【ネタ】畜生に堕つ (白虎野の息子)
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墜落

まぁ、なんだ……許して下さい。


 ある日、気が付いた時から不快だった。

 

 身体どころか、首も動かず、視界さえ塞がれ、模糊とした暗闇が広がっている。生温い何かに包まれている事だけが、自らの生存を証明しているが、ナニに包まれているのか分からず、それがまた、余計に不快感を煽る。

 

 なんだこれは、おい、どうなっている。

 

 20年以上慣れ親しんだはずの体が意に沿わないという事態は、想像を絶するストレスとなって精神を圧迫する。

 

 なんだ。なんなんだこれは、おい、誰か来いよ。助けろよ。助けてくれよ。動けないんだ。

 

 思考は恐怖と狂気に染まり、己の内面へと深く食い込み、抉り、掻き回し、加速していく。そして、時間の感覚すら失い始め、極限にまで加速した思考の中で、奇妙な存在を知覚に捉える。

 

『生きたい。死にたくない。唯、只管に生きていきたい。だから、殺さないで』

 

 明らかに、己のモノでは無い思考が脳裏に響く。

 

 生きたい? 殺さないで? ふざけるなよ、これは俺の身体だ。俺の思考だ。俺の、俺だけの心身だ。生きたいのなら、勝手に生きろよ。俺を巻き込むな、俺に混ざるな、俺に関わるな。

 

 動かぬ身で言うのも可笑しいかもしれないが、満身の意を以て拒絶する。ただでさえ、異常事態である今、異物を受け入れるのは不可能だ。否、健常であっても全力で拒絶するだろうという確信がある。

 

 『本当!? 有難う』

 

 一瞬、全ての思考が停止する。一言で表すならば、理解不能だ。拒絶して、礼を言われるなど気味が悪い、気持ちが悪い、怖気が走る。

 

 『じゃあ、出て行くね』

 

 簡潔な一言。相手の思考に吐き気を堪え、脳裏に響く思考への激情を抑え、出て行くのならば何も言うまいと静観していると、経験したことも無いような頭痛と喪失感を感じる。

 

 抗い様の無い激痛と悲嘆が脳髄を埋め尽くし、自己の傍らに先程まで存在していなかったナニかを認識する。

 

 奪われた!! 何者でもない、己の、この俺の血と肉が!!

 

 理性や本能といったものではなく、もっと根源的な部分が喪失の原因を訴える。即ち、目の前の――目視は出来ないが――存在であると。痛みも悲しみも、全てが消え去り、唯一、憎悪ともいえる激情が総身を駆け巡る。

 

 返せよ、俺の身体を。

 

 しかし、体外へと排出されたナニかとの繋がりは余りに微弱で、全く伝わっている様子がない。それどころか、己から離されたソレは満足な思考すら失っている様にさえ感じられる。

 

 ふざけるなよ。勝手に奪っておきながら、出来損ないの肉塊だと? おい、冗談も大概にしろよ。なぁ? おい。

 

 もはや、形容すら出来ない感情は何と呼べばよいのか、分からぬまま身を震わせる。先程まで不可能であったことを、今、為せていることに疑問に思うこともなく、また、無意識の内に拡大していく己の知覚に頓着することもない。喪失により発生した、情動と自己愛を爆発させて咆哮する。

 

 返せ。返せ、返せ返せ返せ!!

 

「……ぇせええええええええええええええええええええええ!! 」

 

怒号を上げた瞬間、周囲の世界は一面の暗闇から反転し、久しく感じていなかった光明により脳髄が白熱する。

 

「おめでとうございます。元気な双子ですよ」

 

 身の内に燃え上がる激情には、およそ似つかわしくない嬉しそうな声が響く。先程までとは違う、実に馴染み深い大気の振動を介しての発声だ。周囲を覆っていたナニかも取り払われ、適度に調整された外気と、タオル状の布に包まれ久しく感じていなかった心地良さに冷静さを取り戻す。しかし、冷静さは自己を顧みることもなく失われることになる。

 

違う。違うぞ、これは……俺じゃない。俺の感覚じゃあない。これは、あの肉塊のモノだ。

 

 痛みがそうである様に、感覚は認識に追いつくように駆け抜ける。

 圧倒的、正しくそう呼ぶに相応しい孤独感、喪失感、絶望感。寒々しいまでに、広がった知覚には何も感じない。無垢であるなら兎も角、20年余りに渡る人生経験の蓄積が、この圧倒的なまでの孤独感を許容できるはずもなく、自我は二度目の爆発を迎える。

 

「ぁ嗚呼々」

 

 自己の根底からの叫喚は産声として世界に刻まれ、極大の神性は生まれ落ちた。

 




相も変わらず、キャラの思考が唐突過ぎて、展開が強引な気がする。


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朝の風景

まだ、原作は影も形も見えません。


 突如、リセットされた人生。

 2回目の十六歳。

 2回目の高校受験。

 2回目の学生生活。

 

 そして、聞き慣れぬ地名に、見慣れぬ両親、知らない妹。知っている、自身ではない自分。周囲を埋め尽くす、既知である体験に未知である環境が交錯し、十余年。吐き気を催す世界に、嫌気がさしていた。洗面台の鏡に映る、自身の顔を両手で覆い考える。

 

 浅黒い褐色の肌、くすんだ金髪、吊り上った眼に混り気の無い黒を湛える瞳。額に穿たれた黒子は、アレの代わりなのだろうかと考え、首を振って打ち消す。

 

俺は、アイツじゃない。

 

 自らの容姿に気が付いた頃から、只管に唱え続けている暗示。外道、屑、塵芥と呼ばれた天狗と酷似した容姿を自覚した時から毎日の習慣となっている。

 

そう、俺は、アレじゃない。俺は俺で俺だから。

 

 名前も、容姿も、環境さえ違う現状に於いて、自身の渇望は皮肉にも否定する存在との共通項ともなっていた。自己否定と肯定を繰り返し、その求道から抜け出せない。痩せた体をどうにかしようと鍛えてみれば、どこかの畸形の2Pカラーの様になり、益々、元来の自分から離れていく。

 

「……、兄貴!!」

 

 と、唐突に耳元で声が響く。鬱陶しい。

 

「なんだ。」

 

 己の不機嫌を隠す事もせずに、『妹』に応える。アレと己との相違点にして、俺から血と肉を奪った不倶戴天であり、今世に於いて『俺』という存在を繋ぎ止める現状唯一の楔でもある最愛の存在だ。

 

「なんだ。じゃねぇよ、母さんが呼んでるだろ。返事ぐらいしろよ」

 

 此方もまた、不機嫌そうに要件を告げる。振り返ると、確かに困ったような笑顔を浮かべているらしい女性が目に入る。朝御飯をどうするか、尋ねてきているようだ。

 

「あぁ、ごめん。食べるよ」

 

 努めて冷静に、思い付く限りの普通を演じて返答する。女性は安心したように、台所へと戻っていく。生物学上母親であるらしいあの女性を、胎内に居た時分を除き、俺は認識した事がない(父親もだが)。全ては、目の前で踏ん反り返っている憎たらしい肉塊の認識を通しての物だ。比喩でも何でもなく、この世界は俺には小さすぎる。そんな、寒々しい思考が罷り通るほど全てが認識できないのだ。

 

この『妹』を除き。

 

仮にも血を分けているコレは、かろうじて認識できる。細菌と蟻程の差ではあるが、他に認識出来る物の存在しない俺には何が何でも手放せない存在であることは間違いない。

そして何よりも、俺は、妹を通してでしか外界を認識できない。常にくっついている訳ではなく、この世に生きていれば問題ない。しかし、それも何時まで保てるかは分からない。少なくとも、血より濃いつながりを持てば確実に切れるだろうと云う事は何となく理解している。その時、此奴か己のどちらかが死ぬであろうことも。

 

「おい、何をぼやっとしてやがんだ。さっさと、朝飯喰うぞ」

 

「五月蠅い。口が悪いぞ、お前は」

 

 またしても思考を邪魔されたが、今回は自分が悪いので、その態度を窘めるに留め歩き出す。恐らく、この体には食事すら必要ではないのだろうが、朝昼晩の食事を欠かした事は無い。こういう時に、味すら感じられぬ自分を情けなく感じ、両親であるらしい二人には申し訳ないとも思う。

 

「御馳走様です」

 

「な、はやっ!」

 

 どうやら、妹は未だ食べ終えていないようだ。が、構わず立ち上がり玄関に向かう。寧ろ、アレを伴っての登校だと、周囲のざわめきが直接伝わってくるので余り好ましい物ではない。

 

「おい! ちょっとは待とうって気にはならねぇのかよ」

 

「ならない。」

 

 追い縋ってきた妹に、振り返りもせず答える。

 

「……くぉの野郎」

 

 背後で怒気を纏い、震える妹を一目見やり――

 

「ふっ」

 

鼻で笑う。それが、琴線に触れたらしく殴りかかってくるが俺自身は微動だにしない。蟻が一匹立ち向かって来ようが、人は揺らがないのと同じだ。

 

「痛っぇ」

 

拳をかばい、此方を睨み付けているが気にする程の事でもない。逆に、微笑ましいくらいだ。

 

「ほら、何時までそうやっているつもりだ。さっさと行くぞ」

 

「てめぇ、どの口がって、待てよ。置いて行くんじゃねぇ」

 

 やはり、気にせずに置いて行くべきであったと思う。一人であれば、耳にすら入らない雑音が精神を逆撫でする。

 

「おい、見ろよ坂上兄妹だぜ」

「あぁ、あれが」

「つか、兄貴の方は何度見ても怖ぇよな」

「あれ? でも成績は主席じゃなかったけ?」

「成績はな、というか1位以外見たことない」

「マジかよ、人間じゃねぇ」

 

鬱陶しい。有象無象の分際で、人の事をあれこれと語るな。ちらと、妹の方を見てみれば瞬く間に屑に集られていたので、興味は一瞬にして消え失せた。思えば、妹も容姿は目立つ方だ、この体になってからそういった方面の興味は消失したが、美醜の判断くらいは持っている。無論、認識できるのがアレだけなので大した意味を持たないことは確かだ。しかし、血の様に鮮烈な紅い髪に、死人のように色の抜けた肌、発散される覇気とそれに相応しい肉感的な肢体はやはり、魅力的に映るのだろう。一向に、理解はできないが。

 

「『おい、俺は先に行くぞ』」

 

 登校すら儘ならない現状に、苛立ちは隠せず、怒気を露わにしながら言い放つ。それに、周囲は顔を青褪めさせ、妹は焦りを交えて弁解を始めるが、聞く耳など持つ筈もなく足を速める。妹も走って追い縋り、後には凍り付いた学生達だけが残されていた。

 

「やっぱ、怖ぇ。死ぬかと思った。」

「それは、大袈裟……でもないな。」

「でも、可哀そうだったなぁ覇吐さん。」

「あぁ、それは俺も思った。でも、可愛かったなぁ。」

「うげ、お前そういう趣味かよ。」

「ちげぇよ、普段気の強い女が弱ってるのって興奮するじゃん。」

「分かるけど、分からねぇ。俺とお前は求めるものが違うようだ。」

 

 とは言いつつも、恐慌の原因は既に無く、若さが先立つ彼らは常の状態を取り戻し、自分達の学び舎へと歩き出す。

 




学園の名前すら出てこないという体たらくです。すいません


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非日常の幕開け

急・展・開!!

と、言う程の物でもないですが()

原作の 影は見えども 進まない(五七五調で)



駒王学園

 

家からはそれ程遠い距離ではない上に、ある程度の偏差値が有れば入学出来るとの事だったので大して考えもせずに選んだが、入学して直ぐに己の失態を悟った。

 

臭い。あぁ、糞、臭くて堪らない。

 

 自分の知らない『何か』の臭気が染み着いている。人でなく、畜生の類でもない。不可思議の存在は言い様の無い嫌悪感を植え付けた。故に、学校に居る間は呼吸を止め、机に張り付いているのが常だ。妹が傍に居ればある程度緩和されるのだが、通常、双子が同じクラスになることはなく、書面の上では問題の無い俺達に例外が適用される訳も無かった。

 

「坂上、また寝てるよ」

「良いよなぁ、出来る奴は」

「やっぱり、天才は違うのかね」

 

 呼吸を止め、アレとの繋がりすら希薄になる様な自己の内面に潜り込む。外界から隔絶したこの場所では、肉体の楔から解き放たれた様な気分になる。変わる前の自分に近付く様な、元に戻れるような気がしてより深く、深く沈み込んでいく。

 

 より深みへと、泥に浸かる様に沈み込んでいくなかで、ふと今までに無い違和を感じる。以前の自分に重なる様でいて、微妙なブレが生じている。ブレは、徐々に大きくなり一つの虚像を浮かび上がらせる。

 

 泥の様に、粘ついた暗闇の奥から此方を窺う三眼。酷く、親近感を湧かせながらも焦燥が脳裏に炙り出される。

 

『なんだ、お前は』

 

 互いの声が重なる。問い掛けは、始めから意味がない物だというのは分かっている。己は既に答えを持っており、相手は興味を持っていないのだから。ただ、一言を交わしたのみで消えたソレはしかし、強烈に自我に揺さ振りを掛けてくる。

 

【第六天波旬】

 

 内心が作り上げた虚像であれ、何らかの要因で垣間見た本物であれ、今まで必死になって否定した自己が揺り返しを起こすように押し寄せてくる。唯我の汚濁に呑まれゆく中で、悟る。

 

「うん」

 

己は、死んだのだ。

 

己は、生まれたのだ。

 

「阿」

 

 季節は春。とある青年が、その身に宿す異形故に災禍を招くその日に、蒙昧だった神格は一個の宇宙として始まりを告げる。

 

 

-------------------------------------

 

「あ、あの……兵藤一誠さんですよね?」

 

――いやにはっきりと、その声は耳に届いた。放課後、部活動や帰宅中の生徒が大勢いるこの中で、だ。

 

「どうしたの? 覇吐さん」

「いや、あれ」

「げ、兵藤」

「知り合い?」

「いや、寧ろ知りたくなかった存在」

 

 どうやら、思考に夢中になって動きが止まっていたようだ。心配したように、声を掛けてくる友人に応える。その友人はと言えば、苦虫を噛み潰した様な顔をしている。

 

「あいつ、遂に他校の女子にまで……」

「何? 有名なの、あの人?」

「寧ろ、知らない事に吃驚だよ」

 

 色情魔だの、変態トリオの一角だのと悪罵の限りを尽くす彼女に苦笑しながら、もう一度見やる。緊張と驚愕を張り付けた表情は、年相応の青年そのもので――

 

「悪い奴には見えないけどなぁ」

「あぁ! そんなこと言って、近寄っちゃ駄目だよ! 絶対だからね?」

 

それは、振りなのだろうか?

 

「振りじゃないよ」

「う、分かったよ」

 

 念を押しに押されて渋々了承すると、級友は満足気に頷く。

 

「でも、言ってるような雰囲気には見えないんだけど」

「なに? 告白とか? 有り得ないって……って?」

 

 笑いながら、未だ初心な遣り取りをしているらしい彼らに向き直り、途端に固まった彼女に思わず噴き出す。

 

「ヤバいって、あの子絶対騙されてるよ!!」

「いやいや、だからそういう雰囲気じゃ……」

 

 再起動した友人を宥めながら、女の子の方を見る。が、どこをどう見ても普通の女子高生にしか見えないはずなのに、違和感を拭えない。

 

アレは何だ?

 

 少なくとも、人ではないような気がする。兄であればどう思うだろうか、と考えて、思考を放棄する。兄はそういう事に頓着するような人間ではない。出てくるのは、臭いの一言ぐらいだろう。その有様がありありと想像でき、苦笑する。

 

「帰ろう」

「え? いきなり黙ったと思ったら、どうしたの」

「いや、なんでもないよ」

 

 ただ、人の恋路を邪魔するのは無粋だしね、とだけ告げ歩き出す。考えても判らない事は考えるべきではない。無害であるのであれば、放置しても構わないだろうと結論付ける。

 

「かっこいい、流石、駒王の誇る三大お姉様。よっ、姐御」

「それはやめて、本気で恥ずかしい」

 

 調子の良い友人の告げる、自らの異名(?)に辟易としながら笑う。

 

「えー、何でよー。良いじゃん、あの二人に並んで称されるんだよ?」

「だって、ねぇ? 私は二年だし、姐御って柄でもないよ。寧ろ妹だし」

「いや、妹って柄でもないじゃん」

「失礼な」

 

 カラカラと笑い合い、件のお姉様とやらを思い浮かべる。リアス・グレモリーに、姫島朱乃。群を抜いた存在感(兄には及ばないが……)と容姿、非の打ち所が無い人格。駒王の人気者と呼ぶには、余りに圧倒的な二人だ。そこまで、思い至った時に、先程の違和感の一端を確信する。

 

「そういえば、さっきの女の子、雰囲気が姫島先輩に似てたよね?」

「えぇ? どこが、可愛かったけど、それは無いよ」

 

 友人の否定的な文言を聞きながら、思考する。即ち、あの二人、少なくとも姫島朱乃は人外の類なのだろう。

 

 今まで感じなかったことを感じ、思い至るはずの無い答えに行き着く事に彼女は疑問を覚えることはない。根本たる原因は目覚めて尚、曖昧であるために。しかし、物語は動き出した。異物と言うには、巨大に過ぎるものを抱え込んで。

 




 


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それぞれの決意、最後の日常

注)サブタイ程、シリアスではありません。

期待して読むと、がっかりします。


「ただいまーって、暗っ」

 

 友人と別れ、家に着く頃には日も沈みかけ、周辺を黄昏に染めていた。しかし、家の中は電気も点けられておらず、カーテンも閉め切られ、どんよりとした暗闇に沈んでいた。両親は出掛けている様だが、兄の靴は有るので全くの不在という訳でもないらしい。

 

「おい、兄貴。てめぇの性格が暗いのは、何も言わねぇけどよ、電気ぐらい点けたらどうだ」

 

 居間で何もせずに座る兄に声を掛ける。幾ら暗いとは言え、其処に在るのは紛れもない兄だという確信と、寝てはいないことは直ぐに察せられた。

 

『相も変わらず、騒々しいなお前は』

 

 スイッチに手を伸ばそうとした姿勢のまま、硬直する。何時もと同じような口調、声音であるにも関わらず、ナニかが違う。全身から冷や汗が吹き出し、瞬く間に総毛立つ。

 

「兄貴? ……だよな?」

 

 半ば以上に、確信はある。ただ、尋常ではない気配がソレを、『兄』と呼ぶことを躊躇わせる。

 

『何を言っている? お前は俺の妹だろう』

「だ、だよね。兄貴、何かあったのか? 何時もと雰囲気違うけど」

 

 帰ってきた答に安堵しながら、腰の引けていた自分に苦笑する。緊張が緩んだところで、明かりを点け、兄に疑問を投げ近場のソファに座りこむ。

 

『なにか? 何も無いし、何時もと変わらない。俺は、何時如何なる時も俺で俺だから』

「あ、あぁそう」

 

 さっぱり解らないが、取り敢えず納得しておく。同時に、今の自分の表情は何時もの兄である事に悲喜交々といった様相を呈しているのだろうと思う。

 

こんなんで、普段の学校は如何しているのだろうか?

 

「何も無いなら良いけどよ、母さん達を悲しませる様な事はするなよ」

 

 何時もと変わりないならそれでよしと、立ち上がり、一応の忠告だけは口にしておく。

返事をしたのかどうかさえ、分からないような声量で応答するのを確認してから、着替えの為にも自室へと向かう。

 

「ふぅ」

 

 溜息と呼ぶには軽い、休息の為の一息を吐く。普段以上の疲労感が圧し掛かり、部屋に置かれた寝台からは途轍もない魔力が放たれている。しかし、ここで眠ることは許されない。

 

「勉強、しないと」

 

 幼い頃から、兄はずば抜けていた。勉強や運動も、1を教えられる前に10も100も熟す様な反則的な存在だ。正直言えば、双子ながら一生追いつける様な自信は無い。だが、今まで只管に見えぬ背を追い続けてきた。強迫観念染みていると、自分でも思う。思っているのだが――

 

「一人には出来ないしな」

 

 産まれたその瞬間から、兄は独りだ。誰にも並べず、誰にも追えず、誰も見えない地平の果てに立っている。妹である自分の事すら、きちんと認識しているのか怪しい程に。

 

それは、それは嫌だ。

 

 悔しいし、悲しい。そして、何よりも寂しい。

 

 己が、なのか兄の事であるのかは、現状では判然としない。

 

「取り敢えず、追いつけば分かるだろうし」

 

 両頬を叩き、気合を入れる。

考えても分からないのであれば、考えなければ良いのだ。

 

------------------------------------

 

 天野夕麻、俺の彼女。そう、彼女。ガールフレンド、恋人etc. etc.

平時、女人の乳房でいっぱいの俺の脳内は、それはもうピンク色に染まっていた。因みに、常時桃色だろうといったツッコミは受け付けない。

 

「ふっ」

 

 思わず、いや、堪らずといった風情に笑みが漏れる。今の自分の顔は、とても見られたモノではないだろう自覚はある。

 

「おい、一誠」

「ん? 何だね、元浜君」

 

 怪訝な顔で話し掛けてきた悪友に、余裕を持って応答する。

 

「キモい」

「な、何が?」

「存在が」

「ついでにウザい」

「松田まで、いきなりなんなんだよ」

 

 唐突に心無い言葉を投げ掛けてきた友人二名に、心底傷ついたという顔をしながら抗議する。勿論、自慢は忘れない。

 

「あぁ、酷い事を言う奴らだ。繊細な俺は心底傷ついたよ。これは、夕麻ちゃんに慰めて貰う他ないな」

 

 よよよ、と崩れ落ちながらチラリ、と二人の反応を窺う。

 

「……」

「……」

「……」

 

 絶対零度もかくや、というような勢いで場が冷え込む。飢えた獣のような、それでいて冷徹な狩人の如き眼差しを以て見詰めてくる二人を相手に、先程までの心理的な優勢が崩れ去る。

 

「な、なんだよ」

「いや、そういえばお前には可愛い彼女が居たんだなって」

「そうそう、清純そうな可愛い恋人が」

 

 随分と白々しい物言いだ、昨日の朝に自慢したのがそんなに気に食わなかったのだろうか?

 

「それが、どうした?」

「いんやぁ、ああいう娘に見られたくないだろう?」

「何を」

「ナニだよ、解ってんだろう?」

 

 まさか、いや、まさかな、桃園の誓いにも劣らぬような固い友情を誓い合った二人が、そんな非情な真似をする筈が――

 

「預かっておいてやるよ」

「譲り受けてやるよ」

 

 現実は非情である。元浜は建前を、松田は本音を、それぞれ有って無いようなオブラートに包んで宣言する。どのような言い方をしようが、この場においては全て同義の言である。

 

「駄目に決まってるだろ!! アレを集めるのにどれだけ苦労したと思ってるんだ」

 

 俺にとっての聖域《サンクチュアリ》、そう呼んで差支えないほどに充実した品揃えを実現させる為に、多くの金銭と尊厳を犠牲にしてきたのだ。

 

「じゃあ、在処を家族と夕麻ちゃんに教える」

 

 眼鏡を押し上げ、不敵に笑う元浜。松田も余裕の笑みを形作りたいのだろうが、先の事を考えているのか凄まじく下卑た笑顔になっている。

 

「お前らが、俺の聖……じゃない。隠し場所を知っている筈がないだろう」

 

 呆れたように、そう言った瞬間。二人は勝利を確信した様に頷き合い、恐るべき文言を吐き出した。

 

 名誉の為に詳細は言わないが、結論から言うと俺は敗北した。聖域は征服者《コンキスタドール》に蹂躙され、宝物は袋綴じ一つ残さず奪われた。

 

「はぁぁぁ」

 

 吐き出される溜息は長く、重い。重力に引かれるまま、寝台に倒れ込み瞼を閉じる。

脳裏に思い描くのは、人生初の恋人。

 

「そうだ! 俺にはまだ彼女が居る。週末はデートだ!!」

 

 落ち込んだ気分を半ば無理矢理に盛り上げ、当日のプランを考えるべく机に向かう。

 

写真のおっぱいより、本物のおっぱいだ。

 

 無論、心根自体は性癖ほど歪んではいないので実に健全なデートコースになったのは言うまでもないが。

 




半分以上が、普通の男子高校生によるバカ話で申し訳ありません。

しばらく、主人公視点は出てきません。
だって、視界に入らな(ry


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主人公

やっときた、対レイナーレ第一戦。

しかし、進まない。

注)妹さんが、兵藤一誠のヒロインになることはないです。


「ありがとう、今日は楽しかったです」

 

そう言って、微笑む彼女に自分も顔が綻ぶ。悪友からの妨害や嫉妬も有ったが、それ以上に後押しも有ったと思う。モテない野郎三人が険しい顔をして、デートについて語るというのも随分と滑稽な光景であった。が、こういう形として実を結ぶのであれば、決して悪い物じゃない。

 

「こちらこそ、楽しかったよ。次はいつ――」

「あ、あの……」

「ん?」

「お願いが、あるんですけど」

 

 よろしいでしょうか、なんて上目遣いで聞いてくる彼女に対する返答など、一択しかない。胸の高鳴りは生涯最高潮で、味わった事の無い多幸感に包まれる。

 

「何かな? 俺に出来る事だったら、なんでもするよ」

「本当ですか?」

「あぁ、勿論」

 

 男ってのは、バカな生き物だ。何でも、なんて言うと後悔する事になると解っていても、刹那の幸福の為に応えずにはいられない。

 

「じゃあ――」

 

 死んで下さい。

 

「え?」

 

 え?

 

 突然、首を後ろに引かれる。ウシガエルよりも悲惨な声を漏らしながら、倒れ込み、呆然と彼女――天野夕麻――を見上げる。自分が先程まで立っていた場所には、発光する槍の様なモノが突き立っており、幻想的な見た目に反し明確な殺意を伝えている。

 

「ねぇ、初デートにしちゃぁ、ちょいと剣呑に過ぎない?」

 

 未だ理解の追いつかないまま、耳朶に響いたのは茶化す様な、それでいて凛とした一本筋の通った声。

 

「あんた、兵藤? だっけ、なにしたの?」

「え、いや……なにも?」

 

 何で疑問形なんだと笑いながら、声の主は腰を抜かした自分の脇を歩いて目前に現れた。

 

紅い。

 

第一印象として、ソレはどうなんだと自分でも思うが、黄昏を背に受けて髪を靡かせる彼女に対して抱いたのは、確かにその一語に尽きた。

 

「ほら、立てるかい?」

 

 手を差し伸べてきた段階で彼女が誰であるかを悟り、驚愕も露わに名前を呼ぶ。

 

「坂上、覇吐」

「あら、知ってんの? 私の事」

「まぁ、有名だし」

「あぁ、あの三大なんたら」

「寧ろ、そっちが何で俺の名前を?」

「まぁ、有名みたいだし」

 

 あぁ、アイツらの所為だ等と、緊張も忘れて憤る。忘れていたのか、いたかったのかは分からない。しかし、そういった思考は直ぐに現実へと引き戻される。

 

「ねぇ」

 

 問い掛けですらない、苛立ちを多分に含んだ声音は、成程、此方が本性かと納得させるには充分だった。納得と理解は、総じて別物であるが。

 

「あんたら、何時までグダグダ、グダグダやってるつもり? 人間、最期の瞬間は大事だっていうから、待っててあげたのに、自己紹介なんて始めちゃってさぁ」

 

 今まで、待たされていた分を取り戻すかのように、怒涛の如く罵倒と愚痴を吐き出す彼女は、その背に生やした翼と同じく、醜悪なモノだった。

 

……翼?

 

「て、天使?」

 

 にしては、その羽は黒く染まっており、彼女自身の心根も綺麗とは言い難い。

 

「あぁ!? あんな小便臭い連中と一緒にしないでくれる? 堕天使よ、だ・て・ん・し」

「堕天使って、誇れるようなステータスでもないだろ」

 

 相貌を盛大に歪め、吐き捨てる様に否定し、誇る様に宣言する天野夕麻に対して、嘲笑するように返答したのは、坂上覇吐。唯一の男子たる自分は、現状に未だ追いつけていない。

 

「人間風情が、中級堕天使たるこのレイナーレ様に言うじゃない」

「しかも中級って、堕天しても中途半端だな」

 

 精一杯に表情を取り繕い、高飛車に余裕を気取る彼女――本名?、レイナーレ――ではあるが、無理してる感が半端じゃない。対して、坂上さんの方は余裕綽々といった風情で、挑発を繰り返している。

 

「良いわ、そんなに早死にしたいのなら、今すぐ死になさい」

 

 吊り上った目をさらに吊り上げ、額に青筋を走らせたレイナーレは、羽を広げ、手には再び光槍を出現させる。煌めく白光は正しく、殺意の具現といった風情で唸る。

 

「嫌だね」

 

 迫る光槍に、若干の驚きを見せながらも、坂上さんは後退し踵を返して此方に走り出す。

目まぐるしく変わる状況に、混乱を隠せないまでも追い付けたかと思えた矢先に、また変わる。

 

「……え? えっ? 戦わないの?」

「バカ、死ぬだろ」

 

 口を衝いて出た疑問に、最低限の回答だけ寄越すと、また首根っこを掴まれる。どうやら、一緒に逃げようとはしてくれているみたいだが、此方にも殺されそうだ。

 

「あら、逃がすと思って?」

 

 先程までが嘘のように、余裕と艶を滲ませた声が背後――坂上さんの進行方向――から聞こえる。

 

「ですよねー」

「どうやって、人払いを抜けてきたのか気にはなるけど、此処で死になさい」

「見逃してくれない?」

「無理ね」

「ですよねぇ、はぁ」

 

 数度の遣り取りが交わされた後、空気が変わる。ひりつく様な緊張感と、冷たい高揚感が張り詰めた場は、戦場の様相を呈し、窒息と混乱で白濁としていた意識が急速に冴えてくる。

 

「ちょぉおおっと、待ったああ!!」

 

 声を上げる、これでもかという程に気迫を乗せて咆哮する。思い出したように固まる二人を見て、少し悲しくなるが、関係ない。

 

「坂上さん、これは、多分、きっと、いや、絶対に俺の問題だから――」

「だから、逃げろって言うつもり?」

 

 台詞を先回りされて固まる俺に、笑う坂上さん。だが、すぐに笑いを引っ込め真剣な表情になる。

 

「ふざけんな」

「な、ふざけてなんてない」

「じゃあ、逃げろなんて言うな。奴さんが逃がしてくれるなんて思えないし」

 

 ――私は、まだ『生きていたい』から。

 

 鮮烈で、強烈にかつ、情熱的にそう宣言した坂上さんは、既に背中を見せている。

 

「そう、か」

 

 心底、生を渇望する彼女に触発されたのか、笑みが漏れる。場にそぐわぬ、温和な笑みだ。凪いだ心、というのはこういうモノだろうかと考え、意を決する。

 

「生きて、帰らないとな」

 

拳を握りしめ、滞空するレイナーレに視線をぶつける。艶やかな笑顔を浮かべる彼女に、思うところが無い訳ではない。

 

「だけど、帰らせてもらうよ天野さん」

「あら、怖いですよ一誠さん」

 

 天野夕麻であった時と同じ口調、声音に反して、浮かべているのは嘲笑だ。

 

「もう、何も言わないのか?」

「うん、ごめん。でも、俺も戦うよ」

「へぇ」

 

 問い掛けてきた坂上さんに、謝罪と決意を伝える。彼女は、感心したような声を上げるが、それ以上は何も言わない。

 

「それにさ」

「ん?」

「女が戦ってるのを、陰から見てるだけの野郎なんて死んでいいだろ?」

 

 男っていうのは、本当に馬鹿だ。妙な見栄で、どっちが強いとか弱いとか気にせずに体を張ろうとする。呆然とする彼女の顔を見ながら、笑う。

 




兵藤さん、まじ主人公。

レイナーレのキャラクターが安定しない。

妹はヒロインではありません。

の第5話でした。


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渇望と

遅くなり、申し訳ありません。

今回の内容は、戦闘(笑)になっております。
キャラクター崩壊にも注意です。


「あら、もう逃げないのかしら?」

 

 分かり切った事を聞く。舌打ちをしそうになるが、表面上だけでも余裕を保とうと堪え、頬を吊り上げる。

 

なんで、こうなった。

 

 現在の、正直な気持ちである。母から、夕飯の買い出しを頼まれただけであった筈だ。それが、何故、堕天使なる存在と相対する事になったのか疑問は尽きない。しかしながら、今考えるべき事柄はソレではない。

 

「分かり切った事を聞くね、相手の機微を察するのも、良い女の条件だよ天野さん?」

「安い挑発ね」

 

 返した言葉は、すげなく流される。安いというのは同意するが、先程までの調子だと乗って来るものだと思っていたので少々、痛い。余裕、慢心のどちらであっても、絶対的に優勢な立場であると自覚されるのは不利な方向にしか働かない。

 

「随分と余裕じゃない、そんなんだと足下掬われるよ?」

「虫けらに足を掛けられて転ぶ象はいないわ」

「成程、ね」

 

 正しく、である。足元を掬われようが、隙を突かれようが、自らに影響が無ければ幾らでも無視し得るものだ。振り翳される、強者の特権を前に思考は加速度的に回転しだす。

 

「坂上さん、どうする?」

「ちょっと待って、今考えてんの」

「ごめん」

 

 ちら、と兵藤の方を見る。先程は、勢いで生きたい等と言っていたが、考えれば考える程に詰んでいる。殴ってどうこう出来るような相手には見えない上に、相手は飛んでいる。

 

巻き込まれたのか、巻き込んだのか。

 

 原因自体は兵藤に有りそうだが、状況は自分が作り出したものだ。此方が手詰まりである事など、既に把握しているのだろう堕天使は一向に動く気配がない。

 

逃げるか?

 

「逃げられるなんて、未だに思っているの?」

 

 一瞬、逃走へと思考が傾いた、正にその瞬間に、堕天使は、嘲笑とも批難とも取れる語調で此方を牽制し、右手を頭上に掲げ指を鳴らす。それと同時に、周囲――彼我の相対する広場全域――に、ガラス状のドームが展開される。

 

「な、んだこれ」

 

 呆然とした、兵藤の声が耳に入る。そう言う自分もまた、例外ではない。声にするか、しないかの違いのみで、驚いているのは変わらない。

 

「まずいな」

「今頃気が付いたの? 愚鈍ね」

 

 このドームが、何の為に在るかなど、聞く必要も無い。同時に、自分達の生存が絶望的なまでに不可能に近付いていることも悟らざるを得ない。

 

「まぁ、街中にこんなモノを張ったのだし、糞忌々しい連中が来る前に片付けてあげるわ」

 

 忌々しい連中? この街に、彼女の敵足り得る集団が存在するのだろうか?

 

「おい、兵藤」

「なに?」

 

 視線も向けずに、右手側に立つ兵藤に声を潜めて呼び掛ける。

 

「相手は、手早く私たちを片付けたがっている」

「うん」

「この街には、アイツの敵がいる」

「うん」

「どうすれば良いかは、分かるよな?」

「うん? って、ゴメン、冗談です。ハイ」

 

 下らない冗談を言うので、拳を振り上げると慌てて訂正してくる。正直、ドコにこんな余裕が有るのかは分からないが、それこそ個人の資質という奴なんだろうと納得しておく。

 

「まぁ、とにかくだ、敵の敵が来るまで、生き残ればそれでいいわけだ」

「それは分かってるけど、来なかったら?」

「死ぬ」

「えぇー」

 

 例え、来たとしてもソレが味方である保証はないが、敢えて言う必要も無いだろうと、不満を露わにする兵藤に笑顔だけを返して口を閉ざす。

 

「何やら、面白い話をしている様だけど、それが最後の会話よ。遺言は残させる心算無いから」

 

 口調はそのままだが、完全に感情の抜けた殺意の表明は、如何に堕天しようとも、その本質が天使に近い事を確信させた。もっとも、此処で言う天使とは、実在の物ではなく想像の産物であるのだが。

 

「避けろよ、兵藤」

「そっちこそ」

 

 眼前に膨れ上がる白光を眺め、光槍で構成された弾幕が弾ける刹那、軽口を交わしてお互いに逆の方向へと跳ぶ。

 

 着弾と同時に、コンクリートが捲れ、土煙が上がる。動物的とも言える勘を以て、到来する光槍を躱し続ける。視界を塞がれて尚、躱し続ける事が出来るのは、彼の堕天使が光槍を吐き出す機械に成っているからに他ならない。最早、意志すらも無く破壊を撒き散らすその姿を思い、敵であるにも拘らず感傷的な気分になる。

 

「それでも、死ねないんだよおぉ!!」

 

 意味も無く、吠える。当然、飛来する光は量を増す。しかし、根拠は無いが、半ば以上に勝利を確信している。この死の舞踏の果てに、立っているのは自分だと。生きる為に、踊るモノが死の舞踏というのも可笑しな話ではあるが。

 

「兵藤、生きてるか!?」

「なんとか!! うおっ!」

 

始まってから、数分。体力的にも厳しくなってきた辺りで、生存確認を行い、顔が綻ぶ。死に瀕した今、然し、私は確実に生きている。

 

「気張れ、多分、もう直ぐ終わる」

「っと、根拠は?」

「無い、勘だ」

 

 堂々と宣言すれば、呆れたような雰囲気が漂ってくる。逆の立場であれば、同じ様に感じていると思うので怒りは無いが苦笑は禁じ得ない。しかし、人並み外れていると自覚の有る生存本能が確信を持って告げているので自信が有るのも事実だ。

 

 周囲から、ナニかが砕けるような音がする。少なくとも、路面に使用されている建材ではない。音に数瞬遅れて、柔らかい風が吹き込み、土煙が晴らされていく。

 

「随分と、派手にやっているじゃない? 私達も混ぜてくれるかしら?」

 

 現れたのは紅。自分とは、色合いの違う炎の様な髪を靡かせ問い掛ける。吹き込んで来た風は、彼女を中心に巻き上がり、場の支配者が誰であるのかを示す。

 

「リアス……グレモリー」

 

 呻くような、声だった。理性、或いは感情を取り戻したのか、堕天使は苦々しげな表情を浮かべている。

 

場が膠着し、緊迫した空気の中、最初に動き出したのは意外にも兵藤一誠その人であった。何を思ったのか、此方に向かって歩き出し、安否を尋ねてくる。多少、汚れてはいるが怪我は無い事を告げ、叱る。

 

「そう怯えないで、殺しはしないわ」

 

 聞きたい事が有るもの、と笑う彼女は怖気がする程に美しく、忌々しいモノである様に感じた。

 

「ちぃ、儘よ」

 

 自棄にも聞こえる、そんな声を上げながらレイナーレが光槍を展開する。一つ一つの威力、というよりも光量は先程の物に劣るが、弾幕の密度は段違いだ。

 

「あ」

「坂上!!」

 

 熱い。臓腑を焼く感触を感じ、見下ろす。光槍は既に消え、ナニかが自分から零れ落ちる。五体から力が抜け、瞬く間に熱が奪われていくのを感じる。腹部に集中する不自然な熱に、吐き気にも似た感触を感じながら意識が落ちていく。

 

 

暗い。暗い。暗い。

 

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 

『生きたい』

 

 五感も無い。粘ついた暗闇の底で、私は震えていた。

 

寒い、苦しい、寂しい。

 

 何も見えない、何も聴こえない、何も感じない。只、只管に孤独な此の場所で、泣き、叫び、叫喚していた。呼び覚まされるのは原初の記憶、何時何処で等憶えていないが、確かに此処に居たような気がする。しかし、此処には居ない。兄が、あの圧倒的な存在が欠けている。

 

『何だ、お前は』

 

 声が聞こえる。声が、兄の声だ。それと共に、燐光が視界を舞い、茫漠とした何かの流れが自らと繋がっている事を悟る。

 

『あぁ、鬱陶しいな、消えろよ。此処は俺の場所だ、俺だけの場所だ』

 

 常と変わらぬ、拒絶の言。だが、それこそが私を安心させた。嘗て、勝手に生きろと放逐し、今なお拒絶しながらも必要なモノであると受け入れてくれている。あの、兄だ。ここで、心配でもされようものなら、幻聴の類であると断じ、絶望の淵に堕ちたことは必至である。

 

『俺以外全部、要らないんだよぉ』 

 

暗闇は、極光に照らされ、意識は急速に浮上する。

 

「この【悪魔の駒】が有れば、悪魔として甦らせる事も可能よ」

「本当に?」

「ええ、勿論」

 

 誰かの声が聞こえる。兵藤一誠と、リアス・グレモリーのモノだと類推する。

 

「それに、兵藤君だっけ? 貴方も狙われてるみたいだし、成ってみる? 眷属」

「え……、それって、強くなれますか?」

「ええ、勿論」

 

 それは正しく、悪魔の囁き。蠱惑的な響きを以て、為される誘惑に揺らいでいるのが伝わってくる。

 

まずい。

 

 浮上する意識を、更に加速させ、脳裏に浮上する言の葉を紡ぐ。

 

『老死。生。有。取。愛。受。触。六処。名色。識。行。無明』

 

 唱えるのは、この世の苦。

 

『いろはにほへどちりぬるを、わがよたれぞつねならむ、うゐのおくやまけふこえて、あさきゆめみじゑひもせず』

 

 唄うのは、諸行無常の理。存在の同一性を否定する、本来であれば盛者必衰を示すものだが、彼女の渇望と混ざり合い、その意を変質させこの世に顕れる。

 

『十二支縁起・諸行無常』

 

 この世の苦と、その因果を全ては諸行無常であると受け入れ、受け入れた上で先へと進む。原点である彼の畸形と違い、純粋な生存ではなく、充実した生を、活を求める彼女に相応しい形として顕現した。生存に特化したモノである事に変わりは無いが、それ以上により高みへと至る為の、進化の理法でもある。

 

「で、誰が誰を甦らせるって?」

「坂上っ!!」

「嘘……、確かに死んでいた筈」

 

 驚愕と歓喜を露わにした兵藤とは対照的に、驚愕と警戒心を張り付けたグレモリー先輩。どちらも、驚いてはいる事から、自分がどれだけ埒外な事をやったのかを自覚する。無論、それを後押しした兄がどれだけ規格外であるかもで、あるが。

 

「貴女、何者?」

「少し、死に難いだけの普通の人間ですよ」

 

 そう言って、笑ってみせると、先輩は毒気を抜かれた様な、しかし、捨て切れない警戒心を持て余した複雑な表情をした。

 

「あ」

「どうかしたの?」

「夕飯の買い出し頼まれてたんだった」

 

 既に、粉微塵に成ったであろう夕飯の材料を想い、私は涙を流し、悪魔は笑った。

 




少し、空気な兵藤さん。
相変わらず不安定な、レイナーレさん。
しかも、自棄になった方が強い(ぇ
間違いなく、間違った解釈の下、作られた詠唱(笑)

そんな、第6話でした。


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唯我とはぐれ悪魔

まず最初に、どうしてこうなった。

お兄ちゃんを書くのは非常に疲れる、俺がゲシュタルト崩壊しそうだった。


 俺は目覚めて尚、蒙昧であった。

 

 何も見えないし、何も聴こえない、何も感じない。観る事は出来る。しかし、それに実体は無い。聴くことは可能だ。だが、それに我は無い。万象も感じ得る。が、それは我のものではない。

 

 俺は、己は一体全体、何者であるのか?

 

鏡面に映るは、我に非ず。

他者が見るは、我のものに非ず。

己が感じるは、我のわれに非ず。

 

 何処にも、俺が居ない。俺は、俺で、俺で在るべき筈なのにも関わらず。

 

俺は、俺のみで満ちる我が欲しい。無謬の平穏も、永遠の刹那も、未知の結末も要らない。ただ、ひたすらに俺で在りたい。

 

 狂おしい程に、思考が捩れる。悟ったから何だと言うのか、死んだから、生まれたから何であるというのか。己が、己でいられないというのであれば最早、俺を取り囲むこの世には塵屑ほどの価値も無い。寧ろ、違和を押し付ける不快の源でしかない。

 

――嗚呼、ならば滅尽滅相の理念こそ相応しいのかもしれない。

 

 捻じれた想念が、かつて何よりも忌避した衝動を呼び起こす。そこに、自己は無く模造された理法が形成されようとしているのを自覚する。森羅万象を己独りに帰結させる最悪の法が、脳裏に渦巻いている。

 

『五月蠅いぞ、なんだお前は』

 

 頭を掻き毟り、思考の一切を駆逐する。傍から見るならば、狂人のソレだろうが、今の自分に自己以上に優先すべき事柄など無く、また、他者(塵屑)にかかずらう余地など微塵も残っていない。俺は、天狗ではない。この世界に神座なる物は存在せず、己とアレに共通する事柄など塵芥程の点も無い。

 

『嗚呼、鬱陶しいな、消えろよ。此処は俺の場所だ、俺だけの場所だ』

 

  総身を無色の唯我が埋め尽くす。総じて偽り、確固としたモノ等何一つ存在しない伽藍堂であるが故に、尋常ではない渇望と成って、超重量の神格を更に膨張させる。

 

『俺以外全部、要らないんだよぉ』

 

俺は俺で俺だから、俺以外の存在は不要だ。己をアレと同一視する世界等、総じて要らぬ。

 

 根拠も、中身も存在しない唯我の渇望は、しかし、廃絶の色を帯びる事無く自己へと集束する。他の誰よりも、己こそが自己を認められぬが為に。矛盾と呼ぶのも烏滸がましい齟齬を抱え、膨れ上がる神威は彼の唯一へと漏れ出るが、総体からして見れば把握すら出来ぬ量が零れたところで、それに頓着することも無い。そも、彼が把握している事など自己のみであり、外殻に執着する気概など端から持ち合わせていないのが現実である。

 

『オン・ビラジ・ビラジ・マカ・シャキャラ・バシリ・サタ・サタ・サラテイ・サラテイ・タライ・タライ・ビダマニ・サンバンジャニ・タラマチ・シッタギレイ・タラン・ソワカ』

 

 唸る様に、声が響く。地を這う音声は、しかし、確実に周囲を侵食し、彼の理法へと塗り替えられる。

 

『無識無明――懺悔滅罪の道ォォ理』

 

 彼の彼による彼の為だけの道理は、物理的な影響を及ぼす事は無い。だが、確固たる理法として遍く三界に刻み込まれる。

 

【唯、我で在りたい】

 

 渇望と呼ぶには、普遍に過ぎ、切実に願う事などまず無い。それ故に、刻み込まれた後も、然したる影響は与えられないだろう。

 

――一部、彼との高い親和性、道理への適性を持つ者を除き。

 

-----------

 

 

 己は何者であるか?

 

 自身にとってこれ程、無意味な問いも無い。なにせ、何も分からないのだ。気が付けば、悪魔等と呼ばれる存在になっており、気に入らない主人の眷属として畜生にも劣る所業を繰り返してきた。いつの間にか自覚した矜持も、知らぬ間に変わっていた肉体も、全てが蒙昧なまま、穢れきっていた。

 

 己は何者であるか?

 

 このような現状に陥る前に、主人に尋ねたことがある。その時の主人は、あからさまに嫌そうな顔をすると、吐き捨てる様に答えを投げ掛けた。

 

――お前は化け物だ。

 

 何時から、等と聞く気にはなれなかった。自身が未だ自身である内に、或いは自身でいられる間に、そう思って出奔を決めた。手遅れである事等、承知している。その証左とも言うべきか、思い返せる記憶は微々たる物で、口を通るのは血の味ばかりであった。

 

己は己であるか。

 

 名も知らぬこの町に来て、ふと思い至った答は、当ても無く彷徨って人畜を襲うばかりであった自分に随分と強く根付いた。最早、自覚できている時間の方が短い自己は急速に蘇り、ある程度、複雑な思考に耐えられる位には回復している。無論、己が何者であるかなど未だに分かっていない。分かっていないが、それが知らない方が幸せであるような予感もしている。確固とした己を持てること以上に幸福など無いと、断言してしまいそうになる程に今の自分は安堵していた。

 

「っん」

 

 喉を鳴らし、水を飲み下す。ただの水が、これ程までに美味である事等、ただの一度も無かった。

 

「ふぅ」

 

 大きく胸を膨らませて、息を吐く。呼吸することが、こんなにも心地よい事等、生涯で初めて知った。

 

己は、己であり、それ以外の何者でもない。

 

 ただ、その事実がこの上なく、幸せであると感じる。畜生に堕ちたこの身が、救われる事など万に一つも有り得ないし、有り得てはならないと、胸にしまっていた矜持が語りかけてくる。糞の役にも立たない、小さなモノであったが、これこそが自分なのだと絶叫するソレが今はとても愛おしく感じられ、覚悟を決めさせる。

 

「えぇ、分かっているわ」

 

 胸に手を当て、誓うように呟く。誇りなどという高尚な物ではない、下らない自尊心と自己愛、自己満足の結果だ。

 

私は私だ。しかし、この身は悪魔である。下劣畜生の権化であり、滅されるべき悪の体現者に他ならない。であるならば、自らの最期も自ずと決まっている。

 

「ただ、願わくば……願わくば己が最期に相応しい強者を」

 

 闘争の果てに、血によって作られた道は己が血によって贖わなければならない。化け物の死に相応しい最期を望み、夜明けと共にはぐれ悪魔は眠りについた。

 




妹はブラコンを加速させ、兄貴は妹離れが加速する。
報われないな()

はぐれ悪魔さんが、誰であるのかは皆さん分かってらっしゃると思いますが、意味も無く掘り下げた上に、随分とお兄様に染まっております。

どうしてこうなった


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理の影響

少々、遅れました。
申し訳ありません。

相も変わらず、展開は遅いです。


 彼、或いは彼女が異変を察知したのは、その場所の特異さと、その性質によるものが大きかった。

 

【唯、我で在りたい】

 

 極々、自然に刻み込まれた異端の道理。他の存在にしてみれば、自己確立への欲求を強める以上の影響は、そうないと断言できるが、己は違う。

 

 自己の確立とは、即ち幻想の否定に繋がるモノだ。他の何者でもなく、自分自身を拠り所にするというのは、夢幻夢想の存在を許容しない事を意味していた。そして、それこそが己を苦悩へと追いやる。無限であれば、理法を刻み込んだ相手と直接相対せぬ限り大丈夫だろう。根本を突き詰めれば、大差ない存在である我らであるが、内包するモノの違いが、及ぼす影響に差を与えているのだろうと結論付ける。

 

―――。

 

 音にならぬ咆哮を上げ、上下左右の無い空間でのたうつ。誕生から今まで、使用された事の無い生存本能が絶叫し、感じた事の無い恐怖が脳髄を掻き回す。世界から隔絶した場所であるが故に、直接的な理としての影響は無い。しかし、己からして見れば薄皮一枚隔てた場所に特大の爆弾が有る様なものだ。相手に、知覚されれば終わる。そんな程度の平穏が、一体何の慰めになるというのか。憤りすら感じる、極限の状態に陥る。

 

古来より窮鼠猫を噛むと人は言うが、窮状に追い詰められた場合、生物が採る手段というのは非常にシンプルだ。

 

逃走か、闘争か。

 

 より、生き残る可能性の高い選択肢を選ぶのは、原初より根付いている本能に他ならない。そして、絶対の強者として生まれた彼が選んだのは――

 

何たる無様。怯懦に塗れる等、我に非ず。

 

 身に染みる恐怖を振り払うように、吼える。並みの存在であれば、耳にしたと自覚する間も無く消滅するであろう威を以て、上げられた大音声は、元来、色の無い空間を染め上げる。

 

 意味も渇望も、凡そ言葉に出来そうなものなど一切含まない。唯、己のみを以て染め上げられた空間は、真紅に変わる。

 

 程無くすれば、無限も此処に現れるだろう。アレが、此の場を染める事を許容する筈が無い。我らは、そういう風に出来ている。

 

来たる時に思いを馳せ、狭間に君臨する真紅の龍は己が宇宙の深奥で眠る。

 

------------

 

「そう、分かったわ。有難う、お兄様」

 

 冥界からの使い魔を通し、兄に礼を述べて通信を切る。同時に、溜息が漏れ、頭痛を堪える様にコメカミを揉む。最近――ここ二、三日の間だが――、問題の発生が多過ぎる。

 

はぐれ悪魔、堕天使の流入、極め付けがあの二人。言葉に出せば、限りなく陳腐だが、その質が明らかに自分の領分を超えている。

 

「何か、分かったのですか?」

「ええ」

 

 気遣うように、朱乃が問い掛けてくる。今は、その気遣いが染みる。

 

「今回の事件、兵藤君と坂上さんの二人の事だけど、須弥山の連中は関わっていないとの事よ」

「それは……」

「えぇ、坂上さん及び、その周辺との関係も見られなかった」

 

 彼女は間違いなく、唯の一般人よ。と、怪訝な表情を浮かべる彼女に告げる。死の淵どころか、死出の旅へと真っ逆様に転落した人間が、自力で這い上がってくるなど、一般人のイの字も見当たらないが。

 

「じゃあ、あの詠唱は?」

「全くの偶然、って事になるわね」

 

 有り得ない。自分で言っておいて、頭に浮かぶのはその一語なのだから、救い難い。

 

「それと、兵藤君の方なのだけど」

「ま、まだ何か」

「気持ちは、解るわ」

 

 もう、お腹一杯だ。その気持ちは、痛いほど理解できる。出来るが故に、同じ目を見させてやらないと気が済まない。

 

「持ってるらしいの」

「何を?」

「赤龍帝」

「は?」

 

 女三人寄れば姦しいと、よく言われる言葉であるが、この部室に居る三人には当てはまらなかった様である。小猫など、今の今まで一言も喋っていない。

 

「どうするつもりですか?」

「どうとは?」

「赤龍帝」

 

 喋ったと思えば、端的過ぎて会話にならない。言わんとする事は理解できるので構わないが、言うべきか言わざるべきかを迷う。

 

「祐斗が連れてきてから、考えるわ」

「嘘吐き」

 

 結論を先延ばしにするべく、それらしい理由を述べる。が、一瞬で看破される。

 

「眷属にする御積もりですね」

 

 断定的な口調で、朱乃が補足する。当たってはいるが、少し違う。

 

「勿論、為人は見るわよ、私が見て、私が判断する。坂上さんも、同様よ」

 

 見た上で、不適格と判断すれば始末する事も考えている。そう言外に滲ませ、それ以上の追及を断ち切る。眷属を家族と同様に扱うと、心に決めてはいる。しかし、決断するのは自分だ。遠からず、継ぐ事に成る家の事も考えれば、此処で迷いなど見せるべきではない。

 

「仰せのままに、我が王」

 

 二人からの格式張った返答に、揺らぎそうになる精神を抑え、満足気な表情を取り繕う。

 

――彼女等の王は、他の誰でもない私、リアス・グレモリーだ。

 

 それは未来永劫、変わらない。

 

 決意も新たにしたところで、部室のドアを叩く音がする。運命も又、こんなノックをするのだろうか等と少々外れた思考をしていると、祐斗が二人を連れて入室してくる。

 

「すいません、少し遅くなりました」

「良いわ、貴方を行かせればそうなる事は予想していたしね」

 

 予定より遅れた事に謝意を示す祐斗に鷹揚に頷き、想定内である事を告げる。簡潔に述べるならば、彼はモテる。本人の性格も紳士的なので、話し掛けられれば丁寧に対応するのは間違いない。そうなれば、当然遅くなる。結果、ある程度の遅刻ならば折り込み済みだ。

 

――後ろの二人は、随分と疲弊している様だが。

 

 想定外のモテっぷりに苦笑し、改めて自己紹介を行う。

 

「改めまして、リアス・グレモリー、悪魔よ」

 

 次いで、姫島朱乃、塔城小猫、木場祐斗とそれぞれに名乗りを上げる。

 

「歓迎するわ、兵藤一誠君、坂上覇吐さん」

 

最後に微笑みかけると、両者の反応は随分と対照的な物になった。

 

「びょ、兵藤一誠です」

「坂上覇吐です」

 

 ガチガチに緊張した兵藤君と、飄々とした坂上さん。態度は兎も角、二人とも一般的な高校生の範囲を逸脱するモノである様には見えない。無論、見た目が当てにならない事等、人界冥界問わず、よくある事なので気を抜く理由にはならないのだが。

 

「ふふっ、そう緊張しないでそこに掛けて」

 

 表面上は取り繕い、目の前のソファに座るように勧める。朱乃が気を利かせたのか、お茶を準備しており、子猫がそれを手伝っている。祐斗は何時でも対応できるようにと、私と彼らの間に立つ。

 

「それで、何の用です」

「そう、焦らないで」

 

 貴方達の知りたい事には、全て答えると言わんばかりの表情を形作り、会話の主導権を握る。この辺りは、悪魔の面目躍如といったところである。知識不足と馬鹿にする心算は無いが、彼らは一切の事情に通じていない。ならば、如何様にでも言い様はあると、悪魔と堕天使、天使の三竦みと、人間との関わり方、龍、神器の存在等を簡潔且つ、少々の主観を混ぜた限りなく客観的な概要を語って聞かせる。

 

「成程、俺の場合はその、神器ってヤツが原因なんですね?」

「ええ、そうよ」

「あれ、私は?」

「兵藤君に巻き込まれただけ、としか……」

「え」

「ごめん、坂上さん」

 

 何やら落ち込み始めた坂上さんを、兵藤君が慰める。ともすれば恋仲かと、疑うような親密さではあるが不思議とそういった雰囲気は漂っていない。

 

「落ち込んでいるところ悪いけれど、続けさせて貰うわ」

「どうぞ」

「単刀直入に言うわ。貴方達、私の眷属にならない?」

 

 今日一番の決め顔と共に、本題を伝える。短い遣り取りではあったが、彼らは清々しい程に真っ直ぐな心根の持ち主だ。気に入らない訳が無い。

 

「勿論、悪魔に成るって事は、人間を辞めるって事だから、今すぐって訳じゃ――」

「やります!!」

「断ります」

 

「え?」

 

 猶予を与える心算が、何という即断即決。三者三様の思惑、回答に、互いに困惑し場が硬直する。

 

「えっと……、もう一度だけ」

 

 確認の為に、再度点呼を取る。

 

「やらせていただきます」

 

兵藤君の答えは、単純にして明快。内容までは窺い知れぬが、強い決意を秘めた物だった。

 

「謹んで、お断りさせて頂きます」

 

 坂上さんの答えも、単純ではある。簡潔で、解り易い。しかし、その響きはどこか彼女の意思ではないモノのような、彼女らしからぬ空虚な声だ。

 

「理由を、聞かせて貰えるかしら、坂上さん?」

 

 兵藤君程ではないにしろ、彼女も堕天使に目を付けられている。また、レイナーレと名乗った中級堕天使には、個人的な恨みも買っていそうだ。説得できるのであれば、保護できるような立場に置いておきたいのが本音だ。

 

「だって、私の身体は兄のモノですから」

 

 当然であるかの様に、それがこの世の真理だと告げる様に、言い放たれた言葉に場が凍り付く。勿論の事、それは嵐の前の静けさで、怒涛の様な悲鳴が部室内に響く事になるのだが。

 




どうにも、大人数を動かせない。あと、話の構成が甘い。

お目汚しでした、申し訳ない。


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転生と神器

今回は、何時もより長め




閑話休題。

 

 というのは、こういう状況を言うのだろうか?

 一段落ついたらしいリアス・グレモリーと愉快な眷属達――主に女性陣だが――は、妙な迫力を伴って発言の真意を尋ねてきた。

 

「どうもこうも、そのままの意味ですよ」

「ちょっと、お兄様に取り次いで貰っても良いかしら?」

 

 真意も何も無い、そのままの意味だと言い返す。が、彼女等は納得した様子を見せずに、寧ろ先程よりも威圧を滲ませた声音で迫る。特にリアス先輩は、心なしか背後に赤いオーラの様なものまで出している風に見える。

 

「え? いや、兄に会うのは辞めた方が――」

「大丈夫、貴女は私たちが守るわ」

 

 何が大丈夫なのか。

 

「だから、そういう問題じゃなくてですね」

「大丈夫、大丈夫だから」

「先輩……」

 

頻りに大丈夫と繰り返す先輩に、少し泣きそうになる。姫島先輩は、あらあらと笑ってはいるが目が笑っておらず、塔城小猫と紹介された後輩はシャドーボクシングを始めていて、話が通じそうにない。木場は遠くを眺め、乾いた笑みを浮かべている。残りは兵藤、と振り向いてみれば、血涙でも流しそうな勢いで相貌を歪めている。

 

――駄目だ。

 

 早くどうにかしないと、兄に突撃など洒落にならない。確かに悪魔と名乗る彼女等は、常人には及びもつかない力を備えているのだろう。しかし、アレに対峙して無事である様子は欠片も想像出来ない。暴走気味である先輩方を止めるべく思案を巡らせる。何事にも、対策するには事象に対する原因を知ることが必要だ。果たして、彼女等はナニを勘違いしているのだろうかと、今更ながらに自らの発言を顧みる。

 

【だって、私の身体は兄のモノですから】

 

 兄のモノ、モノ、物。随分と、誤解を招きやすい発言だ。迂闊と言う他ない。冷静に反芻しているが、自分の発言でこのような混乱が起きているのだから、早々に収束すべきだろう。

 

――では、何と言って弁解するべきか。

 

 途端に、分からなくなる。自分が、何を思ってそう言ったのか。私は、私だろう。他の誰でもない。親だというのならば、分からなくもない。しかし、兄のモノであると私は言明したのだ。理解出来ぬ、自分自身の思考に得体の知れぬ恐怖を感じる。

 

「坂上さん?」

「あっ、はい」

 

 思考に没頭し、深みに嵌る私を案じる様な声が耳朶に触れる。顔を上げれば、眉尻を下げて此方を覗き込むリアス先輩の顔が目に入る。否、リアス先輩だけではなくこの場に居る全員が自分を案じているのだと、一様にその表情で語っていた。

 

「大丈夫?」

「大丈夫です、ちょっと考え事してました」

 

 自分の悪い癖なんです、と苦笑しながら頭を掻く。一応は、安堵したように溜息を吐くがまだ眼からは気遣いの色が見て取れる。いつの間にか緊張していた空気が、緩むのを感じ取ると先程までの思索を、例の如く脳髄の彼方へと押しやる。

 

「とにかく、私は大丈夫です」

「本当に?」

「本当に、ついでに、兄についても誤解です」

 

 此処からは、畳み掛ける様に弁護を展開した。辟易とした表情の先輩から、お兄ちゃん大好きっ子等と呼ばれる羽目にはなったが、どうにか兄への特攻は防ぐ事が出来た。それでも、ブラコン扱いは納得できないと、抗議したら兵藤にすら溜息を吐かれた。解せぬ。

 

「それで、次は兵藤君ね」

 

 何故だか、露骨に話を逸らされた様な気がするが、悪魔に転生するというのがどのようなモノなのか気になるので口を噤む。

 

---------------

 

「本当に、良いのね」

「構いません」

 

 坂上との、阿呆な遣り取りからは一転して、張り詰めた空気が部室に立ち込める。人間を辞める。言葉に出せば、否、出さずとも忌避を感じずにはいられない事柄を、自分は受け入れようとしている。しかし、それ以上に崩れ落ちる坂上と、あの時のリアス先輩との会話が脳裏に繰り返される。

 

『それって、強くなれますか?』

『ええ、勿論』

 

 あの瞬間、間違いなく彼女は死んでいた。呼吸も鼓動も止まり、失われていく体温だけが俺に一個の命の喪失を伝えていた。余りに、呆気ない。しかし、余りに大きい損失の様に感じられた。

 

――もう、あんな気持ちは嫌だから。

 

 強く、不変の日常を守りきれる位に強くなりたい。先輩に、眷属の誘いを受けた時から、確実に根付いた願望が、心底で蜷局を巻いていた。

 

「強く、なりたいんです」

「そう」

 

 もう何も言わないわ、と先輩は目蓋を閉じて大きく息を吐く。引き絞られた空気は、一層引き締まり、実際に圧力を伴っているかの様に総身を締め付ける。そんな、妙な感慨に耽っていると、一つの駒がテーブルに置かれた。一見しただけでは、唯のチェスの駒の様にしか見えないが、余りに異質な存在感が見た目からの印象を吹き飛ばす。

 

「前にも話したと思うけれど、これが悪魔の駒《イーヴィル・ピース》よ」

「これが、随分と小さいんですね」

 

 精一杯、虚勢を張って感想を述べる。その様子を見て先輩は、クスリと笑う。見透かされているんだろうなと思いながらも、此方は鳥肌と体の震えを抑えるので一杯一杯だ。

 

「最終確認よ、本当に良いのね?」

 

 何も言わないといったのは、嘘だったのか等と、茶々を入れる余裕は無い。彼女は、俺が揺らいでいるのを感じ取っているのだ。

 

――人か、悪魔か。

 

 日常と、非日常の、此処が境界線だと、自然と自覚する。守りたいと思った日常を、自分の手で捨てなければいけない。矛盾、と呼べるようなものではない。矛と盾を持った手で、鍬を握る事は出来ない。単純な、事実しかそこには無い。

 

「はい。守りたいんです、全て」

 

 日常を背後に置き、断崖の果てへと踏み切る心持で頷く。かすかに、先輩の顔が赤い様にも見えるが、気が付けば窓からは夕焼けが差し込んでいる。知らぬ間に、随分と日も傾いているらしい。

 

「っんん、じゃあ行くわよ」

「はい」

 

 先輩のわざとらしい咳で、逸れ始めていた思考は引き戻され、不思議と弛緩していた空気が、再度、張り詰める。しなやかな指が、駒を持ち上げる。そのまま、吸い込まれるように自らの胸元へと沈み込んでいくのを他人事の様に眺め、首を傾げる。

 

「あれ?」

 

 声を発したのは、俺ではない。困惑したように、小首を傾げる先輩が途端に可愛らしいモノのように思えて、顔に血が集まるのを感じた。

 

「やっぱり、足りないのかしら」

「足りない?」

「ええ」

 

 呈された疑問に、澱みなく答えが返ってくる。曰く、悪魔の駒の性能は主の実力に因るものらしく、強力な眷属には相応の出費が必要らしい。成程、分不相応の眷属を持たないようにするには良い仕組みだと思う。一個、また一個と着実に消費されていく駒と、焦りが混じりだしている先輩に、噴き出しそうになるのを堪え経過を見守る。

 

「これで、最後」

 

 その言葉と共に、8個目の歩兵が投入される。何処か疲れている風の先輩を、ぼんやりと眺める。未だ、明確な変化は感じられない。

 

「来た!」

「へ?」

 

 歓喜の声を上げた先輩に、引き摺られる様に内からナニかが込み上げる。熱いのか、冷たいのか、或いは痛いのか、判然とせぬ感覚に巻き込まれる。少しの浮遊感と、堕ちていく感覚に戸惑い、圧倒的な喪失感に物悲しさを覚える。

 

「さらばだ」

 

 口を吐いて出たのは、別れの言葉であった。それも、普段は使わないような芝居がかった口調の古臭い言葉だ。だが、今はそれが相応しいようにも感じるのだから不思議である。人間であった頃の、夢も、希望も、善悪すらも洗い流され、書き換えられていく。

 

ハーレム。諦めるのか?

 

――そんな、馬鹿な。

 

 おっぱいを、捨てるのか?

 

――有り得ない。

 

 捨てない為に、叶える為に、人の身を捨てたのだから、他の全ては貰っていく。悪魔に、畜生に、堕ちたのならば、それに相応しい強欲さで以て全てを守り通す。俺が、人であれ、悪魔であれ、兵藤一誠であることが変わる事など有り得ないのだから。脳裏に、呆れたような表情の、赤いドラゴンが浮かび消える。失いかけた意識が、急速に浮上し、自らに課せられた至上の命題を宣言する。

 

「ハーレム王に、俺はなる!!」

 

 自分でも、馬鹿な叫びだと思う。目を丸くして、驚く先輩たちを見てひしひしと感じる。あぁ、塔城さんの視線が痛い。

 

「う、上手くいった様ね、元気そうで何よりだわ」

「はい! 先輩たちの、お役に立てる様に精一杯頑張ります!」

 

 起き上がった時の勢いをそのままに、右手を上げて宣誓する。

 

「ふふっ、そう。じゃあ、改めて、歓迎するわ。兵藤、いや、イッセー」

 

柔らかい、微笑みを浮かべながら手を差し伸べる先輩に、満面の笑みを返してその手を取る。温かい、生きたヒトの手だ。

 

「よろしく、兵藤君、いや一誠」

 

 握手を求める木場に、渋々ながら応える。爽やかな笑顔が、これ程鬱陶しいと感じるのは、染みついた性根に因るモノだろうか?

 

「うふふ、よろしくね」

 

 御淑やかに笑う姫島先輩に、気合を入れて応える。美しい御尊顔もそうだが、目を引くのはやはりそのおっぱいだろう。目の前にするだけで、圧倒されそうなボリュームに見ているだけで幸せになれる。おっぱい。

 

「よ、よろしく……」

 

 無言で佇む、塔城さんに手を差し出す。予想に反して、握手を返してくれて小躍りしそうになるのも束の間、見た目からは想像も出来ない握力によって、手が握り潰される。

 

「よろしくお願いします」

 

 呟くように返された言葉は、平坦な響きである筈なのに、嘲笑が混じっている様に感じられたのは気のせいだろう。きっと、気のせい。

 

和気藹々(?)、といった風情のヒトの輪から少し外れた所に、考え込むように眉間に皺を寄せた坂上さんを見つける。

 

「どうしたの、坂上さん」

「ん? 兵藤か」

 

 なんでもない、と答える彼女は少し素っ気無い。悪魔に転生する際、興味深げに此方を見ていたのは気が付いていたが、何か気になる事でもあったのだろうか。

 

「兵藤……なんか、まどろっこしいな。一誠、人間辞めたな」

「そうだな」

「それで良いのかよ?」

 

 親から貰った体を、そんな風に扱って、という事だろう。少し、不満気な彼女の様子から、足りない部分を推測する。

 

「良いんだよ」

「どうして、そんなに簡単に自分を捨てられるんだよ」

 

 肯定すると、思いもよらぬ質問が投げ掛けられる。と、同時に彼女が何に拘っているのかも把握する。

 

「捨てた訳じゃないよ」

「でも、自分じゃない体で自分だって言えるのか?」

「そんなに、難しく考えなくても良いんじゃあないかな」

 

 俺は、俺だ。人間であろうが、悪魔であろうが兵藤一誠なのだ。暗闇に沈みかけた時に、掲げた言葉を繰り返す。

 

「俺はさ、馬鹿だから、よく分からないけど、兵藤一誠なんだよ」

「知ってる。馬鹿にしてんのか」

「違う違う、というか、覇吐さんだって解ってんじゃん」

 

 俺が、俺であると言える限り、何も変わってはいない。種族的な違いに、拘泥するなど面倒臭いだろうと笑うと、覇吐さんも呆れたように笑う。

 

「屁理屈だな」

「それで良いんだよ、納得は全てに優先するってのは、至言だと思うね」

「漫画じゃねぇか」

「お、知ってんだ」

 

 少々、吹っ切れたらしい覇吐さんと下らない話をしていると、再び、リアス先輩に話し掛けられる。

 

「イッセー、次は神器を出してみなさい」

「いや、どうやってですか?」

「あぁ、そうだったわね」

 

 いきなりの無茶振り、もとい、知らない事は実行など出来ないので、質問で返答する。納得したように頷く、先輩の提案は至極、簡単なモノだった。遣り方自体は。

 

「良い、貴方にとっての最強を思い浮かべなさい」

「思い浮かべて?」

「真似するの」

 

 自分にとっての最強、不意に思い浮かんだのはドラグソ・ボールの空孫悟であった。ここまでは、問題ない。寧ろ、思春期の青少年にはよくある事だろう。しかし、真似をしろとは些かレベルの高い要求ではなかろうか。

 

「真似、するんですか?」

「ええ、早くしなさい」

 

 真剣な表情の筈なのに、ニヤついて見えるのは僕の邪推でしょうか、先輩。周囲の面々は、隠す事も無く笑っている。その爽やかな笑みを引込めろよ、木場。

 

「ええい、儘よっ」

 

 いつか聞いた、どこかの悪役の様な掛け声と共に渾身の演技を行う。否、演技と呼ぶには本気すぎるトレースは、全米にも感動の渦を巻き起こすに違いない。

 

「ドラゴン波ッ!!」

 

 ちょっとした間が開く。

 

「ぷっ」

 

 今、笑ったの誰だ、と言う間もなく、俺の腕が輝きだす。

 

「うおっ」

 

 強烈な発光の後、全身を今まで感じた事の無い、全能感が包む。脳裏に浮かぶ、赤いドラゴンの嘲笑を振り払い、自らの両腕に視線を落とす。

 

赤い。否、紅いのだろうか。赤である事に間違いは無いのだろうが、不思議な色合いだ。

 

「それが、貴方の神器」

 

神滅具・赤龍帝の籠手《ロンギヌス・ブーステッド・ギア》

 

 告げられた名前は、想定外の馴染み深さを以て、胸の内に染み込む。俺の、生まれ持った力にして、災厄を招きよせる元凶。忌々しいような、嬉しいような複雑な感情が入り混じる。

 

「まぁ、兎にも角にもよろしく、相棒」

 

 気の抜けた声で、誕生以来の付き合いらしい新たな相棒に挨拶をする。応えてくれたのか、勘違いなのか、判然とはしないが嵌められた宝玉が一瞬、光ったような気がした。

 




やはり、大人数は動かせない

キャラの描写や、文章的なアドバイスが欲しいです。


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闘争と逃走

すいません、随分と遅れてしまいました。



「良い夜だ」

 

 頼りにするには乏しい、街灯の光を背に受けて姿を晒す。今宵は満月、ではない。しかし、全てが曖昧になる暗闇が好ましい。己が、此処に在ると、確たる実感を伴って感ぜられるこの夜が。口の端に笑みが浮かぶのを自覚しながら、硬直する人影に問いを投げる。

 

「お前は、どちらを選ぶ?」

 

――闘争か、逃走か。

 

 投げた問いが、返される事は無かった。走り去る背を眺め、鼻を鳴らす。

 

――詰まらない。

 

 自我の回復から、毎日、このようにして誘いを掛けているのだが、一向に狙い通りにはいかない。時折、視線を感じるので悪魔、或いは堕天使や退魔組織なりが近辺に根を張っているのは間違いないのだろうが、出張ってくる気配が無い。

 

――人でも喰らえば、駆けつけるやも知らんが。

 

 首を振って、否定する。ソレでは意味が無いのだ。己が己として、敵と向き合わねばならない。この身を再び、畜生に堕する事は望ましくない。

 

「過ぎた話、ではあるが」

 

 天を仰ぎ、独りごちる。そう、過ぎた話だ。誰が、何と言おうと、この身は既に畜生、化外の身であるのだから拘り等、不要だ。外貌も、その言葉に相応しく醜悪そのもので、腰から下に掛けて存在する四肢は、嫌という程に獣臭を発している。

 

――。

 

 思考に、空白が生まれる。否、認めたくないのだ。私が、どれ程私であると言おうが、化け物である事に変わりない。畜生、化外、怪物、悪魔、そのどれもが当て嵌まる。しかし、どれもを心底では認めようとはしていない。

 

 己の無様を、嗤う様に風が吹く。春独特の陽気の抜けた冷たい風が、醜態を晒す化外に吹き付け、身に纏わり付く迷妄を削り取る。同時に、嗅ぎ慣れぬ、或いは最も身近な臭いを運び、意識が研ぎ澄まされるのを自覚する。

 

「来るか」

 

 脳髄より、更に深く、突き刺さる異臭を嗅ぎながら振り返る。到来する、闘争の息吹を肌で感じ、笑う。腐臭、悪臭、汚臭、どのような言葉で飾ろうとも例え様の無い臭気が満ちる。血と糞尿、人畜の境の入り乱れた此の場は正しく、鉄火場だ。

 

「来い、来い、来い――!!」

 

 待ち望んだ死線に、総毛立つ。全身に刃を走らせる様な、慄然とした高揚感に口元は益々歪み、思考は冷然と、肉体は凄然と、我を形作る。

 

――紅が、降り立つ。

 

 相対するのは五、紅髪の悪魔を中心として黒が二人、白、金が其々、警戒の面差しを以て、此方を睨む。

 

「貴女が、はぐれ悪魔、バイサーね?」

「如何にも」

 

 理性的な対応は予想外であったのか、目を見開き硬直する。少々の失望を感じつつ、習慣であった口上を述べる。

 

「今宵は月も無い、良い夜だ。こんな良い夜に、化け物が相対し、牙を剥いている。最早言葉は要るまい、選べ」

 

――闘争か、逃走か。

 

 両腕を大きく広げ、決断を迫る。この場に措いて、尚、逃走を図る様であれば微塵の躊躇なく、鏖殺する心算である。しかし、それは無いと断言できる。王者の素養を備えた、紅い少女を見据え確信する。感じた失望こそ拭えるモノではないが、今此の場に、それは不要だ。

 

「っつ、随分と洒落た台詞を言うのね、祐斗」

「はい」

 

 充満する、尋常ならざる質量の殺気に対する怯えを振り払い、毅然とした様子で紅い少女は騎士へと王命を下す。指名を受けた金は、虚空から剣を現出すると、一足飛びに駆け、一切の躊躇なく目前の化外へと斬りかかる。殺意も、敵意も無い。路肩の石に傾ける注意よりも軽い。作業でしかない斬撃を、直に受け止める。

 

――何だ、コレは?

 

 斬り上げられた両刃の剣を、防ぐ事も無く見遣る。僅かに、皮膚に食い込んだソレは斬る事以外にも機能を備えているらしく、刃の内に渦巻く何かを感じる。が、効力を発揮することなく砕け散る。金の騎士は、驚愕を露わにし硬直する。失望も、ここに極まれりと、無造作に腕を振るう。紙屑が、風に煽られ飛ぶ様に、騎士の体躯が空を舞う。

 

「祐斗!!」

 

 悲痛な叫び声と、土煙、牽制の心算なのか、雷光が瞬き、戦場は騒然とする。最早、修羅場からは程遠い、茶番にも似た情景に、急速に高揚は醒めていく。怒りすら湧かぬ、呆れすらせぬ、興味の喪失は嘲笑と共に、声となる。

 

「何だ、それは? 温い、軽い、小さいぞ」

 

 発声と同時に、静まり返った場に、密やかに、敵意が蘇生されていく。再び、燃え上がらんとする闘争の種火を活かすべく、彼らの矜持を奮い立たせるには嘲弄こそが効果的なのだろうと言葉を続ける。

 

「鉄火場の臭いかと思えば、貴様等の腐臭だとはな、我ながら耄碌しておったわ」

「随分と、好き勝手言ってくれるじゃない」

 

 眉間に皺を寄せ、紅がナニかを放つ。迫り来るのは、消滅の波動。成程、有象無象の類であれば塵も残さず、消えるのだろう。だが、足りない。

 

「何だ、貴様、塵掃除も上手く出来んのか」

「生憎、箱入り娘だったのよ」

 

 再度、蜂起した気宇は、衰えていないが、相貌は悔しげに歪んでいる。

 

「私達を、忘れて貰っては困ります」

 

 黒い髪の女が再度、雷光を発し、白い少女が拳を繰り出す。敵意、殺意、両者共に充実しており、万全の体勢から放たれている。しかし、届かない。

 

「まだだ、まだ足りない」

 

 下肢を駆動し、足踏みする。後ろ脚が地中へと沈み込み、降ろされた前脚が混凝土を粉微塵に砕く。巻き上げられた細礫が周囲へ降り注ぎ、三人とも吹き飛ばす。血が舞い、瓦礫が積み重なる。倒れた四人と呆然とする一人を睥睨し、その在り様を嘲笑う。

 

「畜生にも成り切れんとはな」

 

 剣なら斬ればいい、拳ならば殴ればいい、雷光なら焼けばいい、王なら使えばいい、単純にして明快。在るモノは在るがまま用いれば良いのだ。絆や誇り等、余計なモノを混ぜるから半端になる。糞が塵を掲げた所で、輝くモノなど在りはしない。

 

闘争とは、我の張り合いだ。我こそが、一等であると、優等であると、我であると鎬を削る、ある種、最も純粋で原始的な社交である。

 

「さぁ、立て! 立って、魅せろ、その、無様な在り様を!」

 

 倒れ伏す彼らからは、未だ衰えぬ意気を感じる。で、あるのならば全霊を以て応えるのが、己の役割だろう。

 

「ええ、そうね……私としたことが油断、していたわ」

 

 傷付き、流血でその面貌を染めて尚、王たらんとしている。剥き出しの我ではない、しかし、後天的に形成されたであろう格が、彼女を、彼女たらしめんと、燦然と輝く。

 

――成程、見事だ。だが……

 

「吼えるだけでは、何も変わらん、示して見せろ」

「言われなくても」

 

『立ちなさい、私の愛おしい子供達』

 

 号令一下。

 

 母の様な、慈悲に満ち溢れ、帝王の如く冷徹な言の葉は、不可思議な熱情を帯びて、彼女の眷属に浸透する。騎士は剣を取り、巫女は祈りを捧げ、戦車が蹂躙の構えを執る。王は、満足気な表情で微笑むと、兵士を傍らに置き、己が下に集う英傑を誇る様に、いずれ彼自身も、この戦列に加わるのだと示す。個人としてではなく、群体としての個我。個々の意志を統括する、王としてのリアス・グレモリーを、自他に見せ付ける。

 

『Aux armes, mon enfants,Formez vos bataillons,Marchons, marchons ! Qu'un sang impur Abreuve nos chateau!』

 

――武器を取れ、我が子らよ。隊伍を組んで、進め、進め! 穢れた血で、我らの城を埋め尽くせ!

 

 それは、慈愛に満ちた蹂躙。狂奔と情熱が渦巻き、喝采を上げて死地へと飛び込む臣へと向けた、暴君の詩吟が響き渡る。

 

『自帰依仏、当願衆生、体解大道、発無上意、自帰依法、当願衆生、深入経蔵、智慧如海 自帰依僧、当願衆生、統理大衆、一切無礙』

 

 対するは何者にも捉われず、己こそを拠り所とする孤高の理にして、信ずるべき己すら見えない蒙昧の極致。見えぬ、聞こえぬ、知らぬ、唯、我であれば良い。他の一切を無用と断じ、排斥する。寄る辺の無い祈りが捧げられる。

 

『Le jour de gloire est arrive! Contre adversaire de la mon, L'etendard sanglant est leve!』

 

――栄光の日は来たれり! 我らの敵に血染めの旗を掲げよ!

 

『オン・ビラジ・ビラジ・マカ・シャキャラ・バシリ・サタ・サタ・サラテイ・サラテイ・タライ・タライ・ビダマニ・サンバンジャニ・タラマチ・シッタギレイ・タラン・ソワカ』

 

 既存の法理から逸脱した、不条理を体現する道理が鬩ぎ合う。

 

『無識無明――懺悔滅罪の道ォォ理!』

 

 互いの魂を懸けた衝突に、音が消える。否、掻き消されている。拳の一打が、剣の一振りが、轟く雷鳴が、唸る滅相の波動が、聴覚の許容を越えた無音を奏で、唯一人の敵(己)へと殺到する。肉を抉る、臓を削る、血が沸き、身が滅される殺意の奔流に、個我は更に輝きを増し、総体を流れる充実感に、哄笑すら漏れる。心身から込み上げる、多幸感に身を任せ、拳を振るう。一切の術技から外れた、稚拙な拳打は、しかし、ソレに伴う威力を以て魔技へと昇華し破壊を振り撒く。同時に、極限にまで高められた肉体が崩れゆく音が、脳裏に響く。それでも尚、高まり続ける自我が、相対する彼我以外の事象を慮外へと放り投げる。

 

「アーハッハッハ、楽しいなぁ、愛おしいなぁ、私は、我は今、此処に在る」

「――。」

 

対峙する紅い軍勢は、何と言ったのか、潰れた聴覚では知覚する事が出来ない。だが、己さえ在れば良い。戦える、その事実のみを以て五体は駆動する。断裂した筋繊維が、砕けた骨が、崩壊と再生を繰り返しながら攻勢を懸ける。剣刃が閃く、右腕の根元を半ばまで絶つと、折れ砕けるが、左の拳を突き出す頃には別の剣で以て防がれる。小さな拳が迫る、自分の知らない術理に則った打撃は斬撃にも劣らぬ切れ味で右腕を切り飛ばす。雷光が瞬く、駆ける光明に、失った右腕を突き出すように体を傾け、傷口を焼き潰す。満身創痍と言っても、過言ではない風体だが、体内で渦巻く力は、依然、衰える事無く膨れ上がる。

 

――まだ動く、まだ使える、まだ、まだ……。

 

 痛みは無い、腕は千切れ、目は見えぬ。しかし、我が在る、彼が在る。

 

「っつ雄ォォ!!」

 

 意味を持たない咆哮を上げる。我、我、我だ。際限の無い自己主張、文字通り、全身全霊を懸けた突進を、消滅の波動が迎え撃つ。突き出した左腕が、繰り出した前脚が、欠片も残さず消えていく。末期の輝きを、無色の闇が呑み込む。

 

――我は、我だ。我、我、我……私は、己は、

 

「私は、誰だ……?」

 

 

「私の敵よ」

 

 冷徹でありながら、非情な響きを持っていなかったのは、彼女なりの敬意の表れなのかもしれない。冷たく、物悲しい声音を聴きながら、周囲を見渡す。

 

「お……終わった?」

 

 余りに唐突に、バイサーと呼ばれた悪魔は消えた。ただ、振るわれた暴威の痕だけが、彼女の存在が現実であったことを証明しており、一夜の夢であったと言われれば信じてしまいそうになる程、現実離れしている。

 

「えぇ、終わりね。どう?」

 

 独り言が聞こえていたらしく、先輩が問い掛けてくる。

 

「どうって、言われても」

「驚いた?」

「そりゃあ、当然」

「ふふ、私もよ」

 

 聞いてみれば、『はぐれ』となった悪魔の多くは知能が低く、身に宿す悪魔の駒による制限もあってか、弱体化するのが常であるらしい。主を裏切る様な愚者や、眷属としての誓いも反故にするような輩に、何の報いも無い程、悪魔は甘くないと語る先輩の表情は、苦々しげに歪んでいる。

 

「彼女は、バイサーは、強かったわ」

 

 言葉と共に吐き出された溜息には、どういった思いが込められているのか。自分達の弱さへの憤りか、自己を見失った敵への憐憫か、眺める事しかできなかった自分では、窺い知る事が出来ない。

 

――強くなるって、決めたのに。

 

 知らず、拳を握りしめる。倒れ伏す先輩達を前に、立ち塞がる敵を前に、俺は、どこまでも無力であった。見る事しか出来なかった、震える事しか出来なかった。守りたい等と、嘯いた俺自身が、守られていたのだ。

 

「部長……」

「なに?」

「強く、強くなりたいです」

 

 零れ落ちそうになる、涙を堪え、震える拳を握りしめ、懇願する。

 

「イッセー」

「はい」

「貴方は、私の眷属よ」

「はい」

「弱いままなんて、許されないわ」

「はい」

「ならば、強く在りなさい。貴方が、足掻き続ける限り、私が愛してあげるわ」

 

 俯いていた顔を上げ、先輩を見る。柔和に、峻厳に、気高く微笑む彼女を見て、胸中に熱が宿る。

 

「強く、なります。先輩の為に、自分の為に」

 

 希望を、決意へと転換する。目指す頂は、遠く、険しい。しかし、孤独ではない。自らが王と定めた彼女の為に、愛おしいと思った日常の為に、天龍は翼を広げる。

 

「貴女の為なら、神すら殺そう」

「楽しみにしているわ」

 

 

「……あの?」

「なにかしら」

「良い雰囲気のところ、申し訳ないんですけど――」

 

片付け手伝って貰えませんか? 等と、シリアスな雰囲気を台無しにする木場の提言に、二人揃って顔を赤くする。無駄に黒歴史が増えてしまい、悶絶しながらも指示に従い瓦礫の撤去に集中する。

 

「貴女の為なら、神すら殺そう」

 

嘲笑交じりに呟かれた台詞に、顔面を思い切り瓦礫に叩きつけたくなる。勿論、自分のである。

 

「こら、小猫さん、余りからかうモノではありませんよ? 一世一代の、決め台詞なんですから、多少、センスが古くても目を瞑るべきです」

 

 姫島先輩からの追撃に、心が折れそうになる。否、もう折れている。

 

「すいません、片付けに参加しなかったのは謝りますから、勘弁して下さい」

「あらあら、何を仰っているんです、格好良かったですよ。一昔前の臭い芝居を見ているようでした」

 

 悪意満点である。

 

「コラ! 無駄話してないで手を動かしなさい」

 

 顔を真っ赤にしたリアス先輩が吼える。何がどうしてこうなったのか、世の不条理に憤りを覚えていると、肩に手が置かれる。振り返ると、木場が同情を多分に含んだ眼差しを投げ掛けている。

 

「ドンマイ」

 

 心底、もうこれ以上ないと言える程に、優しげに、人を小馬鹿にしたような労いの言葉が吐き出される。刹那、周囲にも聞こえているのではないかと思える程大きく、何かの切れる音が聞こえた。

 

「う、があぁぁ! うるせぇ! さっさと片付けろ、俺はもう眠い!」

「イッセーうるさい!」

「はい! すいません!」

 

 一夜の闘争は終わりを告げ、彼らは思い出したように、騒ぎ、笑い、在るべき日常へと回帰していく。

 

夜が明け、曙光が街を照らす。

 




言い訳をするなら、仕事が忙しかった所為なのですが、読者の皆様には関係の無い話なので、重ねて謝罪させて頂きます。

申し訳ありませんでした。

因みに、リアスさんの詠唱はフランス語です。
恐らく、間違っているんだろうなと思われる翻訳ですが、ある有名な歌の替え歌だったりします。


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信仰/狂信 親/子

投稿しました。

はい、すいません。
申し訳ありません。

1年超とか、亀なんてレベルじゃないですね。

今回は、リハビリみたいなものです。

感想返しについては、溜めてた自分が悪いのですが無理そうです。
ごめんなさい。


――殺せ(祈れ)殺せ(祈れ)殺せ(祈れ)

 

 脳裏に、誰とも知れぬ声が響く。

 

――主は、命乞いなど、救済の陳情など聴きはしない。

 

 嗚呼、この声は知っている。誰であったろうか?

 

――祈りとは、祈りとは戦いである。

 

 信仰は、異端と、悪魔と、化け物共の血でこそ贖われる。

顔も曖昧な、男の口癖だ。

 

――呆れ返るほどの、血と灰を、塵の山を積み上げてこそ……

 

「神は、降りて来る……か」

 

 鼻を鳴らし、嘲笑する。

それは、盲目的に異端を殲滅する恩師への嘲りであり、その軛から放たれて尚、追従する己への揶揄を含むものであった。

 

 廃棄された教会の一室、信仰は地に堕ち、神からも見放されたこの場所で、信仰の何たるかを思い出すなど、平時の彼らしくもない。皮肉な脳髄を罵倒する。

 

「……」

 

 囁くような声が聞こえた。今度は、愚図々々に腐った過去からの幻聴ではなく、現実に空気を震わせて伝わる音声だ。鬱陶しく、視界にぶら下がる白髪を掻き上げ、旧礼拝堂へと向かう。

礼拝堂――等と呼ばれたのは、今は昔のことだ。

 

 そこには、聖女が居た。これも皮肉だ。

 

「お祈りですか? アーシアくーん」

「フリードさん……」

 

 己の名を呼びながら、彼女が振り向く。慈悲と、憂いと、信仰しか映さぬ表情は、多くには美しいのかもしれない。しかし、酷く不愉快だった。

 

「やめておきなさい。そんなことをしても神は聞き入れません」

「何故、そのようなことを言われるのでしょうか?」

 

 単純な疑問を述べた心算なのであろう。明らかな困惑と、無意識的な憤りを混ぜた問いに愉悦を見出す己は、誰憚る事無く下種だ。

 

「神は、救け(たすけ)を乞う者を救けはしない。慈悲を乞う者など救ったりしない。それは、祈りではなく陳情に過ぎない」

「そんな事はありません。信仰とは心の在り方、祈りとは心の所作です。たとえ打ち捨てられた教会であろうと、異教の地であろうとも、必ず届きます。艱難辛苦の果てであろうとも、必ず救済は齎されます」

 

 小柄な体に、細い腕に、可憐な容姿に見合わぬ強さを瞳に輝かせて、此方を見詰める。睨むのではなく、幼子に諭すような視線に苛立ちは増し、微細な悪意が牙を剥く。

 

「しかし、老いも若きも救い、果てに悪魔ですら救って見せた貴女の下に、神は降りて来なかった。救いは齎されなかった。剰え、魔女の汚名まで被せられ、審問と弾圧に晒されても、まだ、主を信じると? 」

「無論です」

「憎くはないのですか?」

「敵を愛し、憎む者に親切にせよ。呪う者を祝福し、辱める者のために祈れ。あなたの頬を打つ者には他の頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも拒むな。あなたに求める者には与えてやり、あなたの持ち物を奪う者からは取り戻そうとするな。人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ」

 

 混ぜ込まれた悪意に、気が付きもせず。躊躇なく答える彼女に、笑みが零れる。

声を上げて笑う自分に、一瞬、目を丸くすると、直ぐに不満げな顔を向けて来る。

 

「じょーだん、じょーだん。ごめんね~、アーシアちゃん。いやぁ、まともに喋った事なかったからさぁ、からかっちゃった。許してくれさい」

 

 矢鱈と重くなった空気を、根本から打ち壊すように、茶々を入れて背を向ける。

ひらひらと手を振り、軽快な足取りを心掛けて外へと歩き出す。

 

「貴方は、貴方にとっての信仰とは何ですか?」

 

 その問いを投げる顔は、いつもの慈愛と憂いに満ちているのだろう。足取りはそのままに、顧みることもなく、答える。

 

「戦いこそが、祈り。裂けて砕けて割れて散る、永遠の門を最後に潜るのは我ら自身だ」

「……っ」

「ま、受け売りだけどねぇ」

 

 廃教会を出ると、静かな街並みと、絵の具で塗り潰した様な不細工な青空が広がっている。胸に蟠る、不快感や苛立ちは消えていた。ただ、纏わり憑く惨めさだけを友に歩き出す。

 

------------------------------------------------------------

 

 

 

彼女が欲しい。

 

 別に、モテない男の独白とかではない。

 

「アーシア・アルジェント、か」

 

 先日、道案内をした少女を思い出す。

 

淡く輝く、高貴な魂。信仰と、純潔と、その他諸々の清純そうな要素が混じり合わさった彼女は、悪魔からしてみれば、垂涎物だろう。者だろうか?

 

 思考を彼方此方へと飛ばしつつ、一人の少女の事柄を考え続けるなど、今までに無い経験かもしれない。

 

――否、二度目だ。

 

「ふむーん」

 

 浮いたり落ちたりと忙しい気分を余所目に、時間は過ぎていく。

 

「痛っ」

「余所見しないで下さい。怪我させますよ」

「痛いっ、ちょっ、ストップ! 怪我しないように止めてください」

「お断りします」

 

 容赦の無い、拳撃、蹴撃、肘に掌底と、コンボが繰り出される。一撃一撃が、命を狙っているんじゃないかと疑いたくなる位には重い。

 

「失礼ですね、これでも手加減しているんです」

「嘘だっぐほぉ」

「変な息漏らさないで下さい。気持ちが悪い」

 

 攻撃も、口撃も容赦が無い。無慈悲と言い換えても良い。

 

「悪魔め」

「正解。ですが、お互い様です」

 

 あ、そうだった。と呆けた俺に、リバーブロー!!

何時になったら、宮田君と決着つけるのだろうか?

 

暗転。

 

 

 

「あ、起きましたか? 続けましょう」

「勘弁してください」

 

 自分より年下で、自分より小柄で、可憐な容姿を持つ少女に、恥も外聞もなく土下座する。

 

「冗談です」

「ほっ」

「ですが、先輩の武器となるのは神器による倍加、一撃必殺です」

 

 避けるなり、耐えるなりの体が出来上がるまでは毎日続けるという、有難いお言葉を頂き、帰路に就く。

 

「ただいま~」

 

 疲労困憊も甚だしく、帰宅とともにソファに沈み込む。着替える気力すら湧き上がらない。

 

「お帰りなさい、一誠」

 

 随分と疲れてるわね、と労う母さんが、どこか余所余所しい。

 

「ん? どうかした母さん」

「ねぇ、一誠、貴方悪い友達と付き合ったりしてないわよね? 最近、随分と帰りも遅いし、夜中も外に出ているようだけど……」

「そんな事、ある訳ないよ。大丈夫」

「本当に? ねぇ、本当は何かあるんじゃないの?」

 

 悪魔になりました、なんて言える筈もなく。真剣な眼差しの母に、気圧される。

 

「本当に、大丈夫だって」

「本当に、お母さんの目を見て言って」

 

 不安に揺れる目の光に、浮かび上がる言葉は無く、重い沈黙だけが居間に犇めく。

 

「ただいまー、って重っ!! 何、この空気」

「お帰りなさい、貴方」

 

 母が帰ってきた父に対応するが、その声音は硬い。

 

「一誠、ついに世間様に顔向けできないような事ヤッタのか?」

「ちげーよ!」

 

 両手を繋がれたように持ち上げる父に突っ込む、信用が無い事を嘆くべきか、この場で冗談――そう信じたい――を言える父に呆れるべきか葛藤する。

 

「そこは、尊敬すべきだろう」

「貴方は黙ってて」

「はい」

 

 母も痺れを切らしたのか、強権を発動し、父を抑え込むと此方へと視線を戻す。

 

「一誠、私達に言えない事もあると思う。でも、貴方が心配なの、本当に何もない?」

「無いって、言ってるだろっ!」

 

 言えない事があると理解していながら、何故聞くのか?

無いと言っているのに、何故、信用しないのか?

 

 気が付けば、声を荒げていた。言った瞬間、後悔や、罪悪感が押し寄せて来るが、詰まらない意地が、喉元で謝罪の言葉を押し留める。

 

「ごめんなさい」

 

 先に謝ったのは、母だった。しかし、どこか、決定的な亀裂を生んでしまったようにも感じる。

 

「……、ごめん。先に寝る」

「一誠、貴方、一誠よね?」

「こらっ、お前なんてこと……」

 

 精神的な疲弊もあるのだろう。しかし、ある意味において本質を突く言葉が突き刺さる。

 

「大丈夫、大丈夫だよ父さん。母さん、俺は、僕は一誠だよ。兵藤一誠だ」

 

 母が泣き崩れる。父が慰めるように、覆い被さり何事かを話しかけている。

何も言わず、居間を出て、部屋に向かう。

 

「お前、少し疲れてるんだ、な? 旅行に行こう二人で、新婚旅行と同じところに泊まろう?」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 背後から聞こえる会話が、重く圧し掛かる。彼らの平穏を奪ったのは、間違いなく自分だ。

 

「俺は、一誠だよな」

 

 呟いても、何も変わらない。自分は選択したのだ、あの時に、自らの意志で、地獄に下ることを是としたのだ。

 

『さらばだ』

 

 転生時に浮かんだあの言葉の意味が、重みが、悔恨が、罪悪が、初めて理解できたような気がした。

 




リハビリが重い、と感じた方は申し訳ない。

何故かフリードが某伯爵化したり、兵藤家が○生獣の泉家みたいになってますが

久し振りだから、久し振りだから!!

大事な(ry


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