新・外史 銀河英雄伝説 (山桜)
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第一話 英雄たちのあたらしい仕事

改訂/平成三一年四月八日

仕事を辞める決心がついたので改訂していきます。近々、二話以降も改訂します。
主な変更点としては
・三人称視点の統一
・文章の改訂
の二点です。銀河英雄伝説をアニメリメイク版ほどしか知らない方でも読みやすくしていければと思います。
今作のスタート地点は「銀河英雄伝説」時系列上最初の作品「螺旋迷宮」から、外伝部分等は数話ごとに同盟視点と帝国視点を、戦闘や本伝部分は時系列を合わせて書いていく予定でしたので、そのように改訂しつつ新しく書いていきます。
初見の方はこれから、前作からの方はまた、お楽しみいただければと思います。


宇宙暦七八四年(帝国暦四七五年)

とある日

国立ハイネセン士官学校

 

ヤン・ウェンリーが彼と出会ったのは、士官学校に入学して一年半の月日が経った頃だった。この頃ーーいや、これからもそうだったがーーヤンは筆記や実技に関わらず、講義が終われば図書館へと足を運んでは入り浸っていた。それこそ毎日である。周囲の人間は彼を「本の虫」と半ば詰ったが、データ化されていない書籍の探し方を聞きに来る人はたまにいた。

 

「いやぁすまないな。ここの紙の本はたくさんありすぎて探すのが億劫になるんだ」

「ははっ、たしかに。でも探し方を覚えればすぐに見つかるようになるよ」

 

今目の前にいる人物もその一人だった。

名前をローラン・ルクレールといった。

ヤンの母親と同じ姓ではあったが特に親戚ではないらしい彼は、童顔と呼ばれるヤンよりも若く、あるいは幼く見え、一五五センチほどしかない身長もあってジュニア・ハイスクールの生徒かハイスクールの新入生にしか見えなかった。

しかし学科の所属はヤンの戦史研究科ではなく、軍人としてのエリート街道を歩める戦略研究科の所属であり、成績順位も一桁台の秀才であった。この学科の人間はーーヤンの多少の偏見も含めてーーその多くが自らの誇示し、人となりが傲慢だったり他者を見下したりする者がばかりだが、その中で彼はまともな人格者であるといえた。学科や性別問わず人気があり、誰にでも話しかけては誰とでも仲良くなれるという一種の才能の持ち主だった。

 

「それにしても、探していたのはその本であってるのかい?」

「あぁ、この本だよ。あとはこれとこれと、あとはこれだ」

 

木製の本棚から取り出した本のタイトルはそれぞれ「地球史概略〜中世編〜」「宇宙暦のはじまり」「交易経済学」「フェザーンの歴史」であり、三冊目を除けば歴史関連の書籍ばかりだった。

 

「歴史が好きなのか」

「まぁね。歴史の教師か研究者かなにかになりたかったが、このご時世じゃ難しそうで。だから軍人になってしばらくしたら退役して、年金もらいつつ勉強してそこから教師になろうって考えてる」

 

世知辛そうに笑う目の前の少年のような同級生に、ヤンは仲間を見つけたような気持ちになった。彼自身も、戦史研究科で歴史を学んでゆくゆくは歴史学者になれればと夢見ていることもあって、同じような考えと進路を目指したいと考えていた彼には、数少ない同類だと思ったのだ。

 

「歴史って、いつ頃のが好きなんだ?」

「俺は特にどこがっていう時代はないが、北欧や極東の神話は面白かったな」

「なるほど、私はーー」

 

これをきっかけにヤンはローランを数少ない友人の一人として数えるようになり、お互いに夢を、歴史を語り合うようになった。

 

◇ ◇ ◇

 

宇宙暦七八八年(帝国暦四七九年)

一〇月某日

自由惑星同盟首都・ハイネセン

 

「ーーおい、ヤン」

 

ヤンはハッとなって顔を上げた。地上車の助手席にあってどうやら眠ってしまっていたようだ。

声がした運転席の方を向くと、友人ーーローラン・ルクレールが運転していた。自身の母と同じ姓を持つこの友人も士官学校時代から僅かだが身長が伸び、見た目もやっとハイスクールの在学生くらいになっていた。

 

「ごめん、眠ってたみたいだ」

「だろうと思った。そろそろ本部に着くぞ、今のうちにしゃんとしとけよ」

 

旧来の友人は運転しながらそう言った。そもそもこの国の地上車は基本的に自動運転なのだが、彼はそれを嫌っていつも手動で運転していた。

本部ーー統合作戦本部へは、ヤンたちが士官学校に在学している時に赴任してきた事務次長だったアレックス・キャゼルヌに呼ばれて向かっていた。

 

「それにしても、あれからもう二ヶ月近く経つのか」

 

それを聞いてヤンも「あぁそんなに経つのか」と感慨深くなった。

「あれ」とはエル・ファシル星域で起こった戦いのことである。

二○○○隻を超える帝国軍艦隊から惑星エル・ファシルの住民およそ三○○万人を無事に救出したことで、ヤンとローランは「エル・ファシルの英雄」などという虚名と共に祭り上げられてしまっていた。

無論二人も、百万人を殺して英雄と呼ばれたくはない質であるし、遥かにマシだが、帰還してすぐ記者会見やインタビューや表彰式や、およそ一週間は寝る時間もまともにとれていなかった。

 

「命からがら帰ってきた途端にあの狂乱騒ぎ。それがやっと落ち着いてきたと思ったら、今度はキャゼルヌ先輩にお呼ばれとは。人気者は辛いな」

「それにしてもなんの用なんだろう。執務室へ来いってことは、私的な話ではないだろうけど」

「たしかに。私的な話なら、コニャックを土産に家まで来いと言うだろうしな」

 

「言いそうだ」とヤンは目を細め、目の前にそびえる本部を見つめた。

 

◇ ◇ ◇

 

後日

国立図書館

 

「……つまり、第二次ティアマト会戦で戦死したはずのブルース・アッシュビー元帥が、実は謀殺だった可能性が出てきたから、俺たちに調べろと?」

「有り体に言えばそうだ。毎週火曜日に届くこの火曜日通信に、そのような旨が書かれているのが軍部にとっては目障りらしくてな。そこでお前さんたちには非公式ではあるが、調査委員に選任されたわけさ」

 

ローランとキャゼルヌのこの問答が、今回二人が執務室に呼ばれた理由を端的に表していた。

元々、エルファシルで手柄を立てすぎた二人の配属先に軍上層部が困り、正式な配属先が決まるまでの臨時の処遇という顛末だった。

二人はまず、ハイネセンの国立図書館での調査を始めた。

 

ブルース・アッシュビー元帥はリン・パオ元帥、ユースフ・トパロウル元帥と並ぶ同盟軍の英雄である。

彼の司令部は彼の士官学校時代の同期で固められており、彼らが卒業したのが宇宙暦七三〇年であったことから「七三〇年マフィア」と呼ばれている。

彼の最期の戦いである「第二次ティアマト会戦」では「同盟軍史上最高の勝利と最悪の損失」と評され、今なお小説や伝記、さらには立体映画まで作られ続けている。

 

歴史家志望の二人だったが、この調査任務に対して知的好奇心はさほど刺激されなかった。

ヤンの場合は、歴史の定説が確立されている以上、根拠のない異説は数多くある内の可能性の一つでしかなく、それも確実性の低い異説であるからだった。それを自己の興味ではなく、「軍部の沽券にかかわるから調査せよ」ではそれほどやる気は起きなかった。

ローランは、もしも自分が退役して夢だった教師になった時に、教える内容がころころ変わるのは無責任だと考えているために、あまり気は乗らなかったが、それなりに励んでいた。

 

「調べれば調べるほど、俺たちとは正反対だな。……なになに?

『士官学校を卒業するときは、もちろん首席で、開校以来の秀才といわれていた。三年次に次席に落ちたときは、「一生の恥辱だ」と叫んで無念がった』、か。

ウェンリーは落第ぎりぎり、俺は学科の教授に睨まれなきゃいいくらいにしかやらなかったから、雲泥の差だな」

「女っ気も正反対だね。

『愛人や情人のたぐいは、自称他称をあわせて一個中隊の人数ではきかない』

結婚も二度やって二度離婚してるし、随分とまめな人だったんだなぁ」

「その感想は少し違うような気がするが、英雄色を好むの実例だな。俺たちのようなインスタント・ヒーローとは格が違うな」

「違いない」

 

苦笑しつつも、彼らは図書館でブルース・アッシュビーについて調べていた。

同盟軍史上最高の英雄は資料に事欠かない。軽く検索をかけただけでも何千という関連書物や映像作品がヒットするほどである。

 

「うーん、これ以上ここで調べても新しいことはわかりそうにないな」

「どうやらそうらしい。どれも書き方を変えただけで、中身や結びは似たようなものだし」

 

本を棚にしまい、私たちは図書館を出ようとした。すると本棚にもたれかかって本を読む、見覚えのある男がいた。

 

「ワイドボーン!マルコム・ワイドボーンじゃないか!」

「ローランか!それにヤンも!久しいな、立体TVで見たぞ。素晴らしい活躍だったそうじゃないか」

 

ワイドボーンは二人にとって士官学校の同期生で、ローランと同じ学科ーー戦史研究科が廃止された三年次からはヤンも同じ学科ーーだった。

ローランとは入学した頃からの付き合いで、ローランから話しかけている。

成績は常に首席で、かのアッシュビー程ではないが「一〇年来の秀才」と持て囃された人物だ。

現在は順当に中尉の階級章を肩と襟につけており、エル・ファシルでの事がなければ、二人も同じ階級章をしていたはずである。

それどころかそもそもあの戦いで帰ってこれてない可能性も多分にあった。

 

「まったく、まさかお前に出世でも負けるとは思わなかったぞ」

「俺としちゃあ望んだ出世じゃないけどな。するにしても、もう少し穏やかに緩やかに出世したかった」

「贅沢な悩みだな、俺もそんな悩みを持ってみたいものだ」

 

ローランとワイドボーンとの間に四年来の友誼があるように、ヤンとワイドボーンにもちょっとした繋がりがあった。

それは士官学校の時分に講義の一環として戦術シミュレーターで対戦した際、ヤン艦隊はワイドボーン艦隊の補給線を断ち、補給切れによる攻勢限界を早める作戦で僅差ではあったが勝利した。

シミュレーションを観る側にとっては多分に味気ないものだった。だが当然ながら実際の戦場では時間制限などなく、補給の切れたワイドボーン艦隊がその後どうなったか想像すると、この時すでにヤン・ウェンリーという後に「不敗の魔術師」と畏怖される才幹の片鱗が垣間見えていたのだ。

だがワイドボーンはこの判定とヤンの戦い方に納得がいかず猛抗議した。そんな彼を静めたのがローランだった。

 

「戦争で相手がどのような手を打ってこようと、それに文句を言うことはできない。お前が今文句を言えるのは、これがシミュレーションだったからだ。

それに一〇年来の秀才さんなら、これを教訓にできるんじゃないか?」

 

その言葉で、ワイドボーンは渋々ながら矛を収めて去って行った。

ローランはワイドボーンの話し相手とブレーキ役を兼務しており、暴走したり、横暴な態度を取ろうとすると自制を促していた。

教育者になろうとしていたこともあって、その素質があったか、あるいはそう意識していたかは後世の歴史家たちの見解に相違が生まれているが、ともかくそれからヤンは幾度となく挑まれては逃げ、捕まれば勝ってしまい「次こそは勝つ!」と言われてリベンジを誓われるという奇妙な学校生活を二年も続けることになった。

その間「俺を負かせた相手が、こんなひょろい奴だと思われるのは俺の恥でもある」とヤンに対し白兵戦の特訓まで強行し、その甲斐もあってか、壊滅的だった彼の白兵戦の点数は割と余裕で卒業分を取得できたわけであるから、ヤンの中では嫌悪はしていないが面倒くさい知人というくらいに収まっている。

あるいは、この程度で収まっているのはローランに教育と調和にも才幹があったから、と力説する歴史家も存在し、定説となり始めている。

 

「それで、エル・ファシルの英雄の二人が図書館で何してるんだ?暇潰しに来たわけじゃないだろ?」

「なに、ちょっと頼まれ事をな」

「頼まれ事?」

 

ローランは事の顛末を簡単に説明した。

機密の一端ではあったが、軍人気質のこの男の口が軽くはないことを彼らは知っていたし、そもそも軍内部でも火曜日通信を含め噂自体はあったため、別に問題はないと考えたからである。

 

「なるほど、それなら俺も聞いたことがあるな。上官に酒の席でそんな噂があると言われた気がする」

「そういやお前はどこの部署の所属なんだっけか?」

「統合作戦本部の作戦参謀の末席さ。お前たちのように前線に出る機会があれば、功の立てようもあるんだが」

 

ワイドボーンは小さくため息をついた。

正確には二人が配属されていた惑星エル・ファシルは前線というほどではない。

実際、襲来した帝国軍も偵察や哨戒が目的の艦隊であったため、エル・ファシルを占領しようとまでは考えていなかったとされている。

とはいえ、ワイドボーンのように本部勤めでは安定して出世できるエリート街道ではあっても、戦場で自らの艦隊を持つまで少なくとも一〇年近くはかかると云われている。

陸戦は艦隊戦以上に戦死率が高いのと、艦隊戦ほど戦果が評価されないために、最前線では逆に出世がしにくい。

ヤンは思った。

もしかすればエル・ファシルという場所はある意味で出世に近い場所だったのかもしれない、そして私たちはそのチャンスを見事手にしたわけだ、と。

思わず渋面になった。同じことを考えたのか、それはローランも同じだった。

 

「おいおい、こっちは死ぬような思いをして帰ってきたんだ。もうあんなのは御免こうむる」

「同感だ。私もあそこで一生分の勤勉さを使い果たしてしまったしね」

「お前にそんな殊勝な心がけがあったとは露ほども知らなかったぞ?」

 

くすくすと笑うローランとワイドボーンにヤンはむっとした。

自分で言うには構わなくても、人からそう言われるのは違う話である。やはり後者はあまりいい気はしない。これは誰にでもある感情と経験ではなかろうか、とそっぽを向きながらもそう思った。

二人はひとしきり笑うと、その片割れたるワイドボーンがそういえば、と唐突に話を始めた。

 

「七三〇年マフィアといえば、一人だけまだ生きている方がいたはずだな」

「そういえばそうだな。たしか、アルフレッド・ローザス提督だったか」

「大将で退役して、今はこの星のどこかで隠居生活をしていると聞いたことがある。話を聞いてみたらどうだ?」

「そうだね、明日にでも行くとしよう」

「それじゃあ俺は別行動をとるとするか。頑張れよ、ヤン」

 

軽くのびをしながら何気ない顔をしてローランは言った。

 

「なんで私で決まりって顔をしているんだ?」

「別行動で調べた方が効率がいいっていうのと、俺じゃあ高校の自由研究で話を聞きに来たと勘違いされるかもしれないからだ」

 

何気ない顔から一変、心底嫌そうな顔をして彼は言い、私とワイドボーンは心底納得してしまった。

 

「……本当なら俺がお話を伺いたいというのに、この童顔と低身長のせいでいつも割を食うんだ」

 

遂にはいじけ始めたローランを二人で宥めながら、同期三人は図書館を出た。

よもやこの三人を筆頭にした「ヤン・ファミリー」が後世に「七三〇年マフィア」以上の衝撃と有名をもたらすことになろうとは、この時誰も知る由もなかった。




いかがでしたか?
感想や質問等、お待ちしております。

次回、第二話 過去への旅とささやかな出逢い

人は歴史を作りだし、人は歴史を語り継ぐ。


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第二話 ささやかな出逢いと別れのあいだ

あけましておめでとうございます、山桜です。

皆さんは今年の抱負は決めてますか?
私は“有言実行”です!なんとか期限内に書いていく所存ですので、応援よろしくです!


宇宙暦788年(帝国暦479年)

10月4日

首都ハイネセン・統合作戦本部

 

-ローラン side-

 

今頃ヤンはローザス提督にお話を伺っている頃だろうなぁ、と気持ちがブルーになりながらも俺は統合作戦本部内の資料室で当時の記録や戦闘詳報、行動調書などを読み込んでいた。戦闘詳報や行動調書には、何月何日何時何分に○○艦隊所属の○○分艦隊がミサイル攻撃を行った、というように戦闘の経緯や推移が書かれている。例えば、今俺が調べているアッシュビー提督の死に関する戦闘詳報は、

 

1907時

同盟軍旗艦・ハードラックの艦体中央部右下へ中性子ビーム砲による被弾、爆発後、火災発生。被害は艦橋にまで及び、艦橋要員数名が宇宙へと吸い出された模様。

15秒後、二次爆発。宇宙艦隊司令長官・ブルース・アッシュビー大将、爆発の際に飛来したセラミック製の大破片により腹部に裂傷。

1909時

ブルース・アッシュビー大将、出血性ショックにより、戦死。

 

とこのようにまとめられている。わずか数行ではあるが、この時の同盟軍将兵は会戦の勝利を忘れて悲嘆に暮れたというから、立体コンピュータで打ち込まれた文字からでも悲しみようが伝わってきそうだ。

 

(そして、彼が戦死してからおよそ半世紀経った今、謀殺説が浮かんでくるとはな。稀代の英雄は死ぬ時も明瞭でなくちゃならないとは、おちおち死んでもいられんな)

 

その点において、俺やウェンリーのような即席英雄の偉業とやらは歴史書の数行くらいの記述でいい分、どう死のうと構われはしないだろう。

 

「それにしても……」

 

俺は第二次ティアマト会戦の各艦隊の行動調書を見て呟いた。他の戦闘でもそうなのだが、この会戦におけるアッシュビー提督の采配は特におかしいのだ。序盤の帝国軍の繞回運動を完全に見切ったアッシュビー提督は、通常では考えられない兵力移動を行った。戦闘詳報では、事前に集めた情報ではここまでの決断に至れるほどの証左になるようなものがほとんど見当たらなかったのだ。

まるで――

 

「まるで“未来予知でもしているかのようだ”?」

「うおわぁっ!?」

 

思考の海に沈みかけていた意識が、聞き知らぬ声によって引き上げられ、それと同時に椅子から転げ落ちた。強かに腰を打ち、痛む腰をさすりながら見上げると、妙齢の女性下士官の姿がそこにはあった。

なんというか、とても綺麗な人だった。褐色の肌に色素が少し濃い唇、瞳は大きく理知的な印象を与えて鼻もすっと通っている。

 

「ちょっと、大丈夫?驚かせてごめんなさいね?」

 

差し出された手を取って立ち上がると、俺より少し高い目線から顔を覗き込まれた。背筋も綺麗に伸びていて、色気が感じられない同盟軍の軍服の上からでも均整のとれていると思わせるモデルのような体つきをしている。一瞬、ほんの一瞬だけ見惚れていると、女性が俺の首元の階級章に気づいた。

 

「あっ……!し、失礼しました!」

 

慌てて敬礼する彼女の階級章は半分に欠けた棒が一本入った中尉であった。その慌てる姿もまた、可愛らしくて思わず笑みがこぼれそうになったが、それは失礼だろうとなんとか堪える。

 

「い、いや、大丈夫だ。昔からこんな見た目だから、よく間違えられるんだ。その、子供なんかに」

 

代わりに上手く話すことができなくなっていた。何故かよくわからないが、緊張やら焦りやらを感じる。

 

「だから、別に階級で気を遣う必要はない。

……それより、『未来予知』がどうのっていうのは?」

「あぁ。私、航法担当士官なんです。士官学校在学時に講義でそれが題材になったことがあったんですけど、私も友達も皆、『まるで未来予知でもしているかのようだ』って話してたんですよ」

「なるほど……ん?なんで俺が考えていたことがわかったんだ?」

 

そう言うと彼女はきょとんとした顔になったと思えば、急に笑い出した。

 

「なにがおかしい?」

「ふふっ……!だって少佐さん、考えていることが途中から声に出てたんですもの」

 

顔が羞恥によって紅くなるのを自覚してそっぽを向いた。考えることに没頭すると、それを声に出してしまう癖は昔からあった。試験の時はその癖が出ることはなかったが、レポートなどを書く時にはその癖が出てしまい、俺の知らぬ間に友人の何人かがインタビューよろしく声に出した内容をメモしては、レポートに書くようにしていたという。

全くもって自分でも難儀だと感じる悪癖だ。

 

「……笑いすぎだろ」

「あら、ごめんなさい。でも可愛らしいですよ?」

「可愛らしいと言われて嬉しく思う男はいないからな?」

 

俺の呆れ言葉にまた笑い出す彼女。見てる分には可愛らしく、それを見てると動悸が激しくなりそうだった。

理由不明の動悸に困惑しながらも、航法担当士官であれば俺とは別の視点からこの会戦を見ることができるのではないか、と思い当たった。

 

「ところで、他にこの会戦について気づいたことはないか?」

 

笑い続けていた中尉がようやく落ち着いて、手元の書類を覗き込んできた。

 

「そうですね……やはり帝国軍が戦力を二つに分けて、同盟軍を前後で挟もうという意図を完全に見抜いているところがおかしいですね。資料じゃそれを裏付ける物証はなかったようですし」

「うーん、やっぱりそこだなぁ」

 

この時、俺の脳裏にはいくつかの可能性が浮かんでいた。

 

一つ、先ほど彼女が言ったように、アッシュビー提督に未来予知能力のようなものを持っていた、という可能性。しかしこれはあまりにも荒唐無稽であり、万が一これが本当であったとしても確かめる術はないし、第一、未来を知れるなら戦死だろうと謀殺だろうとされているはずがない。考えるのも馬鹿馬鹿しいというものだ。

二つ、帝国軍の通信を傍受したという可能性。この可能性もゼロではないが、限りなく低いだろう。何故なら帝国軍はその傍受を恐れて本隊と別働隊との交信は封鎖状態だったらしかったのだ。実際、帝国軍のシュタイエルマルク中将が、アッシュビー提督が帝国軍の繞回運動を見抜いていることを悟った際に傍受を恐れて報告書をシャトルで送ったと、帝国軍の捕虜の話から分かっている。つまり、帝国軍の通信を傍受して繞回運動を見抜いたというのは無理があるのだ。

三つ、帝国軍内にスパイがいた可能性。これが最も可能性が高いのだが、一体どうやって送り込んだのか、どのように連絡を取りあったのか、そもそも一軍人がそのようなスパイ網を形成しえるのか、という疑問符がついてくる。よって最も可能性は高いが、それも消去法の結果でしかなく、想像の域を出ない。

 

結局、いろいろ考えては見たがどうもピンと来ないのだった。

 

「……大丈夫ですか、少佐さん?また考えが口に出てましたよ?」

「……できれば、忘れてくれるとありがたい、かな?」

 

またもくすくすと笑う彼女に、俺は紅潮した顔を隠しながらため息をついた。

 

「少佐さんのお名前、うかがってもよろしいですか?」

「……ローラン・ルクレールだ」

「ローラン・ルクレールって、あのヤン・ウェンリー少佐と一緒にエル・ファシルの民間人を救ったっていう、あの?」

「その民間人を救って英雄に祭り上げられてしまったローラン・ルクレールで間違いないよ」

「はあ。立体TVで見た時はもっと身長の高い人だと思っていました」

「ウェンリーと並んで頭一個分は低いんだぞ?」

「だから立体TVで見た時、ヤン少佐はきっと二〇〇センチくらいあるんだろうなぁって」

「それじゃあアッシュビー提督よりもっと高くなるじゃないか。あいつは偉丈夫どころか猫背なんだぞ」

 

まるで漫才のようなやり取りに彼女はふふっと楽しそうに笑い、俺もつられて笑った。

 

「君の名前は?」

「イヴリン・ドールトンです」

「イヴリン、いい名前だな」

「ええ、私も気に入っています。赤毛のアンと同じ名前ですから」

「赤毛のアン……ああ、モデルの方か」

「ご存知だったんですね」

「こう見えて教師になりたかったんでな、そういったことも知っておいて損はないと思ってな」

 

しばらくの間、雑談を楽しんだ俺たちはお互いの連絡先を交換して別れた。

 

(イヴリン・ドールトン、か)

 

俺の心にとても温かいものを残して。

 

◇ ◇ ◇

 

同年

10月5日

首都ハイネセン・後方勤務本部

 

「どうだ、なにかわかったか?」

「有益なことはなにひとつ」

 

不機嫌そうに答えるウェンリーに俺は首肯して同調した。今ひとつ、すっきりしないのだ。テーブルの上に置かれたフィッシュ・アンド・チップスもまだ半分ほど残っている。ウェンリーも食欲がないそうだが、ミルクティーは既に三杯目であるため、心身共にすっきりしないというところだろう。

 

「二人並んで不景気そうな顔をして。まだ調べ始めて三日目だろう?」

「二日で思い当たる節は調べ尽くしたんですよ。しかも期待していたローザス提督も知らないんじゃもう調べようがないでしょうよ」

「お前さんの方も駄目だったか?」

「知ってて言わないほど、俺の性格は悪くないですよ」

 

キャゼルヌ先輩とウェンリーがお互いの顔を見合って肩を竦めた。その行為に思うところはあったが、こほんと一つ咳払いをして話を続けることにした。

 

「いっそアッシュビー提督について、無名の兵士たちの肉声を聞いてみてもいいかもですねぇ」

「まぁ十中八九、批判の声が多いだろうがな。だが、“一将、功なって、万骨枯る”だ。人間社会における永遠の真理だ」

「じゃあ帝国軍の兵士に聞いてみたらどうなりますかね?」

「批判どころか、怨嗟の声に満ち満ちているだろうよ。尤も、聞ける相手がいないだろうがな」

「捕虜収容所にいそうじゃないですか?」

「仮にいたとして、ちゃんと答えてくれる物好きな捕虜がいると思うのか?」

 

それもそうか、と納得してソファにもたれかかった。この間、ウェンリーはずっと思案にふけっていたようで、今もティーカップの中で揺れるミルクティーを眺めている。

 

「そういえば、手紙の差出人についてなんですが、アッシュビー提督と結婚してその後離婚したという二人の夫人のどちらか、という可能性はありませんか?」

「……ふう、やれやれ。お前さんの脳細胞はそう怠け者でもないな。いいところを突いている。ブルース・アッシュビーには、周知のとおり二人の夫人がいた。むろん重婚じゃないが、その二番目の妻がルシンダといって……」

「そのルシンダ夫人が、火曜日通信の差出人だったということですか。夫の死について疑義を提出した、と」

「ですが、ルシンダ夫人は九年前に亡くなられているはずです。死因は睡眠薬の服用量を誤って、とのことです」

 

ウェンリーは少し驚くようにこちらへ顔を向けてきた。キャゼルヌ先輩もほう、という顔つきだ。

 

「もうそこまで調べ上げていたか」

「思い当たる節は調べ尽くした、と言ったでしょう。ちなみに最初の妻であるアデレード夫人はハイネセンの近郊で今も暮らされているそうですが、今回の件との関係性は薄いでしょう」

「つまり、霊界で現世への投書が流行していないとすれば、他の誰かが夫人の名を騙っていることになりますね」

「だな。さて、このことは調べればすぐにわかることだが、それを知らなかったのか――」

「――知っていて故意に死者の名を使ったのか、ですね」

 

調べれば意外と興味深い点があるが、先ほども言ったとおり、もうある程度調べ尽くしている。それにこの件の真相が明らかになったとして、それが自由惑星同盟、あるいは同盟軍の根幹を揺るがすようなものであるとも思えない。あくまで次の辞令があるまでの暇潰しでいいだろう。尤も、学校の教科書の内容を書き変えるような内容であれば、もう少し本腰を入れて調べてもいいかもしれない。

そこまで考えて昨日出逢った女性、イヴリン・ドールトン中尉を思い出した。実際に話した時間は三〇分もないだろうが、その僅かな時間が強く印象に残っている。

 

(また会えるだろうか)

 

ふと無意識にそんな考えが浮かんで頭を振った。まるで恋い焦がれているようじゃないか。俺は一目惚れした相手にいつ会えるか楽しみにするようなロマンチストだったか。

顔が赤くなりそうなのを必死に堪えて、俺は部屋を辞することにした。

 

◇ ◇ ◇

 

同年

10月9日

ローザス退役大将宅

 

それから数日後のことである。

ローザス提督の訃報が舞い込んできたのだ。俺は七三〇年マフィアの最後の一人がこの世を去ったという事実に、やはりウェンリーと共にお話をお聞きしたかった、と思う俺は不謹慎だっただろうか。葬儀は軍部葬だが、ただ一人の遺族である孫娘ミリアム・ローザスの強い希望によって自宅で挙行された。天候は分厚い雲に覆われていたが、一滴の雨も降ることはなかった。

 

「雨は降らないかな」

「なんとか降らずに済みそうだな」

 

俺とウェンリーも喪服を着用して式に参列したが、ウェンリーは軍服以上に喪服が似合わず、俺もこの童顔ならば学生服の方が周囲に与える違和感は少なかったことだろう。顔だけは神妙だったが、それもウェンリーはともかく、俺なんかは周囲から親か誰かに叱られたように見られているかもしれない。

ウェンリーは目立つつもりもなく、また声をかけられるのも嫌らしく、式場の隅のほうに引っこんだ。俺も直接面識のある方ではなかったためそれに倣った。

そうして座って間もなく、通信端末が震え、電話がかかってきたことを知らせた。相手はキャゼルヌ先輩だった。

 

「キャゼルヌ先輩からだ、ちょっと出てくる」

 

ウェンリーが頷いたのを見て、俺は式場の外で電話に出た。

 

「もしもし」

『おう、俺だ。もう来てるのか?』

「はい。式場の隅のほうでウェンリーと二人で大人しくしているつもりですよ」

『そうか、ヤンの奴も先に来てたのか。それじゃ、式が終わった後でな』

「はい、それでは失礼します」

 

電話を切っていざ戻ろうとすると、俺のそばに一〇歳を越したばかりくらい少年が一人立っていた。曇りなのに黒の日傘をさしており、肌も髪も文字どおり真っ白でルビーのように赤く綺麗な瞳をしている。身長は俺より頭一個分だけ低く、体つきはかなり細かった。

 

「どうした、迷子になったのか?」

 

その場でしゃがむことで目線を少年に合わせて、できるだけ優しい声音でそう聞くと、少年はおそるおそるといった風に頷いてみせた。

 

「そっか、ならお兄ちゃんと一緒に探そうか」

 

笑ってみせると、少年も少し安堵したように笑ってくれた。

もし士官学校へ行っていなければ、日常的にこんなやり取りができたかもしれない。だがこの時勢では教え子が軍に志願し、その先で死ぬことも多々あることだろう。その時、俺は耐えられたのだろうか。

少年の手を引きながら、そんな想いと疑問が頭の中を駆け巡っていた。

 

「お父さんやお母さんはどんな人なんだ?」

「えっと、ホントのおとうさんとおかあさんじゃない、けど、今のおとうさんとおかあさんはとってもやさしいです」

「そ、そっかぁ。じゃあその優しいお父さんとお母さんも心配してるだろうから、早く見つけなきゃね」

「うん」

 

どうやらこの子の家庭は複雑だった過去があるようだ。一瞬動揺してしまったが、この子の顔を見る限りは今の家庭ではとても幸せに暮らしているように見える。

 

「今日はおとうさんときてたんだけど、おとうさんがインタビューされてるときにはぐれちゃって……」

「インタビューってことは、お父さんは有名人なんだ?」

「うん。えっと、『わかてひっとうのこくぼういいん』ってよばれてた」

 

少年の言葉に自分の顔が強張るのを感じた。

『若手筆頭の国防委員』ってことはもしかして……?

 

「あ、おとうさん!」

「アル!はぐれたらダメだと言ったじゃないか!」

「ご、ごめんなさい……」

「まったく、心配したんだぞ?だが無事でよかった」

 

目の前で温かなホームドラマを展開しているアルと呼ばれた少年と“若手筆頭の国防委員”の三〇代前半の男性に俺は戦慄に近いものを感じ取っていた。

容貌や身のこなし、そしていつも上げられている口角、そして一八〇センチを優に超える高身長からはまるで舞台俳優のような印象を与えられるが、彼は今、若手代議員の中で最も勢いのある人物として知られている。最近、尖っていた雰囲気が丸くなったという評判もあるこの人物こそ、ヨブ・トリューニヒトであった。

 

(あー、嫌な人と出会ってしまったなぁ……)

 

思わず胸中の愚痴が外に漏れそうになったのを堪え、俺は気づかれないうちにその場を立ち去ろうとした、が。

 

「君!息子を見つけてくれてありがとう。名前を聞かせてくれないか?」

「いや、大した者ではないので」

「それでは私の気がすまないんだ。いつかお礼がしたいから、名前だけでも」

「……ローラン・ルクレール、です」

 

言わなきゃ帰してもらえそうにないような気がして名乗ってしまったが、どうやらこの名前とその持ち主の行いはトリューニヒトの琴線に触れたらしい。

 

「おぉ、君があのエル・ファシルの英雄の一人だったか!このような場所で不謹慎かもしれないが、会えて嬉しいよ」

 

無理やり俺の手を取って握手してきたトリューニヒトの目は存外に欲に眩んだようなものではなかった。本当に会えて嬉しそうに見え、人生経験が決して多いとは言えない俺でも根っこから悪い人間にも思えなかった。

 

「えっと、そろそろ戻らないと。友人を待たせてるので」

「友人とは、もしやもう一人の英雄であるヤン・ウェンリー少佐かな?」

 

この人はどうやら俺たちの階級まで知っているらしい。こんなインスタント・ヒーローなんてすぐに忘れるだろうにご苦労なことだ、と俺は辟易しながらも頷いてしまい、「彼にも挨拶せねば」と意気込むトリューニヒトをなんとか宥めた。

 

「流石に、ここで挨拶まわりをされては不謹慎だと騒がれるでしょう。それに、えっとアル君、だったかな?彼を放っていけばまた迷子になりますよ」

「うーむ、たしかにその通りだ。申し訳ないね。それでは失礼するよ」

 

やっと去ってくれるか、とため息混じりにもらしそうなのを堪えながら、俺も「それでは失礼致します」と敬礼して踵を返した。

 

「ローランお兄ちゃん!」

 

振り返ると、先ほどの少年アルがこちらを見ていた。

 

「おとうさんをさがしてくれて、ありがとうございました」

「あぁ、またな。元気でな」

 

俺も手を振って応え、今度こそウェンリーの元へと歩いていった。




いかがでしたか?

感想や質問、コメント、よければどしどしお送りください!とても励みになります!

投稿は1週間以内(1月14日木曜まで)にしますので、お楽しみに!

次回、第三話 フェザーンへの旅路

人は歴史を作りだし、人は歴史を語り継ぐ。


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第三話 フェザーンへの旅路

年賀状を早く出さなきゃと焦っています、山桜です。

え、もう寒中見舞いじゃないかって?
15日は小正月というらしいので、ギリギリセーフでしょう(震え声)

それではどうぞ!


宇宙暦788年(帝国暦479年)

10月31日

首都ハイネセン・宇宙港

 

-ローラン side-

 

キャゼルヌ先輩と士官学校の後輩であるダスティ・アッテンボローと共に、ウェンリーの見送りに宇宙港へ来ていた。トランクを提げてハイネセンの宇宙港で次なる任地である惑星エコニアへと向かう宇宙船を待つウェンリーが見えたが、そこへ士官学校時代に知り合ったジェシカ・エドワーズが姿を見せ、ウェンリーとなにかを話している。

 

「しばらく待ってあげましょうか」

「そうだな。それにしても、なんとも慌ただしい限りだ」

「どう見ても閑職に追いやられたようにしか見えませんがね」

「明日は我が身、という言葉を知っているか?」

 

キャゼルヌ先輩の皮肉はいつも以上に笑えなかった。即席で祭り上げられた英雄の処遇に困って適当な僻地へと送り込まれるのは、なにもウェンリーだけではないだろうからだ。

 

「でもたしかに、収容所の参事官なんて碌な役じゃありませんね」

「立体TVとかじゃ大抵悪役だしな」

「実際、参事官ってどんな仕事をするんです?」

「所長がミスしたら責任を被るのさ」

 

これもまた笑えなかった。参事官は“事務に参与する官職”を意味するが、要するに上官のサポートが主な仕事であり、言いかえれば政治家にとっての秘書と同じようなものである。特に、トカゲの尻尾という点において。

 

「じゃあエコニアの所長が有能で人格者であることを祈るしかないですね」

「先日もヤンに同じことを言われたよ」

「それでいつ頃戻れそうなんです?」

「できるだけ早く呼び戻してやるつもりだ。長くて半年だろう」

「年越しは収容所で、ですか。祝うという雰囲気にもなれないでしょうねぇ」

 

まったくだ、と頷くキャゼルヌ先輩も実は他人事じゃないかもしれないが、それをおくびにも出さない。今、キャゼルヌ先輩とお付き合いしているという女性は苦労するかもしれない。

 

「それで、ルクレール先輩はどこへ赴任すると思われるんで?」

「そうだな、せめて人がいるところがいいなぁ」

 

俺なりのジョークだったが、二人は笑っていなかった。その可能性もないわけではなかったからだろう。ジョークが面白くなかったというのもあるだろうが。

ウェンリーとジェシカの二人は話し終えた後、こちらへ歩いてきた。その間、アッテンボローが耳元へ寄ってきた。

 

「そういえば、彼女が誰と結ばれるか賭けをしたと聞いたんですが」

「……誰に聞いたんだ、それを」

 

そういえばアッテンボローの父はジャーナリストだった、と思い出した。士官学校に入学する際に大喧嘩をしたと本人から聞いたが、親の血は争えないようだ。

 

「まぁまぁ。それで、先輩は誰に賭けたんです?」

「俺はジャンに賭けたよ。

……このこと、ジェシカに言うなよな。怒ったら怖いんだから」

「了解しました、ルクレール少佐殿」

 

大仰に敬礼するアッテンボローを見て、俺はため息をついた。

これでも成績は結構優秀なほうなのだが、精神構成要素に多分な反骨成分を含んでおり、優等生や模範生と見られるよりも問題児として見られることを好む傾向にあった。要するに捻くれ者の天邪鬼である。戦術シミュレーターでもその傾向が見られ、真っ向勝負などよりも撤退戦における殿軍、作戦上の陽動などを得意としていた。

そうこうしている内に二人がそばまで来ていた。

 

「長々と話しちゃってごめんなさい」

「いや、こっちもこっちで話してたから構わないさ」

「あら、何の話をしてたのかしら?」

「それは、えっとーーー」

「ルクレール先輩がこの後ランチを奢ってくれるそうで」

「そ、そうなんだ。せっかく久しぶりに会えたからみんなで食事でもしながら話でもしたいなぁ、と」

 

言いながら俺は横目で睨んでみせるが、アッテンボローはどこ吹く風であった。一応助けてもらったことにはなるだろうが、抜け目のない奴だ。

 

「あらそうなの、じゃあ私もご馳走になろうかしら。

……そこで本当は何を話していたのかも、話してもらうわよ」

 

……どうやらアッテンボローのフォローもむなしく、バレていたようだ。悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼女に俺は一生涯、勝てる気がしない。また横目でアッテンボローを睨むが、

 

「この近くにそれはそれは美味いパスタが食べられる洒落た店がありましてね?少々値は張るんですが、そちらでどうです?」

 

どうやらバレていると予想した上での確信犯のようだ。後で締め上げるとして、いまさらじたばたしても仕方がないのでその店へ行くことにした。

 

◇ ◇ ◇

 

同年

11月2日

首都ハイネセン・後方勤務本部

 

ウェンリーが収容所惑星へと旅立って一週間強経った今日、俺にも辞令が下された。

 

「来週の11月9日を以って、貴官にはフェザーン自治領へと赴いてもらう」

「フェザーン自治領、ですか」

 

俺は口の中で転がすようにその名を反芻した。

 

フェザーン自治領。

帝国と同盟には、その両者を結ぶ二つの回廊がある。一つはイゼルローン回廊といい、同盟が長年攻略に苦心しているイゼルローン要塞がある回廊である。もう一つはフェザーン回廊といい、フェザーン自治領はその回廊内に位置するフェザーン星系の第二惑星につくられた商業国家である。フェザーン自治領は自由惑星同盟内の自治領ではなく、銀河帝国内で成立している自治領である。つまり公式には銀河帝国領なのだが実質的には独立国家であり、戦争状態である同盟と帝国の外交の窓口として、あるいは交易の橋渡し役としてフェザーンという国は存在しており、同盟と帝国の高等弁務官事務所がそれぞれ同一の惑星で同居している奇妙な場所はいかに広大な銀河系においても、ここだけであった。

 

(だが同盟軍人として見れば、フェザーンという赴任先はあまりよいところではないな)

 

理由としては、フェザーンという勢力が先ほど述べた通り商業国家であるということが挙げられる。版図としてのフェザーンは首都のある第二惑星一つしかないが、経済面においては銀河全体の一割にも及ぶ富を独占しており、同盟には借款まで存在する。そのような国で、賄賂や横領が横行しないはずはないのだ。これは歴史が証明しているものでもあった。

 

(観光ならまだしも、仕事で行きたくはないねぇ)

 

心中で愚痴を述べても気分がよくなるわけでもなく、俺は憂さ晴らし半分でキャゼルヌ先輩のところへと足を運んでいた。

 

「憂さ晴らしに俺の仕事の邪魔をしに来るんじゃない」

「今は休憩中でしょう?いいじゃないですか、話し相手が向こうから来たと思えば」

「まったく、口の減らない奴だ」

 

やれやれ、と首を横に振る先輩の前にコーヒーを置き、俺はソファに座った。

 

「コーヒーを淹れるのは上手いな。まぁ紅茶はうちの部署のミンツ大尉に劣るがな」

「へえ、そんなに上手いんですか?」

「少なくともヤンが淹れたものを紅茶と呼びたくなくなるくらいにはな」

 

それは飲んでみたいものです、と返答して自分の淹れたコーヒーを一口つけた。

 

余談だが、ウェンリーは自他共に認める紅茶党であり、コーヒーを“泥水”呼ばわりするほどのコーヒー嫌いだ。俺やキャゼルヌ先輩は美味ければどちらでも構わない、というウェンリーのそれと比べて平和的かつ穏健な派閥の人間であり、趣味や好物が似たり寄ったりな俺とウェンリーにしては数少ない不一致であった。かといって、そんな好みの不一致程度で争うほど矮小な人間でもないため、ウェンリーにコーヒーを淹れるようなことをしなければ人間関係にさしたる問題はない。以前、悪戯心でコーヒーを出した際はその日一日中不機嫌であったから、という実体験にも基づいた俺の考えであった。

 

「それで。お前さんは憂さ晴らしと俺にコーヒーを淹れるためだけにここに来たのか?」

「そうだ、と言ったらどうします?」

「どうもせん。ただ一定時間ごとに“帰れ”と言うだけだ」

「そう邪険に扱われるのも嫌なので、本題に入りましょうか」

 

俺がここに来たのは、憂さ晴らしの他にもう一つ目的があった。それは赴任先についてである。

 

「フェザーンの高等弁務官殿がどんな人か知りたかったんですよ。経歴で人格までは流石に見通せないので、キャゼルヌ中佐なら何かご存知ではないかな、と」

「まったく、人が健全な勤労意欲で以って勤務に励んでいるというのに人遣いの荒い奴だ」

「まぁまぁ。休憩ついでだと思って、ここはひとつ」

「やれやれ、仕方のない奴だ。コーヒーのおかわりを頼む」

「イエッサー」

 

キャゼルヌ先輩のコーヒーカップを受け取り、ポットのコーヒーを注いでまた渡した。先輩が一口すすって頷くと、ようやく口を開いた。

 

「今のフェザーンの自治領主が誰かはわかるな?」

「たしか、アラン・ワレンコフでしたね」

「そうだ。彼で四代目の自治領主となるわけだ。彼自身も元々優秀な弁務官で、出世を重ねて数年前に先代から自治領主の座を託された」

「フェザーンで優秀な弁務官ってことは、大した野心と商才の持ち主なんでしょうね」

「あぁ。彼は先代までの自治領主と同じく、フェザーンの経済的発展を進めている。お陰で同盟の借款は増える一方だ」

 

どんな時でも皮肉を忘れない先輩に苦笑しつつ、先を促した。

 

「まあそれらは、ワレンコフを補佐しているアドリアン・ルビンスキーという男の手腕によるものが大きいようだがな」

「アドリアン・ルビンスキー?」

「“フェザーンの黒狐”の異名を持つ高等弁務官で、次期自治領主筆頭だそうだ。相当な食わせ者らしくてな、情報部の知り合いが『奴は大狸だが、煮ても焼いても食えんし、食えたとしても逆に腹から食い破られかねない』と盛大に愚痴っていた」

 

よほどいやらしい奴なんだろう。悔しさが伝わってくるようだ。

やはりフェザーンという国は侮ることはできなさそうだ。俺は不本意ながら同盟軍の一少佐としてあそこへ赴くことになるが、話を聞くだけでも俺なんかじゃ利用されるだけされて棄てられそうだ。

決して笑い話ではなく、だ。

 

「同盟のほうはどうです?」

 

同盟のほう、というのはフェザーンに存在する同盟の、いわば大使館のようなもののことである。これは帝国のものも存在している。その

 

「今の主席駐在武官は、ムドラ大佐だったか。一兵卒から叩き上げの軍人で、たしか歳はもう五十半ば近いはずだ。“頑固一徹”を地で往く人で、宇宙艦隊の参謀だったこともあったらしい」

「はあ、俺なんかは嫌われそうですねぇ」

「お前さんは一応、エリート士官学校を一桁台で卒業したエリート士官で、しかもエル・ファシルの英雄だ。いけすかない若造と思われても仕方ないだろうさ」

「先輩も同じようなものでしょうよ」

 

士官学校を卒業して七年で中佐まで登り詰める後方勤務士官など、同盟軍史上で一体何人いるだろうか。目の前でコーヒーを飲むこの男は、艦隊勤務の士官と同等かそれ以上の昇進スピードであるのは間違いなく、既に“将来の後方勤務本部長”と名高いのである。人格も、皮肉と毒舌の成分がたっぷりと含まれている言葉の矢を際限なしに撃ってくることを除けば、友人と後輩想いな理想的な上司である。尤もその性格が災いして、上司からの受けはあまりよくないらしいが。

 

(だがその上で中佐までのし上がるのだから、本当に優秀なんだろうな)

 

やや上からの目線に捉えられかねないような思考に内心で苦笑い、軽く頭を振る。尊敬する先輩はそんな俺を訝しみつつも、ムドラ大佐についての話を再開した。

 

「ま、悪い爺さんじゃない。ただ頑固で思ったことをところ構わずはっきりと言ってしまうだけだ」

「そんな人がフェザーンの駐在武官って大丈夫なんですか?」

「ところが、意外にも交渉ごとには強いらしくてな。借款の利子率を下げたこともあると聞いたことがある」

 

性格と能力が見合ってないような気がするが、叩き上げというだけあって人生経験という面で有利なのかもしれない。

 

「他にも駐在武官はいるが、あとは知らん。俺だって誰彼構わず友人をつくる趣味はないんでな」

「いえ、ありがとうございました。なんとかあっちでも頑張ってきますよ」

 

俺は色々と教えてくれたキャゼルヌ先輩に礼を言って、執務室を出た。一週間後にはフェザーンへと旅立たなければならないため、準備も急ぐ必要がある。あとは友人に連絡を入れておこう。俺は通信端末から連絡を取り始めた。

 

段々と肌寒くなってきた、早秋の頃だった。




いかがでしたか?

旅路と銘打っといてまだ旅立っていません。
なんか意図せずタイトル詐欺をやってしまって申し訳ないです……。

ところで、前作「外史 銀河英雄伝説」は一応[凍結]としているんですが、もう削除したほうがいいですよね?
前作から引き続き読んでいただけるように、一応残しておいたんですが、来週くらいを目処に削除したいと思います。

消さないで!という方は前作の感想欄の方へ書いてください!
感想や質問、コメントも送っちゃってください!あ、こっちは本作のほうでお願いします!

次の投稿も1週間以内(1月21日木曜まで)にしますので、お楽しみに!

次回、第四話 二人の巨魁

人は歴史を作りだし、人は歴史を語り継ぐ。


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第四話 二人の巨魁

遅れて申し訳ありません、山桜です。

インフルエンザで1週間ほどぶっ倒れていました。生まれて初めてインフルエンザにかかりましたが、あれはヤバいですね、死にますね。というか本当に死ぬかと思いました。
皆さんもお身体に気をつけてお過ごしください。

それと、遅ればせながら
春閣下名誉愚民さん、永遠の王さん、セブンSEEDさん、新月さん
本作を評価していただきありがとうございます!ついででいいので感想もいただけるとこの伊達と酔狂で書いている作者も意欲をかきたてられるというものですので、どうか一つ、よろしくお願い致します!

それではどうぞ!


宇宙暦788年(帝国暦479年)

11月24日

フェザーン自治領・首都フェザーン

自治領主府

 

-ローラン side-

 

同盟首都・ハイネセンからフェザーンまでの航路は非常に整備されており、実測的な距離こそあるが時間的な距離としてはおよそ半月の旅路である。これは同盟が国家予算を投じて長期的に整備してきたのも理由に挙げられるが、フェザーン商人が自らの商売相手への道筋を確立してきたことも実に大きな要因であるといえた。自らの商売の為ならば努力を厭わないことはフェザーン商人の数少ない美点である、と俺は考えていた。フェザーン商人は計算高さの上に成り立つ狡猾さによって、フェザーン自治領という広大な銀河系内における特異な勢力を支えているのだろう。

俺がそんなフェザーンに来るまでの間、同盟国内ではとある事件が起こっていた。

 

エコニア捕虜収容所での脱走事件。

 

そこはウェンリーが参事官として配属された場所でもあった。詳しい話は聞けなかったが、ウェンリーは無事に事件を解決したというが、それに協力してくれたのが元帝国軍大佐だという。同盟軍人と、捕虜とはいえ帝国軍人が手を結ぶとは呉越同舟を地でいくような出来事であり、その元帝国軍大佐に俺は会ってみたいと思った。休暇がもらえればハイネセンへ帰れるかもしれないが、往復だけで一月はかかる以上、難しいかもしれない。

また話をお聞きしたいと思う人物との話が難しそうであるという事実にため息を吐きつつ、今現在、俺の所在はフェザーンにある自治領主府前にあった。

 

「はぁ〜、綺麗な建物が多いなぁ」

「帝国と同盟の建築様式を上手いこと折衷させた建築様式だ。こうすることで同盟と帝国、どちら側の人間にも不快に思われないようにしているのだろう」

 

俺の呟きに親切に解説を入れてくれるのは、フェザーンにある同盟の高等弁務官事務所の主席駐在武官であるイェロニーム・ムドラ大佐である。

同盟軍士官学校の受験に失敗したが、専科学校には合格し入学。苦学の末に二一位と高順位で卒業した後、伍長に任官されて当時の第三艦隊所属の巡航艦アントラーに機関士として着任した。それから数年後の二四歳の時、功績をたてて曹長に昇進した際に幹部教育を受けて士官となる。少尉となった彼は当時の第九艦隊の分艦隊の幕僚に配属された。その後も昇進を重ねていき、二年前、大佐に昇進した。

あと六年で還暦だというが、それとは到底思えないほどに筋骨隆々とした肉体に、身長一六〇センチほどの俺とはいえ、大きく見上げなければならないほどであり、二メートルに届かんとするほどの偉丈夫だった。執務用の椅子に本当に座れるかどうか疑わしいほどである。眼光も自らが歴戦の勇士であることを物語っていた。

だが着任の挨拶に出向いた際の印象は、声と言葉遣いこそはそういった聞かされていたイメージのとおりだったが、俺のする質問や呟きには答えてくれるし、事務所の案内もムドラ大佐本人がやってくれた。

思ったより当たりな上司ではないか、と内心喜んでいると、

 

「急用が入った。いつも連れている副官が今日は病欠してるんでな、貴官に随伴を命ずる」

 

そう言って、前述のフェザーン自治領主府へと赴くことになったのだ。

 

自治領主府に入るとそこは同盟の機能美と帝国の芸術美が上手く合わさった内装であった。中には帝国軍人もいたが、こちらに気づいてもしかめ面をするだけでなにもしてこない。ある意味ここが銀河系内で最も安全な星かもしれないと感じた。

 

「お待ちしておりました、ムドラ大佐殿」

 

フロントで話を聞こうとした矢先に、そのフロントから三〇歳前後くらいの男が現れた。その男の容貌はまさしく“異相”と言うに相応しかった。目や眉、鼻、口といった顔のパーツ全てが大きく、頭部には髪の毛は一本たりとも生えていない。身長もムドラ大佐ほどではないが、俺から見れば十分に大男であり一九〇センチに近いくらいだろう。醜悪とも美形とも言い難いが、一度見たら忘れられないような強烈な個性の塊であった。

 

「私は自治領主であるワレンコフの下で補佐官を任されております、アドリアン・ルビンスキーと申します」

 

アドリアン・ルビンスキーはたしかキャゼルヌ先輩が“フェザーンの黒狐”と呼んだ食わせ者だったか。

 

「小官はイェロニーム・ムドラ大佐。こっちが本日付けでフェザーンに着任した、ローラン・ルクレール少佐だ」

 

大きな眼でぎょろりと見据えられ、値踏みするような視線の不快さに顔をしかめそうになるが、なんとか踏みとどまった。利に聡く、ーーこれは俺の勝手な想像だがーー人の弱みにつけ込まんとするであろうフェザーンの人間相手にそういった表情を見せれば、後でなにを言われるかたまったものではないからだ。

 

「ほう、あのエル・ファシルの。一緒に脱出の指揮を執られたヤン少佐殿は収容所惑星エコニアへ、ルクレール少佐殿はフェザーンへとは、これまた赴任先が大きく違いましたな?」

 

くっくっと嫌な笑い方をする目の前の男にかすかな苛立ちを感じながらも黙っていると、

 

「しかもその惑星エコニアは脱走騒ぎがあったとか。ご存知でしたかな?」

「はい、一応聞いていますが……。なにが仰りたいので?」

 

本当になにが聞きたいのかがよくわからず、こちらから問い返してみたが、思ったよりも苛立ちが語気に乗ってしまった。やってしまったと思ったが、

 

「……いえ、お気に触られたのなら申し訳ありません。ワレンコフの元へ案内致します、どうぞこちらへ」

 

謝罪の言葉を口にして、こちらに背を向けて歩き出した。ルビンスキーのその厳つい背中を軽く睨んで、俺とムドラ大佐は歩き始めた。エレベーターに乗って最上階まで上がっていくと、フェザーンの中枢部が一望できた。最上階からの眺めをここに来る度に目にすれば、この星の全てを手中にした気分を味わえるかもしれない。俺にはそんな大それた野心はないが。エレベーターから降りると、そこは広々とした執務室だった。応接間を兼ねて使われるにしてもとても広く、最高級ホテルのスウィートルームのようであった。

そんな部屋の中央で待ち構えている男がいた。ワレンコフである。歳はムドラ大佐と同じくらいで身長は一七〇センチほどの細身の体格。見るからに生真面目そうな顔つきをしているのと眼鏡をかけていること以外、これといって大きな特徴がない。異相の補佐官と比べると、特徴という特徴を吸い取られてしまったようにも見えてしまう。その異相の補佐官は、「それでは失礼致します」と隣の部屋に控えている。

 

「急にお呼びたてして申し訳ありません、ムドラ主席駐在武官」

「挨拶はいい、わざわざ呼び出すほどの要件とはなんだ?」

 

とっとと話を終わらせてくれという表情と態度で応接用であろうソファにどかりと座った。大佐の巨体を支えんとソファの軋む音が部屋に響き、ワレンコフの方も大佐を嫌っているのか大佐の傲岸不遜な態度に眉間にしわをつくった。

 

「では早速話に入らさせていただきます。話というのは他でもありません。先日のあの一件のことです」

 

昨日着任したばかりである俺には当然ながら「あの一件」など知る由もないので、大佐の方をちらりと見てみたが、ソファに座った大佐の後ろに控えているため表情をうかがい知ることはできない。

 

「はて。あの一件とはどの一件のことか検討もつかんな」

「とぼけないでいただきたい。同盟国内でフェザーン人が経営している企業に立ち入り調査を行ったことです!」

 

フェザーンが経営している?

国営の企業に対して立ち入り調査?

数瞬の内にきな臭い言葉が並んだ気がするが、おそらくこれがここの日常なのだろうと俺は無理やり納得しようとした。このワレンコフの糾弾に対して、ムドラ大佐は少しも動じた様子はなかった。

 

「あぁそのことか。たしかその企業はダミー会社だったらしいな。あんたのところの人間なら、もう少し躾をしてくれないとこちらとしても困るんだが?」

「あなたはご自分がなにをされたのかお分りではないのですか!同盟の政治家たちの金置き場としてあれらはあったのですよ!?」

「ほう、やはり違法の塊だったわけだ。ならば同盟の法で裁かれてもなんの文句も言えんな」

「……あなたの目的はなんですか?」

「目的とは異なことを。まるで俺がなんらかの目的のためにダミー会社を検挙させたような言い方じゃないか。証拠もなしにそんなことを仰るとは、随分と焦っておいでだ」

 

ここまでの話で、大方の事情は飲み込めた。

つまりムドラ大佐が知っていた、フェザーン人が経営しているということにしていたダミー会社が一斉に検挙された。そのダミー会社は同盟の政治家たちが私腹を肥やすための金置き場であり、これを検挙されたフェザーンとしては信用問題に関わる一大事というわけだ。

俺はここから生きて出られるのだろうか、とたまらなく不安になった。一応士官学校時代では白兵戦技能に関しては一、二を争えるくらいにはあったが、今持っているのは懐にある同盟軍制式光線銃のみだ。もしも戦闘になれば生き残るのは難しそうなのは誰の目にも明らかだ。

三、四ヶ月前にエル・ファシルから命からがら逃げだせたと思ったら、今度は着任したばかりで一触即発の現場に居合わせることになるとは。病欠の副官殿の運のよさには脱帽である。

 

「話はそれだけか?それなら帰らせてもらうが」

「無事に帰られるとお思いか?」

 

ムドラ大佐が帰ろうとして立ち上がったところで、先ほどルビンスキーが出ていった扉とは別の扉からライフル光線銃を持った衛兵が四人ほど現れた。

 

「見送りにしては物騒なものを持っていやがるが、どういうつもりだ?」

「どういうつもりもなにも、見たとおりですが」

 

勝ち誇ったような笑みで衛兵たちの後ろに回り込んだワレンコフを、俺と大佐はただただ眺めるしかなかった。動けば即射殺されるのが目に見えているからだ。

さてどうするか。このまま殺されるのは癪だし、そもそも嫌だ。この生真面目そうな男のことだ、逃げ道であるエレベーターにも待ち伏せがいることだろう。

 

ーー生真面目そう、か。

一つ案が浮かんだ。この案ならここからなんとか逃げ出せるかもしれないが、問題はムドラ大佐がわかってくれるかどうかだ。口頭で伝えることはできない以上、察してもらうしかない。まったく分の悪い賭けだ。だが俺と大佐の命がベットされている現状において降りるという選択肢は残されていない。俺は意を決して口を開いた。

 

「ワレンコフ自治領主殿」

「なにかね、エル・ファシルの英雄殿。命が惜しくなったかね?」

「まあたしかに命は惜しいですが、そうではありません」

 

苦笑しつつ、俺はカードを切った。

 

「今小官らを殺せば、その疑いはすぐさま自治領主殿へと向かうことになります」

「私がそんな下手を打つと期待しているのか?」

「いえ、小官が見る限りでは自治領主殿は抜け目のないお方。であれば、既にこの場で吾らを殺した際の後始末のことまでお考えであるはず。逃げようとしても退路を絶っていることは容易に想像ができます」

 

ワレンコフの顔に微小ながら苛立ちのようなものが走る。なにが言いたいんだと言わんばかりに目を細めている。

 

「ですが、自治領主殿の小細工は所詮その場凌ぎのためのものでしかありません。吾らはこのような局面に至ることをあらかじめ想定して、事前に準備してここに来ております」

 

ワレンコフが俺とムドラ大佐の双方の顔を見ながら、本当か?と目で問いかけてくる。

 

「あぁ、本当だとも。あんたは油断ならん男だ、それだけの準備をしなけりゃこんな時期に呼びかけに応じないさ」

 

俺のはったりが大佐に気づいてもらえたと内心ホッとしたが、大佐の口は未だ止まってはいなかった。

 

「こちとら、俺たちが帰らなきゃ弁務官事務所から陸戦部隊二個中隊を出すようにと出掛けに言ってきてるんでな。万が一にもあんたらから手を出すようなことがあれば、その瞬間フェザーンはお終いだ」

 

俺は驚きそうになったのを堪え、ゆっくりと大佐の方を向いた。大佐は真っ向からワレンコフを見据えているようで、ワレンコフは目をしきりに泳がせていた。

 

「う、嘘だ、お前たちははったりをかましているだけだ!」

「はったりかどうかは俺とこいつを殺してから確認してみるこったな。はったりであればあんたらの勝ちだが、はったりじゃなければその時こそ、あんたがフェザーン最期の自治領主様になれるぜ」

 

後ろからだが、ムドラ大佐が不敵な笑みを浮かべているのがよくわかるほどに声が楽しげであった。今度こそすくっと立ち上がると、大佐はワレンコフと衛兵たちから背を向けて歩き出した。俺も正直のところ彼らに背を向けたくはなかったが、このはったりを疑われないようにするためにも穏やかな表情で背を向けなければならない。一礼したあと、俺はムドラ大佐の後に続いてエレベーターに乗った。

 

◇ ◇ ◇

 

何事もなく地上車まで戻ってきた俺と大佐は、念のためこの地上車に爆発物が仕掛けられていないかを確認したあとで乗り込んだ。

 

「はあ……フェザーンに来て早々、寿命が縮むどころかあの場で終わるところでしたよ」

「はっはっはっ、だがお前もなかなかの役者ぶりだったじゃないか。あそこであんな啖呵を切れるたぁ思わなかった。流石はエル・ファシルの英雄の豪胆さってか?」

「いやあ、だって死にたくないじゃないですか。戦闘で死ぬならまだしも、あんな密室で暗殺なんて遣る瀬ないでしょう?」

「言えてるな。はっはっはっ……」

 

楽しそうに面白そうに笑う大佐を見ていると本当になんとかなったんだと心底安心した。自然、笑みがこぼれる。地上車のエンジンをかけて、自治領主府から離れていく。

 

「それにしてもよくもまぁ小官のはったりに付き合えましたね?」

「ん、それはな。俺は本当に準備していたからさ」

「え、本当ですか?」

 

まさかはったりではなく本当だったとは思わなかった。つまりあの場で殺されると、冗談抜きで陸戦部隊二個中隊が自治領主府に殺到する予定だったのだ。その時には俺は既に死んでいるはずなのに、そうなった場合を想像して身震いした。

 

「それだけ奴は危険なのさ。正確にはフェザーン自治領主という肩書きを持つ者が、な」

「フェザーン自治領主という肩書き、ですか」

「ああ。このフェザーン一国、国土一惑星のみで、この銀河全体の一割を超える富を有している。いや、実際にはさっき言っていたダミー会社の存在もいれればもっとあるだろう。同盟と帝国を借款といういかにも合法的なやり方で経済的に圧迫しているわけだ。ワレンコフ、あるいは奴の次の代、その次の次の代にはもしかしたら同盟と帝国が操られ、ただただ無辜の命がフェザーンの自治領主の指先一つで消し飛ばされるかもしれない。今を以ては、あの二人の巨魁を相手にどう対峙するか、それこそがフェザーン駐在武官としての職責であることをよくおぼえておけ」

 

突飛すぎる考えだ、とは言えなかった。思えもしなかった。地上車の窓から見えるフェザーンの摩天楼は、ハイネセンのそれと見紛うほどだ。しかしハイネセンは政府ならば大小数百の有人恒星系から税金などを徴収、あるいはそれらに支社などを建ててそこから出る利益から本社ビルなどを建てているのだ。フェザーンは税金を徴収しようとも惑星一個分では高が知れている上、帝国の自治領であるため貢納義務も存在している。

しかしもし帝国の自治領という基盤をそのままに同盟と帝国を操ろうというのであれば、それは由々しき事態である。最初はなぜこんなところへ、と思っていたが、思ったよりもやりがいがあるかもしれない。

地上車から見える摩天楼は、なんとなしに黒々としているように見えた。




いかがでしたか?
今話で外伝「螺旋迷宮」は終わりです。え、もう終わり?と思われるでしょうが、ヤンとほとんど行動を共にしていないので、ここから書き続けると地味な話ばかりになっちゃいます。それに同盟の視点ばかりになっちゃうので、ここで一旦帝国側の視点に移ります。

好き勝手に書いていますが、応援してくださると嬉しいです!
もちろん評価や感想もお待ちしています!

次の投稿こそ、1週間以内(2月4日木曜まで)を目指しますので、お楽しみに!

次回、第五話 二人と一人の邂逅

友よ、憶えているか、あの戦いの日々を。


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第五話 二人と一人の邂逅

UAが7,500超え…?お気に入りが167件…?日刊ランキングが33位(1月31日付)…?
よろしい、本懐である。

おはこんにちこんばんは、山桜です。

この一週間はいろんな意味で怒涛のような一週間でした。ランキングに入っているのを見てしばらく放心状態でした。そして次には、「あ、ドッキリかなにかかな?」とか考えていました。応援してくださった皆さん、申し訳ありません。

さて今回ですが、友人からのアドバイスを頼りに書き方を少し変えてみました。読みやすくなっていれば幸いです。

それではどうぞ!


 帝国暦四七九年、宇宙暦七八八年。

 一〇数年後に、一五〇年以上にも及んだ自由惑星同盟と銀河帝国との戦争に終止符が打たれることになるのだが、この時期の人々は誰一人、そのような予兆を感じ取ってはいなかった。しかし後世の人々の目から見れば、この年にこそ、その予兆とも言うべき二つの事象が人類史に刻まれているようにしか見えなかった。

 

 その二つの事象とは、同盟と帝国のそれぞれで起こっていた。

 ヤン・ウェンリーとローラン・ルクレールの二人による『エル・ファシル脱出行』と、ラインハルト・フォン・ローエングラム――当時はラインハルト・フォン・ミューゼル――とその親友であるジークフリード・キルヒアイスの二人が、当時帝国の門閥貴族だったエーレンフリート・フォン・ベルクヴァインとの邂逅を果たした『学び舎の友誼』である。

 

 後に故事にもなるこの『学び舎の友誼』によって、ラインハルト・フォン・ローエングラムは誰もが認める神聖にして不可侵の皇帝へと君臨するための覇道を歩むことになる。

 

◇ ◇ ◇

 

帝国暦477年(宇宙暦786年)

12月14日

銀河帝国帝都・オーディン

国立幼年学校

 

-side エーレンフリート-

 

 俺の鼓動の高鳴りはようやく落ち着いてきたが、徹夜で作業を行っていたせいか、先ほどとは別種の高揚感のようなものを感じる。ついに完成した机上の書類をまとめていると、学生寮を照らす朝日に目が眩みそうになった。

 

「これで完成だ」

 

 心中のみならず、声に出していたその一言には吾ながら万感の想いが込められていたと実感した。この書類には父であり、ベルクヴァイン侯爵家当主であり、“政務顧問”という俗な言い方で喩えれば“帝国政務の御意見番”のような役目に就いている、クラウディウス・フォン・ベルクヴァインから常々聞いていた帝国の闇の一端と自分なりにまとめた改革案が記されている。といっても、改革案自体は一〇枚くらいであるし、闇の一端をまとめただけでも手を大きく広げなければ持てないほど分厚い紙の束になるのだから帝国の腐敗具合は相当のものだろう。

 俺はこれを手土産に、とある人物に会おうというのだ。その人物は野心に溢れ、俺にはない大器と才気に満ち満ちている。

 

――あの人物にならこの帝国の未来を託せる。

 

 俺は本気でそう確信していた。確信した理由というのは昨日の晩にあった。

 

◇ ◇ ◇

 

昨夜

帝都オーディン・裏通り

 

 幼年学校の休日は外出の許可が出る日でもあり、それもあって生徒である貴族の子弟や上流市民の息子などを問わず、歓迎される日である。しかしこの日の俺はそんな休日を満喫することは叶わず、父から頼まれたおつかいを済ませることに費やしていた。幼年学校の門限は厳しいが門閥貴族には甘い。だからといって堂々と遅れるほど恥知らずではないと自負している俺は、近道になる裏通りを走っていた。一二月も中頃となるとオーディンには雪が降り積もるが、表通りと違い、裏通りはなかなか整備されない。そんな道を俺はざくざくと踏みしめ走っていた。

偶然だった。

 幼年学校の近くにある公園に差し掛かった。ここまで来れば間に合うだろう、と残りの道のりを歩いて行こうとした時に、なんとなく公園内に目を向けた。

 その公園には銀河帝国を興した大帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの像が建てられており、その近くに二人の少年がなにやら話しているようだった。歳は二人とも俺と同じくらいだが、街灯の明かりによって煌めくその金髪と赤毛の二人少年に、俺は見覚えがあった。

 

(たしか……。そう、金髪のほうが“ラインハルト・フォン・ミューゼル”で、赤毛のほうが“ジークフリード・キルヒアイス”であったか)

 

 二人は学校では有名な存在だった。ミューゼルの姉が皇帝の寵姫となり、後宮へ納められたことがその知名度の理由だったが、帝国騎士《ライスリヒッター》という貴族の中でも底辺の家の息子であるミューゼルは、門閥貴族相手でも物怖じ一つしないということが、良くも悪くも名を上げることにつながっていた。そしてそれに付き従うキルヒアイスも同様だった。

 もう一つ付け加えるなら、ミューゼルは“絶世の”と文頭に付けてもいいくらいの美男子であったことも理由の一つと言えた。日光を頭部に巻きつけたような華麗な黄金の髪、氷に閉ざされた青玉《サファイア》を思わせるような蒼氷色《アイス・ブルー》の瞳の持ち主であるミューゼルは、皇帝の寵姫やその門閥貴族を恐れぬ豪胆さを除いても、十二分に目立つ存在だったのだ。キルヒアイスもミューゼルほどではないが、燃えたつような赤毛に人のよさがにじみ出たような優しげな顔だちは充分に秀でた容姿の所有者であった。

 

(そんな二人が、ここで一体なにを……?)

 

 興味惹かれた俺は、彼らの話が聞こえる位置までそっと近づいていった。

 

「――こう考えたことはないか、キルヒアイス?ゴールデンバウム王朝は人類の発生とともに存在してきたわけじゃない。あのルドルフがつくってからたかが五〇〇年だ」

 

 聞こえてきた会話は、明らかな帝国への叛意と取れる言動だった。だが帝国の藩屏たる侯爵家の嫡子である俺は、面前に立ってこれを糾弾しようとは思わなかった。俺個人としても、思うところは多々あったからだ。

 一五〇年以上も続く自由惑星同盟と名乗る叛乱軍と銀河帝国の戦いは、双方の国力消耗を強いられ、泥沼と化していた。これによって最も苦しい思いをしてきたのは他でもない民衆だった。

 銀河帝国が興る前の、人類を導く国家が銀河連邦という名であった頃、四〇〇〇億人いた人々は帝国が興ってからその十分の一ほどの四〇〇億人にまで減っているという、とある学者が出した統計は既に知られている事実である。この民衆も、帝国領内では平民と奴隷とに分けられるが、奴隷の扱いは酷いものだった。人として扱われていないことは明白であり、待遇がよいところも何千とある貴族領の中でもほんのひと握りだ。

 俺はそんな帝国を変えたかった。それこそゴールデンバウム王朝を打倒してでも。

 そのような想いもあって、この同年代らしき金髪の少年と赤毛の少年の話を俺は聞き入っていた。

 

「その前は皇帝などおらず、ゴールデンバウム家もただの一市民に過ぎなかったってことだ。もともとルドルフは成り上がりの野心家に過ぎなかった。それが神聖不可侵の皇帝などになりおおせたんだ」

「ラインハルト様……」

 

 俺の鼓動は高まっていく。先ほど走ったせいではない。これはミューゼルのせいだ。ミューゼルの言葉に俺は興奮を隠せなかったのだ。ラインハルトはキルヒアイスの双眸を見つめて言った。

 

「ルドルフに可能だったことが、おれに不可能だと思うか?」

 

 キルヒアイスは周囲をたしかめるように見渡した。

 

「大丈夫、他に誰もいない」

「ラインハルト様、そのようなことを口にされては……」

「大丈夫だ。キルヒアイス、お前だけだ。

――どうだ、不可能だと思うか?」

 

 ミューゼルは立ち上がってキルヒアイスに再度問いかけ、手を差し出した。

 

「一緒に来い、キルヒアイス。二人で宇宙を手に入れるんだ」

 

 俺は無意識に生唾を飲み込み、彼らに見入っていた。キルヒアイスはゆっくりとミューゼルの手を取って立ち上がった。

 

「宇宙を、手にお入れください。ラインハルト様。

……そして――」

 

 そこから続く言葉が何かはわからなかったが、とにかく俺の身体はかつてないほどの熱を持った。ラインハルト・フォン・ミューゼル、彼ならやれるかもしれない。俺はほとんど直感だったがそのように感じ取った。

 

◇ ◇ ◇

 

現在

帝都オーディン・幼年学校

 

 それからそう帰ったかは憶えていない。帰ってからすぐに俺は机に向かった。ミューゼルを頂点とした、新しい銀河帝国。その構想を練り上げ、キルヒアイスのように彼の傍に加えて欲しかった。一晩中資料とにらめっこをして書いては捨てを繰り返して考え続け、ようやくそれができあがった。それを持って放課後、俺はミューゼルたちの部屋を訪ねた。

 

「なんの用だ?」

 

 傲岸不遜といった面持ちでミューゼルは椅子に座っていた。キルヒアイスも侍従のように傍らに侍っている。

 

「単刀直入に話させてもらおう。昨夜、公園で二人がしていた話を聞いたのだ」

 

 そう言った瞬間、2人は一瞬だけ驚いたような顔つきになった。しかしその表情が消えると今度は訝しげな表情に変わった。

 

「あれを聞いて何故おれたちのところへ来た?」

 

 どうやら告げ口をせずにここへ来たことが理解できないらしかった。キルヒアイスも困惑した表情を隠さない。貴族を目の敵にしている二人からすれば、俺も腐敗した貴族も同レベルだと思われていたようだ。

 

「これを見てくれ」

 

 俺は一晩中書き殴った紙の束を彼らに渡した。おもむろに受け取り、ミューゼルは読み始める。キルヒアイスはこちらをじっと見つめている。見張られているようだ。ひとしきり読んだ様子のミューゼルは目を点にした状態で顔を上げた。

 

「これはどういうことだ?」

「どうと言われても、見たままだ」

 

 ミューゼルは紙をキルヒアイスに渡した。すると程なくしてキルヒアイスも最初とは違うベクトルで困惑した顔になった。

 改革案にはミューゼルを皇帝、キルヒアイスを副帝として、軍務尚書や内務尚書といった文官や統帥本部総長や司令長官などの武官の内情、帝国全土の内情や改革案などが書かれてある。これは“政務顧問”と呼ばれる役職に従事している父上が手に入れた情報の一端が含まれている。

 “政務顧問”を改めて説明すると、政務における助言や諫言を行う役職であり、顧問である以上決定権はないが帝国政府に対する発言力と影響力を持っていた。他にも領土経営が行き詰まった貴族に対しての助言や、貴族間の財産や利権関係といった揉め事に対する仲裁を頼まれることも多い。

 そのため多くの貴族たちから全幅の信頼を受けており、父上が支配するベルクヴァイン領を中心とした平民や奴隷階級の者たちからも慕われていた。なにせ父上は奴隷の解放や平民の利権拡大などを行いつつも、貴族の収入も増やすという神業のような領土改革をことごとく成功させてきたのだ。

 父上が当世一の政務家であることは誰の目にも疑いなく、その手腕により、大貴族であるブラウンシュバイク公爵やリッテンハイム侯爵、そして国務尚書であるリヒテンラーデ侯爵からの信頼も厚く、“困ったときはベルクヴァイン侯爵に聴け”と言われるほどだった。

 彼らからすれば、そのような卓越した政務家の嫡子が目前におり、しかもゴールデンバウム王朝を打倒するための材料を提供しているのだ。驚くのも仕方ないと、内心苦笑した。

 

「俺はこの帝国を変えたいと常々思ってきた。ゆくゆくは父上のような政務家となって、帝国を内側から変えていきたいと。幼年学校に入ったのも志を同じくする者がおれば、ともに来てほしいと思ったからだ」

 

 二人は黙って俺を見ていた。

 

「しかしここの生徒は、やれあの奴隷を弄んだぞやれあの平民の妻を奪ったなど、虫唾の走るような屑が多すぎる!帝国という家の土台が完全に腐りきっていると痛感したのだ。ゴールデンバウム王朝という土台が。こんな腐った土台は一度完膚なきまでに叩き壊すしかない。だがそれは叛乱を起こすことと同義であり、叛乱となると戦うことになる。俺には戦争の才能がない。俺ではどうしようもできぬのだ

……そんな時にお前たちの話を聞いた」

 

 俺はミューゼルとキルヒアイスの二人を交互に見つめ、頭を下げた。

 

「どうか、お前の覇業を手伝わせてくれ。お前になら、いやお前にしかこの覇業は成し得ない」

「……ここに入学してまだ一年も経っていない。その上、お前の言葉から察すればのにそんなことがわかるのか?」

「わかる。お前には天賦の才がある。誰にもないような、宇宙を手に入れられるような無尽の才が」

 

 頭を上げてミューゼルを見た。その顔には驚いたような顔はなく、覇者の持つ覇気のようなものが現れていた。

 

「おれの覇業、か……」

 

 ミューゼルがぼそりと呟いた。頬がやや紅潮しているように見える。立ち上がって俺に手を差し出した。まるで昨夜の出来事のように。

 

「おれにできるか、ルドルフと同じことが」

 

 俺は昨夜のキルヒアイスと同じようにその手を取った。

 

「お前なら、ルドルフを超えることができる

――ラインハルト・フォン・ミューゼルになら、必ず」

 

 俺はこの日を、この時の光景を、生涯忘れることはないだろう。学生寮の一室で夕陽が傾いていく。俺が顔を上げれば、その夕陽が覇者となろうとする新たな友に後光のように差し込んでいた。




いかがでしたか?

本作を新たに評価して下さった
neko1031さん、syu_satouさん、ホシノブさん、ケモノさん、カリームさん、黙阿弥さん
評価していただき、ありがとうございます!ついでに一言でいいので感想をいただけると作者は悶え喜びますので、そちらもよろしくです!これだけたくさんの方に応援していただくと下手なものは書けませんね、気合が入ります!

次の投稿も1週間以内(2月11日木曜まで)にしますので、お楽しみに!
※遅れて申し訳ないです!できるだけ早めに上げるんでもう少しお待ちください!(2月12日付)

次回、第六話 白銀の谷、その裏で

友よ、憶えているか、あの戦いの日々を。


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第六話 白銀の谷、その裏で

二日も過ぎてしまい、申し訳ありません!山桜です。

ちょっと立て込んでいたのと、今話の区切りがなかなかつかなくて遅くなってしまいました……。なのでなんか自分でもよくわからなくなってるかもしれないので、感想などで「ここどゆこと?」みたいに送って下さると、とても助かります!

それではどうぞ!


帝国暦482年(宇宙暦791年)

7月3日

銀河帝国・ベルクヴァイン侯爵領

惑星ヴィントシュティレ

 

-side エーレンフリート-

 

 あれから五年の歳月が流れた。

 この間、俺はミューゼルをラインハルトと呼ぶようになった。キルヒアイスは姓呼びのままだが、これは一度二人に疑問を呈したことが起因していた。

 

『なぜキルヒアイスを名前で呼んだりしないんだ?“ジークフリード”なんて格好いい名じゃないか。“ジーク”と略せば、呼びやすくもあるし』

 

 そう問うと、ラインハルトが懐かしむような口調で語り始めた。

 

『キルヒアイスと初めて会った時に、『俗な名』だとおれは思ったんだ。ただキルヒアイスという姓は詩的に感じたから、おれは姓で呼び続けているまでだ。エレンーーエーレンフリートの略称ーーがどう呼ぶかはエレン次第だ』

 

 なぁ、キルヒアイス?と話を振られた赤毛の本人は、なんとなく困ったような、それでいて切なそうな複雑な表情を隠して、無理やり笑ませようとする顔だった。

 その後もなし崩し的に姓で呼んでいたが、皇帝フリードリヒ四世陛下の許諾を得て三人でラインハルトの姉で皇帝の寵姫であるアンネローゼ・フォン・ミューゼルことグリューネワルト伯爵夫人に会いに行った際、伯爵夫人を見るキルヒアイスの目は憧憬の人を見る者の目だった。それを見て察した俺は改めて、“キルヒアイス”と呼ぶようにした。

 

 幼年学校を先月卒業した俺たちはそれまでは、帝国を変えるための方策をラインハルトたちと考察することに明け暮れていた。もちろん学業を疎かにすることはなく、むしろ一層努力した。その成果もあってか、卒業時の席次は次席だった。首席は無論ラインハルトで、俺の下にはキルヒアイスが続いていた。ラインハルトは幼年学校に入学してから常に首席を維持しており、キルヒアイスも一桁台に必ず名前があった。

 この五年間の学校生活において、俺はラインハルトやキルヒアイスと過度の接触は避けていた。これは後々の布石のためだが、簡単にいえば、今この時点でつながりがあると悟られるのは好ましくないということである。ラインハルトとキルヒアイスは僻地へと飛ばされると俺は読んでいた。それは両名が門閥貴族の子弟らに嫌われているため、貴族全体からの評判が悪いという事実に基づいての推論だった。これに白兵戦技能において平均より少しだけ上くらいの成績の俺が加わってしまうと、ただただ足手まといになってしまう。

 俺の戦場は艦隊戦を行う宙域でも、ましてどこぞの惑星上でもない。政務を行う執務室であり、謀略を張り巡らせる銀河全体なのだ。

 これをラインハルトとキルヒアイスは了承してくれた。この五年で俺の白兵戦技能の限界を知ったこともあるだろうが、

 

『適材適所という言葉のとおりだ。おれはキルヒアイスと肩を並べて敵と相対し、戦うおれたちの背をお前に預けたい』

 

 そう、ラインハルトは言ってくれた。ならばその期待に応えることこそ、彼に対する友情と忠誠の証にせねばならないのだ。

 さて、そう意気込んでいた俺だったが、早速苦悩していた。それはラインハルトとキルヒアイスの両名が卒業後に赴任した先にあった。俺の予想どおり、僻地ではあった。

 

 惑星カプチェランカ。

 銀河帝国の要衝であるイゼルローン要塞から、叛乱軍である自由惑星同盟方面へ八・六光年を進入した宙点に位置している。

 そう、最前線なのだ。同盟軍との小競り合いが日常的に発生するこの惑星に送り込まれたということは、新無憂宮《ノイエ・サンスーシ》内にいる権力者の誰かが、目障りなグリューネワルト伯爵夫人の弟であるラインハルトを意図的に消そうとしているということだった。二人が出発する直前、俺は二人に

 

『あちらでは同盟軍だけじゃなく、味方である帝国軍からも命を狙われると思ったほうがいい。でなきゃあんな最前線に、幼年学校の卒業者を送り込むわけがない』

 

 そう忠告した。二人が出発してからも三日三晩心配で眠れず、食事も喉に通らなかったが、

 

(二人は死地に向かったというのに、見送った俺がこんな体たらくでいいはずがあるものか)

 

と、奮起してラインハルトたちの帰還を信じ、俺は同志集めに奔走することにした。

 幼年学校を卒業して、なおかつ士官学校へ進学しなかった俺は本来であれば、准尉での任官となるはずーーラインハルトは特例によって少尉で任官しているーーだが、侯爵家嫡子という貴族特権によって中佐と同等の軍事的権限を持つことになった。控えめに言っても幹部待遇であるが、俺には軍内部での階級よりも“侯爵家嫡子”という門閥貴族として帝国全体に及ぶ立場があればいいため、中佐階級はあくまでおまけにしか感じない。この貴族を利用して、将来ラインハルトの手足となる人物を見つけ出すことも俺の役目である。

 かくして俺は、ラインハルトたちを見送った後、ベルクヴァイン侯爵領へと戻り、まずは基盤づくりを始めた。領内は“政務顧問”の父によってこれ以上なく見事に治められている。たまにくる陳情などもすぐに解決できるようなものばかりである。奴隷も少なく、いても自ら奴隷であることを選ぶような者ばかりで、贔屓目を除いても間違いなく帝国領内で最も豊かで穏やかな領土であった。

 俺はまず、ここへゴールデンバウム王朝から冷遇されている識者や軍人を集めることにした。無論、ただ集めるだけでは怪しまれる可能性があるため、軍務省や内務省にあらかじめ断りを入れたり、識者には「これからの帝国をさらに豊かにするため」という名目で、ゴールデンバウム王朝に厚遇されている者も含めて、多くの識者に呼びかけることにした。軍人には、「海賊の被害軽減のために有能な指揮官を求む」という呼びかけを行った。老練な指揮官は望めずとも、若い指揮官であれば実戦経験を積む機会を得られると集まるのではないか、と考えたのだ。これらは独自に呼びかけるだけでなく、軍務省、内務省からも紹介してもらうことにした。

下準備を行い、その後受け入れ態勢を整えた。父には、

 

『俺一人ではどうにもならずとも、多くの者に支えられればいずれ父を抜くこともできましょう』

 

とやや頼りない啖呵を切ると、

 

『まあやってみなさい』

 

と啖呵を躱されつつも軽く了承をもらえ、さらに準備を進めていき、三日後にはほとんどの準備を終えた。

 

◇ ◇ ◇

 

帝国暦482年(宇宙暦791年)

7月20日

銀河帝国・ベルクヴァイン侯爵領

惑星ヴィントシュティレ

 

-side ファーレンハイト-

 

「やっと来れたか」

 

 俺はベルクヴァイン侯爵領内で最も栄えている惑星ヴィントシュティレの地に降り立った。招待状に書かれている空港入り口へ向かうと、送迎に使うと思われる高級地上車があった。その手前にはご丁寧に壮年の運転手が立っている。薄くなった白髪を揺らしながら、小難しそうな顔で手元の写真と道行く人を交互に見てはモノクルを掛け直している。どうやら写真の人物を探しているようだ。もしやと思い、運転手に近づいてみるとしかめ面だった顔が、ぱっと明るくなった。

 

「アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中佐でお間違いないですか?」

「たしかに、ファーレンハイトは私ですが」

「お待ちしておりました。私はベルクヴァイン侯爵家で執事長を勤めております、フォルトナーと申します。ベルクヴァイン侯爵邸への案内を務めさせていただきます」

 

 後部座席の扉を開けて「どうぞ」と手を座席に向ける。促されるまま、それに乗るとやはりと言うべきか、シートの質感などが心地よい。前を見れば運転席と助手席の間にワインとシャンパンが三本ずつ入ったワインセラーとシャンパンクーラーがあった。それぞれあともう二本ずつ入りそうで、上部に埋まっている取っ手を使うことで、持ち運びもできるようだ。

 

「ベルクヴァイン侯爵邸までは三〇分ほどの往路でございます。ヴィントシュティレ産のワインとシャンパンをご用意させていただきましたので、そちらをお楽しみくださいませ」

「はい、感謝します」

 

 なるべく平静を保って返答したが、ヴィントシュティレ産のワインやシャンパンをはじめとした酒類はすこぶる質がいいと評判だった。最高級品ともなると新無憂宮に納められ、皇帝陛下の口に入るという。ここにあるのは流石にそれほどのものではないだろうが、下級貴族の俺ではなかなか手が伸ばせない逸品だろう。

 早速ワインのコルクを外し、備えつけのグラスを手に取り注ぐ。月並みだが芳醇な香りとはこのことだと、それは教えてくれる。香りからしてこれが今までに飲んだ中で別格であることがわかると、それを僅かに、ゆっくりと口に含む。

 

「……ほう」

「いかがでございますか?」

「ああ、流石はヴィントシュティレ産。今まで飲んだワインがただのブドウジュースと思えるほどです」

「ほっほっ、それはようございました。そのワインとシャンパンを作られた方は、大の貴族嫌いの平民でございましてな。侯爵家当主であるクラウディウスが、是非とも飲みたいと頭を下げられてようやく売っていただいた幻の品でございますので、当主のクラウディウスもさぞ喜んでくれるかと」

 

 その言葉に、俺の中の時が止まった。つまり今飲んでいるワインは、侯爵が平民に頭を下げてでも飲みたかった品であるということだ。それを俺のような下級貴族の軍人に振る舞った。

 

「……なぜここまでしていただけるのか、理解できないのですが?」

「それは侯爵家嫡子であるエーレンフリートが説明することになっていますので、それまでお待ち下さいませ」

「嫡子……?失礼ですが、今回の件で主催をお務めになるのは御当主であるベルクヴァイン侯爵なのでは?」

「いえ。当主クラウディウスはこの度の催しになんら関わってはおりません。主催は嫡子、エーレンフリートが取り仕切っております」

 

 俺は目を丸くして「ほう」と運転手の言葉を受けた。別に当主でなく嫡子が取り仕切っているから驚いたのではなく、嫡子はまだ一五歳であると記憶の片隅にあったからである。一五歳にして、このような大それた催しを行えるその大器というべきか、物好きというべきか。いずれにせよ退屈はしなさそうだ、と俺はそれ以上はなにも語らなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

同日

惑星ヴィントシュティレ

ベルクヴァイン侯爵邸

 

 ワインを一本の半分ほど飲んだところで、地上車は侯爵邸へと到着した。侯爵ともなるとかくも大きな屋敷が必要になるのか、と考えさせられるほどに大きな門扉とその先にある屋敷になおのこと楽しみになってきていた。室内は豪華絢爛とは言わないが、落ち着ける空間となっていた。アンティークが多いものの、煌びやかなものはあまりなく、目に優しい造りであった。通された部屋もこのような部屋に住めたら、と思わせる造りでそうなると家賃はどれほどになるか、と考える自分に一人苦笑した。

 

「他の参加者は既に来ているのですか?」

「はい。それぞれお部屋にご案内して、お待ちいただいております。今回の会の前に、お一人お一人に一対一で話をしたいとエーレンフリートが申しておりましたので、一度部屋に案内させていただきました。それでは主催のエーレンフリートを呼んで参ります。しばらくお待ちくださいませ」

 

 執事長はそう言って部屋を辞した。わざわざ主催自ら挨拶に来るのか、と門閥貴族らしからぬという評価を内心で下す。窓際から見える風景は、侯爵邸が小高い丘の上に建てられていることもあって街並みや、その先にある田園までもが一望できた。そのどれもが平穏そのものである。余生はこのような場所に住みたいと思うものか、と未だ二五歳の俺はまたも苦笑を禁じえなかった。

 

「よい風景だろう」

 

 後ろからかけられた声に振り返ると、一人の少年が立っていた。初対面であるが、俺はこの少年を知っている。

 

「はい、流石はベルクヴァイン侯爵です。見事な領土経営をなされますな」

「はっはっ。ありがとう、父上が聞けば喜ぶだろう」

 

 そう言う割に、自分のことのように喜んでいるのは目の前の少年ーーエーレンフリート・フォン・ベルクヴァインの方だった。 ベルクヴァイン侯爵家嫡子は門閥貴族ならではとも言うべき尊大さがあったが、不思議と嫌な気にはならなかった。どうたとえればいいかは思い浮かばないが、人好きしそうな屈託のない笑みと柔和な表情が門閥貴族と思わせない要因なのかもしれない。

 

「自己紹介が遅れたな。俺はベルクヴァイン侯爵家嫡子、エーレンフリートだ。今回の催し主催を務めている」

「私はアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中佐です」

「さてファーレンハイト中佐。卿を始めとした軍人方をお呼びしたのは他でもない。このところ海賊の活動が活発化し始めていてな。吾が侯爵家にも私設された艦隊はあるが、正規艦隊と比べると練度があまりに低い。そこで軍事の専門家を呼び、教導官を勤めてもらった上で副司令官なり参謀長なり、分艦隊司令官なりに任命すれば、少しはましな艦隊運動ができるのではないかと思い、今回の催しとなったわけだ」

 

 エーレンフリートはご丁寧にも説明してくれたが、この辺りの事情は招待状にも書かれてあった。

 だが彼が次に続けた言葉に、俺はこの日二度目の驚愕を味わうことになった。

 

「ーーと、ここまでがあらかじめ言っておいた建前だ」

「……建前ですと?」

「そう。腐りきった軍務省と内務省の双方を騙すための方便だ。俺の目的はそれだけじゃない」

 

 一五の言葉とは思えないような重圧のようなものを感じた。先ほどまでの屈託のない笑みは、若さ故の猛々しさと恐れのなさ、そしてそれとは別にあるなにかを感じさせた。おそらくこれも、先ほどの少年らしさと同様、エーレンフリートの一面なのかもしれない。

 

「“腐りきった”とは滅多なことを仰る。門閥貴族の中でも高位あられるベルクヴァイン侯爵家の嫡子殿の御言葉とは思えませんな」

「そうかな?俺はそうは思わない。吾ら門閥貴族とは、そもそもなんの為に存在するかを考えれば妥当な考えとしか思えんのだ」

「ほう、妥当……」

 

 うむ、とエーレンフリートは頷く。俺もだんだんと楽しくなってきており、気持ち的に前のめりになって話をしていた。

 

「吾ら門閥貴族は有事の際に、“銀河帝国の藩屏”としての役割を果たす為に存在しているのであって、“ゴールデンバウム王朝の腐敗、或いは臣民への搾取”などの為に存在しているわけではない。軍務省も内務省も、本来私腹を肥やすために存在しているわけではないのだ。このままでは帝国は、叛乱軍である自由惑星同盟と戦う前に、内部崩壊によって滅びかねない」

「ではその為にゴールデンバウム王朝を相手に叛乱を起こすということになりますな」

「そういうことになるな」

 

 叛意を否定するどころかむしろ認めた彼に俺は面食らった。だが実際、俺も今の帝国内の状況には思うところがあった。門閥貴族によって虐げられる平民や農奴。不正や賄賂が横行するのが当然の政府組織。ここでは全くと言っていいほど見当たらないが、大半の貴族領はそうではない。権力を笠に着た貴族連中の専横ぶりは目に余るものがある。そしてそれに気づいているであろう皇帝も見てみぬ振りである。ベルクヴァイン侯爵領は正真正銘、平民や農奴たちの楽園なのだ。

 そんな場所で生まれ育ったエーレンフリートからすれば、そんな連中に憤りを感じているのも不思議ではない。彼は帝国内の中でも、門閥貴族としての正しい誇りと責任感を持ち合わせているごく少数の部類の人間だ。

 

「その為に練度の高い艦隊が必要というわけですか。ですが解せませぬな。何故その目的を私などに教えたのです?なにも言わずに教導させるだけでもよかったはず」

「それは卿をこの艦隊の参謀長にしたいと思ったからだ。と言っても、俺に艦隊指揮の力量などないから、事実上の艦隊司令官に就いてもらいたいのだが」

「……艦隊司令官職を、私に?」

 

 馬鹿な、俺は咄嗟にそう思った。未だ二五の俺が、未だ一介の中佐でしかない俺が、なにを馬鹿なことを。そう思った。

 だが。

 

「ああ。父上に話して、まずは参謀長とする為に大佐に昇格させよう」

 

 なに、出世払いで構わないさ、と後につけるとくすりと笑う。俺もなんだかおかしくなってきた。話し始めてから、目の前にいる少年には幾度も俺の想像を上回っていた。これほど面白いと感じる人間は初めてだ。

 

「一つ、聞いてもよろしいですか?」

「ああ、なんだ」

「何故私だったのですか?他に人はいくらでもいたでしょう?」

「元々複数人ほど選ぶつもりだったが、卿を選んだのはその“眼”だな」

「“眼”、ですか?」

「卿の“眼”には野心がある。それは“食うために軍人になった”というには矛盾が生じるような“眼”だ。卿の心にある、“強い敵と正面から戦い、実力で勝利したい”という野心がその“眼”に宿っているように見えた。そうでありながら、卿はとても理性的な人間でもある。おそらく攻勢に強く、守勢に弱いが、守勢に回ることがないように冷静な指揮ができる司令官だと俺は見た。だからだな」

 

 まるで俺の心中を覗かれたような心地だった。全てにおいて当てはまっており、エーレンフリートという少年の人物観察眼において凄まじい才覚の持ち主であることを理解した。

 俺は面白くなった。そう、面白いと感じた。エーレンフリートと共に行けば、一体なにが見られるのか、心の底から楽しみになった。

 

「それで、俺と共に来てくれるか?」

「もちろんです」

「そうか!来てくれるか!」

 

 俺は気づけば即答しており、少年は飛び上がらんほどに喜んでいた。即答したことに驚くことはなく、ただ嬉しげな顔でにこにこしている少年が一体どのように帝国を導いていくのか。その一点に己の好奇心を刺激された。

 

「もう一つ聞いてもよろしいですか?」

「なんだ……っとその前に、敬語はいい。この話を受けるのであれば、俺と卿は同志だ。そこに上下はない。俺のことも“エレン”でいい。エーレンフリートは呼びにくいからな」

「……わかった。ではエレン、改めて聞くが、俺の他に誰を同志に選ぶつもりなんだ?」

「それがなぁ、決まってない」

「決まって、ない?」

「ああ。誘いたい者はいるんだが、話したところでどのような反応をするかわからなくてな。皆、卿のように面白がって話を受けてくれればいいんだが」

 

 面白がって、という部分に些か物申したいところだったが、あながち、いやほとんど間違いではない為、なにも言えなかった。

 

「他に同志となる者がいれば、この後の催しが終わった後で伝える。

これからよろしく頼む」

 

 ではまた後で。

 

 エーレンフリートーーエレンが部屋を出ると、俺は椅子に座った。臨時収入があればと思い、来たこの惑星で、俺は己の人生を賭すに値する者に会えたのかもしれない。

 

「エーレンフリート・フォン・ベルクヴァイン……エレンか」

 

 俺しかいない部屋で俺は笑った。




いかがでしたか?

UAが10,000超え、お気に入りも200超え、日刊ランキングも30位(2月4日付)もいただきました!
皆様の温かい応援、ありがとうございます!
え、今回は動揺してないかって?心臓発作で新しい副官、もとい作者になったからヘーキヘーキ(白目)

さて本作を新たに評価して下さった
きじむにぃさん、arrowcodeさん、ゴンさん
評価していただき、ありがとうございます!
これからも本作の応援、そして感想と感想(大事なことなのでry)をよろしくお願いします!

次の投稿も少しできるかわかりませんが、1週間以内(2月18日木曜まで)を目指しますので、お楽しみに!

次回、第七話 帝国再建の道

友よ、憶えているか、あの戦いの日々を。


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第七話 帝国再建の道

また遅れてしまい、申し訳ありません!山桜です。
でも前回投稿から1週間以内ではあるんで、許したったらどうや!(茂造並感)

さて本作を新たに評価して下さった
SEVENさん、daidaiさん、緋絽さん、黒頭巾さん、Midogarudoさん
評価していただき、ありがとうございます!☆3は心が砕けそうでしたが、評価を上げてもらえるように頑張ります!
これからも本作の応援、そして感想をよろしくお願いします!

それではどうぞ!


帝国暦482年(宇宙暦791年)

8月15日

銀河帝国帝都・オーディン

喫茶・シュヴァルツヴァルト

 

-side エーレンフリート-

 

 喫茶“シュヴァルツヴァルト”はオーディン市街地の裏路地にある、隠れ家カフェだ。俺にとって、オーディンに来た時や幼年学校の休日の日などによく通っていた、馴染みの店である。特に幼年学校在学時は、寝ても覚めても人との接触が絶えなかったこともあり、一人になれるこの空間は大いに好ましかった。

 この“シュヴァルツヴァルト”という名は「黒い森」を意味しているが、元々の由来は、人類が地球という一惑星に何十億人とすし詰めになって住んでいた頃の、銀河帝国公用語の元となった国の地方の名から取っているんだと、この店を営む齢七十を超えているマスターが教えてくれたことがある。

 

 言うまでもないが、門閥貴族の、それも侯爵家の嫡子がこのようなところに護衛もなく訪れるのは危険であると、執事長のクレメンス・フォルトナーから何度もたしなめられており、俺もそれはわかっているが、尊敬する吾が父も、

 

『市井の人々に対して関心がなくなった時、同時に彼らから吾々への尊敬がなくなる。その瞬間、吾々は彼らにとって必要不可欠な存在足りえなくなる。これこそが吾々の“滅びのはじまり”である』

 

と、公園の階段から転げ落ちて腕を折った際に、幼い時分の俺へきりりとした表情と口調で語りかけてくれた。

 そんなこともあって俺もかくありたいと、このように行きつけの喫茶店を見出す程度には、平民の暮らしぶりに触れることにしていた。とはいえ父の無様にも程がある転落事故もあって、結局、俺の周囲には数名の護衛が俺には悟られないように配備されているらしい。これは俺の言い分も理解できるというフォルトナーの、それでも心配だという老婆心から来ていることを知っているために俺からはなにも咎めたりはせず、今も同じ喫茶店内で店の売り上げに貢献しているのだった。

 

 閑話休題。

 

 さて、いつもであればこの安らぎの空間で俺は一人、午前中の大半をここで過ごし、場合によってはここで昼食もとることもあるが、今は二人の連れがいた。一人はラインハルト、もう一人はキルヒアイスである。先月、惑星カプチェランカへ一兵卒として赴いた彼らは、早速暗殺されかかりながらもなんとか生き延び、ついでに同盟軍の基地を攻略してそれぞれ昇進していた。ラインハルトは中尉、キルヒアイスは少尉だ。故に今は無事に帰ってきたことを祝いたいところであったが、彼らは既に次の任地が決まったのだという。

 

「イゼルローン要塞とは、また前線ではないか」

「次こそは艦隊勤務かと思えば、駆逐艦の航海長とはな」

「そうぼやくな。まだ階級が低いうちはそういう職務が多いのは仕方のないことだ。それに、少なくともキルヒアイスと同じ艦で仕事ができるのだ。これ以上を望むのは、欲が深いというものだろう」

 

 純粋な欲の深さは、ラインハルトの長所でもあり、短所でもある。ラインハルトにはこのような同一の事象に対して、それぞれ長短が人一倍多く存在している。

 たとえば、彼は自分の意見をそう簡単に変えたりはしない。自分の意見に自信を持っていると言えばこれは長所だが、悪く言えば頑固であり、過信である。これが信頼する人、特にキルヒアイスやグリューネワルト伯爵夫人から諭されれば素直に変えることもあるが、自分に関わることについてはなかなか意見を翻したりはしない。おそらく戦場で「逃げろ!」と言われても「何故このおれが敵に背を向け、おのおのと逃げなければならないのだ!?」とむしろ激昂するに違いないというのが、俺のラインハルトへの人物評価だった。このような性格の極端さは歳を取るごとに落ち着いてくれるといいが、こればかりは願望を持つことしか今の俺には許されなかった。面と向かって「その性格をなおせ」と言ったところで、なおせるものではないだろうからだ。

 

「それよりカプチェランカから帰ってきたと思えば、『この男を匿えないか』とは驚いたぞ」

 

 俺は数日前の出来事を思い出した。あの時は大変だった。彼らが帰ってきたと聞いて出迎えに行くーー無論、周囲に気づかれぬよう内密にーーと、二人の他にもう一人四〇代くらいの男が立っていた。肩の階級章を見るに大佐であった彼について聞くと、ラインハルトから唐突に、この男を匿ってほしいと言われ、心底驚いた。

 なんでも、彼は宮中でグリューネワルト伯爵夫人に害を為そうとする者たちから、ラインハルトたちの暗殺指令を受けたらしく、それに失敗して捕らえられそうになった際に、一族根絶やしを恐れて錯乱しかけた。そこで俺の父上の名を出して、公式には戦死したことにして、俺を通じて父上に保護を求めることにしたのだという。

 話を聞いた俺が父上に事情を説明すると、

 

『まぁ奴等も失敗した以上は性急かつ短慮な手出しをすることはないだろうさ。私は宮中の争いなんかに興味はないから、好きなようにやればいい。なんか言われたら、奴等の弱みという弱みを全てさらけ出してやるとご忠告差し上げてやるから安心していい』

 

と、恐ろしいことを言っていたが、ともかく了承をもらえたため、男ーーヘルダー大佐とその親族たちを吾が領内に匿うこととなったのだ。

 

「あの時は降って湧いた仕事で忙しくて聞きそびれたんだが、あのヘルダーという男はなんだったんだ?」

「ヘルダー大佐はカプチェランカのBIII《ベー・ドライ》基地の司令で、私たちの上官でした。彼と彼の部下のフーゲンベルヒ大尉が宮中にいる何者かの指示を受けて私たちを襲ってきました。フーゲンベルヒ大尉の方は大した問題もなく片づけることができました。しかし大佐の方は……」

「そこから先は、あの時お前に言ったとおりだ。しかし、結局渡された手紙というものも差出人の名前はなかった。あれでは物的証拠には程遠い」

 

 彼らの話を補足すると、彼らを襲ったヘルダー大佐の元にはさる貴人からの暗殺指令書が送られていたが、調べたところ差出人の名前もなく、筆跡もおそらく別の誰かに代筆させたもののようであり、暗殺指令を出した貴人を特定することも、ましてや糾弾することもできなかった。

 

 本当のところを言えば、俺はその貴人に心当たりがあった。だが彼らが明確に門閥貴族という存在を敵視している内はまだいいが、その貴人の正体を知れば、彼らは明確にその個人を憎悪することだろう。

 

 俺はこれを恐れた。

 

 まず間違いだった場合、それでも彼らは「火のないところに煙は立たない」として警戒する公算が高い。そうでなくともそもそも「門閥貴族などそんな連中ばかりだ」と断定している節がある。しかし俺としてはそんな門閥貴族内にも味方を増やしておきたいという腹積もりがあったのだ。これは生まれが平民で優秀な軍人は多いが、政務などに長けた識者はそれほど多くないことが理由に挙げられる。そのため貴族に対する無用な疑いと敵意を、あるいは貴族からの敵意と憎悪をこれ以上彼らに持たせる、または持たれるのは今後の展望上、大いに問題があった。

 次に俺の心当たりが正答であった場合、彼らはその貴人を殺しかねないのは想像に難くない。無論そこまで猪突ではないとも思っているが、おそらくこれから先も彼らへの妨害や暗殺などといった謀略の手が及び、果てはグリューネワルト伯爵夫人にまでそれらの手が差し向けられるかもしれない。その時、彼らはその貴人こと黒幕を血祭りにあげることはまず間違いなかった。そうなっても拙い。

 結果、彼らには俺の限りなく正答に近いであろう黒幕の正体を、その正誤を問わず伝えるわけにはいかなかった。

 

 それに目前で悔しそうな顔をするラインハルトだが、そんな尻尾を出すような連中でないことを知っている俺からすれば、やはり生きて帰ってきただけでも僥倖なのだ。しかも次の任地は同盟軍にとって因縁の要塞であるイゼルローン要塞である。哨戒中に同盟軍に出くわすこともあり、生存率は惑星カプチェランカと変わらないか、さもなくばこちらの方が低い可能性だってある。正直に言えば、俺の内心は今でもまさにひやひやしているのだ。

 

「まあ、そちらは気長に調べていくしかないな。俺としても、この件がある限りは味方も信用できない。迂闊に動くとこちらまで危うくなる以上、その貴人がわかるまでは水面下で動くしかないな」

 

 万が一の時に備えて、ベルクヴァイン侯爵領という安全地帯は彼ら二人には必要不可欠である。黒幕が王宮内にその姿を潜ませている可能性が高いため、彼らが王宮近辺で“不慮の事故”に遭って命を落とすという可能性も否定できない。

 それにしても、と脳内で嘆息する。まだ特に行動を起こしたわけでもないのにここまで命を狙われているなんて、黒幕にとってよほどラインハルトたちが邪魔らしい。いや、正確には真に邪魔なのは彼の姉のほうだろうが。

 

 それからは空気を切り替えて、雑談などに話の花を咲かせた。カプチェランカの夜は凍えるほどに寒かったこと、初めての戦闘で装甲車三輛を急襲して勝利したこと、その時に奪ったデータでBIII基地を攻撃していた同盟軍の装甲車部隊を止めてみせたこと、その出来事を利用してヘルダー大佐を基地の外まで誘き出したこと。

 不愉快きわまることもあったようだが、彼らの中では既に一つの想い出になっているようでもあった。それに相槌を打ちながら、時には驚き、憤った。

 しかしそれと同時に彼ら二人に危うさも感じた。どうにも生き急いでいる、と。早く伯爵夫人を新無憂宮から助け出したいのはわかる。わかるが、それとは別に彼らはそこでの出来事は、常人からすれば想い出どころかトラウマものである。それほどまでに彼らは惑星カプチェランカという凍土の大地を駆け抜けたはずなのである。それをもう遠い過去のように語る姿に、過去を切り捨てていく危険性を感じ取っていた。だがこれを忠告しようにも、彼らには自覚がないと思われ、必然、忠告が意味を成さないと考えて声にまでは出さなかった。

 

「そういえば侯爵領で人材集めをされていたと耳にしましたが、そちらの進展はいかがでしたか?」

 

 稀にしかないキルヒアイスの話題提起に、俺は埋没しかけた意識を覚醒させて、気持ち頭を持ち上げた。

 

「識者はまだまだだが、艦隊司令官候補は何人か」

「ほう、いったいどんな者がいるんだ?」

 

 興味を持ったラインハルトも身を乗り出す。俺はその数名を、簡単な経歴を添えて列挙していった。

 

◇ ◇ ◇

 

同日

帝都オーディン

ベルクヴァイン侯爵邸

 

 これからイゼルローン要塞へと旅立たんとするラインハルトらと分かれ、この日の午後は帝都オーディンにも存在する、門閥貴族が皇帝陛下から招集された際などのために使う別宅で過ごしていた。ここには執事長であるフォルトナーはいないが、何人かの執事とメイドがここで勤めており、慌ただしく通路を行き交う足音は部屋まだ微かに聞こえていた。

 そんな中で俺は怠惰を貪っていたわけではない。さらなる有能な識者と軍人を集めるべく二度目の、今度は「勉強会」と称して行うことを企図していた。

 前回はあくまでただ単純な催しであり、自由に会話したり討論したりということを全て招待客に任せた。だが軍人はともかく識者のほとんどは、貴族が多いこともあってそれぞれの繋がりを強化するための場としてしか、あの催しの価値を見出していなかったのである。「勉強会」では討論や意見交換の場を設定して、闊達に過ぎた前回と比べて、より純粋で活発なものにしたいと考えていた。

 そのための草案を作成している最中、部屋の扉が二、三度ノックされた。

 

「鍵はかかっていない。入ってくるといい」

「それは無用心に過ぎるんじゃないか?」

 

 入室の挨拶を口にせぬまま入ってきたのは、先日の催しで当侯爵家の私設艦隊の総参謀長を任せることになったファーレンハイト大佐だった。

 私設艦隊は艦艇大小あわせて一万五〇〇〇隻だったのだが、ベルクヴァイン侯爵家の遺伝子であるらしい戦下手と海賊討伐に艦隊の一部が使われる程度しかなかったこともあって、実際に実働可能だったのは六割ちょっとの九五〇〇隻がいいところだったらしい。

 軍務省に話を通して、ファーレンハイトを大佐に昇進させて参謀長に任命すると、まず最初に実働に耐えられないような旧式艦に代わって、新造艦の建造を始めた。ファーレンハイトの勧めに従って、高速戦艦と巡航艦の二種に比重を置いて建造しているその間に、彼には残った旧式艦を訓練艦にして艦隊の練度を上げてもらっていた。

 

「わざわざ俺を殺すような酔狂な輩がいるかな?」

「大それたことを考えていることを抜いても、お前は侯爵家の嫡子だ。用心は必要だろう」

「とは言っても吾が家は歴代でも戦巧者と白兵巧者がいない家だが、その弱点を上塗りできる善政で名が通った家でもある。故に、吾が家の誇りとして叛乱や暗殺などによって死んだ血族はいないというものがある。この上護衛などをあからさまにつけると、逆に怪しまれるのだ」

「なるほど、物は言いようだな。だがこれからのことを考えると、そういった白兵戦や陸戦の名手は必要じゃないか?俺もできないことはないが、参謀長が戦斧を振るうのは些か不恰好だろう」

 

 そのことについては俺も苦慮していた。俺の護衛は三の次くらいにしても、星域攻略や要塞攻略、またそれらの防衛のためには陸戦の専門家が不可欠である。吾が領内にも陸戦隊はいるがこれは治安維持を主目的としているため、訓練された正規兵を相手にするのは分が悪い。ファーレンハイトは艦隊の指揮はもちろん陸戦の指揮もできる優秀な人材だが、彼も言ったとおり、彼は参謀長だ。他にできる者がいるとすれば……。

 

「俺以外で陸戦もできる指揮官となると、ベルゲングリューン辺りだろうな」

「あるいはビューロー、か」

 

 話に出てきたベルゲングリューンとビューローは、それぞれの本名をハンス・エドアルド・ベルゲングリューンとフォルカー・アクセル・フォン・ビューローといい、階級は双方共に中佐であった。前者はもみあげから連なる豊かな髭が特徴で、それでいて粗野な雰囲気はなく、知性と行動力を有した人物であり、後者は髭はないがほっそりとした顔立ちに似合わぬ勇猛な指揮官であった。二人は士官学校以来の友人であり、見た目は差し置いても性格には似通っているところがあり、俺とファーレンハイトとの話に片方の名が出ると、もう片方の名も自然と出るようであった。

 

「だがあの二人には後々昇進させて数百隻の指揮を任せようと思っていたんだが……っと、これは前に話したじゃないか。卿が同じ話を繰り返すオウムじゃないのなら、なにか考えがあって来たのだろう?」

「あぁ。実は一、二年ほど前に、帝国に逆亡命してきた陸戦部隊の指揮官がいたことを思い出してな。同盟軍にいた頃はたしか“薔薇の騎士《ローゼン・リッター》”という名の連隊長だったそうだ」

 

 薔薇の騎士連隊。

 貴族間ではそうでもないが、軍内では帝国側でもそこそこに名の通った、同盟へ亡命した者らの子弟で編成された陸戦部隊のことである。元はプロパガンダを目的とした部隊だったらしいが、皮肉なことにその部隊こそが、同盟軍最強の陸戦部隊との呼び声があった。

 

「薔薇の騎士連隊か。それなら間違いなく有能なのだろうが……。逆亡命ということは、裏切りの上に裏切りを重ねたロクデナシじゃないのか?」

「まぁ、俺もあまり薦められるかどうかはわからんがな。だが王朝を打破するのであれば、新無憂宮を強襲する精鋭陸戦部隊が必要になる」

「オフレッサーはどうだ、まず間違いなく最精鋭の陸戦部隊を率いてくれるのではないか?」

「あれは政治や謀略に無縁すぎてむしろ使いにくいだろうよ」

 

 なかなか危ない会話の中で出てきたオフレッサーとは階級は大将、身長は200センチを超える偉丈夫にして、同盟軍から「ミンチメーカー」呼ばれるほどの残酷な戦い方をすることで名を馳せていた。陸戦部隊の指揮能力を差し置いて、自らが振るう周囲より一回り大きな戦斧で流させた血の量で出世したと云われているほどである。

 

 顎に手を当て、熟考する。これからのことを考えて、どちらに声を掛けるべきか。新無憂宮のみならず、陸戦部隊が必要になる局面は先ほどの考察の通り多く、彼らはおそらく攻勢や破壊に関しては心配の必要はないだろうが、問題は守勢になった時の話である。オフレッサーは狂戦士っぷりが有名で、守勢に強いかはわからず、元薔薇の騎士連隊の連隊長は未知数に過ぎる。不確定要素が多すぎて考察のしようがない。

 三〇分ほどたっぷり悩んでから、答えを出した。それまでファーレンハイトはソファに座って待っていてくれた。

 

「まずは、会ってみるか」

「どちらに?」

「どちらにも」

 

 俺はにやりと口角を上げてみせて、部屋から出た。ファーレンハイトはふっと笑って俺に続いた。




いかがでしたか?

なんかサブタイが詐欺くさいですね……。変えるかもしれませんが、ま、是非もないネ!(ノッブ並感)
たくさんのアクセス、お気に入り登録などなど、恐悦至極でございます。リアルも忙しいですが、今度こそ次の木曜に投稿してみせます!

次の投稿こそ、2月25日木曜を目指しますので、お楽しみに!

次回、第八話 戦斧の誇り

友よ、憶えているか、あの戦いの日々を。


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第八話 戦斧の誇り

ちゃんと木曜更新できました、山桜です。

らんぺいさん、麻婆茄子 激ウマさん
評価ありがとうございます!これからも応援よろしくお願いします!

それではどうぞ!


帝国暦482年(宇宙暦791年)

8月24日

銀河帝国帝都・オーディン

オフレッサー大将宅

 

-side エーレンフリート-

 

 その日のうちに俺はオフレッサー大将に連絡を取り、九日後の今日、オフレッサー大将宅で会うこととなった。

 この日は風が強く今にも雨が降りそうな天候で、そんな怪しい天候とは違い面と向かって自己紹介した後の最初の会話は、ごくごく普遍的なものであった。

 

「本日は御忙しい中、御時間を割いていただき誠に申し訳ありません」

「こちらこそ、大したもてなしもできず申し訳ない限りだ」

「いえ、お構いなく」

 

 オフレッサー大将はその二〇〇センチに、巨体と呼ぶに相応しい体躯の持ち主であり、彼が座るソファは明らかに軋んでいる。

 和やかとも厳かとも言い難い、互いにどんな相手かを見定めているような空気の中、俺はその口火を切った。

 

「単刀直入に話に入らせていただきます。私は――」

「少し待たれよ」

 

 突き出された右手は俺の顔ほどもあり、ただの手であるはずなのに強烈な圧迫感があった。機先を制さん、とばかりに話に入ろうとした俺はものの見事にその出鼻を挫かれたのだ。

 

「ベルクヴァイン侯の嫡子殿である卿がなにゆえ小官のような無骨者の元に来たかについては皆目見当もつかぬが、聡明と名高いベルクヴァイン侯の名代としてではなく、嫡子殿御本人からの御用であるとのこと。今回嫡子殿が参られたのはベルクヴァイン侯とは一切の関わりのないことである、と考えてもよろしいか」

「はい、そのように考えていただいて結構です」

 

 即答した俺を睨むように見据えるオフレッサー大将は、まさに熊のような眼光だったーー野生の熊は見たことはないがーー。心臓がけたたましく鳴り、部屋全体に響いているような錯覚を覚える。

 

(これが……これが自らの手で人を殺す勇者の威圧……!)

 

 表情には出してはいないだろうが、間違いなく圧倒されていた。汗が背筋を凍らせ、喉が異様なまでに渇く。目の前の男を敵味方問わず“野獣”、“悪魔”と呼ぶ者が多いと聞いていたが、その印象はまず違ってはいない。

 だが彼は味方だ。味方を怖れるようで、人を従えられる道理はない。強張った肩から力を抜き、静かに呼吸を整える。

 

「……では、話を始めてもよろしいですか?」

 

◇ ◇ ◇

 

同日

同所

 

-side オフレッサー-

 

「……では、話を始めてよろしいですか?」

 

 目の前に座る孺子(こぞう)はきっぱりとそう言い切った。俺が戦場で敵と相対する時のような気迫で以て孺子に臨んだというのに、動じずに話を進める。正確には動揺を押し隠しているだけだが、それだけでも見所のある孺子だ。

 

(貴族連中は少し睨むだけで『野獣』だの『化け物』だのと、裏でこそこそ悪評を蔓延らせようとしおるが……)

 

 そのような悪評に触れたことがないということはない、と俺は半ば確信している。

 ベルクヴァイン侯は多くの貴族から頼られている存在であり、そういった話も少なからず聞いているはずであるというのが俺の確信に近い推測で、たとえ知らずとも、この対面で身を以て知ったはずである。だが孺子は引かず、むしろ向き合ってきた。

 

(なるほど。門閥貴族の中にもこれほど骨のある者がいるのか)

 

 俄かに楽しくなってきた。

 このような骨のある男が、いったいなにを語りにわざわざ俺の元へ来たのか興味が湧いた。

 

「うむ、始めてくれ」

 

 戦場へ向かう時のような昂りを抑え、平静を装う。孺子は恐怖心や畏怖心を抑えて平静であり続けているようだが、弱冠一五でこれだけの精神力を持っているということが、俺の評価を上げ続けていた。

 

(さあ、俺を失望させるような提案をしてくれるなよ?)

 

 目の前に座る少年はおもむろに口を開いた。

 

「では改めて……。

私が帝国の現況を鑑みるに、既に銀河帝国の基盤であり、藩屏であるはずの門閥貴族にはそのような機能はもうないものと考えています。同じく軍務省や内務省も、門閥貴族への対応や帝国臣民を蔑ろにするような政策や出兵を見ても、もはや意義のあるものとは思えません。

したがって私は帝国の未来のためにも、そういった貴族や官僚を将来的に排除したいと考えており、そのために大将閣下の御力をお借りしたいと御願いに上がった次第でございます」

 

 言いたいことは言ったとばかりに俺を見据える少年に、俺は二つの感情に挟まれていた。

 

 一つは、この言葉がゴールデンバウム王朝に対する叛意ではないかという怒りと憤り。「銀河帝国のため」とは言っても、「ゴールデンバウム王朝のため」とは言わなかった。このことが、ゴールデンバウム王朝よりの禄を食んでいる者としての憤りを感じた。だがそれと同時にこれはあえて言わなかったのだろうと俺は推測していた。何故なら彼奴が話していた時の気迫は、命を捨てにきているような、死兵のように見えたからだ。ただ「腐った連中を叩きのめす」というだけでは、これほどの気迫は湧いてはこないだろう。

 もう一つは、彼奴がなにを目指しているのかを知りたいという好奇心。気に食わない官僚連中や貴族連中を排除した後、彼奴は帝国をどんな国にするつもりか。未だ一五歳の若僧が、このおれの威圧に耐えた者が、どんな帝国にしようと夢想しているのか。

 好奇心は怒りや憤りを上回った。

 

「ほう、そのために卿は俺の力が借りたいと?」

「はい、その通りです」

 

 あっさりと頷いたのを見て、自分でもらしくないと思うほどに頭と舌を回す。

 

「だがあんな貴族どもでも、いなくなれば帝国全体を統治するのは容易ではなくなるぞ?」

「はい、それは心得ております。故に今は、見極めの時と考えております」

「見極め……?」

 

 これにも頷いてみせたが、その答えは端的に過ぎた。頭上に疑問符を浮かばせていると、少年はさらに続けた。

 

「貴族たちの中でも、私と同じように今の帝国を憂いている者たちがいるはずです。私はその者たちを見極め、私たちの陣営に加えたいと思っています」

「つまり卿にとって都合のいい者たちだけを集めることと同義ではないのか?」

 

 睨んでみせるが、少年はただ首を横に振るだけだった。

 

「それは少し違います。“私にとって”ではなく、“帝国にとって”です。あるいは“帝国臣民にとって”と言い換えてもいいでしょう」

「なに?」

 

「帝国臣民のため」とは、まるで叛乱軍の常套句のような言い分だった。掴みかかって投げ飛ばしてもよかったが、彼奴の言い分を聞いてからでも遅くはないと激情を抑え込んだ。

 

「それは一体どういう意味だ?貴様は叛乱軍と通じているのか?」

「それは全くもって違います。銀河帝国であろうと自由惑星同盟を僭称する叛乱軍であろうと、どんな世にあってどのような国でも民は宝です。民衆を大事にできなかった国は、例外なく滅んでいます。帝国が滅ばないためには、彼らを“生かさず、殺さず”用いなければなりません」

 

 「生かさず、殺さず」。一見すれば酷いように見えるが、文字通り「死ななきゃ安い」といった、それこそ安い考えではないことと、「生かさず、殺さず、ただ活かす」ことを考えたであろうことは、俺でも察せられた。極めて道理と合理に満ちた考えであると感じた。

だが、

 

(ベルクヴァイン侯はいったいどのような教育をすれば、今の帝国で、しかもこの歳でこのような考え方のできる子を育てられるのか……?)

 

 心底不思議に思ったが、それを問いても目の前の少年が困惑するだけと思い直し、問うのをやめた。

 代わりに一つ、最初から問いたかったことを問うてみることにした。

 

「なぜ卿は、装甲擲弾兵の指揮官である俺を味方につけようとする?戦争の花形は艦隊戦だ、擲弾兵である俺が敵に回ったところで、艦砲で吹き飛ばせばそれで片がつくだろう」

 

 俺の問いに少しばかり驚いたように目を見張ったが、すぐに表情を戻すとそれに答えた。

 

「たしかに戦闘の大半は艦隊戦であるのは事実ですが、要塞や基地の攻略と防衛、あるいは星系のそれらにおいて陸戦部隊は必要不可欠です。できれば内乱などのような国が荒れるようなことは避けたいですが、起こすとなれば戦力に乏しい吾らには陸戦部隊の精鋭である装甲擲弾兵の御力が必要です。

そしてなにより……」

「なにより、なんだ?」

 

 やや間を空けて、少年は微笑んだ。

 

「なにより装甲擲弾兵の価値と力量、そして運用を知っているのは他ならぬオフレッサー大将、貴方ですから」

 

 微笑みながら放った言葉は決して長々とした言葉ではないが、俺と装甲擲弾兵への賛辞であった。それは建前や世辞という類のものではないと察せられるものであり、誠意と覚悟を持って俺の前に現れたことを改めて実感させた。

 

「……ふ、ふふっ、ふふふふふ」

「……?」

 

 俺は笑いを堪えきれず漏らしてしまう。嫡子殿は首を傾げて不思議そうにしており、それを見ると尚のこと笑いがこみ上げてくる。

 そして次の瞬間にはそれが決壊した。俺をして天井が震えるような笑い声であった。これほど底の抜けた笑いはいつ以来だろうか、と思いながら嫡子殿を見やる。ぽかんと口が塞がらない様子でこちらを見ているのを目の当たりにして、また笑った。

 笑い声はしばらく部屋に響き渡っていた。

 

◇ ◇ ◇

 

帝国暦482年(宇宙暦791年)

9月12日

銀河帝国帝都・オーディン

リューネブルク准将宅

 

-side リューネブルク-

 

 数日前に面会の申し出があり、先ほどその面会が終わった。相手はかのベルクヴァイン侯爵の嫡子でエーレンフリートという一五歳の小倅。

 亡命して一、二年ほどしか経っていない俺の元にいったい何の用かと思えば、「帝国の安寧のために卿の力が必要だ」という。俺はこの申し出に心躍った。亡命してからというもの、任務を預かることは少なく、任ぜられても出世にはならないような添え物程度の任務ばかり。これでは到底出世など望めそうになかった。

 焦り始めた矢先のこの申し出であった。これは乗るしかない、そう思った。

 だがーー

 

(あの装甲擲弾兵総監のオフレッサーも話に乗っかっているのか……)

 

 装甲擲弾兵総監・オフレッサー大将。

 この申し出を受け、内乱の際での戦闘で功を挙げれば出世は確約されたようなものだ。だが俺の上には必ずオフレッサーがいる。皇帝だのなんだのに惹かれるほど野心家ではないが、俺の独壇場である白兵戦闘分野において、オフレッサーがいる限り俺は装甲擲弾兵のトップにはなれない。俺はどうせなら一番になりたい、という人並みの欲はあったのだ。

 

(そのためにはオフレッサーが邪魔だ……)

 

 かと言って暗殺しようにも、オフレッサーが簡単に死ぬとは思えないし、どれほど激しい戦闘でも奴が雄叫びのような豪快な笑い声を上げて、生きて帰ってくる姿も容易に想像できる。

 言うまでもないが、オフレッサーが退役した後に、俺にその座が譲られるという可能性は勿論ある。あるが、本当にそれを譲ってくれるかはまた別の問題だ。皇帝であるフリードリヒ四世が命ずればさもありなんだが、譲ってもらえるという確約がない以上は、この申し出に首を縦に振れなかった。

 

(話をした時に聞けばよかったか)

 

 今更ながらそんな後悔をしたが、終わってしまった時は二度と戻ってはこない。今から確認しても、と思ったが、あの小倅は清廉な性根をしているように感じた。確認はしたいが、すれば心象が悪くなるやもしれない。口惜しくはあったが、ここは噤むほうがいいと思い、思考の踵を返した。

 

◇ ◇ ◇

 

同日

銀河帝国帝都・オーディン公道

 

-side エーレンフリート-

 

「随分と、お疲れでございますな」

 

 ふとそう声をかけられ、埋没しかけた思考が起き上がる。今は同盟からの逆亡命者で元“薔薇の騎士連隊”連隊長だった、ヘルマン・フォン・リューネブルク准将と話してきた帰りの車内。運転手の執事がそう話を切り出してきたのだと理解すると、俺はいつもより重たく感じる頭を振って返答した。

 

「少しな。やはり欲の深い相手との会話は疲れる」

「そうでございましたか」

 

 まだ若いーーと言っても、俺より十つは上だがーー執事はそれ以上会話を広げようとはせず、俺の思考は再び沈んでいく。

 オフレッサーはともかく、リューネブルクは野心の人間である。十中八九、オフレッサーを退けて自らが装甲擲弾兵の頂点に君臨したいと考えているだろう、と予測していた。その座を要求されれば、オフレッサーが現役を退く際の後任にと考えてもよかったが、リューネブルクはそれについて聞いてはこなかった。

 万が一、リューネブルクの欲が擲弾兵の長に留まらなかった場合、その際はどうするべきか。

 

(できれば“最後の手段”は使いたくないが……)

 

 そんなことはしたくはないが、内乱が起こり、それが終わった際の信賞必罰が満足にできなければ、それはまた帝国内部に不和と火種を抱えることになる。彼がすぐにでも総監の座を欲した時、俺はどちらかを切り捨てなければならないのだろうか。

 

(暗いことばかり考えても仕方がないな)

 

 思考の堂々巡りに気づいて、俺は軽く頭を振った。どうにも考えすぎている気がする。それもきっと、オフレッサーとリューネブルクが別れ際に放った言葉が原因だろう。

 

「吾が戦斧とその誇り、卿に預けよう」

 

 その言葉は異なる時間、場所、そして人物の口から出たまったく同じ言葉であった。この「戦斧の誇り」が俺を惑わせていた。

 

(ヘルマン・フォン・リューネブルク、か。味方でいてくれるなら頼もしいが、我が強すぎればむしろ害悪だが、さて)

 

 車内に差し込む夕陽は皮肉なほどに輝きを増していた。




いかがでしたか?

しばらく地味な回が続きます。
一応本作の帝国側の視点は外伝作品の「決闘者」まで続く予定です。
同盟視点が少ないのは、外伝がラインハルト視点のものばかりだからね、仕方ないね。

次の投稿は3月3日木曜までの投稿を予定していますので、お楽しみに!

次回、第九話 決闘者と調停者

守るべきものは、誇りか、夢か、それとも愛か。


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第九話 決闘者と調停者

遅くなって申し訳ない&就活ってキツいね、山桜です。

企業説明会とか人多くてキツいです、でも行きたいところに行くにはこういった活動を頑張らなきゃならないんだよなぁ。

そんなことはさて置いて、どうぞ!


帝国暦483年(宇宙暦792年)

1月20日

銀河帝国帝都・オーディン

喫茶・シュヴァルツヴァルト

 

-side エーレンフリート-

 

 オフレッサー大将とリューネブルク准将の二人との面会した秋が過ぎ去り、今は新年明けて数日と経っていない。オーディンの街は既に新年気分がすっかり抜けきり、以前と同じ十人十色な生活のリズムが刻まれている。

 

 俺も面会後は領地に戻ったが、陛下への新年のご挨拶と新年を祝うパーティなどでオーディンにとんぼ返りしていた。当初、侯爵家嫡子とはいえ、成人もしていない者が行っても致し方ないと行くつもりではなかった。だがちょうどイゼルローン要塞からラインハルトとキルヒアイスが任務を終えて戻ってきたこともあってオーディンへと舞い戻ったのだった。

 

「そんなパーティなどがようやく終わって今に至るわけだが、問題は山積みだ。仮にラインハルトがリヒテンラーデ侯――銀河帝国の国務尚書。宰相が存在しないフリードリヒ四世の治世において事実上の政治のトップ――と並ぶほどの派閥を持ち得たとしても、軍だけでは数において門閥貴族の私兵に劣る上に内乱が大規模なものになる。それでは国が荒廃するおそれがある」

「ならば荒廃する前に速やかに殲滅すればよいのではないか?」

「ラインハルト、それでは帝国の私兵の大半を占める奴隷たちの犠牲が馬鹿にならない。奴隷階級を廃止しようとしても、そもそも奴隷自体がいなくなってしまえば意味はない。その為にも民を想える貴族が必要になる」

 

 俺はそう言ってテーブルの上に分厚い資料を広げた。これは各貴族についての様々な統計データを記したものであり、人口や富裕層と貧困層の割合などといった本来であれば門外不出のデータ群であった。

 

「これは父上が集めていたものをコピーしたものだ。目安はこれでわかるだろう」

「……やはりほとんどの貴族領では民が貧困に喘いでいるのだな」

「見てくださいラインハルト様。この貴族領には富裕層が少ないにも関わらず、取り立てている税が……」

「酷いものだな」

 

 憤りを感じている目の前の二人に、俺はとあるページを開いた。

 

「吾がベルクヴァイン侯爵家と私的に仲のよい貴族がいる。マリーンドルフ伯爵家とキュンメル男爵家、そしてランズベルク伯爵家の三家だ」

「この三家の領土経営は安定しているようだな」

「それはマリーンドルフ伯爵家は元々民衆寄りの人物で、残りの二家は父上が代行することが多いからだ」

 

 「代行」という言葉にラインハルトの整った眉の片方が上がる。

 ベルクヴァイン侯爵家は“政務顧問”という役職に就いているが領土経営能力、あるいは興味すら持たない貴族たちの領土経営を代行することもある。これによって貴族たちは何もせずに豪遊の限りを尽くせ、父上はその分、民衆のための領土改革に打ち込めていた。ラインハルトたちに見せているこの資料もその際に作られたものだ。

 

「なぜベルクヴァイン侯はそのようなことをするんだ?」

「俺も知らないが……。多分父上は、父上のやり方で帝国を変えたいのかもしれない」

「……ベルクヴァイン侯のやり方、ですか」

 

 俺の推測が正しければ父上のやり方はおそらく、俺やラインハルトが目指すやり方よりもはるかに穏便なやり方だ。この推測には一応、根拠もある。父上は領土経営を代行する貴族たちの子弟に対し、たまにではあるが教育担当も任せられたりしている。彼らへの教育が、後の善政を行う貴族へと成長してくれれば、という目論見があるのではないか。

 当人には言えないがその手腕、そして貴族と渡り合うだけの胆力を持ち合わせている父上を、俺は尊敬していた。それでも違う道を選んだのは、ラインハルトの存在が大きい。彼を担ぎ、そして帝国を土台ごと打ち壊して新たに再建できれば、この帝国はまた息を吹き返す。俺はその夢をラインハルトに託していた。

 

 話はそこから移り変わり、ラインハルトたちの新たな任地の話になった。今の彼らの任地は軍務省、つまりは内地勤務だ。俺としては少なくとも戦死の可能性がなくなっただけにホッとしたが、当の本人は退屈だという。それでも真面目に勤務していたが、物資の横流しという不正の可能性を上申しても相手にされなかったという。

 

「大方、『必要経費だ』だとか『必要悪だ』などと言われたんじゃないか?」

「その通りだ!まったく、早くこの帝国を変えてやらねばならないな!」

 

 思い出してまた腸を煮え繰り返しているラインハルトを見て苦笑する。苦笑してはいるが、俺も同じ想いなのだ。時と共に停滞するものだからといって、そのまま歩を止めれば間違いなく腐敗の道につながる。

 

「それで、その愚痴は先日行ったグリューネワルト伯爵夫人にも言ったのか?たしかヴェストパーレ男爵夫人とシャフハウゼン子爵夫人も一緒だったと聞いているが」

「……そのような言い方をしなくともいいだろう」

 

 ヴェストパーレ男爵夫人――マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ。男爵家当主――は帝国の男尊女卑の中で気勢の強い人柄で、多くの貴族から睨まれているが欠片も気にしていない辺り、恐ろしく肝の据わった女性である。逆にシャフハウゼン子爵夫人――ドロテーア・フォン・シャフハウゼン。子爵の妻――は元々平民出身で、シャフハウゼン子爵は彼女と結婚するために典礼省などに対して謝礼金や工作金を贈り、財産を半減させたと云われている。

 両者共に平民や奴隷に対して重労働や重税を課すような経営は行っておらず、ベルクヴァイン侯爵家として、両家とは友好関係にあった。特にシャフハウゼン子爵は長年行ってきた鉱山採掘を行っているという話もそこそこ有名であった。ただ現在、この鉱山採掘で一波乱が起こっていたことを俺は知っていた。

 

「そういえばシャフハウゼン子爵といえば、鉱山採掘でヘルクスハイマー伯爵と揉めていたな。たしか、決闘で片をつけるとか」

 

 シャフハウゼン子爵家が事業として投資していた鉱山で天然ハイドロメタルの鉱脈が発掘され、その採掘権を掠めとろうとする盗人根性を隠しもせず、ヘルクスハイマー伯の行いは憤りを感じさせるのに足るものがあった。民事裁判では明らかに敗訴する要因しか持たないヘルクスハイマー伯は、“決闘”という形で決着を望んだ。これは当人同士ではなく、代理人を立てることもできたが、シャフハウゼン子爵側には決闘の代理人など来ないことを、俺は予見していた。

 故に「ああ、そのことだが……」と、どこか言い淀んだラインハルトに嫌な予感がしつつ首を傾げると、その理由をキルヒアイスが説明し始めた。

 

「実はその決闘なんですが、シャフハウゼン子爵の代理人としてラインハルト様が立候補しまして……」

「……は?」

 

 おそるおそるといった語調で紡がれた言葉に思わず耳を疑った。血気盛んなところがあることは幼年学校の頃から重々承知していたが、よもや貴族同士の争いに首を突っ込むほどとは思っていなかったのだ。

 

「おい、どういうつもりだラインハルト?」

「代理人は代わってやらんぞ?」

「いやそうじゃない。お前はヘルクスハイマー伯爵の背後に誰がいるか知っているだろう?」

 

 ヘルクスハイマー伯の背後にはリッテンハイム侯がついており、侯によってシャフハウゼン子爵側に代理人が来ないように図られていた。ならば父上が介入すれば、この決闘騒ぎを穏便に片づけられると踏んでいた。

 

(それがまさか、ラインハルトが代理人となるとは。内地勤務で鬱憤を晴らしたいんだろう)

 

 何故止めなかった、とキルヒアイスをぎろりと睨むが、当人の眼は私は止めたのですが、とばかりに意気消沈しており、俺は嘆息するしかなかった。

 

「知っている。だが俺は勝ち続けるとお前たちと約束したのだ。ここでも勝ってみせる」

「無理に戦いに挑む必要は皆無なんだが」

 

 平時に乱を起こさないだけマシだが、火種を見れば薪を焚べて火を放つような男だ。もう止めても無駄だ、と俺はとにかくラインハルトが生きて 帰ってくるようにとまた願う羽目となった。

 

◇ ◇ ◇

 

同年

1月25日

銀河帝国帝都・オーディン郊外

決闘場

 

 決闘当日。

 会場は楕円形のスタジアムのような形である。観客席はそれほど多くは収容できないが、これは一定階級以上の貴族か有力者しか入ることを許されない場所であるからだ。俺が座っている席はキルヒアイスのいる介添人席ではなく、観客席である。理由は言うまでもないが、それならばここに来ないほうがいい。だがそれでも来たのは心配でならないことも言うまでもないことだろう。観衆は熱気に包まれていた。一割がシャフハウゼン子爵の応援を、四割がリッテンハイム侯爵側の人間で、残りはこの決闘の勝者が誰かという賭けをしている、いわば野次馬である。

 一言文句を言ってやってもよかったが正直、ラインハルトのせいで胃痛が酷くてそれどころじゃない。この上ここで死なれると今までの全てが無駄になる。そう思うだけで頭がくらくらする。

 

故に、一計を案じさせてもらった。

 

 シャフハウゼン子爵家の代理決闘者であるラインハルトと、ヘルクスハイマー伯爵家の代理決闘者の黒マントの男が背中合わせの位置につく。

 今回の決闘のルールは簡単。互いに弱装弾ーー意図的に貫通力を抑えた銃弾ーーを込めた旧式火薬銃を二挺持ち、先に相手を決闘不能状態にしたほうが勝利となる。この時身体のどこを狙ってもいいが、貴族間の常識として決闘相手を殺害することは罪にはならないが、嘲笑に値される行為であり、たとえ代理人の手腕によるものであろうと関係はない。よって頭部や胴体部分ではなく手足部分を狙うのが普通であり、決闘不能とするには銃を持つ利き腕やそれを支える肩などを狙う。

 だが相手はリッテンハイム侯爵家という虎の威を借るヘルクスハイマー伯爵家である。ヘルクスハイマー伯の代理人は明らかに表の人間ではなく、殺し屋の類だ。改めて一計を案じておいてよかったと安堵した半面、いつこの計が成るかがわからず、未だに緊張感は拭えない。

 決闘が始まる。Ein《アイン》・Zwei《ツヴァイ》・Drei《ドライ》と主審の口から数が数えられるごとに、一歩一歩お互いに離れていく。射撃練習を行った後に話した時は不安の色はなく、堂々と勝ってみせると言ってみせていたが、俺には不安の要素ばかりである。

 そんな俺の不安をよそに、ついにZhen《ツェーン》の声が合図となって彼らは互いに振り返った。男は慣れたようにパッと振り返ってみせてすぐさま銃を構えた。だがラインハルトは横に飛び、転がりながらも撃った。これは相手が被る帽子を掠めて当たりはしなかった。意表を突かれた男は受け身をとって転がるラインハルトを撃つがこれも当たらない。ラインハルトは起き上がると、先ほどコルネリアス・ルッツという帝国軍少佐に教わったという、左腕で銃を撃つ右手を支える撃ち方で狙いを定める。男も外れたと分かるやいなやすぐさまもう一挺の銃で狙いを定めた。

 二発の銃声が鳴り響いた。数瞬早く撃ったラインハルトの銃弾は男の右肩を、それに遅れて男の銃弾はラインハルトの左腕に当たった。

 

「当たった!?」

 

 思わず叫んでしまい、ハッとなって周囲を見回したが訝しむ者はいなかった。いや訝しむような暇な者はいなかった。皆この決闘がラインハルトの勝利であることを、この時理解したからだ。

 ラインハルトが勝った!と歓喜したが、すぐさまラインハルトの怪我は大丈夫だろうか……?と不安になってきた。遠目からでは傷の具合までは見えないが、旧式の火薬銃ではそう深い傷ではないはず。それを理解していながら、この目で、耳でその事実を聞かないことには納得できなかった。

 介添人として負傷の応急手当をしているキルヒアイスはこちらをちらりと見て頷いた。それを見て、俺は胸をなでおろして尻餅をつくように座った。案じておいた一計は無駄になりそうだが、これでなんとか終わった。

そう思った矢先だった。

 

「待ったぁ!」

 

 突如黒いマント靡かせ、男は決闘場に大音声を響かせた。

 

「剣による立ち会いを所望!」

 

 男の言葉が観衆の耳朶を震わせた瞬間、冷めかけていた観衆の熱気が決闘場全体を再度包み込んだ。

 火薬銃での決闘で結果に不服である時、これに異を唱えて剣での決闘を主審に願い出ることができる。この場合の勝ち負けは先ほどと同じルールであるが、普通、決闘に負けたということは、利き腕を負傷しているということである。この期に及んでそのような不利な状況で剣での決闘を挑む者はほとんどおらず、大抵は銃での決闘で決着するはずであった。

 

(まさか剣での決闘に入るとは、なにがなんでも殺す気か……!)

 

 この場からでは手出しはできない。だがこの時、俺の一計がついに花開いたのだ。

 

「双方、控えよ」

 

 主審の後ろから一人の男が現れた。肥満体型に後退の始まっている髪、しかし威厳と風格を伴った顔立ち。その男の姿を双眸に認めた瞬間、決闘場は静寂に包まれた。男の正体を知らないラインハルトとキルヒアイスは何事かと辺りを見回していた。

 

「この決闘、そして天然ハイドロメタルの鉱脈の採掘権は、皇帝陛下の命によりシャフハウゼン子爵家のものとする。これ以上の闘技は不要である」

「なっ……!?」

「そんな……!?」

 

 男の口から出た言葉に、貴族たちは言葉を失った。だが男が言う以上は事実であろう。何故なら男は国務尚書リヒテンラーデ侯と同じく、皇帝陛下の信任厚き男であるから。しかし、その言葉は俺の待っていたものとはいささか違っていた。

 

「待ってくれ!そのようなことは認められん!この決闘の規定は、ルドルフ大帝陛下がお決めになったものである!如何に皇帝陛下の命であろうと、そう簡単に頷けるわけがなかろう!」

 

 ヘルクスハイマー伯がVIP席から決闘場に躍り出て喚き散らすが、男は表情をぴくりとも変えなかった。

 

「ではそのルドルフ大帝陛下がお決めになった法によって、民事裁判で決着されるのはいかがか?尤も、そんな公明正大な真似が出来ぬからこのようなことをしているのだろうがな。それに、“神聖にして不可侵”たる皇帝陛下がそのように仰せ奉られたのである。卿がそれを認められぬのであれば、私は帝国の藩屏として卿を反乱分子としてこの場で処刑せねばならぬ。ここは控えたほうが身の為だ」

 

男は澄ました顔でそう宣うとヘルクスハイマー伯を退かせ、観衆に聞こえるように声を張り上げた。

 

「お集まりいただいた諸君!卿らには申し訳ないが、決闘の結果如何に関わらず、この場は神聖にして不可侵なる皇帝フリードリヒ四世陛下の名の下に、この場は解散とする!」

 

そこには俺の一計にしてーー部分的に予定外であるがーー、吾が父である“ベルクヴァイン侯爵クラウディウス”が堂々と場を制していた。




いかがでしたか?

書き終わってから伏線とかいろんなものを放り出していたことに気づいた今日この頃。あたしって、ほんとバカ。こうなったらエーレンフリート君に苦労してもらうしかないね(他人事)

弁当作り大好きさん、評価ありがとうございます!ついででいいから感想もオナシャス!
そしてついにお気に入り数が300を超えました!ひとえに皆様のお陰です!

さて次回は就活とか説明会とかあるんで来週までに投稿できるかわかりません。再来週(3月17日)までに2話くらいは上げたいんですが、どうなるか本当にわからんとです。申し訳ありません!

次回“新・外史 銀河英雄伝説”第一〇話

主従と友と

守るべきものは、誇りか、夢か、それとも愛か。

18/5/11付追記
お久しぶりです、山桜です。
九話をお披露目して既に二年と二ヶ月が経ちました。
本当に申し訳ないです。
読者の韓信さんより「はよ書け(うがった解釈)」と言われましたので、今月中にはあげたいなぁと思っています。
こんな作者でもよければ、どうかお付き合いくださいませ。

P.S.
新作の銀英伝?初見の方にはいいんじゃないですかね。
OVAを見た後だとやれあれが違う、ここのセリフがない、とか不満たらたらになる方が多いと思われます。
私も本編の最初のラインハルトとキルヒアイスのセリフで
金髪「何事にも動じず、いつも同じ場所で瞬き続け私たちを見守ってくれている」
赤髪「はい。あの星々に比べれば、我々の戦いは小さなものなのかもしれません」
という個人的に好きなセリフがないやん!となったので、気持ちはわかります。
ですが、やっぱり原作がいいのでお話としては面白いです。毛嫌いせずに視聴者が増えてファンが増えれば、私もファンの端くれとして大変嬉しく思います。


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第一〇話 主従と友と

お久しぶりです、山桜です。

読者の皆様には大変お待たせ致しました。
気づけばUAは4万を超え、お気に入り数も400近くとなってて、驚き、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
そして今までの前書きや後書きを読むと「なんだこの作者気持ち悪っ」と思うことばかりで、本文も「この後どう書くつもりだったんですかね」と頭を傾げることもありました。
もしかしたら修正というか訂正するかもしれません。その時は追ってご連絡致します。

それでは、どうぞ。


帝国暦483年(宇宙暦792年)

1月26日

銀河帝国帝都・オーディン

新無憂宮

 

決闘から数日経った帝都の街は変わらず賑わいを見せている。だが、帝都に滞在する貴族たちの屋敷はどこかピリピリとした緊張感が漂っている。無論これは昨日の決闘の結果も理由の一つであるが、その結果をもたらした人物こそが、最大の要因と言えた。

 

ーーベルクヴァイン侯爵クラウディウス。

 

誰もが認める当世一の政務官にして、俺の父である。そしてブラウンシュバイク公爵やリッテンハイム侯爵らに次ぐ門閥貴族の準筆頭格でもある。今回の一件による貴族間の緊張は、主に後者が作用したものだった。

そもそも決闘前までにおける貴族内の勢力図から見れば、吾がベルクヴァイン侯爵家は数的優位を獲得しているとは言い難い。かといって侯爵家の権益が脅かされているというわけでもない。何故なら、たしかに常日頃から懇意にしている「良識派」とも呼ばれる、民に対して善政を行う貴族たちは全体の一割いるかいないかほどしか存在せず、それだけ発言力も大きいものではない。

しかしその中で侯爵家は、ブラウンシュバイク公やリッテンハイム侯が暗躍する後継者争いに対してもなんら行動を起こさず、むしろ仲を取り持つことでその存在意義を示してきた。

故に両者との間にも、ベルクヴァイン侯爵家との間にもさしたる揉め事もなく、むしろ両者は父上に対して少なからぬ借りすらあった。目の上のたんこぶどころか縁の下の力持ちである父上を、両者ともに無碍に扱うことはせず、これまで非常に良好な友好関係を築いてきた。

しかし、決闘への口出しを行ったことは今までになかった緊張を呼び起こすこととなる行為だった。無論これは俺が父上に仲裁を頼んだことではあるが、まさか皇帝の御名の下で行うとは思わなかった。

皇帝の口添えによってあの場を収めたことはリッテンハイム侯にとって面白くはなく、またブラウンシュバイク公からすれば今まで眼中になかった人物の登場に警戒を強めることとなる。

俺からしてみれば、ラインハルトが命を落とさずに済んだという結果のみを見つめれば上々の結果といえるが、今後を見据えての行動にはより慎重な動きを要求されることになる。軍人や識者を集めていることを知れば、叛意やあるいは皇帝陛下の後継者争いに口を出す可能性ありと受け取られてもおかしくない。

勿論、今日明日で滅ぼされかねないという程の緊急性の高いものではないが、この貴族社会において隙を見せることは、後々遅効性の猛毒のように効いてくることが多々ある。そういう意味では、現況は将来的な存亡の危機であった。

しかし当の俺はというと、その危機を頭の片隅に追いやってしまうほどの大きな疑問に頭を抱えていた。

 

(何故父上は陛下に御口添えいただけたのだろうか……?)

 

ベルクヴァイン侯爵は皇帝の信任厚き人物であることに間違いはない。だがそれはあくまで政務顧問という立場に対する信任であり、個人に対する信頼ではなかったはずだと俺は考えていた。もしも役職に対するもの以外にあるとすれば一体それはどのような繋がりなのか。

そんな折、俺はその父、ベルクヴァイン侯爵から呼び出され、新無憂宮へと向かうこととなった。

通されたのは新無憂宮の奥、「黒真珠の間」と呼ばれる広大な謁見室のその奥……。新無憂宮を奥へ奥へと歩く内に見かける人は少なくなり、呼び出された部屋「名無しの間」に着く頃には誰ともすれ違いもしなくなった。そこは廊下も薄暗く、扉に至るまでの闇が、帝国の闇のようだと錯覚させる。

その闇に飲まれかけながらも、俺は名無しの間の戸をノックした。

 

「……失礼致します」

「ああ、入りなさい」

 

扉越しに聞こえた声は妙に困憊した老人のものであった。

一抹の不安がよぎりつつも、その戸をゆっくりと開けるとそこには二人の人物がそこにはいた。両者とも俺のよく知る人物であった。

 

「父上……?そしてあ、貴方は……っ!?」

 

俺は咄嗟に手で口元を覆い、その場ですぐさま跪いた。

一人は彼の父であるクラウディウスであった。しかしもう一人は彼が予想だにしなかった人物であり、また、「貴方」という言葉で形容することさえ不敬に値する御方であった。

 

「エレン。ベルクヴァイン侯爵家の嫡子たる者が、そのように慌てふためくとは何事か」

「よいではないかクラウド。お前とて若い頃は似たようなものだったではないか」

「お恥ずかしい限りでございます」

 

クラウディウスともう一人の会話はエーレンフリートの片方の耳を通り、もう片方の耳へと抜け出てしまっていた。

それは目の前にいるそのもう一人は、「神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝」であるフリードリヒ四世陛下その人であったからだ。

我に返った俺は頭を垂れたまま、先ほど耳から出払ってしまった二人の会話をかき集たが、何故フリードリヒ四世がクラウディウスを愛称で呼んでいるのかはさっぱりだった。違和感はそれだけではない。声色こそ困憊したものであるが、表情からはそれを感じられない。温良恭倹な好々爺という印象を、不敬とは思いながらも感じていた。

 

「なにがなにやらわからぬという顔をしておるの」

「は、はっ。えっと、その……」

「よいよい、楽にせよ。ひとつひとつ答えてやろう」

 

穏やかな笑い声をあげる皇帝。俺にとっては、二人の親友とともに打倒を決意したゴールデンバウム王朝の頂点が、まるで庭先を飛び回る小鳥に微笑むかのように自身を見つめていた。頽廃、停滞、暗愚……。その権化にして吾が親友たちの姉と想い人を奪った張本人は、しかしそのようには感じられなかった。なにより、俺が尊敬している父が、謁見の間における国務尚書リヒテンラーデ侯のように皇帝の側に侍っている。リヒテンラーデ侯を表の宰相とするならば、ベルクヴァイン侯が裏の宰相のような印象を抱かせる。

とにかく、と頭を軽く振った。まずは情報を集めなければならない。幸いにして、フリードリヒ四世は質問に答えるつもりがあるようだ。はたして、自身が追いつめられているのか、それともただの顔合わせなのか。それを確かめるために考えを張り巡らせていった。

 

「では畏れながらお聴き致します。陛下は吾が父クラウディウスを愛称でお呼びしておりました。吾が父とはどういった関係であらせられるのか、お聴かせいただきたく存じます」

「余とクラウドか。もう何十年も前になるか」

 

皇帝はその地位と年齢にふさわしくない困憊した面持ちで、されど懐かしさを含んだ声色でクラウディウスとの出会いをつらつらと語り始めた。

 

「当時の余は形式だけの大公位に就いていた。もともと放蕩の限りを尽くしていた、自他ともに認めるどうしようもない男だった。そんな余に、父であるオトフリート五世は大公位を授けた。真意はわからぬが、無理やりにでも責任ある立場に立たせることで覚醒を促そうとしたのかもしれぬ」

 

俺はこの話を知っていた。オトフリート五世の真意はともかく、それは果たされることはなかった。大公となって尚も彼の浪費と放蕩と漁色という悪癖は直ることはなかった。

オトフリート五世は金銭において締まり屋だった。先帝は当時の帝国が数代に渡って続いた国庫の赤字を払拭したほどの国家経営手腕に長けていたが、皇帝としての義務感のためではなく半ば趣味で貯蓄を行っていた。

趣味による金銭の締めつけの矛先がフリードリヒに向くと、彼は遊蕩費の工面に苦慮することとなり、多くの高級娼婦や酒場で総計五四万帝国マルクまで膨らんでいたというのは、後代の俺でも知る有名な話である。

 

「忘れもしない。あの日、債権者の一人だった「ビュルガー」という酒場の店主に、余は返済をせまられ、這いつくばっていた」

 

吾れながら情けのない話よ、と自虐めいた笑みを浮かべるも、すぐに微かに嬉しそうな顔つきになった。

 

「『もう少し待ってほしい』と哀願していたところに、クラウドは来た。奴め、開口一番に何と申したと思う?」

「陛下、それは……」

「よいではないか。して、エレン」

 

「はっ?えぇと、『金なら私めが払いましょう』でしょうか」

 

しどろもどろとなりながらも吾が父ならばこう言うだろうという言葉を答えてみせた。しかしどうやらハズレらしく、困憊した顔つきがどこか悪戯心に溢れた顔になっていく。

 

「くくっ。クラウドはな、『殿下、金なら私が貸してあげましょう』と言いおったのだ」

「『貸してあげましょう』ですか!?」

 

大公に、それも陛下の御血縁に対して『貸してやる』とは……!堅実な父らしからぬと驚愕する他なかった。

 

「そして払い終えてからこうも言いおった。『此度の政争、吾らベルクヴァイン侯爵家は大公殿下に御味方することに致しました』とな」

 

笑いが抑えきれぬとばかりにフリードリヒの口角は上がり、声がもれていた。

 

(『この政争』とはまさか、オトフリート五世の次期皇帝争いのことか!)

 

またしても打ちひしがれるような驚愕が俺を襲った。

フリードリヒはオトフリート五世の三男であり、当時の次期皇帝の座はフリードリヒを除いた長男・リヒャルトと次男・クレメンツで争われていた。

この後継者争いはリヒャルトとクレメンツの急死によって、現在の皇帝であるフリードリヒが継ぐことで決着を見ることとなる。

 

「まさかとは思いますが父上、よもや陛下が皇帝の座にお着きになられたのは……」

「勘違いするな馬鹿もの。吾らが御味方すると申しあげたのはあくまで陰ながらであって、そのような大それたことをする訳がなかろう」

「では、あれは自然死である、と?」

「いや、あれはたがいに潰しあって共倒れしただけだ。吾らが直接手を下したということはない」

「結局此奴は、内々に立場を明らかにしただけで他に何もしよらなんだ。だが……」

 

フリードリヒはくつくつと笑う。俺はその続きを催促したい欲求を抑え、言葉を待った。

ようやく笑いが収まった頃、続きを話した。

 

「だが、此奴のことよ。大それたことをせずとも、皇帝の座を余に献上することくらい容易いことであったろうな」

 

現実に皇帝の座についた老人は絶対的な信頼と愉悦を丹念に噛みしめながら言った。

父上はそれに応えず、ただ瞑目した。

 

「何故父上は、陛下に御味方されたのでしょう」

「ふむ。簡単な話だ。私は陛下の御兄弟が嫌いであったからだ」

「お、お嫌いだった……。それだけでございますか?」

「正確に物を言えば、あの御二方の下では吾が望みは叶うまいと悟ったからだ」

 

父上の望み。

思い返せば、俺は父上が何を夢見ているのか聞いたことがない。領土経営、外交、政務、政略などで類稀なる手腕を振るう父上を、俺は無欲な人だと思っていた。そんな父上の心の中で燻っているものとは……。

問おうとしたところで、父上の方から口を開いた。

 

「吾が望みは、銀河帝国ゴールデンバウム王朝の中興の祖となること。ベルクヴァイン侯爵家によって帝国に再び、往年の栄華を取り戻すことである」

 

それは大志であった。

ラインハルトの望みが宇宙をその手に掴む大望であるならば、父上は野望を踏み越えた大志。

形も方向性も違えど、ラインハルトと並び立てるだけの大器がそこにはあった。

 

「ベルクヴァイン家を、中興の祖とする……」

「そうだ、それこそが吾が生涯を賭すに足るだけの一大事業であると確信したのだ。それが私の代で叶わずとも、お前にそれを叶えさせてもよかった。そのためにお前には門閥貴族としての教育だけでなく、幅広い知識と知恵を得てもらいたく、自由にさせたのだ」

 

知らなかった。

父上が野心家も真っ青なほどの大志を抱いていることも。その手腕を私欲によるものではなく、国益のみを見据えて振るっていたことも。

「余はな」とフリードリヒが静かに話し始めた。その相貌に先ほどの明るさはなく、苦虫を何十匹と噛み潰したようだった。

 

「余は子に恵まれなんだ。六人の妻を娶り二八回身篭らせた。だが六回は流産、九回は死産、無事に生まれたのは半分足らずの一三人。それも生まれてすぐ四人、成人するまでに五人、成人したのも、ルードヴィヒを合わせて三人死んだ。残ったのはブラウンシュヴァイクに嫁いだアマーリエとリッテンハイムに嫁いだクリスティーネだけであった」

 

門閥貴族ならば誰もが知ることである。

親類縁者同士の子は何かしらの遺伝子的欠陥を持つという話が、人々が地球という一惑星から旅立つ前から云われていたことらしい。それが本当ならば、流産や死産は当然であったのかもしれない。

それでも、その数はあまりに異常だ。それも娶った妻は全員が親類ではないのだ。二八人中、二五人全員が自然死とは到底考えられない。

フリードリヒは静かに首を振った。

 

「余を凡庸と呼ぶ者、余を軽視する者がそれこそごまんといることくらいは知っておる。だが余の子らに罪はないのだ。あるとすれば余が、皇帝たる余が身篭らせたことにある。ならば余を誅すればよい。だが皆、余の子を狙う」

「…………」

 

もしかすれば、フリードリヒは孤独を恐れていたのかもしれない。

リヒャルトとクレメンツは優秀な人物であったと伝え聞く。それに比べフリードリヒは凡庸で、誰も皇帝になるとは思わず、ほとんどの貴族は二人のどちらかを推した。

子を作ろうとしたのは、この老人なりの自己承認欲求の満たし方だったのかもしれない。

だが子が増えれば、それこそ嫡子が生まれてしまえば、それまでに生まれた娘たちは後継者争いから外れてしまう。

先年、皇太子のルードヴィヒが死んだのもおそらく謀略だろう。ルードヴィヒには嫡子がいるが、まだ幼い。フリードリヒが死ねば本来ならばその嫡子が第一後継者だが、今のままでは難しいだろう。

 

「余は子に恵まれなかった。だが、クラウドという友には恵まれた。この上クラウドまで喪うことは余は耐えられん」

「……故に、私は国務尚書に、宰相にはなれなかった」

 

二人の面持ちは暗雲に飲みこまれていた。

順当にいけば、重用し、功績を重ねた父上をフリードリヒは国務尚書や宰相とし、半ば全権を父上に託して父上がゴールデンバウム王朝を復興させる腹づもりだったのだろう。

しかしフリードリヒは恐れた。

友を喪うことを。喪って孤独となることを。

 

「私の望みは帝国のためである。が、帝国は陛下のもの。陛下が望まれぬのであれば、私も望みを棄てる」

 

見ていてただ痛々しかった。

本心でないことはフリードリヒにもわかっているはずだ。そして本当に恐れていることを父上もわかっているのだ。

二人は互いに互いを理解し、尊重し、そして父上が折れた。いや、父上は主を、友をこのような目に合わせた帝国に対する忠誠心を捨てたのかもしれない。

だからかもしれない。フリードリヒの次に発した言葉に、父上は何も言わなかった。

 

「それから余は決断することをやめた。いや、何ひとつ決めてやるものかと決めた。それで帝国が内部崩壊しようと、叛乱軍に蹂躙されようと知ったことではない」

「陛下……」

「人類の創成とともにゴールデンバウム王朝があったわけではない。不死の人間がおらぬと同様、不滅の国家もない。余の代で銀河帝国が絶えて悪い道理がなかろう」

 

その言葉は奇しくも、俺が聞いたラインハルトの最初の言葉と酷似していた。目の前の男は道を違えなければ、凡庸で収まる器ではなかったかもしれない。

フリードリヒは、陛下は、ただ呪詛を吐くように、そして懇願するように告げた。

 

「どうせ滅びるなら……せいぜい華麗に滅びるがよいのだ……」

 

◇ ◇ ◇

 

同日夕刻。

ベルクヴァイン侯爵邸

 

俺は陛下の言葉が頭から離れなかった。

俺は今の帝国を拒絶し、革命を望んだ。

しかし陛下は帝国から拒絶され、無気力を選んだ。

 

(俺が同じ立場で果たして奮起できるか)

 

自信は欠けらもなかった。

数多の子を殺され、皇帝という身ながらそれを誅伐を命じるだけの信頼できる臣下が父上しかおらず、その父上はベルクヴァイン家特有の戦下手の性を背負っている。いや、たとえ戦上手であっても、陛下は命じることはなかっただろう。

子だけでなく、友を喪うかもしれない選択をするくらいなら、無気力を選ぶ……。

 

(俺は、陛下を否定できない)

 

俺も、ラインハルトやキルヒアイスが死ねば、心が折れるやもしれない。

これだけ腐敗した帝国を救うには、ラインハルトという帝国開闢が如き輝きが必要なのだ。あれだけの輝きを持つ人物はいない。そしてそれを支える存在、キルヒアイスもまた、不可欠なのだ。

だが天命がそれを許すかは別だ。戦争とはふとした事で簡単に死が訪れる。ラインハルトたちも、例外ではない。

悩みはそれだけに尽きない。

 

「エレン、お前はグリューネワルト伯爵夫人の弟君と仲がよいな」

 

部屋を出る際、父上に言われた言葉だ。

心臓を鷲掴みにされたような衝撃が俺を襲った。

 

「それが、なにか」

「いや。……なんでもない」

 

父上は何かを言おうとして口を噤んだ。

それを引き継ぐように陛下が言った。

 

「仲よくしてやってくれ。あれは余がアンネローゼを娶ったのを恨んでおるだろうからな」

 

陛下はそれ以上、何も言わなかった。

ラインハルトの心を察しながら、それと仲よくせよとは、つまり……。

 

「いつつ……」

 

既にこの歳で頭痛と胃痛が常態化しはじめている。ラインハルトたちの無茶と先程の一件が原因なのは間違いない。

侯爵家住込みの侍医からも「悩みがあればいつでも言うように」と苦言を呈されている。

年明けて早々の帝都はいやに寒々しかった。




ご愛読、ありがとうございます。

最近は藤崎竜 氏版のコミックが期待してたより面白かったので読んでます。多分今作の登場人物にも影響があるでしょう(特にホーランド提督)。

次回からはまた同盟視点のお話です。

訂正 2019年9月10日
皆さま、遅ればせながら「令和」おめでとうございます。
単刀直入に、11話を近々投稿致しますが諸事情(筆詰まり)により、タイトルを変更させていただきます。
改めまして、

次回、新・外史 銀河英雄伝説 第一一話
「第五次イゼルローン攻防戦・前夜」
失われた時に愛惜をこめて。


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