東方色贄録 (猫毛布)
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01 終わったセイカツ、始まるセイカツ

前述
主人公は男です。正確に言うならば、男の娘気質の男の子です。


 とある里。

 とある郷。

 とある村。

 

 古くからの言い伝えと、不可思議な洞窟。

 

 その洞窟には入ってはならない。

 その洞窟からは出てはならない。

 その洞窟には(にえ)を捧げなければならない。

 洞窟の贄は村のモノから選ばなくてはならない。

 贄は神により選抜され、証を身体に刻む。

 神より選ばれし贄は、生まれ十度冬を迎えた後に贄として捧げなくてはならない。

 

 

 

 八百万(やおよろず)の神々と幾多(いくた)(あやかし)との契約をここに誓う。

 

 コレが、先ほど見せられた古文書らしきモノ。更に言えば、僕という存在が神に選ばれた贄らしい。

 族長である叔父は非常にニンゲンらしく笑んでいる。

 

「…………了承致しました」

 

 古文書らしきモノを返し、額を床につける。彼の顔は見ない。

 叔父の家から出た空は、冬だと言うのに低い空と黒い雲。息を吸えば、冷たい空気が肺に入り込んでくる。

 自宅とも言える小屋までに雨が降ることはないだろうが…雨は嫌いだ。

 

 小屋まで歩く僕の耳にはニンゲン達の声が聞こえる。

 異口同音で喜々とした噂。

 

―ようやくアレが何処かへ消える

―あぁ、とても残念だ

―アレがなくなるのは非常に残念だ

―早く消えてしまえ

―消えろ、消えろ

―ケガレめ、さっさと消えてしまえ

 

 クスクスとした声と一緒に背中から突き刺さる視線。

 いつもと違うのは、手を出してくるニンゲンがいない、という事だろうか。

 言われるもなく、消えてやろう。なんせ僕は、僕なのだから。

 

 開きにくく泥棒の入りにくい扉。風通しのいい壁。太陽と月の見やすい天井。

 この愛すべき自宅とも、どうやらお別れらしい。

 幾つかある本を持って逝っても、大丈夫だろうか。贄に選ばれたのだ、少しぐらいの我侭は許してくれるだろう。

 両親の遺品らしい本の一冊程度、許してくれるだろう。

 

 

 肌寒くなり、開きにくい扉が強引に開けられる。

 

「出ろ」

 

 叔父はそれだけを告げて踵を返した。扉の向こうには松明を持った男達。

 何も考えず、無言の叔父の後ろを歩き、叔父が止まれば、僕も止まる。

 

「ここだ」

 

 叔父は、一言だけそう呟いた。

 叔父が横に移動すれば、隠れていた洞窟が僕の目の前に現れる。

 暗く、野暮ったい、恐らく普通の、装飾もない洞窟。申し訳程度に注連縄(しめなわ)紙垂(しで)が入口に垂れ下がっている。

 

「贄は贄らしい格好をしろ」

 

 渡された白い布。地面に態々投げ捨てられたモノを拾い上げれば布ではなく、白い着流しだとようやく認識出来た。

 着ている服を脱ぎ、肌を晒し、そして着流しを着る。

 

「おー!!神よ!!この贄を捧げます!!どうか、我ら哀れな人間に幸を!!」

 

 あたかも神に祈るように十字を切り、天に向かい手を合わせる。

 自分の口から出ている白い息と一緒に天を見上げる。冬の空に輝く満月と煌く星達。

 二度ほど白い息を辿ってから、突然水を掛けられる。汚れた身体を清める為、と分かってはいる。が、せめて一言あってもいいんじゃないか?

 持っていた本はずぶ濡れになり、水を掛けていた男の一人が良かれと思い、僕の本を預かった。もちろん、返される事などない。

 

「さぁ!!贄を捧げます!!」

 

 いい加減に飽きた口上。

 ガサリと枯葉を踏んでいた足の裏にヒヤリとした感触が広がる。尖った小石を踏んで、更に足が少しだけ暖かくなるが、すぐに熱が奪われる。

 ペタリ、ペタリと進んで、既に入口の光は見えない。足は冷たいと感じる事を諦めて、小石を踏んだ時に痛い、という感じるだけになった。

 

「けほ……けほ……」

 

 目が痛くなり、思わず踞る。

 ヒヤリとした空気が肌を撫でる。何かが焼けている匂いが歩いて来た方向から漂う。咳が止まらない。

 頭の中で何かを理解して、振り向く事も諦めて、僕は前に進む。

 

 

 

 既に小石を踏んだ事さえわからなくなった。一体、どれほど歩いたのだろうか、それともそれ程歩いてないのだろうか。

 壁に体を凭れさせて、いや、コレは壁なんだろうか?床なのだろうか?平衡感覚も消えて、暗闇で何も見えない。

 震える身体をかき抱いて、湿った着流しを握る。

 

 グラグラとする頭の中、ようやく僕は死ぬんだ、と理解した。理解して、なんとも呆気ない、とも思った。

 見えない視界の中、僕は瞼を下ろし、意識が遠のいていく感覚を実感する。

 出来る事ならば、次の意識浮上は来世と呼べる場所がいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました。

 ボゥ……とする頭。白い靄の掛かる視界。

 痛みも、冷たさすらも感じない。死んだ感覚とは、こういうモノなのだろうか。

 きっと、そうなんだろう。

 

 だから靄の中、日傘を差し洋服を着た人に、あのニンゲンを皮肉ってこう言ってしまう。

 

「―――アナタが僕を食べる妖怪さん?」

 

 出された声はか細く、意味も八つ当たりに近い、さらに言うなら意識も絶え絶えである。

 重い瞼に身を任せて、もう一度意識を沈める。

 来世では嫌われなきよう、頑張ってくれたまへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再度、目を覚ました。生憎にも布団の中で。

 

「目を覚ました?」

「…………」

 

 声の方向、隣を見れば赤い瞳、緑の髪、そして肌色。ニッコリと笑っている、女性。

 布団に隠れていて分からないが、恐らく僕は裸体なのだろう。彼女の後ろにある椅子の背凭れに見覚えのある白い布が垂れ下がっている。

 

「熱は……下がったわね。気分は?」

「……普通」

「そう。で、なんで向日葵畑に落ちてきたのかしら?」

「……単なる生贄」

 

 無表情で淡々と言う僕に対して、彼女は眉間を寄せて顎に手を置き、溜め息を吐く。

 

「へぇ。じゃあ、また人間が落ちてくるのね…」

「……ないと思う」

「あら?生贄なんでしょう?」

「嘘で捧げられた生贄だから」

「ならよかった」

 

 ニッコリと笑い、顎に置かれていた手が僕の頬を滑る。細い指が鼻から唇に、まるで愛おしい相手にするモノの様に。

 そして顎を伝い、喉に手の平が触れる。何度も体験した、自分が絶対的優位状態であり、相手へのサイン。

 ニッコリと笑った口と、薄らと開かれた瞼。真っ赤な瞳がコチラを見つめる。

 

 捕食者が愛しい餌を嫐る様に、首を触れていた手に少しだけ力が加えられる。

 ゆっくり、ゆっくりと呼吸が難しくなり、浅い息を何度も繰り返す。

 

「怯えないのね」

「……」

 

 僕は答えない。応えられない、というのが正しいのだけれど、応えれる状態であれ、答えることはなかっただろう。

 さらに力が加えられて、息苦しさと共に痛さが増していく。

 チクリと首に鋭い痛みを感じて、僕の喉は突然解放される。

 

「けほ…ッ、…」

「……」

 

 彼女は先程まで僕の生死を文字通り握っていた手を見つめていた。指先に付いた、僅かな赤色。

 まじまじと、その赤色を見てから指先を自身の口に近づけて舌で舐めとる。

 先ほどまでの加虐的な嗤いが更に強くなる。

 

「……美味しい…」

 

 ニヤリと、口角を上げた彼女が僕に顔を寄せて耳元で囁く。

 熱っぽく、艶の含んだ声と息。耳に鋭い痛みが走り、そしてヌルりと熱い何かが耳朶を這う。

 ヂュ、という水気の多い音が大音量で耳に響き、彼女の熱っぽい息が離れていく。

 ようやく見えた彼女の顔は、少しだけ赤らんでいて、潤んだ瞳が更に歪む。もちろん、加虐的に。

 

「美味しいわ……どうしてこんなに美味しいのかしら?」

「…………」

 

 僕が知ったことではない。

 バサリと布団が剥がれ、少しだけ冷たい風が僕の体を撫でる。

 

「抵抗、しないわよね」

 

 問いとも言えない言葉だったけれど、僕はコクリと頷く。問いがなんであれ、僕に否定する権利などない。重々に承知している事だ。

 そんな答えとも言えない応え方に、彼女は更に口角をあげて顔を歪める。

 爪を立てて僕の肌を這う手、手を這わせた所を熱く湿った舌が舐めとる。

 

「…っ、ン……」

「感じてるのかしら?犯されているのに?フフッ」

「ッ、んッ……ァッ」

 

 軽く裂けているであろう肌を触られ、背筋にゾクゾクと快感が走る。

 だんだんと声が抑えられなくなる。が、顔は無表情を貫く。貫く、というか、既に癖になってしまっている事だ。

 

「いいわぁ、感じていても無表情を貫こうとするその顔……」

「ンッ……はぅ、アァ」

「だからこそ、啼かせたくなるッ!!」

 

 クスクスと楽しそうに嗤う彼女。そんな声が耳を打ち、手は徐々に下腹部に迫る。

 抑えようと腕を下に伸ばせば、その両腕を片手で絡め取られて頭の上に抑えられた。間近で見る彼女の顔は嗜虐的に歪んでいて、潤んだ真っ赤な瞳が楽しそうにダラシない顔をした僕を映し出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三度、目を覚ます。

 いつの間にか意識を落としてしまったらしい僕。隣には誰もいない。

 布団から出て気怠い体をどうにか動かして、椅子から着流しを奪う。

 

 恐らく一つしか無いであろう扉を開けば、フワリと花の香りが鼻を刺激する。

 眩しくて細めた視界には、黄色い景色。一面に広がる黄色、ソレを支える緑色。

 太陽に向かって、自らを誇り、胸を張るように、垂直に並ぶ向日葵達。

 

「あら、逃げるのかしら?」

「………」

 

 いつの間にか隣にいた彼女が声をかける。

 向日葵に目を奪われている僕は、そんな声に首を軽く横に振るだけの否定をして呆然と向日葵を見続ける。

 

「家事はできるかしら?」

「一応」

「ならココにいなさい」

 

 提案、などではなく命令。僕に拒否権などない。今に始まったことでは無く、昔からだ。

 所詮十年しか生きていないモノの考えなのだけど。

 ようやく向日葵から目を離し、彼女の顔を見上げる。チェックの上着とスカート。緑色の髪と真っ赤な瞳。

 

「風見幽香よ」

「…………レン」

 

 そんな、僕よりも背が高い風見幽香を見上げながら、僕の生活は激変する事になる。

 加えて、僕らの生活が始まった。




後述

作者です。開いていただき感謝です。
過去に書いていたモノの改正モノです。完結していなかったので、コチラで書こうと思います。
完結までお付き合い頂けると、ありがたいです…。
エロ要素は大体今回な感じです。私のレベルが上がれば、どうにかできそうですが……。

シリアス7割、三割無駄、そしてほんのりギャグとほのぼのが隠し味程度に入ってます。

主人公に関して。
可愛い男の子が書きたかったんだよ!!悪かったな!!

( 猫)<ゆうかりん可愛いよゆうかりん


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02 ゆうかの餌

~~
で視点移動

誤字訂正
芽を覚ます→目を覚ます

二週間程しか経過→二週間程経過
2013/03/06訂正

2013/05/17
視点移動を
◆◆→~~
へ変更。理由は活動報告にて


 目が覚めた。

 目の前には緑色の髪、真っ赤な瞳は長い睫毛の付いた瞼によって隠れている。

 静かに上下する胸と聞こえにくい寝息を確認して布団と腕の拘束から逃れる。

 細い腕のどこにそんな力があるのだろうか…平然と僕を抱き上げたり、拘束したり、いや、ダメだ、思考が変な方向に暴走している。

 

 頭を何度か振って、どうにか思考を朝に戻す。夏の気候、といってもまだ肌寒い朝だ。流石に肌を晒していると寒い。

 相変わらず椅子に掛けられた白い着流しを奪って外へ出る。

 出迎えてくれた向日葵達はまだ眠っている様だ。日が昇れば、また自己を誇る様に胸を張り出すだろう。

 近くにある井戸から水を組み上げて、頭から被る。冷たい水が少し熱っぽい頭を冷やして、ナニかと汗が乾いて張り付いて、赤い線がいくつか走る肌を滑り落ちていく。

 

 髪の先から水滴が落ちて、地面に出来た水溜まりに波紋を作る。

 ポタリ、ポタリと四滴ほど見送ってから、息を吐く。どうしようもなく、熱っぽい頭がようやく通常運転を再開した。

 昨晩の情事から始まり、反省点を頭に書き込んで、今のやること、そして朝食まで考えてから思い出す。

 

「あぁ、まずは草を抜かないと……」

 

 そう、向日葵達が起床する前に、足元で栄養を奪っている草たちを保護してやらなければいけない。

 着流しに腕を通してフラフラと移動する。

 向日葵達の足元にひょっこりと芽を出している若草達。尤も、彼らは向日葵達の栄養を横取りしている不届きモノらしいので、早々にここから退去してもらう。

 優しく土を少し削り、若草を根から引き抜く。少しでも残るとまたココに戻ってきてしまうし、傷つけるのは本意ではない。

 ある程度保護して、近くの茂みの中に植えなおす。彼らならばここでも生きていけるだろう。幽香に知られた時どうなるかは知らないが……まぁ植物好きの彼女だからどうもこうもしないだろうけれど。

 

 何度か草達の移動をして、ようやく日が顔を出し始めた。うっすらと出ている汗を拭って、向日葵達が起きる前に主を起こさなくてはいけない。

 少し急ぎ足で家に戻って、シーツに包まれている緑の髪を目指す。

 身体を少しだけ揺らして声を掛ければ目を覚ます筈だ。

 

「幽香、朝」

「んぅ……レン…?」

「朝」

 

 こちらにスルスルと伸びてくる白い手をパシンと払ってベッドから遠ざかる。

 手に捕まえられて、そのままベッドへと拘束されたのはまだ新しい記憶だ。

 目も覚めたことを確認したので朝食を作ろう。

 前掛けをして、キッチンに立っていれば後ろからキュッと抱きしめられた。

 

「危ない」

「んー……」

「危ない」

「んー……」

 

 手に持った包丁を少しだけ強くまな板に叩きつける。

 

「危ない」

「……もう少し可愛いエプロンでも買おうかしら」

「ソレで抱きつかれる事がなくなるなら」

「いや、でも白いエプロンでも……裸エプロン…いや、それでも……」

 

 何かブツブツと言い出した幽香は椅子に座ってコチラを見ている。正直、何を言ってるかは分からないけれど、その、裸エプロンを着た時点で幽香はきっと抱きつく事をやめないと思う。

 まぁ、いつもの事なのでいいとしよう。

 

 

 

 

 

 

 僕が幽香に拾われてから、たぶん二週間程経過した。

 前半の一週間は、ドロドロになってしまう程に交わった。朝も、昼も、夜も、時間なんて関係なく。たぶん、と言ったのはこの期間で僕が何度も気を飛ばしていたからだ。

 気を失っていた僕とは違って、幽香は外出していた様だけど。

 凡そ、二週間という時でようやく一日の日常が決まりつつある。

 朝は幽香を起こし、昼になるとフラリと幽香は何処かへ行ってしまい、夜には文字通り食べられている。

 幽香曰く、『妖怪なら誰もが求める味』をしているらしい。ここで幽香が妖怪だと知ったのは余談。

 この世界、幻想郷と呼ばれる世界での力関係上、上から数える方が早い幽香……自分で言っていた事だが、その名前の御蔭でこの向日葵畑にいる限りは他の妖怪が来る事はないらしい。

 敷地から出ればわからないと言われたけれど。

 

 ともあれ、昼時の今。暇を持て余している僕は持っている暇、ではなくて本をパタンと閉じて、棚へと戻す。

 元々行動に制限がかかっていた僕が既に日課とも言える様になった読書。どうやらこの世界でも出来る様で安心している。

 尤も、文字を追うだけの読書を読書と言えるのだろうか。ただの知識の暴食、いや、感情の冒涜、とでも言おうか。

 

 そんな、どうでもいい事を考えていれば、コンコン、と木製のドアが叩かれる音が家に響いた。

 考え事はその音によって消されて、意識がそちらに向く。

 客人?と思考が動いて、言伝なら聞かなければ……と思考が動き、ドアノブを回し、少しだけ扉を開いた。

 

「どうもこんにちは。文々。新聞、記者の射命丸(しゃめいまる)(あや)と申します。風見幽香さん……ではありませんね。どなたですか?」

 

 ニッコリとした顔でツラツラと出てくる言葉。どうしてか、頭の中で幽香にごめんなさいしている。新聞の勧誘は断ったほうがいいのだろうか…でも読める物をもらえるというのは、けれども、いやしかし。

 

「こちらには撮影許可をもらいにきました。新聞の勧誘ではありませんよ?」

 

 よかった。いや、よかったのだろうか。

 少しだけ複雑な気持ちになりながら、撮影許可、という言葉が引っかかる。

 撮影…ならば、向日葵なのだろうけれど。僕に彼らを被写体にしていいか、という許可を出す権限などはない。

 待たせるのも悪い、断ろうとしても僕が言いくるめられる可能性の方が高いと思う。かと言って、幽香の家に押し入られる、というのも……。

 

「もしよければ、そこの椅子をお借りしてもよろしいですか?」

 

 彼女が目を向けているのは、恐らく家のそばにある椅子。外でお茶を飲む時に幽香が使っていた物だ。

 あの場所ならばいいだろう……たぶん。

 コクリと首を縦に動かして、扉が閉められる。そして外で鳴る木が少し軋む音。

 

 お茶を淹れる程度…するべきなのだろうか。

 パタパタとお茶を入れて、扉を開ければ相変わらず向日葵達が背筋を伸ばしている。

 首を横に動かせば、先程の女性が椅子に背筋を伸ばして座っている。

 その伸びている背中には黒い翼。

 

「?」

「あやや、これはどうも」

 

 持っていたお茶を渡して、また彼女の背中に視線が行く。

 人だと思ったのだけれど、

 

「ん?あぁ、私は烏天狗なんですよ」

「なるほど」

 

 ようやく納得する。パタパタと翼を動かされて証明もされた。

 烏天狗…といえば妖怪だった筈。危ない……という事もないだろう。血も出てないし。

 

「ところでアナタは?」

「レン、人間」

「あやや、人間さんでしたか……人間にしては」

「?」

「いえ、何でもありませんよ。改めまして、射命丸文です」

 

 笑顔の顔に手を伸ばしている彼女。握手すべきなのだろう……。

 かしげた首を戻して彼女の手を恐る恐る握る。

 少しだけ彼女が握る力を強くした、と思う。気のせいかもしれない。

 

「しかし、どうして人間が風見幽香の所に?」

「……」

「いえ、スイマセン」

 

 カラリと笑ってごまかす射命丸文。個人情報に当たるのだから、質問を取りやめたのだろう。

 幽香のところにいる理由…。なんだろうか……行動を考えれば付き人や嫁…いや、性別的には婿なのだけれど、そういった関係ではない……あぁ、なんだ、いい言葉があるじゃないか。

 

「幽香の餌」

「餌……ですか」

 

 烏天狗はやや顔を顰める。自虐にでも聞こえたのだろうか。無表情で行っているから尚の事自虐に聞こえるだろうし。

 自虐でもなんでもなく、事実なのだけれど。

 

「うーん、ソレにしてもただ待つというのも疲れますね」

「……」

「出来れば話し相手がほしいのですが」

「僕でよければ」

「ありがとうございます」

 

 片や無表情、片やとても笑顔を貼り付けて。

 烏天狗の対面にある椅子に腰掛けて、彼女の口が開くのを待とう。

 

 

 

 

 

~~

 

 私は話をする。

 目の前にいる少年が幻想郷について知りたい、と言ってくれた事を理由にして彼に向かって口を開いている。

 こういう時に普段は無駄に回る舌が非常にありがたい。あった事を盛りに盛って語る。

 語ったところで彼は無表情で話を聞いている訳なのだけど。

 

 少し視線を下げれば、着流しの間から見える病的に白い肌。その肌に残る青い痕と複数の細く赤い傷痕。

 ゾクリと背筋に何かが走って、頭に警鐘が鳴り響く。危険、というモノではなくて彼を求めろと本能がうるさいのだ。

 そんな本能を隠すためによく回る舌が仕事をしているのだけれど、深い黒色の瞳から目が私をずっと見ているし、私は覗く肌にゾクゾクしている。

 

 その瑞々しい唇はどれ程柔らかいのだろう。

 その喉からはどれ程甘い声を奏でてくれるのだろう。

 流れる血液の味はどれ程甘美なのだろう。

 無表情が崩れたとき、蕩けきった顔はどれ程私を狂わせてくれるのだろう。

 ダメだ、これ以上いたら、確実に人間を一人殺してしまう。一度だけのご褒美よりも、何度も味わえる報酬の方がいい。いいに決まってる。

 落ち着け、落ち着いてここから離れよう。

 

「おっと、すいません。そろそろお暇させていただきます」

「……撮影許可は?」

 

 彼と会う為にテキトウに立てた建前が少しだけ厄介に思う。これならばいっそ新聞勧誘でも良かったのでは?いや、門前払いは勘弁してほしい。

 少しだけ頭を動かして、テキトウな理由を作り出す。

 どうすれば彼を犯せるだろう。いや、違う、こっちじゃない。

 

「ソレは風見幽香さんを探してまた伝えますよ」

「そう」

 

 建前、と言っても、これ程淡々と返されると流石に気落ちする。まぁソレがいいんですけど。

 そうやって、冷たい態度を取られると、甘えた時のギャップがですね…。

 

「お茶ご馳走様です。美味しかったですよ」

「お粗末さま……また、話を聴かせてくれる?」

「えぇ、それはもちろん!!」

 

 アチラからの誘いに明らかに隠しきれなかった歓喜の気持ちを少し抑えて話す。

 これで次は余計な建前なんていらない。

 

「待ってる、文」

 

 ……いっそ攫ってしまっても、いや待て、まずは情報操作をして私の責任の消してしまうところから…ゴニョゴニョ。



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03 ムカシの日常

遅くなりました。申し訳ございません。
エロ描写を次に回すために短くなっております。
許してください。


 窓から差し込む光が赤く変わった事で、太陽も今日の仕事を終える事がわかる。

 向日葵達もそんな太陽を見ながら、少しだけ肩を落としてションボリとしている。

 

 ぼんやりと朱い太陽を見ていると、身体が震えてきた。

 何年も続いた事だけれど、どうも身体が忘れてはくれないらしい。

 深呼吸を何度もして震える身体を押さえつける。落ち着け、落ち着け、落ち着け。

 何度も、何度も自分に言い聞かせて、けれども瞼は決して落とさない。

 落としてた瞬間に見えるのは自分が犯され続ける普通が思い出されるのだ。そんな自分を見て幽香がどう思う?確実に嫌になるだろう。捨てられる。捨てられて、拾われた筈の僕の命は?

 ゾクリと背筋が凍る。凍った背筋の感覚でさえも、最悪な事にゾクゾクと頭に違う刺激に変わっていく。

 どうしようもない脳内と身体。痛いも、悲しいも、寂しいも、苦しいも、全部、全部、全部、ぜんぶぜんぶゼンブぜんぶ全部ぜんぶぜんぶ…………。

 荒くなった息と少しだけ釣り上がる頬、身体が風邪になったように温かく、視界が潤んでいく。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け。

 何度言い聞かせても、戻らない。自分を力いっぱいかき抱いて、着流しの上から爪が食い込むほど握る。痛い、痛い、気持ちいい、気持ちいい、痛い、痛い、キモチイイ、イタイ、キモチイイ。

 またゾクゾクとした波が自分に迫ってくる。

 椅子の上で身を縮めて必死で抵抗する。幽香が戻ってくる頃には、戻さないと、戻して、いつもの様に迎えなくてはいけない。

 死んだ筈の自分と生きている自分がグラグラと入れ違う。

 村にいて犯されていた自分と、幽香の家に居て犯されている自分。

 同じで、でも絶対に違う。こんな感情で、こんな汚れた欲情で交わってはいけない。ダメだ。

 ダメだ、ダメ、絶対に、ダメ。

 

 

 

 

 

~~

 

「遅くなった……」

 

 遅くなった原因であるスキマを思い出して舌打ちをして飛ぶ速度を速める。

 すっかり星まで見えてしまう時間になったが、向日葵達はレンがどうにかしてくれるから大丈夫だろう。が、問題は、そのレンだ。

 

 逃げる可能性はかなり少ないが襲われる可能性は高い。特に私がいない時に。

 出来る事なら無事であってほしい。

 

 ここまで考えて、頭の中でスキマの言葉が思い出される。

 

『随分ご執心のようだけれど、その少年はアナタにとって何なの?』

 

 と、そういう言葉。

 その時はテキトウにはぐらかして出されていた酒を煽ったけれど、どういう関係なのだろうか。

 嫁、というには性別が違い、婿と呼ぶべき存在でもない。

 餌……と言えば、彼に当てはまるのだけれど、ソレは私の感じているソレではない。確かに、美味しいけれど。

 

 結局答えなど出ない問いなのだ。けれど答えを考えることは不毛ではない。

 考えを放棄する事自体が不毛なのだから。

 ようやく我が家に到着し、少しだけ乱れた髪を整える。

 

 ドアノブを握り、ガチャりと扉を開ける。

 

「帰ったわよ」

 

 ……返事はない。

 嫌な予感が頭の中を過ぎり、傘立てに傘を突き刺し、急いで部屋を移動する。

 それ程大きい家でもないので、レンを見つける事は容易かった。

 容易く見つけられた彼はベッドの上で小さくなっていた。

 最初は寝ているのかと思ったけれど、息が聞こえているので寝てはいないのだろう。

 

「レン?」

 

 私が声を掛けると、ベッドの上でビクリと反応して、荒い息を更に荒くする。

 ようやく、ムクリと上半身を起こした彼は、酷く妖艶で潤んだ瞳と半分に開いた口から荒い息を吐いていた。

 無表情が珍しく泣きそうな顔をしていて、白い着流しが片方の肩からずり落ち、それでも何かを耐えるように自分をかき抱いていた。

 

「幽、香……ダメ、」

「どうしたの?」

「ダメ、近寄らないで」

 

 落ち込んでいいんじゃないだろうか。

 始めて彼から拒絶の言葉を聞いたような気がする。

 

「違う、違うの、ダメ」

「何がどうしたっていうのよ……」

 

 彼が何度もつぶやくように口から何かを吐き出している。

 近づくな、と言われたけれど、拒絶は言葉だけで、実際の彼は無防備だ。料理の時に抱きついた時の様にトゲトゲはしていない。

 一歩だけ踏み出して見ても、彼は後ずさったりはしない。つまり、拒絶は形だけなのだろうか。

 ようやく、彼を触れれる距離に辿り着き、少しだけ血色の良くなった頬に触れる。暖かい。

 触った時に彼はビクリと反応して、ダラシない顔が更に綻んだ。

 

「ダメ、ダメなの、」

「何が、ダメなのかしら?」

 

 落ち着け、落ち着くんだ私。

 流石に彼がどれだけ妖艶であっても、自分の心に流されてはいけない。理性の無い獣は、きっと彼に嫌われてしまう。

 何度か気づかれないように大きく息をしていれば、彼がキュッと私の袖を掴んだ。

 それに反応して思わず彼を直視してしまったのだ。

 潤んだ瞳と、上気した肌で、少し上目遣いで。

 

「犯して、壊して、ぜんぶ、全部、ぜんぶぜんぶぜんぶ全部ぜんぶ」

 

 私の中の何かが弾け飛んだ気がした。

 仕方ない、仕方ない事なのだ。別に私は悪くない。悪くないったら、悪く無いのだ。

 




エロ描写の前に質問なのですが。
ボーイズラブと書くと男と男の絡みなのですが、作品の都合上、一瞬だけオッサンと男の娘との絡みが出てくるのです。
ま、まぁタグつけはしませんが、その辺り、ご注意ください。


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04 ハツジョウ期

 ベッドへ押し倒されて、口が犯されていく。

 熱い舌が、歯茎を撫でて、薄く開いた歯の間から更に奥へと進んでいく。

 僅かな抵抗で、舌を奥へと隠したがそんな事は抵抗とも呼べなかったようだ。

 

「ん、んぁ…」

「んチュ……」

 

 逃げていた事を責められている様に、幽香の熱い舌が僕の舌を絡めとり、啜り上げる。

 強い刺激で僕の意識がボンヤリと混濁しているのがわかる。アイツ等とは違う、違うけれど、違うことはない。

 彼女の肩に手を当てて押しのけようと力を込めてみても幽香にとってそれは至極関係の無い事らしく、僕の口内を犯し、唾液を啜り上げる事の方が重要らしい。

 それでも、その僅かな抵抗も鬱陶しいのか、肩に触れていた手が払われ、指を絡ませて行動が制限される。

 その行動に少し驚いて、握られた手に少し力を加えて強く指を絡ませてしまう。ほんの一瞬だけ。幽香に気づかれない程度に。

 

 ようやく口を解放されて、足りなくなった酸素を必死で吸い込む。

 

「フフ、ダラシない顔……」

 

 大きく口を開けていた僕に幽香はほんのりと赤くなった顔でそう言った。

 今は、ダメなのだ。熱く接吻された口も、繋いでいる手でさえも、彼女に触れられた部分からどうしようもなく快感が走るのだ。

 

「こっちも、随分大きくなってるじゃない」

「ヒゥッ!?」

 

 快楽は脳へ伝わり、心臓からの血液が下腹部に溜まる。もう一人の僕は僕らしくなく自己主張を始めている。

 僕ではない僕が彼女に握られて、じんわりと汗を流す。

 彼女はそんな僕を見ながら意地悪そうに嗤い、握っていた手を上下する。

 頭の中がチカチカと点滅して、強烈な何かが僕を支配してくる。

 空いていた片方の手が宙を漂って何か掴める場所を探す。そうでもしないと、何処かへ飛んでしまいそうだったから。

 

「ダメ、ダメ!!こぇ、らめなの!!」

「いいのよ!!さぁ、イキなさい!!」

 

 幽香の言葉が聞こえて、更に下腹部からの刺激は増加した、だんだんと頭が白く染まっていく。

 ドクドクと心臓が脈打ち、ソレと同じ鼓動で力が抜けていく。しっかりと握った手をもう一度握り直して、荒くなった息で深呼吸を開始する。

 

「いっぱい出たわね……んちゅ」

 

 薄く開いた口から真っ赤な舌が出てきて、指に付いた何かを舐めとる。腕に付いたそれまで、しっかりと舐めとった彼女の息が荒くなっている事に気づく。

 脱力して動けない、脱力していなくても動くことは出来ない僕と、低俗にも自己主張を続ける僕。

 その自己主張している僕を見つけて、彼女はまた薄く笑う。

 

「いいわよね」

 

 やはり、その問はコチラに答えを求めるモノではなくて、ただの言葉だった。

 敏感すぎる僕を掴んで、狙いを合わせるように彼女の腰がゆっくりと降りてくる。

 まるで捕食するように、ゆっくりと、じっくりと、僕は彼女に飲み込まれていく。

 熱い、と感じられる彼女の中がまるで僕の侵入を拒む様にグニュリと形を変えていく。

 

「はいっ、たぁ……」

 

 それだけの事なのに、いつもの気丈な顔が少しだけ緩んで、真っ赤な瞳がコチラを見てくる。

 そんな緩んでいる彼女とは対象的に彼女の中は僕を追い立てていく。

 まるで揉まれる様に脈動して、幽香が腰を動かたびにゾクゾクと快楽が脳へと送られていく。

 僕に抵抗なんて出来る訳もなく、搾取と言っても過言ではないその行為は続行される。

 彼女の腰が僕の上で前後左右に動かされて、幽香はズット僕を見つめている。真っ赤な瞳がジッと。

 

 どうしようも無く、心地いい。

 もう、ソレでいいじゃないか。あの時と一緒だ。

 快楽に流されてしまえ。流されて、それから考えればいい。

 そうさ、ソレがいいのだ。

 

 僕が二度目の脱力を感じたのは、幽香の中がヤケに僕を締め付けたのが原因で、二度目の脱力から先の事は僕は覚えていない。

 

 

 

 

 

~~

 

 目が覚めた。

 いつもの様に、起きれば相手の寝顔が見れるのだ。少しだけ、ホッとする。

 

 いつもは無表情を貫き通している相手が珍しい程に乱れていた。いや、ソレはソレで非常にヨカったのだけれど。

 最初の拒絶は何だった、と言わんばかりに乱れていた。

 何かあったとしても、ソレは私が問い詰めるような事はなくて、彼が言ってくれるまで待つべきである。

 問題は、これによって彼がここから出て行かないかである。

 当然のことだけど、彼には行き場がない訳で、ここから出ていくことなんて無いのだろうけど。

 

 と、愚考している間も彼に触れている自分に気付く。

 そして反応の無い事にも気づいて、少しだけ不安になる。もしかして、シている時は演技なのではないか?とか。

 いやいや、うんうん。

 そろそろ悪戯も止めにしなければ、朝から彼に怒られるかもしれない。プンスカ怒っている彼は非常に可愛らしいけれど、どうしても無言で圧力をかけてくる彼である。怒らせるのはやめよう。

 悪戯をやめて、またいつもの様に彼が私を起こしてくれるのを待つとしよう。

 あわよくば、そのままベッドインという事もあるのだから。

 

 

 

~~

 

 目が覚めた。

 珍しく先に起きていたらしい幽香の悪戯を耐えて、瞼を上げる。

 どうやら二度寝に移行したらしい。

 

 昨晩のゾクゾクした感覚はなくなっている。

 溜め息を一つだけ吐き捨てる。

 触れられては感じてしまうこの身体が少しだけ鬱陶しく思う。けれど、こう成ってしまったのだから仕方ない。

 うん、仕方ない。

 布団から出ようとして、腕が少し引っ張られた。

 腕を辿れば、彼女の手を握っていた。それこそ、指までしっかりと絡められている。正確には、僕の指が幽香の指に絡まっている。

 よく考えていから、顔が少し熱くなって、幽香が起きない様に静かに、しかし急いで指を離して熱くなった顔を冷やすことにしよう。

 

 寝返りを打った彼女の耳が少しだけ赤くなっている事に気づくこともなく、僕はいつもの様に朝を迎える。




やはり、短いです。
もう少しエロエロ書ければいいのですけど。

↓ボツ

 今は、ダメなのだ。熱く接吻された口も、繋いでいる手でさえも、彼女に触れられた部分からどうしようもなく快感が走るのだ。
『圧倒的快楽空間はまさに快感的刺激の小宇宙!!』


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05 妖怪のエサ

女性視点攻め…
何か違うような気もしたけれど書きあがったのだから仕方ないと思います。
今回は愛撫とフェ○だけ。

2013/03/31
誤字訂正
愛でれる→愛でられる

誤字報告感謝。


「いらっしゃい、文」

「こんにちは、レンさん。もしかして待っていました?」

「うん」

 

 丁度いい昼下がり。向日葵達も相変わらず自己主張を続けている天気。

 黒い翼をバサリと畳んで、彼女は相変わらずのニッコリとした笑顔でコチラに寄ってきた。

 文を待っていたのは理由があり、この世界の事を少しでも知っておきたいのだ。幽香がどういう人…いや妖怪であるか、とか回りはどうなっているか、とか。

 彼女から新聞を購読しようとしたが、何故か彼女自身に止められ、そしてこうして彼女を待つ日々がゆっくりと過ぎている。

 

「いやぁ、嬉しい事を言ってくれますね。……笑顔を添えてくれたら最高なんですが」

「ん、」

 

 笑顔。正確には頬を緩ませた程度の微笑みなのだけど。とりあえず、言われた通りに文に向かって笑む。

 

―パシャ

「最高です」

「そう」

 

 写真を撮るほどなのだろうか。ともあれ、どうやら作り笑いであっても喜ばれるらしい。作り笑いをやめて、机に置いていたカップに口を付ける。今日の紅茶は少し濃かった。

 少しだけ顔を顰めて、コチラを見ていた文が一向に座らない事に気付く。

 

「座らないの?」

「あややや、コレは失礼しました」

 

 頭に少し疑問符が湧いて、彼女の顔が赤い事に気付いた。

 

「風邪?」

「大丈夫ですよ、風邪ではありません」

 

 なら、よかった。

 話相手が風邪なのは困る。

 彼女が僕の淹れたお茶をニッコリと笑顔で口を付けてから、話は始まる。

 

「今日は……そうですね、紅い霧の話をしましょう」

 

 こうして、彼女の話はゆっくりと始まる。

 

 

~~

 

 首筋に痣……着流しから見える胸元にも幾つかある。きっとレンさん自身は気づいてないんでしょうね……。

 こうして私が話をしている時は無表情ながらコチラをジッと見て、視線は一切外さない彼。

 自らを『餌』と称した彼。

 美味しそうな、という感情と愛おしい感情がごちゃまぜになっている私に一切気付かない鈍感とも言える彼。

 

「―――文は、その博麗(ハクレイ)霊夢(レイム)霧雨(キリサメ)魔理沙(マリサ)、並びに紅魔館の人達とは知り合いなの?」

「えぇ、皆さん知ってますよ。まぁ、私の職業柄好かれてませんけどね」

「性格的に嫌われてもいないだろうけど」

 

 無表情で何を考えているかは分からないけれど、彼は頭がいいのだろう。知識面ではなくて、回転方向で。

 ある程度質問して、矛盾点があれば問いただし、自身で理解すれば確認をしてその話を終わらせる。

 話を頑張って伸ばしている私からすると困るのですが、ソレでも話をしているだけで結構嬉しい訳です。

 

「お茶のおかわりは?」

「あややや、すいません」

 

 気も利く。

 聞けば家事全般も出来るらしい。一家に一台欲しい。あれば直ぐに壊してしまいそうですけど。

 かなり濃い紅茶で舌を濡らして、息を吐く。

 

「それにしても、えらく痣がついてますね」

「幽香の印だそうで」

「……あやや、お熱いことで」

 

 知ってて見せていたのか。それとも見せる事に抵抗がないのか。どちらにせよ、というモノですが。

 ここに居ないはずの風見幽香が“私の所有物に手を出すな”と言っている様で、面白く無い。

 二人きりのお茶会に、邪魔が……

 

「文?」

「……あ、おっとスイマセン」

「大丈夫?」

 

 いつもの様に営業スマイル。欲が溢れて我を忘れそうになった。

 正直な話をすると、彼を蹂躙出来るならば我とさよならして、こんにちは欲望してしまった方がいいのだけど。ソレはあとが怖い。彼を失う事で風見幽香が怒る事なんてどうでもいいのだけど、彼がこの世界から消えてしまったり、例え生きていても私を嫌ったり……考えただけで恐ろしい。

 これ程美味しそうな彼から嫌われるなど……考えたくない。

 妖怪にとって禁断の果実とでも言うのだろうか。相応にして禁断の果実は赤いモノですが、彼が少し赤く成ってる姿は確かに禁断の果実めいた何かがありそうです。ゴクリ。まぁ、全て妄想の産物ですが。

 ともあれ、そんな禁断の果実的な少年であるレンさんが風見幽香に生かされているのは何故か?つまり、そう言う事なのだろうか。

 

「…………もし、」

「ん?」

「風見幽香から解放されたら、どうします?」

 

 何を口から出しているんでしょうか。私に嫁いでくれるとか、思っちゃったんでしょうね。仕方ない。

 少しだけ、驚いた顔をしてレンさんは口を開く。

 

「それは……棄てられたら、という意味?」

「……まぁ、そうなりますね」

「生きたまま?」

「え、えぇ」

「なら死ぬかな」

 

 あっさりと死を認めて、受け入れた少年。あまりに淡々とした口調だったから、ソレが当然だと思ってしまったけれど。

 彼は見た目で精々十年足らずしか生きていないのに……なぜここまで達観しているんでしょう。いや、諦観でしょうか。何にしても、おかしい。

 

「幽香が僕を棄てるなら、力のない僕は他に喰われるよ」

「……誰かが助けてくれるとは、思わないんですか?」

「ない」

 

 即答だった。それこそ私が口を閉じるよりも速かったかもしれない。

 たった一言、バッサリと、簡潔に、彼は自分の完結を認めてしまった。

 なぜ、と口を開く前に、レンさんは口を開いた。

 

「僕は妖怪が好む肉体をしてる」

 

 と、言ったあとに忘れてたかのように、らしい、と付け加えた彼。

 思わず、本当に、思わず突っ込みたくなった。その妖怪に好む身体を妖怪の目の前に置いているのですよ、と。

 知っていた、あぁ、知っていた。私もその肉体を好んでいる妖怪です。だから、あんまり無防備に私の前で振舞わないでください。こっちも理性というものがありまして、もうそろそろ本能軍が勝ちそうなんです。

 

「森に行けば襲われ、人里に行けば妖怪を招くから嫌われ……他も似たようなモノだと思う」

「私が助けるという選択肢は?」

「文が?……烏天狗は文だけじゃないでしょ?」

「それは、まぁそうですね」

「文が大丈夫だとしても、他はどう?」

「ふむ……」

 

 目の前に無抵抗で芳醇な餌があれば喰うだろう。私も大丈夫ではないけれど。

 

「ところで、レンさんは私に襲われないと思っているんですか?」

「いや、全く」

 

 これで合意をもらったとしよう。理性軍は今しがた本能軍と一緒になって攻めに転じました。まぁ、理性を屈服させてしまったアナタが悪いと言う事で。

 素早くレンさんの顔掴んで、声を出せないように口を塞ぐ。もちろん唇で。

 三度程、啄むように柔らかい唇を堪能した後に舌を差し込む。思ったよりも暖かい口内は先ほどから飲んでいた紅茶の渋みが残っていた。けれど彼の唾液と一緒に味わえば、なんという味わい深くなるんだろうか。

 コレを含めて濃い紅茶を出されていたのなら、どれ程苦くても我慢出来る。というか、含めてますよね?これってそういうことですよね。次から濃い紅茶を出されたらキスしてもいいってことですよね。

 甘い口内を味わうように、彼の歯を舌でなぞり、少しだけ出てきた舌を絡めて更に唾液を啜り上げる。

 

「ん、んー」

 

 苦しそうにしている声が耳朶を打ち、ゾクゾクとしてしまった。

 唾液を啜りすぎてしまったようだ。彼の顔を上に向かせて私の口から唾液を彼に流し込む。

 喉を控えめに鳴らしたレンさんを見て、思わず優越感を得る。

 

「本当に、美味しいですね」

「妖怪が求める味だそうで」

「なるほど。ではもう少し頂きましょう」

 

 再度口内を味わいながら、着流しの開いている部分から手をすべり込ませる。スベスベとした肌が心地よく、ずっと撫でていても飽きないだろう。

 何度か撫でていると、彼がビクンと動くところがあった。既に反応のいいところは幾つか把握しているが、あえてそこには触れない様にして肌を撫で回す。

 そして偶然ですよ、と言わんばかりに反応する場所を撫でて彼の反応を楽しむ。

 

「ゥッ…クフゥ……んんッ…」

 

 耳の近くで聞こえる声は妄想の産物よりも極上だった。妄想していた自分が愚かしく思えるほど。

 本当に、妖怪に愛でられる為に存在しているかのようだ。

 反応している彼を見ながら、ふと赤くなっていた風見幽香の痕が目に入った。私が見ている事に気づいて無いレンさんをいい事に私はその痕に口を付けて強く吸う。

 

「んんんぃッ」

 

 ビクンビクンと小刻みに反応した彼の顔が無表情なモノから緩んで少し赤く変わっている。

 我ながら、子供らしい独占欲の御蔭で彼が見事に反応した。ついでに上書き完了。

 彼の座る椅子が足の置いてある木に擦れる。彼を撫でながら、少し視線を下に向ければピクンピクンと動いている第三の足。尤も、第三の足だなんて八咫烏(ヤタガラス)のモノであり、彼はれっきとした人間なのだけど。

 自己主張した“第三の足”を見ながら、思わずニヤリと笑ってしまう。

 そんな笑顔で彼を見れば、蕩けてはいたが、それでも無表情を貫こうとしている彼。あぁ、なんと愛おしいのだろうか。

 嗜虐性癖なんて私には無いと思っていたけれど、少しはあるらしい。ゾクゾクと背筋に何かが走って、ジュン、と下腹部が熱くなる。

 

「本当に、欲情させるのがうまいですね」

「知らない」

「知らない方が魅力的ですよ」

 

 クスッと笑い、もう一度だけキスをする。

 チラリと空を見て、太陽の位置を確認する。最近の風見幽香の帰宅時間を考えればまだ時間はある。

 このまま放置するのは、可哀想だ。誰が?私が。彼に関して可哀想と言ってしまえば、今現在放置してしまっても、妖怪である私が彼を襲ってしまっても、どちらにしてもなのだ。

 そんな理論武装を頭の中で何度か唱えて、自己弁護。私、悪く無い。

 

「動かないでくださいね」

「ヒァッ」

 

 彼の“第三の足”を撫でながら彼の反応を楽しむ。やはり、ここは敏感なのか。

 他の部分が敏感だから、なんて事はないのだろう。

 彼の肌を撫で回す手を惜しんで離し、彼の前に膝を着く。目の前には彼らしくなく自己主張をしている“第三の足”。非常に濃い彼の匂いを肺いっぱいに溜め込んで、舌を伸ばして根元から先に掛けて一舐め。

 彼の座っていた椅子が動き、彼が少しだけ遠ざかる。思わず笑ってしまう。

 膝を擦って、彼に近づき、彼の腰を抱く。決して動けないように。

 そのまま、私は彼を口の中に含んだ。たっぷりと唾液を溜め込んだ。

 

 ジュル、ジュルルル

「ひぁぁぁ、!?」

 

 彼の嬌声を耳にしながら、自分の口から出ている下卑た音を何度も繰り返す。

 彼がどう動こうと、残念な事に腰は掴んでいる。体格で言っても、種族としても、彼が私に勝てる道理など一切ない。

 故に、私はこの芳しい足をずっと口の中に収めることが可能なのだ。

 彼を深くくわえ込んだまま、舌を絡めて味を覚える。ヒクヒクと動くソレを導くように、吸いながら口を離していく。

 そしてギリギリまで抜いて、カリ首辺りを何度も舌で撫でてみれば、彼は全体でビクンビクンと反応している。

 少し上を向いてみると、だらしなく開いた口からはたらりとヨダレが垂れている。勿体無い。そう思ってしまった私は存外彼に毒されているのだろう。望む所、というべきか、嬉しいことなのだけど。

 

「だめ、文、でちゃう、でちゃうから、離して」

 

 散々イっている癖に、どうしてか彼からの攻撃を受けるのは初めてである。

 彼の警告通りに、口からズルリと“第三の足”を抜く。抜いてから、もう一度深くくわえ込んだ。

 

「!?ッんぁぁぁぁッ」

 

 ビクンビクンと脈動して、喉に熱い何かが打ち付けられる。飲みきれない程、とは決して言えない量が私の口を満たしていく。

 何度か喉を鳴らしながら飲み込んで、残留しているだろうソレを吸い出して、ようやく口を離す。

 少しネバついた体液を舌で転がして、味わう。しっかりと味を覚えた後に、喉に通して、満足した。

 満足してから、彼を見た。

 

「あやややや……」

 

 乱れた着衣と焦点が疎らな瞳。だらしなく開いた口からはヨダレがタラリと。勿体無い。

 もしも、何も知らない人間が彼を見たらきっと強姦にでもあったのだろう、と確定して思える程彼は乱れていた。乱したのは私なのだけど。

 少しだけ頬を掻いて、ようやく冷静になった私は思考する。

 おっと、これはもしかしてチャンスじゃないか?次は下のお口でももらえるんじゃないか?

 違う、コレは完全に満足していない。落ち着け、落ち着くんだ私。

 今は時間が無いのだ。これから先、きっとチャンスが……。

 

 強姦したのは私だ。コレは、つまり、

 

「……ぉぉぉぉぉ…まさか、まさかの?これで終わり……だと……!?」

 

 私が自分の頭を掴んで大きく振り乱すまで、それほど時間は掛からなかった。

 

 

~~

 

 ふわふわとした意識からようやく椅子に座っている事を思い出せた僕。

 その目の前には文がいる。もちろん、先ほどとほとんど同じ構図で、僕の正面に彼女が居るのだ。

 違う、というべき点は、

 

「本ッ当に、すいませんでした!!」

 

 彼女がかなり本気で土下座をしている。という事だろうか。

 どうして彼女が謝っているかよくわからないのだけど。むしろ、彼女の喉奥に出してしまった僕が謝るべきではないのだろうか。

 

「気にしてない」

「いえ、私が我慢できなかったのが問題ですしお寿司」

「お寿司?」

「いえ、何でもありません」

 

 ともあれ、目の前の彼女は非常に面倒だ。

 それこそ、押し売りに近い新聞勧誘のような……いや、職業的には合っているのだろうか。

 本当にどうして彼女が謝っているのかわからないのだ。それを彼女自身に聞く、という事も些かおかしい話になってしまう。

 まぁ、恐らく口ぶりからするに、僕を襲ってしまた事なのだろうけど。当然の事だから、罪悪感のカケラすら抱く意味はない。

 総じて、僕にはこれしか言えないのだ。

 

「気にしてない」

「本当に?本当ですか?」

「うん」

「アレだけ無茶したのに?許してくれるんですか?」

「許すも何も、悪い事したの?」

「…………ちょっと待ってください」

 

 少しだけ文が考えるような素振りを見せて、僕に向き直る。

 溜め息を吐いて、僕に微笑んで。

 

「もしかして、またシテもいい、とか大天狗様も吃驚な事をおっしゃるんでございましょうか?」

「別に、構わない」

 

 というか、構うことが無いのだ。当然、といえば、如かるべきなのだけど。

 その言葉を聞いて文は小さく拳を握って、天に両手を上げた。

 

「私は今日から神様を信じますよ!!ありがとう!!神様!」

 

 天狗が神様を信じるという、奇天烈な場面を目にした僕はどうすればいいんだ。

 どうも出来ない、というのが答えである。

 

「おっと、そろそろお暇しますね」

「そう……」

「安心してください。雨さえ降らなければまた来ますよ」

「雨?」

「飛ぶのが些か苦労でして」

「あぁ、なるほど」

 

 烏天狗も中々に大変らしい。

 僕には一生を以てしても分からない問題なのだけど。

 

「では、また後日に」

 

 前にいた筈の文が消えて、僕の頬に柔らかい感触が触れる。どうやら頬に口を付けられたようだ。

 そう、理解する頃には空から幾つかの黒い羽がふわりと落ちてきていた。つまり、彼女はもう行ってしまったのだろう。

 黒い羽を摘んで、少し見てから風に乗せて流す。

 

「……さて、夕食の準備」

 

 頭を切り替えて準備をすることにしよう。

 早ければそろそろ幽香が帰ってくる筈だろう。

 




~レンがイク事に関して
過去の体験の御蔭、というか所為で彼の絶頂はどちらかと言うとドライに近いです。

もう少女でいいんじゃない?とか言わないの!ソコ!


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06 カワル生活

 コツコツと窓を打ち付ける水滴と太陽が見えないせいかションボリとしている向日葵達。

 昼下がりだと言うのに、太陽の光なんて物はなくて、薄暗い世界が窓の外に広がっている。

 

 瞼を閉じてしまえば思い出される、あちらでの日常。

 

『コレがいいんだろ!?』

『おいおい、随分と具合がいいじゃねぇか!!』

 

 散々に彼らに犯された日常。それが普通である僕にとって、苦痛でもあり、日常でもあった。

 雨だから、思い出される訳でもない。晴れた日も、雨の日も、それこそ嵐の日だったとしても。ソレは行われた。

 夕方から、朝にかけて行われていたソレ。この前の情欲もアレの癖の様なモノだ。

 口の中に押し込まれ、苦い液体を無理やり飲まされ、菊門に彼らの逸物が押し当てられる。

 ただ、それだけの事だった。

 僕はそれだけの存在だった。

 汚れた血と罵られ、犯され、いつしか犯すために汚れた身と罵られる事になっていた。

 その日常の開始は、雨なのだ。

 

 両親を喪い。叔父に育てられることになったあの雨の日だ。

 あの日から、僕の日常は激変して、普通が普通では無くなり、日常が進むにつれて苦痛が苦痛ではなくなった。

 

 骨張った手が身体を這い、飲みたくもない白濁液を飲まされ、出口が入口に代わってしまう日常。

 無理やり絶頂へと押し上げられることもなく。奉仕する事が普通であり、出来なければ殴られ、気を失ってもソレは続く。

 ソレが当然なのだ。僕は汚れているのだから。汚れたのだから。

 

 

『誰がお前を愛するというのだ!?愛玩人形に感情が必要か!?』

 

 何度も言い聞かされた言葉を頭の中で反芻して、肯定する。

 僕に価値はない。愛玩人形としては優秀。餌としても。

 それだけなのだ。

 飼う価値も買う価値もあるのに、価値など一切ない。ソレが僕。

 

 そういえば、幽香に過去の話をしていない。別に聞かせたい訳でもないし、聞いた所で楽しくもなければ、同情して欲しいわけでもない。

 ならどうして話すのだろう。自己問答した所で答えは出ない。

 知られた所で、変化など無い。あれは過去なのだ。故に、幽香に言う。コレは確定しておこう。

 と、思考した所で幽香の帰宅が遅い事に気が付く。

 傘は持っていた筈だ。そんな自己完結した所で結果は分からない。

 

 

 ギシリ、と外の木板が軋み、ゆっくりと扉が開く。開いた本人は、少しだけ俯いていて、緑色の髪からポタリポタリと水滴を落としていた。

 傘があるというのに、ずぶ濡れで、そんな幽香を見てパタパタと動いて布を持って幽香の顔を拭いていく。

 

「風邪、ひくよ」

 

 

 

「出て行きなさい」

 

 僕の手が止まった。

 ナニヲイッテルンダ……?

 

 思考が停止して、どうしてか、嫌だ、という感情が湧いて出た。ソレがココが安全だからという理由なのか……それとも別の何かなのか。

 僕にはソレが分からない。

 ソレでも、僕には一つだけわかる。

 

「わかった」

 

 そう、たった一つだけ、理解してしまったのだ。

 身一つで居た僕は何も持たずに幽香の隣を抜けて外に出た。

 どうしてか、息を飲んだ彼女を振り返ることもせずに。

 

 随分と強く降っていたらしい雨が身体を冷やす。

 冷たい。冷たい。

 

 

 冷たい。

 

「あぁ……当たり前か」

 

 思わず笑いが溢れた。

 何がかは分からない。けれどもそう言わなければ僕の中の大切な何かが、壊れてしまう気がした。

 自分の中で湧いて出てくる疑問も、葛藤も、自分の責任にして。ほら、これで先送りに出来る。

 

 雨は激しく僕の身体を打ち、髪からも、瞳からも水滴が落ちていった。

 

 

 

 

 

~~

 

 傘を壁に投げつける。

 椅子を蹴り潰して、机を拳で叩きつけて砕いた。

 

 幾つかの家具が使い物にならなくなってから壊した椅子の代わりにベッドへと座り、荒くなった息を整える。

 

『わかった』

 

 私が帰ってきて、少しだけ表情が緩んだ彼が一気に無表情へと代わって私の横をスルリと抜けてしまった。

 自分の横を通り過ぎたレンを掴む事の出来なかった自分が憎い。殺したいほどに。

 元を正せば、スキマが悪いのだ。いや、私が悪いのだろう。どこをどう考えても、私が悪かった。

 

『追いかければまだ間に合う』

『僕が許すと思う?』

『唆されて、僕を追い払ったって正直にいいなよ!!』

『最悪、って返してあげるからさ!!』

「五月蝿い!!」

『あの時に僕を掴めば冗談で済んだのに』

 

 レンが数人いる様に、頭の中に彼の声が聞こえる。

 声を荒げ、耳を塞ぐように枕に顔を埋める。

 レンの匂いがした。あぁ、ダメだ。コレは重症かもしれない。

 

 スキマの口車に乗って変な賭けをしなければ良かったのだ。もうすでに遅い事なのだけど。

 連れ戻しに行こう。今行けばまだ大丈夫な筈だ。

 幸い、彼の着流しに花の種は仕込んでいる。ソレを目指して飛べば、レンに辿り着く。

 

 床に落ちた傘を拾い、もう一度雨の振る外に出た。

 

 

 

 

~~

 

 森に入って少しの時間が経った。

 案の定、というには在り来たりすぎるけれど、襲われている。

 

「……はぁ」

 

 恐らく、僕を追いかけているのは妖怪なのだろうけど。その姿は見ていない。

 必死で逃げる僕を追いかけて楽しんでいる、という感じでもない。

 幽香と比べてしまい、違いを感じてしまう。幽香の言っていた、力関係についてようやく納得をした。

 

 泥を踏みしめて、走る。

 枝に着流しの裾を引き裂かれ、幾分かボロボロに成ってしまったけれど、そんな事も気にせずに。

 ただ、走る。

 

 走って、少しだけ隆起した根に躓いたけれど、なんとか二の足を踏み出した。

 グリュリと嫌な音がして、右足首が熱くなる。

 泥を這いながら、近くの木に背を預ける。

 荒くなった息を整えながら、目の前に迫る妖怪を見てしまう。

 隆々とした身体、醜く歪んだ顔、蜘蛛の様に幾本も足がある。

 その妖怪はコチラを見て、ニヤリと更に顔を歪めた。まるで楽しむかのように。

 

 死んだ。

 思わずそう思えば、必死に支えていた腰が、ストンと地面に着いた。

 瞼を閉じて、深く息を吐く。

 痛みのない死を望んでいたけれど、どうやらそうもいかないらしい。

 走り疲れた。

 どうしようも無い。だからだろうか、自然に口が開いた。

 

「さようなら、幽香」

 

 



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07 イキル贄

 ゆっくりと瞼を上げた。

 目の前には木造の天井、少し視線を下に下げれば布団があり、横に向ければ襖、逆に向ければ障子がある。

 暗い部屋の中を、障子越しの月灯りが薄らと明るくする。

 ぼんやりとした頭のまま、上半身を起こす。

 随分と、俗的な地獄だと思った。

 ジクリ、と右足首が痛む。痛みは熱に代わって、僕を這いずりまわり、ひっそりと消える。

 

 あぁ、なんだ、また、生きていたのか。

 

 吐いた息が溜め息に代わり、包帯で固定されている右足を折りたたんで抱きしめる。

 着流しから出ていた僕の腕も白い包帯が巻かれていて、ソレが余計に苦しく見えた。

 

 何かを求めて、僕は立ち上がる。ジクリと右足から痛みが這いずり回る。なるべく体重を掛けないように歩き、障子に手を掛ける。

 意外にもスルリと開いた障子の先は鬱蒼とした森ではなくて、雑木林と綺麗に整備された区画。

 ヒヤリと冷たい床が足に触れて、頬を冷たい風が撫でる。少しだけ土が湿気た匂いと地面に水たまりが出来ているのを見て雨上がりだとわかる。

 ペタリ、ペタリと足を動かして縁側に座る。床板に体温が奪われていく感触に段々と現実味を感じてくる。

 

 生きている。

 

 そう、生きてしまっているのだ。

 幽香……風見幽香に捨てられた理由はわからない。要らなくなっただけなのか、はたまた放置して僕の反応を楽しもうとしたのか。いや、彼女の場合は目の前でその表情を見たがるのだろう。

 

 どちらにせよ、僕は生きてしまっているし、風見幽香に棄てられた結果は変わらない。

 僕は風見幽香に棄てられた。

 たったそれだけの事だ。以前と同じ。僕は棄てられた。それだけ。

 それだけの筈なのに。たったそれだけの事なのに。

 

 詰まった息を正そうと、ゆっくりとした呼吸をする。

 深く、深く吸って、少しだけ止めて、吐き出す。

 吸って……少し止めて、吐き出す。

 

「目が覚めたのかい?」

「……」

 

 暗示的な思考を中断して声の主を見る。

 影になって分からないけれど、声からして女性。影で隠れているというのに、双眸が光っているように、僕を睨んでいるのがよく分かる。

 

「天狗が貴方を背負ってきた時は驚いた」

「……天狗?」

「射命丸文。知り合いなのだろう?」

「……うん」

 

 そうか、文が僕を助けたのか……お礼を言わないと。

 僕を睨んでいる彼女は隣に腰掛けて、ようやく明るみに出た顔は端整で、深い紫色の髪が肩口で切りそろえられていた。

 見ているだけで、威圧される……とは少し違う。神々しく感じてしまう彼女はゆっくりと、口を開く。

 

「で、念のための確認だが、貴方は『自分の存在意義』を分かっているか?」

 

 存在意義?

 どうして僕が存在しているのか。餌としては役目を全うした。意義をなくしたのだ。

 その僕に存在している意義はあるのだろうか。あったのだろうか。

 そう考えていても、どう考えていても。僕の口は自然と開いて、言葉を吐き出した。

 

「愛玩人形」

「…………」

 

 その自然と出た一言が、心の中にストンと落ちて、納得した。

 僕は生きている限り、そういう事になる。これは単なる経験則だ。たった十年ほどしか生きていない僕の経験則でしかない。

 そんな言葉に神々しい彼女は、キョトンとして、吹き出した。

 

「ブッ、フッハッハッハッハッハッ!!なるほど、なるほど!!愛玩人形ね。的を得ている。しかしながら曲解かつ極論、いや、暴論とでも言うべきか」

 

 それほど可笑しな事なのか、彼女はまだ肩を揺らして笑っていた。

 

「いや、悪いね」

 

 笑いで出た涙をぬぐいながら、彼女は言葉を出した。その言葉には先ほどまでの高圧的な神々しさはなく、至って普通の言葉だった。

 

「そっちが、素?」

「近頃は親しみやすい神の方が信仰を集めやすいのよ」

 

 随分と俗物的な神様だと言うことがよく分かった。

 先ほどまでの神々しさなど嘘のようだった。

 

「ま、日が昇るまでまだ時間はある。それまでまたお眠り」

「……そうする」

 

 右足を庇いながら柱を杖に立ち上がる。そのまま先ほどまでいた部屋に戻って障子を閉める。

 大きく息を吐き出した所で、荒れていた心が落ち着いているのが分かる。

 珍しく、何もせずに眠れそうだ。

 

 

 

 

 

 

~~

 

「神奈子」

「なんだい?諏訪子」

 

 屋根の上にいた友人……親友?、家族である諏訪子に意識を向ける。

 

「どうしてあんな子が選ばれたんだろうね……」

「さぁ……?あの子は何も知らないだろうけど」

「逆に知っていたら普通、外に出れないよ」

 

 普通なら、ね。

 そういう私の無言を察したのか、屋根からヒラリと地面に着地して、親友はこちらを向く。

 

「私たちに出来る事は……」

「ないね……」

 

 お互い、それは知っていることだろう。証拠に聞いていた彼女の顔は望みもなく、歪んでいた。それが何も出来ないことを悔やんでいるかは分からないけれど。

 分かっていた事だ。私達には分かっている。妖怪達は一片しかわかっていないし、ソレさえ分かれば大差などない。

 彼は永遠に逃れられないし、永久に逃げられ、永劫に掴む事はできない。

 

「……寝る」

「そうね」

 

 そう言った親友は私の横をすり抜けて、私も立ち上がる。

 そして私達は同じ障子を開いて、同じ布団を捲り、体を滑り込ましていく。都合よく、都合よくある同じ抱き枕を軽く抱きしめながら、ゆっくりと瞼を落とした。

 愛玩人形。

 

 なるほど、言い得て妙だ。

 

 

 

 

 

 

~~

 

 いつも通りの拘束感と温かさで目が覚める。

 前からは金髪の少女が僕の体を束縛して、後ろからは昨晩の俗物的で神々しい彼女が僕を拘束していた。お陰で動けない。

 ふと、慣れてしまったような思考に少しだけ自嘲してしまう。アチラにいた時は拘束を感じることなど一切なかったのだから。そう考えれば昨晩の疑問であった『愛玩人形』というのにも些か疑問が生じる。

 そんなこと、どうでもいいのだけれど。

 

 ともあれ、一切と言っていいほど身動ぎ出来ない僕。そしていつものように太陽が昇る前に目が覚めてしまったのだ。彼女らを起こす、という行動も彼女らに悪い。

 いや、もう、太陽が昇る前に起きる必要などないのか……。

 僕はもう一度、ゆっくりと瞼を下ろす。眠りは出来ないだろうけれど、少しは自分で気持ちの整理をしたいのだ。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 少し時間が経過して、太陽も上ったらしく障子には、前にあった雑木林の影が映りこんでいる。

 どうやら目が覚めているらしい二人、いや、一人と一柱は僕を抱きしめる力を強めた。痛い。

 後ろにいる一柱は僕の髪に顔を埋めて呼吸をしていて、前にいる少女は僕の肌を撫で回したり、鳩尾を舐めたり、と実に好き勝手されている。

 当然のことながら、後ろの彼女に抵抗をしたところで意味などない事はわかっているし、前にいる彼女に抵抗をしたところで、きっと今以上に責めがキツくなることも予想されるので、抵抗などする気が起きない。

 

「抵抗しないの?」

「抵抗してやめるの?」

「…………起きているとはオモワナカッタ」

 

 随分と白々しい言葉である。やはり神様としてどうなのだろうか。

 あと、前にいる少女を止めてください。

 

「うーん、確かに美味しい」

「……妖怪?」

「人に信仰されてるから神様だけどね」

 

 そういって少女は苦笑する。

 なるほど、人にとって有益なら神様、無益ならば妖怪、有害ならば悪い妖怪、とでもいうのだろうか。

 

「さて、早苗がそろそろ起きる頃かな」

「ほら、さっさと行きなよ」

「わかってるわよ」

 

 わかっている、と口では言いながら後ろにいる一柱は相変わらず僕の拘束を解いてはいない。わかっている筈なのだけど、僕の拘束は解けていない。

 すこしだけ強く抱きしめられた後に、ゆっくりと、それはもうゆっくりと拘束が離れ、後ろにいた一柱がようやく立ち上がる。

 

「諏訪子、わかってると思うけれど」

「はいはい、先に食べたりとかしないから」

「わかってるならいいわよ」

 

 襖から出て行った一柱の足音が離れていき、金髪の神様もゆっくりと体を起こした。

 

「さて、おはよー」

「おはよう……誰?」

「ま、その辺りは朝食の時にでも言うよ」

 

 クスリと笑った神様は僕の頭を撫でた。

 とにかく、ようやく起きる事が出来たのでいつものように行動させて頂こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉ……これはスゴイですね……」

 

 巻いていた(タスキ)を解いて、現れた淡い緑色の髪をした少女に頭を下げる。巫女服を着ているという事は二柱の巫女なのだろう。

 

「勝手に食材と台所を借りた」

「あ、いえ、そんな」

「ま、とりあえず食べようか」

 

 一応、金髪の神様に許可は得ていたけれど、彼女にも一応言っておこう。すでに事後なのだけれど。

 ともあれ、作った質素な料理達は机に移動させて、その机の周りに正座で座る。

 

「さて、いただき」

「ちょっと待ったァ!!」

「文?」

 

 盛大に音を立てながら開かれた障子。開いた本人は翼を振り乱して、息を荒げていた。

 ゆっくりと荒くなった息を整える知り合い。そんなに急いでどこへ行くというのだろうか。

 

「レンさんの手料理が食べれると聴いて!!」

「あぁ、そう」

 

 一体どこからそんな事を聞いてきたんだろう。いや、深く追求すると何か恐ろしいことが判明しそうだ。

 どこか、呆れ気味の俗物的な神様はため息を吐いて、まぁいいか、と締めくくった。

 そんな呆れられている文はどこ吹く風。僕の隣でニコニコとしながら座っている。

 

「では、いただきます」

「いただきます」

 

 俗物的な神様の一言で食事は開始される。

 当然のごとく、飛び入りで参加している文の分は一切ないので、僕のおかずを食べさせるとしよう。

 

「あー……ん」

「笑顔が添えられれば」

 

 彼女の願いを聞き入れて、微笑みを顔に貼り付ける。

 文の口にほうれん草を入れてから彼女は感極まったように、涙しながら。

 

「今なら死んでもいい」

 

 と言っていた。どうでもいいことだけれど、鼻血で畳を汚すのはどうかと思う。

 そんな文を放置して僕はゆっくりとご飯を咀嚼していく。

 

「で、自己紹介だったね。私は八坂(ヤサカ)神奈子(カナコ)。この娘は東風谷(コチヤ)早苗(サナエ)、で、あっちの小さいのが洩矢(モリヤ)諏訪子(スワコ)

「ちっさい言うなッ!!」

 

 頭の中で顔と名前を一致させる。

 文の話で出てきた神様二柱と巫女一人。守銭奴の方ではなくて、腹黒いと噂されている巫女一人。

 

「レン」

 

 僕も倣い、自己紹介をする。軽く頭を下げながら。

 自己紹介なんてのは、名前さえわかれば言いと思うのだ。

 

 

 

 

 

 

~~

 

「文、ありがとう」

 

 相変わらず感情を顕わにしない彼は私に礼を言った。今なら脱げと命令すれば聞いてくれるんではないだろうか、いや待て、待つんだ私。

 皿洗いをしている彼は後ろを向いていて、私の表情は見ていない。見られたら、多分引かれるだろう。私は惹かれてるのだろうけど。

 

「助けてくれた」

「アー、それですよね」

 

 彼は私の沈黙を何に対しての感謝なのかを考えている、と思ったのだろう。生憎ながら、一切そんなことはなく、今からどうしてやろうか、とか考えてしまっていた訳だけど。

 自分としては、少し遅かったと思う。

 彼が風見幽香に追い出された事を『かの賢者』から聞かされ、雨の中、家を飛び出た私。そんな私が彼を見つけた時にはボロボロで、妖怪に殺されかけている時だった。

 もう少し早ければそんなことは一切なかっただろう。いや、もう少し早ければ私が追いかけている側になったのかも知れない。

 助け出した彼は気絶をしていて、それも残念に思う。そうでなければ弱った彼に直接付け込めたのに。

 

「まぁ、ここなら安全でしょう」

「何に対してかはわからないけど」

 

 それは、それです。

 彼が彼である時点で貞操の危機は免れないだろう。

 けれど、人里に連れて行くなど、絶対にありえない。気軽に会いにいけないのだから。

 

「大丈夫ですよ。私が守りますから」

 

 後ろから彼を包むように抱きしめる。

 身長が勝っててよかった……髪に顔を埋めながら甘い香りを肺いっぱいに押し込める。

 

「守る対象を犯すのもおかしい話」

「ソレは空の彼方へ飛ばしておきましょう」

 

 だから、もう少しだけこのままで。




というわけで、守矢神社に居候。

スキマ様が唆した内容とかは……まぁ、テキトウに考えてはいるんですけど。
あの人らしくはない理由なんですよね。

まぁ、そんなこんなで、ゆうかりんは少しだけお休みです。


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08 普通のカコ

誤字訂正
邪推→他意
違うかった→違った

報告感謝
ご迷惑をおかけします


「似合ってますよ!!」

 

 東風谷早苗はそういって、鼻息荒く拳を握って興奮している。

 いつもの格好となってしまった白い着流しではなくて、何故か腋の部分が開いた巫女服を着せられた僕は手に箒を持っていた。

 居るなら何か手伝えることはないのか聞いた所、巫女服を着ることを勧められた。

 

『いいですか、レンさん。ここは境内なのです。つまり、掃除や様々な神事をするに辺りそれなりに神聖な格好をしなくてはいけないのです!!つまり!巫女服は作業服と一緒なのです!決して巫女服を着せたい訳ではありません!!巫女服を着た男の娘(オトコノコ)を見たいとか他意は一切ありません!!』

 

 と長々と目の前で興奮している東風谷早苗に言われたのだ。ハァハァ言いながら、着替えを手伝おう等と言っていたけれど、気持ちだけ受け取っておいた。

 

「似合うと思いましたけど、似合いすぎです!!可愛いです!!」

「ホント、あとは笑顔があれば完璧だね」

 

 八坂神奈子の言葉に少しだけ溜め息を吐いて、笑顔を貼り付ける。

 貼り付けたならば、東風谷早苗が両腕を突然上に突き上げた。

 

「最ッ高です!!これ程神様に感謝したことは今までありません!!妹が欲しかったんですよ!!」

「男」

「えッ」

「え?」

「……あぁ、男の娘ですよね」

「……もういい」

「では了解も得たので抱きつかせてもらいますね」

 

 抱きつきながら言う言葉ではない。あと、キャーキャーと耳元で言われると、五月蝿い。笑顔を貼り付けていた顔は早々にいつも通りに戻って次はわかるように溜め息を吐き捨てた。これから境内を掃くというのに。

 抱きついているコレをどうにかしたい気持ちを全面に押し出しながら、近くにいる二柱に視線を向ければ、両方共ニコニコと笑っている。

 

「……」

「似合ってるよー」

「可愛いわね」

 

 ダメだ、この神様達。慈悲も何もない。元々信仰していないのが原因なのだろうか。

 まぁどちらでもいい。ともかく、抱きついてくるコレをどうにかして欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

「神社ごとコッチに?」

「えぇ、そうですよ」

 

 掃除をしながら世間話……と、言っても僕に出来る話は無いに等しいので、彼女からの会話を聞く形になっている。

 左足の捻挫は気がつかれていたらしく、ゆっくりとした掃除を二人でやることになっている。

 

「霊夢さんに異変だァ!って言われてヤられちゃいましたけど」

「れいむ……博麗霊夢?」

「はい。守銭奴です」

 

 素晴らしい笑顔でそう言い切った東風谷早苗。文に聞いていた博麗霊夢の事と今の話は合っている部分が多いので、東風谷早苗の感情を抜いても守銭奴という評価は正しいのだろう。

 異変、通常では起こらない事件を解決している守銭奴巫女、博麗霊夢。随分と酷い印象だ。

 

「レンさんは、アッチで何をしてたんですか?」

「ナニ?」

「ほら、普通の生活していても学校とか」

「……」

 

 ガッコウ、には行っていない。生かしてもらうのに必死だった。知識は本だけでどうにかなるし、会話はニンゲンの言葉を聞いていればわかる。

 アッチで何をしていたか、という質問に対して僕は応えることが出来ない。何もしていないからだ。僕自身は、何もしていない。

 

「お父さんとか、お母さんとかは…?」

「五歳の時に亡くなった。そこからは叔父に拾われて、」

「拾われてって、」

「犯されてた」

「…………ちょっと、待ってくださいね」

 

 額に手を置いて数秒、少しだけ青くなった東風谷早苗が口を開く。

 

「犯されてた、っていうのは、えっと、あー」

「性的な意味」

「…………本当に、」

「嘘を言う意味がない」

 

 ジッと東風谷早苗を見れば、目を斜め下に逸らされた。至って異常な反応だと思った。僕を見るニンゲンはもう少し不快そうな顔をしているか、歪んだ嗤いを浮かべていた。他にも色々と表情はあったけれど、東風谷早苗の様に悲しみや悔しさで、そうした感情で顔を歪めるヒトは居なかった。

 

「どうしてそんな顔をするの?」

「どうしてって……」

 

 だから、分からないのだ。どうして東風谷早苗がそういう顔をするのか。

 

「だって、おかしいじゃないですか」

「普通の事」

「普通じゃないですッ!!レンさんみたいな子供を犯すだなんて」

「僕にとって、普通」

「ッ……」

 

 早苗は歯を噛み締めて、大きく息を吐きだした。彼女にとっての普通は僕にとって異常で、僕にとっての普通が彼女には異常だった。それだけの話なのだ。

 前に居た場所に、あの村に彼女のような人が居れば、少しは変わったのだろうか。

 そう考えて、思考を棄てた。既にソレも、アレも、過去の事で変えることの出来ない事実なのだ。今にしても、僕はこの体質に満足はしている。持て余しもしているけれど。

 

「同情は、イラナイ」

 

 早苗に聞こえないように呟く。散々とアチラで罵られ、同情する、と言われながら犯し続けられたのだ。そんな気持ち、いらない。

 

 

 

 

◆◆

 

 普通、と言われたその事実は、私の知っている普通とは微塵も違った。

 それこそ、彼の容姿を含めて、どこの“薄い本”だ、と言ってしまいそうな程、普通とはかけ離れた過去。

 嘘、かどうかは分からないし、どちらかと言えば、嘘である事を私は願っている。

 躊躇も無く、スラスラと、昨日の事の様に語った彼は、今は最初見た時の様に無表情で地面を掃いている。

 

『同情なんていらない』

 

 彼の小さな言葉が私の耳に到着した時には既に掃除を再開していた。

 この気持ちは同情から来るモノなのだろうか。どうにかしたい、という気持ちは、偽善と銘打ってしまえるモノなのだろうか。

 

 助けたい、助けれなかった。

 可愛い、という感情以外も、何処か惹かれる部分のある彼。恐らく、恋とか一目惚れとか、そういうものでは無い。

 庇護欲、と言うのだろうか。小動物を愛でる気持ちと似ている……と思う。

 

 見た目も立ち振る舞いも、一見すれば完璧な彼。話してみてわかることだけれど、欠落した部分……彼の“普通”にとって必要の無い部分が最初から無かったように、完璧すぎる彼。尤も、私の知る普通にとって必要な部分が無いのだけれど。

 少なからず同情をしている私は彼を欠けさせてしまった人を許す事は出来ないだろう。

 また、同情と言われそうだけれど。

 

 まぁ、ソレを気にしすぎると何もできなくなってしまうので、無視することにしよう。

 現実に囚われないからこその、幻想郷なのだ。




次は説明回とエロ回。
早苗さんは多少の“そういった知識”を持っていても大丈夫だと思うのです。


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09 贄のカチ

エロの描写が、うっすいです。
早苗さんが変態的なのはお察しください。



「さぁ!!レンさん!お風呂の時間ですよ!!」

 

 僕は思わず顔を顰めた。それこそ、いつもの無表情なんて忘れて、とにかく眉を寄せて彼女を見てから、近くにいた神様二柱に視線を移した。逸らされた。

 

「一人で、入れる」

「何を言ってるんですか!!お姉ちゃんと一緒に入りましょう!!ソレが普通です!!」

「…………」

「フツウダネェ」

「ソウダネェ」

 

 何処か遠くの方を向いている神様二柱が何かを読むようにそう言った。僕の知っている普通では一切有り得ないことが起こっている。

 

「ソレが、普通?」

「そうです、いいですかレンさん。レンさんは言ってしまえば居候なのです。いえ、もはや家族と言ってもいいかもしれません。そんな家族に必要な事、そう!!裸の付き合いです!!この守矢神社の巫女である私と一緒にお風呂に入るべきなんです。ソレが普通なんですよ!!」

「………お、おぉ」

「別にレンさんの肌を撫で回したいとか、イタズラしたいだとか、一切!!そう、合切も!邪な考えはありません!!レンさんに普通を教えたいだけなんです!!別に男の娘と一緒にお風呂に入って、だなんて本意は一切合切ありません!」

「早苗ー、本心が見え見えだよぉ」

「諏訪子、言ってあげないで」

 

 何故か悲しそうな顔をしている神様二柱と、拳を握って力説している早苗。普通、というものがそれならば、それに従うべきなんだろう。

 

「わかった」

「やっっっったぁぁぁぁぁああああ!!奇跡が、今私の目の前で奇跡が!!」

「はい、早苗、ちょっと説教してあげるからコッチにおいで」

「ノォォォォォォォ!?神奈子様、ちょっと、ちょっと待ってください!!せめて、せめて一緒にお風呂に!!」

「はいはーい、また今度ねー」

「レンは気にしないでお風呂に入っておいで」

「でも、」

「うん、今の普通は早苗が説教を受ければいいんだよ」

「ソレが普通?」

「それが普通」

 

 僕の普通には無い事なのだけど、ソレがここの普通なのだろう。なんとも、普通とは難しい事である。

 神奈子に担がれて、涙目でコチラに手を伸ばす早苗を見て、どうしてだか溜め息が溢れ出た。

 

 

 

 

 

 

 お湯を何度か被って、ヘチマで自身の汚れを落としていく。

 何度摩っても、落ちる気はしない汚れを、何度も、何度も、何度も、何度も。

 右足首がズキリと痛んで、摩っていた腕が真っ赤になっている事に気付いた。改めてお湯を被れば、赤くなった場所がヒリヒリと痛む。

 木造の浴槽にたっぷりと溜められたお湯。爪先をゆっくりとさし入れ、そのまま身体をお湯の中に沈めていく。

 

「ふぅ……」

 

 肩までしっかりと浸かった僕から出たのは、先ほど早苗に向かって吐いた溜め息でも無く、安堵にも似た息だった。

 相変わらずヒリヒリと痛い箇所も、我慢出来る。

 浴槽の縁に頭を預けて、瞼がゆっくりと落ちていく。お湯の熱がジワジワと自分の身体を侵食していき、自身が徐々に火照ってくる。いつもの火照りとは違い、一切不快感は無い。あるのは安堵だけ。

 ピチョン、ピチョン、と水滴が水面に落ちて音を鳴らす。瞼を閉じてから、丁度、今ので七滴目。

 八滴目。

 

 九滴目。

 

 深呼吸をすれば木の香りと湯気が肺に溜まり、そして吐き出される。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、深呼吸を続ける。

 

 吸って、吐いて、

 

 吸って、少し止めて、吐いて、

 

 吸って、……吐いて。

 

 吸って……吐いて。

 

 自分でわかる程度にフワフワとした感覚が身体を支配している。軽い快感を覚える。いや、覚えていた、と言う方が正しいのだろうか。

 最初は快感から逃げる為に、それはいつの間にか快感の為に。受け入れやすくする為に、ちょっとした自分なりの儀式になってしまった行動。

 今は一切そんな事は考えておらず、ただ、ゆったりとしたこの気持ちを受け入れやすくした。ただそれだけの事なのだ。

 

「レンさーん、着替え、ココに置いときますねー」

「……ありがとう、早苗」

「いえいえ、家族ですから」

「?裸の付き合いは?」

「あれは……いえ、なかった事にしましょう。思ったよりも神奈子様が怒ってて、それ以上に諏訪子様が」

 

 ブツブツと呪詛の様に繰り返す早苗が磨硝子越しに見える。頭を抱えて勢いよく上下に振っている。一体彼女に何があったのだろうか。

 

「さなえー、」

「ひゃぃッ!?ワルイコト!シテませんヨ!?」

 

 少し遠くから諏訪子の声が聞こえた。その声に驚いたのか、磨硝子越しの巫女は見て分かる程背筋を伸ばして、聞いて分かる程震えた声で返事をした。

 返事をする時は震えているのが彼女の普通らしい。

 

 

 

 

 

 

 時間はゆっくりと過ぎていき、月も高く昇り、湯船で火照った身体は夜風で冷めていった。

 相変わらず綺麗に輝いている星と、確か太陽を反射しているらしい月。

 

「……」

 

 ふと、これ程のんびりと夜を過ごすのは久しい事なのではないか、と考えてしまう。

 思い返してみれば、という程に歴史ある人物ではないけれど、思い返せば、僕にとっての夜は犯されるだけの時間だった。

 アチラにいるときは散々に貫かれて、吐き出された。コチラにいる時は幽香、風見幽香とずっと一緒にいた訳だし。

 少しだけ冷めた筈の熱が身体を駆けて、夜風によって何処かへ運ばれてしまった。

 

「眠れないのかい?」

「……ん」

 

 神出鬼没、というにはオカシナ話になるのだろう。けれど、いつの間にか隣にいた神奈子を称するにはいい言葉だった。

 眠れない、という問いに対して僕は頷いた。夜に眠れる、という事に違和感を感じているのだ。身体が。

 瞼を降ろして、それなりの呼吸をしていれば眠ることも可能なのだろうけれど、快楽に思考を落としてしまうので、それもどうかと思う。

 

「と、言うか、早苗もまた裸Yシャツだなんて……」

「わいしゃつ?」

「女モノの下着を着せている時点で早苗の未来が心配になってくるね」

「?」

 

 神奈子とは逆の隣にいた諏訪子が僕の服の裾を持ち上げて溜め息を吐いた。落胆の溜め息である。

 さっぱり意味の分からない言葉が並べられて思わず首を傾げてしまう。どうにか分かりやすい言葉で言って欲しい。

 

「寝れないなら何か話をしようか」

 

 そう切り出した神奈子は僕の隣に、よっこいしょ、と言ってから座る。そして当然の様に諏訪子も座っていた。

 神様二柱に挟まれる形で座っている、というのはなんとも不可思議な見た目だと思う。

 

「何の話をしようかね」

「オバサンは何の話も思いつかないんだね」

「蛙の解剖の話なんだけど」

「あら、丸呑みしか出来ない蛇が解剖の話なんて出来るの?私、初耳」

「よし、諏訪子、ちょっと表に出ようか?」

「アッハ、何言ってるの?耄碌したの?蛇が蛙に勝てる訳ないじゃない」

「聞きたいことが、ある」

 

 僕を挟んで睨み合いをしていた二柱の会話を切り落として、口を開く。

 言い合い、というには少しばかり違和感のある会話だからこそ割って入ることが出来たんだと思う。蛙の解剖は気になるけれど、今はそれ以上に知らなくてはいけないことがある。

 

「僕の“存在意義”を、教えて」

 

 そう言うと、二柱は少しだけ眉を顰めて、言い争いをしていたにも関わらず、同時に溜め息を吐いた。

 

「“愛玩人形”、って自分で言ってたでしょ」

「ソレは僕の意見。神様から見ての意見が知りたい」

「……ふむ」

 

 肩を竦めて諏訪子が言った言葉を否定して、どうにか言葉を進める。

 知りたいのは、僕が愛玩人形だと答えた時の神奈子の違和感だ。愛玩人形以外の意味があるなら、人形ではない意義があるなら。

 

「私達神……いや、まぁ神も妖怪も人外として纏めた方が説明しやすいか」

「神奈子……」

「いいのよ、どうせこの子は知らなきゃいけない事なのだから。

 ……人外は人から力をもらってるのよ。信仰であり、直接食べたりね。

 大雑把に言えば、人から受ける力はこの二つで、二つともが全くの別物、相容れるなんて事はない訳だ」

 

 神奈子の言葉が切れて、僕を見る。

 しっかりと聞いていれば、意味は分かる。けれど、僕の存在意義は一切ない。

 

「さて、じゃあ、人から受ける力以外。コレは人外共通なんだけど。

 自然界、言ってしまえば今ココに存在している空気も人外に力を与えている。まぁコレは人からの力に比べて微々たるモノなのだけど」

「妖怪も、神も、自然界の力を貰って存在してる、って思ったらいいかな。実際そうだし」

「本題に入るけど、レンはどちらかと言えば人じゃなくて自然界寄りの力を保有しているの。ソレも、多大に」

 

 背筋にゾクリとした感覚が走る。快楽とか、そんな感情は無く、ただただ、冷たい感触が背中を這っていく。

 脳に響く、粘っこい、嫌悪する声。

 

『八百万の神々と、幾多の妖に捧ぐ……』

 

「レンの様な存在の事を、私達は贄と呼び、妖怪達は餌と呼称してる」

「わかった、ありがとう」

 

 ズキリと痛む頭は、きっとあの人の声を思い出したからだ。

 気持ち悪い、胃の中がかき混ぜられている様な感情。嘔吐感はないけれど、ひたすらに気持ち悪い。

 ゆっくりと立ち上がろうとした僕。身体が横に引っ張られて神奈子にもたれ掛かってしまう。

 

「まぁ、もう少し話を聞きなさいな」

「君の力は人外にとってひじょーに、魅力的なんだ」

 

 耳朶を打つ荒い息と、首筋に掛かる熱い吐息。

 人外である二柱にも、僕は“美味しく”見えるのだろう。

 空に浮かぶ星が逆さまに映った神奈子の顔に被さって見えなくなる。

 唇を合わせるだけの接吻。柔らかい感触が唇に当たって、離れる。

 

「神奈子だけズルい!」

「あー、ごめん」

「許す」

 

 そう言いながら小さな手が僕の頬を覆って、端整な顔が近づいてくる。

 神奈子の時とは違い、一度だけ軽い接吻。その後に少しだけ角度を変えられてまた唇が合わさる。

 何度か唇が甘噛みされて、歯列を舌で軽く叩かれる。ゆっくりと歯を開いてやると、そこまでの優しさなんて虚像でしかなかった様に、舌が乱暴に絡められて、吸い出される。

 

 ジュ、ジュル、と水気の多い音が聞こえて、自分の舌が吸われて、撫でられ、足りなくなった唾液が相手によって注がれていく。

 数秒して、ようやく接吻から解放された僕と満足げにしている諏訪子。少しだけ顔を赤らめている神奈子。

 口が甘い刺激で半開きになっている。自覚はしているけれど、戻すことは出来ない。

 

「ふむ……唾液も美味しい、と」

「いや、諏訪子さんや、手加減を知らないのかい?」

「手加減してるけど?」

「……コレが合法ロリの力と言うのだろうか」

「神奈子ー、変な電波受信してるよー」

 

 アッハッハ、と笑う諏訪子に、頭を抱えている神奈子。頭の中が徐々にそういう行為に傾いてきている僕。

 今、神奈子に抑えられている手も、触れられているという事だけで僕に快楽を伝えてくる。

 

「ふむ、脱がせるか……いや、半脱ぎにするべきか……」

「大事なのか?そこは」

「ダメだなぁ、神奈子は。半脱ぎこそロマン、しかし全裸には全裸の良さがあるんだよ」

「うん、なんか納得した。半脱ぎどうのこうのじゃなくて、納得した」

 

 頭に疑問符を浮かべる僕と、僕の服を丁寧に半分だけ脱がしている諏訪子をよそに、神奈子は盛大に溜め息を吐いた。

 

「いっそビリビリに破いてしまった方が……」

「それは止めなさい」

「いや、和姦だからこそ、こうムチャクチャに」

「おい」

「ごめんなさい、睨まないで」

 

 謝っているというのに、その顔には笑顔が張り付いている。その顔に頭上からまた溜め息が聞こえた。

 

「まぁ、神奈子はレンとのキスを楽しんどきなよ」

「諏訪子は?」

「シチュ萌え」

「は?」

「まぁまぁ」

「……まぁいいけど」

 

 また瞼をしっかり閉じている神奈子の顔が降りてくる。顎を上げて、彼女の唇に自身の唇を合わせる。

 おずおずと忍び込んできた舌を唇で甘噛みして、絡める。握られた手に少しだけ力が込められた。

 

「ん、ふぅ、」

「……ん、」

 

 鼻息の荒い神奈子の攻めは弱い。というよりは、今までの体験者が酷く攻めすぎていたのだろうか。比べるというのもオカシナ話だけれど、まったりとした接吻は初めてだ。

 そんな初めて、は数秒程続いて、強制的に中止された。

 

「んひぃ、」

「ふぁ!?」

「あ、うん、なんかごめんなさい」

 

 全く謝る気の無い諏訪子の声が聞こえたけれど、こっちはそれどころでは無かった。

 舌を吸われながら、胸の快楽点を抓まれて頭がチカチカしている。ぼやけた視界に神奈子の心配そうな顔が映って、思わず笑ってしまう。

 身体をひっくり返して神奈子の正面を向いて、また唇を合わせる。

 同じ様に、ゆっくりと舌を絡ませて、後ろに逃げる神奈子を追いかけていく。

 

「ん、ひぁ、ちゅ……ッ、やぁ、コリコリするの、だめ」

「うーん、そう言われると」

 

 背中から僕に覆いかぶさって、快楽点をずっと指で挟んでいる諏訪子の声が耳を刺激する。

 片や、快楽で強制的にやめてしまった接吻に不満そうな神奈子が僕の頭を抱き込んで顔を寄せる。

 

「ッ、」

「あ、スマナイ」

 

 鋭い痛みと一緒に口の中に鉄の味が広がる。どうやら唇が噛まれたらしい。

 謝りつつも、お構いなしという風にまた接吻を続行する神奈子。

 胸を弄りながらも、片手は徐々に下腹部に這う諏訪子。

 

「んー、ちゅ……ふむ、やはり存在に深く交わるモノは力が濃いわね」

「そんな冷静に分析するのは後でいいんじゃない?」

「そう?」

「んひぃぃいいいいい!?」

「そうに決まってるじゃない」

 

 下腹部まで伸びた手は、はち切れんばかりの僕を刺激して、その快感が頭の中を真っ白にしていく。

 頭の中に何度も警鐘が鳴り響き、目の前にいた神奈子の手を必死に握り締める。

 

「ねぇ、レン。イキたい?イキたいよね?じゃぁ、イかしてください、ってお願いしなくちゃね」

「諏訪子ェ……」

 

 明らかに呆れている声を出している神奈子。その神奈子に向かって、言う。

 

「イキたい、イかせて、くりゃしゃい、もうりゃめ」

 

 涙がボロボロと溢れ出て、口からヨダレが垂れる。

 頭はずっと真っ白のままで、何も考えたくない。何も考えれない!!

 

「いいよ、イっていいよ」

「んんんぃぃぃーーー!?」

 

 だらしなく咆哮してしまった僕は虚脱感とドクドクと何かが出ていく感覚と一緒に床に崩れ落ちた。

 

「ふむ……こっちはこっちで美味しいのか」

「諏訪子、私が悪かった。コレは、イイモノだ」

 

 そんな二柱の会話は頭に入ってこない。

 バクバクと鳴り響く心臓とずっと宙に浮きっぱなしの感覚。現実味なんて一切無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がついたときには布団の中だった。

 布団の暖かさではない温もりを感じて、瞼を上げた。

 

「あ、……」

「……」

 

 目の前にはバツの悪い顔をした神奈子がいた。薄らと日は昇っているけれど、腰が持ち上がらない。

 

「あー、その……すまない」

「気にしない」

「それはそれで問題なんだけど……」

 

 神奈子はまた溜め息を吐き出して、僕を見つめる。

 

「二つ程、言い忘れていた事がある」

「何?」

「一つ、贄の力は贄自身は使えない。人間だからとかじゃなくて、贄だから」

「……わかった。もう一つは?」

「…………―――――」

 

 わかっている事を言われて、少しだけ苦笑してしまう。それも悲しい顔で言われたから。

 

「大丈夫……知ってる」

「……ごめんなさい」

「大丈夫……」

 

 辛そうに唇を噛み締める人のいい神様を抱きしめて、僕はもう一度瞼を降ろす。

 今日は、少しだけ寝坊をしよう。

 

 

 





諏訪子様が変態なのもお察しください。

後書

贄(餌)に関して、少し
文中で書いていることですが。
・贄は人外(神・妖)にとって力の塊
・重要度に比例し力の濃さが決まる
 魂≧心臓>>各種臓器>精液(次代に繋ぐ為)≧血液≧その他体液
 これらの物質は人外達にとって“美味”と感じてしまう。
・贄は自身の力を魔術、魔法、その他の力によって顕現する事は出来ない
・○○○○

 恐らく箇条書きでこんな感じです。最後の一つは……まぁ、先で書きます。
 精液≧血液にしている理由はお察しください。


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10 ハジメテの外

野外プレイはまた今度


 読んでいた本を閉じて、息を吐く。

 読んだ内容を頭の中で反芻して、まとめる。読んだのは至って普通、と勧められた小説。恋愛、だとか、恋人、だとか。至って普通ではない言葉が羅列されていたモノだったけれど。

 あれが普通だと言うのならば、なんてことを考え始めると僕の全ては異常であるし、守矢神社にいるという事実も中々に歪である。

 

 第一、女性同士の恋愛が普通という早苗も中々におかしいのだろう。いや、しかし、それを考えはじめると散々に汚れてはいたけれど僕の人生も"恋愛"に満ち溢れていただろう。

 アレを恋愛かどうかを問うかは別として。

 

「おやおや、また新しい本を読んでいたんですねぇ」

「文……」

「えぇ、あなたの為の烏天狗、射命丸文ですよ!!」

 

 縁側に座る僕に対し、ふわりと地面に降り立った彼女は相変わらずの笑顔で僕を撮っていく。

 ちなみに、文がここに来るのは日常と化している。一日一冊、という早苗の言いつけを律儀に守っている僕は彼女が来るたびに本が変わっている事になる。

 

 風見幽香の所にいた時と比べここでの日常は非常に慌しい。

 朝食の準備は前も同じだけれど、境内の掃除や仕事がいろいろとある。あと、ここは本が多い。早苗の部屋にあった随分と薄い絵本は取り上げられたけれど。

 まぁ、代わりに色々と本を渡してくれるのはありがたい。

 夜は夜で、相変わらずとも言える。強いて言うならば早苗が抱きついて眠る事がある程度。神奈子に曰く、現人神らしい早苗が僕から少しだけ力を得ているらしい。無自覚らしいけれど。

 

「今日はですね、なんと、外へのお誘いです!!」

「外?」

「ちょっとしたデートです!」

「でーと?」

 

 少しだけ疑問に感じながら、外に出れるという心で少しだけ気分が高揚する。

 その高揚した気持ちを表に出さないようにして、頭の中の冷静な部分が告げる。無理だと。

 

「ねぇ、天狗。レンを何処に連れて行く気?」

「いえいえ、少し空の旅という名のデートですよ」

「レンの安全はどうする気?」

「幻想郷最速を誇る私にソレをいうのですか?もちろん、守ります」

 

 屋根の上にいたらしい諏訪子が顔をヒョコリと出しながら聞く。

 安全、と言われて冷静では無かった頭が一気に冷やされていく。贄であり、餌である僕は食べられる可能性が捨てきれない。性的にしろ、文字通りにしろ。

 それでも、行きたいという気持ちが優っているのだ。我ながら、欲求に忠実である。

 

「諏訪子……ダメ?」

「うーん……私としてはレンの意思を尊重したいんだけど、我が家のお父さんがねぇ……」

「ダァれが、お父さんだって?」

 

 少し眉間にシワを増やした神奈子が障子を音を立てて開いた。

 少しだけ諏訪子を睨んでから文に視線を向ける。両腕を組んで威厳たっぷりに息を吸い込んで、

 

「レンは嫁にやらんぞ!!」

 

 と随分な事を吐きだした。その言葉に文が絶望したのか影を背負って地面に突っ伏している。

 どうしてそうなったのか、非常に聞きたいところなのだけど、聞いた所で返ってくる答えは冗談だろうから疑問は捨てておく。

 

「っと、本音は置いといて……夕暮れまでに戻ってくるなら許可しようかね」

「いいの?」

「なんだ、行きたくないのかい?」

 

 思わず出てしまった問いにニヤリと返答した神奈子の言葉。その言葉にフルフルと横に首を振って答えた。

 嬉しい、純粋に外を見たいという気持ちが溢れてくる。憧れていた何かをようやく見ることが出来る。

 

「その代わり、レンにはコレを付けてもらう」

 

 神奈子の手に乗せられていたのは、一本の白い紐。ソレを手にとってまじまじと見つめる。両端の形がそれぞれ違う事が分かり、片方に赤い点が二つあり、紐全体を改めてみれば、まるで蛇のようだった。

 

「私が編んだ……まぁ、簡易の式だね。レンの力を隠蔽出来る筈だよ」

「へー……」

 

 そんな感嘆する諏訪子の声を聞き流して、肩口まで伸びてしまっている髪を纏めて簡単に縛る。

 

「……?神奈子、不良品?」

「認識をズラしてるだけだから、レンの力を知ってる私達にはいつもの様に見えるのよ」

「失敗作かどうか分からないじゃないですかヤダー!!」

「この程度で失敗するようなら神様なんてしてないわよ」

「……では、レンさんをお借りしますね」

 

 近くにあった草履を借りて、文の差し出した手を軽く握る。

 こちらは軽く握っているだけなのに、しっかりと握ってくる。

 

「あぁ、そうそう。レンに怪我が一つでも見つかってみなさい。この世界から天狗は見つからない事になるから」

「……肝に銘じます」

 

 文の手汗が物凄いことになっているので、あまりそう言う事を言わないで欲しい。別段、僕の怪我がなんだと言うのだ。転ければ怪我をするヤワな身体だと言うのに。

 

「じゃあ、夕飯の準備までには戻るから」

「あぁ、行っておいで」

 

 神奈子に頭を撫でられた。

 不快感は……ない。むしろ気持ちいい。性的快感ではなくて、どう言えばいいのだろう。

 身体から湧いてくる気持ちよさではなかった事は確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑萌ゆる山。

 いや、萌ゆる、というには遅すぎるだろう。既に青々とした葉が並ぶ木々に対して随分と失礼な思考だった。

 少しだけ文に捕まって飛行して、到着したのが森の中。

 暑い、と感じてしまう気候も少し涼しくなり、ついつい深呼吸をしてしまう。

 

「……ふー」

「気に入ってくれましたか」

「うん……イイ、凄く」

 

 僕の後ろをゆっくりと歩いていた文がニッコリを微笑んだ。

 どうやら僕の足が知らず知らずの内に速くなっていたらしい。

 無雑作に立ち並ぶ木々も、深く呼吸の出来る空気も、全てがよかった。

 

「いやぁ、気に入って貰ってよかったです」

「ありがとう、文」

「……」

 

 振り向いてお礼を言えば、文は少しだけキョトンとした顔をして、顔を真っ赤にした。

 どうしたのだろう。風邪?

 

「どうかしたの?」

「いえ、スイマセン……不意打ちを喰らいました」

「不意…?」

「いえ、大丈夫です。むしろもっとこい!」

 

 一体どうしたというのだろうか。

 何度も深呼吸をする文を見ながら、疑問に思う。

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

 あぁ、コレは、イケません。

 ダメだ、絶対に、これには勝てない。

 なんとか外へと連れ出すことが出来た。それはもう、アッサリと。

 洩矢神が恐ろしい事を言っていたけれど、そんな事は一切関係なしに、意図も容易く、彼は私を陥落させた。

 だって、普段無表情な彼が、作り笑いではなくて、自然な笑顔で私にお礼をしたんですよ。自然な笑顔で。

 

 それはもう、今日は何もしない、至って普通のデートという私の思惑を揺らがすには十分すぎる程の内容なのですよ!!

 まぁ、先ほどこっそりお尻を触ったら抓られましたけど。

 

 そんな熱情的な私の脳内とは別の場所。私の冷静な部分が八坂神の作った式のデータを集めている。

 このデートも、彼の髪を縛っている式の確認なのだ。彼は私の我侭だと思っているだろうけど。コレはれっきとした報酬なのである。

 私にやましい気持ちは無い。性交をすると怒られるからだ。誰に?洩矢神にだ。

 まぁ、怒られた所で痛くも痒くもないんですけどね。感じる前に、という事ですが。

 魔術的、神の力なんてモノはさっぱりわかりませんが、彼が彼である事の認識を阻害しているらしいソレ。

 私は彼を彼と知っているので彼を彼と見ることが出来る。では、彼がカレで無ければ?そんな事、考えても詮無き事なのだ。意味など無い。

 私は彼に惹かれているのだ。肉体的に。精神的には……どうでしょう。利害という言葉がチラついているのだから仕方ない。

 第一、利害という点を関係性から省けばソコに残るのは孤独と偽りだけなのだ。純粋な関係性など、壊れやすく綻びにくいソレしかないのだ。

 

「文、どうかしたの?」

「いいえ、なんでもありませんよ」

「?」

 

 テコテコと戻ってくる彼は小首を傾げたり、少しコチラを心配したように見つめる。まぁ無表情に近しいソレですが。

 コレはこれでいいのです。

 私と彼との関係の様に。たったそれだけでいいのです。

 

「文」

「はい?」

「手」

「痛いです、スイマセンすいません、つい魔が差したといいますか、単純に触りたかったと言いますか」

 

 やはり、お尻を触ると抓られるらしい。

 もう少し関係を改善したい所です。

 

 

 

 

 

 

~~

 

 結局、日が赤く染まるまでテキトウな時間を過ごした僕らは、ゆったりとした足取り……正確には飛んで移動していたのだけれど。

 ともあれ、境内に入る手前で文は飛んで去り、僕はツッカケを鳴らして石畳を踏みしめる。

 

「おかえりなさい、レンさん」

「……早苗」

「おかえりなさい」

 

 両腕を組んだ早苗が目の前に立っていた。それも、大層ご立腹な様で、目が笑っていない。

 これを普通の笑顔というのなら、非常に怖い。

 

「……怒ってる?」

「えぇ、はい、非ッッ常に怒ってます!!」

 

 どうやら本当に怒っていたらしい。

 彼女が怒るような事はしていない筈なのだけど。

 早苗の後ろの方で、何故か申し訳なさそうな二柱が正座をしていた。何が起こったというのか。

 

「どうして私に黙って外に行くんですか!?」

「……二柱には許しをもらった」

「そうでしょう!!私も聞きました!ソレとコレは違います!どうして私も連れて行ってくれなかったんですか!!」

 

 そこか。そこなのか、東風谷早苗。

 早苗の後ろに視線を飛ばせば、本当に申し訳なさそうな二柱がいた。自身の巫女に正座させられている、愚かな神様が二柱、ソコにはいた。

 

「っと、いうことで、今度は私とデートしましょう!!」

「わかった」

「やったぁ!!うふふ、可愛い服で行きましょうね!!」

「それは、ちょっと」

 

 そんな僕の弱い抗議の言葉を聞くまでもなく、早苗は足を躍らせて自宅の方へ姿を消した。

 早苗が消えて、見通しの良くなった後ろには、本当に申し訳なさそうな二柱が溜め息を吐いていた。

 

「神奈子」

「おかえり、怪我はないようだね」

「……諏訪子」

「おかえり、夕食を楽しみにしてるよ」

 

 どうやらコレは決定事項らしい。

 神奈子からもらった式もどうやら正常に作用していたらしいので、恐らく大丈夫だろう。

 恐らく。きっと。いや、どうでもいい。

 

 



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11 イマワの酌婦

待ったぜ!!クソがッ!!
と言われる方がおられましたら幸いです。
遅れて申し訳ありません。


 体がゆっくりと火照っていくのがわかる。

 熱くなった空気を肺に閉じ込めて、静かに吐き出していく。

 こうして、非常にゆったりと湯船の中に浸かっているけれど、どうやら僕はお風呂が好きらしい。

 熱いお湯も、水面に落ちる水滴も、肺を熱くする湯気でさえも。

 

 これで外が静かならば気持ちはさらに高揚していたのだろう。残念なことに浴場の外は喧騒に包まれている。

 なんでも、神様達の会議だそうで。尤も、早苗から聞いたその言葉は諏訪子の会議という名の宴会、という言葉で覆されたのだけど。

 会議、というか宴会には以前の生活で何度か出席させられた事がある。話をする、という事ではなくて、酌婦として。

 性別的に男である僕が酌婦というのも、オカシナ話なのだけれど。

 

 逆上せた、と感じるほどにボーッとした頭をどうにか動かして立ち上がる。

 水滴たちがスルスルと体を落ちて、肩口よりも伸びてしまった髪を纏めて少しだけ絞る。

 厚手の『たおる』を使い、肌に残った水を落としていく。

 相変わらずの着流しに袖を通して、念のために髪紐で髪を縛る。

 

「あ、レン。上がったんだね」

 

 脱衣所を出れば、お盆を持った諏訪子がそこにはいた。お盆の上には酒瓶が幾つか乗っている。

 

「よし、髪紐はしてるね。じゃぁ、よろしく」

「ん」

 

 お盆を渡されて、ゆっくりと廊下を歩く。

 ペタリペタリと足が床板を鳴らし、チャプチャプと瓶の中が波打つ。

 喧騒に包まれたその場所に到着して、お盆を少し横に置いて正座をする。このあたり、すでに癖になっているのだからどうしようもない。

 何度か深呼吸をして、頭の中に自分は酌婦である事を言い聞かす。作り笑顔を貼り付ける。

 

「失礼します」

 

 少しだけ反応を待って、当然のように返ってこない事を確認する。

 もちろん、返ってきたらで相応の対応をするのだけど、この中の喧騒で僕の声が聞こえるとは思えない。

 神奈子あたりは、僕が到着していることを知っていそうだけど。

 スッ、と静かに障子を開いて、部屋の中を見渡す。感想、酷い。

 別に否定をしている訳ではないのだけど、酒瓶が転がり、あらゆる所から巻き起こる笑いと散乱した肴。そしてその中心で騒いでいる顔を真っ赤にした早苗。早苗ェ……。

 

「レン、こっちにおいで」

 

 手をチョイチョイと動かしている神奈子の傍により、正座する。

 酒瓶を持ち上げれば、空になった透明の入れ物を差し出される。そこに透明なお酒を注ぎ込んでいく。

 半分程で酒瓶を傾けるのを止める。

 

「うーん、今日は随分笑うわね」

「酌婦だから」

「……ふむ、なるほど」

 

 お酒に口を付けながら、しっかりと空いた手を僕の腰あたりに這わしてくる神奈子。その手を軽く抓んで、作り笑顔を貼り付ける。オイタは駄目です。

 抓まれた部分を擦りながら少しだけバツの悪そうな顔をした神奈子はお酒をもう一度煽ってお酒の香りが混ざった息を吐き出した。

 

「私だけ独占って訳にもいかないか……」

「?」

「他の奴らにもお酒を注いでおいで」

「うん」

 

 どうしてか、すこしだけ不満顔をした神奈子はその顔を隠すようにまた透明の容器を傾けてお酒に口をつけた。

 折りたたんでいた足を立たせ、畳縁を踏まないように足を動かす。当然、酒瓶を持って。

 

「お酒を注ぎにきました」

 

 笑顔を絶やすこともなく。

 こうした行動も、昔の自分が覚えたことだ。あの人に連れて行かれる酒宴でよくやらされていた。

 今は自分からしているのだから、中々わからないモノだ。

 顔には出さずに苦笑して、神様たちにお酒を注いで行く。

 

 

 ある程度神様の間を縫って、容器や杯にお酒を入れていった。

 何度か台所とここを往復して、お酒の瓶を運ぶ作業にも慣れてきた。悲しいことながら。

 立って周りを見渡す。ある程度顔は覚えているから、誰に注いでいないかもわかる。

 だからこそ、一柱だけお酒を注いでいないことがわかった。

 

「お酒を注ぎに」

「寄らないで、厄が移るわよ」

 

 赤いヒラヒラとした服を着て、深い緑色の髪を自身の前で結った神様がそう言った。

 厄、不幸。これ以上の何かがあるというのなら、いや、もう何もないのだろう。

 

「今はお酒を注げない事の方が不幸なのですが……?」

「……」

 

 僕がそういえば、少しだけ不貞腐れたような顔をして透明の器を煽って、こちらに差し出す。

 僕はそれにお酒を注いで、彼女の隣に座る。

 

「……お酒は注いだでしょ」

「はい」

「……ハァ、本当に不幸になるわよ」

「人としての幸も不幸も、諦めましたから」

 

 自分で言っておいて、笑ってしまう。元から望んでなかった事だ。

 僕には届かない。僕には得ることが出来ない。

 

「…………なるほど、贄ね」

「わかるんですか?」

「予想と山の神の式からの推察、どうやらあってたようだけど」

 

 チビリとお酒を飲んで神様はため息を吐いた。

 

「人間なのに、人ではない存在。ごめんなさい、私にはアナタの厄を祓う事は出来ないわ」

 

 そう一言、まるで諦めたように、神様はそう言って、目を少しだけ伏せた。

 そんなこと、別にいいじゃないか。僕は、僕で、贄で、餌なのだから。

 

「構いません」

「本当に、ごめんなさい」

「…………人の幸せなんて、望んでませんから」

 

 それは当然の事。僕が贄となった時から、諦めなくてはいけなかった事。

 既にソレは完結していることなのだから、仕方ない。

 僕は立ち上がり、神様から離れる。そうした方が、きっといいのだ。

 

「アー!!レンさんだぁ!!」

 

 そしてこの酔っ払いである。

 頬を真っ赤に染めて、吐息すべてをお酒に変えた巫女が僕に抱きつく。当然の事ながら、彼女を抱き留めれる事はないので、僕はその場で膝を折ることになる。

 もっとも、酌婦としての仕事はある程度終わっているし、もう僕はここに存在しなくてもいいのだろう。

 

「うへへぇ、いい匂いがしますぅ」

「……お風呂入った」

「そうなんですねぇ~、あぁ、フワフワして気持ちいーです」

 

 それは早苗が酔っ払っているからだ。僕の力ではない。

 横に足が崩れて座る僕の腿に早苗の頭が乗る。それはいいのだけど、お腹を抱きしめるのはやめてほしい。

 何度かお腹の辺りで大きく呼吸をした早苗はクルリと僕の方に顔を向けた。腿の間に頭を置いて、寝心地を確かめるために何度か頭の位置を変えてからどうやら落ち着いたようだ。

 

「明日にでもデートしましょーねぇ」

「でーと?」

「二人っきりでお出かけです」

「……そう」

「村に行きましょう。きっと素敵な服とかがありますよー」

「……そう」

 

 早苗の額に手を置いて髪を触る。サラサラとした髪が指の間を抜けて、早苗の目が細くなる。

 村、という事は人がいるんだろう。ヒトが、いるんだろう。

 幸いにして髪紐があるから、たぶん大丈夫だと思う。無理ならば神奈子達が止めるだろう。

 

「うへへ、楽しみですよ」

「……うん」

 

 そのまま早苗の頭を撫でて、早苗に笑う。

 このまま早苗が寝たら……それこそ神奈子に任せよう。うん。



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12 ヒトと贄

 結局、あのまま僕も寝てしまい、気がつけば早苗に抱きつかれながら目が覚めていた。

 耳元に早苗の寝息を吹きかけられ、時折むにゃむにゃと耳元で囁かれている。

 

 性的なモノではなく、無意識下で行われているであろう行動。こそばゆい。

 ゾクゾクとしたいつもの感覚ではなくて、ただただゾワゾワとする背筋。けれども、嫌悪感は一切無い。

 どうしてだろうか、なんて考える暇もなく、ゾワゾワがまた背筋を這う。

 ゾワゾワとしているのに、ソレが心地良いと感じてしまう。

 いつもならば起きているだろう日の高さだというのに、この心地良いゾワゾワと温かさから抜け出せない。

 またむにゃむにゃと耳元で聞こえ、抱かれた身体がまた強く抱きしめられる。

 

「うぅん……えへへぇ…おねーちゃんってよんでもいいんですよぉ……うへへ……」

 

 またむにゃむにゃと耳元で聞こえて、すーすーと寝息が耳に掛かる。

 早苗が起きたら呼んでみようか。きっと喜んでくれるはずだ。

 

「ぐへへぇ……この巫女服はここからも手が入るんですよぉ……お姉さんに任してください……ぐへへ、じゅるり」

 

 ……。

 やっぱり、呼ぶのはまた今度にしよう。うん。ゾワゾワが一気に違うものに変わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、どうしてか昨日の事が思い出せません」

「呑み過ぎ」

「そうなんですかね……起きたらレンさんが目の前に居てビックリしましたし」

「……」

「んー……レンさん」

「……何?」

「私の気のせいかも知れないんですが、いつもよりも距離が遠いような気がするんですけど?気のせいじゃないですよね?引かれてますよね、私」

「……別に」

「もしかして昨日、私が何かしちゃったんですか!?なんて勿体無い!!」

「……」

 

 こうしていつもより二歩程離れているのは昨日のことでは無くて、今朝が原因なのだけど、眠っていた早苗は知らなくていい事だ。絶対、知らなくていい。

 頭を抱えて『頑張れ私の脳内!!きっと昨日には「アーレー」とか言ってるレンさんとか、過度なセクハラで赤くなってるレンさんとか!!夢の様な事があったはずです!!ぐへ、ぐへ、ぐへへ』と言っている早苗。頭を抱えていた手は中空をわきわきと揉みしだいている。一体何を揉んでいるのか、僕はわからないけれど、本能的に危機感を感じてきた。

 そんな僕の視線を感じたのか、早苗がコチラを向いて、コホン、とわざとらしく咳を一つ。

 真剣な瞳で彼女はコチラを向く。

 

「いいですか、レンさん。萌えは世界を変えるんです。いえ、買えるんです」

「……」

 

 意味がわからなかった。

 ただ、真剣な瞳をしているから、きっと、とても大事なことなのだろう。

 たぶん。

 

「何を言ってるんだい、全く……」

「神奈子様。頭、どうかしたんですか?」

「ちょっとした二日酔いみたいなモノさ。あと、その聞き方はやめて」

 

 痛いらしい頭を抑えて神奈子は溜め息を吐いた。

 眉間に皺を寄せた神奈子は僕らを見ながら、少しだけキョトンとする。

 

「アンタら、どっかへ行くのかい?」

「はい!ちょっと人里へデートに!!」

「……人里、ねぇ……」

「……ダメ?」

 

 まるで忌避するように呟いた神奈子に確認する。ダメならば、ソレはそれで早苗に別の何かを考えてもらおう。

 

「ダメってワケじゃないんだけど」

「まぁ、大丈夫なんじゃない?」

 

 楽観するように言ったのは諏訪子だった。こちらはいつもの帽子は被っておらず、少しだけボサついた髪を撫でている。

 

「ふぁ、ふ。レンも行きたいんでしょ?」

「……うん」

「なら、行った方がいいよ。絶対」

「そうは言ってもなぁ……」

「一生ここに幽閉してもいいけど、それは嫌なんでしょ?」

「そうだけど……」

「娘が嫁に行くのが嫌なの?お父さん」

「誰がお父さんだ……まったく」

 

 観念したように、頭を掻いて大きく息を吐いた神奈子は一言、「行っておいで」と言った。

 その言葉に少しだけ嬉しくなる。尤も、隣で拳を高らかにあげている早苗ほどの喜びは表せれないが。

 

「ただし!里へは私が送っていくよ!!」

「ソレは大丈夫です!!ね、レンさん」

「…うん」

 

 コクリと頷いて、神奈子の条件に了承する。

 よほど嬉しいのか、早苗は僕の両手を握って、一緒に持ち上げる。

 

「やったー!!」

 

 満面の笑みを浮かべる早苗を見て、少しだけソレが可笑しくて、僕の顔も自然と緩んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先に言っておくけれど、危険だと思ったら直ぐに逃げなさい」

「うん」

 

 ゴウゴウと鳴る風切り音を聞きながら、神奈子に抱き上げられて空を飛んでいく。

 神奈子の心配していることもわかるし、僕の状態も自覚しているつもりだ。それでも神奈子や諏訪子が僕が人里に行くことを許したのは髪紐の式が大きな理由だと思う。

 コレがあるから、僕は僕として認識されることはない。僕を僕と知っているモノ以外には。

 

「何かあったら、」

「……大丈夫」

 

 神奈子の腕を少しだけ強く握って、応える。

 それ以上は言ってはいけない事だと思う。神様という存在がヒトを以て在るのならば、余計に先の言葉は言ってはいけない。

 崇められる、畏れられる、神様はいつでも受動しなくてはいけない。ヒトに何かをするのは、神様の仕事ではないのだ。

 少しだけ、いつもより息を吸って、もう一度呟く。

 

「大丈夫……」

 

 それは神奈子に言った言葉なのか、それとも、別の誰かに言った言葉なのか。僕には分からない。

 

 

 

 それから神奈子との会話もなく、地面に降りたのは里に近い林の中だった。

 

「それじゃあ、私はここで戻るけど、レンを任せたわよ」

「はい!私に任してください!!」

「レン、何かされそうになったら直ぐに逃げるのよ?」

「やだなぁ、神奈子様。いくら私だって人目がある所でナニなんてしませんよ」

「……」

 

 何故か照れるように少しだけ顔を赤くして言う早苗に神奈子はやっぱり呆れた様に息を吐いた。

 神奈子が言っている事は早苗に何かされる事では無くて、別。早苗になら、何をされても別段構わない。

 フワリと神奈子の身体が浮いて、空へと昇っていく。しっかりと神奈子が見えなくなるまで見送って、雲がくっきりと浮かんだ空を眺める。

 

「それでは、行きましょうか!」

「……うん」

 

 早苗から伸ばされた手を少しだけ躊躇して握る。早苗が何度か確かめるように握って、結局指を絡めるように握ることで納得したらしい。

 その手を眺めてから早苗を見れば、少しだけ顔を赤くした早苗がクシャリと笑っていた。

 

「さぁ!行きますよ!!」

「……おー」

 

 明るい早苗の声が林に響いて、僕の小さな声はたぶん、早苗に響いた……と思う。

 

 

 

 

~~

 

 私の隣で無表情で目を輝かせている男の娘がいる。

 普通に歩いているだけだと言うのに、彼にはどれもが物珍しいように、視線があっちに向いたり、そう思えば別の場所に向いたり。

 横目で見ている私に気付いたのか、彼は私の方を見て、あっ、という顔をして、まるでなかったかのように前を向いた。

 前を向いている、と思えば、また視線がアッチに行ったりコッチに行ったり、とやはり見るもの全てに興味があるようで。

 ソレがとても可愛いいんです。繋いでいる手を少し引いてみれば、気まずそうに私との距離を詰めてくれる。

 不意に止まってみれば、勝手に歩いてしまう彼がクイッと手を引く形になり、少し不満そうに私の方を向いて、その表情も『しまった』と言わんばかりに気まずそうな顔に早変わりしてまた近くに寄ってくれる。

 

 あぁ、可愛い。小動物チックで可愛い。

 

 そんな小動物的な男の娘は前から人が歩いてくると、私の影に隠れてしまう。

 本当に可愛いことながら、絡めた指を更にしっかりと絡められる。あぁ、萌えってリアルにもあるんですねぇ……。

 

 そんな感動を心の全面でしながら、彼と繋がった手を少し力を入れて握り返してあげる。

 対人恐怖症。というのでは無いのだろう。それなら私と接する事すら無いはずだ。朝はどうしてか距離を置かれていたけれど。

 きっと、彼の過去が彼にこういった行動をさせているのだろう。彼が鳴かされている姿はきっと素晴らしいモノだと思うけれど、ソレが無理やりというのは、やっぱりいただけない。

 こう、やっぱり、ゆっくりと脱がして、いや着流しを半分程脱がしてですね。きっと綺麗だろうレンさんの肌を撫で回して、真っ赤になっちゃうレンさんを見ながら、

 

「ぐへ……ぐへへ」

「……早苗?」

「ハッ!?だ、大丈夫ですよ?」

「……」

 

 あぁ、私を見る目が少し訝しげに……。それでも手はしっかりと握ってくれているのだから、素晴らしい。きっと彼にはツンデレの属性が。

 

「あら、2P(ツーピー)カラーじゃない」

「誰が2Pカラーですか!?」

「ごめんなさい、ちょっとした冗談よ」

「毎回その冗談を言われているような気もするんですが?」

「大丈夫よ、きっと誰かにとっては始めての事だから」

 

 そう言って、ニッコリと邪気のなさそうな笑みを浮かべるサド、いや、メイドさん。

 メイド、という西洋の出自の服だと言うのに、昔の日本を思えるこの場所に存在していてもまったく浮かないのは、私が見慣れてしまったからなのだろうか。

 そんな一切存在が浮いていない彼女は私の隣を見る。

 

「あら…………誘拐はいけないわ。直ぐに自首しなさい」

「違います!!家の子です!!」

「それにしては、いえ、不毛な言い争いね」

 

 不毛な言い争いの元凶は呆れた様に息を吐いて肩を竦める。原因だと言うのに。

 そして、彼女は私の隣にいる彼に視線を合わせるように膝を少しだけ折る。

 

「初めまして。私は紅魔館(コウマカン)でメイド長をしている、十六夜(イザヨイ) 咲夜(サクヤ)よ」

「いざよい……さくや…」

 

 レンさんは何かを思い出すように咲夜さんの名前を呟いて、三回程繰り返した後ようやく気付いたように。

 

「レン」

 

 とだけ返した。

 その対応に少し不満だったのか、咲夜さんはコチラを少し睨む。

 

「人見知りを直した方がいいんじゃないかしら?」

「人見知り、という程ではないんですけど。何しろ外出が初めてで」

「そう……」

「紅魔館に、大きな書庫があるって聞いた」

「えぇ、あるわよ」

 

 私を睨んだ顔はすぐに笑顔になって彼に向く。

 というか、レンさん。その情報はいったい何処から仕入れたんですか?私、ものすっごく気になります。

 

「司書さんに、行ってもいいか」

「わかったわ。聞いてあげましょう」

 

 咲夜さんのその一言でパァ、っと明るい顔……というか雰囲気に変わるレンさん。よく本を読んでますもんね…好きなんですね、本。

 それにしても珍しく饒舌なレンさんだ。どれだけ読みたいんだ。

 まぁ、言いたくはないけれど、あの動かない図書館がこんな子供を書庫に入れる事を了承するとは思えない。一見は普通の子供なのだから、あの騒がしいモノが嫌いそうな彼女が了承する筈がない。

 それは言わない。言ったらレンさんが悲しむから。尤も、断られてションボリするレンさんを慰めるのは私の役目だけれど。

 

 

 

 それから世間話もほどほどに、レンさんとのデートを楽しむ事に。

 咲夜さんに会ってからテンションが上がっているのか、表情がどこか柔らかいレンさん。

 表情が柔らかいのは嬉しいけれど、ソレが私では無くて咲夜さんに出会って、という理由が不満だ。おくびにも出さないけれど。

 

 歩いていると、ふと店頭に並ぶ紐を見つけた。

 綺麗な赤い色の髪を結わえる紐だ。

 

「レンさん、こういうのとかどうですか?」

「……」

「お!巫女様!なんだい、今日は妹と買い物かい?」

「えへへ、そうなんです」

 

 店主の人と話しながら、髪紐を持ち上げる。

 鮮やかな赤色が私の目を引いて、きっとレンさんの黒い髪によく映えるだろう。

 時には気分を変える事も大事だろう。

 

「じゃぁ、レンさん。外しますね?」

「……うん」

 

 レンさんの髪紐を掴んで、ゆっくりと引いていく。パサリ、とレンさんの髪が降りる。

 

「ヒィッ!?」

 

 ガタガタと物音を鳴らして、店主が尻餅を付いた。

 いったいどうしたと言うのだろうか。まさか、最終家庭害虫Gでも出現したというのか!!

 

「お、おい!!巫女様!!ソイツを、ソイツを」

「え?あぁ、かわい」

「そのバケモノを早く退治してくれ!!」

 

 え?バケ、モノ?

 私は店主の指差す方を向く。ソコには化け物は居ない。

 居るのは、レンさんだけだ。姿の見えない化け物にしても、私には何も感じない。

 そんな緊張している中、レンさんだけは溜め息を吐いて、まるでソレが当然のように私をドンッと押した。

 

「え?」

 

 次は声に出てしまった。

 レンさんはもう一度溜め息を吐いて、まるで落胆したように、ツカエナイ何かを見るように、私に瞳を向けた。

 けれど、その顔は、雰囲気は、何かを謝っている様で。

 

「で、出て行け!!バケモノ!!」

 

 店主の絶叫にも似た怒鳴り声でようやく意識を戻した私は、踵を返したレンさんに手を伸ばす。

 けれど、その伸ばした手は、先ほどまで彼の手を握っていた手は、簡単に空振りをした。

 まるで、髪紐を掴むように、いとも容易く、空を掴んだ。

 

~~

 

 僕はゆっくりと、けれどしっかりと歩く。

 髪紐が解かれた瞬間に受ける視線が変わってしまった。いや、違う。戻ってしまった、という方が正しいのだろう。

 

「―――ッ!!」

「――ッ!!」

「―――――」

 

 まるで、それだけしか出来ないように、ヒトは僕を睨み、そして道を開ける。

 僕に決して近づかないように。

 神奈子から言われていた事。元々の僕が知っていた事。

 贄は、ヒトから拒絶される。それこそ、先ほどみたいにヒト以外に見えるらしい。

 贄になる前は、穢れとして拒絶されていたから、僕はソレに対して大丈夫だと、知っていたと言った。

 こうして、石を投げられても、ソレが頭に当たっても毅然と、背筋を伸ばして歩くことが出来るのは、慣れによるものが大きい。

 

「おいっ、何をしているんだ!?」

 

 何処かでそんな声が聞こえ、そして人の壁を縫って一人のヒトが出てくる。

 長い銀色の髪に烏帽子の様な物を被った、女性。それがまるで僕に石を投げているのがオカシイ様に声を上げる。

 

「こんな子供に、この子が何をしたと言うんだ!!」

「先生ッ!?何を言ってるんだ!!」

「どいてください!!」

 

 僕を守るように、前に出てきた女性は声を出して、否定する。

 肯定しなくてはいけない事を否定する、という事は、彼女はヒトではないのだろう。けれど、ヒトの中で生きている。

 早苗にしたように、彼女を押して、彼女を見下す。

 

「邪魔」

 

 そう言って、僕は足を前に進める。

 少しだけ、早苗が心配になってきた。僕を連れてきた、という事でヒトから何かを言われなければいいけれど。

 ようやく、里の出入り口に到着する。

 門を守護するヒトは引き攣りながらも、槍をコチラに構えている。

 

「どいて、出て行ってあげるから」

 

 まるで僕が上であるかのような言い方だ。と内心で笑ってしまう。

 怯えたように道を開けるヒトも、怖いから石を投げたヒトも、尻餅をついたヒトも、震えながらも門を開けたヒトも。ヒトは全て僕よりも立場が上だというのに。

 

 そして、僕は里を出ていく。ソレが、僕にとって当然の事だから。

 

 

 




贄に関して
・人に否定され続けられます。存在ごと
 レン君の場合は昔から否定され続けているので、慣れてしまってます。過去での否定と今の否定は理由は違いますが……。

 以前書いた二つとコレで贄に関しては終わりです。
 人以外に好かれる、というのはこういう事です。
 人の理から掛け離れた人達からは、至って普通の男の娘に見えるんですけどね。


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13 贄のヒテイ

 カサリ、カサリと歩くたびに草が鳴る。

 里から出て、何度も聞くこの音を数える事はしていない。する意味がないからだ。

 

 神奈子達が言っていた言葉をようやく、再度、理解した。

 ヒトに拒絶される。

 ソレは贄だから、自然に拒絶されるという事。元来、拒絶され続けていた僕と拒絶され続ける贄の僕。

 この考えも直ぐにやめた。それこそ草を踏んだ回数を答える事と一緒なのだ。

 

 諏訪子が僕を里へと行かせたのは、これを理解させる為なのだろう。

 確実に生まれる綻びを最初に持って来ただけの話である。

 もしも早苗が僕の髪紐を解いていなければ。なんて意味のない話だ。僕が里にいかなければ始まることすら無かった話なのだから。

 

 早苗、そう、早苗だ。

 あの場では押して倒したけれど、ヒトから恨まれていないだろうか。バケモノらしい僕を里に入れたのだ。

 押し倒した事で化けていたバケモノが早苗を使った、とでも思ってもらえれば幸い。考えが浅いけれど、あれ以上の対応は僕には出来ないだろう。

 最上でも、最低でも、最悪でも、最善ですらないけれど、僕にとっては最高とも言えない対応だった。つまり、ワルアガキ。

 しないよりはマシ、程度の行動だっただろう。これも、早苗にとって、という話なので僕が考えたところで意味はない。

 

 髪紐を解いた僕はバケモノに見えるらしい。

 ヒトに畏れられる事もない、恐ろしいだけの存在なのだ。

 妖怪には餌、神様には贄、ヒトにとってはバケモノだそうだ。

 思わず自嘲してしまう。なんだ、色々と小難しく考えていたけれど前の僕と一片たりとも変わってはないじゃないか。

 穢れと罵られ石を投げられて汚された前の僕と。

 バケモノと恐れられ石を投げられ、神様と妖怪に食べられる僕。

 いったい、何処に違いがあるというのだろう。

 いったい、何処から違いを探せばいいんだろう。

 

 少しだけ止まって、息を吐き出す。溜まっていた空気を吐き出して、ゆっくりと、深く、呼吸をする。

 少しだけ落ち着いて、首筋が冷たい事に気が行く。

 どうやら濡れてしまったらしい。こめかみ辺りから流れていた血がどうやらそこまで垂れた様だ。

 未だに水気を保っているソレを拭って、白い着流しの袖が真新しい血で染められる。

 そんな血に溜め息を吐き出しす。

 

「あら、奇遇ね。一人でお出かけかしら?」

「……」

「昨日と違って随分と無表情ね。まぁ……ソッチの方が好感は持てるけれど」

 

 目の前に現れたのは緑色の髪を前で結わえた神様だった。

 彼女はゆっくりと近づきながら口を開く。

 

「そういえば、自己紹介をしてなかったわね。鍵山(カギヤマ)(ヒナ)よ」

「……レン」

「そう、レン。というのね」

 

 鍵山雛はにっこりと笑って、僕へと歩みを進める。

 シャクシャクと鳴る草が止まり、手を伸ばせば届く距離に鍵山雛が寄る。

 

「こんな所に何か用事でもあるのかしら?」

「……散歩」

「一人で?贄が?」

「……」

「そう……」

 

 少しだけ、ほんの少しだけ考えるように呟いた鍵山雛は僕の頬に触れる。

 ゆっくりと頬を撫でて、その手が上へと移動して傷口に柔らかく触れた。

 

「……ッ」

「……人にやられたのかしら?」

「違う」

 

 触れられて、顔を少しだけ顰めてしまった。抉るような手付きではなくて、恐る恐る触れる様な手付きで傷が触られる。

 そんな状態での問いには、直ぐに応える事は出来た。答える事は出来なかったけれど。

 そんな応えに鍵山雛は眉間にシワを寄せて、僕を抱きしめた。

 

「そう……そうよね」

 

 ヒトがそんな事をする筈がない。と言いたいのか。僕がそう応えるしか無い事を知っているのだろうか。

 僕が考えたところで、僕から出てくる応えは一緒なのだから関係は無い。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 宴会の時の様に、何度も何度も耳元で囁かれて、頭が撫でられる。

 ギュッと抱きしめられて、身動きが取れない僕はなされるがまま撫でられて、謝罪の言葉を耳にするしかない。

 まるで罪を償う様に何度も撫でられて、罪を自覚するように僕をキツク抱きしめている鍵山雛。

 スンスンと泣いている声が聞こえ、顔が当てられている肩に湿っぽさと温かさが広がる。

 

 客観的にこの状況を考えていると早苗が持っていた物語を思い出してしまう。尤も、ソレは女性同士のモノであったり、男性同士のモノだったりと実に普通な物だったけれど。

 数少ない普通ではない男女の恋愛を描いた物でも僕と鍵山雛の立場は逆だった筈だ。

 

 少しだけ時間が経過したと思う。

 少なからず、泣いていた声は既に聞こえなくなった。

 

「スー……ハー……スー……ハァ……」

 

 代わりに今ではとても深い呼吸音が聞こえ、腰に添えるだけだった手が迷い迷いで僕の横腹を撫でたり、背筋を摩ったりしている。

 先ほどまでの子供を撫でるようなソレではなくて、僕がよく経験をしていたソレによく似た手付きが僕をゆっくりと這う。

 

「……ゴクリ」

 

 生唾を飲み込む音が鮮明に聞こえた。

 脇腹を彷徨っていた手が明確な目標をもって下に向かう。

 まるで気づかれない様に、非常に遅い速度で。

 ようやく手が臀部に到達して、力強く握る訳でもなく、やんわりと触る程度に、揉まれる。

 

「……ンッ」

 

 鼻に掛かった様な声が出てしまった。

 その声が聞こえたのか、臀部まで降りてきた手がまた脇腹へと戻っていく。

 もどかしい。

 少しだけ高ぶってきた気持ちをなんとか押さえつけながら、鍵山雛の手の感触を辿る。

 背筋を辿たどしく撫でていた手がまた下に向かう。それも、恐る恐る。

 こういう行為なのだろうか、それともまだバレてない、とでも思っているのだろうか。

 僕がする事は声を抑える事なのだろう。どちらにしても。

 ようやくお尻に辿りついた手が背筋をなでていた時よりも力を入れて、けれども余計に強ばったように、触る程度に揉む。

 

「…ッ……」

 

 ようやく待ちわびた快楽が広がる。けれども声を出すことは出来ない。声を出すとこの快感が消えてしまう。

 我慢。

 僅かに揺れる体も、鍵山雛の服を掴んで耐える。

 徐々に慣れてきたのか、はたまた気分が高揚しているのだろうか。そんなことはどうでもいいけれど、手の動きが大胆に変わっていく。

 ゆっくりと撫でているか揉んでいるか分からない手つきが明確に揉んでいるとわかる。

 

「ハァ……ハァ……ンッ」

 

 荒くなって熱い息が僕の耳に当たり、首筋に湿った生暖かい感触が這う。

 

「――ひぁッ」

 

 いきなり舐められた事で声が裏返って出てしまう。出てしまった声は消すことはできない。

 次は僕が生唾を飲む番だった。もしかして、またあのモドカシサを味わうことになるのではないのだろうか。

 そんな思いも、思案も、思慮も、まったく気にすることはないように僕の耳の裏を何度も撫でるように舐める鍵山雛。

 その度に、なるべく抑えた声が溢れ出す僕。

 

「ん?」

 

 鍵山雛は自身の下腹部に当たる熱をようやく気付いたらしい。当てていたわけでもなく当たってしまったのだけど。

 鍵山雛は僕の前で膝を付いて僕の着流しを捲る。

 

「おぉ……」

 

 年相応、と言うべきか。幾人のソレを見てきた僕にとっては小さな存在が空気に曝されて、鍵山雛の瞳に映る。

 少しだけ、顔が熱い。そんな僕の顔を下から見上げた鍵山雛はお尻を触ったときの様に恐る恐る手を伸ばす。

 冷たい手が僕に触れて、反応してしまう。動いた棒を逃がさない様にしっかりと握った鍵山雛は棒を凝視しながら上下に手を動かす。

 優しく擦られるだの行為。

 荒くなった、湿っぽい熱い吐息が何度も先端に触れて快楽の段階が押し上げられていく。

 

「ん……ッ、ふぃ、」

 

 指を噛んで快楽が声から出て行くのを抑える。

 そんな僕を見上げた鍵山雛はどこか熱っぽい瞳で微笑む。そして肉棒に向き直り、口を軽くあけて目の前にあるソレを舐める。

 息よりも熱く柔らかい舌が先端をチロチロと舐めて、反応を見るように熱っぽく少しだけ垂れた瞳が僕を見上げる。

 腰を離そうとしても、優しく、しかししっかりと握っている手がソレを許してくれない。

 先端をある程度唾液まみれにして満足したのか、先端を下り、根元から先端に向かって舐められる。

 先端に到達した舌は一度口の中へ消えて、代わりにチュッと先端が少しだけ吸われて口が離される。

 

「これだけ濡らせば……」

 

 鍵山雛が手を動かす。唾液塗れになった肉棒を手が行き来する度にクチュクチュと鳴る。

 単調な行動だけれど、僕の限界は近い。

 鍵山雛はこちらを向いて、また微笑む。

 

「いいよ、出しても。出して」

「――――ッッッ」

 

 棒を行き来していた手が先端を撫でるように回され、頭の中がチカチカと光る。

 歯を食いしばり、声を抑える。噛んでいた指から血の味が溢れ出す。

 白濁とした液が鍵山雛の手から溢れて、彼女の顔を汚す。

 数秒、というほど短い時間で出た白濁液が掛かった彼女の顔は恍惚としていて、手に付いた白濁液を見つめている。

 

「これが……すごい匂い、フフ」

 

 自分の手を綺麗にするように舌で白濁液をすくって喉を鳴らす。

 手が綺麗になってから、顔に付着した液体を指で拭い、その指を口の中に入れてチュッと少し濡れた音を鳴らして指を口から引き抜いた。

 そして何かを思い出すようにコチラを向いた。真っ赤な顔で。

 

「こ、これは、その違うのよ!?べ、別に精液が好きとかそんなんじゃなくて!!ええっと、だから、違うの!!断じて、決して、そんな趣味はないのよ!?」

 

 とわけのわからない弁護をしだした。

 当然、僕が贄なのだからそういった行為をしているだけであって、顔を真っ赤にする理由が一切見当たらない訳だ。

 むしろ森の中でこういう事をしている時点で、という話になるのだけど、ソレは言わないでおこう。

 

 ある程度の言い訳でようやく慌しい状態から舞い戻ってきた鍵山雛は相変わらず真っ赤な顔でため息を吐いた。

 

「えっと、その、つ、続きをしてもいいかしら?」

 

 と確認のように言いながら、僕を押し倒しているのは、確認すべきところなのだろうか。

 僕にとって是も非もない問い。

 彼女は腰から自分の下着を抜き取り、服の裾を少したくし上げて僕に跨る。

 ゆっくりと腰を下ろして、僕の下腹部に柔らかい感触と濡れた感触が伝わる。

 

 鍵山雛を見れば、冷静だった数秒前とは違い、また熱病にかかったようにトロンとした瞳で僕を映している。

 裾の中に自身の手を入れて、肉棒を握り締める。少しだけ腰を浮かして、見えない狙いを定めるように、けれど瞳は僕の方を向いている。

 クチュリと先端に濡れたナニかが触れる。

 そのまま鍵山雛は腰を落とし、僕をナカに納めた。

 

「ゥぅ、はい、ったぁ……」

 

 キュ、キュ、と僕を締め付ける肉壁の感触。満足するように、けれどどこか飢えたように、彼女は僕を見て微笑む。

 腰を浮かして、肉棒が出そうになると、ストンと落とす。落としてから数秒ほど、自分が感触を楽しむように止まり、そしてまた腰を浮かす。

 

「いい、コレ、すごい……!!」

 

 何度も繰り返すように腰を動かす鍵山雛は僕を見つめて、熱っぽく笑う。

 頬を撫でて、まるで僕を慰めるように。

 

「あなたも、気持ちいい?」

 

 僕は答えない。応えることも出来ない。気持ちいい?コレが気持ちいいという感情なら、きっとそうなのだろう。

 キモチイイとは、何?

 そんな僕の思考を止めるように鍵山雛は僕に接吻をする。

 唇を吸われて、僕は思考を止めて鍵山雛を見る。

 悲しそうに笑った彼女は僕にもう一度接吻をした。

 

 少しだけ長い接吻。顔が離れてからは鍵山雛はまた腰の動きを再開する。

 ソレは上下だけの運動ではなくて、前後に動いたり、まるで僕の腰に自身の腰を擦り付けるように運動をする。

 ナニかに当たる度に鍵山雛は顔を少し歪めて微笑む。

 

「わたし、に、任せ、て。ね?」

 

 動きが少しずつ早くなり、僕の二度目の限界が近づいてくる。

 ソレがわかったのか、鍵山雛は僕を見て、また微笑む。

 

「いいわ。イくんでしょ?もう少し、もう少しで、私も、」

 

 動きは徐々に速くなり、腰を打ち付ける音が耳にこだまする。

 先端に吸い付かれるような感触を受けて、僕の限界は容易く崩壊する。

 

「イ、ッッッッッッ!?」

「ん、アァァァ!!」

 

 ナニかが僕から吐き出されるのと同時に雛の嬌声が、森に響いた。

 荒い息の雛が僕に被さり、接吻を落とす。

 やはり、その顔は悲しく微笑んでいた。

 

 

 

~~

 

 情事が終わり、眠った彼を膝の上に置いて今に至る。

 

 八坂の神様の頼みで彼の保護をしているのはよかった。個人的には彼をすぐに帰すつもりであったけれど。

 無理でした。本当にありがとうございました。

 彼を起こさないように空笑いをして、暖かくなった下腹部を撫でる。撫でてから、恥ずかしさが込みあがり、穴に入りたい気持ちに変わって押さえ込む。

 どうして情事になったのだろうか。答えは私が抑えれなかったから。私の所為だった。

 

 彼の額を撫でる。

 サラリとした黒髪。その先に傷になってしまった箇所がある。

 今は乾いた布で抑えているけれど、その布が少しだけ赤く染まっているのだから深く切ったか、それとも出血が多いだけなのか。

 どちらにせよ、この布は帰ってから楽しむ用になることは確実である。コレで楽しまない神はいるのか?いや、居まい。

 

 傷になった原因は、人間にある。どうせ、人間なのだ。

 妖怪ならば跡形も残っていない。神様ならば八坂の神様が根回しをしているだろう。第一、あの酒宴だって山の神様達に贄を頼むというのが主題だったのだ。まぁその話は開始五分程度で終わり酒宴へと変わってしまったけれど。

 

 故に、人間が原因である。

 こうして考えるだけで、ゾワリと黒い感情が溢れてくる。

 わかっていた事でも、人間を恨んでしまう。

 彼から力を貰っているから、今しばらくは格を堕とすことはない。ならば、今ならば。

 と考えてしまい、息を吐き出す。

 ソレは望まれてないのだ。贄の彼に。

 

 彼が望まないならば、私達は動けない。動いてはいけない。

 彼が望んだところで、私達が動くかと言われれば絶妙なのだけど。きっと動いてしまう。それだけの力を孕んでいる。

 孕む……。彼が孕む?ぐへへ。

 

 

 おっと。

 息を吐いて暴走している思考を止める。

 人間がいるからこそ、私達は贄から求められる。求めているだけかも知れないけれど。

 

 寝返りを打った彼が私の腰に抱きついて、大きく息を吸って、落ち着いたようにまた寝息を立てる。

 人間に感謝。

 

 こうして彼を独り占めできることはいいことなのだけど、きっとソレを良しとしない神はたくさんいるだろう。

 いくら格があがったといっても無理なものは無理だ。

 故に、私は今を楽しむしかないのだ。

 

 けれど、夜までには帰さないといけない。

 理由は良しとしない神様筆頭がここまでお怒りにくるからだ。長い歴史も持たない、成り上がりに近い私は絶対に勝てない概念の塊がここにくるのだ。勘弁願いたい。

 第一、あの目の付いた帽子をしている見た目幼女が来るだけで私は消し飛ばされてしまうかもしれない。怖い。

 

 溜息を吐き出して、私は日の高さを確認して、彼とイチャイチャできる時間を再確認することにした。

 




雛様は可愛い(断言

~成り上がり雛
 文中でチラリと書いたけれど、鍵山雛の経歴を簡単に。
 流し雛(厄を雛人形に託し川へ流す行事)の雛人形から神様へと昇格した超経歴の持ち主。成り上がり、というよりは神様として幼い、と言った方が正しいかもしれない。

~エロに関して
 一応、エロいと思います。まぁ、拙いです。
 雛様は舐めている間、ずっともう片方の手で自分をお慰めになっておられます。描写してはいませんけど。


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14 巫女とニエ

早苗さん視点オンリー。

誤字訂正
~から解くをしている

~から得をしている


~~

 

 拙い。ヤバイ。

 冷や汗が体から吹き出して、顎を伝い落ちた雫が後ろへと置いていかれ森の樹へと落ちていく。

 

 森の中はある程度目視出来るけれど、どこを探してもレンさんの姿は見当たらない。

 私を押し倒して、里から立ち去った彼の姿が、見えない。

 舌打ちをして歯を食いしばる。

 危険な場所にレンさんが消えたこと、私がソレを何もできずに見送ってしまった事。

 後者の方が私を大きく蝕む。

 唖然としたのは、彼が私を蔑んだように、まるで使えない何を見る様に見たから。正確にはその表情に違う感情が見えたから。

 憤りも、侮蔑も無く、あったのはまるで私を心配するような表情。

 その表情も一瞬で侮蔑と雑多を見る瞳へと変わり、彼は里から出て行った。

 たった独りで、胸を張って、石をぶつけられながら、否定されて。

 

 私はどうする事も出来なかった。

 

 

 汗を拭い、神社へと急ぐ。

 私だけでは探しきれない。神奈子様に怒られても、諏訪子様に怒られてもいい。

 今の彼を一人にしてはいけない。

 胸の中にある罪悪感からか、それとも後悔からか、もしくは両方か。マイナスの感情が私を急がせることには変わりない。

 

 

 垂直に降りるのでは無くて、斜めに下降して地面に足が着いたと同時に走り出す。

 

「神奈子様!!諏訪子様!!」

 

 境内を走り、石畳を蹴り、冷や汗か普通の汗か分からなくなった水滴が顎を伝う。

 縁側に居た二柱が同時に私の方を見る。

 

「た、助けてください!!レンさんが、レンさんが!!」

「あぁ……やっぱりそうなっちゃったか」

 

 やっぱり?

 諏訪子様の言葉に私は立ち止まり、息を飲んだ。『やっぱり』とはどういう事だ?

 フツフツと何かが心を覆い尽くして、ソレが喉まで上がってくる。

 

「落ち着きなさい、早苗」

 

 今にも飛び出しそうな叫びはタイミングを失い喉に留まっている。

 私を止めた神奈子様はジッとコチラを向いている。茶色にも似た赤い瞳が私を射抜いて、言葉を出すことが出来ない。

 

「レンは無事よ」

「でも!!」

「さっき厄神から連絡があったわ。日暮れまでにはコチラに連れ帰ってくれるそうよ」

 

 神奈子様の言葉が私の中に広がって、ようやく荒くなった息や、心を支配していた黒い何かが薄らと晴れる。

 よかった。よかった。

 その気持ちが湧き上がり、そんな私に気が付いたのか神奈子様は苦笑した。

 

「アナタには言って無かった事があるわ」

「髪紐の事……ですよね」

「それもだけど、もっと根本的な部分よ」

 

 私の頭を撫でた神奈子様が真剣な顔をする。

 

「髪紐を外した彼が人に疎まれた理由、私達が人間である筈の彼を擁護する理由」

「擁護……って、困っている人を助けるのが神様でしょう!?」

「それなら、レンの怪我が治ってから人里へと戻せば話が終わるのよ」

 

 淡々と神奈子様は応えた。その顔は真剣な顔で、私の反論なんてとっくの昔に考えた事の様に用意された答えみたいに。

 

「彼は、贄よ」

「ニエ……?」

「と、言っても早苗には教えなかった事だけど」

 

 ニエ……生贄?レンさんが?

 誰の為の?何の為の?

 

「人の幸せの為に犠牲になり、人としての幸せを剥奪された人間。

 人は本能的に贄を嫌悪する。それは人が古くから行っていた儀式の名残であり、それが正しく普遍で普通の行いだから。

 儀式の結果は見た通り。贄は人から逸脱してしまう。人の幸せを奪われ、人を超えた力を溜め込んでしまう。

 だから、彼は人以外に狙われてしまう。事実、贄の全てを手に入れた下級妖怪と呼ばれる存在が神と呼ばれたり、天災と呼ばれる事もある」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

 おそらく事実を語っているだろう神奈子様の冷たい瞳をジッと見ながら話を遮る。

 神奈子様の説明を理解する事は出来た。それも容易く、理解出来た。

 けれど、納得などできるわけがない。

 

「そ、そんなの悲しすぎますよ!!」

「なら、彼を人里にくだらせる?」

「それは……」

 

 先程の事が頭によぎる。

 石を投げつけられ、本当は泣きたいだろう彼が端然と歩く。

 奥歯を噛み締めて、考える。どうすれば、彼を幸せに出来るのか。どうしたら、彼を救ってあげる事が出来るのだろうか。

 

「早苗、ゆっくりでいいわ。だから、贄としての彼じゃなくて、レンを見てあげなさい」

「レンさんを?」

「そう。私達が出来る、簡単な最初の事よ」

「まぁ早苗には最初からそういう風に見てもらう為にあの子を贄だって言わなかったんだけどね」

 

 確かに、言われていたら、きっと私は贄としてしか見れていなかった。

 今日の事も『レンさんが心配』という気持ちでは無くて、『贄だから危険がある』になっていただろう。

 

「もしかして、私が彼に惹かれているのは、現人神としての」

「それは違うわ」

「早苗はレンの事をどう思ってるの?」

「どうって……可愛い妹ですけど?」

「……いや、それはそれでおかしいんだけど」

「え?だって可愛いじゃないですか!!」

 

 私の言葉に溜め息を吐いた神奈子様は額に手を置いて首を軽く振っていた。

 可愛いですよ?レンさん。

 

「まぁ、いいわ。早苗はおいしい料理を見た時どう思う?」

「……食べたいですかね」

「極端に言えば、私達神、並びに妖怪、言ってしまえば人外には贄がそう見えちゃうのよ」

「私はそうは見えませんよ?」

「彼を抱きしめて寝た次の日の朝は寝起きがよかったり、変に体調がよかったりするでしょ?」

「あ、そういえばそうですね」

「そういうことよ」

「早苗は珍しく二日酔いで唸ってなかったしね」

 

 そういう事なのか。

 イマイチどうかは解らないけれど。きっとレンさんが可愛く見えている事も贄として、という事なのだろう。

 実際、レンさんは可愛いので私にとって至極どうでもいい事だけれど。

 

「髪紐はソレを隠蔽する作用があったのよ」

「なんと!髪紐にはそんな力が!ただ可愛くなるだけじゃなかったんですね!!」

「いや、私が編んだ式だからよ」

「……なるほど!やはりそうでしたか!!」

「……巫女として大丈夫なのかしら」

「別に大丈夫なんじゃない?今まで大丈夫だったし」

「そうですよ、神奈子様。大丈夫ですって」

「とにかく私の溜め息が尽きないって事がよくわかったわ」

 

 そんな尽きない溜め息の一つをまた吐き出して神奈子様は頭痛がするように頭を抑えた。

 

「ただいま」

 

 玄関から聞こえてきた声に私はいち早く反応して、靴も縁側に放置して、ドタドタとうるさく足音を鳴らして玄関に走る。

 謝らなくてはいけない。

 どれを謝ればいいのか、わからないけれど、とにかく謝ろう。

 

「おかえりなさい、レンさ……」

「お邪魔するわよ、神巫女」

 

 彼の隣にいたのは緑色の髪を前で結わえた厄神。彼を助けたのだから一緒にいるのは当然だろう。

 けれど、その瞳が私を貫くように睨んでいて、怒っている事は明白だった。

 

「……雛、駄目」

「…………はぁ、アナタがそう言うなら、構わないわよ」

「……」

 

 無表情で厄神様にそう言ったレンさんは、全く感情が分からない澄んでいる瞳を私に向ける。

 

「ただいま、早苗」

「おか……えり、なさい」

 

 先程はすんなり言えた言葉が詰まってしまう。

 私は彼に怒られたかったのだろう。きっと、その方が謝りやすいという単純な理由で。けれど、彼はそんな事を許さないかのように、まるでいつものように口を開く。

 

「夕食の準備は?」

「ま、まだです」

「わかった。雛は?」

「迷惑でないなら、ご相伴にあずかろうかしら」

「その辺りは早苗に」

「え、あ……はい、どうぞ」

「えぇ、ありがとう」

 

 目が一切笑っていない笑顔で感謝された。レンさんはしっかりと靴を揃えて脱いで、廊下を歩いていく。

 おそらくキッチンへと向かったのだろう。途中で神奈子様達に帰ったと伝える辺り『らしい』と思ってしまった。

 

「助けたわ」

 

 たった一言、それだけで私は目の前の厄神様に支配されたと思った。

 それだけ、彼は特別な存在なのだと、理解出来た。

 

「……はい、ありが」

「別に礼を聞きたいわけじゃないわ。元々八坂神奈子に頼まれていた事だし。けれど不用心すぎないかしら?」

「……すいません」

 

 私は深く頭を下げる。

 厄神様はソレを見て何を思ったのか、少しして溜め息を吐きだした。

 

「……ごめんなさい。別に怒っている訳でもないの。私も彼に力を分けてもらったから得をしている。厄もある程度外の出ないから夕食をいただくのだけど……ただ、彼をもう人里に近付けないでほしい。人にとっても、彼にとっても」

「わかってます……贄だから、ですよね?」

「そうね、ソレが主な原因ね」

 

 主な、という事は他にも原因があるのだろうか。

 贄としてでは無くて、他の原因が?人に嫌われる原因があるのか?

 

「とりあえず、ちゃんとレンにも謝りなさい。……尤も、彼はそんな事望んでないだろうけど」

「……はい」

 

 私は始終、厄神様に対して小さくなることしか出来なかった。回避率も上がらないというのに。

 

 

 

~~




贄を贄として見れてない早苗にとって彼は単なる可愛いいも、弟です。
正確に、それこそ彼に引かれている原因を言ってしまえばソレは贄だから、という事になるのでしょうが。ソレを理由にしない為に神奈子様達は敢えて早苗さんに言いませんでした。
贄だから、惹かれている。なんて考えるとソレに執着しすぎて彼をヒトとしてみれなくなっちゃいますし。

可愛い、と見えているのは彼女自身の美的センスですし、愛おしいと感じるのは早苗が彼を人として見ているからです。
おいしい料理に愛おしさを感じる事はありませんから。

ある程度の言い訳を貼り付けていますが、ソレでも納得出来ない方はご都合主義め!!と罵ってください。甘んじて受けます。
尤も、この設定自体、煮詰めきれていないモノですので、仕方ない事です。


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15 贄とミコ

「おや、今日は厄神様もいらっしゃるんですか」

 

 当然のように夕食の挨拶時に入ってきた文は、これまた当然のように僕の隣に陣取った。

 

「あら、烏天狗がどうしてこんなところに?」

 

 さらに言えば、逆の隣には雛が居て、今しがたやってきた文に笑顔を向けている。

 

「烏はその辺りで動物を漁っていればいいでしょう?」

「あやや、撒き散らすだけの存在が何を言ってるんでしょうか?」

「あら、別に目障りだと言うのなら構わないわ。……アナタを消せばいい話でしょう?」

「随分と怖いことを言いますねぇ。……そんなに潰されたいんですか?」

 

 僕を挟んで売り言葉に買い言葉。合わせていた手を離して、両方に手のひらを見せれば渋々といった風に言い争いを止める。

 どうして最初からしないのか。

 言い争いを止めた一人と一柱を見て溜息を吐いた僕。そんな僕を確認して、いつものように神奈子が「いただきます」と口を開いて、夕食が始まった。

 味噌汁を啜り、目の前にある魚をほぐす。ほぐしていると右袖がクイクイと引かれる。そちらを向けば烏天狗が少しだけ微笑んで

 

「あー……」

 

 と口を開いていた。その中にほぐした魚の身を箸で持ち上げて差し出す。

 

「はむ……んー、美味しいです。私に毎日ご飯を作ってくれませんか?」

「作ってる」

「いえ、まぁそうなんですけど、そうじゃないんですよぉ……」

「?」

「射命丸。あんまりレンを唆しちゃダメだよ?毟るわよ」

「あややや、洩矢神は恐ろしいことを言いますね」

 

 笑顔の耐えない会話だと言うのに、どうしてだろうか、文は額に汗を浮かべている。

 そんな文をいぶかしげに見ていると、左袖が引かれる。

 そちらを向けば、厄神様が少しだけ顔を赤くして、

 

「あー……」

 

 と少し控えめに口を開いていた。しっかりと煮付ける事が出来たかぼちゃを箸で切ってその口の中へ入れる。

 

「はむ……おいしいわ。うん、さすが私のレン」

「あややや、私のモノなんですけどねぇ、厄神様」

「あら、別にいいのよ?今からアナタから所有権を奪っても」

「奪えると思ってるんですか?嘗めてます?吹き飛ばしてあげましょうか?」

「騒ぐようなら出て行ってもらうよ?」

 

 ギロリと僕の両隣を睨んだ神奈子。その瞬間に両隣がビクリと震えて、僕の袖をちょい、ちょいと引っ張ってくる。僕にどうしろと言うんだ。

 もちろん、どうする事も出来ないので僕はのんびりと箸を進めることになるのだけど。

 

「第一、厄神様は私に一言あって然るべきだと思うのですよ」

「私が烏天狗に何を言うべきなのよ」

「レンさんの隣を座ること」

「……別段、片方が空いているのだから構わないでしょう?」

「独占することに意味があるのです!!」

 

 グッと拳を握った文を呆れたように見る三柱。そう三柱。

 こちらに視線を向けることもない早苗は下を俯いて、細々とご飯を食べている。

 

「……ならアナタ秘蔵のレン関係の写真でいいわ」

「ちょっと待ってください、真剣に悩みますから……」

 

 いま聞き逃すことが出来ない言葉が出たのかも知れない。

 いや、きっと気のせいだ。気のせいだと思う。

 

「と、とりあえず三枚でどうだ!!」

「あら、全種類の価値もないのね。レンの隣独占権は」

「ああああぁぁっぁぁああああ!! わかりました! わかりましたよ、三十四種類譲りますよ!!」

 

 いったいいつの間にソレほどの数を写す時があったのだろうか。

 普段、文に写真を撮られている回数を考えてもソレの半分もいってないのだけど。

 両隣で繰り広げられる当事者を省いた商談を流しながら、早苗を観察する。

 下を向いていた早苗は少しだけ何かを思ったように顔を上げて、チラリと目線だけこちら向き、そしてまた下へと視線を落とした。

 さっぱりわからないので神奈子達に視線を向ければ、ただただ微笑まれた。

 

「レンさん?」

 

 溜め息を聞かれたのか、文が何かの束を雛に渡しながらこちらを向いている。

 その束に写っているのは僕で、巫女服を着ながら微笑を浮かべている。

 

 汚らわしい。

 

「……没収」

「ぁぁぁああああ……レン、後生だから、後生だから」

「ダメ」

 

 しっかりと束を奪った僕はソレを袖の中に入れた。

 洗い物をしているときに燃やしてしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい水滴が温かくなった顔に落ちてくる。

 どうやら少しの間眠っていたらしい。湯船から上がる湯気を深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

 

 どうしても、早苗の気持ちがわからない。

 僕の方を向いていた、ということは僕が何かをしてしまったのだろう。

 身に覚えがあるのは里のことに関して。

 アレに関しては僕がすべて悪いのだから、早苗は悪くないのだ。

 そう自己完結して、自己満足もした。そんな自分に自己嫌悪も。

 

 どうしようもない。ソレこそ、早苗が口を開くまで僕は何も出来ない。

 早苗が口を開いて、僕が何かをする、というのも何かおかしな話だけど。僕に出来る事なんて限られているし、極僅かだ。

 溜め息を吐き出して、立ち上がる。

 体から滑り落ちる水滴を感じながら、脱衣所への扉を開く。

 

「あ、レンさん……」

「……」

 

 開いたそこには裸の早苗が居て、僕は意味がわからなかった。

 何度か瞬きをして、ゆっくりと口を開く。

 

「……何をしてるの?」

「いえ、その……お背中を流そうかなぁ……とか」

「洗った」

「デスヨネェ……」

 

 乾いた笑顔を浮かべる早苗。ハハハ、と笑っているけれど、どこかいつもの笑顔とは違う。

 僕は踵を返して、また浴室の中へ戻る。

 

「え?」

「……一緒に入る?」

「は、ハイ!!」

 

 何かを決心したように早苗が笑い、僕は木製のいすに座る。

 後ろに早苗が何かを決心するように、よし、と言って僕に濡れた布を当てる。

 

「……」

「……」

 

 無言、無音。

 背中を擦られ、どこかこそばゆい感じがしながらソレを我慢する。肌に触れてしまって、程よく蕩けている思考が弱い快楽を伝えて変な声が出そうになる。

 

「その……すいませんでした」

「……ん?」

 

 背中を擦る行動が止まり、早苗が呟いた。

 どうして謝っているんだろう。

 

「あの時、私が髪紐を、いえ、人里に行くなんて言わなければ」

「終わったこと」

「……終わっても、レンさんは傷つくでしょう?」

「まったく」

「…………」

 

 何が傷つくというのだろう。

 確かに頭に傷は出来てしまったが、別に深い傷ではないのですぐに治るだろう。

 どうしてだか、無言になってしまった早苗が気になり振り向く。

 

「……どうして泣いてるの?」

「え?あぁ……すいません……」

 

 悲しい顔もせずに、ただ涙を流していた早苗がそこにはいた。

 僕の言葉にようやく涙に気がついたのか指で涙を拭っていく。

 

「わかりました。そういう事も忘れちゃったんですね……」

「?」

「いえ、大丈夫です。大丈夫ですよ」

 

 意味がわからないまま、早苗が僕を抱きしめる。

 やわらかい感触が僕の胸で潰されて、強く抱きしめた手が僕の頭を何度も撫でる。

 

「大丈夫、私達はアナタの家族ですよ」

 

 早苗の言葉が鼓膜を揺らして、なぜか胸の辺りが温かくなった。ソレが早苗の胸が押し当てられているからなのか、別の何かなのか。

 僕にはわからない。

 

 わからないけれど、きっと、僕にはナイものなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お風呂を上がるとどうしてか上機嫌な早苗が僕の手を掴んでいた。

 フンフフン、と随分適当そうな鼻歌を歌いながら廊下を歩いている。

 

「さぁて、いつも似たような服だといけません!」

「別に、いい」

「いいえ、いけません! いいですか、レンさん。きっとレンさんがこの犬の着ぐるみパジャマを着ればきっとかわいいんです。つまり! 着なくてはいけません!!」

 

 早苗の言葉が鼓膜を揺らして、どうしてか目を細めて早苗を見てしまった。ソレが早苗に対しての呆れなのか、僕の体躯ほどの寝巻きを所持していた事の違和感なのか。

 僕にはわからない。

 

 わかりたくないけれど、きっと、僕にはナイものなのだろう。



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16 白昼夢とネコ

誤字訂正
燐の一人称
あたし→あたい
に訂正


 チリン、チリンと縁側に鳴る風鈴。夏も終わる季節だと言うのに、日差しはまだ強く、蝉も命を鳴いている。

 汗をかいた氷入りの水もカラン、と音を鳴らして、時折流れる冷えた風が少し汗ばんだ頬を撫でる。

 

 ゆっくりと時間が経過し、影が伸び、そして太陽が落ちていく。

 ソレを眺めるのが、今の僕の日課となっていた。以前の僕も似た事をしていたのだけど、こうして風景として太陽と影を追う事は無かった。

 蝉の鳴き声が耳を揺らし、風鈴の音が鼓膜にこびり付き、今朝に撒いた水が蒸気へ変わっていく。

 白い靄が僕の前に現れて、語りかける。

 コレは夢なのではないか?と。

 実は時間は一切進んでなくて、いや、それどころか、僕はまだあの日常にいて気を失っているだけかもしれない。

 幽香も、文も、早苗も、神奈子も、諏訪子も、雛も、全て幻想なのかもしれない。

 幻、偽り、僕の頭の中で形成された妄想。

 靄は何も応えない。

 僕は何も答えれない。

 靄は僕の目の前にいる。

 僕は靄の目の前にいる。

 

 カラン、と氷が溶けて音を鳴らす。

 目の前にいたはずの靄は消えて、ソコには蝉の鳴き声だけが響いている。

 額から流れた汗が顎を伝い、雫となって手に零れた。

 荒くなった息を整えて、大きく息を吐いた。

 息を吐いてから、コチラを見る存在に気がついた。

 影に紛れて、影よりも黒い猫が真っ赤な瞳でコチラを見ている。

 僕は猫を見ながら、恐る恐る手を伸ばす。

 

「おいで……」

 

 伸ばした手は猫には程遠く、縁側の影を出ることはない。

 境内の端にいる猫とは対極の位置。それだと言うのに、猫はゆっくりとコチラに寄ってくる。

 太陽に晒されたその姿は、黒い姿に所々に赤い毛が混じっている。

 僕の手の届く位置に来た黒猫は僕の手に擦り寄り、モフモフとした感触が僕の手に広がる。

 僕は僕で、恐る恐る、それこそ猫が逃げないようにその頭を撫でる。

 

 猫はそんな僕をジッと見て、膝の上に飛び乗った。

 驚きはしたけれど、困る事はないので、僕はまた猫の体を撫でる。

 少しだけ埃の付いた猫を撫でて、埃を取っていく。

 太ももが温かい。熱いとも思えるのだけど、温かく感じてしまう。

 猫はクアァ、と欠伸を漏らして、そのまま丸くなってしまう。どうやら居心地がいいらしい。

 しっかり尻尾まで巻き込んだ猫を見て、起こすのも悪いので、僕はいつもの様に本を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バサリ、という音に我に返った。

 正確に言えば、落ちていた瞼を持ち上げたのだけど。

 黒い羽を舞い落とし、同色の翼で何度か風を起こして着地したのは、もはや顔も声も手も肌も覚えてしまった文だった。

 

「レンさん、可愛かったですよ」

 

 どうやらしっかりと眠っている所を見られたらしい。

 別にいつも見ているだろう、と呆れるのだけど、文はニコニコとしながらそんな事を流してしまう。

 そんな文が僕の膝に目が行き、固まった。

 視線の先には黒猫。猫はまだ眠っている。

 

「おや、珍しいですね。地獄猫がこんな所にいるなんて」

「地獄猫?」

「いえ、まぁ、そんな事はどうでもいいんですが、どうして膝枕なんてしてるんですか? 私だってまだされた事が無いと言うのに」

 

 猫を威嚇する烏天狗が、目の前にはいる。それも文の周りに小さな竜巻が起こる程に目に見える威嚇。顔だけはニコニコと笑顔なのだけど。

 僕の膝の上にいた猫はゆっくりと顔を上げて、文を確認する。確認して、また頭を下げて眠った。

 

「レンさん、ちょぉっとどいてください? 途方に飛ばして、彼方に暮れてもらいますから」

「……猫相手に何を」

「だって猫ですよ? 猫なんですよ? それだけで十分です。私だって膝枕されたい!!」

 

 うわーん、なんてわざとらしい泣き声と一緒に僕に縋り付く文。僕は少しだけ迷いながらその頭を撫でる。撫でた時に文がニヤリと嗤ったことは……まぁ知らないでおこう。

 膝にいた猫は少しだけ呆れたように溜め息を吐いて、僕から降りる。

 

「ようやく降りましたか。さぁレンさん! 次は黒猫ではなく、同じ色のこの烏天狗に膝枕を」

「今度」

「Oh……」

 

 膝を付いて落ち込みだした文を放置して僕から降りた黒猫に寄る。

 しっかりと地面に座った黒猫は、二又の尻尾を揺らし、赤い瞳をコチラに向ける。

 

「あたいに何か用かい?」

「……」

 

 喋った。

 喋った?誰が?何が?猫が?え?猫が喋った?

 

「あー、レンさん。さっきも言いましたけど、地獄猫、正確には火車という妖怪ですよ、アレ」

「アレとは随分な言い方じゃないのさ」

「じゃぁコレでもいいですよ」

「いや、それも違うんじゃない?」

「アレコレ言ってても変わらないんですよ。で、本当に珍しいじゃないですか。博麗神社じゃなくてコッチに来るなんて……もしかして、地底の主に捨てられたんですか?」

「何を馬鹿な事を言ってるんだか。まぁ、その通りなんだけどさ」

「……ダメですよ、レンさん。捨て猫は元居た場所に戻さないと」

 

 今、黒猫のいる場所が僕が発見した場所なのだけど。そんな事を言っても変わらないんだろう。

 

「まぁ、さとり様の機嫌が治るまでコッチに厄介になろうと思ってね」

「そういうのは霊夢さんに頼むべきでしょ……」

「いやぁ、コッチの方が美味しいご飯が食べれると思って」

「正直者ですね……」

「情は感じるけど、死活問題だからねぇ。あたいが死活ってのもオカシナ話だけどさ」

「……ん?地底の主の機嫌が悪いとなると、他のペット達もこちらへ?」

「いんや、面倒事は全部あたいが被ってコッチに来た。散歩ついでと思えば気楽でいいさ」

「お、男前……」

「博麗神社だとさとり様の機嫌が治る前にあたいをこき使いそうだし、ご飯少なそうだし、死体集めると怒りそうだし」

「最後があるとココでも追い出されそうですよ?」

「ライフワークが禁止されるのはちょっと……」

「まぁ、バレなきゃいいんですよ。私だってこうして盗撮しててもバレてませんし」

「いや、その理屈はオカシイんじゃないの?」

 

 やはり溜め息を吐いた黒猫は首を横に振って呆れ返っていた。

 

「まぁ、神様達にここに居候するのを頼みたいんだよ」

「はぁ、まぁ、私に言われても無理ですけどね」

「だよねぇ……ところで、そっちの男の子はどうなんだい?」

「よくレンさんを初見で男と判断できますね」

「ほら、太ももの感じとか手の感触とか」

「そういう判断基準なんですねぇ……」

 

 文が乾いた笑いを浮かべて、顎に手を当てる。

 何かを考えて、少しだけ唸った後にチラリと僕の方を向いた。

 

「……まぁ、大丈夫でしょう」

「?」

「いえ、レンさんはコレを持って八坂神や洩矢神の所へ行ってください」

「だから、コレはどうかと思うんだけど?」

 

 文に軽々と抱き上げられた黒猫を受け取り、しっかりと抱きしめる。

 苦しくないようにしっかりと気を使いながら。

 両腕と胸に挟まれた猫が僕を見上げる。

 

「よろしく頼むよ、えっと……」

「レン」

「よろしく、レン。あたいは火焔猫(カエンビョウ)(リン)。気軽にお燐とでも呼んでおくれ」

 

 写真機が光を出している中でお燐はニャーと言いながら僕に挨拶をした。文は荒い息で写真機を覗いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ、猫をねぇ……」

「ダメ?」

「私はいいと思うよ? お父さんがどう言うか知らないけど」

「お父さん言うな。猫と言っても火車だろう? 拾ったところに」

「境内で拾った」

「…………」

 

 少しだけバツの悪そうに頬を掻いた神奈子は溜め息を吐いて視線を逸らした。

 諏訪子はそんな神奈子を見ながらクスクス笑っている。

 

「だめ?」

「……うーん、珍しく強情だねぇ」

「……まぁ、いいさ。早苗にもちゃんと言うんだよ?」

「うん」

 

 神奈子の了解も諏訪子の了解ももらった。

 ちょっとだけ気分が高揚しながら早苗の部屋へと向かう。

 ペタペタと鳴る足音と胸に抱いた温かい存在。

 

「うーん、随分と上手く行くねぇ」

「イヤ?」

「いんや。嬉しい限りなんだけど、拍子抜けというか」

 

 少しだけ複雑そうに応えたお燐はどうしてだか溜め息を吐いた。

 僕は首を傾げる事しか出来ず、それでも早苗の部屋へと向かう足は止めなかった。

 

「……」

「最後の関門だね」

「……うん」

 

 どうしてか神様よりも強い立場の時がある早苗。

 僕は深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

 そんな僕が緊張していると思ったのか、お燐は意地悪そうにクツクツ笑って。

 

「じゃぁ、頑張るニャー」

 

 と言った。

 そんな言葉に少しだけ止まってしまい、苦笑してしまう。

 

「頑張るにゃ」

 

 と僕も冗談めかして口を開いた。開いたと同時に、扉が開いた。

 目の前には目をキョトンとさせている早苗。そんな早苗の瞳に映る、僕と黒猫。

 早苗は何度か瞬きをして、少し震えた声で口を開く。

 

「い、今、レンさんの猫語が、いえ、私は何も聞いてません、聞いてませんのでさぁ!! ワンモア! プリー」

 

 バタン。

 扉が閉まった。外開きの扉はお燐により、閉められた。

 

「いいかい、レン。あたいが言うのも何だけど、あぁいう人間と関わっちゃダメだよ?」

「……」

 

 お燐の何処か真剣な言葉に僕は頷く事しか出来なかった。

 とりあえず、早苗にも了解を得なければいけないので、僕は深呼吸して扉をゆっくり開いて、隙間から顔を出して中を覗いた。

 

「おぉ! 奇跡(・・)的にこんなところに猫耳カチューシャが! なんと! こんな奇跡が起こるなんて!!」

 

 閉めた。

 僕の溜め息とお燐の溜め息が同時に廊下に響き、何処かから笑い声と背凭れ替わりにしている扉の握り玉がガチャガチャと鳴り響いていた。

 




東風谷早苗
奇跡を起こす程度の能力持ちの巫女
つまり、そういうことです。


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17 贄とテガミ

コミカル回


 目が覚めた。

 いつものように縁側で眠っていたらしい僕の目には、いつものように木製の天井板と少しだけ強い日差しが映りこんでいた。

 

 ぼんやりとした頭の中、胸が少しだけ暖かいことに気が付く。

 手で確認すればモフモフとした感触。目で確認すれば、黒い毛玉が赤い瞳でコッチを見ている。

 

「おはよう、レン」

「……おはよう」

 

 にゃー、と鳴くでもなく、言葉を発した猫は僕の胸から降りて背筋を伸ばす。半身を上げた僕もソレに習い、両腕を上げて体を伸ばして、ゆっくりと息を吐いた。

 

「しっかし、アレだね、本が好きなんだねぇ」

「すき?」

「ん?好きじゃないのかい?」

 

 お燐の言葉に思わず首を傾げてしまった。

 すき。そういえば、お風呂と一緒で本を読んでいる間はソレだけしか考えてない。

 ようやく、本当にそれこそお風呂よりも長く回数も多いと言うのに、僕はようやく理解した。

 

「好き」

「だろうねぇ」

 

 知識として、物語として、文字として、墨の匂いも、紙の質感も。

 どうしてか、頬が緩んでしまう。緩んでしまった頬を隠すために本を開く。

 お燐は僕を見上げながら首を傾げた。

 

「今、私を呼びましたね!! いいえ、きっと呼んだに違いありません!!

 

 風が舞い起こり、その中心に黒い影が勢いよく着地した。

 ブワリとここまで届く風と土埃に目を細めて、黒い影を見る。

 黒い影はその翼を大きく広げて、て手を顔の前に置き、体を少し仰け反らして姿勢を維持する。

 

「そう、私こそ幻想郷最速の二つ名を持つ烏天狗!!射命丸文!」

「烏天狗なんてお呼びでないよ」

 

 お燐の言葉に思わず頷いてしまう。

 姿勢を維持したまま停止する文。

 それを冷たい目で見るお燐。土埃で目を細めている僕。

 

「……」

「……」

「沈黙はツライ!!」

 

 そう叫んだ文は地面をバシバシと叩いて、先程の格好良さが台無しになっている。

 お燐が溜め息を吐いて、僕は文をまだ見ている。

 

「あぁ、どうしてこんな登場をしてしまったんでしょう。今更ながら私自身の思考回路がさっぱりわかりません。きっと『格好良い! 抱いて!』みたいな事になるとか思ってたんですかねぇ……思ってたんですがねぇ!!」

「……」

 

 チラチラとコチラを見ながら叫んでいる文。お燐は溜め息を吐いて頭を振り、僕はそんな文をただただ見ているだけになる。

 

「ま、どーでもいいことですけど」

 

 スクッと立ち上がり、服に付いた土埃を払っていつものように笑顔を作った文。

 お燐は……いや、どうでもいい事だったか。

 

「今日も用があって来ましたよ!!」

「……も?」

「え? レンさん、どうしてソコに疑問をもっちゃったんですか。私が毎日意味も無くココに来てる事になるじゃないですか!!」

「違うのかい?」

「違いますよ!! 私はレンさんを盗撮に…………娶りに来てるんです!!」

「レンは変態に好かれる才能でもあるのかい?」

「いらない」

「だよねぇ。あたいだって必要とは思えないよ」

「そんなに冷たい目で見ないでくださいよ、心が痛んできました……うっ…………ふぅ」

「バカと変態を治す薬はないのかねぇ…………はぁ」

 

 もう何度目かになるだろう溜め息を吐きだしたお燐はやはり呆れた顔で僕と文を見ている。

 そんな光景に少しだけ拗ねるように文は頬を膨らませる。

 

「第一、お燐さんは少し私に失礼じゃないですか? 人の事を変態変態と……」

「え? 変態じゃないのかい?」

「私は至って普通の烏天狗ですよ。普通すぎてもうそろそろ表彰されてもいいぐらいです。ミス・普通です……いえ、これでは失敗が多いように聞こえますね」

 

 そんな事を言い出して悩みだす文。

 お燐はやはり溜め息を吐いて、僕をつつく。首を傾げるとお燐は僕の腕を伝って、耳に寄ってきた。

 耳に息が掛かり、声を耳打ちされる。

 僕はそんな指示に疑問を持ちながら、文の方を向く。

 

「文」

「はい、なんでしょうか?」

「ヘンタイ」

「もっと罵ってもいいんですよ!」

「……」

「……あー、落ち込むと思ったあたいがバカだったよ。薬がほしい」

 

 肉球を額に当てて、深い溜め息を吐きだしたお燐。

 目の前の文は顔を少しだけ赤らめてコチラを見て、何かを期待している。彼女の表彰式はどうやらこないらしい。

 

 

 

 

「あ、用事を思い出しました」

「なんだい、本当に何かあったのかい」

「失礼ですね、私は毎日用事が」

「いや、ソレはもういいよ」

「ふむ、天丼でしたっけ? 滑舌と同じく専門用語だと言うのに、中々どうして伝わりづらいですよね」

「いや、何の話をしているんだい」

「用語を擁護する話ですよ」

 

 肩を竦めてからまたいつものように笑みを貼り付けた文は、懐から封筒を取り出す。真ん中で赤い蝋で封をされている。

 

「それは?」

「招待状らしいですよ。私も詳しくは知りませんが」

「……招待状?」

 

 文から受け取った封筒をよく見る。

 赤い蝋はくっきりと羽を伸ばしたコウモリの様な形で押し込まれている。手紙の右隅にはよくわからない形が書き込まれている。

 

「紅魔館に取材に行った時に偽……、いえ、十六夜咲夜さんから渡されたんですよね」

「にせ?」

「そこから先は言ってはいけませんよ」

「?」

 

 よくわからない事を言っている文を放置して、僕は封を解いて中に入っている羊皮紙を広げる。

 ソコにはよくわからない、図形の羅列。ここまで並んでいるという事はおそらく文字なのだろう。

 

「……」

「……」

「……」

 

 手紙を凝視した僕ら三人、正確には人みたいな物体一つと妖怪二匹は、ひたすらに首を傾げるだけしかなかった。

 

「ん?三人とも固まってどうかしたんですか?」

「あやや、早苗さん」

 

 水を持って歩いてきた早苗が床に置いていた中身の入っていない、封を開けられた封筒を拾う。

 表を見て、裏を見て。

 

「パチュリーさんからの招待状?」

 

 膝を折って、僕の肩ごしに手紙を見ている早苗。

 目はするすると動いて、段々と苦い顔になっている。

 

「ふむふむ、図書館へのお誘いですか。うーん、あの時に言ってた事が現実になっちゃいましたか」

「もしかして、読めるんですか?」

「もしかしてって……これでも英語の成績は良かった方なんですよ?」

「……」

 

 キョトンとして言ってのけた早苗。

 そんな早苗を尊敬の眼差しで見る僕を含めた三人。

 

「巫女さんはただの変態じゃ無かったって事かい」

「ただの変態って……随分と失礼な事を言いますね」

「いや、それだと別の意味にとれるんだけど……」

「変態な訳ないじゃないですか。まったく、とんだ言いがかりです」

「そう言いながらレンに猫耳を付けてるのはどうかと思うんだけど?」

「至って普通です!! ねぇ射命丸さん!」

「えぇ!! もちろん!! 普通すぎて私のカメラが止まりません!!」

「あぁ、こう……もう少し力の強いツッコミ役が欲しい。あたしはもう駄目かも知らんね」

「大丈夫ですか!? お燐さん。頭を抑えて……もしや頭痛!?」

「ちょいと黙っといてくれないかい?主な頭痛の原因(コチヤサナエ)さん」

 

 非常に含みのある言い方をしたお燐はやはり溜め息を吐いていた。

 早苗は笑顔で文と悪手を交わしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 所、時、変わり夕食時となり、手紙を読んだ諏訪子と神奈子は思いっきり顔を顰めた。

 

「紅魔館……ねぇ」

「図書館、って言っても吸血鬼の住まう館だからね」

「レンさん、ダメですよ。言ったら死ぬまで血を吸われちゃうんですから」

「別に大丈夫だと思いますけどねぇ」

「部外者の射命丸さんは黙っててください」

「部外者とは随分な」

「黙っててくださいね?」

「……はい」

 

 どうしてだろう、いつもの笑顔だというのに怖く感じた。

 小さくなってしまった文の肩を叩いて慰めようとしたけれど、お燐が僕の手を止めてしまった。文を見るとニヤリと笑っていたのだから、きっとお燐が正しいのだろう。

 

「私はいいと思うけどなぁ」

「諏訪子様!?」

「いや、危険らしい危険もないだろうし。第一、招待状まで作ってくれてるんだから、あっちは歓迎はしてるんでしょ」

「いいですか、諏訪子様。こういう時こそ情に流されてはいけないのです。冷静に、客観的に物事を見つめたらいいんですよ」

「それ、普段の早苗に言いたいなぁ」

「レンはどうなんだい?行きたいのかい?行きたくないのかい?」

 

 神奈子がコチラを向いて口を開く。

 行けるのならば、行きたい。行くことは可能だけれど、一人と二柱に断られるとなると……。

 

「はぁ……わかった。ただし三日間だけだ」

「神奈子様まで……」

「早苗。それこそ客観的に考えてみなさいな。ここで却下なんかしてみな、この子は黙って紅魔館へ行くよ」

「……」

 

 どうやら神奈子には悟られたらしい。溜め息を吐いた神奈子と僕を見ている早苗。

 

「……で、でも、まだ危険が」

「あたいが付いて行こうかね。この子にはここで住むに至って貸しもあることだし」

「う~……はっ!! なら私が」

「早苗はココでの仕事があるでしょうに」

「だ、大丈夫ですよ、三日ぐらいサボっても神様は許してくれます!!」

「へぇ……許すと思うの?」

「いえ! 今考えを改めました!!」

 

 ビシッと敬礼まで込めた早苗を見てご満悦な諏訪子。

 神奈子は相変わらず僕の方を見ている。ジッと、コチラを見て、少しだけ顔を綻ばす。

 

「我侭を言える程度には打ち解けたか……」

「?」

「いんや、なんでもないよ。あぁ、そうそう、烏天狗」

「はい?」

「送るのは任せたよ?」

「……いや、そっちの巫女様がいらっしゃるじゃないですか」

「そのまま紅魔館へ泊まり込むとかなったらアンタにこっちの仕事を任せようかね」

「いやぁ今日も行ったけど、丁度明日に紅魔館へ取材に行くところでしたよ!! ツゴウガイイナァ!! コンチクショー!!」

「うぅ、レンさん。今日は一緒にお風呂に入りましょうね、えっぐ、えっぐ、ぐへへ」

「なんですか、その羨ましい特典は!!」

「射命丸さんはダメですよ。レンさんと一緒になんか入れません。これは家族の特権なのです!!」

「な、なんだってー!! べ、別に私には盗撮という最後の手段が」

「したら、殺すわよ?」

「オォット! 大天狗サマヘノ連絡ヲワスレテタ!! イソイデカエラナケレバ!! それでは失礼!!」

 

 幻想郷最速の名にふさわしい速さで、文字通り姿を消した文。睨んでいた神奈子は溜め息を吐いている。

 その隣では諏訪子が早苗を説教していた。

 僕の膝下でお燐が溜め息を吐き出していて。

 

 僕はどうしてか、頬が緩んでしまった。

 




悪手は誤字に非ず。

アトガキ

主人公がだんだんと柔らかくなってきたので、アトガキ。
私自身がキチンと意識できていれば、主人公の思考の中に英単語はあまり出ていない筈です。
タオルとかが出てるかもしれないですが、早苗さんの言葉を復唱しているだけで、
「この厚手の布は“たおる”なんだ」と納得しているからだと思ってください。思ってください。


守矢神社に来て、色々体験した御蔭で、性格的にかなり柔らかくなってます。
早苗さんが態々大きなリアクションをしてたのは、彼の感情を出すためです。能力まで使って猫耳カチューシャを付けたのは理由があったから、シカタナクナンデスヨー(暴挙)

早苗さんの英語能力に関しては、ある程度喋る事も可能、読み聞きに関しては普通にできると思ってください。
筆記体の個人的な手紙をスラスラと読める早苗さんはスゴイ。いいね?


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18 ネコと贄

 目を見開いた。

 目の前にはその名にふさわしい真っ赤な館が堂々と建っていた。隣にいたお燐も思わず口を開けてしまっているほどに。そんな僕らを見ながら苦笑している文はしっかりと写真機を構えて僕らに向けている。

 

「いやぁ、いい反応ですね」

「烏天狗は肖像権ってのを知ってるのかい?」

「あややや。現実に無い権利を主張されても困りますよ」

「幻想にはある権利さ」

 

 僕の胸に抱かれているお燐がよくわからない事を言いながら、溜め息を吐いた。文は気にしていないかのように肩を竦めて首を振っている。

 

「さて、ともあれ、とにかく、私の役目はここで終わりです」

「珍しいねぇ、変態がレンから離れるだなんて」

「レンさんの事は好きですが、吸血鬼姉妹に会うのは憚られますね」

「なんだい、てっきり十六夜咲夜に会うのが怖いのかと思ったんだけど?」

「あややや、知っているなら口に出さないでください。どこからナイフが飛んでくるか」

「聞こえているわよ」

 

 突然、文と僕との間に銀髪が揺れた。鋭い瞳とどこか怒っている様な雰囲気を醸し出し、それは現れた。正確には現れていた。

 文は笑顔のまま固まっているし、どうしてかカタカタと細かく震えている。

 

「デハ、レンさん。ワタシはモドリマスネ!!」

「まぁお待ちなさいな、鳥肉」

「嫌です、待ちません。私には大事な仕事があるんです!!」

「その仕事のせいで私はいらぬ誤解と噂が流れてるのよ」

「私の仕事は真実を書く仕事です。そりゃぁ九割程盛ってますけども」

「ソレが原因よ、チキン」

「誰が鶏ですか!! 三歩で忘れるなら面白い記事なんて書けませんよ!!」

「黙りなさい、鶏頭」

「何を言うんですか、トサカにきてるのは十六夜咲夜さん、アナタでしょう」

「そう、わかってるじゃない」

「あぁ、スイマセン、ナイフを出してニッコリするのはやめてください死んでしまいます」

 

 後退りながら、両手を前に出す文。その様はさながら屠殺される鶏のように慌てていた。もちろん、皮肉な事である。そんな文の首を掻っ切ろうとしている人間らしい女性、十六夜咲夜は笑顔で刃物を握っている。握った刃物の鋒は文に向いていて、ソレを物珍しそうに見ていると、消えた。

 

「ギャーッ!? 本当に投げる人がいますかッ!?」

「惜しい」

「と、とにかく届けましたからねッ!! 変に傷とか付けると洩矢神が怒髪天しちゃいますからッ!!」

「随分な捨て台詞ね……。というか、この子も人間なのだから、物の様に扱うのはどうかと思うわよ?」

 

 そんな十六夜咲夜の一言も聞かず、文は風の様に消えていった。先程まで立っていた場所には何枚かの黒い羽が落ちている。そんな羽を見ながら十六夜咲夜は溜め息を吐いて、誰が掃除をすると思ってるんだ、と呟く。

 閑話休題(それはさておき)というように僕をようやく見た十六夜咲夜はニッコリと微笑む。もちろん、刃物は突き立てられていない。

 

「お久しぶり、そう……確か、レンだったかしら?」

「うん」

「ソレと、地獄猫もいつかの宴会ぶりね」

「目が合って少し話した程度だけどね」

「ハジメマシテじゃなければソレでいいのよ、それこそ時間の無駄だわ」

 

 肩を竦めて溜め息を吐いた十六夜咲夜は僕の手に持つ手紙を見て、そしてその手紙がいつの間にか彼女の手に渡り、蝋封を見て納得する。

 先ほどから、いつの間にか、が多い。コレでも多感であると自負はしている。それこそ今のように自身の肌に感じる物ならばそれなりに敏感だ。だというのに、いつの間にか彼女に奪われていた手紙。そして、僕の手には少しの熱だけが残っただけだった。

 

「さて、では御客人様方。(ワタクシ)、紅魔館がメイド長、十六夜咲夜がご案内致しましょう」

 

 ギギギ、と錆びた鉄扉が音を鳴らしゆっくりと開く。十六夜咲夜はまるで絵画の様に一礼し、朗々と二の句を告げる。

 

「我が主。吸血鬼レミリア・スカーレットがご友人、魔法使いパチュリー・ノーレッジの世界へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見た目よりも広すぎる館内を案内されながら、十六夜咲夜の後ろを着いていく。そんな僕の後ろには二股の黒猫であるお燐が歩いている。左右を見渡せば、コウマカン、という名に相応しすぎる紅々とした世界。それこそまるで人の何かで染められたように錯覚するほど、赤く、赫く、紅い。

 そんな真っ赤な世界だと言うのに、壁には黒い文様がしっかりと描かれ、絨毯には金の刺繍が施されているからだろうか、自然とソレを受け入れる事が出来る。この館はそういう物なのだ、と。

 

 入ってから左に見える窓が数えて二十六をすぎた時、目の前の十六夜咲夜が停止して、少しだけ横へズレた。そして僕の目の前に映ったのは、紅い世界には異色の焦げ茶色の大きな扉である。どうしてか、所々真新しく変色していたり、扉の淵が焦げていたりと、理由はわからない疑問があるけれど、確かに扉はあった。

 

「……」

 

 十六夜咲夜に目を向ければ、張り付けたような笑顔でコクリと頷く。僕は手を伸ばして、少しだけ鍍金が剥げた握り玉を握り、回転させる。腕を引き、鉄の音とは違う、耳障りではない呻き声を上げて扉は開かれる。

 開かれた先は仄暗く、所々に小さなあかりが灯っている程度。僕が開いた扉から差し込む光が舞っている埃の存在を知らせる。そして、目を一番引いたのは、正確にはその空間のほぼ全てを埋め尽くしていたのは、本だった。

 乱雑とは掛け離れた整頓されすぎた本棚の中身と本棚。それも人の身長など容易く超えているだろう長さであり、所々に車輪付きの脚立が見えている。

 僕は一歩、二歩とその空間へ入り込み、そして大きく息を吸い込んだ。性的快感ではない何かが僕を埋め尽くし、そして、吐きだした息は僕の頬を緩ませるのに容易かった。

 

「気に入ったかしら?」

 

 後ろから聞こえた声に振り向く。

 そこには十六夜咲夜とお燐がいる。けれど一人と一匹の声ではない。少しだけ視線を上に向けると声の主は居た。幾つかの本を浮かし、手に持った本の頁を一枚捲り、空中に座った、不可思議な存在。

 そんな存在は、ゆっくりと下降して扉から差し込む光を背に受ける。紫色の髪がフワリと揺れて、開かれていた本が閉じられる。

 

「初めまして、私の名前はパチュリー・ノーレッジ。貴方を招いた魔法使いよ」

「……レン」

「えぇ、自己紹介なんて自身が他人をわかればいいモノよ」

 

 クスクスと口元を袖で隠しながら笑うパチュリー・ノーレッジ。そしてそんな魔法使いの足元を素早い足で抜けた黒猫が、黒猫だったモノが僕の前に立った。

 目の前は赤い髪と黒い服、そして肌色の首元が見えている。

 

「あら、お守りも居たのね」

「お守りは帰れ、だなんて言うのかい?」

「いいえ、全く、それこそ本末転倒、私の興味は守られている対象にあるもの」

「……先に言うけれど、危害を加えようとするなら止めるよ。それこそ全力でだ」

「私は引き金を引く気はないわよ。もちろん、レミィにもね」

「どうだか。生憎な事にレンは変態に好かれる才能があるんだ」

「…………」

 

 魔法使いは言葉を失い、黒猫だった存在は緊張した面持ちで僕を背にしている。

 僕はここでようやく疑問が解けなくなり、目の前にいる存在の肩を叩いた。

 

「なんだい?」

「……誰?」

「…………」

「………………」

「……う、うぅ? ちょ、ちょっとタイム」

 

 目の前の存在は蹲って何かを考えるように頭を抱えた。僕の疑問は当然のことである。そんな疑問がおかしかったのか、パチュリー・ノーレッジは口を抑えて肩を震わせているし、十六夜咲夜は顔を背けて肩を震わせている。

 

「えっと、レン。あたいってわかるよね?」

「……」

 

 僕は首を横に振る。そして目の前の存在は溜め息を吐いて、一歩だけ僕から離れた。そこから少しだけ跳び、縦に回転する。地面に着地したソコには二又の黒猫、つまりお燐がいた。そしてお燐は垂直に跳んで、縦に回転して、地面に着地した時には靴も服も着た人へと成っていた。

 あぁ、なるほど。

 

「……どうして普段は察しがいいのに、こういう所は天然なんだろうねぇ…………巫女様の責任な気がしてきた」

「いいかしら?」

「すまないねぇ、まぁ、緊張の糸は緩んじゃったし、今ので危険は少ないってわかったし」

「ならよかったわ。私の疑問はまだ解けてないもの」

 

 パチュリー・ノーレッジはニコリと笑んで、僕を改めて見る。

 

「ねぇ、give and take、等価交換法則、どれでもいいのだけれど、何かを得る為には自身の何かを差し出さなければいけないとは思わない?」

「……」

「あなたの願い、この図書館へ来ることを私は叶えたわ。私の願いを聞き入れるべきではなくて?」

「だから、危害は」

「もちろん、加えるワケがないわ……ただの疑問解決よ。それこそ髪を結うよりも容易い事」

 

 パチュリー・ノーレッジは僕を指差す。いや、僕の少し上、髪を纏めている部分。

 ニヤリと嗤った魔法使いは口を開く。

 

「その髪紐、解いてもらっていいかしら?」

 

 本当に、髪を結うよりも簡単な願い事。

 お燐は首を傾げて僕を見ている。僕はパチュリー・ノーレッジをただ見つめるだけしかない。

 

「どうして、なんて聞かないでよ。単なる好奇心。猫をも殺す、とは言ってのける程でもない。アナタが本を読みたいのと同じ理由」

「……」

 

 きっと否定した所で、意味など無いのだろう。そもそも、意味もない、それこそ文が言っていたように物に等しい僕にこうして等価交換を持ち上げてくれているだけ感謝すべきなのだろうか。色々な思考がめぐり、ゆっくりと息を吐いた。お燐が心配そうに僕を見る。だから、いや、違う。僕は適当な理由が欲しかったのだろう。理由など必要ではない。僕が、僕として、本来在る姿に変わるだけだ。それこそ、お燐が四足歩行から二足歩行へ変わった時の様に。

 僕は手を髪紐に伸ばして、一端を摘み、引いた。

 お燐の瞳孔が一度開いて、そして細くなった。生唾を飲み込んだ音が聞こえ、僕を守る腕がピクピクと反応している。何かを耐えているお燐は熱っぽい息を吐き出しながら、歯を食いしばっている。

 

「なるほど、神様がひた隠しにするから何かと思えば、(ウツワ)だったのね。いいえ、神様からは贄、だったかしら?」

「……」

「咲夜にはどう見えているの?」

「私には先ほどと変わらずに」

「ふむ、多少レミィの血が入っているからかしら?あぁ、髪紐はもう付けて構わないわ。尤も、意味はないでしょうけど」

 

 お言葉に甘えて再度髪を結い上げる。もちろん、神奈子の言葉が正しければ意味はない。けれど、既にクセになっているのだ。

 

「さて、改めまして、器さん。他者にわかるように自己紹介をしなくてはいけないわ」

「……そう」

「では、本を読む事の対価を支払って貰いましょうか。コレばっかりはいい加減(・・・・)に先払いにしてもらうわ」

「……何を?」

「血を頂戴な。神が認め、妖が見蕩れ、魔法使いが求めるソレを私に頂戴な」

 

 魔法使いは、僕を見てやはりニヤリと嗤う。僕は当然の様に魔法使いの願いを容易く叶える事を選んだ。

 何処から用意したのか、十六夜咲夜がお盆を僕の前に差し出し、ソコには簡素な、けれど輝かしい銀色の刃物が横たわっている。僕はその柄を掴んで、左手に刃を這わせる。良すぎたらしい切れ味で皮膚は綺麗に一文字に裂け、そこから赤い液体が溢れる。垂れた血は長細い透明の容器に入れられていく。傷に痛みを感じ、ヒリヒリとしてくる。容器がいっぱいになった辺りで十六夜咲夜が僕の左手に包帯を巻きつける。

 

「器にどれほど薬の力が効くかは解らないけれど、無いよりはマシでしょう?」

「……対価は?」

「十分すぎるほどに得ているわ」

「……そう」

 

 ならばよかった。包帯が無駄にならなくていい。

 僕はそのままお燐の方を向いて、一歩寄る。お燐は一歩後ずさった。また一歩、そしてお燐もまた一歩。

 

「こ、来ないでおくれ」

「……どうして?」

「それ以上近づかれると、あたいがあたいじゃなくなりそうなんだよ!!」

「……そう」

 

 僕は一歩更に寄った。お燐は怒りだか、悲しさだか、よくわからない表情で顔をくしゃくしゃにして、僕の前に手を向ける。それで僕はようやく止まる。

 

「あたいに我慢しろってのかい!?」

「……いや」

「なんだい!? アンタを食べろってのかい!? あぁ!! チキショーめ!! どうしてそんなに美味しそうなんだい!?」

 

 僕は何処かにあった何かを失った気がした。それも些末な物だった。一瞬で消え去ったソレを溜め息で吐き出して、僕はお燐の目の前に右手を差し出す。

 

「あぁ!! なんだってんだ!!」

「食べていい」

「ハぁ!? 何言ってんだ!! いいかい!? 食べるってのは、アンタが死ぬかもしれないって事だ!! わかってて言ってるのかい!?」

「大丈夫」

 

 僕は呟いてお燐を見つめる。お燐の双眸は僕では無くて、ずっと右手を見つめている。とても美味しそうな、餌を見つめる。自分をわかっていたつもりだった。知っていたつもりだった。

 それでも、僕は僕であることを忘れていたかもしれない。忘れたかったのかもしれない。

 

「大丈夫」

「ッッッ!?」

 

 僕はもう一度呟いて、微笑みを張り付けた。お燐は何かを耐えるように大きく口を開いて、僕の右手を、口に含んだ。

 突き立てられる鋭い歯が皮膚を突き破り、生温い舌がそこから溢れ出る血液を舐めとる。紅潮した頬とどうしてか涙を流すお燐。

 

「チクショウ……チクショウ」

 

 僕の指を口に含んだまま、まるで恨むように呟いたお燐はやはり泣いていた。温かい口内から解放された指はクッキリと歯型が付いていた。そこから溢れる血液以外は、至って普通だ。骨まで到達するでもなく、噛みちぎられるでもなく。僕の指は健在だった。

 

「ごめんよ……ごめんよ、レン」

「大丈夫」

 

 泣いているお燐が猫に変わり、僕の胸元へと飛び込んだ。僕はいつものように猫を抱きしめて、頭を撫でてやることしか出来なかった。




お燐とエッチな事をすると思ったか!!ヴァカめ!!
男の娘の伝説は何処かの英雄が女装して八つの首の龍を倒したところから始まった!!


閑話休題。
アトガキ

妖怪と贄との正しい関係性はコッチなんでしょうね。
まぁ、今までの妖怪さんが特殊すぎたということです。

贄と餌と器に関して、少し。
全て“贄”という一個体に対しての呼び方です。別に出世魚的な何かでは無くて、各種方面によって呼び名が違う、と思って頂ければ幸いです。

髪紐自体は当然の様に隠蔽の式、というか一応神様の式にあたるのでパチュリー程の魔法使いならば気が付く、と考えてください。早苗さんは、うん、えっと、ほら、……言わせんなよ、恥ずかしい。
あとは、早苗さんが連れているという点、神様が擁護している点、実際会って髪紐を発見した事、まぁ判断材料は色々とあるので、適度に判断してください。

紅魔館でエロ?
頭の中では皆無です。無理やり詰め込めても妹様なのだけど、妹様とシちゃうと紅魔館を生存して出れるかなぁ……出れたとしても妹様が、あぁ、恐ろしや恐ろしや


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19 贄とマホウ

 目の前には本がある。

 羅列された文字と乾いた紙、左綴じにされた本たちは面白みの無い、至って簡素で、そして実に面白い内容を並べている。

 

「――、――!! レン!!」

「……ん」

「まったく、本に集中するのはいいけれど、あたいに頼み事をしてそのまま放置ってのはどうかと思うよ」

「……ん」

「あー、ダメだ、聞いてないね」

「……ん」

 

 お燐の声を聞きながら本へと、文字へと没頭していく。わからない文字があればその時点で辞書を開き、わからないモノが出てくれば調べる。

 幸いにして隣には本が積まれていて、幸いにして読み終わった本はお燐の手によって戻されて、そしてまた幸いな事に新しい本が運ばれてくる。

 ほの暗いこの図書館内で、僕がいる場所だけは明るい。かの魔法使いが光球を漂わせているからだ。熱量も実体もない光源がソコには浮いている。魔法、と呼ばれればソレで終わるのだけどソレは今までの僕とは掛け離れた法則であり、概念でもある。

 

 ようやく読み終えた本を閉じて、息を吐く。そのまま瞼を下ろして読んだ内容を整頓、詰め込まれた知識をゆっくりと消化していく。

 そして僕は一言だけ呟いた。

 

「……灯れ」

 

 しっかりとした概念を持ち、読んでいた初級魔法辞典の目次の一番上に書かれていた魔法を呟いた。魔力が無くても外気中に魔力の素があれば出来るらしい魔法。

 

 そして、変化は当然の様に起きない。

 それこそ、当たり前の事なのだ。この図書館に魔力の素がないわけではなく、僕の呟いた言葉が間違っている訳でも無く、この本が間違えている訳でもない。

 僕は溜め息を吐くこともしなかった。

 

「レン」

「……お燐」

「ようやく戻ってきたのかい?」

「……どこにも行ってない」

「あたいには別の世界に行ってる様に見えたよ」

「……そう」

 

 お燐は溜め息を吐いて、猫車に本を詰め込んでいく。新しく僕の横に積まれた本達。僕にとって利用価値が一切無い、ただの知識の塊がソコにはある。利用価値が無いだけで、価値は十二分にある。

 僕は新しく本を開く。

 隣にいたお燐は溜め息を吐いて、僕に読まれてしまった本達を猫車へと乗せていく。乱雑に積まれている筈なのにどこか規則的なそれを見つめてしまう。

 

「ん? どうかしたのかい?」 

「……」

 

 数秒程して、僕の目の前にあったのは積み上げられた本の山だった。支えているのは猫車であり、その荷台から今にもこぼれそうな程乗っている。けれど溢れることはない。

 

「じゃぁ、持ってくよ。何か注文はあるかい?」

「……適当に」

「はいよ。テキトーにね」

 

 既に踵を返したお燐はヒラヒラと手を振って、尻尾を揺らして仄暗い世界へと消えた。

 まるで切り離された様に明るすぎる空間で、また僕は本に埋没していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 指に湿り気と熱を感じて目を覚ます。どうやら眠っていたらしい。湿り気を感じる手を見れば、そこにはお燐が四足で頭を下げて、僕の指を綺麗にするように舐めている。よく見れば指先から赤い液体が溢れている。どうやら少しだけ噛まれていたらしい。

 仕方ない、と頭ではわかっていたのでそのまま逆の手で本を開く。

 

「ん、ちゅぱ……」

 

 少しだけ強く吸われる。同時に痛みが指先から伝わった。横目でお燐を確認すれば頬を少しだけ赤らめて熱心に僕の指に吸い付いている。

 

 

 そんなお燐が僕を確認するように目を上げた。起きて本を読んでいる僕。固まるお燐。タラリとお燐の口元から赤い液体が垂れた。

 お燐は少しだけ名残惜しそうに指を一舐めして後ろに一歩下がり、猫に変わった。

 

「にゃーん」

 

 頭を猫手でクシクシと掻いて、まるで何も無かったかの様に一鳴きした。

 仕方ない事だと、僕は割り切っているけれどお燐は悪い事をしたようにバツが悪そうに僕の周りを回って、僕を見上げていた。まるで罪の無い猫の様に。実際、罪はない。

 

「あら、おしまいなのかしら?」

「な、ナンノコトカワカラナイナー」

 

 そう言って宙にいたのは魔法使いだった。笑いながら何処か眠そうな瞳をコチラに向けている。お燐は慌ててそう言った。何を慌てているのかわからないけれど。

 僕はお燐の頭を撫でながら抱き込む。温かい。モフモフである。早苗がお燐が来た当初に

『モフモフは正義なのです!! 猫は正義なのです! だからレンさんこの猫耳を装☆着しましょう!!』

 と言っていたのがよくわかる。いや、最後の言葉は理解に苦しむ、というか今の状態でも解らないけれど。

 

「なるほど、自分を糧にされているのに随分と好きなのね、その猫」

「……」

 

 好き。つまり本やお風呂と同じ感情を抱いているか、否か。少しだけ瞼を閉じて考えて、本やお風呂とは別の感情である事がわかった。つまり、

 

「……好きじゃない」

 

 という結論に至る。かと言って、対極に当たる『嫌い』という感情でもなさそうであり、コレは『好き』によく似た感情でもある。尤も、それはお風呂や本とは比べる意味もない別の感情でもある。

 そんな僕の言葉にどこか俯いているお燐と、そして固まっているパチュリー・ノーレッジ。

 

「そ、それより、どうかしたのかい?魔法使い」

「あ、あぁ、そう、用事があったのよ」

「……用事?」

「この館の主からの呼び出しよ」

「……いかないと、駄目?」

「山の神様達の顔を潰したければ本を読んでいても大丈夫よ」

「……いく」

「それはよかった」

 

 さも心配していた、という風に息を吐いたパチュリー・ノーレッジ。お燐も溜め息を吐いているから、僕の予想は合っているだろう。どうせ、行かなければいけないのだ。

 招かれているのは、吸血鬼の餌なのだから。

 

 

 黒猫となったお燐を抱きしめながら図書館を出れば、真っ赤な屋敷が蝋燭の淡い光だけでなく、月光に照らされていた。窓から見上げた空は随分と暗く、ソレが真っ赤な月を余計に明るく魅せている。

 

「行きましょうか」

「……」

 

 いつの間にか隣にいた十六夜咲夜に連れられて歩く。

 二度目の廊下だと言うのに、景色は慣れすぎている。同じ風景が視線の端を廻り、目の前には十六夜咲夜の背中が見えているだけ。

 不意に髪に触って紐があるか確認をする。してから、少しだけ苦笑する。身を守る、という意識が芽生えてしまったらしい。前評判の良すぎる館の主に会うのだから、当然といえば当然なのだけど、早苗に脅されていたからだろうか。

 

「ムっぷ……」

 

 停止していた十六夜咲夜に気が付かず、背中に顔を当ててしまった。二歩程下がってから十六夜咲夜の前にある扉が背中越しに見えた。

 

「……、ここで我が主がお待ちです」

「……はい」

 

 少しだけ“ブレ”た十六夜咲夜が声を出した。僕は握り玉を握り、ゆっくり捻って扉を開ける。

 ゾクリ、と背筋に何かが走った。快感でも無く、神奈子と最初に出会った時の様な、押しつぶされそうな程のナニか。神奈子と違うところは、ソレがただ僕を威圧するだけの物だからだろう。

 

「大丈夫かい?」

「……うん」

 

 いつの間にか腕の中から抜けて僕を後ろから支えてくれていたお燐に頷く。大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。瞼を閉じて、呼吸に集中する。暗示を掛けるように、ゆっくりと、肺の中を入れ替えていく。

 深呼吸が五回を数えたあたりで瞼を上げる。開けた空間、真っ赤な柱と真っ赤な絨毯、そして玉座にも似た椅子に少女は頬杖を付いて存在していた。

 

「初めまして、器と呼ばれる存在。紅魔館が主、レミリア・スカーレットよ」

 

 まるで僕に興味が無い様にそう吐き捨てた紅魔館館主は、ニヤリと僕の方を向いた。僕はお燐が支える手を抜けて一歩前に出る。

 

 

 そして、昔々を思い出しながら、ゆっくりと頭を垂れて口上を吐き出す。

 

「……

 

 

 お初にお目に掛かります、永遠に紅い幼き月。守矢神社にてお世話になっております器こと、レンと申します。この度はお招きいただき感謝の言葉もありません」

「……ねぇ、咲夜。聞いていた話とは違うようだけど?」

「レン!? どうしたんだい!? オカシクなっちゃって!! 病気かい!? あんな埃っぽい所にいた所為か、それともこの真っ赤過ぎる館が原因かはわからないけど、病気なのかい!?」

「……お燐、失礼」

 

 僕の肩を掴んで前後に揺さぶるお燐を止めて、頭を撫でる。病気でも何でもなく、コレは一種の癖なのだ。

 高い身分とわかれば、相応に対しなければならない。尤も、先ほど言った口上の続きは夜伽の案内になるのだから口を噤ませてもらったけれど。こうした口上や笑みの貼り付け方は幼い時から学んでいる。学ばされていた。我ながら、穢らわしい。

 

「いいわね、アナタ」

「……」

「私に飼われない?」

 

 牙を見せるように笑んだレミリア・スカーレットは圧倒的とも言える存在感を惜しげもなく僕に当てる。僕の前にお燐が立ち、僕を背に庇う。

 

「吸血鬼、流石に大人気ないと思うんだけどねぇ?」

「あら、私は見た目通りよ。大人気なんて千年程待ちなさいな」

「なら、こっちも大人気無い対応をしなくちゃねぇ」

「あら、地獄の猫如きが私を止めれるとでも?」

「レンを逃がす程度は出来るよ、今だけだけどね」

 

 お燐の手に青い焔が現れる。拳大のソレは髑髏(ドクロ)の影を映している。僕は溜め息を吐いて、お燐の腕に手を置く。お燐は驚いたように僕を見ている。

 

「……駄目」

「いいかい、レン。あたいはレンを守る為に」

「……駄目」

「だから」

「駄目」

「……あー、もう、わかったよ。だからそんな目で見ないでおくれ」

 

 猫に戻ったお燐が不貞腐れたように僕の隣に座った。

 僕なんかを守ってお燐が怪我をする、という理由もあるのだけどそれよりも大事なのは、目の前の主が戯れで僕を威圧しているという事だ。

 引き金を引くのは、という話になるのだけど。打たれて困るのは僕では無い。早苗や神奈子達、そしてお燐なのだから僕には止める以外に選択肢はない。

 

「咲夜」

「……」

 

 一言だけ、従者を呼んだ主はやはりニヤリと笑っている。笑って、僕を見つめている。

 

「礼儀も、そしてある程度頭も回るようで何よりね」

「……別に」

「謙遜しなくていいわ。育ててくれた人間に感謝はしときなさいな」

「…………」

 

 僕はレミリア・スカーレットの言葉に頷きも、応答も出来なかった。そんな僕を無視して話は進む。

 

「確か予定では三日だったかしら」

「……はい」

「咲夜は好きに使って構わないわ。尤も、私が使っている時は来ないでしょうけど」

「……ありがとうございます」

「いいえ、借り物を汚すことも傷つける事も私の信用に関わるのだから、当然でしょう?」

 

 ケタケタと嗤う主を背に僕は真っ赤な空間から出た。しっかりと扉を閉めてから、尻餅を付いた。大きく深呼吸をして、乾いた笑いが出てしまう。

 

「どうかしたのかい?」

「腰が抜けた」

 

 少しだけキョトンとしたお燐は、何処か呆れた様な顔をして僕を笑ってくれた。そんな僕らを見ながら、十六夜咲夜は冷たい瞳を瞼に隠して、息を漏らした。




カリスマの塊、登場。後ろには完璧で瀟洒な従者が控えています。

ただし忠誠心は(ry


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20 贄とサンドウィッチ

 目を開いた先は古ぼけた表紙と金糸で編まれた様なタイトルだった。

 表題、タイトル。頭の中で文字と意味を縫い合わせて改めて形を作る。眠っていても人間は起きているらしい。意識的には眠っているのだけど、情報的には眠っていない……らしい。

 眠っていた事も眠っている事もわからない、けれど結果は得ているのだから、きっとそうなのだろう。どちらでもいい事だけれど。

 

 息を深く吸い込む。

 

 止めて、細く吐き出す。

 

 沢山の空気を肺に押し込めて、肺に留めて、排出する。

 

 慣れてしまう程繰り返した初期暗示の工程を自ら繰り返す。昔から知っている事で役に立っているといえば、この程度だろう。

 汚れる事に慣れなかった自分を無理やり納得させてしまうには、この方法が容易かった。それこそ、まるで息をするように出来るようになっていたのは両手では収まらない程の回数を重ねてからだけど。

 泣き叫ぶことを止め、白濁に汚れる事を慣れ、痛みを享受した。自己催眠で棄てた物が何かを、僕は思い出すことが出来ない。もしかしたら何も捨てていないのかもしれないし、捨てる必要すらなかったのかもしれない。

 

 ゆっくりと空気を吸い込む。

 

 血の流れを想像して、少しだけ体を意識する。

 

 胸から広がった血が、右手に。

 胸から流れた血が、左足に。

 胸から伸びた血が、左手に。

 胸から送られた血が、右足に。

 それらはゆっくりと、確かに僕の体を廻り、そしてまた胸へと還ってくる。

 

 息を吐き出した。

 

 当たり前だった世界は当たり前じゃない世界に塗りつぶされて、現実的な本は捨てられて非現実的な本が僕の手で開かれているのだ。

 

 それだけ。たった、それだけの話。

 

「あぁ、レン。起きたんだね」

「……おはよう、お燐」

「おはよう、レン」

 

 猫は僕から降りて、床で伸びをする。僕はそれを見てから、床に落ちてしまっている毛布を見つけた。

 僕の座っていた椅子の後ろに落ちている。眠ってしまった時には無かったソレは眠った後に現れたのだろう。姿だけではなくて、毛布まで突然出現させてしまう瀟洒な女性を思い浮かべてしまう。きっと合っている筈だ。

 心の中で感謝を述べてから、僕はまた大きく息をした。霞んでいた思考を整頓して、暗示の世界から戻ってくる。

 そんな僕にお燐は訝しげな視線を向けたが、僕は何も言わずに本を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、レン」

「……ん」

「お腹とか、空かないのかい?」

「……ん」

「……ほら、サンドウィッチだよ」

「……ん」

「ほら、口を開ける」

「…………お燐」

「なんだい? 邪魔、とでも言うのかい?」

「……」

「ハぁ、いいかい? 何か食べないと倒れるよ? 本の虫ですら本を食べるってのに」

「……いらない」

「ダメだって言ってるでしょうが」

 

 この薄暗い図書館でどれ程の時間が経過しているかは知らないけれど、精々一日と半日だ。別に死ぬわけでもないし、死んだところで、という話なのだ。本が読みたい。

 そんな僕の我侭をお燐は察したのか、赤い髪を乱暴に掻いて溜め息を吐き捨てた。

 

「レン、食べないって言うならあたいが食べちまうよ? あぁ、こんな美味しそうなサンドウィッチを食べれるなんて他にはないだろうねぇ」

「……そう」

 

 興味が湧かない。それこそ食べる事に関してあまり執着が無いのだ。幽香のところに居た時は食べさせられていたからであり、守矢神社では一緒の食卓を囲っていたから。昔なら食べない事もあったのだから、いつの間にかソレが普通になっていた。それだけ。

 

「…………うーん……どうしたもんかねぇ」

「……」

「こんな所にずっと居たらあのもやしみたいになっちまうよ?」

「もやし?」

 

 お燐の指差す方向には薄らと魔法で光っているパチュリー・ノーレッジが浮いている。

 

「……もやしじゃない」

「いんや、あれはもやしと言っても過言ではないね」

 

 パチュリー・ノーレッジは、人や魔法使いの領分を越えて『もやし』と成ったのか。それは後退したのだろうか、進行したのだろうか。どちらでもいい。

 

「……もやし」

「あれ? ん? なんだろう、決定的に何かを勘違いしてる気がする」

「……光を当てたら、成長」

 

 幽香の所に居た時に見た植物図鑑では大きく成長したもやしの姿が模写されていた。食卓に並ぶそれとは大きく違った姿で。

 パチュリー・ノーレッジの頭から茎が伸び、そして大きな葉を付けるのだろうか。

 

「あぁ、なんでこんな目を輝かせてるんだろうか……いつもは半分程眠ってるんじゃないかと思うぐらいに無表情で無感情なのに」

「……」

「あー、違う違う。レンの思ってる様な事にはならないよ、たぶん。いや、確実に」

「……」

兎角亀毛(とかくきもう)。無い物はないのさ、ションボリしないでおくれ」

「……うん」

「兎に角、話が変わってしまった訳だよ。外に出したい訳だ。あたいも日向ぼっこがしたい」

「…………本が」

「レンが動かないとあたいも動けないんだけどなー、日向ぼっこしたいなー」

「……」

 

 僕は少しだけ眉を寄せて、溜め息を吐いた。同時にお燐の口から『よし』という声が聞こえた。

 僕は立ち上がり、猫になったお燐を抱きしめて図書館の出口を目指す。動かない僕と違い、図書館内は移動し尽くす程歩いたであろうお燐がいるので迷うことはない。

 

 

 

 

 

 

「……」

「……あー、その、悪いね。メイド長」

「いいのよ。客人を迷わせるメイドはいないでしょ? そういう事」

 

 図書館で迷わなかった僕らは当然の様に図書館から出て、そして館内で迷った。しっかりと窓を確認しながら移動したというのに、全く出口は無かった。パチュリー・ノーレッジがこの館に何かしているのだろうか。

 そんな僕らの背後に当然の様に現れた十六夜咲夜は溜め息混じりに僕らを外へと案内した。さもソレが当然の様に。

 

「あぁ、あと、何かサンドウィッチみたいな軽食を頼んでもいいかい?」

「タマネギなら持ってきてあげるわ」

「この子が食べるんだけど?」

「では、しっかりとした物を作るとしましょう。他にご注文は?」

「紅茶を頼むよ。砂糖は一つだけ入れてもいいけれど、皮肉は入れないでおくれ」

 

 お燐の言葉にニッコリと笑んだだけの十六夜咲夜はいつの間にか消えて、お燐の溜め息がよく聞こえた。

 僕はその場に座って空を見上げる。綺麗に整頓された芝が掌に当たり心地いい。埃っぽい図書館と違い、芝の匂いが鼻腔をくすぐる。

 仄暗い図書館とは違い、太陽が眩しい。尤も、図書館も僕を照らし続けていたアレがあったので、眩しくないと言えば嘘になるのだけど。

 

 カチャリと陶器が揺れた音が鳴り、隣を見れば銀の盆に乗せられた、サンドウィッチ?と湯気を上げる紅茶がそこには置かれていた。相変わらず、いつの間にか、である。

 

「食べなよ、絶対」

 

 抱きしめているお燐の声に従う。従わなければ無理やり押し込められそうなのだ。

 サンドウィッチを掴んで、小さく食べる。美味しい……のだろうか。味覚が消えている訳ではないけれど、わからない。けれど、美味しいのだろう。目の前で物欲しそうに見ているニンゲンがいるのだから、きっとそうに違いない。

 

「…………」

「ジー……」

「…………」

「ジィ……」

 

 見られながら、というどこか慣れてしまった事をされながら一つ目を食べ終わる。しっかりと飲み込んだサンドウィッチを目の前のニンゲンは確認したのか、その視線は既に皿の上に置かれたサンドウィッチに向いている。

 

「あー、えっと、そう、(ホン)美鈴(メイリン)だ」

「ええ、私は確かに紅美鈴です」

「いや、違う自己紹介を求めてる訳じゃないんだよ。というか、門番じゃなかったのかい?」

「休憩時間です」

「門番の休憩って……つまり、あれかい? 鍵のしてない扉だね」

「門番がいないのだから、門を通る事はないでしょう。門番が倒されたら、門が開くモノです」

「そういう物なのかねぇ」

「伝統ですよ。それこそ、ソコにあるサンドウィッチみたいなモノです」

 

 そんな物なのだろうか、門番とは。いなければ、門は素通りしてしまうのではないだろうか。だって、門番がいないのだから。いや、考えるだけ意味はないだろう。

 

「で、そんな門のない門番さんは何を?」

「サンドウィッチを恵んでください!!」

 

 額を思いっきり地面に付けて彼女は言った。それこそ、寄越せでも、くれでもなくて、恵んでくださいと。思わず目を白黒させてしまった。

 四回程瞬きをして、僕はサンドウィッチに手を伸ばして、彼女に渡した。

 

「……どうぞ」

「お、おぉ……もしや、神様ではないのでしょうか」

 

 そんな事を言いながら、僕がゆっくりと咀嚼していたサンドウィッチを三口程で口の中へ消し去った。まさに、ペロリと平らげた、とでも言うのだろうか。

 お燐は呆れた様に紅美鈴に溜め息を吐いた。そして僕の方を向いてもう一度。

 

「いやぁ、助かりましたよ。ありがとうございます」

「というか、どうしてそんなにお腹が空いてるんだい?」

「昨日の朝から何も食べて無くて」

「……そう」

「あー、レン。同情してるんだろうけど、そんな事一切しなくていいからね」

「それは酷くないですか?」

「門番の仕事を全うしない門番が何を言ってるんだい。あたい達が来た時も壁に凭れて眠ってたんだろう?」

「ぐっ……どうしてそれを」

 

 図星を突かれた様に狼狽した紅美鈴を見ながらお燐は溜め息を吐いた。

 

「単なる“かま”かけだよ。かまけたのは門番のようだけど」

「ま、まぁ、睡眠も大事なのですよ。いやぁ、睡眠大好きです」

「そう。なら永遠に眠っても構わないのよ?」

 

 突然聞こえた声と紅美鈴の頭に刺さった銀色の刃先。タラリと傷口から赤い血を流し、後ろに倒れた紅美鈴。

 ナイフを投げた張本人であり、声の主は溜め息を吐き出している。

 

「まったく、客人の軽食を奪うとは何事です。アナタには紅魔館の住人としての矜持は無いのですか?」

 

 十六夜咲夜は呆れ返ったように、そして慣れたようにそう言った。ナイフが頭に刺さっている紅美鈴に向かって。

 ゾワリとした。こうして人が間近で死ぬのは二度目である。だからこそ、何処か怖くなってしまった。しまったのだけれど。

 

「あのぉ、毎回思うのですが、態々時間を止めてまで私にナイフを刺すその心は?」

「避けるでしょ? アナタ」

「そりゃぁ、ナイフ程度で死ぬ気はないですけど、痛いのは嫌ですし」

 

 ムクリと紅美鈴が起き上がる。刺さったナイフはそのままで頬を掻いて、何事も無かったかの様に、起き上がった。

 起き上がって、僕の方を見て、バツの悪そうな顔をしてから。ナイフを抜いた。そこからは溢れんばかりの血が……出ない。

 

「ふふふ、驚きましたか? こういう時の為に手品は練習しているのですよ!」

「……よかった。よかった」

「おっと、」

 

 思わず、安堵してしまった。タネも仕掛けもある手品なのだ。力の抜けた体が紅美鈴の手によって支えられる。

 

「まぁ、妖怪ですから。この程度では死にませんよ」

「事実、私よりも年上なのよ、コレ」

「あのぉ、咲夜さん? 一応、年上なんですから、コレとかソレとか、物扱いっていうのもどうかと思うんですけど?」

「年だけ重ねたんでしょ。付喪神にはいつなるのかしら?」

 

 そういってクスクスと笑う十六夜咲夜とどこか情けなくクシャリと笑っている紅美鈴。どうやらこう言う対応には慣れているらしい。

 

「ねぇ、メイド長。そろそろ図書館へ戻りたんだけど」

「そうね、コチラとしてもソレがいいと思うわ」

「?」

 

 どうしてか一人と一匹だけがわかる会話をしていて、僕は首を傾げてしまい、僕を支えていた紅美鈴は苦笑している。

 支えられたまま、僕は立ち上がり、紅美鈴の代わりにお燐に支えられる。腰が抜けた訳でないので、歩けるというのに。

 

「さぁ、戻ろうか」

「ええ、そうしましょう。それこそ気が抜けない内にね」

「?」

 

 やはりわからない会話をされて、十六夜咲夜の背中を見て、お燐に連れられた僕は強制的に足を動かされて、後ろを振り向いて紅美鈴に手を振った。

 紅美鈴は少しだけキョトンとした顔をして、僕に手を振り返してくれた。

 




・紫パチェミン
実際重くて、強い。
尤も、全て魔法の力によるものです。決して体重が重いとか、物理攻撃力が高いとか、そういうのじゃない。

・ホンミリン
ギャグキャラと言う名の真面目キャラ。お燐に引き続き、この世界での良心。


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21 贄とイモウトサマ

今更だけど、独白多いです。
エロは……添える物だと聞きました。


「あ、咲夜だ!!」

「――ッ。……これは妹様。おはようございます」

 

 十六夜咲夜が僕を庇うように背中に隠して当然の様に現れた人物に挨拶を交わした。見えないけれど聞こえる声は相応に幼くて、明るい声だった。

 おはよう、という挨拶には些か遅すぎると思う。いや、妹というモノに敬称を付けたという事は、吸血鬼の妹なのだろうか……ならば、おはようで合っているだろう。

 

「おはよう、咲夜!! あら、そっちに居るのは人間かしら?」

「……パチュリー様の御客人です」

「パチュリーの? ふぅん」

 

 フワリと飛んで僕を見つめた存在。金色の髪を短く揃え、まるで枝の様に伸びた羽に七色の宝石を付けて、僕の後ろに降り立った。僕は後ろを振り返り、しっかりと少女を見つめた。少女も少女で僕の瞳を真っ直ぐに見ている。

 

「初めまして!! わたし、フランドール・スカーレット!!」

 

 少女、フランドール・スカーレットは僕に握手を求めるように手を伸ばした。

 僕と彼女の間で止まった手を、僕は握り返す。そして僕はいつものように自己紹介を口から吐き出す。

 

「……レン」

 

 そんな僕の自己紹介に驚いたのか、それとも僕が手を握ったことに驚いたのか、ともかく、フランドール・スカーレットは驚いていた。

 何を驚く事があるのだろうか。僕自身の穢れを気づいたのだろうか。

 

「……ねぇ、レン。わたしって吸血鬼なんだよ?」

「……そう」

「簡単に今握っている手も壊せるんだよ?」

「……そう」

「怖く、ないの?」

「……怖くない」

 

 例え、目の前の少女が僕を殺せたとして、何を怖がる必要がある?必要も無い。意味もない。殺される事に躊躇は無い。

 なんせ、僕は贄となったのだ。

 僕をジッと見ていたフランドール・スカーレットは真面目だった顔をニンマリと笑顔に変えて、笑い出す。

 

「アハハハハハ、すごいね!! すごいよ。ねぇ咲夜聞いた? わたしが怖くないんだって!!」

「えぇ、聞いておりました」

「スゴイよね!! 本当にすごいよ!! わたし、もっとアナタの事が知りたいな!!」

 

 腕に抱いたお燐が思いっきり抓っている。行くな、ということなんだろう。

 僕は後ろを向いて瀟洒なメイドを見る。彼女は彼女で瞼を閉じて、ジッとしている。

 

「……大丈夫」

「あはっ、じゃぁ、夜に会おうね。咲夜に言えばわたしの部屋まで来れるから。ね、咲夜」

「……仰せのままに、妹様」

「うん。夜にまた会おうね!」

 

 そう言って、また少しだけ浮いて何処かへ向かったフランドール・スカーレット。僕の胸元では既に聞きなれてしまったため息が聞こえた。

 

「レン。あたいだってアンタを守りたいんだ。でもね、易々と危険に突っ込む人間をどう守れってんだい」

「…………」

 

 僕は応えずにお燐の頭を撫でた。きっと、僕の持つ答えはお燐を困らせるから。お燐は誤魔化したのがわかっているのか、また呆れた様に溜め息を吐きだした。

 

 ねぇ、お燐。守られる存在に狙われてる僕は、どこへ行けばいいんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吸血鬼は流水を苦手としているらしい。

 けれどもお風呂はある不思議。紅魔館の前に湖もあるのだから、この程度は流水には当てはまらないのだろうか。

 

「ふぅ……」

 

 吐いた息が湯船の湯気を揺らした。その湯気を追えば綺麗に光る月が見える。風情がある、といえばいいのだろうか。

 まるでニンゲンの嗤い口の様に細く長い月。やや赤く染まったソレが余計にそう見えるのだろう。

 

 紅魔館に来て二日。本を読む事しかしなかった僕。知った事は様々だ。魔法の事、魔術の事、寓話、逸話、幻想話、冒険譚。読んでも読んでもキリが無い空間。文字の濁流が僕の頭の中を占領し、今は整頓されて落ち着いている。

 ニンゲンが贄を捧げる。その行為に関して言及している書物は無かった。贄、という呼び名が《器》に変わっていた、という事は何かしらがあるのだろう。あるいは贄の能力……人外にとって有益過ぎる能力の入れ物、故に《器》なのだろうか。

 

 湯気を吸い込んで、頭までしっかりと湯船に沈める。

 顔に熱湯を感じながら、力をゆっくりと抜けば、目の前には赤色に嗤う月が見える。

 色々と思考した所で、わからないのだ。本に答えが載っている、という事も無いだろう。載っていたとしても答えでは無いのかもしれない。

 瞼を閉じて赤い月を隠した。耳の中に水が入り、篭った音を鳴らす。呼吸を一定にして、頭の中を消していく。実に、ニンゲンらしい。反吐の出る思考だった。

 僕が何であれ、僕は僕なのだ。穢れと言われようが、餌と呼ばれようが、贄と諭されようが、器と称されようが。全ては一緒だ……変われない。

 

「あら?」

 

 不意に聞こえた声に反応して「ざばり」と水音を立てて半身を起こして後ろを確認した。咄嗟に髪紐をしているか確認していた左手はご愛嬌である。

 湯気で視界が遮られていたけれど、目を凝らせばそこに十六夜咲夜がいた。タオルを前に掛けた彼女が僕を見て少しだけ微笑む。

 

「あぁ、よかった。いたのね」

 

 どうやら湯船に浮いていた僕を見つけられなかったらしい。咄嗟に出てくる彼女にしては珍しく、しっかりと歩いて湯船に寄ってくる。

 

「湯加減はどう?」

「……いい」

「そう、それは上々。体を洗うからコチラへ来なさいな」

「……洗った」

「メイドの仕事をとるのかしら?」

「…………」

「あぁ、ご主人様に怒られるかもしれないわ、どうしましょう」

 

 わざとらしくそう言った十六夜咲夜は僕をチラチラと確認している。おそらく主に言われたのも本当だろう。

 脱衣所前にお燐が待機している筈なので、おそらく安全だと思う。ニンゲンらしい彼女が僕を襲って得をするとも思えない。

 思いたくないだけかもしれない。

 

 

 

 

「洗うわよ」

 

 まるで言い聞かせるように後ろから言葉が聞こえた。

 石鹸を溶かした様な白すぎる液体が僕に擦り付けられる。十六夜咲夜の手でソレが広げられ、背中に手が這う。

 事務的な手付きを感じながら、心地いいと感じてしまう僕がソコにはいた。

 背中を擦っていた手は右手を伝い、しっかりと指の間まで洗われていく。

 

「どうして妹様の願いを聞いたのかしら?」

「……どうして?」

「はっきり言って、正気の沙汰とは思えないから。貴方を殺す程度はそれこそ瞬きをする程容易い事なのよ?」

「……そう」

「そう、って」

「……意味がない」

 

 十六夜咲夜が二の句を告げる前に封殺する。

 意味がない。僕が殺されようが、僕が生きようが。僕でさえ興味が無い事なのだから、誰かに興味があったところで意味がない。

 十六夜咲夜はどうしてか溜め息を吐いて、僕の胸部に手を這わせた。白く粘り気のある何かを塗りたくられる。

 

「どうして、という問いが間違いだったわ」

「…………」

「アナタはどうしたいの?」

「……」

 

 抱きつくように、柔らかい感触が背中に当たり、彼女の手が腹部を這う。

 どうしたい?僕が?何をしたいか。

 英雄の様に誰かを救いたい訳じゃない。王様の様に守るべき民がいるわけでもない。騎士様の様に守るべき物もなければ、お姫様の様に守られるべき存在でもない。

 僕は、十六夜咲夜の問いに応える事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう? それともこんにちはかな? 本当に来たんだね!」

「…………こんばんは」

 

 いつもとは違い、十六夜咲夜に渡された黒い服を着用している僕は一礼して顔を上げる。目の前、それこそ鼻が付きそうな程近くに深く紅い瞳が僕の顔を写していた。

 フランドール・スカーレットはニパッと歯を見せて笑いながら僕の周りをくるりと一周した。

 

「お昼と着てる服が違うのね!」

「……十六夜咲夜が選んだ」

「そうなんだ!! 似合ってるよ」

「……」

 

 ふわりとしたスカートの裾を少しだけ持ち上げて、下ろす。長い丈のスカートは僕の足を隠しながら広がった。

 メイド服しかない、と言われたのでエプロンドレスだけを省いて着ているのだけど、中々動きやすい。

 

「さぁ、アナタの事を聴かせてよ。とても楽しみなんだ!!」

 

 僕の事。色々と自分の昔を思い出して、考えるのをやめた。死体、というべきか死に体の時の話はしなくてもいいだろう。僕も語りたくないし、語ったところで変わらない。

 僕が生きた日を、そのきっかけになった出来事から、僕を辿ればいい。つまり、始まりは必然的にあの口上になるのだ。

 

「…………『その洞窟には入ってはならない。――」

 

 

 

 

 

~~

 

 目の前で当然の様に自分を語っていく男の子。

 贄、と呼ばれる様になり、人間でありながら妖怪に好かれ、そして人間に嫌われる。

 朗々と、淡々と話す彼はまるで本を読んでいる様に、無感情に、無表情で自分の話をしているのだ。

 

 ヒトに石をぶつけられた話。

 ヒトに蔑まれた話。

 

 やっぱり、と言うのも可笑しな話だけれど、彼は壊れていた。きっと、壊れたのは最近の出来事では無くて、元から壊れていた。

 咲夜でさえ、わたしを見て息を飲んでるというのに、彼はまるでガラス玉の様な、感情の篭らない瞳でコチラを見ていた。

 自分が殺されるかもしれないのに。

 

「レンはさ、ニンゲンを恨んでないの?」

「……恨んでない」

「どうして? そんな事されてるのに、どうして恨まないの?」

「……仕方ない事」

「仕方ない? 何が仕方ないの? そんなくだらない理由で、自分を侮蔑した存在を許すって言うのッ!?」

 

 思わず語尾が荒くなってしまう。

 彼の肩を掴んだ手に力が入る。彼の膝下で撫でられていた黒猫が一度だけ鳴いた。

 

「……許せるなら、許す」

「許せるかどうかは、アナタが決めることじゃないのっ!?」

「…………」

 

 私は、許せなかった。

 495年、正確には一日だけでも、監禁という手段を選んだお姉様を許すことは無いだろう。許せる筈が無い。お姉様だって、許されるとは思っていない筈だ。

 だって、わたしは長い間孤独だったのだ。たった一人で、独りだったのだ。そんな事、許せる筈がない。

 

「許す」

 

 彼は感情の篭ってない澄んだ黒色の瞳に私を写しこんで応えた。散々、自分を蔑んで、嫌った相手を、許すと言ったのだ。

 私は歯を軋ませた。

 

「じゃあ…………いま、わたしがあなたをコロシてもイイんだヨネ?」

 

 わたしは大きく口を開けて彼の首元に齧り付く。牙を立て、血管を食い破る。

 わたしの下、丁度彼の膝下にいた猫が騒がしい。関係無い。

 彼から溢れ出る血液。今まで食べた何よりも美味しいと思う血。

 もっと欲しい。

 

 もっと、もっともっと。

 

 騒いでいた猫が突然黙りこんだ。音の無い部屋で、わたしが彼の首元に吸い付く音だけが聞こえる。

 彼の手がわたしの頭を撫でた。

 彼の腕がわたしを優しく抱え込んだ。

 わたしと同じぐらいの背丈だと言うのに、まるでわたしを安心させるように、頭を何度も撫でる。

 

「……大丈夫、大丈夫」

 

 静かに彼は呟いた。何度も呟いて、何度もわたしの頭を撫でる。

 

「……すー………はー……」

 

 彼の呼吸が聞こえる。深い呼吸だ。大きく吸い込んで、ゆっくり吐き出す。何度も聞いている呼吸音とわたしの呼吸が重なっていく。

 彼が吸えば、わたしも吸い込み。彼が吐き出せば、わたしも吐き出す。

 彼が吸い、わたしも吸い込み、彼が吐き、わたしも吐き出す。

 彼とわたしが吸い込み、彼とわたしが吐きだした。

 クラクラする頭。けれど呼吸だけは彼に合わせていた。

 

「……ゆっくり、落ち着いていく」

 

 レンの言葉がわたしの耳朶をくすぐる。

 荒んでいた心が、一段落という風に、ゆっくりと落ち着いていく。

 

「……大丈夫、だいじょうぶ」

 

 また彼が呟いた。

 きっと、彼がいうのだから、大丈夫なのだろう。呼吸が深くなり、微睡みにも似た、ボヤけた思考がわたしを占領する。

 

「…………」

 

 いつの間にか彼が喋らなくなり、わたしを抱いていた腕が痙攣を起こしている。

 パチンッ、と何かが弾けた音が鳴り、わたしの意識がクリアになった。

 

 同時に、彼の腕が垂れ下がり、彼がわたしにもたれ掛かる。咄嗟にわたしは彼を支えて、首元から口を離した。タラリと垂れた血と、テラテラとわたしの唾液で光る首元。

 ビクビクと痙攣する彼を見て、慌てる。どうしよう、どうしよう!?

 

「ハぁ……酷いありさまだねぇ」

「ふみゃッ!?」

「吸血鬼がそんな声だしていいのかい。まぁいいんだろうけど」

 

 呆れた様に声を出したのは、彼に撫でられていた黒猫だった。二又の尾を揺らし、溜め息を吐いている。

 

「手を出すな、なんて言われた時はどうしようと思ったけど……ハぁ、どうしようかねぇ」

「ね、猫さんッ!! レンが死んじゃう!!」

「あぁ、きっと犯人は幼い吸血鬼だろうね。間違いないよ」

「も、目撃者を消さないと!!」

「いや、その理屈はおかしい。というか、やめておくれ」

 

 一歩だけ後退った猫はまた溜め息を吐いた。

 息の荒い彼を抱えながら、わたしは迷う。もしかしたら、嫌われたかもしれない。きっと嫌ってしまっただろう。

 だったら、いっその事。

 

「レンをベッドに寝かしておやり」

「……うん」

「まぁ、その、なんだ。きっと大丈夫だよ。目が覚めたら謝ればいいさ。許してもらえるさ」

「そう、だよね? ……うん」

 

 わたしはレンをベッドに横たえて、少しだけ青くなった顔を見る。瞼が揺れ、薄らと瞳が見える。

 

「……ぅ……」

「起きた?」

「いんや、まだ意識が朦朧としてるとは思うよ」

 

 潤んだ瞳を動かして、わたしを見て止まる。しっかりとわたしを見つめた黒い瞳。震える手をわたしの頬に当てて、彼は微笑んだ。

 ちょっとだけわたしの頬を撫でた手は、また力が抜けて、ベッドへと落ちた。

 わたしと猫は顔を見合わせてキョトンとしてしまう。

 猫は溜め息を吐き出して、わたしは思わず笑ってしまった。

 

「ハぁ……メイド長を呼んでくるよ」

「うん、わたしはレンを見てる」

「そうしておくれ。一応言うんだけど」

「大丈夫。血は吸わないし、壊したりもしない」

「……ならいいか」

 

 猫はするりと扉を抜けて、わたしの部屋にはレンとわたしだけになった。

 わたしはレンの手を握りしめて、一言だけ、ごめんなさいと呟いた。

 

 

 

~~



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22 魔法使いとニンギョウ

213/07/03誤字訂正
中華料理→韓国料理
報告感謝です。

七色の人形遣いはまだ出てこない。

グロ注意



と入れるのを忘れていましたごめんなさい。許してください。なんでもry


 雨だった。確かに、その日は雨だった。

 頭を打つ雫も、頬に流れる熱い水滴も、しっかりと覚えている。

 膝を着いて、綺麗な着物を泥で汚して、空に向かって叫んでいた。

 意味も無く、意図も無く、ただただ叫んでいただけなのだ。

 

 目の前には、凡そ何か解らない物体達。

 けれど、僕にはわかってしまった。僕だからわかってしまった。

 頭を撫でてくれた手が。左手に簡素な指輪をしていた手が。ただ直感的に、頭の中に叩きつけられた。

 

 顔が潰されていても。

 僕の着物と似たような着物を着た女性が裸に剥かれてようと。

 ソレに寄り添うグチャグチャになった赤黒い何かがあろうとも。

 女性の脚がもがれてようが。

 まるで当て付けの様に、二人分の左手がそこに転がっていて、同じ指輪をしていたのだから。

 

 僕を打ち付けていた雨が止んだ。

 番傘を持ったあの人が居た。

 あの日から、僕は変わった…………。

 

 

 いや、変わらざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開いた。

 目の前には真っ赤な瞳が覗いていて、幼くも端整な顔がそこにあった。

 しっかりと僕を映していた瞳は彼女がニパッと笑うと同時に瞼で僕を消した。

 

「おはよう、レン」

「……おはよう、フランドール」

「フランでいいよ?」

「…………おはよう、フラン」

「うん。ごめんね」

 

 謝られた。朦朧とした頭を動かして理由を探るけれど、見つからない。僕はわからないけれど、フランの謝罪を受け取った。

 僕が何も答えなかったからだろうか、フランは次第に泣きそうな顔になっていく。かと言って、僕は何かを応えれる訳でもない。

 誤魔化すように、彼女の頬を撫でて、『むにぃ』と抓ってみた。おかしな顔だった。

 

レン(ふぇん)?」

「………………ふふ」

 

 思わず出てしまった笑いを隠す事も出来ず、僕は口を抑えてそっぽを向くことにする。フランに背を向ける形で体を動かせば、お燐が居た。その横に十六夜咲夜が控えていた。

 お燐は溜め息を吐き出して、十六夜咲夜は鼻血を出していた。いや、出していなかった。見間違いのようだ。

 

「レン……何かいう言葉はあるかい?」

「…………おはよう?」

「あぁ、おはよう。……ハぁ、自覚は無しかい」

「?」

「いんや、いいよ。わかってた事だし。いや、わからない事なんだけどさ」

 

 少し怒っていたらしいお燐は溜め息を吐き出した。怒っていた顔は今は呆れで染められている。

 半身を上げて、伸びをする。少しだけ痛む首筋に手をやれば包帯が巻かれていた。どうやら処置は終わっているようだ。

 

「いたい……?」

「痛くない」

 

 フランが心配そうな声を出して僕に聞いた。僕は当然の様に応えた。当然なのだから、応えた。

 フランはどうしてか視線を下に向けて、僕の顔を見ようともしない。そんなフランの頬に手を添えて、顔を上げる。

 

「レン?」

「…………」

 

 僕は何も言わずに、ただ彼女の顔を持ち上げた。

 頬を撫でて、また『むにぃ』とフランの頬を抓った。今度は両方である。

 次は、笑わなかった。笑わずに、ただ微笑みを貼り付けた。笑いを堪えていたと言えば、それまでである。

 

「…………大丈夫」

 

 そう、一言だけ呟く。

 フランは泣きそうな顔を、僕が抓ってすこし可笑しな事になっている顔を、笑みに塗り替えた。

 

「ありがとう……レン」

 

 まるで太陽の様に明るい笑顔で、彼女はそう言った。もちろん、皮肉ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が朝へと変わり、眠そうなフランは当然の様に僕を抱き枕に所望した。僕は当然了承したのだけれど、十六夜咲夜がソレを止めていた。僕はお燐に止められていた。

 フランに言い聞かせるように説得をする十六夜咲夜と溜め息混じりに僕を正座させて説教をするお燐。

 僕とフランは目を合わせて、思わず苦笑してしまった。

 

 ともあれ、フランは一人で寝る事を了承して、僕はフランの部屋から出る事を強制された。

 そして、どうしてだか興奮していた十六夜咲夜に連れられて、僕は図書館に戻ってきた。図書館に入る時に十六夜咲夜が親指を立ち上げて拳を握っていた事以外はオカシナ事は無かった。

 

「あら、生きていたのね」

 

 随分な挨拶で図書館の主は僕を歓迎してくれた。ふわふわと中空に腰掛けたパチュリー・ノーレッジこと『もやし』。フランと話している時に『もやし』の事を話すと思いっきり笑われて、お燐の頬が引き攣いっていた。

 ゲラゲラと笑うフランはベッドを叩いて、お燐は改めて僕に

「本人の目の前でその発言をするんじゃないよ」

 と言いつけた。結構目が真剣だった。

 

「どうかしたかしら?」

「…………」

 

 僕は首を横に振って、お燐は安堵か何かの息を吐きだした。

 僕は数時間前まで居た場所に戻ろうと足を向ける。

 

「あぁ、待ちなさいな」

 

 と、二歩程進んだところで、『もやし』に僕の足は止められた。ふわりと僕の後ろから僕の前に飛んで移動した彼女は視線をようやく本から僕に向けた。

 

「今日は私の客人が来てしまうの」

「…………」

「歓迎はしてないのだけど、来てしまうものは仕方ないわ」

 

 と、溜め息。面倒そうな言い回しだけれど、本当に面倒では無いらしく、少しだけ楽しみにしているのだろう。

 

「だから、今日だけは少し奥に居てほしいのよ」

「……わかった」

「助かるわ。道案内は……猫が出来るわね」

「まぁ、飽きるほど歩いているからねぇ」

「読む事に飽きなければ大丈夫よ」

「なら私は一生大丈夫にさえ至れないね」

 

 猫は欠伸をしながらそう言った。その言葉に肩を竦めた魔女は溜め息を吐いて、僕に一冊の本を渡す。

 中空を移動した本は僕の目の前で止まり、ゆっくりと僕の手に収まった。

 

「…………?」

「贄……私達の言い方では器に関して書かれた本よ」

「…………そう」

「探していたんでしょう?」

「…………」

 

 僕は答えずに、本を近くの机に置いた。

 パチュリー・ノーレッジの言葉通り、正しくソレを探していた、という話だ。今は読む事はしない。

 贄の在り方なんて、つい先ほど体験したばかりなのだから、ソレでいいのだ。僕にとって、僕はそれだけでしかない。

 踵を返して、僕はお燐と一緒に図書館の奥へと向かう。仄暗い世界と埃まみれの空気が僕を飲み込んでいく。

 

「いいのかい? アレを読まなくて」

「…………いい」

「そうかい。なら何も言わないさ」

 

 隣に歩くお燐はいつもの様に溜め息を吐くことは無かった。代わりに僕の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くで爆発音が聞こえて目を覚ます。

 積み上げた本が僕が起きる事で崩れ、僕を中心にして広がった。

 寝ぼけた視界と相変わらず明るい光源。その下でお燐が歩いて寄る。

 

「あぁ、目が覚めたのかい」

「……ん」

霧雨(キリサメ)魔理沙(マリサ)が来てるようだから、ジッとしてるんだよ?」

「…………」

 

 霧雨魔理沙。文曰く、普通の魔法使いで異変の解決者の一人であるらしい。尤も文は彼女の事を『野次馬根性の強い魔法使い』とも愚痴っていたけれど。

 お燐の言葉に頷いて、僕は崩れていた本を一冊取り、また本を読み始める。

 そんな僕を見て、安心したのか、それとも呆れたのか、やはりお燐は溜め息を吐き出して爆発音のする方へと向かった。

 

 

 

 お燐曰く、僕は突然眠ってしまうらしい。そして眠れば何をしても起きないらしい。それこそ、指を噛んでも起きなかったと言われた。

 本で得た知識を噛み砕く作業に必死で眠るのだろう、と『もやし』に言われ、お燐は何処か納得していた。

 僕にとっては眠っている時間の話なので、至極どうでもいい話だった。

 

 僕は思わず溜め息を吐きだした。それはもう、お燐の様に呆れてモノも言えない、という風に吐きだした。

 

 目が覚めた時に最初に見たのは、よくわからない部屋の中だった。寝呆けた眼を擦りながら、周りを見渡す。

 本棚に溢れた本。床に積み上げられた本と、フラスコ?そして、色とりどりのキノコ。ツバが広く黒い三角帽子。使い古した箒。

 ガチャガチャと何かを探る音がして、その音の方を向けば白黒の服を着たニンゲンが居た。金色の髪を垂れ下げて、何かに気がついた様にコチラを振り返った。

 目が合う。

 数秒固まったようにコチラを見たニンゲンはニパッと屈託のない笑顔をコチラに向けた。

 

「おぉ、生きてたんだぜ」

 

 全く動かないから、人形かと思った。と付け加えられたその言葉に僕はどうすることも出来なかった。

 そんな僕は当然のように放置して、彼女は当たり前のように名乗った。

 

「私の名前は霧雨魔理沙。見ての通り、普通の魔法使いだぜ」

「……レン」

 

 反射的に名乗った僕を見て、霧雨魔理沙はやはりニパッと笑いながら僕を見続けた。

 

「いやぁ、埃臭い所で横たわってる人形があったら持って帰ったら人間とは驚いたんだぜ……」

「…………本」

「ん? あぁ、パチュリーのとこから借りてるんだぜ」

「……借りてる?」

「一生借りてるだけだぜ」

 

 あそこは貸出もしているのか、と思った後に思考を否定した。それは借りる、という動作ではない。盗むという行為だ。いや、一生を終えて返すのだから、借りるで合っているのだろうか。

 どうでもいい。

 

「しっかし、困ったな……パチュリーのモノを盗んじまったぜ」

「…………本は?」

「本は借りてるだけだぜ?」

「…………そう」

 

 僕は言及するのを諦めた。

 そんな僕を見て、少しだけ眉間を寄せた霧雨魔理沙は、あぁそうだ。と何か思いついたように拳を手のひらに置いた。

 

「こういう時は霊夢(レイム)の所に行けば解決するんだぜ」

「…………れいむ……はくれい、れいむ?」

「そう、知ってるのか? ならやっぱり霊夢のところだぜ!」

 

 掛けてあった三角帽をひったくる様に掴み、右手に箒、左手に僕の腕を掴んで外へと出た霧雨魔理沙。

 扉を出た先は、鬱蒼と生い茂った森の中で、ぽっかりと家の周りだけ木が生えてなかった。

 箒に跨り、三角帽を被り直した彼女を見て、思わず「おぉ」と声を出してしまう。図書館で読んだ魔女そのものだったからだ。

 そんな声を聞いて魔法使いは得意げな顔をして、ニッと歯を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

 上空。空。風が当たるのを感じながら、飛翔する。

 三日、そう、三日だ。非常に長くツライ三日を過ごした。この三日を私は忘れる事は無いだろう。

 

 すっかりレンさんを抱きしめて眠る事に慣れてしまった私は一日目にして枕を涙で濡らした。二日目にはレンさんの服を枕にする事を学び、目が覚めると虚無感と罪悪感を得た。

 別に、罪悪感を得た理由が、レンさんの匂いを“使ってしまった”から、という理由では無い。決して、断じて、私はそんな事はしていない。こう、あれだ、手が勝手に私を慰めてしまったのだ。

 “どうしてだか濡れてしまっていた”レンさんの着流しと同じく“どうしてだか濡れてしまった”自身のショーツを洗った、なんて事実は無い。神奈子様に見られて溜め息を吐かれたなんて事も一切無かった。私の記憶ではそうなっている。

 

 そんな、在った現実を非常にリアリティのある想像に置き換えて、我慢していた感情を発散する為に私は飛んでいる。ただ、抱きしめたい。肺一杯に彼の匂いを取り込んで、眠りたい。

 きっと彼には安眠作用があるのだ。まさに安眠枕。一家に一台。いや、守矢神社だけにあればいい。

 

 実際は夕方辺りに迎えに行くつもりだったのだけど、はやる気持ちを抑えられずに私は紅魔館へと到着した。

 太陽は真上に位置している。

 

「こんにちはー、レンさんを迎えに来ました」

「あ……東風谷さん……あー、えっとですね」

「?」

 

 心底困ったように美鈴さんが髪を掻いている。私は小首を傾げて、何があったのか言うのを待つ。

 

「いいですか、落ち着いて聞いてください」

「なんですか? 勿体ぶって……まさか、告は」

「レンさんが攫われました」

 

 私の思考が止まった。同時に泣きながら何者かに攫われるレンさんを想像して、とりあえずお姫様のような格好をさせた。悪役は便宜上、韓国料理の名前をした亀でいい。

 そんな亀に攫われたお姫様ことレンさんが泣きながら私を呼んでいた。きっとその先ではドレスを破られたレンさんが触手とか亀とかに犯されてしまうのだろう。

 うん、いいかもしれない。

 いやいや、何を考えている東風谷早苗。しっかり犯されたレンさんを助け出し、そして私に甘えてくるレンさんを想像するのだ。

 うん、最高だ。

 

「あの、東風谷さん?」

「はっ!? …………いえ、で、えーっと、亀に攫われたんですか?」

「かめ?」

「いえ、コチラの話です」

 

 危ない危ない。これではまるで私が危ない人みたいではないか。私は至って健全である。

 ようやく冷静で緻密に計算された愚かな妄想から帰ってきた私の思考が、今の状況を頑張って理解した。

 

「レンさんが触られたって……まぁ確かにあのお尻は非常に触り心地がいいですから」

「触られたんじゃなくて、攫われたんだよ」

「あ、お燐さん」

「スマナイね、本当に」

 

 お燐さんは頭を下げて私に謝る。そこでようやく現実を受け入れてなかった頭が冷静に現実を受け止めた。

 

「……誰に攫われた、とかは?」

「霧雨魔理沙に」

「魔理沙さんですか……うーん、お燐さんはとりあえず神奈子様達に報告だけしてください。たぶん夕方には戻れると思いますから」

「大丈夫なのかい?」

「大丈夫ですよ。侵入者を軽々と通す門番じゃないんですから」

「ぐっ……心が痛い」

「早苗……えっと、怒ってる?」

「オコッテナンカナイデスヨー、ヤダナー」

「ウン! イソイデ神様タチニ伝エテクルヨ!!」

 

 お燐さんはいつもよりも三割増で空を飛んでいった。私は笑顔だ。

 どうしてか胸を抑えた美鈴さんに一度だけ会釈をして私はふわりと宙へと舞い上がる。

 

 どうして彼はこれ程厄介事、というべきか何処かへ行ってしまうのだろう。いっその事、首輪でもしてしまおうか……。

 

 いや、待て、首輪をするのなら犬耳も必要だろう。もちろん、垂れ耳である。そしてフサフサの尻尾も付けてしまうおう。あとは……そう、執事服だ。いやいや、違う。メイドかメイドなのだろうか。いっそ裸でも……いいや違う裸は確実に違う。

 まずは落ち着いて考えるんだ東風谷早苗。レンさんが和装以外を着るかどうかだ。いっそ和装のままでいいかもしれない。犬耳巫女か……。

 

「ふむ……よし」

 

 私は何かを決心して、おそらく誘拐犯がいるだろう場所に向かう。返す、という事はしないだろうし、私自身の用事も今しがた出来た。

 やはり、袴の色は青よりも赤の犬耳巫女が見たいのだ。

 

~~




美鈴「魔理沙さんは大変なモノを盗んで行きました……」
早苗「……」
美鈴「アナタの、妹です」
早苗「……はい!」
お燐「おい」


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23 センベイと紅白巫女

何かと言って更新を遅らせたけれども、やはり改善は出来なかったです。
もうこのままでいいんじゃないかな、とか諦め気味なのは作者だけの秘密です。


「おーい、れいむー!!」

「……」

 

 箒から降りて石畳を歩く。この服と一緒に借りた革製の靴で石畳を叩く。コツコツとした音と霧雨魔理沙の声が大きく境内に響いた。

 

 

「ったく、またサボってるのか?」

「…………また?」

「いつもの事なんだぜ」

 

 まるで悪戯をしたようにクックッと笑う霧雨魔理沙。そんな霧雨魔理沙は立ち止まり、箒をクルリと回して肩に乗せた。

 

「な、霊夢」

「サボってないわ。仕事がないだけ」

「そんなんだから文屋に貧乏巫女とか書かれるんだぜ」

「その文屋から聞いた話だと白黒魔法使いがネタを流したそうだけど?」

「見て分かる事はネタとは言わないんだぜ」

 

 目の前に気怠そうな雰囲気を隠すこともせず、紅白の巫女服を着た、黒髪の女の子がのっそりと現れた。

 話を聞く限りは、彼女が博麗霊夢なのだろう。そんな彼女は霧雨魔理沙からその隣にいた僕へと視線をズラした。

 

「……で、窃盗犯が誘拐犯にいつ変わったの?」

「おいおい冗談きついぜ。パチュリーの所にあった人形っぽい人間だぜ」

「それは、また随分精巧な人間ね。拾った所に返しなさい」

「まぁ落ち着けよ、霊夢。私だってまさか誘拐だなんて思わなかったんだぜ」

「ウチの神社は託児所じゃないの。さっさと返してこい」

「…………」

 

 そんな意味もない言い合いを眺めていると、博麗霊夢の視線がコチラにもう一度向いて、溜め息を吐いた。至極面倒そうに、頭を少しだけ掻いてから、もう一度溜め息。

 

「紫モヤシの子……ねぇ」

「ん?何か違うのか?」

「いいえ……というか、戻せる場所がわかってるんだから、戻しなさいよ」

「だってコッチの方が面白そうだろ?」

「面白そう、って感情で厄介事に巻き込まれるのは嫌よ」

「それと」

「それと?」

 

 霧雨魔理沙が少しだけ言い淀んで、三角帽の上から頭を掻く。博麗霊夢は眉間を寄せ、霧雨魔理沙の言葉を待つ。

 

「なんて言うか。コイツはあそこに在っちゃいけない気がしたんだよ」

「…………何よ、その理由」

「直感だから私にもさっぱりわからないんだぜ」

「……あっそ。人形だと思われたり、在ってはいけないと思われたり、随分と面倒そうねアナタ」

 

 細められた瞳が僕を射抜く。正確には、僕の少し上を見ていた。

 細めた瞳は直ぐに気怠そうな瞳に戻り、溜め息を吐いた。

 

「まぁいいわ。どうせ咲夜か誰かが来るでしょうから、それまでゆっくりしてなさい」

「……ん」

「こういう時はありがとう、って言うのよ」

「……ありが、とう」

「ええ、それでいいわ」

「さっすが霊夢だぜ」

「魔理沙。あんたは帰れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、霊夢も頑固なやつなんだぜ」

「…………」

「うっさいわね。あんたに出すお茶菓子は無いわよ」

「お茶ぐらい淹れてくれるだろ?」

「自分でどうぞ」

 

 僕の隣に置かれた湯呑から立ち上る湯気。中には緑色に濁ったお茶が入っている。縁側に座った僕は、守矢神社の時の様に空を見つめてお茶を飲み込む。熱いお茶が喉を通り胃に落ちた。

 帰れ、と言われながらも縁側にどっしり腰掛けた霧雨魔理沙を見ながら、帰れと言った本人である博麗霊夢は結局霧雨魔理沙を受け入れている。

 無作法とも呼ぶべき霧雨魔理沙の所業に何も言わない辺り、二人の付き合いの長さか深さを伺える。長さか深さを曖昧にしている時点で知りもしないのだが。

 

「それにしても、お前は無口だな」

「…………」

「魔理沙、本人を前にソレを言うのはいけないわ」

「居ない所で言うよりはいいだろ?」

「そもそも、言うなという話」

「次からはそうするぜ」

 

 悪びれも無く放った霧雨魔理沙の言葉に博麗霊夢が溜め息を吐いた。無口と呼ばれた僕はその名に相応しく沈黙を守っている。

 

「あとは、アレだ。表情が少ない」

「魔理沙」

「次に会う時、今は次じゃないんだぜ」

「…………はぁ」

 

 どうやら博麗霊夢でも霧雨魔理沙を止める事は出来ないようだ。もしくは止める気がないのか。表情が少ないと呼ばれた僕は、その仏頂面を顔に貼り付けてお茶を啜った。

 そんな僕の様子にしびれを切らしたのか霧雨魔理沙は僕に手を伸ばし、頬をそれ程痛くもせずに抓りあげた。

 

「こういう時は表情筋をマッサージすればいいんだぜ」

「その情報誰に聞いたのよ」

「紫」

「よし、今すぐやめてあげなさい」

「待てよ、ちゃんと実験もしたんだぜ?」

「誰で実験したのよ……」

「チルノ」

「あの氷妖精は表情しかないでしょ」

「でも抓ったら表情豊かになったぜ?」

「怒ってるって言うのよ。ソレ」

 

 霧雨魔理沙の腕を呆れながら見ている博麗霊夢がまた溜め息を吐きだした。面倒そうにお茶を啜り、お煎餅を噛み砕いた。

 

「じゃぁ、あれだ。髪を切ればいいんだぜ」

「失恋した訳じゃないのよ」

「あとは……髪型を変えるとか?」

 

 霧雨魔理沙の手が僕の頭に向かい、髪紐を目指した。一瞬の間が僕の中に生まれ、その生まれた間でお煎餅の欠片が霧雨魔理沙の腕に当たった。

 イテッ、という声と共に床板に落ちた欠片。ソレを投げたであろう博麗霊夢は霧雨魔理沙を睨んでいる。

 

「魔理沙、いい加減にしなさいよ」

「おいおい、何を怒ってるんだぜ?」

「……お煎餅を無駄にしたじゃない」

「お前が投げたのが原因だろ……」

 

 と目を細めて唇を尖らせた霧雨魔理沙。そんな抗議も物ともせずに博麗霊夢は新しくお煎餅を齧りだす。

 霧雨魔理沙は顎に手を当てて、おぉ、っと何かを思いついた様に掌に拳を置いた。

 

「こういう時は弾幕だぜ」

「…………だん、まく?」

「アッと驚く、素敵弾幕だぜ」

「魔理沙、境内に被害があったら」

「大丈夫だぜ。何かあれば全力で帰るから」

「帰すわけないでしょ」

「帰れって言ったり、帰すわけないって言ったり、忙しいヤツだぜ」

 

 霧雨魔理沙はやれやれ、と肩を竦めてそう言いながら、箒に跨り空へと浮かぶ。次の瞬間、彼女の手から色取り取りの星が溢れ出た。空が星に覆い尽くされ、箒の軌跡が光、そして星が舞い落ちた。

 空いてしまった口が塞がらない。

 

「……綺麗」

 

 思わず出てしまった言葉と、伸ばした手を止める人間は何処にも居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

「居た!!」

 

 飛ぶスピードを上げて私は博麗神社へと降り立った。遠くの方から魔理沙さんの弾幕が見えたから余計に急いだ訳だが。

 

「――え?」

「ん、おぉ、早苗じゃんか。どうかしたのか?」

「いえ、少し待ってください」

「どうしたのよ、上から降りてきて上を向くなんて」

 

 どうして、どうしてレンさんがメイド服を着ているんですか!! ソレにどうしてかテンションが高いのか目が輝かしいレンさん。思わず鼻から吹き出た……そう、家族愛。その家族愛を見せない様に後ろを向いて、顔を上に向ける。喉の奥に鉄の味が広がった。

 慣れていると思っていたけれど、ダメだ。和装から洋装になるだけで人は変わるモノなんだなぁ。とか冷静に考えれる程落ち着いてからもう一度レンさんの方を向く。

 エプロンのない黒色のメイド服。丈の長いスカート。素晴らしい。エクセレンと。つい先程まで理想と妄想の狭間で揺れていた姿がソコには在った!!

 

「さぁ! レンさん! 今こそ犬耳カチューシャをつペッ!?」

「霊夢、スマン。よくわからないけど、これ以上はいけないと思ったんだぜ」

「奇遇ね。私もそう思ったところよ」

「…………」

 

 どうやって飛ばしたのか、煎餅が二枚コチラに飛んできて私に当たった。それも面が顔に当たった。本当にどうやって投げたんだろう。

 少し痛くなった鼻を撫でながらどうにか思わず苦笑する。霊夢さんとレンさんがジト目でこっちを見ている。

 

「で、どうして早苗がくるんだ?」

「どうしてって、レンさんがウチの子だからに決まってるじゃないですか!」

「ん? パチュリーの所じゃないのか?」

「紅魔館にはお泊りで行ってただけです」

「こんな子供を紅魔館へ泊めるだなんて、山の神は何をしてるのよ」

 

 溜め息を吐いた霊夢さんは視線を強くして私を睨む。その睨みも直ぐに解けて、霊夢さんはもう一度溜め息を吐いた。

 私としても行かせたくはなかった。当然危険もある。けれど、可愛い姿で猫語も含めて『お願い』されたのだ。私の記憶にはそうある。都合のいい記憶だけを留めて置きたい。

 実際、至極無表情で許可を申請された訳だけど……いや、そんな事はなかった。なかったのだ。きっと着流しに猫尻尾と猫耳をつけて『にゃーにゃー』言ってるレンさんが私を篭絡したに違いない!

 私は再度上を向いた。

 

「で? 一応、誘拐犯がここに居るんだけど?」

「おっと霊夢、用事を思い出したんだぜ! いやぁキノコを取りに行くか!」

「で、今しがた消えたわ」

「お、おぉ……」

「…………」

 

 誘拐犯が逃走した時に巻き起こした土埃を払いながら霊夢さんは溜め息を吐いた。私は思わず感嘆してしまう。

 そんな霊夢さんの隣にいたレンさんは土埃が目に入ったのか、涙目になりながら目を擦っていた。

 

「さて、お茶を出すわ。お上がりなさいな」

「あ、いえ、直ぐに帰ろうと」

「お上がりなさいな」

「…………はい」

 

 どうしてだか意思の強い霊夢さんに連れられて敷居を跨ぐ。

 居間に座って、お茶を待つ。隣にはレンさんがちょこんと正座をしている。後ろで髪紐に束ねられた髪がちょこっと伸びていた。

 

 ……今ならお尻を触っても怒られないかもしれない。

 

 そんな邪念を抱いていると、急須とお湯呑みをお盆に乗せた霊夢さんが到着し、机を挟んで私達と向かい側に座った。

 お茶を頂き、礼を述べてから少しだけ飲む。

 飛んできた所為か、乾いていた喉に薄いお茶が染み渡る。

 コトリ、と霊夢さんがお湯呑みを置いて「さて、」と口を開く。その目は至って真剣に私達……レンさんを射抜いている。

 

「さて、早苗。正直に言ってもらえると助かるのだけど……ソレは、何?」

「え? レンさんは私の可愛い妹ですけど」

「それはそれで可笑しな気がするけれど……いいえ、聞き方を変えましょう。何を隠しているの?」

 

 私の背筋がゾクリとした。

 霊夢さんに向けられたナニかに反応したのだろう。頭の中の警鐘が鳴り響き、袖に隠し持っていた札を手に握った。

 出来るだけ、冷静に、それこそ怪しまれない様に私は口を開く。

 

「やだなぁ、霊夢さん。隠すとかさっぱりわからないんですけど」

「それ、本気で言ってるようなら……その子、殺すしかないわね」

「ッ!」

 

 私は立ち上がってしまう。立ち上がった私を見ることもせず、霊夢さんはお茶を一口飲み、もう一度口を開いて、同じ事を言う。

 

「ソレは、何?」

 

 自然と力の入った札を握る力。その札を握っていた手から抵抗が伝わる。

 そちらを向けば、レンさんが私の袖を掴んでコチラを上目遣いで見ている。相変わらずの無表情だ。

 私は深呼吸をして、正座をして霊夢さんに向き直る。

 

「ウチの可愛い家族です」

 

 はっきりと言い切った言葉に嘘も偽りもない。

 霊夢さんはキョトンとして、真面目そうな顔から面倒そうな顔に変わって髪を掻いた。

 

「はぁ……面倒だけど私には博麗の巫女としての役目があるの。だから力を持ちすぎる事は許せないし、対処しなくちゃいけない。面倒だけど。だから、その子が……山の神様がひた隠しにしてるソレを確認しなくてはいけないの……本当に面倒だけど」

 

 その言葉を言い切った後に、もう一度面倒臭いと言い放った博麗の巫女。

 けれども、私も折れる訳にはいかない。レンさんの髪紐を解いたら、きっと霊夢さんはレンさんを討つだろう。なんせ贄と呼ばれる存在だ。幻想郷において、危険は大きい。

 だからこそ、明かせない。

 

「スイマセンが、ダメです」

「そう……」

「でも! レンさんは危険なんかじゃないですよ!」

「私にとって、彼が危険とか関係ないわ。山の神様が隠している、あと人にしては強すぎる式が気がかりすぎるのよ」

 

 再度、面倒だけど、と合わせた霊夢さんに内心舌打ちしてしまう。チラリと隣を見た私をジッとレンさんが見ているのに気がついた。

 レンさんは少しだけ息を吐いて、手を頭に伸ばす。その先には髪紐が、

 

「だ、ダメです!!」

「…………」

「そんな事したら……またレンさんが泣いちゃいますよ……」

 

 レンさんの手を抑えて、出てしまう声。泣いてないのに泣いているレンさんを見るのはもう嫌だった。

 そんな私の気持ちも露知らず、レンさんは私の手をやんわりと退けて、髪紐を掴んだ。スルリと抵抗も無く解けた髪紐を机の上に置いて、レンさんは真っ直ぐ霊夢さんを見つめた。

 

「…………驚いた……」

 

 心底驚いたように、キョトンとした顔で霊夢さんが呟いた。

 私は力無さに思わず下を向いてしまう。逃げる算段を立てなくてはいけない。危険なレンさんを連れ出す事を目的にしなくてはいけない。

 

「なるほど、贄だったのね……」

「え? 知ってるんですか?」

「本物を見るのは始めて。先代から少し聞いただけよ」

 

 やっぱり面倒だった、と呟いた口から溜め息が溢れ出た。本当に義務だけで知ったレンさんの正体に嫌気が差しているのだろう。

 

「魔理沙を帰して正解だったわ」

「どうして魔理沙さんが出てくるんですか?」

「贄は外気からも力を吸収しているのよ。よくわからないけど、魔法使いにとってそれは魅力的だと思わない?」

「……あぁ、なるほど」

「式は隠蔽なのね……隠しきれない、か」

 

 髪紐を摘んで見ていた霊夢さんの手からレンさんに髪紐が渡される。レンさんは慣れたように髪を後ろで結わえて、先ほどと同じ髪型に戻った。

 

「で、レンさんは」

「どうもしないわよ。面倒臭い」

「へ?」

「贄だったら、殺す方が問題なのよ。それこそ神様の所にいるなら私の仕事も減るし、私の面倒も激減。イイ事尽くめね」

 

 カラカラと笑った目の前の巫女。それこそまるで先ほどまでの空気が嘘の様に弛緩している。

 ふぅ、と隣で息を吐いた音が聞こえた。チラリと隣を見れば表情は変わっていないレンさんが居る。安堵した様な息を出したのに、相変わらず表情は変わっていない。

 そんなレンさんを見て、大事な事を思い出した。

 

「そういえば霊夢さん。頼みがあるんです」

「この子の隠蔽とかは勝手にしなさいよ」

「いいえ、そんな事はどうでもいいんですけど」

「いいのかよ」

「巫女服を一着頂ければなぁ、と思いまして」

「……どうしてよ。ついに2Pから卒業?」

「いいえ、レンさんに着せようかと思って」

「…………」

「え? 私何か可笑しい事言いました?」

「もういいわ。あんたも帰りなさいよ」

 

 本当に面倒そうに、言ってしまえば先程よりも面倒そうに眉間までシワを寄せた霊夢さんがシッシッと手を振った。

 隣にいたレンさんが少しだけ私から遠ざかった様に感じた。確認はしなかった。きっとジト目でコチラを見ているだろうから。




シリアス→ギャグ
早苗さんの空気壊し(エリアル・ブレイカー)はきっと右手で発動ですね。

エロは早くて一話二話程先です。許してください。


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24 トモダチと黒猫

~~

 

 ――早く起きて

 

 コレは夢。私は瞼を上げて声に反応する。私を揺らす腕を取り、ベッドへと連れ込む。

 カレは私に苦笑して、綺麗に微笑んでいる。

 

 ――ご飯、できてるよ?

 

 カレの言葉を無視して抱きしめてみる。手応えはない。幻だ。そうわかっている筈なのに、私はこの腕を解くことが出来ない。

 あの時、握れなかった手をしっかりと握り、私から離れないようにする。探してもいなくて、少量の血と種を仕込んだ着流しの切れ端が枝に引っ掛かっていた。

 それだけで、予想する事は出来た。

 まるで、最悪を形作るように。現実に叩きつけられた。

 

 虚無感が私の心を支配して。ただ求める為に私は逃げ出した。

 もう少しだけ、もう少しだけ、とまるで熱病に魘される様に。私は溺れた。

 

 部屋の中には白い花が敷き詰められた。幻覚作用のある花粉を飛ばす、白い花。

 

 カレを抱きしめる力を強くする。容易く潰れてしまったカレ。

 

 自ら生んだ幻影。

 愛おしい程、狂おしい程、望んだ影。

 

 邪魔さえされなければいい。それだけで私は満足した。故に私は鳥籠を作った。家を蔦で覆い、全てを拒絶するよう。

 

 中にイるのは、カレとわタし。

 

 もう顔も思い出せない。

 口調も残っていない。

 表情は消えてしまった。

 

 けれど、肺に残る程に芳しい彼。鼓膜に刻まれる程艷やかな彼。心が求めた程に心地いい彼。

 

 

 あぁ、いっその事。

 

 このテで、臓腑を引き摺りだして、滴る血を啜り、少しずつ四肢を食み、悲鳴と嬌声を鼓膜にすり込んで、最期に心臓を食べればよかった。

 

 ごめんなさい、■■。

 ごめんなさい、■■。

 

 貴方を食べてあげれなくて、ごメンなサい……。

 

 

~~

 

 ゾクリとした感覚が背中を這い後ろを向いてしまう。そこには鳥居と夕日がある。

 ソレ以外には何もない。

 

「どうかしたんですか? レンさん」

「…………別に」

 

 前から聞こえた早苗の言葉を返して、僕は改めて後ろを向いた。やはりそこには夕日と鳥居しかなかった。

 何かが僕に忍び寄る。形のないモノ。心臓が締め付けられるように、焦ることなどないのに、急がなければいけないと感じる……。

 不安。

 心の中でそう言った感情に当てはめれば、意図も簡単に自分の感情を理解出来た。不安なのだ。何かが、何かが違うのだ。

 鳥居の横でそっぽ向く向日葵と顔が会うことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、よかった! レン! ようやく解放される!」

 

 尻尾を巻いて、という表現が合いそうな程足早にコチラに駆けて来た猫を抱き上げる。真っ直ぐな尻尾が揺れている。

 首元を撫でながら、廊下を歩く。目の前には神奈子と諏訪子がいた。

 

「おかえり、レン」

「おかえり、レン」

 

 二人の言葉にどう返していいか解らない。本当に僕はココにいていいのだろうか。贄として、僕はここにいなくてはいけないのだろうけど。

 

「レン?」

「…………ん」

 

 胸元から呼びかけられて、僕はソレに反応するように猫の頭を撫でた。そして、誤魔化すように口を開く。

 

「…………夕飯の準備」

 

 まるでソレが当然の様に言ってのけた僕は歩みを進めて二柱の間をするりと抜ける。

 その時に見た二柱の横顔はやはり苦笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「レンさん! レンさん! レンさん! レンさんぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー!」

「…………」

 

 夕食、僕は隣にいる烏天狗に羽交い絞めにされ首元に顔を押し付けられていた。目の前には素知らぬ顔でご飯を咀嚼している神が二柱と巫女が赤い袴を掲げながらゲヘゲヘと笑っている。

 珍しく僕の両隣は誰も居らず、膝には黒猫が丸くなって眠っている。

 

「そういえば、レン。その包帯はどうかしたのかい?」

「…………本で切った」

 

 本を借りるためにナイフで切った。間違いでは無い。正確でもないけれど。

 僕の言葉に神奈子は眉間を寄せたが、そこから先を追求する事は無かった。左手を全て隠すように巻かれた包帯なのに、理由が本で切った、というモノなのだ。

 思わず少し笑ってしまい、ソレを見たであろう神奈子の眉尻が下がる。

 

「あんまり無茶な事をするんじゃないよ」

「…………うん」

「さて、と。そろそろ離れようか、烏天狗」

「――――よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんですねっ! いやっほぉおおおおおおお!!! 私にはレンさんがいる!! やったね(モミジ)!! ひとりでできるもん!!!」

「はいはーい、ちょーっと黙ろうか? 教育に悪すぎる」

「ノォ!? レンさんが私から離れていく!! 待って、待ってください! レンさぁぁぁあ、」

 

 ピシャっと閉められた襖。どうしてだか途中で途切れた文の声は一切聞こえない。あと、僕が離れている訳ではなく、文が神奈子に連れ去られたのだ。僕は常に待っている存在である。

 

「あぁ、レン。 洗い物は私と早苗がやっとくから、今日は早くお眠り」

「…………うん」

「ちょっと待ってください! 私も一緒に入りますよ!!」

「早苗は、コッチ」

「後生です、諏訪子様!! 私にはやるべき事が……やらなければいけない事があるんです!!」

「はいはい、それはレンと一緒にお風呂に入る事じゃないし、ましてやレンに巫女服を着せる事じゃないからねー。私と一緒に洗い物を片付けましょうねー」

 

 諏訪子の言葉を聞いて、僕は立ち上がる。しっかりと襟首を掴まれた早苗を振り返ることはせずに僕は襖を閉じた。

 襖の向こうから嘆きにも似た声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 鼻に水滴が落ちる。縁に顎を置いて、黒猫をぼんやりと見つめる。色々とあったから、というべきか。吐いた息が少しだけ重い。

 

「その……レン」

「……ん」

「守ってやれなくて、ごめん」

「…………」

 

 黒猫は垂れ下がった僕の左手を見ながら、申し訳なさそうに呟く。

 どうして謝るのだろうか。どうしてこうも的はずれな事で謝っているのだろうか。

 神奈子や諏訪子との契約を守れなかった事など、僕に謝らなくていい。それは神奈子達に言うべき言葉である。

 

「本当に、ごめんよ」

「…………許せない」

「ッ……だよね……」

 

 お燐は下を向いて、尻尾を地面に付ける。

 僕が許せる内容ではないのだ。許す事も出来なければ、許さない事も出来ない。それだけの話。

 僕はお燐の頭を撫でる。お燐は顔を僕の左手に擦り付ける。瘡蓋になっている傷痕が擦れてヒリヒリとする。

 

「例え許されないって分かってても、言う事だけはしたかったんだ」

「……神奈子に?」

「どうして神様が出てきたんだい……ん?」

「……?」

 

 何かを考えるようにお燐が止まる。止まって、少し唸ってから、溜め息を吐きだした。

 

「あー……レン。あたいが守れなかった事を恨んでるかい?」

「……別に」

「…………ハぁ、つまり、あれかい、全部あたいの勘違いってことかい、馬鹿らしい」

「……?」

「まぁいいさ……良くはないけど、よかったと言っておこうか」

 

 お燐がまた溜め息を吐いてから、人型に変わる。真っ赤な瞳がコチラを写し込んでいる。

 ニッと笑ったお燐。

 

「あたいはさ、地底に帰るよ。そろそろさとり様がお空の相手でてんやわんやしてそうだからね」

「…………ん」

「うーん、反応が薄いねぇ」

「…………」

「どんな所に居ようと、どんな事になろうと、どんなモノになろうとも、あたいはレンの事を友達だと思ってる」

「……とも、だち」

「あー……レンがあたいの事をどう思ってようと、あたいはそう思ってるってだけの話なんだ」

 

 ともだち。

 よくわからない。

 

 言葉の意味はわかるけれど、僕にはさっぱりわからない。けれど、お燐は僕の事をそう呼ぶらしい。

 贄でもなく、餌でもなく、器でもなく、トモダチと呼ぶらしい。

 

 お燐は少しだけ眉尻を下げながら笑って、僕の頭を撫でた。

 

「難しく考えなくてもいいんだよ」

「…………お燐」

「ん?」

「…………」

 

 言葉が出てこない。

 好きよりも、好き。という感情をどう言えばいいのかが僕にはわからない。

 詰まった言葉は喉奥に消えて、僕は黙ってしまう。

 そんな僕にお燐は苦笑して、僕の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お燐が僕の前から去って数時間。

 月が昇り始め、星が空に散っている。

 秋の向日葵、と随分と珍しいモノを見つめながら、まるで何かに訴えられている様に考える。

 

 僕は、溜め息を吐いた。お燐の代わりという訳では無いけれど。

 頭の中に湧いた、まるで誰かが囁いたような言葉を払拭するように。

 

『もしかして、風見幽香の身に何か起こったのではないのかしら?』

 

 そんな言葉を消すように、溜め息を吐き出す。

 けれど、嫌な予感は消しきれず、もしかして、という言葉が僕を支配する。

 

 もしも、ソレが僕の責任ならば。

 もしも、僕が原因のソレならば。

 

 風がふわりと向日葵の匂いを乗せて僕に辿りついた。

 肩の力を抜いて、僕は普段眠っている部屋の襖を開く。

 

「ん……くふぅ、…あぁ……んぃ…」

 

 枕に顔を埋めて、自身の手をスカートに潜りこませ、グチュグチュと水音を立てる黒い翼の彼女がいた。

 服の上から自身の乳房を揉んで、声がいっそう大きくなる。

 コチラに向いている臀部がフリフリと揺れて、太ももに液体を垂らし、敷布団を濡らしている。

 そんな彼女が気が付くように、態と音を立てて襖を閉める。

 その音にビクンと反応した烏天狗は、そのまま何かを我慢したように、ビクビクと痙攣し、数秒の間を置いてだらしなく乱した着衣もそのままにコチラを向いた。

 

「…………見られてましたか」

「……文、頼みがある」

「あやややや、自慰に関してはスルーですか……」

 

 真っ赤な顔とやや焦点の合ってない瞳を何処かへ向けながら文は頬を指で掻いた。

 僕はしっかりと文の顔を見ながら言葉を口から出す。

 

「…………太陽の畑」

「嫌です」

 

 即答だった。

 先程まで焦点の合っていなかった目はしっかりとコチラを向いて、だらしなかった顔は鋭い目つきの真剣な顔になっている。

 わからない、ではなくて、嫌、と応えた文。きっと太陽の畑……幽香の事を知っているのだろう。

 

「コレばっかりは、例えレンさんでも……いいえ、レンさんだから言えません」

「…………そう」

 

 思わず出てきた溜め息。

 頭の中で消そうとしていた事が確信へと変わっていく。仮定から確定に。

 僕は左手から包帯を外す。瘡蓋を無理やり剥がしてにじみ出る血を確認する。

 何度も繰り返した事を思い出す。紅魔館の本で色々と学んだのだ。大きすぎる力は、酔ってしまうことを僕は知っている。そして酔う、という事が自意識を緩くする事を僕は体験している。

 

「いやぁ、私だって。愛しのレンさんの頼みを聞きたいのは山々なんですよ? でもですね、危険すぎるんですよ。それこそ鬼に単騎特攻をかけるようなモノです。大切な物をぐちゃぐちゃに壊されるなんて嫌じゃないですか。だから、わかってくれますよね?」

「…………いい」

「あぁ、それはよかった。私もこれで安心してレンさんを襲えるってモノで」

 

 

 

 

 

「…………喋らせるから、いい」

 

 ゆっくりと紡いだ言葉はどうやら文を驚かすに十分だったらしい。




次回エロ。

ヤンデレ開始→ギャグ(変態→シリアス(友情風味→贄オナ

話の運びが無理やりすぎるって?
スキマ妖怪の仕業じゃ!! 出す予定だった話をスっ飛ばされたスキマバ■■■(汚れていて見えない


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25 鴉とカイラク

遅れました。短いエロ。


「が、ゲホッ」

 

 文の口を掴んで血を流し入れる。

 口に溜まった血を咳き込みながらも嚥下する文を確認して、ゆっくりと責めの手を始める。

 

「ンンァッ!?」

 

 文の嬌声が耳に響いた。けれど、僕の手は止まる事はない。服の間から手を差し込み、乳房を力を込めて揉みしだく。

 おそらく血を得た事で感覚が鋭敏になっているであろう文は背筋を丸めて僕の手を防ごうとする。その手を掴んで頭の上へと拘束して、乳房の先を抓る。

 

「ッ――!!」

 

 背筋を反らせて何かを耐える様に息を止めた文を見ながら、責め手を少しだけ緩める。

 文が荒くなった息を整えながら僕を見る。潤んだ瞳で僕を見る。

 

「こ、こんな事をしても、教えません、からねッ!」

「…………そう」

 

 気丈な言葉を吐きだした文。けれど、彼女は僕が抑えている手を解こうとはしない。ソレはきっと、僕が贄だからなのだろう。

 その事を踏まえて、文は僕に手出しする事は出来ない。絶対、とは言えないけれど。

 

 文の服を片手で外していき、前をはだけさせる。ヨウフク、と呼ばれる服はどうにも苦手だ。

 はだけた所から覗くのは僕の肌色よりも濃い肌色。そして決して小さくは無いだろう乳房とその頂点で主張している桜色。

 僕は導かれるように桜色を口に含み、舐めて、吸う。先程まで自慰をしていたからか、それとも今の現状に興奮していたのか、すこししょっぱい。

 抑えていた手が弾かれて、僕の頭を抱えるように抑える。弾かれた手を吸っている方とは逆の乳房を揉み、文の快楽を段々に上げていく。

 気管を防がれて、息が出来ない。主張していた桜色を甘噛み。一瞬、力が強くなり、抱え込むように抱きしめられたままビクン、ビクンと文の振動を感じる。

 緩んだ腕から逃れ、乳房に添えた手はそのままに、文の顔を覗く。

 

「か、考え、直してくれ、ませんか?」

 

 息も絶え絶えに言う文。顔は緩んでいて、瞳は先程までの潤んだ状態から少しだけ垂れた瞳に変わっている。

 どうやらこの責めでは駄目らしい。ならば、責め手を変えよう。

 次は文の息が整う前に、責めを再開する。

 乳房を揉み、胸に軽く接吻するように、そして徐々に口を下へと移動させる。

 口をつけているからか、文が小刻みに震えている事が分かる。臍を舐めてから顔を上げる。

 文の顔は見ない。視線は股下を護る布に向き、ソレを外せば更に薄い布が在る。股間部分が濡れているのはおそらく先程まで彼女自身が慰めていたからだろう。

 ソレを見て、顔を上げて文の方を見る。首を横に振って拒絶しているけれど、瞳は相変わらず快楽で塗りつぶされている。

 

 けれど否定されているのだから、触ってはいけない。

 僕はその布を取る事もなく、文の太ももに手を這わせる。内腿を撫でて、ゆっくりと彼女を先へ先へと追いやっていく。

 触れて、離して、触れて、離して。

 痙攣の感覚が短くなってきた。けれど、絶頂は迎えていない。彼女自身を守る薄い布は内から溢れる液体を抑える事も出来ずに、敷布団を濡らしていく。

 しっかりと焦らして、薄い布を取り外す。

 トプリ、と溢れた液体。まるで期待するように僕を見る文。そんな文の顔を見ながら、顔に無い口を撫でるように触れる。

 

「…………ねぇ、文」

「ハイ、どうか、しましたか?」

「…………絶頂(イキ)たい?」

「いい、え。レンさんこそ私に挿入()れたいんじゃ、ないですか?」

「……」

 

 ダラシない顔で、半開きの口から唾液を垂らして、尚彼女は気丈に振舞っている。

 濡れそぼった彼女自身に指を入れて、入口近くを撫でる。それだけで指を締め付けてくるが、絶頂へは達していない。

 単なる弱い快楽。文の願いは聞いているのだけど、僕の頼みはまだ聞いてくれていない。

 

「……ねぇ、文。僕がイかせてあげようか?」

 

 僕の言葉に、ゴクリと唾液を飲み込んだ文。

 きっと彼女の中で自身の快楽と贄を手放す事が揺れているのだろう。だからこそ、文が逃げれるように言葉をつなげる。

 

「……大丈夫だよ、僕がここから出れると思うの?」

 

 なんせ、ここには諏訪子もいれば神奈子もいる。贄を逃がすとは考え難い。僕にとって、そんな事はどうでもいいのだけれど。

 僕が守矢神社から出る為には障害が多すぎる。

 だから、だからこそ。

 

「…………太陽の畑で何があったの?」

「……風見、幽香さんが、鳥籠の中、に引き篭りました。見れば、幻に捕らわれて、今もオカシナ状態です」

「……」

「レンさんを助け、た日から……ン、鳥籠が出来たので、おそらくは」

「……そう」

 

 手が止まり、思考が動かなくなる。

 幽香がソウなってしまったのが、おそらく、いやきっと僕にあるだろう。放っておけば、博麗霊夢に討伐されるだろう。誰のせいで? 僕のせいだ。

 止まっていた手の動きを再開させる。

 入口をまさぐっていた手を抜き、文の腰を少しだけ浮かせる。主張していた僕自身を文にあてがい、もう一度彼女の顔を向く。

 

「……ご褒美」

「ッ―、―――――!!」

 

 彼女のナカが収縮を繰り返し、奥へと突き入れた僕を更に奥へと導く様に動く。

 蓄積された何かが弾けた様に、背筋を反らして、何度も痙攣を繰り返す文。僕が腰を動かす度に痙攣を繰り返す。

 声が出てなかったのは、きっと文が必死で歯を食いしばっていたからだろう。快楽で塗りつぶされた顔をコチラに向けながら何も言えずに首を横に振るだけの文。

 彼女が求めた事を僕は繰り返す。

 

「……いい。一緒に溺れよ?」

 

 腰を文の腰に打ち付けながら、文を沈めていく。

 文の瞳に写っていた僕の顔は、まるでいつかのヒトの様に醜く笑んでいた。




言い訳集。

リアルが忙しい。
エロが書けない。
地球を守るのが大変だった。
三者視点小説の練習をしていた。
以前書いていた物の後処理を終わらせていた。


正解は四つです。
一番最初がハズレって誰でもワカンダネ、ホント。


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26 贄とスキマ

BBA、私だ。結婚し(この先はスキマ送りにされました


 いつもの白い着流しを着て、布団で横たわる文を見る。白濁液を溢れ流し、まだ快楽で塗りつぶされている彼女。自分への嫌悪感と文に対しての何かを感じる。

 外を見れば、少しだけ明るくなっているが、まだ誰も起きていないだろう。

 

「……ごめん」

 

 そう言い残して、僕は障子を閉めた。

 

 

 

 

 

 左手で握り込んだ髪紐を確認して縁側を降りる。裸足で地面を踏みしめれば冷たい地面を感じる事が出来た。

 夏が終わりを告げるように、少し冷たく感じる風が僕の頬を撫でる。

 薄暗い、早朝特有の空。僕はソコを駆ける事も、飛ぶ事も出来ない。移動手段は無い。けれど、僕は行くしかない。

 

「こんな早朝にどこへ行くのかしら?」

 

 屋根の上から声が聞こえた。

 上を見れば、早朝だと言うのに寝呆けた顔もせずに僕を見ている諏訪子が座っていた。

 フワリと屋根から降りてきた諏訪子は土埃も立てずに地面に着地した。

 

「私はレンのお願いは尊重するよ。それこそ吸血鬼の所へ行くことは許す。でもね、死ぬとわかってる事を許す気はないよ」

 

 どうやら、知っていたらしい。左手に持った髪紐を強く握り締める。

 知っていたなら、と考えたが、やめた。言わない理由など僕が贄であるからなのだ。

 聞いたところで意味などない。僕は既に知ってしまったのだから。

 

「……ダメ?」

「許可出来ないよ。アナタが行ってどうするのさ」

「…………」

「ほら、今なら許してあげるから。早く部屋に戻って烏天狗と一緒に眠りなさい」

「…………いや」

 

 諏訪子の顔が固まる。

 ゾクリと背筋にナニかが走った。冷たい、まるで洞窟の中で独りだった時の様に。

 溜め息が諏訪子の口から吐き出され、諏訪子は自身の首を掻いた。

 

「責任感? 死亡志願? 正義感? 偽善心? 恩返し? ドレがレンを動かしてるか言ってみて?」

 

 言葉の意味は理解することが出来る。

 けれど、僕がどうして幽香の元へ行くのかなんてワカラナイ。それこそ、恩かもしれない、責任感かもしれない。死亡願望かもしれない。それもと違う何かかもしれない。

 

「まぁ、ドレでもいいよ。なんでもいい。全部、端から否定して、アナタの無力を自覚させてあげるから。

 

 

 

 

 

 ほら、言えよ。ガキ」

 

 諏訪子は目を細めて僕を睨む。

 いつも笑顔のその顔は無表情が貼り付けられ。柔らかいと感じれる雰囲気は鋭い何かを突きつけられた様に冷たい。

 僕は左手に握っていた髪紐に視線を落とす。白かった髪紐は僕の血で染まっている。

 

「……ごめん」

「そんな言葉望んでないよ」

「……違う、ごめんなさい」

「……え?」

 

 諏訪子は目を見開いた。

 手を伸ばしてコチラを掴もうとしたけれど、僕は既に横へと歩き出していた。

 

「……ごめんなさい、諏訪子」

「レン!? どこへ行ったの!!」

 

 僕の声は諏訪子に届かなかった。当然である。なんせ、僕は正しくして意識の外へと逃げたのだから。

 虚空を掴んで辺りを見渡す諏訪子。僕は諏訪子の隣にいるというのに、彼女が気付くことはない。ソレは僕自身が望んだ事だというのに、どうしてか胸の辺りをジクジクと締め付けた。

 

 コレは僕が解決しなくてはいけない。

 責任なのか、正義感なのか、偽善心なのか。僕は答える事は出来ない。

 どうか、どうか、許してください。

 

「……行ってきます」

「レン! 何処に消えたの!? ダメだよ! 死ぬんだよ!?

 

 

 レン!!」

 

 やはり、僕の声は聞こえてないらしい。僕の胸がまた何かに締め付けられた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 鳥居には神奈子が立っていた。そろそろ昇ろうとする太陽を背負って、僕を見ていた。

 いや、僕を見ている事はないのだろうけど、確かに僕のいる方を向いていた。

 

「……なるほど、私の式に血を吸わせたのね……。はぁ、全く……」

「……見えてる?」

「やっぱり魔法使いの所へ行かせたのは間違いだったかしら」

 

 少しだけ面倒そうに溜め息を吐いた神奈子。僕の声は聞こえていないらしい。

 軽く手を振っても苦笑もしないから、姿も見えていないだろう。

 

「……ごめんなさい」

「早苗や諏訪子を抑える身になってほしいね……まったく」

 

 もう一度溜め息を吐いて、僕に向かって歩き出す神奈子。ゆっくりとした足取りで、けれどしっかりと真っ直ぐに僕に向いている。

 

「お、見つけた」

 

 まるで恐る恐ると僕の頭に触れた手。感触を確かめるように何度もその手は僕の頭を触って、僕を抱きしめた。

 

「見えないのに居るってわかるって、変な感覚だわ」

 

 クスクスと笑いながら神奈子は抱きしめる力を強くした。

 僕の視界に神奈子の顔は見えないけれど、諏訪子のように僕を止める気はないのだろう。

 

「ちゃんと帰ってきなさい。その時にはアナタの家族がしっかり怒ってあげるから」

「…………」

 

 ポンポンと頭を撫でられて、身体が離れる。

 咄嗟に伸びた手が神奈子の手を掴んだ。

 

「ん? どうかしたのかい?」

 

 空いている自分の手で神奈子の手に文字を書く。たった五文字。一文字ずつ丁寧に書いていく。

 五十音の最初の文字から始まる、感謝を書いて、手を離す。神奈子は少しの間、僕に握られていた手を見つめて苦笑した。

 そんな苦笑してる神奈子の隣をスルリと抜け、僕は鳥居を潜って、後ろを振り向いた。

 

 ソコには神奈子が微笑んで手を振っていて、『いってらっしゃい』と声には出さずに口を動かしていた。

 見えないながら、僕はしっかりと頭を下げて階段を一段ずつ降りていく。

 

 

 

 

 

 長い長い石造りの階段。そして、ずっと僕に囁く声。

 その声は幽香の事を危惧した時の様に、唆すように僕の鼓膜を揺らす。

 

『神様の保護下を離れてしまった、死ぬかもしれないわ』

『どうやって彼女の元へ行くのかしら?』

 

 一つだけの声がコダマして、クスクスと笑い声が追加して聞こえる。

 虚ろになっている筈の僕の存在をわかっているかのように、誰かは僕に声を囁く。

 僕の足は止まることはない。

 

「あらあら、無視はいけませんわ」

「…………」

 

 声は僕の目の前から出ていた。

 金塊を細くして紡いだような髪に小さなリボンが一つ一つ房を纏めている。端麗すぎる顔はニタリと下品に哂っている。

 中空にポッカリと開いた様々な色が混ぜられたかのような切れ目から姿を出して、その存在は現れた。

 

「こうして会うのは初めてかしら? ワタクシ、八雲(ヤクモ) (ユカリ)と申します」

「……レン」

「えぇ、知っていますわ」

 

 僕の顔を見てやはりニタリと笑った存在、八雲紫は扇子でその歪んだ口を隠した。尤も、瞳と眉が歪んでいるので哂っている事は確かだ。

 僕を唆すように囁いていた声の主の横を抜けて階段を降りていく。

 

「あらあら、どこへ往こうというのかしら?」

「……幽香の所」

「知っていましたわ」

「……知ってた」

「あら、奇遇ですこと」

 

 やはりクスクスと笑いを絶やさない存在は切れ目から身体を出して、切れ目に座って移動している。

 手で頭を触って髪紐の確認をする。しっかりと僕の髪は纏められている。

 

「境界線はあやふやにしとくべきではないですわ」

「…………そう」

「尤も、それだけ強い式を憑けながらあやふやにしかならないのもオカシナ話だけれど」

 

 切れ目がフワリと移動して僕の目の前で止まる。長いスカートがフワリと揺れ、透き通るように白い脚が見えた。

 行く手を阻むように眼前で止まった八雲紫を見上げる。

 

「まぁ少しお待ちなさいな」

「……邪魔」

「あら、随分な言葉ですこと」

 

 まるで意に介さないかのようにやはりクスクスと笑った八雲紫。僕は思わず眉間を寄せてしまう。

 そんな様子をやはりクスクスと笑みを浮かべる八雲紫。

 

「風見幽香の所へ行くのでしたら、スキマをお使いなさいな」

「…………隙間?」

「いいえ、スキマ」

 

 彼女の隣に切れ目が走り、空間を割るように開いた。端がリボンで止められてはいるけれど、空間の中身は紫と黒を混ぜたような空間が広がり幾つもの瞳がギョロリとコチラを向いている。

 コレが、スキマなのだろう。

 

「これでも、幾らか罪悪感は持ち合わせていますわ」

「…………」

 

 何に対してかはわからない。

 僕を唆してココに存在させた事なのか、それとも別の何かなのか。彼女ではないのだから、知るはずがない。

 

「…………何か願いが?」

「あら、まるでワタクシが等価交換を求めている様ですわ」

「……違うの?」

「いつか、アナタを一日だけ借りますわ」

 

 決して間違いではなかったらしい。

 やはり嗤い顔を絶やしてはいない八雲紫を見て、思わず溜め息を吐いてしまう。

 どうしようも無いのだ。身一つで等価交換が成立するなら安いモノだ。

 

「さて、そろそろ向日葵が起きてしまいますわ」

「…………うん」

 

 僕は足を進める。

 黒と紫の混じる空間へと、瞳が並ぶ空間へと、身を沈めていく。

 僕を見てくる瞳は、いつもよりも鋭くもなかった。




>>贄の血液、体液に関して
式は人外が作成したモノであるので、贄の力が作用します。
自分では使う事の出来ない人外の術は、誰かが使っているのなら使用できます。
二次的な使用許可です。一次使用は不可能です。


物語が進むと内容が薄くなります。
もうしばらくはこんな感じの物語が進んでいきます。なるべき厚く書けるように努力はします。
淡々と物語が進むのは仕方ないですね。急ぎ足急ぎ足。


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27 マボロシと幻影

 くしゃり、と草を踏んで、僕は瞼を上げた。

 まず見えたのが黄色の花弁、そして茶色の顔。一面に広がるソレらは、ゆっくりと顔を上げる途中で、顔を上げるのと同時に僕は瞼を細めた。

 

 雑多に生え揃ってしまった草を少し掘り下げて掬う。片手で持てる程度の数を向日葵達とは関係の無い茂みへと置いた。そして僕はもう一度、あの時と同じように草に手を伸ばす。

 

 何度もソレを繰り返し、ようやく土を整え終わった僕はじんわりと出た汗を手で拭った。

 ようやく、僕は鳥籠と呼ばれたソレを見上げる。

 中空に浮いている訳ではなく、家を囲う様に出来た緑の檻。太い蔦に細い蔓が巻き付き、そして自宅を覆い、閉じ込めている。

 いつもだった時の様に井戸に立ち寄る訳もなく、僕は力を入れて扉を開く。

 幸い、容易く開いた扉から見えたのは白い花弁だった。一面に広がる白い世界。まるでこの中だけが別世界に変わってしまったと思う程の一色の世界。

 

 その中で唯一の異物とも言える緑色はゆっくりと動き出した。白に映える二つの赤色がコチラに向けられる。

 

 ぼんやりとコチラを見ている彼女を目の前にして、僕は口を開いた。

 

「……ただいま」

 

 すんなりと吐き出された言葉を戻すことは無い。吐きだした言葉の意味を自分で理解して、思わず苦笑してしまう。

 

 僕は一歩踏み出して、幽香へと歩く。白い花弁を踏んで、一歩づつ、確かに進んだ。

 赤色が細くなり、持ち主の口が開いた。

 

「ダレ? 私とレンの邪魔よ」

「…………」

 

 僕は息を飲み込んだ。止まってしまった足は、動かなかった。

 飲み込んだ息をどうにか吐き出して、僕は呼吸を再開した。何を驚く必要があった。

 僕は髪紐を外した。

 ソレを花弁で出来た絨毯に捨て、僕は僕へと成り下がる。白い花弁の中に一本の赤が混ざり、僕はもう一度同じ言葉を吐き出す。

 

「ただいま、幽香」

 

 僕は再度足を踏み出し、幽香に近づく。

 ようやく、触れることの出来る位置に辿りついた。唖然としている幽香に、触れる。

 

「……レン……?」

「……何?」

 

 彼女の問いかけに、僕は促すように応える。

 彼女は確かめる様に自身の頬に触れている僕の手を触り、大きく息を吸い込んだ。

 僕の腕を引き、僕を抱きしめて、更に大きく息を吸い込む。存在を確かめるように、虚像を消すように。

 

「……幽香」

「あぁ、レン……! レン!」

 

 痛い程に抱きしめられた僕は幽香に為すがままにされる。何度も確かめる様に僕の名前を呟く彼女。

 

 

 

 

 何度も呟いていた名前が、突然止まった。抱きしめていた力が弱まる。

 

「……幽香?」

 

 僕は問いかける。幽香は僕から手を離し、突き飛ばした。

 白い花弁が突然視界を埋め尽くし、花弁の絨毯に擦れる。

 

「くふ、あはは……くひ、アッハハッハハハハッハッハハ!! そう、やっぱり、そうなのね!!」

「……幽香?」

 

 まるで狂った様に嗤う幽香を見上げながら、僕は凍りつく。幽香の瞳がコチラを向いている。背筋に何かが走った。

 幽香の口が開かれる。

 

「――黙りなさい、幻影がッ!」

「……何を、」

 

 理解出来ない。けれどソレも一瞬の事で、文の言葉を思い出した。

 幻に捕らわれている。

 僕は紡ごうと思った言葉を留めた。きっと、何を言っても意味が無いのだ。だからこそ、初めてあった時よりも暗く虚ろな瞳の幽香を改めて見つめた。

 

「…………」

「幻影風情が、殺してやるッ。殺して、喰らって、潰して、飲み込んでやるッ」

 

 きっと、それは彼女の中で何度も繰り返された事なのだろう。

 それ程、僕を求めてくれた。それ程、僕を必要とした。いや、きっとコレは自惚れと呼ばれるモノだ。けれど、それでもよかった。そう思う事で、僕は再度決心することが出来た。

 

 幽香の姿が消えて、視界の下に緑色が映り込んだ。僕は両腕を広げて、ソレを受け入れた。

 

 衝撃は一瞬だった。そこから先は何も感じる事は出来なかった。

 ただ、貫かれたという意識と、幽香の顔が近くにある事だけを理解できた。

 

「ごふっ」

 

 溢れた血が口から吐き出される。

 苦しい。苦しい。けれど、それでもいいのだ。

 朦朧とした意識の中、僕はゆっくりと、確かに、しっかりと、幽香の両頬に手を当てる。

 幽香は少しだけキョトンとしたけれど、僕は構わずに唇を唇に合わせた。

 きっと一秒よりも短い口付けを終わらせて、幽香の口が少しだけ赤く濡れていた。口端(くちは)から更に赤が垂れ落ちた。

 僕はソレに満足した。

 だから、次は誰かを皮肉ってではなくて、僕と彼女の為に、口を開いた。

 

「アナタが……僕、、べる……よう、いさん?」

 

 きっとちゃんと言えなかった言葉に僕は苦笑した。同時に受け入れる事が出来た。

 胸から広がる違和感と瞼の重さも受け入れた。

 力が抜けて、錘をぶら下がったように身体が重くなる。

 重い。

 オモイ。

 おもい……。

 

 出来る事なら、来世と呼ばれる場所でも……幽香に会えますように。

 

 

 

 

 

~~

 

 扉が開かれた。

 私とレンだけの閉じられた世界の扉が開かれた。

 

 開いた存在はレン()死体(・・)を踏んでコチラに近づく。

 

『ただいま』

 

 あろうことか、そんな言葉を吐きだした。しかも嗤ってだ。

 ここは私とレンの居場所だ。オマエなんて、イラナイ。

 

「誰? 私とレンの邪魔よ」

 

 私の威圧で存在は足を止めた。レン達を踏んで。歯を鳴らし、私は更にイライラを募らせる。

 

「――殺しちゃおうよ」

 

 レンが私に囁いた。そうだ、こんな存在、殺してしまえば早い。

 私はしっかりと存在を睨んだ。存在は手を頭に当てて、そして何かを引き抜いた。

 

 瞬間、世界がレンの絨毯から、白い花畑に変わった。

 その中心にいたのは、黒い髪が肩よりも伸びてしまった、無表情が苦笑に変わってしまった、けれど、変わらぬ、求めていた存在だった。

 

「……ただいま、幽香」

 

 レンは白い花を踏んで、コチラに寄る。

 私の頬を触って、その感触に私は確かめるように彼の手を撫でた。もしかしたら、消えるかもしれない。だから、とても優しく、壊れないように、撫でた。

 戸惑いながら、何度か出そうになった言葉を飲み込んで、けれど言葉は口から出てしまった。

 

「……レン?」

「……何?」

 

 あの日よりも、幾分も優しくなったと感じる声が鼓膜を揺らした。

 手にとった腕を引き寄せ、私の中に彼を埋める。黒い髪を何度も撫でて、強く、強く抱きしめた。

 確かめる様に、大きく息を吸い込んだ。彼の匂いだ。肺を支配した匂いを受け入れて、私は何度も彼を確かめる様に彼を呼んだ。

 

 許してほしい。私が悪かったのだと。もう離す事はないだろう。絶対に離さない。

 

 

 

 

 

「――――許すと思ってるの?」

 

 彼の声が鼓膜に響いた。

 私は息を飲み込んで、抱きしめた彼ではなく、扉にいる彼を見た。

 ぼんやりと扉の彼は消えて、そして新しく別の彼が出てきた。

 

「――これだけの僕を殺して」

「――どうして許してもらえると思っているの?」

「――どうしてソレが幻影だと思わないの?」

「――ねぇ、幽香」

「――抱きしめているソレは、なんだろうねぇ」

 

 彼らは嗤い。鼓膜を揺らした声が哂っている。

 あぁ、コレも、どれも、ソレも、かれも、彼も、幻なのだ。

 彼が私を求めて戻ってくるワケが無い。それだけの事をしたのだ。

 私は幻影を突き飛ばす。

 幻影は死体達を吹き飛ばし地面を擦った。まるで現実のようだ。幻影のクセに。

 

「――許さない」

「くふ、あはは……くひ、アッハハッハハハハッハッハハ!! そう、やっぱり、そうなのね!!」

 

 そうなのだ、どうせ私は許されてはいないのだ。許される筈がない。

 自嘲してしまう。何処かで許されると思ってしまったから、こんな幻影を見てしまうのだ。

 

『……幽香?』

 

 幻影がまた口を開いた。だからこそ、私の琴線に触れた。その声で喋るな。その姿で囀るな。

 

「黙りなさい、幻影がッ!」

 

 幻影はその顔を歪めて、私を見た。そして私の瞳をしっかりと見つめているのだ。深い、いいえ、不快な瞳で真っ直ぐに。

 私は歯ぎしりをした。

 不快だ。不快すぎる。幻影のクセに、幻のクセに。

 

「幻影風情が、殺してやるッ。殺して、喰らって、潰して、飲み込んでやるッ」

 

 何度も繰り返したように、何度もそうしたように。

 私は足に力を込めて、幻影に向かった。一瞬で詰めた距離、速度をそのままに、右腕で幻を貫いた。

 骨の間から指先を刺し、そして皮を引き裂き、肉を貫いて、薄い膜を破って、容易く幻を穿つ事が出来た。

 勢いの付き過ぎで幻の顔がとても近い。

 幻は血を吐き出して、けれども私に笑んだ。

 両手を私の両頬に当て、ゆっくりと顔を寄せてくる。唇に柔らかい感触と舌に僅かな鉄の味が広がった。

 三秒に満たないキスで、彼は顔を離して微笑んだ。

 まるで全部が終わったように。全てを受け入れた様に。私の事を安心させるように。

 

「アナタが、僕を……食べる、ようか、いさん?」

 

 最初に会った時の様に。自嘲じみた嗤いではなくて、まるで私を許すように微笑んだ彼。

 そんな彼の両手が、私の頬から落ちる。

 ダラリと力が抜けてしまった彼。穿っている腕から冷たくなる。

 私は声を出すことなく、ガタガタと震えた。震えて、腕を引き抜いた。彼の後ろをしっかりと覗くことの出来る孔。私は息を飲んでしまった。

 どうすればいい? どうすれば、彼を助ける事が出来る?

 無我夢中、それこそ最善策なんて考えられず、私はポケットの中の種を取り出した。

 ソレを、彼に植えた。

 花を操り、彼に根付き、止血をした。皮肉にも咲いた花が白色だという事以外は最善では無くても、最悪ではなかっただろう。

 

『――ねえ、僕をどうするのさ』

「五月蝿いわ、黙りなさい、幻影め」

 

 数ヶ月という月日を共に過ごした幻。それを見ても、幻だと分かるのは、きっと罪悪感とか、そういう想いがあるからだろう。

 幻影は呆れた様に溜め息を吐いた。花の咲いた彼では決して見られないような呆れ顔とわざとらしい肩の竦め方をして、口を開いた。

 

『――永遠亭には薬師がいるね』

「……生意気ね、幻のクセに。私もそう思ってたところよ」

『――当然じゃないか。僕らは幽香から出来てるんだから』

 

 やはりケタケタと笑った幻影はその姿を消して、私は溜め息を吐きだした。

 なるべくレンを動かさないように、抱き上げる。

 白い花を踏みながら、私はやけに重いドアを蹴破った。




あれ? これってエロ小説な筈だよね?
なんでエロじゃなくてグロになってんですかね……。エ、とグじゃかなり違うってのに。
まったく、ゆうかりんでエロ小説書くっていったヤツ出てこいよ。私がぶん殴ってやる!!

>>白い花
 幻覚作用のある忘れられた花。現実世界では忘れられたので幻想郷には在る。




 中毒性があり、長く吸えば強力な妖怪もこの通り!
 なんと今ならxxxx円!お問い合わせはお値段異常!カパネット、ニトリまで!
 すいません。


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28 三途とシニガミモドキ

永遠亭編だと思った!? 残念!サンズリバーだよ!!
必要なのですよ。どれも、コレも。


グロ注意。という程グロではないと思うけれど一応、念のため。

尚、お先は真っ暗の模様。


 竹林を抜けて瓦屋根の家を見つけた。

 背負ったレンをなるべく揺らさないように着地して、ガンガンと扉を叩く。あと三回で開かなかったら蹴破る。

 

「はいはい、こんな早朝からいったい何用よ」

 

 扉を開いたのは銀色の髪を垂れ流した女だった。

 確か、名前を八意(ヤゴコロ)永琳(エイリン)。私が今求めている存在。幻想郷の薬師。

 

「この子を助けてほしい」

 

 単刀直入に、私は言った。私に背負われた彼を見て、薬師は思いっきり眉間を顰めて、そして溜め息を吐いて髪を乱暴に撫でた。

 

「あのね、ここは診療所よ。火葬場じゃないわ」

「知っているわよ」

「ならその死体をさっさとあるべき場所へと届けなさいな」

 

 そうして引き戸を閉めようとした薬師に顔を寄せる。今すぐにでも目の前の存在を引き裂きたい気持ちを必死で押し殺す。

 薬師は面倒そうに、もう一度溜め息を吐いて、引き戸を開ける。

 

「わかったわよ……まったく早起きは三文の得なんて嘘ね」

「向日葵が起きた後に早起きだなんて、笑わせるわ」

「…………」

 

 薬師が眉間を寄せて半目でコチラを見てくるが私にそんな事関係無い。

 軽く指さされた診療台へと彼を横たえて、頬を撫でる。

 

「生きてはいるけど、死に体ね。いっそ永眠させたほうがいいんじゃないかしら?」

「……」

「はいはい、睨まないでよ」

 

 私の睨みなどどこ吹く風という風に薬師はレンを見ながら顎に手を置く。

 

「…………拙いわね」

 

 そう一言漏らした後に薬師は花に触れて、息を吐いた。

 

「この花はアナタが?」

「え、ええ」

「そう……先に言っておくわ、彼が生きる可能性は半々といったところよ」

「――ッ」

「更に言えば、意識を戻す可能性がその半分、記憶に異常がない場合が更に半分」

「どうにか、ならない?」

「放っておけば可能性もなく死ぬだけよ」

 

 薬師は真剣な瞳でコチラを見抜いく。私の選択肢など、ないに決まっている。あったなら、きっと花を咲かせる事はなかったのだ。

 

「……頼むわ」

「頼まれたわ」

 

 ニッコリと笑った薬師に少しだけ安心してしまう。

 これで、たぶん、きっと、半分の確率で彼は生きる。更に半分の確率で目を開き、更に半分の確率で私の名前を呼んでくれる。

 

「あとは、アナタね」

「私は至って正常よ」

「よくここまで辿り着いたわね、と言いたいぐらいに瞳が動いているわよ」

「…………」

 

 私は自身の手を眺める。

 ソコには皮が爛れ、肉が腐り落ち、骨が見える手があった。幻覚である。

 

「大丈夫よ」

「大丈夫ではないから言っているの」

「私が大丈夫と言っているのだから」

「救ったこの子を次の日には殺されてる、なんて面倒なのよ」

「……」

 

 薬師は非常にいい笑顔で言ってのけた。目は笑っていなかったが。

 

 

~~

 

 花の妖怪を追い出して数秒。私は息を吐きだした。

 

「随分、予防線を張ったのね」

「姫様、起きてたのですか……」

「いいえ、今から寝るところよ。レアドロップが中々出なくてね」

 

 コロコロと笑う主人に思わず目を細めてしまう。そんな事も関係無いように笑っている主人は彼の花を見ながらやはり笑った。

 

「アナタなら十全に、完璧に彼を治せるでしょう?」

「当然です」

 

 確率など無い。あるのは確立されている結果だけだ。ソレを求めれば容易いのだ。

 私だけしか助ける事は出来ない。つまり、彼を助けるに至っての私の言葉は絶対だ。だからこそ、あの妖怪に嘘を吐いた。

 

「早起きは三文の得、なんて言うけれど。三文以上は確実に得をしているわ」

 

 私は思わず口角を歪めてしまう。

 まさかこんな所でコレが手に入るとは思わなかった。何にせよ、生体で在る事に意味はあるので、薬の制作を始めよう。

 コレに効果のある薬は少し特殊で、作成は面倒なのだから。

 

「あぁ、また永琳が悪人顔に……ショタに興奮するお姉さんなんて二次元だけで十分よ」

「何か言ったかしら?」

「さてどうかしら」

 

 主人はクスクスと悪戯をしたように嗤い、屋敷に奥へと姿を消した。

 私は一度溜め息を吐き出して、目の前で無防備に眠ってい(死んでい)る存在を見て、唇を少しだけ舐めた。

 

 

~~

 

 目を開いた。

 視界には雲一つない空、そして赤色の花が咲いていた。

 視界を埋めるように咲いた花を潰すことなく、僕は地面に手を付いて半身を押し上げる。

 赤い花が咲き乱れ、その空間が先へと広がりる。更にその先には川があった。

 

 僕は息を吐いた。

 立ち上がり、変わらぬ白い着流しの崩れを直して河原へ向かう。

 河原には風もなく、まるで川と先程までいた花畑との境界線にただ河原を置いただけのようだった。

 平たい石をワザと敷き詰められたような河原。膝を折って、石を積み上げる。

 

 大きな物を一番下に。先に進む毎に石は小さくなり、十を積み重ねた所で、石の塔は崩れた。

 

 

「あぁあ、崩れちまったねぇ」

「――――」

 

 いつの間にか隣にいた女性が心底残念そうに声を出した。面倒だ、と言わんばかりに溜め息を吐いて眉をハの字に落とした。

 周りに咲いている花よりも少しだけ暗い色の髪が揺れる。

 立ち上がった彼女を見上げれば、青い着物に腰巻き、そして着物を押し上げている乳房。腰巻きをしているからか、余計に大きく見えてしまう。

 更に目を引いたのは、巨大とも言うべき鎌。鈍色のソレを石に押し当てて、杖の様にして顎を乗せている。

 何も言う事のない彼女を数秒見つめて、僕は石を積み重ねるのを再開する。次はなるべく崩れない様に。

 

 積み上げた石の数が十二に差し掛かり「あぁ」、と思い出したように口を開いた女性。

 

「そういえば自己紹介がまだだったね。私は小野塚(オノヅカ)小町(コマチ)。三途の川で船頭をしてる者さ」

 

 三途の川。死者を送るための川。三途の川で、ここは河原なのだ。僕は積み上げた石の塔を自分で潰した。なんせ、意味がないのだから。

 ガラガラと音を叫んだ石達に、「ありゃりゃ」と声を出した小野塚小町。

 重く感じる身体を上げて、僕は口を開いた。喉を震わせた。

 

「…………――」

 

 そして、声は出なかった。

 相変わらずの自己紹介すら出来ない喉の抑えて、再度声を出そうとする。

 結果は、変わらない。

 息は出来る、喉を震わせる事も出来る。目の前の存在の御蔭で耳も正常に動いている。けれど、声は出ない。

 

「あぁ、御前さんは声が出ないんだねぇ」

「…………」

「御前さん、贄だろう?」

 

 その言葉に少しだけゾクリとした。

 ソレに気がついたのか、小野塚小町は軽快に笑ってみせて、大丈夫と続けた。

 

「私は御前さんを食おうだとか思ってないよ」

「…………」

「もちろん、よしんば許可が下りればそうするだろうけど」

 

 ケラケラと軽快に笑ってみせる小野塚小町を見ながら、僕は溜め息を吐いた。

 本当に、よく笑う存在だ。そこで、僕は改めて周りを見渡す。

 彼岸花の花畑。石の塔が疎らにある河原、そして先の見えない河。名を三途の川。

 僕は、死ねたのだ。ようやく、死ねた。

 

「死んだってのに、随分朗らかな顔になるもんだねぇ」

「…………」

「いんや、責めてる訳じゃぁないんだよ? それこそ、贄ってのはみーんな、自分が死んだってわかった瞬間にそういう顔をしやがるのさ。 やっとこさ死ねた、なんて冗談じゃない」

 

 小野塚小町は嫌になるね、と続けて肩を竦めて首を横に振った。そうして彼女は鎌を持ち上げて肩に背負う。

 積まれる石達を踏んで、河原にあった船に乗り込んだ。

 

「まぁ、贄だから、なんて事は言わないよ。少年は可愛らしい顔をしてるんだから、そういう顔の方がいいさ」

「…………」

「きっと声もイイんだろうねぇ。まぁ魂にそういう事を問うのも野暮ってもんだけどね」

 

 河原に着いた船の安全をしっかりと確認した小野塚小町はコチラに手を向ける。

 僕は、なんの迷いもなく、その手を取り、舟へと乗り込んだ。

 

「何にしても、私がサボってた、なんて事……誰にも言うんじゃないよ」

「…………」

 

 それさえなければ言われる事もないのだろうに。尤も、僕には出せない音なのだけど。

 そう思えば、クツクツと笑う小野塚小町が隣にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所謂、舟という物体に初めて乗った。

 スイスイと進む景色と進行方向から来る風が頬を撫でる。

 相変わらずクツクツと笑う小野塚小町が声を出す。

 

「あー……大丈夫かい?」

「…………」

 

 僕は声を出せても無言だったと思う。

 僕の目の前には水面に浮かんだ僕の顔があって、真っ青な顔をしていた。

 つまるところ、酔ったのだ。あぁ、コレが酔うという感覚なんだな、勉強になった、なんて感想も抱けない程、気持ちが悪い。

 胃の中には何も入っていないらしく、ただただ気分の悪い時間が舟と一緒に流れていった。

 僕は横目で小野塚小町を見た。

 

「生憎、舟に乗る時間を短くする、なんて事私にはできないよ」

「……」

 

 少しだけ恨めしく思いながら、喉に何かが競り上がる感覚を感じてまた水面に向く。もちろん、感覚だけであり、吐かれるモノなど感覚を耐え切ったあとの荒い息だけなのだ。

 水面に映る自分の目は少しだけ涙目で、余計に僕の心を荒ぶんだ。

 

「涙目ってのも、中々に唆るけど。やっぱり笑ってる方がいいねぇ」

 

 そうは言っても笑えないのだ。笑える筈がない。笑みさえも貼り付けることが出来ない。

 無表情ですらなくなった自分に波紋が浮かぶ。

 波紋の先で顔が歪み、そして笑みを浮かべている幼い少年の顔に代わった。

 

 満面の笑みを浮かべている、幼いと言える少年。

 その手は綺麗な女性に握られていて、その逆の手は厳格そうな男性に握られている。

 

 少年は笑みを浮かべていて、女性と同じ模様の着物を着ていた。

 シアワセ、と呼べるモノなのだろう。きっと、シアワセだったに違いない。けれど、彼はこの先に地獄にも似た未来を知らないのだ。

 

 

 雨が降っていた。その日は、雨が降っていた。

 未だ帰らぬ親を待ち、少年は窓を見上げていた。降っていた雨が屋根を叩いていた。

 コツコツと屋根は鳴り、そして扉が乱暴に叩かれた。

 少年は訝しげに思いながらも、扉を開いた。開いてしまった。

 家の中の光が暗闇の外へ漏れる。少年の瞳に映ったのは、白い服と真っ赤な模様。彼の鼻を支配したのは、鉄の匂い。僕は、固まった。

 鈍色の刃物が真っ赤な液体を垂れ流し、赤く染まり過ぎて黒ずんでいた手が僕を掴んだ。抵抗した所で意味などなかった。それは今だから分かる事だけれど、僕は抵抗し続けた。

 

 雨に打たれて着物が重くなる。草履も履かなかった足は泥に汚れ、着物の裾を汚した。

 掴まれた僕は勢いを付けて投げられた。泥に顔を擦り付けるように倒れ込んだ僕は、立ち上がる為に地面に手を付けた。

 

 グチュリ、と嫌な感触が左手に広がる。

 指先には違う何かが当たり、握りつぶしたソレがまだ繋がっている何かだとわかった。

 暗闇に慣れた瞳が、前を見た。

 それは、赤色だった。赤であり、黄色でもあり、けれど、やはり赤というのが正しかった。

 白い肌は破かれ、綺麗な着物は割かれ、腹から飛び出た××や××が、××がそこらに散らばり、そしてワザととっていたかの様な白い手と、ゴツゴツと骨ばった手がソコには落ちていた。

 両方共左手で、両方共薬指に指輪をしていて、両方共二の腕が無かった。

 理解して、僕は涙を流して叫んだ。

 情けなく、信じられなくて、僕は叫んだ。否定したい現実を受け入れれなくて、僕は叫び続けた。

 

 

 フッと、僕の雨が止んだ。僕の後ろには男がいた。

 その男は僕の上に傘を開いていた。

 

 僕は男にすがった。自身の叔父である男にすがりついて、泣いた。

 ワンワンと泣き叫ぶ僕を男は抱きしめるでもなく、ただ見下した。

 

 

 

 

 

 

 少年は小屋に正座をしていた。

 立て付けの悪い扉、穴の開いたボロ壁、そして天井も開いた、そんな小屋に正座をしていた。

 汚れた着流しを纏い、虚ろな瞳で何処かを向いていた。

 そして、立て付けの悪い扉が開かれれば、少年は意識を戻したように、けれど変わらぬ虚ろな瞳で扉を開けたニンゲンを見て、笑んだ。穢らわしい、笑みを貼り付けてていた。

 

 少年は、ニンゲンから、人形へと変わった。

 

 

 

 

 バシャリと水の中に手を入れたと同時に、映っていた過去は消え、歪んだ僕の顔が見える。

 渡し人である小野塚小町は何も言わなかった。

 河に映った僕は、人形らしい無表情だった。

 

「…………」

「過去をみて悔い改める。ここはそう言う所だよ。 悪人は悔いる事なく送られ、善人ってヤツは悔いて送られる」

「……」

「お代は六文で十分さ。払えないなら私がサボってた、だなんて決して言うんじゃないよ」

 

 そうしてニッコリと、茶目っ気たっぷりに小野塚小町はそう言った。




贄の複数存在に関して。

贄という存在が複数存在する事はありません。
例えば、Aという世界とBという世界があります。
Aの世界に贄が存在すると、Aの世界にはもう他の贄は存在出来ません。
Bの世界に贄が存在していても、Aの世界には贄は存在できます。

要は、同じ空間に複数存在出来ない、という事です。

今回の疑問点である、複数存在。小町の言葉である「贄ってのは―」というのは過去にいた贄の話です。もしくは多次元的な世界の三途の川での知り合いからの愚痴みたいなモノです。

こうして説明してればわかるのですが、矛盾点が存在します。
別段、ソレを書きたかった訳ではないのですが、こういう設定にしてしまったから出てきた矛盾点が意外に綺麗な矛盾なので、そのまま流用します。

たぶんこれで私自身が理解できてる矛盾だけが残る筈……。

以上です。何かありましたら、メッセージでも感想にでも書いていただければ反応致します。


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29 レンと■

2013/8/1
大幅に修正
ご迷惑をおかけします

エロ要素「じゃぁな!」
喜劇要素「またな!」


絶望「やぁ!」
超展開「おっす!」


 人形は目を覚ました。

 薄布から顔を出して、ぼんやりとした瞳を彷徨わせる。

 薄布の下で乾いた何かを感じて、ソレを手で削いだ。

 

 フワリと黒い髪を撫でた風に満足して、人形は遺された本を開く。

 ソコには人形へと至る道が在った。

 ソコには人形へと至らせる道が在った。

 ソコには死者である父が在った。

 たったそれだけの本が人形にとっての救いであり、そして、きっと、逃げ道だった。

 人形の元へ男がやってくる。

 

 男は人形を見て、下品な嗤いをするでもなく、ただ見下していた。

 人形はその男を、その男の先にある虚空を見つめた。

 そして男と人形は口を開く。

 

『さぁ、深呼吸を始めろ』

 

 同時に開いた口から出てきた言葉は、全て人形に対しての言葉だった。

 人形へと至った少年と人形へと至らせた男。そして、人形に至る事を受け入れた人形。その最初の言葉だった。

 

『深呼吸をすれば、お前(ワタシ)は人形へなる』

『全てを忘れて、全てを感じず、全てを受け入れる、人形(ニンゲン)へと』

『さぁ、ゆっくりと意識を落とそう』

『さぁ、ゆっくりと意識を戻そう』

お前(ワタシ)人形(ニンゲン)だろう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 ぼんやりと過去を見せられて、溜め息を吐き出す。

 こうして河を乗り越え、そして長い廊下を歩いているというのに、過去というのは自身に憑いてくるらしい。

 繰り返された自己暗示。アレの御蔭で痛みも感じなくなった。痛みは快楽へと成り下がった。

 僕が(ゴミ)だった時の記憶。思い出しても何も感じないほどに、日常になってしまった日常。生きる事も許されず、死ぬことも許されない、そんな(ゴミ)

 

「どうかしたのかい?」

「……」

 

 小野塚小町の声に僕は首を振る。

 どうにもしない、どうにもできない。アレは過去であり、僕は今であり、先は無いのだから。

 もう一度だけ息を吐いて、僕は小野塚小町の後ろについて歩く。

 

 ニンゲン……今なら、人形と言える存在へと堕ちた僕の日常はそれこそ思い出しても意味などない。

 抱かれて、眠り、本を読み、抱かれて、眠る。それだけなのだ。

 十の冬を過ごし、叔父の気紛れでここへ落ちるまで、僕にはそれだけしかなかった。きっと、今でも僕はそれだけでしかない。

 僕は、不意に立ち止まってしまう。

 

「どうかしたのかい?」

「…………」

 

 先程と同じ問いかけに僕は首を動かすことが出来なかった。

 受け入れた筈の事実を思い出して、僕は立ち止まった。連続して様々な顔が頭に投射されていく。

 ゆっくりと、噛み締めるように、僕は瞼を落として、息を吐いた。

 瞼を上げて、長い廊下の先に扉が見えた。

 受け入れる。容易く何度もした行為だというのに、僕はまだ出来ていなかったらしい。

 息を吐き出して、頭に浮かんだ顔に謝りながら、僕は小野塚小町に笑む。人形らしくない、きっと不格好な笑顔で。

 そんな僕を見てキョトンとした小野塚小町は「ほぉ」と一息吐いて、僕と一緒に歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉の前に到着すると、僕の短い過去というのはあっさりと終わった。

 それとも、扉の前に到着したから終わったのだろうか。それとも扉の前で終わる様な作りなのか。

 見る限り重厚な扉を見た僕の感想は、扉に関しての感想なんて無いらしい。

 

「普通は扉を見るともう少しゾッとしたような顔になるんだがねぇ」

「……」

 

 死ぬ事なんて、そんな物はそれこそ最初に終わらせてしまったのだ。僕は正しく生きていた。けれど生きてはいなかった。死んでなかっただけだ。

 そんな僕に溜め息を吐いた小野塚小町は僕に後ろを振り向く様に指を指した。

 長い長い廊下が伸びている廊下。

 パチン、と指が鳴った。目の前には僕達が乗っていた舟があった。

 

「よし! 表情を変えれたよ!」

 

 思わず驚いた顔をして僕をのぞき見た彼女はニコニコと笑った。そんな彼女に思わずブスッとした顔になってしまう。

 そんな表情をした事もあってか彼女の笑みはより一層に深くなった。

 

「アッハッハ、ごめんよ。 ずっと仏頂面だったからね」

「……」

「『距離を操る程度の能力』。まぁ船頭に必要な物なんだけどね」

 

 そういって小野塚小町は苦笑して僕の頭を少し乱暴に撫でた。

 冥土の土産とでも言うのだろうか。冥土に行くための土産ではなくて、冥土でもらう土産を言うかはわからないけれど。

 一通り笑って満足したのか、コホンと一つだけ咳をして、改めて小野塚小町は扉へ向いた。

 

「えー、っと。 小野塚小町、死者を案内して来ましたー」

 

 随分と軽い言葉が短い廊下に響いた。

 扉は開かない。

 

「……」

「……」

 

 僕らの間に沈黙が舞い降りた。僕は小野塚小町をジッと見上げる。どうしてか汗を流し始める小野塚小町。

 

「すいません! 私が悪かったですって! 開けてください!! こう、今の空気に晒されるぐらいなら死んだ方がいいです!!」

「……」

 

 いや、その死を案内する側が何を言っているんだ。と僕は言えなかった。声が出ないのだから仕方ない。

 ガンガンと扉を叩いていた小野塚小町の悲痛な叫びが通じたのか扉はギギギギ、とその重厚な身体を動かし始めた。

 

 開いた扉の先は大きな空間に成っていた。

 目の前には、大きな木製の机。そしてそんな机の前にいる笏を持った少女。

 

「ようやく来ましたか」

 

 少女は非常に通る声でそう言った。

 叫ぶでもなく、それ程大きな声でもないと言うのに、少女の声はしっかりと僕の耳に届いた。

 

「あれ? 来るって知ってたんですか?」

「黙りなさい死神。閻魔である私はアナタの上司ですよ」

 

 まるで当然の事を言うように言い放った少女。その言葉に少しだけ眉間を寄せた小野塚小町。

 

「死神、アナタの仕事は終わりです。消えて構いませんよ」

「何を言ってるんですか。こんな美味し、げふん、贄を送るなんて大義を得たんですからしっかりとサボりますよ」

「…………」

「……」

 

 悪びれも無く言い放った小野塚小町に少しだけ呆れてしまう僕と無表情に彼女を見つめる少女。

 そんな少女は溜め息を吐くでもなく、改めて僕を見つめた。

 

「さて、罪人よ。 オマエの罪を辿りましょう」

「……」

「答えなさい、アナタは自身の罪を自覚していますか?」

 

 閻魔は僕に向き、口を開いた。どれ程の罪が僕に在るというのだろう。

 

「答えませんか。弁明もしませんか」

「まぁまぁ、映姫様。この子喋れないみたいですし」

「喋れない……? なら、私が変わりに説明してあげましょう」

 

 朗々と何も見ずに、少女が口を開いた。

 

「さぁ、初めから……オマエが生まれ落ちた……生まれ落ちてしまった事から始めましょうか

 

 

 村の長と女との間に生まれる。

 村内での交配が掟だったと言うのに、オマエの父、村の長はソレを無視し、外の女と交配した。

 そしてオマエが生まれてしまった。

 忌子として。

 

 

 

 だからオマエの両親は殺された。

 

 罪。

 

 村の中で存在し、村全体に悪影響を与えた。

 

 これも、罪。

 

 (ゴミ)であるのに存在している。

 

 それも罪。

 

 この世界では妖怪に力を与えた。

 人にあるまじき行為である。

 

 さぁ、判決など、言うまでもない」

「あー、えっと、映姫(エイキ)様? 彼は贄ですよ?」

「『贄』?

 贄だからといって人を蔑み、妬み、妖怪に手を貸していいと?

 人の為にあるはずの贄が人を貶める為に生きている事を良しとするのか?」

 

 変わらぬ無表情で笏が突きつけられる。

 瞬きもしない瞳が僕を映し出す。そして口からは判決が漏れ出す。

 

「死刑。死罪。その罪を拭えるだけの地獄を味わえ、咎人。堕ちて償え」

「映姫様? 大丈夫ですか?」

「死神、何をしているのですか? はやくその鎌で咎人の首を落としなさい」

 

 小野塚小町は眉間を更に寄せて溜め息を吐きだした。

 僕の方を向いて、鎌を振り上げる。

 

「スマンねぇ、こっちも上司の命令にゃぁ、従わなきゃいけないんだ」

「……」

 

 僕はそんな小野塚小町に思わず笑ってしまう。仕方ない事だ。受け入れよう。

 僕は瞼を落として、彼女が落としやすい様に頭を垂れた。

 小野塚小町の溜め息が聞こえた。

 

 ビュオという風切り音の後に、木に何かが当たる音がした。

 瞼と首を上げれば、耳横の髪が少しだけ切れた閻魔とその後ろに刺さる鎌。投げた体勢で止まっている小野塚小町は改めて溜め息を吐いた。

 

「れっきとした上司の命令ならね」

「…………」

「何を言うんです、死神」

「映姫様は私の事をコマッチャンと呼ぶんだよ」

「……何を言ってるんですか、コマッチャン」

「ダウト。閻魔様なんかにそんな事言われちゃ死んじまうよ。死因は笑いだけどね」

 

 ニッと歯を見せて笑った小野塚小町はいつの間にか持っていた銭をジャラリと鳴らした。

 色が在る銭を鳴らして、再度小野塚小町は口を開いた。

 

「出てきなよ、裏で操るだけしか出来ないのかい?」

 

 小野塚小町の声の後、パチパチとまるで称賛するように拍手が聞こえ、一人の男が机の下からのっそりと現れた。

 僕は思わず身体を抱きしめる。二の腕を抓るように強く抱きしめて、心の底から湧いてくる感覚を払拭していく。

 

「ほぉ、私に気がついたのか。素晴らしい能力だ」

「私からすれば、閻魔を操る事の出来る手前さんの方が凄いと思うんだがねぇ」

「閻魔といえど、人型で、思考し、息をし、感情を持つだろう? ならば道理は通る」

 

 ガチガチと鳴る歯を食いしばって、音の出ない息を繰り返す。

 クヒクヒと特徴のある高い笑いを口の端から漏らした男は僕が人形であった時と同じく下卑た笑い顔をしている。

 

「黒幕は早々に退場してもらおうかいッ!」

 

 小野塚小町の手から放たれた色取り取りの銭が放たれ、ソレが男へと向かったが、容易く閻魔により全て落とされた。

 ジャラジャラと甲高い音を響かせながら、銭が落ち、そして男は嗤う。

 

「ケヒッ、ケヒッ。阿呆か? 私が閻魔を操っていると、死神が言ったのだろう?」

「そうかい、畜生め」

「しかし、次に放ってみろ。閻魔には死んでもらおう」

「手前さんに閻魔が殺せるってのかい?」

「私は殺さんさ。閻魔は自害する、それだけだ」

 

 ニタリと歪んだ嗤いを浮かべた男は僕を見る。それだけで僕の身体に何かが這うような感覚が蘇る。

 まるで身体があの時に戻るのを拒絶するように、頭がソレを否定するように。

 

「『さぁ深呼吸を始めろ』」

 

 ビクンと僕の身体が震える。

 身体が動かない。きっと僕はまた人形になってしまう。また(ゴミ)へと成り下がってしまう。

 ぼんやりと視界が歪み、昔によく体験した朦朧とした思考に陥る。抓っていた腕の痛みが和らぐ。

 腕から手が離れる。

 駄目だ。ダメだ。

 だめだダメだ。

 舌を噛んでみる。痛みは無い。ダメだ。更に力を込める。痛みは無い。更に力を込める。ブツリ、と音が聞こえた気がして、口の中に鉄の味が広がった。

 朦朧とした意識が浮かび上がると同時に舌に熱を感じた。噛み切った事はないけれど、ソレでも痛いと感じれた。

 

「ほぉ、舌を噛んだのか。あの時とは違うな」

 

 人形に落ちる事に、意味などない。今の僕には必要では無いのだ。

 口の中に溜まった血を飲み込む。

 

「しかし、その瞳は目障りだ」

「はてね、そんな事人それぞれさ。 なんなら手前さんの瞼を落とせばいいだろう? それこそ永遠に」

「なんだ死神、閻魔を助けたくないのか?」

 

 舌打ちが隣から聞こえた。

 僕は更に血を飲み込んだ。胃の中に落ちた血が僕の中をゆっくりと広がっていく。

 息を吐きだした。吐息が聞こえた。

 

「そうだ、そうだ、イイ事を思いついたぞ」

「なんだってんだ」

「閻魔を助けてやろう。ケヒッ、あぁ、そうしてやろう」

 

 小野塚小町は思いっきり眉間に皺を寄せた。信じられない様に、これから男がいうであろう要求を面倒にでも思ったのだろうか。

 

(ゴミ)よ」

「…………」

「――目を抉れ」

「は?」

 

 思わず声を出したのは小野塚小町だった。

 そんな小野塚小町に対して呆れた男は、相変わらず下卑た嗤いを浮かべた叔父は口を再度開いた。

 

「一々説明してやらなければいけないか?

 

 (ゴミ)

 オマエの瞳が不快だ、抉れ

 オマエの呼吸が耳障りだ、喉を潰せ

 オマエに秘め事など許さない、臓腑まで見せろ

 オマエに四肢など必要ない、落とせ

 オマエに価値など有り得ない、這いながら私に頭を垂らし、死ね

 

 

 そのまま奈落の底へと堕ちて、消えろ。(ゴミ)




(ゴミ)
レン君がアッチだか向こうだかの世界で呼ばれていた名称。元々の名前はレンであったけれど、男にとって、レン君は芥なので。

(イザナイ)い師
俗に言う催眠術師。元々そういう家系で、レン君が稚拙だけれど決定的な自己暗示を使えていた理由。


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30 レンと叔父

グロ注意



「そのまま奈落の底へと堕ちて、消えろ。(ゴミ)

「な、何を馬鹿な事を言ってるんだい!!」

 

 小野塚小町は叫んだ。

 そんな叫びもまるで嗤う様にケヒッケヒッと男の口からは嗤いが漏れた。

 

「別にしなくてもいいぞ? その時は、そうなるだけだ」

「ッ」

 

 僕と閻魔を交互に見る小野塚小町。

 僕は溜め息を吐きだした。ふぅ、と息が吐き出されて、真っ直ぐに男を見た。

 相変わらず、下卑た嗤いを浮かべていた。

 

 

 僕は瞼を落とす。

 右手を顔に置いて、左目の場所を確認した。

 

 中指をゆっくりと左目の上に差し込む。そのまま更に力を込める。

 隣にいた小野塚小町の声が聞こえた。男がソレを制止させた声が聞こえた。

 中指の爪が何かをこそぎながら進み、指先に何かが触れた。

 ソレを切らない様に、引っ掛けて手を引く。

 

 視界に手のひらが見えた。

 頬に液体が滴る。

 

 小野塚小町の息を呑む声が聞こえた。

 僕は右手で掴んだソレから伸びる線を、目元から伸びるソレを左手で抓んだ。

 息を吐き出して、歯を食いしばった。

 

 右手を力の限り引けば、手の平の視界は消えた。

 

「――――――――――ッッッ!!」

 

 熱い、熱い! 熱い!!

 必然的に荒くなった息。右目を開き、右手に持ったソレを確認した。コロリと、球体のソレはしっかりと僕の左目から右手へと移動していた。

 

「ケヒッ!! 叫びが聞こえないというのは残念だ!! あぁ!! 滑稽! 素晴らしい!!」

「―――ッ」

「その顔だ! ケヒッ! 私が望んだ物は!! 兄も! 義姉も! オマエも! 実に清々しい!!」

 

 叔父の嗤い声が響く。

 思わず片膝を付いてしまった僕。ソレを支えるように小野塚小町が僕を支えた。

 

「大丈夫かい!? こんな無茶しやがって!」

「――――…………ふぅ」

 

 驚いた顔をしている小野塚小町を黙らせるように、僕は人差し指を口に置いた。

 別段、バレたところでという話なのだけど、少しぐらいは驚いてもらわないと困る。

 僕はコロリと右手に収まった瞳を小野塚小町に見せて、視線を閻魔へと向かわせた。

 小野塚小町は何かに思い至ったのか、盛大に、叔父にバレないように溜め息を吐いた。そして面倒そうに髪を乱暴に掻いて、僕の髪を撫でて立ち上がった。

 同時に僕も立ち上がる。

 

 魂と成った。けれども何かが欠けていた。欠けていたから声を出すことが出来なかった。

 仮定。

 贄である。贄だから、贄の力を使うことは出来ない。けれど、何かが欠けたてしまった僕は?

 僕はもう一度血を飲み込んだ。

 既に満たされている。胃の中から何かが広がる事は無い。

 

「クヒッ! さぁ、次は喉だったか? もう片方の瞳は最期にしてやろう! もちろん、涙するオマエが見たいからだがなぁ!! あぁ! オマエの叫びが聞こえなくて残念だよ!!」

「…………

 

 

 

 

 

 ―――――――そう」

 

 僕は一歩目を踏み出した。

 僕の歩幅を考えると、叔父との距離は十歩。叔父の隣にいる閻魔の距離も同じ程度。

 右手を口に当て、瞳を口に含む。

 僕の後ろで、パチンと指を鳴らす音が聞こえた。

 

 僕の目の前に閻魔の顔が見えた。

 目と鼻の先にある閻魔の顔。虚ろな瞳、無表情な顔。その両頬を支えて僕は飛びかかるように閻魔に口付けをした。

 幸い、力など入れられてなかった下顎を頬に添えた手で下げる事が出来たので、口の中に含んでいた眼球を閻魔の口内へと押し出した。

 吐き出さない様に、奥へ、奥へと押し込めば、腹部に衝撃が広がった。

 眼前にあった閻魔の顔が遠ざかり、胃の中にあった血液と胃液を吐き出しながら僕は滑空する。

 長い滑空をしてから、背中に柔らかい感触が広がり、肩に置かれた手を確認できた。

 

「大丈夫かい?」

「……うん」

 

 彼女の咄嗟の判断で壁に叩きつけられる事はなかった僕。心の中で感謝をしながら、僕は息を整えた。

 

「あぁ、なんだ、喋る事が出来たのか?」

「…………お陰様で」

「いいや、しかし、なんだ。私を驚かせるとは、中々。 けれどオマエがしたのは閻魔との接吻だけだろう?」

「…………」

 

 僕は息を吐きだした。

 ゆっくりと、大きく息を吸い込んで、肺に空気を入れた。

 

「……叔父上には難しい」

「ほぉ、私を前に驕るか。 閻魔ですら操った私を前に」

「……自身の兄夫婦を殺し、僕を消し、何を望む」

 

 叔父の呼吸に合わせる様に、息を吐き出して、息を吸い込む。

 

 息を吸い込み、息を吐きだした。

 

「……幻想へと追い込んだ僕を追い、何を求める」

「それだ、そう、ソレが原因だ!!」

 

 叔父はまるで狂った様に叫ぶ。

 僕を指差し、相変わらず見下した瞳で僕を見つめる。

 

「全てを悟った様な瞳は兄の様だ!! 諭す口調は義姉に似過ぎている!! けれど、それでも、私は勝ったのだ!! 義姉に!! そして兄に!! 私を長く苦しめ続けた存在に! まだ私を諭すか! まだ私に語るか! 穢れめ!! もうオマエの苦しむ姿も見たくない!! さっさと私の目の前から消えろ!!」

 

 叔父は閻魔に命令を下す。

 僕は閻魔に向いた。隣にいた小野塚小町の溜め息が嫌に耳に響いた。

 

「――アナタの御高説はここまでですか?」

 

 響いたのは無機質な声などではなく、しっかりとした意識を感じれる閻魔の声だった。

 その声に叔父は目を見開き、そして改めて口を開く。

 

「『さぁ深呼吸を――」

「続けても構いませんよ。もう落ちませんが」

 

 溜め息を吐き出して、額に手を置いた閻魔は頭をゆっくりと振った。

 

「まったく、向こうの閻魔も面倒な者を押し付けてくれたモノです……催し物としては悪くはありませんでしたが」

「な、なぜだ!? 私の催眠は完璧だった筈だ!!」

「そうですね。それこそ閻魔を落とすには出来すぎた力です。 言ってしまえば『催眠に陥れる程度の能力』と名付けれる程」

「なら、」

「けれど、実際私は起きてしまいました。所詮は人間の業でしかありませんから。……しかし、大層な高説でした」

 

 閻魔が笏を持つ手を上げれば、虚空から鎖が伸び、叔父の四肢を縛り上げる。

 宙へと浮いた叔父が暴れる度にジャラジャラと鳴る鎖達。

 

「丁度、アナタの罪の深さがどの程度かも判りました」

「えっと……映姫様?」

「なんですか? 小町。 仕事をサボっていた事に関しては後で説教です」

「うわぁーい……本当に映姫様だぁ……あぁ……」

 

 僕の隣で喜びながら落ち込むという器用な事をしている小野塚小町。その肩に思わず手を置いてしまった。抱きしめられた。

 

「さて……判決を下しましょう」

「ま、待て!! 私より、あそこにいる穢れの方が……!!」

「アナタの判決を言い渡します。もう一度言いますよ? 黙って従いなさい。

 アナタの、判決を、下します。

 わかりましたか?」

 

 ニッコリと擬音が付きそうな程笑顔な閻魔。僕を抱きしめている小野塚小町がガタガタと震えている。

 

「さて、アナタは恨みの為に全てを利用しました。

 

 自身の父を、母を。

 

 利用できない兄は殺し、その妻も殺した。

 

 更にその息子である彼を陥れました。

 

 神との契約を偽り、彼を贄へと落としました。

 

 償うべき罪も、積まなければならない善行も、死んでいるアナタには手遅れです。

 判決を下しましょう

 

 

 

 黒。地獄へと、落ちなさい」

「……―――クヒッ!! そうか! コレがオマエの催眠か! レン!!」

「――……」

 

 僕は一度開いた口を、閉じた。

 きっと、その方があの人にとっていいのだろう。相変わらず狂った様に嗤う叔父。

 鎖ごと何処か虚空の扉へ消えていく叔父を見送る。

 

 さようなら、父と母を殺した人。

 さようなら、僕を育ててくれた人。

 さようなら、僕の叔父。

 さようなら。

 

 

 

 

 

「…………さて、酷い目覚めでしたよ」

「…………」

 

 一段落という風に閻魔は口を開いた。

 贄の血液が力だというなら、きっと器官の一部である眼球はとても力を含んだ物なのだろう。

 少しだけ頭を下げる。

 

「いえ、責めている訳ではありません。むしろ、私の責任で片目を失わせてしまいましたね」

「……気にしない」

「そう言ってもらえるとありがたいですが、責任は責任です」

 

 本当に気にしていないというのに。

 どうせこのまま死ぬ身だ。

 

「アナタの罪を消す事以外は叶えられますよ?」

「生き返らせるとかは出来ないんですか?映姫様」

「彼に関しては不可能です」

「……つまり、贄とイチャイチャできるって寸法ですね!」

「いいえ、彼は厳密に死んではいませんから。蘇らせるも何もありません」

「えー……」

「なんですか、その態度は」

 

 肩を落とした小野塚小町に呆れたように息を吐いた閻魔。

 僕が死んでない、というのが非常に気になるのだけど。

 

「アレ……まぁ先程送ったアナタの叔父に狂わされた死です。私が判決を下すまでは白黒はっきり分けれない、そんな状態だったんですよ」

「ん? えっと、そういう死亡関係の書類って簡単に狂う物でしたっけ?」

「……いいですか、小町。昨今の神様事情というのがありましてね。非常に重要な死亡関係、生存関係の書類でも容易くミスを起こし、挙句の果てに別世界へと放り出すおもしろ可笑しい企画が流行ってるのです」

「……映姫様、今のは聞かなかった事にします」

「そうしてください」

 

 さっぱりわからない会話。けれども小野塚小町と閻魔の両者が溜め息を吐きだした。

 ともあれ、という風に閻魔が僕に向き直る。

 

「何か願いはありませんか?」

「……」

「私の説教を消すってのもありますよね? そうしないかい? 今ならオネーサンご奉仕するよ」

「ハァ……いいですか、小町。アナタという死神はどれ程説教が好きなのでしょう。

 いいですか、小町。アナタは―――」

「……一つだけ」

 

 始まりそうだった何かを遮って僕は口を開いた。

 言葉を続けると、小野塚小町は困ったように僕を抱きしめて、閻魔は溜め息混じりに笑んだ。

 

「ソレがアナタというのなら、叶えましょう」

「……お願い」

「えぇ、承りました」

「じゃぁ、帰りも送るよ」

「……うん」

 

 小町に抱き上げられて僕は扉へと向かう。

 

「あぁ、そうです。 よければコチラにも遊びに来てくださいね。 贄なら歓迎です」

「死んでから来るところに遊びにってのも怖い話だけどねぇ」

「小町!!」

「ひゃい! さぁ逃げようか、アッハッハッハ」

「帰ってきたら説教ですよ!!」

 

 そんな愉快な閻魔の声がする部屋をあとにして僕は舟に乗った。船頭は行きと変わらない。

 過去を映し出す河は今は何も写っていない。

 

「けど、本当に良かったのかい?」

「……?」

「アンタの願いだよ。……その、あんな奴放っておけばいいだろう」

「…………いい」

「……そうかい」

 

 やはり呆れ気味に笑った船頭は黙って舟を漕いだ。

 水面に映った僕の顔は、無表情で、けれども何処か少しだけ笑っていたかもしれない。




小物(叔父様
常に兄と比べられる。兄よりも優れたけど人間的にブッ飛んでたので村の長には兄が就任。兄を恨みながらも兄を蹴落とす為に村の為に行動を開始、そんな時に兄が村の外で女を作り結婚。村内以外の婚姻は重罪だったけど、兄は押し通した。
叔父上激怒。
レン君が生まれ、仲睦まじい家族を妬ましく思う。兄と義姉を殺害。レン君に惨殺現場を見せて抵抗をなくす。殺すことは出来ずに男娼へと落とした。
レン君を贄に送り出した後に、災害にあい死亡。
自身の世界の閻魔に会う。催眠→幻想郷の映姫様の元へ移送→催眠。
レン君をコチラに送って恨みをぶつけた。反撃された。オワタ

大体こんな感じ。
かませ犬って言うにも程があるぞ!!

レン君のお・ね・が・い(はぁと
各自想像してください。まぁ、嫌いであっても、彼はたった一人の育ての親なので。レン君だから恨む事もしないんでしょうね。

エロい事はお願いしてないから、そこのとこ注意な。


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xx3 BADEND3

「残念ながら、彼は死んでしまったわ」

 

 八意永琳の声が冷淡に部屋の中に響いた。

 その声を聞いていた風見幽香は、激昂するでもなく、ただ膝を着いて涙を流した。

 診察台に置かれた、花の生えた死体。

 愛していた、彼の死体にを抱きしめて、涙を流した。

 

 そんな姿に申し訳なさを感じてか、八意永琳は唇を噛み締めて部屋を後にした。

 部屋から出た彼女の顔が邪悪に歪んでいる事など、八意永琳自身だけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

 

 目を覚ました。

 首を上げて、ぼんやりとした視界に光が映らない事が分かる。

 ここは、どこだ?

 腕を動かそうとすれば抵抗を感じて、手首に何かが巻きついている事がわかった。

 両手首に何かが巻き付き、僕を拘束している。足も同じだ。

 

「あら、目が覚めたのね」

 

 どこからか声が聞こえた。

 暗闇の先に明かりが差し込み、銀色が見えた。

 光が閉じ、コツコツと音を鳴らして何かが近づいてくる。

 

「こんばんは、気分はどうかしら?」

「…………」

 

 ニッコリと端整な顔に笑いを被せた女性。青と赤の服を着た彼女。どうやら、僕を拘束しているのは彼女らしい。

 

「バイタルも正常。さてさて、失礼」

「ヒグッ!?」

 

 太ももにチクリと何かが刺さった。同時に何かを押し込められ、下腹部が熱くなる。

 息が荒くなり、頭が朦朧としていく。

 

「ふむ、この媚薬は効くのね。まぁ原材料がアナタではないのだから当然ね」

「原材、料?」

「あぁ、気にしなくていいわ。別にアナタの言葉なんて必要ではないし」

 

 ひらひらと細い指の付いた手が目の前で揺れる。

 僕の反応に満足したのか、女性は何かを書き込んで、持っていた何かを近くの机に置いた。

 

「さて、それでは絞り出しましょうか」

「え?」

「機材が揃わないから直接絞る事になるけれど……まぁいいでしょう」

 

 細い手が僕の視界から消えて、端整すぎる顔が近づく。

 僕の僕自身に触れて、優しく握られる。まるで揉み込む様に扱かれ、容易くも勃起してしまう。

 

「対象の勃起を確認。反応は至って健康ね」

「ッ、ん」

「あぁ、必要ではないけれど、声を出しても構わないわよ。尤も、我慢出来るのは今だけでしょうけど」

「ひぁッ」

 

 彼女の手が更に激しく動いて僕を扱き上げる。

 カリ部分を丹念に擦られ、先走りを塗りこむ様に肉棒に擦り付けてくる。

 カチカチと歯が鳴り、頭の中に来る波を抑えていく。

 

「我慢でもしてるのかしら? 別にいいけれど、早く出して頂戴な」

「あぁああぁぁぁあ」

 

 乱暴とも言える手付きに抑えていた何かは容易く決壊して僕は欲求を吐きだした。

 ダクダクと肉棒から溢れるソレを手で受け止めながら、ゆっくりと絞りあげる青赤の女性。

 射精が終わって、その手は出てこなかった何かを絞り出すように、根元から先に向けて動いた。

 

「ふむ、量は上々。質もいいわね」

 

 手に付いた白濁液をペロリと舐めた彼女はニヤリと笑って、そう言った。

 そしてその手を躊躇も何も無く、また僕のモノに当てて擦り出す。

 出した後の敏感になりすぎた肉棒はその手に容易く弄ばれ、快感を直接僕の脳に送り込んでくる。

 強烈な快楽に一度息を飲んで、声が溢れ出る。

 

「あぁぁぁぁあああああああああああああ、だめぇえええぇぇぇえ」

「大丈夫、まだ出るわよ」

 

 僕の言葉など意に介さないように笑顔を僕に向けて笑い続ける彼女。

 敏感で、与えられた快感の何倍の快感を直接脳に叩き込まれた僕は何かをせき止める余裕すら無く、また欲望を吐きだした。

 

「うん、いい調子ね」

「はぁ……はぁ……」

 

 荒くなった息をして、僕は彼女を見る。精液の付いた手で何かを書き込んで、また僕をみてニッコリと嗤う。

 

「さぁ、もう一度出しましょうね」

「む、むり、これ以上、出ない」

「大丈夫大丈夫。先に精力剤を打ったから」

 

 やはり彼女は僕の意思など関係無しに手を僕の肉棒に添えて扱き出した。

 また快感の激流が僕の頭を沈めていく。

 何も考えれなくなる。

 思考力が落ちて、トロンとした何かが僕を支配する。まるでぬるま湯に浸かったように、心地良すぎる世界。

 

「ほら、ね? また出たでしょ」

 

 また欲望を吐きだした僕にやはりニッコリと微笑んだ彼女に僕も微笑む。

 もっと、もっと、この世界が続けばいい。

 

「あら、ふむ……萎えっちゃったわね」

「ふぇ……あ……」

「精力剤って言っても、所詮はアナタが原料じゃないし……仕方ないわね」

 

 彼女は僕を抱きしめた。手が僕の臀部に触れて、何かをまさぐる。

 そして、孔を見つけた彼女はやはりニッコリと哂って、僕の中に細く長い指を侵入させた。

 

「ひぎぃいいいい、らめ、そこ、らめなの」

「あら、予想外にいい反応ね……よいしょっと」

「んひぃいぃいいいいいぃぃいい!!」

 

 コリコリと僕の中にあるシコリを押されて強制的に勃起をする。彼女の服のザラついた感触が敏感な肉棒に触れて、押し出された腰で何度も摩ってしまう。

 そして、また彼女の指が僕の中で動いた。

 

「イィイィイイィイイイイイイイイイ!!」

「あらあら……前立腺だけでイけるなんて……」

「りゃめ、りゃめなのぉぉおおお」

「うーん、いっそバイブでも挿してた方が効率的かしら?」

「んほぉぉぉおおおおおお」

 

 頭の中が暗転して、そしてまた快感で起こされる。

 不意に彼女の瞳に映った僕が見えた。口を半開きにして、舌をだらしなくだして、目は潤んで垂れている。

 

「うーん、そんな目で私を見ないで欲しいんだけど……だって、容赦できなくなっちゃうじゃない?」

 

 逃げる事の出来ない何処かで、僕は永遠に近い時間を過ごすことになる。

 けれど、それでもいい。この世界から、僕は逃げ出すこともしない。出来ないではなくて、したくない。

 

 

 




BADEND3《永遠の陵辱》
ヒント:本当に永遠亭で治療してもよかったのか?
    そもそも、幽香に勝つことが出来ればこんな事にはならなかっただろう。
    レベルを上げて、もう一度挑戦だ!


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31 左目と薬師

誤字訂正
腕の→腕に
報告感謝です。


 目が覚めた。

 ゆっくりと瞼を上げて、ぼんやりとした視界を動かす。

 知らない天井。知らない匂い。

 

「ッ――」

 

 息を吸い込めば胸が劈くように痛んだ。

 浅い息を繰り返して、どうにか痛みを和らげていく。

 どうやら、本当に生きているらしい。思わず苦笑いが口から漏れた。

 手を持ち上げて視界に写せば、視界に不備が在る事に気付く。左側の視界が無い。まるで暗闇を見ているかのように。瞳を触れればソコに在る事は確認出来たので、光を失っただけなのだろう。

 アッチで抉った事が原因だろう。と適当な当たりを付けて溜め息を吐きだした。

 

 顔を横に動かせば、水差しと薬、そして……犬耳?

 一度だけ瞼を落として、深呼吸をする。胸が痛んだ。また浅く息を繰り返して、ゆっくりと瞼を上げた。

 見えたのは、黄色い小さな花。確か、水仙だった筈だ。時期的にはもう少し先の季節にならなければ咲かない筈だけれど。きっと幽香が咲かせたのだろう。

 更に視線をズラして見えたのは、首輪と犬耳、メイド服……。頭が痛くなった。たぶん、きっと、胸の痛みからの頭痛だろう。きっとそうだ、そうに違いない。

 

 その頭痛の原因であってほしい胸の傷。しっかりと幽香に貫かれたというのに、埋まってしまったソレ。

 ここまで運んでくれたのが幽香ならば、謝らなくてはいけない。

 きっと迷惑を掛けてしまったのだから。

 会ったら……会えたら謝ろう。

 

 ゆっくりと落ちてきた瞼に従い、僕はもう一度暗闇へと身を投じる。

 

 

 

 

~~

 

 あの日からいつもの様に通う竹林。正確には永遠亭、更に言ってしまえばレンの所。

 永遠亭に泊まる事や、近場で野宿という選択肢も私にはあるのだけれど。

 

『幻覚の花の効力も、花自体の処理も終わってないんでしょ? さっさと処理してこい』

 

 と薬師に言われてやむを得ず、仕方なく花の処理と自分の治癒の為に通う事になった。

 別に怖いとかそういうのじゃない。あの花はレンにとっては毒でしかないので処理を優先しているだけだ。別に笑顔で人を殺せそうな薬師の言葉に従っている訳ではない。

 

 永遠亭、薬師の診療所からは少し離れた部屋に彼は眠っている。

 当然、永遠亭の住人に挨拶に行く意味も無いので、直接レンの所へ向かう。時折、ウサギとすれ違えば挨拶も交わす。行く意味が無いのであって、返す意味はある。

 しっかりと閉められた襖。私はその前で、深呼吸をする。

 目が覚めていたら、私は糾弾されるだろう。受け入れよう。

 それでも、私は彼が欲しいのだ。きっと、彼は拒否してしまうかもしれない。けれど、ただ、彼が欲しい。

 

「入るわよ」

 

 そう、一言だけ口から出して、何拍か置いてみる。悲しいけれど、当然、中からの返事は無い。

 どこか心の中で安心しながら、私は襖を開く。

 

 開いたソコには、部屋の中心で眠っているレンが在る。

 どうやら私以外にも見舞い客はいるらしく、私がいない時に色々と置いて帰っている。ソレが彼の隣に積まれているのだから、溜め息モノだ。

 犬耳や、猫耳、更にはセーラー服やメイド服。一体何処に着けるつもりなのか、尻尾まで充実している見舞い品。見舞い品じゃないだろ、これ。

 持って来た花を花瓶に生ける。単なる自己満足の花。彼が見ても気が付かない程の自己満足。

 

 あの日から、五日。忌々しくも、貫いた感触はまだ腕に残っている。割いた皮膚の感触、貫いた肉の感触。

 そして、口から血を垂らしながらも微笑んでくれた彼。

 私がまだ初心だった頃なら、きっと自身の両頬に手を当てて身を揺らしただろう。今やるとゾッとしかしないが。

 

 そんな微笑んだ彼は今、いつもよりも無表情で眠っている。死んでいるのかもしれない。

 けれど手に触れて見ればほんのりと温かく、トクントクンと血流を感じれる。

 起きてほしい。

 起きて、私に声を掛けて欲しい。

 

 そんな願いを込めて、左頬を軽く撫でる。

 愛おしくて、壊れやすい、人間を、私は撫でる。

 

「…………―――」

「ッ!?」

 

 彼の瞼がピクリと動いた。左頬に触れていた手が制止する。

 もしかしたら、勘違いかもしれない。

 もしかしたら、起きたのかもしれない。

 息を飲み込んで、彼の動きを見る。薄らと左目が開いた。私の方は見ずに、何処か虚空を見つめている。

 そして、彼が口を開く。

 

「……――ダェ……?」

 

 乾いた声で、まるで確かめる様に呟いた言葉は私を戦慄させるには十分な言葉だった。

 思わず歯を食いしばる。

 いや、待て。まだもしかしたら寝ぼけて誰かを判断出来なかったのかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いてみる。

 起きた事はとても嬉しい。嬉しくて涙が溢れてしまう程、嬉しい。今はソレでいいじゃないか。

 

「少し待ってなさい」

 

 私は薬師を呼ぶために立ち上がる。

 彼の頬に触れていた手が彼に掴まれた。彼に向けば、顔が少し動いていたようで、両目とも私をしっかりと見て、とても悲しそうな顔をしていた。

 何度か口をパクパクと動かして、ようやく彼は声を絞り出した。

 

「……―――ぁさい」

 

 そこで力はフッと弱くなり、彼はまた瞼を落とした。

 一体何を言おうとしていたのか、わからなかったけれど、けれど彼は起きたのだ。

 

 

 襖をピシリと閉じて、足を薬師のいる場所へ向ける。この時間なら診察所だろう。

 木の張られた廊下を歩き、すれ違うウサギ達を無視して、いつの間にかウサギ達の視線も置き去りにするように駆けて、音を鳴らして扉を開いた。

 

「薬師、レンの目が覚めたわ」

「……はぁ。嬉しいのはわかったから扉を破壊しないでちょうだい」

「そんな事、どうだっていいわ。だから」

「あーはいはい……ウドンゲ」

「はーい」

 

 棚の奥から紫色の髪のウサギが顔を覗かせる。

 私を見てゲッという顔をしやがった。

 

「そんなに殴られたいならはっきり言えばいいわ。殴ってください、お願いします。って膝を付いて願いなさいな」

「どうしてそう言う話になるんですか!? 私そんな顔してました!?」

「ええ」

「……うわぁ……涙目の人に言われた」

「よし、殴るわ」

「はいはい、漫才はやめなさい。私は彼を検診()に行くからコッチは閉めといて」

「わかりました。締め次第そちらへ」

「来なくてもいいわ」

「……わかりました」

 

 当然である。こんな万年発情兎がレンの所へ行くとレンに悪影響しか及ぼさないだろう。

 

「あと、アナタもダメよ」

「……何故かしら? 一応、保護者なのだけど?」

「知っているかしら、保護者って存在は保護下の相手の胸を貫いて病院には持ってこないのよ。あと顔を洗ってきなさい」

「…………」

 

 ソレを言われるとグゥの音も出ない。全体的な決定権は薬師が持っているのだから、きっと従う方が安全なのだろう。

 まだ彼は目覚めたばかりなのだ、安静であるべきなのだ。

 

「あと、ウドンゲ」

「はい?」

「てゐと兎達の抑えもよろしくね」

「ちょ!? そんな大変な仕事を咄嗟に任せないでくださいよ」

「ウドンゲ」

「無理なんて言いませんよ!! やりたくは無いですけどね!」

 

 ニッコリと嗤う薬師と今にも泣き出しそうな発情兎。思わずにやりと笑った私。ウサギ達を唆して発情兎弄りをしようかしら。

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

 胸が痛い。

 喉が痛い。

 落とした瞼と離れてしまった手。あの声は確かに幽香であったし、きちんと顔を見て確認もした。

 声は出なかったけれど、謝りもした。ちゃんと声が出るようになれば、もう一度謝ろう。

 

 襖の開いた音がした。おそらく誰かが入っていたのだろう。

 重い瞼を上げて、誰かを確認する。

 暗い左目の視界では一切見えない。顔を動かして右の視界に姿を写した。

 

 藍色と赤色の二色の服。その後ろに銀色が揺れていた。

 

「目を覚ましたのね」

 

 誰かはそう告げる。襖を閉じられて、畳を踏みながらコチラに寄る足音。

 足音が止まり、布が擦れる音が聞こえる。

 

「……ダ、ェ?」

「五日間、何も摂っていないのだから、喋れないわよね」

 

 クスクスと嗤い声が鼓膜を揺らし、水音がチャプリと聞こえた。

 おそらく水差しを取った音だろう。

 視界を動かすのが億劫だ。

 水の入った透明の入れ物。その水を少しだけ口に含んで、コチラに顔を寄せてくる。

 

「ん」

「……ンック」

 

 顔はしっかりと固定されて唇が合わさる。誰かから流し込まれる冷たい水と熱い舌。

 自身の舌を押さえつけられて、水を嚥下してしまった。口端から飲み込めなかった水が垂れる。

 しっとりと潤していく水が喉を通り過ぎて、落ちていく。足りないと身体は判断したのか、口が離された時に舌が伸びてしまう。

 もっと。もっとほしい。

 そんな僕に苦笑して、彼女はまた自身の口に水を含んで僕の頬を抑えて口を付ける。

 

 舌が上顎を撫で、歯茎の内側を舐めていく。冷たい水を舌に感じながらも熱い舌が絡められる。

 水が流し終わると、口は離れていく。彼女の唇と僕に銀色の橋が掛かり、それがプツンと切れた。

 しっかり十秒程、彼女の目を見続けて、「さて、」と彼女は言い始める。

 

「さて、初めまして。私は八意(ヤゴコロ)永琳(エイリン)。花の妖怪にアナタを任されて、治療している者よ」

「……レン」

「えぇ、よろしく」

 

 花の妖怪、という事はやはり幽香なのだろう。

 八意永琳の手によって、僕の布団は剥がされ、胸に触れられる。貫かれた筈のソコを触れられ、鋭い痛みが走る。

 

「……やっぱり」

「……何が?」

「コチラの話よ。怪我の具合はだいぶマシになっているわ」

 

 でも少し入院ね。 と付け足しながら片目をパチリと閉じた八意永琳。

 

「他に何処か痛みや異常を感じる所はない?」

「……左目」

「……? もしかして見えてないのかしら」

 

 僕はコクリと頷く。原因らしい原因はおそらく察しているけれど、一応異常だ。

 ふむ、と顎に手を置いて考え始める八意永琳。治療していると言う事は、彼女が薬を処方したのだろうか。全くソレが原因ではないのだけれど……いいか。

 

「疑問点は後にしましょ。 上半身は上げれるかしら?」

 

 そう言われ、手を杖替わりにして半身を持ち上げる。

 胸に痛みが走ったけれど、我慢出来る程度なので無理に起き上がった。

 

「ふむ……薬の効果は出ているけれど、片目を失明したか」

「……?」

「いいえ、コチラの話。あとは変に無理とかちちゃダメよ?」

「…………」

 

 メッ、と言われたけれど、僕は応える事は無かった。応えなかったからか、溜め息を吐き出されてしっかりと支えられて、横に寝かされた。

 

「今はゆっくりと眠りなさい。何かあれば声を出して。近くにいる誰かが来るはずだから」

「……うん」

「それでは、御大事に」

 

 八意永琳はどうしてか笑みを浮かべて立ち上がって部屋から出て行った。

 僕は息を吐き出して、瞼を閉じる。先程まで眠っていた筈なのに、どうしてか直ぐに眠気がやってきて、僕はその眠気に身を任せる。




永遠亭は、エロい方が多くて筆が困ります。
いっそエロなしで切り抜ける事もやぶさかではない……ッ!!



無理ですよねー
なるべく本編に関係あるようにエロエロしときます。


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32 お姫様と花の妖怪

たぶん、永遠亭編はこんな感じの話とエロスを混ぜた様な話になると思います。
絶望さんはお休みですね。


 目が覚めた。

 呼吸をする度に痛覚を鈍く刺激する胸。その胸を痛ませない様に、浅く呼吸を繰り返す。

 一度だけ、大きく吐きだした息。胸の痛むギリギリの量の息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 

 痛みの波は次第に引いて、額から汗がゆっくりと流れたのがわかった。

 瞼を上げれば、相変わらずさっぱりわからない天井。綺麗に梁が並んだ天井と天井板。染みを探し出すのが難しい。

 咄嗟に昔の日常で繰り返していた事をしようとしていて、思わず苦笑してしまう。きっと、この癖は治らないのだろう。

 

 半身をゆっくりと上げて、近くにあった水差しに視線を向ける。ソレの中身が限りなく少ない。

 眠る直前の様に喋れない程口の中は乾いていないけれど、喉が渇いたと思う程度には水がほしい。なければ仕方ない。

 ふぅ、と息を吐いた。

 

 襖が擦れる音がして、思わずそちらに視線を向ける。

 

「レン……入るわよ」

 

 その声は相変わらず変わらなくて、けれどどこか躊躇するように部屋の中に響いた。既に襖は開かれているし、彼女の一歩目は踏み出された後の言葉である。

 僕を棄てた彼女。僕を拾った彼女。僕を殺した(救った)彼女。

 そんな彼女は襖をピシャリと閉めて、畳縁も気にせずにコチラに歩き寄り、そして、僕の横でストンと腰を下ろした。

 

「…………」

「…………」

 

 珍しく下を向いている幽香はその口を閉ざして、何かを言おうとしては、またその口を閉じた。

 もしかして、あの謝罪が届いてなかったのではないか? だからこそ、こうして無言で僕からの謝罪を求めているのだろうか。

 いや、幽香の性格を考えてると有り得ない、と思う。けれど、やはり謝るべきなのだろう。

 

「……ごめんなさい」

「なんで謝るのよ」

「……迷惑を掛けた」

 

 驚いたようにキョトンとした顔をした幽香は溜め息を吐いて、頭痛がした時のように頭を抑えた。

 

「そのことは、いいわ」

「……でも」

「私はアナタを棄てたわ」

「……」

 

 ソレを言われると、棄てられた僕はまた幽香に助けられた、になるのだから余計に謝らなくてはいけない。思わず視線が下がった。

 

「何があっても、その事実は変わらない……だけど、だから、もう一度だけ」

 

 その先に言葉は無かった。

 下がった視界で、幽香の手が動く。その手はゆっくりとコチラに向かい、途中でびくんと動いて制止した。

 戸惑う様に、宙に迷ってしまった手を、僕はジッと見つめてしまう。同時に、彼女の真っ赤な瞳が僕の視界の中に映りこんだ。

 少しだけ潤んでいた瞳。よく見れば、白目の部分も少し赤い。

 

 僕は浮いてしまった手を両手でしっかりと握った。

 冷たく感じる幽香の手を覆える事は無かったけれど、僕の熱が幽香へと移る様に、ゆっくりと温かくなる手。

 

「……大丈夫」

 

 一言だけ、僕は口から出せた。

 いつもの様に自分に言い聞かせるモノではなくて、幽香に言うように言葉は出た。

 幽香は僕の手を優しく握ってコチラを見た。

 作った様なモノじゃなくて、自然に笑みが溢れて顔に表れてしまう。

 

 数秒程その顔をジッと見られて、幽香はどうしてか、手をパッと離してスクッと立ち上がる。

 

「何かいるものはあるかしら?」

「……水」

「わかったわ、少し待ってなさい」

 

 そして流れるような動作で僕の要望を聞いて、踵を返して、手と足を同時に出して、少しぎこちなく歩いて耳まで真っ赤に染めた幽香が部屋から出た。

 襖が音を鳴らして閉められる。

 廊下を歩く音がしないので、まだきっとソコに居るのだろう。

 数えてはなかったけれど、たぶん一分程そこに立ち止まっていたらしい幽香は足音を鳴らしてワザとらしく歩きだした。

 

『発情兎!! 水よ!! 今すぐ水を準備しなさい!!』

『誰が発情ウサギですか!! 少しは頼み方ってモノがあるでしょう!!』

『煩いわね! 煮て焼いて捨てるわよ! 万年発情生物!!』

『ついにウサギですら無くなった!? 第一、私がいつ発情したって言うんですか!!』

『竹取姫に聞いたわよ!? なんでもレンの寝込みを襲おうとしたらしいじゃない!!』

『姫様ぁ!? どこですか!? そんなありえそうな嘘を撒き散らしてどこへ消えたんですか!? ソレにアレは服を変えただけであってですね!!』

 

 ……あぁ、聞いてはいけない会話が聞こえる。叫んだ様に言い争う幽香と、発情ウサギさん。

 伸びていた足の片方をゆっくりと曲げる。五日程眠っていたらしい自分の関節は凝り固まっていた。

 少し痛む所で曲げるのを止める。ゆっくりと足を戻し、逆の足も同じく曲げていく。

 足を戻して、ゆっくりと息を吐いて、上半身を足の方へ倒していく。以前までは爪先に手が届いていたというのに、今は全く届かない。

 

「あんまり過度な運動はしちゃダメよ?」

「……」

 

 息を吸いながら上半身を戻す。

 声のした方を向けば、八意永琳でも幽香でもない、艶やかな黒髪を伸ばした少女がソコにはいた。

 白い指を覗かせる程度の長い袖で口元を隠して少しだけ笑っている。

 

「見舞い客は山の神社と吸血の館、花の妖怪ね。 人以外に好かれているのね」

 

 話から考えると、きっと彼女は僕を贄だと知らない。贄だと知っているなら、当然の事を言っているのだから。

 コロコロと笑う彼女を見ながら、僕は自身の髪に触れる。肩口まで伸びたソレは首を隠す様にたれている。髪紐はしていない。

 人に見える彼女は、人ではない。なんせ、人は僕の事を化け物と蔑称するのだから。

 

「……何?」

「ん? お姫様」

 

 ニコッと笑ったお姫様に思わず眉間を寄せてしまった。どうやら、お姫様は人では無いらしい。

 どうあれ、彼女がお姫様、地位的に高い人物だというのなら挨拶はしとくべきだろう。

 身体の彼女の方へ向けようと動く。

 

「あぁ、キチンとした礼はしなくていいわよ。胸の怪我が痛むでしょ?」

「……」

 

 そう言うのなら、頭だけは下げておこう。

 頭を下げれば、ふーんと一声だけ聞こえた。

 

「律儀ねぇ……さて、初めまして。我が従者たる天才を楽しませる存在。私は蓬莱山(ホウライサン)輝夜(カグヤ)

「……レン」

「ふむ、簡素すぎるわね。もっと何かないのかしら?」

「……趣味は、読書」

 

 あとは、伽? いや、アレは趣味でも特技でも無いだろう。

 

「コスプレは趣味でもないのね」

「……こすぷれ?」

「……いいえ、知らなくてイイ事よ」

 

 また口元を袖で隠してニコニコと笑っている蓬莱山輝夜。

 『こすぷれ』が何かは分からないけれど、知ろうとしてもイイ事は無いだろう。それこそ、お姫様が言っているのだから。

 そんなコロコロ笑うお姫様と小首を傾げて疑問を考えている空間に襖が開く音が聞こえる。

 

「何をしているの?」

「あら、耳まで真っ赤にしてたお花の妖怪さんじゃない」

「引き裂くわよ?」

「……まっか?」

「あ、えっと、違うの、真っ赤になんてなってないの」

 

 そんな慌ただしく言葉を探す幽香はギロリと蓬莱山輝夜を睨んだ。けれど蓬莱山輝夜はどこ吹く風、という風にクスクスと笑って部屋から抜け出した。

 あー、えっと、と言葉を探す幽香。

 

「……病気?」

「いや、まぁ、ある種の病気ではあるんだけど……いやいや。風邪よ、単なる風邪。大丈夫」

「……そう」

 

 幽香の手に持った容れ物を受け取り、水を飲み込んでいく。

 少し冷たいと感じる水が喉を通り、広がっていく。容れ物から口を放し、ほぅ、と息を吐き出す。

 幽香を見てみれば、どうしてだかガックリと肩を落としている。

 

「……どうかした?」

「いいえ、なんでもないわ。……口移しとか、はぁ」

 

 最後に何かが聞こえた気がした。気のせいにしておこう。

 もう一度、水を飲む。喉の渇きも潤った。もう一度息を吐き出して、身体をゆっくりと倒す。

 倒そうとすれば、幽香がしっかりと背を支えてくれて、思ったよりも力を入れずに横になることが出来た。

 

「寝るのかしら?」

「……うん」

「早く、治しなさい」

「……うん」

 

 瞼を落として、ゆっくりと息を繰り返す。

 何度も呼吸を続けていれば、眠気は這い寄ってくる。

 這い寄ってきた眠気に少しだけ抵抗して、瞼を上げる。目の前には幽香が座っている。

 

「どうかしたかしら?」

「……風邪」

「……え、あぁ、そうね。まぁ寝れば治るわよ」

「……寝ないと治らない」

 

 僕は身体をモゾモゾと動かして、布団に少し空間を作る。

 そのまま掛け布団を持ち上げて、幽香をジッと見る。

 幽香が少し固まって、自分を指差す。僕は頷く。幽香が僕の隣に開いた空間を指差す。僕は頷く。幽香がもう一度自分を指差す。僕はもう一度頷いた。

 

「仕方ないわね」

 

 拳をグッと握った幽香が声だけは仕方ないと言う様に布団に潜り込んでくる。

 近くに幽香の体温を感じる。目の前に幽香の顔が見える。幽香の手を握って、指を絡める。

 幽香の顔が少しだけ赤くなり、ゴホンと咳をした。

 早く治ればいい。そんな事を願いながら、僕は再び眠気をコチラに寄せていく。

 

「おやすみ、レン」

「……おやすみ」

 

 瞼を落とす前に見た幽香の顔はいつにも増して、優しい微笑みだった。




襖を出た後のゆうかりんは頬を両手で抑えて『いやんいやん』してました。これにはスキマ様も思わず苦笑。

自然に笑うレン君を見たのは貫いた時以外だと二回目ですから。以前は感情希薄でしたし。
何が言いたいかって?
ゆうかりん可愛いよ!!ゆうかりん!!


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33 兎林檎とカゾク

何かといって、いいお姉さんをしている巫女様
発情兎はまた今度で。

喜劇調な文章だからこれ程の更新速度です。

いつもの毛布より、ずっとはやーい!

訂正
別に――、別に――」→別にを一つにしました
感謝です。


 目が覚めた。

 握っていた筈の手はなくて、何処か空虚を掴んでいる様に、何かを失くした様な感覚が僕に広がった。

 ぼぅっとした思考を溜め息で切り替える。いない事を悲しむ事はない。ソレはいつもの事なのだから。

 

「あ、レンさん。起きたんですね」

「……」

 

 左側から声が聞こえた。顔をズラして見ればソコには淡い緑の髪。手には刃物と林檎。

 ニコッと笑う早苗。目は笑っていない。初めて外出した時に似ている。

 半身を起こして、改めて早苗に向く。

 

「また私に黙って行きましたね? 神奈子様も諏訪子様も知っていたのに……また私だけ」

「……」

 

 本当は神奈子にも諏訪子にもバレない様に出ていくつもりだった。なんて事は口に出さないでおこう。

 ワナワナと刃物の柄を握り締める早苗。きっと早苗にも迷惑を掛けてしまったのだろう。

 

「……ごめん」

「ごめんもお面も無いです! いいですか! 私は絶対許しませんよ!!」

「…………」

 

 フン、と鼻から息を出してそっぽ向いてしまった早苗。どうしよう。早苗が怒っている。それも、とても怒っている。

 どうすればいいのだろう。どうすれば早苗に許してもらえるだろう。

 

「……そんなにオロオロしても私は許しませんからね!」

「……」

「しょんぼりしたってダメです!! 絶対(ぜぇったい)! 許しません!」

「……」

「しかぁし! そんなレンさんにチャンスをあげましょう! さぁ、この犬耳と首輪を装ちゃグァッ」

 

 何かが飛んできて早苗の顔に当たった。コロコロと畳を転がるソレは、竹だった。尖ってもなく、綺麗な切り口のソレがコロコロと転がり、早苗の手元で落ち着いた。

 飛んできた方を見れば、障子に穴が空いていて、穴の先には真っ赤な瞳と深い緑の髪がチラリと見えて、そのあとは光が見えた。

 一体何が起こっているというのか。

 

「うわっ、早苗が死んでる!?」

 

 襖を開けて入ってきたのは不思議な帽子を被った神様だった。

 諏訪子は倒れている早苗を見て驚愕はしていたけれど、数秒して何かを察したのか、それ以上早苗を見ることは無かった。

 

「あー、レン。目が覚めたんだね」

「……諏訪子」

「そうだよー。アナタが置いていった諏訪子さんだよー」

「……ごめん」

「冗談だよ。ま、命に別状がないならいいよ」

 

 溜め息混じりに肩を竦めた諏訪子は水差しに新しく水を入れてきたらしい。

 水差しを僕の近くに置いて、よっこいしょ、と呟きながら隣に座った。

 

「……怒らないの?」

「あー……まぁ、なんというか。 怒るタイミングなのはわかってるんだけどね。今怒っちゃうと……ねぇ」

「……」

 

 どこか遠い所を見るように目を細めて溜め息を吐いた諏訪子。向いた先は障子の向こう側。

 開いた穴からは先程から光が溢れている。

 

「あぁ、そうそう。起きたんだったら暇にもなるでしょ? だから本を色々持ってきたよ」

「……」

 

 まるで僕の意識を障子の外から逸らすように、思い出したように言ってみせた諏訪子。本、という単語で思わず頬が緩んでしまう。

 

「あぁもう、やっぱり可愛いなぁ」

「……?」

「いんや、いいよ。レンはそのままでいいんだよ」

 

 どうしてか満足したように僕を見ている諏訪子。僕にはさっぱりわからないので首を傾げてしまう。

 そんな変な空気は障子が乱暴に開いた音で霧散した。

 

「おい合法ロリ! 私のレンに何してるのよ!」

「諏訪子! 私がレンを賭けてコレと戦ってるってのに何ホッコリした空気を醸し出してんだ!!」

 

 幽香と神奈子の叫びが部屋の中に響く。

 諏訪子は面倒そうに頭を掻いて、溜め息を吐いた。

 

「別に二人が戦ってようが、私には関係ないでしょ」

「いいやあるね!! 私だけに戦わせやがって! 美味しいところは一人占めかい!? そうかい! ミジャクジ様ってのはヒドくがめついね!!」

「いや、なんで神奈子が私を挑発してんのさ」

「別に私はいいわよ。今のうちにその貧相な身体でレンを魅了してなさいな。 貧相なりに頑張りなさい」

「よぉし、わかった、わかったよ。アンタ達は私に喧嘩を売ってる訳だ。つまりそういう事だね? 違ったとしてもどうでもいいよ! 表に出やがれ!!」

「諏訪子が出てないだけじゃない!」

「うっさいガンキャノン!!」

「言いやがったわね!!」

 

 バタバタと外へと繰り出した諏訪子。数秒後には庭が光に埋め尽くされた。フランが見せた弾幕とかいうモノなんだろうけど。この部屋に入ってこない、という事はきっと戯れてるだけなんだろう。たぶん、きっと、うん、そう思おう。

 

「んぅ……イタタタタ……竹?」

「……おはよう」

「あ、おはようございます? ん?」

 

 竹を手に持った早苗が起き上がる。竹を見ながら首を傾げていたけれど、気が付かない方がいいのかもしれない。

 ジィっと竹を見て、思い出すのを諦めたのか畳の上に竹を置いて、改めて林檎を剥いていく。

 

「迷いの竹林ですからねー。飾り切りはウサギ一択ですね!!」

「……おぉ」

 

 しっかりと耳の付いたウサギを模した林檎。生活には一切必要のない切り方だから知らなかったけれど、こういうモノもあるのか。

 八羽の林檎のウサギが皿に並べられる。そしてそれを一羽摘んで早苗はニッコリとコチラを向く。

 

「あーん」

 

 まるで目が輝いている様に非常にいい笑顔だ。早苗の言葉に従って口をなるべく大きく開く。

 そして口の中に入れられる林檎。シャクリと音を立てて、果汁が口の中に広がる。水気のある果肉を砕けば更に濃い果汁が溢れ出て、ソレを飲み込んだ。

 

「うん、いいです。コレ、凄くいいですね!!」

「……」

「いやぁホント、昔からカップルが『あーん』だのなんだのしてるのを見て『××が……爆発しろ』とか思ってましたけど。なるほど、コレはとっても幸せな気持ちが広がります!」

 

 よくわからない事を言っている早苗を無視して僕はお皿からウサギを摘んで咀嚼していく。

 甘い。砂糖みたいな甘さではないけれど、甘いと感じれる。

 

「そんな幸せな気持ちに倍プッシュ!! さぁ今ならウサ耳も準備できてますよ!!」

「……」

 

 どこからともなく取り出した白く長いウサギ耳。また何かが飛んできそうな気がした。

 僕に寄る早苗。ウサギ耳の付いた髪飾りを握り締めていたその姿が、飛来物に当たって消えた。

 

「あぁ、くっそ。あの二人は手加減ってモノを知らないのかい!!」

「……神奈子」

「あぁ、レン。おはよう」

「……下」

「下?おぉう!? 早苗!?どうしたんだい!? 誰にやられた!!」

 

 きっとそれは馬乗りになっている神様だと思う。トドメをさすかのように早苗を揺らす神奈子。どれ程の意思があったのか、早苗は真っ青になりながらもウサギ耳だけは手放さなかった。

 

「あぁ、そうだ」

「ふぎゃ!?」

 

 パッと早苗を持っていた手を放して、コチラを向いた神奈子。畳に落とされた早苗は変な声を上げて動かなくなった。けれどウサギ耳だけはしっかりと握っている。

 

「レン、早苗には怒られたかい?」

「……うん」

「なら、きっとそういう事なんだよ」

「…………」

 

 別れた時のように僕の頭をポンポンと撫でた神奈子。

 そういう事、というのがあの時の言葉を指しているなら、と思うと、ゾッとしてしまった。

 既にあの人は居ないとわかっているけれど、ソレでも、僕はあの日を思い出してしまう。

 そんな僕を知ってか知らずか、神奈子はズイッと僕に顔を寄せて笑う。

 

「少し先の話、アナタは選択を迫られる。それはきっとアナタの人生に関わるモノだ……けれど忘れてはいけない。選んだ先が何であろうが、どれであろうが、私達とは繋がっている。繋がってしまっている」

「……うん」

「……ま、アレだ。変に考えすぎも駄目って事よ」

 

 グシャグシャと僕の髪を乱したあとに神奈子は立ち上がり、溜め息を吐いた。

 僕は自身の頭を触りながら、あの時に声で伝えれなかった言葉を出す。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして。まったく、もっと頼ってもいいんだよ」

 

 それはソレ。コレはこれである。

 そんな僕に苦笑して、神奈子はまた庭先に向かった。

 

「何を、しているのかしら?」

 

 いや、向かおうとしていた。

 声が響いたと同時にビクンと肩を揺らした神奈子。まるで首が錆びたように、ぎこちなく声の主を確認している。

 確認すれば、ソコには笑顔の八意永琳がいた。

 笑っている、笑っているのに、それはもう怖かった。

 

「さて、神様。問題です。 ここは何処で、誰が主でしょう?」

「……いや、待て。待つんだヤゴコロ。私は違う、外の二人が」

「二人? 誰の事を言っているのかしら?」

「へ?」

 

 神奈子が外を見れば、そこは言うのも恐ろしい惨状だけが残っていて、光もなければ音もない。

 いつの間にか早苗の姿も消えていた。

 

「アイツ等、私が捕まえてやる!」

「はいストップ」

「デスヨネー」

 

 今にも飛びたたんとする神奈子の肩を片手で抑えた八意永琳。僕からは顔が見えないけれど、きっと変わらぬ笑顔を浮かべているのだろう。

 その笑顔がコチラに向いて、思わず僕も肩を揺らしてしまった。

 

「病人は眠ってなさいな。眠ってる間に終わらせるから」

「ちょっと待て、それだけしか時間を」

「何か言ったかしら?」

「諏訪子ォォォオオオ!! 覚えてやがれぇぇぇえええ!!」

「そんな三下以下の悪役のセリフはいいわ。ほら、早く作業をしなさい」

 

 そんな声が遠くなり、神奈子が八意永琳に連れられて消えていった。

 八意永琳に抵抗するのはやめよう。そう心の奥にしっかりと刻み込んで、僕は八意永琳の言いつけ通りに瞼を落とした。

 

 

 遠くで神奈子の叫びが聞こえた気がしたけれど、いや、きっと幻聴だと思う。布団をしっかり被って眠ろう。




何かと言ったけど、いいお姉さんをしていた変態
××の所には『ク』から始まって『ソ』で終わる、そんな文字が入るんじゃないかなぁ。

チラチラとシリアスっぽい雰囲気が垣間見えているけれど、そんなことは無かった。
ただ単にシリアスっぽく言っているだけであって、一切そんな事はないんです。

>>神奈子様が永琳を呼ぶ時に関して
原作で出てるならそっちに訂正するけれど、苗字読み、というか、神様つながりだったらコッチの方が合ってるんだろうなとか妄想した結果です。
まぁ、面倒なのでテキトウな解釈をして頂ければ。

>>ウサ耳と犬耳の阻止
予定ではもっと先に装着を決めている。相手はまだ出てない。予定は仮定なので、どうなるかは不明。


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34 クスリと毒

月の民にとっての話


 目を覚ました。

 薄暗い天板の木目が僕を見つめる。隣には誰も居ない。

 冷たい空気が部屋の中に充満して、顔に触れた。

 

 傷とは別の原因で胸が引き攣る。呼吸が必然的に深くなり、歯を食いしばる。着流しをシワが出来る程握り締め、心の中に芽生えてきた何かを押し殺す。

 あの頃なら普通だった事が、ココでは普通では無くなった。

 僕はずっと独りだった。だった話だ。

 荒い息で鼓膜を揺らし、必死で立ち上がる。フラフラと揺れる視界の中、薄らと明るい障子を開ける。

 

 目の前に広がったのは竹林と閑静な庭。

 ソレを照らす満月。遠く、まるで触れれないそんな場所。

 ヒヤリとした空気が僕の頬を撫でて、通り過ぎた。

 胸を掴んでいた手を放し、縁側に座って荒くなってしまった息を整える。

 吸って、少し止めて、吐いて。

 

 吸って、少し止めて、吐いて。

 

 何度も繰り返していた事を何度も繰り返す。

 たぶん、きっと、今日は寝る事は出来ないだろう。何かに集中していなければ、きっと悪夢に追いつかれてしまう。

 

 綺麗に光っている月は、昔と一切変わることはない。あの月が見えてしまう小屋と一緒。

 昔と同じように、手を月へと伸ばしてしまう。雲もない空。一つだけ光る月。届くわけがない。わかっているけれど、もしかしたら、なんて思ってしまう。

 

「あら? いい子は寝る時間よ?」

「……」

 

 裾で口元を隠した黒髪の少女が縁側を鳴らして歩く。

 伸ばしていた手を何事も無かったかの様に戻して、僕は視線を月へと戻す。

 

「あらあら、お月様にご執心ね」

「……綺麗」

「あら、嬉しい。私の事ね」

「……月」

「知っていたわ、えぇ、もちろん」

 

 少しだけ頬を膨らませてみせた蓬莱山輝夜は僕の隣に座った。

 そして不貞腐れた顔も直ぐに隠れて、何かを思うように月を見上げた。

 

「あの月は実は科学の発展した未来的な場所って言ったら、信じるかしら?」

「……」

 

 僕は答えなかった。正確に言うなら、驚きのあまり声が出なかった。

 月を見上げて、息を漏らしてしまう。そんな息を聴いたのか、隣からはクスクスと笑い声が漏れていた。

 

「冗談よ。あんなところに人が住んでるワケがないじゃない」

「……そう」

「そうよ。きっとウサギさんが沢山いて、お餅を撞いてるのよ」

 

 きっと、それが一番イイ。と繋げる蓬莱山輝夜。僕は再度月を見上げて、もう一度息を漏らした。

 月を見上げて座っていた僕の太腿に何かが乗る。視線を下げれば黒い塊があり、白い肌が見える。大きな黒曜石にも似た瞳が僕を見ている。

 

「あら、嫌かしら?」

「……別に」

「そう、ならいいじゃない」

 

 ニコリと笑い、僕の太腿を枕にして横たわる蓬莱山輝夜。そのまま僕の顔を見上げている。

 艷やかすぎる黒い髪が縁側に流れていた。ソレを束ねて腰辺りに纏めておく。

 フフフ、という笑いが鼓膜を揺らして視線を下げれば口元を隠すお姫様がいる。

 

「こういう時は頭を撫でるモノよ」

「……そう?」

「ええ、もちろん」

 

 当然の様に言った蓬莱山輝夜の頭を撫でてみる。黒い髪が指の間に滑り、流れ落ちる。

 絹を触れている様な、手触りの良すぎる感触。

 白い手がコチラに伸びて頬を撫でられる。細い指が肌を撫でて、唇に触れた。

 そのまま首を撫でられて、引き寄せられる。抵抗をする意味もないのでその力に従う。顔が迫り、僕は瞼を落とした。

 

「何を、しているのかしら?」

 

 首に触れていた手がビクンと揺れた。そのまま力は無くなり僕は姿勢を戻してから瞼を上げる。

 太腿に頭を置いていた蓬莱山輝夜は不貞腐れたように視線をズラし、声を発した相手に向いた。

 

「随分なタイミングじゃない? 永琳」

「いいタイミングでしょう? 輝夜」

「ええ、ホント。いいタイミングに来やがったわね」

 

 ニッコリ笑う八意永琳とは別にしっかりと自身の感情を顔に出している蓬莱山輝夜。

 不機嫌な顔を全面に出した蓬莱山輝夜に溜め息を吐いた八意永琳は腕を組んで口を開く。

 

「別にいいのだけれど、その子から離れなさいな」

「永琳に危害はないでしょう? 構わないじゃない」

「その子が困ってるでしょ?」

「許可は取ってるわよ」

「……いいから、離れなさい」

 

 低い声で言った八意永琳にやはりコロコロと笑った蓬莱山輝夜。

 八意永琳を見れば、目を細くして蓬莱山輝夜を睨んでいる。僕の方は一切見ない。

 

「珍しいじゃない。月の頭脳と呼ばれた永琳が理由も言わずに結果を押し付けるだなんて」

「輝夜、いいから離れなさい」

「もしかしてショタコンだったのかしら?」

「離れろと言っているでしょう? 何度も言わせないで?」

「理由を言いなさいな。何度も言わせないで、永琳」

「…………」

 

 まるで堂々巡りの問答である。蓬莱山輝夜は理由を言わせたい、しかし八意永琳は理由を頑なに言わない。

 ようやく八意永琳が僕をチラリと見た。

 同時に、蓬莱山輝夜の声が響く。

 

「この子に聞かれてはいけない事?」

「そうではないわ」

「あら、顔が引きつってるわよ」

「……ハァ」

 

 ニコニコと笑いながら声を出していた蓬莱山輝夜の言葉に、引きつってない顔を崩して溜め息を吐く八意永琳。諦めた様に両手を上げて、もう一度溜め息。

 

「子供に聴かせる様な事ではないわ」

「それでも、自分の事なのだから聴いておくべきでしょう?」

「輝夜、聞き入れなさい」

「私じゃないわ。この子に聞きなさい。 自分の事を知りたくはない? ってね」

「……知らない方がいいわよ」

 

 そう吐き捨てる様にいった八意永琳は僕から視線を外して他を向いた。

 蓬莱山輝夜はまた僕の頬を触り、僕を自身に向かせた。相変わらずニコニコとした笑顔だ。

 

「アナタは自分を知りたくないの?」

「……知りたい」

 

 贄であり、餌であり、器でもあり、そして穢れだった僕。他に何かあるのならば、聞いていた方がいい。いいに決まっている。

 八意永琳をジッと見ながら言葉を待つ。

 

「……ハァ」

「あら、諦めたのかしら? ……いえ、元から言うつもりだったんでしょ?」

「姫様は元々言わせる気だったんでしょう?」

「当然じゃない。好きよ、アナタの困った顔」

「ソレハドウモ」

 

 しっかりと棒読みで言ってのけた八意永琳に悪戯が成功したように笑う蓬莱山輝夜。

 もう一度、何度目かになる溜め息を吐きだした八意永琳の口が開く。

 

「レンは、『(モト)』です」

「素?」

「例えば、多岐に渡る課程を通過して得れる結果の薬品があるとしましょう。それこそ蓬莱の薬でもいいわ。

 非常に難しい製法のソレでも、素さえあれば作れるのよ」

「……つまり、えっと、どういう事だってばよ」

「変な口調は慎みなさい。

 架空の薬品があるとするでしょう。この世界にない薬、それこそこの世界の材料では作れない薬。それ作る為に必要なモノが『素』よ」

「つまり、ゲームにないモノがチートで呼び出せるって事でいいの?」

「概ねソレでいいわ。わかりにくいけれど、もうソレでいいわ」

 

 面倒そうに言い捨てた八意永琳は小さく、あぁ『ぱそこん』を捨てようかしら、と呟いた。唸っていた蓬莱山輝夜の耳には届いてないらしい。

 唸っていた蓬莱山輝夜がふーん、と一拍置いてから口を開いた。

 

「ソレでも私がレンに近づいちゃ駄目って理由にはならないわよね」

「『素』の体液、それこそ汗の匂いですら催淫作用があって媚薬とかに使われていたわ。尤も、ほとんど偽物だったけれど」

「……あ、……あぁ、なるほど……おけ、把握した」

「一応、彼には薬を飲ませているからあまり意識はないでしょうが……あんまり近づくのはオススメしないわ」

「……つまり彼の見舞い客に妖怪とかが多いのは?」

「妖怪や神達からは概念的な部分を見られているんでしょう? 私達とは別の理由よ。それこそ私達は概念なんて関係無しに性欲が湧くもの」

「うわ、なおのこと最悪じゃない」

「だから離れなさいな」

「離れたいんだけど、意外に寝心地が良くて……ハッ、コレが『素』の力!?」

「それはただ単に膝枕が心地いいだけよ」

「なん……だと……」

 

 僕の太腿から起き上がった蓬莱山輝夜はチラリと僕の顔を見ている。

 相変わらず何も顔に浮かべることのない僕を見て、何かを思ったのか口を開く。

 

「しっかし、それでよく生きているわね」

「輝夜」

「おっと……」

 

 まるで悪びれもなく、言ってのけた蓬莱山輝夜に八意永琳の声が入る。

 やはり悪く思ってないのだろう蓬莱山輝夜は口元を隠しながらも顔を笑みで歪ませている。

 

「……そう」

「――――、」

 

 たった一言だけ漏らした僕の言葉に蓬莱山輝夜は息を飲んで、ソレを溜め息に変えた。

 結局、誰が何を言ったところで僕は僕である。それは変わらない事だ。変わることのないことだ。

 

 変わっては無い事なのだ。




科学方面の人間が概念とか色々ブッ飛んだ事を言ってますが、流していただけるとありがたいです。
それ程何かを考えて書いている訳でもないので、矛盾が生じてるのは仕方ないと思ってください。突っついても埃しか出てきません。

贄……いいえ、この場合は『素』と呼ぶべきなんでしょうが、『素』は一種の突然変異です。
体液はそれ相応に薬にもなり、毒にもなります。今回は毒の話はしていません。薬の摂取のしすぎは毒になりますし、毒の微量摂取は薬にもなるので、省きました。

いい意味でも、悪い意味でも、神様に祝福されて、妖怪に望まれてしまった存在でもある贄。そうなった瞬間に人から逸脱します。ワインの熟成が一瞬で済むモノだと考えればいいんじゃないかなぁ、とか。

月の民は人間じゃないの? という質問が来そうなので、先に防ぎます。
永琳が言った様に、贄を薬品として摂取する可能性がある……或いは進みすぎた技術故に出来た薬は人体に何かしらの影響を出している、という妄想に基づく妄想です。
日常的に摂取するもの、それこそ栄養剤でもいいんですが、何かしらの影響は人体に及ぼします。


これで分かり難いな猫毛布。もっとわかりやすく説明出来ないのかよ。という方がおられましたら、こう考えてください。

優しさ半分のあの薬の優しさの部分で贄が普通の人間に見えるんです。
ヤッタネ!


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35 発情ウサギさんとサイミンジュツ

ネタづくしの姫様。
備えよう。

誤字訂正
NTR→NTL
に訂正。
報告に感謝


 目を覚ました。

 夜の会話から結局僕は眠れず、横になったのはの日が少し昇ってきた時。

 目はしっかりと冴えていたのだが、やってきた八意永琳がニッコリと笑いながら、寝なさいな。と言ったのだ。

 眠れないと言えば顎に手を当てて何かを考えたあとに小さな錠剤を僕に手渡した。

 曰く、睡眠薬だそうだ。薬が効きにくいらしい『素』に正常に効くかどうかは分からないけれど、と付け加えられたので手渡されたそれを眺める。

 八意永琳が、また口付けで飲ませて、と言ったところで水で錠剤を流し込んだ。

 どうしてか八意永琳がションボリした顔をしていて、その顔を見て瞼を落としたのを覚えている。

 

 皮肉なことに眠る前の記憶までしっかりとしている。

 本当に、昔には無かった事だ。

 思わず溢れてしまった苦笑を浮かべて、僕は水を飲むために半身を上げる。

 水差しから水を注ぎながら、視界の中に新しい水仙が生けてあるのが見えた。

 どうやら幽香は今日も来てくれたらしい。

 どうしてか緩んでしまった頬を戻すために水を飲み込む。

 

「起きてますかー」

 

 襖が開かれ、淡い紫色の髪がふわりと見えた。覗かせた顔には真っ赤な瞳が二つ付いていて、僕を見ている。

 僕を見て、ニパッと赤い目を閉じて笑顔になった誰か。

 

「どうもー、いつもの様に身体を拭きにきましたよ」

「……いつも?」

「あぁ、そういえばずっと寝てたんでした……あー、えっと……初めまして? でいいんですかね。一応、ほぼ毎日会っているんですけど」

「……」

 

 むむむ、と唸り出すヘタレたウサギ耳の彼女。手には桶と手拭い。

 身体を拭いていた、という事は八意永琳の関係者なのだろうか。いつだか、聞いたことのある声だった気はする。

 

「まぁいいか。初めまして、私は鈴仙(レイセン)優曇華院(ウドンゲイン)・イナバ。長い名前なんでどう呼んでも構いませんよ。鈴仙でも、優曇華院でも」

「……ハツジョーうさぎさん?」

「ハゥァ!? 違います!」

 

 ようやく思い出した声から推測で思わず出てしまった言葉。否定されたという事は、きっと彼女の事ではないのだろう。

 桶を近くに置きながら、手拭いを構えた鈴仙・優曇華院・イナバは深呼吸を一つだけして、よし、と意気込む。

 

「さぁ、脱いでくださいね」

「……」

 

 その言葉に対した躊躇もなく、着流しをはだけて腕を抜く。

 

「はわぁ……こう、躊躇とかそういうのは」

「……?」

「いえ、いいです。 じゃぁ背中から拭きますねー」

 

 僕の後ろに回り込んだ彼女。後ろから再度深い深呼吸とよし、と聞こえたあとに少し温かい濡れた感触が背中に触れた。

 それが上下に動いて離れれば水の音がして、また濡れた手拭いが僕の背中に当てられた。

 

「しっかし、白いですねー。羨ましい」

「……?」

「それに、すべすべですね」

 

 少しだけ冷たい手が僕の背に当てられる。脇腹を摩り、湿った手が肌を撫でる。

 

「これは介護の一環。介護の一環だ、落ち着け、落ち着くんだ私」

 

 なんて後ろから呟いた様な小さな声が聞こえる。手拭いと手が離れて、水音がなる。

 手拭いが絞られる音は無かった。代わりに荒い鼻息が聞こえる。

 

「はーい、じゃぁ舐めますね」

「……?」

「コレはあくまで垢を取る作業であって、私にやましい気持ちなんて微塵もありません。あるわけないじゃないですか。 私だって普通の子供に欲情なんてしませんよ、それは、もう、当然の事です」

 

 後ろから手を抑えられて、首筋を舐められる。

 熱い、柔らかく湿った感触が皮膚をなぞる。彼女の言う様にまるで身体の垢を取るように何度も舐められて、そしてソレを集めて取るように、歯は立てられずに甘噛みされながら吸われる。

 ぢゅ、と唾液と一緒に何かを吸い込んだ音がして鈴仙・優曇華院・イナバはようやく口を離した。

 

「ん、っく……ふぅ」

 

 ごくり、と唾液を飲み込んだらしい音がして、彼女は吐息を吐きだした。

 後ろから聞こえる荒い息。抑えられた手が更に強く絡められる。

 

「これは、なるほど……イイですね」

 

 僕の背中に柔らかい感触が押し潰れる感触が広がる。

 耳元に荒い息が聞こえ、熱い吐息が耳に当たる。絡められた手の片方が消え、僕の脇腹を撫でる。

 

「はぁ……んむ」

「……ン、ぁ」

 

 ジュルジュルと大きな水音が僕の鼓膜を揺らして、耳に熱くヌメった何かが侵入する。

 優曇華院の舌が僕の溜まった何かを削り落とすように入り込む。

 出てしまった声を無理やり押さえ込む、あくまでコレは介護やそういったモノの一環なのだから、声が出ては可笑しいのだ。

 

「さぁて、こっちも垢が溜まってますよねー、いやー仕様がないですよねー」

 

 脇腹を摩っていた手がお腹を撫でながら下腹部へ伸びる。

 手は容易く僕のソレを握りしめてしまう。

 

「お、ふむ……中々に」

「……なに、が?」

「いいえ、気にしないでください。介護の一環ですよー」

 

 手がゆっくりと上下し始める。

 渇いた手が擦れて、鎌首をもたげる様に徐々に存在をあらわにしていく自身。介護だと言うのに。

 

「おぉ、おぉ……」

 

 ついには抑えられていた手も解放され、空いた手に唾液を乗せて、僕のソレに塗りたくられる。

 ぐちょぐちょと水音を立てながら、激しくなる両手。

 

「ぁ、ぁあ、やめ、」

「介護なのにいやらしい声を出して、イケマセンネー」

「……ふ、ぐっ、んん」

 

 無理やり口を噤んで声を抑える。

 更に水音が激しくなり、抑えている声が漏れる。

 

「ほら、イケナイんですから。そろそろ出しちゃいましょうねー」

「んんぁぁぁぁ……」

 

 ドクドクと漏れ出したソレは彼女の手に掛かり、溢れた液体が布団を汚していく。

 

「あぁあ、こんなに汚しちゃって。悪い子ですねー」

「ハァ……はぁ……」

 

 荒くなった息を整えながら自分のした惨状が虚ろに見える。

 歪んだ視界に真っ赤な光が二つ程揺れる。

 

 知っている。僕はこの感覚をよく知っている。

 

「悪い子でも大丈夫ですよー

 私に任せてくださいね。

 

 

 私の声はとても気持いですから

 仕方ない事ですよ。

 

 全部ぜーんぶ、私に任せてくださいね

 私は正しいんですよ。私に従えばもっと幸せになれますよ。

 

 大丈夫、大丈夫、私に全て委ねてください

 

 

 

 ほら、私に……」

「何をしているのかしら、ウドンゲ」

「ひゃぅ!?」

 

 あぁ、誰かが来た。

 誰だろう、どうでもいい。

 

 だって、僕には――

 

         違う。

 違う。

          違う。

 

      違う。

 

 僕はあの時のように成らない。

 

 僕は……。

 

 

~~

 

「あら、永琳てどうかしたのかしら?」

「私も今聞いている所です。さぁ、説明して貰いましょうか」

 

 顔に思いっきり怒ってますよと書いている従者を発見して声を掛けた。

 障子の向こうには確か彼がいた筈。

 覗いて見れば、紫銀のウサギと着流しをはだけた彼がいる。

 肌が少し赤らんで、荒い息をしている彼。

 

「えっと、ですね……」

 

 あはははは、と目を横に向けて自分の責任では無いと言っているかの様に言うウサギ。

 思わず、無理だろ。と言いそうになったけれどここはグッと我慢する。

 

「どう言い訳するのかしら?」

「……ええ、そうですよ!! 私がシましたよ!! 何か悪いんですか!?」

「吹っ切れないで、面倒よ」

 

 逆ギレに対しても極めて冷静に切って捨てた永琳は鈴仙を見るでもなく、彼を見ている。

 

「ほら! 今なら催眠状態で出来上がってるから大丈夫ですよ!」

「何が大丈夫なんだか」

「すぐできます!」

「黙りなさい、発情ウサギ」

「ハグゥッ!!」

 

 胸を抑えてワザとらしく怯んだ発情ウサギさんは「ぐぬぬ」と漏らしてみせた。

 内心でグっと拳を握ったのは私だけだろう。

 

「でも、よくやったわ!」

「師匠!」

「よし、お前らちょっと待て」

 

 思わず出てしまった言葉で二人を止める。ガッツポーズをしたのは私だけじゃ無かったらしい。

 4Pか……ゴクリ。

 

「姫様こそ落ち着いてください。今なら合法的に彼を襲えるんですよ!?」

「永琳、どうしてそんなに錯乱してるのよ……」

「姫様! ここはご決断を!」

「ウドンゲ、そんな事だから発情ウサギって言われるよの」

 

 思わず溜め息を吐き出してしまう。

 ここは二人を放して、私だけ美味しい思いをするべきだ。いや、しなくてはいけない。

 

「永琳はウドンゲをお願い」

「何を言ってるのよ、輝夜。私はショタコンじゃないのよ」

「今の言葉からどうしてその言葉に行き着いたのか気になるけど、とにかく頭は冷やしなさい」

「至って冷静よ。超ヒモ理論だって証明出来る程冷静よ」

「元から呼吸をするように出来る事で冷静を証明しないでよ」

 

 思いっきり眉間を寄せられた。こうやって表情を出すほど冷静ではないらしい。

 相変わらず従者をしてくれている永琳。変わらずも従者である。

 

「わかったわよ……うどんげ!!」

「ハヒッ!?」

「ちょっと来なさい。説きょ……実験体にしてあげるから」

「あれ? 何か可笑しい? 言いかけてた方がよかった!?」

 

 引き摺られていった発情ウサギさんを見送って溜め息を吐いていつの間にか部屋の隅へ逃げてしまった彼を見る。

 荒い息でコチラを見る彼。相変わらずはだけた着流しが色っぽい。怯えたようにコチラを見ながら布団を抱きしめている。

 

 うん、何あれ、可愛い。

 可愛いは正義とか、私に用意されてると思ってたけど違うわ。可愛いって兵器だ。

 

「……こな、いで」

「……」

 

 襖を閉める。これで誰もこない。逃げ道は塞いだ。

 彼の瞳が揺れる。揺れすぎている。

 そういえば鈴仙の催眠に掛かってるんだなぁ、と何処かで思考しながら彼に手を伸ばす。

 

―ベチン

 

 弾かれた……だと……。

 いいや、待て、待つんだ私。きっと警戒しているからに決まっている。当然だ。

 じっくりと、ゆっくりと責めればいい。

 彼の手を掴んで、彼に顔を寄せる。

 

「……やぁ、やだ、」

「ええ、そうよね。 私は大丈夫よ」

 

 彼の頬に手を這わせて、撫でるように彼を落ち着かせる。きっと、今食べてしまうのはとても簡単な事なのだろう。

 けれどこの蓬莱山輝夜が最も好きな事のひとつは自分が容易いと思っている事にノーと断ってみる事だ。

 

 なんてネタを混ぜてみたけれど苦笑する余裕なんて一切無い。

 しかし、アレだ。ここで食べてしまって彼に嫌われてしまう事は先を考えるとそれはとても勿体無い。

 ソレに何よりも、面白くない。

 NTL(寝取り)はソレはそれで面白いかもしれない。けれど、未来的に永続的に面白さに欠ける。

 

 なら、きっと……

 

「落としてしまう方が楽しいに決まってるじゃない……!!」

 

 きっととても邪悪な笑顔になってるだろう。なんせ自分でも分かる程の笑顔なんだから。



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36 姫とスキマ

うーん、なんといいますか。文章が行ったり来たりです。
シリアスならシリアスのまま、ギャグならギャグのまま、ってのが中々難しいです。

読みにくくてごめんなさい。

誤字訂正
釘を打つ→釘を刺す

多様な楽しみ方を楽しむ→多様な方法を楽しむ
報告に感謝。


 目を覚ました。

 いやにスッキリとしている頭と視界。眠った時を思い出そうとしても思い出せない。

 真っ赤な光が二つ、僕の前で揺れていた。僕にはそれが夢か、真か、わからない。

 けれど、思い出そうとすると頭がズキリと感覚を伝える。

 

「あら、起きたのね」

 

 首を動かして隣を見れば、煌びやかな着物を着た輝夜がいた。

 ジッとコチラを見て、少し心配そうな顔をしていた。

 起きた、と言われたのは僕が眠っていたからなのだろう。輝夜が言うのだから、きっとそうだ。

 

「大丈夫かしら?」

「……うん」

「そう、何かオカシイ所は無い?」

「……無い」

 

 自分には何も異常はない。

 その事を確かめたらしい輝夜は「そう」と再度呟いて残念そうに溜め息を吐きだした。

 輝夜が言う様なオカシナ所なんて一切ない。痛む頭もゆっくりと波は引いている。

 輝夜? あれ? 僕はいつから輝夜の事を輝夜と呼ぶようになったんだろう。

 輝夜と伽を交わした覚えも無い。彼女に名を許された覚えも……ない。

 

「どうかしたのかしら?」

「……何も」

 

 輝夜に呼ばれて思考から意識が引き戻される。別にいいじゃないか。輝夜がいるのだから。

 そう結論付けて、意味も無い事を棄てる。

 

「ふむ……じゃぁ私は戻りましょうかね」

「……ん」

 

 輝夜が立ち上がり、いや立ち上がろうとして、中腰で止まる。

 そして視線を下げて、吐息と一緒に笑いを漏らす。

 

「あらあら、放してくれないと行けないわ」

「……」

 

 しっかりと輝夜の裾を掴んでいた僕の手。

 顔が熱くなるのを感じ、握っていたソレをパッと放す。そのまま顔を見られるのを防ぐ為に布団を顔まで上げる。

 

「フフフ、ここに居てもいいのよ?」

「……それは、いい」

「あらあら」

 

 ずっと笑っている輝夜を少しだけ布団を下げて見つめる。ジッと僕を見ていたようで、また愉快そうに笑った輝夜は布団から出ていた僕の髪を撫でて顔を近付けてくる。

 

「おやすみなさい」

 

 耳元で囁かれたその言葉。どうしてか、胸の部分に温かい気持ちが広がり、また顔が熱くなっていく。

 そんな顔を見られない様に、寝返りと一緒に布団を巻き込んで僕は必死で瞼を落とす。

 

 クスクスと笑う声が遠のき、畳を踏みしめる音も遠くなり、襖が開かれ、閉じられた。

 まだバクバクと鼓動を叩く心臓を落ち着けるように深呼吸を繰り返す。

 コレは、一体何?

 

 

~~

 

 襖から出て、まるで至っていつも通りを振る舞い歩く。

 足は徐々に早足となり、後ろを振り返る。彼の部屋からは結構な距離になるはずだ。

 

「――――――っしゃぁ!!」

 

 溢れ出た気持ちが思わず声に出る。しっかりガッツポーズまでしてのけた私は鼻を抑えている。

 キュンってしちゃったよ。キュンって。

 くぅ~!! 疲れました! これにて催眠完結です!!

 

「だって、だって、無表情なショタが私に対しては表情浮かびまくりで顔真っ赤にして布団からチョイ出しよ」

 

 不老不死でもキュン死は適応されるのだろうか。キュン死でリザレクションってのも中々変態的で面白いと思うけれど、きっと違うのだ。

 キュン死で横たわって鼻血を出していたい。そしてあの無表情ショタをアワアワさせたい!!

 

「うっ……ふぅ、落ち着きなさい。落ち着くのよ私」

 

 そう、冷静になるんだ。よく言うだろう、賢者タイムなるモノが必要なのだ。我が月の賢者はバッチリ煩悩まみれという事が証明されていたけれど。

 まだこれは序章なのだ。そう始まり。

 エロゲ的に彼の常識を非常識にしようと思ったけれど、きっとソレは違うのだ。全裸が常識の世界に恥じらいと萌えなど存在しないのだ。チラリズムが最高に決まってる。

 それに、どうしてか催眠の効きが悪かったらしく私や永琳そして今回の功労者への信頼度とか依存度を少し上げるだけで精一杯だった。

 彼自身に対する変化はあまり出来なかった。出来たのは表情を柔らかくする程度だ。意外に自分を保った性格らしい。ブレない、と言った方がいいのか。もしくは最初からブレ過ぎなのか。

 ともかくとして、信頼度を上げて催眠を解いた私は半信半疑だった。もしかして効いていないんじゃないか? とか普通に考えてたし。

 ところがどっこい。催眠は意外にもバッチリだった。それこそ驚く程の効力だった。

 鈴仙、お前の犠牲は無駄にしないぜ!! 私達の冒険はまだ始まったばかりだ!

 何も異常らしい異常がないと言われた時は、本当に残念だった。

 残念過ぎて部屋に戻ってスレ立てをしようとしていた所に裾に違和感。Oh……。

 キュってされてる! キュって!

 しかもソレを指摘してあげたら顔を真っ赤にして布団に隠れるのよ! ワザとだと思ったわよ、えぇ当然ワザとだと思ったわ。

 顔を覗かせて私を確認した彼を見て誰かが囁いた。

 

『逆に考えるんだ、もうワザとだっていいじゃないか』

 

 きっとナイフが死因な誰かは本当にどうかしてたと思う。もちろん、その言葉に従っている今の私もどうかしてる。

 でも、逆に考えるんだ。どうかしちゃってもいいさ、と考えるんだ。

 

「随分なご身分じゃない、輝夜」

「あら、お姫様なんだから当然でしょう? で、そっちはお仕置きは終わったのかしら?」

「私の業界ではご褒美よ」

「あ、そう」

 

 心の中で鈴仙の冥福を祈りながらどこか肌のツヤのいい従者を眺める。どうしてウットリしてるんだろうか、私にはサッパリワカラナイナー。

 キッパリ、ハッキリと言い放ちやがった我が従者はとってもいい笑顔でした。まる。

 

「で、永琳にしては珍しいじゃない。『素』だなんて利用価値の高そうなモノを寝取ら、げふん、手にいれないんて」

「色々と考えがあるのよ……尤も、私の考えではないのだけれど」

「へぇ、じゃぁ誰のかしら?」

 

 私は視線を永琳からズラす。

 空中に真一文字の線が入り、それがクパァと開く。見えた空間には多数の目が存在していて、そこから出てきた金を細くした様な髪の美女。

 

「ねぇ、八雲紫さん?」

「……」

 

 いつもの日傘は何処かへおいてきたのか、手には扇子を持ち、そしてその扇子は開いて口元を隠している。

 閉じられた瞼が上げられ、髪と同色の瞳が露わになる。

 

「月の姫様に呼ばれるだなんて。感謝の極みですわ」

「そんな事どうでもいいのよ、八雲紫」

「あら、そう。面倒な嘘を吐かなくてもよかったのね」

「見て取れる挑発も必要ではないわ」

 

 私は肩を竦めてワザとらしく溜め息を吐きだした。思考を巡らせればある程度の話は出来るけれど、目の前の妖怪や永琳を相手にするには面倒が過ぎる。尤も、あちらが遊んでくれているだけなのだが。

 実際の所、私が挑発されようが侮辱されようが、今はどうでもイイ事なのだ。

 

「さっきの少年がすっごく可愛かったんだけど、録画とかしてないの!?」

「…………」

 

 思いっきり呆れ顔になっている従者なんてそれこそどうでもいいんだ。今、私にはしなくてはいけない交渉があるのだ。

 そのために態々クッソ面倒な言い回しまでして目の前に録画してそうな妖怪を呼んだのだ。

 どうせ今の今まで見ていた筈だ。きっと、いや、絶対に。

 そんな覗き魔妖怪は少しだけキョトンとして、ニヤリ……ではなくてニタリと顔を歪めて、扇子を閉じた。

 

 そして黙って拳を握ってコチラに向けた。親指は天を指している。私も同じ行動をとる。

 

「流石はお姫様。私の出来ない事を平然でやってのけますわ!」

「ええ! そこにシビれて憧れて頂戴!!」

 

 お互いに鼻息を少しだけ荒くしてグヘグヘと笑ってしまう。視界の端で永琳が手を顔に当てて溜め息を吐いている。そのまま「八意永琳が命じる!!」とかやってほしい。

 覗き魔妖怪、否、スキマ様と熱い握手を交わして口を開く。

 

「あの子、頂戴な」

「嫌よ」

 

 ニッコリ。別に貰えるとも思っていなかったけれど、まさかこれ程の返答を貰えるとも思っていなかった。

 交渉なんて更々する気は無かったけれど、こうも即答されると困ってしまう。

 ソレに、わかった事もあるのでソレでよしとしよう。

 

「あらそう残念」

「えぇ残念ね」

 

 肩を竦めてから握っていた手を離す。ヒラヒラと手を振って痛みを逃がしていく。

 相変わらず笑顔で表情を隠して八雲紫を見てコチラも笑んでみる。

 

「ウチにいる間は好きにしてもいいんでしょう?」

「えぇ、手を落とすなり、足を落とすなり、好きにしてもよろしくてよ」

「そんな嗜好は持ち合わせてないわ」

「戯れでされては嫌ですもの」

 

 つまりは、釘を刺された訳か。

 思わず溜め息を吐いてしまう。その溜め息で丁度話し合いという名の一方的な要求は終わった。

 つまり、あとに残るのは、アレだ。

 

「録画は任せたわ」

「えぇ、俯瞰、二者視点、全て完備して、編集して送るわ」

「編集だなんて、そんな面倒な事しなくてもいいのに」

「うちの式にやらせるから大丈夫よ」

 

 流石スキマ様である。お互いにもう一度グッと拳を握って意思表示する。

 そのままスキマに飲まれる様に消えた八雲紫。『I'll be Back』とでも言うのだろうか少しワクワクしてしまった。

 そんな手が完全に消えてから私は溜め息を吐き出す。

 

「残念だったわね、輝夜」

「笑いながら言わないでくれるかしら?」

「これは失礼、姫様」

 

 とか言いながら一切笑いを隠そうとしない従者。別に何処かの戦闘ロボットおなじみの言葉が出なかったから拗ねている訳ではない。

 

「まぁいいわ。彼を巡っての戦いだなんて真っ平ごめんだもの」

「あら随分乗り気だったみたいだけど?」

「それこそ見てる分にはね」

 

 ニコリと笑って、従者に返してやる。二重に意味が掛かってそうだけど、それはそれでいいのだ。

 楽しみは長いほうがいいに決まっている。

 観客にでも、役者にでもなれる舞台なのだ。多様な方法を楽しもう。

 

「あぁ、本当に、残念ね」

 

 そうは言いながらも、やっぱり私の顔は笑みに歪んでいたと思う。




アイエエエ! スキマ!? スキマナンデ!!

贄録の裏舞台をチラリと見せた程度です。まぁこれで分かる人もいるんだから、中々に皆様を騙すというのは難しいモノです。


そういう推理系の感想は受け付けてません。あれです、頭の中で「こうなんだろ?どうなんだよ猫毛布」と留めておいてください。
ネタバレとかそういう理由じゃなくて、私のはぐらかしが中々に滑稽だからに決まってます。


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37 本と下心

 目が覚めた。

 ぼんやりとする視界。起き上がれる程度に回復したらしい身体を持ち上げて微睡んだ頭をガクリと落とす。

 このまま眠れば幸せかもしれない。

 けれど、重い瞼を上げれば視界は少しばかり明るかった。つまり、太陽が昇っているのだ。

 起きなくてはいけない。

 

 何度か舟を漕いでから、いつもの様に息を吸い込んで、少し止める。吐き出す。

 

 息を吸い込んで、少し止める。

 吐き出す。

 

 瞼を上げればぼんやりとした視界はハッキリとしたソレに変わった。

 

「おはよう」

 

 思わずビクンと肩を動かしてしまった。

 湧いて出た様な、まるで最初あった置物の様にそこにいた紫色の髪の魔法使い。視線は僕ではなくて自身の開く本に落とされている。

 

「……お、おはよう」

「……」

 

 僕が返事を返すと、眉間にシワを寄せてコチラをチラリと見られた。そして、溜め息。

 どうでもいいと言う様にまた視線を本へと落としたパチュリー・ノーレッジ。

 

「見舞い品は本でよかったかしら?」

「……ありがとう」

「相応の対価は得てるわ。それこそアナタの血はとても役にたっているのだから」

 

 彼女がチラリと見た視線の先には本が数冊積まれている。僕の読んだ本は無い。膨大な本の中から僕が読んだことのある本を持ってくる事の方が難しいけれど彼女なら僕の読んだ本など把握してそうだ。

 頬の緩みを感じながら、積まれた本に期待を寄せる。

 

「あぁ、そういえば。左目、見えなくなったそうね」

「……うん」

 

 本を閉じて僕に視線を向けたパチュリー・ノーレッジは淡々とそう言った。事実を否定する気もなく、肯定を口から吐き出す。

 

「義眼でも作ってあげようかしら? 視界が片方だけでは不便でしょう」

「……見える?」

「魔法……いいえ、魔術寄りの技術ね。義眼を媒体に魔術を生成。アナタの力を動力にして魔術式を動かせばいけるわ」

「……使えない」

「魔法の事? 大丈夫よ。実験済みだから。 魔法陣を描いてアナタの血を動力に発動出来たわ」

 

 つまり僕の視界は回復するのか。それはとても嬉しい。今は片目を閉じている状態だから何とも疲れるのだ。

 

「さらに今ならアナタの動力をフル活用出来る様に動体視力の上昇、見える距離の上昇、透視能力! 揃ってなんとこのお値段!」

「…………」

「…………まぁとにかく、色々とオプションを付ける事が可能よ」

 

 先程の勢いなど無かった様にいつも通りの低い口調で続けたパチュリー・ノーレッジ。頬は少し赤い。

 思わず見続けてしまい、彼女はそっぽ向く。

 

「……じー」

「な、なにかしら……?」

「……別に」

 

 きっと彼女にもそういう時があるのだ、と一人納得して視線を外した。

 太陽が眩しい。そろそろお昼時なのだろうか。

 

「少し、変わったわね」

「……?」

「私的には前の方がよかったけれど……そっちの方がいいんでしょうね」

 

 変わった? 僕が?

 意味が分からず思わず首を傾げてしまう。一体いつ僕が変わったのだろう。変わった自覚も無いというのに。

 

「あぁそうそう、対価の話に移るわ」

「……対価?」

「えぇ、義眼の対価。これは後払いでいいわ。 私自身の実験も兼ねているし」

「……そう」

「対価は……そうね。アナタの体を借りようかしら」

「……わかった」

 

 僕の体を借りる、という事は『器』での実験という事だろう。

 解剖、とかはされないと思うけれど、されるならされるで幽香達に挨拶をしなくてはいけない。

 

「そういえば、フランがアナタに会いたがっていたわよ」

「……フランが?」

「尤も、今はレミィが色々仕込んでる途中だけれど」

「……色々?」

「礼儀とか、能力の制御とか、まぁ色々よ。義眼が出来た時にでも連れてくるわ」

「……ありがとう」

「どういたしまして、フランも喜ぶでしょう」

 

 おそらく今も色々と仕込まれているであろうフランを思い無事を願う。あのレミリア・スカーレットに礼儀を仕込まれているのだから、きっと大変だろう。

 

「じゃぁ私は帰るとしましょう。 何か伝言とかはあるかしら?」

「……フランに、頑張って、と」

「…………あの子があれ以上頑張るとレミィか美鈴の胃が危ないんじゃないかしら?」

「……?」

「いえ、なんでもないわ。 伝言は預かったわ。それでは、また」

 

 持っていた本を積んでいる本の一番上に置いて、パチュリー・ノーレッジは立ち上がる。そのままフワリと浮いて、障子を音もなく開き、閉めた彼女の影が空へと消えていく。

 シン、と静まり返った部屋の中。僕は一度息を吐き出して、積まれた本を手に取る。

 題名は擦り切れている。表紙を撫でて、何処かで見た表紙だと気付く。

 図書館でパチュリー・ノーレッジが勧め、僕が置いた本だ。曰く、『器』の事が書かれた本。

 本を開くと、最初に見えたのは魔法陣。円形のソレが最初の頁に大きく書かれていた。

 指で撫でながらその魔法陣を読み解く。僕の知識では無理だと判断して次の頁を開く。

 神々に愛され贈り物を沢山得た女性の話がソコには書かれていた。

 彼女は開けてはいけないと言われていた箱を大事にしていたが、人間によって箱が奪われ、そして開けられてしまった。彼女が箱を見つけた時には既に開けられたあとだった。

 絶望を振り撒いた箱、箱を開けたのは彼女だと断定され、そして彼女は触れてはいけない存在へと成った。

 そんな彼女の話が、この本には書かれていた。

 最初から『贄』であった彼女は恨んだ。愛してくれた神様も、人間も、全て恨みながらこの本を書いたらしい。

 僕は本を閉じて、息を吐きだした。

 根本的に僕と彼女は違っているのだから、知りたい事もなければ、得る事もなかった。

 

「レン、何をしているの?」

「……読書」

「そう」

 

 庭先から入ってきた幽香が僕の隣に座る。

 僕は本を閉じて、新しく本を取ろうとする。手を伸ばした横から別の手が伸びて、積まれていた本を取られる。

 

「これでいいのかしら?」

「……うん」

 

 幽香が手に持った本を僕は受け取る。

 題名を見て、表紙を撫でる。頬が緩む。きっと、幽香が隣にいるという理由もあるのだろう。

 僕は微笑みを浮かべて幽香に向く。

 

「ありがとう」

 

 幽香が鼻を抑えて上を向いた。

 一体どうしたというのだ。風邪がまだ治っていないのだろうか。

 僕が手を伸ばそうとすると幽香の手によって制される。どうやら大丈夫らしい。

 幽香は立ち上がり襖の向こうへと消えた。

 僕は何度か瞬きをしてから、追うことも出来ないという理由を付けて、本を読むことにした。

 

 

~~

 

「発情ウサギィ!!」

「ハワッ!? だからその名前で呼ばないでください!! 昨日、彼にも呼ばれたんですから!!」

「私が居ない時に襲おうとするからよ!! 座薬とどちらがいいのよ?」

 

 そう言えば頭を抱えて真剣に悩みだす月兎。すぐに否定すればいいモノを悩むのだからかなり虐めやすい。

 このままコレを虐めるのもさぞかし楽しいだろうが、今はそんな事どうでもいい。

 

「アナタ、私のレンに何をしたの?」

「な、ナニヲトツゼン」

「したのね。何をしたの、さっさと言いなさい。 焼いて灰にして畑に撒くわよ」

 

 やはり何かしたのか。私のレンに手を出しやがったのか。確実に出している筈だ。しかも唐突にあれほどの変化が起きる程の何かをコレはしたのだ。殺すだなんてとんでもない。引きちぎってやる。

 

「あら、お花の妖怪さん。 その様子だと彼を見たのかしら」

 

 兎の胸ぐらを掴んだまま後ろを振り向く。

 そこに居たのは月の姫。長ったらしい黒い髪を垂らして、裾で口元を隠す事もせずに人形みたいな微笑みを浮かべている。

 

「可愛くなったでしょう?」

 

 クスクス嗤う竹取姫を見て直感する。こいつか。いや、コイツだ。

 私は兎の胸ぐらは放して、竹取姫に詰め寄る。後ろで兎がフギャとか言ってたけど、気にしない。

 

「何をしたのかしら?」

「ナニはしてないわよ? まだ、ね」

「……あまり手を出さないでくれるかしら? 害虫を駆除するのも手間なの」

「あら、怖いことを言うのね。 もう一度聞くけど、可愛かったでしょ?」

「答えなくてもわかるでしょ」

 

 可愛かったから文句を言いに来たのだ。

 あの無表情な顔が崩れて自然に微笑んだのよ?

 私といた時はあんまり見せてくれなかった貴重な微笑みが溢れたのよ?

 

「あの状態にしようと私がどれだけ頑張ったか……」

「旅人の服を脱がせるには力尽くでは駄目なのよ、北風さん」

 

 朗らかな太陽……とは絶対に言いたくない黒い笑みを浮かべる太陽は、とても憎たらしい。

 これでは向日葵は振り向かないだろう。

 

「で、彼がとても素晴らしい笑顔の画像が今私の手元に」

「いらないわ」

「あら……」

 

 ペラリと竹取姫が取り出した紙がヘタレる。おそらくその紙にはレンが綺麗に笑んでいる事だろう。けれど、そんなものは必要がない。

 

「だって、彼はすぐそこにいるんだから、笑わせればいいでしょう」

「ふむ……そうしたいならそうしなさいな」

「えぇそうするわ」

 

 フン、と鼻を鳴らして踵を返す。向かうのは先程一人置いてきたレンの所。

 襖を力の限り開けるとソコには本を膝に抱えながら読んでいるレン。真剣な眼差しで本を見ている。

 コチラには一切向く気配がない。

 

「レン、あの姫に何かされたのかしら?」

「……ん」

「ちょっと聞いているの?」

「……ん」

「…………レン?」

「……ん?」

「……」

 

 なんだろう、この蔑ろにされている感じは。

 反応が薄いとかそういう類の反応ではない。まるで単なる反射で返事をされている感じだ。

 レンに手を伸ばし髪を触る。私と別れた時から見ると随分と伸びた髪だ。

 そのままレンの頬を撫でてみれば、なんといい手触りなのだろうか。

 あの笑顔を見せてくれたのだから、きっと今なら迫っても許してくれるだろう。

 

「ねぇ、レン」

「……ん」

「…………」

 

 いや、ダメだ。なんというか、そういう空気じゃない。

 このまま後ろから抱きすくめる程度は許してくれそうだけど、手を出し始めると、絶対に拒否される。

 料理中に手を出した時と、いや、それ以上に危険だ。手を出してはいけない。でも手を出したい。

 

 とりあえず、後ろに回って抱きしめてみた。結果、微動だにせず。

 あぁ、でもこうやって匂いを嗅いでるだけでいいかもしれない。

 足の間に彼を入れて、腹部あたりに手を回して顎を肩に置く。

 とても落ち着く……なんというか、ほっこりする。これで彼が反応してくれればいいんだけれど。

 

「……」

 

 絶賛、本に集中してて私には見向きもしない。むぅ、と漏らしてみても彼は反応すらしてくれない。

 こう、何も反応がないとイタズラをしたくなるのは仕方がない事だと思う。けれど、この状態でもいいかなぁ、とか思い始めている自分もいる。

 彼の弱点の一つである耳を甘噛みしてみる。

 無言で手を抓られた。

 あぁ、エッチな事はなしですか……そうですか。

 相手は怪我人だし、その怪我の原因は私だし……拒否されるし。無理やりするのは確実に問題だ。

 溜め息を一つだけ吐いて、抱きつく事に集中する。

 ふと、抓られた手が握られている事に気付く。しかも指までしっかりと絡められている。

 レンを見てみれば意識していないのか、相変わらずの表情で本を読んでいる。

 これは、もしかして行けるかもしれない。

 空いていた手で腹部を撫でながら下ろしていく。

 

 

 やはり無言で抓られたのは言うまでもない。




読書状態のレン君と幽香さんの組み合わせはそういえば始めてだなぁ、とか。
基本的にエッチィ事よりも読書好き。相手がゆうかりんだから無理に迫ってれば情事に突入してたと思います。

まぁ自重してもらいましたけどね!!

もこたんの出演は遅れそうです。
ここから二話ほど先ですかね……うーん。


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38 因幡とクスリ(笑)

待望の猫耳。けれど付ける意味はあったのだろうか。
いや、待て、よく考えるんだ。意味を求める事はないんだ。意図も求める事は無い。


大変趣がありますね!


 目が覚めた。

 本を閉じた時には永琳が幽香を帰していたので、今は僕一人だけだ。

 揺れる頭を支えて、息を吐き出す。

 相変わらず、本を読み過ぎると寝てしまうらしい僕。文章の濁流は今は落ち着き、しっかりと溶け込んでいるとわかる。

 

 もう一度息を吐き出して、ようやく目の前の存在に視線をやる。

 月を背中に背負った小さな体躯に布を被せた様な服。黒く短い髪の上にはちょこんと兎の耳が乗せられている。

 

「やぁ、贄さん」

「……こんにちは?」

「こんにちは」

 

 ニコリとも笑わず、表情はなく冷たい瞳が僕を貫く。どうしてそんな瞳をしているのだろう。

 

「はっきり、先に言うんだけど。私はアンタらの事が大嫌いだ」

「……」

「勝手に不幸をばら撒いて、勝手に犠牲になって、勝手に死にやがるアンタらが大嫌いだ」

「……」

「おぉっと、謝る事はないよ。どうせ、アンタもそうなんだから」

 

 謝る事すら許してくれない女の子は僕を見て変わらず無表情を貫かれている。

 おそらく、贄となって短い僕からすれば彼女の言葉はさっぱりわからない事だ。

 

「そのくせ……人間に嫌われても幸せそうに笑いやがる」

 

 同じ人間な筈なのに、と少女は付け加えて舌打ちをした。

 彼女が何を思って僕にこんな話をしているかは分からないけれど、僕の事を僕と見れているという事はたぶん人ではないのだろう。

 僕にはそれだけしか分からない。

 

「人間な筈なんだ……私はアイツを助けてやりたかっただけなんだけどなぁ……」

「……アイツ?」

「あー……なんでもないよ。昔に蛇如きの贄になりやがった元人間の話さ」

 

 やはり吐き捨てるように言ってのけた兎は言葉のあとに溜め息を吐きだした。

 何かを思うように髪を掻いて、一言、スマナイと頭を下げられる。

 

「別にアンタには関係のない話だったね……さて、初めまして少年、因幡のてゐと名乗らせてもらってるよ」

「……レン」

「そうかい。先にも言ったんだけど。私は贄って存在が大嫌いだ」

「……そう」

「そうさ。なんてたって人間の癖に妖怪や神に尽くしやがるからね」

「……」

「……っと言っても、私も似たようなモンか」

 

 諦めた様に溜め息を吐いた因幡のてゐ。少しだけ目を伏せて、改めて僕の方を向いた。

 先程までの無表情はどこへ消えたのか、ニッと歯を見せて困ったように笑った因幡のてゐは言葉を迷う様に、あー、と声を出した。

 

「まぁ……あれだ、さっきのは忘れておくれ」

「……贄嫌い?」

「そこは覚えておいておくれ」

「……うん」

「まったく……昔の事をズルズルと引き摺って……何百年前の話だってね」

「……何百年?」

「おっと、女の子に年齢を聞くのはタブーだよ」

「……たぶぅ?」

「駄目って事さ。殊更に妖怪って存在は生きた年月を誇ろうとするんだけど、時折自分の年齢を忘れてたり聞かれたくないって事もあるのさ」

 

 「よっこらせっく、っと」と漏らして僕の隣に座った因幡のてゐは僕の事をジッと見た。

 顔は笑顔だと言うのに、僕を映し出す瞳に感情は一切篭ってない。

 

「たぶん、もう遅いと思うけど……妖怪や神様の願いなんて物はあんまり叶えなくてもいいんだよ」

「……?」

「アイツら、自分で出来る癖に出来ないから贄に頼ったり、贄の力を得たいから頼ったり……ともかく、傍目から見てると面倒そうなんだよ」

「……神様、嫌い?」

「嫌いっていうか……苦手だね」

「……そう」

「どうせ無意味だろうけど、心の端にでも置いておいておくれ」

「……うん」

「さて、そろそろ時間切れっぽいし、出て行くかね」

 

 そういって立ち上がった因幡のてゐは来た時と同じように障子を開け、僕に手を振って部屋から消えた。

 小首を傾げて時間切れという言葉が引っかかりを覚えた。が、その疑問は直ぐに解けた。

 

「あ、レン君。ここにてゐ……えっと、ウサ耳つけた女の子来ませんでしたか?」

 

 ひょっこりと襖を開けて顔を覗かせた鈴仙。そんな鈴仙の問いに僕は首を横に振ってしまう。

 来たけれど、今しがた出て行った。とも言わない。どうして言わなかったかなんて分からないけれど。

 

「うーん、まぁそうですよね……何かと言って贄の事毛嫌いしてましたし……うーん、何処に行ったんだろ」

「……どうか、した?」

「あぁ、地上の……いいえ、えっと、兎が少し慌ただしくなってたので」

 

 何かを言うのを止めて、改めて言葉を進めた鈴仙にやはり首を傾げてしまう。

 そんな僕を慌てて何もないですよーと取り繕う鈴仙。

 

 

 鈴仙?

 何かの引っかかりを覚えて再度僕を首を傾げる。

 

「あ、そういえばそろそろお薬の時間ですね。持ってきますから待っててくださいね」

「……うん」

 

 結局何が引っかかったのか分からず、僕は鈴仙に流される様に頷いた。

 襖をぴっちりと閉じられて、また部屋が薄らと暗くなる。

 障子越しに月明かりが照らし、僕が眠る布団の手前で丁度影と灯りの境界線が見える。

 境界、と言えば八雲紫には会っていない。好んで会う様な事はないけれど、顔を見せる程度もしていない。文の話を信じるならば、見られている事は確かだろうけれど。

 そんな思考を遮断するように、襖が開かれた。

 

 そこに居たのは鈴仙ではなくて、

 

「こんばんは、レン」

 

 黒い髪のお姫様だった。

 

 

~~

 

「こんばんは、レン」

 

 私が現れた事に驚いたのか、レンは少しだけキョトンとして私を見つめている。

 右手で襖を閉じて、彼に寄る。

 左手に持っているのはコップ。中身は白濁とした液体……いや、ドロリとしているから固体なのだろうか。

 ともあれ、ゲル状のそれが大量に入ったコップが私の手に握られているのだ。

 

 そのコップの中に右手を差し入れる。人肌よりも少し温かいそれがぬるりと指に纏わり付いて私の指を汚す。

 コップから放しても纏わり付いたままのソレ。右手にドロドロとした物を付着させて、私は手をレンに向ける。

 

「お薬の時間よ。 舐めなさい」

 

 一種の命令。内心、拙いかなぁ……なんて思いつつも、決して表には出さない。

 私が近づいたからか、彼は立つ事もせずに四つん這いでコチラに寄り、膝立ちになり、私の腕を掴もうとする。

 避ける。

 

「ダメよ、私の腕を掴んだら。 舌と口だけで舐め取りなさい」

 

 言葉に素直に従う様に彼は手を畳に付けた。私が立っているから、彼は自然と少し上を向く形になり、真っ赤な舌を伸ばして私の指を舐める。

 彼の舌の上にドロリとしたゲル状の白濁液が乗る。乗ったと同時に彼は少し眉間にシワを寄せて口を離した。

 おそらく、苦いのだろう。

 舌に乗せたソレを唾液を溜めて、嚥下した彼はまた私の指へと舌を伸ばす。

 中指の先を舐めて、人差し指の中程を舐めて、薬指と小指の間を綺麗に舐めとった。

 随分と苦いだろうソレを私の手から全て舐めとった彼は、慣れたように唾液を溜めて嚥下した。

 口の中にありません、という風に私に向かって大きく口を開いて証明までしてみせた。

 

 少しだけ、考えてしまう。

 そこで、私はようやく気がついた。彼には何かが足りないのだ。恥じらいとか、そういうのではない。決定的な、ソレが足りないのだ。

 私は彼に視線を合わせる様に膝を折り曲げ、彼の髪で耳を隠す。黒く少し長い髪は容易く彼の耳を隠す事を成功させた。

 そのまま私は見舞い品を漁る。数少ない見舞い品の中からカチューシャを取り出す。カチューシャには三角の耳が二つ程ついている。色は黒。

 ソレを彼の頭に装着させて、一歩後ろに下がり、確認。

 

「レン。にゃぁ、と鳴いてみさなさいな」

「にゃぁ?」

「―――――ッ!!」

 

 我慢する。私は今我慢出来る子になった。きっと今も見ている筈のスキマ妖怪も私と同じ状態だと思う。

 録画して!早く!録画するのよ!

 きっと今、私と彼女はとても素晴らしい関係で結ばれたと思う。

 スキマ様が見てる。

 

「―――……ふぅ。 さて、薬をもう一度上げるわ」

「……」

「あぁ、そうそう。このカチューシャをしている時の返事は『にゃぁ』か『にゃ』でよろしくね」

「……にゃぁ」

「――――」

 

 もしかして、私は今とても罪深い事をしているのでは無いだろうか。

 冷静に考えるんだ。いたいけな少年にこんな白濁液を飲ませながら猫耳カチューシャを付けさして猫語の伝授だ。はっきり言って犯罪者である。

 けれど、考えてほしい。こんな可愛い子に猫耳カチューシャをつけない理由があるのだろうか?いや、無い。つまり付ける事は必須、むしろ常識だ。

 つまるところ、私の行為は正しい事だ。

 薬と偽って、葛湯にニガリを入れたこの液体を指に付けて舐め取らせているこの行為も、至って正常の行いである。

 うむ。

 という事で、私は右手に再度ドロドロの液体“括弧”葛湯“括弧閉じる”を付着させて、舐め取らせる。

 彼は再度同じ様に中指を舐め始める。舐め始めて、

 

「はぁ、む」

 

 口に含んだ。

 熱い彼の口内が私の指を包み、更に熱い舌がまとわりつく。

 そのまま吸い付きながら顔を指から放して、ジュルと唾液を吸って、彼は中指から口を放した。

 そのまま彼は人差し指にまた吸い付いてくる。

 汚れた私の指を綺麗にするように、じっくりと隅々まで、指と指の間までしっかりと舌を這わせてくる。

 素晴らしいの一言である。

 今も尚私の指を吸っている彼を見下してみる。どうやら私の視線に気がついた様でちゃんと上目遣いでコチラを見上げてくる。

 

「にゃ?」

「――――――――――――――……………………ふぅ」

 

 長く、辛い、戦いだった。

 今、心の中で葛藤が始まっている。

 そう、スキマ様に編集済みの映像を渡されるのか、それとも未編集で渡してもらうべきなのか。

 非常に悩ましい。

 いや、いっそのこと両方もらうのが一番の解決なのではないだろうか。

 

 ともあれ、まるでそれが当然かの様に小指まで舐め取られ、私は人差し指と中指に薬(笑)を付着させる。

 そのまま彼に差し出し、二本まとめたそれを当然の様に彼は受け入れて口に含んだ。

 内心、抵抗無いのもなぁ……とも思いつつ、ちょっとした悪戯心が湧き上がる。

 グイっと、指を更に口の奥へと突き入れる。

 

「ふぐっ、んぅ!?」

 

 涙目になりながらも私の指を喉奥で締め付けたり、舌でしっかりと舐めている辺り、本当に彼は年齢通りなのかが不安になる。そして、性別が合っているのかも。

 こんなに可愛い子が女の子なワケがないじゃないか。

 彼の口端から唾液がとろりと溢れ、顎を伝う。指をゆっくりと引き抜けば、私の指と彼の唇の間に銀色の橋がかけられ、私の指はドロリとした白濁液ではなくて、テラテラと透明度の高い唾液に変わっている。

 ペロリとそれを舐めて、思い出してしまう。

 

 ヤッベ、レンの体液って私達にとって媚薬じゃん。

 

 道理で指が敏感になっていた訳だ。下腹部がキュンと収縮した感触がした。

 いやいや、流石に待て、待つんだ私。今、ここで襲っていいのか? 確かに猫耳は素晴らしい。あぁ、素晴らしいさ。

 けれども考えるのよ。彼を襲う事よりも、彼に奉仕させる方が絶対に萌える。コレは確実だ。

 深く呼吸をして、どうにか色欲を放り投げる。後で満たしてあげるから、今は待つのよ。

 

 そんな私を見てか、潤んだ瞳で小首をかしげながらも心配そうな顔でコチラを見るレン。

 大丈夫だと言ってみると、彼は微笑んで、口を大きく開けた。白濁液は、無い。

 

「にゃぁ」

 

 彼が猫だったなら、褒めて褒めてと擦り寄ってきているのだろう。いっそ来て欲しい。こいよ。

 いやいや、ある意味猫らしいのだからそれでいいじゃないか。

 

 

 

 と、兎に角、今は襲わないようにしなくてはいけない!!




姫様との絡みはこんな感じに絡め手……というか、奉仕する形になると思います。
今までは責められるだけだったので、こういう形もいいなぁとか、なんとかかんとか。

ちなみに、輝夜様は薬(笑)がなくなったのを言い訳に部屋から逃げ出します。
レン君を襲わない為にですけどね。

薬(笑)の作成方法
準備するもの。
片栗粉。水。ニガリ。砂糖少し。
片栗粉と砂糖とニガリを入れて水を少し入れます。
残りの水をお湯にして、少しずつ、混ぜながら入れていきます。

葛湯の完成です。これで擬似的に指フェ○とかもできますね!!


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39 モノと人

猫耳からの話。
またギャグ→シリアス→ギャグな面倒な話。実際、シリアスなのかどうかも私には曖昧です。
要は、認識の違いの話。


 目が覚めた。

 どうしてか鼻を抑えた輝夜が出て行った所まで記憶は残っている。

 頭が締め付けられる感覚がして、手を頭に伸ばせば未だに猫の耳が付いていたらしい。

 頭からソレを外して首を横に振る。髪を軽く整えて、手に持った猫耳をジッと見つめる。黒く三角形の耳。そして髪を抑える様に湾曲した留め具。

 少しだけ前髪が視界の端にチラつき、ソレを手で掻き上げながら留め具で止めてみる。目の前から髪が消えてよく見える様になった。尤も、片方の視界だけだけど。

 

「――――あ、わ、わ、わ……」

 

 ガシャン、と硝子細工を落とした様な音が聞こえそちらを見ると、どうしてか狼狽している早苗がいた。そして足元に広がる透明の破片達と水溜まり。

 僕の方を指差して、口をパクパクと動かして、そしてそんな自身を落ち着ける様に深呼吸を何度も繰り返し、深い息を最後に一つ吐きだした。

 

「いいですか、repeat after me(りぴーと あふたー みぃ)。斜め七十七度の並びで泣く子泣く泣く七分七秒涙を流して流れてく。ハイ!」

「りぴぃ、と?」

「そっちじゃない!! でも可愛いからいいです!!」

 

 フンス、フンスと鼻息荒くコチラに顔を寄せてきた早苗に少し引いてしまう。

 第一、今の言葉に何の意味があると言うのだろう。言葉を聞いた限りで意味も分からなければ、「な」が連続していただけの言葉だ。

 

「……ななめななじゅうにゃ、」

 

 舌を噛んでしまう。言葉の意味を聞こうと言い直そうとしていただけなのに。ヒリヒリと痛む舌を少し出して冷やしていると、早苗が急に拳を出して来た。親指は上を向いている。

 近頃よく見てしまうこれは一体何なのだろうか。上に何かあると言うのだろうか。上を向いてみてもあるのは天井板の木目だけだ。

 

「何してるのよ」

「あぁあ、幽香さん見てください!! この愛らしいレンさんを!」

「……」

 

 幽香がコチラを見て少し止まる。そして苦虫を噛み潰した様に眉間にシワを寄せてツカツカと歩いて僕の頭から猫耳を掴み、少し止まってから丁寧に外した。

 外れた、という感触を得て垂れ下がる前髪。そして耳鳴り。

 バリッ、と紙が破ける様な音を立てていつの間にか障子に穴が空いていた。ぽっかりとだ。

 幽香を見れば何かを投げたかの様な格好で止まり、出てもいない額の汗を拭う。

 

「ふぅ……で、何の話だったかしら?」

 

 とても綺麗な笑顔で何事も無かったかの様に喋りだす幽香。

 少しの沈黙。そして早苗が震え出して立ち上がる。

 

「何やってんですかー!!」

「い、いや……つい」

 

 幽香の胸倉を両手で掴みよって言葉を荒げる早苗。座っている僕からは見えないけれど、きっと憤怒の表情なのだろう。

 幽香はどうしてか胸倉を掴まれてても抵抗をせずに気まずそうに顔を背けている。

 

「つい、でやってイイ事と悪い事があるんですよ!! いいですか! あんな乗り気なレンさんここから先見れるかどうかわからないんですよ!! しかも猫耳ですよ!!猫耳! 別に私だって獣姦とか一切興味もないですけど萌えには興味しかないんですよ!! レンさんが猫耳装着して猫語を喋るとかもはや夢とか理想の話になるんですよ!? ソレを易々と潰してくれやがりましたね!! レンさんが『にゃにゃめにゃにゃじゅうにゃにゃどのにゃらびでにゃくこにゃくにゃくにゃにゃふんにゃにゃびょうにゃみだをにゃがしてにゃがれてく』なんて聴けるチャンスもう一生ないんですよ!!」

「いや、何を言ってるかさっぱりだけど、そんなに泣かないでよ」

「泣いてなんかいません!」

 

 幽香の言葉は尤もだった。一体いつの間にそんな呪文めいた言葉を言わせるつもりだったのだろう……。僕が呪文を唱えた所で意味はないと言うのに。

 泣いているらしい早苗はソレを否定して幽香をグワングワンと揺らしている。何か思うところがあるのか幽香は抵抗らしい抵抗をしていない。

 

「まぁ捨ててしまった物は仕方ないです……」

「えっと、ありがとう?」

しかし(しかぁし)! 次はやめてくださいね?」

「……」

 

 きっとニッコリと笑っているだろう早苗の顔から逸らす様に幽香は顔を横に向けた。

 早苗が迫っているけれど、その確認に改めて返事をする事は無かった。

 ようやく早苗の手を収める様に胸倉から退かした幽香がニッコリと笑って口を開く。

 

「私のモノに勝手な事はやめなさい」

「―――は?」

 

 次は早苗が固まった。

 立場が逆転したように次は幽香が早苗に顔を寄せていく。顔は笑っている。

 

「レンは私の所有物よ。勝手に自由に扱わないでもらえるかしら? 第一、アナタ達がレンに取り付いている時点で不愉快だと言うのにソレを許容してやってるのよ? 感謝はされど文句を言われる筋合いはないわ。殺すわよ?」

「……レンさんをモノ扱いしましたね? この子はれっきとした人間です! 物だなんて失礼な事を言わないであげてください!」

「それこそ愚問ね。妖怪と人間如きを同じ扱いにしないでもらえるかしら? 嗤いが溢れて(あふれて)溢れる(こぼれる)わ」

「そんな妖怪にレンさんの面倒を任せる訳にはいけません」

「アナタの了解を得る必要なんてないでしょう、人間」

「あります! なんたって私はレンさんの、……レンさんのお姉さんですからね!」

「あー、えっと、そのいいですかね?」

 

 非常に入り難そうに、躊躇した声が部屋に響く。

 二人が睨む様に、僕は至って普通にそちらを向けば面倒そうに、やる気なんて感じられないヘタレた兎耳を頭に装着した鈴仙がソコには居た。

 二人の睨みに少しだけ尻込みして、溜め息を吐いた。

 

「発情兎、何か用?」

「用がないならさっさと出て行ってください」

「私だってそうしたいのは山々なんですがね、まぁ二人とも落ち着いてくださいよ」

「落ち着け? 私は至って冷静よ。目の前にいる人間をぶち殺す算段は既にできているわ」

「あら奇遇ですね。丁度私も目の前の妖怪を滅却する準備が出来たところです」

「あー、もうめんどくさいなぁ」

 

 本当に言葉通りなのか、深い深い溜め息を吐いて頬を指で掻いた鈴仙。持ち直すように改めて息を吐き出して、口を開く。

 

「大体の話は聞きました。というか、叫ばないでください。 どうしてか二人の叫び声で起こる悪影響が全部私の責任になってるんで、マジでやめてください」

「だ、そうよ人間。口を永遠に閉じて、息も永遠にやめなさいな」

「言われているのはアナタでしょう?」

「あー、はいはい、喧嘩の安売りはいいんですけど、ここじゃない何処かでやってください」

 

 二人の間に入って両手で制する鈴仙。ようやく早苗と幽香の少しの距離が保たれた。鈴仙はやはり面倒そうに肩を落として溜め息を吐いた。

 

「話の内容は語りませんけど、二人共自分の会話内容を思い出して彼を見てください」

「――――あ」

「……」

 

 二人がようやく思い出したように僕を見つめる。声を出したのは早苗で、幽香はバツの悪そうな顔をして顔を背けた。

 そんな二人を確認したのか鈴仙は改めて溜め息を吐いて落として肩を持ち直す。

 

「その……すいません。カッとなっちゃいました」

「……いいわ、私も少し言いすぎたわ」

「はい、二人はちゃんとレン君に謝って今回の事は終わりです」

「レンさん、ごめんなさい……」

「……ごめんなさい」

 

 どうしてか二人に謝られた。

 鈴仙はようやく終わったか、と息を吐き出して障子を見てから再度溜め息を吐きだした。

 

「第一、なんでレンに猫耳なんか付けてたのよ」

「いえ、私が来た時には既に装着済みだったんで……」

「……なら投げて正解ね」

「何を言ってるんですか! レンさんが猫耳を付けるだなんて、」

「落ち着きなさいな、山の巫女。 レンには犬耳の方が似合うに決まってるじゃない」

「幽香さん、ちょっとお話しましょうか。たぶんきっととても盛り上がりますから」

「ええ、きっと有意義な時間を過ごせると思うわ」

「もうお前らさっさとどっかいけよ」

 

 急に盛り上がりだした二人とその間に挟まれた鈴仙がいつもの敬語も忘れて至極面倒そうにそう言った。

 

「そういうアナタはどう思うのよ」

「……当然、兎耳に決まってるじゃないですか。出来れば燕尾服も着用させた方が可愛いです」

「ダメね。垂れ犬耳一択ね」

「いいえ、ここは両方捨てがたいところですよ……あっ」

「どうかしたかしら?」

「わかりました。ここはレンさんに直接付けてもらう事で結果をはっきりさせるべきだと思うんですよ」

「……なるほど、一理ありますね」

「山の巫女にしては冴えてるじゃない」

「では幽香さんの了承も得たと言う事で」

「……で、アナタ達三人は病人に何をしようとしているのかしら?」

 

 嬉々としてコチラを向いていた三人の動きがピシリと止まる。まるで時が止まったかのように止まった。

 三人共似たような動きで、まるで首が錆び付いたようにゆっくりと後ろを振り返る。そこに居たのは素晴らしい笑顔の永琳だった。

 笑顔だと言うのに、怖いと思える何かを背負っていた。

 

「モウ! オ二人トモ! ケンカはヤメテクダサイネ!」

「そうね……さて、私は花に水をやりにいかないと」

「そういえば私も神奈子様達にお土産を買ってこないと」

「わ、私は、そうだ! てゐを探さないと!」

「呼んだかい?」

「てゐィィイィイイイイイイ!! なんでこんな時に限って出てくるんですか!!」

「いや、鈴仙が呼んだんだろう……珍しく出てきたらこんな言い草だよ、まったく」

「時と場合ってものがあるんですよ!!」

「安心なさいな、優曇華。三人とも説教してあげるから」

「やめてください! ヤメロー!シニタクナーイ!」

「花に水をやりに行かないといけないのよ!?」

「アナタ、この子と花と、どっちが大切なのかしら?」

「フンッ、説教を受けてやってもいいわ。感謝しなさい」

「あーはいはい、じゃぁちょっと別室に行きましょうねー」

 

 ぞろぞろと永琳に連れて行かれる三人。因幡のてゐと一緒にソレを見送りながら、どうしてか分からず首を傾げる。

 そんな姿をてゐに見られていたのか、思わず苦笑される。

 

「ま、あれだ。予定調和ってやつさ」

「……そう」

「尤も、お師匠様に報告したのはあたしだけどね」

 

 含み嗤いをしている因幡のてゐ。口元を隠そうともせずに面白そう、という理由で説教を見に行くらしい。

 頭の何処かできっと彼女も説教に巻き込まれるんだろうな、なんて考えつつ僕は近くに積んである本を手に取った。




きっと猫耳で眠ってしまったレン君は布団を抱くようにして丸くなって眠ってたんだと思います。というか作者はそう言ってるんだからきっとそうなんです。今そういう事にしました。作者ってサイコーね!

ゆうかりんが猫耳を捨てた理由
単なる独占欲です。姫様との会話からの猫耳ですから、少しの嫉妬も加えてます。

斜め七十七度~
はただ単に『な』を言わせたいだけなので、別段意味なんてありません。

てゐの一人称
巫山戯ている時はあたし、とかあたしゃ、とか、まぁそんな感じかなぁとか。
シリアス部分では私とかだと思います。いっそ「あたし」で統一した方がいいのかしら。


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40 不老人と苦労人

40話にして超常識人藤原さん登場。


 目が覚めた。

 本を抱いて眠っていたという事はまた唐突に眠ってしまったのだろう。

 半身を起こして、穴の塞がっている障子を見れば強い光ではなくて少し仄暗い光が差し込んでいる。

 息を大きく吸い込む。胸の痛みはほとんど無い。深く吐き出す。

 

 ゆっくりと立ち上がってみる。足が揺れて、膝が落ちてしまった。呆れるように息を吐き出して、めげずに立ち上がる。

 揺れる足をどうにか支えて、転けないように障子の方へ向かう。

 

 滑りのいい障子を開き、冷たい風が僕の頬を撫でた。相変わらず綺麗に円を描いている月を見上げて、縁側に座る。

 冷えた床が着流しを通してお尻の熱を奪っていく。

 下がっていく体温を感じながら、大きく息を吸い込む。

 少し止める。

 吐き出す。

 頭の中で何か引っかかりを覚えた。

 深く息を吸い込む。

 少し止める。

 やはり、何かがオカシイ。まるで昔の様な感触だ。違和感が拭えない。しかし違和感が分からない。

 吐き出す。

 何が違う? 何か違うのか? 何が違っている? 何か違っていた?

 

 頭を両手で抱え込んで、湧き出てくる疑問を絞る。

 呼吸が次第に浅くなり、唾液さえも飲み込めなくなる。違和感を肯定する事も、否定する事も出来ない。

 違和感を見なければまた昔に戻る気がして、けれど違和感の正体など分からない。

 

「あら、どうかしたのかしら?」

「……輝夜?」

 

 ふらりと現れたのは黒い髪を伸ばした少女でコテンと小首をかしげていた。

 輝夜の登場に、浅くなっていた息が落ち着き、深い呼吸を再開する。

 

「悩み事かしら?」

「……」

 

 僕は一度だけ口を開いて、そして口を噤んだ。

 違和感の正体を輝夜に聞けばきっと答えてくれるだろう。けれど、どうしてだか何かがソレを躊躇させた。

 顔を覆う様に頭を抑えていた僕の手に輝夜の手が乗せられる。

 

「いいのよ、無理に思い出そうとしなくて」

「……」

「少し散歩に行きましょうか」

 

 そのまま僕の手を掴んでふわりと歩く輝夜。引かれた僕も当然地に足を付ける事になる。

 綺麗に整えられた真新しい土が僕の足に触れて、沈む。

 塀に向かって歩いて行く輝夜。その速度が徐々に上がっていき、塀にぶつかりそうになる。僕の足が浮いた。

 膝裏に腕を回される感触を感じて、突然の浮遊感に思わず輝夜の首に腕を回してしまい抱きつく。

 塀を乗り越えて、竹林にふわりと重力なんて感じさせない様に降り立った輝夜は僕の顔を見てニコリとしている。

 

「もう大丈夫よ。 それとも、このまま散歩するかしら?」

「……」

 

 その言葉にハッとして、僕は彼女の首から腕を外し地面に足を付ける。

 口元を隠して笑っている輝夜を無視して足から伝わる感触を楽しむ。それなりに茂る草たちと冷えた土。

 文と一緒に出た時ほど水々しい草では無いけれど、それでも足がこうして地面に着く感触はとてもイイ。

 

「気に入ったかしら?」

 

 そんな輝夜の問いに応える様に深呼吸をして、自然と頬が緩んだ。

 

「少し歩きましょうか」

「……いいの?」

「今日も月が綺麗でしょ? 外を歩く理由なんてそれだけでいいモノよ」

 

 月を背負って綺麗に笑んで見せた輝夜は僕に手を伸ばして、僕は戸惑う事も無くその手を掴んだ。

 掴んで、自然と溢れて来た笑みを僕は隠す事をしなかった。きっと上手く笑えていないソレを見て、輝夜は苦笑して……発火した。

 

「……え?」

 

 肉の焼ける匂い。

 焼け焦げた匂い。

 ナニかが破裂した。

 文字通り、炎上している顔を抑える輝夜が僕を突き飛ばした。

 唖然としてしまう僕の近くに一人の少女が居た。

 白い髪を伸ばして、赤いもんぺを穿いている。口元は何も思って無いような横一文字。

 彼女は僕を一瞥してまた輝夜に視線を戻した。

 

 輝夜だったモノは変わらず炎上していて、苦しむ事も無く輝夜が倒れ、ソレは、輝夜だったモノに変わった。

 黒く炭化した頭。

 ソレを乗せている体は実に綺麗なモノだ。

 

「……ァ、ぐゃ?」

 

 ひねり出した声。喉がつっかえて上手く出せない。

 一歩、二歩と輝夜に近づいて、手に触れる。体に触れる。

 僕は、この感触を知っていた。

 

 僕は、この喪失感を知っていた。

 

 僕は、この意味を思い出した。

 

 ガクン、と膝が落ちて、胃の中のモノを吐き出す。

 あの時と一緒だった。あの時から僕は何も成長などしていなかった。

 父と母を殺されて、そして今はタイセツだと思える人物が死んでしまった。

 

「あー……気まずいな」

 

 もんぺの女性が髪を掻きながら口を開いた。

 僕は彼女を虚ろに見つめて、さらに彼女は気まずそうに息を吐きだした。

 

「高々、一回死んだ程度(・・)の話だろ?」

「ッ」

 

 僕は歯を食いしばり、立ち上がってもんぺの胸倉を掴んだ。

 死んだ。そう、輝夜は死んでしまったのだ。

 死んだ、つまり、生き返らない。もはやアレは輝夜ではなく、モノなのだ。

 価値の無い、家畜の餌程度にしかならない、物体だ。

 

「人が……死んだんだよ……」

「あー、なんだ、まぁ、その……輝夜ァ、説明してくれぇ~」

 

 その輝夜が死んだのだ。

 彼女は情けなく僕の後ろに視線をやって溜め息を吐いた。

 僕の肩に手が置かれた。振り向く。

 

「ばぁ」

「……ふぇ?」

「呼ばれて飛び出て輝夜さんだよー」

 

 そこに居たのは変わらずに、悪戯を成功させたように笑んだ輝夜がいた。

 胸倉から手を放して、輝夜の顔を触る。ペタペタと触って、現実かどうか確かめる。

 感触もあれば、体温も感じる。

 腰に力が入らなくなり、トスンと地面に尻餅を付いた。そんな事はどうでもいい。

 

「……よかった」

「いやぁ、まさかここまで心配されるなんて」

「……よかったぁ」

「あー、輝夜? 説明してもらっていい? 昼間に言われた通りに輝夜の顔を燃やした訳なんだけど」

「ネタバレ、駄目!絶対!」

「あー、はいはい。じゃぁまた今度でいいわ」

 

 しっかりと輝夜の服の裾を握っている僕と慌ただしく僕を慰めようとしている輝夜。そして気まずそうなモンペの人。

 

「さて、んじゃ場所の移動でもするか」

「そうね。名目は散歩だし」

「散歩で焼死体を拝むのか……やだなぁ」

「焼いた本人が何言ってるのかしら」

「焼かれた本人も何言ってんだか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輝夜に背負われてやってきたのは、竹林の中でどうしてか開けた場所。

 ポッカリとそこだけ切り取られた様に、月が綺麗に見える。

 

「で、やっぱりここかよ」

「当然でしょ。座りやすい石もあれば月も見える。絶好の場所じゃない」

「そんな場所を殺し、あー……試合の場所にしてる私達はどうかしてるよ……まったく」

「というか、その影響でこんなに竹が生えてないわけなんだけど」

 

 お互いに苦笑している二人。付き合いが長いのだろうか、互いに言う事がわかっているのだろうか。

 ともあれ、座りやすいと称された石に座る事になった僕。僕を挟む形で輝夜とモンペの人も座る。

 

「で、この子は?」

「可愛いでしょ?」

「そこじゃなくて……あー、君。名前は?」

「……」

「大丈夫よ。私の事を燃やすとか色々しててもとっても優しいもんぺの妖怪だから」

「あぁ、そうさ。私はモンペに宿った……よし、輝夜ちょっとこの子から離れろ。次は全身燃やしてやるよ」

「裸でこの場所に居ろって? エッチねぇ」

「違ェよ! どうしてそういう事になったんだよ!!」

「……駄目」

 

 僕は輝夜の裾を掴んで輝夜を見る。

 また、あの喪失感を思い出すなんて、考えたくもない。

 

「……駄目」

「ね? 可愛いでしょ?」

「あー、なんだ。私ってダシにされたのか……クソ」

「あらやだ、汚い言葉だこと」

「犯人が何言ってんですかねー……ハァ」

 

 もんぺの妖怪さんは不貞腐れた様に溜め息を吐いて手に顎を置いた。

 そんな様子を見て輝夜が苦笑して僕に耳打ちをしてくる。

 

「ね? 可愛いでしょ?」

 

 やはり悪戯が成功したようにクスクス笑ってみせた輝夜。

 その耳打ちが聞こえてたのか、聞こえてなかったのか、それとも分かっていたのか、もう一度わかりやすく溜め息を吐きだしたもんぺの妖怪さんが僕の方を向く。

 

「あー、なんだ……初めまして。 私は藤原(フジワラノ)妹紅(モコウ)だ」

「もこたんって呼んであげると嬉しがるわよ」

「誰がだよ」

「もこたん」

「あー、最近炭が足りなくナッテキタンダヨナー」

「手頃な竹でも見つけて竹炭でもお造りなさいな」

「こ……こいつ、ノリもしねぇのか」

「……レン」

「そしてこの子も我が道を行く系の性格ですか、そうですか」

「?」

 

 やはり疲れたように溜め息を吐きだしたもこたんとケラケラと軽い笑いを隠す事もせずに顔に出している輝夜。

 

「……もこたん」

「ぶはっ」

「おい、輝夜。お前の責任だからな」

「えぇ、ごめんなさいもこ、フヒ」

「あー、クソ」

 

 ゲラゲラとお腹を抑えて笑い出した輝夜。謝っているけれど、謝る気はないらしい。

 前髪を掻き上げて面倒そうに呟いたもこたん。

 そして僕の肩を掴んで、とても真っ直ぐな目で口を開く。

 

「もこたんじゃなくて、妹紅だ」

「……」

 

 ふい、っと僕が輝夜を見れば、涙を軽く拭いながらコクリと頷いた。

 

「……妹紅」

「よし、それでいい」

「あらあら、ダメよ。脅迫なんてしちゃ」

「うっさい、元凶め」

「私は元凶じゃないわよ。大元はもっと別よ」

「今回に関してはお前が十割悪いね」

「決めつけは良くないわ。私泣いちゃうかも」

「勝手に泣いてろ」

 

 やはり溜め息を吐きだした妹紅は石から降りてシャクリと草を踏んだ。

 泣き真似をしていた輝夜はニヤリと笑って妹紅を見る。

 

「帰るのかしら?」

「あぁ、別に散歩に私はいらんだろう?」

「別に居てもいいのよ?」

「勘弁してくれ。子供の面倒は嫌いなんだ」

「そうは言いながら迷ってる子供の案内とかはよくやってるらしいじゃない」

「……あぁ、子供の面倒で思い出したけど」

「逃げたわね」

「煩い」

 

 ニタリと笑った輝夜にイーッと歯を見せた妹紅はコチラを見る。

 そして僕の足から頭までしっかりと見て、頷く。

 

「うん。やっぱりレンが慧音(ケイネ)の言ってた子か」

「あの半獣が?」

「……お前でも言いすぎだぞ」

「失礼。 で、人里の教師がレンに何用?」

「いや、なんでも黒髪で不思議な人間が人里で石を投げつけられてたらしいんだ」

「……あー……」

「……」

 

 何か思い当たる事があるのか輝夜は僕をチラリと見て溜め息。人里で僕を人間と見れてた存在、となるとあの烏帽子の人外だろうか。

 

「で、聞いてた特徴を当てはめる限りレンが妥当だったって話なんだけど、合ってるかい?」

「……うん」

「そいつはご愁傷様」

「意外ね」

「何が?」

「アナタだったら、あぁ人に石を投げられてなんてかわいそうな!! なんて言うとでも思ったんだけど」

「私ってそんな劇的なキャラか?」

「してくれたら嬉しいな、って話」

「黙れ小娘」

「私に『さん』は救えないわ」

「一体何の話なんだか……ソレに、それこそ、高々って話だよ。 別に経験を誇れる訳でもないけどね」

「ああ見えてもおばあちゃんなのよ、彼女」

「輝夜にだけは言われたくない」

「あら、だって労わってくれないでしょ?」

「老人には優しいさ。死ぬからね」

 

 肩を竦めて言った妹紅は目を伏せていたが、すぐにコチラに向けた。

 

「ま、生きてたんならいいさ。慧音に伝えとくよ」

「今は永遠亭にいるからいつでもお見舞いに来なさいな」

「あぁ、そう言っとく」

 

 今度こそ踵を返して背を向けながらもヒラヒラと手を振り、足音をしっかりと鳴らしながら妹紅は竹林の中へ消えていった。

 

「さて、私達も帰りましょうか」

「……うん」

 

 冷たい土を踏んで、僕は再度輝夜の手を握る。少し冷たいと思う輝夜の手がなるべく温かくなるように、しっかりと。

 あの冷たい感触を思い出さない為に。

 




~~
幕引き後な話


 あぁ、クソ。本当に面倒な事を頼みやがって。
 手に火を燈す。
 なんだよ、妖怪を呼ぶ子供って。慧音の話も一緒にしたら人から嫌われてるんだろ……。
 まったく、また面倒な存在に興味持ちやがったな、アイツ。

「はぁ……ホント、面倒だ」
「GARYUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU」

 目の前に現れた魑魅の類を掴んで、消し炭にする。
 しかもアイツ、軽々と頼みやがるんだよな。
 あの子妖怪集めるから、帰った後はよろしくね。だってさ。クソが。次会ったら殺す。絶対殺してやる。

「あぁ、ウザったいな……」

 手にある炎が猛り出す。
 腕を振るえば一瞬で消し炭が増えていき、また新しくその材料達が現れる。
 第一、なんで私がこんな事をしなくちゃいけないんだよ。別にアイツとか従者がやればいい話だろ。
 それに……。

「ウザいって言ってんだろうがよぉ!!」

 焔を宿し辺り一体を塵に戻していく。
 そんな私の態度にも変わらず湧き出る魑魅共。思わず舌打ち。

「あぁ、わかった。わかったさ。 もういい、動機とかどうでもいいわ。丁度炭も足りなかったんだ……ついでに殺してやるから、適当に広がってろよ魑魅如きがぁぁぁぁああああああああ!!」

 きっと炭は多すぎるので、今度慧音に持って行くとしよう。


~~

アトガキ
丁度キリよく40話なのでアトガキをば。
舞台裏は舞台裏でやってろよ、ということでこうしてあとがき部分に投入。

先日に輝夜に頼まれた事。
・顔を燃やして殺す事
・そのあとに彼を守る為に妖怪達の駆除
なお報酬はない模様。
どうせ出るだろうし、先に書きましょう。
妹紅から見たレン君。至って普通の子供です。
人間を逸脱しちゃった人はもはや人と言えるのか、という事。月で造られた薬を服用した妹紅なので単なる子供に見えます。
十六夜さんと一緒です。


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41 翡翠瞳とサイミンジュツ

 目が覚めた。

 ぼんやりとした視界と、ハッキリとしている視界。その二つの世界が見えて、頭が少しズキリと痛んだ。

 左手で顔ごと頭を抑えれば、しっかりと左手が見えた。

 

「おはよう、(ウツワ)

「……パチュリー・ノーレッジ」

 

 左目でしっかりと捉えた紫色の髪と古ぼけた本。そして眠たげで半分程しか開いていない瞳。

 パタン、と本が閉じられて、その瞳が僕を見た。

 

「視界の確保はできているようね」

「ちょっと、魔法使い。私の診療所にオカルトなんて物騒なモノを持ち込まないでくれるかしら?」

「物騒っていうのは小さな刃物で肉体を引き裂く事を言うのよ」

「オカルトは意味も無くソレをやってのけるじゃない」

「意味なんて結果を得てから適当に付け加えればいいのよ」

 

 方や眠たげな瞳で、方やニッコリと笑った表情で話し合いをしている永琳とパチュリー・ノーレッジ。

 右瞼を落としてみれば、しっかりと見えている左目。天井のシミ、障子の些細な凹凸、木枠の木目、外を眺めれば竹の繊維、更には彼方先に飛んでいる鳥の羽ばたきまでしっかりと、見えた。

 頭痛。

 言葉通りの意味で見えすぎる瞳。魔術の力で能力を引き上げているのか、ともかく見えすぎている。

 

「安心なさいな。透過能力もなければ、目からビームも打てない、簡単なモノよ」

「むしろアナタはレンに何を求めているのよ」

「彼には何も求めてないわ。だから邪魔な眼球はスキマに譲っていたでしょう?」

「アレは譲ったというよりは彼女が勝手に持って帰っただけでしょ」

「それを容易く見逃したじゃない。譲ったのと同義よ」

 

 互いに溜め息を吐いて、どうやらこの話は終わりらしい。

 僕は何度かパチパチと左瞼を動かして、視界の調子を以前に戻そうとする。どうやら、見えすぎるままらしい。

 鏡を見つけて見れば、そこには僕が映っていて、黒い右目と翡翠石にも似た左目が僕を見ている。左目を見れば更に濃い翠色で円形の何かが描かれている。コレが魔術式なんだろう。

 

「ぱちぇ~、まだ入っちゃだめなのぉ?」

「まだよ」

「う~!! う~!」

 

 障子の向こうからフランの声が聞こえた。障子にも向かずに制止の声を出したパチュリー・ノーレッジ。障子の向こうから唸り声が聞こえたと同時に永琳が吹き出した。

 その吹き出した永琳をジトリと見て、コホンとわざとらしい咳をした永琳は一冊の本を取り出した。

 

「はい、これをあげるわ」

「……?」

 

 渡された本を開いてみても白紙。次の頁も白紙。白紙、白紙、白紙、白紙。

 

「日記を付けてほしいの」

「ハッキリとカルテを書けって言えばいいじゃない」

「建前は必要でしょ?」

「本音だけで十分でしょう」

 

 白紙の頁に僕の日常を書けというのか。別に状態を確認すればいいだけなのだから永琳が書いた方がいいだろう。

 

「私の影響で視界が見えなくなったでしょう? 患者目線で様子を知りたいのよ」

「……わかった」

「そう、よかった。 情事の内容は事細かに書いてもいいのよ?」

「……今、この子がココにいる事に不安を覚えたわ」

「何よ。私はまだ何もしてないわよ?」

「ナニをしているか否かの問題ではなくて……まぁ、仕方ないと言えば落ち着くのかしら」

「先に言うけれど、あげないわよ」

「あぁ、そう、残念でもなんでもないわね」

 

 頭に手を置いて溜め息を吐きだしたパチュリー・ノーレッジは改めて僕を見て更に溜め息を吐きだした。眠たげな瞳を伏せて、あたかもご愁傷様と言わんばかりに。

 

「ぱちぇぇ」

「えーりぃん」

「増えてる」

「なんで増えるのよ……もういいわ」

 

 カラリと障子が開けられ、吸血鬼は情けない顔を一転させて晴れやかなモノへ。輝夜は変わらずケラケラと軽い笑いを浮かべている。

 

「レン! 久しぶり!あ、えっと……お久しぶりデス。この度は、」

「もうその挨拶は終わったでしょう?」

「あ、えっと……うーん、いいや!」

「ハァ……」

 

 またパチュリー・ノーレッジが頭を抱えた。その様子を永琳と輝夜は笑っている。

 ジィ、っと僕の顔を覗き込んでいるフラン。真っ赤な瞳が僕の前で揺れる。

 真っ赤な瞳……? 何か引っ掛かりを覚えて、それが流れて消える。

 

「レン、左目どうしたの?」

「……義眼」

「そうなんだ! とってもキレーだね!!」

 

 義眼の経緯を深く聞かずに、ニパッと笑うフラン。その顔を見ていると、自然と笑みが溢れ、顔が歪む。

 

「……ありがとう」

「ッ! レンにお礼を言われた!!」

「……珍しい?」

「違う! 嬉しいんだよ!! ありがとう、なんて久しく聞いたわ!」

「むぎゅ」

 

 僕に文字通り飛びついて笑いながら抱きしめてくる。視線をズラせば鼻元を抑えた永琳と輝夜、そして至極面倒そうに溜め息を吐き出しているパチュリー・ノーレッジ。

 

「その目もとっても素敵だよ! レン!!」

 

 ともかくとして、誰かフランの力を弱めて欲しい。流石にミシミシと体が軋む音が聞こえているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「薬の時間よ」

 

 書いていた日記を見返し、十分だと思い閉じた。

 障子を開いて顔を覗かせている輝夜。変わらずに月を背負っている彼女はニッコリと笑顔を作っていた。

 

「今日の薬は私の脚から摂取しないといけないの」

「……そう」

 

 僕の近くに座り、するりと脚掛けをはだけた輝夜。白く細い足が露わになり、整った素足が僕のに向けられる。

 浮かしている状態だと辛いだろう、と思いその足を下から手で支える。

 親指が舌先に触れて、ゆっくりと口に含む。彼女の足に付着しているらしい薬を削ぐために舌を這わせて吸い付く。

 指と指の間もしっかりと舌を伸ばしこそぎ落とす。

 

「フフ、クッ……ヒヒ」

 

 どこか上擦った輝夜の声が聞こえた。僕はそのまま足の指から足の裏、土踏まずのところに舌を這わせる。

 輝夜の足が突然動き、僕の行動に抵抗した。

 

「ひひっふ、ご、ごめんフヒャ」

「……」

「擽ったくて、蹴飛ばしてはない?大丈夫?」

 

 くすぐったい、というのなら、舐めるのはやめよう。

 唇を小さく開いて土踏まずに当てる。そのまま喰むように甘噛みをして薬を舐めとる。

 何処か甘く感じる。

 果物の様な甘さではない。かと言って、砂糖の甘さでもない。不思議な甘味。

 

 一頻り、足を舐め終わり、(くるぶし)を口に含んで、吸い付く。

 チラリと輝夜を見れば真っ赤になって顔を手で隠している。止めてない、という事はこのまま続行してもいいんだろう。

 ふくらはぎを揉みながら舌を進める。

 足と足の間に体を割り入れて、太腿に舌を這わせる。

 甘味が消え、塩っぱい味が舌に触れる。

 輝夜の手が僕の頭を抑えた。

 

「……何?」

「いや、その、その先に進むのはなんていうか、その、あの」

「……治療の為」

「あぁ!もう! 変な掛かり方になってる!?」

 

 掛かり方?

 何にしろ、輝夜が最初に言ったのだから、しっかりと舐めとらなくてはいけない。

 何しろ、輝夜が言った事なのだ。

 

 そのまま、抑える手を退けて股間部分に顔を寄せて舌を這わせる。

 割れている肉に舌を寄せて、割入れる。吸い付いて、舐る。

 僕の頭を変わらずに抑えている輝夜が舐める度に声を出している。何かを我慢するように、何かに耐える様に。

 

 割れ目から液体が溢れてくる。

 舐め取れば更に奥から溢れ出てくる。やや甘く感じれる液体を嚥下して、溢れるソレを穿る様に舌で出していく。

 

「ッッゥゥゥ!!」

 

 輝夜の声が聞こえ、そして足に頭が挟まれる。

 上手く身動きも取れなければ、呼吸もうまくできない。

 ビクビクと太腿が動き、それが止まり、更にドプリと液体が溢れて来た。

 

 緩んだ拘束を無視して、僕は更に舌を伸ばしていく。

 

鏡花水月(キョウカスイゲツ)

 

 輝夜が何かを呟いた、頭がぼんやりとまどろむ。

 どうしてこんな状態になったのだろうか。

 どうして、何があったのだろうか。

 

 僕を足の間から追い出して、輝夜は溜め息を吐いた。

 僕はドサリと力なく畳の上に横になっている。うまく力が入らない。

 

「あぁ……まさかこんな事になるなんて……はぁ。 中々うまくいかないモノね」

 

 何を言ってるんだろうか。

 何を喋っているのだろうか。

 

「まさかイかされるなんて……いや、でも気持ちよかったけど、いやいや、でも、けれど、

 

 

 しかし、私も皮肉ね。催眠の鍵をこの言葉にするなんて。何処かの韓流スター似じゃないんだから。まったく、これじゃ私が厨二病患者みたいじゃないの」

 

 輝夜が僕を見下す。

 ぼんやりとした視界の中、輝夜が僕の目の前で手を振っている。

 

「うん? ありゃりゃ、しっかりと私を見てるって事は意識があるのかな? でも前は大丈夫だったし……あぁ、この瞳が原因ね」

 

 ふむ、と何かを考えるように制止した輝夜。

 そして、何かを思いついた様に言葉をつなげる。

 

「今から手を叩くわ。叩けば今日の夜にあったこと全てを忘れて、アナタは心地いい眠りに付く。いいわね?」

 

 それじゃぁ、おやすみなさい。

 

 

 

 

 パンッ

 




蓬莱山輝夜
 女性。黒く長い髪。コロコロ笑う。悪戯好き。お姫様。
八意永琳
 女性。銀色の髪。後ろで結んでいる事が多々。笑う時は稀。薬師。
パチュリー・ノーレッジ
 女性。紫色の髪。本を所持。眠たげな瞳。魔法使い。
フランドール・スカーレット
 女性。金色の髪。呼び名はフラン。真っ赤な瞳。吸血鬼。

 日記の端書より抜粋。

~~
アトガキ

猫毛です。
ようやくレン君に日記を渡すことが出来たので、こうしてアトガキ部分に彼の端書をカリカリ書いていく事にします。まぁ、登場人物の説明だと思って頂ければいいと思います。
今回もクソみたいなエロ描写を書いてしまった事を深くお詫びいたします。うまいエロなんて書けねぇです。ハイ。もう一層の事、エロ部分全部消して一般に移行とかしたほうがいいんじゃね?なんて、どうせグロの方でR18登録です、本当にありがとうございます。
小説説明文にもエロはほんのりって書いてますから、いいですよね?うん。

そろそろ永遠亭編は終わらしますか……治療らしい治療も終わりましたし。


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42 贄とセンセイ

ゆっくりと初めていきましょう。


 目が覚めた。

 天井の木目がハッキリと見える。左目を閉じれば少しボヤけたいつもの視界が広がる。

 

 微睡んだ思考がなく、本で見るような、清々しい朝。本当に思考がスッキリとしていて少し顔が綻んでしまう。

 昨晩はどうやらしっかりと眠れたらしい。

 立ち上がる。痛みは無い。屈伸。前屈。

 

「……よし」

 

 障子を開いて朝の澄んだ空気を肺に入れて、吐き出す。肺の中に溜まっていた澱んだ空気は竹に吸われて、また他の空気に混ざり込むのだろう。

 冷たい床板を踏みながら、僕は歩き出す。外はまだ靄の掛かった早朝の話である。

 

「どこに行こうって言うんだい?」

「……」

 

 そんな早朝だと言うのに、目の前にヒョッコリと現われた因幡のてゐは少し苛立ちを感じているのか刺々しい口調で僕に問いかけた。

 こんな早朝から起きていた、というよりは、こんな早朝まで僕の事を警戒していたのだろう。

 

「……おはよう」

「…………ハァ、おはよう。なんだ? 贄ってのは私達の言葉を無視して自分を押し通すのが普通なのかい」

「……そんな事、無い」

 

 と思いたい。

 何にしろ、挨拶はとても大切な事なのだから、彼女の問いに応える前にしただけだ。彼女の記憶にある贄の存在が『そういった存在』であろうと、僕には一切関係無い事だ。

 クシャリと髪を触れて溜め息を吐きだした因幡のてゐはもう一度溜め息を吐いて肩を落とした。

 

「で、何処に行く気なんだい? アンタは寝たきりだったからココの部屋の場所なんて知りはしないだろう?」

「……台所に」

「台所に? 何の用……って台所に用だなんて一つしか無いね。連れてくよ」

「……ありがとう」

「気にしなさんな。しっかし、アンタも悪だねぇ」

「?」

 

 何が悪いというのだろうか。僕は朝食を作りに行くだけだと言うのに。

 

 

 

 

 

「あれ? 起きてたんですか?」

「……おはよう」

「えぇ、おはようございます。レン君」

「こっちには挨拶もないのかい? 鈴仙」

「おはようございます、てゐ。 して、こんな早朝に台所に何用で?」

「台所の用事なんて決まってるだろ?」

「……朝食、作りに来た」

「なんですと!?」

「なんだって!?」

 

 鈴仙が驚くのはわかるけど、どうして因幡のてゐが驚く必要があったのか。

 

「台所に用事だなんて、一つしかないだろ!! そう、摘み食い!」

「てゐ、ソレはオカシイでしょう……」

「それだけ美味しいって事さ」

「もう少し素直に褒めれないんですか……」

「不味けりゃ食ってもないよ」

「あぁそうですか」

 

 どこか諦めた様に溜め息を吐いている鈴仙を尻目に僕は流水で手を洗い、ぐるりと視線を回す。

 ある程度作られている状態から料理を予想。ちらりと鈴仙を見れば、えーっと、と何かを迷っている。

 

「……筍、短冊切り?」

「え、えぇ。なんだ料理出来るんですね」

「……少し」

「パッと見ただけで何すればいいか分かる時点で少しだなんて思わないけどねぇ」

「てゐは何してんですか?」

「鈴仙がコレに手を出さない様に監視。あとは摘み食いを少々」

「ソレはどーも。追い出しますよ?」

「いいじゃないのさ。人参の一本や二本や三本や四本。別に百本喰うだなんて言ってないんだから」

「おい。量が尋常じゃないんですけど!?」

「あぁ、鈴仙の料理は美味しいねぇ……」

「生の人参かっ喰らってその言葉とは、喧嘩売ってんですね!? 買いましょう、今買いましたよ!」

 

 包丁をまな板に突き刺して大きく音を出す。

 二人がギョッとして僕の方を見る。こういう時はどうするんだっけ。とにかく、笑顔を浮かべてしまおう。

 

「……料理中は、静かに」

「イ、イエス。マム」

 

 どうしてか両方とも両手を上げて汗を流していた。どうでもいい事か。僕は調理に集中しよう。

 

 

 

 

 その後、永琳も起きてきて、僕を見て驚きを口にしていた。けれど、そのまま受け入れられて調理に入った。。

 数分して輝夜を起こしに行く役目を承った。二つ返事で引き受けて僕は前掛けを外して廊下を歩いている。何羽かの兎を横切って挨拶を交わす。

 その兎達に輝夜の部屋を案内してもらい、ようやく到着したのは一際豪華そうな襖の前。指差してコレ?と首を傾げれば兎達は頷いていた。

 つまり、コレなのだろう。

 

 こういう豪華な襖は嫌な記憶を思い出すから少し戸惑うのだけど。中に輝夜がいるのだから仕方ない。

 襖を開けてみれば暗い部屋。障子から日の灯りを入れてはいたけれど、それでも少し暗く感じる。

 そんな部屋の真ん中で布団が引かれ、そこに輝夜が眠っていた。

 

「……輝夜、朝」

 

 部屋に入らずに声を掛けても反応は無し。

 敷居を踏まない様に入り、輝夜に近づく。

 

「……輝夜、朝」

「んぅ……?」

 

 再度声を掛ければ眉間にシワを寄せた輝夜が反応をした。布団を巻き込むようにして僕に背を向ける。

 

「あと五年、五年経ったら起こして」

「…………」

 

 長い、長すぎる。五分ですら長いというのに。五時間と五日、更に五ヶ月すらも飛ばして、年という単位にまで至った。

 僕は布団ごと輝夜を揺らして再度声を掛けてみる。流石に五年、と言われて待つと永琳が怒ってしまうだろう。

 

「……輝夜、朝」

「うぅ……おはようのキスしてくれたら起きるわよぉ」

「……」

 

 ぐるりと体をコチラに向けて瞼を閉じて唇を突き出している輝夜。

 『きす』というのが何かわからないけれど、早苗から借りた小説で接吻の表現で使われていたという記憶があるから、きっと、おそらく、接吻なのだろう。

 僕は輝夜の唇に唇を合わして、離す。

 

「……起きる?」

「……起きます」

 

 何処か顔を赤くした輝夜が唖然としながら呟いた。僕は輝夜が起きた、という事実に満足している。

 

「なんだかなぁ、こう恥ずかしがってしてくれるのを想像してたんだけど……なんだかなぁ」

 

 そんな事を呟く輝夜の事なんて知ったことではないのだ。

 

 

 

 

 朝食が終わり、錠剤の薬を飲んで僕は部屋に戻る。

 近くにある本を手にとってのんびりとした時間が過ぎていく。

 竹の葉がサワサワと鳴り、耳に心地いい。

 涼しく感じれる空気が辺りを包み、それも心地いい。

 そんな風が入るように障子を開けたのは藍色の髪をした神様だった。

 

「歩ける様になったらしいね」

「……うん」

「それはよかったよ」

 

 ふむ、と一つ呟いて僕の隣に座った神奈子。二の句はなく、ただただ黙って座っているだけ。

 僕は本を読むのをやめない。

 

「そろそろ退院なのだから、レンには選択してもらわないといけない」

「……うん」

「守矢神社で過ごすか、はたまたあの花の妖怪の下へ行くのか」

「……うん」

「まぁどちらにせよ、私達との繋がりは消えてないしどちらに行っても大丈夫だ」

「……そう」

「もちろん、私としてはウチに来て欲しいわけだけど」

「……そう」

「…………レン?」

「……うん?」

「話は聞いてたかい?」

「……何の?」

 

 本を閉じてようやく神奈子に反応を示す。そうしたら神奈子が心底落ち込んだように溜め息を吐いた。

 一体、どうしたと言うのだ。

 僕が眉間にシワを寄せていれば、この部屋に新しい客人が来た。

 やや青みがかった銀髪を腰あたりまで伸ばして、不思議な帽子を被った存在。

 

「む……山の神もいましたか」

「今はオフだから、砕けた口調でも構わんよ」

「そうか……久しぶり、と言えばいいのだろうか? いや自己紹介は初めてなのだからハジメマシテと敢えて言わせてもらおう。 はじめまして、私は上白沢(カミシラサワ)慧音(ケイネ)だ」

「……レン」

 

 簡単な挨拶をすればコチラに歩いてきた上白沢慧音が土下座をした。突然の出来事で隣にいた神奈子がキョトンとしている。

 

「すまない。あの時に守れなくて」

 

 あの時、というのがいったい何時か思い出せない。そういえば藤原妹紅が言っていた存在の名前も確か『けいね』だった筈だ。

 何を心配していたのだったか。たしか石を投げられた事だった筈だ。誰が、僕が。

 話を纏めれば、いつだかに石を投げつけられていた僕を目の前にいる人間が守った。上白沢慧音の言葉から守りきれなかった、らしいけれど。

 忘れていた、という事は僕にとって非常にどうでもイイ事だったのか、それともただ単に忘れていただけなのか。隣にいた神奈子が僕に視線を送ってきて非常に居心地が悪い事は確かだ。

 

「……大丈夫」

「そうは言っても、子供である君を守れなかったのはとても罪深い」

「あー、えっと、上白沢?」

「ハイ。どのような罰でも受ける所存です」

「いや、待て。待つんだ。落ち着いて会話をしよう。会話のキャッチボールだ。ドッジボールも野球も求めてない」

「む……しかしそれでは私の気が収まりません」

「ハァ……アンタの満足の為にこの子を困らせないでおくれ」

「……そう、だな。すまない。少し早計過ぎたか」

 

 頭を上げてキリッと前を向いている上白沢慧音。背筋が綺麗に伸びた正座だ。

 その様子にどこか安心したのか神奈子はふぅ、と息を吐きだした。

 

「そういえば、沢山本があるようだが。読めるのか?」

「……」

 

 頷いて肯定する。その肯定に「すごいな」と呟いた上白沢慧音は顎に手を当てる。

 

「どこかで学んでいたとか」

「……」

「あー、レンは普通に学べなかったから」

「む……そうか、すまない」

 

 あの時を思い出したのか、少し目を伏せてしまう上白沢慧音。それに首を振って気にすることでもないと伝える。

 どうせその前を思い出したところで僕が学ぶ事は出来なかっただろう。

 

「ふむ……では私が教えてもいいか?」

「上白沢が?」

「ダメでしょうか?」

「いや、駄目って事はないけれど」

「寺子屋の無い時間……おそらく夜になるだろうが、ココにいる時ぐらいは出向く事も出来るだろう」

「あー……その、上白沢はキツくないのか? 朝に寺子屋があって、その後にコッチに来るんだろう?」

「教育の疲労など疲労の内に入りません」

「あ、そう……でもなぁ」

「何かあるんですか?」

「いや、……まぁ教えられるべきか」

「はい?」

「コッチの話だ。 ということだ、八意」

 

 そう神奈子が言えば襖の向こうから永琳が現われて、溜め息を吐いた。

 面倒事を頼まれたように、眉間にはシワが寄せられている。

 

「家主の許可も得ずに何を勝手に」

「気にするんじゃないよ……私だって何も言ってないだろう?」

「……ハァ、判りました。わかった」

「そうか! うむ、では今夜コチラに出向くとしよう!」

 

 フンスと鼻から息をだして両手をグッと握った上白沢慧音はとてもやる気らしい。そんな様子を見て余計に疲れた様子で神奈子と永琳は溜め息を吐きだした。




鈴仙・優曇華院・イナバ
 女性。銀に紫を淡く混ぜた髪。赤目。兎耳。溜め息多い。ウサギ
因幡てゐ
 女性。黒髪。悪戯好き。贄に嫌悪感。ウサギ
八坂神奈子
 女性。濃い藍色の髪。頭をよく撫でられる。神様。
上白沢慧音
 女性。銀に青を淡く混ぜた髪。腰までの長髪。不思議な帽子。人らしい人外。


日記の端書より抜粋。



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43 先生とセイト

慧音先生の設定を捏造
久しぶりに真っ当なエロを書いた気がする

こういう面倒くさい文章を書くのはやっぱり楽しいです。


 目が覚めた。

 ボンヤリとする頭を整えて、ハッキリしていた視界を塞ぐ。

 記憶を辿っても、どうして眠ったのかは分からない。けれど、どうせ今持っている本を読んでいた眠ってしまったのだろう。

 よくあることだ。

 首をコキリと動かして、息を吐きだした。

 

「む、起きたか」

 

 声の方を見れば、ロウソクに火を灯し、机で何かを執筆している誰かがいた。

 碧銀の髪に角を生やし、片方に赤い布が結ばれていて、そしてつり上がった瞳が僕を見ている。座している座布団から太い尻尾が出て畳に横たわっていた。

 

「……だれ?」

 

 僕の応対は至極真っ当なモノだった。

 目の前の人物、いや、人というには些か突起物の多い存在は顔をキョトンと固めて、そして苦笑して口を開く。

 

「あぁ、そうか。私の事をまだヒトだと思ってくれていたのか」

「……?」

「いや、すまない。贄という事は知っていたから、私が勘違いをしていたんだ。

 改めて自己紹介をしよう。私の名前は上白沢慧音。見ての通り人外であり、そして種族をワーハクタクとでも言おうか……この辺り、ハッキリとしてはいないのだがな」

 

 自分の紹介をしているというのにまるで自嘲するように苦笑する上白沢慧音。

 そういえば、上白沢慧音に師事すると昼頃に言っていたのだったか。

 そう思い出していると、上白沢慧音はコホンとわざとらしく咳をして筆を置いた。

 

「そうだな……まずは自己紹介もした事だから、私の事について少し説明しようと思う」

「……正座、した方がいい?」

「そうだな、いや、しなくても構わない。 病み上がりの身だろう? 私とて無理はさせたくないさ」

「……そう」

 

 では直座の状態で彼女の講説をきかせてもらおう。本で得た知識以外を得る、というのはなんとも不思議だ。

 

「ハクタクという種族については知っているか?」

 

 僕は首を横に振る。

 

「そうか。ではソコから説明しよう。

 ハクタクというのは元は中国神話に登場した聖獣だ。人の言葉を操り、森羅万象に通じていたそうだ」

「……そうだ?」

「あくまで仮説さ。なんせ神話の世界だからな。 こうして私が『ワーハクタク』なんて謂われている理由はまた別にあるんだが、ソレは後で説明しよう」

「……うん」

「姿形は出典によりけりだが、総じて上げれるのは一対の角だな」

 

 そう言いながら上白沢慧音は自身の角を指で軽く触った。

 そして忌々しく言葉を繋げていく。

 

「下顎に山羊髭、額に三つ目、胴体の左右に三つずつ目があったりする」

「……ない」

「当然だろう。私はあくまで謂われているだけの存在だ」

 

 僕の疑問がわかっていたのか、上白沢慧音はやはり口を早くして否定をした。

 

「謂われている、つまりそう称されている。あくまで他称の話だ。私自身は誰かが『上白沢慧音はワーハクタクである』という事実を自称しているだけだ」

「……?」

「例えば、その最初の誰か、或いは周囲の存在が『上白沢慧音はワーキリンだ』なんていい始めたら私は『ワーキリン』と自称しなくてはいけない。

 故に私はあくまで謂われているだけの『ワーハクタク』でしかなく、言ってしまえば其処らにいる妖怪と似たような存在だ。強いて言うなら、人間に好意的という事実だけが残っているだけだ」

「…………」

「む、すまない。少し哲学になってしまったか」

「……大丈夫」

 

 これでも専攻は歴史学なんだがな、と頬を指で掻いている上白沢慧音。どうやら思ったよりも語っていたらしい。

 

「さて、えっと、どこまで話たんだっけか」

「……謂われている所まで」

「そうか。うむ。 謂われている、という事はそれだけの能力が備わっているということだ。

 その辺りは君の方が説明しやすい。便宜上、贄と呼ばせてもらうが、『人外の力を向上させる能力』を持っている君は贄と謂われる」

「……? 贄だから、じゃないの?」

「そうかもしれない」

「……?」

「例えば鶏と卵、どちらが最初にこの世界に出来たと思う?」

「……卵?」

「どうしてそう思った?」

「……鶏は卵から生まれるから」

「ではその卵を生むのは鶏ではないのか?」

「…………」

「つまりはそういう事なんだ。贄だから持っている、或いは、持っていたから贄。どちらにせよ、結果は変わらない」

 

 大人は卑怯だろう? なんて少し口角を歪めて笑う彼女をムッと睨んでしまう。

 そんな睨みも効果はない様でカラカラと笑われて流されてしまった。

 

「さて、能力という事だ。

 私の能力……『歴史を創る程度の能力』の説明だ」

「……程度(・・)?」

「程度の違いさ。歴史というのは先から言っている『謂われている事』だ。例えば、君は本を読んでいる、それが未来に伝わり歴史になれば、君は本を食べていた事になっているかもしれない」

「……」

「極端な例え話さ。そう眉間にシワを寄せないでくれ。 私がこの状態、所謂ハクタクの状態では幻想郷の全ての歴史の知識を得ている……と思う」

「……」

「もちろん、私は得ている自負はあるが、確認しようがないのだ。間違ってはいないだろう、けれど合っているかは分からない。今の所、賢者殿には言及されていないからおそらく合っているのだろう。もしくは間違いを笑っているか、か……」

 

 上白沢慧音は何処かを向いて、そして溜め息を吐いた。僕も彼女の視線を追ったがそこには何もなかった。

 

「こうして私は幻想郷の全ての歴史知識を有している、つまりは極所的に森羅万象に通じているといえ、姿形を以てして『ワーハクタク』と謂われている。 質問はあるか?」

「……ワーウルフ、だと変身は満月だけだけど?」

「うむ、そうだな。私も今日まで満月だけだと思っていた」

「……?」

「あくまで予想の話だが、贄の力がハクタク側の私に伝播しているのだろう。ソレに夜という時間とこの永遠亭が重なってこの状態になっているのだろう」

「……予想? 幻想郷の知識は?」

「歴史知識だ。一時間前の過去はまだ歴史ではない、という事さ」

 

 噂話程度にはなっているかもな、と付け加え、上白沢慧音は肩を竦めた。

 まだ歴史にすらなっていない事実は彼女にとって予想でしか無いのだろう。

 

「ふむ。 さて、私は何を話たいか、という話になるのだけど」

「……うん」

「正直な話、限界なんだ」

「……?」

「言った様に、ハクタクだなんて聖獣扱いされたモノの半獣だ。半分であれ、全部であれ、私は人外である事に変わりない。

 君が起きる前まで歴史の編纂作業に没頭していたのも、君が起きてソレをやめてまで君に私の説明をしたのもちょっとした自己弁論でしかない。

 これに関して私は君に許しを求める事はないだろう。もちろん悪いとは思っているから君は私の事を恨んでくれても構わない。というか、恨んでくれ。しかし君はアレだな贄だと言うのに無防備というか、いや贄だから無防備なのか?ともあれ、先生という事でなんとか自我を保とうと頑張ってた訳だ。もちろん、私としても久しく自身を人外だと納得させられた」

 

 顔に手を置いて何かを耐える様に口を早くして捲し立てる。そしてその自身の中の何かを抑えるように息を吐き出して、ようやく改めて口を開いた。

 

「それでも私は知識と知性を保有する半人半獣である。君を食い散らかすなど下品な事はしないし、君の了解を得るまでは我慢するつもりだ。しかし考えてもみてくれ、君は空腹の時に目の前に御馳走があれば迷いなく食いつくだろう? 私は飢餓状態ではないが強制的に空腹状態になっている訳だ。そして贄が目の前にいる。

 さて、君を食べても構わないか?」

「……どうぞ」

 

 まるで飛び付くように碧銀が靡いて床に押し倒され、僕の唇に吸い付いた。 熱い舌が口内を蹂躙し、僕の舌が吸われる。

 一頻り僕の唾液をすすり、そして僕に唾液を流し込んで満足したのか、口を放し荒い息を繰り返す半獣。

 

「先にも言ったが、私は知性ある生物である。私の事は『先生』と呼んでくれ」

「……先生(せんせい)

「あぁ、ありがとう。最高だ」

 

 そうして再度僕の唇を荒々しく奪った先生は僕に唾液を流し込んでくる。ソレをゴクリを嚥下した。

 その事に気付いたのか先生はニヤリと口角を歪めて、僕の頭を撫でる。 そのまま僕の耳元に顔を寄せて軽く耳が噛まれた。チクリとした痛みと熱い口の感触。更に熱い舌が僕の耳を蹂躙し、甘く噛まれて吸われる。

 彼女が何かを嚥下した。

 

「なるほど、美味だな」

「……そう」

「うむ。君も楽しめばいい」

「……楽しむ?」

 

 何を楽しめばいいというのだ。

 いつかも誰かに言われた事だけど、何が気持いのだろうか、何が楽しいのだろうか。腰が砕けてしまう程の快感の事は気持いいと言えるか?ソレが僕が思い込んだモノだったして……

 

「ふぁっ」

「む、すまないな」

 

 思考を中断される様に僕の股間を先生が掴んだ。

 

「そう難しい顔をするな。今、君は快楽を感じているのだろう? 故にココもこれ程固くなっている訳だ」

「……うん」

「なら、今はソレに身を委ねればいい。 あとの事は歴史が勝手に綴ってくれるさ」

 

 丁寧に先を撫で、僕の先走りで手を汚した先生はゆっくりと幹の部分を摩ってくる。

 咄嗟に襲ってきた快感に腰を引こうと動いたが、押し倒されている僕の腰は床に阻まれている。

 その行動を感じたのか、先生はまた口角を意地悪く歪めて摩る手を強くしてく。

 

「まだ固くなるのか、この卑しんボウめ」

「ひぅ、ッ」

「おっと」

「ッッ!?」

 

 僕の中から吹き出るのを察したのか、先生は僕の幹を強く握り締めた。同時に痛みと吹き出る筈の何かが押し止められた事で僕の頭は混乱する。

 確かにイッた筈なのに、何も出ていない。頭がチカチカする。歯を自然と食いしばり、頭の中に襲ってくる波が引いてようやく息を吐きだした。深く息をしているはずなのにどうしてか酸素が足りない。

 

「中々可愛い表情だ」

「ーー、はーー、」

「けれど私の許可なくイこうとしたのはいけないな。それに、トロトロと溢れ出てたものが私の手を汚したぞ?」

 

 ぬちゃり、と自身の手を僕の前で広げた先生。その指の間には半透明の何かが橋作り、そしてソレを躊躇する事なく先生は口に含む。

 赤い舌がソレを舐めとり、唇がソレを吸い取る。 手に付着した何かが無くなるまで舐めて、そして思いついた様に僕の唇を塞いだ。

 苦い液体と先生の熱い舌が口内に入り込み無理やり嚥下させる様に唾液が流し込まれる。ゴクリ、との喉が動いた。

 

「ん、……よし、飲み込んだな」

「ぁ、……苦い」

「それはそうだろう。そういうモノさ」

 

 にっこり笑い、先生は服を脱いでいく。綺麗な肌色が露わになっていき、虚ろになっていた瞳でソレを眺めていると先生は苦笑する。

 

「そう、見つめられると流石に恥ずかしいな」

「……ごめんなさい」

「いや、君を魅了させた、と考えよう」

 

 ふわりと尻尾を動かして先生は腰をコチラに向けて四つん這いに成る。

 そして首だけコチラに向けて、僕を見る。

 

「その、なんだ……君から入れてくれないか?」

 

 その言葉に少し疑問を感じてしまい、けれどソレを願われているのだから、と改めて思い返し僕はゆっくりと立ち上がり、先生の腰を掴む。

 張りのある臀部を掴んで、()を先生に向ける。

 

「入る場所は分かるか? やっぱり、私が上に」

「……大丈夫」

「ひ、ぁぁ!!」

 

 ズブズブと幹が隠れていき、入っていく度に先生の嬌声が響く。

 そのまま奥へと進むように腰を近づけ、先生の背に胸を押し当てる様にして根元まで入れ込む。

 幹を絞る様に柔肉が動き、先の部分が更に奥へと導かれる様にキュ、と締め付けられる。

 単純に、動けない。それだけで達してしまいそうだ。けれど、僕が落ち着く事はなかった。

 先生の腰が動き、僕を扱きだす。

 

「ひぅ!?」

「動いても大丈夫、だぞ?」

 

 頭が快感に支配されていくのが分かる。途方もない何かを上り詰めるように、僕の腰が自然と動き出す。

 パンパンと先生の尻肉と僕の腰が音を立てて、ソレに先生の嬌声が響く。

 

「あ、あぁ!! イイ!! 贄はイイな!!」

「ッ、しぇんせい!! もう、」

「もう少し我慢しろ! 私も、もう少しだから!!」

 

 歯を食いしばって僕は迫る何かを耐える。

 先生の中が収縮して僕を責め立てている。僕はソレに従う様に、最奥へと腰を打ち付ける。

 

「イッッ!!」

 

 先生の顔が跳ね上がり、中が痙攣を起こす。その痙攣の刺激に耐え切れず、塞き止めていたソレが僕の頭を支配する。

 腰を打ち付けたまま、僕から何かが溢れ出しソレが先生の中を汚していく。半開きになった口から唾液が溢れ、ソレが先生の背中を汚していく。

 

 溢れ出した何かを出し切った僕は力なく先生の中から()を出して床に力なく座る。ぽっかりと開いた先生の口がパクパクと動き、そして中から白い液体を溢れさせている。

 

「ふむ……沢山出したな」

 

 むくりと起き上がった先生は自身の股間を指で拭って、その指を舐めた。

 僕の肩に手を置いて、そのまま倒れこむ様に僕を押し倒していく。

 

「まぁ、その、なんだ……こういう時はなんというのだったか……」

「……?」

「夜はまだ始まったばかりだ。なんてな」

 

 また唇を奪われながら、僕の記憶は飛んでいく。最後に思い出せるのは先生のどこか申し訳なさそうな、けれども満面の嗜虐的な笑みだった。

 

 

 

 

 

 

~~

 

 

 起きた。起きてしまった。頭を触れれば角はない。

 やはり、贄である彼と夜という事象がそういう現象を起こしたのだろう。

 

 うむ。

 改めて考察を完了して、布団を捲る。

 裸で眠っている彼がいた。

 いけない、彼が起きてしまし、風邪を引いてしまうかもしれない。

 私はそっと布団を戻し、息を吐いた。

 

「ふむ……」

 

 

 

 

 

 やってしまった!!

 

 思わず頭を抱えてしまう。隣に彼がいなければ頭をブンブンと振って柱に打ち付けていた事だろう。

 なんだよ!知性ある生物って! ただ先生って呼ばしたかっただけだろ!

 なんて思い出すと赤面モノの言い訳である。

 彼が起きないようにぐぉぉぉ、と小さく唸ってしまう。流石にハクタク状態だったけど私の意識はハッキリしていたし、完全に私の責任だ。

 しかもアレだ、俗に言う『ナカダシ』というモノだ。いや、歴史的にソレ以外をしている方が稀ではあるし、彼と私の外見的な年齢を考えれば結婚とかも大丈夫だ。

 しかし、出来婚だぞ? 落ち着け、落ち着いて考えるのよ上白沢慧音。今なら無かった事に出来る。

 いや、歴史にすらなっていない出来事だ。隠す事は出来ない。しかも例え歴史となり隠す事ができたとしてもソレは事実を消した事には成らない。つまりは打つ手無しだ。

 

 何を慌てているんだ、相手は子供だぞ。

 慌てるんだ、相手は子供だぞ。こ、こんな時はどうすればいいんだ! 歴史の著名人共は少女を犯した時どうした!? そう困った時は権力で解決だ!

 

 クズめ! 反吐が出る!幼気な少女になんて事をしているんだ!

 クズだ! 反吐が出る!幼気な少年になんて事してしまったんだ!!

 

 少し落ち着こう。うん。 きっと落ち着いたらいい案を浮かぶかもしれない。

 お腹の中が少しだけ温かい。そういえば精子って数日程生き残るんだっけか。

 

 

 

 って何冷静に考察をしているだ!!  今はそれどころじゃないんだぞ私!

 ホッコリしている場合か! 畜生め!

 

「んぅ……」

 

 彼が瞼を揺らし、ゆっくりと瞼を押し上げていく。

 翡翠色の瞳と黒色の瞳が私を見つけたのか、少し潤んだ状態で私を見つめる。

 そのまま私の手を握って、むふぅ、と鼻から息を吐き出して、また瞼を落としてしまった。

 

 よし、この子は私が育てます。何処かの男もしただろう幼子から成長を見守ります。

 あぁ、でもあの神様が親代わりだったか、この際この子をもらうために根回しをしてしまうか。

 そしていつか「私にレンをください」だなんて、言って……。

 

 

 溜め息を吐いた。

 どうせ事実は変わらないんだから、もう吹っ切れるしかないんだろうな……。

 贄、という存在上しかたない事ではあるのだけど、人間である自分がそれを許しはしない。

 ハクタクである自分はむしろ彼との繋がりを消さない方で思考している。

 

「まったく……困ったモノだ」

 

 溜め息をもう一度吐き出して、布団に改めて横になる。

 握られた手をすこし強く握って、逆の手で彼を抱き寄せる。いい匂いがした。

 根本的にダメになっているのを自覚をしながら、私は瞼を落とす。

 とりあえず思考をリセットした方がいい。寝よう。そのほうがきっといいに決まってる。いい匂いがするなぁ、チクショウめ。




病み上がりと理解しつつしっかりと致しているケーネ先生マジかっけーね。


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44 スキマと浴室

誤字訂正
畳に下ろされた→木製の床に下ろされた
報告に感謝です。


 目が覚めた。

 変わらずもハッキリとした視界とぼんやりとした視界で広がる世界を眺めて背骨を伸ばす。

 ふと、自分の体を見れば裸である事に気付いた。そして障子の先を見れば随分と明るい。

 

 あぁ、どうやら寝すぎた様だ。

 

 近くにあった本を取り、目を通す。内容は自身の日記である。日記、というモノがこれで正しいかは分からないけれど、その日を書いているのだから、きっと合っているだろう。その日を記す、という事で文字通り、日記だ。

 まだ数ページしか進んでいない日記に目を通し終えて近くに置いていた紙に気付いた。

 随分と綺麗な文字で書かれた内容は、今隣に居ない事、そして昨晩の謝罪、そして最後に上白沢慧音という名前だ。

 そういえば伽をして眠ったのだっけか。裸だというのも納得がいった。

 紙を丁寧に折りたたんで日記の中に挟んでおく。コレも今日あった事なのだから、きっと書くのだろう。

 汗が渇いた肌を触れて、少しだけ嫌悪してしまう。今更汚れが増えたところで何の嫌悪が増えるというのだろうか。

 同時に近頃湯船に入っていない事を思い出した。鈴仙が体を拭いていたから垢はある程度無いとは思うけれど。丁度いい機会かもしれない。

 僕は近くに捨てられた白い着流しを羽織り、布団から抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 ちゃぽん、と湯船の水面が揺れた。

 肩から力を抜いて、瞼を落とす。湯気が顔に辺り、熱気が立ち込める。

 

 湯船の使用に関しては永琳と輝夜が許可をしてくれた。鈴仙は断固として拒否を示していたけれど、どうしてかその理由が『自身の仕事が減る』という理由であるから驚きである。

 本での登場人物でいうなら、きっと彼女は生真面目、という性格に当たるのだろう。尤も、その理由を聞いた輝夜と永琳は冷めた瞳で彼女を見ていたのだけれど。

 

 ある程度の汚れを落として、僕は湯船に入っていた。

 そう、ある程度だ。

 消えてしまった叔父殿曰く、穢れた存在である僕は穢れの塊でもある。こんな湯船になど浸かる事など有り得ない筈なのだ。冷水でも掛けられてしまえばいい。

 そういえば、幽香の所にいた時はそうしていたのだっけか。

 思い出して苦笑する。どうしようもない自分でも体の汚れだけは気になっていたらしい。

 当然、過去である僕も汚れだけは気を使っていた。尤も、ソレは豪族の誰かに会うときに強制されていただけであったし、普段なら冷水を掛けられていた訳だ。

 

 こうして過去を辿って、ようやく合点がいった。

 胃袋が縮んでいく感覚、そして心臓を鷲掴みにされていくような、そんな感覚が支配していく。

 カチカチと鳴る歯を食いしばって、ゆっくりと呼吸をする。

 大きく、ゆっくりと、吸い込んで、

 少し止めて、小さく吐き出していく。

 水面に映る自分が酷く歪んで見えるのは波紋のせいだろうか。そんな自分の顔を見ながら、頭に残ってしまっている言葉を吐き出す。

 

「……さぁ、深呼吸を始めよう」

 

 余計に心臓が押しつぶされていくような感触。けれど言葉を続ける。

 きっと、こうしなくてはいけないのだ。そうでなければ、僕はまた同じ事になってしまいそう、そんな気がする。

 

「自虐的ですこと」

「ッ!?」

 

 体を動かしたことでバシャンと水が跳ねる。

 声がした方を見上げれば、そこには細くした金の髪をした女性が中空で頬杖を着いて僕を見下げていた。つまらなそうに目を細めて、しっかりと湯船に入る僕を見ていた。

 

「こんな時に失礼しますわ。 お久しぶりです、覚えているかしら?」

「…………八雲紫?」

「そう、八雲紫。どうやら名前と顔を覚えられていたようで何より」

 

 実は不安だったのよ、と繋げた八雲紫はすこし悪戯気に笑った。そして、何やら邪魔そうに手を少し払えば湯気が突然消え去った。

 

「これでようやく顔をちゃんと見て話せますわ」

「……」

「ついでに体もね」

 

 やはり悪戯気に微笑んだ八雲紫。その視線は変わらず僕を見ている。体を見て話す事に何の意味があるかは分からないけれど、それならば上半身しか晒していない彼女は随分と礼儀は反する事になる。

 つまるところ、意味はなく、彼女の趣味でしか無い事なのだろうか。

 数秒程湯船に浸かる僕を見たあと、彼女はニンマリと笑い、満足したのか息を吐きだした。

 

「傷は治った様ね」

「……うん」

 

 傷があった筈の胸を撫でながら僕は返した。手には変わらず凹凸すらも消えた胸板の感触と骨の感触がある。

 

「本当に、アナタ一人になる時間が短くてどうしようかと思ったのだけれど。こうして時間を作ってくれて」

 

 と言った所で八雲紫の声が止まる。視線は浴室の扉に向いていて、面倒そうに溜め息を吐きだした。

 そして聞こえる騒がしい声達。声の内容は『私が入る』だとか『ふざけんな脳内お花畑』だとか、『落ち着いてください神奈子様、私がお姉ちゃんとしてですね』だとか、まぁたぶんそんな感じ。

 もう一度、溜め息を吐き出した八雲紫がパチン、と指を鳴らせばその声は消えてしまった。

 声だけではない。サワサワと鳴っていた竹の音も、風の音すら消えてしまった。

 

「こうして誰も居ない、静かな時間を作ってくれてありがとう」

「……」

 

 ニッコリ、と笑った八雲紫。先程の声の事は既に彼女の中で無かった事にされているのだろうか。いや、何もなかったんだろう。

 

「さて、こうして境界を弄ってアナタを孤立させたのには理由があります」

「……うん」

「あの時の報酬をいただきにきましたわ」

「……わかった。いつ?」

「今日。今から

 

 

 とは流石に言いませんわ。けれど出来るだけ早く」

「……持っていきたいモノがある」

「あの日記のことかしら?」

 

 僕は首肯で応えた。あの日記は書かなくてはいけない。それこそ永琳との約束もあるのだから。

 どうやら知っていたらしい八雲紫は苦笑して、大丈夫だと言ってくれた。

 

「色々と話たい事もありますが、今はいいでしょう。煩悩とお花の妖精さんがここの結界を破らんばかりに攻撃していることですし」

「……合図は?」

「そうですね……ゆかりん愛してる、とか?」

「………………」

「嘘よ。日記を二回叩くでも、なんでもいいわ。落とすけれど、下にクッションがあるから大丈夫よ」

「……わかった」

 

 ではこれで。と出していた部分を切れ目に入れていき、手だけをだして、パチンと弾いた。

 同時に風がフワリと入り込んで、浴室の扉が吹き飛んだ。木製の扉は壁に弾かれて力なく横たわっている。

 拳を突き出した形の幽香は唖然としていた。

 他の人達の顔も唖然としていた。

 まるで、何をしても壊れなかった扉が突然壊れてしまったかの様に。

 

「……」

 

 いや、実際そうなのかもしれないけれど、どうして全員僕を見ているんだ。凝視をしないでほしい。

 早苗に至っては親指を上げて拳を握っている。

 

「眼福ってヤツね」

 

 そう輝夜が声を出して、ようやく沈黙を破る様に輝夜が吹き飛んで壁に激突した。拳を握っていたのは神奈子と幽香だったけれど、拳を振り切っていたのは永琳だった事を日記に書いておこう。

 

 

 

 

 

 

 

「……退院?」

「えぇ、傷を見た所もう大丈夫でしょう」

 

 何かを書き終わった永琳が僕の方を見てそう言った。

 僕の後ろにいた早苗が手放しで喜んでいたり、僕の肩に手を置いていた幽香が少し力を入れていた。

 

「スキマも来たことだしね」

「……」

 

 そう小さく呟いた永琳は僕が聞こえた事に気がついたのか、僕だけに聞こえる様に言ったのか、珍しく悪戯をするように意地悪く舌をぺろりと出した。

 そのことに気付いたのも、たぶん僕一人だった。

 

「じゃぁ、レンさん。守矢神社に帰りましょうか」

「は?何を言っているのかしら、人間」

「そちらこそ何を言ってるんですか? 花の妖怪さん」

 

 お互い睨む様にして顔を突き合わせた二人。

 早苗から借りていた絵本ならば、二人の後ろに『ゴゴゴゴゴッ』と太く黒い文字で書かれるのだろうか。尤も、現実でそんな特技を見せられても困るのだけど。

 そんな後ろの二人から更に視線をズラして神奈子の方を見れば溜め息を吐いていた。

 そして僕の視線に気がついたのか、疲れた表情のまま苦笑している。

 以前に彼女が言った通り、例えどの選択肢を僕が選んだとしても守矢神社との繋がりは消えはしない。繋がっている。

 僕が、選ぶ。

 

「……日記取ってくる」

「えぇ、行ってらっしゃい」

「あぁ、行っておいで」

 

 今まで看てくれた永琳と家族と言いたい一柱の声を尻目に僕は廊下を歩き始める。

 後ろから怒鳴り声が聞こえたけれど、永琳達がどうにかしてくれるだろう。

 

 

 

 

 怒鳴り声が聞こえた部屋と違い、僕が眠っていた部屋は随分と静かだ。

 布団の横に置いてある日記を開き、新しく書き込んでいく。

 そして今日の出来事を綴った後は、直ぐに閉じて踵を返す。

 必要最低限であるモノは持った。

 

 改めて騒がしい部屋の扉を開き、全員が僕に視線を向けた。

 

「ほら、レンさん言ってやってくださいよ! 僕は守矢神社にいきます、って」

「ほら、レン。この馬鹿に言ってやりなさい! 私の所へ来るって」

「……少し、頭を冷やす」

「え?」

「ふぇ?」

 

 怒鳴り声の元が静かになって、永琳が満足気に息を吐いた。これで貸し借りは無し、とは言えないけれど少しは返しただろう。

 そうして、僕は更に口を開く。

 

「……喧嘩、駄目」

「でもレンさん」

「あのね、レン」

「……喧嘩してる所には行けません」

 

 これで幾分か二人の何かが収まればいい。

 このままどちらかに行ったとしても、きっとソレは意味がなくなる。だから、二人には少しだけ冷静になってもらおう。

 尤も、コレが演技なのか、それとも本気なのか、僕にはわからないのだけど。ソレは、今更だろう。

 

 僕は日記の表紙を二回叩く。

 

 変化は無い。思わず溜め息を吐いてしまう。

 息を吸い込んで、幽香に聞こえないように呟く。

 

「……ユカリンアイシテル」

 

 突然の浮遊感が僕を襲った。

 視界には徐々に上へとズレていく幽香と早苗達。そして視界一杯に広がる瞳の群。

 ここを通るのは二度目になるのだけど、やはり人の群れの中にいるよりは心地いい。

 

 ソレが突然途切れる。

 ぼすっ、と僕は何かに包まれた。

 黄色い、ふわふわとして、とても心地いい何か。

 

「む?」

「……?」

 

 声が聞こえ、僕は顔を上げた。ゆらゆらと黄色い何かが揺れて、その間から黄色よりも輝かしい髪ら揺れて、黄金の鋭い瞳が僕を見つけた。

 

「どうして贄が?」

「……どうも」

「あぁ、どうせまた紫様か……」

 

 何か合点がいったように頭を抱えた存在。心地良すぎる空間がグラリと揺れて僕は硬い木製の床へと静かに下ろされた。

 僕を包んでいて、そして今しがた僕の頬を撫でたそれが尻尾だと理解した。黄色いの尾、尾先が白い。そして数を数えれば九本。

 揺れる尻尾を数え終わった僕はようやくその黄金の瞳を見つめる。

 少しばかり疲れた顔をしていたけれど、スッと瞳を細めて整い過ぎている口が開く。

 

「はじめまして、贄。我が主の居へよく参った」

 

 固い口調が様になる程に、彼女はとても美しい、と思えた。正確に言うなら、物体的にとても綺麗に感じてしまうのだ。

 間違っても人に感じる様なモノではない。整い過ぎている、と言えばそれまでなのだ。

 

「主との話もあるだろうが、まぁ、なんだ……こんな格好でスマナイ、本当に、すまん」

 

 整い過ぎている存在はかなり申し訳なさそうにそう呟いた。

 大きいといえる形のいい乳房を晒し、括れた腹部を晒し、挙句、髪と同色の茂みを隠す事もせずに、本当に申し訳なさそうに言った。

 

 場所は浴室。

 つまり、彼女は全裸であった。




八雲紫
 女性。神出鬼没。金髪。扇と傘。空間の裂け目に注意。妖怪。
東風谷早苗
 女性。巫女、青い袴。若草色の髪。蛇の髪飾り、蛙の髪留め。明るい言動。お姉さん。人間。
八雲藍
 女性。狐尻尾が九つ。金髪、黄金瞳。整い過ぎている。もふもふ。妖怪。


日記の端書より抜粋。


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45 ヨクジョウよくじょう

読者の言葉をできる限り再現する猫毛は愚者の鑑。
はっきりわかんだね(絶望


もうこんな事しないんだからな!!

2014/05/10
前書きの誤字訂正。報告に感謝です。


「ふぅ……」

「……」

 

 どうしてだろうか。どうして僕はこの狐に抱かれて湯船に入っているのだろう。

 話の流れは至って普通……らしい。

 疲れた顔をした彼女が僕の汚れに気付き、そして風呂に入れと言われた。

 ソレが過程で、結論はこれだ。

 大きな乳房を僕の背中で潰しながら抱きしめられる。尻尾は何処かへ消えてしまっている。邪魔だから消した、との事。

 

「む、どうした?」

「……なんでもない」

「ふむ」

 

 僕の肩に顎を置いて大きく呼吸をしたのが聞こえた。

 金色の髪が僕の頬に張り付く程近くなり、抱きしめられる力が強くなる。

 そして、もう一度何かを確認した様に、ふむ、と呟いた。

 

「やはり、贄か」

「……何が?」

「いや、紫様に容赦するように言われてたのだが……我ながら情けない事に襲いたい」

「……」

「口を開いて肯定するなよ。私が紫様に怒られてしまう」

 

 つまり、肯定した途端襲われてしまうのだろう。もはや慣れてしまってはいるけれど、彼女が否定するのなら肯定はしないでおこう。

 ザバリと水音を立てて立ち上がった彼女。同時に脇に手を入れられていた僕も湯船の中から体を出される。

 

 水滴が肌を滑り、木の床へと落とされていく。同じく木製である簡素過ぎる作りの椅子に座らされた。

 

「あぁ、動くなよ。紫様に会うのだから綺麗にしなくてはいけない」

「……」

「そう、これはあくまでそういう事であって、私の意思は無い。無いったら無い」

 

 一体何の弁明なのか、さっぱり分からない事を言いながらも狐は僕の髪に触れた。

 ワシャワシャと髪を指で梳かれ、そして頭を指の腹で押されていく。

 慣れている手付きの御蔭で瞼を閉じてしまう程心地いい。

 数分程された指圧。その後に小さく「流すぞ」と言われ頭からお湯が掛けられた。

 

「うむ。まぁいいだろう」

「……」

「さて、次は体だな」

 

 むにり、と柔らかく温かい何かが僕の背中で押しつぶされた。背中には柔らかい感触だけではなくて、シコリが二つ程感じられる。

 ソレが背中を上下に動き、後ろから小さく甘く上擦った声が聞こえた。

 

「ん、……次は、腕だな」

 

 僕の腕を手にとって、横へと移動した狐。

 僕の腕を乳房で挟み、口元にあった僕の指を口に含んだ。チクリと指先に痛みを感じて少し眉を寄せる。

 

「あぁ、ひゅまにゃい」

 

 僕の指を噛んでしまった事を謝罪しながらも、僕の指を決して離す事はない狐は、一頻り僕の指を堪能して口を放した。

 名残惜しそうに指をペロペロと舐められてはいるけれど。

 

「まぁ、その、なんだ。すまん」

「……慣れてる」

「そう言ってもらえると幾分か救われる。尤も、止める事は出来なさそうだが……」

「……慣れてる」

 

 やはり、どこか申し訳なさそうに言う狐に僕はいつもの様に返事をした。

 僕の足を広げ、その間へと入りこんだ狐は一点を凝視しながら口を少し開いた。

 

「妖怪専用の魅了みたいなモノか……いや、正確には人外専用、というべきか。抗う術なんてないから仕方ないな。いやはや、仕方ない」

 

 そんな誰に言っているか分からない弁論を口から出して、よし、と何かを決意して僕の棒に軽く触れる。

 先に触られた事で少しだけ反応してしまった。

 何度か摩られ、そのまま彼女の大きな胸の間で挟まれた。

 文字通り頭すら見えない程、包まれている僕。

 

「どうだ?」

 

 その問いにはやはり僕は応えなかった。

 彼女は両手で自身の乳房を押して僕を押しつぶそうとしている。柔らかい圧が僕を包み込んでいる。

 応え無い僕を苦笑で見て、そのまま僕の顔を見ながらゆっくりと体を揺らしてくる。

 体の揺れと同時に胸も動き、中に入っている棒がさすられる。

 まるで膣に入れられてしまっている様で、けれど、ソレよりも弱い刺激で、ゆっくりと、上り詰めていく様に。

 

「出しても大丈夫だ。 我慢をするな」

 

 そう言ってより一層胸の圧を上げて体を激しく揺すられる。

 耐えれない、というよりは出てしまう、という感情を押し留める事は出来ず、歯を食いしばって僕はソレを吐き出していく。

 ドクドクと鼓動に合わせて吐き出されたソレ。まるで自分とは別の個体の様に意思に反してビクビクと痙攣しているソレ。

 痙攣しているソレを胸から解放した狐は胸にだらしなく吐き出された白濁液を見てニンマリと笑っている。

 

「なるほど、贄の匂いが濃い。フフ」

 

 胸に揉み込む様にしてソレを広げ、手に付いたソレを真っ赤な舌で舐めとっていく。

 変わらずも鼓動が激しい僕。

 片方の視界は変わらずハッキリしていて、もう片方の視界はボヤけている。

 浴室の熱と情事の熱でやられた、と理解した時にはすでに遅く、ハッキリとしていた視界が真っ黒に染まり、同時に視界がグラリと揺れて、背中に衝撃を感じた。




八雲藍の名前が一度たりとも出てないのは自己紹介がまだだからです。
仕方ないね。この時点で知ってたら怖いし。


おっぱいはいいものだ。


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46 贄と賢者

 目が覚めた。

 頭がぼんやりとする。片方のしっかりとした視界が突然明るくなったからなのだろうか、それとも別の理由なのだろうか。

 ともかくとして、右目の焦点がゆっくりと定まっていく。

 目の前には青、そして白。端に金がちらほらと見える。

 

「む、起きてくれたか……」

 

 目の前の白と青の山の向こうから声が聞こえ、ソレが誰かがさっぱりわからない。

 頭の中でどれ程考えていても、応えにたどり着けない。

 少しだけ痛む頭を抑えながら体を上げる。

 そのまま自分のいたところを確認すれば膝枕をされていたらしい。金色の短い髪に尖った帽子を被った麗人。正座している腰辺りから黄色い尻尾が九つ程飛び出ている。

 

「……誰?」

「む、あぁ、そうか。すっかり忘れていたよ。私は八雲(ヤクモ)(ラン)

「……レン」

 

 整い過ぎている手を自身に当てて綺麗に微笑む八雲藍を見ながら自分の名前を吐き出した。

 少し周りを見渡し、息を吐いた。そのまま彼女の近くにあった見覚えのある本を手に取り開く。

 内容は自身の日記。ソレを読み終えて、閉じる。

 この一連の流れを何も言わずに見ていた八雲藍は僕を見ながら気まずそうに口を開いた。

 

「そのすまなかったな」

「……なにが?」

「まさか逆上(のぼ)せてしまうとは思わなかった……と言うべきか、人の脆さが予想以上だった、というべきか。とにかく、すまない」

「ッ……」

 

 僕は一度息を飲んだ。驚いた、と言えばそうなのだけれど。それでも僕が歯を食いしばるには十分な言葉だった。

 気づかれない様に僕は息を静かに吐き出す。

 訝しげにコチラを見ている八雲藍はコテンと首を傾げている。

 

「……気にしない」

 

 そう、僕はいつもの様に声を出せた。

 その声に安心したのか、ホッと息を吐き出した八雲藍は折っていた膝を伸ばして立ち上がる。

 もふもふと気持ち良さ気な尻尾を僕に向けて歩き始める。

 

「では、主の元へ案内をしよう」

「……うん」

 

 黄金色の瞳は僕を真っ直ぐに貫いて、僕は逃げる様に視線を合わせず、外を見つめた。

 

 

 

 

 

「あそこに我が主、八雲紫様がいる」

 

 幾分か歩いた先にあった開けた庭。

 そして八雲藍が指差した先には綺麗に整ったこの屋敷にしては不格好な、それこそ言ってしまえばまるでそこだけ切り取られた様な、或いは似つかわしくない、少し壊れた小屋が一つ建っていた。

 僕は確認の為に八雲藍を見上げる。

 見上げれば変わらず真剣な眼差しで小屋を見つめていた。つまり、事実なのだろう。

 尤も、僕に選択肢など存在せず、従うしか残っていない。

 

 僕は素足で廊下から庭に降りる。

 渇いた砂の感触。小さな石があっても丸みを帯びていて刺さることはないだろう。

 一歩ずつ、じゃら、と鳴る足音。

 後ろに足音が続かないから、八雲藍は廊下で待機しているのだろう。

 

 近くで見れば何処か壊れている小屋にも納得がいった。どうしてか焼かれていたのだ。所々焦げてしまっている柱に手を当てて、そのザラつきが手に感じる。

 一度、深呼吸をする。

 そして焦げている扉に手を掛けて、開いた。

 そこには金を細くした様な髪を惜しげなく晒して、静かに正座した女性がいた。

 

「座りなさい」

 

 彼女らしからぬ、と言えばオカシナ話なのだけど、それでも悪戯気に笑んでいるいつもとは違い、つまらなそうにしている事もなく、真剣な顔付きで僕を見ず、ただ目の前の囲炉裏の先を見ていた。

 そこには座布団が一つ置かれていて、そして僕は疑問もなくソコに膝を折って座った。

 正面に見える八雲紫は言い淀む事なく、まるで用意されていた様に口を開いた。

 

「私は……アナタに謝らなくてはいけないわ」

 

 そう、朗々と呟かれた言葉はあっさりと僕の耳に入り、理解し、そして同時に疑問を沸かせた。

 

 

 

~~

 

「――アナタに謝らなくてはいけないわ」

「――……そう」

 

 何かを思い出すように、私の言葉に珍しく間を開けて返した彼。

 その瞳は私を貫かんばかりに見ているが、感情は隠れている。表情も無い。

 少しだけ思案するように、彼は口を開いた。

 

「……幽香の事?」

 

 そう彼は声を出した。けれど私はソレに首を横に振って否定する。

 彼女の事も、今回の事も、ソレはソレで謝らなくてはいけない事なのかもしれない。けれど、私が謝らなくてはいけない事はもっと別にある。

 

「そのことはどうでもいいわ。……まず、そうね。この幻想郷の在り方について少しだけ説明させてもらうわ」

 

 こう言えば、彼は頷いて話を聞こうとしてくれる。

 私は、残酷かもしれない。いや、残酷でもいいかもしれない。どうでもいいか。

 

 

 

 幻想郷。

 この世界には二つの大きな結界が張られている。一つは私の能力が関与している『幻と実態の境界』。そしてもう一つは『博麗大結界』。

 二つとも外の世界と幻想郷を分かつ結界である。

 その二つに綻びが生じ始めている。

 まだ綻びは小さいけれど、ソレはきっと幻想郷に悪影響を及ぼしてしまう。

 幸いこの事に気がついているのは私と藍だけ。けれど修復するには私達だけでは無理だ。

 幾年と展開された結界に下手に触れればそれこそ直ぐに壊れてしまう。綿密に計画を練ったとしても、その計画を練っている間に綻んでしまう事は計算済みだ。

 

「そこで、贄という存在が必要だった」

 

 小難しい説明をしている私はようやく彼を見ることができた。

 変わらずも私を見続けている彼。そして、私はここでようやく、罪を告白しなくてはいけない。

 

「けれど、別世界の贄ではこの世界で力を付与する事は出来ない。

 けれど、贄をこの世界から出す事は出来なかった。贄は以前の博麗の巫女に完全に封じられてしまったから。この世界の人間では余計な悪影響があった。

 

 故に、私はアナタを贄に落とした。

 冬空で冷水を掛けられ、そして洞穴に入れられ燃やされたアナタはきっとあの世界に還元されちょっとした神に成っていた筈だ。

 けれど、私はソレを阻んだ。

 ソレを受け入れる事は出来なかった。ソレを否定した。

 

 アナタしか居なかった、なんて言い訳をする事はないけれど。

 私にはアナタしか居なかった。

 

 

 

 アナタを贄にしたのは、私よ」

 

 それは、単なる後悔だったのかもしれない。

 結局、贄に落としてからずっと彼を見続けていた。

 私自身が彼に触れていれば、と何度も思ったけれど、私の中の何かがソレを阻んでしまい、そして彼を風見幽香の下へ落とした。

 

 結果的に、風見幽香は彼を軟禁してしまい。彼女を唆して彼を逃がした。

 逃がした彼が襲われるのは予想出来たので、仲がよさそうな烏天狗を向かわせた。

 守矢へと導き、神達に彼を任せた。せめて彼が人であるように、と。人らしい幸せをつかめる様に。

 彼が神の反対を押し切って風見幽香の所へ行こうとしたのは驚いた。故に私自身が関わってしまった。

 

 そして、ようやく彼をここへと留める準備が出来たのだ。

 ようやく、私は彼を向き合える。

 

 人の理から逸脱させた犯人である私は頭を下げる事もせずに彼を見つめた。

 私の告白に対しても、変わらず無表情である彼は、何かを考えているのだろう。ずっと見ていれば彼が頭は優れている事は分かる。

 

「……そう」

「へ?」

 

 だからこそ、こうして変わらず無頓着な返事をされる事に思わず声が出てしまった。

 思わず肩がズレてしまう。

 いやいや、違うだろう。そこは激昂して私に言い寄る所だ。そのまま全裸に剥かれてニャーニャーしたいとかそういう欲望もあるけれど、ソレは絶対に違う。

 

「……綻びは?」

「あ、えっと……アナタが了承してくれるなら、すぐに直せるわ」

「……そう」

 

 じゃあ、すぐに始めよう。

 と言わんばかりに彼は立ち上がった。自身への影響を聞くこともなく、まるでソレが当然の行いの様に。

 ダメだ、彼が壊れてしまう。彼を追い込みたいからこうして無理やり攫った訳ではない。

 

「そ、そうだ。修復が終わったら贄から解放出来」

「……やめて」

「ッ」

 

 彼は囲炉裏も無視して私の胸倉を掴んだ。

 変わらず無表情とも言えず、歪んだ顔で私を睨み、噛み付かんばかりに顔を寄せてくる。

 この感情は、怒りである。それも、先程私が求めた激昂に近いモノだ。

 

「僕から、僕から意義を奪わないで!!」

 

 初めて彼の絶叫を聞いた。

 喉を張り詰めて、震わせて、彼は声を出していた。

 だからこそ、間髪入れずにどうにか声を出せた。

 

「―――ッ。えぇ、冗談よ。容易く贄から解放できる訳はないでしょう。からかい過ぎたわ、ごめんなさい」

「……いい。ごめん」

「いえいえ、元は私が悪いんだから」

 

 嘘である。

 彼が贄である状態は私が彼の境界を弄って存在している状態である。だから、私が改めて境界を弄れば彼は贄でなくなり、普通の人間へと成り上がる。

 それこそ、私の指先一つで出来る事だ。

 

 見誤った。たった一言言えるならそれだ。

 実際なら、結界を直した後に彼を解放する予定だった。

 けれど、ソレを彼はソレを許しはしなかった。

 

『僕の意義を奪わないで』

 

 その意義を与えたのは紛れもなく自分である筈なのに、その意義を与えた存在を殺したい程憎んでしまう。

 壊れている。いや、正確には壊れていた、だろうか……。

 

 まったく、

 

「思い通りにいかないわね……」

 

 私は迷いを吐き出すように息を吐いて胸元を正す。

 意識を切り替えて、私は壊れたモノを直さなくてはいけない。これまで思い通りにいかない、という事はないだろうが……。

 いや、コレは考えないでおこう。

 どのみち失敗などありえないのだから。ありえてなるものか。




意味が分からないんだけど?
って事が起こってるので、簡単に説明。
最初にレンと叔父との会話は偽りだらけ穴だらけの贄契約です。
十字を切って、神様を拝みつつも妖怪へと媚びを売る、だなんて出来ません。けれど簡易的な契約で準贄状態にはなってます。
そこから洞窟にインしたお! からのスキマ様がソレを神隠し。レン君は幻想郷の贄へと至り、元居た村は災害にでもあったんじゃないかなぁ(テキトー

あとは物語の通り。
色々とスキマ様が間接的に手を尽くしてたりしました。
ここで疑問になるのは彼女がどうして贄を自身の手元に置かなかったのか。という事。
ちょっとした心の問題です。過去に贄と過ごして色々あったんだろうなー、程度に考えてくれればいいです。
贄と妖怪が過ごす、つまり、そういう事です。


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47 笑顔とスキマ

紫さんと彼女(・・)に関しては語りません。
色々あって贄である彼女(・・)を食べてしまった紫さん。
で適当に想像して、今につなげてしまえば、とっても素敵なヤンデレスキマ様が完成です。

ステキッ! 抱いてッ!


 ソレは平凡な一室だった。

 襖があり、畳があり、行灯がいくつか並べられていた。

 外は明るいというのに、行灯の薄らとした灯りだけが部屋を照らしている以外は、至って普通の一室だった。

 その普通がとても異常だった。

 

「入りなさい」

 

 八雲紫はそう言った。

 僕の背中を押しながら、冷たい声で言ってのけた。

 僕は縁側の床板から足を浮かして畳を踏んだ。

 瞬間に、部屋が妖しく光る。ボウッ、とした光が足元から溢れ、細い光がズルズルと畳を這って部屋中に広がっていく。

 

「入りなさい」

 

 八雲紫がもう一度言った。

 先程よりも鋭い言葉に僕は従った。従う以外の選択肢など持ってはないのだ。

 僕が歩を進める度に妖しい光は足元から広がり、そして部屋の真ん中に到着した時には部屋の中、それこそ壁も、襖も、天井でさえ、光によって薄らと光っていた。

 目でその光を追えば、ソレが文字であることがわかる。複雑怪奇な、文字通り這って出来た文字の意味は分かりはしない。けれど、文字である事がわかってしまう。

 

「座りなさい」

 

 八雲紫が更に言った。

 淡々と口から放たれた言葉に従い部屋の真ん中、八雲紫に向う様に座る。

 僕を見る瞳は鋭く、やはり悪戯気な表情は何処かへ消え去っているらしい。

 

「―――、少し、例え話をしましょう」

「……」

「この結界の綻びが僅かでもあれ、綻んでいる。その事に管理者(わたし)が気付くのは当然である。もちろん、助手()も。

 先に説明した結界二つ。一方は私。そしてもう一方は博麗の巫女が管理統括しているモノ。

 

 

 

 はて? 一方の管理者だけが気付いているのはオカシイのでは?」

 

 口が裂けそうな程ニンマリと嗤った八雲紫。

 クヒッっと耐えた何かが溢れ出た。

 

 クヒッ、ケヒヒ、ヒヒャッ。

 

 ついには耐える事もせずに、引き攣った嗤いを溢れ出している。

 あぁ、これは結界の綻びを直す術式ではないのか。

 あぁ、結界は綻んではいなかったのか。

 

「……よかった」

 

 僕の呟きが空気に溶けた。溶けたと同時に八雲紫の嗤いが止まり、うわ言の様に、よかった?、と呟く。

 

「よかった? よかった? よかった、よかったぁぁ? よかったですってぇぇ?」

 

 畳端を気にする事もなく、音を立てずに僕へと肉薄した八雲紫。

 僕の鼻先に顔が触れそうになるほど顔を寄せて、瞳を零さんばかりに大きく開けて僕を写し込んだ。

 

また(・・)自分だけ犠牲にするっていうのっ!!」

「…………」

また(・・)、私を置いて逝くつもりなのっ!?」

「…………」

「もう一度、私にアナタ(・・・)を喰えって言うのっ!?」

 

 僕の肩を思いっきり掴んだ八雲紫。爪が肩に食い込んで、ジクリと痛む。

 悲愴な顔で、まるで泣きそうな顔で、八雲紫は僕を映し込んだ。

 僕はこの顔を知っている。

 僕はこの表情を知っている。

 僕は、僕はこの気持ちを知っている。

 

 僕は八雲紫の顔を包むように頬へ手を乗せた。

 指でゆっくりと撫でて、僕は口を開く。

 

「――わかるよ」

 

 はっ、として八雲紫の表情が悲愴から驚きへ、そして怒りへと変わっていく。

 唇を噛み締めんばかりに、唾を弾き出しながら声を荒げる。

 

「お前に、単なる(・・・)贄に何が分かるっ!」

「……わかる」

「お前の思いなど、私の想いよりも軽い! 失う悲しみも、失った虚無も、得た嫌悪も! 知らないガキが何を言うっ!」

「……失った虚無は、よく知ってる」

「――っ」

 

 僕を見た八雲紫が詰まった様に息を止めた。

 知っているから分かる。わかったからソレが分かる。

 だから僕は彼女を視る。

 

 あの人(・・・)なら、きっと上手く立ち回れるのだろう。

 僕に傘を差したように。僕を拾った時の様に。僕が人形になるように。

 僕は紫の顔を少し撫でて、髪を梳き、頭を撫でる。

 きっと僕は不器用に微笑んでいる。人形の時の様に上手く笑う事はない。

 

「……」

「少し、ほんの少しだけ、嘘を吐きましたわ」

「……そう」

「えぇ、本当は私、贄を食べるのは初めてですし、失う虚無感も、得た嫌悪感も失った絶望も私は知りませんわ」

「……」

「加えて続ければ結界が綻んでいるという嘘も嘘ですし、霊夢が気付いてないのは私が気づかせてないだけですわ。えぇ、コレが本当の話」

「……うん」

「更に言ってしまえば、私、嘘を吐き出しましたわ」

 

 バッと扇で口元を隠してニンマリと目が笑う。

 僕と始って会った時の様に、悪戯気に笑った。扇には大きく『(ウソ)』と書かれている。

 実に、あやふやである。

 

「笑顔はとても大切よ。続ける事はとても難しいけれど、ソレはとても素晴らしい事……らしいわ」

 

 変わらずニマニマと笑っている紫は「受け売りよ、受け売り」と続けて眉尻を更に垂れ下げた。

 

 笑顔を続ける事はそれ程難しくはない。笑顔であり続ける事で素晴らしい事なんかにはなれない。

 表情だけでは、救われない。救うことも救われる事もなかった。

 そう思考すれば、紫は困った様に笑い、僕の頬を抓った。

 

「子供が難しい事考えるんじゃないわ」

「……む」

「笑顔で在り続けなさい。以前のアナタを知るわけではないけれど、私が助けてあげるわ。……今度こそ、ね」

 

 僕を見ている筈の紫の瞳は、僕を映しながらも別の所を見ていた。ソレがどこかは分からない。

 けれど、彼女は微笑み、抓られている僕も強制的に笑顔へと歪められている。

 

「……ああ、花の妖怪さんも助けてくれるわ」

 

 と、思い出したように、やはり悪戯気に付け加えるまで、紫は誰かを見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結界の解れは以外にも早く直ったらしい。あの後、紫が僕を放して溜め息を吐いてから終わりを告げたのだ。

 それこそ、まるで何も無かったかの様に立ち振舞う紫。その表情からは何も読み取れる事はないし、読み取る技術を僕は持ち合わせていない。

 

「ふふふふふ」

「…………」

 

 縁側で僕は空を見上げ、ソレを背中から抱く形で紫が僕を乗せていた。

 柔らかい感触が背中に広がり、先程から紫の楽しげな声と吐息が僕の耳をくすぐっている。

 

「紫様、戯れも大概にしてくださいね」

「あら、浴場で彼を失神させたのは誰だったかしらぁ?」

「……」

「主の言いつけは彼を手厚く歓迎しろ、という事だったのだけれど。まさか薄い本が厚くなる様な展開はワタクシ望んでなくてよ?」

「……私がお風呂に入ると同時に彼を落とした紫様が悪いんでしょう。というか、そうなる事ぐらい予想出来てましたよね」

「当然じゃない。けれど、そうなる予想を覆してくれる事も予想してたのよ? 面白かったけれど、全く面白味は無かったわね」

 

 藍が溜め息を吐いて隣に座った。

 そんな様子をクスクスと笑いながら紫は見ている。揶揄う(からかう)事で楽しんでいるのだろう。

 当然その事を知っている筈の藍もどこか諦めた様に紫を見ている。

 

「で、何が望みですか? お茶菓子もお茶も準備はしましたよ」

「あら、私がそんなにはしたなく見えて? 失礼しちゃうわ」

「はしたなくは見えませんよ。下品で下劣で下等で下卑てても、そんな風には見せないでしょう?」

「ええ、勿論そうだけど。ねぇ藍、もしかしてそんな事思ってたのかしら?」

「思ってませんよ。例えただけです。 わかるでしょう? アナタの式ですよ」

「そうね、私の式だもの。 じゃぁ私の望む事もわかるでしょう?」

「尻尾だけはモフモフさせませんよ」

「えー」

「ダメです」

「ほら、レンも言ってみなさいな。えー」

「……えー」

「レンに言わせたってダメです。というか、レンはこの人にいう事あんまり聞いちゃいけません。こんな人格になっちゃいますよ」

「それって私に喧嘩売ってるのかしら」

「とんでもない。私はアナタの式ですよ? ゴシュジンサマ」

 

 ニッコリと笑う藍に「ぐぬぬ」と少し笑いながらも漏らした紫。

 藍がソレを見てフフン、と鼻を鳴らした瞬間に浮遊感が僕を襲う。そして、突然ボフリ、と音を立てて僕は何処かへと落ちた。

 黄色いモフモフ。僕はこれを知っていた。知っていたからこそ、どうしようか迷った。

 

「大丈夫か? レン」

「……うん」

 

 尻尾の切れ目から鋭い瞳を覗かせた藍に無事を伝えた。伝えて、目の前にあった九本のうちの一本に抱きついた。

 

「ひゃわっ!?」

 

 もふもふとした感触。それこそ天日干しした布団の様で。手触りのいい感触を確かめる。

 驚いた様に声を出した藍の事など、この際無視をしよう。

 

「よくやったわ!レン。 さぁ私も」

「紫様はダメです!!」

「ぶぅ……」

「膨れたってダメなモノは駄目なんです!! 年齢を考えてください!」

「…………そう、年齢を考えればいいのね」

「あ、」

「とりゃぁ!!」

「どうして年齢考えてコッチに突っ込んでくるんですか!?」

 

 目の前の尻尾をもふもふしていれば紫が尻尾に飛びついてきた。

 やはりどこか悪戯気に笑っている紫。慌てる藍。

 その様子で、僕は自然と頬が緩んでしまった。いや、これはきっと尻尾が心地いいのが原因だ。確か早苗もモフモフは至高とか言っていた様な気がする。




アトガキ
失った虚無感なんて、人それぞれです。
けれども二人は似てます。いや、似ても似つかないですが、とても親しい存在ではあります。


まぁ、紫様がヤンデレで可愛いという事だけが書きたかったので、文句は受け付けます。
ヤンデレ至上主義の私を正す事などできないでしょうけどね!!


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xx1 BADEND1

「こんばんは、初めまして、久しぶり、ワタクシ、八雲の紫と申します」

 

 逆さまの顔が口角を釣り上げていた。

 落ちている僕が逆さまなのだろうか、それとも目の前の彼女が逆さまだったのだろうか。

 果たして僕がソレを知る事は永遠に無い。

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 ソレは古ぼけた小屋だった。

 私にとって見覚えがあり、そして僕にとっては少し豪華と思える程度には普通な小屋だった。

 私、という存在。いつの間にか、というべきか、つい先程意識が浮上して、同時に理解した存在。

 僕の中にいる私。私の外にいる僕。

 二人で一人、という訳ではない。私は既に僕に溶けきっているのだから、これは歴として僕であり、残念な事に私では無いのだ。

 開き難そうな扉がガタガタと音を立てて開いた。

 立っていたのは金色の髪を垂れ下げて、不思議な帽子を被った女。その目は僕を見ている。その瞳は私を見ていた。

 少しだけ口を開いて、また閉じた。まるでおそるおそる、何かを確かめようとするように。

 だからこそ私は口を開いた。

 

「―おかえりなさい、紫」

 

 同時に僕の声が響いた。

 私は彼女の事をよく知っていたけれど、僕は彼女の事を一切知ることはない。

 僕と私の境界なんて、意外にも強固で、そしてあやふやだ。

 

「何が……何がおかえりよ……!!」

「いひゃい、いひゃい」

「この、勝手に死んで、勝手に殺されて……」

 

 私の頬を抓りながらも紫が泣いている。それは私にとって見覚えのある顔だった。僕にとっては初めての顔にもなる。

 だから紫の為に私は彼女の頭を抱いて、僕の胸板へと置いた。いつもの様に頭を撫でて、初めて髪を梳いた。

 

「アナタだって、勝手に私を蘇らせたくせに」

 

 私は後悔している。僕は悔いてもいない。

 僕を私が支配しようとしている事に。僕が私に支配されようとしている事に。

 先に伸ばせば、きっと私と僕は混ざり合う。その事を紫が知らない事は無いだろう。

 だからきっと紫は僕を消そうとする。私がそうはさせない。

 

「ねぇ、紫。私はレンという名前らしいわ」

「ッ。大丈夫、大丈夫よ。直ぐにそんなヤツ消しちゃうから」

「ダメよ。そんなに怖い顔をしちゃ。笑顔で在り続けろとは言ったけれど、怖い笑顔はやめなさいな」

 

 変わりに私が紫の頬を抓った。僕は紫の変な顔に少しだけ笑った。

 

「ねぇ、紫。私は幸せだったわ」

「これからも幸せよ」

「えぇ、でもソレは私でも僕でも無いと思うの」

「…………それでも」

「ねぇ、紫。僕は幸せではなかったのよ?」

「それは……」

「えぇ、アナタの責任ではない。勿論、僕の責任でもなかった。けれど、幸せになる権利はあるのよ」

 

 そこまで言えば、紫は顔を思いっきり顰めた。きっと思っている事は、『あぁ、また始まったよ。』だ。無表情であっても、胡散臭い笑顔を浮かべていても、紫は紫だ。

 私の愛しい人。

 

「ねぇ、紫。だから、私を諦めてほしいの」

「いやよ」

「……えっと、だから、この子にも幸せになる権利があると思うのよ」

「ええ」

「だから私が存在すると駄目なのは、分かるわよね?」

「勿論よ。一つの器で二つの存在を保存し続けるのは消費しすぎるのよ」

「だから、ね? 紫、私の事は」

「いやよ」

 

 あぁ、もう。可愛いなぁ。

 なんて思ってしまう私は大概にオカシナ存在なのだろう。僕からも冷たい視線を感じてしまう。

 

「だって、彼を残せばアナタは死んでしまうでしょう?」

「うーん、そうでしょうね」

「なら、絶対に嫌よ」

「……わかった」

「え?」

「え、ちょ、レン君? おーい」

 

 僕の存在がゆっくりと落ちていった。私の存在が表に出てくる。

 いやいや、レン君。それじゃぁ駄目なのよ。私がここを引かないと。

 え? 眠い? いや、精神世界で何言ってるのよ。

 

「ハァ……手の掛かる子供が増えた様な気がします」

「私は手の掛かる子供じゃぁなかったでしょう?」

「十二分に手に余る子供でしたよ、紫」

 

 私が笑えば、紫も笑う。

 そのまま唇が近づき、ゆっくりと当てられた。軽い接吻。そして熱い舌が唇に這う。

 従う様に唇を薄く開けば、隙間を舌が潜り、私の小さな舌を舐る。

 唾液を啜り、そして紫から唾液が垂らされて、甘い唾液を嚥下する。

 

「はぁ」

「紫、キス上手くなりましたね……浮気ですか?」

「ここ何年も交わって無かった私にそんな事を言うの? アナタだけよ」

 

 私の二の句を告げ出せない様に唇が塞がれる。

 熱い舌が口内を駆け巡り、上顎を撫でられる。歯の一つ一つを舐られて、彼女の唾液と私の唾液が混ざる。

 このまま犯されるのも一興だけれど、私だって今は男なのだ。このいきり勃つ肉棒を彼女の肉壷へと収めたい生物なのだ。

 レン君、眠ってなさい。アナタには少し早い世界です。後で私が絵本を読んであげますから、寝ててください。

 内心で同居させてもらっている宿主を眠らせて私は紫の胸に手を伸ばす。

 服の上からでもわかる柔らかさを感じながら、手に力を込める。

 

「んふぅ……」

 

 接吻をしながらも鼻から甘い息を漏らした紫。

 私の行動から察したのか、服を脱いでくれる。最近の下着ってこんな感じになってるんですね、なんて口には出さなかったけれど、当然の反応だったと思う。

 パチン、と金具を外し、ボロンと出てきた白い水蜜桃。柔らかさは先程触って知っていたけれどソレでも尚更に柔らかいと思わせる。

 

「……大きくなりましたねぇ」

 

 私の言葉に紫は眉間にシワを寄せました。風情のへったくれも無い、そんな言葉を思わず口から出てしまった私は苦笑しながらその桃を手に取った。

 甘い蜜は出てこないけれど、しっとりと手に吸い付いて、熟したように柔らかい肉房。

 甘い蜜の変わりと言っては何だが、紫の口から先程から甘えた様な声が漏れている。

 鼻から抜けるような声、その声を聞きながら桜色の先を少し強く抓る。

 

「ヒンッ」

 

 高い声で鳴き、背筋を伸ばした。

 おっぱいを続けて揉んで、先っぽを口に含んで舌でクリクリと動かせば、私の頭を抱くようにして紫が痙攣する。

 息が出来ない。

 力が弱まり、顔を離せば荒い息をしている紫の顔が近くに見えた。

 口から溢れ出た唾液をペロリと舐めて、軽い口付けをする。

 

 はて、この直立したソレをどうしようか。

 僕の記憶を辿って見ても、どうもコレを収める術は見つからないし、私の記憶を辿ろうがこれでも元女。まぁ仕方ない。仕方ない。

 僕が着ていた着流しを脱いで、紫の足の間へと入る。幸い、捲ればそのまま付け根が見え、更に言えば下着から溢れんばかりに水が滴っているのだ。

 

「これなら、大丈夫よね?」

 

 一応、疑問として聞いては見たけれど、紫は荒い息でコチラを向いている。首を横に振っているような気がしたけれど、そんなものは気のせいだ。第一、私を半強制で蘇らせた悪い娘には仕返し、ではなくてお仕置きをしなくてはいけない。

 私は年の割には大きなソレを紫の蜜壷へと押し込んでいく。

 ズブズブと入り込んでいく肉棒。同時に先端から熱い肉に揉まれる様にして血流が激しく鳴る。

 ジュブリと液体が垂れて、肌が触れ合う程奥へと入れる事が出来た。

 

「何、これぇ……?」

 

 頭がじんわりと白く染まっていく。

 初めての快感に戸惑ってしまう。肉壷が先端をキュッキュッと締め付けて、動いてもいないのに脈動で動かされ続ける。

 天井を向いて、口を半開きにしてしまう程強い快感。

 

「よくも、やってくれた、わねぇ」

「ひぅ!?」

 

 むくりと紫が起き上がり笑顔をコチラに向ける。ソレは明らかに怒っている表情だ。

 だから表情だけの笑顔はやめなさいと。

 

 グチュリ。

 

「ひぐッ」

 

 紫が自身の腰を動かし、当然ナカへと入っている私も責め立てられる。

 したり顔の紫。その紫に対応するべく、腰を引いて、そして押し出す。

 パチュン、と情けない肌と肌が打ち付けられる音とカリの部分が擦れて何も考えれなくなってしまう。

 この快感を続けて欲しくなる。

 私は腰を打ち付ける。

 

「あら、どうかしたのかしら? まるで猿のようじゃない」

「えへ、あはぁ、」

 

 紫の言葉は聞こえたけれど返す余裕など無い。

 しっかりと腰を足で掴まれて、腰も動かせなくなってしまう。

 涙目で紫を睨みつければ、ニンマリと笑顔を作った紫が私の頬を撫でる。

 

「中で、中で出してね」

「―――」

 

 またパチュン、と情けない肌の打ち付ける音が響いて、私は何かを紫の中へと吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

「……」

「……えっと、その、すいません」

「……いい」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

「……で、どうする?」

「どうする、と言うと?」

「……私はどうしたい?」

「私はこのまま消える事を望んでます。もちろん、アナタの悪影響を考えて」

「……でも、僕は生きれない」

「私の存在がわかっているのですから、紫も私だと思って接する筈ですよ」

「……じー」

「とにかく、私はコレ以上ここにいてはいけないのです。 一応、死人ですからね」

「……じー」

「……だって私が居るとアナタが表に出る時間が少なくなるんですよ? ダメでしょ?」

「……いい」

「ほらだから私は……え?」

「……構わない」

「じゃぁ、アレです。ゆっくりと慣らす事にしましょう。僕の次は私、私の次は僕。こんな感じに代わる替わる」

「……わかった」

「それと、精神世界でも夜はキチンと眠ること! イイですね!!」

「…………じー」

「イイですね!!」

「……わかった」

 

 

 

~~

 

「と、紆余曲折ありまして、ここに残れる事になりました」

「やったね紫! 家族が増えたよ!」

「紫、年を考えなさい、年を」

「私はいつだって永遠の××歳だから大丈夫なのよ」

「××歳と何百ヶ月ですか……全く」

 

 

 思わず溜め息を吐いてしまう。

 僕に甘えている私。僕はというと精神世界で私の知識を貪っている。表に出てきた時は紫に良くしてもらっている様だ。

 紫の式だという狐さんからお茶をもらいそのお茶を啜る。

 

「この日常も幾許の夢なのでしょうね」

(エニシ)様?」

「いいえ、藍ちゃん。何でもありませんよ」

 

 私はお茶を啜る。

 いつかの様に紫の前から去る事はないだろうけど。別れの時は必ず来る。

 その時、私は僕でもなく、僕は私でもないモノになっているだろうけれど。紫はソレを愛してくれるだろうか。

 殺すとなると、贄殺しとして面倒を被るだろう。

 

「ねぇ、紫」

「何かしら、縁」

「……いいえ、なんでもありませんわ」

 

 笑顔を取り繕う。

 あの時の様に、笑顔を絶やす事なければ、きっと事態は好転してくれるだろう。

 

「……藍ちゃん! 見てください! 茶柱が立ってますよ!」

「そんな子供みたいに喜んで……」

 

 苦笑する狐さんに笑顔を振りまいておく。

 茶柱も立っているのだ。

 

「きっとイイ事が起こりますよ」




 BADEND1《僕と私》
 ヒント:確率で入るルートだから仕方ない。
     セーブデータを消して、もう一度『ニューゲーム』だ!

~~

八雲の(エニシ)
 ユカリさんを拾ったり名前で縛ったりした人物。なお紫さんは名前で縛られた事に気づいてない模様。

前話とかで出てきた魔法陣
 贄が入った瞬間にその魔法が発動する。術式に封印されていた人格を強制的に被体者へとブチ込む素晴らしい(スンバラシイ)術式。

バッド?ハッピー?
 レン君として生きてないからハッピーでは無い。けれど、バッドと言われると少し困る。
 私的にはもっとチガウモノを書きたかったけれど、いつの間にかこんなのになった。


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48 自覚とウワガキ

ひゃっはー我慢できねー 投稿だー!
って書いてればいいって慧音先生に教わった。


ドシリアスにしようと思ったらギャグテイストになった。
ある程度の回収も終わったので、次でレン君を返します


2013/9/19
誤字訂正


 モフモフを堪能して数時間。

 藍が料理をする、という名目で少し怒りながら去ったのを確認した。その様子に紫はクスクス笑いながら「美味しい夕飯をよろしくね」と軽々しく言ってのけた。

 当然、僕も藍に付き従うように移動しようと思ったが、足元に浮遊感を感じ、いつの間にか紫の膝に座っていた。

 首を動かして紫を見れば、むふぅ、と鼻から息を出して満足気な顔が見れた。同時に僕の口からは溜め息が出てしまった。

 

「ダメよ。一応客人なのだから、家主のもてなしは受けてもらわないと」

「……」

「というか、私がこうして抱きつきたいのだから、我慢なさいな」

 

 どうやらソレが本心らしい。実に正直なことだ。

 ともあれ、離すつもりが毛頭ないらしい紫に背中を預けて、のんびりと空を見る。青色が広がり、所々に雲が千切れている。

 こうして空を見上げるのはいつ以来だろうか。本を読んで過ごしている僕にしては珍しく、それ以前の僕にしては奇跡とも言える時間だ。ただ単に空を見上げる、という行為だけならば腐って落ちる程繰り返したけれど。

 

「そういえば、この日記なんだけれど」

 

 いつの間にか紫の手に掴まれていた見覚えのある表紙。僕の日記だ。

 開けば日記らしくない日記が読めるだけの単なる本だ。

 

「こうして、アナタに直接会って、藍を嗾けてまで試したのだけど……」

「……」

「いったいいつから(・・・・)なのかしら?」

 

 紫は悪戯気な声ではなくて、真剣な声で僕に問うた。

 その問いに僕は応える術はない。当然である。その答えを僕は知らないのだ。

 もしかしたら日記以前かもしれないし、或いは日記を書いてからかもしれない。

 そう思っていれば、紫が溜め息を吐いて諦めた様に日記を隣に置いた。そのまま僕の肩に顎を置いてゆっくりと息を吸い込んだ。

 

「いいのよ、言わなくて……いいえ、この場合、言えないのかしら」

「……」

「コッチはアナタが助けを求めるまで動けないのよ。ごめんなさいね」

「……いい」

「あら、そう」

 

 我ながら原因がわかっているのに、ソレに甘えているのだ。

 だからこそ、催眠の上書き(・・・・・・)なんて馬鹿げた事を繰り返そうとしているだけだ。

 上書きをすればきっと僕は人形へと戻ってしまう。それを忘れる為に、忘れた事になっている記憶を忘れる為に自身に更に催眠を掛ける。

 なんとも自虐的な行為だ。

 

「先も言ったけれど、アナタが助けを求めれば私は動くわ。アナタの為に、アナタだけの為に、日記の端書きにでも書いていればいいわ」

「……忘れない」

「もしかしたら忘れるかもしれないでしょう?」

 それ程底抜けな記憶は持ち合わせていない。持ち合わせていないのだから書いていた方がいいのだろうか。

 僕の首筋に吸い付く紫が助けてくれるとは思えないけれど。

 

 そこでようやく思い出した。

 

「……妖怪?」

「……っぷ、アハハハハハハ」

 

 耳元で大笑いされた。

 明らかな人型である紫を見て妖怪と言える方がオカシイのだ。けれど僕を僕として見えているという事は妖怪なのだろう。

 確認の為に出した疑問は笑いに一蹴されてしまったけれど。

 笑って出てしまった涙を拭って紫は「そうよ」と肯定してくれた。

 

「神でも無く、私は妖怪。尤も、巷では神隠しの大半の原因が私だとか言われているらしいけれど……そこも否定はしない事にしましょう」

「……しないの?」

「本当の事を否定する事はないでしょう?」

 

 やはり悪戯気に笑った紫は僕の目の前にスキマを開き、銀色の円柱を取り出した。

 英語で何かが書かれているけれど一瞬見えただけで僕には見える事が無かった。

 その円柱を掴んで、紫は掴んだ逆の手で天面にあるツマミを爪に引っ掛けて引いた。

 パシュ、と空気の抜ける音がしてシュワシュワと白い泡が天面から溢れ出た。

 

「おっとっと」

「……」

 

 天面から溢れて白い泡を口に入れてそのまま煽る紫。

 ゴクゴクと喉が動き、そして口を放してプハァー、と勢いよく息を吐き出した。吐き出した息には僅かにお酒の匂い。

 手に持った銀色の円柱には先程見落とした英語が並べられており、黒い文字で『生』と書かれていた。

 

「いやぁ、一仕事したあとの一杯は最高ね!」

 

 一体何をしたというのだろうか。

 いや、実際の所、大結界の修復という作業をしたのだろうけれど。それでも、おそらく昼もすぎ夕方近くの時間から酒を呑むなんて事はあってもいいのだろうか。

 更に言えば肴も無しに酒を呑むなんて。

 そんな僕の考えなど当然紫には知られないのでグビグビと円柱を煽って、空になっただろうソレをまたスキマの中へと放り込んだ。

 更に放った筈の手には既に新しい銀色の円柱が握られており、またプシュ、と空気が抜ける音。

 

「……肴」

「贄の匂いがあれば問題なし」

 

 贄ってスゴイなぁ。

 なんて半分程現実を受け入れる事をやめた。更に言えばこうして酒を飲んでいるのに彼女は決して僕を襲うことはない。

 贄と妖怪の関係でありながらも、彼女は僕に一線を引いている。

 こうして耳を甘噛みされたり、首筋に吸いつかれたり、髪に顔を押し付けられたり、胸を押し付けたりしていても、彼女は一線を引いていると思いたい。

 廊下をドカドカと歩く音が聞こえた。

 

「真昼間から、何してんですかッ!!」

「見て分からない? 飲酒よ!」

「見栄切って言える事かぁッ!!」

 

 藍がお盆を投擲。けれどそれは紫の前でスキマに飲まれて、藍の頭の上に出来たスキマから落ちてきた。

 そのお盆を藍が掴んで、また投げる体制に入ると紫は僕を前にして後ろへと隠れた。

 

「ハーッハッハ! 藍よ、彼を盾にした私は強いのよ!」

「客人になんて事してんだよ!!」

「……」

 

 主の事なんて知ったことか、と九本の尻尾を逆立てた従者。綺麗に整った顔が怒りと呆れで染まっている。

 後ろから聞こえるクスクスとした笑い声を聞いていると、自然と頬が緩んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてか油揚げの多い料理に舌鼓を打ち、藍と紫とお風呂に入って、現在湯上り。

 日記も一通り書き込んだので、夜風に当たり火照る体を冷ます。

 日記に書いた内容は日記に挟まれていた上白沢慧音の紙の内容。そしてここで過ごした内容を少し。

 

「……ふぅ」

 

 夜風に当たりながら息を吐き出した。吐き出した息は消えた。

 こうして自覚してしまえば、随分と幼稚な催眠だった。

 僕の催眠もそうだし、鈴仙のズレはまた違う。だからこそ理解するのに遅れてしまった。

 あれだけの頻度で輝夜に僕の意識をずらされれば気がついてしまう。根本的にはずらされたままだけれど、きっとコレはこのままである方がいいだろう。

 覚えてない内容は思い出すことは出来ないけれど、催眠を掛けられた瞬間は思い出すことが出来た。

 思わず苦笑して、同時に理解した。

 

「夜は眠らないのかしら?」

 

 こうして登場した紫はきっと僕の状態を知っているのだろう。だから、少しだけ眉間にシワを寄せて僕を見ている。

 僕はそんな紫に対して笑顔を作り、そして溜め息を吐かれた。

 

「まったく、月のお姫様も困ったものね。あまり贄に手出ししないように言ったのだけれど」

「……気にしない」

「アナタはね。私にとってはとても重要な事なのよ。面倒な催眠も、面倒な術式も、更には面倒な存在も、壊れ方も、私にとってはとても重要だったの要素だったのだけれど……どうやら手遅れだったようね」

「……」

「アナタから贄という要素を取り除きはしないけれど、それはアナタにとって悪影響よ」

「……気にしない」

 

 そうでなければ、今の僕は価値すら無いのだ。

 人形だった頃は価値があった。ソレが贄へと変化した事で僕は変わってしまった。

 変わってしまった僕から贄という要素を省いてしまえば、僕はきっと何も無くなってしまう。それこそ、亡くなって、失くなってしまう。

 紫が隣に座り、また溜め息を吐き出した。

 

「私が求めたヒトは、アナタよりも随分利己的だったわ」

「……そう」

「尤も、アナタぐらい笑顔の作り方が上手かったし、アナタよりもお人好しだったけれど」

「……そう」

「ええ。本当に……ヒトの為に死んで、自分の幸福なんてコレっぽっちも望まない……馬鹿だったわ」

「……そう」

「ねぇ、贄さん」

「……何?」

「どうして…………いえ、いいわ」

 

 紫は疑問を飲み込んだ。飲み込まれた疑問に答える術は僕は持たない。

 目を伏せた紫から察する事は出来るけれど、おそらく彼女からの疑問の答えを僕は持っていない。

 持っていない、というのは少しオカシイけれど答えようが無いのだ。

 僕にとって、ソレは当たり前の事なのだから。

 

 人に尽くす事が、僕には当たり前の事なのだから。

 

 そうして、夜はゆっくりと深くなっていく。

 目を伏せた紫が僕に抱きついてくるまで、この沈黙は続く事になる。勿論、その時点の僕はそんな事一切知らずに月の見えない空を見上げていた。

 

 

 




困った時は(ゆかり)を呼ぶ。助けてくれるらしい。
 『助けてユカリン!で登場。』

 『』内のみ違う文字で書かれている。

 日記の端書より抜粋。

~~
二度目の風呂描写は無い。
勿論全裸の紫様と藍様は登場して。目を瞑って頭を洗われてるレン君と頭を洗う藍様。それを湯船でニタニタと笑いながら酒を猪口で飲んでる紫様なんて容易く想像出来るけれど、書きません。
平凡な日常は書けないんですよー。エロなんてなかったんですよー。

―銀色の円柱型の酒『生』
 ここまで暈せば大丈夫だと信じている。無理そうならもう普通に品名じゃなくて飲料名を書きます。
 どうしてか、あの酒を思い浮かべたら一番最初に思いついたのがコレなんですよね……ハァ


たぶん、後ろを振り返れば誤差があるだろうけれど、ソレももう引っ括めようと思います。
バレなきゃいいんですよ。
ってナイラルラトホテップ様が仰ってました。


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49 かすみ草

ここから三人称で書いていこうと思います。
遊び心半分と心情描写を少し省く為の処方です。

ついでに切り替えの意味も含めてサブタイトルもいじってたりします。
内容はいつも通りです。


さぁ、始めますよ。


 その空間には少年が一人だけ居た。

 白い着流しと黒い髪、片方だけの黒い瞳をその空間に這わせていた。

 ちょこんと、何も無い空間に三角座りをしてその膝に顔を押し付ける。

 そして、たった一言も漏らさずに、少年はたった一人で在るだけだった。

 

 

 

 

 

 少年、レンは目を覚ました。

 ぼんやりと開いた双眸をクシクシと手で拭って障子越しながら太陽の光を目の中に取り込んだ。

 黒い瞳と翡翠にも似た翠色の瞳を何度か瞬きし、ようやく出てきた欠伸を咬み殺す事もなく大きく口を開けて行使した。

 そのまま近くにあった本を手に取り最初の頁を開く。ソレは日記であった。持ち主は言わずもがな、彼である。

 その日記をしっかりと読んだレンは溜め息を吐いて、その本を閉じた。

 

「レンくーん、ご飯作りますよー」

 

 襖を確かめる様にあけたのはウサ耳を装着した少女、鈴仙・優曇華院・イナバ。料理をしてから朝食の準備に自ずと参加するようになったレン。そのレンを起こしに、というよりもあわよくば彼の文字通り朝一番(・・・)を得ようとやってくる鈴仙。もちろん、直属の上司であり、彼の主治医でもある月の煩悩……失礼、英知を極めし月の頭脳こと八意永琳には許可を得ている。更に言うなら、本人には一切了承されていない所ももはや言わずもがなだろう。

 そんな事など一切知らないレンはいつもの様に起床して、未然に彼女の悪行を防いでいる。朝早くに起こしに来てくれる鈴仙、イイ人。なんて勘違いまで起こしている始末である。

 

「……うん」

 

 短い返事をして立ち上がるレンは自身の着流しを改めて直して、鈴仙の手を掴んだ。掴まれた事に少し驚いた鈴仙だが、しっかりと彼にニッコリと笑って廊下を歩き始めた。

 尤も内心は、『クソ、なんで起きてんだよ、そこは少年としてもう少し寝てる筈だろ。 とか思ってた数秒前の私は直ぐ私に謝れ。もうこの可愛い生物を搾ろうとか考えてた過去の私は死んで詫びろ。今の私に土下座でもしてろ』なんて思っているのだけど、言葉に出さない限り聞こえないソレをレンが知る事は勿論ない。

 どうしてか外方向いた鈴仙に首を傾げて顔を覗くなんて追い打ちまで掛けているのだから、鈴仙の良心がズタボロにされていく。更にズタボロにされた良心が彼の顔を直視出来る訳もなく、外方向けばソレをまたレンが追いかける。気まずいループ行為である。

 そんな兎とのイタチごっこをしながらも歩き事はやめていなかったのですんなりと台所へと到着はした。

 台所へと入れば自然と作業に取り掛かる少年。そしてそのレンから解放された鈴仙は彼の知らぬ所で安堵の息を吐き出した。

 我慢するコッチの身にもなってほしいなぁ。なんて彼が知るわけない気持ちはしっかりと鈴仙の溜め息となって空気へと消えていった。

 

 

 

 人の到れぬ所にある八雲宅からスキマ経由で帰宅したレン。

 その目の前には一夜明けて喧嘩の熱も冷めたのか、それとも文字通り神の鉄拳でもくらったのか、それは定かではないのだけど、とにかく喧嘩をしていた早苗と幽香が隣り合って話合いをしていた。

 結論的に言えば、両者とも彼の言い分に従う事で纏まったらしい。纏まった後はお互いのレンに対する可愛さとか愛らしさとか、ともかく凡そ人に感じるソレではない何かを嬉々として語り合い、二人の仲はそれなりに良くなっていた。

 それなり、というには少しばかり語弊がある程二人はとても仲良くなっていた。けれど決定的な溝はあるようで、それはもう巷の茸筍戦争、もしくは犬猫論争の如く、決裂は決定的なモノであった。

 そんな二人に迫られつつも、レンは近くにいた永琳に無言の助けを求めた。

「とにかく、彼は疲れているでしょうし。彼の判断を聞くのは明日でも構わないでしょう。っていうかお前らいい加減に帰れよ」

 と鶴の一声というべきか、鬼の一声で二人はありもしない尻尾を巻いて自身の住処へと帰ったのである。

 スキマから永遠亭へ戻り、ようやく彼が口を開いて最初に出たのは溜め息だったのは言う必要もないだろう。

 

「あら、レン。おはよう」

「……おはよう」

「師匠、おはようございます」

「おはよう、エロ兎」

「もう反応しませんよ」

「本当の事だからよね」

 

 料理もある程度完成に近付き、髪を頭の上で纏めた永琳が登場。軽口というには少しばかりキツイ物言いで鈴仙を苛めて彼女の朝は始まるらしい。

 そんな鈴仙弄りを楽しんでいる永琳の脇を通り、レンは台所を後にする。彼の台所での仕事は終わり別の仕事に移る。

 きっと月の秘術だと言われそうな、どうしてだか空間的に広すぎる永遠亭の廊下をイナバ達に聞きながら家主の所へ向う。

 煌びやかな襖を静かに開けば、だだっ広い空間に布団が敷かれ、ソレに眠っている文字通りの美少女、蓬莱山輝夜。

 

「……輝夜、朝」

「うーん、あと五年」

 

 なんて定番から大体131万倍した時間を言う輝夜。百年の恋も眠り姫相手に五年待てば十分覚めるだろう。

 そんな一日千秋を地で言ってしまう輝夜に溜め息を吐いて、その唇を自身の唇で塞いだレン。以前はこの方法で起きたのだから、今回も起きるだろう、なんて希望的観測の元の行動だ。

 自然に寝起きでキスされて思考を白黒させながらも、どうにか落ち着いて、どうにか出来ないか思考を巡らせる。

 

「……輝夜、朝ごはん出来る」

 

 唇を放して、再度呼びかけたレン。輝夜の頭の中ではこれでエプロンしてたら最高なんだろうな、なんて意外に下世話な事を考えているのだけど、思考は個人の自由なので何も言うまい。

 咄嗟に何を思いついたのか、輝夜はレンの腕を掴んで布団の中へ引き入れようとした。残念な事に腕は回避されて、剰え(あまつさえ)その手を弾かれた。

 当然、そんな事をされるとは思っていなかった輝夜は口を「え?」と開けて驚きを隠せない。

 幾度の朝を幽香と過ごし、そしてその拘束の手を弾き続けたレンが輝夜の行動を阻めないかと言われれば応えは否になる。そして、レンにとって所謂ハニートラップ的な、甘い誘いは効果を為さない。

 結果的に彼から出される言葉は

 

「……ごはん」

 

 になるのは当然である。無表情ながらも少しばかりムッとした彼の表情から出された言葉。

 自身の能力さえ使えば彼を捉える事は容易いのだけれど朝からそんな体力を使う事は些か億劫であるし、昨晩に現世で発売されていたらしい新しいゲームをスキマから譲り受けた輝夜は碌に眠っていなかったのだから、その思考に拍車を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして永遠亭最後の朝は迎えられ、朝食風景は至って普通……とも言えなかった。

 

「レンさんのご飯が食べれると聞いて、ワタクシ、射命丸文が疾風の如くきましたよ!!」

 

 きっちりとポーズまで決めて庭先へと降りてきた烏天狗。どこかそのポーズに目を輝かせているレン以外は眉間に思いっきり皺を寄せていた。もちろん、そこらにいるイナバまでだ。

 そんな事なんて知ったものかとズカズカと居間に入り込み、レンの横を確保した烏天狗。その表情は非常に勝ち誇っている。

 ともあれ、家主の許可なしに入ってきたのは少しいただけない。溜め息を一度吐いて家主である輝夜が口を開く。

 

「○ョ○ョ立ちするなら、もっと背筋を反らせるべきよ」

「違うでしょ」

 

 流れる様なツッコミが永琳の口から呆れ混ざりに飛び出た。それは、もう予想していた様に。

 そんなツッコミも流して、輝夜は改めて、コホンと態とらしく咳き込んで口を開く。

 

「家主の許可無く入るとはどういう了見かしら?」

 

 それは先程のボケなんて無かったとも言うべき威圧感だった。サワサワと風が竹の葉を鳴らし、ソレを余計に助長させる。

 事と次第によっては、朝食は焼き鳥、或いは手羽先、もしくは少し早いクリスマスにでもなる様に緊迫した空気。

 その空気にキッと真剣な目付きで、正座をして対応するは件の烏天狗。懐から茶封筒を取り出し、ソレを輝夜へと差し出した。

 その茶封筒を訝しげに見ながらも中を開けて確認をした輝夜は目を見開いた。

 中に入っていたのは札束でもなければ彼女のスキャンダラスな事実でもない。むしろ夕方から朝までガッツリゲームを楽しむ美少女(笑)なんて存在自体が醜聞みたいなモノである。

 

「許可するわ」

「まぁ、当然ですね」

 

 まるで決まっていたかの様な口ぶりの烏天狗。輝夜はしっかりとその茶封筒を懐にしまった。後で楽しもう。そんな事を考えながら。

 そんなあっさりと買収されてしまった家主を眉間を寄せて抗議する従者達。ともあれ食事が始まれば烏天狗自体はほとんど害はない。

 

「あーん」

 

 こうしてレンに食べ物をねだる以外は。

 レン自身も何も言う事が無いので誰も何も言えないというのが事実なのだけれど、餌付けされる烏天狗と餌付けする少年というのは絵的にちょっと拙いかもしれない。

 もちろん、文にしてみればソレは当然の事であるのだから外聞もへったくれもないのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 レンの住居を変える作業というのは随分と早く終わる。それは同時に彼の荷物の少なさに所以するのだけれど、今回ばかりは少し時間が掛かっていた。

 

「……」

 

 原因は彼の目の前にある沢山の見舞い品……とは名ばかりの趣味の押し付け品である。いや、受け取った本人は見舞い品だと思っているのだから、見舞い品でいいのだろう。

 ともあれ、明らかに重傷の人間に送るにはかなりオカシナ荷物達。メイド服に猫耳、ねこしっぽ、そして本の塔に謎の長い棒や桃色の卵型のナニカ。コードが伸びてたりするのだけれど、彼はその得体のしれない何かに触れる事は無かった。

 ともかくそんな得体のしれない何かを端に追いやりつつも彼は巫女服(赤袴)をどうしようか悩んでいたりする。

 元々、最低限の持ち物しか所持を許されていなかったレンはこうして自身の所有物が増える事に違和感しか覚えなかった。

 身一つで移動していたレンは苦笑混じりに受け入れた。同時に彼は選択しなくてはいけない。次の居住をどうするか。

 

「あぁ、よかった。まだ居たのね」

「……輝夜?」

 

 長い黒髪を揺らして障子から現れたのは本日碌に眠ってもいない月の姫。その顔はどこかニヤリと笑っていて、そして彼女は自身しか知らないキーワードを口にする。

 

「――鏡花水月」

 

 ビシリ、とレンの挙動が止まり、どこか虚ろに輝夜を見ている。その様子を輝夜は確認して、催眠の効きは上々、と心で満足をした。

 さて、と輝夜が口を開いて、自身の欲求を口にする。

 

「アナタはここから離れる事は出来ない」

 

 ソレは彼女の欲求であった。

 催眠出来るなら、出来る所までイキたい。それこそ彼がおそらく拒絶するような激しい行為もである。ソレに催眠によって上げられた自身の好感度を無駄にする訳にもいかないのだ。

 そんな事を考えつつも輝夜は更に言葉を続ける。

 

「―だって、アナタは私の事が好きなのだから」

 

 催眠、つまり認識の誤解である。

 無理な願いには適当な理由を付けてやる。エッチな要求も「治療だから仕方ないよねッ」で押し通せる程強い催眠である。

 故に、正しく掛かればレンはここから出る事は出来ないし、輝夜にべったりになるだろう。

 

「それじゃあ、三秒数えて私が手を叩けばアナタは意識を戻すわ……さん、にぃ……いち」

 

 パンッ、と輝夜が手を叩けば何度か瞬きをしてキョロキョロと周りを見渡すレン。

 催眠の内容はおそらく覚えてないだろうけれど、ちゃんと掛かるのは既に実験済みである輝夜はほくそ笑んでる。

 

「それで、レンはこの後どこに住むのかしら?」

「……早苗の所」

「そうよね、やっぱり永遠亭が…………ん?」

 

 よっこいしょ、とどうしてか言葉に出して服を畳んで手に持つレン。本の塔は紐で縛られて彼の背中に背負われているがそんな事はどうでもいい。

 輝夜は真っ白になった頭をどうにか現実に戻して思考を開始する。

 色々と小難しい事を並べ立てる頭は流石は月の姫、伊達に月の頭脳と言われた永琳に教えられていただけはある。

 そんな小難しい事を考えている頭脳が弾き出した答え。ソレは彼に催眠が効いていないという事だ。

 いやいや、そんな事あるわけないじゃーん。とすぐさま否定した。もしもソレが事実ならば嬉し恥ずかし(性的な)お医者さんごっこが全て彼の記憶に残っているという事になる。

 実際の所そんな記憶彼の中には一切残ってないし、彼自身はまだ催眠に掛かっている。紐を解いてしまえば彼に『好き』という感情が希薄過ぎてそれ以上の感情を持ち合わせている早苗を含めた守矢一行へ行くのは、ある意味当然の結果とも言える。

 はてさて、そんな事は一切分かる筈のない月の道化こと蓬莱山輝夜。今の彼女を旧友でもあり宿敵とも言える不死鳥が見れば笑い死にしてリザレクションしている事だろう。つまり、それぐらい狼狽していた。

 具体的に言ってしまえば、顔を真っ赤にして今にも逃げ出さんばかりに自身の痴態を思い出したりしている。なお、真実がわからないので逃げようにも逃げ出せないもよう。

 

「ちょ、ちょっと待って、いつから、いったいいつから?」

「……?」

 

 レンにしてみれば何の事かさっぱり分からず、輝夜にしてみれば「そんな事もわからないの?」なんて挑発的に見えてしまった。屈辱とかそんな事感じる前に先程自分が言った言葉で顔から火が吹き出しそうな輝夜。

 

「レンさーん、お迎えにきましたよー」

「レン、さぁこっちへいらっしゃいな」

 

 と二人の登場によってどうにか自意識を取り戻す事が出来た輝夜。もちろん、全員が消えてから引き篭ってこの事実(ウソ)を忘れるべくゲームに集中する心積りである。

 登場した二人はどうしてかワナワナと震えている輝夜を疑問に覚えながらも、少年がきっと自分の所へ来てくれると思っている。

 当然、レンは先も言った通り早苗の下へと向う。

 地面を叩きながらどうしてよ、どうしてよ、なんて呟いている幽香。勿論、レンに任せる、と言った手前、彼の判断に従うしかない。

 代わって早苗はそんな幽香に同情の目を向けている。しっかりとレンを抱きしめている辺り、彼を譲る気はないようだ。

 

「ちなみにどうしてコッチに?」

「……本が沢山」

「…………」

 

 先も言った様にレンは自身の感情を偽っているのだけど、レン自身はどうしてかその事を言う事はなかった。

 姫様は「本に負けた……」と呟き手を地面に付き、花の妖怪は「本……か」と何処か悟った様な目付きで空を見上げ、風祝(かぜはふり)は「本で選ばれたのか……」と微妙な笑顔を浮かべた。

 かくして、微妙な空気が辺りを支配したのは言うまでもない。




射命丸文
 女性。黒い羽。黒い短髪。写真取られる。妖怪。

 日記の端書より抜粋。




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50 ポピー

夜の話を書けてない……どこでエロを挟もうか。
実際、エロなんて書かなくても、歯車が周り始めているから終わる分には終わるのだけれど……。


 少年はその空間で独りだった。

 ふと膝下から顔を上げれば隣りに本が積まれていた。

 ソレは塔と言っても違いないほど、幾つも積まれていた。

 一冊、二冊、三冊と指で撫でながら数え、ソレはいつしか塔の数を数える様になり、そして十を越えてからは数える事はやめ、本を開いた。

 少年は今も独りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年、レンは目を覚ました。

 抱きしめられる体、頭にかかる寝息、柔らかい感触が自身の首と胸板辺りに広がっている。

 寝ぼけていた思考でようやくあぁ、抱きつかれて眠ってたのか、と思い至ったレンは拘束に身を任せて更に眠る訳でも無く、その拘束を静かに抜けて、枕下に置いていた本を手にとった。

 持ち主はレン。そして筆者もレンであり、内容は日記。

 その日記を座りながら真剣な瞳で最初から白紙の頁まで読んだレンは日記を閉じて溜め息を吐いた。

 着せられた猫の着ぐるみパジャマを脱いでいつもの白い着流しへと着替える。昨日に神様から渡された紐を軽く結びながら、彼はいつもの様に台所へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「髪が長くなりすぎです!!」

 

 食後のお茶をのんびりと飲んでいると早苗が突然立ち上がりそう叫んだ。

 突然叫んだと言うのに、その行動を訝しげに見ていたのはレンだけで、隣りにいた二柱はまるで意に介さない様にお茶を啜っていた。

 早苗の言い分は事実である。以前にレンが守矢神社にいた時は思いついた様に髪が弄られていたので髪の長さはそれ相応に一定だった。

 ソレが永遠亭へ行った事や八雲宅へ行った事、そして髪を切ってから時間が経過しすぎていたという理由で彼の髪は少しばかり長くなっていた。

 前髪は瞳に掛かる程度も伸び、後ろ髪はいつの間にか首を経過して背中まで伸びている。更に言えば永遠亭にいた頃は髪の手入れをする存在がいなかったのだ。

 月の姫と頭脳は自身の欲求を満たすために、月兎は彼を可愛がりはしたものの上司の言いつけで彼に触れる時間は極端に少なかった。唯一の良心とも言うべき因幡のてゐは彼の存在から距離を置いていた。結果、彼の髪は見事なまでに荒れていた。

 

「……大丈夫」

「ダメです! 本を読んだりで邪魔になるでしょう?」

 

 早苗の言葉に思い至る事があったのか、自身の前髪を見るレン。

 捲し立てる様に早苗が口を開いた。

 

「レンさん、いいですか。そんな目に掛かるぐらい長くなった前髪をしていいのはギャルゲーの主人公だけなんです! そんな事をリアルな世界ですると目が悪くなっちゃいます!」

「……」

 

 どうして彼女が男性向けの美少女ゲームなるモノの主人公を知っているかは、まぁ置いておいて。 彼女の言っている事は正しい。

 長くなった髪は彼の瞳に触れ、髪に付着した雑菌は瞳に悪影響を及ぼす。もちろん、そんな医学的理由なんてモノは早苗の中にあるはずもなくて、なんというのだろうか、彼女はお姉ちゃんがしたいのだ。

 

「神奈子様、という事でレンさんの髪を切っちゃいますね!」

「あ、あぁ。 別に構わないけれど、髪はまとめて捨てるんじゃなくて風に吹かせなさいよ」

「ふぇ? いいんですか?」

「むしろ、レンの場合はそうしないといけないんだよね」

 

 二柱の言葉に少し思案して合点がいったのか、ふむ、と口に出して了承の意を伝えた。

 纏めてしまえば贄としての力が強くなりすぎる。散らして吹かせばソレは世界へと還元されて何れ力を失う。

 その事を正しく理解しているかは別として、早苗は親代わりとも言える二柱の神の指示に従うことにした。

 

 

 境内の一角。居住区と社が隣接している守矢神社。つまるところ、ある程度のプライバシーはあるけれどその庭先はほとんど境内と言っても過言ではない。もちろん、そのプライバシーとやらも人知れず覗いているスキマ妖怪や人が知りながらも盗撮を実行する烏天狗の御蔭で無いに等しいのだが。

 そんな庭先で四足の変哲もない椅子に座らされたレン。首元からは布が伸びて彼の服の中へ髪が入らない様にされている。今は見えていない手首にはしっかりと蛇型の細い紐が結ばれており、彼が贄である事は認識から外れてしまう。

 以前の失敗からその式がいくら強化されようが人間の存在を認識から外せる事は無い。あったとしても、式を作り上げた神奈子と諏訪子には最低限見える様になっている。この式を作るにあたり蛇と蛙が喧嘩をしたらしいけれど、そのことは語られることはないだろう。その事をレンに語ったのは早苗だったりするのだが……。

 

「じゃぁ切っちゃいますよー」

 

 その一言とジャキジャキと鋏を鳴らした早苗。そんな早苗に後ろに立たれて何処か不安そうにしているレン。

 念のために述べておくが、彼女は何度かレンの髪を散髪しているし、この理髪店が無い幻想郷に置いて自身の髪を整えたりする彼女はそれ相応の技術を磨いていた。素人ではあるけれど、髪を整えるだけの散髪にそれ以上の技術は求められない。

 後ろ髪はそのまま伸ばす形になり、前髪を短くし、ソレに伴い耳付近の髪がバランスを整えられていく。

 実際にその形になるまではそれ程時間が掛ならなかった。問題はここから先にある。

 早苗が毛先のチェックに入り、そして彼の髪で遊び始めるのだ。

 短い尻尾のポニーテールやら、ツインテールだとか、果ては自身と同じ髪飾りを何処からともなく取り出して同じ髪型にしてみたり。

 

「うおっ……なんかすごいんだぜ……」

 

 そんなレンの遊ばれ具合に金髪の白黒の魔女装の少女は声を出した。

 その声に気がついた早苗は彼女の方を振り向いた。フワリと地面に降りてきて、箒から降りた魔女はその三角帽のツバを撫でる様に触った。

 

「あ、魔理沙さん。 どうかしたんですか?」

「いや、レンが退院したっていうから見舞いに来たんだよ」

「お見舞いって入院中にくる事じゃ」

「ほら、お見舞いしてやるぜ、って言うだろ?」

「ソレはまた違うと思います……」

 

 魔理沙の言葉に溜め息を吐いて思わず頭を抱えてしまった早苗。そんな様子もニッカリと笑い、よっ、と髪が三つ編みにされていたレンへと挨拶を交わした魔理沙。

 挨拶されたレンは変わらず無表情で頭を下げるだけの挨拶をする。

 

「相っ変わらず無表情だな」

「魔理沙さん、少し無礼じゃないですか?」

「次に会うときには言わないぜ」

「……」

 

 実際、二度目になる言われようにレンは思わず苦笑してしまった。その苦笑を見てか、魔理沙はニコッと無邪気に笑って早苗はどこか疲れたように溜め息を吐いた。

 

「ちょっと、魔理沙。少し急ぎすぎじゃない?」

「お、悪い悪い。急いだ訳じゃないんだぜ。 ちょっと追い風が強かっただけなんだぜ」

「その追い風とやらに私も当たってた筈なんだけれど?」

「アリスにとっては向かい風だったのかもな」

「ハァ……」

 

 遅れて到着した一人の少女とその傍らに浮かぶ人形が一つ。金髪を短く切りそろえて、空色の双眸からはやはり呆れたような色が見える。

 

「アリスさんまで、どうしたんですか」

「私はコレの付き添い」

「コレ扱いは酷いんだぜ」

「アレの付き添いよ」

「あぁ、なるほど」

 

 二人共私の扱いが酷くなってないか? なんて魔理沙の呟きは当然の様に無視されてしまう。

 ようやく、空色の瞳をレンへと向けたアリスはその瞳を大きく開いた。

 

「すごいわね……どうしたの? コレ」

「コレ扱いは酷いんじゃないですか?」

「この瞳、いいえ術式。いったいどうしたの?」

「術式にも負けたんだぜ……」

 

 まるでキスせんばかりに顔を寄せてレンの翠色の瞳を凝視するアリス。息が掛かるほど近づいているけれど方や術式に夢中、そしてもう片方が無表情なので色気の欠片も無い。

 

「あぁ彼の瞳が見えなくなってたので、パチュリーさんが」

「あの動かない図書館が? ソレにしては少し雑で……律儀すぎるわね」

「?」

「いいえ……こちらの話。 っと、ごめんなさいね。突然寄ったりして」

「……いい」

「あら、ソレはよかった。 アリス・マーガトロイドよ」

「……レン」

 

 互いに握手をして、アリスの視線はレンではなくて、その手首に巻かれていた白い蛇の式に向いた。

 ふーん、と一つだけ漏らして、アリスは握手していた手を放した。

 

「で、こっちが上海人形よ」

「…………おぉ」

 

 小さな人形がフワリとレンに寄り、クルリと一回転してお辞儀をした。その行動に瞳を輝かせて見てしまうレン。

 そんな目を向けられると何処かムズ痒いモノがあるアリスは少しだけ高揚した気持ちに従う様に。自身の作品達を披露していく。

 

 まるで踊るように人形繰りをするアリスとその様子を輝かしく見るレン。

 

「……どうしてアリスさんを連れてきたんですか?」

 

 その二人の様子を少し離れて見ている早苗は隣りにいた魔理沙に問うた。実際、彼女が言った様に『見舞い』だけならば彼女一人で来てもよかった筈だ。

 けれど彼女はソレをせずに『アリス・マーガトロイド』という第三者を連れてきた。

 魔理沙は思案顔を隠すように帽子を深く被って目を伏せた。

 

「アイツ、人里で色々あったらしいじゃねぇか」

「……知ってたんですね」

「いや、知ったのはつい最近だぜ。 日付を聞けば私に会う前らしいじゃないか」

「そうでしたね……」

「あんなに表情を殺して、我慢してても、アイツは子供だろ? だから、アリスを連れてきたんだ」

「……ん? いや、なんか超絶な理論になってませんか?」

「言いくるめられなかったぜ……」

 

 不敵な笑みを顔に貼り付けた魔理沙は帽子を指でクイッと上げて早苗を見た。早苗は溜め息を吐き出してレンとアリスの方へ向いた。

 人形繰りも一通り終わったのか、連れてこられた蓬莱人形を抱きしめたり、アリスに人形繰りを教えられているレンがいる。上海人形を抱くレンに少し萌えたとか、そんな事は早苗だけが知っていればイイ事だ。

 

「まぁ難しい事を並べたけど、友達は多い方がいいだろ?」

「……そうですね」

 

 レンが早苗達の方を向いてニッコリと笑った。とても楽しそうだ。早苗が鼻を抑えて上を向いて

、その様子を見て次は魔理沙が肩を竦めた。

 

「アリスさん、是非ゴシックロリータな服を彼に作ってもらえませんか?」

「彼? あぁ、男の子だったのね」

「えぇ、こんなに可愛い子が女の子な筈ないじゃないですか!」

「なんでかしら、全く関係ない私が焦燥する程この子をここに住まわせてていいのか疑問に思ったわ……」

「安心してください! 私がいるんですよ!」

「だから余計に……いいえ、まぁいいわ」

 

 頭を抱えるようにして溜め息を吐いたアリス。そんな様子も気にすることなくフンスと鼻で息を吐き出した早苗。クツクツと笑う魔理沙にジト目で早苗を見ているレン。

 そんなレンを見て、少し思案顔をして、何かを思いついたのか、はたまた人形劇をしている時には既に思いついてのか。

 

「彼にはゴシックロリータよりも……そうね、いっそフリル満載なドレスとか、いいえ、細身を目立たせる様にスリムドレスを着せるべきか……」

「アリスさんッ!!」

 

 早苗は思わずサムズアップした。

 その様子に、思考をボロボロと出してしまっていたアリスはハッと我に返って溜め息を吐いた。

 しかしながら言ってしまったことは戻ってくる訳もなく、新しく溜め息が出るのであった。

 

「まぁソレもこれもこの子が着替えてくれるか、という問題があるのだけれど」

「……?」

 

 アリスはチラリとレンを見た。これだけ色々と自分に関する事は喋られているというのに、一切反応を見せない彼。人形師として、何処か彼の本質に気付いたのか、それとも別の何かに気がついたのか、アリスは何度目かになる溜め息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 ほどなくして二人は帰宅して、その際に早苗に服を作る旨を伝えた。

 その事で早苗がちょっと狂気に染まっていたりしたのだが……彼女の評価の為に、語らないでおこう。

 縁側で高くなった空を見上げて、彼は早苗の本棚から拝借した小説を開く。短くなった前髪は本を読む事をまったく阻害しなかったけれど、変わらずも長かった横髪が邪魔をしたので、しっかりと耳に掛けて改めて本の世界へとのめり込んでいく。

 

「ありゃりゃ、読書の秋って言うけど、もう秋も終わるっていうのにねぇ」

 

 不思議な帽子を被った少女が足音をしっかり鳴らしてレンに寄ってきた。諏訪子はレンの隣りに座って、読んでいたモノを覗き見る。

 読んでいたモノは推理モノの小説だ。内容なんて在り来たりで、一度読めば分かる、つまり、二度も読む意味は無いモノだ。

 ソレに加えて、この早苗の蔵書には彼の読んでいない本がまだある。

 更に言ってしまえば。

 

「あれ? レン、この前それを読んでいなかったっけ?」

 

 そう、彼はこの本を読んだ事があった。

 昔、という程過去の話ではないし、ここにいた時期もそれ程前の話でもない。

 彼は隣りに座った諏訪子の方を見る。

 珍しく、というべきか、活字中毒者、いや、物語中毒者として読書の邪魔をされたのだ。つまるところ、

 

「あ、えっと、ごめん」

「…………」

 

 見るだけで分かる程怒っていた。

 本当に、珍しく感情が顔に出ている彼はしっかりと諏訪子を睨んで本を閉じた。

 あうあう言っている諏訪子を放置して、レンは縁側を歩き、ムスゥっとした顔で本当に珍しくドカドカと足音がなる程の不機嫌を表して諏訪子の前から去った。

 諏訪子はしまったなぁ、と呟いて、高くなった空を見上げた。




霧雨魔理沙
 女性。魔法使い。箒を所持。やや男勝りな口調。三角帽。金髪。白黒。
アリス・マーガトロイド
 女性。人形師。たくさんの人形を所持。落ち着いた物言い。淡い金髪。空瞳。魔法使い。
上海人形
 人形。

 日記の端書より抜粋。


~~
本読みの邪魔をされて本を真っ二つにした事がある作者です。
邪魔をした友人の本だったので、どうしてか怒っている筈の私が怒られる事態に陥りました。もちろん、その友人とは今も仲がいいです。

エロ話……は現在模索中。
マエガキでも書いたけれど、正直絶望さんが起動しているからエロも絶望的な物しか出来ないと思います。
故にもう少し進まないと駄目なんですよね……。
かと言って、彼が冗談を言い終わってからになると……、誰にしようかなぁ。


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51 ライラック

 彼は一人だった。隣には本があった。

 読まれた本達は床に散らばって、閉じられる事もなく、乱雑に置かれていた。

 その中の一冊が消えた所で少年は気付く事はないだろう。

 少年は独りではあったけれど、空間を心地イイと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は目を覚ました。

 ぼんやりとした視界に肌色が見えた。柔らかい感触と暖かい温度。身じろぎすれば少し上擦ったような寝息が聞こえた。

 少年は顔を動かしてようやく抱きつかれている本人の顔を見ることができた。黄緑色の髪にだらし無い寝顔である。

 少年は少し迷ってから、枕元に置いていた本を手にとった。幸い、拘束されていたのは腰の部分で腕は自由に動いた。

 本の内容は、日記だった。筆者は贄である少年の日記。淡々と日々を書かれたソレ。

 表紙を開いて、頁を捲り、捲り、捲り、そして白紙をもう一度捲って、その日記を閉じた。

 少年、レンは自分で書いた日記をまた枕元へと置いて溜め息を吐いた。

 

「うへへぇ……」

 

 寝ぼけた声がレンの耳に入ってそちらを見れば、やはりだらし無い笑顔を浮かべてムニャムニャと口を動かしている早苗がいた。早苗は少しだけレンを抱きしめる力を強くして、大きく呼吸をした。そこにレンが在る事を確認して安心したのか、まただらしなく笑って、彼女は静かな呼吸を再開した。

 

「へへぇ……お姉ちゃんがいますよぉ……」

 

 なんて零した早苗に少しだけピクンと反応をしたレンは苦笑して、彼女の黄緑の髪を梳いた。自身を姉と言い張る彼女に何かを感じたのか、レンはそのまま早苗の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 早苗が目を覚ました時、レンが自身の頭を撫でてる事に一瞬思考が停止して、改めてむぎゅう、と彼を抱きしめて二度寝をするという事件があってから一時間。

 今その一時間キッチリ寝坊をかました罪人と寝坊を誘発した抱き枕くんは正座をして、目の前の少女に見下されている。腕を組んでその慎ましやかな、まな板を思わせる自身の胸を抱きしめた少女こと洩矢諏訪子はため息を吐いた。

 

「まぁ、わかるよ。あぁ分かるさ。でもね、早苗、今日の朝食の当番はアンタだろうが」

 

 瞼を伏せて、説く様に言ってのけた諏訪子。

 正座をして正常に諏訪子をジッと見つめているレン。その隣にいる早苗はどこかフラフラとしてまだ寝惚けているようだ。

 返事のしない早苗に気付いたのか、片方の瞼をチラリとあけた諏訪子はそんな揺れている早苗を見て、頬を引きつらせて笑う諏訪子。片頬がヒクヒクと揺れている。

 

「この乳かッ!! この乳がすべて悪いのかッ!!」

「ひゃわぁ!? す、諏訪子様!?」

「これが、これが全部悪いんだッ!! チクショー! いい触り心地だねぇッ!!」

「そ、そんなに強く揉まないでくださいよッ、ちょ、ダメ」

 

 下から掴む様に、そしてまるでパン生地をこねる様にむぎゅむぎゅと揉み込む諏訪子。その力の入れ具合で形が変わっていく早苗の胸。魅惑の肉塊である。

 何か耐えれなくなったのか、逃げるようにうつ伏せになった早苗。ソレを追うように背中に乗って手を胸から離さなかった諏訪子。

 そんな様子を淡々と無表情で見ているレン。

 

「フハハハハッ!! なんだノーブラかッ!ノーブラなのかッ!! この乳で何してたのか、私ッ気になりますッ!!」

「何もしてませんッ!! 寝る時は苦しくなるから外してるんですッ!!」

「うっせぇ!! 起きてる時もノーブラである貧乳の私への嫌味かチクショーッ!!」

「何ですかその深読みッ! 私ほとんど関係ないじゃないですかッ!!」

 

 どこか半狂乱になって口調まで変わってしまった諏訪子。その狂ってる諏訪子に胸を揉まれる早苗。

 そんな様子を淡々と無表情で見下しているレン。

 

 数分しっかり揉み込んだ諏訪子はようやくレンに気付き、手が止まった。

 止まった事でゼーハーとようやく息を整えつつ、早苗もようやくレンの存在を思い出した。早苗からすれば一時間ほどずっと自身を揺らして

「……朝、起きて」

と甘く囁いて来た相手なのだ。その小さな揺れが揺り篭の様に夢に誘い、そして囁きなんて子守唄扱いである。そんなレンの方を向いてみれば。

 

「…………」

 

 甘い囁きなど一切なかった、いや、一緒に眠っていた事も実は夢だったんじゃね? と思える程冷たい瞳が一人と一柱を見下していた。 未だに正座の状態で、翠の瞳と黒の瞳がジト目で一人と一柱を見下している。

 黄色い電気ネズミに似せた着ぐるみパジャマのフードまで被ってしまった彼の顔は少し暗い。感情的な部分ではなくて、物理的に暗い。

 ソレがどれほどの効力を持っていたかといえば、昨晩ソレを着せる事に成功した早苗が「ゲットだぜッ!」なんて言ってのけた前科も夢だと思う程。あるいは今すぐにでも「ペェカァヂュゥゥゥゥ!!」と鳴いて電気ショックか十万ボルトか、はたまたカミナリでも落ちそうな程。もしくはその波打った、ジグザグな尻尾でビンタされそうな程。とにかく怖かった。怖すぎてハシャイでいた二人がすごすご正座するぐらい怖かった。ペッペカチュウ。

 そんな電気ネズミ姿で正座をしたレンとそれに向かい合う様に正座している一人と一柱。いつの間に立場が逆転しているが、とにかくどうしてか冷や汗が流れた早苗と諏訪子はアイコンタクトで語り合う。

 

―どうしてレンさんがこんなに怒ってるんですか!?

―そりゃぁ、早苗が全部悪いんだよ

―私の所為ですかッ!? 諏訪子様だって嬉々として私のおっぱい揉んでたじゃないですかッ!!

―いやぁ気持ちよくて、つい

―ついって何ですか!!

―【つい】はつい、だよ。ついうっかりおっぱいを揉んでしまった。反省はしていない

―反省してくださいよ!!

 

 全くもって意味のないアイコンタクトが終了した。この間二秒。

 そんな一人と一柱の会話など当然知りはしないレンは、ようやく沈黙を破るように口を開いた。

 

「……おはよう」

「お、おはよう」

「おはよう、ございます」

 

 こうして勝者も敗者もいない朝の戦いが終わりを告げた。当然、価値もないのでマケる事も出来ない。

 尤も、早苗の代わりにご飯を作って今も、まだかまだか、とソワソワしている神奈子こそ一番残念なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縁側で座るレン。以前居た時からの定位置でもあり、彼が初めて守谷神社へと置かれた時も縁側で空を見ていた。今との違いなんて太陽と月、あとは季節ぐらいだろうか。

 珍しく本も読まずに空を見上げるだけのレン。彼は何かに気付いたように視線を下げた。

 

 影になっている所に黒猫が座っていた。

 二股の尻尾を持った黒猫が、双眸をレンへと向けていた。一歩進んで見れば影よりも黒い肢体が動き足の先が日の当たる場所へと出てきた。

 さらに一歩進んで、猫はゆっくりと顔を上へと向けた。

 さらに一歩進み、もう一歩進んだ時には猫は二足歩行の人へと変わっていた。

 深い赤色の髪をおさげにして、人と成った猫はレンの手前で止まった。

 

「ひさしぶり、レン」

「……久しぶり、お燐」

 

 ニッコリと笑った燐に対して、レンは静かに微笑みその挨拶を交わした。

 

「ニャー!!」

「わっぷ」

 

 うずうずしていた燐は耐え切れなかった様でレンへと飛びついた。飛びついてレンを倒したのだけれど、彼の頭が床にぶつからない様に手前で支えていたのは流石だった。

 ニャーニャー言いながらレンの胸へと顔を擦り付ける彼女を猫と言わずに何というのか。もちろん、姿形が既に猫そのものへと戻った彼女は猫なのだけれど。

 レンがむくりと体を起こせば、猫は体から降りてその二股の尻尾をフラリと揺らした。改めて着流しを整えたレンは膝をキチンと閉じて座り直し、ポムポムと膝を叩いた。

 ソレを合図にヒョイと軽い身をレンの腿へと乗せて丸くなる燐。そんな燐の体を撫でるレン。

 

「随分と手馴れているのね」

「……博麗、霊夢?」

「あら? 自己紹介はしてなかった筈だけれど……あぁ、魔理沙が私の事を呼んでたわね」

 

 何かを思い出した様にポムッと拳を掌に落とした霊夢。加えて言うならば、パパラッチが情報を売っていた事もあるのだけれど、そんな事を彼女は知らない。いや、ある程度は察してそうだけれど。

 

「あぁ、おそらく抱く疑問に先に応えれば、私はその猫のお目付け役。一応、地獄の妖怪だし……今回は正式な手段でやってきたようだから」

 

 今回は、という所で燐の体が揺れた。以前はそんな事をせずにコチラへとやってきたのだ。尤も、その正規的な手段も隙間様と彼女の主であるさとり妖怪の取り決めと気分による物なのだ。前者の気分が大半を占めている事は妖怪達の密やかな噂になっている。

 そしてバタバタと廊下の床板が鳴り、その方向を見れば巫女服の早苗が手鏡と櫛と髪飾りを両手いっぱいに持って歩いて着た。

 

「あーッ! どうして霊夢さんが!?」

「むしろ私はアンタが何をしにこっちに来たのかが気になるんだけど?」

「レンさんの髪を綺麗にする為に決まってるじゃないですか!!」

「巫女の仕事はどうした、巫女の仕事は」

「大丈夫です。一日ぐらい休んだって怒られません」

「いや、仕事しろよ。草場の影で神様が泣いてるわよ」

「草場にはいないので大丈夫です。 あと霊夢さんに言われたくありません」

「私は仕事でこっちにいるのよ」

「神社の掃除は?」

「紫が言っていたのだけれど、どこかの狐がやってくれるらしいわ」

「藍さんが草場の影で泣いてますよ」

「退治するからいいわよ」

 

 果たして妖怪が神社の掃除をして悪影響が無いのか、尤も、常日頃に飲兵衛な幼女鬼が住まう妖怪神社にソレを追求しても意味はないだろうけれど。

 そんな随分な扱いを受けている九尾の狐は箒を持ちながらクチンッと可愛らしいクシャミをして、近くにいた自身の式に「だいじょーぶですか、藍しゃま?」と上目遣いで心配されて内心半狂乱になりながらも冷静を装いながら「大丈夫だよ、(ちぇん)」とか言いながら鼻血をタラリと垂らしていたりするのだが……これもまたいつか語ろう。

 

 

 

 

 

 仕事もせずに、タダで、さらに勝手に出てくる渋いお茶と甘い羊羹は最高である。博麗霊夢の心の言葉である。

 そんな感想を抱いている霊夢とは別の場面。

 勿論、お茶を出している早苗ではなくて、レンと燐へと視点は向けられる。

 

「いやぁ、入院してたらしいけど、大丈夫みたいだねぇ」

「……うん」

 

 純粋に彼の心配をしていた燐はレンの体の様子に心底安堵した。

 旧地獄でレンが怪我をした、と烏天狗が教えてくれた時は烏天狗をぶん殴る勢いで殴ってしまったのだ。後に烏天狗は「腰の入った、いい拳でしたよ……」と崩れ落ちたのだが、そんなことも許されず肩を前後に揺らされてたりもする。

 ともあれ、心底心配していた燐は自身の主でもある古明地さとりに交渉して、自ら八雲紫とも交渉。そして地上への外出権を得て今に至るのだ。

 

「で、どうしてそんな怪我をしたんだい? ん?」

「…………」

「まさか、自分から危険に突っ込んだとか、そんな事ないよね? ん?」

 

 怪我の内容は烏天狗がゲロったので全部知っているのだけれど、それが余計に彼女の怒りを買った。

 にっこりとした笑顔を顔に貼り付けた人型の燐から咄嗟に顔を逸らしてしまったレン。そんなレンにさらに顔を近付ける燐。そんなやり取りが数秒ほど続いて燐が諦めたように溜め息を吐いて顔を離した。

 

「……ごめん」

「いいよ、聞いたときは怒ったけど……また危険に突っ込んでんだから怒っちまうよ」

「……ごめん」

「いいよ。ただし、次からは危険な事をしないこと!!」

 

 ズズイ、とレンに人差し指を寄せた燐。その目は真剣そのものだった。

 実際、彼女と共に居たときもフラフラと危険に寄っていくレン。贄というだけで危険であるというのに自分から近づいていくのだ。彼の友人と自称する燐にとって気が気ではない。

 そんな心配性の友人を持ったレンは微笑んで彼女に頷いた。

 

「まぁ、わかればいいんだよ」

「……うん」

「お、なんだ。地獄猫もいたんだぜ」

 

 空から落ちる様に降りて来た普通の魔法使いは少し男勝りな口調で言った。

 箒から降りて、肩に担いだ霧雨魔理沙はニカッと笑顔を浮かべて三角帽のツバを撫でた。

 

「なんだい、魔法使い」

「いんや、地獄猫には用はないんだぜ。そっちのレンに案内だ」

「……」

 

 魔理沙がビシィっと効果音がつきそうな程勢いをつけてレンを指差す。差されたレンはコテンと小首を傾げた。

 

「退院祝いに宴会をするぜ!!」

 

 相変わらず、当事者は一切関与しない所で計画は着々と進んでいる。場所を提供することになる博麗神社の主である博麗霊夢もその例から漏れないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トントン拍子、というか元から決められた、というかスキマ様の遊び心と決定で宴会の準備は早々に整えられるらしい。

 けれど彼の知人達、正確には知神達に声を掛ける為に一日を要するらしく、宴会は翌日になった。

 プリプリと怒って帰った博麗霊夢と、その博麗霊夢がお目付け役になっていた為、燐も博麗神社へと戻り、時刻は飛んで夜へと変わる。

 

 早苗の寝息を頭に感じながらレンは瞼を上げた。眠ってはいなかったらしく、溜め息を吐き出して熟睡している早苗の拘束を容易く抜けた。

 

「んぅう?」

 

 そんな眉を寄せて不満そうに漏らした早苗に少しビクンとしたレンは早苗を見つめて、元の寝息に戻ってから安堵の息を吐きだした。

 枕元に置いてあった日記を手に取り数時間前に書いた内容に目を通す。

 

「……」

 

 もう一度息を吐いた。吐いてから、ゾクリとした物が背筋を走った。

 浅い息が続いて、落ち着ける様に深呼吸を繰り返す。

 大丈夫、大丈夫。

 何度も心の中で繰り返して、レンは呼吸を落ち着ける。

 落ち着いても、まだ足りない。まだ足りない。

 日記を抱きしめて身を屈める。必死に部屋で丸くなって、彼は怯える。

 

「んぅ? れんさん?」

 

 ビクリと彼の体が揺れた。早苗の手が彷徨っている。きっとなくなってしまった温もりを探しているのだろう。レンはその彷徨った手を握って、抱き寄せられる。

 眠っていたからか、少し暖かい体温。柔らかい感触。抱きしめられている拘束感。

 彼は日記を枕元へと置いて、瞼を落とした。

 彼は、今日も現実から逃げ出した。




火焔猫燐
 女性?。猫。人型にもなれる。赤い髪。おさげ。友達。妖怪。
博麗霊夢。
 女性。巫女。やる気無さ気。異変解決者。黒い髪、黒い瞳。人間。

 日記の端書より抜粋。

~~
お知らせ。
次回の投稿はおそらく遅れます。
理由はコジマ粒子と傭兵が私を呼んでいるからです。


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52 鬼灯

書き終わってから萃香が登場してない事に気がついた。
まぁ鬼が出てくるとややこしいからいいか。と自己完結。


 レンはたった独りだった。その空間には彼と本だけが在った。

 ただそれだけだった空間に人型の何かが降りて来た。

 ソレは彼の肩に手を置いて微笑んだ。彼が彼女を見ると、その後ろには沢山の人が居た。

 彼は、その時から独りではなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は目を覚ました。

 腰を抱かれて眠っている女の子を起こさないように、彼は視線を這わせる。

 枕元に置いた本に手を伸ばして、彼は彼女を起こさない様に表紙を開いた。

 書いていた内容は簡単な日々を綴った、所謂日記だった。文字を目で追って、ようやく日記を閉じた。

 少年、レンはゆっくりと息を吸い込んで、吐きだした。

 いつもの様に無表情を作り出して、彼は自分を抱きしめる女の子、早苗を起こすことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おぉ」

 

 早苗の手をしっかりと握ったレンは鳥居をくぐり思わず感嘆の声を出してしまった。

 そこには色とりどりの料理達。慌ただしく動いていた九尾の狐や今は姿が見えない瀟洒で完璧なメイドが仕上げていったのだろう。

 ともあれ、そんな風景に思わず口を開けてしまい声を出してしまったレンは至って普通だ。

 

「あら、いらっしゃい。随分と早いご到着ね」

「あ、霊夢さん。私も何か手伝おうと思って」

「ソレはなんとも殊勝な心がけね。是非とも賽銭箱も覗いていきなさい」

「羊羹でも入れときましょうか?」

「それなら戸棚に入れておいて頂戴な」

 

 欲望に忠実、というか素直で素敵な楽園の巫女はニッコリ笑って、奇跡を起こす巫女はその笑顔に思わず溜め息を吐いた。そんな溜め息をレンは見もせずに少しそわそわしだしている。

 手はしっかりと握られているけれど、ちょっとだけ動いて、また早苗の背中に隠れたり、そしてまた何かに視線が釣られてどこかへ行ったりと無表情も少し崩れて顔が興奮で赤らんでいる。

 

「あぁ、可愛いなぁ」

「おい、顔が言葉に出来ない程緩んでるわよ」

「大丈夫です。いつも通りですから」

「それはそれで……」

 

 頬に手を置いて蕩けた顔を支えている早苗を見て次は霊夢が溜め息を吐いた。レンはそんなやり取りに気づいてコテンと小首を傾げた。

 そして、何かに気付いた様に早苗の手を放してしまう。早苗はその離された手を見て、レンの視線を追う。

 

「あら、レン。随分と早いのね」

「……うん」

「幽香さんも珍しく参加するんですね」

「私だって必要なら参加もするわ」

「別にいいのよ? ご飯の取得が増えるし」

「貴方達に必要か、ではなくて私に必要か、否か、よ」

 

 にやりと笑みを深めた幽香はレンに向かって手を伸ばす。その手をレンは見つめて、早苗を見上げる事もせずに手にとった。

 にやりが一瞬だけはにゃりと柔らかくなったのだが、気付いた者はここにはいない。

 すぐにキリッと表情を固めた幽香はしっかりとレンの手を握る。抱き寄せる事はしない。抱き寄せてクンカクンカスーハースーハーしたいという気持ちはあるのだけど、ソレをすると自分が耐えれないという判断だ。

 いとも容易く幽香へと渡ってしまったレンを少し寂しく見ながらも早苗は少しだけ手を伸ばそうとして、諦めた様に手を下ろした。

 そして、切り替えの意味を込めて息を吐き出して。

 

「先に言いますが、怪我をさせたら怒りますからね」

「……させる気は無いし、アナタが怒った所で私は恐る事もないのだけど?」

「レンさんが怒ります」

 

 幽香の頭の中に『ぷんすかぴー』と怒るレンの姿が想像されて、そのレンがポカポカと自分を叩いているのが妄想された。

 それも、いいかもしれない。

 と考えてから、改めて想像すれば、無言でジト目で見下されるという想像しか思いつかなかった。

 

「……善処するわ」

「ええ、是非そうしてください」

 

 そう言い残して早苗はくしゃりとレンの頭を撫でて台所へと向かった。レンは撫でられた頭を触り、改めて幽香の手をしっかりと握った。

 

 

 

 珍しく、というべきか、一人でにフラフラと歩きだすレン。それに従うように、そして寄り添う様に歩く幽香。

 レンの顔は無表情に近く、それでいてやはり興奮している様で少しだけ明るい。対してそんなレンを見たことのない幽香は微笑みを浮かべてレンを見ている。

 少しだけ前を歩いていたレンは何か気付いた様に立ち止まり、幽香の振り返って、テコテコと隣に戻る。

 そして幽香を見上げては恥ずかしげに顔を伏せていて、そしてまた何か目に着いたのかふわりとどこかへ行こうとする。勿論、それも幽香の手によって阻まれているのだけれど。

 

「……」

 

 そんな小動物的な何かを見ながら鼻血を必死で押しとどめている幽香。これ以上見ていたら萌え死んでしまうかもしれない。

 いっそのこと、今すぐにでも神社の影に入って襲いたい、なんて衝動を抑える様に、息を吐きだした。

 吐き出した息をどう思ったのか、レンは幽香に寄って顔を見上げている。それも幽香を追い込んでいるのだけれど、レンはその事を気付いてはいない。むしろ気付いているのなら彼は優秀なのかもしれない。

 そんなレンの視線を外す様に、幽香はそっぽを向いて、どうにか視線を外す為の言葉を探す。

 

「そういえば、」

「?」

 

 と口にしたのはいいものの、決して先に続く言葉を見つけた訳ではなかった。どうにか心配している視線を外す事はできた様で、しかし先を促す様に別の期待に満ちている視線が新しく向けられた。

 幽香は、どうにか言葉を選びながら、あー、だのえー、だの言って、ようやく口を開いた。

 

「どうして、私じゃなくてアッチへ行ったのかしら?」

「……」

「いや、別に責めている訳ではないの……でも、ほら、少しだけ気になってるのよ」

 

 言ってから後悔することは多々ある。

 取り繕う様に言ってしまった言葉は当然幽香自身の口に返ってくることもなく、吐き出された言葉はしっかりとレンの耳に到着した。

 しまった、と心の中で思いつつ、自分の疑問を晴らしたい気持ちもあり、けれども答えを聞きたくない自分もいる。けれど、幽香はその答えから逃げ出す様に、少し明るく「やっぱりいいわ」と言う為に口を開こうとした。

 

「……早苗達は、家族だから」

「…………」

 

 開いた口は、何かを飲み込んで、下唇を弱く噛んだ。

 自身が負けた事を理解して、けれどもやはり諦める事はできずに、幽香は口を開いてしまう。

 

「じゃあ、私は?」

 

 新しく出てきた言葉はまるで縋る様で、毅然としている幽香の姿はどこにもない。

 握っていた手が強くなり、レンはその手の上にさらに自分の手を重ねた。

 

「……痛い」

「あ、……」

 

 レンの一言に幽香は力を弱めて、手を放してしまう。

 自分の手を撫でたレンは二歩ほど幽香の前に歩き、くるりと振り返った。そして、人差し指を口に当てて、不器用に笑顔を作った。

 

「……秘密」

「へ?」

「……ふふ、秘密、秘密」

 

 呆気に取られた幽香の顔を見て、もう一度笑みを作ったレンは二回続けてそう重ねる。ふふふ、なんて棒読みで言ってのけた彼はやっぱりどこか楽しげな表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃぁ、音頭を取るのも面倒っていうかお前ら勝手に飲んでるじゃん」

 

 うわぁ、と頭を抱えてからグラスを上げて「乾杯」と小さく呟いた博麗霊夢の音頭ともとれない乾杯の音頭も終わり、各自が酒を飲み交わしている。

 レンは橙色の液体をグラスに入れられて、口を付ける程度に飲んでいる。未成年の飲酒は現世の法律によって禁じられているのだ。尤も幻想郷では関係ないのだけど、大人の事情だ。

 

「二日ぶりね、レン」

「……こんばんは、アリス」

「えぇ、こんばんは。一人?」

 

 その問に対してレンは首肯で答えた。幽香はスキマ妖怪に連れられてしまい、早苗は給仕へと徹している。なお酒を飲む事は神様に禁止されているらしい。

 アリスはレンの隣に座って、手首を見る。手首には白い蛇を象った紐が結ばれていて、それなりの魔法使いが見れば人の法から外れたモノだと分かる。

 やはり、ソレを見て「ふむ、」と一言だけ漏らしてアリスは手に持ったグラスに口を付けた。

 

「あぁ、そういえば。服なんだけど」

「……服?」

「えぇ、アナタの服よ。 出来たら何処へ持っていけばいいのかしら? アナタが来てくれればソレが一番いいのだけれど」

「……わかった」

「そう。なら明日にでも」

「……うん」

 

 会話が終了した。

 会話が得意という訳でもないアリスと会話が不得手であるレン。結果的にこうして沈黙の時間が伸びる。

 尤も、二人ともそんな空気を好んでいたりするので、無理に会話しようとせずにどことなく心地イイ空気に身を任せている。

 

「レン。ようやく見つけたわ」

 

 その沈黙の空気を破ったのは緑の髪を前で纏めたドレス姿の神様。近づけば厄を振りまく厄神。

 鍵山雛はにっこりと笑ってレンに近づく。そして当然の流れの様に抱きつこうとした。

 

「……誰?」

 

 ビシリ、と空気が硬直した。

 両手を大きくあけた雛が停止している。レンの隣にいるアリスはそんな雛の一連の動作を見て噴出さんばかりに肩を揺らして口を手で隠している。

 そうした沈黙の中、レンは綺麗な笑みを浮かべて、ペロリと舌を出した。

 

「……冗談」

 

 まるで悪戯が成功した様にレンはにやりと笑って止まっている雛に抱きついた。

 あぁよかった、とばかりに雛はレンを強く抱きしめて冗談を言った事に「めっ」と言っている。

 そんな事にもレンはクスクスと笑ってしまう。

 

「おお、なんだコッチは楽しそうだぜ」

「あら魔理沙」

「よぉ。ホント、あっちは酒も肴も美味しいクセに灰汁が強すぎるんだぜ」

 

 そう溜め息混ざりに言った魔理沙の視線の先は蓬莱山輝夜と八意永琳、洩矢諏訪子と八坂神奈子、そして八雲紫と風見幽香がいる。見た瞬間に思わずババァーンと言いそうな程に濃いメンバーとかそういう問題ではなくて、純粋にあそこに入っていた魔理沙の胆力を褒めてやるべきなのか……。

 思わずうわぁ、と言ってしまったアリスを責める人間は誰もいない。尤も、この場に普通の人間がいるかどうかと問われれば結構微妙なのだけれど。

 

「よくあんなところに居たわね……」

「言っただろ? あいつらのところは肴も酒も美味しいんだよ」

「それだけの為に命は張れないわよ」

「まぁこれが報酬だぜ」

 

 と魔理沙が取り出したるは色とりどりの料理だった。作っている者が殆んどあの集団の部下というか式というか家族なのだから、必然、あの場所に料理は集まる。というべきなのだろうか。どれほど均等に分けようがスキマ様の前だと均等も平等も比等もないのだ。

 全部スキマが悪い。

 ともかくとして、そんな魔境から料理を得て来た魔理沙。その魔理沙は溜め息を吐いて魔女帽を脱いだ。

 脱いだ魔女帽をポスンとレンに被せて位置を整える。

 

「……?」

「動くなよ……よし」

「何してるのよ」

「対価の支払い」

 

 そう一言漏らした魔理沙はチラリと魔境の方を向いた。

 向いた魔境では輝夜がサムズアップをしていて永琳が頭を抱えていた。そして残りの四人は悩む様に顎に手を当てている。

 

「……どんな会話してるのよ」

「知りたいのか? 知ってもいいことないぜ?」

「じゃぁいいわ」

「賢明な判断だぜ……アリスが聞いたらこいつの身がもたないだろうし」

「あぁ、今の言葉で分かったわ」

 

 なんとなく察してしまった厄神様は溜め息を吐いて立ち去る。彼女としてもレンを抱きしめたままエロエロ、失礼、色々としたいのだけれど人間が近くにいるのだから悪影響を及ぼしかねない。

 またね、と呟きを残して鍵山雛はその場からふわりと移動した。

 

「よし、じゃぁまずはその無口をどうにかしようぜ」

「魔理沙、ソレを本人の前で言うのはどうかと思うわ」

「次に会ったら言わないんだぜ」

 

 勿論、これも三回目になる言い訳なのだけれど、彼女はまるで初めて言ったかのように振舞う。

 そして三人目になるアリスも溜め息を吐いてそのことを流してしまうのだから、随分と魔理沙が幻想郷の住人を理解しているのが分かる。もしくは幻想郷の住人が魔理沙の扱いを知っているのだろうか。

 

「さぁ繰り返そうぜ。弾幕はパワーだぜ!」

「いや、何言わせようとしてるのよ」

「……ぱわぁだぜ」

「そして言わなくていいのよ?」

 

 随分と英語の発音が稚拙な声で言ってのけたレン。そのレンに満足気な魔理沙と呆れているアリス。

 こうして、宴会の夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 レンは一人だけの部屋でペンを握っていた。

 日記の表紙を開いて、以前書いていた日記の端にある空白に文字を書く。

 書いている内容は日記に出てきた名前とその特徴だ。

 そしてページは今日の日記になる。

 内容は宴会の事、その会話内容、誰に会ったか。

 果たして、これが日記というかの審議は置いておいて、そこで彼の手は止まった。

 震えているペンを勢いよく机に叩きつけて、自身の髪を掴み、歯を食いしばった。

 純粋に、ただ怖かった。死ぬことも受け入れた筈の少年が、ソレに対してはとても恐れた。

 人形として壊れる事も受け入れた。けれど、人間に近づいてしまった彼はソレを受け入れる事は出来なかった。

 日記を掴み、床へと叩きつけようとした。

 けれども何かが彼を阻んで、ソレをやめさせた。そのまま日記を抱きしめる様に彼は丸くなった。

 ペンから溢れ出たインクが畳にぽたりと落ちて、広がった。




■■ ■
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 日記はインクで汚れていた。



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53 百合

更新が遅れると言ったな……あれは嘘だ。

百合要素は無い
コスプレの描写も無い
エロも無い。


誤字訂正
推敲→崇高
ご指摘に感謝を


 レンは瞼を上げた。

 飲むなと言われていたのに飲酒してきた早苗に抱かれて早数時間。

「いっま、帰りまっしたよぉー。 うっへっへっへ、レンしゃーん。眠ってるんですかぁ。 ぐへへ今なら何をしてもバレないんですって。いやん、東風谷早苗ダメよ。まぁ待て早苗、まだ焦る時間じゃない。いいや、もう我慢の限界です。ふーう! どーん!! アッハハハハ。…………。ここまで反応がないと死んでるか迷っちゃいますね。メディックッ!! 何!? 人工呼吸だって!? うへへ、眠ってる相手になんて、いいえよく考えなさい、早苗。彼は私のキスできっと起きるのです。さぁ! 今すぐにキスをすべきなのです! あぁ神様、わかりました。 んちゅ~」

 なんて酔っ払いの一人芝居をして彼の唇に計十三回。頬に二十七回キスをした早苗は「ここがええんやろ、ええんやろ?」と言いながら着流しから手を差し込んで彼の肌を触れて耳を甘噛みして満足したのか、それとも体力が尽きたのか眠りに落ちた。

 朝日が昇った事を確認して瞼を上げた彼は溜め息を吐いて早苗の拘束から抜け出した。

 立ち上がり、乱れた着流しを整えて、彼は自分の日記を開いた。

 何度かページを捲り、次のページが白紙である事を確認して彼は白い息を吐いた。窓から見上げた空は朝焼けで赤く染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、今日もいい天気ですねー」

「…………」

「ところでレンさん」

「…………何?」

「どうして今日は微妙な距離があるんですか?」

「……」

 

 早苗が一歩近寄る。レンがに二歩後退る。早苗が二歩寄る。レンが四歩退く。

 今朝、というか深夜にあれだけの事をしておいて彼女は未だに自分に信用とかそういう類のモノがあると思っているのだろうか。いや、というよりも件の出来事を覚えていないだろう早苗は離される距離に疑問なのだろう。

 何かを思ったように、両手を大きく横に広げてジリジリとレンを追い詰めていく早苗。レンもジリジリと後退るが背中に感触。行き止まりである。

 

「やー!!」

「……わっぷぃ」

「捕まえましたよぉ!! どやぁ」

 

 と満足げにそのおっぱいをレンの顔に押し付けながら頭を撫でて文字通りドヤ顔をする早苗。押し付けられているレンは抵抗虚しく拘束されてしまった。

 うりうりと頭を撫でているとべちべちと手が叩かれて、ハッと何か気付いた様に胸からレンの顔を開放した早苗。

 レンは大きく息を吸って、吐き出した。ジト目で早苗を睨んで、早苗は空笑いをして視線を逸らした。

 早苗はもう一度レンの頭をくしゃりと撫でて、それが心地よかったのかレンは瞼を閉じて抵抗することも無く撫でられている。

 

「さて、どうして引かれてたのか聞きますよ」

「…………」

「あぅ、またジト目に……」

 

 撫でられつつもしっかりとジト目で睨んだレン。当然の事ながら撫でられ続けているので怖さが半減どころの話ではなくて明らかに逆のベクトル作用になっている。つまるところ単なる萌え要素みたいなモノだ。

 イケナイ思考を持ち合わせたお姉さんとしてはここでガツンとエロエロな方向に持っていきたい所なのだけど、生憎な事に早苗はイケナイ思考を持ち合わせてはいるけれど乙女成分の方が多いのだ。婦女子(誤字ではない)である早苗がエロエロな事なんてする筈がないのだ。ないったら、ない。

 

「あぁ、そうそう。アリスさんの所に行くんでしたね」

「……うん」

 

 今までの話をなかったことにしようと、早苗は話を切り替える。なかったことには出来ないだろうけれど、レンのジト目を止めさせる事には成功したようだ。これ以上ジト目だったならば、早苗は耐えれなかっただろう。何に、とは決して言わないが、主に理性的なモノが。

 そんな語られる事のない勝者である理性軍が勝鬨(カチドキ)を上げていると早苗の頬をふわりと風が撫でた。その風は次第に強くなり、巫女服の裾をバタバタと揺らして、レンの着流しの裾もペラリと捲れていた。

 しっかりと風で飛ばされない様にレンを抱きしめた早苗。土埃を耐えるように薄く目を開く。

 

参上(ッッッンジョウ)!!」

 

 ブワリと風が止み、渦巻く庭の土、そしてその中心に天を指差す文字通りの変態、射命丸文。キャーアヤサーン。

 天を指差すその指に雷が落ないだろうか。同じく変態を気取っている早苗ですらそんな事を思ってしまった。対してレンはその格好に少し目を輝かせているのだけれど……。

 ともあれ、しっかりと土埃を払った早苗がようやく変態に向かって口を開く。

 

「帰れ」

 

 尤もな言い分だった。

 天を指した指をそのまま前に突き出して、指を横に振る。チッチッチッと舌打ちも忘れない所、どうやら一連の動作が決まっていたようだ。

 珍しく敬語も忘れた早苗の額に青筋が走る。

 

「甘いですよ、東風谷早苗さん」

「いや、もういいから帰れよ」

「例え、箝口令が出されていても、機密文書でやり取りしていても、モールス信号だったとしても、レンさんのコスプレ会を私が見逃す筈ないでしょうがッ!!」

 

 早苗はひたすらに眉を寄せた。面倒臭いとかそういうのじゃなくて、ただ単に鬱陶しさから。

 溜め息をしっかりと、分かるように吐き出して早苗は気持ちを落ち着ける。今日の夕飯は焼き鳥にしよう。そう心を決めて。

 

「別に秘密にはしてないですよ」

「あぁ、そうなんですか。まぁ別に秘密にされようとレンさんの行動は見ているので追っかけて盗撮しますけど」

「……」

 

 早苗は目の前にいるベテランストーカーに頭を抱えた。こういう時はドコに言えばこのストーカーを捕まえれるのだろうか。お巡りさん? 残念、お巡りさんは現世で仕事に追われてます。

 改めて早苗は思考を巡らせる。落ち着いて目の前の存在を見ていればフツフツと湧いて出る何か、いやいやそうじゃない。と何度か思考をループさせてしまう。

 そんな頭を抱える早苗に一言、黒い翼の変態は耳打ち。

 

「レンさんのコスプレ写真が保存出来ますよ」

「文さん、一緒に行きましょう!!」

「流石、東風谷早苗さんです!」

「…………」

 

 鉛筆の芯よろしくすぐに折れた早苗。その早苗を唆した悪魔は笑顔で早苗と握手をしている。尤も、二人共内心ではあくどい笑みを浮かべているのだけれど。

 耳打ちは聞こえてなかったレンはそんな二人を見上げて首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、なんか増えてる」

 

 というのがアリス・マーガトロイドの第一声だった。増えてる扱いされていた文はニコニコとしてそんな言葉を聞き流した。

 その様子にあぁ、コイツも変態だったか、と適当にあたりを付けたアリスは即座に思考の端に射命丸文を追いやった。頭のいい選択である。

 コホンと咳をして、スカートの裾を摘まみ上げ、綺麗に礼をとったアリス。

 

「ようこそ、私の館へ。ゆっ」

「ゆっくりしていくといいぜ」

「…………」

 

 アリスの後ろから魔理沙が顔を覗かしてアリスの言葉に被せた。被せた瞬間にアリスの口角がヒクリと動いたけれど、気のせいにしておこう。

 館というには小さい家の扉の奥を覗けば色とりどりの服が並べられている。その服の量に思わず感嘆の声を出してしまった早苗。

 

「凄いですね……あれから三日しか経ってないですよ」

「私が作ったのは精々二着程度よ」

「あとは?」

「さぁ? いつの間にかあったわ」

「……奇跡ですね!」

 

 グッと拳を作った早苗と溜め息を吐き出したアリス。魔理沙は椅子に座って紅茶を飲みながら「どーせ、スキマが原因だろ?」なんて言っている。

 そんな経緯はどうあれ、結構な量の服が揃ってしまった訳である。文はフィルムの残量を気にし始め、魔理沙は椅子をカタンカタン言わせて行儀悪く座り、早苗はこれから始まる着せ替えに心を躍らせ、アリスもどこか着せ替える事に楽しみを覚え、そんな被害者である着せ替え人形は相変わらず無表情で上海人形を抱きしめていたりする。

 

 

 

 

 

 

 

~セリフだけをお楽しみください~

 

「さて、じゃぁみんな出て行って」

「何でなんですか!! 私はレンさんを写真に収めるという崇高な目的が!!」

「それは着替えてからでしょう? 着替えまで撮るつもり?」

勿論(ザッツライ)ッ!!」

「お前は絶対に家に入れないわ。魔理沙、よろしく」

「へいへい」

「待ってください魔理沙さん、私とアリスさん、一体どちらがアナタにとって利益になるか落ち着いて考えてみてください」

「考えなくてもアリスだろ」

「神は死んだッ!!」

「元から生きてる物体でもないんだぜ」

「さて、じゃぁレンさん。お着替えしましょうねー」

「アナタも出て行きなさいよ」

「いえいえ、私にはお姉さんとしても矜持がですね……」

「あぁ、ということは着替えメンバーに入ってポーズまで決めた彼を日の当たる所で見れないのね、かわいそうに」

「外であの変態を止めてきます!!」

「矜持はどこへ行ったのかしら……まぁ、いいけれど」

「……」

「さて、ちゃんと鍵も締めたし、カーテンも閉めた。さてと……まずはコレとかいこうかしら」

「…………何?」

「あの子の言ってたゴシックロリータ。確か水銀何だとかの服だそうよ。どこからか持ってきたのかしら」

「…………」

「じゃぁ、服を脱ぎましょうね……あら、履いてなかったのね……………………ふむ」

「……」

「あぁ、失礼。凝視されると嫌よね。うーん、しまった。いくらスカートが長いからって履いてないのはダメでしょうし。あの変態の事だからスカート捲りをしないとも言えない……。けれど女性物の下着を履かせる訳にもいかないし……いや待て、敢えて履かせてはどうだろうか。うむ、我ながら完璧じゃないかッ!!」

「…………」

「そしてコレを着せて、いや違う。ここはゴスロリじゃない。ホットパンツ……いや半ズボンで男の子らしさを出すか、いや、私は何を言ってるの……

 

 

 

 女性下着を履かせたんだから、スカートだろ!」

「…………」

「ここはいっそストレートに白いワンピースでも着せるか……

 

 麦わら帽子も被せて……ふむ。ちょっと一回転してみて?」

「…………」

「ふむ……まぁ一着目だし、そこまで力を入れる必要はないか」

「……一着目?」

「安心しなさいな。やるからには、徹底的によ!!」

 

~~

 

 人形師としての何かが滾ったのか、はたまた服飾好きがダメな方向に成果を出してしまったのか。

 かくして、文章では表しようがない服装の数々、尤も自分と同じ格好をさせたいという風祝や普通の魔法使いやスキマ妖怪のお陰である程度は想像できる範囲で色々と着用させられたレン。

 どことなくゲッソリしているのだけれど、今も最初に着た白いワンピースを着て、机に突っ伏している。ぉぉ……とうめき声まで上げているあたり、本当に疲れたのだろう。

 対して満足げに談笑している早苗とアリス。魔理沙はレンの背中を摩っている。

 

「さぁて、じゃあ私は写真の現像がありますので」

「初めてアナタが居てよかったと感じたわ」

「その気持ちが写真の現像が終わっても続く事を願いますよ」

「さて、どうかしら?」

 

 クスクスとアリスは笑い、文は肩を竦めて席を立つ。

 その服の端を掴まれる事で文は視線を下にずらした。服を掴んでいたのはワンピースを着たレンである。

 

「どうかしましたか? まさか攫ってほしいとか!?」

「私が許すと思ってるんですか?」

「HAHAHA、まさかそんな」

「……写真」

「ん?」

「……僕も、ほしい」

 

 しっかりと文の目を見て言ったレン。その言葉に何か感じたのか、文はレンの肩に手を置く。

 

「自分の写真でオナニーはダメですよ?」

「何言ってんのよ!! 馬鹿? 鳥頭なの!?」

「私の使用用途から見た正しい考察です。私は至って真面目ですよ」

「余計にダメじゃない!!」

「おー怖い怖い」

 

 飛んできた人形をいなして、文は外へと飛び出た。黒い羽が空に舞って、地面に落ちる。

 ゼーハーと息を整えるアリス。そんなアリスを見ながら「これがいつも通りなんだぜ」と付け加えて見せた魔理沙はやはり住人の扱いになれているのだろう。




今回の話と前話が難産過ぎてヤッツケ作業になった事を謝罪します。

申し訳御座いません。
コスプレ描写をしないのは謝りません。
エロい人には見えないんです。シカタナイネ。
服の描写って結構面倒なんですよね。それこそ、パンチラもなければスカート捲りも発生しない物ですし。

途中でスキマ様がチラリと出ているけれど、気にしないでください。自分の服とか藍様の服を着せたかっただけです。

キャーアヤサーン


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54 梅擬

誤字訂正
目先も問題→目先の問題
私らしいさ→私らしさ
正直は話→正直な話
報告感謝です。


 レンは瞼を上げた。

 相変わらずレンを抱きしめている早苗の拘束をスルリと抜けて、自分の日記を開いた。

 相変わらず淡々と日常を綴られているだけの日記かどうかもわからない日記。

 たった数ページだけのソレを読んだあと、彼は大きく欠伸をして、はふぅ、と吐き出した。

 

「……大丈夫、大丈夫」

 

 そう、誰に聴かせる訳でもなく、少し天気の悪い空を見上げて彼は吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ幽香さん、いらっしゃい」

「えぇ」

 

 勝者と敗者の関係なんて花の妖怪と風祝の間に遺恨なんて無い。なんせ本の差で負けたとレンが公言しているのだから、ソレを認めずしてどうしろというのだ。

 本さえあれば、そう本があれば(なければ)私が勝って(負けて)たのだ!

 なんて二人は思っているので、遺恨も何も無いのだ。

 レンが守谷神社へと居候を始めて今日を合わせて五日目。ここまでに幽香が何をしていたか、非常に気になるだろう。

 

 

 一日グッスリ、いや、まぁ前日に悔しさとか愛おしさとか色々で自分を慰めてから就寝、やや白けた頭で起床した幽香は確りした思考で思ったのだ。

 『あぁそうだ。あの神社を壊そう』と。

 怖そうどころの話ではなくて、バッチリ怖い賢者タイム。そんな賢者タイムの考察を確実に遂行するためにいつものスカートではなくてタンスの奥の方にしまっていたズボンを取り出してしっかり準備した幽香ちゃん。

 よーしっ、邪魔な女はこ()しちゃうぞー!

 と意気揚々と扉を開くとボッシュート。そこはスキマ様のご自宅でした。賢者タイムも真っ青な賢者様(永遠のウンタラ歳)は口角をヒクヒクさせながら檻に閉じ込めた妖怪を笑顔で睨んでいた。

 しっかりと、静かに狂乱している幽香は檻を蹴り壊す事もせずに、ただ妖怪の賢者様(実はほにょほにょ歳)を見ていた。

 曰く、そんな事をしても彼は喜ばないわよ。

 そんな自分を窘める言い方に花の妖怪はニッコリと笑顔を作り出して持っていた傘をスキマ妖怪へと向けた。

 傘の先に光が収束し、それが弾けるように光線なんて細いと言える程、野太い光の束が指向性をもってスキマ妖怪を包み込んだ。

 檻は幽香の正面だけ円形に消し飛び、よっぽど熱量があったのか、消えた部分から湯気が出ている。

 

「大丈夫よ、上手くやるわ。あの女を消し飛ばして、ずっとレンと一緒に、イッショに」

 

 なんて言ってのけた花の妖怪。まったく以て大丈夫ではない。

 自身と自宅を守るために開いたスキマを閉じて頭を抱えた八雲紫も同じ気持ちだった。というよりも紫も一度あの道を通っているので、なんとも言い難い気持ちをどうにか鎮めて目の前の存在を落ち着ける。

 今、この存在を幻想郷に解き放てばバランスとか考え無しに消し飛ばしそうだ。散々暴れて結果的に彼も殺してしまう未来しか思いつかない紫は再度ため息を吐いた。実際のところ、紫さんはこの時こんな事に付き合っている暇もなかったのだけれど、目先の問題としては見過ごすワケにはいかないのだ。

 ともかくとして、目の前の存在を黙らせるために態々口で落ち着ける為に招いたけれど、無意味だったことに頭を抱えてから紫は彼女をスキマへと落とした。

 落としたのだけれど、腕はしっかりとスキマの端を掴んで離さない。その事に少し感動したけれど、問題の解決の邪魔であるからして、八雲紫の行動は手を蹴り飛ばす事に決定しているのだ。

 

 

 二日を飛ばして三日目。

 

「落ち着いた?」

「落ち着いた」

 

 どうやらスキマの先で何かあったらしい風見幽香はどうしてか上着が無くションボリして八雲宅の居間で座っていた。その事を彼女に聞けば、どうやら罪と書いた布袋を被った全裸で股間に薔薇を咲かせた男達に襲われたらしい。上着がなくなったのはソレを取られたからだ。

 

「で、アレは何なの?」

「聞きたいのかしら? 後悔するわよ。次はそのカッターシャツが無くなるかもしれないわ」

「お茶が美味しい」

「懸命な判断ね」

 

 互いにお茶をズズズと飲んで、ようやく八雲紫の口が開いた。

 

「さて、あなたは彼の事をどこまで知っているんだったかしら?」

「黒子の位置までバッチリよ」

「彼にホクロはないでしょう?」

「……どうして知っているのかしら?」

「彼の裸を見たことがあるから、傘を構えないでくださるかしら? 話が進まないわ」

 

 傘を自分の右隣に置いて、幽香は改めて畳の上に座った。ようやく話ができるようになった紫は淡々と彼の存在を話していく。

 贄であること、その贄が人間に悪く映る事、贄が妖怪と神に好かれる事。そして贄を得た妖怪がどうなるか。

 その話をお茶を啜ることもなく聞いていた幽香は全部言い終わった紫に向かって溜め息を吐いた。

 

「それがどうかしたのかしら?」

「私としては既に力の大きいアナタにこれ以上力を得て欲しくはない、というのが建前ね」

「……本音は?」

「可愛い子を独り占めなんて許せないわ」

「聞くんじゃなかった」

 

 どうせ頭を抱える答えが返ってくると思っていた幽香は予定通りに頭を抱えた。ウフフ、なんて綺麗すぎる笑いを作り上げる紫。

 それを考えれば、そもそも彼が太陽の畑に落ちてしまった事が可笑しいのだ。自分のところに落としていれば、独占することができた。

 けれどもソレを紫はしなかった。どうしてか、と考えたところで、問いただした所でイヤラシクも綺麗に笑ってやがる女はどうせ答えはしない。

 幽香の思考が巡って、結果的に目の前の賢者が何を求めているかをはじき出す。

 

「……私にレンを諦めろというの?」

「いいえ、そんな事は言わないわ。けれども、少しは周りを見てみなさいな、という話」

「…………わかったわよ」

「まぁじっくり考えなさいな。時間はないと思うけれど」

「どういうことよ」

「……私達と贄である彼、いいえ、単なる人間との寿命の都合よ」

 

 ピクッと幽香の肩が動いた。元から考えていた事、いや考えることはやめていた事を言われたからだ。

 そんな幽香に溜め息を吐いて呆れて見せた紫はようやくその笑みをやめてお茶を啜る。

 そうしてもう一度言った。

 

「よく考えなさいな。彼を思って、考えてみなさい。彼と仲のいいアレらを引き離すのか、どうか」

 

 珍しく重い言葉が紫から紡がれて、幽香は八雲宅を後にした。

 

 

 

 

 時間は元に戻る。随分と長い回想である。

 そして先日に言われてしまった、早苗が家族で幽香は秘密という、自分の評価。嫌われている訳ではない、けれど家族以下である。と予想をつけた幽香はこうして守谷神社へと訪問したのである。

 

「いやぁ、幽香さんの事だから、『ここがあの女のハウスね』とか言ってくれると思ってたんですが……」

「ハウス?」

「いいえ、こっちの話です」

 

 フンフンと適当な鼻歌を歌ってやや上機嫌な早苗。ソレに対して眉間を寄せる幽香。頭の中ではグルグルとこの女とレンを引き離すかどうかを迷っている。

 

「レンはどこにいるのかしら?」

「レンさんですか? この時間ならたぶん縁側で座っていると思いますけど」

「そう……ちょうどいいわ」

 

 そう先に確認して、風見幽香は息を吐きだした。吐き出して、吸い込んで、吐き出すように言葉を出した。真剣な眼差しで早苗を睨んで。

 決してレンのいるところではできない話を。

 

「あなた、レンと一緒に住みたい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!?」

 

 聞こえた乾いた音と何かが倒れる様な音を聞いてレンは肩を揺らした。続けて聞こえてくるのは叫び声とソレを抑える二つの声。

 肩を揺らしたレンはキョロキョロと周りを見て、安心したように息を吐きだした。胸に抱いた日記を開き、最後に書かれた頁を確認して閉じる。そこでもう一度息を吐きだした。

 そして日記を強く抱きしめて、膝を抱えた。

 

 ドカドカと廊下の板を踏み抜かんばかりに音を立てて歩いてきた早苗に気がつき、レンは慌てて縁側に座り直し、日記を自分の横へと置いた。

 

「レンさん!!」

「は、はひっ」

 

 とレンが思わず素っ頓狂な声が出るほど早苗がとても珍しく怒気を纏わせてレンの肩を掴んだ。

 自分が何かしたのだろうか、けれど覚えはない、けれど早苗が怒ってるということは自分が何かしたんだろう。しっかりとした回路で間違った思考をしたレンは即座にその答えをはじき出した。

 

「レンさん、いいですか!! いい加減に素直になってください!!」

「……ふぇ?」

「レンさん、あなたはとっても頑張りました。だから、自分に素直になるべきなんです。いいですか? これはとっても重要なことなんです。私だってこんなこと言いたくはないですけど、お姉さんとして言います。 もう我慢なんてしなくていいんです!! わかりましたね!?」

「……」

「返事ッ!!」

「ッハイ」

 

 よろしい、と一言残してまたドカドカと廊下を鳴らして何処かへと向かう早苗。その行先を呆然と見送るレン。返事はしたけれど、何が何やら。

 首を傾げて尚パチクリと早苗が去った方向を見ているレンの背後から溜め息が降ってきた。

 その息の音に驚きを露わにしながら振り向けばチェック柄のスカート。視線を上に上げていけば、鋭い赤目と深い緑の髪。頬にはしっかりと紅葉が咲き誇っている。花の妖怪形無しである。

 

「…………」

「…………っぷ、ふふ」

 

 耐え切れなくなったのはレンで、吹き出してしまってからは必死で口を抑えてどうにか声を出さなくなったけれど、それでも肩は小刻みに揺れている。

 珍しく感情を露わにするレンに驚きを感じながらも、幽香は溜め息を吐いてレンの隣へと座った。ムスッとしている幽香を見て、やはりレンはおかしそうにクスクスと笑ってみせた。

 

「はたかれたわ」

「……うん、ふふ」

「『幽香さんらしく無い』ですって。ホント、私らしさを他人が語るのよ? オカシナ話だわ」

「……うん」

「だから、私らしく言うわ」

 

 そこで幽香は息を吸い込んで、自然と、まるで当然の様に、言葉と一緒に吐き出す。

 

「アナタは私のモノなんだから、黙って私に従いなさい」

「……うん」

 

 レンは笑いを止めて、綻ぶ様に微笑んだ。その手はしっかりと幽香に握られている。そして、幽香の顔をジッと見ていたレンが、やっぱり可笑しそうに吹き出すのも、時間の問題なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レンが居住を移す、という行動は以前のときよりも素早く終わった。

 正直な話、彼の持ち物の殆どが守谷神社に依存しているから、彼が置いていくと言ってしまえば、それで終わりなのだ。

 故に、彼は守谷神社へと来たときと同じ、いや、日記を一冊追加しただけの身一つ本一つで風見幽香の下へと移動することになった。

 

 急いで移動することもない、という引き止めの結果、もう一泊守谷にお世話になることとなり、幽香も神様達といろいろ話があったのか泊まることになった。

 そうして、守谷最終日、レンとの添い寝権を勝ち取った幽香。

 

「んぅ……?」

 

 そんな幽香は月が高く昇った時間に目を覚ました。そうして、横にあった温もりが消えていることに気がついた。

 レンが消えてしまった。

 寝ぼけていた頭は一気に覚めて、同時にゾクリとした想像が頭の中を過ぎり背筋が凍った。

 

「レン?」

 

 声を出して呼んでも、彼は返事は返ってこなかった。

 余計に強くなる悪寒。鼓動が嫌に鳴り響く。

 視線を這わして、見つけたのは影だった。障子に写った、月に照らされた彼だ。それはとても小さくまとまり、障子の隙間からレンだと見えなければ、まるで人だとは思わない程、縮こまっていた。

 

「……レン」

「ッ……」

 

 肩を揺らして反応したレンは少しだけ潤んだ瞳を幽香へと向けた。

 泣いていたのか、はたまた別の理由なのか、それは幽香にはわからなかったけれど、彼を包むように抱きしめて頭を撫でた。

 彼が安心するように、月に照らされてまるで消えてしまうかのような彼を逃がさない様に。

 泡沫の存在。自身も一度逃した、虚ろすぎる存在。

 ソレを次は逃がさない様に、しっかりと抱きしめた。

 そんな強く抱いている幽香に苦笑して、レンはその手を幽香の手にそっと添えて、体重を幽香へと預けた。

 

「さぁ、寝ましょう。明日は早い訳ではないけれど、寒いわ」

「……うん」

 

 縁側から立ち上がり、レンと幽香は部屋に入って障子を閉めた。

 そしてレンが眠るまで幽香はしっかりと確認して、ようやく寝息を立て始める。

 レンは幽香という安心と、そして寝不足からくる瞼の重さに負けて、眠ってしまう。

 ゆっくりと、微睡みに落ちていった。



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55 片栗

短め、次回にエロ予定


 レンは目を開いた。そこは不思議な空間だった。

 誰もがいる空間で、誰もいない空間で、何もない空間で、何かある空間だった。

 誰かがレンの肩を叩いた。振り向けば知っている顔だ。けれども顔は無い。

 レンは首を傾げて立ち上がった。床に乱雑に置かれている本達を踏んで、レンは扉を開いた。

 ボキリ、バキリ、と固い何かが折れる音。グチャグチャとだらしなく音を鳴らし、何かが何かを咀嚼していた。

 黒い何かが、そこには在った。

 レンは咄嗟に口を抑えて、吐き出しそうな何かを抑えた。

 黒い何かがグルリとレンの方を向いた。

 その黒い物体の歯の間から腕が生えていた。白く長い裾と黄緑色の糸が何本もその口の間からはみ出ている。

 真っ赤な舌でその腕を包み込んで、黒い何かはソレを口の中に収めた。

 バキリ、ボキリ、グチャリ、ネチャリ、グチュリ、ベキリ。

 やがて音が止んで、モゴモゴと動いて黒い何かがいやに白い歯を見せてレンに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は目を覚ました。

 目の前に肌襦袢を着た女性、深い緑の髪、真っ赤な瞳が瞼に隠れていて、心地よさそうな寝息を立てている。

 少年は安心したように息を吐き出して、近くにあった本を手にとった。

 それは日記だった。たった数日、それこそ二桁にも満たない日々を綴っただけの、なんら不思議の無い日記。けれども、少年は食いつくようにそれに目を通して、そして白紙のページまで捲って、次はないのか入念に確認した。

 少年、レンはようやく自分の日記を閉じた。

 そして荒くなりそうな息を押し止めて、必死に何かを拭う様に日記を抱きしめて、目の前にいる幽香に埋もれる様に布団に潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に荷物はソレだけなの?」

「……うん」

 

 しっかりと抱き込んだ本をもう一度見てレンは幽香の問に答えた。

 所有物の少なさに思わず頭を抱えてしまう幽香。その目の前には守谷家が勢ぞろいしている。

 

「レン、寂しくなったらいつでも帰ってきていいからね」

「……わかった」

「風見が泣かしたらいつでも帰ってきてもいいんだからな」

「誰が泣かせるって?」

「泣かしたことのあるヤツ」

「うぐ……」

「……わかった」

 

 諏訪子と神奈子の冗談交じりな挨拶に真剣に頷いてみせたレン。そんな冗談に一々反応してしまい、結果的に正論であるから思わず怯む幽香。

 そんな中、早苗がレンをしっかりと抱きしめる。

 

「いいですか、レンさん。私達は、もう家族なんです。 寂しくなくても、泣いてなくても、いつでも私達を頼っても大丈夫なんですからね」

「……うん」

 

 抱きしめる早苗に応える様にレンもしっかりと早苗を抱きしめた。

 変わらずも無表情ながら、どこか寂しいのか少しだけ戸惑った顔をしている。

 

「……ありがとう、お姉ちゃん」

 

 ビシリ、という音が聞こえた。

 正確にはその音と同時にどうしてか全員が固まった表情を固めている。レンだけが疑問を浮かべている。

 ギギギと錆た何かを動かす様に首を動かして幽香を見上げた早苗。表情が固まっているけれど、目だけが爛々と輝いている。

 

「――やっぱり移動はなしの方向で」

「巫山戯んな」

「ですよねー」

 

 やっぱり早苗さんは早苗さんのままで、真っ黒な笑顔を浮かべた幽香に一刀両断されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで恋人を連れ去られてしまう男の様に、あうあう言いながらレンを引き止めようと手を伸ばして涙を流していた早苗に見送られて数時間。

 のんびりと歩いて太陽の畑へと到着した二人。

 当然の事ながら、人目を避ける場所は選んで通っているし、妖怪の目についたところで自称幻想郷の力関係で上から数えたほうが早い風見幽香がいるのだから、下手に手を出す妖怪もいない。連れているのが贄という特異点ではあるけれど、それも八坂様特性の式があるのだから単なる人間に等しい。

 ともかくとして、そうしてのんびりとしっかり数時間のデートを無言に近い状態で過ごした二人。文面だけみると勘弁して欲しいモノもある。

 

 けれど、二人の顔には笑みがあり、レンの手には日記と、一輪の花が握られている。

 一輪草と呼ばれるその花。実際は春に咲く多年草であり冬に近しい季節である今見ることはありえない花だった。

 そんな随分と寝ぼけている一輪草はフラワーマスターの称号を持つ幽香の手解きの下、レンによって大事に摘み取られたのである。

 そんな小さな一輪草を鼻に近付けて静かに大きく匂いを吸い込んだレンは満足したように吐息を出した。

 

「その花、どうする気?」

「……押し花にしようと思って」

「そう」

 

 本で住むところを選ぶほどのレン。押し花にしたモノはどうせ栞へと成るのだろう、とあたりを付ける幽香。当然、無意味に摘み取られたモノならば、幽香はレンを怒っていただろう。

 咲くことを目的とした花を次に続けることもなく摘み取ったのだから。

 もう一度、レンは鼻を寄せて大きく息を吸い込んだ。吐き出された薫りを楽しみながらほころぶ。

 そんな様子を見ていると、まぁ、それも花の意義か。と思えてしまう幽香。自分本位であるのは仕方がないことだ。

 薫りを楽しんだあとは日記の最後のページ近くに一輪草をしっかり挟んだレン。どこか満足気である。

 

「む」

「げ」

「……」

 

 蒼銀の髪を腰辺りまで伸ばした女性が振り向く。彼女が反応すると、幽香が思わず眉間を寄せてしまい、そしてレンはちゃっかりと幽香の影へと隠れてしまった。

 

「やぁ、風見。ちょうど訪ねているところだったんだ」

「見ればわかるわよ……。で、人里の寺子屋が私に何用?」

「いいや、風見に用なんて無い。安心してくれ」

「それは私に喧嘩を売っているのかしら?」

「気を悪くしたのなら謝ろう。私の用事は後ろに隠れている彼に対してのモノだ」

「……レンに?」

 

 その言葉にうむ、と頷いた上白沢慧音。件の少年であるレンは幽香のスカートをキュッと掴んで、その影からチラリと顔を覗かせている。

 そんな様子に少しだけデレッとなってしまった上白沢センセイは幽香の睨みに気付いたのか、コホンと気を正す。

 

「彼の家庭教師をしようと思うんだ」

「却下」

「むぅ、彼に正しい知識を与えるのは重要だと思うのだが」

「断る」

「そうやって彼を独占してどうする」

「というか、レンが怖がっているんだけれど?」

「うぐっ」

 

 思い当たる節があるのか、思わず後ずさってしまった上白沢慧音。当然、彼女が思い出したことは先日の家庭教師で科目を歴史から保健体育(実技)に移ったことである。彼女としては負い目を感じている事であるのだけれど、実際の話、他はもっと色々としていたりするのだから彼女が負い目を感じる事はない。

 レン自身、彼女の行いに関しては贄の一環という理由と過去の自身の扱いでの慣れ、というトンデモな理由で納得をしているから、慧音が負い目を感じる必要は本当に無い。あるとすれば、もう少しおっぱい成分がごにょごにょ。

 

「いや、あれは、その、」

 

 そんな言い淀んでいる慧音に対して、合点がいってしまった幽香。気持ちを落ち着ける。

 

「レンに手を出したの?」

 

 ビクリと慧音の肩が揺れた。

 

「へぇ……教師であるはずのアナタが、幼気な少年を……へぇ」

 

 ガタガタと慧音の体が揺れ始める。

 幽香が楽しげに笑う。

 

「それを踏まえて、まだレンの家庭教師をしようって申し出たの? ショタコン教師」

「ぐふぅ……」

 

 慧音が手を地面に着いて決着した。ショタコン変態教師の負けである。尤も、自分を盛大に棚に上げている事にツッコメば傘が飛んでくるに違いない。

 そんな四つん這いで落ち込んでいる慧音を哀れに思ったのか、幽香はフッと息を吐き、片膝を着いて慧音の肩に手を置いた。

 やや涙目になりつつも慧音が顔をあげる。まるで先ほどの事は悪かった、と言わんばかりにニッコリと笑顔を作っている幽香。

 

「――ショタコンが寺子屋の教師だなんて、世も末ね」

「がはっ」

 

 当然、そんな事は一切ない、とってもS(サービス)精神あふれる幽香様なのだ。精神的に追い込まれ過ぎて、家の扉の前で三角座りをして落ち込みだすけーね先生(ショタコン)

 

「……上白沢慧音」

「おぉ、レン。私を慰めに、」

「邪魔」

「………………」

 

 完全に慧音先生は壊れてしまったかもしれない。レンの辛辣すぎる言葉に思わず慧音に対し同情をしてしまった幽香は本当に哀れみで慧音の肩を叩いた。

 涙目で見上げた慧音の顔を見て、もう少しぐらい虐めてもいいんじゃないか? と考えが過ぎったが我慢する。

 

「月一程度なら、いいわ」

「本当か!!」

「え、えぇ……」

 

 立ち上がって目を輝かせる慧音に思わず尻すぼみに答えてしまった幽香。

 

「じゃぁ今日から明日に掛けて、いいや明後日ぐらいまで」

「いや、なんていうか、いい加減にしろショタコン」

 

 慧音の頭にベシリと幽香の手が当たり、中身が詰まっているクセにいい音が鳴った。




書き忘れてた。グロ注意


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56 アネモネ

ラブエロ……だと思います。
サイレントエロなのは確か。なんたって鍵括弧が入ってないんだもの。


誤字脱字訂正しました。


 自信というよりも、自身を取り戻した慧音が嬉々としながら帰り数分後、水滴が屋根を叩き、それが連続し、いつしか辺りは暗くなって雨になった。

 

「……雨」

「そうね」

 

 随分とゆったりとした空間にレンの言葉が響いた。

 雨の音が響き、レンが覗いている窓に水滴が付着する。暗くなった外のお陰で、レンの顔がガラスに映る。その顔は相変わらず無表情だ。

 そんな様子にふぅ、と息を吐いてお茶を飲み込んだ幽香。

 

 そういえば、彼を逃したのはこんな雨の日だったけ、と思い出して苦笑する。

 同じ日、とは言えないけれど、こうして雨の日に出ていき、帰ってきたレン。随分と運命的な事を思ってしまった、と幽香は恥ずかしさを隠すためにお茶をさらに飲み込んだ。

 

「……雨、好き(・・)

「え?」

 

 まるで音を楽しむ様に瞼を落として、コツコツと鳴るガラスを微笑みながら聞いているレン。

 幽香は疑問を感じた。感じた疑問は引っかかったけれど、人間の趣向なんてものはすぐに変わるモノだ、と考え直した。

 けれど、あの雨の日。レンがどうしてか乱れて自身を求めていた日が脳裏にチラついて離れない。

 おいおい、自分は欲求不満だったのか? なんて冗談めかした考えが浮かぶ幽香。

 

 そんな幽香の唇に柔らかい感触。

 閉じていたらしい瞼を開かずとも、これが誰かはわかる。

 なんせ、今この家にいるのは家主である自身と彼だけなのだから。

 唇から感触が離れて、ようやく幽香は瞼を開く。口が半開きになったレンが視界に映った。

 半開きになった口の中から赤い舌が覗き、そしてまた幽香の顔に近づいて唇の端をぺろりと舐めた。

 そのまま頬へ移動してペロペロと幽香の顔を舐めているレン。幽香はくすぐったそうに笑い、レンの頬を両手で包むように捕まえた。

 

「どうしたの?」

「…………」

 

 そうして幽香は訪ねたけれど、レンは何も答えずに微笑む。花が綻んだような笑みではなく、何かを思い、それを隠す様に、微笑んで幽香の口に近づき、ペロリと唇を舐めた。

 幽香が舌を少し出せば、ソレをペロペロと舐めて吸い付く。舌から唇が離れれば、次は幽香が彼の舌を舐めて、吸い付く。

 いつしかそれは幽香がレンに、レンが幽香にではなくて、どちらもが絡めてどちらもが吸い付いている、そんな状態になった。

 両者の唾液が絡み、嚥下して、また絡ませて、ようやくレンが大きく息をするために離れた時には二人の口に銀色の橋がかかり、それがプツンと切れた。

 

 椅子に座っていた幽香の膝に座る形になり、レンは幽香の服に手を伸ばした。

 首の黄色いリボンをするりと外して、ボタンを一つずつ外していく。

 雨音と、レンの呼吸音。自分が為すがままになっている状況、けれど奉仕されているという自覚はある。

 ボタンが外れて、レンの前に肌色が広がる。自身よりも強いことも理解しているし、自身が力を入れたところで目の前の肌色に傷なんて出来ない事も知っている。けれども、まるで壊れ物でも扱う様に、レンは恐る恐る肌色に触れた。

 レンの冷たい手が幽香の腹部に触れた。触れられた事と冷たい感触に思わず上ずった声が出てしまった幽香。その幽香をレンが見れば、幽香はフイッと顔を背けた。

 そんな幽香に苦笑して、レンは頬に口付けを落とし、口をそのまま首に当てる。

 

 手は腹部を撫でて、上へと移動し、豊満な果実へと到着する。張りのある果実を揉めば指が埋まる。けれどもしっかりと押し返してくる。

 レンが顔を近付ければ強い花の匂いがした。甘く、濃い、蕩けるような匂い。

 レンに嗅がれている事に気が付いたのか、幽香はレンの頭を撫でる様にして剥がす。レンがその抵抗に気がついて顔をあげて小首を傾げたけれど、やはり彼は甘えた様に幽香の頬をペロリと舐めて誤魔化した。

 いったいいつの間に覚えたのやら、と呆れ気味に、けれどもそんなレンもまた彼なのだ、と理解しながら、彼の唇を求めてみる。

 その要求にもレンはしっかりと気づいて、幽香の唇を軽く吸う。一度離して、次は深く絡ませる。

 胸は変わらず下側から揉まれたり、横側から寄せる様に揉まれたりと、随分好き勝手やられ、キスをしながらも鼻に掛かった声がキスの合間に漏れている。

 

 珍しく、といえばそうなのだけれど、こうして膝に座っている彼は幽香よりも高い目線から彼女を見下ろしている。

 だからこそ、重力に従って彼の唾液が幽香へと流れ落ちて、口に入らなかった唾液が幽香の口端から垂れている。

 キスが終わり、ペロリとそれを舐め取って少しだけ満足気なレン。

 そんなレンにやりたい放題されていた幽香が彼の手を掴んで、胸から外す。外した手を横に寄せて空いている手を彼のうなじに置いて顔を寄せる。

 彼からされる、ではなくて幽香自身が動く深いキス。彼は一切の抵抗をしない。抵抗しないどころか、レン自身が幽香の首へと抱きついてキスをせがんでいる様にも見える。

 膝に乗っていたレンの腰を下から抱いて、落ない様に立ち上がる。立ち上がったのと同時にレンの足が落ない様に幽香の腰に巻き付く。

 巻き付いた事でレンの腰が幽香に密着して、しっかりと芯を得たソレに幽香は気づいた。

 どうやら興奮していたのは自分だけではないらしい。と苦笑混じりの思考を巡らせながら彼をベッドへと案内する。案内、と言っても彼もこの家の配置は覚えているだろうし、連れて行くという方が正しいだろう。

 ベッドへと静かに彼を下ろして彼自身がせがむようにキスをしてくる。深いキスではなくて啄むように何度も幽香の唇を甘噛みするレン。

 そんなキスを受けながら、しっかりと彼の着流しに手を掛けて脱がしていく幽香。

 彼の白すぎる肌が露わになり、今からソレを汚すのだ、と自覚すればゾクリと幽香の中の嗜虐心が唆られる。贄という事を知った今も、そんな事を差し引いてこうして欲求を満たしてくれるレン。

 白い肌に爪を立てれば、肌は容易く傷つく。腕なんて直ぐに折れてしまうだろう。苦痛に染まる顔はとても魅力的だ。首を絞めて呼吸が出来なくなれば、きっと彼は抵抗するだろう。抵抗するだろうけれど、それさえも愛おしい。

 

 

 このまま(・・・・)絞め殺してしまえ。

 

 

 幽香がハッとして手から力を抜く。ゲホゲホと咳き込んでから深く息を吸い込んだレンを見て、幽香は安堵の息を吐きだした。

 腕も折れてなければ足も折れてない、肩から胸に掛けて細い傷が四本伸びているだけの彼をもう一度確認して、息を吐きだした。

 謝ろうと幽香が口を開けば、彼がその口を手で抑えて微笑む。更に手を伸ばしてクシャリと幽香の髪を撫でて、やはり彼は微笑んだ。

 幽香はそんなレンに呆れ半分安堵半分の息を吐き出して撫でられて手を掴んでその手の平に口を押し当てる。

 

 

 そして先ほどから自身の膝に当たっている彼自身を見て、謝罪の心なんて忘れてニタリと幽香は笑った。

 彼の胸もとに置いていた手をそのまま滑らして、水下(ミゾオチ)を経由して、臍を触り、芯のある彼に触れる。ビクンとまるで彼の意思とは別の動きをしたソレは熱く、自己主張をしている。

 片手で腰にまとわりついたベルトを外し、スカートを脱ぎ捨てる幽香。彼にバレない様に湿ってしまったショーツも脱いでおく。

 レンの腰を跨ぐようにして、蜜の垂れる花と彼を触れ合わせる。そのまま腰をゆっくりと下ろしていく。

 ジュブリと蜜が溢れ出して、棒に伝い、彼を汚していく。受け入れているだけだというのに、幽香は迫る快楽を押し退ける為に歯を食いしばった。

 その力で腹筋に力が入ってしまい、無駄にレンを締め付けているのだけれど、そんなことは知ったことではない。

 贄を食す、という事で妖怪の本能的に快楽を得てしまう。けれど、ここで一度果ててしまうのはソレはソレで面白くないのだ。

 しっかりと彼を根元まで収めた幽香は何度か自分を落ち着ける為に深呼吸をして波が引いていくのを待つ。別に何度もすればいい話なのだけれど、最初ぐらいは、という思考があるのだ。

 

 レンを見れば泣きそうな顔で出ない様に耐えている。その顔を見た瞬間に幽香の中が軽く収縮する。

 彼の胸に自身の胸を押し付ける様に倒れて、キスをする。舌を絡めながら、腰を動かせば彼が鼻に掛かった声を漏らす。けれども舌を絡める事をやめるのは幽香が許さなかった。

 

 舌を離せば、半身を起こして幽香は腰を激しく躍らせた。その快楽にレンは歯を食いしばる事もなく嬌声を上げる。

 もう少し、もう少し、と幽香はレンを見つめて、レンはソレをわかっている様に耐える。

 耐えるのだけれどダムの決壊は容易く、白濁を幽香の中へと撒き散らせ、その熱い液体に幽香が絶頂。ビクビクと収縮する果肉にまたレンの思考が飛び、白濁液を出してしまう。

 

 

 

 

 一回戦が終わってしまえば情事後の会話なんてないまま二回戦へ突入して、三回戦か四回戦辺りでレンが力尽きて情事は終える。

 後始末も程々に、レンを抱きしめて満足した気分のまま瞼を落とした幽香。

 力尽きて尚意識は保っていたレンは幽香の額に張り付いた髪を梳いて、額へとキスをした。勿論、下心なんて一切ない。

 呼吸を落ち着けて、幽香の拘束を抜ける。幽香自身も起きているのか、容易く抜けれた拘束にさした何も思わずに、レンは日記を持ち、ペンを握る。

 

 適当にページを開いて、ペンを走らせる。

 一枚、二枚、三枚、四枚程ページに文字を書き込んでソレを日記から破り離した。几帳面に何回か折って、表面に宛先を書いておく。

 これで、見た人間は誰に出すか気づいてくれる筈だ。

 

 

 息を吐いて、ページを捲ればまだ乾いていない一輪草が落ちた。その一輪草を拾い、日記の隣に置く。一番後ろのページを開いて、新しくペンを走らせる。

 

 

 

 

 

 一時間程で書き終わった内容に息を吐いて、一輪草をそのページに挟み、次は日常の日記の最後のページを開く。

 荒くなりそうな息をどうにか抑えて、レンは日記を書いていく。明日まで、自分が自分であるのならば、きっと、と淡い何かを抱いて。

 レンは日記を書き終える。

 

 日記を閉じて、隣に破った紙を四枚置いておく。

 大きく息を吐き出して、天井を見上げる。瞼を閉じて、もう一度ゆっくりと呼吸をした。

 

 深く吸い込んで、

 

 

 少し止めて、

 

 

 細く吐きだした。

 

 

 それを三度繰り返した所でレンの後ろで唸っている声が聞こえた。

 どうやらレンが消えた事で温もりを探して幽香の手が彷徨っているようだ。

 そんな幽香にレンは苦笑して、手を掴んで、その腕に抱かれる様に布団に入り直す。

 そのまま瞼を下ろして、ゆっくりと微睡みの中へと身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽香が目を覚ましたのは隣にある温もりが消えてしまっていたからだった。

 何度か手で確認して、瞼を上げればレンの姿がなかった。

 

 耳を澄ませてみても聞こえるのはまだ止んでいない雨音だけで、彼が料理をしている音も聞こえない。

 机を見れば一冊の本が置かれていて、ソレが彼の日記であることは昨日のやり取りで幽香は知っていた。置かれていたのは日記だけで、ソレを勝手に読むのは気が引けた幽香はシャツを拾い上げて羽織る。

 プチプチとボタンを掛けていき、家の中を歩く。

 

 キッチンにもいなければ風呂場にも、トイレにもいなかった彼。

 ふと、キィキィと風に揺られている玄関扉に気がついた。

 

 幽香の中にゾクリとした何かが走る。

 攫われた?

 疑問が湧いたけれど、どうやらソレは直ぐに払拭された。

 

 下を向いている向日葵を見ながら、レンが雨に打たれて外に立っていた。

 幽香は安堵の息を吐き出して、声をかける。

 

「レン、何をしているの? 風邪を引くわよ」

「…………」

 

 レンは振り向いて、無表情で幽香を見た。

 そして首を傾げて、口を開いた。

 

「ねぇ、妖怪さん」

 

 無表情で、対して大きくもない声が幽香の耳に届く。

 ソレはちゃんとレンの声で、ソレはレンの格好をしていて、ソレはレンの表情で。

 レンは繰り返した様に、もう一度改めて、次は続けて口を開く。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、妖怪さん……

 

 

 

 アナタはだぁれ?」

 




え?

ってなった人は幽香さまと同じ気持ちだから仕方ないね。

あぁ……。

ってなった人はまだ私の引掛けに掛かってるから仕方ないね。

おぉ……?

ってなった人はきっと私の電波を受信した残念な人だからドンマイネ。


そろそろ一人称に戻そうかしら。


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57 一輪草

「ねぇ、妖怪さん。 アナタハだァレ?」

 

 唇が乾いていた。雨が降っているにも構わずに、潤いを求めるように口が乾き、舌が上顎に張り付いた。

 

「な、何を言っているの?」

 

 震えた声が幽香の口から漏れた。雨が屋根を叩き。雨が地面を撃ち。雨がレンから垂れた。濡れた髪からポタポタと雫を落として、顔に水を流し、瞳に雨を溜めて垂らした。

 無表情であるレンが首を傾げる。カクンと、まるで首の関節が緩い人形の様に、人形らしくレンは首を傾げた。傾げた拍子に髪に付いていた水がハネて、垂れた髪が彼の額に張り付く。翠の瞳と黒の瞳が幽香をまっすぐに見つめた。

 

「妖怪さん。アナタは、ダレ?」

「――ッ」

 

 再度彼から出てきた言葉に幽香は息を飲み込んだ。もしかして、では無い。現実を直視してしまう。

 雨も、泥も気にする事なんて無く、幽香は足を踏み出した。土の含んだ濁流が足に触り、泥が跳ねる。

 雨が髪を打ち、服を張り付かせ、水が体を伝う。

 幽香が彼の肩を乱暴に掴んだ。

 

「冗談はやめなさい!!」

 

 それは幽香の願いだった。今にも折れそうな彼の肩を意図せず強く掴む。服がズレて昨晩に付けた肩から胸に掛けて細い傷が覗いた。

 肩を掴まれているというのに、レンは無表情で掴んだ幽香を見上げて口を開いた。

 

「じょう、だん? 何を言っているの?」

「―ッ」

 

 知っていた。彼が冗談を言える性格では無いことを知っていた。

 先日の宴会で彼がはにかみながら言った言葉はソレに近しいモノではあったけれど、こうして問い詰めればきっと彼は答えたハズだ。

 確信に近い何かが幽香を押しやり、同時にソレは今現在の状況の肯定にも繋がった。

 もしも、彼が冗談、嘘を言っていないならば。

 レンが私を忘れてしまったのなら。

 

『彼が生きる可能性は――』

 

 薬師である永琳の言葉が幽香の中に反芻して、彼の肩から手を離した。

 幽香は必死で記憶を遡る。

 昨晩の情事。言ってない。

 自宅までの道のり。言ってない。

 守谷神社で彼を奪った時。言ってない。

 先日の酒宴。言ってない。

 自身では無く守谷を選んだ時。言ってない。

 彼がスキマから戻ってきた時。言ってない。

 スキマに攫われた時。言ってない。

 見舞いの時。言ってない。

 彼が目を覚ました時。言っていない。

 いつからだ。いったいいつから彼は、

 

 

 私の名前を呼んでいない?

 

「……ねぇ妖怪さん、僕は行かなきゃ」

「え?」

 

 パチャリとレンが水音を鳴らす。

 思わず出てしまった声。俯いてしまっていた顔を上げて、救いでも求める様に手を伸ばした。

 けれどもソレはレンの着流しを触れるだけで、止める事は出来なかった。

 

「ど、どこへ行くの。 アナタの家はここよ!」

「僕は贄で、贄は捧げられないと」

「何を言ってるのよ、戻りなさい……戻って、ゆっくり話しましょう」

「…………ごめんなさい、妖怪さん」

 

 彼の前の空間が裂ける。縦に線が入り、少年一人が入れる程度に開いた。先は暗闇と瞳が大量にある空間。通称、スキマ。

 その裂け目の隣に傘を差した女性が立っている。足元は濡れていてもいい筈なのに、水滴すらもついていない。そこに居る筈なのに、まるでそこに存在していない。

 

「あら、もういいのかしら?」

「…………」

 

 八雲紫の問いにレンは応えずに、スキマの中へと足を踏み入れた。

 同時に足取りが覚束無いながら幽香が立ち上がり、レンに手を伸ばす。伸ばした手がレンに迫る。けれどもスキマは無残に閉じられて、その空間からレンは消えてしまった。

 虚空に手を伸ばした幽香は行き先の無い手で拳を握り、そのまま横にいた八雲紫へと振るった。

 

「あら、暴力的ですこと」

「五月蝿い!! お前か!? また、お前がレンを奪うのか!!」

「……さて、どうかしら?」

 

 ふわりと拳を避けて宙へと浮いた紫が詰まらなそうに息を吐きだした。何もないところに肘を置いて頬杖をついた。

 

「本当に、アナタってわかってないわ」

「何がよ!? アンタが大凡の原因でしょう!?」

「……まぁ、否定はしないわ。だいたいの事象は私の原因ですし」

「なら!! 彼を、レンを私に返しなさい!!」

「ソレは、ソレ。これはコレ。 どれもこれも私の責任にしないでくれます?」

 

 そうして紫は一転してケタケタとイタズラをしたように笑う。

 冷たい雨が幽香の頭を幾分か冷やして、苛立たしげに土を蹴り飛ばす事で心を無理やり落ち着けた。

 その様子を見て紫はようやくか、と息を吐き出して言葉を続ける。

 

「先も、彼が言った様に……彼は捧げる事にするわ。この幻想郷に」

「……それで、レンはどうなるのよ」

「そうね。よくて、形を保ったまま死ねるわ」

「……」

「悪くて消失」

 

 キッと視線を強くして幽香は紫を睨んだ。けれどもソレも意に介さない様に紫は言葉を続けていく。

 

「あぁ、それでも時間というのは掛かるのよ。なんせ、幻想郷に直接関わる儀式だもの。それはそれは時間が掛かってしまう。私は冬眠に季節だと言うのに」

 

 さも面倒だと言わんばかりに、まるで劇をしているかの様に朗々と言葉を出した紫。続けて、それでも夜までには儀式は終わる予定よ。と態とらしく呟いた。

 

「さて、どこか小高くて広い場所の取れて、尚且人間も寄り付きはしない、だいたいあの辺にでも術式を――」

「巫山戯てるの?」

「いいえ、まったく、これっぽっちも巫山戯てませんわ。よく言うでしょう? 山よりも高く、海よりも深い範囲も巫山戯てませんわ」

 

 これっぽっち、と両手を大きく広げた紫に対して、思わず幽香は頭を抱えた。続けられた言葉にツッコム気力さえなかった。

 そんな幽香を楽しげに笑い、そして、その笑いが唐突に消える。

 

「私は立場上、アナタの邪魔をしなくてはいけませんわ」

「そう……で、本音は?」

「あら本音よ? 一妖怪としては彼を攫う事に成功した。幻想郷の管理者としては幻想郷をさらに安定させることが出来る。とっても素晴らしいわ」

「……」

「とっても素晴らしくて反吐が出そう」

 

 舌打ちを一つだけして、それを隠すように紫は扇で顔を隠した。決して望むべき展開ではなかった。望んでいた展開だったなら、こうして幽香の目の前に現れる事すらなかったのだ。

 

「……おっと、そろそろ私は戻るわ。 彼が寂しがるもの」

「……一言いいかしら?」

「死ね、くたばれ以外ならどうぞ」

 

 幽香は何も言わずに踵を返して自宅へと戻った。扉がやけに大きな音をたてて閉じられ、ソレに紫はため息を吐いた。

 

「あぁ、ホント、羨ましいわ。本当に」

 

 

 

 

 

「…………―――ふぅ」

 

 レンが消えた。雨が降っている。まるであの日を思い出すような日だ。そう幽香は感じてしまった。

 感じてしまう事が出来る程、気持ちは落ち着いた。

 ベッドに座り、傘を置いて、息を吐いた。

 ギシリとベッドが軋み、横になるとレンの匂いが染み付いた布団が幽香の顔を包んだ。

 大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出される。

 

「…………」

 

 幽香が顔を上げて眉間を寄せる。いやいや、何を流されそうになっているんだ。危ない危ない。

 少し名残惜しいけれど、布団から顔を離す。あの日とは違うのだ。

 ため息を吐いた所で、机に置かれた日記が目に付いた。

 幽香は内容さえ知らない、至って普通の本。さして言うならば、彼が大事そうに持っていた事だけだ。

 

『彼が生きる可能性は半々、更に意識を戻す可能性がその半分、記憶に異常がない場合が半分』

 

 瞼を閉じて、あの薬師の言葉を反芻する。

 

『……ダェ?』

 

 乾いた喉で必死に彼が出した声を思い出して幽香は苦笑する。

 もしかして、最初から、私を覚えていなかったのか?

 では、あの許しを請うたあの時はいったい?

 頭の中でグルグルと疑問と疑念が疑心と絡まって回る。

 瞼を開けて、息を吐き出す。

 本に手を伸ばして、表紙を撫でる。ざらりとした感触が幽香の手に触れる。

 

「…………あぁ、追求をすればいいか」

 

 本を掴み、幽香は立ち上がる。しっかりとした足取りで、自分の意思で、とても冷静に玄関に向かう。向かう所は永遠亭。

 玄関扉のドアノブを掴んだ所で幽香の足が止まる。

 そして、何かを思い出したようにドアノブから手を離して、気まずい様に息を吐き出して、グシャリと髪を撫でた。

 流石にカッターシャツ一枚、それも濡れて張り付いたソレだけの格好で外を出歩くのは冷静とは言えないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

「……」

 

 レンはスキマの先、八雲宅に立っていた。

 掴まれていた肩を掴んで、カタカタと震えている。気丈に振る舞いはしたが、妖怪である幽香に肩を握られていたのだから痛みもあるだろう。

 それを見た九尾の狐が少しだけ困り顔で口を開いた。

 

「大丈夫か?」

「……いたい」

 

 随分と短い主張ではあったけれど、しっかりとそう告げたレン。

 泣きそうな顔をして、着流しを握りしめて、何かを耐える様に歯を食いしばった。

 八雲藍がレンに手を伸ばし、肩を抱こうとした。

 けれども、伸ばした手が彼の肩に到着する前に彼は伏せていた顔を上げて、また無表情へと戻る。

 

 息を大きく吸い、少し止めて、吐きだした。

 

 たったそれだけの行為で、レンは決断を決意し決別してしまう。それほどの行為なのだ。

 

 藍の背筋にゾクリとしたものが走る。確かに、感情制御に長けた人間は経験上に存在していた。けれども、この短い瞬間で切り替えれる人間は少数だった。そして、この年齢で切り替えたのは初めて見た。

 戦慄したのはソレと同時に、目の前にいる彼が壊れてしまった事を理解したからだ。人間として大事なモノが決定的に欠けてしまった。

 

 伸びていた藍の手に別の手が添えられる。藍が手を辿ればそれは自身の主である八雲紫だった。

 伸ばされた手が紫の手によって収められ、紫に気付いたのかレンが振り返る。

 

「ありがとう、お姉さん」

「……いいえ、いいのよ。私も頼まれ事だったし」

「……僕の?」

「そうアナタの、頼み事」

「そう……そっか」

 

 彼は自嘲した。知らない自分が知らない間に知らない頼みを知らない人にしているのだ。けれども、確かに頼んだのだろう。

 そうして、ようやく、レンは尋ねる。

 

「ねぇ、お姉さん」

「何かしら?」

「お姉さんは……妖怪? 人間?」

「……さぁ、どうかしらね」

 

 八雲紫ははぐらかす様に口を開いて、扇で口元を隠した。そこでようやく合点が言った様にレンは微笑む。

 

「八雲、紫?」

「えぇ、そうよ」

「じゃぁ、妖怪さんだ」

「えぇ、残念ながらそうね」

 

 扇で隠れた口元が引き攣る。対してレンは合っていた事に対して純粋にホッとしている。

 

「あぁ、本当に、羨ましいわ」

 

 そんな紫の呟きはレンに届くことはなかった。



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58 紫蘭

遅れました。
STGならこれがオープニングなんでしょうね……


 飛んでいる間に雨は止んだけれど、未だにどんよりとした雲が空を覆っている。

 本を手に持った私はスピードを殺しながら永遠亭の庭へと降り立った。縁側には竹取姫と薬師が立っていて、まるで私を待っていた様なそんな面持ちだ。

 

「ようやく来たわね」

「そう言うなら、要件はわかっているんでしょ?」

「ええ、アナタで二件目だからね」

 

 二件目? という言葉に疑問が生じたけれど、その疑問は容易く解けた。私の髪が風で揺れて、そよ風が何時しか突風に成り果て、そしてその中心に一匹の天狗が立っていた。

 ただ直立して、閉じていた瞼を開き何の感情も持たずに竹取姫を見ていた。

 

「天狗が私よりも先に?」

「それは当然ですよ。私は彼をずっと見てましたから。貴女が自宅へ消えてから直ぐにここに到着しました。今登場した理由は役者を揃える為です」

「役者?」

「私です」

 

 次は音すら立てずに地面へと降りてきた黄緑色。東風谷早苗。いつもの巫女服を着て、他人から分かるほど玉串を握る手に力が入っている。

 これで揃ったのだろう、と薬師が「さて、」と口を開く。

 

「彼が八雲紫に攫われたらしいわね」

「それは問題じゃないわ。取り返すから」

「そうなら次の問題に移りましょう」

「いやいや、十二分に問題でしょ!!」

 

 声を荒立てた東風谷早苗をチラリと見てから、事の重要性を理解していないことに気付いた。けれど、私にとってそんなことはどうでもいいのだ。なんせ彼女は名前を呼ばれていたのだから。

 

「レンさんが攫われているんですよ!?」

「いいのよ、取り返すのだから」

「いいって……!! レンさんはアナタを待ってるかもッ」

「黙れ、小娘」

 

 自然と伸びていた手が東風谷早苗の首を捉えた。そのレンに誰かを問われた私にとってそれは禁句なのだ。彼に求められる事もなく、手放すしか、捕まえる事が出来なかった私にとって。

 捉えた首に力を加えているとその腕が烏天狗の手によって掴まれる。私は手を離して烏天狗の腕を払う。ゲホゲホと東風谷早苗が咳き込んでいるがそんな事はどうでもいい。

 

「せっかく私が連れて来たんです。簡単に殺さないでくださいよ」

「次はもっとマシなモノを連れてきなさい。肥料にするわよ?」

「ハハハ、糞でも撒き散らしてあげますよ」

 

 舌打ちをして軽口を終わらせる。役者とか言ったけれど、そんなモノは必要ないのだ。私だけでいい。

 

「で、いいかしら?」

「えぇ、さっさと説明しなさい」

「あら、そう頭に血を上らせていると早死するわよ?」

「知るか。それに治療をミスした薬師の言葉なんて信じるに値しないわ」

「……どういうことかしら?」

 

 薬師が低い声を出した。それは同時に私をイラつかせる原因にもなり、今でさえシラを切り通せると思っている事に感服さえしてしまう。

 

「アンタが治療をミスしたから、レンは記憶を失っているんじゃないの?」

「……記憶を?」

「違うのかしら? それ以外に覚えはないわよ?」

「……」

 

 何かを思案する様に薬師は顎に手を置いた。

 

「えっと、幽香さん?」

「何かしら?」

「記憶が無くなっていたんですか?」

「……私の事を『誰?』と聞いてきたわ」

「……冗談とか」

「あの子が冗談を言える性格?」

「いいえ、そうは思いませんけど……でも、幽香さんだけを忘れるってあるんですかね?」

「……どういうこと?」

「流石に私も専門家、というわけでは無いので詳しいことはわかりませんけど。例えば永琳さんの治療でレンさんの記憶が飛んでしまったとします。それなら、私の事も忘れている筈でしょう? そんな幽香さんだけをピンポイントで忘れる様な事は少ないと思うんですよ」

「……なら、あなたの事も」

「それはありえません。彼は私を呼んでくれましたし、それこそ、幽香さんの所に行く時に私の事を『お姉ちゃん』……と……」

 

 そこで東風谷早苗の言葉が詰まった。頭を掴んで何度も確認するように、記憶を掘り起こしているのだろう。

 そんな東風谷早苗を放置して、薬師の口が開いた。

 

「東風谷さんの言う通り、断片的に記憶喪失に陥る事はあってもアナタだけを忘れ去せる、なんて事普通は出来ないわ」

「それを薬師ならやってそうだからココに来たんでしょ」

「それなら、彼はどうしてこの永遠亭から離れて守谷神社へ行ったのかしら」

「……」

「私の治療は薬で行う事もできるのだから、あとから彼の脳内から東風谷早苗という記憶を消す事も出来たはずでしょう? あの治療は完璧に、十全に、当然のように終わったわ。それこそ失敗する方がオカシイ治療なのだから」

「ならあの時に言った言葉は?」

「彼の存在を手元に置きたかったから言っただけよ」

 

 悪気なんてなかったように言ってのけた薬師。尤も彼女に悪気なんて求めている時点で私の落ち度だろう。

 

「永琳の言う通りよ。あの日、アナタが帰ってから永琳自身が言ってたし」

「身内を庇っているの?」

「庇うような従者はいないわよ。それにピンポイントでアナタを忘れさせるんだったら、それこそ催眠術とかでもない限り………………」

 

 そう言って竹取姫は口を止めて、そして薬師は頭を抱えた。私は察してしまい、竹取姫を睨む。

 

「そういえば、アナタ……レンに何かしてたわよね?」

「輝夜……」

「いやいや、ちょっと待った。待ってくださいお願いします」

「なるほど、蓬莱山輝夜さんが犯人なら全て合点がいきますね」

「ちょっと待ちなさい天狗。 そんな証拠も提出せずに」

「異議あり!! くぅー、一回言ってみたかったんですよねぇ」

「2Pは黙ってろ!!」

「黙りません! 輝夜さんは『何もしていない』証拠を提出できるんですか!!」

「悪魔の証明よ!」

「フフフ、甘い、甘いですよ輝夜さん!! こっちには証拠があるんですッ!!」

「しょ、証拠なんてあるわけが……」

「正確には証言です。 ねぇ! 鈴仙さん!」

「あはははは……ごめんなさい姫様」

「ッッッッッ!?」

 

 驚きのあまり口をあんぐりと開けた竹取姫とフンスと鼻で息を吐いた東風谷早苗。そして申し訳なさそうに頭を掻いて登場した発情ウサギ。薬師は淡々と状況を見ている。

 

「ぐぬぬ……えぇ、いいわ、認めましょう。 確かに私はレンに催眠術を掛けた、掛けたわ」

「なら、」

「でもソレが解けていたら?」

「……え?」

「いいこと、ナルホドー・早苗!! 私は彼に催眠を掛けた。けれどもそれは解除されていた!!」

「な、なんですってー!!」

 

 次は東風谷早苗が驚きを隠せず、そして肩を揺らして笑う輝夜。そして東風谷早苗の隣で烏天狗が「よく思い出してナルホドーくん!」とか言っている。私はため息を吐いて、薬師に寄った。

 

「で、この茶番はいつまで続くのかしら?」

「さぁ? 二人が満足するまで続くのじゃないかしら?」

「そう。ならさっさと話をしましょう。時間の無駄は嫌いよ」

「そうね。では話を戻しましょう。

 今しがた輝夜の言った通り、彼に催眠術を掛けていた事は否定しないわ」

「やけにあっさり認めるじゃない」

「アナタだって知っていたことでしょう?」

 

 正確には催眠術ということは知らなかったけれど、ここの住人に何かしらの事をされた事は私は知っていた。それでレンの表情が柔らかくなっているのを目撃している。

 私は眉間を寄せながら薬師の話を促す。

 

「じゃぁ、やっぱり」

「いいえ、それは違う。輝夜は記憶を消していない」

「……言い切るわね」

「ええ、言い切るわ。 あの子がそれほどの度胸を持っているとは思えないし、それにもしも消すのなら花の掃除で忙しかったアナタもだけれど、東風谷早苗の記憶を消していても可笑しくはないでしょう?」

 

 確かにそうだ。けれども、あの時点では東風谷早苗の事は覚えていた。私を忘れていたかどうかは不明だ。

 少し不明な点が多すぎる。私は溜め息を吐いてから情報を一度整理していく。いったい彼がいつから私を忘れていたのか。それこそ、最初から私の事なんて忘れていたなら……彼の幸せを考えてしまえば私の元よりも、守谷にいるべきだった。

 

 けれども、私は守谷から彼を離し、連れ去った。

 ガチン、と何かが私の中で嵌り、可笑しくて笑いが溢れてきた。クツクツと嗤う私を訝しげに、どこかオカシクなってしまったのか、と見てくる薬師を手で止めて、私はニヤリと笑ってみせる。

 

「今更責任の追求なんて馬鹿げた事をしている事が可笑しくて」

 

 実は、嘘である。

 実際、彼女らが犯人ならば何度か殺していただろう。今ですら「私が犯人よ」と名乗り出ていれば殺しているだろう。

 私が笑ってしまったのは私自身の事だ。彼の事になるとどうも思考がオカシクなるらしい。心が彼に偏っているのか、それともスキマの言っていた贄としての力なのか。

 まぁ、どうでもいいことだ。

 

「その本……」

「ん? あぁ、レンが置いていったのよ」

「それ、彼の日記よ」

「…………」

 

 そしてこうして真実を辿る為の必需品は私の手に持っている事が判明する。

 呆れと疲れからか、薬師は溜め息を吐いてしまった。私も自身の呆れに溜め息が出てくる。

 

 変わらずも茶番をしている三人を放置して私は本を開く。

 箇条書きみたいに必要最低限しか書いていない文章。筆やペンで書かれていて、彼らしい几帳面な文字が書かれている。

 

『一日目。

 八意永琳にこの本を渡される。

 パチュリー・ノーレッジに義眼を移植される。

 フランに綺麗な色と言われた。瞳の色は翠色。

 

 

 

 二日目。

 よく眠れた。起きた時の感覚はよく知っているモノだ。

 因幡のてゐはどうやら贄を恨んでいるらしい。

 台所で調理をした。久しい調理だ。

 輝夜はキス(接吻)をすると起きるらしい。起きた時に不満顔だったけれど。

 今夜に上白沢慧音という人物が勉強を教えてくれるらしい。いつかに僕を助けてくれたらしい。

 

 

 

 三日目。

 寝坊。どうやら上白沢慧音という妖怪と交わったらしい。

 まったく記憶に無い。置かれていた手紙と自身が裸だった事からの判断だ。

 近頃夜の記憶が無い。まるで昔のようだ。

 スキマ妖怪と呼ばれていた八雲紫に呼ばれ、彼女の邸宅へと向かう。確認の為に日記を少し書いておこう。

 

 

 八雲邸での話を纏めれば、贄の在り方の話だ。重々に承知している事を言われた。

 八雲藍と名乗った狐の妖怪とも交わったらしい。まったく記憶が無い。

 こうして落ち着いて考えれば僕の記憶はどれほど正しいモノなのだろうか。忘れている夜を思い出そうとしてもザリザリと何かが擦れる。

 これは催眠。けれども、催眠ではない部分、それこそ、ゴッソリとその日を忘れている所がある。

 こうして日記を読めば、こういう事があるというのは理解できる。出来るだけで、鮮明にその情景を思い出せない。

 八雲紫にはどうやら気がつかれているらしい。どうでもいい。

 

 

 四日目。

 先日の日記から、どうやら僕は記憶を失っているらしい。

 こうして自覚すればわかる事だ。その事すら忘れていたのだから。

 

 朝食の時に文がやってきた。どうやら彼女の事は覚えていたようだ。

 人の事は忘れない。昨晩の事だけならば、日記がある。

 どうやら催眠は輝夜に掛けられていたらしい。まさかの事だ。

 居住を守谷神社に移す。

 神奈子と諏訪子に迎えられて、僕は守谷に住む。

 

 絶対に、バレてはいけない。

 もしも、バレたなら、僕は捨てられるかもしれない。いいや、捨てられてしまうだろう。

 

 

 

 五日目。

 髪を切る事になった。

 散髪の途中に霧雨魔理沙が来訪し、同時にアリス・マーガトロイドという魔法使いまで来た。

 蓬莱人形と呼ばれていた人形を抱きしめさせてもらった。

 柔らかい感触とサラサラな髪だった。

 

 きっとこれも忘れてしまうんだろう。 

 

 一度読んだ事のある本を読んでしまっていたらしい。

 僕にとって初めてだったけれど、どうやら僕にとって二度目だったらしい。

 諏訪子にバレたかもしれない。明日から本を読まない様にしよう。

 

 

 六日目。

 早苗と諏訪子がじゃれていた。どうやら早苗が寝坊したらしい。

 僕が抱かれていたのが原因なのだけれど。起きなかった早苗が悪いのだろうか。

 

 この日は燐が守谷神社にやってきた。

 そして、博麗霊夢も。あった時に思い出す事をしてようやく彼女の名前を出したのだけれどどうやら勘違いしてくれたらしい。

 明日は宴会をするらしい。楽しみだ。

 

 

 

 七日目。

 宴会。五月蝿い。

 こうして忘れてしまう事だけを書いている。なんとも味気なんてない日記。

 

 アリス・マーガトロイドに会った。そして、緑色の髪を前で結った、誰かに会った。

 思わず出てしまった言葉を取り繕うように、まるで八雲紫や輝夜の様に嘘を吐いてみる。騙されてくれたらしい。

 同時に、誰かを忘れて―――――――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 八日目。

 まだ焦燥とした気持ちを保っている。つまり、忘れていないのだ。

 宴会の事は記憶に鮮明に残っている。逆に言えば、ソレ以前の事が綺麗に消えている。

 

 眠る事でどうやら記憶が消えているらしい。たぶん。

 逆に言えば眠らなければ、という話だ。

 

 今日はアリスの所で服を大量に着せられた。

 疲れた。

 

 同時に文に写真を渡してもらえるように頼んでおいた。

 きっとそれがあれば僕はその光景を鮮明に思い出せる筈だ。

 覚えていたい。忘れたくない。

 

 

 九日目。

 覚えている。

 けれども、眠気が僕を襲う。もうダメかもしれない。

 僕の住むところが変わる。

 

 ■―彼女の所だ。

 先日の日記からここには忘れてしまうことだけを書けばいいと書いていた。つまり、僕が彼女の名前を書く事はない。

 

 

 十日目。

 この日記の持ち主は、僕なのだろう。

 こうして書いていると疑問だ。

 けれども、どうやらここに書いている事は本当らしい。

 先日に書かれた日記ある上白沢慧音が現れたけれど、おそらく日記がなければ僕の症状が彼女にバレていた筈だ。

 

 きっとこのままだと、彼女も忘れてしまうだろう。

 忘れて捨てられるというならば、僕は価値もない存在だ。

 

 彼女の事を忘れてしまったなら、この家から出て行け。

 ここに存在しているのは、彼女と僕でなければいけない。

 

 

 さようなら。』

 

「……」

 

 口を開いてしまうと、ふざけるなと叫んでいただろう。

 日記を掴んでいた手が揺れて、グシャリと紙が歪んだ。

 

 彼の思っていた事も、削られていく記憶も私にはわからない。けれど、言ってくれても、私は捨てなかった。

 いいや、私が一度捨ててしまったから彼はこういう選択をして、私を忘れてしまったのだろう。

 ならば、なおさらの話だ。

 彼を、レンを私は取り戻さないといけない。

 

 彼が全て忘れてしまっても、彼が生きているなら。

 淡い希望すらも捨てたくない。捨てれる訳が無い。

 

「おいおい、なんだか楽しそうなんだぜ」

 

 ブワリと風を巻き起こして、白黒魔法使いが地面に降りた。

 深く被った帽子からは彼女の目が見えないけれど、口はニヤリと笑っている。

 

「アナタには関係ないわ。白黒」

「おいおい、関係ない事ないんだぜ。 私だってアイツの事は心配なんだよ」

「事情は知ってるのね……」

「飛んでた射命丸に気づいたからな。ずっと上で話だけは聞いてたんだぜ」

「なら尚更帰りなさい、邪魔よ」

「帰れって言われても、私は好きな様にするんだぜ」

「……アナタはあの子に執着することもないでしょ」

「…………執着はしてないさ」

「なら、」

「友達が攫われて黙ってる人間なんかにはなりたくないんだぜ」

 

 やはりニヤリと笑った普通の魔法使いの少女。屈託のない笑顔はきっと誰にでもこうなのだろう。だからこそ、レンの日記に名前が書かれた。レンが彼女の事を覚えていたかった。

 

「……勝手にしなさい」

「おう、勝手にするぜ」

 

 こうして私はフワリと浮かぶ。

 曇天で薄暗い空だというのに、小高く、開けた場所にあるスキマが指差した場所がボンヤリと光っている。

 きっと術式が始まるのだろう。リミットが近づいている。私は向かうしかないのだ。

 

「待ってなさい……レン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

 レンは空を見上げていた。

 

「不安かしら?」

「…………」

 

 術式を行使していた八雲紫からの言葉すら無視して彼は空を見続けた。

 八雲紫は知っていた。だからこそ、言う事はなかった。彼が記憶を失っている事も。彼がこういう選択肢を取ることも。

 だからこそ、彼を攫って自身に選択の主導権が移るように動いたのだ。

 

 八雲紫は彼に気づかれない様に溜め息を吐いた。

 そして手に持った紙を見た。

 内容はこの計画、つまり彼を幻想郷に捧げてしまうことが書かれている。誰が書いたか、彼である。

 手紙の表紙に書かれた『助けてゆかりん!』の文字は彼らしく随分と整った文字だった。

 個人的には呼ばれたかったなぁなんて思いつつも、けれども彼は八雲紫を頼ることを望んだのだ。

 尤も、そのことを彼は忘れてしまっているだろうけれど。

 客観的に、それこそ、彼でもその手紙の内容を知っている八雲紫以外には彼の選択はとても崇高なモノだ。

 まるで贄として正しい選択。世界に捧げられる事でその命を落とすのだ。

 

 けれども、八雲紫は知っている。

 これはエゴの塊だ。人間らしい、とても汚い、イビツな願いだ。

 

「…………」

 

 そのことを知りながらも、紫はそのことを否定することはない。

 世界の管理者、という役職を除いても、紫はそのことを否定することはないだろう。

 

「……じゃぁ、始めましょうか」

「……うん」

 

 そして術式は始まる。

 彼の願いはゆっくりと進行していく。



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59 提琴桜

逆に考えるんだ、戦闘描写など消してしまえ、と。
独白増々でお送りいたします。
なお、気がつかれても黙ってニヤニヤしていただける事を願います。
遊び心は大事なのです。


 足元にあるのは魔法陣。

 ソレがやんわりと弱く発光して、僕を包んでいく。

 曇天まで伸びた光の柱。その中心には僕が立っているのだ。

 果たして僕は僕であるのだろうか。いいや、僕は僕にしか成れはしない。僕は僕で在り続けなくてはいけない。

 でなければ、八雲紫に頼んだことすらも意味がなくなってしまう。

 僕は苦笑する。

 僕は笑顔を作る。

 僕は哂う。

 そうでなければいけない。

 僕は僕だ。誰でもなく、僕は僕である。だからこそ、こうして僕は柱の中心で立っているのだ。

 

「本当に、いいのね?」

「……うん」

 

 再三の確認である。

 八雲紫に対して何かを覚えている訳ではないけれど、きっとそれでも彼女は僕に対して何かを想っているのだろう。いいや、それは贄という何かの執着なのだろうか。

 

「レン。どうしても?」

「……ごめんね、フランドール」

「ッ……うん、本当だよ」

 

 金髪の吸血鬼は無理に笑顔を作ってくれる。

 こうして僕だった僕が彼女達に向けて手紙を出した。この我侭に付き合ってくれそうな、そんな人物達に出した手紙。

 もう記憶になんて残っていない。

 おそらく大切な友人だった吸血鬼。

 きっと好きよりも好きだろう火車。

 それも全部覚えていない。あぁ、僕は忘れてしまう。

 僕はきっと僕であることも忘れて、別の何かになってしまうだろう。その前に、その前に僕の我侭が叶えばいい。

 僕の我侭を叶えてくれそうな八雲紫。

 僕の我侭を利益と考える巫女。

 そんな巫女が眉間を寄せる。

 

「ホント、同情するわ」

「贄という立場に?」

「……さてね、それは私の勝手でしょ」

「なら僕の選択も、僕の勝手であるべきだ」

 

 やはり巫女は溜め息を吐いて肩を竦めた。

 同情なんていらない。僕はこの為に生まれてきた。僕にこの選択肢以外を選ばせないでほしい。僕は僕の為でも、この世界の為でも、ましてや叔父の為でもなく消えてしまうのだ。

 それは僕の我侭だ。

 これは僕の我侭だ。

 そして僕は我侭だ。

 許可を求めず、理解を求めず、理由を求めず。

 

「ねぇ、魔法使い的にはどう思うの?」

「さて、器がどう思おうが私には関係ないわ。私は妹様の付き添いであり、この異変には関与するつもりは無いもの」

「あらそう。流石は動かない図書館ね」

「ただ……行く末は実に興味深いわ。器……贄が世界に溶け込む様なんてとっても素敵よ」

「あっそう。私にはやっぱり分かりそうにないわ。その気持ち」

 

 紫色の髪の少女は木に凭れながら本を読んでいる。

 その様子に溜め息を吐きだした巫女はフワリと宙へ浮く。

 

「けれど、幻想郷の為であるなら、私は動きましょう。それこそ、一応人間が妖怪に襲われる訳だし」

「それこそ私にはわからない理由ね」

「理由にすればくだらないモノよ。人間を守る、だなんて」

 

 まるで自分を卑下するように口走った巫女は曇天へと上がり、そしてその姿を小さくした。

 柱の前に座っていた火車はペタリとその肉球を柱へと押し付けた。光だけだというのに、押し付けられている肉球。

 

「……ねぇ、レン。あたしの事も忘れちまったのかい?」

「……ごめんね、猫さん。覚えておきたかったんだろうけれど、僕はアナタを思い出せないんだ」

「……あぁ、そう、だろうね…………そう、書いていたよ」

「ごめんね」

「……いいさ、それでも、それでもアタシ達がそれ相応の何かで繋がれているのはアタシが覚えているさ」

「…………」

「それで、それだけでいい。悲しい気持ちを嚥下するのは、また今度にするよ」

 

 そういって二又の尻尾が揺れて猫は暗がりへと消えた。

 日記に書いていた事である程度は覚えている。いいや、断片が繋がっているだけとも言えるけれど、それも正しいか定かではない。けれども正しいと思いたい。この気持ちは偽りでは無いと。

 嘘ばかりで固めた自分。嘘で偽り続けた自分。嘘で在り続けた自分。

 

 それでも、僕はこの嘘と共に在る事を決めて、そして今に至る。

 

 これは僕の我侭だ。

 誰にも邪魔させない。誰にも阻止させない。誰にも停止することの出来ない。僕の我侭だ。

 

 フワリと風が頬を撫でた。

 舞う草を見送る。

 混じった幽かな花。

 ゆっくり香りを吸い込む。

 

 この匂いがとても好きだと知っている。

 同時に僕はこの匂いを捨てる事を決めた。

 同時に僕はそれから離れてしまう。

 

 あぁ、そうか。

 

 

 僕は死ぬのか。

 

 やはり僕は苦笑してしまう。

 ようやく行き着いた答えがなんともオカシイのだ。

 ソレは終わった事なのに……いいや、始まった事なのだろうか。

 結果的に、僕は戻ってしまった。帰結した、と言えるのだろうか。

 

 やはり僕は苦笑する。

 やはり僕は笑みを作る。

 やはり僕は哂ってしまう。

 

 我侭な僕は際限無い我侭をもう一つ言いそうだ。けれどソレは求めすぎというモノだろう。

 まるで絵本の様な事は起こらない。起きても僕は拒絶するしかないのだ。

 僕だった僕の我侭を止める事は僕である僕ですらしてはいけないのだから。

 

 

 

~~

 

「はて、ともかくとして、私の行く先を止めるのは火車ですか……」

「あぁそうらしいね。天狗」

 

 森の上空。

 正確に言うならば、永遠亭と丘を結ぶ最短の直線上に位置している空中。そこに烏天狗と猫耳猫尻尾の女の子が立っていた。烏天狗は手に持った羽団扇をそのままに腕を組んでいる。対して火車と呼ばれる妖怪はただ立っているだけ、いいや、自身の背後に青白く光る髑髏(しゃれこうべ)を幾つか浮かしている。

 烏天狗、射命丸文がこのルートを選んだのはそれこそ単純な理由だった。最短で最速であったからだ。それ以外は最上であっても最低なのだ。

 対して火車、火焔猫燐がこの位置に立っていたのは偶然にも等しい。いいや、なんとなく予想していただけというのが正しいのだろう。

 

「どうせレンを助けるんだろう? その必要はないよ。ネタにもなりはしない」

「生憎、オナネタは十二分にあるんですよ」

「……」

 

 肩を竦めてとんでもないことを言ってのけた烏天狗。火車は思わず顔を顰めて溜め息を吐き出す。まぁ何にしても、両者とも目の前の存在が敵である事は変わらない。

 

「ならいいじゃないか。簡単にレンを逝かせておやりよ」

「ソレは問屋も文屋も卸しません。ネタは常に新鮮な方がいいでしょう?」

「そんな事、レンは望んでないよ。生きる事も、なにより盗撮される事もね」

「盗撮なんて許可された時点で撮影会でしかないんですよ。それに彼が生きていない世界なんてソレこそ盗撮する価値が無いじゃないですか」

「盗撮しなけりゃいいだろう?」

「ソレはそれ。これはコレ。第一、盗撮しなけりゃネタなんて掴めませんよ」

 

 なんとも都合のいい解釈だった。そもそも盗撮なんてしなくてもいいだろうなんてツッコミはここに必要は無い。

 文を中心に風が鳴く。まるで耳鳴りがするみたいに響いた風切り音に燐は口をへの字に変えてしまう。

 

「彼がいくら忘れたって。忘れた事を忘れたとしても。その事すら彼の記憶になくて、いつか私達の記憶から薄れたとしても、写真さえあれば思い出せますよ」

「……」

「写真を撮りましょう。どうせ何時かは忘れてしまうのですから。せめて誰かが覚える為に、写真として遺してあげますよ」

「…………その最初の使い道が下心なのはどうなのさ」

「ソレはそれ。これはコレですよ」

 

 

 

~~

 

「まったく、どうにかしてるんだぜ」

「……」

 

 森の中。鬱蒼と生い茂る木々を薙ぎ倒して紅い剣が振られていた。

 箒に跨った普通の魔法使いはそれを潜るように回避して、逆さまの状態で帽子を支えた。対して魔剣とも呼ばれるソレを振るった吸血鬼はただただそんな魔理沙を見ている。

 見下しもせず、見上げることもなく、ただ真っ直ぐに。

 

「お前だって、あいつの事は好きなんだろ?」

「……うるさい」

「だったらアイツを助ければいいじゃねぇか」

「うるさい」

「アイツが死ぬことを望んだから、ソレを叶えてやる? ハッ! 馬鹿バカしいにも程があるぜ」

「うるさいウルサイウルサい!!」

 

 剣が魔理沙に向かい振られる。背後にあった木を蹴り、剣を巻き込むように避けた魔理沙はその勢いのまま器用に木々の間を抜けてフランドールの周りを飛ぶ。

 

「レンが、レンの望んだ事だもん!」

「あぁ、そうらしいな!」

 

 魔理沙の眼前に真っ赤な球体が現れた。それに息を飲みつつも言葉止めることはなかった。

 

「でも、そんな事知ったことじゃないんだぜ」

「レンが……レンの為だもん!! 魔理沙は何も知らないんでしょ!!」

 

 その言葉に一瞬、ほんの瞬く間。魔理沙の動きが鈍って、弾幕の一片が魔理沙を掠った。

 帽子が取れて、魔理沙が地面へと不時着をする。土煙が立ち上り、ようやく止まった魔理沙はギロリとフランドールを睨んでしまった。その睨みに対してもフランドールは気丈に睨み返し、改めて弾幕を張る準備をした。

 

「……あぁ、私は何も知らない」

 

 近くに落ちた三角帽をヒョイと箒で持ち上げて頭に乗せた。帽子を改めて深く被った魔理沙は反省をする。少しだけ、フランドールの事を羨ましいと思ってしまった。ソレこそ、お門違いも甚だしい嫉妬というか、羨望というか。

 自分の知らないレン。ソレは居て当然だ。なんせレンとの付き合いはかなり短い。それも自分が彼に興味を持ったのは単なる好奇心だ。誰もが執着している彼だからこそ、気になった。話してみれば淡々としていたけれど、しっかりと意見を持っている事を感じた。

 そして、きっといい友人関係にもなると思っていた。いいや、魔理沙は自称ながら彼と友人だと言い切れるだろう。

 

「だからこそだ」

「……」

「だからこそ、私は友達(レン)を救ってやる」

「レンはソレを望んでないんだよ!!」

「知ったことか! 私はレンの事をよく知らないんだぜ!」

 

 魔理沙は不敵に笑ってみせて、箒に足を掛ける。穂先にミニ八卦炉が装着された箒。その八卦炉がまるでブーストの様に火が点される。

 

「バカしてる友達を止めて、アイツの事を知る為に生かして、知ってやる!」

「ソレがレンの為とでも思ってるの!?」

「ソレこそ知ったことじゃないんだぜ! 誰もが笑えるハッピーエンドってのが物語には必要なんだぜ!!」

 

 

 

~~

 

「霊夢さん的には、私が間違っていると思いますか?」

「ええ。それはもう当然ね」

 

 川を伝う様に移動していた風祝の前に巫女が立ちふさがった。

 超人的な勘を持ってここに滞在していたらしい博麗霊夢は東風谷早苗が来ると同時に問答も無く弾幕は張り巡らした。対して東風谷早苗はその弾幕を回避する訳でもなく、同じく弾幕で応戦する。

 立ちふさがる敵に対して随分間抜けた事を聞いてしまった早苗。そしてその問いに対して淡々と応えた霊夢。

 

「そうね。博麗の巫女として言わせてもらうわ。引きなさい、東風谷早苗。彼は幻想郷にとって危険で、そして何よりも有益よ」

「そんなこと……」

「二度は言わないわ、早苗。黙って引くか、落とされるか。二つに一つよ」

 

 そもそも、霊夢自身は贄である彼に興味のかけらすらなかった。

 なかったからこそ、こうして淡々と早苗に言えるのだ。さらに言えば幻想郷にとって、守るべきソレを効率よく守る為に博麗霊夢は選択した。

 贄を捧げる事を了承した。

 故に、結果として幻想郷の安寧を脅かす事になる『贄を助ける行為』。そしてそれを複数人でやろうとしている事は異変だ。

 異変は、対処しなくてはいけない。

 こうして博麗霊夢は改めて頭の中に理由を作り出して、自分を正当化した。

 

「家族なんです……。守ろうって決めた! 守らないといけない、大切な家族なんですよッ!」

「…………」

 

 だからこそ、こうして直情的に彼を助ける事の出来る存在が羨ましいとも思った。思っただけで口には出さない。霊夢だって、人が一人死ぬことを認めた訳ではないし、彼が生きていても幻想郷は案外安定することを知っている。

 情報的に知っている訳ではない。直感的にそれを知っているのだ。

 けれども、それでも。

 

「あっそう。それでも、面倒だけれど、止めるわ」

「分からず屋!」

「そんな職業なった覚えはないわよ」

 

 東風谷早苗の激昂もなんのその。博麗霊夢は気怠げな印象のまま針を握る。

 知っていたとしても、変わらないとしても、博麗霊夢は幻想郷の巫女なのだ。

 少しくらい、幻想郷の贄である彼の為に働いてやろう。

 内心、面倒だ、と溜め息を吐き出して霊夢は針を投げた。




まずはアトガキになりますが、遅れてしまって申し訳ございません。戦闘描写をどうするか考えていたらこんなに時間が掛かってしまいました。
結論的に言えば、戦闘描写、弾幕描写なんてなかったんや!!
戦闘描写は皆様の脳内で2Dのいつもの弾幕風景で繰り広げるか、適当に3Dにして妄想していただける事を願います。

レンの記憶に関して少しまとめ。
・眠ると記憶が無くなる
・記憶の喪失は不安定である
・断片的に記憶が残っている事もある
・日記でその断片を繋いで補完可能
たぶんこの程度です。

レン君の我侭に関しては、たぶん次か、その次か、はたまたいっそのこと語らないか、まぁ予定はしているけれど、予定は未定であるからして、ごにょごにょ。


あ、わかっていると思いますが、そろそろこの物語も終わりを迎えます。
エンディングだぞ、泣けよ。みたいなことにはたぶんしませんが、読者様を軒並み放置して作者如きが満足する仕様となっております。
いいか、気になる事は作者に聞けばいいんだ。まるで打つと響く鐘……とは言いませんが、ヤンキーにジャンプしろと言われて涙目で跳んでいるオッサン程度にはチャリチャリと鳴ります。


今ってヤンキーも死語なんですかね……。


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60 ルピナス

サブタイトルが全く関係ないモノになってしまった。向こう見ずにこんな事するから……。
まぁ遊び心はとっても重要なのです。
スペルカード対戦を書いている途中で儚月抄でスペカ対戦が文章化されてる事を知ったのは私だけの秘密です。

異変解決編

2013/10/22
脱字補填


 元々、レンの計画は穴だらけのモノだった。それこそただ自分の我侭を八雲紫の手によって叶えさせる。たったそれだけのことなのだ。

 我侭が願いになり、計画へと成ったのは八雲紫の手腕が大きい。それこそ彼女がいなければここまで大事にもなることはなかった。けれども、彼女がいたからこそ、こうして大事へと成り上がったのだ。

 

「……ようこそ、花の妖怪さん」

「…………私が一番乗り? 劇的ね」

「そうね。まるで劇みたいですわ」

 

 きっと、恐らくの話だけれど。八雲紫が大事にしなければこうして時間内に風見幽香が到着することはなかっただろう。

 八雲紫はバッと扇を広げて口元を隠す。目は真剣そのものだ。その隣で術式の管理をしている八雲藍がため息を吐いた。扇の端からニヤけた口が見えたのだ。

 

「見送りは結構でしてよ。彼は順調に溶け込んでますから」

「見送りなんてしないわよ」

 

 風見幽香はレンを見た。レンは風見幽香の事すら見ずにただ曇天を見上げている。顔は無表情。

 レンから視線を外して、首謀者とも呼べる八雲紫に視線を合わせてから傘を閉じる。

 

「だって、今から取り返すのだから」

 

 八雲紫がキョトンとした顔をして肩が揺れ始める。何がおかしいのか、ケラケラと狂った様に嗤う。扇すらも閉じて分かる様に嗤う。

 

「取り返す? 取り返すだって? いったい誰から?」

「あなたしかいないでしょう?」

「私から? 私から彼を? フハッ、フヒッ、ヒヒ、アハハハハハ」

 

 堪えきれなくなり八雲紫は盛大に笑いだす。吹き出してしまった事も謝罪することもなく、ゲラゲラと下品に笑いが溢れている。

 笑いがようやく彼の耳に入ったのか、レンは視界を曇天から八雲紫に移して見つめた。背後からの視線を感じたのかコホンと態とらしく咳き込んで肩を揺らしながら扇で顔を隠す。

 

「そ、それなら、ふひっ、わたく、ヒヒ、ワタクシから、取り、とり、ゲホッゲホッ、待った、タイム、ちょっと失礼」

「…………」

 

 顔だけをスキマへと入れた八雲紫は盛大に笑いだした。それはもう、スキマの隙間から漏れるぐらいに盛大に笑っている。

 ヒーヒー言いながら笑いすぎで出てしまった涙を拭って八雲紫は真剣な顔になろうとする。もちろん、笑いでその真剣な顔が崩れているけれど。

 

「あー、久しぶりに笑ったわ……もしかしてこれが私を倒す作戦でして?」

「勝手に笑いだして何を言い出してるのよ」

「勝手とは失礼ね。アナタの言動が面白くて笑ったのよ。あぁ本当に劇的。王様の耳は猫の耳~、みたいな感じよ」

 

 ロバだったかしら、それとも犬垂れ耳? そんなどうでもいい事を疑問に上げている八雲紫。その背後に何か気に食わないのかジト目で八雲紫を見ているレンがいた。当然、光る壁を挟んでいるし、レン自身は座っていて動いてもいないのだけれど、それでもレンは八雲紫を見て、ため息を吐き出した。

 そんな溜め息が聞こえたのか八雲紫は口をへの字に変えて「あーはいはい、わかりましたよー」なんて冗談のように言ってのけた。

 

「首謀者様がお怒りだから、アナタを止めてみせるわ」

「……別に道を譲ってくれても構わないのよ?」

「残念ながら、道化芝居でも格好は付けなくちゃいけないのよ」

「ピエロなら笑わせてみなさいな」

「あら、あなたがピエロでしょう?」

 

 その言葉と同時に八雲紫の腰にスキマが顕われ、優雅に足を組んで腰掛ければスキマがフワリと宙へと浮いていく。扇は閉じられ空へと放られ、そして上へと伸ばされた手が新たに出現したスキマから落ちてきた傘を握り締める。

 閉じられた傘を握り八雲紫から先ほどまでの冗談交じりの顔が消え去り、いいや、胡散臭い笑みを浮かべて風見幽香が見下される。

 

「私を倒せば、もしくは負けを認めさせれば結界が解ける。それ以外ならば彼が溶ける。随分と簡単な結末でしょう?」

「あぁ、そうね。嫌になるほど簡潔だわ」

 

 風見幽香は小さく息を吐いて、彼を見た。助けるべき少年は曇天を見るわけでもなく、幽香を見ている。

 

「……少し、待ってなさい」

 

 そう言葉を小さく吐き出した幽香は上空にいる八雲紫を鋭く睨んだ。その睨みすらも愉快に感じたのか紫は口角をさらに歪める。

 不意に、八雲紫の握る傘が左から右へと振られた。まるで傘に付着した水滴を振い落すように。けれども傘には水滴は付いていない。

 幽香は迫った何かを目で見送りながら体を逸らして避ける。サクリ、と地面に何かが刺さった。桜色よりも濃い、紫色のクナイ。ソレは地面に到着すると同時に最初からなかったかの様に消滅する。

 横目で見送ったソレから改めて視線を八雲紫に戻せばソレらが広がっている。そして幕へと成り、重なっている。

 

 けれども、風見幽香には見送るだけの余裕があり、目の前の弾幕の人も通れそうにないだろう隙間を縫い、避け切れるだけの自信も実力もあったのだ。

 グッと足に力を入れて風見幽香は跳ぶ。ふわりなんて上品なモノではなく、暴力的な速度を以てして弾幕へと向かう。

 八雲紫を中心とした二次元的な扇型で広がるその弾幕。一陣一陣の角度は違うも、あくまで二次元であり、空間はある。

 一陣目。眼前に迫るクナイ弾。中空を蹴りクナイ弾の上を通過。

 二陣目。一陣目が横の扇だとするなら、二陣目は縦の扇型。体を捻り背にクナイ弾を掠らせる様に避けて通過。

 三陣目、四陣目。中空を蹴り、無理に力を加えて回避。

 回避したと同時に八雲紫から風見幽香へと一直線へクナイ弾が速射される。幾重も連なったクナイ弾が風見幽香の顔へ迫り、咄嗟に体を逸した幽香の髪を数本切り落として通過した。

 

「あら、随分と乱暴に責めて……お花の妖怪さんは恐ろしいわ」

「安心しなさい。 すぐにそこに行ってブッ潰してあげるから」

「あら怖い。怖すぎて涙が出てきそうですわ」

 

 まるで指で涙を拭う様にして顔に触れた。目下を触れた指を一度握りこんで、そしてもう一度開けばソコには一枚の紙が挟まれていた。カードと言うべきその紙を見た瞬間に風見幽香は歯をギリリと鳴らす。そんな僅かな音も聞こえたのか、やはり八雲紫は意地悪く胡散臭い笑みを浮かべて口を開いた。

 

「結界『光と闇の網目』」

 

 紫が宣言したと同時にバリン、と凡そ紙では鳴りはしない音を立ててカードが割れた。

 幽香は視線の端に青く細い光が走ったのを感じた。その逆には赤く細い光があり、文字通り網目の様にそれが自身と八雲紫を阻んでいる。

 咄嗟に、直感的に危険を察知した幽香はその細い光達を避ける。ちょっとした空間に、それこそ網目の空白へと身を置いた。細かった光が一瞬消えて、唐突に太くなる。相応の光量を撒き散らして赤と青の網が完成する。二次元的な網ではない三次元の網。光量と同時に熱量も発している網。

 ぞくりとした感触が風見幽香を襲った。

 光線を見ていた瞳を八雲紫へと向ける。相変わらず嫌味ったらしい笑顔をしている紫は傘の先を幽香へと向けた。

 

「ばぁん!」

 

 紫の口から可愛らしく出た発砲音の真似。その真似と同時に傘の先から射出された赤と青の大きな球体の弾。その弾達は小さな弾達を撒き散らしながら幽香へと迫る。

 

「ふざけんじゃないわよ……」

 

 空間的に逃げる道は少ない。それこそ一手間違えれば被弾してしまうだろう。思わず幽香の口から恨み言が漏れてしまうのも仕方がない。

 迫る大きな球体の弾に頬を引き攣らせる。息を小さく吸い込んで集中する。視界を動かして抜け道を見つける。

 赤と青の網の間を潜り抜け大玉を回避した。回避したと同時に軌跡で生み出された小さな弾が幽香の腹部に触れる。触れたと同時に体を無理に捻って掠りつつも回避。同時にジュッと何かが焼ける音が幽香の耳に入った。光線が消えて自身の体を確認すればスカートの端が焦げている。

 

「最悪ね」

「あら、その程度の抜けれたからいいじゃない。それとも傘を開かなかった事かしら?」

 

 紫がクスクスと幽香を笑いながら言葉をかける。紫の言うとおり、幽香の持つ傘は並の弾幕ならば弾いてしまう程傘としての機能を凌駕している一品だ。

 幽香は憎々しげに、舌打ちをしてから口を開く。

 

「開けばそれ以上の何かで押しつぶすつもりでしょう?」

「当然よ。アナタは敵で、彼の願いを叶える為には邪魔ですもの」

「なら開く意味はないわ。それと、私の矜持がソレを許さないわ」

「お高いプライドですこと。煙の様ね」

「吹いて霞む矜持は持ってないわ」

 

 ただ昇っていくだけの矜持など風見幽香には必要ない。必要なのは自身の心の存在するところ。ただ単純に。

 

「アナタをぶん殴るだけよ」

「……ふふ、本当に高いプライドね」

 

 紫に向けてビッと傘を向けた幽香はニヤリと笑って見せた。戦闘自体が楽しくなってきている訳ではない。ただ不敵に笑ってみせたのだ。

 傘を持つ手とは逆の手を横に伸ばす。その指にはカードが挟まっていて、ピンッと弾かれる。クルクルと宙を回転するカード。

 

「スペルカード宣言……あの娘の名称を借りるのは癪ね」

 

 名前もなく宣言されたカードは幽香の手に握られて砕け散った。言ってしまえば『名称不明』という名のスペルカード。さらに言ってしまえば、

花符『マスタースパーク(仮)』

である。

 幽香自身、このカードに名前を付けるつもりは一切無く、ただ単にどこぞの普通の魔法使いと似たような弾幕だから適当に謂われている名前だ。

 けれどもしっかりと、とは言い難いけれど宣言されたスペルカード。

 曇天から漏れる光が傘の先へと集まる。この世界の光が傘の先へと引き寄せられていく。傘の先を中心に光の花が咲く。花弁を回し光を、力をさらに集めていく。

 照準は八雲紫へと向き、ある程度光が溜まったのか花弁の回転が止まり、集中していた光が消えた。花弁がゆっくりと逆回転を始め、それが加速し、いつしか回転がわからないほど高速で回る。

 まるでエンジンを温めた様に、回転する花弁を見て満足げに幽香は笑う。……明らかにこの小説のヒロインというか主人公的立ち位置を無視して邪悪に笑ってみせる。悪の幹部でもこんな笑いはしない。

 

「――死ね」

 

 その一言が引き金となり、光が幾重の帯へとなり、八雲紫の視界いっぱいに光が広がる。文字通り、殺す勢いである。なお、先に注意しておくがスペルカードで死人は出ない。

 花弁を撒き散らして迫る文字通り極太の光線に八雲紫は冷や汗を流した。死ぬことはないとわかっていても死ぬかもしれない。攻撃するよりも魅せる事に重点を置いた攻撃であっても、コレはマズイ。

 迫るソレを回避する為に移動ルートを探ったところでそのルートはない。通常の移動では間に合わない。しかしながら八雲紫には究極の移動方法がある。

 腰掛けていたスキマを開き、その中へと退散する。ちょうど光線の上へと出る様に設定したスキマを潜り、中空へと立った。

 

 花弁を撒き散らした光線は思うよりも綺麗だった。

 上から見ればそう思える程、正面から見た凶悪な光線の印象は即座に払拭された。

 緑を中心とした色の光線とソレに巻き付く様に多重の色が絡み、そして花弁のような弾幕があたりに撒き散らされている。実に綺麗なスペルカードだった。上から見ればだけれど。

 同時に、八雲紫は負けを確信したのだ。

 このスペルカードに負けた訳ではない。なんせ完璧に回避してのけたのだ。能力を使ったから反則、なんてこともない。

 ただ、言ってしまえばプライドの問題なのだ。

 

「――約束通りに殴ってやるわ」

「あぁ、本当に、最悪ね」

 

 しっかりと拳を握り込み、ソレを振りかぶった風見幽香が視界に入ったのだ。回避もできるけれど、ソレはしない。ソレはプライドが許せないのだ。プライドを抜きにしても八雲紫はこの拳を甘んじて受けるだろう。

 

 

 なんせ彼女は最初から負けるつもりであったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しっかりと顔を殴られた八雲紫と風見幽香が地面へと降り立つ。真っ赤に腫れた頬を見て八雲藍はギョッとしたけれど八雲紫が手で制した事で近寄るのをやめた。

 ブスゥっと顔を顰めている八雲紫はパチンと指を鳴らした。その音に反応したのか、レンを囲っていた光は弱くなり、そして消えた。

 

「ごめんなさい、負けてしまったわ」

「……そう」

 

 八雲紫の言葉に何の感動も出さずにレンはそう言ってのけた。溜め息を吐き出して、レンは改めて幽香を見た。

 無表情に、無感情に、無感動に。

 

 そうして、この異変は淡々と、意味も、意義も、意図も容易く終わってしまう。

 

 

 

 そう、この異変は。

 

「――あぁ、いいタイミングね」

 

 フワリと紫色の髪を垂らした少女がレンの隣に立った。そしてニタリと笑ってみせる。

 一段落、という意味で気が抜けてしまった。その隙で動いた、たったそれだけの事なのだ。

 いつもの眠たげな瞳は無く、パチュリー・ノーレッジは愉快そうに笑ってみせる。

 

「対価を払って貰おうかしら。そうね、対価を貰うわ」

「?」

 

 レンにとってソレは意味がわからなかった。当然である。その記憶はごっそりと抜け落ちているのだ。

 淡々とパチュリー・ノーレッジは続ける。

 

「アナタは『器』。そう、私から言えば、空の容器でしかないのよ」

 

 動き出した八雲紫と八雲藍、そして風見幽香が何かに押しつぶされた。その方向に手を向けていたパチュリーの仕業だろう。戦闘、そして贄を幻想郷へと還元する術式の維持により疲労していた三人は簡単に動きを止めてしまう。

 

「さて、と。それじゃぁ、いただきます」

 

 パチュリー・ノーレッジの唇がレンの唇へと押し当てられる。舌が絡まり、そして何かをレンが嚥下した。嚥下したと同時にまるで糸が切れた様にパチュリーの体が地面へと倒れた。

 パチュリーが倒れた事により三人の重圧が消える。レンは倒れてしまったパチュリーを見下す。

 そして、口角を歪める。

 まるで無表情だった顔が悦へと塗り固められ、愉快そうに顔を歪め引きつった様な嗤いが喉を震わせる。

 

「ヒヒッ、アハッ! クヒヒヒヒヒヒヒヒイヒィヒィヒヒ、ゲホ、ゲホ、」

「……れ、レン?」

 

 明らかに可笑しいレンに向けて恐る恐る幽香は手を伸ばした。その手は紫の手で抑えられる。

 咳き込んだ事で涙が出たのか、その涙を拭って舐めるレン。そして、また嗤いだす。

 

「あぁ、ようやく、ようやくよ! ねぇ、ワタシ(・・・)とっても素敵な気分よ!」

「…………」

「ねえ、妖怪共。 死んでよ。今すぐソコにハラワタを撒き散らして、脳髄を飛ばして、地面を血で汚して死んでみてよ。 フフ、アハハ」

 

 何が愉快なのか、髪を掴んで引っ張ったり、顔を引っ掻いたりしているレンだったモノ。それはレンの形をしているけれどレンではないモノ。

 

「あぁステキッ! 最高(サイッコウ)ッ! クヒィッヒッヒッヒィヒィ! 今から絶望を撒き散らせると思うととっても素敵よッ!!」

「……最悪ね」

「いいえ、最高の気分よ! 八雲紫さん! とっても楽しい楽しい世界が幕開けるんだから、素敵でしかないわッ!!」

 

 レンだったモノは子供の様に無邪気に笑ってみせて、八雲紫は眉間を寄せてしまう。

 少しだけ狼狽している風見幽香は未だに彼がオカシクなってしまった事にしか頭が追いついてはいない。

 そんな風見幽香を見たレンだった者はニタリと哂ってみせる。

 

「あぁ、お姉さんは私を知らないのね。 それもステキよッ! ワタシの名前を教えてあげようかしら!?」

 

 そうしてレンだった者は着流しの裾をスカートの様に両手で軽く持ち上げて一礼をしてのけた。

 まるで幽香達を揶揄う様に。またニタリと、口角を歪めて口を開いた。

 

 

 

 

「レン君だと思った!? 残念ッ! 絶望を撒き散らすパンドラちゃんでしたッ!! クヒッヒヒッヒヒッヒヒヒッヒィヒィ、ゲホゲホゴホ」




異変解決からの一段落せずに異変開始。

書きたかった異変はこちらなんですよね。内容は作者の都合でいつも通りとなっております。
私、この小説が終わったら、向日葵の見える小屋で綺麗な緑髪の女性と結婚するんだ……!!こんな絶望がいる所になんていられるか! 私は一人寝室に戻らせてもらう!

はい。

>>幽香との戦い=道化芝居
 茶番。二重の意味で茶番。

>>遊び心
 ゆり
 うめもどき
 かたくり
 あねもね
 いちりんそう
 しらん
 ていきんさくら
 るぴなす
 以上縦読み。本当は花言葉に合った文章を書こうと思ったけれど、この回がある意味真逆の意味合いになってしまった。ほかの三者視点は恐らくちゃんと花言葉通りだと思う。たぶん。



と、いうことで回収された伏線とも言えない何かの説明。

紅魔館にて。
パチュリーが『無名の本』、とある贄に関して書かれた本をレン君に勧める。後に永遠亭にて『無名の本』の作者であり内容が《パンドラ》であることが発覚。
『無名の本』の一ページ目にデカデカと書かれた魔法陣。誰かの瞳に入る事によって行使される術式で、贄にどうにかしてパンドラの因子を植えつけ、贄をパンドラにするべく動く様に軽い洗脳が施される。
もちろん、洗脳は軽度であり、意識の隅の方で燻っている程度のモノである。
問題点として、

贄って魔法関係使えないんじゃねぇの?
>>魔法陣の行使自体は読み手によるものであり、知識を保有しているだろうパンドラはただ魔法陣を書いただけ。この場合はパチュリーが自身に魔法を掛けた事になる。防衛魔術も関係無しの『贄の血』を用いた魔法陣なので結構強力だったり。

あれ?レン君もあの本読んでたよね?
>>贄は魔法を使えない。つまり、あの魔法陣を見たところで行使できない。

ネタばらしをしたあとに読んでもらうと、というか普通に読んでいてもパチュリーさんが結構押せ押せな感じで因子を植え付けた『義眼』を取り付けたり、『無名の本』をどうにか読ませようとしている様が伺える。


ほかの疑問があれば感想とか、メッセージでもあれば答えます。

どうしてエロがないかって? 落ち着きなさい。とりあえずレン君に魔法少女コスを着せようか迷っている最中なのだ。


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61 イラクサ

魔法少女回だと思ったァ!? 残念! パンドラちゃんでしたァあああ!!

ざまぁみやがれぇ! 読者どもぉおおお!!


ってパンドラさんが言ってました。私は何も言ってません。
読者まで絶望へと陥れるとは、いったい彼女はナニなんだー(棒

2013/10/25
誤字訂正
紫「残念ならが~」

紫「残念ながら~」
報告に感謝です。ご迷惑を云々


「くふ、くふふ、くっひひ」

 

 パンドラと名乗ったレンが嗤う。両手を頬に当ててまるで照れるのを隠すようにして、自身の口元を隠してみせた。歪んだ眼と眉がパンドラが愉悦の中にいる事を見ただけで理解させる。

 興奮しているのかほんのりと赤い頬が指の間から見えている。潤んだ瞳が下瞼を押さえる事で歪んでいる。

 

「あぁ、素敵(すってき)な死体をありがとうっ! 今日ほど神様に感謝した時はありませんッ!! クヒッヒ」

 

 引き攣る様に嗤って天へと叫んだパンドラ。周りにいる八雲紫とギロリと彼……いいや彼女を睨んでいる。その隣に控えた藍も同様に彼女を睨んでいるけれど、唯一地面に膝を着いている幽香は彼女を見て唖然としている。

 そんな幽香の事なんて視界に入れる事もなくパンドラは両手を広げる。

 

本当(ホンット)素敵(スッテキ)ッ! 神様ありがとうッ! 今から殺してあげるから感謝してよッ! ぁぁああああああああああああ!! 今から殺してあげるわ! 全部壊してさしあげるわッ!!」

 

 イーッヒッヒッヒ。

 辺りに響く高い笑い声に八雲紫は眉を寄せた。実際はこうなる訳ではなかった。幽香が彼を助け、それで終わり。そうなるべきだった。

 ともあれ、現実は非常である。紫は隣にいた藍に目配せをする。藍はその視線に気付いたのか顔を伏せて後ろへと下がり出されていたスキマの中へ入り込んだ。

 

「あぁ、ねぇ妖怪共ォ! ワタシの為に死んでくださらなぁい?!」

「あら、どうしてそんな事をしなくてはいけないのかしら?」

「贄の頼み事だからに決まっているじゃない。アナタもしかしてバァカァ?」

 

 舌を出してケラケラと下品に嗤うパンドラ。着流しが片方ずり落ちて肩から外れていてもそんな事は気にしていない。肌が見えた所で彼女には対して関係はない。むしろ贄の肉体が見えた方が彼女としても有利に働く。

 ニンマリと笑って腕に付いていた紐を外す。白い蛇を象った紐はパンドラの手から落ちて、贄の認識がズレる。いいや、正確に認識されるようになる。

 紫は舌打ちをしてパチンと指を鳴らす。パンドラの周りを包む淡い光。

 

「あら、コレは何かしらぁ?」

「アナタを閉じ込める箱よ。名前通りで満足でしょう?」

「あら、とってもステキじゃぁない。けれども、あぁ、弱いわ。弱い、弱い弱いよわいよわい弱いッ」

 

 親指の腹を歯で噛み切ったパンドラはその親指を淡い光の壁へと押し付ける。円を描き、その中に六芒星を描き、円周に様々な文字を描いていく。最後の一筆を描いた瞬間に壁はガラスの様に散って、霧散する。

 

「あらぁ? 贄が魔術を使って不思議ぃ?」

 

 何事もなかった様に両手を広げて一歩前へと踏み出したパンドラ。ゲラゲラと下劣に嗤い、引き攣った笑顔が紫の視界に入った。翠の瞳と黒い瞳が紫を写し込む。

 

「その瞳ね」

ご明察(ゴッメイッサツ)ぅ! ワタシの部下にならないかしらァ?」

「嫌よ。ブラック企業に勤める気はないの」

「あら、(ちょー)ホワイトよ。一日三十六時間労働休憩無し給与固定(ステキな職場)である事は保証するわぁ!」

「あらそんなに働いた死んでしまうわ」

「そう言ってるんだよぉおおおおおおおお! わかってるんだろぉ?」

 

 タガが外れた様に嗤うパンドラ。そのパンドラを呆然と見ていた幽香がようやく口を開いた。震える声をなるべく抑えて、呟く。

 

「なにこれ……どこまでがアナタの手の平?」

「……残念ながら私の手から盤が離れたの」

「そっしてワタシが今からゲームマスターであぁる!! クッヒヒ、あらぁ? 息をしているわぁ、ルール違反よ! 死ね! クフ、クヒッヒッヒッヒ」

 

 引き攣った高い声の嗤いを抑える事もせずにパンドラは笑ったみせた。そして足元に崩れていたパチュリーを足蹴にしてゴロリと転がす。

 

「コレのお陰よぉ。 まったく全部うまくイったわ。ワタシの短い研究もどうやら成功してみたいでなにより」

「うぅ……」

「果たしてワタシはれっきとしたパンドラなのか、はたまた別の何かなのか……贄であり贄ではない状態のワタシにはわからない事だわ」

 

 唸ったパチュリーを素足で軽く踏みながらパンドラは少し目を伏せて言葉を続けた。少しだけ俯いた顔から表情は見えない。パンドラの肩が動く。痙攣するようにピクピク動いて、結んでいた口から嗤いが漏れ出す。

 

「けれど成功したッ! クゥヒッヒッ! ワタシってば天才すぎるわぁ! いいえ、本当に天災すぎるッ!」

「高説も愚説も、ましてや説教なんて聞きたかないわ」

 

 赤い方陣がパンドラの足元に出現し、それが幾つも重なり彼女を縛り上げる。赤い方陣を出現させた本人はフワリと紅白の巫女服を揺らして地面に脚を付ける。隣に降りてきた白と青の巫女服を焦げ跡で汚した風祝は渋い顔で地面に足をつけた。

 赤い方陣は霧の様に霧散して拘束を開放した。パンドラは埃を払う様にして着流しを払う。

 

「ククク、クヒッヒッヒ。 残念(ざぁんねぇん)でぇしたぁあああああ! 人間如きにワタシは止めれねぇええええよぉおおおおおおおおお!」

「あぁ、そう。そんな事はどうでもいいわ。さっさと目的を言いなさい」

「あらぁ? 簡単よぉ。とっても簡単な目的。それこそ簡潔的な完結で間欠泉みたいに突然に襲来するような事よぉ」

 

 パンドラは舌をベロリと出して目的を言ってのける。

 

「人間は(ワタシ)を虐めたわ。

 神様は(カレ)を貶めたわ。

 妖怪は(カノジョ)を食らったわ。

 

 どうして(ワタシタチ)がこんな目に合わなくちゃいけないの?

 どうして(ワタシタチ)が不幸であるべきなの?

 (ワタシタチ)が何かしたかしら?

 今までを捨ててまで人を救ったのに罵声を浴びせられ、今からを求めて神に会えば物を見るように眺められ! 今も諦めて妖怪と遭遇したらソコでバッドエンドッ!!

 ねぇ、ワタシタチが何かした?

 ねぇ、ワタシタチが何をした?

 ねぇ!ワタシタチが何か答えろよぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

「……贄なのだから、仕方ないでしょう?」

「そう、そう! そうさ!! ワタシタチは贄だった

! 贄でしか無い!! だからこそ、ワタシが叶えて上げる。ワタシが叶える。叶えてやるッ!!

 

 復讐を!

 世界全てを絶望で包んであげる! あぁ、とっても素敵! 素敵すぎてヨダレがでちゃうわぁ」

「身勝手な理由ね」

 

 そんな博麗霊夢の言葉にヨダレを拭っていたパンドラの手が止まる。そしてニヤリと嗤う。笑ってしまう。

 

「身勝手な理由よぉ、当然じゃない。ワタシタチは理不尽に贄に落とされたのよォ? だから、理由を求めない。理解を得ない。理屈なんてそっちのけ。身勝手な理由で、理不尽な理由で、大した理由なんて無くワタシはこの世界を絶望で包んであげる。

 

 仕方ないでしょう。だってワタシが贄で、アナタ達はソレ以外ですもの……

 

 

仕方ねぇよなぁあああああああああああああああああああああああ!! ヒッヒヒッヒッヒヒッヒィ、ゲホゲホ」

 

 引き攣った嗤いを出して天へと咆哮したパンドラ。眉を歪めて霊夢はパンドラを見ている。

 

「やっぱり、封印するわ。そのまま還しましょう」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ霊夢さん! あんな性格でもレンさんなんですよ!」

「アレを見てまだあの子とか言うんなら眼科に行くか永遠亭で一生入院してなさい」

 

 早苗は思わず押し黙って哂っているパンドラを見た。姿形こそはレンである。けれど、それだけだ。無表情も無ければ、ジト目も無い。

 

「紫」

「はいはい。まったく妖怪遣いが荒いことで」

「掃除も洗濯も無茶な注文もしてないでしょう?」

「はいはい」

「ま、待ちなさいよ」

「ソコで呆然としていていいのよ幽香。スグに終わらせるから」

「黙りなさい霊夢。私は勝負に勝ったのよ?! 私の意見も無視して彼を封印?! 堪ったもんじゃないわよ!!」

 

 感情的になっている幽香に対して霊夢は淡々と呆れた様に溜め息を吐き出す。

 

「……紫」

「ホント、妖怪遣いが荒いわぁ」

 

 トンッ、と紫が幽香の顔を蹴った。別に普通に肩を手で押せばいいのに、蹴った。蹴られた幽香はそのまま後ろへと倒れてしまいグパァと擬音が出そうなほど開かれたスキマへと吸い込まれた。

 スキマは閉じられてしまう。そんな一部始終を見ていた早苗は目をパチクリとさせて慌てる。

 

「ちょ、な、何してんですか!」

「別に。妖怪遣いの荒い事をしているだけよ」

「そうよ、落ち着きなさいな風祝さん」

「落ち着いてられませんよ!」

「役割分担は必要な事なのよ……ねぇ、霊夢」

「……知らないわよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らした霊夢は溜め息を吐き出してパンドラを見る。パンドラは待っていたかの様に……いいや、実際、準備が整うのを悠々と待っていた。

 

「もう、いいかしらぁ?」

「えぇ、十分よ」

「そう。準備は万端? 絶望する準備は整った? 希望は十分に見たでしょう?」

「十二分に見れた試しはないわよ」

「それは残念。けれど時は満ちたわ!! さぁ、匣を開きましょう!! 飛び出すのは絶望ばかりの素敵な匣を開きましょう!!」

「まったく……月が満ちれば宴会が開くっていうのに」

 

 そんな戦いには似つかわしくない博麗霊夢の言葉により幕を開いた。

 

 

 

 

 

 

~~

 

 

 私はグルリと視界を回した。あるのは瞳と気色悪い色だけ。そんな中、私は浮いていた。

 頭痛のする頭を抱えて、体制を整える。あのスキマ妖怪め……仕返しみたいに顔を足蹴にしやがって……。

 ともかく急いでここから出なくては彼が霊夢達の手によって殺されてしまう。

 

「風見幽香。お前はここから出なくていい」

「……狐如きが私に命令?」

 

 視界の端に捉えた金色が声を出した。彼女の足元には床があるのか、しっかりと立っている。

 私は体をそちらに向けて、優雅に脚を組んでみせる。その様子に狐は目を細めた。

 

「嫌ならば聞かなくていい。彼を助けるおそらく最後の方法だ」

「言いなさい。今すぐ、迅速に、簡潔に、詳しく、明確に、明瞭に、さっさと言いなさい」

「優雅な格好で急かすな。滑稽に見えるぞ」

 

 フッと息をするように笑った狐は憎たらしい程綺麗な顔をしている。

 少しだけ深呼吸をして、意識を落ち着ける。どうせ従うしかないのだ。皮肉だけれど。最悪な気分だけれど。

 

「ふむ……では説明しよう。彼を起こしてこい」

「……何よ、ソレ」

「今の彼は眠っている状態に似ている。勿論、明確には違う。が、その事を説明している暇は無い」

「……」

「私の後ろにあるスキマを通り抜けろ。紫様が彼と繋げた」

「ならさっさと退きなさい」

 

 また狐が溜め息を吐いた。フワリと九本の尻尾が動き後ろのスキマが見えた。

 

「先に言っておく。彼に飲み込まれれば、お前は消えてなくなる」

「……あ、そう」

「それだけか?」

「えぇ、たったそれだけよ」

 

 呆れた様に狐が溜め息を吐いて一歩動いた。私はドコかに足をつけてコツコツを靴を鳴らした。

 スキマに入るのに躊躇は無い。自分が彼に飲み込まれるというのなら、それはソレでいいかもしれない。

 例え彼が私の事を忘れていようが、どうでもいい。今は、本当にどうでもいい。

 忘れるというなら、新しく作ろう。今までの事は私が覚えていればいい。ただ始まりに戻っただけだ。

 そう……始まりに……?

 

「……フフッ、そういうこと」

「どうかしたか?」

「いいえ、思い出し笑いよ。まったく、とんだ茶番ね」

 

 訝しげに見てくる狐を無視して私は笑みを作る。口角を上げて、気がついた事を胸の内にしまってしまう。

 きっとスキマ妖怪も気づいていた筈だ。だからこそ言ってのけた。確かにコレは茶番だ。確かにスキマ妖怪は道化で私も道化だった。滑稽過ぎる。

 ふぅ、と息を吐いてから私はスキマへと手を入れた。そのままゆっくりと足を進める。

 

 そして私はスキマの中へと沈んでいった。




なおパンドラ戦は全て耐久スペルとなっております。
キッチリとパターンを組めない様なランダム弾配置もあるので、ご安心ください。
ランダム弾は苦手です……。

>>贄の力を使える事に関して。
 あんまり深く考えずに贄では無い『義眼』経由で術を行使してると思ってください。知識だけは沢山あるパンドラさんです。



嘘予告。

やめて! パンドラの特殊能力で、レンの精神を焼き払われたら、闇のゲームでレンと繋がってる幽香の精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで幽香! アナタが今ここで倒れたら、紫や霊夢との約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。これを耐えれば、パンドラに勝てるんだから!
次回、「風見幽香死す」。デュエルスタンバイ!

※ネタバレ。風見幽香は死にません


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xxA ABNORMAL?END

本日は二度更新しています。ご注意ください!
本編とはあんまり関係ありません。

英数字に一切意味など無い事に、いったい誰が気づくのだろうか……!!

ある日、感想の中、変態に、出会った。
>>謎の薬で猫耳レン君になってしまった! よし猫耳プレイだ!
>>炬燵で丸くなるレン君を愛でよう!
>>そのままノミ取りプレイだ!

そんな感動的な変態に出会ってしまったが問題なのです。
私は一切悪くない。エロ描写が要望とは一切違う状態でも私は一切悪くない。悪いのはアイツです、オワマリさんアイツなんです。

エロが少ないから書いた結果がコレだよ……!
実用化には程遠いな。もう少し精進せねば。

警告として先に言うけれど
猫耳猫尻尾(ショタ
自慰(ショタ
精飲(ショタ
の三本となっております。最後のは控えめに書いたけれどね。しているから一応警告です。


 目が覚めた。

 ここは、何処だっただろうか。ぐるりと体を回して布団を体に巻きつけながら辺りを見渡す。開いていた障子の先には竹林。襖の柄から永遠亭だと認識する。

 

 確か、『素』として血液の提供をしたんだっけか……。

 

 思考の端でそう思いつつ、微睡みの中へ戻っていく。なんせ今は冬だ。見えた竹林は緑と白で彩られ、冷たい風がフワリと部屋の中に入り込んでいる。

 用意されていた一人部屋は広すぎるので、余計に空気が冷たく感じてしまう。

 毛布と掛け布団を巻き込んで、尻尾の先までしっかりと布団の中に隠す。足先が少しだけ冷たいと感じ、更に体を丸める。

 

 違和感を感じた。

 ……手を頭に伸ばす。

 髪とは違う、別の何かが僕の手に触れて、どうしてか何かに撫でられている感触がする。

 布団からゆったりと抜け出して、四つん這いになり両手を前に出して腰を上げて伸びをする。

 深呼吸をする。

 もう一度、頭に触れる。

 髪の感触ではない。ピコピコと動く三角形の何か。触れば非常にこそばゆい。

 

「レンー、そろそろ起きないと私がおそっ、」

 

 襖を開けて登場した輝夜の言葉が止まる。視線が僕で止まる。僕も頭の上に存在している“耳”を触れながら止まる。

 

「……アレね。裸Yシャツで生足が見えてて猫耳ショタって、もうなんていうかあざとい! レンあざとい!」

「……」

 

 親指を思いっきり上げて拳をコチラに向ける輝夜を思わず呆れて半分程閉じた目で見てしまう。

 更に輝夜の目が輝いたのは言うまでもない。

 

「ジト目最高!」

「……」

 

 溜め息。耳がヘタレて、尻尾が下がるのを感じた。尻尾は寒いので布団の中に隠した。

 

 

 

「コレは、一種の病気ね」

「……」

 

 僕の耳を観察しながら永琳がそう呟いた。

 ふむ、と顎に手を当てながら僕の耳を撫でるのはやめてほしい。ぞくぞくと背筋に何かが走る。

 

「失礼」

「ふにゃぁ!?」

 

 尻尾をスルリと撫でられると力が抜けた。驚く程、力が抜けた。変な声も出てしまい、思わず口を手で抑えてしまった。

 そんな様子にも一切反応しない永琳は淡々と紙に何かを書いていく。

 

「ふむ、薬の効果も上々。感度もいいわね」

「……薬?」

「いいえ、なんでもないわ。コレは病気よ。たぶん明日には治ってるわ」

 

 白々しく言ってのけた永琳をジト目で睨んでみた。上に顔をそらされた。

 そのまま自身のうなじ辺りをトントンと叩いて鼻を抑えた永琳がキリッとした顔で改めてコチラを向いた。

 

「我ながらいい仕事をしたわ」

「…………」

 

 僕の睨みは終わることはない。

 

 

 

 

 

 

~~

 

「で、今はこんな状態なの?」

「……ふにゃぁ」

 

 レンを迎えに永遠亭に来れば、見事に蕩けたレンがいた。用意された炬燵に体をすっぽり入れて顔だけひょっこり出して先程からうわ言のようににゃぁにゃぁ鳴いている。

 竹取姫と薬師がコチラをむいてサムズアップ。私も同じ行動を取る。

 

「本当に治るのかしら?」

「その辺りは大丈夫よ。そういう効果だから」

「もはや隠す気は無いのね」

「終わった事を隠す意味はないわ」

「そう、」

「……ふにゃぁ」

 

 和む。超和む。

 座布団の上に顎を置いて、頭を揺らすレン。ぴくぴくと耳が動いていて、体は炬燵に隠れている。

 とにかく動かす事が出来ないレンを待つ為、レンの隣の辺に座って炬燵の中に足を入れる。レンの邪魔をしないように、膝を折って横座りの状態。

 

「……」

 

 珍しくパッチリと開いた瞳でレンがコチラを見つめる。

 仲間にしますか? ハイ。いや違う。何かオカシナ電波が入り込んだ。

 首を思い切り反らして私に視線を送っているレン。ようやく移動してくれるつもりになったのか、もぞもぞと炬燵から体を出してくれた。

 せっかく炬燵に入ったけれど、レンが動くならば仕方ない。 と炬燵の魔力を押し返しながらも私も立ち上がろうとする。そんな私の横にストン、とレンが座り足を炬燵の中に入れた。

 そして私の肩に頭を乗せて大きく息を吸った。深く息を吐き出して、安心したのかそのままズリズリと頭が落ちて腿辺りに収まった。

 

 ん? んんんんんん?

 

 思わず行き場の失った両手を浮かしたまま首を動かして竹取姫達を見る。

 竹取姫は片手に赤いランプの付いたハンディカムを持ってサムズアップ。隣にいた薬師は鼻を抑えた手から赤い液体を垂れ流しながらサムズアップ。当然私もサムズアップ。

 太腿あたりに少し熱い息が篭もり、ゆらゆらと彼の尾てい骨辺りから生える黒いしなやかな尻尾が揺れる。

 浮いていた手を彼の頭に置くと、うなぁ、と小さく唸り太腿に顔を摺り寄せてくる。艷やかな髪と耳から生えるふわふわとした毛並みが実にいい。

 

「レンくーん、まだ居ますかー?」

 

 発情兎の声が聞こえた。

 聞こえた瞬間に太腿の重さが消えて、私の隣でいつもの様に無表情でいるレンが召喚された。

 

「あー、いましたか。よかったぁ」

「……何?」

「いやぁ、貸していた本についてなんですけど」

「……読み終わった」

「そうですか。では戻しときますね」

「……うん」

 

 用は済んだ、と発情兎が消えて、また太腿に重さが乗る。私は鼻血を我慢した。

 つまり、あれだ。ONとOFFの切り替えが凄まじい猫なのか。薬師に確認を取るように振り向いて見るととてもいい笑顔で鼻血を垂れ流していた。

 また、うなぁ、と唸ったレンは体を器用に引っくり返して腿に顔を付けるのではなくて枕にするようにして私の顔を見る様に動いた。

 にへらぁ、とだらしのない笑顔を浮かべて私を見つめている。本当に色々と糸が緩んでいるだと理解した。

 その顔を眺めていると白い手が顔に伸びてきた。当然、避ける理由もないので彼の好きな様にさせてみる。

 細い指が頬を撫でて、鼻を辿り、唇を少し触れてからそのまま降下していく。降下した手は肩に触れて力が加えられる。私の視界はゆっくりと彼の顔から天井へと変わる。

 

 ん?

 

 天井に吊るされた円型の蛍光灯が眩しい。後頭部に髪が押しつぶされて微妙に畳の感触が当たる。いいや、そんな事はどうでもいいのだ。私の今の状況がマズイ。いいや、マズくは無い。

 蛍光灯がレンの顔によって見えなくなる。彼の顔はニンマリと笑顔だ。イタズラを成功させたというよりは、甘えたいのだろうか。

 白い手が私の手に重なり、指が絡められる。両手をしっかりと握られてしまう。こういうのもいいかもしれない……。

 猫耳をつけた彼は小さく舌を出して私へと接近を果たした。そのまま頬を舐められる。舐めてからチュッと小さい音が耳に入る。ペロペロと私を舐めているレンは正しく猫のようだった。というよりも、猫である。

 頬に当たっていた唇が離れて、私の正面に彼の顔が見えた。見ていると瞼が閉じられてゆっくりと降りてくる。唇と唇が合わさり、スグに離れる。珍しくも彼の顔が真っ赤である。

 そのまま何度も、啄まれる様にキスをされてしまう。唇を舐められて私が舌を出せばその舌を舐めたり甘く噛んだり。

 彼によるキスの嵐が口から顎へと移り、喉へと差し掛かる。キスと言うよりは舐めている、という表現の方がいいのだろうか。

 視界を下に向ければピコピコと彼の猫耳が動いている。チラリと私を見上げた彼と視線がかち合う。真っ赤になった。

 思わず絡められていた片手を自由にして彼の頭の上に置いた。髪を梳くように撫でる。実に従順な猫だ。

 レンは撫でられる事が気持ちいいのか、うなぁ、と小さく鳴いてから顔を私の胸へと落ち着けた。彼の息が服越しに伝わる。

 やばい、我慢できないかもしれない。

 撫でている手を止めれば彼の尻尾がベシベシと足に当たった。しなやかな黒い尻尾が主張している事はもっと撫でろ、だ。

 しっかりと絡められた足を感じながら私は撫でる手を止める事はない。止めると彼の無意識に叩かれるのだ。

 

「いっそ、そのまま襲っちゃってもいいのよ?!」

「……そのハンディカムを潰したら考えるわ」

「あら、残念。用事を思い出したわ」

「私も用事を思い出しました」

「そんな事はいいから早く鼻血を止めれば?」

「はて、なんの事かさっぱりわからないわ」

「…………あ、そう」

 

 今もなお流れている鼻血に関して、月の煩悩は無視を決め込んだらしい。

 まぁ別にいいか。

 

 私はレンの頭を撫でる。そのまま瞼を下ろしてみる。炬燵は絶対に何かしらの魔力を秘めているのだ。その魔力に魅入られたレンに魅入られている私の今の状況は仕方がない事なのだ。

 そう自分を弁護してから私は眠りへと向かう。

 胸に抱いた猫はしっかり抱きしめておこう。唐突に何処かへいくのが猫なのだから。

 

 

 

 もぞり、と彼の体が動いた。胸に当たる息も荒い。絡められていた足が動き、私の腿に熱い何かが当たる。

 私はニタリと笑ってしまうことを必死で我慢する。薄く目を開けば彼が潤んだ瞳でコチラを向いていた。いけないいけない、バレてしまう。

 真っ赤な顔で潤んだ瞳をしたレンは幸いな事なのか不幸な事なのか私が起きていて、さらに言えば状況を見て楽しんでいる事を知らない。

 むふふ、と口角が吊り上がってしまいそうになる。我慢だ。ここは我慢するんだ風見幽香。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 私の腿に当たっていた熱いソレが上下する。レンは私の顔を見たまま腰を上下している。スカートが捲り上がって彼のモノが直接当たる。

 だらしなく口を開けて荒い息をしている彼。唾液が私の服を汚してしまい、胸が唾液で汚されていく。それを見たのか、はたまた限界が近いのか、彼は口を噤んで歯を食いしばる様にして私の胸に顔を押し付ける。この行動が絶頂を我慢している事はよく知っている。彼が大きく息を吐いてから私は少し悪戯をしてみる。

 

「んぅ……」

「ひぅッ?!」

 

 少しわざとらしかっただろうか。

 彼が驚いた理由は私が声を出したからではなくて、私が足を動かしたからだ。動いた腿はレンの股間を圧迫して、我慢して気が緩んだ所にまた快感を与えたのだ。結果は私の腿にビクビクと痙攣している熱いソレと吐き出された熱い液体が物語っている。

 盛大に熱い液体を吐き出してしまった彼は口を大きく開けて舌を出してダラシない顔をしていた。快感の波に押し出された彼はゆっくりと引き戻されていく。

 引き戻されたレンが私の胸に顔を埋めてムフーと息を吐き出した。気持ちはわかる。やってしまった、だ。

 そんな彼を私は慰めたりはしない。私が動けばソレはきっと彼を逆に傷つけてしまう。故に私は動かない、動けない。

 胸に当たるくすぐったさを我慢しつつ、彼の様子を見守る。見守っていてわかったことがある。

 

「……まだ、起きてない……よ、ね?」

 

 彼の快感の波はどうやらまだ完全に引いていないらしい。 するりと炬燵から出たレン。炬燵を出た事で彼の居た所に穴が空いてしまったけれど、それもスグに閉じられた。

 息の荒いレンが私を跨ぐ。大きく息を吐き出した彼は恐る恐る私の胸元へと手を伸ばした。

 

「……涎で、汚れた、から」

 

 そんな誰も聞いていない自己弁論を並べて私の服を脱がしていく。胸元のボタンが外されて私の胸が空気に晒される。左右に振られた彼の尻尾が服の上から私のお腹を乱暴に撫でている。きっと無意識なのだろうけど、流石に起きてしまうぞ。起きているけれど。

 

 ごくり、と彼の喉が動いた。

 手がゆっくりと私の胸へと押し付けられる。むにゅりと胸が彼の手の形へと変形してしまう。私はバレない様に声を押し留める。

 たったそれだけで、レンの手が胸から離れてしまう。そして、熱い何かが私の胸に当たった。当たったそれは少し濡れていて、けれどもまるでレンの熱をソコに集めた様に熱い。

 また、ゴクリ、とレンの喉が鳴った。

 私に跨ったレンがその熱い棒を私の胸の間へと挿し入れる。両手で胸を寄せて、必死に腰を振っている。

 ぽっかりと空いてしまった口から唾液が垂れて、顎を伝い、喉へ落ちているのが見える。ダラシない顔だ。欲求に塗れた、珍しい顔。

 

「ゆうか、ゆうか……」

 

 何度も私の名前を呟いて、必死に腰を振るレン。ちょっと起きている事に罪悪感が芽生えてきたけれど、ソレ以上に私の独占欲が満たされていくのが分かる。

 思わずニタリと笑ってしまった。その顔を見る余裕なんて彼には無いのだ。

 彼は上を向いて歯を食いしばった。ドクドクと私の胸へと吐き出される熱い欲求。ビクビクと痙攣するソレ。

 彼がそのまま倒れ込んで、私の顔の横に手を付いた。彼の赤らんでいる笑顔が見える。その顔が私に近づいてキスをした。

 荒い息を整える様に彼は大きく息を吸って、吐き出した。体を持ち上げれば彼は私のお腹に跨る形になり、そして自分のした惨状を目の当たりにする。どうやら冷静になっているらしく、後悔しているのか頭を抱えている。

 そろそろ起きてしまおうか。

 と思った時に、レンが私の胸へ顔を近づける。そして、私の胸に熱い液体とは別のヌメった感触。熱い液体がソレに拭われていく。

 嫌な顔一つせずにレンは液体を消していく。男からすればソレは忌避すべき行為だ。その行為を私の為にやってくれている、という満足感とやらしてしまったという罪悪感。そして、そうなるまで彼をこうした人間達を恨んだ。

 

 

 

 

 どうやら全て消し終わったらしい彼は最後に喉を鳴らしてから、私にキチンと服を着せた。

 

 そしてまた炬燵の中に入って私に手を絡める。足を絡める。頬同士が少し擦り合わさって、彼は満足したのかゆっくりと瞼を落として眠ってしまう。

 私はようやく息を大きく吐き出した。

 彼の頭に手を置いて、何度か撫でる。そのまま離さない様に抱き寄せる。

 唐突に消えてしまう、そんな事が無いように。 




ABNORMAL?END_A《擬似猫と花の変た、妖怪》
 ヒント:どうして薬を飲んでしまったのか考えよう!
     ちなみに逆側の薬を飲むとCGが犬耳に変わるぞッ☆

~~

猫毛>>知っているか、この話には続きがあるのだ!
読者>>な、なんだってー?!

と、冗談は置いておきます。
実際、書き終わったあとに、射命丸とかとの会話とか、レン君の尻尾をコスコスして楽しむだとか、そんな事を思いつきましたけど私の限界がここです。
あとは皆様の妄想力に期待します。

とりあえず、ネタをくれた方に感謝です。
犬派である私にとって猫語を書いている事に違和感しかない、というか私って犬好きを自称しているだけで実は猫の方が好きなのだろうか。いいや、そんな筈はない。きっとレン君が犬耳で執事姿ならそっちに惹かれる筈だ。うむ。自己完結。

かなり前の事なので、要望を書いた本人も忘れているかもしれません。ソレはそれでいいというか、なんというか複雑なんですけど。
わざわざ「私がこんな変態的なネタを猫毛に授けた」とか名乗り出てもらっても困るので、適当に黙っといてください。
実際、ネタ提供までで思いついていたのは幽香さんの腋をペロペロする事だったんですけど。まぁ喉もとをペロペロできたし、ゆうかりんが裸じゃなかったから仕方ないね。

今のところ並べれる言い訳も少ない、というか
言い訳を並べるぐらいなら執筆作業に戻るのだッ!
という強迫観念に駆られてしまっているので、言い訳は並べません。

さってと、読書しますかな。


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62 オンシジウム

注意! 本編です!


 僕はゆっくりと沈んでいた。

 息を吐き出せば気泡が水面へと昇り、小さくなっていく。

 綺麗な水に七色に輝く光。

 沈む方向は暗い。真っ暗だ。

 何かに腕を引かれる。

 

 ざばり、と水面から僕は出た。

 目の前には誰かもわからない存在。これは誰だろう。

 その存在に腕を掴まれて、僕は宙吊りにされる。

 その存在が目を開いた。

 鋭い真っ赤な瞳で僕を見て、口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジリジリと部屋に響く目覚まし時計の音で僕は目を覚ました。

 嫌な夢を見ていた……と思う。

 五月蝿く鳴る目覚まし時計を止めて僕は上半身を上げる。

 ぐい、と腕を天井へと伸ばして腕に溜まっていた血液を落として、背骨を伸ばす。そうして大きく口を開けて欠伸をする。

 

「おはよう」

 

 目の前にいる存在に僕は挨拶を交わす。

 白い表情のないお面を被った女性。緑色の髪を切りそろえた彼女は相変わらず僕の隣に立っていた。

 いつから立っていた、なんてもはや僕にはわからない。けれど、最初から居て、そして最後まで居るという事は無意識だけれど理解している。

 おそらく何年も一緒である彼女を前にして僕は着替えを始める。寝間着にしている白い着流しを脱いで制服を着る。カッターシャツとズボンの簡素な制服を着て、僕は鏡を見る。

 目の前の鏡には黒い髪を肩口まで伸ばした少年がいる。右目は黒色で左目は閉じられている。鏡には、少年しか映らない。

 僕は首を動かして左隣にいた彼女を見る。彼女は腰に手を当てて立っているのに、鏡には映らない。彼女がコチラを向いたので慌てて顔を前に戻した。

 

「レーン、ご飯ですよー」

「はーい」

 

 扉の向こうから聞こえた声に返事をする。僕は昨晩に用意をしておいた学校指定のカバンを持って扉を開く。僕の後ろには彼女が歩いているのだけれど足音はしない。浮いている訳でもない。

 階段を降りて靴棚の上にカバンを置いて、僕は居間の扉を開いた。開けばフワリとパンの焼ける匂いとコーヒーの匂いがした。

 

「おはよう、神奈子さん」

「あぁ、おはよう」

 

 コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた神奈子さんに朝の挨拶をする。神奈子さんは新聞から目を外してしっかりと僕を見て挨拶をした。

 赤縁のメガネの奥にある赤い瞳を鋭くしてまた新聞へと視線が戻った。

 

「レン、おはよう」

「諏訪子さん、おはよう」

「さっそくだけどお皿を運んでくれないかな」

「うん、わかった」

 

 諏訪子さんからお皿を受け取り僕はソレを机に置いた。見た目は幼女の諏訪子さんが「あー疲れた」と言いながら肩を叩く様は随分とシュールだ。

 僕が苦笑しているのがわかったのか、諏訪子さんは溜め息を吐いてから口を開く。

 

「レン、笑ってないでお寝坊さんを起こしてきてくれない?」

「うん、ごめんね」

「いいよ。ほら、朝食はゆっくり食べたいだろう?」

 

 その言葉に同意をして僕は居間から出る。

 階段を上がって姉の部屋を目指す。僕の部屋を通り過ぎて、次の扉をコンコンコン、とノックする。

 

「お姉ちゃん、朝だよ」

 

 返事は無い。僕は思わず隣にいた彼女に顔を向けてしまう。彼女は溜め息を吐いたような仕草をして肩を竦めた。同じく僕も溜め息を吐いてしまった。

 ドアノブに手を掛けて扉を開く。まず目に入ったのは不格好な蛇のぬいぐるみと綺麗に出来た蛙のぬいぐるみ。タンスの上に置かれたソレを見てから視界を移動させる。まだベッドの上で気持ちよさそうに寝息を立てている姉。黄緑色の髪を布団の上に広げて布団を抱きしめて眠っている。

 僕はもう一度溜め息を吐いてからカーテンを勢いよく開いた。眩しい光が部屋の中へと入り込んでくる。

 

「ぅ……?」

「早苗お姉ちゃん、朝! はやく起きないと遅刻するよ」

「うぅ……あと五分」

「ほら! 早く起きる!」

 

 布団を被った早苗お姉ちゃんから布団を剥ぎ取る。布団を剥がしてしまえば彼女の瞼を守る物は何もなくなり唸りながらも起き上がった。まだ寝ぼけているのか薄く開いた目で微笑むお姉ちゃん。

 

「おはようございます、レンさん」

「うん、おはよう、早苗お姉ちゃん」

 

 ボサボサの髪をしたダラシない姉がダラシない声でそう言った。

 

「そしておやすみなさい」

「寝ないの!」

 

 ボスリとまた横になったお姉ちゃんを揺り起こすのも実は僕の日常に含まれていたりする。

 

 

 

 

 

~~

 

 

「おはよー、レン」

「おはよう、フラン」

 

 フランが僕の肩を叩いて隣を歩く。学校に向かう道がずっと一緒である彼女はこうして僕を見つけると挨拶をしてくれる。金色の髪をした彼女はニッコリと笑っている。

 

「昨日の夜は最悪だったよー」

「何かあったの?」

「咲夜がね―」

 

 こうして僕と話しているフランは決して僕の後ろに一緒に歩いている彼女について追求することはない。早苗お姉ちゃんも、神奈子さんも、諏訪子さんも。

 どうやら僕以外は見えていない様で、実は僕の秘密だったりする。きっと誰かに言っても僕がオカシイと言われるだけなのだけど。

 僕という人物を紹介すれば、きっと、『彼女』の存在が見えている事以外は普通の人間である、と言える。強いて言えば父親も母親も居らず、知り合いである守谷家に居候しているという点だけだ。

 

「レン、聴いてる?」

「うん、聴いてるよ。それでメイド服は着たの?」

「着ないと咲夜が泣きますって言うからねー……はぁ……どうしてあぁなっちゃったんだろ」

「ご愁傷様」

 

 まったく話を聞いてなくてテキトウに言ったのに合っていた。よかった、と思う反面スカーレット家がとても心配になった。咲夜さんとは面識があるけれど、とても綺麗で冷静に色々出来る人だった筈だ。フランから前評判を聞いていたのだけれど。

 

「お、二人。おはよう」

「おはよう、燐」

「珍しいね。どうかしたの?」

「いやぁ、遅刻してた事がさとり様にばれちゃって……」

「それは燐が悪いね」

「そうだね」

「二人ともフォローとかないんだ……」

 

 ガックシと肩を落とした赤毛の友達には何も言わない。遅刻常習犯である彼女に何も言う事はないのだ。

 ともあれ、僕の少ない友達はこうして登校時間によく会うのだ。

 

 

~~

 

「授業を始めるぞ、着席しろ」

 

 長い銀髪を垂らした慧音先生が教室に入ってきた。彼女の手には教材が無い。

 唐突にチョークを握り、カツカツと黒板へと文字を書いていく。綺麗に整った文字が黒板を白く汚して、生徒である僕達はカリカリと無言でノートを書いていく。

 

「さて、今日の授業は『贄という儀式』についてだ」

 

 淡々とその歴史が語られていく。贄となった存在について文献は少ないらしく、自称歴史家である慧音先生による考察と世間一般的な考察が述べられていく。

 そんなツマラナイと皆が言う授業を聞き流しながら僕は彼女を見た。彼女もツマラナイ様で隣の机の上に腰掛けて脚を組んでいた。彼女は僕以外に見える事もないのでその席の人には普通に黒板は見えているのだろう。僕としては不思議でしかないのだけれど。

 と、僕が苦笑していると白い物体が僕の机で砕けた。バラバラになったソレを見て、僕はようやくしまったという顔をする。

 

「レン、私の授業で笑うとは、何か面白い事があったのか?」

「えー、いいえ、思い出し笑いです」

「ほう、授業を聞きながら思い出し笑いとは余裕だな。では、先ほど話した贄に付いて言ってもらおう」

 

 ニッコリと笑う慧音先生。黒板をチラリと見てもその部分は消されているらしくヒントも何もない。僕は思わず彼女を見た。彼女は肩を竦めている。

 僕は溜め息を吐いてから、わからない、と言うために口を開く。

 

「贄というのは、人間から世界へと捧げられた存在です」

 

 あれ? 僕は何を言っているんだ?

 

「捧げられた時点で贄に選ばれた存在は人から逸脱してしまいます。神様に捧げられてしまい、神様を直接見れる程の力を有してしまい、人からは恐れを抱かれます」

「ほう……私は神に好かれると言ったが、人間から逸脱するとは言ってはいないぞ?」

「以前の授業で『神様を直接見ない為に昔は布を顔に掛けていた』と言ってたのは先生ですよ?」

「ふむ。続けろ」

「神様を直接見れる、という事は祟られてしまっているか、或いは人間から逸脱してしまったか、もしくは別か。

 とにかく、神様を見れる程の力を有してしまった贄は人間からすると畏怖畏敬の存在として恐れられます。結果として見れば、贄を人へと戻さない為の風習なのかもしれません。

 そんな人間として強大過ぎる力を持った贄はその力故に妖怪や神様に狙われ続けます。力を得た、と言ってもソレらを退散させる力ではないから狙いやすいと言ってもいいです」

「……随分と詳しいじゃないか。調べたのか?」

「いいえ、詳しいのは……」

 

 あれ? どうして僕はこんなに詳しいんだ?

 調べるにしても本を毛嫌いしている僕は図書室になんて行かないし、図書室行ったとしても慧音先生が言った通り、贄の資料は稀少な筈だ。

 なのに、どうして知っている?

 ザラリと頭の中にノイズが走った。

 まるで誰かから聞いたみたいに……。

 またノイズが走る。

 頭が痛い。

 痛い、痛い、痛い。

 

 

 

~~

 

 

 目が覚めた。

 何度か瞬きをして天井を確認する。そこは保健室だった。首を動かせば彼女がパイプ椅子に座って脚を組んでいた。

 僕は痛む頭を抱えて起き上がる。

 

「あら、起きたのね」

 

 ズキリと頭が痛む。

 少し眉間をしかめてから声の主である八意先生に視線を向ける。八意先生は白衣を着てコチラを向いて微笑んでいる。

 

「あら、まだ痛いのかしら?」

「いいえ……大丈夫です」

「そう。授業中に突然倒れたらしいわね」

「ご迷惑をお掛けします」

「いいのよ。保険医ですもの」

 

 ニッコリと笑った八意先生。僕はベッドから降りて床に足を付ける。まだ頭が痛いけれど、それは些細なことだ。心配はあまりされたくない。

 

「ご家族にご連絡しようかしら?」

「いいです。一人で帰れます」

「そう……気をつけてね」

「はい」

 

 意味深に八意先生はニタリと微笑んだ。僕はそのことを疑問に思いつつ保健室から出た。そして溜め息を吐いて頭を抑えた。

 隣にいた彼女が僕を心配するように顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫……大丈夫だよ」

 

 そう、大丈夫。まだ大丈夫だ。

 何が大丈夫なのだろう?

 そもそも彼女に声が通じているかもわからない。覗き込むのをやめた、ということはきっと通じたのだろう。

 そんな力無く微笑む僕の前に影が掛かる。

 影を見上げれば白い髪がフワリと揺れている。毛先に小さな白地で幾何学な赤い模様の書かれたリボン。夕日よりも真っ赤な、まるで炎のような瞳。

 

「――あぁ、なるほど、お前がそうなのか」

「な、なにを」

「何、気にする事は無いよ。知覚するのは一瞬、理解する事は無い。――燃え尽きろ」

 

 チリリ、と上着に違和感を感じて咄嗟に脱ぎ捨てて横へと跳んだ。僕の居た場所に置き去りにされた上着は宙を少し浮いて、真っ赤な炎を上げた。そして床へと付く前に燃え尽きて燃えカスが廊下へと落ちた。

 咄嗟の判断だった。嫌な予感は信じてみるモノである。

 不格好に転けてしまっている僕は立ち上がって、逃げる。先ほどの放火魔とは逆方向へと。

 

「ふむ……なるほど、逃げるか」

 

 そんな放火魔の声を置き去りに僕は全力疾走をした。

 

 走りながら息を荒げて呼吸をする。

 なんだ、何なんだ、アレは?!

 突然上着が燃え尽きたぞ。タネも仕掛けもない手品にしても突然すぎる。

 僕の隣を悠々と走っている彼女に視線を寄せても彼女も走っている方向を向いている事からきっと知らない筈だ。

 とにかく広い所へ逃げなければいけない。

 

「こっちよ!」

「――ッ」

 

 声の方向を向けば階段の上から長い黒髪が垂れている。僕は彼女を知っている。

 この学校にて生徒会長をしている美少女、通称【姫】と呼ばれている彼女、蓬莱山輝夜である。

 僕は蓬莱山さんの方へと走り、彼女に着いていく。

 

 階段を登りきり、普段は鍵の閉まっている屋上の扉から出る。夕日が眩しい屋上へ到着して、僕の後ろで扉がバタンと閉められた。

 ゼーハーと呼吸を繰り返して僕は尻餅をついてしまう。

 扉を閉めた蓬莱山さんはまったく荒くなっていない呼吸で少しだけ申し訳なさそうに呟いた。

 

「……ごめんなさい」

「? どうして、蓬莱山さんが謝るんですか?」

「アナタを巻き込んでしまったわ」

 

 蓬莱山さんは真っ直ぐに僕を見つめる。

 そして何かを決意したように口を開いた。

 

「簡単に説明するわ。アレはこの世界を破壊しようとする敵よ」

「敵……?」

「そう、私達は秘密裏にアレと戦っていたのだけれど」

「ちょ、ちょっと待ってください! あんな化物と戦っていたんですか?!」

「えぇ……」

 

 思わず頭を抱える。

 あんな放火魔と戦えるような人物だったのか、我が学校の生徒会長は……。

 

「あぁ、先に言うけれど私は戦えないわ……補助と契約が主な仕事」

「補助……はなんとなくわかりますけど、契約?」

「そう、契約……ねぇ、守谷レン君」

「ど、どうして僕の名前を?」

「生徒会長ですもの。生徒全員の名前は暗記しているわ」

 

 うわぁ、生徒会長だとそんな事も覚えているのか。僕には絶対に無理だと思う。

 

「レン君……いいえ、レン。私と契約をしてくれないかしら?」

「ど、どうして僕なんかが」

「アナタには才能がある。過去最高の魔法使いとしての素質がアナタには内包されている」

「で、でもあんな敵と戦える訳が……」

「今戦わなければ、アナタは死んでしまうわ……そして世界が壊されればアナタが好きなお姉さんやご家族、そして友達達も殺されてしまうのよ?!」

「ッ」

 

 頭の中にフランと燐、神奈子さんと諏訪子さん、早苗お姉ちゃんの顔が浮かんで、消えた。燃え尽きて、消えた。

 

「僕が、魔法使いになれば世界は救えるんですね?」

「少なくとも、あの敵は倒すことが出来るわ」

「……」

「そして倒さなければ世界にバッドエンドが待ち受けている。それだけよ。たったそれだけの話」

「……わかりました」

「よかったわ。アナタのお陰で世界は救われるわ」

 

 蓬莱山さんはニッコリと笑って腕を持ち上げる。

 空中にディスプレイが浮かび上がり、幾何学模様の何かが僕の周りに浮かぶ。

 

「あ、あの蓬莱山さん」

「輝夜でいいわ」

「輝夜……さん」

「ふむ、まぁいいわ。どうしたの?」

「あのコレは?」

「契約に必要なの」

「その、えっと、僕の服が消し飛んでるんですけど?」

「契約に必要なの」

 

 ニッコリと笑った輝夜さんはディスプレイを叩く。そして全裸になっている僕は手で大事な部分を隠している。

 隣に控えていた彼女はそんな僕を見ている。凝視している。お面をしているけれど、なんとなくわかってしまう。

 うぅ……。

 

「よし、出来た。本当にアナタは最高の素質ね」

「は、早く服を戻してください!」

「ようやく見つけたぜ!」

 

 叫び声のした方向を向けば箒で空を飛んでいる、いかにも魔女と呼べそうな少女が居た。箒に跨っている訳ではなくて、箒の上に仁王立ちしている。

 

「よぉ、輝夜! 殺しに来てやったぜ!」

「あら、勘弁してほしいわね」

「今はあの妹紅もいねぇんだから、私が簡単に殺してやるよ!」

「レン、変身しなさい」

「へ、へんシん」

 

 声が裏返ってしまった。そんな僕を真面目な顔で見ている輝夜さん。繰り返す様に「そう、変身」と言っている輝夜さんは至って真面目そうだ。

 

「詠唱も何も必要ないわ。ただ強く思えばいいの。自分がどう在りたいかを」

「自分が……」

「作戦会議はどっかでしろよ。ここはもう既に、墓場なんだぜ!」

 

 魔女の方を向けば六角形の何かに光が集中している。契約したからだろうか、光が文字に見えて収束しているのが分かる。文字の意味が【破壊】であることも分かる。

 マズイ。絶対あれはマズイ。

 

「レン! はやくしなさい!!」

「ッ――」

 

 僕は目を強く瞑り自分を描いていく。

 ダメだ、わからない。僕は一体何なのだ? 僕は、僕は。

 僕の前に影が出来る。僕だけにしかわからない影。赤と淡い黄色のチェック柄の上着が見える。彼女だ。

 僕を守ってくれる存在。僕と一緒に在った存在。

 

「じゃぁな、輝夜ぁ!!」

 

 光が僕らを包む。何秒かわからない。

 唐突に、魔女から放たれていた光が消える。いいや、違う。

 ()()()()()

 

 僕は瞼を上げる。自分の姿を確認する。

 白い色の背中がパックリと開いたノースリーブ。そして肩から掛かる赤と淡い黄色で彩られたチェック柄の上着。胸元には黄色いリボンが付けられている。手には杖ではなくて、傘を持っていて、そのまま視線を下げれば同じチェック柄のフリルが付いた短いスカートがある。そう、スカートである。

 

「輝夜さん! どういう事ですか!」

「世界を救うのだから魔法少女になるに決まっているでしょう?!」

「な?! そんな法則どこで決まっているんですか?!」

「魔法少女協会に決まってるでしょ?! こんど案内するわね☆」

「ヤッター! とか喜ぶと思ってんですか?!」

「おいおい、何かと思えば契約者だったのかよ……しくじったぜ」

 

 魔女はやってしまった、という風に頭を抱えてワザとしく肩を竦めて首を横に振った。

 僕は輝夜さんから視線を外して魔女をキッと睨む。

 

「輝夜さん、あの魔女を倒すんですよね?」

「そうよ。その為にアナタは魔法少女になった」

「一応、男なんですけど」

「あら? しっかりと女性ものの下着を穿いているのに何を言っているのかしら?」

「ひゃわっ?! め、捲らないでください!」

「何を言っているの? 必要な事よ」

「ひ、必要なんですか?」

「そうよ。わざわざアナタの服が露出度ありありな服装になっているかを説明してあげるわ。

 

 

 ミニスカートであり、背中が空いている理由は私からの魔力を受け取りやすくする為に極力肌を覆わないようにしているから。そしてフリルは受け取りの補助をしているわ。

 この説明で分かる通り、さっきあなたが全裸だったのは私の魔力の関与を最大限にする為。変身時は最も魔力を消費するから当然全裸になるわ!」

「うぅ……どういう事なんですか」

「説明したでしょ?! わからないの?!」

「そういうことじゃないです!!」

 

 そう、ならいいわ。

 なんて言ってのけた輝夜さん。またあの光の奔流が僕らに迫っている。僕は落ち着いて傘を開いてその奔流を受け止める。まるで雨を防ぐように、簡単に防げてしまう。

 

「話の途中で悪いとは思ったんだぜ? でも戦場で話している方がもっと悪いだろう?」

「さぁ行きなさいレン! いいえ、魔法少女トロピカルレン! 温暖化の原因である魔女を倒すのよ!」

「なんか知らない二つ名と原因が増えてるんですけど?!」

 

 そうして僕の戦いの日々が始るのであった。




重ねて言うようですが、本編です。決して私が楽しみたいからこういう話を書いている訳ではありません。
本編です。


本編です!

役職と配役
・主役
守谷レン:
 魔法少女()。魔法少女時の服装で腰に向日葵型ポーチが付いていたのを見た輝夜さんがトロピカルレンという名前をつけただけで本人は夏よりも冬が好き。
 学校では頭がいいと言われるけれど、予習をちゃんとしているだけらしい。
 【彼女】が見える唯一の人間。

【彼女】:
 深い緑の髪と白い無表情のお面を被った女性。顔文字を描くのは愚策だけれど(‐_‐)な感じのお面である。声を出すことは出来ないらしい。
 いったい何見何香なのだろうか……。
 基本的には傍観者。レンが魔法少女になった瞬間は守っていたにも関わらず姿を見た瞬間に床をべしべしと叩いて腹を抱えていた。

・魔法関係
蓬莱山輝夜:
 生徒会長。レンとの契約主。
 私と契約して魔法使い(魔法少女)になってよ!

藤原妹紅:
 実は味方だったりする。 
 今回は輝夜に言われてレンを襲っただけで、いつもは普通の女生徒。屋上でよくサボっていたりするけれど、基本的にとてもいい人。
 この人が何かを仕掛けている時はだいたい輝夜が悪い。

八意永琳:
 腹黒保険医。
 説明するとややこしいが契約主としての輝夜の上司であり、普段は輝夜の部下でもある。ややこしい。

魔女(霧雨魔理沙):
 好戦的魔女。魔砲少女びっくりの砲撃魔砲を使える。
 相棒に人形使いがいたりする。

・家族
守谷(東風谷)早苗:
 姉。寝坊助。女子高生。セーラー服が眩しい。

守谷(八坂)神奈子:
 レンの親代わり一号。八坂重工の社長さんである。赤縁メガネとスーツ着用の素晴らしく作者の趣味が適応されてしまった人。

守谷(洩矢)諏訪子:
 レンの親代わり二号。基本的に母親の立ち位置。いつもの帽子はしてない。エプロン着用。姿は幼女なので、何度か神奈子が幼女誘拐などでご近所の噂になっていたりした。

・学校関係
上白沢慧音:
 社会教師。社会という科目を教える立場だけれどもっぱら歴史(趣味)ばかりする残念教師。テストは歴史関係が大きく救済措置もある。

八雲紫:
 化学・物理教師。グラマラスな【ぼでー】をしている。縁の無いメガネをしていて生徒達を唆したりして遊ぶダメ教師。長い金髪は後頭部でお団子にしている。遅刻常習犯教師。その度に校長に呼び出されている。
 ちょくちょく別の大学から引き抜きの要望があるが全部無視しているらしい。理由は面倒との事。

八雲藍:
 数学教師。非常に素晴らしい思春期には毒なボディの持ち主。ピッチリとしたスーツを着用していてタイトスカートが素晴らしい人。上記の紫先生とは家族であり、一緒に住んでいるのにも関わらず無遅刻。紫をおいてきている訳ではなく、いつのまにか紫先生が消えているらしい。校長に頭を下げているのはこの人。

小野塚小町:
 体育教師。授業の始まりはいるけれど、唐突に「よし、今日は自習だ!」とか言いながら木陰で寝てるダメ教師。なお校長には度々怒られているもよう。

四季映姫;
 校長先生。説教が多い。説教の内容が濃く短いので朝礼で倒れる生徒はいない。というか殆んどが紫先生の説教にあてられている。 

フランドール・スカーレット:
 友人。金髪幼女。自宅にメイドがいるらしい。いいところのお嬢様らしくボディガードもいるらしい。

古明地(火焔猫)燐:
 どうしてか猫耳をつけている友達。サボり魔であるけれど、学校には登校はしているらしい。
 ネタバレ。まさか猫耳にあんな理由がアルナンテー。

鍵山雛:
 優等生な先輩。メガネが似合う。頼られると断れないいい人。

学校の設定。
小~高まで一貫の学校。大学もあるが別敷地になっているらしい。
一応エスカレーターで上がれるが、進学校としても有名。

・魔法少女衣装設定
 魔法の力を受け取る為に肌の露出を多くしている。言ってしまえば脱げば脱ぐほど強くなれる。全裸は放送の都合上カットされてしまうので、局部は水着のようなモノで隠されている。あくまで水着のようなモノであって水着ではない。

・衣装
 白いノースリーブ。カッターシャツの袖が無い物と思って頂ければ想像しやすいと思う。ソレの背中を菱形に切り抜いて彼の白い背中が見える形。黄色くて細いリボンが胸元に付けられている。
 肩に掛かる上着。チェック柄で長袖だけれど輝夜さんの指示で袖に腕を通すことは永遠に無い。コレが翻ると彼の背中がチラチラ見える。
 腰のポーチ。向日葵型のポーチ。中身は【スキマ科学】を用いた半四次元空間でポーチの口に入る物ならなんでも入る。コレが原因で【トロピカル】の二つ名が付けられた。
 ミニスカート。フリルありの同じくチェック柄のスカート。膝上数センチのティアード・スカート、縦ではなくて横に段々になっているスカートである。彼が動くとチラチラとショーツが見える。



※なおこの設定は次回からは一切登場することはない。
 悪しからず。

アトガキ
これだけ書かれていない部分の設定を書きつつも、次回からこの設定が使われる事はないんだ。不思議だろう?
魔法少女(ショタ)が触手でうにうにされる小説なんて他でもやってるし必要ないでしょ。うん。
というか、私自身そういう触手とか陵辱系が苦手なのです。

そこ、何言ってんだコイツとか言わない。


魔法少女の服装を色々見たけれど、最近の魔法少女ってどれもスリムな服装が多いですね。私の記憶がオカシイのか一昔前はもっとゴテゴテなフリル増々な服装だった気がします……。
魔砲少女は結構シンプルですし、その相方なんて新体操でも始めるぐらいピッチリしてるじゃないですか。
絶望の魔法少女達はフリルもあってキュートでファンシーなのですが、内容が完全にファンキーすぎるので何とも……。
そんなこんなで結局【彼女】の服を元に作成。ちなみにお分かりだとは思いますが私にセンスのsの字もありません。つまり【えんう】になるわけなんですが、何言ってんだろ……。疲れてるのかな……


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63 ヘリクリサム

 ゴポリと口から気泡が溢れ出た。

 おそらく落ちているであろう私。おそらく上であろうソコからは光が差し込んでいる。

 水の中。私は落ちている。沈んでいる。

 流れもない、心地いい水の中。私は瞼を開けて沈んでいる。

 

 

 スキマから出た私はこの状態である。

 水の中である事は唐突に理解する事が出来たし、慌てる様な事でもなかった。

 流れも無い水中はとても心地よく、ずっとここに浸っていたくなる。そんな所であった。

 とんでもない所である。

 私は溜め息を吐いて気泡を見送る。

 視線を上から下へ、水底へと向けてしまえばソコは暗闇に閉ざされている。

 光の通らない水底。奇形の深海魚でもいるのだろうか。頭はどうやら冷静らしい。らしいだけであって、心は焦っている。

 

 視界の端、それこそ暗闇の中、白い、暗い部分には似つかわしくないモノが見えた。

 沈んでいる私は足を動かしてその白いモノへと接近する。

 近づけばわかったけれど、コレは白い立方体だ。

 立方体の周りを泳げば上面に扉があることに気づいた。白い扉が白い壁にあるから分かりにくい。

 私はドアノブに手を掛けて、捻る。予想していたよりも簡単にドアは開き、私は立方体の中へと入る事が出来た。

 

 ベチャリ、と濡れた私の足が床に触れた。ぐっしょり濡れた服が肌に張り付いて髪から水滴が落ちた。

 上を見れば扉は未だに開いているけれどソコから水が落ちてくる気配が無いどころか、水滴すらも落ちてこない。

 私は溜め息を吐いて内開きだったドアを傘で叩いて閉める。閉めた途端に私の服が乾き、髪から水滴が消えた。

 そういう世界なのだ。

 と私は無理やり納得した。

 ようやく私は周りを見渡す。入ったのは確かに立方体だった筈だ。その面の真ん中にある扉に入ったのだから、私の前後左右の距離は一緒でなくてはいけない。

 けれど、どうだろうか。

 私の前は途方もなく遠く、そして後ろも霞んでしまう程遠い。そのくせ、左右には一歩動いて手を伸ばせば届いてしまう。

 随分と勝手な作りだ。

 私はもう一度溜め息を吐いて横へ一歩動く。壁に触れれば、ザラリとした布の感触。サラリとした革の感触。ツルリとした紙の感触。ソレらが指先に当たり入れ替わっていく。

 私は足と手を止めて、壁を見る。

 

 ソレは本棚だった。

 

 そう理解した瞬間に本達が色付いていく。白だった背表紙達がまるで色を取り戻したように、私の触れていた部分を始まりにして、色が広がっていく。

 白い板木の本棚。横へ数えてしまえばきっと永遠の時間が掛かるかもしれない。上から数える為に私は上を向いた。そしてそのまま視線を移動させて横を向き、下を向いてから、触れている本に戻ってきた。

 終点も始点もない。天地も無い。床も壁も天井すらも、本棚で形成され、本は所狭しと並んでいた。

 

 私はテキトウに一冊の本を手に取った。

 草色の表紙に赤い装飾、タイトルは……ない。これまたテキトウにページを開く。

 

 開いた瞬間に目の前が木々に包まれた。

 少しだけ、惚けてしまった。

 木々に包まれたそこは静かな所でとても居心地がいい。

 居心地がいいと感じたのは本当に数秒で、スグにソレは消え去る。彼の嬌声が聞こえたからだ。

 

 後ろを振り向けば、幻想郷で何度か見た厄神が彼を襲っていた。対面座位で彼を抱きしめながら浅ましくも腰を振っている。

 ぐちゅぐちゅと鳴る愛液と厄神の喘ぎ、そして彼の嬌声。

 静かすぎる森には似合わない情事が目の前で繰り広げられている。

 私はカッとなってしまった。助けに来たというのに、私だけのモノなのに。

 私は手を伸ばす。伸ばした手が厄神に貫通した。けれども厄神は何事もなかった様に絶頂し、彼は厄神を見て硬直している。

 厄神に突き刺した手を引いて、私は自分の手を見つめる。変哲もない、見覚えのある手だ。近くにあった木に触れてみる。すり抜けた。

 

 力の抜けた手から本が滑り落ちた。地面に落ちた本は一度バウンドして、閉じられる。本が閉じた瞬間に私の視界はまた本棚の世界へと戻ってきた。

 

 私は深く呼吸をして、大きく息を吐き出した。

 あの世界に私は存在していなかった、と思う。考察は色々あるけれど、少しだけ頭を冷静にする。

 落ちた本を元の場所に戻して、その場所から離れている別の本を手に取った。

 青い花弁の模様が付いた、小さな手帳だ。私はソレを開く。

 また世界は変わる。

 私の目の前には着物を着た女が居た。女は淡い青の着物を着ていて隣にいる男の腕を抱いている。男の方は草臥れた濃い草色の着流しを纏っている。

 見覚えはある。けれど、会った事の無い男女だ。

 声がした。ソレは二人を呼ぶ声で、幼い子供特有の高い声だ。

 男女はその声に気づいて振り返った。私もそちらへと視線を向ける。そこには淡い青の着流しを纏った少年が居た。少年というのもオカシイほど、幼い男の子だ。

 あぁ、そうか。アレはレンだ。そうすると、あの男女はレンの両親という事になるのだろう。見覚えがあると感じたのは、レンの容姿がしっかりと引き継がれているからだろう。無愛想な男の顔とソレを見て綻んでいる女の顔はやはりレンに似ている。いいや、こういう時はレンが似ている、と言えばいいのだろう。

 二人に抱き締められた彼は子供らしく笑っている。二人の服にシワを付ける様に握り込んでいる。そして、私に気付いたのか彼はパチクリと瞬きをして私を向いている。

 男女に抱き上げられて連れて行かれていく幼い彼に私は苦笑して手をヒラヒラと振ってみる。彼はやっぱりキョトンとして、満面の笑みを浮かべて小さな手をヒラヒラと振ってくれた。

 

 同時に本が閉じられる。

 

 やばい、可愛すぎる。やっぱり子供は【ああ】でないといけない。いいや、アレは無表情な彼が昔に【ああ】だったからいいのだ。そうに違いない。

 私の予想はおそらく当たっているだろう。けれどあやふやだ。あやふやだからこそ、確かめなくてはいけない。別に幼い彼を見たいという理由ではない。決して、断じて、そんな理由じゃない。

 私は手帳を戻して少しだけホッコリした気分を味わいながら隣の本へと手を向ける。その本に手が触れる前に、視界に入った黒い背表紙の本。七つ隣にあるその本。

 私は惹かれる様にその本を手に取る。黒い表紙でタイトルも何も書かれていない本。私は、本を開く。

 

 世界は変わる。

 

 私に触れる事はないけれど、ソコは雨だった。

 勢いの強い雨と暗い世界。そして聞こえてきたのは彼の叫び声だった。

 彼とも思えない程、獣の様な咆哮。理解したくない事を必死で否定している声。彼の目の前には肉が転がっていた。思わず眉間を寄せてしまう。

 手帳の世界と同じ服装が肉に被さっている。頭の中で理解したのは、彼が否定したい事実だ。

 ジャリ、と地面を鳴らして一人の男が来た。傘を持って、ソレを彼に差し出している。彼は男へと叫ぶ、どうして殺したのだ、と。

 男は口を開いた。曰く、血の保全の為だと。理解されようとは思っていない、と。恨むのなら恨めばいい、と。

 レンはただ泣くだけで、男はソレを見下している。ふぅ、と男は溜め息を吐いた。

 そして男はもう一度口を開く。よくお聞き、憎ましいあの女の血を引く愛しい甥よ。さぁ、深呼吸を始めなさい。

 しゃくりあげながらも、ゆっくりと呼吸を始めるレン。それを見て男は優しく笑ってみせる。そして、次には全ての感情を押し殺してしまう。

 

――私を恨め。殺したのは兄を妬ましく思ってだ。私は今からお前を堕とす。許しは乞うまい。私を恨め。恨め、恨んでしまえ。

 

 パンッと男が手を打ち鳴らしてレンは倒れ込んだ。倒れ込んだのと同時に場面は切り替わる。

 壁に穴の開いた、屋根すらない、古びた小屋。

 その小屋にレンと男が居た。

 レンは光の灯らない瞳で男を見ている。男はまた口を開く。さぁ深呼吸を始めろ。何も感じない人形になるために。さぁ、深呼吸を始めろ。

 あの笑顔を見せた男とは決して思えない、無表情で男はそう口にした。

 

 男が出て行くと、違う男達がドカドカと小屋へと入ってきた。

 男達はレンの身ぐるみを剥ぎ、自分の好きなように、まるでおもちゃの様に、レンを扱う。

 私は急いで本を閉じた。

 

 本は閉じられる。

 

 雨が嫌いだと言っていたレンの理由がようやくわかった。そしてソレを誤魔化す為に、あの男がレンに暗示を掛けた。そして悪循環は生じる。

 レンは乱れてしまい、男達はレンをさらに酷く扱うだろう。レンはソレを享受する。

 彼の過去、だろうそれ等に思わず頭を抱えた。

 私は先を見る。黒い表紙が続いている。

 そして、黒い表紙が終わり、白い背表紙に変わる。彼の陵辱の日々がここで終わったのだろう。

 私はソレを手にして、本を開く。

 

 そして世界は変わる。

 

 あの男を前にレンは頭を下げていた。年齢は、たぶん私と出会った時ぐらいだろう。

 男の家から出たレンはあの小屋に戻り、数分後に現れた男達と一緒に移動をする。

 注連縄のされた洞窟。あの男が仰々しく、儀式的な口上を述べている。そうして男の知らない内にレンは水を掛けられてしまう。

 レンは洞穴に入っていく。私はレンを追わずにココに残る、きっと彼は今から幻想郷へと送られる筈だ。

 男は早々に戻り、そうして残った村人達は洞穴に藁を積み、ソコに火を灯した。視界を遮る程の煙が出る。

 わかっているけれど、これでは彼が死んでしまうかもしれない。私は火をすり抜けて洞穴の中へと入る。後ろからあの男の叫び声が聞こえた。

 

 

 

 洞穴を少し進めば白い着流しを着た彼が倒れていた。もうすでに諦めた様な顔をしていて、もう終わったと呟いている。

 彼が瞼を閉じると洞穴の闇からスキマ妖怪が現れる。彼を見下したスキマ妖怪は淡々と、いい逸材だ、と零してスキマを開いた。

 そうして、彼は幻想郷へと落ちていく。

 ドサリ、と音がして彼が白い空間へと落ちた。落ちた彼は起きることはない。

 私は手に持った本を見る。どうやら先は破られているようだ。几帳面に真っ直ぐ破られた先のページを見ることはなく、私は本を閉じた。

 

 そして本棚の世界が広がる。

 

 隣を見れば、本が幾つも抜けている。

 私は思わず溜め息を吐いてしまった。ここまで徹底しているのか、と。彼らしいと言えば彼らしい。

 その空いた部分を撫でて、拳を握る。

 どこかを叩こうとしている訳ではない。ただ、悔しいのだ。

 気づいてやれなかった。ヒントは幾つも出ていた筈なのに、冷静でなかった。自分の事だけしか考えていなかった。いいや、ちょっとした優越感があったのだろう。

 それでも、気づくべきだった。

 

 瞬きをすれば目の前に扉が現れていた。

 そこは本のなかった場所だ。幻想郷に来てからすぐの時間が削り取られている部分。

 他の記憶はあったのに、ソコだけない。

 私は一度深呼吸をして、扉を開く。

 

 開いたソコは真っ白い空間だった。

 そして、目の前には空間と同じ色……いいや、赤で少し汚れた着流しを着たレンが居た。その後ろには深い緑色の髪をした女が横になっている。おそらく眠っているのだろう。

 レンはその女を守る様に両手を広げている。

 

 そうして、私はようやく口を開く。

 

「見つけたわよ、レン」




あれ? なんかこういう話書いた、というか全く同じ文章をどこかで書いた様な気がする。いいや…………


まぁいいか。


こうして彼の出来事を辿ると面白いです。

ちなみに叔父様の性格はアッチも素で、あっちも本心なので別に深く考えなくてもいいと思います。
誰も悪くナインデスヨー、って話にしたかっただけなのです。

こういう話を書くと私の矛盾点がいっぱい出てくるのでなんとも言えないんですが、一応ある程度は矛盾していないと思います。
たぶん。
叔父様に関しては矛盾しまくりなので、なんとも言えません。レン君の記憶なんて催眠を前にすればうんたらかんたら。
どうして今は知ってるの? と言われたらパンドラさんの影響で思い出せるようになったとしか言えません。記憶をバリバリしている途中で催眠もごっそり食べちゃったんですねー。




次回予告。

 分かりにくい視点移動! 唐突やってくる絶望!
 はたしてレン君は目の前の妖怪が誰か知っているのか?! いったい目の前の妖怪の名前は?!
 究極のジャイアニズムを提言する妖怪! お前は私のモノだぁああああ!
 次回! 東方色贄録!
「いや、その理屈はオカシイ」

 ねぇ、■■。僕は、ずっと――

※なおエロはない模様


 たぶん、大体そんな感じになると思う。きっと、いや、どうだろうか。


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64 向日葵

グロ注意


 僕は吊り上げられていた。

 細い糸か何かで手首をキリキリと締め付けられて、水面に爪先を着けながら、吊られている。

 ボンヤリと見える白いお面の【彼女】。

 真っ赤な瞳をしている……いいや、そんな事は忘れてしまった。忘れてしまった、というべきなのだろうか。

 

 キリキリと締め付ける糸が強くなる。

 皮が裂けて、肉を締め付け、骨を軋ませる。赤い液体が腕を伝い、腋を舐め、肋を撫でて、横腹を這い、腿を辿り、踝を越えて、そして水面へと広がる。

 透明である筈の水面が汚れていく。穢されていく。

 穢らわしい。

 締め付けがさらに強くなる。

 擦る様に強くなった糸は肉を食い破り、骨を削る。痛みも、熱さも無い。ただ手首を侵食されている違和感だけが広がっている。

 どうして僕はこんな目にあっているのだろう。

 目の前の【彼女】は応える事はない。

 故に僕も【彼女】を見るだけに留まる。

 

 ガリガリと振動音が鼓膜を揺らして、ブツン。と何かが切れる音がした。糸が切れた様な感触が腕から伝わる。

 水面に付いていた爪先が沈み、僕の体はまた水底へと沈んでいく。

 

 右腕を伸ばした。

 空も、草も、何もかも『掴む事ができなくなった』腕は、ただ真っ赤な液体をだらしなく水へと溶かしていく。

 透明が穢れていく。

 赤へと汚れ、光を遮り、黒へと変わる。

 どうして手を伸ばしたのだろう。

 

 自ら切り落としたというのに。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 レンは何も応える事はなかった。ただ後ろで横たわる女を守っている、それだけ。

 私はようやく見つけた安堵で息を吐き出す。

 

「さて、何から聞いてあげましょうか」

「……誰?」

 

 最近崩れてきた無表情が思いっきり眉間に皺を寄せた訝しげな表情になってその言葉を吐き出した。

 私は思わずニヤリと笑ってしまった。

 

「それはもういいわ」

「…………」

「アナタ、最初から忘れていな…………あぁ、そうか」

 

 言葉の途中で区切る。

 こうして彼が訝しげに私を見ているのはきっと正しい事なのである。まったく、面倒だ。

 思わず頭を抱えて首を振ってしまう。そんな私に対して小首を傾げるレンはまだ眉を寄せている。

 

「そうね、はじめまして。私は■■……あぁ、そう。これだけは出ないのね」

 

 まったくもって、面倒だ。

 

「でも一応、言ってやるわ。私は■■ ■■」

「…………」

 

 変わらずレンは訝しげに私を見ている。

 そして、何を思ったのか突然表情を無表情に戻して、溜め息を吐いた。

 そして私に背中を向けて、ちょこんと体育座り。膝に顎を当てて、レンは女を見た。ただ真っ直ぐと女を見ている。

 無視をされている私は拍子抜けしてしまい、指でコメカミを掻く。

 もしかしたら、面倒が上塗りされているかも知れない。ハァ、と息を吐き出した私は一歩彼に向かって歩いた。同時に彼との距離が二歩分開いた。

 

 やっぱり、面倒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 左腕が吊られている。

 

 目の前の白いお面の【彼女】は相変わらず無表情で僕を見ている。

 それでいい。僕は【彼女】に微笑む。

 これでいい。

 ギリギリと皮膚が締められ、削られていく。何かの膜が切れたのか、プシッと勢いよく赤い液体が吹き出して【彼女】のお面を汚していく。赤い、真っ赤な液体が【彼女】のお面に付き、垂れた。目の部分から、まるで涙の様に。

 吊られていない右腕を伸ばす。

 伸ばした右腕。もう右手で拭う事すら出来ない。

 

 甲高い、キュィィィとした耳鳴りが聞こえる。左指に鋭い痛みが走り、まるで焼かれているかのような熱と痛みに肉が引っ張られて削られる感触が広がる。

 無表情なお面を被った彼女は何もしていない。

 振動が腕に響き、さらに奥歯に力が入った。

 声は出さない。出してたまるか。

 

 僕は無理に笑って見せる。いつかの様に、無理に笑顔を作りあげて、【彼女】を見る。

 僕が拒絶したのに、それでも、まだ、僕は想い続けている。

 想い続けたからこそ、僕は【彼女】の明日になりたかった。

 

 

 

 

 

 

 レンは手を伸ばし、女の頬に触れた。

 優しい手つきで頬を撫でて、親指で唇に触れる。表情は至って穏やかだ。

 唇から親指が離れて、髪を流す様に、梳く様に丁寧に撫でている。

 変わって、無視され続けている私はソレを少し羨ましく見てしまっている。

 穏やかに笑む彼。こんな表情の彼を見たのは、初めてかも知れない。きっと、アレは彼の理想なのだろう。

 そんな適当な予想を思い浮かべて、苦笑してしまう。私の今からの行動は、彼の理想を粉々にしてしまう事なのだろう。

 

「さて、どうしたモノかしらね……」

 

 顎を掴む様にして少し考える。

 きっと彼に私が■■である事を理解させる事が一番早いのだけれど、そんな事出来れば苦労はしない。

 かと言って他に突破口があるわけではない。ココで私が叫びちらした所で意味など無い。

 

「……どうして僕は彼女を知らないのだろう」

 

 彼が呟いた。触れている女についてだろう。

 彼は女を知る訳が無い。知っていてる筈が無い。

 知らないのに守っている、というのも中々に滑稽だけれど、嬉しさがこみ上げてくるのだから問題など無い。

 

「この緑色の髪も、花の香りも、全部知っている筈なのに――僕は彼女を知る事はない」

 

 あの本が私の予想通りであり、彼の発言が私の予想通りなら、目の前の彼が女を知る事は絶対にありえない。ありえる訳が無い。

 

 なんせ、彼は私を覚えているのだから。

 

 

 本を紐解くように、レンに触れられていた女が綻ぶ。表情ではなく、体全体が、風に吹かれた花の様に、バラけた。

 血も何も出ずにバラけた女の体は沢山の紙で構成され、そして部屋中に飛び回る。

 レンはそれでも無表情でただ前を見るだけだ。

 目で追った紙には文字が大量に書かれていて白紙が黒く染まっている。そんな紙が指向性をもって私へと向かってくる。

 私は両手を広げてソレを受け入れる。

 腹部に衝撃を受けて、私を貫通する紙達。通り過ぎた紙は勢いを無くし、ハラリと落ちていく。

 紙の群れは数秒で無くなり、私はようやく息を吐いた。

 そんな息に気がついたのか、レンがこちらを慌てて振り向いた。

 いったいいつの間に居たのか、と驚いたのか。それとも、いつの間に移動したのか、と驚いたのか。

 私は緑色の髪を掻き上げて、瞼をあけて真っ赤な瞳で彼を見つめる。

 

「こんにちは、人間さん。私は風見 幽香……アナタを食べる妖怪よ」

 

 いつかの意趣返しで、私はそう名乗った。

 レンは少し驚いて、そして悲しそうな顔をした。

 

「やっぱり来ちゃった……」

 

 そう呟いたレンは俯いて私を見た。私を理解してしまった事。つまり、私を知った(忘れた)のだ。

 忘れた(知った)から、知った(忘れた)。ここはそういう世界だ。だからこそ、彼が守っていた私はずっと知られる(忘れる)事がなかったし、他はすべて本へと変わっていた。保存されていた。

 

「さて、こんばんは風見幽香(カザミユウカ)。さくっとここの説明をしようか」

「随分急ぎ足ね」

「当然さ。僕の価値がそろそろ無くなるのだから、少しは仕返しをしてやろうとね」

 

 ……。私は頭を抱えてしまう。

 ヒクリと頬がつり上がってしまう。彼はニッコリしながら一輪のひまわりを両手で持っている。

 

「レンの過去が封入されているのがここであり、ここにはレンの過去がすべて詰まっている。 当然、過去と言っても彼の知らない事も多い筈だ。沢山ある本はすべて過去であると同時に妄想であり、可能性であり、そして幻想だ」

 

 淡々とまるで仕事をするように彼は口を動かしていく。名残惜しそうに向日葵を抱きしめて、肺いっぱいに香りを詰め込んでいる。

 

「そして、幽香の本はすべて僕が所持していた。レンがそうした。絶対にアレに触れられない様に」

「アレ?」

「黒い何か。その正体を知る事は永遠に無い。言葉にするなら、恐怖だとか、絶望だとか、はたまた光とか」

「……パンドラね」

「まぁそうかも知れない。違うかも知れない」

「面倒ね。はっきり言いなさい」

「言っただろう? 僕には知る事は出来ない。永遠に、ね。例えばパンドラと名乗っている彼ももしかしたら彼なのかも知れない。もちろん例えばの話。例えば、パチュリー・ノーレッジが施した治療に何かしらの因子が埋め込まれていたとして、例えばソレが彼を操っているとして、どうしてソレが彼では無いといえるのだろうか

 

 もっと言ってしまえば、本当にパンドラとは存在しているのだろうか。果たして結末はいかに? それも僕は知る由もない。当然さ。当然で当たり前の自然な事。略せば当然ってね」

「随分お喋りね」

「喋るさ、少しぐらい時間はあるだろう?」

「いいえ、先を急ぐわ」

「……そう、とっても残念だよ。じゃぁ、レンによろしく言っておいてくれ。変わらず、君の暗示は幼稚なモノだった、ってね」

 

 彼が向日葵を放り投げる。

 ふわりと浮いた向日葵で私の視線が一度ふさがり、手で茎を掴んでどければ彼は消えていた。

 

 同時に、突風。

 体が浮き押し出される。視界から遠ざかる扉が盛大に音を立てて閉まっていく。

 幾つも扉が締められたあとに大きな両開きの扉が閉じられ、ガチャリと音を鳴らした。

 

 私は瞼を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 僕は瞼を上げた。

 目の前には幽香がいた。

 白いお面を外したらしい彼女はその手に持ったお面を何度か手で弄んで、放り投げた。

 

 ボチャンと音と水柱を立てたお面は水底へと落ちていく。

 

「本当、面倒ね。アナタは」

「……うん」

 

 苦笑している彼女は僕に手を伸ばした。

 頬に触れた手が鼻を撫でて、唇に触り、そして僕は抱き寄せられる。向日葵の香りが肺に溜まる。

 その空気を吐き出して、僕は彼女に頬擦りしてしまう。

 

 左手で開いていた本が水へと落ちる。

 落ちた本は溶けて無くなる。元々水だったように。

 本が落ちた事で僕は左手で彼女をかき抱く。空いてしまった何かを埋める為に、必死に抱きつく。

 

「幽香……ゆうかァ……」

 

 耐えていた何かが漏れ出してしまう。あぁ、もうダメだ。もう抑えれない。

 瞼が熱くなって、アノ時から誰にも見せない様にしていた涙が溢れてくる。溢れた水が幽香の服を汚していく。

 肩が濡れたことに気づいたのか幽香が僕をさらに力強く抱きしめてくれる。

 嗚咽を出しながら僕も幽香を強く抱きしめる。

 

 

 本よりも、燐よりも、神奈子よりも、諏訪子よりも、早苗よりも、もっと、もっと、もっともっともっともっと!

 言葉にするなら、きっと小説の到着点だ。早苗の所持していた恋愛小説みたいな。

 左手で幽香の服を掴んで、僕は口を開く。

 言葉が脳から落ちて、喉から出てくる。出そうとした。

 

 

 

 

「ご機嫌よぉ、宿主様ぁ?」

「――ッ」

 

 言葉は彼女の登場で詰まる。同様に、僕の左手に力が入る。

 空から降りてきたのはヒラヒラとした服を纏った少女だ。翠色の瞳と金色の髪をした少女。その少女はまるで飴でも舐める様に先の無い右手を喰んでいた。

 中指を口に含んで、バキリと音を立てて、グチャグチャと下品に口を鳴らす。垂れたヨダレを拭う事なんてせずに彼女はゴクリと喉を鳴らした。

 そんな彼女を見る幽香は僕は背に庇い、彼女を睨んでいる。

 

「ゲフゥ。ぁあ、贄ってホンットおいしいわぁ」

「救うんじゃなかったのかしら?」

「救っているわ。アナタも見たでしょう? 魔法少女トロピカルレン」

 

 クスクスと笑いながら幻想を語る彼女。口の端に付いている血を拭ってその指を口に含んでチュゥっと口から出した。

 

「アナタを理想として、彼の理想をもとに制作した世界。守られる自分ではなくて、守る自分であるための世界。素晴らしいでしょ? 別に他なんていいじゃない」

「それも、仕方ないで終わらせるのかしら?」

「仕方ないでしょう? ソレがワタシの仕様なんだもの。1人を幸せにするわ。その他の999人ぐらいはワタシのオ・モ・チャ。 クヒャッハッハッハ。だってぇ、仕方ないじゃなぁい。ソレもどれも、仕方ないでしょぉ? ワタシだってこんな事は趣味じゃないのよぉ……嫌いじゃないけれどぉヒーッヒッヒッヒッヒ」

「下品ね」

「そうかしら? 人の中に土足で踏み込んで来る方が下品ではなくて?」

「迎賓のお迎えも無い場所に言われたくないわね」

 

 ハッと鼻を鳴らした幽香。天に浮いている彼女はただ僕らを見下ろしている。

 

「ネぇ、知らない人。宿主の代わりにワタシが出迎えてやるよォ」

「遠慮するわ。むしろその宿主とイイコトするんだから、さっさと消えなさい、下品娘」

「遠慮なんてするんじゃァねぇょよオオオオオオ!!」

 

 弾の様に落ちてきた彼女とぶつかった幽香。僕の視界には水柱。

 視界がすべて遮られる。

 

 僕の顔に何かが付着する。真っ赤な液体。それはヌメって、僕から落ちた。

 僕は力が抜けていく。

 

 水面に頭が着き、ゆっくりと沈んでいく。

 

 僕の両腕が掴まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 僕は本を閉じた。



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65 レンと幽香

二話更新。なお最終回の模様


 僕は瞼をあげる。

 

「……ふぅ」

 

 閉じた本を机に置いて、溜め息。そして目の前で爛々と目を輝かす少女に苦笑してしまう。

 

「どうでしたか?」

「……どう、と言われても」

 

 なんというか、ムズ痒いと感じてしまう。

 自分の体験した事が書かれた本だ。既に知っている結末をもう一度読んだ、それだけの話だ。

 目の前にいる黒髪のオカッパ頭の少女は少し緊張した面持ちでこちらを見ている。僕はそんな姿にも苦笑してしまう。

 

「……ありがとう、阿求」

「いいえ、贄の話も記録する事が出来たのです。コチラも感謝します」

 

 まだ無名の本を見て、やはり僕は苦笑してしまう。

 僕の為の本でもあり、いつか幻想郷に生まれてしまう贄の為の本。文末にはしっかりと『助けてゆかりん』と書いている。

 これを稗田家に書かせる旨を紫と霊夢に相談すれば、紫はヒクリと頬を引きつらせ、霊夢は「あっそ」と素っ気なく返した。笑いを耐える様に肩を揺らしていたけれど。

 

「ところで……彼女、パンドラはいったい?」

「……さぁ、どうだろう」

 

 僕は翠色の両目で阿求を見つめる。阿求は真剣な顔を崩して溜め息を吐いた。

 別に語る事でもない。語るに及ばないことなのだ。それこそ僕とあの場にいた幽香だけが知っていればいい。

 ピクリと僕の髪が引っ張られる感覚。後ろには誰もいない。髪を撫でて僕は苦笑する。

 

「……迎えが来た」

「あぁもうそんな時間ですか」

「……お茶、ご馳走様」

「いいえ。 あぁ、この本の題名ですが」

「……お好きにどうぞ」

 

 そうして僕は稗田家の玄関へ向かう。

 途中すれ違う人など無視して、一直線に。

 

 玄関には壁に凭れた幽香がいた。走り寄る僕を幽香はすんなりと受け入れて抱きしめてくれる。

 

「……待った?」

「いいえ、どうかしら」

「……むぅ」

 

 思わずむくれてしまう。そんな僕の頭をポンポン叩いて幽香は苦笑した。

 その手を僕に差し伸べて、僕はその手をしっかりと握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の予定はもう無いのかしら?」

「……えっと、紫の所には一昨日に行ったし。夜に早苗達に呼ばれてるぐらいかなぁ」

「キャンセルしなさい、キャンセル」

「きゃんせう?」

「止めときなさい。私と一緒にいなさい」

 

 握られた手が少し痛い程度に強く握られる。

 僕は痛いとも思ったけれど、それ以上の幸福感で満たされている。

 フフフ、と少し笑っている僕をどう思ったのか幽香は「いいわね?」と追加された。

 

「……ふふ」

「いいわね? アナタは私のモノなんだから、そりゃぁ私だってある程度の譲歩はするわよ? えぇ、もちろん…………クソ、あのスキマめ……」

 

 いったい幽香と紫の間でどんな契約がされたのかは知らない。知らなくてもいい事だ。

 僕は幽香のモノである。それだけでいい。

 僕に価値があるというなら、その価値だけで十分だ。僕には豪華とも言える。

 

 目の前に向日葵が見えてくる。

 同時に風と一緒に向日葵の香りが鼻をくすぐる。

 

 自然と笑みが深くなる。

 あの記録が出来たのだ。ちょうどキリもいい。

 僕は幽香の手をすり抜けて、フワリと走る。輝夜からもらった装飾の少ない蒼い着物を揺らして、躓かない様に走る。

 そしてある程度、幽香と距離が出来てからクルリと振り向く。幽香は少しだけ呆然としている。

 

 そんな幽香に僕は悪戯気に微笑んで口を開く。

 

 これは最初の言葉で、出会いの言葉で、僕を決める為の言葉。

 

 

 

 

「ねぇ、幽香。 アナタが僕を食べる妖怪さん?」




風見 レン
 人間。贄。人以外に狙われる。黒髪、翠瞳。無口、無表情、無愛想。

風見 幽香
 妖怪。緑髪、赤目。花の香りがする。大好き。

日記の端書より抜粋。
~~

アトガキ

猫毛布です。
まず最初に、
完結までお付き合いありがとうございます。
皆様の暖かい『何か(意味深)』でなんとか完結出来ました。
正直な話は、実用性皆無です。仕方ないね。

ほぼ一年ほど掛けて『東方色贄録』は終わりました。
理不尽な世界と仕方ない運命、そんな二つに立ち向かわない物語です。
『向日葵』は私の思っていたモノとだいぶ違います。なんというか、もう少し恋するレン君を書きたかったのですが、何度書き直しても無理でした。

恋には勝てなかったよ……。

一応、たぶん、ハッピーエンドになっているとは思います。ちゃんとしたハッピーエンドが分からないので、こんな先の見えない終わりにしてます。
なんせ、最後の一文に「そして僕は本を閉じた」と付け加えれば未来が真っ暗じゃないですかーヤダー。

なんというか、『イイハナシダッタノカナー?』な物語です。
基本的には私の力不足なのですが……。加筆した所で、いいところなんて一切ありません。
微妙な時期にこういうの書くから……後悔はしていないのでいいんですけど。反省はしてます。
はんせーしてまーす。


>>東方色贄録に関して
 読者は読者です。途中で視点移動の表示を変えたのは『~~』の方がページ送りで使われていたりするからです。
 はて、読者は読者、と意味のわからない事を……。

>>レン君が覚えてたって証拠は?
 紫の呼び方は「お姉さん」であるのに対して幽香の呼び方は「妖怪さん」でした。
 見た目は至って人間らしい幽香を初見で妖怪だなんて当てれる訳がないでしょう。贄録の最初にも「妖怪さん?」と聞いてますが、あれは皮肉です。実際に彼が幽香を妖怪だと知ったのは何ヶ月か後です。

>>エロは?
 パンツは履け。思いついたら書きます。
 今のところ、尿道責めしてレン君を快楽調教したりして
「僕のオ×ン×ンから、いけないオシッコださせてくりゃしゃぃいいいいいいい」
 なんて事を言わせようかなぁとか画策しているけれど、責め手がいないんですよね……咲夜さんを持ってくるのも微妙ですし。

>>次回作
 今のところ未定。一次創作を頑張るか、これのエロを書くか、まぁのんびり考えます。
 前はこれを言って、四日後ぐらいに次回作を書き始めたもよう。

>>あの学校設定はどうするの?
 エロが思いつかない。お隣さんに守谷家。義理の姉に『幽香さん』を追加して、お姉ちゃんとほのぼのイチャイチャだったら。まぁ、うん。
 クソが、消し飛べ。
 と私の精神状態が荒むので、休憩します。


まぁ、こうやってアヤフヤにして終わらせたのは未来なんて勝手にしやがれ!って事なんですけどね。
最期まで看取る事は出来ません。いったいどうやれば綺麗に終われるんですかねぇ……。
一応、筋事態は説明したので、多分大丈夫だと思ってます。

何かあれば聞いてください。私のスリーサイズは……なんて冗談です。
ただ、先にも言ったように、彼の未来を書けよ! ってなっても書けません。ホノボノです。
朝起きて、ご飯作って、幽香を起こして、少しイチャイチャして、ご飯食べて、みたいなモノです。想像出来ますよね? 想像出来ない? 我慢しろ。

惜しむべきは、やっぱり実用性のなさですね。イチャイチャだと抜けねーのなんのって話です。
かと言って、上で書いたような淫語ばっかりってのも書けませんし。
いろいろと勉強が足りなかったというべきですね。うん。

そんなこんなで、東方色贄録は終了いたします。

二度目になりますが、完結まで付き合っていただきありがとうございました。

読んでいただきありがとうございます。
それでは、また、そのうち。

2013/10/30
猫毛 布


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