If なんば~ず ~ Sweet Home ~ (vangence)
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平穏って素晴らしい ※死亡フラグ

 ―――――――― 夢をみたんだ

 

 普通の、寝ている間にみる夢だった

 その内容がいやに現実味を帯びていて、今でもその内容を明確に思い出せる

 

 

 

 

 そこは、魔法の世界だった

 

 魔法といっても、子供向けのアニメみたいになんでもできるわけじゃない

 

 魔法は化学で、機械的な世界

 

 その世界に知っている女の子達がいた

 

 女の子達は俗に言う悪者(ヒール)

 

 その子達は限りなく機械に近い人間で

 

 その子達の(作り手)はどうしようもなく、悪人だった

 

 

 

 

 でも、やっぱりそれは俺にとってはただの夢でしかなくて

 

 俺の知っている人達は全然そんなことなくて

 

 みんな穏やかな日常を生きている

 

 気楽にのんべんだらりと

 

 そんな毎日を日々享受されている

 

 それが俺たちにとっての現実

 

 

 

 

 

 

 この物語はそんな俺たちの物語 ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――― また、見たな。

 時折見る夢。

 いやに現実感満載の気分が悪くなる夢だ。

 

 

 布団から這い出てカーテンを開ける。

 素晴らしいほどの快晴が広がっていた。

 

 

 出だしは最悪であったが、少し気分のいい朝だった 

 

 

 海鳴市は今日も平和です ―――――――――――――――

 

 

 

 

 まだ早い時間だったが朝食をとることにした。

 朝食作りを済ませ皿を並べる。

 今日は手早く作れる目玉焼きにトースト。

 俗に言う『ラ●ュタパン』をつくってみたかったんだよな。

 あれやけに美味そうに見えるんだよ。さすがジ●リ。

 でもそれだけじゃ昼までつらいので、ソーセージに簡単なサラダも作ってみる。

 料理を並べてテーブルに座ろうとするとあることに気づく。

 

 

「っと、飲み物飲み物」

 

 

 台所に行き、冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出す。

 え? 料理に合わないって? ウチは麦茶主体なんだよ、悪いか?

 誰かに対してツッコミつつキャップを外しコップに麦茶を注ぐ。

 

 

 ここでちょっと自己紹介。

 俺の名前は五代(ゴダイ) (ユウ)

 私立ミッドチルダ学園高等部二年生、現役の高校生だ。

 歳は17 身長は平均 体重も平均。

 個人的に言わせれば特長がないのが特長ってタイプだ。

 個性があるとしたら、多趣味ってことかな、悪く言えば器用貧乏。

 そんなのが俺のステータスってところかな。

 

 

 親は両親共働きで、父親の方は仕事で海外へ、母親もたまにしか帰って来ない。

 そんな感じの親だけど、俺は二人が嫌いじゃない。

 ドラマとかアニメっぽく、「俺を放っておいたくせに!」みたいに思ったりはしたことがない。

 むしろ毎日感謝しとります。出稼ぎご苦労さま。

 

 

 とまぁ、なぜ唐突に自己紹介したくなったんだ俺?

 麦茶注ぎながらしたからコップから麦茶流れ出てしまっていた。

 雑巾でこぼれた麦茶をふき、コップぎりぎりに入れられた麦茶をこぼれないように少しだけ飲みながらテーブルに向かう。

 

 

 

 

 ……テーブルに三人の娘が座っていた。

 これがもし知らない奴らであったならば問題だっただろうが、彼女たちは知り合いだ。

 美しい容姿をしてはいるが、正直言ってかなり痛い娘たちである。

 何故朝っぱらから家に不法侵入を行っているのだろう。

 とりあえずまず最初に言わせてもらいたい。

 

 

「おい、お前等。何で人様の朝食を横取りしてるんだ」

 

 

 人の朝の神聖な食事の時間を奪い去ろうなどなんて奴らだ。

 この質問には三人の内の一人、赤い髪を後ろで束ねたヤツ―――― ウェンディが答えた。

 

 

「あ、悠。おはようッス、朝食いただいてるよ」

「いただいてるよ。じゃねぇよ!?」

 

 

 こいつ真顔で答えやがったぞ。一切の罪悪感を感じないとでも言うのだろうか?

 そんな彼女は悪びれた様子を微塵も見せずに言葉を発する。

 

 

「まぁまぁ、そんな堅いこと言わないで欲しいッス」

「……お前なぁ」

 

 

 一言答えて、再びパンに噛り付くウェンディ。

 いけしゃあしゃあと人の朝飯食いやがって。

 飯の恨みは恐ろしいと習わなかったのだろうか?

 すると同じく赤い髪をショートカットにしたヤツ―――― ノーヴェが文句を言ってくる。

 

 

「うっせーな、別にイイだろ減るもんじゃねぇんだし」

「……ノーヴェ。実際に俺の朝食は消えたぞ?」

「こまけぇこと言ってるからモテねぇんだよ」

 

 

 ……地味に傷つくよその言葉。

 俺だって望んでモテてないん訳じゃないんだ。ただ……そう、まだ時がきてないだけなんだ。

 きっとみんな俺の魅力に気づく日が来るはずなんだ、グスン。

 俺がハートブレイクしていると銀色の長髪をしたロr……二人の姉、チンクがフォローを入れてくる。

 こんな姿をしているが、れっきとした年上だ。

 しかもかなりまともな、お姉さんとも言うべき部類のひと。

 

 

「すまないな、来たらちょうどあったものだからつい、な。許せ」

「チンク姉……謝ってくれるのは嬉しいけど一番食べてるのはチンク姉だよ?」

「……ごめんなさい」

 

 

 チンク姉が相手では頭ごなしに説教をするわけにはいかない。

 口から盛大に大きなため息をついてから三人に尋ねる。

 

 

「どうやって入ってきた?」

 

 

 戸締まりは確かに確認したはずだ。一人暮らしだしな。

 ふと思い出したのだが、俺にはメガネを掛けた知り合いの女性がいるのだが、彼女だったらピッキングとか平気でやらかしそうだ。

 

 

「ユウの母ちゃんから鍵、貰った」

「……あの野郎」

 

 

 でもまあ、ピッキングされて鍵を壊されるよりかは幾分ましか……。

 とはいったものの、面倒な奴らに合い鍵渡すなよ……。

 遠い空の向こうにいる母をこれほど呪った日がかつてあっただろうか、いやない。

 なんとなく反語で回想した後、再び質問をする。

 

 

「で、何しに来たんだ? いつもだったもっと遅いだろ…まさか、ただ人の飯かっさらいに来たんじゃないだろうな?」

 

 

 だとしたら許さない。絶対にだ。

 さっきも言ったが、朝食は俺にとって神聖な時間だ。

 少し大袈裟かもしれないが、せっかく作った朝食を理由もなく奪われるのは気分が悪い。

 万が一にもそのような場合が起きたら、俺の私刑を下さねばなるまい。

 

 

「いふぁ、そふぇひふぁふぁふぇふぁふぁふんふぁ」

「ウェンディ、飲み込んでから話せ。何言ってるかわかんない」

 

 

 というか、人の朝飯食うのやめろ。

 ウェンディはラ●ュタパンを急いでパクつく。

 ……悔しい、少し可愛いと思ってしまった。

 

 

「ングング……ゴクン。いや、それにはわけがあるんだ」

「……へぇ。どんなわけが?」

「そうなんスよ……」

 

 

 そういうとウェンディはわけを話し出す。

 

 

「アタシ、今日は珍しく早く起きて、ノーヴェを起こしてラクロスの練習をしようとしたんだ。で、庭に出るところでいつも朝早いチンク姉にばったり会って、ついでに練習に付き合ってもらうことになった。そしたらユウの家が見えたんだ。で、寝ているだろうから起こしてやろうって思って家の中に入ったんだよ。そしたらテーブルの上に料理があるじゃないか。起きてからアタシら何も食べてなかったんからオナカがへっている。そしたら自然と手が伸びて ――――」

 

 

 

「…………」

「……ユウ、その……すまん」

「いいんだよ、チンク姉……いいんだ」

 

 

 謝らなくてもいいんだ。

 ここまで清々しいと一週まわって怒りすらも感じないな。

 知り合いながら、どうしてこんな娘に育ってしまったのか……。

 これは彼女たちの父に代わって、指導を加える必要があるかもしれない。

 

 

「……ウェンディ」

「だから別に故意にやったわけ「ウェンディ」……どうしたんスか顔がマジっすよ?」

「……ちょっと待ってろ」

 

 

 裏口からコソコソと逃げようとしていた二人を捕まえる。

 

 

「クソ! はーなーせー!」

「悠、少し落ち着くんだ。話せば分かる」

 

 

 ウェンディの所に引きずって座らせる。

 怯えた表情で俺のほうを見てくる三人。そんな顔をしないでくれよ。

 まるで俺が悪いみたいじゃないか。

 

 

「……」

「ゆ……悠さん?」

「おい……黙ってないでなんか言えよ……」

「すまない、私が悪かった。許してくれ……」

 

 

 ……。

 

 

「このことに関してはチンク姉は不問でいいや」

「……!? 本当か!」

「うん。一番食べてたのはチンク姉だけど、チンク姉はさっきから謝ってるからね。戻っていいよ」

「そうか……ユウ、この埋め合わせは必ずするからな」

「そう? ならよろしくね」

「チンク姉だけズルイっす!」

「そうだ! なんでチンク姉だけ」

 

 

 にっこり微笑んで視線を向けると二人とも固まったように押し黙る。

 チンク姉は二人の妹に「すまん」とだけ残して去っていった。

 さて……二人とは少しおはなし(・・・・)をしなければ。

 

 

「……人の物勝手に食べちゃマズイよな?」

「そ……そうッスね……」

「そう、悪いことだ。悪いことをしたらその分、罰を受けなくちゃならない」

「……うぅ」

「……少し待ってろ。逃げたら……な?」

「「は、はい」」

 

 

 部屋に戻って戸棚の奥の二重底から一つの箱を取り出す。

 その箱からは、禍々しいオーラが吹き出しているような錯覚を覚えた。

 再びこれを世に出してしまう日がこようとは……

 しかしこれもあの二人を思ってこそだ。人は痛みを知らなければ成長しないのだ。

 ……決して朝飯を食われた八つ当たりではない。

 箱を持って二人の所にもどる。

 

 

「悠……その頑丈そうな箱なんだよ」

「これか? これはな……」

 

 

 箱を開けるといくつかのガラス瓶が入っており、そのうちの二本を取り出す。

 

 

 

 

「――――――――― 前にクア姉が作った。彼女曰く『調味料』のひとつだ」

 

 

「「―――――――――――――――!?」」

 

 

 逃げだそうとする二人の首根っこを掴み逃がさないようにする。

 

 

「い、いやだ! アタシまだ死にたくないッス!」

「あ、謝るから! 謝るからオレだけでも許してくれ!」

「汚いッスよノーヴェ!」

「うるせぇ! オレもまだ死にたくない!」

 

 

 なんとか近づく死から逃れようと暴れる二人の耳元で、そっと囁く。

 せめてもの優しさとして、少しでも安心して、逝けるように。

 

 

「安心しろ……二人仲良く……な?」

 

 

 

 

「「い、いやあぁぁぁぁぁぁああああああングッ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           どうしようもなく、バカらしくて温かくて優しい日常

 

 

 

 

 

               If なんば~ず ~ Sweet Home ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ~ 完 ~

 

 

 

 

 

 

      みんな「「「「「「「「いや終わらせねぇよッッッッ!!?」」」」」」」」

 

 

 

 




2013/7/16  修正


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ブレイクファースト 

 海鳴市には大きなお屋敷がいくつかある。

 一つはアメリカ人実業家 バニングスの屋敷

 二つ目は資産家である月村の屋敷

 

 

 そして三つ目。業界内では天才とも大馬鹿とも呼ばれている自称『人類史最高にして最凶の科学者』

 科学者 スカリエッティの屋敷

 

 その科学者の家は俺の家の隣である

 通常そんなでかい屋敷があれば、その家主に多少は興味がわくのだろうが、彼の場合は例外だろう

何故かといえば、その家主がおかしいと傍からみてまるわかりだからである

 

 連日のように響いてくる謎の爆発音

 

 時折聞こえてくる奇妙な高笑い

 

 広大な庭の一角を埋め尽くすほどのガラクタの山

 

 変人丸出しである。

 元々空き屋だったのだが、俺が小1ぐらいの頃にある一家が引っ越して来た

 それが彼等 スカリエッティ一家だった

 最初は当然俺も興味がわいた

 大きな屋敷という存在は、少年の好奇心を掻き立てるのには十分な材料だろう

 

 しかし、その興味は数日ほどで失せてしまった

 関わりたくないという気持ちが勝ってきたのだ

 

 数日でさっきの説明みたいなことがあれば小学生だった俺でもヤバイと気づく

 こいつらとは関わらない方がいいって少年が備えていた防衛本能が決めたのが10年ぐらい前のこと

 

 

 

 

 そしてそれから約10年後、俺はその家で朝食を作っていた ―――――――――――――――

 

 

 

 

 あれ、おっかしいなぁ?

 

 

 

 

 全員分の茶碗にご飯をよそって机の上に並べる。

 本日は和食だ。

 味噌汁をよそっていると、誰か入ってきた。

 見るとスカリエッティ家の長女であった。

 

「おはようウーノ姉。珍しく早いじゃん」

「おはよう悠。たまたま早く起きただけよ……今日は和食なのね」

 

 そう言ってウーノ姉は食卓の椅子に座る。

 すると、また誰かが部屋に入ってきた。

 今度は三人一緒であった。

 

「おはよう悠」

「おはようトーレ姉。今日は和食だよ」

「そうか、和食は好きだ」

 

 すると、隣にいるメガネの少女・クアットロが文句を言う。

 いちいち文句が多いんだよとは口が裂けても言ってはいけない。

 長い付き合いの間に覚えた彼女たちの対応に必要な知識の一つである。

 

「えーワタシは洋食の方がいいんだけど」

「クア姉には別で用意してあるよ」

 

 そう言ってパンとスクランブルエッグを乗せた皿を食卓に置く。

 

「珍しく気が利くじゃない」

「珍しくは余計だ」

「アタシは悠が作った物ならなんでも美味しいと思う」

「……ディエチ姉、ハズイからやめて」

 

 ディエチ姉は素でこういうことを言ってしまう。

 俺はディエチ姉のそういうところが大好きです。

 

「そうよディエチちゃん。こいつにそんな優しいこと言う必要ないわ」

「……メガ姉は一言二言多い」

「あら、悠。今なにか言った?」

「な、なにも」

 

 あ、危なかった。

 聞こえてないと思ったんだけど・・・

 あれ以上言っていたら何されてたことやら。

 

「じゃあ準備終わったし戻るわ」

「悠は食べて行かないの?」

「悪いなディエチ姉。今週は俺日直なんだ。だから早くいかないと」

「そっか」

 

 そう言ってディエチ姉は鮭の骨を取る作業にいそしむ。

 するとウェンディとノーヴェが駆け込んできた。

 ウェンディはラクロスのユニフォームを着ていて、ノーヴェは柔道着を持っていた。

 

「あ、朝練遅れるッス!」

「俺も遅れそうだから朝飯いらねぇ!」

「おい、二人共。朝食べて行かないと辛いぞ」

 

 トーレ姉の言葉も聞かずに二人は味噌汁だけ掻き込んでさっさと行ってしまった。

 トーレ姉がやれやれと言わんばかりに、溜め息をこぼす。

 

「あいつ等……」

「二人とも相変わらずアホねぇ」

 

 ある意味でクア姉も同じだと思うのだが。

 

「昨日言えば起こしてやったのに……」

「まぁいつもの事じゃない」

「いつもの事って……」

 

 確かにいつものことだが妹達がそれでいいのか、ウーノ姉……

 仕方ないので食パンを出して野菜を切り始める。

 ディエチ姉が尋ねてくる。

 

「何やってるの?」

「二人に差し入れ」

「ふふ、やっぱり悠は二人に甘いわね」

「茶化さないでよ……」

 

 ウーノ姉が微笑みながら麦茶をあおる。

 いつもウーノ姉はこんな感じでからかってくることが多いが、それを何となく心地いいと感じてるのも本当のことだ。

 でも、ううけっこうハズイな……。

 

「うわキモ~い、なににやけてるのよ」

 

 ……このメガネ、年上だが殴っていいだろうか?

 

 

 

 

 

  ――――――― 私立ミッドチルダ学園

 海鳴市にある巨大な高等学校である。

 理事長 リンディ・ハラオウン氏の意向によって、それぞれの個性を最も重視する学校。

 スポーツ・勉学・趣味などを是とし、将来は世界に羽ばたけるような人材の育成を指標としている。

 行事も豊かで規模も大きく、部活動も多彩、そして指標の通り各分野での著名人を輩出しており近日人気になってきたらしい。

 

 そんな所が俺たちの学校だ ――――――

 

 

 

 

 朝のHRの後、俺は自分のクラスではないクラス『2―A』の教室に向かっていた。

 教室のドアを開け、目的の人物を捜す。

 すると窓際の席で一部どんよりとした空気を漂わせているヤツがいた。

 

「ようノーヴェ、間抜けなお前に施しをしてやろう」

 

 手に持っていたバスケットを空腹で目が虚ろなノーヴェに差し出す。

 すると生気を失っていた瞳が一気に光を取り戻す。

 

「お、おぉぉぉぉ……め、飯をくれッ!!」

 

 俺の手からバケットを奪い取り、中に入っていたBLTサンドに囓りつく。

 少女が一心不乱にサンドイッチを貪っている様子は、なんだか見ていて悲しいものがある。

 見た目がイイと余計にだ。その見た目、もはやハムスター・・・。

 

「うぅ、ふまい。ふふぁいふぉお」

「あんまり急ぐと喉に詰まるぞ?」

 

「あ、悠おはよ……ハムスター? ……なんだノーヴェか。」

 

 俺が注意をしてくると誰かが声をかけてきた。

 目を向けるとそこにはノーヴェの親友、スバル・ナカジマが立っていた。

 

「おうスバル」

「朝練の時から様子が変だと思ったけど、お腹すいてたんだ」

 

 スバルはノーヴェと同じく柔道部に所属しているのだ。

 ノーヴェは気づいたらサンドイッチを完食しており、手についたパンくずをパンパンと叩いて落としていた。

 てか食うの早すぎだろう。

 

「ごっそさん! ふぅ、いきかえったぁ~」

「ノーヴェ、急ぐのは分かるが朝飯ぐらい食っていけ。お前の分俺が食ったんだからな」

 

 朝から胃がもたれそうでした。

 ノーヴェからバスケットを回収して教室を出て行こうとする。

 スバルが声をかけてくる

 

「あれ悠、もう少しいればイイじゃん授業までまだ時間あるよ?」

 

 時計を見るとまだ授業開始までには余裕がある。

 しかし俺にはあまり時間があるとはいえなかった。

 

「わるい、ちっとばかし用事がある」

 

 まだ一人腹ぺこなヤツがいるもんで。

 そいつに朝食を渡さなければ一日が始まった感じがしないだろう。

 

「ふ~ん、ならしょうがないや」

「じゃ行くから」

 

 今度こそ教室を出ようとすると背中越しにボソッと言葉が聞こえてきた。

 

「飯あんがと……うまかった」

 

 

 

 

 

 次にむかうは一つ下の学年。

 なんか年下とはいえキツイよね、こういうアウェー感。

 時折向けられる視線が・・・。

 そんなかんじで軽く緊張しながら『1― C』の前に立つ。

 

 ……さて、どうするか。

 

 2- Aと違ってあんましこのクラスに接点がないので入るのが少々憚られる。

 誰かに頼んで渡しておいて貰おう。

 そう思っていると後ろから突然強烈な気配を感じた。

 振り返ろうと思った瞬間にバケットを反応するまもなく強奪される。

 その正体は……まぁ当然ウェンディだった。

 

「ウェンディ……腹減ってるのは分かってるけど強奪するのはどうなんだ?」

「悠……何も言わないで欲しいッス」

 

 バケットからタマゴサンドを取り出して一心不乱にかぶり付く。

 何というか……ウェンディはそれなりに容姿が整っているから、そういう女の子が一心不乱に物を貪っている様子を眺めるのはつらい物が……。

 

「ガツガツ……なんスかその目は」

「いや、なんでもないですよ?」

「……あげないッスよ」

「取ったりしねぇよ」

「これはもうアタシの物、悠でもこれは渡せないッス」

「だから取らないって……じゃあ俺戻るからな? バスケットは後にでも渡してくれ」

「うん、ムグムグ」

 

 そういって教室に戻る。

 えっと最初の授業は・・・ゲ、ヴィータ先生の現文じゃん! 

 この学校に多いのだが、授業に遅れたりするととんでもないペナルティを課す教師が多い。

 前にヴィータ先生の授業に遅れた生徒は……うぅっ思い出しただけ寒気が。

 そして俺は通路を駆けだした。

 

 

 

 

「ねぇウェンディ、さっきの2年の人っもしかしてあの(・・)五代先輩?」

「ングングそうだけど、どうして知ってるんスか?」

「だって有名だよ? 去年先輩達と組んでいろいろと伝説を残してるし」

「……マジッスか?」

「てか、ウェンディ……五代先輩と付き合ってんの?」

「―――― !? な、なんでそうなるんスか!」

「いや、だってさっき弁当貰ってたじゃん。しかも手作りじゃない、それ」

「だからって、つ、付き合ってるとか」

「普通、男子が付き合ってもいない女に弁当作るとかないって」

「でも、アタシと悠って、別にそんなんじゃ」

「あー! 今、悠って呼び捨てにした!」

「だーかーらー!」

 

 

 

 

「ハックショイ! ズズッ誰か俺の噂でもしてんのか?」

「おい何ボサッとしてんだ? アタシの授業に遅れたこと反省もしねぇで、いいご身分だなぁユウ?」

「先生、とりあえずその振り上げたピコピコハンマー(グラーフアイゼン)を下ろしてください」

「うるさい! このっこのっ」

「あぁ先生地味に痛いって!」

「おい悠! 嫌なら俺が代わっても「「「「黙れロリコン!!!」」」」」

 

「アタシはロリじゃねえぇっ!」

 

 

 

 

   朝の校舎に先生の虚しい叫びが響き渡ったのだった

 

 

 



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あまいしっと

 春も全盛期を過ぎ去ったようで、桜もいくらかが花びらを落としきって次の季節に備えて新芽を育てていた。

暑くも寒くもない、ちょうどいいくらいの季節。

柔らかく温かい日差しの下、心地よさを感じずにはいられない。

この時期になると部活動は春季大会等、大きな試合などが連続するらしく活気に満ちあふれている。

俺は帰宅部なので、そういう人達を見ると「あぁ青春してんなぁ」と年寄りじみたことを考えてしまい一抹の寂しさを感じることもあったりする。

しかし、今日俺は部活に入っていないにもかかわらず放課後学校に残っている。

否、正確には残されている(・・・・・・)の間違いだが。

 

 

 

 

「ほら、何やってんだ。さっさと続けろこのスカタン!」

 

 怒声と共にヴィータ先生が愛刀(?)であるピコピコハンマー(グラーフアイゼン)でピコンピコンと頭を叩いてくる。

叩いている物が物なのだが、これが地味に痛い。

ヴィータ先生は見た目は子供っぽい(幼女)が実際は立派な大人である。

彼女がピコピコハンマーをふるうう様は正に(お子様)として我が校での名物の一つとなっている。

 

「分かりましたから、先生叩くのをやめてください」

「ぺにゃるてぃなんだぞ、真面目にやれ!」

 

 時折、舌が回っていないところが一部の人間からの人気の一つである。

ウェンディに弁当を渡したあと、案の定俺は授業に遅刻しなおかつ先生をクラスの前で辱めた(?)という理由でワックスがけを命じられたのだ。

そういって俺は教室のワックスがけを再開する。

 

「なんでこんな時期にワックスがけなんかするんですか? 普通は新学期前に終わらせるでしょ」

「前のワックスがけの時に一クラス分だけ納品が遅れてたんだよ」

「で、かけられなかったクラスがこの教室だったと」

「そういうことだ、分かったらさっさと終わらせんぞ」

 

 ヴィータ先生がワックスを床にまき、それを俺が雑巾でのばす。

俺一人にやらせればいいのに、そういう何気ない優しさも人気の一つ。

まぁ叩くのは勘弁して欲しいけどね!

そんな作業をかれこれ30分ほど二人で行っていた。

 

「よし、ざっとこんなもんだな」

「おつかれさまです」

「おう、もう終わったから帰ってもいいぞ」

「そうですか、じゃあお先に失礼します」

「もう遅刻すんな、あとわかってるな(・・・・・・)?」

「……委細了解です」

 

 う゛ぃーたせんせいはりりしくてとてもすてきなおとななじょせいです。

 

 

 

 教室を出た後、手についたワックスを洗い流して校舎をでる。

日が傾いて空は茜色に染まりかけている。

運動部のみんなが大きな声を出して練習していると帰宅部であることに何となく悲しさを感じるが、家事や学校関連のしごとのことを考えると、そんな暇はないので仕方がない。

帰路につこうとすると突然誰かに呼び止められた。

 

「おぉ~い、ユー!」

 

視線を向けるとそこには水色の髪をセミロングにした少女、セインがこっちに駆け寄って来ているのが見えた。

 

「あれ、セイン姉こんな時間にどうしたの? まだ部活やってる時間じゃん」

「水泳の春季大会って他の部活に比べて時期が遅いからさ、少しの間だけ早く帰れるんだ」

 

 肩に掛けた水泳用のバッグを見せつけてくる。

 

「へぇ……で、今から帰るところだったってこと?」

「そゆこと、そしたらちょうど悠がいたから、一緒に帰ろうかなーと思って」

「……それじゃ一緒に帰るか」

「うん!」

 

いつもセイン姉は部活に行ってばっかりだから、正直こういう時間を過ごすってあんましなかったしな。

まあ今年で三年は引退だし、気合いが入るのも仕方がないことなんだけど。

帰り道を歩きながら、たわいもない話をする。

 

「水泳部は今頃ってどんなことしてんの?」

「う~ん、体力づくりと筋トレ、あとストレッチかな」

「まだ泳いでないんだ」

「うちのプール屋外だからなぁ今頃だと水温が低いしプールも掃除してないし」

「冬の間使わないもんな」

「そ、だから冬の間とかプールに苔とか溜まって、ひどいんだよこれが」

「掃除って確か水泳部だけでやるんだよな」

「そうなんだよ! いっつも思うんだけど、みんなも夏はプール使うはずなのに掃除は水泳部だけにやらせるってどういうことなのさ!」

「あのコース仕切るやつとかも水泳部が片付けてるだよな」

「コースロープってしまうの大変なんだよぉ」

 

 そんなことを話していると帰路の途中にある商店街にさしかかった。

たしか名前は・・・琴平通り? オリオン通りだったっけ?

するとセイン姉が袖を引っ張ってきた。

 

「ねぇ悠。ついでになんか軽く食べてこうよ」

「……晩飯食えなくなるぞ?」

「えー……ちょっとだけ……ね?」

「う・・・」

 

 なんで俺の周囲の女性はこうも見た目だけはいいんだろうか。

紳士な俺としては従わずにいられない。

 

「俺はついてくだけだからな」

「―――― うん!」

 

 

 

 

 この商店街は、まぁ誰しも周囲に一つはあるだろう、普通の地方によくありそうな商店街だ。

海鳴市にはショッピングモールなども充実しているので、このような地元の個人営業店は煽りを喰らう。

日々廃れていってしまっているような、そんなどこにでもあるような商店街だ。

 でも、地元の人間はできるだけ、この商店街に通うようにしている人間が多い。

実際この商店街は時間帯によって、ミッド学園の生徒で賑わっていることもある。

みんな昔からあるこの商店街が大切らしい。

俺やセイン姉達もこの商店街が嫌いじゃないしな。

セイン姉はその一角にあるクレープ屋で、チョコバナナクリームのクレープを買った。

 

「やっぱりベターが一番だなぁ、もぐもぐ」

「あんまりがっつくとクリームこぼれるぞ?」

 

 買ったばかりなのだが既に上のバナナはほとんど食べ尽くされていた。

 

「てか、あの店員と顔見知りだったのか」

「もぐもぐ、うん。結構通ってるから顔覚えられた」

 

 実はこれ普通より多めに盛ってもらえているらしい。

てか、どんだけ通ってるんだセイン姉。

するとセイン姉はクレープを見つめた後こちらを見る。

 

「悠はクレープ食べなくてもいいの?」

「んー、一つ全部食べたら晩飯食えなくなりそうだしなぁ」

「それじゃあ、一口あげる」

 

 セイン姉がクレープを口元に差し出してくる。

いったい何の振りだろうか、食べろとでも言うのだろうか。

差し出されたクレープを見つめながら考える。

女性の食べかけだ。しかも噂によれば水面下でかなりの人気を誇っているらしい。

一部の男子からすれば喉からてが出るほど欲しい代物だろう。

でも正直俺とセイン姉の関係から言わせてもらえばこれぐらいは別に普通だ。

俺としては全部セイン姉に食べてもらった方が気分がいい。

 

「セイン姉が全部たべていいよ」

「ダメ、食べて」

「セイン姉のクレープだし」

「……お姉ちゃんの言うことは聞きなさい」

 

 うぅ、そういわれると弱いんだよなぁ……。

長年力の強い女性達に囲まれてきた弊害だろうか?

姉達の頼みは妙に断りづらいのだ。

 

「じゃあ……一口だけ」

「うん、がぶっといっちゃいな」

 

 言われるがままクレープを少しだけ食べる。

濃厚なチョコレートソースと甘み控えめの生クリームが口の中で溶け合っておいしかった。

セイン姉が顔を覚えられるほど通うのも頷ける。

 

「どう、おいしい?」

「うん、うまい。でもこんなうまい店まだこの商店街にあったんだなぁ」

「アタシも最初気づかなかった。結構入り組んだ所にあるしね」

 

 なんであんな穴場みたいな所に……大通りに作ればよかったのに。

その後、セイン姉が残りのクレープをあっという間に食べ終えてしまった。

 

「それじゃあクレープも食べたし……そろそろ帰ろうか?」

 

 するとセイン姉がいたずらっぽい笑みを浮かべた。

……嫌な予感がする。

彼女達がこういう表情をするとろくなことを考えていない。

するとセイン姉が腕を絡めて体を密着させてきた。

 

「えいっ!」

「せ、セイン姉!? なにしてんの!」

「なにって腕を組んでるの♪」

「ハズイから、ハズイからやめてください」

 

 引きはがそうとするが、相手は馴染みの人間と言えども女性。

紳士を自称する身としては強くでるわけにはいかない。

それにつけ込むようにより体を押しつけてくる。

セイン姉ってパッと見てそんなにある(・・)ほうじゃなさそうだけど、改めて確認すると平均以上はある気がする。

っって! 何考えてるんだよ俺ッ!

 

「やぁだぁ家までこのままがイイ!」

「でも、あぁあのひと、近所のおばさんがこっちみてるよ!」

 

 とびきりのゴシップネタでも得たパパラッチみたいな悪い顔してらっしゃるよ!

今度商店街やスーパーに買い物に行ったら俺はきっと、格好のカモにされるだろう。

それほどに恐ろしいのだ、近所のおばちゃん達の情報網とは。

 

「アタシは見られてもいいよ♪」

「でもセイン姉 ―――― !!?」

 

 今なにかの強烈な殺気を後ろから感じたような気がする!

セイン姉も気づいたようでおそるおそる後ろを確認する。

すると安堵した表情を浮かべた。

誰かと振り返るとそれはスカリエッティ姉妹の一人・セッテがいた。

……セイン姉は空気よめない子だから気づいてないかもしれないが・・・とんでもない威圧感を放っている。

殺気の正体はまさか……。

 

「……なにしてるの、セイン姉さん?」

「ふ、ふつうに帰ろうとしてただけだよ? セイン姉とはたまたま時間がいっしょになっただけで」

「……そう……それじゃなんでセイン姉さんと腕を組んでるの?」

「! こ、これは別に深い意味はなくてですね」

 

 何とか言い訳をしようとするが例のごとくセイン姉がしゃしゃりでてくる。

てか、なんで言い訳しようとしてるんだ?

 

「セッテのほうこそどうしたの、こんな時間に会うなんて珍しいじゃん」

「……夕飯の買い出し」

 

 あ……俺、朝にセッテに頼んどいたんだっけ。

てかやべぇよセイン姉、よくわかんないけどセッテさんご立腹だよ!

ピンク色の髪が逆立ってるよ! (※イメージです)

いつもボーっとしているセッテからは想像もつかないほど怒っている。といっても気がするだけなのだが。

セッテがジッとこっちを見てなにやら考え出した。

 

「……えい」

 

 するとセッテがセイン姉と俺の間に割り込むように俺の腕に腕を絡めてきたッッ。

おぉおお! セイン姉よりも立派な物が激しく主張してきて・・・! 

柔らかいなぁ……じゃなああいッ!

 

「セッテさん、い、いったいなんでしょう?」

「……用が無いならかえろ?」

「セッテどいてよ!」

 

 セイン姉が引きはがそうとするが、なかなか離れない。

この細腕のどこにいったいこんな力が……これがトーレ姉のトレーニングの成果だとでも言うのか。

 

「……今日はお店の人安くしてくれた」

「お姉ちゃんに譲りなさい!」

「……おにく少しサービスしてくれた」

 

 素晴らしいスルースキルですセッテさん。

 

「うぅぅぅ!」

「お二人とも落ち着いて」

「「ユーは黙ってて」」

「はい、出しゃばってすいません」

 

 結局このやりとりは家まで続くことになり家までの道中で近所のおばさん達からの生暖かい目線にさらされるはめになった。

セイン姉はすっかり拗ねちまって大変だった・・・なんでだろ?

 

 

 その後、今晩の晩ご飯にセイン姉の好物を作ったらすぐにいつもどうりになりました。

 

 

 

 



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べいびーぼーい

 スカリエッティ家において、俺は基本朝・昼・晩と食事の世話をしている。

なぜかというと、関わり始めてからひと月ほどで気づいたんだが…。

この家には料理という概念が欠落してたんだなこれが。

どのぐらいかって言えば小学生にして水とサプリメント・レトルト・インスタント食品ばかりで生活してたってレベル。

あまりの異常さに当時幼かった俺でさえ危機感を抱き両親に連絡。

 

それがスカリエッティ家の食卓再生計画の幕開けだった。

 

 当初は母さんが来て料理を作っていた。

あのときの少女達含め一人の成人男性が食事に感動している様はまるで火を得た人類のようだった。

しかし俺の母さんも忙しい身、しょっちゅう来て料理は作れない。

 

 そこで白羽の矢が立ったのがこの俺だった。

当初は近所のおばさん方に頼もうとしたが、気味が悪いとのことで交渉失敗したらしい。

両親の都合でよく家を留守にされることが多い鍵っ子だった俺はそこら辺の小学生に比べてそれなりの家事スキルは身に付けていた。

そこを買われての人選だったらしい。

そんなこんなで俺はスカリエッティ家の料理番に就任したわけだ。

最初は俺もそんなに器用だった訳じゃない。

だって小学生だぜ? 作れる物もたかがしれてる。

失敗だって何度もした。

けど、やめようとは思わなかったんだなこれが。

なぜかって? 

 

 こんな俺の料理でもあいつ等はうまいって言ってくれたからだと思う。

だから俺も期待に応えようって努力した。

 

 そんな感じで時が過ぎ俺は高校二年生。

努力の甲斐もあり、スカリエッティ家の食卓を完全再生させることに成功した。

ついでに俺は未だに料理番だ。

 

 今だって晩飯の後に食器を洗っている。

洗剤を含ませたスポンジで皿を洗い、洗剤を流す。

 

「はい、ディエチ姉」

「うん」

 

 隣で布巾を持っているディエチ姉に皿を渡しディエチ姉が拭く。

 

「追加です」

「……」

 

 そして、ディードとオットーが食卓の皿を洗い場まで持ってくる。

それをまた俺が洗い、ディエチ姉が拭く。

長年の間に編成された食器洗いのための特別チーム…というか単に真面目な面子を集めただけなのだが。

姉妹のうちこの面子以外基本食事関係に関わろうとしてこない。

まぁ某メガ姉みたいに関わらせないのもいるが…。

セッテ姉も志願しては来たのだが、どうも作業中チラチラこちらを見てくるので集中できず解雇となったのはまた別の話。

洗い物の最中暇なので、最近見ない顔の話をふる。

 

「そういや今日もジェイル帰って来なかったなぁ」

「この間電話で連絡してきたよ」

「マジか、それで何だって?」

 

 するとディードがジェイルのまねをして話の内容を説明しだした。

 

「世紀最高にして最大の発明が生み出されようとしている! すまないがしばらく家を空けることになるが心配はない。既に五代くんの母に連絡をしてあるからね、彼女達に世話になるといい。主に悠くんにね。ではまたね……だそうです」

「あの野郎」

 

 最近母さんの帰る頻度がやけに減ったと思ってたのはそのせいか。

体よく押しつけてったな。

 

「でもいつだかそんなこと言ってなんか作ってきてたよな。あれ何だったっけ?」

「……あぁ、ありました2年ほど前に」

 

 あのときもしょうもない物作ってきた憶えが・・・。なんだったっけ?

 

「……(ガサゴソ)」

「……どうしたのオットー?」

 

 突然オットーが戸棚の奥を漁りだした。

すると奥から埃をかぶった機械を取り出してきた。

たしかあれは……。

 

「オットーそれって……」

「……全自動た●ご割り機」

「「「……」」」

 

 そうだあのときはこれを作って来たんだった……。

 

「あの時の衝撃は今でも忘れないよ・・・」

「だな、二ヶ月も家を空けた結果完成したのがあれじゃあな」

 

 意気揚々とジュエルが取り出したとき、そりゃもうビビったわ。

 

「でも製菓会社に売り込んだらスゴイ好評だったんですよね」

「……現在の国内製菓会社中80%のシェア」

「意外と凄かったよね」

 

 てかオットーなぜそんなこと知ってる。

 

「というより、ほいラスト一枚」

 

そんなこんなで洗い物終了。

全自動た●ご割り機……久しぶりに今度つかってみるかな。

 

 

 

 

 

「んじゃ、俺帰っから」

「うん、お疲れ様」

 

 ふと、ディエチ姉が時計を見る。

 

「今日は早く帰るんだ?」

「へ? あぁ、そうだな。結構はやく終わったし」

 

 するとディエチ姉が少し思案して、質問してくる。

 

「まだ早いし……少し話そう?」

「そうだなぁ・・・」

 

 別に家に帰ってもやることもないしな。

 

「了解、付き合うよ」

「ありがと悠。ここじゃなんだし、部屋ではなそう」

 

 ディエチ姉に連れられ、長い廊下を通って部屋に通される。

 

「お邪魔します」

「いらっしゃい、そこ座っていいよ」

 

 言われるまま、ディエチ姉のベットの上に腰掛ける。

この家の全てのベットにおいて言えることだが、相変わらずふかふかだ。

ディエチ姉は背もたれに両手をかけて座る。

部屋は綺麗に整頓されていて、不快感を感じさせない。

さすがはディエチ姉ということだろう。

ふと、部屋の一角を占領している物について質問してみる。

 

「結構増えたね」

「そうかな、前に来てから……20冊ぐらいだよ?」

「いやいや、十分多いって」

 

 ディエチ姉は現在文芸部に所属している。

ある日突然に文学に目覚めてしまったんだよな。

部屋の一角には本がぎっしり詰まっている本棚が鎮座している。

 

「これなんて凄い厚いよね、ええと……『こかくちょうの夏』?」

 

 すると、ディエチ姉がやっぱりという顔をする。

 

「私も始めはそう読んでた。それって『姑獲鳥(うぶめ)の夏』って読むんだよ」

「姑獲鳥? へぇ、なんか難しそうだなぁ」

「そんなのことないよ、今度貸そうか?」

「……うん、機会があったらね」

 

 でもこれ、ほんとに厚いんだけど。

1000ページ以上あるんじゃないだろうか。

正直俺には読める気がしない。

 

「最近調子どう? クラスの友達とかもうできた?」

「うん。っていうかクラスの面子がほとんど変わらなかったしね」

「そっか、担任はヴィータ先生だっけ」

「そうなんだよ。それが聞いてよ、この間さ――――――――――」

 

 

 

 

「――――――――― で、井ノ上のヤツがコ●ラとメ●トスを同時に……って、もうこんな時間か」

「結構話込んじゃったね」

 

 時計を見ると針は九時頃を指していた。

 

「明日も早いし、そろそろ戻るわ」

「そう? それじゃ…………ちょっと待って悠」

「? どうしたの」

 

 ディエチ姉が立ち上がってこっちに来る。

何事かと思うと、ディエチ姉が横に座った。

ギシ、とベットのスプリングの音がやけに大きく聞こえた。

隣でディエチ姉はじっとこっちを見てくる。

 

「な、なに?」

「…………最近、悠が大人っぽいなって思ってた」

「へ? なんだよいきなり」

 

 少しムスッとしてディエチ姉は続ける。

 

「2年ぐらい前までは、私やウーノ姉とかに甘えてばっかりだったのにね」

「まぁ、俺も大人になってきたってことじゃない?」

 

 俺だっていつまでも子供ってわけじゃない。

クアットロ姉とかには、まだまだ子供だといわれるけど。

 

「……ねえ悠。どれだけ悠が大人になっても、私たちは悠のお姉ちゃんだよ?」

「…………ん」

 

 優しく微笑んだと思うと、ディエチ姉が頭を抱いてきた。

あったかい手が頭を優しく撫でてきた。

なんだか、とても穏やかな気分になる。

 

「恥ずかしいんだけど……」

「ダメ、たまにはお姉ちゃんに甘えなさい」

「でもさ」

 

 言い返そうとするとあたまをぎゅっとされてしまい何も言えなくなる。

ディエチ姉のパジャマから、いいにおいがする。

女性特有のにおいとでも言えばよいのだろうか。一切の不快感を与えない、落ち着く香り。

 

「悠は昔から優しい子だから、がんばって大人になろうとしてたのも知ってる」

 

 頭の上から優しい声が聞こえてきて、なんだか安心する。

 

「悠が大人になるのはしょうがないことだよ。でもね、私たちだって大人になってるんだ」

「……ディエチ姉?」

 

 上を見ると、目の前にディエチ姉の顔があった。

すこし、悲しそうな顔をしていた。

 

「悠が私たちのためにいろいろ頑張ってくれてるのも……分かってる。でも、もう少し、ううん、もっと私たちを頼って?」

 

 まっすぐ、こっちを見てくる。

なんだか、こういうお姉ちゃんっぽいことされたの、確かに久しぶりかも。

 

「辛いことや、苦しいことがあったらいつでも言って」

「……うん」

「ウーノ姉やクアットロ、ウェンディやノーヴェ……みんな悠の味方だから」

 

 ディエチ姉に、いや彼女達に俺は無用な心配をかけてしまってたと気づいた。

同時に、なんだか凄く悔しかった。

みんなの手助けがしたくって、始めてたはずなのに結局心配をかけさせてたから。

なんだかやるせなくって、心配させてた事を謝りたくて、ディエチ姉の体を抱きしめる。

女性らしい華奢な体だった。あまり強く抱きしめると折れてしまいそうなくらい。

しかしそこには女性の弾力も備わっており、いつまでも抱きしめていた欲望に駆られる。

 

「……おねえちゃん……心配かけてごめん」

「……大丈夫、悠はいい子だよ」

 

 ディエチ姉がぎゅっとしてきたからこっちもぎゅっと仕返す。

 

「っん……悠、悠」

 

 すると、むこうはもっと強く抱きしめてくる。

ウーノ姉とかにも最近されてなかったから、すごく気持ちいい。

体のあったかさとか、心のあったかさとか、いろんなものが伝わってくるみたいな感じがする。

 

「……ゆう」

「おねえちゃん」

 

あったかくて心地よい時間を味わう。

ずっとこのままでいたい、ふとそんなことを思った。

 

 

突然ドアが開かれるまでは。

 

「失礼します。ディエチ姉様、この間借りた本を……」

「「ん?」」

 

目を向けるとそこには驚愕の表情でこちらを見ているディードがいた。

……やばくねこの状況。

ゆっくりと、ディエチ姉を抱いていた腕をほどく。

少し、ディエチ姉が名残惜しそうだった。

 

「おい、ディード落ち着け、深呼吸するんだ」

「……すーーーはーーーー」

「よし、落ち着いたら一度話を聞いてくれ、これは」

「兄様、ディエチ姉様。少しそこに直ってください」

「「……はい」」

 

 

 

この後、ディードに長時間、説教を喰らったのはいうまでもない。

 

 

 

 

「ねぇ悠」

「なに、ディエチ姉?」

「……ううん、やっぱりなんでもない」

「どうしたのさ、いきなり」

「―――― たとえディエチ姉様といっても、お付き合いをしているわけでもないのに、兄様とあ、あんなうらやまけしからん事を……って二人とも聞いてるんですかー!」

 

 

 

 



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にぎってください

 ミッドチルダ学園は催し物が多い。

教育主任であるゲンヤ・ナカジマ先生しかり、競いごとを楽しみにしている先生方が多い。

まあ、他の学校から見ると変らしいが。

そんな彼等の言い分曰く「学生の時ぐらいしか騒げないのだから、せめて思いっきり騒げる環境を」と言うことらしい。

 

 そんな彼等の尽力もあってか、この学校の行事は年を通してかなり多い。

球技大会に体育祭、合唱コンクールに文化祭、そのほか状況によって様々な行事が追加されることがある。

去年なんかは、大雪が降ったとき、全学年合同による「海鳴合戦 雪の陣」なる大雪合戦大会が行われた。

ついでに、この雪合戦の勝利チームは教育主任率いる教師連合が優勝、俺たちのクラスが準優勝だった。

まぁとどのつまり、かなり忙しいわけで……。

 

 

「おらぁ悠! ボサッとしてんじゃねぇえ!」

 

 

「へ? ぐぼぉあ!!」

 

 声のする方向を向くと、目の前に飛んできたピコピコハンマーがあった。

ピコピコハンマーは的確に脳天に直撃、おもちゃとは思えない衝撃がはしり、バランスを崩して後ろに倒れ込む。

 

「おい悠! 大丈夫か!」

 

 クラスメイトの井上(いのうえ)(そう)が駆け寄って来て、俺を抱き上げた。

 

「おい、先生ッ悠が集中してなかったからって、あんまりじゃないですか!」

「……たしかに、今回は少しやり過ぎたか?」

 

 ヴィータ先生が、心配そうにこっちを見ながら歩いて来る。

 

「先生ッこれ以上悠に何かするっていうんだったら、代わりに俺を殴ってください! ハァハァ」

「てめえは自重しろ」

 

 抱き上げる井上の後頭部を殴りつける。

井ノ上はそのまま、無言で痛みにもだえる。

相変わらず犯罪スレスレな事すんな。

 

「大丈夫か悠? その……今回は私が悪かった、ごめん」

「いえ、謝らないでくださいよ。ボーっとしてた俺が悪いんですし」

「傷になってっかわかんねぇから、頭みせろ」

「じゃあ、しゃがみますね」

 

 少し膝を落として頭を向ける。

……このぐらいかな?

 

「どうですか。腫れてます?」

「――――ッッ! ――――ッッ!」

「ヴィータ先生、どうしたんですか?」

「ちょっと……待って……ろ……よっ!」

 

 なんだか様子が変じゃね?

すると、周囲から声が聞こえてきた。

 

「うぁ五代のヤツえぐいことを」

「でも、酷すぎないか。あれ」

「あれって天然か? クソォその才能が憎い!」

「ふ、フフフ……ユウスケよお前もこっちの人間だったか……」

 

 気付くと井上のヤツが復活してた。

なんか、マズイ事が起きているような気がする。

 

「……うがあぁぁぁぁああああああ!!!」

「!? ヴィータ先生いったい何……あべしッッ!?」

 

 再び訪れる衝撃。しかも一度ではない、連続でだ。

連続の衝撃で頭が揺さぶられる。

てか、洒落にならないぐらい痛いんだけど! 

 

「おい悠……人が優しくしてやったっていうのに。なんだその態度は?」

「え……別に何もしてませんけど?」

「……ゃくて悪いか」

「あの先生? 話聞いてますか」

 

 ピコピコハンマーを握って、体を怒りでプルプルと振るわせているヴィータ先生。

……悪い予感がする。

 

 次の瞬間、先生が……吠えた。

 

「ちっちゃくて悪いかああぁぁぁぁああああ!!!」

「ちょヴィータ先生? どこ行くんですかあ!」

「悠のバカ! アホ! うわああぁぁぁあぁぁぁ…………」

 

 ヴィータ先生はおさげを振り乱しながら走り去ってしまった。

……信じ難い事だが、ちょっと涙目だったかも。

後ろから肩を叩かれる。

 

「悠、大丈夫だったか? 災難だったな……と言いたいが、今回ばかりはお前が悪い」

「あの俺、状況を理解してないんだけど。何が起きた?」

 

 肩を叩いてきた男・クラスメイトの阿部 和高がやれやれといった風に肩をすくめる。

 

「お前……またやったのか?」

「またって……なんのことだ?」

「……なんでもないよ。気にする必要はない。練習を続けよう」

「あっおいカズ! なんだよ……いったい」

 

 カズは踵を返しみんなの所に向かった。

俺も内心疑問を抱きながらも、みんなの所に向かう。

なんだか分からないが、井上がなんだかハイになっててかなりうざかった。

 

 

 

 

 放課後、俺達は体育館の一角を利用して何を行っていたかと言えば、球技大会のための練習だ。

ついでに、俺の出る種目はバスケ。

メンバーは、俺・井ノ上・阿部。

あとの二人はクラスの男子だ。

 

 放課後に練習していたのは、主に担任ヴィータ先生からの命令である。

先生はこういう祭り事が好きなタイプの人だから、かなり張り切っているため、俺達選手が、こうやって練習に駆り出されているわけだ。

……まあ、俺達も負けるのは趣味じゃないし、かなりやる気があるんだけどな。

 

「阿部!」

「―――― よっと!」

 

 阿部からのチェストパスを胸元でダイレクトで受けて、ドリブルで相手を抜く。

 

「あめぇ!」

「……ッッ」

 

 ……はずだったが、井上のスクリーンに邪魔された。

こいつ運動センスだけはバカに良いんだよなぁ……。

 

「フフフ……何時も馬鹿にされてばっかじゃ……あれ?」

 

 阿部が俺の手元を見て驚く。

なぜなら、そこに持っているはずのボールが無かったからだ。

気付けば、既に阿部がゴール下でシュート態勢に入っている。

 

「ゲッいつの間に」

「さっきバックハンドパスしてたんだよ」

「さっきって、お前ノールックパスじゃんか!」

「まぁ阿部相手だったら、安心してできるんだよ。あいつ以外じゃお前にしかできんけど」

 

 阿部が綺麗なフォームでシュートを放つ。

ボールは綺麗な弧を描き、吸い込まれるようにゴールネットを揺らした。

 

 

 

 

「あー……きっちぃ」

「運動不足だな。何か部活にでも入ればいい」

 

 バスケって初心者とか運動不足の人間のやるもんじゃないよね……。

足のふくらはぎとか、太ももとかがパンパンになってる気がする。

 

「悠はセンス良いんだけどなぁ、去年より体力落ちてないか?」

「……なんかヘコむ」

 

 トーレ姉とかにトレーニングに(強制的に)連れて行かれる事とかが多いから、体力はそこそこある方だと思ってたのに……。

 

「まぁ悠はいろいろ忙しいからな」

「あぁ……憎らしいよな、ホント」

 

 一緒に練習していた、同じクラスの男子二人から呪詛の念が向けられる。

嫉妬やら何やらをひしひしと感じる、冷たい目線だった。

いったい何だよ?

 

「美人姉妹がお隣に住んでて」

「しかも、関係が最早姉弟関係だろ……」

「「巫山戯ろ」」

 

 なんかいきなり暴言を吐き捨てられた。

まぁ確かにウーノ姉達とか凄い美人だから、一緒に居て悪い気しないけど。

 

「てか何でそんな事知ってんだ? 誰かに言ったことあったっけ?」

「美人揃いで有名なスカリエッティ姉妹とあんな親しくしてりゃ、気になって探る輩も居るって事だな」

「そんなもんかなぁ?」

 

 てか知らないところで探られてたのか俺。

阿部の言葉に少し驚く。

探られてたのは俺というよりかは、姉さん達の方なんだろうけど。

……良い気分はしないな。

 

「……あれ? あれってディードちゃんとオットーちゃんじゃね?」

「ん? ……あ、本当だ」

 

 井上の視線の先を見ると、ディードとオットーが他の生徒と一緒にバスケの練習をしていた。

 

「ディード達もバスケなんだ」

「なんだ、悠も知らなかったのか?」

「……まあな」

 

 実は最近ディードが冷たい。

いや、原因は分かってるんだけどな?

 

 先日、ディエチ姉との一件を見られて以来、ディードが少し俺を避けている。

声をかけても素っ気なく返される。話かけてこない。その他etc…。

 

 そんなこんなで、最近ディードと話してない。

いつも一緒にいるオットーは普段話しかけてこないからディードが何に参加するか知らなかったんだ。

どうやら完全に拗ねてしまっているらしい。

 

「……俺少し用事思い出したから、みんな先に帰っててくれ」

「……了解。なんか面倒事だったら手伝ってやっから。いつでも呼べよ」

「悠からの頼みなら、いつでも予定は開けよう」

「あんがと、じゃあな」

 

 阿部達と別れた後、どうするか考える。

さて、どうしようかな……

 

 

 

 

「……どうしてそこにいるんですか兄様」

「え……グウゼンジャナイカナ?」 

「……嘘くさい」

「何言ってるんだよオットー」

 

 別に二人の帰り道に先回りなんかしてたわけないじゃないか。

 

「ついでだし一緒に帰ろうぜ」

「……勝手にして下さい」

 

 俺をおいてディードがさっさと歩いて行ってしまうので後ろからついていく。

オットーが横に並んで小さな声で話しかけてきた。

 

(兄さん)

(なんだオットー)

(ディードと何かあった?)

(やっぱ気付いたか)

 

 さすがに双子ってだけあるな。

 

(この間から機嫌が悪い。兄さんの事怒ってた)

(……少し、恥ずかしいところを見られまして)

(……詳しくは聞かない)

 

 オットーの心遣いが身に染みる。

こうゆうとこコイツの良いところだよな。

 

「そういえばさ、さっき球技大会でバスケに出るから練習してたんだけど。お前等もバスケ出んの?」

「……そうですけど。なんでそんなこと知ってるんですか」

 

 素っ気なくディードが返す。

完全に無視されて無くて助かった。

 

「いや、そのとき二人が練習してたのが見えたから、バスケ出るのかなって」

「……そうですか」

「いや二人とも上手かったぜ? 俺なんか体力落ちててスゲー辛かったのに二人とも涼しい顔してんだもん」

 

 とりあえず機嫌を取ろうと思い付いたことを言ってみた。

するとディードがジト目でこっちを見てくる。

 

「ご機嫌取りですか? 別にそんなことする必要ありませんよ。私別に怒って(・・・)ませんから」

「べ、別にご機嫌取りなんて」

「分かりますよ。兄様分かりやすいですから」

「……マジですか?」

「マジですよ。顔にでてます」

「……兄さんは分かりやすい」

 

 ディードがこっちを見る。

俺の顔ってそんなに分かりやすい作りなんだろうか?

 

「俺ってそんな分かりやすい?」

「いや……他の人には分からないかもしれません。姉様達とか近くにいる人じゃないと分からない変化です。私も……兄様とずっと一緒でしたから」

 

 ディードが薄く笑いながら言う。

 

「今笑った」

「? なんですかいきなり」

 

 いきなりの言葉にディードが少し驚く。

まぁ俺もいきなりそんなこと言われたら驚くけど。

 

「いや最近ディードが相手してくれなくて寂しいなーって思ってた」

「……寂しかったんですか?」

「うん。そりゃ喧嘩なんて殆どしたこと無かったじゃん? だからさ、ディードが話してくんなかったの辛かった」

 

 するとディードが突然そっぽを向いてしまう。

あれ普通こういう時は仲直りするもんじゃないの?

 

「あのーディードさん?」

「な、何ですか?」

「なんで顔を逸らすんですか?」

「別に何でもありません!」

 

 怒られた。

隣でオットーが「素直じゃない」と呟いていた。

 

「ディード」

「……なんでしょう」

「なんか……ごめん」

 

 なにが悪いのか、というか俺が悪いのか分からないが素直に謝る。

 

「俺にはよく分からないけど、ディードに嫌な思いさせちまったし……」

「兄様、謝らないで下さい」

 

 ディードに言葉を遮られる。

 

「別に兄様は悪くありません。ただ……私が嫉妬しただけですから」

「……嫉妬?」

 

 俺が聞き直すとディードははっとしたように言葉を続ける。

 

「ディエチ姉様のことを抱きしめてたことが羨ましかったとかそうゆうのではなくて……」

「……まったく」

 

 ディードの頭をクシャクシャと撫でる。

おぉ……久しぶりに触ったがやっぱり姉妹中で一番さらさら何じゃないかな。

 

「に、兄様っ? いったい何を」

「理由はない。ただ撫でたくなっただけ」

「……うー」

「……ずるい」

 

 オットーが不満を言ったのでついでに撫でる。

二人とも双子だけど髪質は全然違うなぁ。

 

「この間のこと、悪かったな。許してくれ」

「……ダメです。許してあげません」

 

 あれ? 許してもらえると思ったんだけど……。

するとディードがこっちを向いた。

なんだか顔が林檎みたいにまっかになってて可愛かった。

 

「も、もっと撫でてくれないととダメです」

「……了解」

 

 そんな恥ずかしそうに頼まれたら断る訳にはいかない。

髪をとかすみたいに優しく撫でる。

 

「……あっ……んっ」

「よしよし」

(……兄さんテクニシャン)

 

 くすぐったいのかディードの口から時折声が漏れていた。

 

「も、もう大丈夫です」

「もういいのか? もっとやっても」

「大丈夫ですから!」

 

 なんか今日のディードはテンション高いな。

ディードとオットーの頭から手を離す。

 

「許してくれるか?」

「……まだダメです」

 

 まだダメなのか……

今のでいけた様な気がしたんだけどな。

 

「じゃあどうすればいいんだよ」

「……手を」

「ん? なんだって」

「……手を、にぎってください下さい」

「そんなことでいいの?」

「はい、大丈夫です」

 

 ディードが言うんならそれで良いんだろうけど。

ディードに言われたとおり、ディードの手を取る。

女の子らしい柔らかくて小さな手だった。

……すこし恥ずかしいな。

 

「これで良いか?」

「はい、じゃあ帰りましょう」

「このままでか?」

「はい。このままです」

 

 家までこのままはかなり恥ずかしいな。

妹みたいなものとはいえディードはかなり可愛い女の子だ。(まあ彼女みんなそうなのだが)

そんな子と手を繋いで歩くというのは男として誇っていいんだろうけど……。

 

 すると片方の手をオットーに握られる。

 

「お、オットー?」

「ディードだけずるい」

「じゃあオットーも一緒に、じゃあ行きましょうか」

「おう」

 

 そのまま家まで三人で手を繋いで帰る。

ディードが凄く嬉しそうにしてくれてるのでので俺としても満足だ。

帰り道を夕日が赤く染め上げていたが、それと同じぐらいディードの顔も赤くなっていた ――――



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も、もしかしてお前

 ディードとの仲直りから数日が過ぎた。

今日までにいろいろあったな。

 

 ヴィータ先生にやらかしてしまったせいで、そのことを聞きつけたシグナム先生に教育的指導(お仕置き)を喰らったり。

ゲンヤ先生との柔道での十本勝負を強いられたり。

いやぁいろいろあった。

 

 

 

 

 そんなこんなで本日、球技大会当日です。

 

「おーがんばれークア姉ー」

 

 現在俺達が観戦しているのは女子サッカーだ。

ちょうど試合をしているチームに知り合い(クア姉)がいたので休憩時間の間に応援に来たというわけだ。

 

「いやー五代君、阿部君。ひとつ良いかね」

「なんだよ井上?」

「そうだぞ。なんだいきなり」

 

 井上が右手を挙げて拳を広げる。

 

「ナイスブルマ!」

「「ナイスブルマ」」

 

 手に向かってハイタッチ。

感動を共有しあった。

 

 この学校ミッドチルダ学園はブルマ推奨校だ。

何故かと言えば、学園長が原因だ。

学園長リンディ・ハラオウンは名前から分かる通り日本人ではない。

そして学園長は非常に親日家で有名である。

 

 だが学園長は日本に対する知識が徹底的に根本的に間違っているのだ。

そのせいで学園長室は現在、おかしな日本文化の巣窟と化している。

なぜこのような事を説明したかと言うと。このブルマも学園長の間違った日本知識の産物であるからだ。

 

 ……噂によると。この件の首謀者はゲンヤ先生とレジアス教頭等、男性教諭達が学園長をそそのかしたとかなんとか。

何はともあれ、ここはある種の楽園となったわけである。

 

 

 

 

 ……お、クア姉にボール飛んできた。

 

「クア姉落ち着いてー」

 

 クア姉はボールを見ながら落下地点に向かう。

そしてボールをトラップ……できなかった。

というか、落下地点に到達できてないし。

 

「あっむぎゅ!」

 

 しかもコケた。

ボールばっか見てるから足下がもつれたれたらしい。

隣から井上が尋ねてくる。

 

「クアットロ先輩って……もしかして」

「……実はそうなんです」

「今日はあれの日なんじゃ(ザシュ)」

「井上、少し自重しろ」

 

 井上の両目に阿部の人差し指と小指が突き立てられる。

井上は声も出せずに悶絶した。

自業自得だから心配はしない。

 

「まったく……懲りない物だな」

「まぁ更正のしようもないし、無視しよう」

「そうだな。話を戻すがやはりクアットロ先輩は……」 

「あぁとんでもない運動音痴だ……」

 

 クア姉は運動音痴なのだ。

頭が良い分、比例しているのかとんでもなく運動が苦手だ。

未だに逆上がりができないことを誤魔化しているレベルだ。

 

「大丈夫か。あれ派手に転んだが」

「大丈夫だろう。そんなヤワな人じゃない」

 

 そう言って俺たちは観戦を続けた。

ついでにコケたクア姉が少し可愛く見えてしまったのは気のせいだと思っておく。

 

 

 

 

「はいクア姉、お疲れ様」

「ぜひゅーぜひゅー……あ゛、あ゛り゛が……げほっごほっ」

「はいはい、よくできました……っと」

 

 クア姉が倒れ込んできたので正面から抱き留める。

過剰な運動のせいか体が熱く火照っていた。

 

「……あんまべたべたすんじゃないわよ……げほっがっ」

「……はいはい」

 

 世話の焼けるお姉ちゃんですよ、まったく。

 

「まったくクアットロ! なんださっきのし…あ……い……」

「ん? あぁチンク姉じゃん。試合終わったの?」

「お、おおおお前達はっ、こんなところでな、なんて破廉恥なことを!!」

 

 チンク姉が顔を真っ赤にしながらこちらを指さす。

()(クア姉)を抱き留めている。

……よく見れば確かにこの状況はまともじゃないな。

 

「べ……べつに良いじゃない……疲れてるんだから」

「なら私が看病してやる! どくんだ悠!」

「え、ちょ」

 

 チンク姉に割り込まれ、クア姉は少し不満げだった。

 

「チンク姉の種目はバスケだったっけ?」

「あぁそうだな。悠もバスケだろう? 頑張れ」

「ん……了解」

 

 チンク姉ってこういう時体育会系だよな。

ま、俺も嫌いじゃないけど。

 

「悠そろそろ時間じゃないか?」

「え? あぁヤバ!」

 

 時計を見ると後十分程で開始時刻だった。

遅れたらヴィータ先生とか井ノ上達に何させられるか分かったもんじゃない。

 

「じゃあ行くから。チンク姉も頑張って!」

「もちろんだ」

「……精々頑張んなさい」

 

 チンク姉、クア姉と別れて体育館に向かって駆けだした。

 

 

 

 

「―――― 南無三!」

 

 阿部のシュートが弧を描きゴールに吸い込まれてゆき、フレームに触れる事無く綺麗に円に吸い込まれた。

同時に試合終了のホイッスルが鳴り響く。

 

「「「「「っしゃあああぁぁぁぁああああ!!!」」」」」

 

 

24-23

 

 

 大接戦の末勝利を掴んだのは俺達2-Dだった。

今回は教師陣が参加しなかった事が大きいが一筋縄ではいかない試合ばかりだった。

なにはともあれ優勝ですよ。

いや嬉しいねやっぱり、勝つってさ。

これで今日はゆっくり休める。

 

 

 

 

 そんな事を思っていた時期が俺にもありました。

 

 え? 何があったかって?

そうだなどこから説明したものか……

 

 そうだ、それは閉会式での表彰間際。

突然学園長から放たれた一言から始まったんだ。

 

 いや、正確には突然ではなかったんだ。

俺達(男子)には知らされていなかった特別企画。

 

「バスケットでの『男子優勝チーム』と『女子選抜チーム』によるバスケットボール・エキシビジョンマッチを行いたいと思います!」

「「「「「…………はい?」」」」」

 

 意味が分からないんですが?

俺達は皆思った。

何故必死こいて優勝した後にまた試合をせにゃならんのだと。

学園長曰く

 

「男女の垣根を越えて互いの力をぶつけ合う。このような事ができるのはスポーツ以外に無いと私は思っています」

 

だそうだ。

 

 サッカー等の他の球技では男女差が如実にでる可能性があるとのことでバスケットボールになったらしい。

悪くない企画だと思うよ? 俺達が出るんじゃ無ければなっ!

 

 相手は一年から三年までのスポーツセンスの良い連中を集めた先鋭チームだそうだ。

だけど、俺の場合相手チームの面子を見て一瞬で勝てる気が全く起きなかった。

 

 一応女子の方からもバスケ部員はハンデとして出場しないことになっていた。

つまり他の部活からの参加者が多いわけ。

 

 運動神経の良い女子……俺には思い当たる節が多すぎた。

 

 

 

 

「…………」

「どうしたんだよ、早く相手のメンバー表渡せよ」

 

 井上が阿部に催促する。

阿部の顔はなんだか重苦しく、憂鬱そうだった。

大体阿部がこういう顔をしている時は緊迫した状況の時が多い。

俺も正直良い予感がしない。

 

「…………ほら」

「サンキュ、ええと相手のメンバーは……」

 

 相手メンバーを見た瞬間、井上が凍り付く。

次に諦め気味な顔で俺と二人のクラスメイトにメンバー表を渡してくる。

 

「なんだよ」

「とりあえず見てみろ……ほら」

 

揃って差し出された用紙を覗き込む。

 

「「「…………まじですか?」」」

 

 井上が見せてきたメンバー表を見て俺達は口を揃えて呟く。

 

 

 女子選抜メンバー

 

 スターティングメンバー

チンク・S(スカリエッティ)  ティアナ・ランスター  スバル・ナガシマ

ノーヴェ・S  ウェンディ・S

 

 サブメンバー

ディエチ・S

 

「何これ怖い」

「Sばっかりだな」

 

 他のメンバーがその面子の名前を見た瞬間、俺達のやる気は大幅に削がれた。

だって彼女ら運動能力が異常なんだから。

 

「明らかにこっちを潰しにきてるガチなメンバーじゃねえか」

「それに引き替えこっちはクラスの運動が少しできる程度だ。しかもさっきまで試合をしていた……な」

 

 井上や阿部の表情も若干死んでいる。

かく言う俺も正直勝てる気が全然しないし。

 

「控えにディエチ姉を入れてきてるのが本気を感じさせるな」

「ああ……確かに。このオーダー考えたのって絶対正確がひねくれてるな」

 

 俺の頭にメガネをかけて嫌らしい笑みを浮かべた見慣れた女性の顔が思い浮かんだが、きっと気のせいだろう。

すると、井上が質問をしてきた。

 

「なんでディエチ先輩が控えに入ってるのがまずいんだ?」

「……お前、ディエチ先輩達の試合を見てなかったのか?」

「失敬な。胸元や腰つきを鑑賞してただけだ!」

「「…………ハア」」

 

 ダメだこいつ。イカれてやがる。

きっとさっきまでの激しい運動のせいでおかしくなってるんだ。

きっとそうだ、うん。

 

「一応説明しておくが、ディエチ先輩はバスケに出場してたのは分かるな?」

「ああ、確かに見た腰つきの中ににディエチ先輩のものとかぶった気が」

「死ねええぇぇぇぇぇっっっっっっ!!」

 

 井上の後頭部に延髄切りを叩き込もうとしたが寸手のところで避けられた。

クソ、回避能力は高いなこいつ。

 

「あぶねえっ! 悠てめぇ俺を殺す気かよっ」

「殺す気だウジ虫野郎」

「ひでえな!」

 

 こうなったら最近考えた、俺の107番目の技、空中前方一回転とキックを組み合わせた強化キックを……。

井上をどうしてやろうか考えていたら阿部に割り込まれる。

鋭い眼光を向けられて俺も井ノ上も動けなくなる。

 

「落ち着け、仲間割れしている場合じゃない。あと……井ノ上は俺の説明を聞け」

「は、はい……」

「あと悠。知り合いが視姦されて腹ただしいのは分かるが、今は落ち着け」

「ああ……少し熱くなり過ぎた」

 

 阿部の言う通り、落ち着くようにする。

井ノ上の事は保留にしておこう。今は試合の方が優先だ。

 

「とにかく、ディエチ先輩の試合を見た限り……彼女の3Pシュートは、成功率9割だ」

「「「なん……だと?」」」

 

 他の三人は驚いているが、俺はその状況を見てたし、彼女達は時折人間じゃ無いんじゃないかなと思う事が多々あるので驚きはしない。

 

「明らかに終盤、こちらの戦意をへし折るための秘蔵っ子と見て間違い無い。それに加えてチンク先輩も侮れない。彼女の指揮能力には目を見張る物がある」

「詳しく説明プリーズ」

 

 井上の要求に俺はチンク姉の出場した試合の結果を見せる。

それを見た井ノ上は更に表情が死んだ。

 

「チンク姉の指揮した試合において、10点以上の得点を許した試合はないんだよ」

「他にもノーヴェとウェンディ。スバルにランスター先輩などのコンビネーションの良さに定評のある奴らも揃っている。考え得る限り最高の状況だ」

「洒落になってねえよ」

「俺だって信じたくない。だけど、この試合に負ける訳にはいかないんだ」

「そうだけどよ……この試合にはそこまでする価値があるのかよ?」

 

 日和る井上の肩に手を添えて、阿部が語りかける。

 

「価値がどうとかじゃない。みんなが努力して、手に入れることに価値がある。それに俺達は彼女達に負けるわけにはいかない。絶対にだ」

「悠もカズもわかんねぇよ……どうしてそこまでして勝とうとするんだ?」

 

 問いかけてくる井上に俺は言い放つ。

 

「俺達には男子で優勝した責任がある。三年生のバスケット部員達や他のみんなを倒した、責任がある。みんなの努力した時間を、男としてのプライドを、守り抜かなきゃならないんだ!」

「悠……お前そこまで」

「さあ井ノ上。どうする? 賢く勝てないと判断して手を抜くか、勝てないと分かりつつも全力でやるか。お前自身で決めろ」

 

 阿部の一言で、井上はハッしたように肩を奮わせ、真っ直ぐこちらを見据える。

先ほどまでの恐怖は、その瞳には無かった。

 

「……ここで逃げ出すなんて、俺らしくないよな」

「ああ……そうだな」

「男なら……やるしかねえよな!」

「ああ……その通りだ!」

 

 阿部と井ノ上が盛り上がってる途中で悪いが途中で口をはさむ。

 

「悪いが青春ごっこもここまでだ。あと一時間、できることを考えよう」

「確かにそうだな。しかし、どうする? 相手は恐らくこの試合のためにいくらか練習を行っているはず。連携の穴を突くのは難しいと思うが」

「そのことだが、俺に考えがある。だけど、これは相手にとって有効なかわり、こっちにとっては諸刃の剣だ。できるか分からないが……聞いてくれ」

 

 ほんの少しの時間でも無駄にはできない。

俺達は足りない頭をひねりながら試合への準備を進めるのだった。

 

 

 

 

「なに、あいつら? むさ苦しいわね~。 もしかして……ゲイ?」

「「「「はうあっ!?」」」」

「…………」

(兄様×阿部先輩……いや、もしかして兄様×井ノ上先輩……って私はいったい何を!?)



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ブザービーター

 長いホイッスルが鳴り響く。

第3(クォーター)終了、俺達の戦績は……ギリギリのシーソーゲームだった。

しかも、こちらは押され気味という結果である。

 

 29-31

 

「―――― ハァッ、ハァッ」

「あ゙ーきっちぃいいい!! うっぷ」

「お前……ここで吐くなよ?」

 

 みんなも体力が無限にある訳じゃない。

男女の元来持っている差も、彼女達には通用しない。

さて、どうしたもんかな……

 

「どうする? そろそろ仕掛けなければ……」

「まだ……早いな。あれ(・・)を使うには時間がありすぎる。俺達が持たないぞ」

「だが守ってばかりでも体力は削れる……難しいな」

 

 俺と阿部が頭を悩ませていると、俺達のチームの体力馬鹿が相変わらず五月蠅かった。

 

「スカリエッティ姉妹もアタッカーも化け物だよなあ、動きが並みじゃねえ」

「お前は相変わらずクソ元気だな。みんな限界だってのに」

「自分で言うのもなんだが、俺の取り柄は体力だけだからな!」

「お前らしいよ……まったく」

 

 一瞬、この馬鹿が格好良く見えてしまった。不覚。

しかし個人が奮起したところで全体の士気が上がる訳でもなく、嫌な雰囲気が場を包み込む。

 

「さて……これからどうしたもんって痛あぁ!」

「ンガアッ!」

「ブフォ!」

「ウッ!」

「あふん!」

 

 突然みんなの頭がピコンという音とともに驚きの声を上げる。

このパターンは……。

振り向くとそこには担任ことヴィータ先生の姿があった。

相棒片手に大層ご立腹な様子だった。

 

「なにうだうだやってんだよ。お前等!」

「ヴィータ先生……これは難しい戦術で」

 

 説明をしようとするが、次の先生の言葉によって言葉を続けられなかった。

 

「そんなこと知るか! あんた等はアタシの生徒だろ? なら……最初から全力でやれ!」

「……先生」

「お前達負けられないんじゃなかったのか? 負かした相手のために戦うんじゃなかったのか!」

「っ!」

 

 やべっ一瞬クラッと来た。

そうだった、決めてたじゃないか。

男子全員のために戦うって。

勝負の熱にやられてしまっていたのだろうか、そんなことすら忘れてしまっていた。

ヴィータ先生の一言一言が身に染みてくる。

 

 やるべき時には頼りになる……やっぱウチの担任(小学生)は最高だぜ!

 

 すると、後ろから声をかけられる。振り向くと、そこいるのは意外な2人だった。

 

「ヴィータ先生の言うとおりだぜ、おめぇら男だって言うんだったら出し惜しみすんじゃねえ」

「男子たるもの、誇り高く強く在るべき……今ではもう流行らんかな」

 

 声の主はなんと、俺達二年生の学年主任、ゲンヤ・ナガシマ先生とレジアス・ゲイズ教頭だった。

この二人が並んでると……濃いなぁ。

 

「が、学年主任に教頭まで……」

「なんだかんだ言っても、これは学園内の男子対女子みたいなもんだからな。俺達としても、おめぇらに勝って欲しいのさ」

 

 ゲンヤ先生っていつも厳しいからこういう風に励まされるとなんか照れるな……。

続いてレジアス教頭から激励を受ける。

 

「あまり無理はするな。だが悔いの残ることの無いように、全力で戦いいなさい。私からはそれだけだ」

「…………お三方、ありがとうございます。おかげでこの後の作戦が決まりました」

 

 そう言うと、阿部が俺に視線を送ってくる。

俺に許可を求めてきてるんだろう。

だけど、答えなんてもう決まってるようなもんだろう?

 

「分かった。この後はあれを使っていこう」

「教師が一方に肩入れするのは気が引けるが……勝ちなさい」

「勿論ですよ。男なのにそうやすやすとは負けられません」

「いらねぇ心配だったか」

「おい待てよ、2-Dのことも忘れれんな」

「勿論、2-Dの勝利のためにもやってやりますよ。先生」

 

 試合開始前のブザーが鳴り響く。

みんなも先生達の激励で気も引き締まったようだ。

コートに向かって歩き出す。

 

「よし、いくぞテメェ等。勝ちにいくぞ」

「「「「応ッ!」」」」

 

 三人の教師に見送られながら、コートに向かった。

 

 

 

 

 ホイッスルが鳴り響き第4Qの開始を告げる。

阿部からボールをチェストパスで受け取り敵陣に突っ込む。

だが、スバルに素早く反応され、あっという間に止められてしまう。

 

「行かせないよ。悠」

「相変わらず反応ばっか良いなお前は」

 

 横目で井上がフリーであることをを確認してスバルと相対する。

脇を抜こうとするがなかなか進ませてくれない。

 すると、突然後ろからボールをはじかれる。

 

「私達のこと忘れてない?」

「―――― !?」

 

 ランスター先輩がはじいたボールをスバルがキャッチ、体勢を立て直す前に俺を抜き去ってゆく。

 

「へへっ悪いねっ―――― ってうわっ!?」

「俺達のことも忘れては困る」

「カズ、ナイスだ!」

 

 阿部…カズがスバルの正面に飛び出し、スバルの進撃を止める。

……さて、そろそろ始めるとすっかな!

 

「いくぞテメェ等ッッ!!」

「「「「応ッッ!」」」」

 

 俺の一声に応じて全員が事前の打ち合わせ道理に行動を始める。

突然の行動に相手も少し動きが止まる。

 

「え、な、何なの!?」

「なんか怖いんスけど!」

 

 試合中に突然相手が叫びだしたら確かに俺でもビビるだろうな。

でも、それが目的じゃないんだけどな。

予定通り、俺は近くにいたランスター先輩の前を陣取る。

 

「良いのかな? 私なんかの相手をしていて。助けに行かないの?」

「行く必要なんかないから、貴女の相手をしているんです」

 

 俺の言葉にランスター先輩が苦笑いする。

少し皮肉込めすぎたかな?

 

「私も甘く見られわね。でも、彼一人でスバルを止められるのかしら?」

「止められますよ……俺達なら」

 

 俺達のやり取りの後ろから、スバルの苦しそうな声が聞こえてきた。

その声は困惑を含んでいた。

 

「くぅう……」

「どうしたのスバル! 早くボール回しなさい!」

 

 いや違うよ先輩。

スバルは回さないんじゃない。

回したくても回せないんだよ。

 

「そこっ!」

「っあ」

 

 カズがスバルからボールを掬い取るようにスティールし、ドリブルでゴールに向かって突き進む。

誰もカズの進行を阻むこと無く、カズのジャンプシュートがネットを揺らす。

 

 32-31

 

「このままやらせるかよ!」

 

 ノーヴェがボールを確保しフロントコートに向かう。

しかし、井ノ上に阻まれ足を止める。

 

「邪魔すんな!」

「こっちも負けられないんでな」

 

 ランスター先輩が井ノ上達の様子を見た後、周囲の様子を見たし数瞬考え込んだかと思うとハッとしたように表情を変える。

 

「なるほど……そうきたのね」

「あれ、もうバレちゃいましたか?」

 

 次の言葉は俺たちの考えた作戦名を的確に言い当てる。

俺は何となくだがそう思った。彼女は優秀な女性だ。

 

 苦しそうな笑顔でランスター先輩が予想した作戦名を答える。

 

「ゾーンプレスディフェンスって、ずいぶん大きい賭けね」

 

 説明しよう!ゾーンプレスディフェンス・ディフェンスとは!

各ブロックに分け、相手にプレッシャーを与えて相手の行動の自由を制限するディフェンスフォーメーションの一つだ。

これを行うことで、相手のボールホルダーを即時包囲しパスコースを制限しパスカットなどを誘発することができる戦術だ。

うまくいけば短時間で多くの点をもぎ取ることができる。

 

 だが、この戦術には大きな穴がある。

一つ、このディフェンスを破られた場合の速攻に対処することが難しいこと。

 

二つ、コンビネーションが良くなければ直ぐに破られてしまうこと。

 

三つ、広範囲を守ることになるため、恐ろしく体力を消費すること。

 

 以上の様にハイリスク・ハイリターンの戦術なのだ。

普通はこんなリスキーな戦術をとるチームはザラだ。

 

「負けの大きい賭けだってことは分かってるさ」

「わざわざ頑張って、無様に負ける姿をみんなに晒そうって言うの?」

 

 ランスター先輩が諭す様に話しかけてくる。

まあ、頭の良い先輩のことだ。

彼女だったらもっと別の方法も思い付くだろう。

 

「そうかも知れませんね、確かに無様かも知れませんね……でも」

「……でも?」

 

 

 無様な姿を晒しても良い。

 

 馬鹿にしたければ笑えばいい。

 

 でも、どれだけ周囲が俺達の勝負を馬鹿にしようとも、逃げるなんて男らしくないじゃないか。

 

 負けたって良い。それが本当に努力した結果だと言うんだったら。

 

 

「どれだけ取り繕っても、これが(俺達)なんです」

 

 俺は俺にしかなれない。

なら、俺は自分を貫き通す。

 

 それが俺達なんだ。

 

「そう、なら……こっちも全力でいかなきゃいけないわね……チンク!」

 

 先輩がチンク姉に声をかけると、チンク姉はやっとかと言わんばかりに、一言声を上げる。

 

「―――― タイムアウト!」

 

 そして、続く言葉に全俺が震え上がることになる----

始めから予想していた、俺たちを叩き潰すための奥の手。

 

「メンバーチェンジ! 私から……ディエチ・スカリエッティに!」

 

 この試合においての彼女達の切り札(ジョーカー)を場にコールする宣言であった。

 

 

 

 

 そこからは、点取り合戦が続いた。

 

 取って、取られて……そんなことが試合終了まで続いた。

 

 俺達は戦術が功を奏して、何とか点をもぎ取った。

 

 だけど、ディエチ姉の参加は俺達の心を折ってくるのには十分な働きをした。

 

 どれだけプレッシャーをかけようともぶれない体幹、シュート軌道。

 

 俺達も奮戦したが、限界でもあった。

 

 連戦に続く連戦に加え、体力を使う戦術の選択で俺達はもう立っていることもギリギリだった。

 

 それでも、俺達はコートを試合終了まで駆けずり回った。

 

 そしてホイッスルが鳴る寸前、なんとか点数を奪うことができた。

 

 取ったからと行って、勝てるという訳では無かった。

 

 しかし、最後のゴールを決めたという結果は十分な結果だったのかも知れない。

 

 

 49-61

 

 完全な敗北を喫した俺達を出迎えたのは、泣きながら俺達を囲むクラスメイトと、全校生からの拍手の嵐だった――――

 

 

 

 

「あっそこ……やめっ」

「おっと悪いな悠、痛かったか? だが少し我慢しろ。すぐ楽になる」

「うっ……はぁっ……トーレ姉にされたのくらい……イイっ」

「敏感なんだな……良いのか。俺は敏感だろうと手加減しない男だぞ?」

「いいぞ……俺は阿部のこと……信じてるからな」

「そうかい? 嬉しいこと言ってくれるじゃないか……それじゃとことん愉しませてやるからな?」

 

 

 

 

「やめええええぇぇぇぇぇぇえええいッッ!!!」

 

 井上の絶叫が人気の減った体育館中に響き渡る。

近くで叫ばれたので耳がキーンって鳴った。

 

「五月蠅いぞ井上。元気が残っているなら片付けを手伝いにでも行け」

「そーゆー問題じゃないでしょうがッ! ほれ見てみろ、俺達の周りをっ」

「はぁ? お前いったい何を言って……」

 

 井上の言うとおり周囲を見渡して見ると、息遣いを荒くした女子陣と、少数の男子によって包囲されていた。

なんか、みんな目が怖いよ?

明らかに普通じゃない禍々しい気配が俺たちの周囲を取り囲んでいた。

ほらそこの彼女なんか。何だってカメラをこっちに向けてるの?

 

「に、兄様ぁ……ハァハァ」

 

 ……なんか今、知り合いが凄い他人には見せられないぐらい蕩けた顔になってた気が……。

 

 試合の後、負けてしまった俺たちはヴィータ先生からのありがたいお言葉という名の愚痴を言われた。

ついでに言えばゲンヤ先生とレジアス教頭の二人からは優しい慰めの言葉をいただいた。

なんだかすごく惨めな気持ちになったのは言うまでもない。

 

「あ、阿部……もう良いから」

「そうか? なら終わりだな」

 

 それはともかく阿部からのマッサージ凄かったな。

試合の後急に体にキたからなぁ。そういうのが上手いらしい阿部に頼んだのだがこれがまた最高だった。

試しに肩を回してみると先ほどまで上がらなかった腕が嘘のように軽くなっていた。

また今度してもらおう。

 

 体のチェックをしていると人混みの中から人を探していると思しき声が聞こえてきた。

 

「お、いたいた。おーい、ゆーう!」

「ん? おう、ウェンディじゃん」

 

 声の主はウェンディだった。

後ろにはチンク姉やスバルなど、さっきの試合のメンバーが揃い踏みしている。

何となく彼女たちを眺めていると、あることに気付きとっさに目を背けてしまった。

 

「……」

「どうしたの顔真っ赤ッスよ?」

「いやっ……別に何でも……」

「怪しいッスね~正直に吐いた方が楽になれるッスよ?」

 

 ウェンディが顔を近づけてこっちの表情を伺いに来たので、つい後ろに仰け反ってしまう。

途端にウェンディが訝しげにこちらをジッと見る。

……視線痛い。

 いや、言えるわけないじゃん?

汗で体育着が体に張り付いてるなんて。

 

「何でも良いだろ。とにかくみんなお疲れさん」

「……お疲れ様ッス」

 

 一言かけると、一瞬の間を置いて返事をしてきた。

その表情は、なんだか嬉しそうな表情だった。

 

 するとランスター先輩が突然間に割り込んできた。

正面に割り込んできたので汗によって引っ付いた体育着が平均より少し大きめの胸をつい凝視してしまった。

凄いな、体の動きに追従できずに一テンポ遅れて動いていた。あれが生命の躍動ってヤツなのか?

ばれないように上手く視線を顔の方に向ける。

その顔には何か観察してくるような、正確には値踏みするような目を俺に向けていた。

綺麗な目でまっすぐ見られていたので少したじろいでしまう。

 

「どうしたんですか先輩?」

 

 ウェンディが尋ねると先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべながら答える。

 

「気に入ったわ」

「……は? 先輩今なんて言いましたか?」 ウェンディが尋ねる。

「彼のこと、気に入ったって言ったの」

 

 ウェンディの質問に軽く答えるとランスター先輩は踵を返して出口に向かっていった。

残された俺たちは何が何だかさっぱりわからず互いに顔を見合わせることしかできなかった。

 

 

 

 

 帰り道、今回は球技大会という全学年共通の行事だったため、帰宅の面子は姉妹達が勢揃いというなかなか珍しいことになっていた。

 

「うあ~~つかれた~~」

「トロトロ歩いてないでさっさと歩きなさいよ」

 

 セイン姉がボーっとしながら歩くのをクア姉が叱咤する。

セイン姉の方はかなり疲れているらしく歩きながら眠ってしまいそうな様子だ。

聞く話によるとだいたいの試合を助っ人して回っていたらしくかなりはしゃいでようだ。

 

「あんまりトロイと置いてくわよ」

「おいてかないで~……でもつかれた」

 

 ついにセイン姉がその歩みを止めた。

こうなるとセイン姉は長い。

何が長いっていったら駄々をこねるのだ。子供みたいだな。

こういうことがあるから妹たちから姉扱いされないんじゃないのだろうか。クア姉も大分呆れている。

仕方がないのでセイン姉の説得という名のあやしを始める。

 

「悠、こうゆうのアンタの得意分野でしょ? 何とかしておいて」

「なんとかって……ほらセイン姉頑張って。家までもうすぐだからさ、ほら」

「……あるきたくない」

 

 手を繋いで引っ張っていこうと試みるがあえなく失敗。

すぐさま次の手を考える。この状態になったセイン姉は考え方も子供っぽくなるのでそれに合わせた対応をしなくてはいけない。

ディエチ姉とも同い年とは思えないお子様ぶりだ。

ついでに言うとディエチ姉はというとウェンディ達と話し込んでいてこっちの様子には気づいていないようだ。

 

「帰ったらセイン姉の好きなもの作ってあげるからさ。一緒に帰ろう?」

「…………やだ」

 

 ぷくっと頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。

どうしたもんだろう。いつもだったらこれで落ちるんだが……

でも先ほどの時よりいい感じだった。おそらく次のヤツで落ちるだろう。

次は何にしようなどと考えていると、思いついたようにセイン姉があるお願いをしてきた。

 

「――――おんぶ」

「……え、何だって?」

「おんぶして、おんぶがいい」

 

 おんぶ……おんぶっていったらあれか。背中に子供を背負ったりするあれか?

あまりの突拍子もないお願いに面食らってしまった。

この年にもなっておんぶはないだろう、おんぶは。

その他のことなら無理のない範疇でなんとかするんだが…

 

「おんぶがだめならだっこ」

「抱っこってあんた……」

 

 ぷんぷんと擬音がつきそうな感じで怒っている。

公衆の面前での抱っこってもはや犯罪のレベルじゃないだろうか?

というかそれだけ元気があるのだったら歩いて帰って欲しい。

だがこのままでは拗ねてしまって全く動かないだろう。

そう考えると答えは自ずともう片方の方に揺れ動いてしまう。

 

「わーったよ。おんぶすりゃいいんだろ?」

「やった」

 

 背負っていた荷物を体の前に回し屈んで背中を向ける。

すかさず背中にセイン姉が引っ付いてきた。俺は紳士なので背中に当たってくる胸など気にしない。

……嘘ですごめんなさい。本当はすっげえ気になります。

胸の感触に戸惑いつつ首に手を掛けてもらい落ちないようにし、足を抱えて立ち上がる。

前に井上のヤツを保健室に連れて行ったことがあったが、ヤツに比べればかなり軽かった。

 

「楽ちんだね」

「俺は全然楽じゃないけどな」

 

 耳元からセイン姉の声が聞こえる。なんだかさり気なく興奮した。

少しすると急に背中の重みが増した。

眠ってしまったらしい。規則的な息づかいが聞こえる。

 

「ねえ悠、ちょっといい?」

「何だよセッテ、セイン姉今寝たから五月蠅くないようにな」

 

 セッテができるだけ小さい声で話そうとするためか顔を近づけてきた。

心なしか怒っている気がするのは気のせいだろうか。

綺麗な瞳がなんだか怒りを感じさせる。

 

「さっき……見てたでしょ」

「は? なんだよ藪から棒に見てたって何を「汗で張り付いた体育着」……ナンノコトカナ?」

「白々しい……エッチ」

「ぐふっ」

 

 綺麗な瞳からおかしな光線でも出ているんじゃないだろうか。

何故だか視線が刺さるように痛いんだが。

セッテが呆れた顔をして続けてくる。

 

「ランスター先輩のも見てた」

「あれは、その、不可抗力だな。別に凝視してた訳じゃ「視線が揺れてた」……してました」

 

 凄く揺れてました。

 

「悠はおっきいのが好き?」

「別に好きとかそういうことじゃないんだ、ただ有るか無いかだったらあったほうがいいかなぁ……とは」

「そう……」

 

 いったい俺は何を言っているんだろうか。

幼なじみ相手に性癖を暴露するなんて正気とは思えない。そいつの顔が見てみたいもんだな。

……俺でした。

さり気なく自分のしたことに後悔しているとセッテに「悠」と呼ばれた。

 

「私……またカップ数が上がった」

「…………なに?」

 

 一瞬、今セッテが言ったことが理解できなかった。

セッテはただでさえ世間一般には大きい方と認知されていたはずだ。

井上だってこの間「セッテちゃんのはかなり大きい方だな、揉みしだきたい」といっていた。

その後、しっかりと顔面に拳を叩き込んだのだが、今はそっちは重要ではない。

ただでさえ大きいあれ(・・)が未だに成長を続けているというのか。

「私も負けてない」そう言ってセッテは前を歩くみんなの所に駆けていった。

残された俺は先ほどよりも強く背中のセイン姉の膨らみを感じている気がした。女の子って凄い。

 

 

 こうして俺たちの球技大会は幕を閉じたのだった

 

 

 

 

「……」ジー

「な、何ですか兄様?」

「いや、なんでもない」ジー

「……どうしたの悠?」

「いやディエチ姉、なんでもないよ」ジー

「「うざい」」ブシュッ

「ぐぁあああぁぁぁああ、め、目があぁあああ!!」

「人のことじろじろ見てんじゃねえよ」

「キモいからやめてよね~」

「……自業自得」

 




すみません。PCの故障で更新ができませんでした。
久しぶりに書こうと思って書いてみたら……あれ? バスケ成分が全部乳に……


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違和感

 人気を感じさせない、静かで穏やかな時間の流れる山の中。

その静けさを破る一迅の風、空気が爆ぜるかのような爆音。

近づいてくる音に驚き、小枝の先で羽を休めていた鳥が飛び立つ。

風と音の発生源である鋼鉄の馬は、素知らぬ顔で飛び立つ鳥を追い抜いて行く。

その馬の正体は一台の自動二輪(バイク)であった。

バイクは空気の壁を切り裂きながら進み続け、急なヘアピンカーブを速度を維持しつつ、まるで生き物のような軌道を描き、走る。

 

 バイクの騎手の腕は素人目で見たとしても並大抵のものではないと判断できる。

ならその騎手はどのような者なのだろうか。大半は大柄な男などを想像するだろう。

 

 しかし、バイクの手綱を握っているのは意外なことに女性であった。

真っ黒なライダースーツとフルフェイスのヘルメットを身に纏った女性だ。

女性は連続するカーブを苦も無く走り抜ける。

 

 そして、その女性の後ろにもう一つの影。

後ろかな女性の体に掴まっている男が一人。

 

 五代 悠であった。

 

 

 

 

 風を切って進んで行くというのは存外に心地いいものだ。自動車に乗ったとしても全身に風を浴びるという感覚は味わうことができない。

比べてこちら(バイク)は圧倒的爽快感がある。

 

 ふと、自分の体を預けている女性のことを考える。

俺自身は免許を取得していないため、ハンドルを握ってマシンを操ることは、残念ながら叶わない。

 

 彼女はこのマシンを駆り、いったい何を考えているのだろうか。

 

 恐らく、何も考えてはいないのではないかと思う。

なぜなら俺にとって新鮮な体験である風や音は、彼女にとって日常なのだから。

マシンに於いては、彼女のもう一つの手足と言っていい。

それほどマシンとの一体感がある走りをするのだ、彼女は。

 

 そんな彼女の背中は俺達を安心させてくれる頼もしさを秘めていた。

 

 

 彼女の名前はトーレ・スカリエッティ

ウェンディ達の姉であり、姉妹中の三女である。

 

 

「悠、あまり考え事をして力を緩めるな。落ちるぞ」

「ん……あぁ、ごめん」

 

 

 トーレ姉がハスキーな声が叱責してくる。

俺も振り落とされたくはないので、トーレ姉の体に回している手を組みなおして体を密着して安定させた。

 

 体に回した腕からトーレ姉の体の感触が服越しにだが、伝わってくる。

背丈は平均的な女性よりは大き目……いや、かなり大きい部類には入るトーレ姉であるが、やはり女性らしい体つきでをしている。

鍛えた筋肉と女性特有の柔らかさが絶妙な塩梅をもっていて、広い肩幅ゆえの大き目な背中はそれらの感触を備えているため、抱きつくと凄く心地いい。

バイクに乗せてもらう時は、この背中を人目を気にすることなく思う存分に堪能できるため、トーレ姉とのツーリングは誘われたら必ず同伴するようにしている。

 

 でも、時たまスポーツジムに連行されて強制的に鍛えられるのは御免こうむりたい。まあ、それを差し引いても十分な対価といえるけれども。

 

 

「このペースだと予定より時間がかかるな……速度を上げるぞ、振り落とされるな」

 

 

 そう告げると、トーレ姉はエンジンを盛大に吹かす。

エンジンの回転数が跳ね上がり、排気音は一層大きくなって、黒と黄色に染められたCBR-250R『ライドインパルス』が唸りをあげて突き進んで行く。

 

 さて、どうして俺がトーレ姉と一緒にバイクに乗っているのか。

それは時間を遡ること数時間前のこと……

 

 

 

 

  ≪数時間前≫

 

 

 

 

「くそっ! コノッコノッ!!」

「フフ、悔しいのは解るッス……けど、ハードに当たるのはお門違いっすよ、ノーヴェ!!」

 

 

 ウェンデイの白魚の様に綺麗な指が、コントローラーの上を軽やかに飛び回る。

コマンド入力に反応して、画面の中のウェンディの機体(分身)が動き出す。

命令の通り、ノーヴェの機体を仕留めるために。

接近してくる機体に向けてノーヴェが後退しつつ弾幕を張る。

しかし、喰らいつくかと思われた鉄の雨をウェンディは紙一重でかわしていくウェンディ。

コントローラー上のウェンディの指は一見して出鱈目に動いている様に見えるが、俺などの訓練されたゲーマーから見れば、それは規則的であり、計算された動きであることが見て取れる。

 事実、画面上のウェンディの機体は無駄な被弾を最小限に抑えつつ、確実にノーヴェとの距離を縮めている。もちろんその間にも、攻撃のプレゼントをすることは忘れずに。

 

 

 戦闘に変化が起こったのは、ノーヴェの機体からの警告音(アラート)であった。

 

 

『機体、脚部破損』

「あ゛っ」

 

 

 ノーヴェの女の子としてはどうなのだろうという声と共に、機体の脚部が盛大に煙と吹き出し、血の様に火花が上がる。

軽やかな動きだった機体からキレが失われ、速度がガクンと落ち鈍重な動きになる。

「頃合ッスね」とウェンディが呟くと、ウェンディの機体の方の武装・垂直発射型のミサイルが起動しノーヴェの機体をロックオン。

 ウェンディがキーを押すと、ミサイルは垂直に発射され、飢えたピラニアの如く噴射剤の尾を引きながらノーヴェに襲い掛かる。

 機体の機動力が下がったノーヴェは上から飛来するミサイルをよけきれずに直撃させてしまう。ミサイルの衝撃力によって硬直時間が生まれ、ノーヴェが動けない間もウェンディはミサイルを放ち、相手の体力を確実に削り取っていく。

 再びノーヴェの機体より警告音が響き渡る。

 

 

『機体AP10%、危険です』

「うぅ……」

 

 

恨めしそうにノーヴェがウェンディを見つめるも、ウェンディは我解せずと言わんばかりに一言だけ答える。

 

 

「んじゃあそろそろ……抉らせてもらうッスよ」

 

 

 言葉と共にウェンディの機体に変化が現れる。武装を外した(パージ)のだ。それも右腕以外の武装を、全てだ。

 その右腕の武装とは通称NIOH、仏教の守護神の名を冠する射突型ブレード(パイルバンカー)だった。

弾数が極端に少なく、当たり判定もブレードにすればかなり短い部類に入る。しかし、一つだけ大きな利点がある。威力が半端じゃないのだ。それはまさに、軽装の相手であれば一撃で屠ることが可能であるほどに。

 あまりにもピーキー過ぎるそれは、対人戦に於いては、まず使用されることはない。

 しかし、敢えてウェンディは武装をNIOHだけにしたのだ。

それは絶対に負けないという意志と、確実に当てるという自身の表れであった。

 

 

 ウェンディの機体の背面部の装甲がパカリと開き、格納されていたブラスターが露出する。

ブースターは、息を吸い込むようにエネルギーを収束させ、一気に解放した。

最大出力で稼働するブースターは機体を凄まじい勢いで加速し、ノーヴェに突っ込む。

 ノーヴェがマシンガンで弾幕を張るも、衝撃力に欠けるために勢いを殺すに至らない。ウェンディは被弾によるダメージも気にせずノーヴェに肉薄し、撃鉄を引くかのように機体が右手を構える。

 ノーヴェは何とか避けようと試みるも機動力が低下していたことが足を引っ張り、逃げ切れない。

 

 

 両機が交差すると同時に、ウェンディの機体が右手のパイルをノーヴェの機体に叩き込む。

ジャキンという音と共にブレードが装甲を貫いた。

 

 

 

 

「よっしゃ! アタシの勝ちッスね!!」

「うぅ……強すぎだろ」

 

 

 落ち込むノーヴェを尻目にウェンディはコントローラーを放り出して、上機嫌でこっちに来る。

理由は分かっているので、机の上に置いていたものをウェンディに渡す。

 

 

「ほい、ラスイチだ。 有難く食ってくれ」

「それじゃあ遠慮なく頂くッス」

 

 

 渡したそれは俺が試作したレアチーズケーキだった。師匠(・・)からレシピの継承を許可されたので、試しに作ってみたのだけど、結構いい具合に出来た。まあ今回ばかりは俺ではなく師匠のレシピが凄いんだけど。ついでに言っておくと、ラスイチになったのは俺のミスではなく、うっかりさり気にウーノ姉が一つ多めに食べていたことが原因なのだが、ウーノ姉の菩薩の様な微笑みの前にウェンディ達は何も言えなかった。

 

 先ほどのゲームによる決闘はそのラスイチを賭けての勝負だったのだ。

 

 

「ん~……うまうま」

「……アタシのケーキ」

 

 

 美味そうにケーキを頬張るウェンディを羨ましそうに見るノーヴェがなんだか哀れだったので、今度作ってあげようと内心思った。

 

 

   ――― コンコン

 

 

 部屋のドアが軽く数回と叩かれる音がした。続いてドアの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

 

「ウェンディ姉様、ディードです。突然で悪いんですがお兄様はいますか?」

「おう、ここにいるぞ」

「ムグムグ……入っていいッスよー」

 

 

 ウェンディが許可するとディードが「失礼します」と丁寧に断りを入れてから部屋に入ってくる。

入ってくるディードは清楚な雰囲気通りの白いワンピース姿。最近夏が近くなってきたせいか暑くなってきたので少しでも涼しくするためか手入れの行き届いた綺麗な茶髪をポニーテルにして纏めていた。

 

しかし、その爽やかな服装とは裏腹に、表情は沈んでいた。

 

 

「なんか用事か?」

「はい……と言っても私の事ではないのですが」

「は? じゃあ誰から?」

「それは……」

 

 

 言い出そうとしたディードは何故か突然言葉を飲み込んでしまった。少し逡巡した後、改めて先ほどの話を続ける。

 

 

「用事があると言ってきたのは……ドゥーエ姉様なんです」

「えっ、ドゥーエ姉から?」

『『ガ、ガタッ!!』』

「うおっ、どうしたんだ二人とも?」

「いや……別に」

「なんでも……ないッスけど」

「なんだ脅かすなよ」

 

 

 ディードのの口から出た名前は、彼女たちスカリエッティ姉妹の二女、ドゥーエだった。

彼女は現在大学の寮で生活しているから、この家にはいない。といっても、ことあるごとに帰省してくるのでそんなに会っていない気はしない。

 

 

 そんな彼女がいったい自分に何の用だろう? 

 

 

「なんでも、久しぶりに弟の料理が食べたいらしくって」

「……それで、俺にいったいどうしろと?」

「突然で悪いけど来て欲しいそうです」

「マジか? マジで?」

「マジだ……ですね」

 

 

 ディードの答えについ『ショウタイム!!』と返しそうになった。

てか、急な用事にもほどがあるだろうドゥーエ姉!!

 

 

「ていうか、今から行っても公共機関とか使って行くと着くのが真夜中じゃねえか」

「終電は気にしなくても良いそうです。なんでも……泊まっていけばいいとか、なんとか」

「泊まっていけばって、女子寮だろ!」

 

 

 ばれたら、豚箱入りとまではいかなくても吊し上げの憂き目にあう可能性がある。

 

 

「ドゥーエ姉様が何とかするそうです」

「何とかって……」

 

 

 渋る俺を何とか説得しようと試みるディード。なぜそこまでプッシュしてくるのだろう? 

いつもの良識ある娘であるディードとは思えない。気のせいだろうか?

 

 すると、今まで沈黙を保っていた二人が反発する。何故か凄く必死な様子が伝わってくる。

 

 

「何言ってんだよディード! いいわけないだろ!」

「そうッスよ。いつものディードらしくないッス!」

「そうだぞディード。なんだか変だぞ」

「……姉様方、少しこちらに。兄様すみませんが少し待ってって下さい」

 

 

 ディードが二人を連れて部屋を出る。話し声は聞こえて来るものの、何を言っているかは聞き取れなかった。

 

 数分とせずに、三人が部屋に入ってくる。表情は三人とも、何故か沈んでいた。

 

 

「悠、やっぱり行ったほうがいいッス」

「……へ? いや、ウェンディどうしたんだよ」

「ドゥーエ姉さんのとこに行ってやれよ。な?」

「ノーヴェもいったいどうしたんだよ……」

 

 

 二人の言葉は先ほどまでの答えとは真逆だった。外で話している間に何があったというんだ……。

背筋にゾクリとした感覚があったのは言うまでもない。

 

 

 そのままなすすべもなく、三人に身支度をさせられドゥーエ姉さんの所に行く羽目になってしまった。

今から向かうところだが三人からの最後の言葉が気になる。

 

 

『ドゥーエから出されたものは食べないこと、夜は絶対に寝ないこと』

 

 

 これだけは三人から口を酸っぱくして言われた。どういうことなのだろうか。皆目見当もつかないのでとりあえず家を荷物を持って家を出ようとすると、誰かが家の前に立っていた。

 

 立っていたのはセッテだった。

 

 

「悠……何処か出かけるの?」

「ああ、ドゥーエ姉のとこにちょっと」

「え……」

 

 

 俺の答えに驚愕するセッテ。あまりの驚き様に俺のほうが驚いてしまう。

動揺したセッテは珍しく慌てた様子で質問してくる。

 

 

「な、なんで? 他の人……ディードとかに止められなかった?」

「いや、そのディード越しからの頼みごとだったし」

「そう……ディードが……」

「そんな心配すんなよ。用事って言っても飯を作りに行くぐらいだからさ」

 

 

 安心させようと言葉をかけるがセッテはよく聞いていない様子だった。

ただ不安そうな表情を浮かべてこっちを見つめている。憂いを含めた瞳はセッテの独特な雰囲気と合わさって、背徳的な美しさを醸し出していた。

 その状況的に数瞬だけ見つめあっていると、セッテが俺の右手を両手で握ってきた。

セッテの綺麗な手は見た目と反して離したくないと言わんばかりに、結構な力を込めて俺の手を握り閉められていた。そして祈りを込めるように胸元まで持っていき再度こちらを見てくる。

 その視線に合わせてこちらも見つめなおす。

 

 ……なんだか、戦場に行く前の夫婦みたいだな。と思っていると、セッテが名残惜しそうに手を緩めて俺の手を放す。

 

 

「……気を付けて」

「おう、明日には帰るさ」

 

 

 セッテと別れると、丁度道路の向こう側から再び見知った姿が、バイクに乗ったトーレ姉だった。

バイクを俺の横に止める。

 

 

「どうした悠。どこか行くのか?」

「うん。ちょっとドゥーエ姉のところまで。料理作ってくれって頼まれてさ」

「ドゥーエのところか? なら丁度いい。私もあっちの大学に用がある。ついでだが乗って行くか?」

「本当? じゃあ悪いけど、乗せてって貰うことにするよ」

 

 

 トーレ姉の後ろに乗って、ヘルメットを装着。落ちないようにトーレ姉に掴まってしっかり体を固定する。

 

 

「準備はいいか? 出るぞ」

 

 

 そういうとトーレ姉は滑らかにバイクを出発させた。

 

 

 

 

 こうして俺たちはドゥーエ姉の通う大学まで向かうことになったわけだ。

俺はドゥーエ姉に会えるという嬉しさを感じつつも、心の隅ではディードやウェンディたちの異様な慌てように僅かではあるが不安を感じずにはいられなかった。




作者のメンタルは豆腐です。簡単に傷つきます。
作者は現金です。感想をもらえるとモチベーションが簡単に上がります。
何が言いたいかというと。感想もらえると嬉しいです。


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あくたーしすたー

 ≪前回より、部屋の外にて三人娘の会話を抜粋≫

 

「どうしたんだよディード、なんでわざわざ悠を行かせるよなこと言うんだよ!?」

 

「そうッスよ。 大体あんな話適当に誤魔化しておけば……」

 

「仕方なかったんです……もし手伝わなかったら、でも私……うぅ」

 

「ディード……いったい何があったんスか」

 

「もし、あのことを兄様に知られたりしたら、私もう兄様に娶ってもらうしか」

 

「「いや、その理屈はおかしい!!」」

 

「てかいったいどんな秘密を握られたんスか!?」

 

「すげぇ気になるんですけど!」

 

「絶ッッッ対に教えられません。あと、メインの問題はそっちではなくお願いのほうです」

 

「ああ、そういえばそうッスね」

 

「今回は本当に料理のほうが食べたいだけ……なんだよな?」

 

「……実はさっきの兄様へのお願いというのは、本当は少し内容が違うんです」

 

「? それっていったい……」

 

「ドゥーエ姉様からのお願いというのは、その、つまり……食べたいのは兄様の料理ではなく……」

 

 

 

 

「『久しぶりに()()()()()()』……なんです」

 

 

 

 

「「 ――――ッ!!」」

 

 ピリリリ♪ ……ピリリリ♪

 

「? すみません、今切りま……ドゥーエ姉様からです。 もしもし……はい、ウェンディ姉様とノーヴェ姉様です……わかりました、今代わります。お二人とお話ししたいことがあるそうです」

 

「「…………」」

 

 

 

 

 これ以上は語ることはない。いや語れないのだ。

それは彼女たちのためである。人には知られたくないことが人には少なからずある。

人は誰でも秘密を持って生きている。それをわざわざ公にする必要など、ありはしないのだから。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 海鳴市から内陸方面に向かって約100㎞にその大学はある。

 

 正式名称、私立クラナガン国際大学。クラナガン大学は創立から20年しかたっていない、まだまだ新しい大学である。

 

 しかし、その門を叩くことは並大抵の人間ではまずできない。

新設校にして早くも旧帝大、MARCHとその名を連ねる程の学力を必要とし、推薦をとる人間もスポーツにおいて全国覇者など経歴をもつ強者しか採用することはない。まさに国内において映え抜きのエリートばかりが集められた大学である。

 

 そのエリートである学生の中にスカリエッティ姉妹の中で名を連ねる者が一人。

二女であるドゥーエ・スカリエッティである。学力は十分であり、運動能力も凡俗をはるかに超えたものを有している彼女は正にこの学校に相応しい人間であるといえる。

 

 加えて、彼女は演劇に携わる女性であり、高校生のころからその頭角を現していた。

どのような役であってもそれを完璧に自分に投影することができる彼女は、まさに天才だった。

 

 そして特筆すべきは、その美貌である。まさに10人とすれ違えば10人が振り返るほどの美しさ。

日本人離れした茶色がかった金髪は、彼女の肌理の細かい肌を引き立て、その佳麗さは数多くの男性も同性さえも虜にしてしまう。

 

 人当りも良く、人望も厚い。非の打ちどころがない正に完璧な女性と言えるだろう。

 

 

 

 

 だが、彼女を慕う者たちは知らないのだ。彼女もまた一人の人間であり

一人の女性……年頃の感性を有した、乙女(・・)であることを。

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「ひゃあ~~腰が死ぬ!」 

「このくらいで何言ってるんだ。しっかりしろ」

「いやそうは言ってもね、こんな長距離バイクの上でガタガタ揺らされたら誰だって腰痛めるって」

 

 

 どうも五代 悠だ。俺は今クラナガン大学にいます。

理由は前回を参照してくれ……ん? なんだ、今俺はいったい何を思ってたんだ?

前回ってなんだろう、若くしてボケが始まってるんだろうか。

 

 

「そこまで痛いんだったら、姉さんが負ぶっていってやろう」

「いえ結構です」

「即答とは酷いな、折角の善意を無下にすることもないだろう」

 

 

 俺はセイン姉みたいに衆人に見られる中でおんぶされるのは無理です。結局腰に走る鈍痛にも似た痛みを我慢しつつ、大学の案内板に向かう。

 トーレ姉は案内板を見つつ携帯を取り出しどこかに掛けた。ついでに言うとトーレ姉さんはまだガラケーである。なんでもスマホは(しょう)に合わないんだそうだ。

 ちなみに俺もまだガラケーだ。

 理由はただ一つ、子供のころから好きな特撮ヒーローが携帯を使って変身していたからだ。

 俺が携帯の所有を許可されるまでの十数年の間にスマホにシフトしてしまったのは実に不憫でならない。未だに携帯を開いて『555』とやってしまうのは俺だけではないと信じたい。

 

 

「ああ……悠もいる……そうか、じゃあな。ドゥーエはB棟の多目的ホール3にいるらしい。悪いが私も別件があってな、一人で行けるか?」

「そんな子供じゃないって、一人で行けるから」

「そうか? ならここで別れよう。用事が終わったら連絡してくれ」

「了解」

 

 

 トーレ姉と別れた後、俺はB棟に向かって歩き出した。

まったくトーレ姉も酷いものだ、俺だってもう高校生だ、地図がありながらにして迷うなんてことがあるはずないじゃないか。さっさと用事を済ませて帰るとしますか。

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「そんなとを思ったことが俺にもありました……」

 

 

 迷った、悲しいことだが迷ってしまった。だってここめちゃくちゃ広いんだもん。道がややこしいもん。

こんなの一見様だったら誰だって迷うもん。

 

 内心言い訳をつらつらと吐き出しながら俺は見知らぬ土地を彷徨っていた。迷ってみるとわかるが実際迷うと凄く心細い、寂しい、助けてトーレ姉ぇ……。

 

 心強い女性の顔を思い浮かべる……うん、元気でた。まだ頑張れる。心に喝を入れて再び歩き出す。

先ほどの案内板を思い出しながら道と建物に照らし合わせて自分の位置を予測しなおす。

……う~ん、なんとなく予測はつくんだけどなぁ。一向にB棟がどこか分からない。

 

 

『……私もまさかこんなことになるなんて……』

「……あれ、なんだろ?」

 

 

 何処かから声が聞こえていた。美しい声だ。

声に釣られる様に足が向かっていく。

 建物の中に入っていき、声のする部屋の扉をそっと開ける。

 

 扉の奥は大きなホールになっていて、ホールの奥には大きな舞台が設置されている。

客席も多く設置されており、下手な地方の文化会館などよりも立派だ。

 扉の上を見てみるとプレートが付いており、そこには『多目的ホール3』との文字が描かれていた。

ドゥーエ姉がいるとトーレ姉が言っていた場所に、何とか流れ着けたようだ。

 

 ホールに入って扉をそっと閉める。

ホールの中は客席の電気が落とされており、ついている照明は舞台のものだけだった。

舞台の上では女性と男性が演技をしているようだった。

 

 

「全部お芝居なんだよッどうしてそんなことがわからないんだよ!」

「でもあの人、怪我が治るまでの一か月送り迎えしてくれたのよ」

 

 

 舞台の二人は携帯を持っているような素振をして話している。

携帯越しに話をしている、そういうシーンなのだろう。男性の役は女性を責めるように言葉を続けた。

 

 

「だから……結婚したのか?」

「そういうわけじゃ……ないけど」

 

 

 女性のほうは俯きながら男性の問いに対して言葉を濁す。修羅場のシーンなのだろうか。

シーンは次第に盛り上がりを見せていき、二人の演技にも熱が入る。

 

 男性の演技もなかなかだが、女性のほうは素人目の俺から見ても一線を画すものだとなんとなくだがわかる。

女性が顔を上げる。

 

 

「私はッ……あなたと出会わないで、あの人と出会ってしまったの」

 

 

 その瞬間、俺は息を飲んだ。

その女性の美しさに見惚れたからとか、そういうこともあったかも知れない。

しかし、俺の心を揺さぶったのはそれではなかった。

 

 一瞬、完全に舞台の上と、俺のいる場所が一体であるかのような錯覚を覚えたのだ。

俗に言う。物語に引き込まれるというものなのだろうか。

女性の挙動の一つ一つが俺の意識を物語の世界に引きずり込んでいく。そして気付いた。

 

 

「捨てるんじゃなくて……無くしてしまったしまったの……」

 

 

 

 

 舞台の上の女性が、ドゥーエ姉であることに。

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「結局、最後まで見てしまった……」

 

 

 まあ演技中であったことも要因のひとつだけど、俺が見入ってしまっていたというのもまた事実だ。

練習が終わった後に舞台の脇から、キャストとスタッフらしき人たちが出てきた。

 

 その中にはドゥーエ姉もいた。

じっとドゥーエ姉を眺めていると視線に気づいたのか、ドゥーエ姉がこっちに手を振ってきた。

なんとなく振りかえすと、ドゥーエ姉が舞台から降りてくるとこっちに向かって歩いてきた。

演技の後で熱が残っているのだろうか、少し頬を赤く染めていた。

 

 

「久しぶりね……悠」

「そっちこそ、元気そうでよかったよ。演技、凄かった」

「そうかしら? お世辞でも嬉しいな。悠にそう言って貰えると」

「まあ演劇のことなんてからっきしだけどさ」

 

 

 俺は演劇というものに関わったことがないから、大雑把なことしか言うことができない。

それでもドゥーエ姉は嬉しそうに微笑みを返してくれる。

 

 

「お~いドゥーエ~早く戻ってこ~い」

「今行きますー! ちょっと待っててね。今から反省会なの」

「分かった。表で待ってるよ」

 

 

 舞台の上から女性がドゥーエ姉を呼び、催促の声に答えてドゥーエ姉が舞台に戻っていく。俺もホールから出ようとして舞台に背を向ける。

すると、

 

 

「おい、ドゥーエ! ついでだからそこの少年もここに連れてこい! 素人目からの意見が聞きたいから!」

「……マジすか?」

「ごめんね。私らのボス、ああいう人なの」

 

 

 その後ドゥーエ姉の所属する演劇サークルの人たちと顔合わせをして、よく分からないながらも意見の提供をさせられることになった……。

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 演劇サークルの人たちと別れてドゥーエ姉と共にB棟から出る。

演劇に関わっている人たちと初めてまともに話したな。ドゥーエ姉は演劇の話とかあんまりしなかったし。

皆なんか凄かったなぁ、なんていうかこう……

 

 

「皆凄かったでしょ? キャラが濃くて」

「うん。ボケが9割でツッコミが1割って感じだった」

 

 

 ついつい俺もツッコミ精神が反応して普通にツッコんでしまった。

もう、ボケが下手にツッコみだしてボケにボケを重ねる結果になったりとカオスでケイオスな空間だった。

 

 

「ふふ、それって演劇あるあるの一つなのよ? 他にも男女逆転現象なんてのもあるんだから」

「……なんだよそれ、すげえ怖いんですけど」

 

 

 ドゥーエ姉がころころと笑ってさらりと答える。

凄く興味深い話だけど言葉の響きは狂気を感じるものだったので追及するのは避けさせてもらおう。

 

 

 ドゥーエ姉と歩いていると周囲からの視線が凄いことになる。

まあウェンディとかセッテも人目を引く身なりをしているので、と歩いていてもかなり感じるから多少は慣れてはいるんだけど。

ドゥーエ姉はその非ではない。セッテ達と一緒にいるときの2、3倍は多い気がする。

 

 

「ドゥーエ姉ってやっぱりここでも人気者だね。高校の時もこんなんだったよね?」

「まあね。普通にしてるだけなんだけどなぁ……」

 

 

 ドゥーエ姉は苦笑しながら周りを見渡す。視線を向けられた人はドゥーエ姉に見惚れたり、女性においては歓声を上げたりと様々な反応が返ってくる。

改めて見ると凄い人気っぷりだ。こんなに人望のある人と並んでいると自分が矮小というか少し惨めというか、少しいたたまれない。

 

 

 すると、ドゥーエ姉がそんな俺を察してか……なぜか腕を絡めてきた。

その様子を見ていた取り巻きが一斉に騒ぎ出す。

 

 

「ふふ……こうやって歩いてると恋人同士に見えるかしら?」

「いやっ、そんなことよりも俺は周囲からの視線が痛いよ!」

「そうかしら? 私は心地いいけどなぁ……悠とそういう風に見られて♪」

 

 

 茶化してないでこの事態をどうにか収拾して欲しい。

さっきから携帯で激写されちゃってるんですけど、妬み的な視線が凄いんですけど!!

 

 

「お姉ちゃんにサービスしても罰なんて当たらないわよ。気にしない気にしない」

「だから無理だってぇ……」

 

 

 結局大学を出るまでずっと腕を組ませっぱなしだった。

人生で一番注目された時間だったかもしれないけど、人生で一番息苦しい時間だったよ……。

まぁ……悪くは、なかったけれど。




祝お気に入り件数200件突破!!
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これからもご愛読のほど、よろしくお願いします!


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越えられない壁

 どうしてこうなった……


 ドゥーエ姉に連れられて大学を出た後、俺達は近所のスーパーに買い物に行くことと相成った。

ドゥーエ姉の要望により肉じゃがを主菜にして、肉じゃがを主菜に副菜はきんぴらごぼう、デザートに白玉あんみつを作ることに。

 

 ちなみに俺の一番の得意料理が肉じゃがだ。理由は一番多く作ったから。

手ごろに作れてコストも安い、大前提として……どんな出来でも美味い。

あれをまずく作れるのはきっとクア姉ぐらいだろう。

 

 

 そして、俺は早くも第一の難所にぶち当たることになる。

現在ドゥーエ姉は寮生活をしている。もちろん寮が男女共通であるはずがない。

ドゥーエ姉は女子寮で生活している。そう女子寮、女子寮なのだ。

 

 

 それ即ち、男子禁制である。

 

 

 料理をするためにはまず最低限料理をする場所が必要である。そしてこの寮は贅沢なことに各部屋にキッチンが完備されているらしい。

つまり料理を作るために俺は人生を終了させる危険を伴うことになる。

 

 人生の危機にビクビクしながらドゥーエ姉の後ろにくっ付いて行きながら寮のロビーに入る。

寮の中は学生に与えられたものとは思えない造りになっていた。

「ちょっと待ってて」と一言だけ残してドゥーエ姉は管理人室と書かれたプレートが架かった部屋に入っていった。

恐らく管理人という人と話をつけに行っ「終わったわ、行きましょう」って早っ!

 

 

「悠のことは田舎から訪ねてきた弟だって言ったら許可してくれたわ」

 

 

 とんだご都合主義な展開に辟易しつつ寮の中を進んで行く。

ドゥーエ姉の部屋に着くと、鍵を取り出し慣れた手つきで開錠、扉を開けて中に入る。

 

 

 部屋の中はドゥーエ姉らしくシックな雰囲気に仕上がっていた。

家具は高級感溢れる物を置いておりベットも大きく簡易的なものではあるが天蓋が備え付けられていた。

そして何よりも驚くべきはその部屋の広さだ。学生の寮にして1LDK。どこの金持ち学校なんだクラナガン大学。

 

 

「料理器具とかはキッチンのところの収納に入ってるから好きに使って大丈夫だからね」

「了解。んじゃあ始めますか」

 

 

 スーパーの袋から手際よく材料を出していき、料理の手順を頭の中で一度整理する。

料理は効率よく進めていかなければならないので、一旦始める前に整理しておかないと作業中に慌ててしまうことがあるかもしれないので結構重要なことだ。

 

 

「よし、始めるか」

 

 

 台所の戦装束エプロンを身に纏い、腕まくりをして俺は料理に取り掛かった。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「ねえ悠、ちょっといいかしら」

「ん~何?」

 

 

 肉じゃがを煮ながらきんぴらごぼうの盛り付けしつつドゥーエ姉の問いに答える。

 

 

「最近調子はどう? みんな元気にしてるかしら」

「うん。元気すぎて大変だよ、主にセイン姉とかウェンディとか」

「そう……よかった」

 

 

 こんな話、少し前にディエチ姉としたなぁ。

そんなことを思いつつ、肉じゃがの様子を確認する。

……すこし硬いな、もう少し煮よう。

 

 

「学校のほうは? もしかして……彼女とかできたのかしら?」

「いるわけないじゃんか……酷いこと言うなぁもう」

 

 

 彼女か、きっといたら楽しいんだろうなぁ……。

まあ、そう簡単にできないからこそ付き合うってことは大切なことだしな。

焦ることもないだろう、うん。

 

 

 そんなことを思いつつ、三十路まで独り身でいる自分の姿を想像してしまった俺がいた。

 

 

「酷くなんてないよ。悠は皆から好かれる子だから」

「そりゃ友達として好かれるのは多いと思うけど」

「ふうん……そっか。悠がそういうんだったら、いいのかもね」

 

 

 意味ありげにドゥーエ姉が笑う。

なんだか釈然としないけど、あまり深読みするのも何故か無粋に思ったので、これ以上は考えないようにしよう。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「……ごちそう様。凄く美味しかったわ。しばらく会わない間に腕を上げたわね」

「お粗末さまでした。そう言って貰えると嬉しいよ」

 

 

 食べ終えた食器を片づけ、一息つくためにソファに腰掛ける。

部屋は広々しているので、ソファが置いてあっても十分な広さがある。

結構な維持費が掛っているんだろうな。ドゥーエ姉たちはそういう資金に困ることはない。なぜなら彼女たちの父親、『狂気のマーッドゥサイエンティスト』が地味ながらも結構な稼ぎをしているからだ。

ガラクタばかり作っているイメージがあるが、重要なことはきっちりやるのがジェイルのいいところだと思う。

 

 

「そういえば、知り合いから貰ってきたお菓子が余ってるのだけれど。食べるかしら?」

「ん、じゃあ貰お……」

 

 

 了解の旨を伝えようとした瞬間、とある記憶が脳裏をよぎった。

それはディードとウェンディ、ノーヴェ達の声だった。

 

 

『出された食べ物は食べないように』

 

 

 確かそんなことを言われた気がする。

三人とも珍しく本気っぽかったから非常に印象に残っていたのだ。

 

 

「どうしたの悠?」

「……やっぱり止めておこうかな。すぐに帰って来いって皆に言われてるし」

 

 

 ここはキッパリ断るのが吉だろう。

俺の奥底で生存本能というかなんというか、とにかく何かが警鐘を鳴らしている気がする。

断った俺に対して、ドゥーエ姉が食い下がる。

 

 

「すぐに帰るといっても今から帰るのは危ないわ。もう暗くなってきたし、家に着くころにはもう真夜中よ?」

「まぁ確かにそうだけど……」

 

 

 目線を壁に掛けてある時計に向けると、針は午後7時を指していた。

家を出る時間が遅かったから、もう結構な時間になってしまったみたいだ。

 

 

 うー……どうしたものかな。

どのようにして説得をかわそうかと頭を働かせる。

やはりここは定石通り、相手に良心の呵責を感じさせるような断り方がいい。

だとすると、いったい何が適切だろう? 

 

 

 言い訳を考えていると、突然、ポケットの中の携帯がバイブで震えだす。

突然のことだったので体がビクッと反応してしまい、ドゥーエ姉が愛玩動物でも見る様な優しい目線を投げかけてきたことが辛かった。

携帯のディスプレイを確認すると、メールを一件受信していた。送り主はトーレ姉からである。

 

 

「ティンと来た!」

「……どうしたの?」

「いやそれがね、実はトーレ姉を待たせてるんだ」

「そういえば、私が何処にいるかって連絡を寄こしていたわね。すっかり忘れてたわ」

「うん、トーレ姉をわざわざ待たせるわけにはいかないしさ、終わったら連絡しろって言われてるし」

 

 

 ふふふ、我ながら完璧な言い訳だ。

さすがのドゥーエ姉も切り返せないだろう。俺の思慮深さには自分ですら恐怖を覚えてしまうぜ。

うんうんと頷きながら、メールの内容を確認する。

 

 

『すまない、こちらの友人の家に厄介になることになった。悪いがドゥーエのところで世話になってもらってくれ、勝手ですまない。 トーレ』

「嘘やん」

「ちょっと、どうしたの?」

 

 

 トーレ姉から送られたメールの内容は、俺の心のライフポイントを全損に追い込まんと言わんばかりに心を抉ってきた。

携帯を握り閉めながら、両手をフローリングの床に着いて項垂れる。

正直こんなご都合主義が連続してしまっていいのだろうか、俺の希望を全てへし折っていくこの運気の流れはいったいなんだ?

この世界の神様は俺にいったいどうしろと言うのだろう。

 

 

「メールにいったいなんて書いてあったの?」

「トーレ姉、友達の家に泊まるって……」

「あら、そうなの……」

 

 

 ドゥーエ姉が唇の上に人差し指を添えて考え事を始める。

いったい何を考えているのだろうか。しかし、そんなこと今の俺には正直どうでもいい。

俺は今、人生を左右しかねない大きな問題について考えなければならない。

こんなに頭を使うのは、クア姉の嫌がらせから身を守る時ぐらいしかないと思っていた。

 

 

「それじゃあ悠、ここに泊まっていけばいいわ」

「……いや、やはり神は死んだのか……ニーチェだって言ってたじゃないか、まあ少し意味が違っていた気もするが……まあ今はそんなことどうでもいい。一番重要なのはどうしたらこの不運の連鎖を断ち切るのかということで」

「……悠、大丈夫?」

 

 

 その後、錯乱状態に陥った俺はもとに戻るのに30分ほどかかった。

錯乱状態に陥った先に俺が見たものは、(´神`)と書かれたプレートを胸に掛けた神の様な男がパソコンに二次小説を書きこむ姿だった。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「悠、あなた疲れてるのよ」

「……そうかもしんない、最近いろいろあったからね」

 

 

 球技大会も終わったばかりだし、家事とかの疲れが一気に爆発してしまったのかもしれない。

しかし、いい機会だ。今夜ばかりは家事のことを忘れて、ゆっくりするのもいいのかもしれないな。

 

 

「それじゃ悠は泊まっていくってことでいいのかしら?」

「う~ん……じゃあ折角だからお言葉に甘えるってことで」

「そう、分かったわ。それじゃあ……私、お風呂に入ってくるから。悠はゆっくりしててね」

「え、あ……うん、分かった」

 

 

 そういうとドゥーエ姉は脱衣所に入っていった。

ソファに寝転がって腕を枕にして目を閉じる。感覚を全て放棄し、全身をリラックスさせた。

 

 

「静かだなぁ……」

 

 

 一言呟くと、瞼の裏に広がっていくのは騒がしい日常の情景。

どうやら俺の無意識の中でも皆は騒がしいようだ。

 

 

 一人でいるのはいいと、なんとなく思った。

同時に退屈だと思った。

いつもだったら騒がしい奴らがいて、騒動に巻き込まれるんだ。

面倒くさいと思うんだけど、何故か、嫌いじゃないんだよな。

 

 

 そんなことを思いながら、次第に意識が遠のいていく感覚が全身を襲う。

心地の良い気怠さが全身を包み込み、意識を奪っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんてわきゃねえだろうが、馬鹿野郎がッッッッ!!

眠りそうになれるわけねぇでしょおぉぉぉぉおがあぁぁぁああああ!!!

 

 

 なんとか全身の感覚を断ち、感じないようにしていたものが耳の鼓膜を振動させる。

 

 

 《シュル シュル》

 

 

 脱衣所から聞こえて来るのは、ドゥーエ姉が身に纏う物を取り払う音。

このような状況でさえなければ、唯の布ずれの音でしかない。そう、たかが布ずれなのだ。

それがどうだろう、布ずれの音源が女性の、しかもドゥーエ姉が服を脱ぐときに発せられているものだとしたら。

 

 

 想像してしまうだけでおかしくなりそうじゃないかよ!!

ソファに頭を叩きつけてどうしようもないもどかしさを解消しようと試みるが、あまり効果はなかった。

 

 

 《シャーーーー パチャ パチャ》 

 

 

 ファー!! ファ! ファァァァ!!

落ち着け俺、心を静めろ。

そうだ、元素記号だ。元素記号を暗唱しよう。中学3年、理科の授業そっちのけで教科書裏の周期表を暗記した日々を思い出すんだ!

水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム……

 

 

 《ワシュワシュ コシュコシュ》

 

 

 くっ、なぜここの防音設備は周囲の音をカットするくせに室内の音はそんなにカットしないんだ。

ドゥーエ姉の綺麗で柔らかいであろう柔肌の上を泡を纏わせたスポンジが行きかっていると思わしき音が聞こえて来る。

 

 

 ……ドゥーエ姉が、裸で、泡まみれ?……

 

 

 ……白金、金、水銀、タリウム、鉛、ビスマス、ポロニウム、アスタチン、ラドン……

ポロニウム? ぽろニウム、ぽろり……

 

 

 思い浮かぶのは、ドゥーエ姉の体を辛うじて隠している泡が、胸を、腰を、太ももを、ゆっくりと、白い残滓を残して体を這い落ちていく様子。

そんなドゥーエ姉が浮かべている表情が浮かべている表情は羞恥心などではなく、むしろこちらを誘惑しているような、大人の余裕を感じさせる妖艶で蠱惑的な笑みで。

零れ落ちていく泡を体にしみこませるように塗り広げていき、泡が少なくなってきた胸元を片手で包み込むように隠す。

胸がドゥーエ姉の細い腕から与えられる圧力でむにゅりと形を変え……

 

 

 ってダメだ、ダメだ! これ以上はいけないぞ!!

この先を考えてしまった日には、俺はもう大変なことになってしまう気がする。

この世界の存続が危うくなってしまうような、そんな気がするぞ!

 

 

 手元にあったクッションで頭を覆いで、耳を塞ぎ唸り声を上げて音が聞こえないようにする。

俺と、俺のリビドー(R-15指定の壁)との戦いが切って落とされた。



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Secret Love

 卵料理って最高だよね(*´ω`*)


 音の誘惑を耐えること30分。

ドゥーエ姉が風呂場から出てくるまでの間で、俺は既に満身創痍だった。

クッションを顔の上に乗せて、ソファに横たわっているとドゥーエ姉が心配そうに声をかけてきた。

 

 

「どうしたの悠。何かあったの?」

「いや……なんというか、やっぱり少し疲れてるみたい」

「そう、折角だからちゃんと休んでって。遠慮なんてしなくてもいいんだから」

「う~……ありがと」

 

 

 ドゥーエ姉の優しさが心に沁みるよ……。

少しすると、ドゥーエ姉が麦茶を持ってきてくれた。

 

 

 向かいのソファにドゥーエ姉が座る。

顔の上に乗せたクッションをどけて、麦茶を一口あおる

 

 

「悠、少し聴きたいんだけど……」

「ん……何?」

「セインやディード、ウェンディ、ウーノ姉さんのこと……どう思ってる?」

「……え? どうって」

 

 

 突然の質問に、一瞬驚いてしまった。

意図がよくわからない質問だったので、はぐらかしてしまおうと思ったのだけど、ドゥーエ姉の表情があまりにも真面目な様子で。

 

 俺は少し考えて正直な答えを返した。

 

 

「どうもこうも、家族じゃないか。ウーノ姉もトーレ姉も、クア姉、チンク姉、セイン姉、ディエチ姉、ウェンディやセッテ、ノーヴェにディードやオットー……皆、大事な俺の家族だよ」

「……そう。悠は、そう思ってるんだ」

「うん……もちろん、ドゥーエ姉も大事な僕の姉さんだ」

「悠……」

 

 

 俺の全力の回答に、何故か一瞬顔を暗くするドゥーエ姉。

しかし、次第に表情が柔らかくなっいき、笑顔を浮かべる。

相変わらずドゥーエ姉の笑顔は綺麗だ。セイン姉の笑顔は可愛らしいがドゥーエ姉のものはそれとは違う、大人の色香というか、美しいのだ。

 

 

「変なこと聞いてごめんね、私も疲れてるみたい」

「まあ、大学に部活といろいろ忙しいみたいだし、しょうがないよ」

「私ももう寝ようかな。悠はどこで寝るの? 布団でも出そうか?」

「う~ん、ソファの上も十分柔らかいから、毛布だけでいいや」

「そう、じゃあ私が出してくるから悠はゆっくりしててね」

 

 

言われたとおりに体をソファの上で投げ出す。

先ほどの様に手足の力を抜いていくと不思議と体が温まっていき、意識を手放すのには存外苦労しなかった。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 ああ、これは……夢だ。

なんとなくそう思った。体がふわふわ浮いているような、不思議な感覚。

目の前に広がっているのは、俺の部屋の天井。

普段は見慣れている天井が、なぜだか少し綺麗に見える。

 

 

 布団の上で横になっていた上体を起こして周囲を見渡す。起こす前に少し何かの抵抗を感じたが、あまり気にならなかった。

その時、改めて自分が寝転んでいたことに気が付く。

夢特有の判断能力の低下が、正常な思考を甘く狂わせる。

 

 

 見てみると、部屋の様子は見慣れているものとは少し違った。

そこは昔の俺の部屋だった。

昔持っていた玩具や漫画が少し乱雑に投げ出されていて、今ではパーツを無くしてしまったプラモデルが飾ってあった。

 

 

 すると、廊下のほうからい階段をドタドタと慌ただしい音を立てて駆け上がってくるのが聞こえてきた。

数瞬後、勢いよく扉が開かれる。

 

 

「ゆーーッ! あそびに来たッス!」

「うぇんでぃねーさま~、まって~」

 

 

 扉が開け放たれたのと同時に一人が飛び込んできて、少し遅れてもう一人が入ってきた。

先から順に、ウェンディとディードだった。

 

 

二人とも、なぜだか小さかった。部屋の様子とこの二人の容姿から察するに、どうやら子供の頃の時の夢を見ているらしい。

二人ともお人形さんみたいな可愛らしい服を着ていた。

フリルがいっぱいついている、真っ白なドレスみたいな服。

 

 

「ゆ~~、無視しないでほしいッス~」

「にーさま、いっしょにお人形であそびましょう!」

 

 

 俺が答える前にウェンデイが腕を掴んでブンブン振り回してくる。

痛みは……夢だからか、あまり感じなかった。

すると、ディードが何故か突然頬を膨らませて怒り出した。

 

 

「うーのねーさま、どぅーえねーさまズルいです。私もにーさまといっしょにお昼寝したいです!」

「あ~本当ッス、二人ともズルいッス!」

 

 

 なんのことかと自分の両隣を見てみる。そこには敷かれた布団と二つの盛り上がりが。

よくみてみると、俺の挟み込むようにウーノ姉とドゥーエ姉が寝そべっていた。

この二人もやはり子供の頃の容姿だった。

見てみると二人とも腕を不自然に投げ出している。

先ほど体を起こす時に抵抗を受けたのは、もしかして二人から抱きしめられていたからなのかもしれない。

すると、騒がしさからかドゥーエ姉がもモゾモゾと動き出した。

 

 

「う~、悠く~んどこ~」

「どぅーえ姉ねぼけてるッス」

 

 

 何かを探すように手を動かドゥーエ姉、言葉から察するに俺を探している夢でも見ているのだろうか?

次第にドゥーエ姉の手が俺を探し出し、寝ぼけているとは思えない強さで体を引っ張ってきた。

突然のことに抵抗できずドゥーエ姉の横にボスンと倒れこんでしまう。

 

 

「み~つけたぁ……えへへへ、悠く~ん♡」

「ねーさま! にーさまから離れてください~」

 

 

 ディードの言葉など意にも介さずドゥーエ姉が俺の背に腕を回して抱きしめてきた。

その腕を解こうとディードが奮闘するも細腕ではどうする事も出来ない。

すると反対のほうから誰かに抱き着かれる。

目線を寄こすと、ウーノ姉ではなく抱きしめているのはウェンディだった。

先ほどまで隣にいたウーノ姉は、ウェンディにどかされたらしく少し離れたところで寝ていた。

これほど騒がしくても寝たままでいられるとは、ウーノ姉は夢の中でもマイペースだ。

 

 

「うぇんでぃねーさまも、にーさま独り占めはズルいですぅ」

「どぅーえ姉もいるから独り占めじゃないッス!」

 

 

 姿勢の関係でドゥーエ姉に正面から抱きしめられているので、ウェンディは後ろから抱きしめる形になる。

俺のまだ幼い背中にウェンディが顔をぐりぐりと押し付けてくる。

動きがかなり制限されてしまって俺としてはかなり苦しいんだけど……。

 

 

「ふぇぇ~ん、ねーさまたちのばか~!」

「ゆーの背中あったかいッス~」

「悠くん悠く~ん♡」

 

 

 先ほどまでの静寂が嘘のように騒がしくなる。

夢のなかって不思議だ。感覚が鈍くなっているが、少しは感触みたいのがあるんだよな。

二人の体温がうっすらとだが、感じられる。

 

 

 昔の皆ってこんなんだったっけ?

そんな疑問も不思議と霧散していく。

次第に意識が遠のいていく。目が、さめるの、だろう、か。

 

 

「う~ん……むにゅむにゅ……」

 

 

 少し離れたところでは相変わらずウーノ姉が幸せそうに寝ているのが見えた…………

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「…うく…ん。……悠…ん」

 

 

 ぼんやりと目覚めだした意識のなか、耳元で、何かが聞こえたような気がした。

ふわっ柑橘系の香りが鼻をくすぐる。

この声は……誰だろうか?

ダメだ、なんだか、意識が……

 

 

 今までに感じたことのない感覚が体を襲い、体中の感覚を妨げるような気怠さが全身を支配する。

取り戻しかけた意識が、また失われようとしている。

体を動かそうとするも、何か(・・・)が体を締め付けるようにしているようで上手くいかない。

全身が温かくて柔らかいものに包まれているような、心地よさが、意識を深淵へ沈み込ませていく。

 

 

 その中で聞こえてくるのは、聞き覚えのある声、だが頭が回らずに、どうしても耳を通り過ぎて行ってしまう。

 

 

「ゆ……ん、あ…してる、ず…と」

 

 

 意識がまた、まどろみの中に引きずり込まれていく…………

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 光が目元を直撃し、あまりの眩しさに目が覚める。

目を開けると、天井が見えた。しかしそれは見覚えのある俺の部屋のものではなかった。

 

 

「どこだここ……」

 

 

 次第に思考が明瞭になっていき、曖昧だった記憶がしっかりと思い出せてきた。

ドゥーエ姉の部屋で寝てしまったんだった。

 

 

「……朝飯、作んなきゃ」

 

 

 もそりと体を起こして、台所に向かう。

なんだか夢を見ていた気がする。ちっさいウーノ姉たちがいたことは覚えているが、その後のことがよく思い出せなかった。

 

 

「……んあ~」

 

 

 材料と器具を用意しつつ、首を回すとゴキボキと関節が鳴る。やはりソファで寝るのは体に良くなかったのだろう。

一つ言っておきたいが、別にイライラしたりしているわけじゃない。

 

 

「ソースつくんねーと……」

 

 

 卵黄と白ワインを混ぜて湯煎しながら角が立つまで泡立てる。

角が立ったら溶かしバターと少しずつ加えながら混ぜる。

大体マヨネーズぐらいの固さまで混ぜるのが塩梅だ。

レモンを絞って塩、胡椒を加えて味を調える。これでオランデーソースの完成だ。

 

 

「えーっと、酢と水、卵にベーコン、レタスにバンズっと」

 

 

 鍋にお湯を張って、酢を少量入れる。

コンロの火を強火にして、沸騰するまで加熱。沸騰したら素早く弱火にする。

お湯の中に卵を投入、二分ほど茹でる。この時菜箸などで渦を作るのが重要だ。

卵が渦でできた水流でまとまって型崩れしにくくなるのだ。

ついでに豆知識だが、酢は入れたほうがタンパク質が凝縮してより型崩れしにくくなるので入れている。

お玉で崩れないようにして取り上げて余熱で固まらないように冷水へ投入、ポーチドエッグの完成。

 

 バンズの上にレタス、ベーコン、ポーチドエッグを盛り付けオランデーソースをかけてバンズで挟めば、エッグベネディクト風ハンバーガーの出来上がりだ。うむ、実に美味そうに出来た。

 

 

「おはよう悠。いい匂いね、今朝は何を作ったのかしら?」

「おはようドゥーエ姉。今朝はエッグベネディクトだよ」

「……御免なさい。ちょっとわからないわ」

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 カチャカチャと銀食器(シルバー)が当たる音が食卓に響き渡る。

エッグベネディクトは見た目的にかぶりつきたくなるのだが、それをやってしまうと盛大に半熟卵が溢れ出すのでナイフとフォークで食べるのが主流なのだ。

 

 

 KARAMISO♪ KARAMISO♪

 

 

 突然俺の携帯が着信音を鳴らしだした。取り出してみると、トーレ姉からだった。

携帯の通話ボタンをプッシュして、電話に出る。

 

 

『もしもし、悠か? 昨日は私の私用で迷惑をかけてすまなかった』

「いや、別にそんなことなかったよ」

『十時には出発するぞ。待ち合わせは……そちらの寮で構わないだろう』

「うん了解。十時だね」

 

 

 時間を確認して通話を切る。

十時というと、まだ少し時間があるな。食器洗いは済ませることができそうだ。

 

 

「そろそろ時間かしら?」

「いや、十時だってさ。まだ少し時間あるから食器は洗ってくよ」

 

 

 携帯をしまって再び食卓に着く。

あれ、そういえば……

 

 

「トーレ姉って誰に会いに来てたか知ってる?」

「トーレ? そういえば、誰に会いに来てたのかしら」

 

 

 どうやらドゥーエ姉も知らなかったらしい。

クラナガン大学にわざわざ来るくらいなのだからよっぽどの用だと思ったのだけれど……。

すると、ドゥーエ姉が思い出したようにパチンと指を鳴らした。

 

 

「バイクのことじゃないかしら」

「バイク? どういうこと?」

「実はクラナガン大学に一人、凄いバイクレーサーの娘がいるのよ。多分その人に会いに来たんじゃないかしら」

 

 

 なるほど、確かにそうかもしれない。昨日トーレ姉は友人の家に泊まると言っていた。

つまり、バイク関係の友人に会いに来ていたということだろう。

ようやく合点がいってすっきりした。

 

 

「そういえば、その女の子って凄いらしいよ? 美人で優秀らしいわ、私も名前は知らないけど二つ名は聞いたことあるもの」

「二つ名って実在するんだ……」

 

 

 正直ゲームやアニメの中だけの存在だと思っていた。

しかし、よくよく考えればそういう人間はかつてより多くいたことを思いだす。

WWⅡの時のパイロットも二つ名を持っている人が数多くいたはずだ。

 

 

「たしか……『雷光』だったかな?」

「……中二っぽいネーミングセンスだね」

「まあ、本人が考えたわけじゃないんだろうし、二つ名なんてそんなものでしょう」

 

 

 『雷光』か……いったいどんな女性なのだろう。

トーレ姉みたいな人なのかな?

そんなことを考えながらベーコンに噛り付いた。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「わざわざありがとうね、こんな遠いところまで」

「そんなことないさ、ドゥーエ姉からのお願いだったらいつだってくるよ」

 

 

 一通り帰る準備をして、今、女子寮の前にいる。

ドゥーエ姉とはまたしばらく会えなくなるのは寂しいけれど、永遠の別れというわけじゃないのだ。

 

 

「今度帰る時には美味しいご飯があると嬉しいな♪」

「ご馳走作ってまってるよ。皆で」

 

 

 俺の回答に笑みを浮かべるドゥーエ姉。

しばらくこの笑顔が見られないのかと思うと、少し寂しい。

 

 

「じゃあ今度会うまで……寂しくないように」

「え、ちょっとドゥーエ姉!?」

 

 

 ドゥーエ姉はおもむろに近づいて来たと思った瞬間、首に腕を回して抱き着いてきた。

ふわっ柑橘系の香りが鼻をくすぐった。

 

 

「は、恥ずかしいよ」

「ちょっとぐらいいいじゃない……家族なんだから」

「……じゃあ、ちょっとだけ」

 

 

 そういうことを言われたら、反論できないじゃないか……。

ドゥーエ姉の細い体に腕を回してキュっと抱きしめると、耳元でいたずらっぽくドゥーエ姉が咎める。

 

 

「ふふ、悠ったら自分から抱っこしてもらいにくるんだ」

「え、なに? 俺が悪いの?」

 

 

 からかわれてしまった……くそぉ、でもそれがドゥーエ姉らしくていいな。

ほんの少しの間そうしていると、かすかにバイクの音が聞こえてきた。

そっと腕を放して向き直る。

正直な話、抱き合っている最中に人が来なくて本当に良かった。

見られていたら、恥ずかしさで憤死してしまうことだろう。

 

 

「それじゃあ悠、いってらっしゃい」

「……うん、行ってきます!」

 

 

 ドゥーエ・スカリエッティ

才色兼備にして、一流の役者であり、スカリエッティ家の次女で……俺の大事な姉さんだ。



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Presious

 人生において最も重要なことってなんだと思う? 

この問いに対しての答えは多種多様、十人十色、千差万別あると言ってよいだろう。

 

 

 俺は、受け入れることだと思っている。

恐らく、皆には好きなものが一つはあるよな?

それはゲーム、スポーツ、恋愛……なんでもいい。あったとして、皆は好きなことをすることを拒みはしないだろう?

 

 

 でも、世の中好きなことばかりで満ちているわけではない。

例えば、アニメが好きな人がいたとする。その人にとってアニメはとても大切なものだ。

しかし、その人はすべてのアニメを大切に思えるわけではない。

苦手なジャンルというものが出てきてしまうのだ。

耐性のない人間には、BLも百合も受け付けることはできない。

見ているアニメの中に苦手なジャンルが少しでもあると、大好きなものの中に不純物が混ざったような気がしてしまうのだ。

 

 

 苦手なものがあるのは人間の性故に致し方ないことだとは、俺も分かっている。

しかし、自分にとって苦手なものが大切だ、大好きだ、と言う人間がいるというのもまた一つの事実だ。

 

 

 人は魅力無きものには惹かれない。つまり、何かしらの美徳があるからこそ、そのジャンルは存在し続けることができるのだ。

もしかしたら、苦手なものも理解しようと受け入れる姿勢を自ら示せば、そのジャンルの美点に気が付き、自分の好きなものの幅を広げることができるかもしれない。

 

 

 それは、とても素晴らしいことだとは思わないだろうか?

好きなものの新たな一面を、奥深さを一層味わうことができるのだから。

 

 

 しかも、それは好きなものであることに限ったことではない。

嫌いだったものも、美点を見つけて好きになれれば、世の中はさらに素晴らしく見えるとは思わないか?

故に俺は受け入れることが大切だと思うのだ。

 

 

 そう、苦手なものを受け入れることはとても大切なのだ。

 

 

「よーし、あとテストまで一週間だ! 部活は今日から活動禁止だぞ。わかったな!」

「「「「「…………はい」」」」」

 

 

 ……そう、苦手なものを、受け入れ、なければ……

 

 

「今回のテストが赤点だったらアタシら先生たちとの忘れられない夏休みを過ごせるからな、楽しみにしてろよ井上!」

「「「「え~~~~~!!」」」」

「なんで俺名指しされてるの?」

 

 

 ……俺達、テスト期間……入ります。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「起立、礼」

「「「「さようなら」」」」

「よーし、お前らより道なんかしないでサッサと家帰って勉強しろよー」

 

 

 終礼の挨拶をして、ヴィータ先生が教壇からピョンと降り教室からでると、途端にクラスが騒がしくなる。

あるものは荷物を持って帰宅、またあるものは友人と駄弁り、またあるものは学校に残って勉強する用意を始めていた。

そして俺たちの場合は、

 

 

「悠! 頼む、勉強教えろください!!」

「敬語も碌にできないようなアホは俺の手に余る。諦めろ」

「そ、そんな殺生な……」

「すまないが悠、この後用事がなければ一緒に勉強しないか?」

「おういいぞ、その代り阿部は数学教えてくれ」

「イジメはダメ絶対ってお前ら教わんなかったのかよ……」

 

 

 井上のことは放っておいて、俺たちは家に帰って勉強する派だ。

しつこい井上をあしらいつつ、帰宅準備を開始する。

 

 

「あれ、悠の家で勉強やんの?」

「んーまあ、そうするつもり」

 

 

 学校で勉強するというのも、気を紛らわすものがないので集中するのには良いのだが。俺の場合は家のほうがなんとなく性に合ってるのだ。

すると、井上が一言声をかける。

 

 

「じゃあ悠の家にGO!!」

「なんでお前、俺の家に来る気になってんの?」

「…………ええっ!?」

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 学校からそれほど遠くない家に着き、阿部達と勉強の準備を始める。

机に向かって、いざ勉強と行こうとすると、井上が質問を飛ばしてきた。

 

 

「あれ、初日のテストの教科ってなんだったっけ?」

「お前……先週から張り出されてたろうが。初日は歴史と英語だ」

「歴史かぁ……あれ、そういえばお前らの選択って」

「「世界史」」

「俺だけ日本史じゃねえかよおぉぉぉ……」

 

 

 そうえいば、この三人の中で唯一日本史選択者だったのって井上だけだな。

すると困ったな。いつも赤点ギリギリなこいつに指導できる人間がいないぞ。

井上の奴は、キャラ通りというかオツムがよろしくない。

唯一の救いが、得意教科が数学だったことぐらいだろう。

 

 

 しかし、日本史選択してるやつか……。

セッテは理系だし……ああ、ノーヴェがいたか。確か彼女は日本史を選択していたはずだ。

 

 

「ノーヴェを呼ぼう。確か日本史選択だったはず」

「ふむ。そうだな、確かに彼女だったら井上にも日本史のにの字ぐらいは教えられるはずだ」

「……今、さり気なく馬鹿にされた気が」

 

 

 そうと決まれば善は急げだ。携帯を取り出し、記憶させてあるノーヴェの番号を呼び出す。

意外なことに、ノーヴェは3コール以内ででた。

 

 

「もしもし、ノーヴェか?」

『おう、何の用だよ。今忙しいんだけど?』

「いや悪い、少し用事あがあって。勉強教えてくんない?」

『勉強? ……ああ、来週テストだからか。だけど何を教えて欲しいんだよ?』

 

 

 手短に今回の件の下りを説明する。

ノーヴェは少し思案し、数分後には承諾してくれた。

 

 

 回答から数分かからずにノーヴェが家に来た。そりゃまあ、家が隣同士なんだから早いのは当然なのだけれど。

しかし、来たのはノーヴェだけではなかった。

 

 

「お邪魔するッス」

「失礼します」

「お邪魔します」

「……ども」

「こりゃまた……随分と大所帯で来たな」

 

 

 順番に、ウェンディ、ディード、セッテ、オットーと家に上がり込んできた。

想定外の人数に苦笑いをする俺に、ノーヴェが説明を入れてくる。

 

 

「もともと、アタシらだけで勉強するつもりだったんだけどな。悠が突然連絡してきたからついてきたんだよ。」

「そうか、そりゃ悪かったな。ごめん」

「別に、嫌ってわけじゃねえけど……」

 

 

 キャラに合わず控えめになるノーヴェ。ていうか、お前が突然そんなしおらしくなると、まるで俺が悪いみたいな気分になるだろうが、いつもみたいにガツンと言ってくれよ。

気まずくなる俺とノーヴェを尻目にウェンディ達は俺の部屋に上がりこんでいこうとする。

 

 

「おいちょっと待て、こんな人数俺の部屋に入らないぞ」

「あーそうッスね。それじゃあリビングで勉強するッス」

 

 

 わらわらと皆がリビングへ移動する。

俺の家のリビングは自慢ではないが結構広い。

しかし、今の人数は俺を加えて8人と結構な人数だ。今の俺の懸念事項は勉強会がゲーム大会にならないことを祈るばかりだ。

そんなことを思っていたら、早速井上がウェンディに声をかけた。

 

 

「初めましてだね、ウェンディちゃん、分からないところがあったら俺に聞いてね。手取り足取り丁寧に教えて上げるよ」

「……あ、あははは。気持ち悪いんで遠慮させてもらうッス」

「ぐぉお……笑顔で罵倒された。だが許せるッもっと罵ってくれ!」

「井上、いっぺん死んでみるか? そういえば、ウェンディに会うのって初めてだったっけ?」

 

 

 ついでに言えば、井上はセッテとノーヴェ以外の姉妹とは縁が無い。

クラスが違うというのもあるが、率直に言って俺やセッテ達2年組の姉妹達が、井上を皆にあまり会わせたくなかったというのが正直な話だ。

すかさずセッテが井上の話を遮りに行く。

 

 

「私達の妹に猥褻行為を働かないで下さい。訴えますよ?」

「……セッテちゃん相変わらず俺の事嫌いみたいだね。一言一言に鋭い刃物みたいな殺傷能力を感じるよ」

「セッテはアタシ達や悠以外には結構ドライだからな。気を付けないとトラウマ植えつけられるぜ」

「生真面目なんスよ、生真面目」

「……そんなことない」

 

 

 憮然とした表情でセッテが答えながら俺の隣に座る。

セッテは理系なので、言わずもがな数学に強い。俺はガチガチの文系なので、教えてもらう事が多く配置としては調度いい。

 

 そして、もう片側には阿部。阿部は文系でありながら、数学もなかなかに得意だ。

それも、成績上位者に名を連ねるほどだ。言わずもがな、文系科目も当然得意。教え方も上手なので、この位置に座ってもらう。

ある意味、対数学という面においてはこれ以上ない布陣だ。

 

 え? ウーノ姉達じゃ駄目なのかって?

彼女たちは、もうこと勉学に関しては俺達とは別の次元を生きているので、話がかみ合わず却下。

4次方程式を息をするように解くような人たちとは、頭の造りが違うのだろう。

 

 

「アタシは井上の担当かよ……気が乗らねー」

「悪かったな。俺よりも悠に教えた方がお前としても楽しいだろうな!」

「べ、別にそんなんじゃねーよッ!」

 

 

 予定通り井上の担当にはノーヴェが付くことに。

 

 

「ついでだから、ディードとオットーは阿部に教えてもらえ。凄くわかりやすいぞ」

「阿部先輩。よろしくお願いします」

「…………お願いします」

「いや、俺も人に教える方が良い復習になるからな。こちらとして有難い」

 

 

 そんなこんなで、皆で勉強を始める。

テスト前ということもあってか、すぐにペンを走らせる音と、解説をする声、ふざけようとする阿部をひっぱたく音しかしなくなった

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「ここは加法定理を使って。この問題は……相互関係の公式を応用して。そうすれば解けるはずだよ」

「うん…………ああ、なんとなく道筋は見えたよ」

「その感覚を忘れるなよ。数学において大切なことは、答えに見通しをもって予想しておくことだぞ」

 

 

 ―――― デデデストーロイ ナーインボー  デデデストーロイ ナーインボー ――――

 

 

 突然おれの携帯が鳴りだして、全員のペンを走られていた手が止まる。

慌てて携帯を取り出して確認すると、アラームが鳴っていたようだった。

気が付くと、すでに5時を回っていて、空は若干赤い色を浮かべ始めていた。

 

 

「やっべ、そろそろ飯つくんないと。人数多いからな」

「あれ? 悠ってそんな大家族だったっけ?」

「いや、三人家族だよ」

「私達の分の食事も兄様に賄ってもらっていますから」

「兄さんの料理……美味しい」

「確かに料理をすることが得意と聞いていたが、そこまでとは。男として尊敬するよ」

 

 

 ふふふ、そうかなぁ。いや、確かに料理経験は長いけどぉ。一般的な男性に比べて、ほんのちょこっと料理のスキルが高いのはしょうがないっていうかぁ。

 思わず顔がにやけてしまうのが止められない。

 

 

「あんまり調子にのってるとヘマするぞ。あと、気持ち悪い。井上と同じぐらい」

「えっマジで?…………そりゃないわー。うん自重する」

「人を悪い比較に使うのはやめてもらえませんか!」

 

 

 何はともあれ、何分人数が多いから今のうちに準備をしておかなければ飯時に間に合わない。

冷蔵庫の中ってなにが余ってたっけ?

やべ、忘れた。冷蔵庫の中身を把握しておくことは、料理をすることにおいてとても重要なことなのだけれど……ちょっとへこむ。

 

 

「おいノーヴェ。お前確か鍵持ってたよな。今持ってるか?」

「アタシじゃ無くしそうとか言って、今はセッテが持ってる」

「ここにある」

 

 

 そういって、制服の胸ポケットから鍵を取り出す。

細かいことかもしれないが、人の家のカギをそんな無くしやすそうな場所にしまうのはどうかと思うぞ。

あと、鍵についてるカピバラさんのキーホルダー可愛い。後で見せてもらおう。

 

 

「俺は飯作りに行かなきゃいけないからもう行く。あとは皆勝手に帰ってくれ。戸締りは頼むぞ」

「うん。わかった」

「じゃあ行くぞ。じゃあなまた明日」

「おう、またな~」

「また明日」

 

 

 阿部と井上に別れの言葉を残して、俺はスカリエッティ家に足を向けた。

その時の俺の頭の中は、こんばんは何を作るかということでいっぱいだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「じゃあな、また明日」

 

「おう、じゃあな阿部~」

 

 

 ―――― バタン コツコツコツ…… ――――

 

 

「……よし、行ったか。それじゃあ始めるかな」

 

「なんだよ井上」

 

「変なことしたら承知しないッスよ」

 

「いやいや、別に変なことじゃないさ」

 

「悠に害が及ぶようなことだったら許しません。早く帰ってください」

 

「別に悠に危害が及ぶようなことじゃないさ」

 

「そうでなかったとしても、どうせ碌なことじゃないでしょう?」

 

「ホントにおかしなことじゃないんだよ。男子同士だったら必ずと言っていいほどしていることなんだから」

 

「私達は別に男子ではありませんが……なんなんですか」

 

 

 

 

「これから、悠のお宝本(エロ本)を探そうと思う」

 

 

 

 

「……はぁ!?」

 

「悠は間違いなくエロ本……もとい、聖書をどこかに隠しているはずだ。前に俺貸したことあるし」

 

「へ、へぇ……悠が、そ、そーいう本持ってるとはなぁ」

 

「別に驚くことじゃないッス! 悠だって男なんスから、えっちいことに興味が出るのも……」

 

「…………ウェンディ姉さん、顔真っ赤」

 

「う、うるさいッス!」

 

「うぅぅ、兄様が遠いところに行ってしまった気がします……」

 

「……そういうことだとしたら、余計に帰って欲しいです。このような話題は他人が口を出すような話ではありません」

 

「本当にそうだと思う?」

 

「どういうことですか?」

 

「悠だって男なんだ。年頃にエロいことを考えてしまうのはしょうがないし、そのことに他人が口を出すのは野暮ってことぐらいは俺も分かる。だけどな、もし悠が普通じゃない嗜好に目覚めてしまったとしたらどうだ? 誰にも打ち明けることができずに、悠が苦しんで、挙句は悠が犯罪に手を染めてしまうかもしれない。だから俺達は友人として悠の趣味嗜好を把握して、悠が危険な方向に向かいだしたら俺達が奴を止めてやらなきゃいけないんだ」

 

「…………」

 

「セッテ姉様?」

 

「……悠は絶対にそんなことはしない。そんなことする人じゃない。もしそうなろうとしたら、私達が止める。絶対に」

 

「そっか、悠も愛されてんなぁ……おっと、この話題が一番干渉するべき話題じゃなかったな。わかったよ、今回はこれで帰るとするさ。じゃあ悠によろしくな」

 

 

 ―――― バタン コツコツコツ…… ――――

 

 

「なんか、スゲェ格好いい感じにまとまってたけど。結局エロ本についての話だよな」

 

「だけど、悠が……以外ッス」

 

「そんな素振りまったくありませんでしたもんね」

 

「…………」

 

「んじゃ、そろそろ帰ろうぜ。遅くなっても面倒だしな」

 

「ちょっと待って」

 

「どうしたんスかセッテ?」

 

「……やっぱり、私達で探しておこうと思う」

 

「…………はい?」

 

「さっきはああ言ったけど、やっぱり心配。悠の持ってる本を探す」

 

「お前さっきあんなに格好いいこと言ってたじゃんか!」

 

「……とんだ茶番」

 

「悠だって男の子。万が一というのも、ありえなくない。だから私達で悠の嗜好は把握しておくべき」

 

「いやいやいや、不味いだろうが!」

 

「でも、私も少し……気にならなくもないです」

 

「……ディードに同じく」

 

「でも……やっぱり勝手に部屋をあさったりするのは悠に悪いッス!」

 

「ウェンディ……気持ちはわからなくない。でもさっき話したみたいに、悠が人には言えないような趣味を持って苦しんでいたとしたら? 確かに他人がどうこう口出しするのは野暮。だけど、私達は家族……違う?」

 

「家族だとしてもとんだお世話だろ!」

 

「…………そ、そうッスね。ちょこっとだけ、確認するぐらいだったら」

 

「う、ウェンディ!?」

 

「それじゃあ悠の部屋に行こう。時間もあまりない」

 

「いまさらですけど、ドキドキしますね」

 

「……ディードはむっつり」

 

「お、オットー!!」

 

「悠ってどんな女の子がタイプなんスかね……」

 

「……気になる?」

 

「別にそんなこと無いッス!!」

 

「お前らなんだかんだで楽しんでるよな」

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「ハッ!」

「きゃあ! な、なによいきなり!」

 

 

 突然大声を出したからクア姉がひどく驚く。

いや、何か、いまとんでもなく嫌な予感がした。ついに俺もニュータイプへの目覚めが近づいているのだろうか?

 

 

「びっくりした~。テスト前だからって騒ぎ出すのはやめてよね」

「えっ? テストなんてあったっけ?」

「セインちゃん……あんたって娘は……」



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mercury

「ふぁあ~……あ、もうこんな時間か」

 

 

 あくびをしたことで勉強への集中が途切れ、ふと時計に目を向ける。

時計の針はすでに天辺を超えようとしていた。

グッと背伸びをすると、座ったままの姿勢で凝り固まった体の筋肉が弛緩し心地よい感覚が体を包む。

 

 

「そろそろ寝るとするか」

 

 

 勉強道具を片づけ、食堂の方へと向かう。

冷蔵庫の戸を開けると夏特有のべた付いた暑さとは無縁の、ひんやりとした空気が流れだしてくる。

ずっとこの心地よさを味わっていたいが、電気代の無駄にしかならないので牛乳を取り出し戸をサッと閉める。

14個あるコップの中から小さ目の可愛らしいクマの絵がプリントされているマグカップを取り出して牛乳を注ぐ。

昔、まだ小学生の頃だったか。悠に誕生日プレゼントされたものだ。

大きさも自分にピッタリで未だに使っている。

牛乳を注いだマグカップを電子レンジに入れて、加熱。

ホットミルクとなった牛乳を取り出す。

 

 

「うっ……」

 

 

 ホットミルク特有の香りが鼻腔を刺激し、軽い眩暈が襲ってきた。

この習慣は長らく続けているものだが、未だに慣れることができない。

なのになぜ続けているのかと問われると、それはかなり個人的な理由であり、自分のコンプレックスの原因でもある。

苦手と言っても、いまさら諦める気にもなれず意を決してホットミルクを流し込んだ。

 

 

「……やっぱり美味しくない」

 

 

 コップを軽く水洗いしてから乾かしておき部屋に戻る。

そういえば、明日はテスト前で特別日課だったはずだ。

明日の準備を寝る前に、もう一度確認しておこう。

机の横に掛けてあった鞄の中身を取り出し、予定されていた教科と間違いがないか確認する。

誤りがないことを確認して、明日の朝に焦ることが無いように制服を準備しようとタンスの戸を開けた。

 

 

「えっと……あった」

 

 

 綺麗に掛けられている洋服の中に並んで掛けられていた制服を見つけて、ハンガーから外そうとする。

すると、横目にちらりとタンスの奥にしまわれていた洋服が目に入った。

あんな服私は持ってたかな?

そんなことを思いながら、洋服を引っ張り出して広げてみる。

一目見た瞬間に再びタンスの奥に洋服を突っ込んで戸を閉めた。

 

 

「……見なかったことにしよう」

 

 

 かつての酷く恥ずかしい記憶が脳裏をよぎっていく。

思い出しただけでも顔から火がでそうなほど恥ずかしさでいっぱいになり、ベットに飛び込んで枕に顔をうずめる。

忘れたくてたまらない一時期の自分の愚行にジッとしていられず、足をバタつかせる。

未だにどうしてあんなことになってしまったのか、自分でもわからない。

ぐるぐると自己嫌悪に囚われていると、ホットミルクを飲んだためか、次第に意識が遠のいていき気付かぬ内に眠りについていった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「―――― 終了! 後ろから回答用紙を回収しろ!」

 

 

 シグナム先生の一言で、クラスの皆の張りつめていた緊張の糸が一気に解けた。

最後のテストが終わって浮かれつつも、手際よくテストを回収して、先生に渡す。

先生は誤字脱字がないか素早く確認し、満足そうに頷いて一言告げる。

 

 

「これで、今回の実力テストの工程は終了だ。 テストが終わったからといって羽目を外しすぎるんじゃないぞ、井ノ上!」

 

「だからなんで俺は名指しなの!?」

 

「では各々自由に帰ってよし、部活動のあるものはそれぞれの予定通りに動け、以上!」

 

 

 井ノ上の疑問を華麗にスルーしてシグナム先生は教室を出る。

途端に教室が騒がしくなり、大きな声が教室を飛び交う。

さて、どうしようかな……家に帰ってゲームでもするか。

肩掛けバッグを背負って教室を出ようとすると、井ノ上が馴れ馴れしく声をかけてきた。

 

 

「おい悠、お前テストどうだった?」

 

「んーー…………、お前よりかはマシだと思う」

 

「悠、お前俺をなめ過ぎだぜ? 俺だっていつまでもバカって訳じゃあないんだ」

 

 

 井上が自信ありげに言うと、突然勢いよく教室の扉が開け放たれた。

何事かとクラス中が静まり返ると、生徒指導のゲンヤ先生とゼスト・グランガイツ先生が入ってくる。

いきなりの大物登場にクラスの空気が一気に冷たくなり、重苦しい緊張感が支配する。

 

 

「井上 爽はいるか?」

 

「井上ならここにいますよ」

 

「悠、テメェ! ……あははは、お二人ともいったいどうしたんです。 俺、何かしましたっけ?」

 

 

 井上の言葉にゲンヤ先生がニカッと快活な笑顔を浮かべる。

その表情に井上は少し安堵したようだが、それ以外の俺を含めた皆は、ただ恐怖するしかなかった。

二人の放つ異様な威圧感に、井上は気付かなかったのだ。

異様な空気の中、ゼスト先生が話を切り出した。

 

 

「井上、周知の事実であろうから、正直に言っておく。 お前は馬鹿だ」

 

「ド直球じゃねえですか! まあ、否定はしませんが」

 

「だが私達は少し期待していたのかもしれない。 もしかしたら、お前が将来のことを真面目に考え勉学に励んでくれるかもしれないと」

 

「…………あ、ありがとうございます」

 

 

 

「だが、今回のテストは完全にアウトだ」

 

 

「…………へ?」

 

「オメェさん、今回のテストほとんど赤点まみれなんだよ。 予定じゃ夏季休暇に入ってから始めるつもりだったんだが。 オメェには特別に今日から補習を始めるぜ」

 

 

 ゲンヤ先生の言葉が終わる瞬間、井上が扉に向かってダッシュした。

井上は失われようとしている自由を掴もうと、全力を尽くした。

全力の使いどころを盛大に間違った、ただの馬鹿だ。

 

 

 素早くゼスト先生が動き、井上の腕を拘束した。

 

 

「いやだぁ! 夏休みの間ずっと補習なんて!」

 

「井上……残念だが、自業自得だ」

 

「いやだぁああ! 助けてくれよぉお、ゆううぅぅ、あべぇえええ!!」

 

「「いや、お前が悪い」」

 

「やっぱりかああぁぁああ!!」

 

 

 そのまま井上は二人の教師に連行されて行った。

連れて行かれる井上の背中は、なんだか煤けていた。

 

 

 井上が教室をでた瞬間、教室は爆笑の渦に包まれた。

 

 

「お前ら聞こえてんぞ! この人でなしどもめぇええ!!」

 

「井上、五月蠅いぞ」

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 井上の公開処刑が終わった後、まっすぐ家に帰った。

少しだけテレビゲームをした後、晩飯を作るためにスカリエッティ宅に行こうとすると補習が終わったのか、井上からメールが届いた。

 

 

『お前ら笑い過ぎだぞ、こっちガチで死ぬかと思うくらい勉強させられたぞ。 これから毎日あんな生活が続くのかと思うと……死ぬる』

 

「ゼスト先生の言うとおり、自業自得だろうが……」

 

 

 隣の家まで歩を進めながら、メールをスクロールする。

 

 

『そういえば、最近変なこと無かったか? 隣んちの姉妹達の様子とか』

 

「こいつは何言ってんだ? …………いや、そんなこともないか?」

 

 

 なぜこいつが感づいたかわからないが、確かに思い当たる点がないわけではない。

俺の思い違いってだけなのかもしれないが、確かに井上の言うとおりだ。

一応気を付けてみてはみるか。 メールは返さないけど。

 

 

 メールを読み終わると、ちょうど目的地に到着。

お屋敷らしい大きな扉を開けながら、一言挨拶をいれる。

 

 

「お邪魔しまーっす」

 

「お帰りなさい、悠」

 

「おわっ! な、なんだウーノ姉か……びっくりしたな、もう」

 

 

 誰もいないと思っていたから、突然声をかけられてびっくりしてしまった。

声をかけてきた女性 ―――― ウーノ姉は淡い水色で、半袖になっているパジャマを着ていた。

ゆったりとした服装だが、ウーノ姉は姉妹中で特に女性らしい(・・・・・)体つきをしている。

故にパジャマのあちらこちらが突っ張っていて、非常に目の毒だ。

 蛇足だが、自宅警備が主な仕事なので、四六時中この格好だ。

ウーノ姉はくすくすと笑いながら言葉を続ける。

 

 

「セインたちがまだ帰っていないのだけれど、何か知らないかしら?」

 

「うーん、多分部活に行ってるんじゃないかな。 今日で部活解禁だし」

 

「そういえば、そんなこと言ってたわね。 忘れちゃってたわ」

 

「もう、しょうがないなぁ……」

 

 

 ウーノ姉は頭のいいスカリエッティ姉妹の中でも、ズバ抜けた秀才だ。

この人の前にはクア姉やドゥーエ姉も霞んでしまうほどにだ。

だけど、こういう日常生活においてはいろいろと抜けてしまっている点が多い。

こと家事においてはクア姉と同等かもしれない。

いろいろとずば抜けた女性だと、つくづく思う。

 

 

 台所に向かおうとすると、ウーノ姉が横に並んでついてきた。

 

 

「クアットロ達はいつも通り、もう帰ってきて勉強してるわ」

 

「……受験、大変そうだしね。 しょうがないよ」

 

「たまには、息抜きさせてあげたいわよね……」

 

 

 ディエチ姉達も今日までテストだったはずだ。

今日ぐらいゆっくりしたらいいのに……でも、理由が理由だし、みんな真面目だし……。

ふと水色の髪の毛の女性が頭をよぎったけど気にしない。

 

 ウーノ姉は顎に手を添えて「うーん」と考え出す。

前にジェイルが言っていたことを、ふと思い出した。

 

 

 『美しい女性の悩める姿は実に美しい』だったっけな?

研究馬鹿のジェイルが女性のの話題を出すのはかなり珍しい。

だからかなり印象に残っている一言だ。

今のウーノ姉の浮かべている表情は、まさにジェイルの言っていたそれだと思った。

服装がパジャマという点が、非常に締まらないけど。

俺の視線に気づいてか、ウーノ姉がふっと明るい笑みを浮かべる。

 

 

「悠も、たまにでいいから協力してくれると嬉しいわ」

 

「俺なんかに出来るかどうか非常に不安だけど……出来る限りはやってみるよ」

 

「さすが悠、頼りになるわ。 妹たちをよろしくね」

 

「その一言はさすがに重すぎると思うよ……」

 

 

 あんなキャラの濃い集団を一手に引き受けられるほど、俺は人間ができてない。

恐らくセイン姉やウェンディ達のお守りで限界だ。

楽しそうにそんなことを言うウーノ姉は、妹達のことを想う普通のお姉さんだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「よし、これで完成っと」

 

 

 先日から仕込みをしていたビーフシチューが完成した。

味は……うむ、上出来だ。

さて、皆を呼びに行くか。

 

 コンロの火を止めてから厨房を出る。

すると、視界の隅に階段を上っていく赤い馬の尻尾が見切れた。

恐らくウェンディだろう。

ついでなので声を掛けておくとしよう。

階段のところまで行き、ウェンディの背中に向けて声を掛けた

 

 

「おーいウェンディ、飯だぞー」

 

「うわっ! ゆ、悠っ!?」

 

 

 ビクッと肩を揺らして、ゆっくりとこちらを振り向く。

何故かその顔は苦笑いをしていた。

 

 

「飯ッスか! じゃあ着替えたら行くッスよ! じゃ、じゃあ!!」

 

「お、おう」

 

 

 なんだかすごい剣幕でまくしたてて、さっさと行ってしまった。

最近こういうことが増えている気がする。

ウェンディは先ほどの通りだが、他にはセッテ、ディード、ノーヴェがあんな感じだ。

意図的に避けられているというか……ありゃ一体なんだろう?

井上のメールにあった変な様子というのは、あの態度の事なのだろうか。

よくわからないモヤモヤを抱えつつ、階段を上っていく。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「んじゃ、さっさと来てね」

 

「はいはい、分かったからさっさと行ってちょうだい。 邪魔だから」

 

 

 扉越しに立っているはずなのに、いったいどの辺が邪魔なのだろうか。

存在か? 俺の存在自体が邪魔なのか?

 

 

 クア姉の暴言に少し傷つきつつ、最後の扉のノックして声を掛ける。

 

 

「チンク姉ーいるー?」

 

「ひえぇえっ!? ゆ、悠か!? いったい何の用だっ?」

 

 

 ……なぜあんなに動揺されたんだろう?

そこまで勉強に集中していたのだろうか?

やっぱりチンク姉は凄いな、テスト終わったばっかりだっていうのに、ここまで頑張れるなんて。

しかし、次の瞬間。 中から発せられる音に俺は肝を冷やすことになる。

 

 

「すぐに行くから下で待ってて……きゃあ!」

 

 

  ―――― ゴトゴトゴトッ ――――

 

 

「ちょ、チンク姉!?」

 

 

 部屋の中から、チンク姉の短い叫びと、重いものが落ちる様な音が響いてきた。

その音を聞いた瞬間に、背筋を冷たいものがすうっ流れていくような感じがした。

チンク姉は小柄だ。

本人は嫌がってはいるが、そこがチンク姉の個性というか、チャームポイントなるものの一つだと思っている。

 

 

 しかし、時にその体躯は予想外の危険を伴うことがある。

まず、基本的に力が弱い。

チンク姉は運動能力は高いが、純粋な力はやはり強くない。

そんな女性の上に重いものが落ちてきたら。

下手をすれば大怪我を負う可能性がある。

チンク姉が怪我したらどうしよう。

そんな思いが脳内を駆け回り、とっさの判断で一言声を掛けてドアノブに手を掛ける。

 

 

「チンク姉大丈夫!?」

 

 

 しかし、応答は無かった。

やはり何処か頭にでもぶつけでもして、意識を失っているのだろうか?

不安が心を支配して、ドアノブを握る手を自然と捻らせる。

 

 

「ちょっと入るよ! いいね!」

 

 

 今度も反応がなく、いても立ってもいられずにドアを開け放った。

部屋の中を見ると、大き目な段ボールの下にチンク姉が倒れているのが見えた。

思わず駆け寄って、チンク姉の上の段ボールをどけて、彼女を抱きかかえる。

 

 

「…………へ?」

 

 

 思わず目を擦って、もう一度確認する。

確かにチンク姉だ。

まぎれもなくチンク姉だ。

 

 

 

 

 ただ、服装が完全に水銀●だった。

フリルのたくさんついた真っ黒のゴスロリにカチューシャ。

背中には黒い羽根の様なものが付属してあり、素人目から見ても非常に良い出来だ。

今閉じられているその眼には、赤いコンタクトレンズがはめられているのだろうか?

 

 

 

 

 ただ、それを着ているのはチンク姉だった。

俺が呆然としていると、チンク姉が意識を取り戻したらしく、すうっと目が開かれた。

案の定、赤のカラコン入りであった。

 

 

「うぅ……あ、頭いたい」

 

「大丈夫チンク姉?」

 

「悠か、ここは私の部屋? ……そうだった、確か段ボールが上から落ちてきて」

 

 

 徐々に意識をはっきりとさせたチンク姉は、いったい何ああったのか思いだし始めた。

視線は俺の顔から、次第に下へと下がっていく。

 

 

「確かその前に私は……私は」

 

 

 その視線が自分の来ているものに注がれる。

次の瞬間、俺の鳩尾に鋭い肘鉄がめり込んだ。

 

 

「ぐおぉ……」

 

「み、み、みみみみみ見るなああぁぁぁぁあああ!!!」

 

「うわっ!」

 

 

 ドンっと俺を突き飛ばして距離をとるチンク姉。

顔を真っ赤にして、わなわなと全身を震わせながらこちらを目に涙を浮かべながらキッっと睨んできた。

 

 

「なんで私の部屋にいるんだ! なんで今のタイミングで来たんだぁ!」

 

「え、だってそりゃ心配だったから……」

 

「ゆ、悠のバカああぁぁぁ」

 

 

 そう言ってチンク姉はベッドに飛び込んでミノムシの様に布団で全身を包んだ。

何とか説得しようとミノムシをゆさゆさと揺らす。

けれどもチンク姉は何も返事を返してこない。

 

 

「チンク姉機嫌直してよー」

 

「…………」

 

「ねえチンク姉ってばー」

 

「…………」

 

 

 返事はない。

どうやら相当起こっているようだ。

こうなったら強硬手段に出るしか手はないだろう。

実の姉の様な女性にこんなことをするのは少し心が痛むが、時には手厳しい手段も必要なのだ。

ミノムシに手をかけて、ベッドの上で左右にコロコロと転がした。

 

 

「ほら、チンク姉ー」

 

「う、このくらいで……」

 

「これでもダメかぁ」

 

 

 次にするとすれば……蒸し攻めだろうか?

ミノムシの上に乗っかって、ミノムシにしがみつく。

無論、体重をかけてしまわないように、慎重にだ。

これが厚手の布団であれば、そこまでの熱が伝わらなかっただろう。

しかし、この布団は夏用の薄手の物だ。

これだったら十分に体温が伝わっていくはず。

 

 

 三十秒ほど待つと、じんわりとチンク姉の体温が布団越しに伝わってきた。

そして時間をおかずに布団がしっとりとしてきた。

ミノムシがモゾモゾと蠢きだし、布団の中からポンッと勢いよくチンク姉の顔が飛び出してきた。

蒸し攻めのためか、顔が真っ赤だった。

 

 

「あ、あつい……」

 

「やっと出てきた」

 

 ちょうど俺の頭の方向から出てきたので、至近距離で顔を近づける形だ。

チンク姉の体温が布団と顔からの熱から感じられる。

 

 

 チンク姉はムッと眉間にしわを寄せて、プイッとそっぽを向く。

何とか理由を説明すると、なぜ水銀●の格好をしていたのか教えてくれた。

 

 

「昔、私が……あれ(厨二病)だったのは覚えてるな?」

 

「うん。 あの頃はいろいろと大変だったよね……」

 

 

 あまり思い出したくであろうはしかの様な病。

チンク姉がいろいろとコスプレを作っては痛い発言を繰り返していた日々を思い出す。

 

 

「確かにあれは気の迷いだった。 けれど、作った洋服だけはどうしても捨てられなかったんだ」

 

「どうして?」

 

「凄く出来が良かったことも、可愛かったことも理由だ。 それに……」

 

 

 何かを言おうとして、言葉を詰まらせる。

すると、わずかに目線をこちらに向けて再び逸らした。

……俺なんかしたっけ?

チンク姉はその言葉を続けようとせず。

素っ気なく言い放つ。

 

 

「夕食には行く。 だから先に行っててくれ」

 

「……解った。 じゃあ待ってるね」

 

 

 顔だけ突き出たミノムシから降りて、部屋を出る。

俺なんかしたっけ?

そんな疑問が頭に浮かんできたが、下から漂ってくるビーフシチューの香りで頭の隅に追いやられてしまっていた。



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