鎮守府への道 (ariel)
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はじめに(あらすじ等)

『鎮守府の片隅で』を書いているArielです。今回、『鎮守府の片隅で』のスピンオフ作品として『鎮守府への道』を投稿する事になりました。このお話は、『鎮守府の片隅で』に登場する提督の若かりし頃を描いた作品になります。そのため登場艦娘は、日露戦争で活躍した時代の主力艦がメインの話になりますので、ほとんどがオリジナル艦娘という事になります。またこの物語の横須賀鎮守府には、史実の日本海海戦にて東郷提督が指揮した第一艦隊の第一戦隊が所属している形をとっています。

 

艦これの世界という事で…現実の歴史とは違う時間軸のため、史実の第一次世界大戦がない等、微妙に現実の歴史の流れとは異なりますし、各艦の退役時期や艦種変更時期なども少し異なりますので、ご了承ください(とはいえ、なるべく史実に近い形にする予定ですが)。また…提督の昇進が早すぎるぞ!というのは無しでお願いしますw。

 

一応この小説の艦娘ですが、艦の魂を人間の女性に降ろしている…ような存在で考えています。ですから艦娘の錬度=艦の精強さ…くらいな感じで捉えてください。そして艦の魂が、一般の人間の乗員達を妖精さんと考えている(艦の魂が気に入った特定の人間は、個別で識別していますし、士官と兵員の区別はついているようですがw)ような感じで物語を作っています。という事で、その辺りの設定は作者も結構いい加減にご都合主義で考えていますので、あまり突っ込まないでくださいw

 

『鎮守府の片隅で』は料理中心の小説ですが、こちらの『鎮守府への道』は、一部料理風景も出しますが、メインは提督の出世物語&金剛さんとのラブストーリー(?)になっています。金剛さんと『鎮守府の片隅で』の主役である鳳翔さんの関係については、二章以降で書きたいな…と考えていますので、第一章では鳳翔さんは出てきません。また、出来れば『鎮守府の片隅で』の『外伝1』『第四二話』『第六四話』『第七二話』辺りを読んでから、こちらの小説を読んでいただけると、より楽しめるかな…と考えています。

 

大まかなあらすじは以下のようになっています。

 

 

 

第一章(実際の歴史の1914年頃を想定?)(第一話~第七話)

『鎮守府の片隅で』に出てくる提督の新任少尉時代を書いた章になります。海軍兵学校を卒業したばかりの新任少尉として横須賀鎮守府に配属され、ここでの艦娘達との交流がメインの話になっています。この時代は将来の提督も一介の新任少尉ですし、将来秘書艦として暗躍する金剛さんも新人として先輩艦娘達に可愛がられており、どちらかというとギャグ要素の強い章になっています。とはいえ、この章の最終部分では、横須賀鎮守府秘書艦の敷島様との将来を賭けた舌戦が待っており、それなりに緊張感がある形で第二章に繋がります。

 

第二章(実際の歴史の1920~30年頃を想定?)(第八話~第十四話)

史実の海軍軍縮時代の章になります。『鎮守府の片隅で』に出てくる提督の佐官の時代を書いた章になります。帝国の経済状況に対して、あまりにも過大な軍備をどのように削減していくのか?軍縮を行うため、これまでお世話になってきた三笠様達を海軍から退役させなければならない立場となった若き日の提督が、様々な部署と利害関係の調整に奔走する章となります。そしてその結果、現役艦娘達の恨みを集めてしまうことに…。

 

第三章(実際の歴史の1940年代)(第十五話~第二十一話)

いよいよ主人公の提督が、艦娘の司令長官になるまでの将官時代を描いた章になります。これまで主人公が積み重ねた経験・経歴をフルに活かして、年次の壁を飛び越えて司令長官になるまでの「赤い巨塔」の章になります。またこの話の後の時代となる元小説「鎮守府の片隅で」の鳳翔さんと金剛さんの関係の切欠が描かれる章になり、この結果元小説のような関係に…。

 



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登場人物

人物

 

 

山野磯郎(やまの いそお)  『鎮守府の片隅で』に登場する提督。兵学校を席次11位で卒業のため、恩賜組ではない。将来、艦娘を指揮する鎮守府司令になる事を夢みて海軍少尉として任官。横須賀鎮守府に赴任する前に三笠に捕まる。

 

 

小堀悌一(こほり ていいち)  『鎮守府の片隅で』における海軍大臣。山野と同期で親友。兵学校を主席卒業。将来の夢は軍政畑のトップである海軍大臣。少尉時代、横須賀鎮守府にて指導艦である敷島に才能を見出され、海軍省に配属される。

 

 

南郷平三郎(なんごう へいさぶろう) 前回の深海棲艦との戦いにおける勝利の立役者であり、帝国海軍の軍神と崇められている。現在横須賀鎮守府の司令官として主力艦隊の艦娘を指揮すると同時に、次代の指揮官を養成するために新任少尉の指導を行っている。秘書艦は『敷島』。『三笠』の事も信頼しており、自由にさせている。

 

 

佐藤友一郎(さとう ともいちろう) 持ち前の政治力を駆使し、海軍省に君臨する海軍大臣。横須賀鎮守府の南郷提督とは前大戦時の戦友。お互いに海軍での影響力が強くなりすぎてしまったため、直接ぶつかり合う事は避けている。

 

 

花頂宮 中将(かちょうのみや) 海軍軍令部に居る宮様。皇族の海軍軍人として、階級以上の影響力を持っている。『三笠』の信奉者の一人であり、その三笠の弟子である山野には、特に目をかけている。

 

 

堀田 少将 (ほった) 海軍省軍務局長。山野の海軍省での上司にあたり、山野のよき理解者。経理局長の志位少将とは同期の桜。

 

 

志位 少将 (しい) 海軍省経理局長。小堀の海軍省での上司。軍務局長の堀少将とは同期の桜。

 

 

米田 中将 (よねだ) 第二艦隊司令官。戦艦娘達の信任も厚い艦隊司令官。主人公とは司令長官を目指すライバル。

 

 

 

 

艦娘

 

 

戦艦『三笠』 敷島姉妹の四女。横須賀鎮守府所属。前大戦時の連合艦隊旗艦。南郷提督の座上艦として深海棲艦との最終決戦に参加、その勝利に貢献する。規律には無頓着で、破天荒な行動を取る事も多いが、勘の鋭さ、人物鑑識眼は今も健在。横須賀鎮守府の治安維持の責任者である実の姉『敷島』は天敵。金剛姉妹の長女『金剛』の指導も行っている。その戦歴のため、軍令部や実戦部隊に信者多数。

 

戦艦『敷島』 敷島姉妹の長女。横須賀鎮守府所属。前大戦の最終決戦に南郷提督の直卒艦隊の一員として参加。南郷提督の秘書艦として横須賀鎮守府を取り仕切る。鎮守府の治安維持の責任者であり、『三笠&金剛&山野』の天敵。小堀を気に入り、彼の出世を助ける。非常に真面目で緻密な性格のため、損をする事も多い。海軍省に自分が指導した士官が大勢存在する模様。金剛姉妹の次女『比叡』の指導も行っている。

 

戦艦『朝日』 敷島姉妹の次女。横須賀鎮守府所属。前大戦の最終決戦に南郷提督の直卒艦隊の一員として参加。力による解決を至上とするも、性格は非常にサバサバしており後に引き摺らない。また非常に気前もよく新任少尉達からの人気は高い。金剛姉妹の四女『霧島』の指導を行っている。

 

装甲巡洋艦『春日』 春日姉妹の長女。敷島姉妹と同様に前大戦の最終決戦に南郷提督の直卒艦隊として参加。イタリア出身のため、非常に気さくで明るい。料理も得意。金剛姉妹にとても甘い。

 

海防艦『富士』 横須賀鎮守府の最先任。前大戦では戦艦として、敷島姉妹と共に南郷提督の直卒艦隊として最終決戦に参加。非常に温和な性格でノンビリしており、三笠にも気を使われている。金剛姉妹の三女『榛名』を指導中。南郷提督との思い出を非常に大事にしている。

 

巡洋戦艦『金剛』 超弩級戦艦で次世代の戦艦として建造された金剛姉妹の長女。三笠の指導を受けている。山野とは気が合い、『敷島』は天敵。『三笠』は同郷の大先輩のため、心の中では尊敬している。『鎮守府の片隅で』における鳳翔さんのライバル。横須賀鎮守府のトラブルメーカーだが、主力艦の艦娘達には愛されており、山野少尉との恋路を応援されている。

 

戦艦『Warspite』 英国の戦艦。金剛とは昔からの友人で、喧嘩友達。料理の腕はからっきしだが、プライドは非常に高い。何故か山野中佐の事を非常に気に入っている。

 

航空母艦『鳳翔』 『鎮守府の片隅で』における提督の正妻。三笠から、横須賀鎮守府にて山野中佐を紹介される。それ以降、山野中佐とウマが合ったようで、なにかと山野中佐に相談をしている。軍縮条約が締結された後、山野が艦長として着任する予定。

 



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第一章  新任少尉時代 
第一話 新任少尉


横須賀鎮守府に向う列車内  山野少尉

 

 

海軍兵学校は無事に卒業出来たものの、席次は十一位。悪くはないが、恩賜の短刀組にはなれず…か。兵学校卒業後の最初の任地が横須賀鎮守府というのは…運が良いのか悪いのか…。あそこの司令官は、先の深海棲艦との戦いの英雄…南郷提督。そしてその指揮下には、三笠様を筆頭に歴戦の艦娘が揃っているんだよな…。横須賀鎮守府に配属された兵学校の先輩達の話では、南郷提督は新任少尉を必ず艦娘に預けて、その艦娘からの指導を受けさせつつ、新任少尉達の適正を判断しているらしい。俺はどの艦娘に預けられる事やら。同期の恩賜組の奴等は、たぶん有名な敷島様や朝日様に預けられるんだろうが、俺は生憎恩賜組じゃないからな…。

 

そういえば、南郷提督の信頼が最も厚いと言われている三笠様に預けられた新任少尉は居ないという事も聞いた事があるな。兵学校の先輩達も言っていたが、何でも三笠様は、『これ』と思う新任少尉しか面倒を見る気がないようで、南郷提督もそれを認めているとの事。逆に言えば、三笠様に認めてもらえれば、出世は間違いなし!って所なんだろが、まぁ、難しいよな。三笠様のような英雄は、俺達のような新任少尉とは違う価値観を持っていそうだしな…。ま、一応俺たち新任少尉側も指導艦娘の希望は出せるらしいから、とりあえず駄目元で敷島様を希望してみるか…。はぁ…俺も将来は南郷提督のように鎮守府司令官になって、たくさんの艦娘を指揮してみたいもんだよな。

 

「おぃ、山野!貴様、辛気臭い顔しているがどうしたんだ。もっと元気だせよ。俺達は、これから華の横須賀鎮守府勤務なんだぞ。軍神南郷提督のお膝元で帝国海軍主力の根拠地。俺も貴様も出世街道間違いなしだろっ。それと貴様、もう指導艦娘の希望は考えたのか?俺は敷島様を考えているんだが。」

 

「小堀…貴様は首席だから気楽でいいだろうよ。それに引き換え俺は、恩賜組ではないからな。ま、それでも華の横須賀鎮守府勤務は悪くないか。貴様が敷島様を選ぶなら、俺は朝日様かな…貴様と同じ土俵で戦っても勝てんからな。」

 

「山野、貴様と俺は同期の桜だぞ!くだらん事を言うんじゃない。俺達は最後まで一蓮托生。俺は海軍大臣を目指すから、貴様は艦娘を指揮する司令長官を目指す事になってるだろ。俺達が組めば帝国は安泰だぞ。」

 

まったく…何故か知らんが、同期首席の小堀とは何故か気が合うんだよな。どこまで本気か知らんが、あいつはいつも酒の席で『俺は海軍大臣を目指すから、貴様は司令長官を目指せよ』なんて言ってくる。あいつは首席だから本当に海軍大臣になるかもしれんが、俺はな…。しかし…あいつが敷島様を選ぶ以上、俺は朝日様を希望するしかないな。あいつと同じ道を歩んでも勝ち目はないし…まったく面倒な事だよ。

 

「おぃ、山野。もうすぐ横須賀駅に到着だ。一緒に行くぞ。」

 

「いや、小堀。貴様は他の恩賜組の奴等と先に行けよ。俺はちょっと寄り道したい所があるから後で行く。また後でな!」

 

「そ…そうか。まぁ、南郷提督への着任挨拶の時間には遅れるなよ。南郷提督は時間には厳格な方だと聞いているからな。」

 

「あぁ、分かっているよ。小堀。」

 

ま、恩賜組の奴等は先に行ってもらった方が気楽でいいさ。小堀の奴は例外的に気が合うが、残りはいけ好かない奴等ばかりだからな。あいつ等と一緒に着任挨拶までしていたら、肩が凝るさ…。

 

 

さて、小堀達は列車から先に降りたし、俺もそろそろ降りるか。華の横須賀鎮守府か…どんな所なのか、楽しみと言えば楽しみだがな。とはいえ、あの恩賜組の連中と一年間一緒というのは、不幸以外の何物でもないんだが…はぁ。

 

 

 

横須賀鎮守府 某所  巡洋戦艦 金剛

 

 

「三笠様、また今年も行くデ~スか?もう年なんだから、自重するネ。」

 

ゴツン!

 

「痛いネ、BBA。」

 

「金剛、何度言ったら分かるんだぃ。あたしは断じて婆じゃないよ。さぁ、ぐずぐず言ってないで、横須賀駅に行くからついて来な。今年も新任少尉の坊や達が大挙して今日、横須賀駅に到着するんだ。活きが良さそうで将来有望そうな坊やに早いところ目星をつけておかないとね。そういう有望な子を敷島姉さんに盗られる訳にはいかないってもんさ!」

 

「三笠様、そんな事言っているけどサ~、最近三笠様の目に適う新任少尉さんは居ないネ。」

 

三笠様も困った人ネ。ヴィッカースの大先輩でもあり、今私を指導してくれている三笠様の悪口は言えないデ~スけど、新任少尉さんの指導はこれまで全くしていないネ。南郷提督は笑って許してくれているけどサ~、秘書艦の敷島のBBAの視線はvery厳しいデ~ス。ついでに私も敷島のBBAには、厭味ばかり言われますネ。…私も、他の先輩戦艦娘についているmy sister達と同じように、若い少尉さんと一緒に三笠様の訓練を受けたいデ~ス…。

 

「金剛、いいから黙ってついて来な。今年は、なんとなく大物が来る予感がするんだよ。私の勘に間違いないさね。」

 

「分かったネ、三笠様。とりあえず私も変装したから、横須賀駅にいつでも行けマ~ス。それにしても…三笠様、いくら若く見られたいからと言って、その変装じゃ若作りのし過ぎデ~ス!」

 

ゴツン!

 

「痛いネ、BBA。」

 

三笠様の勘デ~スか。たしかに三笠様には特殊なskillがあると、南郷提督も言っていましたネ。そういう意味では、今年こそ良い少尉さんが着任するかもしれないという事デ~スね。とりあえず三笠様と一緒に、横須賀駅に若い少尉さん達を見に行くネ。

 

 

…Nooo、敷島のBBAネ。このBBAは規律規律とveryうるさ~いBBAデ~ス。同じBBAでも、三笠様とは全く違うネ。私はこのBBAは苦手デ~ス。妹の比叡も、よくこんなBBAの指導を毎日受けていられるネ…私には無理デ~ス。

 

「三笠…それに金剛、変装までして何処に行くつもりですか。今日は新任少尉が着任挨拶に来る日です。全艦娘は鎮守府待機の指令が南郷提督から出ていますし、秘書艦の私も連絡した筈ですよ。三笠…たしかに貴方は提督から一番信頼されていますが、あまり馬鹿な事ばかりやっていると、そのうち愛想をつかされますよ。それに、一応貴方も私の妹なのです。敷島型としての自覚をもっと持ってもらいたいものですね…。」

 

「余計なお世話だよ、敷島姉さん。あたしは、あたしがやりたい様にやらせてもらうさ。南郷の爺もそれは認めている筈だよ。とりあえずどいとくれ。あたしはこれから金剛を連れて横須賀駅に行くんだ。」

 

まぁ、今日は三笠様もtogetherだから、私が敷島のBBAの矢面に立たなくて良いというmeritはありま~すネ。こういう所は、本当に三笠様に感謝ネ。Oh…流石に敷島のBBAも提督の信頼が厚い三笠様には弱いネ。『フンッ』と言って、去っていったデ~ス。

 

 

 

横須賀駅  巡洋戦艦 金剛

 

 

「あれが今年の恩賜組かぃ…。なんだか頭でっかちの末成りの瓢箪ばかりじゃないか。最近の兵学校は一体どうしちまったんだろうね、まったく。ん?あれは中々将来有望そうな坊やだ…。とはいえ、ああいう秀才タイプの坊やは敷島姉さんが好きそうな坊やだよ。あたしのお眼鏡には適わないね。」

 

「三笠様、何言っているデ~スか。皆頭が良さそうな、優秀な少尉さん達ネ。」

 

列車から降りてきた少尉さん達は、みんな凛々しそうな顔で頭が良さそうな人達ばかりデ~ス。それに…私はよ~く知っていますネ。あの少尉さん達が腰に下げているのは、恩賜の短刀デ~ス。あれを持っている少尉さんは、出世も早くて優秀な少尉さんが多いネ。But、三笠様は私と全く違う評価をしていマ~ス…。

 

「ん?あれは…。金剛、見つけた。ついに見つけたよ。あれだ、あの坊やだよ。あの坊やなら将来有望そうだ!早速声をかけてきな!」

 

…三笠様、あの少尉さんは、恩賜の短刀持っていないデ~ス。それに先程の凛々しそうな顔つきの少尉さんとは違って、ため息をつきながら列車から降りてきましたネ。どう考えても三笠様が言うような将来有望な少尉さんではないネ。

 

「三笠様、耄碌したデ~スか?あの少尉さんは、short sword持っていないデ~ス。それにため息までついていて、お顔もよろしくないネ。」

 

ゴツン!

 

「痛いネ、BBA。」

 

「金剛、お前の目は節穴かぃ。あの坊やは将来必ず出世するよ。たしかに気だるそうに降りてきたが、目つきはさっきの末成りの瓢箪とは大違いさね。それに今は頼りなさそうな顔でも、あれは必ず将来良い顔になる!いいかぃ、金剛。南郷の爺を見てみな。あの爺も、任務で様々な苦労を重ねた結果、今のような素晴らしい顔になったんだ。苦労の積み重ねが、男の顔を良くするんだよ!覚えておきな!」

 

三笠様…そんなに力説しなくても、分かってマ~ス。南郷提督の事を爺と呼んでいま~すけど、本当は三笠様は南郷提督の事が好きなことは、私もよく知っていま~す…。とりあえず、これ以上ここに居たら、三笠様の話がno stopデ~スから、さっさとあの少尉さんに声をかけにいきま~す。

 

「Ah…もう分かったネ、三笠様。とりあえず、あの少尉さんに声かけに行って来るデ~ス。」

 

三笠様も人使いが荒いですネ。そういう意味では、そんな三笠様に目をつけられてしまったあの少尉さんには同情シマ~ス。Hmm…近くで見ると、それ程悪いお顔ではないようですネ。さっきはため息ついていま~したけど、普通の表情は悪くないデ~スネ。とりあえず声をかけるデ~ス。

 

「Hey! そこの少尉さん。これから鎮守府に行くデ~スか?私も一緒に連れて行って欲しいデ~ス。」

 

 

 

横須賀駅  山野少尉

 

 

ん?列車から降りたらいきなり、こんな可愛い子に声をかけられたが…どういう事だ。俺が海軍少尉である事は、制服と階級章を見れば分かる…いや、こんな可愛い子が果たして軍の階級章が分かるとは…いや、待てよ。鎮守府に連れて行って欲しいという事は、軍関係の人間か。ならば階級章の判別が出来ても不思議ではないか。問題は、何故この俺に声をかけてきたか?という事だな。それに…この子の言葉は、純粋な帝国人とは少し違うようだ。いくらなんでも間諜とも思えんが…。

 

それに鎮守府に行きたいから連れて行ってくれと言っているが、もしそれが本当の目的であるならば、先に降りた小堀達に声をかけていてもおかしくはない筈。いや…流石にこれだけでは判断するのに情報が足りないな…。ここは少し会話をして確認してみるか。たとえこの子が美人局だとしても、この段階では何も仕掛けてこないだろう。

 

「お嬢さん、横須賀鎮守府に行くのでしたら、一緒に行くのは構いませんが…。何か鎮守府に用件があるのですか?それと…鎮守府に入る許可書はお持ちですか?許可書がありませんと…守衛に止められてしまいますが…。」

 

「鎮守府に入る許可?問題ないネ!それよりも、早く一緒に行くデ~ス!」

 

やはりこれは怪しいな。しかし問題なく鎮守府に入る事が出来るというのが、もし本当ならば、この子は横須賀鎮守府の高官の娘…いや、まさかとは思うが艦娘か?だとすると余計に矛盾があるな。高官の娘ならば、わざわざ俺に声をかける必要はない…まして艦娘ならば連れて行ってもらう必要もないだろう。いや…俺と一緒で新任の艦娘という可能性もあるか…。ここは少しリスクを承知で、さり気無くこの子を調べてみるか。流石にこの俺も、正体不明の子と一緒に鎮守府の門をくぐろうとは思わないぞ。

 

「分かりました、お嬢さん。それではエスコートしますので、お手を…。」

 

「Oh…流石は少尉さん!とっても紳士ネ!」

 

どうやら…艦娘の子だな…。触った手の感覚が普通の女性とは全く違う。それに近くで見ればよく分かるが、体つきも普通の女性とは少し違ってガッシリしているな。しかし艦娘だとすると…この子の目的は?それに新任の艦娘なのか確認する必要もあるな。まぁ新任だとしても、着任前に艦娘の子とここで出会えたというのは、俺にとっては運が良いのだが…。さて、どうやって新任かどうか確かめる?なるべく自然に確認出来る方法…そうだ!

 

「お嬢さん、私は横須賀鎮守府に今日付けで着任する事になっていますので、まだ横須賀の街を良く知らないのですが、この辺りで美味しい食事などが出来る場所をご存知ですか。私もその内、お嬢さんのような美しい方と、そういう場所で食事でもしたいですからね。ハハハ。」

 

「Oh…少尉さん!私の事を綺麗と言ってくれましたネ!それに少尉さんの提案はgood ideaネ。私も美味しい食事は大好きデ~ス。そこのレストランが美味しいネ。早速一緒に行くデ~ス!三…BBA!少尉さんが、私達を食事に連れて行ってくれるそうデ~ス。早く来るデ~ス!」

 

はぃ?俺はこの子を誘ったつもりはないんだが…。まさか、言葉が通じていなかったか?いや、それにこんな回答が帰ってくるという事は、新任の艦娘ではないな。新任の子なら、俺と同じで横須賀の街を知らない筈だから、そんな場所が直に出てくるとは思えない。だとしたらこの子は横須賀鎮守府の艦娘…しかし何が目的で俺に声をかけてきた?

 

ゴツン!

「痛いネ、BBA。」

 

「金ご…いや、小娘が何を一人で盛り上がっているんだい。余計な事をするんじゃないよ、全く。あ~、そこの坊や、すまなかったね。この小娘はちょっと…ね…。お詫びという訳ではないが、私が出してやるから、そこの店で食事でもどうだい。」

 

いや…一体どうなってるんだ?展開が急過ぎてついていけないぞ。いきなり妙齢の女性まで出てきたんだが…。しかし美人な人だな、この人は。さっき声をかけてきた子は可憐な感じだが、こちらはちょっと怖そうな美人と言った感じだな。問題はこの二人がどのような素性か?という事か…。おそらく二人とも艦娘、しかも横須賀鎮守府所属なのは間違いない。そして…この目の前の美人な女性…貫禄もあるし、間違いなく大型艦でそれなりの地位に居る艦娘だ。

 

とはいえ俺の記憶では、横須賀鎮守府に所属している艦娘でこんな人は…いや、変装しているのか…。いずれにせよ、ここは誘いに乗るしかないだろう。この人が誰であれ、こんな美人が食事に誘ってくれているんだ、断るなんて馬鹿だからな。…そういえば、着任挨拶の時間…まぁいいか。艦娘との交流を優先して…とか言っておけば、艦娘を第一に考えていると言われている南郷提督なら分かってくれるさ。

 

「このような美人に誘われるとは、光栄ですね。是非お供させてください。」

 

「ほぉ、坊やにしては礼儀がなっているようだね。まぁいいさ。うちの小娘が迷惑をかけたようだから、その詫びだよ。」

 

 

 

横須賀駅  戦艦 三笠

 

 

金剛の馬鹿タレが…何を一人で勝手に舞い上がっているんだぃ!小娘が勝手に舞い上がっちまったから、本来ならもう少し様子を見てから、あたしが行く筈だったのに、計画が台無しだよ全く!まぁいいさ。この坊やはあたしのお眼鏡に適ったんだ。あたしも、この坊やの話を少し詳しく聞きたいから、食事くらいは奢ってやるさ。しかし…たしか敷島姉さんが、今日は新任少尉の着任挨拶があると言っていたが、この坊やは参加しなくてもいいのかね?まぁ、本人が良いと言っているんだ、問題ないだろうね。それにあたしが見つけた優秀な子なんだ、それくらいのトラブルは自力で乗り越えるさね。

 

とりあえず、あたしのお気に入りのレストランにでも連れて行ってやるかね。あそこなら、邪魔は入らないだろうし、なにせ料理の味もいい。金剛の小娘には後でキツクお説教するとして…いや、これ以上金剛の小娘があたしの計画を壊さないうちに、小娘だけでも鎮守府に返しておくかね…。

 

「金ご…いや、お前は先に鎮守府に戻りな。」

 

「Noネ、BBA。これから美味しい物が食べられるのに、絶対にreturnしないデ~ス。それにこっちにいた方が、鎮守府でboredな着任挨拶を聞くよりも、楽しそうネ!少尉さんも、両手に華の方が嬉しい筈デ~ス。Oh…一方は、もう枯れかけている華でしたネ~!」

 

ゴツン!

 

「痛いネ、BBA。」

 

まったく…この馬鹿が一緒じゃ、こっちの正体がばれる可能性が一気に高まっちまうよ…。この坊やは恩賜組ではないとはいえ、間違いなく頭は切れそうだ。大方、あたし等が艦娘だという事はもうバレている。そして今は、あたし等との会話で正体を探っている筈さね…。頭が良い坊やとの会話は楽しそうだが、これは難儀な事になりそうだね…。しかもこっちは、金剛の小娘という爆弾まで抱えている。こりゃ、あたしの正体がバレた時の事も考えていた方が良さそうだよ…。




金剛さん…この頃はたぶん、先輩艦娘達に相当甘やかされているような…。なんと言っても、新世代の超弩級戦艦ですし。その結果、三笠様に対しても遠慮なくBBA呼ばわりしてしまっています。とはいえ普段は三笠様と呼んでいますし、内心でもそう考えていますので、尊敬はしているのでしょうが^^;。なんとなく、金剛さんの若い頃のイメージって自分の中ではこんな感じでしたので、この小説での初期の金剛さんは、甘やかされて結構好き勝手やっている形にしてみました。

オリジナル艦娘の三笠様…個人的にはこれくらいの感じが一番しっくり来ました。まぁ…見た目は三十代中盤くらいのイメージなのですが…台詞回しは…年齢以上の貫禄が出ているような…w

そして提督と友人…おそらく元ネタの名前は直に分かったかと思いますが、一応別人という形で進めていく予定なので、あまり元ネタを意識しないでもらえるとありがたいですw。それに…元ネタの方々は、この小説で言う所の、前回の深海棲艦との最終決戦に日進に乗って参加していたり、三笠に乗って参加していたりしますしね^^;。


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第二話 指導艦

前回の話で、横須賀駅に到着した山野少尉は三笠様のお眼鏡に適ったようで、着任前であるにも関わらず、三笠様に捕まりました。山野少尉は、まだ自分を捕まえた艦娘が三笠様である事は知りませんが、今回の話で相手が三笠様だという事が明らかになり…。


横須賀市内 レストラン  戦艦 三笠

 

 

「いらっしゃいませ、いつもありがとうございます。先日は、一番上のお姉さんも利用していただきまして…本当に感謝しております。」

 

「あ~、敷し…姉さんに伝えておくよ。ところで、ちょっと込み入った話があるんだ。悪いけど、個室を用意してくれないかね?」

 

「かしこまりました。それと、今日はお食事ですか?」

 

「あぁ、いつものを三人分お願いするよ。…いや…二人分でいい、この小娘には水だけいいさね。」

 

「BBA!私も食べたいデ~ス!」

 

ついにこのレストランまで、敷島姉さんに知られちまったかぃ…。ここなら敷島姉さんも知らないから安心して食事を楽しみながらサボる事も出来たが、こりゃ違うレストランを探さなくてはいけないって事かね…難儀な話だよ…まったく。ま、ここは個室もあるし、オーナーの爺さんは口も堅いから、敷島姉さんと入り口で会わないように気をつければ、まだ大丈夫かね…。

 

 

 

横須賀市内 レストラン  山野少尉

 

 

一番上のお姉さん…ね。という事は、姉妹が居てしかも二人以上居るという事だよな…。これまでの振る舞いからして、間違いなく戦艦のような大型艦の艦娘。しかも二人以上姉妹が居るって事は…!敷島姉妹かよ…。超大物じゃないか。敷島姉妹の三番目の初瀬様は先の深海棲艦との戦いで沈んでいるから…候補として考えられるのは、敷島様、朝日様…それと三笠様か。

 

それにさっきの会話で、一番上のお姉さんが…と店の人は言っていたから、今目の前に居る人は敷島様ではない事は確定。となると、朝日様か…。いや…『一番上の』と言っていたから、この人は三女より下。それに今日は我々新任少尉が着任挨拶をする日、間違いなく鎮守府の全艦娘には待機命令が出ている筈。にもかかわらず、命令違反をしてここで遊んでいても問題にならない人となれば…これが三笠様か…。運が良いのか悪いのか知らんが、着任前に三笠様とこうやって食事をする事になるとはな…。という事はもう一人の子は、三笠様が現在訓練している子…最新鋭の金剛姉妹…話方からして純粋な帝国の人間ではない…となると、長女の金剛さんか。

 

どうやら、ここが俺の正念場という事だな。どうも三笠様の話しぶりからして、今のところ俺の事を気に入ってくれているようだし、このまま上手に三笠様を指導艦として選ぶ事が出来れば…俺の夢である艦娘の司令官職も現実になる可能性があるのか。とはいえ、今はまだ三笠様とは知らないという事にして、これまでと同じように対応しないといかんな…。ここで対応を変えたら、間違いなくこちらが正体に気付いたという事がばれてしまうし、こちらの思惑まで知られる可能性が高い。それにしても…こんな高級店で美女と一緒に旨い物を喰えるはずが…今日は味が分からない昼食になりそうだ。

 

「ところで坊や、坊やは今日鎮守府に着任予定なんだろ?たしか…あの鎮守府では、新任少尉は最初に、指導してもらう艦娘の希望を出せるようだが、坊やはもう誰を希望するのか決めているのかぃ?」

 

向こうも、こっちがどれくらい自分の正体を掴んでいるか、探りを入れてきているな。ここで正直に『三笠様を考えている』と言えば、こちらが既に正体を知っているという事がばれる可能性がある…。今の段階では、無難な回答をしておいた方が良さそうだ。

 

「そうですね…。適うかどうかは分かりませんが、敷島様を希望しようと考えていますよ。兵学校の先輩の話では、敷島様はとても丁寧に指導をしてくれるそうですから。」

 

「少尉さ~ん、な~に馬鹿な事言っているデ~スか!敷島のB…(ガツッ)…痛いね、BBA!」

 

「ゴホンッ…あぁ、敷島ね…様ね…。たしかに、重箱の隅をつつくような、素晴らしく細かい指導を受けられるという話だね。坊やには合わないよ、止めておきな。」

 

どうも三笠様と敷島様は、あまり仲が良くなさそう…。いや、三笠様は敷島様を苦手としている…のかもしれないな。まさか、ここまで露骨に止めておけと言ってくるとは思わなかったな…。しかし場合によっては、三笠様に希望を出すために、敷島様を利用出来る可能性もあるという事か…。

 

「それでは、朝日様はどうですかね?兵学校の先輩の話では、朝日様は非常に勇敢な艦娘で、我々新任少尉を引っ張っていくような指導をしてもらえるとも聞いていますし…。」

 

「あ~、坊や。朝日ね…様も止めておきな!あんな『力が全て!』と思っているような艦娘に指導を受けたって、何の役にもたたないさね!…坊や、三笠様に指導を受けようとは思わないのかぃ?三笠様は先の戦いの英雄だし、坊やも英雄にはあこがれた口ではないのかぃ?」

 

三笠様…いきなり直球か…。ここは返答が難しいぞ。本当なら諸手を挙げて、『三笠様を指導艦として選びたい』とこの場で直接言いたい所だが、今までの三笠様の感じでは、どうも俺との会話を楽しんでいる節がある。となると、ここはまだ目の前の方が三笠様だという事を知らない振りをして…。嫌、待てよ。三笠様は俺との会話を楽しんでいるという事は、こちらから攻撃するという手もあるのか。となると…三笠様に直接攻撃するよりも、金剛さんをつつくという手もあるな…。

 

「そうですね…たしかに三笠様を希望したいところですが、たぶん無理なので止めておきますよ。先輩方の話では、三笠様は指導艦を引き受けていないようですし、なんでも今は新鋭艦の金剛さんの指導で忙しいと聞いた事があります。以前、兵学校で回覧された資料を見ただけなので、実際の所は知りませんが、金剛さんはとても可愛い子のようですから、おそらく三笠様はその子の指導で手一杯なのではないでしょうかね…。」

 

「Oh! 少尉さん! よ~くresearchしていますネ!たしかにわた…金剛さんは、very very cuteな艦娘ネ!」

 

「おだまり小娘!ほぉ…兵学校にはそんな資料が回っているのかぃ…なるほどね…。しかし坊や、三笠様を指導艦に選ぶことが出来れば、出世の糸口になるのではないのかぃ?失礼だが、坊やは恩賜組の将校ではないようだし…出世には強力な後ろ盾が必要になるだろう。駄目元でも、三笠様を希望してみたらどうかね?」

 

脈あり…ってとこだな。金剛さんの暴走に、三笠様は一瞬『しまった』というような素振りも見せたが、すぐに何食わぬ顔で自分を売り込んできているし…この場では回答を保留しても、実際の場で三笠様を希望すれば、受け入れてもらえる…という事か。小堀…悪いな。お前は敷島様を選ぶのだろうが、俺は三笠様を選ばせてもらうぞ。

 

「そうですね…実際に希望を出す時まで少し考えます。ご助言ありがとうございます。」

 

コンコン

 

「失礼いたします。お食事をお持ちしました。」

 

「おぉ。来たかぃ、来たかぃ。待っていたよ。」

 

これは…ビーフシチューか。たしかに三笠様が贔屓している店だけあって、美味そうな…というか、滅茶苦茶苦高そうなビーフシチューだよな。本当にこんなの奢ってもらっていいのか?流石に俺だって躊躇するぞ…。

 

「坊や、どうしたんだい。食べないのかい?ここのビーフシチューは絶品なんだよ。肉じゃがもいいんだが、やはり偶には本物のビーフシチューも食べたいもんさね。」

 

「あっ、いただきます。しかしその…恥ずかしい話ですが、こんな高級店は初めてでして、少し驚いていた次第で…。」

 

「まぁ、坊やには少し早かったかね。とはいえ、坊やも海軍で出世すれば、こういう店を普通に利用する事になるだろうさ。いずれにせよ、今日はあたしの奢りだ。冷めない内に早くお食べ。」

 

三笠様は、もっと厳しい人だと思っていたんだが、意外に気さくな人なんだな…。まぁ、折角勧められている以上、熱い内にいただくか。たぶん味は分からんだろうけど…それでも良い香りが漂ってきている事は分かるからな…。おっ、こりゃ美味いわ。これだけ緊張していれば、普通は味なんか分からない筈なんだが、それでも美味しいと分かるというのは、それだけこの料理が美味しいという事か…。

 

肉はフォークがスーッと入っていく程柔らかく煮込まれているし、このブラウンシチューも濃厚な味で全体的にグッと旨味が濃縮されている…素晴らしい味だな。そしてこのブラウンシチューを少し付けて食べる人参やブロッコリーも野菜の味とシチューの味が合わさって絶品。あっ、芋も入ってるのか。この芋をサクッと割って、ブラウンシチューをつけて食べると…これは病み付きになる味と食感だよな…。はぁ…俺の給料じゃ、そう簡単にこんな店には来られないだろうけど、時々来てみたいもんだな。…出来れば、金剛さんのような可愛い子を連れて…。流石に三笠様も一緒じゃ、緊張しちまうからな…。

 

「どうだい、坊や。なかなか美味いだろう。ただ…坊やはもう少し礼儀を学んだ方が良さそうだね…。いくら美味い料理とはいえ、こんな美女が目の前に居るというのに、食事に集中しちまうのは、あまり感心出来ないってもんだ。」

 

「BBA!ちょっとは自重するネ。美女は少尉さんの横に座っているだけで、目の前にはBBAしか居ないネ!」

 

「も…申し訳ありません。いえ…こんなに美味しい料理は初めてだったのでつい…。たしかに貴方のような美しい方を無視して、食事に集中してしまったのは、私の失態でした。お詫びいたします。」

 

しまった…。たしかに女性と一緒だというのに、会話もせずに食事を楽しんでいたら、これは完全にマナー違反だよな。まぁ、三笠様は笑って許してくれたようだけど。今回は完全に俺の失策だ。それにしても…金剛さんも勇気あるよな…。あの三笠様を婆呼ばわりしているんだからな…。

 

「ま、分かればいいって事さね。それと、そこの小娘。これが大人の美的感覚ってもんさね。お前のような小娘からしたら、あたしは婆になるかもしれないが、普通に見たらあたしは美女になるんだよ!覚えておきな!まぁ、あたしからしたら坊やもまだ坊やだが、それでもこの小娘とは違って、ちゃんと大人の価値観を持っているって事は、よ~く分かるよ。」

 

「BBAは、BBAネ!少尉サ~ン、食事が終わったらこんなBBAは放っておいて、私と遊びに行くデ~ス!最初は少し頼りない少尉さんだと思っていま~したけど、結構良い男ネ。私も気に入ったデ~ス!」

 

「小娘!何勝手な事言ってるんだぃ!あんたが男を連れて歩くなんて、まだ十年早いよ!この坊やはあたしのもんだ。…小娘が坊やにちょっかいを出す前に、今の内に出会い茶屋にでも連れて行って、既成事実でも…」

 

ブホッ!

 

何言ってるんですか、三笠様。ひょっとして、三笠様ってとんでもない駄目艦娘の可能性が…。あ~ぁ、隣の金剛さんも俺と一緒で食事中だったから、咽てるよ…。これ以上変な話に巻き込まれる前に、ここで勝負だな…。しかし、三笠様と話していると、こっちの調子まで狂いそうだよ。

 

「…あなたのような美しい方から、出会い茶屋に誘われるとは非常に光栄ですね…三笠様。」

 

 

 

横須賀市内 レストラン  戦艦 三笠

 

 

チッ、やっぱりバレていたかね。まぁ、金剛の小娘のせいでこっちの調子が狂わされたとはいえ、この坊やも優秀だという事のようだね…。どうやら、あたしの人物鑑識眼もまだまだ捨てた物じゃないようだね。

 

「坊や…いつから分かっていたんだぃ?」

 

「この店に入る際の、お爺さんの言葉ですね…。」

 

なる程、駅での小娘との会話であたし達が艦娘だという事を知り、ここのオーナーの爺さんの何気ない言葉から、あたしが敷島姉妹の末っ子だと結論づけたって事だね。それにも関わらず、あたしが三笠だという事を知らない振りをして、会話を楽しんでいたって事かぃ…。フンッ、まったく…可愛気がない程優秀だよ、この坊やは。しかしこんな坊やが恩賜組ではないってのも、変な話だね…本当に最近の兵学校はどうしちまったもんかね…。まぁ、これは鍛えがいのありそうな坊やだよ。

 

「坊や、さっきの話だが…指導艦の希望はあたしにしておきな。あたしがしっかり指導してやるさ。…ところで坊や?今日は新任少尉の着任挨拶の日ではなかったのかぃ?こんなところで、あたしに油を売っていて大丈夫なのかね?南郷の爺さんは、それはそれは時間には厳しいお方だ。」

 

「えっ?三笠様か金剛さんが、事情を話してくれるのではないのですか?」

 

フフフ…どうせそう考えていると思ったよ、坊や。だが、そうは問屋が卸さないよ。柔軟な思考と危機回避は優秀な指揮官の必須能力さね。早速坊やを指導してやるとするかぃ。

 

「ハンッ!なんであたしが坊やを助けてやらなくてはならんさね?危機回避は指揮官の必須能力だよ。自力でなんとかおし!」

 

「三笠様…まだ三笠様は少尉さんの指導艦じゃないネ…。厳しすぎますネ…。」

 

「…分かりました、三笠様。一応作戦はありますので…問題ありません。金剛さん、大丈夫ですよ。まぁ、見ていてください。」

 

フン、この坊やがどうやってこの危機を乗り切るのか、見物ってもんだよ。坊や…この危機を無事に乗り切ったら、その時はあたしがしっかり坊やを指導して、将来は鎮守府の司令官にでもしてやるさね、頑張るんだね。

 

 

 

横須賀鎮守府 司令室  山野少尉

 

 

「申告します!山野磯郎少尉、本日付で横須賀鎮守府に着任いたしました。」

 

「少尉…だいぶ着任時間が遅いようだが…。少尉の乗っていた列車だけ、何かトラブルでもあったのかね?」

 

この人が、先の戦いの勝利の立役者、軍神南郷平三郎提督…写真で見るよりも圧倒的な迫力があるな…。それに左右には…何度も写真などで見た事のある艦娘達…最先任の富士様、それに敷島姉妹、春日姉妹、香取姉妹、薩摩姉妹に河内姉妹か…。後ろは金剛姉妹だな…。金剛さん…いくら一番後ろに居るからといって、ここで俺に手を振ってきても、今は応えられないぞ…。どうやら、俺に無言の圧力をかけるために、この場に横須賀鎮守府の主力組を全て集めているようだが…この場をなんとか切り抜けん事には、俺の将来はないからな…ここは一世一代の博打を打つしかないって事か…。

 

「着任が遅くなり申し訳ありません、南郷提督。その…列車は無事に横須賀駅に到着したのですが、少し横須賀市内でトラブルがありまして…。」

 

「ほぉ、横須賀市内でトラブルがあったのかね。我が鎮守府のお膝元でそのようなトラブルがあるというのは、見過ごせんな。敷島、これは少尉から詳しく事情を聞かなくてはならんと思うが、どう思う?」

 

「はっ、提督。たしかに横須賀市内で帝国海軍の将校がトラブルに巻き込まれるとは、由々しき事だと私も判断いたします。少尉、詳しくそのトラブルの内容を話しなさい。」

 

南郷提督…何故か知らないけど楽しんでいる感があるな。大方、新任少尉が何を言い訳するのかお手並み拝見…と考えているんだろうな。それに流石敷島様、迫力あるわ…。三笠様…間違いなく、俺の対応を楽しんで見ているな…。ですが三笠様?今回のトラブルの原因は間違いなく貴方なのですから…道連れになってもらいますよ?

 

「その…敷島様…。大変申し上げにくいのですが…そちらに居る三笠様に出会い茶屋に連れ込まれそうになりまして…断るのに苦労した次第で…。あっ、そちらに居る金剛さんが、証人です。」

 

…ブッ

 

あっ、南郷提督が噴出した。それに周りの艦娘の皆さんも腹抱えて笑っているし。なんとか助かったか…って、金剛さん笑いすぎだろ。三笠様と敷島様はうつむいて小刻みに震えているけど…大丈夫だよな?

 

「…少尉、それは…ククク…申し訳ないことをしたようだ…ハハハハ。しかし少尉、三笠に気に入られるとは、余程のことだぞ…ククク。いや、理由はよく分かった。たしかにこれは…その…ククク、非常に難しいトラブルだったようだな…ハハハハ。敷島そうだな?」

 

「少尉…私の妹が大変申し訳ない事をしました。三笠の姉として、謝罪させていただきます。…その埋め合わせという訳ではありませんが、少尉の指導艦の希望については、私の責任において希望を叶えましょう。どなたを選びますか?丁度ここには全ての主力艦の艦娘が揃っています。この場で決めてください。」

 

南郷提督も敷島様もこういう対応をとったという事は、俺の遅刻については、不問という事だよな。しかも敷島様は、俺の希望を叶えてやると言ってくれているし、ここは三笠様を選ぶ…いや、ここで俺からお願いしたら、三笠様の事だ。へそを曲げて『嫌だ!』と言いかねんな…。南郷提督の前だから今は何も言ってこないが、さっきから俺を睨みつけているし…。ここは賭けになりそうだが…今日の俺は運が良さそうだから、もう一度賭けてみるか…俺の将来を。

 

「敷島様、ありがとうございます。それでは…敷島様を希望したいと思います。」

 

「…私ですか。希望を叶えると言いましたから、少尉の希望を叶えましょう。それでは少尉の指導艦は、」

 

「坊や、何勝手な事言っているんだぃ!坊やの指導艦はあたしだよ!なに敷島姉さんに媚売っているんだぃ!ほら、早速指導してやるから、さっさと来るんだ。まったく…ここまであたしを虚仮にしてくれた坊やは初めてだ!まずは礼儀作法からキッチリ教えてやるから、覚悟しな!金剛、お前も来るんだよ。これから二人にはたっぷりお説教だよ!爺、これでこの坊やの指導艦の件は終わりだ。いいね!?」

 

いててて…三笠様、耳引っ張るなよ…。ちょっと悪ふざけが過ぎたかもしれんが、そんなに怒らなくても…。金剛さんも三笠様に首根っこつかまれて、俺と一緒に部屋から引きずり出されそうだし…。指導艦の件は、俺の希望通りの形になったといはいえ、いきなり説教かよ…今回の件は、三笠様が原因なんだからさ…。

 

「少尉、そういう事だ。三笠が少尉を選んだ以上、少尉の指導艦は三笠で決まりだ。…少尉、横須賀鎮守府にようこそ。明日からしっかり頼むぞ。下がってよし。」

 

くそ…三笠様が指導艦にはなったけど、これかなり拙いんじゃないのか?…いてぇよ、三笠様、そろそろ耳を引っ張るのは止めてくれよ…。

 

 

 

横須賀鎮守府 司令室  南郷提督

 

 

「敷島、お前には悪いが、三笠の希望が最優先だ。残念だが…お前では、あの小僧は育てられんよ…。それにあの小僧…」

 

あの小僧、最初から三笠を指導艦に選ぼうとしていたな。しかも敷島と三笠の関係を知った上で、敷島を当て馬に使ったか。たしかに、あそこで三笠を小僧の方から選んでいたら、三笠はへそを曲げて色々と条件をつけていただろうが…三笠の方から小僧を選ばなくてはならん状況を作りおったわ。これは将来が楽しみな小僧が来たな…。

 

それにしても…三笠の眼力未だ衰えず…と言ったところか。あのような面白い小僧を、鎮守府に来る前に自分の手元に確保するとはな。それに、あの小僧は敷島では育てられんだろう…。敷島も優秀な艦娘だが、敷島はルールに沿った最適な行動を取れても、ルールを越える事は出来ん。しかし三笠は…。

 

「あの少尉、最初から三笠を指導艦にするつもりでしたね…。この私を当て馬に使ってくるとは…いい度胸です。これは私もしっかり目をかけてやらないと…いけませんね…。」

 

「おぃおぃ、敷島の姉貴…何怖い顔してんだよ。あの三笠が新任少尉を気に入るなんて、珍しい事じゃないか。こりゃ、しばらく楽しめそうだ。」

 

「朝日…あなたにとっては単純で良いかもしれませんが、あの少尉はなかなか強かですよ。あなたも気をつけなさい。」

 

ふむ…やはり敷島も気付いていたか。そして…どうやら敷島は、あの小僧の壁になるつもりだな。小僧…敷島の壁は高いぞ。まぁ、あの小僧が私のように鎮守府の司令を目指すのであれば、敷島の壁くらいは越えてもらわなくてはな…。あの小僧がどうやって敷島を越えるのか…楽しみではあるな。これは当分、私も現役に留まらなくてはならんという事か…。




三笠様の、金剛さんの暴走に対してついつい声に出してしまった失言…これを上手に利用して山野少尉は危機回避に成功しました。もっともその後、間違いなく三笠様に『教育的指導』を受けているような気がします。そして金剛さんも一蓮托生で指導を受けている気が…。とはいえ、山野少尉にとっては自分の思い通りに事は進んでいますから、現時点では大幅に黒字になっているような…。

そして流石に南郷提督や秘書艦の敷島様ともなると、山野少尉の小細工如きは簡単に見破ったようで…特に当て馬に使われた敷島様の怒りは…この後どうなるんでしょうかね^^;。また横須賀鎮守府には、日本海海戦の第一艦隊第一戦隊組以外にも、金剛型の前クラスになる香取姉妹、薩摩姉妹、河内姉妹が居る事になっていますので、現時点での最新クラスの戦艦が全て揃っているという事に…やはり華の横須賀鎮守府にふさわしい陣容になっている感じが…。

なんとか三笠様に受け入れてもらえた山野少尉ですが、今後どうなっていくのでしょうか…。これから一年間、間違いなく三笠様と金剛さんに振り回される未来が待っていそうですw

今回も読んでいただきありがとうございました。


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第三話 横槍

前話で、ついに三笠様を指導艦として選ぶ事に成功した山野少尉ですが、それと引き換えに敷島様の怒りを買うことに…。」


横須賀鎮守府 食堂  山野少尉

 

 

「おい、山野。貴様どうしたんだ。着任挨拶の際に居なかったから心配したが、何かあったのか?無事に南郷提督には着任挨拶出来たのか?」

 

「あ、小堀か。すまん心配をかけたようだ。ちょっとトラブルがあったんだが、大丈夫だ。無事着任したよ。」

 

すまんな小堀。心配をかけたようだ。だが…今回の話は、小堀に言っても信用してもらえんだろうな…。運に恵まれたとはいえ、この俺の指導艦が三笠様になったんだからな…。あの後、金剛さんと一緒にこっぴどく三笠様には説教されたけど、今考えても幸運以外の何物でもないよな…。

 

「そういえば、山野。貴様、指導艦は決まったのか?俺は敷島様が指導艦になったぞ。貴様は誰になったんだ?」

 

「それがな…小堀。三笠様になったよ。」

 

「なにっ!おぃ、山野やるじゃないか!貴様、三笠様が指導艦になるなら、将来の司令官職は固いぞ!やったな!」

 

小堀、お前は本当にいい奴だよ。兵学校時代もそうだったが、本当に俺の幸せを喜んでくれているからな…。俺も良い友人をもったもんだな。ま、周りの他の恩賜組の奴等は、小堀と違って、俺の事を睨みつけているが。

 

「Hey! 少尉さん。ここに居たで~すか。三笠様がお呼びネ。直にくるネ!」

 

三笠様…一応今は食事の時間なんだけどな…。あれ?小堀の奴どうしたんだ?何か固まってるけど…。あぁ、そうか。金剛さんは俺と一緒だったから、小堀の着任挨拶の時に居なかったのか。仕方ない、紹介してやるか…。

 

「お…おぃ、山野。この可愛い子は知り合いなのか?おぃ、紹介しろよ!貴様と俺の仲だろっ!」

 

小堀…お前と言う奴は…。金剛さんもびっくりしているじゃないか。いや…可愛いと言われて喜んでいるのか…。

 

「あ…あぁ、小堀。この人は、金剛さんだよ。最新鋭艦の金剛姉妹の長女だよ。」

 

「Oh…こっちの少尉さんも、頭が良さそうな少尉さんネ!少尉さん、私は英国で生まれた帰国子女の金剛デ~ス!よろしくお願いしま~す!」

 

「おぃ!なんでお前が、金剛さんと知り合いなんだよっ!ずるいぞ、山野!こ…こちらこそよろしくお願いします、金剛さん。自分は小堀と言いまして、そこに居る山野の親友です。今度是非お茶でも…」

 

…おぃおぃ、いくら金剛さんが可愛いからと言って、いきなり口説きにかかるなよ…まったく。そんな事より、三笠様に呼ばれているんだから、急いでいかないと…また怒られるじゃないか。

 

「小堀、そんな事は後だ。金剛さん、三笠様が呼んでいるんですよね?急いで行きましょう。小堀、また後でな!」

 

「山野…お前、自分だけ美味しい思いしやがって…覚えていろよ!」

 

 

「Hey! 少尉さん。少尉さんのお友達もfunnyな人ですネ!」

 

「あ~…金剛さん。小堀は俺の知り合いで…ああ見えて、なかなかいい奴ですから、今度話を聞いてやってくださいよ。」

 

「OKネ。あの少尉さんは、私とteaを飲みたいと言っていましたネ。今度私達姉妹のtea timeに招待してあげま~す。」

 

小堀…俺に感謝しろよ。お前、金剛姉妹のお茶会に招待してもらえるようだぞ。これは貸しだからな。まあ、敷島様が指導艦になっているお前にそんな時間があれば…の話だけどな。

 

 

 

戦艦寮 三笠私室  山野少尉

 

 

「失礼します、三笠様。あれ?食事中でしたか。また後で出直したほうが良かったですか?」

 

三笠様が呼んでいるという事で急いで来たが、三笠様は食事中か。しかし…当たり前とはいえ、俺達少尉の食事とは段違いの豪華な食事だよな…。しかも凄い量じゃないか…こんなに食べるのか?

 

「あぁ坊や、やっと来たかぃ。とりあえずそこに座って、食事に付き合いな。」

 

「え?いや…その…三笠様、私は既に士官食堂で夕食を食べていまして…」

 

「坊や…坊やは時々礼儀がなっていないね…。女性に食事を誘われたんだ。無理してでも付き合うのが紳士というものさね。それに…士官食堂の食事では美味しくないだろうから、このあたしが気を利かせて、坊やを呼んでやったんだ!ありがたく食べていきな!」

 

なんて迷惑な事を…。いや、たしかに三笠様や金剛さんと一緒に食事が出来るのは嬉しいし、こんな豪華な食事が食べられるのは嬉しいけど…こっちは丁度夕食食べたばかりだよ…。とはいえ、ここまで言われて断る訳にもいかんか…仕方ない。少し無理してでも食べるか。なるべく肉類は止めて…

 

「坊や…まだ若いのに、肉を食べないでどうするんだぃ!しっかり食べないと駄目だよ。」

 

三笠様…絶対に分かってやっているよな…。わざわざローストビーフの塊を俺の皿に置きやがった…。くそ…こうなったら食べてやるよ。

 

「三笠様、あまり苛めていたら、少尉さんに逃げられますネ…。敷島のBBAの所に逃げられたらどうするですか…。それと、早く用件を少尉さんに話すデ~ス。」

 

「フンッ、多少はさっきの仕返しをしなきゃ、このあたしの気が治まらないってもんだ!まぁいい。坊や、食事が終わったら、他の艦娘の所に挨拶周りをするから準備しな。とりあえず、坊やの所有権はあたしにあるという事を、少なくとも他の戦艦娘達に教えておかないとね!まぁ、あの司令部での宣言で分かっているとは思うが、念のためだよ。」

 

いや…あれだけ南郷提督の前で大騒動になったんだから、今更挨拶しなくても問題ないだろうに…。まぁ、きちんとした形で挨拶をするというのは重要だと思うが、三笠様の言い様では、とてもそんな感じには聞こえないのがな…。

 

「三笠様…要は手に入れた若い少尉さんを、他の艦娘に見せびらかしたいだけデ~スネ。そんな事しなくてもサ~、誰も三笠様のものに手は出さないネ…。」

 

「う…うるさいよ、小娘が。こういうのは、きちんとしておかないと、後から大変な事になるんだ!」

 

おぃおぃ…どうなっているんだよ。まさか自分が指導する事になった俺を見せびらかせるためだけに、俺は呼ばれたのか?…って、流石にそれはないな。三笠様は冗談ぽく言っているが、本当は俺の事を他の艦娘に正式に紹介して、俺の顔を売る事が目的か…。たしかに横須賀鎮守府の艦娘は現在の帝国海軍の主力組。その主力組の面子に顔を売るという事は、いろいろな意味で重要だからな…。三笠様が俺の指導艦になったのは、まだ今日のことだが、流石に動きが早い。

 

「三笠様…ご配慮感謝いたします。どうぞよろしくお願いします。」

 

「フンッ、流石に坊やは、小娘とは違ってよくこの事の意味が分かっているじゃないか。金剛、お前もこの坊やくらいには賢くなるんだね。そうじゃないと、この坊やが司令官になった時に、使ってもらえなくなるよ?」

 

「私はもう十分賢いデ~ス!少尉さんが司令官になったら、必ず少尉さんは、私を少尉さんの鎮守府に連れて行ってくれるネ!期待してるネ、少尉さん!」

 

ま…本当に将来俺が鎮守府の司令官になれたら…金剛さんは是非連れて行きたいよな。なんせ、俺が一番最初に会った艦娘でもあるし…。

 

 

 

戦艦寮 富士私室  山野少尉

 

 

「さぁ坊や、準備は出来ているね。それじゃ、最初は富士さんの所から挨拶に行くよ!富士さんは、この鎮守府の最先任さね…礼儀には気をつけるんだよ。」

 

富士様か…たしか三笠様と同じ、前大戦の英雄だよな…。今は戦艦から海防艦に変更されたとはいえ、未だに戦艦寮に居るという事は、扱いは戦艦と全く変わらず…って事か。さっき南郷提督の所で見た感じでは、すごくおっとりした感じの方だったけど…この鎮守府の最先任という事は、三笠様でも気を使わなくてはいけない艦娘…。俺も気をつけたほうが良さそうだ。

 

「富士さん、三笠だよ。ちょっといいかい?」

 

「入りなさい、三笠。…おや三笠、お気に入りの少尉さんを、私に見せびらかしに来たのですか?別に私は、三笠のお気に入りの子を取ろうとは思っていないですから、安心していいですよ…フフフ。それにしても、三笠にもようやく、指導艦として指導したいと思える子が来てくれたようで、安心しましたよ。少尉さん?こう見えても三笠は、とても面倒見の良い子です。しっかり指導を受けるのですよ。」

 

「はっ、富士様。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」

 

流石は横須賀鎮守府の最先任の富士様だよな…。三笠様とは違って物静かだけど、迫力は三笠様と同じか…。なんと言うか、逆らったら拙い…というのが雰囲気だけでも分かるんだから、海防艦になったとはいえ、やっぱり大した方だよな…。

 

「富士さん、あまりからかわないで欲しいね…まったく。坊やが迷惑かけるかもしれないけど、しばらくの間よろしく頼むよ。」

 

「はいはい、分かりましたよ、三笠。それと三笠?あまり少尉さんを苛めていると、敷島だけではなく、そこの金剛にも少尉さんを取られてしまいますよ。気をつける事です。」

 

「フンッ。このあたしが、そんなヘマするもんかぃ。さぁ、坊や次に行くよ。」

 

 

はぁ…挨拶周りもようやく終わり…いや、まだ一人残っているよな…。しかし、流石は英雄艦揃いの横須賀鎮守府。どの戦艦娘も、面白そうな…というか、一癖も二癖もありそうな方ばかりだよな。それに、金剛さんの妹達もみんな美人ばかりだし…特にまだ進水だけで就役していないみたいだけど、物静かな榛名さんは美人だったよな…

 

ガツッ

 

いてっ…金剛さん、蹴飛ばすなよ…。

 

「な~に惚けた顔してるネ!my sister達を紹介してから、少尉さんの顔はずっとだらしないネ!少尉さんには、私がついていま~す!浮気は駄目ネ!」

 

「小娘が何を言ってるんだぃ、まったく。それに坊やも坊やだよ。とりあえず、そのだらしない顔を少しは引き締めな。最後は敷島姉さんの所に挨拶にいくんだよ。そんな惚けた顔してたら、敷島姉さんに何言われるか分かったもんじゃない…。」

 

 

 

戦艦寮 敷島私室  戦艦三笠

 

 

最後は敷島姉さんのところかぃ…一番やっかいなところが最後になっちまったね…。まったく…敷島姉さんは変に真面目なところがあるから、本当にやっかいだよ。あたしも今回の騒動の後、敷島姉さんには嫌味を言われるし…あぁ、思い出したらまた腹がたってきたよ。それもこれも、全てこの坊やと金剛の小娘が悪いんだ!はぁ…行きたかないけど、ここまで来たんだ、入るしかないさね…。

 

「敷島姉さん、三笠だよ。入るよ。」

 

「三笠…もう少し早く少尉を連れて挨拶に来ると思っていましたが、遅かったですね。私の所は最後ですか?」

 

まったく…やり難いったらありゃしない。しかし敷島姉さん、坊やに対しても睨みつけるような表情をしているようだが、もう坊やと何かやりあったのかね?あの司令室での後、坊やと敷島姉さんに接点はないと思うんだがね…。

 

「敷島様、この度三笠様に指導を受ける事になりました山野磯郎です。今後ともよろしくお願いします。」

 

「山野少尉、三笠を最初から指導艦として選ぶつもりだったのならば、素直に最初から三笠を指名すれば良かったのです。当て馬として私が使われるのは、少々不愉快でしたね…申し開きはありますか?」

 

なるほどねぇ。たしかにあの場で、坊やの方からあたしを指名していたら、あたしは間違いなくごねていただろうね。それで敷島姉さんを当て馬に使って、あたしから指名させたという事かぃ。坊やもなかなか策士だね…ますます気に入ったよ。さて坊や、敷島姉さんは御怒りだよ?どうするんだぃ?

 

「敷島様、不愉快な思いをさせてしまい、大変申しわけありませんでした。申し開きはございません。」

 

「山野少尉、素直に謝罪をしているようですから、謝罪は受け入れますが…以後気を付けるように。それと…少尉はとても優秀な成績で兵学校を卒業されたようですね。勝手ながら少し調べさせてもらいましたよ。いえ…他意はないのですが、この三笠が気に入ったようですから、私も少し興味をもちましてね。将来の目標は…艦娘を指揮する鎮守府の司令官職ですか…。」

 

ほぉ、素直に頭を下げたかぃ。たしかに敷島姉さん相手なら、余計な小細工はしない方が得というもんさ。撤退のタイミングはわきまえているって事かぃ。しかし…少しやっかいな事になったね、坊や。完全に敷島姉さんからマークされちまってるよ。しかし敷島姉さんも流石に動きが早い。もう坊やの事を調べたのかぃ。

 

「敷島様、私は恩賜組ではないのですが。」

 

「たしかに…表面的に見ればそのようですね。しかし…少尉、どうも成績に大きな偏りがあるようですが…。兵術、軍政学、統率学、軍隊教育学そして精神科学、どれも素晴らしい成績です。その反面、航海術、水雷術のような現場指揮官に望まれる学問は並より少し上…砲術はよろしいようですが…。なかなか面白い適正をお持ちのようですね。」

 

…そういう事かぃ。道理であたしの直感にピンと来た筈だよ。南郷の爺と同じじゃないかぃ。実際に艦娘と共に戦うとなると話は別だが、現場であれ艦娘全体を指揮するのであれば、直接大砲を撃ったり魚雷を放つ必要はないからね。そういう意味では、坊やの適正なら、艦娘を指揮するにはうってつけじゃないか。あたしの眼力もなかなかのものさね。

 

「山野少尉、先程の不愉快な件は水に流しましょう。そしてその上で提案です。私を指導艦として改めて希望を出しなさい。今ならばまだ秘書艦の権限で指導艦の変更は可能です。三笠の指導を受けるよりも、私の指導を受けた方が少尉の将来には有益になりますし、将来の地位固めの力にもなるでしょう。」

 

「敷島姉さん、何言ってるんだぃ。この坊やはあたしのもんだよ。第一敷島姉さんに、この坊やは育てられないよ!」

 

敷島姉さん、いきなり何言い出すんだぃ!あたしが指導艦になるともう決定しているんだ。いくら姉さんでも、邪魔はさせないよ。

 

「三笠、私は山野少尉に直接尋ねているのです。あなたは黙っていなさい。」

 

冗談じゃないよ!こんな事を言われて、黙っていられる訳ないじゃないか。坊や、坊やからも敷島姉さんに、『三笠の方がいい』とガツンと言ってやるんだ。

 

「敷島様、一つ伺いますが…この場で私が敷島様を選ばなかった場合、私の身にどのような事が起こるのでしょうか…。」

 

「…そうですね。あくまでも仮定の話になりますが…私はこう見えて嫉妬深い女ですから…その私の誘いが断られたとなりますと、私はこの事をずっと覚えているでしょうね。そして…山野少尉が将来、艦娘の司令官になるかもしれない時、全力で阻止をするでしょうね…。これでも、私も艦娘の司令官を決定する際の会議では一票を持っていますし…それに、それなりに私も顔は利くのですよ?」

 

クソッ…ここまで敷島姉さんが強硬に追いつめてくるとは予想外だよ。いくら将来の事とはいえ、ここで敷島姉さんの票が反対に回るとかなり拙い事になるね…。将来、坊やを司令官にする際の会議で敷島姉さんの票が反対に回れば、自動的に朝日姉さんも反対、そしてそれに連動する形で他の票も反対に回る恐れがある。だからと言って、ここで坊やの指導権を放棄なんかしたくないし…これは少し困った事になったよ…。

 

「そうですか…敷島様。それでは…私はそのまま三笠様を指導艦として選びます。」

 

「山野少尉、自分が言っている事の意味は理解していますか?」

 

「えぇ、これ以上ない程正確に理解しているつもりです…敷島様。」

 

「そうですか…。それでは、残念な事ですが、私から言う事はこれ以上何もありません。さがりなさい、少尉。」

 

坊や、よく言い切ったよ!流石のあたしも、今回は坊やの物言いに少しスカッとしたさね。金剛の小娘は敷島姉さんの圧力に怯えていたが、坊やは流石にあたしが見込んだだけの事はあるね。とはいえ…坊や、今回あたしを選んだ事で、間違いなく司令官職を得るためには不利になると思うんだが、その事は考えているのかね…。

 

 

 

戦艦寮 三笠私室  戦艦三笠

 

 

「坊や、今回は褒めてやるよ。あの敷島姉さんに、新任早々よくあれだけ喧嘩を売ったもんさね。…しかし、今後の事はちゃんと考えているのかぃ?」

 

「えぇ、三笠様。一応将来の事も考えた上での判断です。問題ありません。」

 

一応考えた上で、敷島姉さんの誘いを断ったという事かぃ。まぁ、この坊やが『考えた上で』と言っている以上、勝算は実際にあるのだろうが…本当に分かっているのかね…敷島姉さんの力を…。

 

「坊や、考えたというのは分かったが、敷島姉さんの力を本当に理解しているのかぃ?坊やが考えているより敷島姉さんの影響力は大きいんだよ?…そうさね、おそらく敷島姉さんが反対すれば、間違いなくそれだけで半数の票は反対に回るよ?」

 

「そうネ、少尉さん。敷島のBBAは、影響力だけは大きいネ!But, あそこまでperfectに少尉さんが敷島のBBAに喧嘩を売った事には、私も気分がいいネ~!」

 

「金剛さん大丈夫ですよ。それに三笠様ともあろう方が、何を言っているのですか。半分が反対に回るのであれば…切り崩し甲斐があるという物ですよ。それに…私がそこまで駒を進める事になるのは、まだもう少し先になりますし、敷島様程の大物になれば、少なくともそれまでは、少々の嫌がらせはしてきたとしても、本格的に私の邪魔をしてこないでしょう。そして私が最後の階段をあがろうとする頃…、敷島様の影響力が今と同じだけ残っている…とは、あまり考えられませんね…。」

 

ククク…坊や、本当に大したもんだよ。切り崩し甲斐があると来たかぃ。それに…たしかに坊やが言う通り、坊やが司令官候補になる頃には、敷島姉さんの力も今ほどはないと考えるべきだろう。逆に言えば、あたしの影響力も衰えていると見るべきなんだろうが…。とはいえ、その頃にはこの小娘だって、それなりに影響力を持っているだろうし…坊やは、この小娘の姉妹達の四票は確保出来ると算盤を弾いている可能性もあるね。ま、敷島姉さんもその辺りの事は理解した上で脅しをかけてきたと見るべきだろうが…敷島姉さん、賭けに失敗したね。慣れない事はするもんじゃないよ。

 

 

 

戦艦寮 敷島私室  戦艦敷島

 

 

どうやら…賭けに失敗したようですね。やはり慣れない事はするものではありません…。新任少尉が相手ですから、私の脅しでも七割程の勝率はあると踏んでいたのですが、なかなかどうして、あの少尉は手強かったですね。やはり三笠が見込んだだけの事はある…という事ですか。まだ完全に諦めるつもりはありませんが、現時点であの少尉を自分の影響下に置くチャンスに失敗した以上、三笠に全てを持って行かれる可能性が高いですね。三笠があそこまで贔屓している以上、間違いなくあの少尉は将来、艦娘の司令官候補になるでしょうから…。

 

しかしあの場面で、あそこまで明確に拒否をしてくるとは思いませんでした。自分の将来を賭金にしているのですから、もう少し慎重に動くと考えたのですが…。そういえば、兵学校の報告書には『賭博癖アリ』とありましたか。賭けに慣れているあの少尉と、賭けに慣れていない私では、最初から勝負は決まっていたのかもしれません。

 

とはいえ…、自分の夢や将来を掛金としている以上、あの少尉は全力で私の影響力を削ぎにかかる事は間違いありませんね。それに、あの少尉が何もしないとしても、あの少尉が最後の階段を上る頃、私の影響力が今ほど残っている事はないでしょう。おそらくそこまで読み切っての判断だと思います。しかし…それでも私は、あの少尉の壁として最後まで立ちはだかり、次世代の司令官がそれを乗り越えていく姿を見守らなくてはいけません。それが、南郷提督の秘書艦として…そして…旧世代の代表としての私の最後の任務になるのでしょうから。流石にこのような役目を三笠に押し付けるわけにもいきませんし…。

 

南郷提督ではありませんが、自分の鎮守府を持つという事は、そこに居る全ての艦娘に対して責任を持つ事…。初瀬が沈んだ時の南郷提督の様子をすぐ側で見ていた私は、その事を誰よりもよく分かっています。ですから、私程度の壁が越えられないようでは、鎮守府の司令官としての能力などある筈がありません。少尉…あなたがどのように私を超えていくのか、楽しみに待っていますよ。

 




史実の敷島は、敷島型一番艦として三笠と共に日露戦争で活躍していますし、一時的とはいえ連合艦隊の旗艦も勤めていますので、この話では三笠ではなく、姉の敷島に南郷提督の秘書艦役をしてもらいました。そしてそれに伴い、敷島の性格もこのように決まりました。とはいえ…間違いなく損をする性格です^^;。

そして今回の話の最終部分でもありましたように、この物語の敷島様は、内心では山野少尉のよき理解者であり途中まではサポートするのでしょうが、最後は山野少尉が超えなくてはならない壁として行動する事を決意したようです。とはいえ、この第一章は山野少尉も一介の少尉ですから、敷島様もこの時点では何も手は出さないでしょうし、ギャグ要員になりそうな気も…w

これは私自身の性格でもあるのですが…やはり敷島様のような主人公のある意味敵役を書いている時が一番楽しい時間でもありまして…w。今後も敷島様には活躍してもらわなくては…と強く思っていますw

今回も読んでいただきありがとうございました。


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第四話 夏の嵐

季節は夏に移り、山野少尉も横須賀鎮守府の生活に慣れてきたようですが、いろいろとやらかしているようで…


横須賀鎮守府 山野少尉

 

 

「坊や、何を抵抗しているんだぃ!坊やは賭けに負けたのだから、今日はしっかりあたしをエスコートしな!金剛、お前はお留守番だよ!」

 

「Noネ、三笠様!今回は私がhelpしたから、三笠様は少尉さんに賭けに勝ったですネ!私も今回、少尉さんにエスコートしてもらう権利がありマ~ス!」

 

くそ…グルだったのかよ…。道理で今回のポーカー、俺だけ役が来ない訳だ。まさかディーラー役の金剛さんがイカサマしていたとはな…。それにしても三笠様…イカサマした上で、俺に奢らせるってどういう事だよ。たしかに今回のポーカーで負けた方が昼飯を奢る事になっていたけど、イカサマはノーカウントだろ!

 

「いや…三笠様?流石にイカサマしておいて勝ったはないと思うのですが…。」

 

「坊や、甘いよ。イカサマが見抜けなかった坊やが悪いさね。それに今回は…まぁ、罰みたいなもんだ。さぁ、いいから早く外出するよ。今日は何を食べようかね…久しぶりにあのレストランでビーフシチューもいいし…迷うところだね…。」

 

罰ってなんだよ。俺は何も悪い事してないぞ…たぶん。それにあんな高いレストランで奢らせるなよ。しかもこのままいけば、三笠様だけじゃなくて、金剛さんまでついて来るんだろ?これじゃ、折角この間、小堀からポーカーで巻き上げた金が全部なくなりそうだよ…。クソッ…ついてねぇ。

 

 

 

横須賀市内 レストラン  山野少尉

 

 

「いらっしゃいませ、いつもありがとうございます。今日も三人ですね、三笠様。」

 

「ん?三笠じゃないか。三笠も今日はここで昼か?それに金剛と少尉もか。少尉、筋肉痛は治ったか?ハハハハ」

 

「あら三笠…それに金剛に…少尉まで。相変わらず仲が良いようですね。」

 

ゲッ…なんで朝日様と敷島様が居るんだよ。いや…三笠様も露骨に嫌そうな顔してるし、金剛さんに至っては『Nooo…敷島のBBAがいま~す』なんて言ってるけど…俺だって勘弁して欲しいよ。ただでさえ、昨日の訓練でも朝日様にしごかれて筋肉痛になっているってのに、こんな所で朝日様に会うなんて本当に今日は厄日だよ…。

 

それに敷島様もかよ…。首席の小堀でさえ、敷島様に細かく指摘されまくって最近辟易としているし、俺に至ってはどれだけ厭味を言われている事やら…。ただでさえ今日は昼食を奢らされる事になって気分がどんよりしているってのに、一番会いたくない二人に会うなんて、本当についてねぇ。

 

「敷島姉さんに、朝日姉さんまで…今日は厄日だよ…。爺さん、あたし達は個室で食べさせてもらうよ。」

 

「申し訳ありません、三笠様。生憎今日は個室が満員でして…。その…敷島様とご相席でしたら、直にご案内出来ますが…。」

 

よっしゃ!運が向いてきたぞ。三笠様の事だ、敷島様と相席しかないと言われれば、この店での食事を諦めるぞ。とりあえず俺の懐に優しい『安い店』に連れて行くか。

 

「三笠様、今日はこの店諦めて、違う店に行きませんか?近くに『安い店』を知っていますので、そこで今日は…。」

 

「三笠、それに金剛に少尉、私は相席でも構いませんから、どうぞ。」

 

「嫌なこったぃ!敷島姉さんが構わなくても、あたしが構うんだよっ!折角今日は、坊やに奢ってもらう筈がこんな事に…。」

 

いいぞ~、この調子なら間違いなく安い店に移動だ。助かった…。

 

「ん?なんだ?少尉が三笠と金剛に奢る事になってるのか?しかもこんな高い店でか?…どうせ、三笠と金剛が何かズルして少尉に奢らせる事になったんだろ?全く三笠も困った奴だな。少尉?ここで食べるなら、あたいが出してやってもいいぞ。」

 

なにっ!朝日様、どういう風の吹きまわし…って、朝日様は意外にいつも気前がいいんだよな。朝日様を指導艦としていない俺にも、朝日様担当の訓練終了後に結構色々奢ってくれたりするし。さぁ…どうする。敷島様+朝日様と相席で俺の懐に負担のかからない昼食にするか、厭味は言われなくても多少俺の懐に負担のかかる食事にするか…究極の選択だな…。いや、ここは俺の懐具合を守る方に…。

 

「三笠様、ここで食事にしましょう。神様、仏様、朝日様。ご馳走様です。地獄で仏とはまさにこの事、本当に感謝します。さ、さ、三笠様、金剛さん行きましょう。」

 

「坊や…これからは、男の甲斐性という物を教えないといけないようだね…。ついでにプライドという言葉もね…。」

 

「少尉さん…悪魔に魂売ったネ…。」

 

いやいや、薄給の俺にこんな高い店で奢らせようとする方が、どうかと…。三笠様は不本意そうな顔で、金剛さんはため息つきながら席に座った…のは良いんだけど、敷島様の正面だけ空けて座るなよ…。どう考えても、俺に対する嫌がらせ以外の何物でもないだろう。…ただでさえ、俺は敷島様には睨まれているというのに…。

 

「少尉、いつまで立っているのですか。早く空いている席に座りなさい。私の対面に座ることがそれ程嫌なのですか?それは、女性に対してとても無作法だと思いますよ。あなたが無作法な行動をすれば、指導艦である三笠が恥をかくという事を、少し考えた方が良いですね。」

 

さぁ…早速厭味が飛んできましたよ。いくら朝日様が代金を出してくれるとはいえ、今回の選択は失敗したかもしれんな…。しかし俺の懐を守るためにも、ここは耐えるしかない…。まぁ、三笠様も金剛さんも道連れという事だし…多少は敷島様の厭味も俺以外に分散するだろからな…。仕方ない…座るか。

 

 

 

横須賀市内 レストラン  戦艦敷島

 

 

それにしても…三笠には本当に困ったものです。本来、私達指導艦は、新任少尉の訓練など任務に関わる事について指導はしますが、休暇中の人間まで拘束し連れ歩くような事はしません。私も、まだまだ経験が必要とはいえ、自分が指導している首席の小堀という少尉は気に入っていますが、流石に休暇中は自由にさせています。しかし三笠は、休暇中でも少尉を傍に置いているようですね。それだけこの少尉の事を気に入っているのでしょうが、来年の春には新任地への異動があるのですよ…その事を分かっているのでしょうか。

 

そして…この少尉が横須賀鎮守府に着任して以来、鎮守府の風紀が乱れている気がします。先日も鎮守府内に大量の猥褻な本が持ち込まれたという事案がありました。そして間違いなくその首謀者はこの目の前の少尉だと私は考えています。私も、現在指導している金剛の妹の比叡と共に、鎮守府の風紀粛清を行っているのですが、この少尉には色々と裏をかかれているようでなかなか尻尾が掴めません。確たる証拠がなく、私の巡回に引っかかったのは別人ばかりのため、この少尉を直接叱ることが出来ませんが、間違いなくこの少尉が絡んでいる事は確か…。今日は折角の機会ですから、三笠の前とはいえ、この少尉に厭味の一つでも言ってやらなくてはいけませんね。それに…この少尉は更に悪質な違反を起こしています。

 

「少尉、最近、鎮守府内に大量の猥褻な本が持ち込まれるなど、鎮守府の風紀が乱れていますが、少尉はその事についてどう考えていますか。どうも…少尉もそれに関わっているような気がするのですが…。また先日も、消灯時間後であるにも関わらず、戦艦寮で少尉に似た男性士官の姿を見かけた…などという話もあるようですが…。」

 

「Oh…少尉さん。少尉さんも男だから分かるけどサ~、私で我慢しておくネ。」

 

朝日が、自分が指導している霧島からそれとなく話を聞いたそうですが、先日この少尉は、あろうことか金剛の私室に消灯後に訪れたようです。この事は又聞きですし、霧島も普段の会話中に笑い話として朝日に話しただですから、これについても少尉を追い詰める事が出来るだけの確たる証拠はありません。しかし、私がこの事件を知っているという事を少尉に伝えるだけでも、抑止効果はあるはずです。

 

「金剛さん、それは敷島様の誤解ですよ。敷島様。それは由々しき事ですね。帝国海軍の根拠地でもあるこの横須賀鎮守府の風紀が乱れるなど、あってはならない事です。それに…敷島様の巡回にも引っかからないとなりますと、敷島様まで出し抜かれている訳ですから、私のような非才な身ではとても…。それと…たしか戦艦寮は、当直がいらっしゃると思いますので、そこに忍び込むような士官は居ないと思うのですが…。失礼ながら、戦艦寮の件についても敷島様の勘違いではないでしょうか。」

 

…この私が無能なため風紀が乱れている…と言いたい訳ですか。なかなかどうして…この少尉は喧嘩を高値で売りつける才能があるようですね。ここまで言われては、私も引き下がる訳にはいきません。三笠…少尉の発言に何やら凄く嬉しそうな顔をしていますが、分かっているのですか?貴方も一応こちら側…鎮守府の風紀を守る側なのですよ。

 

「私の巡回で、何人かの不心得者の新任少尉を見つけ、その場で厳重指導をしているのですが、最近その手口がどんどん巧妙化しているのです。不心得者達に少々脅しをかけましたら、山野少尉…貴方の名前が首謀者として出ているのですが。これについて身に覚えはありませんか?」

 

「まったくありません。敷島様。」

 

「おっ、少尉なかなかやるね。あたいとの訓練の時よりも、敷島の姉貴との戦いの方が活き活きしているんじゃないか?」

 

朝日、変な混ぜ返しは必要ありません。それにしても少尉…ここまで平然とシラを切るとは、大した度胸ですね。大方、私が直接的な証拠を握っていないと踏んで、強気に出ていますね。たしかに、私が指導している小堀に事情を聞いても『知らぬ、存ぜぬ』ですし、注意した少尉達から山野少尉の名前は出ましたが、証言に一部矛盾もありますし、これだけでは流石に証拠とは言えません。

 

「まぁ、この話はお互いに泥仕合になりそうですから、置いておきますが…戦艦寮への不心得者の侵入は非常に問題です。こちらは、きちんとした形で調査する予定ですから…少尉、覚悟しておく事です。」

 

「敷島様…何故私にそのような事を言うのか、私には全く分かりませんが…。それに戦艦寮の当直は、その日は何をしていたのでしょうか?」

 

…痛いところをついて来ましたね…。その日の当直は、最先任の富士さんでした。流石の私でも、富士さんに強く出る事は出来ませんし、それとなく富士さんに事情は伺ったのですが、『私は何も気付きませんでしたが、そのような事があったのですか?申し訳ありませんでしたね、敷島』などと、完全にはぐらかされてしまいました。おそらく、この少尉が何らかの方法で、富士さんに協力してもらったのだと思いますが…今のままでは証拠不十分ですね…。

 

それに、朝日が霧島から話を聞いたというのは間違いないのですが、その霧島も直接現場を見た訳ではなく、金剛から惚気話を聞かされた…程度の事です。以前の金剛であれば、簡単に口を割らせる事も出来たのですが、この少尉と一緒に三笠の訓練を受けるようになってから、金剛も手強くなっています。間違っても、簡単に尻尾は出さないでしょうね…。

 

「その日の当直は、最先任の富士さんですから、そのような事はなかった…と私も信じたいところですね。ところで少尉、最近その富士さんの所にもちょくちょくお邪魔しているようですが?」

 

「いえ、富士様の経験に基づく教えを請うために、足しげく通っているだけですから、他意はありませんよ、敷島様?やはりこのような事は、最先任の方にお話を伺うのが、もっとも良いと考えただけですので。それよりも食事が冷めそうなので、食べてもよろしいでしょうか?」

 

…時間切れのようですね。完全に私の攻撃をよんでいたようで、上手に逃げられてしまったようです。ここで少尉の食事の邪魔をしてまで追求をすると、流石に少尉の指導艦の三笠が黙っていないですし、先程から三笠は、私と少尉の会話に介入する機会を伺っています。ここは残念ながら撤退するしかありませんね。

 

「少尉、食べても良いですよ。…いずれにせよ少尉、気をつける事です。初任地から考課表にいらぬ事を書き込まれたくないのであれば…。」

 

「敷島様、ありがたいご助言感謝いたします。」

 

…まったく。指導される士官は、指導艦の影響を強く受けると言われていますが、三笠のふてぶてしさが乗り移っていますね…。いえ、この少尉の場合は最初からその才能があったのかもしれませんが。

 

「敷島の姉貴も大変だな~。あたいだったら、有無を言わさず少尉の頭に拳骨落として終わりだぜ。まったく…敷島の姉貴も少尉も小細工が過ぎるぜ、お互いにな。」

 

朝日…貴方にとっては、単純明快で良いのかもしれませんが、こういう事はしっかり証拠を集めなくては罪には問えないのですよ。あなたのように、何もかも直感的に判断して、力で解決…というのは、横須賀鎮守府の秘書艦としては出来ないのです。もっとも…こういう少尉相手には私のやり方は分が悪いですから、時々…あなたのようなやり方で解決したい…と思うことはあるのですが。

 

 

 

横須賀市内 レストラン  山野少尉

 

 

なんとか時間切れまで持ち込めたか…。ヒヤヒヤものだな…。敷島様の性格からして、完全に証拠を固めない限り有罪と判断してこないというのは分かっていたけど、どこまで敷島様が証拠を持っているのか分からなかったから、ヒヤヒヤしながらの博打だったな…。それにしても、まさか金剛さんの所に夜行った事がバレていたとは思わなかった。あの夜の当直の富士様は虎屋の羊羹で買収していたし、途中で誰かに見つかったとも思えないんだけどな。

 

ひょっとして金剛さんが、妹達に話した…可能性はあるな。金剛さんには、もう少し注意してもらわないと…。それに敷島様は、よからぬ想像をしてそうだけど、あの時はただ単に、金剛さんの所に洋菓子を持って行って、二人でナイトティーを楽しんで話をしていただけだから、何もヤマシイ事はしていないぞ。三笠様に黙っていたというのは、ちょっと後ろめたいけどな…って、そういえばさっきから三笠様、ニヤニヤして黙っているよな。いつもだったら、例え証拠不十分だとしても『なんであたしに内緒で、坊やと小娘だけで楽しんでいるんだぃ!』くらいの事は言ってきそうなんだけどな…。

 

それと敷島様…一つだけ訂正があるよ。あの猥褻本の鎮守府持込の首謀者は小堀だよ。俺はそれを少し手伝っただけだ。敷島様…いくら小堀を気に入っているからといって、自分のお膝元にあの事件の首謀者が居るなんて、まったく考えていないんだろうな…。まぁ、この件については小堀が一枚上手だったという事か。どさくさに紛れて、俺に罪をかぶせようとしている訳だしな。でもな小堀、貴様と俺は友人だから、真相は黙っていてやるよ。一応貸しだからな。

 

「坊や、食事前になかなか楽しい余興を見せてもらったよ。なかなかどうして、坊やと敷島姉さんの戦いは見ごたえがあったね。坊や、これはその見物料だよ。中に面白い物が入っているから、見てみるといいさ。金剛、お前も見てみると楽しいと思うよ…ククク」

 

ん?三笠様が何か大きな封筒を渡してきたが、なんなんだこれ?とりあえず開けてみるか。ゲッ…なんで三笠様こんなの持ってるんだよ。というか、いつのまに撮影してたんだよ。俺が富士様に羊羹を渡している姿に、俺が金剛さんの部屋に入ろうとしている姿…って特に後者は悪意を感じるような構図で撮影してるし…。大体なんでこんな物を三笠様、持ち歩いているんだ?…あぁ、そういう事か。たしかここに来る前に『罰みたいなもんだ』と言っていたけど、そういう事かよ。元々ここで奢らせるのが罰で、その時にこの写真を使って俺を追い詰めるつもりだったんだな…。

 

「三笠様!なんでこんな写真を三笠様が持ってるネ!」

 

「フンッ、小娘だけ楽しむからこうなったんだぃ!坊やも坊やだよ。あたしに内緒で、こんな楽しい事をして許されるとでも思っているのかぃ?さて…坊やの返答次第では、この封筒が敷島姉さんの手に渡るかもしれないね…。」

 

「少尉、今三笠の渡した封筒を見せなさい。命令です。」

 

「敷島姉さん、それは駄目だね。この封筒はあたしが個人的に坊やにあげたプレゼントだ。いくら姉さんと言えども、それを取り上げさせるわけにはいかないね~。さて坊や、敷島姉さんはその封筒の中身がとても気になるようだが…あたしはこの後、何か甘い物でも食べたいね。今回の昼食は朝日姉さんが出してくれるようだから、坊やの懐には余裕があるんだろう?」

 

クソッ…ここで断ったら、敷島様の手元に証拠が行く可能性があるし、場合によっては富士様にまで迷惑をかける事に…。この封筒の中身は三笠様にとっても諸刃の剣だから、そう簡単に敷島様に渡せない事は想像出来るけど、三笠様はこれまでも時々、とんでもない事を平気でやってきたからな…。

 

金剛さんも敷島様に証拠が渡った時の事を考えて青ざめているし…金剛さんのためにも、ここは涙を飲んで三笠様の言うとおりにするしか…やられた…。しかし全て三笠様の言いなりになるのは…ここはこちらの被害が少し大きくなってでも、三笠様に反撃しておくか。俺の懐は大破炎上だよ…。

 

「三笠様?よろしければ、この後に甘い物でも…。勿論私がご馳走させて頂きます。…それと、ここで会ったのも縁ですし、敷島様や朝日様も一緒にいかがですか?」

 

「ほぉ、少尉。あたいにまで奢ってくれるとは、なかなか男前じゃないか!ここは少尉の顔を立てて、あたいもご馳走になろうかね。ま、昼食を奢ってやった礼ってとこか?ハハハ。」

 

「少尉…どうやら決定的な証拠が出てきたようですね…。とはいえ、三笠はそれを私に渡さないようですし、現時点では真相は闇の中という事ですか…。まぁ、いいでしょう。結果的ではありますが、少尉は三笠から罰を受ける事になったようですからね。指導艦が直接罰を与えた以上、私からは不問という形をとりましょう。しかし…次はありませんよ?少尉。それと三笠、少尉の指導艦であるあなたには、秘書艦としてではなく、姉として色々言いたい事があります。少尉がその舞台を整えてくれるようですし、甘い物でも食べながらゆっくり話を聞いてもらいましょうか。」

 

「坊や…庇ってやった恩を忘れるとはどういう事さね!今からこの封筒を敷島姉さんに渡してもいいんだよっ!朝日姉さんはともかく、なんで敷島姉さんまでついてくるんだぃ!折角の休暇が、研修になっちまったじゃないか!」

 

残念ですね、三笠様。敷島様の中では今回の件、俺は三笠様から罰を受け『た』という事になったようですよ。さしずめ罰金刑という認識なのでしょう。ですから、もうこの封筒の中身は効力を発揮しないのです。それに、もし今からこの封筒を敷島様に渡したとしても、敷島様は弟子の失態は師匠の責任と考えているようですから、今回は三笠様に勝ち目はないと思いますよ。ま、三笠様もそれを分かっているからこそ、露骨に嫌そうな顔をしているようだけどな。

 

「少尉さ~ん!楽しい事になったネ!三笠様が心底嫌そうな顔しているデ~ス。それと私には奢ってくれないデスカ?少尉さんと私の仲ネ、私にも奢って欲しいデ~ス!」

 

いや…これ以上俺の懐に負担を…って、本来なら金剛さんも奢る側だぞ。とはいえ、こんな可愛い金剛さんに頼まれたら、奢らざるを得ないんだよな…。

 

「坊や…鎮守府に戻ったら、色々とお話をしないといけないようだね。それに小娘、お前もだよっ!」

 

こりゃ、帰ってから三笠様をなだめるのも結構大変だな。三笠様のご機嫌を取るためにも、虎屋の羊羹を何処かで入手しておくか…。




敷島様VS山野少尉…どっちもどっちと言いますか、敷島様はかなり性格的に損をしているような気がします。そして三笠様…普段慣れていない小細工を弄した結果、敷島様からお説教をもらうことが決定したようです。結局のところ、今回は金剛さんが一番の勝ち組な気がします。

それにしても山野少尉は、ちゃっかり富士様を買収して金剛さんの所に夜這いに行っているようですが、この事が『鎮守府の片隅で』の時代に、鳳翔さんにばれますと…なかなかの修羅場になる予感が…。

今回も読んでいただきありがとうございました。


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第五話 思い出の味

季節は秋、まさに食欲の秋なのですが、三笠様の山野少尉に対する要求は更にエスカレートしていきます。とはいえ、山野少尉を助けてくれる艦娘も増えてきまして…。


戦艦寮 三笠私室  巡洋戦艦 金剛

 

 

「坊や、一度くらいはあたしも、坊やの手料理が食べてみたいもんだね。何か食べさせておくれ。海軍士官たるもの、坊やも料理の一つくらいは出来るだろう。」

 

相変わらず三笠様は少尉さんを困らせる事ばかり考えてるネ。Oh…少尉さんも困ってマ~ス。普段の訓練では、三笠様の指示を苦もなくこなす少尉さんデ~スけど、流石に今回は困ってるようデース。But、困っている少尉さんも良い顔デスネ。もう少し困らせてみたいデスネ。

 

「Hey, 少尉さん。私も少尉さんの手料理が食べたいデ~ス。Hmm…偶には、欧州の料理が食べたいデスネ。イギリスの料理を、」

 

「お待ち、小娘。イギリスの料理なんて作らせてどうするんだぃ。どうせならもっと違う料理を作らせるんだよ!坊や、イタリアの料理が美味しいんだが、それを作っておくれ。それじゃ、頼んだよ。」

 

「ちょっと待ってくださいよ、三笠様。イタリアの料理を作れって、そんな無茶な…。まったく…金剛さんが余計な事言うから…。金剛さん、手伝ってもらいますよ。」

 

Oh…これはchanceですネ。少尉さんとの仲を縮める絶好の機会が到来デ~ス。最近私も、少尉さんの良さが分かって来ましたネ。この少尉さんは、将来間違いなく南郷提督のような素敵な人になりマ~スね。ですから、今の内に少尉さんをしっかり捕まえておきマ~ス。今回は、私も三笠様の我侭に感謝デ~ス。

 

「Hey! 少尉さん。私にgood ideaがあるネ。Follow me。」

 

たしか、装甲巡洋艦の春日のおばさんが、イタリア出身でしたネ。日進のおばさんもイタリア出身ですけど、今遠征中で鎮守府にいまセ~ンから、春日のおばさんにお願いするしかないネ。たぶん春日のおばさんにお願いすれば、イタリア料理は大丈夫な筈デ~ス。春日のおばさんは、私達金剛姉妹にとても優しいデ~スから、私がお願いすればきっと助けてくれるネ。ここで少尉さんをhelpして、point getデ~ス。ついでに私も少尉さんの手料理を食べさせてもらうネ。

 

 

 

戦艦寮 春日私室  巡洋戦艦 金剛

 

 

「Hey! 春日のおばさ~ん、私と少尉さんを助けてくださ~い!」

 

「金剛…相変わらず賑やかね。それと…おばさんじゃなくてお姉さん。そろそろ覚えなさい!それで?三笠の所の坊やも一緒のようだけど、一体何があったの?また三笠から無理難題でも出されたの?」

 

イタリアで生まれた春日のおばさんは、very気さくな人で私も話しやすいデ~ス。でも, もうお姉さんと呼ばれる年ではないネ。この鎮守府には、三笠様もそうですけど、若く見られたがる人が多すぎて、本当に困りマ~ス!But、今日は春日のおばさんにお願いをしないといけないデ~スから?今回は仕方ありませんネ…。

 

「そうデ~ス。三笠様から、イタリア料理を作れと命令されたネ。春日のおば…お姉さん、私と少尉さんを助けて欲しいネ。」

 

「三笠も相変わらずね。坊や?イタリア料理は良いのだけど、坊やは料理は得意?…には見えないわね。となると、簡単に作れそうな物でそれなりに食べられる料理ね…。」

 

「すいません、春日様。料理の方はからっきし駄目でして…その…味付けなら兵学校で化学は得意でしたから、大丈夫だと思いますが…。」

 

Oh…少尉さん、料理は全く駄目ですか。私もあまり得意ではないデ~スから、お互い様ね。ん?waitネ。だとすると、私が少尉さんと一緒になったら、誰が料理するデ~スか?Ah…仕方ないネ…私がしっかり勉強するしかないデ~ス。少尉さん、仕事は出来るかもしれませんけど、家庭では駄目そうネ。But、少尉さん大丈夫ネ。私がちゃんと少尉さんをsupportしてあげるデ~ス。

 

「坊や、化学が得意だから味付けは大丈夫というのは…まぁ、一面の真実ではあると思うけどね。とにかく、まずは材料の買い出しに行くわよ。それにしても、三笠にも本当に困った物ね。」

 

「春日のお姉さん、分かったデ~ス。少尉さん、早速一緒に行くデ~ス。」

 

春日のおばさんは料理好きデ~スから、お願いすればきっと助けてくれると信じていま~した。何を作る事になるのか、楽しみデ~ス。それに少尉さんと外に出て、一緒に買い物できるのは、very嬉しいデ~ス!

 

 

 

輸入品スーパーマーケット『穴の貉』  装甲巡洋艦 春日

 

 

料理をあまりやらないこの坊やでも出来るイタリア料理ね…。まぁ、乾麺パスタを使えば簡単に美味しいイタリア料理が作れるけど…。しかもペペロンチーノ辺りなら、材料さえ良い物が手に入れば、この坊やは化学が得意だったと言ってるから味付けは大丈夫そうだし、簡単に作れるかな…。いえ、たぶん駄目ね、あの三笠がそう簡単に満足するとは思えないわね。

 

三笠は時々私のイタリア料理を食べているから、イタリア料理の事をそれなりに知っている。となると、この少尉が作れそうなイタリア料理はある程度予想している筈。三笠を驚かせて満足させるとなると…普通のパスタでは駄目ね。何か工夫をしないと…。この坊やは、いつも三笠の無理難題に振り回されているし…それに敷島には睨まれていて、朝日にもキツクしごかれている。多少は私が助けてあげないとね…最先任の富士さんも色々と影からこの坊やを助けてあげているようだし。それにしても…日進も遠征中でなければ良かったのにね…。あの子が帰ってきて、今回の出来事を話したら、『自分だけ面白い事に参加できなかったじゃないか!』って怒りそうだね。

 

それと金剛もいつのまにか女の子になったね。完全に坊やに首ったけじゃない。こうやって買い物に来るだけでも、坊やと一緒に外に出られて凄く嬉しそうだしね。ま、ここはひとつ、坊やの料理の手助けをしてやって、ついでに金剛の恋路も手伝ってあげますかね…。

 

しかし…何を作らせようかしら。見た目が派手で尚且つ簡単な料理…マカロニグラタン…あれは白一色でちょっと派手さに欠けるか…。ならここに赤いソースが入れば色合い的には…そうね…ホワイトソースとトマトソース系の赤が絡むような料理…ラザニア!これなら市販の物を組み合わせて作れば、あの坊やでも作れるし、見た目も味も悪くないわね。

 

「とりあえず作る物は決まったわ。ラザニアを作りましょう。坊や、缶詰コーナーからミートソースとホワイトソースの缶詰を持ってきて頂戴。金剛はパスタコーナーから、パスタシートです。それと途中の乳製品のコーナーで、ピザ用でいいから、溶けるチーズもね。」

 

私の所に、パルメザンチーズや乾燥パセリの粉はあるし、ホワイトソースを少し緩くするための牛乳も…戦艦寮の冷蔵庫に誰かの牛乳があるはず。耐熱皿は私の持ち物を貸すとして…後必要な物は…一緒に楽しむイタリアワインね。今回は肉料理という訳ではないし、軽くて飲みやすいワイン…そして、あの坊やでも無理なく払える程度のワインとなると、トスカーナのキャンティの若いワインかな。たぶん少し軽めのキャンティなら、三笠でも満足すると思うわ。

 

 

 

戦艦寮 台所  山野少尉

 

 

いつのまにか、戦艦寮の台所に連れてこられて料理する事になってるけど…金剛さんも春日様もノリが良すぎるだろう。金剛さんは買い物の間ずっと上機嫌だったし、春日様もいつの間にかワインまで籠に入れていたし…。ま、それ程高く無いワインだったから、俺でも普通に払えたけどさ。しかし、俺がイタリア料理を作る事になるとは…人生何が起きるか分からんとはよく言ったものだよ。あれ?金剛さん、料理は手伝ってくれないのか?俺の後ろに椅子を持って来て、座ってるだけなんだけど。

 

「坊や、とりあえずホワイトソースとミートソースの缶詰を開けて。それとパスタシートを茹でるから、鍋で湯を作ってね。塩を入れるのを忘れては駄目よ。」

 

「は、はい。春日様。金剛さん手伝ってくれないのか?」

 

「今回は、私は手伝えないネ。三笠様は少尉さんの料理を食べる!と言っていましたネ。私が手伝ったら三笠様に怒られそうデ~ス。それに私も少尉さんの手料理が食べたいデ~ス!」

 

金剛さんも俺の料理を食べる気なのか…だとしたら、手は抜けないな…って、春日様が見てるから、元々手は抜けないんだろうけどさ。とりあえず、鍋に水入れて、ここに適当に塩を入れて…(坊や、もう少し塩を入れなさい。)はいはい春日様…もう少し塩を入れて、これを火にかける…と。

 

「お湯が沸いたら、そこにパスタシートを入れて頂戴。そしてそのまま、袋に書いてある時間茹でてね。」

 

えっと…袋には5分茹でろと書いてあるから、ここで5分だな。…よし、そろそろいいかな。

 

「春日様?時間になったので、この鍋の中身を外に出せば良いですよね?」

 

「えぇ、茹でていたパスタシートを外に出して頂戴。そしてよくお湯を切っておくのよ。あと、先にオーブンの予熱が必要だから、200℃に余熱しておいて頂戴。」

 

了解~、春日様。とりあえずお湯から上げたパスタシートを…おっと、結構柔らかくなってるんだな…これをザルの上に置いて、湯を切るか。それとオーブンを200℃にセットして…こんな感じか?

 

「坊や、そしたら次はホワイトソースの準備。缶詰のままだとちょっと硬すぎるから、そこの冷蔵庫から適当に牛乳持って来て、缶詰の中のホワイトソースを少し伸ばして頂戴。牛乳の入れ過ぎは注意よ。」

 

「了解~春日様。少し柔らかくなるように薄めればいいですよね?それなら…これくらい牛乳入れれば…。」

 

ホワイトソースを薄めて柔らかくするのか…なんか本当に化学の実験みたいだな。兵学校での生活が懐かしいぜ。あの頃、まさか自分がこんな風に料理をする事になるなんて思っても居なかったが、意外と料理も実験と同じで楽しいもんだな。

 

「坊や、いい感じね。それなら、これから材料を全部この皿の中に入れるから、私の言った通りに入れて頂戴。…金剛、三笠には黙っていてあげるから、坊やを手伝ってやりなさい。」

 

「分かったネ。春日のおば…お姉さん。少尉さんと共同作業デ~ス!」

 

「金剛、そういう台詞はまだ早いわね。それに金剛、あなたももうちょっと料理が出来ないと、坊やに逃げられるわよ?」

 

「N…No Problemデ~ス!My sister達には、少尉さんは渡しませ~ん。それに私がたとえ料理が上手でなくても、少尉さんは私を連れて行ってくれる筈デ~ス!」

 

「金剛、あなた甘いわよ。たしかにあなたなら、あなたの妹達には負けないと思うけれど…将来どこから敵が現れるか分からないものよ。まぁ、将来それで失敗しない事を願っているわ。それと坊や、金剛を大事にしてやってね。あなたのお友達の、敷島の下についている…たしか小堀少尉だったかな…彼も金剛の事は好きなようだけど、金剛は坊やの事が好きみたいだから。」

 

おぃおぃ、春日様。いきなり何言っているんですか。金剛さんが俺の所に…その…と…嫁いでくれるなら、俺は大歓迎ですよ!春日様の指示で、金剛さんが俺の横にくっつくように立ったけど、本当に可愛い子だよな…。小堀、お前には悪いけど金剛さんは渡さないぞ。

 

「ほら金剛、くっつき過ぎよ。それじゃ坊やが料理出来なくなっちゃうでしょ!さ、いつまでもイチャイチャしてないで、料理の続きよ。それじゃ、まずこの耐熱皿にさっき緩くしたホワイトソースを敷き詰めるように入れて頂戴。それが終わったら次はミートソース、パスタシートの順番に並べるのです。そうしたら次は溶けるチーズを万遍なく並べるのですよ。」

 

「分かったネ、春日のお姉さん。少尉さ~ん、私が皿を抑えていますから、ホワイトソースやミートソースを入れるデ~ス!」

 

よし!金剛さんが直ぐ横に居るし、俺も少しは良いところを見せないとな…。まずはホワイトソースを敷き詰めて、その上にホワイトソースの層が崩れないようにミートソースを敷き詰めたら、茹でていたパスタシートを…最後は溶けるチーズだったよな?…よし!結構良い感じに載せられたんじゃないか?

 

「へ~、坊や、なかなか筋がいいじゃない。それじゃ、その調子で同じように、順番に積み上げるのよ。皿の一番上がホワイトソースになるようにして頂戴ね。」

 

「了解です、春日様。それにしても…料理も意外と簡単に出来るのですね。」

 

「えぇ、そうね。先生がいいからでしょうけどね。」

 

春日様、やっぱりノリがいいよな。イタリアから来た方だという事もあるけど、横須賀鎮守府に居る先の大戦で戦った主力艦の中では一番ノリがいいよ。さて…そしたら春日様に言われた通り、順番に乗せて…最後にホワイトクリームの層が来るようにして…(坊や、最後に溶けるチーズと、このパルメザンチーズの粉、乾燥パセリを振りかけて頂戴)。…言われた通りにして…おっ、まだ完成してないけど、結構良い感じじゃないか?

 

「Oh…少尉さ~ん、とっても美味しそうネ。これならあの三笠様も満足すると思いマ~ス!」

 

「いえいえ、金剛さんが手伝ってくれましたから…」

 

「はいそこ!恋愛遊びは中止!まだ終わっていないから、最後の仕上げよ。余熱したオーブンに耐熱皿毎入れなさい。熱いから耐熱手袋を忘れないでね。後はこのまま30分も焼けば完成よ。」

 

「りょ…了解しました、春日様!」

 

ようやく料理が終わった…。といっても、結構楽しい時間だったな。三笠様の命令とはいえ、こんな楽しい時間を過ごすことが出来たのだから、三笠様には感謝ってとこかな…。後は待つだけか。しかしこの量だと、三笠様と金剛さんだけでは食べきれないんじゃないか?いくら三笠様がたくさん食べると言っても、耐熱皿が大きかったから少し作り過ぎな気も…。

 

「あの?春日様?ちょっと作り過ぎではないでしょうかね?」

 

「ま…まぁ、調子に乗ってちょっと多かったかな…あっ、私ももらうからね?ただそれでも、三笠と金剛と少尉の分としては多過ぎか…。金剛、あなたの妹達を誘ってあげたら?」

 

「I YA NE! これは少尉さんが、私のために作ってくれた料理デ~ス!my sister達といえども、渡せないデ~ス!」

 

残念…金剛さんの妹達まで来てくれれば、両手に華どころ、周り全部華状態だったんだがな…

 

ゲシッ

 

…痛いよ、金剛さん。顔に出ていたかな…だからと言って蹴飛ばす事はないだろ…ちょっと夢を見ただけなんだからさ。

 

「少尉さ~ん!また何か悪い事を考えていましたネ!浮気は駄目ネ!」

 

「いやいやいや、そんな事ない、そんな事ないよ?金剛さん。…ま、まぁ、そんな事より、三人じゃ多すぎだから、誰かは誘わないと…富士様じゃ駄目かな?」

 

敷島様を誘うのは問題外、朝日様を誘ったら食い散らかされて三笠様の機嫌が悪くなるからこっちも却下…となると、金剛姉妹が誘えない以上、富士様を誘うしかないだろ…。いくら友人とはいえ、折角両手に華状態なのに、小堀を誘いたくないしな…。

 

「あら、坊や。なかなか良い選択ね。それに富士さんなら、三笠も大人しくなるだろうし、金剛も文句はないでしょう?」

 

「そうネ。富士様なら、私も文句は言わないデ~ス。」

 

ま、富士様には色々と見逃してもらったり、面倒もかけてるから、その恩返しにもなるし丁度いいからな。おっ…チーズが焦げる良い香りがオーブンからしてきたし、もうそろそろだな。とりあえず富士様と三笠様を呼んでくるか。

 

「うん、そろそろ出来上がりね。それじゃ、私が富士さんと三笠を呼んできてあげるから、坊や達は出来上がった料理を机に運んで、小皿を準備しておいてね。それと、ワインの準備も忘れちゃ駄目よ。」

 

春日様、何から何まで本当にありがとうございました。この恩は忘れません。

 

 

 

戦艦寮 食堂  海防艦 富士

 

 

この少尉さんは本当に楽しい少尉さんですね。あの三笠が気に入った少尉さんという事で、私もこれまで、少し注意して見て来ましたが、見ていて本当に飽きない少尉さんです。今や私は海防艦になってしまいましたが、このような面白い少尉さんが見られるのであれば、南郷提督に無理を言って横須賀鎮守府に置いてもらっている甲斐がありますね。以前、私の所に虎屋の羊羹を持って来て、『ちょっと当直の時に、目をつぶっていてくれませんか?』などと言われた時は驚きましたが、考えてみれば南郷提督も若い頃は、よく規則破りをしていましたし…この少尉さんも南郷提督と同じですね。

 

そしてその時以来、この少尉さんは頻繁に私の所に茶飲み話に来てくれていますが…まぁ、こちらは半分以上、私が面倒を見ている金剛の妹、榛名と話すためでしょうね。南郷提督もそうでしたが、英雄色を好むという事なのでしょう。おそらくそのような英雄の気配を三笠は敏感に感じ取った結果、この少尉さんの事を気に入ったのでしょうね。流石に私の年齢になってしまいますと、もうそのような浮世話ともほとんど縁はありませんが、私がもう少し若ければ、金剛のようにこの少尉さんと色々と楽しめたのかもしれません。とはいえ、見ているだけでも十分に楽しませてもらっていますから、これはこれで結構な事なのですが。

 

今日もその少尉さんが何かやったようですね。いえ、原因は三笠のようですが、急に春日が訪ねてきて、『三笠の所の坊やがイタリア料理を作ったんだけど、多すぎるから富士さんも誘われてるよ』と言われました。この年になっても、美味しい食事には目がありませんから、勿論私もお呼ばれされましたが、一緒に榛名を連れて行こうとしたところ、春日から止められてしまいました。なんでも金剛が自分の妹達を呼ぶ事を凄く嫌がったようです。金剛のやきもちですか…。少尉さん…あまり金剛を泣かせたら駄目ですよ。いずれにせよ、あの少尉さんがどのような料理を作ったのか楽しみですね。

 

「おや富士さんも呼ばれたのかぃ?坊や、変な物を作っていないだろうね?富士さんは凄く味に五月蠅い方だからね。あたしに恥をかかせるんじゃないよ!」

 

三笠?私はそれ程味に五月蠅いという訳ではありませんよ。ただ…口に合わないと、あまり食べたくなくなる…それだけです。それに、今回は春日がきちんと見ている筈ですから、不味い料理という事はないでしょうに。

 

「少尉さん、今日は呼んでいただきありがとうございます。三笠が何か言っていますが、私はそのような事はないので安心してください。あら…これを少尉さんが作ったのですか?なかなか美味しそうな料理ではないですか。早速いただきましょうか。少尉さん?取り分けてもらえますか?」

 

「は、はいっ、富士様。それでは、これを…。」

 

少尉さん、ありがとうございます。なかなか綺麗に出来ているようですね。白と赤のコントラストが見事なラザニアですし、表面のチーズがパリッと少しだけ焦げている部分も非常に美味しそうです。香も…とても香ばしくて私は好きですね。昔、まだ私がイギリスで生まれた頃、様々な欧州料理を楽しんだ記憶がありますが、この料理もなかなか良い線を行っていると思いますよ。春日の助けがあったとはいえ、たいしたものです。

 

お味の方も…なかなかよろしいですね。春日からは、少尉さんはあまり料理に慣れていないと聞いていましたから、おそらくこれは市販の物を組み合わせた料理だと思います。しかし、市販の物を組み合わせているだけあって、非常に安定したお味ですし、基本には非常に忠実に作られています。ホワイトソースの濃厚な味と滑らかな食感、そしてミートソースの香と味でパスタが包まれていますし、溶けたチーズも良い塩梅に入っています。初心者の料理としては、十分に合格点ですよ。

 

それにこのワインも、おそらくイタリアの若いキャンティだと思いますが、非常にこの料理に合っています。おそらくこのワインの選択は、春日の助けでしょうね。しかし少尉さん?誰かに助けてもらうというのも、その人の才能です。少尉さんは今回、色々な人に助けてもらっていると思いますが、助けてもらえる環境を普段から作っている…というのも十分な才能なのですから、それを大事にしてくださいね。

 

「三笠?なかなか美味しい料理ではありませんか。流石は三笠が指導している少尉さんの事だけはありますね。」

 

「富士さん、そんなに坊やを持ち上げないでやっておくれよ。しかしまぁ…春日の助けがあったとはいえ、なかなかの物じゃないか、坊や。褒めてやるよ!ん?金剛どうしたんだぃ?いつも騒がしい小娘が、今日はやけに静かじゃないか。」

 

「う…うるさいネ、三笠様!。少尉さんが私のために作ってくれた料理を堪能しているだけデ~ス!少尉さ~ん、このラザニア凄く美味しいデ~ス。こんな美味しい料理は食べた事ないネ。この味は、私ずっと覚えているデ~ス!」

 

フフフ…金剛にとっては特別な料理になったようですね。好きな人に作ってもらった料理であれば、料理の技術などは関係ないでしょうし、作ってもらえたという事実だけでも美味しいと思う事が出来る筈です。将来、金剛がこの少尉さんと結ばれるか?それは私も分かりませんが、この料理は金剛の思い出の一ページとしてきっと残るのでしょうね。三笠も粋な事をしますね。

 

「フンッ、坊や…まぁまぁ美味しいじゃないか。まぁ、合格だよ。私の料理の腕に比べればまだまだだけどね。」

 

三笠も素直ではありませんね。少尉さんはよく頑張ったと思いますよ。それに貴方もあまり人の事は言えないのではないですか?あの時は、結果的に新しい名物料理が出来ましたが…。

 

「三笠?もっと素直に褒めてあげても良いと思いますよ。それにあなたも料理では、色々やっているではないですか?ほら、何時だったか忘れましたが、南郷提督に『ビーフシチューを作ってくれ』と頼まれた貴方でしたが、作り方が分からず直感で作った挙句、醤油と砂糖で味付けをしてしまって…南郷提督は驚いていましたよ。まぁ、結果的には非常に美味しい料理でしたから、肉じゃがとして鎮守府で広まりましたけどね…フフフ」

 

「な…その…あれは…い…嫌だね、富士さん。そんな昔の事を…。あれは作り方を詳しく伝えなかった南郷の爺が悪いんだよ!あたしは悪くないよ!コラッ、坊やも小娘も何笑っているんだぃ!春日あんたまで…まったく困ったものだよ…。あれはあれで美味しかっただろっ!」

 

えぇ、あの料理、私も美味しくいただきましたよ。たしかあなたも、あの時は南郷提督のために必死で作ったのではないですか?ですから、今回の少尉さんの気持ちも分かると思うのですが?…フフフ。それにしても、今回も少尉さんのおかげで、色々と楽しませてもらいました。この調子では…まだまだ私も退役する訳にはいきませんね。




一応、この話が将来、『鎮守府の片隅で』の第72話につながる話になります。という事で金剛さんとしては、この思い出をいつまでも大事にしていたようですね。実際のところ、ラザニアはこのように市販の品を組み合わせて上げますと簡単に作れますので、料理が得意じゃない人でも問題なく作れるのではないかと思います。是非一度…などと言っていますと、『鎮守府の片隅で』のあとがきになってしまいそうですが^^;

さて今回は、三笠様世代の富士様や春日様を登場させましたが、この時代の船は欧州生まれが多いですから、比較的欧州料理との親和性が高いんですよね。そして三笠の肉じゃが…はこれの元ネタは東郷提督のエピソードなのですが、三笠がやったという形に改変して話に盛り込んでみました。肉じゃがは肉じゃがでとても美味しいのですが、ビーフシチューとは少し違いますからね^^;

今回も読んでいただきありがとうございました。


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第六話 交渉と説得

季節は冬になり、山野少尉が横須賀鎮守府で過ごすのもあと僅かになってきました。そして、そろそろ山野少尉の次の配属先が決まろうとしている訳ですが…。


横須賀鎮守府 司令部  戦艦 敷島

 

 

いよいよ今年もこの時期が来てしまいましたか。新任少尉の来年度の赴任先を決定する時期が。私が直接面倒を見ている少尉達は、軍令部門、軍政部門、そして実戦部隊とそれぞれの適正に合う場所を考え、私の一存で決定しました。流石にもっとも目をかけていた小堀少尉については、直接面談をした上で決めましたが、少尉は軍政部門を希望し、私もそれがもっとも少尉の適正に合うと考えましたので、揉め事もなく決める事が出来ました。

 

また妹の朝日や、その他の艦娘が面倒を見ている少尉達も、問題なく片付いたと思います。もっとも…朝日については、指導をしていた全ての少尉を実戦部門に配属させようと考えていたようで、各自の適正を考えた上で配属先を再考するように説得が必要でしたから、苦労をしたと言えば苦労をしたのかもしれませんね。とはいえ、これは毎年の事なので、私も慣れてしまいましたが。

 

「敷島、今年度の少尉達の配属先はもう決定したのか?」

 

「はっ、提督。一名を除いて全て決定しました。」

 

しかし一名…もっとも扱いが難しい少尉の配属先が決定出来ていません。

 

「あの小僧か…。三笠の希望はどうなっている?」

 

「三笠は軍令部門への配属を希望しているのですが…。」

 

「しかし、敷島は反対なのだな?」

 

南郷提督の仰るとおりです。三笠は、山野少尉の次の配属先として、軍令部門を推薦してきました。三笠の考えている事は、私には手に取るように分かります。三笠が影響力を発揮出来る場所は、実戦部隊そして軍令部門。司令官職はまだしも、山野少尉の現場指揮官としての適正は人並み程度ですから、自分が影響力を発揮でき、かつ山野少尉の適正に合いそうな場所を選んだのでしょう。

 

おそらく軍令部門に配属させ、自分の影響力で出世街道に乗せる。そして早い段階で鎮守府に呼び戻そうとしているのでしょうね。これについては、私も非難するつもりはありません。私は軍政部門には顔が利きますので、私が指導している小堀少尉は、私の力でなんとしてでも出世させるつもりです。

 

問題は山野少尉自身の適正、そして彼の最終目標…さらに現在の帝国の政治状況です。山野少尉の最終目標は、南郷提督のように艦娘を指揮する鎮守府の司令官だった筈です。この目標への最短距離は、確かに三笠が考えるように軍令部門の職を中心に昇進していき、実戦部隊の職を時々経験する形でしょう。前大戦のように戦時の場合、間違いなくこのコースが一番の出世コース。そして三笠の介入があれば、より簡単に山野少尉は出世街道を進んでいくでしょう。しかし今は平時です。軍備の維持、軍備計画の立案、国際関係の維持、予算確保…これらの仕事が中心の現在の帝国海軍では、軍令部門や実戦部門での活躍は難しいです。

 

またこれは私の個人的な考えですが、山野少尉の適正は、軍令よりも軍政にあるような気がするのです。私の厭味を受け流しつつ反撃を加えてくる論法、鎮守府の風紀を乱すための計画立案とその実行のための組織作り、不法物資の購入に必要な予算の確保、そして富士さんのような先任艦への賄賂攻勢。この一年間、私もいたちごっこであの少尉には散々苦しめられましたが、今考えれば、あれは少尉の適正の一つの発現だったのでしょう。

 

「はい提督。私としては、山野少尉は軍政部門に出したいと考えております。」

 

「なるほど…たしかに小僧の適正を考えれば、軍政でも問題ないだろう。問題は三笠の説得だな?」

 

「はっ…」

 

三笠の説得。これは姉の私でも難しいでしょうね。少尉を軍政部門に配属させるとなりますと、三笠の影響力があまり発揮できず、私が影響力を発揮する部門への配属。私と少尉の関係を考えれば、三笠は私が少尉の昇任を邪魔するつもりだと邪推する事は間違いありません。勿論私は一少尉のために、そのような邪魔をするつもりなどありませんが、三笠は絶対にそうは思わないでしょうね…。身から出た錆とはいえ、少し困りました。

 

「敷島。直接小僧と接触して説得しろ。小僧の口から言わせれば、三笠は説得出来るだろう。敷島、自分の希望を押し通すなら、お前自身で少尉を説得するんだな。」

 

「それは…分かりました、提督。そのように取り計らいます。」

 

自分で直接説得しろ…という事ですか。流石に南郷提督、厳しい方ですね。とはいえ、言っている事はもっともな事です。三笠には内緒で少尉に接触して、私が直接説得するしかなさそうですね。問題はどのようにして少尉に接触するか…ここは小堀少尉にお願いするしかなさそうです。しかし…これは完全にルール違反ですね。これまで私はルールを守って、その範囲で最善の行動を採って来ましたが、あの少尉と会ってからというもの、ルールを踏み外している事が多くなっている気もします。私も知らず知らずの内に、少尉や三笠に影響されているのかもしれませんね…。

 

 

 

横須賀鎮守府 食堂  山野少尉

 

 

「おぃ、小堀?来年度の配属、もう決まったのか?やっぱり軍政部門か?」

 

「あぁ、俺は軍政部門に行く事になってるよ。敷島様も賛成してくれたし、海軍省経理局に配属されそうだ。貴様はどうなんだ?山野。」

 

「俺は…まだ決まってないんだよな。三笠様は軍令部門への配属を勧めてくれているんだが、敷島様によってまだ保留らしい。横須賀鎮守府の風紀を乱す少尉として、俺は敷島様にだいぶ睨まれているからな…。」

 

三笠様が推してくれているから、すんなり決まると思っていたんだが、まさかここで敷島様がストップをかけてくるとは予想外だったな。いくらなんでも、いきなり敷島様の介入があるなんて予想していなかったから、ちょっと油断していたか…。そのおかげで、三笠様は敷島様にだいぶ怒っているし、金剛さんも機嫌悪いんだよな…勘弁してくれよ。軍令部門への配属なら、鎮守府に出張で来る事も多いから、次の任地に移っても金剛さんに簡単に会えると思っていたんだけどな…。

 

「まぁ、敷島様には敷島様の考えがあるとは思うんだが…。それに流石に俺や貴様のような一介の少尉相手に敷島様が妨害してくる事はないと思うぞ。いや、別に俺の指導艦だから敷島様を庇っているんじゃなくて、敷島様の性格的にそれはないと思うんだがな。」

 

「小堀、それは俺も分かってる。敷島様は良い意味でも悪い意味でも真面目だから、流石にこの段階で俺を潰しにかかるなんて事はないだろうさ…。しかし俺の配属、何時決まるんだろうな…流石に少し心配だぞ。」

 

「おぃおぃ、山野。そう落ち込むなって。よしっ!ここは一丁、パ~ッと遊びに行かないか?俺達少尉でも遊べる個室茶屋があってな。そこの子がまた綺麗なんだよ~。お前も来いよ。」

 

こ…こいつ、いつのまにそんな素晴らしい店を開拓してたんだ!どうせ敷島様の厳しい訓練から逃れる束の間の休息なんだろうけどな。俺は休暇中もほとんど三笠様に拘束されていたから、そんな所で遊んでいないんだぞ。まぁ、金剛さんが一緒だったし、三笠様も休暇中は甘いところがあるから、別に問題なかったけどな。とはいえ…今日は丁度三笠様や金剛さんも出かけているし…よしっ、ここは小堀に連れて行ってもらうか!

 

 

「お前…いつのまにそんな所見つけていたんだよ!そういう事はな…同期の俺にもちゃんと教えておけって。友達甲斐のない奴だ。ほら、行くぞ小堀。」

 

「山野…貴様も好きだねぇ~…ハハハハ」

 

 

 

横須賀市内 個室喫茶  山野少尉

 

 

へぇ、なかなか良さそうな所だな。小堀が言うには、一人で部屋で待っていれば、可愛い子ちゃんが来てくれるという話だったが、どんな子が来るんだろうね。いつもは三笠様のように怖い美人や、金剛さんのように積極的な子に囲まれているから…こういう時くらいは、慎ましやかな大和撫子のような子が…。小堀の奴が、後は任せておけって言っていたけど…小堀、期待してるぞ。

 

「失礼いたします。」

 

おっ、来た来た。どんな子か楽しみだな。

 

スーッ

 

「少尉、期待しているところすいませんが、内密にお話がありましてね。申し訳ありませんが、小堀を使わせてもらいました。」

 

…おぃ。小堀…怨むぞ。なんで敷島様と、こんな所で二人っきりで会わなきゃならんのだよ!それに敷島様も敷島様だよ。今日はどうせ三笠様も金剛さんも鎮守府に居ないんだから、普通に俺を司令部の会議室にでも呼び出せばいいだろっ。よりにもよって、俺のこの純真な心を傷つけるようなやり方で騙しやがって…絶対にこれは普段の仕返しだよな。

 

とはいえ、わざわざこんな所まで敷島様が出向いてきたという事は、鎮守府では出来ない相談…俺の来年度の配属先…そして俺を通じた三笠様の説得が目的か。だとしたらこの会談…そう簡単にこちらが折れる訳には行かないという事だな。まずは場の主導権を取り戻さないと…。このまま交渉が始まったら、一方的に敷島様に押し込まれそうだ。

 

「これはこれは…敷島様。こんな所でお会いするとは思ってもいませんでした。まさか敷島様が一時とは言え、私の相手をしてくれるとは…。敷島様?ここでの事はお互いに秘密という事で…それでは失礼しますよ。」

 

「なっ、ちょ…少尉!何を…止めるのです!」

 

「いや…流石に冗談ですよ。それで、相談というのは何でしょうか。」

 

敷島様、意外と初心なんだな…。これ以上調子に乗ると本気で殴られそうだから、この辺りで止めておくけどさ…。敷島様も多少は動揺してくれたようだし、なんとか主導権は取り戻せたか?

 

「少尉…なかなか面白い手を使ってきますね。まさかこのような方法で私を動揺させようとするとは…。少尉は、鎮守府の風紀の敵であるだけでなく、艦娘の敵ですね。私としては、これでますます少尉を鎮守府司令官にする訳には行かなくなった…という事ですね。」

 

いやいや…風紀の敵とか艦娘の敵とか、流石に酷すぎないか?…ん?敷島様の雰囲気が変わったな。どうやらここからが本番ってとこか。

 

「さて少尉、冗談はこの辺にして、少しお話があります。短刀直入に言います。少尉の来年度の配属先ですが…軍政部門を考えています。」

 

「三笠様の希望は、私の軍令部門への配属だったと思いますが?」

 

「それを承知の上で言っています。」

 

軍政か…。俺の配属が決まっていない時点で、大方こんな事だろうとは思ったが。まさか自分の牙城に俺を押し込めて、飼い殺しに…。いや、流石に敷島様がこの時点で、そこまで露骨な対応をしてくるとは思えん。それにわざわざ俺を呼び出して話をしているという事は、三笠様との関係を悪化させるつもりもないという事。問題はどういう意図があって、敷島様が俺を軍政部門に入れようとしているのか…まずはそれを突き止めないとな。敷島様が相手だ。余計な小細工なしで、一気に切り込むか。

 

「敷島様。無理を通そうとしている以上、説明はいただけるのでしょうね?どうやら敷島様も、三笠様との関係悪化までは望んでいないようですし、私も条件によっては、三笠様の説得はしますよ?」

 

 

 

横須賀市内 個室喫茶  戦艦敷島

 

 

一気に切り込んできましたね。話が早くて助かりますが、三笠との関係は悪化させたくない…という私の希望を理解した上で交渉に臨んできましたか…こちらの思惑は知られていますから、やっかいですね。それに少尉自身が、軍政部門に配属される事を明確に拒否している…という訳ではありません。ですから、たしかに少尉の言うとおり、『条件次第』で三笠を説得してくれるのでしょう。問題は、どの程度の『条件』を落とし所にするか…という事ですか。…少尉、やはりあなたは軍政部門が合っていますよ。

 

「やはり説明は必要なようですね。少尉、現在の帝国海軍の状況は分かってますね?現在は平時、帝国海軍では次の深海棲艦の侵攻に対応するため、軍備の増強そして更新、新技術の開発などがその主な任務となっています。」

 

「…なるほど、敷島様。つまり、軍政部門の方が出世は早いだろう…という事ですか?」

 

「その通りです、少尉。」

 

流石に理解が早くて助かります。戦時であればともかく、今の平時の海軍で大きな力を持っているのは軍政部門です。勿論、軍令には軍令の重要な仕事がありますし、実戦部隊はいざという時のために練度向上を行っていますが、それでも予算の決定や、これからの海軍の大方針を立てるという意味において、軍政部門である海軍省の力はとても強いのです。

 

少尉は考え込むような素振りをしていますが、おそらく私の提案のメリットとデメリットを天秤にかけているのでしょうね。少尉にとってのメリットは、帝国海軍の中心部門に配属される事で出世する確率を上げる事が出来る事、そしてデメリットは海軍省では三笠のサポートが得られない事と私の妨害のリスク、そして…将来鎮守府司令官として戻る事が出来ない可能性…でしょうね。

 

「敷島様?出世の件はなんとなく分かりますが…三笠様のサポートは得られない、そして敷島様の妨害が入る可能性がありますよね?その辺りはどのようにお考えですか?いえ、この際ですからはっきり言いますが、海軍省に配属されたとして、私を上げるつもりが敷島様にあるのですか?」

 

やはりまずはそこから来ましたね。いくら確率的に出世しやすいとは言っても、三笠のサポートがないとなれば、軍令部で三笠のサポートを得た方が良いと思う事の方が自然です。まして、軍令部であれば私が妨害出来る余地はないのですから…。どうやらこの辺りが、最初の交渉のポイントになりそうですね。

 

「大人しく海軍省に配属されるのであれば、私はサポートする意思があるのですがね…少尉。」

 

「なるほど…しかし敷島様のサポートが得られるという保証は?」

 

「おや、私では信用出来ない…という事ですか?少尉。」

 

「敷島様…まさか私が、口頭での約束を信用するとでも?」

 

やはりそうでしょうね。私と少尉の間では色々ありましたし、私の牙城に配属される訳ですから、少尉が警戒する事はむしろ当然でしょう。それに、もしこの程度で私の言葉を信用するような愚かな少尉でしたら…私は少尉を海軍省で飼い殺しにするでしょうね。

 

「…いいでしょう。少尉の出世の面倒は私が責任をもって見るという約束を書面にして、三笠に渡しましょう。」

 

「敷島様?その出世の面倒というのは、どの程度の面倒でしょうか?」

 

「常識的な範囲です。」

 

「非常に曖昧な表現ですね…。そこは『小堀少尉と同程度に』と文面を修正してもらいましょうか。」

 

「少尉…私にそこまでしてあげるメリットがあるのですか?」

 

「私の件で三笠様との関係が修復不可能な状態になる事を防ぐ…敷島様にとっては十分なメリットだと思いますが?それに三笠様との関係が悪化すれば…南郷提督の秘書艦としての敷島様の御立場も危うくなるのでは?」

 

…なかなか痛い所をついてきますね。しかし少尉?少し私を甘く見ていませんか?たしかに三笠との関係は重要ですし、南郷提督の秘書官としての立場も大事ですが…私への南郷提督の信頼はこの程度の事で崩れる程軟な物ではありませんよ。それに少尉は自分の件で三笠との関係が修復不可能になるかもしれない…と言っていますが、しばらくは悪化するでしょうが、それが未来永劫続くとは考えられません。三笠もああ見えて、良く考えていますからね。

 

「少尉…なかなか興味深い意見ですが…、私を甘く見てもらっては困りますね。少尉を小堀と同程度に出世させるのであれば、三笠との関係悪化を選ぶ…という選択肢もあるのですよ?」

 

「…なるほど、たしかに敷島様の言う通りかもしれませんね。」

 

少尉、降参ですか?まぁ、ここまで抵抗した少尉の勇気に免じて、『通常の兵学校恩賜組程度の出世には協力する』という文面でしたら考えてもよいのですがね。

 

「しかし敷島様?敷島様の御立場を考えれば、海軍省に使い勝手の良い駒が一枚…では足りないのではないでしょうか?敷島様もいつの日か、富士様と同じように海防艦として艦種変更という措置がとられるでしょう。その時、敷島様の意を実現出来る士官が小堀だけでは…いくら小堀が優秀でも難しいと思いますよ?」

 

…言い難いことをズバリ言ってきますね…。たしかにこれについて私も不安を感じている事はたしかです。これからどんどん新しい艦娘が計画され出てくるとなると…私が戦艦として居られる時間はそれほど長くはないでしょう。そして少尉が言うようにそのうち、富士さんと同じように私も海防艦になると思います。そうなった時、海軍省には私が指導した海軍士官は大勢いますが、海防艦になった私の意を理解して動いてくれそうな士官となると…。

 

小堀については、私はこれまで私が担当してきた少尉以上に彼を指導してきましたから、おそらくその恩を忘れずに私の意を叶えてくれるように尽力するでしょう。しかし少尉が言っているように、小堀一人では完全にそれを実現する事は難しいでしょうね…。やはりもう一枚…大駒を用意する必要がありますか…。

 

「小堀少尉は優秀です。彼一人でも問題ないのでは?」

 

「敷島様、自分でも信じていない事を信じているように言われても困りますね…。」

 

仕方ありませんね…。ここは自分の将来の権限維持のためにも、文面の変更を飲むしかありません。しかしこの少尉、本当に私の意に沿って動くのでしょうか…逆にこちらが信用出来ません。

 

「少尉…文面は少尉の希望どおりに変更しましょう。しかし少尉?少尉が私の意に従って動くという保証はどうするのです?」

 

「…小堀と連名で誓約書をしたためます。」

 

なるほど…小堀少尉と連名という事は、自分の友人の前で私に約束するという事ですね。私が三笠に誓約書を提出するのと同じ効果という事ですか…。それならば信用しても良いかもしれません。

 

 

 

横須賀市内 個室喫茶  山野少尉

 

 

ふぅ…綱渡りのような交渉だが、なんとか敷島様に条件を飲ませる事に成功したか…。それにしても、俺を出世させるくらいなら、三笠様との関係悪化を選ぶという手もあるんだぞ…と言われた時は、流石に肝が縮んだよ…。まぁ、敷島様と三笠様はきちんと根っこの部分では信頼し合っているようだから、実際に俺程度の事で修復不可能な溝が出来るとは考えられないもんな…。

 

まぁ何時だったか忘れたが、富士様との茶飲み話の席で富士様が『あまり敷島に苦労をかけてはいけませんよ?少尉さん。敷島だって将来の事を不安に感じているのですから。私はもう達観していましたから、海防艦への艦種変更を普通に受け入れられましたが、あれだけ権限を持っている敷島にとっては、将来必ずある海防艦への艦種変更は恐怖の筈ですよ。自分の今の権限を海防艦に変わった後も維持出来るのか…私のように達観すれば気楽になれるのですがね…』と言っていた情報が役に立つとは思わなかったな。そういう意味では、今回も富士様に助けられたようなもんだよな。

 

とりあえず敷島様からの譲歩は引き摺り出せたが、あと一つ大きな問題が残っているよな。敷島様が言うように平時の海軍省は出世するには良いかもしれないけど、俺の最終目的は艦娘を指揮する鎮守府の司令官職だぞ。軍令部ならともかく、海軍省でキャリアを積んだ俺が実戦部隊の牙城に戻れるのか?

 

「敷島様、もう一つ伺いますが、海軍省で私が昇進を続けていったとして…将来的に鎮守府司令官への道は開いているのでしょうか?」

 

「現時点では難しいと判断せざるを得ませんね。ですが少尉、これは軍機も絡んでいますのであまり他言をしてもらっては困りますが…今後の鎮守府は、現在の横須賀鎮守府よりも遥かに規模が大きくなり、その司令官職の権限も拡大するでしょう。となると…将来的には軍政部門にも顔が利き、ある程度政治的な動きも可能な人間が司令官職に就く事になるでしょうね…。」

 

規模が拡大する?今の横須賀鎮守府でも、教育機関などを含めればかなりの規模だぞ…。いや…たしかに現在の横須賀鎮守府よりも大きな鎮守府になり、艦娘の数も増えるとなると…それを支援する人員も桁違いに大きくなる。そしてそれら全ての責任者となると…もはやそれは実戦部隊の司令官というよりは、軍政下にある小都市の管理に近い…という事か。だとするとたしかに、敷島様が言うように軍政でのキャリアが…。しかしこれが本当だとすると、何故三笠様は俺を軍令に配属させる事に拘っているんだ?まさか!

 

「敷島様…この情報は、三笠様はご存じですか?」

 

「少尉…先程も言いましたように、これは軍機が絡んでいます。三笠には、まだこの情報は降りていません。少尉、既に研究は進められているのですが、次に深海棲艦が侵攻を行うとすると…先の大戦のように世界各地における局地戦規模…帝国の場合では日本海における局地戦ではなく、太平洋全域を戦場とする大規模な戦いになると考えられています。おそらく米国と共同戦線を張る事になると思いますが、太平洋の西半分は帝国が担当する事になるでしょう。となると、それに対応出来るだけの数の艦娘の維持、管理そして戦力集中…いきつく所は巨大な鎮守府を組織するしかないと、海軍上層部では結論が出ているのです。」

 

流石に南郷提督の秘書艦であり、海軍省に顔が利く敷島様という事か…。俺は鎮守府内で敷島様を適当にからかって楽しんでいただけだが、やっぱりこの人は優秀な人だったんだな。将来への見通しも、残念ながら三笠様よりは敷島様の方が数枚上手ってとこか。たしかにこれだけの情報があれば、軍令部への配属を希望していた俺に対して、自信を持って軍政部門への配属を勧められる訳だな…。悔しいが、ここは敷島様の考えに従うしかないだろ…本来なら三笠様でも知らないような情報を俺に知らせてまで説得してくれたんだからな…。

 

「敷島様、了解いたしました。山野磯郎少尉、海軍省への配属を希望いたします。また三笠様への話は、私が責任を持って行いますので、よろしくお願いします。」

 

「分かりました少尉。それではそのように取り計らいましょう。それと…海軍省での配属は軍務局を考えています。私の期待を裏切らないようにしてくださいね。」

 

「はっ、敷島様。」

 

海軍省か…本来なら恩賜組が行くところなんだよな…。俺でも大丈夫か?という不安はあるが、まぁ小堀も一緒のようだし、敷島様のサポートも期待できるようだから、なんとかやってみるか。…海軍省に配属されたら、しばらく三笠様や金剛さんにも会えなくなるのが寂しい所だけどな。ま、帝都から横須賀は近いし、休みの時にでも横須賀に遊びに来るか…。

 

「さぁ少尉。それでは鎮守府に戻りますよ。」

 

「はい、敷島様…って、何で手を繋いでくるのですか!」

 

「少尉…ここがどういう店かご存知ではないのですか?こんなお店から出るのに、手も繋がずに出てしまっては、道行く人に怪しまれますよ。」

 

いや…そういう問題ではないと思うんだが…。別に敷島様と手を繋ぎたくないとか、そういう訳ではないけど…なんと言うか、まさか俺が敷島様と手を繋ぐことになるとはな…。金剛さんとは時々手を繋ぐこともあるけど、三笠様とは手を繋がないし…なんと言うか恐れ多いと言うか…。とはいえ、敷島様が言うように流石にこんな店から男一人で出たり、男女バラバラで出たら逆に怪しまれるってとこか…。仕方ない…ここは敷島様に従うか…。へぇ…敷島様の手って思ったより柔らかいんだな。

 

 

「…坊や、何やってるんだぃ。…敷島姉さんと仲が良いようだね…。」

 

「少尉さん…敷島のBBAと何やってるネ!しかも今、個室茶屋から出てきたデ~ス!」

 

…どうせこんなこったろうと思ったよ。俺の運は肝心な所で悪いからな…。敷島様と店を出た所で、丁度鎮守府に戻る途中の三笠様と金剛さんに鉢合わせ。しかもそれを見た敷島様が『先程の仕返しです。まぁ少尉の千枚舌で乗り切る事ですね』と小声で言ったかと思うと、徐に俺の腕に自分の腕を絡めてきやがった。どう考えても嫌がらせ以外の何物でもないだろ!

 

「坊や、この件について色々と白状してもらわないといけないね…敷島姉さんは先に鎮守府に帰っておくれ。敷島姉さんにも言いたい事は山程あるけど…姉さんが居ると坊やもしゃべり難いだろうからね…。って、敷島姉さんいつまで坊やの腕にしがみついているんさね!自分の年を考えるんだよ、みっともない。…さて坊や…そこの店で何があったのか、あらいざらい話してもらおうかね…。」

 

「少尉さん…信じていたのに…裏切られま~した!私の傷ついた心を、そこの甘味処で癒してもらいマ~ス!覚悟するネ!」

 

また俺の懐が…。三笠様も金剛さんもニヤニヤ笑っているから、敷島様と何もなかった事を知っていて俺を責めているよな…っていうか、要は俺の金で甘味を食べる事を考えているだけだろっ!とはいえ…ここで適当にご機嫌をとって、さっきの話を鎮守府で三笠様にして、三笠様を説得するしかないんだよな…。また色々三笠様に言われそうだけどな。…一難去ってまた一難か。




主人公とその友人、名前を見れば元ネタはたぶん直に分かってしまうかと思いますが、友人の小堀少尉の方はモデルとなった人物は某条約の煽りで予備役にされてしまい、史実では海軍大臣になる事が出来ません。とはいえ、ここは艦これの世界ですし、別人物という事になっていますので、最終的に小堀少尉には海軍大臣になってもらわなくてはならず…。となると、三笠様の後ろ盾のある山野少尉も海軍省に入れておかないと…となり、このような話になっています。

まぁ…実際のところ、この物語における三笠様はオールマイティなジョーカーのような設定ですから、敷島様の手助けがなくても山野少尉は、『鎮守府の片隅で』の提督まで行けるのかもしれませんが、ある程度は苦労してもらわないと…。三笠様の台詞ではありませんが、『苦労が男の顔を良くする』らしいですからww

今回も読んでいただきありがとうございました。


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第七話 船出

これで第1章は終わりです。ここからいよいよ山野少尉は、ドロドロとした政治の世界へ…ではなく、赤レンガの建物に入る事に。


横須賀鎮守府 正門前  山野少尉

 

 

いよいよ横須賀鎮守府ともお別れか…。一年間あっという間だったよな。他の同期と同じように中尉には昇進したが、ここからは出世競争が始まるんだよな。次の任地は海軍省軍務局。敷島様は将来の自分の権限維持を狙って、俺と小堀を海軍省の軍務局と経理局にそれぞれ配属させた以上、軍務局で俺を待っている仕事は大変な案件だという事は、容易に想像できるぞ…。なんとか三笠様と金剛さんも説得出来たけど、あんな大変な説得はもう二度とやりたかないさ。

 

「坊や、いよいよ行くんだね。ま、帝都とこの横須賀は近いんだ。時々あたしの暇つぶしのために遊びにきな。それにしても…坊やも馬鹿さね。あたしの言う事を聞いて、軍令部に配属されていれば、もっと簡単に出世出来るだろうに…。敷島姉さんの籠の中の鳥になっちまって…」

 

「三笠様、この一年ありがとうございました。大丈夫ですよ。私も三笠様に一年鍛えられましたし、海軍省で頑張ってきますよ。そして…必ず何時か鎮守府の司令官として戻ってくるつもりです。」

 

「フンッ、それが何時になる事やら…。まぁ、期待しないで待っているよ。それと…女関係には注意するんだね。坊やは脇が甘すぎるよ。だから敷島姉さんに付け込まれるんだ!」

 

いやいや…それとこれは話が…。それに三笠様?一応私の説明で納得してくれたではないですか。今更蒸し返すのは反則ですよ。いずれにせよ、必ず鎮守府には戻ってきます。それまでお元気で居てくださいよ三笠様?

 

「Hey! 少尉さ~ん。しばらく離れ離れですけど、私の事忘れたらNoなんだからネ。それと三笠様の世話は私がするから問題ないデ~ス。でも少尉さん?私がBBAになる前に、なるべく早く鎮守府に戻ってくるデ~ス。約束ネ」

 

「分かっていますよ金剛さん。金剛さんも元気でいてくださいね。それと、時々休暇の時は横須賀に遊びに来ますので、その時は食事でも。」

 

「坊や…小娘を誘ってデートなんて十年早いさね。それに指導したあたしを放っておいて小娘とデートとはどういう事さね!そんな暇があったら、早く出世して司令官として小娘を迎えに来るんだね。」

 

「はいはい、三笠様。精一杯努力しますよ。」

 

やれやれ三笠様は最後まで厳しいよな。といっても、言っている事は至極当然か。なにはともあれ、なるべく早く鎮守府の司令官になれるように頑張ってきます。

 

「三笠様、それと金剛さん、一年間お世話になりました。山野磯郎少尉、次の任地に向かいます。失礼します。」

 

 

 

鎮守府司令部  南郷提督

 

 

「敷島、例の小僧もお前の秘蔵っ子も出立したようだな。お前もしばらく寂しい思いをしそうだな。」

 

「いえ南郷提督、これでようやく私も落ち着けるというものです。」

 

「そうか?敷島。だいぶ寂しそうな表情をしていたがな…ハハハ」

 

三笠もそうだが、敷島もなんだかんだ言って、あの小僧達には目をかけていたからな。それに最近の大人しい兵学校出身者とは違い、あの二人は色々とこの鎮守府でやらかしてくれたし、その後始末で敷島も大変だっただろう。とはいえあの二人、特にあの小僧には大変な運命がこれから待ち受けているか。

 

敷島は、特に考えずにあの小僧を、海軍省の中心という理由で軍務局に配属させたが…私の知っている情報では、今後軍務局は大荒れに荒れるだろう。いや…頭脳明晰な敷島の事だ、全てを知った上で小僧を軍務局に配属させた可能性もあるか。しかし敷島、小僧が絡むことになる案件、その余波は間違いなくこの横須賀鎮守府にもやってくるぞ。…それだけ小僧の力量に期待しているのかもしれんが。…一つ間違うと大変な事になるぞ。まぁ、海軍省上層部にはこの私もそれなりに伝手があるから、しばらく小僧達の様子を注視しておくか。




この話で第一章は終了です。ここまでは、どちらかと言うと新任少尉らしく鎮守府内での出来事、そしてドタバタ喜劇と山野少尉にとっては楽しい思い出の章になったのではないかな…と思っています。いずれにせよ、ここから海軍省を中心にして出世していき最終的に提督になっていく訳ですが…。ここで楽しく一緒に過ごした三笠様達も含めてどうなっていくのか…この辺りの歴史を知っている人ですとある程度予想がついてしまうのが^^;

この話は、一章分書いてから纏めて投稿するスタイルを取りますので、しばらく投稿は停止します。なるべく早い時期に二章目が投稿出来るようにしたいな…と思っていますが、現時点では投稿時期は未定という事にしてください。(幕間という形で一話投稿するかもしれませんが…。)

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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幕間 少佐時代
幕間1 とある機関部員の日記


久しぶりにこちらを更新します。とはいえ本話ではなく、外伝なので気楽に楽しんでもらえたら…と思います。


○月×日

 今日のお嬢は機嫌が最悪のようだ。俺が担当するヤーロー式混焼缶も、そんなお嬢の機嫌を反映してか、今日はずっと愚図っていた。お嬢の機嫌さえ良ければ、お嬢の持つヤーロー式混焼缶36基からなるパワーは、新鋭艦の山城や扶桑、いや伊勢や日向にも負けない速力を生み出してくれるが…いかんせん、うちのお嬢は気まぐれな所が…。どうやら今日は、艦長の大佐殿がお嬢のご機嫌取りに失敗したようだ。ここ最近、お嬢の機嫌が悪い日が続いているような気がする。…艦長殿なんとかしてくださいよ。

 

 

 

○月△日

 ここ最近、お嬢の機嫌が絶好調のようで、俺達機関部も楽をさせてもらっている。俺が担当しているヤーロー式缶もすこぶる好調だ。班長からそれとなく話を聞いたら、なんでもお嬢の想い人が今度赴任してくるとの事。機関部でも今はその話題で持ちきりになっている。とはいえ、機関長の少佐殿が話をしてくれたが、この話題は我が機関部だけではなく、他の部署…艦橋でも話題になっているようだ。機関長殿の話では、その想い人の野郎は、赤レンガの住人らしく少佐殿らしい。赤レンガの住人は碌でもない奴ばかりだろうから、お嬢が騙されているのではないかと心配になる。同期連中も俺と同じ感想を持ったようで、お嬢が騙されているに違いないという結論に達した。その野郎がここに赴任して、我が機関部に来た時には、たとえ少佐殿とは言え、締め上げて本当の事を吐かせてやる必要があるだろう。

 

 

 

○月●日

 いよいよ例の野郎が、巡洋戦艦金剛に赴任してくる日が近づいてきたようだ。お嬢の機嫌は最高潮に達しているようで、全ての面において機械の機嫌が良い日々が続いている。なんでもお嬢の機嫌が良く艦全体が順調な事から、艦長殿の機嫌も最高のようだ。艦橋に居る奴等から話を聞いたが、あの気難しい艦長殿が最近は笑い声を上げる事もあるとの事だ。そして今日、俺達機関部員まで動員がかかり、甲板掃除などの任務が言い渡された。なんでもお嬢が、艦長殿に甲板などを全部ピカピカにして欲しいと泣きついたようだ。例の野郎のために、俺達まで甲板掃除に駆り出されるのは釈然としないが、あのお嬢まで甲板掃除に参加している姿を見て、俺達も全力でやる事にした。そして今度来る赤レンガの少佐殿が、万が一にもお嬢を泣かせたら…只じゃすまさんという事を心に誓った。

 

 

 

○月■日

 例の野郎が着任した。俺たち機関部員も例の野郎が乗艦する姿を見てやろうと思って、当直の者以外は甲板の隅から見ていたんだが、いけすかない野郎だ。それに野郎の乗艦のために、わざわざ艦長殿まで甲板に居たというのも気に入らない。しかも艦長殿への挨拶よりも先に、お嬢が野郎に抱きついたのはもっと許せん。信じられんことに、あの気難しい艦長殿がそれを笑顔で許していたんだが、よっぽどお嬢の機嫌が良いのが艦長殿にとってもうれしいようだ。乗艦の後、野郎は艦長殿とお嬢に連れられて艦橋に行ってしまったから、俺達はその後を見ていないが、艦橋勤務の奴等から話を聞いたところでは、あの野郎は新航海長として艦橋勤務になるようだ。おそらく艦長殿は、お嬢の傍に野郎を置いておいた方が艦全体にとって都合が良いと考えたのだろうが、俺達機関部員からすると、まったくもって納得出来ない。おそらくお嬢があの野郎に騙されているのは確実だろうから、いつか俺達の手であの野郎の化けの皮を剥いでやらなくてはいかん。やっぱり、赤レンガの住人は碌でもない奴ばかりだ。

 

 

 

▽月○日

 今日は珍しく、お嬢が機関部までやってきた。あの野郎も一緒だというのは気に入らないが、お嬢が自分の機関部を自慢するために案内しているようだ。勿論俺達機関部員もお嬢に恥をかかせる訳にはいかんから、俺のヤーロー式缶もピカピカに磨いてある。しかしお嬢が野郎を案内している時にその問題は起こった。俺は丁度近くに居たからよく聞こえたんだが、あの野郎はお嬢に『金剛さん、全速力で走れば、伊勢や日向にも勝てるのかい?』と聞いていた。それに対してお嬢は『あたり前デ~ス。私はこの鎮守府の戦艦の中で、一番足は速いネ』と返していた。機関部員の俺としては、全面的にお嬢の言葉に賛同出来る。当然の事だ。しかしあの野郎は、そんな得意満面のお嬢を挑発しやがった。『しかし金剛さん、艦長の話では、金剛さんの機嫌が悪い事が多く、なかなか全速力が出せないとの事ですが、本当に大丈夫ですか?』と来たもんだ。…残念ながら、これには俺も同意せざるをえない。たしかにお嬢の機嫌さえ良ければ、どんな艦にも負ける気がしないが、お嬢は気まぐれなところがあるからな…。

 

 しかし、そんな野郎の挑発にお嬢が黙っている筈がない。『何言ってるネ。そこまで言うのなら、私の実力見せてあげるネ~』となってしまい…結局この話が艦長殿のところまで上がった結果、今度お嬢の全速航行をする事になってしまった。機関部員の俺としては、久しぶりのお嬢の全速航行だから嬉しいが、余分な仕事が増えたことは間違いない。…とはいえ、お嬢に恥をかかせる訳にはいかないから、俺たちは今まで以上にベストの状態で缶を維持するしかないってもんだ。それにしてもあの野郎…お嬢を挑発して俺たちの仕事を増やしやがって…覚えていろよ。

 

 

 

▽月×日

 ついに今日は、お嬢が全速航行をする日だ。俺たち機関部員の間でも緊張が走っている。『機関、両舷前進原速!』機関長殿からの命令が出た。艦橋詰めの奴等の話では、今日の全速航行は、艦長殿もいたく楽しみにしていたようだ。なんでもお嬢の機嫌が最高に良い状態で行う全速航行…どれくらいまで絞り出せるのか楽しみにしているとの事だが…俺たち機関部員も楽しみではある。こればかりはあの野郎に感謝しなくてはならない。

 

 『第四戦速より第五戦速へ、異常が出たら早めに知らせろよ。』機関長殿は心配しているが、実際に缶を操作している俺から言わせてみれば、今日はまったく問題ない。俺が担当するヤーロー式缶も絶好調だ。これならば…本当に最大の速度が出せるかもしれん。『第五戦速より最大戦速へ…行けるな?』ついに最大戦速の指示が出た。普段であれば、第五戦速辺りで機嫌が悪くなる俺のヤーロー式缶だが、今日は全く愚図っていない。これもお嬢の機嫌が良いからか…。『機関一杯へ!』ついに最後の命令が機関長殿から出た。ここからは未知の領域だ。限界を超えて機関をまわす訳だが…今のお嬢の機嫌なら行ける。

 

 『艦橋より、只今の速力27.7ノット。減速開始!』よっしゃ!伊勢や日向の方が新型かもしれんが、速力はお嬢の方が上だという事が、証明出来たぞ。お嬢の機嫌さえ良ければ、帝国海軍の戦艦では、お嬢がもっとも韋駄天だ。そして…あの野郎…いや、未だに気に入らねぇが、あの少佐殿が乗艦している限り、この速力が出せるという事か…。

 

 

 

×月○日

 今日も俺のヤーロー式缶は絶好調。いや、最近この艦の全てが絶好調の状態で維持されている。原因は間違いなく、あの少佐殿のおかげだ。先日の全速航行の後、あの少佐殿がわざわざ機関部に礼に来たからその時に話を伺ったんだが、あの少佐殿、三笠様の弟子らしい。ただ敷島様に睨まれて赤レンガに飛ばされたという事らしいが…道理でお嬢が懐いている筈だ。それに、あの三笠様に見込まれたというのは大したもんだ。俺たちにとっては雲の上の話かもしれんが、赤レンガの住人でも尊敬に値する奴は居るもんだ…という事がよく分かった。

 

 少佐殿の話では、今回の巡洋戦艦金剛への航海長としての赴任は、三笠様が赤レンガから引き抜いてくれた…という話らしいが、おそらく二、三年は塩気を浴びられるらしい。やはり海軍軍人たるもの、塩気を浴びなければ男じゃねぇからな。という事は、お嬢の機嫌もこれからしばらくは上機嫌という事だ。俺たち機関部にとっては欣快の至りだ。

 

 

 

×月×日

 最悪だ…。これまで絶好調だった俺のヤーロー式缶。今日、敷島様が来るまでは絶好調だったんだが…敷島様が乗艦した瞬間にヤーロー式缶が愚図りだしやがった。そして、その後何があったのか分からんが、お嬢の機嫌が最悪の状態になり…機関部は地獄の状態だ。少佐殿が居る限り大丈夫だと思ったんだが…いったい何があったんだ。

 

 

 

●月×日

 あれからお嬢の機嫌があまり良くない。現在は小康状態だが、機関部でも目を放すと缶が愚図りだすので、緊張が続いている。そしてお嬢の機嫌が一気に悪くなった原因が、俺たち下っ端まで伝わってきた。機関長殿が言うには、あの日来艦した敷島様が、少佐殿を赤レンガに戻す事を艦長殿とお嬢に伝えたらしい。本来、二、三年は異動しなくても済む筈が、少佐殿の場合はまだ一年も経っていない。当然の事ながら、艦長殿もお嬢も敷島様に大反対したらしいが、敷島様に睨まれて沈黙したそうだ。どうやら上の都合が絡んでいるようだ。ああ見えて、少佐殿はかなりのやり手だ。おそらく赤レンガで何か問題が発生して少佐殿を呼び戻す必要が出たのだろう。…とはいえ、それに振り回される俺たちの身にもなってもらいたいものだ。

 

 この決定を知らされて以来、お嬢の機嫌が最悪の状態になってしまったようで、艦長殿も困ったようだ。そしてその結果、少佐殿を航海長の任務から外し、お嬢専属の話し相手にしたおかげで、今の小康状態になっているとのことだ。…ということは、少佐殿が退艦してしまったらどうなるのか…怖くて誰も考えることが出来ない。

 

 

 

●月▲日

 ついに少佐殿が退艦する日が来てしまった。お嬢の落ち込みようは、傍から見ている俺たちまで辛くさせる。そして少佐殿の離艦の際は、三笠様と朝日様、それに敷島様まで来ていた。何故この三人が…と最初は思ったが、少佐殿が離艦する時にその理由がよく分かった。少佐殿が艦長殿に挨拶して、お嬢に敬礼した瞬間、お嬢が少佐殿に抱きつき大泣きの状態で『離艦しないで欲しいデ~ス。』などと我侭を言い出した。少佐殿の困った顔は、一見の価値があったが…あれは見ているこちらも辛いよな…。幸いな事に、お嬢は三笠様達に取り押さえられたが、最後まで大泣きの状態だった。おそらくこれを予想して、お嬢を引き剥がすために三笠様達が来ていたのだろう。

 

 

 

□月□日

 仏滅。あれ以来、お嬢の機嫌は最悪だ。これ以上無い程最悪だ。俺たち機関部員も毎日塗炭の苦しみを味わっている。くそ…赤レンガの奴ら…一時的に天国を見てしまっているが故に、尚更今の状況が辛い。ひょっとして…赤レンガの奴ら、俺たち現場の人間で遊んでいるのではないか?と思えてしまう…いや、そうかもしれない。いずれにせよ…あいつ等覚えていろよ…。何かの機会に乗艦したら、絶対に船酔いにしてやる…俺はそう心に決めた。

 

 それに少佐殿…偶にでいいからお嬢の相手をしてやってくれよ…本当に頼みますよ…。




久しぶりにこちらを更新しましたが、一部と二部の間にある幕間の話しです。第一部の最後で山野少尉は海軍省軍務局に異動になりましたが、その後着実に昇進を重ねて、ついに少佐まであがってきました。そんな時、山野少佐に一度くらいは艦隊勤務をさせてやろう…と考えた三笠様が、赤レンガから山野少佐を引き抜くことに成功。異動先は…巡洋戦艦『金剛』。勿論、金剛さんの我侭を三笠様が適えてやった形です。今回のお話は、そんな山野少佐が乗艦する事になる、金剛さんの機関部員達の日記です。

金剛さんの速力…本当は比叡さんが全力で出した速度なのですが、話の都合上、金剛さんが頑張った…という形にしています。

第二部の方…半分くらいは書きあがったのですが、残りの半分が…。リアルの事情もあり、思うように書けませんが、もう少し待ってもらえたらな…と思います。読んでいただきありがとうございました。


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第二章 軍縮時代
第八話 軍縮の足音


とても久しぶりになりますが、外伝の第二章を投稿したいと思います。いよいよ時代は進み、三笠様達が退役を余儀なくされる時代に突入します。このパートは、艦娘も出す予定ですが、人間パートも多いため、艦隊これくしょん…からのanother storyのような感じで楽しんでもらえたらな…と思っています。


海軍省 軍務局  山野中佐

 

「中佐、昇進おめでとう。また古巣に戻ってきた…という事だが、潮気は十分に浴びてきたかね。こちらの事情で短期の艦隊勤務で戻すことになってすまなかったな。それと、色々と話は聞いているが、金剛での勤務は大変だったみたいだね…ハハハ。」

 

「堀田閣下、ただいま戻りました。これから再びよろしくお願いします。金剛勤務の件は…もう何も言わないで下さいよ…お願いします。」

 

「ハハハハ…中佐は艦娘からもてるようで、羨ましい限りだ…ハハハ。」

 

いや…金剛さんでの勤務は本当に楽しかったけれど、色々と大変だった。敷島様の後ろ盾で海軍省に配属され、その後三笠様の温情で艦隊勤務の経験をさせてもらった訳だから文句は言えないが…よりにもよって巡洋戦艦『金剛』での任務だったとはな…。どうせ、金剛さんの我儘を三笠様が聞き入れた結果実現したのだろうけれど、俺が乗艦した瞬間に金剛さんに抱きつかれたのは…。あの結果、直属の上官には睨まれるわ、部下の士官や下士官連中からは殺気の籠った視線を向けられるわ…散々な日々だったよ。

 

まぁ、艦長以下上層部からは、金剛さんの機嫌がよくなって色々とやりやすくなったと言われて、喜んでもらえたから、こうやって海軍省に昇進という形で戻ってこられたんのだが…。俺が退艦する時も一悶着あったし…今頃艦長達も金剛さんを宥めるのに苦労しているのだろうな…。しかし海軍省にも話が広まっている…って事は、小堀や敷島様の耳にも入っているって事だよな…勘弁してくれよ。

 

「中佐、着任して早々に悪いが、佐藤閣下から呼び出しを受けている。直ぐに私に同行して海軍大臣室に来て欲しい。」

 

「はっ、局長。」

 

着任していきなりかよ…。とはいえ、この海軍省に居て佐藤大臣に目をつけられる訳にはいかんし…。堀田局長も少し慌てている感じだから、急いで準備して同行するか。

 

 

 

海軍省 海軍大臣室  山野中佐

 

 

「山野君、海軍省に無事戻ったか。早速で悪いが急ぎで相談したい事があったから、呼びだした。そこに座りたまえ。そっちの経理局長の志位君の事は知っているね。あと小堀中佐は…たしか君の兵学校の同期だったな。」

 

おっ、小堀も呼び出されていたのかよ。しかし…経理局と軍務局のトップが海軍大臣に呼び出されている…どうせ碌でもない話なのだろうな。着任早々…これじゃあな。また艦隊勤務に戻りたいぜ…。

 

「さて集まってもらったのは他でもない。そろそろ例の案件、ケリをつけないとな…。志位局長、小堀君、どちらでも構わないが、後どれ程今の規模を維持出来る?」

 

…やっぱりこの案件だよな。俺が金剛さんの所に配属される前から言われていた話だから、俺も知っているが…。現在の帝国海軍は主力艦の規模が大きくなり過ぎてしまって、特に新型戦艦の艦娘の維持だけでもかなりの予算が取られている。にもかかわらず、軍令部と実戦部隊は更なる戦艦の要求を…俺も海軍省に居なかったら、拡大を要求しているのだろうが、生憎俺は海軍省に居て、帝国の経済状態の現実も知ってしまっているからな…。なんというか…知らない方が幸せだという言葉もあるが、まさにその状況だよな。

 

「小堀君、君の口から大臣に現状報告を」

 

「はっ、志位局長。閣下、現状の維持であれば十年といったところですが…これ以上の拡充を考えるとなると…もって数年かと。」

 

…そこまで状況は悪化していたのか。小堀も苦渋の表情だが、俺だってそうだよ。艦隊勤務から戻ったばかりで、こんな話を聞かされるんのだからな。

 

「そうか…。となると、やはり一時的な艦娘の規模縮小は避けられんという事だな?志位局長。」

 

「はい…経理局としましては、戦艦は9乃至10の維持が妥当かと…。現在建造中の陸奥を残すとなると…金剛級以下の廃艦が必要になります。」

 

「小堀君、君の考えを聞かせて欲しいのだが…主力艦についての制限…これは早晩必要になるだろう。補助艦についてはどうする?」

 

「補助艦も制限が必要になるかと思います、閣下。とはいえ、全てを一気に行った場合、軍令部そして実戦部隊の反発はあまりにも大きくなりすぎますし、人員削減も視野に入れておきませんと…。とはいえ、帝国の経済状況が順調に成長すれば、それに見合うだけの規模は必要になるでしょうから、人員削減の件も含めて慎重に行う必要があるかと。」

 

まぁ…こればっかりはな。帝国政府も帝国の経済規模の拡大に乗り出しているし、比較的潤沢な予算を海軍に回してくれているが、現在の海軍は帝国の規模を考えても大きくなり過ぎている。将来はまだしも、現状での削減は致し方ない…ってとこだよな。たしかに以前敷島様が言っていたように、次回の戦争は規模が大きくなるだろう…という見方には俺も賛同するが、それ以前に帝国が経済的に潰れてしまっては、元も子もないからな…。とはいえ人員削減もそうだし、主力艦の数を削るなんてやったら、実戦部隊を中心に収拾がつかなくなるぞ…。ここは俺も一言言っておいた方良いだろう。

 

「佐藤閣下、発言をお許しください。たしかに経理局の主張は理解していますし、それが必要だという事も賛同いたします。しかし…小堀が申しますように、軍令部そして実戦部隊…いえ、ここは敢えて名前を言わせてもらいますが、横須賀鎮守府の南郷提督の反発は避けられません。事は慎重に運ぶ必要があるのでは?」

 

「山野君、流石に私も一気に事を進めるつもりはないよ。まぁ、段階を踏む必要があるだろうが…これは私の力がある内に断固として行わなくてはならん…と考えている。帝国のためにもね…。そこで今日集まってもらったのは…まずは一番大きな問題となるであろう戦艦枠の縮小を行う。軍令部、そして実戦部隊の反発を極力抑えるやり方を考えてくれ。以上だ。経理局長と軍務局長は残るように。」

 

いきなりとんでもない命令だな…。そしてこの場に、俺と小堀が同席させられているという事は、佐藤大臣は俺たち二人が中心になってやれ…と言っているのだよな。まぁ、佐藤大臣に十分な力がある内にやれ!という事だから、可能な限り反発は抑えてくれるのだろうが、ここ数年の間に戦艦娘を退役させろ…という事か、大変な仕事になりそうだな。

 

俺がこの場に呼ばれた理由もよく分かるぜ。海軍省に居て敷島様が強力に俺と小堀の出世の後押しをしてくれたから、海軍省のほとんどの奴らは、俺と小堀は敷島様の秘蔵っ子だと考えている。とはいえ、上層部は俺が三笠様を指導艦として選ぶことが出来た唯一の士官という事も知っているから、三笠様を通じて俺が軍令部や実戦部隊との繋がりが大きいという事も理解している筈だ。大方、佐藤大臣は俺を矢面に立たせようとしているのだろうな。

 

「はっ、閣下。失礼します。小堀、後で俺の所に寄ってくれ。」

 

 

 

海軍省 海軍大臣室  佐藤友一郎 海軍大臣

 

 

「志位君、堀田君。彼ら二人に…いや、一番難しい案件は山野に任せる事になるが…骨は海軍省で拾ってやってくれ。」

 

「了解いたしました、閣下。しかし…山野には貧乏くじを引かせる事になりましたな。」

 

そうだな…。とはいえ、この局面で海軍省が切れる札としては、山野以上の札はない。敷島に無理を言って、山野を早めに海軍省に戻すことが出来て本当に良かった。敷島も、山野を一年間で艦隊勤務から海軍省に戻す事には苦労したみたいだがな。先日会った際に、色々と愚痴を聞かされたが、三笠と金剛の両方から詰られるとは…敷島にはいつも面倒をかけてしまっている。だから…戦艦枠縮小とはいえ…敷島はなんとか海軍に残してやりたいが…私の立場的にそうも言っておられん…すまんな敷島。

 

そして山野には完全に貧乏くじを引かせる事になってしまったか。敷島は勿論、あの三笠からも『くれぐれも頼む』と言われていたが…ここで経歴に傷をつける事になってしまうとはな。流石にこの案件を中心人物として関わる以上、無傷で済むとは私もとても思えん。今回の功績で大佐にしてやる事は出来ても…実戦部隊から恨みを買う事は必定。あいつの夢は艦娘の指揮を執る鎮守府司令官だったと思うが…海軍省で骨を拾ってやるしかないだろう。

 

「閣下、いかがいたしましたか?」

 

「いや…山野にはすまん事をしてしまったと思ってな。それに敷島もそうだが、私は三笠と南郷に恨まれるだろうな…とな。」

 

「閣下…」

 

今回の案件、軍令部は宮様辺りが五月蠅いだろうが、あれはまだ私の力で抑えられるし、三笠の指導を受けた山野は宮様からの受けは良いから、そちらはなんとかなるだろう。しかし…実戦部隊…特に横須賀の南郷と私が正面からぶつかってしまっては、お互いに影響力が大きすぎて帝国海軍全体が機能不全になる可能性がある。帝国のため、それだけは避けなくてはならん。ここは例え三笠達に恨まれても、山野に頑張ってもらうしか手はないな。南郷…お前にもすまん事をしてしまうが、ここは帝国のために堪えてくれよ。

 

 

 

海軍省 経理局  山野中佐

 

 

「小堀…さっきの話だが…」

 

「あぁ、戦艦の数に枠をはめるという事だろう?反発を抑えろと言われてもな…。」

 

そうだよな。間違いなく軍令部と実戦部隊からの反発は凄い事になるだろう。軍令部については、最悪宮様になんとかしてもらうという手はあるが、実戦部隊はな…。南郷提督が納得してくれるとは思えないし、敷島様も頭では理解してくれても納得はしてくれないだろうな…。それに名目か…ん、待てよ。軍務局に居る俺なら、世界各国に働きかける事も可能なんだよな…。おそらく他の国でも、同じような案件を抱えている筈。だとしたら、外国を巻き込んで反発を抑えるという手も…。

 

「なぁ、小堀。ちょっと考えたんのだが、欧米を巻き込んで、国際ルールとして戦艦の数を一時的に制限するとしたらどうだ?今後の深海棲艦との戦いを考えれば、間違いなく欧米との協調は不可欠。おそらく各国で同じような問題を抱えているとなれば…戦艦縮小の立派な大義名分にならないか?」

 

「…そうだな、山野。悪くは無いのだが、他の国と利害調整出来るか?…いや、英国も米国も同じような課題を抱えている以上、妥協点は作れそうか。とりあえず佐藤大臣に内々に伺ってみるか?ただ…それでも実際に縮小される戦艦の艦娘達からの反発は凄いだろうな…。貴様、最後までやりきれるか?敷島様達も退役させる訳だろう?」

 

…そうだよな。三笠様や敷島様も含めて全て退役させる訳だからな…。ここまで俺達の出世の後押しをしてきた方たちまで切るというのは…。いや待てよ、戦艦枠の縮小という事は、既に海防艦になっている富士様は残る訳だよな…。敷島様達を予め海防艦に艦種変更させてから、戦艦枠縮小をすれば…。それに元々、敷島様達の維持費などそれ程大きくないから…名目がつけば、敷島様達であれば救えるのか。

 

「おぃ、小堀?少し相談なのだが…。その国際的なルールを作る前に、敷島様達を海防艦枠に移しておけないか?事情を話せば軍令部は説得出来ると思うのだが…。それに南郷提督も秘書艦の敷島様を残す道を作っておけば、説得材料にはならないかな?元々、敷島型の維持費など痴れているだろう?」

 

「…前大戦で戦った富士様も既に海防艦になっているから…敷島様を海防艦枠に移すことは、それ程問題ないと思うが…貴様、敷島様を説得出来るのか?それに…敷島様達は助けられたとして…香取姉妹、薩摩姉妹そして河内姉妹は退役になるだろう…その説得だって一筋縄じゃいかないぞ。」

 

「ん?敷島様の説得は貴様の仕事だぞ?小堀。」

 

「なっ…。」

 

そりゃそうだろ。敷島様の一番のお気に入りは貴様だ、小堀。貴様が説得しなくて、一体誰が説得するんだよ。…それに香取姉妹達の説得か…。一応案はあるが、これを実行してしまったら…俺はもう実戦部隊には戻れんし、いくら帝国のためとはいえ…これだけはしたくないから、他の手を考えないとな…。

 

「小堀、香取姉妹達の説得は少し考えさせてくれ。それと…一回、軍令部の宮様の所に行ってくるよ。最悪、宮様に軍令部を抑えてもらわないといかんからな…。」

 

「山野分かった。敷島様の事は少し考えてみる。それと…軍令部の方は頼んだぞ。俺は大臣のところに一度行って、さっきの案が可能かどうか確認をとってくる。」

 




とても久しぶりに投稿する事になりました。なんとか生きています(笑)。ただ仕事の関係で、以前のように頻繁に投稿は出来なくなりました。とはいえ、今回の正月休みになんとか第二章が出来上がりましたので、第二章を一気に投稿したいと思います。まえがきでも書きましたように、この第二章は人間パートが非常に多くなります。『鎮守府の片隅で』に登場する提督が、苦労していく様を楽しんでもらえたら…と思います。

『鎮守府の片隅で』もなんとか書きたいのですが、なかなか…。とはいえ、Warspiteさんの物語は是非書いてみたいものですね…。


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第九話 敷島の暴発

軍令部 花頂宮中将居室  山野中佐

 

 

「花頂宮閣下、お久しぶりです。巡洋戦艦『金剛』への配属の際は、大変お世話になりました。今回、海軍省軍務局に戻りましたので、その挨拶に参りました。今後ともよろしくお願い致します。」

 

「山野君か、潮気は十分に浴びてきたかね?やはり海軍に居るからには、偶には潮気を浴びないとな。何、金剛配属の件は、三笠からも頼まれた事だからな。流石に三笠の希望を叶えない訳にもいくまい。それにしても…中佐、金剛乗艦中は色々とやらかしたようだね?艦長の牟口君からも色々と聞いとるよ。まぁ、若いことは良い事だな…ハハハハ」

 

クソッ…宮様の所まで、乗艦中の情報が行っているのか…勘弁してくれよ。三笠様のおかげで、こうやって宮様には色々と便宜を図ってもらっているけど、本来なら相手は雲の上の存在なのだぞ…。早晩、軍令部の総長となるだろう…とも言われている方だというのに…俺の失態がここまで広がっているのかよ…。金剛さん…本当に勘弁してくれよ。

 

「閣下…その件は、忘れていただけると…ありがたいのでありますが…。」

 

「ハハハハ。先日、三笠がわしの所にわざわざ訪ねてきて、教えてくれたのだぞ?忘れられる訳なかろう…ハハハハ。ところで中佐?今日は何の用だね?まさか挨拶だけのために、わしの所に来た訳ではあるまい。」

 

三笠様…何やっているのですか。…さて、冗談もここまでだな。まずは艦隊拡大派と言われている宮様を説得しない事には、全ての計画が無駄に終わるぞ。ここは慎重に交渉をしないといかんだろうな。

 

「はっ…。閣下、単刀直入に申し上げます。既にお耳には入っているかと思いますが、現在海軍省では、戦艦枠の縮小について考えております。そして…この案件は私が担当する事になります。」

 

「山野!戦艦の削減は、軍令部として何があっても飲めんっ!!」

 

…くっ。やはりそうなるか…。

 

「…と、聞く耳をもたん士官は多いであろうな。とはいえ三笠の秘蔵っ子でもある中佐のことだ。何か考えがあってわしの所に来たのだろう。とりあえず話を聞こう。」

 

なんだ冗談…いや半分くらいは本気だったのだろうが、とりあえず三笠様の顔を立てて俺の話は聞いてくれる…ということか。なんだかんだ言っても、俺は未だに三笠様に世話になりっぱなしって事なのだろうな。

 

「閣下、海軍省としては戦艦の保有数を9乃至10に抑える事を基幹に計画を立てております。ですから…金剛級以下の艦娘の皆さんには…遠からず退役してもらう事になるかと…。」

 

「山野、たしかに戦力的には金剛級とそれ以前の艦では雲泥の差…気持ちは分からんでもない。ただ…わしもそうだが、おそらく南郷提督も、先の大戦で活躍した古参艦を退役させる…心情的には飲めん話ではあるな…。」

 

そうだろうな…。俺たち若手士官は先の大戦を戦ったわけではないから、それ程思い入れはないのだが、宮様達古参の士官達にとっては、先の大戦で共に戦った古参艦娘は戦友であり同志のようなもの。『戦の役に立たないから退役してくれ』で済むような話ではないだろう。だからこそ、俺の案が生きてくるのかもしれんが…。

 

「閣下。閣下のお気持ちは十分理解しております。であるからこそ、この私の案を聞いていただきたいのです。今回の削減案は戦艦枠についての話。この話を動かす前に、先の大戦で活躍された敷島様や朝日様、春日様達を海防艦枠に移してしまう…敷島様達の維持費であれば、実際の所それ程大きくはありません。自分としては、この辺りでなんとか収めたい…と思っておるのですが…。」

 

肝心な部分は隠しているが…さて…宮様はどう出てくる。正直に言えば、こちらが切れるカードはこれくらいだ。これで宮様が納得してくれないと、かなり難しい事になるな…。

 

「中佐。三笠はどうするつもりだ。今の中佐の案では、敷島や朝日達については分かったが、三笠の話には触れていないようだが?」

 

「…」

 

「三笠は戦艦として退役させる…か。あの三笠が退役すれば、実際に退役する事になる香取姉妹、薩摩姉妹に河内姉妹も不満はあれど、承服せざるをえない…ということだな?」

 

…流石は次期軍令部次長と噂されている宮様だよな。俺の計画の肝心要の部分は簡単に読みきってきたか。そう…三笠様が退役するとなると、退役する事になる他の戦艦娘達も滅多な事は言えないし、実戦部隊からの反対の声も小さくなる。それに…

 

「そのとおりであります、閣下。それに…私としては、三笠様は戦艦『三笠』です。海防艦となった姿を見たくはありません。」

 

「中佐…。中佐は、三笠が唯一面倒を見た新任士官だったな。その三笠に対して、中佐自らが引導を渡すつもりか?」

 

「…その覚悟は…出来ております。」

 

「よろしい。それだけの覚悟があるのであれば、わしはこの件については何も言わん。それと…軍令部はわしが責任を持って抑えてやる。ただ…中佐、たとえ三笠を説得出来たとしても色々な方面から恨みを買うことになるぞ。実戦部隊には戻れない覚悟はしておくのだな。あと、これは独り言だが…三笠と話す前に、一度横須賀の南郷の所に行って話をしてこい。」

 

「はっ…感謝いたします。閣下。」

 

「うむ。」

 

元々この案を考えた時から、三笠様の説得は自分で行う予定だったから、その覚悟はしていたさ…。敷島様達には残ってもらうのに三笠様には退役してもらう…こんな事を三笠様に直接言えるのは、弟子であった俺しか居ないからな。とはいえ…こんな話を通そうとすれば、俺は間違いなく様々な艦娘に恨まれることは間違いなし。南郷提督もどう考えるか…。とはいえ、まずは軍令部の宮様には理解してもらえた…ということで一歩前進だな。未だ俺の案は、海軍省の正式な案にはなっていないが、軍令部が納得してくれる案となれば、海軍省での反対は少ないだろうから、この案で行くことになりそうだ。

 

それと…宮様は南郷提督と先に話をして来いと言っているが…どういう事だ?どう考えても、南郷提督の説得の方が難しいだろうから、先に三笠様の了承をもらってからの説得になると思っていたのだがな…。とはいえ、こういう話に対する宮様の直感は抜群に当たるからな…今回は宮様のアドバイスに従うか。

 

「閣下、ご助言感謝いたします。それではこれから、横須賀に行ってまいります。」

 

「中佐…一度覚悟を決めた以上、最後まで遣り遂げよ。…いざとなれば、軍令部で骨は拾ってやる…行ってこい。」

 

「ハッ。」

 

軍令部で骨は拾ってやる…か。宮様も今回の件でのリスクは承知しているという事か。そして、この案件は心情的には納得出来なくても、やらなくては帝国が潰れる事も理解している…という事だな。仕方ない…怒鳴られる覚悟で横須賀の南郷提督のところに行くか。

 

 

 

横須賀鎮守府 司令室   戦艦『敷島』

 

 

おや…今日は珍しい事ですね。山野少佐…いえ、たしか昇進していますから今は中佐ですか。その山野中佐が南郷提督の下を訪れました。それにしても、今回は事前のアポイントも取らずに急用のようですが、中佐は金剛勤務から海軍省に戻ったばかり。それ程急を要するような話があるのでしょうか。それに、南郷提督に対して人払いまで要求してきました。南郷提督は私の退席をお認めになりませんでしたが、中佐の顔を見ていますと、私は居ない方が良いのではないか…とも思います。

 

「中佐、敷島は同席させる。今回の中佐の話、敷島にも関係する話であろう。二度手間にならんように、一度で済ませておけ。」

 

「はっ…南郷提督。」

 

私にも絡む案件であり、現在軍務局に在籍している中佐の用件。となれば、あの案件ですか。…そう、私の進退に関わる話でしょうね。かなり前から海軍省でこの話が密かに動いていた事は私も知っていました。そして、中佐を新任少尉時代に海軍省軍務局に配属させたのも、中佐をこの案件に関わらせるため。…あの時にまいた種が、今日どのような形で戻ってくるのか…正直言いますと不安ですが、私も先の大戦で最後まで戦った戦艦…覚悟は出来ています。

 

「既にご存知かと思いますが、戦艦枠縮小の件で、今日はこちらに参りました、南郷提督。海軍省の原案としては…残す戦艦は9乃至10を想定しております。」

 

「…小僧、それをこのわしが飲むと…本気で考えてはあるまいな。」

 

「いえ…是が非でも飲んでもらいます。海軍栄えて国が滅びる…では困りますので。」

 

…。中佐、強くなりましたね。南郷提督の睨み付ける様な視線から目を逸らさずに反論しましたか。普通の士官であれば、南郷提督の視線をまともに浴びれば、緊張して目を逸らすのですが…相当な覚悟をして来た…という事なのでしょうね。南郷提督も、自分の手駒が削減される件ですから引けませんし、中佐も海軍省の人間として引けない…今日は長くなりそうですね。

 

「中佐、残す戦艦の数を考えれば、金剛級以下は全て退役…という事になるのだろうが、その数で帝国を守れるのか?中佐は『海軍栄えて国が滅びる』と言っておったが、国防を軽視すればそれこそ国が滅びよう。」

 

「南郷提督、お言葉ですが…金剛級以前と以後では、一艦辺りの戦力は段違い。金剛級以降の戦艦であれば、9乃至10でも当面は問題なし…そのように海軍省では考えております。そして提督のご好意で、先日まで私も金剛で勤務をさせてもらいましたが…この推測が間違いない事を確信しております。」

 

先日までの艦隊勤務で身をもって理解した…という事ですか。自分で経験した上で結論を出している以上、中佐の言葉には一定の説得力があります。ですが中佐の案では、私も含めて全ての旧式艦は退役という事のようです。これまで艦娘としての生活しか経験して来なかった私が今更他の人生を歩む…というのは難しそうですね…。

 

「中佐、身をもって経験した上での結論であれば、その結論自体は私も受け入れよう。だが、艦娘として戦ってもらうために海軍に召集した娘達をどうするつもりだ?香取姉妹、薩摩姉妹に河内姉妹達であれば、海軍の禄を食んでそれほど時間は経過していないため、今ならば民間に戻ることも出来よう。しかし敷島達はそうはいかんぞ。小僧…単刀直入に聞く。敷島達をどうするつもりだ?」

 

南郷提督は私が一番不安に感じている事を直接聞いてくれましたね。そして中佐のこの質問に対する回答で、私もどのように身を処すのか…考えなくてはいけなくなるでしょう。

 

「南郷提督…敷島様達の維持費であれば、海軍省としては問題ありません。今回の削減は戦艦の削減。この話を動かす前に、敷島様や朝日様達を富士様と同様に海防艦に艦種変更をし、今回の件の対象から外す予定です。南郷提督も、敷島様が退役してしまっては、次の秘書艦を選ぶ事が大変でしょうから…。」

 

どうやら私達姉妹は、海軍に残ることは出来るようですね。最初の中佐の言葉の衝撃が大きかっただけに、今の言葉に少しだけ安堵する事が出来ました。しかし…ついに私も戦艦ではなくなってしまうのですね。富士さんを見れば、私にもいつかはこのような日が来る…というのは分かっていましたが、いざその日が来ると恐怖を感じますね。とはいえ、海軍に残れただけでも良かった…という事でしょうか。

 

「ふんっ…小僧なりに考えた結果という事か。流石に敷島に退役されてしまっては、わしも困るからな。まさか最先任という事で、金剛を秘書艦にした日には、司令室が騒がしくなりすぎる。中佐、敷島達の海防艦への艦種変更の件は受け入れよう。」

 

ふふふ…たしかに南郷提督が言うとおりですね。私が退役してしまえば、提督は新しい秘書艦を選ばなくてはなりませんが、その時の戦艦の最先任は金剛になるでしょう。そして金剛が秘書艦になってしまえば…流石に南郷提督には騒がしすぎますからね。いずれにせよ…私達姉妹の海防艦への艦種変更を南郷提督が認めたという事は、私達が海軍に残ることは海軍省と実戦部隊の間で合意が出来たと見てよさそうです。それと…南郷提督はまだお認めにはなっていませんが、香取さん達の退役もおそらく決まるのでしょうね…。これは香取さん達の説得が大変そうです。

 

「…それで小僧。三笠の件には触れていないようだが…退役させる予定なのだな?」

 

…そういえば、中佐は私と朝日については海防艦への艦種変更を告げましたが、三笠の名前は出していませんでした。私はてっきり三笠も海防艦にすると思っていましたが…。それに中佐は、三笠には返しきれない恩がある筈です。流石に三笠は最優先で海軍に残すつもりではないでしょうか…。

 

「はっ…提督。三笠様には戦艦として退役してもらう予定です。」

 

パシッ

 

「…敷島、控えよ。中佐、敷島が済まない事をした。わしが代わりに謝罪する。中佐、わしとしては言いたい事が山程あるが、中佐の覚悟に免じて、この件については口を出さん。だが…自分の希望を通す以上、自分で説得はするのであろうな?」

 

「勿論です南郷提督。今回の件、発案者である私が三笠様の説得は行います。提督の手を煩わせるつもりはありません。」

 

「…よかろう。三笠の弟子であった中佐自らが、三笠に引導を渡す覚悟を決めた以上、わしからとやかく言うつもりはない。だが、三笠の処遇については最大限の配慮を頼む。」

 

「はっ…それでは南郷提督、失礼いたします。」

 

 

あまりの事に、思わず手が出てしまいました。今冷静に考えれば、中佐も苦渋の決断だったのだという事を、頭では理解出来ますが完全に納得は出来ません。あれだけ三笠の世話になった中佐が、三笠を退役に追い込む。いえ…それを行わなくてはいけない理由は分かっていますが、それでも私の中では、未だに納得が出来ません。

 

「敷島…お前でも感情に身を任せる事があるのだな。」

 

「も…申し訳ありませんでした、南郷提督。後ほど、中佐には謝罪してきます。しかし…三笠を退役させる。…理由は分かりますが、まさか中佐がそのような事をするとは…。」

 

「小僧の立場では仕方あるまい。香取姉妹、薩摩姉妹に河内姉妹…6名もの戦艦娘を退役させる…いや、早晩補助艦の削減も計画している以上…わしも含めて現場からの反発、そして艦娘達からの反発は大きいだろう。『何故、ここまで帝国に尽くした自分達が退役をしなくてはいかんのだ?』という不満は必ず出てくるであろう。しかし三笠まで退役するとなれば、話は変わってくる。『あの三笠ですら退役するのだ。仕方ない…』とな。」

 

提督のおっしゃるとおりです。たしかにあの三笠ですら退役するとなれば、香取姉妹達も不平不満を言わずに粛々と命令を受け入れることになるでしょう。理由は私もよく分かります。ですが…これまで帝国海軍に尽くしてきた三笠を身一つで海軍から追い出す…あまりにも酷い仕打ちです。

 

「提督…三笠は海軍から退役した後、どうなるのでしょうか。」

 

「…今の時点ではわしも分からんが…戦艦の偽装を解いた後は、三笠も一人の女性。鎮守府の軍属という形で再び雇い入れる…くらいか。いや…この件は、それこそ小僧が何か手を打つのではないか?あれは、三笠に多大な恩があろう。」

 

たしかにそうなのですが…。本当に中佐は三笠を海軍から退役させた後のことまで考えてくれているのでしょうか。これは…謝罪に行った際に、釘を刺しておく必要がありそうですね。




山野中佐、いきなり面倒な立場となってしまいました。

また史実の敷島も、海防艦→特務艦という道をたどり1945年に除籍されています。ですから、敷島を海防艦に艦種変更というのは、この話を書く前から決めていました。ただ三笠の扱いをどうしようかな…というのは最後まで迷いました。この部分は完全にanother storyかもしれませんが、『鎮守府の片隅で』の三笠の扱いを考えると、この形が一番良さそうだ…ということで、今回のような形で物語を作ってみました。

今回も読んでいただきありがとうございました。


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第十話 三笠の決意

横須賀鎮守府 三笠私室  山野中佐

 

 

「三笠様、山野です。ちょっと南郷提督の所に用事がありまして横須賀鎮守府に来ましたので、ついでに寄らせてもらいました。」

 

「なんだい坊や、あたしのところはついでかぃ?」

 

「Hey 中佐さん。一週間振りデ~ス。中佐さんがonly一年で異動したからサ~、私very very悲しくて、大暴れしたネ。」

 

金剛さんまで居たか…これは参ったな。流石にこのような話を金剛さんには聞かせたくないし…困ったな。

 

「坊や、どうやら海軍省でいきなり無理難題にぶつかったようだね。まぁいいさ。その話は後からゆっくりするとして…面白い艦娘が着任したんだ。良かったら、紹介してやるからあたしと一緒に来るかい?」

 

新しい艦娘?…あぁ、例の艦娘がついに戦力化したという事か。遥か昔、航空機を洋上で運用するために建造された航空母艦…これまで艦娘としての艤装が困難なため、研究段階だった新しい艦種の艦娘。たしか…鳳翔という名前だったかな。なんでも凄く美人さんだという噂を聞いた事があるぞ。折角のこの機会、三笠様に紹介してもらうのも悪くな…ゲシッ

 

「Hey!中佐さん!な~に、だらしない顔しているネ。中佐さんには、私がついているデ~ス!とりあえず私も一緒に行って、鳳翔が中佐さんにちょっかいを出さないように監視するデ~ス!」

 

痛いって、金剛さん。別に浮気とかそういうのではなく、ただ純粋に興味があるだけで…決して海軍省で噂になっている『物静かな日本美人』の艦娘に会ってみたいという訳では…。いや、ちょっとは興味あるけどな。

 

「小娘が何を粋がっているんだぃ…まったく。まぁ、それはそうとして、どうやら坊やも、新しい艦娘の話は聞いた事があるようだね。その調子では、どんな艦娘なのかも知っているようだ。まぁ、まだ実際に運用可能なのか検証も出来ていない艦娘だ。本人も不安があるようだし、坊やからも元気付けてやっておくれ。」

 

そうだよな…たしか航空機の着艦は可能だが、未だに発艦に問題があるため、運用を検討中との事だから、本人も不安が大きいだろうな。三笠様も心配しているようだし、俺も出来る限り力に…って、金剛さん睨むなよ。別に浮気している訳でもないのだからさ。

 

 

 

横須賀鎮守府 艦娘練習所  巡洋戦艦『金剛』

 

 

なんだか面白くないネ。折角、中佐さんが来てくれたのに、三笠様は中佐さんを鳳翔のところに案内するようデ~ス。私は物静かな鳳翔は苦手デ~ス。別に悪い艦娘じゃないけどサ~、私とは正反対で物静かで、おっとりとしていて、中佐さんも鳳翔の事を気に入りそう…Noooooネ。やっぱり会わせない方がいいネ。

 

「BBA、鳳翔は今、航空機の運用方法の考察でbusyな筈デ~ス。鳳翔の邪魔をするのはよくないネ。やっぱり、これから中佐さんを誘ってtea timeにしませんか?」

 

「ん?小娘が何言っているんだぃ。坊やはこれでも海軍省の中枢にいるんだ。早いところ、新艦種でもある鳳翔を見てもらって、運用方法を海軍省でも考えてもらった方がいいに決まっているさね。ん?ひょっとしてこの小娘は、鳳翔に坊やを取られると思って焼餅でも焼いているのかぇ?」

 

「Noooo、そんな事ないデ~ス。なんで、この私がそんな心配をしなくてはいけないネ!中佐さんは、私のものデ~ス!」

 

相変わらず、三笠様はズバリ正解を言ってくるネ…。たしかに、中佐さんと私の仲は長いけどサ~、なんだかとっても嫌~な予感がするネ。鳳翔とは会わせない方良いネ。But、仕事という意味では、三笠様の言っている事は利に適ってマ~ス。海軍省の中枢部に居る中佐さんに、早いところ鳳翔を紹介して、新しい戦力を理解してもらった方が良いに決まっているデ~ス…困ったネ…。

 

 

Hmmm… ついに鳳翔が練習をしているところに来てしまったネ。No… やっぱり中佐さんは、鳳翔の事をしっかり見ているデ~ス。もっと私の方を見るネ。そんな新人の艦娘より、私の方が中佐さんの役に立つネ。

 

「坊や、鳳翔を紹介するさね。鳳翔、ちょっとこっちに来るんだ。こちらは、海軍省の山野中佐だよ。あたしが新任少尉時代に面倒を見ていた士官でね、今は海軍省の軍務局に勤務しているんだ。きっと鳳翔の力になってくれるさね。」

 

「こ…航空母艦『鳳翔』と申します。小さな艦ですが頑張りますので、よろしくお願いいたします、中佐。」

 

「こちらこそよろしくお願いします、鳳翔さん。私は海軍省軍務局の山野と申します。何かありましたらお力になります。」

 

「Hey! 鳳翔。中佐さんは私の大事な人ネ。あまり話しかけたらNoなんだからネ」

 

ガツン

 

「痛いネ、BBA!」

 

「小娘、何を言っているんだぃ。相談に乗ってもらうと言うのに、話しかけるななんて言っているんじゃないよ。鳳翔、この小娘のことは気にしなくていい。坊やはこう見えても、あたしのお眼鏡に適った優秀な士官さね。これから、色々と相談するといいさね。」

 

三笠様…そんな事言っていたら駄目ね。それに中佐さん、あまり鳳翔の方を見ていたらNoネ。私の方が可愛いデ~ス。…これは拙いネ、もっと積極的に中佐さんにアピールしないと駄目ネ。

 

「Hey! 中佐サ~ン。鳳翔の相談に乗るくらいならいいけどサ~、私の相手も忘れたらNoなんだからネ!」

 

「いや…金剛さん。そんなつもりは…。私はただ困っている艦娘の子が居るから相談に乗るだけで…。」

 

中佐さん。私は騙されないネ。さっき、中佐さんが鳳翔を見ていた目は、そんな単純な目では無かったデ~ス。それに、なんで鳳翔の手を握っているデ~スか!とっとと、その手を離すデ~ス。油断も隙も無いネ…あまり中佐さんが、鳳翔に近づかないように気をつけないと駄目ネ。

 

「小娘、あまり睨みつけていないで、いい加減、普通におし!まったく…こんな小娘が横須賀鎮守府所属の戦艦の最先任になろうと言うのだから、困ったものさね…。」

 

What?私が最先任??三笠様は、何を言っているデ~スか。私の先輩はまだ一杯居ますネ。三笠様…ひょっとして耄碌したデ~スか?困った人デ~スね。Oh… 中佐さんも驚いて目を丸くしていますね。三笠様が耄碌したと思って驚いたその気持ち、私もよく分かりマ~ス。

 

「三笠様?今の言葉…」

 

「坊や、その話は後さね!それよりも、鳳翔を見てどう思ったんだぃ?」

 

「そうですね…。上手く使う事が出来れば…おそらく戦艦以上に強力な戦力になるかと思います。ただ私が聞いている話では、航空機の発艦方法に難があるとの事でしたが…。やはり、問題があるのですか?」

 

「はい…着艦は可能なのですが、発艦の方で悩みが…。現在は、日本古来の式神を使うやり方で発艦を行っているのですが、大部隊の運用が難しいのです。もう少し効率の良い方法が見つかれば、私ももっとお役にたてると思うのですが、なかなか上手い方法が見つからず…。」

 

…Hmm…面白くないネ。実に面白くないデ~ス。中佐さんは、私の事だけを見ていればイイネ。まぁ、今までこの鎮守府で厄介者扱いされていた鳳翔を元気づけたい…という三笠様の気持ちも分かるけどサ~。それにたしかに、鳳翔は戦闘艦として面白い艦である事も分かるから、中佐さんが真剣に相手をしている事もunderstandネ。But! 面白くないデ~ス。

 

 

「さて…それじゃ、坊やも鳳翔の事を少し理解出来たようだし、とりあえず今日のところはこれくらいでいいさね。小娘、もう少し鳳翔の相談相手をしてやりな。ちょっとあたしも、坊やに話すことがあるからね。」

 

「あ…あの、や…山野中佐。今日は本当にありがとうございました。また、機会がありましたら相談に乗っていただけると。」

 

「えぇ、こちらこそ鳳翔さんの事を知る事が出来て良かったと思っています。また機会がありましたら、私で良ければ相談にのりますので、いつでも呼んで下さい。それと、発艦の方法については、海軍省でも少し検討してみます。」

 

ゲシッ

 

「こ…金剛さん、別に金剛さんのことを無視していた訳じゃないんだからさ…その…もうちょっと…ね?」

 

「うふふふ、お二人とも仲がよろしいのですね。」

 

「そうデ~ス、鳳翔。中佐さんと私は、もう長~い付き合いネ。鳳翔にも、そのうち良い人が見つかると思うネ。だから中佐さんを取ったらNoなんだからネ。」

 

とりあえず、ここで鳳翔に釘を刺しておくネ。まぁ、鳳翔は分別のある艦娘だから、そんな事はないと思うけどサ、念には念を入れておいたほうが良さそうね。とりあえず、その辺りの事をこれからしっかり話さないといけないネ。それにしても…三笠様は中佐さんに話があるようですね。まぁ、三笠様は年齢的に私のライバルにはならないから、三笠様なら問題ないけどサ、一体何を話すのでしょうネ~。

 

 

 

横須賀鎮守府 三笠私室  戦艦『三笠』

 

 

「坊や、どうしたんだぃ。怖い顔をして。座らないのかぃ?」

 

まったく…これからあたしに引導を渡さなくてはならないから、緊張するのは分かるが、直立不動で目の前に立たれても困るね…。たしかに海軍省には、敷島姉さんのように太い伝は持っていないが、それでもあたしの所にもそれなりに情報は入ってくるもんさね…。坊やが一年にも満たない状態で艦隊勤務から海軍省に呼び戻された。あたしだって不思議に感じて、理由ぐらい詮索したさ。まさか、坊やが中心人物として絡むことになるとは思っていなかったが…大方、海軍大臣の佐藤の爺が、あたしの説得のために坊やを使った…というのが理由なんだろうね…。南郷の爺もそうだけど、あの時あたしと一緒に戦った司令部の面子は、喰えない爺ばかりだよ。

 

「三笠様…先程、金剛さんに話した言葉…何処までご存知なのですか?」

 

…フンッ。さっきは失言だったかね…。金剛の小娘はともかく、事情を知っている坊やには、こっちの手札が見られた…という事だね。まぁ、いいさ。

 

「坊や…さっきはついでに寄ったと言っていたが、本当はあたしを退役させるために来たんだろ?」

 

「そ…それは…」

 

「なに、このあたしだって、多少は海軍省の内情くらい知っているさね。…で、坊や。どうするんだぃ?」

 

なにを鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているんだぃ。敷島姉さん達は、海防艦に艦種変更をして海軍に残す事で南郷の爺を説得する。そしてあたしは退役させ…他の退役を余儀なくされる艦娘達のための説得材料に使う…いい戦略じゃないか。坊やの立場で、この計画を実施する事を考えた場合、これが最良の案だという事くらい、このあたしだって分かるさ。

 

「三笠様…申し訳ありません。帝国の将来のため…戦艦三笠として退役していただきたく思います。」

 

「…坊や…いや…山野中佐。退役の件、了解いたしました。戦艦三笠として退役させてもらえること、感謝いたします。」

 

「!」

 

なに驚いているんだぃ。あたしは、坊やの指導艦だったんだ。それに、もう十分艦娘として、戦を楽しんださ。今更現役に悔いもないし、最後にこの身が帝国の役に…いや、坊やの出世の役に立つのなら、本望さね。ま、これまで帝国のために働いてきたんだ。多少の恩給くらいは期待も出来るから、生活に困る事もあるまいしね。

 

「三笠様…その…本当によろしいのですか。もっと…その…退役に抵抗されると思っていたのですが。」

 

「今更何言っているんだぃ。坊やがあたしに退役を勧めているんだろ?実際…坊やが手がけている案件でこれ以外の手はないだろうし、あたしが退役する事で帝国が救われるのなら、この身くらい安いもんさね。…坊や、あたしを誰だと思っているんだぃ。あたしは…先の大戦で帝国を守った、帝国海軍の連合艦隊旗艦さね。最後も帝国を救うために働けるんだ、悔いはないさ。」

 

あたしだって、今の帝国の状況は多少分かっているさね。半分は南郷の爺も悪いが、流石に現役に居る全ての艦娘を維持するなんて、今の帝国の経済力では不可能ってもんさ。とはいえ、海軍も面子という物があるから、海軍省中枢から削減は言い出しにくいし、南郷の爺と正面対決も出来ない。そういう意味では、坊やや敷島姉さんの秘蔵っ子が、貧乏クジをひかされたって事さね。まぁ、退役に多少の不安はあるが、今更最前線にも立てない身さね。後悔はないさ。

 

「三笠様、ありがとうございます。受けた恩を仇で返す事になってしまいましたが、いつかこのご恩は返します。本当に申し訳ありません。」

 

「別に恐縮する必要はないってもんさね。まぁ、退役後の生活くらいは面倒を見てもらう…いや、これは南郷の爺になんとかしてもらうさね、あの爺とは長い腐れ縁だからね。それに今回の件も、責任の半分はあの爺にあるのだから。坊や…いや、山野中佐。今回の件、三笠は了承したと佐藤海軍大臣に伝えてください。」

 

あたしは覚悟を決めたんだ。坊や、あとは坊やに全て任せるさ。ただ少し問題もあるね。いくらあたしが納得して退役したとしても、残される艦娘、特に戦艦娘達は納得いかない子も出てきそうだ。特に新鋭艦の長門辺りは頭が固そうだからね。とはいえ、こればかりは退役するあたしが何を言っても無駄だろうし…坊やがなんとかするしかないという事だね。最後に艦娘の司令官を目指すための大きな壁になるとは思うが、頑張って自分で超えていくんだよ。

 




私の周りに居た人達もそうでしたが、個人的に尊敬出来る上司達は、多くの場合自分の出処進退を誤らず、辞め時を間違えなかった方が多かった気がします。ですから、この小説における三笠様も、ここが退役時という場所で決断してもらう事にしました。

といいますか現実の世界でもそうですが、自分の愛弟子に引退を勧告されれば、普通はきっぱり辞める事が多いと思う…のですが、実際に引退勧告が出来る度胸のあるお弟子さんというのは、少ないですよね^^;


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第十一話 年貢の納め時

横須賀鎮守府 正門付近 戦艦『敷島』

 

 

「山野中佐。少しよろしいですか?先程は、一時の感情に流されてしまい、大変申し訳ありませんでした。」

 

「ゲッ…敷島様…。いや、その…。内々の場でしたし、私もあの件を大きくするつもりはありませんので、頭をお上げください。」

 

中佐…露骨に嫌そうな顔をしましたね。どうやら、未だに私が苦手なようですが、今回は少し釘を刺させてもらいますよ。私もそうですし、三笠の将来もあるのですから。

 

「中佐、相変わらずですね。お許しが得られたようなので、この件はここまでにします。それと私の方から、この件では何点かお願いしたい事があります。まずは小堀に伝言を。私を海防艦に艦種変更するのでしたら、直接来て私を説得するように…と。」

 

「分かりました、敷島様。必ず小堀に伝えておきます。勿論、私が敷島様にこの件を既にお話している事は、都合よく言い忘れると思いますが。」

 

中佐…とても良い笑顔をしていますね。まぁ、小堀と中佐はここに居た頃から非常に仲が良かった訳ですし、親友を少し困らせてやろうと思っているようですね。そういう事でしたら、私も少し物分りの悪い艦娘を演じてみましょうか。ここで三笠が退役するとなると、軍務が全て無くなった三笠は、一番好きな南郷司令官と一緒に居る時間も増えるでしょうから、あまり邪魔をする訳には行きません。それに私も戦艦ではなくなり少し気楽な立場になるでしょうから、もう少し自分の幸せを考えても良いと思うのです。問題は小堀が受け入れてくれるかですが、そこは強引に…。

 

「それと中佐、ここからが本題です。三笠の件です。三笠が退役することは、百歩譲って私も受け入れましょう。中佐の今の感じから、おそらく三笠は中佐の提案を受け入れたようですから。ただし、これは三笠の姉としてお願いします。退役後の三笠の生活ですが、海軍がきちんと面倒を見てください。」

 

そうです。これは、三笠の姉として譲ることが出来ない点です。三笠はこれまで、帝国にその身を捧げてきました。前回の大戦では連合艦隊の旗艦として、深海棲艦と最後まで戦い続けましたし、大戦後も横須賀鎮守府所属の艦娘のトップとして、帝国海軍最大の鎮守府の雰囲気を作ってきました。帝国への貢献は多大な物がある筈です。退役したからといって、身一つで軍を追われるという事は、私もそうですし、南郷提督も決して認めないでしょう。

 

「敷島様。この件については、私に腹案があります。現時点では海軍省の正式な案ではありませんので、内容をお話することは出来ませんが、必ずこの案は認めさせますのでご安心を。私は…三笠様の弟子ですから。」

 

なるほど。一応考えはあるようですね。軍務局の一員とはいえ、中佐の職責で腹案を認めさせるというのは、かなりの大見得を切っているようにも思いますが、今回の難しい一件で、軍令部や横須賀鎮守府を説得したという実績があれば、多少の無茶は利く…と考えているようですね。それに、三笠の弟子だ…と言っている以上、三笠の事をきちんと考えているのは間違いないと思います。少し心配ではありますが、中佐を信用するしかなさそうですね。

 

「分かりました、中佐。この件は、中佐を信頼するしかなさそうですね。…山野中佐、今回の件、帝国のためによく頑張ってくれました。完全に貧乏クジをひかせてしまいましたし、私自身は納得出来ない点が未だに多いですが、帝国のために本当に頑張りましたね。」

 

「…敷島様。」

 

「まぁ、これだけの事をした以上、退役しない艦娘達からも恨みを買うでしょうから、艦娘の司令官になる事は難しいかもしれませんが、私は今回の中佐の頑張りを認めているつもりです。」

 

「あの…敷島様?それだけ認めてくれるのでしたら、私が将来司令官になれるように、他の艦娘を説得してもらえると、ありがたいのですが。」

 

「中佐?それは中佐自身が行う事ですよ。まぁ、この一件が片付いたら、時間をかけてきちんと説明することですね。」

 

難しい道だとは思いますけどね…。実際、今回の件で多くの戦艦娘は退役する事になりますから、おそらく次世代の旗艦となる長門達を筆頭に、山野中佐を恨む艦娘は多いでしょう。それに補助艦艇の削減も今後あるとなると…。中佐の夢は適わないかもしれませんが、少なくとも私は、中佐が今回行おうとしている事を個人的に支持しますし、この件について恨み言は言いません。…それが、帝国を守ることにつながる訳ですから。

 

 

 

海軍省 海軍大臣室 山野中佐

 

 

「佐藤閣下。以上で報告を終わります。軍令部の花頂宮閣下は了承。横須賀鎮守府の南郷提督は、この案に反対はしないとのこと。実行には、英国及び米国との協調が不可欠になるため、現時点での実現の可能性は不明ですが、海軍省としてこの線で進められたらと思っております。」

 

「山野君、ご苦労だった。いや、この短い期間でよく話をまとめてくれた。海軍省としても、この案なら問題あるまい。英国及び米国への働きかけは、私の方で行う。まぁ、あちらさんも、一時的な海軍戦力の削減を望んでいるようだから、それ程大きな反発も出まい。」

 

とりあえず、第一関門は突破出来たか。未だこの案は、海軍省の正式案にはなっていないが、軍令部及び実戦部隊が受け入れられる案である以上、このまま正式案にはなるだろう。そして外国との交渉は、政府案件になるだろうから、大臣の佐藤閣下に任せて…。とはいえ、その国際会議には俺自身も出ることになりそうだけどな…。まぁ、何事もなく済む…とはとても思えんが、まずは一段落といったところだよな。!そうだ。この機会に…。

 

「佐藤閣下、実はこの件で、二点程お願いがありまして…。今回の件そのものについては、先程報告したとおりなのですが、これに付随する問題が…。」

 

「…一つは三笠の退役後についてだな。」

 

俺が言わなくても、誰もがそう思うよな。そういう意味で、帝国海軍にとって三笠様は別格という事がよく分かるよ。そんな人が俺を指導してくれたんだよな。今更ながらに、俺は凄く運が良かったという事か。

 

「そのとおりです閣下。一つは三笠様の退役後についてであります。流石に、あれだけの武勲艦である三笠様を身一つで退役させては、帝国海軍の面子がたちません。なんらかの形で、帝国海軍として三笠様の功に報いる形が必要であると愚考します。」

 

「退役させるが、海軍が関わる形で功績に報いる…か。なかなか難しい事になりそうだな、中佐。とはいえ、お願いと言っている以上、案はあるのだな?」

 

「はい。退役すれば、三笠様は海軍籍の艦ではなくなります。しかし、帝国臣民の誰もが知っている三笠様ですから、地方人も三笠様に会ってみたい…と考える人間が多いと思われます。そこで海軍軍人が中心となり、三笠様の記念財団を設立した後、その基金をもって三笠様を横須賀鎮守府で記念艦として保存、そして一般公開するというのはいかがでしょうか?また海軍の広告という点を考えれば、海軍省の予算を広告費として一部回すという手もあるかと。」

 

帝国海軍で長く生活してきた三笠様が、今更地方人として生活など出来ないだろう。しかし退役させる以上、横須賀鎮守府に置くにしても名目が必要となるが、いくらなんでも一介の軍属として再雇用という訳にもいかないだろう。ただ三笠様の人気があれば記念艦として保管して一般公開ともなれば、帝国海軍の広告塔として再度活躍してもらえる。であれば戦艦としてお役御免になったとしても、これまでと同様に横須賀鎮守府内で生活する事も可能になるし、南郷提督から離れずに済むのであれば、三笠様も喜んでくれると思うんだよな。

 

「ははは…中佐。相変わらず、愉快なことを考えるな。私は、三笠には不憫だが、軍属として横須賀鎮守府で再雇用するくらいしか思いつかなかったぞ。とはいえ、面白い。たしかに三笠ほどの武勲艦。記念艦として一般公開すれば、海軍の広告塔として十分その任を果たしてくれるだろうし、南郷も三笠を手放さずにすみ安心するだろう。…中佐、この件は私が預からせてもらう。なに、三笠に悪いようにはせんよ。」

 

おっ、どうやら受け入れてもらえそうだな。流石に、こんな突拍子もない事がそのまま通るとは思わなかったが、意外と良い反応だな。それに海軍大臣の佐藤閣下が預かると言っている以上、この件は佐藤閣下が進めてくれそうだ。佐藤閣下も、先の大戦では三笠様の戦友だった訳だから、悪いようにはしないだろう。

 

「それで中佐。もう一つの願いはなんだ?そちらは見当がつかないのだが。」

 

まぁ、もう一方のお願いは流石に佐藤閣下といえども、見当はつかないだろうな。小堀、お前にも多少は苦労してもらうぞ、なにせ、敷島様からの直接のお願いだからな。

 

「実は、横須賀鎮守府の敷島様から直接言われた事がありまして。敷島様は、海防艦への艦種変更の件、受け入れざるを得ないと考えておられるようです。ただこの件についての勧告は、敷島様の弟子である小堀中佐から直接受けたいとの希望がおありのようです。申し訳ありませんが、閣下から直接、小堀に命令を出してもらえませんか?やはり、形式というのは必要かと…。」

 

「ははは。山野君、君も意地が悪いね。私から直接小堀君に命令かね?まぁ、いいだろう。あの敷島たっての願いのようだ。敷島も、自分の弟子から直接引導を渡してもらいたいと考えておるようだな。まぁ、他にも目的がありそうだから、それだけでは終わらんかもしれんが…それは、小堀君と敷島の問題だから、海軍省としては関知しない…という事でいいだろう。」

 

小堀と敷島様の問題?敷島様は、わざと物分りの悪い艦娘のふりをして、小堀を困らせるかもしれないが、流石に小堀が本格的に困るような事はしないと思うけどな…。ま、この件についても佐藤閣下に任せてしまうか。俺は近い将来あるだろう、国際会議に備えて、色々と案を作らなくてはならんから、これから忙しくなるしな。

 

「佐藤閣下、どうぞよろしくお願いいたします。」

 

 

 

数日後  海軍省 軍務局  山野中佐

 

 

「山野ぉ~!山野は居るか!あっ貴様、逃げるな!なんてことをしてくれたんだ!俺に何か恨みでもあるのか!」

 

おっ…て、小堀…一体どうしたんだ?凄い剣幕だけど、俺がそんな事言われる覚えはないぞ?というか、何かあったのか?

 

「おぃ、小堀。落ち着けって。一体何があったんだよ。それに、俺は貴様に何もしていないぞ。」

 

「貴様、よくもそんな白々しいことを!佐藤閣下から直接命令されて、急いで横須賀鎮守府の敷島様のところに行ったんだが、大変な目に…。貴様のせいだろっ!」

 

ん?たしかに、佐藤閣下に命令を出してくれという事は、お願いしたが、そこから先、俺は何も知らないぞ。それに佐藤閣下も、あとは敷島様と小堀の問題だと…って、何か引っかかるな。なんであの時点で佐藤閣下は、この件がこじれる事を知っていたんだ?

 

「ちょっと待て、小堀。俺はたしかに、佐藤閣下に貴様に命令を出せとお願いしたが、そこから先の事は、俺は一切知らないぞ。というか、横須賀で何かあったのか?」

 

「貴様、本当にこの件では、何も暗躍していないのか?」

 

暗躍って…なんで俺がそんな事をしなくてはいかんのだよ。第一俺としては、なんとか今回の件は、俺の案どおりに進めたいから、少しでも揉める要素を消しておきたい側だぞ。そんな俺が、この件で面倒な事をする訳ないだろう。

 

「まぁ、落ち着けって。敷島様から、何か言われたのか?」

 

「…何故か知らんが、敷島様から、海防艦への艦種変更は受け入れるから、俺が一生敷島様の面倒を見るように…と。」

 

は?それって…敷島様、上手いことやりやがったな。それと、ざまぁみろ、小堀。横須賀鎮守府で、いつも貴様だけ楽しい思いをしていたから、天罰が降ったんだ。それにしても、これは…ぎゃははは。

 

「小堀君、おめでとう!目出度い。実に目出度い。いや~、小堀君。姉さん女房とは、実に目出度いね~。今日は盛大に祝ってやるから覚悟しろよ、小堀。」

 

「山野!貴様ぁ~!」

 

まぁ、敷島様としても小堀は丁度良い物件だったんだろうな。多分、小堀はこのまま海軍省で出世していくだろうから、帝都勤務が続くはずだ。横須賀は目と鼻の先だから、距離もそれ程離れていない。それに…今回の件で、俺は海軍省から追われるだろうから、小堀にとって将来の海軍大臣の地位は固いからな…。

「で、小堀。敷島様からは、実際なんて言われたんだ?それとな?小堀よ。海軍大臣になる予定なら、敷島様と一緒になる事は大幅にプラスだぞ。そこまで悪い選択肢ではないだろ。」

 

「なぁ、山野よ。四六時中、あの敷島様に管理される生活、貴様耐えられるか?」

 

ん?俺は絶対無理だ。

 

「たしかに、敷島様は美人だし、出世したいなら、最高の選択肢だという事は分かっている。それにな…。敷島様から言われたんだよ『私の面倒を一生見てくれるなら、今回は涙を飲んで海防艦への艦種変更を受け入れましょう。ですが断るのでしたら、私は海軍省、軍令部、横須賀鎮守全てを巻き込んで、この件は徹底的に抵抗しますよ。それに中佐?姉さん女房というのも悪くないと思いますし、私はちゃんと殿方に尽くしますよ?』ってな。」

 

お~お~、敷島様、かなり小堀に入れ込んでいたんだな。というか、佐藤閣下は敷島様の希望を知っていたな。だからあの時、あんな事を言っていたのか。となると、小堀。気の毒だが、年貢の納め時だな。俺の案を通すためには、当然敷島様の艦種変更は必須だから、お前の考えがどうであれ、敷島様の希望を適えてもらうからな。

 

「まぁ、小堀よ。そう悪態つくなって。敷島様も悪くないと思うぞ。たしかに向こうの方がだいぶ年上だが、姉さん女房だって悪くないと思うぞ…多分。ということで、ここは帝国の未来のため、敷島様の希望を適えてやってくれや、小堀よ。いや~、目出度い目出度い。俺には絶対に無理だけどな。はははは。」

 

「山野ぉ!貴様、覚えていろよ。くそ…俺の華の独身生活が…。」

 

 




小堀中佐…ご愁傷様です。『鎮守府の片隅で』も読んでいただいている読者の方は、もう知っていたかもしれませんが、鎮守府の片隅での時代の海軍大臣、小堀大将の奥さんは敷島様です。ですから、こちらの過去を描く作品のどこかで、敷島様に捕獲される小堀を描く予定でしたが、ここで捕まった…という事にしました。

実際…こんなやかましい奥さん…しかも明らかに相手の立場の方が上の女性と結婚してしまったら…私でしたら、全力でお断りしたいですね(笑)。


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第十二話 英国へ

二年後  海軍省 大臣室  小堀中佐

 

 

「志位君に堀田君、それに山野君に小堀君も集まったな。まずは例の案件についての話だ。この件については、山野君の計画通り、英国と米国を巻き込む形で実行する事になった。既に各国政府及び軍部との調整も終了している。そして、最終利害調整のための会議と調印は、英国のロンドンで3ヶ月後に実施する事に決まった。調印式には私自身が参加するが、調整のための会議については、君達四人にも参加してもらう。準備をしたまえ。」

 

嵐の前の静けさといったところか…。この話、未だ海軍のほとんどの軍人には知られていないが、表沙汰になった時の騒動は俺も予想がつく。昨年、敷島様や朝日様、春日様達を海防艦に艦種変更した時ですら、横須賀鎮守府を中心に猛反発があったからな。あの時は、既に事情を知っている南郷提督が横須賀鎮守府内を抑えてくれたし、肝心の敷島様達も粛々と従ってくれたから騒ぎは収まったが、今度ばかりはな。

 

「了解いたしました。佐藤閣下。志井、細かい数字については経理局の方で頼む。山野君、軍務局からは私と君を中心に数名で会議に参加する。準備をしたまえ。閣下、ロンドンまでの移動ですが、軍艦を出させるか、シベリア鉄道を使うかどうされます?」

 

「帰りはまだしも、行きは色々と機密が絡む相談も多かろう。軍艦を使用するしかあるまい。横須賀の南郷には私から伝えるから、そちらは任せてくれ。」

 

そうだよな。行きは、おそらく道中様々な打ち合わせをする必要がある以上、軍艦を使う事が望ましいだろう。ん?そうだ!山野…お前には、先日の礼をたっぷりしてやらないとな。あれのおかげで、俺様は…。

 

「佐藤閣下、堀田軍務局長。僭越ではありますが、使用する軍艦について意見具申があります。使用軍艦ですが、いくら友邦である英国への移動とはいえ、帝国の威信を示す必要があるため、小型艦での移動はもっての外。ここは戦艦クラスでの移動が適当でありますし、速度という観点からも金剛級を使用するのがよろしいかと。さらに申し上げますと、一番艦の金剛は、元々英国で生まれた艦。この機会に里帰りさせてやるのがよろしいかと。」

 

「お…おぃ!小堀、貴様何言っているんだ。金剛さんは、気分屋なところがあるから、ここは安定した性能の出る榛名さんの方が良いと思うぞ。」

 

「佐藤閣下、山野はこのように申していますが、この件は問題ありません。山野が乗艦するとなれば、金剛さんも張り切り、良い状態で航行可能だと考えられます。まぁ、山野には金剛さんのご機嫌取りに勤しんでもらう事になるでしょうが。」

 

「小堀!き…貴様…。」

 

これくらい、貴様も苦労しろや。こっちは例の件で、大変な目にあっているんだからな。俺が受け入れなければ、例の件は動かなかったから仕方なく承諾したが、あの一件以来、南郷提督からはからかわれるし、横須賀鎮守府に出向けば一般将兵からも冷やかされているんだぞ。

 

「ははは、若い奴等は元気があってよろしい。まぁ今回は、敷島の旦那となる小堀君の案を採用して、金剛の使用許可を南郷の奴に依頼してみるか。ということで、道中は頼むよ、山野君。」

 

「は…はぁ…。」

 

あきらめろ、山野。貴様もこの機会に…って、多分そんな余裕はないよな…。その頃には全ての将兵が事情を知っているから、往路の間にしっかり金剛さんに説明して理解してもらうんだな。俺はそのための時間を、貴様に作ってやるという好意でこの提案をしているんだぞ。感謝しろよ。

 

「堀田、忘れていたが、戻ってきた後の警備は抜かりないのか?帰国する頃、おそらく俺達は多くの海軍軍人から恨まれているぞ。特に、今回の発案者である山野の身辺は注意が必要だと思うが…。」

 

「志位、それは問題ない。実は、横須賀の南郷提督から、山野の身辺警護のため横須賀から海軍陸戦隊を派遣すると言われている。なんでも、南郷提督が直接この件を話して、説得した連中らしいから、一番信頼出来るだろう。」

 

そうだよな…。この件、おそらく山野は一番貧乏クジを引くことになるだろうな。先日の艦種変更の際も、三笠様だけが戦艦に籍を残されたから、山野が独断で敷島様達を海防艦に押し込んだと思われている。実際、三笠様を退役させるという事情を知らない連中からしたら、三笠様だけを特別に贔屓していると思われても仕方ないからな…。ただ、あの時は武勲艦三笠様だから仕方ないと考えたり、三笠様を信奉している連中も多かったから、それ程大きな問題にならなかったが、今回はな…。

 

「そうか、南郷がそのような事を言っていたのか。志位君、堀田君、海軍省は私がなんとしても抑えるが、君達も若い連中の暴発を可能な限り抑えてくれ。軍令部の宮様からは、いざとなったら山野君を軍令部で預かると言われているが、海軍省としても今回の功労者を危険に晒させる訳にはいかんからな。」

 

どうやら海軍上層部は、俺や山野の功績を正当に評価してくれるようだな。南郷提督が思っていたよりも協力的で助かったということか…。敷島様からも聞かされたが、退役後も三笠様が横須賀鎮守府で暮らすという事が決まり、南郷提督はホッとしていたようだからな。そういう意味では、今回は山野の利害調整が上手く行ったという事か。

 

「了解いたしました、閣下。この件、軍務局内は一枚岩ですので問題ありませんが、他の課についても、可能な限り私の方で抑えます。志位、経理局もそうだが、そっちもよろしく頼むぞ。」

 

「分かっている、堀田。」

 

「堀田君、志位君、よろしく頼むぞ。それでは、ロンドンでの会議までに、各自準備を進めてくれたまえ。退室してよろしい。」

 

いよいよ大一番だな。ここで、英国や米国を巻き込む形で一時的な軍縮が成立すれば、帝国海軍は一息つける。もっとも、将来的には大幅な軍備増強は必要になるのかもしれんから、束の間の休息になりそうだけどな。

 

 

 

ロンドンへの道中 巡洋戦艦『金剛』 巡洋戦艦『金剛』

 

 

「Hey!中佐さん。たしかに里帰りは嬉しいけどサ~、次の軍縮会議で本当に戦艦の数を削減するのデ~スか?」

 

「だから金剛さん。何度も言っている通り、帝国としては戦艦の数を10隻で抑えることになるから、既に敷島様達を海防艦に艦種変更しているのです。海軍省として、帝国の現在の経済状況を考えるとこの結論は動かせません。それより、金剛さんもそろそろ覚悟を決めてください。貴方がこれから最先任の戦艦娘として、横須賀鎮守府の戦艦部隊を纏めるのですよ。」

 

Hmmm…。少し前に南郷提督から、一度英国に里帰りしてこいと言われて、ついでに中佐さんをロンドンまで連れて行けと命令されましたネ。私としては、しばらく中佐さんとtogetherできるから、very very happyでしたけど、しばらくして雲行きが怪しくなってきたネ。なんでも中佐さんが英国に行くのは、ロンドンで開催される英国と米国との軍縮会議に参加するためと聞かされましたし、その会議の議題は戦艦の削減という事ネ。

 

ここ最近、敷島のBBAや朝日様、春日のおばさん達が海防艦に艦種変更されたり、三笠様の周辺がざわついていたのは、これが理由だったようですネ。噂では、中佐さんがその計画の中心人物という事ですが、あの中佐さんが戦艦の数を削減する事に同意しているのは、最初は信じられなかったデ~ス。でも今回の航海中に中佐さんと話をして、私もunderstandネ。今回の戦艦の削減、それに伴う敷島のBBA達の艦種変更、それと…私は今でも信じられませんけど、三笠様の退役…その計画の絵を描いたのは、中佐さんネ。

 

私も最初は凄く中佐さんに怒ったけどサ~、中佐さんや、同行している小堀中佐から帝国の現在の状況を何度も説明されて、understandしましたネ。どうしても…今回の計画を行わなくてはいけない理由を。それにしても、中佐さんも水臭いね。こういう大事な事は、中佐さんにとって一番importantな私に、もっと早く相談するネ。…相談されても、私も困るけどサ。ただ私も不安デ~ス。今まで、三笠様達が居たからこそ横須賀鎮守府は一つに纏まっていたね。でも敷島のBBAは第一線から退きマ~スし、三笠様も退役。戦艦の最先任は私になりマ~ス。本当に大丈夫なのか心配デ~ス。

 

「そんな事分かっているネ。But、とても不安ネ。それにしても、中佐さん?相当前から今回のことは計画していたネ。どうしてもっと早く、私に教えてくれなかったデ~スか?」

 

「金剛さん、この軍縮の話が表沙汰になった瞬間、帝国がどうなったか知っているでしょう?少なくとも海軍の上層部だけでも意思統一するためには、時間が必要でしたし、それまで外野に騒がれては困ってしまいますからね。」

 

Hmm…たしかにその通りネ。この軍縮会議の話が新聞に掲載された瞬間、帝国では凄まじい騒ぎが起こったネ。それに海軍内部の騒ぎも酷かったデ~ス。中佐さんも、今回の航海までに何度も襲われそうになったようですし…。それにしても、三笠様が以前言っていたけどサ~、中佐さんはとても優秀な士官だったネ。この話が公表される前に、海軍上層部の意思をちゃんと統一させていたのだから。それに三笠様の件も、最終的に記念艦として横須賀鎮守府内で一般公開されるという話が出た瞬間、それまで反対の声が多かった地方人達の反対も止みましたネ。よく考えているヨ。

 

「それは私もUnderstandネ。But、三笠様や南郷提督をよく説得できたネ。敷島のBBAは、若いツバメを見つけてホクホクしているから、問題なさそうですけネ。小堀中佐もお気の毒ネ。」

 

「まぁ、敷島様は元々小堀を狙っていたみたいですから、折角の機会を最大限利用したという事でしょう。まぁ、小堀も満更でもなさそうですから、これはお互いに良かったと思いますよ。それに三笠様や南郷提督も、許容出来る最低限の部分は確保出来ていましたし、お二人とも帝国の現状を誰よりも理解していましたので、説得出来たと思っています。…それに、帝国を守るという気概を、誰よりもお持ちの方々でしたから…。」

 

三笠様や南郷提督の許容出来る最低限の部分、これは私も今となってはよ~く分かりマ~ス。あの二人は、なんだかんだ言ってお互いに惹かれていましたから、近くに居る事が出来ること…これが最低限の部分でしたネ。そういう意味では、記念艦とはいえ横須賀鎮守府に三笠様が居る事が出来れば、南郷提督としては今回の件を甘受出来るという事ですネ。

 

まぁ、敷島のBBAが秘書艦をそのまま勤めるのでしょうけど、あのBBAも、これからは若いツバメの許で暮らすでしょうから、必然的に三笠様が南郷提督のお近くに居る時間も増えるでしょうし、お二人にとっては良かったのかもしれませんネ。やっぱり、中佐さんはよく考えているネ。

 

「ただ…正直に言いますと、退役しない戦艦娘達からの反発には、堪えましたよ。予想はしていたのですが、あそこまで反発されるとは思っていませんでしたから。」

 

「たしかにそうネ。長門達にとっては、退役される先輩戦艦娘達は、頼れる先輩達でしたからネ。どうしても今回の件を画策した中佐さんへの反発は大きくなってしまうネ。まぁ、こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかないと思いマ~ス。」

 

正直、長門達の反発がここまで酷い物になるというのは、私も予想出来なかったデ~ス。私達金剛姉妹にとっては、敷島のBBAや朝日様、三笠様達から直接教えを請けていましたから、香取姉妹達とそこまで大きな関わりは無かったデ~ス。But、長門達は香取姉妹達から直接教えを請けていましたネ。おそらくその部分が、今回の件に対する、私達金剛姉妹と長門達の反応の違いになっているネ。

 

この一件が報じられてから、中佐さんが何度か横須賀鎮守府に来ましたケド、その度に長門達から詰れていましたネ。私も一生懸命宥めたりしたけどサ、あそこまで拗れてしまうと、仲裁は難しいデ~ス。本当にあの娘達を率いて、私が最先任艦としてやっていけるのか、少し不安デ~ス。

 

「たしかに時間が解決してくれるのを待つしか無さそうですね。ところで金剛さん。今回期せずして里帰りする事になる訳ですが、どなたか向こうで知り合いとお会いするのですか?」

 

「Hmm…もう英国を出て長く経ちますから、あまり知り合いは居ないデ~スネ。But、出来れば私が進水する頃に起工することになった、喧嘩友達のえ~っと…あ~Warspiteに会おうとは思っていますネ。私はヴィッカースで、向こうはデヴォンポート海軍工廠でしたけど仲は良かったネ。」

 

「喧嘩友達のWarspiteさんですか…。なんだか名前とは正反対のような気もしますが…。機会があったら紹介してください。」

 

「嫌ネ。これ以上中佐さんに、余計な艦娘を近づけないデ~ス。だいたい、最近は横須賀鎮守府に遊びに来ても、鳳翔のところばかりに行っているネ。私は知っているデ~ス。鳳翔との距離がどんどん近くなっていますし、会っている時間もどんどん長くなっているネ。この事は、戻ったらきちんと説明してもらうデ~ス!」

 

まったく。中佐さんには困ったものデ~ス。たしかに鳳翔と会っているのは、航空母艦の運用についての話をしている事は知っていま~すし、鳳翔の発艦方法の探索やその調査をしている事も知っていま~す。But、面白くないネ。それに、私は知っていますネ。中佐さんは、私のような騒がしい艦娘よりも、鳳翔のような物静かな艦娘の方が好きそうですね。だから、あのWarspiteに中佐さんを会わせたら大変な事になる事くらい、私はよ~くunderstandネ。

 

あのWarspiteは、私とは厭味を交えた喧嘩をalwaysしていましたけど、殿方の前では猫を何十匹も被ってお淑やかに見せかけていましたネ。あんな悪い女を中佐さんに会わせたら…中佐さんが騙される可能性が高いネ。今回の英国滞在中、なるべく会わせないにしないといけませんし、もし会う事になってしまったら…フフフフ。

 

「だから金剛さん、鳳翔さんとは何も無いと、何度も説明しているでしょう?まぁ、私も今回の滞在中は忙しくなると思うので、それ程自由な時間はないと思いますが、機会があったら本当にお願いしますよ。今後、英国との関係が重要になる局面も出てくるかもしれませんから、その時のためにも英国の主力艦の艦娘とは顔を合わせておきたいのです。」

 

本当に理由はそれだけデ~スか?まぁ、中佐さんの言っている事はよくunderstandですから、なるべく他国の主力艦娘と繋がりを作りたいという気持ちは分かりますネ。But、それでも他の女を紹介するのは嫌ネ。とはいえ、私もこれからは最先任の戦艦娘になる以上、私情を捨てる事も学ばないといけないネ。もう…三笠様達は居なくなってしまうからネ…。

 

「しょうがない中佐さんデ~ス。向こうに行ったら、私とちゃんとtea timeをしてくれたら、Warspiteを紹介してもいいネ。OKですネ?」




いよいよロンドン軍縮会議に出発です。主力艦の削減ですから、史実でしたらワシントン軍縮会議なのですが、今回は話の都合で英国を舞台にしたかったため、ロンドンで主力艦も補助艦も削減という形にしようと思います。やっぱり…折角ゲームでも登場しているのですから、Warspiteさんを登場させたいですからね。

ゲームのWarspiteさん、非常にお淑やかな淑女…にも見えますが、個人的には台詞のところどころに英国人らしく、厭味たっぷりの台詞も混じっていますので(意図的かどうかは知りませんが)、この小説でのWarspiteさんは、非常に裏表のある艦娘にしてしまおうかと…。


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第十三話 英国の戦艦

ロンドン The Ritz London 山野中佐

 

 

「Lieutenant colonelのMr. 山野ですね。我が名は、Queen Elizabeth class Battleship Warspite!よろしく。」

 

「Hey、中佐さん。見た目に騙されたらNoなんだからネ。見た目はお淑やかだけど、Warspiteは名前とは正反対の性格ネ。凄く喧嘩っぱやいから、気をつけるデ~ス!」

 

「ちょっと金剛!私は貴方とは違うわよ。Mr.山野がとても忍耐強く優れた士官である事は、金剛と仲良くしているという一点で理解出来ますね。」

 

「What!? それはどういう意味デ~スか!」

 

おぃ…これは、俺は居てはいけない場所にいるような気がするぞ。今回の軍縮会議、各国の利害は完全に一致していたから、会議は滞りなく進み、結局帝国は希望通り戦艦枠を10とする事で決まった。後は次回の補助艦の削減に関する第二回会議の日程を決めるだけとなったから、俺はホテルに先に戻った訳だが…まさかこんな事になるとはな。

 

ホテルのロビーでお茶を飲んでいたら、金剛さんが凄く美人な艦娘を連れてきた。多分、この娘が、金剛さんが以前話していたWarspiteさんだと分かったけれど、俺に対する自己紹介が済んだ瞬間に二人で口喧嘩。まぁ、仲が良いのだろうけどな。ただ、俺を前にしてこんな美女が二人で厭味の応酬をしている姿は…やっぱり目立つよな。この二人は周りを全く見ていないようだが、ロビーに居る他の客からの視線が痛いぞ。どうするんだよ…これ。とりあえず仲裁するしかないよな…俺が。

 

「あの金剛さん、それにWarspiteさんも、ここはホテルのロビーですし、他のお客さんも居ますから、もう少し静かに話してもらえると…。」

 

「Oh…そうでしたね。たしかに中佐さんの言うとおり、ここは公共の場でしたネ。そこの周りのことが分からないくらい集中力のある素敵なLadyに乗せられてしまったデ~ス。まぁ、その素晴らしい集中力のため、色々と衝突事件を起こしていたみたいで~すけどネ…ふふ。」

 

「Mr.山野。大変失礼いたしました。私も、清廉潔白を絵に描いたような素敵なLadyに乗せられてしまいました。大変申し訳ありません。金剛は、特にお金に対して清廉潔白でしたよね…ふふ。」

 

た…頼むから、厭味の応酬はやめてくれよ。一応、俺は休憩のためにホテルに戻っているんだぞ。こうしてみると、やっぱり金剛さんは英国生まれの艦娘だし、Warspiteさんは生粋の英国生まれで英国育ち、厭味の応酬はお手の物ということか。ただ、それに付き合わされるこっちの身にもなってくれよ。

 

「喧嘩する程仲が良いと言いますし、二人ともとても仲が良いのですね。ところでWarspiteさん、今回の件、英国ではどのように捉えられているのですか?貴方は金剛さんと同世代の艦娘。今回の件で、貴方も英国における最先任艦娘に近い立場になるのでは?」

 

「Mr.山野。今回の件、英国では好意的に見られていますね。帝国ではどのような状態か分かりませんが、連合王国も財政的に苦しいのです。ですから今回の帝国からの申し出は、渡りに船でした。一部反発はありましたが、止むを得ないといった感じですね。それと、英国ではQueen Elizabethお姉様が最先任になると思いますから、私はその補佐と言ったところですね。そういう意味では、金剛よりは気楽な立場かもしれません。」

 

なる程。米国はまだしも、英国も苦しかったという予想は当たっていたか。今回の軍縮会議、最初から英国はかなりこちらの提案に乗り気だった。そういう意味では、お互いに利害は一致していたという事か。

 

「Hey、Warspite。いくら補佐といっても、これから貴方も大変そうネ。私もこれから大変そうだけどサ。なんとか中佐さんと上手に乗り切っていくつもりデ~ス。貴方も頑張るネ。」

 

「そうですね、金剛。こちらはこちらで頑張りますから、貴方も頑張ってね。ところでMr.山野とは、どういう関係かしら。別に結婚している訳ではないのでしょう?だったら、私とくっついても問題ないわよね。英国と帝国の同盟関係の強化のため…というのも悪くないと思うのだけれど。なんなら、私が帝国に派遣されても良いのよ?」

 

ぶほっ…何を馬鹿な事を言い出すんですか、Warspiteさん。たしかにこれ程の美人さんなら…って、金剛さん落ち着いて。たしかに英国との同盟関係は重要である事は間違いないし、その同盟強化という理由は分かるけど、流石に英国もWarspiteさんクラスの主力艦を帝国に派遣する訳には行かないだろう。

 

「Warspiteさん、冗談は勘弁してください。そもそもWarspiteさんを帝国に派遣するなどという話、この状況下で通る訳がないですよ。それに、一応私も金剛さんとは良好な関係を築いている訳ですから、あまり波風を立てられても困りますし…。」

 

「Yees! 流石は中佐さん、よく言ってくれましたネ。そういう事ね、Warspite。中佐さんは、私の良い人なんだから、諦めるネ。たしかにここまで優秀な士官は英国でも珍しいと思うけどサ~、貴方は英国で良い人を見つけるデ~ス。」

 

「ふふふ…金剛が焦る姿を見られただけでも、このような冗談を言った甲斐があったというものですね。まぁ、この話は『今は』置いておきましょう。ですが金剛、いつか私が本当に帝国に派遣されるような事があった時、その時にまだMr.山野と結ばれていないようでしたら、どうなるか分かりませんよ…ふふふ。」

 

まったく…流石は生粋の英国艦、きつい冗談がお好きなようだな。万が一にもWarspiteさんが帝国に派遣されるような事態になっていたとすると、それはWarspiteさんが英国海軍の主力艦から外れる時。となると、まだまだ先の話だから、その頃には俺も金剛さんと…。

 

「Hmm…な~に馬鹿な事言っているネ。貴方が中佐さんと結婚?そんな事、絶対にimpossibleネ。さっきは気を使って英国で結婚相手を…な~んて言ったけどサ~、それも絶対にimpossibleデ~ス。Because, Warspiteは料理も出来ないネ!」

 

「ブッ…な…金剛、何を言って…。私だって、料理くらい出来るわ。いいでしょう。そこまで言うからには、それを証明してみましょう。金剛達の帰国は明後日でしたね。でしたら、明日は時間が空いている筈です。明日は私が居る海軍基地に来てください。昼食は私がご馳走しましょう。」

 

おっ、ラッキー。こんな美人さんが俺のために昼食を作ってくれるのか?金剛さんnice挑発…って、金剛さん何を眉間にシワ寄せているんだ?流石に全く料理が出来ないなんて冗談だろ?俺でも多少は作れるんだからさ。

 

「Hey 中佐さん。本当にsorryネ。私が挑発したばかりに大変な事になってしまったネ。明日は胃薬持参でWarspiteのところに行くしかないネ。本当にsorryネ。」

 

「あの…金剛さん、流石に冗談でしょ…って、Warspiteさん、顔が引き攣っていません?冗談…ですよね?」

 

Warspiteさんの表情を見ていると、本当に料理は全く駄目な気も…それが金剛さんの挑発に乗ってしまって引くに引けなくなった…という感じもするぞ。たしか金剛さんは、それなりに料理は出来たし、三笠様も南郷提督のために料理を作った事があるという話を聞いた事があるから、英国艦だから出来ないという事はないだろうし…。明日はちょっと怖い昼食になりそうだな。

 

 

 

英国海軍基地 Warspiteの私室  巡洋戦艦『金剛』

 

 

Warspiteが料理は全く駄目だという事は、私はちゃんと知っていますネ。でもこうなってしまった以上、何かを作らなくてはいけませ~ん。何を出すのか楽しみネ。それに中佐さん?いくら美人でも、まったく家事が出来ない子もいる事を理解するデ~ス。やっぱり中佐さんには、私が相応しいネ。

 

「Hey、Warspite。約束どおり昼食をご馳走してもらうために来たネ。」

 

「Warspiteさん、招待ありがとうございます。あなたのような美人の作る昼食でしたら、大歓迎ですよ。」

 

中佐さん、お世辞を言っていられるのも今の内ネ。この状況でWarspiteが作れる料理を考えたら、何が出せるか簡単に予想がつくデ~ス。

 

「あら、Mr.山野も金剛もようこそ。金剛?私も料理くらい出来るという事を、今日はお見せしましょう。さぁham sandwichesを作ってみたわ。紅茶と一緒に召し上がれ! Please!」

 

やっぱり予想は当たりデ~ス。とりあえず、Warspiteが作ったハムサンドイッチをチェックするネ。パンは全粒粉のサンドイッチ用のパンですネ。ん?あれは…海軍で使用している補給品の袋デ~ス。多分、ベーカリーに行くのが面倒になって、海軍の補給品のパンを流用したデ~スネ。栄養や品質は問題ないけどサ~、ベーカリーのパンと比べたらだいぶ味は落ちるデ~ス。

 

そしてサンドイッチの中身は、どうですかネ。Oh…これも海軍の補給品のハムを切っただけデ~ス。切れ目が一直線ではないという事は…あまり切れない包丁で無理やり切ったという事ネ。私としては、Warspiteが包丁を持っていたという事の方が驚きですけどネ。そしてレタスと少量のバター…完全に予想通りのハムサンドイッチデ~ス。

 

「ちょっと、金剛。どうして分解して中身を確認しているの?折角作ったのだから、変な事を考えないで、美味しくいただいて頂戴!Mr.山野?いかがですか?イギリスの食事も悪くないでしょう?」

 

「そ…そうですね。Warspiteさん。とてもシンプルな組み合わせで、サンドイッチとして王道の美味しさがあると思いますよ。」

 

「Hey、中佐さん。そんなお世辞を言ってあげなくてもいいネ。これは海軍の補給品を組み合わせて、パンにハムやレタスを挟んだだけのサンドイッチデ~ス。Warspiteがやったのは、せいぜいレタスを手で千切ったくらいネ。」

 

「そんな事ないわよ!金剛。ちゃんとハムも包丁で切ったし、パンにバターも塗っているわよ…。…そうよ…いいわよ…どうせ私は、料理も碌に出来ない女ですよ。え~…分かっていますよ。」

 

全く、最初から素直に出来ないと言えば良かったデ~ス。私も少しだけ意地悪でしたけど、相変わらずWarspiteもプライドが高いですネ~。

 

「あの…Warspiteさん。このサンドイッチは美味しかったですよ。それに料理など簡単に出来ますから、そんなに落ち込まないでください。ちょ…ちょっと、金剛さん。流石に言い過ぎですよ。仕方ないですね…Warspiteさん、どこかで白身魚は手に入りませんか?それとジャガイモも。あまり得意ではありませんが、折角なので私がFish & Chipsを作ってみますから。一緒に作りませんか?」

 

What!? 中佐さんが料理するデ~スか?しかもWarspiteと一緒に?それはNoネ。私も一緒に料理するデ~ス。中佐さんと一緒に作るなんて、あの時以来ですネ。今日はLuckyネ。そういう意味では、Warspiteに感謝デ~ス。

 

「Hey! 中佐さん。私も手伝うネ。Warspiteと二人で料理なんてNoなんだからネ。Hey、Warspite、中佐さんに言われたように、早く白身魚とジャガイモを持ってくるデ~ス。それと中佐さん、近くのスーパーマーケットに一緒に行くデ~ス。どうせWarspiteの官舎に調味料や小麦粉なんて、何も置いていないネ。」

 

「わ…分かったわ。ちょっと待っていて頂戴。多分、基地の厨房に余りがある筈だから。」

 

 

とりあえず準備出来ましたネ。Warspiteが基地の厨房から貰ってきた白身魚は既に卸してありますネ。多分、Warspiteに頼まれたから、厨房のスタッフが気を利かせたと思いマ~ス。中佐さん、まず何からやるデ~スか?

 

「とりあえず、揚げるための油を熱している間に、白身魚につける衣から作りましょう。小麦粉とでん粉、それと少量のベーキングパウダーと塩を混ぜて、ここに卵黄を落すと…後はここにビールを混ぜますが、油が十分に熱くなるまで待ちましょう。」

 

中佐さん、よ~く知っていますネ。どこで覚えたデ~スか?あっ、たしか英国に来る前に三笠様と話をしていましたから、その時に三笠様から作り方を聞いたのでしょうネ。それにしても…Warspiteの表情が面白いデ~ス。とても真剣に中佐さんのお話を聞いて、メモまで取っていマ~ス。

 

「油も丁度良い温度になりましたね。それではここにビールを入れて、素早く掻き混ぜますか。これくらいでいいでしょう。それでは、白身魚をこの衣にしっかりつけて、全体的に衣を塗したら、油に入れてしまいましょう。」

 

「あの、Mr.山野。それだと衣が薄すぎませんか?Fish & Chipsの衣は普通のフライと違って、厚い衣が美味しいのですが。」

 

「Warspiteさん、大丈夫です。この後、衣を継ぎ足して厚くしていきますから。」

 

Ah… I seeですネ。一気に厚く衣を作ってしまうと、火加減が難しいデ~スから、少しずつ厚くしていく作戦のようネ。これならWarspiteでも自分で作れるデ~ス。

 

「そろそろ衣の色も変わってきましたし、衣を追加しましょうか。まずは片側ですから、後で引っくり返して、逆側にも継ぎ足しますよ。金剛さん、ポテトの方は準備出来ていますか?そちらも揚げていきますよ。」

 

「Off course。もう準備は出来ているネ。後は揚げるだけデ~ス。」

 

Oh…白身魚のフライがキツネ色に仕上がりましたネ。衣も厚そうですし、これは美味しそうデ~ス。それにポテト準備も出来たネ。たしかフレンチフライですから、ポテトに片栗粉と胡椒を塗しておけば問題nothingデ~ス。What? 中佐さ~ん。なんでそんな物を持ってきてるデ~スか。

 

「あら?Mr.山野、それは?」

 

「塩と酢でシンプルに食べるのも良いのですが、折角なので帝国の香りを少し入れたいと思いまして…今回の出張に持参した醤油を持ってきたのです。よろしかったら少しだけ使ってみませんか?」

 

相変わらず準備がいいネ。揚げ物と醤油の相性は結構良い事を私は知っているネ。Warspiteは興味深そうな顔をしているけどサ~、私の未来の旦那様となる中佐さんは、こういう気配りは凄く出来る人デ~ス。

 

「あとは、油を十分に切ってから、皿に盛って…これで完成です。熱いうちに食べてしまいましょう。」

 

「Mr.山野。凄く…凄く美味しそうですネ。その…良かったら、英国に駐在武官として来ませんか?」

 

「Hey! Warspite。何馬鹿な事言っているネ。そういう寝言は良いから、早く食べるデ~ス。」

 

まったく、油断も隙もあったものではないデ~ス。たしかにWarspiteからしたら中佐さんは良物件だと思うけどサ~。それに…今回の軍縮会議から帰国したら、中佐さんは国内で叩かれる事も決まっていマ~ス。そういう意味では駐在武官として、ほとぼりが冷めるまで英国勤務も悪くはないネ。But、それは絶対にNoネ。もちろんWarspiteに中佐さんを盗られる可能性もあるけど、これだけ帝国のために働いた中佐さんを、帝国は正当に評価しないと駄目デ~ス。まぁ、そんな難しい話は置いておいて、折角の中佐さんの料理デ~ス。熱いうちにいただきましょう。

 

ん~、やっぱり良いデ~スね。この衣の厚さが、やぼったさもありますけど、とても美味しいデ~ス。それに衣自体にある僅かな苦味が最高ネ。衣にビールを使っている事がReasonですネ。それに…塩と酢で食べる英国式も、勿論懐かしくてとても美味しいデ~スネ。なんと言っても、少しだけ感じられる酸味が、食欲を刺激させマ~ス。ただ…中佐さんが持ってきた、醤油も本当に合いますネ。塩だけでは表現出来ない奥の深い塩辛さ、これは醤油でしか表現出来ませ~ん。それに醤油と酢の相性も最高ですネ。

 

「ん~、Mr.山野。これは美味しいわ。Thank you very much indeed。やっぱり、このまま英国に来ない?私が最後まで面倒を見るわよ。」

 

「Warspite、shut upデ~ス。中佐さんは、帝国海軍に必要な人ネ。それに、中佐さんと一緒になるのは、私デ~ス。今日は久しぶりに中佐さんの料理が食べられて、最高デ~ス。」

 

まさか、今日がこんなに良い日になるなんて思っても居なかったデ~ス。そういう意味では、Warspiteには感謝するネ。

 

「金剛、私も今日は本当に良い日になったわ。本当にありがとう。それとMr.山野。今回は金剛のしぶとさに免じて諦めますけど、金剛と一緒にならないのでしたら、その時は…ね?」

 

「いや…その…非常に光栄なのですが…。そういう話をすると、金剛が怒り始めますので、ご勘弁を…ははは。」

 

「Mr.山野?金剛は我侭なのだから、もっと強く出た方が良いわよ。」

 

「Warspite! 余計な事は言わなくていいデ~ス。中佐さんは、ありのままの中佐さんで良いデ~ス。」

 

本当にWarspiteには困ったものデ~ス。でも、私にとっては良い友達ネ。今回は中佐さんと一緒に里帰り出来て本当に良かったデ~ス。南郷提督や佐藤海軍大臣に感謝するネ。大騒動の前の束の間の休日になりましたネ。




やっぱり、これくらいの方が英国人らしい…って、やっぱり駄目ですかね(笑)。ちなみに、今回記載したFish & Chipsの作り方ですが、英国の友人に教えてもらったやり方です。ですから、レストランでの作り方というより、家庭での作り方な気がします。ですから、山野中佐が個人的に作るには、丁度良い作り方かな…と思い、この作り方を紹介してみました。実際にやってみると、結構美味しく作れますので、機会があったら是非お試しください…って、こういう文章は『鎮守府の片隅で』になってしまうのですが、偶にはこういう文章も書きたい訳でして…。

今回、肝心の軍縮会議の内容はザックリ削りました。当初の予定では、会議での利害調整も書こうと思ったのですが、この世界では、基本的には英国も米国も現時点での軍縮に賛成側なので、あまり面白く書く自信がないな…というのが理由だったりします。まぁ、艦娘を主役にしたかった…という事にしてくれると、嬉しいです。


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第十四話 後始末

帰国後  海軍省 大臣室  南郷平三郎提督

 

 

ふん…。小僧達が帰国してから、騒がしくて適わん。帝国の状況を考えれば、今回の軍縮会議の結果は帝国が望んだ形、そして…次回開催される予定の第二回会議で補助艦艇の削減も行われるが、これも受け入れざるを得ないだろう。たしかにあの小僧が描いた形で、帝国は軍縮に臨む事になったが、これはあの小僧が悪い訳ではあるまい。あの小僧は、小僧なりに帝国のために体を張って頑張っただけであろうに。

 

まさか帰国して早々に、小僧が反対派の海軍軍人達の襲撃を受けるとは思って居なかったぞ。予め、横須賀の海軍陸戦隊を小僧の警護に回しておいて正解だったということか。犯人の一味は、海軍刑務所に叩き込んでやったが、第二、そして第三の襲撃を許す訳にはいかん。わしの目の届く範囲だけでも、小僧を守らんと。しかし…小僧もそれだけ重要人物になったという事か。なんせ、小僧の処遇を考えるために、こうやって海軍の上層部が雁首を並べている訳だからな。

 

「…で、佐藤。あの小僧と、敷島の秘蔵っ子。どうするのだ?小僧どもは帝国を救ったのだ。いくら抵抗があるとはいえ、閑職に回す訳にはいかんだろう。とりあえず昇進させる事は確定として、どこの部署に押し込むか…だな?」

 

「そうだな…南郷。海軍省としては、どちらも海軍省で預かりたいと考えている。なに、海軍省でも反発はあるが、そんなものは私が抑える。それに流石に実戦部隊に回すとなると、残された艦娘達からの反発は厳しいだろうし、時が解決するのを待つしかあるまい。軍令部の意向は?宮様。」

 

「軍令部としては、少なくとも山野の方は預かりたいと考えています。小堀は敷島の旦那となる以上、こちらは海軍省からは動かせないでしょう。次回の人事異動で、私は軍令部次長となりますので、軍令部を抑える事は可能です。そろそろ山野を、軍政から軍令に移したいと考えていますが、いかがですか?あくまで個人的な意見ではありますが、山野のために、第一部の第一課長の席を準備しようと思います。」

 

ほぉ…花頂宮は、あの小僧をかなり買っているという事か。第一部の第一課長と言えば、軍令部の花形。おそらく次の昇進に合わせて、軍令部第一部長にする予定だな。佐藤の方も、次の昇進に合わせて、軍務局長に押し込むつもりだな。とはいえ、花頂宮が言うように、そろそろ小僧を軍政から出さなくてはいかん…という事は、わしも賛同だ。

 

「佐藤、あの小僧をそろそろ軍政から出してやる事については、わしも賛同だ。たしかあの小僧の希望は、艦娘の司令官だった筈。今の時点では戦艦娘からの反発はかなりあるが、そろそろ小僧の将来のためにも、軍政からは出したい。…それに、これ以上あの小僧の経歴を傷つける訳にはいかん。退役した三笠のためにもな。」

 

「南郷、やはり三笠は怒っていたか?」

 

たしかに…三笠は表面的には怒っているよ。だが、今回の一件は帝国には必要だった外科手術。その必要性も理解していたさ。実際、今回の一件で小僧への批判は大きいが、それと同時に小僧を支持している高級軍人も多い。時が経過し、今回の一件を冷静に見る事が出来るようになれば、今回の小僧の功績は正当に評価されるであろうな…。

 

「たしかに、三笠は怒っておった。だが、今回の一件の必要性も同時に認めておったわ。だからこそ、何も恨み言を言わずに退役の道を選んだのであろうな。」

 

「そうか…立場的に私が直接頭を下げる訳にはいかんが、三笠に詫びておいてくれ。…どうやら、小堀はまだしも、山野の方は軍令部に預けるしかなさそうであるな。」

 

ふん…前大戦時であれば、お互いに『すまん』の一言で済んだが、ここまで立場が出来てしまうと、うっかり頭も下げられんか…。お互いにやっかいな物よな…。しかし、やはり小僧を実戦部隊に戻すのは難しいか?戦艦娘達の反発は強いが、何か手があれば…。軍令部であれば、いざとなったらこちらに戻しやすいが、それでもそろそろわしの手元に、小僧を置いておきたい。戦艦娘に関わらない部署…か。ん?そうだ。

 

「佐藤、それと花頂宮、申し訳ないが、小僧はこちらで預からせてもらう。そろそろ小僧を実戦部隊に戻してやりたいし、小僧と関わる事で、艦娘達の小僧への誤解も解けると思うのだが…。」

 

「南郷。山野は大佐になる以上、実戦部隊ではおそらく主力艦の艦長となるだろう。現在、金剛四姉妹以外の戦艦娘は山野に反発していると聞く。金剛型の艦長という手はあるかもしれんが、危険が大きく過ぎないか?」

 

たしかに佐藤の言うとおりだ。ここで小僧を金剛型以外の戦艦娘の艦長とすると、お互いの信頼関係が全く無い状態での赴任となり、これは流石に難しいだろう。だからと言って、金剛四姉妹のいずれかの艦長にしてしまえば、それこそ反発も大きかろう。しかし…

 

「佐藤。小僧はたしか、航空母艦の研究のために、何度か横須賀に来ておる。おそらく航空母艦に興味があるのであろう。幸いな事に、鳳翔の艦長職はそろそろ異動時期だ。まずは鳳翔の艦長に任命し、次の昇進で、いずれ結成する事になるであろう第一航空戦隊の司令、そして最後に第一航空艦隊の司令にしようと思う。その後は…小僧次第であるな。」

 

「機動部隊構想か…。たしかに、これまでとは異なる思想に基づく艦隊の新設である以上、現在の主力艦とは一線を画すことになるか…。しかし、未だ誰も運用していない艦隊の編成と運用…山野も苦労する事になるだろう。」

 

佐藤は心配しているが、わしとしては、あの小僧であればなんとかすると思うがな。まぁ、どこまであの小僧が頑張れるかは、現時点では分からんが、それでも鳳翔の効率的な運用が確立できれば…今回の戦艦枠の縮小に伴う防衛力の減少は、十分カバー出来ると思うぞ。

 

「花頂宮、すまんがそういう事だ。小僧は横須賀で預からせてもらう。それと、佐藤と話したとおり、小僧には機動部隊編成を任せるつもりだ。軍令部には軍令部の考えがあるとは思うが、可能な限り小僧を支えてやってくれ。」

 

「分かりました、南郷閣下。軍令部は私にお任せください。それにしても…山野はこれからも苦労する事になりそうですな。」

 

当然だ。あやつが本当に、わしのような艦娘の司令官を目指すのであれば、これくらいの障害は乗り越えてもらわんとな。

 

 

 

横須賀鎮守府 司令部  三笠

 

 

なんだぃ、まったく。退役して暇になったと思ったら、記念艦として海軍の広告塔。まぁ、横須賀鎮守府にそのまま居る事が出来るから、これはこれで楽しいが、こういつもいつも南郷の爺に呼び出されていたら、適わないよ全く。敷島姉さんは、最近休暇も多いようだし…若いツバメとお楽しみのようだねぇ。まぁ、こっちは爺の面倒で我慢しておくかぃ。それに…今日はどうして、鳳翔まで呼ばれているんさね。

 

「南郷提督。山野磯郎大佐、只今横須賀鎮守府に着任いたしました。…ん?三笠様いらっしゃったのですか?」

 

「ん?坊や、今度の異動先はここかぃ。」

 

そうかぃ、今日は坊やが戻ってくる日かぃ。なるほど…それで鳳翔も同席って事かぃ。これは金剛の小娘が頭から湯気を出して怒りそうだねぇ…。しかし…軍政から抜けられたと思ったら、最悪の時期にここに赴任かぃ、まったく。相変わらず、運が良くない子だよ。坊やに対して恨みを持っている艦娘は多いからね…。まぁ、時間が解決するとは思うが、よりにもよってこの時期に着任とはね…。

 

「山野大佐。よく来てくれた。貴官にはここに居る航空母艦『鳳翔』の艦長として、空母機動部隊の研究を行ってもらう。いずれは航空母艦を中心とする艦隊を貴官に任せる事になるが、よろしく頼む。」

 

「!…航空母艦…でありますか。了解いたしました。山野磯郎、謹んで航空母艦『鳳翔』の艦長を受けます。鳳翔さん、よろしくお願いします。」

 

「山野大佐、こちらこそよろしくお願いいたします。」

 

南郷の爺も困ったものさね。これじゃ完全に金剛の小娘が怒りそうだよ。艦長となる士官は、着任した艦娘と結ばれるという話も多いからね…。まぁ、流石にこの状態で戦艦の艦長とする訳にはいかないだろうから、苦肉の策なのだろうが…。とはいえ、航空母艦を中心とする艦隊ね…時代が変わりそうだよ。まぁ、坊やなら上手くやるだろうさ。

 

「小僧…ここが正念場ぞ。」

 

「はっ、お任せください。閣下。」

 

うん、二人ともいい目をしているさね。海軍軍人たる者、こうでなくてはいけないねぇ。それに…ついにあの坊やも、南郷の爺と同じ目つきをするまでになったという事かね…。退役したとはいえ、南郷の爺の傍に居て、あの坊やが新しい艦隊を編成する姿を見る事が出来るんだ、あたしはとても幸せだよ。




以上で、今回の第二章は終了となります。山野中佐は、ついに航空畑に進出し、しかも鳳翔さんの艦長さんに任命されました。これにより、主力戦艦娘達との溝はドンドン広がる気も…。それに金剛さんの反応も気になるところです。おそらくこの辺りから、金剛さんと鳳翔さんの序列が逆転していき、『鎮守府の片隅で』の時代には、あのような状態になってしまった…という感じでしょうか。

第三章、正直何時書けるのか全く定かではありません。一応、話の流れは出来ているため、後は書くだけの筈なのですが、結構時間かかりそうなんですよね…。正直に言うと、『鎮守府の片隅で』の後の時代を描くエピローグは書いてあるので、そこにつなげる事が出来るような第三章が書けたらな…と思っています。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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幕間2 航空母艦『鳳翔』艦長時代
幕間2 航空母艦『鳳翔』の始動


第一章と第二章の合間にも、一つだけ幕間を入れましたが、今回も第三章の前に一つ幕間を挟みたいと思います。今回の幕間は、前回の幕間のように第三者の物語というのではなく、第二章と第三章の時代を繋ぐ話にしたいと思います。


航空母艦『鳳翔』艦橋  山野大佐

 

うん…やはり発艦に問題ありだな…。軍令部の宮様や南郷提督にも言われていたが、思うようにはいかないか。鳳翔さんが一生懸命打ち出している式神方式だと、一機ずつの打ち出しになるから、大量の航空隊を一気に展開させる事は難しいよな…。まぁ、現在の補助戦力としての航空母艦であればこれでも問題ないけど、はるか昔、大洋の女王として君臨した航空母艦の姿にはほど遠いよな…。

 

式神方式の代わりになる発艦手段も、これまでいろいろと考えてきたけど、どれもパッとしないしな…。ボール状にして投げてもらった時は、初速が足りずに航空機が発艦直後に失速。鳳翔さん自身も翌日は酷い筋肉痛で、俺は南郷提督から大目玉。パチンコ方式の時は、初速の問題はクリアーできたが、方向が上手く定まらず…。あの時は、横で見ていた金剛さんに運悪く衝突して…最近機嫌が悪い金剛さんが更に激怒する事に。拝み倒して許してもらったけど、今度はそれを見ていた鳳翔さんの機嫌が…勘弁して欲しいぜ。

 

しかし、そろそろ何か有効な手段を考えないとな…。とはいえ、初速があり方向も安定している…意外と難題だな。銃のような物も考えたが、今度は艤装を管理している工廠の方から、弾が小さすぎて航空機を封じられない…だからな。

 

「鳳翔さん、やはり発艦に課題が残りますね。私の方でもう少し考えてみますので、もう少しだけ待っていてください。」

 

「申し訳ありません、山野艦長。私が不甲斐ないばかりに…。」

 

「いえいえ、鳳翔さんの責任ではありません。まぁ、私がなんとかしますので、大船に乗った気で居てください。」

 

「まぁ。了解いたしました、山野艦長。艦長さんに全てお任せいたしますので、よろしくお願いいたします。」

 

うんうん、これだよな…この雰囲気。鳳翔さんは、どこかの誰かさんと違って、落ち着いているし、ちゃんとこちらを立ててくれるんだよな。鳳翔さんの艦長職は、本当にやりやすくてありがたいよ。

 

「山野艦長?ニヤニヤされていますが、何かあっ…そういえば思い出しました。昨夜は随分お帰りが遅かったようですが、また金剛さんのところに行っていたのですが?艦長さんが他の艦娘の所に入り浸るのは如何なものかと…。」

 

ただ、これがな…。艦長として赴任して気付いたんだが、鳳翔さん結構嫉妬深いんだよな。しかも大騒ぎする訳ではなく、静かに怒っている…というのがな…。一度金剛さん達と外でちょっと遅くまで飲んでいたら、鳳翔さんが迎えに来て…。あの時の鳳翔さんの顔はニコニコしていたけど、本当に怖かったな。なんせあの金剛さんですら、あの時は何も言えなかったくらいだからな。

 

「いや、鳳翔さん。金剛さんとはいろいろと相談しないといけない事も多いのです。特に…ほら、鳳翔さんも知っているとは思いますが、私は金剛さん姉妹以外の戦艦娘からは睨まれていますので、他の戦艦娘達の事を聞くためにも、金剛さんからの情報は必須ですから。」

 

「あっ…。申し訳ありません、山野艦長。そういう事情だったのですね。私の早とちりで…。」

 

ふっ、ちょろいぜ。まぁ、半分は事実だけどな。実際、俺に対する長門を筆頭とする戦艦娘達、そして重巡洋艦娘達からの風当たりは厳しい。何かある毎に、『そうか…さすがは海軍省エリートの山野大佐様だな。今度はこの私を退役させるのか?』だからな。とはいえ、この俺が艦娘達の司令官を目指すには、彼女達の支持も必要になるから、なんとかしないと…。

 

「いえいえ、誤解が解けたのでしたら、問題ありません。さぁ、それではそろそろ鎮守府に戻りますよ。航海長、進路を横須賀鎮守府へ。」

 

「了解しました、このスケコマ…ではなく、艦長。おも~か~じ。」

 

こいつ…。今度の人事異動で、海防艦『敷島』の艦長に推薦してやるぞ。ちくしょう…部下に恵まれないぜ…まったく。

 

 

 

横須賀鎮守府 弓道場  航空母艦『鳳翔』

 

 

「お母さん、今日はどうでしたか?山野大佐とは仲良くやれました?」

 

「赤城さん?お母さんは、今弓道をしているのよ、邪魔をしたら駄目だわ。」

 

「え~。ですが加賀さんも気にしていましたよね?大佐さんがお母さんとくっ付いてくれたらいいな~って。赤城も、山野大佐とお母さんが一緒になってくれたら良いな…と思っていますよ。だって、大佐はとても気前が良く、赤城にもいろいろ御飯を奢ってくれますから。」

 

「赤城さん!その話は…。」

 

この子達は…。実の娘達ではありませんが、私が呉に居た頃から面倒を見ている子達です。実際のところ、本当の娘のように育てていましたので、「お母さん」と呼ばれる事には慣れていますが、この子達もだいぶ成長した訳ですから、そろそろ親離れしてもらいたいものです。それに…帝国海軍は、この子達を正規空母の艦娘とする事に決めたようですし…。この子達のためにも、私が頑張らないといけないようですね。

 

しかし…山野艦長と一緒に…ですか。この子達が言うように、本当にそうなれば嬉しいのですが、艦長さんには金剛さんが居ますし、なかなか私の方を振り向いてはくれないでしょうね。実際、私の相手をしている時の艦長さんは、どこか他所他所しい部分がありますから…。山野艦長は、私を誤魔化す事に成功していると考えているようですが、私は知っているのです。艦長さんが、金剛さんの事をとても想っていることを。

 

「貴方達、山野艦長にご迷惑をおかけしたらいけませんよ。山野艦長はとてもお忙しいのです。」

 

「鳳翔さん。別に構いませんよ。赤城、加賀、横須賀鎮守府の傍に大食いの店が出来たようだから、この後連れて行ってやるぞ。」

 

山野艦長…またタイミングの悪い時に…。そんな事を言ったら、この子達はこれ幸いに、またオネダリをしますよ。たしか以前、この二人が食べ過ぎて、財布が凄く軽くなってしまったと嘆いていましたよね?まぁ、こういう気さくな部分があるからこそ、赤城さんや加賀さんもそうですが、私も艦長さんの事がとても好きなのですが。そうです…この機会ですから、私も連れて行ってもらいましょう。相手は自分の艦長さんなのですから、これくらいの役得はあっても良いと思うのです。

 

「山野艦長、あまりこの子達を甘やかしてもらっては困ります。とはいえ…折角なので、私も一緒に行きますので、四人で行きませんか?」

 

「Hey! なに勝手に話を進めているネ。私も一緒に行くに決まっていマ~ス!Hey! 大佐さん、私も一緒に行くネ。勿論、全部大佐さんの奢りデ~ス!」

 

はぁ…金剛さんも付いてきていましたか…。折角、金剛さん無しで、艦長さんと一緒にお出かけする機会だと思ったのですが、甘かったですね。

 

「金剛さん、貴方も来ていたのですか。しかし…他の戦艦娘の方々と一緒に居なくて良いのですか?」

 

「別に構わないネ。陸に居る間は、大佐さんと一緒に居たいデ~ス。それに…鳳翔の事も少しは気になるデ~ス。」

 

こういうところが、私も金剛さんの事が嫌いになれない理由なのですよね。なんだかんだと言って、戦艦が中心の横須賀鎮守府内では鼻つまみ者の私の事を気にかけてくれますし、私だけではなく赤城さん達の面倒も見てくれています。三笠様が退役された時は、いろいろと鎮守府内で混乱がありましたが、それが現在、曲がりなりにもきちんと鎮守府が纏まっているのは、金剛さんの力です。三笠様の言葉ではありませんが、地位が人を作った…金剛さんが大きく成長したのでしょうね。

 

「ありがとうございます、金剛さん。本当にいつも目をかけていただき、ありがとうございます。艦長さん、折角なので今日はみんなで、そのお店に行きましょう。あっ、もう少しだけ待っていてください。あと2本だけ矢を放ちましたら、行けますので。」

 

「あ…はい。それでは、少しここで待っていますね。金剛さん、貴方も少し出資してくださいよ。今は貴方の方が貰っているのですから。」

 

「Noネ。奢ってもらう事に価値があるネ。だから今日は諦めるデ~ス。」

 

フフフ、たしかにこれについては、金剛さんの言葉に私も同意します。私も艦娘とはいえ女性、こういう時は殿方に奢ってもらいたいですから、私も金剛さんを止めませんからね。それと大佐さん、艦長職の職務手当て…結構あること私は知っていますから。まぁ、赤城さんと加賀さんがどれだけ食べるのか、不安があると思いますが、普段は私が艦長さんの食事も作っているのですから…今日くらいは。

 

さて…艦長さんと金剛さんの漫才は放っておいて、残っている二本の矢を放ちましょうか。赤城さんや加賀さんもそうですが、私も昔から弓道を嗜んでおり、これを行う事で雑念が消えさり、落ち着く事が出来るのです。まぁ、私にとって丁度良いストレス解消なのかもしれませんね。それでは、矢をつがえて振り絞り…。雑念を追い払い、的だけに集中して…。

 

ヒュン…バスッ!

 

綺麗に打ち抜けました。理想的な場所に理想どおり矢を打ち込む事が出来ると、本当に嬉しいですね。矢をつがえる時は非常に集中しますので、周りの音が無くなりますが、矢が的に当たった瞬間に再び音のある世界に戻ってくる…この瞬間の心地よさ、私が弓道を好きな理由の一つでもあります。あら?山野艦長、私が弓を射る姿が美しかったですか?私の事を凝視してくれていますね。それでは、最後の矢を放ちましょう。

 

ヒュン…バスッ!

 

えぇ、良いですね。山野艦長が見ていた事も理由かもしれませんが、今日の最後の二本は普段以上に理想的に矢を放つ事が出来たと思います。さぁ、それでは艦長さんと一緒に、食事に行きましょうか。…あらっ?艦長さん、どうされたのですか。物凄く難しい表情をしているのですが…。それに、金剛さんが話しかけているようですが、ほとんど相手もしていませんし、赤城さんや加賀さんも、普段の山野艦長の表情ではないため、話しかけ辛いようです。なにかその…物凄く考え込んでいるような…この表情の時は邪魔をしないほうが良さそうですね。

 

 

「鳳翔さん、解決出来ましたよ。弓道です。これで行きましょう。」

 

「は…はぁ?」

 

山野艦長の沈黙の時間は2~3分だったと思います。金剛さんも含めて、私達にとっては非常に長い2~3分でしたが、艦長さんの最初の言葉は、私にとっても予想外の物でした。弓道で行きましょう…と言われましても…何のことなのかさっぱり分かりません。

 

「鳳翔さん、弓道のスタイルで艦載機を放つのです。この矢の大きさであれば、現在式神に封じている艦載機を、数機纏めて封じる事が可能です。これで全て解決ですよ!早速、工廠に行きますよ。金剛さん、貴方も一緒に来てくださいよ、貴方はこの鎮守府の主力艦の最先任艦なのですから。赤城、加賀、お前達も一緒に来なさい。」

 

どうやら…食事は延期のようですね。赤城さんと加賀さんは少し不満そうな顔をしていますが、こればかりは仕方ありません。それにしても、弓道方式で艦載機を発艦ですか。弓を艦に持ち込む事もそうですが、艦載機を矢に封じて運用…いろいろと課題も多い気がします。とはいえ弓で放つのであれば、投げるよりははるかに初速が稼げますし、決まった方向に確実に放つ事も可能…たしかに発艦の課題は解決出来るかもしれません。流石は、海軍省のエリートであった、山野艦長といったところでしょうか。

 

 

 

横須賀鎮守府 工廠    山野大佐

 

 

「ということで、工廠長。この矢に、可能な限り艦載機を封じてください。」

 

「しかし…山野君。この大きさであれば、たしかに4~5機は封じる事が出来るが…、矢を放った後の艦載機の展開を考えるとな…。」

 

そんな事は分かっているさ。しかしそこは、工廠側での艦載機の封じ方のノウハウと、艦娘側の錬度で解決可能な筈だ。それに工廠長が言うように、矢の大きさがあれば、4~5機の艦載機を一度に飛ばすことが理論的には可能。これが出来るようになれば、鳳翔さんの重要度は一気に跳ね上がるだろうし、後に続く事になるであろう赤城と加賀への期待も一気に上がる。

 

それにしても、弓道は盲点だったな。普段、俺は弓道場などには行かなかったから全然考えていなかったが、これは理想的な方法である気がするんだよな。鳳翔さんが矢を放った瞬間…「これだ!」と思ったよ。まぁ、実際にこの方法で運用をするとなると、いろいろなハードルがあるとは思うが…俺のツテでなんとかして、戦力化にこぎつけたいところだぜ。

 

「工廠長、案ずるより産むがやすしです。艦載機の展開については、艦載機の封じ方、それと艦娘側の錬度でカバー可能な筈。まずはやってみましょう。とりあえず、一般的な方法で良いですから、この矢に艦載機を封じ込めてください。」

 

「しかしね…山野君。ここまで大掛かりな話となると、横須賀鎮守府だけで解決出来る問題ではないよ。一度、上に正式に提案を上げてだね…。」

 

「工廠長、正式化の際はおっしゃるとおりですが、試験的な運用については、鎮守府内部の決裁で行っても問題ない筈。そしてこの件については、私が南郷司令官から全権を委任されていますから、よろしくお願いします。それに…いざとなったら、私の方から軍令部次長の宮様や、海軍大臣の佐藤閣下に直接話を通しますので、鎮守府に迷惑はかけません。」

 

「なるほど…流石は海軍省や軍令部に大きなツテを持っている山野君という事だな。分かった。比叡君の改装の際はお世話になった事だし、今回は私が借りを返す番だな。とりあえず、試しに行ってみるから、少し待っていてくれ。」

 

「よろしくお願いします、工廠長。」

 

工廠長に貸しを作っておいて良かったな。金剛さんの妹分である比叡さんを御召艦に改装する際、改装の件も含めて海軍省などへの根回しをやった甲斐があったな。自分が御召艦になれない事に不満をもった金剛さんの説得は大変だったが、流石にあの場面で金剛さんを推薦していたら、俺の立場がもっと拙くなっていたし…比叡さんにも貸しは作れたから、あれはあれで良かったと思うぞ。

 

「あの…山野艦長?その…比叡さんの件というのは、何かあったのですか?その…山野艦長は鎮守府の戦艦娘達に恨まれていますから、私の艦長さんとして、あまり戦艦娘達の関係に介入してもらいたくはないのですが…。」

 

「Hey! 鳳翔。この件は、No Problemデ~ス。私の妹の比叡が御召艦に選ばれる時、大佐にいろいろと手伝ってもらっただけネ。」

 

いや…『いろいろ』のレベルであれを処理したら駄目なような気が…。たしか当初は陸奥さんが選ばれていたところを、海軍省に働きかけて無理やり比叡さんを選ばせたのだからな…。この件もあって、長門達の俺に対する悪感情は増しているが、まずは自分の派閥を固める事が現時点では大事だからな。反対派の切り崩しは、その後だ。

 

「まぁ…あれを『いろいろ』で片付けて良いのかは微妙だが、結果的に大佐は、私だけではなく、金剛姉妹にも貸しが作れた…という事だわな。山野君、終わったよ。とりあえずやってみた。早速使ってみるか?」

 

「ありがとうございます、工廠長。ということで、鳳翔さん。比叡さんの件は置いておいて、早速使ってみてください。」

 

「は…はぁ。あの…あまり変な事に首を突っ込まないでくださいね、山野艦長。それにしても…考えたら直に実行…いえ、それが可能なだけの力を持っているのですね。流石と言いますか…。赤城さん、加賀さん、食事に行けないからといってブスッとしていないで、貴方達の将来にも関わるのですから、よく見ているのですよ。」

 

「は…はぃ、お母さん!赤城、ちゃんと見ています。」

 

「私も問題ありません、お母さん。」

 

赤城と加賀は、鳳翔さんの言う事は素直に聞くよな。まぁ、こんな良い考えが浮かんだら、直に実行してみたくなるし、それが出来るだけの権限とツテはちゃんと持っているさ。昔海軍少尉時代、敷島様から海軍省に行けと言われた理由、今ならよく分かるさ。いろいろな意味であまり顔は合わせたくないが、あの人には頭が上がらないし、足を向けて眠れないよな…。

 

おっ、鳳翔が工廠長から渡された矢をつがえたな。どうなることか…。まぁ、最初から上手く行くとは思えないが、一度に数機の艦載機の同時発艦、なんとか物になってくれたらな…。

 

ヒュン…バスッ…グシャ。

 

ありゃ…流石に一度では駄目か。矢に封じられていた艦載機が具現化した際、端の2機は問題なかったが、真ん中の3機が展開しきれず、空中衝突。しかし…少なくとも5機の同時発艦は可能、しかも方位も一定に発艦可能…これなら行けるな。

 

「ふむ…やはり最初からという訳にはいかんか…。艦載機の具現化のタイミングを少し弄ってみるか。しかし…山野君、これなら行けるかもしれんぞ。」

 

「そうですね、工廠長。改良の余地は大いにありますが、方式としては問題なさそうですね。どうですか、鳳翔さん?」

 

「山野艦長。これなら行けるかもしれません。私の方も、矢を放つ速度の調整が出来れば、もう少し上手くやれそうですし…練習あるのみですね。」

 

工廠長も、鳳翔さんも、手ごたえありと言った感じだな。赤城と加賀は、工廠の工員から貰ったお菓子を両手にご満悦のようだが、興味を持って鳳翔さんの姿を見ているようだし、多分大丈夫だろう。

 

「金剛さん、どうやら…南郷提督に良い報告が出来そうです。航空母艦の戦力化…赤城と加賀が着任する頃には、問題なく進められそうですし、新たな艦隊編成…こちらも行けそうですよ。」

 

「Hmm…流石は大佐さんデ~ス。でも…なんだか複雑な気もするネ。大佐さんが、どんどん私から離れていくような気がしマ~ス。私の乙女心も、少しは理解するネ!」

 

と言われてもな…俺は鳳翔さんの艦長だし、この後は空母機動部隊の司令官になりそうだからな…。金剛さんとの関係も重要だけど、難し…いや、やりようによっては、金剛さん達をこちらに引き入れる事は可能か…。

 

「山野艦長、ありがとうございました。空母『鳳翔』、これからは更に艦長さんの力になれると思いますので、今後もどうぞよろしくお願いいたします。」

 

「Hey! 鳳翔。何さり気なく、大佐さんにくっついているデ~スか!?離れるネ!大佐さんは、私のものネ!大佐さんからも何か言ってやるネ!」

 

「金剛さん。そう言われましても、大佐さんは私の艦長さんですし。それに…このお顔は、何か考え事をされているようですから、私達の会話は全く聞こえていないと思いますよ。」

 

「くぅぅぅ…Shit!」

 

金剛さんをこちらに引き入れる…どうやって南郷提督を説得するかだな。いや…今すぐでは、金剛さんは戦艦娘として強力な戦力。この状態では流石に南郷提督も、金剛さんを手放さないだろう。となるともう少し時間が経過して、金剛さん達が第一線から下がる頃まで待って…だな。

 

こちらに引き入れてしまえば、後は俺のツテを使って、金剛さん達を改装して速度だけでも上げてしまえば…いや、これはもう少し俺の権限が増えてからだな…。って、俺は今は鳳翔さんの艦長であるし、今後は空母娘との関係が深くなっていく訳で…、少し困ったな…。イテッ!赤城と加賀か。俺の頬を引っ張るなって!

 

「山野大佐、赤城と加賀を食事に連れて行ってくれる約束はどうなったのですか!赤城はもう待ちくたびれました。」

 

「そうよ、大佐。さすがの私も、待ちくたびれました。さっきまでは、軍務に関係するお話だから黙っていたけれど、もう終わったのでしょ?早く食事に連れて行って欲しいものだわ。」

 

こいつらは…。まぁ、そんな赤城と加賀を、鳳翔さんや金剛さんも止めないという事は、自分達も早く食事に行きたかったという事か?いくら大盛りの店とはいえ、赤城と加賀を連れて行くとどれだけ注文される事か…。工廠の工員達が渡したお菓子で、多少はお腹が膨れている事を期待するけど、望み薄のようだな…。

 

とはいえ、将来的には全て俺の部下になると思えば、ここで断るなんて道はないが…もう少し懐に優しい艦娘はいないのかよ…ちくしょう…。

 

「艦長さん、赤城さんと加賀さんもせっついていますし、今日はこの辺にして、食事に行きましょうか。勿論…貴方が奢ってくれるのですよね?未来の旦那様?…って、冗談ですよ。」

 

えっ!?…って、冗談か。鳳翔さんは、普段冗談なんて言わないから、一瞬ドキッとしたぞ。しかし鳳翔さんでもこんな冗談を言う事があるんだな。とはいえ、冗談なんて言い慣れていないのだろうな。冗談と言いながら、恥ずかしそうに俯いているし。こういうところは、本当に可愛いんだよな。

 

「ほ…鳳翔!何言っているネ!冗談でも、言って良い冗談と、悪い冗談があるデ~ス!大佐さんは、私のものなんだからさ、大人しくしているネ!」

 

金剛さん…。鳳翔さんも恥ずかしそうに慣れない冗談を言っただけなのだから、そこは笑ってスルーしてあげてくださいよ。というか金剛さんは鳳翔さんと違って、いつも全力投球だな。これはこれで、俺としては可愛いと思うし…これぞ、まさに両手に華!こんな美人を二人も連れて食事に行けるのだから、俺の運も捨てたものじゃないよな。




幕間扱いですが、久しぶりにこちら側の話を進めます。前回の本話の方では、山野大佐は空母鳳翔の艦長となりましたが、この時代は艦娘としての空母の黎明期ですから、未だ発艦方法も定まっていません。そのため鳳翔さんも、他の軽空母達と同様に式神で飛ばしている設定にしました。しかし艦これの世界では、正規空母は全て弓矢で飛ばしていますし、鳳翔さんも軽空母では珍しく弓矢スタイル。そのため正規空母達の発艦方法を、鳳翔さんを使って模索中…といった形にしてみました。

これでようやく山野大佐は、空母の力を発揮させることが出来るようになり、この功績をもって少将への昇進、そして空母機動部隊の司令官への道のりを歩む事になります。おそらく本話の第三章は、鳳翔、赤城、加賀を指揮下にもつ、第一航空戦隊指揮官としての山野『少将』の話になるような。そしてどこかの時点で、長門達や重巡洋艦娘達といった、現主力艦の艦娘と対立しつつ、それを転向させ…ではなく説得し、自身の派閥に組み込んでいく事になるのでしょうね。

金剛さんと鳳翔さんの関係…だんだん鳳翔さん側に天秤が動きつつあります。やはり、艦長として常時傍に居るというのは、非常に強力だと思うのですよね…。それにこの物語の大元となる『鎮守府の片隅で』では、鳳翔さんは非常に家庭的な所がありますから、このように距離が近い位置に居ると、これらの強みが完全な形で発揮される訳で…。現実でも、よくありそうな話になりつつあります。もっとも問題なのは、肝心の山野大佐自身が、まだあまり本気になっていないような…。

第三章…投稿までに結構間隔が空くと思いますが、気長に待っていていただけるとありがたいです。今回も読んでいただきありがとうございました。


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第三章 鎮守府への道
第十五話 初陣


大変長く時間が空いてしまいましたが、ようやく最終章が投稿できることになりました。第三章は、この物語の最終章となり、第一航空艦隊司令まで昇任した山野「少将」が、いよいよ『鎮守府の片隅で』の提督になるまでの物語です。

第三章の最初は演習風景が続きますが、後半は根回し大好きな物語になっているような…。おそらく好みがはっきり分かれる話になると思うため、根回しなどが嫌いな人は回れ右!でお願いします(笑)。第三章は、一週間に一度投稿する予定です。


横須賀鎮守府 司令部 山野少将

 

 

「山野、次回の演習だが、青軍は貴様が指揮を執れ。白軍はわしが自ら指揮を執る。」

 

ついにこの日が来たか…。いつかはこの日が来ると覚悟していたが、いざこの日が来たとなると緊張するな…。これまで俺の先任達も演習で青軍の指揮を任されては、南郷提督に煮え湯を飲まされている姿を間近で見てきたからな。老いたとはいえ、やはり南郷提督の指揮は素晴らしいものがあるし、南郷提督の指揮下に配属された艦娘達は、普段以上の力を発揮している…これに勝つのは並大抵の事ではないよな…。

 

しかし、ここで俺が南郷提督に勝利する事が出来れば、一気に次期艦娘の司令長官への最有力候補になる事は確実…。特に、これまで有力候補とされていた第二艦隊の米田中将は、前回の演習で南郷提督に完膚なきまでに叩かれて、次期長官レースから一気に後退している。だから今回の演習の結果は、非常に重要だよな。とりあえず、こちらに配属されるだろう戦力を交渉して、少しでも俺に有利な形で演習に挑むしかないよな。それと…

 

「了解いたしました、閣下。つきましては、今回の演習目的及び、両軍の配属予定戦力を教えていただけますか?」

 

もう既に戦いは始まっている。演習目的を始めに確認しておかなければ、それに対応可能な戦力の交渉は不可能。ちょうど二ヶ月前の演習で、青軍の指揮を執った第三艦隊の及山中将はこれで失敗していた…。それに今回の演習目的、おそらく俺の能力を試すための物である以上、南郷提督直属の第一艦隊の錬度確認…なんて事にはならないはずだ。間違いなく、俺が現在指揮をしている第一航空艦隊の能力確認が主眼になるに違いない。

 

「ふん…流石に、及山と同じ失敗はしない…と言ったところだな?まぁいい。今回の演習目的は貴様の第一航空艦隊の能力確認、それと運用方法の検討…といったところだな。当然、貴様に配属される戦力だが、第一航空艦隊を主体とする戦力になる。山野少将、第一航空艦隊以外に配属を希望する戦力を言いたまえ。場合によっては、米田や及山の第二及び第三艦隊からの戦力抽出も認める。」

 

ここが次の正念場か。ここで俺が過大な戦力を要求すれば、第一航空艦隊の能力確認といった演習目的は達成されない。それに運用方法の検討と言っている以上、将来的に空母と共に戦う戦力の確認が目的…。ん?そういえば、南郷提督の指揮する予定の戦力はどうなんだ?直卒の第一艦隊は当然として…これに第二艦隊なども含めた連合艦隊に近い編成の戦力となれば、こちらもある程度の戦力を希望出来るはずだ。

 

「閣下、演習目的については了解いたしました。しかし閣下が率いる予定の戦力についてもお教え願えませんか?今回の目的が第一航空艦隊の能力確認である以上、相手に対して過大な戦力、もしくは過小な戦力では演習目的が達成出来ません。」

 

「…山野少将。どうやら貴様の首の上にのっている物は、考える力を持っている…という事のようだな。今回の演習目的だが、先程貴様に伝えた物に加え、貴様の艦隊指揮能力の評価という項目も付け加える。そしてこれに伴い、わしは第一艦隊を中心とした、第二艦隊などの戦力も含む連合艦隊編成でのぞむ予定だ。…なにか質問は?」

 

な…冗談じゃないぞ。それじゃ、第一航空艦隊しか持たない俺の敗北は必然。いくら第一航空艦隊が空母を主体とした戦力といっても、戦艦や重巡洋艦は一艦もなし。これに対して南郷提督は、第一艦隊を中心とした連合艦隊?おそらく全ての戦艦と重巡洋艦…それに第一水雷戦隊を加えた戦力だろ?いくらなんでも無茶苦茶…いや、だからこその配属を希望する戦力を言え…という事か。

 

とはいえ、空母を主体とした我が第一航空艦隊に追随可能な戦力…だよな?戦艦では、長門や陸奥なのだろうが、この二人を南郷提督が手放す事はありえないし、それにあの二人は俺を恨んでいるからな…この二人は却下か…。それに伊勢や扶桑達は、速力的に第一航空艦隊に追随は不可能…それにあの四人にも恨まれているから、こちらも無理…。結局金剛達を希望…いや四人全ては受け入れられないだろうな…とはいえ、せめて二人は貰っておきたいところだ。

 

「閣下、流石に連合艦隊編成の白軍に対して、第一航空艦隊のみで対抗は不可能です。まずは閣下の第一艦隊より、第三戦隊の金剛と榛名をお借りします。また米田中将の第二艦隊から、第七戦隊の四人をお借りします。これに加えて第二水雷戦隊の使用許可を求めます。いかがでしょうか?」

 

「ふむ…空母4、巡洋戦艦2、重巡洋艦4に第二水雷戦隊…それと第一航空艦隊隷下の一個駆逐隊…という事か。よかろう。となると、わしの側も多少は調整せねばならんな。残りの戦艦娘は全て連れて行くとして…ここに第四・第五戦隊の重巡洋艦8、それに第一水雷戦隊といったところか…。山野、これで良いな?」

 

これでいいか…って、戦艦8に重巡8の八八艦隊じゃないか。完全に俺を潰す気かよ。とはいえ…今の第一航空艦隊ならば…鳳翔と龍驤は勿論だが、赤城や加賀も戦力化出来ている…なんとか…するしかないよな。それに戦い方次第では、それなりに対抗できそうだ。

 

「閣下、寛大なご配慮ありがとうございます。例え閣下といえども、全力で行かせていただきますので…ご覚悟を。」

 

「フンッ!小僧…増長しているようだが…貴様に海戦のなんたるかを…わしが直々に教えてやろう。覚悟しておけ。」

 

 

 

横須賀鎮守府 待機所  三笠

 

 

まったく…南郷の爺にも困ったもんだよ。また演習かい?しかも今度の青軍の指揮官は坊やと来たもんだ。まぁ、南郷の爺もそろそろ後任を決めなくてはいけないから、焦っているんだろうが…その後任候補がね…。第二艦隊の米田も、第三艦隊の及山も悪い指揮官じゃないんだろうが、あの爺が相手ではね…。あそこまで完膚なきまでにやってしまっては、教育にもなりゃしないってもんさね。

 

まぁ、ここであの坊やが爺に土でもつけてくれれば、一気に次期司令長官の椅子は固いんだろうが…あの爺は一筋縄じゃいかないさね。それに…爺の指揮下の長門達は勿論、重巡の高雄達も最近は坊やを嫌っている。その坊やが相手で、しかも爺の直接指揮下となれば、普段以上の力を発揮する事は確実。坊や…一体どうするつもりなんだぃ?

 

「三笠様…今度の演習は…あの山野少将が相手と伺っていますが…これは事実でしょうか?」

 

「ん?あぁ、長門かぃ。どうやらそのようだね。全く…あの爺にも困ったもんだよ。坊やには空母が居るとはいえ、戦艦は金剛の小娘と榛名だけ。それに対して爺の方は、お前も含めて戦艦娘だけで8。これに重巡娘の数も坊やの4に対して8。これで対等な演習なもんかぃ…。」

 

「ですが…三笠様?この戦力差を、山野少将は認めたんでしょ?だったら私達としては、長門もそうだろうけど、全力で…あの山野少将を叩くしかないわよ…ねぇ?」

 

「全くだ…。陸奥の言うとおり、今回はあの男が自分で認めたこと。南郷司令長官の指揮の許であの男を全力で叩ける…ようやくこの機会が到来したということだな。」

 

「Hey! 長門に陸奥。何を言っているネ。私は間違いなく、山野提督の指揮下デ~ス。お手柔らかにお願いしたいデ~ス。」

 

「金剛か。悪いが、今回だけは私も陸奥も、手加減出来ないな。」

 

ふぅ…これは、今回の演習は荒れそうだねぇ…。長門達は勿論、伊勢や扶桑達まで、普段以上に気合が入っちまっているよ。それに…第四、第五戦隊の高雄や妙高達も、思うところがあるんだろうね…念入りに偽装の確認をしているさね。ん?おや、爺と坊やが来たようだね。

 

「丁度、主力艦娘は全てここに居るようだな。よろしい。来週の始めより、主力艦を中心とした演習を実施する。青軍はここに居る山野少将が指揮、そして白軍はわしが指揮を執る。それぞれの陣営に所属する艦娘は、後程連絡する。演習に参加する艦娘は、それぞれの指揮官の下に集合し、その指示を仰ぐように。以上だ、何か質問は?」

 

ふむ…折角だから、あたしも少し参加させてもらおうかね。爺は、統裁官については言及していなかったから、統裁官として参加するとなれば、あたしも参加出来そうだ。それに…こんな機会は滅多にないし…坊やの指揮を間近で見てみるのも悪くないさね。

 

「南郷…統裁官として、あたしも参加させてもらうよ?」

 

「三笠か…。相変わらずだな。しかしな、三笠。統裁官は、白軍と青軍両方に必要だ。お前一人という訳にはいくまい。」

 

「そんな事簡単さね。あたしは青軍の統裁官をやるから、白軍の統裁官は敷島姉さんでいいさね。」

 

「三笠…相変わらず貴方は勝手な事ばかり。私は南郷提督の秘書艦ですから、統裁官など出来る訳ないでしょ?」

 

何言っているだぃ、姉さんは。どうせ姉さんも、今更演習なんかに参加出来ないだろ?だったら大人しく艤装を解いて、今回は統裁官として爺の隣に居ればいいさね。

 

「ふむ…わしとしては逆の方が、贔屓もなく公平な裁定が出来ると思うのだが…三笠…それについてはどう思うのだ?」

 

「なっ…あたしを甘くみるんじゃないさね!それに敷島姉さんだって、そんな贔屓なんてしないよ。爺…もう、耄碌したのかい?」

 

「ふむ…まぁいい。流石にお前や敷島が、変な裁定を下すとは、わしも思えん。いいだろう。三笠の言うとおり、三笠と敷島は、それぞれの艦隊の統裁官として参加する事。以上だ。」

 

まぁ、この演習。どうせ荒れるだろうから、その一番近い場所で見ていたほうが楽しいに決まっているさね。いずれにせよ、いよいよ坊やの実力を見る事になりそうだ…これは、楽しみだねぇ。

 

 

 

横須賀鎮守府 第一航空艦隊司令部  金剛

 

 

提督ぅ…一体何やっているネ。南郷提督相手に、半分にも満たない戦力で挑むなんて、無謀デ~ス。まぁ、私は提督の許で戦える事になったから、満足だけどサ。でも、敗北必至の演習は嫌ネ。それに…提督は鳳翔座上という事も気に入らないデ~ス。

 

「…という事だ。今回、青軍を指揮する事になる、第一航空艦隊司令の山野だ。俺に対して色々と思うところがある艦娘も居るだろうが、今回はよろしく頼む。」

 

「山野提督…たしかに主力艦娘は、山野提督に対して良い感情を持っておられない方も居るようです。しかし私達水雷戦隊は異なります。私達水雷戦隊は山野提督の指示さえあれば、その身が果てるその瞬間まで、戦い続ける事をお約束します。ですから、ご安心ください。」

 

全く安心出来ないヨ。普段は控えめで大人しい神通だけどサ、戦いになると人が変わってしまうデ~ス。鬼教官の神通とは、よく言ったものネ。こんな水雷戦隊、弦から離れたら二度と戻ってこない水雷戦隊ネ。そんな戦力、全く当てにならないデ~ス。しかもこの神通は、冗談ではなく本気で言っているデ~ス。流石に…軽巡を含む全ての水雷戦隊所属の艦娘が、神通を恐れているだけあるネ。

 

「神通、その意気込みは買うが、今回は南郷提督がおっしゃったように、第一航空艦隊の実力を見る事が演習目的だ。勿論、水雷戦隊の突入という機会が無いとは言わないが、主目的は空母の護衛である事を忘れないように。」

 

「山野提督?何を生ぬるい事を言っているのでしょうか?例え相手が戦艦・重巡洋艦において優勢とはいえ、夜間に私達第二水雷戦隊が本気で殴り込めば、勝利は確実です。…お任せください。たとえ長門さんであっても、この神通が刀の錆にしてご覧にいれましょう。」

 

Noooo…こんな爆弾娘と一緒の艦隊は嫌ネ。提督もドン引きデ~ス。青軍に、まともな艦娘は居ないデ~スか?

 

「あの…神通さん、今回は不本意かもしれませんが、提督の指示があるまでは、私達の護衛をお願いしますね?…その、お礼という訳ではないですが、この羊羹お一ついかがです?」

 

鳳翔…何言っているネ。あの神通が、そんな簡単に言う事を聞く訳ないデ~ス。…って、神通も羊羹は受け取るんですネ?しかも満面の笑みデ~ス。ひょっとして…甘い物好きデ~スか?

 

「…分かりました、鳳翔さん。少し不本意ではありますが、山野提督の指示には従います。ですから、鳳翔さんも含めて、空母の護衛は私達にお任せください。…山野提督?これでよろしいでしょうか?ですが、もし機会があれば、私達水雷戦隊に夜間突入をお命じください。」

 

「わ…分かった。その時はよろしく頼む。」

 

これも一応、鳳翔のおかげデ~スか?鳳翔が活躍する姿は、何か面白くないデ~スけど、今回は仕方ないネ。それに羊羹一つで、神通がまともに命令に従うのであれば、お手柄ネ。

 

「…で、提督?鈴谷達はどうするの?向こうの戦力の方が多いから、砲雷撃戦になったら鈴谷達だけでは厳しそうなんだけど。まぁ、神通さんの言っていた主力艦娘は提督の事が嫌い…っていうのは、そうかもしれないけどさ、別に鈴谷達はそこまで提督を恨んでないんだよね。まだ新しい艦娘だしさ?」

 

これはたしかにそうネ。流石にあの事件について、身を持って体験した第四、第五戦隊の古参の重巡洋艦娘達は、長門達と同じで提督を恨んでいるネ。でもあの事件が終わった後に配属された鈴谷達は、知識としてあの事件を知っているだけデ~スから、提督に深い恨みを持っている…という訳ではなさそうネ。まぁ、普段は高雄や妙高達の手前、そんな事言えないけどサ。

 

「第七戦隊も、私の指示があるまでは、空母護衛の状態で待機してもらう。まぁ、優勢な敵戦力の元に突っ込む事に比べれば楽な任務かもしれないが、これはこれで重要な任務だ。よろしく頼む。それに…時が来たら、第二水雷戦隊と共に敵艦隊に突っ込んでもらう予定だから、一応楽しみにしておいてくれ。」

 

「やっぱり最後は突っ込むのですね…。熊野は、そういう物騒な事は苦手なんですけど…。」

 

「熊野さん…敵前逃亡ですか?」

 

「い…いえ…違っ…違いましてよ?じ…神通さん?その物騒な物は引っ込めて欲しいんですけど…。」

 

今のやりとりでなんとなく、提督の作戦が分かった気がしマ~ス。大方提督は、鳳翔たち空母を使って、南郷提督の戦力を削れるだけ削ったら、最後は全艦で夜間突撃をかけて、一人でも多くの白軍の艦娘を道連れにするつもりネ…。神通も多分同じ事を考えているから、凄く嬉しそうな顔をしているけどサ…。私も今回は、覚悟を決めて演習に参加するしかないデ~ス。

 

「…で、坊や。目標としては、どこまで爺の艦隊を潰すつもりなんだぃ?坊やが考えているように、初日に全てを賭けて夜間突撃をかけるのであれば、かなりの艦娘を道連れに出来そうさね。まぁ、あたしとしては、もう少し艦娘を大事にする指揮を執って欲しいもんだが、実際この状況じゃね…。」

 

「ん?三笠?何を言っているんだ?俺は勝つつもりなんだが。それに、神通達も含めて、何か勘違いをしていないか?そんな簡単に艦娘を使い潰すような戦法を、俺が執るわけないだろ?それに、そんな指揮を執ったら、後から南郷提督に大目玉だからな。」

 

What? 初日に全てを賭けて夜間突撃するんじゃないデ~スか?私としては、少しでも相手にダメージを与えるためには、それしか無いと思っていたけど、提督は違うようデ~スね。

 

「なんだ…金剛もそんな風に思っていたのか?…顔に出て居るぞ。安心しろ、ちゃんと勝ち筋は考えているし、そんな簡単にお前達を使い潰す事は考えていない。…航空戦力を甘くみるなよ?それと…俺の命令には絶対に従ってもらう。いいな?」

 

「わ…分かっているネ!」

 

「提督?神通も命令には従いますが…勝負処で、逃げるような振る舞いを見せた時は…お命頂戴いたします…」

 

「まぁ、鈴谷達は楽に戦えるのなら、別にいいよ?期待してる…って感じ?」

 

色々と問題はあるけど、とりあえず提督の指揮権については皆、認めているデ~ス。結果はどうなるか分からないデ~スけど…少しだけ提督に期待しますネ。

 

「提督?第一航空艦隊の艦載機の配分はどのようにいたしましょうか?南郷提督の戦力は、戦艦が中心となりますと、戦闘機は必要ないと考えていますが…。」

 

「せやな、鳳翔はん。うちも鳳翔はんの意見に賛成や。今回は、艦爆と雷撃機だけでええんとちゃうか?」

 

「…いや、全てを艦爆と雷撃機という訳にはいかないだろうな…。鳳翔も龍驤も南郷提督を甘く見すぎているな。そんな事は、南郷提督は百も承知だろう。おそらく水偵を利用して少しでも艦隊の防空能力を上げてくる筈だ。やはり最低限の艦戦は搭載するべきだろう。それにいざとなれば、爆戦として利用すれば良いからな。」

 

たしかにそうですネ。南郷提督を甘く見たらNoネ。やっぱり山野提督はよく考えているデ~ス。BBAも頷いているし、多分これが正解ネ。比叡や霧島には悪いけどサ、こうやって優秀な司令官の許で戦える私は幸せデ~ス。

 




既に山野提督は、前回の閑話であった空母鳳翔の艦長を切欠に、第一航空戦隊の司令官を経て、全ての空母を集めた第一航空艦隊の司令官となっています。そして、いよいよ演習とはいえ、司令長官である南郷提督と戦う事になりました。戦艦対空母の戦いですから、結果は見えているはずなのですが、やはり南郷提督と戦う訳ですし、戦艦の数が圧倒的に違いますから、山野提督も苦戦する事になりそうです。それに…現在の第一航空艦隊の艦載機数では、航空攻撃だけで片をつける事は難しそうですし…。

という事で、何年越しになるか分かりませんが、ようやく「鎮守府への道」の最終章を投稿する事が出来ます。既に完結まで書いてあるため、ここで中断する事はないですから、安心して読んでもらえれば…と思います。予定では、一週間に一度ずつの投稿をして、第三章の7話+エピローグの1話、計8話を二ヶ月程度で投稿する事になるかと思います。

最後まで、どうぞよろしくお願いします。


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第十六話 第一航空艦隊の力

第三章の第二話は、いよいよ山野提督と南郷提督の戦いになります。第一航空艦隊が演習に参加する機会は、今回が初めて。いよいよ山野提督が鍛えた航空艦隊の力が発揮される事になります。そしてこの航空攻撃が、南郷提督達に時代が変わりつつある事を認識させる事に…。


太平洋上 鳳翔艦橋  山野少将

 

 

「提督、演習開始のお時間です。ご指示を」

 

いよいよ演習開始か。南郷提督の白軍の起点は横須賀沖、そして俺の青軍は串本沖から開始か…。俺の青軍が白軍に勝っている点は、艦隊速度と航空機が使用出来る点。だとしたら、なるべく邪魔する物がない海域で戦う方が有利だよな…。それに…。

 

「鳳翔、ありがとう。艦長、進路東南東、艦隊を青ヶ島方面へ。彼我の距離と艦隊速度を考えると、しばらく白軍との接触はないだろう。4時間後に索敵機を出すが、赤城から7機、加賀から6機を準備するように、両艦の艦長に連絡。今回は二段索敵をかける。それと白軍が見つかり次第、次の索敵機を出すぞ。」

 

「提督、13機も索敵に使用するのですか?索敵の重要性は私も理解していますが…13機も出してしまっては、攻撃隊の編成に影響が出ると思うのですが…。それに索敵でしたら、金剛さんや榛名さん達に搭載している水偵でも事足りると思います。」

 

たしかに鳳翔の言いたい事は分かる。しかし俺達青軍の有利な点は機動力。敵の位置を正確に認識出来れば、かなり有利な戦いになる以上、索敵にはそれなりの力を投入しなくては駄目だ。それと…。

 

「いや、それは違うぞ、鳳翔。今回は、相手の正確な位置を確実に掴む事が必要。そのためには、多少問題があったとしても、索敵に手を抜くべきではないだろう。それと龍驤に、6時間後に上空直掩のため、戦闘機小隊を一つあげるように連絡してくれ。白軍の水偵が来たら、直に撃墜判定を出すように…と。」

 

水偵が落とされれば、俺達の居る大体の方角は判明してしまうが、それでも正確な位置を知らせないため、そして常時俺達の位置を監視させないために、この措置は絶対に必要だ。南郷提督の艦隊と正面からやりあっても、こちらが負ける以上、相手が見えない場所からジャブを打ち込んでいくしかないからな…。流石に龍驤の戦闘機隊も、鳳翔のものと同様にベテラン揃い。間違っても、水偵相手に遅れはとらないだろう。

 

「分かりました、龍驤と赤城さんや加賀さんに連絡します。」

 

 

「提督、加賀さんの出した5番機から通信。神津島沖40km付近を南西に向って進む白軍艦隊を発見。これより接触を続ける…との事です。既に残りの索敵機には帰還命令を出していますし、交代用の索敵機を新たに出しました。」

 

神津島沖を南西に向っているのか…まっすぐこちらに来ているという事は、時間的に夜間接触による夜戦を南郷提督は狙っているという事だよな。しかし、今の段階ではこちらの正確な位置は南郷提督には知られていない筈。先程、龍驤の艦載機が、白軍の水偵に撃墜判定を出しているから、おおよその方向は分かっていても、まだ正確な位置はつかめていないだろう。おそらく南郷提督の予想している場所よりも南に、俺達の艦隊が居る筈だからな。まずは…こちらから予定どおり仕掛けてみるか。今なら奇襲になるかもしれんからな。

 

「鳳翔。第一次攻撃隊を出すぞ。第一次攻撃隊は、鳳翔と龍驤の艦載機の全力出撃。目標は長門と陸奥の足を止める事。撃沈までは望まないが、中破以上を期待する。直ちに準備するように。赤城と加賀には、一時間後に第二次攻撃隊を出してもらう。こちらの目的は比叡と霧島の撃沈。そして余力があれば重巡洋艦に攻撃をしてもらう。」

 

「は…はぃ!提督。ですが、私と龍驤の攻撃隊では、私の艦戦が6機に艦爆が9機、そして龍驤の直掩隊を除いた艦戦が9機と艦爆が16機、そして艦攻が8機…赤城さん達を第一次攻撃隊に回したほうが良いと思うのですが…。」

 

そんな事は分かっているさ。だが…第一航空艦隊の演習参加はこれが初めて。そしてこの第一次攻撃隊は、文字通り長門達が初めて経験する本格的な空襲の筈。奇襲効果を考えれば、例え数は少なくても、一番錬度の高い航空隊を投入する方が効果は大きいだろう。

 

「鳳翔、言いたい事は分かるが、今回は相手も初めて経験する空襲のため、奇襲効果が最大限発揮できる。そこで…今回の攻撃は始めに上空からの艦爆隊による急降下爆撃攻撃で一気に決めてもらう。そしてそのショックから立ち直れない間に、龍驤の艦攻による両翼からの魚雷攻撃で長門と陸奥を同時に仕留める。つまり今回の第一次攻撃隊は、奇襲的な要素が強いから、数ではなく質が重要だ。鳳翔達の艦載機隊は我が航空艦隊一のベテラン揃いだ。必ず戦果を上げてくれる事を期待しているぞ。」

 

「…分かりました。そこまで信用していただけるのでしたら、やり遂げて見せます。私の艦爆隊は長門さんを、龍驤の艦爆隊は陸奥さんを狙います。そして…龍驤の艦攻隊がとどめを刺す訳ですね…。飛行長さん…よろしくお願いしますね。」

 

「おぉ、鳳翔さん、任せてくれや。それに提督、先陣は俺達が見事に努めてやるから、大船に乗った気で待っていてくれや。たとえ南郷提督とはいえ、確実に仕留めてきてやるからよ!」

 

この一撃が決まれば、一気にこちらが楽にはなるから賭けに出る価値はあるな。…色々と不安はあるが、ここは将として部下の働きを信じて待つしかないよな…。それと…この一撃で、南郷提督に時代が変わりつつある事を、嫌でも認めさせてやる。

 

「飛行長、よろしく頼む。それと…攻撃隊は南から回り込むような進路で白軍の艦隊に接触してくれ!」

 

 

 

神津島沖 70 km  長門艦橋  統裁官 敷島

 

 

「ふむ…流石に一筋縄ではいかんな…。伊勢と日向に通信、新たな水偵を出し南東を中心に索敵を実施するように。それと扶桑と山城にも水偵を出させて、艦隊の前方で哨戒活動にあたるように伝えよ。」

 

南郷提督と山野提督の演習ですか…。今の所、位置が完全に知られている私達が若干不利と言ったところでしょうか。いえ…戦力比を考えれば、この程度では不利とは言えないかもしれません。それに…おそらく南郷提督は、先に山野提督に攻撃させて、航空機の力を見る…いえ、航空機を対空戦により消耗させる腹のようですね。前方に哨戒機を送ったのも、対空戦闘の準備をするためだと思います。

 

「提督、私がこう言うのも変かもしれないが、これ程の戦力差がある状態で演習などしても、あまり意味はないのではないか?それに奴が小細工をしようとしても、この戦力差では何も出来ないと思うのだが…。」

 

ふむ…長門は未だ、山野提督の実力を理解していないようですね。いえ…流石に油断しているとは言いませんし、実際にこの戦力差です。長門が言っている事に間違いはありません。

 

「長門…お前が小僧をどう思って居るかは、わしの与り知らんところだが、あの小僧の実力を甘く見ていると足元を掬われるぞ?それと…お前が小僧を恨むのは筋違いという物。あれは小僧の責任ではあるまい。いい加減に許してやったらどうなのだ?」

 

「…提督の言いたい事は理解している。たしかに、緒先輩方が強制的に退役させられた件、奴が画策したのだろうが、奴の本意で無い事も理解している。だが…この私の感情が未だ奴を許せない。…すまない、提督。」

 

たしかに、こればかりは時間が解決してくれる事を待つしかなさそうですね…。長門にとって河内姉妹達のような先輩の戦艦娘は、文字通り色々と教えを授かった偉大なる先輩であったのでしょう。その彼女達を退役に追い込んだ山野少将のことは、あの当時の帝国の実情を考えれば仕方なかったと頭では理解していても、なかなか認められないのでしょうね。

 

「か…艦橋! 敵機直上、急降下!」

 

「何!急速回頭!面舵一杯!」

 

「敵急降下爆撃機、9機!全て本艦に向ってくる!」

 

い…いつのまに。南郷提督は艦隊の進路方向、青軍が居ると思われる方位に対して、哨戒線となる水偵を放っていました。撃墜を示す判定も出ていない以上、哨戒線は有効に機能していた筈です。一体どこから…。それにしても…見事なものですね。おそらく鳳翔の艦載機だと思われますが、文字通り一直線になって、こちらに急降下してきています。あの速さで接近する航空機を撃墜する事は難しそうですね。

 

…どうやら私は、時代が変わる瞬間に居合わせているのでしょうね。これからは三笠が選んだあの少尉が、この帝国海軍を支えていく事になりそうです。…南郷提督も私と同じように感じて居るのだと思います。悔しそうな顔はしていますが、どことなく嬉しそうな表情があります。おそらく私と同じように、時代が変わる瞬間を認識して、山野少将が自分の後継者になると判断したのでしょうね。さて…攻撃が終わったようですね。少々悔しい思いはありますが、統裁官として被害判定を出さなくてはなりません。

 

「青軍の艦上爆撃機からの急降下爆撃、本艦への命中7、また陸奥への命中8。統裁官殿、判定を!」

 

「判定、長門は主砲以外の上部兵装は全て喪失、艦速は10ノットまで低下。陸奥も主砲以外の全兵装を喪失、艦速は9ノットまで低下。両艦ともに中破の判定です。機関長、長門の艦速を10ノットまで低下させるように!」

 

あっという間の出来事でしたが、確かに青軍の艦上爆撃機からの模擬弾は本艦に7発命中しています。また陸奥には、長門への攻撃に倍する艦上爆撃機からの攻撃を受けていますが、命中は8。やはり鳳翔の攻撃隊の錬度はずば抜けている…という事ですね。模擬弾は25番(250 kg)相当ですから、本当の戦ならば長門も陸奥も上部甲板は火の海になっている筈です。

 

「敷島様!私はまだ戦える!戦艦である私が25番程度で中破とは、納得いかない!」

 

「おだまりなさい長門!あれだけの爆撃を受けた貴方は本来ならば火達磨になっています。例え主砲塔を含む重要部分が貫通してなかったとしても、その他の兵装が全喪失しているという私の判断に間違いはありません。」

 

「しかし!あのような奇襲攻撃は…卑怯だ!」

 

「長門、落ち着け!これは演習とはいえ、わしと山野の真剣勝負だ。戦に卑怯も何もない。知略を尽くして相手を叩く!それが戦だ。今回は…あの小僧にしてやられたという事だな。それに…演習はまだ終わっておらん!周辺確認はどうなっておる!」

 

…長門の若さが出ましたね。自分の思い通りにならない事、戦ではよくある事です。私のように先の大戦で実際に戦闘に参加した者であれば、戦には相手がいる事を骨の髄まで理解していますが、これまで戦を経験していない…そして南郷提督の許で自軍に有利な演習しか参加してこなかった長門には、強烈な一撃になったようです。…ふむ…やはり山野少将は手を抜かないようですね。長門にとって、今回の演習はいい経験になりそうです。

 

「艦橋!う…右舷より青軍の雷撃機急速接近!…魚雷投下!雷数4。全て本艦への衝突コースですっ!」

 

「く…くそっ…こんなバカな事があるかっ!私はまだ一発も主砲を撃っていないのだぞ!しかも敵の姿すら見ていない!や…山野の奴…。」

 

どうやら長門はここで脱落ですね…そして僚艦の陸奥も脱落のようです。山野少将…初手で徹底的に長門と陸奥を狙ってきたという事ですか。今回の攻撃、他の艦には目もくれずに、長門と陸奥のみを脱落させに来ましたね…やはり最大戦力から削り取る算段のようです。…となると、次に狙われるのは伊勢と日向でしょうね…。

 

「判定、長門の右舷に魚雷命中4、陸奥の左舷に魚雷命中3。長門・陸奥いずれも大破と判定します。提督、この両艦は戦力外のため今回の演習からは除外する事になります。次の座乗艦をお選びください。」

 

「長門、今回の失策は私の失策だ。お前の失策ではないから、気にするな。陸奥と共に先に横須賀に戻っているように。」

 

「すまなかった…提督。この私が不甲斐無いばかりに。次は必ず提督の期待に応えられる様に成長する事を約束する。それと…私は山野提督を甘くみていたのだな…今回の事で、さすがに私も目が覚めたよ…。」

 

どうやら自分が演習から除外された事で、ようやく少し冷静になったようですね。そして、ここまで見事にしてやられてしまっては、山野提督を認めざるを得ないのでしょう。そういう意味では今回の演習、長門にとっても丁度良い成長の糧になってくれそうです。

 

「敷島、次の座乗艦だが…扶桑にしようと思う。長門、陸奥が脱落した今、おそらく小僧の次の攻撃目標は伊勢か日向になるだろう。伊勢・日向を中心とした輪形陣を作り、伊勢と日向を狙ってくるであろう小僧の攻撃隊を少しでも削る事にしよう。そのためには、狙われている艦に居るよりは、対空戦闘を中心になって行う扶桑に乗艦して居た方が、都合が良いであろう。」

 

「たしかに…そうですね。おそらく次の攻撃で、伊勢と日向の艦橋は修羅場になるでしょう。提督には、全ての戦闘を冷静に見て貰った方が良いと思いますから、次回の攻撃目標の確率の低い扶桑に乗艦する事は正しいかと、私も愚考します。」

 

輪形陣は対航空戦のための艦列ですが、演習で使用する事も初めてのため、その効果も未確認。となると、それらの効果を総合的に判断するためには、目標艦ではない艦に南郷提督が座上して居る方が良いと私も思います。あら…私は統裁官だった筈ですが…いつのまにやら普段どおりの秘書艦になっている気がしますね…。おそらく南郷提督にとっても、それだけ今回の攻撃がショックだったのだと思います。

 

 

 

扶桑艦橋 南郷大将

 

 

「提督、お待ちしておりました。私を旗艦に選んでいただき…ありがとうございます。既に提督の指示による輪形陣への艦列の変更は進んでおります。ご確認をお願いします。」

 

「扶桑、ご苦労だった。すまんが、わしの座乗艦として頼むぞ。それと…輪形陣への艦列変更、よくやった。なんとか、小僧の第二次攻撃には間に合ったという事か。」

 

まさか初手で、長門と陸奥を失う事になるとは思わなんだな…。しかもワシが計画した哨戒線の裏をかいてくるとは、小僧も必死という事か。それに航空攻撃が、あそこまで凄まじい物であるという事が分かったことは行幸と言うべきかな。

 

いや…今回はこちらの油断があったため、ほとんど航空機に被害は出なかっただろうが、今回のように輪形陣を作っている艦隊に航空機が突っ込む場合は、流石に攻撃側の被害も大きかろう。となると、航空機の使用タイミングはかなり限られるという事。だからこそ、あの小僧も金剛と榛名を自分の艦隊に引き込んだという事か…。とはいえ、これからは戦艦娘と空母娘、ある程度バランスよく増強して行く事になりそうだ。まぁ、その役割を果たすのは…小僧になるのだろうがな。

 

「閣下、扶桑からの報告のとおり、既に艦隊は輪形陣を敷いています。中心に、おそらく次の航空攻撃で目標となるであろう伊勢と日向を置き、その周りを山城、扶桑、霧島、比叡で固めた内側の円、そして第四・第五戦隊と第一水雷戦隊からなる艦により構成した外部円。この二重の円で中央の伊勢と日向を確実に守る形になっています。」

 

「了解した敷島。この輪形陣で小僧の航空攻撃をどの程度まで防げるのか…初めての実戦でもあるし、よい研究になるであろう。」

 

む…いかんな。敷島は統裁官としての参加だった筈。いつのまにか普段どおり秘書艦として扱ってしまっておるな。ワシも…先程の攻撃でそれだけ焦ったという事か。まぁいい。勝負はまだまだこれから。小僧には、この貸しをしっかり返さなければな。

 

 

「青軍の攻撃隊、南方より我が艦隊に接近中。数…数およそ100。大編隊です!」

 

どうやら、この第二次攻撃が小僧の本命という事か。流石にこれだけの数の艦載機に集中攻撃を受ければ、伊勢や日向と言えども無傷という訳にはいくまい。少しでも多くの山野の艦載機に撃墜判定を出し、山野の航空戦力を枯渇させる事が出来れば…戦艦の数も重巡の数も圧倒しているこちらが、負ける事はあるまい。

 

「全艦、対空戦闘はじめ!」

 

「青軍攻撃機、上空で突撃陣形をとりつつあり!攻撃目標は…えっ?…攻撃目標は伊勢と日向ではありません。後方の比叡と霧島に向いつつあります!」

 

小僧…どこまでも、こちらの裏をかくつもりか。中心部の伊勢と日向では被害が大きいと見て、比叡と霧島に攻撃目標を変更したという事…いや、違うな。これだけ躊躇なく攻撃してきたという事は、最初から攻撃隊にそのような指示が出ていたという事。しかし何故、現在の白軍の最有力艦である伊勢と日向を狙わんのだ…。

 

「提督!比叡に4発、霧島に3発の命中弾を確認。残念ですが…統裁官として、両艦には中破判定を出させていただきます。また、外周円を固める第四戦隊及び、第五戦隊にも被害があるようです。こちらは集計待ちですが、重巡洋艦にも被害判定が出るでしょう。」

 

「敷島、未だ小僧の艦載機群の第二波攻撃は終了しておらぬが…、何故、伊勢や日向ではなく、戦力的には優先度が低いと思われる、比叡や霧島、重巡洋艦群に攻撃を集中したと考える?」

 

「…提督、これはあくまでも私の推測になりますが、山野提督にとっては、伊勢や日向よりも、比叡や霧島の方が戦力的に大きいと判断していたのではないでしょうか?理由は…理解できませんが…。」

 

ふむ…伊勢や日向よりも、比叡や霧島が戦力的に上…か。となると、比叡や霧島の方が、伊勢や日向に比べて優れている点を、あの小僧は脅威として受け止めたという事か…。…なるほど、速力か。たしかに、伊勢や日向に比べて、比叡や霧島は砲戦能力で劣るものの、艦速は優速。そして外周円の重巡洋艦達にも被害が出ているという事は…機動力に優れた艦娘を狙ってきたという事だな。

 

…あやつ…砲戦には持ち込ませないつもり…という事だな。砲戦に持ち込まれる前に、自軍の優速を生かして、逃げ回る…か。なるほど、これが小僧の考えた航空艦隊の戦いという事なのだな。…いいだろう。そこまでやるのであれば、このワシも付き合ってやろう。だが小僧、その戦い方を嫌がる艦娘は多いぞ。そのような艦娘を、どのように抑えるのか…見物ではあるな。特に、第二水雷戦隊を率いる神通辺りは、煩かろうて。

 

…ふむ、どうやら山野の第二波攻撃が終了したようだな。こちらの対空攻撃による模擬弾の命中もかなりあったようで、山野の攻撃隊にそれなりに損傷は与えたようだが…こちらも被害は甚大のようだな。比叡と霧島は、その後の魚雷攻撃による命中も鑑みれば、間違いなく撃沈判定が出るだろう。それに…外周円の第四戦隊と第五戦隊も、ここから見ていた限りでは、半数…いや、5艦は脱落といったところか。

 

「敷島、判定は?」

 

「はっ、南郷提督。青軍の航空攻撃により、比叡、霧島は撃沈。第四戦隊の高雄と摩耶が撃沈、鳥海が大破。また第五戦隊の那智と羽黒が共に大破と判定します。」

 

「青軍攻撃隊の被害はどうだ?こちらは概算で構わん。」

 

「攻撃隊第二波のおよそ3割に撃墜判定、そして更に3割に撃破判定かと…」

 

相手の6割に損害と言ったところか。これで山野が使える航空攻撃は実質、残り一度。そして時間も考えれば、次の攻撃が今日最後の攻撃になろう。ワシは次の攻撃を最小被害で乗り切り、夜戦に賭ける形になるな。いくら相手の艦隊が優速とはいえ、夜戦であれば遭遇戦。完全に避け切る事は難しかろうて。それに第二水雷戦隊をはじめとした小僧の戦力は、積極的に夜戦を戦いたかろう。遭遇戦になった場合、小僧の力で静止出来るとは…少し考え難いわな。

 

「扶桑、少し数は少なくなってはおるが、砲雷撃戦に持ち込めば、未だこちらの勝ちは間違いなかろう。このワシが直接指揮を執る以上、小僧如きに遅れは取らんからな。とはいえ、今日中にあと一度は、先ほどのような航空隊による攻撃があろう。ご苦労だが、残存艦を纏めて、今一度輪形陣を編成してくれ。扶桑…この度の戦、お前には臨時旗艦として苦労をかけることになるが、最後までよろしく頼む。」

 

「南郷提督、了解いたしました。直ぐにとりかからせていただきます。提督の許で戦える事、扶桑はとても嬉しく思います。」

 

…未だ我が艦隊の士気は旺盛。例え時代が変わりつつあると言えども…小僧…そう簡単に楽はさせぬぞ。




ついに第一航空艦隊が、その圧倒的戦力を南郷提督に叩き付けました。この物語上では演習とはいえ、初めての航空機による戦艦への攻撃になります。そのため歴戦の南郷提督とはいえ、奇襲を許してしまう結果となりました。しかし流石は南郷提督。直に輪形陣に切り替えて、対航空戦の陣形をとったわけです。とはいえ、山野提督も負けておらず、完全に南郷提督の裏をかく形で、比叡と霧島を狙ってきた訳でして…。

山野提督は航空母艦の指揮官、そして南郷提督は戦艦の指揮官のため、お互いの価値観が違ったために起った出来事ではありますが、結果的に山野提督のラッキーパンチとなりました。しかし…未だ、南郷提督の艦隊の方が優勢です。ここからどうするのでしょうか…。


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第十七話 作戦変更

今回も演習風景ですが、山野提督が南郷提督を追い詰めていく場面になります。また山野提督が提督としてのリーダーシップを発揮し、配下の艦娘達をしっかり抑えていく姿も見る事が出来、山野提督が成長した姿を見せることができるかな…といった感じで、第三話が完成しました。


航空母艦 鳳翔艦橋  山野少将

 

 

「航空参謀。赤城と加賀に帰還した機のうち、再出撃可能な数はどれだけ残っている?ここから見た感じではかなりの被害が出ていそうだが…。」

 

「提督、先程の報告では、撃墜が約3割、そして撃破判定が3割。特に艦攻隊に被害が集中しているようで、直に出撃可能な数は二艦合わせて、艦戦23機、 艦爆22機そして艦攻が12機です。」

 

かなり喰われたな…。甘く見ていたつもりは無かったが、やはり南郷提督が指揮する艦隊だけのことはある。おそらく研究中の輪形陣で対抗されたんだろうな。こっちも、南郷提督の価値観では最重要艦としているであろう伊勢と日向を攻撃目標から外したにも関わらず、この被害。やはり航空攻撃というのは、一回の攻撃力も大きいが消耗率も大きいという事だな。継戦能力に課題あり…といったところか。

 

しかし、ここからどうする。航空戦の常道でいけば、敵は叩ける時に叩く。すなわち第一航空艦隊の持てる全ての力をもって、第三次攻撃に出るのが正解だ。時間的にも、今から第三次攻撃をかければ、ギリギリの時間だが夕暮れまでに第三次攻撃隊を、母艦に帰還させる事も可能。しかし…残された攻撃隊で、完全防備を固めた艦隊に攻撃をかけて、最低でも南郷提督の戦艦を二艦脱落させる事が可能か?第一次攻撃は完全な奇襲、第二次攻撃は相手の裏をかいたにも関わらずこの消耗率。おそらく第三次攻撃隊のほとんどは、撃墜判定が出るだろうな。

 

「山野提督、いかがしますか?私の艦は既に第三次攻撃隊の編成は終了していますし、龍驤からも第三次攻撃隊の準備が終了していると連絡が来ています。また赤城さん、加賀さんも急いで準備していますから、おそらく30分後には攻撃隊発艦可能です。」

 

「鳳翔、現状について了解した。しかし第三次攻撃隊の出撃は待ってくれ。少し考えたい事がある。」

 

「は…はい、それは問題ありませんが…。しかし提督?30分後には第三次攻撃隊を発艦させなければ、攻撃隊の帰艦は日没後になります。私や龍驤の航空隊であれば、夕暮れ時の着艦も可能ですが、赤城さんや加賀さんの航空隊には、未だそれ程の技量はありません。…ご決断を。」

 

どうする…。ここで全てを第三次攻撃隊に賭けてから、夜間に第二水雷戦隊を突っ込ませるか、第二水雷戦隊を中心とした夜戦で勝負した後に、残った敵を翌日航空隊で叩きにいくか…。どちらの選択肢もリスクが大きい。しかし演習とはいえ、戦いは戦いだ。ここで大きなリスクをしょってでも勝負しなければ、あの南郷提督には勝てない。

 

第三次攻撃隊にもう少し攻撃力が残っていれば勝負出来るし、もう少し南郷提督の艦隊が少なくなっていれば…。いや、今更そんな仮定の話を考えても意味はないな。ん?…攻撃力だけならば、なんとかなるよな。流石に鳳翔や龍驤に予備機は積んでいないが、赤城や加賀には予備機がある。しかも撃破判定の搭乗員は戦死判定ではない以上、予備機で飛ばす事は可能な筈。しかし予備機を今から準備すれば、完全に夜間攻撃になるため、確実な戦果は期待出来ない。とはいえ、まずは予備機が使用可能かどうか確認が先だな。

 

「三笠。これは統裁官への質問なんだが、赤城と加賀に着艦した撃破判定の機体。搭乗員の戦死判定は出ていない以上、予備機の使用は問題ないな?」

 

「ん?なんだい坊や。予備機まで持ち出すつもりなのかい?まぁ、撃破判定はあくまでも機体の撃破。搭乗員に負傷判定を出している訳じゃないから、予備機の使用は問題ないさね。ただ坊や、予備機の使用には時間が必要な筈。夜間攻撃でもするつもりなのかい?」

 

やはり規則上使えるんだな。となると、後はタイミングだよな。既に南郷提督の艦隊から足の早い戦艦4艦は脱落している。したがって、艦隊巡航速度は此方の方が上。まぁ、水雷戦隊だけを分派して、夜襲を仕掛けてくる可能性はあるが、相手はこちらの第三次攻撃を警戒しているだろうから、直にこちらに追撃は不可能。となると、こちらの艦隊巡航速度でも、十分に追撃はかわせるんだよな。それに…残存戦力的に最後の航空攻撃になるであろう第三次攻撃、どうせなら輪形陣が作れない状態にしてから、ぶつけてやるか。ならば決まりだ。

 

「鳳翔。直に龍驤と赤城、加賀に連絡。第三次攻撃隊の出撃は取り止めるように伝えろ。そして急いで予備機の準備をし、翌朝一番までに出撃準備を完了させるように。航海参謀。艦隊は進路南南西へ。現海域より一端離脱する。それと1時間後に、本艦の会議室に各艦の艦長と艦娘を集めてくれ。」

 

「えっ?山野提督。攻撃隊出撃を取りやめて、離脱するのですか?」

 

「そうだ鳳翔。私に考えがある。今回は命令に従ってくれ。」

 

「りょ…了解いたしました。提督。」

 

 

 

航空母艦鳳翔 会議室  統裁官 三笠

 

 

まさか攻撃隊の出撃を取りやめて、離脱するとはね…。いや、あたしも流石にこれには驚いたさ。多分…この事実を知ったら、あの爺や敷島姉さんも驚くだろうね。しかし…こんな命令を出しちまって、本当に大丈夫なのかね。会議室に各艦から艦娘や艦長が集まっているが、みんな不満そうだよ?特に、第二水雷戦隊の神通なんて、刀を抜きそうな雰囲気まで醸し出しちまっているし…この説得は苦労しそうだね。指揮官としての坊やの力量が試されるってとこかね。

 

「全員、集まったな。まずは色々と不満はあるだろうが、私の命令に従ってくれたこと、感謝する。本来戦場でこのような会議はご法度の筈だが、今回は私の意図をきちんと理解してもらう必要があるため、敢えて内火艇で参集してもらった。」

 

「Hey 提督。艦隊の指揮官は提督だから、命令には従うけどサ~。この方向ですと、完全に逃げる方向ですネ。神通は勿論だろうけど、私も流石にここで逃げる事には反対ネ。」

 

「まったくです、金剛さん。山野提督。演習前にも伝えていますが、第二水雷戦隊各艦は既に夜戦準備は完了しています。今からでも遅くはありません。艦隊を分派し、我が第二水雷戦隊に突撃命令を出してください。」

 

「提督…赤城もこの決定には不満があります。たしかに数は少なくなりましたが、赤城の航空隊も加賀さんの航空隊もまだまだ戦えます!」

 

まぁ、この反応は当然さね。たしかに、現状では南郷の爺の艦隊の方が、数が多いから、坊やが戦いを避けたいのは分かる。けどね坊や。いつまでも逃げられる訳じゃないさね。このまま演習の時間切れを狙うなら、流石に甘すぎるよ?

 

「皆さん、少し静かにしてください。赤城さん、提督はこれからその説明をするために、皆さんを呼んだのですよ?それに金剛さんも神通さんも、皆さんはそれぞれの戦隊の纏め役でもあります。その皆さんが冷静さを失ってどうするのですか?提督…説明をお願いします。」

 

ほぉ…鳳翔もやるようになったね。旗艦としての自覚が出てきた…ってところだね。まぁ、たしかにあたしも少し冷静では無かったかもしれないね。どうやら坊やにはちゃんと考えがあって、この決断をした。そしてその理由もこれから説明してくれるようだから、話を聞いてから判断だろうね。

 

「鳳翔、ありがとう。金剛、神通それと鈴谷。一つ正直に聞かせてくれ。三人が指揮する戦力全てを夜戦に投入し、撃沈判定が出る最後まで戦ったと仮定して、現在の南郷提督の艦隊に勝ちきれる自信はあるか?相手は未だ、戦艦4、重巡3、そして第一水雷戦隊が居る。」

 

「Hmm…勝てる…と言いたいだけどサ、流石に勝ちきれるか?と聞かれたら、difficultネ。」

 

「…鈴谷も同じ意見かな。かなり良い戦いはする自信あるけどさ、勝ちきれるか?と聞かれたらちょっと難しいかな…。」

 

「提督…我が第二水雷戦隊は、帝国海軍最強の夜戦戦力。たとえ全てを失ったとしても、必ず南郷提督を仕留めてご覧にいれます。」

 

「神通。そんな精神論では回答として認められないな。私としては、極力被害を抑えて南郷提督に勝ちたいし、その確率を上げる事が、指揮官としての義務だと考えている。第二水雷戦隊を一度の戦いで磨り潰すような作戦は、指揮官として採用出来ない。第一、もしこれが本当の実戦だとして、全てを失った第二水雷戦隊を復活させるために、一体どれだけの資材と時間が必要だと考えている?演習とはいえ、実戦が想定されている以上、私は被害を最小にして、最大の戦果を狙える作戦を考えたい。この点だけは、理解してくれ。」

 

「は…はぃ。申し訳ありませんでした、提督。」

 

おや、あの神通を完全に黙らせるとは、坊やもやるじゃないか。神通も普段は大人しい娘なんだが、戦闘になると性格が完全に変わっちまって、なかなか不安定な娘だから心配していたんだが、どうやら坊やの指揮下なら問題なさそうさね。

 

「提督…それでしたら、何故私や赤城さんに第三次攻撃を命じなかったのですか?たしかに艦載機の消耗も考慮しなくてはいけませんが、それでも最小の消耗で、最大の戦果をあげるのであれば、あのまま航空攻撃を続行しなければいけない筈よ?」

 

「せや、加賀の言うとおりやで。あの時一応、第三次攻撃隊として編成可能な数はウチや鳳翔さんの分も入れれば、100機近い攻撃隊が編成出来た筈や。そこで攻撃してから、神通達の夜襲に全てを賭けるのが、一番良かったんちゃうか?」

 

「輪形陣を完全に形成している艦隊に、100機の攻撃隊を向けて…しかも今度は相手の裏をかけないだろう。どこまで戦果を伸ばせるか…疑問があるな。おそらく次の攻撃隊が戦力的に最後の攻撃隊になる以上、一番良い形で相手にその戦力をぶつける必要がある。」

 

「う…まぁ、言いたい事は分かるんやけど、そんな事出来るんか?提督?」

 

たしかに坊やの言うとおり、現在の戦力では航空攻撃を仕掛けるにしても不十分。だから航空攻撃を現時点で止めるというのは分かる。なるほど…だからこそ予備機を使って少しでも戦力を上げたいって事だね。…なるほど、坊やが何を考えているか、分かったような気がしてきたさね。

 

「さて、色々と疑問が出てきたようだから、そろそろ私の考えを述べる。まず本艦隊はこのまま、進路を南々西にとり、一端南郷提督の艦隊から距離を取る。そして明朝未明に180度回頭して、再び南郷艦隊に近づく。この際、艦隊は第一航空艦隊とそれ以外に完全に分離。金剛を旗艦とした分派艦隊は、そのまま南郷艦隊に接触し、砲雷撃戦を仕掛る。そしてその時間を合わせるように、第一航空艦隊は第三次攻撃隊を発艦。南郷艦隊が輪形陣から、単縦陣に変更したタイミングで航空攻撃を仕掛ける。何か質問は?」

 

「艦隊攻撃と航空攻撃の時間を合わせるのは、難しくないデ~スか?」

 

「いいえ、金剛姉様。それは水偵をしっかり出して、南郷提督の艦隊位置をしっかり把握してれば、問題ないと榛名は思います。」

 

やっぱり、そう来たかぃ。この艦隊はあくまでも航空艦隊。航空攻撃が主体である以上、その攻撃を最大に発揮させるためには、あの爺にもう一度、単縦陣を執らせなきゃならないさね。となると、航空攻撃と艦隊攻撃のタイミングが重要。相手の位置の把握を考えれば、夜間戦闘は不向き。である以上、明朝に戦闘を持ち越すって事かぃ…よく考えたもんだよ。

 

「神通。おそらく砲雷撃戦が始まる頃、我々の艦隊の方が戦力的に勝っていると思う。しかし…相手はあの南郷提督だ。例えこちらが有利でも、そう簡単に砲雷撃戦で勝てる相手じゃない。間違いなくお前達第二水雷戦隊の突入が、こちらの最後の切り札になるだろう。お前達の突入の前に、除いて欲しい要素は何かあるか?」

 

「…提督。私達、第二水雷戦隊に花道を作っていただき感謝します。…そうですね。突入に当って、相手の第一水雷戦隊を少しでも潰して置いてください。攻撃力はたしかにこちらが上ですが、完全に守りに入られると厄介です。」

 

「分かった。赤城、加賀。お前達の攻撃隊は、第一目標を山城、そして第二目標を周りの重巡や、第一水雷戦隊とする。神通達の突入を成功させるため、一人でも多くの艦娘を脱落させてくれ。それと、明朝までに出来るだけ多くの予備機を組み立てて、攻撃隊に編入出来るように努力してくれ。いいか…航空機の数こそがこの演習の鍵を握っているからな。最後まで最善を尽くしてくれ。」

 

「わ…分かりました、提督。加賀さん、一航戦の力、ここで南郷提督にお見せしましょうね。」

 

赤城と加賀の予備機を含めた全力攻撃。第二次攻撃の戦果を聞く限りじゃ、相当なものがあるさね。爺?坊やは本気だよ?まぁ、爺も流石に覚悟は決めていると思うが、あの爺はあたし以上に往生際が悪いさね。ここまでやって、この坊やが爺に完全に勝ちきれるのか、見物だね。

 

「鳳翔の攻撃隊は目標を伊勢、龍驤の攻撃目標は日向とする。流石に今回の攻撃は、二人の航空隊と言えども、かなり消耗するだろうが、今回だけは無理をしてもらうぞ。」

 

「…分かりました、山野提督。伊勢さんと日向さんについては、私達にお任せください。…提督?金剛さんと一緒に行くつもりですよね?航空戦の指揮は私が最後まで執ります。どうか御武運を…。」

 

「…鳳翔…よろしく頼む!それと金剛。これより旗艦を変更する。よろしく頼むぞ。」

 

「Yees! 提督ぅ!私に任せておくネ!」

 

私が考えていた通りになったさね。やっぱり、指揮官先頭じゃなきゃ、大事な戦は駄目さね。こちらの戦力が多くても、あの爺の直接指揮下の艦隊に確実に勝つためには、坊やも覚悟を示す必要があるってもんさね。まぁ、坊やは覚悟よりも数が重要だと思っているようだけどね。もし…坊やが、この戦いから逃げるつもりなら、このあたしが引導を渡さなきゃいけなかっただろうが、やっぱりあたしが最初に見込んだだけの坊やだけある。…爺、そろそろ世代交代の時期だよ。

 

 

 

戦艦 扶桑 艦橋   南郷大将

 

 

…嘘のように何もない時間が過ぎておる。予想しておった第三次攻撃はなく、山野の指揮する艦隊による夜襲の素振りもない。わしが山野の立場であったら、いずれかの方法を執ってくると思ったのだが、山野は違う考えを持っておるようだな。

 

「南郷提督。一水戦の阿武隈より、意見具申。第一水雷戦隊は、これより艦隊前方に進出し、索敵攻撃に向いたいとの事です。」

 

「扶桑…阿武隈に連絡。要請を却下する。このまま本隊と共に行動するように。」

 

阿武隈も焦ってきておるという事じゃな。古来より戦は、焦って短慮を起こした方が破れると決まっておる。艦隊速度は、小僧の方が優速。それに小僧の艦隊に追いつける艦娘で編成した艦隊を分派させるにせよ、相手に金剛や榛名が居る以上、こちらも戦艦を準備しなくては勝負にはなるまい。…小僧の奴、これを考えて、長門や陸奥は勿論、比叡や霧島を狙ってきたという事だな。

 

「提督…このまま行きますと、明日が勝負になると思います。どうかお休みください。明日はまた…あの航空攻撃があると思いますけど…今日の経験を活かしてみせますから、安心してお休みください。明日もよろしくお願いいたします。」

 

「…扶桑。明日はあの小僧に、海戦のなんたるかを教えてやらねばならん。お前には最後まで苦労をかける事になりそうだが…しっかり頼むぞ。」

 

「はい!提督。」

 

ワシの予想が当れば、最後は砲雷撃戦であの小僧と勝負する事になるじゃろうて。あの小僧も海軍軍人。まさか安全な後方から指揮を執るような腑抜けではあるまい。そして…わしの予想通りであれば、砲雷撃戦が始まる前には、我が方は圧倒的な不利な状態になっておろう。だが…あの小僧には、わしの本気の戦を見せてやる必要があろうて。数が少なかろうが、最後に物を言うのは、精神力なのじゃからな。

 

 

 

明朝  戦艦金剛  山野少将

 

 

「Hey! 提督。水偵から連絡ネ。南郷提督の艦隊を発見。本艦隊の北々西、距離約200 kmネ。鳳翔には既に連絡済みで、攻撃隊を発艦中との連絡があったデ~ス。相手もこちらに向かって居るからサ、接敵の頃に丁度航空隊も到着するデ~ス。計画通りですネ!」

 

「金剛、了解した。艦隊、進路変更北々西。相手の位置が分かった以上、奇襲はもうない。相手との接敵予想時刻までまだ時間があるから、今のうちに戦闘糧食を配ろう。総員、戦闘配置のまま、食事の時間にする。」

 

いよいよだな…。既に本日明朝に艦隊は分離済み。第一航空艦隊は、元々の護衛駆逐隊と共に、既に退避行動に移っている。しかし…ついにあの南郷提督と直接戦う時が来たんだよな。…あの英雄、南郷提督との戦いか。帝国軍人であれば、一度は夢見た瞬間がもうすぐやって来るんだよな。俺も、ついにここまで上り詰めたって事か。

 

「坊や。良い顔をしているね。やはり海軍軍人は、こうでなきゃ駄目さね。昔、坊やが新任少尉だった時代、初めて坊やを見た時から、いつかこの瞬間が来る事をあたしは願っていたが、ついにやってきた…という事だね。…まぁ、まさかその瞬間を、小娘に乗って迎える事になるとは、考えていなかったけどね。」

 

「うるさいねBBA!。もうBBAの時代は終わったデ~ス!提督、いよいよ始まるネ。わたしが提督を勝たせてあげるから、期待しててネ!」

 

「金剛、よろしく頼むぞ。…それと三笠。三笠の予感が間違っていなかった事を見せてやる。そこでよく見ていてくれ。」

 

 

「我が艦隊後方より、味方攻撃編隊が接近中。白軍艦隊までの距離、およそ30 km。」

 

「金剛!全艦隊に命令。第二水雷戦隊及び最上と三隈は、直ちに白軍艦隊に突入せよ。榛名以下、鈴谷と熊野は単縦陣のまま、白軍戦艦部隊と反航戦を挑む。艦隊!第一戦速に増速!」

 

「提督!第一航空艦隊の攻撃隊から入電。「これより突入する」との事」

 

「通信参謀、了解した。航空部隊の戦果は確定した物のみを、私にあげてくれ。」

 

 

「白軍艦隊見ゆ!11時の方角!…提督!かなりの被害が出ているようです。」

 

「提督!航空部隊の戦果が届きました。伊勢・日向は沈没判定。山城に大破判定が出ており既に脱落したとの事。また愛宕も大破判定により脱落。阿武隈に撃沈判定。駆逐隊についても4隻が脱落とのことです。第三次攻撃隊は、その任を十分果たしました。」

 

「航海参謀、通信参謀、了解した。どうやら、航空部隊はしっかり仕事をしてくれたようだな。残りは、戦艦が扶桑、重巡が妙高と足柄、そして駆逐艦4…。我が方の約半数と言ったところか。」

 

南郷提督に対して二倍の数で挑む…。普通に考えれば楽勝の体制だが、そう気楽には考えられないよな。あの南郷提督の指揮で、おそらく俺に対して怒りを爆発させている士気旺盛な艦娘達。勘弁してくれよ…。

 

「金剛、相手の陣形は見えるか!」

 

「Yes! 提督。 扶桑と妙高がこちらに向かってくるデ~ス。それと足柄と第一水雷戦隊の生き残りが、こちらの第二水雷戦隊と最上と三隈の艦列と正対しているデ~ス。」

 

戦況は、こちらが圧倒的有利。南郷提督得意の丁字戦法も、こちらの艦隊の方が優速のため選択不可。これで…詰み…だよな?

 

「本艦と榛名の目標、白軍一番艦扶桑。鈴谷と熊野の目標、白軍二番艦妙高。撃ち方始め!」

 

「全砲門、Fire!」

 




いよいよ次話で演習の話は終了しますが、最後はやはり砲雷撃戦ですよね?航空戦だけで決まってしまっては、ストーリー的に無理が出てきてしまうため、最後は南郷提督の真正面からぶつかる事になりました。次回で演習回+αは終了になります。


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第十八話 朝日の配慮

前回の話まで、航空戦によりかなり有利に演習戦を進めてきた山野提督でしたが、やはり最後は南郷提督との直接対決になりました。戦力は勿論山野提督が有利ですが、相手は軍神でもある南郷提督ですから、一筋縄ではいきません。また演習後、朝日様による強烈な一発が…。


戦艦扶桑 艦橋  統裁官 敷島

 

 

この感覚…演習といえども、やはり良いものですね。しかも、これまでの演習では全て、南郷提督が圧倒的有利な形でしたが、今回は不利な状態。先の大戦の深海棲艦との最終決戦を思い出しますね。あの時も、当初私達艦娘側が不利な状態から始まり、南郷提督の指揮でそれを引っくり返したのですから。ただ今回少しだけ状況が違うのは、相手側も優秀な指揮官が率いているという事でしょうか。とはいえ…やはりそうですよね。

 

「提督?本艦の砲撃、青軍二番艦の榛名に命中し続けています。…どうやら榛名は、脱落判定が出たようですね。このまま一番艦の金剛に照準を切り替えます。」

 

「扶桑、こちらの被害は?」

 

「こちらもかなりの砲撃をもらっています。使用可能な砲塔は第一砲塔と第五砲塔のみ…ですが、まだ戦えます。」

 

流石は南郷提督です。圧倒的に不利な状態ではありますが、それでも倍する青軍艦隊相手に一歩も引いておらず、榛名を脱落させました。また二番艦の妙高も、南郷提督の気迫が乗り移ったかのように、鈴谷と熊野の二艦を相手に互角以上の戦いを繰り広げています。

 

「扶桑…戦はこれからじゃ!小僧に一泡ふかせてやろうて。よいか…一度だけのチャンス、活かして見せぃ。妙高に続行するように連絡。進路敵艦列に向けろ!最大戦速!突入じゃ!」

 

「了解しました、提督。最大戦速!扶桑、このまま突入します。」

 

既に扶桑も妙高も満身創痍…しかし士気は未だ高く、最後まで戦うようですね。山野提督の指揮も悪くはないのですが、やはり南郷提督と比較しては駄目なのでしょう。…いえ、山野提督は第一航空艦隊の指揮官。本来、このような戦いをする必要がない筈です。現に多少時間が空いても、艦隊の優速を活かして逃げ回り、その間に第四次攻撃隊を山野提督が送っていたとしたら…おそらくこちらは、成す術もなく全滅に近い判定になっていたかもしれません。

 

そういう意味では、山野提督の作戦ミス…と言えるかもしれません。しかし、このミスを非難する事は、少なくとも帝国海軍の軍人には出来ないでしょう。寧ろ、ここで山野提督が砲雷撃戦を挑んできた事を、扶桑や妙高も含めて、白軍の艦娘達も、どこかホッとしたような感じで賞賛していた訳ですから。

 

「提督、右舷より青軍の第二水雷戦隊突入してきています!我が方の第一水雷戦隊は突破された模様。私の副砲群は既に壊滅していますし…申し訳ありません、提督。ここまでです。」

 

「扶桑…妙高に連絡。しばし食い止めろ…と。本艦は進路そのまま、このまま青軍艦列に突入せよ!」

 

…普段は、私達艦娘をとても大事にしてくれる南郷提督ですが、やはり非常時には非常時の判断という事ですね。とはいえ私達も先の大戦でそうでしたが、最後にこちらが勝つ事を信じる事が出来れば、自らを盾とする事に、それ程躊躇する事はありません。逆に言えば、私達にそれを信じさせることが出来る指揮官こそが、本当の意味で名将と言われる指揮官なのでしょう。

 

どうやら…南郷提督が思い描いた最後の瞬間が来たようですね。扶桑の生き残った主砲は全て金剛に指向出来る位置までやってきました。この瞬間を作るため、二番艦の妙高は必死に第二水雷戦隊を相手に奮闘しましたが、既に沈没判定が出ており脱落。私達が乗艦する扶桑が白軍最後の艦になりました。しかし…山野提督?道連れになってもらいますよ?

 

「扶桑、あとは任せた。金剛に一撃くわえてやれ!」

 

「はい!第一砲塔、第五砲塔、撃て!」

 

…終わりましたね。金剛には至近距離からの命中弾3で大破判定。扶桑は金剛の主砲弾だけではなく、激発した第二水雷戦隊の統制雷撃による魚雷命中多数…完全に沈没判定です。しかし…こちらに倍する艦隊を相手に、青軍の大型艦をほぼ壊滅状態にするまで戦ったのです。流石は南郷提督と言うべきでしょうか。…そして、その南郷提督を相手に勝利をもぎとった山野提督。この演習の結果は、これから大きな動きに繋がるのでしょうね。

 

 

 

横須賀鎮守府 金剛艦橋 山野少将

 

 

ふぅ…ギリギリだったが何とか勝った…という事か。それにしても二倍の戦力で挑んで、ギリギリ勝った…っておかしいだろっ!こちらも油断はしていなし、全力で戦った。それにこちらの艦娘も真剣に戦っていた。にも関わらず、この結果は…。こりゃ、敷島あたりから、後で大目玉を喰らいそうだ。

 

「提督…sorryネ。ここまで苦戦するとは思っていなかったデ~ス。」

 

「いや金剛。勝つには勝ったのだから、胸をはれば良いだろう。それにギリギリとはいえ、あの軍神南郷提督に勝ったのだからな!」

 

「そうですネ!たしかに、元々の戦力は提督の方が少なかったデ~ス。それを作戦で互角にして、さらに有利な状態にしてから、最終戦を戦ったのだから、胸をはれるデ~スネ!ん?BBA、どうしたデ~スか?」

 

「いや…まさか本当に勝っちまうとはね…。坊や、とりあえずよくやったさ。ところで…坊やの航空攻撃により、手も足も出ないまま撃沈判定を出された長門達が、桟橋でお待ちのようだが…どうするんだぃ?」

 

うへぇ…勘弁してくれよ。横須賀鎮守府に着いたのはいいんだが、まさか桟橋でお迎えとはな…って、なんで朝日まで居るんだ?しかも長門達が全員直立不動って…朝日の奴何か言ったのか?とりあえず、行くしかないよな?どちらにせよ、あそこを通らなければいけないのだから、無視は出来んし。

 

 

「朝日、どうしたんだ?こんなところで。それに後ろにいる長門達も…。」

 

「あぁ、山野!この分からず屋達が、ゴタゴタ言っていたから、ちょいとあたいが、こいつらに海軍精神を注入してやったところだ!」

 

お…おぃ…勘弁してくれよ。朝日の奴、海軍精神注入棒を持っていやがる。あれには、俺も少尉時代に何度痛い目に合わされた事やら…。それにしても長門達も災難だよな。まぁ長門達も、朝日に逆らう訳には行かないだろうから、粛々と海軍精神注入棒を喰らったようだがな。流石に長門は顔色一つ変えずに直立不動状態だが、他の艦娘達は露骨に顔を歪めているのも居るし…相当キツイのをもらったみたいだ。

 

「なぁ…朝日。ゴタゴタ…と言うが、長門達が何か言っていたのか?」

 

「あぁ、山野。なんでも、自分が相手を見る間もなく、航空機という飛び道具で自分達を一方的に叩いてきた山野が許せんそうだ。演習とはいえ、戦は戦。戦に卑怯なんて言葉はありゃしないさ。勝利のために全力で相手を騙してでも倒す!これが戦だ。そうだというのに、こいつらと来たら…。」

 

あ…あぁ…そういう事か。たしかに朝日の奴は、昔から単純明快。勝った者が正義の信奉者だったからな。それに、どんな敵でも手加減せずに全力で粉砕!が信条だから、そんな朝日からしたら、敗れてからゴチャゴチャ言っている長門達が許せなかったんだろう。

 

「それと山野!お前にも海軍精神を注入してやるために、あたいはここで待っていたんだ。」

 

はぁ?なんで俺が!俺は一応勝った側だし、朝日にぶん殴られる覚えはないぞ。それに新任少尉ではあるまいに、今更将官になった俺がぶん殴られるのか?一応これでも、かなりの部下を持っている艦隊司令官だぞ…って、そんな事を朝日が配慮してくれる訳ないよな…。だが理由だけは聞かせてもらうぞ!

 

「なぁ、朝日?なんで俺まで海軍精神を注入されないと駄目なんだ?一応、俺は勝った側だぞ。」

 

「山野!あの南郷相手に勝った事は、あたいも褒めてやるよ。あの新任少尉がここまで立派に戦った!それはたいしたもんだ。ただね、最後の戦はなんだいあれは?南郷の二倍の戦力を持っていながら、あそこまでやられるとはね…恥ずかしくないのかい?どうせ、数に頼って必勝の精神を置いてきたんだろ?あたいは全部お見通しだよ!そんな腑抜けが、これから艦娘の司令長官になるなんて、あたいは許せないね。今日はあたい自ら、山野が少尉だった頃のように海軍精神を叩き込んでやる!感謝しろ。」

 

お…おぃ!これは、完全に八つ当たりだろ!南郷提督相手だぞ?あそこまで戦ったんだぞ?いや…たしかに数で考えてはいたさ。でもな?今の時代、精神力なんて見えない物じゃなくて、数という見える物で戦わなければ駄目だろ?ただ…あの南郷提督の最後の頑張りを見せられてしまっては、精神力など全く無駄…と言えないところが辛いところなんだけどな…って、おぃ、このままじゃ本当にぶん殴られそうだぞ。三笠の奴、早く助け舟…って、おぃ、三笠の奴何サッサと逃げているんだよ!

 

「山野!とりあえず海軍精神を10発叩き込んでやる!長門、陸奥!山野を支えてやれ。」

 

くそ…長門と陸奥の奴、これ以上ないくらいのいい笑顔になっていやがる。こいつ等…俺がこうなる事を知っていて、ここで待っていたんだな。なんて奴等だ。

 

「山野提督。あきらめろ。私達も有無を言わさずやられたんだ。ちゃんと私達が支えているから、覚悟を決めろ。」

 

「そうよ山野提督。私達も酷い目にあったのだから、同じ目にはあって欲しいわね。それに私達が酷い目にあった原因は、提督が作ったのだから、これくらい甘受しなさいな。」

 

「お…お前等…絶対に喜んでいるだろ。くそ…朝日の奴…本当に勘弁してくれよ。」

 

「山野!歯を喰いしばれ!行くぞ!1!…2!」

 

うへぇぇ…まさか将官になってまで、朝日に海軍精神を注入される事になるとはな…本当に勘弁してくれよ。あいつ…俺に対しても全然手加減しなかったな。滅茶苦茶痛みが残っているんだが。

 

「よしっ!山野。これでお前も海軍精神が注入されたな!いいか!長門や陸奥達も良く聞け!お前等は、山野に対して今回の演習でゴチャゴチャといいわけにもならん戯言を言っていた。そんなくだらん事は、勝負に勝ってから言え!それに山野も最後の最後でくだらんミスをするな!これらは全て、お前達が弛んでおり、海軍精神が足りない事に起因する。そこで今日はあたいが、お前達全員に真の海軍精神を注入しなおしてやった!今日の日を忘れずに、これから軍務に励む事。この事をこれ以上引き摺る奴は、このあたいが許さん!それでは解散!」

 

くそ…帰還して早々に、酷い目にあったぞ。ん?なんだ長門達。俺にまだ何か言いたい事があるのか?文句を言うなら、今は止めた方がいいぞ。朝日に見つかったら、また何をされるか分からんからな。

 

「山野提督、災難だったな。まぁ、私達は半分自業自得だから、仕方ないかもしれないが。今回の勝利、見事な采配だった。まさかあれだけの戦力差を引っくり返されるとは…そして最初の航空隊による奇襲…あれは勉強になった。感謝する。それで…どうだろうか?どうも私達は提督に対して、色々と行き違いがあったようだが、流石に今回の件で私達も反省すべき点が多いと感じたんだ。良かったら、これから少し私達と一緒に飲まないか?」

 

「提督?私も長門と一緒で、流石にちょっと今回の件で反省したのよ。それで提督が戻ってきたら一度腹を割ってお話したかったのよね。よかったら、これから少し付き合ってくれない?」

 

「あ…あぁ。分かった。それでは今日の2000に鎮守府内の談話室で酒でも飲みながら…でいいか?俺も折角の機会だから、お前達と色々と話したかったからな。それと…長門、陸奥。お前等さっき、俺が絶対に逃げられないように、相当力入れて俺を拘束していたよな?覚えておけよ!」

 

「山野提督、当然だろ?折角、提督があの朝日様に、私達と同じようにぶん殴られる日が来たんだ。ここで逃がす訳には行かないからな。」

 

…朝日、まさかとは思うが、俺が長門達と仲直りする切欠を作るために一芝居打った…な訳ないよな。朝日はそんな小細工はしないだろうし、そんな配慮をするようになったら朝日じゃないしな。とはいえ、結果的に俺は朝日に救われた…という事か。それにしても朝日の奴、思い切りケツをぶん殴りやがって…まだ痛みが取れないぞ!

 

 

 

鎮守府 提督室   南郷大将

 

 

「今回は、あの小僧にしてやられたな。まぁ…小僧がそれだけ、わしを倒すために考えに考え抜いていた…という事でもあるのだろう。三笠、小僧の指揮はどうであった?お前は一番近くで小僧を見ていたのだろう?」

 

「あの坊やはたいしたものさね。特に第三次攻撃を翌朝に回した決断、そして新たな作戦を艦隊の他の面子に説明した時は、本当に素晴らしかったね。爺も、第三次攻撃は完全にしてやられたんだろ?どうせ、大好きな砲雷撃戦が迫っていて、輪形陣から単縦陣に変更したところを、航空攻撃されて大打撃ってところじゃないのかぃ?」

 

ふん…三笠の言うとおり…わしに油断があったという事かもしれんな。まさか、対艦隊戦の準備をしたところに航空攻撃をくらうとはな…。逆に言えば、対空戦の準備をしていない艦隊というのは、これほど脆いとは、わしも想像しておらんかった。小僧の第一航空艦隊…これ程の攻撃力を発揮するとはな。いや…小僧自身が、あそこまで航空艦隊を育てた…という事なのだろうな。それに航空艦隊の運用方法についても、かなり研究しているとみた。

 

「敷島、長門達の様子はどうだ?あれは…今回の演習で早々に退場となり、小僧の事を今以上に恨んでいよう。」

 

「…それが、南郷提督。なんでも山野提督は、長門達と今日は一緒に飲むそうで…。理由は定かではありませんが、お互いのわだかまりが氷解しつつある…という事でしょうか。」

 

…ほぉ。あの長門達がな。いや…あそこまで完膚なきまでにやられたとなれば、敵ながら天晴れ…と感じたのかもしれぬな。とはいえ、普通はあそこまで絡み合った因果の糸、ただショックだけで解ける…とも思えんのだが。ん?

 

バタンッ

 

「おっ、敷島の姉貴や三笠も居たのか。南郷、今回は山野の奴に手酷くやられたみたいだな!まぁ、最後の最後で一気に攻勢に出たのは、流石は南郷と言ったところだろうけどな。とりあえず、最後の最後に不甲斐ない戦いをしたという事で、長門等と一緒に、山野にも海軍精神をあたいが注入してきたぞ!」

 

「…朝日か。相変わらずだな。まぁいい。ん?長門等にも、海軍精神を注入してきたのか?」

 

「ん?当然だろ。なんでも長門等は、山野の戦い方が気に入らないだのゴチャゴチャ言っていたからな。あたいとしては、後輩達の不甲斐ない姿に渇を入れてやったってところだな。ついでに山野にも、長門等に手伝ってもらって、しっかり海軍精神を注入してやったさ。これであいつも、シャンとなるだろう!…どうしたんだ?南郷?」

 

ククク…なる程、そういう事か。朝日の奴は、おそらく何も考えずにやったのだろうが、結果的に山野と長門達の間のわだかまりが消えた…のだな。まぁ、双方共に朝日の理不尽なシゴキを受けた者同士、丁度良い仲直りの切欠になったという事か。もっとも、やった本人は本心に従っただけ…というのが、面白いところではあるが。

 

「朝日…ご苦労だった。どうやらお前のおかげで、帝国海軍は少し良い方向に進みそうだな。感謝する。」

 

「ん?南郷どうしたんだ?あたいは、あたいが思ったように行動しただけなんだが。まぁいいさ。よく分からないが、帝国海軍の役にたったのだろ?…ん?敷島の姉貴も、三笠もなんで頭を抱えているんだ?」

 

クククク…。それはそうだろう。三笠も敷島も、あの小僧が長門達と上手くやっていけるように、あの手この手を尽くしてきたのだが、ほとんどその効果がなかったのだぞ。それをお前が本能に従って力任せに出た行動で、全てが吹き飛んでしまったのだからな。三笠や敷島にしてみたら、一体自分達は何をやっていたのだ…と頭の一つでも抱えたくなるだろう。まぁ、結果論なのかもしれんが、今回のこいつの行為は、戦闘以外での最大の帝国海軍への貢献なのやもしれんな。何せ…わしの次の世代の艦娘を指揮する司令長官を決める、決定的な一打になったのだからな。




朝日様の力任せの解決が炸裂し、なんとか長門達とのわだかまりが解けた山野提督でした。そして今回の演習で南郷提督に勝った事で、いよいよ艦娘の司令長官としての道が開かれた…という事になります。とはいえ、候補者は山野提督だけではありませんし、本来の帝国海軍は年次至上主義。山野提督の年次では、通常司令長官への道は開かれないのですが、ここからどのように立ち回る事になるのでしょうか…。

この「鎮守府への道」は、「鎮守府の片隅で」の提督が鎮守府に着任するまでの物語のため、当初は金剛と鳳翔を中心にした物語を考えていたのですが、書いている途中でどんどん三笠様達が大暴れするようになってしまい、結局最終章まで敷島や三笠達がフルで活躍する物語になってしまいました。オリジナル艦娘のため好きに動かせる…というのも理由ですが、個人的にこんな感じの艦娘が居てくれたらな…とも思っています(笑)。


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第十九話 根回し

ここからは、いよいよ山野提督が司令長官になるための「赤い巨塔」が始まります。流石に本家のように札束攻勢という訳にはいきませんが、ある意味本家以上にお金が飛び交う戦いになっているような…。勿論、山野提督は元赤レンガの住民ですから、このような戦いは得意中の得意です。そのため一気に巻き返しにでる回になります。


横須賀鎮守府 大会議室  鳳翔

 

 

「それでは、南郷提督から指示のあった議題について、これから話し合うデ~ス。南郷提督は、私達艦娘から、次の司令長官を推薦するようにとの事ネ。南郷提督からは、自分達を将来指揮する人物は、自分達でSelectするように、とのことデ~スね。南郷提督らしいデ~ス。投票のルールは、既に皆さんunderstandですネ?」

 

ついにこの日が来ましたか。南郷提督の次代の司令長官を選ぶ時が来たのですね。本来、司令長官職は海軍省に人事権がありますし、政治的にも難しい問題の筈ですが、南郷提督からは自分達の司令長官にふさわしい人物は、自分達で選ぶように…との事のようです。おそらく、私達が選んだ人物を南郷提督が推薦する形で、司令長官にしてしまう…という事だと思います。という事は、この私達の会議で帝国海軍の要職の一つが決まってしまうという事…責任は非常に重いですね。

 

今回の会議に参加出来る艦娘は、戦艦娘や空母娘といった大型艦の艦娘のみ。巡洋艦以下の艦娘には、残念ながら投票権はありません。また長年の帝国海軍への功績という観点から、現役の戦艦娘ではありませんが、未だ現役艦として留まっている富士様、敷島様、朝日様にも投票権が残っており、戦艦娘の10票、そして空母娘の4票を合わせた17票で過半数を採った候補者が、推薦される形になっています。

 

「それでは、皆さんが推す候補者をまず出してくださいネ。」

 

「分かった。まずは私から候補者を推薦しよう。私は、第二艦隊司令の米田中将を推薦する。以前の南郷提督との演習では、あまり良いところは発揮出来ていなかったが、米田中将は第二艦隊司令として堅実な運営を心がけており、年次から言っても順当。…たしかに、第一航空艦隊の山野少将と比べると派手さは無いが、私は米田中将の安定感を推したい。」

 

「Hmm…長門は、第二艦隊の米田中将を推薦するデ~スね?他に候補者を出したい艦娘は居るデ~スか?」

 

…やはり、ここは私が出なければ行けないのでしょうね。ほぼ全ての艦娘は私に注目していますし、私が山野少将を推す事は確実視されているようです。それに、私達第一航空艦隊の司令は、旗艦を勤める私が推すというのが筋というものです。

 

「金剛さん。私は第一航空艦隊司令の山野少将を次期司令長官候補として推薦します。山野少将は、あの南郷提督に唯一演習で勝利した提督。安定感そして年次といった点では、勿論長門さんが推薦した米田中将には及びませんが、それでも私達の次の司令長官は、南郷提督のように、どのような手を使ってでも勝ちに行く司令長官でなければいけません。」

 

「鳳翔は、山野少将を推薦するですネ?候補者はこの二人だけで、No Problemですか?」

 

…第三艦隊の及山中将は推薦されないようですね。南郷提督は、三名程の候補者を出してじっくり話しあった後、投票をする…そして一回目の投票で過半数を取る候補者がいない場合は、少し時間をおいて決選投票をするように…との事でしたが、最初から二人では、いきなり決戦投票のような物です。

 

投票は来週ですが、逆に言うと来週には、私達全てを指揮する次期司令長官が決まってしまう…という事でもあります。

 

「OKネ。それでは、来週のこの時間に記名投票で、私達が推す司令長官候補を決定するデ~ス。それまでに、自分が投票する候補者を選んでおくネ。それでは解散デ~ス。」

 

1週間ですし、多数派工作…といっても、既に誰を推すのかほとんどの艦娘は決めているでしょう。第三艦隊司令の及山中将が出ていない以上、多少の変更はあるかもしれませんが、どうなるのでしょうね…。

 

 

 

海軍省 次官室  山野少将

 

 

「おい、小堀よ?なんとかならないか?貴様と俺の仲だろ?貴様も今や、泣く子も黙る海軍省の次官様なのだから、大鉈ふるえるだろ?」

 

「いや…山野よ。協力したいのは山々だが、今から予備費を大規模に使用するのは難しいぞ。それに、海軍大臣の佐藤閣下は未だに海軍省に君臨しているんだ。俺如き若手次官が、そんな無茶は通せないぞ。」

 

そうだよな。若手からの大抜擢という事で、小堀の奴は今年度から海軍次官になっているが、さすがに佐藤閣下の許可なく独断で予備費を大量に使用する事は難しいよな。たしか鳳翔の話では、そろそろ次期司令長官の候補者の選定が始まるという事だったから、ある程度俺の力で自由に割り振れる予算を作り出して、俺を支持してくれている艦娘の票固めと、現時点で他候補を支持している艦娘の切り崩しをしようと思ったんだが…そう簡単にはいかないよな。

 

「で…だ、山野よ?ここで少し提案があるんだけどな?今年度の予備費を大規模に使用する事は難しいかもしれんが、多少の予算の組み換えならば、それなりに融通を利かせることが出来る。…それと、現時点では空手形にしかならないが、来年度の予算をいじる事は、ある程度可能だぞ?」

 

「おっ!小堀よ?今年度だと、どの程度の予算組み換えが可能だ?」

 

「貴様が狙っているのは、艦娘の改装費用…あたりだろ?どうせ今年度中に改装本体まで動くような話ではないだろうし…改装を始めるための研究費程度なら…そうだな…戦艦4艦分くらいならなんとかなるぞ。今年度は研究のみにしておけば、そんなに予算はかからないからな。それに来年度予算に改装費を組み込む程度なら、次官である俺に任せておけ。」

 

4艦分か…。本当は6艦分あれば、話は早かったんだけどな。こればかりは仕方ない。だが話の持って行き方次第では、なんとかなるかもしれんな。

 

「流石だな、小堀。いや、本当に助かった。やはり頼みごとをするなら、同期生だな。」

 

「…山野。勝ち目はあるのか?対抗馬は十中八九、第二艦隊司令の米田中将だろ?あっちの方が、俺達よりかなり年次が上だ。かなり厳しい戦いにならないか?」

 

…そうだよな。半分冗談めかしてはいるが、裏で動いている事情、海軍次官でもある小堀なら、簡単に予想できるよな。それに敷島から話も聞いているだろうし…。それに…たしかに米田中将の方が俺よりも年次は上だがら正攻法で行ったら、俺が負けるだろう。だからこうやって、海軍省の根回しも含めて、貴様のところに来ているんだぞ。とはいえ、貴様は満額回答を俺にしてくれたんだから…ここからは俺が頑張るぞ。

 

「任せろ。今回の貴様からの借りは、かならず勝って返す。」

 

「分かった。今回の件で俺も佐藤閣下から詰問されるかもしれんが、貴様が勝つなら、おつりが来る。どうせ俺の時は、今度は貴様に助けてもらう事になるんだからな。」

 

小堀、貴様の助けは絶対に無駄にはしないぞ。先に俺が上がらせてもらうが、貴様が最後の階段を上がる時は、今度は俺が貴様を助けてやる…艦隊司令長官としてな。いや…俺がここで艦隊司令長官になれば、自動的に海軍省も若返りが求められるだろうから、今回の俺の戦いの結果は、直接小堀の昇任にも効いてくるだろうな。

 

「山野…無理はするなよ?…と言いたいところだが、今回ばかりはそうも言ってられないんだろ?全力で頑張れよ。それと…何かあったら俺の所に相談に来いよ。俺の力の限り助けてやるからな。」

 

「小堀、ありがとう。まぁ、任せておけって。こう見えても、俺もかつてはこの赤レンガに居た身だ。寝技になれば負けないぞ。」

 

よし…これで、海軍省での話は済んだ。あとは軍令部だな。こっちは、直接総長である宮様にお願いに行くか。一応、保険はかけておかないと拙いし、上手くいけば決定的な一打になる可能性があるからな。

 

 

 

海軍軍令部 総長室   山野少将

 

 

「山野か。わしの所にまで来て、裏工作か?第二艦隊の米田は実戦部隊一筋の武人。わしの所に来ないだろう事は分かっていた。しかし貴様は赤レンガにも居た人間、当然わしの所にも工作を持ちかけてくると思っていたぞ。まぁ、貴様には軍縮条約時に恩があるからな…とりあえず話は聞いてやる。」

 

「ありがとうございます、閣下。はるか昔に敷島から、次に深海棲艦と戦う事となれば、太平洋全域を戦場とする大規模な戦になる事が想定されており、編成する鎮守府の規模も巨大になると伺っています。となれば、その鎮守府の長たる司令長官は、戦闘一辺倒という訳にはいかないでしょう。ある程度政治的な駆け引きも必要になる筈。それも含めて、今回閣下に面談を申し込みました。」

 

まぁ米田中将は、真の武人。おそらく俺のような政治的小細工はしてこないと踏んでいたさ。だからこそ逆に、長門を中心とする現場の艦娘達からの支持も大きい。しかし、いくら艦娘の司令長官を艦娘から選ばせる…となっているとはいえ、鎮守府運営には艦娘以外の者の協力は絶対に必要。となれば…搦め手ではあるが、こうやって政治的に周りを固めてしまう事は必ず有効になる。

 

「ほぉ…山野は、敷島からその話を聞いていたのか。それを知っていた…という事であれば、貴様の今回の面談は、わしにとっても有意義な時間になりそうではあるな。…たとえ、艦娘以外の支持を取り付け…周りから圧力をかける手助けになる…と分かっていてもな。」

 

やっぱり、こちらの企み程度は簡単に分かるよな。とはいえ宮様は、俺の企みを理解した上で、今回の会談が有意義になるから話を受けるつもりのようだ。お互いに利害関係をきちんと整理しておけば、必ず宮様は俺の企みにのってくれると思っていたが、どうやら最初のとっかかりは成功したようだな。

 

「閣下、ありがとうございます。それで本題なのですが…閣下もご存知のように、現在南郷提督の次期司令長官の候補者の選定が始まっております。勿論、私も候補者の一員ですが、この事で直接閣下のお力を借りるつもりはありません。しかしもし私が選ばれた場合、閣下にいくつかお願いをする事になりますので、予め閣下のお耳に入れておきたいと考えた次第です。」

 

「ふむ…山野。未だ勝負は始まっていないにも関わらず、このわしにそのような話を持ってきた…という事は、本気のようだな。受諾するかは別として、話してみよ。」

 

「それでは…まず私が司令長官に選ばれた場合、根拠地を横須賀から呉に移動させる事を考えております。勿論、帝都防衛のため横須賀鎮守府はある程度の規模で残す事にはなるかと思いますが、海軍兵学校がある呉に、そのまま鎮守府を作る事で、教育機関なども全て取り組み、人材育成などの点も今以上にスムーズにしようと考えています。また…こちらが、より重要かと思いますが、横須賀鎮守府にある程度の艦艇と、鎮守府を残す事で、将官ポストを増やす事も可能ですし、軍令部としても作戦の選択肢が増えるかと…。」

 

新たに呉に鎮守府を作る事で、若手士官の教育効果を向上させる…これ自体は、元々海軍省で考えられていた案だから、これを踏襲する…という事で海軍省のバックアップは得られる。そして本来はそれらの調整を実戦部隊としなくてはならない軍令部も、実戦部隊側からも同じ提案があるとすれば、その説得に必要な労力はなくなるからメリットがある。

 

そして将官ポストを増やす点。これは実戦部隊が恩恵を蒙る事になると思うが、たとえ今回の互選で俺が選ばれなかった場合でも、横須賀鎮守府の司令として横滑りが可能…最低限の保険にはなるよな。それに鎮守府を横須賀と呉に置くことで、艦隊の統合運用には課題があったとしても、作戦立案の際、より小規模な作戦を効率よく実施する事が可能となる以上、軍令を司る軍令部には、大きなメリットだ。

 

「山野…たしかに鎮守府を二つにする…という事は、軍令部としては望ましいな。海軍省で検討されていた巨大鎮守府は、艦隊の統合運用には向いていても、平時や、より小回りの効く作戦遂行には課題があると、軍令部としては考えておったからな。とはいえ、どの程度の規模で分離するか…には未だ課題があるが…この点について、貴様はどのように考えておるのだ?」

 

「規模についてですが、平時は訓練などを効率よくするため、呉と横須賀には同程度の部隊を配置することが望ましいかと。今回の互選で私が選ばれれば、呉に機動部隊、そして横須賀に戦艦部隊を配置する事になるでしょう。そして来るべき深海棲艦との戦が始まった場合、状況に応じて戦艦部隊を呉に配属していく…のような形になるのではないでしょうか。」

 

「ふむ…昨今、帝国の経済状況は良好に推移しているが故、今であれば新たな鎮守府を作る事は可能であろう。そして貴様が言っておった海軍兵学校近くの呉は、帝国海軍の要地。ここに鎮守府を開く事も良い案ではあるわな。まぁ、本心は貴様の保身のような気もしないではないが、軍令部にとって利点が多い提案である事はたしか。よかろう、わしとしては、貴様の腹案を支持しよう。」

 

よし…これで、最悪でも横須賀鎮守府の司令職を手に入れる事は出来るし、逆に長門達の説得工作に使う事も可能だ。そして、俺の私案を総長である宮様が認めたという事は、軍令部としては俺を推すことに等しい。まぁ艦娘の選択に、どれだけ軍令部の意向が反映されるかは不明だが…少なくとも軍令部から艦隊に派遣されている士官連中の口から、俺の支持を訴えさせる事も可能だよな。

 

「山野…年次も貴様より上である米田は手強いぞ?しっかりやって来い!」

 

「閣下…どうか、吉報をお待ちください!」

 

さて、とりあえず海軍省と軍令部で必要な根回しは済んだな。あとは鎮守府内でどのように俺が立ち回るか…まずは自分の派閥の引き締めからだよな。

 

 

 

横須賀鎮守府 小会議室  金剛

 

 

Hmm…微妙な票読みになりそうデ~スね。山野提督を支持する艦娘は、私達sistersと、鳳翔、龍驤、赤城に加賀の8票デ~ス。そして米田中将には、長門、陸奥、伊勢、日向、山城、扶桑…そして敷島のBBAと朝日様の8票になりそうデ~スね。…そして最後の富士様の1票は、私の勘が当れば棄権ネ。富士様の性格は、私はよ~く知っていマ~ス。自分のような退役間近の艦娘が、決定権を握る事は絶対に避ける筈ネ。

 

で…こっちの問題点は、私のsisiters達が本当に山野提督に票を入れるか?という点ネ。私と一緒に行動する事が多い、榛名は別だけどサ~、比叡や霧島は、どちらかというと米田中将の艦隊として動く事が多いデ~ス。山野提督もおそらくその辺りの事情は知っている筈ネ。どうするですかネ…。一応、私が説得して、比叡と霧島も今はこっちに居るけどサ、あの二人はかなり難しい立場にいマ~ス。

 

「おっ、みんな御揃いだな。今戻ったぞ。」

 

Oh…そうこう考えている間に、提督がお戻りネ。最近、鳳翔の方ばかり向いているし、鳳翔を一番大事にしているようだから、ちょっと焦らせてもいいデ~スよね?

 

「Hey! 提督ぅ。本当に来週の互選、勝てる見込みはありま~すか?私達も提督に票を入れようとは思って居るけどサ、最近提督は私達の方を見ていないし…米田中将に入れる事も考えて居るデ~ス。」

 

「ん?金剛達は、俺についてこないのか?」

 

チッ…上手にスルーしてきたネ。But私は騙されないデ~ス。それに…実際のところ、鳳翔や龍驤と一緒に動くなら問題ないけど、赤城や加賀と一緒に行動するのは、私達sisitersも速力的に厳しいデ~ス。そんなつもりは無かったデ~スけど、私達も年をとってしまったネ。だから、山野提督に票は入れる予定デ~スけど、山野提督についていく事は難しいかもしれないネ…。

 

「提督…一緒に行きたいデ~スけど、私達姉妹も機動部隊として動くのは、さすがに厳しいネ。だから…」

 

「榛名も、提督にお供したいですが、先日の演習結果でも分かりましたけど、私達姉妹でも機動部隊に随伴するのは、少し大変な気がします。ですから…」

 

「金剛お姉様たちは速力の問題が一番かもしれませんが、私も霧島も、そのほとんどを米田提督の元で働いてきました。ですから心情的に…いえ、出来れば金剛お姉様と一緒に、提督について行きたいのは本当です!ですが、機動部隊として役に立てない私達では…」

 

「霧島も、比叡お姉様と同じ考えです。一緒に行きたい気持ちは本当ですが、役にたてないのであれば…」

 

My sisters達も、同じ事を考えていたネ。たしかに比叡や霧島は、米田中将の艦隊に同伴する事が多いから、私と榛名以上に難しい立場なのは本当ネ。でも比叡や霧島も、本心では機動部隊として私達と一緒に行きたいことを私は知ってイマ~ス。提督?何か良い案は無いデ~スか?今までも、色々と裏技でハードルを越えてきた提督ネ、私は期待していマ~ス。

 

「金剛…そんな事を気にしていたのか。速力なら気にするな。ちゃんと海軍省に掛け合って、お前達姉妹を全員、近代化改修させる計画を認めさせてきた。既にその研究するための予算も、今年度予算に捻じ込んである。これで速力は問題なく機動部隊に随伴出来るだろう。金剛、それと比叡、榛名、霧島…安心して俺について来い。機動部隊随伴艦として、最後まで俺が面倒を見てやる。」

 

…提督。分かったデ~ス。私は最後まで提督に着いて行くデ~ス。それと、私達姉妹の事を提督はきちんと考えていてくれたデ~ス。姉妹艦の票は私が責任をもって、ちゃんと取り纏めるネ。それと…難しいかもしれないけどサ、長門達の説得も頑張りマ~ス。長門達の件、航空母艦の鳳翔に任せるは訳にはいかないですし、ここは私が泥を被るしかないネ。

 

「提督…ありがとうデ~ス。私は最後まで提督に着いて行くヨ…。比叡達も一緒に来ますネ?私達姉妹はどこまでもtogetherデ~ス。」

 

「金剛お姉様…私もお姉様に着いていきます。まさか山野提督が、ここまで私達の事を考えてくれていたとは…比叡は正直驚いていますが、これだけの事をしてもらえた以上、比叡も山野提督と一緒に行きます!」

 

「提督…榛名もお供します。近代化改修をしてもらえれば…榛名は問題ありません!」

 

「霧島もお姉様達とご一緒します。それにしても山野提督?今年度予算にもう捻じ込んでいるとは…どのような魔法を使ったのですか?」

 

「霧島…俺は海軍省にも居た人間だぞ。赤レンガの住人には、赤レンガの住人としての戦い方がある。四人とも、大船に乗ったつもりで待っていろ。」

 

Hmm…やっぱり、山野提督は凄いネ。あとは私が鳳翔の代わりに、山野提督の隣に滑り込む事が出来れば、perfectデ~スけど…こっちは今の情勢では難しそうネ。流石にこの状態で、山野提督を盗ってしまえば、鳳翔が怒って離反するかもしれまセ~ン。ここは…作戦変更で、二号さん狙いですかネ…。

 




現実でもよくこんな感じの話ありますよね(笑)。争っていた筈が、いつのまにか争いその物を無意味にしてしまうような裏工作。決まれば、これ程爽快な根回しはないのですが、なかなか決まらないのが、現実世界の厳しさ(笑)。とはいえ、ここは物語の世界ですから、そんなちゃぶ台返し的な、大技を山野提督が仕掛ける事になりました。

そして…いよいよ金剛さんVS鳳翔さんの戦いにも終わりが見えてくる訳でして…。やはり立場を考えたら、ここで鳳翔さんを捨てる訳には絶対にいかないんですよね。まぁ、こちらもよくある話ですが、愛情だけでは何ともならない…ような形で、「鎮守府の片隅で」の時代にしようと思います。一応、エピローグは「鎮守府の片隅で」の後の時代を描く予定ですので、ここで二人の関係がどうなるのか…ご期待ください、


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第二十話 新司令長官

前話の山野提督の根回しが、いよいよ効果を発揮する回になります。そして…こちらも現実世界ではよくある話ですが、勝負が決まった後でも絶対に立場を変えない抵抗勢力の人達。とはいえ、こういう人達が居るからこそ、ある程度安定した運営が出来る訳で…実はこのような抵抗勢力の皆さんは、非常に重要な立ち位置にある…と私は思っています。そんな事で、このような抵抗勢力の役割を、古参艦の皆さんが引き受ける事に…。


横須賀鎮守府 小会議室  長門

 

 

「やはり…届かないか。」

 

「長門?やっぱり、米田中将は難しそうなの?」

 

「そうだな…陸奥。私の読みでは、お互い過半数には届かない。」

 

私達戦艦娘が推している米田中将は、艦隊勤務の叩き上げで真の武人でもある。そのため、戦艦娘の全てが米田中将を推していれば、米田中将の次期司令長官職は確定しているのだが…。やはり金剛達は、山野提督を推すのだな。いや…山野提督と金剛達の関係を考えれば、そのほとんどを山野提督と過ごしている金剛と榛名が、山野提督を支持する事はまだ理解出来る。しかし、比叡と霧島は米田中将を支持すると思っていたのだがな…。

 

比叡と霧島に話を聞いた限りでは、あの二人も確実に山野提督を支持するだろう。先日まで、あの二人は迷っていた筈なのだが、一体何があったのか…。いや…相手候補の山野提督は、米田中将とは異なり、赤レンガの住民でもあった提督。おそらく裏から何か手を回して、私達が比叡と霧島の支持を取り付ける前に、自陣営に取り込んだ…ということか。

 

「長門、陸奥?やはり届かないようですね…。」

 

「敷島様…危惧していたとおり、米田中将を支持する艦娘は、私達の他に、伊勢、日向、扶桑、山城、そして敷島様と朝日様…おそらくこの8票になるかと…。」

 

「私の考えと同じですね。流石に富士さんにお願いするのは、難しいでしょうし…困りましたね。いえ…おそらく山野提督は、自陣営からの脱落は絶対にさせないでしょうから、此方の方が不利かもしれませんね…。」

 

敷島様がこちらに付いた事で、自然と朝日様もこちらに支持を表明してくれている事は、ありがたい事だが、それでも届かないか。それに敷島様が懸念している通り、山野提督は自陣営を完全に固めているようだ。山野提督がここまで育て上げた空母娘達からの造反はありえない、それに金剛姉妹を完全に取り込んだ今、山野提督が持つ8票を切り崩すのはほぼ無理だろう。…となると、可能性としては富士様が持つ最後の1票の行方だが、これも敷島様が考えているとおり、責任を負うことが出来ない富士様が、自身の票で決定する事は絶対に避けるだろう…いや、これは富士様に良識がある…という事でもあるのだがな。

 

それに引き換え、こちらは山野提督程、自陣営が固められているとは思えない。勿論、私や陸奥は最後まで米田中将を推そうと思って居るし、おそらく敷島様と朝日様も最後までこちらに付くだろう。しかし伊勢、日向、扶桑、山城については、そこまで固い支持と断言は出来ない。いや、あの山野提督のことだ。ここから間違いなく、こちらに揺さぶりをかけてくる事は火を見るより明らかだ。

 

「敷島様…一応、富士様に話をしてもらえないだろうか?それと、私は米田中将にもう少し票の取り込みをするように伝えてくる。」

 

「分かりました、長門。私から一応、富士さんにお願いをしてみますが、あまり期待しないでくださいよ。流石に富士さんの意思を変えさせる事は、私でも難しそうです。それに…富士さんの考え方は、ある意味正しいのですから。」

 

敷島様の言っている事は、いつもそうだが、非常に正しい。たしかに富士様をこの状態で説得する事は困難だろう。だがそれでも一応、敷島様としては話を持っていってくれるという事か。ありがたいことだ。

 

…しかし、私も米田中将にお願いはするつもりだが、こちらも難しそうだ。米田中将は、山野提督とは異なり小細工が嫌いな方。間違っても、山野提督のようには動かないだろう。…いや違うな。そのような実直さに惹かれたからこそ、私も含めて戦艦娘達は、米田中将を信頼しているのだからな。だからこそ、私としては是が非でも米田中将を司令長官職に就けてやりたいのだが…。

 

「敷島様、陸奥。とりあえず一度、私は米田中将のところに行ってみる。お互い、最後まで頑張ろう。」

 

 

 

横須賀鎮守府 談話室  扶桑

 

 

まさか私達に山野提督が接触してくるとは思いませんでした。私達戦艦娘の多くは、既に米田中将を支持する事を決めていますから、今更山野提督の説得を受ける事は無い…と私は思います。ただ流石に私も立場的に、山野提督の話を聞かずに無視をする…という事は出来ません。一応、妹の山城にも同席してもらっていますし、お話だけでも聞いてみましょう。

 

「扶桑さんも、山城さんも、急がしい時に時間を作ってもらって、すいませんね。」

 

「山野提督?来週の投票でしたら、山城も姉様も米田中将の支持は決めています。今更旗色は変えないわ。」

 

「山城?山野提督に、あまり失礼な事を言っては駄目よ?ですが山野提督?妹の山城の言うとおり、私達は立場的にも旗色を変える訳には行かないのです…ご理解ください。」

 

「おや、警戒させてしまいましたね。勿論、本心としては私への支持に切り替えて欲しいというのは確かです。ですがそれが難しい事も理解していますよ。私としては、その妥協点が作れる提案を持ってきたつもりなのですがね…。一応聞きませんか?」

 

あら…これは私も山城も少し早とちりしていたのかもしれませんね。山野提督は、本音も言っていますが、それが難しい事もご理解されている様子。それにしても、妥協点というのはどういう事なのでしょうか。こればかりは聞いてみるしかなさそうですね。

 

「申し訳ありません、山野提督。私達姉妹の早とちりでした。しかし、その妥協点…というのはどのような事でしょうか?」

 

「扶桑さん、それに山城さん?今回お二方が米田中将を推している目的、これは米田中将の許で二人とも働きたい…という事ですよね?そして、米田中将と共にこの横須賀鎮守府を守っていきたいと思っている…違いますか?」

 

「そ…そうですけど。」

 

山野提督は、何を言おうとしているのでしょうか。山野提督が言っている事は当然そうですし…だからこそ、今回のような投票による司令長官候補の選出を行っています。山城も不思議そうな顔をしています。

 

「扶桑さん、山城さん。もし私が司令長官となった場合、私は呉を本拠とした鎮守府を作る予定ですし、基本的に機動部隊を中心とした部隊で赴任予定です。そして次に深海棲艦との戦いが始まるまでの平時は、横須賀に戦艦部隊、呉に空母機動部隊を置く態勢にするつもりです。おそらく横須賀鎮守府の事は、米田中将に任せることになるでしょうね。そして、この案は既に軍令部の内諾も得ていますから、間違いなくこのような形で動くでしょう。」

 

「えっ…それじゃ、もし山野提督が選ばれたとしても、私達の配置はそのまま横須賀鎮守府で、米田中将が横須賀で指揮を執るのですか?しかも軍令部も認めているなんて…。姉様、どうしましょう。」

 

「山城、落ち着いて。山野提督、それは本当の事でしょうか?そうだとすると、今回の投票そのものにほとんど意味が無くなってしまいますが…。」

 

…まさか、こんな事になっていたとは、私も山城も驚いています。いえ、山野提督は花頂宮軍令部総長と懇意である事は知っていますし、おそらく既にその方向で軍令部と調整も済んでいるのでしょう。そして海軍省は、山野提督が佐官時代まで過ごした古巣。当然こちらにも根回しが終わっている筈です。そうなると、山野提督を次期司令長官として選び、新たに呉に鎮守府を立ち上げる事が、帝国海軍の総意…という事でしょうか?いえ…一点確認があります。

 

「山野提督…一つ教えてください。山野提督は、平時は二つの鎮守府に分ける事を言っていますが、戦時はどうなるのでしょうか?」

 

「扶桑さん、戦時の大規模な戦いでは、当然司令長官である私の許に戦艦娘など、多くの艦娘が集中的に配備される事になるでしょう。しかし小回りが必要な作戦も当然出てくるでしょうから、全てを一つの鎮守府に統合…という形にはならないでしょうし。軍令部もそのような考えはないでしょうね。ですから戦時になったからと言って、米田中将が完全に外される…という事はありえませんよ。」

 

「戦時であっても、横須賀鎮守府が無くなる事はない…という事で、お約束してもらえますか?」

 

「当然ですよ、扶桑さん。戦時であっても、新艦娘の訓練や、小規模作戦用の艦娘の分散配置、海上護衛任務用の艦娘の整備…そしておそらくあると思われる、外国からの艦娘の受け入れ。これらを横須賀鎮守府で行い、最適な時期に連合艦隊司令部がある呉鎮守府に回航する…などの使い方が想定されます。それに…横須賀鎮守府は、三笠が居る場所です。また南郷提督も予備役や相談役として、この辺りに居るでしょうし…帝国海軍の根拠地が、ここから無くなる事は想定できませんね。」

 

なる程…。新たな鎮守府が呉に出来る事は、既に帝国海軍の決定事項のようですね。しかし、全てを一つの鎮守府に纏めてしまう事も、軍令や軍政の観点から望ましくない…という事。そうなれば、呉と横須賀の二箇所に、それなりの規模の鎮守府が残る事は不思議ではありませんね。そして…新司令長官は呉で指揮を執る事が、ほぼ決まっている以上、そこに赴任するのは機動部隊の司令官でもある山野提督の方が望ましいと、私も思います。

 

「山野提督。この事、他の艦娘にもご自身で伝える予定ですか?」

 

「…それについては、扶桑さんにお任せします。また米田中将にも、それとなく伝えておいてください。立場的に私が直接米田中将に伝える訳にはいきませんから。」

 

「うふふ…分かりました。それでは私から、皆さんに伝えておきますね。…それにしても、山野提督?噂に違わない策士ですね。私達は、どのようにして富士様を説得して、米田中将を司令長官職に就けるかを悩んでいたのですが、提督は投票自体を無意味な物にしてしまったのですから。」

 

「姉様、なにか山野提督に騙されているような気がするのは、気のせいでしょうか…。山城は少し不安です。」

 

山城、その不安は私にもありますよ。ですが、山野提督が持ってきたこの提案、少なくとも矛盾はありませんし、それを実行するだけの政治工作は既に終わっている事は確かです。おそらくその不安の源は、山野提督が赤レンガの住民でしたから、どうしても信用出来ない…という事なので、山野提督個人への信頼の問題のような気がするのです。しかし、山野提督は少なくともこの場では、私達姉妹を信頼して様々な事を教えてくれました。

 

やはり信頼には、信頼で返すのが筋でしょうから…私達も、山野提督を一度信頼するしかないのでしょうね。それに…私は、他の艦娘や米田中将に話を伝えるだけで、それぞれの判断は、それぞれがする事になるでしょう。私としては…この話を聞いた以上は、山野提督に司令長官になってもらう形が帝国海軍にとって望ましいと感じましたから、投票では山野提督を支持する事になりそうですが…。

 

「山城、そんなに不安に思うことはありませんよ。山城も私と同じ話を聞いたのだから、後は山城自身が、山野提督を信用するかどうか…それだけよ?」

 

「…分かりました、姉様。山野提督、少し考えさせてください。…ですが、おそらく私は、姉様と同じ結論になると思います。提督…これからも、よろしくです。」

 

 

 

横須賀鎮守府 海防艦「富士」居室  敷島

 

 

「敷島…そうですね、もう勝負はついていますからね。そういう事でしたら、私も最後は、旧世代の頭の固い艦娘の一人として、米田中将に投票しましょう。」

 

…全てが終わった…という事ですね。山野提督…お見事でした。私としては、なんとしても米田中将に勝たせようと思い、富士さんへの投票の説得に躍起になっていたのですが、その間にあのような手を打ってくるとは、思いませんでした。

 

昨夜、扶桑と山城から、私や朝日も含めて、米田中将を推す戦艦娘を集めた場で、山野提督から伝えられた案が説明されました。どうやら扶桑達は、既にこの事を米田中将にも伝えていたようで、その場で米田中将から山野提督の案に対するご自身の考えも示されました。

 

米田中将は、山野提督の案に賛同され、自分は山野提督の指揮下で、横須賀鎮守府を守る司令官として海軍に奉職する…とのお言葉がありました。そして、当面の間指揮する事になる戦艦娘達に、改めて協力を要請することが伝えられました。この米田中将のお言葉で、次期司令長官は投票を待たずして、山野提督に決まったと考えても良さそうです。

 

「申し訳ありません、富士さん。それにしても、山野提督がここまで大きく動いてくるとは、私も予想していませんでした。…いえ、海軍次官のあの人に聞けば、教えてくれたのかもしれませんが、私が聞かなかったミス…かもしれませんね。」

 

「敷島、それ程肩を落すような事ではありませんよ。むしろ、新世代の司令長官は、南郷提督以上の策士だという事が証明された訳なのですから、喜ぶことでしょうね。…ですが敷島も、最後まで米田中将に投票する予定なのですね?」

 

…愚かな事だ…という事は、勿論承知しています。しかし帝国海軍の伝統を考えれば、年次が上の米田中将が、次期司令長官候補の筆頭です。そして、あそこまで政治的に立ち回れてしまう山野提督よりは、艦隊勤務生え抜きの米田中将を推す…。実際には山野提督の方が司令長官として優れている事は百も承知ですが、やはり旧世代の艦娘として、海軍の伝統にのっとった候補を推す事が、私の役目です。

 

「富士さんまで巻き込む事になってしまい…申し訳ありません。朝日も巻き込んでしまっていますが、あちらは何も考えずに、私に従っているだけですから、本人もそれ程問題には感じていないでしょう。」

 

「敷島、別にいいのですよ。私も敷島と同じように、先の大戦を戦った旧世代の艦娘です。ここまで完全に勝負がついているのであれば、私がどちらに投票しても問題ありません。旧世代の艦娘らしく、物分りの悪い抵抗勢力になりましょう。それにしても…三笠がもし投票権を持っていたら、一体どちらに投票していたか、見られないのが残念ですね…うふふ。」

 

たしかに、三笠にもし投票権が残っていたら、どちらに投票していたのでしょうね。旧世代の代表として最後まで抵抗勢力を演じたか、それとも新世代の山野提督を、自分の力の及ぶ限り全力で推していたか。私は三笠の性格からして、後者だと思いますけどね。

 

…いずれにせよ、既に勝敗は決しており、山野提督が次期司令長官となる事は確定しています。あの少尉が、紆余曲折を経て自分の鎮守府を作る事になるのですね。一体どのような鎮守府になるのか、楽しみではあります。私も…もう少しの間は現役として留まり、横須賀の地からその行く末を見守りたいところですね。

 

 

 

横須賀鎮守府 大会議室 山野少将

 

 

ついにこの日が来たか。大会議室には、投票権を持たない艦娘も含めて、候補者である俺や米田中将、そして現司令長官の南郷大将を含めて、ほとんど全ての将官も集まっている。もっとも、投票前ではあるが、既に票固めは終わっているから、この投票は半分セレモニーのような物。しかし、やはりこの瞬間は緊張するな。

 

「それではこれから、次期司令長官候補の投票を行う。投票は記名投票という事だが、秘書艦の敷島からの提案で、今回の投票は口頭で行う事とする。そして過半数の投票を得た候補者を、わしが次期司令長官候補者として海軍省に届ける事とする。異論はないな?」

 

ん?口頭で投票?記名投票なのだから、どうせ誰が誰に投票するかなど、直に分かる筈。それに今回の勝負は既に終わっているのに、何故こんな面倒な手続きをとるんだ?いや…別に異論はないけどな。

 

「異論はないようだな。それでは早速投票に移る。最初は敷島。意見を述べよ。」

 

「はい。私は米田中将を推薦します。米田中将は年次からも、経歴からも次期司令長官に相応しい人物です。またこれまでの艦隊勤務の実績から信用に足る人物であるという点も、司令長官として得がたい資質。そして帝国海軍は軍の伝統を大事にしなくてはいけません。以上の事から、私は米田中将に、次期司令長官候補として投票しましょう。」

 

…敷島、最後までやってくれたな。いや…最後まで抵抗勢力になる事は分かっていたから、予定調和なのかもしれんが、ここまで勝負が決まった後も、その信念は曲げなかったか。敷島らしいといえば、敷島らしいよな。まぁ、本心はどうであれ、最後まで自分の立場を守ったという事か。

 

「朝日、お前の意見は?」

 

「おぅ!あたいも、敷島の姉貴と一緒で、米田中将を推すぜ。どうも山野は軟弱そうだからな!あたいは、武人でもある米田中将に一票だ。」

 

朝日も相変わらずだな。だが俺は、お前のその単純明快な部分は好きだったぞ。それにお前には、一番重要な場所で救われたよな。あそこで長門達と打ち解ける事が出来たからこそ、今回のこの策が有効になったのだからな。

 

「富士、お前はどうするのだ?」

 

「そうですね…私も米田中将に投票しましょう。山野少将も悪くはないのですが、やはり帝国海軍の伝統は重要です。年次からいっても、米田中将が指揮を執る事がふさわしいでしょうから。」

 

お?富士様、投票するのか?てっきり棄権だと思っていたんだが…。皆そうだと思っていただろうから、富士様が米田中将に投票すると発言した時、ざわついたぞ。…敷島が原因か。どうやら敷島が、前大戦時の古参艦娘の票を全て取りまとめた…という事だな。本当に最後までやってくれるよな。つまり、俺があの案を持ってきていなかったら、危なかった…という事か。本当にヒヤヒヤさせられるぜ。

 

「長門、投票は?」

 

「私は…山野提督を支持する。」

 

「陸奥」

 

「私も、山野提督を支持します。」

 

「伊勢」

 

「山野提督に投票します。」

 

「日向」

 

「山野提督に一票」

 

「扶桑」

 

「私は…山野提督でいいかしら」

 

「山城」

 

「姉様と同じで、山野提督に投票します。」

 

これで決まりだな。元々米田中将を支持していた艦娘達の投票で、6対3。残りの8票は俺を支持している艦娘達。長門達の回答を聞いて、全ての艦娘や将官も今回の投票結果がよめたのだろう。次々と俺に挨拶してくる。

 

「静まれ!まだ投票は終わっておらん。次、金剛」

 

「私は、山野提督を支持しマ~ス。敷島様達は、さっき伝統とか言っていたけどサ~、やっぱり実力が第一ネ。だから私は山野提督についていきマ~ス。」

 

「比叡」

 

「お姉様と一緒です。比叡も山野提督を支持します。」

 

「榛名」

 

「榛名も山野提督に投票します。」

 

「霧島」

 

「勿論、霧島も山野提督に一票入れます。」

 

金剛には本当に感謝だよな。今回の投票にあたって、姉妹艦の票を全部取りまとめてくれたばかりか、後から聞いたが長門達の説得工作まで手がけていてくれたんだよな。出来ればあいつをなんとかしてやりたいが、俺は現第一航空艦隊の司令であり、今後は機動部隊を率いて新鎮守府に赴任予定の身。鳳翔を捨てる訳には絶対にいかない。それに鳳翔には返せない恩があるからな…すまん。

 

「投票数からすれば、既に結果は判明しておるが、やはり最後まで投票は続けるべきであろうな。次、鳳翔。」

 

「勿論、山野提督に投票いたします。提督は、失礼ながら南郷提督にも勝ちぬいた司令官です。そして私達空母部隊の生みの親。新時代の司令長官にふさわしい人物だと確信しています。」

 

鳳翔…お前の艦長職を拝命してから、俺の海軍生活は大きく変わった。金剛にも感謝しているが、俺を提督にしてくれたのは、お前のおかげと言ってもいい。お前のおかげで俺は、新しい艦隊の編成も出来たし、あの南郷提督に勝つ事も出来た。本当に感謝している。…それと、これからもよろしく頼むぞ。

 

「龍驤」

 

「うちも、山野はんを推薦させてもらうわ。」

 

「赤城」

 

「山野提督を支持します。」

 

「最後に加賀」

 

「赤城さんと同じで、山野提督を支持するわ。」

 

…新世代の艦娘は、全て俺を支持してくれた…という事だな。ある意味、例の提案で米田中将を説得できたという事が、一番大きいかもしれないが、これなら何も問題なく、俺も司令長官として奉職出来そうだ。

 

「以上だな。結果は今更言うまでもない事だが、山野が14票で過半数をとっておる。この結果をもって、わしは次期司令長官として山野を推薦する。山野…あとは頼むぞ。」

 

「はっ…閣下。後は私にお任せください。」

 

…いよいよ、俺の時代が始まるんだな。小堀…まず、俺は夢を叶えたぞ。次は貴様の番だ。先日の貴様からの借り、きっちり利子をつけて返してやる。俺が艦娘の司令長官、貴様が海軍大臣。俺達の兵学校時代の夢が叶うところまで来たぞ。

 




ついに山野提督が新司令長官になる事になりました。とはいえ、そのために払った犠牲も大きく、山野提督が指揮する艦娘達は、平時は機動部隊のみ。とはいえ、戦時になれば「鎮守府の片隅で」の呉鎮守府のように、多くの艦娘が集まる形になっていますから、ある程度納得はいく形で、司令長官になる事が出来たかも…。

個人的には、この物語を書く際、この結論は決めて書いていました。やはり年次の壁は大きいですから、このような形にしない限り、なかなか主人公を司令長官にする事は難しいだろうな…と。それに艦これのゲームでも、艦娘が次々鎮守府に赴任してくる訳ですから、このような形でもいいだろうな…と。それにこの物語では、三笠様達も居ますから、横須賀鎮守府が無くなってしまうと少し困ってしまいますし(笑)。

という事で、いよいよ次回が最終話になります。最後までよろしくお願いします。


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第二十一話 鎮守府への道

今回が「鎮守府への道」の最終話になります。新司令長官となった山野提督が、きちんと「身辺整理」をしてから、新鎮守府に着任するまでの回になります。


横須賀鎮守府 司令長官室  南郷大将

 

 

あの小僧が、わしの後継者になる日が来るとはな…いや、わしも期待していた事はたしかだが、本当にその期待に最後まで応える事になるとはな。特に、米田との司令長官候補を選択する投票戦の際、小僧が見せた政治的な立ち回り。これからの司令長官は、わしのように海軍省や軍令部から一定の距離を置くのではなく、積極的に介入するような事も必要になるのであろう。

 

それにしても…わしもいよいよ司令長官を退任する事になるのだな。元帥海軍大将であるため生涯現役とはいえ、役職が外れる以上、わしの時代は終わった…いや違うな。ようやく次の世代にバトンを渡せるようになったという事か。まぁ、想定していた以上に若い世代に変わるというのは、ご愛嬌というところだが。

 

「失礼します。南郷司令長官。山野、入ります。」

 

小僧もこの鎮守府に来るのは、これが最後。明日は陸路で呉まで移動し、小僧の新しい鎮守府の立ち上げが始まるのだな。まぁ、最初の立ち上げである以上、一緒に連れて行ける戦力は、わずかに駆逐艦が数隻ではあるが、予定どおりであれば来月には水雷戦隊が、そして半年後には小僧の空母戦力も配属できよう。

 

「山野…入れ。」

 

ふむ…この小僧も覚悟が決まったと見える。実に良い表情をしておるな。まぁ、このわしの後継者なのだ、それくらいの覚悟を見せてもらわなくてはならんわな。

 

「山野、いよいよだな。海軍省から既に辞令が出ておると思うが、本日付でわしは、司令長官職を退任する。山野、これからの帝国海軍をよろしく頼む。情報部からの話では、深海棲艦の活動が再び活発になっている現在、次の大侵攻は近いと見るべきだろう。そしてその時、帝国の盾となり戦うのは、貴様だ。しっかりやれ。」

 

「南郷提督。後のことは、自分が引き受けます。これからの帝国海軍のことは、自分にお任せください。」

 

どうやらわしは、後継者に恵まれたようであるな。この小僧であれば、わしの代わりに帝国海軍を任せることができよう。…そうとなると、わしが小僧に最後にしてやれる事は、小僧が司令長官として動きやすくしてやる事であるな。まぁ、これについてはもう話がついておるから、教えてやるか。

 

「山野、先日海軍大臣の佐藤とも少し相談をしたのだがな、佐藤もこのわしと一緒に、海軍大臣を退任するそうだ。流石に軍令部総長の宮様には、帝国海軍の要石として、今しばらく現役でいてもらわねばならんが、司令長官が世代代わりした以上、軍政側も世代代わりすることが望ましい。それに貴様も、海軍大臣が同期の方がやりやすかろう。」

 

「…閣下、まさか。小堀少将が次官から海軍大臣になるのですか?」

 

「…小堀中将だ。流石に少将で海軍大臣と言う訳にはいくまい、山野中将。貴様も本日付で中将に昇進だ。しっかりやれ。」

 

流石に司令長官と海軍大臣が少将という訳にはいくまい。これについては海軍上層部の総意として、二人を中将に昇進させる事が急遽決まっておる。本当は役職的に大将にしてやりたいところだが、いかんせん小僧共の年次ではな。まぁ、ぎりぎりなんとかなる階級ではあるから、後はそれぞれの役職で功績を立てれば、時間が解決してくれよう。

 

「山野中将。これでわしが貴様にしてやれる事は、もう無い。これからは貴様の時代だ。存分にやれ!以上だ。」

 

「南郷提督。ご配慮感謝いたします。…それでは、失礼いたします。」

 

もはや引き継ぎも終わっておるし、今更小僧に伝える言葉もあるまい。それに小僧に対する戦艦娘達を含めた評価も申し分ない以上、十分にやっていけるであろう。これでようやくわしも、肩の荷が下りたという事だな。

 

まぁ、これでわしも無任所で時間も出来よう。これからは、三笠の相手をもう少ししてもよいのかもしれんな。あやつには、相当苦労をかけてきたからな。

 

 

 

横須賀鎮守府 談話室  三笠

 

 

いよいよ、あの坊やも呉に赴任しちまうんだね。新しく鎮守府の立ち上げからやる事になるとは、本当に貧乏クジだよ。第一、これから拡張していく鎮守府だ。今の現状では、せいぜい数隻の駆逐艦を係留するくらいしか出来ない。まぁ、工事は急ピッチで進んでいるようだから、来月には一個水雷戦隊程度であれば、受け入れられるだろう。もっとも…空母を含む大型艦が受け入れられようになるまでは、半年はかかりそうだね。

 

「三笠、俺は明日には呉に向かう。新しい鎮守府を作る…というのは苦労しそうだが、まぁなんとかなるだろう。その内、こっちにも来てくれよ。…いつも来られたら、困るけどな。敷島も朝日も、富士様も、任務でこっちに来た時は寄ってくれ。」

 

「山野提督。近くに出撃した際は、寄らせてもらいますが。あまり緩い鎮守府はいけませんよ。今度の鎮守府の規模、最終的にはこの横須賀鎮守府よりも大きくなるでしょう。緩すぎる規則では、収拾がつかなくなります。それと、あまり働きすぎて、健康を害してはそれこそ本末転倒。特にしばらくは単身赴任なのですから、自分の体の管理はしっかりしなくてはいけません。それとですね…」

 

「し…敷島、そこまで言われなくても大丈夫だ。ちゃんと秩序は作るし、健康にも留意して勤務するさ。」

 

全く、敷島姉さんらしいと言えば、らしいね。まぁ、敷島姉さんからしても、あたし同様に、坊やはいつまで経っても、あの新任少尉時代の坊やなんだろうさ。でもね、そんなに五月蝿く言っていると、殿方には嫌われるよ?なんでも、海軍省に居る自分の旦那にも、最近は相当煙たがられているみたいだしね。

 

「山野。あたいもその内そっち遊びにいかせてもらうけど、ちゃんと歓待しろよ?山野も司令長官で中将になるんだ。歓待の内容には期待させてもらうからな。それと…ここまで来たんだ。今更言う事でもないんだろうが、これから頑張れよ!」

 

「あぁ、朝日。ありがとうな。こっちに来たら、朝日が食べきれない程のご馳走を出してやる。それと…朝日も元気でな。」

 

朝日姉さん、接待を要求してどうするんだぃ…。まぁ、朝日姉さんからしたら、今まで面倒を見てきた弟分が出世したから、今度はちゃんと歓待しろよ?くらいのつもりなんだろうけどね。

 

「山野提督。これからは、いよいよ山野提督の時代ですね。…ですが、気をつけなければいけませんよ。好事魔多しという言葉もあります。順調な時ほど、慎重に行動するのですよ。まぁ、山野提督の場合は、女難の相がありそうですけどね…うふふふ」

 

「ふ…富士様、やめてくださいよ。これでもちゃんと身辺は整理してから赴任予定なのですから…」

 

坊や…身辺整理は「これから」だろう?もうあの二人は、坊やを待っているよ。まぁ、後ろから刺されない程度には、身辺整理をしておくんだね。それと…一応あたしからも釘はさしておかないとね。

 

「坊や…その身辺整理、どうするのかまでは関知しないが、選べるのは一人だけだからね。…それと、これはあたしの希望だが、選ばなかった相手にもちゃんと配慮して、いつかは責任をとるんだ。どちらを選ぶにしても、選ばれなかった相手は今更違う人を…という訳にはいかないだろ。ちゃんと機会を見つけて、もう一方に対してもそれなりの処遇をするんだよ。…坊や程の人物だ、それくらいの器量はあるだろう。」

 

「…分かっている、三笠。いつになるかは分からないが、ちゃんと両方に対して責任はとるつもりだ。…いや、約束する。」

 

「ほぉ…約束ね。まぁ、それならいいんだけどね。」

 

ふん…どうだろうね。大方こういう場合、男というのは逃げるものだって相場は決まっているからね。とはいえ、坊やがあたしに約束をするという言質はとったんだ。もし何もしなかったら、その内文句の一つでも言いに行ってやるかぃ。

 

「いずれにせよ、しばらくは忙しくなって連絡も少なくなるかもしれないが、皆には本当に世話になったな。感謝している。準備が出来たら連絡するから、その時は是非来てくれよ。…では行ってくる。」

 

あの坊やの門出だね。敷島姉さん達も、皆嬉しそうな顔をしているし、坊やが新司令長官に選ばれて本当に良かったよ。あたしはもう現役艦という訳ではないが、この日をこの形で迎える事が出来て、本当に幸せだったよ。

 

 

 

横須賀鎮守府 山野提督 私室    山野中将

 

 

「二人とも来てくれたか。…まずは業務連絡からだ。二人とも俺の鎮守府に配属される事は決定しているが、赴任時期はもう少し先になる。まずは鳳翔。鳳翔の赴任は、おそらく半年後だ。その頃には、新鎮守府も大型艦を迎え入れる事が出来る準備が整っているだろう。赤城や加賀そして龍驤と共に赴任する事になるだろうな。」

 

「了解いたしました、山野提督。それまでは、横須賀鎮守府の米田中将の許で、訓練をしています。受け入れ態勢が整ったら、直に連絡してくださいね。直にそちらに向いますから。それと…しばらく自炊ですが、大丈夫ですか?あまり外食ばかりでは駄目ですよ?」

 

半年間は、自分の直卒艦隊の無い司令長官か。まぁ、新鎮守府を作るのだから、仕方ないよな。それよりも…半年間は、鳳翔の手料理も無しか…こっちの方がキツイぞ。艦長になってから、ほとんど料理は鳳翔がやってくれていたから、自炊はしばらくやっていないし。早いところ、呉鎮守府近くで美味しい店でも見つけないと、拙い事になりそうだ。

 

「金剛、お前の方はもう少し赴任まで時間がかかるぞ。なんせ、お前達は姉妹揃って近代化改修をしないといけないからな。本当は呉で改修したかったんだが、未だそんな設備はない。だからと言って、これ以上お前達の近代化改修を遅くする訳にはいかないから、今回は横須賀で改修を受けてもらう。まぁ…来年には、全ての改修工事が終わって、こっちに赴任出来るはずだ。」

 

「Hmm…一年間ですか~。But, これは仕方ないですネ。分かりました、一年間は我慢するネ。でもさ、改修が終わったら直にそっちに行くデ~ス。私が新しくなった姿は、提督に早く見てもらいたいデ~ス!」

 

金剛達姉妹の場合は、近代化改修が入っているからな。研究費は無事に今年度予算についているから、後ろ倒しは出来ない。となると、呉に改修用ドッグを整備してから…という訳にはいかない以上、横須賀で改修を受けさせるしかないんだよな。俺の策、金剛達の引き止めには有効だったが、時間的制約も出てしまったから、金剛には悪い事をしてしまったかもしれんな。…それに。

 

「金剛。こちらに来たら、俺の秘書艦としてしっかり働いてもらうから、覚悟しろよ。」

 

「What? 私が秘書艦ですか?鳳翔じゃなくて、いいんデ~スか?」

 

「金剛が赴任するまでは、鳳翔に秘書艦をしてもらう予定だが、お前が赴任したら、秘書艦はお前に任せる。多分、お前の方が向いていそうだからな。これからも仕事の面で、俺をしっかり支えてくれ。」

 

「…。…山野提督?やっぱり鳳翔を選ぶんですネ?」

 

『仕事の面で』という一言で察したか。昔はともかく、今は金剛も優秀な艦娘だからな。いや、正直俺も非常に迷ったさ。だが、やっぱりここで金剛を選ぶ訳には行かない。…すまん。

 

「金剛…すまん。ここまで結論を引き延ばしておいて、本当に申し訳ないんだが、俺は鳳翔を選ぶよ。いや、お前には本当に感謝しているんだ。でも、お前を選べない。…本当にすまん。」

 

「提督…酷い人ネ…。ここまで私を待たせておいて、本当に酷い人デ~ス。私、もう今更、他の人のところに行くというselectionは、無いですヨ?…でもいいネ。私を秘書艦にするという事は、私を信頼している事は分かりマ~ス。…普段提督の一番近くに居るのは、私デ~ス。それに…こんな酷い提督は、そのうち鳳翔に愛想を尽かされる事は確実デ~ス…だから、私は待っているネ。提督が鳳翔に愛想を尽かされる日まで…」

 

「な…金剛さん。そんな事は、私はしませんよ。提督?私を選んでくれて本当にうれしいのですが、金剛さんを秘書艦にするというのは、ちょっといかがでしょうか…。金剛さんは全然諦めていなさそうなのですが…。」

 

いや…。ここで金剛を秘書艦からも外すなんてした日には、俺は間違いなく刺されるぞ。それに、秘書艦としての仕事は、綺麗事だけでは済まないからな。勿論、俺に南郷提督程の絶対的な力があれば、相手に配慮させる事で綺麗事だけで終わらせる事も出来るだろうし、敷島のような規律を遵守するタイプの秘書艦で問題ない。

 

だが俺にはまだそこまでの力が無い以上、俺の鎮守府では色々と政治的な取引も増えるだろう。そうなったら、金剛の力は絶対に必要だ。だからこの面では、鳳翔にも我慢してもらわないと…。

 

「鳳翔。俺の鎮守府には、金剛のような秘書艦が絶対に必要だ。申し訳ないが、仕事の面については譲歩してくれ。それと…鳳翔…生活面では俺をしっかり支えてくれよ?」

 

「…分かりました。仕事については、提督のご意向に全て従います。それと…生活面では私がしっかり面倒を見ますし、金剛さんに付け入られるような隙は与えませんから。」

 

「Hey! 鳳翔、なかなか言いますネ。でも私は、とってもしぶといですヨ?もう一度提督がこちらに振り向く日まで、待っていマ~ス!」

 

こりゃ…俺の鎮守府は賑やかな鎮守府になりそうだな。まぁ、俺がちゃんと手綱を握っていれば大丈夫だろうし、二人ともある程度の分別はあるだろうから、なんとかなる…よな?

 

「二人ともいい加減にしろ!それと…俺はそろそろ帝都行きの汽車の時間が迫っているから、駅にいかせてもらう。明日には一足先に俺は呉に行くが、これからよろしく頼むぞ。」

 

「提督…お気をつけて。半年後にお会い出来る日を楽しみにしております。」

 

「Hey 提督!元気にやるデ~ス。私も一年後にはそっちに行くからサ。See youデ~ス。」

 

 

 

呉鎮守府 司令部入口    山野中将

 

 

これが、俺の鎮守府の司令部か。まだ小さいが、これから大きくなっていくんだよな。あれ…おかしいな。先に特型駆逐艦が来ていて、俺の案内をしてくれる手筈になっていたと思うんだが、まだ居ないのか?おっ?

 

「…はぁ、はぁ。遅くなってすいません。特型駆逐艦の吹雪です。山野提督でしょうか?」

 

建物の向こうからバタバタ走ってきた艦娘が目の前に居るが、この娘が特型駆逐艦の子か。しかし…あからさまに約束の時間を忘れていた…なんて雰囲気を醸し出しているが、大丈夫なのか?といってもしばらく、俺はこの子を頼らなくてはいけないけどな。

 

「あぁ、俺が山野だ。吹雪君か…よろしく頼む。」

 

「こちらこそよろしくお願いします!それでは、司令部を案内しますね。あっ!すいません、提督が到着した事を皆さんにお知らせしますので、少しだけ待っていてください!」

 

おぃおぃ…大丈夫か?またバタバタ走って、司令部内に駆け込んでいったが…。ひょっとして駆逐艦娘というのは、みんなこうなのか?俺は今まで、あまり駆逐艦の艦娘との付き合いはなかったが、これを機会に色々と話してみる必要がありそうだ。…なんといっても、この子が俺の鎮守府に配属された最初の艦娘なのだからな。

 

「♪ピンポンパン♪ 特型駆逐艦一番艦の吹雪です。皆さんに連絡です。提督が鎮守府に着任されました。これより、艦隊の指揮を執ります!」

 

いよいよ俺の鎮守府が、ここから始まるんだな。はるか昔、新任少尉として呉の兵学校を出て幾年月。ついに司令長官として、呉に戻ってくる事になったんだよな。そして、次の大戦も近いという情報も出ている。責任は重大だが、おもしろい。

 

俺の力の及ぶ限り、全力でやってみるか。これから実に楽しみだ。




最終話までありがとうございました。一応この後、おまけではありますが、エピローグを用意していますので、本日中に投稿する最後の物語を楽しみにしてもらえると嬉しいです。

さて、山野提督の身辺整理でしたが、仕事と家庭で分けた事で、なんとか先延ばし…になったような…。このような状態だったからこそ、「鎮守府の片隅で」の世界でも、金剛さんと鳳翔さんは、あのような関係になっている…という事にしてみました。とはいえ、これはあくまでも先延ばし。話中にあった、三笠様の約束は果たせていません。ですからエピローグで、最後は責任を取る事になるでしょうね…。

いずれにせよ、なんとかこれで「鎮守府の片隅で」の提督に繋げる事が出来たかな…と思っています。ここまで読んでいただき、また長い間待っていただき、ありがとうございました。


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エピローグ
エピローグ


時代は一気に進み、「鎮守府の片隅で」の時代を超えて、いよいよ山野提督が退官する時代の話をエピローグとしました。


呉鎮守府 司令部  山野 元帥海軍大将

 

 

そろそろ俺も退役する時が来たようだな。後進も順調に育ってきているし、深海棲艦との戦いもこちらがだいぶ有利に進んでいる。そろそろ潮時だな。退役したらどうするか…鎮守府近くの建物は確保してあるから、鳳翔と一緒にそこで、本格的に料理屋を開くというのも悪くないか…俺と一緒に料理屋を開くというのは、あいつの夢だったからな…。ま、今でもあいつは鎮守府の片隅で店をやっているから、店の場所が少しだけ移ると考えれば、あいつにとっては今とあまり変わらんのかもしれん。ただ…退役するとなると、三笠との約束も果たす時が来たという事か…。

 

「金剛、最近は深海棲艦との戦いも有利になってきているようだな。それにこの鎮守府も順調に軌道に乗っている。お前には秘書艦として苦労ばかりかけてきたが、これまで本当に助かったぞ。」

 

「Hey! 提督~。いきなりどうしたデ~スか。これからも私が、提督を支えていきますネ~。」

 

「いや…そろそろ退役しようと思っていてな…。」

 

金剛の奴、目を丸くしているな。こいつのこんなに驚いた顔は、本当に久しぶりに見た気がするな。まぁ、これからもっと驚くことになるのだろうが…いや、怒る可能性もあるのか…。

 

「提督!何言っているネ!退役なんてNoなんだからネ!第一、提督が退役してしまったら、残された艦娘はどうするデ~スか!」

 

「なに…後進も順調に育ってきている。次代の司令長官に席を譲る時が来た…という事だ。それに海軍大臣の小堀もそろそろ退役を考えているようだからな。お前も知っているように、俺達は同期なんだ、退役する時は一緒と決めていたからな…。」

 

小堀の奴も、今期限りで海軍大臣を辞任して海軍からも退役すると言っているからな。軍政と実戦部門のトップが二人同時に交代する事になれば、自然に軍令のトップも交代になるだろう。今の軍令のトップは俺達よりも更に兵学校の年次は上。もうそろそろ後進に道を譲ってもらわなくてはいかんしな…。先輩には申し訳ないが、俺達の道連れになってもらうか。

 

「嫌ネ!絶対に嫌デ~ス!提督以外の人には、私は絶対に仕えないネ!だから、退役は止めて欲しいデ~ス。」

 

おぃおぃ、金剛…泣くなよ…って、こいつは結構嘘泣きが多いからな…。ふむ、今回はどうやら本当に泣いているようだな。まぁ、こいつは…俺にとっては初めて出会った艦娘でもあるし、何かと縁もあったな。さて…それでは三笠との約束を果たすか。

 

「金剛…お前がもし良いなら…お前も一緒に来るか?」

 

「What !?」

 

「お前との付き合いも長いし…どうやらお前を長く待たせすぎてしまったからな…その責任はとらないと…な。あくまでも、内縁の…という事にはなるが、それでもいいか?」

 

「Really !? でも鳳翔はどうするネ?提督は、もう鳳翔と一緒になっているデ~ス。鳳翔が私を受け入れてくれるとは、とても思えないネ!」

 

ま、そうだろうな。あいつはああ見えて嫉妬深いからな…。とはいえ、こればかりは俺の責任だからな…ここで俺が逃げたら、三笠に何を言われるか知れた物じゃない。それにこいつとは俺が少尉の時代からの長い付き合いだし、ずっと独り身で待っていてくれたわけだからな…。ま、鳳翔にはぶん殴られるかもしれんが、なんとか説得するしかないだろう…。

 

「金剛、鳳翔を気遣うとは、お前らしくもないな…ハハハ。…鳳翔の説得は俺がちゃんとする。ま、土下座でもなんでもするさ…。あっ、籍を入れる事は出来ないぞ。それで、まだ返事をもらっていないんだが?」

 

「Yesネ!提督~、私もついていくネ!提督…やっと私の方を振り向いてくれましたネ…長かったデ~ス。でも、待った甲斐がありましたネ…。」

 

ほぉ…金剛でもこんなにしおらしくなる事があるんだな…。とはいえ、俺の長い経験から考えれば、こいつがずっと大人しくしているとは思えないし…こりゃ、俺が退役しても我が家は賑やかになりそうだな。

 

バタンッ

 

「ふん…坊や、ようやく決断したかぃ。まったく…世話が焼けるったらありゃしない。」

 

…なんで三笠が来てるんだよ。それに敷島に朝日に春日に富士様まで…。…ゲッ…鳳翔もか…あの表情じゃ、さっきの会話は全部聞かれていたか。大方、また三笠の『勘』で敷島達と呉までやってきた…という事か。で、鳳翔を連れて俺の部屋の前で待っていたら中から面白い話が…という事なんだろうな。三笠の勘については今更だから驚かないが、敷島達まで連れてきているというのはな…嫌がらせ以外の何物でもないだろう。

 

「山野提督、お久しぶりですね。私達も流石にそろそろ退役しようかと思いましてね。その挨拶をするために提督の所に来たのですが…なかなか面白い三文芝居を見せてもらいましたよ…フフフ。とはいえ、ここまでよく頑張りましたね。あの少尉がここまで成長するとは…私も楽しい物を見せて貰った気がします。本当にお疲れ様でした。」

 

「敷島にそう言ってもらえる日が来るとは、俺も思っていなかったな…。」

 

敷島は相変わらずだよな。あれからだいぶ年も取っているだろうし、戦艦から海防艦になり、更に練習艦になっても、雰囲気は昔の敷島のままなんだよな。この人とも随分色々あったもんだよな…。

 

「山野!金剛と上手くやれよ!っていうか、その前に修羅場が待ってそうだけどな~ハハハ。鳳翔、とりあえず一発、山野を殴っておけって。」

 

「朝日…これ以上煽るなよ。それに覚悟は出来ている。」

 

朝日も変わっていないよな。即断即決。そして後には引き摺らない…このサバサバした性格には、俺もいくらか救われたよな…その都度ぶん殴られたのは、痛かったけどな。だが、長門達との仲を取持ってくれた、あの海軍精神注入棒の恩は忘れていないぞ。

 

「貴方…言いたいことは、いろいろとありますが…本当に金剛さんを迎えるのですね?」

 

「あ…あぁ。鳳翔、殴られる覚悟は出来ている。それにお前には何の不満もない。だが金剛のことが、俺の心の片隅に絶えず居た事もたしかだ。そしてその存在を、俺の心から完全に追い出す事は不可能だ。…すまん。」

 

「…」

 

まぁ、怒っているよな…。こんな言い訳が通用しない事は、百も承知だ。だが…鳳翔と金剛の付き合いも長いから、なんとか認めてくれるような気配もある…いや、これは俺の甘えだよな。

 

「貴方?一応確認ですが、あくまでも内縁ですね?籍は入れないのですね?」

 

「あ…あぁ。金剛もそれで納得してもらっている。」

 

「…分かりました。私も金剛さんの事を、少し気にして居た事は確かです。ですが貴方、私に不満が出ないように、ちゃんと差配してくださいね。それと…金剛さんにも不満が出ないように…。」

 

ふぅ…これはキツイ約束になりそうだよな。二人とも完全に満足させるように…って、どう考えても無理だろ。あの嫉妬深い鳳翔に、油断ならない金剛だぞ?とはいえ、これが鳳翔としての最大限の譲歩…なんとか頑張るか。

 

「分かった、鳳翔。約束する。…ありがとう。」

 

「酷い人ですね…もう知りません!」

 

「あらあら、山野提督?これから大変そうですね。ですが、やはり男児たる者、これだけ待たせた人に対して責任はとらなくてはいけませんからね。それと…金剛、良かったですね。」

 

「金剛良かったわね。でも、鳳翔もついていないわね。こんな酷い男が旦那なのだからさ。」

 

「富士様、それに春日も…勘弁してくれよ。鳳翔には、常に感謝している。」

 

なんというか…富士様や春日にも、昔から世話になったよな。だからこそ、こういう時は本当にやり難いったらありゃしない。何を言っても、色々と言われそうだからな…。いずれにせよ、鳳翔も一応?納得はしてくれた…という事でいいんだよな?

 

「鳳翔、金剛、これからもよろしく頼むぞ。…三笠、ちゃんと俺は約束を果たしたぞ。三笠にも、ここまで本当に世話になったな。俺はこれで退役する事になるが、これからは気軽に遊びに来いよ。」

 

「ふん…一応、坊やなりに約束は覚えていて、最後にその約束を守ったってとこかぃ。まぁ、これならいいさ。…それにしても…あの坊やが、本当に艦娘の司令長官までなってしまい、こうやって後進に道を譲るような立場になるとはね。…山野司令長官、本当にここまでよく帝国のために働きましたね…ご苦労さまでした。」

 

…一応、合格点…って事だよな。あの三笠から最後に合格点がもらえる程度には、俺も司令長官職をきちんと務めた…って事か。新任少尉の頃、はじめて三笠に会ってから、かなりの年月が経ったが、結局三笠は最後まで俺の指導艦だったという事なのかもしれんな。

 

「三笠様。山野磯郎は、三笠様のおかげで大変有意義な海軍生活を送る事が出来ました。改めて…感謝申し上げます。これまで本当にありがとうございました。」




提督、爆発しろっ!な結論になってしまいましたが、やはりこの形が一番落ち着くな…と個人的には感じて、このシリーズ一連の話のエンディングとしました。今は時代的に無理ですが、時代が時代でしたら、山野提督クラスの要人であれば、二号さんや、下手すれば三号さんが当たり前という時代もありましたから…まぁ、これでいいや…と思ったわけです。実際のところ、これ以外の結論にすると、どこかで無理が生じてしまうんですよね^^;

という事で、「鎮守府の片隅で」は今休載中ですが、あの後こうなるんだな…とニラニラして、あちらの話も読んでもらえたらと思います。…そのうち、あちらの話も新しい話を書きたいな…と思っていますので、何かの弾みに新作が投稿されるかもしれませんから、あまり期待せずに待っていてもらえたらな…と思います。あちらは、一話完結ですから、終わりはないですしね^^;

ということで、年単位の休載となってしまいましたが、なんとかこちらの話は完結できたかな…と思います。皆様、ここまで本当にありがとうございました。



【挿絵表示】


それと…縁あって、今回puccapucca02様に、山野提督、南郷提督、三笠様、敷島様、朝日様、金剛さんのイラストを描いてもらいました。時代的には第一章の時代のイラストになりますが、私がイメージしていた三笠様達とそっくりに描いてもらいまして、大変感謝しています。


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