にんぎょひめはおぼれない (葱定)
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な~む~(-人-)
1/21 誤字、表現等一部修正



 ナザリック地下大墳墓の九階層にある、至高の方と呼ばれる者の私室の一つ。ねねこと名を与えられたNPCは、寝床にと誂えられた手編み調の籠の中で身体を丸めていた。ねねこは一日のほぼ大半を此処でこうして過ごす。

 彼は自分の役割が守人であると自覚していた。また自らが存在し続ける限り、彼の主たる至高の存在を悼み続けるのだ。それは彼が自分へ課した役割であり、己の存在理由を喪った時に自らそうであると誓った為でもある。

 しかしその静寂は、鳥篭に響いたまるで人が倒れるような音によって破られたのである。

 

 この部屋へと立ち入る者は、この部屋の主も含めて既にない。主への祈りを捧げる己を妨げる者は誰だ。ねねこは不信を隠さず耳をぴくぴく動かしながら、片目を薄く開いて音のした方へと目を向ける。

 そして次の瞬間、ねねこは目を見開いた。彼の視線の先にあったのは、床に俯せに身を投げ出し、腹部辺りから血を流した彼の主たる存在がいたからである。

 

 一瞬停止しかけたねねこの思考は、次の瞬間には高速で回り始める。

 一体何が起きたのか。主の状況はどうであるか。自分に癒せる程度の傷であるのか──じわじわと広がる血溜りに、ねねこは全力を持って部屋を飛び出した。

 彼の使える治癒魔法はあくまでも簡単なもので、意識を失くすような状態を回復させるのは難しいとの判断である。

 ねねこが目指したのは、ナザリックの誇るメイド長たるペストーニャ・ワンコの下だった。

 

「ペストーニャ殿! ご主人を、ことり様を、どうかお助け下さい!」

 

 毛色と同色の翼を羽ばたかせて弾丸の如く翔んできた翼猫の台詞に、メイドたちは蜂の巣をひっくり返したような騒ぎに陥った。

 喪われた至高の一人の帰還に、そしてその現状に、如何に対応をするかというものである。

 

 そしてこの騒ぎは直ぐ様、ギルド長たるモモンガの耳へと届く事となる。

 

 リアルでの名を小鳥遊妃朔(たかなしひのり)、プレイヤーネーム「ことり」。

 現実世界で命を落とした筈の、至高の存在がナザリックへと帰還を果たした、記念すべき瞬間であった。

 

 

 

 

 

 モモンガの下に一般メイドの一人が駆け込んで来たのは、アルベドに階層守護者たちを集めるよう命じた直ぐ後の事だった。

 

「御前に失礼致します。早急にご報告申し上げたい事がございます! お叱りは後に承けますので、不躾をどうかお許し下さい」

 

 息を切らせて一息に告げたメイドに、口を開きかけたアルベドも口を噤んだ。

 メイドの罰をも辞さぬ覚悟と剣幕に、相応の事態を悟った為である。

 アルベドは黙ったままモモンガを伺い、指示を待つ。そんなアルベドの視線を受けて、モモンガもまた首肯いて見せた。

 

「火急の用件という事ね。言ってご覧なさい」

 

 それを受けたアルベドが用件を促せば、メイドは上がった息を少しばかり整えるように、ひとつ深く息を吐いて声を張り上げる。

 

「申し上げます! 至高のお方が一人、ことり様がご帰還なさいました!」

 

「……なんだと!?」

 

 メイドの言葉に、思わずモモンガは玉座から腰を浮かせた。同時に驚愕の感情が精神の鎮静化によって鎮まるのを感じとる。

 

 帰還を告げられた相手であることりが、もう何年も前にリアルで命を落とした事をモモンガも知っていた為である。

 

「ただ、ご帰還に際して深く傷を負っていらっしゃるようで……ご自身のお部屋にて、ペストーニャ様が回復魔法を掛けていらっしゃいます」

 

「ことりさんは無事なのか!? …………いや、ペストーニャが治療に当たっているのなら最善であるのだろうな」

 

 言い難そうにしながらも報告したメイドは、自分の事のように心痛な表情をしていた。それを見たモモンガも再度再燃するが、蛍色の燐光を放ち冷静になる。

 ナザリックに於ける治療役であるらしい。ペストーニャという名前も聞き覚えがある気がする。そんな回復役が太刀打ち出来ないのであれば、何か方法を考えなければならないだろう。

 

「アルベドよ。守護者たちを集めるのは二時間後とする。良いな」

 

「はっ!」

 

 モモンガの言葉にアルベドは声を上げ、頭を垂れる。その同意を受けたモモンガは、直ぐ様玉座の間を後にした。そして急ぎ告げられたことりの部屋へと向かったのである。

 

 ことりは嘗てアインズ・ウール・ゴウンでもかなり知名度のあったプレイヤーであり、そして一番最初にアインズ・ウール・ゴウンを去ったプレイヤーでもあった。

 尤もアインズ・ウール・ゴウンのメンバーにことりを責める者はいなかったし、悲しくはあったがモモンガも彼女との別れは受け入れていたのだ。

 彼女の訃報を知ったのは、一重に彼女のリアルが余りにも有名であった為である。

 

 そんな突然の離別を経た相手に、再び見える事になるなど一体誰が予想しえただろうか。

 その人は本当にことりなのかという不安と、一縷の希望を抱いて、モモンガはことりの部屋の扉へと手を掛ける。

 異性の友人の部屋へと無断で入るなど、普段なら考えもしなかっただろう。だが、この緊急事態である。モモンガは一息にドアを開き、中へと身を滑り込ませた。

 

 そこで見たものは、ペストーニャに抱えられて床に身を横たえる、血の気の失せた一羽の海妖婦(セイレーン)だった。

 また明日、そう言ってログアウトしていった何時かのアバターのままで、ことりが確かにそこに存在していたのである。

 

「! モモンガ様!」

 

「構わない、ペストーニャ。ことりさんの容態はどういった状況だ?」

 

 こちらに気付いたペストーニャが姿勢を改めようとするのを片手で制し、モモンガはことりの顔を骨の白い指先で触れた。

 青を通り越して最早白いその肌は、青白い色に相応しい程に冷えきっていた。辛うじて上下する胸が、彼女が未だ生きているという事を伝えてくる。

 

「多量の出血で体温の低下と体力の減少が起きていると予想されるのですが、傷自体が見当たりません。回復魔法で体力の回復を続けておりますが、体力の減少が治まらない状況です。それ以外のステータス異常はなく、原因は不明のままです。幸いと言えるのは出血自体は現在治まっている事でしょうか」

 

 回復魔法をかけ続けながら答えたペストーニャが、定められた語尾を出せない程に切羽詰まった状況のようである。

 

「何らかの状態異常を受けていると、そう言う事か?」

 

「状態異常回復の魔法が効かなかったので、ただの状態異常ではないかもしれません。それから、意識が一向に回復しないのです」

 

「そうか……ことりさんは私が支えよう。ペストーニャは魔法に専念してくれ」

 

 回復魔法をかけ続けているペストーニャから消耗を感じ取り、彼女の腕からことりを抱き上げる。同時に何故ペストーニャが抱えていたのかをモモンガも悟った。

 背中の翼が邪魔をして、仰向けに寝かせる事が出来ないのだ。傷が見当たらないと言っていたが、腹部には出血の形跡があり俯せにするのは憚られる。

 意識のない体は弛緩しきっており、常より重く感じるものだ。だが今はその重たさが不安を煽ってくる。

 このまま目覚めないのではないか。そんな疑念を抱いたところで、ペストーニャの脇に座っていた翼の生えたぶち猫が鳴いた。

 

「ギルドマスター殿、どうかご主人を呼んでくださいニャ。今、ご主人は自分が死んだと認識している状態なのですニャ。だから目も覚めんのですニャ……ボクでもペストーニャ殿でも無理でしたが、ギルドマスター殿のお声ならご主人にも届きましょうニャ」

 

「お前は確か……」

 

「ねねこと申しますニャ」

 

 小さな頭を軽く下げ、簡単にねねこは挨拶をする。

 

「ことりさんを呼ぶというのは、何か確証でもある事なのか?」

 

「確証はないですが、勝算はありますニャ」

 

 確証がないと言う割に、ねねこは自信を持って断言した。他に手立てもなく、真摯な言葉に後押しされてモモンガはことりを呼び始めた。

 

「ことりさん! ことりさん!」

 

 ねねこの言葉に従って、ひたすらに声を張り上げる。今になって彼女の名前をこんなに必死に呼ぶことになるなんて思いもしなかった。

 そも、誰かの名前をこんなに必死に呼んだ事があっただろうか?

 そんな事を考え始めた所で、漸く変化が訪れた。

 

 

 

 

 

 自分の名前を呼ぶ声に、ことりの意識は深い場所から浮上する。

 ぼんやりと覚醒していく意識で、ことりはこれが夢であるのだと思う。ことりは自分の死に様を覚えていたし、何より自らあの汚泥のような水に身を踊らせたのだ。

 余程の悪運が重なっても、自分は生きてはいないだろう。

 

 懐かしい呼び声に重い目蓋を持ち上げれば、そこには心残りであった骸骨を神器級(ゴッズ)アイテムで固めた姿の、愛しい人のアバターが己の名を呼んでいるではないか。

 これが死後か、はたまた今際の際に見た夢か。それは己には分からない。

 けれど、自身の入り浸ったDMMORPGの中にいるのだというのだから、なんと幸せな夢なのだろうか。

 きっと自分の心残りが見せた幻なのだと、そう確信してことりは彼の名前を呼んだ。

 

「モモさん」

 

「ことりさん? よかった、目が覚めたんですね」

 

 この夢が何時覚めるのか分からない以上、迷っている時間はなかった。鉛のように重い手を伸ばして、自分を抱き止めるように抱える愛しい人の、その顔に触れる。

 

 そしてことりは囀ずるのだ。

 

 

「ずっとあなたが好きでした」

 

 

 夢の中だと言うのに思うように動かない手足がもどかしい。もっと近づきたいと両腕を伸ばせば、ずきりと刺された筈の腹部が痛み、意識もまた飛びそうになった。

 余りの痛みに思わず涙が滲んだが、自分を抱えたまま動かない死の支配者(オーバーロード)にどうにか抱き付くように身体を起こす。

 

「ずっと伝えたかった。愛してます、モモンガさん」

 

 どうにか彼の骨の歯に口付けて、痛みと全身の血が下がる冷たさに今度こそことりは意識を手放した。

 それでも、彼女の心は温かく、そして何よりも満たされていた。

 

 

 

 

 

 一連の流れに何が起こったのか分からなかったモモンガであったが、ことりの腕から力が抜け傾いた所で我に返り、慌てて頽れる彼女の身体を抱き止めた。

 それから数度の鎮静化とことりの体の冷たさに冷静さを取り戻し、側に控えていたペストーニャとメイドに指示を出す。

 

「ペストーニャ、回復魔法をもう一度だ。それから何か暖めるものを」

 

 ベッドのないこの部屋で、流石に床に寝かせるのも憚られる。そんなことりをもう一度抱え直して、モモンガはメイドから毛布を受け取りながら呟いた。

 

「もう一度死ぬなんて止めてくださいよ、ことりさん」

 

 まるで熱に浮かされたように愛を告げ、そのまま意識を落としたことりに言いたい事は色々あった。でもそれは彼女がもう一度目を覚ましてからだ。

 相変わらず冷たい身体を毛布で包みながら少しだけ戻った顔色に安堵して、傍らに控えたねねこに視線をやれば、ねねこも張り詰めさせた空気を少しだけ和らげて告げた。

 

「普通に眠られたようですニャ。峠は越えたと思っていいと思いますニャ」

 

 それからペコリとモモンガに向かって小さな頭を下げて言った。

 

「一先ずご主人を助けて下さり、本当にありがとうございますニャ。なんとお礼を申し上げれば良いか……」

 

「……そうか、お前はことりさんの使い魔だったな」

 

「はいですニャ」

 

 自分をギルドマスターと呼ぶねねこに違和感を感じていたが、少し考えれば彼がナザリックのNPCではない事を思い出した。

 ねねこはことりが作ったことりの使い魔NPCなのだ。

 

 ことりに回復魔法を掛けるペストーニャを眺めながら、古くなって久しい記憶を掘り起こして、モモンガはねねこに尋ねる為に口を開く。

 

「確か……ことりさんのエンパシストだったように記憶しているが、合っているか?」

 

「その通りですニャ」

 

 エンパシストは相手を指定してMPを共有するというような技能を有する職業だった。

 ただ指定した相手を変えるのにレベルを取り直さなければならない、互いに共有できる訳ではない等、使い勝手に欠けるところが多い。

 それ故、専らNPC専用職業となっていたマイナー職業である。誰が搾取されるだけを許容すると言うのだろう。やはり運営はちょっと頭がおかしかった。

 

「……言いたくなければ言わなくて構わないが、お前はことりさんとどこまで共有している?」

 

 MP共有のスキルの名前は精神感応だった筈だ。もしかしたらと言う期待と、少しの後ろめたさを感じながらも、モモンガはねねこに訊ねた。

 ことりの言葉を信じない訳ではないのだが、何故という疑問ばかりが先に出てしまうのだ。

 

「ご主人の感情も、大体共感していますニャ」

 

 ねねこは賢い使い魔なのだろう。モモンガが何を聞きたいのかを察し、言葉を返してくる。

 それはカンニングの肯定であり、モモンガから見て、ともすれば彼がことりを裏切るとも取れる行為だ。

 それを強いる事に罪悪感を感じたが、それでもモモンガは問いかけた。

 

「ことりさんは、何時から──」

 

 問いかけて、その問は最後まで紡がれる事なく喉の奥へとかすれて行く。それを聞いてどうするのだと、冷静な部分が囁いた。

 ねねこは小さな羽を羽ばたかせ、モモンガの言葉を静かに待っている。

 

「……そもそもどうしてオレなんだ」

 

 それは紛れもなく、零れ出た本音だった。

 ギルドのメンバーの中にはもっと格好いい人だって、もっと強い人だっていたはずなのに。その中でどうして自分だったのか、それが唯ただ不思議だった。

 年の差だってあった、草臥れたサラリーマンだった自覚もある。

 少し考えただけでも次から次へと出てくる欠点に、何かの間違いではないのかと、そう聞き返したい気持ちが大きくなっていく。

 そんなモモンガの問いに、ねねこはつぶらな瞳を瞬かせて鳴いた。

 

「惹かれた端緒など細々とありますがニャ……それを答えた所でギルドマスター殿のお心は晴れんでしょうニャあ。ふぅむ……ご主人ならきっとこう答えるでしょうニャ。『貴方を好きになるのに理由が必要なんですか?』」

 

 愛らしい所作の癖に、返された言葉は逃げ道を塞ぐようなもので、今度こそモモンガは口を閉ざした。

 確かに、自分の何処を好きになったのかを言われても納得出来たとは思えない。だがその問いかけに対する答えも、モモンガは持ってはいなかった。

 

「ボクはご主人の味方なので、ギルドマスター殿の味方になる事はせんのですニャ」

 

 長い尻尾でパタリと床を叩きつつ、ねねこは回復魔法を掛けられることりを眺める。

 視線を追って同じようにことりを見れば、青を通り越して白くすらなっていた顔色は、仄かに赤みすら感じさせる程に戻ってきた。減り続けていた体力も、無事に回復しているようである。

 すっかり健やかな様子で眠ったことりの上に軽い動作で飛び乗って、ねねこはその場で丸まりながら独り言のように囁いた。

 

「然れども受けた恩は返すのが道理というもの、ニャ。相談事くらいなら乗って差し上げても良いですニャ」

 

 それは善意だけでなく、多分に下心を含んだ提案だった。

 けれどもそれは主を思っての可愛らしいものに入るだろうと、ねねこは勝手にそう括る。当のご主人が聞いたら全然可愛くないと言うだろうが、そんなもの、ねねこは知ったこっちゃないのである。

 因みにねねこが飛び乗った時にことりが小さく呻いたが、ねねこはそれも気に止めなかった。

 

 

 

 

 

 

 完全に寝る体制に入ったねねこを、モモンガは呆然と見下ろした。随分と恩着せがましい猫である。

 そしてそのまま視線を上げると、微笑ましいものでも見るような顔をしたペストーニャと目があった。尤もペストーニャは何時でも笑っているように見えるので、実際にどんな表情をしているのかは分からないが。

 すっかり剥がれていた支配者ロールを思い出し、モモンガは頭を抱えたくなった。自分で決めた方向性だというのになんという事だ。

 だがことりを抱えているためにそれも出来ずに、もう一度ねねこを見下ろした。呑気に寝息を立てているねねこをぶん投げたい衝動にかられるが、それも即座に鎮静化する。

 

「……ここで見たものは他言無用だ。良いな」

 

 たっぷりの沈黙の後に絞り出したのは、どうにか取り繕った支配者な台詞だ。正直取り繕えた気は全くしない。

 ねねこからぐふっと鈍い息が漏れた。猫の癖に狸寝入りか。モモンガは胸の内で罵った。

やっぱり笑ったような顔をして、ペストーニャは首肯く。しかし動作が神妙な雰囲気を醸し出しており、正直違和感しか仕事しない。

 

 ペストーニャがことりに回復魔法をかけ終えるのを待ってから、モモンガはこの後の予定を思い返して思わずため息を吐きたくなった。

 やらなければと思っていた事が何一つとして終わっていないのだ。然もありなん。

 

「もう俯せに寝かせても大丈夫そうか?」

 

「実質傷もありませんし、寝苦しい以外は問題ないと思います……ワン」

 

 自分よりもそう言った事に詳しいと踏んで尋ねて見れば、大丈夫そうな答えが帰ってきたではないか。ついでに語尾を付ける余裕も出てきたようで何よりである。

 

「この部屋はベッドがないからな……ひとまず私の部屋へと寝かせるつもりなのだが、付き添いを頼む」

 

 ロールプレイという拘りの結果、ことりの部屋にはベッドが無い。あるのは花塗れの鳥籠だけだ。

 何もそこまで拘らなくてもとも思っていたが、此処にきてその思いは強くなる。同じ鳥人間スタイルのペロロンチーノ自室には普通にベッドもあるので余計にだ。自分の事はもはや棚上げである。

 

「承りました……ワン」

 

 そう言って頭を下げたペストーニャを伴って、モモンガはことりを抱いて立ち上がる。

 人外になってこうやって異性と触れ合う事になろうとは、人生何があるか分からない。と言うか、この年で初めて異性を抱き上げたと言うのも悲しい話である。

 その事実に気づいてしまったモモンガは悲しいような虚しいような気持ちになって、強制的に沈静化してから考えるのをやめた。

 涙も出ない体に、今は感謝である。

 

 途中で自室に連れていかずともよかったのではと気付いたが、此処まで来て他の部屋へと言うのも可笑しな話だ。

 思った以上に混乱していたと今更になって自覚する。もうどうにでもなれ。

 そんな投げ遣りな気持ちで自室のベッドの脇に立つと、ことりの上で丸まっていたねねこがベッドの上へと舞い降りた。

 

「お前、寝たんじゃなかったのか……」

 

「寝るとは言っておりませんニャ」

 

 単にこれ以上話すつもりはないと言う意思表示だったらしい。何とも言葉にし難い思いを飲み込んで、モモンガは溜め息を形だけ吐いた。

 

「しかし寝ているご主人を自室に連れ込むとは……ギルドマスター殿もなかなか隅に置けませんニャぁ」

 

「うむ、ねねこよ。あれだ、黙れ?」

 

 この猫、煽りよる。楽しそうに尻尾を左右に振りながら、ねねこはモモンガを見上げて鳴く。これ以上、彼に構っても墓穴を掘り進むヴィジョンしか見えない。

 黙るかは分からないが、取り合えず黙らせるつもりでそう言ってから、モモンガは出来るだけそっとことりをベッドに横たえた。

 横顔にかかった、翼のようにまとまった髪を梳くように流してやる。髪が頬を掠め落ちる際に小さく呻いたが、それでもことりが起きる様子はなかった。

 

 そんなことりの仕種に、モモンガはまじまじとことりを見てしまった。

 ユグドラシル時代に6桁近く注ぎ込んだと言っていたアバターは、そのままに実体を持っている。いや、細かい所の造形は命を得た分瑞々しい美しさを感じるようになった。

 全部を花に置き換えた翼の容量がヤバイことになっていたのは、黒歴史(パンドラ)を作った時に思い知っている。何らかのプログラムで出来るだけ自然な動きを演出していたと言う話だから、その拘りには畏敬すら覚えた。

 因みにゲーム時代はスペックの低いマシンだと、彼女が同じエリアに入るだけで挙動が可笑しくなったという話だから恐れ入る。畏怖を込めてマシンキラーなどとも呼ばれていたが、彼女には大層不評であった。

 そんな色取りどりの花と、毛先が羽のような形の髪から覗く彼女の寝顔は、何処か彼女のリアルの面影を写しているように見える。

 寝顔だから余計に幼く見えているのを差し引いても、アイドルの小鳥遊ひのりにそっくりだった。

 本人は似ないように作ったと言っていたし、実際然程似ていないと思っていたアバターだ。それだけにどうしてそう見えるか不思議で、思わずじっと見つめてしまった。

 

「随分とお熱い視線を送られている所ですがニャ、何か用事でもあったのでは無いのですかニャ?」

 

 自分から付き添いを辞しつつ場所を移した事から、その後の予定を推測して相手を促す。然り気無く気をつかっているように見えるが、要約すればさっさと行けである。

 あからさまな裏の意味が読めない程鈍くはないモモンガも、これには流石に沈黙する。

 

「なんでこんなに当たりが強いんだ……」

 

 モモンガとて理由は分からなくもないが、余りの塩対応に思わずぼやいてしまった。不測の事態の対応に追われっぱなしなのだ。それもまた仕方ない事だっただろう。

 だがそれはモモンガ側の理由だ。

 ことりの横で既に丸まっていたねねこは、半眼で座り直した。相変わらず尻尾は楽しそうに大きく左右に振れている。

 

「ご主人に左右する大問題に対して当たりが強くないとでも思ったのですかニャ?」

 

 直球で食らったストレートに、流石のモモンガも理解した。あの尻尾は全然楽しそうなんかじゃなかった!

 

「大体まだなにも解決しておりませんしニャ。今はやれる事から初めれば宜しいのですニャ」

 

「解決していない? 何の事だ?」

 

「残念ながらギルドマスター殿はお聞きになる資格を有しておりませんニャ」

 

 含んだ言葉に訊ねれば、ツンと尖った言葉が返される。

 完全に目の敵にされてるじゃないかと内心でぼやくが、自分がねねこの立場ならと考えれば仕方ないと思わなくもない。ねねこから見ればモモンガは自分の主を取っていく存在かも知れないのだから、決して穏やかではいられないだろう。

 それに、とおいてねねこが小さな声で鳴いた。

 

「告げればボクが殺されますニャ」

 

 一体何を告げればそんな事になるのだろう……。飛び出した不穏な台詞に少々動揺するが、ひとつ咳払いをしてモモンガは聞かなかった事にした。主従関係に突っ込んでも良いことはなさそうである。

 

「まあ、その、なんだ。お前に改めて言う事でもないのだろうが、ことりさんを頼む」

 

「……承りましたニャ」

 

 嫌味の一つも覚悟して言えば、予想外に慎ましやかな了承の返事が返された。

 それに思わずねねこを見れば、彼は可愛らしい顔でモモンガを見上げて小首を傾げる。それに思わず心の柔らかいところが刺激されて、モモンガはねねこの頭をそっと撫でた。

 しかし幻想はかくも崩れるものである。

 

「撫でるのはご主人にしたらいいですニャ」

 

 ついでに間に合ってますとも付け足され、それを受けてモモンガは自室を後にした。さっき刺激された柔らかい部分が、少し抉れたような気がする。

 思わず溜め息を吐きながら、モモンガはアンフィテアトルムへと向かったのである。

 

 部屋を出るモモンガを見送って、ねねこは重い溜め息を吐いた。それから眠る己の主に目をやって、もうひとつ溜め息を吐く。

 取り合えず一命は取り留めたが、まだ問題は山積みだった。

 自身の持つプレコグがねねこに告げるのだ。まだ何も解決はしていないのだと。

 

 

 暖かい吐息を溢すことりの寝顔を見て、ねねこは改めて己に誓うのだ。今度こそ、今度こそ主を守るのだと。

 それがたとえ彼女の意に反しようとも。

 ねねこを創造したのはことりで、ねねこの世界はことりが全てだった。だがそれはもう過去の話だ。

 今、ことりは手の届く所にいる。前とは違う。

 ならばお節介と知りつつも、やれる事をやるしかないのだ。

 愛しい愛しい主の為に、翼猫は奮起する。

 ニャアと一声鳴いてから、もう一度彼は体を丸めたのだった。

 

 




修正ついでにルビも振ってみたけどらしくなったかどうか……漢字考えるのは厨二気分で楽しいですね


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ちと短いですが切りがいいとこで





「それでは私の仲間たちが担当していた執務の一部までを、お前たちを信頼し委ねる事とする」

 

「全力を持ってして信頼にお応え致します。して、モモンガ様」

 

 守護者達の自分に対する高評価を並べ立てられ、むず痒いやらなにやらでその場を後にしようとしたモモンガに、拝謁の姿勢のアルベドから声が掛けられた。

 

「どうした、アルベド」

 

「僭越と存じますが、ことり様のご容態をお伺いしても宜しいですか?」

 

 アルベドの言葉に、大小はあれど全ての守護者が無言での反応を示す。それを見たモモンガは、そう言えばアルベドに口止めしていなかった事を思い出した。

 確かアルベドの目の前で報告を受け、そのまま慌ててことりの部屋に向かった訳である。当然、負傷して帰還の報告だけ受けたのならその後の経過は気になるだろう。

 モモンガは少し考えてから、改めて口を開いた。

 

「治療の方は問題ない。今はまだ眠っているので、正式な帰還の報告はことりさんが目覚めてからとする。あー……この場に居る者には先達て告げるが、我がアインズ・ウール・ゴウンのメンバーの一人であることりさんが帰還した。帰還直後は負傷していたが、現在は回復しているので心配する事はない。一度意識は戻ったが、今はまた眠っている。彼女の体調が戻り次第、追って皆に正式に報告するものとするので、それを待て」

 

 アルベドに向けて言ってから、ここにいる守護者には伝えておいた方が良さそうだと思い直す。重ねて言う形になってしまったが、まあ問題はないだろう。

 

「他にはなにかあるかな?」

 

 問いかけてみるが、それに答える声は上がらない。それに満足そうにモモンガはひとつ首肯くと、手にした杖をひとつ突いた。

 

「では今後とも忠義に励むよう」

 

 それだけ残して、モモンガはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力を使い、玉座の間への最短になる場へと転移した。ことりの一件で後回しにしてしまったレメゲトンの悪魔達の設定も書き換えなければならないし、やる事は山積みである。

 やっておかなければならない事を頭の中でリストアップし、その数の多さにモモンガは思わず頭を抱えた。

 それにアルベドだ。自分の問いに対する彼女の答えを聞いてぎょっとしたが、よくよく考えてみれば転移直前の悪戯心が原因かもしれない。

 そう思い当たって、ありもしない白目を剥きそうになった。まさかこんな事態になる等、予想できる方が可笑しいだろう。どう見積もっても面倒な三角関係になりそうである。

 自分がこんな愉快な事態の当事者になるなんて考えたこともなかった。人生って何があるか分からない。半分くらい自業自得な辺り尚悪い。

 気分だけの大きな溜め息を何度も漏らしながら、色々と諦めてゴーレムの設定変更から手をつけ始めるのだった。

 

 

 

 

 

 モモンガが去ってから暫く、漸く動き出した守護者達の話題は帰還したと言うことりの事である。至高の方々の話から、彼女が儚くなったという事は知っていたのだ。

 

「しかしことり様が御帰還されるとは……復活なされたのだね」

 

「アルイハ亡クナッタト、ソウ思ワレルヨウナオ怪我ヲ負ワレテイタノダロウ……オ労シイ事ダ」

 

 デミウルゴスとコキュートスのそんな会話を聞いて、目を見張ったのはアルベドである。

 

「……お亡くなりに? 本当にそう思われていたの?」

 

「……あぁ、玉座の間でお話になる方はいらっしゃらなかったのか。まあ、あの場所で話すような話題ではないからね」

 

「珍しくペロロンチーノ様がぶくぶく茶釜様を慰めていらっしゃったからね。その図に驚いて、その話題に二度驚いたわ」

 

 デミウルゴスが納得するように首肯くのに、アウラが当時を思い出すように眉を下げた。

 ぶくぶく茶釜がペロロンチーノを口撃するのは何時もの事であったのだが、ペロロンチーノがぶくぶく茶釜を励ますような事態はそうそうなかった筈だった。結果、仲の良い友人の突然の訃報に凹んだ姉を、弟がどうにか励まそうとすると言う涙ぐましい努力の軌跡になった。

 因みに余計なひと言で殴られた訳だが、そこまでが計算の内であるとアウラとマーレは信じている。

 

「でも生きていらっしゃったのならどうして、今になるまでお戻りにならなかったのかしら」

 

 その当時を知らないアルベドには、ことりが死んでいたという話が俄には信じられなかった。尤も知らなかった者としては当然の反応であり、死んだ者が時間差で帰ってくるなど普通はあり得ない話であるので仕方ないと言えるだろう。

 

「リアルでお亡くなりになられたという話だったから、蘇生に妨害でもあったのだろうね。何しろ御帰還にこれ程時間が掛かっているんだから」

 

 デミウルゴスが知っているのは単純だ。リアルのことりのファンであるのを公にしていなかったウルベルトが、人前で嘆くのを厭うた為に灼熱神殿に引き籠もった所為である。厨二ロールにアイドルのファン要素は不用なのだ。

 蘇生魔法があるのに何故あれ程嘆くのか、当時は余り理解出来なかった。だが蘇生に妨害が入るのだと知っていたのなら、あの嘆きようも理解出来ると言うものだ。まさかリアルでの死がこんなに帰還に時間がかかるものだとは。話から察して傷も中々癒えぬ様子であるし、それはそれは大事であるだろう。

 

 デミウルゴスの言葉にリアルでの死を重く受け止めた守護者たちは、神妙な面持ちで頷きあった。それはアルベドも同様だ。

 

「で、でも、早くお目覚めになって欲しい、です」

 

 マーレが思い出す様に目を細め、呟いた。それはささやかな願いであり、この場に存在する誰もが望む事でもある。

 しかしこの願いを裏切ってことりが目を覚ますのはもう少し先になるのだが、それを知る者は此の場に居なかった。

 

「で、シャルティアはどうしたって? ペロロンチーノ様の名前を出したのに、食い付いて来ないなんて槍でも降るんじゃない?」

 

 憎まれ口を叩きつつも、アウラが声を上げる。跪いた状態から微動だにせず、自分の創造者の話題にも食い付いて来なかったシャルティア。そんなシャルティアをアウラが心配した為である。

 しかしそんな心配を吹き飛ばした彼女は、ある意味で通常運転であった。

 

「いえ、混ざりたいのは山々だったんでありんすが……下着がちょぉっと不味いことになっててぇ……」

 

「こンの、変態」

 

 間髪を容れずに突っ込んだアウラは悪くない。

 

「どうしたのかなーなんて、心配したあたしが馬鹿じゃない! びびってチビってる方が未だましってどう言うことなの!?」

 

「や、やぁだ、紅くなっちゃってアウラちゃんかーわーいーぃー……」

 

 碌でもない理由から立ち上がれなかったシャルティアを心配したと言う事実に、色の黒い肌を僅かに紅潮させてアウラは恥じ入った。

 そんな彼女にアルベドは少しばかり同情する。彼女が突っ込まなければ自分がシャルティアを罵っていたのは目に見えていた。

 羞恥で赤くなるアウラを茶化すシャルティアだが、普段のキレがないのは自身も少し気不味く思っているからだろう。

 

「仕方ないでしょ! あの素晴らしい白磁のお姿に滲み出るお力、挙げ句慈悲深くいらっしゃるのに、逆に濡れない方が可笑しいわ!」

 

「うーわ」

 

 未だに恥ずかしいのかぶつぶつと罵ってくるアウラに、シャルティアが開き直って言い返した。

 それに思わず真顔で応じたアウラは、控え目に言ってドン引きである。周りでやり取りを見ていた者達もやっぱりドン引きの開き直りっぷりである。

 意味は分からないなりに、マーレもシャルティアの開き直り具合にはちょっと引いている様子だった。

 

「全体的に同意ではあるけど、TPOくらい弁えなさいよこのビッチ」

 

 その中で一人だけ引きもせず、更に同意まで示したアルベドに、周囲の目が寄せられた。流れるように罵っているのは流石と言えるだろう。

 だが、今はそこではない。

 

「あんただって似たようなもんじゃないの、大口ゴリラが」

 

「あんたほどじゃないって言っているのよ、このヤツメウナギ」

 

 互いに互いを罵り合う後ろで、アウラが小声で「そこ同意しちゃうんだ」と呟きながら物理的に距離を取っている。だがヒートアップしていく二人はそれに気付かず、精神的な距離は最早、海溝レベルに達しているのではなかろうか。

 関わり合いたくないとばかりにこっそり逃げてきたアウラに、デミウルゴスは優し気に笑いかけた。

 

「女同士、分かり合える事もあるんじゃないかと思うんだ」

 

「はぁ?! アレを丸投げするの? 冗談でしょ?」

 

 分かっているよとばかりの会心の優しい声音で悪魔の言葉を囁いて、デミウルゴスはアウラの肩を優しく叩く。そしてちゃっかり距離も取っていく。それに続いて女同士の睨み合いにドン引きしたマーレと、付き合っていられないとばかりのコキュートスとセバスが続いて離脱した。

 結果として残されたアウラは距離を取りつつ両者を眺める事となったのである。

 

「いやはや、すっかりタイミングを逃してしまいましたが……あれも未だ続きそうですので、私は先に戻ります。アルベドに宜しくお伝え下さい」

 

 こほんとひとつ喉を鳴らし、セバスは丁寧に頭を下げてその場を離脱する。本来の役割を熟しに行くのだろう。それを少し羨ましそうに眺めるマーレに、デミウルゴスは少し考えてから問い掛ける。

 

「この場から離れられるのがそんなに羨ましいかね?」

 

 現状の女性の諍いを見てしまうと、マーレが感じるその羨望も分からなくもない。三人寄れば姦しいと言うが、二人でこれなのだから推して察するものがある。

 

「そ、そう言うんじゃない、です」

 

 そう答えたマーレの瞳に微かな嫌悪を見つけて、デミウルゴスは目を見張った。同じナザリックの者にこう言った負の感情を、マーレが抱いているという事が意外だった。悪魔であるデミウルゴスはこう言った感情に敏感だ。

 だが伏せた視線を上げる僅かな時間で、マーレの瞳に写った淡い感情は消え失せた。

 

「ええっと……ど、どっちが好きとか、そんなに大事な事なのかなって……」

 

 言い合う声は何時の間にやらどちらがより寵を受けるかという話題へと移っており、嫌味と罵倒がより激化していた。それを遠目で眺めて、あれは少し見苦しいかもしれないと苦笑する。

 

「まあ……ナザリックの今後を考えるなら重要な事かも知れないね」

 

 二重に濁す辺り、デミウルゴスも首を傾げる所なのかもしれない。

 

「ドウイウ意味ダ?」

 

 マーレだけでなく、横で聞いていたコキュートスも意味を捉えきれなかった様子で尋ねてくる。それにああと言った様子でデミウルゴスは言葉を付け足した。

 

「お世継ぎの事もあるだろう?」

 

「…………ソレハ不敬ナ考エデハナイカ?」

 

 たっぷりの沈黙の後、コキュートスが捻り出したのは可も不可もない意見である。尤もと言えばそうであるが、建設的でもないものだ。

 

「ことり様がお帰りになられた故、モモンガ様がナザリックをお捨てになる事は心配していないのだけどね……話はまた別だろう?」

 

 慈悲深い支配者が心待ちにしていた至高の方の帰還に、デミウルゴスはモモンガがナザリックを捨てる可能性を考えてはいなかった。ことりがナザリックを捨てない限り、モモンガがナザリックを捨てる事はないだろう。

 そしてモモンガはことりを手放さないだろうとも考えている。残された側の心境は、痛い程に理解しているのだ。

 

「考えてみたまえ。モモンガ様の御子息、御息女にお仕えする……何とも素晴らしい事じゃないか」

 

「二代二渡ッテオ仕エ……オォ……」

 

 言われた通り考えを巡らせたのか、コキュートスは自分の思い描いた幸せな光景に声を漏らした。それとは対照的に、マーレは目をぱちりと瞬かせ、考え込む様に視線を落とす。

 

「……そっか。そっかぁ……そうですよね」

 

 まるで考え付きもしなかったと言うように繰り返すマーレは、控え目に言っても何処か呆けて見えた。

 その様子に今度こそ不審に思ってデミウルゴスが声を掛けようとしたところで、マーレの耳がピクリと動き勢いよく彼は顔を上げた。

 

「お姉ちゃん!」

 

 普段のオドオドとした態度が嘘のように、姉を呼ぶ為の声はよく通る。それに何かを言いかけたアウラが、珍しい弟の大きな声に肩を跳ねさせて振り返った。

 

「だ、ダメだよ、お姉ちゃん……『ナイショ』だよ」

 

「マ、マーレ……」

 

 困ったように眉を下げるアウラに、デミウルゴスは目の前の光景に何が起きたのか理解出来なかった。

 アウラが何かをしようとして、それをマーレが咎めたのは理解出来る。だが肝心のアウラの何を咎めたのかを、デミウルゴスは見ていなかった。

 改めてアウラの方を見れば、アウラの向こう側でアルベドとシャルティアも言い合いを止めている。そしてアルベドは、全ての表情を無くしてマーレを見つめていた。

 その尋常では無い様子に改めてマーレを見れば、マーレはもう何時ものオドオドとした様子に戻っていた。

 

「…………マーレ、それは、そう言う事なの?」

 

 微かに掠れたような声で、アルベドは尋ねる。

 既に目の前にいるアウラは、活発ななりを潜めさせ少し困ったような表情で目を閉じ、口を噤んでいる。明らかに何かあるという感じだが、口は開かないという無言の様子を示していた。

 対してマーレは、いつもと変わらない様子で口を開く。

 

「え、えぇ……? そう言う事と言われてもぉ……」

 

 なんの事か分からないと言ったその態度から、答えるつもりは無いのだと誰もが理解した。

 

「……何ガ起コッタノダ?」

 

「私もあちらの会話を把握していなかった」

 

 マーレの声に我に返って様子を伺っていたコキュートスが、小声でデミウルゴスに尋ねる。だがデミウルゴスもきちんとそれに答える答えを持ってはいない。

 アルベドはマーレから視線を外さないまま、マーレの答えられる質問を投げた。

 

「ないしょ、なのね?」

 

「そ、そうです。『ナイショ』なんです」

 

 そう答えるマーレは、何かを思い出すように少しだけ微笑んだ。それを見てアルベドは力なく息を吐き出す。

 

「分かったわ」

 

 それだけ言うと彼女は一度目を閉じた。それから守護者統括の顔に戻って、守護者たちに指示を出し始めた。

 その様子はデミウルゴスをしてあの会話の意味を尋ねる事を躊躇わせる何かがあったのは確かである。

 

「シャルティア、少しいいかい?」

 

「どうしたんでありんすか? 改まって」

 

 指示を出し終えたアルベドが引っ込んだのを見計らって、デミウルゴスはシャルティアを引き留めた。

 アウラとマーレもそれぞれ役目を受けて歩き出しているので、留まっているのはコキュートスを含めた三人だけだ。尤も双子の闇妖精は何かを聞かれる前に行ったと考える方が妥当であるのだが。

 

「さっき何の話をしていたんだい?」

 

 切り出された疑問に、シャルティアは少し考える様子で口を開く。

 

「ええと、正妃がどちらかと言う話だったと思うでありんすが……」

 

「…………本当かい?」

 

「嘘をつく意味がありんせんが」

 

 全く聞いていなかった会話の中身に、デミウルゴスは一瞬言葉を失った。

 そして思わず問い返すが、シャルティアの言葉を疑った訳ではない。行き着いた結論に、少し驚いてしまっただけなのだ。

 

 そうであるなら、成る程。アウラの態度も、マーレの態度も、納得のいくものだ。

 そしてシャルティアと争っていたアルベドの態度は気がかりではあるが、愛していると公言していたのだから分からなくもない。

 

「ワカッタノカ?」

 

「ああ、分かったとも。成る程、成る程……」

 

 横で会話を見守っていたコキュートスがデミウルゴスに尋ねれば、彼は数度頷いてから改めてシャルティアに言ったのだ。

 

「シャルティア、残念だが二人とも正妃の座は諦めるべきだね」

 

「……どうして?」

 

「御正妃はきっと、ことり様になられるからだよ」

 

 

 

 

 

「お、お願いされたのに、ばらしちゃうのはどうかと思うよ、お姉ちゃん」

 

「こればっかりは言い返す言葉もないわ……」

 

 二人並んで第一階層を目指す双子は通常運転だ。敢えて言うならいつもマーレを引っ張るアウラの方が弱冠凹んでいる位だろうか。

 

 正妃がどちらか言い合う二人に、思わず割って入ろうとしてしまったのだ。

 正直言って危なかった。

 だがことりが戻って来たと聞いて浮かれたと言うのもあるだろう。

 

「……ことり様、戻ってきたって仰ってたね」

 

「うん、仰ってたね」

 

「またあたしたちの家に遊びに来て下さるかしら」

 

「……きっと来てくれるよね」

 

 言い合いながら無邪気にはにかむ様子は、年相応より少し幼く見えるくらいだ。だがそれを差し引いても見ている方が幸せになるような、そんな様子で笑い合う。

 

 ことりが亡くなったと、落ち込んだ様子で創造主が嘆いていた時、アウラもマーレも同じ位悲しくなった。

 ぶくぶく茶釜達の所謂女子組は、二人を大層可愛がってくれていた。ことりも例に漏れず、よく三人と連れ立って遊びに来てくれていたので、もう会えないと知った時は凄く悲しかった事を二人は覚えている。

 

「マーレ、ことり様の事大好きよね」

 

「お姉ちゃんも、でしょ」

 

 照れたように頬を染めて、困ったようにないしょにしてと、そう慌てていたことりを思い出す。また会えると思うと、それだけで嬉しくなってしまう。

 

「は、早くお会いできるといいね」

 

「そうね、早くお元気になるといいわね」

 

 楽しげに笑い合う二人の足取りは軽く、跳ねるようなものだった。

 

 




える、しってるか……
主人公出てきてないんだぜ……

原作と重なってるとこ書くの超つらたん……


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にゃんにゃんにゃんの日に間に合いませんでした。




 モモンガがアインズ・ウール・ゴウンと名乗るようになって暫く経った頃。アインズの自室の更に奥の、扉に区切られた先にある寝室。

 限られた者しか立ち入ることの出来ない空間に、ねねこは居た。死んだように眠ることりから少し離れた場所に丸まり、尻尾を大きく上げてはシーツを叩くことを繰り返している。左耳は絶え間なく動き、微かな音に反応するのを止められないでいた。

 そんな様子で必至に本能を押さえ込むねねこの目の前では、アインズが白く細い指で摘まんだ猫じゃらしを大きく動かしてはねねこを釣ろうと画策しているのだ。

 

「ギルマス殿、休憩の度に構いに来るの、止めて頂きたいのですがニャ」

 

「どうした、つれない事を言うな。お前だって愉しんでいるのだろう? ン?」

 

 目を閉じて必死に飛び付くのを堪えているねねこに、まるで煽るようにアインズは猫じゃらしをねねこの直ぐ目の前で動かす。毎度本能に打ち勝てず黒星を伸ばすねねこの耳が、堪えきれない様子で更に早く動き、パシンと音を立てて尻尾でシーツを叩きつけた。

 

 ギルドマスター殿と呼ぶのは長くて呼びづらそうだと、既にアインズからダメ出しを受けていた。それを「いいのですかニャ? 正直長いし呼び辛いと思っていたのですニャ」と嬉々として受け入れたのを見て、すっかり気に入ってしまったようだった。

 このナザリック内で尊重しつつもボコスカ言ってくる存在は他にいない。最初に醜態を晒しているので気負うつもりもない。

 構えば構う分、此方に対する対応がおざなりになってくる所も面白かったというのもある。だがねねこからすると「何この骨うざい」になる訳であるのだが(因みに既にうっかり口も滑らせている)。

 

「はぁ……そんなに構って欲しいなら守護者統括殿の所にでも行ったらどうですかニャ」

 

「それじゃ休憩になんないだろう」

 

 表情は皆無に近いが極めて真剣な声で返されて、ねねこはもう一度深い溜め息を吐いた。

 

「つまりギルマス殿はマゾヒストとか言う奴なのですかニャ?」

 

「どうしてそうなった」

 

 心底愉快と言わんばかりの声音で返すアインズに、ねねこは色々と諦めた。ねねこからすると自分からご主人を取り上げる憎い仇であるのだ。

 で、あるからして邪険な態度でいれば離れるかとも思ったのに、それを楽しいと思われてはどうしようもない。

 

「全く仕方ありませんニャ。ボクの質問に答えていただけるなら、構って差し上げても構いませんニャ」

 

「うん? なんだ?」

 

 それでも諦めきれずに出た憎まれ口すら気にも止められないと、無我の境地に至れそうな気さえしてくる。だがそんなものはどうでもいいのだ。

 

「ギルマス殿はご主人の事がお嫌いなのですかニャ?」

 

「……どうしてそう思った?」

 

 いきなり飛び出した唐突とも言える疑問に、正直に言ってアインズは面食らった。その疑問に至った過程も、至るところの結末も予想できないからだ。

 

「ご主人はギルマス殿に好かれる事はないと思っておられたようですからニャ。あれだけ追い詰められて漸くとは、ご主人とはいえ情けない限りですが……」

 

「おまえ、口が悪いのは知ってはいたが、ことりさんにも容赦ないのか……」

 

「ボクはご主人の良き友にと創られたのですニャ。その辺のペットと一緒にせんでいただきたいですニャ」

 

 ツン、と誇らしげにねねこが語る。ねねこと話して把握した彼をして良き友と思った辺り、やっぱりことりさんは変わってる人だとアインズは改めて思うのだ。

 

「で、実際の所はどうなのでしょうニャ?」

 

「あー、正直な話。そう言う対象として考えた事はなかったが、嫌いだと思ったことはないぞ」

 

 高嶺の華、と言うのがアインズがことりに対して抱いていた印象である。

 芸能人に対して全く興味のなかったモモンガですら知っているレベルのアイドルだったのだ。オフ会で会った時の衝撃たるや、である。

 話こそすれど、基本的にPKも進んで行わなかったし、ぷにっと萌えなども大きめなGvG位にしか誘わなかった。その辺り暗黙の了解のようになっていたのもあってか、割と個人行動の多目なメンバーだったのである。

 オフ会後にことりがアイドルの小鳥遊妃朔であるというのが非公式の事実だったと知って、妙に納得したものだった。

 

「逆に聞きたいんだが、ことりさんはどうしてそう思っているのか分かるか?」

 

 普通に話もしたし、狩りの誘いも都合が合えば乗ってきていた気もする。尤も主立って誘っていたのはモモンガや、ぶくぶく茶釜が中心になっていたように思えたが。

 そこまで考えて、もしかしたらそう言ったものの積み重ねが好意を抱かれた要因なのかも、そうアインズは夢想する。

 けれど何故ことりに自分が彼女を好きにならないと思われていたのか、考えても思い当たる所が見当たらないのだ。

 

「ボクには良く分からんのですが……ご主人に全く興味を抱いていなかったので好みではない、のですかニャ?」

 

 紡がれた言葉に一瞬固まったアインズは、沈黙と共に言葉の意味を吟味する。

 意味の分からない言葉の羅列をもう一度考え直して、それから『小鳥遊妃朔というアイドル』の事を言っているのではないかと思い至った。それを前提にして考えてみると、確かに可愛いなとか歌上手いよな位は思っていたが、好きかと問われればあまり興味がないと答えただろうと思う。

 そう思うと納得すると共に感嘆の声が漏れた。

 

「……良く見ている、いや、見ていたんだな。そうか……いや、悪いことをした」

 

 オフ会で会う前は話題作りの一環でチェックしていた程度で、何の感慨も抱かなかったのだ。完全に中の人在り来りの興味が相手に筒抜けであったのだと、それが分かってしまってなんとも気不味い。

 アインズのその返事に、ねねこはそのまま言葉を重ねた。

 

「それはやはりそう言う事なのですかニャ」

 

「いや、そうでなくて……その言葉には俺たちのリアルが係っていてな。リアルでことりさんは世間的にかなり有名な職に就いていたんだが、俺は彼女に全く興味がなかったんだ。多分その事だろうな……俺はユグドラシル先行でことりさんに興味を持ったから、決してことりさん事態に興味がないという訳ではないんだが……」

 

 言葉を紡げば紡ぐだけ言いたい事が解らなくなっていく。話せば話すほど言い訳染みていき、やがてアインズは口を閉ざした。もやもやと燻る感情が、がらんどうの胸を焼いていく。

 

「……ことりさんと話がしたいな」

 

 彼女をどう思っているか、未だに答えは出てはいない。けれど、自分が原因のこの思い違いは解いてあげたいと思うのだ。

 

「完全に眠り姫ですからニャ。いやはや、いつ起きるものやら……」

 

 大袈裟に溜め息を吐いて、呆れた視線を投げるものの慈愛を含んだ色をしている。そんなねねこを見ながら、アインズはふと以前聞いたねねこの特殊能力を思い出した。

 

「そう言えばおまえ、プレコグニションを使えるんだったよな。いつ起きるのか分からないのか?」

 

「ボクの予知(プレコグ)は微弱なものと定められておりますニャ。自力では精々戦闘において二瞬三瞬先を見る程度、あとは予期せぬ瞬間に未来を垣間見る程度ですニャ。少なくともこの直ぐ後は起きませんニャ」

 

 元々は使い魔がプレイヤーの行動パターンを学習する為の、プログラミング初心者を補助する為のスキルらしいと聞いたような覚えがあった。身近で使い魔を使っていたのはことりだけだった為、きっと彼女が言っていたのだろう。

 随分と変化したらしい能力に、アインズは感心するやら飛んできた毒に苦笑するやらである。

 

「まぁ、休むのは良い事ですニャ。ギルマス殿は根を詰めすぎなのですニャ。その内精神が参ってしまいますニャ。ボクはもう寝るので、手を出さないと誓うのならご主人に添い寝するのを許して差し上げても宜しいですニャ」

 

「それは駄目だろう」

 

 くぁ、と 欠伸をしてから丸まってねねこが爆弾を放ってくる。しかし何時もの事なので、一言突っ込んでアインズも流したのだが、ふと眺めたことりの寝顔に思わずぼやいた。

 

「しかし、なんと言うか……元々綺麗な顔だとは思っていたが、こう……目を離せない魅力のようなものが一層強烈になっている気がするな」

 

 放っておいたら何時間でも眺めてしまいそうな、そんな怖さのある美しさをことりは撒き散らしている。アンデットになっていなければ本気で危なかったかも知れないと、思わずそう思ってしまうような何かがあるのだ。

 

「あぁ……ご主人のスキルと装備の所為ですニャ。ご主人の魅了判定成功率、ご存知ではないですかニャ?」

 

「……数字は知らないな」

 

「では驚いて下さいニャ。なんとスキルだけで九割ですニャ」

 

「…………スキルだけで?」

 

「スキルだけですニャ。装備にも魅了効果上昇が附与されておりますので、それも相俟ってそういう事態になっているものと予測されますニャ」

 

 お触りはご法度ですニャと笑いながら告げてくるねねこに、ことりが絶対魅了するウーマンだった事実に戦慄する。

 それから、さも思い出したように、ねねこが口を開いた。

 

「暇なら外に出ればいいですニャ。気分転換にもなりますし、今なら援護射撃も期待できるでしょうニャ」

 

 

 

 

 アインズがナザリックの外へと出掛けてから、アルベドはモモンガの自室へと足を踏み入れた。アインズ本人に許可を得ているので、何かを言うものは誰もいない。

 愛するアインズの自室に昂る心を押さえきれないまま、アルベドは普段アインズが執務を行っている椅子へと掛け机を撫ぜた。それだけでだらしなくも口元がにやけてしまうのを押さえられず、くふふと声を漏らしながら机に突っ伏して頬を押さえる。

 アインズの事を思うとそれだけで、抑えきれない想いが胸の内に込み上げてくる。自分ですら上手く制御できない感情が、漣立つ胸のうちを塗り潰していくのが、どうしようもなく欣快だった。

 暫くそうやって独り悶えた後、漸くアルベドは身体を起こす。

 

「そう言えば、ことり様はアインズ様のお部屋にいらっしゃるのだと仰られていたわね」

 

 ことりの部屋にベッドがないのと、いつ目覚めてもいいように。そう言ってアインズがことりを部屋に招いたと言っていたのをアルベドは思い出す。それだけことりを心配しているのだと思うと少し胸が苦しくなるが、同列に立つ至高の存在だからだと自身を納得させる。先日思わぬ所でことりの想いを知ってしまったが、自分の想いはアインズから与えられたものなのだと胸を張って自分を納得させた。

 継ぎ接ぎだらけの心を見ない振りをして、アルベドは客用寝室を目指した。

 

 客用寝室の扉を開けて、その部屋に誰もいないのを確認した瞬間、アルベドの芯がキュゥッと冷える。冷たくなっていく指先に、荒い息を吐き出した。

 さっきまでの高揚が嘘のようだ。嘘だと言って欲しいのに、認めろと囁く自分自身を自覚する。

 確かめたくないのに、確認しない方が恐ろしい気がする。どうしてと泣きたい自分と、こうなる事を冷静に予想していた自分がいる。

 マーレに問い掛けて確信した時から、もしかしたらと思わないでもなかった。敢えて目を逸らせていたものを、これから突き付けられに行くのだ。

 胸を焦がす激情に身悶えそうになりながら、アルベドは主寝室を目指し、扉を開ける。

 

 果たして、一番居ないで欲しいと願っていた存在がそこにいた。

 俯せている横顔は、女性のアルベドをして目が離せなくなるような、色香とは違った魅力を持っている。微かに上下する胸に安堵のような優しい気持ちと、同じくらいの絶望感が去来する。

 縋り付きたいのに、どうしようもなく泣き叫びたかった。

 白い顔を更に白くさせて、立ち尽くすアルベドに、部屋の中から声を掛ける者がいる。

 

「これは、守護者統括殿ではございませんか。どうなさったのですかな」

 

「…………あなたは、確か……」

 

 ベッドの上の、ことりの脇から顔を上げてアルベドを見るねねこに、真っ白になった頭を働かせて思い出す。

 

「ことり様の、使い魔ね……?」

 

「ねねこ、と申します。宜しくはせんで構いませんぞ」

 

「何故あなたが此処にいるの?」

 

 返された言葉の毒に、思わず態度が刺々しいものになってしまったのを自覚する。こんな問い掛けなど聞かなくても分かる事なのに、思わず口を吐いて出てしまった。

 

「これは異な事を。ことり様がいらっしゃるのに私が居らんなど、それこそ使い魔の名折れと言うものですな」

 

「そうね。変な事を聞いて悪かったわね。アインズ様が連れていらっしゃったのでしょう? それを咎めるなどと出過ぎた真似だったわね。忘れて頂戴」

 

「ふむ……確かに私を連れてきたのはギルマス殿ですが」

 

 煽ってくるねねこに乗せられそうになるものの、アルベドは努めて冷静に返した。だが、それに何かを感じたらしいねねこの一言に、アルベドの導火線に火が着いた。

 

「至高のお方の使い魔とはいえ、アインズ様をその様な呼び方とは。気を付けなさい」

 

「可笑しな事を申されますな。敬意は十二分に払っておりますぞ」

 

 アインズ本人がいればどの辺がと突っ込む所だが、生憎今は不在である。つまり間に入るものがいないと言うことだ。

 

「使い魔風情が。言葉に気を付けなさいと言ってるのよ」

 

「ははっ、先程から守護者統括殿は可笑しな事ばかり申されますな。何故私が貴女に従わねばならぬのですかな? 先程貴女も申されたよう、私はことり様の使い魔。私が従うのはことり様ただお一人。故にもう一度問いましょう。何故貴女に従わねばならぬのか」

 

「あなたそんなに捻り潰されたいの?」

 

「それはことり様への敵意と言うことですかな?」

 

 レベル100であるアルベドに、ねねこは絶対に敵わない。だが存外口の悪いねねこは、相手の急所を知っていた。そして、絶対に確かめておかなければならない部分も分かっていた。

 

「隠しきれておりませんぞ、守護者統括殿」

 

 アインズに構い倒される合間に、ねねこは情報を聞き出すことを怠らなかった。

 故に主の恋敵であるアルベドを警戒していたのだが、それ以上に膨れ上がった敵意を見たのだ。敵意というのには相応しくない、それは最早増悪にも近い何かだろう。

 

 アルベドが口を開こうとした時、このタイミングで小さく呻き声が上がった。ねねこもアルベドも、争うのを忘れて声の上がった方を見る。

 もぞもぞと、眠っていた筈のことりが身動ぎ、やがてごめん寝と呼ばれる態勢まで縮こまる。

 更に小さくうーと呻いてから、フラワーアレンジメントも斯くやと言わんばかりの花々しい翼を、伸びをするようにぐっと広げた。ふわりと花の香りが広がった所で、力尽きたように翼は広いベッドの上へと頽れた。

 

「ご主人、ことり様。起きてくださいニャ、ことり様ぁ。寝ーなーいーでーくーだーさーいー」

 

 最早アルベドなど眼中に無いと言わんばかりに、ねねこはことりの元へと駆け寄った。そして懸命に耳元で声を張り上げて覚醒を促す。もう随分と寝ているのだから、此のまま二度寝など許すものかという内心が透けて見える必至っぷりである。

 そんなねねこの努力の甲斐あってか、ことりはやっぱり麗しい声で呻きながら顔を上げた。

 

「だぁれぇ……」

 

「ご主人、ねねこですニャ」

 

「ねねこぉ……?」

 

 明らかに低血圧過ぎて頭に血が通っていない様子のことりに、ねねこは一生懸命になって話し掛けた。放っておけば明らかに寝落ちる事請け合いである。

 

「……ねねこ? わたしの、へや……べっど……?」

 

 漸く身体を起こしたことりは、そのままペタりと座り込む。そうして半分閉じた海色の瞳に、ぼんやりとねねこを映す。

 眠そうと言うか、血が足りていない感じのぼぉっとしっぷりに、ねねこは少し焦った。まだ寝かせておくべきだったのだろうか。

 

「……ここ、どこぉ」

 

「ギルドマスター殿のお部屋にですニャ」

 

 首を傾げた拍子にさらりと髪が音を立てて流れる。重たそうな目蓋を何度か瞬いて、ことりが疑問をぶつければ、焦りなど何処かに置いてきたように透かさずねねこが答える。それにもう一度、長い睫毛を瞬かせて、ことりは蕩けるように笑った。

 

「モモさんのベッド……えへへ」

 

 その事実を大切に確認するだけのように呟いてから、ぐっと大きく伸びをする。ふわりと翼の形をした髪が宙に浮き、花の連なった翼が擦れてさわさわと音を立てた。

 

「んー……ん、あれ、あなた、確かタブさんの……白……二番目……白化…………えっと、アルベド、かな? あれ、でも玉座の間に据えてなかったかな? なんで此処にいるの?」

 

 ぶつぶつと呟きながら考えて一人で答えに辿り着くと、今度はアルベドを見て心底不思議そうに呟いた。

 黒い感情を向けていた筈の相手だったと言うのに、その胸を焦がしていた黒い炎も何もかも一瞬で消し飛んでしまう程、名前を呼んで貰えた事実が嬉しい。喉を焼くような涙の痛みにアルベドが即座に応える事が出来ずにいる間に、ことりは一人で納得した様に頷いて違う問いを投げ掛けた。

 

「あ、モモさんは? お出掛け?」

 

「はい、アインズ様はエ・ランテルへお出掛けになっております」

 

「アインズ様?」

 

「モモンガ様がアインズ・ウール・ゴウンと名を変え、名乗っておられるのです」

 

 熱さをぐっと飲み込んで、アルベドが今度はきちんと答えれば、ことりが鸚鵡のように繰り返す。それに補足を加えれば、ふーんと気のない返事を返してから、ことりは何度か知らない地名を口の中で転がした。新しいマップだろうかと辺りをつけて、モモンガがいないならどうするかを頭の中で決めていった。

 それから回りを気にも止めず、ベッドからふわりと降り立ってねねこを呼ぶ。

 

「ねねこ、おいで。出掛けるよ」

 

「はいニャ」

 

 そのまま出掛けようとしたことりに、慌てたのはアルベドだ。病み上がりの身に何があるか分からないし、何よりアインズから頼まれたのだ。これで何かあったら、本当に申し訳が立たないではないか。

 

「お、お待ち下さい! 長らくお眠りになっていたのです、直ぐに動き回っては危ないです!」

 

 出掛けることに付き従ってはいたが、アルベドの言葉にねねこは概ね同意のようだ。だが振り返ってアルベドを見たことりは、不思議そうな顔をして首を傾げる。

 

「ねねこもいるし大丈夫でしょ、ね」

 

「はい、ですニャ」

 

 全幅の信頼に、ねねこはそれ以外の返事を持たない。例え本心にそぐわなくとも、頼りにされた事を否定出来るシモベなどいないのだ。

 それを感じ取ったアルベドは、尚も止める為に言葉を募る。

 

「ならばせめて、ねねこ以外にも供をお付け下さい」

 

「どうして? 何時も一人でお出掛けしてるのに。そもそも誰を連れてくの?」

 

「デミウルゴスをお付けしましょう」

 

 咄嗟にまだナザリック内にいて、空を飛べる守護者の名を出せば、ことりは困ったような顔をした。

 

「デミウルゴス? なんでデミウルゴスを連れてかなくちゃいけないの?」

 

 ことりの中ではそもそもナザリックのNPCは固定であり、連れ歩くという考えに結び付かないのだ。

 ナザリックのNPCはナザリックを守る為に配置されているのだから、連れ歩けたとしても自分の勝手な判断で連れ歩いても良いものでもないだろう。そう言った意図からの言葉だったのだが、否定の意味を含んだ言葉は、自分ですら感情を制御しきれなかったアルベドの心を決壊させるには十分だった。

 

「貴女も! 私たちを! 捨てるのですか!」

 

 それは悲鳴だった。抑えて、抑えきれなかった溢れ落ちた心の欠片だ。煮え滾る悲しみが溢れ出る愛情と入り乱れて、どうしようもなくなってしまったアルベドの嘆きだった。

 叫ぶつもりもそんな言葉をぶつけるつもりもなかったアルベドは、これ以上言葉を打付けないように口を閉ざす。何か言えば、もっと酷い事になる気しかしなかったのだ。

 

 アルベドの悲鳴を聞いて、ことりの顔が驚きから困ったような悲し気な表情へと変化する。少し迷ってから、ことりは口を開いた。

 

「誰かやめたの」

 

「……アインズ様以外の御方々は、私たちを捨てて行かれました」

 

 俯いたままアルベドは答える。座り込んで泣いてしまえたらどんなに楽だろうか。

 そんな思考を守護者統括であるという誇り(プライド)が押し込めてどうにか顔を上げると、ことりが寂しそうに自分の指先を見詰めている。それから、小さく長く声を漏らして、アルベドを見ないまま呟いた。

 

「あー……それは、寂しいね。悲しいよね」

 

 本当に心から漏れた言葉だと分かるそれに、アルベドの良心がちくちくと痛む。ことりも置いていかれた側の存在なのだと分かってしまったからだ。不慮の何事かで戻って来れなかったのだと、捨てていった者の反応とは思えないくらい、悲嘆に満ちた呟きだったとアルベドは思う。

 そんな相手になんという言葉を打付けてしまったのだろう。謝罪を口にし掛けた時、ことりがぽつりと問い掛けた。

 

「あのね、アルベドは眷族召喚とか出来たっけ。まぁ、出来たとして、召喚した眷族と血を分けた子供と、どっちを選ぶ?」

 

 何を問われたのか一瞬理解出来なかったが、問われた意味に気がついてアルベドの血が引いていく。選んではダメだと、心が叫ぶ。けれど見つめたくないものを、ことりはアルベドへと突き付ける。

 

「選ばなきゃどっちも失くしちゃうなら、どっちを取る?」

 

 そんなもの、決まっている。

 

「こ……子どもを…………血を……分けた、子供を……選ぶとっ……選ぶと、思います……ッ」

 

 知りたくなかった。認めたくなかった。自分達を一番愛していると、そう信じていたかった。

 

「だよね。私もきっと、そうするよ。でも今、どんな気持ちで選んだのか、それだけ忘れないで。そうじゃなきゃ、悲しすぎるもの」

 

 最後は掠れたような声で囁いて、ことりは部屋の入口に向かって歩き出す。その途中で止まって、少し震えた声を張り上げた。

 

「タブさんからアルベドの設定を見せてもらった事があるんだけど、すっごい作り込まれてた! もうね、どんだけ愛込めてるんだってくらいの完成度でね! 私に分かるくらいなんだから、タブさんはアルベドのこと、すごく愛してたと思うよ!」

 

 わざとらしく明るい声でそう言って見せて、そのままことりは駆け出した。後ろは決して振り返らない。

 

「…………ッ! ぅぁあアあアアアあぁ!」

 

 アルベドは力の限り慟哭した。叫ばなければ、心が引き裂かれてしまいそうだった。今更、そんな事知りたくなかった。知りたくもなかった。愛していただなんて、今更言われてもどうしたら良いのか分からないし、分かりたくもない。恨みで塗り潰した哀しみで、心が砕けてしまいそうだった。

 

 頭を腕で覆うように抱え込み、その場にアルベドは座り込む。垂れる髪の隙間から漏れる微かな啜り泣きを聞きながら、ねねこはそっと声を掛けた。

 

「ご主人は守護者統括殿を慰めて差し上げたかったようです。不器用な方故、傷つけるような物言いになってしまった事はご主人に代わってお詫び申し上げます。後ろ向きな意見ですが……守護者統括殿はタブラ・スマラグディナ殿の大切な物を守る事が出来たのだと。それは慰めにはならないだろうかと、ご主人はそう仰りたかったのです。大分言葉が足りませんでしたが…………今は沢山泣いておしまいなさい。少しはすっきりすると思いますよ」

 

 アルベドの不穏な感情を警戒はしていたが、こうなってしまってはとても人事とは思えない。ことりもいっぱいいっぱいだったのは分かったが、足りない言葉を付け足しつつ言葉が足りなさ過ぎるだろうと本気で思う。誤解してくれと言わんばかりならいざ知らず、あれでは恨んでくれと言っているようなものではないか。

このクソ面倒臭い守護者統括に死亡フラグなど、そんな勇気(笑)などいらないのだ。本気で死ぬ。

 

 お座成りなフォローも付け足しつつ、まだ泣き続けているアルベドに背を向けてねねこはことりを追い掛けた。(仮にも)女性の泣き顔を眺めると言うそんな高尚な趣味は、生憎と持ってはいなかった。

 追い掛けつつ、ギルドマスターのアインズに伝言(メッセージ)を入れる。

 

『ギルマス殿、唐突に失礼しますニャ。ご主人が起きましたが、早速守護者統括殿を泣かせましたニャ』

 

『えっ……?』

 

『ご主人がアグレッシブ過ぎてつらい。ご主人も泣いてるっぽいしそっちのフォローに回りますので、守護者統括殿のフォローを適当にお願いしますニャ』

 

『まって。ねえ、なんでそんな事になってるんだよ!?』

 

『こっちが聞きたいくらいですニャ! あとユグドラシルの続きみたいに思ってるっぽいので、それっぽく振る舞って下さい、ニャ! 伝えましたからな!』

 

 悲鳴の上がる伝言(メッセージ)を強制的に打ち切って、ねねこはことりの部屋へと向かう。ご主人を放っておいて骨に(かかずら)っている暇などないのである。

 

 ねねこが漸く追い付いた時、ことりは自分の鳥籠の中にある、花で出来た塒の中で丸まっていた。凹んだ時に此処に引き籠もるのは変わっていないらしい。

 

「ご主人」

 

 声を掛ければ、ことりはのろのろと顔を上げた。泣いてこそいなかったが海色の瞳は海原の様にうねっており、時間の問題と思われた。

 

「ちゃがさんも、やまさんも、もっちーさんも、タブさんも、ウルさんも、みんな止めちゃったって」

 

 すんっと情けない音を立てて鼻を啜り、ことりはねねこを抱き締めた。

 

「ねねこは私を置いてかないでねぇ」

 

 そう言ってすんすん泣くことりに、ねねこは黙って抱き締められる。こんなクソ面倒臭い主であるが、ねねこにとっては無二の主なのだ。そんな所も愛おしい。

 

 上手くやって下さいよと内心でアインズにエールを贈りつつ、ねねこはことりを慰める為にことりの涙を舐めとった。猫の舌はざりざりしている。ねねこ痛いと言って引き剥がされるまで、あと少し。

 

 




シリアスだと思った?シリアルだよ!


遅くなりましたが、この話は
知ってる地雷(ことりの)と、うっかり見つけてしまった地雷(予知の所為)を回避しようとしつつ、爆発したフォローに奔走するねねこがメインの話です


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前話でお気に入り数が倍になって、しろめを剥きました。



 

 結局アインズはねねこからの伝言(メッセージ)を受けた後、ナザリックの外に出たその日の内にナザリックへ蜻蛉返りする事になった。ナーベラルに宿での待機を言い渡し、宿を取ったその足でそのままとって返すなど昨日の自分は考えてもみなかった。

 そこそこの時間を接した感触からあのアルベドが泣くとは到底思えなかったし、そのアルベドを泣かせた方法が分からなかったというのもある。

 伝言(メッセージ)を飛ばしたアルベドは酷いもので、しゃくり上げは辛うじて入らないものの、泣いている相手特有の支離滅裂さから上手く話を聞き取れないという状況が発生した。それを気にしたアルベドが更にヒートアップして仕舞うので、本格的なフォローと状況把握の必要性を感じた為である。

 

 デミウルゴスに伝言(メッセージ)を入れ、アルベドをそっとしておくように伝え、ついでに迎えに来てくれるよう言いつけた。ギルドの指輪(リング)はアルベドに預けてしまっていたので、徒歩あるいは飛行での移動になる。ナザリックの長い道程を共も無しに一人で移動するのは少しばかり心にくるものがあった。

 声を掛けたデミウルゴスも出掛けたことは知っていたので、こちらもこちらで驚かれたのだが、取り敢えずアルベドを責めないよう言い含める。原因が崇拝し、自ら主人と崇める立場の至高のお方(ギルメン)ではどう見たって分が悪いのだから、死者に鞭打ちは酷と言うものである。

 

 実はデミウルゴス、ことりの秘めた感情(コイゴコロ)こそ知らないもののそこそこ面識と情報を持っている。理由は単純で、ウルベルトが結構ことりを構いに行っていた所為である。

 プライドがチョモランマな割に非は認めるし、助言には素直に耳を傾ける。多少口は悪い所はあるが、中の人(ひのり)で姫プレイをする訳でもなく。何よりウルベルトの好きなもの(厨二病)を格好いいと言い切った所を、ウルベルトはいたく気に入っていた。自分の好きなものを好きと言ってくれる相手を厭う者はそうそういないものである。

 そんな訳で、ナザリック内(ギルドホーム)では其なりに話をしていたし、デミウルゴスと言うNPCも結構自慢された相手だったりする。

 

 自分の創造主のお気にいりで且つ、アインズの正妃候補のことりが目覚めた事を喜びながら、デミウルゴスはアルベドを泣かしたと言う彼女の所業に戦慄した。

 あのアルベドを泣かすなど、何をすればできると言うのか。控えめに言っても、泣かせるより殺す方が難易度が低そうだ。そう思った辺り、デミウルゴスのアルベドへの評価が伺えた。

 

「しかしアルベドを泣かせるとは……多少お口が過ぎる方だったとは思いますが、一体何を仰ったのやら……」

 

「……んん? ことりさん、そんなに口が悪かったか?」

 

 デミウルゴスの評価にアインズは思わず首を捻った。多少というか、結構行動が過激だった部分はあったが、口は気にする程悪くはなかった記憶があったのだ。

 それを聞いたデミウルゴスは生暖かい視線でアインズを見た。好きな相手に見せたくない一面があるのは当たり前だ。好きな男の前で可愛い女でありたいと思うのは、ごく普通の感性だと言えるだろう。それに気付かないアインズに告げるべきか一瞬迷ったが、取り敢えず口を噤む事にする。

 

「……デミウルゴス、どうした?」

 

 アインズはデミウルゴスの視線に気付いたものの、何故そんな目で見られるのか分からずに思わず問いかけた。悪い感情は感じないものの、温い温度差がある気がした為だ。

 

「アインズ様の前ではことり様は、綺麗な言葉遣いでお話になっていたのですか?」

 

「比較が分からないからなんともだが、主観的にはそこまでとは思わなかったぞ」

 

「ではきっと気の所為でしょう」

 

 きっぱりと言い切ったデミウルゴスを、アインズは思わず見る。

 

「ではきっと気の所為でしょう」

 

「あ、ハイ」

 

 にこやかに繰り返され、アインズは詳細を聞くのを諦めた。話すつもりが無いことを悟ったのだ。

 ことりに対する按排があるのも事実なので、そちらに配慮してだろうとこの話題を打ち切った。

 

 

 

 

 

 

 九階層でデミウルゴスと別れ、アインズは自室へと向かう。あれだけ取り乱していたアルベドもそろそろ落ち着いてきているだろうし、話によっては慰めてやる必要もあるだろう。

 そう勇んで進んだ主寝室には、床に座り込んで顔を両手で覆い、左肩をベッドに預けた姿のアルベドがいた。普段が凜としている所為か余計に酷く打ち拉がれているように見え、アインズは物凄く焦った。

 一度沈静化を受けてから、アインズはねねこに伝言(メッセージ)を送る。

 

『アルベドもの凄く泣いてるんだが何があったし』

 

『こっちも割と大変なので勘弁しろ下さいニャ。取り敢えず話を聞けば宜しいかと』

 

『どうやって』

 

 泣いている女性から話しを聞くなど、そんな事をした経験は自慢ではないが持ち合わせていない。人間(この場合は骨ではあるが)経験の無いことは出来ないものである。

 咄嗟に助けを求めれば、呆れたような声が飛んできた。

 

『知りませんよそんなもの。お茶でも飲ませとけば落ち着くのでは?』

 

『ハイ』

 

『……………………タイミングを逃した為に説得に失敗しました。これからお出かけですニャ。日が落ちたら帰るよう言い包めましたので、言いたい事などありましたらその時にどうぞですニャ』

 

『取って付けたように語尾が復活したな』

 

『余裕ですな。頑張ってください』

 

 被っていた猫が剥がれた所で、ねねこは会話をぶった斬る。有無を言わさない辺りが彼らしいと思った辺りで、アインズの返事を聞く事なくねねこは伝言(メッセージ)を打ち切った。然り気無く重要な事を言われた気がしたので、帰ってきたら詳しく聞かねばなるまいと心に決めた。

 そして気を改めてアルベドの傍へと歩み寄る。

 

「アルベド」

 

 声を掛ければ、彼女は泣き腫らして赤くなった顔をノロノロと上げてアインズを見た。潤んで赤くなった瞳にアインズを写すと、瞳がいっそう潤みだす。

 

「あ、あいんずさま……」

 

「絨毯があるとはいえ床は冷える。場所を移そう。立てるか?」

 

 声をかけて手を差し伸べれば、アルベドは少し戸惑ったようにその手を見つめる。そしておずおずとアインズの手に自分の手を重ねた。

 常のアルベドであれば返すだろう反応が無い事態に、アインズは静かに動揺する。思った以上に重傷のようである。

 

 立ち上がらせたアルベドの肩を抱いて歩みを促せば、彼女は大人しくそれに従った。そのまま執務室のように使っている部屋にある、アンティーク風のラウンドテーブルの椅子を引いて座らせる。

 それから部屋の外に待機をしていたメイドに、温かい紅茶を頼んでドアの附近でそれを待った。守護者統括という立場に配慮した結果である。

 

 待たせたという事態に恐慌状態に陥りかけたメイドを適当にあしらって退室させ、アインズはソーサーとカップに注がれた紅茶を持ってアルベドの所へと戻った。

 

「これでも飲んで少し落ち着くといい。落ち着いたら、何故そんなに泣いていたのかを教えてくれないか?」

 

 アルベドの前に紅茶を置いて、自分も同じ卓へ着く。アルベドはくしゃりと表情を歪ませてから、アインズへと頭を垂れた。

 

「申し訳ありません、手ずからご用意させるなど……私が用意するべきでしたのに……」

 

「構わないとも。私の部屋だ、私が持て成す側だろう」

 

 鷹揚を装いそう告げれば、アルベドは礼を告げてから紅茶へ手をつける。一口、二口と口にすれば、胃の腑から暖かさが染み渡っていく。凍てた心にアインズの優しさも沁みて、一先ず止まったはずの涙がまた溢れそうになった。それを押し込めるように堪えるのを、アインズは黙って見ていた。

 見守ってくれる優しさに落ち着いた頃、アルベドはぽつりぽつりと零し始める。

 

「タブラ・スマラグディナ様は何故私をお捨てになられたのでしょうか」

 

 それはアインズにとっても衝撃的な言葉だった。アインズが認められない“捨てられた”という認識を、NPCが認識していたというのもある。だがそれを言葉に出して問いかけられて、アインズもまた応える答えを持ってはいなかった。

 黙ったままのアインズに、アルベドは言葉を重ねていく。

 

「ことり様はタブラ様は私を愛していたと仰られました。けれど、愛していたというなら何故。私たちをお捨てになられたのですか。ことり様が仰られるように、私たちよりも大切なものを選ばなければならなかったのですか? 私たちを捨てて行かれるのに、本当にお心を傷められたのですか? 本当に、私は愛されていたと、そう信じてもいいのですか?」

 

 アルベドの言葉は加速していく。溢れた疑問は嘆きに変わり、最後には慟哭へと形を変えた。黙って微笑み、たまに奔りがちなアルベドの裏側に隠されていた悲鳴に、アインズはただ見つめる事しか出来ない。

 

 何故置いていくのかと、縋ることのできなかった嘗ての自分がそこにいた。自分が認められなかった事実を認め、どうにか昇華しようと藻掻くその姿はいっそ痛々しいものだった。

 けれどその姿すら、アインズには羨ましく思える。

 自分はもう、こんな風に嘆き泣く事すら出来ないのだから。声に嗚咽が混じるのを、アインズは冷静なまま眺め、そして口を開いた。

 

「タブラさんが何を思い、何を感じてお前達を置いていったのか、正確なところは私にも分からない。そう信じる他ない、というのが正しい認識なのだろう」

 

 嗚咽を堪えるアルベドを見て、アインズは言葉を続ける。

 

「だが、私にもひとつだけ分かる事はある。タブラさんは他でもないアルベドに真なる無(ギンヌンガガプ)を託していくぐらいには、お前の事を愛していたと思うぞ」

 

 ユグドラシルの最終日、玉座の間でアルベドが真なる無(ギンヌンガガプ)を持っていたことに不愉快を感じたのは事実だ。けれど去る前にワールドアイテムを預けてもいいと思うくらいにはアルベドを気に入っていたのだと、アインズはそう思っていた。

 実際の所何を思って持たせたのかなど、今はいないタブラ・スマラグディナしか分からない。

 だが何を感じるかなど、託された側の勝手なのだ。慰めになるなら、そんな風に夢見た所で罰のひとつもあたるまい。

 そんな風に思って放った言葉は、アルベドの緩くなった涙腺を直撃したようだった。

 子供のようにうーと唸りながら涙を零すアルベドの頭を、アインズは彼女の涙が止まるまで撫でてやろうとそう思う。

 

「お、恐れながら、宜しい、で、しょうか」

 

「構わないとも」

 

 嗚咽で途切らせながらアルベドが問えば、アインズは全部吐き出せとばかりに頷いた。それに促されるままに、アルベドは不安を口にする。

 

「アインズ様も、いつか、私たちを、お捨てになるの、ですか? 他の、至高の方、々の、ように……私、たちをっ、置い、てっ、いかっ、れ、っるのっ、ですっ、かっ?」

 

 ずっと抱えていた不安だったのだろう。口に出せば不安は重さを増していく。どうか捨てないで下さいと泣いて縋るアルベドに、アインズは頭を撫でる手を止めずにそっと答えた。

 

「置いていくも何も、私にとってももう帰る場所は此処しかないからな。お前達もそれを望んではいないのだろう?」

 

 帰れるかどうかなど分からないし、あまり帰りたいとも思わない。待っていてくれる人などいやしないし、鈴木悟にとって全てと言っても良かったユグドラシルも終わってしまっているはずだ。そんな所に帰っても、何をすればいいかも分からない。

 自分を待っていてくれるもののある場所が帰る場所ならば、もうアインズの帰る場所などナザリック(ここ)しかない。自分の帰りを望んでくれるというのに、どうして置いて行けるだろう。

 

 じんわりと泣きたいような気持ちが胸を燻ったが、涙を流せる身体はもうない。自分の分まで泣いてくれとばかりに、アインズはアルベドが泣き止むまで頭を撫でるのを止めなかった。

 

 

 

 

 

 

「ねねこはこんな風におしゃべりするのね」

 

 お気に入りの山百合をコサージュのようにあしらったナイルブルーのカクテルドレスの裾を翻らせて、歌うようにことりは笑う。

 泣いたカラスがもう笑うとは正にこの事かと思いながら、ねねこはことりの切り替えの早さに感謝した。引き摺らない質なのは知っていたが、気持ちいいくらいに割り切ってしまったので少しばかりアルベドに同情してしまうのは仕方ないかもしれない。

 白とピンクのマグノリアのフルールビジューヘッドドレスを左耳元に飾り、構成パーツの荒いレースの形を整えることりは楽しそうだ。

 

「楽しそうでなによりニャ」

 

「うん、出来たー! ん、おいで。お出かけしよ?」

 

「暗くなる頃には帰るニャ」

 

「もー、ねねこ、執事長みたい」

 

 手を広げて招くことりの腕の中に飛び込んで、ねねこは共にナザリックの第一階層へと転位した。

 

 ことりはグロリオサとカサブランカをメインに、白のデンファレやモンテスラ等をあしらった見るからに飛べそうにない翼を羽ばたかせる。飛ぶ事に欠片も不安には思わなかったし、飛べないとも思わない。

 一体どんな力が働いているのか、ふわりとまるでユグドラシルのようにことりは飛んだ。ジプソフィラを編み込んだようなレースのショールの裾が、風を含んでふわりと広がってはためく。

 そのままナザリックから出ようとした所で、霊廟から数名の悪魔達が飛び出してくるではないか。

 

「お待ちください、ことり樣!」

 

 一足早くことりの目覚めを知ったデミウルゴスが、もしかしたらと気を回した結果である。ジャストと言わざるを得ない判断であったが、それが新たな被害を生む結果になった。

 

 結論から言うと、ことりはナザリックの全てのNPCを把握していない。精々階層守護者と仲の良い友人作の幾人かくらいで、あとはPOP(モブ)と同程度の認識しかなかったのである。

 

「……なあに?」

 

 見慣れないちょっと強そうな悪魔のPOPに、ことりは首を傾げながら問い返す。見たことないものは、取り敢えずPOPだと認識していることりである。

 

「出掛けられるならば、どうぞわたくし共を供にお付け下さい」

 

「んー……」

 

 そう言われてもと思いながら、唸りつつ悪魔達を見た。連れ歩きという奴か。そもそもどこでこの悪魔を引っかける事になったのか。テイムアイテムを使った覚えもない。というか、連れ歩きはねねこで十分間に合っている。

 そもそもレベル差もありそうであるし、ことりのプレイスタイルは人型の連れ歩きに非常に向いていない。三秒程考えて、ことりは取り敢えず聞いてみる。

 

「どうして?」

 

「お一人で出歩かれるのは危険です」

 

「うーん、ならやっぱり一人で行くよ」

 

 何故と問われる前に、ことりは困ったように眉尻を下げながら続けた。

 

「私一人なら逃げられるけど、君たちがいると逃げられないもの。置いて逃げるの嫌だし、なら連れてかない」

 

 ことりは基本的に危なくなったら一発ぶちかましてその隙に遁走するスタイルを取っている。魔力と素早さに全振りしているので、レベルの低い連れ歩きモンスターが着いてこれるとは思えない。ねねこは抱えられるサイズなので例外だ。足を止めての殴り合いや打ち合いになったら、確実に負ける自信があった。

 

「寧ろ置いていって頂いて構いません。いざとなれば足止め程度のお役には立ちます」

 

「あれ、意志疎通出来ない系? そういうの気分悪いよねって言ってるんだけどな」

 

 必死に言い募る悪魔達に、ことりは露骨に不機嫌になった。それを横で見ていたねねこが生暖かく笑う。

 自分よりレベルの高い悪魔に対して、お供の自分が何かを言うのは墓穴を掘りそうだ。そう思って黙っていたが、あまり宜しくない流れになってきた。

 取り敢えずことりの気を紛らわすようにと肩口に頭を擦り寄せる。

 

「ん、そうね。早く行かなくちゃ日が暮れちゃうよね」

 

 早く行こうのアピールに取ったらしいことりがねねこの頭を撫でる。悪魔達の視線が、突き刺さり過ぎて穴が開きそうだった。

 違う、そうじゃない。

 ねねこが白目を剥きそうになっている間に、ことりは思い付いたように手を打った。

 

「じゃあ追いかけっこね。追い付けたら着いてきていいよ」

 

 自分に追従出来るなら、何かあった時にも逃げられるだろう。単純にそう考えての提案に、ねねこは笑いを噛み殺した。噛み合っているような、いないような。本当に人の気持ちを汲まない人である。

 基本的に我が儘なことりであるので、肝心の所は意地でも譲ってくれないのだ。

 

「いっくよー? ヨーイッ、ドン!」

 

 言うが早いか、ことりはねねこを抱えて飛び上がった。そしてそのまま弾丸のように加速する。色んなものを無視したその飛び方に、抱かれたねねこも追い掛ける側の悪魔達も思わず目を剥いた。

 慌てて翼を広げて追い縋るが、ことりはあっという間に遠ざかっていく。流石AGI振りと言わんばかりの加速っぷりだった。

 

 ことりは飛びながら後ろを振り返り、遠ざかっていく悪魔達を眺めながら飛んだ。交通事故上等なわき見運転っぷりだが、空を行くことりを遮るものは残念ながら存在しない。

 悪魔達が彼方の点となった頃に、ことりは漸く速度を緩めてこの世界を見渡した。

 

「すっごいねぇ……!」

 

 視界に映る草原には風が渡り、足元には深い森が広がっている。その向こうに見える湖は、湖面に光が反射してキラキラとダイヤモンドのように輝いていた。空も青く澄んでいて、白い雲は緩やかに滲みながら流れていく。

 感嘆の声を漏らして、ことりは感動に胸を震わせた。自然と言うのは、こんなに美しいものなのかと。第六階層にブルー・プラネットが星空を敷いたときも綺麗だと思ったけれど、それ以上に胸にくるものがあった。

 綺麗と呟くことりの腕から、ねねこは飛び出してことりの横へと並ぶ。

 

「見事なものニャ。湖が宝石みたいに光ってるニャ……」

 

「うん、ほんとに綺麗……言葉にならないってこう言う事を言うのね、きっと」

 

 自然といえば花に位しか興味がなかったけれど、今ならあれ程に傾倒していたブルー・プラネットの気持ちも少し分かるような気がする。背景でしょ、なんて思っていてごめんなさい。きっと今ならば謝れる気がする。

 

「湖のあれ、近くで見てもああなのかな?」

 

「どうだろうニャ。行ってみればいいんじゃないかニャ?」

 

 ことりが興味を示したのは、輝く湖面の湖だった。ねねこに分かるのは湖面に風が吹いているの位で、それはことりの求める答えではないだろう。なので軽い気持ちで促せば、ことりが破顔する。

 

「そうね、行ってみれば分かるか」

 

 じゃあ行ってみようなんて、そんな風に言いながらことりは湖に向かって羽ばたいた。

 

 

 

 

 

 

 湖は空から見ればキラキラしていたけれど、湖面の直ぐ近くから見るとそれほど光ってはいなかった。

 代わりに水がとても澄んでいて、浅い場所ならば底が見える程だ。水面の光と影が映る湖底、そこ時折見える魚の影に、ことりはキラキラと目を輝かせる。湖面にひんやりとした風が渡る度、湖底に映る光陰が形を変えるのが楽しいらしい。

 そんなことりを微笑ましく眺めながら、ねねこは今後を考える。

 余りことりの傍から離れなかったので詳しくは知らないが、どうやらナザリック内ではことりがアインズの正妃な扱いのようだった。それはことりの様子を伺いに来た守護者からの情報で、既にことりの恋心が周囲に浸透していたのを知った時には爆笑したのも記憶に新しい。これを知ったことりはさぞや見物な事だろう。

 勝手に外堀が埋まっていて、ねねことしては願ったり叶ったりである。目下の強敵は守護者統括のアルベドであるが、あれはアインズにどうにかしてもらうしかないだろう。きっと彼なら上手くやってくれるでしょう。

 ダメだったらまあ、守護者を唆して仕留めるしかないだろうが、果たしてアインズがどちらの味方をするかと言った所か。話した感触だと、仲間(ギルドメンバー)のことりとアルベド(仲間の子供)とどちらを優先するのかイマイチ読めない。そこが不安と言えば不安だが、悪いようにはしないだろう。その位の信頼をねねこはアインズに対して抱いていた。

 

「ねえ、ねねこ。あれ何かな?」

 

「ん? 何って……なんでしょうニャぁ」

 

 思考に嵌まりかけた所に声を掛けられて、ねねこはことりの指すものを答えようとした。が、それが何なのかパッと思い付かずにはぐらかす。

 

 ことりの指の先には、湖面に突き刺さった太めの木の杭が等間隔に並んでいたのである。ぐるっと囲うように並んだ杭の中には、幾つもの魚の影が見えた。

 

「詳しくは知らニャいけど、生け簀というヤツじゃニャいニャ?」

 

「あ、ほんとだ、お魚いるね。って誰かが育ててるのかな」

 

 止まり木であるように杭にそっと止まって、ことりは杭の内側を覗き込んだ。

 湖面に映ったことりの影に、魚達が集まってくる。それは確かに誰かが魚に餌をやっている事を連想させるのに十分であったが、生憎そんな事が分かる者はいなかった。

 

「わ、凄いスゴイ! なんか寄ってきた!」

 

「ご主人が可愛くて生きるのが楽しい」

 

 訳も分からずはしゃぐことりに、思わず呟くねねこは確実に生を謳歌している。そんなビビッドカラーな空間に、乱入する者がいた。

 

「お前たち、俺の生け簀になんの用だ?」

 

 投げ掛けられた声に、ことりとねねこは水辺に視線を上げた。視線の先には、一匹の蜥蜴人(リザードマン)が剣に手を掛けて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 ザリュースが日課である生け簀の様子を見に来てみれば、生け簀を覗き混む鳥(?)の異形と羽の生えた猫がいた。

 鳥の異形は種族が違うザリュースが目を奪われる程に恐ろしく美しく、きっとそういう特性を持っているのだろう。種族間の美的感覚の壁は厚いのだ。

 何やら楽しそうにはしゃいだ様子である。邪魔をするのは躊躇われたが、そうも言ってはいられない。鳥も猫も、魚を狙う種であるからだ。ザリュースが手塩に掛けて育てた魚を浚われては目も当てられない。割りと死活問題なのである。

 

「これ、あなたの生け簀なの?」

 

「そうだ」

 

 向けられた海色の瞳に射貫かれて、ザリュースはどうにか言葉を返す。得体の知れない恐ろしさに身が竦みそうになるが、気合いで胸を張るように前へ出た。

 しかし相手から返されたのは、そんな恐ろしさを吹き飛ばすような言葉だった。

 

「じゃあ、あなたが“養殖”してるんだ。凄いのね!」

 

 無表情の人形めいた白痴美は霧散し、花のように綻んだ表情は生を象徴するような粋美さに変わった。その変化は思わず目を離せなくなるような鮮やかなもので。そんな表情で褒められたら、魚の一匹位ならやってもいいかと思わないでもない。人はそれを貢ぐと言う。

 

「さ、魚を取りに水辺に来たのか?」

 

「? ううん、綺麗な湖だったから見に来たの。あっ、あなたの魚は捕らないよ!」

 

 吃りつつ問う蜥蜴人(リザードマン)に、ねねこは相手が絆された事を確信した。流石ご主人マジ天使かと心の中で叫ぶが、表情は可愛らしい猫である。

 ことりはことりでどうして蜥蜴人(リザードマン)が警戒心を顕にしているのか把握したので、慌ててそれを否定した。畑泥棒をしたい訳ではないし、そういう誤解は解いておくのに限るだろう。

 

「杭がね、綺麗に並んでるからなんだろーなーって思ったの。生け簀だったのね」

 

 すっきりしたと言わんばかりにことりはひとつ頷いて、ザリュースの横へと移動した。

 

「私はことり、こっちはねねこ。生け簀の主の、あなたのお名前は?」

 

「……ああ、俺はザリュース・シャシャだ」

 

 ザリュースを見上げて問うことりから敵対心は感じない。その腕に収まった羽猫から観られている感じはするが、敵愾心を感じる事はなかった。実際それは正しい認識で、ねねこはザリュースに『この程度ならばことりの好きにさせても、問題なく逃げ切られるだろう』という大変失礼な認識(レッテル)を張り付けていた。

 

「ザリュース、ね。ねぇ、彼処にいるお魚ってなんて魚なの?」

 

「魚の種類、か。考えた事もなかったな」

 

 蜥蜴人(リザードマン)にとって大きいか小さいか位で、魚の種類ごとの呼び名は特にないのが事実だ。旨いか不味いかは感じるが、それを選べる程に傲慢ではなかった。

食と言うのは死活問題であり、食べなければ死ぬというのは痛い程に理解しているからだ。故に大小の重要さより、種に対する認識は優先度が低かった。

 

「そうなの、まあいいか……ここにはキリミっていなかったみたいだけど、何処に行ったらいるか分かる?」

 

「キリミ?」

 

「そう、キリミ。こんな形のお魚なんだけど……知ってる? 橙味がかったピンク色のやつ」

 

 ドレスの裾が地面に着くのも気にせず、座り込んでその辺の木の枝でことりがガリガリと地面に書いた魚は、魚と呼ぶには奇っ怪な形をしていた。

 

「それは魚なのか?」

 

「えー、でも養殖されてたの見たし……あれ、でも培養液の中だったから養殖じゃなくて培養なの? んー?」

 

 首を傾げることりに、不思議なものでも見るようにザリュースもねねこも首を傾げた。

 

 弁解するなら、ことりが子供の頃にリアルで見学したのは、魚のクローン工場だった。全身を作成するのは無駄な部位が出る為、人間にとっての必用部位だけを作り上げる先端技術を使っていたのだが、子供がそんなの理解出来る訳もなく。訂正される機会もないまま、そんな名前と形状の魚がいると認識していただけである。序でに言えば、魚の種類は鮭だった。

 因みにこの場にも訂正できる者はいないので、この誤解が解けるかは不明である。

 

「ま、いっか。機会があれば見つかるでしょ。で、ザリュースは何をしに来たの?」

 

「俺か? 魚に餌をやるとか、網の点検とか……まあ魚の世話だな」

 

「餌? 一緒にあげていい?」

 

 経験のない魚の撒き餌にことりは全力で食いついた。その様子をまるで子供のようだと、そう感じながらザリュースはことりに餌やりのレクチャーをする。

 そんな感じで異文化交流を深めつつ、日暮れまでことりは全力でこの状況を楽しんだ。追いかけっこなどした為に迷子になりかけたのは、完全に余談である。

 

 




2、3、4と繋げて一話の予定でした。プロットでは
やりたい事は半分くらいやれた感じですが、ここまでの状況を見てあと10話くらい書けば終われるかな(楽観)

云々は後々活動報告にあげようと思います


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問 書いて消してを繰り返していた一万字を吹き飛ばして、サルベージの末二千文字ちょっとしか残らなかった時の作者の気持ちを答えなさい

大変おまたせしました




 異世界での一日は、基本的に夜を迎えればそこで終わる。魔法の灯りは高価なので、裕福な家庭などにしか普及していない。そうなれば一般的な家庭の灯りは火を起こしてのものになり、火は油を必要とする。油とて只ではないし、そうなると必然的に夜は早くなる。

 日没から一時間もすれば夜も深くなって、農村などは出歩く人もいなくなる。そんな時間になっても、ことりはまだナザリック地下大墳墓(我が家)に辿り着けないでいた。

 要因は沼地がなくなっていてかつ、墳墓が半分程隠されて見つかりにくくなっていた事だ。が、原因は明らかに何も考えずにやらかした鬼ごっこである。

 最初は呑気に構えていたことりだが、完全に日が暮れた辺りから不安が全面に押し出され、今や既に涙目だった。ねねこの言葉も耳に届かなくなっており、べそべそしてはぐすぐす鼻を鳴らしている。自業自得である。

 心細くなり完全に視野狭窄に陥っていることりを見かね、ねねこはアインズに<伝言(メッセージ)>を送った。ことりの醜態(かわいさ)を十二分に堪能したので重い腰を上げたのだ。

 

『ギルマス殿、宜しいですかニャ』

 

『漸く戻ってきたのか? もう日も暮れて大分経っていると思うんだが』

 

『残念なお知らせという奴ですニャ。まだナザリックに辿り着けておりませんニャ! 聞いて驚け、絶賛迷子中ですニャー』

 

 呆れたように返された言葉に、ねねこは「ドヤ」と付きそうな声音で現状を返す。それに暫しの沈黙の後、アインズは細い声を上げる。

 

『……ぱーどぅん?』

 

『ご主人が迷子ですニャ。空は現在地がとても分かり辛いですからニャ』

 

 ねねこの反応からアインズはしっかりと彼らの現状を把握し、痛まない筈の頭痛を感じた。お分かり頂けただろうか。彼は現在地不明と自己申告したのである。

 

『どうしてそんな事に』

 

『守護者殿の配下の悪魔と鬼事をされまして、ニャ。あ、全速力で撒いたので叱らないで差し上げてくださいニャ』

 

 あれはねねこから見ても同情するに値するものだ。嫌な事件だった。彼らに非はなく──かと言ってことりに非がある訳がないとねねこは思っているが──寧ろ圧倒的被害者だ。そこを叱責されたら、泣きっ面に、蜂は蜂でもオオスズメバチである。

 アインズもことりの逃げ足は知っているので、責める気にもならない。どうして自分が出来ない事を叱れるだろう。

 レベル100の自分ですらこうなのに、100に満たない悪魔では手も足も出せなかったに違いない。どんな気持ちでことりを見送ったのか、考えただけで沈静化が引き起こされそうだ。可哀相すぎる。

 

『相手が悪かっただけじゃ……いや、いい。どの辺にいるとか分からないのか?』

 

『見渡す限り草原ですニャあ……視界の端の方に森とか山が見えなくもないですニャ』

 

『全然絞れてないだろそれ……ああ、何か持ち物とかないか?』

 

『ご主人が着けてる指輪くらいですかニャ?』

 

『着けて出たのかそれ』

 

 そんな危険な事をと言おうとして、アインズは口を噤んだ。ゲームと認識しているなら、着けていて当然のアイテムだ。ちょっとぶらつくのに、態々着けて外すようなものでもない。

 出発点と終着点での労力を考えれば、着けていないとか考えたくないレベルなアイテムなのだ。現在の(特殊な)状況下でなければ、アインズだってつけっぱなしにした筈である。それだけナザリックは広いのである。

 

『〈物体発見(ロケート・オブジェクト)〉で位置を捕捉する。攻勢防壁などあったら切っておいて貰いたい』

 

『分かりましたニャ。「ご主人(しゅじ)ーん! ギルマス殿が探して下さるとの事ですのでさっさと攻勢防壁を切るニャ」

 

 アインズからの要請に了承を示したねねこはそのままことりに伝えたのだが、筒抜けである。アインズに対する以上に砕けた物言いに、思わず突っ込みが入りそうになった。慇懃無礼な敬語すらログアウトとは予想外だ。

 

『切ったそうニャ。宜しくお願い致しますニャ』

 

『お前、キャラブレ過ぎじゃないか?』

 

『まだ猫は剥がれておりませんがニャ?』

 

『まだって……おま……うん。まあ、いい』

 

 露骨に猫を被っていると告白され、突っ込もうかと思った。だが昼間に思わず剥がれた猫を思い出して、深追いは止めにする。

 昼間に街で買った大雑把過ぎる地図を開いて、ことりのリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを探知する為の巻物(スクロール)を取り出して使用した。そうしてことりの位置を把握すれば、彼女はナザリックを遥かに通り越して帝国の方まで流れている事実に脱力する。

 

『随分とナザリックを通り過ぎているようだぞ』

 

『なんと。ご主人は何時も<転移門(ゲート)>で移動していた場所に転移できない様ですので、颯爽と迎えに来て頂けると非常に有難いですニャ』

 

 ユグドラシルのナザリックを指定して転移すれば、それは外れるはずである。そもそも世界からして違うのだ。

 ねねこの言葉を深く考えずに了承して<転移門(ゲート)>を繋げて移動すれば、果たしてそこに彼女は居た。因みに目が醒めてから初めての邂逅である。

 

 目があったことりは、可憐だった。ねねこを胸に抱き締めて、深海を塗り込めたような瞳に涙を滲ませて眉を寄せている。何度か長い睫毛を瞬かせる度、月明かりが瞳を宝石のように煌めかせて、そこに訪れた変化は劇的だった。

 アインズを認識するのと同時に溢れんばかりに目を見開いて、それから安心したように浮かんだ微笑みと涙が零れ落ちる。正しく迷子の子供のような反応をして、そのままねねこを投げ捨てて(・・・・・)アインズにしがみ付いた。

 

「もっ、モモさぁんっ!」

 

「ぅわっ!?」

 

 咄嗟に抱き止めたが、予想外の事態に思わず声が漏れる。そんな二人をねねこは自力で浮かびながら、笑っているようなそんな顔で眺めた。

 腕の中の塊が安堵の余り泣き出した事で、アインズは我に返り事態を把握する。そしてねねこの言った颯爽との意味を理解した。

 

「ぬ、沼地見つかんないしゲート繋がんないしもうデスルーラするしかないかと思った!」

 

 泣き付いた台詞はお世辞にも色気の無いものだったが、中身は空洞の腹がきゅっと絞られるようなもので。

 

「ちょ?! 色々吹っ飛ばし過ぎじゃないですか?!」

 

 デスルーラを考えるより先に<伝言(メッセージ)>の一つでも送って欲しかった。そしてねねこが<伝言(メッセージ)>を入れてきた理由を判然と理解した。

 この異世界でデスルーラなど、ちょっと所ではなく洒落にならない。

 本当にことりがゲームの延長戦のように認識しているのを理解して、ない筈の肝が冷える思いだった。このままでは危険にも躊躇せずに突っ込んでいって、呆気なく命を散らすのは目に見えている。

 その危険を過不足なく認識したアインズが口を開こうとするのを、ねねこの<伝言(メッセージ)>が遮った。

 

『ご主人にここが現実であると伝えるのはお待ちくださいニャ』

 

『何でだ。この認識は訂正しておかないと其れこそ簡単に死ぬぞ』

 

『それでもですニャ。ここででは本当に不味いのですニャ』

 

 ねねこがことりを最優先にしている事実を、アインズは認識している。そのねねこが危険である事を承知した上で、待ったを掛けてきた。何かないという方が不自然だ。

 

『訳は話すんだろうな?』

 

『後程話すとお約束しましょう』

 

 茶化さずに言うねねこに、アインズは敢えて溜息を吐く事で了承とした。

 

「余り心配させないで下さいよ、ことりさん」

 

 アインズのローブにしがみ付くことりの頭を見下ろしながらそう宥めれば、彼女は小さく鼻を啜りながらアインズを見上げて目を瞬かせる。

 

「私のこと、心配してくれるんですか?」

 

「そりゃ心配ぐらいしますよ……駄目ですか?」

 

「い、いいえ! そんな事ないです! ……ごめんなさい、うれしくて」

 

 頬を染めて、照れるようにことりは顔を綻ばせた。柔らかいその笑みは、心から嬉しいと伝わってくるもので。ない筈の心臓が跳ねたような錯覚を覚えた所で、アインズは自分がことりを強く意識している事を自覚した。

 自覚した瞬間、恥ずかしいようなむず痒いような衝動と、そんな衝動をもて余す強い動揺を覚えたが、カッと膨れ上がった所で強制的に沈静化される。動揺が鎮まれば、後に残ったのは緩やかな感情で。アインズは自分がことりの反応に対していじらしいとか可愛らしいだとか、そんな風に感じた事を強制的に自覚したのである。

 

「駄目って言われなくてよかったです……あと、ねねこを放り投げるのはちょっとどうかと……」

 

「ねねこ、猫だし羽生えてるしだいじょぶですよ?」

 

 話を逸らして指摘すれば、ことりは不思議そうに首を傾げた。それに反応したのは、全力で見守る体勢に入っていたねねこ本猫である。

 

「ご主人は基本ボクの扱いが雑ニャ」

 

「えっ、それくらいでねねこどうにかなっちゃうの?」

 

 吃驚したことりがアインズの腕の中でねねこに振り返る。それを受けてアインズはそっとことりから手を離した。

 ねねこから一瞬強烈な視線を受けた気がしたが、意識してしてしまった以上アインズには抱き締めている事などできなかっただけである。恋愛初心者には些かハードルが高かった。

 

「厚い信頼に涙が出そうだニャ」

 

「泣くの? ねねこ泣いちゃうの? かわいそー」

 

「はっはっは! マジでクッソムカつくニャ」

 

 軽快なやり取りを見ながら、アインズはふと思った。本当はことりはねねことそっくりなのではないか。そうなると口の方もかなり悪い事になりそうだったが、そこはそっと蓋をしておく。

 で、あるなら、昼間にデミウルゴスが濁していた含みもなんとなく理解出来た。要は格好つけたい心理(女版)みたいな感じなのだったのだろう。しかし今に来てそれが剥がれた理由も分からない。

 

「楽しそうな所に水を注すのも申し訳ないんですが」

 

「別に楽しくはないのでどうぞですニャ」

 

 少しむすっとした声で答えたのはねねこである。それに軽く笑って返しつつ、アインズは改めてことりに言うのだ。

 

「おはようございます、ことりさん。それから、お帰りなさい」

 

「! はいっ、おはようございます。あと……ふふっ……ただいま、です」

 

 目を見開いてから、ふんわりと笑ってことりは応える。細められる瞳を眺めながら、アインズは思うのだ。

あ、駄目だ。かわいい。

 

 

 

 

 

 

「守護者たちに挨拶、ですか」

 

 ことりを伴って帰還したアインズは、一先ず円卓の間へと腰を据えた。立ち話も何だし、兎にも角にも話をして今後を決めなければと思った為だ。

 そして兼ねてから考えていた守護者達との対面の場は、ことりがひと言でバッサリといった所為でどうにも流れそうであった。

 

「する必要ってあるんです?」

 

 不思議そうながら何処と無く漂う乗り気の無さに、アインズはなんとも言えない気持ちになる。

 ゲームとして捉えるなら、改めてNPCに挨拶はする必要性はないだろう。なんでそんな事をと目で語ることりに、アインズはそうそうに匙を投げた。

 

『認識の訂正はまだ駄目なのか?』

 

『気持ちは分からなくもないので理由を簡潔に申し上げますと、ご主人が死にますニャ』

 

 <伝言(メッセージ)>でボヤけば、返ってきた答えに、アインズは変な声を上げそうになった。言われた意味が理解出来ず、ねねこの方を見そうになるのをぐっと堪える。

 

「……しなくちゃ駄目ですか?」

 

 物凄くしたくないと雰囲気で語りながら、ことりがアインズに強請る。机に張り付いた駄々っ子の体勢の所為で、完全に見上げる形になっていた。そんな風に自分の感情を素直に全身で語ることりを初めて見たアインズは、衝撃を受けつつ説得しようという気力を根刮ぎ奪われた。

 

『後で。説明。絶対』

 

『いえっさ、ニャ』

 

「仕方ありませんね。何かの時に一緒にやりましょう」

 

「えー」

 

 片言になりつつ<伝言(メッセージ)>を終えてことりに返せば、ことりは不満そうな声を上げた。

 

「ご主人は長いこと帰ってなかったニャ。皆が忘れてると大変ニャ。顔見せは大事ニャ」

 

「忘れられると大変なの? 会わないのに?」

 

「思わぬところで守護者統括殿に会ったニャ。もし忘れられて攻撃されたら大変ニャ」

 

「でも私、逃げ切れる自信はあるわ」

 

 見かねたねねこが助け船に入ったが、ふんす!とことりがどや顔で言い切る。それを聞いたねねこが<伝言(メッセージ)>を送る。

 

『ムリぽ』

 

『ですよね』

 

 実際、倒すのは無理でも逃亡くらいなら出来るであろう事をアインズは知っている。最初から逃げる気のことりを捕まえておくのは、実際アインズでも難しいだろう。

 

「直ぐじゃなくてもいいので、お帰りなさいぐらいさせてあげてください」

 

「はァい」

 

 お帰りなさいと伝えた時に嬉しそうにしていたのを思い出して、言葉に気を遣ってそう告げる。そうすれば今までの駄々っ子っぷりが嘘のように、ことりは素直に首肯いて見せた。何が彼女の感性に訴えたのか分からないが、一先ず言質もとれた。

 

「そうだ。今俺、モモンガじゃなくてアインズ・ウール・ゴウンを名乗っているんですが……止めた方がいいですか?」

 

「うーん、モモさん以外に止めちゃったんでしたっけ? ならお好きにしたらいいんじゃないんです?」

 

「ことりさんがいるじゃないですか。ことりさんは嫌ではないですか?」

 

 話題が一段落した所で、そう言えばとことりにアインズを名乗っている事を告げれば、ことりはあっけらかんと判断を投げた。その言葉には明らかに自身が含まれていない。それをアインズが指摘すれば、ことりは不思議そうに首を傾げる。

 

「モモさんがそうしたいなら、私は構わないです」

 

「ええと、本当にいいんですか?」

 

 余りにも頓着なく返されて、逆に不安に駆られたアインズが訊く。それにことりは少しだけ気不味そうに目を逸らす。

 

「ギルドに思い入れはありますけど、ね。もうモモさんの持ち物だと思うので、モモさんのしたいようにして構わないと」

 

 まるで自分を除外するような言い様に、思わずアインズが反論しようとした所でねねこから<伝言(メッセージ)>がとんでくる。

 

『ギルマス殿、アウトー』

 

『ええ……? 引っ掛かるの、コレ』

 

 言おうとした事を察したねねこのジャッジを潜り抜けられなかったアインズは、そのまま口を噤んだ。それから改めて口を開く。

 

「分かりました。このままアインズ・ウール・ゴウンを名乗らせて頂きますね」

 

「はぁい」

 

 緩い返事をことりが返すのと殆ど同じタイミングで、きゅうっと間抜けな音が鳴る。その音の正体が何か分からなかったアインズだが、ぱっと顔を染めたことりを見て悟った。

 

「ことりさん、維持する指輪(リングオブサステナンス)付けてないんですか?」

 

「私の種族の耐性嘗めないでくださいぃ。補うのとギルドの付けたらもう余りないんですよ?」

 

 何故か恨めしそうにそう語ることりに、アインズは少し楽しくなってきた。小さくふふっと笑って、アインズは扉の方へと向かいながら言った。

 

「何か食べるものを持ってこさせますね」

 

 扉の向こうに待機していたユリに声をかける後ろで、「ふぁあぁぁ……」と羞恥に身悶えることりの声と「ははは、ワロス」と煽るねねこの声がする。主従というには随分と距離が近い気がして、少し羨ましくなる。

 ナザリックの者たちとああいう距離感で話せるようになれば……という僅かな希望が、我に返ったことで無理だろうなと泡と散った。

 

 

 

 

 

 

 ことりにご飯を食べさせてから、彼女視点での「新しいワールド」の話とアインズが今日、人間の街で冒険者なるものの登録をした話をした。そうすれば当然のようにことりは明日の街へと同行したいと言う。

 昼間の事もあって正直な話、ことりをナザリックに……というかアルベドの側に置いておくのが少しばかり不安でもあったので、余り大勢に知られていないのを良いことに連れ出してしまう事にした。そもそもゲームの続きと認識していることりが、例え守護者たちが引き留めたとしても振り切って出掛ける事は予想出来る未来なのも確かで。それなら皆のメンタルを彼女が割る前に、連れ出してしまうのが多分一番平和だろう。

 

「人間の街のイベント、私達でも出来るんですね」

 

「見た目が異業種ってばれない格好ならですけど」

 

「モモさんめっちゃ骨ですけど、どうやって入ってるんです?」

 

 運営主催の新しいイベントか何かだと思っているらしいことりの尤もな疑問に、アインズはその言い分に苦笑しながら応える。

 

「いやまあ、確かに骨ですけどね……<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>で全身鎧を着込んでるんですよ」

 

「随分緩いんですね……でもそれなら私も人の姿になった方がいいですか?」

 

「……人魚(マーメイド)のアバターでしたっけ?」

 

「はい、そうです。まあ使うのは殆ど初めてなんですけど」

 

 海妖婦(セイレーン)の最上位の種族として実装された海の呼び声(コール・オブ・ザ・シー)がその実、海妖婦(セイレーン)人魚(マーメイド)の抱き合せだった時、ことりは一頻り笑い転げた後、真顔になったものだ。

 そんなに人気のない種族だったのかと問い詰めたい気持ちに駆られたが、そんなものだろうとも思った。見た目の華やかさとは裏腹に、かなり良く言って全体的に控えめな種族値と掲示板で名高いトップツーを抱き合わせて「種族レベル十五お得!」とか馬鹿にしているのかと小一時間、である。

 因みにことりにはセイレーンの知り合いは一人しかいない。マーメイドに至っては見た事もなかった。知り合いが矢鱈と多いことりでそれなので、最早お察しである。

 人気の筈の人魚というモチーフがどうしてそんなことになったかと言えば、性別によって違う外見(男は半魚人(マーマン)である)の割に人間変化時のステータスが元々のステータスの約五割であること、肝心の元々のステータスも貧弱と言える事、そして何より最初期の異形種狩りの所為であろう。そして決定打は水フィールド外での活動は人化しなければペナルティが入る仕様であった。なぜそこまで拘ったのか。運営仕事しろである。

 余談だが半魚人は二足歩行出来るので、見た目に目を瞑れば人魚より優遇されていると言えるだろう。

 レベルが上がっている状態とはいえ、マーメイドを貰って使うかと言えば否である。取り合えずとアバター二種(人魚と人間だ)の設定はしたが使う機会なぞ終ぞなかった。プレイヤーとしてもかなり有名だったので、そんな姿でうろうろすればあっという間に狩られるからだ。

 よって、精々ナザリック内での着せ替えごっこの人形役位にしか役には立たなかった。

 

「モモさん、モモさん。全身鎧着るって魔法の制限入りませんでしたっけ? 大丈夫なんです?」

 

「大丈夫だと思いますよ」

 

 アインズからすると、この世界のレベルは全体的に、控えめに言っても高くはない。だからこそ戦士の真似事を出来るのである。その辺を踏まえて軽く返す。

 

「んー……ガチめで行けば、大丈夫かな……?」

 

 真顔で呟くことりに、アインズは逆に不安になってくる。一体どんな装備で固めてくるつもりなのだろう。

 

「いや、本当に大丈夫だと思いますよ?」

 

「私のステータスで半分になるんですよ。私の、この、ステータスで、はんぶん! ですよ?」

 

 大事な事なので二回、ことりは力説した。ことりは自身のステータスの薄さを理解している。尖りすぎていて、それ以外が優しく言っても貧弱なのだ。特に防御力は装備で補えと言わんばかりのペラペラさを誇っている。それを更に半分と言えば、吹けば飛ぶ勢いで紙である。このアバターと長く付き合っていることりはそれを一番理解していた。

 

「そうですが……いざとなったら俺がことりさんの盾になります」

 

 アインズから見て、現状そこまで脅威のある存在はいない。ガゼフ程でかなりの強者になるような塩梅なので、全身鎧のアインズでもことりの壁になる位は出来る筈だ。そう思って言った台詞に、ことりは目を驚いたように瞬かせた。

 

「モモさんが守ってくれるんですか?」

 

「あ、えっと、俺が壁だとやっぱり不安ですか?」

 

 意外と言うようなニュアンスに、どちらもガチの後衛である事に思い至る。自分の壁では安心して任せられないだろうかと不安になり、そう問えばことりは照れたように笑った。

 

「や、えっと……その、モモさんが私を庇ってくれるって思ったら、うん……他意はないの分かってるんですけど、でも、嬉しくて……ちょっときゅんってしました……」

 

 ことりの言葉を瞬間、アインズの中で何かが カッと熱くなった。だがそれが何かをアインズが理解しきる前に、その何かは沈静化される。

 

(……なんだ今の!)

 

 燻るような嬉しさだとか恥ずかしさだとかのそう言った感情の残滓に、アインズはこの姿になっていなければ確実に醜態を晒しただろう事を自覚する。絶対に真っ赤になって翻筋斗打(もんどりう)っていた。燻る残滓が余りにも複雑過ぎて、それがどんな感情だったのかアインズには理解出来なかったが、ペロロンチーノの言葉を借りるならば、それが萌と言う奴である。

 

「そう言って貰えると嬉しいです……気になっていたんですけど、俺の呼び方はモモさんのままなんですね」

 

 むず痒く心を炙る照れ臭さに、アインズは分かりやすく話題を変えた。そうしてことりに水を向ければ、ふわりと表情が変化する。

 

「? モモさんはモモさんですよね?」

 

 どうしてそう聞かれるのか本気で分かっていない様子のことりに、アインズはどう言えばいいのかと困惑した。何をもって俺は俺と言われたのか、アインズは分かり易く言葉に詰まる。

 

「ご主人、ギルマス殿はどうしてその問い掛けに落ち着いたのかを聞きたいのだと思うニャ」

 

 微妙な沈黙をことりの膝で丸まっていたねねこが破った。

 

「え? あぁ……呼び方というか、徒名って名前を変えると変えるものなんですか? ごめんなさい、そういうの、良くわからなくて」

 

「いえ、こちらこそ困らせてしまってすみません。でも言われてみれば、どうなんでしょうね……?」

 

 問われてかつてリアルで友達のいなかったアインズは言葉に詰まった。苗字が変われば呼び方は変わっていたが、苗字由来の徒名はどうなるのだろう。というか、あれは徒名だったのか。咄嗟に答えられず悩んでしまった段階で、

 アインズはこの話題の失敗を悟った。そして分からないなら分からないで、こだわる必要もないのだと気が付いた。

 

「無理に変えて欲しいという訳じゃないんです。単純に気になっただけなんで、呼びたいように呼んで貰って構いませんし」

 

「はい、じゃあ此のままで」

 

 特に食い付いてくる訳でもなく頷いて返すことりに、思い出したようにアインズは口を開く。実際に下手な話題で思い出したので少し複雑な気持ちもある。

 

「名前と言えば、冒険者の登録で名前を登録するんですが、登録名考えておいて下さいね。万が一、って事もあるので」

 

「うえぇ、まじですか。ことりがダメならひのりじゃもっとダメですよね……」

 

 ぼやかれた内容にアインズは突っ込みたいのをぐっと堪えた。なんで其処で本名が出た。だが一応駄目だと認識しているようなので何も言うまい。

 

「何か考えておきますー」

 

「是非そうして下さいね。あと明日なんですが、余りきらびやかで目立ちそうなのは控えて頂けると有り難いです」

 

「ごめんなさいどの辺までOKです? 今着てるのはアウトになりますか?」

 

 きらびやかと言われ、ことりが真顔で問い掛ける。今着ているのはナイルブルーのカクテルドレスで、正面は膝上迄で背面が長いフレア状の、人外の脚を強調して見せるハイ&ロータイプのデザインである。シルク生地で光沢があるので、派手と言えばかなり派手に見えるだろう。

 

「言い方に語弊がありました。冒険者に見えるような方向性でお願いします」

 

「冒険者というと、皮の鎧とかそういう感じですか?」

 

「極端ですね。でも方向性はそんな感じで、歩き回るとかの動きやすさ重視な感じですかね」

 

 そう伝えればことりは眉を寄せて、真剣な様子で呟いた。

 

「じゃあ舞台衣裳系とかパニエ系とか、かな」

 

 広がったミニスカートをイメージして貰えれば間違いはない。のだが、本当にそれは動きやすいと言えるのか。

 

「ええと、それは動きやすい服装……なんですか?」

 

「ちょっとモモさんが何言ってるのか分かんないですね」

 

 アインズの言葉に、ことりは怫然とした様子を隠しもせずに言い放った。

 

「そんなの言ったら女の子の衣装、全部駄目に決まってるでしょ? 動きやすいとかじゃなくて、動くんです」

 

 当然のように言い切られて、今度こそアインズは口を噤んだ。そうして思い出すのだ。彼女は、プロであったのだと。

 

 

 

 

 

 

 それからことりにアインズの自室内の客間を勧めたり、寝るのに不便だと人間に化けてみたり、ことりがガチでお世話を焼かれ慣れていたりとそれなりに色々あったのだが割愛する。

 漸くことりを寝付けてからねねこを回収した自室で、アインズはねねこと二人で向かい合った。当然、人払いは済ませている。

 

「で、ことりさんが死ぬというのはどう言うことだ」

 

「どう言うこと、と申されましてもそう、としか」

 

 その返答でアインズはなんとなく悟った。

 

予知(プレコグ)か?」

 

「ボクが見たのは『ご主人が溺れて死ぬ』姿でした。どういった過程でそうなるのかは分かりませんが、どうして溺れてしまうのかは推測出来ているかと思います」

 

 ねねこはアインズの問いを肯定はしなかった。だが、彼の答えがその予測を肯定している。アインズは無言でその先を促す。

 

「ボクは『ご主人はユグドラシルの延長と思っている』と伝えましたが、それは正確ではないのです。正しくは『ご主人は今際に、或いは死期に見た夢の続きだと思って』いらっしゃる」

 

「なんだ、それ」

 

「ご主人はご自分の事をお亡くなりになっているのだと疑っていないのです。これは精神感応(エンパス)に寄って得た認識ですが……お心当たりがお有りの様ですな」

 

「ある、大いにあるぞ」

 

 淡々と、努めてそうある様に話すねねこの耳は寝ており、その内心を如実に表していた。答えるアインズもまた、穏やかな心では聞いていられない話であった。沈静化は起こっていないものの、なんとも言えない不快感が胸中に墨のように広がっていく。

 そんな内心を感じ取ったのか、ねねこはひとつ瞬いてから口を開く。

 

「ご主人は今、ご自分は水の中にいると認識していらっしゃる。どうしてそうなのかは口に出すのも癪なので言いませんが、兎に角、本人にとってはそう(・・)なのです。その現実がご主人を殺すのです」

 

「思い込みで死ぬ、と……そんな事が起こりうるのか?」

 

「プラシーボ効果と言うのをご存じですかな? 沈痛効果のない薬でも思い込んで服用すれば実際に沈痛作用が現れるというアレですが。病は気からとも申しますが、その逆もまた起こりうる……ボクはその未来を変えたい」

 

 其処まで話して、ねねこはしゃんと背筋を伸ばしアインズを見た。そして人も欺くやと言わんばかりのぴしゃりとした礼をとって懇願したのだ。

 

「ご主人を、ことり様をどうかお救いください」

 

 普段の態度は何処へやったのかというその姿に、アインズは彼の話に嘘はないのだと強く感じた。尤もねねこと話していて感じていた、ことりを信仰するその姿勢から、ことりに関する事で嘘など言うとは思えなかったと言うのもある。

 

「俺が協力すれば助けられるんだな?」

 

「ボクはそう信じております」

 

「幾つか尋ねてもいいか?」

 

「答えられる事ならば」

 

 助けられるという確信はねねこにもないのだろう。それを正直に言った彼を信用出来ないなどという意味は、最早ないだろう。アインズの問いにも、嘘はつかないと言外に示しすねねこに、アインズは問いを重ねていく。

 

「お前の予知能力(プレコグニション)の力は成長しているのか? 前に聞いたときには自在に未来を視られるようなものではないと言っていなかったか?」

 

「今でも離れた未来を自在には不可能ですが、日に日に不特定の未来を視る回数は増えておりますな。ですがやはり視る未来は選べませんし、自ら望んで視るのはやはり数秒後までが限度です」

 

「今日、ことりさんと話していた時に飛んできた<伝言(メッセージ)>は意図してのものか?」

 

「そうです。ご主人に『夢ではないと気づかせる』発言を遮らせて頂きました。お二人が話されている間、常に視ていましたので」

 

「具体的に、俺は何を求められている?」

 

 ねねこの答えはことりを最優先にしていると言うのが分かるもので、アインズは核心を問い掛ける。それにねねこはアインズを見つめてから瞬きし、小さく頭を下げて答えた。

 

「ことり様との絆を深めて頂きたい」

 

「その解は?」

 

「言いたくありません」

 

 きっぱりと言い切ってねねこはそっぽを向いた。答えられなくはないが、答えたくないと、そういう意思表示なのだろう。

 

「言い切ったな」

 

「そもそも、本当はギルマス殿にこの話をするつもりはなかったのです。ですが、辿る未来が多すぎて望む未来を見つけられなかった。それを絞り混む為に知っていただいて、序でに協力して貰おうと思ったのです。ボクは貴方を利用しているだけだ。なので貴方もボクを大いに利用して頂いて結構ですよ」

 

 そのつんとした言い種が自分の知っていることりに少し似ていて、NPCは創造者(おや)に似るのかと少しだけ気が緩む。

 

「調子が戻って来たじゃないか」

 

「貴方はボクが血反吐を吐く思いでご主人の仲を推しているのをもっと理解すべきですぞ。何が悲しくてこんな骨とご主人を……ぐぐぐ、背に腹は代えられないと言うべきか……!」

 

「お前はほんとに俺に当たりが厳しいよな、知ってたけど」

 

「このナザリックでご主人の未練になれるのはもう、ギルマス殿だけですからな」

 

 心底無念と言った様子で、ねねこがぼやいた。その言葉の不体裁さにアインズがねねこを見遣ると、ねねこもアインズを見つめて言った。

 

「ご主人はボクたちに未練を残しては下さいません。きっとこの世界の、他の何にも」

 

「……お前は何を視ているんだ?」

 

 確かにねねこはアインズを見ていた。けれどその視線はアインズを通り越して、何か違うものを見ているように感じられる。それを問えば、ねねこは途方に暮れたような声で呟いた。

 

「もう何を答えればいいかも、解らないのです。ギルマス殿は…………これは、例え話ですが、眠り続けていたとして、例え目が覚める事がなかったとしても、それは生きている事だと思われますか?」

 

「何を……」

 

「例え話です。でも、ボクは……それは死んでいるのと同じなのではないかと、そう思うのです」

 

 温度を感じさせないような声音でそう漏らしたねねこは、まるで迷子の子供のようにも見えた。

 

「助けるんだろう、ことりさんを」

 

 そう言って頭を撫でれば、ねねこは小さくニャアと鳴いて、そのまま小さく丸くなった。

 

 暫くねねこを撫でていれば、喉をゴロゴロ鳴らした彼も少し落ち着いてきたようだった。耳の後ろを掻いてやりながら、アインズはふと思い出したように尋ねた。

 

「そう言えば、語尾は付けなくていいのか?」

 

「別にそういう風に定められた訳ではありませんからな。ご主人がニャアニャア言ってる方が可愛いと思っていらっしゃるのでそうしているだけです」

 

 つまり接待という奴ですな。幾分か明るい声でそう言うねねこに、アインズはなんとも言えない気持ちになった。清々しく言われたけれど、語尾が消えたのを憂うべきか喜ぶべきか、如何せん判断がつかない。

 

「共犯者になったのです。もう恩遇はいらんでしょう?」

 

「共犯者とはまた物騒だな」

 

 言いながらアインズが撫でる手に頭を擦り付けて、ねねこは笑うように目を細めた。それから低く小さく、ゴロゴロと機嫌が良さそうに喉を鳴らして見せたのだった。

 

 




心が折れかけましたが俺は元気です

6/16 追記+手直し
悪夢の大書き直し前はもっと軽いノリで淡々と詰んでた筈なのになんでこうなってるんでしょうね?
真綿で首が絞まるようにSAN値ガリガリされながら詰む直前って感じになってる気が

誰も要らない用語解説
プラシーボ効果の反対→ノーシーボ効果
思い込みで人は死ぬ。やばい

知人にタキシード仮面はヒロインだと思うんだけどどう思う?って聞いたら「ばかなの?」と素で返された件
ドッジボール止めよ?

更にどうでもいいですがヒロアカに嵌まりました。
推しはグラントリノですが今の所誰の同意も得られてません
一番萌え転がったキャラなんですが……世の中間違ってる


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飛ばしても何も問題ない話。
書きたい話を書かずして何が二次創作か。

あらすじ:
ことりさんのお色直し。三人メイド娘とわちゃわちゃしてるだけ
話は何も進んでません


 

 

 ことりの意識は、温い暗闇の中で揺れていた。その心地良い微睡みの中で、彼女は自分を呼ぶ声を聞く。何度も呼ぶその声に惹かれ意識を浮上させようとした所で、不意に受けた腹部への衝撃で急激に覚醒する羽目になった。

 

「ぅぐっ?!」

 

「お早いお目覚めですニャ。ほら、シャキシャキ起きるニャ」

 

 目を白黒させながら上半身を起こせば、腹の上でねねこが自分を見上げながら座っている。どうやら彼が自分の腹にダイブして叩き起こしてくれたらしいと、ことりはぼんやり思う。そして、自分が未だ夢の続きを見ているのだと理解した。だってねねこが自分で喋って動いているのだ。そう思ったらなんだか嬉しくなってくる。

 

「おはよ、ねねこ」

 

「ご主人、水でも被って来た方がいいニャ」

 

 半眼でそう言ってくるねねこを抱えてことりはベッドから降りた。あくびをしながら片手で伸びをすれば、部屋の隅に控えてたメイドがスッと寄ってくる。彼女に先導されて、ことりはバスルームへと踏み入れた。

 さっとネグリジェを剥かれ、温めの湯が張られたバスタブの中へ。そのまま世話をされながら、ことりの頭はようやっと回転を始めた。

 湯から上がってふかふかのバスタオルで拭われ、バスローブを着せられて再度客室(キャストルーム)へ戻る。小さめのラウンドテーブルの上に、控えめな量のグリーンサラダと温かいカフェオレが用意されている。引かれた椅子に腰を下ろして、ことりは上品にそれに手をつけた。

 

「目蓋はちゃんと開いたかニャ」

 

「起きた起きた。ちゃーんと起きました」

 

 テーブルの上にピンと背を伸ばして座るねねこに、ことりは苦笑しながら軽口を叩いた。それに満足そうに尻尾を揺らしながら、ねねこは再度口を開く。

 

「それは良かったニャ。今日のお出掛けはギルマス殿と一緒なのニャ、さっさと準備するニャ」

 

「もうそんな時間なの?」

 

「ご主人の朝は戦場でしょう」

 

 呆れたようにそう言われ、ことりは目を瞬かせた。確かに、女の朝はある種の戦場なのは間違いない。の、だが。

 

「まぁそうなんだけども。ねねこは私のこの顔見て、作る必要あると?」

 

 自分の気のすむまで弄り倒した顔なのだ。バスルームで軽く鏡を覗いた程度であるが、正直に言って化粧など要らないレベルだった。アバター様々である。

 

「その格好でお出掛けになるおつもりかニャ?」

 

「着替えるけど、そんなに時間かからないわよ」

 

 最高級とは言えどバスローブで出歩くつもりは流石にないことりは、たかが着替えと口を尖らせつつカフェオレを煽った。だが直ぐに遠いところを見るような目になる。昨日モモンガから言われた「冒険者っぽい服」を咄嗟に思い浮かべられなかったからだ。

 控えめに言って、ことりは衣装持ちだ。基本的にお一人様行動は衣装の為のクリスタル集めをしていたし、ファン()から衣装を貢がれた事だってある。けれどセイレーンの自分のアバターに似合うことを前提に作っていたので、全力で趣味に走ったものが多い。つまり、ドレスだのローブだのばかりなのである。

 どこの世界にドレスを着た冒険者がいるだろうか。きっとユグドラシルと某竜を探すRPGかそれ位ではないだろうか。それでもAラインやマーメイドドレスで冒険している奴はそうそう見なかったと言うのは、完全に余談である。

 

「ねえ」

 

 困ったことりは、助けを求める事にした。傍に控えていた一般メイド達に声をかけたのである。

 

「あなた達はモモさんの側付き?」

 

「本日のアインズ様付きの者は別におります」

 

「私に付いてくれるのなら、お願いがあるのだけどいいかしら」

 

 彼女達はことりが寝ている間にねねこが集めてきたことりの為のメイド達である事を、ことりは知らない。なのでことりとしては一応、持ち場を変える事への配慮である。

 

「なんなりと」

 

「そう。なら私の服を見繕って欲しいのだけど、よろしい?」

 

「あの、」

 

「どうか?」

 

「私たちが見繕ってしまって、宜しいのですか?」

 

 メイドたちから見れば現在に至るまで、自分の装備は自分で選ぶのがことりのスタイルだった。そこに女性である事を加味しての問い掛けで、その疑問は尤もであると言えるものだ。

 頼まれたまま行うのではなく、自分で判断し確認する。メイドの彼女がそれを行った事に、ことりの評価は跳ね上がった。

 

「ふふ、よろしいのですよ。序でに髪のセットが得意な方がいたら、声をかけていただける?」

 

「かしこまりました」

 

 ご機嫌な様子で笑ってお願いを重ねることりに、対応していたメイド──リュミエールは丁寧に頭を下げた。

 メイドと言えど個があるし、個性があるならば得意不得意だってある。掃除が出来る事と、髪を結う器用さがあるかは別の次元の話である。

 そう考えるからこそリュミエールにそう声を掛けたのだが、彼女からすればことりの髪を結う事を許されたも同然だった。何故ならばナザリックの一般メイドには夢が詰まっている。要するに彼女たちに死角という死角は、ちょっと大食らいな位しかないのだ。

 カフェオレを飲み終わってひと息入れてから、ことりはメイド達を引き連れて懐かしの自室へと向かったのである。

 

 ことりの自室の造りは、少し他の部屋と変わっている。他の部屋のように客室が無く、代わりに衣装部屋(ドレッシングルーム)が拵えてあるのだ。主寝室のクローゼットを装備が圧迫した結果、使わない客室よりも衣装部屋を取ったのである。

 

「冒険者っぽい装いを見繕って欲しいのだけど……なかったら最悪、図書室に探しに行くわ」

 

 見渡す限りの夜会服(ドレス)に、ことりは半分諦め気味だった。自分で集めた衣装なので、内訳も大体記憶している。自分の種族的にどうしてもドレス系統に偏っているの位、ちゃんと覚えているのである。

 そもそもことりは自分の花束(アバター)を見せびらかしたい一心なので、自然な形で背中の開く服を選ぶ。そうなると結果は火を見るより明らかというものだった。

 部屋の目立つ所に配置されているトルソーに飾られた三着の神器級装備は、何れもドレスといった造りである。内訳二着は貢ぎ物(プレゼント)であり、一着は花嫁衣装(ウェディングドレス)で貰った当時、ドン引きしたのは完全に余談である。

 わざわざ見せるように保管してあるドレスから丈の短いものの辺りを指定して、ことりはメイド達に指示を出した。

 その間に自分は人の姿用の靴を漁る。人の姿なんて海の呼び声(コール・オブ・ザ・シー)が実装されて直ぐ位に、双子(アウラとマーレ)と一緒に女子面子の人形(マネキン)をやった以来とんと使っていないアバターだ。従って、その時に用意した数足位しか持っていなかった。

 普段に使うのは鳥の脚を飾る装飾具な位で、流石に裸足の冒険者はないなと胸の内でぼやく。

 出てきたのはピンヒールのパンプスと編み上げのサンダル、ミュール、ロングブーツで、ブーツ一択と相成った。

 

「私、外套(クローク)なんて持ってたかしら」

 

 冒険者のイメージを浮かべて取り敢えず外套は外せないと、そう思った所で思わず声に出た。背中の花束(つばさ)のお陰で、持っている上着はストールやショールばかりだ。着けない装備など覚えている訳もなく、少し考えてみて放り投げた。なければないで、どうにかなるだろうというノリである。

 

「ことり様」

 

 呼ばれて振り返れば、三人のメイドが各々が選んだ服を携え控えていた。声を掛けたのはショートカットの金髪の、活発そうな少女だ。

 

「外套はなかったのですが、外套に『近い』ものは見つかりましたので、一応それに合わせる形で見繕ってみました」

 

「ぽ、ポンチョマント、かな……?」

 

 さっと見せられたのは暗めのオリーブグリーンの、マントのようなシルエットをした上着だった。マントと言うには裾がすっとしていて、ポンチョと呼ぶには丈が長く、前が開くタイプのものである。丈は目測で膝位になると思うが、ぱっと見てなんと呼べばいいか分からないようなものだ。だがマントといえばマントっぽくはある。

 

「フードは付いておりますが、形が近くはあるかと思いました。他も探したのですが、ケープやショールのようなものが多くて、その……」

 

「皆まで言わなくてもいいわ。作った記憶がないから、多分ないと思うし……合わせた服を見せて貰える?」

 

 活発そうな見た目に反し言い辛そうにしたメイド──フォアイルを遮るように、ことりが先を促す。そうすれば一言添えて、フォアイルはポンチョマントの後ろに持っていた服を翳して見せた。

 

「冒険者ということで、丈が短く色合いの落ち着いたものを選んでみました」

 

「ゴスロリ系を持ってきたかぁ……」

 

 フォアイルが持ってきたのはモノクロにセピアが差し色の、フリルロングコルセットのドレスだった。黒のロングコルセットのドレープの下にはパニエで広がった白のレースのギャザースカートが三重になっている。セピアのレザーチョーカーと同色のリボンがコルセットをネックストラップとして吊るしており、スカートと同色のフレアーの付け袖がセットになっていた。

 ここにあるものに比べれば色合いも華美でなく、丈も短く動きやすくはある。だが、この格好で森へ突っ込めと言われたら全力で拒否したい装備である。控えめに言って、絶対に袖を引っ掛ける。

 

「……二人のも見せてくれない?」

 

 唸りながらもことりが促せば、リュミエールがすっと前へ出て選んできた服を見せてくる。

 

「動き回ると思いましたので、動きやすさを重視して選んでみました」

 

 そうして出されたのは、チューブトップタイプのシフォンのミニドレスである。胸回りにドレープの大きなフリルが遇われており、膝上程の丈のタイトラインは確かに動きやすいだろう。

だがピンクにキャロットオレンジは控えめに言ってもかなり目立つ。それにストラップレスなので肩腕共に露出されており、人の姿でこれは少し抵抗感があった。普段着ているだろうと言われるかもしれないが、そこはセイレーンなのでとしか言いようがない。人じゃないから恥ずかしくないもん、である。

 

「ええと、落ち着いた色合いで露出の少な目のものを選んでみました」

 

 もう一人のメイド──シクススがそう言って見せたのは、バーガンディーのトレーンベストにペタルピンクのミニスカートのコーディネイト装備だった。ベストの下には七分の絞り袖なオフショルダーブラウスがあると言うのも、ことり的にはポイントが高い。

 

 どれも冒険者が着るようなものではないというのは、もはやどうしようもない事実である。ことりがことりのアバターを見せびらかしたいが為に作った装備+貰い物で構成されているので、本当に着飾るドレスが多いのだ。因みにゴスロリ系は趣味ではないので、全て貰い物である。

 

 因みに落ち着いた色合いであって、華美ではないとは言っていない所がミソである。

 トレーンベストには金糸でアカンサスのデザインが縁取りされており、バックは黒のリボンで編み上げられているのだが、こちらもやはり金糸で縁取りが施されている。何が言いたいかというと、ダークレッド+金も黒+金も映えて見せる組合せだと言うことだ。

 余談だが植物柄が何かしら入っていて、映える色の組み合わせは大抵ことりのお手製である。ので、前者二点に比べたら自業自得なので仕方ないという魔法の呪文を唱えることが出来るというのも大きい。

 

「……そうね、露出少な目のベストのがいいな」

 

 モモンガさんに何か言われたら選んでもらえばいいか。そう開き直って、ことりはメイド達に着付けられるのだった。

 

 

「あなた、髪結うの上手なのね」

 

「お褒め頂けて光栄です」

 

 ドレッサーの前に腰掛けて、手持ちの三面鏡を持ったリュミエールに後頭部を見せられたことりは素直に感嘆の言葉を漏らした。

 ことりの髪は編み込み型のギブソンタックで、少し低めの位置で纏められている。余りにも堂に入った手付きで纏めていた為、その道のプロの人だろうかとこっそり思ったのは秘密だ。

 ことりの少し薄目のストロベリーブロンドに映えるようにとフォアイルが厳選した、薄紅色の大き目な芍薬と白のアネモネの髪飾りが後頭部中央の窪みを埋めるように留められている。それらを囲むように、卯の花色や若芽色のピンポンマムが差し込まれている。アクセントに散らされたミモザの黄色が一際色鮮やかだった。

 

 満足そうに結われた髪を褒めることりに、仕上げたリュミエールも誇らしげだ。そんなことりに、シクススが声を掛けた。

 

「仕上げに軽くメイクをさせていただいて宜しいですか?」

 

「重たくならないようにお願い」

 

「かしこまりました。では化粧水から塗らせて頂きますので、少々目を閉じていてくださいませ」

 

「はぁい」

 

 少し顎を上げるようにして、ことりは目蓋を落とす。少し白味の強い肌に、シクススはコットンに吸わせた化粧水からベースまで、丁寧にまぶしていった。ルースパウダーまで乗せたところで、フォアイルがシクススにアイシャドウを渡す。渡されたシャドウを見て、リュミエールが小さく尋ねる。

 

「ゴールド? 少し派手じゃない?」

 

「そう? 暗めの服だから合うと思うけど。リュミエールはどの色がいいと思うの?」

 

「私? ……オリーブ、かしら。落ち着いた爽やかさがお似合いになると思うんだけど」

 

 綺麗に対立したリュミエールとフォアイルは顔を見合わせて、メイクの手を止めていたシクススを見た。

 

「私は服が少し落ち着いてしまったからピンクかオレンジがいいと思ってたんだけど……」

 

 渡されたのがゴールドだった為に二人の様子を見ていたようである。見事に三者三様になってしまった好みに、メイク待ちしていたことりも目を開けた。

 

「ナチュラルめにベージュがいいわ」

 

「ではベージュにピンクを差しますね」

 

 全員選んだ系統が違うので、決まらないと思ったことりは自分で選ぶ事にする。そうリクエストすれば、ごく自然に差し色が入ることが決まった。

 口紅の色でも対立が起きたのだが、やはり無難なアプリコットをことりが選んだ。誤算と言えばやたらツヤツヤにされた事くらいか。尤もリュミエールもフォアイルもいい仕事したねと言わんばかりであったので、ことりは賢明にも口を噤んだのだが。

 

 軽いオレンジのチークと目尻にセピアのアイラインを入れて、漸くメイクは終了である。ナチュラルメイクといっても、メイクしない訳ではないのである。

 

「ちょっと若々し過ぎじゃない?」

 

「そんな事ありませんよ。とてもお可愛らしくあられます」

 

「お優しい感じに纏まっていらっしゃいますよ」

 

 出来上がった自分を姿見に写してぼやけば、回りから全力で肯定の言葉が入る。

 どうにも顔立ちにリアルのことりの日本人っぽさが入っており、日本人共通の悩みである童顔が際立っているような気がするのだが、可愛いと褒められては閉口せざるを得なかった。可愛い≒幼さでもあるのだ。

 

「……そこの宝石箱から翼の形のネックレスを取ってくれない?」

 

 気分を一新させるようにことりが頼んだのは、<飛行(フライ)>の込められたペンダントである。

 人の姿のことりは空を飛べない。元の種族が飛べるので当然<飛行(フライ)>を習得していないのだ。そして普段から飛んでいることりが飛べないなど、考えられない事だった。

 フォアイルにペンダントを付けて貰いながら、ことりは更に指示を出す。

 

「そこの青い花の耳飾りかな、こんぺいとうのやつ……そう、そっちそっち。あとその隣の隣の小さい青い花の指輪も取って」

 

 迷うことなく指示を出すのは、足りない耐性を補完するアクセサリーだからだ。バリエーションはあれど、この辺りは定番的に使っている。それ所以の迷いの無さだった。

 余談ではあるが、課金の追加装備スロットを指輪から他部位へと、更に課金で移しているプレイヤーはそこそこいる。特に女性に多かったのだが、ことりもその一人だった。

 

「……部屋の外にギルマス殿が来たニャ」

 

 今の今まで籠の中で丸まって横目で眺めていたねねこが、やっと、漸く口を開く。ねねこは一応オスなので、女性陣のお色直し的なそれに全く興味がなかったのである。因みにことりの裸に興奮するような高尚な趣味は、持っていない。ねねこはノーマルなのだ。

 

「あら、全然気がつかなかった。お通しして貰える?」

 

 ことりの言葉を受けたフォアイルが礼を取ってから、ドアへと向かう。

 気付かなかったと言うものの、外に誰かが残っている訳でもなく先触れがあった訳でもない。もう少ししたらモモンガから直接<伝言(メッセージ)>が来たかもしれないが、この時点では完全に非公開情報である。

 種を明かせば、単にねねこが見計らって<伝言(メッセージ)>を飛ばしただけなのだが。そんな事はことりは知りもしない。

 因みにことりが起きてから、既に三時間近く経過していることを記しておく。

 

「迎えに来たんですが……まだ掛かりそうですか?」

 

「いいえ、もうお支度できました。どうですか? 似合ってます?」

 

 ブーツと同系色の革手袋(レザーグローブ)を嵌めたことりは立ち上がって、フォアイルに先導されて来たモモンガに向き直った。それからそのまま、その場でくるりと回って見せる。

 

「似合ってます。……でも、なんだか不思議な感じがしますね」

 

「羽がないからですかね?」

 

「そうかもしれません」

 

 まじまじと見つめてくるモモンガの視線を受けて、ことりは少し照れつつ首を傾げた。見て貰えるのは嬉しい。でも見つめられるのは、少し恥ずかしい。

 

「その、背中なんですけど……少し大胆じゃないですか?」

 

「これですか?」

 

 そう言われてことりはモモンガに背を向けながら振り返る。付け襟で見えないがベストは首の後ろでベルトで留めるタイプであり、背中を大きく開けて腰の後ろで絞めている。その下に着ているオフショルダーブラウスも、肩甲骨を見せるデザインなのである。

 

「羽が出るので開いてるんですよ。ダメですか?」

 

「ええと……目のやり場に困ります」

 

「そこはセクシーだよって言ってくれなくちゃ」

 

 ちらちら感じる視線が、モモンガが本当にそう思っているのだとことりに教える。それがなんだか楽しくて、ことりは笑いながら軽口を叩いた。

 

「冒険者って感じの服じゃないかなって思ったんですけど……まだマシかなって」

 

「……ソウデスネ」

 

 ことりの言葉に釣られて、モモンガも衣装部屋を見渡した。見える限りは大体ドレスであり、どこの貴人だと言わんばかりの服である。思わず片言で答えたモモンガに、自分をフォローするようにことりが口を開く。

 

「マントを着たら背中も見えなくなりますし、少しは冒険者っぽくならないかなって……それ貰っても? あと苺のブローチも……ありがと」

 

 リュミエールからポンチョマントのコートを受け取って、それを羽織ればすっぽりと服は隠れてしまった。パニエで広がったスカートがシルエットをふんわりと見せており、普通に外套を羽織るような寸胴さを感じさせない。

 ミリタリーグリーンのマントの下には肌が僅かに覗き、マホガニーブラウンのロングブーツが素肌の白さを際立たせた。コートの合わせ目にワイルドストロベリーをモチーフにしたブローチで留めれば完成だ。

 色合いだけで見れば、居なくもなさそうな色調だ。

 

「背中、見えないですよ。どうです?」

 

「おお、それっぽいです。でも折角似合ってるのに、隠れてしまうとなんだか勿体無い気もしますね」

 

 さらっと漏らされた感想に、ことりは思わず耳を染めた。恥じらいを隠すように片手で口許を覆って、照れて困ったように笑う。

 

「お上手ね」

 

 何気ないその一言だからこそ、精一杯に取り繕わなければならないくらいことりは照れた。

 そこそこの付き合いから、モモンガがこう言うリップサービスが得意ではない事位は知っている。知っているから、たとえ他意がないとしても嬉しくて仕方がないのだからどうしようもない。惚れた方が負けなのは、世の習いなのだから。

 

「えっ、あ、お世辞とかじゃないですからね!?」

 

「しってます! もう! 少し黙っててください!」

 

 ダメ押しされて、ことりはついに背中を向けた。そのまま両手で顔を覆うが、後ろからは少し慌てたようなモモンガの声が聞こえてくる。

 もっと困ればいいのに!と、耳どころか首まで赤くしながら、ことりは彼の朴念仁を呪うのだった。

 

 

 

 

 

 照れて赤くなったことりを宥めすかしながら出掛けていったアインズに、一部始終を始めの初めから見ていた三人のメイドは、完全に部屋を後にしたのを確認してから口を開く。

 

「ことり様がアインズ様をお好きらしいっていう噂は聞いてたけど……」

 

「物凄く解りやすく大好きじゃない」

 

「アインズ様も特別お優しかったし、これはもしかしないんじゃないかな」

 

 色恋事が好きなのは、何時だって女の子なのだ。それが至高の方同士であるというのが輪をかけた形ではあるが、控え目に見てもいい雰囲気のように見えた。

 アインズのアルベドに対しては見せない砕けた様子も、特別を思わせると共に意識し初めの初々しさを感じさせた。ことりの様子は言わずもがなだ。

 応援しない理由がないのをいい事に、ひっそりと二人の仲を見守り隊がメイドたちの間に生まれる事になる。その事をまだ誰も知らない。

 

 





ねねこは裏でアインズ様とおしゃべりしてます。
女のコのお色直しは長い


十巻みてアインズ様の恋愛経験値に真顔になった
アルベドちゃんまじ可愛そう
あと武王寝とるとかアインズ様まじアインズ様
オスクと武王の仲を深読みした腐った人は他にもいると信じてる


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前の話は読まなくても何も問題なかった

前話のあらすじ
三人メイドとお色直し


 

 

 淡いストロベリーブロンドから覗く海色の瞳が楽しげに細められる。伸ばされた細い腕は意外と太い骨の腕を絡めて、ミリタリーグリーンのマントコートに隠された胸へと抱き込まれた。

 一瞬肩を揺らした愛しい人に、ことりは満足そうな笑みを浮かべる。

 

「びっくりしました?」

 

「……しました」

 

 ことりの目論見は成功したようで、モモンガは驚いたかはともかく、動揺はしている様子である。ことりとしては大変満足なのだが、モモンガが落ち着かなさそうに体を揺らしたので腕に頬を寄せるようにして尋ねる。

 

「だめですか?」

 

「駄目、で……は、ない、です」

 

 言おうとした言葉がことりの脇から鋭く刺さる視線に尻窄みになった事を、彼女だけが知らない。

 

 <転移門(ゲート)>を出して外へ出るだけの筈がこんなことになったのは、大体ことりの所為である。単純に手を繋ぎたいなーと思ったのだが、ふと悪戯心が沸き上がって腕を組んでみた、それだけなのだが。

 それなら問題ないとことりが笑ったので、二人と一匹はそのまま<転移門(ゲート)>へと踏み出した。

 

 モモンガにエスコートされて、ことりは新しい世界へと進む。狭くてちいさな、新しい世界へ。

 

 

 

 

 

 エ・ランテル近郊で別れる前に、モモンガはこの後の事を簡単に確認する。

 

「一人で街に入って貰って冒険者組合で待ち合わせ、で本当に大丈夫ですか?」

 

「だいじょーぶですって」

 

 意外と導火線が短いことりが門で足止めされる事で爆発しないかを懸念しての問いだったのだが、まるで子供のおつかいのように軽いノリが返された。この時点でモモンガの懸念は間違っていないのだが、それを知るのは現時点ではねねこだけである。だが彼はことりがしたいようにさせるので、一切口を挟まないのだが。

 

「……分かりました。何かあったら<伝言(メッセージ)>飛ばして下さいね。絶対ですよ。あと、冒険者に登録する名前、どうするんですか? 俺はモモンで登録したので街の中ではモモンと呼んで欲しいんですが」

 

「モモさんで問題ないですね、了解しました。ことりでいいんじゃないかって思ったんですけど……だめって顔してますね。エルドビーレにしようかな、と。なのでエルデって呼んでくださいね」

 

 分かりやすくていいでしょと笑うことりは、彼女にしてはまともなネーミングと言えた。あんまりサラッと出てきたので、不思議に思ったモモンガが問う。

 

「珍しく悩みませんでしたね? 何か由来でもあるんですか?」

 

「これの名前がErdbeereなんです。ヒノリもだめって言われそうだったので、思い付かなくて。だめならアネモネでもピオニーでもネモフィラでもいいですよ」

 

 そう言って胸のワイルドストロベリーのブローチを指すことりは通常運転だった。自キャラの名前やねねこのネーミングから分かる通り、ことりのネーミングはちょっとアレである。自覚もあるので作ったアイテムの名前は、ほぼ単語という有り様だ。

 だがその辺はどっこいである自覚のあるモモンガは、賢くも口を噤んだ。何か言おうものならすべてがブーメランになるからである。

 

「ねねこの名前も変えた方がいいです? 大丈夫?」

 

「そうですね……一応変えておいた方がいいんじゃないでしょうか」

 

 ことりがある意味有名であるからと、わざわざ登録名を変更するという流れだった。それならばことりが連れている翼猫も違う名前で読んだ方がいいのだろうか。そんな疑問をことりが口にする。それを尤もだと感じたモモンガが肯定すれば、ことりは真面目な顔で少しばかり考え込んだ。

 

「じゃあ……シュトルテハイム・ニャインバッハ三世、略してにゃーくんで」

 

 言い切られて、モモンガは思わずねねこを見た。ことりの肩を陣取るねねこは動揺した様子もなく、澄まし顔だ。

 

「ええと、シュルツとかではなくにゃーくんなので?」

 

「はい、ニャーくんです」

 

「シュルツでなく」

 

「ニャーくんです」

 

 真顔で首肯くことりは多分譲らないだろう。モモンガはもう一度、ねねこを見た。今度は黙って首を振られた。あれは澄まし顔は澄まし顔でも、悟り澄ましていただけだった。

 

「分かりました。ニャーくんですね」

 

 名前を呼ぶ度にモモンのイメージが崩れそうだと思ったが、本猫が何も言わないのだからとそっと口を閉ざす。一番物申したいのは、間違いなくねねこである筈だろう。その彼が何も言わないのであれば、横から口を挟むのも妙な話というものだ。

 

「では中で待っていますが、何かあったら呼んで下さいね。呉々も問題を起こす前にですよ」

 

「分かりましたって。モモさん心配性です?」

 

「心配性なので頼ってください。あ、そうだ。これ、通行料の貨幣です。ユグドラシル通貨と違うものになるので注意してください」

 

 さらっとモモンガは流したが、その台詞にことりはきゅんとした。然り気無い所で格好良いのだから、罪作りな人だと本気で思うのだ。なので思い出したように渡された通貨に、一瞬反応が遅れたのも致し方ない事だろう。

 

「うわあ、随分と凝ってるんですね……中で両替とか出来るんですか?」

 

「換金はできますが、両替は出来ないようですよ。あとアイテムボックスや無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァサック)はマントの中で使うようにしてくださいね」

 

「入るの躊躇うくらいめんどくさいですね」

 

 面倒臭がりのことりの不穏を察したのか、モモンガは貨幣の入った小袋を受け取った彼女の手をそっと握った。そして包み込んだことりの手の甲を、親指でそっと撫でる。

 

「中に入ったら、一緒に街を見て回りませんか?」

 

 分かりやすいデートのお誘いに、ことりの耳がほんのり染まる。意識されていないのは重々承知の上であるが、こんな風に誘われたら期待しないではいられない。惚れた方が負けなのだ。

 喜んでと返したことりは、易しく見てもチョロかった。ちょっとチョロ過ぎて大丈夫なのかとねねこが不安になったのも、きっと仕方のない事である。

 

 

 

 

 

 ネックレスに込められた<飛行(フライ)>で低空飛行してエ・ランテルに向かってくることりは、控えめに言って不審人物である。更にはマントに付いたフードも被っているので、怪しさが爆発でもしそうなもので。更に更に、肩には見たこともないモンスターを乗せているしで、警戒されない訳がなかった。

 それでも初めはことりも比較的友好的だった。だが最初から警戒を全面的に押し出した兵士の態度と、ねねこについて口さがなく言ったのが決定的で、彼女の機嫌は急転直下したのである。

 

「フードを取れ? 取ったことによって私が被る不利益を、あなた、責任とれるの?」

 

「出発地点はヘルヘイムって言ってるわよね? 知らないそちらが悪いんでしょう」

 

「というか、あなた本当に私を止められると思ってるなら、お医者にかかった方がよろしいのでない?」

 

 兵士に突っ掛かられたことりは、口の悪さを見事に露呈した。機嫌が悪いのが更に拍車をかけていく。触らないでから始まって、きつい言葉の出るわ出るわ。そんな彼女に衛兵が強く出れないのは、態度や口調が命令しなれている者(おえらがた)であった為である。ここまで機嫌を損ねていて、かつ本当にお貴族さまのお忍びであったなら、フードをひっぺがして身元をばらすなど、下手したら物理的に首が飛びかねない。

 

「どうか魔法詠唱者(マジックキャスター)がいらっしゃるまでお待ちください!」

 

 そんなことりに根を上げた兵士は、気の毒としか言いようがなかった。

 通された先にやって来た分かり易い程の魔法使いに、ことりはフードの中で眉を寄せた。そして屋内であることと、目の前の魔法詠唱者(マジックキャスター)を見て、漸くフードを上げたのである。

 

 場に沈黙が落ちる。散々許否してきた相手がフードを取った事の衝撃よりも、フードの下から出てきた素顔に、場に介した者たちは言葉を失った。そして許否していた相手の主張が正しかったのだと理解した。

 フードの下から現れたのは淡いストロベリーブロンドを結い上げた、海色の瞳の女性だった。少し幼い顔立であるが、それを抜いても麗しいと称して間違いない繊細な美しさがそこにあった。眉間に寄せられた皺すらも気にならない。何より、惹き付けられて目を離せない魔力のような何かがある。

 現状独り旅でこれから冒険者登録するのだと彼女は言っていたのだが、この人目を惹く美しさではあの頑なさも頷けるというものだ。あの態度は充分に自衛であるのだから。世の中は女に厳しく出来ているのだから、是非もなし、である。

 

「あなたがマジックキャスター? 私も大意ではマジックキャスターになるのだけど。冒険者志望なのだから、マジックアイテムを持ってるからなんだとか、そんなつまらない事は言わないわよね?」

 

 そういった者たちが魔法の力を持つ装備を持っているのが殆ど常識のようになっているらしいと知っているのは、先程突っ掛かってきた兵士に詰られたからだ。

 警戒しているのは分からないでもないが、頭からさも悪人だと言わんばかりの物言いに気の長くないことりはぶん殴ってやろうかと思ったくらいだった。

 対峙した魔法詠唱者(マジックキャスター)も、既に最悪なことりの機嫌にどう言っていいのか大いに迷った。原因は一目で分かってしまった、マントの下の服である。フードを降ろした時に見えた袖と中に着ているベスト、降ろした事で見えるようになった襟の、どれもが一流以上の仕立てであった為だ。

 怪しい事に目がいって、マントの造りを完全に見落としていた。真っ青になったのは兵士である。こんな服を着られるのはもう、貴族しか考えられなかった為だ。

 

「申しませんが、規則ですので……一応マジックアイテムを確認をさせて頂いてもよろしいですかな?」

 

「そう。構わなくてよ」

 

 丁寧に申し立てれば、すんなりと了承の言葉が返ってくる。先程の皮肉を聞いていなければ至って普通の対応に見えたが、その実超絶不機嫌であるのは魔法詠唱者(マジックキャスター)も知るところだ。

 失礼してと言い置いて、魔法詠唱者(マジックキャスター)は呪文を詠唱する。

 

「<魔法探知(ディテクト・マジック)>」

 

 驚いたように見開いて、それから長く息を吐いて。魔法詠唱者(マジックキャスター)は改めてことりを見た。

 

「さぞや名のあるお方でなのしょう。お名前を伺っても宜しいですかな?」

 

「エルドビーレよ。気の向くままに飛び回っていて、この辺は初めてだから、知らないでしょう?」

 

 力のある者が力のある装備で身を固めるのは、ある意味当然の事である。更に力のある使い魔(ファミリア)を連れている魔法詠唱者(マジックキャスター)で、何か隠し立てしている様子もない。

 そこまで来たら、何処か遠い地で名を上げた魔法詠唱者(マジックキャスター)と考える方が自然である。どこかの高貴な生まれで、若くして成ったというならば、この性格とて有り得る話であるだろう。

 気を悪くした様子もなく、知らなくて当然と言うようにことりは名乗った。それに魔法詠唱者(マジックキャスター)は納得したように数度頷く。

 

「冒険者の登録をするのなら、そちらの使い魔も一緒に登録すると宜しかろう。冒険者組合で一緒に登録出来ますからな」

 

「そうなの? 分かったわ、ありがとう。所で冒険者組合で落ち合う約束があるのだけど、もう行ってもいい?」

 

 足税の分だけ受け取って、魔法詠唱者(マジックキャスター)はそのまま彼女を送り出してしまった。そんな彼に、兵士は恐る恐る問い掛ける。

 

「……素通してしまって良かったんですか?」

 

「全身の装備をマジックアイテムで固める程の魔法詠唱者(マジックキャスター)がその気になったら上位の冒険者でもなければ止められんだろうよ。連れていた使い魔(ファミリア)も、知性のある目で此方を睨んでいたからな……その気になっておれば儂らの命などとうに無かろう。眠る竜の尾を、わざわざ踏んで起こす事もあるまいよ」

 

 髪飾りからブーツまで、余すところなく強い魔力を感じたのだ。其だけの装備を整えられるのだから、どんなに少なく見積もっても自分よりは上だと魔法詠唱者(マジックキャスター)は考えた。冒険者登録をするのなら少なくとも首輪は着くのだから、落し所としては充分だ。

 

「おぬしらは首が胴から離れなかったことを喜べば良いだろう」

 

「……そう、ですね」

 

 あれだけ機嫌を損ねておいて、一言も触れられなかったのだからそれを喜ぶべきだ。明け透けにそう言われて、兵士は口を噤まざるを得なかった。誰だって自分の命は惜しいものである。

 なかなか気難しそうな御仁であったので、後は怒らせる者がいないことを祈ろう。そんなことを思いつつ、何かあっても知らぬ存ぜぬを貫こうと心に決めた魔法詠唱者(マジックキャスター)である。

 

 

 

 

 

 門で時間を取られたからか、漸く門を抜けた所にはモモンガがナーベラルを伴って立っていた。それを彼女が見つけた頃には、モモンガ達がことりを見つけて歩み寄って来る所だった。

 

「エルデさん、お疲れ様です。問題は起こしませんでしたか?」

 

「モモさんって然り気無く酷いですよね! 知ってましたけどぉ!」

 

 その距離を自分から詰めたことりを迎えたのは、モモンガの然り気無いディスりだった。本人にディスっているつもりが一切ない所が余計に酷い。

 

「そんなことはないと思いますけど……こっちはナーベです。ナーベ、エルドビーレさんだ」

 

「ご紹介に預かりました、ナーベです。お目覚めになられて何よりでございます」

 

 首を捻りつつもモモンガが紹介したナーベラルは、ことりに向かって深く頭を下げた。下げられたポニーテール頭を見て、ことりは首を傾げて一時停止する。気合いで脳内の検索をかけて、それでも辿り着けなかった所にねねこの<伝言(メッセージ)>が飛んできた。

 

『プレアデスのナーベラル・ガンマですニャ』

 

「……あー。うん、よろしくね。エルデでいいわ」

 

 思わず間抜けな声を上げてしまったのも仕方ない。NPCを連れ出すという発想がなかったので、無意識に除外していたのだ。

 それから先日のアルベドとのやり取りを思い出し、可哀想な事をしたなと反省する。謝りに行く予定は今のところないが。

 

「まあ、一先ず冒険者登録しに行きましょうか」

 

「あ、その前にちょっと換金したいんですけど、何処かないですか?」

 

「……ちょっと分かりかねますね。組合で聞いてみるのはどうですか?」

 

「分かりました。ふふ、ちょっとワクワクしますね」

 

 先導される形で歩き出しながら、ことりはご機嫌にモモンガを見上げた。不思議そうな視線を受けながら、ことりは小さく苦笑する。

 

「ほら、皆で街を歩くってなかったじゃないですか。だから、なんというか、新鮮なかんじ?」

 

 ことりの言いたい事は伝わった。異業種ばかりが集うギルドだったので、こういった街並みをゲーム内とはいえ、歩いた事は殆どなかったからだ。

 

「あー、気にした事ありませんでした」

 

「でしょうねえ」

 

 呑気なことりの返事を聞きつつ、三人は組合への道を歩く。その軽い足取りは、ことりの心境そのもので。すっかりご機嫌になっていたので、ことりはモモンガの挙動が若干不審になっているのに気づくのが遅れた。

 なんだか落ち着かない様子で、よく見れば視線があちこちへと飛んでいる。それが街並みを気にしているようには見えなくて、ことりは思わず聞いてみた。

 

「どうしたんです? モモさん、何か気になるものでも?」

 

「ん、ああ、いえ……ナーベと歩いている時も感じてはいたんですが、なにか滅茶苦茶見られてませんか。ニャーくんがいるからですか?」

 

「あー、ナーベ綺麗だから見られるんですね」

 

「おっ、お褒め頂き光栄です」

 

 予想外の所から飛び火して、ナーベラルは思わずどもった。世辞には聞こえなかったけれど、御方々が傍に居て自分が視線を集めるとも思わなかったが、それはそれと受け取っておく事にした。賛辞は何よりも誉れであるのだから。

 

「しかしこの不躾な視線は、どちらかと言えばニャーくんに向けられているというより、こ……失礼しました。エルデ様に向けられているように感じます。マント一枚ではこ……エルデ様の魅力は隠しきれないものなのだと愚考致します」

 

 ナーベラルの意見に納得したのはことりである。自身の素の魅力値と装備に組み込んだデータクリスタルの値を考えて、あー……と小さく声を上げた。

 

「らしいですよ。私の所為みたいです」

 

「いや、責めている訳じゃ……気にならないんですか?」

 

「あはは、現実(リアル)での私のお仕事、知りませんでしたっけ?」

 

「…………愚問でしたね」

 

 モモンガに問われてことりは思わずと言った風に笑った。アイドルというのは観られてなんぼの仕事であるので、有り体に言うならことりのそれは慣れである。

 今更、見られてどうのと言うつもりもなく、それを気にするような繊細さももう持ち合わせてはいなかった。

 

「でもフード付けててこれだと、外したらどうなるのかは気になりますね」

 

 合流してからこっち、ことりはフードを被ったままなのである。端から見ると、怪しいフードを被った人物に何故か視線が引き付けられるという、控えめに見ても大惨事が起こっている。が、原因は全く気にも留めていなかった。

 

「んんっ、せめて冒険者の登録してからにしましょうか」

 

 焦ったように言ったモモンガに、ことりはフードの中で小さく笑う。遠回しな気遣いがくすぐったかった。

 

 モモンガに連れられてたどり着いた冒険者ギルドは、少し造りのいい建物といった風貌に見えた。もっと豪華なイメージを持っていたことりからすると、少々拍子抜けな感じである。

 

「冒険者ギルド……」

 

 思わず見上げて呟けば、横にいるモモンガが苦笑したように思えた。

 

「とりあえず中に入って登録をしてしまいましょう」

 

「はーい」

 

 言いたい事は後で聞く。そんな副音声を伴って促されて、ことりは大人しくいい子の返事で倣うのだ。登録する事自体に思うことなど、特にないのである。

 ウェスタンドアを潜り抜ければ、古い西部劇に出てくるウエスタンサルーンを彷彿とさせた。そんなギルド内は屋内特有の薄暗さを感じさせ、よくも悪くも普通の建物であった。

 言い得ぬがっかり感を抱えながら、ことりはモモンガの後に続く。視線を集めているのを感じたが、自分ではなくねねこに集中しているように思う。肩に乗っているねねこが居心地の悪そうに身動ぎし、それがくすぐったくて小さく声を漏らした。

 

「あ、登録?する前にアイテムの買い取りをしているお店とかあったら紹介して欲しいのだけど」

 

 カウンターで受付嬢にそう言えば、ねねこから自身へと視線が移ったのを感じた。何だろうと首を捻ってみても原因が思い当たらず、気にしない事にする。

 

「こちらでも買い取りは行っておりますがどう致しますか?」

 

「そう? ならお願いしてもいいかしら」

 

 そう言ってから、ことりはマントコートの下でアイテムボックスを開けて、中から適当なアイテムを幾つか取り出した。

 取り出されたのはことりが昔に作った装備品であり、なかなかショボいデータの入ったものである。いつか処分しようと思いつつ、外装がそこそこ思い入れがあったのでずっとハヴァサック内を暖めていたと言う経緯のある代物だ。

 そう言った訳で出されたのは、ベロニカペルシカが三つ並んで飾られた指輪と、グリーンベルを編んだ形のブレスレット、八重咲きのガーデニアと数本のチェーンのついたピアスだった。

 因みに効果は多少の素早さアップと、多少の魔力アップと、多少の運アップである。二つ目は同じデザインでリメイク済みだ。

 

「こちらの三点で宜しいですか?」

 

「はい、お願いします」

 

 登録料くらいになればと言う軽い気持ちだったのだが、その後の対応に(おのの)いた。

上の人まで出てくるというまさかの事態に、ことりは動揺を隠せなかったのだ。

 

「えっ……えっ?」

 

 アクセサリーとしての見た目の自信はあれどしょっぱい効果の代物に、直ぐには値段が付けられないと聞いて、ことりは思わず聞き返した。

 

「嘘ですよね?」

 

「…………一つ200までなら直ぐにご用意できますが……美術品としての買い取りをお望みでしたら、そちらの店をご紹介、しましょう」

 

 苦渋の決断のように言われたが、直ぐに用意できる分だという。どうしたらいいか分からないことりは、助けを求めるようにモモンガを見た。

 

「……装飾品としての価値もあるのですか?」

 

「そうですね……専門ではないので明言は避けさせて頂きますが、常駐している魔法詠唱者(マジックキャスター)が見た所、こちらの品には<保存(プリザベイション)>がかかっていないという事でした」

 

「うん?」

 

「しかし、こちらの品は生花が使われている装飾品との事です」

 

「……つまり、どういう事ですか?」

 

 とっちらかった話題がどう進むのか、嫌な予感がしてモモンガは先を急かす。

 

「つまり、これらのアイテムは魔法によってではなく枯れない花である、という事です。宝石類ではありませんが、普通に有り得ない装飾品にどれ程の価値が付くのかは、正直な所分かりません」

 

 思わずことりを見たモモンガから、ことりはそっと顔を背けた。当然である。ことりからすれば、ただの花モチーフの装備品(下の下)なのだから。

 査定係の言わんとする所をまとめると、魔法付加の品としても逸品であるが、それ以外を踏まえての値段との事だ。更にマジックアイテムである事も踏まえると直ぐには値が付けられないと、そういう事らしい。

 

「ええと、美術品云々を抜きに査定して貰うと金貨200枚になるの?」

 

「もう少し詳しく調べれば変わって来るかと思いますが、付加価値を抜けばその前後くらいになるかと」

 

「貨幣の持ち合わせがない故の金策なのだけど、そこから登録料諸々を引いて頂く事はできて?」

 

 ことりが結論だけ急げば、それは可能であるという返答が返ってくる。この後の散策用に少し手持ちが欲しかったのもあり、一つは提示された値段で買い取って貰い、残りは査定して貰うという事で話を纏めた。

 先に買い取った分の差額分の話で、露骨に機嫌の悪くなったことりが「そこまで狭量でないわよ」と怒ったが、それ以外特に問題なく話は進んだ。

 

「それで私の登録とニャーくんの登録をしたいのだけど、」

 

「ではこちらの書類の方をお書きください。代筆も出来ますが──」

 

「その前に、こちらの──冒険者の方々は、信用出来る方々でいらっしゃる?」

 

 再度受付嬢が代わった対応を遮ったことりの質問は、余りにも不躾なものだった。成り行きを興味本意に眺めていた周りの冒険者たちが、苛立たしげにざわめく。

 

「それは……どういった意味でしょうか」

 

「例えば登録したての女冒険者を襲うようなならず者はいないか……とか、そんな意味かしら」

 

「……女性でいらっしゃるのでそう言った不安がある、と。成る程、確かにがたいの良い男性が多ければそう言った心配もあるかと思います。しかし実際そんな事をすれば信用にも関わりますし、ギルドからも少なからずペナルティがあります」

 

 もし何処かでそういった経験があるのなら、女として当然の危惧である。受付嬢はそう言った不安からの言葉であると取ったのだが、ことりのそれは「襲う(物理)」であり、性的な意味でとはこれっぽっちも言っていない。

 先行きが不穏になってきた二人の会話に、ざわめいていた周囲も俄に静けさを取り戻す。

 

「もしそんな場面に出会したら、放っておくような方々ではいらっしゃらない?」

 

「……私の個人の意見ですが、当冒険者ギルドに登録されている方々は、女性のそんな危機を見捨てたりしないと信じています」

 

 受付嬢の言葉はなんの強制力もない。だが非力な女性からそんな風に頼れると信頼を寄せられて、悪い気のしない男はそうはいないだろう。当回しに釘を刺したとも言える。

 

「そう。随分と信頼を寄せられているのですね」

 

 そんな受付嬢の言に乗っかるように、ことりはそっとマントコートを脱いだ。正直暑かったし、特に変装をしている訳でもないので、万一ことりの人型を知っている者がいた場合の保険をかけたくらいのノリである。いきなりボコられるのは嫌だし、このノリなら周りの者ももしもの時は庇わざるを得ないだろうという打算である。

 

 だが残念な事に、周りから見ると少しだけ違って見えた。控えめに見ても怪しいフードの女が生意気な事を言っていたが、蓋を開けてみれば美少女と言っても過言ではなかった。あれだけ言っても仕方ないと思わせる何かが確かにあったのである。

 優しげなストロベリーブロンドをギブソンタックに編み上げて、覗く瞳は空の蒼さを写したような海の色。耳元のハイドレンジアの青いこんぺいとうの花飾りから垂れる朝露のような雫が、傾げられた首の動きにそってしゃらりと揺れた。現実(リアル)で培われた外向きの笑みをふわりと浮かべ、ことりは周囲の冒険者たちを振り替える。

 

「では私もその言葉を、信じさせて頂きます。宜しくお願いしますね、御方々」

 

 ことりは自分の魅力を知っている。ことりの見せびらかしたい自慢のアバターなのだから当然だ。そんな所から溢れる自信も、フィルターを通せば全幅の信頼と言う名の脅迫に見えるのだから詐欺である。尤もことり的にはそうされると裏切り難くなる程度の認識しかないのだが。

 ことりは今日も、通常運転なのだった。

 

 





前の話を書いててこれ書きたいけど読んで楽しいのかって言われたら微妙だなと思って、続けて投稿するためにちょっとがんばりました

おかしいな、カジッチャンのとこまで進むはずだったんだけどな、おかしいな?


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遅くなりました。
忘れかけていましたが、この話はコイバナですよ
少女漫画のノリを目指していこうと思っていたのです



 

 代筆を頼んだ為に飛んできた質問に粗方答え終わり、無事に冒険者登録も済んだところでことりのプレートが発行される。<英雄鼓舞の呪歌(インスパイア・ヒロイックス)>を使える吟遊詩人(バード)ということをうっかりバラしてしまった所為でシルバープレートを支給されることになったのだが、プレートのデザインにことりがケチを付けるところまでがテンプレである。大層不満そうなことりと困惑しきりの受付嬢の間にモモンガが入ることで、どうにか仲裁し事なきを得た。

 

「これで登録は全部おしまい? ならもう行っていいの?」

 

「はい、お疲れ様でした」

 

 少し疲れたような顔をした受付嬢が軽く頭を下げたのを見て、ことりはねねこを抱えたままモモンガを振り返る。

 

「終りらしいので行きましょうか。お買い物、付き合ってくれるんですよね?」

 

「そうですね……今日は街を見て回るという約束ですし、お付き合いしますよ」

 

「少々お待ちください。モモンさんにご指名の依頼が入っております」

 

「私に……?」

 

 この後の予定を話しながら出ていこうとする一行を呼び止めて、受付嬢は用件を告げた。驚いたのはモモンガだ。つい前日登録したばかりなのに、指名依頼が入るなどありうるのだろうか。

 戸惑って動きが止まったモモンガの前から、ことりが脇に避けようと身を動かした。それをモモンガは半身を隠した赤いマントを右手で広げてことりを隠す。隠されたことりは驚いて、モモンガを見上げた。フェイスマスクの内側が淡く光ったように見える。

 

「モモ、さん?」

 

「あー……その……ッオホン! その、え、エルデさんの、その、せ、セクシーな背中を晒すのを見過ごす訳には行きません」

 

「! あれ……覚えててくれたんですね」

 

 つい先程までの澄した顔を崩して、ことりは蕩けるような笑みでもってモモンガを見上げた。照れ隠しの為の戯言を覚えていてくれて、それを返してくれるなんて思っても見なかったのだ。その表情を見ればことりがどう感じているかなど、何を語られなくとも分かってしまう。そんな表情(かお)だった。

 そんなことりの表情をちらっとでも見てしまったのだろう。受付嬢は大層、気不味そうな顔をした。モモンガのフェイスマスクのスリットが再度、微かに発光したような気がする。

 

「そう言う訳なので、このままで」

 

 ことりが頷き返すのを見届けて、受付嬢は改めて口を開いた。

 

「……えー、宜しいですか?」

 

「あ、ハイ」

 

「コホンッ、では……ンフィーレア・バレアレ氏よりモモンさんへの指名依頼を伺っております。内容は薬草採取の護衛で、詳しくはお会いしてから詰めたいとのことです」

 

 受付嬢の依頼状を差し出しながらの説明を聞いて、モモンガは初めて耳にする名前を思わず問い返す。

 

「……ンフィーレア・バレアレ?」

 

「お知り合いですか?」

 

「いいえ、全く」

 

 マントの内側からことりが尋ねれば、モモンガからはさっぱりと言わんばかりの否定の言葉が飛び出した。それを受けたことりは、少し考えてからもう一度尋ねる。

 

「受けるんです?」

 

「……エルデさんはどう思いますか?」

 

「裏がありすぎて逆に怪しく無いんじゃないかと思えてくるレベルですねぇ」

 

 意見を求められ、そこまでは口頭で伝えてから<伝言(メッセージ)>が飛んでくる。

 

『個人的には受けない方がいいんじゃないかなと。こういうの、面倒な事になりません? 高確率で。割と悪名もありますし、警戒して損はないのでは? なにかあるのなら、断ってもまた接触してくるんじゃないですかねー』

 

「あー……」

 

 経験に基づいた助言に思わず声が漏れた。改めて言われてみれば、そりゃそうだ、である。

 

「心当たりが全くないのですが、登録したばかりで名指しの依頼というのはよくあることなのですか?」

 

「余り聞きませんが……依頼人自体は身元もしっかりした方なので、そこの所は保証出来ます」

 

「どのような方かお聞きしても?」

 

 しっかりしたと言い切れる相手なら、その辺の情報も引き出せそうだと尋ねてみる。受付嬢は少し考えてから口を開いた。

 

「街の名士でもあるリイジー・バレアレ氏のお孫さんで、本人も腕の良い薬師です。あとは本人のタレントもありまして、かなり有名な方でもあります」

 

「タレント?」

 

 耳慣れない単語に、思わずことりが問い返す。受付嬢はそれをどんなタレントであるかと受け取って、そのまま話題を引き継いで能力を軽く説明した。

 

「どんなマジックアイテムでも使用条件を無視して使用可能という力ですよ」

 

「……ほう」

 

「ふあー、なんかえげつないの来ましたね」

 

 反応は真っ二つで、モモンガは意図して感心したような声を出した。対してことりは、感心するやらドン引きするやらな声を上げる。

 しかし相手に対する警戒を抱いたという時点では、二人の感想は一致していた。

 

「……その人物、注意が必要かと」

 

「分かっている」

 

 黙って控えていたナーベラルが少し間を詰めて、モモンガにそう忠言した。その声には隠しきれない警戒が滲んでおり、彼女もまた同じように感じた事を言外にも告げている。

 そんな二人を見上げるように眺めることりに、モモンガは改めて問いかけた。

 

「話だけでも聞いてみようと思うのですが、どうでしょうか」

 

「んー……モモさんへの依頼ですので、モモさんがそう思うならそれでいいとかと。まあ、会ってはおきたい人物かなーとは思いますよね」

 

 相手が何を思っているかは分からないが、面倒そうな相手の情報を直接引き出せるのならそれもありだとことりは思う。その辺りをして詰めが甘いと言われるのだが、分かっていてやっているのだから何も問題はないのだ。ことりとしては対峙する方が危険が少ないというのもある。

 

「では話を聞いてから決めようと思います。そのンフィーレアさんは、どちらにいますか?」

 

「いらっしゃったのが午前中ですので、一度ご自宅へと戻られました。訪ねてみてはいかがですか?」

 

 モモンガが尋ねれば、受付嬢は気を回しつつ答えた。組合の方にも同じ依頼は何度か出されており、タイムスケジュールは大まかに把握できていた。

 既に正午を回りつつあるこの時間では、これから話を聞くとなれば出立は明日になるだろう。それならば街を見て回りたいという連れの意見も汲みつつ、訪ねてみる事を提案する。

 

「薬屋への簡単な地図をお書きしましょうか?」

 

「お願いします」

 

 頼んだ地図を受け取って、今度こそ一行はギルドを後にした。ことりのマントコートは、モモンガによってきちんと肩に掛けられ済みである。

 

 

 

 

 

「ンフィーレアさんはまだお帰りではないんですか」

 

 バレアレの薬品店を訪れてみたが、件のンフィーレアはまだ帰宅していないとの事でだった。応じてくれたリイジーがふむ、と少し考えたように言う。

 

「もう昼も過ぎる頃合いじゃし、そろそろ戻る頃じゃろうて。茶でも飲んでお待ち下され」

 

「いえ、そう言う事でしたら一度出直しましょう。街も見て回ろうと思っていましたし、日が落ちる位に、また寄らせていただきたいと思います」

 

 茶など出されても飲めないので、適当に理由を付けて出直すと告げれば、リイジーは少しばかり残念そうにそうかと溢した。僅かに引っ掛かるものがあったが、横からことりがモモンガのマントの裾を引いたので、口に出すのは止めにする。

 そのまま店を辞せば、少し行った所でことりが口を開いた。

 

「何かイベント発生してません?」

 

 ことりが合流した時点でフラグは確定していたようなので、モモンガが何かのトリガーを引いたのだろう。そう思っての発言だったのだが、モモンガは何やらモゴモゴと呟いてから言葉を紡いだ。

 

「そう感じますか?」

 

「いやだって……逆になかったら凄くないですか?」

 

 確かに状況を俯瞰(プレイヤーと)して見ればベタなイベントの始まりにしか見えなかった。だが、モモンガとしてはそんな物語みたいなことあるのかと、ここが現実であるが故に閉口してしまうのも事実である

 

「時間経過で進行するんですかね? この場合は孫が依頼人になるのか、おばあちゃんが依頼人なのか気になりますね。今のところ、おばあちゃんの方が有力かな?」

 

 見たこともない孫は、既に襲われるか拐われるかしている予想らしい。ご機嫌に歌うことりはこのイベント(暫定)を完全に楽しむ気でいるようだ。

 囀ずることりの肩に乗っているねねこが、遮るように彼女の頬に顔を擦り寄せ、にゃあと鳴いた。そこで漸く、ことりの意識が話題から逸れる。

 

「そう言えばニャーくん、街に入ってから静かね? どしたの?」

 

『喋らないって事にしてるニャ。自衛の為ニャ。お察しニャ』

 

 にゃあと鳴きながら<伝言(メッセージ)>を飛ばしてくるねねこに、ことりは苦笑して耳の後ろを撫でた。

 ねねこに視線が集まっているのは、ことりも感じていた為に納得したのだ。自分がスキルで注目を集めている自覚もあるので、ねねこの気遣いが自分の為だと分かって嬉しかったと言うのもある。

 

「何て言っているんですか?」

 

「目立ちたくないって言ってます」

 

 何となく察してはいたモモンガだが、ねねこが故意に話題を反らしたのを理解していたので敢えて聞く。すると予想と大体同じ答えが返ってきて苦笑いである。

 実際はちょくちょく<伝言(メッセージ)>がねねこから飛んできているので、ことりが感じているほど静かではないのだが。その辺こっそり飛ばした内容を把握しているモモンガは、聞こえないように耳打ちしてくるねねこの意図も分かっているので口を開けないのもあるのだ。

 

「まあ、ニャーくんの気持ちも分かるのでそっとしておきましょう。それより、見て回るんでしょう?」

 

 そう促せば、ことりの興味は完全に移る。ことり主観の顔も知らないNPCの無事より、モモンガたちとのお出掛けが優先なのは、どうしようもないくらい明らかだった。

 

「はいっ! あ、ナーベもお着替えしよう? 折角なんだから可愛くしよう? ね?」

 

「えええエルデ様!?」

 

 だめ?とあざとらしく尋ねられて、困惑しきりのナーベラルがモモンガを見る。

 

「あー……構わないんじゃないか? どうせなんだ、エルデさんに可愛くして貰え」

 

「…………はい」

 

 モモンガにも肯定されてしまったナーベラルは、色々な葛藤の末に役得だと思うことにした。基本的に至高の御方に構って貰えるのが嫌なはずがないのだ。

 こうして自ら女性の買い物(くぎょう)への墓穴を掘り進んだ事にモモンガが気付くのは、仕立て屋でナーベラルに衣装を取っ替え引っ替えしているのを見てからである。女の買い物が長いのは、最早宿命のようなものだった。

 

 

 

 

 

「ふふふ、少しはしゃぎ過ぎちゃいましたね。ちょっと疲れちゃいました」

 

 ご機嫌でナーベラルと手を繋ぐことりはとても楽しそうで、美女二人というのもあってとても華やかである。対してモモンガとその肩にちょこんと乗るねねこは、既に精神的にぐったりしていた。

 ショッピングに既に凡そ三時間ほどを費やしており、日暮れにはまだ少し時間がある。が、「足が痛くなったから座りたい」ということりの発案で座れそうな店を見つけて入る予定であった。

 

「可愛い外装あったのに、ナーベは本当にリボンだけで良かったの?」

 

「身に付けておける物ですので。なによりエルデ様に頂ける物ですから」

 

「そう? ふふ、じゃあ中身はちょっと奮発しちゃおうかな。楽しみにしててね」

 

 赤に金糸の豪奢で幅のある、如何にもことりが好みそうなリボンをナーベラル用にと、ことりは購入した。

ざっと見て回って良さそうなマジックアイテムがあればそれでもいいかと思ったのだが、『はじまりの街』といった風情で大した物がなく、逆に外装がメインになっていたので敢えてそれを購入した。後でデータクリスタルを入れてからナーベラルに持たせるつもりである。

 余談であるが、ことりの購入したリボンは金貨三枚という、この世界の貨幣価値からすればとんでもない代物である。

 

「あ、そこのオープンテラス、おしゃれ。あそこにしませんか?」

 

「構いませんよ」

 

 目についた店に入るという、既に馴れてしまったことりの行動に異を唱えるとこもなく、一同は店のオープンテラスへと踏み入れる。そこをウェイターがさっと席へと通して、メニューの書かれた木板を持ってきた。

 

「モモさんとナーベはどうします?」

 

「俺は大丈夫です」

 

「ええと……」

 

 木板を受け取ったことりに差し出されて、モモンガは右手を軽く振って意思表示した。予定の範囲であったので、ことりは軽く頷いてナーベラルを見る。モモンガが不要とした事で判断に迷ったようにして、ナーベラルはモモンガへと視線をやった。

 

「私を気にする事はないぞ」

 

「……分かりました。ではエルデ様と同じものを、よろしいでしょうか」

 

 モモンガからの言葉に軽く頭を下げ、ナーベラルはそうことりに伺う。それを見ながら、ことりは笑う。

 

「同じものね。そうね、ミスタ。何か冷たいもので、おすすめを二つお願いするわ」

 

「畏まりました」

 

 木板を手渡ししながらことりが伝えれば、殊更丁寧にそれを受け取ってウェイターが去っていく。そんなちょっとしたやり取りを見ながら、モモンガは思う。お高めのカフェかもしれない。

 

「んー……モモさんもヘルム外してもいいんじゃないですか?」

 

「すみません、無理です」

 

 珍しくきっぱりと、ことりの提案をモモンガは蹴った。中身を素直に晒せと言っている訳でなく、単純にお茶を誘っている中で一人だけ寛いでいない風なのも変だ。そう思っての問いだったので、ことりは少し驚いた様子だ。

 

「なんと言うか、既に色んな視線が痛いので、素顔を晒すのは却下です」

 

 実際は全くそんな事はないのだが、楽しそうな美女二人を侍らせる騎士は、視線が物理的に作用するのなら、とっくに穴が空くだろうという程、見られていた。

 それらは素顔(幻術であるが)を知られるのを不穏に思う程度に、覚えのある(かんじょう)をしていたのである。

 

「なるほど、諦めます。今日は付き合ってくださってありがとうございました。今度はモモさんのお買い物に、お付き合いさせてくださいね」

 

 察するところがあったのか、ことりはあっさり引き下がった。そして次を約束するように微笑んだ。

 

「ナーベの衣装は……うーん、諦めきれないから今度私の手持ちから渡しても? 女の子なんだからやっぱり衣装はあってもいいよね」

 

「エルデさんが選ぶのはとても華やかなものが多いですからね。本人の意思も確認してあげて下さいね」

 

「むー、言うほど派手じゃないですし! ナーベには……赤とか青とか、パステル系よりもはっきりした色が似合うと思うのね」

 

 趣味自体は悪くないのだが、映える色を並べたがる嫌いがあるので、兎に角派手に見えるのだ。その辺はことりも少し自覚もあるので、頬を膨らませて見せる。

 図らずとも話題の中心になってしまったナーベラルは、懸命にも口を噤んだ。肯定も否定も失礼に当たると思った故である。

 

「確かにさっきのリボンは似合ってましたね」

 

「でしょう?」

 

 モモンガの溢した感想にことりが胸を張る。ことりのセンスを肯定していると分かっている筈なのに、自分が話の種である所為でナーベラルは非常に居心地が悪かった。心地が悪そうにもぞもぞと座り直して知らないふりを決め込む。

 

「濃い目の色合いのAラインとかエンパイアラインとか似合うと思うの……ねえもう帰らない?」

 

「いやいやいや、エルデさん? まだ出てきただけですって」

 

 自分のドレスでナーベラルを着せ替えをしたくて仕方のないことりが本末転倒な事を言い出すのを、モモンガも苦笑混じりに諌める。その言葉に彼女は唇を尖らせて、「言ってみただけですぅ」と拗ねて見せた。

 そんな所にウェイターがトレイを片手に飲み物を持ってくる。

 

「シェケラートでございます」

 

 そう告げながらコースターと共に置かれたのは、フルートグラスに三分の二程注がれたコルク色の飲み物だった。液体の上は厚みのある木目の細かいクレマに覆われて、ミントの葉が乗っている。

 それから小さな小皿にオレンジのコンフィが数枚乗せられて、付け合わせにと供された。

 

「わ、お洒落ね」

 

 ごゆっくりどうぞと告げて退席したウェイターを気にせず、ことりは楽しそうに声を上げる。

 だが出されたものを見て、モモンガは一瞬面食らった。昨日一日しか見ていないのでたしかな事は分からないが、昨日の宿ではガラスではなく木で作られたジョッキを使っていた覚えがあった。もしそちらが主流なのだとしたら、ガラスのグラスを出す店というのは、どの程度の店なのだろうか。

 

「いい匂い。コーヒーと……アーモンド、かな?」

 

「これは……アマレットでしょうか。爽やかな香りがします」

 

 グラスを持ち上げて香りを楽しむことりを真似て、ナーベラルもグラスに鼻を近づけた。微かなアルコールの香りに、記憶にある酒名を呟く。

 

「あ、甘くておいしい。ナーベはどう?」

 

「はい、ミルクが混ぜられているので飲みやすいですね」

 

 グラスを傾けながら満足そうに感想を言い合う二人は、小数ながらも女子会と言った様相を呈している。種族的に飲めないモモンガは既に話題の外におり、割って入るのもなんだかなぁと黙って二人を眺めるのに徹していた。

 

 完全に余談であるが、ガラス製品はその製法の課程上、高級になりがちである。魔法を使って錬成したものも、大量生産には至らず価値が高い。

 室内の席より風通しの良いオープンテラス席には、少なからず席料が発生するものである。ウェイトレスでなくウェイターしかいない店であることも、大きなポイントになる。

 更に、今正にことりが摘まんでいるオレンジのコンフィも、この世界では価値の高い物である。新鮮なオレンジを砂糖をふんだんに使って煮詰め、軽く乾かした菓子である。砂糖の価値は言わずもがな、だ。

 要するに、数え役満的な何かであった。

 

「金貨一枚と銀貨三枚のお茶会……」

 

 一頻り楽しんだ後、ことりが御愛想を済ませる横で思わずモモンガはぼやいた。どんな場においても自分が主体である場合の支払いは絶対に譲らないことりであるのだが、それでも横で見ていて一瞬気が遠くなるのも仕方ない金額だった。

 昨夜に街の宿を形ばかり取ったモモンガは、一応の相場を知っていた。故に、ことりの金銭感覚を再確認したのである。

 

 

 

 

 

 薄暗くなって来た時分に、三人は再度バレアレの薬品店へと足を運んだ。そこには狼狽えた様子で落ち着きを完全に失った、リィジー・バレアレが居たのである。

 その様子にことりは直感する。イベント発生だ。

 

「リィジーさん、でしたかな。どうされたんですか? もしや、ンフィーレアさんがまだ戻られていないとか?」

 

 十中八九、ビンゴだろうとモモンガが問えば、正しくといった様子で老婆は食い付いてきた。

 

「そうなんじゃ! 冒険者組合にと出掛けたのに、まだ帰らないなど明らかに変じゃ! これはンフィーに何かあったに違いない!」

 

 ことりは素直にイベント発生を楽しんだが、目の前でわめき散らされたモモンガは、控えめに言ってドン引きである。これがモンペと言う奴かと、過去に某ギルメンが喚いて荒れて愚痴っていたのを思い出して、冷静になって二度引いた。

 

「ええと、ンフィーレアさんも年頃なのですからそこまで過保護にならなくてもいいのでは? そんなに頼りない方なのですか?」

 

 会った事すらない青年について、何故にこんな事を聞かなければならないのか。冷静な部分がそう問うが、目の前のモンペは止まらない。

 

「そんな訳なかろう! ンフィーはしっかりした子じゃよ! こんなに遅くなるのに、言いもせずに行くような子じゃないんじゃ!」

 

「そ、そうなんですか……それは失礼しました」

 

 三度目のドン引きである。

 

「お前さんたち冒険者なんじゃろう? ワシの孫を捜しておくれ!」

 

「お言葉ですが、私たちは登録したばかりの銅プレートです。人捜しが銅級の依頼であるのか判断がつきませんし、何より大事なお孫さんを駆け出し冒険者に任せて貴方は安心出来るんですか?」

 

 クエストが出たと思ったら、速攻でモモさんが断ったでござる。目の前の光景にことりは目をぱちくりさせた。展開が早い。

 モモンガとしては、このモンペに既に関わりたくない。故に、嘗ての営業としてのトークスキルよ輝け! と言わんばかりにお断りの言葉を探しまくった。

 

「少なくとも私ならば安心は出来ませんね。組合まで付き添いますので、安心出来る先達の方々にお任せするのが一番良いのではないでしょうか」

 

「……そうじゃの。ワシも気が動転しておったようじゃ。すまんな……組合まで一緒に行って貰っても構わんかね?」

 

「付き添いくらいでしたら構いませんよ」

 

 綺麗に纏めたモモンガは既にフェードアウトする気満々であった。ヤバいタレント持ちの孫は、どうするか後で考えよう。ここでモモンガの中で、リィジー・バレアレ=関わり合いになりたくない人という図式が完成した。

 

 宥め透かしてリィジーを冒険者組合に放り込んだ後、モモンガたちは早々に組合を後にした。これ以上あの老人に、モモンガは関わりたくなかったのだ。そしてことりの手前昨日の宿に泊まるわけにもいかず、少しランクを上げた宿で二部屋借りて、ひと心地着いたのはすっかり日が暮れた後の事である。

 

「クエスト受けなくて本当に良かったんですか?」

 

「いや、あれは控え目に見ても関わり合いになったら負けじゃないですか。嫌ですよ俺は」

 

「あー……まあ、そうかもですね」

 

 モモンガの切実な訴えに、ことりは曖昧に笑った。確かにリアル知合いにはなりたくないまくし立て方だったと、ことりも思う。

 偏見だとは思うが、ことりはああいった人の話を聞かなさそうなタイプの人間が大嫌いである。ので、ことりもモモンガの判断を兎や角言うつもりはなかった。クエストの受注については少々残念に感じたが、それはそれ、だ。

 

「今日はナザリックには戻らないんです?」

 

「たまには街の宿屋に泊まってみるのもいいものだと思うんですけど。ほら、基本入れないもんでしたし」

 

「人間種以外は立ち入り禁止でしたもんね。それなら楽しむしかないですねえ」

 

 納得したように首肯くことりに、モモンガもひと心地つく。

 

「明日は冒険者組合で何か依頼を探す予定ですが、一緒にパーティーを組む形で大丈夫ですか?」

 

「しがない吟遊詩人(バード)でよければ連れてってくださーい」

 

 へにゃりと笑って茶化す彼女に、モモンガも釣られて少し楽しい気分になる。新しい事を始める時は、何時だってわくわくとかドキドキとか、そう言う気持ちになるものだ。

 

「ギルマス殿に精々迷惑かけないように頑張るニャ」

 

「もーねねこ、かわいくなーいー」

 

「ご主人がボクを創ったのに、可愛くなるとか本気で思ってるんですか?」

「やめてよメッチャ納得しちゃったじゃない」

 

 憎まれ口を叩くねねこにことりが真顔で返す様を、ちょっと苦笑しながらも眺めるモモンガは、ユグドラシルの雰囲気を思い出した。こんな風に軽口を叩き合って、歩き回っていたものだ。

 だが今はそうでない。目の前に座る彼女すら、ねねこの言葉を信じるならば、喪われてしまう可能性もあるのだ。ふとそれを思い出して、モモンガはひとつ聞いてみる事にした。

 

「ことりさん」

 

「なんですか?」

 

 呼べば直ぐ様返ってきた返事に、モモンガはことりを真っ直ぐ見た。

 

「俺のどういうところに惹かれたのか、聞いてみてもいいですか?」

 

「恥ずかしいこと聞きますね……えっと、ちょっと待って下さいね」

 

 抱えていたねねこを膝に降ろして、自分の胸に手を当ててことりは深く深呼吸した。それからもう一度、モモンガを見上げる。

 

「モモさん、私を見てくれたじゃないですか。私の事を知っても、色眼鏡で見なかったじゃないですか。それだけなんですけど、すっごく嬉しかったんです。あと、優しいとこ! ですかね」

 

 はにかむようにそう語ったことりは、顔中を桃のように染めていた。それから俯き顔を両手で覆って、蚊がなくような声を上げる。

 

「だから、わたしも……モモさんのこと、だいじにしなきゃっておもったの……」

 

 モモンガが僅かに聞き取れたその言葉に何か反応する前に、ことりはねねこを抱いて立ち上がった。

 

「今日は、もう寝ますね! おやすみなさい!」

 

 それだけ言い捨てて女子部屋に逃げ帰っていくことりを、モモンガはただ見送る事しか出来なかった。彼も彼で、正面から言われた言葉を受け止めるだけで一杯いっぱいだったのである。

 

 そんな彼らが冒険者組合の者によって叩き起こされたのは、真夜中の事であった。

 

 

 

 




利き腕にヒビを入れまして、半ギプスで続きを完成させるのはめっちゃ労力がかかりますな。
次話はまったく書かれていない状態ですので、書き始めるのは利き腕が自由になってからになるので何時もより遅くなるかと思います。すみません


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スキル捏造、ありますので注意おねしゃす。


 

 深夜に叩き起こされたことりの機嫌は、それはもう地を這うように低かった。眉間には溝のような皺が寄り、目は眠気から半眼で、完全に据わっている。

 唇は拗ねたように付き出されている癖に、そこまでされても全体は可愛らしく見えるのだから、容姿の格差とは恐れ入る。

 ナーベラルに髪に櫛だけ通してもらうと、ことりは急かされるままに部屋を出た。それにナーベラルも続いたところで、隣の部屋で待っていたモモンガと合流する。

 

「登録したばかりの初心者冒険者まで駆り出すとか、冒険者組合ってのは名ばかりなのかしら。新人を使い捨てる組織なんて長くないですね」

 

「概ね反論はしませんが、緊急召集なんてするくらいですからね。余程の事態なんでしょう」

 

 昨日の朝を思えば早い支度に、ことりもそれなりに急いだのだと伝わってくる。なにせ緩く波打つ髪は流れるままに下ろされている。

 左右の耳回りに、前日髪を飾っていた花飾りが挿されており、一層艶やかに見えるのだ。

 

「全然思い入れはないですけど、適当に様子見しつつな感じですか?」

 

「まあ、名を上げるチャンスと思えば悪くないでしょう」

 

「ですかね。で、どうします? アンデッドの反応、あるって言ってましたけど、そこに向かっちゃいますか?」

 

 そもそもモモンガのスキルに多数のアンデッドが引っ掛かった辺りで、冒険者組合からの緊急召集が、街の冒険者たちが塒にしている宿へと回ったのだ。切り離して考える方が無理があるし、その事はことりにも知らされている。

 それを考慮してのワンマンプレイを敢行するかという最終確認に、モモンガは迷うことなく断言する。

 

「そのまま墓地へと直接向かいましょう。ランクが低いので墓地へは回されないかもしれませんし。まあ」

 

 一度区切って、モモンガは明日の天気でも話すように言った。

 

「俺もぶっちゃけ様子見つつでも構わないんですけどね。これと言って思い入れがあるわけでもないので」

 

「ですです。被害が出てからの方が恩も売れますもんね。横殴りも辞さない覚悟です?」

 

「いざとなったらお代わりもありますよ」

 

「マッチポンプじゃないですかーやーだー」

 

 割り込んで恨みを買うくらいなら、モモンガのスキルで下級アンデットを召喚する。あるいはけしかけて助けてもいい。死者がでたらそれはそれ、ライバルが減ると思えばありである。

 そこらへんを察して、ことりは笑う。PKは避けているが、別にやらないとは言っていない。それにMPKはばれなければただの事故である。

 そんな軽口を叩きながら、この後を雑に決めると、三人と一匹はそのまま墓地へと向かう事にした。

 

 宿の外へと出てみれば、深夜も深夜なこの時間だというのに多くの人が家から出ている。冒険者組合やら墓地とは反対地区の方へと向かっている辺り、どうやら避難指示が出ているようだった。

 そんな人々を<飛行(フライ)>のネックレスの力を借りてことりは上から、大袈裟だなあと見下ろしていた。

 万一この姿で対応出来ないモンスターがいた場合は、大人しく逃げるか海妖婦(もとのすがた)に戻るつもりではある。だがその辺りの心配は余りしていない。モモンガが全身鎧(そのまま)で行く様子だったからだ。

 スケルトンと交戦中の冒険者たちを目に止めて、ことりは気まぐれに口を開く。

 

「<集団軽傷治癒(マス・ライト・キュアウーンズ)>」

 

 スケルトンごと巻き込んで、傷付いた冒険者達の傷が癒えていく。逆にスケルトンは形を失いながら、さらさらと砂に変わっていった。予想外の事態に変な声が出た。

 

「ぅえっ?! 横殴りごめんなさーい! 辻ついでに手伝おうと思ったんだけど、とどめいれちゃったみたい」

 

「いや、助かりました!」

 

「それはよかったです! では私行きますんでこれで~」

 

 直ぐ様謝ったが、逆に感謝され、なんだかくすぐったい気分になってことりは笑う。後ろから飛んでくる礼の言葉に照れ隠しに軽く手を振って、ことりは少し先を行くモモンガを追った。相手がいい人で良かったとほっと息をつく。

 彼らが特に苦戦していたという訳ではなかったので、モモンガは他のアンデッドを蹴散らしていただけである。

 

「エルデさん何やってんですか……」

 

「いや、辻ヒールやってみたかったんですよ」

 

 一連の成り行きを見守っていたモモンガが呆れたように漏らせば、ことりは苦笑しながらも満足そうに語る。

 

「こういうの、した事もされた事もないので」

 

「あるあるですね」

 

 異形種でソロは大体ヒールよりは殴られる事の方が多かった、それを思い出せば苦笑も漏れると言うものだ。

 序でに言うなら、そこまで高位の治癒魔法を取っていないことりがそんなことをやる機会もそうそうなかったというのもある。

 

「それでどうでした?」

 

「悪くないかなって」

 

「それは良かったですね」

 

「はいっ」

 

 アンデッドに向かって剣を振り、治癒魔法を唱えながら交わされる会話は妙に和やかだ。

 周囲の冒険者たちと比較すべくもない早さでアンデッドの群れを処理しつつ、時々冒険者を<集団軽傷治癒(マス・ライト・キュアウーンズ)>に巻き込みながら、ことり達は共同墓地へと辿り着いた。道中の冒険者は大体無視である。

 

「予想してましたけど……これは……」

 

「いやいやいや……雑魚とはいえ数が数ですけど……門、めっちゃ突破されてるじゃないですかあ……」

 

 来る途中、向かってくるアンデッドの数が急に増えたのを訝しんでみれば、肝心の門が陥落していたのである。街の中に流れ込むスケルトンやらゾンビやらの本流から逸れた、僅か──それでもそこそこの数はいる──なアンデッドたちが壁上へと続く階段を登ろうとしては兵たちに突き落とされている。

 抵抗している兵たち自体も数を減らしたのだろう、かなりの少数で門壁にアンデッドたちが上がってこないようにするので精一杯のようだった。

 

「取り敢えず門、塞ぎますね。<壁作成(クリエイト・ウォール)>!」

 

 ことりの宣言と同時に、破れた門を塞ぐように分厚い壁が生えてきた。その場にいたアンデッドは当然だが、間欠泉の如く高く放られる。

 

「完全に塞いでどうするんですか、これ」

 

「えーっと……壊されたらまあ良し、残ったら殴っちゃってくださーい」

 

 ことりの<集団軽傷治癒(マス・ライト・キュアウーンズ)>1発で落ちるアンデッドたちなので、壁が壊されるまでは相当かかるだろうという予想である。残った場合はモモンガに壊してもらうつもりだった。

 

「でもこれで一先ず外は安全ですよ、たぶん。そちらはヘルプいりますかー?」

 

「た、助けてくれぇ!」

 

 のんびりと尋ねることりとは対称的に、階段上に追い詰められた兵士が悲鳴のように助けを求め叫ぶ。

 

「<集団軽傷治癒(マス・ライト・キュアウーンズ)>」

 

 回復をかけるついでにアンデッドも巻き込んで、ことりはそのままふわりと壁の上まで浮かび上がった。

 

「先に行ってますよー! ナーベ、行こ」

 

「エルデ様にお供して参ります」

 

 ナーベラルもモモンガに丁寧に頭を下げてから<飛行(フライ)>の魔法で浮かび上がる。そしてことりの後を追って、一足先に壁の内側の共同墓地へと降りていった。

 あんまりに自由なことりに、モモンガは小さく肩を竦める。こんなに自由で楽しそうなことりを見るのは、女性ギルメン三人とじゃれあっていた時以来だろう。

 一先ずはことりの魔法を受けた兵士に軽くフォローをすべく、モモンガは階段へと向かう。

 

「大丈夫かは聞きませんが、エルデさんが少々はしゃいだようですみません」

 

「い、いや寧ろ助かったが……貴方もあの人と行かれるのか?」

 

「ええ、それが目的ですので」

 

 モモンガに話しかけられ、返したのは辛うじて生き残っていたらしい隊長格の男だった。男はモモンガの首に掛けられた銅のプレートに僅かに眉を寄せ、気遣うように言葉を重ねる。

 

「残っても無事ですむか分からんが、中はもっと酷い事になってるだろう。優れた回復魔法の使い手がいるからと無謀はなさるなよ」

 

「肝に銘じておきましょう」

 

 こちらを案じる言葉に重々しく頷いて、モモンガもことりの後を追うべく門壁の上へと向かった。尤もそれは外面だけであるのだが、言わぬが華という奴だろう。

 砦の壁上から大胆に飛び降りるモモンガに、後ろから見ていた兵士たちの驚愕の悲鳴が唱和したのは、本人の預かり知らぬ所である。

 

「冒険者いなさそうかしら?」

 

「道中の戦闘を観察いたしましたが、あのレベルの冒険者ども(蚊柱)では辿り着くのも難しいのでは?」

 

「確かにそんな感じだったわね。ナーベラルは範囲攻撃とかもってる? アンデッド、ちょっと鬱陶しいから凪ぎ払って欲しいんだけど」

 

 ちょっとしたおしゃべりという風に軽くことりが尋ねれば、ナーベラルは毒を吐きつつ見解を述べた。それに同意しながら、抱きかかえたねねこに露払いさせていたアンデッドの群れに辟易したように訊ねた。

 

「アインズ様から第三位階までに止めるよう伺っておりますが」

 

「え、どうして?」

 

「ここの人間(ウジムシ)どもの使える位階が低いそうで、余り高い位階の魔法を使うと悪目立ちしてしまうと。それは今後の為にも避けるよう命じられています」

 

「へー。でもそれって見られたらって事よね?」

 

「そうなります」

 

「なら見られなければ問題なくない?」

 

 不思議そうに聞いていたことりは、ナーベラルの言葉に軽く頷いた。そうして返された言葉は、正に人外のそれである。

 見られても消してしまえば同じではないか。言外の意図を正確に感じ取ったナーベラルは、少し驚いた様子を見せてから微かに微笑んで返して見せた。

 

「ええ、その通りかと」

 

 

 

 

 

 モモンガがことりたちに追い付いたのは、彼女たちが霊廟に辿り着く前の事だった。

 道中はあからさまに高威力の魔法によって殲滅されたアンデッドの残骸で溢れており、その中に巻き込まれたと思わしき冒険者の亡骸も紛れていた。特に思うことはなかったけれど、モモンガが伝えたことに関する後処理は必要な範囲で行われていたようである。

 

「あ、モモさん。おかえりなさーい」

 

 墓場に似つかわしくない甘やかな笑顔を向けて、ことりは小さく手を振った。その隣りでナーベラルがモモンガに最敬礼をしており、頭を上げた彼女たちにモモンガは軽く手をあげて答えた。

 

「道中のあれはことりさんが?」

 

「はい、鬱陶しかったのでナーベラルにお願いしました」

 

「何かいましたか?」

 

「何の事です?」

 

 ことりは目を瞬かせて、不思議そうに首を傾げる。それを見たモモンガはこれ以上踏み込むことを諦めた。

 自分の知っていたことりのトゲのような部分が、ことりの素の部分からきていたのだと分かったのだ。尤もねねこストップがかかったというのが大きかったのだが。

 

「気にしないでください。それよりも待っていてくれたんですか?」

 

「です。露骨に怪しい人たちがいたので」

 

 ことりの視線の先を追うと、霊廟の前で複数人の黒尽くめたちが円陣を組んでいた。その中央に座している骨と皮の男は、黒尽くめたちよりも質のいい服を纏っている様子だ。

 ことりの感想も尤もなその異出立ちに、モモンガは感心するのと同時に軽く引いた。余りにも露骨過ぎるユニフォームである。

 

「あれが黒幕ですかねぇ?」

 

「悪目立ちし過ぎでしょう……」

 

 <闇視(ダークヴィジョン)>状態であるから目立って見えるだけで、本来ならば暗闇に黒服で目立たないのかもしれない。

 

「うーん、分かりやすいですよね。で、突っ込んでやるのと遠距離でやるの、どうします?」

 

 楽しそうにそう尋ねられて、モモンガはことりを見てからもう一度『彼ら』を見た。幾人かがこちらを見ている事に気付いて、この位置で待っていればそれは気付くだろうとぼんやり思った。

 

「まあ、少し話して見るのも一興かと」

 

 攻撃して来ない理由に辺りをつけて、モモンガはそのまま『彼ら』に向かって歩を進める。それに何かを言うでもなく、ことりとナーベラルも従った。

 

「カジット様、来ました」

 

 回りの黒尽くめの一人に声を掛けられ、仮称:骨皮筋衛門の名前が判明する。それにことりは(名前付きかー)とぼんやりと思いながら、声をかけたモモンガに続く。

 

「やあ、良い夜だな」

 

「こんばんは、ミスタ」

 

「……お主らは何者だ? あのアンデッドの群れを抜けてくるなど、どうやったというのだ。何の為にここまで来た?」

 

 仮称カジットは理解できないものを見るように、不審気に問いかける。それに対し、モモンガが反応するよりことりが早かった。

 

「この騒ぎは貴方たちなのね。お陰様でこんな時間に叩き起こされて、不満も不満、大不満よ」

 

「はは……とまあ、ご機嫌斜めのお姫様の為に、騒ぎを納めて見せようと一目散に来たわけだ」

 

 唇を尖らせて不満を隠さず非難することりに、肩をすくめてモモンガも続ける。モモンガは軽く茶化しただけだったのだが、姫呼ばわりは実際的を射すぎていた。

 

「ふん、それはご苦労なことだ……で、お前たちだけか?」

 

 極めてなんでもない風にカジットは問うたつもりであるが、動揺を隠しきれていないのは一目瞭然である。

 カジットたちはモモンガが合流する前の段階で、ことりとナーベラルに気付いていた。そこに現れた時も、そして今なお、ずっとことりは空を翔んでいる。それだけでもとんでもない魔力である。そして月明かりに浮かぶ、人外と見紛うばかりに美しい容姿だ。

 カジットはあり得ないと思いながらも、この一行が人外の何者かである可能性すらも考えた。まさかと斬って捨てたその予想が大当たりとは、夢にも思わないに違いない。

 

「……そうだが」

 

「そっちはもう一人いるよね。出て来ないのかしら?」

 

 思うところがあって言い含んだモモンガに対して、特に何も考えずにことりはぶっこんだ。向こうが触れるなら、と、本当にそんな感じだった。

 

「……<生命隠し(コンシール・ライフ)>使えないから隠れて見たけどばればれな訳ねー。魔法詠唱者(マジックキャスター)みたいだから仕方ないのかなー?」

 

 確信を持ったことりの台詞に諦めたのか、霊廟の中から女が一人歩み出た。へらへらとした軽い口調とは裏腹に、目は全く笑っていない。

 女のマントの隙間から覗く手足にはローブのような布地を纏っておらず、ことりは魔法詠唱者(マジックキャスター)の可能性をそっとはずした。

 

「あんたらのお名前はなんて言うのー? あ、私はクレマンティーヌって言うの。ヨロシクねー?」

 

「モモさん、どっち相手にします?」

 

 問いかけてくるクレマンティーヌから興味を失ったらしいことりは、モモンガに問いかけた。その反応に笑っていたクレマンティーヌの眉がピクリと動く。

 

「なあに? 無視ってわけ?」

 

「あー、クレマンティーヌの方で。オホン、まあ知らないと思うがね。私はモモン、こちらはエルドビーレさんだ」

 

「来たばっかりだもの、知ってたら驚きよね。それにしても……ふふっ」

 

 ヘイトを稼ぐことりをフォローするようにモモンガが割って入ったが、堪えきれないと言うように小さく笑ったことりにその場の視線が集まった。

 

「煽られちゃって、かわいい」

 

 くすくすとクレマンティーヌに笑いかけることりの声は甘く、本気でそう思っているのが伺える。一瞬憮然としたクレマンティーヌだったが、見る見るうちに眉が吊り上がりあっという間に般若のような表情になった。

 

「こンの、クソアマ……ッ!!」

 

 瞬間湯沸し器のようになっているクレマンティーヌにことりは相変わらず楽しそうに笑っている。完全に蚊帳の外にされてしまっていたカジットは自軍の彼女に呆れるやら、簡単に彼女を激昂させた相手の女に感心するやらで言葉が出ないでいた。

 カジットの認識では、クレマンティーヌは煽る方の人間である。その彼女を逆に煽るとは、敵ながらになかなかの手腕と言わざるを得ないだろう。

 

「やめよ、クレマンティーヌ。それで、態々殺されに来たと言うのか。呆れたものだな」

 

「はぁ、もういいからさっさと始めようじゃないか。ナーベ、お前はエルデさんを補佐してそっちの男の方を相手してやれ。私はクレマンティーヌの相手をする」

 

「えー、私そっちの女の方殺りたい」

 

「指名されたんだ、おぬしはさっさと行ってこい」

 

 脱線しかけた話があらぬ方に行く前にカジットが修正を入れたのは、そっちの方がいろんな意味で面倒そうだった所為だ。それに乗っかる形でモモンガがナーベラルに指示を出せば、クレマンティーヌは相変わらず不満そうである。

 完全に呆れたカジットの台詞に、ことりの笑いは止まらない。ことりはすっかり、この訳の分からない一団が気に入ってしまった。

 

「じゃあ、またナーベお借りしますね」

 

 笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、ことりはナーベラルに笑いかける。それにナーベラルも答えるように頭を下げた。

 

 モモンガの言葉に、カジットは諾々と従ったわけではない。カジットの切り札が魔法詠唱者(マジックキャスター)に有利であると、そう確信しているが故に流れに任せただけだ。

 尤もモモンガもことりに対して全く心配はしていなかった。ユグドラシルでマジキチセイレーンの名を欲しいままにしていたのは伊達ではない。ナーベラルも付けたので、モモンガは安心して場所を移したのだった。

 

「うーん、どうしようか。いっぱいいるから少し減らした方がいいかしら」

 

「御心のままに」

 

 穏やかな優しさをもって、雑談でもするようにことりはナーベラルに問いかけた。それに対してナーベラルは頭を下げて肯定を示す。それは当然の動作であり、当然のものとしてことりにも受け入れられた。

 彼女は愛らしい唇を開いて囀ずる。紡がれたそれは彼女が異国の童謡を割り当てた、短い呪歌だ。

 

゛Ring-a-ring o´ roses,

 A poket full a posies,

 A-tishoo! A‐tishoo!

 We all fall down.゛

 

 澄んだ歌声を耳にした時、カジットの回りを囲んでいた数名がバタバタと倒れ付した。

 

「な、何事だ……!?」

 

「死んでる、だと……?!!」

 

 狼狽えたような声を上げたカジットに、無事だった高弟の一人が倒れた者の状態を確認して動揺した声を上げる。

 ことりは思ったよりも減った人数に満足そうに笑みを浮かべた。

 彼女が歌ったのは<招命の呪歌(ソング・オブ・ザ・コール)>である。レベルの差と耐性+確率による運の抵抗を行うことの出来る即死の呪歌であり、当然であるが抵抗される率が半端ない。であるからして、一人二人落とせれば御の字という、殆んど趣味の域で取ったスキルだった。

 

「すごーい! 見てみて、結構減ったわ!」

 

 はしゃいだ様に無邪気に喜ぶことりに、ナーベラルも少し笑んで同意を示す。

 その様子を見て、敵対を選んだカジットらは戦慄した。身近にいるクレマンティーヌのような狂気すら、彼女から感じ取る事が出来なかったからだ。

 クレマンティーヌは殺す事を楽しんでいる節がある。だが、エルドビーレと呼ばれた彼女は、それすらなかった。虫を足で払い避けるような、その程度の感慨しか感じさせない。結果として殺してしまったという、そういった嫌な予感を感じさせる反応を示した。

 真に狂っているか、同じ人として見ていないか。どちらにせよ碌なもので無いことだけは確かである。

 

「出し惜しみなどしている場合ではないな」

 

 カジットが手にした珠を掲げる。そのカジットを守るようにして高弟たちも身構えるが、ことりは興味深そうに窺うだけで動こうとはしない。カジットの持つ無骨な黒い珠に、周囲の闇が質量を持って集まっていく。

 彼の手の中の珠が命を宿したかのように胎動した、ナーベラルにはそう感じられた。

 このまま放っておくのは少し不味いのでは。そう思ってことりを見たが、彼女は見世物でも観るように眺めるだけだ。静観を決めた主を察して、ナーベラルもまた口を噤もうとしたのだが、

 

「失礼します」

 

風を切るような音を、ナーベラルの耳は拾ったのだ。ナーベラルはそうことりに告げて、彼女を抱き上げて大きく飛び退いた。

 彼女たちのいた場所を掠めて、大きな翼を持った何かが飛び去っていく。それは頭上で大きく旋回してから、ホバリングしながらゆっくりとカジットの前へと降り立った。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)?」

 

 ナーベラルに降ろされながら、ことりは僅かに目を細めた。これを呼べるということは、そこそこレベルがありそうであると判断したからだ。今の姿のことりで、このモンスターに対抗できる手段はかなり限られてくる。尤も元の姿であっても割と限られているのであるが、それはそれである。

 

「魔法に絶対耐性を持つ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)よ。魔法詠唱者(マジックキャスター)では手も足も出まい」

 

「うーん、確かに面倒だけれど……まあ、さっきの見て分かると思うけど、私生粋の魔法詠唱者(マジックキャスター)じゃないのよね。詩人(バード)だし。まあ正確には詩人(バード)ですらないんだけど……」

 

 油断はしないものの、勝ちを確信したようにカジットが言う。だがことりは少し困ったように呟きながら、右手を動かした。そこで始めてことりが不思議そうに首を傾げる。

 コンソールパネルが出なかったのだ。

 いつも切ってあるパッシブスキルを入れようと思ったのだが、上手くいきそうにない。出なかったこと自体はまあ夢だしと当たり前に納得して、ことりは別の手段に切り替えた。

 

゛Joyfull,joyfull,we adore thee,

 God of glory,Lord of love,

 Hearts unfold like flowers before thee,

 Opening to the sun above.゛

 

 讚美歌を割り当てた、取得する必要すらなかった歌は高らかに歌い上げられる。<海の魔女の呪歌(セイレーン・ソング)>、種族名が入っているからという理由だけで取ったスキルだ。

 

「ふん、歌なんぞ歌ったところでなんだというのだ。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)よ、やれ!」

 

゛Melt the clouds of sin and sadness

 drive the dark of doubt away.

 Giver of immortal gladness,

 fill us with the light of day!゛

 

 能力は単純だ。単体を魅了状態にする、それだけである。

 通常アンデッドには魅了などの状態異常は入らない。そういう種族特性だからだ。

 カジットの命令を受けた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は、ことりが歌い終わっても動かない。それを見てことりはふわりと微笑んだ。

 

「どうした!? やれと言っておるだろう!」

 

「ね、゛跪いて゛」

 

 ことりの『お願い』を受けて、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はゆっくりとした動作で傅いた。その光景を見て、カジットたちはおろか、ナーベラルも驚いた表情を見せる。

 

 ユグドラシルにおいてのことりの二つ名は幾つかある。「マジキチアバター」もそうだし、「中があの人」なんかもそうだ。けれど、それ以上に有名過ぎるのが「マジキチセイレーン」或いは「マジキチ鳥」だった。

 

 海妖婦(セイレーン)というぶっちゃけ最底辺の種族を極めた先に、取得した専用職業のパッシブスキルがぶっ飛んでいた所為である。一つ目は魅惑の声(テルクシオペイアー)、声に魅了判定を付加するというものだ。

 問題の二つ目が原初の海の誘い(Invitation of ​​Primordial the sea)。魅了の無効および超耐性を無効化し、元々の魅了耐性で判定を行うという効果を持っているのである。

 海妖婦(セイレーン)は魅了を撒いた上で、デバフや状態異常を撒くというコンセプトで作られている種族だ。それ故に無効化する手段に溢れていた為、弱い種族と全く人気がなかった。実際、ことりはユグドラシルで自分以外の海妖婦(セイレーン)の知り合いは、全くと言っていいほどいない。

 そんな中で突如ぶっ込まれたテコ入れは、色んな場所を震撼させた。海妖婦(セイレーン)の撒く異常の魅了は、正確には゛放心(魅了)゛なのだ。この魅了は、強制的に三秒間の隙を作るという頭のイカれた仕様なのである。

 この時からことりは『敵に回せば最悪で、味方にいても扱いに困る(性格的に)』というとんでもプレイヤーになった訳である。

 吟遊詩人(バード)の呪歌はスキルである。よって骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の呪文無効には引っ掛からない。アンデッドによる耐性はことりの原初の海の誘い(パッシブスキル)によって貫通した。それが骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を魅了してみせた真相であった。

 因みにことりは高位の全体攻撃手段を持たない為、ソロでは魅了した所で逃げるしかすることがなかったりする。

 

「上手くいったみたいだけど、どうする? 降参する?」

 

 優しい笑顔を浮かべたまま最終通告をしたことりは、正しく魔女と呼ぶのに相応しい。無邪気なままで、彼女は、悪魔のように優しく振る舞うのだ。

 

 

 






最悪だけど最強ではないスキルを捏造してみました
裏話にことりさんの御実家が絡んでいたりするんですが、それはまあおいおい

一曲目はマザーグースのRing-a-ring o´roses
二曲目はJoyfull,joyfullです
映画で有名ですが、歌詞の著作権は三十年位前に切れてるはず


そろそろ捏造系のタグを入れようと思います


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前話を投稿して何やらお気にいりがやたらと増えたと思ったらランキングのしたの方にお邪魔させていただいていたようです
戦々恐々としました。ありがとうございます

短いですが切りがいいので

追記:誤字報告されてしまったので前書きに書いておきます
ことりの台詞中にある名前は誤字ではなく愛称です
一回しか呼ばれてないから誤字に見えますよね!知ってた!


 クレマンティーヌでモモンガが接近戦の練習を行って暫くしての事である。不意にことりから<伝言(メッセージ)>が届いた。

 力任せからほんの少し進歩した程度だったが、なかなかいい感じ(主観)になってきた所だ。少々残念に感じつつも力任せにクレマンティーヌを弾き飛ばして、モモンガは<伝言(メッセージ)>を受けた。

 

『すみません、モモさん。ちょっとお聞きしたいんですがいいですか?』

 

『構いませんけど、何事ですか?』

 

『種族変更についてなんですけど、ぶっちゃけアンデッドって蘇生(リザレク)系の魔法って取るのに向いてますか?』

 

 予想外の方向からのアプローチに、モモンガは一瞬たじろいだ。言われた意味を咀嚼して、なんとも言い難い気分になる。

 

『やってやれない事はないと思いますけど……シナジーはしませんよね』

 

『まあそうですよね。ありがとうございます。お邪魔様でしたー』

 

 そう言って聞きたい事を聞いたことりは<伝言(メッセージ)>を切った。因みにことりの話を聞きながら、モモンガは力任せでクレマンティーヌの相手をしていたりする。

 ことりが種族変更をするとは考えられないし、ナーベラルも同様だ。消去法で考えられるのはあの場にいたカジットその他であるが、明らかに相対していた。何がどうしてそうなった。ちょっと想像がつかなかった。

 

「クレマンティーヌ」

 

「ッチ、何よ!」

 

 モモンガに名を呼ばれ、クレマンティーヌは思わず舌を打った。

 技術もない力任せの打ち合いから、危機感を感じる程の勢いで闘い方を学んでいくモモンガは、驚異を感じる存在だった。その相手が上の空でまた力任せに往なしてくるのである。腹も立とうというものだ。

 

「どうも向こうが面白い事になっていそうだぞ」

 

「へえ。カジッちゃん負けちゃったとか? それともあの女がやられちゃった?」

 

「いいや」

 

 どちらであっても然程興味は無さそうな、皮肉気な笑みを浮かべる。それを受けてモモンガは、いざと言うときの贄の羊(スケープゴート)はこれでいいかなと適当な事を考えた。

 

「カジットだと思うが、人間を辞めるらしい」

 

「へーえ……ついにアンデッドになっちゃうって?」

 

「いや、あの口調からだと多分アンデッド以外だろうな」

 

 軽く流そうとしたクレマンティーヌだったが、予想以上の返答に思わず素で返してしまった。前々からそんなような事は言っていた気がするが、お前ら戦ってたんじゃねえのかよ、である。更に追撃された、アンデッド以外の何かになるとはどういうことなのか。有り体に、クレマンティーヌは混乱した。

 そんなクレマンティーヌを尻目に、モモンガはことりが持っていそうな種族変更アイテムを考えた。ことりが持っていそうで且つ、蘇生(リザレク)系にシナジーしそうな種族・人間種以外。ついでに彼女の趣味も考慮する。

 

「待って、なんでそんなことになってんの? アイツら何やってんの??」

 

「全くだ」

 

 そこに至るまでの過程を想像できなかったクレマンティーヌの呆れたようなぼやき声に、心の底からモモンガは同意したのだった。

 

 

 

 

 

 モモンガとの<伝言(メッセージ)>を終えたことりは、目の前で呆気に取られたように座り込んで見上げているカジットの前に屈んで目線を合わせた。

 

「やっぱり蘇生(リザレク)系とアンデッドはあんまりいい組み合わせじゃないみたい。まあ蘇生(リザレク)って信仰系だし、いざって時に自分に使えないのは痛いよねえ」

 

 一人でうんうんと首肯くことりを、カジットは茫然と眺めるしか出来ない。実の所、カジット自身も展開に付いていけてなかったりするのだ。

 どうしてこんな事になっているのかというと、思わずカジットが漏らした泣き言をことりが拾ってしまった所為である。

 ことりは自分の好奇心に忠実だった。五年を費やして準備したという努力が何を目的として行われたのか、巧みな相槌でもってあっという間に丸裸にしてしまったのだ。

 最終目標が何十年も前に亡くなった母親を生き返らせたいという所まで聞き出し、その為の時間を稼ぐために人間を辞めてアンデッドになりたいと。黒い珠を取り落として、ことりの聞き上手な間の手に、カジットは涙ながらに語ってしまった。それでのことりの台詞がこれである。

 

「でもアンデッドって信仰系の魔法と相性あんまり良くなさそうじゃない? 人間辞めるのはいいと思うけど、アンデッドじゃなきゃ駄目かしら」

 

 感情移入もなく、冷静に聞いていたナーベラルすらも思わず思った。話の主題はそこだっただろうか。

 

「私、死者の本持ってたかしら……昇天の羽はあったと思うんだけど……取り敢えずモモさんに聞いてみよ」

 

 そして冒頭のやり取りに至ったのである。

 

「昇天の羽は今あるから、天使になら直ぐになれるわね。天使ならシナジーも悪くないと思うし、オススメかしら。少なくとも人間よりは長生きだろうし、どうかな?」

 

 他になりたい種族があるなら考慮するけど。そう言って首を傾げることりを、カジットはやっぱり眺める事しかできなかった。予想外の申し出に、反応を返せないのだ。

 

「な」

 

「な?」

 

「なぜ、あなたは、そこまで……」

 

 ついさっき会ったばかりで敵対していたはずの相手に、どうしてそんなに尽くしてくれるのか。カジットにはそれが理解できなかった。理解はできないが、これがとんでもないチャンスである事は分かる。そんな相手に対し、自然と言葉が改まる。

 

「んー? 正直人間はかなり好きじゃないけど、人間種(それ)以外になりたいっていうなら応援したいかなーって」

 

 人間種プレイヤーには思う所しかなかったが、態々イバラ道な異形種になりたいというなら応援するしかないだろう。ことりにそう思わせる程度には、異形種への風当たりは強かった。

 そんな異形種に味方したいというアインズ・ウール・ゴウンの基本趣旨に共感したというのもまた、ソロを決め込んでいたことりがギルドに入らせて貰おうと思った理由の一つでもあったのだ。

 

「それに、」

 

 ナーベラルにねねこを預けてマントを脱いだことりは、本当の姿を晒す。背中から自慢の花束(つばさ)が伸びて、軽くシャラシャラと音を立てた。

 

「私も人間じゃないし? まあ、全部あなたが望むなら、の話なんだけどね」

 

 優しげに細められた海色の瞳に、カジットはまんまと騙された。この女は、断じて天使などでは無いのだ。

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌのやる気の低下は著しく、なし崩しの話し合いの結果、向こうが和解(?)したのなら戦う理由がない。寧ろ骨折りになる可能性が高いという事に落ち着き、一度引き返して見る事になった。クレマンティーヌはカジットを一発ぶん殴ってやると息巻いている。是非もなし。

 プンスコと湯気が出そうな程に機嫌を損ねたクレマンティーヌと共に戻ってみれば、海妖婦(セイレーン)姿のことりとナーベラルと、見慣れない天使の姿がある。

 

「天使にしたんですか」

 

「シナジーする種族だと一番無難でしょう? ……一応風妖精(シルフ)とか小妖精(ピクシー)とかもあったんですけど、プリって感じではないかなと。テングとかコリとかはちょっと方向性が違うし、後は向いてない種族のしか無かったです」

 

 モモンガが尋ねれば、凡そテンプレートな返事が返される。ことりがロールプレイを重視するプレイヤーであるのは、その種族選択からして分かりきっている事だ。そんな彼女のプロデュースで蘇生(リザレク)系とまで方向性が決まっていて、そのロールから大きくズレる訳がない。加えて彼女の趣味を踏まえると、選択肢など殆どあって無いようなものである。

 

「でもちゃんと本人の希望も聞きましたよ?」

 

 因みに人間を辞めると決められなかった高弟たちは、物言わぬものとなった。カジットはその様子を見つめながら、自分がとんでもなく危ない橋を渡っていた事を理解したのだ。

 

「暫くはレベリングに付き合ってあげようかなって思ってますけど。あ、ナザリックのPOPモンスター狩ってもいいですか?」

 

「POP以外は狩らないなら構いませんけど……クレマンティーヌ、お前はどうする?」

 

 モモンガに話を振られて──それが最後通牒だと理解してしまって──クレマンティーヌは真顔で固まった。この場に自分の味方など既に無い──カジットは人である事を辞めてしまっているし、それ以外は謂わずもがなだ。

 

「…………それって、何を聞かれてるのか確認してもいいかなー?」

 

「あら、分かってそうだったけど聞くの? 貴女が人間を辞めたいかって話よ」

 

 クレマンティーヌの問いに答えたのは、鳥か植物かよく分からない化け物だった。上半身は恐ろしい程に美しい女の姿をしている。声が、辛うじて冒険者の女に似ていた為、それがあの女だったと気がつけた。

 実質答えは決まっている問い掛けだ。

 

「あー、まあそうだな。お前が敵対せず、ほとぼりが覚めるまで拘束されると言うなら、人間を辞めずとも命は預かろう」

 

 最初からことりに振り回されっぱなしなこの女を、モモンガは僅かに憐れんだ。慈悲を掛けたのは、接近戦を少し学ばせて貰ったからだ。そしてあわよくばもう少し先生のようなものになって貰えれば、そんな思いもあった。

 

 クレマンティーヌは考える。モモンの話に嘘は無さそうであるが、どう扱われるかまでは言及されていない。死んだ方がましだと思えるような扱いを受ける可能性が高いと見た方がいいだろう。何しろ目の前の無慈悲の仲間であるのだから、この冒険者も人間でないと考える方がよさそうである。

 少しは話が通じそうなモモンの方に、クレマンティーヌは言った。そしてそれは強ち間違ってもいない判断だった。

 

「人間を辞めるとして、種族は選べるの?」

 

「あら、少し意外ね。貴女ならイヤって言いそうかなって思ったのだけど」

 

 生死の二択であれば辞めるだろうと踏んでいた。だがモモンガの提案があったので、直感で辞めないだろうと思ったのだ。隠しもせずに不思議そうに聞いてくることりに、クレマンティーヌは警戒を解かずに口を開く。

 

「人間に生まれたから人間をやってるだけで、別に人間がいいって訳でもないしねー」

 

 スレイン法国の現状までを省みるに、今を憂えど、人間でいる事のメリットの方が少ないように思える。他種族との壁は確実にあり、神人の血を継ぐ者であっても、その壁を超えられるのはほんの一握りであると認識している。

 自分はその一握りではない。クレマンティーヌはそれを自覚していた。そして追われている現状を考えると、早いか遅いかの違いで結末は見えている。仮に上手く逃げ切れたとして、自分の性格から隠れきるのが難しいだろうことは理解しているのだから。

 それらを考えると、この状況は渡りに船なのではないかとも思えてくる。

 

「なりたいものがあるなら考慮するけど、私、あまり種族変更アイテム溜め込んでないから……私が持ってないのはモモさんにおねだりしてね」

 

 貰えるとは言っていない辺り、ことりはモモンガを理解している。

 

「そうね、オススメは悪魔とかかしら」

 

「その心は?」

 

「どSっぽい?」

 

「ねえ喧嘩売ってるよね?」

 

 唇に人差し指を当てながらことりが悩めば、モモンガが茶々を入れた。さらっと返された答えにクレマンティーヌがジト目で睨め付ける。それさえ気にせず彼女は続けた。

 

「なんかさらっと嘘付きそうなのとー、あと」

 

 態と一息入れて、詰まらなさそうに言い捨てる。

 

「PKしてくる奴らとおんなじ感じがするから」

 

 意味は解らなかったが、それを聞いて、クレマンティーヌは彼女が自分を処分する方向で考えていたのだと理解した。図らずとも彼女の仲間に、完全に救われた形になっていたのだ。

 モモンガもことりが最初からクレマンティーヌを気に入らなかったのだろうと把握した。そしてユグドラシルでの彼女ならば絶対にしなかったであろう選択を、躊躇なく行う彼女に言葉を失った。和を重んじ、PKもPKKも避けていた彼女は、優しいだけの存在では無かったようだ。

 

「なんてね」

 

 さっきまでの雰囲気を全く感じさせないトーンでことりは笑うが、もうクレマンティーヌは軽口を叩こうとは思えなかった。彼女の気を害せば、きっと命はないだろう。

 

「まあ、クレマンティーヌには後で選んで貰うとして。ここの主犯をどうしましょうかね」

 

「んーなんかジットさんの話だとアンデッドになるつもりだったみたいだから、モモさんに適当に呼んで貰えばいいかなって」

 

 そっと話を逸らしつつ、モモンガは目下の問題を挙げた。まさか主犯を抱き込みましたと報告する訳にもいかないだろう。そう相談してみれば、またも予想外な情報が投げ込まれた。アンデッドになるのに何故こんな大事になるのか分からずに、思わずカジットに尋ねる。

 

「どうやってアンデッドになるつもりだったのか尋ねても?」

 

「は、はい。その……」

 

 カジットはチラチラとナーベラルを伺いながら話し始めた。

 その話を要約すると、死の螺旋なる儀式魔法を行い、負のエネルギーを集めて死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)になろうとしたらしい。どうやって死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)になるのかは要領を得なかったというか、本人も具体的な理屈は分からなかったようだった。

 

「ううむ、要検証だな……だがまあ、そう言う話なら死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)を作って、それに主犯を押し付けるのが妥当だろうなあ」

 

「……あの、それってそんなに簡単に呼べるものなの?……ですか」

 

 恐る恐る口を挟んだのはクレマンティーヌで、出来ない事の確認というよりも程度の確認の意味合いが強いように感じられる。モモンガはそれを受けて、自分が冒険者モモンのままであることを改めて意識した。

 ことりが正体をばらしているし、この場にいる者達に隠す必要性も特には感じられない。それならばとモモンガは全身鎧を消して、何時もの姿へと戻す。

 

「私も人ではないからな。死者の大魔法使い(その程度)ならまあ、余裕だな」

 

「ふふふ。やっぱモモさん、そっちの方が素敵ですね」

 

 頬を僅かに赤らめて褒めることりに、クレマンティーヌは力関係を悟った。そしてこの骨の魔法使いの機嫌だけは、絶対に損ねない事を全力で誓う。拾った命は誰だって惜しいものである。

 

 主犯ことカジットの案内の下、一行は<オーバーマジック>の為のマジックアイテムにされたらしい少年の元へと向かった。そこにはスケスケの薄絹と、噂の叡者の額冠を纏ったンフィーレア少年がぼんやりと立ち尽くしていた。

 

「これが叡者の額冠か」

 

 まずアイテム優先の辺りがモモンガだ。興味津々に<道具鑑定(アプレザール・マジック)>でアイテムを確認している。

 

「え、これこの衣装固定なの??」

 

 詳しい話を聞いたことりがドン引きした。ンフィーレア少年の上から下まで眺め回して、仕切りに納得いかなさそうな顔をしている。

 

「成る程、ンフィーレア・バレアレが必要な訳だ」

 

「そうなんですか?」

 

「条件が厳しいマジックアイテムみたいですね」

 

「へえ」

 

 モモンガの答えにやっぱり余り興味なさそうに返して、ことりはもう一度叡者の額冠を見た。

 

「コレクションするんですか?」

 

「外すとンフィーレア少年が発狂するみたいなので悩み所ですね」

 

「なにそれこわい」

 

 なんとなしに聞いた所に不意討ちに酷い効果が返されて、思わずモモンガを見る。モモンガは相変わらず件のマジックアイテムに釘付けで、変わらないなあとことりは苦笑した。

 

「でもまあいいんじゃないですか? こわーい能力持ってる子も処理できて、マジックアイテムも手に入る。ちょっとお得です?」

 

 可愛らしく響いた言葉の不穏さに、今度はモモンガが思わずことりを見た。次いで今はナーベラルの腕の中にいるねねこに目を向けると、黙って首を横に振られた。

 

「冒険者モモンのチームメイトにアプレザールマジックを使える人は居なかったので、ンフィーレアさんが変な原因と思われるマジックアイテムを壊した。そうしたらンフィーレアさんは発狂してしまった。まあ、あのお婆さん位しか責めないんじゃないです?」

 

 善意からの行動って意外と咎められないものですし。思い付いた事をそのまま口にしているだけらしいことりは、そこまで言ってからモモンガに笑いかける。

 

「誰も言わなきゃ分かりませんよ。ね、ナーベラル」

 

「はい。私は何も見ておりません。ですので話しようがありません」

 

 律儀に目を閉じて頷くナーベラルに、ことりも満足そうに頷いた。

 

「ほら、完璧」

 

 お好きにどうぞと勧めてくることりの語尾にはハートマークが付きそうなノリだ。だが質の悪い事に、そこに悪意は欠片も見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 長い夜の騒動が完全に終息したのは、翌朝の日が昇ってからの事だった。助け出されたンフィーレア少年は憔悴こそ見られたが、目立った怪我もない様子だった。彼の記憶が飛んでいるのは、良かったのかそうでないのか微妙な所である。

 事件に幕を引いたモモン率いる冒険者チーム『漆黒』は、事態が終息する前に撤収していった。メンバーの一人であるエルドビーレが眠さの余り不機嫌を極めた為、宿に押し込んだのである。

 夜通しアンデッドらとの戦闘を行った功労者であり、彼らがいなければ被害はもっと大きかった事もある。何よりエルドビーレは墓地に向かう道中の冒険者たちに回復魔法で支援したという証言も多かった。そう言った背景もあり、一先ず休む流れになったのである。

 エルドビーレが起きるのを待って、モモンたちは冒険者組合を訪れた。それは実に昼を回ってからの事であった。

 その時分には共同墓地の検分も進んでおり、全てではないが彼らの戦果も分かってきていた。少なくとも骨の竜(スケリトル・ドラゴン)一体に死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)は確認されており、とても銅級とは言えない戦果を挙げたと騒ぎになるのも仕方の無い事だったと言えるだろう。

 そうしてチーム『漆黒』は、一躍時の人となったのである。

 

 冒険者組合へとやって来た『漆黒』は冒険者たちに囲まれた。正確には『漆黒』のエルドビーレが、回復魔法を掛けて回った者達に囲まれたと言うのが正しい。彼らは礼と、この新しい英雄たちへと顔を繋ぎたがったのだ。

 最初のうちはエルドビーレもにこやかに対応していたが、五人を越えた辺りから面倒くさくなって来たのが目立ち始め、十人を数える頃には妙なツンデレを併発してそっぽを向くようになっていた。挙げ句、使い魔(ファミリア)を口の前で人形のようにして、

 

「うるさいにゃ、お前らの為じゃないにゃ」

 

とかやり始めたので、対応に飽きたんだなと誰もから認識された。使い魔には尻尾で叩かれていた。

 最終的な措置として『漆黒』の面々がミスリル級へとランクアップしたのであるが、此処でもやはり一悶着あった。エルドビーレがランクアップを全力で許否したのである。これはモモンが間に入ったことで、彼女は不承不承にだがランクアップを受け入れたのだった。

 こうしてエ・ランテルのミスリル級の冒険者チームは、再び三組になったのである。前ミスリル級であったクラルグラは、この騒動で共同墓地へと出陣し、既に帰らぬものとなっていた。惜しむ者が少数であったのが人望に因るものかは定かではない。

 高位階の回復手段を持つであろうエルドビーレに、蘇生魔法の問い合わせがあったこともあった。だが彼女の返答は実に釣れないものだった為に、冒険者組合はクラルグラの蘇生を諦めたという経緯もある。だが彼女が持っていないと言わなかったことで、何故か信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)としての評価が上がった事を記しておく。

 更に翌日には回復したンフィーレア少年が改めてチーム『漆黒』へと依頼を出した。事件の謝礼を受け取らなかった彼らへの礼も兼ねてのものであると、鈍くない者たちは理解した。

 チーム『漆黒』はこの依頼を受けたのだが、別の予定を入れていたというエルドビーレだけは別行動の運びとなった。彼女に気紛れ(カプリチオ)という二つ名が付いたのは、ある意味当然の流れだったのかも知れない。

 




カジット:被害者1
クレマンティーヌ:被害者2。何故か生き残った
ンフィーレア:あみだくじの結果生き残った
クラルグラ:予定調和
ナーベラル:至高の方々が話しているので口を挟まない。メイドなので
ことり:吟遊詩人として有名になれない。おかしいな
モモンガ:彼が走った結果クレマンが生き残った
ねねこ:追々

モモンガさんの言う先生ってのはあれです。クック先生的なね


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幕間 きみのみる゛  ゛

幕間なので短めです
長く書くようなもんでもないかなと


 

 目を覚ましてから、ことりはずっと普通ではない。流れ込んでくる思考のかけらは、もうずっとたった一人の人間の事で埋め尽くされていた。

 他者に興味を抱かないように、何かに執着しないように。そんな風にあった事の代償のように、ことりはたった一人だけの事を考えている。

 それは恋に良く似ていた。けれどそんなに甘く優しいものではない。繋がった心から流れ込んでくるのは憎悪と嫌悪と、怨みと殺意と、強い執着と。

 ことりはたった一人の人間を殺したくて殺したくて殺したくて堪らないのだ。

 この世界にいるかどうかも分からない、ことりを殺したたった一人。ことりが殺したたった一人。ことりがこの世界に生きている所為で、ことりの心を縛り付けるもの。

 ことりが何もかもを棄てて、いるかも知れない一人を探しに飛び出すのも時間の問題だった。その手で殺す事、それだけを夢見て。

 

 

 白昼夢のようなそれから醒めたねねこは、傍らのことりを見上げた。楽しそうに笑うことりは、つい先日出来た友達(主観)を相手に忙しそうだ。

 ナザリック内のことりの自室に運び込んだベッドの上で、アイテムボックスから種族変更用アイテムを持ちうる限りばら蒔いている。

 特に拘らなければそこそこの数があるようで、クレマンティーヌにあれやこれやと説明している姿は楽しそうだ。

 

「ねえ、クレマンティーヌはなんでそんなに畏まっちゃったの? そんなキャラじゃなかったよね? へんなの」

 

「……ご主人が怖いんだと思うニャ」

 

 ことりの気分を損ねないようにと気を使うクレマンティーヌに、不思議そうに気を使われる彼女は首を傾げた。脇で見ていたねねこが思わず口を挟んでしまう程度には不憫に見えた。

 

「えーっと、私がクレマンティーヌを殺すかもってこと? なんでそんな事しなきゃなんないの?」

 

 本当に心底分からないと言わんばかりのことりの態度が、ねねこにはことりの本心であると理解できた。故にねねこはクレマンティーヌに向かって口を開く。

 

「言い方はアレですが、ご主人は先日の貴女をどうとも思っていなかったんでしょうニャ。今は貴女を意識しているので、どんな態度でも害することはないかと。自然体で大丈夫ですニャ」

 

「……すっごく腑に落ちないけど、分かったわ」

 

 本当に納得しかねるといった表情で呻くクレマンティーヌに、ねねこは同情した。これは話し合いを奨める方がよさそうだ。

 

「ご主人、一昨日の彼女について思った事を素直に話すニャ」

 

「え、それって言っていいの? 言わない方がいいヤツじゃないの?」

 

「いいから話すニャ」

 

 有無を言わさぬねねこに圧されるように、ことりは言葉を紡ぎ始める。

 

「……えっと、すっごいドSっぽい」

 

「他には?」

 

「主犯っぽいし、やっつけたらクエストクリアかなって」

 

「あとは?」

 

「ええ? ジットさん仲間にしちゃったから、ボス役押し付けちゃえ?」

 

 ねねこの知っていたことりの計画性のなさと、特に何も思うところの無さが露呈する。

 

「今は?」

 

「んー、お友達になれたらいいなって」

 

 そこまで話させた所で、ねねこは改めてクレマンティーヌを見た。物凄く複雑そうな表情でことりを眺めている。

 

「本人はこう申しておりますニャ」

 

「……本当になんとも思われてなかった訳だ。じゃあなんでそんな相手を友達になんて思った訳?」

 

「似た者同士でいいんじゃないって。あ、私は別にいじめっ子じゃないからね!」

 

 思わず尋ねたクレマンティーヌに、ことりはなんとなしに答えた後、慌てて左右に手を振って否定した。

 

「じゃあ何が似た者同士なの?」

 

「私のお父様がちょっとね……まあ、苛めっ子みたいな感じだから」

 

「なにそれ」

 

「……お父様、私の友達選ぶから。実際リアルのお友達は何人かいなくなっちゃったし。ここにはお父様いないから、安心してね? でも、誰彼構わず消しちゃう私と、ほら、ちょっと似てるでしょ?」

 

 少しばかり自嘲気味に言ったことりに、クレマンティーヌはそのお父様がいないという事実に心の底からほっとした。そのお父様とやらががいれば、クレマンティーヌは確実に消されていただろうと思ったからだ。

 

「それで、本当に私と友達になりたいって言うの? あんたにとって嫌なことする相手みたいな感じがするって、言ってたでしょ」

 

「PKしそうってヤツかな。でもまあ、私も必要ならするし、異形種って理由で殺しにかかってこないならいいかな」

 

 あと返り討ちに出来そうだしと続けられた言葉に、クレマンティーヌは脱力した。これは本当に能天気なだけではないだろうか、そう思った所為である。

 

「警戒してた私が馬鹿だわ」

 

「大分お可哀想でしたニャ」

 

 ポツリと漏らした本音に、ねねこが素直な感想を述べた。

 

「あんたも相当失礼よね」

 

「ご主人の使い魔ですからニャ」

 

「ちょっと私の事ディスるの止めてくれるー?」

 

 さらっと原因を擦り付けたねねこに、ことりが抗議の声を挙げた。ぎゃいぎゃいと遣り合うことりとねねこに、変に怖がっているのも馬鹿らしくなってくる。

 

「で、あんたと友達になったらどんなメリットがあるって?」

 

「えっ、友達ってメリットありきでなるものなの?!」

 

「だって私、あんたの事よく知らないし。他に見るところがないじゃない」

 

「ひ、人柄とか性格とか見るもんじゃないの?」

 

「それはこれから見ていくの! ほーら、アピールしなさいよー」

 

 困ったように一生懸命に考えることりを見て、クレマンティーヌは思う。レベル差を考えなければ案外チョロいのではないだろうか。

 そんなクレマンティーヌの考える事を何となく察したねねこは思うのだ。可哀想なクレマンティーヌが、ことりにその手を精々離されないようにと、願うのだ。

 

 

 

 

 

「悩むねー」

 

「当たり前でしょ」

 

「止めとく?」

 

 大量のアイテムを前にうんうん唸っているクレマンティーヌに、ことりがそっと気遣う。

 

「悩むんならやめた方がいいと思うけど」

 

「人間辞めるのに抵抗はないわよ。ただ選択肢がないって言ってた割りに多いから悩んでるだけで」

 

「少ないと思うけどなー」

 

 撒かれたアイテムは二十を少し越えたくらいなので、取れる種族が倍以上と考えれば少ないくらいだ。だがそれはことりの感覚である。

 

「取り直せない事もないけど手間だからあんまりおススメはしないかな。ピンと来るのがないなら止めとくのも手じゃない?」

 

『ご主人はこう言っておりますが、無理をしてでも選んでおいた方が宜しいかと』

 

 突然伝言(メッセージ)にクレマンティーヌは動じないようにしながら、アイテムから目を離さない。特に返事を返さないクレマンティーヌを気にせずに、ねねこは言いたいことだけを言っていく。

 

『控え目に言って、ご主人はナザリック(ここ)では特別です。そして人間蔑視も蔓延しておりますので、せめて種族替えはしておいた方が当たりは弱いと愚考します』

 

 多分善意からもたらされた情報は、クレマンティーヌの予想から遠くは外れていなかった。メイドに対する振る舞い方も、彼女に向けられている視線も、完全に上位者に対するものだった。逆に連れられていたクレマンティーヌに対する視線には、隠しきれない羨望が入り交じっていたのも覚えている。

 

「んー、アンタのおすすめは?」

 

「えー……クレマンティーヌって軽戦士(フェンサー)系だっけ?」

 

「そうよ。スティレット使って、早さ勝負に持ち込むの」

 

 クレマンティーヌが話を振れば、ことりは嫌な顔をせずに悩んでくれた。職を確認してくる辺り、真面目に考えてくれるらしい。少し意外に思いながら、クレマンティーヌは唸ることりの横顔を眺める。

 

「シーフとかアサシンとか、どっちかと言えばそっち寄りな感じなのね。あー……ちょっと違うかも知れないけどコリとかはどうかな。シーフとかアサシンとか、後はマジックキャスターとかに向いてた筈なんだけど。前衛職だとやっぱり体型とかは人型に近い方がいいかなって思ったんだけど、どうかしら。一応亜人寄りの獣人に成れるから」

 

「コリ?」

 

「そ、コリ。センコとセンリとフウリに派生するんだけど、キツネとタヌキとネコの妖精らしいよ」

 

 某設定厨に聞かされた色々の中にあった筈だが、詳しいことは記憶の彼方である。アイテム使用の効果の事だけ、覚えていたのはきっとましな方だろう。

 ことりのストレートな説明に、クレマンティーヌも吟味する。細かい気遣いもあるようだし、これと言って拒否する理由もない。のだが。

 

「どれがキツネでどれがネコなの?」

 

「センコがキツネで、フウリがネコ……だったような……? センコがキツネなのは確実なんだけど」

 

 教えてもらった漢字で覚えていた所為で、余計に分からなくなっているジレンマである。因みに順に仙狐、仙狸、風狸、となる。

 

「成る程、でタヌキって何?」

 

「そこからかあ……画像なんてあったかなぁ」

 

 アイテムボックスからフォトアルバムを取り出して捲りながら、ことりは呻いた。かつてネットの海で漁った画像は大体ここに入れてあるからだ。

 タヌキと言われてピンと来ないのは仕方のない事だろう。ことりの嘗てのリアルでは見なくなって久しいし、例えいたとしても東アジア圏固有種なので海外在住者には馴染みも薄かった。

 暫くアルバムを捲っていたことりであるが、それっぽい画像はなかったようで。唸りながら口を開いた。

 

「ええと、アナグマ?っぽい動物なんだけど、アナグマは分かる?」

 

「間抜けっぽいやつよね。ちょっとタヌキは遠慮したいんだけど」

 

「私は可愛いと思うのだけど。でもそうなるとキツネしか自信ないわ」

 

 アルバムを閉じて思い出すようにことりが紡ぐ。分からなかったらどう説明すればと地味に悩んだが、杞憂だったようだった。控え目に言って可愛さを説明出来る気がしなかったので助かったのだが、最終的な評価は結局『間抜け』であったようである。

 クレマンティーヌは少し考えて、妥協する事にしたようだった。

 

「なら、そのセンコっていうので」

 

「ならこれね」

 

 そう言ってことりは、目の前に転がったアイテムの中から赤橙色の木の実を手に取った。

「はい、どうぞ」

 

 それをクレマンティーヌに差し出して微笑むことりに悪意は無さそうだ。それを受け取ろうとしたところで、不意にねねこが口を挟んだ。

 

「ああ、そうニャ。ご主人の名前はことり様と仰いますニャ」

 

 パタパタと尻尾でシーツを叩きながら、クレマンティーヌを見つめる瞳は読めないものだった。だが彼の発する空気が、『次にアンタなんて呼んだら分かってるな?』と如実に語っているのだった。

 

 





タブラさん側:長話も面白がって聞いてくれるので気に入ってた
ことり側:知らない話とかいっぱいしてくれるすごい


クレマンちゃんのキツネ耳は趣味です。似合いそう


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