそれ相応の敬意をはらうべきなのは、お前ならわかるだろう。」

エリカの脳裏には、なぜか尊敬する隊長の忌まわしい栗毛色の髪の妹の姿がなぜか脳裏にうかんでしまい、ギリっと歯をかみしめた。

(あんなのただ小賢しいだけじゃない!)

心のなかのつぶやきがつい表情に出てしまう。

 

尋問された同盟軍の捕虜たちは、

「ヤン司令官がイゼルローン要塞にはいないと言うようシェーンコップ少将に命令された。」

「西住副司令官は、ハイネセンに召還されて不在である。」

「じゃあ、あのあんこう型の戦艦はなんだ?」と聞くと

「わからない。」

と首を振る。

 

ケンプとミュラーは顔を見合わせてお互いうなずくと

「索敵と警戒の網を回廊出口にはりめぐらせよ。ヤン・ウェンリーは要塞にはいない。彼の帰還を待ち構えて捕えるのだ。そうすれば、イゼルローンどころか同盟軍そのものが瓦解し、最終的な勝利は我々帝国軍に帰するだろう。」

とケンプが宣言し、エリカのほうを向いて命じる。

「よいか、逸見少将、最後の機会をあたえる。ヤン・ウェンリーを捕縛するのだ。そうすれば、今回の失敗を雪ぐことができる。」

「はっ。」

ケンプとミュラーは、エリカ率いる5000隻の艦艇を回廊の中に配置し、索敵と警戒の網と罠を張り巡らせた。

 

「司令官代理、今度は帝国軍は、ヤン提督を捕らえるために包囲陣を回廊出口付近に配置するはずです。敵の艦隊配置の動きをとらえるようにしてください。」

「わかった。」

キャゼルヌは、バグダッシュをふりむいた。バグダッシュは不敵な笑みを浮かべた。

みほは、ほほえむと優花里とエリコのほうをむく。優花里は握りこぶしを構えて、まゆをいくぶん上げて微笑み返す。エリコも彼女らしい一見清楚で知的な笑みをうかべる。しかし、ふたりの表情は異なってはいたものの、その目の奥には敵の索敵網の仔細をとらえてやるという戦意がやどっていた。

 



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第104話 フェザーンの若き補佐官と青みがかった黒髪の美女、再び

今回はいくらか長めです。


フェザーンの酒場から血色の悪い若い細面の男が出てきた。なにやら酔っぱらっていてやつれている様子だ。

「わたしは、プログレスリー・ライトバンク、救国会議最高首席執政官だぞ。なんでこんなことになるんだ...。」

若い男は暗い夜道をふらふら歩きながらつぶやく。

「くやしい。わたしは一時は同盟の支配者にもなったのだ。なのになぜだ…ルビンスキーめ。」

すると前方に何やら極彩色に半円状に光るものをもった人影に気が付く。

「ん、お前は誰だ?」

近づいてみると大鎌を持った青みがかった黒髪の美女が微笑んでいる。

ルビンスキーはしばらく同盟を脅すためにライトバンクを自由惑星同盟正統政府首班としてまつりあげていたが、自由貿易及び経済連携協定でトリューニヒト政権からも甘い汁を吸えるとわかった時点で、帝国侵攻時にも同盟の象徴としての使い方もできないため廃物処理したのだった。

その際、ルパートはライトバンクに近いうちにゼフィーリアという美女に紹介するから復活の機会が与えられると秘密裏に話していた。

「ルパートさんからご紹介に預かったゼフィーリアと申します。わたしの部屋に来ていただけますか。良いお話があります。」

「お前がゼフィーリアとやらか。」

「はい。」

「それでは…。」

ライトバンクが連れてこられた部屋はMRIを行うような医療施設のように見えた。

「あなたを宇宙の支配者にする装置ですよ。ヤン・ウェンリーへの復讐ができるようにもしてあげます。髪の毛を二本ほどいただきますが。」

「これでヤン・ウェンリーを殺し、わたしは再び支配者となり、名誉が回復されるのだな。」

「はい。」

(望む通りとは限りませんが)

「では、横になってください。」

ライトバンクが横になると、ヒューヒューピーピー音を立てて装置が動き出す。

装置の上を動くアーチがライトバンクの頭上を通った時、うぐっとライトバンクはうめいて白目をむいていた。そこにあるのは記憶も人格もすべて消去されたライトバンクの抜け殻-実質上の遺体-だった。

「髪の毛を二本いただきますね。」

美女が特殊な液体の入っているカプセルに髪の毛を入れると数分後にライトバンクがもう一人カプセルの中にできあがった。

美女はどこからともなく地球教総大司教のフード付き黒衣をもってきてライトバンクの身体にかぶせた。

「わが忠良なるしもべ、ゼフィーリアよ。汝を大司教に任ずる。わしは、まずフェザーンの狡猾な黒狐の私生児に会えばいいのだな。」

「はい。総大司教猊下。」

 

若きフェザーン自治領主補佐官は、秘密裏に作らせた部屋で、秘匿回線による立体ホログラム通信装置の呼び出しを受けた。

立体映像に青みがかった黒髪の美女が映しだされている。

「これはゼフィーリア殿。リップシュタットの時は貴族連合、今回はイゼルローン組といそがしいものですな。」

「そういうあなたも父親殺しの計画と同時に父親とヤン政権成立への画策やら、帝国に同盟を滅ぼさせることの画策やらお忙しいことですね。」

「同盟のレベロが心配しているように軍閥化させることも一計かなと考えているのは否定できませんな。」

「それにしても地球教は、救国会議の時もうまい汁を吸い、トリューニヒト政権のときもうまい汁を吸っている。ゼフィーリア殿は何を考えているのかな。」

「うふふ....。それはお話できませんね。さていいものをお見せしましょうか。」

「!!」

「それは....。」

総大司教の黒いフードの中から出てきたのは...。

「そう。これは「彼」本人。クローンも作りました。これはわたくしが作った二体目のクローン。よくできてるでしょう。」

それは、かって同盟の支配者にもなった血の気のすくない細面の男ライトバンク、すなわちアンドリュー・フォークの変わり果てた姿だった。

「....。」

「ヤン・ウェンリーをいつか殺すために本人に同意してつくらせたのですけれど。」

青みがかった黒髪の美女は、清楚な顔に妖艶さをにじませた笑みを浮かべる。

「じゃあ、わたくしは、失礼いたします。総大司教猊下を地球のカンチェンジュンガに送り届けねばなりませんし…また逢う日を楽しみにしていますよ。ルパート。」

「ふん...。」

青みがかった黒髪の美女は一瞬ほくそえんで消えた。

 

予鈴が鳴り、インタホンをとる。

「補佐官、来客です。」

「お通ししろ。」

そこへはいってきたのは、おどおどした表情のやや細面の中年の男で、やや興奮気味の様子だった。

「おお、これは弁務官殿。」

「補佐官殿、わたしは承服できないのです。これはどういうことですか。」

「まあまあ、そう興奮なさらずに。弁務官殿。」

「そうは、おっしゃるが、わたしとしては冷静さを保ちかねます。われわれは、あなた方の勧告に従ってヤン提督をイゼルローンから召還し、査問にかけたのですぞ。なぜそのタイミングに帝国軍が大挙して国境へ侵入してきたのでしょうか。まるで留守であるのを知っているかのように。そのあたりの事情をぜひ詳しくお聞かせ願いたいものです。」

「お茶が冷めますよ。」

「茶どころではない。われわれはあなた方の勧告に従って...なのに...。」

「不当な勧告でしたな。」

「??どういう意味ですかな?」

「不当な勧告だったと申し上げているのです。」

ルパートは、わざとらしいくらい優雅な所作でクリームティーのカップを口へ運ぶ。

「そもそも、ヤン提督を査問にかけるべきだ、という意見を口に出す権限はわれわれにはなかった。内政干渉にあたることですからね。あなたがたのほうにこそ拒否すべき正当な権利と理由があったはずです。しかし、あなたがたはそうはなさらず、われわれが勝手に口を差し挟んだことを自主的にそのまま受け入れたというわけです。それでもなお、全責任はわれわれフェザーンにあると、弁務官閣下は主張なさるのですか?」

弁務官の顔は秒単位で負の方向の範囲で変化する。

「し、しかし、あのときわたしが拒否していたら、私ども自由惑星同盟は、あなた方フェザーンの好意を今後得ることはできなくなる。あのときのあなたの態度からそう考えたとしても無理のないことでしょう。」

「まあ、済んだことを言っても始まりませんな。今後弁務官殿はどうなさるおつもりですか?」

「今後とは?」

「おやおや考えていらっしゃらない。われわれフェザーンは真剣に悩んでいるんですよ。現在のトリューニヒト政権と、将来ありうべきヤン政権とどちらと友情を結ぶべきであろうか、とね。」

「将来ありうべきヤン政権ですと?ばかな!いや失礼、そんなことがあるはずがない。絶対にありません。」

「ほう、自信満々で断定なさる。では、3年前にあなたは、ラインハルト・フォン・ローエングラムなる若者がごく近い未来に銀河帝国の実質上の支配者になることを予測なさいましたか?」

「.....。」

「歴史やら運命やらがいかに気まぐれなことかかくのごとしです。もっともわれわれには織り込み済みでしたがね。さて、弁務官殿もよーくお考えになったほうがよろしいでしょう。トリューニヒト政権のみに忠誠をつくすことがあなたの幸福にどれだけつながるか、ということを。そう考えれば賢明なあなたなら、先行投資というものがいかに重要かおわかりになるでしょう。どうせなら過去の結果としての現在よりも、未来の原因としての現在をより大切になさることをおすすめしますよ。」

湯気の向こうに見えるヘンスローの顔に打算と怯えと動揺とが交錯しているのを楽しむようにルパートは再びカップを口にあて、クリームティーを一口流し込むと、飲み込むまでのわずかな時間、口の中でそれをころがしていた。



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第105話 ガイエスブルグ上空の空「宙」戦です。

さてガイエスブルグの上空では、杏率いるトータス・ミサイル艦分艦隊が直掩機と第14艦隊所属のスパルタニアン隊に守られながらがガイエススブルグを攻撃している。ワルキューレとスパルタニアンの空「宙」戦も行われていた。

ミュラー率いるガイエスブルグ駐留艦隊はみほの艦隊の攻撃を受けつつも、先ほどのガイエスハーケンの発射によって、一時的に退避したことによる同盟艦隊が艦列の乱れによって順調な後退を行っていた。

「ミュラー、敵戦闘艇を艦隊の射線に誘い込め。」

「了解。」

二つの艦隊の間では単座式戦闘艇によるドッグファイトが続いている。

ワルキューレ5機が、シェイクリのスパルタニアンに迫った。シェイクリ機が、前方上空から迫ってくると、ただちに天底方向に急降下した。

急上昇して、シェイクリの後ろ上方からねらおうというのである。

「そうはさせるか。」

シェイクリは敵機が急降下に入ると、シェイクリは急反転させて敵の背中につく。

「よーし、いい子だ。」

シェイクリは、照準器をにらんで、敵機の機首前方から操縦席へ狙いをつけて撃つ。

ワルキューレに弾痕が付いたと思ったら爆発し、宇宙服の敵兵が脱出する。

「おお、後ろからきたか。」

シェイクリは先ほど撃墜した機のパイロットを横目で見ながら、別のワルキューレに追

尾さえていることに気が付いていた。

シェイクリは自分のスパルタニアンをゆるやかに横転させる。ワルキューレのパイロットも自機をゆるやかに横転させて追尾してくる。

「よーし、上をとったぞ。」

シェイクリ機は、敵の上をとり、件のワルキューレは、シェイクリが上にいるのに気が付かない。

シェイクリはゆっくり反転して敵の後尾にまわりこむ。シェイクリが撃つと敵は急上昇する。

敵は宙返りして機を反転させて背面から水平飛行に移って攻撃しようとする。しかしこの飛行法をとると一時的に機が止まるという弱点があった。

「もらった!」

シェイクリは敵機が止まった瞬間を狙い撃つ。敵は撃墜されて火を噴いている。

「さて、残弾はどうかな...。」

「!!」

そのとき、シェイクリは、右側をワルキューレの白い機体が通過したのを見た。

「うわあああああ...。」

シェイクリ機は、ワルキューレの火線に貫かれて、火と煙を噴く。

「シェイクリ!!」

ヒューズが叫ぶ。

次の瞬間シェイクリ機は爆発した。

「くそ。」

ヒューズは、逃げようとするワルキューレを追って、逃げ遅れた敵の右上から撃ちこんだ。敵は機首を下向きして、炎上して爆発する。

後ろを振り向くと、アイ・ヒカワ(容姿はアイマスDS日高愛酷似のボブヘアの女の子)がついてきていた。アイの後ろには敵機が二機アイの後ろについてきている。

「やらせるか。」

ヒューズは、反転して急降下した。

(アイ、ついてこいよ。)

ヒューズは祈りつつ後ろを見ると、アイがとまどいながらもついてきていた。

敵機は、つんのめったような感じで迷走している。幸いにもついてこれないようだ。

ヒューズは二機のワルキューレを追い、急降下から操縦桿を前にひき勢いをつけて上昇した。二機のワルキューレは水平飛行から左旋回しようとしていた。ヒューズは敵の死角に入った。

(アイ、早く来いよ)と考えつつも、こんな絶好なチャンスを逃すわけにはいかない。左側を飛んでいるワルキューレの腹部に撃ちこむ。ワルキューレは炎上し、裏返しになって四散した。右上前方を飛んでいたワルキューレが火を噴き、やがて爆発四散した。

(おお、アイ、ますます腕を上げたな。)

右側を見ると、アイ機がヒューズ機に近づき、コックピットのアイが笑顔で指を立てているのが見える。

アイ機が離れていき、後ろを見ると一機のワルキューレを追うスパルタニアンを別のワルキューレが追っているのが目にはいる。ヒューズは反転して後ろのワルキューレを撃った。撃墜したと思った瞬間、真っ白になり意識しないうちに身体が焼き尽くされた。

一瞬のことだった。巡航艦の砲撃がヒューズ機に命中し、ヒューズを機体ごと焼き尽くしたのだった。

「ヒューズさぁーん;;。」

アイの叫びが空しく機内に響いた。

 

一方、イゼルローン回廊に帝国本土から二万隻を超す艦隊が向かっていた。先鋒は、ウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将、後詰めは、オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将、いわゆる帝国軍の双璧と呼ばれる両名が指揮する艦隊である。

命令を受けたとき、ミッターマイヤーは、彼にしては珍しくとまどいをみせた。自分と僚友の気持ちを代弁したのはロイエンタールである。

「閣下、命令は謹んでお受けいたしますが、この時期に小官らが出撃いたしますと前線のケンプ提督が功を横奪りされると誤解しますまいか?」

ダンディで知られる金銀妖瞳の青年提督の上官である年下で金髪の若き元帥は、かわいた低い笑い声で答える。

「杞憂だ。第一ケンプが功績をたてているとは限らないではないか。」

「御意..。」

「卿らには心配していないが、念のためだ。戦線をむやみに拡大するな。あとは卿らの善処にゆだねる。」

帝国軍の双璧と称される二人は想定されるケースについて話し合った。

「ケンプが勝った場合ともうすでに負けている場合は行っても仕方がないことになる。問題は、戦線が膠着状態に陥っている場合と、敗北して敵の追撃を受けている場合だな。」

「前者は、改めて現地で話し合えばよかろう。そういう場合、戦況は簡単には変わらないものだ。」

「そうなると後者ということになるな。」

「その場合は思いのほか楽にすむ気がするな。」

「卿もそう思うか。ミッターマイヤー。」

「ああ、ヤン・ウェンリーは引くべきところを知っている男だ。俺たちが相手にするのはおそらく思慮の浅いはねあがりどもだ。」

「同感だ。敵を発見した時にどう対処するかおおよその艦隊配置を送っておく。」

「ああ、それで事足りるはずだ。」

 

双璧に出撃を命じた若き金髪の元帥は怪訝そうな顔でケンプからの報告書を読んでいた。

「ケンプ提督の報告書、何やらお気に召さない様子とおうかがいしますが...。」

「うむ。ケンプはもう少しやるとおもったが、敵を苦しめたというところが限界らしいな。この作戦の目的は、イゼルローン無力化にある。すなわち、極端な話、要塞に要塞をぶつけて破壊してしまってもいいのだ。」

「ケンプ提督はガイエスブルグ要塞を拠点に正面決戦を挑んだと聞き及んでいます。」

「だから限界と言っている。」

ラインハルトは報告書を少々乱暴に机の上に投げ出した。

「その点ケンプを選んだほうも責を免れますまい。彼を推挙した私自身誤った選択を反省しております。」

「ほう、なかなか殊勝ではないか。しかし、結局のところ最終的に彼を選んだのは私だ。それにもとをただせば、あのシャフトが無用の提案をしたことに原因がある。無益なだけならまだよいが、有害ときては遇する方法を知らんな。」

「ですがあのような男でも何かの役に立つかもしれません。武力だけで宇宙を平定するのは困難です。駒はより多くお揃えになったほうがよろしいかと。たとえ汚れた駒でも。」

金髪の青年元帥の蒼氷色の瞳は、ひときわ冷たく光った。

「誤解するな、オーベルシュタイン。わたしは宇宙を盗みたいのではない。奪いたいのだ。」

「御意...。」銀髪の参謀長は無表情に同意する旨を答えた。



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第106話 ヤン提督、帰還ま近です。

一方、巡航艦レダⅡ号は、二人の少将及び二人の准将に率いられた計5500隻を伴って一路イゼルローン回廊へ向かってパルスワープを繰り返していた。

いよいよイゼルローン回廊にはいったときだった。

「11時方向に敵影!スクリーンに拡大投影します。」

「駆逐艦7隻。哨戒用の小艦隊と思われます。」

帝国艦は数千隻の同盟艦隊の出現に驚いて、逃走するところだった。

「発見されてしまった。これで奇襲はできなくなりましたな。」

「え?奇襲?はじめからそんなものわたしはする気がなかったよ。実は帝国軍がわれわれを見つけてくれて安心しているのだが。」

「まず第一に、これまで帝国軍はわれわれの存在に気が付かなかった。だから今後敵が奇襲に有利な航路を予測できる。次に、帝国軍の指揮官は敵の援軍、つまりわれわれを発見したことで選択を迫られることになる。このままわれわれを放っておいてイゼルローンを攻撃し続けるか、われわれを最初に潰すか、兵力を両方向に向けて二正面作戦をとるか、時間差をつけて各個撃破を図るか、勝算なしとみて退却するか、これだけでもわれわれは有利になったんだよ。」

ヤンは小さく肩をすくめた。

「わたしとしてはぜひ5番目の選択をしてもらいたいものだね。そうすれば犠牲者も出ないし、第一、楽でいい。」

混成艦隊の幕僚たちは単純にユーモアととらえて愉快そうに笑った。

 

「ケンプ閣下。」

「なんだ。」

「イゼルローン回廊同盟側出口付近で、5千から6千隻弱程度の敵艦隊を発見しました。」

「そうか。いよいよだなミュラー。」

ふたりは顔を見合わせてほくそえんだ。

 

「西住殿。」

「優花里さん、エリコさん。」

「敵のヤン提督捕縛用の警戒艦隊の配置を確認した?スクリーンに映す?」

「....。」

「これから艦隊を急派しても間に合わない?」

「しかも敵は機雷網を後方にはっています。」

そのときバグダッシュがにやりと笑みを浮かべてエリコのほうを向く。エリコも何かを思い出したように微笑んだ。

「そんなこともあろうかと考えておいた?ヤン提督に伝えておく?」

 

「ヤン閣下?」

「やはりな。バグダッシュからの秘匿通信で敵の警戒艦隊の配置がわかったんだ。数は5000隻程度、ほぼ拮抗する戦力だ。後背には機雷網でイゼルローンからの攻撃を避けようというわけだ。」

「それと。MN1回路を開いてくれと指示があった。そのとおりにやってくれ。」

「了解。」

 

「閣下。」

「なんだ?」

「イゼルローンより5000隻が出港。!!」

「ヒューベリオンがいます。」

「なんだと。」

「!!」

「何やら通信しています。」

「『十分昼寝させてもらったよ。査問会が大変だったから疲れたよ。いままで守ってくれてありがとう。帝国軍が気付かなくてよかった。さて援軍を迎えに行かなければ...。』??」

「声紋一致、ヤン・ウェンリーのものです。」

「確かに同盟首都に査問会に呼ばれていたそうです。」

「何?ヤンは要塞にいないのではないのか?」

「しかし、この声紋は確かにヤン・ウェンリーのものです。」

「よし、攻撃しろ。」

帝国軍は、ヒューベリオン目指して突撃していった。

それをみほは見逃さない。

「8時の方向、撃て!」

同盟軍は一斉に斉射する。しかし帝国軍も巧みな配列でヒューべリオンを追いかけつつも反撃をしてきた。両軍の艦艇は、火と煙を噴き上げ火球に変わっていく。

「ハンブルク・ツヴェルフ、通信途絶!」

「ダルド・ズイーベン、撃沈。」

「ヒッパー・ツヴァイ、撃沈。」

「ツエンカー・フィルツエン、応答なし。」

「ブレーメン・ノイン、大破。」

「被害甚大です。」

「うぬ。後退だ。」

ミュラーは、被害を出しながらも艦列を整えて後退する。

 

一方、ヤン艦隊を迎え撃っているはずのエリカの艦隊では....

「降伏を呼びかけた敵から通信です。」

「映して。」

「了解。」

画面にはみほの顔が映し出される。

「エリカさん、こんにちは?」

「!!あなたは....。」

「はい。西住みほです。実は査問会に呼ばれていま帰ってきたところです。降伏はしません。」

「確かに、フェザーン経由で「西住中将は3月末にイゼルローンから査問会にかけられるために同盟首都に召還された」との記録があります。」

「いままでとらえた同盟軍捕虜の証言とも一致します。」

「そうだったの...ヤン・ウェンリーではないのが残念だけど....血祭りにあげてやるわ。」

「閣下、まずはケンプ司令に伝えないと。」

「そうね。」

「ケンプ司令、」

「なんだ、逸見少将。」

「こちらの艦隊は、西住みほの率いる艦隊と判明。声紋も一致しています。ただちに撃破いたします。」

 

「どうなっているんだ。」

「ということは、イゼルローンにはじめからヤン・ウェンリーはいた?」

帝国軍艦隊の将兵たちの頭のなかには疑問形があふれた。

 

一方、回廊出口付近では....

「!!」

「閣下?」

「何?これは?」

「敵、西住みほの旗艦です。」

「なるほど、アンコウ型というわけね。」

 

「敵艦隊、1万隻」

「??、哨戒網では5000~6000隻だということだけど...。」

「し、しかし、艦影は1万隻を確認。」

「て、敵が攻撃してきます。」

金属製の球体が一見不規則に動き回ってミサイル、中性子ビームを撃ってくる。

「こ、これは....。」

「戦闘衛星?」

「レーダー反射パターンで艦影に見せていたようです。」

エリカは、歯ぎしりする。

「カストロプやアスターテでも使用された、アルテミスの首飾り...です。」

「550隻が撃沈されました。」

「指向性ゼッフル粒子よ。」

「いえ、動きが不規則すぎてへたに放出すれば、こちらが引火爆発に巻き込まれてしまいます。」

「とにかく、西住みほの旗艦を狙うのよ。ヤンでなければどうなったっていいんだから。」

「はっ。」

エリカ艦隊のの砲撃は、みほの旗艦ロフイフォルメに向けられた。ロフィフォルメは閃光と煙を吐き出して四散したように見えた。

「!!え、映像?」

爆発煙の中から現れた戦闘衛星はエリカの艦隊を激しく攻撃してきた。

「か、閣下、1500隻が撃沈。さらに増加中です。」

 

「ふむ。こういう時に役に立つとはね。しかしバグダッシュも達者なものだ。声紋から合成音声をつくってそっくりな声で通信を流すとはねぇ。」

ヤンは、みほやエリコからマルチスタティック・サテライト・システムの話を聞き、いざ護衛艦が少ない場合のために積ませたのだった。しかも艦艇を偽装するレーダー反射パターンもしこんでいたのである。これは射程距離深く一定程度接近したり、エネルギー中和磁場反応をスキャンしない限りばれないすぐれものだった。欺瞞かどうか判断できた時には、射程に入っていて攻撃されるという寸法である。それに加えて諜報の専門家バグダッシュの工作である。

「じゃあ、逸見嬢にはわるいが突破させてもらおうか。」

「全艦隊、紡錘陣形。一気に突破する。」

「了解。」

 

「て、敵が紡錘陣形で...。」

(だめだわ。もう無理...。)

ヤンは混乱しているエリカの艦隊を突破して回廊の奥へすすんでいった。

「よし、抜けた。」

 

「後ろから狙ってやる。」

「撃て!」

 

「敵後ろから砲撃してきました。」

「フォーメーションJ、それから再度戦闘衛星を。」

「了解。」

ヤンの艦隊は散開してエリカの攻撃を避け、戦闘衛星が、エリカの艦隊を背後から守っていたはずの機雷とエリカの艦隊を攻撃する。

「機雷の爆発に巻き込まれる!後退」

ヤン艦隊の光点は、回廊奥深くへ向かって消えていった。

エリカは下くちびるをかみながら悔しそうに見送るしかなかった。




種明かしは次話前書きにて。


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第107話 艦隊戦です(前編)

しばらく過去にさかのぼる。みほが帰還したときだった。
「副司令官が戻ってきたのだから...。」
とキャゼルヌは階級の高いみほに指揮権を返そうとした。
「いいえ、キャゼルヌさん。わたしはまだいないことになっています。しばらく行方不明ということにしておいてください。」
「司令官代理」
キャゼルヌがその声に振り向くと諜報の専門家である男の姿が目に入る。
「バグダッシュ中佐?」
「トリューニヒト議長は、不祥事を起こしたんでしょうから、西住中将の件は隠し通したいはずです。また、軍法会議とは異なり、査問会は、恣意的な私的制裁ですから公開しにくいはずです。この際それを徹底的に利用しましょう。」
「というのは?」
「西住中将には、旗艦に乗っていただき、艦橋クルー以外には目につかないようにしばらく艦隊指揮をとってもらいます。これが事実上の緘口令になるわけです。帝国軍は、西住中将がいると思って戦うわけですが、実際に戦っているわけです。捕虜に捕まるなとか死ねなどとは言えませんから、必然的に、つかまった捕虜はお二人とも査問会に行ったと思っていますからそのように証言するでしょう。例えばヤン提督が帰還しようとしたときに帝国軍は罠を張って捕らえようとするかもしれません。そのときに実は、二人とも査問会に呼ばれていて戻ってきたのだという情報を流せば大混乱になるでしょう。」
「具体的にはどうするんだ?」
「ふたりの声紋データはとってあります。これを利用するわけです。さいわいにもミズキ中佐は、戦闘衛星に同盟艦艇のレーダー反射パターンを埋め込んでますからこちらからの罠の張り方は思いのまま、具体的に言えば、ヤン提督と西住中将は戦況に合わせてどこにでも出現させられるというわけです。」
「なるほど。」
「ヤン提督には、いざというときのためにマルチスタティック・サテライト・システムの戦闘衛星をおあずけしてある?きっと上手くお使いになるはず?」
「わかった。そのようにしよう。」
みほとチームあんこうは顔をみあわせてうなづいた。


レダⅡ号の艦橋では、黒髪の学者風提督が金褐色の髪をショートにまとめたヘイゼルの瞳の副官と話していた。

「われわれにそれほど時間はないんだ。今の要塞司令官が戦況をおそらく「わが軍優勢」と報告しただろう。決して嘘ではないが戦闘詳報は、ローエングラム侯に送られるだろうから、援軍をよこすはずだ。それまでにガイエスブルグと帝国の艦隊を撃退しなければならない。」

「これまでは時間が味方してくれたけどこれからはそうではないということですね。ところで、閣下が敵の指揮官だったら、とうにイゼルローンを陥としていらっしゃったでしょうね。」

「そうだね。私だったら要塞に要塞をぶつけるね。ドカンと一発、相撃ち。これでおしまいさ。そのあとに別の要塞をもってきてもいい。もし帝国軍がその策で来たらどうにも考えなくてはならなかったが、帝国軍の指揮官は発想の転換ができなかったみたいだ。」

「ずいぶんと過激な方法ですわ。」

「でも有効だろう。」

「それは認めます。」

「まあ、敵がそうしなかったのは助かったよ。イゼルローンがなければ首都まで無人の野みたいなものだからね。もっともこれからその策でくるというならその対策はあるけどね、」

「イゼルローンが外から陥ちることはないように思えるのですけれど....。」

「大尉、さっき言ったことを帝国軍が本気で考えるならあながちありえないことではないよ。なにしろ味方艦隊をトゥールハンマーで焼き払うことも辞さなかったからね。同盟軍が回廊を何度も屍で埋めたことを考えれば壊してしまったほうが世話がないからね。」

 

「ミュラー、皆を集めてくれ。作戦会議を招集する。」

「はつ。」

「敵艦隊は接近している。1万隻なのか5千隻なのか報告に差があるが、逸見少将が70光年の位置で戦ったところ、5千隻分は、戦闘衛星やデブリで、レーダーを照射した際に同盟艦の艦形で返す特殊な電波ないしコーティングを施している可能性があるとのことだ。現在20光年の位置にいると考えられる。そのため、やっかいな援軍から先にたたくことにする。

まず、イゼルローンの前面から後退する。すると同盟軍は救援が来たものと考え、挟撃の機会ととらえて要塞から出てくるであろう。それを反転迎撃する。そうすると同盟軍は救援軍が近いというのは実はわれわれの罠だと考えるだろう。そうして、敵を要塞内に封じ込めて再反転して援軍をたたく。敵が近づいたらやっかいな戦闘衛星を使う前に指向性ゼッフル粒子を放出し、敵の出方を待つ。敵を600万キロまで誘い出して、戦闘衛星もろとも指向性ゼッフル粒子の餌食とする。敵は我々の半数だ。残存艦艇も一挙に叩き潰せる。この間3時間半ほどだ。援軍のピンチにあわてて駆け付けた同盟軍がくるのには狭い回廊内だから順次ワープしてそろうまで5時間ほどかかる。時間差をつけた各個撃破だ。なにか質問は?」

ミュラーは手を上げる。

「ミュラー提督。」

「司令官のご提案は、素晴らしいとは思いますが、一歩間違えるとこちらが挟撃される恐れがあります。ですからガイエスブルグ要塞をイゼルローンや駐留艦隊を攻撃できる位置に置き、まずは全艦隊をあげて、敵援軍をたたくのに全艦隊をあたらせた方がよいかと考えます。」

「うむ。俺もそれは不安だった。いいだろう。ミュラー提督の意見を入れて、作戦を一部変更する。」

「御意。」

「では解散。」

 

「敵艦隊、後退していきます。」

「どうしたんだろう。」

「ガイエスブルグ要塞は、60万キロの位置のまま動かず。」

「作戦会議を開く。中央指令室へあつまってくれ。」

 

「あれは、いつでも攻撃できるっていうかまえというのは間違いないな。」

「そうだな。」

「援軍が近いからなのか、罠なのか判断がつきかねるな。」

「失礼します。」

そのときユリアンがコーヒーを会議室にはこんでくる。

「ユリアンさん。」

みほがユリアンにほほえみかける。

本来は副司令官であるみほが話しかけたので、キャゼルヌがユリアンに声をかける。

「そうだ、ユリアンはどう考えているんだ?」

「援軍が近いからなのか、罠なのかってことですか?」

「そうだ。」

「両方かもしれません。」

「両方?」

「はい。確かにヤン提督の援軍は近くに来ています。帝国軍はそれを知っていますから罠に使おうと考えているんじゃないでしょうか。こちらの艦隊が要塞をでたときに、全面攻勢をかければ、こちらは、やはり罠だからひきあげろという気持ちになるはずです。そこでこちらの艦隊を封じ込めておいて、援軍をたたくのに全力を挙げるというわけです。」

幹部たちは、しばらく黙然として、みほの顔をちらりとみたあと、亜麻色の髪の少年を注視した。

「「どうしてそう思うんだ?坊や(ユリアン)。」」

キャゼルヌとシェーンコップが同時に発言し、コホンとムライが軽く咳払いをする。

「帝国軍の動きが不自然すぎます。」

「それはそうだが、それだけで君の判断の根拠になるのか?」

「ええと、それはこうです。彼らが純粋に罠を仕掛けるとしたら、その目的は何でしょうか?伏兵をしいているか、こちらの出撃にくっついて要塞内に侵入するかどちらかですよね。でも、こちらが防御に徹して、出撃しないことは敵も十分承知していますから、彼らとしてはこちらの防御心理を利用して封じ込めにでたほうがいいからです。そのためにガイエスブルグを攻撃可能な位置に置いてにらみを利かせているわけです。」

「なるほど、坊やがおれやポプランの弟子であるという以前に、ヤン提督の一番弟子であるということがよくわかった。それともミス・二シズミかな。」

シェーンコップは、にやりと軽くみほに目をやると、ウオッホン、とムライが咳払いをする。

「西住中将閣下の薫陶ですかな。」

「あの...それはいいですから。」

みほは、ほおをいくぶん赤らめてすこし困惑気味に顔の前で両手を振って見せる。

防御指揮官が苦笑して、キャゼルヌにかるく頷き、指示をうながすと、キャゼルヌ司令官代理は、

「メルカッツ提督、どうお考えになりますか。」と初老の客将に尋ねる。

「おそらく、そのとおりと考えていいでしょう。であれば話は難しくない。われわれは彼らに封じ込まれたふりをすればいいのです。そして彼らが反転したとき、突出してその後背を撃つ。援軍との呼吸が合えば理想的な挟撃戦が展開できるでしょう。」

「提督、艦隊の指揮をお願いしてよろしいですか。」

「はい。引き受けさせていただきます。」

メルカッツがおだやかな笑みをみほに向けてうなずく。その一言をきいたとき、みほはかすかな安堵の笑みを浮かべて、机に突っ伏してしまった。

幕僚たちは、軽く笑みをうかべて、おつかれさまという無言の表情と視線をみほにむけた。

老練な名将は、将来有望な少年に賞賛を含んだ笑みをむけて声をかける。

「ユリアン君には、ヒューベリオンに同乗してもらおう。艦橋にな。」

亜麻色の髪の少年は無言だったがうれしさを隠しきれない表情だった。

シュナイダーが少年の頭をやさしくなでた。



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第108話 艦隊戦です(後編)

「11時方向に敵艦隊。数およそ一万二千。」

「敵射程距離にはいります。」

「よし計画通りにしてくれ。」

「後退!敵との相対距離をゼロに保て!」

同盟軍は、後退を始める。帝国軍のオペレーターは、スクリーンや索敵システムをいぶかしげにみつめている。

「敵は後退しつつあります。しかし、5分ほど前から相対距離が全く縮まりません。」

ケンプは指揮シートに巨体をうずめたまま考え込んでいたが、ふと考えて質問する。

「敵が縦深陣をしいてわれわれを引きずりこもうとしている可能性はないか?」

「はい。データを確認します。」

数分ほどしてオペレーターたちの意見が伝えられる。

「その可能性は小さいと考えられます。現在至近の敵兵力は前面に展開するものがすべてです。」

「では、奴らの意図は時間稼ぎだ。イゼルローン駐留艦隊の出撃を待って、前後から挟撃するつもりだろう。小賢しい、その手に乗るか!」

「全艦、最大戦速!およそ3分後に射程距離にはいるだろう。」

 

「帝国軍、スピードを上げています。」

「これはばれたかな...。」

 

「敵、射程距離に入りました。。」

撃て(ファイエル)!」

数万とも数十万ともつかない光条が同盟軍を襲い、その豪雨をあびた艦艇が次々と閃光、爆煙をあげて四散していく。爆発による衝撃波が他の艦艇も襲う。

ヤンの乗る巡航艦レダⅡ号も例外ではなくその激しい震動に揺さぶられる。

「閣下!」

「あたた...。」

ヤンは指揮卓から指揮シートへ転げ落ちて、うかつを絵にかいたような姿で、ベレーをおさえて、立ち上がって、指揮卓に座りなおし、

「フォーメーションDを」と命じる。フレデリカが復唱し、オペレーターが命令を伝える。

「全艦隊、フォーメーションD」

妨害電波が激しいため、同盟軍独自の信号によって命令を伝える。

ヤンの艦隊は、円錐に近い輪形陣で突進してくる帝国軍を攻撃する。

今度は帝国軍の艦艇が、上下左右の砲撃を受け著しく数を減らしていった。

「こ、後背から敵襲です!」

帝国軍のオペレーターが悲鳴のように叫んだ。

「な、なんだと...。」

メルカッツ率いるイゼルローンの駐留艦隊は、帝国軍の後背、天頂方向から数十万の光条の豪雨を浴びせる。

「ヘルゴグラント・ツバイフィア撃沈!」

「アルベルト・ドライアイン大破!」

「サラミス・アハトドライ撃沈!」

「デア・クローゼ・ノインヌル通信途絶!」

ケンプの旗艦に被害報告が次々に寄せられる。

ヤン艦隊は、歓声にあふれ、ケンプ艦隊は悲鳴にあふれた。

「フォーメーションEを」

ヤンの艦隊は今度は帝国軍の方向に対して漏斗状の陣形に変化し、ケンプの艦隊は、同一方向からのエネルギーの濁流にさらされた。

ミュラーの心には、絶望の黒いしみがじわじわと広がっていたが、少しでも状況を悪化させないよう鋭い命令を下して、艦列を維持したものの、気が付くと、一万隻を超えていた艦隊は、旗艦以下千五百隻前後にまで撃ち減らされていた。かれらの周囲には十倍の一万五千隻もの同盟軍の艦艇がとりまいている。

「退却するな。退却してはならん。あと一歩だ、あと一歩で銀河系宇宙が我々のものになるのだぞ。」

ケンプの言葉は、たしかに誇大なものではなかった。たしかにイゼルローンが陥落すれば同盟本土にローエングラム公率いる十万隻を超える大艦隊がなだれこむことができる。一方同盟領には、アムリッツアの敗北のため、第一艦隊のほかウランフ、ボロディンの半個艦隊が二つ、あとわずかな警備艦隊があるのみで、二人がいかな名将であろうと支えられるものではない。

しかし、ケンプ自身が敗北を認めたがらなくても、彼の幕僚たちは絶望的なまでの甚大な被害にすっかり気がなえていた。

次々に爆発炎上する味方艦隊をスクリーン越しに見せつけられている彼らの顔は血の気が薄い、次は自分たちの番かもしれないのだ。

「閣下、もはや抵抗は不可能です。このままでは死か捕虜かいずれかがわれわれを待ち受けることになります。申し上げにくいことですが退却なさるべきでしょう。」

参謀長フーゼネガー中将が蒼白な顔で進言する。ケンプは参謀長を一瞬にらみつけたものの、怒鳴りつけても無意味であることを悟って大きく大きく荒い息を吐き、断末魔にあえぐ帝国軍、僚艦が次々に火球に変わっていく様子を苦悶の表情で眺めつつも、必死に状況の打開に指向をめぐらせた。

彼の眼には、流体金属から一部内部装甲が骨のようにむき出しになった巨大な球体が目に飛び込んできた。

「そうだ...この手があった。」

ケンプがそのように呟き、その顔に生色がよみがえってくるのを、フーゼネガーは異常なものを感じた。

「最後の手段があるぞ。あれを使ってイゼルローンを叩き潰すのだ。艦隊戦では負けたかもしれないがまだ完全に敗れたわけではないぞ。」

「あれ、とおっしゃいますと...。」

「ガイエスブルグだ。あのうすらでかい役立たずをイゼルローンにぶつけてやるのだ。そうすればいかなイゼルローンといえどもひとたまりもない。」

フーゼネガーは、疑惑を確信に変えた。

(閣下は何を考えておられるのだ...追い詰められて精神のバランスを崩しておられるとしか...)

「全艦隊、ガイエスブルグへ撤退せよ。」

ケンプは、静かな自信に満ちて、ガイエスブルグへの撤退を命じた。

 

「逸見司令、ガイエスブルグ要塞です。」

戦闘衛星を甚大な被害をだしながらようやく振り切ったエリカの艦隊もまともな戦力を残していなかった。ケンプ艦隊も引き返しており、一万五千隻もの同盟艦隊に攻撃を受ければひとたまりなく秒単位で原子に還元させられるだろう。

「エリカか...。」

「隊長!無事だったのですか」

「ああ、イゼルローンにはあと一万隻弱の艦隊が残っているのでな、ケンプ司令から見張るよう命じられたのだ。駐留艦隊の後背を襲うつもりが逆に襲われる可能性があるからとな。」

まほの艦隊は、トゥールハンマーの射程外ぎりぎりで、みほの艦隊が出てきたときに一挙に叩き潰せるよう布陣していた。実はこのまほは、まほであってまほではない。ゼフィーリアが、Ⅳ号とティーガーが撃ちあった場所に、空間転移で現れて、まほの髪の毛をひろってラボに入った後に出現したまほであり、みほについての記憶のみ再生されなかったまほなのだ。つまり、「妹」をそれと意識せず冷静な判断で容赦なく戦術的に葬れる生身の身体を持った戦闘指揮マシーンなのだった。




※まほであってまほではない。→Cf.第44話参照


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第109話 「禿鷹の城」の最後です。

イゼルローン駐留艦隊とヤンの混成艦隊はようやく合流を果たした。

「メルカッツ提督、お礼の申し上げようもありません。」

ヤンは、ベレーをとって深々と一礼した。通信スクリーンには、いぶし銀の名将がおだやかで満足げな笑みをうかべている。その背後では、「勝った、勝った!」という歓声と軍用ベレーが無数宙に舞っていた。

「西住中将が苦しいところ戦線を支えてくれました。」

「!!彼女は戻っていたのですか。」

「はい。彼女が戻っていなければ、帝国軍に押しまくられていたでしょう。ガイエスブルグの駐留艦隊に加えて帝国軍からも次々に援軍がきていましたから。いわば薄氷の勝利といったところです。」

「そうですか...。」

「それはともかく、今回の挟撃戦の最大の功労者を紹介します。」

銀髪の老練な提督の隣に若い亜麻色の髪の少年が現れる。

「ヤン提督、お帰りなさい。」

「ユリアンか...。」

「ユリアン君は、帝国軍のタイムラグによる各個撃破策を看破したのです。たいしたものです。」

 

ブーツ、ブーツ、ブーツ

ヤン艦隊にも、イゼルローンにも駐留艦隊にも警報がなりわたる。

「何事かな?」

「ガ、ガイエスブルグが動き出しました!」

報告するオペレーターの声に畏怖の響きが混じる。

このとき同盟軍の空気は歓喜から氷点下にまでさがった。完全に勝ってはいなかったと思い知らされたのだ。一方のケンプはそれを見透かしたかのように静かな自信にあふれてほくそえんでいる。

「ガイエスブルグ要塞はイゼルローン要塞に向かって急速に接近しています。まさか、まさかとは思いますが衝突する気では...。」

「気づいたな...だが、遅かった...。」

フレデリカはヤンのつぶやきに同情めいた響きを感じた。

「大尉、わかっているとは思うが宇宙船のエンジン推進軸は厳密に船体の重心を貫いていなければならないのさ。」

フレデリカの顔は一瞬明るくなったものの、ヤンの真意をおもんばかって喜色を消した。

スクリーンに映るガイエスブルグはだんだん大きくなりその巨体は同盟軍の将兵を畏怖させる。

一方で、一秒ごとに大きく映し出されるイゼルローン要塞をみつめるケンプは、逆転勝利の確信が一秒ごとに強まっていくのを感じていた。

「要塞そのものに艦砲は通用しない。進行方向左端にある通常航行エンジンを狙え!」

同盟軍の砲術士官たちは、コンソールにとびついた。

「「「目標のエンジンに狙点固定!」」」

「撃て!」「撃て!」「撃て!」

数千に及ぶ光条がたった一基の通常航行用エンジンに集中した。

件のエンジンが爆発するとガイエスブルグはバランスをくずしてスピンを始めた。

ガイエスブルグは、周囲の帝国軍艦艇を巻き込み、爆発がくりかえされる。帝国軍の船内と通信網は悲鳴と絶叫にあふれる。繰り返される帝国軍艦艇の船体の爆発や衝突はガイエスブルグの装甲にも影響を及ぼさずにはおかなかった。

「トゥールハンマー発射!」

トゥールハンマーが二回にわたって撃たれると満身創痍のガイエスブルグの表面にひびが広がっていく。ガイエスブルグ要塞もその駐留艦隊もなすすべもなく衝突、爆発を繰り返している。

「みたか!ヤン提督の魔術を!」

同盟軍将兵は歓喜の叫びをあげていた。

ガイエスブルグ要塞の内部は、火災、爆発がくりかえされ、熱と煙が充満している。

生者は汗とすすにまみれてせき込みながらとぼとぼと歩く足もとに、死者となった僚友が出血多量で血まみれ、または引きちぎられた死体となって横たわっている。

「全員退去せよ。」

爆発による壁面の破片がケンプの背中と脇腹に突き刺さっていた。

「閣下...。」

フーゼネガー参謀長が声をかけるとケンプは苦しげにまさしく「苦笑」のうめきで答える。

「見ればわかるだろう。おれはもう助からん。」

脱出用シャトルの専用ポートは修羅場だった。我先に乗ろうとする兵士たちが、レーザーナイフで乗りももうとする兵士の腕を切り落としたり、ブラスターで僚友のはずの兵士を撃ち抜いたり、血が飛び散るパニック状態になっていた。強引に飛び立つシャトルをハンドキャノンが撃ち抜いて炎上したシャトルが殺し合いをする兵士たちの群れにつっこんだり、あるシャトルは壁面に衝突したり、すさまじい地獄絵図である。

血が飛び散る風景は、膨大な熱量を発する白一色に変わる。

ガイエスブルグの核融合炉がついに爆発し、超新星のような激烈な光量の輝きがイゼルローン回廊全体を照らした。漆黒の宇宙空間のはずが昼間のようだった。

イゼルローンでこの様子を見ていた同盟軍兵士たちもあまりの明るさに目をそむけ、その状態は一分以上は続いた。

爆発光はじわじわとおさまり、宇宙空間が漆黒の闇にもどると、ヤンは、軍用ベレーを脱ぎ、敗滅した敵に対し頭をたれた。輝かしい勝利のはずなのにヤンは有頂天になれなかった。胸中には、達成感と疲れと安堵と悲しみがないまぜになった気持ちであり、ただため息を吐き出すしかなかった。

 

爆発の衝撃波は、ミュラーの旗艦も襲った。ミュラーは艦内を数メートルとばされ、計器や部品がむき出しの場所にたたきつけられ、けがの上にさらにけがが加わった。

肋骨が折れて肺を圧迫して声の出ない副司令官に変わり、兵士たちが軍医を呼んでくる。軍医の姿をみて、息を少しづつ吸い込んで、肋骨を押し戻すと砂色の髪を持つ細面の若き副司令官は、ようやく声を出すことができた。

「全治にどれくらいかかる?」

「副司令官は不死身でいらっしゃいますな。」

軽傷であるもののあちこちを負傷している軍医は感心と敬意とこういうときこその快活さをこめて答える。ミュラーも苦笑して軽くうなづき、

「いい台詞だ。まだ死にたくはないが、わたしの墓碑銘はそいつにしてもらおう。で、実際全治はどのくらいかかるんだ?」

「肋骨が4本折れています。それを接合固定しなければなりません。あと数か所づつの裂傷、打撲傷、擦過傷、それにともなう出血と内出血がございます。三か月はみていただくことになろうかと考えます。閣下?」

医務室へ運ぼうとするそぶりをみせる軍医に

「軍医どの、わたしはここで指揮を執る。手当は艦橋で行ってくれ。」

「わかりました。」

医療用装備を備えた特殊ベッドが艦橋にはこびこまれる。

軍医は、電子治療と超低温保存血液による輸血をミュラーに施し、鎮痛剤と解熱剤を注射されて容体を安定させた。



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第110話 恐るべき双璧さんです。

「フーゼネガー中将が面会を求めています。」

「とおしてくれ。」

「ケンプ司令官はどうなさった?」

「亡くなられました。」

「亡くなった、だ、と?」

「はい。ケンプ司令官より伝言です。こんなことになって申し訳ない、あとは頼むと。」

ミュラーはわなわなと身体を震わせ、絞り出すようにうめいた。

「大伸オーディンにご照覧あれ。ケンプ提督の仇をかならずとるぞ。ヤン・ウェンリーの首をかならずつかんでやる。いまはだめだ。おれには力がない。しかし、みていろ、何年か先を。」

しばらくしてミュラーは落ち着きを取り戻して副官を呼んで命じる。

「通信スクリーンを用意しろ。画面はいい。音声だけにしてくれ。」

それは大けがを負った自分の姿で兵の士気を落としたくないからだった。

ミュラー艦隊の700隻余りの回線に若き副司令官の理性に富んだ冷静かつ意志の強さをうかがわせる明晰な声が流れ出てくる。

「わが軍は敗れたが、司令部は健在である。司令部は、卿ら将兵全員を生きて郷里へ帰すことを約束する、誇りと秩序を守り、整然と帰途へつこうではないか。」

ミュラーは懸命に指揮を執って帰路をすすんだ。

 

「前方より艦艇群が接近。その数700余。」

「停船せよ。しからざれば攻撃す。」

やがて通信スクリーンにあらわれたのは、包帯だらけのミュラーだった。

「どうした?」

ミッターマイヤーは、ミュラーからケンプ死亡を聞き。肩を落として嘆息した。

「ケンプが死んだか...。」

「ミュラー、わかった。ローエングラム公に復命してくれ。ケンプの復讐戦は俺たちにまかせろ。」

通信を切るとミッターマイヤーは、部下たちに向き直る。小柄なはずの司令官の身体が大きく見える。

「最大戦速で前進だ。ミュラーを追ってきた敵の先頭集団に一撃を加える。乱れたところをもう一撃加える。それ以上の戦いは無意味だ。バイエルライン!ビューロー!ドロイゼン!例の指示に従って動け!いいな?」

一方、金銀妖瞳の青年提督にもケンプ死亡の報がはいる。

しかし、ロイエンタールの反応は突き放すようだった。

「そうか...ケンプが死んだか。」

(敗因のない敗北はない。ケンプは負けるべきして負けたのだ。)

イゼルローンは、建国祭とダゴン戦勝祭が重なったような騒ぎだった。イゼルローン占領以来、アムリッツアの壊滅的な敗戦と救国会議の内乱という苦い経験に振り回されていたから無理もないことだった。しかし、司令部には休む余裕はなかった。

「グエン提督とアラルコン提督の部隊が戻っていません。」

「妨害電波の影響ではぐれてしまった模様。」

「なんていうことだ。すぐに連れ戻さないと危険だ。」

みほもうなづく。

 

「敵艦隊発見。5000隻程度。」

「よし。バイエルライン、敵をひきつけてくれ。」

「御意。」

バイエルラインの分艦隊は、グエンとアラルコンを挑発するように後退する。

 

「敵艦隊発見。50光秒。逃げているもようです。」

「まだこんなとこにいたのか。とどめを刺してやる。追え!」

「了解!」

グエンとアラルコンはバイエルラインの巧みな後退に引きずり回されていた、

 

「こ、後背から敵襲!」

グエンとアラルコンは、自分たちが引きずり回されていたらしいとおぼろげながら気が付き始めるがもう時すでに遅しであった。

「ケンプの仇だ!一隻残らず屠ってしまえ!」

ミッターマイヤーは命令した。しかし、内容は命令というより部下をけしかけたようなものだった。

同盟艦隊に、後背から光の槍が豪雨のごとく降り注ぎ、その艦艇は、次々と火球に変わっていく。

 

「よおし、撃て!」

巧みに後退していたバイエルライン分艦隊は、後背をつかれて動揺している敵に対しあめあられのごとくエネルギー弾をぶつけた。

「こ、今度は前方の敵から砲撃です。」

「なんだと?」

「「うぎゃあああああ..」」

.グエンとアラルコンの旗艦は前方と後方からの攻撃で貫かれて四散した。

 

「!!」

「閣下、後方100光秒に叛乱軍の艦隊!」

「なんだと?」

「二万隻以上です。」

 

「なんとか間に合ったようだな。」

「閣下。グエン少将とアラルコン少将は戦死したそうです。」

「そっちの方は間に合わなかったようだな。」

ヤンはベレーをいったん脱いで頭をかくとかぶりなおす。

 

「拡大しろ!」

ミッターマイヤーがオペレーターに命じると、セルリアンブルーの敵旗艦ヒューベリオンとアンコウ型のロフィフォルメ、その背後に無数の緑色の艦影が映っていた。

「ふむ。ロイエンタールにつないでくれ。」

「御意。」

「ミッターマイヤーか。あらたな敵のことは知っている。」

「ヤン・ウェンリー自身のお出ましのようだ。例の小娘もいる。どうだ。卿は戦いたかろう。」

「まあな。だが今戦っても意味はない。」

「同感だ。引き返すとするか。それにしても...。」

「それにしても...。」

「要塞まで持ち出して数千光年の征旅を企てておきながら、ヤン・ウェンリーとあの小娘に名を成さしめたのみか。やれやれだな。」

「まあ百戦して百勝というわけにもいくまい。これはローエングラム公のおっしゃりようだがな。ヤン・ウェンリーの首はいずれ卿と俺とでいただくとするさ。」

「ミュラーもほしがっている。」

「ほほう、こいつは競争が激しなりそうだな。」

不敵な笑みをかわして、二人の青年提督は、撤退のためにじわじわと艦隊を編成していく。

 

千隻単位で編成し、一集団が退くときにその後背を一集団が守る形で整然と後退していく。

(ふむ...つけ込む隙もないな...。)

後退する際にも、いつでも逆撃してやるぞという、気迫を感じさせる。

(すごい...ミッターマイヤーさんとロイエンタールさんて言ったっけ...。)

みほの脳裏には恐るべき指揮官であったキルヒアイスとのコルマール星域会戦の記憶がよみがえっていた。

ヤンとみほは整然と遠ざかる帝国軍の光点の群れをみつめていた。ヤンのそれは素晴らしい芸術品を見つめる表情に近い。

「みたか、ユリアン。」

亜麻色の髪の少年は軽くうなづく。

「これが名将の戦いぶりというものだ。明確に目的を持ち、それを達成したらあとに執着せずに離脱する。ああでなくてはな....。」

 

ヤンは、生存者の教出をおこない、残存艦艇をひきつれてイゼルローンに撤退する旨全艦隊に命じ、一息つくと亜麻色の髪の被保護者に話しかけた。

 

「さてとユリアン。」

「はい?」

「お前の紅茶を久しぶりに飲みたいのだが淹れてくれるかな?」

「はい。閣下。」

「ユリアン君はたいしたものです。」

元帝国軍の宿将は、おだやかな実のこもった声ではなしはじめた。メルカッツがケンプの作戦を見破っていないわけではなかった。むしろ具体的な作戦案をシュナイダーと詰めていたのだが、亡命の客将という立場からどのように提案したらいいか機会がほしいと考えていた。キャゼルヌとシェーンコップは、ユリアンにも気軽に意見を聞くヤン艦隊の民主的な雰囲気を利用して、微妙に軍内にわだかまっているメルカッツは元帝国軍という空気を払拭させ、比類なく有能な客員提督の指揮するきっかけをつくったのだった。

メルカッツは、目をほそめて、ユリアンが帝国軍の作戦を看破したことを伝えた。言外には、ヤンとみほが戦術指揮の講師となって彼を鍛えているでしょう、それを知っていますよ、という含みを持たせて。

ヤンは軍用ベレーとって、恥ずかしげに黒い髪をかき回す。査問会では、軍人らしくない髪型だ、クルーカットにしたらどうかなどと嫌みを言われたのも記憶に新しい。ヤンは尊敬する用兵家の先達に話しかける。

「メルカッツ提督...。」

「ご存知でしょうか。わたしは、あの子に軍人になってほしくないんですよ。本当は命令してもやめさせたいくらいなんです。」

「それは、民主主義の精神に反しますな。お気持ちはわかりますが。」

メルカッツはおだやかな表情でヤン艦隊の空気にいい意味で毒されたユーモアで返した。ヤンは、礼儀とてれの混じった苦笑を返した。こうして要塞隊要塞と呼ばれた第8次イゼルローン攻防戦は終結した。



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第111話 戦後の論功行賞です。

「西住ちゃん。」

「会長さん。」

「わたしら帰るね~。」

「どうしてですか。」

「クブルスリーのおっちゃんから通信だよ~。」

スクリーンにクブルスリーが映し出される。

「ヤン大将、西住中将。統合作戦本部クブルスリーだ。トータス特務艦隊については、キャゼルヌ少将とも相談させていただいた。キャゼルヌも残念がっていたが、イゼルローンの収容能力、補給能力からイゼルローンに駐留させることは困難と判断した。

通常は、イゼルローン回廊同盟側出口、アルレスハイム、ダゴン、エル・ファシル、アスターテ、テイアマトやその周辺宙域の警備にあたらせることにした。このあたりは、フェザーン出口付近と同様、帝国に扇動された海賊が蠢動しているから油断ならない。しかし、ビュコック長官とも話して、西住中将の指揮下に「チームかめさん」として組み込み、今回のような事態には、別働隊としていつでもイゼルローンに駆け付けられるようにしようと一致した。では、「ミス・アプリコット」を呼んでくれ。」

「はい。」

「アンズ・カドタニ、イゼルローン回廊出口警備艦隊司令官に任じる。通常の勤務宙域は、アルレスハイム、ダゴン、エル・ファシル、アスターテ、テイアマト等イゼルローン回廊出口およびその周辺宙域とする。兼ねてイゼルローン駐留艦隊副司令官付き分艦隊司令官に任じる。イゼルローン要塞付近に敵の攻撃が認められた際は、西住中将の指揮下に入るものとする。」

「謹んで拝命いたします。」

杏は謹厳な表情をつくったが、のちに文部科学省学園艦事務局の辻廉太が大洗女子の前に廃校を伝えにきたときとは異なる明るさと覇気がその表情にやどっていた。

 

巨大な「禿鷹の城」が宇宙の藻屑になった日の翌日には、その凶報は、金髪の覇者のもとにいち早くもたらされた。

「なんだと!全艦隊の9割を失い、ガイエスブルグも喪われただと!」

「はつ。」

「ケンプとミュラーはなにをしていたのだ。」

金髪の若者は、ワイングラスを激しく床にたたきつけた。

「声をかけるな。だれが来ても通してはならぬ。」

バタンと激しく戸の閉まる音がして、部下たちは独裁者の怒りに恐怖におびえた。

ラインハルトは、しばらく怒りに肩を震わせていたが、握ったペンダントを不意に開くとアンネローゼ、幼いキルヒアイスと自分、そしてキルヒアイスの赤毛が目に入った。

(ラインハルト様...)

(このたびの征旅は戦略的に重要だったでしょうか?)

(...。)

(ラインハルト様が諸将にいつも説いておられました。ラインハルト様にはお分かりになるはずです。ミュラー提督は得難い人材です。民をしいたげる後門の大貴族どもは一掃されましたが、前門にまだ腐敗しつつもなお強大な同盟という敵がいます。それなのに味方にまで敵をおつくりになりますな。宇宙を手に入れて、姉上とすべての民を解放するのがわたしたちの夢だったではありませんか。)

(...そうだな。キルヒアイス。お前の言う通りだ。お前のいない今貴重な人材を一人として失うわけにはいかぬ。ミュラーは得難い男だ。あのような無益な戦いで死なせるわけにはいかぬ。それでいいだろう、キルヒアイス?)

赤毛の友はほほえんで軽くうなずいた。ラインハルトの怒りは鎮まり、心は、はれやかになった。

 

帝国本土から数千光年か慣れたイゼルローン回廊帝国側出口付近の宇宙空間では、合計二万五千隻を超える灰色の艦隊が航行していた。

「西住少将。逸見少将」

「ミッターマイヤー閣下、ロイエンタール閣下。」

「長い征旅お疲れだったな。」

「二人にローエングラム公から新たなご命令があるようだ。」

画面が切り替わり、金髪の元帥がスクリーンに映り、二人に呼びかける。

「このたびのイゼルローン回廊派遣軍についてはご苦労であった。西住少将については、よくケンプとミュラーを支え、敵に少なからず損害を与え、逸見少将の危機の際にもよく助けたことについて報告を受けている。よって西住少将は一階級の昇進とし、中将に任ずる。同盟で妹と思われる小娘が中将になっているようだからこれで対等となるだろう。逸見少将については、陛下の艦隊を損ね、同盟側回廊出口付近のヤン艦隊を防ぎ得なかったことから一階級降格の上、准将に任じ、その艦隊は西住中将指揮下の分艦隊とする。戦車道だったか、ここへ来る前の世界で隊長と副隊長だったか、そのような関係だったのだからそれでいいだろう。任務はイゼルローン回廊出口付近の海賊討伐とする。同盟の息のかかった海賊どもが通商破壊を試みようとしているようだから任務に精励せよ。」

「との御沙汰のようだな。それではわれわれはオーディンに帰還する。公爵のご命令の通り新たな任務に励んでほしい。」

四人はスクリーンに映る相手に対してたがいに敬礼してわかれた。

 

700隻にまで撃ち減らされたミュラー率いるイゼルローン回廊派遣軍は、ロイエンタール、ミッターマイヤーの両艦隊に守られながらオーディンに帰還した。

副司令官ミュラーは、血のにじんだ包帯を頭に巻いた姿で、元帥府に赴いた。

砂色の瞳と灰色の髪を持つ青年提督は、金髪の元帥の前にひざまずいて敗戦の罪を謝した。

「小官こと、閣下より大命を仰せつかりながら、任務を果たすことかなわず、主将たるケンプ提督をお救いすることができず、多くの兵を失い、敵をして勝ち誇らせました。この罪万死に値しますが、おめおめと還りましたのは、事の次第をお知らせし、お裁きを待とうと愚考したからであります。敗戦の罪はすべて小官にありますればどうか部下たちには寛大なご処置をたまえありたく...。」

包帯からにじんだ血が一筋二筋と頬をつたって、したたり落ちる。

ラインハルトは、敗残の提督を蒼氷色の瞳でしばらくながめていたが、息をのむ廷臣たちの前で口をひらき、ミュラーに静かに語りかけた。

「卿に罪はない。一度の敗戦は一度の勝利で償えばよいのだ。遠慮の征旅ご苦労であった。」

「閣下...。」

「わたしはケンプ提督を喪った。このうえ卿まで失うことはできぬ。傷が全快するまで療養せよ。しかるのちに現役復帰を命じるであろう。」

ミュラーは片膝をついたまま。さらに深々と頭をたれたが、どうと床に突っ伏してしまった。すでに疲労が限界に達し気力だけでひざまずいていたが、ほっとした途端に気を失ったのだった。

「病院に運んでやれ。それからケンプは昇進だ。上級大将の称号を贈ってやれ。」

ラインハルトが命じると親衛隊長キスリング大佐は。部下に合図してミュラーを病院に運ばせた。

「それから科学技術総監シャフトを呼べ。」

ラインハルトはビヤホールの店主のような太った赤ら顔の技術総監を呼びつけた。

シャフトは、金髪の元帥の前に平然と進み出た。

「弁解があれば聞こうか」

「お言葉ながら、閣下、わたしの提案に瑕疵はありませんでした。現に要塞はイゼルローンにワープしました。作戦の失敗は統率、指揮にあたったものの責任でございましょう。」

ラインハルトの低い冷笑が苛烈な雷霆に変わるのに数秒を要しなかった。

「だれがいつ敗戦の罪を問うと言ったか。ケスラー!ここへきてこいつの罪状を教えてやれ。」

「シャフト技術大将。卿を収監する。罪状は収賄、脱税、公金および物資の横領、特別背任、軍事機密の漏えいだ。」

シャフトの顔色が火山灰を塗りたくったような色に変わった。明らかに罪を暴露された恐怖によるものだった。

「連れて行け!」

ケスラーが命じ、ラインハルトは「屑が!」と悪態をついた。シャフトは許しを請うようなわめき声をあげつつ連行されていく。

最後にケスラーが退出しようとするのを呼び止める。

「ケスラー。」

「はっ。」

「フェザーンの弁務官事務所の監視を強化しろ!むしろあからさまに強化しろ。それが奴らに対しての牽制になるだろう。」

「御意」

精悍な顔つき憲兵総監は敬礼を主君に返した。



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第12章 誘拐?救出?事件です。
第112話 裏舞台の暗闘です(その1)。


惑星フェザーンは夜になっても都市の明かりが宇宙空間にまで輝いて見える。

ひときわめだつ自治領主府の建物も例外ではなく、人類社会の中枢の一つであることを物語る。

自治領主の執務室では、若き細面のイケメン補佐官ルパート・ケッセルリンクが自治領主ルビンスキーに帝国、同盟、フェザーンの勢力比に変化が訪れたことを報告している。

「正確な数値は明日までに出しますが、ざっとみて帝国47、同盟35、わがフェザーンが18といったところでしょうか。」

「ふむ...。」

「アムリッツアの大敗がなければ同盟の国力もここまで落ち込まなかったでしょう。イゼルローンを占領した時点で平和攻勢にこそ出るべきだったのです。そうすれば帝国の旧勢力と新勢力を手玉に取って有利な外交成果を上げることもできたはずです。にもかかわらず成算のない軍事的冒険にでて挙句がこの醜態。彼らの愚劣さときたら犯罪的ですな。」

「同盟はあれほどの大敗とわれわれの自由貿易及び経済連携協定で食い荒らされているにもかかわらず、まだ国力はぎりぎり底をついていないのだな。」

「それについては、例のチームあんこうの力で、壊滅的に近い大敗を喫したにもかかわらず、ウランフ、ボロディンなどの名将が生き残り、将来に希望を残し、かろうじて全面崩壊までは免れたことが大きいでしょう。」

「ミホ・ニシズミか...。」

円グラフの横にみほの顔がスクリーンに映し出される。

「帝国は、ドラテイックに改革されつつあり、48、40、12の勢力比だった時代にくらべて財政は健全化され、質的にも量的にもその勢力は大きくなっています。しかし、それは旧門閥貴族からの貴族資産が政府に移転され、集中化された成果でもあるので、キルヒアイス提督、ビッテンフェルト提督が亡くなって、われわれが同盟の救国会議やトリューニヒト政権の復活によって勢力規模を拡大したことによる副産物で相対的に微減しているにすぎないので、そこの点は注意しておく必要があります。」

「そうだな。ある程度同盟が生きていてくれた方がわれわれの狙いを隠すためにも有効かもしれん。帝国の矛先を同盟に引き付けておくためにもあの栗色の髪の小娘が同盟にいることは大きい。」

「その姉とおもわれるマホ・ニシズミが帝国にいることは?」

「ふむ。その姉とその副官格にすぎないイツミとやらは、二人そろって強化されたビッテンフェルトとして補充されたということだろう。同盟の栗色の髪の小娘は、ヤンに僅差でひけをとるようだがなかなかの智将だ。ミュラーと強化ビッテンフェルトを同時に相手にしてイゼルローンを守り切ったわけだ。ところで補佐官」

「はい。」

「君は私に隠し事をしているな。」

「と、いいますと?」

自治領主の口からは意外な人物の名が飛び出した。

 

「アリス・シマダはどうした?」

自治領主の余裕ありげの眼光が細面の青年補佐官をとらえようとこころみるが、対象となった青年はこともなげにするりと答える。

「ご存じだったのですか。あの時代に戻しただけです。キルヒアイス提督が亡くなったので。」

「総大司教が別人に感じられたのでな。アリス・シマダは、あの栗色の髪の小娘に対抗できる人材だった。帝国と同盟の勢力比に影響をあたえるほどのな。」

「それと総大司教となんの関係が?」

「ふむ。わしをなめてもらってはこまるな。この女やこの男たちを知っているだろう。」

ルビンスキーは。ゼフィーリア、エリオット、ワルフ仮面の写真をルパートに見せる。

「...ご存じだったのですか...。」

「これでわしも、補佐官に手の内を見せたことになったがな。それはまあいい。同盟がヤン、メルカッツ、小娘の力で土俵際で粘っているところをじわじわ蝕んで、帝国にその権益を認めさせる。駒は多いことにこしたことはないのだからな。」

「心得ております。ところで帝国の技術総監シャフトはどうしますか。」

「わかっているだろう。」

「例の書類が自然な形で、帝国司法省の関係者に入手されるよう手筈を整えてあります。」

ルビンスキーはうなづき、

「われわれへの要求が多くなるばかりで役に立たない廃物だ。ほうっておくと下水がつまってしまうからな。」

と補佐官にさっさと処理しろといわんばかりの口ぶりで語る。

「かしこまりました。」

「それはそれですんだな。ところで明日は君の母親の命日だったと思うが休んで構わないぞ。」

「これは望外の至りです。プライベートなことまでご心配いただけるとは...。」

「当然だろう...自分の血を分けた相手と思えばな。君の母親には悪いことをしたと多少なりとも思っているのだ。」

「気になさっていたのですか。」

「ああ、ずっとな。」

「それを聞けは母もあの世で喜ぶでしょう。代わってお礼を申し上げます。ただそれほどお気になさる必要はなかったのですよ。その日の食事にも困る貧家の娘と宇宙全体の富の数パーセントを握る富豪の娘。わたしも閣下の立場でしたら同じ選択をしたでしょうから。」

「...大学院を出たばかりの青二才にすぎないわたしを補佐官の重職につけてくださったのはひとえに父子の情愛に基づくものなのですか?」

「そう思うか?」

「そうは思いたくありません。わたしは自分の能力に多少の自信はもっています。そこを買っていただいたと信じたいですね。」

「ふむ。君はわたしに内面が似ているようだな。容姿は母親に似ているが...。」

「ありがとうございます。」

「君も知っているようにフェザーン自治領主の地位は世襲ではない。わたしの後継者になりたいのなら実力と人望が必要だ。大事なことだから二回言うが、時間をかけて、そう時間をかけてそれを養うことだな。」

「おことば、肝に銘じておきます。」

ルパートは、ルビンスキーに表情を読み取られないように一礼したが、同時にそれはルビンスキーの表情を確認する機会を失う結果にもつながっていた。

ルビンスキーは、地上車で走り去る息子の姿をモニターTVで見つめていた。

そして、自分の手でウオッカとトマトジュースをカクテルして、ブラッデイ・メアリをつくった。

「ルパートは俺に似ている...。」

「?」

ルビンスキーは、なにかの気配を感じて身構えた。

 



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第113話 裏舞台の暗闘です(その2)。

「いたのか。」

「はい。」

「ルパートにも俺にもつかないと...。」

青みがかった黒髪の美女は含み笑いをし、大鎌をルビンスキーののどもとに突きつける。

ルビンスキーは不敵な笑みを浮かべて一歩下がると、大鎌がはねのけられ黒いフードをかぶった者が三体現れる。

「わかったか。ゼフィーリア殿。」

ルビンスキーは薄ら笑いを続けている。

「先代総大司教の親衛隊エリニュースですか。」

ゼフィーリアも平然とつぶやく。

「身に覚えがあるだろう。」

「いい度胸でいらっしゃいますね。まあ、今のところあなたは生かしておいてあげます。」

エリニュースに加えて、ばらばらと現れた地球教徒とルビンスキーの手の者が黒髪の美女に襲いかかるが、美女は、含み笑いをして大鎌を薙ぎ払って消えた。死体が残った。

「残念だったな。かたづけて、十分に弔ってやれ。」

ルビンスキーは、陰の部下たちや先代総大司教の最後を知り美女への恨みのあまり自分についた地球教徒の生き残りに命じて死体を片付けさせた。

 

西洋風の兜をかぶった男「ワルフ仮面」を精悍で端正な顔立ちの男が出迎える。

「「王子」か。」

「ああ、あの女、総大司教を殺したようだな。」

「すこしちがうな。入れ替えたのさ。」

「われわれのことがばれそうだったからねえ。手を貸したのさ。」

「しかし油断ならんぞ。」

「いや、こちらにも奥の手があるしね。」

「!!」

「この者たちは...。」

黒いフードをかぶった女と思われる者たちが3人あらわれる。

「エリニュースと呼んでいる。」

「なるほどな。ルビンスキーと組んだというわけか。」

「そういうわけではないさ。あのお坊ちゃんが禿親父を倒すことができた場合に乗り換える布石も打ってある。」

 

「まあいい、今日は、同盟の新しいカモがネギしょってくることになっている。」

「ふん。またトリューニヒトの腰巾着か。」

「まあ、そう嫌ったものではないさ。おいしい話だからな。」

「しかし、好きになれんな。」

「お互い様だ。まあ行ってくるわ。楽しみに待ってろ。」

 

自由惑星同盟では、第8次イゼルローン回廊攻防戦の論功行賞人事が行われ、イゼルローン要塞およびその駐留艦隊の将官には勲章が、佐官以下は、一階級の昇進が命じられた。

また、同盟政府では人事異動が行われ、国防委員長は、ネグロポンティが、国営水素エネルギー公社の総裁に左遷され、ウォルター・アイランズが新任の国防委員長になった。

 

同盟の新国防委員長アイランズは前任者のネグロポンティの潔い出処進退をほめたたえ、前任者の政策を引き継いでいくことを表明した。

しかし、最初にやった「仕事」は、軍事物資の輸入に伴うリベートの談合だった。

 

「ワルフ仮面」はアイランズと会う会議室のまえで兜を脱いだ。

 

アイランズと「ワルフ仮面」は、さっそく談合の割り当てについて話し合っている。

 

「ほう、では今回の入札は、レクトセオンのシェア35%、テキステロンの取り分が25%ということでよろしいですな。」

「そういうことです。ピエドラフェール系のボールデイングやグラスマン・ザスカーにも配慮しなければなりませんからな。」

「指名登録を何社かのトンネル会社にさせて公正に見せるとは相変わらず手の込んだことで...まあ貴国のシステムではそうするしかありませんからな。」

「それはご理解いただきたい。もろフェザーン企業に流れていることがばれたらたいへんなことになりますからな。さて、それはともかく、アーリマン書記官。おかげさまで国防委員長になれました。ありがとうございます。」

「いやいや将来あるアイランズ閣下にはお安いご用ですよ。あんな銀の食器程度で済めばね。こちらとしても、前任者には、時空転移技術の件で脅されていたからねえ。おかげで稀代の小娘、もとい名将を手に入れられたのだから感謝してほしいぐらいなのですがね...」

「あなたの議長へのリークがなければわたしは委員長になれませんでしたから。馬鹿正直に生きていたら損するばかりだと。」

「アイランズ委員長も複雑な方ですな。」

「どういう意味で...。」

「前任者の意図が、軍人の専横を抑えるためだと本気で信じているのでしょう。」

「そのとおりです。いま、イゼルローンには、ヤン・ウェンリーをはじめ、その部下に帝国からの亡命者メルカッツとミホ・ニシズミがいる。三人の軍事的才能は恐るべきものです。軍閥化のおそれもあるのでその力をなるべき抑制しないと文民統制が保たれない。」

「たしかに正論ですな。」

アーリマンは同意してみせた。

 



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第114話 裏舞台の暗闘です(その3)。

アイランズの初仕事は軍事物資の輸入に伴うリベートとフェザーン企業へのトンネル会社による入札の談合だった。


「だからヤン・ウェンリーかミホ・ニシズミの片方だけでも辞めさせたいが、ヤン・ウェンリーやミホ・ニシズミが政界に進出したらあなた方の権力の牙城を脅かしては困るというのも本音でしょう。」

「いや、ヤンとかミホ・ニシズミとかというのではなく、とにかく軍人の政界進出を抑制したいのです。ルドルフの先例もあったことも弁務官、あなたもご存じのはずだ。救国会議のようなことが起こっては、我が国が安定した民主国家でなくなり、あなたがたフェザーンも困ることになるのですぞ。」

「それなら規制する法律を作ればいいことです。理屈は何とでもつけられるし、強行採決だの騒ぎ立てるマスコミも結局はなにもできないでしょうし、デモなんかされても痛くもかゆくもないでしょう。いざとなればデモも法令の解釈なり、運用ひとつで取り締まればいいことです。それに憂国騎士団という便利なものを使えばあなたがたは手を汚さずにすむでしょう。」

「おっしゃるものですな。」

「軍人の専横を抑えるのは、ネグロポンティ氏でなくてもよい。査問会の性格や査問会でヤンに論破されたことがばれたらというのがあなたの建前でしょう。まあこれからも仲良くやっていきましょう。」

二人は握手して部屋を出た。

アーリマン書記官と呼ばれた男は、再び西洋風の兜をかぶった。

 

さて5月末、フェザーン自治領主執務室。自治領主は、若き補佐官を呼んだ。

「ケッセルリンク。」

「はい閣下」

「例の計画の準備整っているだろうな。」

「万全です、閣下、」

「ふむ。ではさっそくやってもらおう。実行グループに伝えろ。」

「かしこまりました。それにしても...。」

「何だ?」

「この計画が成功して、ローエングラム公ラインハルトとヤン・ウェンリーが全力を挙げて衝突したらどっちが勝つのでしょうか?」

「わからんな。同盟には、メルカッツ、ニシズミ・ミホ、ウランフ、ビュコックがいる。帝国には、ミッターマイヤー、ロイエンタールがいる。興味深く思わんか。」

「それはおっしゃるとおりですな。それはさておき、実行部隊に命令を伝えてまいります。」

「うむ。よろしくたのむぞ。」

細面の若き補佐官は、画像送信機能をあらかじめ切ってから、ヴィジホンの電源を入れ、受信を確認してから命令を伝える。

「こちらはオオカミの巣。たった今フェンリルは鎖から放たれた。繰り返す。フェンリルは鎖から放たれた。」

 

元銀河帝国軍大佐レオポルド・シューマッハとランズベルク伯アルフレット。

前者は、門閥貴族連合軍のフレーゲルの副官とし戦ってきたが、フレーゲルの「滅びの美学」に付き合いきれんと、横暴な雇い主を部下とともに射殺してフェザーンに亡命し、アッシニボイヤの農園づくりに部下とともに汗を流していたが、ある日、この「計画」に加わらないと作物は売らせない、部下たちにも報復するというルパートによる半ば脅迫を受けて、その「計画」とかいう陰謀に加わったのだった。

後者は、門閥貴族連合軍に、貴族的な価値観によって単純に加わったものの、資金こそ多少提供したものの、私設艦隊もなく詩作にふけるのみであったため、無力であったことが幸いしてフェザーンに亡命することができた若い貴族である。

「行こうか、大佐。」

アルフレットがうながすとシューマッハは頷き、二人はフェザーン宇宙港から宇宙船に乗り込み、数週間後、オーディンに到着すると、二人は、書記官グラズノフに案内されたホテルに入った。アルフレットは久しぶりの帝都での食事を楽しんでいた。

「帝都の黒ビールの豊潤なこと、フェザーンではそうはいかないからな。」

「失礼ながら伯爵閣下。その黒ビールを製造しておりますのはわがフェザーンの資本で運営されております。このホテルもフェザーンの経営でして、それだけに秘密も守れるし安全であるというわけですが...。」

「ちっ。」

シューマッハは、いちいちアルフレットの気分を損ねる書記官グラズノフに不快さを感じ、舌打ちした。

「いやァ、余計なことをいいましたかな。それでは上司からの指示はお伝えしました。決行の日などは追って連絡します。」

「書記官殿。ボルテック弁務官殿にはご協力感謝するとお伝えください。」

「?大佐食事をしないのか?」

「ちょっと用を思い出しまして。すぐに戻ります。」

「やれやれ、落ち着かん男だな。」

シューマッハは、グラズノフと同じエレベーターに乗り込み銃をつきつける。

「話してもらおうか。ボルテック弁務官はほかにも何か言っていただろう。」

「報酬のことか。それでは我々ではなく、フェザーンにいるレムシャイド伯が貴官らに提督の称号をさずけると...」

「そんなことではない。このオーディンに来て実感した。社会が変わったのだ。それも綱紀が粛正され、良い方向への改革がなされている。

旧王朝の忠誠心に燃えるランズベルク伯やレムシャイド伯はともかく現実主義者のフェザーンが真にたくらんでいるのは何だ?」

「それは、ローエングラム公の改革がわれわれの権益を損ねるから...」

「それだけか?まさか我々をそそのかしておきながら、その情報を流してローエングラム公に恩を売る、そんなことを考えているのではあるまいな?どうなんだ?」

「そんなことはない。この計画は成功させる。われわれがそれを目指しているのにウソ偽りはない。大佐、貴官こそ裏切るつもりではなかろうな?」

「そうだ、と言いたいところだが、この計画にはフェザーンにいる部下たちの安全と生活がかかっている。それにやる以上は成功させる。それは武人としての私の矜持だ。」

「ならば結構。われわれの目的と利害は一致している。貴官らを信頼して実行を任せているのだ。こちらの支援も信頼してもらいたいものだ。」

「その言葉、高等弁務官の口から直接聞きたい。」

「何?無茶だ。わたしが来ているだけでも危ない橋を渡っているのに。」

「方法はこちらから連絡する。いやとはいわせん。いいな。」

シューマッハはグラズノフの喉元につきつけた銃を突きあげる。

「わかった。とにかく上司に伝える。」

「お互いのためにも良い返事を期待している。それからあまり余計なことを言って伯爵の気分を壊すのは控えてもらいたいものだ。」

シューマッハは、グラズノフを解放した。



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第115話 密告です。

ここはほぼ原作通りです。つなぎ部分です。


さて一方、オーディンでは、くすんだ金髪を短くまとめて一見美少年のようにも見える若い女性が主人である金髪の若者の執務室を訪れていた。衛兵がうやうやしくドアを開き、件の若い女性は、窓際をながめていた部屋の主の姿を認めたとき、その金髪の若者、帝国宰相であり宇宙艦隊司令長官でもある若者ラインハルト・フォン・ローエングラムは、豪奢な髪をゆらして振り返った。

「おじゃまでしたでしょうか。宰相閣下。」

「いや、構わない。用件を伺おう。フロイライン。」

「憲兵総監ケスラー大将から大至急でお願いしたいとの面会願いをお伺いしています。」

「ケスラーが大至急か。あの男がそれほど急ぐ案件か。わかった。つれてきてくれ。」

まもなく茶色の頭髪の両耳のわきが白く、また眉も白いが、生気のみなぎった精悍な風貌の軍人がはいってきた。

「宰相閣下、ご多忙のところ恐縮です。実は先日旧貴族連合の残党2名が帝都に侵入したという情報が入りましたので、ご報告に参上した次第です。」

「なぜ、それがわかったのだ。ケスラー?」

「実は密告がございまして...。」

「密告だと?」

金髪の若者はつぶやいた後、ひとしきり無言だったが、やがて思い直したように

「わかった。続けてくれ。」

と壮年の憲兵総監に報告の続きをうながす。

クスラーは携帯メモリ兼立体映写機を操作して、文弱な印象の若い貴族の姿を映し出す。

「ランズベルク伯アルフレットです。年齢は26歳。昨年のリップシュタット連合に参加した貴族のひとりで、敗戦後はフェザーンに亡命していました。」

ラインハルトは頷いた。次に映し出されたのは、三十代くらいであろうか、有能なビジネスマンのような印象の男であった。

「貴族連合軍で、フレーゲル男爵の副官をつとめていたレオポルド・シューマッハ大佐です。

二十代で士官学校卒業後、後方勤務が多かったにもかかわらず、この業績や十年ほどで大佐に昇進していることを考えると有能な男と言っていいと思います。どうやら旧主との折り合いはあまりよくなかったようです。」

ラインハルトは、ふと思いついて壮年の憲兵総監にただした。

「彼らは旅券と入国査証をもっていたはずだな?偽名の贋物と気が付かなかったのか?」

「いえ...それが実はフェザーン自治政府の発行した本物でして...。入国審査について不審な点は見当たらなかったようです。おそらくフェザーンが何らかの形でからんでいるのは明白と思われますので、宰相閣下の政治的判断を仰ごうと参上した次第です。なお、二人については秘かに監視させています。」

「わかった。早急の報告ご苦労だった。監視はそのまま続けろ。後のことは追って指示する。さがってよろしい。」

「はっ。」

ラインハルトは、ケスラーが退出したあと、くすんだ金髪を短くまとめた一見美少年のようにも見える、彼の首席秘書官である理知的な若い女性に視線を戻してたずねた。

「聞いただろう、フロイライン。あなたはどう考えたか意見を聞かせてほしい。」

「ランズベルク伯らが、帝都へ戻ってきた理由ですか?」

「そうだ。おとなしくフェザーンに居座って下手な詩でも作っていれば平穏に過ごせたものをわざわざ危険を冒してまでもどってきた理由だ。」

「ランズベルク伯は、私の知る限りかなりのロマンチストでしたわ。」

ラインハルトはさざ波のような微笑で口元をわずかにほころばせる。

「貴女の観察に異存はないが、あのへぼ詩人が昨年から一年もたっていないのに戻ってきたのは、故郷へ戻るなどといった単純な理由ではあるまい。」

「仰るとおりです。ランズベルク伯が戻ってきたのは、もっと深刻で、彼にとって危険を冒す価値のある動機からです。」

「それはなんだろう。いったい。」

ラインハルトは、興味をその瞳におどらせていた。聡明な伯爵令嬢との会話を明らかに楽しんでいた。

「行動的ロマンチストを昂揚させるのは、強者に対するテロです。ランズベルク伯は、純粋な忠誠心と使命感に突き動かされて潜入を敢行したのではないでしょうか?」

「テロというとわたしを暗殺するつもりかな。」

「いいえ、おそらく違うと思います。」

「なぜ?」

「フェザーンは、閣下が殺された場合に生じる統一権力の瓦解による政治的、経済的混乱を歓迎しないはずです。複数の勢力に資金源をねだられるような不安定な事態は避けたいはずです。ですからフェザーンがテロを使嗾する場合は、要人の誘拐することだと考えられます。」

「その対象はだれかな?」

「三人が考えられます。」

「そのうち一人がわたしだな。あとの二人は?」

「もう一人は閣下の姉君、グリューネワルト伯爵夫人ですが、これは今回の場合考えられません。」

「なぜそう言い切れる?」

「女性を誘拐して人質にすることはランズベルク伯の主義に反するからです。先程も申し上げましたように彼はロマンチストです。かよわい女をさらったと後ろ指をさされることは肯んじないでしょうし、生理的に忌避するでしょう。」

「それはそうかもしれない。しかしフェザーンはいい意味でも悪い意味でもリアリストだ。権道の極致をとってランズベルク伯らに強制する可能性はあるのではないか。」

「閣下、わたしは、誘拐の対象として三人の方を考えました。まず閣下が除外されますが、それは、もしランズベルク伯らに意思があってもフェザーンが了承しません。第二に、姉君、グリューネワルト伯爵夫人が除外されます。ランズベルク伯がそれを了承するとは考えられないし、もしフェザーンが権道の極致をとる場合にランズベルク伯という人選をするとは思えないからです。結局残る三番目の方が計画者と実行者の双方を満足させる要件を揃えていると、私は考えるのですけれど...。」

「その三番目の方とは?」

「現在至尊の冠をいだいておられます。」

「するとあなたは、へぼ詩人が皇帝を誘拐すると...。」

「ランズベルク伯にとっては、これは誘拐ではありません。幼少の主君を敵の手から救出する忠臣の行為です。抵抗を感じるどころ、嬉々として実行するでしょう。」

「へぼ詩人についてはそれでよいが、もう一方の当事者フェザーンにとっては何の益があるのだろう。皇帝を誘拐することで...。」

「それはまだわかりませんが、フェザーンにとっては害になる可能性は考えにくいのですがいかがでしょう。」

「なるほど...あなたの言う通りだ。」

「またしてもフェザーンの黒狐か。やつは決して自分では踊らない。カーテンの陰で笛を吹くだけだ。踊らされるへぼ詩人たちこそいい面の皮だな。」

ラインハルトは苦々しくつぶやき、美しい主席秘書官に向き直ってたずねる。

「フロイライン・マリーンドルフ、へぼ詩人たちの潜入を密告してきたのは、フェザーンの工作員と思うのだが...」

「はい。閣下のお考えの通りと存じます。」

「うむ。今日はさがってよろしい。お疲れだった、」

主席秘書官は、上司たる金髪の青年が、その蒼氷色の瞳を窓の外へ向けて、表情を引き締めている様子をみた。

 

 



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第116話 金髪の英雄と辣腕?弁務官の交渉です(前編)

さて6月20日の午後、フェザーンの駐オーディン弁務官事務所である。

弁務官事務所に武装した巨漢の10人の憲兵が踏み込んでくる。

「帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥より、フェザーン自治領駐在弁務官ボルテック殿に出頭せよとのご命令である。すみやかに出頭されたし。」

弁務官事務所のスタッフたちは何事かと色を失った。

「う~ん、もうちょっとスパイスを効かせられなかったものか...大味だな...。」

そのとき、ボルテックは遅い昼食中で仔牛肉バター焼きのスパイスについてぶつぶつ文句を言っていたところだった。

「弁務官、ボルテック弁務官はいらっしゃいますか!」

「なにごとだ。」

「帝国軍元帥府より出頭命令です。」

(出頭命令...。なるほど、いちおうフェザーンは帝国治世下の一自治領だからそういった法理も成り立つわけか...。)

憲兵のいる場所に、案内され、自分をおちつかせるために

「ふむ。その襟の形はいいな。」

呼び出しに来た女性秘書の襟の形をほめた。物々しい雰囲気に疲れを覚えていた、弁務官事務所のスタッフは気分を暗くし、ため息をつく者もいた。

元帥府に案内され、ボルテックは例の「金髪の孺子」に椅子をすすめられた。

「ありがとうございます。」

「最初に確認しておきたいことがある。」

「はい、閣下、何事でございましょう。」

「卿は、自治領主ルビンスキーの全権代理か?単なる使い走りか?」

微妙な空気が流れる。ボルテックは、金髪の青年元帥を言質を与えないような謹直な表情でながめ、観察と打算を働かせる。

「どうなのだ。」

「....かたちとしては、むろん後者でございます。閣下。」

ようやく言葉を紡ぎ出して答える。

「かたちか...実利主義者のフェザーン人が実態より形式に重きをおくとは寡聞にして知らないな。」

「...お褒めいただいたと考えてよろしいので....。」

「卿の解釈に干渉する気はない。」

「はあ...。」

「フェザーンは何を望んでいる?」

ボルテックは細心の注意を凝らし、軽く目を見張ってみせる。

「恐れながら閣下...何のことやら仰ることがよくわかりませぬが...。」

「ほう。わからぬか。」

「はい...申し訳ございますが、不敏な身には、何のことやら見当がつきかねますが...。」

「これは困ったな。一流の戯曲が一流の劇として完成をみるには、一流の俳優が必要だろうが、卿の演技は見え透いていていささか興をそぐな。」

「なかなか手厳しいおっしゃりようにございます。」

ボルテックは恐縮したように笑った。

「どうやら言い直した方がよさそうだな。皇帝を誘拐してフェザーンには、何の利益があるのか訊いておるのだ。」

「...。」

「それにランズベルク伯ではいささか荷がかちすぎると思うのだがどうかな。」

「...。」

ボルテックは思考と打算を必死にめぐらせている。どこまでラインハルトが知っているかということにさぐりをいれ対策を練らなければならない。

「わたしは、いささかも痛痒を感じないからさらに知っていることを話そうか?」

ボルテックはここまで言われて敗北を認めるように吐息した。

「驚きましたな。すると密告した者がいて、それがわが自治政府の手の者で閣下へのサインであることもお見通しというわけですか...。」

「弁務官。わたしの情報網はこれまでの帝国のものとは違う。同盟や貴族連合との戦いで短期間で完勝したことで交渉巧者のフェザーン人であれば想像ついてもよいと思うのだがな...。」

「わかりました。それでは、私どもの思惑のすべてをご高覧に入れましょう。」

「私どもフェザーンは、ローエングラム閣下が宇宙を支配なさるにつき、その偉業にご協力させていただきたいと考えております。」

「ルビンスキーの意思なのだな。」

「はい。」

「それにしても、その協力の第一歩が門閥貴族の残党どもに皇帝を誘拐させることだというのは、いささか説明を要するのではないか。」

ボルテックは一瞬ためらった。しかし、ここで言い逃れることでかえって金髪の独裁者の気分を損ねても仕方がないと考え、手持ちのカードを切ることにした。

「わたしどもの考えるところは、こうでございます。ランズベルク伯アルフレットは、皇帝陛下を逆臣の手から救出し...ああ、これは彼の主観ですがら、実際のところは誘拐ですが、フェザーン回廊から同盟領に逃亡し、そこで亡命政権を樹立することになりましょう。なんら実体のあるものではありませんが、このような事態を閣下としてはお認めになられますまい。」

「当然だ。」

「ですからここにおいて閣下は自由惑星同盟を討伐する立派な大義名分を手に入れることになります。そうではありませぬか。」

(皇帝を持て余しているだろうからそれを取り除いてやると?ふん。例によって恩着せがましい奴らだ。)ラインハルトは心の中で毒づいた。

「それでわたしはどうすればよいのだ?フェザーンの行為に対して、頭を下げて礼を言えばいいのか?」

「そう皮肉をおっしゃいますな。」

「ではなにをしてほしいか、はっきり言え。腹の探り合いもときにはよいが、毎回そうではいささか胃にもたれる。」

ボルテックはこれについてはさほど躊躇せずに答える。

「では、率直に申し上げます。ローエングラム公は、政治上軍事上の覇権と世俗的権威のいっさいをお手になさいませ。わたしどもフェザーンは、閣下の支配なさる宇宙の経済的権益、とりわけ恒星間の流通と輸送のすべてを独占させていただきます。いかがなものでしょうか?」

「悪くない話だが、フェザーンの政治的地位はどうなるのだ?」

「閣下の宗主権のもとで自治を認めていただきます。つまり、主は変われど今まで通りというわけで...。」

「それは認めよう。だが同盟が皇帝の亡命を受け入れぬ限り、どれほどすぐれた戯曲でも筋の進行のさせようがないが、そのあたりはどうするのだ?」

 

そのとき3体の黒い影がラインハルトに襲いかかった。

 



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第117話 金髪の英雄と辣腕?弁務官の交渉です(後編)。

黒衣の者たちは、目に留まらぬ勢いで、ラインハルトののど元に短剣を突きつけんとした。しかし、ラインハルトは素早い身のこなしでそれを避け、指を鳴らした。するとラインハルトを守るように帝国の軍服に似た黒衣の者たちが現れる。

「なんだ、お前たちは。」

ボルテックがぎょっとしながら言うと黒衣の者は一応引き下がったが、なにやら薄ら笑いを浮かべてる様子だ。ラインハルトは違和感を感じた。もしかしたらこの者たちは自分だけではなくボルテックも殺すかもしれない不気味さを感じ取った。

「なるほどな。弁務官。卿が使い走りだと言った意味がわかった。同盟内の工作は保障できないというわけか。われわれに不安と猜疑をいだかせ、恩を着せて交渉の主導権を握ろうというわけか。」

ボルテックは言葉を継ぐことができずにいる。

「弁務官。フェザーンが私と盟約を結びたいというなら提供してもらわなければならないものがある。」

「それはなんでございましょう?」

そのときカッカッカッカッと異音がして天井から短剣が数十本降ってきて床に突き刺さった。また左右から十数本ほどの短剣が大きな弾丸のようにボルテックとラインハルトを襲ってくる。

帝国の黒衣の者たちがすばやく短剣をはねのけて、ラインハルトとボルテックを守り、鋭い金属音が響き、短剣ははじかれて、床に突き刺さりヴィーンと音をたてていた。

「言わずとしれたこと。ルビンスキーの黒狐に伝えろ!フェザーン回廊の自由航行権をよこせとな!」

「はい。了解しました。」

ボルテックはこともなげに答える。ラインハルトの蒼氷色の瞳が覇気をおびてギラリと光り、ボルテックを見据えた。

「弁務官!」

「はあ...」

「ふざけるな!言い直した方がよさそうだな。フェザーンはどこの自治領かわかっているか。」

「....」

「これだけのことをしておいて、いいのがれられると思うなよ!公海上の自由航行権であれば帝国軍が奇襲を受けても仕方がないということか。かんちがいするな!フェザーン回廊は、もともと帝国領だ。したがって帝国領海並の自由航行権を提供しろと言っているのだ。」

ボルテックは蒼くなった。

「どうした?何を驚く?なぜ返答せぬ?」

華麗にさえ響く冷笑がボルテックの頭上に降りかかる。フェザーン弁務官が声をうわずらせる。

「即答いたしかねます!閣下。」

「わたしが覇権を確立するのに協力すると言ったではないか。であれば、喜んでわたしの要求に応じるべきであろう。それとも卿らが望むのは帝国軍がイゼルローン回廊に無数の死屍を並べることか。ありうることだな。両勢力とも共倒れのうちにフェザーンひとり漁夫の利を占める、か。」

「考えすぎでございます、閣下。」

交渉事には百戦錬磨のはずのフェザーン弁務官は、抗弁というには弱弱しい返事をするほどに追い詰められていた。

「それから黒狐に伝えてやれ。フェザーンの利益と主張はあるかもしれぬが、帝国と同盟もそれは同じだ。三つのうち二つが合体するとしてその一方が必ずフェザーンだとは限らないぞ、と。」

金髪の若者の笑い声はハープの弦を鳴らすような軽やかなものであるにもかかわらず、その内容は苛烈だった。ボルテックは、針のような鋭利なもので鼓膜を突き刺されたような感覚さえ覚えた。

「弁務官、下がってよい。それから卿の身柄は守ってやる。」

ボルテックは弱弱しく一礼するとラインハルトの執務室をでていった。

突如現れた黒衣の者はとっくに姿を消していた。銀髪の参謀長が現れる。

「オーベルシュタイン!」

「はっ。」

「今の者どもは見たな。」

「はい。短剣程度ですませたのは、警告だということでしょう。本気で殺すならキルヒアイス提督が亡くなったときのように...」

そのときラインハルトはオーベルシュタインの言葉をさえぎるように低い声で厳かに命じた。

「フェザーンに潜む得体のしれない者どもがいる。徹底的に調べ上げろ。それから同盟にも工作員を送れ。」

「御意」

その後、オーベルシュタインには、執務室内と天井裏に超小型盗聴器の痕跡らしきものはあったが現物はすべて取り外されていたと配下の黒衣の者から報告があった。

 

ボルテックはすごすごと弁務官事務所に戻った。

弁務官を補佐すべき一等書記官は、交渉の首尾を上司に尋ねる。

「成功したように見えるか?」

ボルテックは荒々しく答え、一等書記官は首を振る。

「金髪の孺子にとほうもない恫喝を加えらえた。」

「と、おっしゃると?」

「帝国と同盟が結ぶ場合もありうる。いつもフェザーンが有利な立場にあると思うな、それと帝国領海並みの自由航行権をよこせと。」

「し、しかし、そんなことはありえません。それから帝国領海並みの自由航行権?まさか承諾したのでは?」

「いや、承諾したわけではない。」

「では、いっそのことランズベルク伯とシューマッハ大佐を消して、そ知らぬ顔をきめこみますか?」

「.....いや、帝国はすでにこの二人の身柄を監視しているだろう。われわれが情報を流した時点で、すべて金髪の孺子は、こちらの狙い以外のすべてを知っていたのだ。消そうとしたら帝国に手札をあたえてやるようなものだ。」

「わかりました。失礼します。」

しかしあの黒衣の者どもはおそらく地球教徒の精鋭だ。交渉次第ではわたしも亡き者にされただろう。背後にいるのは、本当にルビンスキーなのだろうか、それとも....。

ボルテックは考える。金髪の孺子にとって皇帝はやっかいものだ。この計画は厄介払いができるうえに、同盟侵攻の大義名分も得られる、しかもあの黒衣のものどもは自分の命も同時に狙ったから、わたしは守られるだろう。金髪の孺子の傀儡かもしれないが、フェザーン自治領主の座に座るのは自分かもしれない。またランズベルク伯らを始末して足が付いたら詰め腹を切らされるのは自分だ。だから皇帝誘拐計画はすすめたほうがよい。そう考えて一等書記官を呼んだ。

「例の計画は予定通り進める。あの金髪の孺子にとってもいい話のはずだし、いまさらやめたところで無能のレッテルを貼られるうえに君と自分は詰め腹要員にされるだけだ。」

「わかりました。」

書記官は上司に平時と同様な声音で返事をした。



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第118話 「忠臣」たちによる「少年」の「救出」です。

一方、敵から「金髪の孺子」と呼ばれている、いまや帝国の政軍双方の実権をにぎる若者は、幕僚たちと今後起こりうる「忠臣による暴虐なる野心家からの皇帝の救出」について対策を協議していた。

「禿頭の黒狐めがやりそうなことですな。脚本と演出を担当して、踊るのは他人というわけですな。」

「舞台に立ては客席から狙撃もされよう。そういう危険は他人に冒させて舞台裏からたまに糸をひく程度ですまそうというわけだ。」

「で、どうなさいます?例の子どもは、「救出」させるおつもりですか?」

「そうだな。やらせてみるのも一興だろう。」

「宮殿の警備は手薄になさいますか?」

「その必要はない。手薄にしたらしたでさわぎたてる輩がでてこようし、今でさえ厳重とは言えない。あの程度の警備で、あの子どもひとりを誘拐できぬ輩と手を組めるか。」

「そうだ、オーベルシュタイン。今更だが忠義に燃えるへぼ詩人どもを引き続き監視して、万一フェザーンが口封じのために始末しようとしたら助けろ。」

「御意。助けておけば何かと役に立ちましょう。」

「まあ、今は様子をみるしかあるまい。しばらくはへぼ詩人たちの愛国的行動とやらを高みの見物と行こうか。」

「それは結構ですが...。」

義眼をひからせて鬢髪の参謀長は小さく咳払いをする。

「もし皇帝が誘拐されれば、宮殿の警備責任者は、当然ながら罪を問われることになりますな。モルト中将には生命をもってあがなってもらわねばなりますまい。」

「そのことだが、あの男を殺すのは惜しいし、その必要はない。以前の副宰相ゲルラッハを卿の部下が監視しているだろう。やつに宮殿の警備責任者を命じればよい。お前の罪を赦して、晴れて復帰させてやる、皇帝を守り、不逞の輩を捕えて始末するための名誉ある任務だとな。旧体制派にとってはうってつけだろう。それで責任をとらせるのもよし、共謀の証拠があればそれを理由に処断するのもよし。廃物利用にちょうどいい。」

「で、ゲルラッハの直接の上司はケスラーになりますが。」

「ケスラーは得難い男だ。憲兵総監まで重罪になったら兵士たちが動揺するだろう。戒告と減俸、その程度でよい。」

「閣下、お耳汚しながら、一本の木も抜かず、石もよけずに密林に道を切り開くことはできませぬぞ。」

「中学生向きのマキャベリズムなど語るな。その程度のことは承知している。」

「とおしゃいますが、閣下はときとして初歩的なことをお忘れになるように小官には思われます。人類の歴史が始まってこのかた、敵だけでなく味方の多量の屍の上に玉座が築かれてきたのです。白い手の王者などは存在しませんし、ときには死を賜るのも忠誠に酬いる道であることもお考えいただきたいものです。」

「では、卿もわたしのために命を差し出すこともいとわぬというのか?」

「必要とあらば...。」

「よく覚えておこう。もうさがってよい。」

オーベルシュタインは自宅に戻り、執事が夕食のワインの銘柄についてたずねると

「いや、もう一度ローエングラム公から呼び出しがあるはずだ。アルコールはやめておこう。料理も軽いものでよい。」

オーベルシュタインが軽い食事をすませたころ、ヴィジホンが鳴って、ラインハルトの主席副官シュトライトの肩までのすがたが映し出される。

「総参謀長殿。ローエングラム公が至急のお召しです。公は元帥府においででですのでご出頭願います。」

オーベルシュタインが元帥府に出頭すると、若き金髪の帝国宰相は

「...ひとつ忘れていたことがある。」

とひとことつぶやくと前置きもなしに用件をきりだす。

「なにごとでございましょう。」

「意外とは言わさぬ。予期していなければこんなに早く呼び出しに応じられまい。」

「おそれいります。エルヴィン・ヨーゼフ陛下に代わる新しい皇帝の人選お考えにならぬはずはないと考えておりました。」

「卿のことだ。候補者についてなんらかのこころあたりがあるだろう。」

「先々帝ルードヴィッヒ3世の第三皇女の孫がおります。父親はベクニッツ子爵で、昨年の賊軍には参加していません。象牙細工のコレクション以外に何の興味もない男です。女の子ですがこの際女帝もよろしいでしょう。」

「年齢は?」

「生後五か月です。」

「で、どうなさいます?ほかの候補者をさがしますか?」

「よかろう。その赤ん坊に玉座をくれてやろう。子どもの玩具にしては面白みに欠けるがそういう玩具をもっている赤ん坊が宇宙にひとりはいてもいいだろう。二人は多すぎるがな。」

「かしこまりました。ところでペクニッツ子爵ですが象牙細工の代金の一部が未払いで商人から民事訴訟を起こされています。どう処置いたしましょう。」

「原告の要求額は?」

「7万5千帝国マルクで...。」

「和解させろ。宮内省の予備費から金銭を出してやれ。」

「御意。」

オーベルシュタインは一礼し、今度こそ就寝するために退出していった。

 

さてランズベルク伯アルフレットとレオポルド・シューマッハが、帝国博物学協会から南苑の皇帝の寝所に近い場所に出る秘密の地下通路を、酸で溶解して証拠隠滅可能な使い捨て式地上車を使って、目標のジギスムント1世像の足元に出た。通路はそこで行き止まりになっており、アルフレットが皇帝救出の秘密通路の出入りのために先祖から受け継いだという指輪を通路の行き止まり部分の天井に当てると、その低周波で天井が開いた。皇帝の寝所である建物はそぐそばで、二階のバルコニーから二人は静かに侵入した。

二人は天蓋付きのベッドに座っている少年を見つけた。

「陛下…。」

文弱と呼ばれる青年貴族は、感動のあまり声が震える。床に膝を突きうやうやしく拝礼した。

幼い皇帝は、鈍い視線で、若き詩人としても知られる青年貴族に一瞥をくれたが、やがて、ふたりを傍観している青年軍人を指さして

「この者はなぜひざまづかぬのか。」

と糾弾するような甲高い声を発した。アルフレットはシューマッハに皇帝にひざまづくように半ば命令口調でうながし、シューマッハは片膝をついた。アルフレットは「少年」にここから脱出するよう数度にわたってうながしたが、「少年」にとっては他人事であり、ぬいぐるみを引っ張りまわしているだけだった。やむをえず、二人は、いやがるきかんぼうな「少年」を背後から抱きかかえて、口をふさいで、かかえて逃走しようとした時だった。守り役の侍女が現れたが、二人を見て、銃口を突きつけられると、へなへなと床にくずれおちた。



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第119話 未明の軍議です。

さて、数人の侍女が彼らを目撃したが、狼狽するばかりであった。しかし、そのただならぬ態度から宮廷警護の兵士たちが異変に気が付いたときには6~7分経過していた。宮廷警護の新任の責任者ゲルラッハは、宮殿近くに与えられた自宅で寝ていたが、異変があるとの通報を受けて、駆け付けた。

「皇帝陛下は無事か?いずこにおわすのか?」

問われた侍従はしどろもどろだったがようやく

「も、申し訳けありません。なにやら、ぞ、賊が侵入して陛下をさらっていったようでございます。」

と答えた。

「じ、侍従殿、このことは探索が終わるまで他言無用に願いますぞ。」

「はい。」

ケルラッハと侍従は、保身のことを考え始めてお互いに目が泳いでいる。

兵士たちは宮殿じゅうを残留熱量測定装置やスターライトスコープで侵入者の経路を突き止めたものの、ジギスムント1世の銅像の付近で途切れているので、伝説の地下道があるのではと推定するが皇帝像に手をかけていいのかケスラーに問うた。ケスラーは、内心では動揺を禁じ得なかったが、宇宙港の閉鎖、幹線道路の検問、憲兵隊の出動を命じた。

7月7日、午前三時半、帝国宰相ローエングラム公ラインハルトは、ケスラーから皇帝が行方不明である、誘拐された可能性があると思われるとの通報を受けた。

金髪の若者は

(ほう、さっそくやってくれたか。)

と心の中でほくそえみ、着替えて元帥府へ向かう。

元帥府に着くと間もなくケスラーがゲルラッハを連れてやってきて、ケスラーが代表して不逞な侵入者に皇帝を奪われた旨謝罪した。

「ケスラー、私に罪を詫びるより、卿の責務を果たせ。陛下を帝都よりお出しするな。」

ケスラーは、一礼し、憲兵隊を指揮するために退出しようとすると、ゲルラッハも一礼して退出しようとした。

「ゲルラッハ警備隊長。」

「はっ。」

「卿は、退出せぬともよい。執務室で謹慎し、身辺を整理しておけ、思い残すことのないように。」

「なぜ...でございますか。まだ...。」

「わからないのか。卿は、直接貴族連合に加わったわけでないから監禁にとどめ、今の職につけてやったのだ。なのに今回の失態は看過しえぬ。誘拐に協力した証拠こそないが、警備に怠慢だったのは事実だ。異論があるか?」

「ほ、法の加護を...。」

あらかじめケスラーに命じて、逃げださないように控えさせていた憲兵に命じる。

「つれていけ。」

金髪の若き元帥の顔は、くすんだ金髪の美しい秘書官へ向けられ、その口から彼女への呼びかけが発せられる。

「フロイライン。」

「はい。閣下。」

「上級大将と大将の階級を持つ提督たちを集めてくれ。」

「かしこまりました。ローエングラム公。いよいよはじまるのですね。」

「そのとおりだ。フロイライン。」

秘書官である美しい伯爵令嬢に微笑を向けられると、金髪の若き青年元帥も笑みを返した。

元帥府のゴールデンルーヴェが掲げられた謁見の間に提督たちが向かい合って居並び、その中央奥に金髪の青年元帥が立っていた。

金髪の青年元帥は、提督たちを蒼氷色の瞳でながめわたして

「新無憂宮で、さきほどちょっとした事件があった。七歳の男の子が何者かに誘拐されたのだ。」

風もないのに室内の空気が揺れた。さすがの歴戦の勇将たちも息をのんではきださざるを得なかったからだった。

「ケスラーに探索させているが未だ犯人は捕らわれていない。卿らの意見を聞いて今後の事態の発展に対応したい。遠慮なく発言せよ。」

ミッターマイヤーが門閥貴族派の残党が皇帝を錦の御旗として勢力の糾合を図って復活をはかろうとしているのだろう、と発言すると賛同の声が起こる。犯人はだれだろうという声が起こると細面の好男子ロイエンタールが皮肉っぽく金銀妖瞳を光らせ、

「いずれ判明することだ。とくとくとして自分たちの功を誇るだろう。何しろ皇帝が自分たちの手元にあることを公にしなければ誘拐の目的が達成されないのだからな。」

「卿の言うとおりだと思うが、そうなれば我々の報復を促すことになるだろう。やつらはそれを承知しているのだろうか。」

「当面は我々の追及をかわす算段があるということか?」

「その自信の根拠は何だ?辺境に人しれず根拠地を気づくつもりなのか...。」

「そうなると第二の自由惑星同盟ということになるが...。」

そのとき冷厳な声が銀髪の総参謀長の口から発せられた。

「第二と言わず、自由惑星同盟の存在をこの際考慮に入れるべきだろう。」

「自由惑星同盟が...そんなことがありうるのか...。」

「門閥貴族の残党どもと共和主義者とでは、水と油に見えるが、ローエングラム公が覇権を確立するのを妨害するという一点で野合しないとは限らない。いまだから言うがその危険を避けるために昨年のリップシュタット戦役の間に奴らを分裂させる工作を行ったのだからな。自由惑星同盟もローエングラム公が帝国の事実上の支配者であることは伝わっておろうし、その力を弱めることができるのは魅力的だろう。それから犯人たちに対してもそう簡単には攻撃できない。」

提督たちにとっては、さすがに反動的な守旧勢力と共和主義者が手を結ぶなど意表をつくことであった。しかし、オーベルシュタインの言う通り目先の判断で野合する可能性もありえないことではないのも否定しきれず、空気は緊張を帯びた。

「ロイエンタールの言うように遠からず陛下の所在は明らかになろう。いま性急に結論を出すのは避けたいが、もし、自由惑星同盟を名乗る叛徒どもがこの不貞な企てに加担しているとすれば、奴らにはその代償を支払わせる。奴らは一時の欲に駆られて大局を誤ったと後悔に打ちひしがれることになろう。」

「皇帝不在の間は病気ということでとりつくろう。また国璽は宰相府にありさしあたって国政に支障はない。卿らには私から二つだけ要求する。ひとつは、皇帝誘拐の一件を口外せぬこと、もうひとつは、いつでも麾下の艦隊を出動できるよう後日の急に備えること。この二点だ。他のことは必要があり次第、追って指示する。夜も明けていないのにご苦労だった。解散してよろしい。」

 

提督たちは、きびすを返して退出するラインハルトを見送った。

 

 



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第120話 なにやらごそごそやってます。

早朝の軍議を終えて、おさまりの悪いはちみつ色の髪の青年提督は、彼にとっては最も親しい友人でもある金銀妖瞳をもつ細面で黒髪のイケメン提督に話しかける。

「どうだ、うちへ寄って朝食をとっていかないか?」

「そうだな。ではあつかましいがそうさせてもらうか。」

「素直なことはいいことだ。」

「...たまにはな...。」

「それにしてもローエングラム公がこの大事に動じていらっしゃらないのはさすがだな...。」

ロイエンタールは、あいづちで返した。

「遠からず出兵があるかもしれんな。」

「ああ。卿もそう思うか。」

しかし、あの難攻不落のイゼルローンをどう攻略するつもりなのか、しかもあそこには、ヤン・ウェンリー、ミホ・ニシズミ、メルカッツという同盟最強の名将たちが待ち構えている。

しかし、双璧と言われるかれらでもフェザーン回廊を通過しての侵攻作戦には思い至らなかった。それを察していたのは、彼らが意識していたイゼルローンを守る魔術師、歴史家志望の学者風提督と栗色の髪の小娘であった。

さてフェザーン自治領主府では、禿頭の自治領主アドリアン・ルビンスキーが、細面の美男補佐官ルパート・ケッセルリンクから、幼帝とその誘拐者は、帝国憲兵隊の捜査網を潜り抜け、フェザーンの貨物船ロシナンテの密航専用室にいてフェザーン本星に向かっている。フェザーンで

は、レムシャイド伯らが自由惑星同盟領にはいったところで亡命を申し込む手はずになっていることを説明した。

「ふむ。ローエングラム公だが皇帝がいなくなったからといって、まだ自ら玉座に着くまい。だれか傀儡を立てるだろう。」

「私もそう思います。同盟を滅ぼすか、致命的な一撃を浴びせないうちは自ら皇帝に登極しないでしょう。」

「ケッセルリンク。」

「はい。」

「ボルテックは、金髪の孺子にフェザーン回廊の帝国領海並の自由航行権を要求されたそうだ。」

「はい。」

「金髪の孺子、なめるものではないぞ。」

「しかし、ボルテックの身柄はあのオーベルシュタインの手の者に守られています。」

ルビンスキーは不敵に笑い、指を鳴らした。

「アーリマン書記官。」

「!! どうして...。」

「こやつは同盟でこのたび左遷されたネグロポンティと組んでいたのに裏切った。だからリークがあったということだ。」

「うう...。」

「そろそろ明け渡した方が身のためだぞ。まあ今回はご苦労だったな。凄い奴を連れてきてくれたようだしな。」

「いっぺえ金くれるのか。」

「この者は?」

「地球のはるか過去、まだ西暦の時代、東洋の島国の山奥から連れてきた者らしい。」

「金ならたくさんやる。」

ルビンスキーは黒づくめで眼だけを露出された軽業師のような若者に声をかける。ラインハルトの写真を見せた。

「ニヒト殿。こいつを殺せ。」

ニヒト(無い)といわれた黒ずくめの軽業師のような男はほくそえむと姿を消した。

ルパート・ケッセルリンクは自治領主府を退出すると首都から半日行程のイズマイル地区にレムシャイド伯を訪れた。ランズベルク伯アルフレットらが。皇帝救出に成功したとの報を聞くと

「大神オーディンにもご照覧あれ。やはり正義はこの世にあった。」

と狂喜と言わんばかりの喜びようで、

「八十二年物の白ワインをもって参れ。」

と命じるとルパートの方へ向き直り、

「補佐官にはご協力を感謝する。今宵はこの喜びを分かち合おうではないか。」

とうれしそうに話しかける。ルパートはあくまでも冷静に

「閣下、恐縮ですが、くれぐれも皇帝救出の件は、自由惑星同盟に認めさせるまでは、くれぐれもご内密に願います。」

「わかっておる。補佐官には迷惑をかけない。ところで、亡命政府の閣僚リストをつくってみたのだ。応急な物なので不備な点も多々あるが...。」

「それはそれは、迅速な処置というべきで......よろしければリストを拝見させていただけますか?伯爵」

ルパートは、相手が見せたがっているのを承知で、その手に乗ってやった。レムシャイド伯は、白ワインで上気した顔で相好をくずした。

「うむ。本来は補佐官がおっしゃたとおり亡命政府ができるまでは、機密に属することだが、フェザーンには、これからも何かとお世話になることであろうし、正統なる銀河帝国政府の陣容を知ってもらった方がよいであろう。」

「むろん、私どもフェザーンは、伝統ある銀河帝国の正統を受け継ぐ閣下らを全面的にバックアップさせていただきます。政略上、ローエングラム公には弱腰の態度をとらざるを得ないこともありますが、あくまでも面従腹背、わたしどもの真の好意は、つねに閣下らのうえにあるとお考えください。」

ルパートは「銀河帝国正統政府閣僚名簿」を恭しく受け取り、視線を走らせる。

「人選には、さぞご苦労なさったでしょう。」

「なにしろ、亡命者の数は多くとも、陛下に忠誠を誓う者で、かつ一定の能力をもつものとなると限られてくるからな。この顔ぶれなら信用できるし、選ばれた者も信頼に応えてくれるはずだ。」

「一つお訊きしてよろしいでしょうか?」

「ん?なにかあるのか補佐官?」

「閣下が国務尚書として内閣を主導なさるのは当然のこととして、なぜ帝国宰相を名乗られないのですか?」

「それは考えないでもなかったが、補佐官。帝国では伝統的に宰相をおかずに、国務尚書が閣僚の首座として政務をおこなうのが通例で、先代のリヒテンラーデ侯もそうであった。それに倣うという意味と陛下のもとに忠誠ある帝国貴族を糾合するためには、あの不逞な輩、金髪の孺子と違い、私心がないことを示して、帝国の伝統を尊重して正統性を示すために立ち上がったことが自然に伝わる形をとったのだ。宰相になるのは、陛下を奉じてオーディンにもどってから、その功績をもって正式に任命されたいのだ。」

「なるほど....全宇宙に自らが正統な帝国宰相と名乗るほうが...などとわたしなどは考えますが...ところで、今回の陛下救出の功労者、ランズベルク伯とシューマッハ大佐の処遇はいかがなさいますか?」

「むろん忘れてはいない。ランズベルク伯には、軍務省次官、シューマッハ大佐は、提督の称号を与えてメルカッツを補佐させるつもりだ。ともに金髪の孺子と戦ったのだから。」

「メルカッツ提督の軍務尚書...能力の上からは当然のご人選とは存じますが、ご当人の意思と同盟の意向はいかがでしょう?」

ルビンスキーであれば聞き出さないところであるが、才気ばしったところのある若き補佐官は、皮肉を感じさせない口調で訊ね返した。

 



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第121話 銀河帝国正統政府です。

「メルカッツ提督の意思?問題はないはずだ。これだけの地位を提供しているし、同盟も亡命政権を認めるならば、メルカッツを譲ってくれるはずだ。」

「なるほど...では、軍務尚書の統括する軍隊はどうなさるのですか?」

「亡命者を募って訓練し組織せねばなるまい。問題は費用だが...。」

「費用でしたら問題なく。必要な額を用立てて差し上げますゆえ、ご心配なく。」

「それはありがたい。」

ルパートが狡猾なのは、ここで無償で、と言わないことであった。

ルパートは、閣僚名簿の複写をレムシャイド伯に請うと、快く許可を得られたのでそれをもって、フェザーンのレムシャイド伯の別邸を辞して、シープスホーン地区にある広壮な邸宅の前に地上車を停めて門柱の前のセンサーに右手をさらした。青銅の門扉は音もなく開く。

ホールに客を迎えた女主人は、若者に話しかける。

「今夜は泊っていくんでしょう、ルパート」

「親父の代理としては力不足だがね。」

「馬鹿なことを言わないで。ま、あなたらしい言いぐさだけど。で、お酒にするの?」

「そう、まず酒だ。それと理性のあるうちに頼みごとをしておこうか。」

「なにかしら。」

「デグスビイという地球教の司教がいる。」

「ああ、知ってるわ。顔が異様に青白い。」

「奴の弱みをにぎりたい。」

女主人は、少々けげんそうな顔をする。

「味方にでもするの?」

「ちがう。手下にするんだ。」

「奴は禁欲主義の権化のようにみえるが、それが本物かどうかだ。偽物なら付け入るスキは十分にあるし、本物であっても時間をかければ変えることができるだろう。」

「かかるものはもうひとつあるわ。費用よ。出費を惜しんでいい結果だけ求められても困るわ。」

「心配するな。必要なだけ出してやる。」

「補佐官の給与ってそんなにいいの?ああ、いろいろ役得があるって言ってたわね。それにしても地球教だの亡命貴族だのにぎやかなことだわ。」

「百鬼夜行さ。この国ではいつだって誰かが誰かを利用しようとしている。俺は誰かを利用するが、その逆はごめんだ。」

ルパートは、緋色の酒を空のグラスに注ぐと氷も加えずに口の中に放り込むように飲んだ。

胃と食道に燃えるような刺激を感じた。最後に生き残るのは俺だと信じたいと感じていた。

 

さて、レムシャイド伯らに伴われて、皇帝エルウィン・ヨーゼフⅡ世が自由惑星同盟領に至ったのは、宇宙暦798年7月であった。

「こちら、フェザーンの貨物船ロシナンテ。寄港の許可を願います。」

「こちら自由惑星同盟、イレデンタ星系管制局。了解いたしました。指示に従って降下してください。誘導電波を送ります。」

イレデンタ星系は、フェザーン回廊出口からもっとも近い同盟領の星系で、入国管理局がある。

ロシナンテの船長ボーメルは、これでヤマネコのような「気かんぼうの大貴族のガキ」を追い出せると思い、胸を撫で下ろしていた。入国管理官は順番にパスポートを見ていったが、七歳の子供のそれを見て驚いた。

さすがに、エルウィン・ヨーゼフ・フォン・ゴールデンバウムが何者か知らない者はいない。敵国の皇帝だ。何が起こったのか...。

「主席管制官...これを....」

「!!...た、だだちに首都へ伝えろ!至急伝だ!」

「ぎ、議長、至急伝です。実は...。」

「なに...銀河帝国の皇帝が亡命?」

「はい。」

「ふうむ。アイランズ君をよびたまえ。」

「トリューニヒト議長、いかようでしょうか。」

「アイランズ君。これを見てくれたまえ。」

「!!」

さすがのアイランズの瞳孔もおどろきで大きく開かれる。

「そうだ。銀河帝国の皇帝自ら亡命してきたということだ。」

「で、わたしは何をすれば...。」

「統合作戦本部次長のドーソン君に伝えて保護させたまえ。クブルスリーに任せたら帝国につきかえすなどというつまらない常識論をいいかねない。これは政治なのだ。最大限に政治的効果を上げて次の選挙につなげるのだ。銀河帝国の皇帝すらもこの自由の国に庇護をもとめてきたと。」

「はい。わかりました。」

実は、ドーソンはこの手の秘密保持の業務については有能だった。

また、当初タスクフォースとして臨時に帝国憲法起草委員会が設けられ、生存権、議会の設置、主権在民、女性の権利などをもりこんだ憲法をつくってほしいと正統政府に要求したものの、帝国の国柄に合わないなど拒否され続けたので、結局ドーソン自らが説得に当たった。愚かなことに同盟政府は、帝国正統政府で立憲化され、同盟の傀儡であるゴールデンバウム朝が復活できるような気になっていた。あとで貴族連中をすげかえればいい、とにかく今は説得しないことには話にならないと、レムシャイド伯にドーソンはこう提案した。

「レムシャイド閣下。あなたがたを亡命者として受け入れているわけですが、帝国政府として復活した際に、皇帝の専制政治にもどすための亡命政権ということであれば賛成できかねますな。いまのあなたがたのいう「金髪の孺子」が独裁をしているのと変わらないことになります。」

「では、どのようにすればよろしいとおっしゃるのか...。」

「わが自由惑星同盟は民主国家です。憲法にあたる同盟憲章で、皇帝や独裁者が現れないようにしているのですよ。実際、皇帝や貴族中心の制度だから不満が募ってローエングラムの独裁が生み出されたのでしょう。そのようなことがおこらないためにも憲法が必要なのですよ。」

レムシャイド伯は、同盟も金髪の孺子に使嗾されて救国会議ができたではないか、と言いそうになるのをこらえた。ここで相手の機嫌を損ねてはいけないので黙っていたが、質問はせざるを得ない。

「そんなことをして神聖不可侵の皇帝陛下の、国体の護持を侵すようなことにならないでしょうか。」

「問題ないでしょう。現に閣下は閣僚名簿を作っておられるではないですか。憲法を定めて、この閣僚で政治を行えばいいのです。我が国にも平民の癖に戦争に参加したくないなどと身勝手な主張をする者どもがいます。国家あってこその権利ということがわかっていない愚か者どもです。あなたがたであれば皇帝陛下の神聖性を侵すことはないのでしょう。」

「それに選挙制度も工夫すればよろしい。教養と伝統をもつ貴族の皆さんがまずは政権を担い、平民に対しては範をたれる。そうすれば前進になります。まずは、われわれの民主国家の制度のほうがすぐれていることを示していただきたい。その協力は惜しみません。」

「わかりました。どうやら、金髪の孺子の力をおさえるにはほかに手段がなさそうだ。」

「ご理解いただけてなによりです。」

このような議論が三週間続いてようやく決着をみた。



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第13章 嵐の前ぶれです。
第122話 残念な演説です。


さて、8月19日、イゼルローン要塞の士官のラウンジである。

「ミス・ニシズミ」

「ヤン提督。」

「皇帝がさらわれて、行方不明だそうだ。」

「それってどういうことですか。」

華、沙織、優花里がヤンに問い返す。

「もしかして...。」

みほがこぶしを握ってなにかを思い付いたようにあごにあてるしぐさをして、ヤンを見つめた。ヤンと麻子がみほの発言しようとした内容を察して頷く。

「どうしたのみぽりん?麻子?」

と沙織が問い返した時、中年の士官が声をかけた。

「やあやあ皆さん。」

「バグダッシュ中佐。」

自他ともに認める諜報の専門家は、にやつきながらちょびひげをいじってみせる。

「ヤン提督。この情報はとっておきでしたかな。」

「そうだね。同盟領内に侵入か、亡命したという話はないかい。」

「極秘処理されていますが、フェザーン貨物船ロシナンテを通して複数名の帝国貴族の亡命者を最近受け入れたという話がありますな。」

「なにかありそうですね。」

華、優花里がつぶやく。

「いよいよということでしょうか。ヤン提督?」

みほがヤンに話しかける。

「ああ、近いうちに政府が何らかの動きをするだろう。」

そのときフレデリカが息をせききってとびこんできた。

「閣下こちらにいらっしゃいましたか。」

「大尉、どうしたんだい。」

「首都から緊急通信です。明日の午後、トリューニヒト議長が全同盟に向けて演説するから、全将兵は超光速通信を見るように、とのことです。」

「近いうちと思ったが明日か...。」

ヤンとみほはあからさまにげんなりしていた。華、沙織、優花里、麻子はそれをみて一瞬苦笑したものの、つぎの瞬間にはげんなりせざるを得なかった。

 

20日午後、中央指令室の大スクリーンにトリューニヒトの顔が大写しになる。

「同盟の全市民諸君、わたしは、最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトである。わたしは、全人類の歴史に大いなる転機が訪れたことをここに宣言する。わたしは、この宣言を行える立場にあることを深く喜びとし、かつ誇りとするものであります。先日一人の亡命者が身の安全を求めてわが自由の国の客人となりました。我が国は亡命者の受け入れを拒否したことはありません。多くの人々が専制主義の冷酷な魔手からのがれ自由の天地を求めてやってきました。しかし、この度の亡命者の名は特別な響きをもちます。」

ヤン、みほは、これほどまでにトリューニヒトの次の言葉を期待ををして待ったことはなかった。おそらく一生で最初で最後だろう。バグダッシュやイゼルローン司令部の面々もただらなぬ予感を感じ、かたずをのんでトリューニヒトの次の言葉を待った。

「すなわち、エルヴィン・ヨーゼフ・フォン・ゴールデンバウム」

ヤンとみほは、すくなからずのけぞった。イゼルローンの司令部も130億とされる同盟市民も光も熱も音もないのに至近に落雷した感覚を覚えざるを得なかった。

画面に映った扇動政治家は、口元をかすかにほころばせながら、自分の言葉の効果を楽しむように数秒の沈黙を置いた。

ある者は呻きながら、ある者は声を出せずにスクリーンに映し出されている元首の顔を凝視していた。

「同盟の市民諸君。帝国のラインハルト・フォン・ローエングラムは、強大な武力をもって反対者を一掃し、いまや独裁者として権力をほしいままにしています。わずか七歳の皇帝を虐待し、欲望の赴くままに法律を変え、部下を要職につけて国家を私物化しつつあります。これは帝国内部の問題にとどまりません。彼の邪悪な野心は、我が国にも向けられています。全宇宙を専制的に支配し、人類が守り続けた自由と民主主義の灯を消してしまおうというのです。彼のような人物とは共存できません。われわれはここで過去の行きがかりを捨て、ローエングラムに追われた不幸な人々と手を携えてすべての人類に迫る巨大な脅威から我々自身を守らねばならないのです。この脅威を排してはじめて人類は恒久平和を現実のものとできるでしょう。」

ヤンはバグダッシュに言った。

「こんなにはやく中佐からの報告で感じた疑問の答えが出るとはねえ。」

そしてユリアンに言う。

「ユリアン、前から言ってるように人間恥を知らなければいけないよ。」

「提督、それってどういう意味ですか?」

「わが敬愛すべき国家元首殿はとんでもないババを引かされていることも気が付かずに得意げに演説をぶっているということさ。」

「同盟の情弱さをさらけ出したということですよ。私としても恥ずかしい限りですが...。」

バグダッシュが珍しく悔しそうな表情をする。

「提督、誰か映っています。」

ユリアンの声に振り向いてヤンとみほは再びふたたび画面に目を向ける。

画面に映し出された初老でやや細面で銀髪の人物は、次のように名乗った。

「わたしは、銀河帝国正統政府国務尚書ヨッヘン・フォン・レムシャイドです。このたび自由惑星同盟政府の人道的なご支援により祖国に正義を回復する機会と根拠地を与えていただき感謝にたえません。次にあげる正統政府閣僚である同志たちを代表して御礼申し上げます。」

そして閣僚名簿を読み上げ、画面上に映し出される。

「軍務尚書ウイリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将」

の名があげられたとき、イゼルローンの司令室では、いっせいに愕然とした視線が、亡命の客将に向けられ、視線の対象になった人物とその副官が自分たち以上に驚愕しているのを認めて

「閣下、これは...。」

シュナイダー大尉はおもわず上官の顔をみてつぶやいたが、自分たちに向けられた視線に気づいて無言の上官に代わって弁明した。

「どうか誤解しないでいただきたい。閣下も小官もこのことに対しては初耳なのです。なぜレムシャイド伯が閣下の名を出されたのかこちらが聞きたいほどです。」

「わかっている。誰もメルカッツ閣下がご自分で売り込まれたなどとは思っていないさ。」

ヤンの語調には、同盟政府やトリューニヒトを皮肉るときのそれが混じっている、シュナイダーをなだめると同時に、部下たちの心に沸き起こったメルカッツに対する不信感を牽制し、ふだんの空気に戻るよううながしたのである。

「わたしがレムシャイド伯とやらでも、メルカッツ提督に軍務尚書の地位を提供するだろう。ほかの候補など考えられないし、どうせこれだけの地位を与えれば異存ないと考えて一切話していないんだろう。」

「同感ですな。」「わたしもそう思います。」

いいタイミングでシェーンコップとみほが相槌をうってくれたのでヤンは安堵した。

ユリアンが怒った。

「提督のいうとおり、ほんとうに恥知らずですね。政府、いえトリューニヒト議長は。」

「うん、さっきは興奮して悪い見本を見せてしまったね。ユリアン。公の場で軍人は政府批判を慎まなければならないのにね。」

「そうですね。僕こそすみません。」

少年は、保護者の言葉で、我に返って冷静になった。



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第123話 ゆさぶられているイゼルローンです。

さて、単座式戦闘艇(スパルタニアン)の格納庫で、撃墜王として知られるオレンジ髪の青年が怒りを抑えきれない様子であった。

「我々は、流浪の少年皇帝を助けて悪の権化である簒奪者と戦う正義の騎士というわけか。立体テレビドラマの主役がはれるぜ。」

笑おうとして失敗し、苦々しい怒りに任せて軍用ベレーを床にたたきつける。僚友のイワン・コーネフはあわれなベレーを静かに拾い上げて本来の持ち主に差し出す。

「だいたいなんだってわれわれがゴールデンバウム家を守るために血を流さねばならないんだ。ひいじいさんの代からいままで100年以上も戦い続けたのは、ゴールデンバウム家を打倒して、全銀河系に自由と民主主義をもたらすためだったんだろうが。」

「しかし、これで平和が到来するなら政策の変更もやむをえない。」

「平和?たしかにゴールデンバウム家と間に平和が来るかもしれないが、ローエングラム公との間はどうなるんだ?やっこさんにしてみれば面白い道理がない。怒り狂って攻めてくること疑いないぜ。」

「だからといって皇帝を追い返すわけにいくまい。ほんの七歳の子供だ。人道上助けないわけにはいくまい。」

「人道だと?ゴールデンバウム家の連中に人道など唱える資格があるとでもいうのか。初代のルドルフ以来連中がなにをしてきたか歴史の教科書を読み返してみるんだな。」

「先祖の罪だ。あの子供の罪ではない。」

「お前さんも正論家だな。いちいち言うことがもっともだ。」

「それほどではないが....。」

「謙遜するな。俺は皮肉をいっているんだ。」

撃墜王として知られる青年ポプラン少佐は、僚友からベレーをひったくると、怒りにまかせて乱暴に足を踏み鳴らして歩き去った。彼に並ぶ撃墜王である僚友は肩をすくめて苦笑してその姿を見送っていた。

 

さて、イゼルローンの司令部は、この事態をうけて、今後どう対処するか話し合うために招集された。

「たった七歳の子どもが自由意思で亡命などするわけがない。救出などといっているが大方誘拐されたとみるべきだろう。忠臣を自称する連中によって。」

キャゼルヌがそう発言すると賛同の声が複数の口から発せられる。

「それにしてもローエングラム公の出方が思いやられますな。皇帝を返せと言ってくるかそれとも...。」

ムライ少将が眉をひそめると、パトリチェフ准将が広い肩を不器用にすくめた。

「議長の名演説をお聞きになったでしょう。あれだけ大きなことを言ったら内心で返したくても返せるわけがない。」

シェーンコップが洗練された手つきでコーヒーカップを受け皿にもどして両手の指を組んだ。

「仲良くするんだったらいくらでも機会はあったはずで、相手が実質的な権力を失って逃げ出してから仲良くするなんて間の抜けた話じゃないですか。」

「結論からいえば、昨年のリップシュタット戦役で貴族連合とローエングラム公が抗争していた時に介入していれば、いくらでもこちらに有利な状況をつくりだせたのだが、ローエングラム公はそれに気付いたからこそ同盟軍内の不平分子をあおって救国会議政権を作らせたのさ。」

「そうですな。」

「分裂した敵の一方と手を結ぶには、時期も実力も必要です。だけど、いまはそのどちらもないんです。」

みほがそう発言したのを受けるように、ヤンがうなづいて話し始める。

「考えてみれば、ローエングラム公は、今回の皇帝の逃亡によって何も失わないのさ。まず、同盟国内の国論の分裂、逃げ出した皇帝に対しての民衆の敵意を増幅させることで国内の団結を図る、それから皇帝の身の安全を配慮する必要がなくなり、虐待者の汚名から自由になる。あと...。」

ヤンはみほをみて回答を促す。

「あの、皇帝陛下を取り戻す、助け出すと主張して、艦隊を同盟領に進めることができます。」

ヤンはうなづいた。司令部は慄然とし、重い空気におおわれた。

シェーンコップが彼には珍しく恐る恐る訊ねる。

「もしかしてローエングラム公がわざと皇帝を逃がした、あるいは、逃げやすい状況を放置したというわけですか。」

「おそらくそこは抜かりないから後者の形をとったんだろうけどね。」

重々しくヤンは返事をし、ユリアンの非難がましい視線を無視してブランデーを空になったカップに注ぐ。テーブルに置かれたブランデーの瓶をキャゼルヌがつかみ、中身を自分のカップに注いだ。それから酒瓶は、シェーンコップ、ムライと「旅」を続ける。

ヤンは、気づかわしげな視線で、移動していく酒瓶を眺めていると、背後に亜麻色の髪の被保護者の心配と非難の混じった視線を感じ取る。

例の亡命者たちと皇帝はフェザーンの正式な旅券をもって亡命したという。それを見逃したということは、ローエングラム公とフェザーンが秘かに手を結んだと考えるのに対して時間を要しなかった。ヤンは頭の芯に軽い痛みを覚えたが、その時、キャゼルヌとシェーンコップの会話が耳に飛び込んできた。

「首都では騎士道症候群がまんえんしているらしい。扇動政治家トリューニヒトの面目躍如といったところだ。暴虐かつ悪辣な簒奪者から幼い皇帝を守って正義のために闘おうっていうわけさ。」

「ゴールデンバウム家の専制権力を復活させるのが正義ですか...ビュコック提督に習って言えば、新しい辞書が必要ですな。反対する者はいないのですか。」

「慎重論もないではないが、口を開いただけで非人道派よばわりされてしまう。七歳の子供というだけで大方は思考停止してしまうからな。」

「17,8歳ほどの美少女だったら熱狂の度はもっとあがったでしょうな。民主国家とは言っても、民衆は王子様や王女様が大好きですからな。」

「昔から童話では、王子や王女が正義で、大臣が悪って相場が決まっているからな。しかし、童話と同じレベルで政治を判断されたら困る。」

 

「ところで、メルカッツ提督はどうなさるのですか?」

さして大きくもないその声がヤンの意識を会議室に呼び戻した。ヤンは幕僚たちに対して視線を一巡させ、発言の主がムライ参謀長であるのを知った。幕僚たちは、皆困惑していて、それを正面から質そうとしなかった。ひとつはヤンの手前もあったが、ヤン個人を頼ってきた亡命の客将自身がどのようにあつかわれるか、それからそれが同盟軍にとってプラスになるのかということだった。

「レムシャイド伯でしたか、亡命政府の首班の方は、メルカッツ提督の就任を拒否なさるとは思っていないでしょう。期待に背くわけにはいかないとおもいますが...。」

ムライの声は、皮肉や糾弾めいた響きはないものの、逃避や韜晦を許すような寛容さもなかった。亡命の客将は、一見眠たげに見える視線を質問者に向けた。



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第124話 亡命の客将の述懐です。

「....私はレムシャイド伯と必ずしも一致した見解をもっていません。皇帝陛下への忠誠は劣らぬつもりですが、この情勢下でなにができるというのか。わたしとしては、陛下に一市民として大過ない生活を送っていただきたいと考えています。」

帝国、そして亡命して同盟と戦線を駆け巡った老練な提督の声は重く沈みかける。

「亡命政権など作ったところで、いまさらローエングラム公の覇権を覆すなど不可能です。彼は帝国の民衆の支持を得ていますが、貴族特権を廃止するなど、帝国の民衆を味方につけるだけのことをしているからです。わたしが理解に苦しむのは...」

メルカッツは、ゆっくりと首を横に振った。人間がいやなもの、忌むべきものに対して生理的にとってしまうしぐさである。

「幼い陛下を保護すべき人々が、かえって陛下を政争と戦争の渦中に置こうとしているようにしか思えないことです。亡命政権がつくりたいなら自分たちでつくればよい。未だ十分な判断力を備えていない陛下をまきこむことはないはずです。」

ヤンはベレーを脱いでいじっていた。それに軽く一瞥してシェーンコップが話し始める。

「考えてみれば需要と供給が一致したのですな。」

「需要と供給?」

ヤンが問い返すと

「はい。ローエングラム公はわたしたちみたいに普通に生活している人たちの支持を受けています。だから、皇帝陛下はいないほうがいいのに、守らなければいけません。一方で、レムシャイド伯は多くの味方を集めるためには皇帝陛下がいらっしゃる必要がある、ということですよね。」

みほが需要と供給について説明する。

「そうだね。ローエングラム公にはゴールデンバウム家の皇帝の権威は一切必要がない。幼児殺しの汚名をかぶることを考えればやっかいものでしかないからね。一方レムシャイド伯は、実態のないものといっても、亡命政権で主導権をにぎるためには、錦の御旗として皇帝が必要ということだ。そうするとまたもや軍備拡張か...。」

ヤンが答えて、シェーンコップが満足したようにうなづく。

「メルカッツ提督のご見識はよくわかりました。ですが、私は、提督ご自身がどのように選択し、行動なさるかをおうかがいしたいのです。」.

「「ムライ少将...」」

ヤンとみほが同時に口を開き、みほは、すこし顔をあからめてうつむいてしまった。

ムライは咳払いをせず沈黙している。ヤンはつづける。

「組織の中にいる者が自分自身の都合だけで身を処すことができたらさぞいいかと思うよ。私も政府のお偉方には言いたいことがいっぱいあるんだ。とくに腹立たしいのは、自分たちで勝手に決めたことを無理やり押し付けてくることさ。」

キャゼルヌ、シェーンコップ、フレデリカとみほの副官として出席している優花里とエリコがうなづく。ムライはかるく頭をさげて引き下がった。彼としても基本的に原則論を述べただけでメルカッツを責める意図があったわけではない。もとはといえば、同盟政府や亡命政府が正式な手続きを踏まずに、勝手に決めたことでメルカッツは事後承諾を求められているのである。ムライもそのおかしさに思いを致すと継ぐべき言葉がでてこない。

無言でため息をついているが、顔には

(政府にもこまったものですな。)

書いてあるようであった。それを合図に

「休憩しよう。」とヤンは指示した。シェーンコップが人の悪い笑顔で司令官をみつめ、

「この際だから言いたいことが山ほどあるなら思い切って行ってみたらよかったのに。王様の耳はロバの耳とどなったら少しは気が晴れるんじゃないですか。」

「公開の席上で、現役の軍人が政治批判をするわけにはいかないな。そうだろう?」

「ハイネセンポリスのあほうどもは、非難されるべきことをやってのけた、と私は思っているのですがね。」

「思うのは自由だが、言うのはかならずしも自由じゃないのさ。」

「なるほど。言論の自由は、思想の自由よりも範囲がせまいというわけですか。自由惑星同盟の自由とは、どちらに由来するものですかな。」

「ぜひ知りたいものだね。」

ヤンは、両手の平を外側にして肩をすくめてみせた。

「自由の国か...。わたしは、祖父母につれられてこの自由の国に亡命してきたんですがね..寒風吹きすさぶあの日に、これまた亡命者をこじきあつかいする入国管理官の冷たいいやしむような目つきは一生忘れられないでしょうな。つまり、わたしは一度祖国を失った男です。それが二度三度になっとところで驚きも嘆きもしませんよ。」

 

一方、別室では、メルカッツ提督が、苦笑とも自嘲とも区別しがたい表情をにじませてシュナイダー大尉と話している。

「人間の想像力などたかが知れたものだな。まさかこういう運命がわたしのために席を用意していようとは1年前には思いもよらなかった。」

シュナイダーは、苦虫をかんだような表情だ。

「小官は自分なりに閣下に意義のある仕事をしていただきたいと考えて亡命をおすすめしたのですが...」

 

「ほう、卿は喜ぶと思ったがな。、ローエングラム公に対抗する者にとって、これ以上の肩書はないと思うのだが...。」

「正統政府の軍務尚書といえば聞こえがいいですが、閣下の指揮する一兵も存在しないではないですか。」

「一兵も指揮する身分でないなのは今も同じだが...。」

「それでもヤン提督の艦隊を一時ながら預かって指揮なさいました。ヤン提督のもとにいる限り今後も機会があるでしょう。イゼルローンは最前線ですし...しかし、正統政府のもとでは形ばかりでそのようなことはとても望めません。レムシャイド伯はまだしも、あとの閣僚は、爵位がある貴族というだけで、しかもただの亡命者ですからその意味でも一グラムの実もありはしない。」

「しかし、皇帝陛下がおわす...。」

老練さで知られる名将は、若き有能な部下にふりむいて笑みをうかべてみせる。

「まあ、あまり思い煩ってもしかたあるまい。正式に要請をうけたわけでもない。じっくり考えるとしよう....。」

 

しかし、事態はいつまでもヤンとメルカッツを客席の傍観者にはしておかなかった。

銀河帝国正統政府成立が宣された翌日のことだった。

通信士官からヤンの執務室へ急報がもたらされた。



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第125話 金髪さんの宣戦布告です。

「閣下、ローエングラム公ラインハルトが全帝国、全同盟に演説するようです。メインスクリーンに映しますので至急中央指令室へおいでください。」

 

メインスクリーンには、獅子のたてがみのようにすらみえる金髪の若者の姿が映し出される。

若者の蒼氷色の瞳の奥には、見る者を戦慄させずにはおかない苛烈な雪嵐を思わせる激しさが宿っている。ラインハルトが口を開くと純然たる傍観者でいられれば、それは音楽的にまで流麗な声が鼓膜を心地よく刺激するにとどまったであろうが、その内容は、苛烈そのものであった。

「わたしは、ここに宣言する。不法かつ卑劣な手段で幼年の皇帝を誘拐し、歴史を逆流させ、ひとたび確立された人民の権利を強奪しようと図る門閥貴族の残党どもは、その悪行にふさわしい報いを受けることになろう。彼らと野合し、宇宙の平和と秩序に不逞な挑戦をたくらむ自由惑星同盟と称す叛徒の野心家どもも同様の運命を免れることはない。罪人に必要なのは交渉でも説得でもない。ただ力のみが彼らの蒙を啓かせる。すなわち彼らの誤った不逞で愚かな選択は、正しい懲罰によって矯正されるのだ。今後どれほど多量の血が流れることになろうとも、責任はあげて愚劣な誘拐犯と共犯者にあることを銘記せよ...。」

ラインハルトの姿がメインスクリーンから消えた。

静かだった司令部がざわつきはじめる。

「みぽりん...怖い....。」

みほは苦笑する。

「武部殿...。」「沙織さん。」「沙織。」

「「「そんなに怖がらなくても...。」」」

「だってわたし第14艦隊旗艦の通信手だよ。旗艦って戦車道でいえばフラッグ車でしょ?狙われるじゃん。」

「武部殿、旗艦というのは指揮官が乗る艦のことで、もともとは17世紀から19世紀の単縦陣で戦った帆船の戦列艦で先頭にいて指揮官が乗っていて指揮官旗が立っている艦のことをそう呼んだんですよ。そして最初の旗艦がやられたら二番目の...。」

「秋山さん、長い。」

「す、すみません。」

 

一方では、シェーンコップがヤンに声をかけていた。

「つまり、ローエングラム公の宜戦布告というわけですな。いまさらという気もしますが。」

「形式がこれで整ったということだろうね。」

「またイゼルローンが最前線となりますかな。迷惑な話だ。この要塞があると思うから首都のお偉らがたは平気で愚行を犯す。いささか考えものですな。」

ヤンは一瞬何やらいいたげに口を動かしかけた。みほはそんなヤンをみて微笑を浮かべてうなずく。ヤンも苦笑してうなづきかえす。

 

「あ、あの...シェーンコップ少将」

「ミス・ニシ...コホン、西住中将?」

「ローエングラム公は、必ずしもイゼルローンを攻めないんじゃないかなと....。」

さすがのシェーンコップも思考の切り替えができないようだった。

「まさか、いや、そうか...。」

そうつぶやくと、同時に初老の提督の口から独特のだみ声が発せられる。

「なるほど....。」

「メルカッツ提督?」

「ヤン司令官も西住中将も同じことをお考えになったということですかな。すなわち、ローエングラム公はフェザーン回廊から攻めてくる可能性があると...。」

老練で知られる亡命の客将はかすかな笑みを浮かべてつぶやく。

「はい。」

みほはうれしそうに答える。

「さすがですな...そこまではっきりと...。」

シェーンコップは舌をまいた、という感じで応じる。

「わしもヤン提督のところへおうかがいする機会がなければそこまでは考えつかなかった。平時であれば帝国の一艦隊指揮官としてある程度の業績を残して大過なく生涯を過ごしたのだろうが...。」

「閣下...。」

「シュナイダー大尉、『友情は瞬間が咲かせる花であり、そして時間が実らせる果実』だそうだ。銀河系有数の名将の座右の銘とのことだが...。」

メルカッツは一見眠たげに見えるがおだやかな視線をみほにむけてかすかに笑みを浮かべる。

みほはかすかにほおを赤らめる。

「それは、誰の...。」

シュナイダーは、メルカッツの視線の先を見ようとするがはっきりわからない様子だった。

「卿は、わしが有意義な仕事ができるよう亡命をすすめてくれた。はっきりしているのは、われわれは、友情の果実を実らせるように、どこにいようと最善をつくすしかないということではないかな。」

ふたたびメルカッツはみほの方を向く。

「戦車道と言ったかな。「これからも戦っていきたいから...みんなと」。西住中将?。」

「はい。」

みほは、メルカッツが正統政府に加わることを決心したことを悟って、笑みをうかべつつもその目に涙がにじんだ。正統政府に加わったことでイゼルローンに再び戻れるか限らないのだ。

イゼルローンには、国防委員会からさらに「人事の爆弾」が投げ込まれることになる。

 

さて「銀河帝国正統政府」であるが、幼帝エルヴィン・ヨーゼフ二世の気かんぼうぶりには手を焼き、ついに精神安定剤で眠らせることにした。そして、幼帝への面会を求める同盟の政治家や財界人、言論人、また亡命政府への参加希望者は、寝ている幼帝の姿をドア越しに眺めやることで満足しなければならなかった。

やっかいなことに、誰もが理性ではなく感情によって判断と選択を行おうとしていた。感傷によって賛成し、生理的反感によって反対する。皇帝の亡命を認めることが、民主主義の存続と平和の招来にとって有意義であるのか否かといったより本質的な議論はなおざりにされ、賛成する者も反対する者も相手を中傷、罵倒するばかりで説得に手間をかけようとしなかった。

 

同盟政府は、ラインハルトの演説に対し、さらなる軍拡路線をすすめるのに先立ち、軍部に対する遠慮を捨て、政権の影響力を強めるためトリューニヒト閥で軍の上層部をすっかりかためることにした。クブルスリー大将は、病気を理由にした退官に追い込まれた。本部長代行だったドーソンが統合作戦本部長になった。平時であれば、さほど問題にならなかったであろうが、緊急時には最悪に近い人事であることを同盟政府は後に思い知らされることになる。

 

さて、国防委員会によって、イゼルローン司令部に投げ込まれた「人事の爆弾」とは、超光速通信によってもたらされた次のような辞令だった。

 



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第126話 ハイネセンからの出向命令です。

「ユリアン・ミンツ准尉を少尉に昇進の上、フェザーン駐在弁務官事務所付き武官に任ずる。10月15日までに現地に着任せよ。」

「ウイリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ中将は、銀河帝国正統政府に軍務尚書として出向を命ずる。10月15日までに現地に着任せよ。」

「西住みほ中将は、首都防衛陸戦部隊司令官に任ずる。同じく、10月15日までに現地に着任せよ。」

 

これを見たとき、さすがのヤンも冷静でいられなかった。フレデリカやみほもヤンの顔を正視できないほどだった。ヤンは頭髪をかきまわし、彼らしくもなく憤怒の表情でベレーを何者かの首に擬してしぼり上げたほどだった。フレデリカはようやく上官に声をかけ、なんとか冷静さを取り戻したヤンが、ユリアンを呼んで、両人にとって不本意な命令を伝えた。

「こんな命令、断って下さい。」

思わず少年は叫んでしまったほどだった。

「ユリアン、お前はもう軍属ではなく正式な軍人だ。国防委員会と統合作戦本部の命令に従う義務がある。いまさらこんな初歩的なことを言わせないでくれ。」

「それなら軍属にもどります。軍属なら人事は現地司令官の意思ですから、こんな理不尽な命令に従わなくていいんでしょう?」

「そんなことができるかどうか判断がつかないお前じゃあるまい。第一、お前は志願して軍人になったのであって強制されてじゃない。当然命令に従う覚悟はもっていてしかるべきだ。」

ヤンの説教は、かっての被保護者で同居人の少年に対し、その表情、口調、言外に語りえないものにおいていくらかの共感と説得力をもったものの、少年はかたちばかりは完璧な敬礼をして、統合作戦本部の命令ではなく、ヤン提督の命令だからフェザーンに着任すると言い残してヤンの執務室を退出した。

 

「西住殿、これは...。」

「みぽりん、これは行かない方がいいよ。」

「わたくしもそう思います。」

以前は遠慮がちながら査問会に応じるように話した華も断固としてみほをハイネセンには向かわせないという表情で話す。

「ありがとう。」

「いい考えがある?」

「エリコさん。」

「トリューニヒトの公邸で起こったことをすべて録音録画してある?」

 

トリューニヒト政権が救国会議から政権を取り戻した時、フェザーン資本の援助を得ているマスコミを強化している経緯があった。トリューニヒトは、マスコミ上層部との会食や法令によって自派の政治家や軍人のスキャンダルを隠してきたが、もはや帝国と裏で手を結び始めたフェザーンの意向もあり、トリューニヒトのスキャンダル情報をフェザーンと帝国にも流すこと、メルカッツ提督だけでなく西住中将も現地から引き離すと、査問会のときのような帝国軍の攻勢が再びあったらどうするのかと脅しをかけた。すると命令の撤回が送られてきた。

 

士官ラウンジで沈んでいるユリアンにみほはみかける。

「ユリアンさん。」

「ミス...西住中将?」

「えっと...いつもの呼び方でいいです...。わたしだけ...ごめんなさい。」

みほはこくりと頭を下げた。ユリアンは両腕を上げ、両手のひらをみほに向けて恐縮する。

「そんなこと...謝る必要ないです。議長は、女の人にやってはいけないことをしたんです。むしろすっきりしています。僕のかわりにやっつけてくれて。」

二人は笑いあった。

「あの、わたし...。」

「?」

「フェザーンには、誰かヤン提督が信用できる人が行った方がいいと思います。高級士官だと目立ちます。先日ラインハルトさんの演説があったときにシェーンコップ少将とメルカッツ提督とお話したことがあって...。」

みほはその経緯を話した。

「あの、ラインハルトさんは、皇帝を誘拐した人たちがフェザーンから同盟に入っていくのを知っていたように思います。だからあんなに早く演説ができたんです。ということは、わざわざイゼルローン回廊を使わなくても同盟領に入れる手段があるかもしれないって思ったんです。」

「それって、さっき話していたようにフェザーン回廊ですか。」

「はい。」

「あの、もっと詳しく話していただけませんか。」

(これから先はヤン提督にお話ししてもらうべきこと。わたしはそのお手伝いをするだけ...。)

みほは、いくぶん話をそらす。

「あの、統合作戦本部や国防委員会はヤン提督の所にメルカッツ提督や私がいることで軍閥化することを怖がっているんだと思います。そんなことないのに。」

「そうですよ。イゼルローンの守りが弱くなるだけです。」

「だからヤン提督も理不尽で許せない命令と思っても、この機会をつかって自分が最も信頼できるユリアンさんにフェザーンに行ってもらいたいと考えたと思うんです。」

「そういうことですか...わかりました。ヤン提督と話してみます。」

ユリアンの顔はいくらか明るさをとりもどした。

 

ユリアンは、植物園でベンチに腰かけていたところ、ふと気配を感じ、ヤンが片手で缶ビールを持ちながら和解を求める様な表情でたたずんでいるのを見た。

「提督...。」

「ああ、座っていいかな、ここに...。」

「どうぞ。」

「なあ、ユリアン。」

「はい、提督。」

「お前をフェザーンにやるのは、何よりもそれが軍の命令なのは確かだが、信用できる人間にフェザーンの内情を見てきてもらいたいという気持ちがあるんだ。この時世だからね。」

「あの、西住中将から聞きました。このあいだの皇帝誘拐と正統政府ができたことに対してあれだけ迅速に対応してローエングラム公があの演説をしたとき、ヤン提督もフェザーン回廊からの帝国軍侵攻を予想なさったんでしょう?」

「そこまで聞いているのか...話が早いな。で、イゼルローンにはどうすると思う?まあ、ヒントを与えるとすれば、ミズキ・エリコ中佐のおかげで昼寝できるなあと思ったんだけどね。」

「提督!」

「冗談だ。でユリアンはどう思う?」

 

「あの、ミス・ニシズミがいるほうがいいということは、イゼルローンも無事ですまない可能性があるということですよね...。」

「そうさ。イゼルローンに対しては大規模な陽動部隊を送ってくる可能性が強い。ただ分かっていることは、この場合、用兵の迅速さは必要ないってことさ。」

「では、提督はだれが来ると?」

黒髪の学者風提督は、少し頭をかきながら答えた。



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第127話 ユリアンさんがフェザーン駐在武官着任を決心します。

「残念ながらわからないな。ただミッターマイヤー提督以外のだれかだ。まあ誰が来てもやっかいだが、少なくともただの陽動にあの種の用兵の迅速さは必要ないからね。」

「陽動部隊でくぎ付けにして、その間にフェザーン回廊を通過って...。フェザーンは抵抗しないってことですか。」

「少なくとも実力で排除するのに、たいしてコストを要しないってことだろうね。それからまったく抵抗を考慮する必要がない場合すらも考えうる。」

「この間の事件からひそかに帝国とフェザーンが手を結んでいる可能性ってことですね。」

「そのとおりだ。ユリアン、現在の状況は固定し続けるものと先入観を抱きがちだが、銀河帝国は500年前にはなかったし、同盟もその半分の歴史しかない。フェザーンに至っては、一世紀そこそこの歳月を経ただけだ。」

「たしかにおっしゃるとおりですね。それにしてもローエングラム公とフェザーンが手を結んでいる可能性って言うのは確率的に高いんでしょうか。」

「A、B、Cの三勢力があるとする。これまでは、Aが強大になったら、Bを助け、逆にBが強大になったらAを助けることによってA,Bの共倒れか疲弊をねらってCは権益を拡大する手段を取るだろうが、万一Aの勢力が著しく強大化して、Bを助けてもAに対抗しえない場合、Cとしては、Aを助け、Bを滅ぼすという選択をするかもしれない。ここにバグダッシュがもってきてくれたデータがある。帝国:フェザーン:同盟の勢力比だ。現在こそ一時的にフェザーンの力が増しているおかげで47:18:35だが、1年後には、帝国内のドラスティックな改革の成果で、52:16:32になる。この傾向はとめられないし、フェザーンも承知しているだろう。」

「でも、AがBを滅ぼした余勢をかってCを滅ぼすことにはならないでしょうか。」

「確かにそうだ。フェザーンは政治的独立を失うことになるが、それに代わる条件を提示したのかどうか...もしかしてフェザーンの目的は、フェザーン自身の存続にはないのかもしれない。表からは見えない形で、新帝国内の経済的な権益を独占できればいいという考え方もある。歴史上そういう例もないではないからね...。」

「物質的な権益とか打算とかフェザーン自体の存続が目的でないとしたら、もしかして精神的なものでしょうか。」

「精神的なもの??」

「たとえばイデオロギーとか宗教のような...。」

「なるほど..実は、フェザーンについてなにか論理的でない影のようなものを漠然とだけど感じてはいたんだ。しかもフェザーンは地球出身の商人レオポルド・ラープによって設立されたという経緯がある。それだけの資金をどう集めたのか。それに目立たないが地球教や憂国騎士団がフェザーンとつながっているのではという論者が絶えたことがない。半信半疑で受け止められているけどね。しかし、ローエングラム公があの怪しげな地球教と手を組むというのはどうも考えにくいな...。」

 

「わかりました。僕がフェザーンへ行って、少しでも彼らの政策や政略について知ることができたら、それから帝国軍の動きを知ることができたらすこしでも閣下のお役に立てますね。それなら喜んでフェザーンにいきます。」

「ありがとう。でもユリアンがフェザーンに行った方がいいと思う理由はほかにもあるんだ。」

「??どういうことでしょうか ??」

「そう、どういったらいいかな。山を見るにしても一方から見ただけでは全体像をつかみにくいというか...なんというか、このままいくとわれわれはローエングラム公ラインハルトと死活をかけて戦うことになりそうだが、果たしてローエングラム公は悪の権化なのだろうか。」

「それは、違うと思いますが...。」

「そりゃそうだろうな。テレビじゃないんだから。むしろ今回自由惑星同盟は、帝国の守旧派、反動勢力と手を組んだ。歴史の流れを進歩、開明的な方向ではなく、逆流させる、不当にゆりもどす側に与したとみなすことができる。後世の歴史家に悪の陣営として色分けされるかもしれない。」

「そんな...まさか....」

「そういう観点も歴史叙述にはありうるのさ。ましてやこのままだと自由惑星同盟は生き残れないかもしれないし。だからユリアン、お前がフェザーンへ行って彼らの正義とわたしたちの正義との差を目の当たりにみることができたとしたら、それはたぶんお前にとってマイナスにならないはずだ。」

「同盟が生き残れない...ですか?」

「ああ、わたしが年金をもらう期間くらいはもってほしいとおもうけどね...。歴史的な意義からすれば、同盟は、ルドルフの政治思想のアンチテーゼとして誕生したんだ。」

「それはわかります。」

「専制に対する立憲制、非寛容な権威主義に対する開明的な民主主義、遺伝血統に基づく階級制や身分制、世襲制に対して社会的な平等、基本的人権の尊重、選挙権の付与、まあそういったものを主張して実践してきたわけだが、ルドルフ的なものがローエングラム公の手によって否定されれば、あえて同盟が存続すべき理由がなくなる。」

「....。」

「なあ、ユリアン、どれほど非現実的な人間でも不老不死は信じないのに、国家については永遠で不滅だと思い込んでいるあほうな奴らが結構多いのは不思議なことだと思わないか?歴史をみればわかるように国家には寿命もあるし、単なる道具にすぎないんだ。そのことさえ忘れなければたぶん正気をたもてるだろう。」

 

フェザーンの駐在武官は、首席が大佐であり、その下に武官が6名、武官補が8名で駐在武官団が組織される。首席駐在武官は、弁務官、首席書記官につぐナンバー3で、6名の武官は、士官で佐官と尉官が半数づつ、8名の武官補は、下士官で、武官と武官補の欠員補充がヤンにゆだねられたのだった。ヤンは、そこに姑息な作為を感じて不愉快になるのだが、人事で決定された以上は、少年のだ環境を改善しておくにはしくはないのだった。武官補の人選は、ルイ・マシュンゴ准尉にきまった。査問会のときにも片手で一個小隊といわれ、忠誠心、膂力、人格ともにすぐれた偉丈夫である。

それからヤンは、ビュコック司令長官に親書を書くことにした。ユリアンはいったんハイネセンで辞令を受けてからフェザーンに向かうだろうからその際に届けてもらうことが可能であろう。

 

親書には、ローエングラム公とフェザーンとが皇帝誘拐劇の裏で手を結んでいる可能性を指摘した。皇帝一派が無能には程遠いはずのローエングラム公の警戒網を潜り抜けて、フェザーンの旅券を持って亡命してきたこと、そして亡命政権を樹立するや否やそれを察知したかのような迅速さで、同盟が外交交渉を試みる余地をなくして宣戦布告を行ったこと、このことからイゼルローンに攻め込むと見せかけて、フェザーン回廊を突破して同盟領になだれ込む可能性が高いこと、それが同盟の虚をつくのみならず、フェザーンを補給基地にし、航路図情報など地理的な不利を補いうることなどで、それに対する対策をねってほしいことを要請し、ワンタイムパスワード付きで許可をクリックすれば自動的に削除される具体的な試案のデータも付け加えた。

ヤンはその試案作成にあたっては、みほとメルカッツ、エリコと密談を重ねた。近い未来、帝国軍が侵攻した暁にその威力を発揮し、耳目をそばたたせずにはおかない仕掛けをふんだんにつみこんでいた。

 



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第128話 異変です。

出向者の壮行式は盛大と言っていい規模で行われた。ヤンもメルカッツも、シュナイダーも、ユリアンも一人として式典好きな者はいなかったが、二秒スピーチで知られるヤンが、慣例を破って3分を超えるスピーチを行ったのが参列者を少々驚かせたが、その間に六回も「政府の強い希望により」というフレーズがくりかえされた。参列者は、イゼルローン要塞内に限って言えば司令官を好いていたから、その見え透いた大人げない心情に共感し、表だって同情を含んだ苦笑をする者と心のなかにおさめる者にわかれた。

 

9月1日正午、メルカッツ、シュナイダー、ユリアン、マシュンゴは、巡航艦タナトス3号に乗り込み、イゼルローンを離れた。

 

壮行式が終了したあと、フレデリカがヤンの私室をおとずれてみると、黒髪の青年司令官は、デスクに両足を投げ出し、ブランデーグラスを片手に窓の外の星の海をさえない表情で眺めていた。机には1/3ほど中身の減ったブランデーの瓶が大きな顔をしている。

「提督...。」

一瞬ためらった後にフレデリカが声をかけると、ヤンはいたずらが見つかった少年のような恥ずかしげな表情をうかべた。

「行ってしまいましたわね....。」

「うん...。」

ヤンはフレデリカの言葉にうなずくと、空になったグラスを机の上に置き、いったん酒瓶をつかんで持ち上げたが、なにを思ったか元に戻し、ぽつりとつぶやく。

「つぎに会うときはもう少し背がのびているだろうな...。」

それは、だれもが体験する経験上確実な予言だった。

 

さて、帝国では、平民たちがローエングラム公を支持するデモが行われていた。

「門閥貴族の残党どもを倒せ!奴らの復活を許すな!平民の権利を守れ!」との伝統的なスローガンとともに、「自由惑星同盟などと称する門閥貴族の共犯者を倒せ!」

とのスローガンがだんだんおおきくなっていった。

しかもラインハルトはご丁寧にもフェザーン商人たちから情報収集した同盟の腐敗ぶりを平民たちに報せ、専制主義自体は効率的な制度であって有能な人材に権力を集中させて効率的な政治を行えること、不敬罪は、門閥貴族などの反ローエングラム派に適用されるものであり、平民には言論の自由を保障し、政治批判については、施政に反映させることをことあるごとにメディアなどで報せていた。

 

9月10日、ラインハルトの元帥府の奥には深紅の金獅子旗が掲げられ、中央奥にラインハルト、16人の幹部及び将帥が二列に並んでいる。

「卿らに集まってもらったのは、自由惑星同盟を僭称する叛徒どもに対して武力による制裁を加える。その具体的方法について意見を聞くためだ。」

 

「わたしの腹案をまず述べておこう。それは、過去くりかえされてきたようにイゼルローン回廊から侵攻するのではない。すなわちもう一つの回廊から侵攻することだ。」

提督たちの脳裏にPではじまるアルファベットの列が浮かぶ。

「そう、卿らの察する通り、フェザーン回廊から同盟領に侵攻する。フェザーンは政治的軍事的な中立を放棄し、われわれの陣営に帰属することになる。」

声のないざわめきが会議室の空気をかきまぜる。

ころあいをみてラインハルトが片手をあげて合図をすると、ギュンター・キスリング大佐に連れられて背広を着た会社員風にも見える男が入ってくる。

「彼が我々に協力してくれる、もちろん無償ではないがな。」

そのときだった。短剣が雨のように降り注ぐ。数人の黒い影が走り回って、いくつかの短剣は弾き飛ばされた。弾かれなかった短剣が床に刺さる。提督たちはなんとかそれを避けた。

「諸提督!避けられたい!ここは危険だ」

フェルナーが現れる。

しかし、暗殺者ニヒトはほくそえみ、帝国の陰の者の二十回近い鋭い短剣の突きを軽業師のようにたくみに手足、身体をひねってことごとく避けて、ラインハルトの脇腹に毒を焼き付けた短剣を突き刺すのに成功する。しかし一刺しがやっとで帝国の影の者に追われてすばやく消えた。

「ぐっ...。」

ラインハルトは倒れる。

「担架だ!」

担架を担いだ医者たちによってすぐに運ばれた。幸い傷は深くはなく、解毒剤で対処できることが間もなく判明した。

「この売国奴が!」

ビッテンフェルトは叫ぶ。ボルテックは蒼くなった。

オーベルシュタインが口を開いた。

「諸将、落ち着かれよ。これは、われわれを妨害するための陽動だ。すなわち、ボルテック弁務官の信用をうしなわせ、われわれの作戦を挫折に追い込むためのな。」

「だれがそのようなことを....。」

「われわれが一方的にフェザーン回廊を通して同盟領に侵攻することによって損をすると考える者は同盟以外にもいる。しかも一弁務官にその功をとられることを不愉快に思う者も。」

 

解毒は成功し、一週間でラインハルトは退院することができた。

「オーべルシュタイン!あれほど言っておいたのにどういうことだ。」

「御意。」

「まあいい。あの者は腕の立つ者だった。いままでわたしを狙った暗殺者の比ではない。あの技術だけみれば、めしかかえたいものだが...。」

「閣下!」

ヒルダが叫ぶ。

「冗談だ。フロイライン。あのようなものの手を借りずしても宇宙をこの手につかめる。裏で糸を引いている者を探し出せ!」

ラインハルトも得体のしれない影のようなものを感じた。

 

その夜、ククク...という声をラインハルトは寝室で聞き、起きた。

「お前か。」

「そうだ。よくわかったな。」

「あんたは、殺すには惜しい男だ。いろいろ見て分かった。」

 

「あいつは、最初報酬を渋ったんだよ。あんたを殺せるのは俺しかない、これだけのことをしてリスクを冒している、あいつには、あんた以外にも客はほかにいるんだよ、払わないならあんたを殺してその首をもっていこうかと言ったらあっさり出しやがった。なにしろ俺以上に腕の立つ奴はいないから。」

「だれがお前に頼んだ?」

「それは言えねえな。あんたを殺せなかったのは事実だからあいつとの契約をすべて果たしたわけじゃないからな。」

「ふっ、口の減らない男だ。どうだ?わたしに仕えないか。報酬はそれなりに出す。無理に殺しまでしなくてもよい。どんな危険な場所にも確実に情報収集して生きて帰ってこれる男が必要だ。旧主の復讐からも守ってやれる。」

「その申し出はありがたいが、自分で自分を守れるんでね。好きに生きるさ。じゃあな。」

 

一方、オーベルシュタインのもとにも訪問者が現れた。

 



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第129話 神々の黄昏作戦発動です。

オーベルシュタインのもとに現れたのは、青みがかった黒髪を持つ美女であった。

「来たか。」

「うふふ...。」

ニヒトの顔写真をみせる。

「こいつは知っているな。」

「もちろん。」

部屋の殺気を鋭く嗅ぎ取り、美女はつぶやく。

「あらあら、レディーをもてなす場所にふさわしいとは思えないのですけれど。」

「相変わらず鋭いな。」

「まあいい。この者が閣下に近寄らないようにしてほしい。」

「うふふ...わかったわ。」

「何か知っているだろう。」

「さあ...。」

「これはどうだ?」

オーベルシュタインは、ルビンスキーの顔の覆面と総大司教の黒衣をとりだす。

「お遊びにそんな真剣な顔をされると困ってしまいます。」

「次回の軍議の邪魔をするなということだ。」

「うふふ。それだけはお約束しましょう。あなたの目が光っているようですから。」

 

 

「キスリング」

「はつ。」

「あらためて軍議を開く。」

 

ラインハルトは、再度提督たちを集めた。

「不逞な輩でしたな。」

ワーレンが話しかけた。このとき将来この影の者を討伐するのに自分が地球へ行くことになろうとは思いもよらない。

「ああ、なんとか抑えた。」

ラインハルトは答える。

「オーベルシュタインの手の者に守らせている。「影の援軍」も取り付けたとのことだ。」

「ほう、そうでしたか。」

諸将が元帥府の会議室にそろうと、金髪の元帥から流麗な声で説明がはじまる。

ボルテックがあらゆる手段を用いてフェザーン回廊通過の便宜を図ること、フェザーンは政治的形式的な独立がなくてもフェザーンの実態は経済力にあるから生き延びる方策があること、いまの自治領主ルビンスキーを追うだけのことで売国などと言われる筋合いはないことなど、ご丁寧にもボルテックが追加で説明をする。

「ということだ。彼の協力でフェザーン回廊の旅客となることが可能になる。わたしは、彼の助力に対し相応の報酬と礼儀をもって報いたいと考えるがどうか。」

「小官としては才覚豊富なフェザーン人を手放しで信用する気になれませんな。フェザーン回廊を通過して同盟領に侵攻したとして、回廊を封鎖したら、通信も補給も意にまかせず、我々は、敵中に孤立します。いささか危険度が大きいとおもわれますが。」

「ロイエンタール上級大将のご心配はもっともだが、フェザーンがそのような卑劣な手段に訴えたら武力をもって教訓をたれればよいことではないか。」

「もし軍を反転させるというならば、後背から同盟軍が襲いかかってきたらどうする。敗れるとはおもわんが、犠牲は無視できないものになるだろう。」

「ロイエンタールの発言は理に適っているが、基本的な構想としてフェザーン回廊を通過して同盟領に侵攻することをわたしはすでに決めている。同盟のやつらがわれらがイゼルローンから攻め入ると思い込んで午睡を決め込むのは勝手だが、それにつきあう理由はない。卿らは城攻めは愚策であることは十分知っておろう。しかもフェザーン回廊を通過することはやつらの意表を突く意味でも他の方策に勝る。」

「そこでまず、やつらの期待通り、イゼルローンに兵をすすめる。この春にケンプやミュラーに率いさせたよりもさらに多い兵をだ。だが、これは言うまでもなく陽動だ。」

「同盟の関心がイゼルローンに集中した時にわが主力はフェザーン回廊を通過し、一気に同盟領に侵攻する。ヤン・ウェンリーはイゼルローンにあり、同盟軍の他の兵力や将帥は論ずるに足らん。」

おさまりの悪い蜂蜜色の髪を持つ俊敏な風格の若き提督が小首をかしげて問い返すように発言した。

「そのヤン・ウェンリーですが、彼がわが軍主力の動きに呼応してイゼルローンを離れ長躯して。わが軍主力を迎撃する可能性も考慮にいれねばなりますまい。」

「そのときは、移動するヤン・ウェンリーの後背から攻撃をかけ、奴を民主国家の殉教者にしてやればよかろう。」

ラインハルトが昂然と言い放つと、提督たちは、多数が同意してうなづく表情を示したが、オーベルシュタインは無言のまま虚空を眺めるようにみえ、ロイエンタールは口にだして「はたしてうまくいきますかな。」とつぶやいた。

「うまくいかせたいものだ。」

ラインハルトは端正な口元に微笑をきらめかせる。

「...そうありたいですな。」

金銀妖瞳をもつ青年提督も微笑をつくって応じた。

「作戦名はどういうものになりましょうか。」

砂色の瞳の青年提督が主君にたずねる。若き金髪の主君は会心の笑みをうかべて、黄金色の髪を手のひらで跳ね上げて、音楽的なまでの声で語る。

「....作戦名は、神々の黄昏(ラグナロック)

神々の黄昏(ラグナロック)!?」

提督たちは、その語の響きを確認するようにつぶやいた。遠く古い北欧神話にちなんだこの作戦名は、燃え尽きる恒星とともに運命を共にする惑星文明を幻視させるような妖しさをたたえるだけでなく、この名が与えられたことによってこの作戦がすでに成功したかのような想いさえいだいたのである。

提督たちは、覇気と鋭気を刺激され、この壮大な作戦行動に自分を参加させてくれるよう若き主君に求めた。

そのとき元帥府の屋根裏、床下をはじめ目立たない場所に、帝国とフェザーン、すなわち地球教の影の者の数十体にも及ぶ死体があった。オーベルシュタインはそれをひそかに片付けさせた。

 

「宰相閣下。」

ラインハルトはかたちの良い眉を少しばかり動かす。

「なんだ?」

「ボルテックのような小物にフェザーンが御しうるでしょうか。」

「ふむ。確かに万人の上に立つほどの器量はないかもしれぬな。」

「はい。無能ではありませんが、しょせん黒狐の威を借りる小利口な鼠にすぎません。フェザーンの不平派を抑えられなければわが軍の足を引っ張ることになりましょう。」

「力量があればよし。なければないで、やつは自分の地位と権力を守るため、不平派の弾圧に狂奔せざるをえなくなろう。当然ながら憎悪と反感は奴の身に集中するから、それが限界に達する寸前にわたしの手でやつを処断すればよい。そうすれば何の反動もなく、効率よく古道具を処理できるうえに、わたしの権威も高められるわけだ。」

「なるほど...そこまでお考えでしたか。わたしなどの懸念すべきことではありませんでした。」

「オーベルシュタイン。これはおそらく自由惑星同盟を征服した時にも使える手だ。そう思わないか?」

「御意。」

オーベルシュタインは恐縮した様子で点頭してみせる。

「新帝国の権威と武力を背景に旧同盟領の総督たる地位を欲する者はおりましょう。人選をすすめておきましょうか。」

美貌な金髪の若き帝国宰相は、銀髪で義眼の総参謀長の声に無言でうなずきかえした。



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第130話 うごめく野心です。

それから数日後の9月19日のことだった。ラインハルトの執務室で、くすんだ金髪の美しい秘書官は、彼女自身がもつ釈然としない疑問を、これまた豪奢な金髪をもつ若き上司に、軽い気持ちで言ってみた。

「自由惑星同盟との間に和平と共存の道はないものでしょうか。」

それは、質問でも確認ですらでもなく、まさしく言ってみたというものでしかなく、返答も予想の範囲を超えないものだった。

「ない。彼らのほうでそれを閉ざした。」

冷淡すぎる自分自身の返答に、ラインハルトは、事態を復習するように説明を付け加える。

「やつらがマキャベリストとして一流か、若しくはまともな外交センスがあるなら皇帝の年齢などに感傷的にならずに、誘拐犯と皇帝を送還してきただろう。そうすれば、わたしとしても手の打ちようがなかった。彼らは自分で自らの死刑執行所にサインしたのだ。」

「フロイライン。」

「はい。ローエングラム公。」

「明日、皇帝の廃立を発表する。」

「御意。」

 

翌国暦489年9月20日、エルヴィン・ヨーゼフ2世廃立が発表されるとともに、カザリン・ケートヘン1世の即位式が粛々とおこなわれた。母親の腕に抱かれた口もまともに聞けない8ヶ月の女児に多くの群臣たちが首を垂れる。そして代筆された勅令が読み上げられ、人事が発表される。

金髪の若き帝国宰相は、膝を突き首を垂れながらも心の中でそのばかばかしさに苦笑せざるをえなかった。

 

さて一方で、帝国軍の諸将は出撃準備をすすめながらもいろいろと思いめぐらさざるをえない。

「ミッターマイヤー、卿はどう思う?あのフェザーン人を信頼してよいものか。ローエングラム公がやつと交渉したときにもあの先日の得体のしれない影の者がでてきたというではないか。」

「そうだな。電撃的に攻撃して罠を書ける隙をあたえないにしろ、フェザーンの内部が一致していないとしたら何があってもおかしくない。」

「メルカッツが同盟首都にもどったそうだ。名ばかりの正統政府の軍務尚書ということだが。」

「うむ。ちょっと気になるのは、ヤン・ウェンリーのほかに栗色の髪の小娘とその部下の天才的なクラッカーの少女だ。まさかとは思うが今回の作戦を見破っていたとしたら...。」

「あの調子だと、本土からの補給路が万一絶たれたとしたら、孤軍になりかねん。そうしたら食料を現地調達だ。それがうまくいったとしても略奪者の汚名と引き換えだ。」

「征服者よして憎悪されるのはかまわんが、略奪者と軽蔑されるのは愉快ではないな。」

「それも略奪する物資があればの話だ。一昨年のアムリッツアでの同盟軍の醜態を覚えているだろう。」

細面で砂色の瞳の青年提督がひかえめながら思考停止を促すように議論に加わる。

「しかし、それは、われわれがどうこう言うよりローエングラム公のお考え一つでしょう。」

ミッターマイヤーとロイエンタールは何かに気が付いたようにうなづき、結論の出ようのない議論を打ち切って実務的な話を始めた。

 

帝国軍が大規模な軍事行動を起こそうとしているという報は複数のルートでフェザーンにもたらされたものの、フェザーン商人たちすらも「またか」という感じで帝国、フェザーン、同盟の三者鼎立の状況にならされていた。

自治領主府では、禿頭の自治領主とその若き補佐官が話していた。

「ボルテック弁務官の動静がいささか興味深いものになりつつあるようです。」

「切り札を早く出しすぎて、ローエングラム公に逆手を取られた上に丸め込まれているようだな。」

「どう処置なさいます?」

「一緒に始末しようと思ったが、ニヒトすらも行方不明とはな。」

「あの者たちがつかまって、ローエングラム公に情報がながれていないでしょうか。」「それはだいじょうぶだ。」

「そうですか。」

(ルパート、お前のこともわかっているのだが)

「ところで同盟の弁務官事務所にヤン・ウェンリーの養子であるユリアン・ミンツが赴任してくるそうだな。」

「ヤンの秘蔵っ子だそうです。どんなふうに秘蔵していたものやら。まあったった十六歳の孺子に何ほどのこともできないでしょう。」

「ふむ。しかし若くして功績をたてている。わしとしては虎の子を猫と見誤る愚はおかしたくない。そうだろう?補佐官。」

「そうですか。」

ルビンスキーはそれ以上語らなかったが、ルパートも平凡に受け流した。

 

ルパートは、その日の勤務を終えると、車で向かった先は、ありふれた建物であった。彼は車を建物の前に止めるとその建物の地下室へ向かう階段を下りていき、いくつかのうちのあるひとつの部屋の前へ来た。

その部屋には暗証番号ボタンがあり、ルパートはしなやかな指使いで暗証番号の数字の順番にボタンを押し、部屋の戸が開錠されて開かれる。

そこには黒衣をまとう人物がうなだれていた。

「ご機嫌いかがですかな?デグスビイ司教?」

司教と呼ばれた男はうなっていた。

「酒、麻薬、女…地上での快楽をあんたはほしいままにした。禁欲を旨とする聖職者にもかかわらず。あんたのご乱行に総大司教猊下は寛大でいられますかな。」

「貴様がわたしに薬を飲ませたのだ。卑劣にもほどがある!わたしを堕落の淵に突き落としたその口が何を言うか。涜神の徒が!いずれ愚行を思い知る時が来るぞ!」

「ほほう。ぜひおもい知らせてもらいたいものだ。雷でも落ちるのかな。それとの隕石か。」

「正義を恐れないのか!貴様は!」

「正義?」

自治領主補佐官の仮面をかぶった野心家の青年は鼻でせせら笑った。

「ルドルフ大帝は正しかったから宇宙の覇者たり得たのではない。アドリアン・ルビンスキーの自治領主も然り。その時点で相対的に最大の力を持ちえたからこそ勝者たり得たのだ。支配の原理は力であって正義ではない。そもそも絶対の正義など存在しない。そんなものを根拠に批判などとは笑止だ。ルドルフ大帝に虐殺された何億人かは、力もないくせに正義を唱えた愚劣さゆえに報いを受けた。あんたも力さえあれば総大司教の怒りなど恐れずにすむ。そこでだ。」

野心家の青年は身をのりだす。

「わたしは、宗教上の権威など興味はない。それはあんたが独占すればいい。」

「何を言っているのだ。意味不明だ。」

青年の口調が微妙に変わっていく。

「わからんか。地球と地球教団をあんたにくれてやるというのだ。」

「....。」

「俺はルビンスキーを蹴落とす。あんたは総大司教にとって代われ。」

「....。」

「もうやつらの時代じゃない。800年の地球の怨念など、悪魔か魔物か知らないが食われておしまいにすればいいのだ。これからは、俺とあんたが...。」

デグスビイは不意にわらいだした。野心家の青年は形の良い眉をしかめて相手を見つめた。

「この身の程知らずの痴れ者が...。」

デグスビイの瞳は抑制と均衡を失って血走っている。それは、麻薬の毒にやられた感情と怒気と嘲弄が煮えたぎる溶鉱炉になっている堕ちた元聖職者、狂信者を象徴していた。めくりあがった上下の唇から発せられたのは薄ら笑いと罵声だった。

「貴様ごときの野心と浅知恵で総大司教猊下に対抗しようというのか。お笑い草だ。最下等の笑い話(ファルス)だ。犬は犬なりの夢をみろ。象に対抗しようと思うな。それが貴様の身のためだぞ。」

「笑うのはその程度にしてもらおうか。司教どの。」

デグスビイはルパートの隣に突然現れた何者かにぎょっと驚いた。



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第14章 「神々の黄昏」発動です。
第131話 金銀妖瞳の青年提督、イゼルローン回廊に出現です。


「だれ?」
「お嬢さん、おもしろい話を持ってきたよ。俺か?」
エリコは頷く。
「おれはなくてないもの。俺の前には門はないのさ。」
エリコはほほえんだ。
「お嬢さんはおもしろいな。俺はこれから皇帝になる金髪の孺子の首をとりそこねたんだけどな。」
「その実力ならできた?」
「ああ、可能だとおもったがやめた。あれは大した奴だ。」
「わかる?でもこの国をまもりたい?」
「ますますおもしろいな。テイコクがフェザーンを通過して攻め込むってさ。八万八千隻、一千二百万でさ。」
「なぜ、そんなこと教えてくれる?」
「だっておもしろくないじゃん。一方的過ぎてさ。まじこの国、ドウメイっていってたっけ?このままじゃ金髪の孺子に滅ぼされるぞ。まあ俺の知ったこっちゃないがな。」





ルパートの隣にあでやかな大鎌を持ち、白百合のような清楚なワンピースをまとい、青みがかった流れるような美しく黒髪をもった美女が現れた。

野心家の青年は、話を続ける。彼は嘲弄されることに慣れておらず、慣れたいとも思わなかった。嘲笑は勝者の身に許された特権であり、しかも自分にはこのおそるべき美女が味方であるという確信が野心と力の裏付けにもなっていた。

 

「総大司教がおそるるに足らないと言った意味がわかったろう。私と組まないというなら貴様が酒と麻薬と女におぼれた狂態はすべて録画してある。これを利用させてもらうまでだ。陳腐な手だが効果があるから常用されるし、常用されるからこそ陳腐にもなる。決心してもらおうか。」

沈黙が続いていた。腐臭さえ感じられるような不快な沈黙である。

やがて司教は

「犬め...。」

とつぶやいた。狂信者にすらなれなかった悲しく弱弱しい敗者のつぶやきだった。

 

さて、帝国駐在フェザーン弁務官のボルテックは、帝国軍の侵攻がイゼルローンに対して行われるということをことさらに強調してフェザーンと同盟に流した。

11月4日にロイエンタール上級大将による三万人規模の大演習をおこなった。これは、イゼルローン侵攻の準備であると報道される。

ボルテックは、民間の宇宙船からフェザーンニ送られる情報に整合性をもたせることに気を配った。半年ほど前までは政治的忠誠心の対象であったルビンスキーを過去の人としてあつかい、自らの後ろめたい心理を正当化するために、ルビンスキーの欠点をあげつらい、権力を失って当然との宣伝に抱き合わせでフェザーンの独立に意味があるのかという疑念ををたくみに潜り込ませた。

 

11月8日ラインハルトは、神々の黄昏作戦の人事を発表する。

先鋒は、疾風ウォルフの二つ名で呼ばれるウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将、第二陣は、ナイトハルト・ミュラー大将、第三陣は、帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥自身であり、第四陣はシュタインメッツ大将、第五陣は、ワーレン大将である。動員兵力は八万七千五百隻、兵員一千二百万の大兵力であった。ファーレンハイト大将、西住まほ中将、逸見エリカ少将は、イゼルローン方面から召還されて待機を命ぜられた。ファーレンハイトと西住・逸見の艦隊は決戦時の予備兵力としてその攻撃力には定評がある。西住まほ、逸見エリカの両艦隊は、全艦黒十字が塗られ、、黒十字槍騎兵(シュクロイツランツェンレイター)と呼ばれた。先日来のイゼルローン攻防戦において、「栗色の髪の小娘とその愉快な仲間たち」にしてやられた雪辱戦を江戸の仇を長崎でもいいから果たしたいという意気に燃えていた。

 

イゼルローン方面軍については、その日時まで公表された。

「帝国軍は、ロイエンタール上級大将を総司令官として、イゼルローン回廊への軍事行動を行う模様。」

 

帝国軍のこれ見よがしの挑発に、同盟首都ハイネセンは、震撼はするものの最終的な予定調和を信じてのそれであって緊張感を決定的に欠いていた。イゼルローンには堅牢な要塞と宇宙屈指の名将がいる。帝国軍が領内に侵攻を果たしえようがないと思い込んでいた。

 

政府と軍部の最高幹部が一堂に会しての国防調整会議では、宇宙艦隊司令長官ビュコック大将は、発言をもとめて三度ばかり無視された後ようやく指名された。

「これほどまでに帝国軍がイゼルローンへの攻勢を宣伝するのは、なぜなのか。真の目的であるフェザーン回廊からの侵攻から目をそらさせるための陽動ではないかと考えます。」

「わたしもそう考えます。」

ウランフとボロディンも同意する。

「帝国軍は、八万八千隻弱、一千二百万の五個艦隊をフェザーン回廊に向かわせようとしています。」

エリコとバグダッシュの情報網からもたらされた画期的な情報を提示するが、同盟の高官たちの反応はにぶいものだった。

「ビュコック司令長官のお考えはなかなかに独創的であるが、帝国が強大化すれば、彼らの政治的中立や強いては存続がおびやかされる。一世紀余の伝統を捨ててまでそのようなことをするだろうか。」

「フェザーンは同盟に莫大な資本を投下し、膨大な権益を有している。もし同盟が帝国に併呑されでもしたらそれが接収されるだろう。そんな割にあわないことを彼らのような現実主義者がするだろうか?」

「たしかにフェザーンは、同盟に膨大な資本を投下して権益をもっていますな。しかしそれは同盟領内の諸惑星、鉱山、土地、企業などであって、同盟政府にではありますまい。彼らにとっては、その権益が守られさえすれば同盟の国家機構がどうなろうとさほど痛痒を感じるとは思えませんな。」

「それともフェザーンが同盟政府に対して資本投下を行っている事実をわしは二、三把握していますが挙げてもよろしいですかな。」

政治家や高官たちは蒼くなった

「提督、すこしお口をつつしんでいただけますかな。」

「そうだ、そうだ。」

国防委員長のアイランズがにがにがしさを含んだ語調で老将の毒舌を制し、場にいた政治家や高官たちも口々に同意した。

ビュコックは想う。建国の父アーレ・ハイネセンが知ったら嘆くであろう、同盟政府の政治家、高官たちがフェザーン流精神の最悪な一部分を模倣して、自己の権限や責任を金銭に変える輩は後継者難になやんだことがない。さらに、ジャーナリズムの政界癒着、たとえば政治家、高官たちの会食や脅迫が行われ、スキャンダルの表面化は派閥次元の政争の結果でしかないという状態。軍機保護をたてまえになぜか政治家や高官の個人情報への取材制限をもぐりこませた言論統制立法が進んでいることもまともなジャーナリズムや市民を委縮させ、民主主義の形骸化がいきつくところまですすんでいる。

ビュコックの指摘は空論として退けられ、イゼルローンに警備強化命令を出し、必要があれば補給物資を輸送することを決めて、三人の例外を除き会議は散会した。

 

そのころイゼルローン回廊で哨戒活動を行っていた戦艦ユリシーズの艦橋は、ひとりのオペレーターの恐怖交じりの上ずった声により緊張が走った。

「400光秒先に艦影多数!」

「!!」

「艦種照合!帝国軍と認定。ブレーメン級...すごい数だ...推定3万隻。」

「艦長、いかがしますか。」

「ぐずぐずするんじゃない。さっさと逃げ出すよう僚艦にも伝えろ!」

 

同盟軍艦艇の様子は帝国軍にもとらえられていた。

「400光秒先に同盟軍艦艇発見!30隻程度と思われます。敵、逃走に移っている模様。追いますか?」

「かまうな。その程度の弱敵を相手にしなくてもよい。」

部下に問われて、細面で金銀妖瞳をもつ青年提督は放置しておくよう命じた。

 



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第132話 ふたたびイゼルローン攻防戦です(その1)

ユリシーズの報告を受けて、ヤンは会議室に幕僚たちをあつめた。

「帝国軍は3万隻。今年の春のケンプ艦隊をうわまわる大兵力だ。これが旗艦の画像。」

グレーの船体に青く斜めの二つの帯が描かれている。

「これは、ロイエンタール提督の旗艦トリスタンだ。双璧の一人か...。」

「閣下、これは、ローエングラム公の大規模な戦略の一環なのでしょうか。」

フレデリカにたずねられて、ヤンはうなづいた。

「どうもユリシーズを哨戒行動につけないほうがよさそうですな。あの艦が哨戒に出るたびに敵を連れてくる。」

ムライ参謀長が腕を組んで冗談とも本気ともつかない台詞をつぶやくように言う。

「まあ、ものは考えようさ。ユリシーズを哨戒行動に出したときは通常より一レベル高い警戒態勢しておけば効率的だろう。」

ヤンは、シェーンコップとキャゼルヌに警戒態勢強化と戦闘配備を命じる。

「これを首都に送ってくれ。」

ヤンは、通信局長に命じた内容を要約すると次のような内容だった。

イゼルローンに敵襲。敵の艦艇3万隻余。指揮官は、オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将。帝国軍の双璧と称される優れた指揮官である。この攻撃は単独のものではなく、フェザーン回廊からの攻撃と連動したローエングラム公の壮大な戦略構想の一環であろう。フェザーン方面の帝国軍の艦艇数は八万八千隻と推定される。フェザーン回廊出口付近の防備を固められたい。

ビュコック司令長官は国防調整会議で孤軍奮闘に近い状態だ。ウランフ、ボロディンにも同じことを伝えてある。無益だと思いつつも、すこしでも首都の意見がまともな方向に動いてくれるすることを祈らずにおれないヤンだった。

 

ロイエンタール艦隊は要塞前面に展開する。その重厚かつ整然たる布陣が、イゼルローン要塞のスクリーンに光点の群れととして映し出される。

(堂々たるかつ戦理にかなった布陣だ。)

ヤンは、ロイエンタールの手腕にうならざるを得ない。アムリッツアで戦ったキルヒアイス艦隊の重厚で戦理にかなった布陣が思い出される。それだけで相手がいかに強敵であるか認識せざるを得ない。

 

帝国軍旗艦トリスタンの艦橋では、ロイエンタールがその金銀妖瞳で、スクリーンに映し出された球体を見つめている。大都市の人口に匹敵する彼の部下たちが司令官の砲撃命令を待ち構えている。

やがて、司令官の右手が鋭く空を切って振り下ろされる。

「ファイエル!」

三十万を超す砲門が一斉に無音の咆哮をなし、光の槍が吐き出される。

その半分は流体金属に吸収されるものの、砲台や銃座が相当数破壊することに成功する。

「小ゆるぎもしませんな。」

参謀長ベルゲングリューン中将が、あらためて感嘆の念を口にせざるをえないという感じでつぶやく。

「するわけがない。まあ、はでにやるのも今回の任務のうちだ。せいぜい目を楽しませてもらうことにしようか。」

「ルッツ提督に連絡してくれ。所定の計画にしたがい、半包囲体制をとるように、とな。」

 

イゼルローン要塞のメインスクリーンには、帝国軍からの光の槍が雨のように降り注ぎ、砲塔や銃座の爆発光や爆発煙が映し出されていた。

ヤンは中央指令室で、指揮卓の上で片膝を立てて座り込みそのひざにひじをついて、ほおづえをついて、メインスクリーンと敵の艦列が映し出されているサブスクリーンを見ていた。

通信士官がヤンに伝える。

「アッテンボロー少将からのからの通信です。」

「つないでくれ。」

「艦隊はいつでも出撃できますが...。」

「よし、敵の艦列の動きによく注意してくれ。いくつか敵がとりそうな作戦を送っておく。」

「了解。」

ヤンは、自分ならここでトゥールハンマーの射程ぎりぎりで半包囲か...陽動ならばそんなところだろう...と考えていた。

アッテンボローとフィッシャーによる駐留艦隊は、半包囲をなんとかおさえられたものの、トゥールハンマーの射程ぎりぎりで両軍混戦状態に陥った。

こんな状態では、とてもトゥールハンマーで敵を追い払うどころではない。

「やってくれるじゃないか。」

ヤンは感嘆せざるを得ない。

(ほうっておくよりはましだったか...。敵は自分が優位に立ったことを確信しているだろう。そこにつけ込む隙をみいだせないだろうか...)

ヤンはひとつの策を思いつくと同時に、

「司令官」

と精悍な防御指揮官の呼ぶ声がする。ヤンが振り向くとシェーンコップがほくそえみながら指をつきたてている。

ヤンも笑みをうかべ、同意して作戦を許可した。

 

(これでトゥールハンマーが使えないだろうから増援を出すしかない。さて、どう出てくるかな。魔術師ヤン)

ロイエンタールは艦橋でほくそえんでいた。魔術師だの奇跡のヤンだの呼ばれている男が次は何を仕掛けてくるだろうかと楽しげに待ち構えていた。

 

アッテンボローとフィッシャーに率いられたイゼルローン駐留艦隊は、巧みな艦隊運動で帝国艦隊と互角に戦っている。

灼熱の光条の豪雨が帝国艦隊の艦艇を襲い、装甲とエネルギー中和磁場の負荷を超えたとき引き裂かれ、火球となって四散し、爆発煙をまき散らす。その繰り返しである。

駆逐艦数隻にまとわりつかれた戦艦は、ミサイル発射孔に核融合弾を撃ち込まれて四散する。同盟艦隊も、降り注ぐ光の槍がエネルギー中和磁場の負荷を超えて、船体が引き裂かれて火球となって四散し、爆発煙をまき散らす。帝国軍のグレーの船体の破片と同盟軍の緑の船体の破片が飛び散って宇宙空間にただよった。

 

「叛乱軍、新規兵力です。500隻程度。」

「!!」

「どうした?」

「せ、戦艦ヒューベリオンです。」

ロイエンタールは口にこそ出さないが驚く。智将と聞くが、意外に陣頭の猛将という面があるのだろうか...

「全艦前進!最大戦速!」

旗艦トリスタンは、ヒューベリオン目指して前進する。ヤンを捕えるか殺す...

帝国軍の全将兵が渇望する武勲をたてる絶好のチャンスに思われた。

 

「射程距離に...。」

オペレーターが言いかけたその時だった。

ガガーンン...

鋭い衝撃が走り、トリスタンの船体が激しく揺れた。

 



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第133話 ふたたびイゼルローン攻防戦です(その2)

「な、何ごとだ。」

「て、敵です。敵の強襲揚陸艦です。」

電磁石でトリスタンに節減し、酸化剤が噴きつけられると同時にヒートドリルがトリスタンの船体に打ちこまれる。2分後には、直径2mの孔が開けられて、装甲服をまとった「敵兵侵入!敵兵侵入!非常迎撃態勢をとれ!」

船内は激しい銃撃戦と白兵戦にいろどられる。

光線の豪雨の中をローゼンリッターは、レーザービームは鏡面装甲を施した盾でふせぎながら突き進む。炭素クリスタルトマホークで敵兵をなぎ倒し、切り飛ばしてトリスタンの船内は血しぶきが舞い、内壁は鮮血で深紅のまだらに塗りたくられる。

「雑魚にかまうな。目標は敵の司令官だ。艦橋をさがせ。」

ローゼンリッターがぞくぞくと乗り移ってくる。

 

「やつらを生かして帰すな。俺が指揮を執る。」

参謀長ベルゲングリューン中将は、船内通信機をとり自ら白兵戦の指揮を執る旨通達する。

 

帝国軍は艦内通路の両脇からローゼンリッターを囲もうとするが、シェーンコップはトマホークを左右に振るって一閃、あっというまに二人の兵士を斬り倒す。血潮を浴びつつも三人目が襲いかかるがトマホークの柄で横転させる。

前方からの兵士の群れを見て、横に会った扉の中にはいる。中にいた帝国兵はプラスターをかまえるが、それよりもはやくトマホークが左右にふるわれて四人の兵士が倒れる。

 

立っているのは装甲服に着替えようと手にとった細面の士官とシェーンコップだけだった。

士官は黒地に銀の装飾をあしらった帝国軍士官の軍服で、将官であることをあらわす金色の階級章がついている。その瞳は、見誤りようもない金銀妖瞳であり、シェーンコップは確信を強めた。帝国標準語で話しかける。

「ロイエンタール提督...?」

「そうだ。叛徒どもの猟犬か?」

シェーンコップはトマホークを構えなおし、

「わたしは、ワルター・フォン・シェーンコップだ。死ぬまでの短い間覚えておいてもらおう。」

言うが早いか鋭いトマホークの一閃がロイエンタールに襲い掛かる。

ロイエンタールは、バック転をして素早く後ずさってプラスターをかまえる。

そのときにはトマホークが再びロイエンタールの頭上に振り下ろされようとしていた。

ロイエンタールは身を沈める。

頭髪が数本斬られて空中に舞う。沈めた身体を反転させてプラスターを精悍な侵入者に向かって撃つ。

シェーンコップはトマホークを自らの顔面にかざして光の剣を防いだ。トマホークの柄が折れて、刃がこぼれ落ちる。

柄だけになったトマホークをシェーンコップは正確に投げつけて、ロイエンタールの手からプラスターが弾き飛ばされる。シェーンコップは腰のホルスターから戦闘用ナイフを抜いた。ロイエンタールはそばに倒れていた兵士の腰から戦闘用ナイフを抜き取った。

突く、弾く、斬りつける、なぐ、受け止めて巻き込もうとする、弾きかえす、再び斬りつける、弾く...苛烈な斬撃と完璧な防御がくりかえされる。

ドタドタと軍靴を踏み鳴らす音がして、ローゼンリッター連隊員が数十名やってくる。防御指揮官を探しに戻ってきたのだ。帝国軍兵士たちが追いすがってくる。狭い部屋で混戦となり、両軍とも味方に当たるかもしれないのでナイフやトマホークを思うようにふるえなくなる。怒号が室内を満たし、もみあいになる。たまに戦闘ナイフを抜き取った者が相手に斬りつけるが続かない。帝国軍兵士の群れは、数にものをいわせローゼンリッターに距離をとらせず思うように攻撃させないようにして、同盟軍を装甲服着衣室から追い出した。

 

ベルゲングリューン中将がようやく金銀妖瞳の上官を見出し、

「閣下御無事でしたか?」

と声をかける。

「ああ。」

ロイエンタールは、半ば上の空で返事をし、手くしで髪を整え、金銀妖瞳には自嘲めいた光が浮かぶ。

「やつらが噂のローゼンリッターか?」

「そうらしくあります。距離をとらせるとトマホークやすさまじい剣技でやられるので身動きできなくさせました。」

「わかった。艦列を後退させろ。俺としたことが功を焦って敵のペースに乗せられてしまった。旗艦に陸戦部隊の侵入を許すとは間の抜けた話だ。」

「申し訳ございません。」

「別に卿の責任ではない。気にするな。俺が熱くなりすぎたのだ。すこし頭を冷やして出直すとしよう。」

 

さて、強襲揚陸艦でイゼルローンに帰投したシェーンコップはヘルメットを腕に抱えて装甲服のままで、不敵な笑みをうかべて、ヤンに報告する。装甲服は血痕にまだらにいろどられている。

「お疲れ様。」

「今一歩というところで大魚を逸しました。まあ、旗艦への侵入を果たして敵を少なからず動揺させたのは確かですから、0点ということにはならないでしょう。」

「そいつは惜しかった。」

「もっとも先方もそう思っているかもしれません。なかなかいい技量をしていましたし、わたしの攻撃も再三かわされました。」

「歴史を変えそこなったということかな。」

ヤンが笑うと、シェーンコップもにやりと笑い返した。二人ともこのときは冗談まじりの軽い気持ちだった。

 

帝国軍艦隊は、乱戦状態から、戦いながらも整然と隊列を組みなおして後退する。その鮮やかさはロイエンタールの非凡な指揮能力を示していた。

ヤンは、後退に乗じて追撃戦を行おうとしたが、つけ込む隙を見いだせなかった。いつでも逆撃できるぞ、というかまえである。ヤンはそれと悟ると、こちらもアッテンボローとフィッシャーの芸術的な後退でイゼルローンに帰投する。

 

ヤンは指揮卓の上にあぐらをかいて、不快げに紅茶をすすっている。

「いくらでも優秀な敵というものはいるものだな。」

キャゼルヌがまずそうにコーヒーを一口飲んで論評する。

「あのまま攻撃し続けてくれればよかったのだが、さすがに帝国軍の双璧と呼ばれる男は違うな...。」

 

「閣下。」

「なんだい。」

「今は、要塞対艦隊で戦っていますが、艦隊対艦隊で戦うとなった時、ロイエンタール提督に勝てますかな。」

シェーンコップが、勝てますよね、そう信じていますよという含みをもたせた、彼らしい遠慮のなさすぎる質問をした。

「う~ん、わからないな。先だって戦ったケンプは、空戦隊出身なこともあって、最初から艦隊指揮官だったロイエンタールにくらべて明らかに用兵の柔軟さで劣っていることを感じたが、それでもかろうじて勝てたのだし、運しだいでどうころぶか...。」

「期待外れなことをおっしゃらないでください。私はいつか言いましたが、あなたはローエングラム公にも勝てると思っているのですから、その部下如きに勝てなくてどうします。」

「君がそう思い込むのは自由だが、主観的な自信が客観的な結果を導き出せるわけじゃない。実際のところ、ロイエンタールの用兵は、ローエングラム公と比べても遜色のない完成度だ。」

 

「さてと...艦隊を300隻程度の船団に編成してくれ。敵を攻撃しつつ後退し、主砲の射程内に引きずり込む。」

「アイアイサー」

 

アッテンボローが艦隊の半数ほど5400隻を300隻ごとにわけて、敵に砲火をあびせて誘いをかけ、巧みな後退でトゥールハンマーの射程にさそいこもうと試みた。



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第134話 作戦始動します。

宇宙暦798年/帝国暦489年8月31日、壮行式の前日である。
「ミス・ニシズミ」
「ヤン提督?」
「一万四千隻を率いて、近い将来出撃するであろうビュコック司令の艦隊を援護、いや、同盟が有利になるよう作戦行動をしてほしいんだ。」
「あの…イゼルローン要塞にも帝国軍の大軍が来るはずでは…。」
「たしかにそのとおりだ。しかし、いかな大艦隊でもこの要塞は内部からの攻略でないと落とせないし、所詮は陽動だ。浮遊砲台やトゥールハンマーもあるし、一万一千隻もあれば十分だ。それよりも、先日の作戦案だ。敵が来る前にやらなければならないことがたくさんある。時間がない。」
「そうですね。おそらく今年中に帝国軍はフェザーン回廊を通過しますから長くて4か月以内にすべての準備をしなければならないということですね。」
「うむ。その期間は短くなることはあっても長くなることはない。招かれざるお客人に撤退へのフルコースをふるまって、お帰り頂かなければならないからね。」
「わかりました。すぐにでも出発します。」
「よろしく。」


ロイエンタールは、ほくそえみながら、トゥールハンマーの射程内に引きずり込もうと試みるアッテンボローの巧みな艦隊運動を看破し、揮下の艦隊に誘いに乗らないよう十分に言い含めていた。接近、後退をあざやかなタイミングで繰り返し、包囲を締め付けるかと思えばゆるめる。アッテンボローは舌打ちせざるをえない。要塞のオペレーターたちは、その動きに翻弄されて、不安を募らせる。シェーンコップはロイエンタールを殺しそこねたことを本気で後悔し始めていた。

 

12月9日、ロイエンタールは、500隻ほどの艦艇を一団にして車懸かりというべきか順番に一撃離脱方式による全面攻勢に出た。流体金属に浮かぶ砲塔が複数の光の槍に貫かれて水柱のように白く輝いて消滅する。一方で帝国軍の駆逐艦や巡洋艦がイゼルローンの人工重力につかまり、砲撃を受けて、四散したり、真っ二つに引き裂かれて流体金属の海に沈没する。トゥールハンマーの死角をついて巧みに攻撃を加える。イゼルローンのオペレーターは不眠不休で対処する。帝国軍は二千隻を失ったが、イゼルローン要塞ものべ半数の浮遊砲台を失った。

 

この日の攻勢が失敗に終わったことをこれ見よがしにロイエンタールはオーディンに伝える。イゼルローンの防御力と抵抗力の巨大さを帝都に向かって訴え、帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥に増援軍の派遣を求めた。

ラインハルトはロイエンタールの苦戦に遺憾の意を示し、一挙にイゼルローンを攻略すべく諸将に伝達した。帝都周辺宙域にあったウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将、ナイトハルト・ミュラーら三人の大将がローエングラム公に招集された姿が放映される。

「可能な限り迅速にイゼルローン回廊に向かい、卿らの任務を果たせ。なお戦力が必要とするときは、私自ら帝都を発って、卿らの戦列に加わるであろう。」

「御意。微力を尽くします。」

軍用宇宙港で、ラインハルトは、満天の星の海のなかへ浮上していく戦艦ベイオウルフをはじめとする無数のように思える帝国軍艦隊の姿を秘書官であるヒルダとともに見送った。

「はじまりましたわね。」

ラインハルトは少年めいた熱っぽさでうなづいて答える。

「そうだ、終わりの始まりだ。フロイライン。」

二人はしばらく星々の海をながめていた。さてその「海」は征服されるべきものとなるのか近いうちに回答が得られるはずであった。

 

さて、アルレスハイム星域である。歴史上何度か会戦が行われた要衝の地でもある。太陽系で言えばカイパーベルトにあたる主星アルレスハイムから40天文単位、約6億キロの空間で、おびただしく小惑星がうかんでいる。その空間に同盟軍艦隊一万四千隻が航行している。先頭には平たくあんこうを思わせるレーダーのついた戦艦ロフィフォルメ。西住みほイゼルローン駐留艦隊副司令官の旗艦である。フェザーン回廊方面に向かってゆっくり航行していた。そこへ一隻の同盟軍巡航艦が接近する。

 

「みぽりん、ビューフォート准将の艦が来たよ。」

「接舷するように伝えてください。」

「了解。」

 

「はじめまして。西住中将、ミズキエリコ中佐、秋山優花里中佐。」

「はじめまして。今回はわざわざありがとうございます。」

「いえ。こちらこそ、ヤン提督とあなたがビュコック長官に送られた親書につけられたという作戦案には驚かされました。わが同盟軍で三指にはいる智将にご指名いただき光栄です。さてわたしの任務とは?」

「帝国軍はフェザーン回廊からかならすやってきます。その数は八万八千隻弱、兵力一千二百万です。決戦場はおそらくランテマリオ星域になりますが、戦力がそろうまで時間稼ぎをしなければなりません。そこで准将には特殊戦闘艇に慣れていただこうと...。」

「こ、これは...。」

「ミズキ中佐の自信作であります。特殊な魚雷や機雷も散布できます。」

「これなら帝国軍を阻止できるどころか全滅させることも可能なのでは?」

「相手が無能ならありえる?しかし、相手は超一流と言ってもいい将帥?きっと対策を練るはず?」

「しかし、どんなレーダーを使おうと発見されないはずでしょう?単なるステルスとはわけが違いますから。」

「確かにレーダーでは発見できない?でもワープが可能な艦艇をつくる技術があれば気が付く可能性が高い?」

「なるほど...。」

 

さて一方、帝国軍は、イゼルローン回廊に向かっている...はずであった。大部分の将兵がそう思い込んでいた。しかし、指示された座標どおりのワープを繰り返すうちに、航法部門の将兵たちを中心にイゼルローンとは反対の方向に向かっているのではという疑惑がささやかれはじめた。最初は見当がつかなかった将兵たちもイゼルローン以外の帝国領の外側といえば...と考え、脳裏にアルファベットの文字配列が浮かび上がりはじめる者もいた。それはPHEZZANという文字列だったが、まさか...という思いがある。

 

彼らの不審と疑惑は12月23日に氷解した。それまで将官のみに知らされていた「神々の黄昏」作戦の全容が兵士たちに知らされたのである。

旗艦ベイオウルフの艦橋から全艦隊へ向けてミッターマイヤー上級大将から通信が発せられ、はちみつ色のおさまりの悪い髪を持つ若き精悍な提督の姿が各艦のメインスクリーンに映し出される。

「もううすうす気が付き始めた者もいるようだが、はっきり言っておこう。我々の赴く先はイゼルローン回廊に非ず、フェザーン回廊である。」

疾風ウオルフの声を聴いた兵士たちは。ひとしく声を呑んでスクリーンを凝視してしまう。最初は驚愕の波が襲い、そのあと興奮の空気に覆われる。その空気は低く熱いざわめきに変わっていった。心なしか兵士たちの興奮と士気が高まっている。

「最終的なわれわれの目的は、むろん、フェザーンの占領にとどまらない。フェザーンを後方基地として、自由惑星同盟を僭称する叛徒どもを制圧して、数世紀にわたる人類社会の分裂抗争に終止符を打つこと、それこそがこの出兵の目的なのだ。われわれは戦い征服するためにここにあるのではなく、歴史に記録されるべき偉大な一ページをめくるためにここにあるのだ。」

「むろん、目的を達するのは容易ではない。同盟領は広大であり、彼らの陣営にはなお多くの兵力と優れた将帥がいる。だがわれわれは、フェザーン回廊を制圧することにより圧倒的に有利な立場を手にすることができる。卿らの善戦に期待するところ大である。」

「フェザーン回廊へ向けて針路をとれ!」

はりのある疾風ウォルフの声がスピーカーを通じて帝国艦隊全艦の艦橋にひびいた。おびただしい数のグレーの船体は、その三倍の数のエンジン噴射孔の輝きを帝国本土にみせつつ、隊列をととのえて将兵たちとその昂揚をのせてフェザーン回廊へむかっていった。



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第135話 フェザーンが占領されます。

宇宙暦798年/帝国暦489年8月31日、壮行式の前日である。
「ユリアンさん?」
「ミズキ中佐?」
「これをもっていってほしい?。」
そう言って渡されたのは1台のノートパソコンと二十数個の指輪のようなものだった。
「これは....?」
「もし、帝国軍にフェザーンが占領させそうだとわかったら、同盟弁務官事務所でつかってほしい?使い方のファイルもつけてある?くれぐれも取り扱いに気をつけて?」
「わかりました。」
亜麻色の髪の少年はほほえんだが、その晩使用法を読んで驚いた。
(これはあらん限りの知恵を絞った渾身の作戦...すごい。ヤン提督やミス・ニシズミのお役に立てるし、期待にも応えられるだろう...)
翌日エリコに話す。
「すごいですけど...責任重大です。」
「ユリアンさんならできるはず?」
「ありがとうございます。頑張ってみます。」
少年は、必ず成し遂げたい、いや成し遂げてやるという密かな決意を胸にタナトス3号に乗り込んだ。



さて、取引を終えて帰途に帝国領との国境に近い宙域を航行していたフェザーン商船「ぼろもうけ」号は、メインスクリーンにあらわれたおびただしい光点に驚愕する。

「未確認物体多数接近。」

「船籍不明の大型宇宙船多数!」

「緊急事態だ。船籍の確認を急げ。」

「宇宙海賊か?しかしこんな数は...。」

「船籍照合!帝国軍戦艦、巡航艦、駆逐艦多数。帝国軍艦隊です。しかしすごい数だ...一万隻、いや二万隻をこえる...。」

「なんだって?なぜやつらがこんなところにいるんだ。ここは非武装宙域のはずだぞ。」

乗組員たちの声は驚愕でうわずった声をぶつけあう。結論を出したのは日頃は無口な航宙士だった。

「やつらはフェザーン回廊に侵入するつもりだろう。イゼルローンへ行くと思っていたがどうやらいっぱいくわされたらしいな。」

皆をおちつかせようと

「悪い冗談はよせよ。」

との声が上がるものの、乗組員たちの胸中には不安と恐怖の溶岩が噴き出して流れ出している。

「...するとやつらはフェザーンを武力占領するつもりか?」

「それ以外に何がある。」

「落ち着いているな!一大事だぞ!すぐにフェザーン本星に伝えなければ...」

「停船せよ。しからざれば攻撃す!」

10隻を超す帝国軍駆逐艦と快速哨戒艇が接近しつつ、常套句をつげたのはそれからまもなくだった。

「弁務官事務所はなにをやっているんだ...こういうときのためじゃないのか。」

「起こってしまったことは仕方ない。どうせ本星でもやつらの不機嫌なツラを拝むことになる。ここはおとなしく従って心証をよくしておくにこしたことはない。」

 

12月24日、ミッターマイヤー艦隊は、フェザーンの衛星軌道上にあった。ここに至るまで60隻のフェザーン商船を捕捉し、その半数を破壊しなければならなかった。

旗艦ベイオウルフの艦橋で、ミッターマイヤーは大スクリーンを通じて惑星表面への降下作戦を見守っていた。

フェザーン中央宇宙港管制局から幾度となく警告の通信がなされる。

「管制に従ってください。法規違反は処罰されます。管制に従いなさい。」

執拗で責任感に富んだ問いかけは無視された。

バイエルライン中将の指揮する分艦隊はすでに大気圏降下を開始している。銀色にかがやく艦列は太陽光を反射している。客観的にみれば美しく見えるこの光景もフェザーン人からすれば不安と恐怖をあおるものでしかなかった。

「自治領主府に連絡しろ!帝国軍が大気圏に突入してくるぞ!侵略だ!」

管制当局は驚愕に見舞われていた。

ヒステリックな叫び、乱れた足音がオフィスに響く。

管制官のいく人かは、頭をかきむしって叫ぶ。

「しかし..こんな事態になるまで、どうしてわからなかったんだ。」

自治領主府や弁務官事務所をののしる声があちちこちらで発せられた。

フェザーンの地上、一般市民も、まず子どもたちが空を指さして、見慣れない人工的な光を多数みて不審が驚きと理解と恐怖に変わり、パニック状態に陥っていた。

 

ユリアンもこの様子を見て、ついにはじまったかと得心した。彼はフェザーンの地上にいる、数少ないも最も冷静な者の一人だった。予測した本人が一番喜べないだろうが、ヤン提督の予測はやはり正しかった、という感慨だった。やれることは数少ない。亜麻色の髪の少年は、ふと思い出し、エリコからあずかったパソコンと指輪を二十数個もっていかなければならない。自宅にもどってパソコンと指輪をもって、幾人とぶつかるたびに、謝罪しながらも弁務官事務所に急いだ。

 

「帝国軍、フェザーンに侵攻。中央宇宙港はすでに彼らの占領下にあり。」

の報がもたらされたとき、自治領主アドリアン・ルビンスキーは自治領主府や公邸にはおらず、私邸のひとつにいた。

ソファに腰かけ悠然とワイングラスを傾けている。

「聞きましたか?自治領主閣下」

「聞いた。」

「フェザーン最後の日が、指の届くところまできたようですな。」

「...。」

「あなたの時代は終わった。地球教の力で、ワレンコフを逐って自治領主となって在位7年、歴代で最短命というわけだ。いずれボルテックが帝国軍の武力を背景に乗り込んでくるでしょう。あなたの地位を奪い、奴の肩には重すぎる権力をかつぐためにね。」

「ほう、わたしの時代が終わったということを、君が保証してくれるのかね。」

ルビンスキーは身の危険を察して指を鳴らす。

 

黒い影が数人現れる。

しかし、その黒い影は、次の瞬間には、切り刻まれて、血を流して白目をむき床面にころがっていた。

「お、おまえは....。」

「ふん、元雇人には悪いが、金髪の孺子を殺せなかったかわりに同盟のやつらに入れ知恵しておいたよ。しかしこれは便利だな。」

いつのまにか、光学迷彩を満足そうに見つめる男ニヒトと青みがかった黒髪の美女がその場に現れていた。

「あらあら、親子で殺し合いなんて。ルパートのおぼちゃま。小魚が高みにのぼろうとしてもメザシになるだけですよ。」

美女は微笑みながら、彼女の身長ほどもある弧を描いた巨大な大鎌をルパートののどもとにつきつける。

「くッ。」

ルパートは舌打ちしたが、美女は微笑みながらルパートになにやら教えるように数か所に大鎌を向ける。鏡の裏がかすかに黒ずんで見える。影の者以外にも荷電粒子ブラスターを持った自治領主のSP部隊がひそんでいるというわけだった。

「さあ、行きましょう。」

自治領主の息子でもある野心家の青年は、美女ゼフィーリアに連れ去られるようにすごすごと出ていった。

 

ルパートと美女とニヒトが去ると、SPが鏡の影から現れた。

「自治領主閣下、これからいかがいたしますか。」

ルビンスキーは鋭い眼光を一瞬SPにむけたが、やがてふだんのふてぶてしい風貌をとりもどし、自信にみちてうそぶいてみせる。

「同盟元首トリューニヒト評議会議長は、救国会議のクーデターの際に安全にかくれておったそうだ。われわれもそのひそみにならうとしようか。」

 

フェザーン中央宇宙港のビル内に臨時司令部を置いたミッターマイヤーの最初の仕事は、帝国軍の進駐に反感を持つ暴徒から守ってくれという帝国の弁務官事務所からの要請に応じて陸戦隊の一個大隊をおくることだった。

 



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第136話 「ザンネンデシタ、マタドウゾ」です。

帝国軍は、制圧目標の再確認を行う。自治領主府、同盟弁務官事務所、航路局、公共放送センター、中央通信局、六ケ所の宇宙港、物資流通制御センター、治安警察本部、陸上交通制御センター、水素動力センター。これらを制圧すればフェザーンの機構を手中に収められるはずだった。

「特に重点は、自治領主府、同盟弁務官事務所、航路局だ。それぞれのコンピューターを押さえ、情報を入手しなければならん。これは絶対の条件だ。わかるな。」

バイエルライン、ビューロー、ドロイゼン、ジンッアーらの幕僚たちは、司令官の鋭い眼光に対し、

「「「「はっ」」」」

と緊張した面持ちで答えた。

同盟領の地理をおさえることによって適切な作戦と補給計画が立てられ、同盟軍と互角な戦いができる。しかも自国の地理、軍事力、経済力に関する情報が敵の手に渡ることによる心理的なダメージも無視できないだろう。

 

帝国軍はまず、航路局をおさえた。つぎに自治領主府である。これは、破壊されたマジックミラーとおびただしい血痕が確認されたほかはもぬけのからだった。

次に、グレーザー大佐が、同盟弁務官事務所を包囲した。

ババババババ....

弁務官事務所の周囲の木立から銃撃が起こる。

そこを兵士たちが応射するといくつか爆発音がして銃撃がやむ。

建物からは光線が数十か所から発射されるのに混じって一丁の荷電粒子ライフルが発砲される。

しかし2~3分ほどですべての発砲がやんだ。

どうやら狙って発砲しているわけではないようだった。

帝国陸戦部隊は進もうと動きだす。

すると今度は地下からなにやら現れて銃撃が再びはじまった。

「タイジンジライデナイコトヲアリガタクオモエヨ」

という機械的な帝国語のアナウンスがどこからともなく聞こえる。

兵士たちは銃撃を避けて、地下から出てきた自動発射のライフルをひとつづつ破壊する。

玄関をヒートガンを向けて破壊する。

「気をつけろよ。今度はどんなわながあるかわからん。」

「なにか罠を見破るいい方法はないか。」

「ミニロボットを通過させてみましょうか?」

「やってみろ。」

ミニロボットは玄関を無事に通過する。

「だいじょうぶなようです。」

その返事を聞いたグレーザーはふと思いつき、

「このマネキンにためしに帝国軍の軍服を着せて通してみろ。」

といい、兵士たちはラジコンにマネキンを乗せて玄関に通してみた。すると室内で銃撃がはじまり、玄関の奥で爆発した。

グレーザーは、

「いくつか、はしごを持ってこい。」

といい二階の窓から兵士たちを部屋に侵入させた。

「だれもいません。」

「さっきのライフルです。これは....。」

「センサー付きの自動発射装置です。なにか回路につながっています。」

その回路をたどってみろ。

「こ、これは...ノートパソコン。」

「触れるな。何か長いものをもってきて開けろ。」

「そんなものはありません。」

するとノートパソコンはひとりでに開く。

「あぶない。離れろ。」

画面にはアニメのようにデフォルメされたエリコがあかんべーをしている顔が現れ、

「ザンネンデシタ、マタゾウゾ」

と帝国語でつぶやくやいなや爆発した。

「消火しろ、メインコンピューターをさがせ!」

「!!」

廊下に出ると光線があちらこちらから放たれる。

幾人かの兵士がうめいて倒れる。

よく見ると壁につけられた指輪だった。

何人か戦死者を出しながらようやくグレーザーは技術士官とともにコンピューター室へたどり着く。

「メインコンピューターはどこだ。」

「ありました。」

「航路図はあったか?」

「いえ...すべて消されています。」

 

航路局を制圧した部隊からミッターマイヤーに報告がなされていた。

「し、司令官。」

「どうした?」

「ど、同盟領の航路図が...航路局のコンピュータからすべて消されています。」

 

「同盟弁務官事務所のほうはどうだった?」

グレーザーがうめくように答える。

「こちらも...全部...。」

グレーザーは同盟弁務官事務所で起こった一部始終を話した。

ミッターマイヤーは、

「そうか...。油断ならないな...。」

とつぶやき、

「やむをえん。ボルテックとフェザーン商人たちに協力させて極力同盟領の航路図を集めろ。」

と命じた。こうして集めた航路図はつぎはぎだらけで1/3といったところだった。しかしないよりまましだし、首都星ハイネセンまでまがりなにりもたどりつけるようになっている。

 

一方で、ミッターマイヤーは、フェザーン本星での経済統制を行わなかった。銀行は封鎖されず、商店は営業していて市民たちは胸をなでおろした。一方で、軍司令官名で布告をだし、正当な理由なく商品の値段を上げ、売ることを拒否する者は厳罰に処するとした。その布告が発せられて一時間後に、商店では、作ったばかりの価格票を取り去って、もとの値段に書き換えるか、もとに戻すかがなされた。

28日には、第二陣のナイトハイト・ミュラーが到着した。

ミュラーを出迎えたミッターマイヤーは固く握手をかわす。

ミュラーは自分より階級が上のミッターマイヤーの出迎えに恐縮しつつも、よく統治がゆきとどいていることに賞賛を送った。

「まあ、いまのところはな。ただ恥ずかしいことに完璧とはいかないな。残念なことにこういう時には小悪党が出るものだ...。卿ならわかるだろう。」

「なるほど...。多少気の毒ではありますが軍規の乱れは占領地住民の不審を生みます。一人甘くすると次が起こるし、不審や不満が増幅される。元帥閣下でもわたしでも同じ処置をしたでしょう。」

「なんにしても、戦わぬとは肩がこるものだ。」

はちみつ色のおさまりの悪い髪をもつ青年提督は、微笑をうかべ両肩を軽くまわしてみせた。

 

さて4日前、帝国軍の侵入を目の当たりに見たユリアンは、ランドカーを拾ったものの渋滞に阻まれうごけなくなってしまった。

「しかたない。准尉、降りよう。」

「歩きますか?」

「いや、走ろう。」

弁務官事務所に入ると、ホールに集まって右往左往している人々がいる。

ヘンスロー弁務官をみつけると敬礼した。

「弁務官閣下。申し上げます。弁務官事務所のコンピューターのデータをすべて消去する必要があります。」

「消去する?」

「そのままにしておいたらすべての情報が帝国軍に利用されてしまいますよ。」

ヘンスロー弁務官はあえいで視線を無目的に泳がせる。その様子は誰か代わってやってくれる者がいないか探しているように思えた。

 



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第137話 商都フェザーンに「ジーク•カイザー」の歓声が響きます。

前書きと本文に4ヶ月近い時間差がありますが、本文はもう年末になってますw

ユリアン、メルカッツの壮行式の数日前...
ビュコックへの親書に作戦データをつけたあと、ヤンとみほは顔を見合わせ、そういえばと思い出したのはフェザーン航路局の同盟領航路データのことだった。
みほがヤンに
「エリちゃんに聞いてみます。」
といい、
「そうだな。よろしく頼む。」
と廊下でわかれた翌日だった。
「エリちゃん、なんとかフェザーン航路局の航路図データを消去できないかなあ。」
帝国軍から、ヤンに対してのペテン師と同様、畏敬やらそれと裏表の蔑視やらが含まれた「栗色の髪の小娘」の二つ名で呼ばれている少女は、同盟随一のIT通にしてECIの申し子と呼ばれる黒髪の少女に話しかける。
「うん。可能?メルカッツ提督?」
「うむ。」
「帝国軍の軍服のデータをいただきたい?」
「シュナイダー。」
老練の提督は艦隊の指揮権をあずかった場合は、戦術指揮に専心できるものの、帝国軍に対し完全には虚心でいられない部分があったので、そういった部分の判断をゆだねるために若き副官に声をかけた。
「フロイライン・ミズキ、どのようなお考えですか?」
「このパソコンとこれに仕込む?そして同盟弁務官事務所に置く?」
彼女は、自分の目の前のパソコンとノートパソコン、指輪のような銃を指し示す。
「なるほど...。帝国軍の将兵が来た場合にパソコンを作動するとデータが消えたり、指輪の銃が発動するわけですね。」
エリコがうなづく。
「機器を操作するのにわざわざ軍服を脱ぐことはない?」
シュナイダーは、無言の上官にかわって承諾の返事をする。
「わかりました。帝国軍に一泡吹かせてやりましょう。わたしとしては、どうも先のない正統政府にメルカッツ閣下を行かせなければならないうっぷんをなんとかしたいと思っていました。協力させていただきます。」
メルカッツも有能な若き副官の言葉に目を細めてうなづき、帝国軍の軍服のデータや写真を提出した。
「全部そろうとまではいきませんが、こういうものもありましたので参考までに。」
シュナイダーは、手元にない軍服の画像についてはスケッチを手渡す。

エリコは、自分のパソコンからオープンプロクシを巧みに使い、航路局のプロテクトをかいくぐって、フェザーン航路局に帝国軍の将兵が操作した場合に航路図データが消えるようマルウェアを仕掛ける。しかも航路図と同時にマルウェアは削除され、足跡を残さないというものだった。また、ユリアンに手渡す予定のノートパソコンは、弁務官事務所の防衛システムにつなげるためのものだ。

「この間のものができた?」
エリコはみほとヤンにみせて操作して見せる。
「なるほど…これはすごいな。」
ヤンはひとことつぶやき、
「これくらいはやらせてもらわないとな。あまりにもこちらに分が悪すぎる。わかった、ミス・ミズキ」
「これは君から渡してくれ。わたしがわたしてもいいがその手の記憶力はないし、説明に困るんでね。補給データと艦隊作戦データとはわけが違う。なにしろハイネセンの街中でもまいごになるくらいだから。」
こうしてエリコから直接ユリアンにノートパソコンが手渡されたのは壮行式の前日だった。(第135話前書きに続く)



ユリアンが今度は周囲を見回すが、だれもが白けた様子で明後日の方向を向いているありさまだ。

「ご決心ください。帝国軍はすぐにでもやってきます。時間がありません。」

「き、君ごときの指図は受けん。」

ヘンスローは不意に高ぶった声でどなったが、自分で自分の声に驚いた様子で、周囲を見回し、額の汗を拭く。

「指図はともかく、君の提案は聞くべき価値を含んでいるようだ。コンピューターのデータを消したとして、君、責任はとってくれるだろうな。」

ユリアンはあきれてしまった。同盟が滅亡したらこの男は責任をとれるのだろうか。

「別の方法もありますよ。コンピューターのデータをそのままにして帝国軍に降伏するんです。貴重な情報を提供したということで寛大な措置をとってくれるかもしれません。」

ユリアンは毒のある冗談のつもりだったが、ヘンスローは、沈黙して露骨な打算の表情を浮かべたので、ユリアンは、ますますあきれてしまった。

「わかりました。僕が責任を取ります。コンピューターのデータを消去させていただきます。」

弁務官事務祖納の情報管理室、すなわちコンピューター室でデータを消去して、ユリアンは、エリコから預かったパソコンをひらいた。指輪には、暗視センサーのみのもの十数個とセンサーのほかにミニブラスターになるものが二十数個ある。アンスバッハがキルヒアイスを殺害にするのに用いたものとほぼ同じものだが、ユリアンは知る由もない。帝国軍の軍服をみたらパソコンから自動的に発射指令が送られる仕組みである。また弁務官事務所のパソコンを操作していたら防御システムがあることがわかった。正門前に十数丁の地下に装備されたライフルと玄関下の爆破装置にエリコのパソコンを無線LANでつなぎ帝国軍が来た時に反応するようにした。

 

そうこうしてもどってくると、ヘンスローだけがぽつねんとソファーに呆然と座っていた。綱紀がゆるみきっていると感じていたが、想像以上の無責任ぶりだった。職場放棄は処罰の対象になりうるのに、それを歯牙にもかけないような感覚。同盟の将来を見限ったようにさえ思えて、ユリアンは心が寒くなる。

「君、たのむ。わたしを安全なところへ連れて行ってくれ。」

(はっきりいって、足手まといだが見捨てるわけにもいかないし...。)

「あと30分ほど待っていてください。それから動きやすい服装に着替えて、護身用のブラスターと現金をおもちになってください。」

ユリアンは、今度は、木立にセンサー装置の指輪をとりつけたライフルを十数丁潜ませ、二階の窓に荷電粒子ライフル一丁と指輪を十数個、廊下に十数個を取り付け、エリコのパソコンの無線LANでつないだ。

 

ユリアンは、独立商船ベリョースカの船長代理マリネスクと腕利きの航宙士ウィロックと契約するのに成功し、フェザーンの宇宙港がすべて帝国軍の管制下におかれ、旅客便は全便運休で商船は飛び立つことができない状態になる寸前に、ぎりぎり脱出できた。

 

ラインハルトが側近の幕僚たちとフェザーンの土を踏んだのは、12月30日の夕方であった。ミッターマイヤー上級大将とミュラー大将が4万名の警備兵とともに若い帝国軍最高司令官を出迎える。のちに皇帝となる黄昏のなかにたたずむ金髪の若き元帥の姿を見た兵士たちはそれを誇りに思い、妻や子に語ったと伝えられるが、そういった兵士たちのなかから歌うような抑揚をともなった歓呼の声が流れ出し、一瞬ごとに熱を帯びていく。そしてついに「皇帝万歳(ジーク・カイザー)! 帝国万歳(ジーク・ライヒ)!」の歓呼になっていく。

金髪の若者はいぶかった様子だったが、ミッターマイヤーが

「彼らはあなたのことを皇帝と呼んでいるのです。わが皇帝(マイン・カイザー)と...。」

「気の早いことだ。」

ラインハルトが兵士たちに手を振るといったんはしずまりかけた歓呼の声は再び吹き上がる。

皇帝万歳(ジーク・カイザー)! 帝国万歳(ジーク・ライヒ)!」

歓呼の声はしばらく鳴り響いた。

 

ラインハルトは、接収した高級ホテルに臨時の元帥府をおいて、まずフェザーン人がこれまで保障されてきた市民的権利は、帝国軍の進駐によってもそこなわれるものではないことを宣言した。

ミッターマイヤーは、自治領主ルビンスキーを捕え損ねたこと、航路局と同盟弁務官事務所のコンピューターから航路図を得られなかったこと、同盟弁務官ヘンスローもいまだに捕えていないことを述べて謝罪した。

ラインハルトは、一瞬形の良い眉をしかめた。

「ミッターマイヤー、そうだからといって卿が手をこまねいていたわけではあるまい。」

「恐縮です。おっしゃるとおりにフェザーン商船やボルテック、また自治領主府のコンピューターにあった部分的な星図を手に入れ、つぎはぎだらけですが、合成するとある程度の星図になります。」

ラインハルトは苦虫をかみつぶすような表情をしたが、敵がかなり上手であることも同時に理解していた。

「なかなかうまく行かないものだな。この場合は敵が上手だってことだ。卿にできなければ、ほかの何人にとっても不可能であろう。それにデータが入手できない事態に気が付いたら迅速な対処をおこなったわけだ。非常に残念ではあるが、いちいち陳謝は不要である。」

(フェザーンの黒狐は捕まえられなかったか...。)

「どう思う?フロイライン。黒狐の思惑を?」

ラインハルトの陣営でフロイラインと呼ばれ政戦両略について的確に答えられる女性はひとりしかいない。若すぎる帝国元帥の副官で帝国宰相の秘書官である聡明な伯爵令嬢である。

「現時点での敗北を認め、ボルテック弁務官では抑えられない事態が必ず来ると見越しているのでしょう。それでいったん身を隠しているのですわ。ローエングラム公に望まれるかフェザーン市民に望まれるかどちらであるにしても...。」

「そんなところだろうな...。」

「ただ、やつらはなにかを隠しているな。あの会議の際の影の者...。」

宇宙暦798年、帝国暦489年は、宇宙に混迷と戦火の嵐が吹き荒れ始めてそのまま年を越し、宇宙暦799年、帝国暦490年が明けようとしていた。

 



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第138話 仮元帥府のニューイヤーパーティーです。

仮元帥府がおかれた高級ホテルの宴会場で、新年を迎えるパーティが行われていた。

豪奢な黄金の髪を若き覇者が揺らし、音響システムを組み込んだ四方の壁から新年を告げる鐘の音が鳴り、若き覇者ラインハルトが自分の前にあるテーブルからシャンペンを満たしたグラスを高く掲げた。居並ぶ将帥たちもそれに応じてグラスをかかげ、いっせいに

「プロージット!」と叫ぶ。

「プロージット!新たなる年に!」

一斉に唱和する中に

「プロージット!自由惑星同盟最後の年に!」

とひときわよく通る声がひびきわたる。声の主は、ラインハルトをみやりつつ、高々とグラスをかかげた。ラインハルトが端正な口元に微笑をひらめかせてグラスをかかげかえすと、歓声と拍手がわきおこり、発言者は、面目をほどこしたかたちとなって、少々恥ずかしげにほおを赤らめた。

声の主は、イザーク・フェルデイナンド・フォン・トゥルナイゼン中将といい、幼年学校時代からラインハルトに次ぐ優等生集団の一角を占め、士官学校を経て、多くの同窓生がリップシュタット貴族連合軍へ行って戦死したにもかかわらず、彼は、迷うことなくラインハルトの招来性を見抜いて、ケンプのもとでも多くの戦功をたてた。ケンプのイゼルローン派遣部隊には加わらず、ラインハルト直属となった。有能さのみならず運もあると周囲にはみなされている。

「若い連中は元気だな。」

おさまりの悪い蜂蜜色の髪の若き提督がつぶやくとその隣にいた砂色の髪と瞳を持つ背年提督が答える。

「わたしも若いですが、あれほどの元気はありませんよ。」

とその声には、皮肉混じり響きが加わる。アムリッツア、リップシュタット戦役、フェザーン占領と宇宙の統一が近づくにつれ武勲を得る機会が少なくなり将校たちは互いに戦友というよりは競争者となる。その空気をミュラーは感じており皮肉っぽくならざるを得ない。

「さて、同盟は、おそらく宇宙艦隊司令長官が自ら出てくることになるだろうな。」

「アレクサンドル・ビュコック提督でしたね、たしか...。」

「ああ、目当たないが第3次ティアマト会戦で崩れつつある味方をかばって撤退を成功させている。アムリッツアでも、引き際を知りつつも、ヤンの第13艦隊とともによく戦い、相当数の兵力を維持しつつ的確な判断でイゼルローンへの帰投を成功させている。さしずめ、同盟のメルカッツといったところか、老練な男だ。卿とおれとロイエンタール、ここにいるいく人かの軍歴を合わせてもあの老人には及ばない。呼吸する軍事博物館というべきだな。」

「話が弾んでいるようだな。」

その声に二人の提督は恐縮の表情で一礼した。クリスタル・グラスを片手に金髪の若き主君が立っている。

「稀代の用兵巧者たる卿に、いまさらわたしから言うこともないが、同盟軍は窮鼠と化してわが軍を迎えるだろう。いかに対処するか、一応、卿の思うところを聞いておきたいが...。」

「同盟軍に十分な兵力があればフェザーン回廊の同盟側出口に縦深陣をしき、正面から決戦を挑んでくるでしょう。わが軍としては中央突破しかあありませんが、相応の損害と時間の浪費を覚悟しなければならないでしょう。その場合、わが軍の後方のフェザーンの動向が気になりますし、悪くすれば各個撃破に追い込まれる可能性もあります。しかし、今回、この方法をとるには、アムリッツアの大敗と救国会議の内戦でその傷は十分にいえておらず、兵力はすくなくなっているはずです。一戦すればあとはなく彼らの首都に至るまで広大な領土が無防備にさらけだされることになりましょう。そうすれば彼らとすれば最初の戦いが最後になり、降伏以外道はなくなります。」

「ですから彼らとすれば、深く領内へ引きずり込み、行動の限界点に達したところで補給路を遮断し、通信を妨害して各部隊を孤立させ。各個撃破をかけてくるでしょう。つまり3年ほど前のアムリッツアの会戦を攻守ところを変えて再現することを狙うでしょう。したがって隊列を長くすれば敵の思惑にのることになるでしょう。ですが、小官としてはそこにこそわが軍の勝機があると考えます。」

ミッターマイヤーが口を閉ざし、若き主君をみつめると、ラインハルトは鋭敏さと優美さが絶妙に融合した笑顔をつくって確認するように話す。

「卿のいうところは、双頭の蛇だな。」

「御意...。」

「ミュラー提督はどう思う?」

砂色の瞳と髪を持つ大将は主君に軽く一礼し、

「ミッターマイヤー提督のお考えに小官も賛同します。ただ同盟軍の作戦行動が一糸も乱れないものになりえないかもしれませんし、なにやらしかけてくるかもしれません。」

「敵の姿を見てその場で戦わないのは卑怯だと考える輩がアスターテにもいたな。ガイエスブルグ爆発後にもしつこく追ってきた追撃部隊がいたんだろう?ミュラー提督?ミッターマイヤー提督?」

「御意...。あのときはもろくて、こいつら本当にヤン・ウェンリーの部下かとおもったくらいです。まあ、そんな連中が多ければ重畳きわまりないことです。ずるずると彼らをひきずりこみ、戦略目的のない消耗戦に追い込めばいやでも勝利の女神がとりすがってきます。」

「しかし、それでは興がなさすぎる。敵にも秩序ある行動を望みたいと思っていたが、今回の航路図の件といい、油断できないのも確かだな。」

ラインハルトはそう言い残して、別の談笑の輪へ歩み去っていった。

午前2時ごろ、ミッターマイヤーは

「では、閣下、お先に...。」

と主君に敬礼を施し、ラインハルトは片手をあげて応える。

「武運を祈る。惑星ハイネセンで卿らと再会しよう。」

ラインハルトの不敵な笑みに、疾風ウォルフも同様な表情で応じて、敬礼すると会場から歩み去っていく。午前4時に帝国軍将帥たちの新年会は散会した。

 



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第139話 アイランズ委員長覚醒です。

今回はやや長めです。


一方、自由惑星同盟では、報道管制にもかかわらず、帝国軍がフェザーンを武力占領したという情報は、インターネット上にあっというまにひろがった。政府首脳が厚い壁で囲まれた会議室で青ざめた顔を並べて報道管制を解除する時期について協議していたころ、1kmも離れていない街角で、宇宙を商船で往来する船乗りたちが大声で危機の到来をふれまわっていた。皮肉なことに政府高官のだれもが、安全な場所の所在が明確でないために、自分と家族を逃亡させえなかったことでその手の批判がなされず、かろうじて威信が保たれたのだった。

 

しかし、市民の怒りのはけ口は政府当局に向けられ、

「何とかしろ!」

連日デモ隊が政府の建物を囲み、議員の事務所にも電話がなりひびいた。

弁舌にふさわしい指導力を期待されていたはずの、トリューニヒトはというと、初戦口先だけであることを証明するように、直接的にも、間接的にも、「愛する市民諸君」の前に姿を現さなくなり、スポークスマンを通じて、

「責任も重さを痛感する」などというだけで、所在を明確にせず、市民の疑惑を深刻につのらせることになった。はるか太古のギリシャの古典文明から存在した口先だけの扇動政治家にすぎなかったのではないかと...

もっともトリューニヒトの正体を見抜いて徹底的に嫌っていたイゼルローン要塞司令官ヤン・ウェンリーは、「どんな状況にあっても傷つかない男」という印象を抱いている。

 

大企業や軍需産業から多額の資金をもらい、トリューニヒトを政界の希望の星として紹介し、彼を賞賛して引き付けてきた商業ジャーナリズムは、「議長一人の責任ではない、自己責任である。全市民の責任と自覚を必要とする」「ケネディは言ったではないか、国になにをやってもらえるかではなく、国のために何ができるかだ」という論法で、最高権力者を免罪し、責任を拡散するような議論を弄して、その所在を不明確にするよう誘導する放送ばかり流した。

 

そういったジャーナリズムの批判の矛先は「むしろ政府に対して協力の姿勢を欠き、権利ばかり主張して、反戦を唱える輩だ」と無辜の市民、決してトリューニヒトのような大企業、軍需産業が支援し、表向きにしろ裏で取引するにしろ利権をむさぼる候補には投票しない市民たちに批判の矛先をむけたのである。いわく「平和主義を唱えたから帝国によってフェザーン回廊から侵入された、経済大国フェザーンが平和主義の末路だ」というわけである。自分たちの外交的政策的失敗をこの場に及んでも隠ぺいしようというのであった。

 

しかし、同盟にはまだ望みが残されていた。国防委員長ウォルター・アイランズは、平和な時代にあってはトリューニヒトの子分であったに過ぎず、同盟の先人たちによって評議会議長と各委員会委員長の兼職を許さない制度によって、派閥の順送り人事で要職につけたにすぎなかった。実際は、トリューニヒト委員長、アイランズ委員長代理との陰口が証明するように利権のコンベアーベルトからおこぼれをもらう伴食の徒でしかなかったのが、トリューニヒトが雲隠れしたのに対し、狼狽する同僚たちを叱咤して閣議をリードし、同盟政府の自壊を防ぐのに務めたのだ。難局にたって、10歳以上も若返ったように見えた、背筋が伸び、皮膚に光沢が差し、歩調は力強く律動的になっていった。

 

「戦闘指揮は制服の専門家に任せるとして、われわれが決定すべきなのは降伏か、抗戦かということだ。国家の進むべき方向を明示し、軍部に協力してもらわなければならない。」

降伏を主張する者はいなかったので、国防委員長は議題を移した。

「では、抗戦するとして、同盟の全領土が焦土と化し、全国民が死滅するまで徹底抗戦するのか、なるべく有利な条件で講和や和平を目的としてその技術的手段として武力を用いるのかその辺りを確認する必要があると思うが...。」

ついこのあいだまでの、「平和」な時代、アイランズは「伴食の徒」というべき権力機構の薄汚れた底部に潜む寄生虫でしかなかったが、それが危機に臨んだとき、死滅したはずの民主主義政治家としての精神が利権政治業者の腐臭を放つ沼から力強く羽ばたいて立ち上がったのだった。そして彼の名は、半世紀の惰眠よりも半年間の覚醒によって記憶されることになる。

 

宇宙艦隊司令部に国防委員長アイランズが訪れたのは、それから数日後のことだった。

「ビュコック長官はいるか。」

「はい、ただいま。」

受け付けた事務員は、副官ファイフェル少佐に少佐に伝え、少佐がアイランズを長官の執務室へ案内する。

「長官、国防委員長がおいでです。」

同盟軍宇宙艦隊司令長官ビュコック大将は、先日来のアイランズの無気力と不見識を苦々しくは想っていたが、風の便りで、最近は別人のようだという話は聞いていた。ビュコックは少し驚いたが

「わかった、とおしてくれ。」

と伝える。

「委員長、わざわざお越しくださり、お疲れ様です。」

ビュコックは、立って深く一礼する。アイランズは恐縮して手を振り、頭を下げた。

「いや、長官、わたしが、愚かだった。長官やヤン提督、西住提督が再三警告していたようにフェザーン回廊からの帝国軍の侵入を許してしまったようだ。これまでの態度を許していただきたい。」

ビュコックは、半信半疑であったが問い返した。

「委員長、ここにわしをわざわざ訪れたということは、防衛の指揮をとってほしいということですかな。」

「うむ、直接的にはそういうことになるのかもしれない。なるべく有利な条件で講和に持ち込めるように軍部の協力を仰ぎたいのだ。」

「アムリッツアの軍事的冒険、救国会議の内戦で兵力は限られている状況です。厳しい戦いになりますぞ。」

「わかっている、わかっているつもりだ。とにかく帝国軍を食い止めて、なんとか講和に持ち込める条件をととのえられるよう尽力してほしい。」

「わかりました。微力をつくしましょう。」

国防委員長の後姿を見つめて、老提督はつぶやく。

「国防委員長の守護天使が勤労意欲に目覚めたらしいな。そうならないよりは、けっこうなことだて。」

「言ってはならないことですが、時々思うのです。一昨年の救国会議のクーデターが成功していたらと。あのフォークではなくグリーンヒル大将首班で。そうすれば公正な政治と国防体制の強化が効率的に実行されていたのではないかと。」

「いや、少佐、あのクーデター自体が帝国の陰謀だったではないか。わしを含め、あれを阻止できなかった時点でどうしようもなかったことに忸怩たる想いがぬぐえないのだ。それに同盟の軍事独裁政権と帝国の専制主義とが宇宙の覇権をかけて戦うとは救いようがないと思わんか。」

「たしかに...ですが、あそこまで巧妙に工作する帝国はあなどれませんな。」

「うむ。だが希望はある。国防委員長が目を覚ましてくれていい風が吹き始めている。ヤン提督と帝国軍に「栗色の髪の小娘」と呼ばれている西住中将、そしてその部下のジャケットに蝶ネクタイの女の子がいたな...。」

「エリコ・ミズキ中佐ですね。」

「そうそう。あの二人、そして神出鬼没のトータス特殊艦隊。なにを仕掛けてくるかわからない。面白いとおもわんか。」

「仕掛けさせるのでしょう?長官?」

「まあな。」

ビュコックはいたずらっぽく笑った。



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第140話 イゼルローンを放棄するそうです(その1)

それからのビュコックの行動は、70過ぎの老人とは思えないほど素早いものだった。トリューニヒト派という組織力学で上に行っただけの小役人タイプの統合作戦本部長ドーソンは、顔色も食欲すらも失った状態であったが、今後の具体的な対策を示して、「全責任はわしが取る」のひとことで、本部の秩序と機能を回復させた。

同盟軍首脳部は、兵力をかき集める。パエッタの指揮する第1艦隊、ウランフの指揮する第10艦隊、ボロディンの第12艦隊、緊急に編成された小艦隊、各星系警備隊。星間巡視隊、建艦後間もない新造艦や解体寸前の老朽艦までかきあつめて、数だけは、5万2千隻を数えた。ビュコックは、第1、第10、第12艦隊を再編し、それに属さない2万隻を第15艦隊、第16艦隊に分けて。前者をライオネル・モートン、後者をラルフ・カールセンを任命するよう統合作戦本部に具申し、有能で勇敢な二人の少将は、中将に昇進した。多忙な出兵準備中に総参謀長オスマン中将が急性脳出血で倒れたため、士官学校戦略研究科の若手教授のなかから異動したばかりの副参謀長チャン・ウー・チェンが参謀長となった。

 

作戦会議の結論は、早々に出た。敵よりも3万5千隻以上も少ない兵力でフェザーン回廊の出口で正面決戦を挑むのは不利であり、敵の補給線と行動限界点に達したと思われる場所で、迎撃し、後方攪乱、側背攻撃を行い、指揮系統、通信、補給を圧迫、混乱させ撤退させる、というもので、帝国軍の首脳部も洞察したように、実際のところ、これしか選択肢がないのだった。

「イゼルローンにいるヤン・ウェンリー提督を呼び戻してはいかがでしょうか?」

若手参謀長の提案の重大さとそののんびりした口調の落差に列席した提督たちは驚いた様子だ。ビュコックは、白い眉をいくらかつりあげ、軽く頷いて、提案の内容を詳しく説明するよう求めた。

「ヤン提督の知略と、彼の艦隊の兵力とはわが軍にとって極めて貴重なものですがこのような状況下でイゼルローンにとどめておくのは、焼き立てのパンを冷蔵庫の中で固くしてしまうようなものです。」

「イゼルローン要塞は、回廊の両側に異なる勢力が存在するときに無限の存在価値を有しますが、両端が同じ勢力に占められてしまえば、袋のなかに閉じ込められたようなもので敵にしてみればわざわざ血を流してまで攻略する必要はありません。帝国軍がフェザーン回廊を通過してきた以上、イゼルローン回廊のみを確保していても無意味ですよ。」

「それは、貴官のいうとおりかもしれないが、ヤン提督は、イゼルローンで帝国の別働隊と対峙している。うかつに動ける状態ではないぞ。」

「ヤン提督ならなんとかするでしょう。彼がいなければ、我々は準軍事的にきわめて不利です。それに運よく講和に持ち込めたとしても帝国はイゼルローンの返還を求めてくるでしょう。とすれば、イゼルローンに固守したところでヤン個人の武名があがるだけのことで、同盟に何の益ももたらしません。わが軍には、十分な兵力も時間もないのですから彼には最大限働いてもらわねばなりますまい。」

「...彼に、イゼルローンを放棄するよう命令するのかね。」

「長官にはわかっておられるはずです。具体的な命令は必要ありません。ヤンに訓令すればよいのです。全責任は宇宙艦隊司令部が負うから、最善と思われる方策をとるように...とね。おそらくヤンはイゼルローン要塞を守ることにこだわらないでしょうよ。」

大胆な提案を終えた「パン屋の二代目」の風貌をした若き総参謀長は、やおら食べかけのハムサンドを胸ポケットからとりだすと無邪気な表情で、中断した昼食を再開しはじめた。

 

さて、帝国軍の先鋒は同盟領に侵入する。フェザーン回廊出口付近の同盟軍の動きについてミッターマイヤーは、最先鋒にあたるバイエルライン中将に探索させていたが報告は三日目にもたらされた。

「フェザーン回廊出口付近に敵影なし。」

バイエルラインからその報告がもたらされるとミッターマイヤーは、参謀長ディッケル中将をかえりみて微妙な表情を見せる。

「さて、これで玄関からホールまで通してもらえたわけだが、問題は食堂にたどりつけるかどうかだ。」

宇宙暦799年1月8日、同盟にとって招かれざる客の第一陣は、フェザーン回廊を通過し、彼らが初めて見る恒星と惑星の大海にのりだすことになった。

 

さて、もう一方の最前線であるイゼルローン要塞にも新年はおとずれたが、ロイエンタール率いる帝国軍の大艦隊の攻撃を受けていては、士官も居住民にも素直に新年を祝う気になれない。そんな彼らが絶望の淵にはいらずにいられたのは、敵手からも同盟軍最高の智将と目され、揶揄を込めて叛徒どものペテン師と呼ばれる要塞司令官兼駐留艦隊司令官を兼任するおさまりの悪い黒髪の学者風提督がいたからだった。その当人ヤン・ウェンリーは、

「世の中なにをやってもだめなことばかり~♪ どうせだめなら酒飲んで寝よか~♪」

と不謹慎きわまる鼻歌をぼそぼそと歌っていた。

スクリーンに敵の砲火を見ながらも、ほおを緩めたのは、帝国軍の妨害電波をかいくぐって首都からの通信文がもたらされたからだった。

 

「イゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官ヤン・ウェンリー殿

全責任は宇宙艦隊司令部が負う。貴官の判断によって最善と信ずる方策をとられたし。宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック」

ふむふむと読みながら

「もつべきは話の分かる上司だな。」

とつぶやいたあと、ふと思うことあって再び通信文を読み返す。

不意に眉をしかめてしまうヤンだった。

断固としてイゼルローンを死守せよという単純で蒙昧な命令であればロイエンタールとひたすら戦って戦果を挙げられれば御の字で済むが、眼前の戦場にこだわらず、広大きわまる戦場の全体を把握し、自由惑星同盟に有利になるよう導け、というわけである。ラインハルト風に言えば「卿の力量にふさわしい働きをしてもらおう。」ということだ。

「食えない親父さんだ。給料分以上に働かせようっていうんだな。」

通信文を受け取った時の感嘆と賞賛は、当事者が自分であると知った瞬間に忘却の彼方となって、ぼやきに変わる。

「敵の戦艦一隻が年金いくら分になるやら...。」

という低レベルなつぶやきをもらし、たまたまそばにいた副官グリーンヒル大尉は、のちにヤンの被保護者であったユリアンのみにこのことを伝えている。

「ああ、大尉。みんなを呼んでくれ。」

「はい。閣下。」

会議室に呼ばれた、西住みほ揮下をのぞいた幕僚たちに、

「イゼルローン要塞を放棄する。」

ヤンはあたかも昼食のメニューを頼むようにあっさりとした口調で言った。

 



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第141話 イゼルローンを放棄するそうです(その2)

イゼルローン要塞の幹部たちは、驚くことに十分な耐性があるはずだったが、今度も思わず問い返さずにいられないのはみな共通していた。あえて常識論を唱えることを是とするムライ少将が会議の口火を切る。

「なんとおっしゃったのですか、閣下?」

「イゼルローン要塞を放棄する。」

ヤンは、おなじ語句を同じ口調で繰り返す。

シェーンコップとキャゼルヌは、素早く視線を交差させた。

「閣下のご意向に異論はありませんが、できれば少しご説明いただけますか。」

ムライが信頼と疑心の平衡点を求めて注文すると、ヤンはうなずいて説明をはじめた。

「イゼルローン要塞の戦略的意義は、回廊の両端に異なった勢力が存在することでその効果が発揮されているんだ。それがもし、両端が同一勢力で占められることになった場合、袋の中に閉じ込められた小石のように孤立を余儀なくされ、戦略的意義も雲散霧消してしまう。つまり要塞も駐留艦隊も戦わずして無力化されてしまうわけだ。それこそローエングラム公が戦争の天才たるゆえんであり、戦術的には難攻不落な要塞が戦略レベルではまったく無用の長物と化してしまったこの状態で、同盟軍が、この要塞に固執していては、いたずらに遊兵を生み出すだけのことで不必要なだけでなく愚劣のきわみである。少なくとも駐留艦隊の戦力だけでも帝国軍の侵略に対して活用する方策を見つけ出さなくてはいけない。」

「イゼルローンにこもって抗戦し、その戦果をもって帝国軍と交渉するという選択肢はないのですか。」

「その場合、帝国側の交渉条件として、かならずイゼルローンの返還が持ち出されるだろう。そして同盟はそれを呑まざるを得ない。つまり、イゼルローンが失われるのは変わりない。それならばその前にくれてやっても大差ない。」

「しかし、ひとたび手に入れたものをみすみす敵の手に引き渡すとは無念な話ではありませんか。」

パトリチェフ准将が巨体を前後に揺らしながら一同を見わたす。

「せっかく費用と人手をかけて造った要塞を他人に奪われた帝国軍のほうが、よっぽど無念だったろうね。」

しかし、帝国軍の将帥たちにその無念の唇をかませ、歯ぎしりさせたのはヤン当人であり、ヤンのその半ば白々しいともいえるセリフを聞きながら、皮肉っぽく苦笑したのは実践部隊を指揮して要塞の潜入と占拠をなしとげたシェーンコップ少将である。

「それにしても司令官、われわれがイゼルローンを放棄する間、帝国軍が指をくわえて座視しているとは思えませんが、どのように彼らの攻撃に対処しますか。」

「そうだなあ。ロイエンタール提督に頼んでみようか。要塞は差し上げますから、どうかお縄は勘弁して女子どもは見逃してください、とか。」

「それにしても、心理的効果というものがあるでしょう。ヤン提督が帝国軍に追われるようにしてイゼルローン要塞を放棄したら同盟市民や将兵の受ける衝撃はおおきいですぞ。戦わずして敗北感にさいなまれ、戦意を失うでしょう。そのあたりをご一考ください。」

「わたしも参謀長の意見に賛同しますね。」

賛同すると言いつつ精悍な防御指揮官の意見は、しっかりと皮肉な方向、若しくは斜め上の方向を向いている。

「どうせなら、あの平和ボケな政府首脳が血相を変えてイゼルローンなど捨てて助けにこいと、わめきたてて泣きついてくるのを待ってから腰を上げたらいいでしょう。恩知らずの連中だが今度こそ閣下のありがたみを思い知るでしょう。」

「それでは遅い。帝国軍に対する勝機を失ってしまう。」

シェーンコップが眉を微妙な角度に動かして続ける。

「ほう!?勝機ですか?すると勝てると思っていらっしゃるのですか。」

こういった発言はイゼルローン要塞でなければ許されないだろうという口調だった。ヤンは部下の言論に寛容で、寛容すぎると評されるが、それだからこそシェーンコップ、ポプランのような異才、そしてメルカッツのような帝国軍の宿将といった優れた人材があつまり梁山泊のような感を呈するのである。そしてこのおさまりの悪い黒髪の智将の頭脳からおそるべき策が飛び出して精強な帝国軍をして畏怖させるのだ。

「シェーンコップ少将のいいたいことはわかる。われわれは、戦略的に極めて不利な立場にあるし、戦術レベルの勝利が戦略レベルでの敗北を償いえないというのは軍事上の常識だ。だが今回、たったひとつ逆転のトライを決めるチャンスがある。」

「それは....?」

ヤンの返答は、明敏なシェーンコップさえ理解に苦しむものだった。「奇跡のヤン」は、さりげない笑顔でつぶやくような一言を発した。

「ローエングラム公は独身だ。それがこの際の狙いさ。」

 

「閣下」

シェーンコップはヤンを呼び止める。

「なんだい。」

「思うのですよ。ハイネセンが安全でありえないとなったら、政府首脳部は、市民を置き去りに自分や家族だけ脱出し、難攻不落のイゼルローンに逃げ込むんじゃないかとね、守るべき市民を守らず自分たちだけ安全を謀ろうとする連中は、一網打尽にしてローエングラム公に引き渡すのもよし、罰をくれてやってもよい。そのあとはあなたが名実ともに頂点にたてばいい。イゼルローン共和国っていうのも悪くないと思いますよ。」

「政治権力って言うのは、なければ社会上こまる半面、下水処理場の汚水処理の池に似ている。実際の下水処理場は水をきれいにするが、池自体で自己完結していれば、水はきれいにならず、ただ汚水が入れ替わっているだけで腐臭を放つ。近づきくないね。」

「そうはいっても、なりたくもない軍人になったのでしょう?」

「軍人の延長に必ず独裁者がいるわけじゃないが、こんなろくでもない稼業から早く足を洗いたいね。」

「独裁者を選ぶのも民衆だが、自由と解放を求めるのも民衆です。亡命してきて30年、わたしはずっと疑問に思ってきたのですが、もし民衆が民主主義でなく独裁を選んだらそのパラドックスをどう整合させるんだろうって。」

「その質問には、だれも回答できないだろうね。プラトンの国制分類にみられるようにはるか古代ギリシャの時代から論じられてきて誰も結論を出せていない。まあ、そんなことより目前に急務があるのだからそれをかたづけよう。夕食の準備もできていないのに明日の朝食について論じてもはじまらない。」

「それにしても食事の材料が相手の負担だからと言って返してやるのは気前が良すぎますな。」

「必要なものを必要な間だけ借りた。必要になったらまた借りるさ。その間帝国に預かってもらう。利子が付かないのが残念だが。」

「要塞とか人妻とかそう簡単に貸し借りできるものですかな。」

シェーンコップはきわどい比喩を使ってその困難さをたとえて、寛容さで知られる若き上官を苦笑させた。

「貸してくださいと言えば、当然拒否されるだろうな。」

「ひっかけるしかないでしょう。」

「うむ。相手はロイエンタールだ。帝国の双璧とうたわれる男だ。ひっかけがいがあるというものさ。」

ヤンの人の悪い口調に、シェーンコップの脳裏に浮かんだ感慨は、まるで評判の悪い教師にイタズラを仕掛ける学生みたいだな、というものだった。

年上の勇猛、精悍で明敏な部下が笑みをうかべ口元をやや緩めたのをみて、ヤンも笑みをうかべ、まさしくいたずらっ子のように少しばかりぺろりと舌をだしてみせた。



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第142話 「あらゆる布石を惜しまぬ」金銀妖瞳の青年提督です。

ロイエンタール艦隊では、レンネンカンプが出撃命令を上官に何度となく上申していたが、力ずくの攻撃は無益だ、イゼルローンはいずれ放棄されると制止されていた。レンネンカンプは不満でならない。イゼルローンは重要拠点だ、持ち場を放棄するとは思えない、固守すればヤンの武名はあがるとも言い出したので、ロイエンタールは、すでに帝国軍がフェザーン回廊から侵入しており、イゼルローンの戦略的価値は失われている、迎撃する同盟軍の数が少ないのに遊兵を作る余裕はないはずだから、いずれ放棄されると反論したが、やはり納得しがたい様子だった。ミュラーが大攻勢をかけたいと個人的には思うが総司令官が否といわれる、従うのが筋だろうと、かつて自分が副官オルラウに言われたことを言い換えてレンネンカンプに告げた。

「わたしも言い過ぎたようだ、非礼は詫びる。ただイゼルローンはいつ落ちてもいい熟しきった果実のようなものだというのは承知してほしい。」

「ということは、包囲するだけにとどめますか。」

砂色の瞳と髪を持つ若い提督が問い返す。

「そうはいくまい。敵に脱出準備に専念させてやることもなかろう。」

「つまり嫌がらせの攻撃をすると...?」

「露骨に過ぎるな、その表現は。あやゆる布石を惜しまぬということにしておこうか。」

 

ロイエンタールが開始した本格的な攻撃は、ヤンをして閉口させるものだった。その猛攻に対して脱出の準備をしなければならない。実務はキャゼルヌに任せてあるものの、生活の場を奪われた民間人たちの不安や不満をおさえるためには彼自身がでていなければならなかった。「エル・ファシルの英雄」の美名は、民間人たちを安心させ、落ち着かせるのに一役かうことができたのである。

 

一方、帝国軍ロイエンタール上級大将の攻撃は苛烈をきわめ、シェーンコップ少将は、砲塔に射撃要員を回し、破損個所には工兵隊を送ってダメコンに努める。要塞のオペレーターたちも不眠不休で、過労で倒れたり、声をからしたりする者が続出した。空戦隊も同様で、ポプランがパイロットの労働組合をつくる、と言い出すほどだった、

 

アッテンボローは、要塞の砲撃を巧みに利用して、巧妙に帝国軍をトゥールハンマーの射程外にたたきだしたが、今度は帝国軍のほうが引っ張り出そうと誘いをかけてくる。

アッテンボローは敵の意図を察して味方を引き下がらせたものの、同盟軍の中級指揮官と部下たちにつきあげをくらっていた。

「もう一度、敵に一撃をくらわせたいと思っています。このように考えていますが...。」

と一応作戦案をもってヤンに願い出るが、ヤンは作戦案をながめ、それから顔にそばかすの目立つ青い髪の士官学校の後輩を一瞥をくれて、こう答える。

「う~ん、だめ。」

「だめはないでしょう。子どもの小遣いじゃあるまいし。将兵の士気にも関わります。どうか再戦の許可を願います。」

「とにかくだめ。」

借金を申し込まれた守銭奴のようだなあ、らしくない...とアッテンボローは思いつつも交渉の無益を悟って引き下がらざるを得ない。

しかし彼はあきらめない。今度は十分に作戦を熟考してヤンの執務室に再度訪れる。

「わたしに一つ考えがあります。責任はわたしがとりますから再戦の許可を願います。」

ヤンは怪訝そうな顔をした。軍国的なもしくはその種のにおいのする価値観、思考法を嫌悪する彼にとってはどうも好きになれない言い方に感じられた。それを察した副官のグリーンヒル大尉は、アッテンボローを一瞥すると軽く目を閉じるようにして、口にこぶしをあて、これまた軽く咳払いをする。アッテンボローは、自分のいいようが士官学校の先輩でもあった司令官の不快感を刺激したのだと気づき、表現法のチャンネルを切りかえて見せた。

「かなり楽をして勝てる方法を考え付きました。試させていただけませんか?」

ヤンは後輩をながめやり、視線を転じてフレデリカを一瞥してから苦笑する。

「ん。じゃあ詳しく聞こうか。」

アッテンボローが作戦を説明し、

「じゃあ、ここと、ここを変えようか。こんなふうに」

と作戦案に赤をいれる。アッテンボローは不謹慎なほど陽気な歩調でヤンの執務室を出ていく。ヤンは、一つため息をついて、くすんだ金髪の美しい副官に対してぼやいてみせる。

「あまり悪い知恵を着けないでくれよ、大尉。そうでなくても面倒なことが多いんだから。」

「はい、出すぎました。申し訳ありません。」

フレデリカの表情はあきらかに笑いをこらえているようにしか見えない。ヤンは軽くためいきをつき、この件について苦情を言うのをあきらめざるを得なかった。

 

「イゼルローン要塞より400隻ほどの輸送船団、それを警護しつつ2000隻ほどの艦艇が同盟首都方面に向かいつつあります。」

索敵士官より報告を受けたロイエンタールは、わずかに眉をよせて考え込んだ。そして参謀長に意見を尋ねる。

「どう思う?ベルゲングリューン。」

「表面的には要人または非戦闘員の離脱を企図しているように見えます。いまの状況から考えて十分に予想できる事態ではありますが...。」

「保留つきか。その理由は?」

「なにしろあのペテン師のことです。どんな罠を仕掛けていることやら。」

ロイエンタールは笑った。

「ヤン・ウェンリーもたいしたものだ。歴戦の勇者をして影に恐怖せしむか。」

「閣下!」

「怒るな。俺とてやつの詭計が怖いのだ。むざむざイゼルローンを奪われたシュトックハウゼンの後継者になるのはごめんこうむりたいからな。」

しばらくしてレンネンカンプから報告が入る。

「レンネンカンプ提督が要塞から離脱した敵を追撃したいとのことです。」

通信士官から連絡を受けると。ロイエンタールは、人の悪い笑みを浮かべた。

「そうか、じゃあ追撃してもらおう。」

「ですが、レンネンカンプ提督に大魚を釣り上げられかねませんぞ。あえて功をお譲りになりますか?」

「レンネンカンプにしてやられるようでは、ヤン・ウェンリーの知略の泉も尽きたというべきだろう。だが、いまだ水脈が途絶えたとは思えん。レンネンカンプの用兵ぶりを拝見し、やつの手腕に期待しようではないか。ベルゲングリューン。」

ベルゲングリューンは黙然と一礼した。

 

レンネンカンプはたしかに練達の指揮官であるのは間違いなかった。逃げる敵をただ追うのではなく。戦力を二分し、一方は、敵の前方に出て、他方は後背を撃つ陣形を示し、鮮やかな包囲網が完成するかに見えた。さすがのロイエンタールもスクリーンを見ながら内心で舌打ちを禁じ得なかったが、しかしそれは一瞬のことでしかなかった。

 

そのとき、ヤンの口元がかすかに動いた。



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第143話 ミスター・レンネン、罠にはまります。双璧、罠を見破ります。しかし...

同盟軍の艦隊は、レンネンカンプの行動曲線を想定してイゼルローンの対空砲塔群の前面に誘い出すことに成功した。

 

流体金属の中から無数の砲台が現れて、無数の光条の槍があたかも下からの豪雨のようにレンネンカンプ艦隊に突き刺さる。レンネンカンプ艦隊は、次々に火球に変わり、爆煙をふき上げる。

被害を受けた艦艇の名が撃沈、大破、通信途絶の報告とともに通信回線にあふれた。同時に聞こえてくるのは、「至急来援を請う!来援を請う!」という「悲鳴」としか思えない声だ。

「見殺しにもできまい、援護せよ。」

今度は数万か十数万かとも思えるおびただしい光のシャワーが要塞外壁に降り注ぎ、流体金属に浮かぶ砲塔群が次々と砕かれ、四散し、爆炎を噴きあげる。腹を食い破られた蛇のごとくのたうち回っていたレンネンカンプの艦隊はようやく秩序をとりもどすことができた。

 

レンネンカンプ艦隊のうち前面に回り込もうとした部隊は無傷であったから、復讐にたけりくるったように一斉に砲撃をはじめた。同盟軍の隊列はみだれて形ばかりの砲撃を無秩序に繰り返して、潮に押される砂のように退却、というより輸送船団を残して「逃走」を始めた。

「ふん。同盟軍め。司令官の薫陶が行き届いているようで逃げるのを恥とも思わんようだ。」

レンネンカンプは同盟軍を追い、ついに輸送船団に接近し、

「停船せよ、しからざれば攻撃す」の信号を打とうとした瞬間だった。

輸送船団が次々に爆発した。帝国軍の艦艇は、その爆発にまきこまれて火球に変わっていく。通信回線に悲鳴を放てた艦艇は運が良かったのか、それともそんな余裕もなく爆発にまきこまれたほうが運が良かったのか、やや後方にいた艦も衝突回避システムが作動せずばらばらと右往左往しながら次々に衝突して爆発にまきこまれた。

帝国軍の混乱は、同盟軍が反転、砲撃を加えるのに充分であった。アッテンボローは思うさまに帝国軍に無数の光の矢を突き立てて、薙ぎ払い、叩きのめした。ルッツ提督が急行して横撃を加えようとしたときには、巧みに隊列をととのえて最小限の被害に抑えて逃げ切ってしまった。

 

「ベルゲングリューン。敵があのような策を弄したのは、こちらの追撃の意思を鈍らせようと考えたからだ。」

「では、追撃しますか。」

「いや、その必要はない。労せずしてイゼルローン要塞を奪還できるのだ。それだけでも十分な勝利とは思わぬか?」

「ですが、ヤン・ウェンリーに行動の自由を与えると後日我が帝国軍にとって大きな災いになりかねません。」

「ふむ...同盟がどれほどの兵力を集められるか正確にはわからないが、アムリッツアに救国会議の内乱の傷はいえていまいし、フェザーン方面からのわが軍ほどの兵力はあつめられまい。仮に運よくわが軍を撤退に追い込めたとしても満身創痍だろうからそれを後背から討てばよい。」

「ですが閣下...。」

「知っているか、ベルゲングリューン。野にすばしこいうさぎがいなくなれば猟犬は烹られるだけだ、そして飛ぶ鳥が狩りつくさされれば優れた弓でも無用になるということわざを。」

「閣下、めったなことをおっしゃいますな。無用な誤解で済めばともかく、...讒言(ざんげん)のもとになります。閣下のことを快く思う者ばかりではございますれば。」

「うむ。卿の忠告は正しい。すこし口をつつしむとしようか。」

「お聞き入れくださりうれしく存じます。さて、イゼルローン要塞への進駐の準備を整えたく存じますが。」

金銀妖瞳の青年提督はうなづいて

「そうだな。早速やってもらおう。」

と指示をした。

 

さてイゼルローンからの民間人脱出作戦は主にキャゼルヌによってすすめられたが、もう一方、技術士官リンクス技術大佐の工兵部隊にヤンは指示を出していた。

極低周波爆弾を水素動力炉、中央指令室など要所要所に仕掛けられた。これは、佐官以上の将校の身に知らされたが、さらに極秘の任務がフレデリカに与えられた。

「爆発物を発見させなくてはならない。ただし容易に発見させてはいけない、というわけですのね。そうしないと真の罠が見破られると...。」

「うん。つまりね、大尉、わたしとしては、最初から燃やすための人形を用意しておいて、真の罠から帝国軍の目をそらせたいのさ。ただ、この要塞とそれを運営するシステムが無傷でない限りこの罠は何ら意味がない。だからすんでのところで人形に気付いてもらって、そこで油断してもらう必要があるんだ。これだけ大掛かりな仕掛けの後には何もないと、ね。」

「しかし、これが成功すれば...と思うと...閣下の智謀には、感嘆を禁じえませんわ。」

「う~ん、智謀なんてそんな上等なものじゃないさ。悪知恵だよ、これは。まあやられたほうはさぞかし腹がたつだろうがね。」

「いえ、普通はおもいつきませんわ。」

フレデリカはうれしさと驚きの、そしてその視線には、彼女自身のヤンに対する好意、憧れの混じった表情で、敬愛する上官を見つめる。

「...それに罠をかけた結果が必ず生かされるとは限らない。われわれは二度とイゼルローンを必要としなくなるかもしれないしね。」

「きっと役に立ちますわ。イゼルローン要塞はわたしたちの...ヤン艦隊全員の家ですもの。いつか帰る日が来ます。そのとき必ず閣下の布石が生きてきますわ。」

ヤンは、片方の手のひらで軽く頭をかく。どういう表情をしていいかわからない時に彼はそうするのだが、手を下すと物慣れない少年のような、恥ずかしげな表情で半ばつぶやくように話す。

「まあ大尉、何はともあれ、今後ともよろしく。」

黒髪の若き学者風提督は、ふたたび恥ずかしげに頭をかるくかいた。

 

さて、ロイエンタールのもとには、膨大な数の艦船がイゼルローン要塞より離脱を開始した旨の報告が入ったが、それは同時に司令官に攻撃命令を出すよう期待が含まれてのものだった。はやったあまり自己の独断で攻撃を開始した一少将の階級をはく奪し、指揮権を奪って、降格したことで自己の姿勢を全軍に知らしめ、

「追撃は不要だ。同盟のやつらは要塞を引っ張っていくことはできない。われわれは要塞を完全に占拠するすることこそ目的とせよ。」と命令を下した。

レンネンカンプが表向き追撃の可否を問う形であからさまに追撃命令を上申してきたが、ロイエンタールは一瞥をくれて、

「卿は、以前もおなじように攻撃するよう上申して、俺はそれを許可したが、その結果どうなったか。やつらは必ず反撃の準備をしている。今度は逆撃を被った上に、避難する民間人に危害を加えたということになると汚名が歴史に残るだけでなく、占領行政に支障をきたすことになる。俺の冷笑をうけたくないだろう。それなら視野を大きく持って、今の状況が卿個人の問題にとどまらないことを自覚するようつとめる習慣をつけることだ。」

レンネンカンプはおとなしくひきさがった。

(よろしい。なにかとやりやすくなる。)

ロイエンタールは金銀妖瞳にかすかな笑みを浮かべ、満足げに小さくうなづいた。




※野にすばしこいうさぎがいなくなれば猟犬は烹られるだけだ、そして飛ぶ鳥が狩りつくさされれば優れた弓でも無用になる
→蜚鳥盡 良弓藏、狡兎死走狗烹、『史記』越王句践世家

11/28,1:05am(JST)、旧145話(現144話)投稿に伴い、原稿を一部入れ替えました。



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第144話 帝国軍、イゼルローン奪還です。

金銀妖瞳の細顔の青年提督は、今度は、参謀長に話しかけた。

「ベルゲングリューン。要塞を占拠し、完全に支配したら、ヤン・ウェンリーを追うのだ。ただし、追いついて戦う必要はない。後からついていくだけでいい。ヤン・ウェンリーが案内役をしてくれる。」

「まあ、それは後日のことだ。さしあたっては、やつらがわざわざ空城にしてくれたイゼルローンに乗り込もうとしようか。」

「閣下。」

「ルッツ提督。なんだ?」

「ヤン・ウェンリーがイゼルローン要塞を放棄したのは事実としても注意すべきは置き土産の存在です。艦隊戦では閣下の指揮に攻めあぐねていましたが、もしわれわれが空城になったイゼルローンに乗り込んだときに一斉に爆発物が爆発したらどうでしょうか。労せずして帝国軍を一網打尽にできるということです。ですから今全艦が急行して要塞に接近するのは危険すぎます。ですからまず爆発物の専門家を派遣して調査させ、それが終了して安全が確認されたときに進駐を行うべきではないでしょうか。」

「ふむ。ルッツ提督の意見は大いに傾聴すべき点があるな。あのペテン師のことだ。そのくらいのことはするだろう。」

ロイエンタールはぼそりと独語すると、今度は声を張り上げて命ずる。

「全艦隊は20光秒まで後退。それからシュムーデ技術大佐を呼べ。」

「閣下、いかようでございましょうか。」

「卿を見込んで頼みがある。きっと同盟の連中は爆発物をしかけているだろう。われわれを一網打尽にしようというわけだ。それを見つけ出して除去してほしい。」

「はっ。謹んで拝命いたします。」

シュムーデ大佐をはじめとする技術士官たちは、極低周波爆弾をすべて発見して解体することに成功した。

「危機一髪でした。実に巧妙に隠されていまして発見があと5分遅れていればイゼルローン要塞は木端微塵になりわが軍がその爆発にまきこまれて膨大な損害を出すところでした。」

興奮を抑えきれないシュムーデ大佐の報告にうなずきながら、金銀妖瞳の司令官は、脳裏で思考の糸車を回転させていた。

(要塞に進駐せず、ヤン艦隊を後背から狙うという選択をとれたかもしれないが、その場合は必ず要塞を爆発させるだろう。その混乱した状態で逆激をくらえば、ケンプの二の舞だ。やはり今はこの程度の成功で満足しておくべきであろう。しかしヤン・ウェンリーの置き土産はほんとうにこれだけなのだろうか...。)

ほかにもなにやら辛辣な罠が残されているのではないかという疑念をぬぐいきることができない。

(食えない男だからな...なにをたくらんでいるやら...)

そんなことを考えつつ、金銀妖瞳の青年提督はヤンのいるだろう宇宙空間を軽くにらんでいた。

 

さて、一方、「夜逃げ」に成功したヤン艦隊である。ヤンは、艦橋のメインスクリーンに映し出されたイゼルローンの球体を見つめていた。

爆発の予定時刻が過ぎてもイゼルローン要塞の外壁にはひび一つはいらないのを確認して、ヤンは胸をなでおろす。

「やれやれ...どうやら気づいてくれたようだ。」

ヤンは仮眠をとるべく艦橋を立ち去った。

 

帝国軍はイゼルローン要塞に進駐する。同盟軍が機密以外に消去までする必要がないと残したデータを消去し、帝国軍のデータをインストールしていく。カスタマイズが完了するまでしばらく時間がかかるだろう。

(譲られたのなら遠慮せず受け取っておくさ)

ロイエンタールは心の中でつぶやき通信士官につたえる。

「大本営に報せよ。我イゼルローン奪還に成功せり、とな。」

こうしてイゼルローン要塞はほぼ二年半ぶりに帝国軍の手に戻ることになった。

 

 イゼルローン要塞奪還の報を、ラインハルトは、旗艦に設置された仮大本営で聞いた。副官であるシュトライト少将とリュッケ大尉が控えていて、上司である金髪の若者に対し、恭しく敬礼し、報告書が差し出される。

「おめでとうございます。これで閣下は二つの回廊を二つとも制圧なさったことになります。」

「今後もめでたくあり続けてほしいものだ。」

デスクに坐し、報告書を繰りながら、ラインハルトはつぶやくように

「ヤン・ウェンリーは無事息災らしいな。」

 

「そのヤン・ウェンリーですが、要塞を放棄して撤退したとのことですが、それが同盟政府の怒りを買って、処罰されるようなことにならないでしょうか...。」

「では、その場合だれをもって艦隊指揮官にあてるのだ?安全な場所で、書類の処理ばかりやっていた輩が将軍だと乗り込んだところで兵士たちがおさまらないだろう。」

「御意ですが、イゼルローンさえ確保しておけば、わが帝国の攻勢をフェザーン回廊側の一方向へとどめておくこともできるでしょう。あえてその安全策をとらなかったのはなぜでしょうか。」

「なるほど。同盟の連中は、巧みな罠でわれわれの侵攻を遅らせてはいる。しかし、イゼルローンのみ残って同盟全土が失陥するのは時間の問題だ。だからやつらは時間を稼いで少しでも有利になるよう兵力をかき集めているわけだ。」

「そしておそらく彼は同盟が勝利を得る唯一の方法をとるために兵力を自由に行動させたかったのだ。」

「唯一の方法...ですか?」

「わからぬか。戦場でわたしを斃すことだ。」

驚きの表情の部下をしり目にラインハルトは淡々と話した。



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第15章 ランテマリオ星域会戦です。
第145話 秘策さく裂です。


フェザーン占領の3~4ヶ月ほど前、ユリアンによってもたらされた親書に添付されていた作戦案をスタンドアローンのパソコンにコピーして、老提督と若い副官が画面に表示されたヤン、みほ、エリコ、メルカッツが練ったその力作を眺めている

「廃コロニーを利用して、巨大な浮遊砲台にする…片っ端からいらなくなくなった魚雷、機雷をあつめてフェザーン回廊出口の基地に作業させるというわけか...。」

「たしかに合理的です。いくら造船所をフル稼働したところで、4ヶ月ですと、どうにか1000隻間に合うかどうかですから、帝国軍との戦力差はたいして埋まりません。」

「知ってるかね、少佐。フェザーン回廊近くの廃コロニーは、コルネリアス1世時代に帝国軍が首都に迫ろうとしたときに避難民用に作ったものだそうだ。太陽光で半永久的に作動し、すべての光学兵器を反射する鏡面装甲、そして、なんていったかな、磁力線で接近するミサイルを分解してしまう...。」

「マグネトロン・ウェーブ照射装置ですね。継ぎ目のない実弾などは普通作りませんから...。」

「そうじゃ。それを効率よく低コストで戦闘衛星として惑星を守る防衛システムとしたのがアルテミスの首飾りというわけじゃ。まあ、それはさておき8割がた廃物利用...それなのに絶大な効果があるというわけか...うむ...この方法で行くしかないな。ファイフェル少佐、早速手配してくれ。」

「わかりました。」

 

さて帝国艦隊が、フェザーン回廊出口から2800光年のポレヴィト星域に差し掛かった時だった。

「4時の方向から高エネルギー反応。まっすぐこちらに向かってきます。」

「ああ、8時の方向からもです。」

「すごいスピードです。高エネルギー到達まであと1分」

「展開しろ!」

「間に合いません。」

帝国軍バイエルライン艦隊は、一挙に4千隻を失った。

「なんだと?弾道を探らせろ。」

「はい。こ、これは...。」

「ポレヴィトの太陽から70光秒の位置に、円筒形の巨大物体、長さ20km、直径8km、同様の物体が、反対方向にもう一基。」

「ただちに破壊しろ、ん、まて?ミッターマイヤー閣下に伝えろ。」

「バイエルライン、よく伝えてくれた。破壊する前に調査しろ。くれぐれも慎重に。どんな罠があるかわからん。」

ミッターマイヤー艦隊から調査艇が発進される。

「せ、接近できません。」

「なに?マグネトロン・ウェーブが発生して、調査艇が...。」

「しかたない。まて...。」

「閣下?」

「あの廃コロニーの表面にはもしかして鏡面装甲が貼っていないか調査しろ。そうだな...」

ミッターマイヤーは技術士官を呼ぶ。

「鏡面装甲かどうか探る装置はないか?」

「この装置からのレーザー光線と電波の反射率でわかります。」

「さっそくやってもらおう。」

 

「レーザー光と電波反射率確認。」

「どうだ?」

「鏡面装甲です。恐ろしい。もし艦砲を斉射をしたらすべて跳ね返され我が艦隊への被害は計り知れません。」

「マグネトロン・ウェーブでミサイルも命中する前に爆発...。」

「しかもポレヴィトの太陽のエネルギーで半永久的に動くというわけか...。」

 

「閣下!」

「何だ?」

「10時の方向から高エネルギー反応です。」

「弾道を確認して散開しろ。それからどうせ位置が知られている、全天アクティブレーダーを照射しろ。敵が廃コロニーを作動させるための司令衛星があるのかもしれん。」

「了解。アクティヴレーダー照射。」

「!!」

「小規模爆発光、数か所に確認。」

「高エネルギーが直撃。500隻が撃沈されました。」

「ここは危険だと思われます。別の航路で..。」

「わかった。ここは後方の艦隊に通らないように報せろ。ただしわれわれは前進する。」

 

「なんだと?廃コロニーをそっくりつかって、高エネルギー砲にしているだと?」

20世紀末から21世紀初頭の日本人にわかりやすくいうなら某ガンダムに出てきたソーラレイによく似た兵器であることがスクリーンに示される。

「はい。ミッターマイヤー閣下からの報告です。別の航路を使ったほうがよいかと。合流宙点の座標指示もあります。」

「ポレヴィト星域から1光年。X5Y7Z9の宙点です。」

「わかった。」

 

数か月前....

「ミズキ中佐。」

「帝国軍が、ポレヴィト星域の罠に気が付いて別の航路をとる?この場合に、こことこことここの三か所が考えられる?」

「機雷の敷設ですか。」

エリコはうなずく。

「この機雷ならレーダーには反射しないから位置がわからない?ただおそらく帝国軍は名将ぞろいだから被害は出すけど気がつくかも?だからさらに罠をはっておく?」

「なるほど...ビールケース(亜空間キャニスター)から飛び出す火炎瓶(魚雷)ですか....。」

エリコは再び無表情にうなづいた。

 

 

ミュラー艦隊は、ポレヴィト星域を避ける旨、後方のラインハルトに伝える。

「閣下。この星図にはない宙域を通ろうと考えます。しかし罠があるかもしれません。3時間ほどの距離をおいたほうがよろしいかと存じます。」

「わかった。何しろフェザーン侵攻を予想して航路局の星図を消したほどの手練れだ。卿も用心してくれ。」

「はっ。」

 

シュパーラ星系JL77基地から1光年の位置である。

 

「!!」

爆発音が響き、ミュラー艦隊は駆逐艦を数十隻いっきに喪った。

「どうした?」

「機雷です。」

「周囲に敵影は?」

「ありません。」

「念のため、調査艇を発進させろ。船外活動も行って周囲の空間を確認しろ。」

「了解。」

 

「うわああ。」

船外活動をしていた兵士が機雷にふれて死亡する。

後ろからついてきた兵士が機雷の残骸を拾う。

「こ、これは...」

「暗黒物質が塗られています。どうりでレーダーに反応しないわけだ...。」

 

「ぎ、魚雷、第二波接近中!」

「弾道は?」

「わかりません。」

ミュラー艦隊はさらに500隻を失った、

 

「提督?」

ミュラーは一瞬苦虫を噛んだ表情になるが、すぐに冷静な表情になる。

「ここは危険だということが分かった。ポレヴィト星域へ向かう。」

「なぜ?危険ではないのですか?」

「ここの罠の仕組みはわからないが、ポレヴィト星域の罠が判明しているからだ。あの廃コロニーの性能や射程距離をミッターマイヤー提督が明らかにしてくれた。その射程外であれば安全だ。」

「なるほど。」

「ここの罠の正体がわからないの残念だが、時間をかければかけるほど敵を有利にする。そうだな。せめて意表返しに例の機雷を指向性ゼッフル粒子で焼き払え。焼き払ったのに反応して例の魚雷が発射される可能性があるから、こちらがワープした後に放出する遅延信管をつかえ。」

「了解。」

「後方の元帥閣下に伝えろ、この宙域はわながあるので危険である、ポレヴィト星域外縁の航路を使うと。」

「了解。」

ミュラー艦隊は、遅延信管で自動で指向性ゼッフル粒子を放出する装置をのこして全艦ワープして消えた。

 

指向性ゼッフル粒子が放出され、機雷が焼き払われる。すると通常空間にいきなり魚雷が出現し、指向性ゼッフル粒子放射装置を破壊した。

 

機雷には、パッシヴレーダーがついていた。また亜空間に通常空間の様子をつたえる機雷も散布されていた。



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第146話 前哨戦です。

さて、同盟領出口付近の同盟軍基地は、ヤンとみほの命令だとビューフォートが伝えるとこぞって協力した。

 

フェザーン方面からの帝国艦隊は、弾道もなくいきなり出現する魚雷や暗黒物質の機雷に悩まされていたが、粘り強く魚雷出現パターンと弾道解析に努め、成果をあげつつあった。

 

シラクサ星域、ミッターマイヤー艦隊である。

ここでも、弾道不明の魚雷が出現し、さらに700隻を失っていた。ミッターマイヤーは機雷と魚雷の破片集めに努める一方、

「いままで魚雷の出現宙点とそのパターンを詳細に分析しろ。」

とオペレータたちに命じて分析させていた。

「閣下、閣下!」

「どうした?」

「機雷の分析が終了しました。機雷は暗黒物質が塗られてレーダーに反応しにくくしています。」

「なに?またか。」

ミッターマイヤーはミュラーの報告を思い出す。

「それだけではありません。巧みに自爆されていて時間がかかりましたが、亜空間へ情報を伝えるソノブイではないかと思われます。」

「やはり亜空間からの攻撃だったか。どうりで弾道が明確でないはずだ。亜空間の潜航艇の開発は、開発費と時間がかかるからとアムリッツアの大勝で中止になったのだったな。」

「はい。」

「ただし、資料は捨ててはいないはずだ。至急亜空間ソナーと亜空間ソノブイを製作しろ。」

「はっ、」

ミッターマイヤー艦隊では、亜空間ソナーと亜空間ソノブイをつくりはじめた。

 

トゥール・ポワティエ星域を通過しているラインハルトの本隊では...

「閣下、後方7時の方向、50光秒に巨大な物体がワープアウトしてきます。長さ20km、直径8kmと物体と推察されます。」

スクリーンに映されたのは巨大な円筒形物体であった。

「!!」

「円筒形物体から高エネルギー波!コロニーレーザーです。」

「散開しろ!」

「間にあいません。」

ラインハルト艦隊はいっきょに2000隻を失った。

「よし、シームレスミサイルを撃て!」

「はっ!」

 

あらかじめ情報を得ていたラインハルトは、シームレスミサイルを放ってこれを破壊した。

「9時の方向、3時の方向、天底方向から魚雷多数!」

「弾道は?」

「わかりませんが、出現パターンの解析はできます。」

ラインハルトの艦隊は500隻、また500隻が火球に変わっていく。

「信じられないことだが、亜空間からの攻撃かもしれんな。」

「わが帝国でも極秘にすすめられた計画がありましたが...。」

「そうだ。残念ながらこちらの戦力が同盟を大きく上回ったから開発は中止されたのだが...窮鼠となった同盟が先に開発をしたということだろう。」

ラインハルトはつぶやくやいなや

「亜空間ソノブイを放出しろ。」

「再び魚雷多数接近。亜空間からの弾道計算。発射宙点特定できました。9時の方向二か所、3時の方向も二か所、天底方向二か所です。」

「亜空間爆雷を投射せよ。」

「了解!」

 

「閣下。」

「帝国軍に亜空間キャニスターの位置が発見されました。」

「さすがだな。さっさとワープだ。この空間は危険だ。」

 

「弾道分析の結果、6ヶ所の発射宙点以外にも魚雷が発射されています。」

「6か所とは別の方法で魚雷が発射されたのだろう。おそらく...」

「亜空間を移動できる艦艇?」

「そういうことだ。」

ラインハルト艦隊は同盟領内で3500隻を失ったが、同盟軍の手の内をかなり明かすことに成功した。

 

「ミュラー提督、ミッターマイヤー司令から連絡です。」

「つないでくれ。」

「ミュラーか。」

「ミッターマイヤー提督、例の魚雷の件、なにかわかりましたか。こちらでも解析をすすめていて一定の推論には達していますが...。」

「うむ。敵は、亜空間から攻撃を仕掛けてきているのでは、という結論に達したのだが...。」

「そうですか。実はわたしのほうもそう考えざるを得ないと思っています。」

「うむ。弾道の解析と出現パターンをみてくれ。」

「25個を一単位として魚雷が発射されている。おそらく亜空間にひそませた多弾頭装置もしくはキャニスターがわれわれの通過を感知して発射しているのだろう。それだけではなく、この6か所の魚雷の出現パターンは、亜空間に潜っている潜航艇がキャニスターの発射とともに魚雷を撃ち、われわれの分析に誤認を強いようとしていると考えれば説明がつく。」

「なるほど...。」

 

タルシーン星域のミュラー艦隊である。

「ワープアウト完了。」

「亜空間ソノブイ放出。亜空間ソナー起動。」

「発射反応あり、7時、9時、5時の方向。魚雷多数。」

「亜空間爆雷発射。」

 

さてタルシーン星域付近の亜空間である。

ミュラーの放った亜空間爆雷が、「亜空間のビールケース」、亜空間キャニスターを破壊していく。

「閣下。亜空間キャニスターが破壊されました。」

「さすがだな。ミズキ中佐のいうとおりだ。さて新しいキャニスターを置いて逃げるぞ。」

「了解。」

 

「!!」

「どうした?」

「亜空間に10数か所のワープトレースらしきもの確認。」

「方向は?」

「こちらのソナー感度もありますが、かなりかき乱されていて...方向までは、わかりません。」

「やはり敵は、亜空間潜航艇を使っていると考えて間違いないな。」

「そうらしくあります。あっ」

「どうした?」

「ふたたび、魚雷多数接近。天底方向三か所。Z-5,X-9,Y-11、Z-12,X+5,Y-7、Z-6,X-11,Y+15」

「亜空間爆雷で迎撃だ。」

「了解。」

「しかし...。」

「どうなさいましたか?」

「1600年前、潜水艦はその遍在性によって敵を脅かしたというが、われわれはその恐怖をそのまま味わっているということだな。」

「閣下...。」

「くやしいが敵がどのくらい被害を及ぼしてくる分からない。どこの空間から魚雷が突如発射されたり、どこに機雷があるかわからない。少ない艦艇しか揃えられない中で恐ろしいほどの防御力を構築しているというわけだ。」



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第147話 帝国軍集結です。

ムナイドラ星域、帝国軍第4陣のシュタインメッツ艦隊である。

「!!」

いきなり爆発音が艦艇内部に響き、1500隻の僚艦が、爆発四散するのをみることになる。

「爆発の起こった周辺をさぐらせろ。」

「はっ。」

船外活動で爆発の起こった周辺をさぐった兵士から

「われわれの艦艇とはことなった金属片を発見しました。」

「いわゆる暗黒物質を塗りたくって、レーダーに反応しないようにしていたようです。」

「!!」

「機雷がひとりでに動き出しました。」

「魚雷出現、2時の方向、9時の方向、11時の方向、7時の方向、至近です!」

機雷の当たった船は次々に爆発四散し、魚雷の当たった船も同様だった。

シュタインメッツ艦隊の乗員は、悲鳴のように、僚艦の名称とともに撃沈、通信途絶の通信を聞くことになる。そうしてさらに900隻を失った。

亜空間ソナーと亜空間ソノブイで、ビューフォートが亜空間に埋めた亜空間キャニスターの存在をつきとめ、破壊することに成功したものの、損害は4000隻を超えていた。

 

バレッタ-メッシナ星域のワーレン艦隊である。

「敵は、暗黒物質を塗った機雷を設置し、亜空間からと思われる魚雷を発射している。

亜空間ソナーと亜空間ソノブイで備えるのだ。それから船外活動で機雷がないか探れ。」

 

突然爆発が起こり、ワーレン旗艦サラマンドルが衝撃波でゆれる。

「チューリンゲン・アインス撃沈!!」

「ヘルゴグラント・アハトドラィ撃沈!」

「アルベルト・ツバイフィア大破!」

「ボーゼン・ノイン撃沈!」

「デア・クローゼ・ドライアイン通信途絶!」

「何事だ。」

「機雷です。機雷がひとりでに...。」

 

「!!」

「今度は何だ?」

「なにか光っています。」

「天底方向と天頂方向から魚雷多数。」

「迎撃と同時に弾道を確認しろ。」

 

「システムがかたまってしまって迎撃できません。」

「システムがなにものかにのっとられたもようです。」

 

サラマンドルに通信士官から悲鳴のような内容が伝えられる。

 

ある艦では、システムに異常がないのに何も撃てなくなっていた。

「システム、正常に稼働。マルウェアは確認できません。」

「なぜ撃てないんだ?」

「射撃管制システムが沈黙、作動しません。」

「射撃管制システムに異常がないか調べろ。」

「....!!。」

「どうした?」

「機関が鉄腐食バクテリアに食われています。」

 

機雷の爆発でばらまかれた光るものは、傷ついた艦艇にもぐりこんでいた。被害を受けた帝国軍各艦は、沈黙してしまった。

 

「魚雷出現!至近です!」

 

システムを乗っ取られた艦隊では、解除しようとするとランタイムパスワードが再発行され無限ループでなかなかエリコのしかけたマルウェアを削除できない。

そうこうしているうちに機雷と魚雷が次々におそいかかり艦艇を火球に変えていく。

 

「魚雷の出現宙点を割り出せ。」

「はっ。」

「アクティヴ・ソナーを照射しろ。」

「敵の位置特定。固定砲台状...いえこれはキャニスター弾発射装置と思われます。10ヶ所確認。あと移動する物体、全長150mほど。亜空間潜航艇と思われます。!!」

 

「発見されたな。魚雷を発射しつつワープ!」

ビューフォートの次元潜航艦隊15隻は、魚雷を発射するやいなやワープした。

 

「どうした?」

「また魚雷です。」

「SUM及び亜空間爆雷発射!」

「SUM及び亜空間爆雷発射!」

亜空間からの魚雷が破壊され、四散し、煙を吹きあげ火球となっていく。

「亜空間にワープトレース15確認。」

「方向は?」

「かき乱されてわかりません。」

 

ワーレン艦隊の損害は4000隻弱に達していた。

「元帥閣下から通信です。」

「読め。」

「全軍、ポレヴィト星域に集結せよ。敵の兵器は排除した。自由惑星同盟を名乗る叛徒ども、門閥貴族の共犯者に掣肘を加える作戦を定めた。繰り返す。全軍ポレヴィト星域に集結せよ。」

 

帝国軍は1万9千隻を失ったが、ラインハルト率いる精鋭軍だからこそ、あれほどの奇襲、ビューフォートのゲリラ戦に耐えたともいえた。貴族連合軍なら1か月ももたず総崩れだったであろう。

1月30日に、帝国軍は、黒十字槍騎兵とファーレンハイト艦隊がポレヴィト星域に到達し、戦闘用艦艇93,700隻、補給、病院船3万5千隻が集結した。

 

「ポレヴィト星域からランテマリオ星域までは有人惑星が存在しません。民間人に累を及ぼさぬためにも、同盟軍としてはこの宙域を決戦場に選ぶほかないでしょう。小官は確信をもってそう予想いたします。」

ミッターマイヤーが報告する。金髪の若き元帥が流麗なまでの所作で立ち上がり

「卿のみるところは、正しいと私も思う。同盟軍は、人心の不安を抑えるためにも近日中に攻勢をかけてくるであろう。わが軍は、彼らのあいさつに対し、相応の礼をもって報いることとしよう。双頭の蛇の陣形をもって。」

ラインハルトがそう宣告し、興奮のざわめきが提督たちの間を熱い風となって流れる。

 

双頭の蛇は、片方の頭が襲われればもう片方の頭が敵を攻撃、胴体部を敵が狙えば、双方の頭が敵を攻撃する陣形である。ただし、大軍の運用によって威力を発揮する陣形であるが各個撃破の危険性があるので、三重の通信防御システムとそれが突破されたときのために短距離ワープが可能な連絡用シャトルを1000隻用意した。

 

「第一陣の片方の頭は私が指揮する。」

提督たちは、ラインハルトの声に自らの聴覚を疑い、顔を見合わせ、

「ご自身で指揮なさるとおっしゃいますか?」

「危険です。同盟の戦力は衰微したりとはいえ、それだけに窮鼠と化し、兵力が少ないゆえに指揮官を狙ってくる可能性があります。閣下にはどうか後方でわれらの戦いを督戦していただきたいと存じます。」

「この陣形には後方というものはないのだ。ミュラー提督。あるのは二つ目の頭だ。」

ミュラーが沈黙すると、若き独裁者は、手くしで豪奢な黄金色の髪をすいて、はちみつ色の髪を持つ精悍ではつらつとした若き提督のほうをむき、

「ミッターマイヤー、卿は胴体部の指揮をとれ。おそらく同盟は、この陣形で、双頭部分の移動時間のタイムラグを見込んでわが軍を分断して各個撃破を図るために、胴体部を狙ってこよう。卿が事実上の先陣となるのは自明のことだ。」

「ですが...。」

「ミッターマイヤー、わたしは勝つためにここに来たのだ。そして勝つためには戦わねばならぬし、戦うからには安全な場所にいる気はない。」

ほかの提督たちの配置も即決し、

「1時間の休憩ののち出撃する。各自準備をととのえよ。解散!」

金髪の若き元帥はそう言い残して、踵をかえす。提督たちは、その後姿に敬礼を送った。

(やはり、あの方はまず戦士なのだ...)

ミッターマイヤーをはじめとする帝国軍の諸提督たちはあらためて実感したのだった。

 



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第148話 必殺!エリちゃんの微笑みです。

一方の同盟軍である。

「帝国軍は、ポレヴイト星系にて集結し、戦闘用艦艇94,000隻弱、補給、病院船3万5千隻、全軍再編成ののち、ランテマリオ星域を通過し、バーラト星系へ向かってくるものと予想される。」

JL77基地が帝国軍の妨害電波になやまされつつ送ってきた情報が統合作戦本部と宇宙艦隊司令部との合同会議の席上に提出される。」

「直進するとすれば、ランテマリオ、ジャムシード、ケリム、そして一路ハイネセンに向かってくることになる。」

「敵は直進してくるだろうか?迂回路をとる可能性は?」

「敵は正面からくる。敵はわれわれより大軍じゃ。ローエングラム公の性格から考えて迂回路をとる可能性はない。敵は正面からくる。われわれはこれをたたく。」

「ジャムシードからこちらの星域は、すべて有人惑星をもっています。人心から考えても時間的に考えても、もはや辺境とはいえないランテマリオが敵を阻止する絶対防衛線でしょう。」

統合作戦本部長であるドーソンは、政治力学で職に就いたにすぎず、国防委員会の指示や部下の進言でただ文書を決裁するだけで指導力などかけらも示すことができなかった。かえって、幸か不幸か宇宙艦隊司令部としては、戦術レベルの話にしぼられて逆にやりやすくなったともいえた。「戦って勝たざるをえぬ」立場に同盟軍はたたされ、「負けたらどうする」とはだれも言わなかった。

 

当初、チュン・ウー・チェンは、戦闘の開始時期をヤン艦隊の戦力が到達する時期までなんとかして遅らせられないかとシュミレーションしてみたが、すくなくとも半月かかるという結果となった。そうなるとハイネセンが帝国軍に占領されて一貫の終わりになるということになり、出撃せざるを得ないということになった。

 

国防委員会は、ハイネセンの住民を山岳、森林地帯に避難させ、各惑星には戦火を避けるために無防備宣言することを認めた。

2月4日、第一、第十、第十二、第十五、第十六の五個艦隊、5万2千隻は、ハイネセンの衛星軌道上から一路ランテマリオへ向かう。

この年、73歳になる老提督は、同盟政府より辞令を受け、元帥に昇進している。

「これは生きて帰るなということかな...特進の前渡しということで...。」

「いや、単なる自暴自棄でしょう。」

大将に昇進した総参謀長チュン・ウー・チェンは、胸に着いたパンくずをはらい軽口をたたく。チュン・ウー・チェンは、士官学校の教官になったとき、出入りのパン屋に間違えられ、食堂につれていかれたという逸話を持ち、このような非常時でなければ大将にまで昇進しなかったであろうというのが後世の歴史家の見解の一致するところである。

 

ところでビュコックの副官であったファイフェル少佐があまりの激務とストレスのために心臓発作を起こし、軍病院にはこばれたため、スーン・スールズカリッター少佐が新たにビュコックの副官になることになった。変わった姓ということで、なかなか名前を正確に呼んでもらえず、辟易していた若き少佐に対し、ビュコックは、

「申し訳ないが、少佐、今後スール少佐と呼ばせていたただけないか。わしはこの歳でな、覚えられないのだ。毎回名前を間違えそうでな。本当に申し訳ないが...。」

「いえ、長官。卒業生総代で名前を呼ばれて爆笑されたりとか、父親が三人いてその姓を重ねて名乗ってるとかたちの悪いことを言われてきました、ぜひとも今後そうさせて

いただきたいです。」

 

ランテマリオ星域に近づき、先行偵察艇から帝国軍の位置と陣形についての情報がもたらされる。艦橋に設置された十二のスクリーンが全面稼働し、画像が映し出される。

 

「帝国軍の陣形は、いわゆる双頭の蛇です。だとすれば中央突破を図ることは敵の望むところ。危険が大きすぎると小官には思われます。」

「おそらく、いや、疑いなく貴官のいうとおりだろう。だがほかに取るべき戦法はない。敵の陣形を逆用して中央突破を図り、各個撃破を図る以外にあるまい。」

といいつつも、

(ビューフォートが、2万隻弱を沈めたというのにまだこれほどの戦力があるのか...。)

二倍近い戦力差にため息が出る老提督である。

 

2月8日正午...

「敵艦隊、6.5光秒」

接近するにつれて敵艦隊中央部は非常に分厚いということが判明し、もし短時間い突破できないと敵の左右両翼と包囲されていきなり全滅の可能性がある。

(敵に先制させて受け流して、左右両翼の背後に回り込むべきだろうか...)

「敵艦隊まで5.3光秒、イエローゾーンに突入。」

ビュコックはそのように考えながらも、白く目立つラインハルトの旗艦を認める。

「煙幕と妨害電波を一斉照射。「エリコの微笑みα」(ミズキ中佐のウィルス)放出。狙うは敵旗艦ただ一隻じゃ!」

「敵艦隊まで、あと5.1光秒、レッドゾーンに突入。」

「撃て!」

「撃て!」

ここで「エリコの微笑みα」が威力を発揮する。なんと恐るべきことにエリコが自分がいなくてもボタン一つで帝国軍のシステムを狂わせるプログラムを同盟軍艦艇に備え付けたというわけだった。

「閣下、妨害電波と火器管制システムへの侵入が激しく光学標準しか使えませんが暗くて標準がつけられません。」

「敵は、自分たちの射線を隠せないのだ。スクリーンから敵の攻撃パターンを解析し、砲撃せよ。」

「はっ。」

「巧妙だな。なかなか楽しませてくれるではないか。」

 

ミッターマイヤー艦隊の通信士官が司令官に告げる。

「敵は、第一の頭、元帥閣下の指揮する艦隊を攻撃しています。」

「うぬ。さすがに老獪な戦略眼だ。ほかの部隊が、到着するまでのタイムラグでいっきにかたをつけようというのだな。」

帝国軍艦隊の動きは迅速であった。とくに胴体が疾風ウォルフの名に恥じない三つの目の頭になる。

ラインハルトの艦隊は、老提督の奇襲にたじろぎ、大蛇一つ目の頭に亀裂が入り打ち砕かれんかのように思われたが、冷静さをとりもどして回復しつつあった。そこにミッターマイヤーをはじめとする射線が加わる。同盟軍は、艦列をととのえ、ラインハルトの艦隊を中心にした円の半径に艦列をならべ、ミッターマイヤーの鋭鋒を避け、敵の背後に回り込もうと試みる。

 

 




字数調整のため、末尾部分を次話にくりこしました。ご容赦ください(12/14,2:00amJST)


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第149話 激戦!ランテマリオです。

「エリコの微笑みβじゃ。」

今度は帝国軍のシステムの三重のプロテクトがやすやすと突破され、帝国軍のシステムがかき乱される。

「ほ、砲撃が不能です。」

「通信不能!」

 

「連絡用シャトルを出しますか?」

「いや、この亜空間ソナーの画面をみてみろ。」

帝国軍はこの戦闘にそなえて、亜空間ソナーを多くの艦にとりつけ、多量の亜空間ソノブイを放ったが、ソノブイは激しい戦闘のために潰されて役に立たない。

ソナーから描かれる画面は激しく乱されていたが、亜空間から放たれる魚雷や画面の反応から「亜空間のサメ」すなわちビューフォートの次元潜航艇が亜空間をうろついて帝国軍を攻撃しているのは明らかだった。

「今連絡用シャトルをつかったら一隻残らず沈められる。しばらくの辛抱だ。シャトルを使用するのは最後の手段だ。」

キルヒアイス艦隊の幕僚で、エリコの電子攻撃を徹底的に分析した士官がいた。

そのワクチンソフトは、亡くなったキルヒアイスをしのんで「バルバロッサ」と名付けられた。この戦いのために満を持して投入される。

「「バルバロッサ」発動。それまで、オルタナティヴシステムを立ち上げろ。」

帝国軍はスパルタニアンと同盟艦隊の砲撃、亜空間キャニスター、ビューフォートの次元潜航艇の攻撃で通常空間及び亜空間からの十字砲火を浴び、この間、一挙に1万5千隻を失った。対する同盟軍は3千隻で、キルレシオ5:1というラインハルトの艦隊がかって味わったことのない損害比だった。

しかし、帝国軍は、午睡から覚めた恐竜のように同盟軍に襲いかかる。

「意表返しに敵の電子の女神の泣き顔や蒼ざめた顔を送ってやれ。」

「了解。」

帝国軍のオペレーターたちは同盟軍に「電子の女神」エリコの青ざめた顔や泣き顔の画像を送りつける。

 

「帝国軍から受信です。こ、これは...。」

「ふむ、帝国軍はミズキ中佐にかなり頭にきているらしいな。」

 

そのころ第14艦隊旗艦ロフィフォルメでもその画像が受信された。

「エリちゃん。」

「?」

「これ。」

帝国軍が自分の蒼ざめた顔や泣き顔を同盟軍に送っているらしい。

エリコは苦笑する。

 

ランテマリオ星域では、帝国軍は、じわじわと攻勢を強めていた。

背後に回り込まれ、次元潜航艇とエリコの微笑みによる一方的な損害を出していたが、オルタナティヴシステムと「バルバロッサ」による回復で立て直してきている。

「分厚い中央を突破するのは包囲を招くと考え、敵の総司令官のいる第一の頭を狙いつつ、背後に回り込んで攻勢をかけ、敵が反転攻勢するまでのタイムラグで兵力差をつめようとかんがえたのじゃが...さすがじゃな。」

「さすがに名にしおうローエングラム公の艦隊ですね。これほど整然と迅速に、しかもすきなく反転してくるとは...。」

 

同盟軍は、攻勢を緩めなかったが、このまま正面で戦っていると数の差で負けてしまう。小惑星帯へむかって後退していく。

 

ワーレン艦隊が同盟軍の左側面から攻撃をかけ、デュノネイ分艦隊などは、3時間で840隻から130隻まで撃ち減らされる。

「くさびを打ち込め!」

ワーレンが命じるが、

「撃て!」

それに対してワーレン艦隊に猛撃をしかけるのは、新任の艦隊司令でありながら老練なライオネル・モートン中将である。

「くっ」

ワーレンは舌打ちを禁じ得ない。

 

「ワーレン艦隊のさらに外側から敵の後背に回り込め。」

ファーレンハイトは命じる。

「!!」

ガガガガガ...

艦内に異音が響き始める。

「どうした。」

「恒星風です。計器が、計器類が使えません。」

恒星ランテマリオの恒星風が磁気嵐をともない計器類に影響を与えている。

ファーレンハイトも舌打ちせざるを得ない。

その間に同盟軍は帝国軍への射線を維持しつつ小惑星帯へもぐりこんでいく。

「なかなか勝てぬものだ。老人はしぶとい、メルカッツもそうだったが...。」

ラインハルトは独語し、

「シュトライト少将。」

「はっ。」

「戦線が膠着している。むやみな攻勢をかけても仕方ない。この間に0.3光秒全軍を後退させ、将兵に休養と食事をとらせよ。」

 

「亜空間キャニスターがもうありません。」

「こんなときに...。仕方ないな...われわれだけでなんとかするしかないか...。」

同盟軍の予想外の善戦をささえてきたのはビューフォートの次元潜航艇艦隊である。廃棄用の旧式魚雷を部品交換で転用して亜空間キャニスターに詰めて帝国軍を苦しめてきたが、帝国軍は、亜空間爆雷と亜空間用SUMで対抗してきた。亜空間内の移動トレースをかき乱してきたが、それでも防ぎきれず20隻のうち5隻が沈められている。

 

2月9日、圧倒的ともいうべき兵力差が生きてきた。帝国軍の被害は3万隻弱にまで達し、全体で6万5千隻ほどになり、同盟軍の被害も2万隻を超えて、全体で3万隻を切ろうとしている。帝国軍の艦列にあいた穴は一瞬のうちにうまったが、同盟軍のそれは埋まらなかった。四散する艦では、兵士は気化したり、宇宙空間に放り出されて即死した。エネルギー中和磁場と装甲で敵の攻撃に耐えても艦内が高温となって焼け死ぬ兵士が続出した。また船体の破片が突き刺さったり、致命傷を負って多量の出血で死ぬ者、帝国軍でも被害を受けた艦は同じであったがまさしく地獄絵図であった。

 

同盟軍は小惑星の陰に隠れてたくみに砲撃し、光の槍に貫かれて四散する艦があるものの、見かけとしては血の代わりにエネルギーを流出させ、肉の代わりに装甲板を四散しつつも戦い続ける。破壊された艦の背後から別の艦が砲撃を帝国軍にあびせる。帝国軍の諸将が「巧妙な」と舌打ちしたのは、スパルタニアンが帝国艦のエンジンを破壊し、ふらふら艦列をみだしたり、ぶつかったりしているところを、同盟艦隊の射線に貫かれたり、次元潜航艇の魚雷に貫かれる。また、スパルタニアンは、追いかけられていくうちに、敵艦を味方の射線に引き込み、後背や下方から致命的な一撃をあびせる。

 

全体としては帝国軍の優位は動きようがなかったが、指揮系統の統一と行動の秩序を保っている。

「やはり使わざるを得ないか....。」

ラインハルトは独語したのち、通信士官を呼んだ。



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第150話 黒十字槍騎兵の突撃です。

今回の黒十字槍騎兵のキャラ設定については、俊泊様からのご提案をもとに作成しました。ありがとうございました。


さて、時系列は、数年前に起こった異変にさかのぼる。

 

大洗女子学園は、全国高校生戦車道大会で優勝していた。しかしその後、大洗女子の廃校をゴリ押ししようとする文科省学園艦局長辻廉太と、それに難色を示す日本戦車道連盟の妥協案として他校からの短期転校を受け売れた大洗女子連合として大学選抜との試合を行っていた。

 

大洗女子連合は、30両の自軍を三中隊に分け、大学選抜と戦おうとしていた。地形を利用してすこしでも有利な戦いをしたいところだった。

「ひまわり中隊、高地に到達した。」

「みぽりん。」

「やりましたね。これで流れを変えられます。」

みほは嬉しそうに

「大隊指揮車からひまわりへ。二手に分かれて上からあさがおとたんぽぽの援護をお願いします。」

『了解した。』

みほは姉の冷静な声を聴いて、はりつめていたほおの筋肉をゆるめた。しかしそれも長く続かなかった。

『左翼敵集団、あさがお中隊を突破してわれわれの後方へ侵攻中。』

「あさがおを援護するわよ。けり落としてやる。」

カチューシャが叫ぶ。

『射点につきました。』

『準備完了です。』

赤星小梅と直下から報告がはいる。

『中隊長いいわね。』

カチューシャの声。そしてまほの冷静な声。

『攻撃を許可する。』

『撃て!』

というやいなやカチューシャの右側から猛烈な爆風がふきあれる。

ドガアアアアアアアアアアン...

地響きを伴う激烈な爆発音と震動。

次の瞬間、パンター二両がひっくり返っていた。

 

帝国暦487年某月某日、小梅と直下が気がついたときには、銀色の無機質な壁の見慣れない場所にいた。

「こ。ここは...。」

「あなたたち.....]

そこには、エリカとやや赤みかかった精悍な雰囲気もある大人の雰囲気の美女がいる。

「!!副隊長!」

「そう...あなたたちもとばされたのね...。」

「それって...どういう...。」

「全国高校戦車道大会で、大洗のⅣ号を撃とうとした瞬間にとばされたのよ。この1600年後の未来に。」

「わたしたちは、大学選抜との試合中に、上から巨大な爆弾のようなもので吹き飛ばされて...気が付いたらここに...。」

「ダイガクセンバツ??」

三人は、事情を詳しく話しあっているうちに、自分たちが少なくとも異なった世界か異なった時系列からはるか未来のこの世界にとばされているらしいとの結論に達した。

「子どものころ、テレビや本でパラレルワールドという世界があるってきいたわ。あなたたちは、大洗女子が優勝した世界からとばされてきたのかもね。」

「信じられないことですが、そうなのかもしれません。」

「この世界からもとの世界にもどるためには、戦わなければならない。わたしたちは、銀河帝国軍のローエングラム伯のもとで戦っているの。ああ、紹介するわ。わたしの旗艦ケーニヒスティーガー艦長のマヌエラ・フォン・キアよ。」

「よろしく。閣下のお知り合いの方で?」

「ああ、もといた世界で戦車道をやっていた同僚よ。」

「普通は、軍隊に女性はいないのだけれど、ローエングラム伯は、男女わけ隔てない方でね。女性でも優秀な者はとりたててもらえる。私と彼女は、士官学校の特別コースで仕官することができた。あなたがたも速習コースで仕官してもらうわ。」

そうして1年後の帝国暦488年春、リップシュタット戦役時には、オーディン上空から「賊軍」討伐に向かうエリカの旗艦ケーニヒスティーガーの艦上に仕官した二人の姿があった。

 

 

さて、時はもどって宇宙暦799年/帝国暦490年2月、ランテマリオ星域である。

帝国軍総司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム公は、通信士官を通して命じる。

「黒十字槍騎兵に連絡。卿らの出番だ。槍先に敵の総司令官の軍用ベレーをかかげてわたしのところへもってこいと。」

 

エリカと、赤みがかった髪に精悍さえかんじられるケーニヒスティーガー艦長マヌエラ・フォン・キアは、うなづきあい、エリカは、獰猛な笑みをうかべる。おとなしい性格の小梅は、やや表情におびえがまじった感じで無言である。彼女はビッテンフェルトの副参謀長オイゲン大佐のように胃袋を酷使されそうな予感を禁じえなかった。

「突撃!」

通信士官に、みほの泣き顔の画像をおおっぴらに同盟軍に送り付ける。

「撃て!」

エリカが高く腕を振り上げて降ろすと、黒十字槍騎兵の艦艇は光の矢を一斉に放つ。

「閣下、黒十字槍騎兵がうごきだしました。」

 

その報告を受け、「疾風ウォルフ」と称される青年仕官ウォルフガング・ミッターマイヤーは、おさまりの悪いはちみつ色の髪を勢いよくかきあげる。

「最終局面が近いというわけか。しかし....。」

「どうなさいましたか。」

「一番うまい歌手は最後にでてくると言わんばかりだな。栗色の髪の小娘の泣き顔を敵に送り付けているようだが....。」

「我が艦隊はどうしますか。」

「是非もないだろう。全面攻勢に移る。獲物の一番うまい肉をあの銀髪の娘に独占させる必要はないからな。」

「小官もそう考えます。」

 

「恒星風の方向が変わりつつあります。」

同盟、帝国量艦隊のオペレーターが伝える。

黒十字槍騎兵の進行方向には、恒星風の影響と惑星の引力などによってエネルギーの「大河」ができていた。

 

「全艦、あのエネルギー気流を突破する。」

「了解」

黒十字槍騎兵は、激しく流れるエネルギー気流にのりいれた。

黒十字槍騎兵の艦列は乱され、下流の方向、すなわち9時方向に流されていく。

総参謀長チュン・ウー・チェンは全艦隊に命じる。

「計算しろ。やつらの進撃速度とエネルギー気流の速度をだ。奴らは流されている。計算すればこちらへ渡ってくる宙点が割り出せるはずだ。」

「出ました。座標を全艦隊に送ります。」

11時20分、黒十字槍騎兵がわたり始めたその宙点に向かい、同盟軍の砲列が火を噴き、光の槍の豪雨が黒十字槍騎兵に襲いかかる。

「ヤークト・アハト撃沈」

「ザイドリッツ・ツヴァイ撃沈」

「ヴェストファーレン撃沈」

「メクレンブルグ通信途絶」

「ヤークト・ドライ大破」

「ケーニヒ・ゼクス撃沈」

「パンター・ツヴェルフ撃沈」

戦艦、巡航艦、駆逐艦が中央からへし折られ、引き裂かれて四散する。

しかし、黒十字槍騎兵は、無抵抗の非暴力主義者であるわけもなく、一斉に光条の槍を浴びせる。

今度は同盟軍の通信回路を悲鳴のような被害報告が埋め尽くす。

「シェンノン(神農)撃沈」

「ユクノーム、撃沈」

「タラスカ通信途絶」

「レイテ撃沈」

「タイコンデロガ大破」

「ステニス撃沈」

「戦艦ペルーン撃沈、ボロディン提督戦死のもよう。」

「シャンジ(蒼頡)大破」

「ブッシュ撃沈」

「被害甚大。来援を請う、至急、来援を請う。」

「戦線維持不可能。退却許可を。」

光条の槍と磁力砲から撃ちだされる超硬鋼弾が同盟軍の艦艇を貫き、艦内には、熱と放射線の嵐が乗員たちを艦外に放り出す。放り出されなかった者は、身体が引きちぎられたり、高熱で死亡したり、内臓がはみ出し、血反吐をはきながら死んでいく。とっておきの予備兵力をもってとどめを刺されたかっこうとなり、艦列は乱れ、草を刈るように撃沈されていく。

老提督は、一方的に爆発、飛散していく僚艦の姿をみつめながら

「一将功成らずして万骨は枯るか...やはり、カイザーには届かずか...。」

と独語した。実際には、ラインハルトはまだ皇帝には即位していない。しかし、ビュコックは、フェザーンでの出来事を聞いており、戦闘をまじえて、彼こそまさしく皇帝にふさわしい英雄、王者であることを痛感していた。むしろはればれとした気持だった。

「すこし、時間をもらう。」

副官のスール少佐にいいのこし、何かいいかけた副官をしり目に、私室へ向かおうとした。




マヌエラ・フォン・キアは、デレマスの木場真奈美のイメージです。


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第151話 再び戦況の逆転?です。

「エリコの微笑みβじゃ。」
帝国軍のシステムの三重のプロテクトがやすやす突破され、帝国軍のシステムがかき乱される。
「ほ、砲撃が不能です。」
「通信不能!」
帝国軍の通信回線と火器管制システムが手動を含めて沈黙する。
同盟軍からの一方的な砲撃と誘導性機雷、亜空間キャニスターの魚雷、次元潜航艇の魚雷が次々に帝国艦隊の艦艇を火球に変えていく。

以前、キルヒアイス艦隊にてエリコの電子攻撃にしてやられ、それを徹底的に研究していた士官、ウェストパーレ男爵夫人の甥にあたるシャトレー・フォン・ウェストパーレ中尉は、名門貴族であるにもかかわらずラインハルトについたトゥルナイゼンとは別の意味で変わり種で、叔母に似て反貴族、反特権階級の意識が強く、少年時代はハッキングで帝国内の不正を暴いて、足跡を残さないという凄腕であった。士官学校でも情報戦、電子戦を専攻し、ラインハルトに共鳴して、キルヒアイス艦隊に所属したが、コルマール星域などエリコの電子戦に苦汁をのまされてきたゆえにそれを徹底的に研究した。そして、尊敬していた亡き上官(およびその旗艦)にちなんで「バルバロッサ」というソフトを開発し、ラインハルト艦隊の全旗艦に導入するすることを進言し、それが採用されたのである。そのため、僚艦が次々に火球に変えられても帝国軍の諸提督はあわてなかった。
「オルタナテイヴ・システムを立ち上げろ、「バルバロッサ」発動。」

帝国軍が次々に火球に変えられていたころ、ビューフォートは、予備兵力として配置されている、両舷に212と表示された黒十字槍騎兵艦隊の旗艦、ヴィットマンティーガーを発見した。
「敵予備兵力の旗艦です。」
「わが軍にとどめをさすつもりなのだろうが、こちらがとどめを刺してやる。七番艦、三番艦、六番艦、「「ビールケース(亜空間キャニスター)」放出!、火炎瓶(亜空間魚雷)をやつらにお見舞いしてやれ!各艦、あの旗艦を狙え!」
「「「了解!」」」
亜空間を泳ぐサメたちは、亜空間キャニスターを放出し、亜空間魚雷が、キャニスターと次元潜航艇から発射される。

「!!」
「魚雷、感あり。200!」
「逃げられるか?」
「至近です。間に合いません。」
ヴィットマンティーガーの艦内に轟音が響き、柱が倒れた。
艦長席のまほは、重傷を負って横倒しになり、半分うつ伏せのように倒れる。
「閣下!西住閣下! 」
士官たちが悲鳴のように凛々しく美しい上官の名を呼んだ。
「担架だ!担架」

「ヴィットマンティーガー被弾!」
「隊長!」
エリカは叫んでしまう。
「敵潜航艇発見!」
「たたけ、沈めろ!」
「はつ」

「亜空間爆雷多数。亜空間アスロック接近。」
「逃げろ、ワープだ。」
「間に合いません。」
「三番艦撃沈!」
ビューフォートは苦虫を噛むような表情になる。

「敵艦、撃沈反応あり。二艦は、かき乱されていますがワープトレースあり。」
「逃げられたか...。」
エリカも苦虫を噛む表情になった。

まほは、額から血をしたたらせながら通信士官を呼ぶ。
「指揮権を引き継ぐ。エリカを呼べ。」
「はっ。」

「ヴィットマンティーガーより通信。」
「つなげ!」
エリカは重傷を負ったまほをみて動揺して叫ぶ。
「隊長!いえ閣下」
「エリカ、お前に指揮権をゆだねる。落ち着け、ローエングラム公の命令を待つのだ、」
「しかし、隊長...。」
「いいか、お前は知っているだろう。撃てば必中。守りは固く、進む姿は乱れなし。鉄の掟。鋼の心。」
「はい。」
「それから、疾きこと風の如く、徐かなること林の如し、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し。」
「はい。孫子の軍争編第七です。」
「実はこの続きがあってな、動くこと雷霆のごとしだ。いまは林や山の如く静かに動かずにいることだ。いざ動くときは、火の如く、雷霆の如く動け。西住流の、お前の力を見せてやれ。わかったな...。」
まほは絞り出すように話すと気を失って画面は消えた。

このときは、帝国軍ラインハルト艦隊が一万五千隻を喪ったが、今はエリカ率いる黒十字槍騎兵が猛攻を加え、それに続いて帝国軍が同盟軍を血祭りにあげていた。敵将ビュコックは、自決を覚悟して自室へ向かおうとしていた。



そのときだった。

「!!」

黒十字槍騎兵の背後にワープアウト反応がある。

「今更、どこの味方だ?」

6000隻に達するそれは、緑色であり、舷側には亀のマークがついている。

「艦種識別...て、敵です。数6000」

 

「撃てえええ」

「桃ちゃん当たってない。」

「桃ちゃん言うな。」

「かーしま、変わって。」

「はい。会長」

トータス特務艦隊の放った乱れ気味の光条がするどい照準の光の槍の雨に変わる。

同盟軍は、トータス特務艦隊の救援でかろうじて建て直し、今度は挟撃された黒十字槍騎兵が炎上し、次々に火球に変わる。

「くっ。」

エリカは思わず下唇を噛む。

「援軍とはいえ少数だ。おそるるに足らぬ。挟撃せよ。」

帝国艦隊は、トータス特務艦隊へ襲いかかろうとしたその時、

「フェザーン代理総督のヴォルテックが暗殺されました。」

「フェザーン方面からの補給艦隊全滅しました。」

との報告が挙がる。しかも宙域全体にわかるような通信波だった。

「こんなときに....」

 

「8時の方向、巨大な物体が0.5光秒にワープアウト」

「巨大なエネルギー波発射反応!」

巨大な光の奔流が帝国軍を襲い、帝国軍の艦艇は一挙に3000隻を失った。

そこへ

「7時の方向、ワープアウト、艦艇多数。」

「艦種判明。同盟軍1万4千隻、旗艦はゼートフェル(あんこう)型です。」

「また巨大な物体がワープアウト、最初と同じ大きさ直径8km、全長20km。また高エネルギー波発射反応!」

「回避しろ!」

「間に合いません。」

帝国軍はふたたび3000隻を失った。二発のコロニーレーザーと補給艦隊全滅の報、そして新たに出現した艦隊の光条の槍、自由奔放に動き回って攻撃してくる戦闘衛星で帝国軍は背後から襲われ、勝利一歩手前で動揺する。

「補給艦隊が全滅したそうだ。」

「フェザーンへの道が絶たれる。帝国に帰れなくなるぞ。」

「何を恐れるか。この期に及んで同盟軍の新規兵力が出てきたところで各う個撃破するだけのことだ。うろたえるな。秩序を維持しつつ後退せよ。」

ラインハルトの叱咤でようやく帝国軍が艦列を整え後退しようとしたとき、

「5時の方向にワープアウト反応。」

「性格不明の艦艇1万1千隻」

帝国軍は通信波を送ったところ、再び光条の豪雨となって帰ってくる。

「て、敵です。」

 

帝国軍の艦艇内で不満の声があちこちからもれる。

「情報部は何をやってるんだ。同盟軍の数は、5万隻程度じゃなかったのか。」

「あれを見ろよ。ヤン・ウェンリーの旗艦ヒューベリオンだ。」

「ゼートフェル(あんこう)型は小娘の旗艦だ。」

「敵の増援はもう3万隻にのぼるじゃないか。それに同盟にはメルカッツが亡命していたよな。」

帝国軍の将兵は、勝利目前になりながらも亜空間からの攻撃と戦いつつ正面の5万隻と戦っていたのである。敵の2倍弱という数の優勢を誇りながらも疲労が蓄積していた。そこへ補給が途絶えたことと3万隻もの増援とコロニーレーザー連射による攻撃で、数の上の優位もくずれようとしている。

 

同盟軍は、帝国軍の乱れを見逃さない。

「今だ!撃て!」

ウランフ、カールセン、モートンが命じ、正確な火線が光の槍の豪雨となって帝国軍に襲いかかる。

 

後方と前方からの攻撃で帝国軍の諸提督は艦列の維持に精いっぱいな状況になる。

 

「閣下。動揺がおさまりません。補給路が絶たれ、こちらがやつらのアムリッツアの二の舞をなぞりかねません。」

「大軍の弱点がここにきて出たか。」

「ほぼ勝利目前ながらこうも乱れるとは、いささか勝ちなれて逆境に弱くなりましたようで...。」

「無理もない。まさかこんな小細工をする余裕が敵にあるとは思わなかった。いずれ陽動にすぎぬだろうが、この際用心しておくことにしようか。」

「御意。それにしてもこれは、やはりヤン・ウェンリーの仕業でありましょうか。」

「こんな小細工をたくみにやってのけるのは、あのペテン師と小娘どもしかあるまい。」

「御意。いったん兵をおさめましょう。」

ラインハルトは、軽くうなずいた。

(なんという進撃速度だ。イゼルローンからこんな短時間に2万隻以上を動かすとは...。)

それでも帝国軍艦隊は、装甲の厚い艦を外側にして、巧みに整然と退却していく。

 

一方のヤンは、帝国軍の光点を見て、その退却ぶりが見事だという感慨こそあったものの、ほっと胸をなでおろしたというのが本音のところだった。帝国軍に勝利の寸前で心のスキができた瞬間を襲って、補給が失われるとともにフェザーンへの退路が絶たれる、敵にはとっておきの部隊ないし兵力が充分にあることを絶妙なタイミングで帝国軍の将兵たちに信じ込ませることに成功したのだ。疲労と望郷の念がわけばいかな精強な帝国軍でも動揺して烏合の衆となる。そうなったら兵をおちつかせるために退却するしかない。

 

(こっちは、引き返すようだからいいが、イゼルローンをとったロイエンタール軍が、ハイネセンに殺到してくるかもしれないな。)

「全艦隊首都へ向けて転針」

「はい。」

「りょーかい。」

みほと杏が返事をし、3万隻がハイネセンへ向かう。

首都から進発したビュコック率いる同盟軍艦隊との通信が回復するとヤンはその安否をたずねる。

「ペルーンが見当たらない?そうだ。ボロディン提督が亡くなった。」

「そうですか...。」

「むざむざ生き残ってしまったよ。部下を大勢死なせてふがいないことだ。」

「なにをおっしゃいます。生きて復讐戦の指揮をとっていただかなくては困ります。」

「フィッシャー少将。」

「はっ。」

「最後衛をまかせる。万一帝国軍が転進追撃した場合にそなえるんだ。」

「了解。」

「「わたしたちも。」」

杏とみほが許可をもとめる。

「わかった。お願いする。」

「美少女に頼まれたらいやとは言えないと?」

シェーンコップが軽口をたたく。ヤンは微笑んで

「まあ、そういうことにしておくさ。」

 

こうして、のちに双璧の対決と呼ばれた第二次ランテマリオ星域会戦と区別して、第一次ランテマリオ星域会戦、一般的に、ランテマリオ星域会戦と称される戦いは終結した。この戦いについては、結局帝国軍が退却し、同盟側としては、防衛目的を達したことが戦術的に意味があるのか戦略的に意味があるのかで歴史家の評価がわかれた。のちのバーミリオン星域会戦とともに論議のまととなり、多くの著作が著されのである。戦術的には、帝国軍が撤退したから同盟軍の勝利、戦略的には同盟の戦力をそぎ落とし、バーラト和約による事実上の同盟の降伏の要因をつくり、まともに戦っていたら帝国が勝っていたとみなして帝国軍の勝利とみなす論者、また帝国軍を撃退したことから戦略的に同盟軍の勝利、これはあくまでもビュコック率いる同盟軍とラインハルトの帝国軍の戦いであるから戦術的に帝国軍の勝利とみなす論者もいた。いずれにせよ後世の歴史家に禄を与える会戦となったのである。

 




シャトレー・フォン・ウェストパーレのイメージとしては、ログホラのシロエが穏やかな顔をした状態のキャラとして考えています。まあ絵的にあわないので、画像自体は茅場晶彦あたりでもいいのですが(決してヒースクリフではない)...。シロエの本名城鐘恵から城=シャトーのイメージで名前を考えました。あとウェストパーレ家はラインハルト側についているだろうという想像です。


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第16章 正規軍の蠢動開始です。
第152話 昇進です。


ランテマリオ星域から離脱した帝国軍は、2.4光年を移動してガンダルヴァ恒星系第二惑星ウルヴァシーに対し降下作戦を開始した。人口は10万人程度の過疎地であり、未開拓の土地と豊富な水、鉱物資源のある星であり、かって惑星開発の企業が注目して、事業を起こしながらも失敗したため、放置されて、過疎化していたため、軍事拠点としてはもってこいだった。ラインハルトは半永久的な軍事拠点を築こうと考えていた。同盟征服前は、その版図をすべて征服するための基地、補給を兼ねた軍事拠点、征服後は武力叛乱、対海賊行為に対する軍事拠点とする想定であった。

 

一方、ヤン、みほ、杏、ビュコック、ウランフ、モートン、カールセンは、ハイネセンに到着して2時間後、前3者は、それぞれ元帥、大将、中将の辞令を受けた。とくに杏は半個艦隊しか指揮できない中将であり、報償的な意味合いの強い昇進であった。後者は昇進ではなく勲章といくばくかの報奨金である。

「返上するほど無欲になれないからもらっておくが、いまさらたいしてあるがたくもないな。ビュコック提督のおすそわけと思うことにしようか。」

元帥の辞令を受けたヤン、大将の辞令をうけたみほは、国防委員会から差し向けられた地上車に乗って、国防委員会ビルにむかう。ヤンの同行者は、ワルター・フォン・シェーンコップ中将とフレデリカ・グリーンヒル少佐である。西住みほ大将の同行者はエリコ・ミズキ大佐と秋山優花里大佐である。国防委員会ビルの前には赤っぽいツインテールの少女がいた。角谷杏中将である。6人は杏にかるく敬礼し、杏も答礼する。7人は期待にあふれた視線のシャワーを浴びつつ、委員長室に向かい入れられた。アイランズは、7人に席をすすめるとつぶやくように話した。

「ヤン元帥、西住提督、角谷提督、わたしは祖国を愛しているのだ...私なりにね。」

ヤンの表情筋は、微妙な動きをしめして、それを見て取ったシェーンコップは人の悪い笑みをかるくひらめかせたが、ヤンとみほは、アイランズの言葉に、トリューニヒトにはない誠意を感じた。

「ヤン元帥、西住大将、角谷中将、きみたちもこの国を愛しているだろう?だとしたらわれわれは進んで協調しあうことができるはずだ。」

「「民主主義の成果を守るために微力をつくします。」」

ヤンと同時に同じ発言をしてみほはかすかにほおを赤らめる。

「わたしも、いや政府をあげて元帥と大将の努力に報いよう。なんでも遠慮なく言ってほしい。」

「ヤン元帥、西住ちゃん、委員長さんは、なんでも言っていいって。」

杏が人の悪い笑みをうかべる。

「すまん。協力できることは実はあまり多くない。だが、最善への努力をするつもりだ。」

「さしあたり、負けたときのことだけを考えていただきましょう。勝てば、しばらくは安心できるはずです。平和外交をするなり、軍備を再建するなり、そこからは政治家の領分で軍人が口出しすることではありません。」

「勝つと約束してほしいというのは愚かな願いだろうな。」

「約束して勝てるものなら、いくらでも約束したいのですが...。」

「まったくだ。つまらぬことを言った。忘れてもらえばありがたい。いずれにせよ、元帥と大将を以前のように拘束しようとは思わんから...。」

「もし戦術レベルの勝利によって戦略レベルの劣勢を補うことが可能であるとすれば方法はただ一つです。」

ヤンとみほは、軽く顔をみあわせ、お互いに軽くうなずく。

みほが口をひらく。

「その方法は、ラインハルトさんを戦場で倒すことです。」

みほの顔にかすかに苦渋が浮かぶ。やはり悪人でもないのに人殺しのような発言をすることは本当は心優しい彼女にとって苦痛なのだった。一方、国防委員長の顔にとまどいの色がゆらゆらと浮かぶ。今度はヤンが発言する。

「ラインハルト・フォン・ローエングラム公は独身です。わたしの狙いはそこなんです。」

アイランズは途方にくれたように黒髪の学者風の青年元帥と襟に大将の階級章をつけた栗色の髪の少女を見返した。

「もし、ローエングラム公が死亡して、妻子、それも後継者となるべき男児がいれば、部下たちはその子をもりたてて将来来るべきローエングラム王朝を続けていくことが可能です。しかし彼には子がいない。したがって彼自身が死ねば、ローエングラム体制は終わりです。部下たちの忠誠心と団結力は、求心力を失って空中分解せざるをえません。復讐心にかられて一時的な反撃はしてくるでしょうが補給を絶てば恐るるに足りません。結局彼らは誰のために戦うのか問い直すために帝国へ帰還せざるをえません。」

かっては、派閥抗争、猟官、利権のみにむけられていたはずの、アイランズの両眼に理解と賞賛の光が宿った。彼は心地よい興奮にかられ、繰り返し頷く。

「そうか、まさに元帥の言う通りだ。ローエングラム公という恒星があってこそほかの惑星が輝くのだからな。彼さえいなくなれば帝国軍は空中分解し、同盟は救われる、」

「彼らを何らかの形で分散させ、各個撃破していけば、鋭気と覇気に富むローエングラム公のことです。必ず私を斃そうと出陣してくるにちがいありません。それこそが唯一の勝機です。」

「部下たちが倒されれば、彼自身が出てこざるを得なくなる。理にかなっている。」

「まあ、これは、どちらかというと戦略や戦術というよりも心理学の問題ですがね。」

ヤンはもっともらしく腕をくんでみせた。

国防委員長の執務室を出たヤンとみほたちの前に人影が現れ、シェーンコップは銃をかまえた。それは、国防委員会につめているというジャーナリストたちだった。彼らは、ヤンとみほに、市民に勝利して見せると約束してくれ、それともできないのかと問い詰めてくる。ヤンは、毒舌の溶岩を吐き出しそうな欲求にかられ、みほは、おびえてしまう。

 

「元帥閣下は、お疲れでいらっしゃいますし、軍の機密に関することは一切お話しできません、もしわが軍を勝たせたいとお考えなら、どうかご理解の上お引き取り下さい。」

フレデリカ・グリーンヒル少佐の冷静な声とへイゼルの瞳ににらまれて、非礼な客たちはたじろがざるをえなかった。シェーンコップは、

「かよわい女の子をこわがらせるんじゃない。」と一言言って、ジャーナリストを押しのけ、ヤンとみほは、その場を無事にやりすごしたのだった。

 

 

 

 



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第153話 三月兎亭にてヤン提督とユリアンさんのささやかな夕食です。

新年あけましておめでとうございます。今回は少し長めで原作沿いになりました。みほを登場させようかと思いましたが上手くいかないのでやめました。


さて、ユリアンは、フェザーン駐在弁務官ヘンスローの身を守って、敵地となったフェザーンから無事脱出に成功したことから中尉に昇進した。ヤンは、ユリアンを『三月兎亭(マーチラビット)』にさそった。

「さあ、ミンツ中尉、貴官の武勇伝をうかがいますかな。」

「からかわないでください。」

ユリアンは、フェザーンでの出来事を語り始めた。

「なるほど...ミズキ中佐は、そら恐ろしいな。」

「ミス・ニシズミとメルカッツ提督も一枚かんでおられるようですよ。」

「いや、いまの同盟の状況で、わたしの望んでいることを最大限実現したというのは凄いことなんだ。一指揮官であるわたしの力ではにっちもさっちもいかないことを彼女はソフトウェアの操作で実現してしまった。」

「ところで、提督」

「なんだい?」

「イゼルローン要塞を敵の手にお返しになったでしょう。なにかお考えあってのことと思いますが教えていただきますか。」

「ふむ、特許を申請しようかな。」

ユリアンがあきれたふうだったので、

「すまん、ただ罠をしかけたのさ。まず低周波爆弾を要塞各所に簡単には見つからないがよく探せばわかるようにしかけて、実際のところは...ごにょごにょ」

それを聞いたユリアンはいっそうあきれたように肩をすくめる。

「それは、ほとんどペテンですね。成功したら帝国軍はさぞ腹がたつだろうなぁ...。お人がわるいですよ。」

「結構最高の賛辞だ。これを知っているのはシェーンコップ少将とグリーンヒル少佐だけ。お前で3人目だ。役に立たないにこしたことはないが、必要になるかもしれないから憶えておいてくれ。」

ユリアンは喜んで承知したが、旅の収穫を問われて思い出した。

「地球教の司教デグスビィに会いました。もっとも本人は聖職者ではなく背教者だと言っていましたが。」

「ほう、そんなに卑下する理由がなにかあるのかな。」

「ヘンスロー弁務官と同様にルビンスキーの息子で補佐官であるルパートに酒と麻薬と女性をあてがわれて、あともどりできないように弱みを握られていたようです。ルビンスキーとルパートは暗闘していたようで、信じられないことですが、ゼフィーリアという大鎌をもって瞬間移動できる女性やニヒトという大昔東洋の国の忍者のようにどこへでも侵入できる人物がからんでいたそうです。また、一説によるとミス・ニシズミやチームあんこう、トータス特務艦隊の人たち、帝国軍のイツミ・エリカ准将、ミス・ニシズミのお姉さんと考えられるニシズミ・マホ中将が時空を超えて過去からきたのは地球教の特定グループの技術開発によるものだということのようです。」

「そういうことだったのか...。フェザーンの裏になにか論理的でないもの、影のようなものを感じていたが、ようやくピースがそろったよ。ユリアン、ありがとう。」

「なんとかミス・ニシズミをはじめとする皆さんを過去へ戻してあげたいですね。」

「そうだな...しかし、どうすれば地球教の連中にそれをさせられるのかな。」

「地球教も総大主教派と反総大主教派にわかれ、過去からの時空転移技術を開発した反総大主教派についたゼフィーリアが前の総大主教を斃したそうですが、実は恐ろしいことを聞きました。」

「それは、何だ?」

「実は、新総大主教の正体が...フォーク准将、なのではないかと...。」

「なんだって!!」

さすがのヤンも驚く。

「正確にいえば、ゼフィーリアが総大主教を斃した時に、実は総大主教の人格の半分は地球教が始まって以来から受け継がれてきたものであることが判明し、新たな総大主教を創るためにフォーク准将の脳にスキャンをかけて人格を総大主教と融合させたということのようです。つまりフォーク准将の身体が総大主教の依代として利用されているということのようです。」

「どうして、その主教はそこまで話したんだろう。」

「もう自分は地球教の主教には戻れない、精神も身体もぼろぼろで、永くはない。死に場所を探しているがその前に地球教とフェザーンによどむ膿をすべて吐き出してから死ぬ、自分が生きていたという証にしたいと言っていました。若い君はなにか人を信用させるものがあると。そしてすべての事象の水源は地球と地球教にある、過去と現在の裏面を知りたかったら地球を探れと...」

「地球にすべてがね...。」

「また彼はこうもいいました。地球に対する恩義と負債を人類は忘れてはならないのだと。」

「それは正論だが、正しい認識が正しい行動を生み出すとは限らない好例だろうね。」

ヤンはそう言ってから、紀元前七千年から文明は始まったが、それから地球上で政治経済の中心は地球上でも移動した、宇宙暦ができて800年近い、いまさら地球というゆりかごにもどることはできない、それを陰謀によって行おうというのは悪質な反動でしかないと締めくくった。

「しかし、だからといって有効な打つ手がない。」

「では、地球のことは放っておくのですか?」

「そうもいくまい。うん、バグダッシュに調査させよう。あの男は戦闘そのものよりもその手のことが得意だろうからな。さしあたり、ハイネセンにいる元フェザーン弁務官事務所の連中と接触させる。あとは彼の才覚で毒蛇のしっぽくらいはつかんでくれるだろう。」

「バグダッシュ大佐ですか...。」

ユリアンの口調には控えめな不同意が含まれていたが

「ほかに人がいない。それにユリアン。」

「はい。」

「バグダッシュと対決したことがあったろう。」

「はい。」

「シェーンコップは褒めていたが、あのまま戦い続けていたらまちがいなくユリアンは殺されていた。彼は諜報員として修羅場をくぐってきた。ましてやフェザーンや地球教には、お前も知っての通り凄腕がいるんだろう。」

「はい...。わかりました。」

ユリアンの口調にはやや悔しさが含まれていた。

「ところでユリアン。」

「はい。」

「ローエングラム公を斃せば、帝国軍は空中分解するだろうから自由惑星同盟にとっては有益だろう。しかし人類全体にとってはどうだろう。」

ヤンはおさまりの悪い黒髪をかきまわすと

「帝国の民衆にとっては明らかにマイナスだ。強力な改革の指導者を失い、政治的な分裂、そして確実に内乱が起きるだろう。その被害を受けるのは民衆だ。そこまでして同盟の目先の利益を求めなければならないのかな。」

「でもそんな点にまでかまってはいられないでしょう。帝国のことは帝国にまかせるしかないと思いますけど...。」

ヤンは憮然とする。

「ユリアン、戦っている相手国の民衆なんてどうなってもいい、という考え方だけはしないでくれ。」

「....すみません。」

「いや、謝ることはないさ、ただ国家というサングラスで事象を眺めると視野が狭くなるし、遠くも、また物事の本質も見えなくなる。できるだけ敵味方にこだわらない考え方をしてほしいんだ。お前には。」

「はい。そうしたいと思います。」

ヤンは国家至上主義の考え方には、激しい嫌悪感を覚えるものの、国父ハイネセンは素直に敬愛していた。だからこそその産物である民主主義体制を守るということで気持ちを妥協させていたものの、ラインハルトを仮に斃せたとして、その勝利の結果が帝国の民衆に及ぼす影響を考えると心の翼が泥で濁った雨水で重く湿ってしまうような感覚を覚えるのだった。

 



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第154話 青みがかった黒髪の美女と「名も無き者」再び蠢動です。

「どなたですか。」
みほは気配を感じて声をかける。
「さすがだな。」
「あなたは...。」
「帝国軍にあんたの姉のような人物がいることは知っているか。」
「はい。」
「あれは、作り物さ。」
みほは、思わず瞠目する。
「驚いたか。これを見ろよ。」
小型映写機から驚くべき画像が映し出される。
なんとⅣ号とティーガーⅠが破損して煙をたゆらせている。砲塔に赤い縁取りに白い212...どう考えても姉のティーガーⅠだ。その少し上空に孔が開く。孔からは、華麗な装飾を施した大鎌をもった清楚なワンピースのドレスをまとった青みがかった美しいワンレングスの黒髪の女が現れた。その女は、まほの濃いこげ茶の髪を集めて、再びその孔に入って姿を隠して消える。
それから銀色の無機質の壁にあいた部屋へ行き、みたこともない装置にその黒髪を入れるとまほがつくられていくのだ。
「遺伝情報で、17歳現在の姿が再現されていったらしい。」
「こ、こんなこと...ひどい...。」
「帝国軍には、お前の姉にべったりだった銀髪の女がいるだろう、」
「はい。」
「あの女に伝えてやれよ。」
「あの....あなたは...。」
「俺か? 俺は、「名も無き者」だ。」

さて、宇宙暦799年、帝国暦490年2月上旬、同盟領ランテマリオ星域である。
「エリカさん。」
「なに...。」
「あの...この世界にいるお姉ちゃんは、お姉ちゃんではないんです。あなたのようにこの世界に飛ばされたんじゃないんです。」
「なに言ってるの?わたしを動揺させるつもり?」
エリカはあざけるように言い返す。
「その手には乗らないわ。わたしは、以前と違ってそんな挑発には乗らない。でもあなたは絶対に許さない。」
エリカはひるまずに同盟軍に攻撃を加えて、トータス特務艦隊に後背を襲われながらも戦果を挙げていた。しかし、みほとヤンの攻撃で疲労の極にある帝国軍は動揺しはじめていた。

※読者とゼフィーリア、一部の地球教徒しか知らない第44話で起こった出来事が登場人物たちに公に明かされた。



さてランテマリオ会戦が終わって数週間たった二月末、オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将と、ヘルムート・レンネンカンプ大将が惑星ウルヴァシーに到着する。イゼルローンには、コルネリアス・ルッツ大将が残留している。

ラインハルトは、惑星ウルヴァシーに軍事拠点の建設をすすめる一方、軍の最高幹部たちを集めて、中期的な戦略の立案と決定を行っていた。

惑星ウルヴァシーの衛星軌道上には、総旗艦ブリュンヒルトが浮かんでいる。作戦会議には、帝国軍の最高幹部たちが顔をそろえ、ミッターマイヤーとロイエンタールも握手して再会を祝しあった。

中期的な戦略については、第一案として、まず全力を挙げて、敵同盟の首都星ハイネセンを制圧するか、もう一案として、他の星系を制圧して、首都星の孤立を図って、征服を確固たるものにするかという二案が出されていた。

 

多くの場合、ラインハルトは、会議に先立って自らの決断を胸におさめているのだが、このときは白紙状態であり、どことなく気の乗らない様子で、諸提督の意見を聞いているだけという彼らしくない状況であった。

「ここに至っては逡巡する必要はいささかもない。一挙に敵の首都を撃って征服の実を挙げるべきである。そのためにこそ一万数千光年の征旅をおこなったのではないか。」

「ここにいったたからこそ短兵急な行動は避けるべきである。先日のランテマリオ会戦では相手を圧倒したとはいえ、まだ敵はあなどりがたい力をもっている。同盟領は広大であり、首都を制圧したところで、同盟自体が瓦解するとは思えない。はるか昔のナポレオンは、敵の首都であるモスクワに至ったものの、もぬけの空で、遠大な補給線の維持と冬将軍に苦しんだ。最近で言えば同盟のアムリッツアの二の舞になる可能性が否めない。」

「首都を抑えたところで、地方叛乱の頻発で手を焼くことを考えたら、周辺星域を制圧して、首都の権力者どもを物心両面から追い詰めて奴らの方から和を乞わせるべきだ。」

「敵の首都を一気に制圧した場合、敵の情報網及びその中枢を抑えることができるし、権力者どもを従わせればほかの星系はいいなりになるしかない。また、周辺星系を抑えても敵首都の権力者どもにはひとごとだ。かってのゴールデンバウム王家や貴族どもにとってそうであったように。首都にある政府関係の建物を破壊して脅しをかければ、権力者どももわが帝国の威光に従わざるを得ない。」

活発な議論が交わされたものの、結論は出ず、会議は閉じられた。ラインハルトは食欲がなく、夕食も味覚が鈍っている感じであった。翌朝、ラインハルトは起き上がれず、身体の不調を訴える上司に、様子がおかしいことに気が付いたキスリングは医師を呼び、38度を超える高熱を発していることが判明した。医師の診察の結果は過労ということだった。思えば以前寝込んだ日から7年間、ラインハルトは走り続けてきたのである。彼自身の判断を要する政戦両略の仕事がいつもかたわらにあって、つねに高みを目指してきた。

 

ラインハルトは、久しぶりに十分な睡眠をとり、姉と赤毛の親友ジークフリード・キルヒアイスの夢を見た。姉はオニオン・パイ、ケルシーのケーキを焼いてくれている。子どものころと副官だったころと上級大将になったころのキルヒアイスが走馬灯にように現れ、笑みを浮かべている。ラインハルトはなつかしさとともにぐちをこぼしてしまう。

「お前が生きていてくれたら、こんな苦労をしないですむのだ。お前に遠征軍の総指揮をとってもらって、内政に専念するか、その逆に政務と補給をお前にゆだねて、外征に専念するかどちらかにできるのに...。」

 

「どうかしましたか、閣下」

「ああ、逸見准将か...。なんでもない。」

「閣下、熱がありそうです。汗もにじんでおられます。」

「わかった。そこのエミールに汗をふくよう、それから替えの下着をもってくるよう伝えてくれ。」

「はい。」

エミールは、エリカが心にうずまく思いと何らかの決心、しかもランハルトだからこそ理解してもらえるだろう思いを金髪の若者に伝えたいために来たのを察して、替えの下着をわたして引き下がった。

「!!」

「どういうつもりだ。こんなことで昇進を有利にするわたしではないのは知っているだろう。」

エリカが背をぬぐい、替えの下着をていねいにおく。

「はい。」

「たしかに今回の会戦では、評価すべき戦果を挙げたのは確かだが、完勝にまで至らず残念だったな。」

「いえ...閣下。西住みほ...あの栗色の髪の小娘は、わたしの尊敬する隊長を偽物と言ってきました。隊長の妹にもかかわらず肉親の情がない。」

「あなたが以前の世界であの娘との因縁があったのはわかるが、そのようなことを言うな。ただ、あの娘は、わたしとあなたから今回完勝の手をはねのけたのだったな。わたしが、ヤン・ウェンリーに感じていることをあなたはあの小娘に感じているのか...。」

「はい、自分でもよくわからないのですが、この悔しい気持ちはそうなのかもしれません。わたしは、一層励むつもりですが、かなわなかったときには閣下に必ずあの娘を斃していただきたい...。」

「わかった。しかし、逸見准将、わたしがあの娘を麾下に招きたいと言ったらあなたは怒るだろう。」

「はい。」

「わたしは、優秀な人材を招きたいと常々思っている。しかし、メルカッツを招くことがかなわなかったようにあの娘はこちらにこないような気がするな...。」

「...。」

「あなたがあの娘を斃すことがかなわなかったら、わたしが斃そう。あの娘は、キルヒアイスがわたしの半身だったように、ヤン・ウェンリーにとっての半身に思えてならない。だから案ずるな。わたしは、半身のようだった友人からも運をもらっている。彼は、生命も未来もわたしにくれたのだ。わたしは、二人分の運を背負っている。誰にも負けはせぬ。」

ラインハルトは遠征軍2000万将兵と帝国人民250億に責任を負っている。善政を行い、遠征においては、的確な指揮で戦果を挙げて勝利し、戦いが終わったらなるべく多くの将兵たちを家族のもとに帰してやらなければならない。しかし、今は、自分と同じ複雑な思いを抱えている少女を安心させる必要があると金髪の若者は強く感じていた。

 

 

 




2月14日...
「ヤン提督、買い物ですか。」
「ああ、ミス・ニシズミにもらったのでね。お返しをと...。」
「!!」
「どうした?ユリアン?」
「あの、このボコショップの店主さん...。」
ユリアンはデグスビイにもらったゼフィーリアの写真を見せる。
「たしかに...よく似てるな...。」
「2年前にも、イゼルローンにボコショップがあって(※第45話参照)、去年は、ミス・ニシズミと背景にして写真をとりましたよね。」
「ああ、あとで探してみるか...。」
そして二人はその写真を確認して、あっけにとられざるを得なかった。
あの女、青みがかった黒髪の美女ゼフィーリアと瓜二つの女性店主が写っていたのだ...


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第155話 補給艦隊襲撃です。

帝国軍は、同盟領征服の実を確固とするために、まず3000光年近い航路を支配しつつ補給を確保しなければならなかった。それには、2000万人にのぼる兵力を維持する食料のほか、武器弾薬、兵器プラント、植物工場、各種資材、液体水素などのタンクとして、ニッケル隕石を利用した巨大な球形コンテナ240個を推進ユニットをつけて運んでいく必要がある。その任にあてられているのは、800隻ほどのの巡航艦と護衛艦であった。

 

ヤンは、会議室に将官をあつめる。みほと杏に指示をする。

「帝国軍は、フェザーンから2000万人の将兵のための食糧と艦隊を維持するための弾薬などの物資を運ばなければならない。その長大な補給線こそが急所となる。よって帝国軍の撤退という目的を果たすためには、その補給を維持させないことが目標となる。よって、トータス特務艦隊、第14艦隊、第13艦隊を帝国軍が中継に使う可能性が高い星域、そして発見したらすぐに攻撃できる位置に配置する。」

 

「トゥール・ポワティエ星域、ムナイドラ星域、タルシーン星域、メッシナ星域に分散配置、そして敵を発見次第、急行する。偵察衛星、監視衛星はこのように配置。」

「「了解」」

かっての第6次イゼルローン攻防戦でヤンがラインハルトの側面逆進背面展開を見破ったときにみせた精緻な水も漏らさぬ監視網であった。しかも3万隻という兵力を使っている。

 

一方、帝国軍は、ニューイヤーパーティにもみられた功をあせる若手将校のうち一人、ゾンバルト少将が補給部隊を守る任務に手を挙げた。どんな地味な任務でも自分を売り込みたいというわけであった。

「卿が補給部隊を守る任務に就きたいというのは分かったが、敵には、先般のランテマリオで、痛撃をあたえたとはいっても、確認されただけでも総数5万隻以上の戦力を有している。しかもヤン・ウェンリーとあの小娘、ミホ・ニシズミの恐ろしさをよく認識することだ。敵はかならず補給を狙ってくる。常に本隊との連携を絶やさず、危険を感じたら直ちに救援を求めることだ。」

「もし失敗したら、この不肖な命を閣下に差し出し、もって全軍の綱紀を糺す材料としていただきます。どうかご安心を。」

その高言に、ミッターマイヤーやロイエンタールらの眉をしかめた。ミッターマイヤーは、「閣下、補給は生命線です。2000万将兵の1年分の食料と弾薬、プラントが失われると大きな打撃です。戦功などあとでいくらでもたてられますが、補給が失われれば、敵の先年のアムリッツアの醜態を再現することになりかねません。彼はまだ若い。ここは、わたしにおまかせを。」

ラインハルトは豪奢な金髪をゆらして

「たしかに補給は重要だ。しかし、ここで疾風ウォルフを補給維持のために投入したとあれば、物笑いの種となろう。ここは、若手を育成する意味もある。いまは控えよ、ミッターマイヤー。」

「御意。」

「ゾンバルト、高言するからには責任をとれ。」

「はっ。」

ゾンバルトは、自信満々に敬礼し、出撃した。

 

ゾンバルトの補給部隊は、あっさりヤンの索敵網に捕えられる。

「シラクサ星域にて帝国軍艦隊発見。繰り返す。シラクサ星域にて帝国軍艦隊800隻、補給プラントの護衛のもよう。」

「了解。現地へ急行。」

 

「6時、8時、2時の方向に多数のワープアウト反応。」

「6時に数2000、8時に数2000、2時に数2000。」

「!!」

「艦種識別。叛乱軍。」

「て、敵だ。」

 

「桃ちゃん、あれが敵旗艦だよ。狙って。」

「桃ちゃん、言うな。」

「かーしま、撃てばあたるから慎重にね~。」

「はい、会長わかってます。」

 

帝国軍艦艇とコンテナは、6000隻の十字砲火を浴びて爆発し、たちまちのうちにいくつもの火球に変わっていく。しかし、桃が狙ったはずのゾンバルトの旗艦には全く当たらなかった。ゾンバルトは、真っ青になり逃げまわった。戦死を免れて胸をなでおろしたときには、補給プラントすべて破壊されており、再び背筋に冷や汗が流れる。

 

「まあ、ここまでやれば十分だね~。プラントは全部破壊したし。」

杏は、あいかわらず干しいもをかじっている。柚子が同意する。

「旗艦は沈んでませんが、指揮系統は寸断されています。充分だと思います。」

「じゃあ、全艦ワープだよ~。」

「了解。」

 

「ゾンバルトからの定時連絡はどうか?」

「1時間前の連絡がなく、すでに30分経っています。」

「トゥルナイゼン中将、最後の定時連絡は2時間半前のシラクサ星域だったな。」

「御意。」

「ただちに現地に急行し、戦況を把握せよ。敵が撃滅可能か判断し、困難ならば援軍要請を許可する。もう間に合わないかもしれんがな...。」

「はっ。」

 

トゥルナイゼンが急行した時にはすでに、コンテナは残骸になっており、護衛艦は30隻にまで撃ち減らされて主人にはぐれた犬のように戦場をうろうろしている。同盟軍の姿はすでにない。

 

「トゥルナイゼン閣下...。」

トゥルナイゼンとゾンバルトは、スクリーンに映った相手の顔に憂いの色が浮んでいるのを見ることになった。トゥルナイゼンは珍しく重くなった口を開く。

「ゾンバルト...おって、元帥閣下の措置を待つことだ。卿にとって好ましいものとなるとは限らないが...」

「はっ...。」

 

「ゾンバルト、卿は失敗した。補給路を狙うのは敵としては当然の戦法だ。わざわざその点を注意したにもかかわらず、また高言にもかかわらず、油断から貴重な物資を損なうとは弁解の余地なし。自らを裁け。」

ゾンバルトは、毒酒による自裁を命じられたのだった。提督たちは粛然とした。本来なら性格上助命を嘆願する提督たち、たとえばミッターマイヤーも弁護しなかったのは、ここで弁護すれば軍律のけじめがつかないからで、非情なようだがやむを得ないからであった。

 

「これまで確たる方針をたてずにいた私にも責任があるのは否めない。しかし、一時的な侵攻と寇掠をこととするならともかく、征服を恒久的なものにするには、慎重を期さねばならない。すなわち、敵の組織的な武力はこれを徹底的に覆滅しなければならない。」

(一戦ごとに補給地と集結地を変えるというのだな。さがしだして叩き潰してやる。)

ラインハルトはその天才でヤンの戦術を見破る。自分が同じような状況で寡兵を率いる場合は同じようにするだろう。

「シュタインメッツ提督。卿の艦隊で、狡猾な黒髪のモグラをたたきつぶせ。」

「はっ。」

シュタインメッツは、出撃すると、まず索敵の網を張り巡らせた。



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第156話 ライガール・トリプラ星域会戦です(前編)。

ヤンは、ぼやく。

「あれだけの物資の補給船団をやられたんだ。ローエングラム公はだまってはいまい。なんらかの手を打ってくるはずだ。しかし、勝てば勝つほどより強い、優れた敵が出てくるのか...。だんだん高額な借金をして高い利子がついてくるみたいでばからしくなってくるな。」

「いよいよぼやきのユースフ二世ですね。」

「!?」

「どうかしましたか。」

「いや、ユリアン、どうしてここにいるんだ?」

「どうしてって言われても...。」

「お前、辞令出ていないだろう。」

「でも任地は帝国軍に占領されていて脱出しなければならなかったんですが...。」

「そうか...少佐と相談するか...。」

 

「はい。」

「グリーンヒル少佐、ユリアンの人事だが。」

「はい、実はわたしもハイネセンを出てから気が付きまして至急長官に連絡をとりました。ミンツ中尉は、フェザーンで入手した情報をヤン元帥の戦略決定の資料として提供すべき義務があるので、第13艦隊に出向を命じる、以後の異動については、あらためてハイネセンで命じる、ということでご承諾いただきました。」

「....。」

「中尉への昇進辞令はさすがに電子文書というわけにはいきませんが、今回は本来の駐在地が失われたのでやむをえない措置です。」

ヤンが口びるを動かすものの、言葉を発しないのでフレデリカはいぶかってたずねる。

「...? ユリアンが戻ってきて嬉しくないのですか?」

「いや、うれしいとか、うれしくないとかということじゃなくて...。」

ヤンは、もごもごとつぶやいていたが、戦術戦略ならともなく、人事やデスクワークは得意ではない。今更正論を唱えたところであまり意味がないと考えると、頭を切り替える。

「さて、少佐、次なる敵襲についての索敵網の構築だ。う~ん、それともいっそ敵を挑発してみるか。うん、将官クラスを集めてくれ。」

会議室に集まったのは、シェーンコップ、フィッシャー、アッテンボロー、みほ、キャゼルヌ、杏である。

「これから帝国軍は、攻勢をかけてくるだろう。補給物資の確保、それとも掠奪、われわれを索敵しての直接攻撃...いくつも考えられるが...。」

「あの...ちょっとかわいそうかもしれませんが.....。」

ヤンがうながすとみほは答える。

「ライガール・トリプラ星系の中間にブラックホールがあります。シュワルツシルト半径は9キロほど。危険宙域の半径は3200光秒。およそ9.6億キロです。」

「なるほど...。」

「ガンダルヴァからは、いくつかの星系の補給基地をねらってくる可能性があるね、タッシリ星域、イジリ星域、カダメス星域、テガーザ星域、シンゲッティ星域、ウワラタ星域...。」

「イジリ、テガーザは塩鉱のほか軍事上貴重な物資に転用できる鉱石が多い。占領をねらってきてもおかしくない。」

キャゼルヌが話す。

「それから、半砂漠化が進んでいるところは、古代壁画があり、奇岩が連なり、観光地であるとともに家畜を多く飼っていて、食糧豊富なタッシリ星域もみのがせないだろう。」

「カダメス、シンゲッティ、ウワラタは交易の結節点。経済的に豊かで、進取の気性があり、人口が多く、情報が流れやすいから占領支配には向かない。帝国軍が過疎地であるガンダルヴァを拠点にしたのは、支配した場合に不満や反乱が起こりにくいからだな。」

「うん。イジリ、テガーザ、タッシリ星域付近に索敵網を張り巡らせる。おそらく撤退の擬態ができる方がいいだろう。ここの艦隊指揮は、アッテンボロー中将に任せる。」

「それから西住大将、提案したようにライガール・トリプラ星系周辺に索敵網をはり、帝国軍が現れたら、ブラックホールへ誘引してたたいてくれ。敵の予想される攻撃パターンについてあらかじめ作戦案を考えてみたが、ミズキ中佐と検討を加えてもらってもいい。」

「角谷中将」

杏はほしいもをかじりながら答える。「は~い。」

ヤン艦隊以外なら許されないだろう。

「もし、敵が二個艦隊を繰り出してきた場合に備えた索敵網を構築してほしい。そしていずれかの艦隊が攻撃された場合、わたしとともに救援をお願いしたい。」

「わかった~」

「それでは、解散。」

 

3月1日のことだった。

「シュタインメッツ閣下。索敵網に敵艦隊捕捉。」

「位置はどこだ。」

「ライガール星系から15光年、トリプラ星系から15光年の位置です。敵艦隊の至近距離にブラックホールがあります。シュワルツシルト半径は9キロほどですが、中心核の質量は、6京トンの100億倍。危険宙域の半径は3200光秒、キロに換算すると、およそ9.6億キロです。」

「10億キロ以内には接近しないようにせねばならんな。」

「どうやら旗艦の形状はアンコウ型。栗色の髪の小娘の艦隊と思われます。ブラックホールから10億キロぎりぎりに展開しています。」

「とにかく接近してたたかねばならん。」

「了解。」

「敵は、凸形陣を編成しつつあります。」

「やつらはブラックホールを後背に布陣しているということか。」

「後背に危険地帯をひかえることにより、こちらからの攻撃手段の選択幅を限定することができます。そのことでこちらの動きの意図を把握しやすくなるということでしょう。後背へ回り込めないのですから。」

参謀長のナイセバッハが答える。シュタインメッツはうなづき、

「全艦、凹形陣を編成し、敵を半包囲せよ。こしゃくなアンコウを海から陸にあげて、びくに放り込んでやるのだ。」

「了解。」

 

「MN2回路を開いてください。射程距離になったら鬼さんこちら作戦です。」

「みほりん、距離20光秒。射程距離になったよ。」

みほは、うなづき、

「全艦、撃て!」

と命じた。

 

「撃て!」

帝国軍旗艦フォンケルの艦橋でもシュタインメッツの手が振り下ろされる。

「微速前進。このプログラムで包囲網をより精緻に構築するのだ。蟻の這い出す隙間もないように。両翼を展開せよ。」

 

「麻子さん、おいつきそうだけどおいつかれないように後退させてください。」

「わかった。」

 

スクリーンに映し出されたシュタインメッツの艦隊をみて優花里が感心したように話す。

「さすがですね。蟻のはいでる隙間もないような陣形です。」

「よく計算されている陣形?。」

エリコが感想を述べる。

みほはかるくうなづく。

「なんか虫取り網でわたしたちをつかまえようとしているみたい。」

沙織がつぶやくと、

「沙織さん、MN3回路を開くようにつたえてください。穴あけ作戦です。」

「了解。」

 

みほは、後退しつつも、凸形陣の先端をきりのように編成していく。

「撃て!」

第14艦隊は、猛烈な斉射を行いつつ突進していった。

 



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第157話 ライガール・トリプラ星域会戦です(後編)。

「敵、つっこんできます。」

「なんだと!!」

不承不承後退しているように見えた第14艦隊は、凸形陣の先端をきりのように編成して猛烈な斉射を行ってきた。

 

「と、突破されました。」

「敵展開します。」

「なんという迅速な展開だ。」

 

「撃て!」

みほの命令一下、第14艦隊は、ヤン艦隊ゆずりの一点集中砲火をおもうさまシュタインメッツ艦隊に浴びせる。集中砲火のクロスファイアポイントが移動し絨毯爆撃のように帝国艦隊を襲った。第14艦隊の艦列が半球状に帝国軍をブラックホールの事象の地平線内部、脱出不能な危険地帯に追い込み、次々火球に変えていく。

「みほさん、西住流みたいですね。」

華がほほえむと、みほも苦笑いする。

 

さてラインハルトの大本営である。

「シュタインメッツ艦隊が敵を補足したそうです。」

「どこだ。」

「ライガール星系から15光年、トリプラ星系から15光年の位置です。」

「そこには何がある?」

「ブラックホールがあります。」

ラインハルトは敵の取るべき戦法をその天才で即座に見破った。

「至急、援軍を向かわせろ。」

「だれを向かわせますか?」

「先般のイゼルローン攻防戦で、レンネンカンプが失策をおかしたときいている。彼に名誉回復の機会を与える。単純な挟撃戦で敵を葬るチャンスだ。」

「御意。」

 

「レンネンカンプ提督。」

「はっ。」

「卿に名誉回復と復仇の機会を与える。ライガール-トリプラ間を徘徊している敵をシュタインメッツとともに捕捉撃滅せよ。」

「はっ。」

 

「みぽりん、後背に敵艦隊だよ。挟み撃ちにされちゃうかも。」

「後背というとどのくらいの距離なの、計算してくれる?」

「だいたい3時間前後?」

みほは、いっかいうなづき、

「じゃあ、2時間で敵をたたいて、1時間で逃げましょう。」

「了解。」

 

前方からは第14艦隊の砲撃、後方にブラックホールで帝国軍はにっちもさっちもいかない。

「た、たすけてくれ!引きずり込まれる!」

帝国軍の通信回線は悲鳴であふれた。すさまじい潮汐力が、鋼鉄の戦艦をガムのようねじって引き裂いていく。

 

「全艦、双曲線軌道にのって脱出せよ。ブラックホールの引力を逆用し船の推力にまさる速度をえて、脱出するのだ。」

「敵の放火のまっただ中になります。」

「このまま座して死を待つよりましだ。復唱は?」

「はっ。全艦、ブラックホールの双曲線軌道を計算せよ。スウィング・バイで、ブラックホールから脱出する。」

 

帝国艦隊がなりふりかまわず双曲線軌道を使って脱出を試みる。

「なかなか大胆な作戦ですね。」

優花里がつぶやく。

「ブラックホールを使ったスウィング・バイ?」

「うん。でも生き残るにはそれしか手がないと思う。やはり、ラインハルトさんの部下はすごいなぁ。」

「ただでは負けない?」

沙織以外のロフィフォルメの艦橋メンバーはうなづく。

「ねえ、スウィング・バイってなあに?」

「武部殿、それは....。」

「長い。沙織、要するに...。」

なんとなくわかってなさそうな沙織に、みほが図を指さして説明する。

「沙織さん、ブラックホールの引力を利用して、スピードをつけてこのように逃げるってこと。」

「へええ、すごいねえ。」

「アメリカの探査機ボイジャーが木星や土星を探査した時も惑星の引力で、日本の小惑星探査機「はやぶさ」は、地球の引力でスウィング・バイして加速した?」

「なるほど...。」

 

さて、シュタインメッツ艦隊は、半数をブラックホールに飲み込まれて喪い、残り半数のうち6割を第14艦隊の砲撃で失った。なんとか脱出できたのは、全体の2割という惨々たる有様だった。

 

「みぽりん、うしろの敵艦隊の司令官がわかったよ。」

「誰ですか?」

「ヘルムート・レンネンカンプ大将だって。」

 

「レンネンカンプ提督ですか...。」

みほは、優花里、エリコと顔を見合わせる

「先般、ヤン提督とアッテンボロー提督の作戦でイゼルローン回廊で罠にはまっています。」

「あの手を使う?」

エリコがほほえむ。

「そうですね。」

みほがほほえみながら答えた。

 

ラインハルトの元帥府では...

「ライガール-トリプラの敵艦隊の指揮官が判明しました。」

「誰だ?ヤン・ウェンリーではないのか?」

「いえ...例の小娘のようです。シュタインメッツ艦隊からの報告です。」

「逸見准将を呼べ。」

「はっ。」

 

「逸見准将。小娘は、ライガール-トリプラ両星系の中間地帯にいるということだ。出撃するか?」

「はい。」

「しかし、間に合わないかもしれぬ。そのときは敵の罠におちいらぬよう、ただちに帰還するのだ。」

「御意。」

ラインハルトはうなづき、

「命令だ。逸見准将、直ちにライガール-トリプラ両星系へ向かい、レンネンカンプ、シュタインメッツ両提督を救援せよ。ただし、もし救援に間に合わない場合はただちに帰還せよ。」

「はっ。」

 

 

「閣下、敵艦隊捕捉しました。」

「旗艦は...シュタインメッツ艦隊からの連絡通りアンコウ型....小娘の艦隊です。」

みほは、帝国軍に「(小賢しい)小娘」「栗色の髪の小娘」と呼ばれている。

「どうせなら、黒髪のモグラのほうを相手にしたかったが...。」

「提督...あの小娘は油断なりませんぞ。現にイゼルローンでペテン師と協同作戦をしてケンプ提督が亡くなり、ミュラー提督が重傷を負っています。」

 

「!!」

「その後ろにヒューベリオンを確認。」

「小娘にペテン師か...。」

 

「敵が射程に入る前に、主砲を三連斉射してください。それからライガール星域方面に逃げますが、ゆっくりと逃げてください。鬼さんこちら作戦2です。」

同盟軍は突き進んでくる帝国軍に押されるように後退を続ける。

 

レンネンカンプの胸中にはヤンの旗艦が見えたことで、イゼルローンで敵を追いかけようとして逆撃をくらった記憶がよみがえる。

「...。」

(今度は、何をたくらんでいるやら...。)

「罠の可能性がある。全艦、0.2光秒後退せよ。」

 

「なんだ?なんだ?後退だって?」

「だからなんでも罠の可能性があるって話だ。」

「相手は、叛乱軍のペテン師ヤン・ウェンリーだから油断ならないらしい。」

「しかたないな...つまらないことで死にたくないし。」

「用心にこしたことはないしな。」

帝国軍は不承不承といったかんじでゆるゆると後退しはじめる。

 

「帝国軍、後退を開始しました。」

「いまです。撃て!」

第14艦隊からの光条の槍の豪雨が横殴りに帝国軍に降り注ぎ、突き刺ささる。

「なんだ?なんだ?」

帝国軍艦艇は引き裂かれ、爆発光がきらめき僚艦の乗組員の目を灼く。爆発光は煙のかたまりとなり、金属の破片をまき散らした。

帝国軍は後退から、被害を出しながら逃走に移った。

「攻撃しつつ後退してください。」

第14艦隊は火力を減殺させずに巧みに後退していく。

「4光秒まで後退。陣形を再編せよ。」

シュタインメッツがこのように命じ、ようやくおちつきをとりもどして陣形を再編した時には、第14艦隊の姿は消え去っていた。



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第158話 ワーレン提督、金髪(ラインハルト)さんに上申します。

「付近に敵影ありません。」

ヒューベリオンの姿が、実はレーダー反射を逆手にとった虚像だということが判明した報告を受け、レンネンカンプは地団駄をふんだそのとき、さらに新たな報告がもたらされる。

「閣下。後方5光秒に、ワープアウト反応。」

「艦種識別。黒十字槍騎兵。」

「味方だが...。」

「銀髪の小娘の艦隊ですな。」

副官の言葉を聞いて、レンネンカンプは苦笑するしかなかった。

エリカは、「小娘」の艦隊がすでに立ち去ったことを聞き、

「戦うより、逃げているほうが多いんじゃないの?」

とぼやくようにつぶやく。再び、同じセリフをつぶやくことになるとは、思いもよらないエリカである。

 

レンネンカンプ艦隊を破った後、沙織はみほに尋ねる。

「みぽりん、どうして、敵はいきなり攻撃をやめたの?」

「レンネンカンプ提督は、先日、イゼルローン回廊で、アッテンボロー提督の罠にはまってひどい目にあってるの。だからヤン提督の旗艦がみえたり、こちらがわざとらしく逃げて見せれば罠だと考えて、近づきたくないっていう気持ちになる。どうしてもしかえししてやるなんていう人だったら別の作戦もあったんだけど...。」

みほは敵の索敵網も計算にいれて、エリコに敵のレーダーがヒューベリオンの画像を反射するようしかけ、ご丁寧にも第14艦隊の艦列の動きに合わせて動かして見せたのだった。レンネンカンプが欺瞞に気付いたときには、彼の艦隊はしたたかに打撃をこうむって混乱していてなんら対処ができず歯ぎしりするしかなかったのである。

 

 

ガッシャーンンン...

ラインハルトは、シュタインメッツとレンネンカンプの敗戦の報告を受け、感情を抑えられなくなっていた。そのため手にしていたワイングラスを床に叩き付けていた。

「閣下。いかがなさいましたか?」

グラスの割れる音を聞きつけたのか、秘書官ヒルダことヒルデガルド・フォン・マリーンドルフが金髪の若き上司に声をかけた。

「フロイライン...。レンネンカンプが援軍に失敗した。挟撃の好機を逃したのだ。なんのために派遣したのか...。レンネンカンプをイゼルローンに駐留させようかと考えている。」

「閣下。それはお考え直しください。」

「なぜだ?」

ラインハルトはレンネンカンプに対する処罰に反対する理由をヒルダに訊ねた。

「まず、先般ゾンバルト少将を粛清して一罰百戒をなしたのに、厳罰を下しては人心を委縮させることになります。次に前線から遠ざけるという人事は更迭ということになりますから、レンネンカンプ提督を異動させ、シュタインメッツ提督を留任させれば、今回の戦闘で同じように兵を損なったことにはかわりないのに不公平感が生じます。三つ目に、この時期にイゼルローンへ異動するという人事は、イゼルローン要塞司令官が戦略上の要地を抑える重要な職にもかかわらず、左遷された者が行く職という印象となり、軽んじられる結果になりかねません。」

そう理由を述べてヒルダはラインハルトを諌めた。

「ふむ...それに公平を期そうとしてふたりいっぺんに前線から外すとなると著しい戦力の低下といたずらに遊兵を生じさせることになるな...。」

「ご賢察恐れ入ります。」

「わかった。わたしもヤン・ウェンリーとあの小娘には苦杯をなめさせられたこともある。戦闘には、運、不運もつきものだ。譴責にとどめよう。」

「それでよろしいかと存じます。」

 

「シュタインメッツ、レンネンカンプ」

「はっ。」

「どうして今回敗れたのか、よい勉強になったはずだ。敗北にはかならず原因がある。わたしが、卿らに現在の地位をなぜ与えたかそれを熟考して一から出なおせ。」

金髪の若き元帥は、ひざまずく両提督を手厳しく叱責し、艦隊の再編をすませるまで戦場に立つことを禁じた。

 

殺風景極まりない内装と調度ながら、惑星ウルヴァシーには、高級指揮官用の宿舎が建設され、ロイエンタールとミッターマイヤーは、数カ月ぶりに人工のものでない大地の感触とワインのある会話を楽しむことができた。それぞれの戦場についての話を語り終えると、話題はどうしても小賢しい敵将たちについての話題になる。

 

「ゾンバルトの件といい、二個艦隊を立て続けに破った手腕といい、補給艦隊をたちどころに葬った手腕といい、逃げ足の速さといいまったく見事というほかないが、いずれもヤン本人じゃなく、やつの部下だ。いったいやつは、どこにいるのやら...それに戦術的な勝利を積み重ねたところで一時的なもので、わが軍にそれほど打撃にはならない。やつはいったいなにをしたいのか。」

おさまりの悪い蜂蜜色の髪を持つ精悍な若き上級大将ミッターマイヤーは、階級が同じ上級大将である金銀妖瞳をもつ細面の戦友であり親友でもある男に話しかける。

「?なにか思い当たることでもあるのか?」

「うむ...」

「言ってみろよ、おれにだけ。」

「ローエングラム公が言われたことがある。同盟軍が戦略上の不利を一気に覆すには、戦場において自分を、すなわちローエングラム公本人を斃すことだ。それ以外やつらに好機はないと。」

「ほう...。」

「すると戦術レベルでの勝利に固執するように見えて、実は、ローエングラム公本人を引きずり出して正面決戦を強いる下準備というわけか...。」

「そう考えれば筋が通る。」

「たしかにな...。」

ミッターマイヤーは友人の意見に相槌を打ちつつ、友人と自分のグラスにワインをそそいだ。

「ローエングラム公がお倒れになれば我々は指導者を失い、忠誠の対象を失う。これ以上誰のために戦うのかということになる。敵としては願ってもないことだ。」

「誰をもって後継者となすか決まってもいないし、誰を後継者にしてもローエングラム公ほどの支持を得ることはかなわないだろう。」

「ふむ...。」

しばらく沈黙がつづき、ロイエンタールは空っぽになったワインの瓶にむけられる。

「もうおしまいか。できればあと1本ほしいところだが...。」

「残念ながら、あの輸送部隊が全滅してから、補給関係者の機嫌と気前がはなはだ悪くなった。高級士官だけが良い目をみるわけにいかんしな。」

「ワインやビールならまだしも、肉やパンの配給が滞り始めると兵士たちの士気に影響するぞ。古来より飢えた軍隊が勝利を得た例がないからな。」

「やはり、飢える前に戦わざるを得ないか...。」

 

危機感を感じていたのはミッターマイヤーとロイエンタールだけではなかった。

アウグスト・ザムエル・ワーレン大将は、同僚の提督たちと食堂、ラウンジで話すときに

「補給を待って空しく日々をすごすのか?われわれは、ランチを食べるために敵中奥深く入り込んでいるのではない。わかるだろう。」

諸提督は、同意する。

「そのとおりだな。ただ補給路をどう確保するか...。」

「敵は、地の利がある。索敵網もきつい。ようやくかいくぐって数日分をかろうじてはこぶのがせいぜいだ。」

「ひとつ作戦を考えてみたんだ。ローエングラム公に上申する。」

「どうするんだ?」

「はこべないなら現地調達しかないだろう。アムリッツアの二の舞にならないよう敵基地や敵の補給路を狙う。」

ワーレンは、作戦を上申するため、仮元帥府に向かっていった。



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第159話 我が艦隊の得意技、逃げるふりです。

今回はやや短いです。


ワーレンは金髪の若き主君にひざまずき上申する。

「我々がこれまで集めた情報によりますと同盟軍は国内に84ヶ所の補給基地、物資集積所を設けております。わが軍が補給部隊を攻撃されたからには、目には目をもって応じ、彼らの補給基地を襲い、物資を強奪してきたいと存じます。」

「そうだな。ヤン艦隊は、我々のガンダルヴァとフェザーンからの補給線を監視していればよいが、われわれは同盟全域をみなければならない。しかし同盟の戦力がすべての基地を守れないのも事実だ。わかった。やってもらおう。」

「恐れ入ります。」

 

「人口が多くないが、家畜や農業がさかんなタッシリ星域をねらう。全艦タッシリ星域へ転針。」

 

「敵艦隊発見。タッシリ星域から3光秒、2時の方向7光秒。」

「なんだ?あれは?」

球形のコンテナが800個並んでいる後ろに護衛用艦艇が艦列を組んでいる。まるで女王蟻に仕える侍従のようににすら見える。

「凹形陣をとれ。敵を包囲殲滅し、物資を奪う。」

「御意」

 

一方同盟軍である。

「よし。停止。さて、我が艦隊の得意技だ。」

「なんです?それは?」

「宇宙一の練度を誇る我が艦隊こそ可能な技、逃げるふりだ。」

逃げるふりというのは、行軍を行う上で、練度が高くないと退却が崩壊につながる最も難易度の高い技術である。これが得意だった島津軍は、釣り野伏せで九州の覇者になり、関ヶ原の合戦では、島津の脱き口と称される退却を行った。

陣形を広げようとして、隊列が薄くなる。いかにもコンテナがじゃまだなあ、というつぶやき声さえ聞こえそうな感じで右往左往する。

「敵は、隊列を乱した。いまこそ好機だ。撃て!」

帝国軍が発砲する。

「よし、逃げろ。」

アッテンボローが命じて、ほうほうのていと言った感じで逃げ出す。

それがあまりにも真にせまっていたので、ムライ中将は、

「うちの艦隊は逃げる演技ばかりうまくなって...。」とぼやいたほどである。

ワーレンはだまされたものの、100%でないところがさすがにラインハルト麾下に名を連なる名将たち一角をしめる人物であることを証明する。

最初は、勢いに任せた追撃を黙認していたが、艦列が伸びきらぬうちに

「停止せよ。もうこれ以上敵を追っても意味がない。物資を強奪せよ。」

ワーレンはコンテナを艦列の中央にとりまくと、ガンダルヴァに向かおうとする。

同盟軍が追いすがってくる。

「コンテナを守りつつ後退せよ。」

ワーレンは旗艦サラマンドルを最後尾に配置して、逆激の態勢をとり、整然とした陣形と砲火を同盟軍にみまった。

ワーレンの攻勢に対し、アッテンボローは命じる。

「たじろいで、閉口したようにいったん後退しろ。敵艦隊とゼロ距離を保て。」

 

ワーレンにはその動きが、距離を保っておそろおそるついてくるように見える。

「未練がましいことだ。まあ、貴重な物資を奪われたのだから無理はないが...。」

とつぶやいたとき、悪寒が走った。

 

敵将アッテンボローの口元がゆるみ、つぶやきがもれる。

「そろそろだな...。」

 

「!!」

「コンテナから攻撃です。」

「なんだと!」

本来スパルタニアンに装備されていた機銃が自動射撃システムで光条を発し、帝国軍艦艇の装甲を貫き、切り裂いた。

「駆逐艦一隻大破!駆逐艦二隻、巡航艦三隻損傷!」

 

「コンテナの中に戦闘要員か...。われわれの物資ほしさを見透かしての小細工か...」

 

(まてよ...。)とワーレンは考える。

(あのペテン師のことだ。もし砲撃して爆発物だったら一巻の終わりだ。)

 

「ワルキューレを出せ。敵コンテナの機銃の位置を確認し、出力を絞って機銃のみを破壊するのだ。」

ワルキューレが出撃し、コンテナの機銃を破壊する。

 

しかし、ヤンのしかけた罠はどこまでも巧妙だった。

作戦会議の際に

「敵が砲撃してくれれば、もちろん爆発するが、ローエングラム公麾下の提督たちはそんな単純な思考をする人物は限られる。」

「ビッテンフェルト提督はもう亡くなっていますからね。」

ヤンはうなづき、

「もし爆発物かもしれないと用心した場合、自動射撃システムの機銃をとりはずすか、出力を絞って攻撃するだろう。それで起爆装置を作動させることにしてある。」

と語っていたとおりだった。コンテナ中の液体ヘリウムは爆発した。しかもその爆発は連鎖して、帝国軍をまきこんだ。

「くっ。慎重を期して射撃システムだけを破壊したはずなのに...してやられたわぁ。」

ワーレンはくやしがるが後の祭りだった。

 

帝国軍の艦艇は爆炎を噴きあげ、次々に火球にかわっていく。爆発破壊をまぬがれた艦でも艦列が乱れ、せめて、衝突を回避しようと帝国軍のオペレーターたちはコンソールと格闘するがそれを見逃す同盟軍ではなかった。

同盟軍の艦列からはなたれた数十万本のエネルギーの光条の豪雨が横殴りに帝国軍に襲いかかる。コンテナの爆発の火球が次々に生産され続けているうちに、今度は、横殴りの光の槍の豪雨に貫かれた艦艇が次々に火球に変わって輝き、漆黒のはずの宇宙空間を昼間のように照らす。その光芒は、そのまま帝国軍の悲鳴であり、血のしぶきだった。

「撤退だ。損害を減らすよう艦列を立て直せ。それから敵の動きを観察せよ。」

ワーレンは、全面壊走にならぬようかろうじて艦列を整え、敵がロフォーテン星域方面へ向かっていることを確認した。

 

アッテンボローからの報告を受け、スクリーンからは、部下たちの熱狂的な叫びが聞こえてくる。

「ローエングラム公の怒りと矜持もそろそろ臨界点に達するだろう。物資も長期戦をささえるほどの量はない。近日中に全軍をあげて大攻勢をしかけてくるはずだ。おそらくこれまでにない苛烈な意思と壮大な戦法をもって...。」

周囲の将兵の驚いたような表情と視線が自分に向いていることに気づき、ヤンは頭をかいた。どうやら心の中で語るはずの言葉が無意識に口をついて出てしまったようだった。

 



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第17章 ウルヴァシー強襲です。
第160話 ウルヴァシー強襲です。


トリューニヒトがかってみほを拉致して弄んだ暗がりの密室である。

立体ホログラムが映し出される。黒いフード付きの聖職者か魔法使いのようなローブをまとっているがトリューニヒトには何となく見覚えがあった。

「君はフォーク君ではないかね。」

「わしは、地球教総大司教。トリューニヒト、お前はこのままだと生意気な金髪の孺子に膝をを屈することになるぞ。」

「....。」

「それがいやなら、わしに従うことだ。まず金髪の孺子を殺す。そして、いまいましいヤン・ウェンリーを殺せば、お前の将来の政敵もいなくなるということだ。これは知っているだろう。」

それは国防委員長室でヤンがアイランズに答えている場面だった。

「まあ、いつでも弱みを握れるようにしていますからな。」

「お前の手の者もこのようにしているがな。」

トリューニヒトが地球教にもぐりこませているスパイがつながれている。

「....。」

全員ではないのを確認したが、表情をさとられないようポーカーフェイスを保つ。そのなかには、ヤンがもぐりこませたバグダッシュの姿もあった。

「その男をひきわたしていただけないかな。」

「ふふ、わかった。好きにするがいい。」

 

「アイランズ君、耳寄りな話を聞いたのだが...。」

「はい。」

「ラインハルト・フォン・ローエングラム、あの生意気な金髪の坊やを暗殺さえすれば、同盟は救われるとあのヤン・ウェンリーが言っていたそうだが。」

「暗殺とは言っていませんが...戦場で倒せばと...。」

「そんな迂遠なことはしていられない。帝国軍は9万隻はいるのだろう。無理に決まっている。そうか...わかった。」

トリューニヒトはほくそえんだ。

「なにをなさるのですか。」

「まあ、みているがいい。」

 

 

トリューニヒトは、極秘の地下牢にいく。気に入らない政治犯を裁判なしでひとしれず処理するための牢獄である。そこには、ひげ面の男がとらえられていた。

「バグダッシュ君。」

「なんでしょうか。」

「君にラインハルト・フォン・ローエングラム、あの生意気な金髪の坊やを斃してほしい。」

「どうやって...。」

「それをやらなければ、君の命はない。君はよくもまあ地球教を嗅ぎまわって、わたしの秘密を握ろうとしたねえ。だからこのように捕まえたというわけさ。計算外だったねえ。」

「わかりました...。まあ、一度が二度になろうと...。」

「まあ、わたしのつてがあるから暗殺は成功するよ。なにしろ地球教の力は帝国軍の奥深くまでおよんでいるからねえ。」

「...。」

「パエッタ君とウランフ君におとりになってもらって、その隙に金髪の坊やを暗殺するのだ。なに、心配することはない。はいってきたまえ。」

「面白い話かい...。」

「お、お前は...。」

「名乗るのが遅れたな。名も無き者、アンノウンだ。帝国語では、ニヒトという。」

「彼が一緒に手伝ってくれるそうだ。地球教の影の部隊もウルヴァシーに潜入させている。」

 

トリューニヒトは、パエッタを大将に昇進させ、ウルヴァシーを強襲させようとしたがいつまでも準備がすすまないので、ウランフに作戦を練らせて、主将、副将明確にせず出撃を命じた。パエッタには、ウランフに従うよう命じてあるが、成功した場合はパエッタを賞し、失敗した場合は、ウランフに責任を負わせるつもりである。

 

同盟艦隊二万隻がウルヴァシーに向かってワープした。

 

そのころ、ウルヴァシーの仮元帥府では、かろうじて残兵をまとめたワーレンが、自分より年下の若き帝国元帥の前に膝を折って敗戦の罪を謝したが、ラインハルトは、

「もう、よい。」と冷たい怒りを込めて言い捨てて立ち去った。

 

その上空には、球状の鏡面装甲をもつ戦闘衛星が数十個浮かんでいる。

 

「ウルヴァシーまで45光秒。」

「ウルヴァシーの衛星軌道上に戦闘衛星40基確認。」

「探査衛星で材質を探らせろ。」

数時間ほどで報告がある。

「探査衛星より画像と分析が送られてきました。しかし、探査衛星は破壊されました。鏡面装甲をもつ球形。地上にも光線砲と思われる熱反応多数あり。」

「「アルテミスの首飾り」のような連動する戦闘衛星か...。」

ラインハルトは、ハードウェアにたよらないと主張していたが、フリードリヒ・フォン・クラインゲルト大佐らが大本営の安全のためと主張し、カストロプ家から没収したアルテミスの首飾りの仕様書から同じものをつくって配置したのだった。しかもただまねただけでない。

 

「同盟軍、45光秒上空に出現、その数二万隻。」

「敵将は、ヤン・ウェンリーではありません。ランテマリオの生き残りの模様。」

「閣下...。」

「全艦出撃だ。同盟軍をこんどこそ血祭りにあげる。それまでの防空はまかせる。くだらないものだが、出撃までの時間を確保するためにも準備したのだろう。」

「御意。」

 

ウランフとパエッタは、敵戦闘衛星から光の槍が放たれるのを見た。

「当方の巡航艦、10隻撃沈。」

「うかうかしておれんな。ミサイル艦を惑星上空35光秒で全方位に配置。流れ弾になってもいいから敵戦闘衛星の射程外から撃て。」

「了解。」

ミサイル艦の放ったミサイルは分裂して時雨弾になってウルヴァシー上空を襲う。

「アルテミスの首飾り」から光条とミサイルが発射される。

ミサイルが破壊され、光の粉のようなものが乱舞する。

「どうやらうまくいきそうだな。」

ウランフはつぶやく。

 

「!!」

「当方の戦闘衛星、25基、機能しません。」

それみたことかとラインハルトは思ったが、

ケスラーを尊敬してラインハルト軍に加わったクラインゲルト大佐は、銃の名手で、惑星防衛システムの専門家であり、このノイエ・ハルスケッテの開発者であった。数十カ所に発射に伴う熱や電波、震動波などを発生させ、そのうち一つから光条の槍が宇宙空間に放たれる。その光の槍は戦闘衛星の球体で反射して複数の光条となって同盟艦隊を襲った。

 

「敵、エネルギー波接近します。」

「発射地点はどこだ?」

「数十か所に熱反応あります。」

「我が艦隊到達まで60秒」

「回避!」

「間に合いません!」

「当方の戦艦5隻、巡航艦7隻、駆逐艦10隻撃沈。」

「発射地点を特定せよ。」

「先ほども数十カ所に発射反応が感知されました。」

「ミサイル艦に、反射反応のデータ送れ。その反応をしている地点にミサイルを撃ち込む。」

「了解。」

 

「敵艦隊接近。」

「数...2万、3万....5万隻以上...。」

「「た、退却だ。」」

ウランフとパエッタは同じ命令を下していた。

 

 



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第161話 刺客です。

「撃て!」

ラインハルトが命じ、横殴りの光条の雨に、同盟艦隊は被害をだしつつも退却していく。

「追撃して一隻残らずほふりますか?」

「その前に亜空間ソノブイを放出しろ。」

ラインハルトは、同盟艦隊の動きから暗黒物質を塗りたくった機雷と次元潜航艇が隠れているのではないかと推察し、その予想は的中した。

「亜空間に、敵艦反応。??」

「どうした?」

「敵亜空間潜航艇、ワープしました。ワープトレース追跡不能。」

「ランテマリオでも使われた暗黒機雷ですね。」

「そうだ。これは指向性ゼッフル粒子で焼き払うことは可能だが、敵艦隊は機雷を焼き払う前に砲撃し、さらにその直後にワープしようとしている。」

「なるほど...。」

 

ウランフの罠は、帝国軍の射程距離ぎりぎりにまで後退し、暗黒機雷をまいてそれを帝国軍が指向性ゼッフル粒子で焼き払う前に先手を打って機雷を爆発させ帝国軍に被害を与えつつワープで逃げるというものだった。指向性ゼッフル粒子が引火しやすいため、少数の艦艇の主砲でも引火できるうえに、逃げ遅れた艦艇も爆発の煙幕で逃げやすくなる。

 

ビューフォートは、ウルヴァシー上空に出現する。ウランフから伝えられた熱源反応のある場所に魚雷を発射する。

そのときだった。ノイエ・ハルスケッテが作動した。

「アルテミスの首飾り」の連携する戦闘衛星の機能のほかにその鏡面装甲を生かして敵を攻撃する反射衛星砲が熱と光の巨大な槍となって同盟軍を襲う。

 

しかし、ビューフォートは巧みにその鋭鋒を避けて熱源反応のある場所に魚雷を撃ちこむ。そうすると帝国軍基地から高射砲やミサイルが発射され、ワルキューレも発進される。ビューフォートは亜空間に逃げ込んで次の攻撃目標に向かう。

 

「閣下、基地が襲われています。」

「敵は亜空間潜航艦。こちらの砲撃タイミングの前に逃げるので、攻撃しきれません。」

「偵察衛星より報告。敵艦隊の背後にも暗黒機雷群。」

(なるほど背後に回っても攻撃できないというわけか...。)

 

ウランフは、

「敵がバカでなければ、背後から回っても攻撃不能なことは気づくはずだ。指向性ゼッフル粒子をまいたらこちらの思うつぼだからな。」

と盤古の艦橋でつぶやく。

「ころあいをみてワープで撤退する。あとはビューフォートに任せる。」

「了解。」

 

ラインハルトは正確にウランフの狙いを読み取った。同盟軍はワープして次々消え去っていく。

「わかった。これ以上の攻撃は無用だ。すでに敵はワープトレースを消して逃げ去った。」

 

ウルヴァシー上空の防空システムは、いったん稼働するとビューフォートの辣腕でも攻撃は困難になった。ラインハルトの艦隊からも亜空間SUMや亜空間爆雷が投下される。

「さすがローエングラム公だな。つけ込む隙がない。」

ビューフォートはつぶやく。

「本隊が退却したから任務終了だ。ワープせよ。」

「了解。」

 

帝国軍は後退し、ウルヴァシーに戻った。

「所属不明艦接近」

「停船せよ。しからざれば攻撃す!」

「こちら第99特殊部隊。ナイン少佐である。入港許可願いたい、」

「わが軍のハーメルン級駆逐艦です。」

「入港を許可せよ。」

 

「ナイン少佐です。ローエングラム公にお目にかかりたい。」

「なにゆえ、閣下に謁見を望むのか?」

「敵元首ヨブ・トリューニヒトの首をとったのだ。報告にあがりたい。」

 

「閣下、そのように申しております。謁見を許可しますか。」

「よろしい。敵は元首が襲撃され重態だと各メディアで放映している。情報統制を行っているのだろう。DNA検査で首改めを行えばわかることだ。」

総参謀長オーベルシュタインの目が光った。

「閣下、罠かもしれませぬ。」

「第99特殊部隊、ナイン少佐も実在しているのだろう?」

「はい...しかし、わたしは、怪しいと感じています。」

「怪しいと感じている?オーベルシュタイン、理性よりも感性を重視するとは卿らしくない発言だな。まあ、気を付けることにしよう。」

 

「閣下、これがヨブ・トリューニヒトの首でございます。」

「よし、軍医、首改めを行え。」

「はっ。」

軍医が動いた瞬間だった。

「ナイン少佐」がラインハルトに襲いかかる。

オーベルシュタインの義眼が光り、帝国軍の影の部隊があらわれるが、「ナイン少佐」は身軽に回転するように空中をとび、すべての攻撃を避けて、あっという間に斬り伏せてラインハルトに迫る。

「閣下!」

エミールが薬箱を投げつけ、「ナイン少佐」-ニヒト-はそれを避けるとともに、ラインハルトの首筋にナイフによる浅い切り傷をつける。血が傷口からにじむ。

「貴様」

ラインハルトを避ける射線から彼の部下たちはニヒトに対し、銃撃を行う。

しかし、つぎの瞬間、光条があたって数か所に焼け跡がついたからくり人形だけがその場にあった。

「ふっふっふ。金髪の孺子よ。おまえの首はいつでもとれるぞ。」

「そういうお前は、この間の...。」

「よく覚えていたな。ニヒトだよ。」

「お前は、わたしをみこんで殺さないという話ではなかったのか?」

「新たな依頼主が現れてねえ。まあこれからの宇宙の支配者を倒した方が面白いことになりそうだからねえ。」

そう言い残してニヒトは消えた。

 

しかし、これで終わりではなかった。

 

当日午後11時ころ、近侍のエミール・ゼッレ少年がレモネードを置いて退出し、図書室兼談話室にラインハルトが一人残る。

ウルヴァシー基地の様子がおかしいことに気が付いたのは。ミュラーとワーレン、フリードリヒ・フォン・クラインゲルトだった。

午後11時40分ころ、事情をきいたエミールが、緊張した面持ちであらわれる。

「どうした、エミール?」

「閣下、ミュラー提督、ワーレン提督、クラインゲルト大佐が至急お話があるそうです。お通ししてよろしいでしょうか?」

「閣下、至急出立の準備をなさってください。警備兵のようすがなにやら不穏です。」

ラインハルトは、ワーレンを一瞥して、読みかけの本を閉じて立ち上がる。エミールが上着を差し出す。

「ご苦労、ミュラー、何事が生じたのか?」

「出撃命令があるわけではないのに、基地内外に兵士たちの動きがものものしい様子です。演習だというのですが、そのような命令を出した将官はおりません。しかもヴィジホン、一切の通信機器が外部とつながらなくなっています。安全のため、ひとます総旗艦ブリュンヒルトに戻られるべきと愚考します。」

ラインハルトは、ミュラー、エミール、キスリングと親衛隊員とともに地上車に乗り込んだ。

「シュトライトは?、リュッケはどうした?」

ミュラーが沈痛な表情で答える。

「わかりません。閣下。私どもの置かれた状況すらわかりません。」

「だが、危険がということはわかっているわけか。」

ラインハルトが答えて、ミュラーが軽くうなづく。

そのとき装甲車のサーチライトが地上車を照らし、銃声と光条が地上車とその乗員をおそう。命中しなかった光条が地面に命中すると煙をあげている。

地上車の自動回避システムで直撃を免れるが、

ファンファン、ウーウーいいながら武装兵を乗せた装甲車が追いかけてくる。

「一個連隊はいそうですな。」

キスリングがつぶやいた。



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第162話 金髪さん、かろうじて脱出です。

光条の槍がラインハルトの乗る地上車に後方、両脇から次々に襲いかかる。

「失礼します。閣下」

ミュラーがラインハルトとエミールにおおいかぶさる。

光条が至近におそいかかり、ミュラーの頭と背中をかすめる。ミュラーの砂色の髪が飛び散り、その背中の軍服の布地が高熱のため炭化していた、

「ミュラー!無事か?」

「恐れながら、小官の背中の皮は厚うございますゆえ、ご心配なく。」

ミュラーが銃を構えて周囲をみわたす。

「それにしても、これは基地全体が閣下の命を狙ってるとしか思えません。」

「だれが...。」

「わかりません。」

ワーレンが助手席の通信システムを操作していた。

「ザ...ザ...ザ....ザ....こち...ブリュン....ザイド....ございます。」

「おお、なんとか通じたぞ。」

「そちらの様子はどうか。」

「うち...こう...敵に...ザザ...占拠....もよう。応戦....。」

「雑音を除いて再生しなおします。」

「こちらブリュンヒルト,ザイドリッツ准将でございます。宇宙港は、敵に占拠された模様。本艦は、ただいま応戦中です。」

「なんと...。」

「ブリュンヒルトは、ここから4kmほどの湖水へ着水します。座標送ります。」

そうしている間にも敵の銃から発せられた光条が横殴りに襲いかかってくる。

ラインハルト一行は地上車を乗り捨てて、ブリュンヒルトへ向かう。

すると物陰から人影が飛び出す。

ミュラーが銃を構える。

「閣下、閣下、よくご無事でいらっしゃいました。リュッケでございます。」

ミュラーは胸をなでおろし、ラインハルトはリュッケに問いかける。

「シュトライトは?」

「シュトライト少将らは、この先で閣下をお待ちです。」

「では、すぐブリュンヒルトを出発させよう。」

「それはお待ち下さい。」

ワーレンが制止する。

「もし、この叛乱行為が突発的なものでないとしたら衛星軌道上にすでに敵がまちかまえているやもしれません。」

「敵とはだれか?」

「わかりません。同盟の連中にしては緻密すぎます。武装兵たちの様子からするとサイオキシン麻薬の密売組織かあるいは...」

「フェザーン、もしくはフェザーンの影の組織か...。」

「可能性はあります。」

「実は、わたしも寝込みを襲われそうになったことがある。」

「いずれにせよ、ブリュンヒルトへまいりましょう。地上であってもあの艦内ならば安全です。対策はそのあとでよろしいかと。」

とびかう光条が森に火災を起こさせていた。火の粉が散る中をラインハルト一行はブリュンヒルトへ向かう。

「そこにいるのはだれだ?」

「?」

「皇帝...?元帥....。」

ちょび髭の男はにやりと笑みをうかべて、銃をかまえる。

そこへ銃声とともに光条がその男をおそい、叫び声がする。

「お前に金髪の孺子の首はわたさん。」

激しい銃撃戦が行われ始める。

ミュラーの右腕を光条が貫く。キスリングが右ほおに、リュッケが左手に浅い銃創を受けてやけどしている。

「閣下、このすきに逃げましょう。」

「うむ...。」

ちょび髭の男がたくみに敵の射線を避けながら撃ち返し、ひとり、また一人と倒していく。

「ミュラー提督」

「なんだ?クラインゲルト大佐?」

「また新手が来るのは見えています。わたしが残ってやつらを防ぎます。提督は閣下をお守りしてブリュンヒルトへお連れ下さい。」

「何を言う。前途有望な卿を残してはゆけん。」

「ミュラー提督、実はわたしは軍に仕官したのが遅くて、提督より五歳年長なのです。」

「卿には、婚約者がいるではないか。身軽な自分が残る。」

「提督は右腕を負傷しておられます。しかも多くの将兵に責任を持つ身ではありませんか。鉄壁と称されるあなたでなくて、だれが閣下を守るのですか?」

ラインハルトは、このミュラーより五歳年長という若い大佐が翻意しないのを知り、そ

の手を握った。

「卿が防衛システムを提案しなかったら同盟軍の前に9万隻の艦艇が飛び立つこともできないままいたずらに撃沈されるところだった。礼を言う。」

「いえ、当然の提案をしたまでです。」

「卿を死後に提督の列に加えることを望まぬ。いざというときは逃げよ。同盟に捕虜になっても構わぬ。捕虜交換で帰還したら必ず厚く賞するだろう。それに卿ほどの才能があれば同盟でも重く用いられよう。しかし、わたしは卿がどんなに遅くなっても構わぬから戻ってきてほしい。多数の反対にもかかわらずわたしや帝国軍のことを考えてくれた卿こそ帝国軍に必要なのだ。」

「閣下、恐れ入ります。私も生きて昇進したいと存じます。」

若い大佐は自分よりもさらに若い金髪の元帥に微笑をたたえて応える。

「まいりましょう、閣下。」

クラインゲルトを名残惜しそうに見つめながらラインハルトはミュラーに手を引かれていく。若き大佐は、否とも諾とも言わずに敬礼して自分よりさらに年下の主君を見送った。

 

クラインゲルトは、巧みに木陰に隠れ、数十人にも及ぶ襲撃者たちを次々に撃ち倒していく。

ブリュンヒルトが早く離水しないかときどきその方向を見てしまう。

そんな彼を狙う襲撃者が放った光条が明後日の方向を向き、その直後に敵がいまわの際に放ったうめきが聞こえると思うと、最初にラインハルトを狙ったちょび髭の男が笑みを浮かべてほくそ笑んでいる。とにかくこの場は助けられたのだから、軽く黙礼するとちょび髭の男が好意的にも見える笑みで返す。

ブリュンヒルトが無事飛び立ったのを見たとき、若き大佐の額を光条が貫く。

「どうやら生きて提督の列に加わることはかなわないようです...すみません、閣下...。」

襲撃者たちは射撃の名手である帝国の若き士官に致命傷を負わせたはずだと思っていたが、正確無比な光条が襲ってくるように感じ、近づくことができなかった。激しく燃える枝が立ち尽くしている若き少佐の上に落ちかかった時、ようやく恐るべき射撃手が死んだことを確認したのだった。

 

「ニヒトはどうした?バグダッシュは?」

「二人とも行方不明です。」

「ふん、いずれ場所が知れる。」

「!!」

「なんだお前は?」

叫ぶ「総大司教」の前には、青みがかった黒髪の美女ゼフィーリア、ルパート、エリオットと呼ばれている若者が立っていた。

 




バグダッシュ、クラインゲルトを援護しつつ、機会を利用してたくみに姿をくらましました。


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第163話 陰謀魑魅魍魎です。

「いいものを見せてあげよう。」

ゼフィーリア、ルパート、エリオットの後ろからにやついた顔のニヒトが現れ、立体ホログラムで、ラインハルトが襲われた様子が映しだされる。

「惜しかったではないか。いますこしで...。こんどこそはしくじるなよ。」

ニヒトとエリオットはにやけ顔を隠さない。

「実はねフォーク君。」

エリオットがつぶやき、総大司教は、いずこからかすばやくマジックハンドが伸びてきて四肢を抑えられる。次の瞬間、タンクベットのような機器の中に放り投げられる。機器の扉が閉まる。

「われわれのほうは、もうひとつ密命を帯びていてねえ。」

 

「アムリッツアで散華した2000万将兵の魂をなぐさめてほしいのだよ。」

ほくそえむトリューニヒトの立体ホログラム画像が映し出される。

 

「金髪の孺子を脅したうえに地球教の総大司教として宇宙を支配する夢をみたのだからもういいだろう、フォーク君。そういうことだからね。悪く思わないでくれたまえ。」

タンクベット状の機器がウィンウィンと音を立てて作動し始める。

「ぎゃあああああ、消さないでくれ、消さないでく....」

フォークの人格のデータが消されて、総大司教のローブの中に小型装置が埋め込まれその記憶はその装置に記録される。

「裏切り者どもが...。」

「あんたは、われわれの思うがままだ、総大司教。せいぜい勝手に陰謀をめぐらしているがいい。」

「ゼフィーリア殿、例の場所へお願いする。」

ゼフィーリアがうなづき、鎌をふるうと空中に穴が開いて、ニヒトの姿はその穴の中に消え、数百光年、数千光年をあっというまに移動した。

 

帝国軍の艦艇はいったん同盟軍のいなくなった上空に上がり、地上部隊と降下猟兵でなんとかウルヴァシーの反乱勢力を何とか鎮圧した。

「クラインゲルト大佐がなくなったか?」

「はい。敵との銃撃戦で...。」

「彼を少将に昇進させ、提督の列に加える。生きて昇進したかっただろうし、わたしも生きた彼にふさわしい地位を与えたかったが...。」

「オーベルシュタイン!」

「はっ。」

「これほどのことが起きているのにいつまですておくつもりか。お前がもっている情報を全部出せ。」

「ニヒトをとらえましょうか。」

「できるのか?」

「...残念ながら...ただ、次こそは...。」

(そんなことはもうお見通しなのだが..。)

屋根裏で物音がする。ニヒトは敵を斬り伏せて逃げる。短期間に多くの敵を倒さねばならない。当然のようにその時の短剣には、かすり傷でも致命傷になるよう毒が焼き付けてあった。

オーベルシュタインはすべてを知っていたが表情を崩さない。

「彼は暗殺者としては頂点を極めている。わたしに対して確実にかすり傷ですませているのはその証拠だ。彼の凶器に毒が焼き付けてあれば死ぬのはわたしだった。問題は依頼主だ。徹底的にさぐらせろ。」

「もう調べはついております。」

「だれだ?」

「最初は、アドリアン・ルビンスキーと地球教総大司教、二回目はヨブ・トリューニヒトと地球教総大司教です。しかも一度目と二度目の総大司教の中身は半分異なります。」

「ほう。」

ラインハルトはほくそえむ。

「あのトリューニヒトの首はどうなのだ?」

「トリューニヒトの髪の遺伝子から合成したクローンです。」

「なるほどな。報道機関に偽情報を流すとともに身の安全を図って姿をくらませたというわけか。あの救国会議のときのように。」

「御意。それから二度目の総大司教は、アムリッツアで敗北しながらもライトバンクという別人物に成りすまし、政界へ進出し、救国会議の首班となり一時期は皇帝を僭称した人物、アンドリュー・フォークの人格が半分混じっていたようです。」

「人格が混じっていた?」

「はい。おそらく本人の脳をスキャンしたのでしょう。劣悪遺伝子排除法逃れで帝国内では黙認されている技術です。表向きフェザーンと同盟では禁止されていますが。」

「だれがそのフォークとやらの脳をスキャンしたのだ?」

「ゼフィーリアという女で、時空を自由に移動できるということです。地球教で時空転移技術を開発した「エリオット」「ワルフ仮面」のグループと総大司教のグループは対立していましたが、ゼフィーリアが前者に加わって総大司教の身柄を手中に収めたようです。ゼフィーリアは、ルビンスキーの息子ルパートと行動し、ルビンスキーとは利用し、利用され、敵対もする間柄のようです。」

「なるほど。背景の事情はわかった。問題は、わたしが不名誉な逃避行を行うことになったのは、背後にいる彼の依頼主によるものであることは卿も承知しているのだろう。」

「御意。」

「ニヒトは自分の力を完璧に誇示したいだけのことだ。しかし、彼が完璧であってもその依頼主はかならずしも完璧ではない。今後わたしへの警護は、その依頼主の手の者を防ぐためのものにとどめよ。お前はあやつを相手にするのではなく、陰で操る依頼主をたたくことを考えろ。いいな。」

「御意。」

(つまんねえな。さて帰るか。)

 

議長官邸の秘密の密室で、トリューニヒトは、小型ホログラム再生機で、ラインハルトを殺し損ねた、あえて殺さなかった動画を見せられた。

「ほほう、それでものこのこ帰ってきたというわけか。」

「口に気を付けることだ。お前などいつでも殺せるんだけどなあ。厚顔無恥な政治屋さんよ。」

トリューニヒトは恐怖を覚えた。どんな諜報者でもニヒトを殺せないのはトリューニヒトも自覚していた。憂国騎士団=地球教徒の活動が沈静化していたのは、皮肉にもニヒトの監視をさせようとしたのが返り討ちにあっていたからだった。

「どれだけの報酬が...。」

「これだけだ。」

「十億ディナールだと...。」

「一億でなんとかならないか...。」

無言は同意であったが、「名も無き者」は、政治屋にくぎを刺すのを忘れない。

「ふん。とりに来たところを襲ってくる奴がいたら証拠をつきつけるよ。政治屋さんよ。」

「わかった。」

有権者には決して見せないにがにがしい表情をしていることは政治屋には屈辱だったが誰にも見られないことが彼にとってせめてもの救いだった。この場所ではなんでもやり放題なのだから。

 

同盟では、報道機関がトリューニヒトが暗殺者から一命をとりとめ復帰したことが報道され、歓声をあげるサクラとともに、元気よく笑顔で片手をあげている姿が放映された。またかっての救国会議の主犯ライトバンクがフォークであり、フェザーンに亡命して地球教徒になっていたのを捕らえて処刑したことを、もちろんのこと総大司教ではなく、フォークが銃殺された合成画像がつくられて放映された。



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第18章 決戦!バーミリオンです(前編)。
第164話 金髪さん、作戦を定めます。


さて、帝国軍の諸提督たちは、艦上の人となり、仮元帥府のさらに仮元帥府である総旗艦ブリュンヒルトにあつめられている。

「今回の反乱勢力はしっぽをなかなかつかませんな。」

「参謀長はおそらく知っているだろう。蛇の道は蛇だ。そのようなことは考えさせておけばいい、」

「それにしても...先日の補給物資の奪取の失敗...ワーレンほどの用兵巧者がやられるとはな...。」

「いや用兵巧者だからこそ、逆手を取られたのだ。その点シュタインメッツやレンネンカンプも同様だ。」

「ローエングラム公がおっしゃったことがある。やつらは、集結地と補給地を変えて移動しながら戦うだろうということだった。そうすれば、敵に出現位置や行動を悟られにくいし、補給に困ることもない。」

「つまり、同盟領それ自体がやつらの基地になっているということか...。」

難攻不落と称されるイゼルローンをあっさり陥落させたと思ったら。今度はあっさりと放棄してみせたヤン・ウェンリーである。空恐ろしいほどにハードウェアの根拠地に固執しないことを徹底している。しかも同盟基地は、名声あるヤンとみほのためなら、二の句を告げずに喜んで補給してくれるだろう。

 

「やつらの兵力は、3万隻程度。われらの1/3の兵力だ。なのにその少数をさらに分散させてわが軍を翻弄している。やつらが好きな時に好きな場所に出現させることができるにしてもだ。」

「ふつうなら各個撃破で粉砕してしまうところだが、なぜかわれわれの兵力を知ったうえで、やつらは攻撃をしかけてくる。門閥貴族のどら息子と戦ったときは、その馬鹿さ加減に失笑を禁じ得なかったが、ペテン師やら小娘やらがいかに智謀の主といっても各個撃破すらできずにかえってしてやられているとは、情けない限りだ。」

ファーレンハイトが水色の瞳を光らせて提案する。

「いっそ84ヶ所の基地をすべて占領するか破壊するか?そうすればやつらを干上がらせて城下の盟を呑ませられるのか....」

「机上の空論だ。全軍を挙げればウルヴァシーが空になる。かといって短期間に84ヶ所をすべて抑えるためには、兵力分散は避けられないから、それをすればヤンに各個撃破の好機があることを教えるだけのことだ。」

「では、ロイエンタール提督は、手をこまねいて敵の蠢動を見過ごすとおっしゃるのか。」

「そうは言わぬ。追ったところでやつは逃げるだけだ。かといっていたずらにうごけば、先日のようにやつらに機会を与えることになる。」

「とはいってもわれらの物資は冬眠を決め込むほどは豊かではない。」

「だからヤン・ウェンリー、黒髪のモグラを誘い出して包囲殲滅する。問題はどんな餌をつかってやつを釣り上げるかだ。」

「とにかくヤン艦隊の主力さえたたけば、同盟軍は辞書の中だけの存在となる。やつを斃さなければ、我々に最終的な勝利はない。」

ミュラーの砂色の瞳に沈痛の色が浮かぶ。

帝国軍の目は、同盟政府や首都よりもヤン・ウェンリー一党に向けられていたが、そうでない者も一部にはいる。

「こうなった以上、ヤン艦隊などほうっておいて、敵の首都をつくべきです。」

西住まほ中将である。

「たしかに貴女の意見には一理ある。しかし、フェザーンからであっても4000光年以上、これでは補給がもつまい。敵もそれを知っているから、飢える前にどうしても引き返さざるをえまい。われわれの大部分が引き返したらいずこからヤン一党が現れて首都を回復し、同盟を再建する。それを倒すためにまた遠征することになる。」

「ミッターマイヤー提督、失礼を承知で申し上げますが、どうも私には、子羊がオオカミを恐れるか、猫を虎のように恐れているようにしか思えないのですが...。」

「逸見准将、申し訳ないが、あなたがどうして降格されることになったのか、その理由を貴女自身の舌で証明している。戦う上で最も必要なのは補給、そして敵の情報だ。われわれが最も恐れているのは、本国と前線との距離だ。それが理解できぬのであれば貴女と語ることは何もない。」

そこへラインハルトがやってくる。

「卿らよく来てくれた。作戦を定めた。一か月をいでずしてヤン一党は、宇宙から消滅するだろう。大将以上の階級の者は会議室へ集合せよ。」

 

「卿らに問う。宇宙の深淵を超え、一万数千光年の征旅をなしてきたのは何のためだ。ヤン・ウェンリーと栗色の髪の小娘に名を成さしめるためか。卿らの武人としての矜持は羽をはやしていずこへ飛び去ったのか?」

ヤン一党に名を成さしめた形となったワーレン、シュタインメッツ、レンネンカンプ三提督の視線は下へ向いてしまう。しかし、ワーレンは決然と頭をあげて若すぎる金髪の主君を直視する。

「閣下の常勝の令名を損ない、罪の大なるを肝に銘じております。であるからこそ、あえて申し上げます。新たなる勝利をもって敗北を償うことをお許しいただきたい、と。」

「期待しよう。だが、そろそろ私自身が出てらちをあけたいのでな。」

「ロイエンタール!」

「はっ。」

「卿は、リオ・ヴェルデ星域に赴き、そこの敵補給基地を攻略するとともに、周辺星域を制圧し航路を確保せよ。」

ロイエンタールは、返答を飲み込み若い主君を思わず見返す。

「わかるな?これは偽態だ。他の者にもそれぞれ艦隊を率いてわたしのもとから離れてもらう。わたしが孤立したとみれば、ヤン・ウェンリーは穴倉から野原へ出てくるだろう。そこへ網を張ってやつを撃つのだ。」

提督たちの視線が交錯する。

「すると閣下は、閣下自身がおとりとなり、直属の艦隊のみでヤン・ウェンリーの攻勢に対処なさるおつもりですか?」

提督たちの気持ちを代弁する形で、ナイトハルト・ミュラーが若き主君に問うと、ラインハルトはそうだ、とばかりに軽く頷く。

ミュラーは思わず声を高めざるを得ない。ヤンとあの小娘の恐ろしさは身をもって知っている。

「それはあまりにも危険すぎます。どうか私だけでも前衛としてそばに残ることをお許しください。」

ラインハルトは一笑する。

「無用な心配だ。わたしが同数の兵力では、ヤン・ウェンリーに勝てぬとでも思うか?ミュラー。」

「いえ、そのような...。」

「それにつれていく者は決定している。」

「それは...。」

「入ってきてくれ。」

ラインハルトは後ろの扉に向かって呼びかけた。

 



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第165話 紙の束と赤ワインです。

そこには黒森峰の赤い縁取りに黒に近い緑がかった濃灰色のパンツァージャケットを着た西住まほと逸見エリカがいた。襟には帝国の階級章がついている。

提督たちは、その場にいなかった二人がはいってきて、やはりという気持ちを持たざるを得ない。普段は帝国軍の軍服に黒森峰の赤いプリーツスカートをはいている彼女らの決意がみなぎっているのを提督たちはひしひしと感じていた。

「ふたりにわたしの指揮下で黒十字槍騎兵艦隊を率いてもらう。」

「おそらくヤン・ウェンリーは、イゼルローンに駐留した全艦隊、そしてトータス特務艦隊とやらをつかってくるだろう。総数三万隻の兵力だ。その指揮官は、ヤン・ウェンリー、ゴールデンバウム朝の宿将メルカッツ、栗色の髪の小娘ミホ・ニシズミ、同盟の最高の指揮官たちだ。そういえば分かるだろう。これは、私だけの戦いではなく、彼女たちの戦いでもあるのだ。だから、栗色の髪の小娘と因縁のある西住中将と逸見准将にきてもらうのが筋だろうと考えた。小娘を倒すのにこれ以上ふさわしい人選はあるまい。」

提督たちはうなずかざるを得ない。しかしラインハルトの指揮があるとはいえエリカの敗戦と降格を知っている提督たちには本音で言えば不安がぬぐえない。

絶句したミュラーに代わってミッターマイヤーが進み出る。

「名将とはいえヤン・ウェンリーは、一介の艦隊司令官にすぎません。閣下御自ら互角の立場で勝負なさるにはおよびますまい。僭越ながら申し上げますが、どうかご自重なさり、戦局全体を見渡して壮麗なる戦略によって、われらの戦いを後方から督戦なさってくださいますよう申し上げます。」

「なるほど卿の意見は傾聴に値するが、このほどヤン・ウェンリーは元帥に昇進したそうだ。わたしも帝国元帥であるからには、彼と同格と言っても大過あるまい。」

「閣下と同格の者など宇宙のどこにもおりません。」

そう叫んだのはイザーク・フォン・トゥルナイゼン中将である。しかし具体的な提案はしなかったので、ラインハルトはそっけなくうなづいただけだった。ヒルダは、

(閣下の輝かしさに目を奪われている...。その輝かしさに目を奪われたこそ貴族連合に加わらず生き残れたのだけれど...)

と思う。

おさまりの悪い蜂蜜色の髪を持つ俊敏そうな青年が咳払いをする。疾風ウォルフの二つ名で呼ばれるウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将である。

「わかりました。閣下がお決めになったからには小官らに口をはさむ余地はないということでしょう。ただご深慮の一端をお聞かせ願えれば小官らも安心できるのですが...。」

「その点は考えている。一つ卿らの不安をはらってやるとしようか。」

「エミール、例のものをもってきてくれ。」

エミールは、赤ワインの瓶とグラスを運んできて、グラスにワインを満たし、うやうやしく主君である金髪の青年に差し出す。

グラスから赤紫色の液体が紙の束の山にふりそそぐ。

「さて...。」

ラインハルトは、しなやかな手つきで紙の束の山から一枚紙を取り除く。そしてさらに一枚、そしてまた一枚...そうやって取り除いていくうちに紙の束を見つめていた提督たちの顔に理解の色が加わり始めた。何十何枚紙を取り除いただろうか、ついにワインのしみとおらない紙があらわれて金髪の青年元帥は部下たちを見渡す。

「見るがいい、このように薄い紙でも何十枚も重ねればワインをすべて吸い取ってしまう。わたしは、ヤン・ウェンリーの鋭鋒に対処するにこの戦法をもってするつもりだ。彼の兵力はわたしの防御陣のすべてを突破することはかなわぬ。」

「そして彼の進撃が止まった時、卿らは反転して彼を包囲しその兵力を殲滅し、わたしの前に彼を連れてくるのだ。生死は問わぬ。彼の姿を自由惑星同盟の為政者どもに示し、彼らに城下の盟を誓わせるのだ。」

誰が音頭をとったわけではなかった。無言のうちに提督たちは一斉に敬礼した。

 

ヒルダことヒルデガルト・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢がラインハルトに改めて面会を求めてきたのは夕食のあとであった。くどい、と言われるのを覚悟の上でヤンとの正面決戦を避けるよう進言しに来たのである。

「ヤン艦隊などに目をくれず、敵の首都星ハイネセンを陥として、同盟政府を降伏させるのです。そして彼らをしてヤン・ウェンリーに無益な抗戦をやめるよう命令させれば、戦わずして征服の実を達することができます。しかもこの方法は相手がヤンだからこそ有効です。」

「しかしわたしは純軍事的にはヤン・ウェンリーに対し敗者の位置にたつことになるな...。」

「....。」

「フロイライン、わたしは誰に対しても負けるわけにはいかない。わたしに対する人望も信仰もわたしが不敗であることに由来する。わたしは聖者の徳によって兵士や民衆の支持を受けているのではないのだから。」

「では、お望みのままに。わたしも旗艦にのっておともいたしますから。」

「いや、それはだめだ、フロイライン。あなたは戦場の勇者ではないし、そうでないからといって、あなたはいささかも不名誉にはならない。ガンダルヴァに残って吉報を待ってもらおう。今度の戦いは先日の比ではない。あなたに万一のことがあっては、御父君のマリーンドルフ伯に申し訳のしようがない。」

ヒルダは一礼して引き下がった。

 

ラインハルトの寝室で、ベッドを整えにきた少年が話しかける。

「ヤン・ウェンリーは逃げ回ってばかりで堂々と戦わない、卑怯だと思います。」

ラインハルトは、少年に対し、微笑をうかべつつ首を横に振った。

「エミール、それは違う。名将というのは、引くべき時機と逃げるべきときには逃げる方法をわきまえた者にのみ与えられる呼称だ。進むことと戦うことしか知らぬ猛獣は、猟師のひきたて役にしかなれぬ。」

 

「でも公爵閣下は一度もお逃げになったことがないではありませんか。」

「必要があれば逃げる。特に彼のような小兵力であった場合は必要に迫られることが多くなるだろう。幸いにもその必要がなかっただけだ。」

静かに諭すような口調で話す。

「エミール、わたしに習おうとおもうな。わたしのまねは...ふつうはできぬ。たった一人を除いて。それは、わたしの親友だった者のみが可能だった。しかしもはや、そのような者はおらぬ。かえって有害になる。だが、ヤン・ウェンリーのような男にまなべば、すくなくとも愚将にならずにすむだろう。いや...お前は医者になるのだったな。らちもないことを言ってしまった。」

ラインハルトは、遠くを見るように話していたが、少年に向き直る。

「もう寝なさい。子どもには夢を見る時間が必要だ。」

それは、かって幼い日に彼自身が姉に言われた言葉だった。

 



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第166話 金髪さんの仕掛ける「壮大な網」です。

エミールが最敬礼をして出ていくとラインハルトの心は急速に現実の好敵手に向かって収斂していく。金髪の若者が硬質の窓辺にたたずんで夜空を見はるかしつつ独語する姿は、メックリンガーなどがみれば、やはりこの青年、主君は、まさしく芸術品だと改めて首肯したところだろう。

「お前が望んだことだ。望み通りにしてやったからには、わたしの前に出てくるだろうな、奇跡のヤン。」

一瞬彼は幸福だった。彼が最大の至高の味方を失ってから一年半が過ぎようとしていた。そして彼は今、最大、最強の敵であり、宇宙一の用兵巧者の座を競う至高の好敵手を迎えようとしているのだ。

さて、4月4日、ウォルフガング・ミッターマイヤーが艦隊を率いてエリューセラ星域へ向かう。翌5日、エリューセラに隣接するリオヴェルデ星域にロイエンタールの艦隊が進発する。

金銀妖瞳の細面の青年提督は、旗艦トリスタンの艦橋にたたずみ、遠ざかっていく惑星ウルヴァシーをみつめながら独語する。

「全軍が反転してヤン・ウェンリーを殲滅する、か...みごとな戦略ではある、だが、反転してこなかったときはどうなるのだ?」

その独語は、口元のゆがみ程度のものにしか見えず、聞いたのはつぶやいた当人のみであった。

 

さて惑星ハイネセンでは、白狐とまで呼ばれ、帝国の弁務官までつとめたやや白みがかった金髪の伯爵のもとへ、「老練」の語を実体化したような歴戦の落ち着いた銀髪の老提督が訪れたのは三月末から四月初旬のことだった。かっての交渉巧者のはずだった元弁務官の貴族、銀河提督正統政府主席閣僚にして国務尚書は、あたかも蛍光塗料を塗りたくったような怒りと蒼白さとが混じった表情で、自分を見捨てるとしか思えないかっての銀河帝国軍随一の名将として知られた老提督をなじった。

しかし、かっての銀河帝国軍随一の名将、そして元ヤン艦隊において客員提督として遇された老提督は優秀な指揮官がもつ冷静さをもってこんこんと語るのだった。

「わたしがここにいてもなんのお役にもたてないでしょう。伯爵閣下のおんためにも、皇帝陛下のおんためにも。むしろヤン提督に協力してローエングラム公を打倒することに最後の活路をみいだしたいのです。閣下にはそのための行動の許可をいただきたいと思っているのですが...。」

レムシャイド伯は沈黙せざるを得なかった。幼い皇帝のことに一言も言及できなかった自己を恥じる心情に気が付いたようだった。老提督、ウイリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツが、銀河帝国正統政府宰相府を出ると若き彼の有能な副官ベルンハルト・フォン・シュナイダーが敬礼をもって帝国軍の軍服を着た5人の男たちとともに上官を迎えた。メルカッツは彼らを翻意しようかと一瞬考えたものの、その目の光に頡色の色を見て諦めた。こうして7人の軍隊がヤン艦隊に加わったのは、ヤン艦隊が進発した4月6日から4日後の10日のことであった。老提督は、再び顧問として迎えられ、自由惑星同盟における本来の居場所にもどったのである。

 

フレデリカが持ってきた資料を私室で読み進むうち、ヤンは、心の地平線に太陽が沈まされたかのような錯覚を覚えたくらい、ラインハルトの凄味を実感していた。資料には帝国軍の提督たちが進発したのにあわせてラインハルト自身の本隊も進発したことが示されていた。ウルヴァシーの強襲が先日行われたが失敗に終わってかえってそれが導火線になって壮大極まりない罠を完成しようとしている。

「おそろしい男だな。」

とつぶやかざるをえない。冷たい恐怖のしたたりが全身の細胞に浸透するかのようである。

帝国軍の諸提督たちが反転攻勢の限界点に達するには、およそ10日ほどかかるだろう。その時にラインハルトの本隊をたたくつもりだったが、それを待っていたらハイネセンが陥落してしまう。そうなってしまう前にラインハルトの本隊をたたかねばならない。その場合、諸提督が短期間、2日から5日ほどでもどってくるから一個艦隊同士の五分五分のはずが、包囲殲滅させられるというわけである。

つまり一個艦隊同士となる短時間のうちに比類ない名将であるラインハルトを倒さねばならない。しかもラインハルトは諸提督がもどってくるまで戦線を維持していればいいわけである。

「だれかかわってくれないものかな...。」

と独語せざるをえない。そのとき扉に遠慮がちなノックの音がしたので、リモコンを押してドアを開ける。そうすると栗色の髪の少女が緊張した面持ちで立っていた。

「あの、いいですか...?」

「ミス・ニシズミ...。」

ヤンは、入室を承諾した旨、身振りで同盟軍大将にまでのぼりつめた優れた指揮官である少女に伝える。

用件を問われると少女は身を乗り出して

「ラインハルトさんが全軍を分散させました。あの...どう、お考えですか?」

と問う。

「どう考えると言われてもな...。」

「あの...これは、ラインハルトさんが本隊を攻撃されたときにほかの提督さんたちが一気に反転して包囲してわたしたちを全滅させようという、そういう罠です。」

ヤンは五稜星のあるベレーを脱いで、一瞬天井をむく。

「ミス・ニシズミ、そのとおりだ。しかし、わたしは勝算のない戦いをしないことを

モットーにしてきたのは、ミス・ニシズミにはわかるだろう。」

「はい。」

「ラインハルトさんは、ヤン提督の狙いを正確によみとってさそいをかけてきていると思います。」

ヤンは少女の聡明さに舌を巻かざるを得ない。彼女は、少数のさほど優秀でない戦車、しかも相手よりも少ない戦車で無名の大洗女子を決勝にまで導いたのである。そのためには作戦で相手をうわまらなければならない。しかもその戦術センスが帝国軍との連戦でますます磨かれている。

「そのとおりだ。純粋に打算で考えれば、わたしの挑発に乗らずに一気に首都星ハイネセンに攻撃をすればいいのだ。おそらくその方が効率的だろう。なのに彼はあえてそうせず、私の、いわば非礼な挑戦に応じてくれたわけだ。」

「あの...。」

「なんだい?」

「帝国にすんでいる普通のみなさんのことを気遣っているってお聞きしています、でもヤン提督にとって、いちばん大切なものを大切にしてほしいです。」

「ありがとう。わたしが今考えているのはローエングラム公のロマンチシズムやプライドを利用していかに彼に勝つか、ただそれだけさ。ほんとうはもっと楽をして彼に勝ちたいんだがこれが最大限楽な道なのだから仕方ない。」

みほはこくりと一礼して退出した。

 



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第167話 「魔法がかかった夜十二時までの自由」です。

4月11日、ムライ中将をとおして半日間の休暇が伝えられる。

ヤン艦隊の駐留している小惑星ルドミラはたんなる軍事基地なだけで娯楽施設などはない。しかし、フレデリカは、この休暇をどうすごすかに思案にくれる必要はなかった。ヤンに私室へ来るように言われていたからである。彼女にとって「魔法がかかった夜十二時までの自由」のように思われた。彼女は、ごくわずかな化粧をなおして、ヤンの部屋に入る。

部屋の主は、表情の選択に困ったというようすで、しかめつらしく椅子をすすめた。

その第一声は、

「大尉」だった。

「はい。」とフレデリカは返事をする。聡明で普段冷静な彼女をして緊張のあまり階級が間違っているという反論すら浮かばずに反射的に返事をしている。ヤンはあわてたように「少佐」といいかえた。

「はい。」

10秒ののちふたたびヤンは美しい副官で想い人に声をかける。

「ミス・グリーンヒル」

「はい。」

10倍の敵に囲まれたときと同じくらいか、それ以上の勇気をふるっただろうか。黒髪の青年提督は、ふたたび美しい副官に声をかける。

「フレデリカ」

今度は、フレデリカも即答しなかった。返事をするまでに時計の秒針が6分の1周を刻む時間が必要だった。やがてヘイゼルの瞳をおおきくみはって、「はい。」と答え、

「11年間の時間をようやく取り戻せたようなきがします。元帥がわたしのファーストネームを呼んで下さったのは、エル・ファシル星系で命を救ってくださって以来です。憶えていらっしゃいますか?」

とたずねる。しかし当の黒髪の青年元帥、ヤン・ウェンリー、帝国軍がその智謀を恐れる名将は、このとき安物のからくり人形のように首を振る恥ずかしがり屋の一青年でしかなかった。

実は、フレデリカがヤンの副官になったときに同じような質問をしている。ヤンは11年前のエル・ファシルで、昼食を運んできた少女にお礼をいい、その少女はフレデリカと呼ぶよう、若い中尉に告げた。パンをのどに詰まらせたこの若い中尉に少女はコーヒーを飲ませ、紅茶のほうがよかったと言われているのだ。

やわらかくほほえむへイゼルの瞳の美人にヤンは頭をかるくかきつつ話しかける。

「フレデリカ、この戦いが終わったら...わたしは君より七歳も年上だし、なんというか、その、生活人としては欠けたところがあるし、そのほかにも欠点だらけだし、いろいろ顧みてこんなことを言う資格があるか疑問だし、いかにも地位利用しているみたいだし、目の前に戦闘を控えてこんな場合にこんなことを申し込むのは不謹慎だろうし...。」

フレデリカは呼吸を整えた。彼女はヤンの心情を把握した。想いが通じた喜びはあったがヤンといる時間が長いため、思いのほか落ち着いてはいたが、鼓動が早くなるのを自覚した。

「だけど言わなくて後悔するよりは言って後悔するほうがいい...ああ、こまったものだな、さっきから自分のつごうばかり言っている...要するに...要するに...結婚してほしいんだ。」

肺が空になるのではないかと感じるほどヤンは大きく息を吐く。フレデリカは、心に翼が生えて勢いよく飛んでいくような心地よさを感じた。この申し込みに対する答えをずっと考えてきたはずだったが、口をついて出たのは

「二人の年金を合わせたら老後も食べる者に困らないと思いますわ...それに...わたしの両親は八歳違いでした。そのことをもっと早く申し上げておくべきでしたわ。そうしたら...。」

フレデリカは笑顔をつくった。自然と喜びがにじみ出ている笑顔になった。しかし、相手-ヤン-が落ち着かない感じであるのに気がついた。

「あの...どうかなさいましたか...それに、本当によろしいのですか?ミス・ニシズミのことは?」

ヤンは首を振る。

「...たしかに彼女は、性格的にも魅力的な女の子だし、優れた指揮官であると思う。しかし、彼女の幸せのためには元の世界にもどってもらうのが一番だと思う。それに...。」

「それに?」

「それに...彼女は、どうしても戦友というか自分の分身というか妹という感じなんだ。なんというかユリアンの一つ上の姉のような...。それはともかく」

ヤンは、いかにもこれから教官から口述試問を受ける士官学校生徒のような深刻な表情に戻った。そしてベレーを脱ぐとそれに話しかけるように

「...返事をまだしてもらっていないんだが...どうなんだろう?」

「え?」

フレデリカはへイゼルの瞳をみはり、ようやく自分のうかつさに気が付いてほおを赤らめた。イエスかノーかについては、あまりにも明白だったので、思わず老後どうするかなどと口走ってしまうくらいまったく意識すらしなかったのである。

ようやくはやる心をなんとかおさえつけて答えることができた。

「はい...イエスですわ。イエスです。閣下。ええ、喜んで。」

ヤンはぎこちなく頷いた。

「ありがとう。なんというか...なんと言うべきか...。」

 

「みぽりん、どうしたの。」

みほは力ない笑顔を沙織、麻子、華、優花里、エリコに向ける。

「もしかして...ヤン提督のこと?」

みほはぎこちなくうなづく。

「わかってはいたの。」

「うん...そうだね。」

「でも、フレデリカさんとヤン提督の想いがかなってよかったとも思っているの。」

「そうだね...。お二人ともすごくよくしてくれたし。」

「みほさん。」

「華さん?」

「この体験は決して無駄にならないとおもいます。みほさんの気持ちにも気が付いていたと思います。」

「そうかなあ。」

沙織がませっかえす。

「今、花を咲かせられなくてもまた次の機会で花を咲かせられます。」

「西住殿。」

「優花里さん?」

「このたとえが正しいのかわかりませんが...。もう少しで見ることができなかった戦車にまた後日見る機会が与えられるよう願っているとそれがかなったことが何度もありました。きっと西住殿の願いがかなう日が来るとおもいます。」

「隊長」「みほさん?」

「麻子さん?エリちゃん?」

「島田愛里寿がこの世界に来ていたらしい。帝国軍で、キルヒアイス提督の艦隊にいたようだけどキルヒアイス提督が亡くなった直後から行方不明になったらしい。」

「どうやら元の世界に戻ったと推察される?元の世界に戻る方法がある?」

「その前にこれからの戦いで勝つか、生き残るかしなければならない。」

「わたし...。」

「みぽりん?」

「わたしの気持ちはかなわなかった。でもヤン提督の守りたかったものを守ってから元の世界にもどりたい。」

「そうだね。それしかないじゃん。」

沙織がほほえんで話をまとめる。

「わたしたちの歩んだ道が戦車道になるように、今いる場所で最善を尽くすことが元の世界に戻ることにつながっているとわたしは思う!」

「うん。」

みほは再び笑顔になった。




おなじころ、こちらはフレデリカにあこがれていた少年がキャゼルヌ邸に「重力に異常を感じさせる歩調」で入ってきて、その主に慰められていた。
「基本的にはめでたいことだ。ヤンに嫁のなり手があったんだからな。」
「どうして基本的なんて留保をつけるんです?」
「それは、お前さんが乾杯の前に一杯空けてしまった理由さ。あこがれていたんだろう?ミス・グリーンヒルのこと?」
「ぼくは、心からお二人を祝福しているんです。これはほんとうです。」
「それはわかっている。もう一杯いくか?」
「はい、薄く...。」
3/2,23:00p.m.(JTC)


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第168話 さぐりあいです。

さて、ヤン艦隊は小惑星ルドミラを出発し、一路決戦場と目されるバーミリオン星系へ向かう。そこで止めないとあとがないのだ。

 

恒星バーミリオンは、赤色矮星のなかでやや大きめな星である。ときおり激しいフレア活動を示す閃光星で、大きさは太陽の半分弱で明るさは180分の1である。といっても明るさは月の5560倍弱はあり、フレア活動を起こすときは、光度は、通常の100倍から200倍に達する。すなわち太陽よりも明るく輝く場合があるのだ。

またそのときは、はげしく変化する電波やX線を発し、磁気嵐を伴う。同盟軍には5分~10分単位での観測結果の累積があり、それを戦闘に生かせれば有利に働くことが期待された。しかし、ふだんの見かけは、数々の旅行記に書かれているように「早春の小さな果実にも似た弱弱しい印象の恒星」であった。

 

アッテンボローにとって、神経がはりつめて緊張しているときに、のんびり薄暗く光を放つように思えるこの恒星が、不快さをさそったのかもしれない。思わず「頼りない太陽だな」とつぶやいてしまう。

「ここでローエングラム公を阻止しないとあとがない、」

ヤンがつぶやき、幕僚たちは、自分たちの魔術師と称される黒髪の司令官が黒地に銀の装飾をあしらった軍服を着ている元銀河帝国の初老銀髪、老練の宿将と話しているのをみるとき、安堵を覚えるのだった。

「索敵網はこんなところでしょうか。」

「そうですな。偵察隊はただ曲線的に逃げるのではなく、ワープトレースを消しつつ、パルスワープを繰り返せば時間が稼げるでしょう。」

「わたしもそう思います。まあ、数十分程度でしょうが。」

「そんなところでしょう。でも索敵後にそのわずかな時間でも優位にたてれば作戦をより綿密につめることができますからな。相手が相手だけに...。」

イゼルローンの同盟軍将兵は、メルカッツの人格、そしてヤンの留守中にイゼルローンを守った実績、そしてあの敵将ローエングラム公も評価する歴戦の宿将で、自分たちの司令官が賓客として遇するこの老将を自然に受け入れ、彼の姿を見て時計の針をあわせるようになっていた。

目の前に帝国と同盟を代表する名将がいるではないか!将兵たちは心の奥底で我々には勝利以外のなにものもないと希望と確信に満ちた安心感を強めることができるのだった。

 

「バーミリオン星系を一万の宙域に細分する。二千組の先行偵察隊で敵情をさぐるように。」

ムライ参謀長の指示により水も漏らさぬ索敵網が構築される。

30時間後、チェイス大尉率いるFO2偵察隊の一下士官が無数の光点の群れをとらえる。

「大尉、これをご覧ください。」

「!!」

大尉はうなづき、

「司令部に報せる。」

と答えた。

「FO2偵察隊、チェイス大尉より報告です。」

「よしつなげ。」

「MこちらFO2偵察隊。MASAB量子暗号送ります。」

MASAB量子暗号とは、量子コンピューターでようやく解析できる暗号がマヤ文字と古代南アラビア文字、線文字Bに変換され、それが意味をもっていたり乱数になっていたりして容易に解読できなくなっている。

「解析しろ。」

「敵主力を発見せり。位相は、00846宙域より、1227宙域方向をのぞんだ宙点で、わが隊よりの距離は4.6光分。至近です。」

 

一方の帝国軍も同盟軍の偵察隊をとらえる。

「敵のねずみを発見しました。」

「こちらの位置をおそらく知られたと思います。ブラウヒッチ閣下、敵のねずみを撃滅しますか。」

「いや、敵のねずみ数匹撃滅して、小功をほこらずともよい。それよりも敵を泳がせて敵主力の位置を割り出すのだ。」

 

同じころチェイス大尉も部下に命じる。

「おそらく敵に発見されただろう。直線的に帰るのは愚の骨頂だ、こちらの本隊の位置を知らせることになる。進路を計算し、パルスワープをワープトレースを消しつつ繰り返すのだ。」

「了解。」

 

「敵、ワープしました。」

ブラウヒッチは舌打ちしたが

「ワープトレースをかく乱しても、通常空間では、完全には消せない。いくつかの候補が絞り込めるはずだ。」

帝国軍は執拗にパルスワープのワープトレースを解析した結果を司令部に報告する。

「敵とは、バーミリオン星系で接触することになりましょうな。」

ラインハルトはうなづいてつぶやく。

「やはり...ここか...。」

「シュトライト少将を呼んでくれ。」

「御意。」

 

「シュトライト少将。」

「はっ。」

「おおよそだが敵の位置が知れた。250光秒ほど先だ。これで奇襲の可能性はなくなった。すぐには戦闘は開始されない。いまは緊張をほぐしておいたほうがいいだろう。

短いが三時間ほどの休暇を与える。飲酒も許可する。」

「御意。」

シュトライトが退出するとラインハルトは指揮官席に座ったまま目を閉じた。

 

同盟軍も同様だった。ただし、最高幹部は会議室に集合し、コーヒーをすすっている。ヤンのみが紅茶である。

「ローエングラム公は比類ない天才だ。正面から同兵力で戦ったらまず勝算は少ない。」

「かもしれませんな。しかしあなたもそう悪くない。直接手を下したのではないにしろ帝国軍の名だたる用兵巧者を立て続けに三人も手玉にとったではありませんか。」

「まあ、あれは運がよかったのさ。それに直接指揮を執ったミス・ニシズミとアッテンボローの功績さ。」

「はい。わたしも運が良かったとおもっています。」

ヤンもみほも幸運だったというのは本心だった。とくにヤンは幸運を使い果たしたのではないかという思いが一瞬脳裏によぎるのだった。

メルカッツは穏やかな目で息子のような年齢の青年司令官をみつめていた。これが民主国家の軍隊のあり方か、こういうやり方もあるのだなと感心していたのかもしれないし、単にヤンの指揮能力に感心していたのか、肯定的な視線ではあったが表立っては何も言わなかった。

会議は、実質的な意味よりも幕僚たちの精神的な安定のためといってもよかったが、それがすむとそれぞれ退室していったが、シェーンコップとヤンのみが会議室に残った。

ヤンは、シェーンコップをみてからその視線を一瞬外したが、また再び向き直って「勝てると思うかい、中将?」と口にした。

「あなたに勝つ気があればね。」

「わたしは、心の底から勝ちたいと思っているんだがね。」

「いけませんな。ご自分で信じてもいらっしゃらないことを他人に信じさせようとなさっては。」

ヤンは沈黙した。



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第169話 戦闘開始です。

シェーンコップの舌鋒は、敬意と辛辣さが絶妙に混じっている。

「あなたが勝つことだけを目的とする単純な職業軍人か、己の力量を自覚せずに権力を発する凡俗な野心家であれば、わたしとしてもいくらでも煽動のしがいがあるんですがね。ついでに自分自身の正義を信じてうたがわない信念と責任感の人であればいくらでもけしかけられる。ところがあなたは戦っている最中でさえ自分の正義を全面的に信じていない方ですからな。」

シェーンコップは愉快気に空のコーヒーカップを指でつつきながら

「信念なんぞないくせに戦えば必ず勝つ。唯心的な精神主義者からみれば許しがたい存在でしょうな。困った人だ。」

と苦笑しながらヤンを一瞥する。

「わたしは、最悪の民主主義でも最良の専制政治にまさると思っている。だから忌み嫌うべき衆愚政治の権化ヨブ・トリューニヒト氏のために至高の英雄ラインハルト・フォン・ローエングラム公と戦うのさ。これほど立派な信念はないと思うがね。」

ヤンは軽くため息をついてしまう。

「まったくもって中将の言う通りで反論しようもないな。しかし、最悪の専制政治が最良の民主主義を生み出すことがあるのに、最悪の民主政治が破局したときに最善の専制政治が実現したことがあったんだろうか...と考えてしまうな...。」

「わたしは、多少は歴史にも関心はありますが、閣下ほどではないですから、そういう例は寡聞にして知りませんな。」

「民衆が彼らを侮蔑する者に熱狂の拍手を送ることがあるのさ。扇動、情報操作を行ってイメージをつくる。本当はかれらを守ってくれるはずの者を巧妙に悪者にしたてる。はるか数千年前に、経済大国として知られたとある島国が衰退するときにあったそうだよ。」

「豚が痛くないからこの屠殺システムは優れているとひとごとのようにほめるようなものですな。痛くなく死ねるからといって天国に行けるわけでもないのに。」

「同盟がフェザーンに食い荒らされていたようにその国も国際金融資本に食い荒らされていたそうだよ。トリューニヒトが帝国の脅威をさかんに言い立てて国内問題から目をそらさせたようにその国の「トリューニヒト」も外国の脅威を言い立てて国内問題から目をそらさせていたという話さ。その国の農業、種子を守るための法律、飲み水を守るための法律、そして健康保険。国際金融資本が儲けるためにはすべて邪魔だった。だからそういったものを貿易の公正をさまたげる障壁として一見公平そうに見える裁判の形をとって取り払えるようにした。その国の場合と違って、実際に帝国が脅威だったことは間違いないからトリューニヒトがまともに見えてしまうのが皮肉だが。」

わずかな休憩時間が終わって将兵たちに告げられたのは

「総員、第一級臨戦態勢。」

という指示である。ようやく気持ちを引き締めたところで

「敵との距離、84光秒!」

というオペレーターの声が全艦に流れ、兵士たちの全身に緊張が走る。

ヤンは、指揮デスクの上に片膝を立てて座る。正面のスクリーンを見つめていたが、しばらく幕僚たちを見渡してからまた正面スクリーンに視線をもどす。

再びオペレーターの声が流れる。

「敵軍、イエローゾーンを突破しつつあり。」

砲手の指がそろそろと発射ボタンの上にのせられる。息をこらして司令官の発射命令を待つ。

何秒たったであろうか。

「完全に射程距離に入りました。」

そのオペレーターの声が号令となり、ヤンが軽く片手をあげ、次の瞬間には素早くふり降ろされ、

「撃て!」

とその口からは鋭い声が発せられた。

数十万の光の槍が発射される。その槍が相手に届く前に、帝国軍からも同様におびただしい数の光の槍が発射された。

こうして宇宙暦799年、帝国暦490年4月24日14時20分、狭義の意味でのバーミリオン星域会戦が始まる。両軍の艦艇数は、ほぼ同数30,000隻。帝国軍は、ラインハルトの本隊18,000隻に、西住まほ中将及び逸見エリカ准将率いる黒十字槍騎兵12,000隻、同盟軍は、ヤン・ウェンリー、アッテンボロー、フィッシャー率いる16,000隻、西住みほ大将率いる9,000隻、角谷杏中将率いるトータス特務艦隊5,000隻である。

 

ヤンもラインハルトも相手こそ奇策をかけてこないかと警戒していたため、結局のところ平凡な形で戦闘が開始されることになった。しかし、いったんはじまった戦いは、当事者の意図することにかかわらず暴れ馬のように変化していく。

帝国軍の最前線からいかにうごくべきかラインハルトのもとに指示を請う通信が入る。

ラインハルトの蒼氷色の瞳に雷光がきらめく。

「それぞれの部署において対応せよ。なんのために中級指揮官がいるのか!。」

同盟軍でも同じように細部にわたる指示を請う通信がはいる。ヤンはため息をついて

「そんなことは敵と相談してやってくれ。こちらには何の選択権もないんだから。」

ある艦は、エネルギー中和磁場と装甲を貫かれ、熱と光の乱流がその艦内に席巻し、乗員とともに四散する。ある艦は、幸いにもわずかな距離差に守られ、光の槍が命中せずに雲散霧消する。

帝国軍の砲火が同盟軍旗艦ヒューベリオンの周囲の僚艦を貫き、爆破させ火球を生じさせる。ヒューベリオンの艦長アサドーラ・シャルチアン中佐の浅黒い精悍な顔に危惧の表情がうかぶ。

「司令官閣下、旗艦が前へ出すぎております。集中砲火の的となるおそれがありますので、後退を許可いただきますよう。」

「艦レベルの指揮は艦長に任せてある。中佐のよいように。」

ヤンは鷹揚に返事をしたが、 10分もしないうちに状況が変化する。帝国軍の一部が戦理にそぐわない突出をし始めたようにみえる。ヤンの用兵家としての直感が脳裏に走る。

「なんだってこんなに後退するんだ。指揮がしにくいじゃないか。」

と語気を強めてつぶやいてしまう。

「閣下!」

とたしなめるフレデリカの声で冷静さをとりもどす。

「敵の陣形が乱れている。チャンスなんだ。もっと全体の様子がつかめる位置まで前進してほしい。」

ヤンは、帝国軍の一部が明らかに他部隊との連携を欠いて突出し始めるのを改めて確認し、攻撃の好機を見出す。

 

帝国軍の部隊で突出していたのは、トゥルナイゼンである。

「あれは、ヒューベリオン、敵旗艦です。」

「突撃だ。魔術師の首をとるのはわが艦隊だ。」

「はっ。」

トゥルナイゼンの第一陣が砲撃をしようとすると

「後背より、第二陣です。」

「....衝突するぞ。」

「回避!回避!」

衝突回避システムを作動し、艦列が乱れる。

 

「よし、11時の方向の敵が乱れている。撃て!」

ヤン艦隊の砲火がトゥルナイゼンの艦隊に横殴りに降り注いだ。

 



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第170話 横列陣のあとにまた横列陣です。

帝国軍の艦艇は、次々に火球に変わった。壮大な花火のように輝いた一瞬後には、金属の破片をまき散らしていた。乗員は悲鳴をあげる間もなく気化した者、悲鳴を上げて焼失した者は幸せだったかもしれない。身体が引きちぎられたり、宇宙空間に放り出されたりした者も多かった。

帝国軍の艦列に穴が開く。その様子は、総旗艦ブリュンヒルトからも見えて、金髪の若き元帥の蒼氷色の瞳に怒気の雷光がよぎる。

「トゥルナイゼンは何をしているのか。」

「申し訳ありません。いま連絡をとっております。」

通信士官たちは、妨害電波や電磁波の干渉と戦いながらダイヤルを回し、コンソールと格闘する。

「トゥルナイゼン提督の艦隊が突出し、密度が大きいため衝突回避システムで艦列が乱れている模様。」

「声は遠くに届くのに目は近くのものしか見えないようですな。」

銀髪義眼の参謀長がつぶやく。

「卿の言う通りだが、さしあたって生き残るにはやつの戦力が必要なのだ。シャトルは狙われるから信管を抜いた誘導機雷でやつに通信カプセルを送れ。」

「誘導機雷射出!」

 

「敵艦隊、攻撃されている部隊の救援に向かっています。」

「よし。フィッシャー提督、冷泉麻子少佐に連絡。陣形をYMN-1回路のように変形せよと。」

 

帝国軍の艦列が同盟軍の砲列の前にストローに吸い出されるように躍り出る格好になった。そのタイミングの巧緻さは、歴戦のメルカッツをして感嘆させるもので、老練の名将は、口をわずかに動かして「みごと。」と思わずつぶやかざるをえない。

「撃て!」

それは密度と正確さおいて比類ないもので、帝国軍は光と熱の壁にみごとにつっこむことになった。帝国軍数千隻の艦艇がトゥールハンマーのような巨砲ではなく、通常艦艇の集中砲火によって爆発四散をえんえんと繰り返したのである。

高熱のために瞬時に気化する者、

「ぎゃああああああ」

悲鳴を上げた次の瞬間には、死ぬか、気化するか、艦内から砲指されるか、生きながら焼かれるかだった。即死を免れても「熱い、熱い!」「母さん、母さん」と叫びながらのたうちわまる地獄絵図が現出されていた。

それは応射をくらった同盟軍の艦艇の内部でも同じだった。かろうじて爆発を免れた艦艇の内部でも手足のない死体や頭のない死体、ちぎれた手足が散乱していた。そして血の海が湯気をたてている。

 

帝国軍はいくらでも増援が見込めるのに対し、同盟軍は増援は見込めなかった。ランテマリオの残存兵力は首都防衛のために残されてはいるものの、ひとたびヤンやメルカッツ、みほが倒れたらラインハルトを止められる者はいない。しかもミッターマイヤーとロイエンタール、帝国軍の双璧が無傷ままおそいかかってくるのである。普通であればその責任の重大さに発狂してもおかしくなかったが、ヤンは、人間の能力と可能性には限界があることを承知しており、

「やってもダメなものはダメ~」「なるようにしかならないよ~」などと鼻歌を歌って、ひらきなおっていたからそのような陥穽にはまらずに済んだのである。

しかし、リアルに兵士たちの死にざまを見ずにすんでいることも大きかっただろう。ただヤンは自分が大量殺戮者であることを自覚していたので、フレデリカの想いに応えて家庭的幸福を求める資格があるのだろうかという気持ちが心にとげのようにひっかかっていたのも事実だった。ラインハルトという比類ない強敵との直接対決という命がけの事態が控えていたからこそ自分に正直になれたというところだろう。

 

バーミリオン星域会戦は、後世、用兵家として神話的な名声をえることになるふたりの若い元帥がほぼ同数で直接対決した戦史上特筆すべきものになるのだが、その緒戦は、平凡で偶発的な混乱と暴走の様相を示し、双方にとって不本意な消耗戦となっていた。それを戦いつつ立て直して、たがいに陣形の再編を行った手腕にも非凡さが認められると評されている。

 

4月27日、戦況は最初の変化を見せる。

「全艦隊、YW-2回路に従い、円錐陣形に再編。突撃する。」

 

みほの旗艦ロフイフォルメでは優花里がみほに話しかける。

「めずらしいですね。」

「うん...。」

ふだんは敵の動きに対して対応して動き、正面から戦うのを避けて、奇襲、奇策で敵をはめるのがヤンの戦い方であり、ラインハルトの用兵を剛の先制攻撃とするとヤンのそれは柔軟防御と評されているが、バーミリオンではそれが逆になったのである。

 

「同盟軍、突進してきます!」

「迎撃せよ。正確にだ。」

ラインハルトは口元をわずかにゆがめて命じる。

 

攻撃は最大の防御と言わんばかりの計算しつくされた円錐陣形で猛烈な砲撃を行いながらヤン艦隊は突進していく。対する帝国軍の応射も苛烈なものであったが、ヤンのお家芸の一点集中砲火は、草を刈るように帝国軍艦艇をなぎたおしてその艦列には漆黒の空間の穴があいていく。

「敵艦隊を突破しました。突破です。」

オペレーターが声をうわずらせ、ヒューベリオンをはじめ、同盟軍艦艇の艦橋を歓声がみたす。しかし、ヤンの心と脳裏に警鐘が鳴る。

「薄すぎる...。」

思わずぼそりとつぶやく。見方によれば、値段の割にあたかもステーキが見かけ倒しで薄すぎたことに不平を鳴らす客のようにも見えたかもしれないが、ヤンの心には、帝国軍がこんなに簡単に突破を許すはずがない、という根本的な疑惑がある。

「すぐに次の敵が来る。戦闘態勢そのまま。」

「12時方向に新たな敵。」

帝国軍は横列陣で砲撃を加えてくる。

「撃て!」

ヤン艦隊は一点集中砲火の移動で帝国軍の横列陣に穴をうがつと、のたうつへびのように砲火を移動させてなぎ倒していく。その先陣をきるのは、元ビューべリオンの艦長でもあったマリノ准将の部隊であった。

「敵艦隊突破しました。」

「!!」

オペレーターは至近に横列陣の光点の群れを認める。

「2光秒先に敵艦隊!」

「また出てきやがったか...いったい何重の防御網をしいているんだ。大昔のペチコートか、たまねぎか...。」

マリノ准将は不機嫌そうに幕僚たちを見渡すが、だれも返答せず、不安のもやが漂うだけだった。ヤンから再びもたらされた新たな命令は単純なものであった。

「撃て!」

と命じて三番目の防御陣を突破し、二陣目を突破した時よりも小さくなっていく歓声がやまぬうちに四番目の防御陣の光点が横長に広がっているのを認めることになった。



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第171話 金髪さんの作戦見破ります。

4月29日、同盟軍は、第8陣を突破していたが、数光秒先に第9陣の光点が広がっている。

「なんという深みと厚みだ...。重厚な縦深陣をひいてくるだろうとは思っていたがこれほどまでとは....。」

 

メルカッツが腕を組む。老提督の脳裏にはこの時点でいくつかの仮説があったがどれが正しいのか判断の材料がそろっていない状態だった。

「まるでパイの皮をむくようだ。あとからあとから防御陣が現れる。」

「際限がありませんな。」

ムライとシェーンコップが会話をかわす。

ヤンはメルカッツの顔に視線を送る。元帝国軍の宿将は軽く頷く。そのときだった。通信士官がロフィフォルメからの通信によってコンソールが点滅しているのを認めてヤンに報告する。

「ヤン提督、西住提督からです。解析して映像を出します。」

みほの顔が映し出される。

「あの...ヤン提督はいらっしゃいますか。」

「ミス・二...どうしたんだい、西住大将。」

ヤンがかすかに顔を赤らめて、みほへの呼び方を訂正すると、みほも階級で呼ばれて少し恥ずかしそうにかすかに顔をあからめる。

「ラインハルトさんがなにをしようとしているのかわかった気がします。」

みほの顔が映ったスクリーンにヒューベリオンの幕僚たちの視線が集中する。ヤンはみほに促す。

「うん、続けてくれ。」

「ラインハルトさんの狙いは、わたしたちを消耗させることです。それも物理的だけでなく心理的にもです。わたしが作戦名をつけるとすれば、パイの皮作戦というかミルフィーユ作戦というような感じです。ひとつの陣が突破されると次の陣があらわれるしくみです。」

「そのとおり。」

メルカッツがつぶやき、自分の仮説が正しかったことを確認するように軽くうなづく。

「帝国軍は前方からやってくるのではないんです。そうだとしたらセンサーに反応しますし、ラインハルトさんも戦況を把握するのが難しくなるはずです。帝国軍は、薄いカードのように左右にならんでいるんだと思います。」

「なるほど、左右からスライドしてきてわが軍の前方に現れるということか。よく考えたものだな。」

「はい。これをなんとかすればラインハルトさんの本陣をたたけると思います。」

ヤンはため息をついた。

(なるほどな。こういう陣形であればローエングラム公は、戦況を把握しつつ、左右に控えた部隊を横に移動させて際限なく同盟軍の前に立ちはだかせることができるわけだ。しかも恒星風に見舞われる不安定な星域では単純な命令で援軍が来るまで持ちこたえていればいいというわけか。)

「帝国軍、ワルキューレ隊が接近してきます。距離1光秒。その数180。」

「ポプラン、コーネフの両戦隊に迎撃させろ。」

ヤンは、そう命じると、指揮デスクからシートに降りる。次の戦術を考える集中を維持するために黒ベレーを顔に乗せた。

 

「ウィスキー、ラム、アップルジャック、各中隊そろっているな。敵にのまれるなよ、逆にのみこんでやれ。」

「了解!」

空戦が始まると、ポプランを二機のワルキューレが追いかけてくる。しかし、ポプランはその身軽さでワルキューレを追尾させながら敵艦に接近していく。そしてその直前で急上昇した。追尾していたワルキューレ二機のうち一機はもろに戦艦に激突して火球に変わり、もう一機は、上昇しようとして失敗し、やはり戦艦の船体にこすって火花を散らしたのち火球に変わった。

「こりゃあ撃墜した数にはいらないかな。」

などとつぶやいていたが、遠方で僚機が次々に火球に変わっていくのを認めて愕然とする。「いったい何が起こっているんだ?」

 

帝国軍ホルスト・シューラー中佐は、

(そうそう同じ手を食うかよ。)とほくそえみながら部下たちに命じる。

「叛乱軍のやつらは三機一体の戦法でやってくる。だからそれを逆手にとってこちらが三機一体でやつらを引きずり出すのだ。無理に撃墜する必要はない。三機一体で撃墜できそうもないなら、味方の砲撃の射線のなかに誘い込んでやるのだ。」

「了解。」

 

「ずいぶん減ったななあ。ええ?」

出撃した時には、160機だったのが半数になっている。

「アップルジャック中隊モランビル大尉であります。アップルジャック中隊の生存者は小官以下二名のみであります。ほかはすべて戦死しました。ほかはすべて...。」

急激に声が弱まる。ポプランの心に不吉なかげがよぎる。

「どうした?どうした?おい?」

戻ってきた声は先のものとことなっていたが苦痛と打ちのめされたような疲労感は共通していた。

「小官はザムチェフスキー准尉であります。アップルジャック中隊の生存者は、たったいま小官一名のみになりました。」

ポプランは、音を立てるように息を吸い込み、右のこぶしを操縦盤にたたきつけた。

ポプラン戦隊が半数を失ったことは同盟軍を戦慄させるものだったがさらなる凶報が待っていた。ポプランは士官食堂で、コールドウェル大尉からコーネフの戦死を聞かされることになる。

 

さて、一方艦隊戦では、同盟軍が帝国軍の第9陣を突破したところだった。みほの意見を聞いてヤンは眠そうな目で-実際睡眠不足で疲れて眠くなっていたのだが-幕僚たちを見渡し、作戦の変更を告げる。

「ローエングラム公の戦術は、左右に配置された横列陣を繰り返し用いた極端までの縦深陣でわが軍に消耗を強いることにある。このまま前進するのは意味がないが、停滞していても時間を稼がれるだけで結局のところ彼の術中にはまることになる。したがって彼の重厚きわまる布陣をいかにくずすか考えた。恒星バーミリオンから6光分の位置に小惑星帯がある。恒星バーミリオンは本来は寿命の長い赤色矮星だが、まだ若い星だからいわゆる原始惑星系円盤の名残を残す小惑星帯があるわけだ。これを利用しよう。また計算によるとこれから10分後に恒星表面にフレアが起こり、恒星風が吹く。強力な放射線と磁気嵐、電波障害が起こるだろう。それがやんだ後、また7分後に恒星風が吹く。ローエングラム公は、本来周到な準備と攻勢を旨とする指揮官だ。当然恒星風のデータはあつめているだろうし、小惑星帯のことを知っているだろう。しかし若い閃光星や無人の原始惑星系円盤のある危険な恒星の周辺をフェザーンは航行につかわないだろうから、本来の交易ルートから外れている。したがって詳細なデータは不足するはずだ。10日程度の観測では正確なデータには程遠い。恒星風がやんだら小惑星帯を真っ先に探ろうとするはずだ。そこへつけいるチャンスがある。」



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第172話 同盟軍攻勢です。

第7陣を突破したとき、みほはしばらくスクリーンをにらんでいたが、ふとなにかを思ったのか艦橋にいるメンバー、チームメイトに話しかける。
「あの…みんなどう思う?」
「なにか、トランプがシャッフルされて前のカードが後ろへくるみたいな感じだな…。」
麻子がつぶやく。
「麻子…。」沙織が麻子を見てから自分の考えを話す。
「みぽりん、なんか玉ねぎの皮を何回も剥いているような変な感じだよ。」
みほは軽くうなずく。
「西住殿」
「優花里さん?」
「ローエングラム公は、ほかの提督たちがもどってくるまでに時間稼ぎをするつもりだと考えれば…。」
「わたしもそう思います。」
華が同意する。
「なにか、確かめる手段あるかな。」
「WPSの衛星に暗黒物質を吹き付けて亜空間潜航できるようにつくってみた?アクティヴレーダーを発して相手を見つけてもすぐに隠れられるから大丈夫?」
「5分後にフレアと恒星風が起こるはずです。そのときに妨害電波が切れる一瞬を狙いましょう。」優花里が言う。
衛星に妨害電波の情報を読み込ませ、それが切れた瞬間にアクティヴレーダーを照射して、亜空間に逃げ込めるように設定する。
「トポ(スペイン語でモグラ)射出。」
英語やドイツ語だと前者は同盟公用語、後者は帝国公用語に近い。また動物名は暗号に使われることが多いため、暗号が解読された結果、ラテン語学名では直ちに照合されてしまう。そのため、スペイン語やオランダ語などのスペルを多少変えてなんなのか判別できなくするというわけである。
一方、ヤンは、フレデリカとその部下、メルカッツはシュナイダーとその部下にラインハルトの戦術をそれぞれ分析させていた。そして二人ともにたような結論にいたりつつあった。
「恒星風きます。」
「妨害電波消失」
「分析結果でます。画像解析。」
「こ、これは...。」
チームあんこうは顔を見合わせた。スクリーンには無数の光点が25本の棒状に集まっている様子が映し出されていた。

「敵のものと思われるアクティブレーダー照射を確認。」
「どこだ。」
「2時の方向、11時の方向、9時の方向から照射点。」
「亜空間からの攻撃かもしれん。推定地点に亜空間SUM発射。」
「御意。」
「敵の反応なし。」
「爆発予定時刻まで、5,4,3,2,1...」
「着弾の反応なし。SUMのみ爆発の模様。」
「敵はどこにいるのか...。」
謎のアクティヴレーダーが照射されたことはラインハルトの本営にも伝えられる。
亜空間SUMを発射したが、敵の着弾反応はないという。
「もしかしたら読まれたかもしれんな。」
ラインハルトの心に疑惑と不安のしみがじわじわと広がっていった。


ラインハルトは25段に及ぶ横列陣を用意していた。ヤンがこの横列陣を突破するごとに突破された横列陣の艦艇が、背後に回って新たな横列陣の一部になり、突破しても突破しても永久機関めいた防御陣に直面するというわけである。4月29日までは、この戦法は完全に機能していた。

 

「恒星表面でフレア発生!!恒星風が発生します。本艦隊到達まで10分!磁気嵐、放射線が来ます。電波障害が発生確率99%」

「これまでの観測結果からはこの時間に発生する確率は、25%ほどであったはずだが...。」

「この恒星系に到達してから10日間程度の観測結果では正確にはとらえきれません。」

「仕方ない。待機だ。もしかしたら敵は、そろそろこの防御陣の正体に気付くはずだ。ヤンほどの男が見破れないはずがない。この恒星風がやんだら小惑星帯をさぐれ。」

「御意。」

恒星風がやみ、帝国軍は、偵察衛星とワルキューレで小惑星帯を探らせようとする。

 

「敵艦隊確認できま...発見!小惑星帯に3000隻がひそんでいます。」

 

そのときオペレーターが別の報告をする。

「80万キロの位置に敵艦隊発見。小惑星帯の中に推定15,000隻以上、わが軍の正面を避け左翼方向に移動中。」

ラインハルトは形の良い眉をひそめ、その蒼氷色の瞳には不安の影がよぎる。

(ヤンがいたずらに兵力分散をするとはおもえぬ。しかも12,000隻はどこへいったのだ?)

参謀長オーベルシュタインも多少迷いを感じつつも発言する。

「故意に見せつけるようなうごきからすると囮のように見えますが、半数以上と考えると主力部隊と思われます。いずれにせよこちらが兵力を分散するのは愚策というものです。」

「うむ...。」

「ご決断を、閣下。」

「全軍を左翼方向に振り向けよ。囮とみせかけて実兵力を動かすのが敵の作戦と思われる。敵の半数を一挙に叩くのだ。」

ラインハルトはこのとき万全の自信を欠いていた。ラインハルトは攻撃に傾くタイプの指揮官であり、当初の完璧な防御策を変更すべきではないという想いがありつつも、これまでの消極策に対して、忸怩たる想いを抱き続けていた。また、他の諸提督の力を借りずにヤンを倒したいという想い、ヤンの策を見破ったという想いがあった。さらにラインハルトは先手を取ることに慣れており、やはり性格的に先手を取られ続けることにることに性格的に耐えられず積極策に転じることになったのである。

 

「敵艦隊に接近。撃て!」

「!!...こ、これは....。」

「隕石と小惑星、敵戦闘衛星です。敵艦隊は、3000隻程度!」

「はかられたか...。」

戦闘衛星は、縦横無尽に動き回り、ミサイルと光線砲を放つ。3000隻の同盟軍も砲撃を行う。帝国軍はすくなからず混乱した。

 

「恒星表面にフレア発生!」

「電波障害発生!」

「ふたたび恒星風きます。到着まであと3分。」

 

「いまだ、全艦隊最大戦速!」

アッテンボロー率いる同盟軍主力は、小惑星帯から現れる。実は、あらかじめ金属反応を探られる距離になる前に、3000隻のみわざと察知されるようにし、残りは、艦艇のレーダー反射パターンを隕石や小惑星にして、実際にも隕石を付着させて帝国軍のレーダーをだましたのだ。それが恒星風に乗ってミッターマイヤーを上回る速度で帝国軍の後背からラインハルトの本営目指して突進する。

 

「敵艦隊6時の方向から13,000隻接近」

「200宇宙ノット!至近です。」

ラインハルトの率いる全艦隊の乗員に対し、ヤン・ウェンリーが仕掛けた心理的な衝撃が襲う。帝国軍将兵たちの背中に冷たくも激しい電流がはしった。

囮部隊と戦闘していたのは、トゥルナイゼン、ブラウヒッチ、アルトリンゲン、カルナップ、グリューネマンの分艦隊であるが、ラインハルト艦隊の主力であった。

「直営部隊が危険だ。引き返せ。」

「反転180度!」

「8時の方向、4時の方向から小惑星、隕石各30基ほど接近してきます。」

出力半分のバサードラムジェットのついた小惑星、隕石がさながら大昔の戦象の群れのように慣性をつけて怒涛のごとく帝国軍の艦列に殴り込んでくる。

「回避だ~~~~~。」

「間に合いません。」

今度は爆発光、爆煙、衝撃波という物理的衝撃が帝国軍に走る。

帝国軍は今度こそ大混乱に陥った。

隕石と小惑星の爆発で数千隻が失われ、さらにバランスを失った艦艇がぶつかって火球に変わり、漆黒なはずの宇宙を昼間のように照らす。

 

「敵艦隊の右舷まで2光秒!」

「撃て!」

「敵艦隊の艦列、左方向へ崩れます。」

「たわいもない。」

「よし、このまま中央突破だ!」

そう思った瞬間だった。

 

アッテンボローとみほのくちもとがかすかにゆがむ。

「!!」

「こ、これは....」

トゥルナイゼン、ブラウヒッチ、アルトリンゲン、カルナップ、グリューネマンは蒼くなった。

自分たちの周囲が光点に囲まれている。どうやら20,000隻を超える艦艇に囲まれているようだ。まさかという想いはあるが味方とは思えなかった。

「拡大せよ!」

そこには緑色のいまいましい敵艦隊の艦首が無数の砲門を向けている姿が映し出される。そのなかには、平たいアンコウ型の艦艇もみられる。

 

「ほ、包囲されています。後方からは、さきほどの囮艦隊と戦闘衛星!」

「はかられた!敵艦隊の右側面と考えていたのは、敵の凹形陣のへこんだ部分だったのだ。」

 

次の瞬間、無数の光の槍が帝国軍を四方八方から串刺しにする。

無数の光の剣が艦艇を切り刻んでいった。




本文ややみじかめです。


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第173話 ミュラー艦隊来援です。

帝国軍は苦悶にのたうち回る。真っ二つに引き裂かれる艦艇...僚艦の爆発に巻き込まれる艦艇...爆発光と爆発煙をあげて次々に火球に変わり、金属片をまき散らした。乗員は気化する者、叫び声をあげる者、身体を引き裂かれる者...

「アルトリンゲン分艦隊、壊滅しつつあり。」

「ブラウヒッチ分艦隊、戦線崩壊の模様。」

ラインハルトの白く端正な顔に自嘲の陰りがひろがっていく。

総旗艦ブリュンヒルトの周囲にもじわじわと僚艦の爆発光が増加していく。

ラインハルトはペンダントを握りしめた。自嘲でゆがんだくちびるを引き締め、今度は奥歯をかみしめる。

(キルヒアイス...俺はこれまで勝ち続けてきた。しかしここまできて敗れるのか...。)

どこでまちがったのか...敵をなめていたということか...

ラインハルトはヤン・ウェンリーと西住みほに締めあげられていた。

 

「閣下、ここにいては危険です。すでにシャトルの準備が整っております。どうか脱出のご決断を...。」

高級副官アルトゥール・フォン・シュトライトの声がラインハルトを現実に引きもどす。

「ですぎたまねをするな。わたしは、必要のないときに逃亡する法を誰からも学ばなかった。卑怯者が最後の勝者となった例があるか?」

「恐れながら申し上げます。ここで戦場を脱出なさってもなんら恥ずべきことはありません。諸提督の艦隊を糾合なさり、改めて復讐戦をいどめばよろしいではありませんか。」

しかし、金髪の青年は、わからずやの少年のようにかたくなになっていた。キルヒアイスがいたらそれこそ、シュトライトと同じことを語ったに違いないし、先日エミールに

おっしゃった言葉をお忘れになったのですかといさめたに違いない。しかし、勝ちすぎて敗北に慣れていない青年の口からは意地っ張りのような言葉がついて出る。

「ここで、ヤン・ウェンリーに倒されるとしたらわたしはその程度の男だ。わたしに敗死した連中が天上や地獄で嘲笑することだろう。卿らはわたしを笑い者にしたいのか。」

「だからこそです。閣下、大事なお命を粗末になさおますな。あなたのお命はあなただけのものではありません。どうか再起を期して脱出なさいますよう。」

そのときブリュンヒルトの周囲で旗艦を護衛していた三隻が次々と火球に変わり、爆発光と爆煙を噴き上げた。そのうち一隻は動力部に直撃をくらったようでまぶしいばかりの光を放って飛散する。もう一隻はへし折れるようにして爆発した。宇宙空間で音はないが衝撃波がブリュンヒルトを激しく揺さぶる。

 

そのときだった。同盟軍の砲火が一瞬弱まった。

同盟軍の艦列に数万の光の槍が突き刺さって爆発光と爆煙がきらめき、噴きあがる。

オペレーターが歓喜の絶叫をあげる。

「ミュラー艦隊です。ミュラー艦隊の来援です。助かった...。」

最後の一言は帝国軍将兵の一致した本音だった。

 

ミュラー艦隊が予定より早く来援できたのは、リューカス星域の物流基地の攻略が大きな被害を出しつつも早く終わらせることができたためだった。

 

数日前、リューカス星域へ向かうミュラー艦隊を亜空間から通常空間に出てきた潜望鏡が見つめていた。

「敵艦隊を確認。2日後にそちらへ到着する模様。」

「了解。」

「そちらのコクラン所長はどうするつもりなのだ?」

「物資はほぼ民需用で、武装もないので降伏する方針と思われます。」

「なるほど...。わかった。ただ帝国軍にいい思いばかりはさせられないな。これから指示することを聞いて動いてくれ、何か聞かれたらわたしからの命令だと伝えてくれ。わたしのほうが階級は上だから所長も聞かざるを得ないだろう。もしそれでも聞いてくれないとしたら....。」

「わかりました。」

 

2日後、リューカス星域の物流基地のレーダーはミュラー艦隊を確認していた。

「敵艦隊発見。距離150光秒。」

「所長、いまバーミリオンではヤン・ウェンリー提督が戦っています。まだ同盟には、望みがあるのです。」

「ここにあるのは同盟軍にとって貴重な物資です。放射能汚染させて使えなくしてしまいましょう。」

「いや、わたしは引き渡そうと思う。ここにあるのは、民需用に使用可能な物資のみであり、抵抗したとしても数時間で全滅するのは目に見えている。また、体制が変わっても民間人の生活に支障をきたすわけにはいかない。」

リューカス星域の物流基地では、激論がかわされる。

「武装がないなら液体水素を爆発させてやりましょう。」

コクランが首を縦に振らないのをみてとった抗戦派の将兵たちは、目配せして基地を制圧し、コクランは捕えられた。

 

「同盟軍がやってきます。物資を引き渡すそうです。」

「うむ。ただし、慎重に取り扱うように。」

「御意。」

ミュラー艦隊に引き渡されるべく物資のコンテナを引き連れた十数隻が向かってくる。するといきなりコンテナから輝いて飛散し、ミュラー艦隊の艦艇を巻き込んで誘爆を繰り返す。

「ど、どうした。何が起こった?」

「コンテナが爆発しました。液体水素を爆発させた模様。」

「くっ。図られたか!」

抗戦派の半数は、コンテナとともに殉死した。

爆発で混乱するミュラー艦隊を亜空間からの魚雷が襲う。

「あ、亜空間からの攻撃です。」

「亜空間ソナーを作動。亜空間ソノブイを投下。亜空間SUM発射。」

「敵はもうすでにいません。亜空間にかき乱されたワープトレースを15確認。」

同盟軍の物資は半数が失われ、攻撃がやんだのを確認してミュラーが上陸すると、将兵たちがあっさり手を挙げて降伏した。所長が捕えられているという話を聞き、ミュラーはコクランを引見する。当初ミュラーは利敵行為としてコクランを忌んだが降伏派の部下たちからその心情を聞き、彼を部下に迎えようとするがそれは別の話となる。

 

こうしてミュラー艦隊は、液体水素の爆発で被害を出し、バーミリオンに到着したのは、5月2日で、6,000隻となっていた。



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第19章 決戦!バーミリオンです(後編)。
第174話 5月2日、エリューセラ星域です。


さて、同じ5月2日、エリューセラ星域である。ミッターマイヤーは、同盟軍の補給・通信基地を制圧した。

「ヤン・ウェンリーとローエングラム公が交戦する戦場はバーミリオンと考えられる。これから本艦隊はバーミリオンに向かう。」

「司令官。」

「何だ?」

「未確認航行体を確認。船籍不明。」

「敵か、フェザーンの可能性もあるな、よし、例の如く通信しろ。」

「御意。『停戦せよ、しからざれば攻撃す。』」

「吾は味方なり。司令官との面会を請うものなり。」

「船籍確認。わが軍の高速巡航艦1隻です。」

やがてヒルダの顔がスクリーンに映し出される。

「こちら帝国宰相首席秘書官ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフです。ミッターマイヤー閣下と面会を申し込みたく。接舷の許可願います。」

ミッターマイヤーは、旗艦ベイオウルフに、くすんだ短い金髪、一見男性の青年貴族のような恰好をした美貌の少年めいた伯爵令嬢を迎える。

「フロイライン・マリーンドルフ...どうしてここに...?」

ヒルダは、肉体的精神的な疲れの混じった苦笑のような微笑みを浮かべて改めてあいさつする。

ミッターマイヤーは、ソファをヒルダにすすめ、幼年学校の生徒にコーヒーを持ってこさせた。

「実は、ここに来る途中、ローエングラム公とヤン・ウェンリーとの戦況を見る機会がありました。」

「どのような状況でしたでしょうか。」

「同盟軍は、囮部隊、小惑星、戦闘衛星を用いた攻撃で、その攻勢は尋常なものではありませんでした。このまま戦況が推移するとローエングラム公は生涯で最初で最後のご経験をなさることになりましょう。」

「ローエングラム公が敗れるとお思いですか。」

「はい。ここから一個艦隊を率いての移動となりますと、一隻の移動と異なり、衝突を回避するよう計算して小ワープを繰り返さなければなりませんが、通常の艦隊より一日早い5月6日になります。4日もかかるようだと、敵将ヤン・ウェンリーが勝利を手中にしている可能性が濃厚です。それを攻撃しても無意味です。」

「つまり、今からバーミリオン星域へ向かっても無意味ということですか?」

「はい。疾風ウォルフの快速をもってしても、ローエングラム公をお救いするのに間に合わないでしょう。」

「では、どうしろとおっしゃるのですか?フロイラインには代替案がおありとお見受けしましたが?」

「ここからバーラト星系首都星ハイネセンまでは、2日の行程です。バーミリオンへ行くよりも2日早く到着することができます。ゆえに急転してハイネセンを突き、同盟政府を降伏させ、彼らからヤンに対して戦闘中止を命令させれば、ローエングラム公をお救いすることができます。」

ミッターマイヤーはしばし無言だった。ヒルダは続ける。

「この提案を実はすでにローエングラム公にいたしています。しかし、それでは純軍事的、戦術レベルで敗者の位置にたつことになる、戦って勝つことにこそ意味がある、誰にも負けるわけにはいかない、とのお考えでした。それは正しい価値観だとは思いますが負けた上に、最悪敗死するようなことになるとすべてが無に帰してしまいます。」

「よくわかりました。フロイライン。ですがいまひとつ問題があります。」

「それは...どのような?」

「ヤン・ウェンリーが政府からの停戦命令に従うかどうかです。彼にしてみれば目の前に勝利の果実が実っているのに、なぜその実を捨てて停戦しなくてはならないのか。それを無視したほうが、彼の得るものは、はるかに大きいではありませんか。」

「それはわたしも考えないではありませんでした。ですけど、やはり、ヤン・ウェンリーへの停戦命令は有効であろうとの結論に達しました。というのは、これまでの彼の行動から考えて、武力と彼ほどの軍事的才能があれば、いくらでも権力を握る機会がありました。代表的な例は、救国会議を降伏させたときです。そのほかにも機会はあったのに、それをすべて見逃し、辺境の一軍人に甘んじてきたのです。」

「...。」

「おそらくヤン・ウェンリーは、権力より貴重なものがあることを理念だけでなく皮膚感覚で感じている人物なのだろうと思います。それは賞賛すべき資質とは思いますけど、卑劣を承知でこの際は利用するしかありません。」

「ですが、あるいは彼が急に権力に対する欲望に目覚めて政府の命令を無視しない可能性はないといえないのでは?今度の機会は過去に例がないほど大きくて魅力的なものです。なにしろ全宇宙を手中に収めることすら可能になりかねない話ですから。」

「少しわたしの言葉が足りなかったようです。つまり彼にとっては、民主主義の理念、文民統制の理念は至高のものです。それは、これまでの彼の行動が裏付けています。言い換えればそんな彼だからこそ停戦命令は有効ではないかと思うのです。」

「わかりました。フロイライン。あなたの策に従いましょう。どうもほかに策がなさそうだ。」

「ありがとうございます。ご決断に心から感謝いたします。」

「ですがわたしひとりだけというわけにはまいりません。ほかにだれか、僚友の同行を求めたいのです。フロイライン、あなたであればその理由はご理解いただけるものと存じます。」

ヒルダはうなづいた。政治的野心から主君を見殺しにした、などと言われるのはミッターマイヤーにとっては心外であり、そういう人物だからこそ、ヒルダはミッターマイヤーを説得の対象に選んだのであったが、それが報われたようだった。

「で、どなたを同行者として功績をわかちあうおつもりですの?」

「隣の星系にいて、連絡も取りやすく、力量もある信頼できる男、オスカー・フォン・ロイエンタールです。フロイラインは異存がおありですか。」

「いいえ、当然の人選かと存じます。」

ヒルダの言葉に嘘はなかったが、くすんだ金髪の美しい秘書官は、自分がなぜロイエンタールではなく、ミッターマイヤーを選んだのか、一種の勘が働いたのは間違いなかったが、どうしてそう感じたのかこの時点の彼女自身にも万人を納得させうる理由をもっていなかった。



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第175話 今度はハイネセンが強襲されます。

さて、ミッターマイヤーがロイエンタールと共同作戦をとり、首都星ハイネセンを衝くことにした旨の命令をしたとき、主だった部下たちはとまどいをかくせなかった。

とくにバイエルラインは、この種の嗅覚がはたらく男で、声を低めて司令官に話しかける。

「ロイエンタール提督はどうお考えになるでしょうか。もしかして帝国軍同士が相撃つ事態になりかねないのではないですか?」

「卿は意外に文学的想像力が豊かだな。」

ミッターマイヤーは揶揄するような語調で答えたが、その発言の直前までの短いが深刻な空気を変えることができなかった。ミッターマイヤーは続ける。

「ロイエンタールは俺の親友だ。俺は物わかりの悪い男と10年以上も友人づきあいできるほど温和な人間ではない。卿が想像の翼を羽ばたかせるのは自由だが、無用の誤解を招くがごとき言動はつつしめよ。」

「はい。出過ぎたことを申し上げ、お詫びいたします。」

その場では深々と頭を下げるものの、自分の旗艦へ戻るシャトルで部下たちに第一線臨戦態勢をとるように命じる。驚いた部下に理由を問われて、バイエルラインはいくぶんか声をいらだたせて命じる。

「常に奇襲に備えるのは武人として当然なことだ。しかもここは敵地である。どんな罠がしかけられているかもわからない。故郷の小学校の裏庭のように教師の目を盗んで昼寝を楽しむようなわけにいかないのはわかるだろう。」

バイエルラインは、命令しておいて度が過ぎたか、想像の翼とやらにおもりが必要かと考えたものの、ついにいったんだしたそれを取り消そうとまでは思わなかった。

 

ミッターマイヤーからヒルダの提案を聞いたロイエンタールは即答できなかった。「反転しなかったらどうなるか」とは考えたものの、実際には、反転しなければほかの提督たちに功績を奪われ、自身の評価が下がるだけである。

 

「閣下。」

「どうした?ベルゲングリューン参謀長?」

「ミッターマイヤー艦隊のうち、バイエルライン中将の分艦隊が、妙に厳重な警戒態勢をとっています。」

「付近に敵艦隊の存在は?」

「ありません。なぜあのように警戒をしているのでしょう。」

(ミッターマイヤーに問いただそうか...いやもし彼が指示しているのなら、その気性からいって無言でいるはずがない...ということはバイエルラインの青二才が勝手にやっていることか...もし、あの小娘の意見を拒否して妨害する動きをみせたら一戦も辞さぬというわけか...。)

 

スクリーンに映し出されたロイエンタールの金銀妖瞳は一見静かのように見えたが、ヒルダはその奥にある内面の嵐をみてとった。

(やはり、自分の心の中にある不安は的中したということかしら...わたしは、もしかして比類ない野心と能力の所有者に絶好の機会があることを知らせる愚行をしているのでは...戦場までかけつけても主君を救いえぬとあれば、普段は心の奥底に野心を封じ込めて自覚していない者さえも不敵な意思を芽生えさせかねないのに...。)

ヒルダは珍しくおちつかない気持ちだった。しかし、ロイエンタールは、あたかもその危惧と不安を見抜いたかのように、声を立てずに笑うと、大きくうなずいてみせた。

「わかった。卿が言うなら、わたしもフロイライン・マリーンドルフの提案にしたがおう。ただちに全部隊をハイネセンにむかわせる。ハイネセンから一光分の位置で合流できるだろう。合流したら作戦の細部を検討するためにそちらへむかわせてもらう。」

(ミッターマイヤーのほうをよびよせでもしたら、バイエルラインの青二才あたりが人質にするつもりかと過剰な反応をみせるかもしれん。)

ロイエンタールは、あばれようとする心の大鷲、悍馬に手綱をつけようとつとめる。

(いまは無理をする必要はない。しかしあのくすんだ金髪の小娘、聡明で機謀に富むがなにもかもその考え通りに進むとは限らないことをいつか思い知らせる必要があるかもしれんな。)

 

5月4日...

「敵艦隊接近。ハイネセンまで一光分。総数三万隻!」

「ただちに迎撃せよ。」

自由惑星同盟の艦隊約二万二千隻がハイネセンの衛星軌道上に集結する。ランテマリオの生き残りのうち修理不要な全艦艇を繰り出したのだった。

ミッターマイヤーはほくそえむ。

「ワーレンの仇だ。発射!」

バサードラムジェットの液体水素タンクを同盟軍艦隊へ向けて突入させ、爆発させたのだ。爆発が続き、同盟軍艦隊は艦列が乱れ、誘爆した艦艇は次々に火球に変わる。

帝国軍は一挙にたたみみかける。同盟軍があっさり崩壊する中で、ウランフが直接指揮する部隊がかろうじて戦線を支えていたが、帝国軍の駆逐艦がミサイルのように猛然とウランフの旗艦盤古の右舷に激突する。

「敵兵が侵入してきます。」

「白兵戦だ!」

同盟軍兵士たちは武器をとっていく者、白兵戦用装甲服に着替える者が衝突部分へ向かっていくが、まもなく凶報が彼らを襲った。

「し、司令官が...。」

彼らを指揮するはずの司令官が床にうつぶせに倒れていた。外傷は、わずかな切り傷が認められただけだった。死因は切り傷からの猛毒によるものとのちに判明した。

(悪く思うなよ。あんたに恨みはないが、あの依頼主にいい思いをさせたくないんでね。)

盤古に侵入していた人影がすばやくいずこかへ姿を消した。

同盟軍艦隊は、一万四千六百隻、実に2/3が撃ち減らされ、全面降伏した。5月5日、ハイネセンの衛星軌道上に帝国軍が集結する。

ハイネセン市民は、夜空に見慣れない銀色に輝く無数の光点群を認めた。

「あ、あれは何だ?流星雨...じゃないよな。」

「帝国軍だ、帝国軍が衛星軌道上に集結しているんだ。」

「なんだって!!政府は軍は何をやっているんだ。ランテマリオで帝国軍が撃退されたんじゃなかったのか。」

たしかにランテマリオ会戦は、見方によっては、同盟軍の辛勝とみなしえないわけではなかった。実際にはヤンとみほが駆け付けたために帝国軍がいったん後退したのにすぎないのに、かってアスターテで大敗したときに大勝利と報道し、ヤンを英雄にしたように、事実を捻じ曲げて大勝利だったかのように「大本営発表」したのだった。同盟は、「一度も負けないうちに」城下の盟を強いられようとしていた。

 

 



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第176話 衆愚政治家の正体あらわです。

衛星軌道上のミッターマイヤー艦隊から宣告が伝えられる。

「わたしは、銀河帝国軍上級大将ウォルフガング・ミッターマイヤーである。同盟市民諸君、卿らの首都ハイネセン上空はすでにわが軍の制圧下にある。わたしは、自由惑星同盟政府に対し、全面講和を要求する。ただちにすべての軍事活動を停止し、武装解除せよ。さもなくば首都ハイネセンに対し、無差別攻撃を加えるであろう。返答までに三時間の猶予を与えるが、そのまえに余興をひとつみせてやろう。」

帝国軍の戦艦から極低周波ミサイルが発射される。ひときわそびえたつ統合作戦本部ビルにそれは命中し、閃光、轟音が響き、ビルはオレンジ色の光彩におおわれて、引きちぎられ、四散した。激しい輝きと轟音がやんだときには、その直前までそびえたっていたビルはみる影もなくなっていた。

スクリーンに映った地上の惨然たる光景を見守るヒルダに、おさまりの悪い蜂蜜色の髪の青年提督は、苦笑めいた表情で声をかける。

「これでいいでしょう。権力者というやつは一般市民の家が焼けたところで眉ひとつ動かしませんが、政府関係の建物が破壊されると血の気を失うものですから。」

「市民にはできるだけ害をおよぼしたくないとお考えですのね。」

「まあ、わたしも平民の出身ですから...。」

「提督、いまひとつ通達していただけませんか。降伏すれば最高責任者の罪は問わない、帝国宰相ローエングラム公爵の名において誓約する、とです。おそらく彼らの決意に一つの方向性を与えると思うのですけれど.,,。」

「それも筋からいえば情けない話ですな。ですが、おっしゃる通り効果があるでしょう。そう伝えます。」

 

巨大なスクリーンに地上の様子が映し出されている、

地上に暮らす市民よりも地下深くはるかに安全な場所で自由惑星同盟の国防調整会議が開かれていた。政府と軍部の高官が血の気の失せた顔をならべている。

統合作戦本部長ドーソン元帥もうつろな視線をスクリーンに向けていた。

冬眠から覚めたというより安全な場所で戦争を賛美していればすんだトリューニヒトは自分が戦場に直面させられて惰眠から覚めたというべきであろう。

この会議を招集した最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトは、泥濘のような沈黙を破って「結論を言おう。」と口火を切るように発言した。

しかし続く発言は、危機感や悲壮感はなく、機械人形が声を出しているようにさえみえて、どこまでもひとごとのようだった。

「帝国軍の要求を受け入れる。無差別攻撃を明言されてはそうするしかあるまい。」

国防委員長のアイランズが顔をしかめて抗議の声をあげようとしたとき、みかけだけはダンディな細面の評議会議長は、針を投げつけるような視線を放つ。

「わたしは、まだリコールされてはいないはずだ。ということは、戦争終結の決定を下す責任と資格がわたしの手中にあるということだ。その責任を、その資格において果たすだけのことだよ。」

「責任や資格はあるのかもしれませんが、どうかやめていただきたい。民主政治の制度を悪用して貶める権利はあなたにはない。あなたひとりで、国父ハイネセン以来二世紀半にわたる民主国家の歴史を瓦解においやるつもりなのですか。」

トリューニヒトは唇の両端をつり上げた。そして安全な場所で戦争をあおり、政界を泳ぐことしか考えない政治屋でしかないことを証明する発言、聞く者がその耳を

疑うような発言がその口から放たれた。

「ずいぶん偉そうなことを言うねえ。アイランズ君。君は忘れたかもしれないが、私はよく覚えているよ。どうにかして閣僚になりたいと、わたしの家へ多額の株式と高価な銀の食器セットを持ってきた日のことをねえ。それだけではない。君がどういう企業からどれだけ献金やリベートを受け取ったか、選挙資金を受け取ったとき、そのうち何割かをためこんで別荘を買う資金に回したり、かくれた買収などの選挙違反、公費を使った旅行に奥さん以外の女性を何度とれていったか、わたしはすべて知っているんだ。」

「それはお互い様でしょう。議長。あなたがわたしの何倍それをやったのかわたしも知っています。それが白日の下にさらされたらあなたもたたですまない。ただ、あなたのいうとおりわたしは三流の政治業者で、今の地位につけたのもあなたのおかげだ。恩義があるのも確かです。一方でリベートだ、献金だ、などという話は歴史上枚挙にいとまがなく、それでうまくいった政治もある。ある東洋の島国でタヌマなる人物、西洋の大国と言われた島国でも議会政治の象徴のように言われた人物も手を染めていたということです。だからこそあなたが亡国の為政者として歴史に名を残すのを見過ごすわけにはいかないのです。どうか考え直してください。われわれは抵抗を続けて、処刑台行きになるかもしれませんが、ローエングラム公をヤン提督が敗死させれば同盟は救われるのです。ローエングラム公が死に、帝国軍が後継者を巡って覇権を争っている間にヤン提督が国防体制を立て直してくれるでしょう。わたしたちの次の政治的指導者が彼と協力すれば...。」

「ふん、ヤン・ウェンリーか。」

その声は声そのものが毒になったような感があった。

「考えてもみたまえ。ヤン・ウェンリーの愚か者がアルテミスの首飾りを破壊しなければ、われわれは帝国軍の侵略から自分自身を守ることができたのだぞ。こうなったのもヤン・ウェンリーのせいだ。先の見えない無能者ではないか。」

「議長。」

ビュコックはトリューニヒトに呼びかける。それは、抗議の含まれた強い調子の口調であった。

「なにかね。ご老人。」

トリューニヒトは、平静を装って答えるが、その返事には、例によって愚直ゆえに政略にたけた自分よりも上回った地位につけない相手を見下す成分が微粒子のごとく含まれていた。



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第177話 帝国軍も攻勢です。

「あまり明るくない太陽ですね。」
「直下さん、わたしたちの太陽の180分の1の明るさだから。」
「月の5600倍といったところかしら。このバーミリオン星系は、恒星が赤色矮星で、原始惑星系円盤の小惑星をもっている。赤色矮星は、閃光星といって激しいフレアを噴き上げて放射線や恒星風をまきちらすことがある。そのときは太陽よりも明るくなる。戦車道で言えば、死角が多く敵に接近されやすい可能性のある地形に似ている。」
直下がエリカに問うた。
「ということは、こちらから奇襲をかけることも可能ですか。」
「ミッターマイヤー閣下のような高速戦艦ならともかくこちらから奇襲しようとしたら返り討ちにあうわ。さすがにわたしもイゼルローンで痛い目にあっているから味方と協調して攻撃するしかない。」
「まずは防衛戦ですか、手堅いですね。それにしてもこんなに艦隊を前進させて大丈夫でしょうか。」
「何を言ってるのよ、直下。まずは敵に対して有利な座標に展開しないでどうするの?」
「あ、やっぱり…。」
「いつも通りですね。」
「っ…、あんたたちは…。」
「西住中将から通信です。」
「映して。」
「エリカ、この位置でいいのか。」
「はい、お願いします。」

「よし、いったん0.3光秒後退」

「たいちょ、西住提督、私は側面攻撃に移ります。」
「わかった。」

「トゥルナイゼン艦隊が突出して、敵の猛攻を受けています。」
通信士官たちは、妨害電波や電磁波の干渉と戦いながらダイヤルを回し、コンソールと格闘する。
「トゥルナイゼン提督の艦隊が突出し、密度が大きいため衝突回避システムで艦列が乱れている模様。」

「敵に完全に包囲されているわ。これは厳しいわね。」
「激しい妨害電波が出ています。それに敵の艦列が変形…。」
帝国軍の艦列が同盟軍の砲列の前にストローに吸い出されるように躍り出る格好になるのがエリカの位置からも見える。
「何よこれ、なぶり殺しじゃない。」
「トゥルナイゼン艦隊が包囲され、敵の猛攻を受けて被害増大中....。」
「援護する。」
「しかし敵の射線にさらされます。」
「こちらに集中砲火が及ばなければなんとかなるわ。しばらくの辛抱よ。ここは少しでも敵の数を減らしたい。多少の犠牲はやむをえない。前進して攻撃。」
「撃て!」
「敵艦隊50隻撃沈!」
「当方左翼隊50隻撃沈….」
エリカは唇をかむ。
「これ以上は危険です。集中砲火の的になります。」
「....。」
「それにしてもここで粘れるでしょうか。」
「あのアンコウ型、あれを潰さないと包囲されるわよ。仕方ない、わたしが息の根を止めてやる。」
「あの、そうするとたいち、西住中将を見捨てることになります。」
「そうよね…。」
「総旗艦ブリュンヒルトから通信です。」
「マダ敵ノウチ5000隻余ガ参戦セズ。敵ハ投入時期ヲ図ッテイルモヨウ。麾下ノ兵力ハ、敵予備兵力ニ対スルベシ。若シクハ、最終的ナ攻勢ヲ行ウ兵力トシテ貴重ナリ。イッタン後退シ新タナ指示アルマデ指定サレタ座標ニ待機セヨ、とのことです。」
「それから作戦ファイルです。開きます」
そこには、25列の横列陣とその動きが描かれていた。
「さすがね。巧妙な時間稼ぎだわ。」
「でも有効ですし、敵が見破るまで時間がかかります。」
「恒星風が時々起こる宙域ですから、これだけ完成度が高くてシンプルな作戦はないと思います。」
「そうね。さすがローエングラム公といったところかしら。10光秒後退する。」

4月30日
「恒星風がやんだようね。」
「叛乱軍が作戦を変更したようです。小惑星帯に3000隻、前方に推定15,000隻以上、わが軍の正面を避け左翼方向に移動中。」
「あ、あれは…。」
出力半分のバサードラムジェットのついた小惑星、隕石がさながら大昔の戦象の群れのように慣性をつけて怒涛のごとく帝国軍の艦列に殴り込んでくる。
隕石と小惑星の爆発で数千隻が失われ、さらにバランスを失った艦艇がぶつかって火球に変わり、漆黒なはずの宇宙を昼間のように照らされ、ケーニヒスティーガーの艦橋まで明るく照らす。
次の瞬間、無数の光の槍が帝国軍を四方八方から串刺しにする。
無数の光の剣が艦艇を切り刻む。帝国軍は苦悶にのたうち回る。真っ二つに引き裂かれる艦艇。
「アルトリンゲン分艦隊、壊滅しつつあり。」
「ブラウヒッチ分艦隊、戦線崩壊の模様。」

(またもや、なぶり殺し…でもわたしが有効な作戦案を提示できたわけじゃない。)
エリカは再び唇をかむ。そのときブリュンヒルトの周囲で旗艦を護衛していた三隻が次々と火球に変わり、爆発光と爆煙を噴き上げた。そのうち一隻は動力部に直撃をくらったようでまぶしいばかりの光を放って飛散する。もう一隻はへし折れるようにして爆発した。宇宙空間で音はないが衝撃波がブリュンヒルトを激しく揺さぶる。

そのときだった。同盟軍の砲火が一瞬弱まった。
「あれ...なぜか敵の攻勢が弱まってませんか?」
「閣下、味方からの通信を傍受しました。」
「ミュラー艦隊です。ミュラー艦隊の来援です。助かった...。」
「ふう、なんとかなったようね。」


地下会議室で、老将は細面で薄ら笑いを浮かべる一見ダンディな評議会議長をにらみつけて話を続ける。

「もし、あのまま救国会議の降伏をまっていたら、あの比類ない軍事的天才であるローエングラム公が帝国軍を率いてイゼルローン、フェザーンの両回廊から侵入してきたことでしょう。あなたが今の地位にもどれなかった可能性が濃厚です。また、アルテミスの首飾りを破壊する方法を帝国軍は編み出していることをヤン提督から報告を受けています。それに百歩譲って仮にこの星を守れたとしてほかの星系はどうなりますか。あなたがたの権力さえ無事であればほかの星系がどうなろうと平然と戦争をつつけるということですかな。」

トリューニヒトはさすがに言葉につまった。アルテミスの首飾りを破壊する方法を帝国軍が知っているとしてなぜ報告しないのか、と言ったところで、それを同盟市民に報せるのかという問題がある。

「要するに同盟は命数をつかいはたしたのです。政治家は権利欲をもてあそび、軍人はアムリッツアのような投機的冒険にのめりこんだ。民主主義を口に唱えながらそれを維持する努力を怠った。いや、市民すら政治を一部の政治業者にゆだね、それに参加しようとしなかった。専制政治が倒れるのは君主と重臣の罪だが、民主政治が倒れるのは全市民の責任だ。あなたを合法的に権力の座から追う機会は何度もあったのに、自らその権利と責任を放棄し、無能で腐敗した政治家に自分たちを売り渡したのだ。」

「演説はそれでおわりかね。」

トリューニヒトは薄ら笑いを浮かべている。ヤンとみほがみたらやはりそうかと納得し、生理的に忌避するであろううすら笑いであった。

「そう、演説すべき時は終わった。もはや行動の時だ。議長、わたしは力づくでもあなたをとめてみせますぞ。」

老将は決意の色をみなぎらせて席から立ち上がり、自分よりも三十歳も若いだろう議長に近づこうとした。会議室には、制止と、狼狽の声が上がったが、周囲の壁が回転扉となり、とんがった白装束に、「Earth is Mather,Earth is in my hand」というタスキをかけた男たちがふいに現れた。彼らはトリューニヒトを守るように肉体の壁を作り、銃口を出席者にむける。

「ち、地球教徒!」

老提督は立ちすくみ、出席者も驚愕の連続でかたまってしまう。

「彼らを監禁してくれたまえ。」

トリューニヒトは、おごそかに命じて、出席者は監禁されていった。

 

時系列は再び5月2日にもどる。バーミリオン星域では、ミュラー艦隊の来援により戦況は帝国軍にとって優位になったかにみえたが、6000隻では、じゅうぶんな包囲網を築けなかった。

そこへ同盟軍におそいかかった一隊がある。いろめきたつ黒十字槍騎兵、逸見分艦隊だった。ミュラー艦隊とともに同盟軍におそいかかり、今度は同盟軍がうちのめされ、しかし、予備兵力として控えていたトータス特務艦隊が逸見分艦隊におそいかかる。

「見つけたよ!黒森峰の副隊長!」

「おまえは…。」

「大洗のアプリコットって言ったらわからない?」

「やらせない。」

「直下、敵は背後から来るからこちらが不利。前進して相手の後ろにつくわよ。」

「御意!」

 

「西住ちゃん、いっくよー。」

「ありがとうございます。」

「アイちゃん、出撃。」

「了解。」

 

「デュアリースターズ出撃!」

「おう!」

ヒカワ・アイは、第14艦隊からトータス特務艦隊の航宙隊に配属されていた。アイ率いるスパルタニアンは、ニシザワ中隊、イワキ中隊、スガノ中隊、サカイ中隊がいる。それぞれ巧みに帝国軍艦艇のエンジンを狙って炎上させる。

逸見分艦隊もエンジンをやられ右往左往し始めた。

「エンジンをやられました。航行不能です、」

「なにやってるのよ。」

エリカは旗艦の床を踏みならす。

「エリカさ、閣下。」

「なに、小梅。」

「ここにいると恒星風におそわれてますます被害が出ます。」

「そうね。艦長。この宙域を脱出する。8時方向へ全速前進。」

「御意」

艦長のマヌエラ・フォン・キアはうなづく。

「実質後退ばかりでわたしの性にあわないわ。」

小梅と直下は苦笑する。

逸見分艦隊は、ぶつかり合って爆発する艦を出しながらも、恒星風のルートを避けた空間へ向かって移動し始める。

デュアリースターズ戦隊の活躍はめざましく、スガノ中隊は、別の中隊が戦っている敵を垂直上方から攻撃して撃墜していく戦法で、イワキ中隊は、四機で編隊を組み、標的になった機が、機体スライドで敵の攻撃を避けつつ、別の機が一撃離脱でワルキューレを撃墜していった。サカイ中隊は、左ひねり込みを駆使して、捕えたとほくそえんだワルキューレのパイロットが次の瞬間には標的を見失って動揺しているところを後背に回り込んで次々に撃墜していった。

 

一方、帝国軍も負けていない。エーリヒ・バルクホルン大尉とゲルハルト・ハルトマン大尉のワルキューレはその白い機体を自在におどらせ、一撃離脱戦法で、スパルタニアンを次々に火球に変えていく。

 

「包囲網が5時と11時の方向にとぎれています。」

帝国軍は躍り出ようとする。

「デュアリースターズ帰還します。」

 

「敵が帰っていくぞ。」

そのときだった。

「恒星バーミリオン表面にフレア発生!5時の方向から恒星風の予想。」

帝国軍の将校は愕然とする。敵はわざと逃げ道を開けたのである。

 

恒星風に流される帝国軍を同盟軍は集中砲火でなぎ倒す。ミュラーの参戦で帝国軍に傾いた戦況はまた同盟軍に傾き始める。エンジンをやられた艦艇はほかの艦をまきこみ火球に変わり、煙を噴き上げて残骸に変わっていく。

アルトリンゲン、ブラウヒッチの分艦隊はほぼ壊滅状態で数隻を残すのみとなり、トゥルナイゼン、カルナップとグリューネマンの分艦隊はすでにミュラーに呼応して内側から包囲網を突き崩す余力はすでになくなっていた。

「ちょ、直撃きます。」

グリューネマンの旗艦は柱が倒れ、グリューネマンは下敷きになる。

「閣下、閣下!グリューネマン閣下!」

グリューネマンの口からは血が流れる。担架だ、担架!という声が艦橋に響く。

「さ、参謀長、し、指揮権をゆだねる。」

「指揮権引き継ぎます。」

参謀長が敬礼して答えた。

 

同盟軍でミュラー艦隊の攻勢をもろに受けたのは、ライオネル・モートン提督の分艦隊であった。苛烈きわまる攻勢で、3690隻を数えたモートン分艦隊は一時間後には、1560隻にまで撃ち減らされていた。

 



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第178話 大切なもの守ります。

「モートン提督戦死の模様。」

悲痛な声の報告がもたらされ、ヤンは、目を閉じ、ベレーを脱いで胸にあてた。指揮官を失ったモートン分艦隊はすさまじい砲火にさらされながらも艦列を維持してヤン本隊に合流した。

 

一方で、帝国軍でも同盟軍の包囲下でなぶり殺し状態だったのはカルナップ分艦隊である。ラインハルトの本営とようやくつながると増援部隊の要請をしたが、ラインハルトとて一隻一兵の余裕すらなかった。

「吾に余剰兵力なし。そこで戦死せよ。言いたいことがあればいずれ天上で聞く。」

と答えたほどであった。

「死ねだと!?よし死んでやる。先に死ねばこちらが先達だ。雑用に使ってやるから見ていろよ、ラインハルト・フォン・ローエングラムめ。」

とののしるほどであった。

「陣形を円錐形に再編し、12時の方向に一点集中砲火だ!あるいは敵の包囲網を敗れるかもしれん。急げ!」

 

「敵は陣形を円錐形にしつつあります。一点集中砲火で包囲を破ろうとするつもりです。」

「うむ。YW5回路ひらけ。陣形再編。エネルギー及び弾薬が減りつつある。砲撃せよ。なるべく正確に、効率的にだ。」

包囲網が一部解かれる。

包囲網の中にいた帝国軍は外へ脱出しようとし、包囲網の外側にいた帝国軍は味方を救おうと包囲の開かれた「孔」に殺到する。

それがヤンの辛辣な罠であり狙いだった。

ヤン艦隊のすさまじいばかりの一点集中砲火がおそいかかり、カルナップは旗艦もろとも蒸発し、ミュラー艦隊も次々に火球に変わり、旗艦も六ヶ所が破損し、核融合炉に誘爆のおそれがあるに及び艦長のグスマン中佐が額に汗が流れ、蒼白になった顔でミュラーに告げる。

「閣下、すみやかに脱出なさってください。この艦の命運はつきました。」

「では。どの艦に司令部を移したらよいか?もっとも近い戦艦は?」

「ノイシュタットであります。」

「卿もシャトルに同乗せよ。命を粗末にするものではない。」

ゴールデンバウム朝が健在なころからは信じがたいセリフだったが、グスマン中佐は従った。しかし、こんどはノイシュタットに砲火が集中し、

「運がいいのか悪いのか」苦笑しながら、戦艦オッフェンブルフに司令部を移し、その2時間後に戦艦ヘルテンに移乗した。

この戦いにおいてミュラーは旗艦を三度変えた男、鉄壁ミュラーの異名をもらうことになるが、ヤンの勢いを抑えるに至らなかった。5月5日22時35分、ヤン艦隊の砲列は、こんどこそまるはだかになったラインハルトの旗艦ブリュンヒルトを射程にとらえていた。

 

「本日、自由惑星同盟は、銀河帝国からの講和の申し入れを受け入れた。したがってすべての軍事行動を停止せよ。繰り返す、すべての軍事行動を停止せよ。」

ハイネセンからもたらされたこの超光速通信を聞いたヤン麾下の同盟軍艦隊では、憤激にあふれた。

「どういうつもりだ。ハイネセンの奴らは!」

「政府首脳部は気でも狂ったか?我々は勝ちつつある。いや、勝っている。なんだって今戦闘を中止せねばならないんだ。」

アッテンボローが黒ベレーを床にたたきつけた。

 

またほかの船、ヒューベリオン内部でも非番の将兵たちが完勝の寸前にこちらから停戦を請わなければならない理不尽さにこみあげる怒りを抑えきれない様子である。

「いったい首都はどうなっているんだ。」

「帝国軍に制空権を取られて、降伏したのさ。」

「統合作戦本部ビルが破壊され、城下の盟ってやつさ。両手を挙げて降参しました、勘弁してくださいってわけさ。」

「じゃあ自由惑星同盟はどうなるんだ?」

「どうなるだと?帝国の一部に併合されるってわけさ。形だけの自治は認めてもらえるかもしれないがそれこそ形だけ。それもたいした間じゃなかろうよ。」

「その先は?」

「知るか!ローエングラム公にきけよ。あの金髪の孺子に。やつがこれからおれたちのご主人様になるんだからな。」

「俺たちは正義だったはずだ。なぜ暗黒の専制勢力に正義が膝をつかねばならないのか。」

「これは政府の利敵行為だ。」

「そうだ政府は我々を裏切った。」

「奴らは売国奴だ。あんな連中の命令に従う必要はないぞ。」

「ヤン提督にお願いしよう。真の正義を貫いてくれ、と。理不尽な停戦命令などにしたがわないではしいと。」

「そうだ、そうしよう!。」

 

ヒューベリオンの艦橋では...

「司令官、お話があります。」

シェーンコップが投げかけたその声は、鋭い響きを含んでいた。

ヤンは、軽く肩をすくめてみせた。

「君の言いたいことはわかっているつもりだ。だから何も言わないでくれ。」

「わかっておいでなら、もう一度確認しておきましょう。さあ政府の命令など無視して、全面攻撃を命令なさい。そうすればあなたはみっつのものを手に入れることができる。ラインハルト・フォン・ローエングラムの命と宇宙と未来の歴史とをね。決心なさい。あなたはこのまま前進するだけで歴史の本道を歩むことになるんだ。」

シェーンコップが話し終わると、ヒューベリオンの艦橋は嵐を含んだ沈黙と呼吸音で満ちた。その時だった。オペレーターが叫ぶ。

「西住提督から通信です。」

「つないでくれ。」

「ヤン提督...。」

「どうしたんだ?」

みほの顔は悲しげに涙を浮かべつつも微笑んでいた。

「あの...民主主義の成果はわたしが守ります。ヤン提督は軍人が政治をするのがよくないから攻撃をしないと考えるだろうと思っていました。でも、二世紀半多くの人の努力で築き上げた民主主義の成果をだれかが守らなければいけないんですよね。だからわたしが守ります。ヤン提督がもっとも大切にしたいものを守ります。さようなら。」

華も沙織も優花里もエリコもうなずく。

ロフィフォルメは、ブリュンヒルトへ向かって苛烈な砲撃を行いつつ突進していく。

「はやまるな、ミス・ニシズミ、はやまるな...。」

 

それをみていたエリカは激しい形相になる

「させるかあ~~~撃てえ!」

ロフィフォルメの砲撃がブリュンヒルトを貫くと同時に、エリカの旗艦ケーニヒスティーガーの放つ光の槍がロフィフォルメを貫く。

「西住ちゃん!」

その瞬間、杏が叫び、トータス特務艦隊が一斉に光の槍を放ってケーニヒスティーガー狙い撃ちした。

 

ロフイフォルメの船体内部では、激しい空気の流れにあおられ、火災が起きていた。

「みんなは...」

とぼとぼとみほは艦橋をあるく。みほの顔を炎があかあかと照らす。艦内は炎でオレンジ色に染まっている。暑さで背中に汗がつたう。チームメイトたちは、火が燃え盛る中で倒れている。優花里が片腕と下半身を失っていた。華は首がなくなっているようだった。沙織が肩に傷をおって突っ伏していた。

みほは、愕然とひざをついた。恐怖と絶望のあまりレイプ目になる。

「どうして...。」

とつぶやく彼女に太いロープのようなものが天上からおそいかかる。みほは恐怖のあまり目を見張った。みほの気は遠くなった。ロフィフォルメとブリュンヒルトとケーニヒスティーガーは爆発四散し、火球になった。




次回がエピローグ、最終回となります。これまでこのような拙作を応援してくださりありがとうございました。原作のバーミリオン会戦が停止されたのが5月5日22時40分なのでその時間かそれ以降の投稿となります。

-追伸-
最終回というかエピローグの展開を説明する前書きを独立させるか、そのままにするか迷っています。独立させた場合は2話、同時の場合は1話で完結となります。


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第179話 バーミリオン星域、停戦です。

結局分割することにしました。


それは、自由惑星同盟領でもフェザーン回廊にほど近い数十光年の小惑星のなかにある洞窟だった。

 

入口は、ユカタン半島によくみられるセノーテのような泉で隠されている。「セノーテ」を奥ふかくを潜っていくと、泉の底は、高くなり、水がない空間が現れる。

階段が十段ほどあって、昇ると突き当りに暗証番号のようなものボタンがあって鉄扉が開くようになっている。

入って最初の広間には、刃物のついたつり天井がおちてくる。それを進むとジグザクした通路がある。その先は、やや通路が広がるが壁の屈曲した陰にフードをかぶった信徒、すなわち地球教徒たちが待ち構えている。ジグザグの通路と狂信者どもを避けるなり倒すなりして、さらに奥に進むと、広間があり、ロボットのスズメバチが羽音をたてて、うようよ飛び交っている。やはりそれを退治して通路を30mほど進むと広間があって、今度はロボットのさそりが身体を黒光りさせてうようよむらがっている。その奥には左右に分かれる通路があった。そのどちらに進んでもフードをかぶった信徒たちがナイフやブラスターを持って待ち構えている。さらにその奥へ行くとジグザクの通路になり、その角からナイフを持った信徒が襲ってくる。その突き当りには扉がある。その扉の内側は、ガラス張りであった。天井にガラス製の銃があり、近づくと反応して液体が放出される。それは、強酸性の液体であった。硫酸か塩酸のたぐいと思われた。その広間の床面は強酸性の液体がプールになっている。

強酸性のプールの左側には通路があるようで、信徒たちが待ち構えている。その通路は行き止まりになっており、奥で左右に分かれている。

なにか通った場合に感知するようで刃物がぎっしり生えたつり天井が落ちてくる。通路は50mほどで行き止まりになっており、25mほどで左へ行く通路がある。

 

その奥には、大広間のような空間があった。奥行き50m高さ30mほどであり、その中央には、20mはあろうか、正二十面体の黒い巨大な装置があった。触手のようなコードが伸びていて洞窟の壁面に接着している。その表面は、数百列にも及んでインジケーターランプが平行に無数に赤く点滅し、ボイラー音のようにウィンウィンうなっている。

 

「ようやくみつけたぞ。」

総大司教とニヒトが、ついにその巨大な装置を発見したのだった。途中の通路に潜む信徒たちを従わせるか、総大司教であると納得しない、または、「ワルフ仮面」「エリオット」に手なづけられた信徒たちと多少の戦闘になったが、過酷なダンジョンであるにもかかわず、総大司教とニヒトは難なく洞窟内の広間に到着した。かってヘルクスマイヤー伯が同盟領へ脱出した経路上、トゥール・ポワティエ星域のとある小惑星ガーフィキーの洞窟入口から2km、地下70mほどの場所である。

 

「これが...そうか...わしに隠れて発明しておったとは...。」

そこには、「ワルフ仮面」、「エリオット」、ゼフィーリア、ルパートもいた。4人は顔を見合わせる。総大司教は口元をゆがませた。

次の瞬間、「ワルフ仮面」、「エリオット」へ向かってナイフが数十本横殴りの雨のようにはなたれる。また総大司教の周囲には空中に浮かぶサーベルが円形に12本出現し、縦横無尽に「ワルフ仮面」、「エリオット」、ルパートに襲いかかる。3人は、その攻撃を必死に切り返すが、押されている。3人は巧みに避けながらブラスターを撃つ。

しかし、総大司教のマントの内部の漆黒の空間に光線が吸い込まれていくだけだった。

総大司教がほくそえむ。

「!!」

そのとき、ゼフィーリアが総大司教の前に立ちふさがり、大鎌で総大司教に上から斬りかかる。総大司教は、黒フードで動きにくそうに見えるのに、まるでボクサーの神技の域に達したディフェンスの如く、あるいはその黒い姿が光学迷彩のように周囲の風景に溶け込むように消えてすいすいとゼフィーリアの鎌の攻撃からのがれる。「ワルフ仮面」、「エリオット」、ルパートは総大司教のマントをつかもうとするが、するりするりと抜けていく。

そのときニヒトがにやりと笑い、レバーをひくと紫の光を放つ漆黒の異次元空間が現れる。ニヒトはルパートを突き飛ばして異次元空間にほうりこんでレバーを下して閉め、再びにやついて時限爆弾をしかけた。

「貴様!」

「そろそろここでのおままごとにもあきたんでね。」とつぶやく。

「ワルフ仮面」、「エリオット」は襲いかかるが再びレバーがひかれ、異次元空間が現れ、ニヒトに突き飛ばされる。

ニヒトにゼフィーリアと総大司教がおそいかかる。

ニヒトは、ゼフィーリアの大鎌の柄をつかみ、一本背負いのようにして彼女を異次元空間にほうりこむとともに自分も異次元空間に入って、数秒後、手に持った時限爆弾の起爆ボタンを押す。

次元転移装置は轟音を立てて爆発し、一時的に火と煙を吹きだしたものの、ニヒトが発生させた異次元空間に呑みこまれて消えた。

総大司教は、一瞬立ちつくしたものの、勝利を得たようにほくそ笑んだ。

 

一方全く同時刻のバーミリオン星域では、なにごともなかったように無傷のブリュンヒルトが宇宙空間に現れた。

ロフィフォルメとケーニヒスティーガーの姿はそのままもどらなかった。トータス特務艦隊の亀マークは消えた。数年間時間をさかのぼってアムリッツア星域で華が沈めたはずの黒色槍騎兵艦隊の残存艦は瞬時に復元され、ビッテンフェルトは死んだ次の瞬間なにもなかったようによみがえった。その一方では第14艦隊の艦影が同時に消えた。

奇しくもそれは、5月5日22時40分の一瞬のできごとであった。

 

ヒューベリオンの艦橋で、シェーンコップの言葉をきいていたヤンは、しばらく無言だった。やがて艦内にめぐる沈黙のおりをしずかにおしひらくようにヤンはつぶやく。

「...うん、その策もあるね。でもわたしのサイズにあった服じゃなさそうだ。全軍に後退するよう命じてくれ。グリーンヒル少佐。」

フレデリカは微笑みをうかべてうなづいた。




ルパートは、フェザーン占領直前の日に戻っていた。目を覚まして、いつものように弁務官オフィスに向かった。この時点では、父親を殺そうという確固たる決心があるわけではなかったが...。

---
次がエピローグ完結です。


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エピローグ

「艦長!そっちへ逃げちゃだめよ。敵の射線がきれない。」

「ダメージコントロール!」

「直下!状況は?」

「とりあえず、居住空間の消火はしました。しかし、爆発は続いています。」

オペレーターが叫ぶ

「ちょ、直撃来ます」

(こんどこそ終わりか…)エリカの意識は遠くなった。

ケーニヒスティーゲルは四散し、火球となった。

 

 

直下(あれ?何が起きたの?)

エリカ、小梅(何か、光が広がって気が付いたら戦車の中に…。)

「どうしましたか?副隊長?」

「はっ…試合中か」

 

エリカ、小梅、直下(あ、戻ったのか?よかった…)

 

「直下生きていたのか」

「副隊長、なぜ死んだように言うんですか?わたしは、生きています。」

「小梅は?」

「無事です。」

「なぜ、わたしは死んだように思ったのだろう…。ばかばかしい...夢でも見ていたのか….。」

エリカは聞こえないように小声で独語した。

ケーニヒスティーガーの乗員は不思議そうに

「どうしました?副隊長?試合に集中しましょう。」

「わかった。」

エリカの声はこんどこそ平常心をとりもどしたのを示していた。

 

「センパイ、センパイ」

サイネリアの声だ。

エリコ-水谷絵理-は、自分が机につっぷしていたことに気が付く。

昨日ガールズ&パンツァーというアニメの第11話をみて黒森峰戦でたしかⅣ号戦車が撃たれたときに気が遠くなって...

彼女は、わたしが電子上につくったわたしの分身ELLIEを絶賛していた。

つくり込み、背景がすごいと絶賛するだけでない。

「衣装、超カワユスです。でもこんなにラブリンに作れているのに、歌は入れないんですネ。」

「うん...。」

歌を入れられるものだったら入れてみたいと思う...だけど...と自分に言い訳しようとした絵理だった。しかし、そのときパソコンから「ピコン」という機械音が聞こえてくる。メールが来たようだ。また尾崎玲子さんという人だ。876プロのプロデユーサーらしい。返事もしないのに何度も送ってくれたんだっけ...。絵理は、不思議なことに今度は、876プロをたずねてみようと決心したのだった。

 

みほたち5人は、東富士演習場のⅣ号戦車の中にいた。

エリカもケーニヒスティーガーの車内にいた。

その砲弾はギアが壊れて後退した大洗のアリクイさんチームの三式を貫く。

「大洗女子学園、三式中戦車行動不能。」とアナウンスが流れる。

不整地をはしりまわって、ケーニヒスティーガーの履帯と車輪が外れる。

思わずエリカは、「何やってるの!」と叫んでしまった。

なにかデジャブを感じたが、大洗はパラリラ作戦ともくもく作戦で黒森峰女学院をほんろうする。

杏はヤークトパンターの履帯を破壊する。

走り回り、逃げ回る大洗に対し、

「戦っているより逃げている方が多いんじゃないの。」

とエリカはつぶやく。

市街地へ向かう途中に川を渡ろうとしてうさぎさんチームのM3リーがエンスト。

みほは助けたいがためらっている。沙織が「行ってあげなよ。」といい、

華は「やっぱりみほさんはみほさんね。」と微笑みを浮かべながら背中を押した。

無事に川を渡りきり、市街地へいくと建物のかげから超重戦車マウスが現れる。

かばさんチームの三突とかもさんチームのB1bisを失う。

沙織が戦車が乗りそうな戦車だとつぶやくとみほは、

「ちょっと負担を強いてしまいますが」

とかめさんチームのヘッツアーにマウスの下にもぐるよう提案する。

97式がマウスの車体に上り、砲塔を抑えると、エンジンスリットを砲撃し、マウス撃破、97式とM3リーが黒森峰を分断して隘路にさそいこみ、M3リーはエレファント後ろから撃破し、ヤークトティーガーを道連れにする。ポルシェティーガーは、Ⅳ号とともにHS地点へ向かい、校舎の隙間をふさいで、黒森峰の隊長車でかつフラッグ車であるティーガーIと大洗の隊長車でかつフラッグ車であるⅣ号の一騎打ちを実現する。激しい撃ちあい、互角の戦いが続くが、履帯を切りつつティーガーIの背後に回ったⅣ号は、エンジンスリットを撃ち抜く。黒煙が晴れると、エンジンを破壊されたティーガーIから白い旗が揚がる。西住姉妹はしばらく見つめあっていたが姉であるまほは目を閉じ、前へうつむきかげんになる。

「黒森峰フラッグ車行動不能。よって大洗女子学園の勝利。」

と宣告された直後、観衆の視線がHS地点に向かないわずかな時間、空中に穴があき、青みがかった黒髪の美女が現れた。美女は、濃い栗色の髪を数本ひろうと穴に入り、穴は空中から消えた。

 




アイマスDS勢のうち、
秋月涼=秋山優花里
水谷絵理=ミズキ・エリコ(オリキャラ?)
ですが日高愛ポジのアイ・ヒカワは純粋に銀英伝世界のE式名の日高愛そっくりの少女(オリキャラ)ということで...要するにカリンと純粋な同国籍同時代人ということです。


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