堕ちた青の行く先は (星月)
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第一話 強者の苦悩

 青峰大輝。後にキセキの世代のエースとまで呼ばれるほどの名選手。

 彼は誰よりもバスケが好きだった。

 100人を超えるバスケ部の中でも彼ほど一途にバスケを楽しんでいたものはいないとかつて彼を見ていたチームの主将は語る。

 彼自身もバスケに、強敵との勝負には強い思い入れがあり純粋に取り込んでいた。叶うのならばこのままずっとバスケに熱中したいと考えていた。

 

『青峰君より強い選手だって、きっと現れますよ』

 

 一度は強すぎたが故の苦悩に悩みながらも、バスケに嫌気がさしても、無二の相棒の言葉を信じ、戦っていた。

 今日もその言葉に背中を押され全力のプレイで相手に挑んだ。

 しかし現実はそう上手くはいかなかった。

 

「……は?」

 

 強敵と渡り合うことで生まれていたはずの高揚はたったワンプレイで消えうせてしまう。

 頼れる相棒、背中を預けるチームメイト、支えてくれるコーチ陣。誰もが羨ましがる環境の中、ただ一つだけ足りなかった。

 それは彼が全力で戦い凌ぎを削りあう、『ライバル』と呼べる相手の存在。

 相棒は声に出さずとも絶妙のタイミングで青峰へとパスをさばいた。

勢いがついたこの時を見逃す手はない。一気にゴールを狙おうとぺネトレイトした瞬間、目の前で信じられない出来事が生じる。

 マークについていた選手はハンズアップを止め、その場で足を止めたのだ。全国屈指のフォワードとさえ呼ばれた相手は、床に視線を落とし振り返ようとさえしない。

 そしてそれは彼だけではない。彼のチームメイト4人も開いた点差を前に、勝利を諦め希望を自ら捨てていたのだ。

 

(――なんだよ、テメエら)

 

 苛立ちは外には吐き出さない。その代わりに乱暴にゴールを叩き込んだ。

 普段は心をくすぐる得点の瞬間が、心を蝕むように感じる。

 切り替えてディフェンスをと考えたがそれも無駄だった。ボールは相手に移ったというのにゲームを再開しようとさえしない。審判から声をかけられなければきっとこのまま試合を投げ出していただろうことは容易に想像できる。

 

「ふざけんなよ。ちょっと本気だしただけでこの様か……」

 

 その姿が、青峰には滑稽に映った。一度は苦悩から立ち直っていた。だが今再び同じ光景が繰り返されたために前よりも衝撃も大きかった。

 

(――こんなものの、どこが楽しいんだ?)

 

 ついに青峰はバスケへの熱意を失ってしまう。

 彼は強すぎた。その圧倒的な強さが相手からやる気を奪っている。そしてそれによって自分もバスケへの執着が薄れていく。 

 もはや彼が望んでいたものは手に入らないのだから。

 

「……テツ」

 

 先ほども自分をサポートしてくれた仲間、黒子の名前を呼ぶ。

 青峰の心境を何も知らない彼はゴールを讃えて拳を突き出した。

 今までならば笑みを浮べてその拳に応えていただろう。だが今の青峰はもうその拳には応えられない。

 

「お前の言っていることは間違ってない。でも、もう俺は無理だ。これ以上我慢できねえ」

 

 この試合はもはや勝ち負けを競うスポーツではない。

 圧倒的な強者が何もできない無気力な弱者を一方的に蹂躙する、つまらない遊びゲームとなりはてた。

 

「俺と対等に戦えるやつなんて最初からいなかった。――俺に勝てるのは俺だけだ」

 

 

 

 

 

 それは心からの本心であった。俺はもうバスケに楽しみを見出せなくなった。

 テツが突き出した拳を合わすことさえなく、拒絶の言葉を吐き捨てて、仲間に背を向けて走り去る。

 敗北はおろか対等な『勝負』さえありえない。チームの勝利もやる前から決まっていて、何も燃え滾るものがない。そんな現状に愕然としてしまった。

 『俺に勝てるのは俺だけ』。言葉の通りだ。もう俺が欲したものは手に入らない――。

 

 

 

 

 

 そう思っていた頃が俺にもありました。

 今は反省しているので――誰でも、どこでもいいから助けてください。

 

 

――――

 

 

 三年の全中、すなわち中学バスケの最後の大会が終わった後のこと。

 キセキの世代と呼ばれた五人は全国様々な高校からスカウトの話が来ていた。

 全中三連覇という偉業を成し遂げたのだから当然の事だろう。その数は中学生に対するものとは思えないほどのものだった。

 青峰の元にも当然声はかかっている。

 今日も全国ベスト8と全国クラスで有名な高校の監督と面談していた。

 

「試合には出る、練習には出ねー。この条件でいいなら考えるぜ?」

 

 その監督を前に、青峰が提案したのは考えられないものだった。

 試合にだけは出る。だが仲間と交流する場所でもある練習には顔を出さないと言うのだ。

 監督はとても受け入れられるわけがなく机を叩き、声を荒げた。

 

「ば、馬鹿なことを言うな! そんなことを認められると思っているのか!? それでは他のチームメイトとどうやって折り合いをつけるつもりだ!?」

「知らねえよ。俺一人が出ればそれで十分だ」

 

 仲間と交流を深めるのが最前提と語る監督に、青峰はあくまでも自分の考えを貫き通す。

 青峰は仲間の力など必要としていなかった。

 協調もチームワークも自分にはいらない。馴れ合いなど望んでいないと。

 

「このような傲慢、許すわけにはいかん! 今回の話は無かったことにしてもらおう!」

「はいよー」

「……これにて失礼する!」

 

 監督は怒りをあらわにして扉を勢いよく閉ざした。

 優秀な選手であろうともチームの輪を乱すようならば受け入れられない。率いるものとして当然の反応だ。

 青峰もそれはわかっている。しかし、受け入れることが、できない。

 

 

――――

 

 

「またスカウトの話断ったって本当!?」

「うっせーな。耳元で喚くんじゃねーよ」

「だってもう何校断ったと思ってるの!?」

 

 その日の夜。

 自宅への帰り道、彼を諭すように声を荒げるのは青峰の幼なじみであり帝光のマネージャーでもあった桃井だ。

 すでに青峰が多くの勧誘を断っているということは彼女も知っている。

 悪くない話、それどころか恵まれている環境ばかりだったのに青峰は素直に首を縦に振らない。そんな彼を心配して今日も桃井は彼に話しかけた。

 

「練習してどうすんだよ? 練習して強くなって、また相手が諦めてる中戦えってのか?」

「ぁ……」

「……これ以上、バスケを嫌いになりたくはねーんだよ」

 

 練習に出ればまた強くなってしまう。

これ以上強くなってしまっては余計にライバルという存在はかけ離れてしまう。

だから、もう練習には出ない。

青峰の言葉を耳にして桃井もかつて全中で視た光景を思い出し、それ以上強く諭すことができなかった。

 

 

――――

 

 

 あれから数週間が経過した。

 この間にも青峰には全国のあらゆる強豪から声がかかったものの、青峰の傍若無人な性格を目にして受け入れる高校は現れていない。

 

「青峰君、高校どうするの?」

「ハッ。さあな。そろそろ話を聞いてくれるような高校が現れてもいいころだと思うんだけどな」

 

 心配そうな桃井とは対照的に、青峰は幾分か楽観的だ。

 そもそも青峰は条件さえ飲んでくれるならば他のことはあまり気にしていない。だからこうして話を待ち続けているのだろう。

 

「で、後はどこが残ってるんだ? さつき、覚えてるよな?」

「え? ……何を言ってるの?」

「あ?」

 

 首を傾げ聞き返す桃井。意味が通じていなかったのかと続けようとして先に桃井が口を開いた。

 

「もう、スカウトを受けた高校……全部と話し終わったよ?」

「えっ」

「えっ」

 

 まさか、と信じられずに戸惑いの声を上げると桃井も同じ反応が返ってきて。

 青峰はこういった日程や行事のことを覚えていない。当日ごとに確認し、桃井と連絡を取っていたため全体を把握していなかったのだ。

 こうして青峰が知らぬうちに、高校からのスカウトは終了する。

 




桐皇が青峰をスカウトしなかったらどうなったのだろうという考えから始まったこのお話。
実際、練習には出ないと公言する選手を取る指揮官がいるのかと聞かれると……


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第二話 進学先未定

 桐皇学園バスケ部。東京都に在籍する学校で実績はあまりないものの近年はスカウトの成功もあり、全国から有力な選手が集っている影で力をつけている。

 練習は実力に比例してハードなものであり、特に試合形式の練習は能力が高い選手が集まっているということもあってより激しくなっていた。

 五対五のミニゲーム。

 マークが厳しくオフェンス側がなかなか切り崩せない中、突破口を開いたのは赤髪長身の男。

 ハイポストでボールをもらうと小細工なしにぺネトレイト。

 ワンドリブルでマークマンを置き去りにすると、さらにヘルプに出たセンターの上からワンハンドダンクを決めた。

 

「なっ!?」

「マジかよ、若松のブロックをものともせず!」

 

 一年生ながらも正センターを務める若松でさえも、彼のシュートを止めることは叶わず。

 それほどこの選手は凄かった。

 中学生でありながらも練習に参加している彼は、オフェンスディフェンス問わずその能力を大いに発揮し、将来は先輩になるであろう選手達にその活躍を知らしめている。

 

「こんのぉっ!」

「よっし、火神ナイス!」

「うっす」

 

 若松からは厳しい視線を向けられ、味方からは頼もしげに歓迎され、長身の中学生――火神は素っ気無く返事をしてコートの端へと歩いていく。

 

「どや、うちの練習は?」

「……悪くはねえっすよ。先輩達もそれなりに強いみたいだし。それよりも……」

 

 タオルで汗を拭いていると、司令塔である今吉に声をかけられた。彼をこの桐皇へ紹介してくれた相手でもある。

 まだ距離感を計りかねているのか、無難に彼の質問に答え、さらに最も知りたかった話を続ける。

 

「キセキの世代とかいう連中は、本当にこれよりもずっと強いんだろうな? あ、じゃなくて、ですか?」

 

 慣れていないせいか、つい敬語を忘れてしまい言い直す。

 しかしそれを抜いても元からある体格と語気を強めた言い方で迫力のある問答には変わりなかった。

 

「心配せんでええで。少なくとも、五人とも今の君と同等、あるいはそれ以上の連中や」

「……そうかよ!」

 

 今吉が口角を上げると、火神も彼につられて笑みを深くした。

 好戦的な火神の性格を理解しているのだろう。今吉はあまり環境に馴染めない火神を彼の闘争心を刺激する事で練習に上手く対応させている。

 まだ見ぬ敵との戦いに燃えたのか、火神はタオルをマネージャーに預けると再び練習へ戻っていく。

 

「わかりやすいやつやな」

「あまり彼をからかってはいけませんよ」

「心配せんでも。仲良うやってきますわ」

 

 桐皇の指揮官、原澤監督に悟られると今吉は軽く肩を落とす。

 火神と仲良くするというよりはコントロールする、という響きにも聞こえる物言いだったが、原澤は深くは言及せずに話題を変えた。

 

「……帝光の黄瀬君は海常に決めたようです。これでキセキの世代は青峰君を除いて全員が進学先が決まりました」

「青峰君だけが?」

「ええ。私も声をかけようかと悩んでいた選手です」

「そんでワシが辞めさせた選手」

 

 青峰大輝。キセキの世代の中でもトップクラスの実力を誇る優秀な選手。

 かつて原澤がスカウトしようとして今吉に止められた選手であった。

 

「何せ火神君に声をかけた後やもんなぁ。同じ檻に好戦的な猛獣を二匹も入れたら周りがたまったもんやない。黄瀬君みたいにコントロールできそうな人ならともかく、火神君と青峰君をそろえたら、普段からぶつかり合ってお互い消耗してまう」

 

 かつてストリートコートで火神が一人、バスケに打ち込んでいたときの事を思い返す。

 性格が少し荒れ気味な火神。青峰も似たような性格であることはビデオからも確認できた。

 そんな二人を常に一緒にいさせては制御も簡単なものではない。

 そう今吉は原澤に進言して青峰へのスカウトを取りやめさせたのだ。

 

「それに、ああいうハングリー精神は時が来るまでは腹ペコになるまで飢えさせた方がええってもんや」

「……あなたは良い性格をしていますよ」

「褒め言葉と受け取っときます」

 

 そして、火神の強者への飢えをより強固にする為に。

 決戦の時まで餌はチラつかせるだけにして、最高のタイミングで一気に満たさせる。

 黒い笑みをにおわせる今吉に、原澤も少し抵抗感を覚えながらそう評した。

 将来、桐皇のエースとなるであろう火神の存在。

 早くも他のチームメイトに力を示す彼がキセキの世代に挑むのは、これから約一年後の話。

 

 

――――

 

 

「どうすればいんだよ、さつき!」

 

 そこにいたのは全国でも最強と歌われた選手ではなかった。

 気がついたら進路先を失った間抜けとも取れそうな学生しかいない。

 どうすればよいかもわからず、青峰は救いを求めた。

 「助けてももえもん!」と泣きながら桃井の胸部に抱きつき、怒りの鉄拳制裁を食らったのも今は懐かしい。

 彼の名誉のために補足しておくと、抱きついた場所は決して狙ったわけではなく、本能のままに従った結果だということをここに記しておく。

 

「どうすればって、だから早く話を受けていればよかったのに」

「今さら終わったことを言っても仕方ねえだろ! それよりこれからのことを考えろ! 早く!」

「何でそんな偉そうなの……」

 

 自分の失態であることは頭から放り投げ、桃井の考えを急かす。

 幼なじみという関係上、桃井も見捨てるというわけにもいかず必死に選択肢を思い浮かべた。

 

「……高校からのスカウトは無理。練習に参加するのももう期限が無理。となると残っているのは自己推薦によるスポーツ推薦くらい?」

「おっ。そんなのあんのか? ならそれでいこうぜ!」

 

 スポーツ推薦についてもいくつか種類がある。

 一つは青峰も受けていた高校からのスカウト。これは全国レベルの大会で活躍したものに高校の監督が認めてくれれば声をかけるというものだ。

 二つ目は夏休みのような長期休みに実際の高校の練習に参加するというもの。この練習期間中に監督の目に止まれば選んでくれる。

 最後に、自己推薦によるもの。高校からではなく、自ら高校にアピールするというものだ。

 一つ目、ならびに二つ目はすでに選択肢から消えている。

 ならば残っているのは三つ目のみ。

 青峰はまだ可能性が残っているという知らせを聞いて喜びの声を上げるが、ここで桃井の顔が暗くなる。

 

「多分、無理だと思う」

「あ? 何でだよ?」

「これには、学内選考っていうのがあるの」

「ああ。で?」

 

 だからどうした。と先を促す青峰。

 何も知らないというのは怖いと、桃井は深くため息をついて話を続けた。

 

「青峰君。今まで何校もスカウトの話をしてきたじゃない?」

「ああ」

「……ああいうのって、内容が中学校側にも連絡くるんだよ」

「へえ。それでそれが……あっ」

 

 ここまで説明を受けて、青峰はようやく桃井が言いたい事を理解した。

 試合の時以上の汗を浮かべ恐る恐る桃井の説明を待つ。

 大丈夫。まだ可能性はある。きっとまだ自分にも選択肢は残っているはずと。

 

「面接であんな態度を、しかも何十校と相手にやったら……まず学校が推薦してくれない」

 

 現実はそう甘くなかった。

 学校側も推薦として出す以上、問題のある生徒を推薦するわけにはいかない。

 さて、これまで多くのスカウトが来ておきながら、「練習には出ないが試合には出る」「仲間なんて知ったことではない」などと語り、話を無かったことにされた生徒はどうなるでしょうか?

 

「だから、これも無理」

 

 答え:学校側が推薦するはずがない。

 希望は死んだ。

 桃井の断言は死刑宣告に等しかった。ついに青峰の表情から笑みが消える。

 スポーツ推薦という選択が消えてしまった以上、彼に残されている道は唯一つ。

 

「……じゃあ、後は?」

 

 不安により震える声で青峰は桃井に問いかけた。

 どんな問題よりも難しく感じるその疑問に、桃井は――

 

「……一般入試?」

 

 諦めを含んでいるような笑みと共に、そう言った。

 一般入試、すなわち学力の真っ向勝負で高校受験を制する。

 多くの中学生が取るであろう道。

 しかし青峰にとっては最大級の難関といっても過言ではないほど難しいものだった。

 

 

――――

 

 

 問.青色リトマス紙を酸性の液体にひたすとどうなる?  A.溶ける。

 違う。そうじゃない。というか溶けない。

 

 問.ハプニングで周囲は「こんらん」に陥る。漢字で書け。 A.○乱。

 卑猥な言葉が書いてあったため伏字。むしろ何故こっちを書けた。

 

 問.on foot 日本語に訳せ。  A.フートの上

 もう少し読み取る努力をして欲しかった。

 

 問.一次方程式5x - 8= 3(x + 4) を解け。 A.0

 X=を書いてないし途中計算式も書いていない。多分山勘。

 

 問.将軍と主従関係にある武士を何というか A.部下

 だからそうじゃない。

 

 一通りの解答を目にして、桃井は頭を抱え始めた。

 

「…………青峰君。これ、本気でやった?」

「当たり前だろ」

 

 当たり前だろと真面目な顔で断言されるとかえって困ってしまう。

 いっそのこと「悪い、ちょっとした冗談だ」と返してほしかった。それならば怒鳴って反省させるという改善策が思い浮かぶのに。

 一度方針を考える前に知識確認として軽くミニテストをしようという話に至った。

 その結果は桃井の予想以上に酷かった。一体何を口にすればよいのかもわからないほどに。

 

「で、どうなんだよ? お前人の成長とか読み取るの得意だろ? 俺の勉強の方はどうだよ?」

「え、っと、ね?」

 

 確かに分析は得意なほうだ。

 だからこそ困っている。一つの、最悪の結論を思い浮かべてしまったから。

 桃井は必死に言葉を振り絞り、何とか策を搾り出す。

 そして……

 

「大ちゃん……ごめんね……」

「何で謝ったんださつき!?」

 

 桃井は寂しげにそう謝罪した。まるで道端に捨てられている子猫に向ける、家庭の事情から他の人に託すような悲しい瞳で。

 突如何故か昔の呼び名にまで返ってしまうあたりに切なさが強く感じられた。




火神の言い方ならば「弱くなっていない」状態。なので原作よりも強化されています。
ストリートでバスケをしているところを今吉が声をかけ、桐皇の練習に参加させ監督がそれを見てスカウトを決めた、という形です。


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第三話 光の行く先

「いーい? 絶対にいつもみたいな口調で話したり、生意気な事を言ったらダメなんだからね!」

「うっせーな。そんなに何度も言わなくてもわかってるっての!」

「だって青峰君今までの面接で散々酷い有様だったじゃない!」

 

 事実を指摘されると青峰は反論する気がなえてしまい、黙り込んだ。

 あの日、青峰が進路について諦めかけた後、桃井がお得意の情報収集と帝光バスケ部のつながりを使ってギリギリのところである高校の自己推薦枠を掴み取った。

 向こうの監督もキセキの世代という大きすぎる戦力を放っておくのはあまりにも勿体無いと判断したのだろう。二つ返事で応じてくれたらしい。

 ともあれどうにか高校進学の道が繋がったのだ。この手を無駄にするわけにはいかない。

 面接当日、服装を整えた青峰は桃井の声援(?)を背に、試験会場へと向かった。

 この日のために遊びも辞めて面接の練習に励んだ。バスケの実力はもはや誰も文句が言えないほどなのだ。つまりあとは面接さえ通ってしまえばよい。

 頼れるマネージャー、桃井の指導もあって準備は万全。

 

『中学の三年間はとても有意義なものでした。仲間と共に汗を流し、掴んだ栄光は今でも目に浮かびます』

『ハイ! 僕も先輩方に負けないよう、精一杯努力したいと思います!』

『チームのため、身を粉にしてバスケに励みます!』

『高校三年間、誠実にバスケと勉学に勤しむつもりです!』

 

 今一度、予想されるであろう質問に対する答えを再考する。

 よしバッチリだ。ところで身を粉にするってどういう意味だ。

 

「えー、では次。試験番号2番」

「お……はい!」

 

 危ない危ない。さっそくいつもの口調になりかけ、すかさず丁寧な言葉に直す。

 連れ添われて面接の部屋へと向かい、部屋の前に着くと誘導の人は下がっていった。

 この先に面接担当となるこの高校の監督がいる。

 下手な真似はできない。

 青峰は中学二年の全中にも似た緊張感を覚え、身体を沈めるように深呼吸。

 二度目に目を開けたとき、集中力に溢れた目に変わっていた。

 覚悟を決めて扉を三度ノックする。

 

「どーぞ」

「……失礼します」

 

 入出の許可を得て、青峰はゆっくり静かに扉を開けた。

 さあここから数分あるいはそれ以上の間失敗は許されない。

 絶対にこの試験で決めてみせろと自分を奮い立たせて青峰は監督の姿を見据えた。

「フハッ! なんだ、久しぶりだなぁ、あおみn」

 

 ポケ○ンのオタ○ロみたいな眉毛をした顔が見えた瞬間、青峰は扉を閉めて元来た道を振り返った。

 鍛えておいてよかった反射神経。おかげでクソな考えをするクソみたいなクソ野郎の顔をすぐにシャットアウトできた。

『おい! テメ、何勝手に帰ってんだ!』

『生意気なことしてんじゃねえぞ? 今の俺がどんな立場かわかってんのか?』

 何か後ろから耳障りな怒鳴り声が聞こえてきたが知ったことではない。

 青峰はそのまま一度も振り返る事無く帰路についた。

 

 

――――

 

 

 そしてその後、家に帰ってきた青峰を待っていたのは、幼馴染の怒声だった。

 

「何をやっているの! 青峰君!」

「だから耳元で喚くんじゃねーっての」

「花宮さんから連絡きたのよ! 面接もせずに帰ってくるなんてどういうこと!?」

「それはこっちの台詞だ。なんであんな野郎に試験の相手をしてもらわなきゃなんねーんだ」

「今年からあの人、霧崎第一の監督を勤めているの。面識もあるし、実力者を募っているって青峰君のことも評価していたのに」

「誰があんな野郎に従うってんだ。馬鹿にすんじゃねーよ」

 

 あんな野郎の下につくくらいなら舌噛んで死ぬ。

 かつて中学時代に一度だけ戦った時のことを思い出し、青峰は嫌悪感を隠す事もせず悪態をついた。

 花宮真。かつては帝光中と戦い、キセキの世代と互角以上に戦いぬいたことから『無冠の五将』とも謳われる実力者だが、あの緑間をもってして『反吐が出る選手』といわせるほど性格が悪い。青峰にとっては尚更語るまでもない。

 今年から霧崎第一の監督に着任したというが、どうせ碌な手を使っていないのだろう。

 そう判断して青峰は即座に先ほどの花宮の歪んだ笑みを記憶から消し去った。

 

「でも、どうするの? 霧崎第一だって自己推薦は監督に無理やりお願いして何とか通ったというのに。このままじゃあ、本当に……」

 

 桃井が悲しげに視線を下げる。

 釣られるように青峰も表情が暗くなった。

 この状況は非常にまずい。何がまずいかと言えば、このままでは高校進学さえ出来ぬまま春を迎えてしまうということだ。

 すでにあの黄瀬でさえも進路を決めたという。信じられない。

 このままでは「ちょっ。青峰っちまだ進路決めてなかったんスか。受験にも勝てないなんて。青峰っち、いつも口にしていたセリフ言ってみてくださいよ。俺に勝てるのは何でしたっけ?」とか笑われかねない。とりあえず黄瀬は後でシバこう。絶対に。

 

「さつき。何か、俺でも受かりそうな高校ないのかよ?」

「…………私の情報収集能力でもね、難しいことってあるんだよ」

 

 つまり、ないということなのだろう。

 それくらいは周囲から馬鹿だと認識されている青峰でも理解できた。

 だが勉学を今から身につけようにも無理があるということはすでにわかりきっている事。

 ならばどうすればよいのかと青峰は髪をかき上げて思考を集中させた。

 

「どこの強豪校も有る程度は学力も必要としてくるからねー。実績のある高校とかは余計に性格とかも重視しているだろうし」

「あー。やっぱりそうかよ。……ん? ちょっと待てさつき」

 

 納得しかけて、桃井が聞き逃してはいけない事を呟いていたことに気づき、青峰は問い返す。

 

「なに?」

「お前、ひょっとして俺の志望校、強豪校からしか探してねえのか?」

「そうだけど?」

 

 『それがどうしたの』と桃井は首をかしげてみせる。

 きっとそこらの男ならば惹かれる仕草なのだろう。だが見慣れた青峰にとっては怒りを助長させるものにしか考えられず、突然立ち上がって桃井を怒鳴りつけた。

 

「何でだよ!? もうこんなことになったらそんな事気にしてられねえってことくらいわかるだろうが!」

「ええっ!? だって青峰君、今まで強豪校にしか行かないみたいな感じだったし、それに弱いところに行ったら絶対『つまんねえ。所詮この程度かよ』とか言うと思ったし」

「それはそれ、これはこれだ」

「何なのこの身勝手さは……」

 

 納得いかない様子の桃井を無理やり黙らせる。

 事実、もはや入学してからのことは未来の自分に任せるしかない。きっと上手くやってくれるだろう。

 入学してしまえばこっちのもの。とにかく今は入学することが最優先だと、青峰は桃井を説得して再び進学校の模索を依頼する。

 渋々と桃井は資料を探しなおし、十分ほどしてある高校の名前を目にしたところで彼女の指は止まった。

 

「……ここ、なら行けるかな。東京都内だから交通の便もよさそうだし」

「お、都内とか滅茶苦茶いいじゃねえか。ちなみにバスケの方は?」

「やっぱりバスケ部の実績の方も気にするんじゃない」

「いいからいいから」

「え、っと、去年設立されたばかりなんだけど、新入生だけで編成されたチームで都予選決勝リーグにまで出場。つまりIH出場目前まで勝ち進んでいるみたい」

「……へえ。結構やるみたいじゃねえか」

 

 全国出場まではいけなくとも、その目前にまでたどり着いたとなれば相当なものだ。

 しかもわずか一年で、新入生だけの若いチームともなれば尚更だ。おそらくはその原動力となった有力な選手が一人や二人いるのだろう。

 青峰の口角が自然と上がる。

 学力で進学できそうで、しかもバスケ部もそれなりの実力を有する。

 これ以上恵まれた選択もそうないだろう。

 断る理由も特になく、青峰はここに来てようやく自分の進学先を決めようとしていた。

 

「いいぜ。何の文句もねえ。進学できるってんならそこにするわ」

「……一応、勉強はしてもらうからね!」

「あー、あいよ。で、さつき。その高校はなんて所なんだ?」

「え? えっと」

 

 釘を刺された青峰はその矛先を変えるように疑問を投げかける。

 桃井はもう一度その高校の名を見たとき、何故か既視感を抱きつつも青峰の問いに答えた。

 

「――誠凛高校、だって」



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第四話 影との再会

 進学先を誠凛高校と定めた後の行動は早かった。

 速やかに桃井は持ち前の情報収集能力を活かして昨年度の過去問題を入手、同じ私立高校の過去問などとも照らし合わせて、問われるであろう知識を纏め上げる。

 その後、青峰はその問題と答えを丸暗記するという荒業に出た。

 今から全ての範囲を網羅することは不可能。ならばピンポイントで答えの方を暗記する。

 普通ならば不可能な裏技であろうが桃井の未来予測は伊達ではない。

 青峰も無理やり語呂合わせや単語のキーワードから答えを結びつけるなどの知恵を働かせて次々と知識を増やしていく。

 誠凛高校も設立から二年目を迎えるばかりの新設校。そう深く応用を試されることはないはず。ゆえに基礎をキッチリ抑えることが重要だという桃井の考えは功を制し、難易度がそう高くないことが相まって青峰はどうにか合格ギリギリのラインまで点数を伸ばすことに成功した。

 そして、運命の入学試験当日――。

 

「俺ならできる俺ならできる俺ならできる俺ならできる」

 

 試験会場へ向かう途中、必死に自分に言い聞かせている青峰の姿があった。

 結局、暗記科目はそれなりに身につけたもののそれ以外の領域は伸び悩んでいた。

 桃井の予測によると青峰が合格する確立は60%。つまり半分には達しているものの楽観視はできないような状態にあった。

 

「俺だって最近は勉強していたわけだし? いけるいける」

 

 なお、どうせスポーツ推薦で行けると思っていたので引退して数ヶ月が経つまでまともに勉強はしていなかった模様。

 このような限界の勝負、青峰はそう経験した事がなかった。特に最近は自分が負けることなどありえない場面が多かった。それが、当日になっても全く改善されていない状況に置かれて、青峰は表情に出さないが内心は非情に追い詰められている。

 

「青峰君、大丈夫だから落ち着いてね? 昨日までと同じ調子で挑めばきっと大丈夫だから」

「あ? 何言ってんだよさつき。落ち着いてるし。試合と同じくらい落ち着いてる」

「……つまり、全然落ち着いてないってことだよね」

 

 彼の横には連れ添うように桃井が並行して歩いている。彼女も青峰と同じ誠凛高校を受験する。幼馴染のことは見捨てられなかったそうだ。

 試合中の青峰の姿は彼女が誰よりも目にしている。熱中しすぎると周りが見えなくなることが多く、最近は逆に冷めすぎてやる気を失うことが多い。

 つまり試合と同じくらいということは相当なピンチなのである。

 

「深く考えないこと。他の人も緊張しているのは同じ事だから」

「だから落ち着いてるよ。問題はねえ。……ここまで来たらやってやる」

 

 一つ間を置いて息を整えると、青峰の顔が真剣なものにかわる。

 桃井が彼の変化に気がつくと青峰はさらに話を続けた。

 

「俺に勝てるのは俺だけだ」

 

 さすが、この数ヶ月だけでも多くの高校に挑む事さえなく諦めた男は言う事が違う。『絶対に負けない方法は勝てない相手に挑まない事』だと身をもって示しているようだ。

 嘘みたいだろ。こいつ、バスケ界では最強と言われている名選手なんだぜ。

 全く同じ台詞でも、一年前相棒に告げたものとは全く重みが異なっている。同じなのは悲壮感のみであった。ベクトルは全く正反対だが。

 

「……まあ、それでいいというのなら私は何も注意しないけど。じゃあ一応私からこれを渡しておくね」

「は? 何だよ? これは、鉛筆?」

 

 苦笑いを浮べた桃井が取り出したのは一本の鉛筆だった。湯島天神と掘り込まれ、さらに一から始まる数字が刻まれている高価そうな鉛筆である。

 

「前にミドリンからもらったミドリン特製コロコロ鉛筆! これを転がせば答えは必中だって」

「いるか!」

「ダーメ! いざってときはこれを使って。絶対に役立つから!」

 

 あんなやつの力を借りたくないと文句を言いながら鉛筆を返そうとする青峰に、桃井は強引に押し付ける。

 一発勝負である以上、少しでも試験合格に近づくなら使わない手はない。

 結局青峰は桃井に押し切られる形で緑間特製のコロコロ鉛筆を手にし、試験に向かうこととなった。

 

 

――――

 

 

(二次方程式なんて絶対将来使わねえだろ! テメェら普段はニュースとかで散々二次元のことバカにしてんだからそんなの入試で聞いてくるんじゃねえよ!)

(バスケの試合の勝敗数とか最初から覚えてろや! 左上のチームが全勝に決まってんだろ! むしろ勝て! 勝ってないと俺が許さねえ!)

 

 問題に対して理不尽な文句をぶつけている青峰。

 やはり暗記が使えない頭を使う場面で頭を悩ませていた。

 だが配点が大きい以上、この問題を捨てるわけにもいかない。少しでも何か手がかりを掴もうと奮起するが、時間ばかりが刻々と過ぎていく。

 

『ダーメ! いざってときはこれを使って。絶対に役立つから!』

(…………本当に役立つのかこれ?)

 

 頭を搔いていると、先ほどの桃井との会話が脳裏をよぎる。

 視線を緑間特製コロコロ鉛筆へと向ける。

 緑間の力を借りるというのは屈辱だ。だがここで試験に落ちるという屈辱と比べれば、どちらがより惨めなものか。

 比べる事時間にして5秒。

 苦悩の末、青峰は前者を選ぶ。半信半疑ながらコロコロ鉛筆をそっと転がし始めた。

 

(緑間やさつきが普段これを使って成績がいいんだ! だったら俺がやって何が悪い!)

 

 自分を正当化している青峰。

 しかし普段彼らは使っていないということは彼が知る由もないもの。

 そしてもう一つ、彼は知ることはできないことだが、緑間特製コロコロ鉛筆を使って導き出した十問近くの答え全てが正解であったという。

 

 

――――

 

 

「ねえ、青峰君。試験中コロコロって鉛筆を転がしている音が聞こえたけど……」

「……うるせえ。お前が使えっていったんだろ」

 

 試験が全て終了。

桃井が問いかけると、青峰は開き直って毒を吐いた。

果たして大丈夫だろうか。いや、あの鉛筆ならあるいは正答率が本当に上がるかもしれない。

 半信半疑の様子で桃井が返答に困っていると、様子を察した青峰が小さく息を零した。

 

「まあやれることはやった。意外と覚えていることも多かったぜ」

「そう? ならいいけど」

「おう。むしろお前の方こそ大丈夫なのかよ?」

「馬鹿にしないで。青峰君に心配されるような頭脳はしてないから!」

「ヘイヘイ。ま、これでようやく勉強からは解放だ。まーたしばらくはバスケの生活に……っと」

 

 会話に夢中になったせいか、反対方向から廊下を歩いてくる一人の学生と肩をぶつけてしまう。

 

「ワリ」

「いえ、こちらこそ」

「……って、あれ?」

 

 一言謝罪して、相手からも声をかけられたが、横を見るとすでにぶつかった相手はいない。

 走り去った後? 否。ぶつかった衝撃はとても弱く走っていた様子はない。

 ではどこに行ったのかとそう考えたところで青峰は以前にも全く同じ経験をした出来事を思い出す。

 バッと勢いよく振り返る。

 突然の事に桃井が戸惑うが青峰に彼女を気にする余裕はない。

 彼の視界がようやく目標の背中を捉えた。中学時代に何度も目にした背中。薄い水色の髪をした、希薄な存在。

 

「……テツ」

「えっ」

「え?」

 

 意図せず口から零れたのは自分だけが持つ相棒の呼び名だ。

 それを耳にして桃井も釣られて後ろを振り返り、視線の先の男子生徒もこちらへ振り返る。

 

「青峰、君?」

 

 呆然としながらも紡がれた言葉は、彼がかつての相棒・黒子テツヤであるということの証明であった。

 

「やっぱりテツじゃねえか。お前、今日はどうしてこんなところに――」

「キャー! テツ君! 本当にテツ君だ!!」

「……おい、さつき」

「痛いです。桃井さん」

「こうして会うのも久しぶりだね! 何ヶ月ぶり? 会いたかったよー!」

 

 複雑な再会であったはずの雰囲気は、桃井が黒子に抱きついたことで消滅する。

 呆れる青峰と痛みを訴える黒子を他所に、桃井は渾身の力を腕に込めた。

 おそらく黒子の腕力では振りほどくことは不可能なのだろう。青峰に助けて欲しいと視線を向ける。

 

「……まあ、こんなところで話もあれだ。どっか場所を移そうぜ」

 

 ため息を零した後、桃井を強引に引き剥がす青峰。

 こうしてかつての光と影は再会を果たしたのだった。

 

 

――――

 

 

「まさか、お前も誠凛高校を受験するとはな。思ってもみなかったぜ」

 

 近くのファミレスに入り、飲み物を口に運びながら三人は久々となる会話を交わしている。現在黒子の横に桃井が座り、反対側に青峰が座っている状態だ。

 驚いたことに黒子も誠凛高校を受験したという。

 会場で再会したのは偶然であろうが志望校まで重なるとは信じられない。

 

「僕も全く予想していませんでした。まさか……」

 

 黒子も心境は同じなのだろう。深く頷いて話を続ける。

 

「青峰君が一般入試を受けるだなんて思ってもみませんでした」

「本当だよねー? 色々大変だったんだよ!」

「その話は散々嫌な目に会ったから止めろ。俺だって好き好んで選んだわけじゃねえ」

 

 訂正。どうやら相棒にとっては青峰が学力で高校入試に挑むことが予想外だったらしい。いや、あるいは青峰でも入れる高校があったということに対する驚愕か。

 

「……バスケ、高校でも続けんのかよ?」

「ッ! 大ちゃん!」

 

 咳払いをして空気を変えると、青峰は真剣な表情で黒子に問いかける。

 今それを聞くのかと、桃井は呼び方も忘れて青峰を怒鳴りつけるが青峰の視線は鋭いままだ。

 あの日、最後の全中の後黒子は姿を消した。桃井が会いにいっても顔を見せてくれないほどで、彼の様子を知るものはいなかった。

 それほど黒子にとってはバスケが嫌になるような出来事だったのだろう。

 だからこそ高校でもバスケをするつもりなのか。他意はなく、純粋な疑問から来る質問。

 問いかけを投げられた黒子は答えを悩んでいるのか視線を落とし、場には沈黙が流れた。

 

「……まあ、別に入学してからでもいいけどよ」

「続けます」

「あ?」

 

 時期尚早だったと青峰が話題を逸らそうとすると、俯いている黒子から返答があった。

 

「バスケは続けます。僕にも新たな目標ができましたから」

 

 今度は再び視線を上げ、青峰と視線をぶつけて口にする。

 見ると表情も元に戻っていて、黒子があの出来事から立ち直っているということを表していた。

 

「テツ君……」

「……ハッ。そうかよ」

「え? どこ行くの?」

「帰る」

「ちょっ、もう!?」

 

 納得の笑みを浮べた後、青峰は席を立ち上がる。

 桃井が静止を呼びかけるが背を向けたまま視線だけを黒子達へと向ける。

 

「どうせ高校も同じだってんなら後でいくらでも話せんだろ。それに立ち直ったとしても、完全に割り切れてるかどうかはわかんねーからな」

 

 青峰なりの気配りだった。彼は黒子が消えた時には気にする素振りを見せなかったものの、何も思わなかったわけではない。原因をわかっているからこそ深く関わろうともしなかった。

 だから、まだしばらくは時間を置こうと。青峰は再び歩を進める。

 

「青峰君。……待ってください!」

「何だよ?」

 

 これ以上用は無いのだと立ち去ろうとする青峰を、黒子が呼び止める。

 

「支払いを忘れています」

「……これくらいいいだろ!」

「駄目です。キッチリお金は置いていってください。あ、桃井さんは僕が奢りますので大丈夫ですよ」

「何でだテツ!? おい、テメ!」

「キャー! テツ君優しい!」

 

 さすがは紳士黒子。青峰には厳しく、桃井には優しく接する。まさに女尊男卑。

 ひょっとしてやはりまだ気にしているのではないかと青峰は考えざるをえなかった。

 結局お金はしっかり置いて帰った。

 



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第五話 帝光の三人

「どうかな? 高校でラグビー初めてみない!?」

「将棋面白いよー!」

「王道の野球! 仲間も多い!」

「水泳部に入る気ないか? 気持ちいいよ!」

 

 4月。

 入学式を終えた誠凛高校では新入生への部活動勧誘が活発化していた。

 誠凛高校は創立二年目。当然部活動も昨年から活動したばかりという事もあり、どこの部活動も積極的に一年生に声をかけていた。

 対する一年生は先輩相手にそう強気にでる事も出来ず、人の波の圧力に勝つことも出来ず、中々先へと進めない。

 

「——どけ」

 

 ただ一人、我が道を行く青峰(天才)を除いては。

 幼馴染やかつての相棒と共に、無事に誠凛高校への合格を決めていた青峰。やはり緑間の特性アイテムの効果は偉大であった。

 青峰はあらゆる声に耳を貸すことなく、殺伐とした雰囲気を周囲にまき散らして歩みを進める。

 彼の目的はバスケ部ただ一つ。それ以外は知らぬと歩き続けた。

 

「ちょっと、青峰君! ごめんなさい。彼、入学したばかりで気が立っているんです!」

 

 そして彼の幼馴染である桃井も先輩達にサポートを入れながら彼の後を追う。

 彼女もバスケ部のマネージャーに入るという選択肢以外は考慮していない。その為あらゆる誘いを丁寧に断りながら、バスケ部のブースを探していた。

 

「さつき。まだバスケ部のブースには着かねえのかよ?」

「そう言ってもバスケ部は奥のスペースに設置されているんだよ。そうすぐには見えないって」

 

 舌打ちして露骨に不機嫌な表情を浮かべる青峰に、桃井は案内図を見ながら冷静に諭した。

 二人が目指すバスケ部は数ある部活動のブースの中でも正門からかけ離れた場所にある。混雑しているこの状況では都合よくいかないだろうと考えるのが当然だ。

 

「——あれ? ねえ青峰君、あの人たちじゃない?」

 

 だが、青峰の祈りが通じたのか桃井がチラシを配る四人の男子生徒の姿を捉えた。

 この四人は皆桃井が調べたデータにまとまっていた選手、すなわち誠凛のバスケ部員だ。おそらくブースから離れた位置で声掛けを行っている最中なのだろう。

 

「あいつらがそうか。なら丁度いい」

 

 「探す手間が省けた」と青峰は笑みを浮かべてその集団に近づいていく。

 

「よう。あんたらバスケ部員だよな?」

「ん? そうだよ。ひょっとして君バスケ部希望かな——って!」

 

 青峰はそのうちの一人、猫のような雰囲気の男子生徒、小金井に接触を図る。

 確信を持った問いかけ。これはひょっとして熱心なバスケ部希望者かと小金井は目を光らせ、そして振り返って青峰の姿を見た瞬間表情が強張った。

 

(で、デカい! 何こいつ! てか怖っ!)

 

 青峰、身長192㎝。小金井、身長170㎝。

 20センチ以上の身長差+不機嫌な青峰の雰囲気という最悪の方程式は、小金井に恐怖を生み出すには十分だった。

 黒豹と遭遇した猫のごとく露骨に体が震える。助けてくれ、と後ろの同僚たちに視線を送った。

 

「……君、ひょっとして青峰大輝か!? 帝光のキセキの世代の!?」

「えっ!? キセキの世代!? 嘘、何で!?」

「おう。知ってるやつがいたのか。だったら話が早ぇな」

 

 すると伊月が青峰の経歴を察して声を荒げる。

 全国に名を知らしめた最強選手だ。知っているものがいるのはむしろ当然の事。

 伊月だけではなく、彼の説明を耳にした小金井、他の二年生も驚きを隠せなかった。

 予想以上の戸惑いと歓喜が入り混じった叫びが青峰の機嫌を回復させる。

 

「キセキの世代って全国三連覇したって天才だろ!? 皆強豪校に推薦進学したんじゃなかったのか!?」

 

 グサリ、と青峰の心を突き刺す発言をしたのは土田。

 まさか「推薦は取り消されました」などと本当の事を即答できず、青峰の表情が凍る。

 

「青峰君歩くの速いって! あっ、すみません。バスケ部の先輩方ですか? 私もマネージャー希望で、入部届を出したいので案内してもらえませんか?」

 

 そんな雰囲気に桃井が割って入る。

 流れが一変し、新たに話の輪の中に入ってきた桃井の姿に、再び小金井達は驚愕を露わにした。

 

(で、デカい! しかも可愛い! マネージャー希望!? やった! 勝った!)

 

 彼らを率いる監督との大きすぎる胸囲の格差を感じ取ったのだ。

 桃井の完璧なプロポーションと美貌は一瞬で四人を魅了した。

 しかもマネージャー希望。これは今まで問題であった料理問題も一掃されたと、何も知らない哀れな男達が心の中で勝利宣言を行った。

 

「お、オッケーオッケー。二人ともバスケ部希望ね? 大歓迎だよ! 俺が案内するからついてきて!」

 

 こんな大型新人たちを逃がす手はない。

 小金井は調子を良くしてバスケ部のブースへと足先を向ける。

 歩くこと一分程。すぐに彼らの目的地までたどり着いた。

 

「日向―! カントクー! 新入生連れてきたよー! しかも二人も!」

「ん? コガか。よくやった。二人って後ろの生徒——はっ!?」

「おかえり小金井君。お疲れ様ね。……って、え!?」

 

 ブースでは主将の日向、監督のリコが待ち構えていた。

 勧誘に成功した小金井を労って一年生の姿を目にし、そして二人も仲間達と同様の反応を示す。

 

「キセキの世代!? なんで誠凛に!?」

「青峰大輝。……君? キセキの世代って強豪校に進学したって聞いてたのに!」

 

 えっ。このやり取りはこれから先もずっと続くの?

 今度からうまい答えを考えておこうと青峰は決心する。

 とりあえずその問題は後回しにして青峰は二人の様子を観察した。

 先の四人は体も出来上がっておらず、あまり強さを感じ取れなかった。ならば主将とマネージャーと思われるこの女生徒はどうなのかと探る。

 まず主将、日向の方は及第点に到達するか、しないかという採点だった。体つきは決して良くないが雰囲気は悪くない。語気も強く確かに先に会ったメンバーと比較すれば主将に選ばれるのも当然と思われた。

 次いでリコ。先ほど『カントク』と呼ばれていたが、まさか監督なのだろうかと半ば疑惑を抱きながら、青峰はいつも通りまずは顔の少し下へと視線を向ける。

 

「ハッ!」

 

 そしてつい反応を声に出してしまった。

 青峰は女性と会った時につい胸元を見てしまう癖がある。加えて幼馴染の姿を見慣れていたせいなのかもしれない。

 「おっと。いけね」と口を手で押さえるが、あまりにも遅すぎた。

 

「おい。今私のどこを見て鼻で笑った?」

「カントク、落ち着け!」

「女性の魅力は胸だけじゃないって!」

「やっぱり胸か! そうなのか!」

 

 今にも殴りかかりそうなリコを日向と小金井が必死で止める。

 しかし、その胸に魅了された男が誤って怒りを刺激してしまい、彼女の怒りは増幅するばかり。

 

「何笑ってるの青峰君。失礼でしょ!」

「イテッ!」

 

 そんな雰囲気を一蹴したのはやはり桃井だった。

 青峰の後頭部を後ろから付き、自省を促す。

 

「すみません。入部届二人お願いします」

 

 笑みを浮かべての依頼に、日向も思わず「いいなぁ」と我を忘れた。怒りの矛先が変わっただけだった。

 

 

————

 

 

「……と、知ってると思うけどうちは去年できたばかりの新設校なの。選手層も薄いから、青峰君ほどの選手ならきっとすぐにレギュラーを取れると思うわ」

「当たり前だ。俺を倒せるような奴がそう簡単にいるかよ」

「なっ!」

「青峰君!」

「フン」

 

 リコから一通りの説明を受けた青峰は先輩への敬意のかけらも見せず、普段の調子で受け答えをしていた。後輩らしからぬ態度に日向とリコが怒りを覚えると、その怒りが発散される前に桃井が注意を入れる。

 おかげでその場での私闘は避けられたが、関係は決して良いものとは言えなかった。

 

「とにかく紙をくれよ。それ書いたら今日は帰る」

「私の分もお願いします」

 

 説明が終わると手短に要件を済ませようと入部届を受け取った。

 その内容を書き込みながら、青峰はふと思い出したように「ああ、そうだ」と呟いた。

 

「今日、テツは——ああ。黒子はもう入部届をだしたか?」

「え?」

「黒子?」

「黒子テツヤだ」

「私たちと同じバスケ部希望者のはずなんですけど、まだ来ていませんか?」

 

 聞き覚えがない名前に首をかしげる二人。青峰の説明を引き継いだ桃井に問われ、リコが「ちょっと待って」と集めた入部届の中を探していく。

 

「うーん。そういう名前の子はまだ来てないみたいだけど」

「……そうか。よし、終わったぜ」

「私も。これお願いします」

「おう。確かに預かった。それでその黒子ってやつは一年生なんだよな? 知り合いか?」

 

 まだ黒子が入部届を出していないと知り、青峰は退屈気に記入を終えて紙を日向に手渡した。桃井も彼に続いて入部届を提出する。

 二枚の届を集め終えて青峰たちが帰ろうとする中、日向は青峰が気に掛ける男の事が気になって二人に質問を投げ返した。

 

「あれ。二人とも、なんか一枚入部届集め忘れてない?」

「あ?」

「あら。本当だ。——えっ?」

 

 青峰たちが立ち上がった瞬間、青峰の体の陰に隠れていた記入済みの入部届が小金井の目に映る。

 その入部届には「黒子テツヤ」という名前が記入されていた。

 

「ああ。知り合いだよ」

 

 そして青峰が背中越しに無感情に言い放つ。

 

「だって、私たちのチームメイトだった人ですから!」

 

 そして桃井が面と向かって嬉しそうに告げる。

 

「幻の六人目だ」

「幻の六人目です」

 

 黒子テツヤの記入欄には『帝光バスケ部出身』と書かれていた。



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