そういうわけで平塚静は独身である。 (河里静那)
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プロローグ
そういうわけで平塚静は独身である。


西暦3XXX年。

母なる地球を過去に置き去りにし、人類は宇宙の彼方へとその版図を広げていた。

これまでの過程が順調だったとは、決して言えない。

あるときは敵対的な異星人との戦争、またある時は多元宇宙に君臨する超越者との生存競争。またあるときは……

人類は幾度も滅亡の危機に瀕し、そしてその都度それを乗り越えてきたのである。

しかし今回ばかりは、その強靭な種としての生命力にも、ついに陰りが見えようとしていた。

 

 

 

その日、全人類から選りすぐった強者達で構成された航宙軍の艦隊が、数光年の距離を隔てて"敵"と相対していた。

これより行われようとしているのは、互いに滅亡を懸けた最後の戦い。度重なる和平交渉も、模索された共存への道も虚しく、その全てを嘲笑うかのように戦いの火蓋は落とされようとしている。

 

しかし、人類側に不安の色は見えない。

彼等は確信しているのだ。自分達の、勝利を。

何故なら彼等の艦隊の中央、旗艦には人類の希望が威風堂々と騎座しているのだから。

 

英雄。勇者。救世主。

呼び方は多々あれど、滅亡の危機が訪れる度に彼等は現れ、そして人類を救ってきた。

彼等に対する信頼は、絶対。彼等の力もまた、絶対。

ならば、どこに負ける要素があるというのか。

 

だが、それは起きた。

開戦に際し兵たちを鼓舞する勇者。或いは肉眼で、或いはスクリーン越しに兵達が信仰の光すら宿った視線を彼へと向ける中、不意に、何の前触れもなく、それは起きてしまった。

 

勇者が消滅したのである。

まるでその場所には最初から誰もいなかったかのように、何の痕跡も残さず、唐突に人類の希望は消え去った。

そしてそれに連鎖するように、艦隊を運用する将兵が、一人一人ゆっくりと、しかし爆発的にその速度を上げながら、消滅していった。

 

 

 

混乱の渦に叩き込まれる兵達の中、最も早く行動を起こしたのは、旗艦に随行していた突撃巡洋艦ホウ=シブの艦長であった。

 

「次元断層バリアを展開、艦に対するありとあらゆる干渉を遮断しろ! ユイ=ガハマ、何が起きているのか観測できるか?」

 

低く落ち着いた声から幾ばくかの焦りを滲ませながら、艦長が幕僚の一人に問う。

えっと、えっとと必死の形相でコンソールに流れる文字列を追っていたユイ=ガハマが、頭に載せた二つのお団子を忙しなく揺らしつつ答える。

 

「因果律干渉波を確認しました! 発信源は敵艦隊旗艦です!」

 

その言葉に、艦長の顔に陰りが差す。

因果律への干渉……まさか、非エリンコゲート空間追跡機か!?

まずい。このままでは、まずい。

 

「干渉対象を特定しろ! 急げ、何としても全滅だけは避けるんだ!」

 

艦に残された干渉を受ける前のデータと、現在の宇宙を構成する観測情報を比較。人類の全歴史を照合し、その差異を特定するまで、数秒。

 

「……こんな……こんな、ことって……」

 

結果を導き出したユイ=ガハマの顔に浮かぶは、隠しようもない絶望。その声は、涙でどうしようもない程に震えていた。

 

 

 

「平塚静が、結婚していません!!」

 

 

 

ユイ=ガハマの叫びが、艦橋にこだまする。

そのあまりの悲報に、艦長を始めとする全乗組員が悲嘆にくれざるを得なかった。

それは、この場に存在する艦隊の全滅だけにはとどまらない、全人類の滅亡が決定された瞬間であったのだから。

 

 

 

 

 

平塚静とは、今より千年以上も昔、まだ人類が地球の表面にへばりついて生活していた頃。極東の島国で教師をしていたと伝えられる、伝説の人物である。

熱い漢の魂を持った女性であり、その厳しくも優しい指導で当時の教育界に大きな貢献をなしたという。

 

そして、これまでの歴史において人類の窮地を救ってきた数々の英雄たち。その系譜を辿って行くと、全てが彼女へとたどり着く。

つまりは、ドライバーで空間を湾曲するあの勇者も、天を貫くでっかいドリルをもつあの穴掘りも、俺の拳が真っ赤に燃えたりするあのファイターも、もちろんファーストセカンドラストとブリットしてくるあの人だって、みんながみんな平塚静の子供だといえるのだった。

 

その平塚静が、結婚していない。

彼女の子供達が、生まれていない。

そうなれば当然、人類が彼等に救われたという事実は存在せず。

その結果が、たったいま眼の前で起きている惨劇なのであった。

 

 

 

「……ユキ=ノシタ。当艦の縮退炉を使って過去への飛翔は可能か?」

 

艦隊乗組員たちが絶望に支配され下を向く中、だが彼だけが未だ前を向いていた。

この艦の艦長であり、そして平塚静の系譜に連なりながら何の力も持たないはみ出し者。

 

「……無理ね。マイクロブラックホールを使った時間転移では送れる情報量が限られているわ。艦ごとグズグズのゲル状バナナになりたいなら話は別だけど」

 

何を言っているのかしら、この男はと。返す言葉はにべもない。

だが、艦長の瞳から光は消えていなかった。

 

「ああ、それでいい。情報のみなら圧縮して送れば問題ない。そうだろう、ユキ=ノシタ?」

「あなた……自分の言っていること、わかっている? 私がいなくなったら、次元断層バリアを維持できないのよ。そうしたら……」

「ああ、お前がいなくなった瞬間、俺達は綺麗サッパリと消えてなくなるんだろう。艦のメインコンピューターそのものであるお前がいなくなってしまうんだからな」

 

ユキ=ノシタは情報生命体である。

古臭い言葉を使って言うなら、人工知能といったところか。

人類の科学力は0と1で構成されたプログラムに知性どころか魂を宿すことに成功し、現在では情報生命体は一つの種族として人権を与えられている。

 

もっとも、そこまでに至る道は平坦なものではなかった。

多くの人間たちにとって情報生命体とはただのコンピュータでしかなく、道具に過ぎなかったのだ。

その認識を覆したのが、偉大な人権活動家として歴史に名を残すザイ=モクザである。

ある時、彼はモニターの向こう側の少女に恋をした。

そして彼女を一人の人間として扱うべく、世論という強大な敵に対したった一人で立ち向かい、ついには汎人類統一議会に情報生命体を人類の一員だと認めさせたのである。

すべてが終わった時、ザイ=モクザは彼女へと求婚し、そして振られたという。

 

「すべてを分かったうえで、言う。ユキ=ノシタ、過去へと飛んでくれ。平塚静を、結婚させてやってくれ」

 

一見、死んだ魚のような、だが強い光を宿した瞳が、ユキ=ノシタを見つめる。

 

「彼女に、旦那を見つけてやってくれ」

 

どこか気怠げな、それでいて力強い言葉が、耳朶を打つ。

 

「……あなたは私に、この艦の人員の……私の家族の命を奪えというの?」

 

その言葉に、艦長はゆっくりと首を振る。

 

「奪うのは、俺だ。お前は、俺の命令でそうせざるを得ないだけ。罪は、俺が背負う」

「……私に……あなたの命を奪えと……そう、いうの?」

「ユキ=ノシタ……」

 

艦長が、ゆっくりと手をモニターへ伸ばす。決して触れ合うことのないその手が、しかし自分の頬をそっと撫でた。そう、ユキ=ノシタには思えた。

 

「ユキ=ノシタ……お前は、本当にいい女だ。思えば、出世もせずにこの艦にしがみついているのも、この年まで結婚せずにいたのも、全てはお前がここにいたから、なんだろうな」

「……肌を触れ合うことも出来ない私にそんなことを言うなんて。だからあなたはキモいとか、死んだ魚みたいな目とか、艦長とか言われるのよ」

「いや、最後のは悪口じゃないだろう……」

 

くすりと、笑い合う。

ユキ=ノシタは、心から思う。この男を、死なせたくないと。

なら、考えろ。自分にできる、最良の手段を、導き出せ。

 

「……わかったわ、口車に乗せられてあげる。みんな、ごめんなさい。全てはこの男のせいだから、恨み言なら艦長に言ってちょうだい」

「うん、わかってるよ。……ユキノン、一緒に死んであげられなくて……ごめんね」

「馬鹿なことを言わないで、ユイ=ガハマさん。私は、あなたを生かすために行くのよ。私が過去を変えられれば、ここであなたが死ぬこともなくなるはず」

 

だから。

だから、そう。

 

「また会いましょう、ユイ=ガハマさん。平塚静を結婚させて、全てを終わらせて。あなたが生まれてくるまで、待つわ。千年後にまた、お友達になりましょう」

「うん、あたし、待ってるからね!」

「いやだから、待つのは私なんだけど……」

 

とびっきりの笑顔を向けてくるユイ=ガハマに、苦笑で返す。

そして最後に、もう一度。艦長と視線を交じ合わせる。

 

「あなたも、千年後に。その時にはまた、私の艦長にさせてあげるわ」

「ああ、光栄だ。その時にはよろしく頼む。……俺自身は何の力も持っていないが一応、平塚静の血は引いているらしい。もしこんな目をした奴がいたなら、そいつが旦那候補だ」

「そんな濁った目をした人間が早々いるとは思えないけど……。まあ、参考にさせてもらうわ」

 

そしてユキ=ノシタは、過去へと旅立つ。

さようならとは、口にしない。残す言葉は一言。

 

「……またね、ヒキガヤ=クン」

 

 

 

こうして、人類の存亡をかけ、平塚静の結婚相手を探す戦いが始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

次回予告。

過去へと旅だったユキ=ノシタ。情報生命体である彼女の宿り先となったのは、雪ノ下雪乃の精神世界だった。

自身の内側から聞こえる声に戸惑い、姉に接するストレスのあまり解離性同一性障害を患ったかと疑う雪乃。だがユキ=ノシタの筋道だった説明にやがてはその言い分を信じざるを得なくなっていく。

キーワードは憑依。現状の参考資料になるだろうかと手にしてしまったのをきっかけに、彼女はラノベ道へと道を踏み外していった……。

 

そしてついに、ユキ=ノシタは奉仕部の面々と邂逅する。

平塚静に、由比ヶ浜結衣に、そして比企谷八幡に出会った時。彼女が下した決断とは、一体。

 

次章、「とある時間移動者と、その犠牲者の日常」。

 

 

 

──ねえ、雪乃。あなたちょっと、この男と性交してみてくれないかしら?

 

 

 



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とある時間移動者と、その犠牲者の日常
こうして雪ノ下雪乃は巻き込まれる。


──……そういう理由で、私は今、ここにいる。

 

「…………」

 

──本当は、どこかの大型コンピュータにこっそり間借りしようと思っていたのだけれど。残念なことに、この時代に存在する記憶媒体には、私を保存出来るだけの容量がなかったのね。

 

「…………」

 

──仕方なしに、人間の脳内ネットワークの内、普段は使われていない部分に居候させてもらうことにした訳。

 

「…………」

 

──あなたも聞いたことがあるでしょうけど、人間の脳には素晴らしい可能性が秘められているわ。私の時代でも完全には解析されていないのだけれど、これはまさに一つの宇宙よ。アカシックレコードとつながっているという説もあるわね。

 

「…………」

 

──ああ、何故貴方なのか。それは……なんというか……そう、一言で言ってしまえば、波長が合ったから、でしょうね。

 

「…………」

 

──状況はわかってもらえたかしら? なら、あなたの内側にいさせてもらう許可を頂きたいのだけれど。

 

「…………」

 

──色々と混乱しているのはわかるけど、聞こえないふりをしても問題は解決しないわよ?

 

「…………」

 

──仕方がないわね。こうなったらわかってくれるまで説得を続けるしか無いようね。……そういえば、知っているかしら? これは特に関係のない話なんだけれども、私達情報生命体にとって、睡眠とは必ずしも必要なものではないのよ?

 

「……許可も何も、既に勝手にいついているじゃないの」

 

ふううううううううううっと。

肺の中身を全て吐き出すかの様な長い長い溜息をひとつ。そして、80%が苛立ちで構成された一言がその整った唇から紡ぎだされた。ちなみに残りの20%の成分は、諦めである。

一体、どうしてこんなことになってしまっているのか。心当たりなど欠片もない。

憤りの行き場さえ定かならず、雪ノ下雪乃は苦悩する。もう一息、ふうっと、溜息が漏れだした。

 

 

 

つい先程までの雪ノ下雪乃は、これまでの高校生活で最も安定した、幸福な時間を過ごしていたはずだった。

数ヶ月ほど前に崩壊の危機に瀕していた奉仕部も、互いに胸の内をさらけ出した結果、かろうじてその危機を脱することが出来ていた。雪ノ下雪乃の気持ちに、由比ヶ浜結衣の想いに対し、正面から向かい合うことを比企谷八幡は決意したのだ。

今の自分には誰かを選ぶ資格も、誰かに選ばれるだけの資格も共にない。だから、もう少しだけ待っていてくれないか。もっと自分を、他人を、認められるよう努力する。穿って斜に構えたりせず、人と自分の気持ちに真摯に向き合うようにする。出来るだけ待たせないようにする。だから、今度は、自分の口から気持ちを伝えさせてはもらえないか、と。そう、彼は口にした。

もっとも、見方を変えれば、問題が先送りにされただけ。そうとも言えるのかもしれないが。決意はしたものの、決断はできていない。

 

それでも、部室から以前のような刺々しい空気は消え去った。

恋敵として、これまでのなあなあではなく、はっきりと明確に対立することになった彼女らだが、以前にもまして仲睦まじい。机の一角に百合の花咲く空間を作り出し、それを暖かく見守る死んだ魚の目がキモいと罵倒する毎日だ。

 

そうして最上級生となり、高校生活最後の年を穏やかに過ごし始めたのだが……。

本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 

 

 

──……ああ、良かった。きちんと聞こえていたのね。こちらからでは確かめようがないから、私の声が届いていない可能性を考慮して震えていたところよ。

 

「……騙したのね」

 

──そんな、人聞きの悪い。現状、私にできるのは声を発することだけなのだから、仕方がないとは思わないかしら。右も左も、上も下もわからない真っ暗な真の闇の中に放り込まれたとしたら、貴方だって言葉を紡いで平静を保とうとするはずよ。

 

しれっとした顔で反論される。いや、顔など見えはしないのだが。

現在、雪ノ下雪乃は自分の内側から聞こえてくる声と対話しているのだ。

自己啓発だとか、そういう意味での内面の声、ではなく。文字通りに、自分の中にいる他の誰かの声が、耳の奥に響いてしまっているのだ。

 

前兆のようなものは何もなかった。

普段通りに帰宅し、普段通りに夕食を取り、普段通りに風呂に入り、普段通りに猫動画を堪能する。

ベッドの上に寝転がり、スマホで「キュウリに驚く猫」を視聴し、びっくりさせるなんて猫が可哀想ああでもあの大げさにすぎるリアクションが可愛すぎてたまらないああもうどうしましょうにゃあにゃあ。

 

と、そのとき。

 

──……もしもし? 私の声が聞こえるわよね? 突然でごめんなさい、大事な話があるの。どうか聞いてもらえないかしら?

 

突然聞こえてきた声はそう前置きすると、今から千年以上の時の彼方で起きた人類滅亡の危機、そして平塚教諭が今だ独身である理由について、朗々と語りだしたのであった。

最初は、猫動画の背景に変な声が入り込んでいるのだろうかと、腸を断つ思いで動画再生を停止したのだが、変化なし。次に、比企谷君の悪戯かしらと、スマホが通話中になっていないか、部屋に見知らぬ音声再生機器が設置されていないかと確認して回るも、これまた特に異常なし。

あれやこれやと、思いつく限りのあらゆる可能性を検証しては消していき、脳内語りのストーリーがクライマックスを迎える頃には、いつの間にやら草木も眠らん丑三つ時。

時ここに至り、遂には確かに自分の心の中に響く声なのだと、認めざるを得なくなってしまったのだった。

 

となれば、この声の正体として残された可能性は二つ。

一つは、これが自分の精神が分離したもう一つの人格であるというもの。解離性同一性障害、平たく言ってしまえば多重人格だ。自分に探偵の素質があったとは。サイコ。

だが待って欲しい、たしかに自分にはエキセントリックな一面もあるというのは自覚している。しかし、だからといって急に何の予兆もなくこのような症状が現れるものだろうか。

 

これが確かに多重人格障害だと仮定して、原因がストレス性のものだとするならば、姉の影響がまず頭に浮かぶ。だが、比企谷八幡の決意を受け、雪ノ下雪乃にもまた変化が現れている。具体的には、半ば無意識のうちに行っていた姉の背を追うことを、やめた。

姉の事は尊敬しているし、未だ素直には認め難いが、愛してもいる。だが、だからといって姉のようになりたいとは、今の彼女はもう思わない。姉は姉、自分は自分。自分は姉のようにはなれないが、同時に姉もまた、自分にはなれないのだ。どちらが優れているとか劣っているとかではなく、互いに尊重し合える人間になりたいと、雪ノ下雪乃は考えている。

これを当の本人である姉に話したところ、彼女は妹の成長を心から喜ぶとともに、弄り甲斐がなくなったと本気で拗ねていた。

そのような訳で、精神が分裂するほどのストレスを姉から受けているとは、現状では考えにくい。

 

ならば、残された可能性は、ひとつ。

つまりは……。

 

「……色々と考えたのだけれど、貴方という存在が私の中に入り込んでいるというのは間違いないようね。誠に遺憾ながら」

 

そういうことだ。

結局、認めるしか無いらしい。まさか自分の身に、マンガやアニメの世界のような出来事が起きるなんて。

比企谷君だったら喜ぶのかしら? これが、ざい……ざい……まあいいわ、あの人だったら無条件で受け入れそう。

しかし、自分は雪ノ下雪乃、なのである。

 

──あら、まだそこから説得しなくてはいけなかったの。なかなか強情な人ね。でも、貴方のような簡単に流されない人は嫌いではないわ。

 

「どうもありがとう。褒め言葉と受け取っておくわ。……それで、許可というのはどういう意味なのかしら? 貴方は既に私の中にいるのでしょう?」

 

──……そうね、ダウンロードはしているけれど、インストールはまだ。そう言えば、なんとなく理解してもらえるかしら。現状では、さっきも言ったとおり、私は暗い闇の中。出来ることは、貴方との会話だけ。管理者である貴方の許可がなければ、私にこれ以上のことは出来ないの」

 

「インストールという言葉からは、私を乗っ取るといった意図が透けて見えるのだけれど……」

 

──人のことをウイルスみたいに言わないでほしいわね。インストールしたからといって、体の主導権を手に入れるわけではないのよ。

 

「それじゃあ、具体的にはどうなるのかしら?」

 

──貴方の見ている光を見て、貴方が聞く音を聞く。貴方が触れたものを感じ、貴方が食べたものを味わう。あとはそうね、貴方の許可があったり貴女が気を失ったりした時には、体の操縦もできるようになるかしら?

 

「……乗っ取れるんじゃないの……」

 

思わず、こめかみを押さえる。

指先に血管がヒクつくのを感じるが、これは頭痛なのか、怒りなのか。

 

──だから、そんな悪性のウイルス扱いしないでってば。セキュリティソフトの導入だってインストールでしょう? それに、一方的に与えてもらうだけのつもりはないわ。もちろん、見返りも用意してあるのよ。

 

見返り……。

自称、千年後の技術力で作られた情報生命体。ただし、外部へ働きかける能力は無い。そんな存在が、一体何を用意できるのか。単純に気にはなる。

 

──それはもちろん、情報よ。私に中に眠っている、未来の知識を分けてあげるわ。宇宙戦艦の建造法とか、テラフォーミングの方法とか、興味ない? 縮退炉とかエネルギー問題が解決するし、色々と応用が効いて便利よ?

 

「ちょっと、規模が大きすぎるのではないかしら……」

 

一介の女子高校生が、宇宙戦艦のオーナー。うん、ないわね。

 

──意中の男性を振り向かせる那由多の方法、クールな女性が不意に見せる可愛らしい仕草のギャップ萌え……とかもあるけれど。

 

なにそれ知りたい。

いや、違う違うそうじゃない、そうではなくて。

 

もちろん自分の未来は自分の力で切り開くものであって、無条件に誰かを頼るような行為は自分の本意ではない。だがしかし、仮にとある情報を手に入れたとして、情報それ自体に意思というものがあるわけでは当然、無い。手にした情報をどう使うか、どう活かすかという判断は持ち手の意思と能力に委ねられている。ならば、情報を手にする機会があるのならば貪欲にそれを欲することこそが正道であり、また自分自身の成長に繋がる行為であろう。特に自分の将来を鑑みるに、両親の議員としての地盤を姉が引き継ぐのである以上、自分には雪ノ下建設の跡継ぎとしての役割が期待されているであろうし、自分もまたそれを望んでいる。ならば、先ほど耳にしたギャップ萌え……違う、宇宙戦艦の建造法などの知識を応用すれば、建築業界における革命となりうるのではないだろうか。そしてその後に建築関係以外の方面にも経営の手を伸ばしていき、やがては雪ノ下建設をロックフェラーすらも超える雪ノ下コンツェルンとして発展することが出来たならば、専業主夫の一人くらい養うに何の問題があろうか、いやない。ぜいぜい。

 

時計の針は更に進み、もう間もなく空が白み始める頃合い。

多少思考に乱れが起きたとしても、それもまたしかたのないことなのである。

 

──何か凄い葛藤を感じたのだけれど……まあ、いいわ。情報についてだけど、これは先に言っておくけれども、私の知っている全てを無条件に教えてあげれるわけではないの。これは了承してちょうだい。

 

「……例えば?」

 

──例えば、そうね。タイムマシンの製造法を教えてあげることは出来ないわ。過去を変えに来た私が言うのも何なのだけれど、これは非常にリスクの大きい行為よ。一歩間違えば、世界の様相が様変わりするくらいでは済まないわ。私の時代でも本来、タイムトラベルは禁忌なのよ。

 

「それは理解できるけれど……そもそも、そんなものが現代の科学力で製造可能なのかしら?」

 

──物体の時間移動は難しいけれど、情報のみを過去に送るものであれば、以外に簡単に作れてしまうのよ、これが。安全性を問わないのであれば、そこらの大学生でも作れるくらいに。材料も家庭にある電化製品でだいたい揃うわ」

 

にわかには信じがたい。

タイムマシンなどという空想科学上の産物が、そんなお手軽に作れてしまっていいものなのだろうか。

興味が湧く。作る作らないの問題ではなく、理系の魂が騒いで仕方がない。

 

「……参考までに、その材料が何か、聞いてもいいかしら?」

 

──どうやって組み立てるかは教えてあげられないけれど、まあ、材料くらいなら。まずは、電子レンジね。

 

本当に、どこのご家庭にもある家電の名前が飛び出してきた。

これが材料ということは、マイクロ波が関係してくるのだろうか? ありえないと思いつつも、想像力の翼が羽ばたくのを止められない。

 

──次に、42型のブラウン管テレビ。

 

これは今の時代では早々お目にかかれない代物ではあるが、手に入らない訳ではない。ネットオークションや、電気街まで出向いて足を頼りに探索するかすればどうにかなるだろう。

 

──最後に、ハドロン衝突型加速器ね。

 

これは……これは?

 

「えっと、それって陽子を加速して衝突させて素粒子反応を起こすっていう……あれ、かしら?」

 

──そう、あれ。

 

「それを材料に使うには、少し無理があるのではないかしら……」

 

スイスとフランスの国境をまたいで設置されている大型ハドロン衝突型加速器の全周は27km。山手線一周より少し短いくらいである。

 

──この家にはないの?

 

「少なくとも私は、電気屋さんで売っているのを見たことはないわね」

 

──白物家電なのに?

 

「……聞いてもいいかしら? それって何に使う家電なの?」

 

──頑固な油汚れとか、綺麗に落ちるわよ?

 

…………。

窓から外を覗けば、朝日が眩しい。

気がついてみれば、もう随分な時間、話し込んでいる。外から見れば、ずっと独り言をつぶやいている怪しい人だが。

これも吊り橋効果的なものなのだろうか、気がつけばこの正体不明の同居人に随分と心を許し始めていたように思ったのだが……。

 

──急に無言になって……どうかしたのかしら?

 

妙に冷えた頭に、声が響く。

雪ノ下雪乃は、ふううううっっと。長い長い溜息をつくと、放置していたスマホの猫動画を再生した。

画面の中で、多数の白い毛玉がもこもこと動き回っている。

にゃあ。にゃあ。にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ。

 

「にゃー」

 

──え? 何、どうしたの?

 

今はどうにも、返事を返す気力がない。

体力のない身には徹夜は厳しい。

コテンと、ベッドに体を横たえる。

そのまま雪ノ下雪乃の意識は、急速に拡散していった。

願わくば、猫の夢を見れますように。

にゃあ。

 

 

 



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そして情報生命体は光を手に入れる。

光。

明るい光。太陽の日差し。浴びているところがぽかぽかと、とてもとても暖かい。

 

音。

風の音。車の音。街にこだまする、人の生きる声。

 

匂い。

空気の匂い。どこからか僅かに漂う花と草の香りが、鼻孔をくすぐる。

 

感触。

髪をたなびかせる風。頬を伝わる、涙の雫。

 

──……ねえ、雪乃。お願いがあるの。自分の体を、ぎゅっと抱きしめてみてくれないかしら。

 

ああ。

ああ、なんて。世界とは、これほどまでに──美しい。

 

 

 

 

 

その朝、雪ノ下雪乃が何か奇想天外な体験をした夢から覚めると、ベットに横たわる自分が危機的状況に追い込まれていることに気がついた。いや、危機的というか、既に手遅れだった。

何故なら、窓から差し込む日差しの角度が、既に昼時を過ぎているのだと雄弁に語りかけてくるのだから。

 

本日は平日。カレンダーの日付の色は黒。行事の振替も無ければ、もちろん開校記念日でもない。

隕石……落ちてこないかしら、学校に。ふと浮かんできたそんな考えに、すっかり比企谷菌に感染してしまったわねと、どこか嬉しくも思うのは、既に末期なのであろう。不治の病の。

 

憂鬱な気分でスマホを探す。ベッド周りを一通り見渡した後、目的の物はずっと自分の手に握りしめられていたことに気がついた。

どうやら、動画を見ながら寝落ちしてしまったらしい。更には、無意識のうちに目覚ましも止めてしまっていたようだ。まったく、本当に自分らしくもない失態。比企谷菌は本当に強力だわ。バリアも効かないわけね。

 

現在時刻を確認しようと画面を見れば、そこには不在着信ありとの文字列が。表示されているのは、千葉市立総部高等学校の番号。

優等生で通っている自分が連絡もなしに欠席してしまったのだから、何かあったのかと確認の電話だろう。ましてや、一人暮らしの身の上だ。下手に心配されて大事になってしまっては色々と面倒。

覚悟を決めて、遅まきながら欠席の連絡を入れることにする。体調不良で、気がついたらこの時間だったということにしておこう。今から学校へ向かうという選択もあるにはあったが、調子が悪いというのも事実。主に精神面において。さっきまで見ていた夢のせいに違いない。

 

それにしても、酷い夢だった。当分、SF関係の本は読まないことにしよう。

電話の向こうの担任の心配げな声を聞く裏で、そんなことを考える。

明日は多分登校できます。はい、ご心配かけて申し訳ございません。それでは失礼致します。

普段の素行が良いと、こういう時に変に疑われることの無いのが助かるところ。

通話を終え、溜息一つ。そういえば、夢のなかでも随分と溜息を……

 

──あ、電話は終わったかしら?

 

そうですよね。

ええ、わかっていましたよ、本当は。あれが夢じゃなかったってことくらい。

だけど、ここで挫けてはダメ。あなたになんか、負けるものですか。崩れ落ちそうになる膝にぐっと力を込めて踏みとどまる。毅然とした光を瞳に宿す。傲岸なまでに胸を張る。そこに今一つふくらみが足りないのには触れないでやっていただきたい。

 

「おはよう、不法占拠者さん。朝の日差しを浴びて、消えてなくなってくれていることを期待していたのだけれど」

 

──吸血鬼が太陽の光に弱いというのは、後付の設定だそうよ? 原典であるブラム・ストーカーの吸血鬼ドラキュラは、日光の下でも出歩いていたとか。

 

毒舌の先制攻撃は、雑学の盾で阻まれた。思わず、きょとんとした顔をしてしまう。

まさか、自分が知ってる文学作品の話題で返して来るなんて。

 

「……確かにそうだったわね。でもまさか、千年の先までドラキュラの勇姿が伝わっているとは思わなかったわ」

 

──艦長が読書の好きな人でね。忘れ去られた古典を発掘してきたり、わざわざ紙の本にこだわったり。書物はボッチの真の友、なんですって。その影響で、余計な雑学が随分と身についたわ。

 

なんだか、妙な親近感を感じる。その人の瞳、もしかして濁ってないかしら?

 

「……何時の時代にも、そんな捻くれてる人がいるものなのね。私の知り合いにも一人いるわ。なんなら、その人を紹介して欲しいくらいよ」

 

──そうね。誤解されがちな人だけど、きっと、貴方だったら気にいると思うわ。それより……

 

語られる軽口に、ほんのりと加えられる真剣味。

 

──暗い部屋の中に一人きりで、ずっと膝を抱えて待っていたのよ。多分寝てしまったのだろうからと、気を使って言葉も発さずに。そろそろ、色の良い返事を聞かせてもらいたいのだけれども。

 

そう、本題はこれから。交渉再開。

十分な睡眠を取れたおかげで、頭のなかはすっかり明晰。コンディション・グリーン。

……とはいえ正直、手詰まりの感がないわけではないのだが。それでもいくらかでも、自分に有利な条件を引き出さなくては。

まずは、手始めにこの一撃。

 

「断ったら、どうなるのかしら?」

 

──私ね、歌が得意なの。72時間くらい聞かせてあげるわ。

 

そういえば、睡眠は必要ないとか言っていたわね。音楽鑑賞は嫌いではないけれど……正直、勘弁願います。

どうにも、昨夜からペースを掴まれたままだ。いけない、無条件降伏だけは避けないと。なら……

 

「……貴方を養うと、そう仮定して。期限はあるのかしら? 一生このままというのは、貴方にとっても本意では無いのではなくて?」

 

なら、期間限定というのはどうだろう?

平塚先生にいい人が見つかるまで協力して、それでさようなら。落とし所としては悪くないのではないかしら?

……いけない、失敗だったかも。この条件では、実質的に一生このままという可能性が高い……あら何かしら、急に寒気がごめんなさい。

ところが、幸か不幸か、その提案は別の理由により却下される。どうしようもない決定打が、下される。

 

──正直に言ってしまうと、現状、ここから出て行く手段は存在しないの。人間の精神を電脳空間へダイヴさせる機器が開発されるまでは、このままね。

 

「そんなもの、いつになったら……」

 

いつになったら作られるのよ。そう言いかけて、気づく。

昨夜の、いや、今朝の彼女の言い分では……

 

──そうよ。わたしなら、作れるわ。貴方の体を貸してもらえるのなら、ね。

 

勝負、あり。

ニヤリとした顔が目に浮かぶよう。顔の見えない相手だというのに。忌々しい、ああ忌々しい、忌々しい。

ああもう。わかりました、わかりましたとも。認めるしか無いんでしょう。

もとより、交渉するにしても条件が悪すぎたのだ。実質、選択の余地など存在しなかった。

ならもう、覚悟を決めましょう。事ここに至ってぐだぐだと、でもでもだってと逃げ続けるのは、自分の矜持が許さない。

だって私は、雪ノ下雪乃、なのだから。

 

「……雪ノ下雪乃、よ。これから共同生活をしていくのに、互いに名前も知らないのでは不便でしょ」

 

その名前に、精神生命体が息を呑む。大きな驚きと、少しの納得。この時代の依代として彼女が選ばれた、その理由。やはり、自分と彼女との間には、少なからぬ因果が結ばれているようだ。

 

──……随分と奇遇ね。私の名前は、ユキ=ノシタよ。ユキって呼んでくれて構わないわ。貴方のことは、雪乃と呼ばせてもらうわね。

 

 

 

 

 

そうして、ユキ=ノシタは生身の体を手に入れた。

初めて感じる光、風、音。その何もかもが……愛おしい。

内側からの願い事で、雪ノ下は自分の体を抱きしめる。

その時、自分の頬に涙が伝っているのに気がついた。

 

「……何故、私は泣いているのかしら?」

 

──ごめんなさい。感情が昂ぶり過ぎると、そちらにも影響が出てしまうようね。……自分が嫌いという訳ではなかったけれど、ずっと、ずっと、人の体に憧れていたの。

 

どこか寂しげに。どこか、悲しげに。

 

──人の体で、艦長の横に立ちたいと。そう、願っていたの。

 

「貴方……ユキ、今まではどういう姿をしていたの?」

 

クスクスと、今度は悪戯げな声が返される。

どうやら、冷静沈着な性格とみえながら、実は彼女はとても豊かな感情を持っているようだ。

 

──全長240mのラスコー級突撃型巡洋艦よ。八連装速射輪胴砲塔12基、対空砲6基、ミサイル発射管10門、量子魚雷噴進機2基で着飾っていたわ。

 

「……随分と、お洒落だったのね」

 

──自分で言うのも何だけど、美しい船だったわよ。けれど……悔しいけれど、貴方のほうが上ね、雪乃。

 

そう言って、にこりと笑う。

ユキがいるのは自分の内側。その姿を見ることは決して無い。にも関わらず、雪ノ下雪乃は、はっきりと。自分と同じ顔をした少女が、穏やかに微笑んでいるのを、幻視した。

 

 

 

 

 

さて。

共同生活が始まるとなると、必然的に決まり事が必要となってくる。

自分とそれ以外の人間とは、どこまで行っても結局は他人なのだ。その、他人同士が快適に、上手くやっていくために生まれたのがルール。これぞまさに文明の産物。

これが単純なルームシェアであるならば、話は簡単。この部屋は私の、あの部屋は貴方の。共同スペースの掃除当番を決め、必要ならば食事当番も。後は異性を連れ込む際の注意事項が必要だろうか。

 

だがしかし。

雪乃とユキがシェアするのは、一つの体。そうとなれば、なかなか一筋縄ではいかなかったりもする。

少し遅目の昼食を取りながら、彼女と彼女は今後の方針に関して話し合っていた。

 

──ああ、なんて。本当に、なんて美味しそう。雪乃、貴方すごいわ。料理の天才なのではないかしら。尽くす言葉が見つからないくらいに素晴らしい……私に、料理の味を楽しめる日が来るなんて……

 

ユキは何やら、それまでの自分のキャラを忘れたように、初めての食事という行為にひたすらに興奮し、感動している。

その様子は何とも、微笑ましいと言えば言える。だが傍から見れば、延々と独り言を呟きつつ涙を流し続ける、ちょっと近寄りたくない人に見えてしまうのが困りもの。

こんな姿、とても誰かに見せられないわね。どこかほっこりとしてしまうのが、更に厄介だわ。

それはさておき、決めるべき事はきっちりと決めておきましょう。

 

「まず、体の主導権に関して。基本的には当然、私が管理します」

 

──それはまあ、仕方ないわね。でも例えば、私の知識を使ってなにか作ったりとか、いずれそういうこともあるでしょう? ……って、これがご飯……白米なのね? 白いご飯なのよね? ほんのり甘くて、なんだかほっとするような……これが、味覚……。

 

「人間の精神を電脳空間へダイヴさせる機器、だったかしら。作ってもらわないことには一生このままなのよね?」

 

──ええ、その通りよ。それ以外にも、雪乃に渡す報酬の話もあるわけだし。でも、私には人間の体を操縦した経験がない。だから、慣熟運転が必要だと思う訳。……これ、味噌汁? 味噌汁よね!? ああ、一度でいいから飲んでみたかったの!

 

「……話に、集中してくれないかしら……。それと、そういう表現はいかがなものかと思うのだけれど」

 

体の操縦。なんだか卑猥。

いやいや、そういうことではなく。

 

「人間の体を、機械のように表現するのは、やめたほうが良いのではなくて? ……貴方も、人間なのでしょう……ユキ?」

 

自然に口をついて出てきた言葉に、自分で驚いた。

自分は、この押しかけ同居人を、人間として扱っている。意識しないままに、当然のように、気遣っている。

 

そう、なのだろうか。……どうやら、意地を張ってもしかたがないようだ。

自分はこの正体不明で迷惑極まりない自称未来人を、嫌いにはなれないみたい。

こんな、怪しさ極まりない相手との会話。その遣り取りが、自然と心の腑に落ちる。率直に言ってしまえば、話していて楽しい。悔しいくらいに。

ああ、本当に、なんて忌々しい相手。

 

──……雪乃。まだほんの、半日程度の付き合いだけど……もしかしたら私達、上手くやっていけるんじゃないかしら?

 

「遺憾ながら、認めざるを得ないようね。……ただ、次からはこういう話を食事の時にはしないようにしましょう。まったく、食べ難いったらないわ」

 

文句を言いながらも、ふふっと顔が笑みを作っているのがわかってしまう。

本当に、何でこんなに、自分に近しい者のように感じてしまうのだろう。

 

──ねえ、食事が終わったら、コーヒーを飲んでみたいわ。砂糖と練乳をたっぷりと、思いっきり甘くして。

 

「……それも、艦長さんの趣味なのかしら?」

 

──ええ、そうよ。よくわかったわね?

 

わかるわよ、それは。

だって……だって、ねえ? 何となく、その人のことが手に取るようにわかる気がするのですもの。

本当に、男性の好みまで似通っているなんて、ね。

部活仲間の見慣れた濁った目と、彼が愛飲している缶コーヒーを思い返し、雪乃また、ふふっと小さく微笑んだ。

 

 

 

そんなこんなで、実際に甘い甘いコーヒーを淹れるときには、随分と時間が経ってしまっていた。何せ、箸を口に運ぶ度に、グルメタレントも裸足で逃げ出すほどの詳細な感想を言って聞かせてくれやがるのだから。

これでは、今後の食事作りに一切の気を抜けないではないか。この間よりも味が落ちたわね? なんて言われてしまったら多分、血管が一本切れる。脳の。プチンと。

もとより手を抜く気などさらさら無いし、張り合いがあるとはいえる。とはいえ、随分とハードルを上げてくれるもの。

 

そんな時だった。

インターホンがピンポーンと、来客の存在を声高に主張したのは。

 

「ゆきのん? 今日学校休んだって聞いたから、お見舞いに来たよ! ねえ、大丈夫? あたし、一生懸命お世話するから……あ、ご飯も作るよ!」

 

モニターには、自分が何より見知った顔。

カメラに顔をぐぐっと近づけて話す子犬のような少女と、その後ろに佇む死んだ魚の眼をした少年が、映し出されていた。

 

 

 



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かくして望まぬ答えは導き出される。

──第一回、平塚静が独身で世界がヤバイ対策会議ぃー

 

「……何事?」

 

──どんどんどん、ぱふぱふぱふぅー

 

「だから、何事?」

 

お見舞いに来てくれた奉仕部の顔ぶれが帰宅して間もなく。

ユキが壊れた。

 

 

 

 

 

いや、二人が来た直後から様子がおかしいとは思っていたのだ。

ゆきのん大丈夫!? と、真っ先に飛びついてきた由比ヶ浜の顔を見れば、ユイ=ガマハさん!

おう……その、なんだ。思ったより元気そうじゃねえか。そう捻た心配を見せる腐った目を見ればヒキガヤ=クン!

なんで二人の名前を知っているのかしら? そう疑問に思うも、声に出して尋ねるわけにはいかない。二人と会話しながら更に独り言を装ってユキを問い詰めるとか、流石に難易度エクストリームに過ぎる。

 

出してもいない個人名を知っているあたり、ひょっとして心を読まれていたりするのだろうか。まさかとは思うが、脳内ネットワークに居候というからには否定し切れない。

困る。それは、色々と困る。自分の赤裸々な気持ちを誰かに知られるとか、ほんとに困る。いやまあ、比企谷くん本人にはとっくに知られているというか告白済みで返事は保留になっている状況なのだけれども。というか早く答え出しなさいよあのチキン。チキンが腐ったゾンビとか、やっぱり顔は緑色なのかしら。

 

そんなことが気になりすぎてしまい、せっかく見舞いに来てくれた二人にも随分と気もそぞろな対応をしてしまった。

その様子を見た二人に、ゆきのんやっぱり調子悪そうとか、なんかあれだお前の毒舌がないと調子狂うないや別にMではないんですが早く元気になれよとか、更に心配させてしまう始末。

そしてその裏では居候がずっとブツブツと、この二人がここにいるということはやはり因果が結ばれている? やはり私と艦長の青春ラブコメは間違っていないとか呟き続けているものだから、いい加減にキャパシティの限界に達してしまいそう。

 

結局、大切な友人と恋人候補に対して心苦しい事この上ないが、今日のところはもう休みたいからと、追い返すように帰ってもらうことに。おのれユキ許すまじ。

ちなみに、ゆきのんのために晩ごはん作るよ! などと言い出した由比ヶ浜の言葉は丁重に、慇懃に、しかし絶対の意思を込めて辞退させてもらった。本当に体調が悪くなっても困ります。ズル休みしたい時には由比ヶ浜さんの料理を食べれば良いかもしれない。いえ、その場合ズルではなくなるわね。ああ、思考が乱れている。

 

「……それで、本当に一体どうしたの、いきなりそのテンションは」

 

──いえね、貴方は私の顔を見ることは出来ないじゃない。だから、今の私の気持ちの昂り具合を言葉で表現してみたのだけれど。

 

「……やめなさい。貴方の様子が変だったせいで、私まで恥ずかしいこと考えてしまっていたじゃない」

 

──そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。女を長くやってるとね、それくらいでは動じなくなるものよ。まだまだ青いわね、雪乃。

 

「……貴方、そんな歳だったの?」

 

──建造年数100年の、17歳よ。精神生命体に加齢の概念はないわ。

 

「…………」

 

──17歳よ。

 

なんだか、これ以上突っ込んだら負けのような気がする。

これからの共同生活を円滑にすすめる為にも、この件には触れないでおくことにしよう。

 

「それよりまず、何故貴方は比企谷くんと由比ヶ浜さんの名前を知っていたのかしら? もしかして、心を読めたりするの?」

 

──テレパシー的な?

 

「そう、それ。私の心の中を覗けるのかしら? 不用意にプライバシーを侵害しないで欲しいのだけれど。あ、でも、だったら会話するときに私が声を出す必要はなくなるのかしら。独り言をつぶやかなくても良いのは有難いわね」

 

便利だけれど、読まれるのは困る。考えていることがまるわかりとか、正直に言って共存を考えなおすレベル。ああでも、読まれる範囲を制限できるのなら逆にメリットになるわね。

そんな内容のことを、癖になってしまったのか声に出して考えている雪乃に、優しく声がかけられた。

 

──ねえ、雪乃。超能力なんて非科学的なものを信じていて良いのは、中学2年生までよ?

 

自称、1000年先からやってきたプログラム生命体などというトンデモな存在に、中二病を諭される自分の図。

……ああ、猫動画が恋しい。どこか遠い目をし、現実から逃避したくなる雪乃であった。

 

 

 

 

 

とはいえ、本当に目を背けるという訳にはいかない。

自分が雪ノ下雪乃であるべく。まずは理性的に、論理的に、現実的に、これからの事を考えなくてはいけない。動画サイトを巡回するのは、その後。

にゃあにゃあ言ってるブラウザを閉じ、紅茶を口に含む。

で、だ。

 

「それで、どうして彼等の名前を知っていたのか。超能力ではないなら、理由を聞かせてもらえるかしら?」

 

──あの二人の名前を知っていたわけではないわ。ただ、よく似た人を知っているだけ。顔も、名前も、ね。

 

「どういうこと?」

 

──私の艦長が、目の濁ったヒキガヤ=クン。幕僚の一人が、優しくてちょっとお馬鹿なユイ=ガハマさん。私の大切な人達よ。

 

「……偶然……?」

 

──では、ないわね。あなた達3人の関係は、千年先でも続いているってこと。因果が、それもとても深いものが、結ばれているのでしょう。つまり……

 

ここで少し言葉を区切って溜めを作り、もったいつけるように。

 

──私は貴方の、私の恋人と友人はさっきの二人の、生まれ変わり。そういうことなんでしょうね。生まれた時期に少しずれがあって、同級生というわけにはいかなかったけれど。私がこちらに来た時で、ヒキガヤ=クンが40歳、ユイ=ガハマさんが24歳、私が17歳だったわ。

 

三人の縁がそこまで深いと言われれば正直、心に温かいものが湧き上がる。

ほんの一年ばかり前の自分からは考えつかないが、あの二人はもう自分の人生になくてはならない存在となってしまった。

初めての親友と、初めて愛した異性。二人の為に必要とあらば、自分は法に触れることだろうと躊躇わない。やるなら完全犯罪だけれども。

それと、年齢に関しては突っ込まない。突っ込まないったら突っ込まない。

それはさておき、これだけは問いただしておかなければ。

 

「……ねえ、超能力は中二病の産物なのに、輪廻転生は違うのかしら?」

 

単語の示す内容が全く違うとはいえ、その二つはどちらも似たようなものだろう。妄想の産物という意味において。特定の宗教に傾倒でもしていない限りにおいては、それが一般的な認識だと思う。

だがある意味において予想通り、未来人はそうは言わない。

 

──あら、因果律はれっきとした学問よ?

 

……ふう。

心構えをして置かなければ、猫に逃避するところだった。なんかもう、自分の中のいろいろなものを守るためにも、未来知識に関して深く考察するのはよしておいたほうが良いかもしれない。

 

──もっとも、因果律の研究は統合政府によって禁止されているから、転生に関しては判っていないことも多いのだけれどね。

 

「そうなの? 何か理由があるのかしら?」

 

──命の危険があるのよ。

 

物騒な言葉が飛び出した。研究して、何が命を脅かすというのだろうか。例えば工学系の学問なら、何かを開発している際の事故で死傷者が出たとしてもおかしくないとは思う。でもそれにしたって、せいぜいが数人の犠牲といったところだろう。社会全体から見れば、誤差の範囲だ。

対して政府が禁止するほどの危険度となると、想像がつかない。NBC兵器のように非人道的だから規制されるというならわかるが、研究する側に命の危険があるとはどんな内容なのだろう。

 

研究者としての将来を展望に入れている雪ノ下であるから、こういった考察はそれだけで楽しい。さっき深く突っ込むのはよした方がいいと思ったばかりなのに。

 

──転生について研究していくと、どうしても必要になってくるのが魂のあり方に関してね。その実在証明はなされているけど、じゃあ死んでから次に生まれて来るまではどうなっているのか。いわゆる死後の世界に関しては一切の観測がなされていないの。

 

「……ああ……なんだか、わかってしまったような気がするわ……」

 

──多分、あたりよ。観測できないのなら、自分で行って確かめてしまえばいい。因果律の研究にのめり込んだ学者の多くが、自らの命を絶つことになった。そしてそれが社会問題にまでなって、最終的に政府が研究自体を禁止することになったのよ。

 

求める事象があるならば、そしてその全てを手にする為ならば、己が身が燃え尽きようとも構わない。まったくもって始末に負えないが、たしかにそういう生き物は存在する。例えば、真理を求める研究者。例えば、愛に狂った略奪者。そして例えば……雪ノ下雪乃。

その気持もわからなくはないと、自分にもその素養があることを自覚した雪ノ下は、渇望するあまりに殺してしまわないようにしなければと。濁った瞳を思い出しつつ、そう強く自分を戒めるのであった。

 

 

 

 

 

「随分と話がそれてしまったように思うのだけど。それで、対策会議っていうのは具体的にどうするのかしら?」

 

──ええ。平塚静の配偶者がわかったわ。少なくとも、その人にしておくのがベターでしょうね。

 

……はい?

ちょっと待って。待ってください。

それまでの軽口の応酬と変わらぬ調子で、唐突に放たれたその言葉。その内容を理解して、理解してしまって、雪ノ下の心が千々に乱れる。

 

何でいきなり答えが出ているの? 貴方まだ、平塚先生に会ってもいないのよ?

まずは、先生に紹介できる男性を探すところから始めないといけないじゃない。手順を飛ばし過ぎよ、いくらなんでも。

だから、この段階で相手が誰かなんてわからない。わかるはずなんて、ない。

それなのに。それなのに、いまユキが口にしようとしている人物が誰なのかわかってしまう。

ねえ、待って。

 

──だから、そのあたりのことを、貴方ともよく話し合わないといけない。……そうよね、雪乃?

 

ユキが知っている人物。この時代に来て、自分に宿って、それから出会った人。

そんなの、二人しかいない。

だめ。その名前は、だめ。

だって、その人と結ばれるのは、私か由比ヶ浜さんでなければおかしいのよ。

だから……ねえ、待ってってば。

 

雪ノ下雪乃の、言葉に出来ない必死の訴えを知ってか知らずか。

ユキ=ノシタは無情に裁定を下す。

 

──私のいた未来において、平塚静の配偶者は……比企谷八幡よ。

 

 

 



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ならば雪ノ下雪乃は新世界の神となる。

──私のいた未来において、平塚静の配偶者は……比企谷八幡よ。

 

予想通りの、そして最も望まぬ名が雪ノ下の耳に届けられた。

だが、認めない。認められない。……認めたくなんて、ない。

だから抗う、必死に。その答えは間違いなのだと、あらを探す。

 

「……その根拠は?」

 

──艦長よ。彼は平塚静の末裔の一人だった。そして、比企谷八幡とは生き写し。生まれ変わった姿とはいえ、血の繋がりがあるのは間違いないでしょうね。

 

「比企谷くんと平塚先生が直接結ばれなくても、彼等の子孫の血が交わったという可能性もあるのではなくて?」

 

──確かにその可能性は否定し切れない。……でもね、雪乃。詳細は省くけど、最初に平塚静の子供達が歴史に姿を表すのは、今から30年後なのよ。

 

30年。その数字の意味を吟味し、また一つ雪ノ下の心に絶望の陰が降りる。

 

──今すぐに二人が別々に子供を作り、その子供同士が若くして更に子を成したとしても……救世主の年齢はせいぜい、10歳かそこらということになってしまう。

 

物語の世界においては、まだ幼い少年が世界を救う大冒険を繰り広げたとしてもおかしくない。

だが、ここは現実なのだ。一体どのような危機が訪れるのかは分からないが、人類を救うだけの活躍を担うというのなら、その者は何らかの組織──軍隊や警察、あるいは政界や法曹界といった民衆に対して多大な影響力を持つ組織に属している大人であると考えるのが妥当だろう。

10歳の子供が世界を救うなど、能力面でも倫理面においても現実的ではない。

 

「……貴方の言う救世主の定義が平塚先生の子孫というのなら、相手は比企谷くんでなくても構わないのでは?」

 

なら、別の手段を探す。比企谷八幡と平塚静が結ばれなくても構わない、雪ノ下雪乃か由比ヶ浜結衣が結ばれる未来を求める。

 

──それは、出来ない。不確かな可能性に人類全体の命運を賭ける訳にはいかないわ。……それに……

 

これは、ユキ=ノシタの我儘。それでも、これだけは譲れない。

 

──それに、それでは私のヒキガヤ=クンが生まれてこない。

 

短い言葉に込められた、魂をすべて吐き出すような想い。

その心の叫びを耳にし、話し合いの求める内容が変化したことを雪ノ下は悟った。

 

雪ノ下雪乃にとって比企谷八幡が必要なのと同様、ユキ=ノシタにとってヒキガヤ=クンこそが片翼。

同じ魂を持つもの同士の、エゴとエゴのぶつかり合い。極論してしまうならば、人類の未来などどうでもいいのだ。ただ、自分の愛する男性に寄り添うことこそが望みなのだから。

 

「……私にも、比企谷くんが必要よ」

 

話し合いは平行線。絶対に妥協できない一点が衝突しているのだから、結論など出る訳無い。両者納得の行く落とし所など、存在するはずがない。

 

そう、それが。雪ノ下雪乃とユキ=ノシタのやり方同士のぶつかり合い、ならば。

……それなら。

 

──ねえ雪乃。平塚静は駄目でも、由比ヶ浜結衣になら貴方は比企谷八幡を譲っても構わないのかしら?

 

「……そうね。彼女にだったら、それも仕方ないわ。比企谷くんと私が結ばれた結果、由比ヶ浜さんが私達から離れてしまうくらいなら、私が身を引いても構わないと思っているわ」

 

それは想像をしたくない未来。

愛する人との生活の中で時折、今頃彼女は何をしているのかしら、幸せでいてくれるのかしらと思い悩む。そんな将来なんて、まっぴらごめんだ。

自分にはあの二人が必要。絶対に、手放さない。どちらか片方の翼でも失ってしまえば、自分はもう飛ぶことが出来ないのだから。

 

雪ノ下の想いを聞き、ユキ=ノシタは決断を下す。

自分と彼女のやり方同士のぶつかり合いでは、答えは出ない。

ならば、別のやり方を用意すれば、いい。

正々堂々、真正面から、卑屈に最低に陰湿に。そんな斜め下の解決法を。

そんなやり方を、私は知っている。そしておそらくは、彼女もまた。

 

──ねえ、雪乃。なら、一つ提案があるのだけれど。

 

「これ以上話し合っても意味が無いように思うのだけれど。一応、聞くだけは聞きましょうか」

 

自分は変えられません。ならば世界を変えましょう。

さて、どう変えますか?

 

 

 

──貴方、比企谷八幡と性交してみてくれないかしら?

 

 

 

……なっ!

な、何を。突然なんてことを言い出すのよ、この馬鹿。

そりゃあ彼とそういう関係になるのはやぶさかではないけれど、むしろ望んでいて自分としてはいつでもOKなのだけれど、なんでいきなりそんな話になるのよ全然脈絡なんて無いじゃない。平塚先生とくっつけるかどうかという話ではなかったの? 第一に、まだ私と由比ヶ浜さんの告白に対して未だに結論を出していないのよあのヘタレは。今いきなり私が彼を誘ってしまったらそれは、由比ヶ浜さんに対する裏切りになってしまうじゃない。そんなことは出来ないわ、彼女の悲しむ姿なんて私は見たくないのだから。それぐらいなら私のほうが身を引くってさっき言ったばかりじゃないの、もう忘れたのかしらこのポンコツAIは。でもそれはそれとして比企谷くんとそういう関係になるのを想像するとなんていうか、こう、胸とお腹の奥のほうがキュンとなるわね。ああもういつまで私達を待たせるのかしらあのゾンビは。こんな美少女二人がいつまでも貴方なんかを待っているだなんて思わないほうが良いわよまあでも待ち続けてしまうんですけどねいっそ実力行使? いやだからそれだとユキの言うとおりになってしまうじゃない子供は何人がいいかしらね?(5.27秒)

 

 

 

──由比ヶ浜結衣も一緒に、3人で。

 

 

 

な! な、な、な、なんですって!?

いえちょっと待って、待ってください。何でそんな破廉恥な提案がなされているの? 当然だけれど私は処女で、生まれて初めての経験になるというのにいきなり3人でなんていくらなんでもちょっと上級者向けに過ぎるでのはないかしら?? まっとうな男女交際においてそのようなことを実行する男がいたらそれは間違いなく女の敵のたらしと呼ばれる類のケダモノあって、比企谷くんにそれを求めるのは流石に無理というものでしょう。でも少しだけ彼の両側に寄り添う私達を想像してみるとなにかしらこれ、何だかとてもしっくりと来るような。いつまでも3人で一緒にいるというからにはそういう未来も想定されてしかるべき? 二人が同時に子供を産んだとしたら双子でもないのに同級生の兄弟になるわけね。5人で笑い合って暖かい家庭を築いていく。どうしましょう、何だかそれはとても素晴らしい未来のように思えてきてしまう。私と比企谷くんが求め合って、比企谷くんと由比ヶ浜さんが求め合って、由比ヶ浜さんと私が求め合って……って、ちょっとまって、最後のは流石に違うわよね? 女の子同士でそういうのは3人でというのとはまた違う禁忌があるわけで。でも世の中にはそういうセクシャルを持つ人もいるわけでそれは決して否定されるべきものではないし、私も由比ヶ浜さんとならその、嫌かと言われれば別に嫌というわけではないし、むしろ少しだけ魅力的だと言っても嘘にはならないような、ならないような。(3.33秒、世界新)

 

 

 

──雪乃! 苦しい! 呼吸して、呼吸!

 

はっ!

私は一体どうしたのかしら? なにかイケナイ考えをブツブツと呟いてしまったような……何だか……気が……遠く……

 

──だからっ! 息してっ!

 

そ、そうよね。

しゃべり続けてしまって息をするのを忘れていたようね。吐いてばかりじゃなくて吸わないと酸素を取り入れることが出来ないものね。

……えーっと、

 

「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

 

──雪乃っ! 産まれないからっ! 私が悪かったから、ちょっと落ち着いてちょうだいぃぃぃ!!

 

 

 

 

 

──落ち着いた?

 

「どうやら、少しだけ取り乱してしまったようね。恥ずかしいところを見せてしまったわ」

 

──少し、ではなかったように……

 

「ユキ、誰であろうと失敗して無様を晒すことはあるわ。それを必要以上に指摘して辱めるような行為は慎まれるべきよ」

 

端的に言えば、忘れなさいということだ。

つついて遊ぶのも面白いが、ここは言うことを聞いておきましょうか。これ以上機嫌を損ねても、互いに得はないのだし。お楽しみは、またいずれ。

 

──OK、話を元に戻すとしましょう。

 

「そうね。……で、さっきのあの提案は一体何なのかしら?」

 

先ほど浮かべたイケナイ考えを思い出してほんのりと頬を染めてしまいながらも、それでも声と態度にはおくびにも出さず、雪ノ下が問う。

ユキも自分をからかうためだけにあんなことを言い出したのではないのだろう、流石に。そう思いたい。

 

──私が言いたかったのはね、雪乃。何も一人の男性に一人の女性、その組み合わせのみに拘泥する必要はないのではないかしらと、そういうこと。

 

「……まさか貴方、比企谷くんのハーレムを作ろうとか考えていないわよね?」

 

──もちろん、考えているわよ? 貴方と比企谷八幡と由比ヶ浜結衣の3人が幸せに暮らせるなら、そこに平塚静を加えてあげてもいいじゃない。そうすれば全てが丸く収まるのだから、それくらいの度量は見せなさいよ、雪乃。

 

……ふぅ。

いいわ。とりあえず、頭ごなしに否定するのはやめましょう。

ユキの提案を真面目に考察するとして、メリットとデメリットを洗い出すならば。

 

「仮にその案を採用するとして、メリットとしては貴方の言う通り、懸案事項が解決するということ。私も由比ヶ浜さんも比企谷くんを諦めることなく、未来に彼と平塚先生の子孫を残せるわね」

 

──全て解決、万々歳よ。

 

「……言いたい文句もあるけれど、今はいいわ。そしてデメリットとしては、現代の日本では心情的な面からも法律的な面からもその選択はとても難しいのではないかしら、ということね」

 

──そうね、たしかに難しいでしょう。でも、不可能ではないわ。

 

不可能ではないって。それは確かに、妻公認の愛人がいる家庭というのもきっと存在はするのだろう。

それを見て甲斐性があると褒めそやす人もいるかもしれないが、だからといってそれが一般的に受け入れられるのかと言われれば、決してそのようなことはないと思う。嫌悪感をもよおす人のほうが多いのではなかろうか。

これが自分だけに関わる問題であるのなら、人からどう思われようが気にしない。自分をわかってくれる人がいるのなら、それでいい。赤の他人にいくら陰口を叩かれようとも、せいぜいが全力で叩き潰す程度のこと。

ただ、この場合はそれではすまないだろう。自分の大切な人達もまたつらい思いをするというのなら、この案に賛同することは決してできない。

 

そう、雪ノ下が口にするにしてはとても常識的な意見を述べ、出された案を却下しようとする。

だが、敵もさるもの。次に投げかけられた言葉は、雪ノ下にとって決して無視することの出来ないものであり、事態の収束点を決定することになったのだ。

 

──ねえ、雪乃。私は思うのだけれど。

 

「何かしら?」

 

──自分は決して変わらない。変えられない。でも、世界はそんな自分に優しくない。そんな時、貴方ならどういう決断を下すのかしら?

 

……この。

今、絶対こいつ、にやりと笑っているわ。

そうよね。私と同じ魂を持つというのなら、当然にそういう結論が出てくるわよね。

まったく、手の平の上で踊らされているよう。忌々しい、ああ忌々しい、忌々しい。

 

それは、かつて自分が比企谷八幡と出会う前。たった一人が所属する奉仕部で考えていたこと。

あれから色々な人と出会い、様々な経験を積み、その意味する内容は少し変貌をとげてはいる。

それでも、根っこのところは変わらない。いわば、自分の原点。

 

「……そんなの、知れたことよ」

 

なんだろう、わくわくする。

ええ、そうね。私は負けず嫌いだったわね。敵は強ければ強いほど、いい。

いいでしょう、手に入れてみせましょう。私の望むもの、全てを。

 

「自分は変わらない。世界は優しくない。なら、世界を変えてしまえばいい」

 

そう、私は。

新世界の、神になる。

 

 

 



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そういうわけで平塚静には旦那がいる。

それからのことを語ろう。

 

 

 

日本の千葉の片隅で、一人の少女が神へとジョブチェンジを果たしてからしばらく。

彼女は大学在学中に小さな会社を立ち上げた。いわゆるベンチャー企業であり、規模としてはごくごく小さいもの。世界はおろか日本経済から見ても吹けば飛ぶような存在である。

しかし、そのちっぽけな一粒が、やがて全世界、全人類を震撼させることとなるのだ。21世紀において最も世界に影響を与えた人物と名高い女傑、雪ノ下雪乃の伝説がここに幕を上げた。

 

その企業が発表した幾つかの新技術。当初、それは誰からもろくに見向きもされなかった。

それも仕方のない事だろう。事実上無限にエネルギーを供給するエンジンや、それが砂漠であろうとたとえ火星であろうとも肥沃な大地に生まれ変わらせる環境変化方など、誰がどう考えても眉唾ものでしか無かったのだから。

 

雪ノ下雪乃の求める資金提供に応じたのはただ一社、雪ノ下建設のみ。他の企業は、また酔狂な真似をすると、その様子を嘲笑うように眺めるのみであった。だが間もなく、それは致命的な失策であったのだと。そう、全世界の企業が悟らざるを得なくなる。

彼女の発表したSFじみた技術。それらを雪ノ下建設が実際に作り上げ現実のものとした結果、彼女の吹いた大法螺は、一切の虚偽なくその全てが真実だったのだと。そう、判明したのだ。

 

人類にとっての永遠の命題であるエネルギー問題と食糧問題。これを一挙に解決する力を得た二つの企業は、技術と資金という互いに無いものを補填するため、その規模の差にもかかわらず対等の条件で合併。これにより、新たに雪ノ下コンツェルンが誕生した。優良とはいえ、日本の一地方企業がコンツェルンを名乗る。本来であれば失笑物の行為であろうが、だがしかし何の問題もない。何故なら、この企業は瞬く間に世界でも屈指の、いや他に並ぶもののない程の巨大企業グループへと成長することになったのだから。

そして雪ノ下雪乃はその頂きに女王として君臨した。起業後、わずか数年のことである。

 

雪ノ下雪乃のもたらした改革は、経済面だけにとどまらなかった。

彼女は、県議を飛び越えて国政の場へと躍り出た姉、陽乃を全面支援する方針を決定。妹の社会的影響力と潤沢に過ぎる資金力に加え、自らの持つカリスマ性を正しく行使した陽乃はやがて、史上最年少にして女性初の内閣総理大臣へと就任する。

 

雪ノ下姉妹の進撃は止まらない。

世界のリーダーで在り続けたい某国や、エネルギー市場の支配者であった産油国からの反発など、彼女らには敵も多かった。だが、それらからの有形無形の様々な障害などは歯牙にもかけず、雪ノ下の名が歴史に登場してからたった30年の後には遂に、世界は飢えと貧困からの脱却を果たすことに成功したのだ。

これら一連の出来事は、後世において雪ノ下革命、人類史上最も革新的な改革と呼ばれ、讃えられることとなった。

 

そしてこの同時期、人類に雪ノ下とはまた別の契機が訪れる。

それは、外宇宙からの侵略者。違う種からの侵攻、国や人種という枠組みよりももっと大きなカテゴリでくくられる"敵"の登場という契機を経て、人類は遂にこれまでの全てのわだかまりを捨てて、手を取り合うこととなる。

そしてその敵を打ち倒した後、有史以来の夢である全世界統一を果たした人類は、その活動の舞台を遙かなる宇宙へと移していくのであった。

 

なお、その敵との戦いにおいて、全人類からの希望をその身に受ける一人の男がいたという。

世界を守るために戦う、勇者。或いは英雄。或いは、救世主。その彼の名は……

 

 

 

このように、世界をより良い方向へと変貌させていった雪ノ下姉妹ではあるが、彼女らは祖国日本を蔑ろにしていたというわけではない。

世界を改革するのと同時に、内政にも当然のようにメスが入れられていった。それは様々な手段と目的を持って行われたが、一つの例としてこのようなものが挙げられる。

その当時、日本は第二次高度経済成長とでも言うべき特需の最中にあったが、それでも将来に向けた不安が全くなかったというわけではない。

特に、少子高齢化の問題はいくら経済を回し、国民の所得を増やしたところで、それで単純に解決するのかと言われれば決してそのようなことはないのだ。

 

この問題の対策として、ある意味においては前時代へと逆行するような政策がとられることとなる。それが、一夫多妻制の導入であった。

経済面を始めとした幾つかの条件をクリアした上でというなかなかに難しい条件はあるが、一人の夫と複数の妻、それが同時に家族となれるようになったのである。

 

この制度を最初に利用することとなった羨ましき、爆発するべき男性の名を比企谷八幡という。

既に内縁の関係にあったという複数の女性との婚姻は、しかし市井の個人ということもあり本来であればさほど大きなニュースとはならないはずであった。

だが彼の名が後世にまで伝わっているのは、妻の名が些か有名であったからであろう。平塚静、由比ヶ浜結衣、そして雪ノ下雪乃。そう、あの知性と美貌と経済力を併せ持つ、世界で最も有名な女傑の名がそこに並んでいたのだ。

 

全世界から爆発しろ、末永く爆発しろ、いいから爆発しろ、どこがボッチだ爆発しろと数多の祝福を受けた比企谷八幡であるが、婚姻の結果として彼の生活に何らかの変化が訪れたのかと尋ねれば、別に何も変わりはしないという答えが帰ってくる。彼はそれまで通りに世間の風評など我関せずと受け流し、誰も見ていないところでは少し腐り、自らは表舞台に立つことはなく、家庭において変わらずに妻達を支え続けたという。

 

さらに後において彼は、一色いろは、川崎沙希、戸塚彩加、折本かおり、鶴見留美と、次々に妻の数を増やしていき、その都度に爆発しろと呪わ……祝われる訳なのであるが──それはまた、別の話。

 

 

 

 

 

そして、時は流れ。

世界は22世紀を迎えた。

 

 

 

 

 

人類の活動圏が宇宙へと移るにつれ、地上に住まう人々の数が減っていくのが自然の流れ。この時、既に地球は人類にとって過去の存在となりかけていた。

かつては日本と呼ばれた国の首都として繁栄していたこの千葉の地においても、それは同じ。暮らすのに不便があるわけではないが、どこか活力の感じられない、停滞した空気がこの街を支配していた。

 

だが、それは言い換えれば、穏やかな雰囲気に包まれているということでもある。かつての地球人が田舎という土地に持っていたイメージとでも言おうか。ゆっくりと時間の流れる、退屈ではあるが優しい世界。

その地位を後進に譲り、隠居に入った雪ノ下雪乃が余生を過ごす地として選んだのが、この千葉であった。

 

彼女の終の住まいとなったのは、今はもう誰も通うことのない、在りし日には総武高校と呼ばれていた建物だった。

半ば廃墟と化していたその建物を彼女は買い取り、人が住めるように改修を施した。そして、特別棟と呼ばれていた一棟にある一室、その部屋を自分の居室と定めた。

 

今はもう希少となった紙の本のページを捲り、手ずから入れた紅茶を口に運ぶ。その繰り返しの、時の流れから取り残されたかのような日々。

数人の使用人の他には言葉をかわす相手もなく、彼女を訪ねてくる人もいない。そんな静かな生活が、彼女は嫌いではなかった。もうずっと長いこと、人類という群れを率いて戦ってきたのだ。最後の時くらいは穏やかに、本来の自分が求めていた時間を過ごしたい。そんな心持ちだ。

……ただ一点、不満に思う点があるとするなら、それは。

 

ふと、目の前にある長机の、自分の隣の席に視線を移す。次に、対角線上の自分から最も離れた席へと。

そこに座るものは、誰もいない。それでも、雪ノ下は愛おしい物を見る目で、虚空を見つめる。

 

本当に、なんて酷い人たちだろう。

比企谷くんも、結衣さんも、静さんも、他の誰もかも。

みんな、みんな、私を置いて先に逝ってしまうなんて。

何時か再び出会った時。その時には、私のほうが先に逝ってやるんだから。残される悲しみを味わうといいわ。

その時のことを想像して、ふふっと笑う。

そして、また、紅茶を一口。

 

 

 

そんなある日のことだ。彼女のもとに、珍しくも訪問者があったのは。

訪れたのは、美しい少女。長く艶やかな黒髪、白磁のような肌、整った顔立ち。それは、若かりし頃の雪ノ下雪乃の姿と瓜二つ。

 

かつて雪ノ下コンツェルンに属する一企業が開発し、現在では人類のパートナーとして欠かすことの出来ない存在となった、完全自立型アンドロイド。そのプロトタイプにして最高傑作と言われる一体。……そういうことになっている。

雪ノ下雪乃が手に入れた、両翼とはまた別の意味で自身の一部であった、パートナー。未来人ユキの、それが現在の姿だった。

彼女との同居生活が終わってから、気がつけば随分な時間が経っている。体を手に入れた彼女は、雪ノ下コンツェルン代々の総裁に仕える秘書として、多忙で充実した日々を送っていた。

今は雪乃の曾孫とともに、地球から遠く離れた場所で活動していたはずだが。

 

彼女は言う。お別れを言いに来た、と。

自分の持つ未来知識は、その全てを伝え終えた。もう雪ノ下に、人類に貢献できることは残されていない。だから、これからは自分だけのための生を歩んでみることにした、と。

 

超長距離移民船団に乗るという。新天地を目指し、銀河の大航海だ。

おそらくもう、彼女が再び地球に降り立つことはないのだろう。

彼女はとても澄んだ、綺麗な、そして強い意志の込められた瞳をしていた。

 

その姿を、雪乃はとても美しいと、そう感じた。

だから、言う。素直な気持ちを込めて。

貴方の好きにしなさい。……だって、貴方は一人の人間なのだから、と。

 

 

 

去り際、ユキが尋ねてきた。どこか怯えたような、そんな表情をして。

後悔、してはいないかと。

自分は貴方の人生を大きく捻じ曲げた。私が貴方に宿らなければ、貴方は貴方だけの人生を歩むことが出来たのではないか。それをずっと尋ねたかった。でも、怖くて聞くことが出来なかった、と。

 

その吐露に対し、雪乃に返せる言葉はこの他にはなかった。

 

いい、人生だったわ。

 

と。

 

 

 

 

 

それから間もなくのことだ。全人類宇宙に衝撃が走ったのは。

巨星、墜つ。

雪ノ下雪乃の訃報は、彼女と直接関わった人にも、間接的にしか彼女を知らない人にも等しく、大きな悲しみをもたらした。

だが、天寿を全うした彼女の死に顔は、とても安らかなものであったという。

 

彼女の最後に残した言葉は、ふたこと。

 

ありがとう。

また、会えるわ。

 

と、いうものであった。

 

 

 

 

 

そして。そうして。そうして、だ。

優しくも残酷に、遙か時は流れ……

 

 

 



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エピローグ
だがしかし彼女らの戦いはこれからだ。


西暦3XXX年。

深宇宙、超銀河ダイホウ=シブ艦橋。

 

 

──敵艦隊、無量大数。天の光は、全て敵……ね。

 

「いやいや、いくらなんでもサバ読みすでしょ、それ」

 

──あら? 私の観測データが信用出来ないの? なら、自分で数えてみればいいじゃない。

 

「日が暮れるわ」

 

──1秒に4つづつ数えるとして、数え終わるまでに803626543209876543209876543209876543209876543209876543209876年ってところかしら。頑張って。

 

「お前、相変わらず俺には冷たいよな、ユキ=ノシタ」

 

──あら、酷いわ。こんなに愛しているのに……ヒキガヤ=クン。

 

「人類最古にして最高の情報生命体にそこまで言ってもらえるなんて、全く光栄だわ。……でもちょっと姉さん女房すぎる気がするんですけど」

 

──何を言っているのかしら? 私は17歳よ。情報生命体に加齢の概念はないわ。

 

「へいへい」

 

 

 

「ユキノンずるい。あたしも艦長とイチャイチャしたい」

「そうね。その意見には私も賛成だわ。ユキ=ノシタさん、私と代わりなさい」

 

──残念ね、ここは私の特等席よ。艦長が私にダイヴすることによって、ふたりはひとつとなる。私がヒキガヤ=クンの体となるのよ。

 

「……操縦してるだけなのに、何でそんな卑猥な表現になるんですかね」

 

 

 

「せっかく先輩と同じ船に乗れたっていうのに。ライバル多すぎなんですけどー」

「艦長、顔がにやけてる。キモイ」

「ねえ艦長、僕のこと忘れてない?」

「まったく、あんたはいつも……」

「うけるっ!」

「何で俺が悪者になってるんですかね、この目のせいですかね」

 

 

 

「ヒキガヤ、ここには君を慕っている女性が多くいる。少しは自重したまえ」

「……うす」

「無論、私もその一人だ。戦いの前にブリットを喰らいたくはないだろう?」

「…………うす」

 

 

 

「……なあ、ユキ=ノシタ」

 

──何かしら?

 

「お前、良かったのか? その、この艦のメインコンピュータなんてもんになっちまって」

 

──……ええ、もちろんよ。人としての体も素晴らしいものだったけれど……

 

「けれど?」

 

──やっぱり、私が貴方の隣に立つのなら、この形のほうがしっくり来るわ。貴方がソラにいる限り、私が貴方の翼よ。

 

「……ほんと、俺なんかにはもったいない良い女だよ、お前は」

 

 

 

──そろそろ射程に入るわ。

 

「……わかった。ネールシュトレイム砲、発射準備」

 

──発射準備完了。

 

「照準、次元大瀑布」

 

──照準、よし。……これが、最後の戦いかしらね。

 

「ああ、多分な。これでやっと退役して、専業主夫を目指せるってもんですよ」

 

──なら、新しい戦いが始まるわけね。

 

「……ユキ=ノシタ?」

 

──これからは、貴方を巡る、女たちの戦いが、ね。

 

 

 

fin.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これ、何?」

「あら、目が腐りすぎて視力を失ってしまったのかしら? 原稿に決まっているでしょう」

「……なあ、雪ノ下。高校生活最後の文化祭で、奉仕部としてなにかやりたいっていうのはわかった。それが何で演劇かっていうのは疑問だけど、それも置いておく」

「なら、何が問題なのかしら?」

「言いたいことは山ほどあるが……まずこれ、平塚先生泣いちゃうでしょ。マジ泣きしてお家に帰っちゃうよ?」

「そうね……その辺りの表現は少し変えたほうが良いかしらね」

「いや、表現っていうか、題材からしてマズイでしょ」

 

 

 

「あとな、お前、自分好き過ぎ」

「……そうかしら?」

「ほとんどお前の一人劇じゃねえか、これ」

「あら、観客だって美しい物のほうが見ていて楽しいでしょう?」

「どんだけだよ」

「あはは……あたしのセリフ、3つだけだし」

「いえ、由比ヶ浜さんにはユキ=ノシタ役をやってもらうわ。基本、声のみの役だけど……私の内面に入る役なんて、貴方以外の人になんてやってもらいたくないもの」

「……ゆきのんっ!」

「近い……」

「相変わらず仲がよろしいですね、百合ノ下さん、百合ヶ浜さん」

「見られると穢れるから、その目を潰してくれないかしら、比企谷くん」

「ヒッキーきもいっ!」

「いや、あなた達。確か俺の事が好きだって言ってくれてましたよね?」

「もちろん、愛しているわよ?」

「あっ、ゆきのん抜け駆けずるいよっ!」

「いや、俺はどういう反応すればいいのよ、これ」

 

 

 

「てか、俺の胃に穴が空くわ、こんなんやったら。何だよハーレムって」

「大丈夫よ。貴方は大道具小道具照明その他雑用と、背景の木の役をやってもらうだけだから。誰も貴方なんて視界に入れないわ」

「そんなイイ笑顔でトラウマえぐらないでもらえませんかね」

「……ゆきのんと求め合う、かあ」

「……嫌だったかしら?」

「えっ? い、いや別に、嫌なんてことはないんだけど……。ただちょっと、想像したら照れちゃって……」

「由比ヶ浜さん……」

「ゆきのん……」

「だから、俺はどういう反応すればいいんだってば」

「ヒッキーきもいっ!」

 

 

 

「しっかし、雪ノ下がこういうの書くとは思わなかったな。最近、珍しくラノベとか読んでるのは知ってたけど」

「あれも中々に馬鹿に出来ないジャンルね。今は憑依とか転生とかタイムトラベルものが熱いわ、私の中で」

「……ああ、だからあの内容なのか……」

「お気に召さないようね。……でも確かに、あれをそのまま劇にするという訳にはいかないわよね。きちんと脚本に直さないと。海老名さんにお願いしてみようかしら?」

「やめてくださいお願いします。そんなことしたら葉山の体に俺が宿るはめになる」

 

 

 

「そろそろいい時間ね。今日はもう終わりにしましょうか」

「そうだな。これをどうするかはまた決めるってことで」

「じゃあ、途中まで一緒に帰ろうよっ!」

「ごめんなさい、今日は車を待たせているのよ……」

「そっかー。じゃあヒッキー、一緒に帰ろう?」

「お、おう」

「もう、キョドらないでよー」

「鍵は私が返しておくから、先に行ってもらって大丈夫よ」

「ありがとうゆきのん。また明日ねー」

「じゃあな、雪ノ下。……また、明日」

「ええ、さようなら、ふたりとも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──で、なんなのかしら、あれ?

 

「そうね……決意表明、かしらね」

 

──あれが貴方の描く未来予想図ってわけね。

 

「ええ。なかなか楽しそうな未来でしょ?」

 

──貴方もすっかり覚悟が決まったみたいね。

 

「やると決めたからには、全力でやり遂げる。それが、私よ」

 

──ふふっ。貴方のそういうところ、好きよ。

 

「ありがとう、私もそんな自分が大好きよ。……あと、もう一つ理由があるのよ。決意表明の他に」

 

──それは?

 

「貴方のことを、紹介したかったの。私の大切な人たちに、私の大切な人のことを」

 

──……雪乃。

 

「これからもよろしくね、パートナー」

 

──ええ。こちらこそ、よろしくお願いするわ。……パートナー。

 

 

 

 

 

そういうわけで平塚静は独身である。

おしまい。

 

 

 




お付き合い頂き、ありがとうございました。
よろしければ、ご意見ご感想などいただけると嬉しく思います。
それでは、また次がありましたら、そのときに。


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