魔物使いのハンドレッドクエスト (小狗丸)
しおりを挟む

プロローグ

 イアス・ルイド。

 

 そこは唯一神である女神イアスによって創造された世界。

 

 イアス・ルイドとは「女神イアスの子」という意味でこの世界に存在するものは全て、空も陸も海も、人間も魔物も皆、女神イアスによって産み出された子供、あるいはその子孫とされている。

 

 女神イアスは自身が産み出した「子供」達が成長する姿を見ることを至上の喜びとする神とされており、そのため女神イアスは子供達の成長を促すために様々な法則や特別な力を造り出しては人間と魔物に授けてきた。

 

 今現在の自分の力量や才能を正確に映し出す光の板「ステータス」。

 

 種族の血と個人の魂に宿る、更なる高みを目指す助けとなる異能「特性」。

 

 女神イアスの力の欠片であり、発現させることで奇跡を織り成すことができる神秘の力「輝力」と「神術」。

 

 そして「人間」と分類される種族の中でもヒューマン族にのみ持つことを許された世界に百冊しかない魔法の本「クエストブック」。

 

 クエストブックに選ばれたヒューマンは百の試練を与えられ、百の試練を全て達成した者には女神イアスにより、どのような願いでも一つだけ叶えてもらうことができるとされている。

 

 そのためクエストブックを手にした者達は皆、自らの願いを叶えるためにクエストブックに記された試練に挑戦すべく世界中を旅しており、世の人々はそんな彼らのことを「冒険者」と呼んでいた。

 

 

 

 

 

 人里から離れた森の奥。誰もおらず鳥や獣の影もない静寂のみが支配する場所に突然強い光が生まれた。

 

 光は数秒間森の中を照らした後に何事もなかったかのように消えたが、光が発生した場所を見るとどこから現れたのか一人の男の姿があった。

 

 外見から見た男の年齢は十代後半くらい。服装は黒のズボンと黒のシャツの上に白いロングコートを羽織っており、腰には一振りの長剣を差していて背中には荷物が入って膨らんだ袋を背負っている。

 

 そしてその左手は一冊の「本」を持っていた。

 

「ここは……?」

 

 白いロングコートを羽織った男は辺りを見回すがそこは彼の知る場所ではなかった。

 

 自分の部屋でもなく、無数の扉が並ぶ不思議な空間でもない今まで一度も訪れたことがない森の中。

 

「言い伝えの通りだ……。無数の扉が並ぶ部屋を出た後で見知らぬ場所に飛ばされる……それが試練の始まり。……『ステータス』!」

 

 白いロングコートを羽織った男は、自分が全く見知らぬ場所にいることを確認すると興奮したように呟き、左手に持っている本を一目見てから意を決したように声を上げる。するとブゥン、という音をたてて彼の目の前に一枚の光の板が現れた。

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 3/20

【生命】 1230/1230

【輝力】 0/0

【筋力】 26

【耐久】 25

【敏捷】 30

【器用】 30

【精神】 27

【特性】 冒険者の資質、超人的体力

【技能】 ★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)

 

 

「ステータスの称号に冒険者の文字がある……!」

 

 呼び出した人間の能力、才能を正確に映し出す遥か昔に女神イアスが創造した光の板、ステータス。そこに「冒険者」という文字が記されているのを見て白いロングコートを羽織った男、アルハレムは目を限界まで見開いた。

 

 冒険者。

 

 世界に百冊しかない魔法の本「クエストブック」に選ばれた存在。冒険者はクエストブックに記された百の試練を全て達成することでどのような願いも一つだけ女神イアスに叶えてもらえるとされている。

 

「俺は、本当に冒険者になったんだ……」

 

 アルハレムは自分が伝説のクエストブックを手にして女神の試練に挑戦する権利を得たという事実を認識して、喜びと緊張で体を僅かに震わせた。しかしやがて自分の気持ちを落ち着かせると左手にある本、クエストブックを持つ力を強めてゆっくりと前に向かって歩き始めた。

 

「よし。それじゃあ早速行くか」

 

 今ここにクエストブックに選ばれた新たな冒険者が誕生した。

 

 冒険者の名はアルハレム・マスタノート。

 

 自らの願いをその手に掴むため冒険者アルハレムの冒険が幕を開く。

 

「………アレ? でも本当にここはどこだ? 街にはどうやって行けばいいんだ?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話

「やれやれ。ようやく見つかった」

 

 アルハレムがクエストブックによって森の中に飛ばされてから数時間後。森の中をさ迷った彼はなんとか森を抜けると街に辿り着いた。

 

 街に辿り着いた時にはすでに日が沈んで夜になっており、アルハレムは一先ず今日泊まる宿屋を探して街の中を歩いていく。

 

「今日はもう宿屋に泊まって休むとして……明日はまずここが何処なのか調べないとな。クエストブックのクエストに挑戦するのはそれから……ん?」

 

 歩きながら明日からの予定を考えていると、前方に人だかりができているのが目に入った。

 

「何だ?」

 

 興味を覚えたアルハレムが人だかりをかき分けて騒ぎの現場を見てみると、そこには四十代くらいの男と若い女が言い争いをしていた。

 

 女の方はアルハレムよりも少し年下くらいだろう。茶色の髪を左右で縛った髪型をしており、服装はショートパンツに胸元を隠すブラジャーと袖無しのジャケットという露出が多い格好。腰にはその容姿には似合っていない一振りの長剣が差してあった。

 

「わたしぃのぉ! どこが子供だって言うのよぉ!」

 

 女が顔を赤くして男に怒鳴る。その表情は目が据わっていて、時折足元がふらついていることから女がかなり酒に酔っているのが一目で分かる。

 

「……ただの酔っぱらいのケンカか」

 

 言い争うというより一方的に男に怒鳴り散らす酔っぱらった女を見たアルハレムは、興味をなくしてこの場を後にしようとする。だが丁度その時シャキンという音が聞こえ、音がした方を見ると女が腰の剣を抜いていた。

 

「ひぃ!?」

 

 女が剣を抜いたことに男が腰を抜かし、周囲にいた野次馬達が悲鳴を上げる。アルハレムも思わず口元をひくつかせる。

 

「おいおい……。それは流石にまずいだろ?」

 

「このアニー様をナメんじゃないわよ!」

 

「うわあぁ!?」

 

 ガキィン!

 

 腰を抜かした男に女、アニーは勢いよく手に持った剣を降り下ろすが、アニーの剣は二人の間に飛び込んだアルハレムの剣によって火花を散らして止められた。

 

「……だれよ? アンタ?」

 

「誰だっていいだろ。それよりもその辺にしておいたらどうだ? 人なんて切ったらもう喧嘩じゃすまなく……」

 

「邪魔すんじゃないわよ!」

 

「うわっ!」

 

 つばぜり合いをしたまま何とか説得をしようとアニーに話しかけるアルハレムだったが、アニーの方は話を聞こうとせずに強引に剣を振りぬく。

 

「まったくこれだから酔っ払いは……。おいアンタ、早くここから離れたほうがいいぞ」

 

「あ、ああ……」

 

 アルハレムは腰を抜かしていた男に逃げるように言うと剣を構えなおしてアニーのほうを見据えた。

 

「さあ……こい!」

 

「うらああっ!」

 

 剣を構えなおしたアルハレムにアニーが切りかかる。酔っ払っていて足元も怪しかったアニーだが意外にも太刀筋は正確で頭、喉、腹と人体の急所にと鋭く軌跡を描いて剣が振るわれる。

 

(酔っ払っているにしては太刀筋がしっかりしているな。……でも)

 

 アルハレムは自分に向かって振るわれるアニーの剣を冷静に観察して見切ると、自分の剣で防ぎ、あるいは受け流していく。

 

 確かにアニーの剣は基本がそれなりにできているし、太刀筋も速くて正確だがそれだけだ。幼少の頃より実戦に近い形で訓練をつんできたアルハレムにとっては見切るのは容易かった。何度剣を振るってもかすりもしないことでアニーの頭に血が上り、ただでさえ酔っ払っていて大雑把だった動きが更に雑になっていく。

 

「この! この! このぉ! 何で、当たらないのよ!」

 

「隙あり!」

 

「きゃあ!?」

 

 動きが雑になったことで生まれた一瞬の隙をついてアルハレムは自分の剣でアニーの剣を弾き飛ばし、流れるような動きで彼女の喉元に剣を突きつけた。

 

「勝負ありだな。キミの敗けだ」

 

「……はあ? ふざけんじゃないわよ! わたしはまだ負けてないんだからね!」

 

 アニーの喉元に剣を突きつけながらアルハレムが告げる。普通に考えれば彼の言う通り勝負はもうついているのだが、酔っぱらった女剣士は現実をうまく認識できていないのか、相変わらず据わった目で自分に突きつけられた剣を見ていた。

 

 そして次の瞬間、アニーはアルハレムも周囲の野次馬達も全く予想しなかった意外な行動をとった。

 

「こんな剣が何よ!」

 

「おい! ……!?」

 

 何を思ったのかアニーは目の前にあるアルハレムの剣の刀身を素手で鷲掴みにしたのだ。驚いたアルハレムは思わず剣を下げようとしたが剣は微動だにしなかった。

 

(剣が動かない? まさか彼女は……)

 

 そこまで考えてアルハレムは、自分の剣を掴むアニーの手から一滴の血も流れておらず青白く光っていることに気づき、自分の予想が的中していることを悟る。

 

 いや、よく見れば手だけでなく、アニーの身体全てが青白く光っていて、それを見た野次馬達の誰かが悲鳴のような声を上げる。

 

「き、『輝力』の光!? あの女、『戦乙女』か!?」

 

 輝力。

 

 それは選ばれた一部の女性だけが使用することができる神秘の力であり、使用したときに使い手の身体が青白く輝くことから輝力と呼ばれている。

 

 輝力は使い方次第で様々な奇跡を起こすことができ、世の人々は輝力を使って戦う女の戦士のことを「戦乙女」と呼び、優れた戦乙女は一人で千人の兵士にも勝るとされていた。そしてアルハレムの目の前にいる酔っぱらった女剣士アニーもまた戦乙女であったのだ。

 

 戦乙女の輝力の使用法の中で一番基本的なのは身体能力の強化だ。輝力で強化された戦乙女の身体は岩をも砕く怪力に風のような俊敏さ、そして鋼をも勝る頑強さを宿し、敵の剣を素手で止めるといった芸当も容易くできるようになる。……丁度今のアニーのように。

 

(迂闊だった……! 彼女の服装を見て相手が戦乙女である可能性を考えるべきだった)

 

 アルハレムは内心で自分の迂闊さに歯噛みする。

 

 輝力で身体を鋼より頑丈にすることが出来る戦乙女は、戦いの場で鎧を着る必要がないため最低限の箇所だけを守る軽装を好む者が多い。軽装の方が動きやすいし、それが更に露出が多いものであれば男の敵の動揺を誘いやすいからだ。

 

 アニーが戦乙女であることを考えれば確かに彼女の服装は動きやすく、その露出した女の肌の色で敵の油断を誘う可能性もある下手な鎧よりもよっぽど戦いに向いた格好と言えるだろう。

 

「こ、これはまずいかな……」

 

「ぶっ飛べ!」

 

 冷や汗を流すアルハレムの腹部に気合いの入ったアニーの拳が炸裂し、アルハレムは激しい衝撃を受けると同時に意識を失った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

「う……ん?」

 

 アルハレムが目を覚ますとそこは見知らぬ部屋の中だった。

 

 ベッドに小さい机と椅子。必要最低限の家具しかない小さい部屋。その部屋でアルハレムはロングコートを羽織った状態のまま、ベッドの上に横になっていた。

 

「ここは一体……痛っ!?」

 

 起き上がって周りを見ようとするとアルハレムの腹部に痛みが走り、そしてその痛みがきっかけになって彼はこの部屋に来る前に何があったのか、昨日の出来事を思い出した。

 

「いたた……。そうだ思い出した。俺は昨日、戦乙女と戦って負けたんだった……」

 

 昨夜。アニーと名乗る酔っぱらった戦乙女と戦うことになったアルハレムは、輝力を使用した彼女に一撃殴られただけで倒され、数秒間だけだが意識を失ってしまった。

 

 しかしその直後に街の自警団が現れ、アニーは自警団に所属する戦乙女達に捕まって戦いは終わり、九死に一生を得たアルハレムは痛む身体を引きずってこの宿屋に泊まったのだ。

 

「まさかあの酔っぱらいが戦乙女だったとは……」

 

 戦乙女と戦ったことは一度ではない。というよりアルハレムが実家で訓練の相手をしていた妹と腹違いの姉二人が戦乙女だったので、戦乙女の恐ろしさは骨身に染みて理解していた。

 

 何しろ妹と姉二人との訓練では、相手の動きが速すぎてこちらの剣がかすりもしないし、まぐれで当たっても相手の身体が固すぎて逆にこちらの手が痛くなる。そして相手の剣を一撃でも受ければ身体が木の葉のように吹き飛ばされる。その時のことを思い出すと今もアルハレムの背筋が寒くなる。

 

 だから戦乙女とはできるだけ揉め事を起こさないでおこうと気をつけていたつもりだったのだが、まさかあんな乱闘騒ぎで戦乙女と戦うはめになるとは思わなかったのだ。

 

「まあ、戦乙女と喧嘩して五体満足でいられただけでヨシとしよう。……あと、あのアニーって戦乙女とは顔を合わせないように気をつけよう」

 

 もう殴られたくないし、と小さく呟くとアルハレムは荷物をいれた袋から一冊の本、冒険者の証であるクエストブックを取り出す。

 

「せっかく冒険者になれたんだからクエストブックの試練に挑戦しないとな」

 

 開かれたクエストブックは一番上の一ページを除いて全て白紙だった。

 

 クエストブックは試練を終了させる度に次のクエストが別のページに記される仕組みで、アルハレムは自分の最初の試練が記されているページを見た。

 

 

【クエストそのいち。

 だれでもいいから、まもののおともだちをつくること。

 まものつかいなのに、まもののおともだちがだれもいないのはカッコわるいですからねー。

 それじゃー、あとにじゅうきゅうにちのあいだにガンバってください♪】

 

 

「……………いつ読んでも気の抜ける文章だな」

 

 クエストブックには子供が書いたような文字で試練の内容が書かれていて、アルハレムは思わずため息をもらした。

 

 しかしアルハレムはクエストブックを最初に開いて冒険者になった時に魔物を従える力を与えられた冒険者にして魔物使いであるため、このクエストブックに記された試練は至極もっともといえる。

 

「魔物を仲間にするのが俺の最初の試練……。早速挑戦したいところだけどその前にやることがあるんだよな」

 

 そこまで言ってアルハレムは羽織っていたロングコートを脱いで観察する。

 

 ロングコートは砂ぼこりで汚れている上にボロボロで、背中の箇所には大きな穴が開いている。続いて腰に差している剣を鞘から引き抜くと、剣の刀身の半ばにヒビが入っているのが見えた。

 

 ロングコートと剣がこのようになったのは、言うまでもなく昨夜のアニーとの戦いが原因である。

 

「やっぱりな……。試練に挑戦する前に新しい武器と防具を用意しないとな。……はぁ」

 

 幸いにして旅の資金として多目に持っているが、予想外の出費に二度目のため息を漏らすアルハレムだった。

 

 ☆★☆★

 

「よお、兄ちゃん! 昨日は助かったぜ」

 

「え?」

 

 街の店を回って新しい武器と防具、それと食糧等を買いそろえたアルハレムは、いざ試練に挑戦せんと街を出ようとしたところで後ろから投げかけられた声に止められる。

 

 ちなみに今のアルハレムの格好はロングコートの代わりに毛皮のマントを羽織っていて、腰には剣の代わりにロッド(硬鞭)と呼ばれる鉄でできた棒状の武器を差していた。

 

「貴方は……もしかして昨日の?」

 

 呼び止めたのは昨夜酔っぱらった戦乙女のアニーに切り殺されそうになり、そこをアルハレムに救われた四十代くらいの男だった。

 

「おうよ。ようやく見つかった。ずっと兄ちゃんを探していたんだぜ?」

 

「俺を探していた?」

 

「ああ。どうしても昨日助けてもらった礼が言いたくてな。それとこれも渡したかったんだ」

 

 男はアルハレムに礼を言うと、懐から小さな袋を出してそれを彼に渡した。

 

「礼だなんて別にいいのに……。それにこの袋は一体何です?」

 

「その袋にはなウチで作った特製の『エールボール』が十個ほど入ってる」

 

 エールボールとは酒を特殊な製法で小さな丸薬に変えたもので、水で満たした瓶に一粒エールボールを入れるだけで瓶一杯の水を酒に変えることができる。旅先でも気軽に酒が飲めるということで通常の酒よりも値がはるが酒好きの旅人や隊商に売れていたりする。

 

「ウチはここらじゃ少し名が通っている酒屋でな、味は保証するぜ。命を助けてもらった礼なんだがこれしか渡せるものがなかったんだ」

 

「いえ、そういうことでしたらありがたくいただきます。ありがとうございます。……そうだ。一つ聞きたいのですけど、この辺りで魔物がよく出る場所ってありますか?」

 

 アルハレムは男にエールボールの礼を言うと魔物が出現する場所を聞き、男は首をかしげながらも答える。

 

「魔物がよく出る場所? ……そういえばここから南の方に古い教会の跡地があるんだが、数日前からそこで獣のようなうなり声がするって聞いたな。旅をするならそこには近寄らないほうがいいぜ?」

 

「南にある教会の跡地ですか……。分かりました。気をつけます」

 

 男に礼を言うとアルハレムは街の入り口に向かって歩きだした。

 

 目的地は決まった。目指すのは南の教会跡地。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

「ここが教会の跡地か……」

 

 街を出てから数時間後。アルハレムは街の南にある教会の跡地に辿り着いた。

 

 教会の跡地といってもそこにあるのは、石畳の床とずっと昔に崩れた柱と壁の残骸だけで、前もって教会の跡地と教えられていなければただの廃墟にしか見えないだろう。しかし石畳の床の敷居はかなり広く、昔はここに立派な教会が建っていたのが予想される。

 

 街で聞いた話によると数日前からここで獣のようなうなり声が聞こえて魔物が出現するかもしれないという話らしい。

 

「……随分と静かだな」

 

 辺りを見回してアルハレムが呟く。

 

 街を出てここに来るまで道では無数の鳥や獣達の気配を感じていたのに、ここに来てから気配を感じなくなった。

 

 まるで、この教会の跡地にいる「何か」の気配に怯え、野生の獣達が寄り付かないように。

 

「ここで魔物が現れるって話は本当かもしれないな」

 

 そこまで言うとアルハレムは腰に差しているロッドを引き抜いてその場で素振りを始める。二度三度とロッドを剣のように勢いよく振って風を切る音を聞くと、彼は素振りを止めてロッドを見ながら呟く。

 

「ロッド……こういう武器を使うのは初めてだけど、最初は剣のように使えばいいかな?」

 

 アルハレムが一番得意としている武器は剣である。それなのに何故剣ではなくてロッドを新しい武器として購入したかというと、その理由はクエストブックから得た知識にある。

 

 クエストブックは最初に開かれた時、所有者に「戦士」や「魔術師」といった冒険者となるのに最低限な力と知識を与える。そしてアルハレムがクエストブックから与えられたのは「魔物使い」の力と知識で、その知識によると魔物使いに最も相応しい武器は鞭であるらしく、彼はこの情報を参考にして鞭に分類される武器であるロッドを購入したのだった。

 

 素振りを止めた後もアルハレムはロッドを持つ手を何度も持ち直して感触を確かめる。そうしていると彼の脳裏に「ピロロン♪」と軽快な音が聞こえてきた。

 

「ん? この音って……ステータス」

 

 脳裏に聞こえてきた音に反応してアルハレムはステータスを呼び出すとそこに記された情報に目を向ける。

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 3/20

【生命】 1230/1230

【輝力】 0/0

【筋力】 26

【耐久】 25

【敏捷】 30

【器用】 30

【精神】 27

【特性】 冒険者の資質、超人的体力

【技能】 ★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)

 

 

「よし。新しく技能に鞭術がついている」

 

 アルハレムはステータスの技能の欄に昨日にはなかった「初級鞭術」の文字が追加されているのを見て口元に笑みを浮かべる。

 

 ステータスの技能はその人が技術を習得した証であると同時に、戦闘時に攻撃力や身体能力にわずかだが影響を与える要素でもある。これから魔物と戦うかもしれない時に新たな技能を得られたのは予想外の幸運とも言えた。

 

「これだったらもし魔物が出てきても……!?」

 

『……………ヨオォォ!』

 

 ステータスを見てアルハレムが満足げにうなずいていると何処からか叫び声のような声が聞こえてきた。突然聞こえてきた声に彼は即座に臨戦態勢をとると周囲を見回した。

 

(何だ今の声は? ここに出るという魔物か? 一体どこにいる?)

 

 集中力を限界まで高めてどんな小さな異変も見逃さないとばかりに見回すが、魔物はおろか獣の影すら見当たらない。そうしている間にも謎の声は風にのって聞こえてくる。

 

『………………ノオォ!』『…………………エェ!』

 

「この声……あそこから聞こえてくる?」

 

 耳をすまして聞けば謎の声はなんとなくだが女性の声のように聞こえ、やがてアルハレムは声の発信源が石畳の下であることに気付く。

 

 すでに日は沈みかけており周囲も暗くなっているから分かりづらかったが、一枚の特に損傷が激しい石畳に大きな亀裂ができていて、アルハレムが亀裂の中を覗きこむと奥に大きな空洞があるのが見えた。

 

「空洞……いや、地下室か? ……とにかく、謎の声の主がこの下にいるのは確かなようだな」

 

 興味を覚えたアルハレムは羽織っていた毛皮のマントを脱ぐと、石畳をどかす作業にはいる。

 

 まず石畳の脆そうな箇所をロッドで叩いて砕き欠片を脇に避ける。そしてまた脆そうな箇所をロッドで砕き欠片を脇に避ける。

 

「これは……少ししんどいな」

 

 石畳をどかそうとしてから一時間ほど経っただろうか。地道で力がいる作業を何度も繰り返しようやく石畳をどかすと、そこには地下に続く階段が現れた。

 

「やっと通れる……。それじゃあ、行ってみるか」

 

 アルハレムは毛皮のマントを羽織り直し荷物からランタンを取り出すと、階段を降りて地下へと入っていった。

 

 石畳の下はかなり深くまで掘られているようだった。アルハレムが右手にロッド、左手にランタンを持ちながら慎重に階段を降りていくとやがて最下層までつき、そこで彼はあるものを見つけた。

 

 最初に目に入ったのは地面に刻まれた青白い光を放つ魔方陣。

 

 次に見えたのは魔方陣の内部にある鳥籠を巨大化したような鋼鉄の檻。

 

 そして最後に目に映ったのは巨大な鳥籠の中に囚われている一人の少女。

 

 外見から見た少女の年齢は十六、七歳くらいだろうか。桃色の髪を頭の後ろで縛っていて、魔方陣の光に照らされた肌は健康的な桜色に輝いていた。

 

 それに何よりも一番特徴的なのは少女の胸だろう。少女の胸には彼女の頭部と同じくらいの大きさの肉の果実が二つ、たわわに実っていた。

 

「お、女の子? どうしてこんなところに……って、裸ぁ!?」

 

 アルハレムは鳥籠の中の少女が服らしい服を着ていないことに思わず声を出し、鳥籠の中の少女はそんな彼の言葉にわずかに不機嫌そうな表情を浮かべて反論する。

 

「ちょっと待ってください。誰が裸ですって? 私の着ている服が見えないのですか?」

 

「……え?」

 

 自分の体を指差す鳥籠の中の少女は、何かの動物の皮で作られた帯を首から股間にかけており、乳首等の最低限の箇所を隠していた。……もしかしなくても、この極細の帯が彼女の言う「服」なのだろう。

 

「……いやいや。それ、裸と変わらないから。むしろ裸より恥ずかし……い……?」

 

 鳥籠の中の少女に至極まっとうなツッコミをいれようとしたアルハレムだったが、言葉の途中で彼女の身体にある異変に気付く。先程は彼女の胸と肌に目を奪われて気づかなかったが、よく見れば頭の左右には角が一本ずつ生えており、背中には蝙蝠のような翼があった。

 

「なっ……!?」

 

「ふふん? 今頃気付いたのですか?」

 

 自分の角と翼を見て驚くアルハレムにいたずらっ子のような笑みを浮かべる鳥籠の中の少女。

 

「君は……一体何者なんだ?」

 

 アルハレムの言葉に鳥籠の中の少女は笑みを深めると、その豊かな胸を揺らしながら優雅なお辞儀をして自己紹介をする。

 

「初めまして。私の名前はリリア。

 偉大なる『サキュバス』の母マリアスと大神官の父との間に生まれた一人娘。

 ……貴方達が『魔女』と呼ぶ存在です」

 

「…………………………!?」

 

 サキュバス、そして魔女。

 

 鳥籠の中の少女、リリアの口から出た二つ言葉に、アルハレムは驚きのあまり言葉を失った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

 魔女。

 

 それは人間の女性によく似た姿をした魔物の総称である。

 

 美しい姿とは裏腹に強力な力を持ち、また雌しか生まれないので種族を維持するために他の種族の雄を襲うという魔女は、魔物の中でも特に恐ろしい存在とされていた。

 

 何故、魔女がそこまで恐れられているかというと、その最大の理由は「魔女もまた戦乙女と同じように輝力を使える」という点だろう。

 

 人間の女性は一部の女性しか戦乙女になれない、輝力が使えないのに対して魔女は生まれてくる全ての子供が輝力を使うことができる。人間を上回る魔物の身体能力を更に輝力で強化できる魔女の戦闘能力は戦乙女の上をいくと言われている。

 

 そしてサキュバスは無数の種族がある魔女の中で最も有名な魔女の種族である。

 

 歴史上で最初に確認された魔女の種族こそがサキュバスであり、一説によれば世界に存在する全ての魔女の種族はサキュバスから派生して進化したとされている。今ではサキュバスの目撃例はないが、それでもサキュバスの存在は世界各地で語り継がれていた。

 

 アルハレムは目の前で巨大な鳥籠に囚われているリリアが魔女で、しかもサキュバスだという事実に呆然となり、ただ彼女の姿を見ていることしかできなかった。

 

「それで?」

 

「……は?」

 

 リリアに声を投げ掛けられアルハレムは思わず間の抜けた声を出した。

 

「は? じゃなくて、貴方の名前ですよ。私はもう名乗ったのですから貴方も名乗るのが礼儀なんじゃないですか?」

 

「あ、ああ、そうだな。……俺の名前はアルハレム。アルハレム・マスタノート。……冒険者だ」

 

 アルハレムが名を名乗ると、リリアは形のいい眉をわずかに動かして見定めるように彼を見つめる。

 

「冒険者……。確かクエストブックに選ばれたヒューマンでしたね。何でもクエストブックに書かれた試練を全て達成すると女神に願いを叶えてもらえるとか」

 

「よ、よく知っているな……」

 

 記憶を探るように話すリリアに、魔物がクエストブックについて知っているとは思ってもいなかったアルハレムは驚きを隠せなかった。

 

「昔、お父様から教えてもらったことがありますから」

 

「お父様? そう言えば君、父親が大神官だって言っていたな。それで母親がマリアスって名前のサキュバスで……って、マリアス!? ま、マリアスが母親って、まさか……あの伝説の?」

 

 アルハレムはリリアの自己紹介を思い出したところで何かに思い当たって目を見開き、そんな彼の驚く様子を見てリリアは誇らしげに頷く。

 

「その様子だと私のお母様のことを知っているようで嬉しいですわ。そう、お母様はかつてサキュバスの全部族を統べる女王であり、たった一人で人間の軍隊を退けたこともある最強のサキュバス。私はそんな『伝説のサキュバス、マリアス』の娘なのです」

 

「……そうか、君があの『伝説のサキュバス、マリアスの娘』か」

 

「………あれ? 今、微妙に何か違いませんでしたか?」

 

 リリアは自分の発言とアルハレムの発言にわずかな「ズレ」を感じて首をかしげるが、それに気づかないアルハレムは言葉を続ける。

 

「子供の頃に聞いたことがある。二百年ほど昔にマリアスと呼ばれる強大な力を持ったサキュバスが、今は滅びた大国の大神官を拐い、大神官との間に一人のサキュバスを生んだって話を……。

 そのサキュバスは何を考えたのか、母親から受け継いだ力と美貌を使って、父親が生まれた大国を滅ぼそうとしたそうだ。サキュバスはたった一人で国の騎士団を壊滅させ、主だった王族や貴族を次々と魅了して操り、国は滅亡の一歩手前まで追い込まれたらしい。

 しかし最後には国の王子と王子に従う戦乙女によって倒され、封印された悪名高き伝説のサキュバス『マリアスの娘』。

 ……それが君なんだね?」

 

 アルハレムが語ったのはこの世界に古くから伝わる伝説だった。

 

 かつてこの大陸には栄華を極めた一つの大国があったが、ある時を境にその大国は急激に国力が衰えていき、やがて無数の小国に分裂してしまった。そしてそれの原因として伝わっているのが「マリアスの娘」の伝説である。

 

 たった一人で国を傾けたサキュバス「マリアスの娘」の伝説は、姿を消したサキュバスの存在を今も人間達の間で認識させ、魔女という存在を恐ろしいものと思わせる大きな要因となっているのだが、当の本人である「マリアスの娘」はというと……。

 

「…………………………え? 何ですか? それ?」

 

 と、目を丸くして驚いていた。

 

「え? 何ですかって……君が伝説の『マリアスの娘』なんじゃないのか?」

 

「確かに私のお母様はマリアスですし、今アルハレムさんが言った伝説(?)にはいくつか心当たりがありますけど、自分から国を滅ぼそうとしたことなんてありませんよ?」

 

「……そうなのか?」

 

 目の前のサキュバスが嘘を言っているように見えずアルハレムが尋ねるとリリアが頷く。

 

「ええ。何で私がお父様の故郷を滅ぼさないといけないんですか? それにお母様とお父様は誘拐した、されたの関係ではなくて、お互いに一目惚れして駆け落ちしたんですよ?」

 

「か、駆け落ち?」

 

 予想だにしなかった話にアルハレムは言葉を思わず呟き、そんな彼をよそにリリアは「そうですか……。外ではもう二百年も経っていたのですか……」と遠い目をしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

「い、いやいや! 遠い目をしていないで答えてくれ。君の母親と父親、サキュバスと大神官が一目惚れして駆け落ちをしたって、本当なのか? 俺が知っている伝説って間違っているのか?」

 

「そうですよ」

 

 アルハレムが聞くとリリアはあっさりと肯定をする。

 

「お母様もお父様も、お互いに一目惚れするとそれまでの肩書きやら地位やら全て捨てて辺境の地で暮らし、私はその時に生まれたのです。二人とも本当に仲がよくて心から愛し合っていたのですよ。……ええ、本当に毎日毎日、飽きもせず見ているだけで口から砂糖を吐きそうな甘ったるい二人だけの幸せ空間を作ったり、『夜』になれば貴方達獣ですかと言いたくなるくらい激しく求めあったりと。恥ずかしいくらい仲がよい夫婦でしたね」

 

(娘でサキュバスのリリアがそこまで言うってどんな二人だよ? というか「夜」って、やっぱりアレのことだよな?)

 

 リリアの両親について激しく興味を持ったアルハレムだったが、それよりも伝説の真相の方が気になったため、彼女の話を黙って聞くことにする。

 

 リリアの話を簡単にまとめると次のようになる。

 

 辺境の地で家族三人で平和に暮らしていたリリア達だったが、ある日に父親が病気でこの世を去る。父親の死後、母親のマリアスは「旅に出る」とだけ言うとリリアを残して何処かへと旅立っていく。

 

 一人残されたリリアの元に、父親の出身国である大国の王子が取り巻きの騎士を連れて現れて、自分の愛人になれと彼女に迫る。その申し出をリリアが断ると、王子は逆上して取り巻きの騎士達をけしかけるが、ただの人間が魔女に勝てるはずもなく瞬殺される。

 

 リリアが王子達を撃退するのとほぼ同時期に大国の王弟が複数の貴族達と共に反乱を起こす。大国は長年の腐敗政治によって以前より国力が弱まっていて、今回の反乱で大国は支配体制が大きく傾き滅亡の危機におちいる。

 

 そんな時に再び大国の王子がリリアの前に現れ、王子は彼女に「大国が滅びそうになったのは全て貴様の仕業だ!」とよく分からない逆恨みの言葉を言うと、新しく雇った戦乙女の力を借りてリリアを封印した。

 

 ……これが、リリアの語る「マリアスの娘」の伝説。その真相だった。

 

「………………………………………ナンダソレ?」

 

 リリアの話を聞き終えたアルハレムはしばらく言葉を失った後、思わず言葉を漏らした。

 

「え? つまり何? 要するにリリアはその王子の悪質なナンパを力ずくで撃退しただけで、王子の腹いせで無実の罪をなすりつけられた上に封印されたってこと?」

 

「そうなりますね」

 

 あまりにも酷すぎる伝説の真相に混乱するアルハレムに他人事のように答えるリリア。

 

「というか何で反乱が起きて大国が滅びそうになったのがリリアのせいなんだ? リリアは全く関係ないじゃないか」

 

「さあ? あのバカ王子、プライドだけは人一倍高かったけど、それ以上に頭が残念でしたからね。恨みがある私が全ての元凶だと考えたとしてもあのバカ王子だったらある意味納得できます。……あるいは『国を滅ぼそうとした魔女を倒した』という噂を広めることで、国民に対する求心力を高めて大国を救おうとしていたかもしれませんね。まあ、結局は滅びてしまいましたけど。いい気味です♪」

 

 黒い笑みを浮かべながら話すリリアにアルハレムは頭痛を覚えて額に手を当てる。

 

「……とにかく私はそんなことがあって封印されてからずっとここで眠っていました。でも最近になって封印の一部が壊れたみたいでこうして意識を取り戻したのです」

 

 リリアの視線の先を見ると、確かに床に描かれている封印の魔法陣が一部欠けていた。

 

「それからはただひたすらに私をこの鳥籠から解放してくれる人を呼び続ける日々でした」

 

「なるほど。やっぱり地上で聞いたあの唸り声はリリアの声だったのか」

 

「はい。そして助けを呼び続けた末にようやく現れてくれたのがアルハレムさん、貴方なのです。……それでアルハレムさん? どうか私をこの封印から解放してくれませんか?」

 

 リリアの発言はアルハレムも予想していたものだった。

 

「その武器で魔法陣を床ごと叩いて壊すだけでいいのです。……勿論、解放してくれればそれなりの『お礼』をさせてもらいますよ?」

 

「………!?」

 

 媚びるような目でアルハレムを見つめるリリアからは言い知れぬ魅力が感じられ、アルハレムは思わず彼女の言葉に従いそうになるが、なんとか正気を保つことに成功する。

 

「……分かった。君を解放しよう。でもその代わり条件がある」

 

「本当ですか!? はい。私のできることでしたら何だってします」

 

「そうか。だったら君には今日から俺の仲間になってもらう」

 

「はい? 仲間……ですか?」

 

 首をかしげるリリアをよそにアルハレムは、荷物袋から表面に細かい文字が書かれた四本の短剣を取り出すと、それをサキュバスを閉じ込めている鳥籠の四方に突き刺す。鳥籠の四方に突き刺された四本の短剣を見てリリアは驚きで目を見開く。

 

「それって『神術』? ……もしかして魔物を僕にする『契約の儀式』ですか?」

 

「契約の儀式のことも知っていたか。それも大神官のお父さんから聞いたのか?」

 

 リリアが口にした「神術」とは特別な儀式、またはアイテムを使用することで自然の輝力を集めて奇跡を起こすという、女神イアスが戦乙女でない者でも輝力を使えるようにと造り出した技術である。

 

 そして「契約の儀式」は魔物使いが魔物を僕にする時に使う神術の一つだ。神術で作った魔法陣の中で対象の魔物に仲間になることを誓わせることで僕にすることができ、僕となった魔物は魔物使いに絶対服従の存在となる。

 

 アルハレムは冒険者となるときクエストブックからこの契約の儀式の知識と、即座に儀式を実行できる儀礼用の四本の短剣を与えられていたのだった。

 

 地面に突き刺した四本の短剣が輝くと光の線を放ち、光の線が四本の短剣を繋ぎ合わせることで魔法陣が完成する。

 

「貴方……魔物使いの冒険者だったのですね」

 

「そうだ。それで俺の仲間になってくれるか? 仲間になってくれるならすぐにそこから解放してあげるよ」

 

「それは……」

 

 リリアにとってアルハレムの言葉はまさに究極の選択といえた。

 

「…………………………」

 

 無言となり俯いたリリアの姿を見てアルハレムは、

 

(アレ? 俺ってもしかして悪役?)

 

 と、心の中で呟き額に一筋の汗を流したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

「………はぁ。分かりました。他に選択肢もないみたいですし、貴方の仲間になります」

 

 俯いていたリリアは考えがまとまったのか、ため息を一つ吐くと顔を上げてアルハレムの目を見ながら仲間になることを承諾した。すると四本の短剣によって作られていた契約の儀式の魔法陣が光を強め、続いてアルハレムとリリアの身体が青白い光に包まれる。

 

「これは……?」

 

「どうやら契約の儀式が発動して、私とアルハレム様の間に主従関係が結ばれたようですね?」

 

 リリアの言うとおりアルハレムは魔法陣がその光を強めた瞬間、自分と彼女が見えない「何か」で「繋がった」のが分かった。リリアの気配を先程よりも強く感じられ、今ならば目をつぶっていても彼女が何処にいるのかを知ることができそうだ。

 

 そしてリリアもまた自分とアルハレムが繋がったのを感じていた。

 

 自分の魂が見えない鎖で縛られ、その鎖を目の前の主人に握られた感覚。もう自分はこの目の前にいる主人、アルハレムに逆らうことも危害を加えることも絶対にできないのだということをリリアは理屈ではなく本能で理解した。

 

 アルハレムとリリアの主従関係が結ばれて二人がそれを理解すると、床に輝く二つの魔法陣の一つ、契約の儀式の魔法陣が役目を終えたとばかりに光を失って消えてしまう。これで残ったのはリリアを封印する魔法陣だけとなった。

 

「さあ、マイ・マスター、アルハレム様。約束ですわよ。この私を閉じ込めている魔法陣を壊してください」

 

「ああ。分かって……る!?」

 

 リリアの言葉に頷こうとしたアルハレムは目の前の光景に思わず声を失った。

 

 アルハレムの目の前ではリリアが自分の胸を鳥籠に押し付けており、それによって彼女のたわわに実った肉の果実が変形していた。あまりにも暴力的な光景にアルハレムは思わず顔を背けてしまう。

 

「あらあら♪ 一体どうしたんですか? 私はもうアルハレムの仲間……僕なのですから、いくらでも見てくださってもいいのですよ?」

 

「からかうな。……今解放する」

 

 ふざけた口調のリリアに気恥ずかしさを覚えたアルハレムは顔を背けたまま答えると、八つ当たりをするかのようにロッドで地面に描かれた魔法陣を強打する。魔法陣が書かれた地面が破壊されると魔法陣は光を失って消えてしまい、それと同時にリリアを閉じ込めていた鳥籠が瞬く間に黒く錆び付いていく。

 

 二百年もの間、リリアを捕らえる封印はアルハレムによって完全に解かれた。

 

 リリアが錆び付いた鳥籠の扉をゆっくり押すと、扉は悲鳴のような金属がこすれる音を立てて開き、二百年ぶりに鳥籠の外に出た彼女は大きく伸びをして満足げな表情を浮かべる。

 

「んん! やっぱり外はいいですね♪ 実際はまだ地下室なんですけど、これ以上ない解放感です♪」

 

「そ、そうか。それはよかったな……」

 

 リリアが大きく伸びをした時、彼女の衣裳、というか帯の隙間から「いろいろ」と見えそうになり、アルハレムは再び顔を背けて答える。その時、

 

 

 パッラララー♪ パララ♪ パララ♪ パッラッラー♪

 

 

 と、軽快なファンファーレのような音がアルハレムの荷物袋から聞こえてきた。

 

「何ですか? 今のは?」

 

「この音……もしかしてクエストブック?」

 

 アルハレムは荷物袋からクエストブックを取り出すと一番最初のページ、「魔物を仲間にせよ」という内容のクエストが書かれたページを見る。するとそこには前まで書かれていたはずのクエストが書かれておらず、代わりに別の文章が書かれていた。

 

【クエストたっせい、おめでとー♪

 つぎのクエストもこのちょうしでガンバってくださいね♪

 ごほうびもわすれずにうけとってください♪】

 

(やっぱり……! クエストブックの伝説はここまで全て本当だった。だとしたらここに書かれている『ごほうび』というのも……)

 

 小さい子どもが書いたような文章を読んでアルハレムは初めてのクエストを無事達成したことを確認する。そして次の瞬間、クエストブックが光輝き、水中から浮かび上がるようにクエストブックのページから小さい物体が現れた。

 

 それは小指の先ほどの大きさの虹色に輝く丸い石だった。

 

「アルハレム様、それは?」

 

「これか? これは『神力石』だ」

 

「神力石!? この石が?」

 

 クエストブックから出現した石を見ながら訊ねるリリアにアルハレムが答えると、予想しなかった答えに彼女は目を丸くして驚く。

 

 神力石は女神イアスによって創造された魔法の宝石である。神力石を飲み込むことでその使用者は更なる力を得られるとされている。

 

 そしてこの神力石は冒険者がクエストを一つ達成するごとに女神からの報酬、「ごほうび」として与えられることをアルハレムは伝説で知っており、今ここに伝説が真実であることが証明されたのだった。

 

「伝説は本当だったんだ……。やっと、やっと一つ手に入れた」

 

「……? 随分と嬉しそうですわね、アルハレム様?」

 

 リリアが興奮した様子で神力石を手に取って眺める己の主人に首をかしげながら聞くと、我に帰ったアルハレムは恥ずかしそうに答える。

 

「え? ……すまなかった。目的の物を一つ手に入れたからつい嬉しくなって……」

 

「目的の物? 神力石がですか?」

 

 アルハレムの言葉は正直少し意外だった。リリアは今まで全ての冒険者の目的は百のクエストを達成して女神に願いを叶えてもらうことだと思っていた。だがこの魔物使いの冒険者は、女神に願いを叶えてもらうことではなく、神力石だと言ったのだ。

 

「そうだ。俺が冒険者になった理由は女神に願いを叶えてもらうためじゃなくて、自分を強くするための修行のためなんだ」

 

「強くなるための修行、ですか?」

 

「ああ、俺はこれでも貴族の長男として生まれたんだ」

 

 アルハレムが貴族の息子だと聞くとリリアは驚いた顔をして彼を見る。

 

「貴族の息子? それも長男? ではアルハレム様は次期当主様なのですか?」

 

「……いや。うちの家は周りの環境のせいで『代々最も強い者が当主になる』って家訓があってな……。俺には父親が同じ妹が一人と、父親が違う姉が二人いるんだが、三人とも優秀な戦乙女なんだ。……つまり俺は継承権も家での地位も一番下ってわけだ」

 

「そ、それはまた……」

 

 確かにそんな「力こそが全て」という家で家族に三人も戦乙女がいれば、長男とはいえアルハレムが当主となれる確率は限り無く低いだろう。

 

「そうですか……事情は分かりました。つまりアルハレムは冒険者の旅の中で当主となれるだけの力を得ようというのですね。それならば神力石が目的だと言ったのも納得です。神力石を使えば力を得るのがずっと楽になりますからね」

 

「……何? いや、俺は別にそこまでは……」

 

 リリアの発言にアルハレムは驚いた顔になって訂正しようとするが、話を聞いていない彼女は言葉を続ける。

 

「安心してください。アルハレム様の僕になったからにはこのリリアも貴方様に全力で協力しますから♪ ……あっ、でもその前にぃ……♪」

 

「だからリリア。俺の話を聞いて……うわっ!?」

 

 アルハレムは一人で勝手に話を進めるリリアを止めようとするが、突然妖しい笑みを浮かべたサキュバスによってその場に押し倒されてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

「痛……! おい、リリア。これはどういうつもりだ?」

 

 アルハレムが押し倒された際の背中の痛みに耐えながら抗議すると、リリアは何でもないように笑顔を浮かべながら答える。

 

「どういうつもりだって、前に言ったじゃありませんか? 『解放してくれればそれなりのお礼をする』って。そしてサキュバスのお礼といったら一つしかないじゃないですか?」

 

 言いながらリリアは体の秘所をかろうじて隠している極細の帯の衣装をずらしていく。彼女が言う「サキュバスのお礼」とはつまり「そういうこと」らしい。

 

「こ、ここで肌を重ねようとか何を考えているんだ!?」

 

 自分の上で裸体をさらそうとしているリリアにアルハレムは思わず叫んだ。

 

 アルハレムだって健全な男子だ。男と女の交わりには充分興味があるし、相手がリリアのような美女ならこちらから願い出たいくらいだ。しかしそれでも彼には自分の上にまたがっているサキュバスとの交わりを拒む理由があった。

 

「というより、り、リリア! お、お前は俺を殺す気か!?」

 

 アルハレムの声は明らかに恐怖で震えていたが、彼の反応はこの世界の人間としては当然とも言えた。何故なら男が魔女と肌を重ねるということは、その男の死を意味するからだ。

 

 魔女は必ず同じ種族の雌を、輝力を扱える魔女を生む。

 

 強い力を持つ子供を生めるこの魔女の特徴は魔物としてはこれ以上ない長所なのだが、これには一つの代償があった。魔女は父親である異種族の雄と肌を重ねた時に、その雄から大量の【生命】を吸いとってしまうのだ。

 

 一度の交わりで吸いとられる【生命】の量はステータスで表すとおよそ百。ちなみに一般的な人間の【生命】は百から二百の間である。

 

 更に魔女は生まれる子供が全て雌という特徴のせいか子供を生もうとする本能が非常に強く、一度その本能に火がつけば最低でも三度は「行為」を終えなければ収まらないのだという。

 

 ただの男が一度魔女の誘いにのればそこでおしまい。命も何もかも全て魔女に搾り取られて助かる術はない。

 

 これがこの世界の常識だった。

 

 幸いというかアルハレムは超人ともいえる【生命】の量を持つのでリリアと肌を重ねても生きられる可能性は高いのだが、子どもの頃から魔女と交わることの恐ろしさを聞かされてきたせいで中々恐怖をぬぐいさることができずにいた。

 

「お願いします、アルハレム様。どうか私を助けると思って……。もう私、お腹が空いてしかたがないんです」

 

「な、何?」

 

 今の状況とは全く関係がなさそうなリリアの言葉にアルハレムは思わず抵抗を止める。

 

「アルハレム様。私、封印から目覚めてからずっとここで飲まず食わずだったんですよ? 今日まではなんとか耐えられましたが、もうこれ以上は流石に無理です。サキュバスは雄の精力を糧とできる種族ですのでどうか私を、貴方様の僕を助けてください」

 

「た、確かにリリアはずっとここに閉じ込められていたから食事は必要だよな。……って、それだったらコレ、俺への『お礼』じゃないだろ。食糧だったら持ってるからそれで……」

 

「それに……」

 

 我慢しろ、と主の魔物使いが言うより先に僕の魔女が口を開く。

 

「私だってこれが初めて……処女を捧げるのですから、そんなにつれなくしないでください……」

 

「…………………………ハイ?」

 

「隙ありです♪」

 

 頬を赤く染めながら言うリリアの発言にアルハレムは体を硬直させ、その一瞬を見逃さずサキュバスは己の主人の口を自分の唇でふさぐ。

 

「んんっ!?」

 

 アルハレムの口の中にリリアの舌が蜜のように甘い唾液と共に侵入する。

 

「んっ♪ んっ♪ んっ♪ んんー♪ んんんっ♪」

 

「………! …………!?」

 

 リリアはアルハレムの口の中で舌を暴れさせながら貪るように唾液をすする。その度にアルハレムの口の中に言い様のない快感が走り、やがて彼の体からは抵抗しようとする意思も力も溶けてなくなっていった。

 

 ☆★☆★

 

「……はぁ」

 

「はー……! はー……!」

 

 数時間後。

 

 アルハレムとリリアの二人は地下室の床に力なく横たわっていた。二人とも体には何も身に付けておらず、裸体が汗と土ぼこりに汚れていることから、二人がこの数時間の間ずっと激しく交わっていたのは確かなようだ。

 

「し、信じられない……。アルハレム様、貴方本当に人間なのですか……?」

 

 気のせいかアルハレムよりも消耗が激しそうなリリアは、まるで怪物を見るような目を隣にいる先程まで肌を重ねていた相手に向ける。

 

「いきなり何を言うんだよお前は? 俺は人間、ヒューマン族に決まっているだろ? オークにでも見えたのか?」

 

「オークなんかよりアルハレム様の方が怪物です。私達が何回肌を重ねた思っているのですか? ……十一回ですよ? サキュバスと十回以上肌を重ねても生きていられるなんて普通じゃないですよ」

 

 アルハレムの冗談にリリアは真剣な表情で返す。

 

 全くの予想外だった。

 

 いくら魔女の子供を生もうとする本能が強力だからとはいえ、リリアはアルハレムと契約をした関係だ。僕であるリリアは主であるアルハレムに命の危険を与えることは絶対にできない。だから一回か二回肌を重ねればすぐにアルハレムの命の危険が近づき、契約の力が行為を止めると彼女は考えていた。

 

 しかしいくら肌を重ねても、常人であればすでに干からびてるであろう大量の【生命】を吸いとっても、アルハレムは疲労した様子を見せるだけで命の危険には近づかず、最後にはリリアの方が音を上げてしまったのだ。これは「淫夢の種族」と呼ばれるサキュバスの彼女にとってはこれ以上ない屈辱といえた。

 

「ああ、それは多分これのせいだろ。ステータス」

 

 アルハレムは自分のステータスを呼び出すと、それをリリアに渡して見せた。

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 3/20

【生命】 130/1230

【輝力】 0/0

【筋力】 26

【耐久】 25

【敏捷】 30

【器用】 30

【精神】 27

【特性】 冒険者の資質、超人的体力

【技能】 ★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)、サキュバスの主

 

 

「この【特性】は……!」

 

「そう。俺がお前と肌を重ねて助かったのは、全てその【特性】のお陰だよ」

 

 自分のステータスを見て驚いた顔をするリリアに、アルハレムはイタズラが成功したような笑みを浮かべると、手品の種明かしをするような口調で話しかた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話

 特性。

 

 女神イアスが自らの子供達のために、困難に立ち向かう助けになることを願って創造した力。

 

 特性には大きく分けて二つあり、一つは種族が共通して持つ「種族特性」、もう一つは個人によって効果が異なる「固有特性」。イアス・ルイドに生きる全ての生物は、種族特性と固有特性を合わせて必ず最低でも二つの特性を持っていた。

 

 そしてアルハレムのステータスに記されている【特性】は「冒険者の資質」と「超人的体力」。

 

「冒険者の資質」はヒューマンの種族特性で、効果は「クエストブックを手にする可能性、クエストブックを開き冒険者となる権利を得られる」。つまりはこの特性を持つヒューマンしかクエストブックを手に取り冒険者になれないことを意味する。

 

 次に「超人的体力」はアルハレムだけの固有特性で、効果は「【生命】の最大値を千、増加する」。この【特性】の効果によってアルハレムは超人のような生命力を持ち、リリアと何度も交わっても死なずにすんだのだった。

 

 この世界の生物は【生命】が零になれば死ぬが、逆に言えば【生命】が零になるまではどんな状態でも死んでいないことになる

 

 剣で体を深く切り裂かれても、弓矢で胸を貫かれても、【生命】はいきなり零になるわけではなく凄い早さで減少するだけで、零になるまでに治療が間に合えば助かるのだ。

 

 だから【生命】を飛躍的に増加させることができるアルハレムの特性、超人的体力は戦う機会が多い冒険者の旅で心強い助けとなるだろう。

 

「でもまさか、こんなところでこの【特性】のありがたみを実感するとはな……」

 

「そうですね、私もそう思います」

 

 苦笑をしながら言うアルハレムにリリアが笑いながら答える。

 

「でもアルハレム様がこれほど逞しい方だったのは私にとってこれ以上ない幸運です。私、アルハレム様のために粉骨砕身尽くしますから、どうかこれからも沢山可愛がってくださいね♪ できれば毎日で♪」

 

「はは……。ど、どうかお手柔らかに……」

 

 満面の笑みで告げるリリアに、アルハレムはひきつった笑みを浮かべてそう言うことしかできなかった。

 

 ☆★☆★

 

「あらあら。随分と長く眠ってしまったようですね」

 

「みたいだな……」

 

 夜通し肌を重ねていたアルハレムとリリアはあの後すぐに眠ってしまい、次に二人が目覚めて地下室から地上に戻ると、空では太陽が沈もうとしていた。アルハレムがこの教会跡地に着いた時も日が沈みかけていたことを思い出すと、どうやら丸一日地下室で過ごしていたようだ。

 

「仕方がない。今日はもう一回地下室に降りて野宿するか。リリアもいいか?」

 

 夜の森は獣だけでなく魔物の動きも活性化するため非常に危険だ。それに野宿をするなら地上よりも獣も入り込んでこない地下室の方が安全だろう。

 

 それを理解しているためリリアは特に反対することなく頷く。

 

「ええ、構いませんよ」

 

「食料は保存用の干し肉があるから今日のところはそれで我慢してくれ」

 

「いえいえ♪ 私は別にアルハレム様の精力でも一向に構いませんよ?」

 

「……お前は俺を本気で殺す気か?」

 

「冗談ですよ♪」

 

 そんな会話の後、アルハレムとリリアは再び地下室に降りると、地下室の床に布を敷いて簡単な野宿の準備をした。

 

「それでアルハレム様? 明日からは一体どうするつもりなんですか?」

 

 干し肉だけの食事をとっていると、リリアが今後のことについて聞いてきた。

 

「ん? ……そうだな。実は俺、家族の誰にも言わずにクエストブックを開いてここに飛ばされたからな。多分実家の方では行方不明の扱いになってるだろうから、一回実家に帰って……」

 

 キンコーン♪

 

「……何だ? 今の音?」

 

 突然軽い調子の音が地下室に響き渡りアルハレムが言葉を遮る。音がした方に視線を向けるとそこにはクエストブックが光っているのが見えた。

 

「クエストブックが光っている? どういうことですか、コレ?」

 

「まさかもう次の試練が記されたのか?」

 

 アルハレムがクエストブックを手にとってページをめくってみると、彼の予想通り二枚目のページに新たな試練が記されていた。

 

【クエストそのに。

 おともだちになったまものさんに、てきさんをたおしてもらってください。

 まものつかいなら、おともだちのまものさんのじつりょくをしるのはたいせつなことですよー。

 それじゃー、あとじゅうよんにちのあいだにガンバってください♪】

 

「これってリリアが一人で敵と戦って勝てばいいってことか?」

 

「そのようですな。丁度いいです。私の力をアルハレム様にお見せする絶好の機会です♪」

 

 新たな試練の内容にリリアはとても乗り気のようだ。アルハレムとしても彼女の実力を知っておきたかったからこの試練は渡りに船と言えた。

 

「そういえばリリアって、一体どんなことができるんだ? ステータスは呼び出せるのか?」

 

「呼び出せますよ? ……ステータス」

 

 リリアは空中に自分のステータスを呼び出すとそれをアルハレムに渡して見せる。

 

 

【名前】 リリア

【種族】 サキュバス

【性別】 女

【才能】 5/77

【生命】 470/470

【輝力】 400/400

【筋力】 45

【耐久】 40

【敏捷】 46

【器用】 50

【精神】 41

【特性】 魔女の血統、命と力の移動、輝力節約

【技能】 ☆身体能力強化、☆羽操作、☆尻尾操作、☆透明化、★強化の儀式、★中級調理

【称号】 伝説の淫魔(偽)、アルハレムの従魔

 

 

「これがリリアのステータスか」

 

 アルハレムのステータスと比べると彼が勝っているのは【生命】だけだった。それに戦闘になると輝力によって身体能力を強化できるので、もしアルハレムとリリアが戦うことになれば彼に勝ち目はないだろう。

 

(こうして考えるとリリアが封印されていたのって俺にとっては好都合だったんだな)

 

 リリアが今日まではここに封印されていたからアルハレムは彼女と出会うことができ、封印を解く代償として僕にすることができたのだ。

 

 リリアは決していい顔はしないだろうがそれでもアルハレムは、彼女を封印した二百年前の大国の王子に僅かだが感謝してもいいかなと思うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話

「それじゃあ、行くか」

 

「はい」

 

 次の日。朝になるとアルハレムとリリアの二人は、今度こそ旅に出るべく地下室から地上に向かって階段を上り、その途中で主の後に続くサキュバスが訊ねる。

 

「それでアルハレム様。私は一体どんな敵と戦えばいいんですか? 森に住む魔物ですか? それともこの辺りを根城にする盗賊団?」

 

「え? ……いや、別に魔物や盗賊団じゃなくても森の獣相手でもいいんじゃないか?」

 

 リリアが言っているのはアルハレムのクエストブックに新たに記されたクエストのことである。

 

 クエストの内容は仲間にした魔物、つまりリリアが敵と戦うこと。しかしクエストブックには「敵と戦え」としか書いていなかったため、アルハレムの言う通り彼女がどんな相手と戦っても特に問題はないと言えた。

 

「森の獣なんかじゃ物足りませんよ。せっかくアルハレム様に私の勇姿を見せるチャンスなんですから、強い相手じゃないと」

 

 若干不満そうな顔で強い相手と戦いたいと主張するリリア。確かにただの森の獣では魔女である彼女の相手には役不足かもしれない。

 

「そうは言ってもな。ここに来る前の街で聞いてみたけど、この辺りには盗賊団なんていないみたいだし、森では魔物なんか出会わなかったぞ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。魔物は森を探したらいるかもしれないけど、森に入ってすぐに出会えるのは思え……な……い……」

 

 階段を上りながら話すアルハレムだったが、地上に出た途端に言葉を失った。

 

 ギャア! キギィ! ブゴォッ! ギギャア!

 

 アルハレムとリリアが出てきた地下室への入り口。そこを無数の魔物が取り囲んでいた。

 

 取り囲んでいる魔物は、肌が緑色で子供ぐらいの背丈をした鬼、ゴブリンが二十匹ほどと、人間の体と豚の頭を持つオークが五匹。ちなみに全部「雄」である。

 

 ゴブリンとオーク達は全員手に武器を持っており、隠しようもない欲望を光らせた目をリリアに向けていた。そして何故、全部雄なのか分かったのかというと……下半身を隠している腰布の「一部」が盛り上がっているのが見えたからだった。

 

「こいつら何、気持ち悪い格好で取り囲んでいるんだよ。というか何でこんなに沢山のゴブリンとオークがここに来たんだ?」

 

 アルハレムが心底嫌そうな表情でうめくように呟くと、リリアが首をかしげながら答える。

 

「んー? これってもしかしたら昨日私とアルハレム様が肌を重ねたのが理由かもしれませんね?」

 

「………何だって?」

 

「サキュバスって肌を重ねた時に殿方の情欲を刺激する強い臭いを発するんですよ。それが昨日、アルハレム様と肌を重ねた時に地下室から地上に漏れ出て、森にいるゴブリンとオークの中から特に性欲が強い者を呼び出したのかと」

 

 思わずそんな馬鹿な、と思ってしまうアルハレムだったが、欲望に満ちた目をただリリアだけに向けるゴブリンとオーク達を見ると案外その通りかもしれない。

 

「でも……これは案外好都合ですね♪」

 

「何を……うわっ!?」

 

 リリアはいきなりアルハレムに抱きつくと、そのまま彼ごと空中に飛び上がり、ゴブリンとオーク達から充分に離れた場所に移動して着地する。

 

「これから私、あのゴブリンとオーク達を皆殺しにしてきます。だからアルハレム様はここで私の勇姿をよく見ておいてくださいね。……ん♪」

 

 リリアは言葉の最後でアルハレムの頬に口づけをすると、ゴブリンとオーク達の方にと向き直った。

 

「さあ、始めましょう」

 

 リリアがそう宣言すると彼女の体が青白い光に包まれた。輝力を使って身体能力を強化している時に起こる現象だ。次に彼女の背中にある一対の翼が突然二倍くらいの大きさにとなった。

 

「リリアの翼が……?」

 

「行きます!」

 

 言うや否やリリアは青白い閃光となってゴブリンとオーク達の群れに突撃して一瞬で群れを通りすぎる。それと同時にゴブリンの首が十個ほど体から切り離されて空中に飛んだ。

 

 空中に舞った十個のゴブリンの首は何が起こったか分からないといった顔をしていたが、遠くから見ていたアルハレムには見えていた。

 

 リリアがゴブリンとオーク達の群れを通りすぎる瞬間、彼女は巨大化した翼で自分の通り道にいたゴブリン達の首をはねたのだ。恐らくあの翼は輝力で強化されたようで、今のリリアの背中には巨大な二本の剣が生えているようなものだった。

 

 一瞬で仲間の半数が殺されたことにゴブリンとオーク達は戸惑い動きを止めるが、その隙を逃さずリリアは空中で反転して再び魔物の群れに突撃する。

 

「よそ見しているひまはないです……よっ!」

 

 閃光となったリリアが魔物の群れを通りすぎて再び空中に魔物の首が空中に舞う。今度はゴブリンの首が五個にオークの首が二個だ。生き残っているのはゴブリンが五匹にオークが三匹。

 

 キャアァ!? プキイ!?

 

 ここにきて生き残ったゴブリンとオーク達は、ようやくリリアが自分達の手に終えない実力の持ち主だと理解し逃げ出そうとするがもう遅い。

 

「逃がしませんよ。……えい♪」

 

『ギャアアアッ!』

 

 空中でリリアが背を向けて逃げ出すゴブリン達に向けて、その肉付きのよい最高級の桃のような尻をつき出す。すると彼女の尻尾が何倍の長さになって伸び、五匹のゴブリンの体をまとめて貫いた。

 

「それでこれで最後です♪」

 

『ピッ、ピギイィッ!?』

 

 そう言うとリリアは風のような速度で空を飛び、ゴブリン達が殺されている間も必死に逃げていた三匹のオークに一瞬で追い付くと、その凶悪な刃と化した翼でそれぞれ一撃で絶命させた。

 

「これは……凄いな……」

 

 アルハレムはリリアが魔物達を倒す姿を見て呆然としていた。

 

 ゴブリン二十匹にオーク五匹。ゴブリンは大して強くない最下級の魔物だし、オークだってゴブリンよりは強いがそれほど強い魔物ではない。

 

 だがあれだけの数のゴブリンとオーク達をこの短時間で、それも子供の遊びのように全滅させるリリアを見てアルハレムは、彼女が魔物の中でも特に強力だと言われている「魔女」なんだと再認識するのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話

 キンコーン♪

 

「ん?」

 

「あら?」

 

 リリアが教会跡地でゴブリンとオーク達を倒した翌日。アルハレム達が旅を続けていると荷物袋から軽快な音が聞こえてきた。クエストブックに新たな試練が記されたことを知らせる音だ。

 

「そういえば二回目のクエストも一回目のクエスト達成の次の日に記されたな。……クエストブックはクエストを達成した次の日に新しいクエストが記されるのか?」

 

 自分の予想を口にしつつアルハレムはクエストブックを開いて新たな試練の内容を確認する。

 

【クエストそのさん。

 おともだちのまものさんときょうりょくして、てきさんをたおしてください。

 まものつかいなら、まものさんにたよるだけじゃなく、たいとうのパートナーになりましょう。

 それじゃー、あとじゅうよんにちのあいだにガンバってください♪】

 

 どうやら今度のクエストは、アルハレムとリリアが協力して敵と戦うことらしい。それは彼にとっても納得できる内容だった。

 

「確かに。ただ仲間に頼りきるのは駄目だよな」

 

「アルハレム様。この十四日の間というのはどういう意味ですか?」

 

「これは多分クエスト達成までの猶予期間だろう。伝説によるとクエストブックは持ち主の冒険者が三回クエストに失敗すると『冒険者の資格なし』と判断して別の持ち主の所へ行ってしまうそうだ」

 

 アルハレムが伝説を調べて知ったクエストブックの情報を教えるとリリアは納得したように頷く。

 

「なるほど。クエストブックにはそんなルールがあったんですね」

 

「……そう考えると俺のクエストブックは元は別の冒険者が使っていたんだな」

 

「そうですね♪ どこの馬の骨かは知りませんが、その冒険者の方が三回ミスしてくれたお陰で私達は出会えたのですから。それだけは感謝です♪」

 

 リリアはそう言うとアルハレムに抱きつき、彼の腕に自分の胸を押し付ける。それによって彼女の柔らかな乳房が大きく変形する。

 

「うっ!? そ、それよりリリアと協力して敵と戦うのか……少し難しいかもしれないな」

 

 アルハレムは昨日のゴブリンとオーク達を倒すリリアの姿を見て、自分と彼女では戦闘力に大きな差があることを実感していた。

 

 今の自分では普通に一緒に戦っても、逆にリリアの足を引っ張るか、彼女だけに戦闘を任せる結果になるだろうとアルハレムは考える。それではクエストブックの「協力して戦う」という試練は達成されないだろう。

 

「いえ、そんなに難しくないと思いますよ? 要はお互いの行動で戦闘の効率が上がればいいんですよね? それだったら私にいい考えがあります」

 

「いい考え? 一体どんなのだ?」

 

 興味を覚えたアルハレムが聞くと、リリアは自信に満ちた表情で頷き口を開く。

 

「はい。……まず、戦闘が始まるのと同時にアルハレム様が……」

 

「俺が?」

 

「私を抱きしめてキスをします!」

 

「……………………………ハイ?」

 

 リリアの口から出た予想もしなかった言葉に、アルハレムは思わず呆けたような表情になるが、彼女はそれに気づくこともなく続ける。

 

「続いて私の胸やお尻を強く、ときには優しく揉んでもらいます。希望としてはキスをしたままこれをしていただくと嬉しいです」

 

「……………いや、あの? リリアさん?」

 

「胸やお尻の後は体の全てを貪るように、慈しむように愛撫して私を感じさせてください。そして最後は私がイッてしまう直前に愛撫する手を止めてから、かわいそうな家畜を見るような目で『最後までしてほしければ敵を全て倒してこい』と言ってください。そしたら私、通常の三倍以上の戦闘力で戦って戦闘の効率大幅アップです! どうでしょうか?」

 

「…………………………」

 

 得意満面で言うリリアにアルハレムは頭痛を感じて傷む頭に手を当てた。一体どこの世界に戦闘開始時に敵に情事を見せる主人公とヒロインがいるのだろうか?

 

「更にお願いできるとしたら『十分以内に敵を倒せたら特別に俺の肉ロッドで調教してやる』と言ってもらえれば完璧……」

 

「却下!」

 

 いよいよ耐えられなくなり大声で叫ぶアルハレム。

 

「できるわけないってそんな事! 敵が待ってくれるわけないだろ!? している間に殺されるって!」

 

「そんなことありませんよ。敵だって待ってくれますって、というよりガン見してますって。それに皆さんだって喜んでくれると思いますよ」

 

「皆さんって誰だよ? 誰が喜ぶんだよ? ……とにかくその作戦は却下。俺はやらないからな」

 

「……むう。仕方がありませんね。でしたらこういうのはどうですか?」

 

 自分の考えを否定されてリリアは不満そうな顔をするが、すぐに表情を戻すとアルハレムの耳元で囁きかける。

 

「サキュバスの…………でアルハレム様に私の……を貴方に…………ます。そうすればアルハレム様も……を…………を使えます」

 

「っ!? それは本当か!?」

 

 リリアの話を聞いてアルハレムは思わず目を見開き、サキュバスの僕は笑みを浮かべて魔物使いの主に頷く。

 

「はい♪ これでしたらアルハレム様も……!?」

 

 言葉の途中でリリアは背後を振り返り、後ろにある茂みに鋭い視線を向ける。

 

「リリア?」

 

「……アルハレム様。向こうの茂みから誰か来ます。恐らくは人間、一人です」

 

「こんな森の中に? ……盗賊かもしれないな。リリア、ひとまず姿を隠してくれ」

 

「はい。お気をつけて」

 

 リリアが空中に飛び上がり姿を消すのと同時に茂みが揺れて一人の女性が現れた。

 

「……え? 君は……」

 

「あれ? 貴方、どこかで会ったっけ?」

 

 茂みの中から現れたのは、リリアと出会う前に街で乱闘騒ぎを起こしてアルハレムと戦った戦乙女、アニーだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話

「確か……アニーっていったっけ?」

 

「何で私の名前を……あああっ!? あの時の酔っ払い!」

 

 名前を呼ばれたことでアルハレムのことを思い出したアニーは、驚きのあまり彼を指差して大声を出した。……しかしその記憶には若干の歪みがあるようだが。

 

「いやいや……。あの時酔っ払っていたのは君だろ? それよりもどうしてこんな森の中に……何で俺を睨む?」

 

 訂正を入れた後で話しかけようとしたアルハレムは、アニーが今にも飛びかかりそうな目で睨んでいることに気づく。彼女は怒りに体を震わせると、言葉を叩きつけるように叫ぶ。

 

「貴方の……貴方のせいで私はねぇ! せっかくの『クエスト』に失敗してしまったのよ!」

 

「っ!? 今、何て……」

 

「見なさいよ! これ!」

 

 クエスト、という言葉に反応したアルハレムにアニーは荷物から一冊の本を取り出すと、ページを開いて突きつけるように見せた。そのページには次のような文章が書かれていた。

 

【クエストしっぱい!

 ざんねんでした。つぎのクエストはガンバってくださいね。

 しっぱいはあとにかいまでです】

 

「それは……クエストブックなのか?」

 

「そうよ。よく知っているじゃない?」

 

 アルハレムがアニーの持つ本がクエストブックであると気づくと、さっきまで起こった顔をしていた戦乙女は一転して自慢気な表情となって胸を張った。

 

「貴方の言う通り、この本は伝説にあるクエストブック。そしてクエストブックを持つ私は何千何万のヒューマンから選ばれた、世界に百人しかいない冒険者アニー様なのよ」

 

 アニーが自分と同じ冒険者であることにアルハレムが驚いていると、戦乙女の冒険者は悔しそうな表情となってクエストに失敗した経緯を語る。

 

「私が受けたクエストは『魔物と五回戦え』っていう簡単なものだったわ。でもどういうわけか魔物が出るって噂の森を探しても見つからないし、いよいよ時間がなくなってきたところで貴方が現れたのよ……! 街で酒に酔った貴方が私に襲いかかってきて、それを倒したら何でか私だけが街の自警団に捕まって、そうしているうちに時間切れでクエスト失敗……全部貴方のせいよ!」

 

「ちょっと待てよ! さっきも言ったけど酒に酔っていたのは君だろ。それで街の人に斬りかかろうとしていたところを止めたら、今度は俺に襲いかかってきたんじゃないか。全部君の自業自得じゃないか」

 

「はぁ? 何言っているのよ、貴方?」

 

 自分に都合がいいように事実を歪めるアニーにアルハレムは反論するが、彼女は何を言っているのか分からないと言った顔をする。しかもその表情は決して誤魔化しているものではなく本当に分からないといった様子で、どうやら自分の考えこそが絶対に正しいと信じて疑わない性格のようだ。

 

「いや、だから……」

 

「本当。いっそ清々しいくらい自己中心的な女ですね」

 

 アルハレムがどうやってアニーを説得しようか考えていると、空から今まで二人のやり取りを聞いていたリリアの声が降ってきた。

 

「り、リリア」

 

「な、何よあの女? 凄い格好をしているけどあれが痴女ってやつ?」

 

 空を見上げたアニーがリリアのほとんど裸という姿に狼狽えるが、空に浮かぶサキュバスは彼女の言葉に全く取り合わず高度を下げるとアルハレムの横に降り立った。

 

「アルハレム様。あの様な女は何を言っても無駄ですよ。ああいう面倒臭いのは無視して旅を続けましょう」

 

「ちょっと貴女! いきなり出てきて何を……って、翼と尻尾?」

 

 面倒臭い女扱いをされたアニーはリリアに向かって叫ぼうとするが、その時彼女の背中と尻に翼と尻尾が生えているのに気づく。サキュバスの僕は自分の主を傷つけたという戦乙女の冒険者に対し、今気づいたという態度であからさまに丁寧な口調で挨拶をする。

 

「貴女は確か……冒険者のアニー様と言いましたか? 初めまして。私はこちらにいるアルハレム・マスタノート様に仕えるサキュバス、リリアと申します。先日は私の主人が大変お世話になったそうですね」

 

 言葉使いこそ丁寧だがリリアのアニーを見る目は険しく、その視線からは隠しようもない怒りと侮蔑の感情が含まれていた。

 

「……サキュバスって、あの魔女のサキュバスよね? 魔女が僕ってどういう事?」

 

「それは俺が魔物使いの力を持つ冒険者で、少し前に彼女を仲間にしたからだ」

 

 困惑するアニーにアルハレムが説明をすると、冒険者という言葉に反応して彼女は更に驚いて目を見開く。

 

「貴方も冒険者なの?」

 

「そうだ。だからリリアは人に危害を与えたりしないから安心してくれ」

 

「失敬な。人を誰彼構わず襲う獣のように……。私が襲うのはアルハレム様だけです」

 

 アルハレムの言葉にリリアがからかうように返し、アニーはそんな魔物使いとサキュバスの主従を値踏みするように見ていた。

 

「ふーん……貴方も冒険者だったんだ。……それだったら『神力石』のことも知っているよね。というか今、持っているの?」

 

「え? 持ってはいるがそれがどうした?」

 

 現在アルハレムが持っている神力石は二つ。

 

 一つはリリアを仲間にした時のもので、もう一つは彼女がゴブリンとオーク達を一人で退治したときのものだ。

 

 自分を強くしたいアルハレムとしてはすぐに使ってしまいたいところだったが、神力石はその特殊効果から貴族や商人などが高値で引き取ってくれるので、いざという時の旅の資金代わりとして持っているのだった。

 

「そう、持っているのだったら話は早いわ。……貴方、その神力石を私に頂戴」

 

「「はぁ!?」」

 

 手を差し出して臆面もなく言うアニーに、アルハレムとリリアは思わず同時に声をあげた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話

「ちょっと待て。何で俺の神力石を君に渡さないといけないんだ?」

 

「決まっているでしょ? 私は貴方のせいでクエストを失敗して神力石が手に入らなかったんだから、それを返してって言っているのよ」

 

「………」

 

 自分勝手な暴論をさも当然のように言うアニーに、アルハレムは言葉を失ってリリアは呆れ果てたというように首を横に振る。

 

「ここまで馬鹿な女だとは思いませんでした。行きましょうアルハレム様。こんな女とはこれ以上関わらないほうが身のためです」

 

「……ちょっといい加減にしなさいよ。誰が馬鹿ですって? そんな弱っちい男に媚びへつらっているサキュバスのくせに生意気よ」

 

 馬鹿呼ばわりされたアニーが不機嫌な顔になって反論すると、その言葉にリリアの顔に緊張が走り、次の瞬間戦乙女の冒険者を見る目に怒りの炎が燃え上がる。

 

「分からないようであればもう一度言ってあげます。馬鹿は貴女です。いきなり現れたかと思えば先日の騒ぎの罪を全てアルハレム様に押し付けて、更には侮辱し、挙げ句の果てには神力石を寄越せですって? よくもまあそこまで自分勝手で馬鹿馬鹿しいことが言えるのかと感心しますよ。……正直、貴女のような女が私達の前に立っていることすら不快です」

 

「……何ですって?」

 

 リリアがアニーに向けて言ったことはほとんど正論なのだが、それでも彼女を挑発するには充分だったようだ。

 

 無表情だがその目に静かな怒りの炎を燃やすリリアと、顔を険しくして明らかに怒りを見せるアニー。二人の間の空気が、サキュバスと戦乙女の怒気によって硬直する。

 

「お、おい。二人とも少し落ち着けって……」

 

「「アルハレム様(貴方)は黙ってください(なさい)!」」

 

「……はい」

 

 何やら二人だけで熱くなっているリリアとアニーを落ち着かせようとするアルハレムだったが、二人同時に怒鳴られてあえなく消沈。……情けないと思うことなかれ、こういう時男というのは非常に弱いものなのだから。

 

「……とにかく私達は貴女の馬鹿げた要求に従うつもりはありません。どうしても神力石が欲しいと言うのであれば力ずくで奪ったらどうですか?」

 

「何よ? 貴女が私と戦うわけ?」

 

 リリアの提案に頭に血が上ったアニーは面白いとばかりに腰に差している剣に手を伸ばすが、サキュバスの僕は首を横に振ると隣にいる魔物使いの主の肩に手を当てた。

 

「いいえ。戦うのは私ではなくアルハレム様です」

 

『はい!?』

 

 リリアの発言がよほど意外だったのか、アルハレムとアニーが声を揃えて驚く。

 

「リリア? 一体何を……」

 

「アルハレム様。丁度いい機会です。先程話した戦い方、あの女で試してみましょう。そうすればついでにクエストブックの試練も達成できますし」

 

「……お前」

 

 口調こそ丁寧ではあったが、リリアのアルハレムを見る目には有無を言わせぬ迫力があった。どうやらアニーの自分勝手な発言に、主以上の怒りを感じていたようだ。

 

「いつまで話しているのよ? 戦うならさっさとかかってきなさいよ」

 

 アニーはすでに腰の剣を抜いていた。先日の乱闘騒ぎの時もすぐに剣を抜いていたが、どうやら酔っても酔っていなくても、血の気が多いのは変わりないようだ。

 

「ふふん♪ 慌てるじゃないですよ。物事には準備っていうものがあるんですよ? ……ん」

 

 リリアはアニーに挑発的な笑みを向けるとすぐにアルハレムの正面にまわり、自分の唇を己の主の唇に重ねた。

 

「なっ!?」

 

 突然自分の目の前で行われたヒューマンの男とサキュバスの女の濃厚な口づけにアニーは思わず絶句する。

 

 リリアは十秒くらいたっぷりと口づけを交わすと、やがて名残惜しそうにアルハレムから離れて彼の耳元で囁くように助言を与える。

 

「さあ、頑張ってくださいアルハレム! あの女を見事倒して格好いいところを見せてください!」

 

「そう言われてもな……」

 

 アルハレムは気がのらない顔でアニーの前に立つと彼女に話しかける。

 

「何だか流される形で戦うことになったんだけど、本当にやるのか?」

 

「何よもう怖じ気づいたの? でもそれも当然よね。貴方、前に私に呆気なく負けたんだものね。いいわよ? 神力石を渡してくれたら許してあげても。貴方がいくら鍛えていても、男が戦乙女の私に勝てるはずがないんだし?」

 

 アニーはアルハレムに馬鹿にした表情で答える。

 

 それは典型的な自分の力に酔った戦乙女が他者、主に男に向ける態度だった。

 

 確かにアルハレムは前にアニーに負けた。いくら鍛えていても男では戦乙女には勝てないというのはこの世界の常識だ。

 

 しかしアルハレムはアニーの言葉にため息をつくと、腰に差していたロッドを引き抜いて構える。

 

「……分かった。だったらかかってこいよ」

 

「ふん! 後悔しても遅いんだから!」

 

 アニーは最初から輝力で身体能力を強化すると手に持っていた剣でアルハレムに斬りかかった。

 

 この瞬間、アニーは自分の勝利を確信していた。相手は確かに自分より素の身体能力や技術では勝っているが、輝力で強化したこの圧倒的な力の前では無力だ。肩や体を一、二回斬りつければすぐに降参するだろうと思っていた。

 

 ……だが、そんなアニーの考えは、自分の剣から聞こえてきた金属と金属がぶつかり合う音によって容易く打ち砕かれた。

 

「えっ!?」

 

 アニーは目の前の光景を見て思わず目を見開いた。彼女の視線の先、そこには常人では決して見切れないはずの戦乙女の剣を、ロッドで受けているアルハレムの姿があった。

 

 しかしアニーが驚いているのは自分の剣を止められたことではない。

 

「体が、光っている? それってまさか……輝力?」

 

 アニーの言う通りアルハレムの体は青白い光、輝力の光に包まれていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話

「ふぅ……。ぶっつけ本番だったけど、うまくいったようだな」

 

 輝力で身体能力を強化してアニーの剣を受け止めたアルハレムは安堵の息を吐くと、戦いの直前に聞いたリリアの言葉を思い出した。

 

『いいですかアルハレム様? 輝力を使うコツはイメージです。自分の力が強くなるイメージを正確にできれば身体能力の強化なんて簡単にできます』

 

 リリアの助言はすぐに理解できた。幼少の頃より戦乙女の姉と妹と模擬戦を行い、相手の力が強くなる感覚を肌で感じてきたアルハレムにとって自分の力が強くなるイメージを浮かべるのはそれほど難しくはなかった。

 

「な、何でよ? どうしてよ!? 何で貴方が輝力を使えるのよ!?」

 

 アニーが信じられないといった顔でアルハレムを見ながら悲鳴のような声を上げる。

 

 輝力とは戦乙女と魔女だけに使うことが許された神秘の力で、男は決して使うことができない。それがこの世界の常識だ。

 

 アニーも輝力が使えるからこそ生まれ故郷で最も強い者とされ、今まで出会ってきた男は全員彼女の力を恐れて逆らおうとはしなかった。

 

 それなのに目の前にいる、さっきまで散々見下して侮ってきた男が自分と同じ輝力を使ったのだからアニーが狼狽えるのも無理はないだろう。

 

「貴方、そんな姿だけど実は女だったりするの!?」

 

「そんなわけあるか。俺は見ての通り男だ」

 

「だったらどうして……!」

 

「はいはい♪ その説明は私からさせてもらいます♪」

 

 アルハレムの言葉にアニーが更に混乱していると、リリアがそれはそれは楽しそうな笑顔で説明を始めた。

 

「私の種族はサキュバス。サキュバスには『命と力の移動』という種族特性があります。これの効果は触れた相手の生命と輝力を吸い取って自分のものにするものなんですけど、逆に自分の生命と輝力を相手に送ることもできるんです。……ここまで言えば分かりますよね?」

 

「じゃあ、あのキスの時に……!」

 

 リリアの説明を聞いてアニーは、どうして男のアルハレムが輝力を使えるのかを理解する。

 

 戦う前にリリアがアルハレムに行った濃厚な口づけ。あの時にサキュバスの僕は、種族特性を使って自分の輝力を己の主に分け与えたのだ。

 

「そういうことです♪ これが私達の戦い方です♪」

 

 確かにこれはアルハレムとリリアにしかできない戦い方だろう。サキュバスから輝力を分けてもらい、男でありながら輝力を使って戦う魔物使いだなんて、アニーは今まで聞いたことも見たこともなかった。

 

「う、うわああぁ!?」

 

 アニーはほとんど自棄になって剣を振るうが、アルハレムは彼女の剣を今度はロッドで受けずに最小限の動きで避ける。

 

(これが輝力を使って戦う戦乙女と魔女の世界か……)

 

 アルハレムは次々に繰り出されるアニーの剣を完全に見切って避けながら自分の体に宿った力を実感していた。

 

 自分の体が自分のものでないかのように軽く、頑強で、力に満ちているのが分かる。

 

 自分が超人にでもなったかのような万能感にアルハレムは、これならばアニーのような自分の力に酔った戦乙女がいても仕方がないと納得し、それと同時に自分にこの力を分け与えてくれたリリアに深く感謝をした。

 

「この! このぉ! 男の! 男のくせに! いい加減に当たりなさいよぉ!」

 

 何度剣を振るってもかすりもしない事実に苛立ったアニーが叫ぶ。これ以上戦いを続けても意味はないと判断したアルハレムはロッドを持つ手の力を強めた。

 

「男なんかにぃぃ!」

 

「隙ありだ!」

 

 アニーが大きく剣を振り上げた瞬間、アルハレムは彼女の元に踏み込みロッドを下から上にと勢いよく振り上げた。

 

「がはっ!?」

 

 ビリリィ!

 

 無防備な状態でロッドの一撃を食らったアニーは何かが破ける音を立てながら僅かに宙に浮き上がった後、地面に激突して倒れるとそのまま気を失ってしまった。

 

 パッラララー♪ パララ♪ パララ♪ パッラッラー♪

 

 アルハレムが地面に倒れたアニーが気絶したのを確認した時、彼の荷物袋からクエストブックのクエスト達成のファンファーレが、まるで所有者の勝利を祝うかのように鳴り響いた。

 

「クエスト達成か。どうやら俺とリリアが協力して戦ったと認めてもらえたようだな」

 

「おめでとうございます♪ アルハレム様!」

 

「うわっ!」

 

 アルハレムがクエストブックのファンファーレを聞いて呟くと、その背中にリリアが抱きついてきて二つの柔らかな感触が感じられた。

 

「戦乙女の撃破とクエスト達成おめでとうございます♪ このリリア、惚れ直しました♪」

 

「リリアか。お前の協力のお陰で勝てたよ。……本当にありがとう」

 

 アルハレムはリリアの方に向き直ると彼女に礼を告げた。

 

 それはアルハレムの本心からの言葉だった。物心がついた頃から戦乙女の姉と妹との間に大きな実力の差を感じていた彼にとって、今回の戦いはとても大きいものだった。

 

「気にしないでください。私はアルハレム様の僕なのですから、これくらいの協力はなんでもないですよ。……それよりもアルハレム様♪」

 

 そんなアルハレムの心情を察したリリアは優しく微笑みながら答えた……かと思うと、その直後に彼女は自分の乳房を押し付けながら甘えるような瞳で主人である魔物使いを見る。

 

「な、何だ?」

 

「私……さっきアルハレム様に大量の輝力を渡したから少し疲れちゃいました。だから今夜はたっぷりとアルハレム様の手で私を癒して輝力を回復してくださいね♪」

 

「あ、ああ……」

 

 甘えた口調でいうリリアの頼みをアルハレムは断ることができなかった。

 

 どうやらサキュバスから協力を受けると、その分だけ「夜」に代償を搾り取られることになるのだと魔物使いの冒険者は理解した。

 

 

 

 

 

 ……またこれは余談であるが、戦いに敗けた上に森に放置されたアニーだったが(アルハレムは「看病すべきだ」と言ったのだが、リリアが「この女にはいい薬です」と却下された)魔物使いの冒険者の攻撃によって衣服がほとんど破けていて裸体を露にしていた。

 

 そして魔物使いの冒険者とサキュバスの魔女がその場を去ってからしばらくした後、森に一人の戦乙女の悲鳴が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話

「ところでアルハレム様? アルハレム様のご実家ってどんな所なんですか?」

 

 アニーとの戦いから三日後。アルハレムの実家であるマスタノート家に向かって旅をしていると、思い出したようにリリアが訊ねてきた。

 

 本当だったらもっと早くにアルハレムの実家のことを聞きたかったリリアだが、この三日間は本当に大変で聞くことができなかった。何しろアニーを倒した翌日に、よっぽど男に負けたのが悔しかったのか追ってきたアニーが再戦を仕掛けてきて、アルハレムもリリアもはた迷惑な戦乙女を撒くのに必死だったのだ。

 

「そういえばリリアにはまだちゃんと話していなかったな。……そうだな。現在地の確認もかねて説明しようか」

 

 アルハレムは荷物袋から一枚の地図を取り出すとリリアに見えるように広げた。広げた地図にはこの世界であるイアス・ルイドの地形が描かれており、地図に描かれたイアス・ルイドは、大陸の中央に大河で囲まれたもう一つの大陸がある二重丸のような地形をしていた。

 

「俺達が今いる国は『エルージョ』と言って、『中央大陸』のこの部分に位置する国なんだ」

 

 アルハレムはリリアにそう言うと、中央大陸と呼んだ大陸の内側にあるもう一つの大陸、その左上の部分を指差した。

 

「そして中央大陸の南半分を支配している『ギルシュ』。ここが俺の国で、俺の実家があるマスタノート家はこのギルシュとエルージョの国境付近に領地を持っているんだ」

 

 次にアルハレムは地図に描かれた中央大陸の下半分、ギルシュが位置する部分を指差してから、ギルシュとエルージョが隣接している部分を指差す。つまりこの指差しているところが、アルハレムの実家のマスタノート家が治めている領地だということだ。

 

「なるほど。それで私達は今どの辺りにいるのですか?」

 

「多分この辺りだろう」

 

 アルハレムは地図のギルシュとエルージョが隣接している部分の少し上を指差すと、地図から顔を上げて南にある山脈を見る。

 

「あの山脈は丁度ギルシュとエルージョを分ける位置にあるんだ。あの山脈が見えたってことはギルシュはもうすぐそこだ」

 

「分かりました。では早く参りましょう。流石に隣の国まで行けばあのうるさい戦乙女も追ってこないでしょうし♪」

 

「……笑えない冗談は止めてくれ」

 

 からかうような口調で言うリリアにアルハレムは心から嫌そうな表情となる。

 

 あのうるさい戦乙女とは、言うまでもなくアニーのことだ。

 

 再戦を仕掛けてきた時にアニーが見せたあの憤怒に染まった表情……思い出すだけでアルハレムの背中に悪寒が走った。確かにあの怒りに燃えた戦乙女なら隣国に逃げるくらいしないとすぐに追ってきそうな気がして、魔物使いの冒険者は僕のサキュバスを連れて故郷に戻る旅を再開した。

 

 ☆★☆★

 

 旅を再開してから数時間後。ギルシュとエルージョの国境代わりともいえる山脈の麓までたどり着いた時にはもう日も沈みかけていて、アルハレムとリリアの二人は今日の旅はここまでにして、麓の森で野営をとることにした。

 

「ではアルハレム様。行ってきますね♪」

 

 アルハレムが野営の準備をしていると宙に浮かび上がったリリアが何処かに行くことを告げる。

 

 リリアが何処に行くのかというと、今夜の食事となる獲物を狩りに行くのだ。

 

 空が飛べて機動力に優れるリリアが食べられそうな動物や植物を捕ってきて、その間にアルハレムが野営の準備をする。

 

 これがこの数日間の旅におけるアルハレムとリリアの役割分担だった。

 

「アルハレム様は何か捕ってきてほしいものとかありますか?」

 

「別に何でも……あっ! いや、やっぱりできるだけ大きな動物がいいな。今日は焼き肉が食べたい」

 

「大きな動物のお肉ですね。分かりました。それでは少しの間、待っていてくださいね。大物を仕留めてきますから♪」

 

 リリアはアルハレムにウィンクをすると夜空に飛び去っていった。彼女ならば本当に少しの間で熊の一頭や二頭仕留めてくるだろう。

 

「さてと……」

 

 リリアを見送ったアルハレムは野営の準備を終えると、荷物袋から小さな鍋を一つ取り出して、先程見つけた小川で水をくんだ。

 

「せっかくもらったんだから使って見ないとな」

 

 そう言うアルハレムの手には一粒の紫色の丸薬があった。それは今から数日前の初めて寄った街での乱闘騒ぎで、彼が酔っぱらったアニーから助けた街の住人より譲ってもらった水を酒に変える丸薬、エールボールだった。

 

「焼いた肉を食べながら飲む酒は格別なんだよな。リリアにはいつも世話になってるし、これくらいの礼はしないとな」

 

 アルハレムが水で満たした鍋にエールボールを入れると、たちまち鍋の中の水は紫色に変色し、辺りに濃厚な酒の匂いか漂いだした。

 

「本当に水が酒になった。……でも、少し酒の匂いがキツすぎないか?」

 

 鍋から漂ってくる酒の匂いだったが予想以上に強く、匂いを嗅いでいるだけで酔ってしまいそうになる。そこでアルハレムはエールボールが一粒で瓶一杯の水を酒に変えられる程の効果があるのを思い出す。

 

「もしかして水の量が少なすぎたのか? まいったな。かなり強い酒になったみたいだけどリリアの奴、飲めるか……え?」

 

「………………………」

 

 失敗にため息をついていたアルハレムはその時、いつの間にか自分の足元に一人の女性がうつ伏せの状態で水、いや、今は酒で満たした鍋を凝視していたことに気づく。

 

 リリアではない。その女性はうつ伏せの状態なので顔は見えないが夜のような紺色の髪を腰まで伸ばしていて、腰から先は……人間ではなく蛇だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話

「なっ!? 誰だ君は?」

 

 驚いたアルハレムは後ろに飛ぶと、うつ伏せになっている下半身が蛇の女性から距離をとる。

 

(人間の女性の上半身に蛇の下半身……やはり『ラミア』か)

 

 ラミア。

 

 リリアの種族サキュバスと同じく、人間の女性に近い姿をして輝力を操る魔女と呼ばれる魔物の種族。

 

 外見はこのうつ伏せになっている女性と同じで上半身が人間、下半身が蛇というもの。性格は基本的に物静かで、こちらから危害を加えぬ限り襲ってくることはあまりないのだが、一度「敵」あるいは「獲物」と認識した相手には、どこまでも追いつめる文字通り蛇のごとき執念深さを見せるという。

 

(何でラミアがこんなところに? まずいな。リリアがいない状態で俺一人だと勝ち目なんか全くないぞ……!)

 

 アルハレムは自分の戦い方と、文献で知ったラミアの戦い方の相性の悪さに思わず冷や汗を流す。

 

 もしラミアと戦うことになった時、一番気をつけなければならないのはラミアと視線を合わさないことである。

 

 ラミアは「魔眼」と呼ばれる輝力を宿らせた瞳で視線を合わせることにより、相手に幻を見せたり操ったりする他の魔女にはない特殊な輝力の使い方をするのだ。そして剣や槍等を持って近距離で敵と戦う場合、相手の出方をうかがうために意識の向かう先である眼を見るのが基本で、このような戦い方をする戦士にとってラミアの魔眼は最悪の相性だと言っていいだろう。

 

 魔眼の効果を防ぎつつラミアと戦うには、一人が正面に立って囮になっているうちに別方向から仲間に攻撃させるか、弓矢等で遠距離から攻撃するしかないのだが、あいにくアルハレムの武器は腰にある一本のロッドだけ。今の状況では彼の勝率は限り無く低かった。

 

「………!」

 

 アルハレムはいつラミアが襲ってきてもいいようにロッドに手をかけて目の前の敵に全神経を集中させる。……だが、

 

「………」

 

「………」

 

「……………」

 

「……………」

 

「…………………」

 

「…………………アレ?」

 

 いくらアルハレムが身構えていてもラミアは一向に襲ってこようとせず、それどころか彼に一目もくれず目の前にある酒で満たした鍋を見ていた。

 

「……ええっと、君? お酒、好きなの?」

 

「………」

 

 アルハレムがためらいがちに聞くと、ラミアは相変わらず無言で鍋を凝視していたが、それでも首を小さく動かして頷いた。

 

「……じゃ、じゃあ飲んでみる?」

 

「………!?」

 

 飲んでみる、という言葉を聞いた瞬間、ラミアは弾かれたように飛び起きてそこで初めてアルハレムに顔を向けた。

 

 ようやく顔を見ることができたラミアは、外見で見た年齢はアルハレムとリリアと同じくらいだった。下半身の蛇の鱗は深い森のような緑色で、上半身の人間の肌は雪のような白色。普段は表情が希薄そうに感じられるその顔は、今は眼を大きく見開き期待に輝かせていた。

 

 だがそれでもアルハレムの注意が一番向いたのは、やはりというかラミアの胸だった。リリアのよりも若干小さいが、それでも彼女のより柔らかそうかラミアの乳房は隠すものがない状態で外気にさらされていて、ラミアが息をする度にわずかに震えていた。

 

(リリアのより少し小さい気がするけど、これはこれで……いやいや! 何を考えているんだ俺は)

 

 男の本能と言うべきか一瞬ラミアの乳房に眼をとらわれていたアルハレムだったが、すぐに気を取り直すと、用意してあった二つのコップに鍋の中の酒を入れた。一つはラミアに渡すもので、もう一つは自分で飲むためのものだ。

 

(……そういえば、ラミアだけじゃなくて蛇関係の魔物って、全てが酒に目がないって文献に書いてあったな。このラミアがやって来たのもやっぱり酒の匂いに惹き付けられたからか?)

 

 文献で得た知識を思い出しながらアルハレムは酒の入ったコップをラミアに差し出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話

………!」

 

 バッ!

 

「うわっ!?」

 

 アルハレムが酒の入ったコップを差し出すのと同時にラミアは彼の手からコップを奪い取る。そしてそのまま酒を一口飲むと、下半身が蛇の魔女はコップから口を離して、まさに至福といった表情で色っぽい息を漏らした。

 

「………♪」

 

「え? この酒ってそんなに旨いのか? ……ぶっ!?」

 

 あまりにも美味しそうに酒を飲むラミアの様子に、アルハレムも自分の手に持ったコップの酒を飲むのだが、飲んだ途端に吹き出しそうになった。

 

 酒を口に含んで最初に感じたのは鼻の奥を刺激する濃厚な果物の香り、次に酒特有の苦み、最後に予想を遥かに越える強さの酒精が喉を焼く感覚。

 

 味は良いには良いが、間違っても一気に飲むものではない。そうアルハレムが思っていると……。

 

「………♪」

 

 いつの間にかラミアが自分の分の酒を飲み干して幸せそうな顔をしていた。

 

「も、もう飲んだのか? 流石蛇、うわばみだな……」

 

「………」

 

「あ、おい!」

 

 ラミアが鍋の酒を汲もうとするのを見て、このままだと全て飲まれると思ったアルハレムが止める。

 

「待てって。これはリリアも飲むかもしれないんだから、全部飲むなって」

 

「………」

 

「え? な、何を!?」

 

 アルハレムが止めるとラミアは彼の体にしなだれかかって、熱っぽい視線で見上げてきた。その視線の意味は「そんなこと言わないでもっと頂戴? ね?」といったところだろうか?

 

「い、いや、だから……」

 

「………」

 

 渋るアルハレムにラミアが更に体を密着させてその豊かな乳房を押し付けようとしたとき……、

 

 

「この泥棒猫! じゃなくて泥棒蛇ー!」

 

 

 夜空から聞き覚えのある女性の怒声と共に巨大な何かが降ってきて地面と激突する轟音が起きた。

 

「な、何だ!?」

 

 アルハレムが轟音のした方がした方を見ると、まず最初に目にはいったのは通常の二倍くらいはある巨大な熊の死骸。そしてその熊の死骸の上に浮かぶのは、怒りに燃える一人のサキュバスだった。

 

「り、リリア? お、俺は何もやましいことは……」

 

 明らかに怒っているリリアを前にして何故か言い訳を始めるアルハレムだったが、彼女はそんな彼を気にせずにラミアに鋭い視線を向ける。

 

「こんの野良ラミアが~! 誰に断って人の……じゃない、サキュバスの主に色目を使っているんで……って! 聞きなさぁい! ソコ!」

 

「え?」

 

「………♪」

 

 怒鳴るリリアが指差した先には、アルハレムもリリアも完全に無視して鍋の酒を飲むラミアの姿があった。

 

 ☆★☆★

 

「……つまりはアルハレム様が私のためにお酒を用意してくれたら、そのお酒の匂いに惹き付けられてラミアがやって来たと……。つまりそういうことですね?」

 

「ああ、そうだ」

 

「なるほど」

 

 その後。怒りがおさまったリリアはアルハレムから事情を聞くと納得したように頷いた。

 

「………それにしても」

 

 リリアは我関せずといった態度で酒を飲み続けているラミアを見てわずかに考えた後にアルハレムと目を合わせる。

 

「アルハレム様。そのエールボールはまだありますか?」

 

「ん? あるけどこれをどうするんだ?」

 

「ではアルハレム様。あのラミアをアルハレム様の僕にしちゃいましょう♪ 大丈夫。仲間になればお酒をあげると言えば簡単に仲間になってくれますよ♪」

 

「はい?」

 

 リリアの予想外の言葉にアルハレムは思わず聞き返した。

 

「何を言っているんだ? いくらなんでも酒だけでラミアが仲間になるはずないだろ? それにリリア。お前、あのラミアが俺にくっついていた時、激怒していたじゃないか?」

 

「大丈夫ですって。ラミアのお酒好きは魔物達の中でも特に有名ですから。お酒欲しさに一人のラミアが偶然人間からお酒を手に入れた別の魔物の群れを滅ぼしたって話もあるくらいなんですよ?」

 

「そ、そこまでか……」

 

 アルハレムはリリアから聞いた話に思わず表情をひきつらせる。もしかしたら自分もここにラミアに酒目的で襲われていたかもしれないと思うと背筋が寒くなった。

 

「それに確かに先程はアルハレム様に寄り添っているラミアを見て腸が煮えくり返りましたが、ラミアは強力な魔女……魔物ですからね。魔物使いであるアルハレム様の大きな力になります。あと、クエストの達成にも繋がりますしね」

 

 そう言ってリリアが取り出したのはアルハレムのクエストブックで、クエストブックには次の文章が書かれていた。

 

【クエストそのよん。

 ふたりめのまもののおともだちをつくること。

 まものつかいなのですから、まもののおともだちをたくさんつくりましょうねー。

 それじゃー、あとにじゅうはちにちのあいだにガンバってください♪】

 

「それはそうだが……」

 

 アルハレムはクエストブックの文章を読んだ後で、酒を飲み干して空になった鍋を名残惜しそうに見つめるラミアを見る。

 

 確かにリリアの言う通り、ここでラミアを仲間にすればクエストは達成できるし戦力も大幅に増加できるのだろう。

 

「じゃあこのラミアを仲間にしていいのか?」

 

「はい♪ というかこの調子でどんどん強力な魔女達を仲間にしていってください♪ 大勢の魔女達の先頭を歩くアルハレム様とその隣に立つ私。そんな未来も中々燃えますからね♪」

 

 満面の笑みを浮かべて答えるリリア。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「それに大勢の魔女達の前でアルハレム様に犯さ……もとい、調教されてアルハレム様に仕える魔女の手本を見せる私。そんな未来もすっっっごく燃えますからね!」

 

「………!」

 

 満面の笑みを更に深めて瞳を輝かせるリリアにアルハレムはかける言葉が見つからなかった。

 

 そして一人完全に蚊帳の外だったラミアだが……リリアの言う通り、仲間になればまた酒を飲ませると言ったら首を凄い勢いで縦に振って承諾したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話

「はい、できましたよ」

 

 ラミアを仲間にしてから少しした後。アルハレム達は少し遅い夕食をとることにした。

 

 リリアは自分がしとめた熊の死骸から肉を切り取ると焚き火で焼き、ちょうどよく焼けた肉をアルハレムに手渡す。

 

「ああ、ありがとう。……ん、美味いな」

 

「本当ですか? それはよかったです♪ では私はまず、このお酒の方から……あー、確かに強いお酒ですね。でも美味しいです♪」

 

 新しくエールボールで作った酒を一口飲んだリリアは一瞬顔をしかめるが、すぐに美味そうに酒を飲んでいく。どうやら彼女も酒は嫌いではないようで、それを見て安心するアルハレムだった。

 

「気に入ってくれてよかったよ。それでそっちの方は……気に入っているようだな」

 

 アルハレムはラミアに視線を向ける。仲間になったばかりの下半身が蛇の魔女は、まったくの無表情で酒を飲んでツマミに焼いた肉を食べているのだが、よく見ると下半身の蛇の尾の先端が揺れている。おそらくは彼女の感情を表現しているのだろう。

 

「そういえば君、名前はなんていうの?」

 

「………?」

 

 ラミアに名前を聞いてみたアルハレムだったが、当の本人は何を言っているのか分からないといった目で主である魔物使いを見返してきた。

 

「いや、だから名前だよ。名前。君の名前を知らないとこの先不便だろう?」

 

 もう一度アルハレムがラミアに名前を聞こうとするとリリアが手を上げて口を開いた。

 

「あのー、アルハレム様? 魔女、というか魔物には名前をつけるという風習がないから聞いても分からないと思いますよ?」

 

「え? そうなのか? でもリリアと君の母には名前があるじゃないか?」

 

「私は生まれ育った環境が他とは違いましたからね。お母様は人間に名前を与えられたって言ってましたよ。ほら、あるじゃないですか? 長く生きた強い魔物が人間から強さや地名にちなんだ名前をつけられるって話。それですよ」

 

 リリアが例えに出した話はアルハレムは聞いたことがあった。確かに昔話や物語に登場する強力な魔物が、その戦いぶりや根城にしている地域に関係した異名で呼ばれるのはよくあることであった。

 

「あとこの子、生まれてから一年と少しくらいしか経っていないみたいですし、多分名前の意味も分かっていないと思いますよ?」

 

「へぇ、そうなんだ……て! 生まれてから一年と少し!?」

 

 アルハレムはリリアが何でもないように言った呟きに思わず驚いた表情になってラミアを見る。

 

「………♪」

 

 相変わらず我関せずといったふうに酒の味を楽しんでいるラミアは、どこから見てもアルハレムやリリアと同じくらいの年齢にしか見えなかった。

 

「……とてもそうには見えないんだが?」

 

「魔女は生まれて一年くらいで成人した姿になって、それからは寿命で死ぬまでその姿のままでいるんですよ。そうして魔女は早い段階から他種族の雄を誘惑して子孫を残そうとするんです。……まあ、でもどういうわけか魔女って中々子供ができないんですけどね」

 

(それはそうだろうな……)

 

 リリアが最後に言った言葉にアルハレムは納得して頷いた。生まれて一年で成人の魅力的な女性の姿となり輝力を扱える強力な魔物、魔女。これが他の種族と同じ速度で子孫を残すことができれば、今頃は魔女の勢力はずっと大きくなっていただろう。

 

「まあ、魔女の体質と名前がない理由は分かったが、俺達と行動するなら名前がないとやっぱり不便だよな?」

 

「それもそうですね。ではアルハレム様が決められてはどうですか?」

 

「俺が? 勝手に名前なんか決めていいのか?」

 

「いいんじゃないですか? だってホラ……」

 

「………」

 

 リリアの視線の先では先程からまったく会話に参加していなかったラミアが、いつの間にか空になっている酒を入れるのに使っていた鍋を寂しそうに眺めていた。

 

「見てのとおりこの子、名前とかにまったく興味なさそうですし、こちらで勝手に決めても問題ないでしょう?」

 

「コイツ、今までずっと酒を飲んでいたのかよ? 仮にも自分に関することなのに……というか、まだ飲み足りないのか?」

 

「ラミアですからね。仕方ありませんよ」

 

「……ああ、そう」

 

 今までのラミアの行動からアルハレムはリリアの言葉に納得すると同時に、人間と魔女との価値観の違いを少しだけ理解したような気がした。

 

「それでこの子の名前、どうします?」

 

「そう、だな。……レイア、というのはどうかな?」

 

「レイア、ですか。ええ、いいと思いますよ♪ 貴女、レイアもそれでいいですよね?」

 

「………」

 

 アルハレムが決めた名前でリリアが呼ぶが呼ばれたラミア、レイアは相変わらず何の反応も見せず、ただ空になった鍋を見つめていた。

 

「……アルハレム様。エールボールを」

 

「分かっている」

 

 アルハレムが荷物袋から新しいエールボールを取り出してレイアの元に持っていくと、エールボールの匂いを嗅ぎ取ったのかレイアは凄い勢いで首をアルハレムの方に向けた。

 

「………!」

 

「本当に酒が好きなんだな。……まあ、いいか。君の名前は今からレイアだ。俺達がレイアと言ったら君のことを呼んでいるってことだから。理解したな? 理解したのだったら、これでまた酒を作ってやる」

 

「………! ………!」

 

 エールボールを見せながら言うアルハレムに、レイアは高速で首を何度も縦に振り、こうして新しく仲間になったラミアの名前が決定したのだが……、

 

(コイツ、単純というかなんというか……大丈夫かな?)

 

 目を輝かせながら自分の持つエールボールを見るレイアにアルハレムは正直不安を感じるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話

「それにしてもこの焼き肉、本当に美味いな」

 

「はい♪ ありがとうございます♪」

 

 レイアの名前をつけて食事を再開したアルハレムが食べていた焼き肉の味を改めて誉めると、リリアが嬉しそうに笑いながら答える。

 

「なんと言うか肉のクセと匂いがあまりなくて食べやすいし……何か特別なことでもしたのか?」

 

「そうですね。お肉は熊をしとめた時にすぐ血抜きをして、後は焼く前に森で見つけた臭みを消す香草で簡単に下ごしらえをしましたね」

 

「そうなんだ。そういえばリリアって、料理できるんだったな」

 

 リリアが焼き肉を焼く前に下ごしらえをしていた話を聞いて、アルハレムは軽く驚いた後で彼女のステータスの技能に「★中級調理」の文字があったのを思い出した。

 

 中級調理の技能の持ち主といえば一人前の料理人と言ってもよく、アルハレムの実家で働いている料理人達も中級調理の技能を持っていた。

 

「ええ。料理はその昔、お母様から教わったのですよ♪」

 

「そうなのか? それは、言っては失礼だけど意外だな」

 

 てっきりリリアが人間の大神官であった父親から料理を教わっていたと思い込んでいたアルハレムはつい本音を喋ってしまったが、言われたサキュバスは己の主の言葉に面白そうに笑う。

 

「やっぱり意外ですよね。でもそれがいいのです♪」

 

「それがいい?」

 

「はい♪ 男は女の意外な姿に弱いとお母様が言っていましたからね♪ そこに美味しい手料理で胃袋を掴めば完璧だと教わりました♪」

 

「……ああ、なるほどね」

 

 胸を張って言うリリアのサキュバスらしい理由にアルハレムは心から納得した。ついでに言えば「男は女の意外な姿に弱い」という言葉にも心当たりがあった。

 

「料理の他にもお母様から色々習ったのですよ? 家事とか歌とか。様々な方法で男を喜ばせることができれば多くの男を虜にできると言われましたからね。……でも一番肝心の性技、ベッドの中での喜ばせかただけは言葉で聞いただけで実践できませんでしたが」

 

「え? それって本当か?」

 

「本当ですよ。というかアルハレム様、忘れたのですか? あの、私と貴方の初めての夜のことを? 私の処女を奪ったのはアルハレム様じゃないですか?」

 

「あー……」

 

 言われてアルハレムはリリアと契約した日のことを、彼女と初めて肌を重ねた時のことを思い出す。

 

 あの時のリリアは、男を悦ばせる手練こそ人間の娼婦の遥か上をいくサキュバスのものだったが、肌を重ねた反応は人間の少女そのものだった。この違和感に興奮を覚えたアルハレムは貪るように仲間のサキュバスの体を求めたのだ。

 

「でも何で性技だけ実践していなかったんだ?」

 

「それはお父様のお願いだったからです。……お父様ってば『そういうのは心に決めた相手とだけしてくれ!』って言って私とお母様に頭を下げるのですから。ああいうところはやっぱり聖職者なんですよね」

 

「お前のお父様、苦労したんだな……」

 

 淫夢の種族と呼ばれるサキュバスの親子に、無闇に肌を重ねないように説得するなど、並大抵な苦労ではなかっただろう。リリアの話を聞いてアルハレムは彼女の父親に尊敬の念を感じた。

 

「………?」

 

 ふとアルハレムが夜空を見上げると、夜空に初めて見る優しそうな顔をした神官が目尻に涙を浮かべて微笑んでいるような気がした。……恐らくは幻覚だろうが。

 

「アルハレム様? どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない。しかし今更だが、お父さんとそんな約束をしておいて俺と肌を重ねて良かったのか?」

 

「本当に今更ですね。ええ、勿論かまいません。あの日、アルハレム様を選んだ選択は私の人生……もとい、サキュバス生でも一番の英断だと思っています。……だ、か、ら♪ 私は一生アルハレム様を愛しますから、アルハレム様も私を一生愛してくださいね♪」

 

 そこまで言うとリリアは立ち上がって、彼女が服と言い張っている体の秘所を隠している帯をずらしていく。彼女の表情は満面の笑みだったが、目だけは獲物を狙う肉食獣のそれだった。

 

「お、おい、リリア? 何で帯、じゃなくて服を脱ぐんだ? ま、まさか……え?」

 

 リリアの目を見てアルハレムは嫌な予感を覚えて思わず後ずさりするが、すぐに背中に柔らかい何かにぶつかってしまう。

 

「………」

 

「れ、レイア?」

 

 アルハレムの背中にぶつかったのは、今まで一人で焼き肉をツマミに酒を飲んでいたレイアだった。

 

 レイアは後ろからそっとアルハレムの首に腕を回すと、酒におねだりする時とはまた違う潤んだ瞳で主である魔物使いを見つめる。そしてそんなラミアの姿を見て先輩であるサキュバスは笑みを深める。

 

「ふふっ♪ どうやらレイアも食欲が満たされて、もう一つの『欲』を満たしたくなったようですね」

 

「ちょっ!? ちょっと待て! それはまずいって。レイアはまだ一歳ちょっとの子供なんだろ?」

 

 流石にリリアの言う「欲」が何かを理解したアルハレムは慌てて言うが、それに対してサキュバスの僕は困ったような苦笑を浮かべて首を横に振った。

 

「やれやれ……。アルハレム様はまだ私達魔女のことを理解していないのですね。いいですか? 私達魔女は生まれて一年も経てば、そこのレイアのように成人の姿になって子供を産めるようになるのですよ。というかアルハレム様、後ろのレイアを見てくれませんか?」

 

「………! ………! ………!」

 

 アルハレムが背後のレイアを見ると、ラミアの僕はリリアと同じ肉食獣のような目をしていて、鼻息も荒くなっていた。

 

「それが子供の表情に見えますか?」

 

「………」

 

 リリアの言葉にアルハレムは何も答えることができなかった。ただ彼の脳裏に「前方のドラゴン、後方のグリフォン」という絶体絶命の意味を持つ言葉が浮かび上がっていた。

 

「アルハレム様。私達魔女を人間の女性と一緒にするのはやめた方がいいですよ? 何せ魔女はこの世界で一番欲望に忠実な生き物。好きな物を食べて、好きな男と寝る。これさえできれば後はどうでもいい、何を犠牲にしてもいいという生き物なのですから」

 

「……いや、自分の種族を含めて全ての魔女を否定するなよ?」

 

「事実ですから♪ まあ、細かい話はここまでにして……アルハレム様? 新しく仲間になったレイアを含めて主従の交流を深めましょう♪」

 

 このリリアの言葉が合図になってアルハレムに従う魔女二人が行動を始める。

 

「……ウフッ♪」

 

「………」

 

 すでに服を脱ぎ捨てて裸になったリリアが自分の巨大な乳房をアルハレムの顔に近づけ、それと同時にレイアが前にいるサキュバスに負けないくらいの大きさの乳房を彼の後頭部に押し付ける。そして……。

 

「「「~~~~~~~~~~~!!」」」

 

 その夜。森には獣のような三つの声が一晩中響き渡ったという。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話

「あ~、体が重い……。太陽が黄色い……」

 

 ラミアのレイアを仲間にした次の日。アルハレムは仲間の魔女二人を連れて故国であるギルシュに続く山道を歩いていたのだが、その足取りは非常に重かった。

 

「もう! アルハレム様ったら、もっとしっかり歩いてくださいよ。そんなにゆっくり歩いていたら日が暮れてしまいますよ?」

 

「………誰のせいでこうなったと思っているんだよ? ステータス」

 

 血色のよい顔で言うリリアに、アルハレムは怨みがこもった視線を向けると自分のステータスを呼び出した。

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 3/20

【生命】 30/1230

【輝力】 0/0

【筋力】 26

【耐久】 25

【敏捷】 30

【器用】 30

【精神】 27

【特性】 冒険者の資質、超人的体力

【技能】 ★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)、サキュバスの主、ラミアの主

 

 

「見ろよコレ? 昨日お前とレイアが何回も搾り取ったせいだぞ……」

 

「そ、そうでしたっけ?」

 

 今にも倒れそうな顔で睨むアルハレムに、レイアは額に一筋の冷や汗を流して視線をそらした。

 

 そう、アルハレムがここまで消耗しているのは昨夜、リリアとレイアの魔女二人と肌を重ねたことで生命力を限界まで吸い取られたせいだった。いくら生命力を強化する特性、超人的体力を持つアルハレムでも魔女二人の相手をするのは荷が重かったようだ。

 

「あとコイツ、いつまでこの状態なんだ? 正直歩き辛いんだけど?」

 

 アルハレムが指差したのは自分の背中……そこにしがみつくレイアだった。ラミアの僕は無表情だが頬を赤く染めていて、主である魔物使いの背中に頬を擦り付けながら後についてきていた。

 

「それは仕方がないですよ。昨夜のアルハレム様は本当に逞しかったのですから♪ 本当だったら私だってアルハレム様の腕にしがみつきたいくらいです♪」

 

「……頼むから止めてくれ。ただでキツイんだからお前にまでしがみつかれたら歩けないって。こんな調子でクエストなんてできるのか、俺?」

 

 アルハレムはクエストブックを取り出すと、今日の朝に新しく記されたクエストの文章を見た。

 

【クエストそのご。

 おともだちのまものさんたちといっしょに、さんにんいじょうのてきさんとたたかって、かってください。

 まものつかいなら、おともだちのまものさんたちときょうりょくしてたたかってみましょう。

 それじゃー、あとあとにじゅうにちのあいだにガンバってください♪】

 

「三体以上の敵と戦う、ですか……。クエストも少しずつ難しくなっていきますね。……というか昨日は聞く機会がなかったんですけど、レイアって一体何ができるのですか?」

 

「………♪」

 

 アルハレムの横でクエストブックを読んだリリアが聞くが、レイアはリリアの声が聞こえていなかったようでアルハレムの背中に頬を擦り付けていた。

 

「……あの? レイア?」

 

「………♪」

 

「ねぇ、レイア?」

 

「………♪」

 

「ちょっとレイア? 聞こえてますか?」

 

「………チッ」

 

「舌打ち!? 今舌打ちしましたよね? 今まで聞こえていて無視していたんですよね!?」

 

「………♪」

 

 舌打ちするレイアにリリアは声を荒らげるが、ラミアの僕はまた聞こえないふりをしてアルハレムに背中に頬擦りを再開する。

 

「えっと……レイア? できたらレイアのステータスを見せてくれないか?」

 

「………!」

 

 アルハレムが頼むとレイアは頬擦りするのを止めて即座に自分のステータスを呼び出した。

 

 

【名前】 レイア

【種族】 ラミア

【性別】 女

【才能】 0/44

【生命】 280/280

【輝力】 240/240

【筋力】 29

【耐久】 27

【敏捷】 27

【器用】 27

【精神】 31

【特性】 魔女の血統、人と化す蛇、魔眼貸与

【技能】 ☆身体能力強化、☆爪操作、☆尻尾操作、☆魔眼(眠り)、☆魔眼(麻痺)、☆魔眼(幻覚)

【称号】 酒を愛するラミア、アルハレムの従魔

 

 

「……レイアの態度には色々思うところがありますけど、中々優秀なステータスですね。特にコレはアルハレム様のお力になりそうですね」

 

 半眼となったリリアは、レイアのステータスを確認した後、彼女のステータスの一点を指差して告げる。

 

「コレ? 何のことだ?」

 

「はい。この特性の……」

 

「………ペッ」

 

 ビチャ☆

 

 首をかしげるアルハレムにリリアが顔を近づけて説明しようとした時、彼女の頬に水が飛んできて付着した。それはレイアの吐いた唾だった。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 一瞬の静寂。やがてリリアの頬からレイアの唾が流れ落ちると、怒りに燃えるサキュバスはゆっくりとした動きで、自分を睨み付けるラミアに視線を向ける。

 

「……上等だ。ちょっとそこまでツラかせや、コラ」

 

「………」

 

「ま、待て!? リリア! レイア! 頼むから落ち着いてくれ!!」

 

 全身から闘気を放ちながら睨み合うリリアとレイア。このままでは間違いなく潰しあいになると感じたアルハレムは二人を止めようと説得する。

 

 ……そしてアルハレムの一時間にもおよぶ必死の説得により、サキュバスとラミアの潰しあいはなんとか回避されたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話

「うう……。一体どうしてこうなった……?」

 

 何とかリリアとレイアの戦いを止めることができたアルハレムだったが、その後の道中は生きた心地が全くせず愚痴を漏らすかのように呟いた。

 

「………」

 

「………」

 

 今のアルハレムの右腕にはリリアが、左腕にはレイアが抱きついていたのだが、サキュバスとラミアは二人ともそっぽを向いて互いを見ようとせず、険悪な空気をまとい無言のまま歩いていた。

 

 リリアとレイアも十人に聞けば十人とも美人だと答える美貌であるため、一度険悪な空気となるとその重圧は並みの女性の比ではない。更に言えばそんな二人に挟まれたアルハレムの心労は計り知れなかった。

 

(アレ? 普通さ、リリアとレイアみたいな美人二人と歩いていたら嬉しいはずだよね? でも全然嬉しくないんだけど?)

 

 リリアとレイアから花のような香りが漂い、腕には布越しに二人の柔らかな感触が伝わってくるのだが、氷のような空気のせいで全てが台無しだ。

 

 もし今の自分を見て羨ましいと思う奴がいたら代わってほしいと本気でアルハレムは思う。何だか二人といるだけで精神やら体力やら寿命やらが削られていく気がする。

 

「えっと、その、二人とも……」

 

「何ですか? アルハレム様?」

 

「………」

 

 沈黙に耐えかねてアルハレムが何かを言おうとすると、リリアがそっぽを向いたまま聞き返してレイアもそっぽを向いたまま耳を傾ける。

 

「そ、そのだな……」

 

「アルハレム様」

 

 そこでリリアはアルハレムの顔を見ると、全て分かっているといった慈愛に満ちた笑顔を主の魔物使いに向ける。

 

「え? どうしたリリア?」

 

「大丈夫です。私には全て分かっていますよ、アルハレム様♪ ……さっきから図々しく腕にしがみついているそこの駄蛇娘がうっとしいのにお優しいアルハレム様にはそれが言えないですよね♪」

 

「………!」

 

 リリアに駄蛇娘呼ばわりされたレイアは額に青筋を浮かべてアルハレムの腕に抱きつく力を強める。強く抱きつきすぎたせいかレイアの長く伸びた爪がアルハレムの腕に突き刺さる。

 

「痛たっ!? レイア、そんなこと思ってないから少し力を弱めてくれ! リリアも! 冗談でもそんなことを言うな!」

 

「ふん!」

 

「………!」

 

 再びそれぞれ逆方向にそっぽを向くリリアとレイア。それによって更に重くなる場の空気にアルハレムはため息を吐く。

 

「はぁ……。リリアもレイアも頼むから仲直りしてくれよ。こんな時にもし敵でも現れたら俺達ひとたまりもないって……」

 

「……それもそうですわね」

 

「………」

 

 ため息混じりに言ったアルハレムの言葉にリリアとレイアはあっさりと頷くとその場で立ち止まった。

 

「リリア? レイア?」

 

「アルハレム様。あれを見てください」

 

 リリアが指差した先、空のある一点をアルハレムが見ると、そこには無数の黒い影があった。無数の黒い影は今はまだ遠くの空にあるが、凶悪な殺気を放ちながら確実にアルハレム達の元に向かってきていた。

 

「あれは鳥の群れ? ……いや、違う。あれは『魔物擬き』か?」

 

 魔物擬きとは、ごくまれに大地から現れる不浄の力に汚染された野生の獣のことである。

 

 不浄の力に汚染された獣、魔物擬きは魔物のような身体となって凶暴化して人間を襲い、長い期間をかけて本当の魔物となる。今こちらに向かっている無数の黒い影は、鳥の群れが不浄の力に汚染されて魔物擬きとなったものだろう。

 

「丁度いいです。あの群れを退治したらクエストを達成できます……と、言いたいのですが全て空を飛んでいるのが厄介ですね」

 

「そうだな」

 

 こちらに向かっている鳥の魔物擬きの群れを見て言うリリアにアルハレムも同意して頷く。

 

 大勢で空から攻撃を仕掛けてくる魔物擬きの群れに対して、こちらで空を飛べるのはリリア一人だけ。それにあの数では魔女のサキュバスである彼女でも手こずることになるだろう。

 

「………」

 

 アルハレムとリリアが考えている間にも魔物擬きの群れは近づいてくる。そんなときレイアが主の腕に抱きついていた腕をほどいて一人前に出た。

 

「レイア?」

 

「ちょっとレイア? 危ないですから戻ってきなさい」

 

「………」

 

 アルハレムとリリアに呼ばれたレイアは少しだけ振り返って二人を、主にリリアの方を見てからまた視線を魔物擬きの群れへと戻す。

 

「お、おい、レイア? 聞いているの……か……?」

 

 魔物擬きの群れを見ながら動かないレイアに話しかけようとしたアルハレムは、そこで信じられないものを見た。

 

「ガッ!?」「ガアァ!!」「ガッ、カカッ……」

 

 空からこちらに向かってくる鳥の魔物擬きの群れ。それが一羽、また一羽と、一瞬空中で動きを止めたかと思うと地面に堕ちていく。

 

「これは一体……?」

 

「……もしかしてこれがレイアの魔眼の力なのですか?」

 

 魔物擬きの群れが次々と高所から地面に激突して死んでいく光景に、アルハレムとリリアは何が起こっているのか分からなかったが、やがてリリアはこれがレイアの魔眼の効果によるものだと気づく。続いてアルハレムも仲間のラミアが使える魔眼に、相手を麻痺させるものがあったのを思い出す。

 

「そういえばレイアの技能のところに『魔眼(麻痺)』っていうのがあったな。……でも、これはちょっと反則じゃないか?」

 

「そ、そうですね……。私もそう思います」

 

 気がつけば魔物擬きの群れは一羽残らず地面に堕ちていて、運良く生きている……いや、この場合は運悪く死にきれていない魔物擬きも数羽いたが、ほとんどは地面に激突して際に死んでいた。

 

「………♪」

 

 そしてあまりにもあっけない戦いの終わりに呆けているアルハレムとリリアの前には、腰に両手を当てて胸を張ったレイアが口元に自慢気な笑みを浮かべていた。

 

 この後、アルハレムとリリアは生き残った魔物擬きに止めをさしてクエストは無事達成となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話

「……ん?」

 

 魔物擬きとの戦いから五日ほど経ったある日。朝、アルハレムが目を覚まして最初に見たのは四つの丸だった。

 

「……丸?」

 

「おはようございます、アルハレム様♪」

 

「………♪」

 

 四つの丸の上から聞こえてくる声にアルハレムが視線を動かすと、そこには一糸纏わぬ姿のリリアとレイアが自分を見下ろしていて、最初に目に入った四つの丸が彼女達の胸にある豊かに実った乳房だと気づく。

 

「あ、ああ、おはよう」

 

 リリアとレイアに挨拶をしてアルハレムは昨日彼女達が見つけた洞窟に野宿して、その夜にいつものごとく肌を重ねた後で気絶するように眠ったのを思い出した。その証拠に今彼らがいるのは岩肌がむき出しになっている洞窟の中で、更にいえば一晩寝て休んだはずの魔物使いは目の下にクマができているのに対して、仲間のサキュバスとラミアは肌にハリがでていて活力に満ちていた。

 

「うう……。体が重い……」

 

「アルハレム様。朝起きるなり何言っているんですか? それよりも朝食にしましょう。レイア、手伝ってくれますか?」

 

「………」

 

 朝食の準備をしようとするリリアに呼ばれてレイアが頷く。最初こそは仲があまり良くなかった二人だったが、五日前の魔物擬きとの戦いでリリアがレイアの実力を認めたのをきっかけに、今ではそれなりに協力し合える関係になったようだ。

 

……まあ、協力し合うといってもどちらかといえば利用しあう感じで、しかも二日に一度は殺し合い寸前の喧嘩をしそうになって、その度にアルハレムが必死になって止めることになるのだが……。それはともかく。

 

(なんていうか……改めて考えると俺って恵まれているよな)

 

 相変わらずの体の秘所を隠す機能しかない衣装を着てから朝食の準備をするリリアとレイアの姿を眺めながらアルハレムはしみじみとそう思った。

 

(冒険者になって旅を始めてからまだ十日くらいしか経っていないのに、その間にサキュバスとラミアの仲間ができて、しかもその仲間が美人で強い上にとても優秀で……。今だってこうして野宿できる場所を見つけてくれて朝になれば朝食の準備をしてくれる。本当、他の人が見たら石を投げられそうなくらい羨ましい立場だよな、俺って)

 

「? アルハレム様、どうかしましたか?」

 

「………?」

 

 アルハレムが内心で感謝をしながらリリアとレイアを見ていると、自分達の主の視線に気づいたサキュバスとラミアが振り返った。

 

「いや、なんでもないよ。それよりよくこんないい洞窟を見つけてくれたよな。おかげで昨日はよく眠れたよ」

 

「はい♪ 昨日、オーク達が生意気にもここで快適に暮らしているのを見つけたので、オーク達を皆殺しにして奪ったんです♪」

 

「………」

 

 アルハレムに褒められたリリアは顔に喜色を浮かべて答え、その隣ではレイアが「私もオーク達を皆殺しにするのを手伝った」と言いたげに握り拳を作っていた。

 

「………………え?」

 

「朝食はその時殺したオークのお肉を使った焼肉です。十頭分くらいありますから、たくさん食べてくださいね♪」

 

「………♪」

 

 突然聞かされた血生臭い話に固まるアルハレム。そんな彼の様子に気づかずリリアは笑顔で言い、レイアは昨日殺したオークの生首を自慢するかのように見せる。ちなみにオークの生首は恐ろしい怪物を前にしたかのような恐怖に染まった表情をしていた。

 

(……やっぱり、羨ましくなんかないかも)

 

 野宿する場所を得るためにオークの皆殺しにして、更にその肉を朝食にする。そんな話を笑顔で話すリリアとレイアの姿は、外見が美しい分余計に恐ろしく感じられ、アルハレムは先程の自分の環境の評価を改めるのだった。

 

「ま、まあとにかく早く朝食の準備をしてくれ。俺も準備を手伝うから。朝食を食べたらすぐに出発するぞ」

 

「え? そんなに急いでどうするんですか? もう私達、ギルシュについているんですよね?」

 

「………?」

 

 リリアの言うとおり、アルハレム達はつい先日にエルージョとギルシュとの国境でもある山脈を越えて、アルハレムの故国であるギルシュに辿り着いていた。

 

「ああ、そうだ。でもこの近くには俺の友人が住んでいる街があってな。できるだけ早くそこに行きたいんだよ」

 

「アルハレム様のご友人……そうですか。それでは手早く作りましょうか。三人一緒で料理をするなんて何だか楽しみですね♪ まずはオークの解体からです♪」

 

「………♪」

 

「………………………………………解体?」

 

 笑顔で言うリリアの言葉にアルハレムは、ついさっき「自分も準備を手伝う」という発言をしたことを深く後悔するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話

 アルハレム達はオークの焼き肉の朝食をすませるとすぐに旅に出て、その数時間後に目的の街が見える所まで辿り着いた。

 

「アルハレム様。あの街ですか?」

 

「そうだ。あの街に俺の友人でこの辺りを治める領主、ビスト伯が住んでいる」

 

 質問をしたリリアはアルハレムの言葉に驚いた顔をする。

 

「領主様にご友人がいるのですか」

 

「一応俺も貴族の息子だからな。隣の領地の貴族とは親交があるさ。それに領主様って言っても三年前に前領主だった父親を事故で亡くして爵位と家を継いだ新米領主だよ。歳も俺と同じだし、子供の頃はよくお互いの領地まで行って遊んだよ」

 

 子供の教育を思い出したのか懐かしそうな顔をするアルハレム。その表情を見るかぎりアルハレムとビスト伯は今でも親しい間柄であることがうかがえる。

 

「そうでしたか。私もアルハレム様のご友人のお顔を一目見たいです。早速行ってみましょう♪」

 

「ああ、俺もそうしたいんだけど……」

 

 アルハレムはそこで言葉を切るとリリアとレイアの姿を見て何やら考え出す。

 

「アルハレム様? 私達が何か?」

 

「………?」

 

「いやな? リリアとレイアって魔女、魔物だろ? どうやって街に入れたらいいかな、と思ってな」

 

 首をかしげるリリアとレイアにアルハレムは何を考えているかを言う。確かに彼の言う通り、街中に魔女が二人も現れたとなれば何らかの騒ぎが起こるのは想像に固くないだろう。

 

「あの『バカ』はリリアとレイアを見ても驚きはしないだろうけど、街の人はそうはいかないだろうしな……。できたら余計な騒ぎは起こしたくないんだけど」

 

「………?」

 

「え? アルハレム様? 今、バカって言いましたけど……それってもしかして領主のビスト伯のことですか?」

 

「そうだけど?」

 

 顎に手を当てて考えながら言うアルハレムの言葉に、頭に疑問符を浮かべるレイアの横にいるリリアがためらいがちに聞くと、彼は当たり前のように答える。

 

「……………その、アルハレム様? いくらご友人でも領主様の悪口を言うのはどうかと思いますが?」

 

「実際にバカなんだから仕方ないだろ? それにこんなの、悪口にもならないって」

 

 リリアの言葉をアルハレムはあっさりと切り捨てる。いくら親しい古くからの友人とはいえあまりにもひどい扱いに、リリアとレイアはビスト伯とは一体どんな人物なのかと考える。

 

「さて、本当にどうするか……」

 

「アルハレム様。それでしたら私にいい考えがあります♪」

 

 どうやって騒ぎを起こさずに二人の魔女を街に入れるか考えているアルハレムに、リリアは名案があるとばかりに手を上げた。

 

「リリア? いい考えって何だ?」

 

「はい♪ 私の技能には『透明化』という、文字通り自分の体を透明にするというものがあります。この技能を使って透明になった私はアルハレム様と一緒に街に入って、体を透明にできないレイアはここで留守番ということで……」

 

「………!!」

 

 リリアの言う考えにレイアは視線だけでも人を殺せそうな目を向ける。怒りに燃えるラミアの額には何本もの青筋が浮かんでおり、体は輝力で身体能力を強化した証である青白い光に包まれていて、両手の爪はまるで短剣のように長く鋭く伸びていた。

 

 言葉は一言も発してはいないが、全身で「それ以上ふざけたことを言えば貴様を殺す!」と自分の意思を表に出すレイアに、リリアは肩をすくめる。

 

「仕方がないじゃないですか? レイアはその蛇の下半身のせいで目立ちやすいのですから。姿を隠す方法がなければアルハレム様に迷惑をかけないよう、ここで留守番をするしかないでしょう?」

 

「………。………♪」

 

 リリアの説明に一応は納得したのかレイアは戦闘態勢を解くと、すぐに不敵な笑みを浮かべる。その笑みは「だったら目立たなければいいのね?」と言っているように見えた。

 

「何ですか? その自信に満ちた笑顔は? 何かいい方法でもあるのですか?」

 

「………♪」

 

 レイアがリリアに頷くと、突然レイアの体が強い光に包まれる。光がおさまるとそこには黒髪のラミアはどこにもおらず、代わりに黒髪の女性が立っていた。

 

 特性「人と化す蛇」。

 

 数時間だけ人間の姿となることができるラミアの種族特性。昔話ではラミアはこの種族特性を使って人間の群れに紛れて狙った人間の元に現れたとされる。

 

「………♪」

 

 人間の姿となったレイアは胸を張り、「これなら文句はないでしょ?」と言わんばかりの笑みをリリアに向けた。

 

「た、確かにそれだったら問題はな……」

 

「いや、あるだろ?」

 

 リリアの言葉を遮ってそれまでずっと(魔女二人のやり取りが怖くて)黙っていたアルハレムが口を開いた。

 

「………!?」

 

「どうしてですかアルハレム様? レイアはどこから見ても人間の姿ですよ? 下半身蛇じゃないですよ?」

 

「いや、下半身じゃなくて問題は服だよ。服」

 

 どこに問題があるのか全く理解できないといった顔をするリリアとレイアに、アルハレムは仲間のラミアの姿を指差して指摘する。

 

 レイアは以前アルハレムが着ていた白いロングコートの切れ端と木の葉で体の秘所を辛うじて隠しているという格好で、ある意味リリアの極細の帯だけの格好よりも卑猥に見えていた。

 

「人間の姿でその格好は流石にまずいだろ? それで街に入ったら別の意味で騒ぎになるって」

 

「………」

 

「……仕方がありませんね。私は体を透明にできますから、今だけ私の一張羅を貸してあげます」

 

 アルハレムの指摘にレイアが肩を落として落ち込んでいると、リリアが身につけている服……というな帯を脱いで仲間のラミアに渡した。

 

「ちょっ、リリア!? 何をしているんだお前は!?」

 

「? 見てのとおりレイアに私の一張羅を貸してあげただけですが? これでしたらちょっと薄着の戦乙女ということで誤魔化せると思うのですが……駄目でしたか?」

 

 思わず顔を赤らめて叫ぶアルハレムにリリアはさも当然のように答える。

 

 確かに輝力で身体能力を強化できる戦乙女は防具にあまり気を使わないから薄着なのも多いし、自分の身一つで戦う戦乙女もいるから素手であってもおかしくない。……だがそれでもやはりリリアの服は「ちょっと」どころの薄着のレベルではないと思う。

 

「いやいやいや!? 確かにそれだったら戦乙女のフリはできるだろうけど、あんまり問題解決してないから! 服だったら俺のを貸すからそれを着てくれ」

 

「………!?」

 

「あ、あ、アルハレム様!? お、男の服を着ろだなんて大胆過ぎます! わ、私達、そんなふしだらなことはできません!」

 

「アレェ!? 何でこんなことで顔を真っ赤にして怒ってるの!? 今まで散々、これ以上にふしだらなことしてきたよね、キミタチ!?」

 

 服を貸すと言った途端に顔を真っ赤にして怒るリリアとレイアに、アルハレムはこれ以上ない理不尽、そして人間と魔女との感性の違いを感じたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話

(……おお、女神イアスよ。これは何かの試練なのでしょうか?)

 

 友人であるビスト伯がいる屋敷に向かうため、街中を歩いていたアルハレムは空を見上げると、この世界の全てを創造した女神イアスに心の中で問いかけた。

 

 アルハレムは今、これ以上にない苦行を歩んでいた。もしこれがクエストブックのクエストなのだとしたら、達成時の報酬に神力石を十個くらいは貰わないと割に合わないと思う。

 

『………』

 

 街の住人達は皆、通行人も露店の商人達も驚愕の表情でアルハレムを、いや正確には彼の隣を見ていた。

 

 アルハレムの隣にいたのは種族特性で人間の姿となり、リリアから借りた衣装……体の秘所を隠す機能しかない極細の帯を身に付けたレイアだった。

 

(やっぱり目立つよな……)

 

 隣に歩くレイアを横目で見てアルハレムは胸の中で一人ため息を吐く。

 

 人間に変身してもしていなくてもレイアは皆が振り返るほどの美人だ。それが裸同然の格好で、しかも歩く度に艶のある黒髪と豊かな乳房を揺らす姿は正に注目の的だった。

 

「お、おい……。何だあの女?」「スゲェ美人……! でも何で裸なんだ?」「いや……何か帯みたいなのを身に付けていないか?」「あんなの裸と同じだろ」「もしかしてあの女、戦乙女か? 戦乙女には大胆な服装をする奴がいるけどよ……あれは大胆すぎないか?」

 

 周囲から街の住人達の声が聞こえてくる。

 

「おかあさん。何であのお姉ちゃん、裸なの?」「しっ! 見てはいけません!」「それより女の隣にいる男は誰だ? もしかして女の恋人か?」「だとしたらとんだ変態だぜあの男。自分の女にあんな格好をさせるんだからな」

 

 言葉とともに投げかけられる街の住人達の視線がアルハレム達に突き刺さる。

 

(うう……もう嫌だ……)

 

「………? ………♪」

 

 穴があれば入りたい心境のアルハレムの歩調が遅くなると、隣を歩くレイアが首をかしげてから彼の腕を引き寄せて抱き締める。

 

「なっ!? レイア!?」

 

『…………………………!?』

 

 レイアにしてみれば早くいこう、という意思表示のつもりなのだろうが、彼女の豊かな乳房がアルハレムの腕に当たって変形したのを見てこの場にいた全ての男達が絶句した。そして一瞬の沈黙の後に起こったのは、一人の男に対する男達の嫉妬と怒りだった。

 

「あ、あの野郎……! なんて羨ましい真似を……!」「俺達に対する当て付けか? そうなんだな?」「どうだった!? やっぱり柔らかいんだよな!?」「チックショウ! 金払うから代わってほしいぞ!」「憎い……! あの餓鬼が憎い……!」「嫉妬で人を殺せたら……!」

 

(な、何だか周りの視線が強くなったような……? というか男達が今にもこちらに襲いかかってきそうな目で見ているんだけど? お、俺、何かしたか?)

 

 周囲から向けられる男達の怒りを通り越してもはや殺意すら感じられる無数の視線。それらを全身で感じたアルハレムは針のむしろにいる気分だった。

 

「ふふっ♪ アルハレム様、大人気ですね♪」

 

 ビスト伯に会いに行くのを諦めてここから逃げたそうかとアルハレムが本気で考えていると、背後から彼にだけ聞こえる音量の女の声が聞こえてきた。技能の透明化を使って体を透明にしているリリアの声だった。

 

 アルハレムもまたリリアにだけ聞こえる音量の声で答える。

 

「ふざけるな。こんな人気なんかいらないっての」

 

「照れないでください♪ ……それにしてもアルハレム様の隣にいるのがレイアだけと思われるのは気に入りませんね。私も姿を見せましょうか?」

 

「それだけはやめろ。お前今、正真正銘の全裸だろうが」

 

 アルハレムの言う通り、今のリリアは唯一の衣装であった極細の帯をレイアに貸しているため、一糸纏わぬ姿で後をついていた。もしこの状況で全裸のサキュバスが現れたら一体どんなことになるのか……恐ろしくて想像もしたくない。

 

「透明化しているから皆が私を見えていないのは分かっていますけど、裸で街中を歩いて沢山の人達に見られていると……胸がドキドキしますね♪」

 

「……前から薄々思っていたけど、お前やっぱり露出狂だろ」

 

「失敬な。何で私が露出狂なんですか。私の裸はアルハレム様だけのもので、簡単に人目にさらす安っぽいものではないですよ」

 

 ジト目となって話すアルハレムにリリアが心外そう返すが全く説得力がなかった。

 

「……でも」

 

「でも、何だよリリア?」

 

「でもアルハレム様が姿を現せと言うのでしたら……忠誠の証として、私……」

 

「さっきからお前言っていることが無茶苦茶だよ! 忠誠の証って何だよ!? 俺はそんなこと望んでいないからな!? ……もういいから行くぞ!」

 

 リリアとの会話に耐えられなくなったアルハレムは、二人の魔女を連れて一刻も早くビスト伯の屋敷に向かうことにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話

 ビスト伯の屋敷に辿り着いたアルハレム達三人は、アルハレムが門番にマスタノート家の家紋が刻まれた指輪を見せると、すぐに屋敷内の応接間に通された。そしてしばらく三人が待っていると応接間に屋敷の主であるビスト伯がやって来て、久しぶりに会う友人を笑顔で迎えてくれた。

 

「やあ、久しぶりだな。アル」

 

 アルハレムを子供の頃のアダ名で呼ぶビスト伯、ライブ・ビストは綺麗に切り揃えた金髪で端正な顔に眼鏡をかけており、上等な仕立ての服を身に纏う姿は正に若き貴族といえた。

 

「いきなり押し掛けてきてすまなかったな、ライブ」

 

「気にするな。アルだったら大歓迎だ。でも確かに驚いたな。突然アルが現れたこともそうだが……あのアルが家族以外の女性を連れてきて、しかもウチに来るなり『メイドの服を一着貸してほしい』と言うだなんて。最初に聞いた時はアルに何があったのかと思ったぞ」

 

 ライブはからかうように言うとアルハレムの隣、ラミアの姿でメイド服を着ているレイアを見る。

 

 ライブの言う通りアルハレムは、人間からラミアに戻った時にレイアに着るものがないからと屋敷の人間からメイド服を一着借りて、それを彼女に着るように命じたのだった。後、屋敷に来る前に街でレイアが着ていたリリアの衣装は、すでに本人に返してある。

 

「重ねてすまないな。メイド服は後で返すからしばらく貸してくれないか?」

 

「いいって、メイド服一着くらい。それにしてもラミアの彼女、中々似合っているじゃないか?」

 

「そうだな。俺もそう思う」

 

「………♪」

 

 ライブとアルハレムにメイド服姿を褒められてレイアが嬉しそうに顔をほころばせる。そんな会話をしている主とその友人にリリアが手を挙げて訊ねる。

 

「あの~。アルハレム様? ビスト伯? ちょっと聞いていいですか?」

 

「どうした? リリア?」

 

「ん? どうかしましたか?」

 

「いえ、あの……さっきから普通に会話していますけど……ビスト伯は気にならないのですか? 私とレイアって、見て分かるように魔女なんですよ?」

 

 リリアとレイアは魔女を姿を現していたが、ライブは特に驚いた様子をみせず、極めて自然体で話をしていた。普通の人間ならば魔女の姿を見ればもっと驚いて取り乱すものだが、この貴族の反応は予想外だった。

 

「まあ……確かに少し驚きましたけど、アルの友人なら悪い魔女ではないのでしょう? それにこうして話だってできるのですから、少し背中に翼が生えていて下半身が蛇なだけの女性じゃないですか?」

 

「悪い魔女ではない? 少し背中に翼が生えていて下半身が蛇なだけ? え? ええ~?」

 

「………?」

 

「リリア、言っただろう? ライブは二人を見ても驚かないって。……リリアとレイア、ちょっとこの部屋を見てみろ」

 

 何でもないように言うライブの言葉に調子が狂うリリアとレイアにアルハレムは今いる部屋を見てみるように言う。

 

「部屋を? ……………何ですか? この部屋?」

 

「………?」

 

 アルハレムに言われてリリアとレイアが部屋を見回してみると、いくつか気になる点があった。

 

 部屋自体は全く可笑しいところはないのだが、部屋に飾られている調度品。一見すると貴族の屋敷に相応しい高度な芸術品に見えるのだが、全てが動物の角や耳、尻尾を生やした女性を題材にしたものばかりで、逆に普通の人間や景色を題材にした調度品は一つもない。

 

「……何と言うか独特の趣味ですね? そういえば、ここに通される時に廊下にも似たような絵画等があったような気も……」

 

「気に入ってくれましたか? いやぁ、ここまで集めるのに本当に苦労しましたよ。中々、俺の琴線に触れる作品が見つからなくて……」

 

 リリアの感想にライブは若干照れながら誇るように答える。

 

「リリア、レイア。このライブはな、普通の人間の女性には全く興味がなくてな。獣の特徴を持つ女性……『獣娘』とでも言えばいいのか? それにしか愛情を懐けないんだよ」

 

「そのとおり!」

 

 アルハレムの解説に反応してライブは興奮気味に顔を赤くすると立ち上がる。

 

「アルの言う通りだ! 俺は獣娘を愛している! 獣娘こそが獣の野生、愛らしさ、癒しを兼ね備えた理想の女性! 俺は、俺は獣娘しか妻にするつもりはない! ただの人間の女とのお見合いなんざくそ食らえだ!」

 

「………」

 

「………」

 

 今までの冷静な態度をかなぐり捨てて腹の奥底から絶叫するライブに、リリアとレイアは何も言うことはできなかった。ただ一人、アルハレムだけは慣れているのか、特に驚くこともなく叫ぶ友人を見たあと自分の仲間の魔女二人に視線を向ける。

 

「こういう奴なんだよ」

 

「……よく分かりました。このような方でしたら私達を見ても驚いたりしませんね」

 

「………」

 

 アルハレムの言葉にリリアとレイアは納得して頷く。獣の特徴を持つ女性、獣娘しか愛せない男ならば、獣娘に似た姿を持つ魔女を恐れることはないだろう。

 

「あれ? それでしたら私とレイアもビスト伯の好みに入るのですか?」

 

「いや、それはない。ライブの好みは、犬や猫みたいな体毛が豊かな獣娘だけみたいだから」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話

「……すまないな。みっともないところを見せた」

 

 ひとしきり叫んだライブは、アルハレム達の視線に気づくと我にかえってばつの悪そうな顔をした。

 

「いいよ。もう慣れているし、リリアとレイアにもライブがどんな人間なのか説明する手間が省けた。それよりそろそろ本題に入ってもいいか?」

 

「本題? ……そういえば確か俺に用事があるんだったな。まあ、用事を聞くのはいいんだが、その前にアル? お前、今まで何をしていたんだ? いきなり姿をくらませたっていうし、マスタノート家からもお前を見かけたら連絡をくれっていう手紙だって来たんだぞ?」

 

「分かっている。その事も含めて全部話すよ。まずはこれを見てくれ」

 

 アルハレムは全て説明すると言うと荷物袋からクエストブックを取り出してライブに見せる。

 

「? アル、この本は?」

 

「ライブ、お前も名前くらい聞いたことがあるだろ? ……クエストブックだ」

 

「クエストブックだと!?」

 

 世界で百冊しか存在せず、記された全ての試練を達成すればどんな願いでも一つだけ叶えられると言われている女神イアスが創造した伝説の書物。それが目の前にあり、しかも子供の頃からの友人がその所有者であるという事実にライブは驚きを禁じ得なかった。

 

「……それは本物なのか? 一体何処で手にいれたんだ?」

 

 目を限界まで見開きクエストブックを見るライブの質問にアルハレムは頷く。

 

「今から少し前、いつの間にか俺の部屋の机に置かれていたんだ。最初は誰かのイタズラだと思っていたんだが、あの時の俺は期待半分冗談半分の気持ちで旅の仕度をしてクエストブックを開いて……そしたらまさかの本物だったってわけだ」

 

 クエストブックを初めて開き、冒険者となった時のことをアルハレムは今でもしっかりと思い出せる。

 

 ある日の夜。剣の訓練を終えて自室に戻った時に机に見知らぬ本が置かれているのを見つけ、それがクエストブックだと気づいた時は心臓の鼓動が一気に加速した気がした。

 

 伝説の書物であるクエストブックがこんな簡単に手に入るはずがなく、誰かのイタズラだと告げる理性。

 

 もしこのクエストブックが本物ならば、自分の求める力が手に入るのではないかと囁く願望。

 

 理性と願望との葛藤で体が震えた。

 

 最終的に理性に勝った願望に突き動かされて旅支度を整えてクエストブックを開くと、次の瞬間には自室ではなく無数の扉しかない不思議な空間の中にいた。

 

 不思議な空間にある無数の扉には全て神殿の壁画のような絵が描かれていて、たまたま目にはいった一人の旅人が魔物を連れて旅をしている絵が描かれた扉を開くと、視界が真っ白になるのと同時に「魔物使い」の知識が頭に流れ込んできた。

 

 そして再び視界が戻ると、今度は自室でも扉しかない空間でもなく、来たこともない森の中に一人でいてそこから冒険者としての旅が始まったのだった。

 

「クエストブックの伝説は知ってるだろ、ライブ?  クエストブックは冒険者となった所有者に一つの力を与えた後に見知らぬ土地に飛ばし、そこから百の試練が始まる。俺は魔物使いの力を与えられて冒険者となった後、隣国エルージョの森に飛ばされたんだ」

 

「……なるほどな。アルが誰の人目にもつかずに姿を消したのはそういう訳か。そして魔物使いの力で仲間にしたのがそこにいるリリアさんとレイアさんということか」

 

 ライブはアルハレムの話に納得したように頷くと、冒険者となっていた友人の左右に位置どる二人の魔女に見る。

 

「ええ、そのとおりです♪ そういえば自己紹介がまだでしたね。私はアルハレム様の僕となったサキュバスのリリアで、こちらにいるのがラミアのレイアといいます。どうかお見知り置きを♪」

 

「………」

 

「ええ、こちらこそお願いします。……なあ、アル」

 

 自己紹介をするリリアとレイアにライブは笑みを浮かべて挨拶を返すと、意味ありげな視線をアルハレムにと向けた。

 

「……何だよ、ライブ?」

 

「上手くやったじゃないか、アル? リリアさんとレイアさん、こんな美人な魔女を二人も仲間にするだなんて。……だけどこれがアルの家族が知ったらどうなるのかな?」

 

「うぐっ!?」

 

 ライブの言葉にアルハレムの顔が一気に真っ青となる。今まで考えないようにしていたが、マスタノート家に戻ってリリアとレイアのことが知られればアルハレムの家族、特に妹がどんな反応をするのか……考えるだけで体に震えが来る。

 

 アルハレムは恐怖を振り払うように話題を強引に変えることにした。

 

「と、とにかく! 俺がマスタノート家からいなくなったのは今話した通りだ。それでここに来た用事なんだが……ライブ、最近この辺りで何か事件が起こっていないか?」

 

「アル? それはどういうことだ?」

 

「これを見てくれ」

 

 アルハレムはクエストブックを開くと、あるページに記された文章をライブに見せた。

 

【クエストそのろく。

 じけんがおこってこまっているおともだちをたすけること。

 ぼうけんしゃは、こまっているひとをたすけるのがしごとですからねー。

 それじゃー、あとにじゅうにちのあいだにガンバってください♪】

 

「この辺りで俺の友人といったらライブ、お前しかいない。……何か最近、お前の周りで変わったことはなかったか」

 

 アルハレムの言葉に思い当たるところがあるのかライブは少し考えてから口を開いた。

 

「……一つだけある。実は数日前から共同墓地で墓荒らしが起こっているんだ」

 

「墓荒らし?」

 

「そうだ。毎晩決まって最近死んだ死者の墓が荒らされて、遺体の腕や足が切り取られている。そして荒らされた墓には魔物の毛皮や牙といった、売ればそれなりの金になる部位が置かれているそうだ」

 

「何だそれは? 随分奇妙な墓荒らしだな」

 

 ライブの言葉にアルハレムが首をかしげる。

 

「俺も同感だ。そんな奇妙な墓荒らしがこの数日間、連続で起こっているんだ」

 

「それで? 墓荒らしについて何か分かったことはないのか?」

 

「それが全く。……ただ二日前に被害が出ている共同墓地の近くで不審な人影を見たという報告がある。報告によるとその人影は若い女性で、髪を頭の両端で縛っていたそうだ」

 

「「………!?」」

 

 髪を頭の両端で縛った若い女性。

 

 ライブの口から聞かされた不振な人影の情報に、アルハレムとリリアの脳裏で一人の戦乙女の顔が浮かび上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話

「あの、アルハレム様? その不審な人影ってもしかして……」

 

「い、いや。いくらあの女が執念深いといっても、流石にここまでは追ってこないだろ?」

 

 リリアの言葉をアルハレムは首を横に振って否定するが、その顔には冷や汗が流れていて違ってほしいという気持ちが表れていた。

 

「アル? あの女って誰のことだ?」

 

「………?」

 

「いや、冒険者になって旅を始めたばかりの時にアニーっていう俺と同じ冒険者になった戦乙女と出会ってな。そいつがかなり厄介な性格をしていたんだよ」

 

 話についていけていないライブとレイアにアルハレムは旅先で出会った戦乙女の冒険者、アニーのことを話した。

 

 旅を始めて最初に立ち寄った街で、酒に酔ったアニーが街の住人に危害を加えようとしたこと。

 

 それを止めると何故かアニーと戦うことになり、一撃で倒されてしまったこと。

 

 リリアを仲間にした後にアニーと再会して、いっそ清々しいくらい自分勝手な性格をしたアニーに逆恨みをされた挙げ句、再び戦うことになって二回目の戦いでは勝てたこと。

 

 話をしているうちにライブは苦笑を浮かべ、レイアはここにはいないアニーに怒りを覚えて険しい表情となる。

 

「それは災難だったな……。何と言うか、典型的な力のない人間を見下す戦乙女のようだな。それにしても戦乙女と戦ってよく勝てたな? やっぱりリリアさんの協力があったからか?」

 

「ん? まあ、そんなところかな……」

 

 アニーと戦って勝てたのは、リリアの種族特性によって彼女の輝力を分け与えてもらい身体能力を強化したからなのだが、アルハレムはそのことは話さずにいた。

 

 本来は女にしか使えない輝力をリリアの協力があったとはいえ男であるアルハレムが使った。そのことが知られたら余計な騒ぎが起こるかもしれない。最悪、女にしか輝力が使えないことに不満を持つ男がリリアを狙う可能性だって否定できなかった。

 

「そうか。アルは魔物使いの冒険者なのだから、仲間にした魔女のリリアさんの力も自分の実力のうちってことなんだろうな」

 

 長年の付き合いのライブはアルハレムが何かを隠していることに気づきながらも、それに気づいていないふりをした。

 

「まあな。それで話を戻すけど、ここでは奇妙な墓荒らしが続いていて、その犯人を見つけて墓荒らしを辞めさせればライブの悩みもなくなって、俺もクエストを達成できるってことだよな?」

 

 アルハレムが確かめるように聞くとライブは少し考えてから首を小さく横に振る。

 

「大体はあっているが少し違う。……実はな『ミレイナ』が墓荒らしを探すと息巻いているんだ」

 

「いっ!? ミレイナが?」

 

「ミレイナ? 一体誰ですか?」

 

「………?」

 

『……………』

 

 リリアとレイアが首をかしげて訪ねると、アルハレムとライブは疲れたような表情となって視線を交わした後、ライブがミレイナという人物について説明をする。

 

「ミレイナというのはこの街の教会に勤めている神官戦士のことですよ。真面目で、正義感が強くて、素直でとても優秀な戦乙女でもあるんですが、真面目すぎるせいで一つのことに集中すると視野が狭くなって他の人の言葉が聞こえなくなることがあるんですよね……」

 

「あと正義感が強すぎるせいでどんな些細な揉め事でも嗅ぎ付けて勝手に首を突っ込んで、ついでに言えば素直すぎるせいで子供の頃に神官戦士の親に教えられた『神官戦士の行動は全て正義のためにある』という言葉を変に覚えて『自分の行動は全て正義である』と思い込んでいるんだよな」

 

 アルハレムが説明に補足すると、ライブも同意見とばかりに苦笑を浮かべて頷く。

 

「そうだよな。おまけに戦乙女の力に目覚めてからはどんなことも力ずくで解決するようになって、とどめに『手加減』って言葉を全く知らないんだよな。そのせいでミレイナが首を突っ込むと騒ぎが必ず大きくなるんだよな」

 

「そうなんだよな……。俺も何回かミレイナが大きくした騒ぎに巻き込まれたけど、あれは酷かった……」

 

『はぁ……』

 

 アルハレムとライブも、ミレイナが起こした騒ぎに巻き込まれた記憶を思い出して揃ってため息を吐く。

 

「いえ、二人揃って何ため息を吐いているんですか? というか何ですか、そのミレイナっていう女は? 話を聞く限りではあのアニーと同じくらい厄介ではないですか?」

 

「そうですね……。俺もそう思いますけど、ミレイナは神官、教会の人間でもあるから強く言えないんですよね」

 

 疲れはてたような顔でリリアに答えるライブにアルハレムは納得したように頷く。

 

「つまりミレイナが騒ぎを大きくする前に墓荒らしを犯人を捕まえてほしい。ライブはそう言いたいんだな?」

 

「そうだ。あのミレイアのことだ。下手をしたら共同墓地に火を放つぐらいのことはする……」

 

「ライブ様! 失礼します!」

 

 ライブがそこまで言ったところで、応接間の扉が勢いよく開き一人の女性がアルハレム達のいる応接間に入ってきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話

 応接間に入ってきたのは、長く伸ばした赤毛の髪が特徴的の小柄な少女だった。

 

 外見の年齢は十五歳くらいで、服装は白い革鎧の上に白いマントを羽織っており、革鎧とマントには丸の中に十文字を描いた女神イアスの聖印が印されていた。

 

「お、お前は……!?」

 

「ミレイナ? どうしてここに?」

 

 赤毛の少女の顔を見てアルハレムが表情を引きつらせ、ライブが先程まで話していた神官戦士の戦乙女の名前を呼んだ。

 

「ライブ様、突然お邪魔して申し訳ありません。しかし、何やら怪しい人物がこの屋敷に来たと聞いたので、こうして領主であるライブ様をお守りに来ました」

 

「ま、守る? ミレイナが俺を? というか怪しい人物って?」

 

 赤毛の少女、ミレイナの言葉にライブは嫌な予感を覚えながらも聞き返す。

 

「はい。何でもその怪しい人物は男と女の二人組で、男の方は毛皮のマントを羽織った見るからにみすぼらしい姿で、女の方はほとんど裸の帯みたいな衣装を着た卑猥な姿だったそうです」

 

「男と女の二人組……」

 

「み、みすぼらしい……」

 

「卑猥……」

 

「………」

 

 ミレイナの話す怪しい人物の目撃情報にライブ、アルハレム、リリア、レイアの順に反応する。

 

 まず間違いなくミレイナの言う怪しい男女の二人組というのは、アルハレムと人間の姿に変身してリリアの衣装を借りたレイアのことだろう。

 

 街を歩いている時、確かにアルハレム達は注目の的となっていた。そしてその騒ぎがミレイナの耳に入って今のような事態を招いたことに、アルハレムは頭痛を禁じ得なかった。

 

「そんな怪しい二人組、ただの旅人のはずがありません。そしてライブ様のお屋敷に訪れたということは、きっとライブ様のお命が狙いのはず。そうに決まっています! ですから女神イアス様に代わってこの地を守護する神官戦士の私がここにやって来ました……て、ああー!?」

 

 暴走気味に話すミレイナの言葉がいよいよ熱を帯びようとした時、ようやく彼女は応接間にいるアルハレム達に気づいて大声を上げる。

 

「あ、貴方達!? いつの間に!?」

 

「いや、いつの間にって最初からいたからな? というかミレイナ、俺のことを覚えていないのか? 俺だよ。マスタノート家のアルハレム。以前にも何回か会ったことがあるだろ?」

 

 アルハレムが話しかけるがミレイナは全く聞いておらずリリアとレイアを指差す。

 

「それによく見ればそこにいるのはサキュバスとラミア!? 何で魔女が二人もこんなところに!?」

 

「ああ、この二人はアルの仲間だ。だから人に危害を与えたりはしな……」

 

「……そうか! 分かりました!」

 

 ライブが説明しようとするがやっぱりミレイナは全く聞いておらずリリアとレイア、そしてアルハレムに鋭い視線を向ける。

 

「服装から見て街で聞いた怪しい人物とは恐らく貴方達のこと……。貴方達! そのサキュバスとラミアの美しい姿を利用してライブ様を誘惑し、この街を乗っ取ろうと考えていますね! そうに決まっています!」

 

「勝手に決めつけるな!」

 

「何で私がアルハレム様以外の方に体を許さないといけないんですか!?」

 

「………!」

 

「ふざけるな!? リリアさんとレイアさんは獣娘じゃないだろ!? 二人が獣娘みたいな魔女だったらこちらから土下座して頼むけど、そうじゃない限り絶対誘惑なんかされないからな!」

 

 ミレイナの勝手な決めつけにアルハレム、リリア、レイア、ライブの順に怒りを現すが当然のごとくミレイナは全く聞いておらず、輝力で身体能力を強化して体から青白い光を放つ。

 

「なんと卑怯! なんと卑劣! なんと卑猥! 貴方達みたいな方はここで『浄火』します!」

 

 ミレイナが宣言するのと同時に、彼女の両手にそれぞれ一つずつ深紅に燃える火の玉が現れる。

 

「えっ、いきなりかよ!? ミレイナ、ちょっと落ち着けって!」

 

「輝力で作った炎!? アルハレム様! お下がりを!」

 

「………!」

 

「一ヶ所に固まってくれたのは好都合! さあ! 三人まとめて浄火です!」

 

 ミレイナの両手に火の玉が現れたのを見てリリアとレイアが庇うようにアルハレムの前に出て、神官戦士の少女はそんな魔物使いと魔女達の三人を一度に焼き尽くそうと火の玉を放つ。

 

 神官戦士の少女が放った火の玉はアルハレム達に向かって高速で飛んでこのままでは激突するかに思われたが、火の玉はミレイナとアルハレム達との中間の空間で消滅した。

 

「なっ!? 私の炎が!」

 

「一体何が……って! ライブ?」

 

 アルハレム達とミレイナの間にはいつの間にかライブの姿があり、よく見ると彼の右手は手刀の形になって白い湯気みたいなものを発していた。

 

「ま、まさか戦乙女が輝力で作った炎を手刀の風圧だけで掻き消すだなんて……!」

 

「………!?」

 

 火の玉が消える瞬間が見えていたらしいリリアとレイアが驚愕の表情を浮かべるが、魔女ですら驚く芸当をしたライブは全く気にした様子もなくミレイナに人を今から殺す暗殺者のような目を向けていた。

 

「ら、ライブ様?」

 

「ミレイナ。お前、今何をしようとした?」

 

 暗殺者のような目に流石に気圧されたミレイナに、ライブは氷のように冷たい声で話しかける。

 

「な、何をって……。この三人を浄火しようと炎を放って……」

 

「そう、お前は今炎を放った。そのせいで危うく俺のお気に入りである絵画『頭上に輝ける猫耳を生やした少女』が焼けそうになり、ついでにアル達も焼け死にそうになった」

 

 アルハレム達が後ろを見れば、そこにはライブの言った通り頭に猫耳を生やした少女が描かれた絵が壁に飾られていた。

 

(俺達って、この絵より価値がないのかよ?)

 

 絵画「頭上に輝ける猫耳を生やした少女」を見ながらそう思ったアルハレムだったが、全身から尋常ではない怒りのオーラを放つライブが怖かったため言わないことにした。

 

「で、ですが、それは正義のためには仕方がない……」

 

「ミレイナ」

 

「ひゃい!?」

 

 正義のためには仕方がないこと、と言おうとしたミレイナだったが、更に迫力をましたライブの一言により怯えたような声を出して黙りこむ。

 

「今後一切アルハレムとリリアさん、レイアさんに危害を与えることを禁じる。……いいな?」

 

「そ、そんな! そんなことは正義に反す… 」

 

「いいな? そして帰れ」

 

「は、はいぃ!?」

 

 ライブの命令に反論しようとするミレイナだが、領主の爆発寸前の怒りがこもった言葉に神官戦士の少女は情けない返事をしながら応接間から逃げ出した。その光景を見てリリアは額に冷や汗を流しながらアルハレムに小声で質問する。

 

「アルハレム様? あのお方、ライブ様は一体何者なのですか?」

 

「俺の古くからの友人だ。……多分」

 

 リリアからの質問にアルハレムはそう答えることしかできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話

「ここが墓荒らしに遭ったっていう共同墓地か……」

 

 ライブから墓荒らしの話を聞いてから数時間後。墓荒らしの犯人をつきとめる話を引き受けたアルハレム達は、善は急げとばかりに日が沈んで夜になると墓荒らしが起こった共同墓地に訪れた。

 

「ライブから聞いた話によると墓荒らしが最初に起こったのは今から十日前で、荒らされた墓は十八。大体一日に二件の割合で荒らされている」

 

「十日前ですか……。でしたらライブ様が言っていた不審な人影とアニーとは何の関係もなくなりましたね♪」

 

 十日前といえばアルハレム達もアニーもまだ隣国のエルージョにいた頃だ。リリアの言う通り時期的に考えて、犯人かと思われる共同墓地で見かけた不審な人影がアニーとは思えず、アルハレムは心から安心した表情となって頷く。

 

「そうだな。これでアニーとミレイナが出会うという最悪な展開は避けられたわけだ」

 

 アニーとミレイナ。

 

 自分こそが絶対に正しいと考えていて、自分に意見する者や邪魔する者を完膚なきまでに叩きのめすこれ以上なく自分勝手な二人が出会ったら、その瞬間に二人が出会った場所は戦場と化すだろう。そんなことにならなくてよかったと心から思うアルハレムだった。

 

「……ところでさ。リリア? さっきからずっと気になっていたんだがお前、その格好は何なんだ?」

 

 アルハレムがリリアの服装に目を向けて訊ねる。

 

 リリアはいつもの帯だけの衣装の上にエプロンを着ていた。リリアが新しく着ているエプロンは、今レイアがメイド服と一緒に着ているのと同じもので、昼間のうちにサキュバスがライブに頼んで譲って貰ったものだった。

 

「あら? ようやく聞いてくれたのですね、アルハレム様。それで私の衣装がどうかしましたか? 似合っておりませんか?」

 

 エプロンの裾をつまみ上げながら首をかしげるリリア。

 

 実質、裸の上にエプロン一枚を纏っているだけのリリアの姿は、不思議と普段の彼女の姿よりも男の情欲を刺激する卑猥なものに感じられた。

 

「いや、似合っているけどさ……。何でいきなりエプロンを着ているんだ?」

 

「イヤですね。私だってたまには違う格好をしますって♪ いつも同じ格好でしたらアルハレム様も飽きてしまうでしょ? ……実際、レイアがメイド服を着たらアルハレム様、思いっきり注目してましたし。ええ、私なんか全く無視してライブ様と一緒に大絶賛してましたし」

 

「………」

 

 そう言うとリリアはメイド服を着たレイアに鋭い視線を向ける。それを見てアルハレムは、このサキュバスが昼間の自分がメイド服姿のラミアだけを誉めたことに嫉妬を覚えていたことに気づく。

 

「い、いや……、あの時は別にリリアを無視していたわけじゃ……」

 

「で、す、か、ら♪ 私も少しだけ違う格好になってみました♪ アルハレム様もお気に召したようですし、今夜はこの姿でご奉仕させてもらいますね♪ ご、しゅ、じん、さ、ま♪」

 

「………!」

 

 リリアが甘えた声を出してアルハレムの右腕に抱きつくと、それに対抗してレイアもアルハレムの左腕に抱きつく。

 

 ……そんな三人の姿は、墓荒らしを捕まえにきた冒険者達というよりも、夜の共同墓地で情事に興じている恋人達のようだった。

 

「お、おい!? リリアにレイア! いい加減にしろ。俺達は遊びに来たんじゃなくて墓荒らしを捕まえに……」

 

「卑猥です!」

 

 アルハレムがリリアとレイアを注意して引き離そうとした時、突然聞き覚えのある声が共同墓地に響き渡った。

 

「この声は……?」

 

「ちっ! 来ましたね、邪魔者が」

 

「………!」

 

 アルハレム達が声がした方を見ると、そこには墓石の上に立って腕組みをしているミレイナの姿があった。墓石の上に立つ神官戦士の戦乙女は、体を密接させている魔物使いと魔女二人を指差すと、親の仇を見るような目で叫ぶ。

 

「夜の墓地でそんな情事に興じるなんて……! この場所に眠る死者の方々に対して不謹慎だとは思わないのですか!?」

 

(ぐっ!? こ、今回ばかりは何も言い返せない……!?)

 

 ミレイナの全くの正論にアルハレムは何も言い返すことができず、ただ目をそらすことことしかできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話

「それで貴方達は何故ここにいるのですか? ……まさか貴方達が墓荒らしなのですか?」

 

 墓石の上に立つミレイナは、もはや敵意がこもっているといっていいほど疑わしげな目をアルハレム達に向ける。いつもの彼女であればこの時点で墓荒らしだと決めつけて攻撃してきてもおかしくはないのだが、それをしないのは昼間のライブの記憶があるからだろう。

 

「違うって。俺達は君と同じで墓荒らしの犯人を捕まえにきたんだって」

 

「何ですって? 何で貴方達がそんなことを……って!? 貴方! よく見たらアルハレム様ではないですか!? 隣の領地に住まうマスタノート家の貴族でライブ様のお友達の! どうしてアルハレム様がここに?」

 

 ミレイナはアルハレムの言葉に意外そうな顔をした後、ようやく彼のことを思い出して驚きの声をあげたが、驚いたのは名前を呼ばれた本人も一緒だった。

 

「今頃思い出したの!? 昼間に会った時、名乗ったけど気づかずに攻撃してきたよね、君!? 思い出すのだったら昼間に思い出してほしかった!」

 

「頭の構造に欠陥があって記憶力が致命的に悪いんでしょう。きっと」

 

「………」

 

 思わず叫ぶアルハレムの隣でリリアが呆れた顔で言い、レイアが無言で頷いて同意する。

 

「しかし何でアルハレム様が魔女達を仲間に……分かりました! そこの魔女達はライブ様の前にアルハレム様を誘惑したのですね! 確かアルハレム様はお強い戦乙女のお母様とお姉様、妹様に囲まれていたせいでまともに家族以外の女性とお付き合いしたことがない……ど、童貞でしたから魔女の魅力には抗えなかったのですね! 童貞でしたから仕方ないですね!」

 

「おい! 何で俺の顔を中々思い出せなかったくせに、そういうことはすぐに思い出すんだ!? というか何で童貞って二回も言った!? いい加減にしないと本当に訴えるぞ! マスタノート家の、貴族の権力の怖さを思い知らせるぞ!」

 

「そうです! アルハレム様は童貞なんかじゃありません! これまでに何度も私達と肌を重ねて生き残った人間の中でも一流の『雄』なのです! アルハレム様は毎晩毎晩、私達を鳴かしているのですよ!」

 

「………!」

 

 ミレイナに抗議するアルハレムの両腕にリリアとレイアが抱きつき、全力で己の主が素晴らしい雄であることを主張する。

 

「い、いや、リリア? レイア? そんなことを大声で言わないで? お願いだから」

 

「な、な、な……なんて卑猥な!? や、やはりその魔女達をこれ以上見逃すわけにはいきません! 今私がこの共同墓地ごと浄火します!」

 

 リリアの言葉に顔を真っ赤にしたミレイナは、両手に火の玉を作り出す。その表情は宣言通りこの共同墓地ごとアルハレム達を燃やそうという感じだった。

 

「ま、待てミレイナ! ちょっと待て! 聖職者のお前が共同墓地を燃やしたら不味いだろ! いや、俺達を燃やすのも不味いけど!」

 

「仕方がないのです! これは正義を執行するための尊い犠牲なのです!」

 

 アルハレムの制止の声にミレイナは一瞬のためらいも見せずに断言すると、悲しそうな表情を浮かべる。

 

「……そう仕方がないのです。アルハレム様の言う通り、聖職者である私が死者の方々が眠る墓地を燃やすなど、本来は絶対に許されないのです。しかし! このままでは墓荒らしが続き、死者の方々が辱しめられるのならば、いっそのこと私が浄火するのが死者の方々のためというもの! 私は例え誰に理解されなくとも、例え恨まれたとしても正義を執行するのです!」

 

「……あ、アルハレム様? 何を言っているのですか、あの女は? というか何やら変なポーズをとっているのですけど?」

 

「………?」

 

 リリアとレイアは理解できないといった表情で、墓石の上で悲しげな表情しながら何やらポーズをとっているミレイナを指差してアルハレムに訊ねる。

 

「……正直、俺もよく分からん。ミレイナはよく自分のことを、誰にも理解されずとも己の正義を貫く孤高の正義の味方だと思い込んで行動するんだ。今のも多分それだろう」

 

「うわ~。何ですかそれ?」

 

「………」

 

 アルハレムの説明にリリアとレイアはなんとも言えない、できることなら関わりたくないといった表情を浮かべる。そしてアルハレム達がどうやってミレイナを止めようかと考えていると……、

 

 

「それ、困る。ルルのせいで、墓地、燃やされる。それ、目覚め、悪い」

 

 

 突然、聞き覚えのない女性の声が聞こえてきて、ミレイナを含めたアルハレム達四人が声がした方を見ると、共同墓地の入り口に一人の女性らしき人影が立っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話

 共同墓地の入り口に立つのはミレイナと同じ十五歳くらいの少女だった。

 

 長く伸ばした銀色の髪を頭の両端で縛っていて、服装は青白い素肌の上に体の最低限の箇所だけを守る水着のような鎧、俗にいう水着甲冑を身に付けていた。そして背中には彼女の背の丈と同じくらいの無骨で長年使い込まれたような大剣が見えた。

 

「貴女は誰ですか? 先程、自分のせいで共同墓地が燃やされるのは目覚めが悪いって言ってましたが……、もしや貴女が墓荒らしなのですか?」

 

「そう。ルルが、墓荒らし。今、街は、ルルの、噂で、持ちきり」

 

 ミレイナが質問するとルルと名乗った少女は何故か自慢気に胸を張り、その時にルルのレイアと同じくらいの大きさはある豊かな乳房が揺れた。

 

「うぐっ!? そ、そんなのう、羨ましくなんかないのです! 揺れるおっきな胸なんて卑猥なだけなのです!」

 

 ルルの乳房が揺れたのを見てミレイナは思わず自分の、起伏が少ない胸を隠すように抱いて大声で怒鳴る。しかし水着甲冑の少女は、神官戦士の戦乙女の怒声に動じることなく、むしろ更に自分の胸を前に突き出す。

 

「嘘は、駄目。貧しい、者が、富める、者を、羨む。これ、当然の、こと」

 

「黙るのです! 誰が貧しい者ですか!? 私の胸には未来がつまっているのです!」

 

(なんというか変わった娘だな、あのルルって娘。でもそんなに悪そうには見えないけど本当に彼女が墓荒らしなのか? ……あれ?)

 

 ルルとミレイナのやり取りを眺めていたアルハレムは、水着甲冑の少女の額に小さな二本の角があることに気づく。

 

「二本の角……鬼? 墓地に現れる鬼って……まさかあのルルって娘、『グール』か!?」

 

 グール。

 

 人間や動物の死体を主食とする魔女の種族。

 

 グールは大きな戦いがあれば必ず、無数の兵士の屍が転がっている戦場に食糧を求めて群れをなして現れるため、「戦場の魔女」あるいは「屍喰鬼」と呼ばれていた。

 

「そこの、貴方。ルル達、グール、知ってた。嬉しい」

 

 アルハレムの言葉が聞こえていたグールの少女、ルルは彼の方を見て笑顔を浮かべた。

 

「あ、うん。それで……ルル、だっけ? さっき君、自分のことを墓荒らしって言っていたけど……。それってつまり共同墓地の遺体を……その、『食べて』いたってこと?」

 

「うん。そう。私達、グール、グルメ。死んで、熟成した、肉と骨、それしか、受けつけない」

 

 アルハレムの言葉にルルはまた胸を張って答える。

 

「ぐ、グルメ? グルメなグール? 死体を食べるグルメなんて……いや、それは人間も同じか」

 

 考えてみれば人間だって牛や豚、鳥の死体の肉を食べているし、肉の味に増すために熟成させている。グールは食べる肉の種類に「人間」が入っているが、それを除けば人間と同じかもしれない。

 

「だ、だが、共同墓地の遺体を食べるなんて……」

 

「分かってる。墓地の、死体、食べる。遺族、怒る。だから、ルル、代価、払った」

 

「代価?」

 

「ルル、死体、食べた、墓に、森で、しとめた、魔物の、お金に、なりそうな、牙や毛皮、置いた。ルル、無銭飲食、しない」

 

 そういえば昼間ライブが、荒らされた墓には魔物の牙や毛皮が置かれていると言っていたのを思い出す。どうやらそれはルルなりの償いであったらしい。

 

「そんなの認められません!」

 

 ルルの話を聞いていたミレイナが大声で叫ぶ。

 

「代価を払った? お金になりそうな牙や毛皮を置いた? そんなの認められません。そんなことでお墓を荒らされた遺族の方々が納得と思っているのですか? 貴女がしているのはただの言い訳で自分のした悪行を誤魔化しているだけです」

 

 墓石の上に立ちルルを指差すミレイナ。神官戦士の戦乙女が言っていることはただしいのだが……。

 

「お前に、言われたく、ない」

 

 ルルはミレイナの言葉を一蹴する。そしてそれはアルハレム達も同感だった。

 

「お前、墓地を、燃やそう、していた。そんな奴に、言われたく、ない」

 

「私はいいのです! 私の浄火は共同墓地に眠る死者の方々の魂を救うための善行! 遺族の方々も、今は私を否定してもいつか理解してくれるはずです!」

 

「……………あの、アルハレム様? あの二人、どちらの方が悪いのですか? 私達はどちらを捕まえたらいいのでしょうか?」

 

「………?」

 

 ルルとミレイナのやり取りを聞いていたリリアとレイアが困惑した表情でアルハレムに聞いてきた。

 

 悪いこととは知りつつも、生きるための糧を得る目的で共同墓地を荒らすグール、ルル。

 

 一切の迷いも罪悪感も持たず、墓荒らしを防ぐために共同墓地に放火しようとする神官戦士、ミレイナ。

 

 この二人を見ていると一体どちらが正しいのか分からなくなるアルハレムだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話

「……はぁ。もう、いい。そこ、貴方」

 

 ミレイナの話を聞いていたルルはため息を吐くとアルハレムを指差した。

 

「え? 俺?」

 

「そう。貴方、この女、より、話せる。ルルの、話、聞いて」

 

「なるほど。ミレイナではまともな会話ができないと判断してアルハレム様に話しかけたと。……いい判断です」

 

「………」

 

「むぐぐ……!」

 

 アルハレムを指名するルルにリリアとレイアは感心したように頷き、一人だけ無視される形となったミレイナが悔しそうに歯噛みする。そんな神官戦士の表情を見たサキュバスが挑発するような笑顔を浮かべて口を開く。

 

「おやおや? あの神官戦士、生意気にも悔しそうな顔をしていますよ? 全てはまともに会話ができない自分の自業自得だというのに」

 

「リリア、余計なことは言うな。それでルル? 話というのは?」

 

「簡単に、言う。ルル、墓荒らし、しない。だから、ルルを、見逃して」

 

「なるほど」

 

「でしょうね」

 

「………」

 

「な、何ですって!?」

 

 細かく区切りながら「これ以上墓荒らしをしないから見逃してほしい」と告げるルル。アルハレムとリリア、レイアの三人はグールの少女の発言をある程度予想していたが、ミレイナだけは全くの予想外だったようで大袈裟なほどに驚く。

 

「まあ、馬鹿正直に現れて話しかけてきた時点でそんなことだろうと思っていたけどね。でもルル? 墓荒らしを止めてくれるのは助かるけど、それをしたら君は食糧をどこから調達するんだ? この共同墓地はもう荒らさないけど他の墓地は荒らす……なんてのはよしてくれよ?」

 

「安心、しろ。ルル、抜かり、ない。ルル、森で、魔物、しとめた。それから、牙や毛皮、他に、肉、剥ぎ取った。その肉、最近、食べ頃、しばらく、もつ」

 

 アルハレムの質問にルルは自慢気に答える。話をまとめると、どうやら彼女は魔物を倒した際に牙や毛皮の他に肉も手に入れていて、その肉が最近ようやくグールが食べられるぐらいに腐……熟成したらしく、しばらくは墓荒らしをしなくてもすむらしい。

 

(さて、どうするか……。ルルにも悪気があった訳じゃないし、手荒な真似をせずに墓荒らしを止めてくれるのだったら聞き入れても……)

 

「そんなの聞けるわけないのです!」

 

 アルハレムがルルの提案を聞き入れるか考えていると、ミレイナが大声で叫んだ。

 

「この正義の神官戦士ミレイナが貴女のような凶悪な魔女を見逃すなど絶対にあり得ません! それに墓荒らしをしないと言っていますが、そんなのは私達を油断させるための罠です! そうに決まっています! 邪悪なる魔女、グール! 今ここに正義の戦乙女ミレイナが裁きの鉄槌を降してあげます!」

 

「なっ!? ミレイナ、待て!」

 

「あの女、また……!」

 

「………!」

 

 ルルの言葉を否定して戦闘態勢に入ろうとするミレイナにアルハレムが慌て、リリアとレイアが不愉快そうに彼女に嫌悪の視線を向ける。だが、サキュバスとラミアの二人以上に、神官戦士の戦乙女を嫌悪の目で見る者がいた。

 

「さあ、覚悟するので……」

 

「黙れ」

 

 ミレイナの言葉を嫌悪の表情を浮かべたルルが一言で遮る。そのグールの少女が神官戦士の少女を見る目は冷たい軽蔑の目。

 

「貴女、いい加減、ウザイ。さっき、から、正義、正義、言うけど、違う。貴女、正義、愛して、ない」

 

「な、何ですって?」

 

「貴女、好きなの、正義、違う、貴女、自身。正義の、味方ごっこ、する、自分だけ、愛してる」

 

「………!?」

 

 ミレイナはルルの感情のこもっていない言葉に思わず体が固まるが、グールの少女は相手の様子など構うことなく言葉を続ける。

 

「貴女、正義でも、悪でも、ない。ただの、独善、ただの、自己愛。もう一度、言う。貴女、ウザイ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話

「な、な、な……!」

 

 ルルによって自分が正義の味方ではなく、正義の味方のふりをしている自分の味方だと断言されたミレイナは、顔を真っ赤にして口をパクパクと動かすことしかできなかった。

 

「あらら、あのルルって娘、核心をついてしまいましたね。……中々やりますね」

 

「何を感心しているんだ、リリア? でも……」

 

 リリアの言う通り、ルルかミレイナに言ったことはアルハレム達も感じていることだった。

 

 ミレイナは正義のために行動しているのではなく、自分が正義の味方に見えるようにするために行動している。だから行動の指針もすぐに変わってしまうし、周りの人達の迷惑を考えない過激な行動もためらいなく行うことができる。

 

 もっと以前に周りの人達が注意すればミレイナだってここまでならなかったかもしれない。

 

 だが悪いことに……と言えばいいか分からないが、ミレイナは幼少の頃から輝力を使える優秀な戦乙女で神官戦士だった。そのため周りの人達は彼女の力を恐れて、領主であるライブは教会との関係が悪化することを避けるために彼女を放置し、その結果として今の「正義の神官戦士ミレイナ」が完成したのだ。

 

「ルルの言うことも一理ある。ミレイナがああなったのは俺達のせいかもしれないな」

 

「ああーーーーー!」

 

 突然、墓石の上に立つミレイナが大声で叫ぶと、涙をためた半泣きの表情でルルを睨む。

 

「何なのですか、貴女は!? 悪のくせに! 邪悪のくせに! 何で私にそんなことを言うのですか!? 私は正義なのです! ごっこなんかじゃないのです!」

 

 今まで一度も否定されたことがなかったミレイナは、よっぽどルルの言葉が受け入れられなかったのか、墓石の上で地団駄を踏んで叫ぶ。その姿は癇癪を起こして泣き叫ぶ子供そのものだった。

 

「……」

 

 もはや話すことなんてないとばかりにルルは無言で首を小さく横に振り、そんな彼女の態度はミレイナの怒りの炎に油を注ぐこととなる。

 

「なんとか言うのです! ……もういい! もう嫌なのです!」

 

 ミレイナの両手に今まで見たことがない大きさの火の玉が現れ、凶悪なまでに強い炎の光が共同墓地を照らす。

 

「貴女はここで浄火です! 邪悪な魔女である貴女を倒すことで私が正義であることを証明しま……え?」

 

 自棄になったように叫ぶミレイナの言葉を遮るように共同墓地に強い風が吹いたかと思うと、彼女の左右にある火の玉がそれぞれ二つに裂けていて、空中に消えていく。その光景を見て炎を作り出した神官戦士の少女は呆けたような声を漏らす。

 

「わ、私の炎が……?」

 

「その、炎、危険。あの人、達も、危ない。だから、切らせて、もらった」

 

 呆けた声で疑問を口にするミレイナに答えたのはルルだった。グールの少女はいつの間にか背負っていた大剣を振り下ろした格好で神官戦士の少女を見ていた。

 

「リリア? ルルは一体何をしたんだ?」

 

 ミレイナの火の玉が切り裂かれたのはルルの行動によるものだと分かったが、グールの少女が何をしたのか分からなかったアルハレムは横にいるリリアに訊ねる。

 

「あのルルという娘、輝力を込めた剣を振り下ろすことで風の刃を飛ばして火の玉を切り裂いたようです」

 

「そう」

 

 リリアの言葉が聞こえていたルルが頷く。

 

「ルル達、グール、持ち物の、記憶、自分、のに、できる。この、剣、強い、戦乙女、遺物。今の技、疾風斬。剣、持ち主、だった、戦乙女、得意技」

 

 グールの種族特性には「知識の遺産」という、手にした物に宿る知識を自分のものにできる、というものがある。

 

 どうやらルルが今持っている大剣は、元は強い戦乙女の持ち物だったようで、大剣から前の持ち物が使っていた「疾風斬」という斬撃を飛ばす技を習得し、その技でミレイナの火の玉を切り裂いたようだ。

 

「……ぐっ! よくも私の正義の炎を! いい加減にするのです! 悪は大人しく私に倒され……!」

 

「黙れ」

 

 ようやく自分の炎がルルに切り裂かれたと気づいたミレイナは怒声を飛ばそうとするが、その前にグールの少女は勢いよく大剣を振るって斬撃を飛ばす。

 

「え? きゃああっ!?」

 

 見えない風の刃はミレイナが立つ墓石にぶつかると、墓石を上に立つ神官戦士の少女ごと吹き飛ばして、完全に虚をつかれた神官戦士の少女は地面に叩きつけられて気を失ってしまった。

 

「私の、大剣の、元、持ち主、強く、立派な、戦乙女。彼女、だったら、言う。お前、斬る、価値、ない」

 

 気絶したミレイナにルルは、自分に技を教えてくれた大剣の言葉を代弁した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話

「まずいな……」

 

「ええ、これはまずいですね」

 

 ルルがミレイナを倒したのを見て、アルハレムが呟いてリリアもそれに同意する。

 

「………?」

 

「ああ。ルルがミレイナを……墓を荒らした魔女が神官戦士を倒した。これは少しまずいんだよ」

 

 一人だけ事情が分からないレイアにアルハレムが説明をする。

 

「確かにこの場はああするしかなかったし、大本の原因はミレイナの暴走だとはいえ、これが教会に知られたら教会にはルルを危険視して排除しようとするだろうな。……元々、魔女は魔物の中でも特に強力で危険だと人間達に認識されているし」

 

「そうですね。教会や貴族、王族といったものは自分達の面子を守るためなら何でもしますからね。しかも相手が魔女だったら殺すのに何のためらいももたないでしょうね」

 

 かつて王族の面子を潰したせいで二百年以上も封印された過去があるリリアは苦い顔になってアルハレムに同意する。

 

「……まあ、教会もミレイナの暴走には手を焼いていたみたいだし、ライブを説得して一緒にルルの弁護をしてもらえばいきなり排除されることはないだろうが……それでも何の処置をしないわけにはいかないだろうな」

 

「そうは言いますが処置とは一体何を……それは!?」

 

「………!?」

 

 リリアとレイアは、アルハレムの手に契約の儀式に使用する四本の短剣があることに気づき、揃って驚愕の表情を浮かべる。

 

「アルハレム様? もしやあのルルを仲間にするおつもりですか?」

 

「ああ。魔物使いの俺がルルを仲間にすれば、監視の名目が立って教会も彼女に手を出してこないだろう。今までのところを見て悪い娘じゃなさそうだからな。教会に排除されるところは見たくない」

 

「……そうですね。私も同感です。それにルルのあの戦闘力、仲間にすればきっとアルハレム様のお役に立ちます」

 

 アルハレムの言葉にリリアは少し考えてから同意してくれた。だが……。

 

「………!」

 

「うわっ!? レイア?」

 

 レイアはルルを仲間にするのに反対らしく、アルハレムに抱きつくと顔を何度も横に振った。下を見るとラミアの蛇の下半身が何重にも魔物使いの主の足に絡みついている。

 

「レイア! 貴女はアルハレム様のお考えに背くつもりですか!? 離れなさい!」

 

「………!」

 

 リリアはアルハレムに抱きつくレイアを後ろから羽交い締めにして強引に引き剥がす。

 

「アルハレム様! 今のうちに」

 

「あ、ああ。ありがとう、リリア。……すまないな、レイア」

 

「………!」

 

 リリアによって自由になったアルハレムは、涙目になって首を横に振るレイアに一言謝るとルルの元へと歩いていく。

 

「ルル。ちょっといいか?」

 

「貴方、魔物、使い、だった? ルル、仲間、する?」

 

「え? もしかして俺達の話、聞いてた?」

 

 ルルはアルハレムに小さく頷いてみせる。

 

「あんな、大声、当然、聞こえる」

 

「まあ、それもそうか。それでどうかな? 俺達の仲間になってくれないかな?」

 

「……貴方の、考え、理解した。ルル、助けて、くれる、嬉しい。貴方の、仲間、なる、一番、いい、分かる。でも、ルル、自分、より、強者、だけ、従う」

 

 そう言うとルルは手に持った大剣の切っ先をアルハレムに向ける。それは自分と戦って勝てば仲間になるという意思表示であった。

 

「そう言うと思ったよ」

 

 アルハレムはルルの言葉にやっぱり、という表情で頷く。

 

 魔女、魔物というのは基本的に自分より強い者にしか従わない。そしてリリアとレイアの時は違ったが、魔物使いが魔物を仲間にする契約の儀式は本来、魔法陣の中で魔物と戦って倒すことで服従を誓わせるという儀式である。

 

 つまり魔物使いが魔女を仲間にするということは、魔女と戦って勝利するということだ。

 

 ちなみにアルハレムがクエストブックから与えられた知識に、魔物使いに最も相応しい武器が鞭であるとあった理由もこの契約の儀式にある。剣や槍等を使って仲間にする予定の魔物を殺してしまっては、契約の儀式に勝利しても意味がないからだ。

 

「分かった。契約の儀式で俺がルルに勝てば仲間になってもらい、負ければこのまま見逃してライブ……この地の領主と教会には手出ししないように説得する。……それでいいかな?」

 

「それで、いい。……でも、その前、あれ、止めない?」

 

「あれ?」

 

 ルルがアルハレムの背後を指差してアルハレムが後ろを振り返る。するとそこには……。

 

「いい加減にしなさい! 大人しくしていれば調子にのってこの蛇娘がぁ!」

 

「………!」

 

 いつの間にか取っ組み合いの喧嘩をしているリリアとレイアの姿があった。二人とも全身から殺気に近い怒気を発しており、このままでは本当の殺し合いになりそうな勢いである。

 

 どうやらアルハレムはグールの少女と戦うよりも先に、サキュバスとラミアと一戦しないといけないようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話

「ここが、いい」

 

「そうだな。ここなら丁度いいだろう」

 

 ルルの言葉にアルハレムは周囲を見回して余計な障害物がないことを確認してから頷く。

 

 リリアとレイアの喧嘩を止めた後、ルルを含めたアルハレム達は共同墓地から少し離れた今いる場所に移動していた。共同墓地で契約の儀式という決闘を行えば、周囲に大きな被害が出ると魔物使いの冒険者とグールの少女は同じ結論を出し、戦う場所を変えることに決めたためだ。

 

「それじゃあ、さっそく準備をするか。……リリア、レイア。ミレイナの監視、よろしく頼む」

 

 アルハレムはロープで縛られた状態で地面に倒れている気絶したミレイナを見下ろす。流石に気絶した彼女を共同墓地に放置しておけないのでここまで連れてきたが、今目を覚まされても面倒なのでリリアとレイアに監視を頼むことにした。

 

「はい。お任せください」

 

「………」

 

 リリアとレイアがミレイナの監視を引き受けたのを確認するとアルハレムは、儀礼用の四本の短剣を地面に突き刺す。すると四本の短剣からそれぞれ光の線が伸びて他の短剣を繋ぎ合わせ、契約の儀式を行うための空間、正方形の形をした魔法陣が完成した。

 

「契約の儀式ではこの魔法陣の中で戦うが構わないな」

 

「構わ、ない」

 

 ルルは一つ頷いてみせるとためらうことなく魔法陣の中に入っていき、それを見届けるとアルハレムは自分の右隣にきていたリリアに向き直る。

 

「リリア、頼む」

 

「はい♪ アルハレム様♪」

 

 リリアは笑顔で返事をするとアルハレムに口づけをして、唇を通して自分の輝力を己の主に送り込む。

 

「……………ぷはっ。はい♪ これで準備完了です♪」

 

「ああ、ありがと……!?」

 

「………」

 

 リリアが自分の輝力のほとんどをアルハレムに送り込んで唇を離すと、今度はいつの間にか二人の側に来ていたレイアが強引にアルハレムの顔を自分の方に持ってきて口づけをした。

 

「な、何をしているのですか、この駄蛇娘は!? アルハレム様から離れなさい!」

 

「………。………♪」

 

 レイアはリリアの抗議を無視してしばらくアルハレムの唇に自分の唇を重ねると、やがて顔を離して「これで本当に準備完了♪」という風に笑みを浮かべた。

 

「レイア? お前は一体何を? ……いや、今はいいか。行ってくる」

 

 何故レイアがいきなりあんな行動を取ったのか分からないが、いつまでもルルを待たせるわけにもいかないのでアルハレムは魔法陣の中にと入った。魔法陣の中では、腕を組んだグールの少女が目を閉じながら待っていて、ようやく戦う相手が入ってきたのが分かると目を開いて呆れの中に僅かな羨望が混じった視線を向けてきた。

 

「……もう、いいの?」

 

「ああ、待たせてすまなかったな」

 

「別に、いい。戦う、前に、キス、随分、仲が、いい」

 

「そうだな。本当に、たまに困るくらいに仲がいいよ……っと」

 

 そう言うとアルハレムは輝力で身体能力を強化して戦闘態勢をとり、その際に彼の体が青白い光に包まれたのを見てルルは驚きのあまり目を大きく見開いた。

 

「それ、輝力? 貴方、男、何故、輝力、使える?」

 

「驚いたか? これは今さっきリリアからもらった輝力だ。俺はリリアから輝力を分けてもらうことで戦乙女の真似事ができるんだ」

 

「……なる、ほど。あの、キス、そういう、意味」

 

 アルハレムの説明を聞いてルルは、彼がさっきリリアと口づけをした時に輝力を貰っていたことに気づく。それと同時に目の前の魔物使いが、破れかぶれではなく確かな勝算をもって自分に契約の儀式を持ちかけてきたことを理解する。

 

(納得、した。だから、彼、ルルと、戦う、決めた。自分も、輝力、使える、から。彼、ルルに、勝つ、つもり。……面白い)

 

 気づけばルルは口許に獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 リリアの輝力を借りて戦うことを卑怯と言うつもりはない。むしろ魔物使いのアルハレムが仲間の力を使うのは当然のことだと思う。

 

 今までルルが見てきた男は全て、彼女の力に恐れをなして逃げまとうだけの存在だった。しかし今目の前にいる魔物使いの男は違う。

 

 この魔物使いの男は、魔女である自分を恐れずに普通に接してくれたばかりか、サキュバスの力を借りているとはいえ、自分を一対一の戦いで倒して仲間にしようとしている。……自分を力ずくであのサキュバスとラミアのような周りに侍らせている女の一人にしようとしている。

 

 それらの事実が屈辱と歓喜が入り交じった複雑な感情となって、ルルの中にある「女」と「戦士」の両方を同時に強く刺激した。

 

「……? ルル? 一体何を笑っているんだ?」

 

 怪訝な顔をするアルハレムに、ルルは笑みをさらに深めて口を開く。

 

「……気、変わった。この、戦い、勝って、も、負けて、も、ルル、貴方の、仲間、なる」

 

「え? それってどういう……」

 

「でも、ルル、勝てば、貴方、そこの、二人と、別れる。貴方の、仲間、ルル、一人。貴方、ルルの、夫、なる」

 

「「何ぃ!?」」

 

「………!?」

 

 突然ルルが告げた言葉にアルハレム、リリア、レイアの三人は揃って驚愕の表情を浮かべた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話

「ちょ! ちょっと待ちなさあああああい! 何で! 何で貴女が勝ったら私達がアルハレム様と別れないといけないのですか!?」

 

「………! ………! ………!」

 

 突然のルルの発言に思わず固まったアルハレム達三人の中で最初に動いたのはリリアだった。

 

 リリアの口から伝説の「龍の息吹」と思われるほどの激しい怒声が発せられて大気が震え、横にいるレイアが何度も高速で首を縦に振る。

 

「何で? 決まってる」

 

 ルルはリリアの怒声に彼女の方を僅かに見ると、すぐにアルハレムに視線を向けて何でもないように答える。

 

「この、男、ルル、恐れ、ない、強く、勇敢。ルル、強く、勇敢な、男、好き。だから、夫、する。でも、ルル、以外、この、男、側に、いるの、嫌」

 

 強く勇敢なアルハレムを気に入り、自分だけのものにしたいと答えるルルに、リリアとレイアは怒りを爆発させる。

 

「そんなのは私達も同じです! 何で後から出てきた貴女なんかにアルハレム様を盗られるなんて私は認めませんからね! 例え貴女がアルハレム様に勝てたとしても私達は絶対に別れませんからね!」

 

「………! ………! ………!」

 

 食らいつくように叫ぶリリアと高速で何度も頷くレイアに、ルルは仕方がないとばかりにため息を吐く。

 

「……そう。仕方、ない。なら、この、男に、勝った、後、貴女、達、追い、払う。大丈夫。ルル、一人、でも、貴女、達の、分も、この、男、守る」

 

「「…………………………!?」」

 

 バサバサッ!

 

 アルハレムに勝った後でリリアとレイアを追い払い、二人の代わりに彼を守ると言い切ったルルに、サキュバスとラミアの怒りは最高潮に達し、森に棲む野鳥達が魔女二人の怒気に感じて我先にと飛び立ち逃げていく。

 

「上等だ! ヤれるもんならヤってみろ、コルァ! ……ぐぅ!?」

 

「………! ………!?」

 

 怒りが限界を超えたリリアとレイアは、弦を引き絞った弓から放たれた矢の如き速度で走り、二人同時に稲妻のような拳を放つのだが魔法陣の壁によって防がれてしまう。

 

 契約の儀式の魔法陣は、公平を期すために外からのどんな妨害も防ぐと伝説で伝えられており、それが証明された瞬間だった。

 

「痛た……。私としたことが魔法陣の壁のことを忘れていました……。かくなる上は……アルハレム様!」

 

「………!」

 

「えっ!? あっ、はい!」

 

 それまでリリアとレイアのあまりの迫力に何も言えなかったアルハレムだったが、仲間のサキュバスとラミアに呼ばれて慌てて返事をする。

 

「アルハレム様! どんな手を使っても構いません! 絶対にその娘に勝ってください! もし負けたりしたら分かってますね!」

 

「………!」

 

「は、はい!」

 

 掴みかからんばかりのリリアとレイアの気迫に思わず直立不動の体勢となって返事をするアルハレム。もはやどちらが主で、どちらが従者なのか分からない光景であるが、今の状況でこの魔物使いを情けないと言える者はいないだろう。

 

 サキュバスとラミアのもはや殺気の領域の怒気に体を震わせている魔物使いに、グールの少女は哀れむような声をかける。

 

「貴方、憐れ。そんな、凶悪な、魔女達、一緒、大変」

 

「何ですってぇ!?」

 

「………!」

 

 ルルの言葉にリリアとレイアは更に怒気に強めるが、グールの少女は全く気にした様子も見せずに背中の大剣を抜き、アルハレムに慈愛と野性が入り交じった笑顔を見せる。

 

「でも、もう、安心。これ、からは、ルルが、貴方、守る。敵、からも、あの、魔女達、からも」

 

「ハハハ……。それはどうも……」

 

 グールの少女が体から青白い光を放ち、大剣を構える。それを見てアルハレムも腰に差したロッドを抜いて構える。

 

「全力で、いく。どうか、死なない、で、……ルルの、夫よ」

 

「アルハレム様! 手加減はいりません! 全力でその娘のふざけたことしか言わない頭をかち割ってください!」

 

「………!」

 

(何だろう……。この戦い、勝っても負けても酷い目に遭いそうな気がする。……特に俺が)

 

 前方には肉食獣のような笑みを浮かべたグール。

 

 後方にはオーガも逃げ出すような怒りの表情を浮かべたサキュバスとラミア。

 

 アルハレムは、今自分が仲間が一人もいない絶体絶命の状況にいるような気がして額に一筋の汗を垂らした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話

「それ、じゃあ、いく」

 

 最初に仕掛けてきたのはルルだった。グールの少女が宣言するのと同時に彼女が持つ大剣の刀身が青白く輝く。

 

「すぐ、終わら、せる!」

 

 ルルが上段から勢いよく大剣を降り下ろすと、大剣の刀身からアルハレムに向けて強い風が吹いた。

 

 疾風斬。

 

 ルルが持つ大剣、その前の持ち主であった戦乙女が編み出して得意としていたとされる、輝力によって作られた風の刃を飛ばす剣技。

 

 放たれた風の刃は当然人間の目には映らず、矢のような速度と戦斧のような破壊力をもって離れた敵をも切り捨てるルルの必殺技である。

 

 グールの少女は目の前の魔物使いに疾風斬を放つとき、斬撃の軌道を彼の体の中心から僅かに右にそらすことで万が一にも彼が死ぬことがないようにする。なにしろこの戦いの後には自分の伴侶になる予定の男だ。例え勝ったとしても殺してしまっては元も子もない。

 

 大剣から教わった技に絶対の信頼を抱いているルルはこの一撃で戦いが終ると思っていたのだが、次の瞬間、彼女のその予想は大きく覆されることになる。

 

「っ!? 見えた!」

 

「……!? う、そ!?」

 

 アルハレムは風の刃を大きく右に飛ぶことで回避し、それを見たルルは驚きのあまり目を見開いて動きを止めた。

 

 驚きでルルの動きが止まった時間は一秒もなかったが、リリアから分け与えてもらった輝力で身体能力を強化しているアルハレムには、それだけの時間があれば十分だった。

 

「今だ!」

 

「……!? くっ!」

 

 アルハレムは回避を終えるのと同時に、ルルの元に駆けてロッドを彼女の腹部に向けて振るうが、間一髪のタイミングでグールの少女は大剣の刀身で魔物使いのロッドを防ぐ。

 

(お、重、い!?)

 

 大剣から伝わってくるアルハレムの攻撃の衝撃にルルは思わず歯を食いしばる。魔物使いの男の予想以上に強力な攻撃を防いだグールの少女は、そのまま相手の力を利用して大きく後ろに飛んで距離を取る。

 

 ロッド、すなわち鞭は本来は武器ではなく拷問具。

 

 苦痛を与えることで相手を殺すことなく、敵意と戦う力だけを奪うことを目的とした道具。

 

 もしルルが今のアルハレムの攻撃を受けていたら、恐らく彼女は攻撃の衝撃とそれに伴う痛みのあまり大剣も満足に振るえなくなって、勝負はすでについただろう。そこまで考えてグールの少女の背中に冷たい汗が流れた。

 

「きゃーーーー!? カッコいいです、アルハレム様! 流石は私達のご主人様です! このリリア、惚れ直しました! ほらほら、そこのグールさん? 痛い目に遭う前に降参した方がいいのではないですか? あっ、でももう貴女いらないので、降参したら仲間にならずに故郷に帰ってくださいね?」

 

「………! ………!」

 

 魔法陣の外でリリアとレイアが興奮気味に騒いでいるがルルは取り合わず、自分と同じ魔法陣の中にいるアルハレムの顔を見ながら彼に疑問をなげかける。

 

「何故、貴方、疾風斬、避けれ、た?」

 

「そんなに大したことじゃないさ。君の疾風斬は確かに目に見えないけど、どの方向にどの角度で飛んでくるかは剣筋から予測できる。今のは俺の体の中心から左にそれてあったから、右に飛んだら結構楽に避けれたよ」

 

「っ!?」

 

 アルハレムの説明に思わず息をのむルル。

 

 大したことじゃないとこの魔物使いの男は言うが、実際にはそう簡単なことではない。現に今までグールの少女と敵対してきた魔物や戦乙女で、疾風斬を避けることができた者は皆無だった。

 

 ルルは今までアルハレムのことを、仲間の力に頼りきった男だと思っていた。リリアから分け与えてもらった輝力で戦乙女の真似事ができるようになって、そこから生まれた蛮勇で自分に挑んでいるのだと。

 

 だがそれは大きな間違いだった。

 

 目の前にいるこの魔物使いの男は、二人の魔女を従えた熟練した戦乙女にもひけを取らない強力な戦士であることを、グールの少女は今ようやく理解した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七話

「……」

 

「え?」

 

 短い沈黙の後、ルルはアルハレムに向かって頭を下げた。突然のグールの少女の行動にアルハレムは訳が分からないという表情を浮かべる。

 

「ルル? 何でいきなり頭を下げるんだ?」

 

「これは、謝罪。ルル、今、まで、貴方、見くびって、た。貴方、仲間に、頼って、ばかり、だと。でも、違った。貴方、一人、でも、強い」

 

「当然です。今頃アルハレム様のお力に気づいたようですね♪」

 

「………♪」

 

 アルハレムを見くびっていたことを謝罪するルルにリリアとレイアが満足げに頷く。

 

「だから、もう、ルル、油断、手加減、しない。全力で、貴方、倒す」

 

「………! ここからが本番ってわけか」

 

 そう言うとルルは大剣を腰だめに構え、グールの少女の姿から迫力が増したのを感じたアルハレムもまたロッドを構えた。

 

「……! はぁ!」

 

 ルルが腰だめに構えた状態から大剣を横凪ぎに振るい風の刃、疾風斬を放つ。剣筋から予測して彼女の狙いはアルハレムの腰より下……つまりは両足。

 

(この疾風斬は恐らく囮。これを避けて俺が体勢を崩した時に仕掛けてくる二撃目がルルの本命……!)

 

 相手の狙いが読めていても避けないわけにはいかない。アルハレムがその場で飛んで疾風斬を避けると、予想通りルルが刃を突き立てようと突進してくる姿が見えた。

 

「う、ああ、あ!」

 

「させるか!」

 

「うっ!?」

 

 アルハレムは自分に迫り来る刃を横からロッドで叩くことで攻撃を剃らす。そして地面に着地すると同時に魔物使いは駆け出してルルに向けてロッドを振るい、グールの少女も相手を迎撃すべく大剣を振るう。

 

「おおおっ!」

 

「が、あ、ああっ!」

 

 一撃。二撃。三撃。四撃。五撃。

 

 アルハレムのロッドとルルの大剣が五度ぶつかり合い、その度に激しい金属音と響き渡り火花が散る。

 

(……あのルルというグール、中々やりますね。そしてそれと戦えているアルハレム様……やっぱりとてもカッコいいです♪)

 

 ここまでのアルハレムとルルのやり取りを魔法陣の外から見ていたリリアは内心で呟き、二人の戦闘力を冷静に分析する。

 

(戦闘技術は全くの互角。アルハレム様は幼少期より剣の修行をしていたと聞きましたが、あのルルも大剣から前の持ち主だった戦乙女の技術を受け継いでいるのでしたね。

 攻撃の重さはルルの大剣の方が上ですけど、速さはアルハレム様のロッドの方が上ですから、今のところは巧く防げていますね。

 アルハレムに明らかに不利な点があるとすれば……)

 

 そこまで考えてリリアは、アルハレムとルルが持つ二人の武器を見る。

 

 リリアが感じたアルハレムに不利な点とはロッドと大剣のリーチの差。サキュバスの従者は自分の主である魔物使いが、ロッドよりずっとリーチが長い大剣を操るグールの少女に中々踏み込めずにいて焦っているように見え、そしてそれは実際にその通りであった。

 

(くっ! 攻めきれない!)

 

 アルハレムはリリアの推察通り、思うようにルルの懐に潜り込めず内心で冷や汗をかいていた。

 

 本来であればルルの大剣のような重量武器は、一撃の隙が大きいものなのだが、このグールの少女は全身のバネを利用してまるで独楽のように回転しながら大剣を振るっていて、隙らしい隙が見当たら見当たらなかった。

 

(本気を出すって言っただけあって一撃一撃が重い……! 離れたら疾風斬で一方的に攻撃されるし、近づけばこの連続攻撃。一体どうしたら……ん?)

 

「………。………♪」

 

 ルルの大剣を必死に防ぎながら打開策を考えていたアルハレムは、突然自分の目の奥が熱くなったのを感じた。視界の端でレイアが意味ありげに笑みを浮かべているのが見えたが、彼女に意識を向けてできた一瞬の隙をついてルルが大剣を降り下ろしてきた。

 

「余所、見、厳禁!」

 

「ちぃ!?」

 

 断頭台の刃のように降り下ろされたルルの大剣をアルハレムは歯を食いしばってロッドで防ぎ、彼の頭上で火花が散った。

 

「る、ルル……。俺を夫にするとか言っておきながら、随分と本気で殺しにきてるじゃないか……?」

 

 アルハレムが引きつった顔で言うとルルは薄く笑って答える。

 

「ルル、言った。油断、手加減、しない、と。そして、今度、こそ、終わら、せる」

 

「何? ………うわっ!?」

 

 ルルの大剣から疾風斬の時とは比べ物にならない程の強風が発生し、思わず吹き飛ばされそうになったアルハレムは自ら後ろに飛んで距離を取った。グールの少女の大剣を見ると、大剣の刀身が渦巻く風に包まれていた。

 

「『轟風剣』。この、大剣の、前の、持ち主、だった、戦乙女、が、開発、途中、だった、技。ルル、大剣、から、知った、知識、使って、この技、完成、させた」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八話

 轟風剣。

 

 ルルは自分が持つ刀身が渦巻く風に包まれた大剣をそう呼んだ。

 

 グールの種族特性で会得した大剣に宿る知識、疾風斬を編み出した前の持ち主であった戦乙女の技術を元にルルが完成させた、彼女のもう一つの風の剣技。

 

「この、技、完成、したの、最近。使う、輝力、多い、けど、その分、強力」

 

 そう言ってルルが風を纏わせた大剣の刃を地面に近づけると、地面は耳障りな音をたてて渦巻く風に削られていく。もしあれで攻撃されたらと考えるとアルハレムの背筋が冷たくなる。

 

(ど、どうする? ただでさえ武器のリーチでこちらが不利なのに、向こうは疾風斬、轟風剣と輝力を使った剣技で攻めてくる。早目に決着をつけないと俺に勝ち目はないんだが、どうにかして隙を作らないと攻めることすら……うぐっ!?)

 

 必死でルルに隙を作る方法を考えていたアルハレムの目の奥が再び熱くなるが、今度のは先程の比ではなく目が焼けてしまいそうな熱さだった。

 

「な、何だ!? こ、こんな、時に……!」

 

「よく、分から、ないが、隙あり! 覚、悟……!?」

 

 突然生じた目の熱にアルハレムは、目の前のルルから視線を逸らすことはなかったが、体をふらつかせて構えを解いてしまう。そしてその隙をつこうとしたグールの少女だったが、彼女もまた突然体をふらつかせた。

 

「な、何? 視界、揺れ、る? 何故、貴方、何人、も、いるの?」

 

「何を言っているのですか、彼女は? ……もしかしてレイア、貴女の仕業ですか?」

 

「………♪」

 

 困惑したルルの言葉に魔法陣の外にいるリリアが首をかしげるが、自分の隣で満足げに笑っているラミアを見てサキュバスの従者は、魔法陣の中で戦っている魔物使いの主とグールの少女に何が起こったのかを理解する。

 

 魔眼貸与。

 

 レイアだけが使える固有特性。その効果は文字通り、彼女が使える魔眼系の技能を一定時間だけ他者に貸し与えることである。

 

(そう言えばレイアは、私が口移しでアルハレム様に輝力を送った直後にアルハレム様とキスをしていましたね。あの時は単に私に対抗していただけと思ってましたが、もしやあれが……?)

 

 リリアが予想した通り、レイアは戦う直前にアルハレムとキスをした時に自分の持つ魔眼系の技能を彼に貸し与えたのだ。

 

 レイアが使える魔眼系の技能は全部で三つ。自分と目を合わせた相手を眠らせる「魔眼(眠り)」、体を痺れさせる「魔眼(麻痺)」、幻覚を見せる「魔眼(幻覚)」だ。

 

 レイアはアルハレムに自分が使える三つの魔眼系の技能を全て貸し与えており、今回彼の目に発現したのは自分と目を合わせた相手に幻覚を見せる「魔眼(幻覚)」だった。

 

 知らないうちに魔眼を発現させたアルハレムの目を直視したルルは完全に幻覚にとらわれ、今彼女の目にはさっきまで一人だったはずのアルハレムが十人いるように見えているだろう。

 

「なるほど。これはレイアの仕業……いや、お陰と言うべきか?」

 

 魔法陣の外にいるリリアの言葉を聞いていたアルハレムは事情を理解すると不敵な笑みを浮かべてルルを見る。

 

「なあ、ルル?」

 

「……?」

 

「お前、さっき俺のことを仲間の力に頼りきった男って言っていたよな? ……まったくその通りだ。俺は仲間の力に頼らないと目の前のグール一人倒せないらしい。

 でもそれでもいい。俺は魔物使いだからな。仲間の力が俺の力だ。

 ……ルル、俺は今からリリアとレイアから分け与えてもらったこの力でお前を倒す」

 

「……! くっ!」

 

 自分を倒すと宣言したアルハレムに轟風剣を振るおうとするルルだったが、目を幻覚にとらわれたグールの少女の大剣は魔物使いから左に大きく離れた空間を切るだけに終わる。

 

「今だ! はぁ!」

 

「……がっ!? ……ぐ!」

 

 轟風剣を空振りした時にルルに生じた隙をアルハレムは見逃すことなく、彼女のがら空きの腹部に渾身の力を込めたロッドを叩き込む。いくら輝力で身体能力を強化していても基本は華奢なグールの少女の体は、同じく輝力で身体能力を強化した魔物使いの攻撃が直撃すると、風に吹かれた木の葉のように魔法陣の壁まで飛ばされた。

 

 魔法陣の壁は外部からの攻撃を完全に防ぐ防壁であると同時に、内部の対戦者の逃走を阻む檻でもある。

 

 アルハレムの攻撃で吹き飛ばされたルルは魔法陣の壁に強く体を打ちつけると、そのまま地面に倒れてしまう。地面に力なく倒れるグールの少女は誰から見ても戦う力は残っていなかった。

 

「……俺は、もっと強くなりたい。今のままではまだ弱い。だからルル。我ながら情けない話だけど俺の仲間になってくれ。俺の力になってくれ」

 

 自分に近づきながらそう言ってくるアルハレムの言葉にルルは、

 

「る、ルル……負け、た……。敗、者……その……全て、勝者、もの……。よろ、しく、……我が夫」

 

 それだけを言って、グールの少女は契約の儀式により自分の魂が主となった魔物使いの男と繋がったのを感じてから意識を手放した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十九話

「……ん?」

 

 アルハレムが目を覚ますと彼は一本の木の下で眠っていた。空を見上げると太陽が高く昇っており、今が昼に近い時間だと分かる。

 

「うう……体が重い……。というか俺、何で裸なんだ?」

 

 木の下で寝そべっているアルハレムは衣服や下着を一切身に付けておらず、衣服や武器は周囲に散らばっていて、唯一毛皮のマントだけが彼の下に敷かれていた。そして裸のままで横になっている魔物使いの隣には……、

 

「んん……♪ アルハレム様ぁ♪」

 

「………♪」

 

「我が夫、もっ、と……♪」

 

 魔物使いの主と同じく一糸纏わぬ姿で幸せそうな寝顔を浮かべながら眠っているサキュバスとラミア、そしてグールの従者の姿があり、彼女達を見てアルハレムは自分の身に何が起こったのかを思い出した。

 

 昨日の夜。契約の儀式でリリアとレイアの力を借りてルルを倒したアルハレムは、彼女が仲間になったのを確認すると自分がつけた傷の手当てをしたのだが、手当てが終わった途端にグールの少女は自分を負かした己の主……「夫」の体を求めてきたのだ。

 

 当然アルハレムは「こんなところですることじゃない」と断ったのだが、それに対してルルは「自分は妻なのだからいつ何処で行ってもおかしくない」と訳が分からないことを言って頑として譲らず、結局根負けした魔物使いは怪我をしていることも考えてできる限り優しくグールの少女と肌を重ねた。

 

 するとそれを見ていたリリアとレイアが「自分達はそんなお姫様のように抱かれたことがない!」と怒りの炎、いや業火を燃やして自分達も裸体をさらすと肌を重ね、魔物使いとグールの繋がり合いは大乱行に発展。最後には三人の魔女に限界まで精と生命力を吸いとられてアルハレムは気絶してしまい、今まで眠ってしまったのだ。

 

「……はぁ。コイツらもよくやるよ。いや、それは俺もか」

 

 アルハレムはリリア達三人、そして自分自身の性欲に呆れてため息を漏らすと服を着た。すると……、

 

「おはようございます、アルハレム様♪」

 

「………♪」

 

「おは、よう、我が夫♪」

 

 ムニュ♪ ムニュ♪ ムニュ♪

 

 目を覚ましたリリア、レイア、ルルの三人が同時にアルハレムの背中に抱きつき、服ごしに極上の柔らかな感触が襲ってきた。

 

(うっ♪ ……くっ、もう何度もリリア達の体に触れているのにやっぱり気持ちいいな)

 

「……三人とも、ふざけていないで早く服を着てくれ。早くライブの所に行ってルルのことを説明しないといけないのだから」

 

 三人の魔女の乳房の感触に思わず声を漏らしそうになったアルハレムはなんとか堪えると、体の奥に沸き上がってきた欲望を必死に押さえ込みながらリリア達に服を着るように命じた。

 

 ☆★☆★

 

「……なるほど。事情は分かった」

 

 ライブの屋敷に戻ったアルハレムが昨夜に起こった出来事を全て話すと、話を聞き終えたライブは納得したように頷いた。

 

「今回の墓荒らしはそこにいるグールの少女、ルルさんが食糧を得るための行動で彼女には悪意も、これ以上墓荒らしをする気もなかった。それでアル、君は監視の名目をたてることによって教会がルルさんを狙わないようにするために彼女を自分の従者にした。……そういうことだな?」

 

「ああ、そうだ」

 

 短く答えるアルハレムにライブは少しの間考えるとため息を吐いて頷く。

 

「……………はぁ。そうだな。墓を荒らされた遺族達を考えたら完全に納得できないが、アルの取った行動が今のところ一番いいんだろうな。分かった。教会の方には俺から言っておく。住民達には墓を荒らしていたのは最近この辺りに住み着いた魔物で、もう退治したと説明する。……多少強引だが、これ以上墓荒らしが起きないんだったら、次第に納得していくだろう」

 

「すまないな、ライブ」

 

「ありが、とう」

 

 自ら厄介事を引き受けてくれた友人にアルハレムとルルが頭を下げて礼を言うと、ライブは口許に笑みを浮かべて答える。

 

「これぐらい大したことじゃないって。あまり気にするな。……でも、そうだな? もしもアルが少しでも俺に恩義を感じてくれているのだったら……」

 

 そこまで言うとライブは、今までの態度とは一転して興奮気味にアルハレムを見る。

 

「今回の件で俺がいかに領主らしく振る舞っていたか『ツクモ』さんに詳しく語ってくれないか? どうせアル、これから実家に帰るんだろ?」

 

「ああ、そのつもりだ。ツクモさんにはお前が真面目に領主の仕事をしていたって話しておくから安心してくれ」

 

「絶対だぞ!? できるだけ! できるだけかっこよく表現してくれよ! 頼んだぞアル!」

 

 頬を赤く染めて言うライブをアルハレムは苦笑を浮かべながらも馴れた様子でおさめる。

 

「分かった。分かったから、そろそろ落ち着いてくれ、ライブ」

 

「……ん。そ、そうだな。……そういえばアル? ミレイナのことなんだが……」

 

「「「あっ!」」」

 

「………!」

 

 ライブに言われてアルハレム達は、昨夜にミレイナをロープで縛った状態で共同墓地に放置して、そのまま忘れていたことを思い出す。完全に記憶から消えていたため、アルハレムが先程話した昨夜の話にもミレイナのことは語られていなかった。

 

「……あ、あー、ライブ? その、ミレイナなんだが……」

 

 アルハレムが気まずいながらもミレイナのことを話そうとすると、それより先にライブが口を開く。

 

 

「ミレイナの奴、昨日何があったか分からないんだが、朝早くに上半身をロープで縛られた状態で教会に帰ってきたらしいんだよ。しかも教会に帰るなり自室に引き込もって、人形のような無表情で『男はケダモノなのです』と延々と同じ言葉を繰り返し言っているみたいなんだ」

 

 

「「「「………………………」」」」

 

 青年領主が語った神官戦士の奇行に、魔物使いと三人の魔女達は思わず沈黙する。

 

 確証はない。だが魔物使いと三人の魔女達は確信する。

 

 昨夜、ミレイナはアルハレムがリリア達魔女三人を相手に激しく肌を重ねている様子を見てしまったのだ。そして幼い頃より教会で神官戦士の修行に励んでいた少女は、あまりにも刺激が強すぎる光景を目撃してしまったせいで心を閉ざしてしまったのだろう。

 

「あのミレイナが一体どうしたらそんな状態になるのやら……。アルは何か知らないか?」

 

「イ、イイ、ヤ? ゼ、ゼン、ゼン、シ、シラ、ナイ、ヨ?」

 

 首をかしげて聞いてくるライブに心当たりがありすぎるアルハレムは誤魔化そうとするが、この時の彼の口調はまるでルルのような口調となっていた。

 

 そしてライブが事件が解決したことを認めたことでクエストが達成され、無事神力石を手に入れるとアルハレム達は逃げるようにライブの屋敷を後にしたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十話

「アルも水くさいな。自分達だけでマスタノート領に行こうだなんて」

 

「すまなかったな」

 

 呆れたように言うライブにアルハレムが苦笑を浮かべて答える。二人がいるのはライブの実家、ビスト家が長期の旅に使用する馬車の中で、馬車の中には彼らの他にリリアとレイア、ルルも乗っている。

 

 ライブの屋敷を後にしてから三日後。彼らはアルハレムの実家であるマスタノート家が治める領地へと向かっていた。最初はアルハレム達四人で徒歩で向かっていたのだが、途中で旅の支度を整えたライブが馬車に乗って合流してきたのだ。

 

「昔から友好のあるマスタノート家の人間を徒歩で放り出すことなんかできるわけないだろ? ……いやぁ、それにしてもマスタノート家に行くのも久しぶりだな。……ああ、本当に楽しみだ」

 

「ライブが楽しみにしているのはツクモさんに会うことだろ? それしてもこれがルルのステータスか」

 

 アルハレムはにやけながら言うライブに答えると新しく仲間になったルルのステータスを確認して呟いた。

 

 

【名前】 ルル

【種族】 グール

【性別】 女

【才能】 0/51

【生命】 290/290

【輝力】 270/270

【筋力】 27

【耐久】 29

【敏捷】 29

【器用】 27

【精神】 23

【特性】 魔女の血統、知識の遺産、教授の才能

【技能】 ☆身体能力強化、☆疾風斬、☆轟風剣、★中級剣術

【称号】 律儀な墓荒らし、アルハレムの従魔

 

 

「……今更だけどステータス画面を呼び出せるってことは魔女、魔物も『ステータス強化』をできるってことだよな? 現にリリアは五回も強化をしているし」

 

「はい♪ その通りです、アルハレム様♪ リリアはこれからも強くなってアルハレム様のお力になりますね♪」

 

「………?」

 

「ステー、タス、強化?」

 

 仲間のステータス画面を見た魔物使いの言葉に、彼の上空に浮かぶサキュバスが笑みを浮かべて答え、左右に座っているラミアとグールが聞きなれぬ言葉に首をかしげる。

 

 ちなみにこの三人の魔女達の配置は、馬車に乗る前に長時間にわたって彼女達が話し合った末に決めたもので、途中で何度か魔女達の話し合いが熱くなりすぎて殴り合い……というより殺し合いに発展しそうになり、アルハレムとライブがその度に必死に止めたのはまた別の話である。

 

「ああ、レイアとルルは知らなかったか。ある程度経験と修練を積んだ者は高位の神官だけが使える神術『強化の儀式』を受けることで身体能力を底上げすることができるんだ。それを俺達はステータス強化って呼んでいる。ステータス強化をできる回数は人によって違っていて、何回強化できて強化したのかは、この才能の欄に記されている」

 

 アルハレムはルルのステータスの「【才能】 0/51」の箇所を指差す。

 

「右が強化できる回数で、左が強化をした回数。つまりルルは今まで一回もステータス強化をしていなくて、最大で五十一回ステータス強化ができるって意味だ」

 

 女神イアスが最初に発明した神術と言われている「強化の儀式」の手順は教会の人間が独占しており、大きな教会には強化の儀式を行うための専用の広間がある。修練を積んで更なる力を求める者は、教会に儀式の費用を払うことで強化の儀式を受けて己のステータスを強化するのだ。

 

「教会が世界中の国と対等であるのもこの強化の儀式によるところが大きいですね。国を守るためには強い兵が必要不可欠。そして強い兵を育てるには強化の儀式を行える教会の協力がいりますからね」

 

 アルハレムの言葉にライブが続き、教会だけが強化の儀式を行える事実が教会を世界中の国と対等にしていると説明する。すると、

 

 

「あら? 強化の儀式でしたら、私も使えますよ?」

 

 

 と、魔物使いの頭上からサキュバスが言葉の爆弾を投下した。

 

「「…………………………………………ハイ?」」

 

 アルハレムとライブは石のように硬直したあと二人揃ってリリアを見る。

 

「り、リリア? お前、今、なんて言った? 強化の儀式が……使える?」

 

「ええ。アルハレム様は以前、私のステータスを確認しましたよね? 確かそこに記されていたはずですけど?」

 

 そう言うとリリアは自分のステータス画面を呼び出してアルハレムとライブに見せ、二人は彼女のステータス画面の技能の欄に「★強化の儀式」という文字が記されているのを目を丸くして見た。

 

「ほ、本当だ。本当に強化の儀式って記されている……。アル、お前これを見ていたんじゃなかったのか?」

 

「いや……、前に見た時はきっと別の効果の技能だと思っていて……。そういえばリリアの父親は大神官を務めていたな」

 

 アルハレムは自分が仲間にしたサキュバスが、高名なサキュバスと二百年に滅んだ王国の大神官との間に生まれた魔女であったことを思い出す。

 

「リリア、これは父親から教わったのか?」

 

「ええ、その通りです♪ あと、さらに言えばこの強化の儀式って実は神術ではないんですよね」

 

「「…………………………………………ハイ?」」

 

 リリアはアルハレムに笑顔で答えた直後に二度目の言葉の爆弾を投下し、二人の貴族が再び固まってしまう。

 

「……神術じゃない? 強化の儀式が? じゃあ強化の儀式って何なんだ?」

 

 何を言っているのか分からないという表情を浮かべる魔物使いの顔を楽しそうに観察しながらサキュバスは質問に答える。

 

「はい♪ 強化の儀式の正体は特別な手順が必要なステータス画面の操作方法……いわゆる裏技見たいなものなんですよ♪ 教会は私が生まれる前からこの操作方法を自分達だけの秘密にして、他の人達には『強化の儀式』という神術だと嘘をついて、その結果としてステータス画面もこれを『強化の儀式』と認識してしまったのですよ。ちょっと貸してください」

 

 リリアは自分のステータス画面を手元に取り戻すと、指を画面に当てて動かす。

 

「……ええと確か、これをこうして……こうして……あ、でました」

 

 そう言ってリリアが再び見せた彼女のステータス画面には次のような文章が記されていた。

 

 

『リリアの【才能】を上昇させるには、まだ経験点が足りません。再度操作し直してください』

 

 

「あら? 一回くらいなら強化できると思ったのですが、まだ経験点が足りなかったみたいですね?」

 

 首をかしげながら呑気なことを言うサキュバスを余所に、アルハレムとライブはお互い青くなった顔を合わせた。

 

「あ、アル……? もしかして俺達……さらっと、とんでもないことを知ってしまったんじゃないか?」

 

「だ、黙っていような? というか言わないでくれよ? 頼むから」

 

「言えるわけがないだろ……!」

 

 リリアが今言ったのは外に漏らせば教会の権威を崩しかねない事実だ。もしこれを言おうすればアルハレム達は秘密を守ろうとする教会によって抹殺されるだろう。

 

 思わないところで教会が何百年と隠し通してきた秘密を知ったアルハレムとライブは、今の会話をここにいる者達だけの秘密にしようと決めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一話

「はい。操作終わりましたよ」

 

「おお……本当にステータスが強化されている」

 

「………」

 

「うん。ルルの、ステー、タス、数値、あがっ、てる。これで、ルル、強く、なった?」

 

 馬車の中でアルハレム、レイア、ルルはリリアによって操作されて能力値が底上げされたステータスを見てそれぞれ感想を漏らした。

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 4/20

【生命】 1260/1260

【輝力】 0/0

【筋力】 29

【耐久】 30

【敏捷】 34

【器用】 32

【精神】 33

【特性】 冒険者の資質、超人的体力

【技能】 ★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)、サキュバスの主、ラミアの主、グールの主

 

 

【名前】 レイア

【種族】 ラミア

【性別】 女

【才能】 3/44

【生命】 390/390

【輝力】 310/310

【筋力】 45

【耐久】 40

【敏捷】 37

【器用】 45

【精神】 42

【特性】 魔女の血統、人と化す蛇、魔眼貸与

【技能】 ☆身体能力強化、☆爪操作、☆尻尾操作、☆魔眼(眠り)、☆魔眼(麻痺)、☆魔眼(幻覚)

【称号】 酒を愛するラミア、アルハレムの従魔

 

 

【名前】 ルル

【種族】 グール

【性別】 女

【才能】 4/51

【生命】 410/410

【輝力】 440/440

【筋力】 39

【耐久】 42

【敏捷】 42

【器用】 41

【精神】 37

【特性】 魔女の血統、知識の遺産、教授の才能

【技能】 ☆身体能力強化、☆疾風斬、☆轟風剣、★中級剣術

【称号】 律儀な墓荒らし、アルハレムの従魔

 

 

 アルハレムは一回しかステータス強化をできなかったが、レイアとルルは今までの経験点が貯まっていたらしく、レイアは三回、ルルは四回とステータス強化ができて能力値も大きく底上げされていた。

 

「……まあ、何だ? 知ってはいけないことを知ってしまった気もするが良かったじゃないか、アル?」

 

「……そ、そうだな。ありがとうリリア」

 

 教会の最大の秘密である強化の儀式の秘密を目の前で明らかにされて複雑な表情を浮かべながらライブが言うと、同じく複雑な表情を浮かべたアルハレムは友人に頷いてからリリアに礼を言う。

 

「いえいえ♪ アルハレム様のお力になれて私も嬉しいです♪ ……それよりもアルハレム様に前から聞きたいことがあるのですが聞いてもよろしいですか?」

 

「聞きたいこと? 何だ?」

 

「はい。それは……」

 

 リリアはそこで一旦言葉を切ると笑顔から一転して人形のような無表情となり、光が点っていない無機質な瞳をアルハレムに向けた。

 

「三日ほど前からアルハレム様とライブ様が口にしている『ツクモさん』のことです」

 

「……………え?」

 

 無表情となったリリアに見つめられたアルハレムは、馬車の中の温度が一気に下がったような気がした。思わず身じろぎしそうになったが、両腕がレイアとルルによって拘束されて動きをとることができなかった。

 

「今までのアルハレム様とライブ様の会話から察するにツクモさんって女の方ですよね? 随分とアルハレム様に親しいように思われますが、一体どのような方なのですか? アルハレム様とはどのような関係なのですか?」

 

「………」

 

「我が夫、話、して。ルル、達、興味、ある」

 

「え、え~と……」

 

 サキュバス、ラミア、グールの視線にさらされて三人の魔女の主であるはずの魔物使いは蛇ににらまれた蛙のように固まり額に一筋の汗を垂らす。

 

(ちょ、ちょっと待て。何で俺、リリア達に責められるような目で見られているんだ? ら、ライブ、お前からもコイツらに説明を……)

 

「………」

 

 目線でライブに助けを求めようとするアルハレムだったが、肝心の幼馴染みの貴族はというと巻き込まれるのを避けるためか馬車の外の景色を眺めていて視線を合わそうとしなかった。薄情かもしれないが、この場においてはそれが一番賢明な判断だろう。

 

(こ、この野郎……!)

 

 無視されたアルハレムは一瞬ライブに怒鳴りそうになったが、すぐに気持ちを落ち着けると今も自分を見つめている三人の魔女達に正直に答えようとした。その時、

 

 

「むむっ? そこの魔女達はこのツクモさんに興味津々のようでござるな? いつの間にかツクモさんってば人気者なったみたいでござる♪」

 

 

 いつの間にかライブのすぐ隣に座っていた女性が、奇妙な語尾で話してからふざけた風に笑ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十二話

「なっ!? 何者ですか!?」

 

「………!?」

 

「い、いつの、間に?」

 

 リリア、レイア、ルルの三人は、自分達に気づかれることなくこの馬車の中に侵入してライブの隣に現れた女性を驚愕の表情で見る。驚いているのはアルハレムとライブも同様だったが、二人の驚きようは三人の魔女達のとは若干異なっていた。

 

「つ、ツクモさん? どうしてここに?」

 

「ああ、ツクモさん! まさかこの様な所で会えるとは思いませんでした!」

 

 アルハレムとライブの言葉にリリア達三人の魔女は、この侵入者の女性こそが自分達が何者か知りたかった人物だと気づき彼女の姿を確認する。

 

 ライブの隣に座る女性、ツクモの外見は色々と特徴的だった。

 

 年齢は二十代前半くらい。銀色の髪を短く切り揃えてており、肌の色はアルハレム達と比べて僅かだが黄の色が混じっているように見えた。

 

 服装は「キモノ」と呼ばれる中央大陸ではまず見かけない意匠の服を来ていて、大きく開かれた胸元からはリリアよりは小さいがレイアとルルより大きい巨乳が覗かせており、短く切られた裾からはすらりとした両足が伸びていた。

 

「……貴女が、アルハレム様とライブ様が言っておられたあの『ツクモさん』ですか?」

 

「そうでござるよ♪ ツクモさんがあの噂のツクモさんでござる♪ そこにいるアルの実家で厄介になっている『猫又』で、貴女達と同じ魔女でござるよ」

 

 アルハレムをライブと同じく昔の呼び名で呼ぶツクモは、リリアに人懐っこそうな笑顔を浮かべながら答えると、頭にある一見癖毛に見える猫の耳を動かしてから後ろに隠れていた二本の尻尾を見せた。

 

「猫又……。確か『外輪大陸』の辺境で暮らしているという種族でしたね。他の魔女とは違う独自の習慣を持ち、人間とも比較的に交流を持っているという……」

 

 リリアは脳裏から猫又に関する知識を呼び起こす。外輪大陸というのは、今アルハレム達がいる中央大陸を海を挟んで取り囲んでいる輪っかのような形をした大陸のことである。

 

「む? 貴女、中々物知りでござるな。その通りでござるよ。ちなみにツクモさんはアルの初恋の女性でごさるが……それは知っていたでござるか?」

 

「「「……………!?」」」

 

「ちょっとツクモさん!?」

 

 ツクモの言葉にリリア、レイア、ルルが驚愕のあまり固まり、アルハレムが慌てて止めようとするが猫又の女性は構わず言葉を続ける。

 

「アルとは十年前からの付き合いでござるが、アルときたら初めて会った時からツクモさんのオッパイばっかり見ていて……。三人もかなり大きいオッパイでござるが、アルが初めて興味を持ったのはツクモさんのオッパイでござるよ♪」

 

「「「………!? ………!」」」

 

「ひぃっ!?」

 

 ツクモが自分の乳房に手を当てながらリリア達にからかうような挑発的な視線を送ると、三人の魔女達は一瞬表情を強ばらせると自分達の主に憤怒の表情を向け、それを見たアルハレムは短い悲鳴をあげた。

 

「え、えーと……その、それは……そうだ! さっきも聞きましたけど、ツクモさんはどうしてここに? というかいつから馬車の中に?」

 

 仲間であるリリア達の追求を避けるためにアルハレムが強引に話をそらそうとすると、ツクモがそんな彼の必死な表情を見て面白そうに笑みを浮かべる。

 

「むむっ? アル、今話をそらしたでござるな。……まあ、よいでござるが。ツクモさんがこの馬車に乗ったのは今さっきでござる。昨日、ライブの子分が早馬でアルが見つかったと伝えてきたので、迎えに行ってみればこの馬車を見つけたのでござるよ」

 

「ライブ、お前早馬を出してくれたのか?」

 

「当然だろう。抜かりはないさ。……それとツクモさん! 俺も貴女が初恋で今も愛していますから!」

 

 ライブはアルハレムに答えると、頬を赤くして愛してやまない獣娘……猫又の女性に愛を語る。だがツクモはからかうような表情で首をかしげる。

 

「むむむっ? ライブはツクモさんの子分のタマとミケに、一月に十通以上も恋文を送っていたはずでござるが? しかも恋文には自分が愛しているのはお前だけ、と書いてあったと聞いたでござるよ?」

 

「うぐぅ!?」

 

 ライブはツクモの指摘に言葉を詰まらせる。どうやら図星であるらしい。もちろん今話に出たタマとミケも猫又で、ライブの言う獣娘である。

 

「タマとミケ、怒るでござるよ~? 特にタマなんてライブの言葉を真面目に受け取っているでござるから、怒った後で泣くでござるな」

 

「ぬあぁ……!」

 

「にゃはは♪」

 

 頭を抱えて苦悶の声をあげるライブを見てツクモはひとしきり笑った後、アルハレムの方を見た。

 

「それでアル? お前、今まで何処で何をしていたでござるか? 突然いなくなったと思ったら、サキュバスとラミアにグール……魔女を三人も恋人にしているし。どうやって彼女達を口説いたでござるか?」

 

「実は……」

 

 そこでアルハレムは、クエストブックを手にして冒険者となり今日まで旅してきた話をツクモに話した。

 

「クエストブックを手に入れたでござるか? そして魔物使いの冒険者となって、そこの魔女達を仲間にしたと?」

 

 アルハレムの旅の話にツクモがそれまでの笑みを消し、目を丸くして驚いているとリリア達が挨拶をする。

 

「リリアと申します。一番最初にアルハレム様の僕にしていただきました。そしてこちらが二番目に僕になったレイア。無口なので私が紹介します」

 

「………」

 

「ルル、言う。よろ、しく」

 

「……いやいや、これには流石のツクモさんも驚いたでござるよ。アルの固有特性のことは知っていたでござるが、本当に魔女に手を出して干からびていないとは……」

 

 ツクモはリリア達の挨拶を聞いた後、信じられないという表情で再びアルハレムを見る。

 

「しかもあのクエストブックの所有者、冒険者とは……こうなると分かっていればもっと昔に、危険を覚悟してでもアルを誘惑していたのでござるが……。いや、今からでも遅くないでござるか?」

 

 そう言ってツクモは、今までのからかうような笑みでも人懐っこそうな笑みでもない、口は笑っているが目は笑っていない肉食獣のような笑みをアルハレムに向けた。

 

「つ、ツクモさん?」

 

「む? どうしたでござるか、アル? 冗談でござるよ」

 

 ツクモを除く馬車の中にいる全員が驚いてツクモを見ると、猫又の女性は先程の肉食獣の笑みが嘘のような人懐っこそうな笑顔を浮かべた。

 

「とにかくツクモさんもこのまま馬車に同車させてもらうでござるよ。ライブ、いいでござるか?」

 

「はい! 勿論です!」

 

 馬車の所有者であるライブが即答したことで、マスタノート領へと向かって走る馬車は新たに一人、猫又の魔女を乗せたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十三話

 猫又のツクモがアルハレム達の前に現れた日の翌日。皆を乗せた馬車はアルハレムの母親であるマスタノート辺境伯が治める城塞都市マスタロードに到着した。

 

 城塞都市マスタロードは、ギルシュと隣国エルージョとの国境の一歩手前に位置する言わばギルシュの入り口である。そのため都市の大通りには両国を行き来する大勢の商人達で賑わっていたが、同時に長旅から帰ってきたような土ぼこりで汚れた甲冑を身につけた大勢の兵士達の姿も見られた。

 

 大通りの露店で商人達がギルシュとエルージョ、それぞれの地域の特産品を並べて売り、それを都市の住人に混じって兵士達が買っていく。他の街では見られない光景だが、この城塞都市マスタロードではこれが日常の風景であった。

 

「何だか賑やかなのか物々しいのか分からないところですね。彼らは傭兵ですか?」

 

「いや、彼らはうちのマスタノート家の兵士達だ。恐らく商人達の護衛の帰りだろう」

 

 馬車の窓から大通りを歩く兵士達を見てリリアが疑問を漏らすとアルハレムが答える。

 

「護衛? 領主様の兵隊が商人達の?」

 

「そうだ。このマスタノート領は隣国エルージョに街道が続く交易の要だけど、同時に『魔物を生み出す森』がある危険地帯でもあるんだ」

 

「……」

 

 首をかしげるリリアに説明するアルハレムの口から「魔物を生み出す森」という単語が出るとツクモが無言で目を細める。

 

「森から生まれる魔物は基本的に森から出てこないが、中には森から出てきて人に危害を与えるものもいる。しかもいくら倒してもすぐに新しい魔物が森から生まれてくる。

 そしてギルシュとエルージョとの国境の東半分は、以前俺達が越えた山脈があって商人の交通には不向き。大量の商品を運ぶ商人達はマスタノート領の街道を通るしかないんだが、街道の隣には魔物を生み出す森があって商人達が襲われる危険がある。

 だからマスタノート家はエルージョに行く商人達をできるだけ集めてから同時に出発させて、兵士達にその商人達の護衛をさせているんだ」

 

 商人達を護衛させることを考えたのは初代マスタノート辺境伯であり、今ではこの商人達を護衛するマスタノート家のやり方はギルシュ、エルージョの両国でも、特に商人達から高い支持を受けていた。

 

「そういうことですか。確かに領主様の兵隊が護衛してくれるなら商人達も安心して国を移動できますね」

 

「………」

 

「なる、ほど」

 

 アルハレムの説明にリリア、レイア、ルルが事情を理解して頷く。

 

「魔物を生み出す森があることもあってマスタノート領は他の領地に比べて現れる魔物の数が多い。この地を治めるマスタノート家の人間は、商人達だけでなく領民達全てを守る力を求められる。……リリア。俺が初めて神力石を手に入れた時に言ったよな? マスタノート家には『最も強い者が当主になる』という家訓があるって」

 

「ああ、そういえば……」

 

 言われてリリアはアルハレムが自分を仲間にした時に、その様なことを言っていたことを思い出すと同時に納得した。確かにこのような環境では領主、先頭に立つ者にこそ力が必要でその様な家訓もできるだろう。

 

「例の実力主義の極みのような家訓でござるか。……しかしそんな『実力があれば細かいことは気にしない』、『一緒に戦ってくれるのは全て同胞』、みたいなノリのマスタノート家だからこそ、ツクモさんもいられたでござるし、アルも普通に魔女と接してくれるのでござるな」

 

「……そう言われるとここも中々良い所みたいですね」

 

「………」

 

「うん。ルル、も、そう、思う」

 

 ツクモの言葉を聞いたリリア達三人の魔女は、先程よりも友好的な視線で城塞都市マスタロードの街並みを見つめるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十四話

「……あっ。そういえばライブ? お前、早馬を出して家に俺のことを伝えてくれたんだよな? どんな風に伝えてくれたんだ?」

 

「どんな風にって……あの時は先に出発したアル達と合流するためにとにかく急いでいたからな。短く『アルを見つけたので、旅先で知り合ったという三人の仲間達と一緒にそちらに送り届ける』と手紙に書いてそれを早馬に持たせたな」

 

 思い出したようにアルハレムが質問をすると、向かい側の席に座っているライブが顎に手を当てて答え、隣にいるツクモも頷く。

 

「ツクモさんもそう聞いているでござるよ。早馬がライブの手紙を持ってきた時は皆凄く喜んでいたでござるよ。特にアリスンなんかは手紙を読んだ途端に一人で城を飛び出そうとして、城中の兵士達総出で止めることになったでござる。だからアリスンの代わりとしてツクモさんがアルを迎えに行ったでござるよ」

 

 アリスンというのはアルハレムと今は亡き同じ父親を持つ妹の名前だ。

 

 自分の無事が確認された手紙を見て妹がどの様な行動をとったのか用意に想像できたアルハレムは頭痛をこらえるように額に手を当てた。

 

「アイツはもう本当に……仕方がない奴だな」

 

「にゃはは♪ それだけ愛されているってことでござるよ。それよりもアル? 彼女達をアリスンを含めた家族にどう紹介するか考えたでござるか?」

 

「うっ!?」

 

 ツクモがリリアとレイア、ルルの三人を横目で見ながら訊ねるとアルハレムの顔色から血の気が引いて青くなる。

 

「皆、アルに仲間が三人できたのは知っているでござるが、それがまさかこんな美人の魔女達とは夢にも思っていないでござるよ。皆さぞかし驚く……いや、驚くどころかあの姉妹のことだから血の雨が降るでござるな」

 

「ううっ……!」

 

 以前から気づいてはいたが結局解決策が見つからず先送りにしていた問題を突きつけられて、アルハレムの脳裏に自分の姉妹の顔が浮かび、顔色から更に血の気が引いて青から白となる。

 

「ら、ライブ君? ツクモさん? お、お願いがあるんだけど……ライブ君もツクモさんも一緒に皆に説明を……」

 

「断る!」

 

「嫌でござる♪」

 

 すがるような顔で頼もうとするアルハレムだったが、それに即答で断るライブとツクモ。

 

「あの……アルハレム様のお姉様達と妹様ってどんな方達なんですか?」

 

「………?」

 

「何故、我が夫、家族、に、怒られ、る?」

 

 アルハレム達のやり取りを見ていて事情が飲み込めないリリア、レイア、ルルが訊ねるが彼女達に答える者はいなかった。

 

 ☆★☆★

 

 マスタノート辺境伯の城は城塞都市マスタロードの西側に位置している。

 

 アルハレム達を乗せた馬車が城に到着して城門をくぐると、中庭にはマスタノート家の兵士達が整列して待ち構えており、整列した兵士達の前には燃えるような赤の髪を長く伸ばした一人の女騎士が立っていた。

 

 兵士達の前に立つ女騎士の年齢は二十代前半くらいだろう。均整のとれた長身の体を美しい装飾を施された実戦的な甲冑で固めて、腰の左右に長剣を一振りずつ差しているその姿は、まさに麗人の騎士といえた。

 

 女騎士が整った顔を引き締めて到着した馬車を睨み付けるように見ていると、やがて馬車から彼女が待ち望んでいた人物、アルハレムが姿を現した。

 

「あ……。アイリーン姉さん。た、ただいま……」

 

「何がただいまだ! この大馬鹿者!」

 

 馬車から降りたアルハレムがためらいがちに挨拶しようとすると女騎士が一喝する。

 

 女騎士の名前はアイリーン・マスタノート。

 

 アルハレムとは父親が違う姉で、マスタノート辺境伯が産んだ最初の子供だった。優秀な戦乙女である彼女は何年も前よりマスタノート家の兵隊をまとめる指揮官を勤めており、次期マスタノート辺境伯と目されている人物である。

 

「突然姿をくらませたと思ったら、ビスト伯の領地に無断で訪れて、更にはいくら昔からの友人とはいえビスト伯の手を煩わせるとは……! お前にはマスタノート家の長男としての自覚はないのか!」

 

「は、はい。申し訳ありません」

 

 怒声を発するアイリーンにアルハレムは返す言葉もなくただ謝ることしかできなかった。

 

「それに、お前がいなくなったことで城内の者達がどれだけ心配したのか理解しているのか? お母様……辺境伯は領内全てに捜索隊を放ち、アルテアもアリスンも自ら兵を率いて夜も寝ずに探していたのだぞ。それくらい心配していたのだ」

 

「……はい。本当に申し訳ありません」

 

 家族に大きな心配をかけた事実にアルハレムは頭を下げて謝る。すると頭に姉の手がのった。

 

「……当然、心配したのは私もだ。……あまり心配をかけるな、アルハレム」

 

「アイリーン姉さん?」

 

 アルハレムが顔を上げるとそこには小さく笑みを浮かべる姉の表情があった。

 

「とりあえず今は少し休め。その後で今までに何があったか聞かせてもらうぞ」

 

「はい。分かりまし……」

 

「アルハレム様? 話は終わりましたか?」

 

 アルハレムがアイリーンに答えようとした時、馬車から顔を覗かせているリリアが訊ねる。サキュバスの隣にはラミアとグールも同じように顔を覗かせていた。

 

「……誰だ? お前達は?」

 

 アイリーンがリリア達に聞くと彼女達に代わってアルハレムが気まずそうに答える。

 

「あの……アイリーン姉さん? 彼女達は俺の仲間です。今日までの旅で知り合った……。その、ライブが手紙で書いてくれたって言ってましたけど?」

 

「…………………………………………………仲間?」

 

 アルハレムの言葉を聞いたアイリーンは、リリア達の容姿とその扇情的な衣装を見た。その直後、

 

 シャキン!

 

「ひいっ!?」

 

 腰に差した長剣をアルハレムの首筋に突きつけて女騎士は憤怒の表情を己の弟に向けた。

 

「悪いが気が変わった。アルハレム・マスタノート……。今日までお前の身に何があったか、今ここで洗いざらい話せ!」

 

 アイリーンの怒声が周囲に響き渡り、それを馬車の中で聞いていたライブがため息をつき、ツクモが面白そうに笑う。

 

「………こうなると思ったよ」

 

「予想通りでござるな♪ 愛されすぎるのも大変でござる♪」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十五話

「お姉様。もうそのくらいで許してあげたら?」

 

 アイリーンがアルハレムの首筋に剣を突きつけていると、彼女の後ろから柔らかな女性の声か聞こえてきた。

 

 アルハレムが声がした方、アイリーンの後ろを見るとドレスを着た女性の姿があった。ドレスの女性はアイリーンと瓜二つの外見で、もし同じ服装をしていれば見分けがつかないと思うくらいに似ている。

 

「アルテア姉さん」

 

「久しぶりね。アルハレム」

 

 アルハレムがドレスの女性の名前を呼ぶと、アルテアと呼ばれたドレスの女性が優しそうな笑顔を浮かべる。

 

 アルテア・マスタノート。

 

 アイリーンの双子の妹で、アルハレムの父親が異なる姉でもあるマスタノート辺境伯の二番目の子供である。

 

 アルテアはアイリーンの前に出ると、馬車から降りていたライブに向かって優雅な動作で挨拶をした。

 

「お久しぶりです、ビスト伯ライブ様。この度は私達の弟とその仲間達を送り届けていただき誠にありがとうございました」

 

「……ビスト伯の御協力、我らマスタノート家一同深く感謝します。そしてビスト伯の訪問を歓迎します」

 

 ライブに挨拶をするアルテアにアイリーンは、自分がまだ隣の領主に挨拶をしていないことに気づき、敬礼をして感謝と歓迎の言葉を告げると背後にいた兵士達もそれにならって敬礼をする。

 

「いえ、そんな大したことはしていませんよ。アイリーンさんもアルテアさんもお久しぶりです。二人ともいつ見ても本当にお美しい」

 

「ニャッホー♪ ツクモさんのお帰りでこざる」

 

 アイリーンとアルテアに社交辞令を交わすライブの横でツクモが大きく手を振る。

 

「ありがとうございます、ビスト伯。それとツクモ、お前も迎え役ご苦労だった」

 

「ささやかでは昼食の用意をしております。そこでお母様もお待ちです。……アルハレムもそこで今まで何があったのか教えてね。もちろん彼女達のことも」

 

 アルテアがリリア、レイア、ルルとアルハレムが仲間にした魔女達を見てから弟に言う。

 

「ああ、分かっている。……そういえばアルテア姉さん。アリスンは? 城にはいないの?」

 

「まさか。あの子だったら昨日の今頃に丁度『お休みの日』に入って寝ているわ。……だから多分そろそろ起きると思うから、その前に話を聞かせてね。あの子が起きたら騒がしくなって話どころじゃなくなるから」

 

「……そうだね」

 

 苦笑をしながら言うアルテアの言葉にアルハレムは深く納得すると二人の姉達の後に続いて、しばらくぶりの自分が生まれ育った城の中に入るのだった。

 

 ☆★☆★

 

 城塞都市マスタロードを治める領主、アストライア・マスタノート。

 

 優秀な戦乙女であると同時に優秀な軍人でもあり、長年に渡ってこの辺境の地を、隣国エルージョとの国境を守り抜いてきたギルシュの重鎮である。

 

 アストライアはアルハレムを含めた四児の母で、年齢もすでに四十を越えている。しかし初めて彼女を見た人は、必ず彼女の年齢を間違えるだろう。

 

 輝くような金色の髪に雌の獅子を思わせる凛々しく整った顔立ち。鍛えぬかれた戦士の筋肉と女としての柔らかな肉を兼ね備えた豊満な肉体を豪華なドレスで包んでいる姿は、四十代どころかまだ二十代だと言っても通用する美しさと気力が感じられた。

 

「……なるほど。事情は理解した」

 

 城内の一室に設けた昼食の席で久しぶりに帰ってきた息子の話を聞いたマスタノート辺境伯は納得したように頷いた。

 

「まさかこのマスタノート家から冒険者が現れるとはな」

 

 アストライアの手にはアルハレムのクエストブックがあり、彼女の前のテーブルにはこれまでアルハレムがクエストを達成して手に入れた六個の神力石が置かれてあった。

 

 アルハレムは久しぶりに母親に会うと、母親に乞われて昼食の席でこれまでの出来事を全て話した。

 

 ある日、自分の部屋に伝説のクエストブックが置かれていたこと。

 

 冗談半分で旅の支度を整えてクエストブックを開くと魔物使いの力を与えられて冒険者となり、エルージョの森に飛ばされたこと。

 

 マスタノート領に帰る途中でクエストブックに記されたクエストを達成していったこと。

 

 アルハレムは魔物使いの冒険者であるためクエストの中には魔物を仲間にするというのもあり、それを達成したことでリリア達、三人の魔女を仲間にしたこと。

 

 アルハレムの話がよほど衝撃的だったようで、アイリーンもアルテアも昼食の席なのに料理を一口も食べずに驚いた顔で話を聞いており、この場で食事を食べているのはリリア達アルハレムが仲間にした魔女三人とツクモだけであった。

 

「それにしてもこのクエストブックの内容は……ふふっ」

 

 アストライアはクエストブックに目を通すと、その内容が面白かったのか小さな笑いを漏らしてからアルハレムを見る。

 

「自分を鍛えようとクエストブックを開いて冒険者となり、更には魔物使いの力を得てそこにいるサキュバス、ラミア、グールの三人の魔女を仲間にしたか……。アルハレム、よくやった。流石は私の息子……」

 

「お兄様ーーー!」

 

 マスタノート辺境伯が最高の笑みを浮かべて冒険者となった自分の息子を褒め称えようとしたその時、突然部屋の扉が勢いよく開かれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十六話

「お兄様だぁ! やっと帰ってきたぁ♪」

 

「うわっ!?」

 

 勢いよく開かれた扉から青白い閃光が部屋に入ってきたと思うと、青白い閃光はアルハレムに突撃する。

 

 青白い閃光は輝力で身体能力を強化して体から光を放つ戦乙女だった。

 

 戦乙女は十五、六歳くらいの少女で、短く切った金髪にはいくつもの寝癖があり、下着の上にシャツを一枚羽織った寝起き姿でアルハレムに抱きついていた。

 

「ひ、久しぶりだな。アリスン」

 

「うん♪ 久しぶり、お兄様♪」

 

 アルハレムに名前を呼ばれて寝起き姿で抱きつく戦乙女が満面の笑みで頷く。

 

 アリスン・マスタノート。

 

 アルハレムとは父親が同じ妹で、アストライアの末の子供である。

 

「もう起きたのね。アリスン」

 

「アリスン! お前、なんて格好をしている! ここにはライブ伯もいるのだぞ!」

 

 アルテアとアイリーンが声をかけるが、アリスンは全く聞いておらずアルハレムに頬擦りをして甘えてくる。

 

「お兄様♪ お兄様♪ お兄様♪ 今までどこに行っていたの? アリスン、ずっと探していたんだから」

 

「そうみたいだな。すまなかったなアリスン。そのことなんだが実は俺、冒険者になったんだ」

 

「冒険者?」

 

 顔を見上げて聞いてくるアリスンにアルハレムが頷く。

 

「そうだ。アリスンも伝説で知っているだろ? クエストブックを開いて冒険者は何処か知らない場所に飛ばされるって。冒険者になった俺はクエストブックにエルージョまで飛ばされて、そこにいるリリア達と一緒に旅をしていたんだ」

 

 そこまで説明してアルハレムがリリア達を見ると三人の魔女達がアリスンに挨拶をする。

 

「初めまして。サキュバスのリリアといいます。こちらはラミアのレイアです」

 

「………」

 

「ルル、言う。種族、グール」

 

「………ふ~ん」

 

 挨拶をされたアリスンは、さっきまでアルハレムに向けていた表情とはうって代わって全く興味がないという表情となって、半眼でリリア達を見た。

 

「あっそ。今までお兄様を助けてくれてありがとう。でももういいわ。貴女達、もういらないから何処へなりとも消えなさい」

 

『………!?』

 

 アリスンの言葉に部屋の空気が凍りつく。リリアが額に青筋を浮かべながらも、相手が自分の主の妹だということで怒りを我慢して口を開く。

 

「あ、アリスンさん、でしたか? い、今の言葉はどういう意味でしょうか?」

 

「気安く呼ぶんじゃないわよ。言った通りの意味よ? これからはお兄様の身は私が守るって言ってんのよ。お兄様が冒険者になったと言うなら私が旅に同行する。だから貴女達はもういらない。……というか、貴女達みたいな女をいつまでもお兄様の視界においとけるわけないでしょう。汚らわしい」

 

「「「………………!!」」」

 

「何よ? やる気?」

 

 アリスンの言葉に我慢の限界を越えたリリア、レイア、ルルが憤怒の表情で立ち上がり、アリスンも彼女達を迎え撃とうと体に纏う輝力の輝きを強めた。

 

「お、おい、お前達! 少し落ち着け……」

 

 一触即発の空気の中、アルハレムがリリア達三人の魔女と自分の妹を落ち着かせるため声をかけようとした時、

 

 

【止めないか!】

 

 

「きゃあ!?」

 

「………!?」

 

「な、に?」

 

「ひいっ!?」

 

 リリア、レイア、ルル、アリスンの脳裏に大音量の一喝が響き、四人は頭を押さえてうずくまった。そんな四人の姿を見てからマスタノート辺境伯は自分の娘に向けて口を開いた。

 

「アリスン。客人の前で見苦しい真似は止めろ。リリア達と戦うことは私が許さん。いいから早く着替えてこい」

 

「で、でもお母様……」

 

「いいから着替えてこい!」

 

「は、はい!」

 

 アストライアに戦うことを禁じられたアリスンは抗議をしようとするが、有無を言わせぬ母の言葉に負けて逃げるように自分の部屋へと走り去って行った。

 

「な、何ですか? 今の頭に響いた声は?」

 

「今のは母さんの声だよ。母さんは遠くの人に自分の心の声を届ける固有特性を持っているんだ」

 

 頭を押さえながら呟くリリアにアルハレムが説明する。

 

「母さんはこの固有特性を使って兵士達の指揮をするんだ。伝令を使わず即座に的確な指示を部下に出すことができる母さんは兵を使った戦いでは負け知らずで、『神速の名将』の異名で呼ばれているんだ」

 

「兵を使った戦いだけではない。私は個人の戦いでも負け知らずだぞ」

 

 アルハレムの説明をアストライアが訂正するが、兵を使った戦いでは負け知らず、という点は否定しなかった。

 

「異名で呼ばれているのはアストライア殿だけではないでござるよ。何せこの家の面々はとても強力で変わった固有特性を持っている強力な戦士ばかりでござるからな。そこにいるアイリーンとアルテアは『双剣の戦姫』に『慈悲の聖女』、そして今さっき退散したアリスンは『戦場で遊ぶ悪童』と呼ばれているでござる」

 

「な、なんというか一家揃って凄い異名ばかりですね……。それでアルハレム様はどの様な異名で呼ばれているのですか?」

 

 ツクモが語るマスタノート家の面々の異名にリリアは思わず苦笑し、次に自分の主はどんな異名がつけられているのか聞いてみた。すると……、

 

「……………」

 

「あ、アル。そんなに気にするなって」

 

 話を聞いていたアルハレムが暗い顔となって落ち込み、それをライブが励ます。それを見たツクモは笑いながらリリアに話す。

 

「残念ながらアルには異名はまだないでござるよ。アルの固有特性、超人的体力は確かに便利でござるが、効果があまり表に現れずに地味ござるし、アルは戦乙女ではないでござるからな。中々活躍の機会がなくて異名がつかないでござる」

 

「……まあ、そういうことだ。これも俺が力をつけたい理由の一つなんだよ」

 

 ツクモの説明にアルハレムは悲しそうに疲れたようなため息を吐いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十七話

「この部屋も久しぶりだな」

 

 昼食を終えたアルハレムは自分の部屋に戻っていた。

 

 この部屋でクエストブックを見つけて隣国の森に飛ばされ、ここまで帰ってくるのに半月ほどしか経っていないが、ひどく懐かしく感じられた。

 

「ここがアルハレム様のお部屋ですか。……ええ、とてもいい部屋ですね♪ 部屋中からアルハレム様の匂いが漂っていて、部屋にいるだけでこのリリア、興奮してきちゃいます♪」

 

「………」

 

「ここが、今日、から、私達、の、寝床」

 

 アルハレムが部屋に入るとリリア、レイア、ルルも部屋に入る。

 

 アストライアとアイリーンにアルテアは昼食を終えるとそれぞれの政務に戻り、ライブはツクモの部下である猫又のタマとミケに会いに行き、ツクモは何処かへと行ってしまった。今この部屋にいるのは、アルハレム達四人ともう一人。

 

「………」

 

 アリスンは兄の腕に抱きつきながら部屋に入ってきた三人の魔女達を敵意のある目で見る。

 

「何で貴女達がお兄様の部屋に来るのよ? 貴女達の部屋は別に用意してあるでしょ」

 

「そうはいきません。私達はアルハレム様の僕なのですから、アルハレム様と別の部屋なんてありえません」

 

「………」

 

「アル、ハレム、我が夫。私達、別々、の、部屋、あり、えない」

 

 当然のように答えるリリア達にアリスンは苛立ったように怒鳴る。

 

「だからそんなの認めないって言ってるでしょ! いいから出ていきなさい! 私は今から久しぶりに会ったお兄様とお話をするんだから!」

 

「いいえ。そういうわけにはいきません。私達はこれからアルハレム様と『食事』をする予定ですので」

 

「はぁ? 昼食ならさっき食べたじゃない? あれだけじゃ足りないの?」

 

 疑問の声をあげるアリスンにリリアは妖艶な笑みを浮かべると、アルハレムに近づいて彼の股間にそっと手を当てた。

 

「な!? 何をしてるのよ!」

 

「今度の食事はこちら♪ 食事は食事でも『下』の方の食事です♪」

 

「んな!?」

 

 突然のリリアの行動に声をあげたアリスンは、妖艶な笑みを浮かべたサキュバスの言葉を理解すると顔を真っ赤にした。

 

「お、おい! リリア? お前こんなところで何を言ってるんだ?」

 

「だってアルハレム様。私達、この三日間ずっとライブさんと一緒の馬車の旅でずっとご無沙汰だったのですよ? もう私だけでなくレイアもルルも限界なのです」

 

「………」

 

「リリア、言う、通り。ルル、達、もう、我慢、できな、い」

 

 妹の前で変なことを言い出したリリアをアルハレムが止めようとするが、サキュバスは負けずに言い、ラミアとグールもサキュバスの言葉に頷くと自分達の衣装に手をかけて脱いでいく。

 

「な、な、な、な………!?」

 

 アリスンは自分の目の前で三人の魔女達が裸体をさらすのを見て、赤くなっていた顔を更に赤くして口をぱくぱくと開けたり閉めたりした。

 

 本気だ。本気でこの三人の魔女達は今から兄と肌を重ねるのだと、貴族の少女は理解した。

 

「あ、アリスン? これは……」

 

「い、イヤァァァ! お兄様フケツーーー!」

 

 アルハレムに声をかけられたアリスンは脱兎のごとく部屋から逃げ出した。

 

「あらあら? 思ったよりウブな方だったようですわね」

 

「ふ、フケツ……」

 

 リリアはアリスンが走り去った方を見て首をかしげ、アルハレムは妹の言葉にある意味自業自得とはいえいたく傷ついたのだった。

 

 ☆★☆★

 

 その日の夜。アストライアは自分の書斎で一通の手紙を書いていた。

 

 手紙を書き終わり封筒に入れて封をすると、アストライアは振り向かずに自分の背後にいる人物に声をかけた。

 

「何か用か? ツクモ?」

 

「……アストライア殿はアルを『アレ』に推薦する気でござるか?」

 

 ツクモはアストライアが書いた手紙に視線を送りながら聞き、それにマスタノート辺境伯は苦笑しながら答える。

 

「そのつもりだ。アルハレムを陰謀渦巻く政治の道具に使うことに怒っているか? お前はからかいながらもアルハレムを実の弟のように可愛がっていたからな」

 

「……アルはギルシュの名門貴族マスタノート家の人間。それがクエストブックを手に入れて冒険者となったとなれば、いつの日かこうなるのは分かっていたでござるよ」

 

 アストライアの言葉に冷静に答えるツクモ。その態度は「否定はしないが賛成もしない」と言外に語っており、そんな猫又の態度にアストライアは、

 

(全く……。あのサキュバス達といい、このツクモといい、私の息子は随分と変わった女に好かれるな)

 

 と、自分の息子に感心と同時に呆れを感じた。

 

「とにかくアルを『アレ』に推薦するならば、その前にやってほしいことがあるでござる。……マスタノート家当主アストライア殿。今こそ我ら猫又の一族とマスタノートの一族が百年以上前に交わした約束を果たしてもらうでござる」

 

「……ほう?」

 

 真剣な表情となっていうツクモの言葉にアストライアは振り向いて彼女の顔を見る。

 

「お前が今になってそれを言うとは……きっかけとなったのはアルハレム、奴が連れてきた魔女達か?」

 

「左様でござる。あの三人のステータスはここに来る前、馬車の中で見せてもらったでござるが中々興味深い内容でござった。特に彼女の力をかりれば我ら猫又の一族の悲願が叶うかもしれんでござる」

 

(なるほどな。……やはりあれはそういう意味か)

 

 アストライアが内心で納得したように頷いているとツクモが口を開く。

 

「アストライア殿。猫又の一族の悲願達成のため貴殿のご子息、アルハレムとその仲間である三人の魔女達を貸してほしいでござる」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十八話

「あれ? ここは……?」

 

 朝起きたアルハレムは最初、自分がどこにいるのか分からなかった。寝ぼけ眼を擦りながら周囲を見回してようやくここが自分の部屋だと気づいた。

 

「そうだった。昨日帰ってきたんだったな。……それにしても」

 

 アルハレムがもう一度周囲を、今度は自分にごく近い範囲を見回すと、そこには一糸纏わぬ姿のリリア、レイア、ルルが同じベッドで眠っていた。昨日の昼だけでなく夜でも肌を重ねた三人の魔女達は、流石に体力がつきたのか幸せそうな寝顔を浮かべている。

 

「このベッドに感謝する日がくるとは思いもしなかった」

 

 アルハレムは今自分達が寝ているベッドを見て苦笑する。彼のベッドは数年前に購入された特注品で、五人くらいの大人が一緒に眠れるくらいの広さがあった。

 

 昨日までは「こんなに広いベッドで寝ても落ち着かない」と思っていたアルハレムだったが、今はこのベッドの広さに感謝していた。もしこの大きなベッドがなかったら、城の使用人達に追加のベッドを用意してもらわないといけなかっただろう。

 

「そろそろ着替えるか。………ん?」

 

「………!」

 

 ベッドから降りて着替えようとしたアルハレムは、ふと視線を感じてそちらを見ると、わずかに開いているドアから部屋の様子を覗いていたアリスンと目があった。あってしまった。

 

 一体アリスンはいつから部屋を覗いていたのか? そもそも何故覗いていたのか? アルハレムの脳裏に疑問が生じたが、次の瞬間にはそれらの疑問は今重要ではないことに気づく。

 

 アルハレムにとって今重要なのはただ一点。

 

 昨日ほぼ一日中リリア達と肌を重ねていた自分が、今ベッドで眠っている彼女達と同じ裸だという点だった。

 

「「…………………………」」

 

 思わず目をあわせたままたっぷり十秒ほど硬直する二人の兄妹。そして長い沈黙の後……、

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 マスタノート辺境伯の城に悲鳴が響き渡った。

 

 ☆★☆★

 

 昼すぎ。アストライアは城内の一室に、昨日の昼食の席に同席した者達を集めた。

 

「全員集まったようだな」

 

 アストライアは部屋に集まった面々を見る。

 

 その中で顔を真っ赤にしたアリスンが隣にいるアルハレムを何度も横目で見て、妹の視線にアルハレムが気まずそうな表情をしていたが、理由を知っている全員は二人を無視して、アストライアも気づかないふりをして話を始めた。

 

「集まってもらったのは他でもない。このマスタノート領におけるある重大な問題について私から話すことがある」

 

「あの……アストライア様? マスタノート家の問題の話し合いなら、俺はいない方がよいのでは?」

 

 リリア、レイア、ルルはアルハレムが仲間にした魔女であるためどちらかと言えばマスタノート家の立場だが、ライブは隣の領地の貴族ライブ家の当主だ。

 

 他家の問題に自分が関わるのは不味いのではないかとライブがためらいがちに言うが、アストライアは首を横に振ると否定した。

 

「いや。ビスト伯、これはそちらにとっても少なからず関わりがある問題だ。是非聞いておいてもらいたい。……何故なら重大な問題とはあの忌々しい『魔物を生み出す森』についてだからだ」

 

『…………………………!』

 

 アストライアの言葉にリリア達三人の魔女を除く部屋にいる全員の顔色が変わる。

 

 魔物を生み出す森。

 

 マスタノート領の四分の一を占め、隣国エルージョにも範囲を伸ばしている無限に魔物が出現する森。

 

 そこから外界に漏れ出る魔物によってギルシュとエルージョを行き来する商人達は幾度となく危険にさらされ、これによる被害にはマスタノート家だけでなく自分もエルージョからの輸入品を取り扱っているビスト家も頭を悩ませてきた。

 

「……なるほど。確かにあの森の話になるとウチも無関係とは言ってられませんね」

 

「それでお母様。魔物を生み出す森についての話とは一体なんですか?」

 

 ライブが納得すると今度はアイリーンが質問をしてアストライアがそれに頷く。

 

「……マスタノート家がこの地を治め始めた頃よりの因縁がある忌々しいあの森。私はあの森の『攻略』を行うことに決めた」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十九話

「攻略?」

 

「お母様。私達はあの森の魔物を討伐するのではないのですか? 攻略とはどういうことなのでしょうか?」

 

「それについてはツクモさんから説明するでござるよ」

 

 アストライアの「攻略」という言葉にアリスンとアルテアが疑問の声をあげるが、それに答えたのは今まで黙って話を聞いていたツクモだった。

 

「アストライア殿が森を攻略すると言った理由……それはあの森が自然のものではなく、百年以上前にエルフ族が造ったダンジョンだからでござる」

 

「ダンジョン!? ツクモさん、それはほんとうですか?」

 

「まことにござる」

 

 初めて聞く事実にアルハレムが驚いて聞くとツクモは頷いて肯定し、アイリーンが冷静な目で彼女を見ながら訊ねる。

 

「……ツクモ。どういうことなのか聞かせてもらえるか?」

 

「元よりそのつもりでござる。ただ、説明するにはツクモさん達猫又の一族のことから話さねばならぬので、少し長くなるでござるが」

 

「獣娘……じゃない、猫又の一族の話!?」

 

 ツクモ達猫又の話と聞いてライブが目を輝かせるが全員が無視して、ツクモも話を始めた。

 

「ツクモさん達猫又の一族は、外輪大陸の辺境で暮らしていて、大昔から近隣の人間の国に傭兵やら密偵となって腕を売っていたでござる」

 

 魔女は強力な魔物である上、猫又は魔女の中でも特に隠密活動に長けた種族である。それが傭兵もしくは密偵として雇えるというのであれば、確かに人間の権力者は大金を払ってでも猫又を雇うだろう。

 

「しかし猫又は所詮は魔女……人間にとっての敵である魔物の一種族であるござるからな。いつの日か猫又を滅ぼすか、捕虜にして自分達の便利な駒にしようと考える人間が出てくることは目に見えていたでござる。……そこで猫又の一族はある魔女の一族と契約をしたのでござる」

 

「魔女、ですか?」

 

 反応を示したリリアにツクモは「左様でござる」と頷いてから話を続ける。

 

「その魔女の一族は『自分が認めた者以外、決して入れぬ場所』を創りだす変わった力をもっており、猫又の一族はその魔女の一族の世話をする代わりに猫又の一族の隠れ里を造ってもらったのでござる」

 

 魔女の一族との契約によって安全な住処を手に入れた猫又の一族は、仕事の時以外で人前に姿を現すことはなくなり、近隣の人間の国は猫又の一族を「神出鬼没な傭兵一族」と畏怖しているらしい。

 

「その魔女の一族と猫又の一族は互いにそれなりに平和に暮らしていたでござるが百年以上昔のある日、エルフ族が魔女の一族から生まれたばかりの子供を一人、拐っていったのでござる。エルフ族は拐ってきた魔女の子供を『核』としてダンジョンを造り、自分達はダンジョンの奥地に暮らそうと考えたでござるよ。そしてそのダンジョンこそが……」

 

「魔物を生み出す森、か……」

 

「いくら魔女とはいえ、子供を人柱に使うだなんて……不愉快ですね」

 

「………」

 

「確か、に、そんな、の、許され、ない」

 

 ツクモの言葉をアイリーンが引き継ぎ、リリアとレイアにルルが不快そうに表情を歪める。

 

「猫又の一族は拐われた魔女の子供を捜し、このマスタノート領まで辿り着いたでござる。そして当時、この地を治めていた初代マスタノート辺境伯とこう契約をしたのでござるよ。『猫又の一族はマスタノート家の目と耳、そして爪となってこの地の繁栄のために尽力する。その代わり魔物を生み出す森から魔女の子供を救いだす方法を一緒に探し、方法が見つかれば救いだすのに協力してほしい』と」

 

「そうか、それで……」

 

 ツクモの話を聞いて、この部屋にいるアストライアを除いた人間達が納得の表情となる。

 

 ツクモの言う通り、猫又の一族は代々のマスタノート家の当主を影から支えて力を尽くしてくれた。

 

 自国のだけでなく他国の情報も集め、魔物との戦いとなれば常にマスタノート家当主の隣に立って戦ってくれた。その他にも猫又達はマスタノート家の為に尽力してくれて、マスタノート家の発展は猫又の一族の協力がなければあり得なかっただろう。

 

 しかし何故猫又達はここまでマスタノート家に尽くしてくれるのかと疑問だったのだが、今日のツクモの話を聞いて全て理解できた。

 

「お前達には黙っていてすまなかったな。だがこれは代々マスタノート家の当主のみが知る秘密だったからな」

 

「あれ? でもそんな話をしたってことは、魔女の子供を助ける方法が見つかったってこと?」

 

 アストライアが我が子達に謝ると、アリスンがこの話をされた意味に気づく。

 

「左様でござる。そしてその救いだす方法とは……」

 

 ツクモはそこで言葉を切ると、まずアルハレムを見て次にリリア達三人の魔女を見た。

 

「え? 俺達?」

 

 アルハレムが自分を指差して訊ねるとツクモが頷き、彼女はアルハレム……ではなくルルを指差した。

 

「アル。猫又の一族の悲願、あの森から魔女の子供を救いだすにはアルの力、正しくはアルが仲間にしたそこのルルの力が必要なのでござる」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十話

「……? ルルの、力、必要?」

 

「ツクモさん。それはどういうことですか?」

 

 突然ツクモに呼ばれてルルは首をかしげ、アルハレムが質問する。

 

「あの魔物を生み出す森、ダンジョンの奥地にはエルフ族が造った街があって、猫又の一族の長年にわたる調べによると『核』にされた魔女の子供は、街の中央にある神殿に封印されているようなのでござる。しかしその神殿の封印を解くには必要な手順があるらしく、そのためにルルの力が必要なのでござるよ」

 

「ちょっと待て。猫又の一族はダンジョンを突破したのか? ならば封印を解く手順とやらをエルフから聞き出せるのではないか? 捕虜にして尋問すれば……」

 

 ツクモの説明にアイリーンが首をかしげながら聞くと猫又の魔女は首を横に振って、それはできないと否定する。

 

「残念ながらその街のエルフ族は皆、とうの昔に死んでいるのでござる。……ダンジョンには核にされた魔女の子供の意思が宿っていて、エルフ族は自分達が造ったダンジョンに閉じ込められて滅んでしまったのでござるよ。要するに拐われた魔女の子供の復讐でござるな」

 

「それは、なんと言うか……」

 

「バッカじゃないの? そのエルフ族」

 

 あまりにも拍子抜けなエルフ族の最期にアルテアが何とも言えない表情を浮かべ、アリスンが率直な感想をのべる。ツクモも同じ意見なのか肩をすくめてみせると話を続けた。

 

「アリスンの言う通りでござる。まあ、そこまでならエルフ族の自業自得と笑い話で終わったのでござるが、問題はエルフ族が全滅してしまったため、封印の解除手順が分からなくなったことでござるよ。……当然、猫又の一族も自力で封印を解こうと様々な手段を試したでござるが結果は全てダメ。どうしたものかと考えていたところに現れたのがそこのルルなのでござる」

 

「だからそこでどうしてルルが出てくる……って、そういうことか、グールの種族特性」

 

 アルハレムはそこでようやくツクモがルルを必要としていた理由を悟る。

 

 グールの種族特性、「知識の遺産」。

 

 物に宿る記憶や知識を己のものにできるグールの種族特性。それを使えばエルフ族が残した遺品から封印を解く手順を知ることができるかもしれないとツクモは考えたのである。

 

「そういうことでござる。……そしてルルという猫又の悲願達成の光明が見えたからにはツクモさん……いや、一族より特命を受けた特務部隊九十九代目隊長『九十九』は、ここにいる皆に魔女の子供を救出する助力を求めるでござる」

 

「マスタノート家の当主である私は初代より当家に尽力してくれた猫又の一族との契約を違えるつもりはないが……アルハレム、お前はどうする?」

 

 アストライアはツクモの要請に頷くとアルハレムを見る。

 

 この場でツクモが最も必要としているのは、エルフ族の情報を知る可能性があるルルであり、そしてそのルルに唯一言うことを聞かせられるのはアルハレムだけであった。アルハレムは母親の視線を向けられると少し考えてから口を開いた。

 

「……いえ、俺は母さんの決めたことならそれに従うけど……ルルはどうなんだ?」

 

「我が夫、従う、なら、ルルも、それ、従う」

 

「……そうか。ありがとうな。ルル」

 

「き、気に、しない、で。これも、妻の、努め」

 

 訊ねると即答してくれたルルにアルハレムは嬉しくなって微笑んで礼を言うと彼女はまんざらでもなさそうに顔を赤くする。すると……、

 

『…………………………』

 

 部屋にいる女性陣のほとんどが魔物使いとグールの二人を様々な感情が混じった目で見る。

 

「うっ……!? そ、それでツクモさん。猫又の一族と契約した魔女って一体どんな魔女なんですか?」

 

 女性陣の責めるような視線を誤魔化すように訊ねるアルハレムの質問にツクモは頷いて答える。

 

「猫又の一族と契約をした魔女は『霊亀』。この世界で最も強く大地母神イアスの力を受け継いだと言われている種族でござる」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十一話

 その後の話し合いは結局、全員が霊亀の子供を救出することを賛成して、全員の意志を確認したアストライアが一ヶ月の期間で兵や装備等の準備を整えてから魔物を生み出す森を攻略することを決定したのだった。

 

「……それにしてもあの森にあんな秘密があったなんてな」

 

 話し合いが終わって自分の部屋に戻ったアルハレムは椅子に座ると一人呟いた。ちなみにリリア、レイア、ルルの三人は城内を見て回っていて、部屋にいるのは彼一人だけであった。

 

 アルハレムはツクモの話を思い出す。

 

 今までに何度も魔物を生み出す森に不自然を感じたことがあったし、何故猫又達はマスタノート家に尽力してくれるのか疑問に思ったことがあった。しかし、あのような理由があったとは予想もしなかった。

 

「魔物を生み出す森が大昔にエルフ族が造ったダンジョンとは……」

 

 そこまで言うとアルハレムはクエストブックを開いてそこに記された文章に目を通す。

 

【クエストそのなな。

 おともだちといっしょにダンジョンをこうりゃくしてください。

 ダンジョンのこうりゃくは、ぼうけんしゃのだいごみですからねー。

 それじゃー、あとはちじゅうろくにちのあいだにガンバってくださいね♪】

 

「ダンジョンなんてどこにあるんだと思っていたけど、まさか自分の家のすぐ近くにあったなんて思わなかったよ」

 

「ほうほう……。あの森の攻略はアルのクエストブックにも記されてあったのでござるな」

 

 アルハレムがクエストブックを見ていると、いつの間にか部屋に入ってきていたツクモが彼の背後からクエストブックの文章を覗き込んでいた。

 

「うわっ!? ツクモさん、いつからここに?」

 

 驚くアルハレムに答えずにツクモはため息をついた。

 

「ふむん……。これではツクモさんがここに来た意味はあまりないようでござるな」

 

「ここに来た意味? ツクモさんは何のために俺の部屋に来たんですか?」

 

「それは当然、アルに媚を売りに来たのでござる。……こんな風に♪」

 

 そう言ってツクモはアルハレムの前に回ると、突然床に伏せて彼の右足に両腕を絡ませ、舌を出した顔を近づける。

 

「ちょっ!? 何をふざけているんですか!」

 

「ツクモさんは別にふざけていないでござるよ」

 

 アルハレムは自分の足を舐めようとするツクモに驚いて足を動かそうとするが、猫又の魔女は彼の足を力強く掴んで離そうとせず、真剣な表情となって見上げる。

 

「………え?」

 

「アルも充分理解していると思うでござるが、霊亀の子供を救出するにはルルの力が必要不可欠なのでござる。いくらアストライア殿がマスタノート家の力を貸すと約束してくれても、肝心のルルが協力してくれなければ話にならないでござるよ。故にルルに唯一言うことを聞かせられるアルに、例えこの身体を売ってでも協力を約束してもらうのは当然のことでござろう?」

 

 ルルに協力させることを約束してくれるなら今ここで抱かれてもよいと言うツクモに、アルハレムは赤くなった顔を横に振る。

 

「そ、そんなことをしなくても俺は絶対に協力しますって。あの森の攻略は母さん、マスタノート家当主の命令と同時にクエストブックに記されたクエストなんだから。それに、俺がツクモさんの頼みを断るはずがないでしょう?」

 

「……………そうでござったな」

 

 アルハレムの言葉にツクモは立ち上がると、彼に笑みを向けた。

 

「驚かせてすまんでござる、アル。その言葉を聞けただけで安心できたでござるよ。……しかし少し残念でござった」

 

「ざ、残念? 残念ってどういう……なっ!?」

 

 ツクモはアルハレムの股間に手を当てると、彼の顔に妖艶な笑みを近づけた。

 

「可愛い弟分のアルがどれだけ立派な『雄』となったか、ツクモさんの身体で確かめられると思ったでござるが……それはまた今度の楽しみにとっておくでござる♪」

 

 ツクモはアルハレムの耳元でそう囁くとすぐに体を離し、そのまま窓へと歩いていくと振り返ってイタズラが成功した子供のような笑みを見せた。

 

「それじゃー、アル? 皆への説明、よろしく頼んだでござる♪」

 

「………え? はっ!?」

 

 アルハレムはツクモの言葉に首をかしげるが、すぐに鋭い複数の視線を感じて、そちらに顔を向けた。するとそこには……、

 

「アルハレム様……!」

 

「………!」

 

「我が夫……!」

 

「アル……!」

 

「お兄様……!」

 

 リリア、レイア、ルル、ライブ、アリスンの五人が憤怒の表情を浮かべてアルハレムを睨んでいた。

 

「アル、頑張るでござるよー♪」

 

「ま、待ってツクモさん!? この状況で置いていかないで!」

 

『どういうことか説明してもらおうか!』

 

 ツクモが窓から退散するのと同時に、嫉妬に狂った五人の魔女と人間がアルハレムに迫り、城内に一人の男の悲鳴が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十二話

 魔物を生み出す森を攻略するための準備は滞りなく進んでいった。

 

 城塞都市マスタロードは元々、魔物の群れや他国の軍隊の進攻を阻止することを目的に造られた都市なので、有事になればすぐさま兵を出せる状態を保っており、兵や装備等を整える作業はわりとすぐに済んだ。

 

 集めた兵達の中から森の深部へと突入する精鋭を選び抜き、一度自分の領地に戻って私兵を引き連れてきたライブと合流し、ツクモの情報を元に森を攻略する作戦を練っているうちに、アストライアが決めた一ヶ月という準備期間は過ぎていった。

 

 ☆★☆★

 

「うう……。もう朝か……?」

 

「おはようございます♪ アルハレム様♪」

 

「………♪」

 

「おは、よう。我が夫♪」

 

 窓から差し込んでくる朝日の光にアルハレムが目を覚ますとリリア、レイア、ルルの三人が満面の笑みで挨拶する。

 

「……ああ。おはよう、三人とも」

 

 朝起きたばかりなのに疲れきった声で挨拶を返すアルハレム。

 

 ベッドの上の四人は皆、衣服の類いを身に付けておらず素肌を密着させているのだが、三人の魔女達は肌に艶が出ていて活力に満ちているのに対して、魔物使いの青年はやつれて今にも倒れそうな感じであった。

 

「あら? アルハレム様、まだ寝足りないのですか? 大分お疲れのようですが?」

 

「……」

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 4/20

【生命】 60/1260

【輝力】 0/0

【筋力】 29

【耐久】 30

【敏捷】 34

【器用】 32

【精神】 33

【特性】 冒険者の資質、超人的体力

【技能】 ☆身体能力強化(偽)、☆疾風鞭、☆轟風鞭、★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)、サキュバスの主、ラミアの主、グールの主

 

 

 アルハレムは無言で自分のステータス画面を呼び出して仲間達に突きつける。

 

「………お前らな。毎日毎日、飽きもせずに俺から搾り取りやがって……懲りない俺も悪いんだがいい加減にしろよ」

 

「「「………」」」

 

 苦虫を大量に噛み潰したような顔で言うアルハレムに、リリア達は揃って明後日の方向を見て視線をそらした。

 

 リリアとレイアにルルの三人は、少し前に一人の魔女がアルハレムに迫ったのを見てから、以前よりも積極的に自分達の主に接触するようになっていた。

 

 当然、「夜」でも以前よりも積極的に接触……というより肌を重ねてきて、最近では家族だけでなくマスタノート家の使用人達も何かを諦めたような生暖かい目で見てきて、そんな生暖かい視線にアルハレムがこっそり心を傷つけているのは秘密である。

 

「にゃはは♪ アルってば今朝もモテモテみたいでござるね♪」

 

「「「……ッ!?」」」

 

 突然窓から聞こえてきた声にリリア達三人の魔女は即座に反応すると、アルハレムを庇うように取り囲んでから声がした窓を見る。

 

「はーい♪ おはようでござる、皆。アル、よく眠れたでござるか?」

 

 開かれた窓際に腰を掛けた猫又の魔女、ツクモが手を振りながら挨拶をすると、リリア達三人の魔女の表情が険しくなる。

 

「きやすくアルハレム様に話しかけないでくれますか? この淫乱な猫又が。……私達、というかこの私を差し置いてアルハレム様に完全服従奉仕なんて羨ましい行為なんてさせませんからね」

 

 三人を代表してリリアが意見(後半は完全にリリア個人の欲望だが)を言うと、ツクモは肩をすくめて首を横に振る。

 

「淫乱って、リリア達にだけは言われたくないでござるな。……それよりも四人とも早く服を着て準備をしてほしいでござる。他の皆は全員、準備できているでござるよ」

 

 そこでツクモは言葉を一旦切ると真剣な表情となって口を開いた。

 

「……何せ今日は待ちに待った日。霊亀の子供を救出するべく、魔物を生み出す森を攻略しに行く日なのでござるからな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十三話

 見渡す限り広がる遮蔽物もない草原を武装した大勢の集団が進んで行く。

 

 マスタノート家とビスト家に所属している兵士達だ。

 

 マスタノート家の兵の数は五十数名。これはマスタノート家の全兵力の半数であり、残りの半数はマスタロードの防衛の為に待機している。そこにビスト家の当主であるライブが引き連れてきた二十数名の兵達が加わって、合わせて八十名近くの大人数となっていた。

 

『……………』

 

 魔物を生み出す森、大昔のエルフのダンジョンに向かっているからだろうか。

 

 八十名近くの兵士達は皆、眼の中に激しい感情の炎を燃やしていた。その顔は胸に宿る思いによって険しい表情が刻まれていて、表情を険しいまま変えることなく黙々と歩を進める兵士達の姿はまるで動く彫刻のようだった。

 

 しかし兵士達は彫刻ではなく生身の人間であるため、彼らの口からは呼吸の音とともに呟きが聞こえる。

 

 その呟きは兵士達の胸の内にある感情をそのまま現したものであった。

 

 

「チックショウ……! あのクソガキ、いつの間にハーレムなんか作りやがった……!」「突然消えたかと思えば、あんな美人の魔女を三人も連れて来やがって」「当てつけだな? 俺への当て付けなんだな? 今まで可愛がってやった恩を仇で返しやがって、アルハレムの野郎」「羨ましくなんてない。羨ましくなんてない。羨ましくなんてない。羨ましくなんてない。羨ましくなんて……」「あのサキュバス、スゲェエロい衣装だな」「ラミア、初めて近くで見たけどいい女じゃねぇか」「あのグールの鎧……ビキニアーマーをこの目で見る日がこようとは……」「あんな美人達を独り占めしやがって……!」「憎しみで人を殺せたらいいのに。憎しみで人を殺せたらいいのに。憎しみで人を殺せたらいいのに。憎しみで人を殺せたらいいのに。憎しみで人を殺せたらいいのに……」「俺達はダンジョンを攻略しに行くんだぞ? デートじゃないんだぞ? あの馬鹿、分かっているのか?」「美人の母親に姉と妹、その次は美人の仲間達ってか……!?」「というか何で仲間にしたのが全員魔女? しかも巨乳の。もしかしてアルハレム様って女好き?」「大事なところがもげればいいのに。大事なところがもげればいいのに。大事なところがもげればいいのに。大事なところがもげればいいのに。大事なところがもげればいいのに……」

 

 

「……………なぁ? 何だか兵士達の視線が俺に集中している気がするんだけど、気のせいか?」

 

「いえ、気のせいではないかと。私も尋常ではない負の感情を感じますから」

 

「………」

 

「我が夫。気を、つけて。あの、兵、達、あぶ、ない」

 

 兵士達の突き刺すような視線を背中に感じて馬に乗ったアルハレムが冷や汗を流しながら呟くと、彼の回りを徒歩でついてきているリリア、レイア、ルルが頷く。

 

「にゃはは♪ アルってばアリスンやリリア達だけでなく、兵士達にも人気でござるな♪」

 

 いつの間にかアルハレムの後ろで馬の上に座っていたツクモが笑う。

 

「笑い事じゃないですよ、ツクモさん。何だか今にも後ろから刺されそうで怖いんですから」

 

 気がつけばツクモがいるのはいつものことなのでアルハレムは特に気にせずに答えると、回りにいたリリア達が憤怒の表情で猫又の魔女を見る。

 

「何でアルハレム様の後ろに座っているんですか貴女は! 羨ましい真似をしてないで早くそこから降りなさい!」

 

「固いこと言いっこなしでござるよ♪ ……それよりもアル? その煙管の吸い心地はどうでござるか?」

 

 ツクモはリリアの怒声を軽く流すとアルハレムの右手にある煙管について聞く。彼が持っている煙管は、城を出発する時にこの猫又の魔女から渡されたもので、彼女に吸っておくように言われていたのである。

 

「え? ああ、はい。この煙管を吸っていると体力が回復してもう大分楽になりました。ほら、ステータス」

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 4/20

【生命】 942/1260

【輝力】 0/0

【筋力】 29

【耐久】 30

【敏捷】 34

【器用】 32

【精神】 33

【特性】 冒険者の資質、超人的体力

【技能】 ☆身体能力強化(偽)、☆疾風鞭、☆轟風鞭、★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)、サキュバスの主、ラミアの主、グールの主

 

 

 アルハレムがステータス画面を呼び出してツクモに見せると、今朝には数値が底をついていた【生命】が八割近くまで回復していた。

 

「凄いですね、この煙管。最初はただの煙草だと思っていましたけど違ったんですね」

 

「当然でござるよ♪ その煙管には猫又の一族秘伝の薬草を仕込んであるので、効果が出るまでちと時間がかかるでござるがよく効くでござろう? アル達にはやってもらうことがあるでござるから、その煙管と薬草はやるでござる。これでリリア達と何度肌を重ねても安心でござるな♪」

 

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます、ツクモさん!」

 

「………!?」

 

「あり、がと、ございま、す。ツクモ、さん」

 

 ツクモが胸を張ってアルハレムが吸っている煙管の説明をすると、「何度肌を重ねても安心」という言葉にリリア、レイア、ルルが今まで見たことないくらいに腰を低くしてお礼を言う。

 

 流石は魔女、自分達の欲望を助ける相手には礼を尽くすようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十四話

 魔物を生み出す森は城塞都市マスタロードから片道で大体一日くらいの距離にあり、森に着いたのはマスタロードを出発した翌日の昼頃だった。

 

 森に着いたマスタノート家とビスト家の兵士達は、昼食を兼ねた森に突入する前の最後の休憩をとっていた。

 

「……なあ、ライブ? お前、本当に俺達と森に入るのか?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 休憩時にアルハレムが訊ねるとライブは頷いて肯定する。

 

 今回のダンジョン攻略の指揮を執っているアストライアは、全ての兵士達を突入させずに全兵力の半数だけを森に突入させて、もう半数は森の外に残しておくことに決めた。

 

 そして遠く離れた相手に指示を出せる固有特性を持つアストライアは森の外に残り、自分の子供達とその仲間達に森に突入する兵士達の指揮を任せると、そこにライブが森に突入する部隊に加えてほしいと言ってきたのだ。

 

「考え直さないか? これはマスタノート家の戦いだ。ビスト伯であるお前にもしものことがあったら……」

 

「後方に残っても、俺がアストライア様に手伝えることはない。それよりも俺自らが前線に出た方が、突入部隊に参加しているウチの兵達の士気も上がるだろ?」

 

 森に入るのを止めさせようとするアルハレムにライブは首を横に振って断る。ここまでの話を聞いた限りでは、若いのに責任感のある勇敢な青年領主のように聞こえるのだが……、

 

「………本音は?」

 

「お前にばかりいい格好をさせるか! 俺も森の中で戦って、ツクモさんとタマさんとミケさんに格好いいところをアピールするんだ!」

 

 と、聞かれた途端に欲望を暴露する。……何というか、色々と残念である。

 

「そんなことだろうと思ったよ……」

 

「ええ、まだ付き合いは短いですが私もこちらの方が自然に感じられます」

 

「………」

 

「生き、生き、と、して、る」

 

 鼻息を荒くして本音を叫ぶ友人にアルハレムがため息を吐くと、リリア、レイア、ルルもそれに頷く。

 

「にゃはは♪ まあ、一緒に戦ってくれるのならツクモさんは歓迎するでござるよ。タマ、ミケ、ライブのことは任せるでござるよ」

 

「「はい」」

 

 ツクモが楽しそうに笑ってから後ろにいる二人の部下である猫又にライブの護衛を任せると二人の猫又、タマとミケが揃って返事をした。

 

 タマとミケの姿は、二人ともツクモと似たような服装をしており、タマは髪も頭の猫耳も艶のある黒に対して、ミケは黒髪がわずかに混ざった金髪に茶色の猫耳を生やしていた。

 

「まあ、いざという時はツクモさんが守ってあげるでござるよ。アル、ライブ、安心したでござるか?」

 

「え? あ、はい。ツクモさんにそう言ってもらえると心強いです」

 

「はい! 俺も心強いです!」

 

 胸を張ってアルハレムとライブを守ると言うツクモ。そんな猫又にリリア達三人の魔女が反応して対抗するような目を向ける。

 

「……アルハレム様をお守りするのは私達の役目です。随分と腕が自信があるようですけど、それほど貴女は強いのですか?」

 

「………」

 

「よく、考え、たら、ルル、達、貴女、の、力、知ら、ない」

 

「むむ? リリア達はこのツクモさんの力を疑っているでござるか? ……では証拠を見せてやるでござる♪ ステータスでござる」

 

 リリア達三人の挑むような視線に、ツクモは自信ありげに笑うと自分のステータスを呼び出して三人の魔女に見せた。

 

 

【名前】 ツクモ

【種族】 猫又

【性別】 女

【才能】 28/50

【生命】 1120/1120

【輝力】 1120/1120

【筋力】 110

【耐久】 115

【敏捷】 110

【器用】 112

【精神】 113

【特性】 魔女の血統、自動才能強化、猫と化す魔女、投擲の天才

【技能】 ☆身体能力強化、☆爪操作、☆柴光爪、☆柴光弾、★中級短剣術、★中級格闘術、★中級投擲術、★中級薬術、★中級泳術、★隠密移動

【称号】 九十九代目探索部隊隊長、マスタノート家の影の実力者

 

 

「「「…………………………………………!?」」」

 

 ステータスに記された情報にリリア達三人は思わず絶句し、それを見たツクモが笑みを深くする。

 

「にゃはは♪ 驚いたでござるか、小娘ども? マスタノート家の影の実力者であるこのツクモさんに生意気言うのは百年早いでござるぞ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十五話

「さ、才能が二十八回も強化されている……? に、『二十回クラス』の実力者?」

 

 ツクモのステータス画面を見ながらリリアが信じられないといった表情で呟く。

 

 この世界の人間と魔物が才能を強化して身体能力を底上げできる回数は、一部の例外を除いて二十回前後とされている。

 

 その為、世間の人々は経験を重ねて二十回以上才能を強化した戦士を「二十回クラス」と呼んで、畏怖と尊敬の目で見ていた。

 

「ツクモさんの実力を理解したようでござるな? ツクモさん達、猫又一族は『自動才能強化』という修練を積めば自動で才能が強化される種族特性を持っていて、猫又一族は最低でも十回以上才能を強化しないと里の外に出ることが許されんのでござる。ちなみにそこにいるタマとミケも十回以上才能を強化しているでござるよ」

 

「「……」」

 

 リリアの反応に気をよくしたツクモが笑いながらタマとミケを紹介すると、二人の猫又は笑みを浮かべて会釈する。

 

「まあ、ツクモさんより才能を強化した回数が多いのはアルの母親のアストライア殿くらいでござるな」

 

「アルハレム様のお母様も二十回クラス!?」

 

「………!?」

 

「そんな、に、強い、の? 我が夫、の、母君?」

 

 アストライアの方がツクモよりも才能を強化した回数が多いという事実にリリア、レイア、ルルが目を丸くして驚く。

 

「実力主義のギルシュでも特に力を優先しているマスタノート家の当主が、お手伝いとはいえ部下より弱いなんて示しがつかないでござるからな♪ それに……って、おーい、そこの三人ー! ちょっと来てほしいでござるー!」

 

 ツクモはそこで言葉を止めると、向こうの方で部下と話していたアイリーンとアルテアにアリスン、アルハレムの姉と妹を呼んだ。

 

「どうした、ツクモ? もうそろそろ出発の時間だぞ?」

 

 呼ばれてきたアイリーン達にツクモはリリア達三人の魔女を横目で見てから話しかける。

 

「いやいや、出発の前にリリア達にアイリーン達のステータスを見せてやってほしいでござるよ。ほら、仲間の実力を把握していないと戦いで困るでござるからな」

 

「何? ……まあ、それもそうか。ステータス」

 

「私は別に構わないけど。ステータス」

 

「……仕方ないわね。言っとくけど、お兄様の一応僕だから特別に見せてあげるんだからね。ステータス」

 

 アイリーン、アルテア、アリスンはツクモの言葉に納得の表情で頷くと自分達のステータス画面を呼び出してリリア達に見せた。

 

 

【名前】 アイリーン・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 女

【才能】 15/72

【生命】 600/600

【輝力】 610/610

【筋力】 112

【耐久】 116

【敏捷】 115

【器用】 58

【精神】 60

【特性】 冒険者の資質、奇跡の肉体

【技能】 ☆身体能力強化、☆紅炎刃、☆蒼雷刃、☆蒼紅炎雷刃、★中級剣術、★中級短剣術、★中級格闘術、★中級弓術、★中級槍術、★中級馬術、★中級泳術、★中級交渉術

【称号】 双剣の戦姫、次期マスタノート家当主候補

 

 

【名前】 アルテア・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 女

【才能】 8/26

【生命】 410/410

【輝力】 410/410

【筋力】 40

【耐久】 46

【敏捷】 40

【器用】 41

【精神】 43

【特性】 冒険者の資質、癒しの光

【技能】 ☆身体能力強化、★中級杖術、★初級格闘術、★中級馬術、★中級調理、★初級薬術、★初級交渉術

【称号】 慈悲の聖女、マスタノート家の癒し

 

 

【名前】 アリスン・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 女

【才能】 3/31

【生命】 210/210

【輝力】 300/300

【筋力】 26

【耐久】 31

【敏捷】 27

【器用】 27

【精神】 27

【特性】 冒険者の資質、長期間活動

【技能】 ☆身体能力強化、☆ギガントアーム、★中級剣術、★中級槍術、★中級杖術、★中級馬術、★中級泳術

【称号】 戦場で遊ぶ悪童、兄を愛する貴族

 

 

 ステータス画面に記されていたのは、貴族の令嬢というよりは歴戦の戦士といった高い身体能力の数値と技能の数々。

 

「「「…………………………………………!?」」」

 

 アイリーン達のステータス画面を見て目を限界まで見開くリリア達にツクモが顔を近づけて囁く。

 

「これから先もずっとアルと一緒にいるつもりなら、この武闘派家族に慣れといた方がいいでござるよ♪」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十六話

 休憩が終わるとアルハレム達は三十数名の兵士達を率いていよいよ魔物を生み出す森に突入した。

 

 森の中は一見静かな普通の森だったが、すぐに普通の森とは違う異常が感じられた。

 

 鳥や獣どころか虫の鳴き声すら聞こえない完全な静寂。

 

 巨大な無数の樹木が壁のように左右で列をなしてできた森の深部へと続く緑の道。

 

 確かにここは百年以上昔にエルフ族が一人の魔女、霊亀の力で造った森の迷宮のようだ。

 

 森から感じられる異質な雰囲気に兵士達は緊張した表情で前に進み、その兵士達の前にはアルハレムを初めとするマスタノート家の四姉弟に六人の魔女、それにビスト伯のライブを加えた十一名の兵士達の指揮を執る集団が歩いていた。

 

「ツクモ。お前は以前、このダンジョンの最深部へ行ったと言っていたが、そこまでの道は覚えているのか?」

 

「覚える必要なんてないでござる。これも前に言ったでござるよ? このダンジョンには核にされた霊亀の意思が宿っていると。霊亀の意思はツクモさん達を自分を助けようとする味方だと知っているでござるから、こうして罠も回り道もない一本道のルートを用意してくれているでござるよ。だからこのままこの道を進めば一時間もしないうちに霊亀が封じられているエルフ族の街へと着くでござる」

 

 集団の先頭を歩くアイリーンが隣で歩くツクモに訊ねると、猫又の魔女は気楽な調子で説明する。

 

「そうか」

 

「ただし……。このダンジョンには霊亀の意思以外にもエルフ族の『エルフ族以外の外敵を排除しろ』という命令が宿っているでござるからな。ときどき霊亀の意思を無視して突然ダンジョンの形が変わる等の防衛機能が働くので油断は禁物でござる。そう……」

 

 そこまで言ったところでツクモは気楽な表情を真剣なものに変えて足を止め、アイリーンも足を止めると後ろの兵士達にも手で止まるように指示を出した。

 

「こんな風に」

 

「っ!? 総員、戦闘準備!」

 

 ツクモの言葉を合図にしたように森の地面、樹木の壁がいくつも盛り上がって異形の影が姿を現し、それにいち早く気づいたアイリーンが兵士達に指示を飛ばす。

 

 地面、そして樹木から現れたのは植物でできた人形らしきものだった。

 

 背丈は人間の子供くらいだろう。外見は木の葉や草を集めて無理矢理人の形に固めたような姿で、手には背丈の倍以上ある木製の剣や槍等を持っていた。

 

 その植物の人形はここにいるほとんどの人間、マスタノート家に関する者達にとって見慣れたものだった。

 

「何ですかこの不細工な人形達は?」

 

「………?」

 

「魔物? 生き、物、なの?」

 

「コイツらがマスタノート領で暴れている例の魔物だよ」

 

 突然現れた植物の人形の群れを見て首をかしげるリリア、レイア、ルルにアルハレムが答える。

 

 今ここに現れた植物の人形達こそが、マスタノート家がこの地を治め始めた頃から戦い続けてきた魔物だった。いくら倒しても何度でも森から生み出され、森の外に出てきては領民や旅人を襲ってきた正体不明の魔物の群れ。

 

「その正体はこのダンジョンの防衛機能が外敵を排除するために作り出した人工の魔物でござる。時折森の外に出て人々を襲うのは、ダンジョンが外の人間を『侵攻しようとする外敵』と誤認して、それを排除しようとしたからでござる」

 

「……まさか我がマスタノート領、最大の問題であるこの魔物達が、百年以上昔に自滅したエルフ族の傲慢の産物であったとはな。こんな木偶人形相手にいつまで戦っていて、情けないやら腹立たしいやら分からないな」

 

「まあ、いいじゃない。このダンジョンを攻略して霊亀を助ければ、もうこの魔物達も出てこなくなって皆安心して暮らせるのだから」

 

 ツクモの言葉にアイリーンが複雑な目で植物の人形、ダンジョンが作り出す人工の魔物を見ていると、彼女の横に進み出たアルテアが敵を前にしながらリラックスした表情で姉に笑いかける。そしてその後ろではアリスンが自分の武器であるハルバードを構える。

 

「どうでもいいから早くやりましょうよ、お姉様。いつものように蹴散らせばいいだけでしょ?」

 

「フフッ。それもそうだな。……では、いくぞ勇敢なるマスタノートの兵士達よ! この木偶人形との因縁、この戦いで終わらせるぞ!」

 

 アリスンの言葉にアイリーンは小さく笑うと腰の双剣を引き抜いて掲げると兵士達を鼓舞し、兵士達もそれに己の武器を掲げて大声を上げることで応える。

 

「いやいや~。相変わらずオットコ前でござるな、アルの姉と妹は」

 

 魔物の群れを前にしても物怖じせず、兵士達に絶大なカリスマを見せたアイリーン、アルテア、アリスンの三人の姿にツクモが呟くとアルハレムが苦笑しながら頷いた。

 

「本当に……。あの三人の姉と妹と一緒に歩くのって結構大変なんですよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十七話

 話している間にもダンジョンは防衛用の人工の魔物、植物の人形を作り出していき、その数はすでに軽く五十を越えている。

 

 更に悪いことに、今アルハレム達がいる地形は左右が大樹の壁に阻まれた一本道の地形で、前後は植物の人形に挟まれていた。

 

 数も地の利も植物の人形達の方が圧倒的に有利でありながら、アルハレム達が率いる兵士達の表情は全員緊張はしていても、誰一人たりとも諦めや恐れを見せていなかった。

 

 何故ならここにはマスタノート家の時代を担う三人の優秀な戦乙女達がいて、兵士達は彼女達がこの程度の兵力差を幾度となく退けてきたのを知っているからだ。

 

「前方の敵は私が、後方の敵はアリスンが戦う! 兵士達はアルテアを中心に円陣を組め! 他は兵士達の援護をしろ!」

 

 アイリーンが周囲に指示を飛ばすと兵士達は素早く指示通りにアルテアを中心に円陣を組み、アルハレム達は円陣の外側に立って構える。それを確認するとアイリーンとアリスンは輝力で身体能力を強化して、彼女達の体が青白い光に包まれる。

 

「行くぞ、アリスン!」

 

「ええ! お姉様!」

 

 アイリーンとアリスンはそれぞれ風のような速さで前方と後方にいる植物の人形達に向かって突撃していく。

 

「はあ! せい!」

 

 アイリーンが右手に持つ剣を振るい植物の人形の一体を一撃で木の葉と草の残骸にすると、続けて左手に持つ剣を振るって残骸の中に混じっていた小さな木の実を打ち砕く。

 

 植物の人形の戦闘力はそれほど高くなく、戦乙女でなくとも訓練を積んだ兵士なら充分対応できるレベルである。しかし植物の人形は常に複数で行動する上に、体のどこかにある「核」を破壊しない限り何度でも再生するのだ。

 

 アイリーンが今打ち砕いた木の実こそが植物の人形の核であり、核を破壊された人形は木の葉と草の残骸となったまま二度と再生しようとしなかった。

 

「まだまだぁ!」

 

 気合いの声を放つと共に別の植物の人形にと斬りかかるアイリーン。

 

 片方の剣で植物の人形の体を散らし、もう片方の剣で体を散らされたことによって外に出た核を破壊する。

 

 当然、植物の人形達もアイリーンに木製の武器を振るって攻撃するのだが、輝力で身体能力を強化した戦乙女にはかすりもしない。一体の植物の人形が攻撃しようとする間に二体、三体の植物の人形が双剣に剣撃によって木の葉と草の残骸にされていく。

 

 二振りの剣を完全に使いこなし、次々と敵を反撃すら許さずに切り捨てていくその姿は、まさに「双剣の戦姫」という異名で呼ばれるのに相応しかった。

 

 そしてアイリーンが前方の敵を次々と切り捨てているその時、アリスンが後方にいた植物の人形達に攻撃を仕掛けようとしていた。

 

「いっくわよおおっ!」

 

 植物の人形達は手に持つ木製の武器を構えて迎え撃つ体勢をとるのだが、アリスンはそれに恐れることなく突撃するとハルバードを振るって一度に数体の植物の人形を破壊する。

 

『……』

 

 しかし今の一撃では核を破壊できていなかったみたいで、体を破壊された植物の人形はすぐに再生をした。

 

「ふふん♪ 何回でも直るんだったら、何回でも壊してあげる!」

 

 アリスンは体を再生した植物の人形達を見て獰猛な笑みを浮かべると、体を包む輝力の青白い光を強くし、植物の人形達の中に飛び込んでハルバードを振り回して暴れまわる。

 

 輝力で強化された身体能力を活かして敵の攻撃を避けて、偶然ハルバードの刃が核に当たって破壊できるまで、宣言通り何度でも植物の人形を壊していくアリスン。その姿はまるで積み木を崩したり、砂場で造った城を壊して遊ぶ子供そのものであり、彼女が「戦場で遊ぶ悪童」という異名で呼ばれる理由もこの姿にあった。

 

「相変わらず強いよな。というか以前より強くなっていないか? アイリーンさんとアリスンちゃん」

 

「ああ、本当にな。……俺達、いらなくないか?」

 

 少数だが向かってくる植物の人形の相手をしながらライブとアルハレムが話すが、二人とも苦笑を浮かべていた。

 

 事実、アルハレム達を挟み撃ちする植物の人形達のほとんどはアイリーンとアリスンだけで次々と破壊されていって、他の面々のやることといえば二人がたまにうち漏らした植物の人形の相手をすることぐらいだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十八話

 魔物が現れて戦闘になってから数分後。

 

 ダンジョンが作り出した五十体を越える植物の人形達は、そのほとんどがアイリーンとアリスンの二人によって短時間で破壊され、被害を最小限にひかえて戦闘は終了した。

 

 しかしそれでも兵士達の中には数名の怪我人が出ており、アルテアはそんな怪我をした兵士達の前に立つと、自分の手のひらを兵士達の怪我をした箇所に向けた。

 

「気を楽にして。すぐにすむから」

 

 アルテアがそう言うと彼女の手のひらから暖かな光が放たれて、光に当てられた兵士の怪我が少しずつ治っていく。

 

 これがアルテアの固有特性「癒しの光」の効果。

 

 アルテアは自分の輝力を消費することで他人の怪我を癒す固有特性を使って、城の兵士達だけでなく領民達の怪我も分け隔てなく治してきた。そのことから怪我を治してもらった人々は彼女のことを「慈悲の聖女」と感謝の念を込めて呼んでいた。

 

「さて、そろそろいいでござるか? 皆、『大きいヤツ』が出てくる前に先に進むでござるよ」

 

 怪我をした兵士達の治療が完了したのを確認してツクモが周囲に呼び掛ける。

 

「大きいヤツ? 何ですかそれは?」

 

「先程の植物の人形と同じ、このダンジョンが生み出す人工の魔物でござるが、こちらはダンジョン内に入り込んだ敵の排除が専門なのでござる。当然、植物の人形よりずっと強くて……あちゃあ」

 

 アルハレムの質問に答えていたツクモは言葉の途中で顔をしかめて頭に手を当てた。

 

「噂をすれば影、でござるか……」

 

 次の瞬間、地面が大きく揺れて盛り上がった。植物の人形が現れた時も地面が盛り上がったが、今回のはそれよりずっと大きかった。

 

 盛り上がった地面から現れたのは土と岩でできた一体の巨大な人形。

 

 背丈は成人の男の三倍以上あり、武器らしいものは持っていないが、岩の突起に包まれた足元まで届く両腕が凶悪な印象を与えていた。

 

 土と岩の人形を見ながらリリアがツクモに訊ねる。

 

「あの巨大な人形はどれくらい強いのですか?」

 

「植物の人形よりは数段強いでござるな。だけど動きは単調でござるから、戦乙女なら充分勝てるでござるよ」

 

「そうですか……」

 

「何よ? 貴女があの人形の相手をするの?」

 

 アリスンの言葉にリリアは首を横に振って否定する。

 

「いいえ。あの人形と戦うのは……アルハレム様です」

 

『なっ!?』

 

 リリアの言葉にこの場にいるほとんどが驚きの声をあげる。驚きの声をあげた者達の表情からは「アルハレムでは勝てない」という考えが見てとれて、それが彼の僕であるサキュバスにはこれ以上なく不満だった。

 

 リリア達はこの一ヶ月間マスタノートの城で暮らして、そこで城内の人間の中にアルハレムを下に見ている者がいることを知った。

 

 戦乙女でないアルハレムが優秀な戦乙女である母親に姉、妹より戦闘能力が劣って比較されるのは仕方がない。だが、それだけでアルハレムよりも強いわけでもないのに、彼を下に見る者がいることはリリアにとって到底我慢できることではなかった。

 

(丁度いい機会です。今のアルハレムには戦う力があることを、ここにいる無知な者共に見せつけてやります)

 

「アルハレム様」

 

「……ああ、分かったよ」

 

 リリアの考えを理解したアルハレムは僅かに嬉しそうな笑みを浮かべると、僕のサキュバスと口づけをを交わした。

 

 戦闘中にいきなり口づけを交わしたアルハレムとリリアの姿にほとんどの人間が驚くが、魔物使いとサキュバスは周囲の人間の声に耳を貸すことなく、口と口を介した輝力の補充を行う。

 

「……ぷは♪ これで準備完了です。アルハレム様、ご武運を」

 

「ありがとう。リリア」

 

「にゃー……。あの、お二人さん? 二人の仲がよいのは分かったでござるが、今はそんなことをしている場合じゃ……にゃに!?」

 

 周囲の人間を代表してツクモが話しかけようとした時、アルハレムの体が青白い光、輝力の輝きに包まれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十九話

 輝力を使って身体能力を強化したアルハレムの姿にこの場にいるほとんどが言葉を失った。

 

 輝力を使えるのは戦乙女と呼ばれる女性だけ、という世界の常識を破り、体から輝力の青白い光を放つアルハレムを皆が信じられないといった表情で見ていた。

 

「あ、アル……? その光は輝力でござるか?」

 

「身体能力の強化、だと?」

 

「戦乙女でないアルハレムがどうして……?」

 

「お、お兄様?」

 

「どういうことだよ、アル?」

 

 ツクモ、アイリーン、アルテア、アリスン、ライブの順番で、アルハレムの家族と友人が言葉を漏らす。だがそうしている間にも新たに現れた敵、土と岩の人形はこちらに向かってきており、それを見たアルハレムは家族と友人の質問に答えるより先に敵に向かって駆け出した。

 

「ステータス」

 

 風のような速度で走りながらアルハレムはステータス画面を呼び出すと、そこに記された情報を横目で見る。

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 4/20

【生命】 1260/1260

【輝力】 98/0

【筋力】 29(290)

【耐久】 30(300)

【敏捷】 34(340)

【器用】 32

【精神】 33

【特性】 冒険者の資質、超人的体力

【技能】 ☆身体能力強化(偽)、☆疾風鞭、☆轟風鞭、★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)、サキュバスの主、ラミアの主、グールの主

 

 

(よし。身体能力の強化はしっかりできているな)

 

 ステータス画面の筋力、耐久、敏捷の欄に新たな数値、身体能力強化後の数値が現れたのを確認してアルハレムは内心で頷いた。

 

 この一ヶ月の間、アルハレムはリリアに協力してもらって身体能力強化を発動させる訓練をしていた。最初は上手く発動できなかったが、今ではリリアから輝力を貰えば完全に自分の意志で発動できるようになり、その証拠にステータス画面の技能の欄には「身体能力強化(偽)」の文字が記されていた。

 

「……」

 

「おっと」

 

 土と岩の人形がその巨大な右腕を振り上げてアルハレムに叩きつけようとするが、アルハレムは横に飛ぶと攻撃を避けた。

 

「力は強いけど動きは単調か。ツクモさんが言った通りだな」

 

 攻撃を避けたアルハレムは土と岩の人形から離れた位置に立つと腰に差したロッドを構える。

 

「この一ヶ月で覚えたのは身体能力強化だけじゃない。……疾風鞭!」

 

 アルハレムがロッドを横凪ぎに振るうと、ロッドから風の刃が放たれた。一ヶ月間でルルの指導から覚えた技能「疾風斬」をロッドで再現した技能だ。

 

 ロッドから放たれた風の刃は土と岩の人形の足を切断し、支えを失った巨体は地面に転倒する。……だが、

 

「……」

 

「足が再生した?」

 

 足を切断されて転倒した土と岩の人形だったが、すぐに地面の土を集めて新しい足を作るとゆっくりとした動きで起き上がる。

 

「植物の人形と同じってことか」

 

「そうでござる。そいつも核を破壊しない限り何度でも再生するのでござる。手伝うでござるか?」

 

「いいえ、大丈夫です。……もう一つの技能を使います」

 

 アルハレムがツクモに首を横に振って答えると、彼の持つロッドが渦巻く風を纏いだす。ルルから教わって得た技能「轟風剣」をロッドで再現した技能「轟風鞭」である。

 

「核を破壊しないといけないなら、全身を破壊してそれを見つけだす!」

 

「……」

 

「脆い!」

 

 突撃するアルハレムを土と岩の人形は腕を振るって迎え撃とうとするが、風を纏ったロッドはいとも容易く土と岩でできた巨大な腕を砕く。

 

(轟風鞭は消費する輝力が多い。輝力が尽きる前に早めに勝負をつける!)

 

 アルハレムは輝力で強化した速度を活かして土と岩の人形を翻弄しながら風を纏ったロッドを振るい敵の巨体を削っていく。

 

『………………………』

 

 男の身でありながら戦乙女のように輝力を使い、アイリーンやアリスンにも勝るとも劣らない戦いぶりを発揮するアルハレムの姿を、兵士達は驚きのあまり声を失ったまま見ていた。

 

 あの男は本当にアルハレムなのか?

 

 男のはずの彼が何故輝力を使うことができるのか?

 

 兵士達の脳裏にそんな疑問が延々と巡っている間に、アルハレムと土と岩の人形との戦いは終わりを迎えようとしていた。

 

「っ! 見つけた!」

 

 アルハレムのロッドが土と岩の人形の頭部を破壊した時、破壊された頭部から光を放つ拳大の大きさの石が出て宙を舞った。光を放つ石が人形の核だと直感したアルハレムは、ロッドを振るって核である石を破壊する。

 

「……!」

 

 核を破壊された土と岩の人形は、声ならぬ悲鳴をあげるとただの土と岩に戻り、その巨体を崩壊させた。それによって人形がいた辺りは、大量の土ぼこりがたって周囲から様子が見えなくなってしまうが、それもすぐに風に吹き飛ばされてしまう。

 

 そして土ぼこりが風に吹かれてなくなったあとには、全身から青白い輝力の光を放つアルハレムの姿だけがあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十話

「ふぅ、こんなところか……うわっ!?」

 

「お疲れ様です! アルハレム様♪」

 

「………♪」

 

「我が夫、お疲れ、様」

 

 土と岩の人形を倒したアルハレムが身体能力強化を解いて一息つくとリリアとレイア、ルルが抱きついてきた。その際に彼女達の豊かな乳房が押しつけられて、服ごしに柔らかな六つの感触が伝わる。

 

「お前達、こんなところで……って、アレ?」

 

 リリア達を引き離そうしたアルハレムは、アイリーン達を初めとした兵士達がいまだに驚きの表情でこちらを見ていたことに気づいた。

 

「アルハレム……お前、今の身体能力強化はどういうことだ? 何故お前が輝力を使える?」

 

 アイリーンがこの場にいる人間達を代表してアルハレムに問いただす。

 

「今のはリリアのお陰です。サキュバスの種族特性でリリアの輝力を俺に移して、それを使って身体能力強化を発動させたんです」

 

「リリアの……?」

 

「……♪」

 

 アルハレムに説明を聞いたアイリーンがリリアを見ると、女騎士の視線を受けてサキュバスは笑みを浮かべて会釈し、ツクモが何かに思い当たって納得した表情となる。

 

「そうか……。戦う前にアルとリリアがしたあの口づけ、あれで輝力を移していたでござるね」

 

「はい。そうです」

 

 アルハレムが答えると周囲からざわめきが生まれる。

 

「サキュバスの種族特性で輝力を移す。そんなことができるだなんて……」

 

「お兄様も私達のように輝力を使える……本当なの?」

 

 アルテアが純粋に驚いた表情となり、アリスンが驚きと喜びが入り交じった複雑な表情を浮かべる。

 

「これがアルの、魔物使いの戦い方か。正直驚きましたけど、これで頼れる戦力が一つ増えましたよね、アイリーンさん?」

 

「……………」

 

 ライブが話しかけるがアイリーンは答えず、厳しい顔でアルハレムを見ていた。

 

(……やっぱりアイリーンさんも気づいている。アルがどれだけのことをしたのか)

 

 サキュバスの種族特性を使って男でありながら戦乙女の如く輝力を使う。

 

 これが大きく世に知られたら、女性だけが輝力を使えることに不満を持つ男だけでなく、他国との戦争を考える好戦的な国も彼らを狙うだろう。

 

 戦乙女の力は確かに強大だがその数は少ない。どの国の軍隊も、兵士のほとんどが戦乙女ではない男の兵士だ。

 

 だがリリアが輝力を分け与えれば兵士達の全てとはいかないが、兵士達の数名を戦乙女と同等の戦力に変えることができる。

 

(アルもそれなりに気をつけているみたいだけど、このことはもっと徹底して秘密にしないとな。……アイリーンさんも同じ考えだろうな)

 

「お前達! いつまで呆けている! 予想外の出来事があったが、私達はまだダンジョンに入ったばかりだ! 早く先に進むぞ!」

 

 ライブがアルハレムとリリアの心配をしていると、アイリーンが大声をあげて兵士達に指示を飛ばす。確かに彼女の言うことはもっともだが、ライブにはそれが先程の友人の活躍から兵士達の意識をそらそうとしているように聞こえた。

 

「そうでござるな。以前来た時と比べてダンジョンの様子も変でござるし、ここはアイリーンの言う通り急いで先に……」

 

 そこまでツクモが言ったところで、突然地震でも起きたかのようにダンジョンの全体が激しく揺れ始めた。

 

「こ、これは!? ツクモさん、今度は何が起きるんですか?」

 

「い、いや! これはツクモさんにも分からんでござる。こんなことは今まで一度も……!」

 

 ツクモが首を横に振ってアルハレムに答えようとした時、ダンジョンの左右に列していた無数の大樹が地面を滑るように動き、アルハレム達に迫った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十一話

「き、木が動いている……!」

 

 そう言ったのは一体誰なのか。無数の大樹が地面を移動してこちらに向かってくるという信じられない光景に、その場にいる全員が声を失った。

 

「……そ、総員退避!」

 

 アイリーンが皆に指示を出すがすでに遅い。地面を滑るように移動する大樹はアルハレム達に突撃すると彼らを弾き飛ばした。

 

「ぐっ!?」

 

 大樹に弾き飛ばされたアルハレムは地面に転がり、その間にも大樹が動く音が聞こえたが、それもすぐに聞こえなくなった。

 

「うう……。一体何が……?」

 

 アルハレムが起き上がって周囲を見回すと、すでに大樹は動きを止めて再び壁のように並び立っており、地面には兵士達が倒れていた。

 

「アイタタ……。アル、無事でござるか?」

 

「あ、ツクモさん。ええ、俺は平気……あれ?」

 

 頭を押さえながら立ち上がったツクモに答えたアルハレムだったが、違和感を覚えると再び周囲を見回す。

 

「む? どうしたでござるか? アル?」

 

「……………姉さん達がいない。リリア達も」

 

「にゃんと!?」

 

 見れば今まで自分のすぐ側にいたアイリーン、アルテア、アリスン、リリア、レイア、ルルの六人の姿がどこにも見えなかった。

 

「まさか、今の大樹の移動に巻き込まれてはぐれたでござるか?」

 

「……くっ! 皆、急いで自分の周りを確認しろ! はぐれた仲間がいないか点呼をとれ!」

 

 アルハレムが兵士達に指示を出す。兵士達も先程の彼の実力を見ていたため、すぐに指示通りに点呼をとる。それによってはぐれたのは、アルハレムの家族と仲間の魔女達六人だけだと分かった。

 

「アイリーンさん達は一体何処に……? それにさっきの大樹の移動は何なんだ? ツクモさん、何か分かりませんか?」

 

 ライブの質問にツクモは顎に手を当てて考えると口を開いた。

 

「……多分でござるが、これもダンジョンの防衛機能によるものだと思うでござる。このダンジョンには核にされた霊亀の意志の他に、エルフ族が設定した防衛の意志が宿っていることは話したでござるな?

 以前来た時はツクモさんの他にタマとミケだけでござったが、今回は三十名ほどの兵士達に魔女が六人、戦乙女が三人、そして今や戦乙女と同じ戦闘力を持つアル……。戦力は比較にならんほどに高いでござる。

 ダンジョンの防衛機能はこの戦力の高さに危険を感じて過剰な防衛行動をとり、あの地面を移動した大樹は戦力を分断するためでござろう」

 

「それじゃあ姉さん達は……」

 

「うむ。アイリーン達はこの向こうにいるはずでござる」

 

 ツクモはアルハレムに頷いて答えると、壁のように生え並ぶ大樹の列に目を向ける。しかし大樹と大樹の間には、背の高い植物も無数に生えていて、向こう側に行くのはおろか様子を見ることもできなかった。

 

「それでツクモさん? これからどうします?」

 

「う~む。ツクモさんとしては先に進みたいのでござるが……戻るか進むかはアルに決めて欲しいでござる」

 

「え? 俺がですか?」

 

 ツクモの言葉にアルハレムが自分を指差すとライブが頷く。

 

「それはそうだろう。アイリーンさん達がいない以上、この部隊の指揮を執るのはアルだけだろ?」

 

 ライブの言う通り兵士達はアルハレムの指示を待っており、兵士達の視線を受けたアルハレムは少し考えてから自分の決定を口にする。

 

「……俺はこのまま先に進もうと思う。幸いダンジョンはさっきと同じ一本道のままだし、姉さん達もきっと先を目指しているはずだ」

 

 アルハレムが前を見るとダンジョンは最初と同じ一本道で、この先に霊亀が囚われているエルフ族の廃墟があるはず。目的地が同じであるならば先に進めばはぐれたアイリーン達六人と合流できるという考えにツクモも同意する。

 

「そうでござるな。アイリーンならば先に進むことを選ぶでござろうし、あの六人が簡単に負けるとは考えられんでござる。となれば後はこちらの戦力でござるが……アルはリリアからもらった輝力、どれくらい残っているでござるか?」

 

「あっ、はい。ステータス」

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 4/20

【生命】 1260/1260

【輝力】 62/0

【筋力】 29

【耐久】 30

【敏捷】 34

【器用】 32

【精神】 33

【特性】 冒険者の資質、超人的体力

【技能】 ☆身体能力強化(偽)、☆疾風鞭、☆轟風鞭、★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)、サキュバスの主、ラミアの主、グールの主

 

 

 ツクモに聞かれてアルハレムは、自分のステータス画面を呼び出して見せる。

 

「さっきの人形との戦いで輝力を消費しましたけど、後一回か二回の戦闘なら輝力を使えます」

 

「なるほど。ならばその輝力、いざというときまで取っておくでござる。ここからの戦闘はツクモさん達が前に出るでござる」

 

 ツクモがそう言うと二人の猫又、タマとミケが前に進み出る。

 

 ツクモ達三人は強力な魔女であり、ツクモにいたってはアイリーンよりも才能を強化した二十回クラスの実力者だ。この三人が前に出て戦ってくれるなら、この先の道はずっと安全になるだろう。

 

「お願いします、ツクモさん。……よし! それじゃあ皆! 先に進むぞ!」

 

 アルハレムは兵士達に指示を出すとダンジョンの先を目指して進みだした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十二話

「うわあああっ!? どけぇ! どけどけどけどけぇ! 私の前から退きなさいよぉ!」

 

 アルハレム達がダンジョンの奥を目指して出発してからしばらくした後、ダンジョンの別の場所で女性の叫び声が響き渡った。

 

「コノォ! コノコノコノォ!」

 

 叫んでいたのはアリスンだった。

 

 アリスンは目に涙をためた半狂乱の表情となって、輝力で身体能力を強化した状態でただひたすら壁のように生え並ぶ大樹の列にハルバードを振るっていた。

 

 しかしいくらハルバードの刃で大樹に傷をつけて植物を切り捨てても、大樹の傷は瞬く間に回復して植物もすぐに別の生えてくる。

 

「ふざけんじゃないわよ! 何で! 何で植物ごときが私の邪魔をするのよ!? 通せ! さっさと私を向こう側に! お兄様の所に通しなさいよ! うわあああっ!?」

 

 叫びながらもハルバードを振るう手を緩めない、いや、むしろ更に激しく振るうアリスンをアイリーン、アルテア、リリア、レイア、ルルの五人が見ていた。

 

 例の移動する大樹に弾き飛ばされた後、アリスン達六人は少しの間気絶したらしく、目を覚ませば自分達しかいないことに気づいたアリスンは、今のように何とかアルハレムがいるであろう壁の向こう側へ行こうとしているのだった。

 

「アリスン。そのくらいにしておけ。いくらやってもその草木の壁を破壊するのは不可能だ」

 

「そうよ、アリスン。それ以上やったら、貴女の輝力が持たないわ」

 

 アイリーンとアルテアが止めるように言うがアリスンは聞く耳を持たずにハルバードを振るい続ける。

 

「アリスンさん。お姉さん達の言うことは聞いた方がいいですよ? アルハレム様が心配なのは分かりますが、それはここにいる皆が同じです」

 

「………」

 

「リリア、の、言う、通り。だから、これ以上、止める」

 

「うるっさいわよ! お兄様の危機についていない役立たず共が私に指図するんじゃないわよ!」

 

 アイリーンとアルテアの次にリリア、レイア、ルルがアリスンに話しかけると、今度は今にも斬りかかりそうな表情で怒鳴られた。

 

「……何だか私達にはキツくないですか?」

 

「………」

 

「ルル達。役、立た、ず……」

 

「皆、ごめんなさい。あの子、基本的に口が悪いから」

 

 アリスンの言葉に苦い顔をするリリア達にアルテアが代わりに謝る。

 

「全くコイツは……アルハレムのことになると周りが見えなくなるのだから。……え? お母様!?」

 

 ため息を吐くアイリーンだったが、突然誰かに話しかけられたように振り返ると虚空に視線を向ける。どうやら森の外で待機しているアストライアが自分の意思を伝える固有特性を使って話しかけているようだ。

 

「ええ、はい。え? そうなのです? ……はい。私達もそうします。……おい、お前達」

 

 虚空を見ながら森の外にいるアストライアと会話していたアイリーンは、会話を終えると全員に声をかける。

 

「今、お母様から連絡が来た。どうやらアルハレム達はダンジョンの奥へと向かっているみたいだ。私達も奥に向かってアルハレム達と合流……」

 

「っ!? お兄様!」

 

 アイリーンの言葉が終わらないうちにアリスンは一本道のダンジョンの奥へと走り出す。

 

「なっ!? おい、アリスン!」

 

「一人だと危ないわよ!」

 

「私達も行きましょう」

 

「………」

 

「一人、で、突っ走り、すぎ」

 

 風のように駆け出したアリスンの後を他の五人も追う。

 

「アリスンさん! いくらなんでも急ぎすぎです! 少しは私達に合わせてください」

 

 輝力で身体能力を強化したリリアが速度を上げてアリスンの隣に並んで話しかけると、貴族の少女は横目で鋭い視線をサキュバスに向ける。

 

「うるさい。私に指図するんじゃないわよ。お兄様が危険にさらされているかも知れないのにゆっくりできるわけないでしょうが?」

 

「それはそうですが……って、あら? どうやら他の皆も来たみたいですね」

 

 アリスンの言葉に答えたリリアは、自分達の後ろで輝力で身体能力強化をしたアイリーン達が追ってきているのを見た。

 

「……少しはお兄様の役に立つみたいだけど、私はまだ貴女達を認めた訳じゃないからね。認めてほしかったら私より先にお兄様を助けることね」

 

「別に貴女に認められなくても構わないのですが……アルハレム様をお守りすることは私達の役目です」

 

「………」

 

「言わ、れる、までも、ない」

 

 アルハレムを守りたいという気持ちは同じ。リリア、レイア、ルルはそれぞれアリスンに頷いて返した。

 

 それから六人はひたすら一本道のダンジョンを走り続けた。一本道といっても曲がりくねった箇所がいくつもあってそれなりの距離はあったが、身体能力強化をした六人は短時間でダンジョンの森を抜けた。

 

「よし! 森を抜けました! 後はアルハレム様を……え!?」

 

『…………………………!?』

 

 森を抜けたリリア達は丁度その瞬間、信じられない……信じたくない光景を目にした。

 

 それは石の巨人に殴り飛ばされ、宙を舞うアルハレムの姿だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十三話

 話は少し前まで遡る。

 

 ダンジョンの防衛機能によってアイリーンやリリア達とはぐれてしまったアルハレム達は、霊亀が囚われているエルフ族の廃墟を目指してダンジョンの奥へと進んでいた。

 

「……はい。ええ、そうです。……えっ!? 本当ですか?」

 

 兵士達の先頭を進むアルハレムは歩きながら虚空を見つめて一人呟いていた。その顔色は悪く、何かを心配するような表情を浮かべている。

 

「……そうですね。俺もそう思います。……俺達はダンジョンの奥へと進んでいます。……ええ、お願いします」

 

「アストライア殿からの連絡でござるか?」

 

「……はい」

 

 先程のアルハレムの呟きは、固有特性で連絡を取ってきたアストライアと会話をしていたもので、ツクモに答えたアルハレムは暗い顔となってうつむく。

 

「アル? どうしたでござるか?」

 

「それが……母さんからの話だと、姉さん達と連絡が取れないそうなんです」

 

「アイリーン達と?」

 

「はい。あの移動する大樹に弾き飛ばされて気絶しただけならいいんですけど、もしかしたら連絡が取りたくても取れない状況にいるのかも……うわっ!?」

 

 ぺろっ☆

 

 暗い顔のまま最悪の状況を口にしようとするアルハレムの頬をツクモが少し舐める。

 

「つ、ツクモさん!? 一体何をするんですか!?」

 

「落ち着くでござるよ、アル。あのアイリーン達がそう簡単にやられるはずがないでござろう? それにこの程度のことで何赤くなっているでござるか? アルはリリア達と毎晩これ以上に凄いことしているでござらんか?」

 

「そ、それはその……っ!?」

 

「くたばれぇ!」

 

 顔を赤くしてツクモに何かを言おうとしたアルハレムだったが、殺気を感じて後ろに飛び退くと先程まで自分がいた場所に何かが勢いよく降り下ろされた。

 

「危なっ!? 一体何が……って!? 何をするんだよ、ライブ!?」

 

 アルハレムに向けて降り下ろされたのは、ライブの剣だった。流石に剣は鞘に収まっていたが、先程感じた殺気は間違いなく本物だった。

 

「……ちっ。すまなかったな、アル。ツクモさんにキスをされたのがあまりにも妬ましくてつい攻撃してしまったよ」

 

 さわやか笑顔を浮かべてアルハレムに謝るライブ。だがその額には青筋を浮かんでおり、聞き間違いでなければ謝る前に舌打ちをしたような気もする。

 

「つい、じゃないだろ! つい、じゃ! 当たったどうするんだよ!?」

 

「ちなみにアルを妬んでいるのは俺だけじゃないぞ」

 

「……え?」

 

『…………………………』

 

 ライブの言葉にアルハレムが周りを見ると、後について来ていた兵士達が人を殺せそうな嫉妬の視線をこちらに向けていた。

 

「にゃはは♪ アルってば人気者でござるな♪」

 

「いや……こんな人気はいりませんよ。……って、あれは?」

 

「どうやら森を抜けたようでござるな」

 

 アルハレムがツクモと話している間に森を抜けたようで、アルハレム達の一行はエルフ族の廃墟へと辿り着いた。そこは朽ちた木造の家屋がいくつも並んでいて、人間の村の景色によく似ていた。

 

「エルフ族の廃墟……。こうしてみると結構普通ですね」

 

「元々がエルフ族の村でござるからな。……ほら、あそこが目的地でござる」

 

 周囲を見回しながら言うアルハレムにツクモが向こうを指差す。指差した先には石造りの神殿らしき建物が見えた。

 

「あそこが?」

 

「そうでござる。あの神殿に霊亀が囚われて、このダンジョンの核にされているでござる。だが前にも言ったでござるが、あの神殿の扉を開けるには特別な手順がいるみたいで、ツクモさん達ではお手上げなのでござるよ」

 

「そしてその特別な手順を知るためにはルルの協力が必要と……。だったら俺達だけが着いてもあまり意味がありませんね」

 

「そうなのでござるよ。だからここはアイリーン達がやって来るのを待つしかないで……にゃ?」

 

 そこまで言ったところでツクモは頭の猫耳を動かして近くにあるエルフ族の家屋を見る。すると家屋のいくつかが内部から破壊されて、中から巨大な石の巨人が出現した。

 

 巨人な石の巨人の一体がツクモに向けて腕を振るうが、猫又の魔女は慌てることなく石の巨人を見る。

 

「そんな遅い動きでツクモさんを捉えるなんて百年早……にゃ!?」

 

「ツクモさん! 危ない!」

 

 石の巨人の攻撃を避けて反撃に移ろうと予定していたツクモだったが、突然誰かに突き飛ばされてしまう。

 

 ツクモを突き飛ばしたのはアルハレムだった。アルハレムはツクモの代わりに石の巨人の一撃を受けてしまい、吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐわっ!」

 

「あ、アル!?」

 

 ツクモは地面に落ちたアルハレムの元に駆けつけると彼を助け起こす。

 

「アル!? 無事でござるか? 何であんなことをしたでござるか!?」

 

「い、いや……。ツクモさんが攻撃されそうになっているのを見たら、つい……」

 

「ばっ!? 馬鹿でござるか、アルは!? ツクモさんがあんな遅い攻撃に当たるはずがないでござろう! アルは全くの庇い損でござる! すぐに手当てを……はっ!?」

 

 傷が痛むのか弱々しく笑いながら言うアルハレムに、ツクモは顔を赤くして手当てをしようとするが突然後ろから凄まじい殺気を感じた。背後からの殺気に猫又の魔女が振り返ると、そこにはアイリーンとリリア達、はぐれた六人が能面みたいな無表情で地面に倒れるアルハレムを見ていた。

 

(アイリーン達!? な、なんというタイミングで合流するでござるか!?)

 

『………………………………』

 

 アイリーンとリリア達六人の表情からは何の感情も見られなかったが、その代わりに瞳からは激しい怒りが感じられ、まるで嵐の前の静けさのようだった。

 

 そしてそんな彼女達の顔を見て、その場にいた全員が同時に心の中でこう呟いた。

 

 オワタ、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十四話

「………」

 

『………』

 

 アイリーンが無言で石の巨人を指を指すと、それだけで意思が伝わったようで他の五人が頷き、次の瞬間にはアイリーンとリリア達六人全員が輝力で身体能力を強化して駆け出した。

 

『…………………………ッッッ!』

 

 まずは数体いる石の巨人の一体。アルハレムを殴り飛ばした巨人にアイリーン、リリア、レイア、ルル、アリスンの五人が一斉に攻撃を仕掛ける。

 

 アイリーンの双剣の連撃が石の巨人の右足を細切れにする。

 

 レイアの下半身である蛇の胴体が巨人の左足に絡み付いて絞め砕く。

 

 リリアの翼が断頭台の刃のように巨大に、鋭くなって両足を失った巨人の胴体を、地面に激突する前に二つに斬り分けた。

 

 ルルが刀身に風を纏わせた大剣、轟風剣を二つに斬り分けられて地面に倒れた巨人の胴体の左半分に降り下ろし粉砕する。

 

 アリスンは輝力で自分のハルバードを巨大化させてから勢いよく振るい、残った巨人の胴体の右半分を跡形もなく打ち砕く。

 

 ここまでにかかった時間はわずか数秒。

 

 今までこのダンジョンで見た中で特に強そうな魔物を十秒もかからずに倒したというのに、アイリーンとリリア達はその事に何の興味も抱かず、無表情のままで静かな怒りに燃える瞳で他の石の巨人を見回した。

 

「うわっちゃ~。アイリーン達、マジギレしているでござるな……。兵士達全員怯えているでござるよ。……そう言うツクモさんも実は結構怖かったり」

 

 石の巨人に向けて怒りと憎悪を乗せた刃を振るうアイリーンとリリア達の姿に、兵士達は全員恐怖で体を震わせており、ツクモも冷や汗を流していると彼女の元に一人攻撃に参加していなかったアルテアが近づいてきた。

 

「アルテアでござるか?」

 

「アルハレムを渡して。私が治療するわ」

 

 見ている者を安心させるような笑みを浮かべるアルテア。アイリーンとリリア達が怒り狂っている中で一人だけ冷静でいる彼女にツクモは心から安堵するのだが、

 

「頼むでござる。ツクモさんは今から皆の援護に……」

 

「アルハレムを渡して。私が治療するわ」

 

「え? ああ、分かったでござ……」

 

「アルハレムを渡して。私が治療するわ」

 

「いや、だから……分かったと言ったで……?」

 

「アルハレムを渡して。私が治療するわ」

 

「ええっと……」

 

「アルハレムを渡して。私が治療するわ」

 

「……」

 

「アルハレムを渡して。私が治療するわ」

 

 先程から同じ言葉ばかりを繰り返すアルテアにツクモは言い知れぬ不安を覚える。アルテアの顔を見てみると、彼女はさっきと同じ見ている者を安心させるような笑みを浮かべているが、その目は全く笑っておらずアルハレムしか映していなかった。

 

 ……どうやら冷静に見えたのは表面だけで、実際は全く冷静ではなかったようだ。

 

 アルテアの笑顔は「慈悲の聖女」の称号に違わぬ美しくて優しいものであった。しかしそれ故に何の感情もない目でそんな笑顔を浮かべる彼女が恐ろしく見えた。

 

「アルハレムを渡して。私が治療するわ」

 

「……」

 

 実力なら圧倒的に上のはずの猫又もアルテアの笑顔に思わず背筋が寒くなり、驚きと恐怖で硬直したアルハレムを彼の姉にそっと渡した。

 

「……! ……!?」

 

 バッ!

 

 一瞬アルハレムが抵抗したような気がしたが、確かめる間もなくアルテアの両腕が弟の体に絡み付いて、ツクモから奪い取るように引き寄せる。

 

 そのままアルテアが自分の固有特性でアルハレムの治療を始めたのを確認すると、ツクモはアイリーンとリリア達の援護に向かうべく駆け出した。

 

(ツクモさんの今できる仕事はただ一つ。アイリーン達の援護をして、あの石の巨人を一体でも多く倒すことでござる。だからこれは逃げじゃないでござる! 決してアルテアが怖かったわけじゃないでござるからな、アル!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十五話

 アルテアから逃げ出した……もとい、石の巨人の撃退に出たツクモはエルフ族の家屋の屋根に飛び乗ると周囲の状況を確認した。

 

 廃墟に現れて今も行動している石の巨人は全部で四体。

 

 その内の二体はアイリーンとリリア達五人と戦っていた。だが五人の魔女と戦乙女が風のような素早い動きで二体の石の巨人を翻弄し、敵に攻撃する間も与えずに刃と爪で石の巨体を削っていく光景は、戦いというよりも一方的な蹂躙と言った方が正しいだろう。

 

「「……」」

 

「木偶如きが! いつまで私の前に立っている!」

 

「石の人形なんかがアルハレム様を傷つけてぇ! ただで済むと思わないでくださいよ!」

 

「………!」

 

「絶対に! 破壊! 粉砕! 塵も! 残さない!」

 

「死ね死ね死ね死ね! 壊れろ壊れろ壊れろ壊れろぉ!」

 

 攻撃の手を緩めることなく二体の石の巨人に向けて怒声を放つアイリーンとリリア達に、ツクモはそっと顔をそらした。

 

「……敵で、しかも作られた存在とはいえ、あれにはツクモさんも同情するでござる。アルに手を出したのが運のつきでござったな」

 

 アイリーンとリリア達は心配する余地はないだろう。そう判断したツクモがよそを見ると、三体目の石の巨人が兵士達に襲いかかっているのが目に入った。

 

 しかし三体目の石の巨人は、ツクモの部下である猫又のタマとミケ……ついで「オマケ」が前に立って応戦していて、兵士達もタマ達の邪魔にならないように石の巨人に攻撃をしていた。

 

「……」

 

「獣娘には指一本触れさせん!」

 

 ガキィン!

 

 オマケ……ライブがタマに向けて振るわれた石の巨人の拳を手に持った剣で受け止める。その光景に兵士達の間から驚きの声が上がる。

 

「相変わらずライブは獣娘が関わると超人と化すでござるな。……でもあれならば心配はいらんでござるな」

 

 そう言うとツクモは最後の一体、自分の方に向かってきている石の巨人を見た。

 

「やれやれ、ツクモさんが狙いでござるか。……でも丁度いいでござる。今日は予想外の出来事の連続で驚いたり失敗してばかりで、そろそろカッコいいところを見せないと立つ瀬がなかったでござるよ」

 

 ツクモは石の巨人に獰猛な笑みを見せると、輝力で身体能力を強化して大きく跳躍をする。

 

「まずは……これでござる!」

 

 石の巨人の上空に飛び上がったツクモは手に持っていた木片を巨人に投げつける。それは先程まで立っていた屋根からむしりとった木片だった。

 

 普通ならただの木片を投げつけてもまっすぐ飛ばないし、速さも距離もそれほどでない。だがツクモの手から放たれた木片はまっすぐに、それも高速で飛んで、石でできている巨人の体に突き刺さった。

 

 これがツクモの固有特性「投擲の天才」の効果。

 

 ツクモは手に持った物の重量や重心を正確に把握し、最も威力と速度を出せる投げ方を本能で編み出して即座に実行することができる。この猫又の魔女にすれば、一本の剣から足元に転がっている小石まで全てが投擲用の武器なのである。

 

 そしてこれに魔女の力が加わればそれは正に脅威の一言で、ツクモ一人だけで精鋭の弓兵五十人分の働きができると言われていた。

 

「ふむふむ……。なるほど。体の硬さはそれなりでござるね」

 

 ツクモは石の巨人の体に突き刺さった木片を見て呟くと足元の石をいくつか拾った。

 

「でもこれぐらいだったら石でも充分でござる……な!」

 

 駆け出したツクモは石の巨人に近づくと手に持った石を投げ、弓矢に匹敵する凶器と化した石は巨人の体に次々と命中して当たった箇所を打ち砕いていく。

 

「にゃ! にゃ! にゃ! にゃ! にゃ!」

 

 石の巨人の周りを縦横無尽に動き回り、ふざけたかけ声と共に石を投げるツクモ。石を投げて巨人の攻撃を避けて、地面から石を拾ってまた投げる。

 

(これまでの敵と同じように、この石の巨人も体のどこかにある核を破壊しない限り、何度でも復活するはずでござる。まずは手当たり次第に攻撃して核の場所を探るでござる)

 

 石の巨人の状況は無数の投石器の集中砲火にさらされているようなものであり、石でできている巨体は瞬く間に削られていく。そうしているうちに放たれた石の一つが巨人の体を打ち砕ずに弾き返された。

 

「見っけ、でござる♪」

 

 自分が投げ放った石の一つが弾き返されたのを見たツクモは、笑みを浮かべると懐から一本の投擲用の投げナイフを取り出した。すると投げナイフは紫色の光に包まれて、刀身の部分が二倍くらいまで伸びる。

 

「『紫光弾』!」

 

 かけ声と共に紫色の光に包まれた投げナイフを投げ放つ。狙いは先程の石が弾き返された箇所、石の巨人の胸の中央。

 

 紫色の閃光となった投げナイフは寸分違わず石の巨人の胸を貫き、核を破壊された巨人は無数の石となって地面に崩れ落ちた。

 

「まぁ、こんなところでござるな」

 

 辺りを見てみると他の巨人達もすでに倒されているようであり、これで障害は全て片付いたと見ていいだろう。

 

「アイリーン達も合流したでござるし……これでようやく神殿の奥へと行けるでござるな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十六話

「あああ、アルハレム様! アルハレム様! アルハレム様ぁ! 申し訳ありません! ダンジョンの妨害があったとはいえ、アルハレム様と離れてしまうばかりか危険にさらしてしまうだなんて! このリリア、どの様な処罰も受けます!」

 

「………!」

 

「我が夫! 無事、だった? はぐれ、て、ごめんな、さい」

 

「お兄様! お兄様! お兄様ぁ! もう怪我は大丈夫なの!? まだ痛むところはない!?」

 

 エルフ族の廃墟に現れた石の巨人が全て倒されるとリリア、レイア、ルル、アリスンの四人は治療を終えて回復したアルハレムに突撃してきた。

 

「いっ!? お前達、ちょっと待……デゴス!」

 

 四人の魔女と戦乙女の突撃を受けて吹き飛ばされるアルハレムを見て、アイリーンとアルテアが苦笑を浮かべる。

 

「まったく何やっているんだ、アイツらは? いくらアルハレムが敵に殴られたからといっても慌てすぎだ」

 

「本当ね。アルハレムったらまた怪我しちゃったし、仕方がない子達ね」

 

「それをアイリーンとアルテアが言うでござるか?」

 

『……』

 

 呆れたように話すアイリーンとアルテアをツクモがジト目で見ながら言うと、双子の姉妹は二人揃って顔をそらした。どうやら二人とも、アルハレムが石の巨人に攻撃された時、自分達がどれだけ暴走したか自覚があるらしい。

 

「とにかく、今は一刻も早くルルに神殿の扉を開ける方法を調べてもらうでござる」

 

「ああ、分かっている」

 

「そうね」

 

 ツクモの言葉にアイリーンとアルテアが頷くと、三人はまだアルハレムの周りで騒いでいるリリア達四人を止めるべく、彼女達の元へと歩いていった。

 

 ☆★☆★

 

「それじゃあ頼むぞ、ルル」

 

「任せ、て」

 

 ルルはアルハレムに答えると神殿の扉に手を当ててグールの種族特性「知識の遺産」を発動させる。

 

「……」

 

「時間がかかりそうだね」

 

「それはそうだろ。なんたって百年以上のここの記憶を見ないといけないんだから」

 

 神殿の扉に手を当てたまま目を閉じて集中するルルを見てライブが言うとアルハレムが答える。

 

 物から知識を得るのがどんな感じなのかはグールにしか分からないが、過去の出来事を事細かに記した分厚い歴史書を開いて、必要な情報が書かれた一文を探すようなものではないかと予想する。

 

「でもこういう封印とか結界って、決まった血筋の人しか解けないって話がよくあるじゃないか? その場合はどうするんだろうな?」

 

「ツクモさんもその点が気になっているでござる」

 

 ライブの疑問にいつの間にか横に立っていたツクモが頷く。

 

「ライブが言った通り、決められた血筋の者や個人を封印や結界の鍵とするのは最もよくある例なのでござる。しかしもしこの神殿の扉を閉ざす封印がそれなのだとしたら、封印を解ける血筋とは間違いなくここで暮らしていた滅んだエルフ族となるでござるよ。その場合、一体どうして開けたものか……」

 

「……大丈、夫。この、扉の、封印、それ、違う」

 

 顎に手を当てて考えるツクモにルルが話しかける。

 

「ルル? それは違うって、扉を開ける方法が分かったでござるか?」

 

「そう。この、扉、エルフ、族、じゃ、なくて、も、開けれ、る」

 

「本当でござるか? それで? どうすれば開くでござる?」

 

「エルフ、族、神殿の、周り、に、十の、結界、の、要、置いた。それを、エルフ、族、置いた、逆の、順番、で、破壊、すれば、扉、開く」

 

「……結界の要を決められた順に破壊すれば解ける封印でござったか」

 

 ルルから封印を解く方法を聞いたツクモは苦い顔になって呟く。

 

 今聞いた方法は、決められた血筋の者を鍵とする方法の次くらいによくある封印の解き方で、当然猫又の一族もその可能性は考えたことがあった。しかしこの百年もの間、ツクモ達を含む猫又の一族は結界の要を見つけることができなかった。

 

 ツクモがルルから封印の解き方を聞いて苦い顔となったのは、そんな自分と過去の猫又達を恥じたからだ。

 

「それでルル? その結界の要は一体どんなもので、どこにあるんだ?」

 

「エルフ、族、が、結界、の、要、に、使った、のは、木の、苗木。それ、で、エルフ、族、が、最後、植えた、つまり、私達、が、最初、に、壊す、苗木、あそこ、ある」

 

 ルルはアルハレムの質問に答えると、最初に壊す結界の要である苗木がある方向を指差す。

 

 グールの魔女が指差した先にあったのは……無数に生えている木の群れだった。

 

「…………………………あー、そうか。そういうことか」

 

 ルルが指差した先にあった無数の木をアルハレムは、しばらく呆然とした後に納得した。

 

 考えてみればエルフ族が苗木を植えたのは百年以上も昔のことだ。それだけの時間があれば苗木も立派な木に育つだろう。

 

「ええっと、ルル? あれのどれが結界の要の木なんだ?」

 

「……………さ、あ?」

 

「にゃ~。あれは流石のツクモさん達、猫又でも分からんでござるよ」

 

 駄目元でアルハレムが聞くと、やはりというかルルは首を傾げて分からないと答え、ツクモが疲れたような笑みを浮かべた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十七話

「……これで終わりか?」

 

「……う、ん。多分、そう」

 

「そうか……。やっとか……」

 

 ルルが神殿の扉を開ける方法を調べてから数時間後。アイリーンが一本の木の前で疲れきったようなうんざりとした表情で聞くと、同じく疲れた顔をしたグールの魔女が答える。

 

『………』

 

 アイリーンとルルの後ろには、アルハレムを初めとした仲間達全員がいたのだが、彼らもまた二人と同じように疲れた顔をしていた。

 

 ルルが調べた霊亀が囚われている神殿の扉を開ける方法。それは扉を封印している十本の木を決められた順番に切り落とすというものであったが、実際に実行してみるとこれが非常に大変だった。

 

 扉からルルが読み取った記憶を頼りに封印の木がある場所に向かっても、そこには同じような木が何本も生えていてどれが封印の木なのか分からず、結局それらしい木を何十本も全て切り落とすことになり、魔物と戦っていた時以上の時間と労力を使用したのである。

 

「では早速切り落とすとしよう。……はぁ!」

 

 輝力で身体能力を強化したアイリーンが手に持った双剣で目の前の木を一撃で切り落とす。すると……、

 

 パキィン!

 

 神殿の方から何かが割れたような音が聞こえてきて、それを聞いたアイリーンはこれで神殿の封印が解かれたことを確信したのだった。

 

「やれやれ……ようやく封印が解けたか。それではこの地に百年以上も囚われている魔女を迎えに行くか」

 

 ☆★☆★

 

「……ようやく。ようやく、猫又の一族の悲願が達成できるでござるね。そう考えるとツクモさんも少し緊張するでござるな」

 

 封印が解かれた神殿の扉の前でツクモが弱冠緊張した様子で呟く。

 

 神殿の扉を開いて最初に霊亀と顔を会わせるのは、長年霊亀を救出するために尽力してきた猫又のツクモ達であるべきとアイリーンが主張し、皆の代表としてツクモが神殿の扉を押すと扉はゆっくりと開いていった。

 

 神殿の中は窓の一つもなく日の光も射し込まない巨大な広間であったが暗くはなかった。何故ならば広間の中央には明かりの代わりとなるものがあって、それが周囲を照らしていたからだ。

 

 広間の中央にある明かりの代わりとなっていたもの。それは静かな光を放つ一本の木で、木の幹には一人の女性が一糸纏わぬ姿で張り付けられていた。

 

 外見から見た女性の年齢は二十代後半から三十代くらいだろうか。緑色の髪を腰まで伸ばしていて、どこか儚げな感じのする美貌の持ち主だった。

 

 女性の体で一番最初に目がいくのは胸に実ったリリアを上回る豊かな乳房だろう。だがよく見るとその乳房の後ろ側、背中の辺りから鱗らしきものが僅かに見えて、彼女がただの人間ではないことを現していた。

 

「……霊亀。やっと、会えたでござる……!」

 

 この神殿の中にいた以上、疑う余地はなかった。ツクモは木に張り付けられている女性、霊亀を見て声を漏らした。

 

 百年以上にもわたる猫又の一族の悲願が叶ったせいかツクモの声は震えており、彼女の後ろに立つ二人の猫又、タマとミケも涙ぐんで霊亀を見ていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十八話

「……こんにちわ、ツクモさん。こうして顔を会わせるのは初めてですね」

 

 ツクモの声に答えるかのように、光る木に張り付けられた霊亀はゆっくりと閉ざしていた目を開くと猫又の魔女に微笑んだ。

 

「え? ツクモさんのことを知っているでござるか?」

 

「はい。この森と一つになっている私はここで起こったことの全てを知っています。当然、百年以上もの間、ツクモさん達猫又の皆さんが私をこの森から助けてくれようとしたことも。……ようやく会えましたね。本当にありがとうございます」

 

 霊亀は微笑みながらツクモに礼を述べると、次に彼女の後ろにいるアルハレム達へと視線を向けた。

 

「皆さんも助けに来てくれてありがとうございます。そしてすみませんでした。助けに来てくれた貴方達に魔物を差し向けることになってしまって……」

 

「いえ、それはエルフ族が残したダンジョンの防衛機能のせいで、貴女の責任じゃないですって。それよりも早くその拘束を解きましょう。ルル、拘束を解く方法を調べてくれ」

 

 ここに来るまでに現れた魔物について謝罪しようとした霊亀だったが、アルハレムはそれを止めるとルルに彼女を解放する方法を調べるように言う。

 

 霊亀は両手両足を植物の蔦で縛られて木に張り付けられていたが、ただの植物の蔦で魔女である彼女を拘束できるはずもなく、神殿の扉同様に解放するには何らかの手順がいるのは明らかだった。

 

「分かっ、た。……。………っ!」

 

 ルルは霊亀が拘束されている木に触れて記憶を読み取るが、しばらくすると表情を僅かに苦いものにして木から離れた。

 

「? ルル、どうしたでござるか?」

 

「………拘束、解く、方法、ない。見つから、なかった」

 

『ええっ!?』

 

「……?」

 

 視線をそらしてツクモに答えるルルに、この場にいるほとんど人が驚きと絶望の声を上げるが、アルハレムだけがグールの魔女の態度に違和感を覚えた。

 

「……なぁ、ルル?」

 

「……!? ……な、に?」

 

 アルハレムが声をかけるとルルは一瞬だけ体を硬直させてから返事をする。

 

「本当に霊亀の拘束を解く方法はないのか?」

 

「………う、ん」

 

「本当に?」

 

「…………………………ごめん、なさい」

 

 アルハレムに質問されてルルはしばらく黙った後に自分の主に謝る。それは先程の言葉が嘘で、霊亀を解放する方法があることを意味していた。

 

「ちょっとルル! 何故嘘なんかつくのですか!? 霊亀を解放する方法に何か問題でもあったのですか?」

 

「………」

 

 リリアとレイアから批難の視線を受けてルルは渋々と霊亀を解放する方法を口にする。

 

「……あの、霊亀、は、エルフ、族の、神術、で、ここに、縛られ、ている。解放、する、方法、は、別の、神術、で、霊亀、の、魂を、この森、から、別の、人に、繋げ、る」

 

「別の神術? 霊亀の魂を別の人に繋げる? ……それってまさか」

 

 ルルの説明を聞いてリリアは霊亀を解放する方法に思い当たり、グールの魔女はサキュバスの予想を肯定するように頷く。

 

「そ、う。契約の、儀式。我が夫、が、霊亀、を、仲間、に、すれば、霊亀、解放、される」

 

「………! ………!」

 

 霊亀を解放する方法が、アルハレムが彼女を仲間にすることだと聞くや否やレイアは自分の主の服を引っ張って外に連れ出そうとする。

 

「レイア? 待て、落ち着けって。ルル。他に霊亀を解放する方法はないのか?」

 

「……な、い」

 

「あちゃ~。だからルルは先程嘘をついたのですね」

 

「……」

 

「あらら」

 

「むー……」

 

 アルハレムが聞いてもルルは首を横に振るだけで、それにリリアは納得したように苦笑を浮かべる。これにはリリアだけでなく、アイリーンにアルテアとアリスンも複雑な表情を浮かべていた。

 

「にゃ~。まさか霊亀を解放する方法がそんな内容だったとは思わんかったでござる……。ということは今回、魔物があんなに多く現れたのは……」

 

「そ、う。霊亀、を、助け、られる、我が夫、を、追い、出す、ため」

 

 ツクモの言葉にルルが頷く。

 

 この森に入って大量の魔物が出現した理由。それはダンジョンの防衛機能が、核である霊亀を助け出せる魔物使いのアルハレムの存在を感知して、最優先で排除すべきと判断したからだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十九話

「それでアル? 霊亀を仲間にしてくれるでござるか?」

 

「えっ!? やっぱり俺が仲間にするんですか?」

 

 ツクモに声をかけられて場の視線を集めたアルハレムが慌てて聞くと、猫又の魔女は当然だとばかりに頷く。

 

「もちろんでござる。この中で最も契約の儀式に詳しいのはアルでござるからな。……だから皆、この通りでござる。今回ばかりは許してほしいでござる」

 

 複雑な表情をしているアルハレムの姉と妹、そして仲間達六人にツクモが頭を下げて頼むと、六人を代表するようにアイリーンが口を開いた。

 

「………何を許すのかは皆目検討もつかないが、それよりもツクモ、最後に一つ確認する。アルハレムが契約の儀式でその霊亀を仲間にして解放すれば、このダンジョンはただの森に戻り、もう魔物は出現しないのだな?」

 

 アイリーンがこのマスタノート領で生活する者達にとって最も重要な質問をすると、ツクモは一つ頷いて答えた。

 

「うむ。それは間違いないでござる。前に説明したようにこのダンジョンは霊亀の種族特性を利用して作られたもの。当然、核となる霊亀がいなくなれば元の森に戻るでござるよ」

 

「………そうか。ならば私としては反対する理由はないな」

 

「そうね。どう考えてもここはアルハレムが契約の儀式を使うのが、誰にとっても一番いい方法だものね。……だからアリスンもそんなに怒らないで」

 

「……分かっているわよ、アルテア姉様。私だってそれくらいは分かってるから。……納得は全然できないけど」

 

 ツクモの答えにアイリーンが一応は納得し、姉に続いてアルテアとアリスンも、アルハレムが霊亀を仲間にすることを認める。そしてそれはリリア、レイア、ルルの三人の魔女達も同様だった。

 

「強い魔物の仲間は魔物使いの力。霊亀が仲間になることでアルハレム様が更に上に行けるのであれば私も反対しません」

 

「………」

 

「ライバ、ル、増えた。……でも、仕方、ない」

 

「皆、ありがとうでござる。……さてアル、いや、アルハレム殿」

 

 アイリーンとリリア達に礼を言ったツクモは、アルハレムの方に向き直ると、十年間以上の付き合いで初めて彼の名前を敬称で呼んだ。

 

「アルハレム殿。どうかこの霊亀をアルハレム殿の仲間に加えて、エルフ族の拘束から解放して貰えぬでござろうか?」

 

「「………」」

 

 ツクモと彼女の後ろにいるタマとミケが揃って頭を下げてアルハレムに霊亀の解放を懇願し、場の視線が再び彼に集まる。

 

「……なあ、霊亀? 契約の儀式をしたら君は俺の仲間……言い方を悪くすれば下僕になるだけど、それでもいいのか?」

 

 皆の視線を浴びて少し考えてからアルハレムが聞くと、それまで黙って話を聞いていた霊亀は相変わらず微笑みを絶やすことなく答えた。

 

「はい。ここから解放されるのでしたら、それでも構いません。……それに貴方は悪い人には見えませんし、きっとそこの三人の魔女の方達のように私のことも大切にしてくれるのでしょう?」

 

「……今日初めて会ったばかりだというのに、随分と信頼のされようだな」

 

 毛ほどの警戒心も感じさせない霊亀の笑顔に、アルハレムは苦笑しながら契約の儀式に使用する四本の短剣を取り出すと、それを霊亀が張り付けられている木の四方の床に突き刺す。すると四本の短剣からそれぞれ光の線が伸びて短剣と短剣を繋ぎ会わせ、契約の儀式を行う陣を形作る。

 

「これで準備完了。それじゃあ、霊亀。俺の仲間になるか?」

 

「はい、なります。どうか私を貴方の僕にしてください」

 

 アルハレムの言葉に霊亀が一瞬のためらいも見せずに答えると陣の光が強まり、陣の内側にいる魔物使いと魔女の魂が見えない鎖で繋がれた。

 

「……え? きゃあ!?」

 

 契約の儀式が成立したことでエルフ族の神術が破棄されると同時に、百年以上も霊亀を拘束していた木と植物の蔦が腐り落ち、急に支えを失った霊亀の体は下に落ちてしまう。

 

「おっと! ……!」

 

 だが霊亀が地面に激突する前にアルハレムは彼女を受け止め、その際に彼女の体の色々と柔らかい感触を予期せず全身で味わうこととなった。

 

(や、柔らかい……! 胸もリリアよりも大きいし、何だか植物のような優しくていい匂いもして……いや、そうじゃなくて!)

 

「だ、大丈夫か? 霊亀?」

 

「はい、大丈夫です。……ありがとうございます、旦那様♪」

 

「だ、旦那様?」

 

『………………………………!?』

 

 霊亀にいきなり「旦那様」と呼ばれてアルハレムは思わずひきつった表情となり、アイリーンとリリア達周辺の空気が一気に凍りついた。

 

「にゃー、その呼び方はアルハレム殿達には若干刺激が強すぎたようでござるよ。……『ヒスイ』殿」

 

 苦笑を浮かべたツクモが、今まで裸であった霊亀の身体に大きな布をかけてながら一人の女性の名前を口にする。

 

「ヒスイ?」

 

「貴女様のお名前にござる。……いつの日か、貴女様が自由になられた時にこの名を授けてほしいと、霊亀の一族により託されていたでござるよ」

 

「ヒ、スイ。ヒスイ……。私の名前……ヒスイ」

 

 ツクモにより教えられた自分の名前を霊亀の魔女、ヒスイは何度も口にする。

 

 生まれてから今日まで名無しであった自分に言い聞かせるように、自分の魂に刻むこむように、ヒスイは何度も自分の名前を口にしていた。

 

「よかったじゃないか、ヒスイ。それじゃあ、早速だけどこの森から出てみないか? 百年以上もこの森に閉じ込められていたんだ。そろそろ外の世界を見てみたいだろ?」

 

「…………………………はい!」

 

 与えられたばかりの自分の名前を呼んでくれる自分の主に、ようやくの自由を得た霊亀の魔女は歓喜の涙を流しつつ笑みを浮かべて答えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十話

 霊亀の魔女、ヒスイを解放した後の森はツクモの言ったとおり、ダンジョンとしての機能を失ってただの森になっていた。

 

 新しくヒスイを仲間に加えたアルハレム達は、森を抜けて外で皆を待っていたアストライアと合流をすると、城塞都市マスタロードへと帰還した。そしてマスタロードに帰還するとアストライアは、魔物を生み出す森の秘密を住民達に打ち明けると同時に、もう森から魔物が生み出されることはないことを説明するのだった。

 

 領主アストライアから魔物を生み出す森についての説明があったその日。城塞都市マスタロードでは大きな宴が開かれた。

 

 もうこれからは魔物を生み出す森から魔物が現れることはなく、魔物による被害も完全ではないが大きく減るだろう。

 

 隣国エルージョとの交易も以前よりずっと安全に行われて、この土地は更に発展するだろう。

 

 これらの予感にマスタロードの住民達、そしてそこに立ち寄った商人は大いに喜んで宴は街中で夜遅くまで行われたのだった。

 

 ☆★☆★

 

「……ふぅ、流石に疲れたな」

 

 夜遅くに自室に戻ったアルハレムはベッドに腰掛けるとため息をついた。つい先程までリリア達と一緒に宴に参加していたのだが、疲れを感じたために一人抜け出して帰ってきたのだった。

 

「リリア達、楽しんでるだろうな」

 

 アルハレムが窓の外を見ると、街の方からはまだ灯りの光があって宴を楽しむ住民達の声が聞こえてくるようだった。

 

 リリア達は魔物を生み出す森で戦いに協力したことから兵士達から受け入れられ、その話を聞いた住民達からも受け入れられるようになっていた。今頃は宴の席で兵士と住民達に混じって酒でも飲んでいるだろう。

 

 それでいいとアルハレムは思う。

 

 魔女は魔物の中でも特に強力な存在であるため人間から警戒されているが、この自分が生まれ育った地にいる時ぐらいは、リリア達にそんな不快な思いはしてほしくないというのが正直な気持ちだった。

 

 アルハレムがそんなことを考えていると、部屋のドアを軽くノックする音が聞こえてきた。

 

「はい。どうぞ」

 

「失礼するでござるよ。アルハレム殿」

 

「だ、旦那様。し、失礼します」

 

 部屋に入ってきたのはツクモとヒスイだった。

 

 ツクモは森にいた時と同じ敬称でアルハレムの名前を呼び、ヒスイはどこか緊張した様子で挨拶をする。

 

 ヒスイはともかく、十年前に初めて会った時からツクモに「アル」と愛称で呼ばれてきたアルハレムは、猫又の魔女の言葉に違和感を感じずにはいられなかった。

 

「……あの、ツクモさん、その呼び方何とかなりません? 何だか調子が狂うんですけど」

 

 アルハレムが頬をかきながら困ったように言うが、ツクモはそれに小さく笑って首を横に振った。

 

「それは無理な相談でござる。猫又一族の悲願達成の恩人を愛称で呼び捨てるだなんてできんでござるからな。まあ、こればかりは馴れてもらうしかないでござるな」

 

「そうですか……。それで? 一体何の用ですか?」

 

「うむ。実はでござるな……」

 

「え? ……なっ!?」

 

 ツクモが突然自分の服を脱ぎ始め、アルハレムが止める間もなく服は床に落ちる。

 

 窓から入ってくる街の明かりが、まさに猫のようなしなやかと女性の柔らかさが同居したツクモの裸体を照らした。

 

「つ、ツクモさん!? 何でいきなり脱ぐんですか……!?」

 

「アルハレム殿。こちらを見てほしいでござる」

 

 服を脱いだツクモにアルハレムはとっさに顔をそらすが、声をかけられてゆっくりと彼女の方を見ると、猫又の魔女は裸のまま手と頭を床につけた土下座の体勢になっていた。

 

「ツク……!? え、はい? な、何を……?」

 

「恩人である貴方に重ねてお願いするのは心苦しいでござるが、それでもお願いがあるでござる。……アルハレム殿、どうかこのツクモも貴方の僕の末席に加えてはもらえぬでござろうか」

 

「…………………………………どういうこと?」

 

 あまりにも突然すぎる展開の連続。全く状況を理解できないアルハレムはそう言うことしかできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十一話

「つ、ツクモさんが俺の仲間に? 一体どういうことですか……って! その前にその体勢は止めてください!」

 

 ツクモの行動にアルハレムは混乱しながらも、まずは土下座を止めてほしいと頼む。

 

 夜の部屋に全裸で土下座する猫又の魔女と、それを見下ろす人間の男と別の魔女。

 

 何も知らない人間が子の光景を見たらどう思うだろうか?

 

 アルハレムは自分だったら問答無用で有罪判定を下すと思うし、ライブが今のこの部屋を見たら発狂して斬りかかってくるのが容易に想像できる。

 

「アルハレム殿。知っての通りツクモさん達の使命は、こちらのヒスイ殿をあの魔物を生み出す森から助けだし、その身を守ることでござる」

 

 アルハレムの頼みを聞いてツクモは両膝を床につけたまま顔を上げると、自分を仲間にしてほしいと言い出した理由を話し出す。

 

「こうしてヒスイ殿を魔物を生み出す森から解放できたでござるが、それで全て終わったわけではなく、ツクモさんには彼女をこれからも守る義務があるのでござる。そしてアルハレム殿と主従契約を交わしたヒスイ殿を守るには、ツクモさんもアルハレム殿と契約の儀式で主従契約を交わすのが一番だと考えたでござるよ」

 

 そこまで言われてアルハレムはツクモが自分の仲間になりたいと言い出した理由を理解した。

 

 確かに同じ魔物使いを主に持つ魔物達は、主を経由して魂が繋がっていて遠く離れていても、どこにいてどんな状態なのか大体だが互いに知ることができる。それに同じ魔物使いを主にすれば一緒に行動し易くなるだろう。

 

「これは猫又一族の事情による勝手な申し出にござる。例えアルハレム殿が契約の儀式をしてくれても、ツクモさんはいざというときにアルハレム殿よりヒスイ殿を取るでござろう。しかしそれでも仲間に加えてくれるのであれば、ツクモさんはヒスイ殿と同様に全身全霊で尽くさせてもらうでござる。タマとミケは今までどおりにこの地に残し、猫又一族もこれからもマスタノート家に協力するでござる」

 

「……その話、母さんも知っているんですか?」

 

 アルハレムが聞くとツクモは頷いてから答える。

 

「ええ、アストライア殿にはすでに話しているでござる。それでアルハレム殿が了承すれば構わないと返事をもらったでござる」

 

 つまりアルハレムがツクモを仲間にすれば、マスタノート家はこれまでどおり猫又一族の協力を得られるということ。そした母親であり領主であるアストライアも承知しているのならば断る理由はなかった。

 

「……分かりました。ツクモさん、俺の仲間になってください」

 

「っ! 感謝するでござる。アルハレム殿!」

 

 アルハレムが仲間にすることを了承すると、ツクモは再び土下座する体勢で礼をする。

 

「いや、だからそれは止めてくださいって。……ちょっと待ってください」

 

 ため息をついたアルハレムは、自分の荷物から契約の儀式を行うための四本の短剣を取り出すと、それを床に突き立てて陣を作り、長年家族のような付き合いをしてきた猫又の魔女を自分の仲間にしたのだった。

 

「これで仲間にした魔女は五人か……」

 

「にゃはは♪ 魔女を五人も仲間にした魔物使いなんて世界広しとはいえアルハレム殿くらいでござろうな♪」

 

 戦乙女と同等以上の力を持つ高位の魔物である魔女五人に加えて、リリアの協力があれば自身も戦乙女と同等の力を使えるアルハレム。ヒスイの実力はまだ未知数だが、もはや領主の騎士団ともやり合える程の戦力と言ってもいいだろう。

 

 自分でも信じられないといった風に呟くアルハレムにツクモは笑顔を向けながら立ち上がると、それまでずっと無言で緊張した表情をしているヒスイのところに歩み寄った。

 

「……それでは」

 

「……」

 

「え? ええっ!?」

 

 ツクモがヒスイの服、その両肩にある結び目をほどくと彼女の服は何の抵抗もなく床に落ちて、霊亀の魔女の裸体があらわになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十二話

「ちょっ!? 今度はなんのつもりですか、ツクモさん? 何でヒスイの服を脱がすんですか?」

 

 アルハレムはヒスイの裸体を見ないようにとっさに顔を横にそらすと、彼女の服を脱がせたツクモに抗議するが猫又の魔女はそれに答えず、代わりに霊亀の魔女が口を開いた。

 

「旦那様……どうして見てくれないのですか? 私の体には皆さんのような魅力はありませんか?」

 

「い、いや! そんなことはないって!」

 

 自分の体を隠そうとせずに悲しそうな表情を浮かべるヒスイにアルハレムは即答する。

 

 ヒスイが魅力的なのは間違いない。

 

 ヒスイの外見は二十代後半から三十代くらいの儚げな感じの女性で、外見が十代後半から二十代くらいのリリア達とは違った魅力があった。更に彼女の背中には亀の甲羅のような甲板と鱗があって、それがツクモの故郷がある地域に伝わる肌に刻む紋様「イレズミ」のように見えて、妖しい色気を見せていた。

 

「よかったでござるな、ヒスイ殿。これで一緒にアルハレム殿に愛してもらえるでござるな」

 

「そ、そうですね……」

 

 ツクモに声をかけられてヒスイは照れながらも嬉しそうに頷く。

 

「待って! 待ってください、ツクモさん。それにヒスイも。どうしていきなりそうなるんだ?」

 

 ツクモが言った「愛してもらえる」の意味が伝わったアルハレムが聞くと、猫又の魔女は当たり前のことを説明するように答える。

 

「今更何を言っているでござるか、アルハレム殿? そんなの魔女の本能を満たしてもらうために決まっているでござろう。魔女は子供を産む本能が非常に強いことはアルハレム殿が一番知っているはずでござるよ? ……ほら、ヒスイ殿を見るでござる」

 

「旦那様……」

 

 ツクモの言葉にアルハレムがヒスイを見ると、霊亀の魔女が熱を帯びた瞳を自分に向けているのが分かった。

 

「アルハレム殿。どうかヒスイ殿の……それとついででも構わぬでござるからツクモさんの本能を満たして、この体に貴方の所有物だという証を刻んでほしいでござる。………というより、据え膳食わぬは男の恥でござるよ♪」

 

「……」

 

 最後の台詞を言う猫又の魔女の笑みはまるで男を寝床に誘い込む夢魔のように妖艶で、そこに何かを期待するような霊亀の魔女の視線が加わると、断れる男はいなかった。

 

 ☆★☆★

 

「はぁ……はぁ……」

 

 数時間後。ツクモはアルハレムのベッドの上で荒い息を吐いていた。

 

「ま、まさか、これほどとは……。足が震えてまともに立てんでござるよ……」

 

 体がまるで火のように熱くなって全身を汗で濡らしたツクモが隣を見ると、そこには疲れているが満ち足りた寝顔をしたアルハレムとヒスイが眠っていた。つい先程まで三人で肌を重ねていた疲れで熟睡しており、アルハレムもヒスイも明日の朝まで起きないだろう。

 

 固有特性の効果があるとはいえ、アルハレムが魔女の自分を腰砕けにするとは完全に予想外だったツクモだが、お陰でリリア達三人の魔女達が彼に執心している理由を理解できた。

 

 なるほど。確かにアルハレムは魔女にとって理想的な主だろう。

 

 魔女に対して何の偏見も持たず普通の女性として扱い、戦いでも「夜」でも魔女を従えられる強さを持つ男なんて、ツクモはアルハレム以外見たことはない。

 

 将来性はあるのは初めて会ったときから感じていたが、まさかこれ程の男に成長するとは思わなかった。もしこうなると分かっていたら、すでに手込めにしていたのにと軽く後悔しながらツクモは苦笑する。

 

「でももう仲間にしてもらったので結果は同じでござるな。……これから改めて宜しくお願いするでござるよ、アルハレム殿♪」

 

 ツクモは微笑みを浮かべて眠っているアルハレムに口づけをすると、何とかベッドから降りて立ち上がり、部屋を後にしたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十三話

 アストライアは自分の書斎で一人、書類作業を行っていた。書類作業が一段落ついたところで窓の方を見ると、窓の外ではまだ宴の明かりが見えた。

 

 魔物を生み出す森から魔物が現れなくなり、住人達がこうして宴を楽しめているのは、全て自分の子供であるアルハレム達の働きのお陰だ。そう考えるだけでアストライアは自分のことのように誇らしい気持ちとなって口元に笑みが浮かぶ。

 

「さて……ん?」

 

 アストライアが窓から残り少なくなった未処理の書類に視線を戻した時、窓から物音が聞こえてきた。

 

「ツクモ……?」

 

「にゃっほー♪ アストライア殿、いい夜でござるね♪」

 

 再び窓の方を見ると一糸纏わぬ姿のツクモが窓際に腰かけて上機嫌にアストライアに手を振っていた。

 

「……何故裸なのだ? お前は?」

 

「いや~、実はつい先程までアルハレム殿と肌を重ねていたでござるよ♪ しかしアルハレム殿がいつの間にかあそこまで立派に育っているとは思わんかったでござる。もうこれからは子供扱いはでき……ぶっ!?」

 

「人の息子と寝たことをなに自慢している!? いいからそれでも羽織っていろ!」

 

 アルハレムと肌を重ねた事を自慢気に話すツクモの顔にアストライアが自分のマントを投げつけると、猫又の魔女はマントを羽織ってまだ少し汗で濡れている裸体を隠す。

 

「自慢したくもなるでござるよ? 何しろ魔女にとって優秀な雄と番になるのはこの上ない喜びにござるからな♪ その点で言えばアルハレムは本当に優秀な雄でござった♪ なにしろツクモさんをベッドで……」

 

「黙れ!」

 

 恥ずかしそうに手を赤くなった頬に当てて幸せな口調で語ろうとするツクモをアストライアが一喝して黙らせる。母親としては自分の息子が女性と肌を重ねた話を、しかも相手の女性の口から聞かされるなど耐えられるはずもなかった。

 

「ようするに! アルハレムと契約の儀式を行って仲間になったのだろ? ……それで? その事を報告しに来たのか?」

 

「いやいや、そんなことはないでござるよ。……ツクモさんは一つ確認をしに来たのでござる」

 

「確認? 何をだ?」

 

「……アストライア殿。一月前も聞いたでござるが、やはりアルハレム殿を『アレ』に推薦するでござるか?」

 

 幸せそうな顔から一転、真剣な顔となったツクモの言葉にアストライアは納得したように頷く。

 

「なるほど。その件で来たということか。……ああ、無論だ。すでに推薦の文章も向こうに送ってある。明日にでもアルハレム本人に話をするつもりだ」

 

「………」

 

 アストライアの言葉にツクモは無言で責めるような視線を向ける。そんな猫又の視線をマスタノート辺境伯は面白そうな笑みで返す。

 

「フッ……。一月前は『否定はしないが賛成もしない』という態度だったが、今は明らかに否定する態度を取っている。以前から怪しい時はあったが、本格的にアルハレムを『弟』から『男』として見るようになったか?」

 

「その通りでござるが何か問題でもあるでござるか、お義母様? 魔女なんかには大切な息子は渡せないと?」

 

 即答をしてから挑むように言うツクモに、アストライアは首を横に振ってみせる。

 

「お義母様は止めろ。……別にそんなことは言わん。アルハレムはこれから多くの面倒事に巻き込まれるだろうからな。どんな面倒事が起こっても息子と一緒にいて助けとなってくれるなら、相手が魔女だろうと構いはしない。……だからツクモ、これからはマスタノート家ではなくアルハレムを助けてやってくれ」

 

「言われずともそのつもりでござる。というより、アルハレム殿を面倒事の渦に放り出そうとしている張本人が何を……」

 

『ーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?』

 

 ツクモがアストライアに答えようとした時、何処からか複数の女性と一人の男の怒声と悲鳴が聞こえてきた。猫又の魔女もマスタノート辺境伯も、その声のどれにも聞き覚えがあった。

 

「……どうやら早速アルハレム殿に面倒事が起こったみたいでござるね」

 

「みたいだな」

 

 まず間違いなく、宴から帰ってきたリリアにレイアとルルが、同じベッドで寝ているアルハレムとヒスイを見て騒ぎを起こしたのだろう。

 

 怒声と悲鳴の発信源で今頃どんな修羅場が展開されているか想像して、ツクモとアストライアは同時に苦笑を浮かべたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十四話

「……うう、つ、疲れた。体がガタガタだ……」

 

 城塞都市マスタノート全体で宴が行われた次の日の朝。目を覚ましたばかりのアルハレムの口から出たのは、疲れをにじませたため息だった。

 

 普通、眠りから覚めた直後ならもう少し顔に活力があるはずなのに、アルハレムは精も根も尽き果てたといった顔をしていて、気を抜けばもう一度眠りについてしまいそうに見えた。

 

「……はぁ、昨日は本当に酷い目にあった」

 

 アルハレムはもう一度ため息をつくと周囲に視線を向け、自分が朝からここまで疲れることになった「原因」達を見た。彼のベッドの上には彼の他にリリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイの五人の魔女達が全員裸で横になっていて幸せそうな寝顔を浮かべていた。

 

 昨晩、ツクモの頼みを聞いて彼女を仲間にしたアルハレムはそのまま彼女、それと一緒に部屋に来ていたヒスイを加えた三人で肌を重ねることになった。それが宴から帰ってきたリリア、レイア、ルルにばれてしまい、彼の部屋は魔物すらも逃げ出す修羅場と化してしまったのだ。

 

 除け者にされたリリア達三人の魔女は「抜け駆けは許さない」と自分達もアルハレムに襲いかかり、結局その夜は魔女五人を交えた大乱行となって彼女達が満足して眠りについたのは、日が昇るのと同時刻だった。

 

「………む? おはようでござる、アルハレム殿。昨日あれだけしたのに一番早く起きるとは元気でござるな」

 

 もう一度寝ようかとアルハレムが本気で考えていると、目を覚ましたツクモが挨拶してきたので苦笑を浮かべて答えた。

 

「おはようございます、ツクモさん。……でも元気じゃないですよ。今にも倒れそう。すみませんけど、煙管を取ってくれませんか?」

 

「ういうい」

 

 ツクモはベッドのすぐそばの机にある煙管を取るとそれに火をつけてからアルハレムに渡した。

 

 今ツクモが渡した煙管には猫又一族秘伝の薬草が仕込まれていて、少し時間がかかるが生命力を回復させる効果がある。

 

 魔女と肌を重ねるという行為には大量の生命力を吸い取られるという危険があり、いくら固有特性で常人の数倍の生命力を持つアルハレムでもリリア達数人の魔女と何度も肌を重ねるのは不可能で、薬草の煙管はもはや彼にとってなくてはならない存在となっていた。

 

「ふふ……。少しずつ煙管を吸う姿が似合ってきたでござるな」

 

 煙管の煙を吸って生命力を回復させているアルハレムを眺めながらツクモが微笑みながら言う。

 

「それはまあ、一日に何度も吸っていればね……。この煙管には本当に助かっています」

 

「うむうむ。そこまでその煙管を気に入ってくれたのなら、ツクモも嬉しいでござるよ♪ ……では、その煙管を譲った『お礼』を頂戴しても構わないでござるね」

 

「………え?」

 

 ツクモの言葉に嫌な予感を覚えてアルハレムが彼女を見ると、猫又の魔女は妖艶な笑みを浮かべて四つん這いで、乳房を揺らしながら近づいてくる。

 

「つ、ツクモさん?」

 

「にゃふふ♪ もうそろそろ一回くらいなら交われるくらい回復したでござろう? 安心するでござるよ、アルハレム殿。猫又一族に伝わる秘技で、皆が起きる前に終わらせるでござるから……」

 

「待ちなさい」

 

 猫又の魔女の言葉を氷のように冷たい言葉が遮った。

 

「り、リリア……」

 

「あちゃー、もう起きたでござるか。間が悪いでござるな」

 

 言葉の主はリリアだった。サキュバスは視線だけで人を殺せそうな目をツクモに向けながら口を開く。

 

「眠っている仲間の隣で朝から主と肌を重ねる……そんなピンク色の展開はサキュバスである私がやることです! 何、私の役割を奪おうとしているのですか!」

 

 ベッドの上で立ち上がると全裸のままで仁王立ちになって叫ぶリリア。そんな彼女の怒声によって他の魔女達も目を覚ましだし、アルハレムは朝から修羅場が展開されそうな予感に、煙と共にため息を吐くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十五話

「か、母さん……今来たよ……」

 

「ああ、来たのかお前達……って、アルハレム!? お前、一体どうした!?」

 

 昼頃。アルハレムとリリア達魔女五人はアストライアに呼ばれて彼女の書斎にやって来たのだが、マスタノート辺境伯は自分の息子の姿を見て思わず驚きの声をあげた。

 

 書斎を訪れたアルハレムの姿は全身に傷を負ったまさに満身創痍といった感じで、その顔色はリリア達五人の魔女に生命力を吸い尽くされた朝よりも悪くなっており、やつれているように見えた。

 

「これは……その……。ちょっと『色々』あって……」

 

 アルハレムは自分の姿に驚くアストライアに苦笑を浮かべながら言葉を濁して答える。

 

 そう、朝からここに来るまで本当に色々な災難があった。

 

 今朝、何とかリリア達の修羅場を回避して事なきを得たかと思ったアルハレムだったが、彼がツクモを仲間にしてそのまま男女の関係になったことがすでに城中に知れ渡っていたようで、部屋を出た途端に様々な出来事が起こった。顔を真っ赤にしたアリスンに詰め寄られ、アイリーンやアルテアを初めとする城中の人間に呆れや嫉妬、あるいは軽蔑の目で見られ、最後には嫉妬のあまり発狂したライブに真剣で切りつけられたのだ。

 

 この数時間で起こった災難の数々は、先日の魔物を生み出す森での戦いよりも辛かったのではないかとアルハレムは思う。

 

「……色々、か」

 

「はい。色々ありました」

 

「……そうか」

 

 アストライアはアルハレムの顔色から自分の息子に何があったかを想像すると、深くは聞かずに早速本題に入ることにした。

 

「……まあいい。とにかくお前達を呼んだ件なのだが単刀直入に言おう。アルハレム、そしてアルハレムに従う五人の魔女達よ。お前達には近日中に私と一緒に王都までついてきてもらう。反論は認めん」

 

「俺達が王都に? 一体どうして?」

 

 あまりに突然な母親の言葉にアルハレムが聞くと、アストライアは一つ頷いてから彼らを王都へと連れていく理由を口にする。

 

「お前達を王都に連れていく理由……それはアルハレム、お前を我がギルシュの『勇者』として推薦するためだ。その為の推薦文はすでに王都へと送っている」

 

「………………………………………………………え?」

 

 アルハレムは一瞬、アストライアが何を言ったのか理解できなかった。それほどに彼女が口にした言葉はギルシュの人間にとって衝撃的であったのだ。

 

 そして僅かな間をおいて魔物使いの青年は今言われた言葉が嘘や冗談でないこと理解し、次に「勇者」という言葉が何を意味するのかを思い出す。

 

「はいっ!? お、俺が『勇者』に!?」

 

 母親に自分を勇者に推薦すると言われたアルハレムは思わず驚きの声をあげたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十六話

「か、母さん? 俺を勇者に推薦するって、本気?」

 

「アストライア殿は本気にござるよ」

 

 アルハレムの言葉にアストライアではなくツクモが答える。

 

「それにアルハレム殿はギルシュの名門貴族マスタノート家の人間。それが冒険者になればこのような展開になることは少しぐらいは予想していたでござろう?」

 

「いや、それは流石に……」

 

「あの、アルハレム様? 勇者というのは一体何ですか?」

 

 ツクモと話すアルハレムに「勇者」がどんなものか知らないリリアが訊ねる。彼女だけでなくレイア、ルル、ヒスイも首をかしげており、魔物使いの青年は魔女達に勇者について説明をする。

 

「あ、ああ。勇者っていうのは簡単に言うと『国家公認の冒険者』のことだ。クエストブックに記されるクエストは、数を重ねるごとに内容が厳しくなって規模も大きくなる。国家公認の冒険者である勇者は、このクエストの攻略を国に支援してもらう代わりに、クエストを攻略した時に国の名前を宣伝するんだ」

 

「優秀な冒険者は戦乙女に勝るとも劣らない優秀な戦士でもあるでござるからな。勇者が活躍すればするほど、その勇者を擁する国は名声を得ると同時に他国に自国の戦力をアピールできるでござる。……まあ、要するに国の顔役みたいなものでござる」

 

 アルハレムの説明をツクモが補足し、勇者の役割を知ったリリアは、瞳を輝かせて自分の主を見た。

 

「国の顔役である勇者……! 素晴らしいではないですか! まさにアルハレム様に相応しい肩書きではありませんか!」

 

「いや、あのな? 俺は別に勇者にはなりたくないんだけど……」

 

「……ふぅ。落ち着くでござるよ、リリア。国家公認の冒険者と言っても、いいことばかりじゃないでござるよ」

 

 瞳を輝かせるリリアにアルハレムはあまり乗り気じゃなさそうに答え、ツクモがため息をついてから口を開いた。

 

「確かに勇者と国に認められた冒険者はその国から様々な支援を受けられるでござる。国から旅費も提供されるし、大きな戦闘があるときは自国の城や砦から兵士を借りることもできる。他にも例えば、勝手に他人の家に上がり込んでタンスや壺の中を漁って、そこに隠されていたお父さんお母さんのヘソクリをネコババしても勇者の支援要請という名目で許されるでござる」

 

「……最後、の、例え、何?」

 

 ルルが半眼になってツクモの説明に突っ込みを入れるが、猫又の魔女はそれを無視して説明を続ける。

 

「だが、勇者になって悪い点もあるでござる。まず国家公認ということは国の兵士と同じ扱いなので、国同士の戦いが起こればこれに参加しなくてはならない点。これは勇者の仲間も例外ではなく、アルハレム殿が勇者になれば、その僕であるツクモさん達も戦いに参加しなくてはならんでござる。

 他にも戦い以外でも国からの要請が来たらそれを受けないとならんでござるし、何より厄介なのが勇者になればまず間違いなく国の権力争いに巻き込まれる点でござるよ。

 このギルシュ……というかほとんどの国では、勇者には次期国王を決める会議に参加できる資格が与えられるので、勇者になればそれだけで自国だけでなく他国からも権力争いの波が押し寄せてくるのでござる」

 

「何だか大変そうなんですね。勇者って」

 

 ツクモの説明を聞いてヒスイが感想を漏らす。先程までアルハレムが勇者に推薦されたことを喜んでいたリリアも、勇者という肩書きについてくる厄介ごとに渋い顔をしていた。

 

「さようでござる。いくら利点はあると言っても、それだったらただの冒険者の方がよっぽど気楽でござるよ」

 

「そうだな。俺もリリア達を国の戦いになんて巻き込みたくはない。……でも、これはもう決まったことなんだよね? 母さん?」

 

 猫又の魔女に魔物使いの青年が頷いてから自分の母親を見ると、母親は重々しく頷いてから答える。

 

「そうだ。これはマスタノート辺境伯としての命令だ。アルハレムを勇者に推薦する為、お前達には私と共に王都まで行ってもらう。これに変更はない」

 

 これがアストライアがギルシュの名門貴族の当主として出した結論であり、彼女の息子であり部下であるアルハレムにはこの決定に異議を唱えることはできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十七話

「それじゃあアルは王都に行くのか?」

 

「ああ、そうみたいだ」

 

 書斎でのアストライアとの会話を終えたアルハレムは今、自室でライブと話していた。話している内容は、ついさっきまで母親達としていた勇者への推薦の話である。

 

「そうみたいだって……。アルが勇者になるなんて実感がわかないな……あっ、すみません」

 

 ライブは染々と言うとメイド服を着用したツクモの部下である猫又の魔女、タマから紅茶をいれたカップを受け取って彼女に礼を言った。ちなみに彼の両隣には、タマだけでなく同じくメイド服を着用した猫又の魔女のミケが控えている。

 

 ライブがこの城に滞在する時は、必ずこの猫又の魔女二人が彼の世話をしている。当然それは自他ともに認める獣娘を愛する若き伯爵様の強い要望からなのだが、今日に限って言えばアルハレムからの要望でもあった。

 

 何せライブは獣娘である猫又のタマとミケが側にいれば常に機嫌が良く、今朝のようにツクモと関係を持った件で発狂してアルハレムに切りかかってこないからだ。二人の猫又もその事を理解しているため、いつも以上にライブに愛想を振り撒いていた。

 

「俺だって自分が勇者ってガラじゃないと思っているよ。……でもこれは母さん、マスタノート辺境伯直々の命令だし、これのこともあるからな」

 

 そこまで言うとアルハレムは机に置いてあったクエストブックを手に取って開き、そこに記されている文章に目を通す。

 

【クエストそのはち。

 くにのおうさまとあって、おはなししてください。

 くにでいちばんえらいおうさまとおはなしすると、おともだちにじまんできますよー。

 それじゃー、あとはちじゅうななにちのあいだにガンバってくださいね♪】

 

「このクエストを達成するには勇者の推薦の話を受けるしかないからな。……それにしても何で俺の行き先や行動を先回りしたクエストばかり出すんだろうな?」

 

 クエストブックに記されたクエストの文章を読んでからアルハレムは以前からの疑問を口にする。

 

 一度や二度だけなら単なる偶然だと思ったが、こう何度も自分の未来を見通したようなクエストが記されたら偶然とは思えなかった。

 

「これは聞いた話でござるが、クエストブックは所有者の願いや資質、それに所有者がおかれた状況に応じてクエストを記すらしいでござるよ」

 

 アルハレムの疑問に彼の後ろに立っていたツクモが答える。

 

「所有者の願いや資質……それにおかれている状況?」

 

「そうでござる。そして国が冒険者を勇者として擁したい理由もこの辺りにあるようでござるよ? 国家公認となればその冒険者と国との関係も強くなり、クエストブックのクエストも国に関係するものが出やすくなるらしいでござるからな」

 

 アルハレムとライブはツクモの言葉を何となくだが理解した。

 

クエストブックは所有者の願いや資質、それに所有者がおかれた状況に応じてクエストを記す。

 

 このツクモの言葉が正しいのであれば、今までアルハレムのその時の状況に相応しい内容のクエストが記されていたのも納得できるし、もしアルハレムが勇者になれば国が抱える問題を解決するクエストが記されることもありえるだろう。

 

 冒険者が勇者になることで得られる国の利益が思ったよりも大きいことにライブはため息をついた。

 

「なるほど……。まさに国を救う勇者ってわけか。それだったらアルは間違いなく勇者にされるだろうな。……それで? いつ王都に出発するんだ?」

 

「三日後に出発の予定だ」

 

「三日後か……。俺は明日に自分の領地に返るつもりだ。ここを離れるのは正直辛いけど、いつまでも領地を留守にするわけにはいかないからな。……王都から帰ってくる時は、また皆で俺の屋敷に寄ってくれよな。歓迎するぜ」

 

「ああ、勿論寄らせてもらうよ」

 

 そう言うとアルハレムとライブは互いに右手を差し出して握手を交わすのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十八話

 勇者推薦の話をアストライアされた日から三日後。アルハレム達は王都に向かっている最中だった。

 

 城塞都市マスタロードから王都まで馬に乗っても十日程かかる。アストライアは今回の旅のために長距離用の馬車を二台用意し、アルハレムは仲間の魔女達と共にその内の一台に乗り込んでいた。

 

「……」

 

 馬車の中でアルハレムは何やら落ち着かない様子だった。

 

 頬を少し赤くして、視線を何度も右へ左へと動かし、何かを言おうとするが結局は何も言わないアルハレムを変に思ったのかリリアが訊ねる。

 

「あの、アルハレム様? 先程から様子がおかしいようですが、体調でも悪いのですか?」

 

「え? い、いや、別に体調は悪くはないんだけど……その、な……」

 

「ではやっぱり勇者の件でござるか?」

 

 言葉を濁すアルハレムに今度はツクモが話しかける。

 

「アルハレム殿。まだ勇者に推薦されるって段階でござるし、今からそんなに緊張しなくてもいいと思うでござるよ」

 

「そ、そうですよね」

 

 こちらの緊張をほぐそうと話してくるツクモにアルハレムは頬が赤いままで答える。

 

 確かに勇者に推薦される件で緊張している点はある。だがアルハレムが落ち着かない理由は別にあった。

 

(やっぱり揺れてるな……胸が……)

 

 馬車といえば快適な旅のイメージがあるが、馬車の中は意外に揺れる。馬車が行く道は舗装されていない道がほとんどで、そこ通っている間はずっと馬車の中は大きく揺れて、その振動でリリア達魔女五人の豊かな乳房もふるふると揺れていた。

 

 もうすでにここにいる五人の魔女達と何度も肌を重ねたアルハレムだったが、だからこそ逆にこうした無防備な彼女達の姿に意識してしまうのだった。

 

「それとも……緊張している理由は『前の馬車』でござるか?」

 

 自分達が知らずにアルハレムを誘惑していることに気づかないツクモ(絶賛乳揺れ中)が、からかうような顔で自分の主に言う。

 

 アルハレム達が乗っている馬車の前を走っているもう一台の馬車には、アストライアと一緒にアリスンが乗っていた。勇者の推薦のためにアルハレム達が王都に行くと言う話を聞くやいなや自分も王都に行くと言い出し、強引に今回の旅についてきたのだ。

 

「あー、そういえばアイツのこともあったな……」

 

 どちらの馬車に誰が乗るか決めるときに自分と同じ馬車に乗ると散々駄々をこねていたアリスン顔を思い出し、アルハレムは馬車から降りた妹がどんな行動を取るか考えると頭が痛くなった。

 

「……? 悩み、アリ、スン、じゃな、い、の? だった、ら、何?」

 

「………?」

 

「やっぱり勇者になることで緊張しているのですか?」

 

 ツクモに言われて初めてアリスンのことを思い出したといった感じのアルハレムに、ルルとレイアにヒスイが首を傾げる。

 

「そういえばギルシュの勇者は旦那様だけなのですか?」

 

「いや。ギルシュにはすでに一人、勇者がいるよ」

 

 アルハレムは首を横に振ってヒスイに答えると、ギルシュにすでに一人いる勇者のことを話す。

 

「ローレン様と言って、ギルシュの第三皇子だ。人当たりが良くて評判はそれなりにいいんだけど、十人以上の戦乙女達を従者にして連れ歩いていることから『好色皇子』とか『ハーレム勇者』と呼ばれているな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十九話

『好色皇子でハーレム勇者……!?』

 

 ギルシュの勇者、ローレン皇子の二つ名をアルハレムが言うと馬車の中の魔女達五人が戦慄の表情を浮かべる。

 

「相手が人間とはいえ、まさかアルハレム様以外で『戦えるハーレム』を築き上げる猛者がいるだなんて……!」

 

「………!」

 

「世界、は、広、い」

 

「これでアルハレム殿が勇者になれば間違いなくアルハレム殿も『ハーレム勇者』と呼ばれるでござろうから、どちらが真のハーレム勇者に相応しいかそのローレン皇子とライバル関係になるでござるな」

 

「きっと旦那様のように素敵な方なんでしょうね」

 

「いや、ちょっと待ってくれお前ら。何で俺はまだ一度も会っていない皇子とライバル関係にならないといけないんだ?」

 

 口々に言うリリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイの五人をアルハレムが止めようとするが、彼女達は聞いておらず更なるローレン皇子の情報を己の主に求めた。

 

「それでアルハレム様? ローレン皇子とはどんな方なのですか?」

 

「……さっきも言ったように一度も会ったことがないから話でしか知らないが、歳は俺と同じくらいらしい」

 

『…………………………!?』

 

 アルハレムの言葉に再び五人の魔女達が戦慄の表情を浮かべるが、今度は無視して話を続ける。

 

「何でも子供の頃から変わり者だったらしくて、よく城を抜け出しては城下の街で遊び回って、更にはスラム街から親がいない孤児の女の子を見つけては城に連れ帰っていたそうだ」

 

 当然、そんなローレン皇子の行動を城の人達がよく思うはずがなく、口が悪い貴族達はこの頃から皇子のことを「好色皇子」と呼んでいたと聞く。

 

「だけど時間が経ってローレン皇子が保護した女の子達の数人が戦乙女の力に目覚めると周囲の視線は一変。十人くらいの戦乙女の従者を持って、騎士団にも匹敵する戦力を手に入れた皇子を貴族達は『変わり者』から『先見の明を持つ優秀な皇子』と手のひらを返したかのように誉めちぎったんだ」

 

「随分、と、都合、の、いい、人達」

 

「まあ、貴族にはそんな人間が多いでござるから、今更言っても仕方ないでござるよ」

 

 ルルが呆れたような顔で呟くと、ツクモがそれに首をすくめて言う。アルハレムはそんな二人の会話に内心で同意見のようで、苦笑をすると話を続ける。

 

「そしてローレン皇子が冒険者となったのは今から二年前。ある日突然皇子がいなくなって王都は大騒ぎになったらしくて、その数日後にボロボロの姿になって帰ってきた彼の手にはクエストブックが握られていたんだ」

 

 国の第三皇子が冒険者となったことを知った王宮は、すぐにローレン皇子をギルシュの勇者に任命すると、それと同時に彼に付き従う戦乙女達を専属の騎士団として認めたのだった。

 

「こうしてローレン皇子は、クエストブックのクエストをこなしながら自国だけでなく他国でも活躍して『ハーレム勇者』なんて呼ばれながらも、人気があるんだ」

 

「……なるほど。大体は分かりました。戦乙女のハーレムを築き上げ、自国だけでなく他国でも人気のある勇者。まさにアルハレム様のライバルに相応しい方です! 相手にとって不足ナシです!」

 

「なんでだよ」

 

 馬車の中で叫ぶリリアにアルハレムは思わず突っ込みを入れる。

 

「どうしてお前達は俺とローレン皇子をライバル関係にしたがるんだよ。……ほら、街も見えてきたしこの話はここまでだ」

 

 馬車の窓から今日泊まる予定の街が見えてきたのでアルハレムは話の終わりを切り出すと、リリアが口を開いた。

 

「分かりました。……では最後にアルハレム様に聞きたいことがあるのですが」

 

「聞きたいこと? 何だ?」

 

「はい♪ 今もこうして馬車の振動で揺れている私達の乳房なのですが、アルハレムはどれが一番魅力的だと思いました?」

 

「いっ!?」

 

 リリアの言葉にアルハレムは驚いた顔となって硬直する。どうやら魔女達は揺れる乳房を見られていたことにずっと前から気付いていたようだ。

 

『…………………………』

 

「え、え~と、それはだな……」

 

 五人の魔女達の期待するような瞳で見られたアルハレムは、どう答えたらいいか分からず早く馬車が街に到着することを祈るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十話

 次の日。アルハレム達は今日も王都を目指して馬車の旅を続けていた。

 

 今日はアストライアと同じ馬車に親子二人だけで乗っており、アルハレムは相変わらずの馬車の揺れに肩をすくめる。

 

「やっぱり馬車は揺れが激しいな。いくら雨風をしのげるといっても、これだったら馬に乗るか徒歩の方が快適で気楽だよね。母さんもそう思うでしょ?」

 

「……質問に答える前に、お前のその笑顔は一体何だ? 正直気持ち悪いぞ」

 

 笑いながら話しかける息子に母親は辛辣な言葉で返すが、アルハレムは先程から輝くような笑顔のままで顔が仮面にでもなったかのように一瞬たりとも変化させておらず、アストライアの言うこともあながち言い過ぎとは言えなかった。

 

「今朝出発する時は今にも死にそうな顔をしていたのにアリスンと魔女達と離れた途端に元気になって……そんなに昨日は大変だったのか?」

 

「…………………………うん、大変だった。本当に大変だったよ」

 

 アストライアに聞かれてアルハレムは、表情を笑顔から落ち込んだものに変えて疲れきった声で答えた。

 

 昨日は本当に大変な目にあった。

 

 馬車での魔女達の質問をなんとかごまかして街に着いたかと思うと、すぐさま輝力で身体能力を強化したアリスンが突撃してきて魔女達と喧嘩になりかけた。それから後も何回かアリスンと魔女達が騒ぎを起こしそうになる度にアルハレムが体をはって止めて、ようやく宿屋に泊まって一足先に休もうと思ったら、顔を真っ赤にしたアリスンが何やら覚悟を決めた表情でベッドに先回していて、やはりそこでも魔女達との喧嘩が起こりかけて……。

 

 正直な話、昨日大きな騒ぎが起こらなかったのは奇跡的であったと言える。

 

「そ、そうか。大変だったのだな……」

 

「………………………………………うん」

 

 昨日アストライアは、街の町長の屋敷を借りて城塞都市マスタノートで自分の留守を守っているアイリーンとアルテアに手紙を書いていたから知らなかったが、アルハレムの様子から昨日がどれだけ大変だったかを理解した。

 

 それと同時に、自分達の後方を走っているアリスンと魔女達が乗る馬車から異様な雰囲気を感じる理由も理解できた。今頃あの馬車の中では戦いが始まる直前のような張りつめた空気で満ちているのだろう。

 

「……それで話は変わるがアルハレム? お前、神力石は使わないのか?」

 

 落ち込んだ表情となった息子の気をそらそうと、アストライアは話題を変えることにした。

 

「神力石を?」

 

「そうだ。お前はすでに七つの神力石を手に入れたからな。そろそろ使ってみてもいいんじゃないか?」

 

「そういえば……すっかり忘れていたよ」

 

 アルハレムは懐から神力石が入った小さな袋を取り出すと、今思い出したといった顔をした。自身を強くするために冒険者となった彼にとって、使用者に更なる力を与える神力石はとても重要な物であったのだが、ここのところ大きな出来事が立て続けに起こったので忘れていたのだ。

 

「え、と……。使ってもいいのかな?」

 

「当然だ。神力石はクエストを達成した冒険者が女神イアスから与えられた報酬で、その使用は例え王族でも制限はできん」

 

「それじゃあまず試しに一つ……」

 

 アルハレムは神力石の一つを飲み込んでみる。すると彼の頭の中に「ピロロン♪」とステータスが更新されたのを報せる音が聞こえた。

 

「……うん。どうやら無事にステータスが更新されたみたいだ。ステータス」

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 4/25

【生命】 1260/1260

【輝力】 0/0

【筋力】 29

【耐久】 30

【敏捷】 34

【器用】 32

【精神】 33

【特性】 冒険者の資質、超人的体力、力の模倣

【技能】 ☆身体能力強化(偽)、☆疾風鞭、☆轟風鞭、★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)、サキュバスの主、ラミアの主、グールの主、猫又の主、霊亀の主

 

 

「どうだ?」

 

「才能の上限が上がっていて……あと、特性に『力の模倣』っていう見覚えのない文字が記されてる」

 

 アストライアの質問にアルハレムはステータス画面を見ながら答える。

 

 神力石はまず使用者の才能の上限を上昇させてから、筋力や耐久などの身体能力の数値を上昇させるか新たな特性や技能を追加する。

 

 どうやらアルハレムは神力石を使用したことで新たな特性を手に入れたようであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十一話

 アルハレムのステータス画面に新たに記された特性を見てアストライアは顎に手を当てて考える。

 

「力の模倣、か……。アルハレム、どの様な特性なのか分かるか?」

 

「ちょっと待って」

 

 ステータス画面にある「力の模倣」の文字にアルハレムの指が触れると、ステータス画面の表示が変わって新たな特性の説明文が現れた。

 

 

【力の模倣】

「信頼する相手が持つ力を模倣して己のものとする固有特性。

 相手の体に触れることで、その相手が持つ特性や技能の一つを使用できるようにする。ただし、それには模倣する特性か技能の効果を理解して、相手の許可を得る必要がある。

 一つの特性や技能を模倣すると、それまで模倣していた特性や技能は上書きされる」

 

 

「なるほど。力の模倣とはそういう意味か。アルハレム、ある意味お前にはお似合いの特性だな」

 

「そうだね」

 

 力の模倣の説明文を読んだアストライアは興味深そうに言うとアルハレムも頷いて同意する。

 

 何しろアルハレムの周りには強力な特性や技能を持つ魔女達や戦乙女が揃っているのだ。模倣して使用できる特性や技能が一つだけとはいえ、使い方次第では非常に強力な力となるのは間違いなかった。

 

「神力石を使用して新たな特性や技能を修得する確率はかなり低いと聞く。それなのに初めての使用でここまで便利な特性を手に入れるとは、お前も運がいいな。それで? 残った神力石はどうする気だ?」

 

「あー、それはまだ決めてなくて。また今度でいいかな?」

 

「構わんよ。その神力石はお前のものだ。いつ使うのかはお前が決めろ。なんだったら売ってしまってもいい。使えば才能を強化してくれる文字通りの女神イアスからの贈り物だ。王族でも金に糸目をつけずに買ってくれるだろうさ」

 

「いや、それは流石に勿体無さすぎるって」

 

 母親の言葉に神力石を持つ息子は苦笑して答える。アストライアの言葉は嘘ではなく、神力石を一つ売るだけで王都に豪邸を建てられるほどの大金が得られるのだが、アルハレムはそれに何の興味を持たなかった。

 

 大金よりも力を求めるのは、やはりつい最近まで魔物の出現が多発する領地を持つ辺境伯の一族といったところで、そんなアルハレムの反応にアストライアは口元に笑みを浮かべた。

 

「まあ、これからもクエストブックの試練達成に尽力することだ。そうすれば更に神力石が手に入って選択の幅が広がるし、それに聞いた話によればクエストブックは十のクエストを達成するたびに特別な……!?」

 

 そこまでアストライアが言ったところで馬車は大きく揺れた後に急停止をした。

 

「これは……?」

 

「一対何事だ?」

 

 アストライアが馬車の運転をしている御者に問いかけると、外から「ま、魔物の襲撃です!」という恐怖で上ずった声で返事が返ってきた。しかし馬車の中の親子は特に驚かず、冷静に状況を理解した。

 

「ふん。魔物の襲撃か……。すぐに片をつけるぞ」

 

「この一行に襲撃を仕掛けるなんてその魔物達も気の毒に……」

 

 アストライアがつまらなそうに言ってアルハレムが敵に同情するように呟くと、二人の親子は魔物の襲撃を撃退するべく馬車の外に出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十二話

「……これで全部のようだな」

 

「みたいだね」

 

 自分達が倒した魔物の死骸を見下ろしながらアストライアが言うとアルハレムが同意する。

 

 アルハレム達一行を襲ってきたのは五十を超えるゴブリンの集団で、最初二台の馬車を取り囲む形で攻撃を仕掛けたのだが、今更ゴブリンのような下級の魔物の集団程度に負けるはずがなく瞬く間に返り討ちにしたのだった。

 

「以前の俺だったら、これだけの数のゴブリンを見たら驚異に感じたのに、今は全く怖くなかったな」

 

「それだけお前も場数を踏んだということだ……と言ってやりたいが、今回はあいつらの活躍が大きいな」

 

 アストライアは苦笑しながら息子に声をかけてから視線を横にいる六人の戦乙女と魔女達に移す。

 

「アルハレム様♪ 見てくれましたか? 私の活躍を……って! 貴女達、何あまり活躍してないのにアルハレム様に近づこうとしているのですか? 離れなさい!」

 

「………! ………!」

 

「ルル、我が夫、の、ため、頑張っ、た。離れ、るの、貴女、達、の、ほう」

 

「にゃー。ツクモさん、今回一番多くのゴブリンを倒したでござるよ? ゴブリンを一番倒した者がアルハレム殿の側にいられるなら、その権利はツクモさんのものでござるな?」

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ! 私がお兄様と一緒の馬車に乗るの! 家族三人で一緒の馬車に乗るんだから邪魔しないで!」

 

「ええっと……その……」

 

 アルハレムに近づこうとするのと同時に、他の女を牽制しあう六人の戦乙女と魔女達に、アルハレムとアストライアは内心でため息を吐いた。

 

 しかしゴブリンの集団をこの短時間で倒せたのは彼女達の活躍が大きかった。

 

 仲間同士であるがそれ以上にライバル同士である者達。それが長時間同じ馬車に押し込められていたせいで六人の戦乙女と魔女達のストレスは異常なほどに溜まっていて、そのストレスの全てを敵であるゴブリン達に叩きつけたのだ。

 

 そのせいでゴブリン達のほとんどはリリア達によって倒され、アルハレムとアストライアは自分に向かってくる二、三体しか倒していなかった。

 

「やっぱり戦乙女と魔女は強いよな……」

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

 アルハレムがリリア達を見ながら考え事をしていると神妙そうな顔をしたヒスイが自分の主に向けて頭を下げてきた。

 

「ヒスイ? どうした?」

 

「その、すみませんでした。旦那様。私、今回の戦いで役に立てなくて」

 

 言われてみればヒスイはゴブリン達との戦闘中、何もできずにいてツクモが彼女を守りながら戦っていたような気がする。

 

「いや、ヒスイはまだ封印から解放されたばかりで、経験が少ないから仕方がないって。少しずつ慣れていってくれたらいい」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

「……さてと。皆、ちょっといいか?」

 

 アルハレムはヒスイに慰めるように言ってから、まだ言い争っているリリア達に声をかけて懐にある神力石を取り出した。

 

「俺はこの神力石を使って自分を強化してみたいのだけど、皆はいいかな?」

 

『………………………………?』

 

 神力石を見せながら言うアルハレムの言葉に皆が訳が分からないとばかりに首をかしげるが、アストライアだけは呆れた顔をしていた。

 

「馬車で一個しか神力石を使わなかったのは何故かと思っていたが、まさかコイツらのことを気にしていたのか?」

 

「いや……。だって、俺が今までクエストを達成できたのはリリア達の協力があったからなのに、彼女達に黙って全部使うのはどうかな、と思って……」

 

「はぁ……。そんないらん遠慮をしなくても、コイツらはそんなこと気にしたりしないぞ?」

 

 照れた風に言う自分の息子にアストライアはため息を吐く。そしてアストライアの言う通り、リリア達はアルハレムが神力石を全て使うことに異論はないようで頷いてくれた。

 

「そうか……ありがとう。それじゃあ、使うぞ」

 

 アルハレムはリリア達に礼を言うとその場で六個の神力石を飲み込み、頭の中で「ピロロン♪」とステータスが更新される音をしたのを聞くとステータス画面を呼び出した。

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 4/55

【生命】 1260/1860

【輝力】 0/0

【筋力】 29

【耐久】 30

【敏捷】 34

【器用】 32

【精神】 33

【特性】 冒険者の資質、超人的体力、力の模倣

【技能】 ☆身体能力強化(偽)、☆疾風鞭、☆轟風鞭、★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)、サキュバスの主、ラミアの主、グールの主、猫又の主、霊亀の主

 

 

「……【才能】以外は【生命】が六百も増えているけど、何で【才能】と【生命】しか増えていないんだ?」

 

 自分のステータス画面を見てアルハレムは納得できない表情で呟くが、彼に従う魔女達は嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十三話

 ゴブリンの集団との戦闘から数日後。それから後は特に大きなトラブルもなくアルハレムの一行は、ギルシュの王都「ウルフポリス」に辿り着いたのだった。

 

「ここが王都か……。やっぱり賑やかだな」

 

「うん。それにマスタロードよりずっと建物とか人の服が綺麗」

 

「アルハレム様とアリスンさんは王都に来たことがないのですか?」

 

 馬車の窓から王都の様子を見ているアルハレムとアリスンにリリアが訪ねる。

 

 今この馬車にはアルハレムとアリスンにアストライア、そしてリリアの四人が乗っていた。

 

 この旅が始まってからリリア達五人の魔女とアリスンは「自分がアルハレムと一緒の馬車に乗る」と強く主張していて一歩も譲らず、誰がどの馬車に乗るかを決めるためだけに何度も仲間割れに発展しそうになった。それを防ぐためにアストライアは「二台の馬車にはそれぞれ四人ずつ乗って、誰が乗るかはくじ引きで決めろ」と数日前に取り決めて、今日の所はこのメンバーとなったのだ。

 

 朝のくじ引きでこのメンバーになったときリリアとアリスンは狂喜乱舞していたが、他の魔女はひどく落ち込んでいた。今頃もう一台の馬車の中では四人の魔女達が暗い顔や拗ねた顔をして王都の景色を眺めているだろう。

 

「ああ、そうだ。俺とアリスンは自分達の領地からあまり出たことがなくて、他の領地に行ったのもライブが治める領地ぐらいなんだ」

 

 アルハレムがリリアに答えると、サキュバスの魔女は首をかしげて新たな疑問を口にした。

 

「あの、これは生前のお父様から聞いたのですが、貴族の方々はよく宴を開いてそこで他の貴族と知り合ったり自分の子供を紹介したらしいのですけど、今はそういう宴はしていないのですか?」

 

「宴? ……ああ、もしかして社交界のこと?」

 

 今は滅んだ大国の大神官であったリリアの父親が生きていたのは今から二百年以上昔である。その頃からも社交界に似た宴があったことに軽く驚くアルハレムだった。

 

「社交界ね……。一度も行ったことはないな。興味もないし」

 

「私も」

 

 アルハレムとアリスンが興味無さげに答えるとアストライアも頷く。

 

「それが賢明だな。確かに貴族同士の係わり合いは大事だがそれは相手によるし、そんな事に金を使うくらいなら軍備に回した方がずっといい。私は過去に一度だけ、今の爵位を継承した時に社交界に出たが面倒なだけだったぞ」

 

 心から面倒そうに貴族らしからぬ言葉を漏らすアストライアに、リリアは戸惑った顔をする。

 

「え? それでいいんですか? お父様の話だと宴……社交界は将来の結婚相手を探す大切な場所でも聞きましたけど……?」

 

「フッ、リリアよ。私よりもお前の方がよっぽど貴族らしくないか? 別に構わんよ。結婚相手なんか自分で見つければいい。実際、マルスとアレスは私自身が見つけて婿にしたのだから」

 

 アストライアはリリアに誇るように答えると二人の男性の名前を口にした。

 

「マルスとアレス?」

 

「マルス義父さんはアイリーン姉さんとアルテア姉さんの父親で、アレス父さんは俺とアリスンの父親だよ。二人とももう死んでしまったけど、マルス義父さんとアレス父さんは双子の兄弟で、元々は旅の傭兵だったんだ。それで傭兵としては優秀だったのを見抜いた母さんが、二人とも自分の婿に迎えたってわけ」

 

 初めて聞く名前に首をかしげるリリアにアルハレムが説明するとアストライアがそれを聞いて頷く。

 

「そうだ。マルスとアレスも私と同じくらいに剣の腕がたって頭が回り、何よりいい男だった」

 

「それは……アルハレム様のお父様でしたらそうでしょうけど、旅の傭兵の兄弟をお婿さんに迎えて大丈夫だったのですか? 面子とかを気にする貴族とかに何か言われませんでしたか?」

 

「当然言われたな」

 

 リリアの質問にアストライアは懐かしい顔をして答える。

 

「マルスとアレスを婿に迎えると、リリアの言う面子を気にする貴族達が何人も押し掛けてきてな。『旅の傭兵などを婿に迎えるなど正気とは思えない、貴族の誇りを保つためには傭兵などをより自分達の方が結婚相手に相応しい』と下心が丸わかりな台詞を言ってきたので……」

 

「きたので?」

 

「その貴族達を魔物と戦っている戦場に連れていって『私の婿となるならば、その前に私と共に戦ってくれる力と勇気を見せてもらいたい』と言ってやったのだ。そしたらその貴族達は全員泣きながら逃げていって、それ以来私の結婚に口出しをする奴はいなくなったな。……それにしてもあの時の貴族達の慌てよう。今思い出しても笑いが込み上げてくる。フフッ……」

 

 過去の事を思い出して笑いを堪えるアストライアにリリアは唖然となり、アルハレムとアリスンは話に登場した貴族達に同情してため息を吐くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十四話

 王都に入ってからしばらく馬車の中で揺らされているとアルハレム達の一行は、王都ウルフポリスの中央にある王城シャイニングゴッデスについた。

 

 王城シャイニングゴッデスの外壁は、全て汚れ一つない純白で昼は太陽の、夜は月と星の光を反射して輝いて見えることから「シャイニング」という名前がついたそうだ。

 

 そして城を見る人の目を引き付けるのは外観の美しさだけでなく、その城の巨大さも人の目を引き付ける大きな要因でもある。ちょっとした街並の広さがあり、五つの階があるその城はもはや白く輝く小さな山のようだった。

 

 馬車から降りたアルハレム達のほとんどは王城シャイニングゴッデスを驚きの目で見上げた。驚いていないのは以前にも来たことがあるアストライアとツクモだけで、二人は苦笑を浮かべてアルハレム達を見ていた。

 

「これが王城シャイニングゴッデス……」

 

「話には聞いていたけど、本当に大きくて綺麗……」

 

「ここまで立派なお城は見たことありませんね」

 

「………!」

 

「スゴ、い、お、城……。ここ、に、王様、住んで、る?」

 

「こんな大きなお城を建てるだなんて人間さん達って凄いですね」

 

「それは違うでござるよ。この城は人間の手で建てられたものではござらぬ」

 

 アルハレム、アリスン、リリア、レイア、ルル、ヒスイの順番で皆が王城シャイニングゴッデスを見た感想を言うとツクモがヒスイの言葉を訂正した。

 

「え? ツクモさん、それはどういうことですか?」

 

「この王城シャイニングゴッデスは今から百五十年程昔、このギルシュを建国した初代国王が女神の力を借りて建てたものにござる」

 

 猫又の魔女は霊亀の魔女に王城シャイニングゴッデスが一体どの様に建てられたのかを説明する。

 

「ギルシュの初代国王はクエストブックに選ばれた冒険者だったでござる。

 初代国王は長きにわたる試練の旅の末にクエストブックに記された百のクエストを達成すると、褒美を与えに降臨した女神イアスに王が住まうに相応しい城を故郷の地に建てて欲しいと願い、願いを聞き届けた女神イアスは王が住む城……つまりこのシャイニングゴッデスをたった一晩で建てたそうでござる。

 シャイニングゴッデスのゴッデスとは城を建てた女神イアスのことを指しているのでござるよ」

 

 そこまでツクモが説明するとアルハレムが頷いて口を開く。

 

「そして初代国王はシャイニングゴッデスを拠点としてギルシュの建国を宣言すると着実に国土を増やしていき、今では中央大陸の南半分を支配する大国にまで成長したんだ。そんなこともあってギルシュの王族達は、優秀な冒険者を見つけては自分達に忠誠を誓わせ、彼らにギルシュにとって利益になる願いを叶えさせることを考えた。それが『勇者』ってわけだ」

 

「この国の初代国王が冒険者で、この国から『勇者』という言葉が生まれた。……つまりギルシュの初代国王は世界で最初の勇者ってことですか?」

 

「まあ、そういうことになるな」

 

 ヒスイの言葉にアルハレムは一つ頷いて答えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十五話

「お待ちしておりました。マスタノート辺境伯」

 

 王城シャイニングゴッデスに入城したアルハレム達を出迎えたのは二人の女騎士だった。

 

 二人の女騎士は動きやすそうな服装の上に銀の胸当てを身に付けており、更には腰に一振りの長剣を差していて、その凜とした雰囲気は城塞都市マスタロードで留守を守っているアイリーンに似ていた。

 

「長旅お疲れ様でした。……それでそちらにいる方が例のご子息様ですか?」

 

 女騎士の言葉にアストライアは頷き答える。

 

「そうだ。私の息子のアルハレムだ。コイツを連れてきた理由はすでに伝わっているな?」

 

「はい。そしてその事で国王陛下がマスタノート辺境伯とお話をしたいと。ですのでどうか私についてきてもらえないでしょうか? アルハレム様達は彼女が部屋まで案内します」

 

 二人の女騎士のうち右側に立つ女騎士が言うと、左側に立つ女騎士がアルハレム達に向かってお辞儀をする。

 

「国王陛下が? 分かった、すぐに向かおう。……? そういえばお前達は……。フッ、そういうことか」

 

 アストライアは二人の女騎士の顔を見て何かを思い出すと面白そうに笑った。

 

「アルハレム、そしてお前達。私は今から国王陛下の元に向かうので、お前達は彼女について行け」

 

「分かったよ、母さん」

 

「こちらです」

 

 アルハレムは母親に返事をすると、仲間達と一緒に女騎士の後ろについて城の中に入っていった。

 

 ☆★☆★

 

 王城シャイニングゴッデスの中の通路は、外壁と同じく壁も床も汚れ一つない純白で、窓から射し込む光を反射して輝いて見えた。

 

 流石は女神イアスが百の試練を達成した偉大な王の為に建てた巨城といったところか。通路の壁や床、天井にはさりげなく精巧な装飾が施されていて、王が住まう城であると同時に神殿のような雰囲気が感じられた。

 

「通路も広いのね。これじゃあ掃除とかも大変そう」

 

「いえ、この城の掃除は最低限で済みますので、想像されているほど大変ではないと聞いています」

 

 通路を見回しながら呟いたアリスンの言葉に先頭を行く女騎士が振り向きもせずに答える。

 

「この城には様々な不思議な力が宿っていて、その中には自動で壁や床、天井の塵や汚れを清める効果があるらしく、掃除は家具などの上にあるホコリを払う程度でいいそうです。……まあ、それだけでもこの広さなので大変のようですが」

 

「へぇ、そんな不思議な力があるんですね」

 

 アルハレムが驚いたように言うと女騎士は目的の部屋に向かいながら話す。

 

「はい。そしてこのシャイニングゴッデスには他にも多くの不思議な力があると聞いています。城に傷がつけば時間をかけて自動で修復する力とか、中庭で植物の種を植えたら一日で実を実らせる力とか。これらの力を利用すれば、戦争が起こって敵軍に王都まで攻め込まれても、三年は籠城できると言われています」

 

「……もう何でもアリですね」

 

 そこまで言われてアルハレムはひきつった笑みを浮かべて言葉を漏らし、女騎士もその意見には同感なのか頷いてみせた。

 

「私もそう思います。……さあ、つきましたよ」

 

 話している間に目的の部屋につくと女騎士はドアを開いて見せた。

 

『………』

 

「……え?」

 

 部屋の中には先客がおり、武器を携えた軽装の女性が数人、アルハレム達を待っていた。そして女性達の中心には身なりの良い男性が一人、椅子に座っていて、アルハレムの姿を見ると男性は椅子から立ち上がり笑みを浮かべながら挨拶をしてきた。

 

「やあ。やっと来たんだね。待っていたよ。僕はローレン。ローレン・ペルシド・ギルシュ。このギルシュの第三皇子で『勇者』をやっている。……よろしくね『後輩』クン?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十六話

 ローレン・ペルシド・ギルシュと名乗った男性を見て思った最初の印象は「物語の王子様」であった。

 

 年齢はアルハレムと同じぐらいだろう。髪は輝くような銀色で瞳は宝石のような紫色。上等な仕立ての服を身にまとって優雅に椅子に座り、爽やかな笑顔を浮かべているその姿は、まさに物語に登場する王子そのものである。

 

 しかしよく見ると顔や手には無数の小さな傷が見え、身に付けている服や装飾品も上等なものではあるが動きを阻害しない実用的なものばかりだ。これだけで彼が旅なれた人物だと分かり、ただの王族ではないのは明らかであった。

 

「あ、貴方がローレン皇子……? あっ!? 失礼しました。マスタノート辺境伯の長男、アルハレム・マスタノートといいます」

 

「その妹のアリスン・マスタノートです」

 

「アルハレム様に従うサキュバスの魔女、リリアと申します。そしてこちらの無口なラミアが同じくアルハレム様に従う魔女、レイアです」

 

「………」

 

「ルル、言う。種族、グール。アル、ハレム、我が夫」

 

「ツクモにござる。ローレン皇子とは以前にも何度かアストライア殿と一緒に顔を会わせたでござるが、今のツクモさんはここにいるアルハレム殿の僕なので、改めて自己紹介をさせてもらうでござる」

 

「ヒスイです。つい最近に旦那様……アルハレム様の僕となりました」

 

 アルハレムがまだ名乗っていないこと気づいて慌てて自己紹介をすると、仲間達も彼に続いて自己紹介をする。

 

「うん、知っている。マスタノート辺境伯から君の勇者の推薦文と一緒に報告書が送られてきたからね。まあ、立ち話もなんだし、座りなよ。そちらの皆もね」

 

 部屋には人数分の椅子が用意されていて、アルハレム達が椅子に座るとローレンが口を開いた。

 

「何だか騙し討ちみたいな形になってすまなかったね。父上がマスタノート辺境伯と話があるらしいと聞いて、それだったら僕も一足先に君達と話をしてみたいと思ったんだ。メアリもご苦労様」

 

「いえ」

 

 ローレンはアルハレム達に謝罪をすると、次にアルハレム達をこの部屋に案内した女騎士に労い、女騎士は小さく頭を下げて答える。

 

「彼女は?」

 

「メアリはこの城の騎士ではなく僕の仲間だよ。そしてそれはここにいる彼女達全員もそうだよ」

 

 アルハレムはローレンの言葉を聞いて、彼には戦乙女が何人も付き従っている話を思い出す。つまりここにいる女性達は全員戦乙女ということだ。

 

「君だって僕の噂は知っているだろ?」

 

「え? ええ……それは、まあ……」

 

 面白そうに訊ねるローレンにアルハレムは言葉を濁して答える。すると……、

 

「ローレン皇子の噂ですか? ええ、アルハレム様から聞いてますよ」

 

「………」

 

「変わり、者、の、皇子、聞いた」

 

「何人もの戦乙女を引き連れたハーレム勇者と言っていたでござるな」

 

「え? 好色皇子とも言ってませんでした?」

 

 リリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイが以前アルハレムが言っていたローレンの噂を言う。

 

「ちょっ!? お前ら!?」

 

「……!?」

 

 リリア達の言葉にアルハレムが顔を青ざめて叫ぶ。アリスンにいたっては驚きで何も言えないといった表情で五人の魔女を見ていた。

 

 それはそうだろう。いくらリリア達が人間の階級なんか関係ない魔女といえど、一国の王子に今のようなことを言えば不敬罪にされても文句はおかしくはない。

 

 部屋にいる戦乙女達はある者は苦笑し、ある者は不快げにアルハレム達を見る。そして言われた当人であるローレンはというと……、

 

「はははっ! うん、そうだよ。僕がハーレム勇者で好色皇子のローレンです。よろしく」

 

 と、大声で笑ってからリリア達五人の魔女にふざけた挨拶をした。そんなローレンの態度にアルハレムとアリスンの兄妹は呆然とする。

 

『………』

 

「ふふっ。二人とも何を驚いているんだい? 僕がその二つの名前で呼ばれているのは知っているから今更怒ったりしないよ。それに……」

 

 そこまで言ってローレンはリリア達五人の魔女を意味ありげに見てからアルハレムに視線を向ける。

 

「君も勇者になったら絶対に僕と同じ『ハーレム勇者』と呼ばれるようになると思うよ。なんたってそんな美人の魔女達を仲間にしているんだからね」

 

「はは……。そうですね」

 

 ローレンの言葉には自分もそうなりそうな予感がして、アルハレムは苦笑いを浮かべて頷く。

 

「それよりもアルハレム君? 僕、自分と同年代の冒険者と会うのは君が初めてなんだ。よかったらどうして冒険者になって、今までどんな旅をしてきたか聞かせてもらえないかな」

 

「ええ、いいですよ」

 

 どうやらローレンはかなり好奇心が強いようで、アルハレムは今まで自分がどのような旅をしてきたのかを、同じ冒険者で勇者の先輩になるかもしれない皇子に語って聞かせるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十七話

 ローレンはアルハレムの旅の話を楽しそうに聞いた。それに彼は魔女に対して警戒心を懐いておらず、時折リリア達五人の魔女が会話に加わっても、楽しそうな笑顔を崩すことなく彼女達の会話に耳を傾けた。

 

 そうしてアルハレムがあらかた旅の出来事を話すと、国王との会話を終えたアストライアが案内役のメイドと共に迎えに来て、一度ローレン達と別れたのだった。

 

「お兄様。ローレン皇子って楽しそうな方だったね」

 

「そうだな」

 

 王城シャイニングゴッデスの一室。この王都にいる間、生活することになる部屋に案内されるとアリスンが言い、アルハレムが妹の言葉に頷く。

 

「気取ったところのない気さくな方だし、仲間の戦乙女達の信頼もあるようだ。でもその分、王宮での敵は多いかもしれないな。権威とかを重視する王族や貴族達が王族らしくないって」

 

「確かにローレン皇子を白い目で見る王族や貴族は多いが、今更そんなのを気にするような方ではない。それに、王族らしくない王族なんて言葉、私達が言えたものではないだろう?」

 

 アルハレムの言葉に答えたのはアストライアで、母親が最後に付け加えた言葉に息子は「確かに」と言って苦笑した。なにしろアルハレム達マスタノート家も他の貴族達に「貴族らしくない貴族」と言われ、口が悪い貴族なんて「ギルシュの蛮族」と言うくらいなのだから。

 

「確かにローレン皇子は良い方に見えましたが……」

 

 マスタノート家の親子がローレン皇子について話しているとリリアが考えるような顔で会話に加わってきた。

 

「どうかしたか? リリア?」

 

「ローレン皇子は魔女の私達にも普通に接してくれましたが、その回りにいたあの戦乙女達はあの部屋にいる間ずっとこちらに敵意のある目を向けてきていました。それがちょっと気になって……」

 

「いや……、それはこう言ってはなんだけど、普通の対応なんじゃないか? 人間で魔女を警戒するのは多い……っていうかそれがほとんどだし、彼女達はローレン皇子の警護でもあるのだし」

 

 アルハレムの言葉は正論なのだが、リリアはまだ納得していないのか眉をひそめたままだった。

 

「いえ、私があの戦乙女達から感じた敵意はそんな分かりやすいものではなく……、もっとこう、色々な黒い感情がドロドロに溶け合った厄介な敵意というか……」

 

「ツクモさんもリリアの意見に賛成でござる」

 

 リリアがローレン達と同じ部屋にいた時に、彼に従う戦乙女達から感じた敵意を説明しようとしていると、ツクモも会話に加わってサキュバスの意見を支持した。

 

「ツクモさん? それってどういうことですか?」

 

「にゃ~、どういうことと聞かれても、ツクモさんもリリアと同じでうまく言葉にできんのでござるよ。……ただ、ローレン皇子とあの戦乙女達の間には時々変な空気を感じたのでござる。それが何なのかは分からんでござるが、きっとそれが関係しているとツクモさんは思うでござる」

 

「変な空気……? それって一体……ん?」

 

 アルハレムがツクモとリリアに詳しい話を聞こうとした時、誰かが部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。

 

「構わん。入れ」

 

「失礼します」

 

 アストライアが許可を出すと、部屋のドアを開いて数人のメイドが入ってきて、その中で古株と思われる一人のメイドが要件を口にした。

 

「皆様。国王陛下での謁見で着る礼服を選んで頂きたいので、これから衣裳室まで来ていただけないでしょうか」

 

『れ、礼服……?』

 

 こちらの意見を聞いているようで実際は異論を認めないメイドの言葉に、マスタノート家の三人は顔をひきつらせる。

 

「え? あの、どうかしたのですか?」

 

「礼服は苦手だ。動き辛くて、窮屈で、どうにも性に合わん」

 

「俺とアリスンに至っては礼服なんて生まれて一度も着たことがない」

 

「鎧だったら普段着のように着ているのだけどね」

 

 リリアが聞くとアストライア、アルハレム、アリスンが答え、そんなマスタノート家の親子の言葉に今度はサキュバスの魔女は顔をひきつらせる。

 

「……貴方達、本当に貴族ですか?」

 

「にゃはは♪ ギルシュの蛮族、マスタノート家の本領発揮でござるな♪」

 

 リリアの呻くような言葉にツクモが楽しそうに笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十八話

「これでいいのか……?」

 

「なんだか変な感じ……」

 

 衣裳室で礼服とドレスに着替えたアルハレムとアリスンはなれない服に落ち着かず戸惑った声を出した。

 

 アルハレムとアリスンが着ている礼服とドレスは、王城の衣裳室に納められているものらしくデザインも仕立ても一流のもの。更には兄妹二人とも顔立ちが整っているのため、最上級の礼服を着た二人はまさに貴族の子息と令嬢……と言いたいのだが、その姿からは礼服を着なれていない感じが丸分かりで、なんとも言えない違和感があった。

 

 所謂「服に着られている」状態である。

 

 以前にも何度かドレスを着たアストライアはまだマシだが、それでもやはりどこか着なれていない感じがして、窮屈そうにため息をついた。

 

「やはりこういう服にはなれないな……。しかもこんな服一着を仕立てるためだけに、下手をしたら鎧装備が一揃えできる金をつぎ込むとは王都の人間の考えは理解できん」

 

 貴族とは到底思えない文句を言う母親の言葉にアルハレムとアリスンは苦笑いを浮かべながらも内心で同意していると、誰かが衣裳室のドアを叩いてから開いた。ドアを開いたのは、アルハレム達をこの衣裳室に連れてきたメイド達のまとめ役をしていた四十代くらいのメイドだった。

 

「マスタノート辺境伯様。アルハレム様。アリスン様。お連れ様方のお着替えが終わりました」

 

 メイドはそう言うと衣裳室に入り、彼女に連れられてきた五人の女性……ドレスに着替えたリリア達五人の魔女も衣裳室に入ってきた。

 

「これは……」

 

「ほぉ……」

 

「ぐぬぬ……」

 

 ドレスに着替えたリリア達五人の姿を見てアルハレムとアストライアが感嘆の声を漏らし、アリスンが悔しそうな声を出す。それほどまでにドレス姿の魔女達は魅力的であったのだ。

 

 リリアは胸元と翼と尻尾を出すために背中を大きく開いた黒のドレスで、サキュバスらしい妖艶さを演出。

 

 レイアは種族特性で人間の姿になっていて身に纏っているのは緑のドレス。その色はラミア時の下半身の鱗と同じ色だった。

 

 ルルはリリアと同じ黒だが、こちらは顔と手以外素肌をさらさないデザインのドレスで、これによりグール特有の青白い肌を強調。

 

 ツクモはリリアと同じくらい胸元が開いて、スカートにも切れ込みが入っていて脚が見えるデザインのドレス。スカートの切れ込みからは美しい脚線美を描く脚が覗かせる。

 

 ヒスイはレイアの緑のドレスより色が薄い、若草色のドレス。五人の中では彼女が一番落ち着いたデザインのドレスを着ていて、淑やかな印象を受けた。

 

 他種族の雄を誘惑する魔女の性というのか、リリア達はドレスを第二の皮膚と言えるくらいに完璧に着こなしていて、自分達の魅力を十二分に引き出していた。そんな彼女達の姿を見てアルハレムは、どんなに美しい令嬢でも、この五人には敵わないだろうと思った。

 

「アルハレム様。貴方のリリアのドレス姿、どうでしょうか?」

 

「………」

 

「我が夫。ルル、似合、う?」

 

「ツクモさんってば、実は今日がドレスに初挑戦なのでござるが……アルハレム殿、変なところはないでござるか?」

 

「あの……似合いますか?」

 

「うん。皆、本当によく似合っているよ」

 

『…………………………♪』

 

 感想を求めるリリア達にアルハレムが素直に感想を言うと、五人の魔女達は飛び上がらんばかりに喜んだ。

 

「皆さん大変美しい方ばかりで、このような最高の素材にドレスを着せることができて、私達メイド一同眼福の思いでした」

 

 メイドもアルハレムと同じ思いだったのか頬を僅かに赤くして言った。同性すら興奮させる魔女の魅力、恐るべしと言ったところか。

 

(それにしても……貴族の俺達よりも、魔女のリリア達の方が礼服やドレスが似合うってどうなんだろうな……)

 

 アルハレムはリリア達のドレス姿を見ながら内心でそう苦笑するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十九話

 アルハレム達の着替えが終わる時には、時刻は既に夜になっており、王城シャイニングゴッデスの大広間では大きな夜会が開かれていた。

 

 夜会には王族と城勤めをしている貴族、あるいは王都の周辺に領地をもっている貴族達が集まっており、それぞれが交流のあるもの同士で会話をしていたのだが、アルハレム達が大広間に現れた途端にそこにいた王族と貴族達全員の視線が彼等に向けられた。

 

 新たなギルシュの勇者になるかもしれないアルハレムを見定めようとする者。

 

 ドレス姿となったリリア達五人の魔女の姿に見とれた者。

 

 魔女とはいえ魔物が王城の中にいることに嫌悪の表情を浮かべる者。

 

 マスタノート家の勇名と蔑称を知っていて敬う、あるいは嘲笑うような目で見る者。

 

 皆、様々な種類の視線でアルハレム達を遠巻きで見ているなか、十人ほどの集団が彼等に近づいてきた。

 

「これはマスタノート辺境伯、お久し振りです。そしてアルハレム君と皆もさっき振りだね」

 

 集団の先頭に立つ人物、ローレンは初めて会った時と同じ爽やかな笑みを浮かべてアルハレムに挨拶をする。

 

「ローレン皇子、お久し振りです」

 

「また会えましたね、ローレン皇子」

 

「ああ、そうだね。……それにしても凄い人気だね」

 

 アストライアとアルハレムが挨拶を返すと、ローレンは辺りを見回してこちらを遠巻きで見ている王族と貴族を確認して、感心したように言う。

 

「でもそれも仕方がないか。何しろ新たなギルシュの勇者ってだけでも凄いのに、アルハレム君はあのマスタノート辺境伯の長男で、しかも魔女を五人も従えているんだ。話題には事欠かないし注目されるよね」

 

「いえ、ローレン皇子? 俺はまだ勇者になると決まった訳じゃ……」

 

 アルハレムがそう反論しようとするとローレンは呆れたようにため息をついた。

 

「はぁ……。まだそんなことを言っているのかい? ギルシュ建国から続く名門で、今日まで隣国エルージョとの国境がある辺境を守り続けてきたマスタノート家の長男。身柄がこれ以上なく確かなアルハレム君が勇者になるのは最早決定事項なんだ。アルハレム君だって本当は分かっているんだろ?」

 

「そ、それは、まぁ……」

 

「夜会の最後で父上、国王陛下がアルハレム君を紹介するだろうから、それまで楽しみなよ」

 

「楽しむのは……無理だと思います」

 

 楽しめと言うローレンにアルハレムが苦笑いを浮かべて答える。

 

 自分達を珍しいものを見るような目で見てくる王族と貴族達に囲まれたこの状況で、夜会を楽しむのは無理があるだろう。ローレンもすぐにそれにきづいて「それもそうだね」と苦笑を浮かべる。

 

「じゃあ、それだったら僕達と一緒にいない? 僕もアルハレム君達の話をもっと聞きたいからね」

 

「ええ、ローレン皇子がよろしければ是非に」

 

 このような状況では話ができる相手がいるのは大変ありがたい。その事もあってアルハレムがローレンに返事をするとリリア達も頷く。

 

「はい♪ 私もお話ししたいことがありますからね♪」

 

「………」

 

「ルル、ローレン、皇子、と、話、したい」

 

「まあ、ツクモさん達だけで食事をするのも味気ないでござるからな」

 

「私達でよろしければ」

 

 以前の会話でリリア達はローレンとそれなりに打ち解けたようで、その表情は柔らかい。……だが、

 

『………』

 

 リリア達に対してローレンの後ろに控えている数人の女性達、恐らくは彼に従う戦乙女達が複雑な表情でアルハレム達を、正確には五人の魔女達を見ていた。

 

(……リリアとツクモさんの言った通りだな。ローレン皇子に従う彼女達、俺達……というか、リリア達を嫌っている?)

 

 分かり辛いがローレンに従う戦乙女達の表情から敵意に似たものを感じて、アルハレムは内心で首をかしげた。

 

(リリア達が魔女、高位の魔物だから警戒している? ……でもそれとは何だか違うような?)

 

 いくら考えてもアルハレムには、戦乙女達がリリア達に向ける敵意に似た感情の正体も、それを向ける理由も分からなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十話

 アルハレム達とローレンが一時間程話をしていると、ついにこの夜会の主催者が大広間にやって来た。

 

 盛大なファンファーレと共に姿を現したのはギルシュの現国王、ヨハン・リーダス・ギルシュ。

 

 中央大陸の南半分を支配する大国ギルシュの頂点に立つ人物であり、ローレンの父親でもある。

 

 ヨハン王は大広間を見回すと、ゆっくりとした威厳を感じさせる声で夜会に集まった王族と貴族達に語り始める。

 

「皆の者、よく集まってくれた。今宵はこのギルシュにとってこの上なく喜ばしい報せがある。すでに知っている者もいるかもしれんが、ギルシュに古くから仕える貴族の家に女神イアスが創造した書物、クエストブックに選ばれて冒険者となった者が現れた」

 

 このヨハン王の言葉に反応して大広間にいる全ての王族と貴族達の視線がアルハレムに集中した。そして王は、夜会の参加者達の視線が一人の貴族の青年に集中したのを確認すると、新たな冒険者の名前を呼んだ。

 

「その冒険者の名はアルハレム・マスタノート。ギルシュ建国の頃より辺境の地を守り続けてきた名門マスタノート家の長男である。……マスタノート辺境伯よ」

 

 アルハレムの名前を告げたヨハン王はアストライアに視線を向けて声をかける。

 

「ははっ」

 

「貴公の娘達はどれも優秀な戦乙女ばかりだと聞く、それに加えて息子が冒険者に選ばれるとは……。優秀な子供に恵まれた貴公を余は羨ましく思うぞ」

 

「ありがとうございます、国王陛下。国王陛下にそこまで言っていただけるとはこの上ない光栄です。ここにはいない二人の娘達も今の言葉を聞けば必ず喜んだことでしょう」

 

「うむ」

 

 臣下の礼を取りながら答えるアストライアにヨハン王は満足げに頷くと、次にアルハレムに視線を向けた。

 

「そしてアルハレム・マスタノートよ」

 

「は、はい!」

 

 自国の頂点に立つ人物に直接名前を呼ばれてアルハレムは緊張のあまり声を震わせてしまう。

 

「よくぞ今までクエストブックの試練から逃げずに立ち向かい、それを全て達成してきた。今日までギルシュの王族と貴族達で冒険者に選ばれたのは、我が息子のローレン一人だけであった。故にギルシュの貴き血からお主と言う新たな冒険者が現れたことを余は嬉しく思うぞ」

 

「こ、光栄です!」

 

「うむ」

 

 緊張で体を固くしながら答えるアルハレムにヨハン王はまたもや満足げに頷く。

 

「さて……。皆の者、今更言うまでもないがギルシュを建国した初代国王は冒険者であった。クエストブックに記された百の試練を達成し、その褒美として女神イアスにこの神秘の巨城シャイニングゴッデスを創っていただいたのを切っ掛けに、ギルシュの建国を宣言したのだ。

 それ以来ギルシュの王族は国に忠誠を誓う冒険者に『勇者』という名誉を与える代わりに、ギルシュの発展のために活躍することを約束させてきた。そして歴代のギルシュの勇者達は百の試練の達成までは叶わなかったが、それでもギルシュの発展に多いに貢献してきた。

 ギルシュの歴史は冒険者から始まり、勇者の伝説はギルシュから始まった。

 そして余はギルシュの勇者の伝説に、ここにいるアルハレム・マスタノートの名を新たに加えようと思う!」

 

 ヨハン王は大広間に集まった王族と貴族達に、アルハレムを新たなギルシュの勇者にすることを宣言した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十一話

 大広間に集まった王族と貴族達はヨハン王の宣言に拍手と歓声をもって返した。

 

 アルハレムはヨハン王が言った通り、この夜会の中でも指折りの名門マスタノート家の出身で「神速の名将」の二つ名で国内だけでなく隣国にも知られているアストライアの息子。それに加えて戦乙女にも匹敵する上位の魔物、魔女をすでに五人も従えている。

 

 個人の思惑は別として、実力主義を国是としているギルシュの王族と貴族達がアルハレムを勇者と認めない理由は何一つなかった。

 

「アルハレム・マスタノートよ。貴公はギルシュに忠誠を誓う冒険者、勇者となってこれからもクエストブックに記される女神イアスよりの試練に挑んで貰えぬだろうか。ギルシュの更なる発展と、貴公自身の栄光を掴み取るために」

 

「……はい。このアルハレム・マスタノート、仲間の魔女達の力を借りねば何もできない未熟者ですが、国王陛下が許してくださるならギルシュの勇者という栄誉、ありがたく受けとります」

 

 本心では勇者という肩書きには全く興味がなく、むしろ逃げ出したい気持ちで胸が一杯であったアルハレムだが、国王直々にこうして頼まれたら(やんわりとした言葉の強制命令を言われたら)一貴族の子息にすぎない彼には断ることなどできるはずもない。その為、クエストブックに選ばれて魔物使いの冒険者となった貴族の青年は、臣下の礼をとってギルシュの勇者となることを承諾するのだった。

 

「おおっ! よくぞ決心してくれたぞアルハレム・マスタノート……いや、勇者アルハレムよ。それでは早速なのだが、貴公には余が選んだ審査員と共にクエストブックの試練に挑戦してもらう。貴公が試練を達成したのを審査員が確認した時、我がギルシュは貴公を真に勇者であると認めよう」

 

「はい。分かりました」

 

 実際は今さっきアルハレムが承諾した時点で勇者であると認められているのだが、これはギルシュにおける勇者公認の通過儀礼であり、アルハレムも頷いてみせる。

 

「アルハレム・マスタノート。貴公は現在、挑戦している試練はあるのか?」

 

「いえ、自分が挑戦していたクエストは国王陛下と話をするという内容で、それはもう達成されています。新しいクエストはまた後日にクエストブックに記されるはずです」

 

「そうか。ではアルハレム・マスタノートのクエストブックに新たな試練が記されるまでに余も審査員の人選を……」

 

 そこまでヨハン王が言ったところで、今まで黙って国王と新たな勇者の会話を聞いていた夜会の参加者達の中から一人の男が進み出た。

 

「父上。その審査員の役目、どうかこのローレンに任せてくれませんか」

 

 アルハレムとヨハン王の前に進み出てきたのはギルシュの皇子であり、もう一人の勇者である青年、ローレン・ペルシド・ギルシュであった。

 

「ローレン? お前が審査員をするだと?」

 

「ええ、後輩になったアルハレム君とその仲間達の活躍をこの目で見たいですし、それにこれは僕の『クエスト』でもありますからね。……『ブック』」

 

 ヨハン王に答えてからローレンが小さく呟くと、空中に一冊の本……彼のクエストブックが現れ、ローレンは空中に現れた自分のクエストブックを手に取って開くとそこに記された文章を見せた。

 

 

【クエストそのにじゅうなな。

 ぼうけんしゃのおともだちとたびをしましょう。

 せっかくぼうけんしゃのおともだちができたのだから、いっしょにたびをしてもっとなかよくなりましょう。

 それじゃー、あとにじゅうごにちのあいだにガンバってください♪】

 

 

「この文章から僕のクエストブックはアルハレム君達がやって来るのを待っていたみたいなんですよね♪」

 

 クエストブックに記されたクエストの文章を見せながらローレンはとても嬉しそうな笑顔で話すのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十二話

「来い、クエストブック。………うわっ!? 本当に来た」

 

「ははっ。だから呼んだら来るって言ったろう?」

 

 呼んだ途端に空中に自分のクエストブックが現れて、アルハレムは驚きながら本をキャッチをする。そしてその彼の姿にローレンは笑いながら言った。

 

 夜会でヨハン王と会った次の日。アルハレム達は今、シャイニングゴッデスの与えられた部屋にいて、そこにはクエストに挑戦する旅の予定を話し合いに来たローレン達も来ていた。

 

 話し合いの途中でアルハレムはローレンに、昨日の夜会でどうやって空中にクエストブックを出現させたのかを聞くと、王子は冒険者が呼んだらクエストブックはどこにでも現れると答えた。そして実際に読んでみたら本当に何もない空中にクエストブックが現れたのだった。

 

「クエストブックは最初に開いて所有者となった冒険者と魂で繋がっている。だからクエストに三回失敗するか、本人が放棄すると決めて冒険者の資格を失わない限り、クエストブックは冒険者とどれだけ離れても持ち主の元に帰ってくるようになっているんだ」

 

「そうなんですか。それにしても呼ばれたら何もない空中に現れるだなんて思いもしませんでしたよ」

 

 ローレンの説明にアルハレムは驚き半分感心半分の気持ちで頷く。

 

「女神イアスが創造した書物クエストブックにはまだ知られていない秘密があるかもしれない。そしてそれを調べるのも僕達勇者の役目なんだ。もしかしたらクエストブックが所有者を定める基準というのもあるかもしれないしね」

 

「クエストブックが所有者を定める基準? そんなものがあるんですか?」

 

 クエストブックは「冒険者に選ばれる可能性がある」という種族特性「冒険者の資質」を持つ種族ヒューマンから無作為に百人の所有者候補を選んでその前に現れ、彼らがクエストブックを開いて冒険者の契約が結ばれる。そこにクエストブックが己の所有者を選ぶ基準があるなんて考えたこともなかった。

 

「まあ、そんな基準もあるかもしれないって話さ。それよりも今はアルハレム君のクエストを……」

 

 キンコーン♪

 

 ローレンがそこまで言ったところでアルハレムのクエストブックから、新たなクエストが記されたことを報せる音が聞こえてきた。

 

「噂をすればなんとやら、だね」

 

「本当に、この本はいつも都合がいいタイミングでクエストを出してきますね」

 

 アルハレムは苦笑を浮かべながらローレンに答えると、クエストブックを開いて新たなクエストの文章を確認する。

 

 

【クエストそのきゅう。

 ぼうけんしゃのひととたたかいのれんしゅうをしてください。

 かってもまけても、ぼうけんしゃのひととたたかいのれんしゅうをするのは、いいけいけんになるとおもいますよー。

 それじゃー、あとじゅうよんにちのあいだにガンバってください♪】

 

 

「きゅ、九回目のクエスト……だと……!? じゃあ、これともう一回クエストを達成すれば……!」

 

 アルハレムのクエストブックに記された文章に目を通してローレンが戦慄の表情を浮かべるが、当の本人はそれに気づかずクエストの内容を考える。

 

「戦いの練習? 模擬戦のことか? この場合、冒険者の人ってのはローレン皇子のことだよな。勝っても負けてもって、ローレン皇子と模擬戦をするだけでクエストが達成されるってことなのか?」

 

「何をしている、アルハレム・マスタノート! 早く外に出ろ!」

 

「え?」

 

 考え事をしていたアルハレムにローレンが、それまでの友好的な笑みを浮かべていたのが嘘だったかのように厳しい表情で怒鳴る。

 

「ろ、ローレン皇子?」

 

「時間が惜しい。中庭で模擬戦を行うからすぐに仕度をしろ」

 

 驚くアルハレムに構わずローレンは部屋から出ていき、彼と一緒に部屋に来ていた戦乙女達も驚きながらも彼について部屋から出ていく。

 

「ローレン皇子、一体どうしたのでしょうか?」

 

 ローレンが部屋から出ていった後、リリアが自分の主に話しかけるがアルハレムも訳が分からず首をかしげた。

 

「分からない。……でもさっきのローレン皇子の態度、どこかで見たような……?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十三話

 クエストを達成するためにローレンと模擬戦をすることになったアルハレムは、仲間達と一緒にシャイニングゴッデスの一階にある大部屋に来ていた。

 

 その大部屋は城の兵士達の訓練室で何人もの兵士達が訓練をしていたが、アルハレムとローレンの二人の勇者一行が訪れると兵士達は訓練を止めて、ローレンがアルハレムと模擬戦をしたいと訓練室の兵士達に伝えると急遽二人の戦う舞台が整えられた。

 

 訓練室の中央にある兵士同志が一対一の試合をするリングの上でアルハレムとローレンは対峙していた。リングの外ではリリア達アルハレムの仲間達とローレンに従う戦乙女達が囲んでそれぞれの主人を見ており、それを更に遠巻きにして兵士達が見ていた。

 

「おい、あれって新しい勇者だろ? 確かアルハレムって言う名前の……」「あのギルシュの蛮ぞ……いや、神速の名将アストライアの息子だったよな」「噂じゃあの仲間達、全員魔女だって話だよな?」「いや、一人は妹らしいぞ? しかも戦乙女の」「それにしても全員いい女だよな……」「俺は妬ましくなんかない。俺は妬ましくなんかない。俺は妬ましくなんかない。俺は妬ましくなんかない。俺は妬ましくなんかない」「戦乙女のハーレムを引き連れたローレン皇子。その後輩は魔女のハーレムを引き連れた貴族の息子か」「あの戦乙女達も全員いい女だよな……」「ハーレムなんか認めない。ハーレムなんか認めない。ハーレムなんか認めない。ハーレムなんか認めない。ハーレムなんか認めない」「戦乙女のハーレム対魔女のハーレムか……。ある意味見物だな」「戦うのはそれを率いる二人の勇者だがな」「だけどあの二人、育ちもよくていい女に囲まれてその上勇者だって? ここまでくると世の無情さを感じるな」「ああ、それは俺も思った。所詮この世は金とコネを持っている奴が全てを手に入れるってか?」「……なぁ、模擬戦ってことは、今から二人が戦ってどちらかが負けるってことだよな?」「……それは、当たり前だろう」「無様をさらして嫌われればいいのに。無様をさらして嫌われればいいのに。無様をさらして嫌われればいいのに。無様をさらして嫌われればいいのに。無様をさらして嫌われればいいのに」「おい、今の誰だ?」「黙らせろ。不敬罪になってもしらんぞ」

 

 リングの外から聞こえてくる兵士達の言葉にアルハレムはうんざりとした表情となる。

 

「はあ……。ここでもこんな目で見られるのか」

 

「ははっ。慣れたら気にならないよ」

 

 ローレンもアルハレムと同様に兵士達の嫉妬の感情を向けられているのに平然と笑い飛ばし、それを見て魔物使いの勇者は目の前にいる王族の勇者を中々の大物だと思った。

 

「それに、アルハレム君が僕の後輩になってくれたお陰で嫉妬の感情も半分になるだろうからね」

 

「いや……。どう見てもこれ、俺が加わったせいで嫉妬の感情が二倍になってますよね? 俺とローレン皇子で分けあっても変わりませんよね? それよりもローレン皇子、武器はいいんですか?」

 

 訊ねるアルハレムはいつもの毛皮のマントを羽織って手にロッドを持っていたが、聞かれたローレンは先程までと同じ格好で手には何の武器も持っていなかった。

 

「ああ、構わないよ。僕の武器は『これ』だからね」

 

 ローレンは笑ってアルハレムに答えると左腰にある小型のバッグを軽く叩いた。

 

「それが武器?」

 

「そうだよ。詳しくは戦ってみたら分かるよ」

 

「……分かりました」

 

 アルハレムがそう言うと審判役の兵士が模擬戦開始の合図を出した。

 

「さあ、行きます! ……ぐっ!?」

 

 模擬戦が始まりアルハレムがローレンに向かって走り出そうとした瞬間、アルハレムのロッドを持つ右手に強い痛みが走った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十四話

「うっ、く……!」

 

 突然走った痛みに右手の感覚がなくなり、アルハレムは右手に持っていたロッドを落としそうになるが、すぐにロッドを持ち直す。それは意識した動きではなく、長年の訓練で母親であり武術の師であるアストライアから文字通り体に叩き込まれた「戦いで武器を手放すのは死ぬときだけだ」という教えが活かされた無意識の動きだった。

 

「ほぉ……?」

 

 ロッドを持ち直したアルハレムを見てローレンが感心したような声を出す。

 

「凄いじゃないか。流石はマスタノート辺境伯……いや、アストライア先生の息子。『戦いで武器を手放すのは死ぬときだけだ』という教えが体に染み付いているね。……アルハレム君、知っているかい? 僕は小さい頃にアストライア先生に武術を教えてもらったことがあるんだ。つまり僕と君は兄弟子と弟弟子の関係になるんだ。どっちが兄弟子で弟弟子かは分からないけどね」

 

「俺とローレン皇子が……? ……ん?」

 

 ローレンの口から語られた意外な過去に驚くアルハレムは、自分の足が何か軽いものを蹴ったことに気づく。

 

 アルハレムが足元を見ると、そこには一本の手のひらに収まりそうな小さな棒が転がっていた。恐らくはローレンはこれをアルハレムの右手に当てたのだろう。

 

「棒? ……違う。これはダート(手投げ矢)か?」

 

 ダートとは手で投げる専用の矢を的に当てて、誰が一番的の中央に当てられるかを競うという、貴族の間で流行っている遊びで使われている小型の矢のことだ。

 

 よく見れば足元に転がっている棒の片方の端には羽根がついていて、鏃を取り外したダートだと分かった。

 

「その通り。……冒険者は最初にクエストブックを開いた時に無数の扉がある空間に通されて、その中の扉を一つ選んで開くことで、そこにある戦う力を手に入れる」

 

 ローレンはアルハレムの呟きに頷くと、冒険者がクエストブックを初めて開いた時の出来事を話し出す。

 

「アルハレム君がその時に扉の一つを開いて『魔物使い』の力を得たように、僕も君とは別の扉を開いて力を与えられた。その力は……」

 

 そこまで言ってローレンが両腕を胸の前で交差させると、その両手にはいつの間にか指と指の間に鏃を取り外したダートが挟まれているのが見えた。

 

「僕が得たのは『射手』の力。僕はあらゆる射撃武器を自分の手の延長のように使うことができる。戦闘では一緒に戦ってくれている仲間を後方から援護するのが僕の戦い方さ。だから前に出ての戦いはあまり得意じゃないんだけど………っ!」

 

「………!?」

 

 ローレンは表情を引き締めると右腕を振るって右手の指に挟んでいたダートの一本を放ち、放たれたダートは突然の出来事に反応できなかったアルハレムの顔のすぐ横を通過した。

 

「これでも勇者としてそれなりに場数を踏んでいるからね。一対一の勝負だったら、それなりに戦えるよ?」

 

 そう言うとローレンはアルハレムに向けて不敵な笑みを見せるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十五話

「さて、話はこれぐらいにして、そろそろ模擬戦の続きにしようか?」

 

「……くっ!」

 

 ローレンが再びダートを投げようとする気配を感じたアルハレムはとっさに駆け出した。

 

(この距離だと何もできないままローレン皇子に狙い撃ちにされる! 距離をつめて反撃をしないと……!)

 

 身を低くして交差させた両腕で体を守りながら向かってくるアルハレムを見て、ローレンは笑みを浮かべる。

 

「そう。それでいい。……しっ!」

 

 気合いの声と共にローレンが両手にあった数本のダートを一度に放ち、その全てがアルハレムの腕や肩や腰に当たる。

 

 体の急所は防御しているが、ダートが当たった箇所からはまるで鉄球を勢いよく投げつけられたような衝撃が走る。

 

(痛……! それに重い! あのダートは確か木製だったはずなのに……。木製のダートでこの威力だったらマトモな射撃武器だとどうなるんだ?)

 

 アルハレムとローレンとの距離はそれほど離れておらず、全力で駆ければほんの数秒でなくなる距離だ。しかしその「ほんの数秒」が今のアルハレムには非常に長い時間に感じられた。

 

「……! これで!」

 

 攻撃に耐えながらローレンのすぐ近くにたどり着いたアルハレムはロッドを勢いよく振るい、ロッドは吸い込まれるようにローレンの右の脇腹に向かっていくのだが……、

 

「甘いよ」

 

 パシッ。

 

 ローレンはアルハレムのロッドをまるで小枝を止めるかのように片手で受け止めた。

 

「なっ!?」

 

「中々いい攻撃だったけど残念だったね。少し力が足りなかったみたいだ。さっき言ったよね? 僕はこれでもそれなりに場数を踏んでいるって。実は僕、『二十回クラス』なんだよね」

 

「二十回クラス!? ローレン皇子が!?」

 

 アルハレムがローレンの言葉に目を見開いて驚く。今の言葉が本当ならば今の彼らには子供と大人ほどの力の差があることになる。

 

「そう。そして二十回クラスになるとこうゆうこともできるように……なる!」

 

「え? ……うわっ!?」

 

 ローレンは驚くアルハレムの腕をつかむと、腕の力だけでアルハレムの体を空高くにほうりなげた。それは普通の人間ではまずできない芸当だが、二十回以上ステータスを強化した二十回クラスの力がそれを可能にした。

 

「これはご褒美だ。特別に見せてあげるよ」

 

 空を舞うアルハレムに向けてローレンが左腕を差し出すと、彼の左腕に巻き付いていた黒い帯みたいなものが独りでに動きだし弓のような形をとった。

 

「これが君が手に入れる目前まで来ている『力』だ。……しっ!」

 

 そう言うとローレンは左腕の帯の弓にダートを矢のようにつがえると、アルハレムに向けてダートを放った。

 

「ぐわっ!?」

 

「アルハレム様!」

 

「………!」

 

「我が夫!」

 

「アルハレム殿!」

 

「旦那様!? ご無事ですか?」

 

 空中でローレンのダートに当たったアルハレムはリングの外に落下し、リリア達五人の魔女が自分達の主の元に駆け寄った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十六話

「う、く……!」

 

「おっと。アルハレム君、大丈夫かい?」

 

 体が地面に叩きつけられた痛みに耐えながら立ち上がろうとするアルハレムに、流石にやりすぎたと思ったローレンが話しかけながら近づく。すると……、

 

「……え?」

 

 ローレンの前にリリア達アルハレムに従う五人の魔女が立ちふさがった。

 

「ローレン皇子、お見事です。その鮮やかなお手並み、このリリア感服いたしました。それでお疲れのところ大変恐縮なのですが、次はこのリリア達とお手合わせ願えないでしょうか?」

 

「………」

 

「ルル、達、我が夫、の、僕」

 

「アルハレム殿は『魔物使い』の冒険者でござるから、ツクモさん達の力は主であるアルハレム殿の力なのでござる。故にアルハレム殿の力を知って頂くには、ツクモさん達とも戦ってもらう必要があるでござるよ」

 

「旦那様の為に負けません……!」

 

 五人の魔女達はリリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイの順番で目の笑っていない笑顔、あるいは据わった目をして棒読みの口調でローレンに話しかける。どう見てもアルハレムを傷つけられたことに腹を立てて、その報復をしようという顔つきである。

 

 仮にも王族であるローレンにそのような真似をすれば、リリア達だけでなく主人のアルハレムもただではすまないのだが、魔女の彼女達はそんなことを気にするはずがない。兄の介抱をしているアリスンも止める気配がなく「いいからさっさとやっちゃいなさいよ」と言う始末だった。

 

「い、いやいや! いくらなんでもリリアさん達の相手はちょっと……!」

 

 このままだと怒り狂う五人の魔女達を一度に相手にすることになりそうなローレンは、慌てて両手を上げて戦わない意思を示して、アルハレムもリリア達に落ち着くように声をかける。

 

「皆、馬鹿なことはするな。俺は大丈夫だから落ち着け。……ローレン皇子、申し訳ありません。リリア達が失礼な真似を……」

 

「いやいや。今回は調子に乗った僕も悪かったよ。主人であるアルハレム君が傷つけられたら、リリアさん達が怒るのは当たり前さ」

 

 アルハレムの言葉によりリリア達五人の魔女の怒りが霧散したのを感じて、ローレンは明らかにホッとした様子で答える。

 

「それよりアルハレム君、もう大丈夫かい?」

 

「はい、なんとか……。それにして流石は二十回クラスの冒険者……俺の完敗です。ですけど最後の一撃、あれは一体なんですか?」

 

「ああ、これのこと?」

 

 ローレンはそう言うと、最後の攻撃を放つ際に使用した左腕に巻き付いた黒い帯を見せた。ダートを放つ時は自ら動いて形を変えて弓の形になっていたが黒い帯は、今はただの帯に戻っていた。

 

「この帯は『射手の玄絃』という不思議な力を秘めた所謂『マジックアイテム』と呼ばれるもので、クエストを達成した時に得た僕専用の武器なのさ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十七話

「マジックアイテム? ……魔法の道具、ですか?」

 

「そう。さっきも言ったように文字通り魔法のような不思議な力を秘めた道具だよ。これを使えばどんな人でも輝力や神術のような奇跡の力を使うことができるんだよ」

 

 聞き覚えがない単語にアルハレムが首を傾げるとローレンが一つ頷いて説明をする。

 

「アルハレム君も聞いたことはない? 刀身が燃える剣を振るって大勢の盗賊を一人で倒した剣士の話とか、投げると手元に帰ってくる投げ槍を使って魔物を退治した騎士の話とか。そんな話の登場人物達が使う武器もマジックアイテムだね」

 

「いえ、確かにその手の話は昔からよく聞きますけど……全部作り話ですよね?」

 

 英雄と呼ばれる人物が不思議な力を持つ武具や道具を使って凶悪な敵を倒したり、厄介な事件を解決するという物語は昔から各地に伝わっているが、それは作り話か過去の話が誇張されたものだというのがアルハレムの意見だった。しかしローレンは首を横に振ってその意見を否定した。

 

「違うよ。アルハレム君の言う通り、この手の話には作り話が多いけど、その中には本当の実話もあるんだ。そしてその実話のマジックアイテムは、クエストブックのクエストを十回達成するごとに与えられる冒険者への『特別報酬』なんだよ」

 

「特別報酬?」

 

「クエストブックのクエストを達成すると神力石が手に入るけど、十回ごとのクエストを達成した時だけ神力石以外の報酬が与えられる。それが特別報酬」

 

「じゃあ、そのローレン皇子の左腕にある射手の、玄絃でしたっけ? それも特別報酬なんですか?」

 

「その通り。この射手の玄絃は十回目のクエストを達成した時の特別報酬として手に入れたマジックアイテムなんだ。僕の思った通りに形に長さ、弾力性 を自由に変えて弓やスリングショットとして使えるだけじゃなく、遠くの物を掴めたりもできる優れものだよ」

 

 ローレンはそう言うと左腕を見せて、そこに巻き付いた射手の玄絃を動かしてみせた。

 

「クエスト達成の報酬にそんなマジックアイテムみたいなものがあるだなんて……初めて知りました」

 

「だろうね。……マジックアイテムは最初、与えられた冒険者にしか使えない代物なんだけど、その冒険者が死ねばそれ以降は誰でも使えるようになる。だから国と教会はこのマジックアイテムの情報を隠すことにしたのさ。もしこの事が知られたら、マジックアイテム欲しさに冒険者を狙う人間が少なからず出てくるだろうからね」

 

「なるほど……」

 

 アルハレムは自分の呟きに対するローレンの返答に納得した。

 

「国が冒険者を勇者として応援する理由にはこのマジックアイテムのこともある。勇者となった冒険者は自分の死後、クエスト達成で手に入れたマジックアイテムの所有権を国に譲るという契約をしなければならないんだ」

 

「そうなんですか。……勇者っていうのも大変そうですね」

 

 感心したように頷くアルハレムをローレンは呆れたような顔で見る。

 

「アルハレム君、君は何を他人事のような顔をしているんだい? 君だってもう勇者なんだし、次のクエストで十回目。達成すれば特別報酬が得られるんだよ」

 

「……あっ。そうか」

 

「アルハレム君の九回目のクエスト。冒険者……この場合は僕と模擬戦をするというクエストは、すでに達成されたはず。次のクエストはきっと何処かに旅をするものだと思うから、僕達はその旅に同行して君がクエストを達成するのを見届ける。それから父上に君が勇者として適格であると報告するつもりだ」

 

「はい。分かりました。よろしくお願いします、ローレン皇子」

 

 元々ローレンがアルハレムの審査員に志願したのは、自分のクエストを達成するためでもある。それを知っているためアルハレムはローレンの意見に異論を持たず頷いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十八話

「うう……。体が重い……」

 

 ローレンとの模擬戦から五日後の朝。アルハレムは王城シャイニングゴッデスにある自分用に貸し与えられた部屋のベッドで、うめき声のような声を上げて鉛のように重たい体を無理矢理起こした。

 

 アルハレムにとって全身に酷い疲労感を感じながら朝を迎えるのはもはやいつものことだった。

 

 更に言えば同じベッドに、一糸纏わぬ裸体を汗と何かの液体で汚したリリア達五人の魔女が、幸せそうな寝顔で寝ているのもいつものことだった。……言うまでもなく昨晩、ここにいる全員で何度も肌を重ねた結果である。

 

 知られれば嫉妬に狂った世の男達に背中を刺されそうであるか、事実は事実。魔女達と肌を重ねたことで消費した生命力を回復させようと、薬草を仕込んだ煙管を取ろうとしたアルハレムは、自分の隣でシーツが盛り上がっているのに気づく。

 

「何だこれ?」

 

 首を傾げたアルハレムは盛り上がったシーツを捲ってみた。すると……、

 

「……………」

 

 

 顔を真っ赤にした寝巻き姿のアリスンと目があった。

 

 

「……………………………………………………え?」

 

 いつの間にかベッドに潜んでいた実の妹の目を覗き込みながらアルハレムは、たっぷり十秒沈黙してから呆けた声を漏らした。

 

「お、おはようございます。お兄様……」

 

「オ、オハヨウゴザイマス。アリスンサン……」

 

 顔を真っ赤にしたまま蚊の鳴くような声で挨拶をするアリスンに、アルハレムは棒読みの口調で挨拶を返す。それと同時に妹を見つめる兄は、全身から大量の汗がにじみ出てきたような気がした。

 

(……い、いつだ? 一体いつアリスンは俺達のベッドに潜り込んだ? まさか俺、アリスンとまで肌を重ねて……いや、それはない! いくらなんでもそれはない……はず。でも万が一に過ちを犯していたらどうすればいいんだ? 近親相姦なんて重罪だし、母さんに何と言えば……いや、それ以前にアリスンに、妹にどう償えばいいんだ?)

 

 冷や汗を流しながら頭の中で高速で必死に考え事をするアルハレム。そうしていると彼の背後で今まで眠っていたリリアが目を覚ました。

 

「ふぁ……。ん~、よく寝ました。おはようございます。アルハレム様。今日もいい朝で……あら?」

 

 目を覚ましたリリアはアルハレムに挨拶をする途中で、己の主の隣で寝ているアリスンに気がついた。

 

「……え!? あ、ち、違うんだリリア! 俺は決して妹に手なんか出していない! 過ちなんて犯していない! 近親相姦など……!」

 

「アリスンさん。貴女、今頃ベッドの中に入ってきたのですか?」

 

 何やら必死で言い訳をしようとするアルハレムを余所にリリアは呆れたような目をアリスンに向けて言った。

 

「…………………………え? リリア? 今頃って、どういうことだ?」

 

「どういうこともなにも、アリスンさんってば昨日の晩ずっとこの部屋を覗き見ていたのですよ。ベッドに入りたければ入ればいいのに……」

 

 主の質問に何でもないように答えるリリアだったが、その内容はアルハレムにとって決して看過できるものではなかった。

 

「ちょっと待て!? アリスンってば昨日の晩、俺達が肌を重ねていたところを見ていたのか!? リリア達、それに気づいていたのか!?」

 

「皆が気づいていたかは分かりませんけど、私とツクモは気づいていましたね」

 

「………!?」

 

 リリアの言葉にアルハレムは絶句した。

 

(……そ、そう言えば昨日の晩、リリアとツクモさんが肌を重ねている最中に何度かドアの方を見ていた気が……。それでその後、二人の行為がいきなり激しくなったのはアリスンが見ていたからか……)

 

「それにしてもあれですね? 全く関係のない部外者に見られながら肌を重ねるというのも中々に興奮……」

 

「アリスン? どうして覗きなんかしたんだ?」

 

 紅潮した頬を両手で押さえて体をくねらせるリリアを無視してアルハレムがアリスンに聞くと、妹は目をそらしながら兄に答える。

 

「……だって、お兄様と一緒のベッドに入りたかったから……」

 

「俺と一緒のベッドに? どうして?」

 

「……お兄様が今日から私を置いて、クエストの旅に出るんでしょ? リリア達と……それとローレン皇子様達だけで……」

 

「……ああ」

 

 アリスンの若干拗ねたような声にアルハレムは短く答える。彼女の言う通り、今日はアルハレム達がクエストに挑戦するための旅に出る日だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十九話

 朝の慌ただしい目覚めから数時間後。旅支度を整えたアルハレムと彼に従う五人の魔女達は、王城シャイニングゴッデスの通路を歩いていた。

 

「はあ……。まったく、アリスンにも困ったものだよ」

 

 通路を歩きながらアルハレムは疲れきったため息をついた。疲れている原因は当然、朝にアリスンがベッドに潜り込んできた件である。

 

 いくら妹とはいえ、昨日の晩にリリア達と肌を重ねているところを覗かれて、その上ベッドに潜り込まれて平気でいられるほどアルハレムの精神は強靭ではなかった。

 

「そうですね。アリスンさんは私達から見てもアルハレム様を強く愛していますからね」

 

「………」

 

「確か、に、あれ、は、少し、愛し、すぎ、かも」

 

「にゃ~。そういえばツクモさんが十年前に初めてマスタノート家に訪れた時から、アリスンってばアルハレム殿にベッタリでござったな。最初の頃のアリスンは、ツクモさんにアルハレム殿を盗られると思ったのか、警戒心むき出しでござった」

 

「そうなのですか? ……あの、旦那様? どうしてアリスンさんはあそこまで旦那様に強い好意を持っているのでしょうか?」

 

 アルハレムの呟きにリリア、レイア、ルル、ツクモの順で答えて最後にヒスイが、アリスンがあそこまで兄に強い好意を持つのか聞いてきた。

 

 魔女であるリリア達に妹を変わり者扱いされたアルハレムだったが、彼は特に怒ったりはせず苦笑をしながら自分なりの心当たりを話す。

 

「まあ……、アリスンは俺が小さい頃から面倒を見ていたからかな。……実はアイツ、今では信じられないかもしれないけど、昔は体が弱くてずっと寝たきりだったんだ」

 

『ええっ!?』

 

 アルハレムの口から告げられた意外なアリスンの過去にリリア達五人の魔女が声を揃えて驚く。だがこの反応は彼女を知る者であればある意味正しかった。

 

 言った本人であるアルハレムも乾いた笑みを浮かべて話を続ける。

 

「はは……。それでアリスンの固有特性『長期間活動』は『二、三日休まずに活動できる代わりに丸一日の睡眠をとらなくてはならない』っていう特性なんだが、それって逆に言えば『一日寝てしまえば二、三日は眠ることができない』って意味なんだ。

 ……小さい頃のアリスンは外で遊ぶことも眠ることもできず、ずっとベッドに縛り付けられていた。母さんや城の皆は仕事、姉さん達は剣の稽古や勉強等があってアリスンにずっと構ってやれず、自然とアイツの側にいるのは城で一番暇だった俺の役割になったんだ。

 あの頃の俺とアリスンは片時も離れずいつも同じ部屋で生活をしていたな。眠れないアリスンの為に絵本を読んだり遊びに付き合ったり……そのせいか、ツクモさんが初めてマスタノート家に来た時には元気になっていたんだけど、俺以外には中々心を開かないようになったんだよな」

 

『…………………………』

 

 アルハレムの話した昔話にリリア達は無言となり、アリスンのあの異常なまでの兄への執着心の根源を見た気がした。

 

「……なるほど、大体ですがアリスンさんがアルハレム様を愛する理由は理解できました。……でもそれでしたらアリスンさんが兄離れするのは中々難しそうですね」

 

「そうなんだよな……。ある意味、自業自得といえばその通りだから、どうしたらいいのかな……」

 

 リリアが魔女達の代表となって言うとアルハレムはため息をついて答えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百話

今回は今までに登場したキャラクターの紹介です。


★アルハレム・マスタノート

 

 物語の主人公。

 ギルシュの貴族で隣国エルージョとの国境付近に領地を持つマスタノート辺境伯を母にもつ。

 マスタノート家の男子はアルハレムしかいないのだが、マスタノート家は昔より「最も強い者が家督を継ぐ」というしきたりがある上、父親が違う姉二人と父親が同じ妹が優秀な戦乙女であるため、家の中の地位と継承権は一番低い。(実の父親と義理の父親の二人はすでに死亡している)

 しかしアルハレムはそのことをあまり気にしておらず家族の仲も良好で、少しでも家族の力になろうと訓練に明け暮れていた時に偶然クエストブックを手に入れる。

 クエストブックに叶えてもらう願いは今のところ特にないが、クエストを達成した時に得られるという使用者に力を与える宝石「神力石」を目当てにクエストブックを開いて冒険者となる。

 

 種族はヒューマン。

 男、十八歳。

 外見は中肉中背で、顔立ちは整っているのだが髪を目元まで伸ばしているので地味な印象かある。

 髪と目の色は金と青。

 

 ちなみに「アルハレム・マスタノート」という名前は「とあるハーレムのマスター」の文字の並びを入れ換えたもの。

 とあるハーレムのマスター → あるハレム・マスタのーと → アルハレム・マスタノート

 

 

 

☆リリア

 

 アルハレムが最初に仲間にした魔女。

 二百年以上昔に「マリアス」という高位のサキュバスと今は滅びた国の大神官との間に生まれた。

 大神官である父親が生きている間は家族三人で暮らしていたが、父親が死ぬと母親のマリアスはリリアをおいて何処かへ旅立ってしまう。

 父親の死去と母親の失踪の後にかつて父親がいた王国の王子が現れて「自分の女になれ」と迫ってきたがリリアはこれを物理的に拒否、その結果王子の怒りをかって王子に従う戦乙女に封印されてしまう。

 封印されてから二百年後に封印が劣化したことで意識を取り戻したリリアは、そこに現れたアルハレムと仲間になる代わりに封印を解いてもらう契約をする。

 

 種族はサキュバス(魔女)。

 女、十六歳(封印されていた期間を加えれば二百十六歳)。

 外見は女性として理想的な体型で、革でできた極細の帯のような衣装を身に付けていて、背中の翼と尻尾の動きを邪魔しないようにしている。

 髪と目の色は桃と金。

 

 リリアという名前は聖書に出てくる女悪魔「リリス」の名前を少し変更したもの。

 

 

 

☆レイア

 

 アルハレムが仲間にした二人目の魔女。

 アルハレムとリリアがエルージョとギルシュの国境にある山を野宿していた時、アルハレムが持っていた水を酒に変える丸薬、エールボールから作った酒の匂いにつられて姿を現した。

 レイアの種族ラミアは総じて無類の酒好きで、酒につられてアルハレム達の仲間になる。

 またリリアは例外として魔女には名前を付ける習慣はなく、名付け親はアルハレムである。

 

 種族はラミア(魔女)。

 女、一歳(魔女は生後一年くらいで成年ぐらい外見となって死ぬまで外見が変化しない)。

 完全なポーカーフェイスで滅多に表情を変えず、声を発せず台詞は「………」しかない。

 髪と目の色は紺と青。

 

 レイアという名前は「レイミア」という人間とラミアの恋物語からとったもの。

 

 

 

★ライブ・ビスト

 

 アルハレムの幼馴染みでギルシュの貴族。

 両親が死亡したため、マスタノート領の隣にあるビスト領を統治するビスト家の若き当主となる。

 若いなりにも貴族としての務めを果たして領民からも慕われている善き貴族なのだが、獣の耳や尻尾を持つ女性「ケモノ娘」を病的なまでに愛していて、ケモノ娘が関わると人格が代わり人知を越えた実力を発揮する。

 

 種族はヒューマン。

 男、十八歳。

 髪と目の色は金と緑。

 

 ライブは「ライク(Like)」と「ラブ(Love)」を合わせた名前で、ビストは「ビースト」を短くした苗字。

 

 

 

☆ルル

 

 アルハレムが仲間にした三人目の魔女。

 食糧を得るためにビスト領にある共同墓地から数日に渡って死体を漁っている(ルルの種族であるグールは死んでから時間が経った獣の肉が主食)と、墓荒しを捕まえに来たアルハレム達と出会う。

 契約の儀式でアルハレムと一対一の戦いを行ったが負けてしまい、彼の仲間になる。

 

 種族はグール(魔女)。

 女、二歳。

 外見は胸や股間の最低限の部分だけを守るいわゆる「ビキニアーマー」を身に付けていて、背中に大剣を背負っている。

 髪と目の色は銀と朱。

 

 グールは最近ではアンデッドとして扱われていて、作者の中では「話ができるアンデッド=片言で喋る」というイメージがあり、片言で話すキャラクターに。

 

 

 

☆ツクモ

 

 アルハレムが仲間にした四人目。

 ツクモの種族「猫又」はマスタノート家が始まった時から影から協力関係をとっており、その事もアルハレムとは十年以上前からの知り合いで姉のような存在。

 ツクモ達猫又がマスタノート家に協力する理由は、マスタノート領にあるダンジョンに囚われている「霊亀」という魔女の子供を一緒に助けてもらう代償で、アルハレム達がダンジョンを攻略して霊亀を仲間にすると霊亀の護衛をするために自らもアルハレムの仲間になる。

 

 種族は猫又(魔女)。

 女、二十二歳。

 外見は生まれの地方にある「キモノ」を大胆に着こなしており、頭には人の耳とは別に猫の耳があって癖毛のように見える。

 自分のことを「ツクモさん」と呼び、「ござる」口調で話す。

 髪と目の色は銀と金。

 

 

 

☆アイリーン・マスタノート

 

 アルハレムの父親違いの姉でマスタノート辺境伯の最初の子供。

 強力な固有特性と卓越した剣技を操る戦乙女であると同時に優秀な指揮管でもあり、次期マスタノート辺境伯と周囲から期待されている。

 責任感が強く自分にも周りにも厳しい性格だが、家族を何よりも大切にしていて家族を守るためならどんな強敵にも一歩も引かない勇敢な女性。

 

 種族はヒューマン。

 女、二十歳。

 動きやすい甲冑か服装を愛用していて、常に腰に二振りの剣を指しているため外見は男装の麗人。

 髪と目の色は赤と青。

 

 

 

☆アルテア・マスタノート

 

 アルハレムの父親違いの姉で、アイリーンの双子の妹。

 戦乙女である上に他者の傷を癒す稀少な固有特性と人当たりのよい性格から「慈悲の聖女」、「マスタノート家の癒し」と呼ばれている。

 その優しい性格からマスタノート家の皆からも慕われているが、怒らせればマスタノート家で最も恐ろしいと噂されている。

 

 種族はヒューマン。

 女、二十歳。

 外見は双子の姉であるアイリーンと瓜二つだが、服装はドレスみたいな服を好んで着ている。

 髪と目の色は赤と青。

 

 

 

☆アストライア・マスタノート

 

 アルハレムの母親で現在のマスタノート辺境伯。

 他者に自分の意思を伝える固有特性を持ち、軍の指揮に長けていることから「神速の名将」の異名を持ち、ギルシュだけでなく他国にも名前を知られている。

 典型的な「力こそが全て」が信条なマスタノート家の人間で、貴族らしい振る舞いは全く苦手でその態度は貴族というよりも傭兵に近い。

 アルハレム達の父親であった二人の夫も元々は部下の傭兵だった。

 国王の信頼は高く、王子に武術を教えた経験もある。

 

 種族はヒューマン。

 女、四十一歳。

 女性でありながら獅子を思わせる威厳を感じさせ、その姿はまだ二十代といっても通用するくらい若々しい。

 髪と目の色は金と青。

 

 

☆アリスン・マスタノート

 

 アルハレムと父親が同じ妹。

 長期間休まずに活動できる固有特性とその荒々しい戦いぶりから「戦場で遊ぶ悪童」の異名で呼ばれている。

 過去にあったある経験から兄であるアルハレムに強い愛情を懐いているが、アルハレム以外にはあまり心を開こうとしない。

 

 種族はヒューマン。

 女、十七歳。

 兄妹というだけあって顔立ちはアルハレムによく似ていている。

 髪と目の色は金と青。

 

 

 

☆ヒスイ

 

 アルハレムが仲間にした五人目の魔女。

 ヒスイの種族「霊亀」は「自分が認めた者以外入れない空間を創り出す」という種族特性を持つ種族で、その力に目をつけたエルフ族に百年に拐われてダンジョンの「核」にされた。

 エルフ族はヒスイを核にしたダンジョンの奥で自分達の集落を作るが、ダンジョンにはヒスイの意思が宿っていて、彼女の怒りに触れたエルフ族はダンジョンに閉じ込められて全滅してしまう。(ヒスイ自身はエルフ族を殺すつもりはなく、「ちょっと」ダンジョンに閉じ込めて自分の気持ちを知ってもらおうと思っただけなのだが、霊亀の「ちょっと」は百年単位の時間であったため結果的にエルフ族を全滅させてしまった)

 ダンジョンを攻略したアルハレム達によって解放されたのだが、ダンジョンの呪縛から解放される方法が契約の儀式で仲間になることだけだったので、その後はアルハレムの仲間として行動する。

 

 種族は霊亀。

 女、百二歳。

 外見は二十代後半から三十代くらいでリリア達とはまた違った魅力がある。

 髪と目の色は両方とも緑。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百一話

 アルハレム達が話をしながら王城シャイニングゴッデスの中庭に出ると、中庭には二台の馬車が待機していて、馬車の前にはローレンと三人の女性が待っていた。

 

「やあ、アルハレム君。待っていたよ」

 

「すみません、ローレン皇子。お待たせしました」

 

 にこやかに挨拶をするローレンにアルハレムが会釈すると、後ろにいたリリア達五人の魔女が二台の馬車を見て声をあげる。

 

「うわぁ、とても立派な馬車ですね」

 

「………」

 

「マスタ、ノート、の、馬車、より、立派」

 

「にゃー、それは王家の用意した馬車でござるからな」

 

「馬車もお馬も大きいですね」

 

 リリア達が言う通り中庭に待機している二台の馬車はギルシュの王家が用意したもので、マスタノート家の馬車よりも大きく一台で十人くらいの人間も乗れそうだった。

 

「ローレン皇子。クエストに挑戦する場所を調べてくれただけでなく、馬車まで用意してくれてありがとうございました」

 

 アルハレムがローレンに頭を下げて礼を言う。

 

 今から四日前。つまりローレンとの模擬戦の翌日、アルハレムのクエストブックには新しいクエストを記した。

 

 ギルシュの王家は各地に調査隊を放ってアルハレムのクエスト挑戦に最適な場所を調べ、そして今日その場所に馬車に乗って向かうのだった。

 

「場所を調べたのも馬車を用意したのも僕じゃなくて父上だよ。それにこれは僕自身のクエスト達成の為でもあるからね。気にしないでいいよ。それよりも彼女達を紹介するよ」

 

 ローレンは礼を言うアルハレムに笑いながら答えると、自分の後ろに控えている三人の女性を視線を向けた。三人ともローレンとアルハレムと同じくらいの年齢で武装をしている。

 

「右からメアリ、マリーナ、ミリーといって、彼女達は僕の仲間の戦乙女でメアリとは以前にも会ったよね?」

 

 メアリと呼ばれた戦乙女は、アルハレム達が初めてローレンと会ったときにシャイニングゴッデスの中を案内した戦乙女で、以前会った時と同じように軽装の鎧と長剣を装備していた。

 

 マリーナはメアリと同じ軽装の鎧と槍を装備しており、ミリーは動きやすそうな革鎧と鋼鉄の籠手に足甲を身につけているが見えた。

 

「メアリです。少しの間ですがよろしくお願いします」

 

「マリーナよ。このクエストの間だけ一緒に行動するわ」

 

「……ミリー。……初めまして、それとよろしく」

 

 ローレンに紹介された三人の戦乙女はそれぞれ挨拶をするのだが、口調が棒読みな上に彼女達の表情は硬く、友好的な雰囲気は全く感じられなかった。

 

「あら? そこにいる三人だけなのですか? 以前はもっとたくさんのお仲間がいたと思いましたが?」

 

「ああ、今回の旅に同行するのは僕達四人だけだよ。僕達の役目は君達がクエストを達成できるか見届けることだけだからね」

 

 リリアの質問に答えるローレンにアルハレムが頷く。

 

「ええ、分かっています。……って、え?」

 

「まあ、アルハレム様と私ならどんなクエストでも達成できますからね。ローレン皇子は安心して後ろから見ていてください♪」

 

「………♪」

 

「ルル、達、これ、でも、優秀。きっと、大丈夫」

 

「まあ、今回のクエストの内容だったら楽勝でござろうな」

 

「こ、今度こそ頑張ります」

 

 ローレンに返事をするアルハレムにリリア達五人の魔女が体を密着させながら言う。

 

『………………』

 

 そんな魔物使いと魔女達の姿を、ギルシュの王子に付き従う三人の戦乙女達が感情を押し殺した顔で、ただし目には様々な感情が混ざった複雑な敵意を宿して見ていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二話

 それからしばらくした後。アルハレムとローレンの一行は、クエストに挑戦するためにそれぞれ別々の馬車に乗って目的地に向かっていた。

 

 しかし馬車に乗るリリア達五人の冒険は先程までとはうって変わって不機嫌で、馬車の中は気まずい空気が漂っていたのだった。

 

『…………………………』

 

「あ~。皆、そろそろ機嫌を直したらどうだ?」

 

 馬車の中の気まずい空気に耐えられなくなったアルハレムが五人の魔女達に話しかけると、魔女達を代表してリリアが不機嫌な表情のまま、拗ねたように口を開く。

 

「……いくらアルハレム様のご命令でもこれは少し無理です。……あのメアリという戦乙女、私達だけでなくアルハレム様にまであのようなことを言うのですから」

 

 リリアの言葉に他の四人の魔女達も頷く。彼女達が不機嫌な理由は、ローレンに付き従う三人の戦乙女の一人、メアリにあった。

 

 馬車に乗って出発する前、アルハレムとローレンは話をしていて、リリア達五人の魔女は自分達の主に寄り添って二人の会話を聞いていた。そしてそんなアルハレム達に向かって突然メアリが口を開いた。

 

 

「貴方達、いい加減にしてくれませんか。私達はクエストに挑戦しに行くのであって、会瀬に行くのではないですよ」

 

 

 それがメアリが最初に言った台詞だった。

 

 その台詞だけだったら別によかった。何も知らない人が見れば、アルハレムとリリア達はかろうじて人目にはばからず愛し合っている恋人達に見えなくもないので、メアリの言葉もある意味もっともであった。

 

 しかしメアリはその言葉をきっかけに「もし貴方達がクエストに失敗すればローレン皇子の名に傷がつくのでしっかりしてほしい」とか「何故貴方がローレン皇子と同じ冒険者に選ばれたのか理解できない」とアルハレム達に次々と愚痴を言い出してきたのだ。最初の内は大人しく聞いていたリリア達だったが棘のある言葉で言われ続ければ次第に怒りを覚えていき、いよいよ彼女達が我慢の限界にたっしようとした時にローレンがメアリを叱りつけて彼女を止めたのだった。

 

 その後すぐにそれぞれ馬車に乗って出発をして今にと至る。

 

「……それにしても俺達ってば本当にローレン皇子に従う戦乙女達に嫌われているよな」

 

 アルハレムが自分達に愚痴を言うメアリの顔を思い出しながら一人呟く。

 

 この数日間、アルハレム達は何度かローレンと顔を会わせ、その時にメアリを初めとする彼に従う戦乙女達とも会っているのだが、彼女達は自分達に複雑な敵意を向けてくるばかりだった。

 

 主であるローレンは友好的であるのに、何故従者であるメアリ達戦乙女は自分達を敵視するのかアルハレムが考えていると、ツクモが少し考えてから口を開いた。

 

「……もしかしたら、あのメアリを初めとする戦乙女達は魔物に家族を襲われた過去があるのではないでござらんか?」

 

『………あっ!』

 

 ツクモの言葉に馬車に乗っていた全員が今気づいたような声を出す。

 

 聞いた話によればローレンに付き従う戦乙女達のほとんどは、幼い頃の彼に拾われた貧民の出身ばかりだという。そんな彼女達の中に、親や兄弟を魔物に襲われて失った者がいたとしてもこの世界ではあまり珍しいことではなかった。

 

 そしてツクモが言う通り、彼女が過去に家族を魔物に襲われたというのなら今まで自分達に敵意を向けてきたのも説明がつく。

 

「……まあ、ツクモさんの予想が当たっているとは限らないけどね」

 

「でも、もしそうだとしたら今回のクエストは一筋縄ではいかないかもしれませんね……」

 

 できたら仲間の予想が外れてほしいという口調のアルハレムに、リリアが心配そうに言うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三話

 馬車の中でアルハレム達が話をしている頃、ローレン達が乗っている馬車の中でも気まずい空気が漂っていた。

 

「……」

 

『………………』

 

 馬車の中でローレンが腕をくんで目をつぶって座席に座り、その向かい側の座席にはメアリ達三人の戦乙女が自分達の主の顔を恐る恐る見ながら座っていた。

 

「……それで?」

 

『………………っ!?』

 

 ローレンが目を閉じたまま明らかに不機嫌だと分かる固い声を出すと、メアリ達が体を小さく震わせる。

 

「メアリ? 一体どうしてアルハレム君とリリアさん達にあんなことを言ったんだい? マリーナとミリーもどうしてメアリを止めなかったの?」

 

『………………』

 

 主の問いかけに三人の戦乙女達は答えることができず視線を床に落とす。それから四人の主従は誰も言葉を発せず、無言のまま馬車に体を揺らされた。

 

 そしてしばらく沈黙の時間が過ぎると、やがてローレンはその目を開いてため息をついた。

 

「はぁ……。やっぱり理由はリリアさん達のことなんだね?」

 

『………………』

 

 メアリ達三人の戦乙女は相変わらず無言で視線を床に落としていたが、ローレンはその沈黙を肯定と受け取って言葉を続ける。

 

「リリアさん達、本当にアルハレム君と仲がいいよね。彼女達は魔女……高位の魔物なのにまるで人間の恋人達のように連れ添って……、メアリ達はそれが気に入らなかったんだろ? ……すまない」

 

「え?」

 

「ローレン皇子?」

 

「いきなり何を……?」

 

 言葉の最後で突然謝罪の言葉を言うローレンにメアリ達が顔を上げて彼を見る。

 

「メアリ達のリリアさん達に対する感情……それは元を辿れば僕が原因だ。……お前達には本当にすまないと思っている」

 

「そんなこと!」

 

 ローレンの言葉にメアリが思わず立ち上がって大声を出すと、すぐに座り直して口を開いた。

 

「……そんなことはありません。私達、そしてここにはいない皆も今の生活に不満はありませんし、子供の頃に私達を拾ってくださったローレン皇子には感謝してもしきれません」

 

「メアリの言う通りです」

 

「私も……」

 

 メアリの言葉にマリーナとミリーも頷いて同意をする。それは彼女達の紛れもない本心の言葉だった。

 

 物心がついたときから親も家もなく、王都の路地裏で震えていた幼い頃のメアリ達を自分の従者として拾ってくれたのは、ここにいるローレンだ。もしあの時、この主に出会わなかったら自分達はここにはいなかったと彼女達は真剣に思う。

 

 だからこそメアリ達はローレンの力となって拾ってくれた恩を返そうと、ここにはいない自分達と同じ境遇の仲間達と共に努力をして、今では城の中でも一目置かれる一団となれた。そうして手に入れた今の生活に彼女達は何の不満も懐いていなかった。

 

 ……ただ一つの不満を除けば。

 

「……そうか。とにかく、リリアさん達とはできるだけ仲良くしてよ。できるだけでいいから」

 

『……はい』

 

 ローレンの念を押すような言葉にメアリ達三人の戦乙女は頷くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四話

 アルハレムとローレンの一行が、クエストに記されたクエストに挑戦するため城を出発してから二日が経った。

 

 リリア達魔女とメアリ達戦乙女の間では相変わらず不穏な空気が漂っていたが、出発時のような騒ぎは起こらずこの二日間の間は旅は順調に進み、一行が乗る二台の馬車は小さな宿場町にと辿り着いた。

 

「あら? 随分と賑やかな街なのですね。王都よりも人がいるみたい」

 

「ヒスイ殿、これは『賑やか』ではなく『人で溢れている』と言うのでござるよ」

 

 馬車から宿場町の様子を見たヒスイの言葉をツクモが訂正をする。

 

 ツクモが言う通り宿場町は人で溢れていた。

 

 宿場町にある全ての宿屋はすでに満杯な上、町中には馬車や町中に設置したテントで生活をしている大勢の人々の姿が見えた。そして町中で見かける人々のほとんどは子供に老人、そして男ばかりで若い女は数えるぐらいしかいなかった。

 

「こんなに人がいたらこれ以上馬車では行けないな。一旦降りようか」

 

 あまりにも人が多すぎて 馬車が大通りを通れないため、アルハレムとローレンの一行が馬車を降りると宿場町にいた人々が驚いた顔になって一斉にアルハレム達を見た。しかし彼らの視線は、アルハレムがいつも感じているリリア達大勢の美女を独占した自分に男達が向ける嫉妬の視線ではなく、恐れと同情が混ざった奇妙な視線であった。

 

「一体何なのですか、ここは? ……いえ、それよりも……。あの、アルハレム様? 申し訳ありませんがクエストブックを少し見せてもらってもいいですか?」

 

「ああ、いいぞ」

 

 リリアは宿場町の様子を見て少し考えると、アルハレムから彼のクエストブックを借りてそこに記されたクエストの文章を見た。

 

 

【クエストそのじゅう。

 まちをせんりょうしているわるものさんたちをこらしめてください。

 おうちをおいだされたひとがたくさんいてかわいそうだから、たすけてあげましょう。

 それじゃー、あとにじゅうはちにちのあいだにガンバってください♪】

 

 

「やっぱりクエストブックには街を占領している悪者達を懲らしめろ、と書いていますけど本当にここが目的地なのですか?」

 

 街を占領するような危険な悪者達がいるのなら何故こんなに人がいるのか、と暗に聞いてくるリリアにアルハレムは一つ頷いて答える。

 

「リリアが思った通り、ここは目的地じゃないよ。俺達の目的地、悪者に占領された街っていうのはここから馬車で一日ほど行ったところにあるシーレの街って所だ」

 

「では何故この宿場町に寄ったのですか?」

 

「それはここにシーレの街を治めていた領主がいるからさ」

 

 リリアの疑問に一緒に歩いていたローレンが答えると、次はレイアとルルが首を傾げた。

 

「………?」

 

「領主、ここ、に、いる? ……何故?」

 

「それは勿論、逃げてきたからさ。そして逃げてきたのは領主だけじゃなく、この宿場町にいる人達のほとんどは、シーレの街から逃げてきた街の住人達なんだ」

 

「だから俺達は今からシーレの街の領主に会いに行くんだ。シーレの街で一体何が起こったのか、詳しく聞く必要があるからな」

 

 ローレンが苦笑をしながらレイアとルルに答え、アルハレムが言葉を引き継いで説明をすると、二人の青年にそれぞれ仕える魔女と戦乙女の集団は全員納得したように頷いた。

 

 そしてこの宿場町に寄った理由を確認するとアルハレムとローレンの一行は、シーレの街の領主がいるという、この宿場町で一番大きな宿屋へと向かうのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五話

「やあ、よく来てくれました」

 

 宿場町て一番大きな宿屋の一室でシーレの街から逃れてきた貴族、クーロ・シーレはアルハレムとローレンの一行を歓迎した。クーロ・シーレは男の貴族でまだ三十代くらいなのだが、今回の事件で心労が重なったせいか外見的はそれより十年くらい老けているように見えた。

 

「貴方がシーレの街を治めていた領主、クーロ・シーレ男爵ですね?」

 

「ええ、そうです。この度は私の救援を受けてくれて本当にありがとうございます。これで街の住民達を家に帰してあげることができます」

 

 クーロはローレンに握手をして礼を言うと、窓の方に駆けて外を見た。

 

「それで王都から来た軍隊の方々はどこですか? できるだけ早く街を取り戻したいので、軍隊の方々と打ち合わせをしたいのですが……」

 

「いえ、王都から来たのは僕達だけ、この部屋にいるので全員ですけど」

 

「……え?」

 

 ローレンの言葉にクーロは目を丸くして体を硬直させる。

 

 だがそれは仕方がないだろう。

 

 クーロ達にしてみれば街を占領されてそれを解放するために王都に救援要請を出したのに、やって来たのは男二人に女八人だけ。王都から軍隊が来ることを期待していた身としては期待外れと思うのも当然と言えた。

 

「あ、あの……、ローレン皇子と貴方に従う戦乙女達の実力は私も聞いていますが、私は軍隊に来てもらいたかったのですが……」

 

「大丈夫ですよ。僕達だけじゃなく、ここにいるアルハレム君は僕と同じ冒険者だし、それに彼に従うリリアさん達は全員が魔女ですから」

 

 言い辛そうに言うクーロにローレンは自分の後ろにいたアルハレム達を紹介する。

 

 二人の冒険者に三人の戦乙女、そして五人の魔女。

 

 それはこのイアス・ルイドではこれ以上考えられない面子で軍隊と同等、下手をしたら軍隊よりも強力な戦力であった。

 

 案の定、アルハレムが冒険者でリリア達が魔女だと知るとクーロは驚きで再び目を丸くした。

 

「冒険者と魔女……!? 何で魔女がここに? ……いえ、でもそれだったら……いや、だけど……」

 

「あの、クーロ・シーレ男爵? シーレの街を占領した賊って一体どんな奴等なんですか? 俺達、シーレの街が占領されたという情報しか知らないので詳しい話を聞かせてもらえませんか?」

 

 何かを考え込むクーロの態度を不思議に思ったアルハレムは、街を占領した敵とその時の状況を詳しく聞いてみることにした。

 

「え? ……ああ、はい、そうですね。……実は私達のシーレの街を占領した賊というのは私の叔母、アンジェラ・シーレなのです」

 

「叔母……ですか?」

 

 アルハレムの言葉にクーロは表情を暗くして頷くと少しずつ事情を話し出す。

 

「はい。アンジェラ叔母さんは私の父の妹で、他家へ嫁に行かずに我が家で共に暮らしていました。……しかしある日突然、アンジェラ叔母さんの体が青白い光に包まれて戦乙女の力に目覚めたのです」

 

「『遅咲き』……か」

 

「遅咲き? それは何ですか?」

 

 クーロの話を聞いていたローレンが呟き、それが聞こえたリリアが質問をする。

 

「普通、戦乙女になれる女性は十歳前後で輝力を使えるようになるんだ。でもごくまれに十歳以上年を重ねてから突然輝力が使えるようになる戦乙女がいて、そんな戦乙女のことを『遅咲き』と呼ぶんだよ。ちなみにこの遅咲きという言葉は戦乙女を『花』ととらえた意味でもあるよ」

 

 ローレンの説明にリリアと他の魔女達は納得して頷いた。

 

「なるほど、理解できました。……つまり今回の事件は戦乙女の力を手に入れたアンジェラ・シーレさんの暴走と言うことですね」

 

 ある日突然に戦乙女の力に目覚めて輝力が使えるようになった女性が、自らの新しい力に酔って横暴なふるまいをするということはそんなに珍しいことではない。しかし今回のように街一つを占領するのは流石に今まで聞いたことはなかった。

 

「……はい。そんなところです」

 

 クーロは疲れきった力のない声でリリアの言葉を肯定した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六話

「でも、いくらそのクーロ・シーレ男爵の叔母が戦乙女になっても、街を占領することなんてできるんですか?」

 

 アルハレムが思った疑問を口にする。

 

 いくら戦乙女の力が強力だといっても、それまで何の訓練も受けていないであろうただの貴族であった戦乙女では出来ることはしれており、一つの街を占領するなんてとても出来ないというのがアルハレムだけでなくこの部屋にいる全員の考えであった。そしてそれはクーロも同様のようで小さく頷く。

 

「はい……。確かにアンジェラ叔母さんは戦乙女になったといっても武術の心得などなく、訓練した兵士が数人がかりで挑めば充分に勝つことはできます。……しかしアンジェラ叔母さんは戦乙女の力に目覚めるのと同時に、輝力を使って厄介な奇跡を起こせるようになってしまったのです」

 

 輝力とはこの世界、イアス・ルイドの全ての生物に物質、法則を創造した女神イアスの力の欠片である。輝力はその使い手の想いに応じて世界に新たな法則を創り出し、身体能力を強化したり、どこぞの神官戦士の戦乙女のように火の玉を作り出す等の超常現象を発現させる。

 

 そしてどうやらクーロの叔母のアンジェラには余程強い思いがあったようで、輝力によってその想いを叶える奇跡を発現させたようだ。

 

「………?」

 

「厄介、な、奇跡?」

 

 暗い顔をして言うクーロにレイアとルルが首を傾げる。

 

「そうです。その奇跡というのはなんと言うか……女性を自分に絶対服従させる催眠の力と言えばいいのでしょうか? 始まりはアンジェラ叔母さんのお付きだったメイドが服従の態度をとったことでした」

 

「にゃ? メイドが上の人間に服従の態度をみせるのは当然のことではないでござらんか? 仕事なんだし」

 

「そうですね。マスタノート家にいたメイドさん達は私達にもよくしてくれました」

 

 ツクモとヒスイの言葉にクーロは軽く首を横に振った。

 

「いえ……それが、アンジェラ叔母さんは小さい頃から人よりも……その、少し我が儘で、プライドが高く、独占欲が強くて、贅沢が好きで、面倒臭がりで、怒りの沸点が低くて、執念深くて、被害妄想が強くて、自分の欠点に鈍感で、自己顕示欲が強くて……シーレの街の住人達だけでなく屋敷の者達からも苦手とされていました」

 

『………』

 

 クーロから聞かされたアンジェラの人間像に部屋中がなんとも言えない空気となった。確かにそんな厄介な人物に好きこのんで関わり合いになろうという人物はいないだろう。

 

「それでアンジェラ叔母さんのお付きだったメイドも仕事だから仕方なく仕えている感じでしたが、輝力で体を青白く光らせたアンジェラ叔母さんを見た途端に心の底から心酔した表情となって絶対服従の態度をみせたのです」

 

「なるほど、それは確かに輝力によって起こされた奇跡ですね」

 

 それまで黙って話を聞いていた戦乙女のメアリが口を開く。

 

「話を聞いた限りだとそのアンジェラさんという方は、他人が自分に従っていないと我慢できない人のようですね。でもその性格から周りから避けられていて、そんな時に人を自分に心服させて従える輝力の使い方を身につけた、と……」

 

 クーロがメアリに頷いてみせる。

 

「はい……。それからアンジェラ叔母さんは何を思ったのか、シーレの街の女性を次々と自分の配下にしていって街を占領してしまったのです」

 

「それでこの宿場町には若い女性がほとんどいなかったのか」

 

 アルハレムはこの宿場町に避難しているシーレの街の住人達に若い女性が数えるほどしかいなかったのを思い出す。

 

「そうなのです……。何故かアンジェラ叔母さんの力が通用しなかった女性も少数ながらいたのですが、それでもシーレの街にいた若い女性のほぼ全員が、今ではアンジェラ叔母さんの忠実な配下なのです。それで……」

 

 そこまで言ってクーロはリリア達魔女五人とメアリ達戦乙女三人に視線を向ける。

 

「そういうことですか……。つまりクーロ・シーレ男爵はリリア達がアンジェラさんの力で配下にされないか不安なのですね」

 

「……はい」

 

 アルハレムが言うとクーロは申し訳なさそうに答える。

 

 確かに女性を従えてしまう輝力を使う戦乙女が相手であれば、面子のほとんどが女性であるアルハレムとローレンの一行は最悪全滅する危険もありえる。一行はクーロが最初に自分達を見た時に不安そうな顔をした理由を理解した。

 

「本当に厄介な力だね。でもそれじゃあ確かに僕達はあまり役に立てそうにないね」

 

「申し訳ありません、ローレン皇子。兎に角、事情は今申し上げた通りです。そしてあのアンジェラ叔母さんのことだからしばらくはシーレの街から立てこもると思いますので、その間に王都から軍隊を……」

 

「クーロ様!」

 

 クーロがそこまで言ったところで一人の男が部屋に飛び込んできた。

 

「一体何事だ? 今、私はローレン皇子達と大切な話を……」

 

「あ、あ、あ……! アンジェラ様が、操った女達を引き連れてこの宿場町に押し寄せてきました!」

 

「はあっ!?」

 

 部屋に飛び込んできた男の口から発せられた悲鳴のような叫びにクーロは驚きの声をあげた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七話

 シーレの街を占領したという戦乙女、アンジェラがこの宿場町に押し寄せてきたという報せを聞いてアルハレムとローレンの一行が宿屋を出て宿場町の行くと、そこには異様な集団が集まっていた。

 

 その集団は十代後半から四十代くらいの女性ばかりで人数は軽く百人を越えており、全員が虚ろな目をしながら笑みを浮かべながら手にクワや鎌、包丁を持って武装している姿は非常に不気味である。

 

 彼女達こそがアンジェラに支配されたシーレの街の女性達で、宿場町の入り口に集まったシーレの街から避難してきた男達は必死に集団に混じっている自分達の家族や恋人の名前を呼んで話しかけるが、女性達は笑みを浮かべるばかりで呼びかけに答えようとしなかった。

 

 そして集団の中央には一台の馬車が集まっていた。アルハレム達が乗ってきた王家が用意した馬車やマスタノート家の馬車に比べれば大きさも外装も質素だが、それでも一般の馬車よりはずっと立派な馬車の扉に印されている家紋を見てクーロは顔を青くする。

 

「あ、あの馬車は間違いなくシーレ家の馬車です……」

 

「じゃああの馬車にアンジェラさんが?」

 

「はい。恐らくは乗っているでしょう」

 

 クーロがアルハレムに答えるのと同時に馬車の扉が開き、馬車に乗っていた一人の人物が姿を現した。

 

『……うわっ』

 

 馬車から出てきた人物の姿を見て、アルハレムとローレンの一行は思わず呻き声のような声をあげた。

 

 出てきたのは四十代から五十代くらいの女性だったのだが、長年にも渡る贅沢な生活と運動不足により全身に大量の脂肪がついていて、遠目からだと完全な丸に見える体型をしていた。

 

 服装は目にいたい赤のドレスを着ており、両手の指には全て宝石のついた指輪をはめていて、首や耳にも大量の首飾りや耳飾りがつけているのが見えた。ただ高価な装飾品を大量に身に付ければいいと思っているその姿は、王族のローレンだけでなくこういうことに疎いアルハレムから見ても悪趣味だと思う。

 

 この全身を装飾品で悪趣味に飾った女性こそがクーロの叔母であり、シーレの街を占領した戦乙女、アンジェラ・シーレであった。

 

「アンジェラ叔母さん! 一体何をしに来たのですか!?」

 

「何をしに来たかって? そんなのお前達を迎えに来たに決まっているじゃないのさ」

 

 シーレの街の住人達の前に出たクーロが大声で問いかけると、アンジェラは当たり前のことを言うような表情で答える。

 

「迎えに来た? 私達を?」

 

「そうさ。私がシーレの街の支配者になっても、街にいるのがこの女達だけでは話にならないからね。だからお前達を街に連れ戻そうとわざわざここまで足を運んでやったのさ」

 

「シーレの街の支配者って……何を勝手なことを言っているのですか? 王家よりシーレの街の統治を任されているのはこの私……」

 

「黙んなよ、クーロ!」

 

 あまりにも勝手な叔母の暴言に反論しようとしたクーロの言葉をアンジェラの怒声が遮る。

 

「私を誰だと思っているんだい!? 私はね、シーレの街の前領主だったお前の父親の妹で、今ではこの世界で最も美しくて力強い『戦乙女』なんだよ! つまり今、シーレの街で最も偉いのはこの私で、お前達シーレの住民は私に従うのが正しい姿なんだよ! ……そう、これが当然なんだよ。全ての人間は貴族である私に黙って従うのが当然なのさ。だというのにお前達はどいつもこいつも……クーロ、お前さえも昔から私を軽蔑した目で見て差別してきた! この貴族である私をね! それが戦乙女になることでようやく正しい形になったんだよ!」

 

 支配した女性達に囲まれた興奮気味の戦乙女の口から出てきたのはあまりにも自分勝手な言葉。

 

 アンジェラ・シーレは確かに貴族の血をひくものだ。しかし貴族階級では一番下の男爵家の一員にすぎず、貴族としての義務を何も行っていないどころか、人としての礼儀すら欠いている彼女に従う人間などいるはずもない。

 

 しかしアンジェラはそんな当たり前の常識に目を向けない……どころか気づきもせず、自分の中だけの「常識」を振りかざして幼稚な被害妄想に満ちた「正論」を声高に叫び、その場にいた者達はあまりの馬鹿馬鹿しさに呆れ果てて言葉を失った。

 

「……今更ですけど戦乙女って、変わった人が多いですね」

 

「頼むからウチの家族をあの人と一緒にしないでくれよ。……というか俺は、彼女を貴族とも戦乙女とも認めたくない」

 

 リリアが半眼となってアンジェラを見ながら小さく呟き、アルハレムが顔をしかめて言う。

 

 あのアンジェラは貴族でも戦乙女でもなく、ただの武器を持った子供である。自分の我が儘が周りに聞き入れられず癇癪を起こしているところに「輝力」という便利で強力な武器を手に入れて、それを振り回して周りを脅している年を重ねた子供。

 

 そんなものと自分の大切な家族が同じに見られるなど、アルハレムにはとても耐えられることではなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八話

「アルハレム殿……そうでござるな」

 

 アルハレムの言葉から明らかな不快だという感情を感じてツクモが振り向くが、すぐに己の主人の気持ちを理解して頷き、同じく気持ちを理解したローレンが口を開く。

 

「それは僕も同感だ。でもアルハレム君、今は目の前の問題に集中しないと」

 

「……ええ、分かっています。でもローレン皇子? これからどうするんですか?」

 

 アルハレムに聞かれてローレンは困った表情となる。

 

「そうなんだよね……。あの人数だけでも厄介すぎるのにあのアンジェラは女性を、こちらの主戦力である魔女と戦乙女を洗脳する輝力を使うからね。正直手の打ちようがない。……まいったな。街を占領されたと聞いた時は、僕も父上達もただの大規模な盗賊団だとばかり思っていたのに、まさか街の女性達を従えた戦乙女だったなんて……。すまないね、アルハレム君。今回はこちらのミスだ」

 

 ローレンがアルハレム達に小さく頭を下げて謝罪をする。

 

 シーレの街を占領したのが最初から女性を洗脳する戦乙女だと分かっていれば、王家もここにアルハレムとローレンの一行を寄越さず男だけの軍隊を派遣しただろう。全ては急務だとはいえ、敵の情報を調べなかった王家の調査隊の怠慢がこの状況を作ったとも言える。

 

 そしてアルハレムとローレンが話している間にも、クーロとアンジェラもまた会話を……というかアンジェラが一方的に話してそれをクーロが聞いているのが続いていた。

 

「……ああ、もう! 面倒臭いね! お前達、もういいから男達を連れ戻しな!」

 

『はい!』

 

 言いたいことを全て言ったアンジェラは面倒そうに命令を出すと、支配下にあるシーレの街の女性達は一斉に返事をして、一緒の街で暮らしてきた男達に迫る。男達がアンジェラの私兵……いや、操り人形と化した女性達から悲鳴をあげてローレンが舌打ちをする。

 

「くっ! 始まったか。でも一体どうしたら……え?」

 

「何だ? アレ?」

 

 ローレンとアルハレムは目の前の光景に思わず声を漏らした。

 

 アンジェラの命を受けて男達を捕まえようとするシーレの街の女性達。それが次々と見えない壁にぶつかったように弾き飛ばされいくのだ。

 

「な、何だってんだい! ……ええい! 何をしてるんだい、お前達! 早く男達を捕まえるんだよ!」

 

 突然の出来事にアンジェラは一瞬驚いた顔をするが、すぐに激昂して女性達に叫ぶ。しかし女性はある見えない壁に遮られてそれ以上先に進むことはできずにいた。

 

 そして見えない壁の壁の向こうにいたのは一人の女性。

 

 艶のある緑の髪を揺らした物静かな雰囲気を纏った霊亀の魔女、ヒスイであった。

 

「ヒスイ? いつの間に?」

 

「ヒスイ殿? 何をしているでござるか?」

 

 いつの間にか前に出ていたヒスイにアルハレムとツクモが驚いて声をかけると、霊亀の魔女は申し訳なさそうに口を開いた。

 

「旦那様、ツクモさん、ごめんなさい。勝手に前に出てはいけないのは分かっていたのですが、この人達を放ってはいられなくて……」

 

「それじゃあ、シーレの街の女性達を止めているのはヒスイなのか? でも一体どうやって……」

 

 そこまで言ってアルハレムはヒスイの種族、霊亀が自分の認めた者しか入れない、あるいは出られない結界を作り出す種族特性を持っていたことを思い出す。

 

 どうやらヒスイは種族特性を利用して見えない壁を作り出してシーレの街の女性達の侵入を防いだようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九話

「よくやったヒスイ。早くこっちに……」

 

「ああん? 何だい、アンタは?」

 

 結界を作り出してシーレの街の女性達の侵入を防いだヒスイにアルハレムがこちらに戻るように言おうとした時、アンジェラが霊亀の魔女に気づいて視線を向けた。

 

「初めまして。私の名前はヒスイといいます」

 

 頭を下げて挨拶をするヒスイに、アンジェラは不快なものを見るような視線を向けながら訊ねる。

 

「この見えない壁みたいなのはアンタの仕業なのかい?」

 

「ええ、そうです」

 

「……こんな真似ができるってことはアンタも戦乙女だね? ……何だって私の邪魔をするんだい?」

 

 言葉を交わすごとに機嫌を悪くしていくアンジェラにヒスイは表情を変えることなく真っ直ぐに戦乙女の目を見ながら答える。

 

「皆さんが困っていたからです。貴女こそ何故このようなことをするのですか?」

 

「……っ! うるさい小娘だね! 何でこんなことをするのかだって!? さっきも言ったようにコイツらは私に従うのが正しい姿なんだからそうしようとしているだけなんだよ! 見たところ二十過ぎぐらいの小娘が私のやることに口出しするんじゃないよ! 大体ね、アンタみたいな顔が少しいいだけの小娘が私と同じ戦乙女だなんて生意気なんだよ!」

 

「……なんか、ヒスイに思いっきり強く当たってないか? あの人?」

 

「どう見てもヒスイを妬んできつく当たってますね、あの人。若くて綺麗な女性にコンプレックスとかあるんじゃありません?」

 

 激昂してヒスイに怒鳴り散らすアンジェラを見て呟くアルハレムにリリアが自分の考えを言うと、それを聞いたローレンが納得したように頷いた。

 

「ああ、それはありえるね。というかあれを見る限りそれしかないだろうね。最初にクーロ男爵がアンジェラのことを説明していた時に『嫁に行かず』と言っていたけど、実際は『嫁に行けなかった』んじゃないかな?」

 

 貴族の家に生まれた人間にとって結婚とは、他家との繋がりを築く為に必要な義務のようなものである。だから当然、アンジェラにも結婚の話があったと思うのだが、あの性格ではうまくいくはずがないだろう。

 

「でしょうね。そしてそんな人からしたら、綺麗で実生活が充実していそうなヒスイは目障りにしか見えないでしょうね」

 

 リリアが頷いてローレンに話している間にもアンジェラはヒスイに最早彼女一人に的を絞った暴言を怒鳴り散らしており、そんな戦乙女に周囲の人間は全員うんざりとした顔をして、気のせいか支配下にあるシーレの街の女性達もうんざりしているように見えた。

 

「……もしかしてと思うが、アンジェラが女性を操る力を手に入れたのって、他の女性を操ってそのコンプレックスを解消するためなんじゃないだろうな?」

 

 ヒスイに怒鳴り続けているアンジェラを見てアルハレムは思った考えを口にする。

 

 輝力は戦乙女の強い思いに応えて奇跡を起こす。若い頃に女の幸せを掴めなかった自分の非を自覚できない戦乙女が、自分勝手な復讐の為に世の女性を支配する力を得たとしてもあり得ないとは言い切れず、そう考えるとアルハレムは一気に馬鹿馬鹿しい気持ちになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十話

「大体ねえ! 年下の人間はもっと年上の人間を立てるべきなんだよ! それなのに……!」

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

「何だい!?」

 

「さっきから貴女は私を戦乙女とか人間とか言ってますけど、私は戦乙女でも人間でもありませんよ?」

 

「……………何だって?」

 

 怒鳴り散らしていたアンジェラだったがヒスイの発言があまりにも意外だったのか呆けた表情となって言葉を止めて、霊亀の魔女は自分の言葉を証明する為に左右の髪をかき上げて先端が尖った耳を見せた。

 

「私は霊亀という種族で旦那様……魔物使いの主に使える魔女です。そして更に言えば私は百年以上生きていて貴女よりずっと年上ですよ?」

 

「なっ!?」

 

 外見からヒスイを二十代くらいの人間の女性だと思っていたアンジェラは、ヒスイが実は魔女でしかも百年以上生きていると驚きのあまり絶句する。そして霊亀の魔女の実年齢に驚いていたのは話を聞いていたシーレの街の男達とローレンの一行も同様であった。

 

「ひ、ヒスイさんが百年以上生きた魔女!? アルハレム君、それって本当なのかい?」

 

「ああ、話していませんでしたか? ええ、実はそうなんですよ」

 

「……! そうですか……百年以上生きていてあの美しさを保っていられるとは……。女として理不尽を感じます……」

 

 驚くローレンの質問にアルハレムが答えると、ローレンに仕える戦乙女達を代表してメアリが呻くような声で呟く。やはりいつまでも美しくありたい女としては、死ぬまで若く美しい姿を保てる魔女は羨ましくあり妬ましくもあるのだろう。

 

 そしてそう思っているのはアンジェラも同じのようで、ヒスイが百年以上生きてなお若い姿を保っていると知ると怒りを爆発させて唾を飛ばしながら叫んだ。

 

「ふ、ふざけるんじゃないよ! 百年生きても綺麗なままなんて許されるものかい! お前達!」

 

 アンジェラの怒声に支配下にあるシーレの街の女性が数人、手に持っていた包丁やらクワやらをヒスイに向けて投げるが、それらの凶器は見えない壁に弾かれてしまう。

 

「………!」

 

「無駄です。貴女達の攻撃はこちらには届きません。それに対してこちらの攻撃は……ツクモさん」

 

「にゃ! 了解でござる」

 

 驚くアンジェラにヒスイはそちらの攻撃は通じないと言い放つと次にツクモの名前を呼び、猫又の魔女は霊亀の魔女の隣に躍り出ると一本の投げナイフをアンジェラに向けて投げる。勢いよく投げられたナイフは見えない壁を難なく通過すると、アンジェラの顔の横を通りすぎて戦乙女の後ろにある馬車のドアに突き刺さった。

 

「ひいっ!?」

 

「ご覧の通り、こちらの攻撃はそちらに届きます。更に言えばその結界、見えない壁は貴女とシーレの街の女性達を取り囲んでいて、逃げることもできません」

 

 ツクモが投げたナイフに悲鳴をあげるアンジェラにヒスイが追い撃ちの言葉をかける。

 

 霊亀の種族特性「拒絶の家と束縛の庭」。

 

 結界を作り出すことによって敵の侵入を拒絶し、時には敵を閉じ込めて束縛する種族特性。

 

 もはやアンジェラ達は籠の中の鳥であり、ヒスイの言う通り戦うことも逃げることもできなかった。

 

「……ヒスイの種族特性、以前に本人とツクモさんから聞いた時から『強力な種族特性だな』と思っていたけど、実際に見てみると凄いとしか言いようがないな」

 

「凄いどころじゃない、凄すぎるって。何、あの種族特性? ほとんど反則じゃないか」

 

 たった一人でアンジェラが率いる百人を越える集団を無力化したヒスイを見て、アルハレムが言うとそれにローレンが額に一筋の冷や汗を流しながら呟く。

 

「アンジェラさん。シーレの街の女性達を解放して降参してください」

 

 降参を呼び掛けるヒスイの姿に、これでこの戦いも決着が着いたとこの場にいる全員が思った時、アンジェラは引きつった笑みを浮かべる。

 

「ふ、ふふ……。ちょ、調子に乗るんじゃないよ……。いくらアンタが魔女で凄い力を持っていたって……いや、凄い力を持っているからこそ今の状況に不満を持っているんじゃないのかい? それだけの力を持っているなら、もっと良い暮らしができて男だって選び放題だと思わないかい? こんな所で下らない人間に使われるなんて、お強い魔女様には耐え難い屈辱なはずさ」

 

 この場にいたって突然ヒスイに話しかけるアンジェラに、アルハレムは嫌な予感を覚えた。

 

「……! 何だか嫌な予感がする。ヒスイ! ツクモさん! 早くこっちに戻って!」

 

「私だったらアンタを有効に使って良い暮らしだってさせてやるさぁ! さあ、私に従いなよぉ!」

 

 アルハレムがヒスイとツクモに向かって言うのと同時にアンジェラが叫び、戦乙女の体から青白い輝力の光が放たれた。

 

(これは……まさか女性を操るという輝力か!? クソッ! アンジェラがこの力を使うことを知って警戒していたはずなのに馬鹿か俺は!)

 

「だっはっはっ! これでアンタは私の僕さ! そう、魔女だろうが何だろうが貴族で戦乙女である私に従うのが正しい姿なのさ! さあ! ヒスイとかいったかい? さっさとこの見えない壁を消しな!」

 

 アルハレムはアンジェラの話の馬鹿馬鹿しさとヒスイの種族特性の強力さに気を取られていたとはいえ、女性を操る輝力に対する警戒を緩めていた自分を呪い、洗脳の輝力を放った戦乙女は勝ち誇った笑い声をあげながら霊亀の魔女に命令をする。しかし……、

 

「お断りします」

 

 洗脳の輝力を受けたはずのヒスイはアンジェラの命令をあっさりと断った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十一話

「……………は?」

 

 ヒスイに命令したがあっさりと断られたアンジェラは、信じられないといった表情で呆けた声をだした。

 

「な、何を馬鹿なことを言っているんだい? 私はこの見えない壁を消せって言ったんだよ? 私が命令しているんだからさっさと消すんだよ!」

 

「お断りします。私には貴女の命令を聞く理由がありません」

 

 アンジェラはもう一度ヒスイに命令するが、霊亀の魔女には命令に従う様子がまったく見られなかった。

 

「……!? ぐ、く……! そ、そこの変な服の女! 私の命令だよ! そこの緑の髪の女を殺しな! その女が死ねば見えない壁もなくなるはずだよ!」

 

「ツクモさんもお断りでござる。何でツクモさんがお主なんぞの命令を聞いてヒスイ殿を手にかけねばならんでござるか? それに変な服とは心外でござる。これはツクモさんの故郷で着られている伝統の服でござるよ?」

 

「……………!?」

 

 アンジェラはヒスイが命令を聞かないと分かると次はツクモに命令するのだが、猫又の魔女も霊亀の魔女と同じように戦乙女の命令に従う様子はなかった。

 

「ヒスイとツクモさんにはアンジェラの輝力が通用していない? ……そうだ! リリア、レイア、ルル、お前達は大丈夫か?」

 

「ええ、私は特に異常は感じません」

 

「………」

 

「ルル、も、レイア、も、大丈夫」

 

 アルハレムが自分の側にいたリリアとレイア、ルルの様子を見てみると、三人の魔女達もツクモとヒスイと同じようにアンジェラの輝力の影響を受けた様子はなかった。

 

「リリア達にはアンジェラの輝力が効いていない? でも一体どうして?」

 

「……そういえばクーロ男爵が言っていなかった? 少数だけどアンジェラの輝力が効かない女性がいたって。もしかしたらアンジェラが女性を支配するには本人も知らない何らかの条件があって、リリアさん達はその条件に当てはまらなかったんじゃないかな?」

 

 アルハレムが首をかしげているとローレンがクーロとの会話を思い出して自分なりの考えを口にする。言われてみれば確かに、いくら戦乙女といってもこれだけの人数を完全に操れる強力な輝力が何の制限もなしに使えるとは考え辛く、何かの条件が必要だと考える方が自然だろう。

 

「まあ、その条件が何なのかは分からないけど、これは好機だ。今のうちにアンジェラを……」

 

「キィイイイー! ふざけるんじゃないよ!」

 

 アンジェラを捕まえよう、とローレンが言おうとした時、アンジェラの怒声が聞こえてきた。

 

「何で私が命令しているのに従わないんだい!? 知っているんだよ! お前達、そんな『普段の生活が充実してます』みたいな顔をしていても、本当は今の状況に不満を持っていることを! 私のように不便で不自由で理不尽な生活を強いられて、周りの人間に受け入れてもらえないことを! それだったら貴族で戦乙女である私に使われた方がよっぽどマシだってものじゃないかい! 分かったらさっさと私に従いな! 私から逃げた男どもを捕まえるんだよ!」

 

 全身から洗脳の輝力を放ちながらもはや半狂乱となってヒスイとツクモに怒鳴り散らすアンジェラ。霊亀の魔女と猫又の魔女はそんな戦乙女の醜い姿に冷ややかな視線を向けて、アルハレムとローレン達がこの隙に行動を起こそうとしたその時……、

 

『はい。分かりました』

 

 と、複数の女性が返事をする声が聞こえてきた。

 

「え? 今の声は?」

 

「み、皆!? 何をしているんだ!?」

 

 アルハレムとローレンが声が聞こえてきた方を見ると、そこにはローレンに従う三人の戦乙女、メアリとマリーナにミリーがシーレの街の男達に襲いかかろうとしている姿があった。

 

「ま、まさか三人共、アンジェラの輝力に操られているのか……!?」

 

「……まったく何なんですか、あの三人は? 旅立ちの時といい、今といい、私達の邪魔をしについてきたのですか?」

 

 自分の仲間であるメアリ達三人の戦乙女がアンジェラの輝力によって操られたことにローレンは驚き、リリアは大量の苦虫を噛み潰したような表情となって呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十二話

「くっ……! すまない、アルハレム君。君達の働きを見届けて、いざという時は助太刀する為についてきたはずなのに、逆に足を引っ張ってしまったようだ」

 

 自分に従うメアリ達三人の戦乙女を敵に操られてしまったローレンは悔しそうな顔でアルハレム達に詫びの言葉を言い、逆にアンジェラは勝ち誇った顔で高笑いをあげる。

 

「だっはっはっ! そう! そうさ! 私に黙って従うその姿が正しいんだよ! そこのアンタら! 男達を捕まえるのは後でいいから、先にその生意気な魔女達を殺しておやり!」

 

『はい。分かりました』

 

「……っ! ヒスイ殿! 下がるでござる!」

 

 アンジェラの命令に従ってメアリ達三人の戦乙女は、体から青白い光を放って身体能力を強化すると標的をシーレの街の男達からヒスイに変更して迫る。そしてそれに対してツクモが庇うように霊亀の魔女の前に出て武器を構える。

 

「ツクモ! ヒスイ!」

 

「………!」

 

「すぐ、に、助け、る!」

 

「待って! メアリ達は僕と同じ二十回クラスだ! 今の君達じゃ危険だ!」

 

 リリア、レイア、ルルの三人が輝力で身体能力を強化してツクモとヒスイの元に駆けつけようとしたが、それをローレンの声が引き止める。

 

「メアリ達は僕が止める!」

 

 ローレンはそう言って腰のバッグから数本のダートを取り出すと、左腕に装備したマジックアイテム「射手の玄弦」を弓の形にしてから素早くダートをつがえてメアリ達へと放った。

 

 ローレンから放たれたダートは以前アルハレムと模擬戦をした時よりも速く鋭い射撃だったが、メアリ達はローレンと同じ二十回クラスである上に輝力で身体能力を強化しているため、容易く彼女達が持っている武器で防がれてしまった。

 

「このままじゃマズイな……! ヒスイ! 結界でメアリ達を閉じ込めることはできないか!?」

 

「旦那様、すみません。新しく結界を造るにはアンジェラさん達を閉じ込めている結界を一度消さないといけません」

 

 ヒスイの結界ならばメアリ達の動きを封じられるかもと思ってアルハレムはヒスイに言ってみたが、霊亀の魔女は首を横に振って答える。

 

 霊亀の種族特性「拒絶の家と束縛の庭」で造り出される結界の規模と数は、その霊亀の力量によって異なり、今のヒスイの力量では一つの結界を造り出して維持するので精一杯だった。

 

「そんな……いや、まてよ……!」

 

 ヒスイの言葉を聞いて一瞬絶望しかけたアルハレムだったが、次の瞬間に彼の脳裏に少し前に神力石を使うことで修得した自分の固有特性が思い浮かぶ。

 

「だったら!」

 

「アルハレム殿! ヒスイ殿の種族特性には輝力が必要でござるよ!」

 

 自分の主の考えを理解したツクモが投げナイフを投げてメアリ達を牽制しながらアルハレムに助言を飛ばす。

 

「分かっています。……ローレン皇子」

 

「何だい!? 今、忙しいんだけど!」

 

 ツクモの投げナイフに合わせて自分もダートを放ち、メアリ達を牽制しているローレンが苛立った声で返事をするが、アルハレムはそれに構うことなく言葉を続ける。

 

「今から見ることはどうか他言無用でお願いします。……レイアとルルはシーレの街の男達を守ってやってくれ。リリアは俺に輝力の補充を」

 

「………」

 

「分かっ、た。任せ、る」

 

「はい♪ ご指名、お待ちしておりました♪」

 

 自分の主の命令に従ってレイアとルルはシーレの街の男達の避難を手伝いに行き、リリアは嬉しそうな顔を浮かべてアルハレムと口づけをすると、口から自分の輝力を主人である魔物使いの体に送り出した。

 

「アルハレム君!? こんなときに一体何……を……?」

 

 戦闘中であるにも関わらずリリアと口づけをするアルハレムの姿に、ローレンは戸惑った声を出すが次の瞬間、彼はその顔に浮かんだ困惑の表情を更に深いものにさせて言葉を失った。

 

 体から青白い光を、男では絶対に使うことができないはずの輝力の輝きを放つアルハレムを見てローレンは目を限界まで見開いた。

 

「アルハレム、君……? その光は……もしかして……」

 

「すみません。詳しい説明はまた後で」

 

 アルハレムはそれだけを言うと、強化された脚力を活かして風のような速度でヒスイの元に駆けつけた。

 

「ヒスイ! 手を!」

 

「はい!」

 

 ヒスイの元に駆けつけたアルハレムが手を差し出すと、霊亀の魔女も手を伸ばして自分の主の手を取った。

 

 固有特性「力の模倣」発動。

 

 それは触れた仲間の特性や技能を一つだけ模倣して自分のものとして使用できるようになる固有特性。自分の手がヒスイの手に触れた瞬間、アルハレムは自分の中にヒスイの力と知識の一部が流れ込んできたのを感じた。

 

「な、何だいあの男は? あの光は輝力の……いや、そんな馬鹿な事があってたまるもんかい! ……お、お前達! グズグズしていないで早くそいつらを殺さないかい!」

 

『はい。分かりまし……っ!?』

 

 輝力の輝きを放つアルハレムを不気味に思ったアンジェラが命令を出してメアリ達が駆け出すと、三人の戦乙女達はほぼ同時に見えない壁にぶつかったように弾き飛ばされた。

 

「ヒスイの種族特性『拒絶の家と束縛の庭』模倣完了。……ふぅ、初めて使ったけどうまくいったみたいだな」

 

 アルハレムはヒスイの力を借りて造り出した結界にメアリ達を閉じ込めたことを確認すると安堵の息を吐いた。

 

 これでもうアンジェラには戦う力……いや、この場合は戦わせる人間はおらず、アルハレム達の勝利が確定したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十三話

 アルハレムが種族特性で造った結界でメアリ達を閉じ込めた後は、実にあっけない戦いの幕切れとなった。

 

 ヒスイの結界に動きを封じられて、女性を支配する輝力も通用しなくなったアンジェラはリリアとツクモの二人によってあっさりと捕まって無力化された。

 

 そしてアンジェラを捕まえて彼女に操られていたシーレの街の女性達を保護した後、ローレンは王家に二通の手紙を書いて、それを宿場町に避難していたシーレの街の兵士の一人に王都まで届けさせた。手紙の内容は一通はこの宿場町での戦いの報告書で、もう一度はアンジェラを王都に護送する人員とシーレの街の住人達を無事に街に送り届ける人員を要請するものである。

 

 手紙を出したアルハレムとローレンの一行は、王都から兵士達が来るまでの間、宿場町に留まってアンジェラの監視とシーレの街の住人達の護衛をすることにしたのだった。

 

 ☆★☆★

 

「アルハレム君、あの時は本当に迷惑をかけたね」

 

 アンジェラとの戦いから五日後。宿場町にある宿屋の一室でローレンはアルハレムに小さく頭を下げて詫びの言葉を言う。

 

 あの時というのは、アンジェラとの戦いでメアリ達三人の戦乙女が操られた時のことである。

 

「いえ、別に気にしていませんよ。それよりもメアリさん達はもう大丈夫なんですか?」

 

「はい。ご心配して頂いてありがとうございます」

 

「あの時は本当にすみませんでした」

 

「助けてくれてありがとうございます」

 

 心配するように言うアルハレムにメアリ、マリーナ、ミリーの順に礼を言う。

 

 今この部屋にいるのはアルハレムとローレンに、彼らに従う魔女五人と戦乙女三人の計十名。

 

 メアリ達三人の戦乙女はこの五日間ですっかりアンジェラの洗脳が解けていて、彼女達同様に操られていたシーレの街の女性達もまた洗脳から解放されて自分達の家族の元にと戻っていた。

 

「時間が経てば自然に解ける洗脳でよかったですね」

 

「そうだね。……というか、時間制限がなかったら反則だって。『自分と同じ不満を懐いていて、ほんの僅かでも自分の言葉に共感した女性を数日間だけ操る能力』だなんて」

 

 アルハレムの言葉にローレンは一つ頷いてからこの五日間で分かったアンジェラの洗脳の輝力の条件を口にする。

 

「そう考えるとリリアさん達にとってアルハレム君は不満に思う点が一つもない理想の主人だってことだね」

 

「当然です♪ 私達魔女にとって理想の殿方なのは今更確かめるまでもありません♪」

 

「………♪」

 

「我が夫、ルル、達、魔女、と、人間、区別、しない。同じ、ように、愛して、くれる」

 

「それにアルハレム殿は戦いの腕も『夜』の強さもあって、まだまだ伸びしろがあるでござるからな♪ ツクモさんはヒスイ殿とアルハレム殿の僕になれて幸福者でござる♪」

 

「私は旦那様に救われた身ですから、旦那様に不満などあるはずがありません」

 

 ローレンの言葉にリリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイは自分達の体をアルハレムに接触させながら満面の笑みで答える。彼女達の笑顔は輝いているように見えて、この笑顔だけでも五人の魔女達の言葉には一片の嘘がないことが分かる。

 

「なるほど。……本当に、羨ましいくらいに仲がいいんだね。君達は」

 

『………………』

 

 リリア達の言葉にローレンは寂しそうに笑い、メアリ達三人の戦乙女は羨むような視線をアルハレム達に向ける。

 

「あ、はい……。ありがとうございます。……ええっと、それでクーロ男爵とアンジェラはどうなるのでしょうか?」

 

 ローレン達からの視線に落ち着かなくなったアルハレムは、話をそらそうと以前から気になっていたことを聞いてみた。

 

「そうだね……。クーロ男爵は治めている街を守れなかった責任もあるし、今回の騒動の張本人が自分の叔母だから、しばらくは王家の監視がつくだろうけどそれ以上のお咎めはないはずだよ。……でも、アンジェラはの方はやっぱり処刑、よくても終身刑だろうね」

 

「そうですか……。やっぱりですか」

 

 ローレンから聞かされたアンジェラの処置は残酷なものであったが、アルハレムは同情を覚えるより先に、それも仕方がないと納得していた。

 

 五日前に捕まって、今はアルハレム達がいる宿屋の地下室に監禁されているアンジェラは「ここから出せ!」とか「私に従え!」と怒鳴り散らすだけで、その姿からは反省や後悔の色は微塵も見えなかった。それどころか、監視に来たローレンが自国の王子だと知ってもお構いなしに暴言を吐いた時は、その場に一緒にいたアルハレムの方が恐ろしく感じたくらいだ。

 

「アンジェラの能力と性格は厄介な上に、彼女は貴族でありながら国に対する忠誠心が全くない。そんな危険な戦乙女を野放しにするわけにはいかないからね。……僕達はギルシュの王族と貴族であり、勇者だ。自国に危険をもたらす存在を見逃す訳にはいかないんだ。分かるね?」

 

「ええ、分かっています」

 

 顔から感情を消して話すローレンに、アルハレムも顔から感情を消そうとしたが失敗して、僅かに苦い表情を浮かべて頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十四話

「……まあ、アンジェラの件は仕方がないとして、それよりもアルハレム様のクエストはどうなったのでしょうか?」

 

 頭では理解できても感情では「処刑」という言葉に抵抗を感じるアルハレムが苦い表情を浮かべていると、リリアがわざと少し大きめの声を出して強引に話題を変えた。ローレンもサキュバスの魔女が己の主を思う気持ちに気づいたので彼女の言葉に耳を傾けることにした。

 

「私達はアンジェラを捕まえて、彼女に操られていたシーレの街の女性達を解放しました。しかしアルハレム様のクエストブックはクエストを達成したことになっていません。これは一体どういうことなんでしょうか?」

 

「ああ、それはクエストブックが決めた達成条件になっていないからじゃないかな? 確かに僕達はアンジェラからシーレの街の住人達を解放したけど、双方ともにまだ同じ街にいるわけだし、万が一にもアンジェラが逃げ出すという可能性があるからね。多分王都からの応援が来るか、シーレの街の住人達が街に無事戻って初めてクエストが達成されるんじゃ……ん?」

 

 ローレンがリリアに説明していた時、窓の外から大勢の人達の歓声が聞こえてきた。

 

 アルハレムとローレンが窓から外を見てみると、数十人の馬に乗った騎士の一団が宿場町に到着したところで、シーレの街の住人がそれを歓迎していた。

 

「どうやら王都からの応援が来たみたいですね」

 

「そうだね。……でもあの旗は?」

 

 アルハレムに返事するローレンは一団の先頭を行く数名の騎士が掲げる旗に、王家の紋章の他にもう一つ別の紋章が印されていることに気づいた。

 

「あの紋章はライザック兄様の紋章。……僕達の牽制に来たのかな?」

 

「ライザック皇子って、ローレン皇子のご兄弟ですよね? 牽制ってどういうことですか?」

 

「そう。ライザック・ファスタ・ギルシュ。ギルシュの第一皇子で僕の兄様。それで牽制っていうのは……アルハレム君? 勇者が次期国王を決める会議に出席できる権利を持っていることは知っているよね?」

 

 ローレンに訊ねられてアルハレムは、以前母親のアストライアから勇者が次期国王を決定する会議に参加できると言われたことを思い出す。

 

「ええ、それは知っていますけど?」

 

「ライザック兄様は第一位王位継承者なんだけど野心家で次期国王を狙っているからね。自分と同じ王位継承権を持っていて勇者である僕を邪魔者扱いしているのさ。ここに来たのは父上からの命令だけでなく、僕への牽制とアルハレム君、君の品定めもあるんだろうね」

 

「俺の?」

 

 アルハレムが自分を指差して聞くとローレンが頷く。

 

「そうさ。ライザック兄様の目から見てアルハレム君が有望だと思ったら、ライザック兄様は君を自分の派閥に取り入れようとするだろうね。新たな勇者である君がいれば次期国王を決定する会議で優位に立てるからね」

 

「そうですか……。俺が勇者で次期国王を決める会議に出席……ですか」

 

 ローレンに説明されてもやはり実感がわかずアルハレムが呟く。その時、

 

 パッラララー♪ パララ♪ パララ♪ パッラッラー♪

 

 アルハレムのクエストブックからクエスト達成を知らせる軽快なファンファーレが聞こえてきた。

 

「この音楽は……!」

 

「クエストが達成されたんだ! ようやく、ようやく達成できた!」

 

 クエストブックから聞こえてきたファンファーレに、アルハレムよりもローレンの方が過剰に反応をした。

 

「? ローレン皇子?」

 

「何をしているだい、アルハレム君? 早くクエストブックを開いてくれ!」

 

「え? ええ、分かりました……うわっ!?」

 

 興奮した様子のローレンの勢いに押されてアルハレムがクエストブックを開くと、クエストブックから目を開いてはいられないほどの強い光が放たれた。

 

「な、何だこの光は……!?」

 

「ああ……! 来る。女神イアス様が降臨される……!」

 

 アルハレムの疑問にローレンの恍惚とした声が答える。そしてそのすぐ後に、

 

 

「はーい♪ クエスト十回達成、おめでとーございまーす♪」

 

 

 と、自分を祝ってくれる小さな女の子の声をアルハレムは聞いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十五話

「小さい女の子の声? 一体誰だ?」

 

「はーい♪ 私でーす♪ 『十八番』さん。初めましてー♪」

 

「え?」

 

 光がようやく収まるとアルハレムの前には一人の女の子が立っていて、手を上げて元気のよい笑顔で挨拶をしてきた。

 

 アルハレムの前に立っていたのは十歳になるかならないかという女の子で、リボンやフリルがふんだんに使われた黒いドレスのような服を着ており、床につくくらい長く伸びた鮮やかな碧の髪が特徴的だった。

 

 一見すれば変わった姿のヒューマンの子供だが碧の髪の女の子からは特別な雰囲気を感じられて、アルハレム……いや、この部屋にいる全員が彼女が人間でも魔物でも「何か」だと本能で理解した。

 

「じゅ、十八番? 誰のこと? というか君、誰?」

 

「十八番さんは十八番さんですよー♪ 貴方の持っているクエストブックはー、おかーさんが創った十八冊目のクエストブックですからー、貴方は十八番さんなのです♪」

 

 碧の髪の女の子はアルハレムのことを「十八番」と呼ぶと続いて自分の名前を告げる。そしてその名前はこの場にいる全員が知るものであった。

 

「それでおかーさんの名前は『女神イアス』と言います♪ この世界にあるものは全て、今からずっとずっと大昔におかーさんが頑張って産んだ子供達ですから、十八番さんも他の皆はおかーさんの事をおかーさんと呼んでください♪ あっ! 他にも『ママ』でも『おばーちゃん』でもおーけーですよ♪」

 

 膨らみのない幼い胸を張りながら自分がこの世界を創造した「女神イアス」だと名乗る碧の髪の女の子。

 

 普通ならばただの子供の冗談だと思うところだが、彼女が纏っている特別な雰囲気はそれが冗談ではないと物語っていた。そして……、

 

「ああっ! 我らが女神! イアス様! こうしてお目にかかれて光栄です!」

 

 過去に十回目と二十回目のクエストを達成して女神イアスと会ったことがあるローレンが、頬を紅くして碧の髪の女の子に話しかけていることから、どうやら本当に彼女はこの世界の創造神のようである。

 

「あっ、久しぶりですね六十二番さん……じゃなくてローレンさん♪ ……でもおかーさんのことはおかーさんと呼んでくださいって、前にも言ったはずですよ?」

 

「えっ!? あ、そうでした。すみませんでした、御母様」

 

 イアスの方もローレンの事を覚えていたようでにこやかに挨拶をして、最後の言葉を拗ねた風に言うと王族の勇者は慌てて訂正をする。

 

「うむ♪ よろしい♪」

 

「御母様、どうぞこちらに。いつ御母様が降臨されてもいいようにお菓子の用意をしています」

 

「おおー!」

 

 ローレンが席をすすめると、イアスはテーブルに用意されていたお菓子の山を見て嬉しそうな声を上げて椅子に座った。ちなみにテーブルに用意されたお菓子の山は、ローレンが毎日朝早くに自腹を切って購入したものである。

 

 この五日間、ローレンがお菓子を大量に買い続けていたことに疑問に思っていたアルハレムだったが、全ては今日のためだったのだと理解した。

 

「このお菓子、美味しいですねー♪ でもでもローレンさん? こんなに沢山食べてもいいんですか?」

 

「何を言うのですか御母様? これは全て御母様の為に用意したものなのでどうか全てお召し上がりになってください。あっ、お茶はいかがですか?」

 

 椅子に座ってお菓子を食べるイアスにお茶を差し出すローレン。そんな彼の表情は光輝いて見えるほど嬉しそうであり、アルハレムは嫌な予感を覚えながら自国の王子に話しかける。

 

「あの……嬉しそうですね? ローレン皇子?」

 

「それはそうだよ。何しろこの世界を創造した女神様に奉仕できるだなんて、この世界に生きる者としたらこれ以上ない名誉じゃないか?」

 

 アルハレムの質問にローレンは相変わらずの光輝いて見える女性ならば一目で恋に落ちてしまいそうな笑顔で答える。

 

「いや……それはそうなんでしょうけど……」

 

「……うん。そうだね。アルハレム君達も薄々気づいているようだし、丁度いい機会だから告白するけど僕は……」

 

 そこでローレンは一度言葉を切って目を閉じると、次の瞬間「カッ!」という音が聞こえそうな勢いで目を開き、堂々と宣言をする。

 

「僕は! 僕はちっちゃい女の子が大好きだ! ロリータコンプレックス、略してロリコンと呼ばれても気にしない! むしろ受け入れる! そしてこちらにおわす女神イアス様は世界で最初のロリ! 故に僕はこのロリ女神を敬愛する! ローレンの『ロ』はロリコンの『ロ』だ!」

 

「それでいいのかよ、お前?」

 

 何ら恥じる様子を見せず、むしろ誇るように自分がロリコンであることを宣言するローレンに、アルハレムは相手が王族であるのにも関わらず素の口調で突っ込んだ。

 

 そしてローレンの後ろではメアリ達三人の戦乙女が目に見えて落ち込んでいて、それをリリア達五人の魔女が慰めていた。時折メアリ達の方から「そうなのだ……。ローレン様は子供しか愛せないのだ……」とか「私はもう育ちすぎてしまった……」という声が聞こえてきて、それでアルハレムは旅立ちの時からメアリ達が自分達に複雑な敵意の目を向けてくる理由を理解した。

 

 要するにメアリ達、ローレンに従う戦乙女達は全員、自分達の主に好意を懐いているということだ。

 

 しかしローレンは小さい女の子しか愛せない人間である為に、成長して大人の女性となったメアリ達自分に従う戦乙女に優しく接することはできても、異性として愛情を注ぐことはできない。それが彼女達にとって唯一の不満であり、アンジェラとの戦いではその不満をつけこまれて操られたのだ。

 

 そしていくら主であるローレンに好意を懐いていても振り向いてもらえないメアリ達にとって、自分達と似たような境遇でありながら、主であるアルハレムと愛し合っているリリア達の姿は目障りでしかないだろう。

 

 アルハレムは満面の笑顔でロリ女神に奉仕するロリコン王子と、悲しみに涙して自分に従う魔女達に慰められる三人の戦乙女を見て思った。

 

(……ああ。また知り合いに馬鹿が増えた)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十六話

「あの……。それで女神イアス様?」

 

「ふぇ? ふぁんふぇふふぁ?(え? 何ですか?)」

 

 気を取り直してアルハレムがイアスに話しかけると、名前を呼ばれた女神は口一杯にお菓子をいれて頬袋を限界まで膨らませた顔を魔物使いの青年に向けた。その顔からは女神としての威厳は微塵も感じられず、ただの人間の子供のようであった。

 

「いえ、何ですか、じゃなくて……。その、俺はクエストを十回達成して、イアス様はその特別報酬を与えてくれるために来てくれたのですよね?」

 

「……? むぐむぐ……。おお、そうでした!」

 

 アルハレムの言葉にイアスは首を傾げるが、口の中に含んでいたお菓子を全て飲み込んだ後でようやく思い出したようだ。

 

「忘れていたんですね……」

 

「アルハレム様の特別報酬を忘れるんじゃないですよ。……この駄女神が」

 

「………」

 

「お、菓子、で、忘れる。まるで、子供」

 

「随分と呑気な女神様でござるな」

 

「本当に、こうして見ると普通の女の子にしか見えませんね」

 

 特別報酬のことを完全に忘れていたイアスにアルハレムが苦笑を浮かべて、彼に従う魔女五人がリリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイの順に小声で呟く。

 

「こほん。これは失礼しました。それでは十八番さんには早速特別報酬を差し上げますねー♪ 最初の特別報酬は大サービスで武器とか防具とかー、好きな種類を選ばせてあげますよー♪ 十八番さんはどんなのがいいですかー?」

 

「え? ええと、それでしたら武器をお願いします。それと俺の名前は十八番じゃなくてアルハレムです。アルハレム・マスタノート」

 

「ふむふむ……。アルハレムさんは武器がいいんですね。分かりましたー♪ あと、アルハレムさんも次からはおかーさんのことをおかーさんと呼んでくださいねー♪」

 

 そう言ってイアスが微笑んだかと思うと、アルハレムの視界が一瞬だけ真っ白に染まり、次の瞬間には宿屋ではない違う場所に彼は立っていた。

 

「皆? 何処にいったんだ? それにここは……?」

 

 辺りを見回してみたが先程まで一緒にいた仲間の姿は何処にもなく、アルハレム一人だけとなっていた。そして魔物使いの冒険者は自分が今いる場所に見覚えがあった。

 

 そこは神殿の壁画のような絵画が描かれた無数の扉が並ぶ真っ白な不思議な空間で、魔物使いの冒険者にとって忘れようのない場所である。

 

「間違いない。俺がクエストブックを最初に開いた時に来た場所だ」

 

 アルハレムは一通り周囲を見回してから呟く。

 

 クエストブックに選ばれた全ての冒険者達が最初に訪れて、試練に立ち向かうための力を得てから旅立つ始まりの場所。

 

「ここから俺の旅が始まったんだよな。そういえばあの時俺が選んだ扉は……アレ?」

 

 懐かしい気持ちになったアルハレムが前にここに来た時に選んだ「魔物使い」の扉を探すと、無数にある扉の中で一つだけ開かれている扉があった。そしてその扉に描かれていたのは、一人の旅人が動物や魔物を引き連れている絵画……アルハレムが以前選んだ魔物使いの扉である。

 

「何でこの扉だけが開いているんだ? ……ここを通れってことなのか?」

 

 アルハレムは自分が呟いた言葉が当たっているような気がして唯一開かれている魔物使いの扉を通った。

 

 魔物使いの扉を通った先は小さな祭壇がある部屋だった。以前アルハレムがこの部屋に来た時は祭壇には、魔物を仲間にする「契約の儀式」を行うための四本の短剣があったのだが、今は祭壇の上に一つの光の玉が浮かんでいる。

 

「この光の玉が特別報酬か? ……っ!?」

 

 アルハレムが祭壇の上に浮かぶ光の玉に手を伸ばして触れると光の玉は強い光を放ち、光が収まると光の玉に触れたはずの右手は柄のある金属の棒、ロッドを握っていた。

 

「光の玉がロッドに? これが俺の武器か?」

 

「そうです。私が貴方の武器です。マスター」

 

 いつの間にか右手に握られているロッドを見ながらアルハレムが一人呟くと、ロッドの柄尻に取り付けられている宝石から女性の声が聞こえてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十七話

「ろ、ロッドが喋った!? ……ま、まさか『インテリジェンスウェポン』なのか?」

 

 ロッドが女性の声で話したことにアルハレムは思わず驚きの声を上げて、脳裏に浮かんだ一つの単語を口にした。

 

 インテリジェンスウェポン。

 

 それは自分の意思を持ち、その内に宿る不可思議な力を用いて所有者に助言、あるいは助力をする伝説の武器の総称である。

 

 世に伝わっているインテリジェンスウェポンのほとんどは単なるお伽噺や偽物ばかりなのだが、中には極小数ではあるが本物のインテリジェンスウェポンも現存している。そしてその中で有名なのが次代の王を選ぶとされる剣「選王剣マーリン」だ。

 

 外輪大陸にある小国に代々伝わっている選王剣マーリンは、その小国を建国した初代国王を支えた戦乙女マーリンの魂を宿していて、新たな王に相応しい人物を選ぶとそれを支えるとされている。

 

 そんな伝説の武器と同等の存在が今自分の手の中にあることがアルハレムにはにわかに信じられなかった。

 

「そうです。私はマスターの言うインテリジェンスウェポンです。マスターに振るわれるために女神イアスによって創造されたマスターだけの武器。それが私です」

 

 ロッドの柄尻にある宝石からまた女性の声が聞こえてきてアルハレムの呟きに答える。

 

「インテリジェンスウェポンのロッドか。確かに女神からの特別報酬じゃないと手に入らないな。……でもお前って、何ができるんだ? ただ女性の声で喋るだけか?」

 

「……マスター。その言葉はいくらマスターでも聞き過ごすことはできません。私は女神イアス様によって創造されたインテリジェンスウェポン。それがただマスターとお話しするだけしか機能がないとは思わないでください」

 

 ロッドの柄尻の宝石から聞こえてくる女性の声は先程と同じ口調だが、アルハレムには心なしか怒っているように聞こえた。どうやらこのインテリジェンスウェポン、中々にプライドが高くて自分の性能に自信があるらしい。

 

「そ、そうか……。それはすまない。じゃあ、もう一回聞くけどお前は何ができるんだ?」

 

「はい。私の基本形状はこの硬鞭ですが、一定の時間内であればマスターの要望に応えて形状を自由に変型させることができます」

 

 アルハレムの言葉にロッドはどうやら機嫌を直したようで、インテリジェンスウェポンは持ち主の手の中で剣、槍、斧、弓、手甲、投擲具と次々に自分の形を変えた。

 

「おおっ!? これは凄いな……!」

 

 自分の手の中で形を次々と変えるロッドにアルハレムが目を丸くて驚くと、ロッドの柄尻の宝石から更に機能を説明する声が聞こえてくる。

 

「そして私の本体はこの柄尻にある宝石ですので、この宝石が無事であれば壊れても自動で修復できます。最後に、私は魔女の魂を元に創造されたインテリジェンスウェポンですので、武器であると同時に魔女であり、マスターと共に成長することができます。成長すれば硬度が上がって壊れにくくなる上に、変型できる武器の種類と変型時間が増えます」

 

「え? 魔女ってお前が?」

 

「はい。マスターは『魔物使い』の冒険者。その力は配下においた魔物の力。そのためマスターの武器である私が魔女、魔物の一面を持つは当然の流れです」

 

「当然の流れ……なのか?」

 

「当然の流れです」

 

 アルハレムの呟きにロッドは断言する。

 

「それじゃあお前? もしかして武器だけじゃなくて魔女の姿に変身することもできるのか?」

 

「可能です。ただし武器以外に変型するときは、魔女の姿とマスターの姿の二種類にしか変型できません」

 

「へぇ、そうなんだ。……じゃあ試しにその魔女の姿になってみてくれないか?」

 

「分かりました。ではマスター、まず私を床に置いてください」

 

 ロッドに言われた通りアルハレムがロッドを床に置くと、インテリジェンスウェポンは自身の身体を変型させてロッドから女性の姿へとなったのだが……、

 

「えっ!?」

 

 アルハレムは女性の姿になったロッドを見て驚きの声を上げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十八話

 床に置いたインテリジェンスウェポンが変型を終えると、床にはロッドではなく一人の女性が横たわっていた。

 

 外見から見た女性の年齢は十七、十八くらい。長く伸びた髪の色は銀で瞳の色は金、肌は褐色。猫のようにしなやかな筋肉をつけた引き締まった体つきをしているが、胸にはアルハレムに従う五人の魔女達に負けず劣らずのたわわに実った乳房がついていて、全身には鱗のような刺青が刻まれていた。

 

「どうですか? マスター?」

 

 魔女の姿になったロッドは立ち上がると、美しく整ってはいるが全く表情が変わらない顔を自分の持ち主である冒険者に向けて訊ねる。するとアルハレムは慌ててロッドから視線をそらした。

 

「ど、どうですか、じゃなくて! 何でお前裸なんだよ!」

 

 アルハレムの言う通り、魔女の姿になったロッドは全裸の姿で、秘所を手で隠す素振りもみせなかった。これまでに何度も仲間の魔女達と肌を重ねて女の裸を見てきたアルハレムだが、それでもやはり初めて会う女性にこのように出られると戸惑ってしまう。

 

「何でと言われましても、私は最初から裸ですが?」

 

 ロッドは無表情のまま、何を当たり前のことを言っているんだと言いたげに首を傾げて答える。確かに最初のあのロッドの姿も、裸であると言えば裸であった。

 

「それもそうだけど……兎に角! いいから前を隠してくれ。ほら、俺のマントを貸すから……」

 

「却下です」

 

 アルハレムが羽織っている毛皮のマントを外してロッドに渡そうとすると、魔女の姿になったインテリジェンスウェポンは即座にそれを断った。

 

「却下!? なんで?」

 

「決まっています。今の私は魔女の姿となっていますが、本来の硬鞭の姿に戻れば衣服の類いは不要になります。ですから私が衣服の類いを身につけるのは非効率的です。……それに」

 

「それに?」

 

「マスターの記憶を参考に設定したこの姿は非常に美しいと自己評価できます。それを衣服で隠す必要性はないと私は思います」

 

 そう言うとロッドはアルハレムの前で様々なポーズをとってみせる。本人(?)の言う通り、様々なポーズをとるインテリジェンスウェポンの魔女の姿は非常に美しくて扇情的なのだが、ポーズをとっている最中も全く表情が動かず無表情のままなのが残念であった。

 

「いや、それはそうかもしれないが……って、俺の記憶を参考にしたってどういうことだ?」

 

 アルハレムは今のロッドの台詞の中に一つ気になる言葉があったので聞いてみる。

 

「はい。私は魔女の魂を元に創造されたインテリジェンスウェポンですが、魔女になった時の姿は決まっていませんでした。そこで私はマスターに初めて触れられた瞬間にマスターの記憶を読み取り、マスターの理想の女性像を自分の姿に設定することにしました。そして記憶を読み取った時に私はマスターに従う五人の魔女達の姿を見て、それを参考にこの姿を設定したのです。つまりマスターの理想の女性像とは胸が大きくて裸で……むがむぐ」

 

「なに人の性癖を冷静に分析しているんだお前は?」

 

 相変わらずの無表情で淡々と説明をするロッドだったが、最後のあたりでアルハレムに口をつかまれて強制的に中断されてしまう。

 

 ロッドは今の姿は、リリア達アルハレムに従う五人の魔女を参考にした姿だと言うが、確かにそう言われてみれば彼女達の特徴が見えるような気がする。

 

「いいか? その事は絶対に口にするなよ?」

 

「ふぁい。ふぁふぁりふぁひふぁ、ふぁふふぁー(はい。分かりました、マスター)」

 

「よし。……それでお前、名前は?」

 

 アルハレムはロッドの口から手を離すと、さっきから聞こうと思っていたことを聞く。

 

「私の名前ですか?」

 

「そうだ。さっきから『お前』と呼んでいるけど、いつまでもそういうわけにはいかないだろ? それでお前の名前は何だ?」

 

「ありません。名前なんて、私は特に必要だとは思いませんが、必要だと思うのでしたらどうかマスターが名付けてください」

 

 アルハレムの質問にロッドは無表情のままで答える。

 

「そうか、名前がないのか……だったらそうだな、アルマっていうのはどうだ?」

 

「……アルマ。アルマ、それが私の名前……。分かりました、マスター」

 

 アルハレムに名付けられるとインテリジェンスウェポンのロッド、アルマは口の中で二度自分を呟いてから頷く。その顔はやはり無表情だがどこか嬉しそうに見えた。

 

「それじゃあこれから宜しく頼む、アルマ」

 

「はい。マスター」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十九話

 アルハレムが新たに仲間になったインテリジェンスウェポンのロッド、アルマに名前をつけると彼の視界が白く染まり、視界が元に戻ると宿場町の宿屋の一室に帰っていた。

 

「アルハレム様♪ お帰りなさいませ……って! 何ですかその娘は!?」

 

 アルハレムが帰ってきたのを一番最初に気づいて笑顔で迎えたのはリリアだった。しかしサキュバスの魔女は、己の主人の側に見慣れない女性がいるのを見て声を荒らげた。

 

「アルハレム様! 誰ですかその娘は!? 気配から察するに私達と同じ魔女のようですけど、全裸でアルハレム様の側にお仕えするだなんて……なんて羨ましい!」

 

「………」

 

「また、ライバル、増え、た」

 

「アルハレム殿? もしかして思うでござるが、その娘が特別報酬なのでござるか?」

 

「え? そうなのですか? でも旦那様が望んだのは武器ではありませんでしたか?」

 

 リリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイの五人の魔女達がアルマを見ながら口々に言うとアルハレムがそれに頷いて答える。

 

「そうだ。こいつの名前はアルマ。俺が今回与えられた特別報酬で、魔女の魂を持つインテリジェンスウェポンだ」

 

「……アルマです。基本形状は硬鞭ですが、マスターの意思に従って、今現在の魔女の姿や他の武器にも変型することが可能です」

 

 アルハレムに紹介されたアルマは自分からも簡単な自己紹介をすると両手で自分の持ち主の手を握った。

 

 そして次の瞬間、アルマはロッドに変身してアルハレムの手の中に収まると続いて剣、槍、斧、弓、投擲具と様々な武器に変身して見せた。次々と形を変えていくインテリジェンスウェポンに、リリア達を初めとするこの部屋にいた者のほとんどが驚いて目を見開いた。

 

「なるほど。状況に応じて形状を変えることができるインテリジェンスウェポンですか。確かに使いこなすことができればとても便利な武器ですけど……」

 

 アルマの性能を見てリリアは納得したように頷くのだが、その直後に表情を曇らせた。

 

「ですけど……何だ?」

 

「これでアルハレム様のお腰に四六時中、全身タトゥー系褐色全裸巨乳魔女が張り付いているかと思うと私のお色気キャラ筆頭としての立場が……。こうなれば私もこの一張羅を脱いで全裸キャラになった方がいいのでしょうか? いえ、それよりもアルハレム様に輝力を渡す方法をキスよりもっと大胆にした方が……?」

 

 何やら良からぬことを考えだしたリリアに、アルハレムはさっそく新たな武器であるアルマの力を使うことにした。

 

「アルマ」

 

「了解です。マスター」

 

 アルマはアルハレムの意思を汲み取ると、自分の身体をロッドから主が望む形にと変型させる。インテリジェンスウェポンが変型した形は、紙のように薄くて細長い金属の板を何枚も重ねて片方の端を束ねた、いわゆる「ハリセン」の形であった。

 

「アルハレム様! いいことを思いつきまし……」

 

「却下」

 

 名案を思いついたという顔で何かを言おうとしたリリアの頭にアルハレムは問答無用でアルマを叩き込み、部屋によく響く打撃音が鳴った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十話

「うう~。アルハレム様、酷いですよぉ……」

 

「酷くない。馬鹿なことを言おうとしたお前が悪い」

 

「私もマスターに同意します」

 

 叩かれた頭をおさえて恨めしげに言うリリアに、アルハレムはハリセンとなったアルマで自分の肩を叩きながら答えると、柄尻の宝石から聞こえてくるアルマの声も主の意見を支持する。

 

「………」

 

「我が夫、の、言う、通り。リリア、の、自業、自得」

 

「第一、裸になったリリアにつきまとわれてはアルハレム殿も外を歩けんでござろう」

 

「そうですね。リリアさんが旦那様の為に色々と考えているのは分かるのですけど……」

 

「本当に君達は仲がいいよね」

 

 レイア、ルル、ツクモ、ヒスイが自分達の主とサキュバスの魔女とのやりとりに苦笑をしていると、それまで黙っていたローレンがアルハレムに話しかける。

 

「魔女の魂を持つ様々な武器に変型するインテリジェンスウェポンだなんてアルハレム君もいい特別報酬を貰ったね」

 

「ええ、俺もそう思いますよ」

 

「うんうん。そう言ってもらえるとおかーさんも嬉しいですよ♪」

 

 アルハレムがローレンに答えると、用意されたお菓子を食べていたイアスが得意気な顔で頷いてから魔物使いの冒険者を見た。

 

「それにしてもアルハレムさんは中々に興味深い人ですねー」

 

「興味深い? 俺がですか?」

 

「そうですよー。今までにも魔物使いの冒険者はいましたけど、アルハレムさんほど魔女さんと仲良しさんはいませんでしたからねー。普通の人間さん達は魔女さん達を恐がるか、魔女さんのナイスバディが目当てな人ばかりで、とても仲良しさんとは言えませんでした。……まあ、時々は違う人もいましたけど」

 

 そこでイアスはチラリと横目でリリアを見る。流石は外見は子供の女の子だが中身はこの世界を創造して今まで見守ってきた創造の女神。リリアがサキュバスとヒューマンの神官との間に生まれたこともお見通しであるらしい。

 

「だからリリアさんを初めとするたくさんの魔女さん達とお友達となっているのはアルハレムさんが初めてでおかーさんはとっても興味深いのですよー♪」

 

「そうなのですか?」

 

「そうなのですよー♪ って、アレレ? ……どうやら時間のようですねー?」

 

 何かに気づいた風に言うイアスの体を見ると、子供の姿をした女神の体は少しずつ透明になっていて、ぼんやりとだが向こう側が見えていた。

 

「え? イアス様の体が透けている?」

 

「………!?」

 

「どう、いう、こと?」

 

「にゃ? イアス様、一体何が起こっているのでござるか?」

 

「イアス様? 大丈夫なのですか?」

 

 リリア達五人の魔女も驚いてイアスを見るが、女神はそんな彼女達に安心させるような笑顔をみせる。

 

「大丈夫ですよー♪ 実はおかーさん、子供達の前に姿を現してお話しする時間が限られていて、そろそろ時間切れみたいなんですよ。それじゃー、アルハレムさん、アルマさん、おかーさんはそろそろ帰りますけどこれからも頑張ってくださいねー♪」

 

「はい。ありがとうございました」

 

「了解しました。創造していただいてありがとうございます」

 

「御母様!」

 

 アルハレムとアルマが別れを言うイアスに礼を言うと、ローレンが飛び込むように女神の前にひざまついてその手をとる。

 

「御母様! そんなことを言わずにもう少しだけ……あと十年くらい一緒にお話ししましょう! なんでしたら王都の城に御母様の部屋を用意して、精一杯のおもてなしをさせてもらいますのでどうか!」

 

「ローレンさんは相変わらず甘えん坊さんですねー。そんなに寂しがらなくてもおかーさんはいつでも皆を見守っていますし、ローレンさんがこれからもクエストブックのクエストを頑張っていたらまた会えますよー。それじゃー皆さん、さよーならー」

 

 必死の形相でここに留まるように懇願するローレンに、イアスは優しく微笑むとその体は空気に溶けるように消えてしまった。

 

「お、御母様……? う……ああ……。ウァアアァアアアアアアアァァアアァァアアーーーーー!」

 

 そして目の前で自分が敬愛する女神が消えてしまったローレンは、まるでこの世が終わってしまったかのような絶望の表情となって泣き崩れてしまい、アルハレムを初めとする部屋にいる者達は絶望の涙を流す王子からそっと視線を逸らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「客観的に見て気持ち悪いと判断します」

 

「しっ!」

 

 とある武器から一人の女性の声が聞こえてきたが、幸か不幸かその声を聞いたのは武器の持ち主である青年だけであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十一話

 女神イアスから特別報酬としてインテリジェンスウェポンのアルマを与えられた次の日。アルハレムとローレンの一行は、アンジェラを引き取りに王都から来たライザック皇子が率いる騎士団と合流して、王都に帰る途中であった。

 

 そしてアルハレムと彼に従う魔女達が乗っている馬車の中では、リリアが二枚の光の板、ステータス画面を見ていてその内の片方のステータス画面を操作していた。

 

「ここをこうして、と。……うん。ヒスイさん、才能が二つ上がりましたよ」

 

「本当ですか?」

 

「やっぱりか、ちょっと見せてくれ」

 

 リリアが操作していたのはヒスイのステータス画面で、サキュバスの言葉に当人である霊亀の魔女とアルハレムがステータス画面を覗き込む。

 

 

【名前】 ヒスイ

【種族】 霊亀

【性別】 女

【才能】 2/42

【生命】 240/320

【輝力】 280/340

【筋力】 33

【耐久】 31

【敏捷】 34

【器用】 30

【精神】 36

【特性】 魔女の血統、拒絶の家と束縛の庭、不屈の魂

【技能】 ☆身体能力強化

【称号】 森の迷宮の核、復讐者、解放された魔女、アルハレムの従魔

 

 

「本当に上がっています。……でもどうしてでしょうか? この間の戦いでもあまり活躍できなかったのに?」

 

 ヒスイの言うこの間の戦いというのは、アンジェラとの戦いのことであり、アルハレムは霊亀の魔女の言葉を首を横に振って否定する。

 

「そんなことはないって。あの時はヒスイの特性のお陰で被害も出なかったんだから、その時に才能が上がるくらいの経験点が入ったんだって」

 

 才能を強化するには一定の経験点が必要なのだが、この経験点は敵と戦って倒す以外にも激しい訓練や得難い体験からでも得ることができる。ヒスイの場合はこの間の戦いで、アンジェラに操られた百人以上の女性を食い止めたことから才能を二回強化できる程の経験点を得たのだろう。

 

「それでアルマのステータス画面も操作してみたのですけど、アルマのは私の知っているやり方では才能強化ができないみたいです」

 

 そう言ってリリアはもう一枚の光の板、アルマのステータス画面をアルハレム達に渡した。

 

 リリアがヒスイとアルマのステータス画面を操作していたのはアルハレムの指示によるものだった。

 

 アルマのステータス画面を確認していたアルハレムは、このインテリジェンスウェポンも自分達と同じようにリリアの手で才能強化ができるのか気になり、あとついでにヒスイもそろそろ一回くらいなら才能強化ができるような気がして、リリアに二人のステータス画面の操作を頼んだのだ。

 

「こっちも予想通りか。ありがとう、リリア」

 

 アルハレムはリリアに礼を言うとアルマのステータス画面に目を通した。

 

 

【名前】 アルマ

【種族】 インテリジェンスウェポン「硬鞭型」

【性別】 女

【才能】 0/0

【生命】 300/300

【輝力】 300/300

【筋力】 22

【耐久】 500

【敏捷】 27

【器用】 28

【精神】 31

【特性】 魔女の血統、主従同時成長、自己再生機能、思考受信

【技能】 ☆身体能力強化、☆変型「魔女」、☆変型「軟鞭」、☆変型「長剣」、☆変型「槍」、☆変型「斧」、☆変型「弓」、☆変型「手甲」

【称号】 女神に創られた武器、アルハレムの従魔

 

 

「なあ、アルマ。この『主従同時成長』って特性は、俺が才能強化をしたり神力石を飲んでステータスを上げたら、お前もステータスが上がるってことか?」

 

「その認識で合っています。マスターのステータスが上昇すれば、自動的に私もマスターと同じステータスが同じ数値で上昇します。そして私はこの特性でしかステータスを強化することができません」

 

 アルハレムが自分の腰に差しているロッド、アルマに話しかけると柄尻の宝石から聞こえてくる女性の声が肯定する。

 

「そうか。うまくいけば効率よくお前を強化できると思ったんだけどな」

 

「申し訳ありません。マスター」

 

「いや、それは仕方がないと思うでござるよ? ……それよりもアルハレム殿? 王都に戻った後、ライザック皇子には気をつけた方がいいでござるよ」

 

 アルハレムとアルマの会話にツクモが口を挟むと、猫又の魔女は真剣な表情になって己の主人に忠告をしてレイアとルルもそれに頷く。

 

「………」

 

「ツクモ、の、言う、通り。あの、王子、我が夫、の、こと、凄く、気にして、た」

 

「……分かっているよ。ライザック皇子。あの人はちょっと危険だな」

 

 自分に従う魔女達の忠告に、アルハレムは昨日初めて顔を会わせたライザック皇子の姿と、昨日の彼の行動を思い出しながら答えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十二話

「……む?」

 

 朝になって目を覚ましたアルハレムは、実家の自室にあるベッドよりも大きな、大人が十人くらい寝れそうなベッドの上で横になっていた。

 

 ここはギルシュの王都の中央に位置する王城シャイニングゴッデス。そこのマスタノート家に貸し与えられている部屋であった。

 

「そういえば昨日、王都に戻って来たんだっけ」

 

 アンジェラの一件が終わり、宿場町を後にしてから今日で三日目。昨日の日暮れ前に王都に戻ったことを思い出したアルハレムは周囲を見回した。

 

「それにしてもこの朝の状況もすっかり見慣れたな……」

 

 呟くアルハレムの体にはリリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイの五人の魔女達が一糸纏わぬ姿でしがみついて幸せそうに眠っていた。言うまでもなく昨晩全員で肌を重ねた結果である。

 

 クエストブックを手に入れてリリアを仲間にするまではとても考えられなかったが、今ではこれがアルハレムの朝の風景であった。

 

「う、動けん……」

 

 昨晩リリア達に精と一緒に生命力を吸い取られた上に四肢を魔女達に絡め取られたアルハレムはベッドから身動きがとれずにいた。

 

「ま、マスター……。お、おはようございます……」

 

 身動きがとれずにいるアルハレムの枕元で、魔女の姿となったインテリジェンスウェポンのアルマが憔悴した表情で挨拶をしてきた。

 

「アルマか。……お前、体は大丈夫か?」

 

 アルマは昨晩、リリア達に混ざって初めてアルハレムと肌を重ねたのだった。

 

 最初は「私は子供を産む機能を備えていないので、そのような行為は不用です」と言っていたアルマだったが、「使い手であるアルハレム様と信頼関係を気づくにはこれが一番有効なのですよ」というリリアの言葉にのって文字通りの「裸の付き合い」に参加。しかし生まれてまだ数日しか経っていないアルマには刺激が強すぎたようで、一度肌を重ねただけで気を失ってしまったのだった。

 

「お陰様で……。それにしても人間を初めとする生物とは凄いのですね。己の子孫を作るためにあのような激しい試練を越えなければならないのですから……」

 

「試練って……。そんなに嫌だったらもう止めるか?」

 

「いえ。武器のメンテナスは使い手の義務です。これからも毎日お願いします」

 

 アルハレムがアルマの体調を気遣って言うと、インテリジェンスウェポンの魔女は間髪入れずに断った。

 

「そ、そうか……。それよりそろそろこの状況をなんとかしないないとな」

 

 全身に五人の魔女達が絡み付いているアルハレムだが、右腕だけならなんとか動かせそうだった。

 

「くっ……! これだったら……はっ!」

 

 ふにゅん♪

 

「ひうっ!?」

 

「え?」

 

 気合いを入れて眠っているリリアの体から右腕を引き抜いたアルハレムだったが、勢いよく引き抜いた際に手が何か柔らかいものに触れた。

 

「? 何だ?」

 

「………」

 

 アルハレムが右手に触れたものを見ると、そこにはいつの間に部屋に来たのか下の下着以外何も身に付けていない実の妹、アリスンの姿があった。そして右手は妹の、眠っている魔女達程ではないが形よく実った乳房に触れており……。

 

「ほ、ほでゅわーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 王城シャイニングゴッデスに一人の男の奇声とも悲鳴とも判断がつかない叫びが響き渡った。

 

 最近のアルハレム・マスタノートの朝は大体このような感じである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十三話

「それにしても朝のアルハレム様の奇声には驚きましたよ」

 

「………」

 

「女性、の、胸、触っ、て、悲鳴。少、し、失礼」

 

「にゃはは。それにしてもアリスンも中々に色々と育っていたでござるな」

 

「そうですね。アリスンさんの胸も形がよくて可愛らしかったと思います」

 

「朝食の席でするような会話ではないと思いますが」

 

 マスタノート家の人間が集まった朝食の場でリリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイが朝のベッドでの話をして、ロッドの姿でアルハレムの腰に収まっているアルマが締めくくる。

 

「それでアリスン? 何であんな格好をして俺達のベッドに潜り込んだんだ?」

 

「……だって、お兄様とその魔女達ってばいつも裸で同じベッドで寝ているから、私も脱がないとベッドに入れないのかなと思って……」

 

「だから何でベッドに入ろうとする?」

 

 何だか最近、妹の思考が変な方向に向かっているようでアルハレムは少し不安になりながらも次に母親のアストライアに話しかける。

 

「母さん。俺達がいない間、王都で何か変わったことはなかった?」

 

「変わったこと……か」

 

 アルハレムの言葉にアストライアは小さく呟く。その顔は僅かだが疲れているように見えた。

 

「母さん? 何かあったの?」

 

「……我が息子アルハレム、今だから言わせてもらう。幼い頃から兄として、我が娘アリスンの面倒を見てくれて、そしてその手綱を握ってきてくれた事を深く感謝する」

 

 そう言うとアストライアはアルハレムに向けて頭を小さく下げて感謝の意を示した。これにはアルハレムだけでなくこの部屋にいるほとんどが僅かならず驚いた。

 

「え? 母さん、いきなりどうしたの? アリスンが何かしたの?」

 

「ああ……。お前がいない間に色々とやらかしたな……」

 

「……」

 

 疲れた風に言うアストライアの言葉にアリスンは素知らぬ顔で明後日の方を見て、アルハレムは嫌な予感を覚えつつも母親に訊ねる。

 

「アリスンがやらかしたって、一体何を?」

 

「まず、アルハレムの冒険の旅に同行したいと私に言ってきた。アリスンの気持ちは分かるし、個人的には許可したいのだが、アリスンは今では立派な戦乙女でマスタノート家の貴重な戦力だ。

 それで許可することはできないと言ったら暴れだしてな、あまりにも聞き分けがなかったので『当主である私の決定に不満があるのなら私を倒してみろ。私に勝てたらアルハレムの旅の同行を認めてやる』と言ったら即座に、一瞬の躊躇も見せずにハルバードで私の首を切り落としにかかってきた。

 ……まあ、すぐに叩きのめしたが」

 

『……………………………………』

 

 アストライアの話にこの部屋にいる全員がアリスンの方を見るのだが、話にあがった戦乙女はやはり自分は関係ないといった顔で明後日の方を見ていた。

 

「それからはアルハレムが帰ってくるまで、何度も何度も飽きることなく私に襲いかかってきて、それを全て防ぐと今度は城の兵士達に八つ当たりをし始めた」

 

「八つ当たり?」

 

「そうだ。自慢ではないが、私達マスタノート家はギルシュの貴族の中でも実戦経験が豊富な武闘派であることはアルハレムも知っているだろう?

 だから私とアリスンは、お前がいない間に城の兵士達の訓練を見てほしいと言われたのだが……この馬鹿娘、お前がいない苛立ちを全て『実戦形式の訓練』という名目で兵士達にぶつけたのだ。流石に本物の武器は使っていなかったから死人は出ていないが、それでも何十人もの兵士が叩きのめされて、その中には小隊規模とはいえ何人もの兵士をまとめる隊長格の兵士や戦乙女の兵士もいた。

 ……正直、アルハレム達が王都に戻ってくるのがもう二、三日遅ければ王城の戦力は半壊していたかもしれん」

 

『……………………………………!?』

 

 アストライアの話にアルハレムと彼に従う魔女達は思わず絶句する。

 

 そこでアルハレムは昨日、自分達が王城に戻ってきた時、やけにボロボロな大勢の兵士達が整列して「ローレン皇子! アルハレム様! お帰りなさいませ! 我ら兵士一同、御一行のお帰りを一日千秋の思いでお待ちしておりました!」と言って歓迎してくれたのを思い出した。あの時は「いくら自国の王子が帰還したとはいえ、皆やけに感激しているな」と疑問に思っていたが、アストライアの話でその疑問が氷解した。

 

 ……どうやら昨日兵士達が真に帰還を待ち焦がれていたのはローレンではなく、アルハレムの方であったらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十四話

 アルハレムとローレンの一行が王都に戻った次の日の夜。王城シャイニングゴッデスの大広間で盛大な宴が開かれた。

 

 それはアルハレム・マスタノートが正式にギルシュ公認の冒険者、勇者に認められたことを祝う宴だった。

 

 同じくギルシュの勇者であるローレンが、アルハレムがアンジェラの一件を解決してクエストを達成したことを報告すると、ギルシュ国王であるヨハン王は王族と貴族達を集めて新たな勇者を知らしめる宴を開いた。しかし今夜の宴はあまり盛り上がりを見せていなかった。

 

 本来、このような宴は王族や貴族にとって他の家との繋がりを作る重要な場である。特に実力主義であるギルシュの貴族達は、この機会に自分を売り込もうと積極的に自分達より格上の貴族や王族に話しかけるものなのだが、今夜に限っては貴族達は売り込みをしようとせずに大広間の一角の様子を伺っていた。

 

 今夜の宴に集まった王族と貴族達、彼等の視線の先にいたのは、テーブルの一つを独占して料理を食べている新たなギルシュの勇者アルハレムとドレスに着替えた彼に従う五人の魔女リリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイであった。

 

 王族と貴族達は全員、アルハレムを興味深く見ていたが誰も話しかけられずにいた。その理由は彼の回りを固めているリリア達五人の魔女にある。

 

 もしリリア達が普通の人間の女性であったならば、ここにいる王族と貴族達は我先にとアルハレムに話しかけて彼に取り入ろうとするか、あるいは武勲や名誉目当てで冒険の旅に同行したいと願い出ただろう。しかしリリア達は戦乙女と同等の実力を持つ高位の魔物、魔女であるため、それが五人も従っているとなると男の貴族も戦乙女の力を持つ令嬢も自分を売り込む隙を見出だせずにいた。

 

 またアルハレムに直接話をしようにも、アルハレムは家名と貴族同士の繋がりを重視する「普通」の貴族とは一線を画する、武力と戦場での繋がりを重視するマスタノート家の人間。共通する話題と言えば戦いに関係することだけで、それだけでは話しかける切っ掛けには弱く、中々話しかけることができなかった。

 

 結果、この大広間に集まっているほとんどの人間は新たな勇者を祝う宴にいながらも、こうして新たな勇者とその仲間である魔女達の姿を離れた所から眺めることしかできないのである。

 

「……あの人達、さっきからこちらを見ていますね」

 

「そうだな。でも見ているだけなら害はないし、別にいいんじゃないか?」

 

 周囲にいる王族と貴族達を横目で見てリリアが呟くとアルハレムがものを食べながら答える。

 

 美人揃いのリリア達を連れているせいで日頃から男達の嫉妬の視線を全身で浴びているアルハレムからすれば、いくら相手が王族と貴族とはいえ単なる好奇の視線などどうということではなかった。

 

「………」

 

「我が夫、の、言う、通り。別に、襲い、かかって、くるわけ、じゃ、ない」

 

「にゃはは♪ アルハレム殿も随分と神経がふとくなったでござるな。いや、頼もしい限りでござる♪」

 

「……あら? そういえば旦那様? アストライア様とアリスンさんはどこにいるのですか?」

 

 アルハレムの言葉にレイアとルルが頷いてツクモが楽しそうに笑い、ヒスイがここにいない二人を探して周囲を見回す。

 

「ああ、母さんとアリスンだったら向こうの方で陛下とローレン皇子の二人と話しているよ。お陰で話しかけてくる相手がいないわけだけど、静かだし構わないだろ?」

 

「そうだな。お陰で俺も貴様とゆっくりと話ができるし好都合だ」

 

 リリア達に向けて言ったはずのアルハレムの言葉に一人の男の声が答える。声がした方を見れば一人の男がアルハレム達のテーブルに近づいてきていた。

 

「貴方は……ライザック皇子」

 

 アルハレムの口から自分達に近づいてくる男の名前が出てきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十五話

 ライザック・ファスタ・ギルシュ。

 

 ヨハン王の最初の子供であるギルシュの第一王子。

 

 王位継承権第一位を持ちギルシュの次期国王と目されている男は、背はアルハレムより少し高いくらいだが、全身に鍛えられた筋肉がついた頑強な体つきのため一回り大きく見えた。

 

 一目で名のある職人の仕事だと分かる軍服を一分の隙もなく着こなし、腰に豪華な飾りが施されてはいるが実用的な長剣を差しているライザックのその姿は、王族というよりも軍人と呼んだ方がしっくりときた。第一王子の後ろを見ると取り巻きと思われる若い貴族の男が五人ほどついていたが、彼等もまた似たような格好をしている。

 

 ライザックは食事をしていたアルハレムとその仲間であるリリア達を値踏みするような目で見たあとで鼻を鳴らす。

 

「ハッ。回りを囲んでくれるのは身内となった魔女達だけとは、随分と寂しそうだな? アルハレム・マスタノート?」

 

「え? いえ、別に……」

 

 別に寂しくはない、と言おうとしたアルハレムであったが、ライザックは話を聞かずに自分の言葉を続けた。

 

「だがまあ、気にすることはない。本当の実力者というものは常に孤高なものだ。見てみろ。ここにいるのはギルシュでも指折りの名家の人間ばかり。それが全員、羨望や恐怖の目でお前に注目している。普通ならばいくら辺境伯の息子といえどもここまであいつらに注目されんだろう。どうだ? 権力者達の関心を集める立場になった気分は?」

 

「どうだって……特に何も?」

 

 ライザックからの質問にアルハレムは戸惑いながらも嘘偽りのない本心を言う。

 

 アルハレムを初めとして、歴代のマスタノート家の人間は権力欲が皆無の人間ばかりだった。

 

 マスタノート家の人間にとって爵位や権力というものは、国内で自分達の意見を通しやすくして領地を護る手助けにする「手段」に過ぎず、必要以上の権力などかえって邪魔でしかないので興味を持たない。ある意味、貴い血の見本とも言えるのだが、この権力に対する無関心ぶりも他の貴族達から「ギルシュの蛮族」と呼ばれる原因であるのだ。

 

 アルハレムの言葉を聞いてライザックは面白そうな笑みを浮かべる。

 

「ほう、そうか。そういえばお前は自分を鍛えるための試練を求めてクエストブックを開いたらしいが……それは本当か?」

 

「はい。それは本当です」

 

「そうかそうか。……くっ! くはははははっ!」

 

「……今のアルハレム様のお言葉のどこがおかしいのですか?」

 

『……!』

 

 突然アルハレムの顔を見ながら大声で笑いだしたライザックにリリア達五人の魔女が殺気が混じった怒気を漂わせ、それに対してお付きの貴族達が腰の剣を抜こうとする。しかしそれを第一王子が手で制した。

 

「止めろお前ら。そして魔女達も落ち着け。別にお前達の主人を馬鹿にしたわけじゃない。……それにしても気に入ったぞ」

 

 そこまで言うとライザックはアルハレムの顔を指差した。

 

「俺は決めたぞ。アルハレム・マスタノート。貴様、俺の部下となれ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十六話

「……え? 俺を部下にするってどういうことですか?」

 

「簡単なことだ。俺は今のギルシュにはお前のような人材が必要だと考えている。だから今のうちにお前を俺の部下にしようと思ったのだ」

 

 アルハレムの疑問にライザックは当たり前のように答える。

 

「我らがギルシュは先人達の活躍によって中央大陸の南半分を支配する大国となった。しかしそのせいか今のギルシュの貴族達には『驕り』が生じている。

 実力主義を掲げて常に上昇志向を保っていると言えば聞こえはいいが、実際にやっていることと言えば格上の貴族王族に媚を売り、領地の開発に精を出す商人の真似事だ。別にそれを悪いとは言わん。自らの領地を豊かにすることは最終的に国を豊かにする必要なことだからな。

 だが国は豊かなだけではいかんのだ。国は豊かさと同時に外敵を跳ね除ける強さを持たなければならない」

 

 ライザックの口から出た演説のような話に後ろにいるお付きの貴族達が同感だとばかりに頷く。

 

「……言っていることがアレですけど意外と慕われているのですね」

 

「しっ」

 

 心酔した表情でライザックの言葉に頷いたお付きの貴族達を見てロッドの姿でアルハレムの腰に収まっていたアルマが呟く。幸い小声で言ったので持ち主にしか聞こえておらず、アルハレムは腰のインテリジェンスウェポンの柄を軽く叩いてから第一王子の話を聞く。

 

「だがこのギルシュを今より更に豊かにして強くするというのは容易いことではない。その為にはこの俺を筆頭に、国を引っ張っていけるだけの力ある者達が必要だ。俺はそんな者達を探している。……そしてアルハレム・マスタノート。お前は合格だ」

 

「合格……ですか?」

 

「そうだ。ギルシュ建国の頃より隣国との国境を守護してきたマスタノートの家に生まれ、権力に興味を見せずに力を求め、冒険者になればすぐさま魔女を五人も従えて勇者に認められた。お前こそ俺の部下に相応しい。ギルシュの未来の為にお前の力、俺の下で振るってはみないか?」

 

「ライザック皇子。俺は……」

 

「ライザック兄様」

 

 アルハレムがライザックに何か返事をしようとした時、さっきまで向こうの方でヨハン王と一緒にアストライアとアリスンの二人と話をしていたローレンがやって来た。

 

「ローレンか。何のようだ?」

 

 会話に水を差された形になったライザックが僅かに不機嫌そうな顔となってローレンを見る。

 

「いえ、父上がライザック兄様に例の件について話があるらしいですよ」

 

「父上が? ……では仕方あるまい。アルハレムよ。俺への返事、よく考えておけよ? まあ、どう考えても返事は一つしかないだろうがな」

 

 ライザックはアルハレムに自分の申し出が断られるとは全く思っていない自信溢れる笑みを見せると、お付きの貴族達を連れてヨハン王の元へと向かった。そして第一王子の姿が小さくなって話し声が聞こえない所まで行くと、うんざりとしたローレンが口を開いた。

 

「……ホント、相変わらずだよね。ライザック兄様は」

 

「ライザック皇子はいつもあの様な感じなのですか?」

 

 アルハレムの言葉にローレンは一つ頷いて答える。

 

「そうだよ。いつもあんな感じ。真剣にギルシュの未来を考えているとは思うんだけどなんて言うか……。考えているのは『自分のものになったギルシュ』の未来って感じでね……」

 

「そうですね……。あの人が言いたいこと分かりますけど、少し極端過ぎる気もしますね」

 

「………」

 

「何、だか、危、ない、感じ、した」

 

「しかもお付きの貴族達はすっかり心酔しているようで危険度が倍増でござるな」

 

「聞いていて少し怖かったです……」

 

 ローレンの言葉にリリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイの五人が頷く。

 

「まあ、ライザック兄様じゃないけど返事はよく考えて慎重に答えた方がいいよ? あの人は自分の味方以外は全て敵だって考えな上、敵には一切の容赦がないから」

 

「……ええ、分かっています。初めて会った時にライザック皇子がアンジェラを殺す場面を見て、それは充分に理解しました」

 

 アルハレムはライザックと初めて会った時のことを思い出しながらローレンに頷いてみせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十七話

 アルハレム達がライザックと初めて会ったのは今から三日前。捕らえたアンジェラを護送するために第一王子達が宿場町まで来た時だ。

 

 ライザックの前に連れ出されたアンジェラはやはりというか自身の罪を全く自覚しておらず、王族を前にしながらも罵詈雑言を吐いた。しかし第一王子は全く聞いておらず、言葉の途中で遅咲きの戦乙女の首を剣で切りはねたのだった。

 

 そしてライザックはアンジェラの生首をシーレの街の住人達の前に掲げると、皆を苦しめていたアンジェラはここに死んだことを宣言すると同時に、国に逆らうものはこの様な末路を辿ると言ったのだ。

 

「……でもライザック兄様のやったことは乱暴だけど間違っている訳じゃない。アンジェラの輝力は危険だったし、あの性格はもうどうにもならなかったし。強力な輝力を持ちながら王家に従わない戦乙女は排除すべきという考えは僕にもある」

 

「それは俺も分かっています。ですけど……」

 

 アルハレムも貴族の一員であるためローレンの言うことは理解できるつもりだ。しかしあの時、アンジェラの首をはねたライザックは僅かに笑っていたような気がして、それがどうにも引っ掛かっていた。

 

「うん。アルハレム君が感じていることは僕も感じている」

 

 ローレンはアルハレムの表情から考えをある程度察して頷く。

 

「ライザック兄様にはどこか危ない点があるような気がする。それは父上、ヨハン王も同じだ」

 

「ヨハン王も?」

 

「そう。力が集まりすぎるとライザック兄様はろくでもない事をしでかすというのが父上の言葉だ。……だからアルハレム君。『あの力』は絶対にライザック兄様に知られてはいけないよ? あの人のことだ。『あの力』のことを知ったら絶対に自分の手元に置こうとするはずだから」

 

 ローレンが言った「あの力」というのは、アンジェラとの戦いの時に使った、リリアから受け取った輝力を用いた身体能力強化のことである。男でありながら輝力を使える方法があると知れば、あのライザックが逃すはずがない。

 

 アルハレムも同意見なので頷く。

 

「そうですね。……それであの力のことはヨハン王には?」

 

「伝えてある。父上もこの事は他には漏らさないと言っていた」

 

 アルハレムとリリアの秘密はアンジェラとの戦いの後でローレンに説明していて、ローレンはそれをヨハン王にすで報告したと答える。しかしそれはこの第三王子の立場を考えれば仕方がないといえた。

 

「兎に角、ライザック兄様の性格を考えたら、アルハレム君とはしばらく接触させない方がいいというのが僕と父上の考えだ。そんな訳だから、アルハレム君には近いうちにクエストブックのクエストに挑戦に出るようにと、父上から勅命でくるはずだよ。……ちなみにアルハレム君は次のクエスト、どこで挑戦するのか考えているの?」

 

「ええ、すでにクエストブックには次のクエストが記されていて、どこに向かうかも決めています」

 

 アルハレムはローレンに頷いてみせて自分達の次の目的地を言う。

 

「外輪大陸。そこで次のクエストに挑戦しようと思っています」

 

 ギルシュがある中央大陸の大河を挟んだ外側にある大陸、外輪大陸。そこがアルハレム達の次の目的地であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十八話

 ギルシュの南部にミナルの街という大きな街がある。

 

 ミナルの街は中央大陸と外輪大陸を隔てる大河を移動する船が多く集まるギルシュ屈指の港であり、外輪大陸にある国々との貿易で栄えていた。そして大きく栄えた街というのは、そこにある財や利権を狙う盗賊等に狙われやすいのでミナルの街は外部の敵を防ぐ防壁で囲まれており、北と東と西にある門は常に守備兵に守られていた。

 

 ある日、ミナルの街の北門を守る守備兵達は一台の馬車がこちらに向かって来ているのを見つけた。その馬車の回りには護衛と思われる馬に乗った騎士が数人ついていて、馬車に乗っているのがそれなりに地位が高い人物だと予想されるが、そんな人物がこの街にやって来る予定など守備兵達は聞かされていなかった。

 

 やがて馬車と騎士達の一団が守備兵達のすぐ近くまで到着すると、一団は動きを止めた後に馬車の扉が開いて中に乗っていた人が姿を現した。

 

 馬車の中には数人の乗客が乗っていて、最初に馬車から出てきたのはヒューマンの男だった。年齢は十代後半で二十代にはいっておらず、金髪を目元まで伸ばして毛皮のマントを羽織っていた。

 

 次に馬車から出たのはヒューマンの女性。最初に出た男より年下だが、髪の色が同じで顔立ちもよく似ていることから恐らくは兄妹なのだろう。

 

 馬車から出てきた二人を見てミナルの街の守備兵達は、この一団がどこかの貴族の突然の来訪なのだと考えたが、その後から馬車を出てくる者達を見て考えを撤回する。

 

 貴族の兄妹の後に出てきたのは五人の美しい女性達。だがよく見れば彼女達は人間ではなかったのだ。

 

 極細の帯で体の秘所を最低限隠しただけの裸同然の姿で、背中にコウモリのような翼を、腰には尻尾を生やした桃色の髪のサキュバス。

 

 馬車から降りるまでは普通の人間の姿だったが、馬車から降りた途端に上半身が人間で下半身が蛇の姿に変身したラミア。

 

 胸や股間の重要な部分だけを守る鉄でできた下着のような甲冑を身につけ、額に角を二本生やしているグール。

 

 中央大陸ではまず見かけない、外輪大陸の一部の地域で着用されている「キモノ」という服を見に纏い、頭と腰に猫の耳と尻尾を生やした猫又。

 

 一見すると物静かなヒューマンの女性に見えるが、耳が尖っていて首の後ろに鱗を生やしているのが見える正体不明だが、明らかに人間でない女性。

 

 魔女。

 

 輝力を使うことが可能で戦乙女と同等の力を持った高位の魔物が五人も姿を見せたことに、ミナルの街の守備兵達に動揺が走る。

 

「ま、待て! 貴様達は一体何者だ!」

 

 北門を守る守備兵達をまとめるている隊長格の兵士が、内心の恐怖を悟らせまいと手に持った武器を構えながら大声で呼びかける。すると貴族と騎士と魔女が一緒にいる奇妙な一団から、最初に馬車を降りた貴族の男が守備隊の隊長の前に進み出て、懐からあるものを取り出して隊長に見せた。

 

 貴族の男が取り出したのは、掌ほどの大きさの一枚のメダルで、メダルの表面にはギルシュの王家の紋章が刻まれていた。

 

「それは王家の紋章……?」

 

 守備隊の隊長の呟きを聞いた貴族の男は、次にメダルを裏返して見せた。メダルの裏側には文章が刻まれていて、それを読んだ隊長の顔色が変わる。

 

「こ、これは!? ではお前達……いえ、貴殿方は……!」

 

「俺は数日前にギルシュ王家に新しく認められた『勇者』アルハレム・マスタノート。それで後ろにいるのは俺の仲間達ですので危険はありません。……ミナルの街に入れてもらってもいいですか?」

 

 貴族の男、アルハレムは守備隊の隊長に挨拶をするとミナルの街へ入場する許可を求めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二十九話

「ここまで連れてきてくれてありがとうございました」

 

「いえ、これも任務ですので。それではアルハレム様、御武運をお祈りしています」

 

 ミナルの街に入る許可を得たアルハレムが、門の前で自分達をここまで運んでくれた馬車の御者と護衛の騎士達に礼を言うと、騎士達は一礼してからやって来た道を行って王都に戻っていった。

 

 アルハレムが正式にギルシュの勇者と認められて、宴の席でローレンに外輪大陸へ旅立つことを告げた日からすでに十日が過ぎていた。

 

 このミナルの街にアルハレム達がやって来たのは当然外輪大陸行きの船を探すためであり、ここに来るまで彼らが乗っていた馬車と護衛の騎士達は、出来るだけ早く目的地に行けるようにとギルシュの国王であるヨハン王自らが手配したものであった。

 

(勇者は国から色々な面で支援を受けられるって本当だったんだな。……まあでも、今回の場合は俺を早く王都から遠ざけてライザック皇子と接触させないって目的があるのだろうな)

 

 そこまで考えてアルハレムは王都で出会ったギルシュの第一王子ライザックのことを思い出す。

 

 ギルシュを更に強い国に育て上げることを目的としているライザックは、新たに勇者となったアルハレムに注目して自分の部下になるように話を持ちかけてきた。しかし父親であるヨハン王と弟のローレンは、そんな第一王子にどこか危うい面があることを感じていて、ライザックがアルハレムと接触するのを避けようと考えたのだ。

 

 その為、アルハレムがクエストブックの試練に挑戦するために外輪大陸へ旅立つという話は正に渡りに船と言えた。

 

「それでお兄様、これからどうするの?」

 

 馬車と護衛の騎士達を見送った後、アルハレムの隣に立つアリスンが訊ねてきた。

 

 結論から言えばこの戦乙女の少女は、勇者の兄の旅に同行することになった。

 

 アルハレムが外輪大陸へ旅立つことを言うと、当然のようにアリスンは同行すると言い出し、全員がマスタノート領に戻るように言っても全く聞く耳を持たなかった。最愛の兄も説得に参加したのだがそれでも戦乙女の少女は首を縦に振らず、最後にはマスタノート家当主であり母親でもあるアストライアが折れた。

 

『アリスンの手綱を取れるのはアルハレム、お前だけだ。お前抜きでこの娘を領地に連れて帰っても逆に領地が危険になる。……大変だとは思うが、アリスンがこうなったのはある意味お前にも多少は責任があるはずだから最後まで面倒を見てやってくれ。……頼む』

 

 大国ギルシュでも五本の指に入る軍人で「神速の名将」とまで呼ばれた母親が、初めて見るような疲れきった表情をして頭まで下げて頼んできては断るわけにもいかず、アルハレムはアリスンの旅の同行を認めたのだった。

 

「そうだな……。ヨハン王からこの街の領主に当てた手紙を預かっているから、まずは領主の所へ……」

 

 そこまで言ったところでアルハレムは言葉を切ると、仲間達の姿を見てから自分の姿を見る。それから少し考えて口を開いた。

 

「……いや、それより先に行くところがあるな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三十話

「まずは風呂だな。体に汚れや臭いがついたまま領主に会うわけにもいかないからな」

 

 このアルハレムの発言により一行は、まず領主の館より先に街にある浴場へと向かった。ここにいる全員、王都からミナルの街までの十日間の間に水浴びや体を拭くなどをしていたが、それでもやはり垢や臭いが体についており、加えて一行は一人を除いて全員女性であることから浴場に行くのを反対するものは誰もいなかった。

 

 イアス・ルイドでの風呂と言えば大きく分けて二種類ある。

 

 一つは湯船を大量の湯で満たしてそこに入る風呂。これは準備に大変な手間がかかる上に、入れる人数と時間が限られている、貴族等の上流階級が入る風呂とされていた。

 

 そしてもう一つは密室の中に熱した石を置き、石に水をかけることで生じた蒸気で体を温めるいわゆる蒸し風呂。こちらは準備にそれほど手間がかからず、入れる人数も時間も湯船の風呂よりも上である。

 

 ギルシュでは蒸し風呂の方が主流であり、これはギルシュの土地に大きな水源があまりないことが関係しているが、庶民も上流階級の人間も蒸し風呂に入っている。その為、ギルシュではどの街にも一つは蒸し風呂に入れる浴場があって、大きな浴場になると料金は高めだが個室の蒸し風呂を用意してる所もある。

 

 アルハレム達が今回利用したのは個室の蒸し風呂で、蒸気で満たした十人くらいなら入れる密室で汗を流していた。

 

「……で? 何で全員で入っているんだ?」

 

 蒸し風呂の中で裸に腰巻きを巻いただけの格好をしたアルハレムが呟く。

 

「この個室にはリリア達だけが入って俺は一般の風呂の方に行く予定だったのだが?」

 

「そんなつれないことを言わないでくださいよ。折角なんですから一緒に入りましょうよ♪」

 

「………」

 

「我が夫、と、ルル達、いつも、一緒」

 

「ルルさんの言う通り私も旦那様と一緒がいいです」

 

「わ、私も子供の頃はいつもお兄様と一緒にお風呂に入っていたし……」

 

「私はマスターの武器であるので、万が一に備えてどんな時でも共にあるべきです。あと、この魔女の姿の時は防水の心配はありません」

 

 アルハレムの呟きにリリア、レイア、ルル、ヒスイ、アリスン、アルマが答える。

 

「にゃはは♪ 諦めるでござるよ、アルハレム殿。というよりこんな桃源郷に入れるチャンスを逃すなんて男としてどうかと思うでござるよ?」

 

「いや、それは、まあ……」

 

 からかうように言うツクモにアルハレムが声をつまらせて回りを見る。

 

 アルハレム達が入っている蒸し風呂は正方形の形の密室で、入り口から左側の長椅子にリリアとレイアが座っていて、右側の長椅子にはルルとツクモにヒスイが座っている。そして入り口の正面にある長椅子には両隣にアリスンとアルマを置いたアルハレムが座っていた。

 

 狭い個室に男一人に女七人。しかも女性達は全員美人な上に裸か布一枚を巻いた格好をしていて、汗を流している姿はなんとも言えない色香を漂わせている。

 

 まさにそこはツクモの言う通り桃源郷といった光景で、もし世の男達が見ればその男達は嫉妬のあまりアルハレムを刺そうとしてもおかしくはないだろう。……刺せるかどうかは別として。

 

「それでお兄様? 外輪大陸にまで行って挑戦するクエストって一体何なの?」

 

「ああ、その事か。それはな……ブック」

 

 アリスンの質問にアルハレムは自分のクエストブックを呼び出して新たなクエストが記されたページを開いて見せる。

 

 

【クエストそのじゅういち。

 かつどうしているダンジョンをこうりゃくしてください。

 ぼうけんしゃにとってダンジョンのこうりゃくはおやくそくですからねー♪

 それじゃー、あとはちじゅうにちのあいだにガンバってください♪】

 

 

「ダンジョンを攻略? それってうちの領地にあったヒスイがいたダンジョンと同じってこと?」

 

 クエストブックを見たアリスンの言葉にアルハレムは首を横に振って答える。

 

「いいや。ヒスイが囚われていたあのダンジョンは『本当』のダンジョンじゃないんだ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三十一話

「本当のダンジョンじゃない? ダンジョンに本物とか偽物とかあるの?」

 

 首を傾げるアリスンにアルハレムは頷いて答える。

 

「ああ。ヒスイが囚われていた森は、エルフ族が霊亀の力を利用して迷宮化したものだから『ダンジョン』と呼んでいたけど、本当のダンジョンというのはこのクエストブックと同じく女神イアスが人間達の試練として創造したものなんだ」

 

 アルハレムは自分の手の中にあるクエストブックを妹に見せてから説明をする。

 

「クエストブックは『人間』に属する五種族の中で一番種としての力が弱いヒューマンの為に女神イアスが用意した試練だ。しかし後になって女神イアスは『百の試練を達成出来た者だけといっても、ヒューマンだけの願いを叶えるのはえこひいきになるんじゃないか?』と考えて残りの四種族エルフ、ドワーフ、マーメイド、バンパイアの為の試練を用意した。それがダンジョンなんだ」

 

「エルフ……ですか」

 

 アルハレムの口から「エルフ」という言葉が出たのを聞いてヒスイが複雑な表情で呟く。生まれてすぐにエルフ族に誘拐されてダンジョンの核とされた霊亀の魔女としては色々と思うところがあるのだろう。

 

「ヒスイ殿。大丈夫でござるか?」

 

「ええ。大丈夫ですよ」

 

 ヒスイの呟きが聞こえたツクモが彼女の肩に手を置いて訊ねると。霊亀の魔女は笑顔を浮かべて猫又の魔女に答える。

 

「それでお兄様? ダンジョンがあのロリ女神が用意した試練ってことは達成したら何か報酬があるの?」

 

「ロリ女神ってお前な……。ああ、あるよ。クエストブックのようにどんな願いも叶えるってものじゃないけどな」

 

 世界を創造した女神イアスをロリ女神呼ばわりした妹に苦笑しながらアルハレムが答える。

 

「全てのダンジョンの一番奥の部屋にはあるアイテムがあるんだ。そのアイテムの名前は『エリクサー』。飲めばどんなもの大怪我や重病も完治するという霊薬だ。それでそのエリクサーには嘘か本当かは分からないけどある伝説があって、それは……」

 

「ヒューマン以外の種族であれば死者であっても蘇らせることができる……でしょう?」

 

 アルハレムの言葉の途中でリリアがエリクサーに関する伝説を言う。

 

「リリア? お前、知っているのか?」

 

「ええ。お父様が生きている時に一度だけ、不幸な事故で致命傷を負ったバンパイア族の方をエリクサーで蘇らせたところを見たことがあります」

 

「何でお前の父親が……って、そうかお前の父親は……。伝説は本当だったのか……」

 

 リリアの父親は今は滅んだ大昔の大国の大神官であったのでエリクサーを所有してもおかしくはない。思わぬところにエリクサーの伝説を証明する人物がいたことにアルハレムは唖然とするが、すぐに気を取り直して説明を続けた。

 

「一度エリクサーを持ち出されたダンジョンは魔物を生み出したりトラップを動かす機能を止めて、一年かけて新しいエリクサーを作り出す。そしてエリクサーが完成するとまたダンジョンとしての活動を再開するんだ。つまり新しいクエストは活動しているダンジョンに行って、そこからエリクサーを取ってくるってことだな」

 

「なるほど。よく分かりました。ではお話が終わったところで……はい! お願いしますアルハレム様♪」

 

 リリアがそう言うのと同時に蒸し風呂にいる女性七人が同時にアルハレムに布を差し出した。

 

「……え? 何だこれ?」

 

「決まっているじゃないですか。そろそろいい感じに汗が出てきたので体を拭いていただこうかと♪ それが終わったら私達がアルハレム様のお体を拭かせてもらいますので♪」

 

「………」

 

「蒸し風呂、は、汗を、流して、から、体を、拭く」

 

「にゃはは♪ ツクモさんは意外と敏感肌でござるから優しくお願いするでござるよ、アルハレム殿♪」

 

「こ、ここ、子供の頃は、よくお互いの体を拭きあっていたよね? お兄様?」

 

「あの、旦那様……お願いします」

 

「武器のメンテナンスは持ち主の義務です。マスター」

 

「そ、そうですか……」

 

 突然のことに頭がついていけないアルハレムにリリア、レイア、ルル、ツクモ、アリスン、ヒスイ、アルマが輝くような、あるいは照れたような顔を向けてくる。そして、そんな彼女達の頼みを断ることは魔物使いの青年にはできなかった。

 

 その後、とある蒸し風呂の個室から小一時間にわたって複数の女性達の艶かしい声が聞こえてきたのだが、それはまた別の話である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三十二話

「えっ? 船を出せない? それってどういうことですか?」

 

 浴場で体の汚れと臭いを落としてミナルの街の領主の館に行ったアルハレムは、そこの応接間で領主に質問をする。

 

 ミナルの街の領主、ミナル子爵は浅黒い肌の逞しい体つきをした貴族というよりも船乗りといった雰囲気の三十代の男で、丁寧に整えられた髭が特徴的であった。

 

「はい。自分としましてもこの手紙を読んだからにはアルハレム殿に出来うる限りの協力をしたいのですが……」

 

 ミナル子爵はそう言い辛そうに言うと目の前のテーブルに置かれた一枚の手紙に視線を移す。それは「ミナル子爵はギルシュの勇者であるアルハレムに協力するように」という内容のギルシュの国王であるヨハン王が書いた手紙だ。

 

 アルハレム達はミナル子爵の館に行くと、ミナル子爵に今彼の前に置かれているヨハン王から預かった手紙を見せて、外輪大陸行きの船に乗せて欲しいと交渉したのだが、それに対する街の領主の答えは「乗せることはできない」というものだった。

 

「実は今、このミナルの街ではある問題が起こっていて、それが解決するまで船を出そうという者はいないのです」

 

 本当に困った顔をするミナル子爵の言葉にアルハレムは首を傾げる。

 

「ある問題? 海に強力な魔物でも現れたのですか?」

 

「似たようなものです。アルハレム殿は『さまよえる幽霊船』の話は知っていますか?」

 

 アルハレムの質問にミナル子爵は口を開く。

 

 さまよえる幽霊船。

 

 それは中央大陸、外輪大陸の両方で古くから伝わっている怪談であった。

 

 夜になると街の上空に巨大な帆船が現れて、帆船の甲板では無数の死者達が道ずれを求めて街の住人達に手招きをし、それを見てしまった者は帆船に乗せられて死者の仲間となってしまうと言う。そして死者達を乗せた空を飛ぶ帆船は数日同じ街の上空を飛んだ後に、別の街へと向かうとされている。

 

 親は悪さする子供を叱るときによく「悪い子はさまよえる幽霊船に連れていかれる」と言うので、アルハレムもさまよえる幽霊船の話は聞いたことがあった。

 

「さまよえる幽霊船? それってただの迷信じゃないの?」

 

 アルハレムの隣にいたアリスンがそう言うと、ミナル子爵は首を横に振った。

 

「ただの迷信であればどれだけよかったことか……。しかし、実際に今このミナルの街には二、三日前からそのさまよえる幽霊船が現れているのです。すでに多くの住人や船乗り達がさまよえる幽霊船を目撃しており、自分も先日にこの目で見ました」

 

 ミナル子爵はさまよえる幽霊船を見た時の事を思い出したのか、顔を青くすると体を震わせた。

 

「ミナルの街の船乗り達に限らず、全ての船乗り達はさまよえる幽霊船を死して成仏できずにいる船乗り達が集まる船として恐れています。あの船が現れている間はどんな船乗りも自分の部下達も恐ろしくて船を出すことはできないのです。……言い伝えが事実であれば、さまよえる幽霊船は数日もすれば別の地へと向かうはず。そうすれば自分達も船を出すことができます。どうかそれまでお待ちください」

 

 そこまで言うとミナル子爵はアルハレム達に大きく頭を下げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三十三話

 時は遡り、アルハレム達の一行がミナルの街を訪れる数日前、ある薄暗い部屋に三人の女性が集まっていた。

 

「お二人とも、よく来てくれました。それではこれより第百四十六万八千九百九十九回、お客様を獲得するための作戦会議を行いたいと思います」

 

 部屋が暗いため三人の女性達の姿はよく見えないが、その中の一人、両手や体に無数の金属具を身に付けている女性が口を開く。

 

「なんだいその会議は? それに百四十六万って、アタイはそんな会議に知らないけど」

 

「アタシも知らないわね」

 

 三人の女性達の内の大柄の女性が金属具を身に付けた女性の言葉に首を傾げ、残った小柄な女性もそれに同意する。

 

「それはそうです。これまでの百四十六万八千九百九十八回の会議は全て私一人だけでしたから」

 

「……それって会議っていうのかい?」

 

「暗っ、寂し」

 

 金属具を身に付けた女性の言葉に大柄の女性が呆れたように言って、小柄な女性が短く言う。

 

「く、暗くなんかないです! 寂しくなんかもないです! 営業努力に熱心だと言ってください!」

 

 小柄な女性の言葉に金属具を身に付けた女性が、両手を大きく振ってガチャガチャと金属音を鳴らしながら叫ぶ。

 

「まあ、確かに熱心ではあるけどな」

 

「でも空回りしていたら意味ないけどねー」

 

「はうっ!?」

 

 金属具を身に付けた女性はまたもや小柄な女性の言葉に衝撃を受けて胸に手を当ててうずくまる。

 

「うう……。私だって好きで空回りしてるわけじゃないですよぅ……。ああ、昔はよかった……」

 

「始まったな。こうなると長いんだよな」

 

「そうね……」

 

 震える声で言う金属具を身に付けた女性を見て、大柄の女性が呟いて小柄な女性がため息を吐く。

 

「昔はよかったです……。昔は多くのお客様が当豪華客船『エターナル・ゴッデス号』をお探しになって乗船していただいて、それに対して私達も従業員一同で全身全霊をもって精一杯のおもてなしさせてさせてもらったのに……」

 

「豪華客船……従業員一同……」

 

「精一杯のおもてなしねぇ……」

 

 大柄の女性と小柄な女性が顔を見合わせて言うが、金属具を身に付けた女性はそれに気づかずに言葉を続ける。

 

「ですがいつの間にかお客様達は自分達のお住まいに引きこもりになってしまって、当豪華客船にお乗りになるお客様はいなくなってしまいました。

 仕方なく客層を若干変更して新しいサービスを始めたら、また少しはお客様がお乗りになってくれるようになりましたけど、すぐにまた新しいお客様達も来なくなってしまいました……。

 どうしてなんですか!? 私達、あんなに必死に呼び込みまでしているのに、何でいつもお客様は来てくれないのですか!?」

 

 金属具を身に付けた女性の悲痛な叫びに大柄の女性と小柄な女性が肩をすくめる。

 

「まあ……アタイはこの船に客とやらが来なくて静かな方が助かるんだけどね」

 

「アタシも。歌を聴いてくれる観客は貴女達二人だけで充分だしね」

 

 大柄の女性と小柄な女性の言葉に、金属具を身に付けた女性が両手を大きく振ってガチャガチャと金属音を鳴らす。

 

「それでは駄目なのです! 当豪華客船エターナル・ゴッデス号にお客様をお招きして楽しんでいただくのが船長である私の役目なのですから! ……もういいです! 私達は予定通り、このままミナルという大きな港町へと向かいます!」

 

 結局、今回の会議では有意義な会話は行われずに三人の女性達が乗る船、豪華客船エターナル・ゴッデス号は、自棄になって叫ぶ金属具を身に付けた女性の言葉通りミナルの街へと向かう。

 

 そしてその数日後に豪華客船エターナル・ゴッデス号はミナルの街へと到着したのだが、ミナルの街の住人や船乗り達は全員「さまよえる幽霊船」の噂に怯えて、海に出ようとするものは一人もいないのだった。

 

「何でですか!? どうしてですか!?」

 

「流石にこうなると哀れだね……」

 

「仕方がないなー」

 

 せっかくミナルの街に来たのに乗客が一人もいないという事実に金属具を身に付けた女性が悔しさのあまりに大声を出し、そんな彼女の後ろで大柄の女性と小柄な女性はあることを考えて互いに視線を交わしあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三十四話

 アルハレム達がミナル子爵の元を訪ねた日の夜、魔物使いの勇者の一行はミナル子爵の屋敷に泊めてもらうことになった。

 

 さまよえる幽霊船の噂が聞こえなくなるまで外輪大陸行きの船は出せないが、それまでの間は屋敷に滞在してもよいというミナル子爵の申し出を、アルハレム達はありがたく受けることにしたのだ。

 

「それにしても思わないところで足止めをくらってしまったな。まさかただの迷信だと思っているさまよえる幽霊船が実在して、それのせいで船が出ないだなんて」

 

「マスター。そのさまよえる幽霊船が邪魔なのでしたら私達で退治してはどうでしょうか?」

 

 ミナル子爵の屋敷の一室でアルハレムが呟くと、彼の腰に収まっているロッドの姿のアルマが何やら物騒な提案をしてくる。ちなみにリリア達五人の魔女は用事(酒盛り)で席をはずしていて、今この部屋にいるのは魔物使いの勇者とインテリジェンスウェポンの魔女の二人だけであった。

 

「いやいや、そんなことするつもり俺は全くないからな? さまよえる幽霊船がどれくらいの戦力か分からないって以前にマトモに戦うことができるかも分からないし、それどころか遭遇できたとしても空を飛ぶ船にどうやって乗り込めって言うんだよ? ミナル子爵の話では数日もすれば何処かに行くってことだから、それまでじっとしていればいいんだよ」

 

「……空を飛べるリリアの協力を得られたらさまよえる幽霊船にも乗り込めると思いますけど?」

 

 アルハレムの言葉にアルマはロッドの姿であるため表情は分からなかったが、それでも明らかに拗ねていると分かる口調で答えて、それに魔物使いの勇者は首を傾げる。

 

「アルマ……? お前なんでそんな戦いたがっているんだ?」

 

「武器とは戦場で使われている瞬間が最も光輝きます。それに私は女神イアスによって創造されて日が浅い。私は私がどれだけの性能があり、私を使ったマスターがどれだけ強いのか知りたいのです」

 

 アルハレムの質問に即断するアルマ。どうやらこのインテリジェンスウェポンの魔女はかなりの武闘派のようだ。

 

「私は早くダンジョンで戦いたいです。……そういえばマスター? ダンジョンといえば聞きたいことがあるのですが?」

 

 インテリジェンスウェポンの柄尻の宝石から放たれる魔女の声が、自身の主に質問をする。

 

「何だ?」

 

「クエストを達成する為に活動をしているダンジョンに挑むのは理解しましたが、何故外輪大陸のダンジョンなのですか?

 伝承等で女神イアスが創造したことが伝わっているダンジョンは二十七。その内で存在が確認されているのは二十。そして二十のダンジョンで今も活動していると推測されるのは八つで、その中の三つはこの中央大陸にあります。

 ……普通に考えれば中央大陸にある三つのダンジョンに向かった方が効率的ですのに、何故マスターは外輪大陸のダンジョンを目指すのですか?」

 

「アルマ、お前よく知っていたな?」

 

「お忘れですか? マスターが王都でダンジョンの事を調べていた時、私もマスターの腰に収まっていたのですよ?」

 

 アルマの言葉にアルハレムは苦笑する。

 

「そうだったな。……別に大した理由じゃないさ。前から外輪大陸に行こうと思っていたからな。今回のクエストは丁度いい機会だっただけだ」

 

「丁度いい機会、ですか。外輪大陸に行こうと思った理由を聞いてもいいですか?」

 

「それこそ大した理由じゃないよ。外輪大陸にはツクモさんの故郷、猫又と霊亀が暮らす隠れ里があるからな。外輪大陸に行けばヒスイを生まれ故郷に連れて行きやすいだろ?」

 

 ヒスイは今から百年以上昔にエルフ族に拐われて、つい最近までマスタノートの領地でダンジョンの核にされていた。だからここにはいない霊亀の魔女には生まれ故郷で暮らした記憶がない。

 

 そんなヒスイの為にアルハレムは彼女を生まれ故郷がある大陸に連れていこう考えて、外輪大陸のダンジョンを目指そうと考えたのだ。

 

「なるほど。理解しました。……正直、ヒスイが羨ましく思います」

 

「何を言っているんだ? とにかく今日はもう休もう。明日は皆で街を見て回ろうか」

 

 アルハレムは苦笑してアルマの柄を軽く叩くとベッドへ向かった。

 

「そうですね。今夜は珍しくリリア達に搾り取られそうにないですから、ゆっくりとお休みになった方がいいと思います。マスター」

 

「ははっ。それもそうだな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三十五話

 …………♪ ……………♪

 

「……ん?」

 

 ミナル子爵の屋敷で休んでいたはずのアルハレムが微かに耳に届いた音に目を覚ますと、何故か彼はベッドの上ではなく床に倒れていた。

 

「ここは……どこだ?」

 

 周囲には霧がかかっていてよく見えないが、それでもミナル子爵の屋敷の一室でないことだけは確かだった。

 

「マスター。気がつきましたか?」

 

 周囲を見回すアルハレムに、彼の腰に収まっているインテリジェンスウェポンのアルマが話しかける。

 

「アルマか。ここはどこなんだ? 俺達に何が起こったんだ?」

 

「そのことなのですが、簡潔に言えば私達は拐われたようです」

 

「拐われた? 俺達が?」

 

「はい。マスターがベッドで休もうとした矢先に部屋に二人の侵入者が現れ、侵入者の片方が音を媒介にした精神攻撃を仕掛けてマスターと私を眠らせてここまで運んだようです。……私も意識を取り戻したのはついさっきです」

 

 アルマが悔しそうな口調でアルハレムに答える。

 

「インテリジェンスウェポンのアルマまで眠らせるなんてよっぽど強力な精神攻撃だな」

 

「……ええ。それでここがどこなのかは……向こうにいる方に聞いた方が早いと思います」

 

「向こうにいる方? ……え?」

 

 ………♪ ………♪

 

 アルマの言葉にアルハレムは霧の向こうから聞こえてくる音に気づいた。それは意識を取り戻した時にも聞こえてきた音で、どうやら先程からずっと流れていたようだ。

 

「歌?」

 

「……この声、私達に精神攻撃を仕掛けた者と同じ声です」

 

 アルハレムが呟き、アルマが警戒をするように言う。

 

 歌詞も何もなく、ただ周りの景色を見て感じたままに声を出しているものであったが、それは確かに歌だった。

 

 女性特有の柔らかな声であったが、人間では到底発することは深い音調から紡がれる聴く者全てを魅了する程に美しい歌に、アルハレムが思わず聞き惚れていると突然風が吹いた。

 

 風が吹いたことで霧が僅かに薄れて、アルハレムとアルマを拐ったという歌を歌っている者の姿が見えた。

 

 霧の中から姿を現したのは、十六か十七くらいの小柄な女性だった。水色の髪で幼さが残っている整った顔立ちをしていて、顔立ちとは裏腹に育っている豊満な肉体を踊り子のような露出が激しい衣装で包んでいた。そして彼女の四肢は人間のものではなく、鳥の翼と脚であった。

 

「……セイレーン」

 

 歌を歌う鳥の翼と脚を持つ女性の姿を見てアルハレムが呟く。

 

 セイレーンとは海の小島に住まう魔女の種族だ。彼女達は輝力を込めた歌声で他者を惑わせる特殊な輝力の使い方を得意としており、海の船乗り達からは歌声で船を引き寄せて惑わし、難破させて乗組員を拐う恐怖の存在として恐れられていた。

 

「なるほど。相手がセイレーンであれば音を媒介にした精神攻撃でマスターだけでなく私までも眠らせることができたのも納得です。……ですが私達を拐った侵入者は二人だったはず。もう一人は一体何処に?」

 

 アルマがそう言っている間にセイレーンの魔女の歌が終わり、歌い終わったセイレーンはゆっくりと振り返ってアルハレム達の方を見た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三十六話

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 振り返ったセイレーンの魔女と無言で見つめ合うアルハレムとアルマ。

 

 しばらく見つめ合った後で最初に行動したのはアルハレムで、彼の取った行動とはいうと……、

 

 パチッ。パチッ。パチッ。

 

 先程までの見事なセイレーンの魔女の歌に対する拍手であった。

 

「マスター。何を呑気に拍手しているのですか? 相手は私達を誘拐した敵ですよ」

 

「いや、だって……とても綺麗な歌声だったからつい……」

 

「へぇ、アタシの歌の良さが分かるだなんて中々見る目があるじゃない?」

 

 アルハレムがアルマに答えていると、セイレーンの魔女がまんざらではなさそうな笑みを浮かべる。

 

「今までの男達ときたら、アタシの歌を聴いてやって来るのはいいけど、アタシの姿を見た途端に悲鳴を上げて逃げ出して……ホント、ムカつく」

 

「今までの男達って船乗り達のことか? それは仕方がないんじゃないか?」

 

 笑顔から一転して不機嫌そうな表情となったセイレーンの魔女にアルハレムが首を傾げる。

 

 何しろセイレーンは船乗りにとっては死神にも等しい脅威だ。それの歌声の惑わされたと知れば船乗り達は死に物狂いで逃げようとするだろう。

 

「それよりも貴女。一体何のつもりで私達を誘拐したのですか?」

 

「それは貴方達にこの船のお客になってもらうためよ」

 

 アルマの質問にセイレーンの魔女はなんでもないように答える。

 

「アタシは今、この船で暮らしていてね。それでこの船の持ち主が『せっかく大きな街に来たのにお客様が一人もこない』ってウルサイものだから、ここにはいないけどもう一人と一緒に貴方達を連れてきてお客様にしたってわけ」

 

「船? ここは船の上なのか?」

 

 アルハレムの言葉にセイレーンの魔女が頷く。

 

「そうよ。ここは『豪華客船エターナル・ゴッデス号』の上。まあ、でもそう呼んでいるのはこの船の持ち主だけで、人間達は別の名前で呼んでいるけどね。確か……」

 

 そこまでセイレーンの魔女が言ったところで強い風が吹いて霧が晴れた。

 

「………………………………………………えっ?」

 

「これは……」

 

 霧が晴れたところでアルハレム達は周囲を見回して、そこで見た光景に思わず絶句した。

 

 セイレーンの魔女の言葉通り、アルハレム達が今いるのは巨大な船の甲板の上だった。しかし船の外に広がる光景はどこまでも広がる水平線……海の上ではなく、海と大地を見下ろせるどこまでも広がる空の上であったのだ。

 

「空の、上……?」

 

「先程まで視界を遮っていた霧は、霧ではなくて雲だったのですか」

 

 アルハレムとアルマが、空の上という光景に唖然としているとセイレーンの魔女の言葉が聞こえてくる。

 

 

「『さまよえる幽霊船』。貴方達、人間はこの船のことをそう呼んでいるのよね?」

 

 

「さまよえる幽霊船!? この船が?」

 

「どの街の人間達もこの船を見たらそう呼んでいるわよ。船の持ち主はさまよえる幽霊船って呼ばれるのを嫌っているけど、アタシもそっちの方があっていると思うわ」

 

 ここがミナルの街で騒がれている「さまよえる幽霊船」だと言われてアルハレムは驚きの声を上げるが、セイレーンの魔女は特に興味なさそうに説明をする。そしてその態度が逆にセイレーンの魔女の台詞に説得力を持たせていた。

 

「……それで? 俺達をさまよえる幽霊船に乗せてどうするつもりだ? 伝説と同じように俺達を幽霊の仲間にするつもりか?」

 

「幽霊の仲間にする? 何を言って……て、ああ、そういうことね」

 

 アルハレムが皮肉混じりの質問をすると、セイレーンは怪訝な表情を浮かべるが、すぐに何かに思い当たって納得した表情になる。

 

「まあ、幽霊の仲間入りするかは貴方達次第ね。……ついてきて。どうせそこにいてもこの船は地上に降りないよ」

 

 セイレーンの魔女はそこまで言うとアルハレム達を船の中へと案内した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三十七話

 セイレーンの魔女の後について行ってアルハレム達が「さまよえる幽霊船」の船内に入ると、そこは奇妙な大部屋だった。

 

 入口から見て部屋の右側には大きなベッドが五つ置かれていて、左側にはかまどに簡単な調理台が設置されている。そして部屋の中央には複数の人間が囲んで座れる円形のテーブルと複数の椅子があって、他にも荷物を入れておくタンスに食物を保存しておく壷、水を貯めている瓶もあり、ここならば大人数でもくつろいで生活することが可能だろう。

 

「なんというか……至れり尽くせりだな」

 

「何で船内に入ってすぐの部屋にこのような生活空間を作っているのですか? 意図が全く分かりません」

 

 船室というよりも大きな宿屋といった感じの船内の部屋を見てアルハレムとアルマが呟くと、セイレーンの魔女が近くにあったベッドに腰かけて答える。

 

「『休憩室』は長い間休めるように作られているからね。この船にある休憩室はみんなこんな感じだよ。それにここはいわゆる『スタート地点』だから、準備を整えるために休憩室にしたってこの船の持ち主が言っていたわ」

 

「スタート地点?」

 

 セイレーンの魔女の言葉にアルマが疑問詞を上げる。今はロッドの姿だが魔女の姿であれば首を傾げていたかもしれない。

 

「……なあ、いい加減に教えてくれないか? このさまよえる幽霊船って一体何なんだ? お前達は俺達をどうするつもりなんだ?」

 

「どうするつもりもなにも、お客様になってもらう為って言ったでしょ? この『ダンジョン』のね」

 

 アルハレムの質問にセイレーンの魔女は当たり前のことを言うかのように答えるが、それを聞いた時に魔物使いの青年とインテリジェンスウェポンの魔女は自分達の耳を疑った。

 

「何だって?」

 

「……ダンジョン? この船が?」

 

「そうよ。この船は貴方達人間がダンジョンと呼んでいるものの一つってこと」

 

 思わず質問をするアルハレムとアルマに、セイレーンの魔女はここがダンジョンであることを肯定する。

 

「……そういえば存在が確認されていないダンジョンの一つに、空の上にあるとされるダンジョンがありましたね。『幻の七大ダンジョン』の一つ、ダンジョンナンバー5『天空の乙女像』。ですけどまさかそれが船で、しかもさまよえる幽霊船の正体であったなんて」

 

 アルマが以前に己の主と一緒に調べたダンジョンの情報からそれらしい記憶を思い出す。

 

「じゃあ、さっきから君が言っているこの船の持ち主って……」

 

「そう。このダンジョンを動かす、ダンジョンの意思……ええっと、何て言うんだっけ? 確か……『ダンジョンマスター』ってヤツ?」

 

 アルハレムの言葉にセイレーンの魔女は頷いて答える。

 

 ダンジョンマスターとは、セイレーンの魔女が今言った通り、ダンジョンを動かすダンジョンの核であり意思そのものである。そのほとんどはただ侵入者を撃退しようとする単純な思考しか持たないが、中には人間のように高度な思考を持つダンジョンマスターが存在する。どうやらここのダンジョンマスターは、その人間のように高度な思考を持っているようだ。

 

「そうか。……でもどうしてこの船のダンジョンマスターは人間の街の上空を飛んだり、街の住民を招き込もうとするんだ?」

 

「ああ……。その事なんだけど、この船も大昔はヒューマン以外の人間、エルフやドワーフとかを相手にする普通のダンジョンだったらしいよ?

 でもこの船の持ち主、ダンジョンマスターってば真面目な性格でね。ダンジョンに挑戦しに来た人間を『お客様』って呼んで誠心誠意もてなしている……て言えば聞こえはいいんだけど、やっていることは侵入者をダンジョンに閉じ込めてガチで殺すことだからね。それに恐れをなした挑戦者達は、空の上にあって来づらいってこともあって、このダンジョンの攻略を諦めたの。

 挑戦者が来なくなって数百年してからこの船の持ち主は、それまで相手にしていなかったヒューマンも挑戦者に迎えることを考えたらしいよ。それで挑戦者になりそうなヒューマンを探そうと色んな街を飛び回ったっていうのが百年くらい前。

 だけどそうしている内にこの船は『さまよえる幽霊船』と呼ばれるようになって、ますます挑戦者がこないようになったってわけ」

 

 疑問を口にしたアルハレムにセイレーンの魔女は肩をすくめて説明して、それを聞いていたアルマがぽつりと呟く。

 

「必死ですね。ここのダンジョンマスター」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三十八話

「そういえばさ、さっきから気になっていたんだけどソレって何?」

 

 セイレーンの魔女は右の翼を広げると、その翼の先端でアルハレムの腰にあるロッド、アルマを指す。

 

「普通に話に入っていたから見えない人のように話していたけど、何なのそのしゃべる棒? 何だか気持ち悪い」

 

「……しゃべる棒? というか今、気持ち悪いって言ったか? コラ?」

 

「落ち着け」

 

 セイレーンの魔女に「気持ち悪い」と言われてアルマがドスのきいた声を出し、アルハレムがそんなインテリジェンスウェポンの柄を軽く叩いて落ち着かせる。

 

「こいつはアルマ。魔女の魂を持つ武器、インテリジェンスウェポンだ」

 

「魂を持つ武器? インテリジェンスウェポン? ……そういえば世界にはそんな武器があるって聞いたことがあるような……? でもそれって確か凄くレアな武器じゃなかった? そんなのを持っている貴方って何者なの?」

 

 セイレーンの魔女に聞かれてアルハレムは今更ながら自分が名乗っていないことに気づいた。

 

「俺の名前はアルハレム・マスタノート。クエストブックに選ばれた冒険者だ」

 

「冒険者? 冒険者ってあの百のクエストをクリアーしたらどんな願いも女神様に叶えてもらえるっていうあの? ……へぇ、そうなんだ」

 

 アルハレムの自己紹介を聞いてセイレーンの魔女は興味深そうな笑みを浮かべた。

 

「『アイツ』が選んだから何かあるとは思っていたけど、やっぱりただの人間じゃなかったんだね。貴方」

 

「アイツ?」

 

「そうよ。私と一緒に貴方達を拐ったもう一人の魔女。それでそいつは相手の欲望とその行き先を知るって種族特性を持っているの」

 

「相手の欲望とその行き先を知る種族特性?」

 

 アルハレムが疑問を口にするとセイレーンの魔女が説明をする。

 

「ほら、人間に限らず生き物っていつも何かを求める思い、欲望を持っているものでしょ?

 食べ物を食べたいって思っている人だったら欲望は食べ物を売っている店に向かっていて、ゆっくり休みたいと思っている人だったら欲望はベッドのある自宅に向かっているのが分かるのが、アイツの種族特性なんだって。

 それで私達がこのダンジョンに誘拐する人間を探していたら、このダンジョンに欲望を向けている人間がいるってアイツが言って、その欲望の持ち主を探してみたら貴方を見つけたってわけ」

 

「俺がこのダンジョンに欲望を向けていた……求めていた?」

 

「私がダンジョンで武器として活躍したいという思い、あるいはマスターのクエスト達成のために早くダンジョンに挑戦したいという思いを欲望として感じ取ったのでは?」

 

 説明を受けたアルハレムとアルマの会話を聞いてセイレーンの魔女は嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「そう……、貴方のクエストってダンジョンの攻略だったんだ? それだったら丁度いいじゃない。ええっと……アルハレム、だっけ? 貴方、このダンジョンに挑戦したらどう? というかそうするしか貴方達には道はないと思うけど?」

 

「……そう、だな」

 

 セイレーンの魔女の言う通り、ここはダンジョンに挑戦する以外に地上に戻る方法はなく、アルハレムは納得できない気持ちを感じながらも頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三十九話

 その後アルハレムは、身に付けている装備に何か不備がないか確認すると、入口の向かい側にあるダンジョンの奥へと続く扉に近づく。

 

「……よし。行くぞ、アルマ」

 

「はい。マスター」

 

「それじゃあアタシも一緒に行こうかな」

 

「「え?」」

 

 アルハレムとアルマがいざ扉を開こうとしたとき、セイレーンの魔女の口から「自分もついていく」という発言が聞こえてきて、二人は思わず動きを止めてしまった。

 

「……今、君もついてくるって言った?」

 

「うん。言ったよ」

 

「何の為にですか? まさかダンジョンの探索中に後ろから襲いかかるつもりですか?」

 

 アルハレムの質問に頷くセイレーンの魔女にアルマが厳しい言葉で訊ねる。

 

 今までの話から察するにこのセイレーンの魔女はダンジョンのマスター側の存在、つまりアルハレム達の敵のはずだ。それなのに何故行動を共にするのかその理由が分からない。

 

 強いて理由をあげるとしたらアルマが言ったように後ろから奇襲を仕掛けることぐらいなのだが、セイレーンの魔女は首を横に振ってインテリジェンスウェポンの言葉を否定した。

 

「そんなことはしないって。アタシはただ貴方達の後ろについていくだけ。あとは時々アドバイスを言うぐらいかな」

 

「アドバイス? このダンジョンを攻略するためのものか? ……何で君がそんなことをしてくれる?」

 

「理由は簡単。貴方達に死んでほしくないからだよ」

 

「「……………はい?」」

 

 セイレーンの魔女は簡潔にアルハレムの質問に答えるが、その答えに魔物使いの青年とインテリジェンスウェポンの魔女は揃って困惑した声を出した。アルハレムとアルマをこのダンジョンの誘拐したのは、目の前にいるセイレーンの魔女とここにはいないもう一人の魔女なのに、その片方に「ダンジョンで死んでほしくない」と言われては混乱しない方がおかしいだろう。

 

「……ええっと、ゴメン。どういうことか説明してくれないか?」

 

「うん、いいよ。さっきも説明したけど、このダンジョンって長いこと挑戦者が来ていなくて、貴方達が久しぶりの挑戦者なの。それがすぐに死んでしまったらダンジョンマスターもつまらないと思うのよ。このダンジョン、出てくる魔物は弱っちいけど仕掛けが厄介だからね。だからある程度は進めるようにアドバイスぐらいならしてあげようかなって思ったの」

 

「なるほどね」

 

「そういうことですか。理解しました」

 

 セイレーンの魔女の説明にアルハレムとアルマは納得する。つまりセイレーンの魔女は、挑戦者であるアルハレム達を長く生存させることでダンジョンマスターを喜ばせようと、あえてアドバイスを贈るということらしい。

 

「分かった。そういうことだったら別に構わない」

 

 アルハレムはセイレーンの魔女の同行に同意する。

 

 今のセイレーンの魔女の口ぶりだとこのダンジョンは何か特別な謎があって、その謎を解かないと先に進めないもののようだ。それが一体何なのかは分からないが、助言があるとないとでは攻略速度も生存率も大きく違うだろう。

 

 セイレーンの魔女が後ろから襲いかかったりしないと言うのであれば、彼女の申し出を断る理由はない。

 

「うんうん♪ 素直でよろしい♪」

 

「……変わった道連れができましたね」

 

 同行を許可されたセイレーンの魔女は嬉しそうに頷き、それに対してアルマはため息混じりに呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四十話

 同行者にセイレーンの魔女を加えたアルハレムとアルマは、覚悟を決めるとダンジョンの奥へと続く扉を開いた。

 

 ここから先は活動をしているダンジョンの中。

 

 高度な思考を持つダンジョンマスターによって管理され、この何百年もの間、何十何百人といった様々な種族の挑戦者達を全て撃退してきた伝説のダンジョンである。中にはどの様な敵が、罠が待ち構えているのか分からず、場合によっては扉を開いた瞬間に敵や罠が襲いかかってくることだってあり得る。

 

 その為にアルハレムとアルマは緊張をしながら、何が起こってもすぐに対処できるように精神を集中させて扉を開いたのだが……、

 

「……え?」

 

「これは……?」

 

「はぁ?」

 

 アルハレムにアルマ、そして後ろについてきていたセイレーンの魔女まで、扉を開いた先の光景を見て呆けたような声を出した。

 

 扉を開くとそこにはすぐに下に降りる階段があり、階段を降りた先には数十人もの人間が集まって宴を開ける大きな広間が見えた。そして広間には十数体の金属でできた骸骨の人形がアルハレム達を見上げていた。

 

 恐らくはこの金属でできた骸骨の人形達がこのダンジョンによって造り出される魔物なのだろう。しかしそれだけなら、罠や魔物の襲撃に備えていたアルハレム達は動じたりしないのだが……、

 

「……何だかあの魔物達、思いっきり俺達を歓迎していないか?」

 

「歓迎していますね」

 

「しているわね」

 

 アルハレム、アルマ、セイレーンの魔女の言う通り、全ての骸骨の人形達は片手に武器を持ち、そしてもう片方の手に「welcome!」とか「ようこそ!」とか「熱烈歓迎!」とか書かれた旗を持って勢いよく振っていた。これは流石に予想外で、魔物使いの青年とインテリジェンスウェポンの魔女は、扉を開けるまでの緊張感やら集中力やらが一気になくなっていくのを感じた。

 

「はぁ……一体何をしているのよ? あのバカ」

 

 セイレーンの魔女が額に左の翼を当ててため息を吐く。「あのバカ」というのは言うまでもなくここのダンジョンマスターのことだろう。

 

「私達がアルハレム達を連れてきた時は『無理矢理誘拐するだなんてルール違反です。こんなのはダンジョンマスターとしてのプライドが許しません』とか言っていたクセに……やっぱり嬉しいんじゃないの」

 

「なあ、あの魔物達ってこのダンジョンが造り出している魔物だよな? もしかしてさまよえる幽霊船の話に出てくる街の住民を手招きする死者達って……?」

 

 痛む頭を押さえながら愚痴を言うセイレーンの魔女にアルハレムが質問をすると、彼女は頷いてそれに肯定した。

 

「そうよ。アイツらが幽霊船の死者達の正体ってわけ。ダンジョンマスターってば街の上空に行くと、あの魔物達を甲板に立たせてこのダンジョンの呼び込みをさせていたの。……でもその結果は分かっているでしょ?」

 

「それはまあ……。夜中にあんな骸骨の人形に呼び込みなんかさせたら、さまよえる幽霊船って呼ばれるよな……」

 

 セイレーンの魔女の言葉にアルハレムが苦笑を浮かべ、アルマが質問をする。

 

「言わなかったのですか? 逆効果だって」

 

「勿論言ったわよ? でもダンジョンマスターが聞かなかったのよ。『この子達は戦っても倒しても、お客様にご満足いただけるように私が作った力作なんです。怖がられるなんてあり得ません』って言ってね。……ダンジョンマスターってば、このダンジョンを有名にしようって努力しているけど、その努力がことごとく空回りしているのよね」

 

 今までこのダンジョンのマスターが、努力をしては失敗ばかりしている姿を見てきたセイレーンの魔女は、そこまで言ってから二度目のため息を吐いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四十一話

「……何だか戦う気がなくなってきたんだけど」

 

「何を呑気なことを言っているのよ?」

 

「マスター。前を」

 

 ダンジョンマスターの涙ぐましい努力を聞いたアルハレムは脱力したように言い、そんな魔物使いの青年をセイレーンの魔女とインテリジェンスウェポンの魔女が注意する。

 

 アルマに言われて見ると、広間にいた十数体の骸骨の人形達が歓迎の旗を投げ捨てて本来の役目、侵入者の撃退を実行しようと武器を片手にアルハレム達の所に迫ろうとしていた。

 

「分かっているよ」

 

 アルハレムが短く答える。常在戦場を家訓の一つとしているマスタノート家の人間が戦場で気を抜くことなんてあり得るはずもなく、マスタノート家の青年は一見脱力したように見える姿でも鋭い目で迫り来る敵達を観察していた。

 

(さてどう戦おうか……。こちらは実質一人で向こうは多数。囲まれる前に一体ずつ早目に倒さないとな)

 

 アルハレムが腰に収めていたインテリジェンスウェポンのロッド、アルマを引き抜いて最初に狙う敵を探していると、その背中にセイレーンの魔女の

声が聞こえてきた。

 

「あー、流石に一人であの数はキツいかもね。それじゃー、アドバイスそのいち。アイツらの弱点は頭だから。骨でできた頭をブッ壊したら、アイツらそれで動かなくなるよ」

 

 セイレーンの魔女による最初のアドバイスを聞いて骸骨の人形達を見ると、確かに彼女の言う通り骸骨の人形達は体は金属でできているが、頭部だけは本物の頭蓋骨(中には人間の頭蓋骨以外にも動物の頭蓋骨を使っている人形もあった)であった。

 

「なるほどね。……はっ!」

 

 骸骨の人形達の弱点を聞いたアルハレムは、一番最初に自分達の元にたどり着いた一体の骸骨の人形が突き出した剣を身を捻って避けると、そのまま体のバネを使ってアルマを勢いよく振るい骸骨の人形の頭部を攻撃する。

 

 ガッ!

 

 手に持ったアルマを通じてアルハレムの手に軽い手応えが伝わった。

 

 今のアルマの姿であるロッド、鞭は元々は拷問具で相手に致命傷を与えずに痛めつけることを目的とした武器だが、それでも勢いよく叩きつければ人間の骨を砕くことなど造作もない。その為に直撃を受けた骸骨の人形の頭部は一撃で粉々に粉砕され、宙に頭蓋骨の破片が舞う。

 

 頭部を失った骸骨の人形はその場で膝をつき、次の瞬間には無数の金属の骨を繋いで体を構成していた「力」を失って崩れ落ち、階段の上に先程まで骸骨の人形だった無数の金属の骨が散らばった。

 

「よし! まずは一体!」

 

 骸骨の人形を倒したのを確認するとアルハレムは階段の前に陣取った。

 

 少人数で大人数を相手にする場合、最も有効な戦い方は相手側の戦える人数を制限すること。階段の前に陣取っていれば攻撃してこれる骸骨の人形はせいぜい一体か二体で、それぐらいならばアルハレムにとって充分対応が可能な数である。

 

「それじゃあ行くぞ、アルマ」

 

「……………今のが、敵の骨を砕く感触」

 

「え?」

 

 アルハレムはアルマに呼び掛けるが、返ってきた答えはどこか恍惚とした呟きであった。

 

「最初に感じたのはガツンという硬い感触。次にピキピキッと一瞬だけの頭蓋骨にヒビが入る感覚が体中に伝わって、最後にはパリンと対象が砕け散る解放感が…………………………快感♪」

 

「あ、アルマさん……?」

 

 柄尻の宝玉から聞こえてくる今まで聞いたことがないアルマの声に、アルハレムは何か危険なものを感じて額に一筋の汗を流した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四十二話

「おい、アルマ。一体どうした……うわっ!」

 

 何やら様子がおかしいアルマにアルハレムが戸惑っていると、いつの間にか接近を許してしまった一体の骸骨の人形が彼の頭をめがけて武器を降り下ろしてきた。

 

「……この!」

 

 降り下ろされた敵の刃を紙一重で避けたアルハレムは、お返しとばかりに手に持ったインテリジェンスウェポンのロッドを骸骨の人形の頭蓋骨に降り下ろす。

 

 ガッ! ギン!

 

 破砕音と金属音。

 

 アルハレムが降り下ろしたロッドは一撃で骸骨の人形の頭蓋骨を打ち砕き、そのまま頭蓋骨の下にある金属製の骨にぶつかり、持ち主の手に軽い衝撃と硬い感触が伝わってきた。

 

「んふぅ♪」

 

 骸骨の人形の頭蓋骨を砕いた直後、ロッドの柄尻の宝玉から艶のある女性の声が聞こえてきた。

 

「おい、アルマ! いい加減に目を覚ませ!」

 

「……っ! す、すみません。マスター」

 

 アルハレムに一喝されてようやくアルマは正気を取り戻し、柄尻の宝玉からいつものインテリジェンスウェポンの魔女の声が聞こえてきた。

 

「初陣で浮かれるのは分かるが気を引き締めてくれ。死角の警戒を頼む」

 

「分かりました」

 

 アルマの返事を聞いたアルハレムは、目の前の階段を上がってくる骸骨の人形達に意識を集中させる。

 

 今ので二体目の骸骨の人形を倒したが、敵はまだ十体以上残っている。ここからが本番だと魔物使いの青年は心の中で自分に言い聞かせた。

 

「………ふぅん?」

 

 背を壁に預けた体勢でアルハレム達の戦いを眺めていたセイレーンの魔女が小さく呟く。

 

 階段の前に陣取ったアルハレムは、骸骨の人形達の攻撃を避けたり手に持ったロッドの姿をしたアルマで防ぎ、返す攻撃で確実に骸骨の人形の弱点である頭蓋骨を破壊していった。

 

 骸骨の人形達の実力は訓練された人間の兵士と同じくらいで、セイレーンの魔女の見たところアルハレムの実力も骸骨の人形達と同じくらいだった。それなのに次々と骸骨の人形達を倒している姿から、セイレーンの魔女はあの魔物使いの青年が経験を積んで戦いに慣れた戦士なのだと判断した。

 

「マスター! 左です!」

 

「くっ!」

 

 セイレーンの魔女の視線の先で、死角からの骸骨の人形の攻撃をインテリジェンスウェポンの魔女が自分の主に知らせて、それに反応した魔物使いの青年が防いだ。

 

(仲間の魔女と信頼関係は築けてるみたいね。いいコンビじゃない。……魔女の力を借りて一人で大勢の魔物と戦う冒険者、ね)

 

 タン。タン。タン。

 

 アルハレム達の戦いを眺めていたセイレーンの魔女は、自分でも気づかないうちに足で床を蹴っていた。

 

 タン。タン。タン。……タタン。タン。タタン。

 

 最初は無造作に、だけど途中からは徐々にアルハレムの動きに合わせてセイレーンの魔女は床を蹴る。

 

 タタン。タン。タン。タン。タタン。タタン。

 

 セイレーンの魔女の床を蹴る動きが一定のリズムを持ち、床を蹴って聞こえる音が本人だけの伴奏になると、彼女はゆっくりと口を開いた。口を開いた理由はもちろん歌うためだ。

 

 セイレーンの魔女の歌に歌詞はない。彼女は自分が見たもの、聞いたもの、感じたものをそのままに声に出して表現するだけだ。

 

 目の前で繰り広げられているアルハレム達の戦いはセイレーンの魔女に感じるものがあったらしく、彼女は魔物使いの青年の戦いを表現する歌を歌おうとしたのだが……、

 

「……っ」

 

「これで最後っ!」

 

 丁度セイレーンの魔女の口から歌声が出ようとした瞬間に、アルハレムの戦いの終了を告げる声が聞こえたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四十三話

「お疲れ様です。マスター」

 

「ああ。なんとか勝てたな……って、どうかしたか?」

 

 全ての骸骨の人形達を倒し終わりアルマに返事をしたアルハレムは、何故かセイレーンの魔女が不機嫌な顔をしてジト目でこちらを見ているのに気づいた。

 

「……別に何でもないって。そんなにあっさりと勝てるんだったら、骸骨の数を二倍にしておけばよかったんじゃないかなって思ってただけ」

 

「……いや、それはやめてくれ。あの二倍の数だと流石に防ぎきれないから」

 

「冗談だって」

 

 本当に先程の倍の骸骨の人形達に襲われる光景を想像してアルハレムが首を横に振りながら言うと、セイレーンの魔女は短く答え、その後で自分以外に聞かれないくらいの小声でつけ加えるように呟く。

 

「……………アタシも興味でてきたのに、ここで死なれたらつまんないからね」

 

「? 何か言ったか?」

 

「……何も? それより骸骨の人形を全部倒したんだから先に進んだら?」

 

 セイレーンの魔女はアルハレムの言葉を流すと先に進むように促して、魔物使いの青年もそれに逆らう理由がなかったので階段を降りて広間に行った。

 

「……何だこれは?」

 

 アルハレムが広間に降りて周囲を見回すと、広間を囲む四方の壁には扉が五つずつ、合わせて二十の扉が規則正しく均等に設けられていた。

 

「これだけ多くの扉があるということは……この扉の中から正しい道に続く一つの扉を探せということでしょうか? そして正解の扉を開けば次に進めて、それ以外の不正解の扉を開いたら敵や罠に襲われる、と……」

 

「多分そうだろうな。だけどどの扉を選べば……」

 

「………」

 

 アルマの言葉に頷いてからアルハレムは横目でセイレーンの魔女を見るが、やはりというかセイレーンの魔女は答える気がないらしくそしらぬ顔をしており、魔物使いの青年と目を会わせようとしなかった。

 

 仕方なくアルハレムは四方の壁にある二十の扉から自分の勘に従って一つの扉を選び、右手にアルマを持ったまま左手で扉の取手をつかんだ。

 

「……行くぞ」

 

「はい。マスター」

 

「三、二、一………っ!」

 

 扉を開いた瞬間に先程の敵や罠が襲いかかってきてもいいようにアルハレムが三つ数を数えて気を引き締めてから勢いよく扉を開くと、扉の向こう側には敵も罠もなく、代わりに予想もしなかった光景があった。

 

「……………ここは?」

 

「どういうことでしょうか?」

 

 アルハレムとアルマが見た扉の向こう側にあった光景……それはこのダンジョンに入って最初に訪れた部屋、セイレーンの魔女が「休憩室」と呼んでいた部屋であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四十四話

「あー、どうやら『ハズレ』の扉を開けちゃったみたいね」

 

 アルハレムとアルマが混乱していると、二人の後ろから扉の向こう側を見たセイレーンの魔女が呟いた。

 

「ハズレの扉?」

 

 おうむ返しに聞くアルハレムにセイレーンの魔女は頷いて見せる。

 

「そっ。どういう理屈かは知らないけど、ハズレの扉を開けちゃったら、最近の休憩室に繋がる仕掛けなの」

 

「……そういえば聞いたことがある。ダンジョンの仕掛けには突然別の場所に移動させられたり、同じ場所から移動できなくなるといった、空間に作用するものがあるって」

 

 まさかその実例をこの目で見ることになるとは思ってもいなかったアルハレムは目を丸くする。

 

「このダンジョンはね、無数にある扉を正しい順番で開けていくことで先に進めて、一回でもハズレの扉を開けちゃったら最近の休憩室でやり直しって仕掛けなんだ。……あっ。言っておくけど、これはアドバイスそのにだからね?」

 

 このダンジョンの進み方を説明したセイレーンの魔女は、後になって話しすぎたと思ったのか、これは助言だと言い繕った。そしてそれにアルハレムは小さく頷いてから次の質問をする。

 

「ハズレの扉を開いたら休憩室に繋がるのは分かった。それで正しい順番の扉を開いたらどうなるんだ?」

 

「んー、まあ、ここまで言ったら別にいいかな? それじゃー、アドバイスそのさん。正しい順番の扉を開けると通路に出るの。部屋と部屋を繋ぐ短い通路。それで通路の先にある扉を開くと……」

 

 そこまで言うとセイレーンの魔女は後ろを振り返って、アルハレムが開いた扉の向かい側にある扉を右の翼の先で指した。

 

「開いた扉の丁度向かい側にある扉から出てくるってわけ。分かりやすいでしょ?」

 

「ああ、確かにな……ん?」

 

 セイレーンの魔女に返事をしたアルハレムが眉をしかめた。

 

「どうかしましたか? マスター?」

 

「いや……。扉を閉めようと思ったんだが……扉が閉まらないんだ」

 

 アルマに答えながらアルハレムは扉を閉めようと取手を持つ手に力を入れるが、扉は開いた状態のまま動こうとしなかった。それを見たセイレーンの魔女が自分の顔の前で翼を左右に振る。

 

「あー、ダメダメ。一度開いた扉は部屋の中からじゃないと閉まらないよ。あと、開けた扉をちゃんと閉めないと他の扉も開かないからね。ほら、待っててあげるから休憩室からやり直してきなよ」

 

「……仕方がないか」

 

 セイレーンの魔女の言葉に従ってアルハレムが休憩室に入って扉の取手を掴むと、今度はあっさりと扉が閉まった。

 

「……これは長期戦になりそうですね」

 

「ああ、これはかなり厳しいかもしれないな」

 

 扉が閉まったのを確認してからアルハレムの手の中にあるアルマが呟き、魔物使いの青年もそれに頷いて同意した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四十五話

「正しい順番の扉を開けると先に進めて、一回でも間違った扉を開けるとこの休憩室からやり直し。それだけを聞くと簡単そうに思えるけど、実際はそうじゃないだろうな」

 

「ええ、私も同意見です。ダンジョンの中があの広間だけならともかく、恐らくは下に別の階層がいくつもあって、そこにも無数の扉があるはずです。その全てを一度の間違いもなく、正しい順番で通って行かないとなると、かなりの難度であると予想できます」

 

 アルハレムの呟きに彼が手に持っているインテリジェンスウェポンのロッド、アルマが肯定する。

 

「このダンジョンは強力な罠や魔物で侵入者を撃退するのではなく、何度も同じ行動を繰り返させて侵入者の精神を消耗することで自滅を誘うタイプなのでしょう。

 このダンジョンを攻略するにはあの骸骨の人形達と戦いながら内部を正確に把握し、正しい順番の扉を記録しながら進まねばなりません。そしてハズレの扉を開いてしまった場合は、全員で休憩室に行ってやり直すか、その場にとどまる組と休憩室に戻る組の二手に分けるか判断しなければならないでしょうね。

 ……まあ、私とマスターの場合はハズレの扉を開いてしまったら、一緒に休憩室に戻る以外の選択肢はないのですが」

 

 インテリジェンスウェポンの魔女の分析を聞いて魔物使いの青年は、改めてこのダンジョンの攻略の難しさを認識して頷く。

 

「そうだよな。それにこの手の仕掛けだったら間違いもなく『アレ』もあるだろうな。……とりあえず広間に戻ろうか? いつまでここにいて広間にいるセイレーンを待たせても悪いからな」

 

「……別にあのセイレーンの魔女は私達の仲間ではないのですから待たせても問題ないのでは?」

 

 アルハレムの言葉に、アルマはロッドの姿をしているため表情は分からないが、それでも不機嫌そうな声で言ってくる。どうやらこのインテリジェンスウェポンの魔女は、セイレーンの魔女に「気持ち悪い」と言われたことをまだ根に持っているようだ。

 

「そういうわけにはいかないだろ? ほら、行くぞ」

 

 苦笑を浮かべてアルマを落ち着かせてアルハレムは広間へと繋がっている扉を開く。すると……、

 

 

「イヤッホー♪ おっ宝♪ おっ宝ー♪」

 

 

 何やらとても上機嫌な女性の声がアルハレム達の耳に聞こえてきた。

 

「……何だ?」

 

「聞き覚えがない声ですね」

 

 アルハレムとアルマが声が聞こえてきた広間の方を見ると、そこには初めて見る女性がつい先程アルハレム達が倒した骸骨の人形達の残骸を集めており、その隣ではセイレーンの魔女が呆れた表情をしていた。

 

 骸骨の人形達の残骸を集めている女性は二十代くらいで長く伸ばした真紅の髪が特徴的であった。服装は隣にいるセイレーンの魔女と似ている踊り子のような露出の激しい服装をしているが、真紅の髪の女性とセイレーンの魔女の似ている点は服装だけではなかった。

 

 真紅の髪の女性もまたセイレーンの魔女と同じく四肢が人間のものではなく、両腕が翼で両足がかぎ爪のある獣の脚だったのだ。ここで違いがあるとすれば、真紅の髪の女性の翼がセイレーンの魔女のような鳥の翼ではなく、蝙蝠のような翼であることだろう。

 

 とにかくこの真紅の髪の女性もまた、アルマやセイレーンの魔女と同じく魔女であることはその外見から疑いようもなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四十六話

「あっ、戻ってきた」

 

 アルハレムとアルマが真紅の髪の女性を見ているとセイレーンの魔女が二人が戻ってきたことに気づく。

 

「ちょっと遅かったね。何かあったの?」

 

「いや……。アルマと少し話していたんだけど……彼女は?」

 

「ふ~んふふ~ん♪ おっ宝♪ おっ宝~♪」

 

 アルハレムは階段を降りて広間にいるセイレーンの魔女に答えてから真紅の髪の女性に視線を向ける。真紅の髪の女性はアルハレム達に気づいていないのか、今も鼻歌を歌いながら骸骨の人形達の残骸を集めていた。

 

「ん? ああ、コイツ? コイツはアタシと一緒に貴方達をここに連れてきた魔女だよ。『ワイバーン』の魔女。……いや、『ドラゴンメイド』って言った方がいいのかな?」

 

「ワイバーン!?」

 

「しかもドラゴンメイド……!」

 

 セイレーンの魔女の言葉にアルハレムとアルマが絶句する。

 

 ワイバーンとはこの世界に生きる全ての魔物の中で「最強」とされている魔物「ドラゴン」に属している種族の一つである。ワイバーンはドラゴンの中では下位に位置する種族だが、その実力は他の魔物とは比べ物にならず、魔物の中でも上位の存在とされている魔女にも匹敵するとされている。

 

 そしてドラゴンの一族は、千年に一度に人間の女性に似た姿と輝力を操る能力を持った、魔女の個体を産むという伝説がある。この伝説にあるドラゴンの血を引いた魔女こそが「ドラゴンメイド」である。

 

 ドラゴンの戦闘能力の高さに加えて輝力を操ることができるドラゴンメイドは、もはや「生きる災害」と言っても過言ではない。つまり種族的には下位のドラゴンであるワイバーンとはいえドラゴンメイドである真紅の髪の女性は中位、あるいは上位のドラゴンに匹敵する力を持っていると言うことで、セイレーンの魔女の話を聞いたアルハレムの額に一筋の冷や汗が流れた。

 

「彼女がワイバーンのドラゴンメイド……?」

 

 言われて見れば真紅の髪の女性の頭部には二本の角が、臀部には鱗に覆われた尻尾と、翼と脚以外にもドラゴンを連想させる要素があった。

 

 そして真紅の髪の女性、ワイバーンのドラゴンメイドの一見華奢に見える四肢には想像できない程の力が宿っていて、その気になればアルハレム達など一瞬で挽き肉にする事できるだろう。しかし……。

 

「ふ~んふふ~ん♪ おっ宝♪ おっ宝~♪」

 

「……とてもそうとは見えませんけど」

 

 今もアルハレム達を気にもとめず、鼻唄を歌いながら骸骨の人形達の残骸を集めているワイバーンのドラゴンメイドからはその様な驚異は感じられず、アルマは呆れたように呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四十七話

「それで何で彼女は俺達が倒した骸骨の人形達の残骸を集めているんだ? さっきからお宝お宝と言っているけど」

 

 アルハレムが真紅の髪の女性、ワイバーンのドラゴンメイドを見ながらセイレーンの魔女に聞くと、セイレーンの魔女は意外そうな表情となって答えた。

 

「あれ? 気づいていなかったの? 骸骨の人形達って頭蓋骨以外は全部金でできているんだよ」

 

「「金?」」

 

 セイレーンの魔女の言葉にアルハレムとアルマは思わず声を揃えて驚いた。

 

「そう、金。ここのダンジョンマスターがヒューマンも相手にした時にそうしたらしいよ。ほら、ヒューマンって金とか宝石とかが大好きなんでしょ? だからヒューマンをこのダンジョンに誘き寄せる餌というか景品って感じで。実際、『さまよえる幽霊船』の噂が出るまでは骸骨の人形達を倒して金を手にいれようってヒューマンが大勢いたらしいよ?」

 

「なるほど」

 

「つまり、その金を手にいれようとした侵入者を撃退し続けたせいでこのダンジョンは『さまよえる幽霊船』と呼ばれるようになったと」

 

 セイレーンの魔女の説明に納得してアルハレムが頷き、アルマが結論を告げる。

 

「まあ、そういうこと。……って、いつまでやってんのさ?」

 

 アルハレムとアルマに頷いてみせたセイレーンの魔女は、骸骨の人形達の残骸、金でできた骨をほとんど集めていながら他にもないか床を這いつくばって探しているワイバーンのドラゴンメイドの脚を軽く蹴った。

 

「何をするんだい? 邪魔しないでくれ」

 

 脚を蹴られたワイバーンのドラゴンメイドは、セイレーンの魔女に文句を言うが、その間も骸骨の人形達の残骸を探すのを止めようとしなかった。

 

「……ハァ。どうでもいいけどソレ、後で全部アルハレム達に返しなよ?」

 

「ハァ!? 何だってそうなるんだい!?」

 

 ため息を吐いてからセイレーンの魔女が言うと、ワイバーンのドラゴンメイドは弾かれたように立ち上がって彼女を睨み付ける。

 

「これは全部アタイが集めたんだぞ!?」

 

 よっぽど骸骨の人形達の残骸、金を渡したくないのかワイバーンのドラゴンメイドは今にも襲いかかりそうな顔でセイレーンの魔女を見るが、セイレーンの魔女は特に恐れた様子を見せず冷めた視線を向けていた。

 

「その前に、骸骨の人形達を倒したのはアルハレム達でしょ?」

 

「うっ!?」

 

「そもそも骸骨の人形達を倒して手に入る金は全部、侵入者のヒューマンへの景品だってダンジョンマスターも言っていたじゃん?」

 

「ううっ!」

 

「てゆーか、貴女ってば最初にここに来た時にダンジョンマスターから沢山金をもらったはずなのに、まだ欲しいの?」

 

「うううっ……」

 

 セイレーンの魔女の口から次々と出てくる言葉に追い込まれるワイバーンのドラゴンメイド。その表情からは先程までの勢いは欠片もなくなっていた。

 

「いや、それは……あっ」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドは、セイレーンの魔女から目を逸らして視線をさまよわせていると不意にアルハレム、金でできた骸骨の人形達の残骸の持ち主と目があった。

 

「え?」

 

「……ふふっ♪ ねぇ、アンタ? 確かアルハレムって呼ばれてたっけ?」

 

 突然の出来事に対応できずにいたアルハレムにワイバーンのドラゴンメイドが猫なで声を出しながら近寄ってくる。

 

「え? え?」

 

「なあ、アルハレム? アンタ、せっかく手に入れたお宝をここに置いてたってことは別にいらないんだろ? だったらアタイが貰っても別にいいだろ? ねぇ?」

 

 甘い声で囁きながらワイバーンのドラゴンメイドはアルハレムの体に自分の体を押し付ける。

 

 ワイバーンのドラゴンメイドはここにはいないリリア達、仲間の魔女五人と負けず劣らずの豊満な体つきをしており、アルハレムは服越しに胸に伝わってくる二つの柔らかくて弾力のある感触に思わず口を開いた。

 

「わ、分かった……。す、好きにしたらいい」

 

「本当かい!? ありがとよ、アルハレム! ……ん♪」

 

 アルハレムの返事にワイバーンのドラゴンメイドは表情に喜色を浮かべ、彼の頬に口づけをした。

 

「うーわー……。アルハレムってば誘惑に弱すぎ。いくらなんでもチョロすぎない?」

 

「マスター……。貴方はいつも私やリリア達が側にいるのに女性に耐性がついていないのですか?」

 

 そしてアルハレムはセイレーンの魔女から冷やかな視線を向けられ、アルマに心底呆れたといった台詞を投げつけられたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四十八話

「え、え~と、それで貴女は何でそんなに必死に金を集めているんだ?」

 

「ん? 何でってそりゃあ、ドラゴンはお宝を集めるものだろ?」

 

 これ以上アルマとセイレーンの魔女に何かを言われないうちにアルハレムがワイバーンのドラゴンメイドに質問をすると、ワイバーンのドラゴンメイドは当たり前のことを言うように答える。

 

「いや、うん……。そういう話は聞いたことがあるけど……」

 

 確かに伝説や物語に登場するドラゴンは金や銀に宝石、貴重なマジックアイテムといった財宝を集めて自分の巣穴に貯め込んでいた。

 

「アタイ達ドラゴンは金や銀みたいな欲望の対象になりやすいものを集める習性があるんだよ。『欲望感知』なんていう相手の欲望とその向かい先が分かるって種族特性を全ドラゴン共通で持ってるくらいだからね」

 

「相手の欲望が分かる種族特性か……」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドの話を聞いてアルハレムは、自分がダンジョンを求める心、欲望を持っていたために、ここにいるセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに目をつけられたことを思い出した。

 

「まあ、アタイはそんなのは関係無くお宝が好きで集めているんだけどね……って、そうだ」

 

「どうかした?」

 

「なあ、アルハレム。今だけ、アタイをアンタ達の仲間にしないか?」

 

「「「……………は?」」」

 

 何かを思いついたワイバーンのドラゴンメイドにアルハレムが聞くと彼女は名案とばかりに一つの提案をして、その提案に魔物使いの青年だけでなくインテリジェンスウェポンの魔女とセイレーンの魔女も揃って呆気にとられた声を出す。

 

「見たところアルハレムって、仲間はそのインテリジェンスウェポンだけなんだろ? それだけじゃあ大勢の敵が出てきたらキツいだろう? だからアタイが手をかしてやろうって言ってるのさ。その代わり……」

 

「敵を倒して手に入る『お宝』を貴女に渡せばいいのですね?」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドの言葉の途中でアルマが彼女の要求を口にする。要するに今だけアルハレムの仲間になってこのダンジョンの侵入者になれば、あの骸骨の人形達を倒して金の骨を自分の物にする大義名分がつくということだった。

 

「そういうこと♪ それでどうするんだい、アルハレム?」

 

「そうだな……」

 

 アルハレムはワイバーンのドラゴンメイドに聞かれて考えるが、それほど悪い話とは思わなかった。

 

 ダンジョンを攻略するための戦力が不足しているのは事実であるし、ワイバーンのドラゴンメイドであれば戦力としては申し分がない。それに今までの様子を見るかぎり、このワイバーンのドラゴンメイドは、約束通り敵を倒して手に入る戦利品を渡していれば裏切ることはないように思われる。

 

 そう考えれば彼女の申し出は悪くないどころか、こちらにとって渡りに船と言えた。

 

「分かった。あの骸骨の人形達から手に入る金は全て貴女に渡す。だから戦闘に協力してくれ」

 

「オーケー。交渉成立だね♪」

 

 アルハレムが申し出を受けるとワイバーンのドラゴンメイドは笑みを浮かべて頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四十九話

「……これで、何回目だ?」

 

「すみません、マスター。五十回目から数えていません」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドを仲間に加えてからしばらくした後、疲労感をにじませた声で訊ねるアルハレムにアルマがうんざりとした声で答える。

 

 アルハレム達はワイバーンのドラゴンメイドを仲間に加えてすぐにダンジョンの攻略を開始した。敵である骸骨の人形達はすでに全て倒しているので、後は二十の扉を開いていく順番を調べれば次の階層に進めるのだが、これが中々に大変であった。

 

 二十の扉から一つの正しい扉を一回で当てるなんて偶然、そんなものは滅多になく、アルハレムは二十回目の挑戦でようやく正しい扉を見つけ出した。

 

 次は二十から一つを除いて十九の扉から十九回目の挑戦で正しい扉を見つけ出し、その次は十八回目の挑戦で正しい扉を見つけて、さらにその次は十七回目の挑戦で、といったことを繰り返してアルハレム達は扉を開いていく順番を調べていった。

 

「それにしても時間がかかったな」

 

「かかりすぎです。マスターは勘と運が悪すぎです」

 

 アルハレムの言葉をアルマが即答で切り捨てる。

 

 ……まあ、ことごとくハズレの扉を選び続けて最後の最後でようやく正しい扉を見つける、なんてことを繰り返されればアルマでなくても言いたくはなるだろう。

 

「ま、まあ、それもこれで終わりだ」

 

 アルハレムはアルマの言葉を額に一筋の冷や汗がついた笑顔で強引に流すと、目の前にある二つの扉を見た。

 

 すでに一番目から十八番目までの扉は分かっていて、順番が分かっていない扉はこの二つだけ。ここまでくれば正しい扉を開いてもハズレの扉を開いても順番は分かるのだが、せめて一度くらいは一回で正解を当てたいと思うアルハレムだった。

 

「さて、どっちを開こうか?」

 

 アルハレムは手に持っているインテリジェンスウェポンのロッド、アルマの先端を床に立てて、どちらの扉を開こうか真剣に考える。その時……、

 

「……え?」

 

 インテリジェンスウェポンのロッドの柄尻にある宝石からアルマの声が聞こえてきた。

 

「アルマ? どうした?」

 

「いえ……。今、誰かの声が聞こえてきたような気がして……」

 

「声?」

 

 アルマの言葉にアルハレムは周囲を見回してみるが、今この場にいるのは二人だけであった。

 

「……すみません、マスター。私の気のせいのようです。先に進みましょう」

 

「そうだな。……よし! こっちだ!」

 

 アルハレムはアルマにそう答えると二つの扉のうち、右の扉を勢いよく開くのと同時に扉の向こうにと足を踏み入れた。

 

「あっ、帰ってきた。さっきぶりー」

 

「よお、これで何度目だい?」

 

 扉を開いた先は休憩室で、そこの椅子に座ってくつろいでいたセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドがアルハレム達を迎えてくれた。

 

 休憩室にと繋がる扉。……つまりハズレ。

 

「連敗ですね」

 

 アルマが一切の感情がこもっていない声で簡潔に現状を告げる。

 

 ダンジョン攻略、幸先の悪いスタートであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五十話

 休憩室でくつろいでいたセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドを加えたアルハレム達は再び広間に来ていた。

 

「これで最後か……」

 

 一番目から十九番目までの扉を通り、二十番目の扉を開くとそこは休憩室……ではなく短い通路で、セイレーンの魔女の話が本当であればこの通路の先が次の階層となっているはずである。

 

「やれやれ、やっとかい。待ちくたびれたよ」

 

「まあ、こればっかりは運次第だから仕方がないけどね。でもアルハレム、次からはもっと早く正しい扉を見つけた方がいいよ? じゃないと色々としんどいことになるから。これ、アドバイスそのよんね」

 

 通路の先が次の階層に繋がっているのを見てワイバーンのドラゴンメイドが大きくのびをしながら言い、セイレーンの魔女がアドバイスをアルハレムに送る。セイレーンの魔女が言う「色々としんどいこと」に心当たりがある魔物使いの青年は、一つ頷くと先に進んだ。

 

 通路の先にある扉を開くと下へと続く階段があり、その階段を降りるといくつもの部屋が並んでいる、まるで船の乗客が宿泊するための空間に出た。恐らくは、いや、間違いなくこの部屋の扉は上の広間の扉と同じものなのだろう。

 

「これは……上の広間よりも厄介だな」

 

 周囲を見回したアルハレムが素直な感想を口にする。ついさっきまで何の遮蔽物のない上の広間に馴れていたせいで、複雑とは言わないが遮蔽物があって通路が別れているこの空間には僅かな戸惑いを隠せなかった。

 

「まずはこの階層の確認ですね。全ての部屋、というか扉の数と位置を確認しないと」

 

「いや、それより先にやるべきことがあるだろう」

 

 アルマの意見をワイバーンのドラゴンメイドが却下する。彼女の視線は魔物使いの青年もインテリジェンスウェポンの魔女も見ておらず、通路の先の曲がり角に向けられていた。

 

「やるべきこと?」

 

「……ああ、なるほど」

 

 アルハレムとアルマがワイバーンのドラゴンメイドの視線の先を見ると、通路の曲がり角から複数の人影、上の広間でも戦った骸骨の人形達が数体現れた。

 

「まずはここにいる敵を全て倒さないとなぁ!」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドは獲物を見つけた空腹の肉食獣のように目を輝かせると、骸骨の人形達に向かって通路を駆けた……いや、翔んだ。

 

 獲物に向かって翔ぶワイバーンのドラゴンメイドは輝力を使って身体能力を強化していなかったが、その速さは輝力で身体能力を強化した戦乙女や魔女と同じくらいの風のような速さであった。そして当然、獲物である骸骨の人形達はそんな速さで向かってくるワイバーンのドラゴンメイドに反応できるはずもなく、通路を曲がってこちらを向いたのと同時に彼女の襲撃を受けた。

 

「オラァ!」

 

 ガゴォ!

 

 ワイバーンのドラゴンメイドは雄叫びと共に突進の速度を活かした渾身の回し蹴りを放つ。ドラゴンの脚力で放たれた蹴りの威力はもはや戦斧や戦鎚のそれであり、数体の骸骨の人形達はほぼ同時に頭蓋骨を砕かれて無数の金の骨、財宝にと姿を代えた。

 

「あれで素の身体能力ってことは、輝力を使えば一体どれくらい強いんだ?」

 

「ドラゴンの名前は伊達ではないようですね」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドの戦いを実際に見てアルハレムとアルマは思わず感嘆の声を漏らし、骸骨の人形達を倒して手に入る財宝の為とはいえ、ワイバーンのドラゴンメイドが敵ではなく味方になってくれたことに安堵した。

 

 しかし、魔物使いの青年とインテリジェンスウェポンの魔女が揃って安堵の息を吐いた次の瞬間、異変は起こった。

 

 ……ガコン。

 

「ん? 何だ?」

 

「……っ!? マスター! 気をつけて!」

 

 突然、船全体を僅かに揺らす衝撃と音がしてきてアルハレムが首を傾げると、アルマの警告の声を出す。そしてインテリジェンスウェポンの魔女の声を合図にしたように、床や壁から数体の骸骨の人形達が出現してきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五十一話

「コイツらはどうしていきなり……!?」

 

 まるで水面から浮かび上がってくるかのように壁や床から現れてくる骸骨の人形達。

 

 突然現れた敵達を見てアルハレムは武器であるアルマを構えながらも戸惑った声を出す。そんな魔物使いの青年の言葉に応える声が『上』から降ってきた。

 

「どうしてだ? そんなことはどうでもいいじゃないか」

 

 ゴォッ! ガシャン!

 

 何かが勢いよく風をきって落ちてくる音と、続いて聞こえてくる何かが砕ける音。

 

 それはいつの間にか天井近くまで飛んでいたワイバーンのドラゴンメイドが急降下をして骸骨の人形達に襲いかかり、その頭蓋骨を鱗で覆われたドラゴンの脚で踏み砕いた音であった。

 

「倒して手に入るお宝が増えた。それだけのことさ」

 

 獰猛な笑みを浮かべたワイバーンのドラゴンメイドは、まだ生き残っている骸骨の人形達に視線を向けながらアルハレムに言う。

 

(やっぱり彼女を仲間にしたのは正解だったな……)

 

 己の欲望(主に金銭欲)を満たす獲物が増えたことに歓喜し、全身に纏う殺意を濃くするワイバーンのドラゴンメイドを見て、アルハレムは彼女が今は敵でないことに何度目になるか分からない安堵の息を吐いた。

 

 ☆★☆★

 

 そして戦闘はほんの僅かな時間で終わった。

 

 壁や床から新たに出現してきた骸骨の人形達は十数体ほどであったが、そのほとんどはワイバーンのドラゴンメイドによって瞬く間に破壊され、その様子を見ていたアルハレムは戦闘と言うよりも一方的な虐殺(?)と言った方が正しいという感想を懐いた。

 

「まさか降りてすぐに『始まる』なんてね。上の広間で時間がかかりすぎたみたいだね」

 

「……それは君が言っていた『アドバイスそのよん』に関係することか?」

 

 戦闘が終わってから口を開いたセイレーンの魔女にアルハレムが訊ねる。

 

 セイレーンの魔女はこの階層に降りてすぐに「早く正しい扉を見つけないと色々としんどいことになる」と言い、それを「アドバイスそのよん」とも言った。

 

「あっ、分かったんだ? うん、そうだよ。……じゃあ、さっきは何が起きたのか説明できる?」

 

 アルハレムの言葉にセイレーンの魔女は、感心した表情を浮かべて彼の質問に答えてから訊ねる。それに対して魔物使いの青年は若干沈んだ表情となって口を開く。

 

「……多分『制限時間を超えたことによるやり直し』だろ?」

 

「正解♪」

 

 セイレーンの魔女はアルハレムの返答を意地の悪い笑みで肯定する。

 

「少し考えたら分かることだ。いくらこのダンジョンが無数にある扉を正しい順番で通らないといけない厄介な構造でも、それは時間をかけて調べればやがて分かる。それを防ぐためにある程度の時間が経てば扉を通る順番が変わる仕掛けなんだろ? ……後ついでに順番が変わる時に倒した敵も補充される」

 

「そういうこと。まあ、お宝が増えるのはいいことじゃないか」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドは財宝となる骸骨の人形達が増えることに心から嬉しそうな笑みを浮かべるが、生憎とアルハレムにはその事を喜ぶことはできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五十二話

「さて、こんなったら慎重に扉を選ばないとな……」

 

 アルハレムはいくつもの扉が並ぶ通路を眺めながら呟く。

 

 ここで間違った扉を開けてしまったらまた休憩室からやり直しで、上の広間でまた補充された骸骨の人形達と戦って二十の扉の正しい順番を調べなくてはならない。できることならそれは避けたかった。

 

「適当に選んだらどうだい? たとえハズレでもアタイはかまわないよ」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドが気楽に言う。彼女にしてみれば、やり直しになって骸骨の人形達と戦う回数が増えれば手に入る「お宝」が増えて満足かもしれないが、アルハレムはまた上の広間で延々と扉を開くことを考えるとうんざりとした気持ちになった。

 

「せめて正しい扉の手がかりとか、ダンジョンの階層が全部でいくつあるかとか分かればいいんだが……」

 

「……」

 

 アルハレムはそこまで言ってセイレーンの魔女を見るが、彼女は無言で苦笑を浮かべて肩をすくめる。それは「同情はするが自分で調べろ」という意思表示であった。

 

「一体どれを選べば……」

 

「マスター。少しいいですか?」

 

 顎に手を当てて考えるアルハレムにロッドの柄尻の宝石からアルマの声が聞こえてきた。

 

「どうした、アルマ?」

 

「……もしかしたら正しい扉の順番が分かるかもしれません」

 

「何!? それは本当か?」

 

「へぇ……」

 

「ほぅ……」

 

 アルマの発言にアルハレムは思わず驚き、セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドも興味深そうな表情を浮かべる。

 

「本当に分かるかどうかは試してみないと分かりませんが……」

 

「それでもいいさ。分かる方法があるのだったら是非試してくれ」

 

 アルマの言葉を途中で遮ってアルハレムが頼む。正しい扉の順番を確かめる方法がない魔物使いの青年にとって、インテリジェンスウェポンの魔女だけが頼りであった。

 

「では、マスター。私の先端を床につけてください」

 

「こうか?」

 

 アルハレムが言われた通りにインテリジェンスウェポンのロッド、アルマの先端を床につけると、彼女の姿が輝力の青白い光に包まれる。

 

「………………………………………分かりました。マスター、私が指示する扉に向かってください」

 

「分かった」

 

「ではまずこの通路を左に行って、次の曲がり角を……」

 

 アルマの指示に従ってアルハレム達はダンジョンの通路を進んでいく。途中で何回か骸骨の人形達と遭遇したが、それらは喜色を浮かべたワイバーンのドラゴンメイドによって瞬殺されていったので、一行は目的の扉まで行くのにそれほど時間がかからなかった。

 

「……ここか?」

 

「はい。ここです。マスター」

 

 目的の扉の前に立ってアルハレムがアルマに聞くと、ロッドの柄尻の宝石から迷いのない返答が返ってきた。

 

「よし。それじゃあ開けるぞ? ………おお」

 

 扉を開いたアルハレムはその先を見て声をあげた。

 

 扉の先は短い通路。つまりこれが最初に開くべき正しい順番の扉の証明であった。

 

「おおっ。やるじゃん。適当に言ったわけじゃなきんだね」

 

「本当だ。でもどうやって分かったんだい?」

 

 アルマが選んだ扉が正しい順番の扉であったことに、セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドも驚いた顔となった。

 

「俺もそれは気になる。どうして分かったんだ?」

 

 アルハレムがワイバーンのドラゴンメイドの言葉に頷いてから訊ねると、インテリジェンスウェポンの魔女は何でもないように答えた。

 

「簡単なことです、マスター。分からないことがあれば分かる方に聞けばいいだけです」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五十三話

「分かる方に聞いた? 一体誰にだ?」

 

「決まっています。このダンジョンの主、ダンジョンマスターにです」

 

 アルハレムの質問にアルマは簡潔に答えるのだが、その答えは魔物使いの青年だけでなくセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドも全くに予想していないものであった。

 

「ダンジョンマスターに? 確かにそれだったら分かるだろうけど……」

 

「一体いつ聞いたっていうのさ?」

 

「貴女達も見ていたはずですよ? マスターが私の先端を床につけた時。その時です」

 

 セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドの疑問に、ロッドの姿をしたインテリジェンスウェポンの魔女はあっさりと答える。

 

「やっぱりあの時か。……でもあれでどうやってダンジョンマスターに聞いたんだ?」

 

 確かにアルハレムはアルマに言われた通りロッド形態の彼女を床につけたが、それだけでダンジョンマスターとコンタクトがとれた理由が分からなかった。その事について訊ねるとロッドの柄尻の宝石から僅かな失望が混じった声が聞こえてきた。

 

「マスター……。ご自身の武器の性能くらい把握しておいてください。……私に備わっている固有特性を使用しました」

 

「固有特性?」

 

「そうです」

 

 インテリジェンスウェポンの魔女は主である魔物使いの青年に短く答えてから自身の固有特性について説明をする。

 

「私が使用した固有特性は『思考受信』といいまして、触れた相手の思考を読み取る固有特性です。元々は私の使い手であるマスターの思考を読み取ることで、速やかに戦況に応じた形状に変形するための固有特性なのですが、これには武器や体に接触した敵の思考を読み取るという使い方もあります。更にこの思考受信は輝力を使用することで感度を上昇させ、相手の思考の深いところまで読み取れます」

 

「……つまりあれか? このダンジョンそのものを『ダンジョンマスターの体』と見立てて、ダンジョンマスターの思考を読み取り、正しい扉の順番を『聞いた』ってことか?」

 

 アルマの固有特性の説明を聞いたアルハレムは、信じられないといった顔で口を開くとロッドの柄尻の宝石から肯定の声が返ってきた。

 

「はい。上の広間でマスターが最初に私の先端を床につけた時、聞き覚えがない女性の声が聞こえたのでもしかして、と試してみたらうまくいったようです」

 

「そんなことあり得るのか……?」

 

「いや……。あのダンジョンマスターだったらあり得るかも……」

 

 アルハレムが思わず思ったことを口にすると、セイレーンの魔女が少し考える表情となって呟く。

 

「え?」

 

「そうだね……。あのダンジョンマスターだったら案外あり得るのかもしれないね」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドとセイレーンの魔女の呟きに同意する。

 

「え? 二人とも、それってどういう意味だ?」

 

 アルハレムが聞くが、セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドは説明するのが面倒だといった感じで二人揃って首を横に振る。

 

「まあ、会ってみたらすぐに分かるよ」

 

「そうだね。それより道が分かったんだったら先に進んでみたらどうだい?」

 

「あ、ああ……。そうだな」

 

 セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに言われてアルハレムは先に進むことにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五十四話

 アルマが固有特性「思考受信」を使うようになると、アルハレム達のダンジョンを攻略する速度は一気に上がった。

 

 インテリジェンスウェポンの魔女が思考受信でダンジョンマスターの思考を読んで扉を開く正しい順番を見つけ出し、ワイバーンのドラゴンメイドがその途中で遭遇する骸骨の人形達を蹴散らすことにより、一行は驚くほどの短時間でダンジョンの階層を四つ越えて五番目の階層に辿り着いた。

 

「頼むぞ、アルマ」

 

「はい」

 

 五番目の階層の入口でアルハレムはインテリジェンスウェポンのロッド、アルマを床につけて彼女に思考受信を行うように指示をする。

 

「……………マスター、どうやらダンジョンはこの階層で終わりのようです。あと、どうやらダンジョンマスターはかなりご立腹のようです。思考を読んでいると『ズルいです!』とか『そんなのはルール違反です!』といった涙声の抗議が聞こえてきました」

 

「あー、それはそうだろうね」

 

「まあ、確かにね」

 

 アルマの言葉にセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドが頷く。

 

「アルハレム達ってば、最初は面白いくらいにこのダンジョンの仕掛けにひっかかっていたのに、いきなり思考受信なんてズルを使って正解の道を見つけるんだから」

 

「何十年ぶりのお客様をもてなそうって気合いをいれていたのにこれじゃあ怒りたくもなるよな」

 

 苦笑しながら言うセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドであったが、これにはアルハレムに言いたいことがあった。

 

「お前達はそうは言うけど……そのダンジョンマスターが言う『もてなす』って、罠にはめて殺すってことだろ? 俺はまたあの無数の扉を延々と開くのも、骸骨の人形達に殺されるのも嫌だからな」

 

「当然です」

 

 アルハレムの言葉をアルマが肯定し、セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドも「違いない」といった風に肩をすくめる。そんなことを話していると通路の向こうから複数の足音が聞こえてきた。

 

「また骸骨の人形達か? ……あれ?」

 

 アルハレム達が足音がする方を見ると予想通り複数の骸骨の人形達が向かってきていたが、その骸骨の人形達は今までのとは少し違っていた。向かってくる骸骨の人形達は頭蓋骨だけは本物の骨で、胴体は光輝く作り物の骨なのは今までと同じなのだが、よく見れば胴体の光沢が違うのが分かった。

 

「ほおっ! あれは……ダンジョンマスターも本気のようだね。いや、『キレた』って言った方が正しいかな?」

 

 こちらに向かってくる骸骨の人形達を見てワイバーンのドラゴンメイドが鋭い牙を見せて笑顔を浮かべる。

 

「あれは一体何だ?」

 

「今まで戦っていた骸骨の人形達と同じさ。ただし、胴体は金じゃなくてダイヤモンドだがね」

 

『ダイヤモンド!?』

 

 ワイバーンのドラゴンメイドの言葉にアルハレムとアルマは声を揃えて驚き、彼女はその反応に気をよくして更に口を開く。

 

「そうさ。体がダイヤモンドだから下手な攻撃じゃ傷もつかないし、動きも今までよりも上だね。だけどその分、倒したら金よりもっと価値のあるお宝が手に入るんだよ……ね!」

 

 そこまで言うとワイバーンのドラゴンメイドは骸骨の人形達に向かって通路を飛んだ。その目は新たな「お宝」を見つけたことで輝いており、骸骨の人形達に襲いかかるワイバーンのドラゴンメイドの姿を眺めながらアルハレムは、彼女がこちらについたことが最大の「ルール違反」ではないかと思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五十五話

 体がダイヤモンドでできた骸骨の人形達は確かに強敵であった。

 

 自分の体の強度を活かしてこちらの攻撃を防ぎ、他の個体と簡単な連携をとって攻撃を仕掛けてくる様子は、今までのただ武器を持って突撃してくるだけの体が金でできた骸骨の人形達とは違っていた。

 

 しかしそれでも「強力すぎる助っ人」を仲間に加えたアルハレム達には大した脅威ではなく、一行は敵を全て倒した通路を進んで行く。

 

「ふんふんふ~ん♪ おっ宝♪ おっ宝♪ 大漁だ~♪」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドが限界まで膨れ上がった大人一人が入れそうなほど大きな袋(中には今まで倒してきた骸骨の人形達の残骸、つまり金とダイヤモンドの骨が入っている)を軽々と引きずりながら上機嫌に鼻唄を歌い、そんな彼女の後ろ姿を眺めながらアルハレムはこっそりとため息をついた。

 

「ふぅ……。やっぱり強いよな、彼女」

 

 ここまで遭遇した骸骨の人形達のほとんどはワイバーンのドラゴンメイドが倒している。アルハレムも彼女が討ち漏らした骸骨の人形を何体か倒しているが、倒した敵の数は比べ物にならない。

 

 相手がドラゴンの血が流れている魔女で、ただのヒューマンでしかない自分とは身体能力が違いすぎるのは理解しているが、「ワイバーンのドラゴンメイドが敵を五体倒している間に自分は一体を倒すのがやっと」というのは、強くなることを目的とするアルハレムにとって辛いものであった。

 

「マスター……」

 

「そう? アタシの見たところ、貴方結構強いよ?」

 

 アルハレムの呟きが聞こえていたインテリジェンスウェポンの魔女は己の主に何か言おうとしたが、それより先にセイレーンの魔女が口を開いた。

 

「攻撃はヒューマンにしては充分強力で的確だし、防御もただ攻撃を受けるんじゃなくて攻撃の力を流して相手の隙を作るっていう場馴れたものだったよ。それにここに誘拐したアタシが言うのもなんだけど、いきなりダンジョンに放り込まれてもすぐに順応するくらい度胸があるし……少なくともアタシが見てきた男達の中だったら間違いなく上位に入るね」

 

「そ、そうなのか? ……うん。ありがとう」

 

 セイレーンの魔女から思いもよらぬ高評価をもらったアルハレムは照れ臭さを感じながら礼を言う。

 

「だけど俺は家族の中でも、仲間の中でも一番弱いからな。もっと強くなりたいよ」

 

 アルハレムが偽らざる本心を口にするとセイレーンの魔女が意外そうな顔をする。

 

「貴方が一番弱い? ……貴方の家族と仲間って、どんな集団なの?」

 

「家族は母親に父親違いの姉二人、そして父親が同じの妹一人で四人とも戦乙女。仲間はサキュバスにラミアにグール、猫又に霊亀。そしてこのインテリジェンスウェポンのアルマなんだけど、最近は戦乙女の妹も旅の仲間に加わったな」

 

「…………………………は?」

 

 セイレーンの魔女は最初アルハレムの言っていることが理解できず、たっぷり十秒程間を開けてから呆けたような声を出した。

 

「どうした?」

 

「どうしたって……アタシの聞き間違いじゃなかったら今貴方、『家族は全員戦乙女で仲間は魔女』って言ったように聞こえたんだけど?」

 

「ああ、そう言ったぞ?」

 

「……色々とツッコミたいところはあるけど、貴方、よく襲われなかったね?」

 

 セイレーンの魔女は信じられないものを見たという顔で純粋な疑問をアルハレムにぶつける。彼女の言った「襲われる」というのが命の方ではなく貞操の方だと気づいた魔物使いの青年は決まりが悪そうな顔となる。

 

「いえ、マスターは毎晩夜になるとリリアさん達に襲われてむさぼり食われてますよ?」

 

「アルマ!?」

 

「え? どういうこと?」

 

 突然会話に入ってきたアルマにアルハレムが思わず声をあげ、セイレーンの魔女が首を傾げる。

 

「ええっと、つまり……。俺の固有特性でな、俺は常人の何倍もある生命力を持っているんだ。そのお陰でアイツらと一緒にいても死ななかったって訳だ」

 

「……ふ~ん。そうなんだ……」

 

 アルハレムの説明を聞いてセイレーンの魔女の瞳に今までとは種類の違う興味の光が宿ったが、魔物使いの青年はそれに気づかないふりをして先に進むことにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五十六話

「マスター、ここが最後の扉です。この先にダンジョンマスターがいます」

 

 一つの扉の前でインテリジェンスウェポンの魔女が主である魔物使いの青年に話しかける。

 

 ワイバーンのドラゴンメイドの鼻唄を聞いてセイレーンの魔女の粘着性のある視線を感じながらアルハレムはダンジョンを進み、ようやくダンジョンの最後の扉に辿り着いた。

 

「そうか、この先にか……」

 

 アルマの言葉に頷いてアルハレムが扉を開くと、その先にあったのは最初の階層の広間と同じくらいの大きさの空間だった。余計なものが一切ない空間であるために一番奥にあるその存在に目がいった。

 

 広間の一番奥にあったのは両手を組んで祈る背中に翼を生やした女性の巨大な石像であった。石像は非常に美しくて精巧な造りをしていて、恐らくはあの女性の石像がこのダンジョンが「天空の乙女像」という名前の由縁なのだろう。

 

 そして女性の石像は上半身の部分しかなく、その下の下半身にあたる所には豪華な造りをした玉座があり、玉座には一人の女性が座っていた。

 

 玉座に座る女性は、十代後半ぐらいの輝くような金髪を長く伸ばした人間離れした、「作り物のようだ」と言っても過言ではない整った容貌をしていた。服装は黒の水着の上に船の船長が着るようなコートを羽織っていて、首と両腕には何本もの鎖で玉座と繋がっている首輪と腕輪があった。

 

「彼女がダンジョンマスターか?」

 

「恐らくは」

 

「ようこそいらっしゃいました。冒険者の方よ」

 

 アルハレムがアルマに声をかけていると玉座に座る女性が口を開いた。

 

「私はこのダンジョン『天空の乙女像』のダンジョンマスターです。何十年ぶりの挑戦者よ、私は貴方を歓迎します」

 

 アルハレム達に向けるダンジョンマスターの声は、その姿と声音とは似つかわしくない威厳を感じさせるものであった。しかしそんな彼女を鼻で笑う二人がいた。

 

「何、カッコつけているのよ?」

 

「全く似合ってないよ」

 

「んな!?」

 

 セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに鼻で笑われてダンジョンマスターが表情を一変させる。

 

「ちょ、ちょっと二人とも!? 何てことをいうのですか。せっかくお客様の前でダンジョンマスターらしい挨拶をしたのに台無しじゃないですか!」

 

 両手を勢いよく振って腕輪と鎖をガチャガチャと鳴らしながらセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに抗議するダンジョンマスター。どうやらこちらの姿の方がダンジョンマスターの素の姿らしい。

 

「「………」」

 

「はっ!? し、失礼しました。お見苦しい姿を見せてしまいましたね」

 

 アルハレムとアルマの無言の視線を感じたダンジョンマスターは慌てて二人に向き直る。

 

「いや、それは別に構わないんだが……君もやっぱり魔女なのか?」

 

「ええ、そうですよ。私は遥か昔に女神イアス様に創造された魔女の魂を持った『ゴーレム』です」

 

「貴女も私と同じ女神イアス様に造られた魔女の魂を持った存在……」

 

 アルハレムの質問にダンジョンマスターが答え、それを聞いたアルマが呟く。

 

「そうみたいですね。さあ、それでは始めましょうか? ダンジョンマスターである私と戦う……それがこのダンジョンの最後の試練です」

 

「……!」

 

 ダンジョンマスター、ゴーレムの魔女が告げるのと同時に、彼女の上にある石像が目を見開いて組んでいた両手を広げてゴーレムの魔女が座る玉座ごと宙に浮かんだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五十七話

「あの巨体で宙に浮かぶのは少し驚いたな。……それにしてもやっぱりこうなったか」

 

「ええ。ダンジョンを支配する存在と戦うのは、ダンジョンの最後の試練でよくあるパターンですからね」

 

「それじゃー、頑張ってねー。応援だけはしてあげる」

 

「ああ、アタイらはここで見学させてもらうよ」

 

 巨大な石像と共に宙に浮かんだゴーレムの魔女を見ながらアルハレムがアルマと話していると、セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドが口を開いた。

 

「……何?」

 

「このダンジョンの挑戦者はあくまで貴方達だからね。最後くらいは自分達で戦わないとね」

 

「それにアタイらは人間達に追われている所をあのダンジョンマスターに匿ってもらっている立場だからね。骸骨の人形達はともかく、流石に本人と戦うのは気が引けるね」

 

 セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドはダンジョンマスターとの戦闘に参加しないことを明言する。正直な話、ワイバーンのドラゴンメイドが参加しないのは大幅な戦力ダウンだが、元々彼女は成り行きで協力してくれた存在なので、仕方がないとすぐに納得して頷いた。

 

「……分かった。それじゃあ行くぞ、アルマ」

 

「はい、マスター」

 

「作戦会議は終わりましたか?」

 

 アルハレムがアルマに話していると、すぐ近くからゴーレムの魔女の声がしてきた。

 

「「………っ!?」」

 

 魔物使いの青年とインテリジェンスウェポンの魔女が慌てて声がしてきた方を見ると、広間の奥にいたはずのゴーレムの魔女はすぐそばに来ており、彼女の上にある女性の石像が振り上げた右腕を叩きつけようとしていた。

 

「くっ!」

 

「うわわっ!?」

 

「ちぃっ!」

 

 ゴーレムの魔女が操作する女性の石像は、アルハレムだけでなくセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドまでも攻撃の対象としているようで、三人が慌てて飛び退くのと同時に三人がいた場所に石像の拳が降り下ろされた。

 

「マスター、無事ですか?」

 

「まあな。それにしても危なかった」

 

「ちょっと! いきなり何をするのよ!?」

 

「何でアタイらまで攻撃するんだい!?」

 

 アルハレムがアルマに答えている横でセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドがゴーレムの魔女に抗議する。

 

「……ああ、すみません。間違えて攻撃しちゃいました♪」

 

 ゴーレムの魔女は満面の笑みを浮かべてセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに答える。

 

「間違えたって……」

 

「ええ、本当に間違えて攻撃しちゃったんです。すみません。私は別に怒ってなんていませんよ? ワイバーンさんがお客様の為に用意した骸骨の人形さん達をほとんど壊しちゃったこととか、全然気にしていませんから。本当に間違えて攻撃しちゃったんです」

 

 満面の笑みを崩さぬままセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに答えるゴーレムの魔女。気のせいかその笑みからは黒い「何か」が感じられた。

 

「……マスター」

 

「分かっている!」

 

 セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに向かって話しているゴーレムの魔女の背中を見てアルマが言葉を放ち、アルハレムはそれに頷くと同時にゴーレムの魔女に奇襲を仕掛けるべく駆け出す。

 

 後ろから奇襲を仕掛けるのは卑怯だと思うが、相手はこのダンジョンを支配する魔女。相手の力がこちらよりずっと上である以上、この隙を見逃す訳にはいかない。

 

「はあ!」

 

 アルハレムは手に持ったインテリジェンスウェポンのロッド、アルマをゴーレムの魔女の背中に向けて振るう。……だが、

 

「……え?」

 

 さっきまでそこにいたはずのゴーレムの魔女の背中は一種で消えてなくなり、アルハレムの攻撃は虚しく空を切るだけで終わった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五十八話

「なっ……!? 消えた?」

 

「一体どうして……?」

 

 目の前にいたゴーレムの魔女が突然消えたことにアルハレムは、驚きのあまり戦闘中にもかかわらず動きを止めて呟き、アルマもまた信じられないといった声を漏らす。

 

「ふふっ♪ 驚きましたか?」

 

「………!?」

 

 真横から聞こえてきた声にアルハレムが弾かれたように振り向くと、そこには悪戯を成功させた子供のような表情をしたゴーレムの魔女がいた。

 

「い、いつの間に……?」

 

「私は他の魔女の方々のように輝力で体を強化することはできません。そのように女神イアス様に創造されましたから。しかしその代わり、空間を操作してこのダンジョンの部屋や道具の位置を自由に入れ換えることができるんです♪ そしてそれは私自身も例外ではありません♪」

 

 思わず疑問を口にするアルハレムにゴーレムの魔女が自慢気に答える。確かに彼女の言う空間を操作する能力は、今まで延々とダンジョンをさまよったことで体感したが、まさかそれを自分自身にも使えるとは思わなかった。

 

「……瞬間移動。おとぎ話の中だけの魔術だと思っていたけど実在するなんてな。……でも自分の能力を敵の俺達に喋っていいのか?」

 

「別に構いませんよ? どうせ黙っていてもすぐに分かるだろうし、知られても問題ありませんから……ね!」

 

 相手が予想以上に厄介な能力を持っていたことにアルハレムは引きつった笑みを浮かべながら言うが、ゴーレムの魔女は余裕の表情であっさりと答える。そして次の瞬間、彼女と彼女の上に浮かぶ女性の石像の姿が幻のように消えた。

 

「また消えた! どこに……!」

 

「マスター! 後ろです!」

 

 瞬間移動で姿を消したゴーレムの魔女を探してアルハレムが周囲を見回していると、インテリジェンスウェポンのロッドからアルマの声が警告してきた。

 

「ちっ!」

 

 ブォン!

 

 アルマの警告にアルハレムが考えるより先に前方に飛ぶと、その直後に魔物使いの青年の後方で強い風が起こった。

 

「おお……! 今の攻撃を避けますか?」

 

 振り向くとゴーレムの魔女が驚いた顔をしていて、彼女の上に浮かぶ女性の石像が右腕を左に振り抜いた体勢をとっていた。アルマの警告がなければあの巨大な石の腕の一撃を受けて戦闘不能となっていただろう。

 

「どうやら中々腕が立つようですね。数十年ぶりのお客様が貴方のような腕の立つ冒険者で本当に嬉しいです♪ そうと分かれば私も精一杯おもてなしさせてもらいますね」

 

 ゴーレムの魔女は瞬間移動で広間の中を移動しながら嬉しそうに言う。次々と高速で瞬間移動を行う彼女の姿はまるで分身でも起こしたかのように何体にも増えて見えた。

 

「マスター!」

 

「このままじゃやられる。……だったら!」

 

 アルハレムは少しでも自分が有利に戦える場所を目指して広間の中を走り出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五十九話

 走る。走る。走る。

 

 目的の場所に向かって広間を走るアルハレムだったが、今度は一体どこからゴーレムの魔女が襲いかかってくるか分からないという重圧から、広間が最初よりずっと広くなったように感じた。

 

「マスター! 左からきます!」

 

「っ!」

 

 アルマの警告にアルハレムは立ち止まるとすぐに後ろに飛び退き、その直後にゴーレムの魔女が操る石像の拳が通りすぎる。

 

「この!」

 

 ガゴォ!

 

「ああっ!? 私の石像の腕が!」

 

 アルハレムは苛立ち紛れにアルマを振るい目の前にある石像の腕を攻撃する。するとゴーレムの魔女が操る石像よりアルマの方が硬度が上だったようで、石像の腕の一部が破壊音を立てて欠け、それを見たゴーレムの魔女が悲痛な表情となって悲鳴を上げる。

 

「うう……この石像、直すの大変なんですからね!」

 

 よほど石像を気に入っていたのか、ゴーレムの魔女は目尻に僅かな涙を浮かべながら言うと瞬間移動で姿を消して、それと同時にアルハレムは再び走り始める。

 

「どうやらこちらの攻撃は通用するみたいだな」

 

「ええ、先程あのゴーレムの魔女は輝力で身体能力を強化できないと言っていましたし、あの動きさえ止めれば勝機はあると思います」

 

 走りながらアルハレムが言うとアルマも自分の意見を言い、そうしてる間に魔物使いの青年は目的の場所に辿り着いた。しかし目的の場所と言ってもそこは広間の端で、今の状況を好転される要素は見られずセイレーンの魔女は魔物使いの青年の行動に首を傾げる。

 

「アイツ……。わざわざ危険を犯してあんな所まで行ってどうするつもりなの?」

 

「さあね。だけど今まで見てきた感じ、何も考えずに行動するようには見えないけどね。……おや」

 

 セイレーンの魔女にワイバーンのドラゴンメイドが話しかけていると、彼女達の視線の先でアルハレムが壁に背を向けてインテリジェンスウェポンのロッドを構えた。

 

「ああ……そういうこと」

 

 広間の入口の近くで戦いを見ていたセイレーンの魔女は、壁に背を向けてゴーレムの魔女を待ち構えるアルハレムを見て納得したように頷き、ワイバーンのドラゴンメイドが感心した表情で口を開いた。

 

「なるほどね。確かに襲われる方向を一つ潰せばあのダンジョンマスターの奇襲にも対応しやすくなる。でもね、それは裏を返せば……」

 

「いいアイディアですけど、それは逃げ場を一つ無くすことにもなるんですよ」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドの呟きを聞いていたのか、あるいは単なる偶然なのか、彼女の言葉を引き継ぐ言葉を言いながらゴーレムの魔女は瞬間移動でアルハレムの前に現れて攻撃を仕掛けてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六十話

 ゴーレムの魔女が現れたのはアルハレム達の前方であった。瞬間移動で現れたゴーレムの魔女は、女性の石像を操って巨大な石の両腕を振るわせて魔物使いの青年に攻撃をするが、魔物使いの青年は臆することなく前に走り出した。

 

「そんな!?」

 

「うおおっ!」

 

 ゴーレムの魔女は攻撃を避けて自分に肉薄してきたアルハレムを見て驚愕の声を上げ、魔物使いの青年はそんな彼女に向けて手に持ったインテリジェンスウェポンのロッド、アルマを振るう。

 

「身体能力強化」

 

 アルハレムの手の中にあるアルマが輝力を使って身体能力を強化して、ロッド形態の彼女の体が青白く光りだす。身動きがとれないロッド形態で身体能力を強化しても頑強、つまり体の硬さが強化されるだけなのだが、武器にとって硬さとはそのまま威力に直結する重要な要素であった。

 

 バキィン!

 

「……くっ!」

 

 空中に青白い光の線を描きながら勢いよく振るわれたアルハレムの一撃は、ゴーレムの魔女が座る玉座と女性の石像を繋ぐ数本の鎖のうちの一本を砕き、ゴーレムの魔女は舌打ちを一つすると瞬間移動で姿を消した。

 

「上手くいったみたいだな」

 

「マスター。巨大な敵との戦闘に慣れているのですか?」

 

 アルハレムが自分の作戦が上手くいったことに内心で喜んでいると、アルマが予想以上に巨大な敵と戦えている自分の主に質問する。

 

「ああ、少し前に巨大な敵と戦ったことがあってな」

 

 アルハレムは自分の持つインテリジェンスウェポンの魔女に短く答えた。

 

 少し前にアルハレムは自分の家が治める領地にあるダンジョンを攻略したことがあり、そこで巨大な敵と戦ったことがあった。そしてそのダンジョンで今はここにいない仲間の魔女の一人、ヒスイと出会ったのだった。

 

「おー、あのダンジョンマスターに一撃入れるなんて中々やるねぇ」

 

「うん。やっぱりアルハレムは人間にしては強いね」

 

 アルハレム達とダンジョンマスターの戦いを見学していたワイバーンのドラゴンメイドが感心したように呟くと、それを聞いていたセイレーンの魔女が頷く。するとワイバーンのドラゴンメイドは意味ありげな視線をセイレーンの魔女に向ける。

 

「へぇ……。随分とあの人間、アルハレムを気に入っているんだね」

 

「……別に? 何が言いたいのさ?」

 

「アンタの話によるとアルハレムは魔物使いの冒険者らしいけど、この戦いが終わったらアイツの仲間になるのかい?」

 

「……さあね。それはこの戦いの結果次第、かな」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドのからかう色が混じっている言葉に、セイレーンの魔女は特に慌てることなく軽く肩をすくめて答えるのだった。この時、セイレーンの魔女が一体どんな表情をしているのかは、生憎と彼女より頭一つ背が高いワイバーンのドラゴンメイドには見ることができなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六十一話

 それからゴーレムの魔女は何度も瞬間移動で現れてはアルハレム達に攻撃を仕掛けた。しかし左右からの攻撃は壁が邪魔となって女性の石像の両腕のうち片方の腕しか振るえず、正面から左右の腕を振るうと片腕だけの時より攻撃が雑となって魔物使いの青年には当たらず、逆に反撃の機会を与える結果となった。

 

「ダンジョンマスター、焦っているね」

 

 何度も攻撃をしているのに一度も当たらないことに僅かな焦った表情を浮かべているゴーレムの魔女を見てセイレーンの魔女が言い、ワイバーンのドラゴンメイドが頷く。

 

「確かにね。でも中々攻められなくて焦っているのはアルハレムも同じだろ」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドが言う通り、攻撃が当たらないのはアルハレムも同じであった。ゴーレムの魔女の攻撃を避けることはできても、いざ攻撃しようとすると瞬間移動で逃げられてしまい、最初の攻撃が辛うじて彼女にかすったこと以外、一度も当たっていなかった。

 

「……でも、もしかしたら案外早くに決着がつくかもね」

 

「そうだね。アルハレムの奴、戦いの勘は悪くなさそうだし、ダンジョンマスターの『弱点』に気づくかもしれないね」

 

 セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドはアルハレムを見ながら話をしていた時、魔物使いの青年とインテリジェンスウェポンの魔女もまたゴーレムの魔女の奇襲を警戒しながら話をしていた。

 

「アルマ……気づいているか?」

 

「ええ、あのゴーレムの魔女が操る石像、右腕の動きが左腕に比べて鈍いですね」

 

 アルハレムは質問というよりも確認する言葉を手の中にあるインテリジェンスウェポンに言うと、アルマが自分の主も考えているであろう意見を述べる。

 

「やっぱりか。どうしてだと思う?」

 

「これは私の予想なのですが、最初の攻撃で砕いたあの鎖……あれが関係しているのでは?」

 

「鎖が? ……そういえば」

 

 アルマに言われて思い返してみると、最初の攻撃でアルハレムが砕いたのは、何本もある玉座と女性の石像を繋ぐ鎖のうち右端の一本であった気がする。そしてその鎖を砕いた途端、石像の右腕の動きが鈍くなったのは単なる偶然とは思えなかった。

 

「……あの玉座と石像を繋ぐ鎖は、操り人形を操る糸ってことか? それじゃあ、あの鎖を全て断ち切ることができれば……」

 

「確証はありませんが試してみる価値はあると思います。しかしマスター、策はありますか?」

 

 アルマの言葉にアルハレムは、広間の奥でどう攻めるか考えているゴーレムの魔女から目を離さずに頷く。

 

「策、と言えるものじゃないけど考えはある。……というかお前も分かっているだろ、アルマ?」

 

「……ええ、そうですね。戦力が私とマスターだけである以上、それしかないですね」

 

 固有特性で考えを読んだのか、それとも同じことを考えていたかは分からないがアルマはアルハレムの言葉を肯定した。そして考えがまとまると魔物使いの青年とインテリジェンスウェポンの魔女は、次の反撃の機会を得るために、ゴーレムの魔女の攻撃を待ち構えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六十二話

「何をコソコソ話しているのですか?」

 

 そんな言葉と共にゴーレムの魔女はアルハレム達の前方に現れると攻撃を仕掛けてきた。

 

 まずはゴーレムの魔女の操る女性の石像が左腕を振るい、それをアルハレムが前に出ることで避けて、次に石像が右腕を振るうがそれも前に出ることで避ける。

 

(間違いない。左腕に比べて右腕の動きが鈍い)

 

 左腕の動きと右腕の動きを比べてアルハレムは自分とアルマの考えが正しいことを確信すると、反撃に移ろうとする。

 

 ゴーレムの魔女の攻撃を避けてアルハレム達が反撃に移る。

 

 先程から何度も繰り返されている行為だが、今回は少し違っていた。

 

「アルマ!」

 

「変型『槍』、身体能力強化」

 

 攻撃を仕掛ける直前にアルハレムは自分が持つインテリジェンスウェポンの名前を言い、名前を呼ばれたインテリジェンスウェポンの魔女は短く二つの単語を呟く。そしてそれと同時にアルマの体の形態がロッド(硬鞭)から槍にと変わり、青白く光りだす。

 

「えっ!? 何ですかそれ!?」

 

 アルマの変型を見てゴーレムの魔女は狼狽えた表情となって瞬間移動をしようとするが、行動はアルハレムの方が先だった。

 

「はあっ!」

 

 気合一閃。アルハレムは槍に変型したアルマに両手をそえると横薙ぎに振るった。

 

 アルマが変型した槍は穂先が片刃の剣のような斬撃を得意とする「グレイブ」と呼ばれる槍で、アルハレムが放った斬撃はゴーレムの魔女の上方、彼女が座る玉座と女性の石像を繋ぐ数本の鎖を全て断ち切った。

 

「そんな!?」

 

 鎖を全て断ち切られたゴーレムの魔女は絶句し、彼女の上に浮かぶ女性の石像は力を失って床に倒れて動かなくなった。それはアルハレムとアルマの予想が正しくて、ゴーレムの魔女にはもう戦う力がないことを証明していた。

 

「俺達の勝ち、だな」

 

 アルハレムはアルマの穂先をゴーレムの魔女の喉元に突きつけて勝利宣言をすると、ゴーレムの魔女は視線を空中にさまよわせてから諦めたようにため息を吐いた。

 

「あー……。そうですね。私の敗けのようです。まさかお客様のインテリジェンスウェポンにそのような機能まであるとは予想外でした。……では、どうぞ」

 

 ゴーレムの魔女はそう言うと目をつぶり、僅かに体を前に出した。

 

「? 何のつもりだ?」

 

「え? 私を殺すのではないのですか?」

 

 アルハレムがゴーレムの魔女の行動に首を傾げて聞くと、彼女の方も首を傾げて疑問を口にする。

 

「君を……殺す? 一体どうして?」

 

「どうしてって……お客様はダンジョンを攻略して『エリクサー』を手に入れるつもりじゃないのですか?」

 

 戸惑うアルハレムにゴーレムの魔女はもう一度首を傾げて疑問を口にする。ここにはセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに拐われて来たのだが、確かにアルハレムはダンジョンを攻略してエリクサーを手に入れる予定ではあった。

 

「それはそうだが……」

 

「ああ、そういうことですか。お客様は知らないのですね」

 

 そこでゴーレムの魔女はようやく納得したというように頷く。

 

「つまりですね。私の体に流れる血液がエリクサーで、私を殺すことがこのダンジョンを攻略する条件なんですよ」

 

「え……?」

 

「「………」」

 

 表情に恐怖も悲哀も浮かべず、当たり前のように「このダンジョンを攻略してエリクサーを手に入れるには自分を殺す必要がある」と話すゴーレムの魔女にアルハレムは思わず目を見開き、話を聞いていたセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドが目を細めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六十三話

 ゴーレムの魔女の言葉はアルハレムにとって完全に予想外であった。

 

 確かにアルハレムが調べたダンジョンの伝説では、最後の部屋にいけばそこにエリクサーが安置されているパターンもあれば、今回のようにダンジョンを支配するダンジョンマスターを倒してようやくエリクサーが手に入るパターンもある。だがダンジョンマスターを倒すパターンにこのような理由があるとは思わなかったのだ。

 

「マスター、どうするのですか? 彼女の話が本当なら、彼女を倒さない限り地上には戻れませんが?」

 

 槍となったインテリジェンスウェポンの石突きの部分にある宝玉からアルマの声が聞こえてきてアルハレムに質問をする。

 

「ああ……。それはそうなんだが……」

 

 アルハレムはそこまで言うと、後ろでこちらを見ているセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに視線を向ける。

 

 今までに聞こえた僅かな会話から察するにセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドはゴーレムの魔女と気心か知れた仲なのだろう。そんな二人の前で、いくら地上に戻るためとはいえこのダンジョンマスターの命をとるのはためらわれた。

 

「……マスターがダンジョンマスターを殺したくない理由は大体見当がつきますが、それではどうやって地上に戻るのですか?」

 

「それは……」

 

 アルマに質問をされてアルハレムはある一つの考えを出して自分の腰に、そこにある四本の短剣に視線を向けた。そんな自分の主の考えを読んだのか、インテリジェンスウェポンの魔女は呆れたような声を出した。

 

「マスター……。それは流石に非常識にもほどがあります。成功するかしないか以前に、そんなことを考えた魔物使いはマスターが初めてだと思いますよ?」

 

 アルマの言葉にアルハレムは、このインテリジェンスウェポンの魔女が自分の考えを正確に理解していることを分かってから反論をする。

 

「い、いや、でも彼女を殺さずに地上に戻るにはこれしか方法がないだろ? それに、もし成功したらこれからの俺達の旅もずっと便利になると思うぞ?」

 

「地上に戻るならそこのセイレーンの魔女と交渉するという方法もあると思いますが……確かにマスターの意見にも一理あります。それに、マスターが希代の女好きである以上、この様な展開になるのは必然とも言えますからね」

 

「アルマ、お前……」

 

「あの~。お話は終わりましたか?」

 

 アルハレムがアルマの言った「希代の女好き」の部分に意義を申し立てようとすると、今まで黙っていたゴーレムの魔女が申し訳なさそうに話しかけてきた。

 

「それで結局、お客様は私を殺すのですか? それとも殺さないのですか?」

 

「……ああ、そうだな。結論から言うと俺は君を殺さない。……君には俺達の仲間になってもらう」

 

 アルハレムは首を傾げながらこちらを見てくるゴーレムの魔女に自分の考えを告げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六十四話

「え……? 私を仲間に、ですか?」

 

 アルハレムの言葉に今度はゴーレムの魔女が全くの予想外という表情となる。そんなダンジョンを支配するダンジョンマスターに魔物使いの青年は一つ頷いて見せてから話しかける。

 

「ああ、そうだ。君が仲間になってくれたらこれからの俺達の旅も大分楽になるだろう。だから頼む、仲間になってくれないか? 俺達には君が必要なんだ」

 

「私が……必要……」

 

 ゴーレムの魔女はアルハレムが言った言葉の最後の部分をゆっくりと繰り返した。

 

 このダンジョンとダンジョンマスターであるゴーレムの魔女は元々、女神イアスが人間に試練を与えて更なる境地へと進むために創造されたもので、それはつきつめて言えば「人間の役に立つために造られた」ということだ。ゴーレムの魔女はその事に不満など微塵も持っておらず、逆に自分の存在意義であり誇りでもあると思っていた。しかしこの数十年の間、彼女とダンジョンは人間の種族全てから忘れ去られるか、恐れられて逃げられるかで自分の存在意義を果たすことができない日々が続いていた。(恐れられて逃げられたのはゴーレムの魔女がダンジョンの挑戦者を求める「営業努力」が空回った結果なのだが)

 

 そんな時に告げられたアルハレムの「自分が必要だから仲間になってくれないか?」という発言は、人間の役に立ちたくても立てなかったゴーレムの魔女にとって創造主である女神イアスからの天啓のように聞こえても無理がないのかもしれない。

 

「わ……」

 

 気がつけばゴーレムの魔女は両腕を震わせながら伸ばして、自分の喉元に突きつけられている槍を持つアルハレムの手をつかんでいた。

 

「私でよろしければ是非貴方のお役に立ててください。……主様」

 

「え? ああ……」

 

「……これは、もしかしたら上手くいくかもしれませんね?」

 

 まるで救いの神を見るような目で自分達を見てくるゴーレムの魔女に、アルハレムとアルマは戸惑いを隠せなかった。

 

 ☆★☆★

 

「はい! これでもう私は主様の所有物です。これからよろしくお願いしますね、主様♪」

 

 それから数分後、契約の儀式が無事に完了してアルハレムの新たな仲間になったゴーレムの魔女は、喜色満面の笑みを自分の主である魔物使いの青年に向けて挨拶をした。

 

「所有物って……まあ、それはともかくこちらこそよろしく頼む。それで地上に戻ったら仲間が六人いるんだけど別に構わないよな?」

 

「勿論です! 当豪華客船『エターナル・ゴッデス号』ならば六人だろうが六十人だろうが六百人だろうが余裕です! 主様とそのお仲間の皆様には豪華で快適な旅を提供して見せます!」

 

 アルハレムが聞くとゴーレムの魔女は元気よく答えてその背後には炎が燃えているように見えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六十五話

「………?」

 

 ダンジョンを攻略することはできなかったが、そこのダンジョンマスターであるゴーレムの魔女を仲間にした次の日の朝。それまで眠っていたアルハレムは息苦しさを感じて目を覚ました。

 

(ここは、何処だ?)

 

 周囲を見回してみるとそこはどこかで見た覚えのある部屋で、最初はどこかの宿屋に泊まったのかと思ったアルハレムだったが、部屋の広さや備え付けられている質の良い調度品を見てすぐにどこかの貴族の屋敷ではないかと考え直した。

 

 アルハレムの予想通り、そこはとある貴族の屋敷の一室であり、彼はその部屋のベッドの上で横になっていた。

 

 

 ……全身をロープで何重にも縛られた上に、ベッドに繋がっている十数本の鎖で拘束された姿で。

 

 

「………………………………………………ふがっ!?」

 

 自分の今の姿に気づいてアルハレムは思わず声を上げようとしたが、彼の口には猿ぐつわがされていて声を出すことはできなかった。

 

(猿ぐつわ!? さっきから息苦しいと思っていたのはこれのせいか? だけど一体誰がこんなことを?)

 

「お目覚めですか、マスター?」

 

 アルハレムが自分の身に起こったことについて考えていると、そこに今や自分の愛剣ならぬ愛棒と言っても過言ではないインテリジェンスウェポンの魔女、アルマの声が聞こえてきた。

 

(その声はアルマか!? 丁度いい、この拘束を解いてくれ……って、何をしているんだ?)

 

 アルマの声がした方にアルハレムが視線を向けてみると、そこにはロッド形態のインテリジェンスウェポンが鎖で何重にも縛られて天井に吊るされていた。

 

「一体何をしているんだ、と言いたげな表情ですけど見ての通りです。鎖で拘束されて天井に吊るされています」

 

 インテリジェンスウェポンの魔女は、自分の主の表情を見てまるで心を読んだかのように彼の疑問に答える。

 

(……いや、拘束されて天井に吊るされているのは分かるけど、俺が聞きたいのは俺達が拘束されている理由なんだけど?)

 

 アルマの言葉にアルハレムが心の中で疑問を呟くと、インテリジェンスウェポンの魔女は再び心を読んだかのように自分の主に声をかける。

 

「マスター。マスターは昨日、地上に戻った時のことを覚えていますか?」

 

(昨日? 昨日は確か……)

 

 アルハレムは自分の武器の言葉を聞いて昨日の記憶を呼び起こしてみた。

 

 昨日、ゴーレムの魔女を仲間にしたアルハレムは彼女に頼んで飛行船のダンジョンをミナルの街、そこの領主の屋敷の近くにまで移動させた。そして飛行船から降りた彼は、領主の屋敷でリリアを初めとする魔女の仲間達と妹に再会した。

 

 突然アルハレムがいなくなったことで皆心から心配していたのだろう。魔物使いの青年の姿を見たリリア達六人の魔女と戦乙女は、全員嬉しさのあまり涙を流して彼の胸に飛び込んだ。

 

 ……ただ、その時の胸に飛び込んだ勢いというのが尋常ではなく、六人の魔女と戦乙女の突撃にはね飛ばされたアルハレムはそこで気を失い、次に目を覚ましたらこの部屋にいたのだった。

 

「思い出されたようですね」

 

 アルハレムが記憶を呼び起こしたのを見計らったようにアルマが声をかける。

 

「ここはミナルの街の領主様のお屋敷で、マスターをベッドに拘束したのはアリスンさんとリリアさん達の全員です。自分達が目を離した隙にどこかに行ったり誰かに拐われたりしないようにと。……まあ、私の場合はマスターと一緒にいながら誘拐を阻止できなかった罰なのですが。そして隣の部屋では……」

 

『………!?』『………!』

 

 アルマの言葉に促されてアルハレムが壁の向こう側に意識を向けると、何やら複数の女性達が大声で怒鳴りあっているのが聞こえてきた。怒鳴り声は段々と強くなっていき、会話の内容はよく分からないが、隣の部屋が戦場のような修羅場と化しているのは用意に分かった。

 

「現在、アリスンさんとリリアさん達が、ゴーレムの魔女さんとセイレーンの魔女さんにワイバーンのドラゴンメイドさんの三人と『お話』をしている最中です。……それでどうしますか? もしマスターがお望みならばこの程度の拘束、すぐに解くことができますが?」

 

「………」

 

 アルマの質問にアルハレムは両目をそっと閉ざすことで答えた。どうせ放っておいても自分が彼女達の「会話」に巻き込まれるのは明らかなのだから、今ぐらいゆっくりと休ませてもらおうと思ったのだ。

 

 単なる現実逃避ともいえるが。

 

「……グッナイ、マスター」

 

 しかしインテリジェンスウェポンの魔女は二度寝を決め込む自分の主を攻めるようなことはせず、むしろ労うような声をかけるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六十六話

 辛い現実……と言うより恐ろしい現実から逃れる為に二度目の眠りについたアルハレム。願わくは次に目覚めた時には隣の部屋にいる魔女達の会話が一段落ついていることを、それが叶わないのであれば、せめて彼女達が落ち着くまで眠っていられることを心から願っていた彼だったが、そんな願いも空しく二度目の眠りは十分もしないうちに妨げられた。

 

「あ、アルハレム殿ぉ! どうかお助けくださいぃ!」

 

 アルハレムが休んでいる(?)部屋にこの街の領主、ミナル子爵が泣き叫びながら飛び込んで来たかと思うと、彼は魔物使いの青年の拘束を凄まじい早さで解き始めたのだ。

 

「アリスン様とあの魔女達を押さえられるのは貴方様しかおりません! どうか! どうかお助けくださいぃ!」

 

 たった一日で別人のようにやつれてしまったミナル子爵(アルハレムは一ヶ月くらい会っていない気がしたのだが多分気のせいであろう)の必死な形相を見てアルハレムは、ミナル子爵がやつれた理由と隣の部屋がどんなことになっているかを考えるより先に感じた。そして拘束を解いてもらった魔物使いの青年が隣の部屋に行くと、予想通り八人の魔女達と一人の戦乙女が今まさに死闘を繰り広げようとしており、魔物使いの青年が彼女達を落ち着かせるのに長い時間を必要としたのだった。

 

 ☆★☆★

 

「……それで? 一体何が原因で言い争っていたんだ?」

 

 長時間にもわたる説得の末、辛うじて戦乙女と魔女達の戦いを食い止めた後、椅子に座ったアルハレムは疲れた表情で部屋にいる仲間達に声をかけた。

 

「いや、それよりも前に……お前達、ちょっと離れろ」

 

 疲れた表情から渋い顔になって言うアルハレムの首には後ろからリリアの両腕絡み付いており、右腕と左腕にはアリスンとヒスイが、右足と左足にはレイアとルルが抱きついていた。ちなみにツクモはそんな自分の主と仲間達の様子を少し離れた所から面白そうに眺めている。

 

 全身に絶世の美女達がまとわりついて離れようとしないその姿は「両手に花」どころか正に「全身に花」と言った様子で、何も知らない男が見れば羨望と嫉妬を禁じ得ない夢のような姿だろう。だが実際にやられているアルハレムにしてみれば、魔女と戦乙女の力によって拘束されて体の動きを完全に封じられた囚人のような気分であった。

 

「いくらアルハレム様の頼みでもそればかりは聞けません。しばらくは私達、この状態でアルハレム様をお守りさせていただきます」

 

「………」

 

 

「我が夫、が、また、いなく、なるの、耐えられ、ない」

 

「そういうことでござる。まあ、これもアッサリと拐われてツクモさん達に心配をかけた罰だと思ってほしいでござる」

 

「そうよ! お兄様がいなくなって私達、スッゴく心配したんだからね!」

 

「お願いします……。もうしばらくの間、このままでいさせてください……」

 

「……はぁ。もう好きにしてくれ」

 

 リリア、レイア、ルル、ツクモ、アリスン、ヒスイの順で申し出を却下されたアルハレムは、しばらくの間この状態が続くのかと思うのと同時に仲間達の元に戻ってきたことを実感して、諦めと安堵が混じったため息を吐いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六十七話

「……じゃあ話を戻してもう一度聞くが、一体何が原因で言い争っていたんだ? ……まあ、原因は大体予想がつくけど」

 

 気を取り直してアルハレムがリリア達に言うと、次に部屋の椅子に座ってくつろいでいるゴーレムの魔女にセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに視線を向けた。

 

「……あのさぁ、リリア、レイア、ルル、ツクモさん、アリスン、ヒスイ? 確かに俺は彼女達に拐われたけど怪我とかはしていないし、ゴーレムの魔女は新しい仲間になったんだからそんなに怒らなくても……」

 

「いいえ、アルハレム様。私達が怒っているのはそんな理由ではありません」

 

 アルハレムはゴーレムの魔女達を庇おうとするが、リリアがそれを遮って話す。

 

「アルハレム様の言う通り、彼女達三人はアルハレム様を誘拐しました。それはあのロリ女神のイアス様が許して私達が絶対に許されない大罪です。

 ……正直な話、今すぐにも彼女達の四肢を引きちぎってから腹を切り裂き、生きたまま内臓を引きずり出して虫の餌にすることで罪を償わせたいというのが私達の気持ちです。しかし結果的にゴーレムの魔女が仲間になり、あの飛行船のダンジョンがアルハレム様の所有物になってこれからの旅に役立つことになるのですから、ここはグッと我慢して水に流そうと思います」

 

(いや、全然水に水に流せてないだろ……)

 

 そう言ってリリアは目が全く笑っていない笑顔でゴーレムの魔女とセイレーンの魔女にワイバーンのドラゴンメイドを見て、アルハレムが心の中でつっこむ。レイア、ルル、ツクモ、アリスン、ヒスイもサキュバスの魔女と同じ気持ちなのか殺気を感じさせる視線をゴーレムの魔女達に向けているが、当の魔女三人はそれを涼しい顔で流していた。

 

「……だったら一体何で怒っていたんだ?」

 

「あのセイレーンとワイバーンがふざけたことを言ったからよ」

 

 呆れた顔でアルハレムが仲間達に訊ねると、アリスンが兄の体に抱き付いた体勢のまま不機嫌な顔で答えた。

 

「ふざけたこと? 一体何を言ったんだ?」

 

「別にふざけたことなんて言ってないって」

 

「そうそう。ただアタイらもダンジョンマスターと同じようにアルハレムの仲間にしてほしいって頼んだだけさ」

 

「へぇ、二人も俺の仲間にね。それは確かにリリア達も怒るかも……………って、はぁ!?」

 

 首を傾げたアルハレムにセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドが答え、それを聞いた魔物使いの青年は最初納得したかのように頷くが、次の瞬間に彼女達の言葉の意味を理解して驚いた声をあげた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六十八話

「その反応は何さ?」

 

「アタイらが仲間になるのがそんなに不満かい?」

 

 驚くアルハレムにセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドが口を開く。

 

「いや……、不満というか一体どうしていきなり仲間になりたいなんて言うんだ?」

 

 アルハレムは困惑を隠せずセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに質問をする。

 

「理由? そうだね……今聞いたんだけど、貴方ってギルシュって国の勇者で旅をしていて、ここにいる魔女達は貴方の付き添いで人間の国や街を自由に歩けるんでしょ?」

 

「え? ああ、まあな」

 

 セイレーンの魔女の質問にアルハレムが首を傾げながら答えると、彼女は楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「アタシってずっと前から人間の国や街を見てみたかったの。でも前にも言ったと思うけど、アルハレム以外の人間達ってアタシを見ると怖がって逃げ出すか、敵わないって分かっているのに戦いを仕掛けてくるんだよね。

 あと歌。歌を歌うのはセイレーンの本能なんだけど、歌ったら人間が大勢やってきて何度暴れないって言っても信用してくれなくて怖がられるの。

 だからアルハレムの仲間になったら人間の国や街を自由に行けるし、歌も歌い放題になるかなって思ったの」

 

「……なるほどね」

 

 セイレーンの魔女から理由を聞いたアルハレムは納得して頷いてから次にワイバーンのドラゴンメイドを見た。

 

「じゃあ、君は一体どうして俺の仲間になろうと思ったんだ?」

 

「ああ、アタイかい? アタイがアンタの仲間になるのはどうしても欲しいものがあるからさ。……なあ、アルハレム?」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドはそこまで言うと、魔女達と戦乙女に全身を拘束されて身動きがとれないアルハレムの顔に自分の顔を近づける。それによって魔物使いの青年にしがみつくリリア達の瞳に怒りと殺気の光が宿るのだが、ワイバーンのドラゴンメイドは全く気にもせずに魔物使いの青年の目を覗き込みながら話しかける。

 

「アンタ、冒険者なんだからこれまでにも何度かクエストブックのクエストを成功させて『アレ』を手に入れているんだろ?」

 

「アレって?」

 

「惚けんじゃないよ、アレって言ったら『神力石』に決まってんじゃないかい。アンタ、今一個くらい持ってないか?」

 

「いや……。生憎と今は一個も持ってないな」

 

「そうかい……」

 

 アルハレムが神力石を持っていないと告白をすると、ワイバーンのドラゴンメイドは明らかにがっかりとした表情となって魔物使いの青年から離れた。

 

「俺の仲間になる理由は神力石か?」

 

「ああ、神力石ってのは人間だけじゃなくアタイ達ドラゴンにとっても滅多に手に入らないお宝だからね。使った効果だけじゃなくあの美しい輝き……お宝を集めるのが本能のドラゴンとしては一つは自分のものにしたいお宝なのさ」

 

 ワイバーンのドラゴンメイドはアルハレムの質問に答えながら、脳裏に神力石の輝きを思い浮かべてうっとりとした表情を浮かべる。

 

「だからさ。次に神力石を手に入れたらアタイに譲ると約束してくれるんだったら、アタイもアンタの仲間になってやろうじゃないのさ。なぁに、ドラゴンは何百年もの寿命があるからね。その内の数十年、人間の僕になるのもいい経験さね」

 

「そういうものなのか? ……ふむ」

 

『………………………………』

 

 ワイバーンのドラゴンメイドの言葉にアルハレムはそう呟くと、全身で魔女達と戦乙女の無言の視線を感じながら二人の魔女を仲間にするかどうか考えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六十九話

 結局、セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドの二人を仲間にすることに決めたアルハレムは、二人を仲間にするべく契約の儀式を行った。

 

「それじゃあ二人とも、俺の仲間になってくれるな?」

 

「うん。いいよ」

 

「ああ、構わないよ」

 

 部屋の床に四本の儀式の短剣を突き刺して作り出した光の陣の中でアルハレムが仲間になるかどうか確認をとると、セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドが了承をする。すると二人の胸のあたりから光の玉、魂が出てきて魔物使いの青年の中に入っていき、契約の儀式は無事に完了した。

 

「これでまた新しい仲間が二人か……。全員合わせて十一人、随分な大所帯になったな」

 

「本当ですね。旅を始めた頃と比べて賑やかになりましたね」

 

 リリアはアルハレムの呟きに相槌を打つと彼の顔を見て口を開いた。

 

「それでアルハレム様、少しお話があるのですが……」

 

 ☆★☆★

 

「はい。アルハレム様、終わりましたよ」

 

 数分後。リリアはアルハレムに一枚の光の板を手渡した。それは魔物使いの青年が呼び出した、彼の能力を記したステータス画面であった。

 

 リリアは部外者であるミナル子爵に部屋を出てもらうように頼んで彼が退室すると、次にアルハレムにステータス画面を呼び出してほしいと申し出たのだ。飛行船のダンジョンで自分の主が大勢の敵と戦った話を聞いたサキュバスの魔女は、今ならば才能を強化できるかもしれないと考えて確認してみたら、彼女の予想通りに才能を強化できるだけの経験値がたまっていた。

 

「ダンジョンでは随分とご活躍をしたのですね。才能が一度に二回も強化できましたよ。それに……ふふっ♪」

 

「……? 何だよその笑いは?」

 

 小さく笑うリリアを奇妙に思いながらもアルハレムは手渡された自分のステータス画面を確認する。

 

 

【名前】 アルハレム・マスタノート

【種族】 ヒューマン

【性別】 男

【才能】 6/55

【生命】 1960/1960

【輝力】 0/0

【筋力】 37

【耐久】 38

【敏捷】 37

【器用】 42

【精神】 44

【特性】 冒険者の資質、超人的体力、力の模倣

【技能】 ☆身体能力強化(偽)、☆疾風鞭、☆轟風鞭、★中級剣術、★中級弓術、★中級馬術、★初級泳術、★契約の儀式、★初級鞭術

【称号】 家族に愛された貴族、冒険者(魔物使い)、サキュバスの主、ラミアの主、グールの主、猫又の主、霊亀の主、ギルシュの勇者、インテリジェンスウェポンの所有者、ゴーレムの主、セイレーンの主、ワイバーンの主、見習いハーレム王

 

 

「…………………………おい。何だこれは?」

 

 ステータス画面に記された情報、正確には称号の欄にある「見習いハーレム王」という文字を苦虫でも噛み潰したような顔で見ながら呟くアルハレム。そんな魔物使いの青年にサキュバスの魔女は笑みを浮かべながら話しかける。

 

「別にいいじゃないですか。アルハレム様は魔物の中でも上位の存在である私達魔女を大勢従える稀代の魔物使いとなるお方。この称号もその始まりだと思えば名誉なことだと思いますよ」

 

「………」

 

「確か、に、今更、な、称号、かも」

 

「そうでござるな。というか今までのアルハレム殿の周りを見ていたら今までその称号がなかったほうが不思議でござる」

 

「は、ハーレムって……わ、私もお兄様のハーレムに入っているのかな……?」

 

「あ、あの旦那様。私はあまり気にしなくてもいいと思いますよ?」

 

「一度ステータス画面に記されたら二度と消すことはできないんですから諦めたらどうですか、マスター?」

 

「ハーレム王ですか。『王』というのはいい響きですね」

 

「まあ、英雄と権力者には女性が集まるっていうんだから、今その称号がつかなくてもいつかはついていたんじゃないの?」

 

「そもそもハーレムってのは男は一度は見る夢の一つだろ? 何が不満なんだい?」

 

「……」

 

 リリアだけでなくレイア、ルル、ツクモ、アリスン、ヒスイ、アルマ、そして新しく仲間になったゴーレムの魔女とセイレーンの魔女にワイバーンのドラゴンメイドにまで言われて、アルハレムは何も言えなくなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七十話

「それではミナル子爵。お世話になりました」

 

 ゴーレムの魔女を初めとする三人の魔女を仲間にした次の日。アルハレム達はクエストブックのクエストに挑戦するために、ダンジョンがある外輪大陸の地に旅立とうとしていた。

 

「それにミナル子爵には仲間達がご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 

「はっはっはっ。そんなことはありませんよ。こちらこそ大して勇者であるアルハレム殿のお力になれずに申し訳ない」

 

 頭を下げて礼を言うアルハレムにミナル子爵はやつれてはいるが爽やかな笑顔で返事をする。その笑顔からは厄介事から解放されたといった感情が出ており、それを感じた魔物使いの青年は仲間達が自分がいなくなったことでどれだけ殺気立ち、どれだけ目の前の領主に心労を与えたかを察して胸の中でもう一度頭を下げた。

 

「……では俺達はこれで。レム、準備はできているか?」

 

 アルハレムはミナル子爵にそう言うと、次に自分の後ろにいる昨日仲間にしたゴーレムの魔女に声をかけた。

 

 レム、というのは名前がなかったゴーレムの魔女にアルハレムがつけた彼女の名前である。

 

「はい、ご主人様。仲間の皆さんも全員乗り込んでいますし、エターナル・ゴッデス号はいつでも出航できます」

 

 アルハレムに声をかけられてゴーレムの魔女、レムは元気よく答える。

 

「そうか。それじゃあ、早速行くとするか」

 

「ええ。行きましょう、ご主人様」

 

 アルハレムがレムと一緒に今では自分達のだけの乗り物となった飛行船のダンジョン、エターナル・ゴッデス号に乗り込むと、飛行船エターナル・ゴッデス号はゆっくりと空に浮かび上がってその様子をミナルの街の住民全てが見上げていた。

 

「……やっぱり、思いっきり注目されているな」

 

 船内の窓からこちらを見上げているミナルの街の住民達を見ながらアルハレムは呟くが、それも仕方がないと考える。

 

「何しろ怪談として恐れられていた『さまよえる幽霊船』が昼間に堂々と街中に現れて、しかもその正体が女神イアスが創造したダンジョンだって知ったら驚くよな……」

 

「さまよえる幽霊船……。確かに今まで当船はその名前で呼ばれて人々に恐れられてきましたがこれからは違います。これからはギルシュの勇者であるご主人様と一緒に大活躍をして、長年当船につきまとっていた悪評を改善してみせます!」

 

 アルハレムの言葉を聞いていたレムは握り拳を作ると背後に炎が見えるくらいの意気込みを見せる。

 

「そうだな。これから宜しく頼むよ。……それで他の皆は何処にいるんだ?」

 

「皆さんですか? 皆さんでしたら大部屋の一つを全員で眠る寝室に改装していますよ」

 

「………何?」

 

 レムに質問したアルハレムはゴーレムの魔女の返事にあった「全員で眠る寝室」という言葉を聞いて顔をひきつらせた。

 

 大勢の魔女を仲間にしているアルハレムが、夜に魔女達と肌を重ねて生命力を初めとした色々を搾り取られるのはいつものことであるが、九人の魔女と一緒に眠るというのは流石の魔物使いの青年でも生命の危険を感じるものであった。

 

「え? 全員で眠る寝室? この船って部屋がたくさんあるんだから、全員個室で寝ればいいんじゃないのか?」

 

「……あの、ご主人様? 今更ご主人様に『一人で眠る自由』というのがあると思っていたのですか?」

 

「………ハイ、ソウデスネ」

 

 無駄な抵抗だと思いながらも反論を試みたアルハレムであったが、レムの皮肉ではなく純粋に疑問を口にする表情で言われた言葉にアッサリと撃沈してしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七十一話

「うう……」

 

 ミナルの街から旅立った次の日。アルハレムはうめき声を出しながら目を覚ました。

 

 アルハレムが眠っていたのは実家の自分の部屋にあるベッドより二倍以上大きいベッドで、そこには自分の他に仲間の魔女達も横になっていた。ベッドの上にいる者達は全員一糸纏わぬ裸で、その姿から魔物使いの青年と魔女達が昨夜肌を重ね合わせたことは容易に想像できた。

 

「い、生きてる、よな……俺? ……はあ、本当によく生き残ったよ。うん、頑張ったよな俺」

 

 魔女と肌を重ねた男性は大量の生命力を搾り取られる。

 

 昨夜の天国のようで地獄のようでもあった一夜を思い出してアルハレムは、九人の魔女達に生命力を初めとした色々なものを限界まで搾り取られても生きている自分を素直に褒めた。

 

「……朝から何ブツブツ言っているの? もうちょっと寝かせてよ」

 

「そうだね……。昨日は激しかったから結局寝たのは夜明けごろだったからね。それにしても人間の雄があれほど逞しいとは初めて知ったよ」

 

 アルハレムの呟きを聞いて目を覚ましたセイレーンの魔女が眠そうな顔で抗議すると、同じく目を覚ましたワイバーンのドラゴンメイドが頷く。

 

「おはよう。シレーナ、ウィン」

 

 目を覚ました二人の魔女に魔物使いの青年は自分が名付けた名前を呼んで挨拶をする。

 

 シレーナ、というのはセイレーンの魔女の名前で、

 

 ウィン、というのはワイバーンのドラゴンメイドの名前である。

 

 魔物使いの青年がセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに挨拶をしていると他の仲間達も目を覚ましていき、やがてベッドの上で一人の女性がすすり泣く声が聞こえてきた。

 

「アリスン……」

 

 アルハレムはベッドの上ですすり泣く自分の妹を見る。彼女はシーツを被っていたが、わずかな隙間から素肌が見えて、そのシーツの下には何も纏っていないのが分かった。

 

「見ないでお兄様……。汚れた私を……汚されたアリスンを見ないでください……」

 

 アルハレムに背を向けて震える声を出すアリスン。昨夜、彼女はいつものように魔女達と肌を重ねる兄を監視(本人は覗きではなく監視だと主張)していたのだが、そこをレンとウィンに捕まって同じベッドに連れ込まれたのだ。

 

 同じベッドに上がったからといっても、兄妹であるアルハレムとアリスンは当然肌を重ねていない。しかし魔物使いの兄が魔女達と肌を重ねている横で、戦乙女の妹は順番待ちの魔女達によって愛撫され、何度も絶頂する姿をさらしてしまったのだ。

 

「汚されたなんて大袈裟ですね。別に純潔を奪った訳じゃないのに」

 

「ふざけんじゃないわよ! お兄様の前で何度もあんなことをして! もう私、お嫁にいけないじゃない!」

 

 昨夜、一番多くアリスンを絶頂させたリリアの言葉に戦乙女の少女は火を吹かんばかりの表情で怒鳴る。それを聞いてサキュバスの魔女はからかう表情で追い打ちをかけようとする。

 

「あら? お嫁ってことは貴女はいつかアルハレム様から離れて別の殿方のところに行くつもりだったのですか?」

 

「はぁ? 何言ってるのよ貴女? 私がお兄様から離れるわけないじゃない?」

 

「……貴女、その一点だけはブレませんね」

 

 怒りの表情から一転して呆れた表情となるアリスンを見て、思わず感心してしまうリリアであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七十二話

 イアス・ルイドの大陸は遥か上空から見下ろせば二重丸のような形をしている。

 

 二重丸の内側にある円形の大陸は「中央大陸」といい、「ギルシュ」「エルージョ」「ゴライノス」「アスル教国」の四ヵ国によって統治されおり、この四ヵ国には住んでいるのはヒューマン族がほとんどで文化も似通っているという特徴があった。

 

 それに対して中央大陸と大河を挟んで二重丸の外側にある輪の形の大陸は「外輪大陸」と呼ばれ、こちらは各地に百を越える国家があり、ヒューマン族以外の多種族も多く暮らしていて国によって多種多様な文化が見られた。

 

 これはかつて中央大陸で栄華を極め、今から二百年ほど昔に滅んだとされる大国がヒューマン族を至上とする主義を掲げていて多種族を迫害していたという過去によるものだった。大国の迫害から逃れるために外輪大陸に移った多種族が、今の外輪大陸にある百を越える国家の原型を造った言われている。

 

 そしてそんな無数にある外輪大陸の国の一つ、ギルシュの西方に位置する「レンジ公国」。その国の外れにある森に深夜、巨大な影が空から降りてきた。

 

 月と星の明かりを浴びながら森に降りてきた巨大な影は船の形をしており、船の影は森の中にある湖の上に停止をすると、甲板から地面にまで届く階段が伸びた。そして階段が地面に届くと甲板から十人以上の影が現れて階段を降りだした。

 

「都合よく開けた場所があってよかったですね」

 

「ああ。お陰で人目につかずにこの国にこれた。そして……」

 

 階段を降りる影のうちの一人、背中に翼を生やした桃色の髪の女性が先頭で階段を降りている影、マントを羽織った男性に話しかけると、男性人影は一つ頷いて答えてから空を見上げる。その視線の先にはここから遠く離れた地に建つ山よりも高い「塔」の姿があった。

 

 遠く離れた場所からもその姿を見ることが出来る塔。間近で見れば一体どれほど巨大なのか想像もつかない。

その山をも越える高さを誇る塔は明らかに人類が建築したものではなく人類以上の力を持った存在、すなわちこの世界を創造した女神イアスが建築したものであろう。

 

 だからこそ空を飛ぶ船から降りてきた十人以上の男女の影は、あの遠く離れた場所にある巨大な塔こそが自分達の目的地であることを確信する。

 

「あれが俺達の目的。この国が建国されるよりも昔からこの地にある『ダンジョン』だ」

 

 先頭を歩く人影、アルハレムは彼方にそびえ立つ塔、自分達がこれから挑む予定のダンジョンを見ながら呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七十三話

 レンジ公国は元々、遥か昔よりこの地にある塔、ダンジョンに挑まんとする攻略者達が集まってできた場所だった。ヒューマン族を初めとする人間に数えられる全て種族の攻略者達が塔の周辺に拠点を作り、更にそこに攻略者達を相手とする商人達も集まり、そうしてやがてできた街がレンジ公国の始まりである。

 

 レンジ公国の初代国王は初めて塔のダンジョンを攻略したエルフ族で、数々の罠を潜り抜けて塔の最上階に辿り着きエリクサーを手に入れたエルフ族は他の攻略者達を少しずつ仲間にしていき、レンジ公国の基礎を作り上げた。そして現在のレンジ公国は、塔のダンジョンを観光名所とした中央大陸と外輪大陸にある各国と交流を持つ国となっており、国民もヒューマン族以外にもエルフ族、ドワーフ族、マーメイド族、バイパイア族の四種族が等しい割合で見受けられた。

 

「……そんな国だから目立たずにすむかと思ったんだけど、やっぱり無駄だったか」

 

 レンジ公国の王都を歩きながらアルハレムは渋い顔をして呟いた。

 

「アルハレム様? 一体誰に言っているのですか?」

 

「独り言だ。気にするな。……それにしても」

 

 リリアに答えてからアルハレムが周りを見ると、住民達が自分達に驚いたような視線を向けていた。

 

「見られているよな」

 

 五つの種族が入り雑じり、住民達も様々な格好をしているレンジ公国でもやはり人間が率いる魔女達の集団というのは珍しいのだろう。まあ、リリアを初めとする魔女達は全員滅多に見られない美人揃いであるため、例え人間であっても注目を集めるだろうが。

 

 しかしそれでも上位の魔物である魔女の集団を見ても、住人達が驚いた視線を向けるだけで逃げ出したり、攻撃してこないのは、流石はダンジョンを攻略せんとする猛者達が集まるレンジ公国と言うべきだろう。

 

「見られているけどそれがどうかしたの? 何を気にしているの」

 

「そうだね。別に襲いかかってきそうでもないし、例え襲いかかってきてもアタイ達だったらあれぐらい楽に返り討ちにできるだろ?」

 

 住民達の視線を浴びて落ち着かない様子のアルハレムにシレーナとウィンが言う。

 

「いや、そういう意味じゃなくて……おっと」

 

「きゃあ!?」

 

 アルハレムが後ろにいるシレーナとウィンの方を振り向きながら歩いていると通行人とぶつかってしまった。

 

「ちょっと! 何処を見ているのよ、危ないじゃない!」

 

「あっ、はい。すみませんで、し……?」

 

 ぶつかった通行人に謝ろうとしたアルハレムであったが、通行人の顔を見て目を見開き言葉を途中で止めてしまった。

 

 アルハレムとぶつかった通行人。それは魔物使いの青年が冒険者の旅を始めたばかりの時に出会った戦乙女、アニーであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七十四話

「あ、アニーじゃないか……。ひ、久しぶりだな?」

 

「え? 貴方、私のことを知っているの? 何処かで会った?」

 

 エルージョにいるはずのアニーと大陸が異なる国で思わぬ再会を果たしたアルハレムはひきつった笑みを浮かべながら挨拶をするが、挨拶をされた戦乙女の方は魔物使いの青年のことを覚えていないようで怪訝な表情を浮かべる。

 

(俺のことを覚えていない? ……そう言えばコイツ、以前に再会したときも最初は俺のことを忘れていたな。……だとしたら)

 

「………」

 

「我が夫。彼女、知り合い?」

 

「……いいや、俺の勘違い。他人の空似だったみたいだ。皆、あっちの方に行こうか? 貴女もぶつかってすみませんでした。俺達はもう行くのでそれでは」

 

 レイアとルルに訊ねられたアルハレムは、他人を知り合いと間違えたフリをして、仲間達に別の場所に行こうと呼びかけた。

 

(アニーが俺を忘れているなら好都合……! コイツと関わり合いになるとろくなことにならないからな。何でコイツがこの国にいるかは気になるけど、今は一刻も早くここから立ち去ろう)

 

 そう考えるアルハレムの脳裏にアニーと初めて会った時と、以前に再会した時の記憶が蘇る。初めて会った時は酒に酔った勢いで、以前に再会した時はその傍若無人な性格によってこの戦乙女の女性に戦いを挑まれた魔物使いの青年は、これ以上彼女に関わりたくなかった。

 

「にゃ? アルハレム殿、よろしいのでござるか?」

 

「お知り合いではないのですか?」

 

「お兄様が他人の空似だって言うのだったら、そうなんでしょ? ほら、早く行くわよ」

 

「そうですわね。ほら、急ぎましょう。私達にはやるべきことがあるのですから、こんな所で道草を食っている暇はありませんよ」

 

 アルハレムの態度にツクモとヒスイが首を傾げるが、アリスンとリリアが魔物使いの青年の意見を支持して皆を先に急がせる。

 

 アリスンは単に兄にこれ以上女性を近づけたくなかっただけだが、以前にアニーと会ったことがあるリリアはアルハレムの考えを察して口裏を合わせようとしているのが魔物使いの青年には分かった。

 

(よし! ナイスだ。リリア、アリスン。後はこのままアニーから離れれば……)

 

「……ん? あー!? 貴女って、あの時のサキュバスは魔女!?」

 

 このままいけば無事にこの場から離れられると思ったアルハレムだったが、物事はそううまく運ばなかったようだ。突然アニーがリリアを指差して叫び、それを聞いて魔物使いの青年はこれから厄介ごとが自分達に起こるのを予感するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七十五話

「間違いないわ! 貴女、あの時の生意気なサキュバスの魔女でしょう!? じゃあ、そっちの男はあの卑怯者の冒険者!?」

 

「……私のついででアルハレム様を思い出すんじゃないとか、貴女にだけは生意気と言われたくないとか色々と言いたいことはあるのですが、まず最初にアルハレム様を卑怯者呼ばわりとかぶっ殺されたいのですか? 貴女は?」

 

 アルハレムとリリアを指差すアニーにサキュバスの魔女は額に青筋を浮かべた殺意をにじませた笑顔を向ける。

 

「お兄様? この女は一体誰なの?」

 

「え~と、レイアとルルとツクモさん、アリスンには前にも話したことがあるはずだ。俺が冒険者になったばかりの頃にエルージョで出会った戦乙女だよ」

 

「………」

 

「うん。我が夫、前に、話して、いた。酒乱で、自分勝手、な、戦乙女」

 

 アリスンに聞かれてアルハレムが答えると、それを聞いたレイアとルルが不愉快そうな表情となって、リリアと言い争っているアニーを見た。

 

「ツクモさん? あの女の人は一体どんな人なのですか?」

 

「にゃー……。ツクモさんも聞いた話なのでござるが、アルハレム殿が旅を始めたばかりの頃に酔っぱらって街の人を切り殺そうな戦乙女と出会ったそうなのでござるが、それがあのアニーという女性らしいのでござる。それで以前に再会した時はこれ以上ないくらい自分勝手なことを言って、アルハレム殿が持つ神力石を奪おうとしたらしいでござるよ?」

 

「うわ……。それは災難だったね」

 

「まあ、戦乙女にはよくいるわな。そんな奴」

 

 ヒスイに聞かれたツクモが、自分が聞いたアルハレムとアニーが出会った話を話すと、シレーナが僅かに引いてウィンが呆れたように呟く。

 

「ちょっと待ちなさいよ! 何、自分達に都合がいいように事実をねじ曲げているのよ!」

 

「事実なんて一切ねじ曲げていないでしょう。相変わらず自分に都合が悪いことは一切覚えない人ですね」

 

 ツクモ達の会話を聞いていたアニーが怒鳴り、それにリリアが呆れた顔で言う。

 

「本当に貴方達は私のことを馬鹿にしてくるのね。……フン、でもまあいいわ。今の私は貴方達では到底辿り着けない高みにいるんだから、特別に許してあげるわ」

 

「到底辿り着けない高み?」

 

 アルハレムがアニーの言葉に首を傾げて尋ねると、戦乙女の女性は胸を張って口を開いた。

 

「そうよ。今の私はね。エルージョの『勇者』なのよ」

 

「…………………………はぁ!?」

 

 予想外と言えばあまりにも予想外なアニーの言葉に、アルハレムは数秒の間を置いて思わず驚きの声をあげた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七十六話

「……貴女がエルージョの、勇者? それは一体何の冗談ですか?」

 

 アニーの話を聞いてリリアがとても信じられないといった顔をする。そしてサキュバスの魔女の言葉はここにいる全員が思っていることであった。

 

「冗談なんて言ってないわよ。私は本当にエルージョの勇者に選ばれたのよ。ほら」

 

 そう言うとアニーは腰の後ろに差してあった短剣をアルハレム達に見せる。短剣の柄尻には紋章が刻まれた小さな円盤が取り付けられていて、短剣の東信の腹には戦乙女の女性の名前が刻まれていた。

 

「その紋章はエルージョの王家の紋章……。王家の紋章と所有者の刻まれている短剣、確かにエルージョの勇者の証だ」

 

 短剣の柄尻にある紋章を見てアルハレムはリリアと同じく信じられないといった顔で呟き、それを聞いたアニーが自慢気に胸を張った。

 

「ふふん♪ 分かったみたいね。私はエルージョの勇者だってことを」

 

「何を自慢気に言っているのですか? 貴女がエルージョの勇者であるのなら、アルハレム様は……」

 

「ああ、いたいた。こんな所にいた」

 

 胸を張って自慢をするアニーにリリアが言い返そうとしたその時、二人の男が戦乙女に声をかけてきた。

 

 二人の男のうち一人はアルハレムやアニーと同年代くらいの茶髪の男で、もう一人は三十代くらいの黒髪の男だった。二人は旅慣れた格好をしており、腰には使い込まれた長剣を差していた。

 

「アニーさん。急にいなくならないでくださいよ」

 

「うるさいわね。私がどこに行くのも私の勝手でしょ」

 

 茶髪の男の言葉にアニーはうるさそうに答えると二人の男を指差してアルハレム達を見る。

 

「せっかくだから紹介するわ。この二人はエルージョの勇者である私に従う、私の僕達よ」

 

「誰がお前の僕だ。誰が」

 

 アニーの言葉に黒髪の男が心底嫌そうな渋い顔をして言う。

 

「俺達は国王陛下からお前の勇者としての旅を手伝うように命令されただけで、お前の僕になった訳じゃねぇよ」

 

「何よ。それだったら私の僕も同然じゃない」

 

「全然ちげぇよ。……それで? そこにいる美人さん達とそれを侍らせている羨ましい色男は一体誰だ?」

 

 黒髪の男はアニーの言葉にぶっきらぼうに答えるとアルハレム達を見る。

 

「前にも言ったでしょ? 私を卑怯な手段で倒した卑怯者の冒険者と生意気なサキュバスの魔女よ」

 

「ああ……」

 

「へぇ……」

 

 アニーの言葉を聞いて茶髪の男と黒髪の男は興味深そうにアルハレム達を見る。

 

「そうか、お前達があの冒険者か……。アニーはお前達の事を散々悪く言っていたが、コイツが事実をマトモに記憶して話せるはずもないし……苦労したんだな」

 

「ちょっと! それってどういうことよ!」

 

 黒髪の男はそう言うと同情の視線をアルハレム達に向けて茶髪の男が苦笑を浮かべ、アニーが怒鳴る。

 

 どうやらこの二人の男は随分と苦労しているようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七十七話

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名前はバドラック。本職はエルージョの騎士なんだが、今は何の因果かこのワガママ娘のお守りをしている」

 

「僕の名前はマルコ。マルコ・ゾビン。バドラックさんと同じくエルージョの騎士で、アニーさんの護衛だよ」

 

 黒髪の三十代の男、バドラックがアルハレム達に挨拶をすると茶髪の青年、マルコも挨拶をする。

 

「俺の名前はアルハレム・マスタノート。魔物使いの冒険者だ」

 

 アルハレムがバドラックとマルコに自己紹介をすると、魔物使いの青年についてきた魔女と戦乙女の仲間達も続いて自己紹介をする。

 

「私はリリアと申しまして、アルハレム様の最初の魔女で種族はサキュバスです。そしてこちらの無口無表情なのがレイアで種族はラミアです」

 

「………」

 

「私、ルル。我が夫、に、従う、グールの、魔女」

 

「ツクモさんでござる。猫又の魔女でござるよ」

 

「私はアリスン・マスタノート。お兄様の妹で、私は魔女じゃないからね」

 

「私はヒスイと言います。私も魔女で、種族はその……霊亀です」

 

「アタシはシレーナ。貴方達がセイレーンと呼ぶ魔女だよ」

 

「ウィンさ。ワイバーンのドラゴンメイド、覚えておきな」

 

「ここにはいないけどあと二人、魔女の仲間がいる」

 

 リリア達の自己紹介が終わってからアルハレムがアニー達三人に言う。ここにはいないあと二人というのはアルマとレムのことである。

 

 本当の事を言うとアルマはロッドの姿でアルハレムの腰に差してあるのだが、何らかのトラブルが起きたときに備えて魔物使いの青年はインテリジェンスウェポンの魔女の存在を隠していた。ちなみにレムの方は飛行船で本当に待機している。

 

「前にあった時は仲間の魔女は一人だけだったのにこんなに大勢……しかも全員女性」

 

「へぇ……魔女だなんて滅多に見れないがこうして見ると全員、驚くくらいの美人ばかりだな。これは男としては本当に羨ましいな。ハーレムじゃねぇか」

 

「こんなに大勢の魔女を仲間にするだなんて本当に凄いですね」

 

 アルハレム達の自己紹介を聞いてアニー、バドラック、マルコが驚きと羨望と呆れが入り交じった表情となる。それは遠巻きにアルハレム達を見ていた通行人達も同様であった。

 

「そして……」

 

 そこまで言ってアルハレムは自分の懐から一枚のメダルを、ギルシュの勇者の証を取り出して見せた。

 

「俺もまた勇者なんだ。……ギルシュのな」

 

「………な、何ですってぇ!?」

 

 アルハレムの言葉に今度はアニーが驚く番であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七十八話

「あ、貴方がギルシュの勇者? 一体どういうことよ?」

 

「どうもこうもないですよ♪ アルハレム様はギルシュの由緒ある貴族、マスタノート家の血を引くお方ですから冒険者に選ばれれば、ギルシュの勇者に選ばれてもおかしくありませんよ」

 

 驚きアルハレムを指差して言うアニーに、魔物使いの青年に従うサキュバスの魔女が我が事のように胸を張って答える。

 

「ギルシュの貴族……?」

 

「アニーさん、気づいていなかったのですか?」

 

「俺達はすぐに気づいたぜ? マスタノート家と言ったらエルージョでも有名だからな『ギルシュの傭兵貴族』ってな」

 

(エルージョではそういう風に呼ばれているんだ)

 

 全く初耳といったアニーにマルコとバドラックが言い、それを聞いたアルハレムが内心で呟いた。

 

「………」

 

「我が夫、が、勇者に、選ばれ、る、当然。分から、ない、の、そっち。どうし、て、貴女、みたいな、人が、勇者に、選ばれ、る?」

 

「何ですってぇ!? どういう意味よ!?」

 

「はは……」

 

「あー……」

 

 レイアがアニーを指差してルルがアルハレム達が考えていることを言うと、戦乙女の女性は火を吹かんばかりに怒り、その後ろにいるマルコが苦笑いを浮かべてバドラックが気まずげに視線をそらした。

 

「どういう意味もそのままの意味でござるよ。勇者というのは他国に自国を宣伝する顔役の仕事もあるでござる。アルハレム殿とリリアの話を聞いた限り、お主を顔役にしても宣伝どころか自国に泥を塗る結果にしかならんのではござらんか?」

 

「そうね。私も同感だわ。一体どうしてただクエストブックに選ばれただけの貴女が勇者になれたの? エルージョって、もしかして人材不足なの?」

 

「「……」」

 

 ツクモとアリスンの言葉に痛いところを突かれたというかのように顔をそらす。

 

 アルハレムが襲われたという話を聞いたせいかリリア達の言葉には容赦がなく、散々に言われたアニーはいい加減に我慢の限界にきて自然に右手が腰の剣にのびる。

 

「貴女達……黙っていれば言いたい放題……」

 

「あ、あの! 皆もそれぐらいにしましょうよ」

 

「ヒスイの言う通りだって。こんな大通りで喧嘩してどうするの?」

 

 今にも腰の剣を抜こうとしているアニーの言葉の途中でヒスイが声を上げ、シレーナもそれに同意する。

 

「それで? そのエルージョの勇者様は一体どうしてここに来ているんだい?」

 

「……ふん! そんなの決まっているじゃない」

 

 ウィンの言葉にアニーはこの王都にそびえ立つ塔、ダンジョンを指差した。

 

「私達はこの国のダンジョンを攻略するためにここにやって来たのよ」

 

(やっぱりか……。またコイツと関わることになるのか……)

 

 予想していた通りのアニーの返答に、アルハレムは心の中でこっそりとため息をついた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七十九話

「まさかこんな所でアニーと再会するとはな……。今回のクエストはダンジョンの攻略以外にも大変な事がありそうだ。……はぁ」

 

 アニー達と別れた後、アルハレムは今回のクエストの事を考えて疲れたようにため息をついた。それを見てセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドが口を開く。

 

「何さ、いつまでもため息なんか吐いて」

 

「そんなにあの戦乙女のお嬢ちゃんが苦手なのかい?」

 

「まあな。この旅が始まってから家族以外の戦乙女と出会うと、決まってろくなことにならないからな」

 

 シレーナとウィンに答えてアルハレムは、今までの旅で敵対することになった戦乙女達の事を思い出すと、うんざりとした表情となって首を横に振った。

 

「まあ……今まで敵対することになった戦乙女の方々は悪い意味で個性的な方々でしたからね。それでアルハレム様、今日はもう戻りますか?」

 

 リリアはアルハレムに相づちをうってから話しかける。戻る、というのはこの王都のすぐそばにある森の上空で待機しているレムが待つ飛行船に戻るという意味だ。

 

「いや、せっかくだからもう少しこの街を見て回りたいかな」

 

「あっ! それじゃあアタシも一緒に行く!」

 

 アルハレムがもう少しこの王都を見て回ると言うと、シレーナが片方の翼を上に向けて広げてついて行くことを希望する。このセイレーンの魔女が仲間になった理由には、人間の街を見て回りたいという目的もあったので、それを断るつもりは魔物使いの青年にはなかった。

 

「そうですか……。それでしたら私達も一緒に行きたいのですが、全員で行ったら街の住民達の注目を集めすぎてアルハレム様のお邪魔になりますからね。……ツクモさん」

 

「心得たでござる。……さあ、アルハレム殿、これをどうぞでござる」

 

 サキュバスの魔女に言われて猫又の魔女は自分達の主である青年に数本の棒を差し出した。

 

「これは?」

 

「この棒の先端にはそれぞれ私達の名前が書かれています。それでアルハレム様が選んだ棒に名前に書かれた者が護衛としてお供をします」

 

 リリアの説明にアルハレムは愕然とする。

 

「いや……。別にそこまでしなくてもいいんじゃないか? 護衛役だったらアルマとシレーナがいるし……」

 

「いいえ。それだけでは不安です。以前のようにアルハレム様が拐われるようなことがあったらどうするのですか? 私達はあのようなことは二度と経験したくありません。ですからこの王都を見て回ると言うのでしたら、後一人か二人護衛をつけてくれないと納得できません」

 

 アルハレムの言葉を遮って言うリリアの言葉には強い意思が込められており、そのサキュバスの魔女の後ろでは他の仲間達も強く頷いている。

 

 どうやら以前アルハレムが拐われたことにより、この魔女達は自分の主人である魔物使いの青年を守ろうとする意識がとてつもなく強まったようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八十話

 夜の王都を歩く魔物使いの青年、アルハレム。その彼の後ろを三人の魔女達がついてきていた。

 

「へえ、ここが人間達の街なんだ」

 

「………」

 

「人間、達、いっぱい。人間、大勢、いる所、街も、戦場も、賑やか、で、楽しい」

 

 アルハレムの後ろを歩くのは最初に彼と一緒に行くと言ったシレーナと、くじ引きで護衛役を引き受けたレイアとルルであった。ちなみにレイアは種族特性を使って人間の姿に変身している。

 

 いつも無口で無表情のレイアはともかく、ルルとシレーナは興味深そうに辺りを見回しておりその姿は住民達の視線を集めていたのだが、それでも仲間のほとんどが集まっていた時程ではない。なのでアルハレムも初めて来た外輪大陸の街並みを、正確にはそこを歩く住民達を興味深く観察していた。

 

「凄いな。ヒューマン族以外の種族も普通に街を歩いている」

 

「ヒューマン族以外の種族がそんなに珍しいのですか?」

 

 アルハレムの呟きに彼の腰に差してあるインテリジェンスウェポンのロッド、アルマが聞く。

 

「そうだな。俺がいた中央大陸は住民のほとんどがヒューマン族だったから、こうして多種族を間近で見るのは初めてなんだ。……なあ、皆? 何処か行ってみたいところはあるか?」

 

「………!」

 

 腰に差してあるインテリジェンスウェポンのロッドに小声で答えてからアルハレムが後ろを歩く三人に行きたい所がないか聞くと、それまで表情を変えなかったレイアが急に真剣な表情(それでも彼女の顔に見馴れた者じゃないと気づけないくらい僅かな変化であるが)となって街のある大きめの酒場を指差した。

 

「やっぱり酒場か……。行きたいのか?」

 

「………! ………!」

 

 アルハレムの質問にレイアは無表情だがその目を輝かせて何度も大きく頷くことで答えた。

 

 レイアの種族であるラミアはその全てが大の酒好きで、そんな彼女が異国の酒を口にできる機会を逃すなどあり得ないことであった。

 

 アルハレム達が酒場の中に入るとそこはヒューマン族だけでなくドワーフ族やバンパイア族、マーメイド族と言った様々な種族の客が大勢で賑わっていて、その中には先程出会ったばかりの一人の男の姿もあった。

 

「ん? お前達は?」

 

 酒場で一人酒を飲んでいたヒューマン族の男は、アニーの護衛であるエルージョの騎士バドラックであった。

 

「こんな所で会うとは奇遇じゃねえか? まぁ、こっちに来て飲めよ」

 

 アルハレム達の姿を見つけたバドラックは手招きをして彼らを呼び、特に断る理由もない魔物使いの青年と三人の魔女達はエルージョの騎士と同じテーブルの席に座った。

 

「貴方は……バドラックさんでしたよね? こんな所で一人で飲んで、アニーの護衛はいいんですか?」

 

「けっ、酒を飲む時ぐらい別に一人でいてもいいだろ? いつまでもあのワガママ娘の側にいたら気が変になっちまうぜ」

 

 アルハレムが聞くとバドラックはアニーの顔を思い出したのか嫌そうな顔をして答える。そしてそれは魔物使いの青年にとっても全くの同感であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八十一話

「それにしても今連れている美人さんはそこの三人だけか? さっき会った時はもっと大勢侍らせていたじゃねぇか?」

 

「他の皆はレムの所……今日泊まる所に帰らせましたよ。あの大人数だと人目がつきすぎてろくに歩けませんからね」

 

「はははっ! 確かにな。というかろくに歩けないどころか、妬んだ男どもに刺されるかもしれないな」

 

 バドラックはアルハレムの側にいる三人の魔女達を見ながら訊ね、それに魔物使いの青年が答えるとエルージョの騎士は機嫌よく笑った。

 

「まあ、立ち話もなんだし折角だから一緒に飲まないか? 同じダンジョンを攻略するライバル同士でも今くらいならいいだろ?」

 

「そうですね」

 

 バドラックの申し出にアルハレムは頷き、魔物使いの青年と魔女達はエルージョの騎士と同じテーブルにつくとこにした。

 

 その後アルハレム達とバドラックは同じ席で酒を飲みながら会話をしたのだが、そこでエルージョの騎士の口から出てくる話題はとても騎士らしくなく、どちらかといえば傭兵のような感じであった。しかしそれは「ギルシュの蛮族」と呼ばれるマスタノート家出身の魔物使いの青年も同じであるため、酒の席での会話は思いのほか盛り上った。

 

「アルハレム。お前、貴族様とは思えないほど話せるじゃねぇか?」

 

 会話をしている内に打ち解けたバドラックがアルハレムに元々砕けた口調を更に親しくして話しかける。そしてそれは魔物使いの青年も同様であった。

 

「まあ、俺の実家のマスタノート家は色々と特殊だからね。でもそれを言ったらバドラックさんこそ、こう言っては悪いけど騎士って感じがしないけど?」

 

 アルハレムの、聞きようによっては気を悪くしそうな言葉にバドラックは機嫌を損ねずに当たり前のように答える。

 

「まあな。俺は元々騎士じゃなくて探検家……と言えば聞こえはいいが、要は遺跡や秘境から高く売れそうな物をかっぱらって売り払う盗掘屋だったんだよ」

 

「探検家だった? それがどうして今はエルージョの騎士になったの?」

 

「あ~、それはだな……」

 

 バドラックはシレーナに聞かれると目をそらすが、やがて言い辛そうに答える。

 

「……実はな、今から何年か前にこことは別のダンジョンを一人で攻略したことがあってな。それでその時に手に入れたエリクサーをエルージョの大商人に高値で売りつけたら、その噂を聞いた貴族やら王族やらがやって来て、気がつけば騎士にスカウトされてたんだよ」

 

『………!?』

 

 バドラックから聞かされたダンジョンを攻略した事があるという昔話に、アルハレム達は思わず絶句した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八十二話

「……え? ダンジョンを攻略した?」

 

「………」

 

「それって、一人、で?」

 

「人間がダンジョンを攻略するなんて凄いじゃない」

 

 ダンジョンを一人で攻略したという話に絶句した後にアルハレム、レイア、ルル、シレーナが口々に言うと、バドラックは若干照れくさそうに頭をかいた。

 

「それほど大したことじゃねぇよ。攻略したダンジョンってのはトラップばかりで敵が全くいなくてな、俺は運良くトラップを潜り抜けることができただけだ」

 

「いやいや……充分大したことだって」

 

 酒を飲みながら謙遜をするバドラックの言葉をアルハレムが否定をする。

 

 ダンジョンは女神イアスが人間に試練を与えるために創造した建造物である。その為、ダンジョンにある番人代わりの魔物やトラップには人間の想像を遥かに越えるものがあることを以前ダンジョンに挑戦したアルハレムは知っており、それを一人で突破したバドラックがかなりの実力者であることが分かった。

 

「なるほ、ど。一人、で、ダンジョンを、攻略、できる、なら、王族や、貴族に、スカウト、される、のも、納得」

 

「………」

 

「ああ……。ありがとよ……」

 

 ルルが納得した口調で言い、レイアが無表情だが感心した目でバドラックを見ながら頷く。しかし魔女とはいえ二人の美女に尊敬の眼差しを向けられているエルージョの騎士の表情は冴えなかった。

 

「バドラックさん? エルージョの騎士になったことに何か不満でも」

 

「うん? あー、そうだな……。実は俺さ、王族にスカウトされてエルージョの騎士になった時は柄にもなく嬉しかったんだよ。エルージョの片田舎出身の盗掘屋が下っぱとはいえ真っ当な騎士になれたと思ったら胸が一杯になったな。……でもなぁ、騎士になれて嬉しかったのは最初だけで、なってみると色々と窮屈な思いをするようになってな」

 

 酒によって口が滑らかになったせいか、今日会ったばかりのアルハレム達に内心に溜め込んでいた不満を口にするバドラック。

 

「その上、今ではあんなワガママ娘を勇者とよんでお守りをする毎日でな……。正直、こんなことなら盗掘屋のままの方が良かった、と思うことが多いんだよ」

 

「うっ、それは……」

 

「………」

 

「確か、に、嫌か、も」

 

「随分と面倒臭そうな性格してそうだもんね、あのアニーって奴」

 

 バドラックの口から出た愚痴にアルハレム、レイア、ルル、シレーナが微妙な表情となる。

 

「……あっ。でもバドラックさんがここにいるってことは、今アニーの側にいるのはあのマルコさんって人だけなんですよね? 大丈夫なんです……」

 

「大丈夫だ」

 

 場が暗くなりかけたのを察して話題を変えようとしたアルハレムの言葉をバドラックが即答する。

 

「え?」

 

「マルコの奴なら大丈夫だ。アイツだったらあのワガママ娘のワガママにも耐えられる。……理由は聞くな。聞かない方がいい」

 

 疑問符を上げるアルハレムに顔から一切の表情が抜け落ちたバドラックが言い、そんなエルージョの騎士からは異様な迫力が感じられてそれ以上質問をすることができなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八十三話

「うう……頭が痛い……」

 

 バドラックと酒を酌み交わした翌日。朝に目を覚ましたアルハレムは痛む頭を押さえた。

 

「気持ち悪い……。昨日は飲み過ぎた……」

 

「そうですか? それにしては昨夜は随分とお元気でしたが?」

 

 アルハレムの呻き声に似た呟きに彼の隣で裸で横になっていたリリアが訊ねる。魔物使いの青年とサキュバスの魔女は飛行船の一室にある巨大ベッドの上で横になっており、巨大ベッドの上には彼ら以外にも仲間の魔女達の姿もあって、昨夜は……というよりも昨夜もここにいる全員で肌を重ねたことが部屋に漂う「匂い」で分かった。

 

「そうなのか? 昨日はレイアに付き合って大量に酒を飲んだからな。記憶がほとんどないんだ」

 

 アルハレムの言葉にリリアが納得したように頷く。

 

「やはりそうでしたか。リリアと付き合ったのでしたら飲んだお酒の量も凄かったでしょう?」

 

「ああ……。酒代だけで所持金の半分近くが飛んだし、一緒に飲んだバドラックさんも最後には青い顔をしていたからな。流石はラミア。蛇の魔物や魔女に酒では勝てないな」

 

「………」

 

 昨日の酒場での事を思い出してアルハレムが染々と言うと、既に目を覚まして話を聞いていたレイアは胸を張ってその剥き出しのたわわに実った乳房を揺らした。サキュバスの魔女はそんなラミアの魔女に「何を威張っているのですか? この駄蛇娘は」と言ってから再び自分の主に視線を向けた。

 

「でもバドラックさん? 一緒に飲んだ? もしかしてアニー達と同じ酒場にいたのですか?」

 

「いや、酒場にいたのはバドラックさん一人だけで話してみたらとてもいい人だったよ」

 

 リリアの疑問に答えてからアルハレムは昨日酒場でバドラックと交わした会話を話した。

 

「なるほど。確かにあのアニーのお守りなんてさせられたら嫌な気持ちにもなりますよね。……しかしバドラックさんってエルージョの騎士になるよりアルハレム様のマスタノート家の傭兵になった方が良かったのではないですか?」

 

「バドラックさんがマスタノート家の傭兵か……。それもありかも知れないな」

 

 話を聞いてからリリアが言った言葉にアルハレムは頷く。

 

 確かに一人でダンジョンを攻略できるだけの実力を持つバドラックならば実力主義のマスタノート家は歓迎するだろうし、バドラックも騎士らしくないマスタノート家の空気を気に入るはずだと思う。

 

「それだったら次にあった時、ダメ元でバドラックさんをスカウトしてみようかな? ……それにしてもアリスンは?」

 

 アルハレムは冗談とも本気ともつかないことを言ってから周囲を見回した。だが今アルハレム達が乗っている巨大ベッドの上には、いつも兄の側から離れようとしなかった妹の姿はなかった。

 

「ああ、アリスンですか? アリスンでしたら『これ以上貴女達に汚されたくない!』と言って別の部屋で休んでますよ」

 

「……そうか」

 

 リリアから聞いた言葉に思わず納得をしたアルハレム。

 

「それにしても惜しいですね。もう一晩寝床を同じにできたら徹底的に調教して、兄好きからそっちの道に引きずり込めたのに……」

 

「……」

 

 口調だけは残念そうに、面白そうに言うリリアの台詞をアルハレムは聞かないフリをした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八十四話

「天空にそびえる巨大な塔のダンジョン。ダンジョンナンバー12『見上げる者達の塔』。こうして改めて見ると凄く大きいな……」

 

 準備を終えて仲間達と一緒にレンジ公国の中央にあるダンジョンに着たアルハレムは、天を衝くかのような塔を見上げながら呟いた。

 

「そうですね。それにそのダンジョンを観光名所にしただけでなく、挑戦者から入場料を取るこのレンジ公国もある意味凄いですよね」

 

 アルハレムの隣で塔のダンジョンを見上げているリリアが主の言葉に相槌を打ってから言うと、今度はそれにレイアとルルが頷く。

 

「………」

 

「ルル、も、そう思、う。それ、に……」

 

「アルハレム殿ー。それに皆ー。ダンジョンの入場料、全員分払ってきたでござるよー」

 

「後、このダンジョンの案内書も買ってきました」

 

 ルルの言葉の途中でダンジョンの入場料を払ってきたツクモとヒスイが戻ってきて、霊亀の魔女の手にはレンジ公国が有料で発行しているダンジョンの案内書があった。

 

 ……もはや完全に観光名所そのものである。

 

「入場料、だけ、じゃなく、案内書、まで、ある、なんて、斬新」

 

「……ダンジョンのイメージが一気に崩れていきますね」

 

 ルルの言葉にアルハレムの腰に差してあるインテリジェンスウェポンの魔女、アルマの声が続き、全員が同感だとばかりに頷いた。

 

「ま、まあ、せっかくだからその案内書を呼んでみないか?」

 

 何とも言えない微妙な空気を変えるためにアルハレムは皆に呼び掛けてヒスイから受け取った案内書を読んでみた。

 

 案内書によると塔のダンジョン「見上げる者達の塔」は、内部に登場する魔物と戦いながら最上階を目指すというもので、内部の構造はスタート地点である一階の広場以外は時が経てば自動で変わっていくらしい。そしてこのダンジョンで最大の特徴は、ダンジョンの一部の床や階段の段差に足を置くと一階の広場に戻されるトラップである。

 

 このトラップを避ける為のヒントは一階の天井にあり、天井に記されている印と同じ位置にある床や階段の段差に足を置くことでトラップが発動するのだ。その為、このダンジョンに挑戦する者達は皆、トラップの位置を確認してそれを回避するために天井を見上げる。

 

 それ故に「見上げる者達の塔」。

 

「トラップが発動したらスタート地点にやり直しとかレムのダンジョンに似てるね。……というかさ? アタシ、思ったんだけどこのダンジョンってさ……」

 

 案内書のあった情報にシレーナが何かに気づいてそれを言おうとした時……、

 

「ちょっとどういう事!? 貴方今、私にお金を払えって言ったの!?」

 

「……なーんか、どっかで聞いたような声だねぇ」

 

 と、何処からか聞き覚えのある声が聞こえてきてウィンがうんざりとした声で呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八十五話

 アルハレム達が声がしてきた方を見るとそこには案の定、昨日再会したエルージョの勇者アニーがダンジョンの前で、挑戦者や観光客から入場料を回収しているレンジ公国の衛兵に食って掛かっていた。

 

「私は! エルージョの勇者アニーなのよ!? その私から入場料を取るなんてどういうつもりよ!」

 

「アニーさん、落ち着いてください。そういう決まりなんだから仕方がないじゃないですか」

 

「マルコの言う通りだ。いい加減にしろ」

 

「貴方達は黙っていなさい!」

 

 護衛役であるマルコとバドラックも止めようとしているがそれで止まるアニーでもなく苛立った叫び声を上げる。それを見て魔物使いと戦乙女に魔女達の一行は全員が心底嫌そうな、あるいはうんざりとした表情を浮かべる。

 

「アイツはここでもあんな事をしているのか」

 

「……本当に相変わらずどこまでも自己中心的な女ですね。アルハレム様、どうしますか?」

 

 リリアが皆を代表して額を手で押さえながら呆れているアルハレムに聞くと、残りの魔女達も魔物使いの青年を見つめる。

 

「バドラックさんには悪いとは思うけど、あの恥ずかしい集団の仲間とは思われたくないからな。このまま、素知らぬ顔をして行こうと思う」

 

 リリアの質問にアルハレムが即答すると、彼の仲間達は全員異論がなく頷いてみせた。昨日バドラックと会話をした数名は若干申し訳なさそうな表情をしたが、それでもやはり今もここまで聞こえてくる怒声を上げるあのはた迷惑な勇者と関わりたくないらしい。

 

 その後アルハレム達はいまだに騒いでいるアニー達からできるだけ距離をとってダンジョンに向かった。

 

 アルハレムを初めとする仲間達全員が、耳に飛び込んでくる戦乙女の勇者の怒鳴り声に聞こえないフリをして、急がず慌てずに歩を進めていく。下手に急ごうとすると相手に気づかれる危険があるからだ。

 

 アニーとは関わり合いになりたくない。

 

 アルハレム達の心は今一つであり、その甲斐があって騒いでるアニー達の横を通っても彼女に気づかれることがなく進むことができた。……しかし。

 

「あっ!? アルハレムさん! こんな所で会うなんて奇遇ですね!」

 

『…………………………っ!?』

 

 アニーの声を背後にしたアルハレム達が安堵してほんの僅かに気を緩めた次の瞬間、偶然先を行こうとするアルハレム達の姿を見つけたマルコが不自然なまでに大きな声を出して呼び掛ける。

 

それにより魔物使いの青年とその仲間達の今までの努力は無にと化したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八十六話

「え? ……あっ! 貴方達!?」

 

 マルコの不自然なまでに大きな声によってアルハレム達に気づいたアニーは驚いた顔をすると彼らに近づいていく。その姿を見て魔物使いの青年とその仲間達は奇しくも全員同じ表情を、疲れたような諦めたような表情を浮かべてため息をついた。

 

「あー……。やっぱりこっちに向かってきたか。こうなると思ったから避けていたんだがな……」

 

「全くです。あの人間、やってくれましたね」

 

 アルハレムが呟き、横に立つリリアがそれに相槌を打ちながらマルコを睨む。サキュバスの魔女だけでなく他の仲間達全員も今までの努力を無駄にしてくれたエルージョの騎士を怒りの視線を持って睨むのだが、当の本人はそれを気にしておらず嬉しそうな笑顔を浮かべており、その後ろではバドラックがすまなさそうに頭を下げていた。

 

「ふん! こそこそと私に隠れて先を越そうだなんて随分と必死ね!」

 

 そうしている間にアニーがアルハレム達の前にやって来て話しかけてきた。

 

「でもそれも仕方がないわね。最初は私に無様に負けて、その次はそこの生意気なサキュバスの力を使ってようやく私に勝てた貴方だったらそれが当然かもね」

 

(……コイツのこの自信は一体どこからくるんだ?)

 

 一切の臆面もなく胸を張って自分を挑発する言葉を言うアニーに、アルハレムは苛立ちを覚えるより先に疑問を覚えた。そして魔物使いの青年の後ろにいる魔女の仲間達は、戦乙女の勇者の言葉をを不快に思っていたが関わり合いになりたくないという気持ちが勝っていたため、対応を自分達の主に任せて無言でいた。

 

(というかアニーって自分の立場、勇者の意味を理解できているのか?)

 

 勇者というのは国に認められた冒険者のことで、その存在は他国に自国の力を宣伝する「国の顔」という役割もある。

 

 それなのにさっきのように自国の名前を出して周りに威張り散らしては自国の印象を悪くするだけだ。最悪、アニーが余所で起こした騒ぎが原因でエルージョと他国の関係が悪化したとしても、それは決してあり得ない話ではない。

 

(どう考えても人選を間違っているだろ? エルージョは一体どういうつもりでアニーを勇者に選んだんだ?)

 

 今も自分に投げつけられているアニーの挑発の言葉を聞き流しながらアルハレムは心の中で首を傾げる。

 

 そしてそう考えたのはアルハレムだけでなく、いつもであれば兄に暴言を吐いた相手には問答無用でハルバードを叩き込むアリスンですら、アニーを無視してバドラックとマルコに話しかけた。

 

「ねえ? 何でアレ、エルージョの勇者に選ばれたの? アレ以外にも勇者に相応しい冒険者がいたんじゃないの? それともエルージョってアレしか冒険者がいないの?」

 

「ちょっと!? どういう意味よそれは!」

 

 アリスンにアレ呼ばわりされてアニーが怒声を上げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八十七話

「それを言われると困っちまうな……」

 

「そうですね……」

 

 アリスンの質問にバドラックは返す言葉もないとばかりに渋い顔をして、マルコも苦笑いを浮かべて頷き、それにアニーが顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「何でそこで頷くのよ! そこは『エルージョの勇者に相応しい冒険者はアニー様しかいない』って反論するところでしょ! 貴方達、それでも私の下僕なの!?」

 

「俺らはお前の護衛役だが下僕じゃねぇよ。というかな、俺らも前から何でお前がエルージョの勇者に選ばれたのか疑問だったんだよ。なあ、マルコ?」

 

「え? ……ああ、そうですね。アニーさんは王族の強い推薦で勇者に選ばれたんでしたっけ? 一体どこで王族の方々と知り合ったのか謎だったんですよね」

 

 不機嫌な顔でアニーに答えるバドラックに話を振られてマルコも以前から気になっていた疑問を口にする。

 

「え? 言ってなかった? 私、旅の途中で王族の子供を魔物から助けたことがあったのよ。……あれは忘れもしない、そこの魔物使いとサキュバスの魔女に戦いを挑まれた上に卑怯な手を使われて屈辱的な敗北を受けてしばらくした後だったわ」

 

 マルコの疑問にアニーは思い出すようにして答える。サキュバスの魔女は「戦いを仕掛けてきたのは貴女ですし、魔物使いのアルハレム様が私の力を使って何が悪いのですか」と憎々しげな顔で言うのだが、戦乙女の勇者は全く聞いておらず自分の話を続ける。

 

「あの後私は、森でクエストブックに記された魔物を倒すってクエストをしていたの。そしたらその途中でピクニックに来ていた王族の子供が一匹のゴブリンに襲われているところに出くわしてね、それを助けたらその子供と子供の親に気に入られて、後は王族の家族の推薦で勇者になれたのよ」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

「ゴブリン一匹倒しただけで王族のピンチを救えて恩を売れるって、スゲェ幸運だな。オイ?」

 

 アニーの話にマルコとバドラックが呆然として呟き、それに戦乙女の勇者が胸を張る。

 

「当然よ。何せ運が良いのが私の固有特性だからね」

 

「運が良いのが固有特性?」

 

 それまで黙って聞いていたアルハレムが首を傾げる。

 

「そうよ。私の固有特性は『悪運』。悪い状況になると強い幸運を呼び寄せる特性。……あの時は本当に危なかったわ。何せ、所持金もすでにそこを尽きていて、クエストを達成して神力石を売らないと行き倒れていたかもしれなかったからね」

 

「大人しく行き倒れていたらよかったのに」

 

「ツクモさんの故郷に『憎まれっ子世にはばかる』という言葉があるでござるが、その言葉を見事に体現しているお方でござるな。この勇者は」

 

 どこか遠い目をして言うアニーの言葉にアリスンがジト目で言い放ち、それに続くようにツクモが呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八十八話

「つまり私は実力だけでなく幸運にも恵まれた勇者。言わば神に愛された存在とも言えるのよ」

 

(神に愛された、ねぇ……)

 

 聞いている方が恥ずかしくなる台詞を一切の照れも見せずに言って話を締めくくったアニーを見て、アルハレムは幼女の姿をしているこの世界を創造した女神イアスの顔を思い出す。

 

(確かにあの女神イアスだったらどんな人間だって、それこそここにいるワガママで暴力的で人の話を聞かなくて自分が一番正しいと思っている犯罪者の一歩手前の戦乙女であっても愛するだろうな)

 

 心の中でアニーに対する暴言を並べて納得をするアルハレム。暴言を並べるあたり、彼もやっぱり目の前にいる戦乙女の勇者に腹を立てているのだった。

 

「前は卑怯な手で負けてしまったけど、今回は私がこのダンジョンを先に攻略して勝たせてもらうわ。覚悟しておくことね」

 

 言いたいことを全て言ったせいかスッキリとした表情となったアニーはそのままダンジョンへと歩いていく。そしてその後をダンジョンの入場料を支払ったバドラックとマルコが「すまなかったな」、「本当にごめんなさい」とアルハレム達に謝罪してからついていった。

 

「……やれやれ。やっと行ったか」

 

「相変わらずあの女と話すと疲れますね。……というより勇者になったせいでよりバカさ加減が上がっていません?」

 

 アニーがいなくなったところでアルハレムが疲れた顔で言い、リリアもまた疲れた顔で答える。そして疲れた顔をしていたのは他の仲間達全員も同じであった。

 

「………」

 

「何な、の、あの、女? 言いたい、ことを、言うだけ、言って、勝手、に、行った」

 

「にゃー……。以前戦ったアンジェラ並みに強烈な娘でござったな」

 

「貴女達、同じ戦乙女だからってあんなのと私を一緒にするんじゃないわよ?」

 

「人間の方にも色々な方がいるんですね……」

 

「あのアニーという女は勇者の特権にばかり目がいっていて、勇者としての果たすべき義務には気づいていないようですね」

 

「要するに馬鹿ってことか……」

 

「まあ、力を持った人間ってのは傲慢なのが多いけど、アレはその中でもちょっと酷い方だね」

 

 レイア、ルル、ツクモ、アリスン、ヒスイ、アルマ、シレーナ、ウィンの順にアニー対する感想を漏らす。やはり当然のことながら彼女達の戦乙女の勇者の印象は最悪であった。

 

「……とにかく、アニーのことは一旦忘れて俺達もダンジョンに入ろう」

 

「しかしアルハレム様? ダンジョンに挑戦するのは私も賛成なのですが、もし私達が先にダンジョンを攻略してエリクサーを手にいれてもあの女のことですから『貴方達、またズルをしたんでしょ!? 私のエリクサーを返しなさいよ!』と言って襲い掛かってくるのではないですか?」

 

「……あり得るな」

 

 ダンジョンに入ろうとするアルハレムにリリアが言うと、魔物使いの青年とその仲間達は渋い顔をして頷いた。あの戦乙女の勇者ならばその様な台詞くらい平気で言うだろう。

 

「確かにあのアニーだったらやるだろうな……。どうしよう? このダンジョンの攻略は諦めたくないし、かといってこれ以上アニーには関わりたくないし、何か言い方法はないかな……」

 

「んー……。要するにあの戦乙女がダンジョンを攻略する前にアタシ達がダンジョンを攻略して、その後は顔を合わせずに別の場所に行ければいいんだよね?」

 

 何とかしてこれ以上アニー達と関わらずにダンジョンを攻略する方法を考えるアルハレムに、何かの考えがあるのかシレーナが話しかけた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八十九話

「シレーナ? 何か名案でもあるのか?」

 

「名案、て言うほどのことじゃないけど、ちょっと耳を貸してくれない?」

 

 声をかけてきたシレーナにアルハレムが聞くと、セイレーンの魔女は自分の主である魔物使いに耳打ちをした。

 

「この……………って、………に……………があるんでしょ? だったら……の………で………まで……ばいいんじゃない?」

 

「……え? それってアリなのか?」

 

 シレーナの考えを聞いてアルハレムが困惑の表情を浮かべる。

 

「確かにその方法だったらすぐにこのダンジョンを攻略できるかもしれないけど、それってどう考えてもルール違反だろ? アイツが納得するか?」

 

「まあ、納得しないだろうね。でも上手くいったらアイツらと顔を合わせずにダンジョンを攻略できて、次の目的地にいけるけど?」

 

 アルハレムの言葉にシレーナは肩をすくめて言いはなつ。そんな二人の会話に他の仲間達を代表してリリアが入ってきた。

 

「あの、アルハレム様? シレーナは一体何を言ったのですか? このダンジョンを攻略する方法があると少しだけ聞こえたのですけど……?」

 

「え? ああ、そうだよ。シレーナが言ったのは……」

 

 アルハレムは自分だけでなく仲間達にも判断してもらおうと思い、今さっきシレーナが言ったダンジョンを攻略する方法を話すことにした。

 

 ☆★☆★

 

 レンジ公国の象徴であるダンジョン「見上げる者達の塔」。

 

 初代国王に攻略されて以来、攻略方法が確立されているダンジョンであるが、その攻略方法を知っているのと実際に攻略できるのとでは大きな開きがある。

 

 一階の広場の天井に印されている罠の位置を全て把握して、魔物と戦いながら罠を避けて進むというのは決して容易いことではない。

 

 しかも罠の位置は半日程の時間が経てば自動で変化するので、ダンジョンに挑む挑戦者達はある程度上に行ったところでやり直しの罠を発動させてしまい、一階の広場で悔し涙を飲むのであった。

 

 それがこのダンジョン「見上げる者達の塔」でお馴染みの光景なのだが、今回はそんな挑戦者達に混じってダンジョンを破竹の勢いと言うべき速度で上にと昇っていく挑戦者の一団がいた。

 

 その挑戦者の一団とは中央大陸にある国家エルージョの勇者であるアニーと、エルージョの騎士のバドラックとマルコの三人であった。

 

 アニー達三人はわずか一日で、普通の挑戦者ならば辿り着くのに三日はかかる塔の中層まで攻略をしたのだ。

 

 ……しかし、塔のダンジョンにはエルージョの勇者達と時を同じくしてこの国にやって来たギルシュの勇者達の姿が何処にも見当たらなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九十話

「何をグズグスしているんだ? さっさと行くぞ」

 

 塔のダンジョンの上層部で階段を上っていたバドラックは立ち止まって後ろを振り向くと、少し離れて階段を上っている二人の同行者に声をかけた。

 

「ちょっと……待ちなさいよ……。バドラックが……早すぎる、のよ……」

 

 バドラックに声をかけられてアニーが息を荒くしながら答える。その隣にいるマルコも戦乙女の勇者ほどではないが体力を消耗させているようで呼吸を乱していた。

 

「ったく。何甘えたこと言ってんだよ? 早くしないと日が暮れるぞ」

 

 それだけ言うとバドラックは階段を上るのを再開し、その背中を信じられないといった顔で見ながらアニーは呟く。

 

「……何であんなに元気なのよ、アイツ?」

 

「そうですね。昨日は私達の倍以上は動き回ったというのに……」

 

 アニーの呟きにマルコが同意をする。

 

 彼らがこの短期間でここまで上の階に上ることができたのは、全てバドラックの活躍によるものであった。

 

 バドラックはまるで頭の中に地図でもあるかのように一階の広場の天井に印されていた罠の位置を記憶して、危うく罠を発動させそうになったアニーとマルコに注意を飛ばしながら全ての罠を回避した。そして時間が経って罠の位置が変わると、自分一人だけであえて罠を発動させて一階に戻り、罠の位置を再確認してから上にいるアニー達と合流してみせたのだ。

 

 挑戦者の集団の中にも二手に別れて一方が一階に戻って、罠の位置を再確認してから上に残った仲間達と合流するという手段をとる者達がいた。だがバドラックの合流するまでの時間は、他の挑戦者達を遥かに上回るものであった。

 

「でもこの調子で行けばアイツらより先に最上階まで行けそうね」

 

 アニーが言うアイツら、というのは言うまでもなくアルハレム達のことである。

 

(このダンジョンを攻略してエリクサーを手に入れたら精々自慢してあげるわ。中央大陸の時はあんな卑怯な手で私を倒したアイツら……今度は私の勝ちよ)

 

「……それはどうだろうな」

 

「え?」

 

 自分の勝利を確信して口元に笑みを浮かべるアニーであったが、そんな彼女にバドラックが階段を上りながら振り向きもせずに声をかける。

 

「あんまりアルハレム達を甘く見ない方がいいと思うぜ? 油断していたらいつの間にか追い越されていた、なんてこともあり得るかもしれないからな」

 

 そう言ってバドラックは先日アルハレム達と一緒に酒を飲んだ時に感じたギルシュの勇者の印象を思い出す。

 

(アイツは貴族や騎士と言うより俺と同類の人間だ。成果を出しても生きて帰らなければ意味がない。成果を出して生きて帰るためなら、どんな手段でもとるって感じだった。そんな奴がこのまま何もしないってはずがないだろうな)

 

「でもバドラックさん? そうは言いますけど私達、このダンジョンに入ってから一度もアルハレムさん達の姿を見ていませんが?」

 

「そうよ。それに最上階に今一番近いのは私達なんだから、今さら追い付くはずが……え?」

 

「「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」

 

 マルコとアニーがバドラックに向かって話をしていた時、突然塔の外から鳥のようで獣のようでもある鳴き声が、それも複数聞こえてきた。その鳴き声はアニー達も聞き覚えがある、このダンジョンに出現する魔物の鳴き声であった。

 

「何だ? 一体何が起こってやがる? ………っ!?」

 

 バドラックは近くにある窓から外の様子を見るが、そこにあった光景に目を大きく見開いて絶句する。

 

 エルージョの騎士が見た光景、それは鳥に似た姿をしたダンジョンに出現する魔物の群れが、空に浮かぶ巨大な船に向かって襲い掛かるというものであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九十一話

「なんだか鳥みたいなのが沢山出てきたな」

 

 バドラックがダンジョンの窓から見た空に浮かぶ巨大な船、飛行船エターナル・ゴッデス号の甲板でアルハレムは鳥に似た魔物の群れを見ながら言った。

 

「レム。あの鳥みたいなのって、やっぱり塔のダンジョンに出現する魔物なのか?」

 

「ええ、恐らくそうだと思います。私が作り出す骸骨の人形達と同じものかと」

 

 アルハレムに聞かれてエターナル・ゴッデス号を動かすゴーレムの魔女、レムが答える。

 

 アルハレム達を乗せたエターナル・ゴッデス号が近づいた途端に塔のダンジョンから群れで出てきた鳥に似た魔物達は、インクを固めて鳥の形にしたような姿をしていて、その全てが魔物使いの青年が乗る飛行船に向かってきていた。

 

「……やっぱりあの鳥みたいな魔物の群れって俺達を標的にしているよな?」

 

「それは当然です。私だってこんなズルをされたら率先して攻撃したくなりますよ」

 

 レムはやや不機嫌そうな顔でアルハレムに答えてから明後日の方向に顔をそらしているシレーナを見る。

 

 レムが言うズル、アルハレム達がエターナル・ゴッデス号に乗って塔のダンジョンを目指しているのは、シレーナの「エリクサーがダンジョンの最上階にあるのだったら、エターナル・ゴッデス号に乗って最上階に行けばいい」という意見を仲間達が採用したからだった。

 

 アルハレムの仲間になるまではダンジョンを支配する存在、ダンジョンマスターであったレムはこのシレーナが考えた作戦に「そんなズルは認められません!」と大反対したのだが、結局は自分の主と仲間達の説得により協力をすることになったのだ。

 

「ズルを許さないってことは、あの塔の最上階にはレムと同じようなダンジョンマスターがいるということですか?」

 

 アルハレムとレムの会話を聞いていたリリアが聞くとゴーレムの魔女は少し考えてから首を横に振った。

 

「……いいえ、それはないと思います。実体を持ったダンジョンマスター私を含めても数体しかいないはずですし、いたら感覚で分かるはずです」

 

「なるほど。……ということはあの魔物の群れはダンジョンの精一杯の抵抗で、あれさえ突破できれば最上階までの障害はないということですね」

 

「何だ、それなら話は簡単じゃない」

 

「そうだね。そうと分かればさっさと終わらせようじゃないか」

 

 レムの答えにリリアが頷きながら言うと、シレーナとウィンがサキュバスの魔女の言葉に同意して甲板の縁に立った。

 

「シレーナ? ウィン? 一体何をするつもりだ?」

 

「何をするつもりって決まっているでしょ?」

 

「あの鳥みたいな魔物達を叩き潰してくるだけさ。まあ、見てなって」

 

 シレーナとウィンの突然の行動にアルハレムが聞くと、セイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドは何でもないように言って空に飛び立った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九十二話

「数だけはいるみたいだけど大した相手じゃない。早目に片付けようじゃないか!」

 

「……なんか、随分とヤル気だね?」

 

 魔物の群れへと飛びながら獰猛な笑みを浮かべるウィンにその後ろを飛ぶシレーナが話しかけると、ワイバーンのドラゴンメイドはセイレーンの魔女に振り向いて瞳を輝かせながら答えた。

 

「当たり前だろ? なんせあのダンジョンを攻略したらついに念願の神力石が手に入るんだからね!」

 

「……ああ、そういえばそうだったね」

 

 ウィンに言われてシレーナは、このワイバーンのドラゴンメイドがアルハレムの仲間になる時に次のクエストを達成した、つまりあの塔のダンジョンを攻略した際に手に入る神力石を譲ってもらう約束をしていたのを思い出した。

 

「それにあの塔で手に入るエリクサーも神力石と同じくらいレアなお宝だからね……。そりゃあ、気合いが入るってものさ」

 

(あーあ、ウィンの病気が出ちゃったか……)

 

 極上の獲物を見つけた獣のような目で塔のダンジョンの最上階を見つめるウィンを見て、シレーナは心の中で嘆息した。

 

 ウィンはワイバーンのドラゴンメイド。つまりはドラゴンに属する魔物で、ドラゴンに属する魔物は財宝や稀少な代物といった他者の欲望の対象となりやすいものを集める習性を持つ。

 

 そしてシレーナが見たところウィンはそのドラゴンの習性に忠実で、財宝や稀少な代物に対する執着心は他のドラゴンよりも強いように(と言ってもシレーナは他のドラゴンに会ったことはないのだが)思えた。

 

「……ねぇ、ウィンがエリクサーに興味を持つのは勝手だけどさ、エリクサーを手にいれるのはアルハレムだよ?」

 

「分かってるよ。だけどアルハレムの目的はダンジョンの攻略であって、エリクサーじゃないだろ? だったらダンジョンを攻略した後で頼めば貰えるかもしれないだろ……って、そろそろ来たようだよ」

 

 シレーナの言葉にウィンが答えている間に魔物の群れは、アルハレム達が乗っているエターナル・ゴッデス号より先に、近くにいた二人を標的にして向かってきていた。しかしその事に対してセイレーンの魔女は焦りも恐怖も懐いておらず、ワイバーンのドラゴンメイドにいたっては手間が省けた、とばかりに笑みを浮かべていた。

 

「先に行かせてもらうよ!」

 

 ウィンはそう言うと輝力で身体能力を強化して、次の瞬間には青白い光を放つ姿を閃光に変えて魔物の群れに突撃していった。

 

「……速い!」

 

 空を翔るウィンの姿を目で捉えられなかったシレーナが思わず呟く。

 

(世界で最強の魔物の種族、ドラゴン。下位のドラゴンであるワイバーンでさえ輝力で強化した魔女と同等以上の身体能力を持つ。それを輝力で更に強化できるだなんて、改めて考えるとウィンって本当の怪物だよね?)

 

 ウィンとはそれなりに付き合いの長いシレーナだったが、今こうしてワイバーンのドラゴンメイドの本気、その一端を見て思わず胸中で呟くのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九十三話

「……っらぁ!」

 

 ウィンは気迫のこもった声を放つとともに体を一回転させると、腰に生えている尻尾を目の前の魔物の群れへと向けて横凪ぎに振るった。ワイバーンのドラゴンメイドの尻尾は輝力によって振るわれたのと同時にその長さを通常の何倍もの長さにした。

 

 輝力で尻尾の長さや強度を変化させて武器のように使うやり方はそれほど特殊ではなく、同じく尻尾を生やしているリリアとレイアも同様の尻尾の使い方をする。だがワイバーンのドラゴンメイドの尻尾の一撃は、サキュバスとラミアの魔女のものとは威力が桁外れに違っていた。

 

 ボンッ!

 

 と、何かが破裂する音がしたと思ったらウィンの一撃によって魔物の群れの三分の一が消し飛び、まるで黒い雲のようであった群れの形が上下の二つに分かたれた。しかしワイバーンのドラゴンメイドの攻撃はそれでは終わらなかった。

 

「まだまだぁ!」

 

 ウィンは自分が切り開いた魔物の群れと群れ隙間に飛び込むと、隙間を高速で飛びながら上下の魔物を輝力で強化した翼に脚、そして尻尾で攻撃をする。鳥に似た姿の魔物達はワイバーンのドラゴンメイドの攻撃、あるいはそれによって生じた爆風のような風圧で容易く吹き飛ばされていく。

 

「アタシ、出番ないかもね」

 

 空の戦いはすでにウィンの独壇場と化しており、すでに最初の四分の一まで数を減らした魔物の群れを見てシレーナは呟いた。

 

「……いや、そうでもないか」

 

 シレーナの視線の先ではウィンの攻撃から逃れた魔物の群れが自分達の主が乗る飛行船エターナル・ゴッデス号に向かっていた。

 

 ただ単にウィンに対して恐れを懐いたのか、自分達との戦闘能力の差を感じ取った合理的な判断なのかは分からなかったが、それでも魔物の群れがエターナル・ゴッデス号に向かうのはシレーナにとって好ましくなかったので、セイレーンの魔女はそれを阻止すべく行動を起こすことにした。

 

「ーーーーーー♪」

 

 セイレーンの魔女の口から旋律が紡がれた。

 

 それは歌詞も何もないただリズムに乗せて声を出しただけのものだけであったが、いくつもの楽器の合奏に劣らない音程を持つ人間では、いや、セイレーン以外では到底出すことができない「歌」であった。

 

 シレーナが自らが紡ぎ出す歌に輝力に込めて「魅了」の効果を付与すると、その歌を聞いた魔物の群れが標的をエターナル・ゴッデス号からセイレーンの魔女にと変更した。

 

「ウィン!」

 

「あいよぉ!」

 

 シレーナが合図をすると、他の鳥の姿をした魔物達を倒してきたウィンが威勢のよい声で返事をして魔物の群れへと再度突撃をする。

 

「これで、終わりさぁ!」

 

 ウィンは自分の両翼を輝力で巨大化させると高速で回転しながら魔物の群れの中に飛び込んでいった。輝力で強化された一対の翼は、死神の大鎌とも言える鋭さをもって鳥の姿をした魔物達を一匹残らず切り裂いていき、その後の空にいたのはセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドだけとなっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九十四話

「あらあら、凄いですね。あれだけいた魔物の群れをもう倒すなんて。私ではとても無理ですよ」

 

「そうだな。しかもウィンさん、輝力を使ってはいたけど実力の十分の一も出していないな」

 

 飛行船エターナル・ゴッデス号の甲板からウィン達の戦いを見ていたリリアの呟きにアルハレムが頷き、いつの間にか魔物使いの青年の元に集まった仲間達も同様に頷く。

 

「ワイバーンのドラゴンメイド。最強の魔物ドラゴンの眷族は伊達ではないでござるね。……ツクモさんも猫又族の中では結構な実力者で、地元ではちょっとは名が知られていたでござるが、あれを見たら自信を無くしそうでござる。それに……」

 

 そこまで言ってツクモは視線をウィンからシレーナへと移す。

 

「シレーナのあの力も中々に強力でござるな。歌声に輝力を込めることで魅力の効果を付与して敵の意識を己へと集中させる……。今の戦いを見てシレーナが敵を集めてそれをヒスイ殿が閉じ込め、身動きがとれなくなった敵を全員で攻撃するという戦い方が浮かんだのでござるがどうでござるか?」

 

「……それ、もはや戦いじゃなくて虐めだと思うけど?」

 

 ツクモの言う戦い方にアリスンが冷静に言ってアルハレムが内心で頷く。

 

 ヒスイが種族特性で作り出す破壊不可能の壁に閉じ込められて、魔女達と戦乙女によって一方的に攻撃される敵。

 

 想像するだけで背筋が寒くなる光景で、自分がその敵であったなら心が折れるだろうなとアルハレムは思う。

 

(それにしても……)

 

 アルハレムは自分の周りにいる仲間の魔女達と戦乙女の妹を見る。

 

(俺は家族や周りに守られるだけなのが嫌で、自分からでも家族や周りを守る力を得ようと冒険者になったのだけどな……)

 

 だが気がつけばアルハレムの周りには彼より遥かに強い魔女の仲間達と戦乙女の妹にいて、守られるだけの状況はより強くなった気がする。

 

「……はぁ」

 

「なーに、ため息なんかついてるの?」

 

 見目麗しい絶世の美女達に囲まれている今の状況は男として嬉しい限りだが同時に情けなく感じてアルハレムがため息をつくと、戦いを終えてウィンと一緒にエターナル・ゴッデス号の甲板に戻ってきたシレーナが話しかけてきた。

 

「シレーナか。いや、別に。……ただ、もっと強くならないといけないな、と思っただけだよ」

 

「? よく分からないけど、強くなることはいいことじゃない?」

 

「そんなことより! 敵は全て倒したんだから早く最上階に行くよ! 早く行かないとせっかくのお宝が他の奴に取られちまうかもしれないからね!」

 

 アルハレムの突然の言葉にシレーナが首を傾げて返事をするとウィンが興奮ぎみに先を急ぐように言ってきた。そんなワイバーンのドラゴンメイドに魔物使いの青年は苦笑を浮かべる。

 

「それもそうだな。レム、ダンジョンの最上階に向かってくれ」

 

「はい。分かりました、主様」

 

 ゴーレムの魔女、レムはアルハレムに返事をするとエターナル・ゴッデス号を動かして塔のダンジョンの最上階へと向かわせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九十五話

 アルハレム達がダンジョン「見上げる者達の塔」の最上階に行くと、そこは小さな天井とそれを支える柱、そしてエリクサーを奉っている祭壇しかなかった。

 

「あれがエリクサーなのか?」

 

 アルハレムが祭壇に視線を向けながら呟く。

 

 祭壇の上では黄金のように輝く液体が器に収まっていないにも関わらず、球体となって宙に浮かんでいた。

 

「ええ。間違いありません、主様。あの金色に輝く液体こそがエリクサーです」

 

 ダンジョンマスターであるゴーレムの魔女、レムが頷いて答えると、予め用意していた中身が空の小瓶をアルハレムに手渡す。

 

「よし! それじゃあアルハレム、さっさとお宝を手にいれようじゃないか。……それでその後はさぁ」

 

 ウィンはアルハレムに早くエリクサーを手にいれるように急かすと、自分の主に媚びるような視線を向けながら自分の豊満な肉体を擦り付けた。

 

「ねぇ、アルハレムさぁ? アンタ、ダンジョンを攻略してクエストを達成したいだけなんだろ? じゃあ、エリクサー自体にはあまり興味はないんだよねぇ?」

 

「……このクエストを達成したら神力石を譲る約束だったけど、それだけじゃ足りないの?」

 

「だってアタイ、お宝が大好きなんだモン♪」

 

 甘えた声で遠回しにエリクサーを寄越せと言ってくるウィンにアルハレムが苦笑いを浮かべて聞くと、ワイバーンのドラゴンメイドは全く悪びれることなく笑いながら答えた。

 

「貴女、なんて厚かましいことを……」

 

「………」

 

「神力石、だけ、じゃなくて、エリクサー、も、なんて、欲張り、すぎ」

 

「にゃー……。ツクモさんとしてはどんな傷もすぐに治せる回復アイテムはアルハレム殿に持っていてほしいでござるが……」

 

「全くよ。少しくらい我慢しなさいよ」

 

「ウィンさんはすでに沢山の宝物を持っていたと思うのですけど、まだ足りないのですか?」

 

「ワイバーンの、ドラゴンの習性を考えれば仕方はないとは思うのですが、それでもやっぱりその強欲さは呆れますね」

 

「凄いボロボロに言われてますね……」

 

「だけどアタシ達も皆と同意見なんだよね」

 

 リリア、レイア、ルル、ツクモ、アリスン、ヒスイ、アルマ、レム、シレーナの順に言われてもウィンは全く堪えておらず涼しい顔をしていて、ここまできたらもはや感心するアルハレムだった。

 

「……はぁ。分かった分かった。確かに俺はエリクサー自体にはあまり興味がないから譲ってもいいさ。でも万が一に仲間達が傷を負って危なくなったら渡してくれよ?」

 

「本当かい!? ああ、分かった。約束するよ」

 

 ため息を吐いてからアルハレムが言うとウィンは飛び上がらんばかりの笑顔で約束をした。

 

「よし、それじゃあ早速……」

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 ウィンと約束を取り付けたアルハレムがエリクサーを手にいれようと祭壇に近づいた時、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九十六話

「……これは驚いたな。まさかこんなに早く来るなんてな」

 

 塔の最上階に現れてアルハレム達に声をかけたのはアニーだった。エルージョの勇者の姿を見てギルシュの勇者は少なからず驚いた顔をした。

 

「ハァ、ハァ……! 私、を……ハァ! なめるんじゃ、ないわよ……! わ、私にかかれば……、こんな塔、なんでもないわよ!」

 

 全速力で塔をかけ上って来たようでアニーは大きく肩で息をしながらアルハレム達を睨み付ける。

 

「まあ、そんな事を言っても丁度最上階の近くまで着いていたからなんだがな」

 

「そうですね。これでもう少し下の階にいたら間に合わなかったかもしれませんね」

 

 勇ましい言葉を吐くアニーの後ろで、バドラックとマルコの二人が階段を上ってきて最上階に姿を現す。

 

「バドラックさんにマルコさん。なるほどね。……流石だな」

 

「ふふん♪ どうやらようやく私の偉大さが分かったよう……」

 

「この足手まとい確定のワガママ勇者を引き連れていながらもうこの最上階に着くとは、流石は凄腕の探検者だな。バドラックさん」

 

「んな!?」

 

 アルハレムの言葉にアニーは胸を張って自慢気に何かを言おうとしたが、ギルシュの勇者はそんなエルージョの勇者を完全に無視して、彼女の後ろにいる騎士の一人に称賛の言葉を贈る。そしてギルシュの勇者の仲間達もそれに同意をして頷く。

 

「そうですね。正直驚きました。バドラックさんって、アルハレム様のお話通りの方のようですね」

 

「………」

 

「リリア。我が夫、嘘、つかない。バドラック、さん、凄い、人」

 

「にゃー、でも話を聞いた時はツクモさんも驚いたでござるよ。人間で、それも戦乙女でもない殿方でダンジョンを一人で攻略をするだなんて」

 

「そうですね。私がいたダンジョンは旦那様達が大勢で攻略をしていましたからね」

 

「お母様がこの話を聞いていたら間違いなくスカウトしていたでしょうね。というか今からでもその女から私達の所に来ない?」

 

「ダンジョンが魔物と戦って攻略するタイプではなく、それほど戦力を必要としなかったとしても驚愕すべき事実であることは確かですね」

 

「ダンジョンマスターである私としてもバドラックさんの話は非常に興味深いですね」

 

「そうね。新しい歌のネタになるかもしれないし、また今度どんな風にダンジョンをクリアしたのか教えてくれない?」

 

「てゆうか、その時に手に入れたエリクサーは今、持っていないのかい?」

 

 リリア、レイア、ルル、ツクモ、ヒスイ、アリスン、アルマ、シレーナ、ウィンと美女達に驚きと感心の視線を向けられてバドラックは照れながらも若干気圧された態度を見せた。

 

「はは……。こんな美人さん達に揃ってほめられると流石に照れるねぇ……。ありがとよ」

 

「そんなことより! 貴方達、一体どうやってここに来たのっていうか、あの空を飛ぶ船は何!?」

 

 頬をかきながら言うバドラックの言葉をかき消すようにアニーは塔の隣の空中に停止している飛行船、エターナル・ゴッデス号を指差しながら怒鳴る。

 

「……あの船はここに来る前に俺が挑戦した飛行船のダンジョンだ。攻略はしていないが、ダンジョンマスターの魔物を仲間にして、それからは俺達の移動手段として使っている」

 

「はぁ!?」

 

「あの船もダンジョンなのですか?」

 

「ダンジョンを攻略するどころか移動手段とするとはな……。どうやら俺の予想以上に大した男だったようだな」

 

 アルハレムの説明にアニーとマルコが驚き、バドラックは今度は自分が感心した目付きとなってギルシュの勇者を見た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九十七話

「……な、何よソレ? 飛行船のダンジョン? ダンジョンマスターを仲間にして移動手段として使っている? そんなのアリな訳?」

 

 驚きのあまり絶句していたアニーであったが、次第にアルハレムが言った言葉の意味を理解していき思ったことを口にする。

 

「アリも何も実際に今、飛行船を使ってこの最上階に来ただろう?」

 

「……! こんなズル、私は認めない! この勝負は貴方の反則負けよ!」

 

「おいおい……。確かに飛行船のことは俺も反則かもしれないとは思わなくもないが、いつお前とアルハレムは勝負なんてしていたんだ?」

 

 アルハレムの言葉に声を荒らげるアニーにバドラックが呆れたように声をかける。

 

「そうですよ。それに冒険者が自分の持つ手段を使ってダンジョンを攻略しようとするのは普通の事なんですから、反則呼ばわりは少し言い過ぎだと……」

 

「うるっさいわね! 貴方達は黙ってなさいよ!」

 

 マルコもバドラックの言葉に同意をするがそれで大人しくなるアニーでは当然なく、エルージョの勇者は言葉の怒気を強めて言い放つとギルシュの勇者とその仲間達を睨み付ける。

 

「……貴方達、そこをどきなさい? そのエリクサーとダンジョン攻略の栄誉は私のものよ」

 

「相変わらず自分勝手極まりないですねぇ、貴女は?」

 

 アニーは「このダンジョン攻略は自分とアルハレムとの勝負」、「だけどアルハレムは飛行船で最上階に行くという反則を犯した」、「だからこの勝負は自分の勝ち。エリクサーは自分のもの」という自己理論を展開して傲慢に言い放ち、それに対してリリアは軽蔑を露にした冷やかな視線をエルージョの勇者に向ける。そしてそれはサキュバスの魔女以外のアルハレムの仲間達も同様であった。

 

「はぁ? その目は何よ貴女達? 私に逆らうつもり? 私に勝てるとでも本気で思っているの?」

 

「いやいや! どう考えても向こうが勝つに決まってるだろ!?」

 

「そうですよ! いくらアニーさんが戦乙女でも、アルハレムさんの仲間には戦乙女と魔女が十人ほどいるんですよ!」

 

 リリア達の冷やかな視線にアニーが不機嫌な表情を浮かべて言うと、バドラックとマルコが慌てて止めようとして、それにはアルハレムの内心で頷く。

 

(俺もバドラックさんとマルコさんと同じ意見だ。……というか、毎回思うのだがアニーのあの自信は一体どこからくるんだ?)

 

 どう考えても戦力差は明らかであるのにもかかわらず、アニーがどうしてこんな強気でいられるのかアルハレムには理解できなかった。

 

 会わなかった間に何かの強力な力を手に入れたのか、それともただ単に戦力差を認識できていないだけなのか。

 

(とにかくここまでくればアニーの自信はもはや一つの才能だな)

 

 アルハレムはアニーを見ながらそう思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九十八話

「……フン! 何を怯えているのよ? 魔女が戦乙女と同じくらい強いって言う噂話はよく聞くけど、こんな男の下についてヘラヘラしている奴等が強いはずがないじゃない?」

 

 戦いを止めようとするバドラックとマルコにアニーは見下した視線を向けて傲然と言い放ち、それを聞いてアルハレムは彼女が最初に会った時から男を下に見ていたのを思い出した。

 

(つまりアニーは男の俺に従っているという理由だけでリリア達を弱いと思っているのか? 確かに戦乙女には輝力を使えない男を馬鹿にするのが多いが……)

 

「大体このアルハレムはねぇ、輝力が使えない男な上に、一人じゃ何もできなくて私にあっさり負けた奴なのよ? そんな……」

 

「黙りなさい」

 

 アルハレムが心の中で呟いている間にも、魔物使いの青年を悪く言おうとしていたアニーであったが、彼女の言葉は意外な人物の言葉で遮られた。

 

「………え?」

 

「黙りなさい、と言ったのです」

 

 アニーの言葉を遮った声の主はヒスイだった。

 

 アルハレムの仲間の中で一番大人しい性格で常に穏やかな表情を絶やさなかったはずのヒスイが、今この場では能面みたいな無表情で瞳に強烈な敵意の光を宿しており、それは普段の彼女を知る者達には到底想像できない姿であった。

 

「(あ、アルハレム様。ひ、ヒスイさんが今まで見たことがないくらい物凄く怒ってますよ……!)」

 

「(そ、そうだな……。流石のヒスイもアニーのキャラには我慢できなかったか)」

 

 恐らく初めて本気で怒ったのであろう霊亀の魔女の姿に、サキュバスの魔女と魔物使いの青年は思わず小声になって話す。

 

「旦那様と皆さんに対する暴言、とても許せるものではありません。アニーさん、今の暴言を撤回して旦那様と皆さんに謝罪してください」

 

「な……? い、嫌よ。私は本当のことを言っただけなのに何で謝らないと……」

 

「そうですか」

 

 全身から怒気を放つヒスイにアニーが気圧されながら答えると、霊亀の魔女は体を青白く輝かせて輝力を使い出した。

 

「では仕方がありませんね。では旦那様の『力』である私達が貴女達を倒すことで力ずくで先程の暴言を撤回させます」

 

「ち、力ずくって……? というより輝力? 一体何をする気……え?」

 

 輝力を使い出すヒスイを見てアニーは慌てて腰に差してある剣を抜こうとしたのだが、その途中で腕が見えない壁にぶつかって止まってしまう。

 

「な、何だこりゃあ?」

 

「見えない壁に取り囲まれている?」

 

 アニーに続いてバドラックとマルコも今自分達が目に見えない壁に囲まれて身動きが取れないことに気づくがすでに遅かった。

 

「無駄ですよ。貴女達は完全に私の特性で作った結界に閉じ込められています。貴女達はもう逃げることも、私達に攻撃することもできません。その上、この結界は私達からの攻撃は通します。ここまで言えば……分かりますね?」

 

『……………』

 

 ヒスイが無表情のままアニー達に説明をすると、身動きが取れないエルージョの勇者達をリリアを初めとするアルハレムの仲間達が邪悪な顔で取り囲み、それを見てバドラックが盛大に顔を引きつらせる。

 

「お、おい……。どっかのワガママ娘がいらん挑発をしてくれたお陰で大ピンチじゃないか? 俺達?」

 

「何よ! 私のせいだって言うつもり!」

 

「どう考えてもお前のせいだろうが!」

 

「ちょっと! アニーさんもバドラックさんもこんな時に喧嘩しないでください! それよりもこれは本当にヤバイですよ? 身動きが全く取れない状況で敵意に満ちた目をしている戦乙女と魔女達に囲まれているだなんて、こんなの……こんなの……」

 

 口論になりかけたアニーとバドラックを止めたマルコは、リリア達を険しい顔で見て言い放つ。

 

「こんなの! 興奮するじゃないですか!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九十九話

『……………………………はっ?』

 

 マルコの叫びにアルハレム達は思わず絶句した。それに構わずエルージョの騎士は呼吸を荒くして自分の思いを口にする。

 

「身動きができないところであんな大勢の魔女達に全力で、一方的に攻められたら私、どうなっちゃうでしょう……? いや、こうして美人ばかりのリリアさん達に殺意のこもった冷たい軽蔑の視線を向けられているだけで私……私……!」

 

 頬を赤く染めて興奮しながら言うマルコからは、言い様のない怪しい雰囲気というか気持ち悪さが感じられて、この場にいる女性陣は思わずドン引き。仕方なくアルハレムはバドラックに話しかける。

 

「あの、バドラックさん? マルコさん、一体どうしたんですか?」

 

「あー……、気にするな。いつもの病気が出ただけだ」

 

 アルハレムに聞かれてバドラックは嫌そうな顔をして答える。

 

「病気?」

 

「ああ。マルコは貴族の出身ということもあってツラも剣の腕もいいし、性格もいい。……ただ一つだけ、女に酷い目にあわされて悦ぶっていう病気というか……性癖を持っているんだ」

 

 そこまでバドラックが説明したところでアニーが怒声を上げる。

 

「ちょっとマルコ! 耳元で気持ち悪いこと言ってるんじゃないわよ!」

 

 ドゴォ!

 

「あふぅん♪」

 

 アニーはかなり勢いのある裏拳をマルコの顔面に叩き込むのだが、エルージョの騎士は顔面の痛みに恍惚の表情を浮かべた。

 

「……まあ、あんな感じだ」

 

「なるほど。そう言えば前にマルコさんだったらアニーのお守りが務まるなんてことを言っていたけど、それってこういうだったんだ」

 

 恍惚の表情を浮かべるマルコを横目にバドラックが言うと、アルハレムは納得すると同時に以前バドラックが言っていたことを思い出す。確かに女性に酷い目にあわされて悦ぶ性癖のマルコならば、常日頃からワガママを言って理不尽な暴力を振るうアニーの護衛としては適役なのかもしれない。

 

「ふ、ふふ……。流石アニーさん、相変わらず強力な一撃……ゾクゾクしますね。でもまだヌルイ! ヌルヌルなんですよ! さあ! 皆さんも私を攻撃をしてください! さあさあさあ!」

 

『…………………………!』

 

 鼻血を流しながら何故かリリア達に攻撃をするように催促をするマルコ。そんなエルージョの騎士の気持ち悪さに女性陣が一歩引いて、代わりにアルハレムとバドラックが行動を起こす。

 

「「気持ち悪いんだよ! この変態野郎!」」

 

 ズガン! ドゴン!

 

 アルハレムが投げた石がマルコの股間に、バドラックの鉄拳がマルコの後頭部に激突する。

 

「ギャアア!? 男のはいらないです!」

 

 塔のダンジョンの最上階に一人の騎士の悲鳴が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百話

「ハァ……ハァ……。これぐらいやれば、しばらくは起きないだろう……」

 

「ゼェ……ゼェ……。そ、そうだな……」

 

 荒い息をつきながら言うバドラックに同じく荒い息をつくアルハレムが答える。二人の視線の先には今まで自分達が猛攻を加えていたマゾ騎士……もとい、マルコの姿があった。

 

 女性に虐められることで快感を得る性癖を持ち女性の攻撃には高い耐性があるマルコであったが、流石に男の攻撃は普通に効くようで、アルハレムとバドラックの攻撃により気絶させることができた。

 

 気を失ったマルコは床に倒れて……はおらず、ヒスイが作り出した結界の見えない壁に上半身をもたれかかるような姿で白目をむいており、その不気味なオブジェと化したエルージョの騎士をリリアを初めとする女性陣は誰一人として目を向けようとはしなかった。……非常にもっともな対応である。

 

「フゥ……フゥ……。あの……バドラック、さん?」

 

 アルハレムは呼吸を整えるとバドラックに声をかけた。

 

「ん? 何だよ?」

 

「今まで……大変だったんですね……」

 

 バドラックに同情するような視線を向けて労るような声をかけるアルハレム。

 

 実力があり、実績を出したせいで自由気ままな探検家から堅苦しい騎士にさせられ、そのあげくがはた迷惑な勇者アニーと一見マトモだが変態の騎士マルコに振り回される日々。それがどれだけの苦痛であったか想像するだけで涙が出そうだった。

 

 そしてそう考えたのはアルハレムだけではなく、彼の仲間達も同様に優しい表情をバドラックへと向ける。

 

「アルハレム様の言う通りです。バドラックさん、貴方は本当に凄いお方です」

 

「………」

 

「う、ん。貴方、自分、誇って、いい」

 

「そうでござるな。耐えがたきことを耐えるその苦行、中々できることではごさらぬ」

 

「あ、あのさ……。その女の所が嫌になったら、いつでも私達の実家、マスタノート領に来たら? 貴方ぐらいの人だったら皆、歓迎してくれると思うし」

 

「これからも辛いことがあるかも知れませんが、どうか負けないでください。それとその結界、後十分くらいで自然に消えますから」

 

「(……御武運をお祈りします)」

 

「貴方のような勇敢な方には是非私のダンジョンにも挑戦してもらいたかったのですが……少し残念です」

 

「んー? まあ、アンタ、人間にしたら結構マシな方じゃない?」

 

「そうだね。ま、これからも頑張りなよ」

 

「お、お前ら……!」

 

 リリア、レイア、ルル、ツクモ、アリスン、ヒスイ、アルマ、レム、シレーナ、ウィンと次々に励ましの言葉を送られてバドラックは口元に僅かな苦笑を浮かべて顔を背けた。

 

「……ハハッ。俺もヤキが回ったな。こんな小僧達に手も足も出せず、しかも励まされるとは……。だが、まあいい。今回は俺の負けだ。そこにあるエリクサーはお前達のものだ」

 

「……って、ちょっとぉ!? 何、敗けを認めていい感じで終わらそうとしているのよ! 私は負けてなんかいないからね! 貴方達、この結界とやらを今すぐ消しなさいよ! それでそのエリクサーを懸けて……て!? 聞きなさいよ! 何、聞こえてないフリをしているのよ! ……ねぇって、聞きなさいよ! 聞いてよぉ!」

 

 今まで話についていけず黙ってアルハレム達とバドラックの会話を聞いていたアニーだったが、流石にバドラックが敗けを認めるのは許容できずに声を張り上げた。しかし今この場にいる全員、アルハレム達だけでなくバドラックでさえも、エルージョの勇者の声に耳をかそうとしなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百一話

「はぁ……。平和だな……」

 

 アルハレムは飛行船エターナル・ゴッデス号の甲板の上で横になり空を見上げながら呟いた。

 

 レンジ公国にある塔のダンジョン「見上げる者達の塔」の最上階でアニー達と相対した日からすでに三日が過ぎていた。あの日アルハレム達はエリクサーを手に入れてクエストを達成するとエターナル・ゴッデス号に乗り込み、逃げるように次の目的地へと旅だったのだ。

 

 その際、アニーが「次に会った時は容赦しないから! 今日の屈辱も含めてまとめて復讐してやるんだから!」と叫んでいたのだが、それは全員が無視して忘れることにした。

 

 顔を会わせれば暴言しか言わずトラブルばかりを呼び寄せるエルージョの勇者から解放されたアルハレムは、全てのものを慈しむような爽やかな表情で呟く。

 

「本当に平和だな。……それにこうして一人でボーッ、とできるのも久し振りなような気もする」

 

「一人ではありませんよ」

 

 アルハレムの呟きに腰に差してあるインテリジェンスウェポンのロッド、アルマが短く反論する。

 

「アルマ。……そういえばお前がいたな」

 

「はい。マスターは私達の中心である方です。それを護衛もつけずに一人だけにするだなんてできるはずがありません。以前のように拐われたりしたらどうするのですか?」

 

 ロッドの柄尻にある宝玉からアルマの苦言が聞こえてくる。彼女が言う以前とは、今は仲間のセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドに捕まって、この飛行船に連れ去られた時のことである。

 

 ……ちなみにその時にもこのインテリジェンスウェポンの魔女は、アルハレムと一緒にいてまとめて拐われてしまったのだが、魔物使いの青年はその事に触れないでおくことにした。

 

「……今更だけど俺って、皆に守られてばかりだよな」

 

「本当に今更ですね。しかし私を初めとする仲間達が全員魔女か戦乙女でマスターより強いのは事実ですし、マスターがこのパーティーのリーダーというよりはパーティーのマスコット、お姫様ポジションなのも事実なのですから仕方ないのでは?」

 

「……」

 

 話題を変えようとして何気無く言った一言をアルマに返されて、アルハレムは渋面を作って起き上がると船内へと歩いていく。

 

「マスター、どちらへ?」

 

「レムの所。特訓用の魔物を作ってもらう」

 

 インテリジェンスウェポンの質問に魔物使いの青年は歩きながら答える。

 

 アルハレムだって自分がパーティーで一番弱いことぐらい認めている。だがそれでも彼にも男としてのプライドがあり、「お姫様ポジション」と言われて黙っていられるはずがない。

 

 今特訓してもすぐに成果が出ないことぐらい分かっていても何もしないわけにはいられず、アルハレムはこの飛行船を操るゴーレムの魔女の元へと向かうのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百二話

「……う~ん。一体どれにしましょうかね?」

 

「ん?」

 

 レムのいる部屋に向かってアルハレムが飛行船エターナル・ゴッデス号の船内を歩いていると、半開きとなった部屋の扉から聞き覚えがある声が聞こえてきた。

 

 気になってアルハレムが扉の向こうを覗いてみると、部屋の中で魔物使いの青年に従う魔女の一人、サキュバスのリリアが何やら考え事をしていた。

 

 リリアはアルハレムが最初に仲間にした魔女だ。

 

 アルハレムが魔物使いの冒険者になったばかりの頃、最初のクエストで仲間にする魔物を探していた時に、偶然発見した遺跡の隠し部屋で出会ったのがリリアであった。その正体は今から二百年以上昔に滅んだ、かつて中央大陸を統一したという大国の神官と伝説のサキュバスとの間に生まれた娘である。

 

 リリアは二百年前に、とある理由により大国の王子と彼に従う戦乙女の手によってつい最近まで、体の自由だけでなく意識まで完全に封印されていた。しかし二百年の月日によって封印の一部が劣化し、それによって意識を取り戻したサキュバスの魔女は必死に外の世界に助けを呼び掛け、その声を聞きつけて現れたのがアルハレムであった。

 

 そして封印から解放するのを条件に最初の仲間となってくれたこのサキュバスの魔女は、様々な場面でアルハレムを助けてくれた。

 

 戦いの時ではその優れた魔女の戦闘能力を発揮するだけでなく、サキュバスの種族特性を利用して本来戦乙女と魔女にしか使えない輝力を使えるようにしてもらったり、旅をしている時では安全に休める寝床の確保から食糧の調達をしてもらったり等、魔物使いの青年は今までに数え切れないほどサキュバスの魔女に助けられてそれに感謝していた。

 

 だからだろうか。リリアが何やら考え事をしている姿を見たアルハレムは考えるより先にごく自然に部屋に入り、彼女に話しかけた。

 

「リリア? 何か悩み事でもあるのか?」

 

「あら、アルハレム様。別に悩み事と言うほどのことでは……いえ……」

 

 部屋に入ってきたアルハレムにリリアは何でもないと言おうとしたが、途中で言葉を切ると何かを考えてから口を開いた。

 

「……そうですね。アルハレム様には後で知らせて驚かそうと思ったのですが、ここで一緒に決めてもらうというのもアリですね」

 

「俺には後で知らせるつもりだった? 一体何を考えていたんだ?」

 

 アルハレムが首を傾げて訊ねるとリリアは自慢気にその豊かな胸を張って答えた。

 

「はい! 私の新しいセクシーコスチューム案です!」

 

「……………はい?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百三話

 アルハレムは一瞬、目の前にいるサキュバスの魔女が何を言っているのか分からなかった。

 

「今なんて言った? セクシー……コスチューム?」

 

「そうです。最近、アルハレム様の周りにまた魔女の仲間が増えましたからね。ですから私の影が薄くならないように、この辺りで新しい衣装を考えておこうと思いまして」

 

「……いや、影が薄くって、そんなことはないだろう?」

 

 顎に手を当てて悩むように言うリリアにアルハレムはほとんど反射的に答えた。

 

 確かにアルハレムの仲間達は妹のアリスンを除けば全員魔女で「絶世の美女」という言葉が非常によく当てはまる美しい容姿をしているが、それでも魔物使いの青年は魔女の仲間達の中に混じったことでこの個性的なサキュバスの印象が薄れたことはないと考えてリリアを見る。

 

 封印されていた期間を含めて二百年以上生きているというのに十代後半にしか見えない若い肉体。

 

 後ろに縛った長く伸びた桃色の髪に、どこかの国の王女ようであり一晩側に置くだけで何十枚の金貨を貢がねばならない高級娼婦ようでもある整った顔立ち。

 

 乳首と股間を申し訳程度に隠す極細の帯の衣装からこぼれでる頭部ほどの大きさの乳房に極上の果実のような臀部。

 

 初めて出会った時から変わらず……いや、出会った時以上に全身から色香を漂わせるリリアを改めて見て、アルハレムはやはり彼女の印象が薄れることはないと実感する。

 

「……」

 

「どうかしましたか、アルハレム様? ……もしかして私の姿に見とれていました?」

 

 アルハレムが思わず無言となってリリアを見つめていると、サキュバスの魔女はイタズラっぽい笑みを浮かべる。

 

「え? それは、まあ……そうだな」

 

 図星をつかれたのは少し癪ではあったが見とれていたのは事実であったためアルハレムは素直に認めると、リリアは浮かべていた笑みを更に深める。

 

「ふふっ♪ 素直な感想、ありがとうございます♪ 私が前よりも魅力的になれたのはアルハレム様のお陰なのですよ」

 

「俺のお陰?」

 

「はい♪ これは魔女に限らず全ての女性に言えることなのですけど、女性というのは好きな殿方に愛されれば愛されるほど輝くものなのです」

 

「そういうものなのか?」

 

「そういうものなのです♪ というわけで私が更に輝けるようになるために、新しいセクシーコスチュームを一緒に考えてください。とりあえず候補をいくつか作ってみてみましたのでどれがいいか選んでくれませんか?」

 

 リリアはアルハレムの言葉に胸を張って答えると、部屋のベッドの上に置かれてあるものを指差した。

 

「候補をいくつか作ってみた? 一体どうやって?」

 

「レムにお願いして作ってもらいました」

 

「ああ、なるほど」

 

 疑問に思ったアルハレムだったが、リリアの口からレムの名前を聞いて納得した。

 

 アルハレムの仲間の一人であるゴーレムの魔女、レムはこの飛行船の支配者で、配下として骸骨の人形の魔物を無数に作り出すことができる彼女ならリリアの衣装くらい作ることくらい何でもないだろう。

 

「レムも本当に器用……というか便利な能力を持っているよな。……これは」

 

 ベッドの上に置かれたリリアの衣装を見て思わず絶句するアルハレム。ベッドの上に置かれてあったのは、極細の帯や小さな金属片ばかりであった。

 

「……リリア、これは何だ?」

 

「何って、さっきも言ったように私の新しいセクシーコスチュームの候補ですけど?」

 

 アルハレムの質問にごく当たり前の表情で答える。恐らく彼女はこの極細の帯と小さな金属片で体の秘所を隠してそれで「衣装」だと言い張る気なのだろう。

 

「……………いや、これ、いつものお前の格好と同じじゃないか?」

 

「んな!? 何てことを言うのですかアルハレム様!? 同じじゃありませんよ! よく見てください、これはですね……」

 

 ベッドの上に置かれてある「衣装」を着たリリアの姿を想像したアルハレムが率直な感想を述べると、それを聞いたサキュバスの魔女は心外だとばかりに今着ている衣装と新しい衣装の違いを長々と自分の主に聞かせるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百四話

「はぁ……、ようやく解放された……」

 

 つい先程までリリアに捕まって二時間にもわたる話を聞かされたアルハレムは、飛行船エターナル・ゴッデス号の船内を疲れた顔で歩きながら呟く。

 

「まさかリリアがあそこまでムキになるなんてな」

 

「いえ、あれはマスターが悪いと思います」

 

 アルハレムの呟きに彼の腰に差してあるインテリジェンスウェポンのロッド、アルマが答える。

 

「女性というのは服装やお洒落にとても気を使う生き物なのです。それなのにリリアが考えた新しい衣装を前と変わらないと言ってはムキになるのは当然です。マスターは女性の心をもっと知るべきです」

 

「女性の心、ね……」

 

「そうです。女性の心をこのままでいると仲間の魔女達の力と肉体だけが目当ての、俗に言うヒモ野郎の中でも最底辺の寄生虫になりますよ、マスター?」

 

「……なあ、アルマ? なんか最近、俺に対して言い方がキツくなっていないか?」

 

「気のせいでしょう?」

 

 アルハレムはジト目になって自分の腰に差してあるインテリジェンスウェポンを見るが、アルマはそ知らぬ顔(ロッドの姿なので顔をないのだが)で答える。

 

「いや、気のせいなんかじゃ……うわっ!?」

 

 アルマと話ながら通路を歩くアルハレムだったが、突然片方の足が動かなくなって転んでしまい、顔を床にぶつけてしまう。

 

「いたた……。一体何が……?」

 

 痛む顔を手で押さえながらアルハレムが動かなくなった足を見ると、足首には長くて太いものが巻き付いていた。

 

「え? これって、もしかし……てぇえええ!?」

 

 自分の足首に巻き付いているものに心当たりがあったアルハレムが何かを言うより前に、長くて太いものは魔物使いの青年を何処かへと引きずっていく。

 

「あたた……。こ、こんなことをするのは……お前か、レイア」

 

 引きずられたことで体の前身が痛むのをこらえながらアルハレムが立ち上がると、そこはエターナル・ゴッデス号に無数にある船室の一つで、船室にはラミアの魔女のレイアがいた。どうやら魔物使いの青年の足首を捕まえて引きずったのは彼女の尻尾らしい。

 

「それで? 一体どうしてこんなことをしたんだ?」

 

「………」

 

 アルハレムが質問をするとレイアは左手に持った杯を見せて右手で自分の主である魔物使いの青年を手招きした。

 

「……どうやら一緒にお酒を飲もうとマスターを誘っているみたいですね。そのわりにはすでに一人で大量に飲んでいたみたいですけど……」

 

 アルマの言う通りレイアの周囲には中身が空の瓶や樽がいくつも転がっていて、その全ての瓶と樽から酒の匂いが漂ってきていた。

 

「まあ、レイアは……というか、ラミアは大の酒好きの種族だからな」

 

 アルハレムは初めてレイアと出会った時のことを思い出しながらアルマの呟きに答える。

 

 レイアはアルハレムが二番目に仲間にした魔女である。

 

 エルージョとギルシュの国境にある山を越える途中でアルハレム達が野宿をしていた時、夕食のために用意した酒の匂いに釣られて現れた魔女がレイアで、その後このラミアの魔女は「仲間になれば酒を飲ませてやる」と約束するとあっさり魔物使いの青年の仲間になったのだ。

 

 そんな過去があるため、レイアが昼から大量の酒を浴びるように飲んでいても、主であるアルハレムを強引に飲み相手に誘っても、全く不思議ではなかった。

 

「……それにしてもここにある酒って、前に寄った街で買った高い酒ばかりじゃないか。もう全部飲んだのか……」

 

 アルハレムは床に転がっている空の酒瓶と酒樽の銘柄を見て頭痛がするとばかりに額に手を当てた。レイアが飲み干した酒は買った街で一番良いものばかりで、その購入金額は金貨数枚にわたる。

 

 レイアは街につくと必ず酒場に行き、そこにある酒を大量に買う(正確にはアルハレムにおねだりする)のだ。このラミアの魔女の酒代は旅の出費の七割から八割に及び、魔物使いの青年の頭痛の種となっている。

 

「ええっとな……レイア? 確かに俺はお前を仲間にする時に酒を飲ませてやるって言ったよ? それで実際に飲むのも別に構わない。……でも、それでも少し飲む量を減らしてくれないだろうか?」

 

「………! ………」

 

 流石に注意すべきだと思ったアルハレムが出来るだけ優しい口調で言うと、レイアは体を一瞬強張らせるとすぐに自分の主に詰め寄って「そんな冷たいことをいわないで。ほら、このお酒、美味しいよ?」と言いたげな顔で酒の入った杯を寄越そうとしてきた。その際にラミアの魔女の体と密着して柔らかい感触を感じたのだが、魔物使いの青年は理性を総動員してそれを表情に出さないようにした。

 

「う……! さ、酒はいいって。だからレイア…………えっ!?」

 

「………♪」

 

 レイアの酒を断ってアルハレムが更に言おうとした時、ラミアの魔女は自分の胸の豊かな乳房を寄せて谷間を作り、そこに杯の酒を注いでみせる。

 

「な、何のつもりだ……?」

 

「………♪」

 

 レイアは自分の谷間に注いだ酒をアルハレムに進め、「ほら、美味しいよ。飲んでみて?」と言ってそうな媚びた表情を見せた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百五話

「………」

 

「………」

 

 レイアの部屋を後にしたアルハレムは無言で飛行船エターナル・ゴッデス号の船内を歩いていた。彼の腰に差してあるインテリジェンスウェポンのロッド、アルマも主と同じく無言であった。

 

「………」

 

「………」

 

「……………」

 

「……………」

 

「…………………アルマ。何か言いたいことがあるんだったら言ったらどうだ?」

 

 しばらくの間、無言で船内を歩いていたアルハレムであったが、やがて沈黙に耐えられなくなって自分の腰に差してあるロッドに話しかけた。

 

「……別に言いたいことなんてありませんよ。別に『マスターがついに飲んだくれのラミアにガツンと言ってくれるのかなと期待していたら結局は色香で誤魔化されてガッカリです』とか、『胸の谷間にお酒を注いでみせただけであそこまで驚かなくてもいいだろう』とか、『結局は飲むのかよ。それも嬉しそうに』とか思っていませんから」

 

「思っているじゃないか! そして言っているじゃないか!」

 

「……? 我が夫、と、アルマ、ケンカ?」

 

 アルマの言葉にアルハレムが声を荒らげると、丁度通路の曲がり角から姿を現したルルがそれを聞いて首を傾げた。

 

「ルルか? いや、別にケンカじゃないよ。……その武器は何だ?」

 

 アルハレムはルルの言葉を否定した後、グールの魔女が剣や槍等の複数の武器を抱えるように持っていることに気づく。そしてそれと同時に、彼女の水着のような甲冑に包まれた形のよい巨乳が卑猥に形を歪めているのが見えたのだが、魔物使いの青年はそれには気づかないフリをした。

 

「こ、れ? 新しい、技の、習得に、使えない、か、試して、た」

 

「新しい技の習得? ……ああ、そういうことか」

 

 ルルの言葉を聞いたアルハレムは一旦遅れてその言葉の意味を理解する。彼女の種族グールは「知識の遺産」という物に宿る記憶を読み取る種族特性を持ち、優秀な戦乙女や戦士が愛用していた武器の記憶を読み取ることで、彼らが使用していた技を習得することができるのだ。

 

 ルルはアルハレムが三番目に仲間にした魔女で、仲間にする時に契約の儀式で一対一の決闘を行い、その際にグールの種族特性で習得した技に苦しめられたのを魔物使いの青年は思い出す。

 

「それでその武器は一体どこから手に入れたんだ?」

 

「これ、この船に、あった、もの。レム、から、貰った」

 

「なるほどね」

 

 ルルが持っている武器はどれも長年使い込まれた良質なものばかりで、アルハレムがどこで見つけたか聞くとグールの魔女はこの飛行船を操るゴーレムの魔女から与えられたものだと答える。この飛行船エターナル・ゴッデス号は元々ダンジョンであり、彼女の持つ武器は過去にここを挑戦した攻略者達が遺したものなのだろう。

 

「それで? 何か新しい技は習得できそうか?」

 

「うう、ん。……でも、この武器、どれも、興味深い、記憶、沢山、あった」

 

 武器からは新しい技は習得できなかったが、代わりに武器の持ち主達の興味深い記憶を知ることができたとルルが答えて、それを聞いたアルハレムが興味を覚える。

 

「そうなんだ? 一体どんな記憶だったんだ?」

 

「うん。例え、ば、この、レイピア」

 

 ルルは抱えるように持っていた複数の武器の中から一本のレイピアを選んで右手に取るとそれをアルハレムに見せる。

 

「この、レイピアの、持ち主、優秀な、戦乙女、で、ここに、挑戦しに、来た、攻略者、の、集団の、リーダー、だった。……でも、最期、は、仲間達、見捨て、られた」

 

「……………え?」

 

 ルルが語るレイピアの持ち主の記憶を聞いて思わず絶句するアルハレム。しかしグールの魔女はそんな自分の主に構わずに相変わらずの独特な口調で話を続ける。

 

「レイピアの、持ち主、仲間達を、信頼、してた。大切、な、友人、だと、思ってた。でも、この、船で、魔物、に、囲まれ、ると、仲間達に、囮に、されて、一人、取り残され、た。それで、最期は、仲間達を、恨み、ながら、魔物に、殺され、た」

 

「…………………………」

 

 危険に満ちたダンジョンを探索する以上あり得なくはないが、それでも悲惨すぎるレイピアの持ち主であった戦乙女の最期に、アルハレムが何を言えばいいのか分からずにいるとルルは別の武器を手に取ってみせる。

 

「それ、で、この、槍の、持ち主は……」

 

「いや、あの……ルルさん?」

 

 その後アルハレムは、ルルが武器から読み取った記憶、優秀な戦乙女や戦士がこの飛行船で非業の死を迎えた話を長時間、延々と聞かされることになるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百六話

 ようやくルルの話が終わって解放されたアルハレムは、その後偶然出会ったツクモに誘われて船室の一つにやって来ていた。

 

「……と、まあそんな感じで夢に出てきそうな話を延々と聞かされたよ」

 

「にゃはは♪ それは災難でござったな」

 

「ルルってば、お兄様になんて縁起の悪い話を聞かせているのよ」

 

「でもその戦乙女や戦士の皆さんは可哀想ですね」

 

 船室でアルハレムがついさっきルルに聞かされたこの飛行船で死んでしまった戦乙女や戦士の最期を話すと、ツクモと彼より先に船室に来ていたアリスンにヒスイがそれぞれ自分の思ったことを言う。

 

 ツクモとアリスンにヒスイは、基本的に協調性が薄く自分達の主が関係しないことだったら単独行動をとるアルハレムの仲間達の中では最も仲がよく、今のように同じ部屋で行動を共にすることが多い。だがそれは彼女達の事情を見れば当然とも言えた。

 

 アリスンはアルハレムの実の妹であり、ツクモは二人の兄妹の実家であるマスタノート家とある理由から百年以上昔より協力関係にある魔女の一族、猫又族の出身。そしてヒスイは今から百年以上昔にエルフ族によって拐われて、強制的にマスタノート家が治める領地にあるダンジョンの核にされていた魔女である。

 

 アルハレムはダンジョンを攻略してヒスイを助け出す際に契約の儀式で彼女を自分の仲間とし、それによってエルフ族に拐われた霊亀の魔女を救うことを一族の悲願としていたツクモも魔物使いの青年の仲間になったのであった。

 

「それで今日は三人で集まって何をしていたんだ?」

 

「えっ!? ……わ、私はちょっとツクモに聞きたいことがあっただけで……」

 

「私はこれからの戦いでお役に立てるように戦い方をツクモさんに教えてもらおうと思ってきました。……あっ。ツクモさん、ありがとうございます。旦那様、これをどうぞ」

 

 アルハレムが訊ねるとアリスンは何故か慌てた表情となって目を逸らしながら答え、ヒスイはツクモが淹れてくれた紅茶を魔物使いの青年に手渡しながら答えた。

 

「アリスンもヒスイ殿も丁度同時にツクモさんの部屋に来て、そしてそのすぐ後にアルハレム殿の姿が見られたので声をかけてみたのでござる。……それにしてもこの四人だけというのも珍しいでござるね? 折角だからここにいる四人で房中術の稽古でもしてみるでござるか?」

 

 ツクモは言葉の途中で悪戯を思いついた顔をすると、自分の服の帯を取ってみせた。すると猫又の魔女の服が床に落ち、その下にあった白い肌と形のよい豊かな乳房が露になった。

 

「ぶっ!?」

 

「ちょっとツクモ!? あんた何やっているのよ!?」

 

 突然のツクモの行動にアルハレムは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになり、アリスンが顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「にゃはは♪ 軽い冗談でござるよ♪ それよりもヒスイ殿? ヒスイ殿に今必要なのは戦う技術よりもアルハレム殿と協力して自分の特性を使いこなすことだと思うでござるよ」

 

「そうなのですか」

 

「うむ。そうでござるよ」

 

 ツクモの助言にヒスイが首を傾げて訊ね、それに猫又の魔女は自信ありげに頷いた。アルハレムもそれには同感だと思った。

 

 ヒスイが使う霊亀の種族特性は非常に強力で、生半可に武術を習うよりも種族特性を使いこなすように訓練した方が、戦闘で味方の被害を少なくすることができるだろう。

 

「アルハレム殿。申し訳ないでござるが、隣の部屋でヒスイ殿とちょっと戦闘になった時にお互いがどうするか話し合ってもらってもよいでござるか? ツクモさんはアリスンと話すことがあるでござるから」

 

「ああ、別に構わないよ。それじゃあヒスイ、隣の部屋に行こうか?」

 

「はい。旦那様」

 

 アルハレムとヒスイはそう言うと部屋を出て隣の部屋へと行き、部屋にいるのツクモとアリスンの二人だけとなった。

 

「……ツクモ、相変わらず貴女って人をからかうのが好きね」

 

「にゃはは♪ まあ、こればかりはツクモさんの性格だから仕方ないでござるよ」

 

 アリスンがジト目で言うとヒスイはそれに対して愉快そうに笑って乳房を揺らし、戦乙女の少女は「いい加減服を着なさいよ」と言う。

 

「だけどこうしてアリスンがツクモさんに相談に来るのも久しぶりでござるね」

 

「……それは、そうかもね」

 

 半裸の猫又の魔女の言葉にアリスンは短く言って答えると昔の事を思い出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百七話

「……あの、おにいさま。ご本を読んでくれませんか?」

 

 中央大陸の南半分を支配する大国ギルシュ。その辺境の地を統治する貴族、マスタノート家の城の一室で、ベッドの上に横たわっている一人の少女が自分の隣で椅子に座っている少年に力のない声でお願いをした。

 

 ベッドの上に横たわっている少女の名前はアリスン・マスタノート。マスタノート家の現当主、アストライア・マスタノートの四人いる子供の一番下の娘で今年で五歳になる。

 

「うん。いいよ」

 

 アリスンに「おにいさま」と呼ばれた彼女よりほんの少しだけ歳上の少年は、笑顔を浮かべてアリスンに頷くと椅子から立ち上がって部屋にある本棚に歩いていく。

 

 この少年の名前はアルハレム・マスタノート。彼もまたアストライアの子供の一人で今年で七歳になり、アリスンとは「父親が同じ」兄妹の関係であった。

 

「アリスン。どの本がいい?」

 

「私は……おにいさまが読んでくれるなら、なんでもいいです……」

 

「……そうか。だったらアリスンが一番好きな本を読もうか?」

 

 そう言うとアルハレムは本棚から一冊の本を取り出して、アリスンが横になっているベッドの隣の椅子に座り本を読んだ。本の内容は戦乙女の少女が主人公の物語で、恋人の騎士と数人の仲間達と一緒に故郷の小国を魔物の大軍から守るために戦うというものであった。

 

 このマスタノート領は「ある理由」から魔物の出現率が他の領地と比べて異常に高く魔物との戦いが多発していることから、子供達の遊びや読む物語もそれに偏っているところがあった。アルハレムが読んでいる本もまたその一つである。

 

 アリスンは今アルハレムが自分の為に読んでくれている物語が一番のお気に入りで、その理由は兄がこの物語を気に入っているからだ。

 

 アルハレムとアリスンを含めたアストライアの四人の子供達のうち三人は女の子、それも輝力を使うことができる戦乙女で、アルハレムだけが輝力を使うことができない男の子だった。

 

 戦乙女である母親に父親が違う二人の姉、そして妹のように輝力は使えないがそれでも家族を守りたいという気持ちを持つアルハレムは、この物語に登場する戦乙女の主人公と肩を並べて魔物と戦う恋人の騎士に憧れのようなものを懐いているのをアリスンは知っていた。

 

「……おにいさま。いつもごめんなさい」

 

 アルハレムが本を音読しているとふいにアリスンが兄に謝った。

 

「え? 何がごめんなさいなんだ?」

 

「だって……その……。私、体が弱くて、そのせいで毎日おにいさまに迷惑をかけちゃうから……」

 

 首を傾げるアルハレムにアリスンは力のない声を更に小さくし、申し訳なさそうな表情で話す。

 

 アリスンは生まれた頃から体が弱く、病気がちでめったに部屋の外に出ることができず、そんな妹の看病と遊び相手を勤めるのがアルハレムの役目であった。その為に兄を常に束縛し、自由な時間を奪っていることに対してこの少女は罪悪感を覚えていたのだった。

 

「なんだ、そんなことか。僕は別に嫌じゃないからアリスンも気にしなくていいんだよ」

 

「でも……。お外はもう夜だし、おにいさまも眠たそうなお顔をしていますし……」

 

 笑顔で言う兄にアリスンは心配そうな声で言ってから窓を見ると、彼女の言う通り窓の外はすでに日が沈んで夜になっており、アルハレムの目の下にもうっすらとクマができていた。

 

 アリスンは「長期間活動」という固有特性を持っており、その効果は「二、三日の間休まずに活動することができるが、その代わり丸一日休まなければならない」というもの。しかしそれは逆に言えば「一日休めば二、三日の間休むことができない」とも言えた。

 

 体が弱くてめったに部屋から出ることができないアリスンは一度眠ってしまえば、次の「休息日」までの二、三日間は眠ることもできずベッドの上に縛りつけられることとなる。それはまだ五歳の少女には耐えがたい孤独と退屈である。

 

 当然、母親のアストライアや父親が違う二人の姉のアイリーンとアルテア、城に勤めるメイド達も暇を見つけてはアリスンの様子を見てくれている。しかし、アストライア達はいつも彼女の隣にいることはできず、その上メイドの中には「面倒なお嬢様」と陰口を言う者までいて、病弱な少女の寂しさを消してくれるのは兄のアルハレムだけだった。

 

「僕はまだ大丈夫だよ。それにこの本の続きも気になって眠れなくなったからね。続きを読むよ。どこまで読んだっけ?」

 

 アルハレムは冗談っぽく言うとこれまで何十回と読んで内容も記憶している本を音読し、アリスンは申し訳なさそうだがそれでも嬉しそうでもある子供には似つかわしくない表情を浮かべて兄の声に耳をかたむけるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百八話

「おにいさま! 私も一緒にお稽古をします!」

 

 一年後。八歳となったアルハレムが城の中庭で木剣の素振りをしていると、そこに六歳となったアリスンが自分の木剣を持って駆け寄ってきた。

 

 この一年でアリスンの病は奇跡的に完治し、それによって今まで自室のベッドに縛り付けられていた病弱であった少女は、不自由であった時間を取り戻すかのように活発に行動をするようになった。その姿はとても去年まで深い病に侵されていたとは思えないほどで、城の者達は元気となった彼女を見て喜んだのだが、それでも問題がないわけではなかった。

 

「……アリスン。たまには俺以外の人とも訓練したらどうだ? この城には母さんや姉さん達に兵士の皆、俺よりずっと強くて教え方が上手な人が沢山いる……」

 

「嫌です! 嫌です! 私はおにいさまと剣のお稽古がしたいのです!」

 

 アルハレムの声を途中で遮り、その場で地団駄を踏むアリスン。そんな彼女の言動と表情からは兄が今言った人達を強く否定する感情が現れていて、これこそがこの少女が持つ問題であった。

 

 一年前まで重い病にかかっていた頃はアルハレムだけが話し相手であったアリスンは、兄以外の人間とは心を開かなくなり、実の母親と二人の姉に対しても距離をとるようになったのである。

 

「む~」

 

「ええっと……」

 

「にゃはは♪ 二人はいつ見ても仲がよいでござるな」

 

 むくれた顔をして見上げてくるアリスンをどうなだめたらいいかアルハレムが考えていると、突然若い笑い声が聞こえた。二人の兄妹が声のした方を見ると、そこには異国の服装に身を包んで頭に猫の耳を生やした一人の女性が立っていた。

 

「ツクモさん」

 

 アルハレムが今から数ヵ月前にここにやって来た猫の耳を生やした女性、猫又の魔女の名前を呼ぶ。

 

 猫又の一族は初代マスタノート家当主と「ある契約」をしていて百年以上の昔から数名の猫又達をマスタノート家に兵力として貸し出しており、ツクモはそんな貸し出された猫又達のまとめ役として前のまとめ役と入れ替わりにここにやって来た猫又であった。

 

「うむうむ。アル坊もアリスンも朝から剣の稽古とは関心関心。流石はギルシュの国境を守るマスタノート家の子達でござるな♪」

 

「何しに来たのよ!?」

 

 木剣を持つ兄妹を見て微笑みながら頷くツクモだったが、その猫又の魔女の前に明らかな敵意の表情を浮かべたアリスンがまるでアルハレムを庇うように立つ。

 

 理由は本人にも分からない。だがアリスンは初めて会ったときからツクモを「敵」として認識しており、自分の兄に近づけることを何よりも嫌っていた。

 

「おい。アリスン、止めろ」

 

 後ろ姿しか見えなくとも、今妹がどんな表情をしているのかを理解したアルハレムが呼び掛けるが、アリスンは兄の声に耳をかそうとせず目の前の猫又の魔女を睨み続ける。そしてツクモの方はというと、そんな少女の嫌悪のこもった視線に気を悪くすることもなく、逆に面白そうな笑みを浮かべている。

 

「にゃはは♪ アリスン、そんなに怖い顔をしなくともツクモさんはアル坊を取ったりしないでござるよ? ……ただちょっと『味見』をさせてもらうだけでござるよ?」

 

「味見?」

 

「……………!?」

 

 ペロリ、と小さく唇を舐めて言うツクモの言葉の意味を子供のアルハレムは理解できなかったが、アリスンは本能的に「それだけは認められない」と感じて、次の瞬間には怒りを爆発させた。

 

「ふ、ざ……けるなぁーーー!」

 

「え? え? アリスン、何を怒って……というかそれって輝力の光?」

 

 驚くアルハレムを余所にアリスンは体から輝力の青白い光を放ってツクモに手に持った木剣で切りかかる。

 

「おおっ! もう輝力が使えるとは凄いでござるな。でも剣の腕はまだまだ未熟でござるな♪」

 

「黙れ! 逃げるなこのネコ魔女ぉ!」

 

 輝力で身体能力を強化した少女の木剣をツクモは余裕で避け、それにムキになったアリスンが更に勢いよく木剣を振るう。

 

 戦乙女の少女と猫又の魔女の動きはもはや常人の目では見切れないほど速くなっており、一人取り残されたアルハレムは困惑した表情を浮かべた。

 

「……ええっと。これって、ツクモさんがアリスンの訓練に付き合ってくれてるってことでいいのかな?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百九話

「はぁ! はぁ! はぁ……!」

 

 激昂したアリスンが木剣でツクモに切りかかってからしばらくした後。結局、戦乙女の少女の攻撃は猫又の魔女にかすりもせず、体力を使い果たした少女は地面に大の字となって倒れて荒い息を吐いていた。

 

「にゃはは♪ やはりまだまだスタミナに難がありでござるな。さて、ツクモさんも充分楽しんだことでござるし、ここらで退散させてもらうでござる。ではさらばでござる♪」

 

 ツクモはそう言うと軽やかに、だが常人ではあり得ない高さまで跳躍すると中庭を囲む壁を飛び越えていき、猫又の魔女の背中を見送ったアルハレムは首を傾げた。

 

「ツクモさん……本当に何をしに来たんだ? ……アリスン、今日のところはもう休もう。立てるか?」

 

「はぁ、はぁ……ま、まだ大丈夫です……」

 

「どう見てももう無理だろ。いいから部屋に戻ろう」

 

「……分かりました」

 

 荒い息を吐きながらも意地をはる妹にアルハレムは苦笑を浮かべながら手を差し伸べると、アリスンは少しむくれた顔をして兄の手を取って、二人の兄妹は城の中へと入っていった。

 

「随分激しく動いたからのどが渇いただろ? 部屋に行く前に厨房で何か飲み物を貰おうか?」

 

「はい、おにいさま。私、もうのどがカラカラで……」

 

『……にしてもアリスン様は元気になったよね』

 

『ああ、本当だよな』

 

 城の通路をアルハレムとアリスンが話をしながら歩いていると僅かにくぐもった声の会話が聞こえた。「アリスン」という名前を聞いた二人の兄妹が足を止めて辺りを見回すと、会話が聞こえてきたのは通路の先にある一室、城の使用人達が着替えなどに使用する部屋からだと分かった。

 

『一年前まではあんなに病弱だったのに、それが完治するなんてな。奇跡っていうのはあるものだな』

 

『そうそう。それに今では元気になっただけじゃなくて輝力も使えるようになっているしね』

 

『アイリーン様、アルテア様に続いてアリスン様もか……。流石はマスタノート家のご令嬢だな』

 

『でもこうなったらもうアルハレム様は必要ないんじゃない?』

 

「「……………!?」」

 

 扉越しに聞こえてくる使用人達の会話にアルハレムとアリスンは思わず目を見開いて絶句する。しかし部屋の中の使用人達は、扉の向こうに話題の相手がいることも気づかずに話を続ける。

 

『おい? お前、何を言っている?』

 

『でも事実じゃない? 今でアルハレムが役に立ったのって病弱だったアリスン様の看病だけだったけど、もうアリスン様は元気になったんだし?』

 

 部屋の中で自らの職務の一つ、アリスンの看病を放棄していた事を悪びれもせずに無責任に話す使用人の声に、別の使用人の声が笑いながら同意する。

 

『ははっ。それもそうだな』

 

『それにアストライア様の四人の子供で男、輝力が使えないのはアルハレム様だけだ。将来は母親に姉達、そして妹に守られていくんだろうな』

 

『他の貴族の家では長男が家督を次ぐものだが、このマスタノート家では最も強い者が次期当主となる。いくら長男と言ってもアルハレム様についていく者はいないか』

 

『そうゆうこと。アルハレム様も子供なのに頑張っているみたいだけど輝力が使えなかったら話にならないよ』

 

「………」

 

 自分達も輝力を使えず無力な存在であるのに、それを棚に上げて笑う使用人達。

 

 だがアルハレムは使用人達の言う通り輝力を使えない自分が家族の中で一番、妹よりも弱いことを子供ながらに理解していたのでただ黙って俯くことしかできず、その為に少年は気付かなかった。

 

「……………!!」

 

 自分の隣にいる戦乙女の妹が使用人達がいる部屋の扉を、視線だけでも人を殺せそうな憤怒の表情で見ていることに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百十話

『アリスン。すまないけど俺、もう少し剣の練習をしたいから一人で休んでいてくれ』

 

 アルハレムはアリスンを彼女の部屋まで連れて行くと寂しげな顔でそれだけを言って中庭へと戻っていった。

 

 そんな兄の背中を見送った後、自分のベッドに腰掛けたアリスンの脳裏に蘇ったのはあの、通路で偶然聞いてしまった使用人達の会話。アルハレムが寂しげな顔をしたのはあの会話を聞いたせいなのは明らかであり、少女は使用人達の言葉を一言一句違わず思いだすと全身を怒りで震わせた。

 

「あいつら……絶対に許さない」

 

 アリスンの口から小さい声だが、七歳の少女に似つかわしくない強い怒りがこもった声が漏れ出る。

 

 少女にとって兄は何よりも大切な存在だった。

 

 病弱だった頃はベッドから離れることができず、固有特性の弊害によって三日に一度にしか眠れなくて、使用人達からも厄介者扱いをされていた。そんな日々の中でいつも自分の側にいてくれて励ましてくれた優しい兄が少女は大好きであった。

 

 聞かれれば少女は父親違いの二人の姉達よりも、実の母親よりも、兄の方が大切であると迷うことなく断言することができる。

 

 だからこそあの兄の陰口を言っていた使用人達をアリスンは許すことができなかった。本音を言えばその場で叩きのめしてやりたいくらいで、実際にその時の少女は体から輝力の光を放って、使用人達のいる部屋に飛び込む寸前であった。

 

 いくらアリスンが七歳の少女とは輝力で身体能力を強化すれば、戦乙女でも兵士でもない数人の使用人など簡単に痛めつける事ができる。しかしそうしなかったのは悪く言われた張本人であるアルハレムが止めたからだ。

 

「あいつらをやっつけたらいけないって、おにいさまと約束しちゃったけどどうしたら……」

 

「何やらお困りのようでござるな?」

 

「え?」

 

 アルハレムとの約束で力で使用人達を叩き伏せる事はできないが何とかして兄の悪口を止めたいとアリスンが考えていると、突然後ろから声をかけられた。

 

「貴女はツクモ。……一体何の用?」

 

 アリスンが後ろを振り返るとそこにはツクモが開かれた窓に腰かけており、猫又の魔女の姿を確認した少女は顔をそらして無愛想な声で訊ねる。

 

「やれやれ、つれないでござるな? 何の用も何も、ツクモさんは大昔の契約によりマスタノート家に協力する猫又の一族の一人でござるからな? そのマスタノート家の娘が困っているようなので力を貸しに来たのでござるよ」

 

「別に困ってない。帰って」

 

 アリスンは「力を貸しに来た」という猫又の魔女の顔を見もせずに短く断りの言葉を言う。だがツクモはそんな少女の態度に気を悪くした素振りも見せず更に口を開く。

 

「あの使用人達、随分とアル坊の事を悪く言っていたでござるな?」

 

「………!?」

 

 ツクモの言葉にアリスンは反射的に猫又の魔女の方に顔を向ける。その時の少女の顔には「何故その事を知っている?」という疑問よりも「お前も聞いていたのなら何故止めなかった!」という強い怒りが現れていた。

 

「ほう……。その年齢でそれだけの殺気を放てるとは将来有望でござるな。……それでどうするでござるか? ツクモさんに任せてくれたら、あの使用人達を何とかする事ができるでござるよ?」

 

 怒りの表情を浮かべるアリスンを楽しそうに見ていたツクモは、明らかに何かを企んでいる笑みを浮かべて提案する。少女は猫又の魔女の笑みをしばらく見つめた後でやがて口を開いた。

 

 その数日後、マスタノート家の城に勤めていた数人の使用人達が、原因不明の大怪我や城の備品を盗んだのが発覚した等の理由で次々と辞めていくことになった。

 

 ☆★☆★

 

「それにしてもあの時は驚いたでござるな。まさか七歳の子供が『あの使用人達を城から追い出せ』と言い出すなんて。末恐ろしい子供だとツクモさんは思ったでござるよ」

 

「よく言うわよ。私がそう言うように仕向けておいて。タチが悪いのはそっちじゃない」

 

 飛行船の船室で猫又の魔女が十年前の出来事を懐かしそうに言うと、戦乙女で貴族の令嬢は不機嫌そうに答える。

 

「それよりもちゃんと頼んだことを調べてくれたの?」

 

 アリスンが聞くとツクモは肩をすくめて首を横に振る。その時に戦乙女の少女は、自分のよりも大きな猫又の魔女の乳房が揺れるのを見て目を細める。

 

「リリアを初めとするアルハレム殿に従う魔女達の弱点でござるか? 残念でござるが魔女達全員、完全に心を開いているのはアルハレム殿だけなので調べるにはもう少し時間がいるでござるな」

 

「そう……」

 

「しかし何でまたいきなり、そんな事を調べるように言うのでござるか?」

 

「だって!」

 

 猫又の魔女に聞かれて戦乙女の少女は顔を真っ赤にして大声で怒鳴る。

 

「だってあいつら! 『夜』の度に私の身体の色んな所ををしつこく撫でたり摘まんだり舐めたりして! それで思わず感じ……じゃなくて変な顔をしたところをお兄様に見られているのよ!? 弱点でも見つけて復讐しないと気がすまないじゃない!」

 

 アリスンが言うあいつらとはリリア達アルハレムに従う魔女達のことで、「夜」というの言うのはつまり魔物使いである兄と魔女達の肌と肌を重ねる主従のコミュニケーションのことである。

 

 魔女と肌を重ねる事は非常に危険な行為で、兄を非常に強く敬愛しているアリスンは見張りをするために少し前から寝床を共にしていた。当然ながら兄妹で魔女と同じ「行為」はしていないが、毎晩性の知識と技量に長けた魔女達の玩具にされていたのだった。

 

「いい、ツクモ!? 何がなんでもあの魔女達の弱点を探って私に教えるのよ! いいわね?」

 

「はいはい。了解したでござるよ」

 

 アリスンの言葉にツクモは、十年前から変わっていない少女の様子に苦笑を浮かべながら頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百十一話

「すぅー……、はぁー……」

 

 レンジ公国でダンジョンを攻略してクエストを達成した日から数日後の朝。飛行船の一室で目を覚ましたアルハレムはすぐに、ベッドに備わっている小物入れから煙管を取り出して火をつけ、それに口をつけると煙を吸い込んで息を吐いた。

 

 アルハレムがこの煙管を使って喫煙をするのはもはや朝の日課となっていて、煙管に火をつける動作も今では手慣れたものとなっていた。

 

 肺を満たす煙の香りがさっきまで鼻孔を支配していたむせるほど甘ったるい香りを打ち消していき、まだ若干ぼんやりしていた意識がハッキリする。意識がハッキリしたところでアルハレムがベッドの上を見てみると、十人以上の人間が同時に眠れる巨大なベッドには彼の他に十人の女性達が横になっていて、巨大なはずのベッドはもう人が眠れるスペースがないほどだった。

 

 しかもアルハレムはこの一緒のベッドで眠っている十人の内、リリアを初めとする九人の魔女達と昨夜も肌を重ねており(残る一人はアリスン)、その証拠に彼を含めたベッドの上にいる十一人は全員何も身に付けていなくて若干の汗をかいている。

 

「このハーレムの生活にもすっかり慣れてしまったな……」

 

 煙管を吸いながらアルハレムが一人苦笑する。

 

 彼の言う通り、九人の魔女達と肌を重ねてその翌朝には優雅に喫煙をしているその姿は、どこかの王族のハーレムそのものだろう。しかも今ベッドの上で眠っているのは滅多に見られない美女揃いで、世の男達がこの光景を見たらこれ以上ないくらい嫉妬をしてから「俺と代われ!」と叫ぶことだろう。

 

 リリア達が魔女で、普通の人間ならば肌を重ねれば間違いなく死ぬと分かっていても、思わず求めてしまう麻薬のような色香が彼女達からは漂っていた。だからこそ魔物使いの青年も毎晩命の危険を犯しても懲りることなく魔女の僕達と肌を重ねているのだった。

 

「それにしても……」

 

 アルハレムは自分の隣、裸体をシーツで包んで眠っている自分の妹、アリスンを見る。

 

「こいつは一体どうしたんだ?」

 

 アリスンは当然アルハレムと肌を重ねてはいないが、昨夜この妹は彼が魔女と肌を重ねている間に他の魔女の胸や股間に手を這わせて、それによる反応を明らかに楽しんでいた。その時の彼女の表情を思い出して魔物使いの青年は自分の妹の将来が少し不安になった。

 

「うう~ん……。アルハレム様、おはようございます」

 

「……ふにゃ。アルハレム殿、おはようでござる」

 

 アルハレムが自分の妹の寝顔を眺めながら考えていると、リリアとツクモが目を覚まして自分達の主人に挨拶をした。

 

「アルハレム様はいつも早いですね。毎晩あれだけ『運動』をしたというのに」

 

「そうでござるな。もう少しゆっくり寝ていても別にいいと思うでござ……あり?」

 

 リリアの言葉に頷くツクモだったが、猫又の魔女は主人である魔物使いの青年が持っている煙管を見て何かを思い出したような声を上げた。

 

「どうかしましたか? ツクモ?」

 

「にゃー……。いや、実は今アルハレム殿が吸っている煙管でござるが……それに入れる薬草がもうないのでござるよ」

 

「………!?」

 

 ブハッ☆

 

 ツクモの言葉にアルハレムは思わず吸っていた煙を吐き出して驚きを表した。

 

 アルハレムが吸っている煙管の煙は単なる煙草に火をつけた嗜好品ではなく、ツクモの一族秘伝の薬草に火をつけて生じさせた、魔女達との交わりで消費した【生命】を回復するための一種の薬なのである。それの薬草が尽きたというのは魔物使いの青年にとってとても無視できることではなかった。

 

「え? あの、ツクモさん? この煙管の薬草が切れたって本当ですか?」

 

「残念ながら本当でござる。いやー、まさかこんなに早く薬草がなくなるとはツクモさんにも予想外だったでござるよ。まあ、これだけ仲間の魔女が増えて毎晩肌を重ねていたら薬草の消費量も馬鹿にならんでござるからな。にゃはは♪」

 

「………」

 

 笑いながら言うツクモだったが死刑宣告されたような気分のアルハレムは笑うどころか何も言う気力がなかった。そんな主人を見かねたのかサキュバスの魔女が猫又の魔女に話しかける。

 

「ツクモ。何とかならないのですか?」

 

「にゃー……。そうは言ってもこればっかりはツクモさんにもどうにもならんでござるよ。まあ、次の目的地はツクモさんの故郷でござるからな。それまでの辛抱でござるよ」

 

 ツクモの言う通りこの飛行船は今、アルハレムのクエストブックが新たに記したクエストの目的地、ツクモの故郷である猫又の隠れ里に向かっているところであった。

 

「はぁ……。それしかないか……」

 

 アルハレムはツクモの言葉に深いため息を吐いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百十二話

 外輪大陸。

 

 中央大陸を海につながる大河を挟んで包囲しているその大陸は、住民のほとんどがヒューマン族である中央大陸とは対照的に、ヒューマン族の他にもエルフ族にドワーフ族、そしてマーメイド族にバンパイア族も生活をしている。

 

 これは今から二百年以上昔に中央大陸を支配していたとある大国が行った弾圧によるもので、弾圧を逃れるために中央大陸から外輪大陸に移住したヒューマン族以外の四種族は、最初から外輪大陸で暮らしていたヒューマン族と交流を重ね、その結果として今では地域によって異なる様々な文化を築くようになっていた。

 

「そんな訳で外輪大陸には下にある『シン国』のように中央大陸では見られない街並みが多いのでござるよ。前に立ち寄ったレンジ公国は中央大陸と位置的に近かいから、街並みも中央大陸に近かったのでござろうな」

 

 エターナル・ゴッデス号の甲板でツクモは、自分の主である魔物使いの青年とその妹、仲間である魔女達に外輪大陸の歴史を簡単に説明すると、飛行船の下に広がっている光景を見下ろした。

 

 アルハレム達がレンジ公国から旅立って数日後。今、魔物使いの青年達を乗せた飛行船は外輪大陸の南部にあるシン国の上空に来ていた。

 

 ツクモに続いてアルハレム達も飛行船からシン国の街並みを見下ろす。シン国の街並みは建物の全てが木造で、街の至るところに大きな木が植えられた緑との調和がとれたものであり、それを見た魔物使いの青年とその仲間達はそれぞれ思ったことを口にする。

 

「なるほど。確かに中央大陸では見られない街並みだな」

 

「本当ですね。建物が全部木造の街並みだなんて初めて見ました」

 

 最初に口を開いたのはこの場で唯一の男でここにいる魔女達の主である魔物使いのアルハレム。その言葉に彼の隣に立つ、肌の露出が激しいほとんど裸同然の格好をしたサキュバスの魔女のリリアが同意する。

 

「………」

 

「木の、街並み、なんだ、か、脆そ、う」

 

 下半身が蛇であるラミアの魔女のレイアは興味があるのかないのか分からない相変わらずの無表情で見下ろして、背中に大剣を背負って水着のような外見の甲冑を身につけたグールの魔女のルルが少しズレた感想を呟く。

 

「どうでもいいけどようやく着いたわね」

 

「ここがシン国……」

 

 アルハレムの妹であるアリスンが甲板の縁で頬杖をついて興味無さげに見下ろすして、その横では儚げな雰囲気を纏った霊亀の魔女のヒスイが感慨深い表情を浮かべて呟く。

 

「国によって戦い方や武器が異なりますけど、この国の人達はどんな武器を使うのでしょうか?」

 

「確かこの国は『カタナ』っていうサーベルと弓矢を使う戦いが得意なはずですよ。……そういえば昔、この国に来た時に『幽霊船が来た!』って騒がれて弓矢で嫌ってくらい当船を射たれたんですよね」

 

 普段はロッド(硬鞭)の姿で魔物使いの青年の腰に収まっているインテリジェンスウェポンの魔女のアルマが女性の姿になって首を傾げると、この飛行船エターナル・ゴッデス号を動かす核であるゴーレムの魔女のレムがその疑問に答えた後で嫌な過去の記憶を思い出して落ち込む。

 

「へぇ……。止まり心地の良さそうな立派な大樹が幾つもあって中々良さそうな国じゃない」

 

「でも欲の臭いはあまりしないね……。こりゃあ、この国ではお宝は期待できそうにないね」

 

 両腕が鳥の翼であるセイレーンの魔女のシレーナが緑が豊かなシン国を見て上機嫌に呟き、それとは対照的に両腕が蝙蝠に似たドラゴンの翼であるワイバーンのドラゴンメイドが残念そうに呟く。

 

「あの、ツクモさん? 本当にこの国なんですか?」

 

 飛行船からシン国を見下ろしていたヒスイが期待のこもった目をツクモに向けて訊ねる。それに猫又の魔女は笑顔を浮かべて頷く。

 

「そうでござるよ、ヒスイ殿。この国にツクモさん達の猫又一族の隠れ里があり、そこがヒスイ殿の生まれ故郷でござるよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百十三話

「そうか……この国がヒスイの故郷か。……そう言えばツクモさん? 外輪大陸にはヒューマン族以外の種族も多くいるって話ですけど、シン国にはどんな種族が暮らしているのですか?」

 

「にゃ!?」

 

 飛行船の甲板からシン国を見下ろしていたアルハレムがふと気になったことを訊ねると、猫又の魔女は猫のような声を上げて驚いた。

 

「いや……、どんな種族が暮らしているか聞いただけなのに、どうしてそんなに驚くのですか?」

 

「あ~……。それはでござるね……」

 

 ツクモは目を泳がせて言葉を濁そうとするが、自分の主人であるアルハレムだけでなくこの場にいる仲間達全員の視線が自分に向けられているの感じると、観念したかのように一つ息を吐いて口を開く。

 

「はぁ……。ここで黙っていてもすぐに分かることだから仕方がないでござるか……。シン国では主にヒューマン族とエルフ族が暮らしているのでござるよ」

 

「エルフ族?」

 

「エルフ族……ですか?」

 

「………」

 

「エル、フ……」

 

「エルフねぇ……」

 

「え、エルフの皆さんがいるのですか?」

 

 シン国はヒューマン族の他にエルフ族が暮らしていると言うツクモの言葉にアルハレム、リリア、レイア、ルル、アリスン、ヒスイが一斉に表情を曇らせる。特に表情を暗くしたのはヒスイで、霊亀の魔女の表情には怯えの色が見えた。

 

「マスター、強い嫌悪の感情が感じられますがどうかなさいましたか?」

 

 アルハレムの腰に差されてあるロッド、インテリジェンスウェポンのアルマが柄尻の宝玉から疑問の声を出した。そして魔物使いの青年を初めとする五人が表情を暗くした事情を知らないレム、シレーナ、ウィン達も怪訝な表情を浮かべており、それに気づいたアルハレムは事情を知らない彼女達に説明をすることにした。

 

「実はな、ヒスイと俺達の家であるマスタノート家はエルフ族とちょっとした因縁みたいながあるんだよ。

 マスタノート家が治めている領地にはかつて『魔物を生み出す森』と呼ばれる場所があって、マスタノート家はそこかから現れる魔物と戦い続けてきた歴史があるんだ。

 そして魔物を生み出す森は自然にできたものじゃなくて、今から百年以上前にエルフ族が拐ってきた魔女を『核』にして造った人工のダンジョンで、その核にされた魔女がここにいるヒスイというわけだ」

 

「なるほど……。そういうわけですか」

 

「エルフ……人類がダンジョンを造るだなんて……」

 

「でもそれだったら確かにヒスイがエルフを嫌ってもしかたがないか」

 

「そうだね。百年以上もダンジョンに閉じ込められるなんてアタイだったらとても耐えられそうにないね」

 

 アルハレムの説明を聞いてアルマ、レム、シレーナ、ウィンが納得して思ったことを口にする。この場にいる全員が今の話からエルフ族に、そしてエルフ族が暮らすこのシン国に対して警戒心を共有し始めたのを感じて、ツクモが苦笑いを浮かべながら口を開いた。

 

「にゃ~、皆の気持ちも分かるでござるがそこまで警戒しなくてもいいと思うでござるよ? 百年前にヒスイ殿を拐った件でエルフ族は国中から非難されたらしく、今ではすっかり反省して霊亀の一族とも謝罪と和解をしているでござるからな。シン国でエルフ族と出会ったとしても何かされたりはしないでござるよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 ツクモの言葉にヒスイはまだ若干の恐れを残してはいるが安堵の表情を浮かべ、そんな霊亀の魔女を見て飛行船の甲板にいる全員が警戒心を和らげた。

 

「……それだったらシン国で行動しても問題は無さそうですね。それでツクモさん、猫又一族の隠れ里はまだ先なんですか?」

 

「そうでござるね。この飛行船の速度だったら後一時間くらいで着くはずでござるよ」

 

 アルハレムの質問にツクモは少し考えてから答える。

 

 猫又一族の隠れ里。

 

 そこがアルハレム達の今回の旅の目的地であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百十四話

 ツクモとヒスイの生まれ故郷である猫又一族の隠れ里は、シン国の領地の南端に位置する山脈にあった。飛行船エターナル・ゴッデス号を山脈の近くの森に降ろしたアルハレム達の一行は、ツクモの案内の元で隠れ里の入り口に向かって山の中を歩いていた。

 

「もう少しで着くでござるよ」

 

 先頭を進むツクモが後ろに続く仲間達に振り向いて声をかける。いつも楽しそうに笑いながら話す猫又の魔女であったが、この時の彼女の顔はいつも以上に嬉しそうで解放感に満ちた笑顔であった。

 

 ツクモ達猫又一族は百年以上昔にエルフ族に拐われた霊亀の魔女の子供、つまりヒスイを助け出し無事に霊亀の魔女達の元へ連れて帰るという使命を負っていた。その使命がようやく果たされようとしているのだから笑顔になるのも当然と言えるだろう。

 

「この先に私が生まれた場所があるんですね。残念ながらどんな所か記憶にないのですけど楽しみです」

 

 そして上機嫌なのはツクモだけでなくヒスイも同じであり、彼女はもうすぐそこまできた生まれ故郷に期待で胸を膨らませていた。

 

「あの……旦那様」

 

 ヒスイは目の前に続く道から視線を隣に歩くアルハレムにと移して声をかける。

 

「ん? どうした、ヒスイ?」

 

「ここに連れてきてもらって本当にありがとうございます。あのダンジョンの森から解放されてこんなにも早く生まれた場所に帰れるとは思いもしませんでした。旦那様には本当に感謝しています」

 

「お、おい、ヒスイ⁉︎」

 

 ヒスイは感極まった様子でそう言うとアルハレムの左腕に抱きつき、そのせいで霊亀の魔女の豊かな乳房が卑猥に変形する。今まで何度も肌を重ねた際に味わったがそれでも飽きる事のない感触に魔物使いの青年はうろたえた声を上げる。

 

 そんなアルハレムとヒスイの姿を見て一人の魔女が真っ先に動いた。

 

「はいはい! 何、二人だけの雰囲気を作ろうとしているんですかヒスイは?」

 

「ちょっ!? リリアまで」

 

「リリアさん?」

 

 真っ先に動いた魔女はリリアだった。サキュバスの魔女はアルハレムの右腕に抱きつきワザと自分の乳房を押し付けると、対抗意識を燃やした目をヒスイに向ける。

 

「ていうかアルハレム様の腕に胸を押し付けて誘惑するのはサキュバスである私の専売特許なんですからね」

 

「……! わ、私は別にそういうつもりじゃ……」

 

 リリアに言われてヒスイは自分がアルハレムの腕に乳房を押し付けていることに気づいて顔を真っ赤にして否定する。だが霊亀の魔女は否定しながらも主人である魔物使いの青年の腕から離れようとはせず、それを見たサキュバスの魔女はまるで好敵手をみるような表情を浮かべる。

 

「むう……。ワザとではないということは天然の行動ですか。前々から思っていましたが、ヒスイのこういう所は強敵ですね」

 

「にゃはは♩ やはりアルハレム殿はモテモテでござるな……と、そう言っている間についたみたいでござるな」

 

 アルハレムとヒスイにリリアのやり取りを見ながら歩いていたツクモが足を止めて、後ろ続いていた全員もそれにならって止まる。猫又の魔女の先には石で作られた大きな扉の無い門のようなものが建てられていた。

 

「ツクモさん、これは?」

 

「ここが隠れ里の入り口、正確にはその内の一つなのでござるよ」

 

 アルハレムの質問に答えたツクモが石の門に軽く触れると石の門が輝いて扉があるべき部分に白い光が生じた。

 

「この門の先が猫又と霊亀の一族が暮らす隠れ里でござる。さあ、行くでござるよ」

 

 ツクモはそう言うとまず最初に石の門に生じた白い光の中に入っていって姿を消し、アルハレム達もそれに続いて光の中にと入って行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百十五話

 石の門に生じた光の中に入ったアルハレム達の視界が真っ白に染まる。しかしそれもすぐに終わり、視界が戻ったアルハレム達が見たのは緑が生い茂る山の中ではなく一つの集落があった。

 

 山の自然を損ねず生活をする場所を得るために必要最低限の草木だけを刈り取り、高低差のある山の地形に木で作られたシン国特有の家屋が何十軒と建てられた集落。此所こそが猫又の一族と霊亀の一族が共存して暮らす隠れ里だった。

 

「ここが猫又と霊亀の魔女が暮らす隠れ里? さっきまでアタシ達、何もない山の中にいたよね?」

 

 一気に雰囲気が変わった周囲を見回してシレーナが呟き、それにウィンが続けて言う。

 

「ああ……。それにこんだけ家があったら流石にエターナル・ゴッデスでここに来たときに上から分かるはずだろ? さっきの光に入った時に空間転移でもしたのかい?」

 

「いえ、それはないと思います。もし空間転移をしたのだったら私が分からないはずがありません」

 

「その通りでござる」

 

 ウィンの呟きに空間転移を得意とするレムが断言するとツクモがそれに頷いて種明かしをする。

 

「ここは先程からいた山の中。この隠れ里は猫又と霊亀の魔女、そしてその二種族が認めた者しか入れない結界と外部からはただの森にしか見えない幻術で守られているのでござるよ」

 

「その結界と幻術を作り出しているのが霊亀の魔女達なのか?」

 

 話を聞いていたアルハレムが質問をするとツクモはそれに頷いてみせた。

 

「そうでござる。この霊亀の魔女の結界と幻術は未だ破られた事が無く、これのお陰でツクモさん達猫又の一族は自分達の拠点を確保できているのでござる」

 

「そしてその恩があるからこそ、我ら猫又の一族は霊亀の魔女に深い敬意を払い、百年前に拐われた霊亀の子供を無事に連れ帰ることを悲願としてきたのです」

 

「にゃっ!?」

 

 ツクモが仲間達に隠れ里を守る結界について説明をしていると、そこに誰かの声が割り込んできた。声がした方を見るとそこには白い着物を身に纏った白髪の猫又がいつの間にかアルハレム達の側に立っていた。

 

「し、師匠……」

 

「ツクモさんの師匠? ……あっ、そう言えば昔、何回か会ったことがあるような。確か名前は……ニタラズさん、でしたっけ?」

 

「え? そうなの、お兄様?」

 

 ツクモのかすれるような声を聞いてアルハレムは過去にこの白髪の猫又にあった記憶を朧げながら思い出すが、アリスンは全く記憶が無いようで首を傾げた。そんな魔物使いの青年とその妹に白髪の猫又は微笑みを向け、次にヒスイを見ると深々と頭を下げた。

 

「こうしてお会いするのは本当にお久しぶりです。アルハレム様。アリスン様。……そしてヒスイ様。百年ぶりの故郷へのご帰還、このニタラズ、猫又一族を代表して歓迎させていただきます」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百十六話

「あの、ニタラズさんはヒスイのことを知っていたのですか?」

 

 一目でヒスイが自分達の待ち望んでいた霊亀の魔女だと見抜いたニタラズにアルハレムが訊ねると、白髪の猫又は笑みを浮かべて頷く。

 

「はい。ヒスイ様のことはツクモからの文で知らされていましたから。そしてその文によればアルハレム様達のご協力がなければヒスイ様の救出は不可能であったとか。……アルハレム様、私達猫又一族の悲願にご協力頂き、本当にありがとうございました」

 

「え? いえ、ツクモさん達の目的に協力するのはマスタノート家と猫又一族との昔からの契約なんだし気にしないでください」

 

 もう一度深々と頭を下げて礼を言うニタラズにアルハレムは戸惑いながら返事をする。そして返事をしながら魔物使いの青年は、目の前にいる白髪の猫又の様子からヒスイが猫又の一族にとって重要な存在である事を改めて理解した。

 

「と言うかツクモってば手紙なんか出していたの?」

 

「うい。当然でござるよ。何しろヒスイ殿の救出はこの隠れ里にとって一大事でござるからな」

 

 アルハレムの後ろでアリスンとツクモが話し、頭を上げたニタラズがその会話を聞いて頷く。

 

「その通りです。ツクモからヒスイ様が助け出されたという文が届いた時にはこの隠れ里中が歓喜したのですが、まさかこんなにも早くご帰還なされるとは思いもしませんでした。……これは先程空で見かけたあの不可思議な船が関係しているのですか?」

 

「そうでござるよ、師匠。あの空を飛ぶ船は女神イアスが創造したダンジョンの一つで、アルハレム殿がそこにいるダンジョンのコアである魔女を仲間にしたお陰でこんなにも早く帰ってこれたでござるよ」

 

「あっ、はい。飛行船エターナル・ゴッデス号の船長を務めているゴーレムの魔女、レムです」

 

「そうでしたか。それはどうもありがとうございます」

 

 ツクモとニタラズとの会話に名前が出てきたレムが挨拶をすると白髪の猫又は頭を僅かに下げてそれに返した。

 

「……さて、立ち話もこれくらいにしてそろそろ霊亀の魔女の方々の所にご案内しましょう。どうかついてきてください」

 

 霊亀の魔女達はこの山の山頂付近に住居を立てていると説明した先頭を歩いて案内をする。アルハレム達は白髪の猫又の後に続いて行くのだが、そんな一行を興味深く観察する視線が無数にあった。

 

「凄いね……」

 

「ああ、猫又の隠れ里だから予想していたけど、実際に見てみると凄いとしか言い様がないな」

 

 アリスンの呟きにアルハレムが同意する。

 

『………』

 

 周りを見回してみるとこの隠れ里で暮らしている何十人もの猫又の魔女達がアルハレム達を見ていた。マスタノート家に生まれて子供の頃から猫又のツクモを見てきたアルハレムとアリスンも、こうして何十人の猫又達を見るのは初めての体験であった。

 

「そういえばこれをライブが見たらどんな反応をするかしら?」

 

 ふと思いついたような妹の言葉にアルハレムはここにはいない友人のことを思い出す。

 

 ライブ・ビスト。

 

 獣の特徴を持った女性を「ケモノ娘」と呼んでこよなく愛するアルハレムの幼馴染。もし彼がこの隠れ里の光景を目にしたら……。

 

「……喜びのあまり滝のような涙と汗と流して盛大に鼻血を出して、動物のような奇声を上げながら人間とは思えない動きで躍り狂うだろうな」

 

「うん……。ライブならそれくらいやるよね」

 

 ライブがケモノ娘に関わる事になると常識を超えた行動をする事を知っているアルハレムが的確な予想を言い、同じくライブの事をよく知っているアリスンが苦笑しながら頷く。そして二人の兄妹は同じことを心の中で考えた。

 

(ライブはここに連れてこないようにしよう……)

 

 それはライブの奇行を見られて猫又達のヒューマン族への評価を下げないための判断であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百十七話

 ニタラズに案内されてアルハレムが山頂付近まで行くとそこには屋敷と言える大きさの家屋が一軒だけ建てられていた。

 

「あそこです。あのお屋敷にこの隠れ里にいる霊亀の魔女の方々が全員住まわれています」

 

「あの屋敷に全員?」

 

「そうでござる。何しろ霊亀の魔女の方々は十二人しかいないでござるからな。それぐらいの人数であれば大きな家が一軒あれば充分と、霊亀の魔女の方々が仰ったのでござる」

 

 山頂の屋敷を指差したニタラズの言葉にアルハレムが疑問を覚えると、すかさずそれにツクモが説明する。

 

「霊亀という種族はこの世界、イアス・ルイドで最も永い時を生きる種族でござるが、それと同時に魔女の中でも輪をかけて子供が産まれ辛い種族でもあるのでござる。そしてこの数百年の間で産まれた霊亀はヒスイ殿お一人だけなのでござる」

 

「なるほど。そういう事か」

 

 ツクモの説明にアルハレム達は納得したように頷いた。この隠れ里は霊亀の魔女の種族特性で作られた結界によって今日までの平和が保たれてきた。しかしその霊亀の数が少なく、ようやく産まれた新しい霊亀であるヒスイが拐われたとなれば、猫又達も百年以上の時をかけても彼女を救おうとするだろう。

 

「霊亀の魔女の方々にはすでに使いを出して皆様の事をお伝えしています。それでは参りましょう」

 

「いよいよ会えるんですね……」

 

 ニタラズはそう言ってアルハレム達を先導するように霊亀の魔女達が待つ屋敷へと歩いて行くと、ヒスイが緊張した声で呟く。以前より家族と再会する事を夢見ていた彼女だったが、いざ会えるとなると緊張してしまうようであった。そんな霊亀の魔女の肩に主人であるアルハレムが優しく手を置く。

 

「旦那様……」

 

「そんなに固くならなくてもいいって。少し肩の力を抜いたらどうだ?」

 

「はい。……ありがとうございます」

 

「ヒスイってばまたアルハレム様と二人だけの雰囲気を作って……まあ、今日だけは見逃してあげますけどね」

 

 アルハレムの言葉で若干緊張が解けたのかヒスイは、自分の肩に置かれている魔物使いの青年の手に自分の手を重ね微笑みを浮かべた。そしてその二人の姿にリリアが不機嫌そうな表情で呟き、他の女性陣もサキュバスの魔女と似たような表情を浮かべていたのだった。

 

 ☆★☆★

 

「よく帰ってきましたね。私達の娘、ヒスイ」

 

 ニタラズに案内されてアルハレム達が屋敷に入ると、屋敷にはすでに十二人の霊亀の魔女達が全員集まっており、その中の一人がヒスイに声をかける。

 

(ひ、ヒスイが大勢いる……)

 

 アルハレムは屋敷に集まった霊亀の魔女達を見て思わず心の中で呟いた。

 

 屋敷に集まった霊亀の魔女達は全員、髪型や身に纏っている着物が違うものの顔立ちがヒスイと瓜二つであり、見知った顔がいくつも並んでいるのは異様な光景と言えた。これにはヒスイも他の仲間達も驚いていて、唯一ツクモだけが「そういえばこの事は言ってなかったでござるね。まあ、初めて見たら驚くでござるよね」と小声で呟いて苦笑を浮かべた。

 

(ツクモさんの話だと霊亀の魔女って何千年も生きるんだよな?)

 

 そこまで考えてアルハレムは目の前にいる十二人の霊亀の魔女達を見る。霊亀の魔女達は全員ヒスイと同じ若くて美しい女性の姿をしていて、これが何百年何千年もの時を生きてきた存在だと考えると、魔物使いの青年はなんてデタラメな生き物なんだと思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百十八話

「アルハレム様、そしてお仲間の皆様。ヒスイ様を助けていただいた上に、この隠れ里までお連れくださった事を心から感謝します。ツクモもお役目ご苦労様でした。猫又一族の悲願を果たしてくれた貴女を私は誇りに思います」

 

「は、はい。お誉めのお言葉、光栄にござる」

 

 ヒスイと同じ顔をしている霊亀の魔女達に驚いているアルハレム達に、霊亀の魔女達と同じ場所に座っている金色の髪を短く切り揃えた猫又が話しかける。その猫又の魔女は十代前半くらいの外見でツクモやニタラズに比べるとずっと若く見えるのだが、返事をするツクモの反応からこの隠れ里で重要な地位にいるのが分かる。

 

「申し遅れました。私、この隠れ里の長老を務めていますヤソヤと申します」

 

「ちょっ、長老?」

 

「ウソ……」

 

 金髪の猫又、ヤソヤの挨拶にアルハレムとアリスンは思わず声を上げて驚く。しかし驚いているのは人間の兄妹二人だけで、リリアを初めとする魔女達はさほど驚いてはいなかった。

 

 魔女は生まれて一年程で成人の姿となり、それからは死ぬまでその姿のままで生きていく。それが魔女達の常識なのであるからだ。

 

「あっ……。すみません。失礼なことを言って」

 

「ふふ……。いえ、気にしてませんよ。確かに私は他の者達と比べて幼い外見をしていますからね」

 

 アルハレムが失礼なことを言った事を謝るとヤソヤは上品な笑みを浮かべて許してくれた。姿こそは子供のような若い姿なのだが、その落ち着いた対応はやはり隠れ里を治める長老のものであった。失言を許してもらった魔物使いの青年は、これをきっかけに聞いておきたかったことを猫又達の長老と十二人の霊亀達に聞くことにした。

 

「ありがとうございます。……あの、それで一つ皆さんにお聞きしたいことがあるのですけど」

 

「聞きたいこと?」

 

「それは何ですか?」

 

「はい。霊亀の魔女の皆さんはヒスイをどうするのですか? やっぱりこの隠れ里で生活をさせるのですか?」

 

「………!」

 

 ヒスイは生まれてすぐにエルフ族に拐われて百年以上ダンジョンの中で囚われていた。だからこうして家族の元に帰ってこれた以上、これからは家族と一緒に生活したらいいとアルハレムも思うのだが、今まで共に旅をしてきた仲間のことであるためどうしても聞いておきたかった。

 

 ようやく家族と再会できて緊張しながらもどこか嬉しそうにしていたヒスイも、もしかしたらこれでアルハレム達と別れてしまうかもしれないと気づいた途端、その表情を強張らせた。

 

 しかし霊亀の魔女達とヤソヤの反応はというと……。

 

「それはヒスイと貴方達次第ですね。ヒスイがこの隠れ里で暮らしたいのであれば歓迎しますし、旅を続けたいのであればどうぞこのままお連れください」

 

「それにアルハレム様はヒスイ様の主であるとツクモからの報告で聞いていますからね。主従は共にある方が良いでしょう」

 

 と、いったアッサリとしたものでこれにはアルハレム達全員が面食らってしまい、リリアが思わず訊ねる。

 

「え……!? それでいいんですか?」

 

「ええ、構いませんよ。見たところ皆様は腕に覚えがあるように見えますし、皆様と一緒であればヒスイも安全でしょう。……それに、皆様達は百年前にヒスイがどの様に拐われたのかご存知ですか?」

 

「いえ、知りませんけど……?」

 

 霊亀の魔女達はリリアの言葉に答えると、百年前にヒスイが拐われた時のことを語り出した。

 

「百年前にヒスイを拐っていったエルフの一族……それは子を作る相手となってもらうために私達自身が隠れ里に招き入れたのです。私達霊亀は永い時を生きるとはいえ、それでも子を作らないわけにはいきませんからね。百年前の私達は、エルフの中でも長い交流を持つ信頼のできる一族を招き入れたつもりでしたが、結果としてそのエルフの一族は私達を裏切って隠れ里を攻撃し、その隙に生まれて間もないヒスイを拐っていったのです」

 

 そこまで言うと霊亀の魔女達は当時の事を思い出したのか悲痛な表情を浮かべ、次にヤソヤが話し出す。

 

「その様な過去がある為、少なからず外との交流を持つこの隠れ里は必ずしも安全とは言えません。それでしたらヒスイ様を皆様に預けても同じだと思います。それにアルハレム様はヒスイ様と仲がよろしいようですし、魔女と子を作るに有利な殿方の側にいるのは私達としても喜ばしい事です」

 

「う……! それは……」

 

 ヤソヤの意味ありげな笑みに言葉を詰まらせるアルハレム。どうやらツクモは魔物使いの青年がほとんど毎晩、僕にそた魔女達と肌を重ねていることをしっかりと報告していたらしい。

 

「そのような訳でヒスイをここに置いていくか旅に連れて行くかは、貴方達の判断に任せます。……ですが、出来ることならばしばらくはここに留まってはもらえませんでしょうか?」

 

「それでしたら構いません。皆もそれでいいよな?」

 

 アルハレムが霊亀の魔女達の頼みに頷いて答えると他の女性陣も同じように頷き、それを見た霊亀の魔女達は嬉しそうな微笑を浮かべてヒスイを見た。

 

「ではヒスイ。今夜は貴女が今日までどの様な旅をしてきたのか、私達に聞かせてもらえませんか?」

 

「はい。喜んで」

 

 微笑を浮かべる霊亀の魔女達にヒスイもまたその表情に心から嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百十九話

 ヤソヤと霊亀の魔女達との会話が終わった後、ヒスイはようやく再会した家族と話をするべく霊亀の魔女達の屋敷に残り、それ以外のアルハレム達はニタラズにここにいる間使用する宿泊場所にと案内してもらっていた。

 

 そうしてアルハレム達がニタラズに案内されたのは、霊亀の魔女達の屋敷の近くに並んで建てられた三軒の家屋であった。

 

「ここです。三軒とも空家なので、ご滞在時にはここをご使用ください」

 

「ありがとうございます、ニタラズさん」

 

 三軒の空家の前に案内されたアルハレムが礼を言おうとすると、ニタラズは首を横に振って魔物使いの青年の言葉を遮って口を開く。

 

「礼を言うのはお止めください。アルハレム様達はヒスイ様をお救いくださったこの隠れ里の大恩人。恩人の滞在時の寝所を用意するなど当たり前のことです。むしろ礼を言うのは私達の方です」

 

「大恩人だなんてそんな……。俺達はそんなのじゃないですよ? ヒスイをここに連れて来たのだって、理由の半分はクエストを達成するためだったんだし……」

 

 ニタラズの発言を大げさに感じたアルハレムが慌てた風に言う。確かに彼はヒスイを故郷に連れて行くことを以前より考えていた。しかしこんなに早く連れてきたのは、レンジ公国のダンジョンを攻略した後、クエストブックに新たに記された「仲間の魔物の故郷に行く」というクエストを達成するためであった。

 

 霊亀の魔女達がこの隠れ里の存亡に大きく関わっているため猫又の一族がヒスイを重要視しているのは理解している。だけどここまで感謝されるのは筋違いだとアルハレムは言うのだが、白髪の猫又はもう一度首を横に振って魔物使いの青年の言葉を否定する。

 

「それでもですよ。とにかくご滞在時の間は皆様の私達がさせていただきます。ですから何か必要なものがおありでしたら遠慮なくおっしゃってください」

 

「あの……それでしたらちょっといいですか?」

 

 それまで話を聞いていたリリアが手を上げてニタラズに話しかける。

 

「どうかしましたか?」

 

「せっかく用意してもらったこの三軒の家屋なのですけど、三軒も空家を使いませんから、もう少し大きめの一軒家と替えてもらえませんか?」

 

「………」

 

「確か、に。この、家、ちょっと、狭、い」

 

 リリアの言葉にレイアとルルが同意して他の仲間達全員も頷く。アルハレム達の一行は、霊亀の魔女達の屋敷に残ったヒスイを除いても十人もいる大所帯なのだが、猫又一族が用意した三軒の空家はどれも四、五人くらいしか入れない大きさしかなかった。普通に考えれば家屋の大きさはこれで通常でだし、一軒に三人か四人ずつ入れば充分余裕なのだが、魔女達にとって主人である魔物使いの青年と別の場所で寝るというのは無理な相談と言えた。

 

「申し訳ありません。生憎と今使える空家はここしかないのです」

 

「大きな家は十人以上の猫又達が雑魚寝用に使っていて、まさかそれを今から急に全員追い出すわけにはいかんでござるしなぁ……」

 

「それもそうですね。……そういうわけだ。皆、今日のところはここに泊めてもらおう」

 

「そうね。一軒は私とお兄様の二人で使うから、貴女達は残りの二軒に四人ずつ泊まりなさいよ」

 

 申し訳なさそうに宿泊場所がここしかないと言うニタラズの言葉をツクモが補足し、アルハレムが仲間達を説得しようとすると、これ幸いとばかりにアリスンが兄の腕に抱きついて言う。戦乙女の少女としてはここ最近中々二人っきりになれない兄と兄妹水入らずの時間を過ごしたいのだろう。

 

 ……だが、そのようなことを言われてあっさりと引き下がる手抄な者はここには誰一人としていなかった。

 

「そんなことできるわけないでしょう? 第一、アタシ達がいなかったら魔女九人がかりでようやく抑えられるアルハレムの性欲をどうやって抑えるっていうのよ?」

 

「ああ、全くだね」

 

「アリスンさんはご主人様の実の妹さんですから……その、駄目ですし、アルマさん一人ではとても無理そうですからね」

 

「お前らな……」

 

 最初にアリスンに反論したのはシレーナで、ウィンとレムがセイレーンの魔女の言葉に同意したのを聞いてアルハレムが表情を引きつらせる。確かにリリア達に迫られたら毎晩のように九人の魔女達と肌を重ねているとはいえ、その様に言われるのは納得いかなかった。

 

「人を色狂いのように言いやがって……」

 

「それほど的外れな意見とは思いませんけど?」

 

「………」

 

 アルハレムが小さく呟くと腰に差してあるロッド、インテリジェンスウェポンのアルマが何の感情も感じさせない声で言い、己の主人を黙らせる。

 

「と、とにかく俺はアリスンとアルマと休むからお前達は残りの家で休め。今日は肌を重ねるとかそういうのはナシだ」

 

「そ、そんな!」

 

「本当!? お兄様!」

 

 気を取り直してアルハレムがそう言うとアルマを除いた魔女達が絶望したような表情となり、その反対にアリスンが幸せそうな表情となる。魔物使いの青年はそんな彼女達を「今日ぐらいはゆっくり休めるかな?」と考えていると白髪の猫又、ニタラズがため息を吐く。

 

「そうですか……。それは残念です」

 

「残念? ニタラズさん、それはどういうことですか?」

 

「いえ、アルハレム様が皆様と肌を重ねるのでしたら、是非私達にも『お情け』をいただきたいと思いまして……」

 

「お、お情け? 私達? ……はっ!?」

 

『…………………………』

 

 アルハレム達はニタラズの発言の何やら不穏なものを感じると同時に無数の視線を感じ、周囲を見渡すとこの隠れ里で暮らす大勢の猫又達が魔物使いの青年を凝視していた。

 

 猫又達は全員頬を赤く染めて腰やら体をくねらせてアルハレムを見ており、元より魅力的な魔女の外見を更に扇情的にしているのだが、その目はまるで獲物を絶対に逃がさまいとする狩人のような強い光を宿していた。

 

「こ、これは……?」

 

「この隠れ里も最近子供不足が悩みの種でして……。魔女と何度も肌を重ねることができるアルハレム様がよろしければ、是非私達の相手をお願いしようかと……」

 

『よろしいわけないでしょ!?』

 

 気がつけば肉食獣の群れの真ん中に迷い込んでしまったかの様な状況に絶句するアルハレムのニタラズが説明するが、それを遮って魔物使いの青年の仲間達の怒声が上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百二十話

 猫又一族の隠れ里に訪れた日から数日後。アルハレムは仲間達と一緒に隠れ里の近くにある森に来ていた。

 

「ふぅ……。こうしていると落ち着くな……」

 

 森の中にある開けた場所でアルハレムは、リリアに膝枕された状態で横になり安らいだ表情でため息を吐いた。

 

「アルハレム様……! 私の膝枕が落ち着く、気持ちいい、最高だ、なんて……! やっぱり私がアルハレム様と一番体の相性がいいんですね。……ふふん」

 

『………………………!』

 

 アルハレムの呟きにリリアが頬を赤らめて喜び、次に自慢気な表情となって他の仲間達を見る。そしてサキュバスの魔女の視線を受けた仲間達は明らかに不機嫌そうに表情を歪める。

 

「リリア、変な事を言うな。それに皆も、皆の体も最高に気持ちいいのは分かっているから怒るなって」

 

 挑発の言葉を口にしたサキュバスの魔女を軽く叱り、不機嫌となった仲間達を若干セクハラが入った言葉で落ち着かせたアルハレム。その様子はとても数ヶ月前まで家族以外の女性とロクに話していない青年とは思えず、大した成長具合である。

 

 ……最もこれを成長と言っていいのかは疑問であるが。

 

「それに落ち着くってのはこうして仲間達だけでいるってことだ。……猫又一族の隠れ里にいると気が休まる時なんてなかったからな」

 

「にゃ~、それは正直すまなかったでござる」

 

「猫又の皆さん、凄い積極的でしたからね」

 

 アルハレムの言葉にツクモが申し訳なさそうな表情を浮かべ、ヒスイが苦笑を浮かべながら頷く。

 

 この数日間、あの猫又一族の隠れ里にいてアルハレムの気が休まった瞬間は皆無と言ってよかった。隠れ里の猫又達はどうやら随分と魔物使いの青年を気に入ったらしく、ことあるごとに彼を誘惑しようとしてきたのだ。

 

 当然リリア達もそれを全力で阻止しようとするが、猫又達も負けてはおらず巧な話術と連携を持って魔女達を引き剥がし、その隙に魔物使いの青年を誘惑しようとする。その手段は単純に攻めてきたり挑発してきた時もあれば、わざと仲間割れをしたフリなどをして相手の興味を引き付けて罠にはめる等、様々であった。

 

 極めつけは、隠れ里ではゆっくり出来ないと考えたアルハレム達が自分達の拠点である飛行船のダンジョン、エターナル・ゴッデス号に引きこもった時に、隠れ里でも手練れの猫又が中心となった数名の猫又の集団がエターナル・ゴッデス号に忍び込んできたことだ。これには魔物使いの青年もその仲間達も、怒りや呆れを通り越して感心したぐらいである。

 

「猫又は逞しい『雄』の匂いには敏感な方でござるからな。そしてこう言ってはなんでござるが、アルハレム殿はこの数ヵ月でツクモさんでも嗅いだことがないくらい逞しい雄の匂いを漂わせているでござる。だから隠れ里の猫又達は是非アルハレム殿とお近づきになろうと今までの修行の成果を存分に発揮したのでござろうな」

 

「……そんな風に言われてもあまり嬉しくないんですけど? というか修行の成果って何ですか?」

 

「うむ。猫又一族は人間達から魔物退治の依頼を受けて生計を立てているでござるが、人間達からやってくる依頼には魔物退治以外にも、特定の人物の調査というのがあるのでござる。そういった依頼をこなすために、猫又一族は戦闘技術の他に相手を誘惑して情報を引き出す話術、詐術の修行もするのでござるよ」

 

「……なるほどね。確かにツクモさんの言う通り猫又達は色んな意味で凄かったですよ? でもその修行の成果は俺達以外の相手に発揮してほしかったですよ。……はぁ」

 

 リリアに膝枕をされた体勢でツクモと話をしていたアルハレムがため息をつく。彼のため息混じりの呟きは、この場にいる全員が思っている言葉だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百二十一話

「さて……。そろそろ行こうか、皆?」

 

『はいっ!』

 

 休憩が終わってアルハレムがリリアに膝枕をされた体勢から起き上がって仲間達に声をかけると、それに皆が喜色が浮かんだ声を揃えて答える。

 

 アルハレム達がこの森に来た理由は隠れ里の猫又達に頼まれた仕事を行うためで、隠れ里の猫又達からの依頼を達成することが魔物使いの青年のクエストブックに記された新しいクエストであった。

 

 猫又達に頼まれた仕事は、今までいくつものクエストを達成して九人の魔女を仲間にしたアルハレム達ならば達成は難しいことでは無く、今回のクエストは簡単なものと言えた。

 

「さあ、頑張りましょう皆! 今回のクエスト、絶対に成功させましょう!」

 

『………』

 

 リリアが張り切った様子で仲間の魔女達に声をかけ、魔女達は同時に頷いて見せる。基本的に自分達の主であるアルハレムのこと以外あまり興味がなく、チームプレイがあるのかないのか分からない彼女達にしては珍しく一致団結した姿であるが、それには理由があった……。

 

「何しろ今回のクエストに成功すればアルハレム様にとって、そして私達にとっても必要な物が手に入るのですから!」

 

 主であるアルハレム以上のやる気を見せて拳を握りしめながら力説をするリリア。

 

 猫又達に頼まれた仕事とは、最近になって数が増えてきた魔物を退治して森にある数種類の山草を採取することである。そして猫又達はこの森の山草を材料にしてある薬草を調合するのだが、その猫又達が調合する薬こそがリリアを初めとする魔女達にとって重要であった。

 

「にゃ~。ツクモさん達、猫又一族秘伝の薬草ってば中々の人気でござるな」

 

「当然です。猫又さん達の薬草はアルハレム様の【生命】を回復してくれる唯一の手段なのですから」

 

『………』

 

 ツクモの呟きにリリアが大真面目な表情で答え、他の魔女達も同じく大真面目な表情で頷く。そんな彼女達を見ながらアルハレムは疲れたよう言う。

 

「……あのな、一体誰のせいで俺の【生命】が減って薬草を必要としていると思っているんだ?」

 

「そ、そうよ。貴女達が毎晩毎晩お兄様に……あ、あんなイヤラシイことをしているのが原因なんでしょうが!? 少しは我慢したらどうなのよ!」

 

「我慢してるじゃないですか? いつもだったら私達魔女全員でアルハレム様にお相手してもらっていますけど、最近は一晩に三人か四人だけで他は全員我慢しているんですよ? それに、殿方を求めて肌を重ねるのは魔女としての本能なんですから」

 

 顔を真っ赤にしながら兄に同意するアリスンの言葉にリリアが反論する。

 

 魔女と呼ばれる存在はどの種族も女の子供しか産めず、そのため他種族の雄を誘惑して肌を重ねて子供を残そうとする本能が非常に強い。しかし、魔女は肌を重ねる時に相手の雄の【生命】を大量に吸い取ってしまい、普通の雄であれば二度三度肌を重ねれば【生命】を吸い尽くされて死んでしまう。

 

 アルハレムは固有特性のお陰で常人の数倍の【生命】を持っていたため今までリリア達、仲間にした九人の魔女と肌を重ねても死なずにすんだのだが、流石に九人同時となると【生命】の消耗が尋常ではなく肌を重ねている合間に猫又一族秘伝の薬草を使って【生命】を回復する必要があった。

 

 しかし毎晩のように使っていれば当然薬草の数は減り、ついにアルハレム達が猫又一族の隠れ里に着く数日前に彼らが持っていた薬草が底をついてしまったのだ。

 

 そこに今回の薬草の材料となる山草を採取して欲しいという猫又達からの依頼である。

 

 今回のクエストでリリア達魔女がやる気を出しているのは、つまり「そういう」理由があった。

 

「……まあ、とにかくやる気になってくれたからヨシとしとくか」

 

 たとえ理由がなんだとしても仲間達がやる気になったのはいい事だと思ったアルハレムは、複雑な気持ちのままため息混じりに呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百二十二話

「この先にいるのか?」

 

「ええ、そうよ」

 

「かなりの数がいたね」

 

 アルハレムの言葉にシレーナとウィンが頷く。

 

 猫又の一族からの仕事を実行するため森に入ってからしばらくした後。先に森に増えた魔物の集団を退治した方がいいと判断したアルハレム達は、まずシレーナとウィンに上空から偵察をしてもらって、今は魔物の集団がいる場所の近くにときていた。

 

 魔物使いの青年が極力音を立てずに茂みをかき分けて見ると、茂みの先にはセイレーンの魔女とワイバーンのドラゴンメイドが言った通り魔物の集団の姿があった。

 

「………?」

 

「何アレ? 蟻?」

 

「でも、随分、と、大き、い」

 

 アルハレムの後ろから魔物の集団を見たレイアとアリスンとルルの三人が首を傾げる。

 

 茂みの先にいた魔物の姿は、一言で言えばアリスンとルルの言葉通り「大きな蟻」であった。

 

 体の大きさは全長一メートル程。全身を毒々しい紫色の外骨格で覆っていて、黒曜石のような複眼からは「己の意志」といったものが感じられず「種族の習性」のみで行動しているのが容易に見てとれた。

 

 そんな巨大な蟻の魔物が少なくても二十匹以上。そして現在蟻の魔物の集団は恐らく熊だと思われる大型の獣の死骸に群がって「ガリッ! ゴリッ!」といった石を砕く様な音を立てながら黙々と死骸の肉を喰らい、血をすすっていた。

 

 普通の人間であれば嫌悪感を抱きそうな光景であったが、幸いにもここにはこの程度の光景を見た程度で気分を害したり騒いだりする者はおらず、蟻の魔物の集団を見ながらヒスイが自分の仲間達に訊ねる。

 

「あの魔物達を退治するのですか?」

 

「ええ、そうですよ。あれが最近、この山で増えてきた魔物で間違いありません」

 

「確か名前は悪食蟻だったかな?」

 

 霊亀の魔女の疑問に、事前に隠れ里の猫又達から魔物の情報を聞いていたリリアとアルハレムが答え、ツクモがそれに頷いてみせる。

 

「その通りでござる。悪食蟻はその名の通り目に付いたものは何でも食すという魔物で、そうして得た栄養は腹部に溜め込み、逆に毒素は毒液にしてあの外骨格から分泌するというかなり頭のいい魔物でござるよ。この辺りでは中央大陸のゴブリン並みに数が多くて出現率が高いでござるな」

 

「中央大陸でいうゴブリンか……。なんだかアッチに方がゴブリンよりずっと強そうで厄介そうなんだけど」

 

 ツクモの説明にアルハレムが悪食蟻の集団を見ながら呟く。

 

 猫又の魔女の話が本当なら、あの悪食蟻は別の場所にまだ多くの仲間がいる上に攻撃には毒があることになる。悪食蟻とゴブリンのどちらが厄介かと言えば前者であろう。

 

「とにかくあの蟻達はここで退治しておいた方がよさそうだな。……皆、行くよ」

 

『はいっ!』

 

 アルハレムが声をかけるとリリアを初めとした彼の仲間達は悪食蟻に気づかれないくらいに音量で揃って返事をした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百二十三話

「まずはヒスイ。頼むぞ」

 

「分かりました。…………………………はい。できましたよ」

 

 アルハレムに声をかけられたヒスイは、今も熊の死骸を貪り食べている悪食蟻の群れに向けて数秒間意識を集中させてから返事をした。今彼女は結界を作り出す霊亀の種族特性「拒絶の家と束縛の庭」によって悪食蟻の群れを目に見えない結界の檻に閉じ込めたのだった。

 

 これで悪食蟻の群れがこちらに向かってくることも逃げることも出来なくなったのを確認したアルハレムは次にリリアに声をかける。

 

「リリア。輝力をくれ」

 

「はい♪ お任せください♪ ……ん」

 

 主である魔物使いの青年の言葉にサキュバスの魔女は顔に喜色を浮かべると自分の唇をアルハレムの唇に重ねた。

 

「ん、ん……♪ んん……♪」

 

 アルハレムの口の中でリリアの舌が蛇のように動き回り、魔物使いの青年は快感を感じると共に自分の体の中に暖かい力が流れ込んでくるのを感じた。それはサキュバスの種族特性「命と力の移動」によって渡された彼女の「輝力」であった。

 

「……よし、これで大丈夫だろう。ありがとう、リリア」

 

「あん。もうちょっとしていたかったのですが……」

 

「それはすまなかったな。ルル、ツクモさん、一気に終わらせるぞ」

 

「分かっ、た」

 

「了解でござる」

 

 アルハレムが名残惜しそうな表情するリリアから離れて言うと、それだけでグールと猫又の魔女は全てを理解した表情で頷く。そしてその直後に魔物使いの青年の腰から女性の声が聞こえてくる。

 

「私のことも忘れないでください。マスター」

 

「悪かったよ、アルマ。それじゃあ三人とも行くぞ」

 

 自分の腰に差しているインテリジェンスウェポンのアルマに謝罪したアルハレムは、二人の魔女と一緒に行動を起こした。

 

「疾風鞭!」

 

「疾風斬」

 

「にゃっ! 紫光弾でござる!」

 

 アルハレムの鞭とルルの剣から輝力によって形作られた飛ぶ斬撃が、ツクモの手から紫色の光を纏った手裏剣が放たれて、それらは悪食蟻達の外骨格に覆われた体をいとも容易く切り裂いて貫いていく。

 

「………?」「………!」「………? ………!?」

 

 ここにきてようやく悪食蟻の群れは自分達が襲われていることに気付くが気づいた時にはもう遅い。初撃で死ななかった悪食蟻達は急いでその場から離れようとするが、ヒスイの結界の檻に閉じ込められた状態では逃げ出す事すらできず、出来ることといえばその場でパニックを起こした様に蠢く事だけである。

 

 そこからは単なる作業だった。

 

 風の刃と光の刃が放たれる度に一ヶ所に固まった蟻の魔物達は数を減らしていき、三度目の攻撃で悪食蟻の群れは全て退治された。

 

「……呆気ないわね。お兄様が危険な目に遭わなかったのは良かったけど、私も少し暴れたかったわ」

 

 少し不満そうに言うアリスンにアルハレムは苦笑する。

 

「それを言ったらアリスン達も危険な目に遭わなくて良かったじゃないか。それよりも早く目的の山草を……」

 

「何やら騒がしいと思ったら貴方達は何者ですか?」

 

 アルハレムの言葉を若干不機嫌そうな少女の声が遮る。

 

 声がした方を見てみると、そこには金髪に整った容貌をした十歳前後くらいの少年少女が数人立っていて、ツクモはいきなり現れた子供達の姿を見て呟く。

 

「エルフ達でざるか」

 

 ツクモの言う通り少年少女達をよく見てみれば、彼らの顔の横にはエルフの特徴ともいえる先が尖った細長い耳が見えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百二十四話

「エルフの子供?」

 

「にゃ~、外見で判断しては駄目でござるよ。エルフ達は寿命が長い代わりに体の成長もゆっくりで、あれでもアルハレム殿よりも歳上でござるよ」

 

 アルハレムの呟きにツクモが訂正をする。

 

 猫又の魔女が言う通りエルフは、人間種に属する五つの種族の中で最も寿命が長いと同時に体の成長が遅い種族として知られている。エルフ達は最初、ヒューマンの半分のスピードで体が成長するのだが外見が二十代くらいになると成長するスピードは更にその半分、ヒューマンの四分の一となるのだ。

 

 そのため種族全体で容姿が整っている上に若い姿を長期間保っていられるエルフは、この世界で最も美しい種族と呼ばれているのであった。

 

「猫又……。それに私達のことを知らないってことはこの辺りの人間じゃない?」

 

 ツクモ、そして彼女と話しているアルハレムを見て、エルフの集団でリーダー格らしい外見は少女のエルフが疑問を口にする。

 

「その通りでござる。ここにいるアルハレム殿は中央大陸の……」

 

「貴女には聞いていないわ。黙りなさい、猫又が!」

 

「……にゃ?」

 

 猫又の魔女が自分の主である魔物使いの青年を紹介しようとすると、少女の姿をしたエルフが怒鳴るように言葉を遮る。その言葉からは隠しよのない嫌悪の感情が感じられ、見れば他のエルフ達も嫌悪の感情がこもった視線をツクモやアルハレム達に向けていた。

 

「私はこの周辺の領地を治めているエルフの領主シンの娘リン。……それで? 貴方の名前を聞いても?」

 

「俺はアルハレム・マスタノート。中央大陸にある国、ギルシュから来たギルシュの勇者だ。そしてここにいるのは俺の仲間達だ」

 

 少女の姿をしたエルフ、リンに名前を訊ねられてアルハレムが名乗ると、それを聞いたリンの片眉が上がる。

 

「中央大陸から来たギルシュの勇者? ……それであれは貴方達がやったの?」

 

 そう言ってリンが視線を向けたのはつい先程アルハレム達が退治した悪食蟻の死骸の山だった。特に隠す事でもなかったのだ魔物使いの青年は質問に答える事にした。

 

「ああ、そうだ。ついさっき俺と俺の仲間で退治した」

 

「……そう。私達も最近数を増やしている悪食蟻を退治しにきたのだけど、貴方達が退治してくれたのね。ありがとう。お陰で助かったわ」

 

 悪食蟻を退治したアルハレム達にリンは感謝の言葉を述べるが、棒読みで実際には感謝の気持ちなど欠片も無い事は明らかだった。

 

「でもこれで貴方がここにいる理由は無くなったでしょ? 用が済んだのだったら早くこの森から出ていってくれないかしら?」

 

「……何?」

 

 口調こそ丁寧ではあったが内容は完全にこちら見下したリンの言葉にアルハレムが眉を僅かにしかめる。

 

「さっきも言ったと思うけど、この周辺は私の父が治めている私達エルフの土地なのよ。……はっきり言ってそこに貴方達のようなエルフ以外の人間の種族や猫又がいるのは目障りなのよ。分かったら……ひっ!?」

 

 強気な態度でアルハレム達に言葉をぶつけていたリンだったが、その途中で小さい悲鳴を上げて言葉を止めた。

 

『…………………』

 

 リンが悲鳴を上げて言葉を止めた理由は、アルハレムとツクモの背後にいるリリアを初めとする彼の仲間達の視線だった。自分の主、または兄を明らかに見下した少女の姿をしたエルフの言葉は魔女達と戦乙女の怒りを買い、強大な力を持つ彼女達の怒りの視線はエルフ達に恐れを懐かせるには充分すぎた。

 

「う……! と、とにかく早く中央大陸に帰ることね! 皆、行くわよ!」

 

 リリア達の怒りの視線によってすっかり気圧されてしまったリンは青い顔をしてそれだけを言うと仲間のエルフ達を連れて立ち去っていった。そしてリン達の姿が見えなくなってしばらくした後、リリアが不満気な表情で口を開いた。

 

「全く何なんですかあのエルフ達は? アルハレム様に向かってあんな失礼な事を言うなんて。アルハレム様が止めなかったら全員骨の十本か二十本へし折っていたのに」

 

 リリアの物騒な言葉にアルハレムとツクモ以外の全員が頷く。実際魔物使いの青年が視線で止めていなかったら間違いなく彼女達はエルフ達に襲いかかっていただろう。

 

 そんな戦乙女の妹と魔女の仲間達に魔物使いの青年はため息を吐いて言葉をかける。

 

「落ち着けってお前達。あのリンってエルフの言葉が本当だったら、この辺りを治めているエルフと事を構えるのはまずいだろう? ……それにしてもあのエルフ達、やけに俺やツクモさんを敵視していたな? エルフはヒューマンや猫又と和解したんじゃなかったのか?」

 

「にゃ~、それなんでござるが……」

 

 アルハレムの漏らした言葉にツクモが言い辛そうに口を開いた。

 

「これは最近隠れ里で聞いた話なのでござるが、どうやらツクモさんがマスタノートに行っていた十年の間にエルフ達の一部に変な動きが出始めたらしいのでござる」

 

「変な動き?」

 

「そうでござる。今は一線を退いたエルフの長老達が若手のエルフ達に何やら吹き込んでいるらしいのでござるよ。……そしてその、エルフの長老達というのがエルフこそが至上の種族と信じて疑わない者達で……」

 

 僅かにヒスイの方を見ながら言うツクモを見てアルハレムは全てを理解した。

 

「なるほど。確かにそんな長老達の影響を受けたら、あのリンとかいうエルフ達がああなるのも当然ですね。……はぁ」

 

 ツクモの態度から察するに、恐らくは百年以上前にヒスイを拐ってマスタノート領に魔物を生み出す森が作り出したのにも、そのエルフの長老達が多少は関わっているのだろう。

 

 しばらくはここにとどまるつもりであったアルハレムだが、そうなると隠れ里の猫又達の誘惑に加えてあのリン達のようなエルフに関わっていくことになると思うと魔物使いの青年からため息が漏れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百二十五話

アルハレムやリリア達の人物紹介は第百話で書いています。


☆アルマ

 

 アルハレムが仲間にした六人目の魔女であると同時にアルハレム専用の武器。

 アルハレムがクエストブックに記された十回目の試練を達成した時、現世に降臨した女神イアスが彼に与える特別報酬(冒険者はクエストブックの試練を十回達成する度に女神イアスより神力石以外の特別な報酬を与えられる)としてアルマを創造した。

 元々アルハレムは特別報酬に強力な武器を求めていたのだが、女神イアスとアルマ本人によれば「魔物使いの冒険者であるアルハレムにとっての武器とは使役する魔物である」とのことらしい。

 

 種族はインテリジェンスウェポン(魔女)。

 女、零歳。

 外見は基本的にロッド(硬鞭)なのだが、状況に応じて剣、槍、斧、弓、手甲、投擲具といった様々な形状の武具に形を変えることができ、更にはアルハレムそっくりの姿や魔女の姿になる事もできる。

 魔女の姿は十七、八歳くらいの全身に鱗のような刺青がある褐色の女性。ただしこの姿の時は衣服の類を着るのを嫌がり、常に裸でいる。

 髪と目の色は銀と金。

 

 名前のアルマは「武器」という意味。

 自分の呼び方は「私」で、アルハレムの呼び方は「マスター」。

 

 

 

☆レム

 

 アルハレムが仲間にした七人目の魔女。

 女神イアスが創造したダンジョンの一つ「天空の乙女像」のダンジョンマスター。

 ダンジョンを突破して現れたアルハレムと戦って敗れた後、彼に仲間になるように誘われ、そのままアルハレムに従う魔女の一人となった。

 レムの血はあらゆる傷と病を癒し、ヒューマン以外の種族なら死者も蘇らせる霊薬「エリクサー」なのであるが、その血がエリクサーとしての効能を得るには彼女の魂を宿す必要がある。つまりレムからエリクサーを得るということは、彼女を命を奪うということである。

 そしてレムからエリクサーを得ると、ダンジョンマスターを失ったダンジョン「天空の乙女像」は機能を失って空から墜落することになり、そうなるとよほどの幸運に恵まれていないかぎり生還は不可能。その事を考えるとレムを倒さずに仲間にしたアルハレムの判断はむしろ英断といえる。

 ダンジョン「天空の乙女像」は空を飛ぶ船という外見をしているため、レムはダンジョンのことを「豪華客船エターナル・ゴッデス号」と呼んでいるのだが、周囲の人間からは「さまよえる幽霊船」と呼ばれており、本人はその事に強い不満を感じている。

 

 種族はゴーレム(魔女)。

 女、年齢不明。

 外見は黒の水着の上に船の船長が着るようなコートを羽織っていて、首と両腕に何本もの鎖が繋がっている首輪と腕輪をつけている。

 髪と目の色は金と蒼。

 

 自分の呼び方は「私」で、アルハレムの呼び方は「ご主人様」。

 

 

 

☆シレーナ

 

 アルハレムが仲間にした八人目の魔女。

 元々は一人で気ままな旅をしていたのだが旅先でウィンと出会って一緒に旅をするようになり、その後偶然レムのダンジョン「天空の乙女像」を見つけてそこで居候することになる。

 長い間ダンジョン「天空の乙女像」に挑戦する者が現れないことに悲しむレムに同情し、たまたま目をつけたアルハレムをウィンと共にダンジョンに招き入れる(拉致したとも言う)。そして魔女のアルマと協力してダンジョンに挑むアルハレムに興味を懐き、ダンジョン攻略後に彼の仲間となる。

 

 種族はセイレーン(魔女)。

 女、三歳。

 外見は踊り子が着るような衣装を着ているのだが、両腕が翼のシレーナがどの様に衣装を着るのかは不明。

 髪と目の色は水色と金。

 

 自分の呼び方は「アタシ」で、アルハレムの呼び方は「アルハレム」。

 

 

 

☆ウィン

 

 アルハレムが仲間にした九人目の魔女(正確には魔女ではなくドラゴンメイド)。

 元々はとある山奥でのんびりと暮らしていたがシレーナと出会った事をきっかけに彼女と一緒に旅をするようになり、偶然レムのダンジョン「天空の乙女像」を見つけてそこで居候することになる。

 ドラゴンの一族は全て宝石や貴金属、珍しい宝に目がなく、アルハレムがクエストブックを持つ冒険者であると知ったウィンは神力石目当てで彼の仲間になる。

 ドラゴンメイドは極稀にドラゴンから産まれる突然変異で、「人間の女性に似た姿」と「輝力が使える」という魔女と同じ特徴を持つ。ウィンはワイバーンから産まれたドラゴンメイドで、ワイバーンはドラゴンの一族から見れば下位なのだが、輝力を使ったウィンは力だけで言えば上位のドラゴンに匹敵する。

 

 種族はワイバーン(ドラゴンメイド)。

 女、年齢不明。

 外見はシレーナが着ている衣装によく似ている……というより彼女の衣装をいいなと思ったウィンがそのまま真似た踊り子のような衣装。

 髪と目の色は深紅と金。

 

 自分の呼び方は「アタイ」で、アルハレムの呼び方は「アルハレム」。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百二十六話

「はぁ……まいったな……」

 

 猫又一族に頼まれた薬草の採取を終えてから一ヶ月後。アルハレムは猫又一族の隠れ里にある自分達の滞在用と用意された家の中でため息を吐いた。

 

 魔物使いの青年の周りはとても静かだった。

 

 いつもであればアルハレムの周りには彼の妹やら彼に従っている魔女達が少なくても二、三人はいて、先程のため息を吐いた時に同情したり慰めようとしたりする声が出て場が騒がしくなるのだが、今日は珍しく彼の周りには誰もいなかった。

 

 家の中で一人、「タタミ」と呼ばれる植物製の床に座るアルハレムは、側に置いてあった陶器の杯を手に取るとそこに入っていた「リョクチャ」というこの地方の飲み物を飲む。リョクチャは中央大陸の飲み物にはない独特の渋みがある飲み物だが、アルハレムはこの渋みが気に入っていた。

 

「はぁ……」

 

「どうしたのでござるか、アルハレム殿? ため息なんか吐いて」

 

 アルハレムがリョクチャを一口飲んでからもう一度ため息を吐くと彼に従う魔女の一人、この隠れ里の出身である猫又のツクモがいつの間にか同じ部屋に入っていた。

 

「ツクモさん」

 

「にゃん♪」

 

 ツクモはアルハレムの側に座るとそのまましなだれかかって、更には自分の尻尾を魔物使いの青年の腕に絡ませる。珍しく自分の主を独占できた猫又の魔女は笑顔を浮かべて上機嫌な声で鳴く。

 

「ため息なんか吐いていると幸せが逃げるでござるよ、アルハレム殿。何か心配事でもあるでござるか?」

 

「いえ……。心配事と言うより少し精神的に疲れていただけですよ」

 

 体を密着させながらこちらを見上げてくるツクモにアルハレムは僅かに苦笑して答え、それに猫又の魔女が首を傾げる。

 

「にゃ? 精神的に疲れた、でござるか?」

 

「ええ。あの、リンというエルフのことでちょっと……」

 

「にゃ~……。なるほど……」

 

 アルハレムから出た「リン」という名前を聞いてツクモは納得したように頷いた。

 

 一ヶ月前の薬草の採取の時に、アルハレム達は薬草が生えている場所を荒らしていた悪食蟻という魔物の群れを退治したのだが、悪食蟻の群れを退治した直後に同じく悪食蟻の退治を目的に山に入ってきたエルフの集団が現れたのだ。そしてそのエルフの集団のまとめ役だったのが、山のある周辺を治めるエルフの領主の娘リンであった。

 

「この一ヶ月でもう何回もリンと顔を会わせて、それでその度に問題が起きたでござるからなぁ……」

 

「そうなんですよね……」

 

 しみじみと言うツクモにアルハレムが疲れたように頷く。

 

 初めてリンと出会った日から今日までの一ヶ月間、アルハレム達は猫又一族の隠れ里に滞在していた。その間彼らは、魔物使いの青年が持つクエストブックに表れる「猫又と霊亀の一族の仕事を手伝う」というクエストを達成するために、魔物退治や物資の運送等といった猫又と霊亀の一族から頼まれた仕事を何件も請け負ってきた。

 

 しかしどういうわけかアルハレム達が猫又と霊亀の一族の仕事を請け負うと、仕事の先で必ずリンが率いるエルフの集団と出会すのだ。しかもリンと彼女が率いるエルフの集団は猫又と霊亀の一族に敵意と言っても過言ではないよくない感情を懐いているらしく、その悪感情は猫又のツクモと霊亀のヒスイを仲間にしているアルハレム一行にまで及んだ。

 

 リン達エルフの集団は仕事先で出会ってはアルハレム達に嫌みを口にして、それにリリアを初めとする魔女達が怒りそうになる。しかし相手はエルフの領主の娘で手荒な行為に出ることは出来ず、結果としてアルハレムが必死になってリリア達魔女をなだめることになり、魔物使いの青年はこの一ヶ月でかなり疲れ果てていたのだった。

 

「何と言うかアルハレム殿の周りには良くも悪くも個性が強い女性ばかり現れるでござるな」

 

「はは……。そうかもしれませんね……」

 

 ツクモの言葉にアルハレムは乾いた笑みを浮かべる。

 

 この時魔物使いの青年は自分に寄り添っている猫又の魔女に「それは貴女も同じですよ」と心の中で思ったが、それは言わないことにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百二十七話

「それでツクモさん、他の皆はどこに行ったんですか?」

 

 アルハレムは今ここにいない妹や魔女達が何処にいるかツクモに聞いた。普段ならば朝目覚めた時から夜に眠る時まで側にいる彼女達だったが、今日は朝になるとすぐに何処かに行ってしまったのだ。

 

「ああ……。皆だったら調合場でござるよ」

 

「調合場?」

 

 魔物使いの青年は猫又の魔女が言った聞き覚えのない言葉に首を傾げる。

 

「そうでござる。そういえばアルハレム殿は知らなかったでござるか? 調合場は隠れ里の奥にある小屋で、猫又一族が仕事等で使う薬やら薬草は全部そこで作っているのでござるよ」

 

「そうなんですか。それで皆はその調合場で何を作っているんですか?」

 

「これでござるよ」

 

「それは……なるほど……」

 

 そう言うとツクモはアルハレムが愛用している煙管を見せて、それを見たアルハレムが全てを理解した表情となって納得した。その煙管は魔物使いの青年にとってとても重要なもので、それこそ彼の命を守る命綱と言っても過言ではなかった。

 

 今ここにいるツクモを初めとした九人の魔女(一人は魔女ではなくドラゴンメイドなのだが)と毎晩肌を重ねているアルハレムなのだが、本来魔女と肌を重ねるというのは自殺行為以外の何物でもないのだ。

 

 魔女は肌を重ねた際に相手の異性の【生命】を大量に吸収して、一度か二度肌を重ねるだけで相手を殺してしまう。アルハレムは固有特性によって超人的な【生命】を持っているため一度や二度リリア達と肌を重ねても死にはしないが、それでも九人の魔女達と連続で肌を重ねていればすぐに【生命】が尽きて死んでしまうだろう。その為に魔物使いの青年は、魔女達と肌を重ねる合間に猫又一族秘伝の薬草を煙管につめて煙草のように吸って【生命】を回復させていた。

 

 ちなみに一ヶ月前に採取した薬草はこの【生命】を回復させる薬草を調合するためのものなのだが、調合に使えるようするには乾燥させたり日の当たらない場所で寝かせたりする等の一ヶ月くらいかかる下準備が必要らしい。つまりここにいるツクモ以外の魔物使いの青年の仲間達は、一ヶ月の下準備が終わり薬草が調合に使えるようになったので早速、彼の為の薬草を作る為に調合場に行っているということだった。

 

「でもリリア達って薬草の調合とかできるのですか?」

 

「できるでござるよ。何しろ皆、必死になって薬草の調合法をツクモさんや隠れ里の猫又達に教えてもらって、特にリリアなんて薬草の調合法の他に、調合が凄く難しい超強力な媚薬の作り方も覚えていたでござるよ。だからアリスン殿もリリアが変なもの作らないようにと調合場に見張りに行っているのでござる」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 猫又の魔女から自分の仲間達の異常なまでのやる気を聞かされて魔物使いの青年は僅かに顔をひきつらせた。

 

「アルハレム殿。リリア達が必死になって薬草の調合法を学んだ理由は当然分かっているでござろう?」

 

 突然ツクモが妖しい笑みを浮かべてアルハレムを見る。

 

 同じ種族の雌しか産まれない魔女は種の存続の為に性欲が非常に強い。それを九人も従えているアルハレムは猫又一族の薬草を使うことでなんとか平等に彼女達を愛することができていたのだが、以前使っていた薬草は一ヶ月以上前にすでに底をついていたのだった。

 

 命の危険を回避する為に、今日までアルハレムが一晩に肌を重ねられる魔女の人数と回数は激減しており、その事にリリアを初めとする魔女達は強い欲求不満を感じていた。

 

 リリア達が猫又達から薬草の調合法を学び、今も率先して朝早くから薬草の調合を協力しているのはつまり「そういうこと」なのであった。

 

「アルハレム殿……。今日は……寝かせないでござるよ……」

 

「ツクモさん……。その台詞、普通男が女に言うものじゃないんですか?」

 

 妖しい笑みを深くし、もはや妖艶といった雰囲気を放つツクモに、アルハレムは冷や汗を流しながらそう答えるのが精一杯であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百二十八話

「それじゃあ……そろそろ始めるでござるか?」

 

「え? ツクモさん? 始めるって何を……って、ええっ!?」

 

 シュルル。パサッ。

 

 突然自分の前に回り込んだツクモにアルハレムが声をかけようとすると、猫又の魔女は突然服を脱ぎだして自身の裸体を露わにする。

 

 引き締まった四肢。鍛え抜かれた筋肉と丸みを帯びた柔らかな肉が同居する胴体。そして胸元にたわわに実った二つの巨峰。

 

 男は勿論、女性から見ても一種の理想で、何度も見慣れたはずのアルハレムでも興奮を禁じ得ないツクモの裸体に、魔物使いの青年は驚いて思わず視線を逸らした。

 

「つ、ツクモさん? いきなり服なんか脱いで一体どういうつもりですか?」

 

「にゃふふ♩ どういうつもりも何もそんなの決まっているでござろう?」

 

 妖艶な笑みを浮かべたツクモが自分の顔をアルハレムの顔に近づける。

 

「今夜は性欲が溜まりに溜まったリリア達が全員でアルハレム殿が搾りカスになってもなおも搾り取ろうとするのは間違いないでござる。だから今のうちにツクモさん一人だけで楽しませてもらおうと思ったのでござるよ」

 

「い、いや、それはまずいでしょう? こんな事がバレたらリリア達が怒り狂うのはツクモさんだって知っているは……むがっ!?」

 

「にゃん♪」

 

 何とかツクモを止めようと説得しようとするアルハレムだったが、話している途中で魔物使いの青年は顔に乳房を押し付けられて言葉を遮られ、乳房を押し付けた本人である猫又の魔女は短く艶かしい声を上げた後で楽しそうに笑う。

 

「にゃはは。その時はその時でござるよ。……それにアルハレム殿の『ここ』は満更でもなさそうでござるが?」

 

 そう言いながらツクモはアルハレムの股間に手を当てると、手に感じる感触に期待と喜びで胸を高鳴らせた。

 

「これまで数え切れないくらい、それこそ飽きるくらいツクモさんの裸を見たり肌を重ねてきたのに、それでもこんなに反応してくれるとは女として嬉しい限りでござる。では早速服を脱がすところから……」

 

「ツクモ様ここにいましたか……ニャアアアッ!?」

 

 ツクモがアルハレムの服を脱がそうとしたちょうどその時、隠れ里の猫又の一人が家の中に入ってきて目の前の光景に猫の鳴き声の様な悲鳴をあげた。

 

「まったく……。これからって時に無粋な事をしてくれるでござるね。ツクモさんとアルハレム殿はこれからお互いの愛を確かめ合うところなので今すぐこの家から出てしばらく……具体的には二時間くらいこの家に近づかないでほしいでござる。……ああ、ついでにリリア達が調合場から帰ってきたら適当な理由をつけて遠ざけてほしいでござる」

 

「ふざけるんじゃねーですよ!? 私だけじゃなく隠れ里の猫又達全員がアルハレム様にお情けをいただけるのを我慢しているのにツクモ様だけズルいですよ!」

 

 自分の主と肌を重ねるのを邪魔されてツクモが不満げに言うと、家の中に入ってきた猫又は尻尾を膨らませて怒声を上げる。

 

「ズルくなんてないでござるよ。アルハレム殿と肌を重ねる事ができるのはアルハレム殿の僕になったツクモさん達の特権でござる。……それで? この家から出て行かないのだったら何の用でござるか?」

 

「……え? ええ、そうでした。実は今、この隠れ里にアルハレム様に是非お話がしたいと言うヒューマン族のお客様が来ていまして、それでお迎えに来たのです」

 

「俺に客……? それってもしかして……」

 

 ツクモさんに聞かれて猫又はここに来た目的を思い出し、それを聞いたアルハレムは何か思い当たることがあるのか、部屋の隅に置かれている自分の荷物……正確にはその中にあるクエストブックを見たのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百二十九話

 アルハレムに会うために猫又一族の隠れ里を訪ねてきたヒューマンは霊亀の魔女達が暮らしている屋敷に案内されていて、魔物使いの青年と彼に従う猫又の魔女が霊亀の魔女達が暮らす屋敷に行くと、そこで待っていたのは五十代くらいの禿頭の大男だった。その禿頭の大男は、シン国特有の服であるキモノの上からでも分かるほど筋肉を鍛えていて、素手だけで猛獣や魔物を倒せそうな猛者の雰囲気を身にまとっていた。

 

「突然お尋ねして申し訳ない。拙僧、成鍛寺という寺の住職を務めているコシュという者です」

 

 禿頭の大男、コシュはその外見に似合った厳しい声音で挨拶をすると小さく頭を下げた。

 

「コシュ……で、ござるか。なんか、顔とは似合わない可愛らしい名前でござるね?」

 

「ちょっ!? ツクモさん?」

 

 コシュの名前を聞いたツクモが正直な、それでいて聞き様によっては失礼極まりないことを言ってそれをアルハレムが慌てて止めようとするが、コシュは気にした様子も無くむしろ豪快に笑う。

 

「はっはっはっ! 別に構いませぬよ。何しろ幼少の頃から言われ慣れていますからな」

 

「そ、そうですか……ありがとうございます。あの、それで成鍛寺……というか『テラ』とは?」

 

「ふむ……。そう言えば貴殿は中央大陸から来られたそうですな。それでは『寺』について知らないのは仕方がない。寺というのは世界の創造主である女神イアス様の威光を世の人々に広め、それと同時に修行で自身を鍛えることでイアス様の願いである『自らの子が成長する姿』を見せてイアス様に感謝を捧げる場所です。中央大陸にも教会という寺によく似た場所があると聞きましたが?」

 

「成る程。よく分かりました」

 

 コシュの説明にアルハレムは、寺というのは要するに外輪大陸の教会のようなものだと理解する。

 

「それで……貴殿が中央大陸からやって来た冒険者の方でよろしいか?」

 

「はい。自己紹介が遅れてすみません。ええ、俺が中央大陸にある国の一つ、ギルシュ公認の冒険者、勇者のアルハレム・マスタノートです」

 

「おおっ! やはりそうですか! いやっ、女神イアス様より直々に試練を与えられるとは実に羨ましい!」

 

 アルハレムが自己紹介をすると、コシュは熊のように厳めしい表情をほころばせてやや興奮ぎみに言う。

 

「試練?」

 

「クエストブックの事でござるよ、アルハレム殿」

 

「然り。クエストブックに記された試練を挑む事、それは女神イアス様に己の修行の成果をお見せする絶好の機会なのです」

 

 首を傾げるアルハレムにツクモが説明するとコシュがそれに頷く。そして言われてみれば確かに、クエストブックは寺の活動内容を達成するのに最も有効な手段と言えた。

 

「そういうことですか。それでコシュさんは俺に一体何の用なのですか?」

 

「はい。拙僧が今日ここに来たのは、成鍛寺を代表してアルハレム殿にあるお願いをするためなのです」

 

 アルハレムが聞くと、コシュはわざわざ猫又一族の隠れ里にまで足を運んで魔物使いの青年を訪ねた理由を話始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百三十話

「アルハレム殿は知っておるだろうか? 実はこのシン国では数ヵ月前より魔物の活動が活発になっておるのです」

 

「ええ、それは知っています」

 

 コシュが言葉にアルハレムが頷く。シン国各地での魔物の活動の事は、魔物使いの青年も隠れ里の猫又達から聞いていた。

 

「うむ。それならば話が早い。自慢ではないが拙僧を初めとする成鍛寺の僧は日頃の修行により、そこらの兵士よりも武の心得がある。ですので近隣の村が魔物の被害に遭えば、魔物を退治して村を守る手伝いをしておるのです」

 

(へぇ……。教会とは随分と違うのだな)

 

 話を聞きながらアルハレムは内心で感心する。中央大陸の教会にも神官戦士という僧兵がいるが、彼等は教会からの指示を実行するのみで、コシュのような寺の僧のように自ら率先して村を守ろうとする者は全くいないとは言わないが、それでもごく少数だろう。

 

「そして今から半月程前、とある村を襲う魔物を拙僧が数名の僧と共に退治した時、その村に訪れた行商人から複数の魔女を従えた異国の冒険者の話を聞いたのです。更に詳しい話を聞いてみると、異国の冒険者が従える魔女達の中には猫又の姿もあったらしく、その事からこの猫又一族の隠れ里を訪れた次第です」

 

「……ああ、それは多分俺ですね」

 

「そのようでござるね。だったら猫又はツクモさんのことでござろう」

 

 アルハレムとツクモはコシュの話に出てきた複数の魔女を従える冒険者と、それに従う猫又が自分である事を認める。言われて思い返してみれば以前、魔物使いの青年は仲間の魔女達と猫又一族の隠れ里の外に出た時に、魔物に襲われていた行商人を助けた事があった。

 

 どうやらその時に助けられた行商人が偶然コシュと出会い、アルハレム達の事を話したようだ。

 

「やはりそうでしたか。……アルハレム殿。クエストブックに選ばれた冒険者は女神イアス様より一つ特別な力を与えられると聞きます。そして複数の魔女を従える貴殿が与えられた力というのは『魔物使い』の力ではないでしょうか?」

 

「ええ、そうですが?」

 

 今までの話の流れから充分予想できる話であるし、別段隠す様な秘密でもないのでアルハレムが正直に話すとコシュは安堵した表情となって頷いた。

 

「良かった。それならば何とかなるかもしれぬ」

 

「……? コシュさん、それはどういう意味ですか?」

 

 アルハレムが聞くと、コシュは両手を床について魔物使いの青年と猫又の魔女に向けて頭を下げた。

 

「……アルハレム殿。ここで最初の話に戻らせていただきます。最近のシン国の魔物の活性化はその昔、成鍛寺とエルフ達が協力して封印したとある魔物、それの封印が解けかけている影響なのです。この国の騒ぎをおさめる為に貴殿のその魔物使いの力を拙僧達にお貸しください」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百三十一話

「ほうほう、なるほどなるほど……。私達がいない間にそんなお客様が来ていたのですか」

 

 コシュが猫又一族の隠れ里に訪れた日の夜。アルハレムが薬草作りを終えて家に帰ってきた仲間達にコシュとの会話の事を話すと、リリアが桃色の髪を揺らしながら納得の表情で頷いた。

 

 ちなみにコシュの姿は今ここにはなかった。

 

 昼間のコシュの話を聞いたアルハレムは「他の仲間達と相談をして明日に返事をする」とコシュに言って、今日のところはツクモに頼んで用意してもらったこことは別の客人用の家に泊まってもらっていた。

 

「それにしてもそのコシュとかいう人、お兄様にお願いをしに来るなんて、中々見る目があるじゃないの」

 

「……でも、少し、分から、ない、ところ、ある」

 

「………?」

 

 自分の兄が認められたのがよほど嬉しいのかアリスンが満足気に胸を張る横でルルが考えるように言い、グールの魔女の言葉にレイアが首を傾げる。そして疑問を抱いたのはラミアの魔女だけではなく、この場にいる全員の視線がルルに集まる。

 

「コシュ、という人、が、何とか、したい、魔物、他の魔物、を、凶暴に、する。それを、相手に、する、のに、何故、魔物使いの、我が夫、に、協力を? 最悪、ルル達、凶暴に、なって、暴れる、危険、ある」

 

「……………………!」

 

 仲間達の視線を受けてルルが途切れ途切れの言葉で自分の感じた疑問を口にすると、それを聞いた戦乙女と数名の魔女達がハッとした表情となる。

 

「……言われてみればそうですね」

 

「にゃ~……確かに一月前に戦った悪食蟻達はそれ以前の悪食蟻よりも凶暴だったようなそうでなかったような……?」

 

 ルルの言葉にヒスイが呟き、ツクモが過去の記憶を呼び起こしながら自信なさ気に言う。

 

「確かにそれだったら尚更、魔物使いのアルハレムに協力を求めるのは変な話よね?」

 

「そうだねぇ。万が一、ルルの言う通りアタイ達が凶暴化して暴れたら目も当てられないからねぇ」

 

 ツクモの言葉を聞いてシレーナが首を傾げて、ウィンがどこか面白がるように言う。

 

 ウィンが言うようにアルハレムが従えているのは、輝力を使うことができて魔物の中でも上位の実力を持つ魔女ばかりだ。それがもし凶暴化して暴走などしたら街の一つや二つ、すぐさま壊滅するだろう。

 

「しかしマスターはその危険性について既に気づいてますよ? そうですよね、ツクモさん?」

 

 それまでロッドの形態でアルハレムの腰に収まって話を聞いていたアルマが口を挟むと、仲間達の視線がアルマに集まって、次にアルハレムとツクモに向けられる。

 

「お兄様、ツクモ? そうなの?」

 

「ああ。俺もその事が気になってコシュさんに聞いてみたけど……」

 

「それは頼み事を聞いてくれなければ教えられないって言われたでござるよ」

 

 アリスンに聞かれてアルハレムと、コシュとの話し合いの場に一緒にいたツクモが答えた。

 

「それでアルハレム様は一体どうするおつもりなのですか?」

 

「……俺は、コシュさんの依頼を受けようと思う。これのこともあるからな」

 

 アルハレムはそう言うと自分の横に置いてあった本、クエストブックを手に取って開き、開かれたページに記された文章は皆に見せた。

 

 

【クエストそのじゅうきゅう。

 そとからやってきたひとのおねがいをかなえてあげること。

 わざわざたよってきたひとのおねがいはぜひきいてあげましょう。

 それじゃー、あときゅうじゅうにちのあいだにガンバってください♪】

 

 

 クエストブックに記された新たな試練。それが今まで話していたコシュからの依頼を解決する事であるのは明らかであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百三十二話

 魔物使いの冒険者アルハレムとその妹アリスン、そしてリリアを初めとする彼が従える魔女達の一行は、基本的に何時でもどんな所でも全員で寝食を共にしている。

 

 普通、冒険者や行商人のように各地を旅をしていて街で寝泊まりするより野宿をする方が多い者達の一行は、食事や睡眠の時には獣や魔物、あるいは野盗の襲撃を防ぐために交替で見張り役を立てるものである。しかしアルハレムの一行は、メンバーのほとんどが並の獣や魔物を遥かに上回る危険察知能力と不意の襲撃にも充分対抗できる戦闘能力を持つ魔女な上、移動手段が世界に二つともない空を飛ぶ帆船という規格外な一行であるため、そのような常識はあてはまらなかった。

 

 そしてこの冒険者の一行で朝、最初に目覚めるのは決まって一行のリーダーである魔物使いの青年だった。

 

「……ん。………。……………はぁ」

 

 コシュの来訪の翌日。いつも通り仲間達の誰よりも先に目を覚ましたアルハレムは、少しの間をおいて寝ぼけていた頭をハッキリとさせると自分の周囲の惨状にため息を吐く。

 

 今アルハレムがいるのはエターナル・ゴッデス号にある彼の寝室……いや、正確に言えば「彼ら」の寝室であった。寝室は十人以上の大人が眠れる巨大な寝台が部屋の四分の三を占めていて、寝台の上には魔物使いの青年とその仲間達が全員何も身に付けていない全裸で眠っており、寝台の下には十一人分の衣服が散乱していた。

 

 更によく見れば寝台で眠っている十人の魔女と戦乙女は、全身を何らかの液体で汚したなんとも言えない色香を漂わせる姿で恍惚とした寝顔を浮かべている。これだけを見れば昨夜、この寝台の上でどの様な光景が広がっていたか想像に固くないだろう。

 

「……………はぁ」

 

 しかしそんな夢のような時間を独占していたアルハレムはただ疲れきった表情で二度目のため息を吐く。

 

「昨日は酷い目に遭った……。危うく色々な意味で干からびるところだった。全く、皆ももう少し加減をしてくれって……まあ、調子に乗った俺も悪いんだけどさ……」

 

「ふふっ♪ おはようございますアルハレム様♪」

 

「おはようございますご主人様。……あっ!?」

 

 アルハレムが「色々」の部分に力を込めて愚痴を言っていると、いつの間にか起きたリリアとレムが挨拶をしてきた。そしてその時にサキュバスの魔女は、魔物使いの青年の背中に自分のたわわに実った乳房を押し付けて「ふわぁ~、朝からアルハレム様に奉仕できるなんて幸せですぅ」と甘い声を出し、それを見たゴーレムの魔女が短く羨むような声を上げる。

 

「おっ!? ……って、リリアとレム? おはよう。もう起きたんだ? と、というかリリア? そろそろ離れろよ」

 

「はい♪ 嫌です♪」

 

 むき出しの背中に伝わってくるもはや馴染み深いと言ってもいい柔らかな感触にアルハレムが若干興奮を覚えながら言うと、言われたリリアは笑顔を浮かべて即答し、それどころか更に密着して魔物使いの青年の背中に押し付けていた巨乳を変形させる。

 

「嫌ですってお前……」

 

「それよりもアルハレム様? 先程の愚痴を聞かせてもらいましたけど加減だなんてできるはずがないじゃないですか? 私達、この一月の間ずっと欲求不満だったのですよ? それが昨日ようやく解禁になったのに我慢なんてできませんよ」

 

「そうですね」

 

 アルハレムの抗議を一切無視してリリアが自分の主にどこか咎めるように言い、それを聞いていたレムが頷いて同意する。

 

 この一月以上の間リリア達魔女は、使用者の【生命】を回復する猫又一族秘伝の薬草が切れたせいで一晩につき一人しかアルハレムと肌を重ねることができなかった。それが交わった異性の【生命】を吸い取る魔女共通の特性から魔物使いの青年を守るためだとは分かっているのだが、それでも自分達の主に平等に愛される生活を知ってしまったリリア達にとって今日までの一ヶ月は生殺し以外の何物でもなかったのである。

 

 その為、昨日ようやく新しい猫又一族の薬草を補充できたリリア達は夜、狂ったようにアルハレムを求めた。今までの欲求不満を解消するべく魔物使いの青年の上で腰を振るう魔女達の勢いはかつてないくらい激しく、その激しさは兄を思うあまり毎晩同じ寝台に入るアリスンでさえ思わず気圧されるほどであった。

 

「リリア。お前の言いたいことも分かるけど、それでも昨日みたいなのが続いたら俺の体もせっかく補充した薬草も持たないって」

 

 アルハレムが昨夜のリリア達との交わりがあまりにも激しすぎた為、昨夜の内に補充した薬草を大量に消費したことを言うと、サキュバスの魔女とゴーレムの魔女は心配しなくてもいいと首を振る。

 

「大丈夫ですよ。皆、溜まった欲求は解消できましたし、昨日のような無茶苦茶はしませんって。それに薬草の方も大丈夫ですから。ねぇ、レム?」

 

「はい。実は一月前に薬草の種を分けてもらってエターナル・ゴッデス号の空き部屋を使って栽培をしているんです。ですからこれからは薬草が切れることはないと思います」

 

「……え?」

 

 リリアに話をふられたレムが言うと、初耳だったアルハレムが驚いた顔をする。

 

「薬草の栽培……してるの?」

 

「はい」

 

「……前にツクモさんから聞いた話だとその薬草って決まった土地でしか育たない特別なものらしいけど?」

 

「そこはそれ! 当豪華客船エターナル・ゴッデス号は女神イアス様によって創造された特別なダンジョンですから、それくらい何とでもなります!」

 

 アルハレムの疑問にレムは両手に手を当てて胸を張り、そのリリアより若干小さいが充分実った乳房を震わせて自慢気に答える。そんなゴーレムの魔女の言葉に魔物使いの青年は、目覚めたばかりの時とは別の意味で疲れた表情となり呟いた。

 

「……………はぁ。本当、何でもアリだな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百三十三話

「おおっ! これはまさに絶景ですな!」

 

 空を飛ぶエターナル・ゴッデス号の甲板で下の様子を見たコシュが感極まった声を上げる。

 

「そうですね。俺も初めてここからの景色を見たときは驚きましたよ」

 

「ふふっ。コシュ様。当豪華客船エターナル・ゴッデス号はお気に召したでしょうか?」

 

 コシュの言葉にアルハレムが同意するように頷き、レムが笑みを浮かべながら訊ねると、コシュはゴーレムの魔女に興奮冷めやらぬといった様子で答える。

 

「ええっ! 成鍛寺も山頂に居を構えているのですが、その山より更に高い場所より下界を見下ろすなんて中々できる体験ではありませんからな。いや、流石は偉大なる女神イアス様に創造された伝説のダンジョンの一つ。この様な素晴らしい景色を見せていただき心から感謝いたします」

 

「そ、そんな……。そんな風に褒められると照れてしまいます」

 

 自分が管理しているエターナル・ゴッデス号を惜しげなく称賛されてレムは赤くなった顔を両手で押さえて身をくねらせる。

 

 だがそれはある意味仕方がないだろう。なにしろエターナル・ゴッデス号はレムがアルハレムに従うようになるまで「さまよえる幽霊船」と人々に呼ばれて恐怖の対象でしかなく、この様に称賛されたのは彼女の何百年にもわたる人生(?)でも初めての体験なのだろう。

 

「それにしてもアルハレム殿。この度は拙僧のお願いを受けていただいてありがとうございます」

 

 そう言うとコシュはアルハレムに向けて頭を下げた。

 

 アルハレム達はコシュの依頼を受けることに決めており、魔物使いの青年の一行は今、コシュをエターナル・ゴッデス号に乗せて成鍛寺へと向かっている最中であった。

 

「気にしないでください。俺にもコシュさんの依頼を受ける理由がありますからね」

 

「それはっ!?」

 

 アルハレムがクエストブックを呼び出して言うと、コシュはエターナル・ゴッデス号の甲板から下界を見下ろした時以上に驚き、そして感動した声を上げた。

 

「そ、それが女神イアス様が創造されたクエストブック。まさかこの目で見れる日がこようとは……!」

 

 目を大きく見開き、感動のあまり今にも泣き出しそうな表情でアルハレムの手にあるクエストブックを凝視するコシュ。その姿は欲しくてたまらない玩具を羨む子供のように見えた。

 

「コシュさん? 俺のクエストブックがどうかしましたか?」

 

「あっ、いえ……。醜態をさらしてしまい申し訳ない。拙僧達、成鍛寺の僧が修行をするのは女神イアス様に信仰を捧げるのと同時に、いつクエストブックを手にして冒険者になっても良いように力をつけるためなのです。その為、クエストブックを目にしてつい興奮をしてしまいました」

 

「ああ、成る程」

 

 コシュの態度を不思議に思ったアルハレムだったがその理由を聞いて納得をする。確かに、常日頃から冒険者になれる日を夢見て厳しい修行を行っている者達からすれば、魔物使いの青年が何でもないように見せたクエストブックは正に垂涎の品であろう。

 

 そしてそんなコシュの様子を見てアルハレムは、自分の元にクエストブックが現れて冒険者になったこと。そのお陰で「強くなりたい」という自分の目標が少しずつではあるが叶い、リリアを初めとする仲間達ができた事を幸運に思うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百三十五話

 移動手段にエターナル・ゴッデス号を用いたアルハレム達の一行は、猫又一族の隠れ里を出発して僅か半日の時間で成鍛寺に着いた。ちなみに徒歩で成鍛寺から猫又一族の隠れ里にやって来たコシュは辿り着くまでに丸五日かかり、この異常とも言える短時間で帰ってこれた事に大きく驚いていた。

 

「ここが成鍛寺……凄く大きいですね」

 

「はっはっはっ。そう言っていただけると拙僧も嬉しく思いますすぞ。この成鍛寺はシン国中の女神イアス様を強く敬う者達が集まり、長い月日をかけて造った場所。つまりこの寺もまた、拙僧達の女神イアス様に対する信仰の形の一つなのです」

 

 成鍛寺に着くと今度はアルハレムが驚き、それにコシュが笑いながら誇るように答える。

 

 アルハレムの言う通り成鍛寺は山頂に建てられた寺であるにも関わらずまるで小さな城のようなの広さがあり、大きな街の広場くらいはある境内ではコシュと同じような格好をした大勢の僧侶達が今も熱心に修行に打ち込んでいる最中であった。

 

 ある十数名の僧侶達は武術の型と思われる動きを何度も何度も繰り返し、またある十数名の数組の僧侶達は二人一組となって組手を行っていて、どの僧侶達も成鍛寺の住職であるコシュが帰ってきたことに気づかないくらい真剣に修行に集中していた。

 

「これは……何だか実家を思い出すな」

 

「そうですね。お兄様」

 

 修行に打ち込む成鍛寺の僧侶からは戦いを間近に控えて訓練に励む兵士達のような気迫が感じられ、それを見てアルハレムが魔物との戦いが日常茶飯事であった故郷のマスタノート領を思い出して呟くと、隣に立っていたアリスンが頷く。

 

「しかし何と言うか……凄いですね。……その、『色々』な意味で」

 

 故郷の事を思い出す二人の兄妹を余所にリリアが何か不可解な点があるのか微妙な表情で言う。

 

 サキュバスの魔女であるリリアから見れば、今こうして修行している成鍛寺の僧侶達の動きからは何の脅威も感じられなかった。のだがそれでも僧侶達はとても真剣に修行をしていると思うし、実力もヒューマンにしては上等な方だと思う。

 

 それで何故リリアが微妙な表情をするのかというと、その理由は境内の中央にあった。

 

 境内の中央には小さな台座があって、その台座の上には背中に外側に輪っかを背負った少女の像が一つ飾られていた。そして境内で修行している僧侶達は、修行に一区切りがつくと小休止代わりに少女の像に向かって何度も礼をするのだ。

 

 少女の像に向かって礼をする僧侶達からは修行の時とはまた違った気迫みたいなものが感じられ、それがリリアは不思議に感じていたのだった。

 

「あれは女神イアスの像でござるよ。背中の輪っかは太陽を象徴したもので『光り輝く少女の姿をした尊き者』という意味でござるな」

 

 いつの間にか側に来ていたツクモが台座にある少女の像を見ているリリアに説明すると、サキュバスの魔女は得心がいったように頷いた。

 

「ああ、そういう事でしたか。確かこのお寺はあの女神を信仰していますから、女神像があってもおかしくはありませんし、女神像に熱心にお祈りするのも当然ですね。……でもなーんか、あの僧侶さん達のお祈りするテンションが怪しいのですけど?」

 

「そうでござるな。ツクモさんもあの僧侶達の女神像を見る血走った目を以前どこかでみたような……」

 

 ツクモの説明に一時は納得したリリアだったがまたすぐに何かを怪しむ目で成鍛寺の僧侶達を見て、猫又の魔女もサキュバスの魔女の言葉に心当たりがあるのように頷くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百三十五話

「ここにもあるんだね。この像……」

 

 アルハレムの一行は「依頼について詳しい話がしたい」というコシュに成鍛寺の本堂へと案内されると、本堂でも女神イアスの像が奉られているのを見たシレーナが呟いてウィンがそれに同意した。

 

「そうみたいだね。……それにこの像、外にあった像よりずっと価値がある『お宝』のようだね」

 

 ウィンの種族であるワイバーン、というかドラゴンに属する魔物は全て他者の欲望が集まりやすい価値のある物を集める習性と、それを正確に嗅ぎ分ける第六感とも「勘」を持っている。その彼女の勘が、この本堂に奉られている女神イアスの像がかなりの価値があるものだと言っているのだ。

 

 ワイバーンのドラゴンメイドの言葉にアルハレム達も興味を覚えて女神イアスの像をよく見てみる。

 

 本堂の女神イアスの像は大きな石を削って造られた石像で、言われてみれば全体から細かいところまで丁寧な仕事がされている製作者の熱意が伝わってきそうな像であった。

 

「ほほぅ。やはり分かりますか」

 

 コシュが女神イアスの像を「お宝」と言われて嬉しそうに顔を綻ばす。

 

「この女神イアス様の像はその昔、成鍛寺の開祖の元で修行をしていた一人の高弟によって造られたものなのです。その方は女神イアス様の信仰に目覚めるまでは腕のよい石工だったらしく、女神イアス様の信仰に目覚めたきっかけは……」

 

「あ、あのっ!」

 

 このままだと話が長くなると思ったアルハレムは慌ててコシュの話を遮った。

 

「あの……コシュさん? その話はまた後日聞きますので、そろそろ依頼についての詳しい話を聞かせてもらえませんか?」

 

 コシュは猫又一族の隠れ里に来た時、今回の依頼が最近シン国で起こっている魔物の凶暴化に関係していると言った。

 

 しかしコシュの依頼と魔物の凶暴化がどのように関係しているのか、コシュは「依頼を受けてこの場所に来るまで話せない」と言った為、アルハレム達は依頼の詳しい話を聞けなかったのだ。

 

「むっ……。そうでしたな。これは失礼した」

 

 アルハレムに言われてコシュは嬉しそうな表情から一転して真剣な表情になると、魔物使いの青年達の前で姿勢を正してまずは頭を深々と下げた。

 

「皆さま方。まずは拙僧のお願いを承けていただき、この様な場所までご足労頂きありがとうございます。正直な話、『詳しい話を話さずに力を貸してほしい』等という身勝手なお願いを聞いていただけるとは思ってもいませんでした。このコシュ、成鍛寺を代表して皆さま方に深い感謝を申し上げます」

 

「いえ、そんな事は……」

 

「そしてこれはまた大変身勝手な話で恐縮なのですが、ここから話す話はこの成鍛寺の恥部ゆえ、出来ることならば外での公言はしないでもらえないでしょうか?」

 

 コシュにそう言われたアルハレムは仲間達を見渡して、彼女達全員が頷いたのを確認してから返事をした。

 

「分かりました。ここで聞いたことは誰にも言いません。ですから話してもらえませんか?」

 

「はい……」

 

 アルハレムの言葉にコシュは僅かに安堵の息を吐いた後、重々しく口を開いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百三十六話

「まず最初に……。此度の魔物の凶暴化、その原因はこの成鍛寺に封印されている一人の魔女が原因なのです」

 

「この成鍛寺に魔女が?」

 

「それに封印って……何だかとっても他人事には思えないのですけど」

 

「そうですね……」

 

 コシュから告げられた魔物の凶暴化の原因にアルハレムが思わず聞き返し、リリアとヒスイが嫌なことを思い出したような辛い表情となる。

 

 リリアとヒスイはアルハレムの仲間になるまで百年、二百年という長い時の封印をされていたので、その頃の事を思い出したのだろう。その様子を見て心配になった魔物使いの青年がサキュバスの魔女と霊亀の魔女に声をかける。

 

「リリア、ヒスイ……大丈夫か?」

 

「……あはっ♩ アルハレム様、私の心配をしてくれたのですね。嬉しいです♩ もちろん私なら大丈夫ですよ、ほらっ!」

 

「うわっ!?」

 

「あっ……! だ、旦那様、私も大丈夫です!」

 

「なっ!?」

 

「……………!」

 

 心配したアルハレムが声をかけると満面の笑みを浮かべたリリアが魔物使いの青年に抱きつき、その直後にヒスイも負けじと抱きついてきた。そしてその姿を見て他の仲間達の数名が怒りと嫉妬で濃厚な殺気を漂わせる。そんな彼らの姿を見てコシュはしみじみと呟く。

 

「やはりアルハレム殿の一行は皆、仲が良いようですな」

 

「ええっと……そう見えます? それはともかく話の続きをお願いします。ほら、二人も離れて」

 

 アルハレムはリリアとヒスイを自分から引き離すとコシュに話の続きを促した。

 

「そうですな。ことの始まりは二百年以上昔、この成鍛寺が開かれるより前まで遡ります。成鍛寺の開祖には一人の兄がおりました。開祖の兄は開祖と勝るとも劣らない熱烈な女神イアス様の信者であり、クエストブックに選ばれた『魔物使いの冒険者』だったそうです」

 

「魔物使いの冒険者?」

 

 成鍛寺の開祖の兄弟がクエストブックに選ばれた、しかも自分と同じ魔物使いの冒険者だと聞いてアルハレムが驚いて目を見開き、それまであまり興味がなさそうにしていた彼の仲間達も今の話には興味を覚えてコシュを見た。

 

「左様。クエストブックを授かった開祖の兄は大変喜び、女神イアス様にお会いするために試練の旅に出たのです。そして開祖の兄は旅に出てすぐにひょんなことからとある一人の魔女と出会い、その魔女を仲間にしたそうです」

 

「魔物使いの冒険者で、しかも旅を始めてすぐに魔女の仲間か……」

 

「何だかご主人様とそっくりですね」

 

 コシュが語る開祖の兄の話にアルハレムとレムが思わず呟く。しかしコシュは首を横に振って二人の言葉を否定した。

 

「同じではありません。アルハレム殿は皆さま方仲間にした魔女を対等な存在として見ていますが、開祖の兄はその魔女を初めとする仲間にした魔物達を単なる道具としか見ていませんでした……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百三十七話

「魔女や魔物達が道具?」

 

「左様。開祖の兄にとって魔物とはクエストブックに記された試練を達成するための道具に過ぎず、開祖の兄は仲間にした魔物を敵との戦いで盾にしたり、わざと殺してはその血肉や毛皮を旅の資金にしていたそうです。そして魔物の数が減ればまた新たな魔物を仲間にして同じことを繰り返していたと伝えられています」

 

「………そんなのは仲間とは言いませんよ」

 

 アリスンの言葉に頷いたコシュが開祖の兄がどの様に魔物を扱っていたのかを話すと、それを聞いたアルハレムが心の底から不愉快な表情となって吐き捨てるように言う。

 

「我が夫、魔物、の、為に、怒って、くれて、る。嬉し、い、ありが、とう」

 

「……」

 

 コシュの話で苛立つアルハレムにルルが嬉しそうに微笑んで礼を言い、その隣ではレイアが小さく頭を下げていた。いつも無表情のラミアの魔女であるが、それでも雰囲気で自分の主である魔物使いの青年が魔物の為に怒ってくれているのを喜んでいるのが分かり、それは他の魔女達も同様であった。

 

「しかし何故その魔物達はそんな男に従ったのでしょうか? 確かに魔物使いは契約した魔物に強い命令権を持っていますがそれも絶対ではありません。そんな無茶な命令をしたら流石に従わないのでは?」

 

 ロッドの姿でアルハレムの腰に収まっているアルマが、自分の知る魔物使いの冒険者の能力を思い出しながら疑問を上げる。その疑問に対してコシュは苦い顔をして頷いた。

 

「全くもっておっしゃる通りです。普通、その様な非道な真似をすれば従えていた魔物達に裏切られ、逆に殺されてしまうでしょう。しかし開祖の兄にはエルフの仲間がいて、そのエルフの協力によって開祖の兄は魔物達を完全に従えていたそうです」

 

『……エルフ?』

 

 コシュの口から出たエルフという言葉に、アルハレム達全員が明らかに不快感をあらわにした顔となったが、これは仕方がないだろう。

 

 何しろアルハレムとアリスンの故郷であるマスタノート領はエルフが造り出したダンジョンによって長い間苦しめられていたし、そのダンジョンの「核」とされていたのはここにいるヒスイで、ツクモ達猫又の一族は彼女をダンジョンから救い出すために苦労を重ねてきた。その上この一ヶ月の間、このシン国のエルフから一方的に目の敵にされて、アルハレム達のエルフに対する好感度は最低値となっていた。

 

「はい。そのエルフは一族に伝わる神術を使って開祖の兄が持つ魔物使いの魔物を従える力を強め、それによって開祖の兄は魔物を完全に従えたのです」

 

「ここでもエルフが絡んでくるのか……」

 

「もう何て言うか、疫病神なんじゃないですか? あの種族?」

 

 うんざりとした顔のアルハレムに続いてリリアが言うと、他の仲間達がサキュバスの魔女に同意するように頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百三十八話

「ふむ……。話を続けてもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、お願いします」

 

 エルフ、単語を聞いて機嫌を悪くしたアルハレム達を前にコシュがやや強引に話を進めようとすると、魔物使いの青年も異論はなく頷いてみせた。

 

「エルフの協力により魔物に絶対の命令を下せるようになった開祖の兄は、その命令を少し前に申し上げた仲間になった魔女にも使ったのです。そしてその魔女は『相手の力を強化する』という希少かつ強力な特性を持っており、どれくらい強力かと言うと強化された相手は輝力を使った戦乙女のように飛躍的に力が強くなったそうです」

 

「っ!? それは……!」

 

『…………………………!?』

 

 コシュの話に出る魔女の「希少かつ強力な特性」にアルハレムが思わず驚いた声を上げ、仲間達が絶句する。今聞いた魔女の能力は、魔物使いの青年がサキュバスの魔女の種族特性を使って、男の身でありながら輝力を使う方法によく似ているように思えたからだった。

 

「あの……ツクモさんはこの話を知っていましたか?」

 

「にゃ~、申し訳ないでござるがツクモさんも初耳でござるよ。というかシン国に冒険者がいたという話自体初耳なのでござる」

 

「それはそうでしょうな。何しろ開祖の兄は十の試練を達成する前に命を落し、その活動の記録は成鍛寺と一部のエルフの者達が徹底的に隠蔽しましたからな」

 

 ヒスイがこのシン国で生まれ育ったツクモに今までの話に聞き覚えがないか聞くと、猫又の魔女は申し訳なさそうに首を横に振り、コシュがそれを当然とばかりに頷いてから話を再開した。

 

「開祖の兄は魔女の特性を使って従えた魔物を強化し、その力をもってクエストブックに記された試練を短期間てま八つまで達成いきました。仲間にした多くの魔物が犠牲になった点を除けば開祖の兄の旅は順調でした。しかし……」

 

 元々話していて気持ちのいい話ではなかった為、渋い顔をしていたコシュがそこで苦い表情となって話を一旦止めて、それを見たアリスンが話の先の展開を察して口を開いた。

 

「ああ……。つまり『キレた』って訳ね。その話の魔女が」

 

 アリスンの言葉にコシュが苦い顔を更に苦くして頷く。

 

「……はい。いくら命令に絶対服従となっても心が死んだ操り人形になったわけではなく、開祖の兄に道具として使われる度に魔女は、憎悪や悲しみといった負の感情を溜め込んでいってついには怒りに狂い暴走してしまいました。

 暴走した魔女は自分と同じ開祖の兄に支配された魔物達を強化……いえ、『狂化』すると狂化された魔物達は、神術による支配をはね除けて開祖の兄とエルフの協力者を肉の一片も残さず食い殺したそうです」

 

 魔物使いの冒険者が自分の従える魔物達によって食い殺される。

 

 それはある意味最悪と言える最期であるが、コシュの話を聞いていたアルハレム達は「自業自得」という感想しかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百三十九話

「開祖の兄を食い殺しても魔女の暴走は収まらず、それから魔女は目についた魔物を手当たり次第に狂化して、この地に災いをもたらそうとしました。しかし成鍛寺の開祖はエルフ達と、とある封印の神術を使う戦乙女の協力を得て、強化された魔物達を退治して魔女を封印したのです」

 

「……封印の神術を使う戦乙女? それってもしかして……」

 

 コシュの話に出た「封印の神術を使う戦乙女」という言葉にリリアがわずかに眉をひそめて呟いたが、その呟きは誰の耳にも届いておらずコシュはそのまま話を続けた。

 

「魔女を封印した後、エルフ達は開祖にこの件を口外しない代わりに、魔女を封印した地を含む広大な土地の所有権を与えるという話を持ちかけてきました」

 

「成る程。話を聞いたかぎりだと、そのエルフの協力者とやらも開祖の兄と同罪でござるからな。見栄っ張りなエルフ達としてはどんな条件を出しても秘密にしたいでござろうな」

 

 ツクモが納得したように頷く。

 

 今ツクモが言った通り、エルフの協力者が開祖の兄に絶対服従の命令を下す神術を伝えなければ、話に出た魔女も魔物達も「命令に従わない」という選択肢が残されて魔女が暴走することもなかったかもしれない。

 

 無論、エルフの協力者が神術を伝えなくても、開祖の兄は魔女と魔物達を道具扱いしたであろうし、同じ結果になったのかもしれない。しかしエルフの協力者が神術を伝えたことが魔女の暴走の切っ掛けを作ったのは紛れもない事実である。

 

 そしてこれもツクモの言った通りなのだが、エルフという種族は総じて見栄っ張りと言うか自尊心が高い。

 

 寿命が他の種族に比べて非常に永く、産まれて来る子供は全員、身体能力も高い上に顔の造形が大変整っている。これらの理由からエルフに生まれた者達は「自分達の種族、エルフこそが至高の種族である」と考えて他の種族を「 エルフでない」という理由だけで見下す者が多いのだった。

 

 そんなエルフ達だからこそ「一人のエルフがヒューマンの冒険者に協力したせいで魔女の暴走が起こった」という話が知られるのはなんとしてでも防ぎたかったのだろう。

 

「そうして広大な土地を与えられた開祖は魔女を封印した地、即ちこの山に成鍛寺を建てました。開祖がこの地に成鍛寺を建てた理由は、兄のような間違いを二度と起こさないといった戒めの他に、犠牲になった魔物達や封印された魔女に少しでも謝罪をする為だったのでしょう……」

 

「ここに封印された魔女がいるのですか!?」

 

 コシュの話を聞き終えたアルハレムは、この成鍛寺がある山に魔物を凶暴化させている原因であるコシュの話に出てきた魔女が封印されている事に驚くが、他の仲間達はその事に驚かず別の事に気を取られていた。

 

「……要するにアルハレムとは似ても似つかない屑な魔物使いの冒険者と、今も昔も人様に迷惑をかけるエルフが原因でこの国は今、大変な迷惑をかけられているということなんです?」

 

「え? そこ?」

 

『……………………』

 

 リリアの身も蓋も無いまとめに呆気に取られたアルハレムを除いた仲間達が同時に頷いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百四十話

「すみませんコシュさん。俺の仲間が失礼なことを言って」

 

 アルハレムがコシュに、リリアの開祖の兄に対する発言について謝罪すると、コシュは首を横に振った。

 

「いえ、どうかお気になさらず。開祖の兄については拙僧も自業自得であると思っていますからな。ですがこれは成鍛寺の恥部でありますので外部で話さないことを重ねてお願いします」

 

「はい。それは分かっています。……でもコシュさん? 魔物達の凶暴化の理由や、コシュさんがそれを何とかしたいと考えているのは分かりましたけど、俺達は一体何をしたらいいのですか? 俺達は封印の神術なんか使えませんし、戦うにしたってその魔女の特性で逆にリリア達が狂化されてしまう危険がありますけど?」

 

 アルハレムがこの依頼を受けた時から感じていた疑問を口にするとコシュが再度首を横に振る。

 

「それは誤解ですアルハレム殿。確かに拙僧は魔物達の凶暴化を何とかしたいと思っていますが、その為に魔女に更なる封印を施すつもりも退治するつもりもありません」

 

「……?」

 

「封印を、する、つもりも、退治、する、つもりも、ない?」

 

 コシュの言葉にレイアが首を傾げてルルが疑問を口にする。

 

「左様。封印されている魔女は元はと言えば開祖の兄の被害者なのです。ならば魔物達の凶暴化を解決すると同時に封印されている魔女を救うのが拙僧達、成鍛寺の責任であると思うのです」

 

「そう……。その、考え、は、立派。でも、じゃあ、どう、やって、魔物、達の、凶暴化、解決、する、つもり? と、いうか、その、魔女、を、救え、るの?」

 

「実は魔女の封印が弱まる予兆は一年くらい前からありまして、その時に拙僧は開祖の兄に神術を伝えたエルフの一族にこの事を相談したのです。

 そして拙僧はエルフの一族から『魔女の暴走は開祖の兄への負の感情と神術が変に作用しあった結果で、神術を解除できれば魔女の暴走も収まるかもしれない』という話を聞かされました。しかし魔女にかけられた神術を解除するには開祖の兄と同じ魔物使いの冒険者の力が必要らしく……。

 世界にたった百人しかいない冒険者を、しかもその中から魔物使いの力を持った者など簡単に見つかるはずもなく、拙僧は途方にくれておりました。その時に……」

 

「俺の事を知った、と……」

 

「成る程ね。それでお兄様の力を借りたいって訳ね」

 

 コシュの言葉を引き継ぐようにアルハレムが話の先を言い、ようやく話が繋がったとアリスンが納得した顔で頷く。見れば他の仲間達も同じような表情をしている。

 

「コシュさん、話は分かりました。改めて今回の依頼、引き受けさせてもらいます」

 

「おおっ! それはありがたい!」

 

 アルハレムが改めて依頼を引き受けると言うと、希望を見つけたコシュはその厳めしい顔を破顔して喜んだ。そしてそれを見てコシュが本気で封印されている魔女を救いたいのだと理解したリリアを初めとする魔女達は、目の前の僧に好意的な微笑みを浮かべた。

 

「それでその封印されている魔女の神術を解除するには、俺は何をしたらいいのですか?」

 

「それなのですが……」

 

「コシュ様。『例』のお客様が参りました」

 

 アルハレムの質問にコシュが答えようとした時、一人の成鍛寺の僧侶が本堂にやって来て来客を知らせてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百四十一話

「よりにもよって今やって来るとは、間が良いのか悪いのか分からぬな……。分かった。失礼のないようにお通ししろ」

 

「はい」

 

 額に手を当てて呟いた後でコシュが命じると、来客を知らせに来た僧侶が一礼して本堂を後にする。

 

「コシュさん? 来客の予定があったでしたら俺達は席を外しましょうか?」

 

「あ……いえ。出来ることならば、その……拙僧としてはアルハレム殿達にはここにいてほしいのですが……」

 

「? そうですか……?」

 

『…………………………?』

 

 アルハレムが訊ねると何やら歯切れの悪い言葉を返すコシュ。今までの堂々としたものとは違うその態度に、魔物使いの青年も彼の仲間達も揃って首を傾げた。

 

「コシュ殿? どうしたのでござるか? その来客とやらは一体………まさか」

 

「ツクモさん?」

 

 コシュに問い詰めようとしたツクモだったが、言葉の途中で何かに気づいて苦虫を噛み潰したような表情となり、そんな彼女をヒスイが不思議そうに見る。大抵の嫌な事は飄々と受け流すこの猫又の魔女が、こうまであからさまに嫌な表情をするのはとても珍しいことだった。

 

「実は今やって来た例の客というのは……エルフなのです」

 

『……………………………!』

 

 新たにこの寺に訪れた来客がエルフであるとコシュが言い辛そうに告げるとアルハレム達全員の表情が強張った。

 

「……何でエルフがここにやって来るのですか?」

 

 リリアが自分の主であるアルハレムと仲間達の気持ちを冷え切った鉄の様な声で代弁する。魔物使いの青年達はただでさえ様々な事情によりエルフに対する好感度が最低であったのに、先程の封印された魔女の話を聞いた為、もはや「エルフ」という単語を聞いただけで気分を害するようになっていた。

 

「全ては封印されている魔女を救うためです。魔女にかけられた神術を解除するにはアルハレム殿の協力も必要ですが、同時に開祖の兄に協力したエルフが使っていた神術をかける道具も必要不可欠。今日来てくださったエルフは、その神術をかける道具を持って来てくださったのです」

 

「そうだったのですか……」

 

 アルハレムがコシュの説明に一応は納得してみせるが、まだ完全に納得していないといった表情をしており、それは他の仲間達も同様だった。

 

「アルハレム殿達がエルフに対してよく思っていないのは重々承知です。しかし今、このシン国のエルフ達をまとめているのは他種族に偏見を持たない御仁で、封印されている魔女の件も退治ではなく助けることに賛成してくれました。ですからどうか……」

 

「なっ!? 貴方達は!」

 

 コシュが不機嫌そうなアルハレム達をなんとか宥めようと話していると、成鍛寺の本堂に一人の少女の声が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百四十二話

「貴方達! 何でこんな所にいるのよ!?」

 

「お前は……リン」

 

 成鍛寺の本堂に現れたのはエルフの領主の娘リンだった。

 

「リン様? 彼らは?」

 

 リンの右後ろに控えていたエルフの男がリンに訊ねる。エルフの男は子供にしか見えないリンとは違って二十代半ばくらいの外見でどこかのんびりとした雰囲気を持っており、両手で布にくるまれた包みを大切そうに持っていた。

 

「……前に言ったでしょ? わざわざ中央大陸からやって来た冒険者とその僕の魔女達よ」

 

「私は魔女じゃないわよ」

 

 リンが不機嫌そうにアルハレム達を見ながらエルフの男に答えると、リンの視線を気にくわないと思ったアリスンが苛立った声で反論する。

 

 そして相手を見下すような目をするリンに苛立っているのはアリスンだけではなくリリアを初めとする魔女達も同じで、成鍛寺の本堂は戦乙女と魔女達の怒気によりたちまち重苦しい空気となる。しかしリンの後ろに控えているエルフの男はそんな中でものんびりとした態度を崩さず納得したように頷く。

 

「魔女達を僕にする冒険者……成る程、ではそちらの方は魔物使いなのですね。いやぁ、本当に良かった。魔物使いの冒険者さんが見つかっていたのなら、私達も『これ』を持ってきた甲斐がありましたよ」

 

「これって? と、言うより貴方は?」

 

「ああ、これはどうもすみません。自己紹介が遅れました」

 

 アルハレムに聞かれたエルフの男は小さく頭を下げてから自己紹介をした。

 

「私はここにいるリン様の父君、エルフの領主であるサン様にお仕えしていますリョウと申します。そして今言った『これ』というのは……」

 

「ちょっと! 一族の秘宝をこんな奴らに見せるつもり?」

 

 エルフの男、リョウが先程から持っている包みをほどいて中身を見せようとするとリンがそれを止めようとする。

 

「そうは言いますがリン様? 魔物使いの冒険者ということは彼らが封印されている魔女を助けてくれる方々なのでしょう? でしたら早い内にこれの事も話しておくべきでは?」

 

 少しばかり困った表情を浮かべるリョウの言葉に、リンは苛立ちを隠そうともせずまるで噛みつくようにリョウを見て口を開く。

 

「だからって! そもそも私は魔女なんかを助けることには納得して……」

 

「リン様」

 

 突然リョウが表情を真面目なものに変えてリンの言葉を遮る。

 

 リョウの口から出たのはたった一言。怒鳴った訳でもなくただリンの名前を呼んだだけだったが、有無を言わせない圧力があり、リンも思わず苛立ちを忘れて黙ってしまった。

 

「過去の魔女の暴走は成鍛寺と私達エルフ両方の責任。故に私達エルフは封印されている魔女を救う事に協力を惜しまない。……これが領主サン様の決定だったはずです。その領主の決定に逆らうのですか? 領主の娘である貴女が?」

 

「そ、それは……」

 

 リョウの言葉にリンは何も言い返す事が出来ずに目を逸らし、それを見ていたリリアがアルハレムに近ずいてそっと彼に呟いた。

 

「あのリョウってエルフ、リンをああもあっさり黙らせるなんて中々やりますね。エルフにしては話せる人なのではないです?」

 

「そうだな」

 

 リリアの呟きに彼女と同じ感想だったアルハレムは頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百四十三話

「おっとこれは失礼しました。お見苦しいところを見せたことと、リン様の皆様に対する無礼な発言、深くお詫びいたします」

 

 リンに鋭い視線を向けていたリョウはこちらを見ているアルハレム達に気づくと、表情を元ののんびりしたものに戻して魔物使いの青年達に謝罪した。

 

「あ……。いえ、気にしないでください」

 

 リョウの丁寧な言葉遣いにアルハレムは内心で驚きながらそれだけ答えて、他の仲間達も僅かに驚いたような顔を見る。今の彼の対応は普通に考えたら当たり前のことなのだが、これまで魔物使いの青年達が見てきたエルフは、リンを初めとしてこちらを見下すような目で見てきて、たとえ自分達に非があってもリョウのような謝罪など絶対にしそうにない傲慢な者達ばかりだったのだ。

 

「それでその包みの中身とは一体何なのですか?」

 

「え? ああ、そうでしたね」

 

 アルハレムがリョウの手にある包みを指差して聞くと彼は再び包みを開いてそこから出てきたのは、表面にいくつもの文字が刻み込まれている小さな壺だった。

 

「へぇ……。神術を使うための道具かい。しかもエルフの秘宝と言うだけあってかなりの年季がありそうだね」

 

「分かるの?」

 

 リョウが包みから出した壺を見て興味深そうに言うウィンにシレーナが訊ねる。

 

「ああ……。昔、知り合いのドラゴンが似たようなお宝を持っていたのを見たことがあってね。そのお宝がかなりのレア物でね。あの時はそのドラゴンに嫉妬したものさ……」

 

 シレーナに答えながらウィンはまるで獲物を見つけた肉食獣のような目でリョウを、正確には彼が持つ壺を見つめており、ワイバーンのドラゴンメイドの視線に危険なものを感じたリョウは思わず一歩後ずさった。

 

「何と言うか……随分と個性的な方々のようですね」

 

「すみません。今度は俺達の方が失礼しました。ウィン、それぐらいで止めろ」

 

「はいはい。分かってるって」

 

 アルハレムが苦笑を浮かべるリョウに謝罪してからウィンに注意すると、ワイバーンのドラゴンメイドは肩をすくめてそう答えた。……しかしこの時、魔物使いの青年はワイバーンのドラゴンメイドが名残惜しそうにリョウが持つ壺を横目で見ていたのを気づいていた。

 

「それでリョウさん? さっきウィンはその壺を神術を使うための道具って言いましたけど、それが開祖の兄が使ったという絶対服従の神術なのですか?」

 

 今までの話から確信を持ってアルハレムが訊ねるとリョウの眉が僅かに上がった。

 

「……それを知っているということは、すでにコシュ殿から大体の事情は聞いているのですね」

 

「はい。魔物達の凶暴化の原因が大昔に封印された魔女の影響であること。その魔女が自分の主である成鍛寺の開祖の兄に対する怒りとエルフの神術によって暴走していること。それぐらいはついさっきコシュさんに教えてもらいました」

 

「そうですか。それならば話は早い。お察しの通り、私が持っているこの壺こそがその昔、成鍛寺の開祖の兄が自分に従う魔女に使った神術なのです」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百四十四話

「成る程。その壺が……」

 

 リョウの持つ壺が開祖の兄が使用したというエルフの神術だと告げられてリリアが目を細める。

 

「それ、が……全、て、の、元凶」

 

「……!」

 

 リリアに続いてルルが呟き、グールの魔女の隣ではレイアが忌ま忌ましいとばかりに目元をしかめてリョウの持つ壺を睨み付けており、今すぐにでも壺を奪い取って床に叩きつけそうな感じであった。そしてそんなラミアの魔女の怒りを感じ取ったアルハレムが彼女をいさめる。

 

「リリア、だから止めろって。リョウさん、俺の仲間が何度もすみませんでした」

 

「いえいえ、気にしてはいませんよ。コシュ殿から事情を聞いたのなら仕方がありません。……この壺の名は『心狂わす月の雫』。水と誰か一人の血を入れて月の光を一晩浴びせることで、中の水に神術の力を宿らせます。私達はその水を『術水』と呼んでおり、術水を飲んだ者は数日間の間、壺に血を入れた者に服従するようになるのです」

 

「……何だかどこかで聞いたような効果ですね?」

 

 謝罪をするアルハレムにリョウは首を横に振って答えると、次に自分の手の中にある壺、エルフの一族に伝わる神術「心狂わす月の霊水」について説明をする。すると以前、中央大陸で戦ったある一人の戦乙女の事を思い出したヒスイが呟く。

 

「というかそれって悪用されること前提の神術よね?」

 

 シレーナが心狂わす月の雫をそう評するとリョウは表情を僅かに苦くして頷いた。

 

「その通りです。ですから歴代のエルフの領主は、この神術が同族のエルフに使われるのを避けるためにこれを厳重に保管してきました。しかし昔、一人のエルフが盗み出して成鍛寺の開祖の兄に使わせたのです」

 

(『同族のエルフ』に使われるのを避けるために、か……)

 

 リョウの説明にアルハレムが内心で呟く。今の言葉使いには少し引っ掛かるところを感じたが魔物使いの青年はそれについて言及せず、リョウの説明の続きを聞くことに専念した。

 

「今言ったように術水の効果は強力ですが永遠ではありません。しかし魔物使いと契約をして魂が繋がった魔物に使用した場合、効果は永遠となるそうです」

 

「そうですか……。それでコシュさんの話だと、その神術を解除したら封印されている魔女の暴走が収まると聞きましたけど、解除方法はあるのですか?」

 

 アルハレムの質問にリョウは難しい顔をして頷く。

 

「はい、術水の効果を解除する方法は二つ。一つは時間の経過によって自然に効果が切れるのを待つ事。もう一つは別の人間の血を使った術水を飲ませる事。……前者の方法は効果が永遠となっているため不可能。そうなると自然に解除する方法は後者となるのですが……」

 

 そこでリョウが一旦言葉を切ると、コシュが引き継ぐように説明の続きを言う。

 

「封印されている魔女が飲んだ術水は開祖の兄の、魔物使いの力の影響を受けております。これに対抗して効果を解除するには、同じ魔物使いであるアルハレム殿が開祖の兄と同じ状況で術水を使う必要があるのです」

 

「……それはつまり、俺が封印されている魔女に契約の儀式をして、その後で術水を飲ませるってことですか?」

 

 リョウとコシュの説明に嫌な予感を覚えたアルハレムが訊ねると、二人は重々しく頷いた。

 

 契約の儀式を行うということは封印されている魔女ということである。リリアを初めとする九人の魔女を仲間にしているアルハレムは、魔女の強さ、それと敵対した時の恐ろしさをこの中で最もよく知っている為、思わず額に一筋の冷や汗を流した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百四十五話

「どうぞこちらです」

 

 コシュ達との会話が終わった後、アルハレムは成鍛寺の僧侶に案内されて境内にあるとある大部屋に一人で、いや、腰に差したロッド状態のアルマと一緒に訪れていた。

 

「これは……中々……」

 

「随分と充実していますね」

 

 部屋の様子を見たアルハレムが感心したように呟き、彼の腰にあるロッドからも感心した風のアルマの声が聞こえてきた。

 

 アルハレムとアルマが訪れたのは成鍛寺の僧侶が戦いの時に使用する武具を納めている武器庫であった。

 

 武器庫には中央大陸のそれとは造形が異なる剣に槍や弓矢、鎧等の様々な武具が所狭しと、しかし綺麗に整理整頓されて置かれている。そしてこれらの武具からは、今まで何度の戦いに使われてその度に丁寧に手入れをされた、長年使い込まれた道具のみが持つ独特の雰囲気が感じられた。

 

「本当に凄いですね。家の武器庫にも見劣りしないくらいだ」

 

 武器庫に納められている武具の状態を見てアルハレムは自分にとって最大の賛辞を口にする。

 

 アルハレムの実家のマスタノート家は中央大陸の南半分を支配するギルシュにある貴族の中でも「ギルシュの蛮族」と呼ばれ、国内国外に問わず恐れられる程の武闘派である。そこの武器庫と比べても遜色がない武装が一つの寺に集まっているのは「凄い」を通り越して「異常」と言えることなのだが、その事を指摘する者はこの場にはいなかった。

 

「ここにある武具を自由に使っていいのですか? ええっと……」

 

「ヨウゴと申します。はい。ここにある武具はどれでも自由にお使いください」

 

 アルハレムが自分をここまで案内してくれた成鍛寺の僧侶、ヨウゴに訊ねると、彼は一つ頷いてから答える。

 

 この武器庫にやって来た理由は、契約の儀式でこの成鍛寺に封印されている魔女と戦う為の武器を選ぶ為であった。

 

 成鍛寺に封印されている魔女はあらゆる魔物や魔女を狂化する力を持つ。そしてそれは今アルハレムの腰に収まっているインテリジェンスウェポンの魔女のアルマも例外ではない。

 

 もしアルハレムがいつも通りにアルマを武器にして封印されている魔女に契約の儀式を挑めば、彼は武器を失ってしまうどころか、たった一人で二人の魔女と戦うことになってしまう。それを避ける為に魔物使いの青年はこの武器庫に武器を借りに来たのであった。

 

「そうですね……じゃあ俺はこれを使わせてもらいます」

 

 一通り武器庫にある武具を見たアルハレムが武器として選んだのは、頭部の輪形に六つの鉄の輪を通した「錫杖」と呼ばれる鉄製の杖だった。

 

「アルハレム殿、それでよろしいのですか?」

 

「ええ。剣や槍だと契約の儀式で相手の魔女を必要以上に傷つけてしまいますからね。でもこれだったら槍の要領で戦うことができます」

 

 ヨウゴの言葉にアルハレムは答えると、持っていた錫杖を手の中で回転させたり、右や左にと振るって見せた。魔物使いの青年に振るわれる錫杖は武器庫に所狭しと置かれた武具に当たる事なく、鉄製とは思えないくらいの軽やかさで風を切る。これだけで彼がどれ程の技量が持つかが分かるだろう。

 

 アルハレムは家族の戦乙女達や仲間の魔女達の影に隠れて目立たないが、物心がついた頃から様々な武術の訓練を受けていて、通常の戦士や騎士の中では上位の実力を持っていた。

 

 魔物使いの青年の槍さばき、いや、錫杖さばきはヨウゴの目から見てもかなりのものだったらしく、成鍛寺の僧侶は笑みを浮かべて小さく拍手をする。

 

「お見事。流石は女神イアス様に選ばれた冒険者のお一人ですね」

 

「……でもやっぱりせっかくの戦闘なのに参加できないのは不満です」

 

「って!? おい、アルマ!」

 

 仕方がないこととはいえ、自分が戦闘に参加できないことに不満なアルマが人間の姿となってわずかに不機嫌そうな顔を見せ、アルハレムが慌ててインテリジェンスウェポンの魔女に声をかける。

 

 女性の姿となったアルマの外見は、衣服を全く身につけていない身体中に刺青を入れた褐色の女性である。アルハレムは女性になった彼女の姿に見慣れているが、ここにはもう一人の男、ヨウゴもいるのだ。

 

「いいから隠せって!」

 

 魔物使いの青年はとっさに羽織っているマントを外し、それでインテリジェンスウェポンの魔女の身体を隠した。

 

「マスター。暑いです。私は余計な装飾(衣服)は身につけない主義だと知っているはずなのに、何故この様な仕打ちを?」

 

「お前はちょっと黙っていろ。すみません、ヨウゴさん。コイツ、ちょっと変わったところがありまして……」

 

「いいえ、気にしてませんよ。それにしても彼女が女神イアス様より与えられたという聖なる武器ですか……。いや、本当に羨ましい……」

 

 気のせいか先程よりも不機嫌そうな顔をするアルマを黙らせてアルハレムがヨウゴに謝ると、彼は特に気にしたそぶりを見せず、興味深そうに女性の姿になったインテリジェンスウェポンの魔女を見る。その瞳からは情欲の色は見えず、ただ少年が憧れの英雄を見る様な、あるいは欲しくてたまらない玩具を見る様な羨望の光だけがあった。

 

「(……マスター。この人、こんな美人が目の前で裸でいるのに顔を赤くしないなんて、ちょっと変です)」

 

「(俺も少しそう思うけど、自分で自分を美人って言うな。いや、アルマは美人だけどさ……)」

 

 アルマは自分を羨望の目で見つめるヨウゴを見てから彼に聞こえない小声でアルハレムに話し、魔物使いの青年も小声で答えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百四十六話

 

 成鍛寺の武器庫で錫杖を借りたアルハレムは、その翌日の晩に封印された魔女との契約の儀式を行うことにした。

 

 魔女が封印されているのは、成鍛寺の裏から出て少し離れたところにある開けた場所で、そこには石で作られた小さな社らしきものが一つあるだけであった。

 

 魔女が封印されている土地に訪れたのは、契約の儀式を行うアルハレムと、リリアを初めとする彼と契約をした九人の魔女に彼の妹のアリスン。そして成鍛寺からはコシュとヨウゴを含んだ手伝いとして同行した数名の僧侶、エルフ族からはリンとリョウの合わせて二十名程。

 

 アルハレム達からしたら魔女の封印が解かれると狂化の影響を受けるであろうリリア達、アルハレムと契約をした魔女達には別の場所に待機してほしかったのだが、彼女達は自分達の主人の側にいることを頑として譲らずここまでついて来たのだ。

 

「あの石の小屋に例の魔女が?」

 

 石で作られた小さな社を指差してアルハレムが聞くとコシュが頷いて答える。

 

「そうです。あの社の中に開祖の兄と契約をした魔女が封印されています。……しかしアルハレム殿、こんな急に契約の儀式に挑んで大丈夫なのですか? もっと準備を整えてからでも良かったのでは?」

 

「いえ、俺だったら大丈夫ですよ。魔物の凶暴化は早く解決しないといけませんし、それに封印された魔女の詳しい情報は無かったのですよね? それだったら準備だの策だの色々考えるよりも戦ってみた方がいいかもしれませんよ」

 

 コシュの言葉にアルハレムは手に持っている錫杖の重さを確かめながら答える。彼の言う通り、成鍛寺には開祖の兄と契約をした魔女の詳しい情報は残っていなかった。

 

 どうやら過去に起こったその魔女と成鍛寺、エルフの戦いはかなり激戦だったらしく、魔女の姿や戦い方を書き記しておく余力はなかったようだ。戦いが終わった後で成鍛寺の僧侶やエルフ族が記憶に残った魔女の情報を書いた書物が成鍛寺にあったが、そのどれもが「全身が霧で包まれていた」とか「何やら長く曲がりくねったもので攻撃してきた」といった要領を得ないものばかりなのである。

 

「それじゃあそろそろ始めましょうか。リョウさん、例のものを」

 

「ええ、これですね」

 

 リョウがアルハレムに中身の入っている水袋を手渡す。水袋の中に入っているのは心狂わす月の雫によって神術の力を宿らせた術水であった。当然術水にはアルハレムの血が混ぜてある。

 

「ありがとうございます、リョウさん。……では行ってきます」

 

「アルハレム殿、ご武運を」

 

 リョウに礼を言うとアルハレムはリリア達だけを連れて石の社に向かい、その背中にコシュが言葉を投げかける。

 

 そしてアルハレム達が石の社のすぐ目の前まで近づいたところでリリアが顔をしかめて口を開いた。

 

「これは……やっぱりそうでしたか……」

 

「リリア? 一体どうしたんだ?」

 

「アルハレム様、あの石の小屋の中を見てください」

 

 リリアが石の社の中を指差す。社の中には人間大の石像らしきものがあり、その周りの石畳には魔法陣らしき文字が描かれていた。

 

「……アレ? これってどこかで……」

 

 社の中にある石畳の魔法陣に見覚えがあったアルハレムが呟くとリリアが頷く。

 

「ええ、そうです。あれは私を二百年も閉じ込めていた封印の神術の魔法陣と同じものです」

 

「ああ、そういえば……」

 

 リリアの言葉にアルハレムは、彼女と初めてあった時に彼女があの魔法陣と同じものによって封印されていた事を思い出す。

 

「それじゃあ、この社の封印をしたのって……」

 

「ええ。私を封印した戦乙女かそれに縁がある者でしょうね」

 

 封印された時を思い出したのか辛そうな表情で頷くサキュバスの魔女を見て、彼女の主人である魔物使いの青年は次に社の中に視線を向ける。

 

「そうか……。それじゃあ、ここに閉じ込めてられている魔女も自由にしてやらないとな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百四十七話

 封印されている魔女を自由にすることを改めて決意したアルハレムは。まず契約の儀式の魔方陣を作るために自分が持つ四本の神術の短剣を石の社を中心にした四方の地面に突き刺した。

 

 四本の短剣を地面に突き刺して合言葉を呟くと魔方陣が完成し、石の社が目に見えない壁に囲まれる。この壁の中に入ればもう仲間の助けは得られず、たった一人で魔女と戦うことになる。

 

「魔方陣はこれでよし。次は……リリア」

 

「はぁい♪ かしこまりました♪ ……ん」

 

 アルハレムに呼ばれるとリリアは、主人の戦いの直前だというのに全くの緊張を感じさせない明るく甘い声で返事をして、次に自分の唇を魔物使いの青年の唇に重ねた。

 

 そしてそのままリリアはサキュバスの種族特性を使って自分の内にある輝力をアルハレムに送り、それによって魔物使いの青年は本来であれば一部の人間の女性と魔女にしか使えない輝力を少しの間だけ使えるようにとなる。

 

 リョウから魔女の解放に必要な術水を受け取り、契約の儀式の魔方陣を作るために作り、リリアから輝力を分けてもらって戦いの準備は完了した。

 

 いよいよ封印されている魔女に戦いを、契約の儀式を挑もうとしたアルハレムであったが、その前に主人を激励しようとする、あるいはリリアに嫉妬をした他の魔女達にもキスをされて少しばかりの時間を取られたのは……まあ、ご愛敬である。

 

 契約をした魔女達と妹に別れを告げてからアルハレムは魔方陣の中にと入り、中心にある石の社の中を覗く。社の中は人が二、三人が入るのがやっとなくらいの狭い空間で、先程も見た人間大の石像が中央に置かれていた。

 

 コシュから聞いた話によるとこの石像こそが封印されて石となった魔女そのものだという。

 

 下の石畳にはかつてリリアを二百年以上封印していた魔方陣と、恐らくは成鍛寺の僧侶達が置いたのであろうお供え物があった。アルハレムはそれらを確認すると、手に持っていた錫杖の石突を魔方陣の一部が描かれている石畳に叩きつけた。

 

 契約の儀式を挑むにはまず、この魔女の封印を解除しなければならない。

 

 魔女の封印を解除する方法は、石畳に描かれた魔方陣を破壊して、石像と化した魔女に取り付けられている封印の神術の道具を取り外すこと。

 

 アルハレムがリリアから分けてもらった輝力を少しだけ使い、筋力を強化しての一撃で魔方陣が描かれた石畳を破壊するとその直後、社の中央にある魔女の石像から強い風が吹いたような気がした。

 

「……っ! 封印の片方が解除された影響か。後は石像にある封印の道具を取り外すだけらしいけど……これのことか?」

 

 よく見ると魔女の石像の首には古ぼけた、しかし錆の一つもついていない鎖がまるで首飾りのようにかけられており、アルハレムがその鎖の首飾りを取り外した瞬間……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルハレムの視界が真っ白に染まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百四十八話

「アイツ、何をやっているのよ? さっさと封印を解きなさいよ」

 

 時は少し遡り、魔女が封印されている石の社から離れた場所でアルハレム達の様子を見ていたリンは苛立ちながら呟いた。

 

「リン様。アルハレム様にも色々と準備がお有りなのです。なにしろこれから一人で魔女と戦うのですから」

 

 リンの隣に立つリョウがたしなめるように言うが、彼女はそんな言葉など気にした様子もなく鼻を鳴らす。

 

「ふん。何よ、それ? アイツ、もうあんなに魔女を従えているんでしょ? 今更魔女の一人や二人で何、慎重になっているのよ? ……全く、あんな厄介な条件がなかったらヒューマンなんかに頼らずに済んだのに」

 

 リンの最後の言葉は隣にコシュとヨウゴがいるため流石に小声であったが、それでもリョウの耳はそんな小声の呟きを拾っていた。

 

 歳若いエルフは他の人間の種族、特にヒューマンを下に見て侮る傾向があるのだが、リンと同じ世代のエルフは長老格のエルフ達の影響のせいか特にその傾向が強い。これまでにもリョウやリンの父親であるエルフの領主サンが何度も言い聞かせたが、一向にリン達のヒューマンを見下す態度は治らなかった。

 

「リン様! いい加減に……………っ!?」

 

 リョウが先程よりも強い口調でリンをたしなめようとしたその時、突然強い光と風が生まれた。

 

「こ、これは……!?」

 

「一体何なのよ!?」

 

「ふ、封印が解かれた……!」

 

「これで……伝説の魔女が復活する!」

 

 突然の強い光と風にリョウとリンが両腕で顔を庇っていると、そこにコシュとヨウゴの声が聞こえてきた。

 

「何ですって!?」

 

 コシュとヨウゴの言葉にリョウが手で光から目を守りながら魔女が封印されている石の社の方を見ると、石の社は今の突風で吹き飛んだのか影も形もなく、代わりに見えたのは……。

 

「光の……柱?」

 

 リョウと同様に手で目を守りながら前方を見ていたリンが呟く。彼女の視線の先には、石の社があった場所から数条の青白い光の柱が天に登っていた。

 

 ☆★☆★

 

「い……痛っ」

 

 地面に倒れて気絶していたアルハレムは背中の痛みで気がつきゆっくりと上半身を起こした。

 

「何で俺、地面で倒れていたんだ? 俺は確か、石の社の中で………!?」

 

 若干記憶が混乱しているアルハレムは額に手を当てて記憶を辿ると、自分が気絶する前まで何をしていたかを思い出して慌てて立ち上がり辺りを見回した。

 

「そうだ! 魔女は! 封印はどうなったんだ!?」

 

 見ればアルハレムは契約の儀式の為に自分が作った魔法陣の端まで吹き飛ばされていて、社がある方に視線を向けてアルハレムはそこにあった光景に思わず呟いた。

 

「……光?」

 

 アルハレムの視線の先では、石の社が彼と同じ様に吹き飛ばされてなくなっていて、社があった場所には人の形をした青白い光が立っていた。人の形をした光は身体の輪郭から女性だと分かるが顔などの細かい所は分からず、その背中の辺りからは数条の光の線が天にと伸びている。

 

「まさか……あれが封印されていた魔女なのか?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百四十九話

「ア、アルハレム様……」

 

「っ! リリアか!?」

 

 人の姿をした光、封印されていた魔女に目をとられていたアルハレムが背後から聞こえてきた声に振り返ると、そこには額に手を当てて膝をついているリリアの姿があった。

 

 リリアの顔を見ると顔中に汗を浮かべた苦しそうな表情が浮かんでいたが、自分の主人の目を見てサキュバスの魔女は安堵の笑みを浮かべる。

 

「アルハレム様……無事でよかった……」

 

「……リリア、俺が気絶してどのくらい経った? いや、それより俺が魔女の封印を解いてから何があったんだ?」

 

 具合が悪そうなリリアも気になるアルハレムだが、それよりも気になることがあったので聞いてみることにした。

 

「……社の中で何があったかは分かりませんが、突然石の社が吹き飛んだかと思うとアルハレム様がここまで飛ばされてきたのです。アルハレム様が気を失っていたのはほんの数分ですが、どうやらかなり危険な状況のようです。……周りを見てください」

 

「え? ………これはっ!?」

 

 リリアに言われてアルハレムが見てみると周囲は何故今まで気づかなかったのかと思うくらいに混沌と化していた。

 

 辺りからは山の獣達の悲痛な鳴き声が絶え間なく聞こえ、鳥達が一刻も早くこの場から離れようと飛び立ち、本来であれば無害であるはずの小型のモンスターがその身に狂気を宿らせて近くの木々や石、動物に噛み付いている。

 

「これは……あの魔女の仕業なのか?」

 

「恐らくは……石の社が吹き飛んだのと同時に……こうなりましたから……」

 

 アルハレムの言葉にリリアは何かに耐えるかの様に苦しげな口調で答える。その後ろでは魔物使いの青年に従う他の魔女達も、サキュバスの魔女と同様に苦しそうな表情を浮かべて何かに耐えていた。

 

「アルハレム様……。早くあの光……魔女を……。あの光を見た時から、身体中に『何かを壊したい』という衝動が走って……。このままだと私達も、他のモンスターのように暴れてしまいます……」

 

「………!」

 

 もはや間違いない。あの人の形をした光こそが伝説にある封印された魔女である。

 

 コシュ達の話を疑ったつもりはなかったが、それでも話にあったモンスターを凶暴化させる力を目の当たりにしてアルハレムは言葉を失った。

 

「アリスン!」

 

 アルハレムは魔法陣の外で両手で自分を抱きしめるようにして倒れているヒスイを介抱していた妹を呼び、兄に呼ばれたアリスンは慌てて彼の方を見た。

 

「は、はい! お兄様!」

 

「アリスン! お前は急いでコシュさん達とこの場から離れろ! ここは危険だ!」

 

 アルハレムがアリスンに大声で警告する。今でこそリリア達は耐えているが、九人の魔女達の理性が限界を超えて凶暴化したらアリスンやコシュ達では太刀打ち出来ないだろう。

 

「わ、分かりました!」

 

 アリスンがコシュ達の所に走って行くのを確認してからアルハレムはリリア達に顔を向ける。

 

「皆、もう少しだけ待っていてくれ」

 

「旦那様……」

 

 アルハレムの言葉にリリアを始めとする彼と契約をした魔女達が苦しげだが微笑んで頷く中、ヒスイが自分の主人である魔物使いの青年に声をかける。

 

「ヒスイ?」

 

「旦那様……。どうかあの魔女の方を救って下さい……。あの方は……今も傷つき、苦しんでいます……。よく分かりませんが……そう、感じたのです……」

 

 封印から解放された魔女を見て何かを感じたらしいヒスイの訴えにアルハレムが頷く。

 

「ああ、分かった。待っていてくれ」

 

 アルハレムはヒスイにそれだけ言うと封印から解放された魔女の元に向かって駆け出した。その途中で武器として選んだ錫杖が落ちているのを見つけて拾い上げる。

 

「……さて、これからどうしたものかな? ヒスイには何とかするって言ったけど……っ!?」

 

 走りながらアルハレムがこれからどうするか考えていると、そこに数本の光の線がアルハレムに目掛けて降ってきた。

 

「ちぃっ!」

 

 自分を目掛けて降ってきた光の線に気づいたアルハレムはリリアからもらった輝力を使って身体能力を強化して光の線を回避する。その直後に光の線は先程までアルハレムがいた場所に降って地面を大きく抉った。

 

「……どうやら俺を敵と認識したって訳か」

 

 アルハレムがそう呟いて封印から解放された魔女を見ると、人の形をした光も視線と背中から伸びている光の線の先端を魔物使いの青年に向けていた。

 

「悪いな、ヒスイ。やっぱりこうするしかないようだ」

 

 アルハレムは小さく呟いてヒスイに詫びると手に持った錫杖を構えて目の前の魔女と戦う覚悟を決めるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百五十話

「ーーーーーーーーーー!!」

 

 アルハレムが武器を構えたのを見て人の形をした光、封印されていた魔女が何とも形容しがたい叫び声を上げる。そしてそれと同時に魔女の背中から生えている光の線が一度空に伸びてから魔物使いの青年に目掛けて急降下する。

 

「当たるか!」

 

 空から降ってくる光の線をアルハレムは回避して、光の線によって抉られた地面に視線を向ける。

 

「あの威力……レムが操る石像の拳と同じくらいか。……そういえばリリアも似たような攻撃をしていたな」

 

 魔女の攻撃の威力を分析しながらアルハレムは、いつか見たリリアの戦いと最初にレムと戦った時の事を思い出す。

 

「これなら何とか躱せるな……!」

 

 アルハレムはそう言うと魔女の光の線を慎重に避けながら魔女との少しづつ距離を詰めていく。事実、彼の言う通り魔女の光の線の動きはひどく単調であった。

 

 魔女の背中から生えている光の線は全部で九本。攻撃する時はその内の三、四本を一度空に伸ばしてから急降下させるのがほとんどで、偶に横薙ぎに振るうこともあるが自身の視界が遮られるのか狙いが大雑把となる。

 

 確かに地面を抉る威力は一般人から見れば驚異であるが、アルハレムも九人の魔女を従えて何度も戦いをくぐり抜けて来た冒険者だ。正直、これくらいの威力の攻撃なら仲間達だって繰り出せるし、威力に目を奪われなければ避けるのは難しくなかった。

 

(なんだかやけに簡単に近づけたな? ……まさか罠でもあるのか?)

 

 魔女の光の線を避けながら輝力で強化された身体能力ならもう本体に攻撃を仕掛けられる距離まで近づいた所でアルハレムは思わずそう考えた。

 

(あまりにも簡単すぎる。考えてみれば魔女は最初の位置から全く動いていないし、攻撃も中途半端だし、もしかしたらワザと単調な攻撃を繰り返して何か俺に必殺の一撃を与える機会をうかがっているのか?)

 

 そんな考えが脳裏に浮かんだ途端、アルハレムの額に嫌な汗が一筋流れ、前に進むのがためらわれる。

 

(……だけど行くしかない、か)

 

 戦いが始まる前にリリアから分けてもらった輝力もすでに半分消費している。このまま攻めずにいたら輝力も尽きて、それこそ魔女を攻撃することも、あの光の線を避けることも出来なくなる。

 

 それならば例えそこに罠があったとしても、前に出てこの反撃の機会を活かすしかない。

 

 そしてアルハレムが覚悟を決めるのと同時に魔女の背中にある光の線が三本、空に伸びてから魔物使いの青年を目掛けて急降下してきた。

 

「今だ!」

 

 タイミングを計って前方に駆け出して光の線を避けたアルハレムは、そのまま輝力で強化された脚力をもって一瞬で魔女との距離を詰めると錫杖を振るった。高速で振るわれた錫杖はそのまま魔女の胴体に吸い込まれるように向かって、そして……。

 

「ーーー!?」

 

「……え?」

 

 アルハレムの振るった錫杖は魔女の胴体に命中し、魔女は身体を「く」の字に曲げて吹き飛び、二度三度と地面を跳ねてようやく動きを止める。そして攻撃を仕掛けた当人であるアルハレムはあっさりと吹き飛ばすことができた魔女の姿を見て思わず呆けた声を出した。

 

 魔女が単調な攻撃しかしてこない事から「何か罠があるのでは?」と考えていたアルハレムだったが、今の地面に倒れている魔女を見て別の考えが思い浮かんだ。

 

 魔女の周囲の魔物を凶暴化させる力は確かに驚異だ。あの光の線も威力だけを考えれば恐ろしいと思う。

 

 だけど実際に戦ってみた魔女の実力は……。

 

「この魔女……素人なのか?」

 

 アルハレムが信じられないといった表情で呟く。だが防御するそぶりすら見せず、受身も取らない様子を見るとそうとしか思えない。

 

 どうやらこの魔女は特殊で強力な能力こそ持ってはいるがそれ以外、特に戦闘能力は非常に低いようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百五十一話

「………!」

 

 地面に倒れた魔女は立ち上がろうとするが、アルハレムの一撃で受けたダメージが大きかったのかその動きはひどくゆっくりとしたものであった。

 

 体を震わせながら立ち上がろうとする魔女を見てアルハレムは考える。

 

 この契約の儀式であの魔女と契約するには、魔女に「自分ではアルハレムに勝てない」と思わせて支配を受け入れさせる精神状態にしなければならない。しかしこうして直に戦ってみたアルハレムは、魔女が強い怒りの感情によって完全に理性を失った状態で、自分に従うように持っていくのは非常に困難であると理解した。

 

(まったく……。一体何をしたらここまで恨まれるんだよ?)

 

 つまりそれだけ魔女が前の主人から受けた怨みが大きいということで、アルハレムは魔女の前の主人である成鍛寺の開祖の兄に思わず心の中で恨みの言葉を吐いた。

 

「さて、ここからどうしようかな……」

 

「何をしているのよ!?」

 

「えっ?」

 

 眼前の魔女を油断なく観察しながらどうやって契約をしようかとアルハレムが考えていると、そこに聞き覚えのある女性の怒声が聞こえてきた。声が聞こえてきた方を見るとそこには離れた場所で待機しているはずのリンの姿があった。

 

(なっ……!? 何でリンがここに? リョウさん達はどうしたんだ?)

 

 リンの姿に驚いたアルハレムが彼女と共にいたはずのリョウとコシュにヨウゴの姿を探すと、彼らは後方で狂暴化した魔物と戦っていて、慌てて駆けつけたアリスンがリンの肩を掴む。

 

「ちょっと貴女、一体何をしているのよ!? お兄様はここから逃げろって言っているでしょ!」

 

「離しなさいよ!」

 

 リンは自分の肩を掴むアリスンの手を乱暴に振りほどくとアルハレムに向かって叫ぶ。

 

「アルハレム! 今が好機でしょ! 早くその化け物を殺しなさい!」

 

「……はぁ?」

 

 魔女を殺せと言うリンの言葉にアルハレムは思わず今の状況も忘れて呆けた声を出した。そしてそれはこの場においては悪手であった。

 

「ーーー!」

 

「っ!? しまった!」

 

 アルハレムの意識がリンに向けられた隙を突いて魔女が光の線を魔物使いの青年の頭上にと降らせる。

 

 しかし幸いにもダメージを負っている魔女が降らすことができた光の線は一本だけで、その上速度も今までのよりも遅かった為アルハレムもとっさに避けることができた。そんな魔物使いの青年の背中にリンの怒声が飛ぶ。

 

「何をふざけているのよ! 早くその化け物を殺しなさいと言ったでしょ!」

 

 リンの発言のせいで危ない目にあったアルハレムは流石にリンの怒声に苛立つが、魔物使いの青年よりも先にアリスンが怒りを露わにする。

 

「ふざけているのは貴女でしょうが! 貴女の所為でお兄様が危ない目にあったのよ!? それにあの魔女はお兄様が契約するって話……!」

 

「何を言っているのよ! もうそんな事を言っている場合じゃないでしょ!?」

 

 怒声を上げるアリスンにリンは怒鳴り返すと周りを見るようにと腕を振ってみせる。周囲では相変わらず狂暴化した魔物が暴れまわっていた。

 

「それに私は元々あんな化け物を生かしておくのは反対だったのよ! 魔女なんて所詮人の姿をした魔物じゃない! そんなのをまるで本当の人間のように扱うだなんて貴女もアルハレムも頭が可笑しいんじゃないの!?」

 

「「……………!?」」

 

 リンの口から出たのは彼女が今まで溜め込んでいた不満。彼女の偽りのないアルハレム達を見下してきたという本音。

 

 それを聞いたアルハレムとアリスンは怒りを感じるよりも自分達との価値観の違いに驚き絶句した。そして……。

 

『……………………!!』

 

 リンの吐き捨てるような言葉にリリアを始めとしたこの場にいる魔女達が体を大きく一度震わせて瞳に狂気の光を宿したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百五十二話

「これ、は……!?」

 

 最初に異変に気づいたのはアルハレムであった。

 

 魔物使いとそれに契約した魔物は魂と魂で繋がっていて、魂の繋がりからアルハレムは焼け付くような怒りと憎悪を感じて反射的に自分と契約している魔女達に視線を向けると、リリアを初めとする魔女達は静かにリンの方に視線を向けていた。だがその魔女達のエルフの少女を見る目は、今から敵に牙を突き立てる獣のような目であった。

 

「あ、貴女達……?」

 

 リリア達の目を見たアリスンが思わず呟く。魔女達の怒りと憎悪を垣間見た彼女は本能で危険を感じ取った為顔色は青く、身体もわずかに震えていた。

 

 だがしかし、戦乙女の少女の隣にいるエルフの少女は目の前にいる危険に全く気づいていないらしく……。

 

「何を見ているのよ! そんな所でサボっていないで周りにいる魔物を倒しに行きなさいよ、この役立たず!」

 

 と、リンはリリア達の怒りに油を注ぐ言葉を言い、それが決定打となった。

 

『『ーーーー!』』

 

 まるでリンの言葉を合図にしたかのように魔女の力によって凶暴化したリリア達が一斉にリンとアリスンに飛びかかった。

 

「アリスン! リン! ……くっ!?」

 

 リリア達がリンとアリスンに飛びかかったのを見てアルハレムが叫んだ瞬間、彼の頭上に光の線が降り注いだ。間一髪で避けて殺気が感じる方に視線を向けると人の形をした光の魔女がこちらを睨んでいた。

 

「全く! ただでさえ厄介なのに! 彼女は俺達の邪魔をしに来たのかよ!」

 

 アルハレムが苛立たしげに舌打ちする。「彼女」というのは当然リンの事で本人の耳にも聞こえているだろうが、もはやどうでも良かった。

 

 これだけの迷惑をかけられたのだ。これぐらいの愚痴くらいは言ってもいいだろう。

 

「というか生きているんだろうな……って、あれは?」

 

 魔女はまだダメージが残っているようですぐに次の攻撃に移れないらしく、アルハレムは魔女に注意しつつアリスンとリンの方にと視線を向けた。するとそこにあったのは、この場にいるアルハレムと契約している八人の魔女達が二手に分かれて相対している姿だった。

 

 魔女の力の影響とリンの暴言によって凶暴化したのはレイア、ルル、シレーナ、ウィンの四人。その四人をリリア、ツクモ、ヒスイ、アルマの四人が押しとどめていた。

 

 怒りのままに突撃しようとするレイアをアルマが彼女の両腕を掴んで止めて、

 

 凶刃を振るおうとするルルの剣をツクモが小刀で受け止め、

 

 空から襲い掛かろうとするシレーヌを同じく空を飛んだレイアが牽制して、

 

 ドラゴンの力を発揮しようとしたウィンをヒスイが霊亀の力で作り上げた結界で閉じ込める。

 

 魔女の力によって全員凶暴化したと思われたリリア達であったが、リリアとツクモ、ヒスイにアルマの四人はなんとか理性を保っていたらしく、凶暴化した他の四人からアリスンとリンを守っていた。

 

 目の前で魔女達が激突するのを見てリンも今更ながらに現状を理解したようで顔を青くする。

 

「あ、貴女達! 私を誰だと思っているのよ!? やっぱり魔女なんて……ぶぎゃっ!?」

 

 魔女の力によって凶暴化したレイア、ルル、シレーナ、ウィンに向かって叫ぼうとしたリンであったが、矢のような勢いで伸びてきた鞭のようなものよって顔を強打されて吹き飛ばされる。

 

「これ以上私達を怒らせるな!」

 

 リンを吹き飛ばしたのはリリアの尻尾だった。空からシレーナを牽制しながら尻尾を伸ばしてエルフの少女の顔を強打したのだ。

 

 リリアに吹き飛ばされて気絶したリンは前歯が数本に鼻の骨が折れている悲惨な状態であった。しかしサキュバスの魔女がエルフの少女を吹き飛ばしたのは、これ以上彼女が暴言を言って凶暴化を促すのを止めるための、手荒くはあるが必要な行動であり、この場にいる者でリリアを責める者はいなかった。

 

「……ふん。自業自得よ」

 

 アリスンもリリアの行動を必要であったと思っていたようで、気絶しているリンを見下ろして吐き捨てるように言うと、彼女を担いで後ろに下がるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百五十三話

「リリア、ありがとう。アリスンも無事な様だな」

 

 アリスンが気絶したリンを連れて後ろに下がっていく姿を見てアルハレムが胸を撫で下ろす。それに対してリリアによって顔を強打されて気を失っているリンのことは全く心配しておらず、目も向けていないのだがこれは仕方がないだろう。

 

「アルハレム様! もう……、あまり持ちません!」

 

 アルハレムが妹の無事に安堵していると、上空でリリアがシレーナと相対しながら悲鳴のような声を上げる。

 

 見ればリリアは非常に辛そうな表情を浮かべており、彼女だけでなくツクモとヒスイにアルマも、辛そうな表情を浮かべてルルにウィンにレイアを抑えている。その表情は自分達が押さえている相手が手強いだけでなく、自分達が今にも魔女の力で凶暴化してしまいそうなのを表していた。

 

「これは思ったよりヤバいか……なっ!」

 

 リリア達の様子を見てアルハレムは魔女が降らせてくる光の線の攻撃を避けながら言う。

 

 アルハレムの言葉の通り、現在の状況は非常に悪い。これ以上時間をかけてしまいリリア、ツクモ、ヒスイ、アルマの四人まで凶暴化してしまえば取り返しのつかないことになってしまう。

 

 そうなる前になんとしても契約の儀式を成功させて魔女を仲間にして、魔女の暴走を止めなくてはならなかった。

 

「やるしかないか……」

 

 覚悟を決めた表情となったアルハレムはヒスイが作り出した結界の中で暴れているウィンに視線を向けた。

 

「ウィン、お前の力を使わせてもらうぞ」

 

 契約の儀式を始める前にアルハレムはリリアから輝力を分けてもらうと同時に自身の固有特性「力の模倣」を使ってウィンの持つ技能の一つをコピーしていて、それを今使う事にした。

 

「『畏怖を与える視線』」

 

「………!?」

 

 呟くのと同時にアルハレムの瞳が怪しく光り、それと同時に魔女が僅かに身じろぎする。

 

 アルハレムがウィンからコピーした技能はドラゴンに属する魔物が共通して習得するもので、自分が見た相手に強い恐怖の感情を与えるという効果がある。

 

 視界に入った相手に効果を発揮するという点ではレイアの魔眼と同じように思われるが、魔眼が相手と視線を合わせる必要があるのに対してこの技能「畏怖を与える視線」は視線を向けるだけで効果を発揮する。ただその代わり、使用している間大量の輝力を消費する為、アルハレムも使い時を考えて今まで使うことができなかった。

 

「……!」

 

「どうやらこの技能は効果がある様だな」

 

 アルハレムは自分の視線を受けて後ずさる魔女を見て安心したように呟く。

 

 契約の儀式を成功させるには魔女に敗北を認めさせて自分から服従するようにさせるしかない。

 

 そして強い怒りで暴走している魔女に敗北を認めさせるにはどうするべきかとアルハレム達が考えた手段が、ウィンから借りた技能で怒りよりも強い恐怖の感情を魔女に与えるというものであった。

 

「……………!」

 

「これは……」

 

 魔女は叫び声を上げると数本の光の線をアルハレムに向けて降らせる。その攻撃は今までの攻撃よりも勢いがあった。

 

(なるほど。恐怖を感じたことでその原因である俺を全力で排除しようと思ったわけか)

 

 攻撃が激しくなった理由を察して納得したアルハレムは、前方に駆けて魔女の攻撃を避けるとそのまま輝力で強化した脚力を活かして魔女に肉薄する。

 

「……!? ………!」

 

 光の線を降らせると自分にまで被害が出る距離まで近づかれた魔女は両腕を振り回して暴れるが、アルハレムから見れば隙だらけで何の抵抗にもなっていなかった。

 

「本当に戦いの素人なんだな!」

 

「!?」

 

 でたらめに振り回される魔女の両腕を避けるのは容易いのだが、アルハレムはあえて錫杖を振るって魔女の両腕を叩き返して魔女の恐怖心を煽った。すると相変わらず全身が光に包まれていて表情は分からないのだが魔女が動揺する気配が伝わってきた。

 

「これで……終わりだ!」

 

「………! ……!」

 

 恐怖によって魔女の体が固まり動きが鈍くなった隙をついてアルハレムが体当たりを仕掛けると、魔女は驚くくらいあっさりと地面に倒れ、魔物使いの青年は地面に倒れた魔女の喉元に錫杖の先端を突きつける。

 

 そこでついにアルハレムが与える恐怖の感情が魔女を支配する怒りの感情を上回り、敗北を認めた魔女の胸元から彼女の魂の一部である光の球が現れて魔物使いの青年の体へと移り、契約の儀式は成功したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百五十四話

「……」

 

 空を飛ぶ幽霊船(レムは豪華客船だと断固主張している)の外見をしているダンジョン、エターナル・ゴッデス号内部にある寝室で眠っていたアルハレムは朝日の光を浴びて目を覚ました。

 

 アルハレムが成鍛寺の山に封印されていた魔女と契約の儀式を行った日から今日で三日が経っていた。

 

 あの日、契約の儀式で魔女を自分に従わせたアルハレムは、エルフの一族に伝わる神術「心狂わす月の霊水」で作り出した術水を飲ませた。それによって魔女の暴走は治まり、魔女の力の影響で凶暴化していた魔物達も元に戻ったのだった。

 

 その後も少しばかりの騒ぎがあったのだが、その騒ぎも無事に終わってアルハレム達は今こうしていつも通りの朝を迎えていた。

 

「しかし……契約の儀式よりもいつもの生活の方が大変なのは気のせいか?」

 

 アルハレムは三日前の契約の儀式での戦いと普段の生活、特に昨夜の事を思い出しながら呟くと自分が寝ている寝台の上に視線を向ける。

 

 寝台の上ではリリアを初めとするアルハレムに従う九人の魔女達が一糸纏わぬ姿で安らかな表情で眠っていて、魔物使いの青年も何の衣服も着ていないことから昨夜も彼が魔女達から肌を重ねていたのは明白であった。

 

 魔女は肌を重ねた相手から大量の【生命】を吸い取ってしまう為、普通であれば魔女と肌を重ねることは死を意味する。

 

 三日前の契約の儀式も確かに危険な戦いではあったが、毎日のように行われる魔女達との情事と、どちらが大変で命の危険かと聞かれると後者だとアルハレムは思う。

 

「はぁ……」

 

「……お兄様」

 

「アリスンか」

 

 自分の普段の生活が危険で満ちていることを再確認してアルハレムがため息を吐くと、彼の側で下着姿のまま眠っているアリスンが寝言で兄の名を呼ぶ。

 

「コイツもなぁ……。一体どうしたらいいものか、はぁ……」

 

 アリスンはアルハレムの旅と同行してからずっと兄と寝所を同じくしている。……それは魔物使いの青年が自分の魔女達と肌を重ねている時でもだ。

 

 当然、兄妹で肌を重ねてなどはいないがそれでも今のような状態は問題しかなく、アルハレムはもう一度ため息を吐く。

 

「ため息を吐いてどうかしましたか、主様?」

 

 アルハレムがため息を吐くと、寝室の扉が開かれてそこから寝室に入ってきた人物が魔物使いの青年に話しかけてきた。

 

 寝室に入ってきたのは着物を着た金髪の女性。外見の年齢はヒスイと同じ二十代後半から三十代くらいで、胸元を見れば着物の上からも分かるくらい豊かな乳房が揺れている。

 

 だが以上に特徴的であったのが彼女の頭と腰。金髪の女性の頭部には人間の耳の代わりに狐のような耳が、腰には三本の狐の尻尾が生えていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百五十五話

「メイか……。いや、何でもないよ。おはよう」

 

「はい。おはようございます」

 

 アルハレムが狐の耳と尻尾の生えた金髪の女性、メイの名前を呼んで挨拶をすると、メイも笑顔を浮かべて挨拶を返してくれた。

 

「メイ、それは?」

 

「これですか? 主様が喉が乾いていると思って冷たい水を用意しました」

 

「助かるよ」

 

 メイは両手で水が入っている小瓶とコップを載せたお盆を持っていて、アルハレムはコップを受けとると早速水を飲んだ。メイが予想した通り、魔物使いの青年は昨夜九人の魔女達と長時間に渡って肌を重ねていた為に汗などの大量の水分を失っていて、口にした冷たい水はまるで身体中に染み渡るかのように美味しく思えた。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

「いえ、お役に立ててよかったです」

 

(やっぱりいい娘だな、メイは。……こう言っては失礼だけどまだ少し意外だな)

 

 礼を言うアルハレムにメイは笑顔のまま優しい声で答えて、その笑顔を見ながら魔物使いの青年は内心で呟いた。

 

 外見から見て分かるようにメイはヒューマンではなく、寝台の上で眠っているリリア達と同じ魔女である。

 

 そしてメイこそが三日前にアルハレムが契約の儀式で戦って仲間にした、成鍛寺の山に封印されていた魔女であった。

 

 アルハレムと契約をして暴走が治まったメイは非常に穏やかで母性的な性格で、契約の儀式で戦った魔物使いの青年はあの時の彼女と今の彼女が同一人物とはとても思えずにいた。

 

 ちなみに「メイ」とはアルハレムが彼女につけた名前で、契約の儀式の時に全身から輝力の光を放って周囲を照らしていたことから、シン国にある「明り」という文字の別読みを名前にしたのだ。

 

「メイさん。私にもお水貰えませんか?」

 

「え?」

 

「リリア?」

 

 アルハレムがメイの顔を見ながら契約の儀式の時の事を思い出していると、いつの間にか目を覚ましていたリリアが二人の近くに来ていて、サキュバスの魔女は返事を聞く前にメイのお盆に載っている小瓶を手に取って口につけた。

 

「ん♪ ん♪ ん♪」

 

「……」

 

「……」

 

 リリアも喉を渇いていたのか、アルハレムと同様に美味しそうに小瓶の水を飲んでいく。一糸纏わぬ裸体を隠そうともせずに水を飲むリリアの姿は非常に艶かしいが、同時に自然体に見えるのは彼女がサキュバスの魔女であるからだろうか?

 

 その魅力的なサキュバスの魔女の姿に、メイだけでなく彼女の裸体を見慣れているアルハレムも目を離すことは出来なかった。

 

「あ……」

 

 不意にメイが顔を真っ赤にしながら小さな声を漏らす。

 

 アルハレムが彼女の視線の先を見てみると、水を飲んでいるリリアの口から漏れた一筋の水が彼女の喉元から胸元の谷間を通って下腹部にまで流れており、それが何とも言えない色香を放っていた。

 

「………!」

 

(? メイはこういうのには慣れていないのか?)

 

 今のリリアの姿は確かにいつも以上に魅力的ではあるが、魔女であるはずのメイがサキュバスの魔女から目を離せず恥ずかしさのあまり放心状態となっているのは少し大げさのような気がしてアルハレムは内心で首を傾げるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百五十六話

「ふう♩ 生き返りました♩ ありがとうございます、メイさん」

 

 よほど喉が渇いていたのかリリアは小瓶の水を全て飲み干すと、水を持ってきたメイに礼の言葉を言った。

 

「……えっ!? い、いえ、私はただ主様の為にお水を持ってきただけですから……。その、私達主様に従う魔女が主様の為に働くのは当然の事ですから……」

 

「……へぇ」

 

 リリアに声をかけられて放心状態から復帰したメイがそう答えると、それを聞いたサキュバスの魔女は僅かに不機嫌そうに目を細めて呟いた。

 

「え? リリア?」

 

「アルハレム様に従う魔女がアルハレム様の為に働くのは当然の事……私もそう思います。……ですが、だとしたらメイさんは最も大切な仕事をしていないじゃないですか?」

 

 リリアの変化に気づいたアルハレムが声をかけるが、サキュバスの魔女は耳を貸さずに手に持っていた小瓶を床に置くとメイに問い詰める。

 

「最も大切な仕事、ですか? それは一体何でしょうか?」

 

「……本当に分からないのですか?」

 

 メイの言葉にリリアが詰め寄る。それによって元々近かった二人の距離が縮まり、リリアとメイの豊かな乳房が接触して押しつけ合いその形を淫らに変形させる。

 

「分かりませんか、メイさん?」

 

「え、ええ……」

 

「そうですか……。では教えてあげます」

 

 リリアの質問にメイが答えると、それを聞いたサキュバスの魔女は出来の悪い生徒を見る教師のような顔になってため息を吐いてからメイの後ろに回り込む。

 

「あの……リリアさん?」

 

「私達、アルハレム様に従う魔女の最も大切な仕事……それはアルハレム様にご奉仕することです!」

 

「「っ!?」」

 

 メイの後ろに回り込んだリリアは彼女の着物の胸元を勢いよく開き、乳房を露出させられたメイとそれを正面から間近で見た……というか見せられたアルハレムは同時に息をのんだ。

 

 突然の出来事にアルハレムは混乱で、メイは羞恥心で固まってしまう。だがリリアはそんな事は御構い無しに何も分かっていない後輩の魔女に言う。

 

「いいですか? 私たちは魔女……つまりは人間の姿を魔物で、主人であるアルハレムはご自身の固有特性によって超人的な体力を持っています。この二点から考えて私達の最も大切な仕事は、この身体を使って体力を持て余すアルハレムにご奉仕することと言えるでしょう。むしろそれ以上に優先すべき仕事なんてあるでしょうか? ……いや、ない!」

 

「俺は他にもあると思うんだけど……」

 

 自信満々に言い切るリリアに思わずアルハレムが呟き、それに続いて顔を真っ赤にしたメイが蚊の鳴くような声で言う。

 

「あ、あの、その、リリアさん……。そ、そういう……肌を重ねる行為は……結婚をした夫婦しかしてはいけな……」

 

「ああ、それなら大丈夫です♩ 私達はアルハレム様と契約をした時点で既に結婚をした様なものです。ですから私達同様アルハレム様と契約をされたメイさんも思う存分私達のご主人様と肌を重ねてもいいんですよ。というか、それが義務なんでから」

 

「いつから義務になったんだよ?」

 

 メイの言葉を遮るように言うリリア。彼女の言葉にアルハレムが呆れた声で突っ込みを入れるがサキュバスの魔女は華麗に無視した。

 

「で、ですけど私は罪深い身……。これ以上主様や皆さんと関わっては……」

 

「またそれですか……」

 

 リリアはメイの口から出た、この三日間で何度も聞いた台詞に顔をしかめる。彼女の言う「罪」とは二百年以上前に暴走状態となってシン国に大きな被害を出したことである。

 

 メイは暴走状態の自分が何をしてしまったかをほとんど記憶しており、その事を深く悔やんでいた。その罪悪感から彼女は「助けてくれたことは感謝していますが、私のような罪深い者と親しくしていたら迷惑がかかります」と言ってアルハレム達と一定の距離を保っていて、今まで一度も魔物使いの青年と肌を重ねたこともなかった。

 

 そんなメイの態度をアルハレムは特に気にしていなかったのだが「パーティーのお色気担当」を自称するリリアは気に入らなかったようだ。

 

「全く、何を馬鹿馬鹿しい事を言っているのですか? そんなの『私の身体でアルハレム様にご奉仕して償います』と言えばいいんですよ。せっかくこんな魅力的なものを持っているのに使わないなんて勿体無いです……よ!」

 

 そう言うとリリアは後ろから両手でメイの露出した乳房を鷲掴みにする。

 

 メイの乳房はアルハレムが見たどの女性のよりも大きくて形のよい肉の巨峰で、それがリリアの手で柔らかく淫らに形を歪める光景は圧巻としか言いようがなかった。

 

「ひいっ!?」

 

「……!?」

 

 リリアにこの場で最大級の大きさの乳房を鷲掴みにされてメイが悲鳴を上げて、アルハレムがその光景のあまりの衝撃に目を逸らすことも忘れて凝視してしまう。そしてそんな二人を無視してリリアが驚きと悔しさを混ぜた表情を浮かべて叫ぶ。

 

「うわっ!? うっわ!? 何ですかコレ!? この持っていると手が疲れてきちゃいそうな大ボリューム! このふわっふわの揉み心地! この絹のような肌の感触!」

 

「ん……ひっ」

 

 メイの乳房を鷲掴みにするリリアはそう叫ぶと、意識してやっているのかそれとも無意識でしているのか彼女の乳房を持つ両手の指を動かし、メイがくすぐったそうな声を上げる。

 

「うわ~、私もおっぱいには自信があったのですけど、これには勝てないですね……。何て言うかここまできたらもう、羨ましいと言うしかないですね」

 

「ああ……んっ」

 

 言っているうちにリリアも興奮してきたようでその指の動きも激しくなり、メイの口から漏れる声も熱を帯びる。

 

「本当に勿体無いですね。サキュバスの私ですら羨ましいと思うおっぱいを持っていながらそれを使わないなん……でべら!?」

 

「いい加減にしてくださーーーい!」

 

 乳房を揉みながら話すリリアだったが、ついに我慢の限界がきたメイの尻尾によって吹き飛ばされる。サキュバスの魔女を吹き飛ばしたメイの尻尾は、契約の儀式でアルハレムが戦った時と同じ光の線となっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百五十七話

「アイタタ……。全く、本当に酷い目にあいましたよ……」

 

「どう考えてもお前の自業自得だと思うが……」

 

 あの朝の目覚めからしばらくした後、寝室で身体をさすりながら呟くリリアにいつもの服に着替えたアルハレムが呆れた表情となって言う。

 

 リリアが言う酷い目とは朝の出来事でメイの尻尾で吹き飛ばされたことで、あの後サキュバスの魔女は裸のまま大の字となって気を失ってしまい、色々と目のやり場に困る状態だったのだが……それはまた別の話である。

 

 ちなみにアリスンや他の魔女達は食事をとるために他の部屋へ行っていて、今この寝室にいるのはアルハレムとリリアと、魔物使いの青年の腰に収まっているインテリジェンスウェポンのアルマだけであった。

 

「ふむ……。それにしてもメイさんの罪の意識もかなりのものですね。まさかあそこまで私を拒絶するぐらい心に壁を作っているだなんて……」

 

「いや、それとこれとは別の問題だと思うぞ」

 

「私もマスターと同意見です」

 

 ようやく身体の痛みがひいたリリアが考えるように呟くと、それをアルハレムとアルマが否定する。

 

 リリアは朝、メイの乳房を後ろから鷲掴みにした際吹き飛ばされた事を「過去の出来事から他人との壁を作っていて、それで自分を拒絶した」と考えているのだが、アルハレムと事情を聞いたアルマは原因がそれとは違う事に気づいていた。しかしサキュバスの魔女は魔物使いの青年とインテリジェンスウェポンの言葉を聞かずに自分の言葉を続ける。

 

「これは出来るだけ早く罪の意識を何とかする必要がありますね。あのままではメイさんも辛いでしょうし……」

 

「随分とメイを気にしているんだな、リリア?」

 

「当然ですよ」

 

 メイのことを心配するリリアの言葉にアルハレムが意外そうな顔をすると、サキュバスの魔女は心外そうに胸を張ってその豊かな乳房を揺らした。

 

「確かに私は基本アルハレム様以外はどうでもいいですけど、それでも私はアルハレム様の筆頭奴隷ですからね。他の奴隷達の身体状態や精神状態に気を配る義務があるのです」

 

「ちょっと待て。筆頭奴隷って何だよ? 俺は奴隷なんて連れていないぞ?」

 

 リリアの口から聞き慣れない何やら聞き捨てならない単語が聞こえてアルハレムが思わず突っ込む。

 

「何を言っているのですか? 私達アルハレム様と契約した魔女は皆アルハレム様の奴隷。そして一番最初にアルハレム様と契約をした私が筆頭奴隷なのは当然の事なのです」

 

 さも当たり前のように言うリリアにアルハレムは頭が痛いといった顔をする。

 

「それだったら普通に仲間って言えばいいだろ? その奴隷という呼び方は人聞きが悪いから止めてくれ」

 

「そうですか? それでしたら性……」

 

「それも止めろ!」

 

 アルハレムの抗議にリリアが言い直そうとするが、それを魔物使いの青年は大声を出して遮った。するとサキュバスの魔女は首を傾げた。

 

「何故でしょうか?」

 

「何故って……。それだと何て言うか……俺がお前達を寝台で誑かして戦わせる最低な男のような気がして……」

 

「その通りな気がしますが」

 

「うぐっ!?」

 

 首を傾げるリリアに目を逸らしながらためらいがちに言うアルハレムであったが、腰に差していたインテリジェンスウェポンの横槍に自覚があったのか胸を押さえた。

 

「……ふむ。まあ、それは今更なのでいいとして、問題はメイさんですよね」

 

 胸を押さえたアルハレムをしばらく見た後リリアは話をメイの件に戻そうとする。魔物使いの青年としては今のサキュバスの台詞に抗議したかったが、それだと話が進まないのでとりあえず黙って聞くことにした。

 

「メイさんの罪の意識を取り除く……それにちょうどピッタリの『イベント』があるんですよね、アルハレム様?」

 

「イベントじゃなくてクエストなんだけどな……。まあ、そうだな」

 

 リリアは自分の主人が持つ一冊の本、クエストブックを見て言うとアルハレムはそれに頷いて答えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百五十八話

 朝のリリアとの会話を終えたアルハレムは、サキュバスの魔女とインテリジェンスウェポンの魔女の他にツクモを加えて成鍛寺へと訪れた。

 

「いきなり押しかけてしまってすみません。コシュさん」

 

「はっはっはっ。気にしないでくだされ。アルハレム殿達でしたら拙僧らはいつでも歓迎しますぞ」

 

 成鍛寺の本堂に案内されたアルハレムが謝ると、成鍛寺の住職であるコシュはそれに朗らかに笑いながら答えた後、魔物使いの青年達が今日ここに来た理由について聞いた。

 

「それでアルハレム殿、本日はどの様なご用件でこちらに来られたのですでしょうか?」

 

「それなんですけど……コシュさん、この辺りで祭りなどの大きな行事を行う予定がある村とかはありませんか?」

 

「大きな行事や祭り、ですか?」

 

 アルハレムの言葉にコシュが首を傾げて聞くと魔物使いの青年が頷く。

 

「はい。ツクモさんに聞いたのですけど、この辺りの村は大きな行事を行う際にコシュさん達、成鍛寺の僧侶に女神イアス様への祈祷をお願いするのですよね。だったら今言った大きな行事の予定がある村を知っていると思うのですが?」

 

 アルハレムの言う通り、このシン国では祭りや工事などといった大きな行事をする時、農作の祈願や工事を成功を願ってこの世界の創造主である女神イアスへ祈願する風習がある。そしてこれも魔物使いの青年が言う通り、この周辺の村々での女神イアスへの祈祷は全て成鍛寺が行なってきていた。

 

「確かにその通りなのですが、何故アルハレム殿はその様な事をお聞きになるのですか?」

 

「……実は、メイに関することなんです」

 

「メイ殿がどうかされましたか?」

 

 コシュに聞かれたアルハレムが先日仲間にしたばかりの頭に狐耳を生やした魔女の名を口にすると、それを聞いた成鍛寺の住職が心配そうな表情を浮かべる。メイは成鍛寺の開祖の兄が原因で暴走をしてしまった挙げ句、つい先日まで封印されていた為、コシュは彼女に対して一種の責任感を懐いていたからだ。

 

「メイの奴、暴走をしていた時の記憶が残っているようでその事で自分を強く責めていて、心のどこかに他人との壁を作っているみたいなんですよ」

 

「……そうですか。それはこう言ってはなんですが仕方がないかもしれませんな」

 

 コシュがここにはいないメイを思い哀れむような表情でため息を吐くと、そんな成鍛寺の住職の苦渋に満ちた声にアルハレムも頷く。

 

「はい。俺もそんなことがあったメイに気にすることはないと軽々しくは言えませんでしたが、このままで良いとも思っていません。そんな時、俺のクエストブックに新しいクエストが現れたのです。クエストの内容は従えている魔物……リリア達と一緒に人間の村の大きな行事に参加してそれを成功させること。俺はこのクエストでメイの心の壁を少しでも取り除けないかと思っているんです」

 

「ほう」

 

 先程まで暗い表情をしていたコシュは、アルハレムの言葉を聞いてその意味を理解すると思わず瞳を輝かせた。

 

 成る程。確かに人間の行事に参加して多くの人間と触れ合う機会を作ればメイの心の壁を少しでも取り除けるかもしれない。

 

 今のコシュにはアルハレムに新しく与えられたクエストが、自分達を救うべく女神イアスが与えてくれた天啓のように感じられたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百五十九話

「なるほど。そういうことでしたか……」

 

 アルハレムの話を聞いてコシュは、彼が自分に大きな行事をひかえている村がないかを聞いた理由を理解して頷く。

 

「事情は分かりました。しかし残念ながらこの近くにその様行事の予定がある村はありません」

 

「そうですか……」

 

「にゃ~……。あてが外れたでござるな」

 

 コシュの返答にアルハレムとツクモは肩を落とすが、そんな魔物使いの青年達に成鍛寺の住職は笑いながら話しかける。

 

「はっはっは。皆様、そんなに落ち込まなくてもよろしいと思いますぞ。大きな行事をひかえている村がなければ、ここでその大きな行事を行えばいいではないですか」

 

「ここで?」

 

 アルハレムがコシュの突然の提案に首をかしげると成鍛寺の住職は「さよう」と言ってから言葉を続ける。

 

「アルハレム殿のお陰でメイ殿は開祖の兄君にかけられた神術から解放されて自由の身となりました。これは我ら成鍛寺の二百年にも渡る罪が終わったのと同時に、この辺りの魔物が凶暴化する危険が無くなった事を意味しております。ですからこれを祝う為の祭りを行うというのはどうでしょうか?」

 

「なるほど……」

 

 コシュの提案にアルハレムが頷き、その両隣ではリリアとツクモも納得した表情を浮かべている。

 

 確かに成鍛寺の開祖の兄とエルフの行動が原因であったメイの暴走が解決された事は、コシュを初めとする成鍛寺の僧侶達にとって大いに祝うべき事と言える。更にその当事者であるメイがその祝う為の祭りに参加して友好的に接すれば、成鍛寺の僧侶達も二百年にも渡る開祖の兄が犯した罪が終わった事をより強く認識できるであろうし、彼女も他者と付き合うきっかけを作れるはずだ。

 

「どうでしょうか、アルハレム殿? 貴方方さえよろしければこれからでも祭りの準備を始めますが?」

 

「よろしいも何もこちらからお願いします。ありがとうございます、コシュさん。メイには俺の方から参加するように話します」

 

 コシュの言葉にアルハレムは嬉しそうな表情となって頷き、それを見てリリアとツクモも笑みを浮かべて魔物使いの青年に話しかける。

 

「よかったですねアルハレム様。これでメイさんも少しは他人に慣れてくれるといいですね」

 

「そうでござるな。クエストブックのクエスト達成の目処も立ったし、ありがたい事ばかりでござる」

 

 サキュバスの魔女と猫又の魔女の言葉に成鍛寺の住職の身体が僅かに動き、それに気づいた魔物使いの青年が首を傾げる。

 

「コシュさん? どうかしましたか?」

 

「い、いえ……。実は先程から気になっていたのですが、アルハレム殿は今クエストブックをお持ちなのでしょうか?」

 

 アルハレムに聞かれてコシュは気恥ずかしそうに答えて、それを聞いた魔物使いの青年は納得する。言ってみればこの成鍛寺は、シン国でも特に女神イアスへの信仰心が厚い者達が集まる場所なのだから、そこの住職であるコシュが女神イアスが創造したクエストブックに強い興味を持つのも当然と言えた。

 

「ええ、持っていますよ。クエストブック」

 

「おおっ!?」

 

 アルハレムが右手を上げてクエストブックを呼ぶと虚空から一冊の本、クエストブックが現れて魔物使いの青年の右手に収まり、それを見たコシュが驚きの声を上げる。

 

「読んでみますか?」

 

「っ! よ、よろしいのですか、アルハレム殿!?」

 

「はい。構いませんよ」

 

「で、では失礼をして……」

 

 メイの悩み解決とクエスト達成の手伝いを申し出てくれたコシュにせめてものお礼にとアルハレムがクエストブックを読んでみるか聞くと、成鍛寺の住職は震える手でクエストブックを受け取る。手が震えているのは自らが信じる女神が創造した書物に触れられるという感動によるものであった。

 

 そしてクエストブックを開いたコシュは……。

 

 

「………!? ふぉ、ふぉう!!」

 

 

 ……とあるページを目にしたところで突然奇声を上げたのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百六十話

『え……?』

 

 クエストブックに目を通したコシュが奇声を上げた瞬間、アルハレムにリリアとツクモは思わず同時に困惑した声を漏らした。しかし成鍛寺の住職は全く聞いておらずクエストブックのページを凝視しており、その様子に何かただならぬものを感じた魔物使いの青年はサキュバスの魔女と猫又の魔女と顔を見合わせて小声で話す。

 

「(なぁ、コシュさん一体どうしたんだ?)」

 

「(いえ、私にもちょっと分かりません……)」

 

「(何やら物凄く驚いているようでござるが……。アルハレム殿? クエストブックには一般には知られていない驚愕の事実みたいなものが記されているでござるか?)」

 

「(いや、そんなものは記されていない。……でも、だったら何でコシュさんはあそこまで驚いているんだ?)」

 

「………!!」

 

 リリアとツクモに聞いてみても分からず、アルハレムが横目で見るとコシュは驚愕の表情でクエストブックを見ながら固まっていた。すると魔物使いの青年の腰に差してあるインテリジェンスウェポンのアルマが話しかけてきた。

 

「とりあえずこのままでは話が進まないので話しかけたらどうですか? マスター?」

 

「やっぱりそれしかないか。あの? コシュさ「アルハレム殿ぉぉーーーーーーー!!」……え?」

 

 アルマの言葉に従ってコシュに話しかけようとしたアルハレムだったがいきなり成鍛寺の住職が大声を上げた。

 

「こ、コシュさん? 一体どうしました?」

 

「どうしたもこうしたもありません! あ、アルハレム殿! こ、ここ、これれ、れははは……!」

 

 アルハレムに聞かれて震える声のコシュは、先程まで自分が見ていたクエストブックのページを魔物使いの青年に向けて震える指でページのある一点を指した。そこには次のような文章が記されてあった。

 

 

【クエストそのにじゅう。

 まもののおともだちに、にんげんのまちのおしごとをてつだわせてください。

 いっしょにおしごとをするとなかよくなれますからねー。

 それじゃー、あとごじゅうきゅうにちのあいだにガンバってください♪】

 

 

「? 今回のクエストの文章ですけど、それが何か?」

 

「何を呑気な事言っておられるかっ!」

 

 アルハレムが言う通り、コシュが指差しているのは今回のクエストの内容を知らせる文章だった。しかし何故コシュがその文章を見て驚愕しているのか分からずアルハレムが訊ねると、成鍛寺の住職はその場に立ち上がって怒鳴るような大声で答える。

 

「よいですか、アルハレム殿!? ここには『クエストそのにじゅう』と愛らしくも神々しい文字で記されておる! それはつまり! それはつまり……このクエストが無事に達成されれば我らが女神イアス様が御降臨されると言う事ではありませんかぁーーーーー!!」

 

『『………!?』』

 

 咆哮とも言ってもいいコシュの叫びに成鍛寺の本堂が振動し、アルハレムとリリアとツクモは思わず両手で耳を塞ぐ。

 

(忘れてた……。そういえばクエストを十回達成するごとに女神イアスが現れるんだったな。それと……)

 

 鼓膜の痛みに顔をしかめながらアルハレムはクエストブックのルールを思い出し、そして同時にある事に気づいた。……気づいてしまった。

 

(初めてコシュさんやこの成鍛寺の僧侶達に会った時、どこかで会ったような奇妙な感じがしたんだけど、その感じの正体がやっと分かった)

 

 常日頃から心身共に修行を重ねているとはいえ、リリアを初めとする絶世の美女と呼んでも過言ではないリリア達を前にしても何の反応も見せない成鍛寺の僧侶達。

 

 境内のいたる所に作られた女神イアスの像。

 

 十回目のクエストを達成した時に女神イアスより与えられたインテリジェンスウェポンのアルマを強い羨望の目で見るヨウゴ。

 

 そして今、女神イアスが降臨するかもしれないと知って今までの厳格な印象をかなぐり捨てて興奮を露にしているコシュ。

 

 そこまで考えたところでアルハレムの脳裏に、自国の王子であり勇者の先輩である一人の男の顔が浮かび上がった。

 

(間違いない。コシュさんを初めとしてこの成鍛寺の僧侶達、女神イアスを信仰するあまり性癖にまで影響が出たロリコ……幼女趣味者達だ)

 

「アルハレム殿! 今回のクエスト、必ず成功させましょうぞ! このコシュ……否! 成鍛寺の僧侶一同、協力を惜しみませんぞ!」

 

「え? ……ああ、お願いします……って、成鍛寺の僧侶一同?」

 

 満面の笑みを浮かべるコシュにやや引きながら返事をしようとしたアルハレムだったが、その途中で成鍛寺の住職の言葉に引っ掛かりを感じて首を傾げた。

 

「はい! 全員、今からでもやる気に満ちておりますぞ」

 

「それってどういう……うわっ!?」

 

 アルハレムがコシュの言葉に怪訝な表情を浮かべてふと後ろを振り向くと、そこにはヨウゴを初めとする数十人もの成鍛寺の僧侶達がすでに集まってコシュ同様の満面の笑みを浮かべており、それを見てリリアとツクモも驚いた顔を浮かべた。

 

「これは……」

 

「い、いつの間に……。このツクモさんに気配を感じさせないとは……」

 

『『頑張りましょう! アルハレム殿!』』

 

 ヨウゴ達成鍛寺の僧侶が同時にやる気に満ちた声を出し、それを聞いたアルハレムは虚ろな目になって天井を見上げた。

 

(……ああ、また知り合いに馬鹿が増えた。それも大量に……)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百六十一話

「………ん?」

 

 その日の朝。アルハレムは寝返りを打とうとしたが体が動かない違和感から目を覚ました。

 

 目を覚ましたアルハレムが自分の身体を見てみる。するとまずレイアが彼の右腕に蛇の下半身ごと絡みついて抱き枕にしており、次にルルが左腕に自分の頭を乗せて枕にしていて、最後にリリスが下半身に抱きついて眠っていたのだ。

 

 続けてアルハレムは周囲を見てみる。今彼らがいるのはエターナル・ゴッデス号にある寝室の寝台の上で、他の仲間達も寝台の上で眠っている。

 

 アルハレム達は全員、服を着ていない裸で、寝台の下の床には全員分の衣服が脱ぎ捨てられていた。いつものように昨夜、主人である魔物使いの青年と肌を重ねていた魔女達は極上とも言える女体を惜しげも無く晒しており、そしてその中に混じってアルハレムの実の妹であるアリスンが服を着ていない裸でいた。

 

 当然実の妹とは肌を重ねていないのだが……。

 

(年の近い妹と裸で寝て、それに慣れるだなんてどうなんだろうな……)

 

「……もう朝ですか?」

 

 年齢が一つしか違わない実の妹と裸で一緒に眠ることに慣れてしまっている自分にアルハレムが疑問を感じていると、彼の下半身に抱きつく形で眠っていたリリアが目を覚ます。

 

「おはようございます、アルハレム様」

 

「ああ。おはよう、リリア。……他の皆はまだ寝ているみたいだな」

 

「……いえ、そうでもないようですよ?」

 

 挨拶を返したアルハレムの言葉にリリアはそう答えると寝室の入口の方に視線を向けた。

 

「何?」

 

「………!」

 

 リリアの視線につられてアルハレムも寝室の入口を見ると、入口の扉が開いていてそこから金色の何かが横切ったように見えた。

 

「メイさんはすでに起きていたようですね。ほら」

 

 寝室の入口の前には水が入った小壺と数個のコップがのせてあるお盆が置かれている。それは以前、夜に激しく肌を重ねて朝を迎えたアルハレム達の為にメイが用意した物と同じであった。

 

 つまり先程アルハレムが見た寝室の外を横切った金色の何かはメイの尻尾で、以前と同じように水を持ってきたメイは自分の主人が目を覚ます気配を感じて慌てて逃げるように寝室を出たということになる。

 

「まったくメイさんは……。昨日の夜も参加しなかったし、いい加減慣れてくれてもいいものなんですけど……」

 

 メイが走り去って行った寝室の外を見ながらリリアがため息を吐く。

 

 過去に暴走した記憶を持つメイはその罪悪感から他者との距離を置いている。その上彼女は性に対する耐性が低い為、アルハレムとリリア達が肌を重ねている夜や夜の余韻を漂わせている朝は普段以上に主人を初めとする仲間達と距離を取り、それを「パーティーのお色気担当」を自称するリリアは不満に感じていた。

 

「そうだな……。その為にも今回のクエストは成功させないとな」

 

 皆に慣れてほしいという点にだけ同意するアルハレムはリリアの言葉に頷く。今回のクエストはメイに他者と打ち解けてもらうことが大きく、その為にクエストを成功させることを改めて決意すると、魔物使いの青年はまずまだ眠っている仲間達を起こすことにした。

 

 ☆★☆★

 

 成鍛寺でコシュからクエストを達成する為に祭りを行うことを提案された日からすでに十日。今日までアルハレム達は祭りを実行する為の準備に取りかかっていた。

 

 まず最初に行ったのはメイの説得で、初めは人前に出る事を躊躇っていたメイであったがアルハレムの根気良い説得に最後には祭りに参加する事を約束してくれた。

 

 次に行ったのがメイの事情を知る人達への祭りの呼びかけ。隠れ里の猫又と霊亀の一族とエルフにコシュが用意した招待の手紙を持って祭りに参加してもらうよう頼みに言ったのだ。

 

 移動はレムが操艦するエターナル・ゴッデス号のお陰でさほど時間がかからず、猫又と霊亀の一族はアルハレムの頼みならばとすぐに祭りへの参加を了承してくれたのだが、逆にと言うかやはりと言うべきかエルフ達への呼びかけは中々うまくいかなかった。

 

 他種族を内心で下に見る傾向がある上に二百年前のメイの暴走の原因について認めたくないエルフ達は、最初はアルハレム達の呼びかけを拒否……というより成鍛寺の使者である魔物使いの青年とその仲間達を自分達の領主に合わせようとしなかったのだ。

 

 しかもこの時アルハレム達の対応したのがリンで、メイを解放した時のやり取りもあってアルハレム、正確には彼の仲間の魔女達とエルフ達の間で一触即発な空気が出始めたところで領主の側近であるリョウが現れて幸いにもリリア達魔女とエルフ達の戦いは避けられた。その後、リョウの案内でエルフの領主サンと謁見する事ができた魔物使いの青年達は、サンからエルフ達の祭りの参加を約束してもらえたのである。

 

 リンを初めとする一部のエルフの反応に若干の不安があるものの、アルハレムのクエストを達成しメイが他者と触れ合う為の祭りの準備は着々を進んでいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百六十二話

「貴様らぁ! 作業が遅れておるぞ! もっと早く手を動かさんかぁ!」

 

『『おおうっ!!』』

 

 アルハレムとリリアがエターナル・ゴッデス号の寝室で話をしていた頃、成鍛寺の近くにある森でコシュと成鍛寺の僧侶達の大声が響き渡った。そのあまりの声の大きさに森の木々が震え、木の上で暮らしていた鳥達が我先にと飛び去っていく。

 

 現在コシュ達、成鍛寺の僧侶達はメイの復活を祝う為の祭りの会場を建設していた。

 

 メイの復活を祝う祭りが無事に終わってアルハレムのクエストが達成されるとこの地に女神イアスが降臨される。

 

 この事実にコシュを初めとする成鍛寺の僧侶達は大いに湧き立ち、メイの復活を祝い女神イアスの降臨を歓迎するための会場を成鍛寺の近くにあるこの森に建設することに決めたのだった。……ちなみにそのあまりもの成鍛寺の熱意に若干引いたアルハレムとメイが「別に成鍛寺の境内でもいいのでは?」と言ったのだが、その意見は見事なまでに無視された。

 

「よいか! この祭りが成功すればクエストブックを持つアルハレム殿の元に拙僧らが敬愛してやまない女神イアス様がご降臨なされる! その時に何かの不手際があって女神イアス様を落胆させる事などあってはならぬ!

 アルハレム殿の話によれば女神イアス様は伝承の通り、穢れなき童女の如し愛らしいご気性のご様子! その様な女神イアス様をあんな汗臭くてカビが生えていて虫がわいている境内にお招きするなど不敬の極み! それ故に拙僧らはここに第二の御本堂を築くつもりでメイ殿の復活を祝い女神イアス様をお招きする舞台を作るのだ!

 分かったら働け! 働け! 働けぃ! 休むのは舞台が完成した後か死んだ時のみじゃあ!」

 

『『おおおうっ!!』』

 

 ……何というか成鍛寺の歴史を否定している上に人として色々どうかと思うコシュの発言であるが、成鍛寺の僧侶達はそんなコシュの言葉に反感を覚えるどころかむしろやる気をたぎらせて作業の速度をあげる。

 

「はあああっ!」

 

 数人の成鍛寺の僧侶が高速で斧を振るって森の木々を倒し、

 

「おおおおっ!」

 

 倒された木々を別の成鍛寺の僧侶が建物を建てるの木材に加工して、

 

「ぬうううっ!」

 

 また別の成鍛寺の僧侶が用意された木材を使って舞台を建てていく。

 

 これらの動きは本職の職人と変わらぬ程で、速さで言えば本職の職人を大きく上回っている。

 

 ちなみにコシュや作業を行っている成鍛寺の僧侶達の顔には全員例外なく深い隈ができていた。

 

 コシュ達はアルハレムの協力を申し出てから今日まで不眠不休で舞台作りをしており、今日で徹夜十日目に突入しているにも関わらず疲れた様子も見せずに凄まじい勢いで舞台作りに励んでいる姿からはある種の執念のようなものが感じられた。

 

 これも全ては今回の祭りを成功させる為。アルハレムのクエストを成功させて女神イアスの降臨に立ち会いたいという信仰心の成せる技であった。

 

 ……恐るべきは成鍛寺。女神イアスを敬愛する人々の信仰心か。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百六十三話

「これは、凄いな……」

 

 アルハレム達が成鍛寺を訪れた日から丁度一月が経ったある日、魔物使いの青年は山の中腹辺りに建てられた建物を見て呆然と呟く。

 

「本当に凄いですね……。まさかこんなに立派な建物だとは……」

 

「………」

 

「う、ん。これ、は、予想、外に、凄い、出来」

 

 アルハレムの言葉にリリアとレイア、ルルが頷く。

 

「にゃ~、何と言うか成鍛寺の本堂よりも立派ではござらんか?」

 

「と言うよりここって一ヶ月前は何も無い山の中じゃなかった?」

 

「はい……。私もそうだったと思います」

 

 感心していいやら呆れていいのか分からないといった表情で言うツクモの横で、アリスンが信じられないといった表情で呟き、それにヒスイが同意する。戦乙女の少女が言う通り、ここは一ヶ月前までは少し開けた何もない場所だったのだが、今では大きな屋敷と言ってもいい建物が建っている上に成鍛寺へと続く山道に繋がる道まで整備されており、それを見れば思わず呆然とするのも無理はないだろう。

 

「………いい仕事していますね。まるで本職の大工の仕事ですよ」

 

「ふーん。人間が作ったにしては中々よさそうな所じゃない」

 

「そうだね。成鍛寺の奴らも中々やるじゃないか」

 

 自身もダンジョンを作っているため建築に関して詳しいレムが建物の出来栄えを注意深く観察してから言うと、シレーナとウィンがこの建物を建てた者達を褒める。そしてワイバーンのドラゴンメイドの言う通り、この建物は今回の祭りで使用する為にコシュを初めとする成鍛寺の僧侶が建てた舞台であった。

 

「成鍛寺の僧侶を総動員したとはいえ、これ程の建築物を作るには通常であれば半年から一年以上に建築期間を必要とするはずです。それを一ヶ月で完成させるとは……。これは成鍛寺の僧侶達のデータを更新する必要がありそうですね」

 

 アルハレムの腰に差してある硬鞭型のインテリジェンスウェポンのアルミが言うと、件の成鍛寺をまとめている住職のコシュが現れた。

 

「はっはっはっ。そう言っていただけると光栄ですな」

 

 どうやらアルハレム達の会話を聞いていたらしく、コシュは誇らしげに笑う。しかしその顔にはとても濃い隈があり、やつれていて顔色も悪かった。

 

「……あ、あのコシュさん? 顔色が悪いようですけど大丈夫ですか? というかちゃんと寝ています?」

 

 コシュの顔を見たアルハレムが心配して声をかける。

 

 アルハレム達はこの一ヶ月の間、エルフや隠れ里の猫又と霊亀の一族に祭りの件を伝えた後、成鍛寺の僧侶達が作業に専念できるように山の周囲の魔物を狩っていた。思い返してみればその間中、山からは僧侶達を叱咤するコシュとそれに答える僧侶達の怒声のような声が絶え間無く聞こえてきていた気がする。

 

「はっはっはっ。御安心なされよアルハレム殿。他の者共は不甲斐なくも全員倒れてしまいましたがこのコシュ、たがだが一ヶ月の不眠不休程度では倒れはしませんぞ」

 

 笑顔で笑いながらこの一ヶ月、睡眠どころかまともな休憩を取っていないことを何でもないように言うコシュ。普通の人間ならば過労死は間違い無いのだが、生きている上にまだ元気があるように見えるのは、全てアルハレムのクエストを成功させて女神イアスをこの土地に降臨させたいというロリ……もとい、信仰心のなせる技であった。

 

「む、無理です……」

 

 アルハレム達がやつれた顔で笑うコシュに思わず一歩引いていると、それまで話さなかった今回の祭りの主役であるメイが震える声で呟いた。どうやら建物の出来栄えから成鍛寺の僧侶達の本気具合を知り、尻込みをしているのが見ただけで分かった。

 

「……わ、私は罪深い存在です。こんな立派な所で祝ってもらえる立場じゃありません。やっぱり祭りは……」

 

「メイ」

 

 コシュ達成鍛寺の僧侶が建てた建物を見ながら言うメイの言葉をアルハレムが彼女の名前を呼ぶことで止める。そして魔物使いの青年は恐る恐るこちらに顔を向ける従者の魔女の目を真剣な表情で見る。

 

「今更そんな事を言っては駄目だ。悪いと思っているなら尚更真剣に向き合うべきだって、そして今回の祭りはその為の場所だってメイも納得しただろ?」

 

「……はい」

 

 アルハレムが一ヶ月前にメイを説得した時の会話をするとメイは俯いて返事をし、それを見て頷いた魔物使いの青年はコシュに向き直ると深く頭を下げた。

 

「コシュさん。こんな立派な祭りの舞台を作ってもらってありがとうございます。俺達は早速、祭りの舞台が出来たので祭りに来てもらうようにとエルフや猫又と霊亀の一族に伝えてきます」

 

「おお、それは助かります。アルハレム殿達が伝言をしてくれのでしたら、エルフを始めとする参加者達が集まる時間を考えて十日後には祭りをできるでしょう。それまで拙僧らも準備を進めておきますのでよろしくお願い申します」

 

「はい」

 

 コシュの言葉に頷くとアルハレムは仲間達と共にエルフや猫又と霊亀の一族に祭りの参加を呼びかけるべく、彼らの元に向かうことにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百六十四話

 アルハレム・マスタノートの朝は体の違和感から始める。

 

 寝返りを打とうとしても腕や足が全く動かない不自由さからアルハレムが少しずつ意識を覚醒していき、目を開くと目の前に広がるのは仲間のの魔女達と実の妹の戦乙女が自分の体に群がっているという今ではお馴染みの光景。

 

 アルハレムの体にしがみつく形で眠っている魔女達は全員が絶世の美女で、肌から直に感じる柔らかな肉と肌の感触は極上の一言につきた。更に言えば彼女達からは甘く、それでいてどこか野性的な香りが漂ってきていて、昨晩も何度も肌を重ねたのにもかかわらず体の奥から情欲が沸き上がりそうになる。

 

「よっと……」

 

 魔女達を起こさないよう、アルハレムはゆっくりと少しずつ四肢を動かして彼女達の拘束から逃れようとする。

 

「………」

 

「……ん」

 

 右腕を動かすと右手がレイアの乳房とウィンの尻に触れて二人がわずかに身じろぎする。

 

「あ、う……」

 

「うんん……」

 

 左足を動かすとルルと股間とシレーナの胸の谷間と擦れて二人の口元が歪む。

 

「にゃ、ふぅ……」

 

「あん」

 

 左腕を動かすとツクモの太ももとレムの腰を撫でてしまい二人の口から甘い声が漏れる。

 

「……ん、んん……」

 

「……っ」

 

 右足を動かすとヒスイの背中とアルマの腹部を刺激してしまい二人の体が震えた。

 

 そして何とか拘束を逃れてそのままベッドから降りようとした時、魔物使いの青年はベッドの隅で眠っている一人の女性の姿に気づく。

 

「………」

 

「アリスン……」

 

 ベッドの隅で眠っているのはアルハレムの実の妹である戦乙女のアリスン。戦乙女の少女はリリア達を初めとする魔女達程ではないが、充分に豊満な乳房や健康的な裸体をさらしており、その姿は魔物使いの青年に妹だと分かっていながらも「女」だと意識させるものであった。

 

「全く……。そんなのだと嫁の貰い手がいなくなるぞ」

 

 流石に実の妹の裸体をさらしたままにしておくのは抵抗があったのか、アルハレムはアリスンの上にシーツを被せると今度こそベッドから降りた。

 

 その時、魔物使いの青年は背後から「チッ」と舌打ちする声を聞いた気がするのだが……気にしないことにした。

 

「さて、俺の煙管は……」

 

「あの、主様……」

 

 昨晩九人の魔女と肌を重ねた為大量の【生命】を消費したアルハレムが猫又一族の薬草と愛用の煙管を探していると、いつの間にか側に現れたメイが話しかけてきた。彼女の手には薬草を詰めた煙管と火付け用の蝋燭を載せた盆があった。

 

「ありがとう、メイ。気が利くな」

 

「ええ、本当にそうですね」

 

 煙管を受け取ったアルハレムがメイに礼を言うと、彼女の後ろにいたリリアが魔物使いの青年の言葉に同意する。そしてサキュバスの魔女の手には水の入った水差しがあった。

 

「おはよう、リリア」

 

「はい。おはようございます、アルハレム様。メイさんを見習ってみて冷たい水を持ってきたのですけど、喉は渇いていますか?」

 

「そうだな。もらおうか」

 

「では失礼をして……ん」

 

「ん?」

 

 リリアはそう言うと水差しから直接水を口に含み、次にアルハレムに近づくと口移しで水を飲ませた。その際に抱き合うくらいの距離まで接近した事により、サキュバスの魔女の豊かな乳房が魔物使いの青年の胸板に押し潰され、卑猥な形に変形する。

 

「……ぷは♪ それにしても随分と私達に慣れてくれたみたいですね」

 

 口移しでアルハレムに水を飲ませ終わったリリアは、顔を赤くしながらその様子を見ていたメイに笑いかける。

 

「……え?」

 

「だって以前のメイさんでしたら今頃はこの部屋から逃げ出していたのにこれは大きな進歩です。この分でしたら近いうちにアルハレム様に『ご奉仕』できるでしょうね」

 

「あ……!」

 

 リリアの言う「ご奉仕」がアルハレムと肌を重ねる事だと気付いたメイは赤かった顔を更に赤くして俯く。

 

「あ、あの……それは……」

 

「おい。リリア、あまりメイをからかうな」

 

 羞恥のあまりまともに話せなくなったメイを見かねたアルハレムがリリアに言うと、サキュバスの魔女は肩をすくめる。

 

「からかった訳じゃなくてこれは新人のメイさんへの教育なんですけどね。……まあ、いいです。今日はいよいよお祭りの本番、メイさんが人前にデビューする日なんですか」

 

「……はい」

 

 リリアの言葉にメイは緊張した面持ちとなって頷く。

 

 クエストブックに二十回のクエストが記され、クエストを達成する為にアルハレムとコシュがメイの復活を祝う祭りを行うと決めてからすでに二ヶ月が経過していた。

 

 会場の設置を始めとする祭りの準備はコシュ達成鍛寺の僧侶によって完了しており、アルハレム達が祭りの招待状を配ったエルフや猫又一族、霊亀の一族の招待客も集まって来ていて、メイの為の祭りが始まろうとしていた。

 

 ☆★☆★

 

 アルハレムとリリアとメイの三人が話をしていた頃、地上から遥か上空に十歳くらいの少女が浮かんで地上を見下ろしていた。

 

 少女の名前は女神イアス。この世界イアス・ルイドを創造した唯一神である。

 

「うんうん♪ 今日も皆さん、元気で頑張っていきてますねー♪」

 

 地上を見下ろしながらイアスは上機嫌に頷く。少女の姿をした女神は地上にいる人間にモンスター、それ以外の全ての生物の姿が見えていた。

 

 生物を始めとするイアス・ルイドに存在する全てのものは女神イアスが創造したもの、あるいはその子孫であり、その活動を見守る事は女神イアスの義務であると同時に最大の楽しみであった。

 

「ふんふんふ~ん♪ ……おや?」

 

『……』

 

 いつもの様に女神イアスが世界を見守っていると、そこに突然光の玉が現れて少女の姿をした女神に呼びかけた。

 

「おおー、これは◼︎◼︎様。お久しぶりですー」

 

 突然現れた光の玉は異世界の神……正確にはその一部で、異世界の神は思念を放って女神イアスに語りかける。

 

『……』

 

「え? ◼︎◼︎様が私にお願いですか? 一体何でしょうか?」

 

『……』

 

「ええっ!? それって大変じゃないですか!」

 

 異世界の神が思念を受け取った女神イアスであるが、その内容はあまりにも予想外なもので思わず驚きの声をあげてしまう。

 

「それでお願いというのは……」

 

 何となく嫌な予感感じた女神イアスは、彼女にしてはとても珍しく表情を引きつらせて異世界の神に聞く。それに対して異世界の神はどこか戸惑った様な「間」を取った後、思念を放って少女の姿をした女神に「ある事」を頼んだ。

 

『……』

 

「えっ!? ええーーー!?』

 

 異世界の神が女神イアスに頼んだ「お願い」に少女の姿をした女神は先程よりも驚いた顔となって叫ぶのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二百六十五話

「結構集まっているな」

 

「そうですね」

 

 祭りの会場の様子を見たアルハレムが呟き、その呟きにリリアが頷く。今、会場には百人近い招待客が集まっており、成鍛寺の僧侶達の案内を受けていた。

 

「メイがこれを見たらまた緊張するんじゃないか? それで彼女や他の皆は今どうしているんだ?」

 

「はい。メイさんは成鍛寺の本堂で準備をしていて、ツクモとヒスイがその手伝いをしています。他の皆は山全体を見て獣や魔物が現れないか見回りをしています」

 

「そうか。……それにしても」

 

 リリアの報告にアルハレムは一つ頷いてみせてからもう一度会場の様子を見て眉を潜めた。

 

「アルハレム様? どうかしましたか?」

 

「リリアも気づいているだろ? 来ていないんだよ、彼らが」

 

「……ああ、エルフの方々ですか」

 

 アルハレムの態度に疑問を抱いたリリアだったが、魔物使いの青年の言葉を聞くと納得して、同時に苦い表情にとなる。

 

 この祭りには族長も含めた大勢のエルフも招待したのだが、アルハレムの言う通り会場にはエルフの姿が一人も見当たらなかった。

 

「やっぱりエルフも方々はこの祭りに参加したくないみたいですね」

 

 リリアが表情に僅かに不快感をにじませながら言う。

 

 メイが二百年以上封印された原因は成鍛寺の開祖の兄と、それに相手を服従させる神術を授けたエルフにある。たがらこそメイの復活を祝うこの祭りにその神術を授けたエルフと同族のエルフ達を招待することが、メイが辛い過去から決別するきっかけになるとアルハレムとコシュは考えたのだが、エルフ達にはその事実を認めたくない者が少なからずいたのだ。

 

 事実、以前アルハレム達はエルフ族に祭りの招待状を届けに行った時に、リンを初めとする数名のエルフ達に追い返されそうになった。この時のリン達がアルハレム達、正確にはメイを見る目には強い嫌悪と恐れの色が見えた。

 

「自分達の事をこの世で最も美しいとか優れているとか言っているエルフの方々は同族の罪を認めたくないんですよ。二百年以上昔の間違いを『メイさんごと』無かったことにしたくて仕方がないですって、彼らは」

 

 リン達に追い返されそうになった時の事を思い出したリリアが更に不機嫌な表情となって物騒な考えを刺のある言い方で言う。そしてその意見に殆ど同感なアルハレムだったが、それでも苦笑を浮かべながらサキュバスの魔女をなだめようとする。

 

「リリア、あんまり怒るなよ。お前だって全てのエルフがリンみたいなエルフじゃないって知っているだろ? サン殿だって今日の祭りには他のエルフを連れて参加するって言ってくれたんだからさ」

 

 アルハレム達を追い返そうとするリン達を止めたのはリンの父親でありエルフ族の族長であるサンだった。サンは娘達の非礼を深く謝罪すると祭りに参加する事を約束してくれて、その時の彼と彼の側近達の態度は他者の気持ちを尊重してくれる礼儀正しいものであった。

 

 リリアもサン達には悪い印象を懐いていなかった様で、不機嫌だった表情をやや軟化させる。

 

「それはそうですけど……」

 

「まあ、祭りにはまだ時間もあるしもう少し待とうか」

 

「ええ、そうですね。……はっ!」

 

 アルハレムの言葉に従ってもう少しの間この場でエルフを待つ事にしたリリアだったが、突然何かを思いついて目を見開く。

 

「……ねぇ、アルハレム様♪」

 

「……何だよ、リリア?」

 

 先程までの不機嫌そうな顔から一転、甘える様な表情になって近づいて来るリリアに対し、今までの経験上今の状態になった彼女は必ず「何か」をしでかす事を知っているアルハレムは自然と警戒の目となる。そんな魔物使いの青年にサキュバスの魔女は笑顔を浮かべて言う。

 

「そんな警戒する様な目で見ないでくださいよ♪ 私はただ、喉が渇いたから飲み物を飲みに行きたいなと思っただけですよ♪」

 

 リリアの口から出たのは予想外にもまともな要求だったので、アルハレムは肩すかしを食らった様な気分になりながら警戒を解いた。

 

「何だ……。それだったら何か飲み物を貰ってくるからリリアはここで待って……」

 

「いえいえ♪ 私が飲みたい飲み物は『コレ』です♪」

 

 アルハレムの言葉を遮って言うリリアの左手が触れたのはアルハレムの股間だった。

 

「なっ!?」

 

 反射的にリリアから距離を取ろうとするアルハレムだったが、サキュバスの魔女は余った右手で魔物使いの青年の片腕を掴み、同時に両足で魔物使いの青年の片足を挟んで逃さないようにしていた。

 

 この時にリリアの柔らかな体の感触が伝わり甘い体臭が漂ってくるのだが、アルハレムにそれを楽しむ余裕なんてなく、今の彼の胸の内はただ警戒心をあっさりと解除した自分を叱りつけてやりたい気分でいっぱいだった。

 

「ねぇ、アルハレム様? ほんのちょっと、ちょっとだけでいいですので一緒にあの草むらまで来てくれませんか?」

 

「ちょっと待て!?」

 

 アルハレムを引きずって草むらまで連れて行こうとするリリア。ここにきてこのサキュバスの魔女が飲みたい「飲み物」が何か分かった魔物使いの青年は必死に抵抗しようとする。

 

「待てって、リリア!? お前、何を考えているんだ!? 俺達がここを離れる訳にはいかないだろうが!」

 

「私はいつもアルハレム様とナニをする事を考えています。安心してください。伊達に常日頃からアルハレム様と肌を重ねていませんからアルハレム様の弱いところはしっかりと理解しています。十分……いえ、五分もあれば二回は『飲めます』から大丈夫です♪」

 

「その台詞のどこに安心したらいいんだ!?」

 

 どうやらリリアはすでに軽くではあるが発情状態になっているようで、輝力で自身の身体能力強化してアルハレムを引きずっていく。このまま魔物使いの青年がサキュバスの魔女に(性的に)喰われてしまうかと思われたその時。

 

「はははっ。君達は相変わらず仲が良いようだ」

 

 と、一人の男の声がアルハレムとリリアの耳に聞こえてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。