撃沈王の土産話 (vs どんぐり)
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ヤーナム島調査部隊

「はぁ……空はあんなに青いのに」

【扶桑:Lv.155】

 

 扶桑を旗艦とするヤーナム島調査部隊の作戦目標は二つあった。

 一つは大和と懇意にしている艦隊のきな臭い艦娘が報告書を上げてきた未知の島、ヤーナム島を戦域展開の拠点とすることが可能か、これの第二次下調べである。

 同島の存在の噂だけは扶桑の耳にも「どうせ何処かの子が難破船か幽霊船を島と見間違えたのでしょう」程度は入っていたものの、まさかその幻影の島を攻略してしまったと、イチャモンを付ける余地が微塵もない整合した報告書で、それも深海棲艦になりかけた空母が単独で攻略・報告したと言うのだから、寝言は寝てから言えと無視するわけにもいかなかった。

 もし報告書の内容が事実であればヤーナム島はかつて質の良い鉄鋼を十分に生産できる程の文明を有し、供給ルートさえ確保できれば新たな泊地にもなり得る、との事だった。さらに島に巣くっていた致命的な脅威は既に排除したという。大本営直属の部隊を送り込むだけの十二分な理由があった。

 

「海はどうしてこんなに赤いのかしら」

 

 ヤーナム島調査部隊のもう一つの作戦目標、それは新たに配属された駆逐艦に経験を積ませることだった。

 

「………………ぐすっ」

【初月:Lv.2】

 

 机上で得られる知識など所詮は両手を広げた程度の範囲にしかなく、本物の海の広さには果てがない。

 そして、恐ろしい。

 しかもまったく未知の海域に踏み込むなど他の熟練メンバーでさえ緊張を強いられる。

 とはいえ、ヤーナム島とそこに至るまでのルートは既に詳細がまとめられており、初月を除く全員が詳細を頭に叩き込んでいた。報告にあった通り、そして噂通り本当に深海棲艦が寄り付かない、空母一人でも島に到達できる楽な道だった。

 要するに、新人を脅かす肝試しにはうってつけの作戦だった。……だった。

 

「ね、姉さん……」期待通りといえば期待通り、新人は姉に抱きついて離れようとせず、今にもへたり込んでしまいそうだった。「ごめん。僕はもう……もう無理だ。怖いんだ。もう進めそうにない……こんな情けない妹で……ぇぐっ」

 

 報告書では『青ざめた赤い血の海』といった風な脅威の度合いを表す修飾がやけに多く、その点だけは報告者である空母――斑鳩の心の弱さの表れだろうと、一時間前までは扶桑も考えていた。

 まさか、本当に海が血の色をしているとは。

 

「大丈夫。大丈夫だからね」

【照月:Lv.155】

「絶対にお姉ちゃんが守ってあげるからね」

 

 そう言いながらも照月はヤーナム島調査部隊の旗艦に涙目で訴えていた。「もう撤退しましょう」と。

 言われるまでもない。報告書にあった使用資材のうち『輸血液:約200リットル/人』は誇張でも勘違いでも冗談でもなく、本当にそうだったのだ。でなければ足元に赤い液体が粘り着き、強烈に鼻を刺す鉄の臭いに説明が付かない。襲い来る鮫を始末するなどで海を赤く染めた回数ならば自慢にもならないが扶桑は限りなく日本一に近いかもしれない(そして次点は妹の山城かもしれない)。だが島の周囲数キロの範囲を斑無く染めるほどの量の血をいったい誰が、いや何が用意できようか。

 ヤーナム島調査部隊は今、鉄底海峡などとはまったく性質の異なる悪夢に足を踏み入れていた。ここからさらに島に近づくなど自殺行為に他ならない。

 総員転進、回れ右の号令を出そうとした扶桑の頭に、しかし撃沈王・大和の言葉が響いた。

「危険だからこそ、最強である我等の他に誰が道を切り開くんですか」

 扶桑にも大和に負けず劣らずのプライドというものがある。今日まで彼女たちはそのプライドを背負って万難を排してきたし、今朝の出撃前にも初月にそう言い聞かせたばかりだった。彼女にはそのプライドを守り通せるだけの力をこの作戦で身に付けさせるつもりだった。

 

「ひっぐ……あ、足に血がどんどん……! 嫌だ。嫌だ嫌だ! お願いだ姉さん、せめて僕を綺麗な海で沈めてくれ……!」

「絶対に手を離さないで! 大丈夫。帰れるから。みんな無事に帰れるから!」

 

 目標の一つである、新人に少しばかり戦場を潜り抜けさせることは完全に失敗していた。どころか強烈に過ぎるトラウマを植え付けてしまい、下手をすると二度と出撃できなくなったかもしれない。鉄壁の防空能力を誇る秋月型駆逐艦をこんなわけのわからない作戦で失ってしまうとあっては、もはや扶桑一人が責任を取れるレベルの話ではない。

 さらには本来の目標であるヤーナム島の調査を何一つ終えていないのだから笑えない。

 

「照月と秋月は初月のフォローを。他の三人は周囲を警戒して」

「逃げようよ!」と照月が珍しく扶桑に食って掛かった。「作戦続行はどう考えても不可能! 扶桑さんだって本当は疑ってるでしょ!? 深海棲艦すら近寄らない島には絶対に何かあるって! あんな報告書が書ける艦娘は絶対におかしいって!」

「よく分かってるから、あと十秒だけ考える時間を頂戴」

 

 扶桑はその十秒で、本日の大和の予定が休暇であった不運を心の中で嘆いた。

 

「――よし。これからの作戦を伝えます。あの島を写真撮影して、ここの海水を採取して、帰ります。カメラを持っているのは誰?」

「ぼ、僕が……」

「待って」扶桑は伊達に不幸の星の下で生き延びてはいない。初月が震える手でデジタルカメラを落としてしまう事は容易に予測できた。「照月が取ってあげて」

 

 だが不幸の星も伊達に扶桑を照らし続けてはいない。初月にばかり気を取られていて、照月もまた赤い海を怖がっていることを失念してしまっていた。

 カメラを落とし、せめてスケッチでもと取り出したペンと手帳を落とし、「……海水のサンプルだけでも」初月に茶を飲ませて空になった水筒まで海中に没したところで、ようやっとヤーナム島調査部隊の旗艦は諦めがついた。

 今は未熟だが将来は必ず味方の上空に一機たりとも敵機の飛行を許さないと胸を張って言えるようになる。必ず姉さん達に追いつき秋月型防空駆逐艦に恥じない艦娘となってみせる。そんな僅かに残った職責とプライドから、初月が血の海に落とした道具を探ろうと恐る恐る手を伸ばす姿はまるで、カミソリの山の中から鍵を見つけなければ死ぬサイコホラー映画のようだった。

 

「大丈夫よ」と見かねた扶桑は初月の手を取った。「帰りましょう。帰ればまた来……いえ、ええと、その、きっと大和あたりが作戦を引き継いでくれるから」

「ごめんなさい扶桑さん……僕のせいで……」

「出撃前に言ったでしょう。轟沈せずに帰ることが初月の目標だって」

 

 仮に鬼姫クラスの敵と何体か遭遇したとしても新人を無傷で守り通せるだけの部隊を揃えたつもりであり、とはいえ初月を怖がらせるのが目的だったことから脅し文句だけは必要以上に並べ立てていた。今でこそ小動物めいて震える妹を抱き締めている照月も、出撃前には姉のカッコイイところを見せたかったがために、「秋月型は完全護衛を使命とするの。だから自分自身のことは――分かるよね」余計なことを言ってしまっていた。

 扶桑はヤーナム島に背を向けた。

 

「じゃあ私がしんがりになるから。初月と照月を中心に、はい帰投します。帰るまでが任務ですからね。行きに敵影が無かったからといって帰りにも無いとは――」

 

 他の五人は扶桑の忠告に耳を傾ける余裕もなく、一刻も早くこの赤い海域を脱しようと鈍足の航空戦艦を置き去りにした。

 無線で言いたい事は山程ある扶桑だったが、口から出たのは言い慣れた台詞だった。

 

「はぁ……空はあんなに青いのに」

 

 

◆――――◆

 

 

 猫喫茶『ハングド・キャット』に来るならば客の少ない時間にしろと、武蔵は何度も言い聞かせている。確かに撃沈王の集客力はすさまじいものがあり、まばらに座席を埋めている今の客も追加注文を惜しまず「大和型のツーショット!」とスマートフォンでつぶやくのに忙しい様子である。ではあるものの、来店される度にイベントめいて騒がれては経営戦略も何も無くなってしまう。何よりハングド・キャット本来の活動に支障を来すことだけは避けたかった。

 

「何よ。私が来たら迷惑だって言うの?」と大和がカウンター席から問うた。

【大和:Lv.155】

「ああ正直に言って迷惑だ」と武蔵は夕方から増え出す客に備えながら答えた。

【武蔵:Lv.151+1】

 

 姉妹艦同士で気を緩ませ合う二人よりも、間に座っている茶猫の方がよっぽど堂々としたものだった。

 申し訳程度の変装を兼ねる私服姿の大和、ハングド・キャットの制服で身形を整えた武蔵、二人が並べば武装をせずとも凄みと風格で店内を圧迫する。しかし交わされる会話は阿呆らしいことが多かった。

 

「お前のせいで『ハングド・キャットは美味しいカレーと不味いコーヒーを味わう場所。撃沈王もそう言ってる』とネットで評価されているのだぞ。どうしてくれる?」

「あらやだ武蔵ったら、客観的な評価も受け止められないようになったの? 以前はもう少し素直な戦艦だったはずだけれど。やっぱり艦娘と喫茶店のマスターを掛け持ちするなんて無理なのよ。カレーおかわり」

「その太く厚いメンタルがあればな。私も喫茶店など開いてないぜ」

「そう、メンタル。ちょっとその事で相談があるのだけれど」

「なんだ。大和撫子の権現と呼ばれる重圧に負けて気を病んだか。ざまぁみろ」

「私じゃなくて新人の子」大和は身を乗り出して声を潜めた。「ちょっと珍しい経験を積ませるだけの任務――の予定だったのに、心がポッキリ折れちゃったみたいなのよ」

「おい、ガチな話を今ここでするな馬鹿者。せめて閉店まで待て」

「夜は予定があるから今話したいの。武蔵はヤーナム島って聞いたことある?」

「お前が俗な噂を知っていることに驚きだ。その噂なら、まあ創作のネタにはなる程度かな。デイヴィ・ジョーンズとかアトランティスなんかと同レベルの」

「そのヤーナム島、斑鳩がたった一人で攻略したって報告書を上げたのよ」

「……は? 斑鳩って、あの深海棲艦になり損ねたアイツで合っているか? 攻略した?」

「そう。あの斑鳩の完璧な報告書を無視するわけにもいかないでしょ。だから調査部隊を送り込んだのよ。新人の教育にも持って来いの作戦、だったのだけどね」

「待て待て順を追って話せ。まずヤーナム島が実在したのか?」

「実在したから困ってるって話なの」

「何も聞いてないぞ。隠す必要があるほど危険な海域なのか」

「斑鳩一人で行って帰れるくらいの危険度、と言っても私にはピンと来ないのだけれど、斑鳩と同じドーカンシャの武蔵なら分かるでしょ」

「分かるか」

「何にせよ艦娘一人で島の隅から隅まで徹底的に調べ尽くした場所に精鋭五人と新人一人を送り込んで、何の情報も持ち帰れなかったどころか、期待されてた秋月型駆逐艦の心をへし折っちゃったのよ。隠してるというより世間様に説明できないってこと。要は面目の問題」

「ふうん。難儀だな」

「でしょう? ねえ、早くカレーおかわり」

 

 とても客に向けられるものではない顔をしながら武蔵はカレー皿に溢れんばかりのカレーを盛った。どうせ料金はいつも過剰に請求しているのである。少しでも一皿の量を増やしてサイクルを遅らせた方が効率が良い。

 以前、武蔵のお茶目で洗面器にカレーを盛って出したこともあったのだが、さすがに超えてはならない一線の向こう側であったらしく大怪獣特撮映画めいた姉妹喧嘩が勃発したため、今では非常に安定しつつも面倒臭いおかわりサイクルが形成されている。

 

「そこで相談なのだけど」大和は出されたカレーに満足しながら言った。「問題の初月って子――いえ、とっても素質ある良い子なのよ? なのだけれど、このお店でどうにかならない?」

「……撃沈王はいつから仲間の手を簡単に放すクズに成り下がったんだ? ああ?」

「違いますぅ。頼まれたって初月を手放すつもりはありません。ただ他の皆と練度に差がありすぎる上に心まで折れちゃって、……正直に言うと、ドーカンシャの魔法にもすがりたいところなのよ。私の言いたいことが分からない立場でもないでしょ」

「何度も言っただろう。洞観者は魔法使いではない」

「武蔵は一年くらいお休みしたことがあったじゃない? でも悠長に待ってられないあの子にできることがないか、似たような経験のある姉妹艦からアドバイスが欲しくてこうして話をしてるの」

「アドバイスも何も、普通ならば即刻、艦娘を辞めさせて他の道を奨めるぞ」

「あの子が望むなら、この撃沈王があらゆる障害を排除する。……だから今後の道は自分の好きなようにしなさい、って言っちゃったのが失敗だったみたい」

「焚き付けてどうする……。あーあー、お前のせいで初月とやらは逃げるに逃げられなくなったぞ。責任を持って面倒を見ろ」

「それが姉妹艦の言葉? ちょっと冷たいんじゃあないかしら?」

「だからハングド・キャットは洞観者のための組織で、それ以上でもそれ以下でもないと、これも何度言えば分かって貰えるんだ? ――なら、ヤーナム島云々の元凶である斑鳩とお前の席がある艦隊はどうだったんだ。傘姫提督には既に相談したのだろう?」

「…………完っ全に忘れてた。もう斑鳩を見張るような真似をしなくてもいいと思ってたから」

「こんな薄情者が姉妹艦だと思うと涙が出てくるぜ」

「うるさい」

 

 いそいそとスマートフォンを取り出しながら、本当に存在を忘れていた艦隊への後ろめたさからか大和は腰を低くしつつ店を出ていった。

 しかし、五分と掛からず店内に戻ってきた。

 

「前から思ってたのだけれど斑鳩って、よく傘姫提督と仕事できるわよね」とぼやきながら大和は元のカウンター席に戻ってきた。「斑鳩の一人称が『僕』で、初月も『僕』。紛らわしいからって電話に出るなり拒否されたわ。……そういえば、どうして初月の事を知ってたのかしら」

「流石の意味・正体不明っぷりだな。良くも悪くも期待を裏切らない」

「予想してたのなら教えなさいよ! こんな薄情者が姉妹艦だと思うと涙が出てくるわ」

「くだらない愚痴をこぼしている今も初月は思い悩んでいるぞ」

「……天照大艦隊の分隊が駄目なら本隊よ。あそこなら人数も多いし、武蔵お気に入りの長月ちゃんだっているし」

「私は特定の誰かを贔屓したりはしない。姉妹艦も含めてだ。だが長月に余計な負担をかけるのは許さないからな」

「はいはい。今から直接、話を付けに行ってくるわ。絶対に断らせないんだから。カレーごちそうさまでした。マスター早くお会計」

「レジに行け」

「誤解しないでよ。私は初月のために天照大艦隊を紹介するのであって、厄介者を預けるだなんて本当にこれっぽっちも考えてないのだからね」

「分かったから、さっさとレジに行って金を出せ」

 

 大和型姉妹の仲が良いのか悪いのかについては、実際にハングド・キャットで二人の会話を盗み聞きしている客の間でも意見の別れるところだった。




大和と武蔵がだらだら喋るだけの話をどうしても書きたかったので、書きました。
それと誤解を恐れずに言えば……良く言えば「モニター上でも見やすい文章」、悪く言えば「こんなの小説じゃあねえ」的なものの練習でもあります。
読み難い、などなどありましたらご指摘いただけると幸いです。


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用語集 Ver.20160222

『撃沈王の土産話』のバックグラウンドになります。


●―【 あ】―●

 

『青い炎』

 この世界には深海の闇ですら消せない炎が存在する。

 

『アサシンブレード』

 球磨が左腕の袖の下に隠している飛び出しナイフ。家具職人のオーバーテクノロジーを借りて開発された、球磨をいよいよ近接戦に特化させる武器。ゆくゆくは様々なギミックが追加される予定で、特に半袖の季節になっても装備が苦でない機構の追加が待たれる。

 

『明日はきっと晴れる』

 時雨が不運にも発見してしまった天気の法則より、危機を仲間に知らせるための暗号。

 あるいは木曾・長月という仲間を得た幸運。

 

『天照大艦隊』

 竹櫛の艦隊に一ノ傘の艦隊が転がり込んで統合・編制された二倍艦隊。竹櫛が提督で一ノ傘が副提督という系統をとっているが、そのあたりは良く言えば二人が臨機応変に動いている。さらに北鎮守府の姉妹艦隊も組織に含めることもある。

 艦隊名を考案したのは叢雲。神道的趣旨によるが宗教的意味合いはない。

 

『斑鳩』

 いかるが。洞観者の一人。斑鳩型航空母艦一番艦とされている謎の多い空母。

 外見は空母ヲ級に酷似しており、美容室で睦月を真似たヘアスタイルに整えるまでは仲間からも不気味がられていた。制服も白を基調とした道衣袴を普段から着用しているため天照隊で「白いヲ級」と言えば斑鳩のことだと一目で分かる。

 大和と並んでも見劣りしない戦闘力からは単純な練度の高さのみならず空母として極めて優れた性能を見ることができる。さらに表立っては使わないが、傘姫提督が無意味に製作した甲標的や小口径主砲、さらに青い炎の力を使えば戦艦クラスの大口径砲までも装備・運用できる異常なまでの汎用性を持つ。故に彼女は常に深海棲艦疑惑をかけられ、しかし泳げないため深海に棲むどころか母港で足を滑らせるだけでも溺死する可能性がある。

 心に波風を立てることで左目から青い炎を発し力を行使でき、同時に思考が外見にそぐうものへと変化してゆく。書類仕事にも長けているからといって彼女を酷使すべきではないだろう。自身の炎に心を焼かれた彼女が深海へ堕ちようとしても、泳げないがために、海上でポツンと佇む他にないのはあまりに可哀想である。

 

『居酒屋鳳翔』

 午後九時頃から南鎮守府の食堂が様変わりした宴会場、そこに現れる居酒屋。鳳翔が自主的に開く店であり、彼女が出撃した日や遠征に出ている日などが休業日である。そして彼女もまた空母寮の一員であることを忘れてはならない。

 

『一ノ傘鉄子』

 天照大艦隊、本隊の副提督。

 竹櫛と付き合いの長い同期の女性。初期艦は吹雪。迷った時は取り敢えず装備できるだけの砲を積ませる大艦巨砲主義者。役割論者ではない。

 博多弁+北九州弁+鹿児島弁+αで喋る。雷電姉妹にR指定接触を取り、あんな風にした。

 現在の北鎮守府に配属された当初は提督としての素質がないように思われ、竹櫛の元から派遣された電の助けを借りるなど苦労と失敗を重ねてきた。しかし夷川の艦隊壊滅に関わってからは一変してブラック提督としての才能を開花させ、工業地帯を草むしり程度の気軽さで防衛しつつ様々な作戦に加わった。潜水艦には逃げられ、ほぼ唯一の航空戦力だった蒼龍と飛龍が頻繁に寝込むようになっても火力さえあればなんとかなる、そんな運営方針は電の謀反によりあっさり崩れた。竹櫛の元に戻った電に艦隊ごと南鎮守府に引っ越した一ノ傘は副提督という中途半端な地位に就くこととなった。責任を竹櫛に押し付け自由にやろうと目論むも再び立ちはだかる夷川、さらに北鎮守府の後釜として唐突に現れた従姉妹の一ノ傘姫乃にペースを崩され、今では雷に慰められたり慰めたりしながら地味な陰謀を巡らせている。

 非常に多趣味で特にエアガンを多く集め、南鎮守府に移ってからは球磨と共にサバイバルゲームに参加するようになった。他、執務室を散らかすなどの性質がある。

 

『一ノ傘姫乃』

 天照大艦隊、分隊の提督。

 一ノ傘鉄子と区別するため「傘姫」と呼ばれる。初期艦は偽葛城(斑鳩)。迷った時は取り敢えず斑鳩一人にすべて任せる少数精鋭主義者。

 一ノ傘鉄子とは同い年の従姉妹で線の細いオカッパ頭の女性。言葉を頻繁に区切る話し方は聞き取りにくい時もあり、逆に彼女からは読心術で見透かされるためコミュニケーションは一方的になりがち。軍人でも関係者でもなかった彼女がある日いきなり北鎮守府や超高練度の深海棲艦になりかけた空母を預かるという経歴を疑わない人間は存在せず、疑いの眼差しはすべて親族の鉄子の方へと逸らしている。

 得体が知れず付け入る隙もないように思われることもあれば、ちょっとした仕事を一人で片付けられずに倒れて斑鳩に看病されることもある、謎多き人物(或いはエイリアン)。

 

『丑の刻摩天楼』

 竹櫛が自慢気に所持していた普通の工業刀。翔鶴の安っぽいコンパウンドボウと打ち合った際に刀身が半分になり、夷川家とのいざこざでゲームキューブと打ち合い刀身を完全に失ってしまった。現在は第一執務室の装飾品となっている。

 

『夷川海花』

 斑鳩の本名。夷川の娘で海鳥の姉。失踪する以前の姿はもう失われているものの、新しい仲間たちの中で前向きに苦労している。

 

『夷川海鳥』

 雲龍型航空母艦三番艦・葛城の本名。夷川の娘で海花の妹。失踪した海花を捜索していた夷川の艦隊が壊滅した中で一人だけ奇跡的に生き残った。呉の艦隊に救出され、そのまま仲間に加わり今に至る。

 

『夷川海司』

 何故この男の遺伝子から海花と海鳥のような出来た娘が作られたのか誰もが首を傾げる、高い地位だけは持っていたクズ提督の権化。ゲームキューブを装備した霧島の情け容赦無い右ストレートにより顔面を平らに均された今となっては元の提督業はおろか、このクズにできる事は何一つ無い。

 

 

●―【 か 】―●

 

『海軍精神注入棒』

 売店のお姉さんが仕入れた木刀に「棒入注神精軍海」と自分で書付けたもの。南鎮守府の売店にて一本千円で販売中。

 

『傘姫』

 一ノ傘姫乃のこと。竹櫛や鉄子が昔からこう呼んでいた。紛らわしいが天照隊では「一ノ傘提督」と言えば鉄子を指し、「傘姫提督」と言えば姫乃を指す。

 

『カレンダーズ』

 睦月型駆逐艦のこと。結束の固さが強さに繋がっている好例である。

 

『カロリーメイト(ようかん味)』

 恋はダイナマイ。

 菓子を装った恐るべき惚れ薬で、薬指に指輪をはめた艦娘であっても艦隊を捨てて目の前の偽愛を選んでしまう。一見しただけでは普通のカロリーメイトと変わらないため極めて高い技術力を持つ者が製造したと推察される。金剛・球磨・叢雲・電・雷・吹雪の六人でひっそりと調査中。ハロウィンの時に金剛が空母に強奪された分は球磨がこっそり奪い返して事なきを得た。

 

『北鎮守府』

 天照大艦隊・分隊の母港。

 南鎮守府からは海路で一時間前後、陸路で三時間の距離にある。

 工業地帯に近く防衛の要所であるはずだが一ノ傘の艦隊全員が南鎮守府に移ってしまい、後釜として来た夷川はクズで即リタイア、さらにその後釜はド素人の傘姫と深海棲艦になりかけた正規空母の二人だけ、おまけに大和ら戦艦数人の砲撃で焦土にされかけるなど、あまり大切に扱われない。

 現在は一ノ傘が提督として指揮を執っていた頃の半分ほどの設備しか電気が通っていない。

 

『キャットタグ』

 ハングド・キャットの猫が首輪に付けている小さなタグ。ラバウルだろうと単冠湾だろうと洞観者がいるところで見かけることができる――かもしれない。

 

『ゲームキューブ』

 霧島の拳のリーチと重量を底上げする強力な鈍器。さらに金剛型姉妹がスマブラDXで遊ぶこともできる。

 

『結婚(ガチ)』

 竹櫛の最終目標。叢雲と共に艦隊を辞めて人生を共にする、というもの。時が経つにつれて艦隊を抜け出せない環境が整えられていくため、今のところ達成の目処は立っていない。

 

『撃沈王』

 日本最強の大戦艦・大和の称号。よく「日本で最も数多く撃沈しダメコンで生き延びるか救助された艦娘」と誤解されるため、軍は大和がいかに数多くの敵を沈めてきたかをアピールするのに忙しい。

 

『航空戦艦理論』

 航空戦艦がそう言うのだから、それで間違いないのである。

 

『極楽師匠』

 一ノ傘のブラック艦隊から脱柵した潜水艦たちに生きる術と戦う技術を教えたとされる人物。正体不明。

 

『ごんごう』

 金剛がLv.999のイージス艦に急成長して変貌した姿。メガネパンチで元に戻る。

 

『金剛大三角』

 夏の星空に極端に大きく描かれる模様。見渡せる範囲で可能な限り離れた明るい星三つを結べば、天文学的確率でそれは金剛大三角かもしれない。

 

 

●―【 さ 】―●

 

『試飛会』

 試飛会(しっぴかい)とは日向が制作したラジコン飛行機のテスト飛行を行う会である。

 戦艦から航空戦艦へと進化した日向は己の刃を研ぐべく航空機の研究に明け暮れ、定期的に切れ味を試すべくラジコンを製作しては戦艦寮上空を飛行させたり墜落させたりした。

 日々を深海棲艦との戦いに費やす艦娘にそのような暇があるのかと問うならば普通は無いと答え、日向は普通という枠を何食わぬ顔で切り捨てた。故に航空戦艦になってから随分と久しいものの練度に僅かの上昇も見られず、ラジコン飛行機の製作技術ばかりが無駄に上昇していった。勿論、この技術が深海棲艦に対する抑止力となった例は一度として無い(一度だけ、深海棲艦になりかけた艦娘を止めたことならあった)。本末転倒も甚だしかった。

「艦娘としてあんたそれでいいの!?」と叢雲に激怒されることは度々あり、日向も猫の額くらいは気にしている。ところで猫の額とは面積の狭さを例える言葉であり思慮の大小を表すのには使えないのではと日向は疑問に思い、つまり全く気にしていないと同義とも言えた。これぞ鋼のメンタルの成せる業である。

 日向が製作するラジコンはいかなる機種であれ、全体をヘチマのような緑色に塗装され、両翼と胴体には赤いマル模様が入れられる。機体下部には固定翼機や回転翼機、アダムスキー型未確認飛行機だろうと何だろうと例外無く水上に浮かぶためのフロートが無理やり取り付けられ、つまりは瑞雲化改修が行われた。

 制作する飛行機の機種はいつも自由自在だった。F-22ラプター、F-35ライトニングⅡ、A-10サンダーボルトⅡ、Ka-50ホーカム、V-22オスプレイ、サボイアS.21、SH-60K、テポドン2号、コンコルド、気球船、果てはハインケル・レルヒェのような珍機体(特に航空戦艦が運用できそうなもの多)などがプロペラ駆動のラジコン飛行機となった。

 半強制的に観覧に招待された最上が見守る中、日向のラジコンは戦艦寮前の空を優雅に飛行した。あるいは制御不能に陥った機体が爆発しない巡航ミサイルとして最上の頭や山城の部屋、斑鳩の意識、金剛の後頭部、北鎮守府の執務室を狙ったりもした。それら経験はすべて日向の糧となり、最上の精神的重石となった。

 

『姉妹艦隊』

 天照大艦隊の本隊と分隊は書類上では別々の艦隊と扱われており、人員や物資などを密接に融通し合うことから、その関係を姉妹艦隊と表現されることがある。

 

『射撃試験・演習場』

 南鎮守府の工廠から海に向かって約2kmも伸びる防音設備。兵装のテストはしたいが近隣の住民には迷惑をかけられず、かつ自分たちも静かな生活を送りたい、そんな願いを竹櫛が珍しく補助金を取ってきて実現させた。外から見るとベルリンの壁の如く強固に見えるが、間抜けな陸軍人の侵入を許すほど防衛面では障害となり、また悪天候時に大きく歪むことから不安の声は上がっていたが最近になって対空機銃で容易く天井板が吹き飛ぶことが時津風によって確認された。

 

『振動魚雷(ローテク)』

 潜水艦たちが極楽師匠の教えと霧の艦隊に関する資料を参考に開発した失敗作。

 まず敵との距離を300mまで詰めた者が小口径砲で無線測定弾を撃ち込み、敵の固有振動数を測定する。次に得られたデータをパソコンから振動弾頭にインプットして魚雷をトルピードランチャーに装填、敵の位置を再度よく確認して発射する。

 すべてがイムヤの計算通りに進んでいれば不沈要塞めいた大和でさえ轟沈することすら叶わず海面上で肉片と化すはずだった。

 

『総旗艦』

 艦隊全体の面倒を見る秘書艦、阿呆たちのまとめ役。

 まだ葛城と名乗っていた頃の斑鳩が叢雲をヨイショするための肩書きとして使ったのが始まりで、それが定着した。竹櫛の右腕である叢雲、一ノ傘には電、傘姫には斑鳩と、天照大艦隊には三人の総旗艦が存在する。ただし電と斑鳩は総旗艦と呼ばれるのはあまり好きではない。

 

 

●―【 た 】―●

 

『竹櫛』

 天照大艦隊、本隊の提督。

 一ノ傘鉄子と付き合いの長い同期の男性。傘姫のことも昔から知っていた。初期艦は電。迷った時は取り敢えず空母数名と古鷹ちゃんに出撃準備をさせ、とにかく空母を働かせた後で手堅く素早く作戦を進める面白味のない機動作戦主義者。

 北鎮守府に配属されてからは球磨、叢雲を迎えて堅実に滑り出したかと一息ついたところで、同期で近所の一ノ傘が資金燃料弾薬諸々を枯渇させていた。見捨てるわけにもいかず当時は僅かに仕事慣れしはじめていた電を派遣し、この事が後に想像もしないような影響を及ぼす。

 弓道警察としては口煩い方ではないものの、さすがにアニメ中盤から後半にかけてのあり得なさに対しては多量の唾を飛ばした。

 

『タマ』

 球磨型軽巡洋艦二番艦の多摩だと主張し、猫ではないとかたくなに言い張る、一応は人の形をした猫。タマネギやチョコレートなど人間と同じものを食べても問題無い。酒のツマミの中にこっそりキャットフードを混ぜると匂いでバレて引っ掻かれる。

 

『洞観者』

 嘘を見破った艦娘。何の前触れもきっかけも無く世界が異常であることに気付く例が多い。

 目覚めた時に現れる猫の呼び掛けに応じることになり、各地に散らばる数少ない洞観者で成すべきことを成すために行動する。

 真実と嘘の境界に立っているため艦娘としての性質は極めて曖昧なものとなり、異常な力を得た者もいれば、逆に海面に立つことすらままならなくなった者もいる。また騙されようとしない艦娘に対して妖精は無反応となり、それは轟沈の瀬戸際であっても変わらない。

 洞観者は不要な混乱を招かないよう普通の艦娘には何も語らず、ハングド・キャットからの指示を待つばかりである。

 

『時津風隊』

 時津風を旗艦とする練習部隊。やる気と面倒見だけは十分な時津風のふわっとした方針が要因となり解散した。

 

『特殊深棲監視艦隊』

 傘姫や斑鳩の艦隊が天照隊に吸収される前の名称。

 

『トルピードランチャー』

 誰がどう見ても四連装ロケットランチャーなのだが、装填するのはロケット弾ではなく専用に開発された魚雷。陸上の敵(味方)を始末するべく分隊の潜水艦が開発した。

 魚雷らしからぬ速度で海面上を飛び、また水中での使用も可能と潜水艦の攻撃力を格段に向上させる兵器である。もちろん使用すれば隠密性はほぼ失われる。

 

 

●―【 な 】―●

 

『偽葛城』

 斑鳩のこと。なぜか彼女が自身のことを「葛城」だと思い込んでいたことより。

 

『猫吊さん』

 分隊の優秀な秘書。気配りができてお茶目な面もある妖怪。

 

『猫爪』

 ネコノツメ。

 長月のために武蔵と大和が開発した刀。バスタードソードみたいな日本刀、というコンセプトを掲げて開発を進めるうちに攻撃力(重量)を欲張り過ぎたため、出来上がったものは漫画「BLEACH」の主人公が持っていた巨大な出刃包丁のような斬魄刀、それに可能な限り刀装具を用意した風である。海での使用を想定しているため防食に特化しており、機密とされている材質は鉄かどうかも怪しい。

 プロジェクトでは三本が制作されて、有効な兵器と確認されればさらに量産して一本三百万円で全国の艦隊に向けて販売される予定だった。しかしネコノツメの重量たるや大和や青い炎の力を使った斑鳩が気張ってなんとか持ち上げられるくらいで、刀としてまともに扱える人物は今のところ長月ただ一人しか確認されていない。

 

 

●―【 は 】―●

 

『売店のアルバイト』

 艦娘を辞めた磯風は直後に傘姫に拾われ、南鎮守府の売店でアルバイトをしている。

 叢雲と同室で、以前と変わらず駆逐艦たちと南鎮守府で生活を共にしていても磯風の雇用主はあくまで傘姫なので、竹櫛の提案・要望はだいたい無視する。

 

『抜猫』

①猫爪(ネコノツメ)を鞘から抜くこと。「長月の-術は魔法だと思うんだがな。いやホントに」

②鎮守府の全機能が猫によって停止すること。また、その猫。

③猫を駆除? 貴様如きが?

 

『ハングド・キャット』

 THE HANGED CAT

 洞観者の洞観者による世界のための秘密結社。伝書猫で情報交換を行い、指導者である武蔵の命令に従って活動している。

 または秘密結社の本拠地であり財源でもある喫茶店。とても賢い猫たちを利用した猫喫茶のつもりで武蔵は店を開いたものの、客は手伝いで働いている艦娘(洞観者)や本格カレーを目当てに来店する。武蔵が最も力を入れているコーヒーは「極めて不味い」と撃沈王のお墨付き。実際不味い。

 

『ファランクス』

 正式には『夕張砲改』という名称で登録されている産廃兵器。

 10cm連装高角を妖精さんが魔改修したもの。(命が擦り減る程の)気合と根性を動力源として無敵の防空能力を得られる。現在は三機が南鎮守府の工廠に鍵付きで保管されており、その鍵は鎮守府正面海域の海底のどこかにある。

 

『扶桑皇国』

 運が悪いと迷い込むことがある鏡写しのような世界、そこには扶桑皇国という日本に類似した国があり、空を飛ぶ怪物と空を飛ぶ艦娘のような少女たちとの戦があると言われている。

 山城はその国に姉がいるかもしれないと見当を付けており、いつネウロイと遭遇してもいいように常に三式弾を数発隠し持ち歩いている。

 

『FLS』

 フソウ・ロスト・ショック。

 

『古鷹ちゃん』

 天使。

 

『古鷹のサーチライト』

 ヤコブのはしご、天使の階段、薄明光線などとも呼ばれる、雲の隙間から柱状に降り注ぐ太陽光のこと。

 

『分隊』

 北鎮守府を拠点とし、傘姫の指揮の下で活動する艦隊のこと。

 軍隊編成単位としての意味はない。天照大艦隊(本隊)に色々と融通して貰っているため、本隊から別れた組織感をそのまま名前にした。

 以前の艦隊名は「特殊深棲監視艦隊」で現在も新しくきちんとした名前があるのだが、長いので誰も使わないし覚えてもいない。

 

『非人道的タブレット』

 出撃中あるいは交戦中の艦娘に事務仕事をさせるための堅牢かつ非情なタブレット。傘姫・斑鳩の艦隊が天照大艦隊と姉妹艦隊になったことにより人員に余裕ができて使われなくなった。

 

『羊の皮を被ったエイリアン』

 傘姫のこと。

 容姿だけは迷える子羊のような導いてあげたくなる雰囲気を気前よく撒き散らしているためタチが悪い。

 

『本隊』

 南鎮守府を拠点とする艦隊のこと。正確には傘姫や斑鳩たちの世話を焼く天照大艦隊を指す。

 

 

●―【 ま 】―●

 

『「慢心、ダメ、ゼッタイ!」ポスター』

 各鎮守府に月一で送られてくるポスター。何らかの写真や誰かの手描き絵に標語を配置したデザインとなっている。小中学生の勉学の一環で作成されたような見栄えのしないデザインが逆に緊張を削ぐと全鎮守府から苦情が集まっているはずなのだが、軍は頑なに作者を伏せたポスターを送り続けている。

 

『南鎮守府』

 天照大艦隊・本隊の母港。何といっても外観の特徴は水平線に向かって2kmも細長く伸びた射撃試験・演習場である。よく視察を受け入れ、何の面白味もない防音壁を見せてガッカリされるのは毎度のことである。

 居住地に近いこと、より重要度の高い防衛拠点である北鎮守府が近隣にあることから竹櫛の艦隊を一ノ傘の艦隊に統合させる計画は何度も検討され、しかし逆に一ノ傘の艦隊が南鎮守府に押し掛けてしまった。人口密度が非常に高い。

 

『叢雲艦隊』

 天照大艦隊が結成される前の竹櫛が管理していた艦隊。深い意味は勿論無い。

 

『メガネパンチ』

 霧島が放つ必殺のフィスト。

 震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒート! 刻むぞ血液のビート!

 さらにメガネパンチはまさかのラッシュ技である。日本の厳しい気候にも負けない建材としての瓦を容易く砕くパンチが瞬間的に何十と繰り出されるため、霧島を怒らせることはあまり賢明とは言えない。

 

 

●―【 や 】―●

『ヤーナム島』

 噂には存在する、かつて人が外界と遜色のない文明を築き上げていた島。血塗れになりながらも血に渇いて死ぬ覚悟があるのなら、その島を探す価値はあるかもしれない。

 

『闇プリン』

 南鎮守府では争いの元となるプリンの所持・持込を禁止されている。しかしプリンのない生活などカラメルのないプリンも同然であり、艦娘たちは密かに楽しんでいる。

 闇プリンの相場は寮によって大きく異なる。

 

『妖怪扶桑姉さま隠し』

 いくら探せども姉の姿が見えない山城が創りだした幻影。あながち間違いではない。

 

『妖精さん』

 南鎮守府の妖精全員が稀に軍人魂を失ったような何かに入れ替わることがある。もしアバウトな彼ら(彼女ら?)と上手く付き合うことができたなら、改修・開発で大きすぎる効果を得て大きすぎる代償を払うことができるだろう。

 

 

●―【 ら 】―●

 

『リアルナイファー・クマさん』

 南鎮守府から比較的近いサバイバルゲームフィールドで、球磨は尊敬と畏怖と下心の念を込めてそう呼ばれる。「クマ」は偽名だと思われている。

 球磨が本当に弾幕を回避していることをペイントボールで証明したためゾンビ疑惑は晴らすことができたものの、次はあまりに強過ぎるためゲームバランスを崩壊させると不満の声が上がった。貴重な女性ゲーマー(一ノ傘も含む)を失いたくないフィールドスタッフは装備のランクダウンという形で調整を重ね、ついには「クマさんだけはナイフアタックとフリーズコールのみ」までランクを下げることになった。勿論それでは球磨が何をしに来ているのか分からなくなり、また何十万もかけて整えた装備が少女とゴムナイフにやられる男共も面白くなく、球磨一人+物好き数人 vs 他全員というイベント戦が開かれることもある。

 ちなみに球磨が本気を出す時の銃は東京マルイのハイサイクル電動ガンと電動マシンガンの両手持ち。

 

 

●―【 わ 】―●

 

『ワレアオバ・トリガー作戦』

 敵艦隊が展開している海域――MAPのスタートマスとボスマスを繋いで自滅に追い込む、傘姫が指示し斑鳩がやってのけた裏技。

 日が沈む直前にワレアオバ・トリガーを準備し、夜になって発動すれば、後は遠くから戦果を確認するだけでよい。出撃するのは高速艦たった一人でよく、必要な装備は副砲と非人道的タブレットのみ、ひたすら逃げ回るだけなので消耗は燃料と僅かな弾薬だけと、まさに裏技と呼ぶに相応しい作戦。

 欠点はワレアオバ・トリガーの準備に失敗すると敵部隊に囲まれて撤退ができなくなること。また傘姫と斑鳩は怒られるだけで済んだが最悪の場合アカウントを停止される。

 



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天照大艦隊

 大和から天照大艦隊を紹介されて敬礼を返した直後より、初月は記録庫に籠った。

 

「あなたが恐れた島に何の情報も助けもなく唯の一人で挑み、土産まで持ち帰った尋常ならざる艦娘――斑鳩すらも恐れ戦く艦隊です。もし初月に恐怖を克服する気があるのなら、明日までに荷物をまとめなさい。……左遷とかではありませんからね。訓練のためよ、訓練。私も天照隊の分隊に席を置いてるけれど悪くない艦隊よ。ちょっと阿呆が多い気はするけれど」

 

 恐ろしい? 悪くない? 阿呆が多い?

 撃沈王の特にこれといって無い真意を図り損ねた初月はファイルの渓めいた棚の中から『天照大艦隊』の文字を探し出し、目を皿のようにしてページを捲った。

 掃除こそ行き届いているもののカビ臭く薄暗い記録庫の中で一人、何度も首をひねった。

 

「……何がどうなっているんだ、この艦隊は?」

 

 まだ資料を読み慣れない初月にも、記録が修正され、抜き取られ切り取られ、それからまるで割れた窓ガラスを段ボールとガムテープで塞ぐような粗雑さで辻褄が合わされているような違和感を読み取れた。酷い箇所など記録が半年分ほど飛んでいたりもしている。

 

「大和さんが言っていた斑鳩という空母、覚えがある。確かニュースにもなった水着姿のヲ級……違う。あの時はイカルガなんて名前じゃなかった」

 

 他のどの艦隊の記録も出鱈目な管理をされているのが普通なのかもしれないと考えた初月は他のファイルを手当たり次第に引っ張り出したが、どれも初月がこれまで学んできた通りの艦隊組織が活動し、何度も聞かされ頭に叩き込んだ内容の作戦を成功させたり失敗させたりしていた。作戦中に泣いて姉に縋ってしまった新人が生意気にも率直に言ってしまえば、どの艦隊も勲章の数に少々の差があるだけの、平凡だった。ファイルに纏められただけが全てではないだろう。直接これらの艦隊の中を覗けば何かがあるだろう。しかし今の初月にとっての問題はそのような事ではない。

 もう一度、天照大艦隊のファイルを開くと、露骨なほど手を加えられた箇所がいっそう目に付いた。隠す気すらないのではないか、そう思えるほどに。

 

「もしかして大和さんは僕に、この暗い部分を見せるために……?」

 

 そう呟いた時、背中に視線を感じた。初月の他に誰もいないはずの記録庫に視線を。

 跳ねるように振り返っても勿論、誰もいない。だが初月の目には何故かはっきりと、強い光を見た直後の目に焼き付く残像のように、少女の姿が映っていた。

 白いセーラー服、そして吊るされた白猫。

 

「…………お、……おばけなんてなーいさ……おばけなんてうーそさ」

 

 これが今の初月なりの、精一杯の決意表明だった。

 目を擦ると、やけに鮮明だった残像は消えた。

 

「ねーぼけーた僕が……うん、見間違えたのさ」

 

 散らかしてしまったファイルを順番通りに並べることも忘れて棚の空いている場所に突っ込み、記録庫から出て鍵をそそくさと返却し、真っ直ぐ自室へと荷物をまとめに戻った。

 大和は明日まで気持ちの整理を待つと言った。だが初月にはこのまま何も行動を起こさずに今晩を待つことなど、とてもできそうにはなかった。

 

「どうしたの初月?」慌ただしい音を聞きつけた照月が様子を見に来た。「その荷物、どこかに行くの?」

「姉さん――僕は必ず強くなって帰って来るよ」

「んん!? なんだか分からないけど行かせないよ!? 何その男の子向けマンガの主人公みたいな台詞!」

「いつまでも姉さんに守られてばかりじゃ駄目なんだ! 悪夢にもおばけにも負けない僕になるんだ!」

「えぇ……。じゃ、じゃあ、何処に行くのか知らないけど、この部屋から出たければお姉ちゃんを倒してみせなさい!」

「――分かったよ姉さん。これが僕の覚悟だ! イヤーッ!」

「痛っ!? ……は、初月が、ぶったぁ……!」

「倒せと言ったのは姉さんじゃないか……」

 

 

◆――――◆

 

 

 猫喫茶『ハングド・キャット』の閉店時間を過ぎ、店の中だけでなく外の通りも静かになった時間にやって来て定位置のカウンター席に座った大和は、この日は珍しくカレーを要求しなかった。

 

「なんでもいいから飲み物を頂戴。ああ、武蔵のコーヒー以外で」

 

 片付けをしていたアルバイトの店員が茶を出そうとしたのを武蔵は制し、これ見よがしに水道水をコーヒーカップに注いで出した。しかし大和は気にするどころか小さなカップの中身を一気に飲み干して、「あぁ……疲れた」席に突っ伏してしまった。

 

「全部、武蔵のせいなのよ。武蔵が天照隊がどうこう言ったせいで」

「私は何の話かも聞かされないまま罵倒されるのか? 残った飯の処理に来たのでもなければ帰れ。邪魔だ」

「じゃあ、一皿だけ」

「なんだ。本当に疲れているらしい」

「初月のこと。二週間前にはとっくに話が片付いてたはずなのに……今日やっと決着が付いたわ」

「期待の駆逐艦をどう扱ったものかと言っていたな、そういえば。天照大艦隊に預けるだけで何をそこまで苦労するのやら」

「私だって正直、……本当に正直に言えば、天照隊に預けてハイお終いだと思ってたわよ。なんだかんだ言っても深海棲艦になりかけた艦娘と仲良くやれるくらいの艦隊だもの。初月が将来、秋月と照月に追い付く程になった頃に天照隊に愛着が湧いてたなら、そのまま残るって選択肢も許可するつもりだったわ。……だったのに、初日から大問題を起こしちゃうんだから」

「大問題? ケンカ騒ぎでも起こしたか」

「扶桑の存在を妹さんに喋った」

「情報漏洩か。そいつは疲れるわけだ。ほら、カレー食って元気出せ」

 

 ハングド・キャットを開く以前の武蔵にも召集の命令はよく届いていた。

 撃沈王・大和を旗艦とする強行偵察部隊は強さだけでなく機密性も重要視され、それがたとえ大和型の二番艦であったとしても、喫茶店で働くような者を構成員にすることは許されなかった。大和と武蔵の会話もほとんどに『撃沈王と洞観者の情報交換』という大義名分が立っている。

 扶桑という名を聞いた武蔵は少し懐かしんだ。いつ頭の艦橋に隕石が落ちてきても不思議ではなさそうだった航空戦艦はどうやら、まだ存命であるらしい。

 

「いきなり機密を喋ったんじゃあ、練度がどうこう以前の問題だな。誰の責任になったんだ?」

「他人事だと思って……」大和はカレーを一口頬張った。「……喋った初月に喋らせた扶桑の妹さん、初月の元教官、私、天照隊の竹櫛提督、誰を責めたって話が大きくなればなるほど何が機密なのか分からなくなってくるじゃない。だからもう妹さん、山城っていうんだけれど、その阿呆が扶桑を探して暴れるものだから、もういっそのこと姉妹を少し会わせて表面上だけでも丸く治めようとしたのよ――ちょっと。さっきから何ニヤニヤしてるの?」

「いやいや。姉妹艦の苦労を笑うだなどとんでもない。その山城というヤツは凶暴なのか」

「斑鳩に聞いたところによるとね、まったく同じ理由で問い詰められた事があったそうよ。姉さまの居場所を教えろって。初月と違ってそう簡単に口を滑らせる斑鳩じゃあないけれど、かなり手強い阿呆だったそうよ」

「手強い阿呆か。それは恐ろしいな」

「恐ろしいなんてレベルじゃあなかったわ。扶桑に出た許可は一日だけだったのに、どこかの山奥でタクシー事故起こして帰って来られなくなったんだから。駅から真っ直ぐ鎮守府を目指せばいいだけなのに、どうして海に背を向けて山に向かったのか理解に苦しむわ。そして事故! 運転手さんが軽い怪我で済んだのは本当に不幸中の幸いで――大人しく帰ればまだよかったのに、『姉さまに対する態度が許せなかった』からって山城が警察と揉めて……はあ、不幸だわ」

「山城の口癖が伝染してるぞ」

「やっぱり知ってるのね山城のこと! 人が大変な思いで後始末してた時に姉妹艦は知らないフリしてニヤニヤと、憎らしいったらありゃしない!」

「いや、猫から知らせを受けて昨日ちょっと電話で話しただけさ。まだ山城がどんな性質かも把握していない」

「扶桑が言ってたもの。妹が突然、世界の真理を暴いたような表情になったって。事故現場で救急車を待ってる間に、本当に突然そうなったって。扶桑は妹が成長したって喜んでたけど――ねえ、何度でも聞くわよ。ドーカンシャって何なの? 私にも今この瞬間に世界の真理が見えるようになる可能性があるの?」

「さてな。ただこれだけはハッキリ言っておくが、我々が見つけたのは世界の真理なんかじゃあない。暴いた、という言い方は正しいかな。少なくとも普通の艦娘を見下せるような存在ではないから安心しろ。むしろ零れ落ちてしまった感じだな、強いて言えば」

「いっそのこと見下してくれれば力尽くで対話の席に着かせられるのに」

「これで天照大艦隊には長月、斑鳩、潜水艦五名、そして山城と計八名の洞観者が在籍していることになる。他に類を見ない魔境だぜ。初月はなかなか厳しい環境で訓練を……ん? そういえば結局、初月の処遇は?」

「どこかの練習艦に預けた」

「最もつまらん結果だ。せめて最初からそうしておけよ」

「そう言われると思った。じゃあ大和型二番艦が喫茶店を畳んで新人の教育に回ればいいじゃない」

「だから私は洞観者の面倒を見ている。ああそうだ。もし扶桑が山城の心配をしている様子なら、しばらくは長月と斑鳩が注意して見ておくから死にはしないと伝えておいてくれ」

「お気遣いどーも。ドーカンシャの仲間には優しくして、姉妹艦には何も無し?」

「自分で言いたくはないのだがな。けっこうお前のために色々やってきたぞ、この武蔵は。今もこうして仕事の邪魔をしている奴を追い出さずに愚痴を聞いてやっているというのに、これ以上の何を望むんだ? ああん?」

「そうねえ――肩揉んで頂戴」

「よーし全スタッフは手を止めて聞いてくれ。ここに座っている撃沈王の肩凝りエピソードを紹介しよう。昔コイツは虚栄心から肩に大きな負担が掛かる金属製の――」

「あ゙ーっ!! 武蔵ってばなんて出来た姉妹艦なのかしらー!!」

「分かればいいんだよ、分かれば」

「……後で覚えてなさいよ」

「疲れているならさっさとカレー食って帰れ」



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島攻略オンデマンド(裏)

 新人を一人連れていたからといって「島が怖かったから逃げました」などという報告が許されるはずもなく、大和は困り果てていた。

 

「おおお……」

 

 逃げ帰った部隊の旗艦、扶桑が“不運(ハードラック)”と“踊(ダンス)”っちまった件もあり手が空かないため、責任のバトンは大和に託されているのだった。さすがに文句のひとつでも言わなければと電話を掛けると、ここしばらく使われていない扶桑の席でスマートフォンが鳴った。昨日もまったく同じことをやってスマートフォンを着払いで郵送してやろうかしらん、などと考えたこともすっかり忘れていた大和だった。

 

「もーやだー……」

 

 このタイミングで何故か自分の元に通された訪問販売にイラッとしつつも、ささやかな現実逃避にはなるかと話だけは聞きに席を立った。

 いくら胡散臭くとも、今の大和にとって『島攻略オンデマンド』は渡りに船だった。戦艦が船を見つけて喜ぶとは――いいや撃沈王は時に柔軟に、時に手段を選ばない。少々目を回しながら気が付くとガッチリ契約の握手を交わしていた。

 

 

◆――――◆

 

 

 いつもはまっすぐカウンター席に付いてカレーを要求する大和だが、この日は武蔵と目を合わせようとせず「……たまにはコーヒーセットを注文しようかしら」と控え目だった。

 武蔵も武蔵で「そ、そうか。コーヒーセットだな」と挙動不審で皮肉の言葉が無い。

 

「……ね、ねぇ武蔵。特に深い意味はない一般的な話なのだけどね。外注ってどう思う?」

 

 武蔵は珍しく手を滑らせてカップを割った。

 

「ガ……害虫? 虫ならウチでは猫がある程度は対処してくれる」

「じゃなくて、他の企業にお願いすること。委託。そうよね、企業でもない艦娘が外注って言うのは変……いえ、あくまで一般的な話でね」

「そっちの方か。なるほどな。うん」

「うん、じゃなくて――どうなのよ」

「どうなのよ、ではなくて――何がだ」

「だから、良いか悪いかよ」

「一般論なんてあるわけないだろ」

「じゃあ例えば――例えばだからね? PMCってあるじゃない。民間の軍事会社」

 

 武蔵は今度は皿の山に肘をぶつけて派手な音を立ててしまい、他の客にペコペコ頭を下げた。

 

「今日はらしくないわねえ。風邪?」

「お前こそ、歯切れが悪いしカレーを食わないじゃあないか」

「撃沈王には色々とあるのよ。色々と」

「洞観者にも色々とあってな」

「ふうん。そう……」

「…………」

「……姉妹艦って隠し事ができなくて嫌になるわね」

「同感だ」

 

 大和は結局いつものようにカレーを注文して「あ、コーヒーセットも早くね。武蔵のコーヒーがまたどれだけ不味くなったか味見してあげましょう」いつものふてぶてしい彼女に戻った。武蔵が撃沈王をカレーで完全に餌付けしてしまった残念な気分になっている様子に気付かず、スプーンで掬った一口目を幸せそうにパクついた。

 

「――でね。この忙しい時に誰かと思ったらイムヤだったのよ。天照隊・分隊の潜水艦で、ドーカンシャで、ここにも来た事があるから武蔵も顔は知ってるでしょ。キッチリしたスーツ姿だったから一瞬、誰か分からなかったけれど」

「この店に来たスーツ姿の潜水艦なら、ゴーヤだったぞ」

「うそ!? もしかして武蔵も『島攻略オンデマンド』を買ったの!?」

「お前アレを買ったのか!? 助けを求めている奴がいると聞いて、お前の事だったのか!」

 

 大声が過ぎたと気付いた二人は店内の客と店員に「なんでもないです」と手を振った。

 

「……状況を確認しましょう」と大和は声を潜めて言った。「イムヤが雑なチラシと大真面目な話を持って来たのよ。また傘姫提督の悪ふざけかとも思ったのだけれど、チラシに記載されてた連絡先は天照隊の分隊じゃなくて本隊の方の、売店だったのよ。そこが窓口になるって」

「売店? それほど大袈裟な店が鎮守府の中にあるのか」

「いやー、それが記憶にないのよねえ。すごく長い射撃場の他は特別、目に付くものはなかったはずなんだけど。サービスの性質から詳細は伏せてるって言われたし、中継の電話番だけ売店に置いて、本体は他所にあるのかも」

「イムヤもゴーヤもお前の仲間だろう。さっきからやけに他人行儀な風だな。直接確認できないのか」

「潜水艦たちって斑鳩にしか懐かないのよねえ……。そうでなくても傘姫提督より極楽師匠とかいう何処かの誰かを優先するし。そっちはどうなのよ。長月ちゃんとか扶桑の妹さんに頼んでよ」

「あ、ああ。長月な。……うん」

「そうそう。それと島攻略オンデマンドでは天照隊の睦月型八番艦に匹敵するフィクサーを用意するってよ。そう言ってたのがイムヤだったから証拠は結果で見せてもらうってことで同意したけど、そんなに強い人を知ってる? ――ねえ、なに固まってるのよ武蔵」

「…………ヤーナム島は斑鳩が一人で攻略しただろう」

「なに? 私まだヤーナム島攻略を委託したなんて話してないわよ。ちょっと、世間様には絶対に言えない取引がどうして武蔵の耳に入ってるの?」

「長月ならばもっと安全かつ簡単に事を済ませられると思ったんだ。ましてや事後処理に万が一もなかろうと……私は、長月を……私は仲間を売った最低の屑だ……」

 

 イムヤと取引する直前の自分のように「おおお……」唸りながら頭を抱えてしまった姉妹艦を、大和は今回ばかりは責められなかった。売ったのが武蔵なら買ったのは大和である。

 

「ゴーヤが提示した条件、そんなに良かったの?」

「…………正直、目が眩んだ」

「あ、よく考えたらお金を出すの私だった。その長月ちゃんの反応は? どれだけ強くても初月みたいに怖がるかもしれないし」

「正式な頼みだから猫に手紙を持たせたのだが、まだ反応がない」

「お金が入ったらドーカンシャ全員に専用の通信機を持たせなさいよ。いつまで原始的なことやってるの」

「300万円に押し潰されそうだった長月を笑っていた私が……いくら強いとはいえ少女を悪夢の島に送り込んで金稼ぎを……おおお……」

「ちょ、ちょっと武蔵、お客さんが見てるわよ」

「長月にとっては蟻の巣に熱湯を注ぐくらい容易いことだろうが、それを利用して私という屑は……」

「わ、分かったわ。じゃあこうしましょう。簡単にキャンセルできる話じゃないから、今から何か無茶を言って契約を迷子にさせましょう」

「無茶?」

「そう。例えば――明日明後日にでも、超特急でヤーナム島攻略に取り掛かってくれって。長月ちゃんだって洞観者である前に天照隊の仕事があるから対応できないでしょう」

「お、おお! 今日のお前は冴えてるな!」

「食後のデザートには期待するわよ。それじゃあイムヤにメールを、と」

 

 大和がスマートフォンを操作する指の動きすらも猫のように気になる武蔵だった。

 

「――送信。さて真面目な話、ヤーナム島には本気で困ってるのよ。いい加減この島の話は終わらせたいの。今度は実績ある斑鳩と長月ちゃんのコンビで堅実な調整をしたいのだけど、それなら大丈夫よね」

「そもそも大丈夫かどうか正しく判断できるのが斑鳩だけだろう。我々の都合で勝手に話を進めず、島攻略オンデマンドの責任者も交えて――」

 

 武蔵の話を遮るように大和のスマートフォンが鳴った。さすがイムヤはこういった仕事は早いと、大和は感心しながら届いたメールを読んだ。

 

「……了解されちゃった。明日には計画書を出して、明後日出撃」

「だ、誰なんだ責任者は! 天照隊の提督か!? 長月は絶対に行かせないぞ! 窓口の売店とやらに行って全部吐かせてくれる!」

「落ち着きなさいって武蔵。長月ちゃんに直接、電話で確認すればいいでしょう」

「それだ電話だ。大和、お前ちょっとこっちに来て洗えるもの洗っておけ」

「だから、伝書猫なんて使ってるからこうなるのよ。もう」

 

 ブツブツ文句を垂れる大和だったが、彼女にも長月に精神的・物理的に重い物を背負わせてきた負い目がある。

 武蔵が奥に引っ込んでしまったため店員に手伝えることを聞き、ハングド・キャットのエプロン姿となった撃沈王はそれだけで客を大いに喜ばせたのだった。

 



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『劇場版 艦これ』視察任務

タイトル通りネタがバレバレします。


 月月火水木金金。

 休暇、それ即ち天照大艦隊に無理やり用事を作ってピザを食べる時間である大和にとって、『劇場版 艦これ』視察任務は逆に荷が重かった。この私、撃沈王が娯楽に興じてもよいのかと。

 任務を受けるべきか大和はむっつりと逡巡した。その阿呆らしい姿を殴る代わりに、彼女の机の上に紙の束がドサリと乱暴に積み上げられた。紙の束をこしらえてきた照月はここ最近、健康的とは言い難い仕事ライフを送っている。

 

「武蔵さんの喫茶店に入り浸ってる人が何を今更……あ、いえ、たまには映画鑑賞もいいと思います。うん」

 

 照月の忌憚のない(大和としてはもう少しあって欲しかった)意見がなければ、大和は間違いなく劇場版のストーリーを関係者のネタバレ情報より得ることになっていたであろう。映画を自身の目で鑑賞せずに内容を知ったつもりになるなど、図上演習のみ行って勝利したつもりになるようなものである。

 大和はそういった意味では、よく勘違いをされる性質である。ジャンクフードの浅くも広い世界を最近になって覚えた世間知らずのお嬢様が映画を知っているのかと。どうせ教養的知識だけを拾って済ませているのだろうと。映画館でポップコーンを食べたことがあるのかと。

 

「私だって映画館くらい行ったことはあります」と大和は、特に意味も無く照月を相手に胸を張った。「立川の映画館で鑑賞――じゃなくて、視察任務を行う予定です」

「はあ。そうですか」と気の抜けた照月だった。

「『極上爆音』だそうです。きっと今までにない迫力なのでしょう」

「はあ。へえ。すごいですね」

「……ねえ照月。少し冷たくはないかしら。せっかく立川で調べたことを話そうと思ってたのに。ブッダとイエス・キリストがバカンスで滞在しているとか、栄えていそうな街なのに実は駅の周辺ばっかりで――」

 

 照月はおもむろに手帳を取り出し、それを大和に手渡した。

 仲間の予定をしっかりと頭に入れている大和は手帳を開いて見るまでもないものの、照月のどんよりとした眼に脅されるように中のスケジュールを見た。

 月月火水木金金。

 密度こそ繁忙期の斑鳩には及ばないものの、パラパラと開いて見た限りカレンダーには空白がまったく無かった。その事は大和も把握しているからまだ良い。しかし、ページの隅に力強く書かれた『初月の様子を見に行く! 今月こそ!!』の文字が大和の心を深く容赦なく抉ってくる。

 

「映画を観たらすぐに戻りますから……これも一応は仕事ですし……はい」

「大和さん知ってます? 立川の映画館や駅のすぐ側を多摩川が流れてるんですよ。次の出撃、照月たちは東京湾で合流すればいいですよね。映画が終わるのを待ってますから」

「本当にごめんなさい。色々ちゃんと調整しますから。だからね? 照月みたいな子に敵意を向けられるとね? 大和型の装甲を貫通して精神的ダメージが――」

「あっ、でもあの辺りだと水深が無いから、最強の戦艦である撃沈王がジャブジャブ歩きながら川下りすることになるかぁ。うん。それは仕方ないですね。……はあ。どこかの練巡にテキトーに預けられた初月は、映画を観る余裕なんてあるのかなあ。心配だなあ」

「なんとかするから許して……でないと私、心が、折れるっ……」

 

 

◆――――◆

 

 

 猫とカレーと不味いコーヒーを楽しむ喫茶店『ハングド・キャット』はそろそろラストオーダーの時間になろうとしていた。

 手伝い兼小遣い稼ぎで働きに来ている艦娘たちとマスターである武蔵が片付けに入ろうとしていた時だった。ドアベルが来客を告げた。

 ハングド・キャットは閉店時間ギリギリであっても客を無下にせず、加えて武蔵には雰囲気だけで誰が来店したのかを察していた。また奴か、と思うだけだった。だから入口に向かって微笑むことも目を向けることもせず仕事を続けていたのだが、対応に当たったアルバイト(長月)が

「……ぁ、おぅえ?」

と霊長類らしからぬ声を発したものだから、武蔵も何事かと面倒臭そうに顔を上げた。

 ツカツカと店内に入ってきて指定席めいたカウンター席に座った怪しい女は、ニット帽とサングラスとマスクで顔を覆い隠していた。隙間から僅かに上品なオーラを漏らしつつも、その姿と挙動不審っぷりは法を犯す寸前あるいは現在進行形で犯している人間のそれに近かった。ハングド・キャットまで捕まることなく辿り着けたことは奇跡だったろう。

 

武蔵「おい貴様。もう二度と大和型を名乗るな。大和型一番艦は欠番だ」

 

 怪しい女、もとい大和は変装グッズを脱ぎ捨てて「ぷはぁ」と軽く頭を振った。

 

大和「視線がいつも以上に集まって大変だったのよ。それとも最近は街に出る暇もなかったし、今までが気にしなさ過ぎだったのかしら。お水とカレーを頂戴」

 

武蔵「事情は知らんが後ろを見ろ。あの長月が怯えて水も出せない。自分より遥かに強い少女を危ない格好でビビらせた感想を30字以内で答えろ」

 

大和「私の強さ、ねえ。ところで武蔵はもう観た? 『劇場版 艦これ』を私はさっき観てきたのだけれど――あらやだ私ったら。出演もしてない姉妹艦に失礼なことを言っちゃったわ」

 

武蔵「駆逐艦を少し庇った程度で足を止めた雑魚艦が。鉄屑は沈んで魚礁にでもなってろ」

 

 大和型の久々の姉妹喧嘩はハングド・キャットの閉店時間を著しく早めた。

 

 

◆――――◆

 

 

 武蔵(ボロ雑巾Ver.)は居た堪れない気持ちになり、片付けは我々でやるからとアルバイトを早々に帰した。暖房付近で団子になっていた猫たちもいつの間にか一匹残らず姿を消していた。

 大和(ボロ雑巾Ver.)は振り回していた木製の椅子を粗大ごみサイズから袋に入るくらいにベキボキ折りつつ、「……だから、劇場版を観てきたのよ」と言った。

 

武蔵「そうかそうか。なら片付けが済んだら仕事をしに帰れ」

 

大和「照月がなんだか怖いから、しばらく天照隊で仕事する。それより武蔵も観たんでしょう? どう思った?」

 

武蔵「なかなか悪くなかった」

 

大和「そうじゃなくて、思い当たらないかって聞いてるのよ。血色の海。深海棲艦になりかけた艦娘」

 

武蔵「一人だけ『改』にすらなっていない大和型」

 

 大和が投げつけた木屑を武蔵はひょいと躱した。

 

武蔵「確かに私にも、思い当たった奴が一人いるな。血の海を恐れない、そして空母ヲ級に酷似した奴を」

 

大和「でしょう。そればかり気にしていたらポップコーンが無くなってたのよ」

 

武蔵「だが表面的に似ているだけで無関係だ。まず劇場版の鉄底海峡とヤーナム島周辺海域では座標も性質も違う」

 

 その点については大和の方が詳しかった。何せスクリーン上の勇敢なる英雄たちと違い、大和の仲間たちは作戦海域を前にして「怖かったから」と転進したのだから。

 彼女が知る『青ざめた赤い血の海』は中心点であるヤーナム島がすべての元凶であり、艦娘一人が海にポッカリ空いた穴の中の光に飛び込んでどうこうなる類の災厄ではなかった。海も『血の色』ではなく『血』そのもので艤装を蝕むこともない。ただ、ただ、あまりに恐ろしいだけの悪夢のような海だった。

 照月たちを睡眠不足にしている理由はまさにここ、現在は無害化されているヤーナム島を泊地にする計画を未だ恐怖が妨害してくる点にあった。

 

武蔵「幸か不幸か、異常を残したまま帰って来た奴もだ。いや我々が『変な状態で帰って来るな。自沈処分するぞ』とは口が裂けても言えないのだが」

 

 大和が監視していた、深海棲艦になりかけた艦娘――斑鳩はむしろドーカンシャ(洞観者)として自身の青い炎をだいたいコントロールできている。付き合いも気がつけば長くなっており、あの正規空母ならば、例え頭から角が生えてきても大丈夫だと断定できるほど大和は信頼していた。

 むしろ「ツノが生えたら切り落とせばいいクマ」と襲いかかりかねない天照大艦隊の阿呆たちの方が心配だった。良くも悪くも一定以上に好かれている斑鳩のことが大和は心配で、そして時々、少しだけ、羨ましくも思った。

 

武蔵「戦争の勝利条件については言うまでもない、ご新規さんに向けた説明だ。これらを踏まえた上で劇場版の、たった一人の駆逐艦が巻き起こした騒動は――そうだな。いささか事象を重ね過ぎた迷惑行為だ。主人公にのみ許されるマッチポンプだ。といった感想になるかな」

 

大和「やあねえ姉妹艦のひねくれた視点って。もっと素直に『私たちにも同じことが起こるかも!?』とは考えないの?」

 

武蔵「深海棲艦化した自分に会いたいのか。心配するな、この武蔵が直々にカイシャクしてやろう。その時に詠むハイクを考えておけ」

 

大和「ストーリー的に! 大規模作戦的に!」

 

武蔵「実際、起こってしまったらどうするつもりだ」

 

大和「どうにかするに決まってるでしょう。この撃沈王を何だと思ってるのかしら」

 

武蔵「なら聞くが、結局ヤーナム島はどうやって無害化したんだった?」

 

大和「…………お、お金だって重要な戦力よ。なによ悪い?」

 

武蔵「スクリーンの中の大和は体を張って進路を切り開いたのになあ。こっちの大和は金でフィクサーを雇い、自分はマスクとサングラスで顔を隠していらあ」

 

大和「うるさい。武蔵だって長月ちゃんを戦わせてお金儲けしようとしてたくせに」

 

武蔵「さっきから口ばかり動かしているがなあ大和。お前が壊した店の備品、つまりこれら木片とガラス片とセラミック片、すべて元通りになるよう弁償して貰うからな」

 

大和「はあ!? 折半に決まってるでしょ!?」

 

武蔵「自分の店の備品を自分で破壊する阿呆がどこにいる。椅子やら何やら振り回していたのはお前だけだ」

 

大和「ええ、ええ、そうでしょうよ。こんなにずる賢い艦娘、劇場版に登場させたら大団円も台無しよ」

 

 それからしばらく二人は黙々と荒れた店内を片付けた。大和の腹が「グー」と鳴ったのに釣られて武蔵の腹も「グー」と鳴り、休憩の散歩がてらコンビニに行くことにした。喧嘩でボロボロになった姿を少し整えている間、二人は自分らの阿呆らしさにいっそう惨めな気分になった。店内は未だ大和型二隻が暴れた爪痕を残しまくっている。溜息すら出ない。

 そろそろ日付も変わろうという時間、変装の必要もないほど暗くなった外に出て、武蔵は「なあ」と白い息と共に口を開いた。

 

武蔵「昼間、変装したくなるほど目立ったのか」

 

大和「立川の映画館を選んだことを後悔したわ。人混みが嫌いになった」

 

武蔵「ふうん。その映画館はどうだった? 音がすごいのだろう」

 

大和「音というか、音に合わせて空気がビリビリ震えるのよ。臨場感を味わえる……のは、普段から臨場してる艦娘的にはちょっとストレスかも」

 

武蔵「なるほどな。艦娘的にはアレかもな。戦車兵もそうかもな」

 

大和「ん? ええ、そうね」

 

武蔵「しかし艦これのためだけの映画館ではあるまい」

 

大和「それは、勿論そうね」

 

武蔵「映画に爆発はつきものだ」

 

大和「まあ、そうかもね」

 

武蔵「特別なサウンドも制作された映画もあるだろう」

 

大和「あるかもね」

 

武蔵「例えば戦車の映画とかな」

 

大和「戦車といえば、フューリーとかね」

 

武蔵「鉄板だ。戦車は絶対の移動要塞などでは断じて無いと、改めて思い知らされた」

 

大和「ね。似たような性質の私たち艦娘でも怖くなるわ」

 

武蔵「そう艦娘だ。もっと艦これのように気軽な戦車映画も――」

 

大和「そんなに私に『ガルパンはいいぞ』って言わせたいの?」

 

武蔵「お前、せっかく立川まで行っておいてガルパンを見ないとは何たる阿呆の所業だ」

 

大和「艦これを観る前後は電話で仕事だったもの。映画2本も観て遊んだら照月に殺されるわ。いえ待って。そもそも艦これすら視察任務で、別に遊びで映画を観に行こうだなんて思ってもいなかったから」

 

武蔵「戦争が戦車道を遠ざける。戦争に戦車が必要だからだ。クロスロード・カラテでもなんでもいいから深海棲艦を駆逐して、この不毛な戦争を終わらせなければなあ」

 

大和「ちょっと武蔵、頭は大丈夫? 私が変なところ殴っちゃった?」

 

武蔵「いいか大和、よく聞け。――ガルパンはいいぞ」

 

大和「やかましいわ」

 




ガルパンはいいぞ


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近況報告という名目の愚痴

なお作者は第6章で戦力と備蓄のバランスが取れずに停滞している模様。
しかし祥鳳・山城を改にする目標を達成したため満足しちゃってます。

祥鳳カワイイヤッター!


 ヤーナム島の泊地化計画、あれは我ながら上手く事を運んだものだと大和は彼女にしては珍しく自画自賛していた。

 

 ワークショップなど知ったことではなかった。彼女が(フィクサーを雇い)島を無害化したのだから泊地づくりまで好きなようにすることに誰にも文句は言わせなかった。とにかく人と施設を置いて自分だけの泊地を――そこまで自分勝手にするつもりはなくとも、なかなか難儀な物件をカタチにする作業を彼女は少し楽しんだ。

 

 物流や建築、インフラなどについては『撃沈王』の名を使えば想定よりも楽ができた。血の海を恐れるのは直にそれを浴びる艦娘くらいで、船に乗ってしまえば恐怖は多少薄れるらしかった。まずは空っぽの泊地が、十全とは程遠い質素なものであっても出来上がった。

 

 問題は艦娘と、責任者となる提督集め――これも運が大和に味方をした。

 

 初月を預けた練習巡洋艦の元には多くの艦娘が集まる。その中には「はい! 今すぐにでも泊地の初期艦になりたいです。神風型一番艦、神風が絶対に拝命します!」と言い切った駆逐艦がいた。艦娘になってまだ日が浅くヤーナム島に先入観を持っていないことも好都合だった。

 

 誰を提督にしようかと顔と名前を知っているクズ男共を頭の中で選んでいると、このような話を偶然耳にした。

 

「陸軍を追い出されても権力が欲しい馬鹿がいるらしい。艦娘と同じ機能持ちらしいが艦娘にはなりたがらないだと。がめつい奴だ」

 

 大和はその元陸軍人に話を持ちかけた。今なら泊地の頂点の席が空いていると。元陸軍人は二つ返事で書類にサインをした。

 

 こうしてトントン拍子でヤーナム泊地は、人類の新たな拠点となった。

 

 規模こそ小さく、海域作戦に組み込むには何もかもが不足しているものの、大和の胸は達成感で満たされた。

 

 

◆――――◆

 

 

「それがまさか……まさかあの斑鳩に壊されるとは思いもしなかったわ」

【大和:Lv.155 → 165】

 

 ハングド・キャットの猫は賢く、カレーを食べている大和に近づきはしてもカレーを食べようとはしなかった。武蔵の相棒、茶猫は最高の煮干しを求めるグルメハンターである。

 

「床が一面抜けた程度で。それも二階の床ならば、下の部屋の天井が高くなったと思えばいいだけだろう」

 

 要求される煮干しの質があまりに高く(安物は茶猫が責任を持ってゴミ箱に捨てる)、武蔵は普通のキャットフードで我慢させる方法を模索していた。頭の中は煮干しとキャットフードを行ったり来たりしている。今もぞんざいに挽かれているコーヒー豆からどのように不味い飲み物が淹れられるかは客に飲ませてみなければ分からなかった。

 

大和「誰が苦労してヤーナム泊地をつくったと思ってるのよ」

武蔵「お前、シムシティ感覚で遊んでいただろ」

大和「遊んでなんかいません! 照月にも似たようなこと言われたわ。マインナントカみたいだとか何とか」

武蔵「大和。お前の仕事はヤーナム泊地の艦隊が引き継いだ。もうお前の仕事は終わったんだ」

大和「引退したみたいな言い方しないで」

武蔵「だったら次の仕事に取り掛かるんだな。レイテ沖海戦、まだ先の作戦概要を聞いていないぞ」

大和「簡単に言うわね……今の作戦だって詰将棋みたいに戦略を練ったのよ? 結局はもう、とにかく敵部隊をやり過ごして標的だけを叩けって感じになっちゃって。あれで良かったのかなって――ここだけの話よ。ちょっと後悔してる」

武蔵「叩くべき標的があるのだから、その目標達成のための手段を選んでどうする」

大和「いや、ほら。劇場版の。もしかしたら撃沈させることで救えた魂もあったかもしれないじゃない。今までは殲滅こそ最短距離だったから気にしてなかったけれど、敢えてスルーしちゃうのはなんだか……ねえ?」

武蔵「ああ――報酬でもチラつかせておけば何処かの艦隊が救ってやるんじゃあないか。エクソシスト任務だ」

大和「そう言われると、本当にそんな思想の艦隊がありそうよね」

 

 

◆――――◆

 

 

武蔵「ところで床を壊したという斑鳩だが、その後は何か変わりないか」

大和「大規模作戦で忙しくてしばらく天照隊には寄ってないけど。どうかしたの?」

武蔵「うむ。実はな。天照隊の総旗艦に洞観者の存在がバレた」

大和「実はな、って言ってるけど武蔵ね。今まで全国の誰にもバレなかったことが奇跡なんだからね。この機会に公表しちゃえば? 撃沈王がマイクの前で証言してあげてもいいのよ」

武蔵「洞観者は異常な存在だ」

大和「知ってる」

武蔵「青い炎は深海棲艦を連想させる。同時に炎の性質――個々の能力は大きな関心を集めてしまう。私が恐れていることはな。長月や斑鳩のような『艦娘という枠の外で戦える能力を持つ者』が海で暴れることだ」

大和「それも聞いたわよ。何度も。実は深海棲艦側にもドーカンシャみたいな異常個体がいて、こっちが長月ちゃんみたいな最終兵器を持ち出したら向こうも同じことをする、でしょ」

武蔵「頭数は深海棲艦の方が圧倒的に多いんだ。あり得ない話ではない」

大和「武蔵の考える深海棲艦の異常個体って、例えば鬼姫クラスとは全然別物?」

武蔵「あの程度で異常と呼ぶのもな。極端な話になるが、確認が取れている鬼姫クラスの個体はどれも長月に瞬殺されそうだと思わないか」

大和「……必死になって戦ってる私たちが馬鹿みたいじゃない。その言い方」

武蔵「忘れるなよ、この武蔵も現役の艦娘として戦っている身だ。我々が必死こいて戦っているバランスを崩すような真似だけは避けたい、と私は言っている。いいかバランスだ。戦局がどちらかに傾くのは当然だが、崩壊してしまえば少なくとも大和型の手に負えないぜ」

大和「慎重ねえ。時には駆逐艦一人を送り出すために多数の犠牲を払うことも必要なのよ」

武蔵「今から劇場版のような異変が起こってみろ。レイテ沖海戦と重なって地獄だぞ、お前の仕事が」

大和「その時は本気で長月ちゃん一人に任せるわ」

 

 

◆――――◆

 

 

大和「ねえ。ドーカンシャの中に『ジュウオウ』を名乗る艦娘っている?」

武蔵「縦横? 獣王?」

大和「書きは知らない。台湾をちょっと過ぎたあたりでねー変なイチャモン付けてきた艦娘がいたのよ。この撃沈王に」

武蔵「いや知らないな。そのジュウオウが何だって?」

大和「それがねえ。海外艦たち六人の部隊が私たちの部隊を見つけるなりアレコレ言ってきた後で攻撃してきたのよ」

武蔵「お前、アレコレの部分が重要だろうが」

大和「そうじゃなくて、『「アレ」から得た力を使ったところで――!』とか、こそあど言葉が多すぎて会話にならなかったのよ。だから取り敢えず砲撃で応じるしかなかったわけ」

武蔵「レイテを前にしての良い演習だったな」

大和「無駄弾よ」

武蔵「で、その海外艦たちは? お前の作戦の邪魔をしたんだ、罪は大きいぞ」

大和「逃げられた。所属不明。私たちを見るなり『ジュウオウ』と決めつけて襲ってきた――海賊? にしては私たちより身形が綺麗だったのよねえ」

武蔵「じゃあ何かの勘違いだったんだろう。味方艦娘と深海棲艦を見間違える話も年に十数件あるし」

大和「大本営直属の部隊を襲う艦娘なんてねえ。でも私たちが大規模作戦が続く中で海賊と追いかけっこをやってるわけにはいかないし――ねえ? ドーカンシャのまとめ役である武蔵さん? ちょっと空いている手はないかしら」

武蔵「阿呆が。洞観者をそんなくだらない事に巻き込むな」

大和「くだらないって何よ! これは『艦これ』と『アズールレーン』の戦争なのよ!」

武蔵「分かっているなら貴様が行け!」

大和「嫌よ! 一航戦の二人を揃えるのに二週間も3-4を周回し続けたのよ!?」

武蔵「もう行ってやがったぞコイツ……」

 




文字が見づらい……登場人物が二人しかおらず台詞しかない場合、どう書くのが正解なんでしょうね。
合間合間に『「――」と言って武蔵は大和を殴った』みたいな雰囲気を挟むのも(面倒なので)やりたくないですし。難しいですね。


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魔砲・アルマゲドン!

「ねえ。大和型に必殺技のひとつもないのって締まらないと思わない?」

 

 カレーを一皿食べ終えたところで大和は唐突に言った。

 ここで「思わない」と即答してしまうのも芸がない、そう武蔵は思い、カウンターを挟んだ側で皿を磨きながら話を泳がせた。

 

「利害の一致でね。海外艦隊と組んだ時に思ったのよ。私たちも何というか――『撃ち方始め!』みたいな堅苦しさを抜いた方がいいんじゃあないかって」

「海外艦とて『Fire!』くらいのものだろう。大差ない」

「違うのよ、そうじゃあないのよ武蔵。最強の戦艦も流行という波に乗れなければ旧式艦扱いは免れないわ」大和はそう力説した。「時代という名の錆はけっこうしつこくて頑固よ」

 

 戦場の話ではないが武蔵にも丁度思うところがあった。猫、コーヒー、カレー、そして艦娘を売りとしているこの喫茶店ハングド・キャットも黙っていればすぐに飽きられてしまう。数字で管理する武蔵には耳の痛い話だった。

 

「観艦式の様子をテレビで店内に流してみる、か……アリかもしれん」

「黙ってパレードしてても面白味がないって話なの。もっと最強の戦艦たるを世に分かりやすく見せつけないと」

「お前も随分と俗っぽいことを言うようになったものだ。YouTuberになる前に一声かけてくれ。私は武蔵型一番艦になるから」

「武蔵はいいわよね。ドーカンシャはいいわよね。ズバリ分かりやすい特殊能力があるんだもの」

「お前……深海棲艦じみた青い炎を迂闊に燃やせるか」

「少なくとも斑鳩はガンガン能力使ってるわよ。まあ今は少数派より自分たちの話よ。あの海外艦隊と比べられても地味だと言われない必殺技」

「あの海外艦隊、が分からないから話のしようがないな」

「アズールレーン」

「撃沈王がつまらんライバル心を燃やしていると知られたら、それこそ大和型は時代遅れの旧式艦扱いだ。姉妹艦として早急に目を覚まさせてやる必要があるか?」

 

 ここで大和は二皿目のカレーにとりかかった。

 

「ねえ武蔵。ちょっと叫んでみてよ。『魔砲・アルマゲドン』って」

「……必殺技を欲しがっていたのはお前だろう。私は構わないぞ、この店内で撃沈王が『魔砲・アルマゲドン』と叫んでも」

「嫌よ品がない。でもほら、武蔵なら似合うと思って」

「ああ良く知っている。貴様はそういう奴だ。信濃もお前のことを軽蔑してやまないだろうよ」

「勘違いしないで欲しいわ。私は大和型のことを思って海外艦隊を観察してきたの。少なくともキャラクター性で深海棲艦の鬼姫クラスに圧倒されているようじゃあ終わる戦争も終わらないわ」

「お前、自分の立場を弁えての言葉か? 冗談でも許されんぞ」

「今はいいの」大和はカレーを一口パクついてから言った。「武蔵と猫しか聞いてないから。それに少なくとも間違いではないと個人的には思ってるわよ、キャラクター性について。敵の見た目と挑発や恨み言に押され過ぎなのよ、私たちは。砲艦外交じゃあないけど私たちも強烈なキャラクターを持って挑めば、敵が放つインパクトにいちいちおののく手間も省けないかしら」

「そのために『必殺技』という分かりやすいシンボルが欲しい、と」

「そういうこと」

「『魔砲・アルマゲドン』と叫びたいと」

「いえ別に……やっぱり私にはそういうの、似合わないし」

「大洋に名高い撃沈王が尻込みしてどうする。やってみなければ道は開かん」

「そう……かしら?」

「ものは試しだ。この上なくシンプルな挑戦だろう」

「そ、そうよね。チャレンジ精神を忘れちゃあダメよね」

「この武蔵を敵と思え。さあやってみろ」

 

 大和はスプーンを置いてひとつ深呼吸をした。全砲門を武蔵に向けて開いたイメージを持ち、右手を鋭く正面に掲げた。

 

「魔砲・アルマゲドン!」

 

 ハングド・キャット店内に響いた咆哮は他の客と猫をかなり驚かせた。これこそ大和が欲した、最強の戦艦が放つ衝撃である。

 叫び終えた大和は右手をゆっくりと下ろし、そのまま両手で顔を覆った。

 

「死ぬほど恥ずかしい……」蚊の鳴くような声だった。

「おい私まで恥ずかしくなったぞ。というか、そもそも何故さっきの台詞を選んだんだ」

「だって……巡洋艦の子は堂々としてて様になってたし」

「巡洋艦の台詞かよ。超弩級戦艦が聞いて呆れるぜ」

「私、もういい……。普通の撃沈王に戻る」

「ああ普通にしていろ。面倒臭い奴め」

 




最近思うところがあってTwitterを始めました。ええ今更です。
サークル『一ノ傘亭』を見かけたらよろしくお願いします。
そして最近思うところがもう一つあるのですが……ファン小説はこれくらい(↑)の短さで中身もふわっとしていて、書いては投げ書いては投げした方がよいのではないでしょうか。
サイクルを上げるのもひとつの技術だと、これも今更ですが考えたのです。
とは言いつつ時間に追われてばかりなので、とりあえず試作したのが今話でした。


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姉妹艦の悩み事

「今日もまたカレー、になるのよねどうしても。ピザ食べたいピザ食べたいピザ食べたい」

 

 喫茶店ハングド・キャットにわざわざ通っておきながら駄々をこねる大和の様は、世間の『撃沈王』のイメージからかけ離れていた。どうせ姉妹艦しか見ていないと大和は思っているが、店の常連客やアルバイトの艦娘は、最強の戦艦が「ピ~ザ~」などと駄々をいう様子をちらちらとうかがい見逃さなかった。

 

「オリーブ抜きのピザにストロベリーサンデー。喫茶店の常識じゃあないの」

「知らん」と武蔵はそっけない。

「新メニューが思いつかないって言ってたのは武蔵でしょ。姉妹艦のアドバイスにどうして耳を貸そうとしないの。オリーブ抜きのピザにストロベリーサンデー」

「まったく興味も無いが、なぜオリーブ抜きなんだ」

「あえての雰囲気作りよ。勿論、基本的にはオリーブを使ってて――」

「お前、ピザの作り方を知っているか」

「ん? オーブンで焼くんでしょ?」

「オーブンに入る固形物ならば何でもピザになるのか?」

「あらあらまあまあ、知らないの武蔵ったら。あちこちのお店で冷凍されたピザが売ってるのよ」

「店の冷凍庫に冷凍ピザを置いて、メニューに追加してやってもいい。ただし料理名は『撃沈王が世界最後の日に選ぶ食べ物』だ」

「姉妹艦にまで私は追い詰められる……最近ちょっと眠れなくなってきたのよ」

「分かった分かった。今日一日は休暇を取れているのだろう。夜まで待て。適当に酒でも買ってこい」

 

 

◆――――◆

 

 

 閉店後、アルバイトも引き上げたハングド・キャットの店内は猫たちが多少活発に動き回る時間でもある。とはいえこの季節、暖房を切った後は電気ストーブの前で猫塊を形成していた。

 武蔵もカウンターの客席に座り、大和が買ってきた酒の中から適当にビールの缶を取った。

 

「夜、眠れないのがいかに身体に害であるかは十分承知しているつもりだ」

(武蔵の病的事情については別話『叢雲の薬指 - 海花と海鳥 ①と②の間』https://syosetu.org/novel/27136/30.htmlをぜひご覧下さい。斑鳩というオススメ艦娘が海花と海鳥シリーズより登場するため、ぜひぜひ閲覧頂きたいのです)

「だからまあ、話くらいは聞いてやる」

「初月っていう駆逐艦のことは覚えてる? 期待の防空駆逐艦」

「修行のために天照大艦隊に預けようとするも失敗。その後はどこかの練習艦に預けた、だったか。顔は知らんがな」

 

 大和は話題のストロングゼロを開け、ささやかな後悔をした。

 

「その子がね。順調に力をつけてるのよ。もう私たちの部隊に混ざっても最低限、足手まといにはならない程度に。でもそこから先の一歩がなかなか遠いのを歯がゆく思ってるみたいで」

「どうにもならんな。艦娘ならば練度カンストまで誰もが挑み続ける壁だ」

「ええ。だから初月のことは大した問題じゃあないの」

「あん?」

「姉の照月がねえ……心配しすぎ。過保護。自分のことが二の次になってきたのよ。長い二本の三つ編みだった子が髪をほどきっぱなしにして、しかめっ面してるものだから新手の防空型の棲姫って感じになっちゃってるわけ。そんな子のプレッシャーが私に向くのよ、初月の力になれって。想像してみてよ、防空棲姫が精神的に小突いてくる感じ」

「悪いが私の想像力ではお前の苦労を推し量りかねる。まあ、あれだ。頑張れ」

「励まし方が雑! そうだ、武蔵から照月に何か言ってあげられない? 同じ大和型なわけだし照月も話を聞いてくれそうな気がするわ」

「嫌に決まっているだろう。私は洞観者の世話で手一杯だ。フツーの艦娘のフツーの悩みなぞ知らん」

「ちょっとでいいのよ」と何がいいのかも不明なまま大和はスマートフォンを取り出し電話帳を開いた。「安心させる一言でいいから」

「どれだけ難易度の高い一言だ――おい待て。本当に電話を掛けているのか?」

「もしもし――休んでたところにごめんなさいね。いま初月のことを私と姉妹艦の武蔵で話し合っていたところなの。それでね。武蔵から助言があるって――」

「ふざけるな貴様本当にやめろ」

「――ええ、そう。その武蔵。だから期待できるでしょ。いま代わるから」

 

 大和は「はい」と当然のようにスマートフォンを武蔵に差し出した。

 

「……お前、まだ全然酔っていないだろう。正気か?」

「苦労を分かち合える姉妹艦がいて私は幸せ者に違いないわ」

「……なるほど承知した。一言で解決すればいいのだろう」

 

 武蔵は大和からスマートフォンを引ったくるなり勢いにまかせて喋った。

 

「大和型戦艦二番艦の武蔵だ。君の妹、初月は明日より大本営直属の部隊に加わり、今後は大和が直々に面倒を見ることとなった」

「ちょっ……!」

「――ああそうだ。撃沈王と行動を共にすることが現状望ましいと話を聞いた中で判断した。――フッ。気が早いな。初月が期待以上に戦えるようになったらハングド・キャットにオリーブ抜きのピザとストロベリーサンデーを食べに来い。楽しみにしている。ではな――ああ、おやすみ」

 

 武蔵は通話を切った。

 

「聞いた通りだ。明日から面倒を見てやれ」

「……は、話、聞いてた? 初月はまだ足手まといにならない程度ってだけで、第一線に混じれば戦力の穴が――」

「お前と照月がフォローする。未確認の敵部隊や鬼姫クラスを探し歩き突破する恐怖を味わう経験は、間違いなく成長を加速させるだろうな」

「寿命も加速するのよ? 武蔵だって昔は助っ人として部隊に加わってたから分かるでしょ?」

「よく分かるとも。だから頑張れ」

「だから励まし方が雑!」

「ほら、明日からの死闘に乾杯だ」

「そんな暇あるもんですか、すぐに帰るわよ。もう絶対照月が暴走を始めてるでしょうから止めないと」

「はっはっは。照月は私のように姉妹艦想いの良い艦娘だ」

「覚えてなさいよ。後でホントにこう……覚えてなさいよ」

 




他の話へのリンクってできないんですかね。


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ネオサイタマ鎮守府の海外艦

本編『叢雲の薬指』には海外艦がどうにもしっくりこないため出番はありませんでした。
なので、まったく別の勢力であるアズールレーンは非常に都合が良かったのです。


「お願いだからドーカンシャ達に自重というものを覚えさせて。誰の責任? 武蔵の責任でしょう。その自覚はあるのかしら」

「どうした。まあ落ち着け」武蔵は自分で淹れたコーヒーと缶コーヒーの飲み比べをしていた。「ほら缶コーヒーが余ったから奢ってやる。それで? また斑鳩が騒ぎを起こしたのか。天照大艦隊は落ち着かないな」

「違うわよ。先週ネオサイタマ鎮守府に用事があったの」

「……ああ。すまんな、本当にすまん。正直、私の手にも負えない」

 

 

◆――――◆

 

 

 武蔵がハングド・キャットを立ち上げ洞観者たちを取りまとめ始めるより前、長月と出会い理の理解と整理を始めた後のことである。

 洞観者たちの間に『古事記』を広めた二人の海外艦がいた。戦艦クイーン・エリザベスとウォースパイトである。

 当時てんでんばらばらだった洞観者たちの間で、二人が授けたインストラクションは何故か大いにウケた。

「ドーモ、長月=サン。ウォースパイトです」

「へあっ? ……ど、ドーモ、ウォースパイト=サン。長月です」

 この実際奥ゆかしくもコンマ数秒後に始まりかねないイクサに臨む儀式めいたアイサツは、恐ろしいことに深海棲艦側にまで伝わっている(あるいは深海棲艦側からクイーン・エリザベス達がインストラクションを授かったのか詳細は定かではない)。

「ドーモ、ハジメマシテ。戦艦レ級デス。――オ前ラハ俺ノクラスヲ『レ級』ッテ呼ンデルダロウ?」

「…………イヤーッ!」混乱した長月はスゴイ・シツレイなイクサを展開したことがあり、後に海外艦の二人に責められたこともあった。

 アイサツは神聖不可侵の行為である。古事記にも書かれている。アイサツはされれば返さなければならない!

 

 

◆――――◆

 

 

「私は関係ないわよね?」大和は声を荒らげた。「アイサツ? ドーモ? オタッシャ重点? 知らないわよスゴイ・シツレイはあっちの方よ!」

「お前の気持ちは分かるから」

「ただでさえ魔境ネオサイタマ鎮守府だっていうのに、武蔵のお仲間が私のメンタルを削ってくる!」

「だから以前、頼んだだろう。少しだけでいい、付き合ってやって欲しいんだ。オジギをしてくる奴がいたら洞観者だから適当に合わせてやってくれと」

「覚えてないわよそんな話。私の考える会釈とドーカンシャのオジギにすっごい礼儀の差があるみたいなんですけど」

「まあな……。ところで海外艦の二人、クイーン・エリザベスとウォースパイトはそれから何と言っていた?」

「何も言ってないわ。鼻先でふんってされたけれどね。この撃沈王を鼻で笑うなんて、さぞかし大きな戦果を上げてるんでしょうね、ネオサイタマ鎮守府では」

「洞観者と仲良くなれとは言わないから、全員が全員そんな感じだとは偏見を持たないでくれよ。ネオサイタマ鎮守府という特殊な環境があいつらをそうさせているんだ。……たぶん」

「たぶんって何よ、ハングド・キャットの責任者がしっかりしてよ」

「ネオサイタマに行ったことがないから実際分からん。全世界の泊地を利用するお前と違って私はこの店から猫を遣いに出しているだけだからな。そうでなくとも足を踏み入れたいと思わない異文化の地だろう」

「文明レベルで違うわよ。人の姿が消えたヤーナム島も、元はあんな感じだったのかしら」

「まあ、なんだ。お前がスリケンを投げつけられたわけじゃあなくて良かったよ」

「良くないわよ。先に警告しなさいよ。何よスリケンって、いえ手裏剣のことだって分かるけども」

「洞観者の中にそうそう飛び抜けたカラテの持ち主はいないから安心しろ。最悪でもお前の素のカラテがあれば追い散らせるだろうから」

「だんだん姉妹艦とも意思の疎通が難しくなってきた……頭が痛い。今日はもう帰るわ」

「そうか気をつけろよ。オタッシャデー」

「私を馬鹿にしてることだけは伝わってくるからね」

 

 

◆――――◆

 

 

 数日後、武蔵は大和からの声を珍しくSNSで受け取った。

 

《やってやったわ》

《撃沈王ナメんじゃあないわよ》

 

 武蔵はネット上での会話をあまり好まないし、それは大和も同じであるはずだった。

 無視しようかとも思ったが、武蔵は少しだけ付き合うことにした。

 

 「どうした」

《ネオサイタマとの合同演習》

《例の海外艦の二人が仕掛けてきたわ》

《砲弾じゃあなくスリケン》

 「合同演習で遊ぶな」

 「お前が洞観者に付き合う必要は無い」

《駄目よ》

《撃沈王が勝負で》

《カラテ勝負でもね》

《負けるわけにはいかないじゃない》

 「何をした? 具体的に」

《ウシミツ・アワーの遭遇戦めいた近接戦闘》

《真っ昼間から水平射撃に格闘戦》

《挑発してきた向こうを黙らせてやったわ》

 「やめんか」

 「洞観者の責任は私の責任だ」

 「だが大和型が軽々と挑発に乗るな」

 「私の格まで下がる」

《じゃあ武蔵がドーカンシャに教育することね》

《撃沈王の名は伊達ではない、って》

 

 海外艦の二人を撃退した大和は調子に乗っているようだが、武蔵がパッと思いつくだけでも撃沈王に比類する、あるいはそれ以上の洞観者は確実に存在する。武蔵自身とて後れを取るつもりは全くなかった。

 ここは鋭く言ってやりたいところではあったものの、それこそ大和の挑発に乗るようなものである。武蔵は敢えて適当に返事をした

 

 「了解した」

 「お前が一番ツヨイだ」

《また私を馬鹿にして逃げたわね》

 「そんな事はない。じゃあな」

《待ちなさい!》

《私の話をちゃんと聞きなさい》

《ねえ!》

《ねえってば!》

 「五月蝿い」と武蔵はスマートフォンの画面に直接言ってやった。

 




連続投稿、きっつい……。


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撃沈王 大和

この【撃沈王の土産話】シリーズは、本編【叢雲の薬指】の裏話っぽいモノになっています。
ですが、何と言ってよいものか、お願いです。
叢雲・撃沈王一連のシリーズとして、あるいは単体のストーリーとして。
それとも、今回のエピソードだけでも。
ぜひ一度、最後まで読んでみてください。
あなたから頂いた読書の時間を無駄にはしませんから。……たぶん。

では大和と武蔵によるカウンター越しの会話劇、始まります。


「武蔵に問題です」と大和は唐突に話を投げ掛けた。「『超弩級戦艦』とはどのような戦艦のことでしょう」

「……さあ? 生憎と軍事に明るくないものでな」

「素晴らしい、よく勉強してるわね。じゃあ次の問題です」

「…………」

「戦艦無用論などと嘆かわしい話も耳にする昨今ですが、それでも戦場の華を空母に譲らない戦艦があります。さて、どんな最強型ですか?」

「自分で言っていて恥ずかしくならないのか、それ」

「そうなのよ……そろそろ他の誰かに『最強の艦娘』を引き継いで貰いたくて……」

 

 

◆――――◆

 

 

「初月の面倒を見てるうちにね、ふと思ったのよ。いつまでも私レベルが最強でいていいのか、とか。初月だけじゃあなくもっと他の子の面倒を見て強く育てることに専念した方がいいのか、とか」

「ふむ。まともな所論を喫茶店で展開するあたりがお前の駄目なところだな」

「まともだと思うなら良い考えを頂戴」

「お前一人だけが飛び抜けているわけでもあるまい。空母でも駆逐艦でも、部隊の旗艦をバトンタッチすればいいだろう」

「今更、そう簡単にできると思う?」

「そうだった。今更過ぎて『撃沈王』から退けられないんだったな」

「実際私は――自惚れてなんかないわよ。私の超長距離砲撃は狙撃と言ってもいいレベルで敵に壊滅的な損害を被らせる。接敵から敵部隊が既に崩壊してる。やらない理由はないでしょう? 私にしかできない。代わりはいない」

「お前に万が一があれば?」

「一応、扶桑が後を引き継ぐことにはなってるけど……撃沈王に万が一なんてあってはいけないじゃあないの。つまり――」

「つまり?」

「私は最強であり続けないといけない。あーもー結局は何も変えられないのよ」

「お前個人の願望は戦況の推移が叶えてくれるのを期待するしかないんじゃあないか。洞観者としての私はそう思う」

「分かるように言って。何か起こるの?」

「ただの勘だ、と言っておこうか。撃沈王とて一人の戦艦だ。できる事は限られているぞ。周りに期待されても無理なものは無理と言え」

「武蔵にだけは言われたくないのよねー。喫茶店のマスターにドーカンシャの管理、それに普通の艦娘としての艦隊業務。そろそろどれかに絞ったら?」

「気遣いどうも。だが私は現状で満足することに忙しい」

「ふうん。変なの」

「下手に戦場で活躍なぞしてみろ。お前よろしくファングッズが作られてしまう」

「! あ、あれは――」

「お前がデフォルメされた絵とサインが入ったTシャツ。二階の箪笥で眠っているぞ」

「なに姉妹艦のTシャツなんて買ってるのよ。馬鹿じゃあないの」

「デフォルメ絵の方はともかく、サインはお前が考えたのか? なあなあ、サインの練習したのか? 一般人の私に教えてくれよ」

「……サインくらい嫌でも慣れるわよ。撃沈王は握手にも笑顔で応じる義務があるし。ええそうよ暇も才能も無いから半分ゴーストなライターさんには何度もお世話になってるわよ。あんまり私に喧嘩を売るようなら武蔵と信濃を全力で道連れにするから。有名税を三人で仲良く分担しましょうよ。――ねぇえ。私たちって一蓮托生の姉妹艦よね?」

「目がマジだな……。まあ愚痴くらいならいくらでも聞いてやらんこともない。ただ開店中の店内でゴーストがどうとか言うのはやめておけ」

 

 

◆――――◆

 

 

「さっき武蔵がしれっと言ったこと。私一人が飛び抜けて強いわけじゃあないって、そのこともけっこう悔しいのよね」

「自惚れがないだけマシだと思うが」

「例えばよ。天照大艦隊の斑鳩が本気になって編成した部隊と演習したら勝敗は五分だと思うわけ」

「斑鳩は洞観者だぞ。洞観者といえば一度、長月一人に挑んでみるといい。真の最強のレベルを知りたければな。大和型のプライドが数分で砕かれるぜ」

「遠慮します。私は現実的なレベルで考えたいの」

「じゃあ霧の艦隊はどうだ」

「……微妙なところを出してくるわね。また私たちの前に立ち塞がってきたら考えるわ」

「もう『撃沈王』はお前で、お前が最強という役割は世界から与えられてしまっている。練度の上限が見直されても普通に労働に励む中で一瞬でカンストしてしまう内は、お前の悩みは続くだろうが、自分が最強だと胸を張っておけ」

「真面目に説教されちゃった」

「真面目に世界を見通すのが洞観者だ」

「武蔵がヘンテコな存在にならなければって今でも思わずにはいられないわ」

「ほう。撃沈王が私の力を買ってくれるのか。言っておくが、この武蔵とてお前に後れを取るつもりは更々無い」

「そして武蔵のTシャツも私のと一緒に販売される」

「やめろ」

「拒否権なんて無いわよ。本当に勝手に作られちゃうんだから。市中でそのTシャツを見かけたときの恥ずかしさ、あれこそ姉妹艦と分かち合いたい有名税ね」

「洞観者は路地裏深くを住処とする猫のような日陰者だからな。同じ大和型として力になれず残念極まりない」

「Tシャツ、マグカップ、缶バッジ――他に何があったかしら」

「陳列された自分のグッズを見ていれば些細なことは吹っ切れるだろう、たぶん。そうだ。この店にお前のグッズを置いてみれば売れるんじゃあないか? 我ながら良いことを思いついた」

「…………本っ当に、まだ知らないみたいね、武蔵」

「あん?」

「言ったでしょう。拒否権は無いし勝手に作られるって」

 

 大和は取り出したスマートフォンを操作して、その画面を武蔵に見せた。

 海軍の通販ページに並んだ大和型二番艦のTシャツ、マグカップ、缶バッジ、トートバッグ――。

 

「な、何だこれ!」武蔵は大和からスマートフォンを引っ手繰った。「何だこれ。何だこれ。何だこれ……! 私は、知らないぞ……!」

「販売が始まったのは二週間くらい前だったかしら。はー、やっと言い出せたわ。有名税分担の話、ゴメンね、見ての通り実はもう動いてるから」

「ふ、ふざけるなよ貴様……! そもそも私がいつ貴様らと――」

「武蔵がドーカンシャになる前、だからけっこう昔よね。でも実績であることに間違いはないし、私と並んでた映像もバッチリ残ってる。ほら、大和型コンビのTシャツも抜かりなく売ってるでしょ。イラストレーターさんって上手よねえ」

「誰が許可した!」

「だから拒否権はないんだって言ってるじゃない。でも強いて言うなら――私がゴーサインを出しちゃった♪」

「イヤーッ!」

 

 武蔵渾身の右ストレートを大和は完全に見切ってガード! そんじょそこらの艦娘であれば確実に骨や臓器が爆ぜる激突だ!

 

「貴様の撃沈王という重圧、腐った根性ごと粉々にしてくれるわ!」

「ドーカンシャはイクサの前にアイサツをするんじゃあなかったの? 私にやられる前に名前くらい言っておけば?」

「死ね! このクソ姉妹艦が!」

「グッズ化してあげた姉妹艦を有難く思いなさい!」

 

 武蔵のチョップが木製のカウンターを重機めいて叩き割った!

 

 時刻はヒトハチマルマル。喫茶店ハングド・キャットの稼ぎ時である。

 




4話ほど連続で書いて、疲れました。限界です。
最後に少しくらい宣伝(前書きのアレ)を入れたって構いませんよね。


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改二の目処が付いたんですってね

 前回、大和型姉妹の姉妹喧嘩により壊滅的損害をこうむった喫茶店ハングド・キャットは三日で完璧に元通りになり、四日後には営業を再開した。武蔵がチョップで叩き割った木製のカウンターから皿の一枚に至るまで完璧に元の姿を取り戻していた。

 

 大和が撃沈王であると同時に、家具コイン長者でもあったからだ。最強の戦艦が使い道もなく、ずっと無駄に貯め込んでいたコインの枚数はハングド・キャットを修復するのに十分だった。

 

「もうちょっとコイン余ってるのよ。この際、何かに使い切っちゃおうかしら」

「仕事場を温泉にでも模様替えしたらどうだ」

「それ、いいわねえ。――温泉に模様替え、って石油王の思いつきみたいよね」

「仮想通貨みたいだよな。家具コイン」

「金(Gold)よりも安定してるんじゃない? 資産価値があるかどうかは知らないけど。そういえば武蔵はどれくらい家具コイン持ってるのよ。ハングド・キャットの二号店は出さないの?」

「お前と違って私個人は家具コインを持たない。あれは普通、艦隊の財産だ」

「ああ、なるほど」

 

 店は完全に元通りになった上にピカピカになりはしたが、染み付いていたらしいカレーやコーヒー、そして猫の匂いだけは新たに染め直す必要があった。

 

 

◆――――◆

 

 

「まあ、家具コインは私からの餞別よ。改二の目処が付いたんですってね」

 

 大和はコーヒーカップに口を付けて「コーヒーも改二になればいいわね」と言った。

 

「餞別ってお前、改二になった私をどこへ飛ばす気だ」

「私のレーダーの届かないところ」

「改二改造、羨ましいのか?」

「…………うるさい」

「お前の気持ちは分かるとも。撃沈王が最強の座を譲り渡すわけだからな」

「ちょっと。まだ練度もカンストしてないのに、なーに私に勝った気でいるわけ?」

「勝った気も何も現時点で私の方が強いだろう。出撃数こそ店の仕事もあって減っているが私には洞観者の能力がある」

「わけの分からない能力とやらに頼らないと大和型としてやってられないなんて、姉妹艦として心配だわ。改二で逆に弱くなるんじゃあないの?」

「そぉら僻め僻め。今日のカレーは私が奢ってやろう」

「私が出してあげた家具コインもそうだけど。たくさん集めた特注家具職人の分、お金を請求しようかしら。そういえば扶桑たちはよく職人さんに上手くお願いして仕事してるからお金もかかってると思うのよね。大本営直属の仲間のために職人さんを呼ぶべきだったかしら。――武蔵、貯金ある?」

「……お前の方が強い。少なくとも札束での殴り合いなら」

 

 

◆――――◆

 

 

 大和はカレーの一皿目を食べ終えて「よし。今日はたくさん食べるわよ」と張り切った。

「私の奢りだからか」武蔵は大和の皿を下げてすぐに用意していた二皿目を出した。

「違うこともないけど、そうじゃあないの。今日はこの後、気合を入れて行かないと」

「何処に?」

「天照大艦隊の売店。正体を暴くわよ」

「――ついに行くのか」

 

 大和と武蔵は『島攻略オンデマンド』なる商売に乗せられたことがあった。

 

 島攻略オンデマンドとはその名の通り、気になる島をオンデマンド攻略してしまうという海軍を嘲笑うかの如き軍事商品である。大和がヤーナム島に頭を悩ませていた時に営業のイムヤが話を持ちかけ、また武蔵の元には島を攻略するフィクサーを提供しないかとゴーヤが現れた。

 

 武蔵は大金と引き換えに長月を送り込もうとするも思いとどまり、結局、ヤーナム島は他の誰かの手によって綺麗サッパリ無害化された。現在のヤーナム島は艦娘・深海棲艦の双方から人気のまるでない泊地になっている。

 

 送り込む予定だった長月は恐ろしく強い。その長月に代わる者を用意してのけたのが、イムヤとゴーヤを遣わした天照大艦隊の売店である。ただの売店であるはずがなかった。

 

「何か新しい情報が手に入ったのか」と武蔵は訊いた。

「ちょっと調べたのよ。――あそこの売店、アカシマートじゃあない」

「ああ。それで?」

「それで、って、それだけだけど」

「いいか大和。グーグル先生に数分質問したことを『調べた』とは言わない」

「武蔵こそどうなのよ。長月ちゃんには聞けたの?」

「長月にとっては、ずっと利用してきた普通の売店、だそうだ。特別変わったところと言えば品揃えがやたらと充実しているくらい、とか言ってたな」

「ぜんぜん情報無しじゃあないの。ほら、だから私が直接行って確かめないと」

「行くなら怪しまれないように振る舞えよ。長月以上の化物が出て来そうだ。そうなったらお前は……長月があの強さだ、証拠隠滅のために文字通りフィクサーに消されかねん」

「そうやって勘繰りながら行ったら余計に怪しい顔になっちゃうでしょ。あくまで私は天照隊の売店に買い物に行って、ついでにちょっと世間話をするのよ」

「何を買うつもりだ?」

「武蔵のグッズ。マグカップとか」

「……なんでだよ」

「だって改二になるんでしょう。じゃあ今のデザインが使えなくなってグッズも古いデザインのものはお店から消えちゃうわ」

「私の熱心なファンがいるかどうかは知らないが、お前がグッズを保存しておく意味はないだろう。というかやめろ。気持ち悪い」

「姉妹艦の思い出を残しておいてあげようっていう私の優しさが伝わらない?」

「伝わったから気持ち悪いんだ」

「プッ。照れ屋さん♪」

「売店で消されてもお前のことは探さないからな」

 




ダッシュで書きました。
本編『叢雲の薬指』なんかが特にですが、さいきん仕事が非常に雑になっている気がしてなりません。
とにかく書いて出す、これってなかなか難しいですね。


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Idol

『ハングド・キャット』

 THE HANGED CAT

 洞観者の洞観者による世界のための秘密結社。伝書猫で情報交換を行い、指導者である武蔵の命令に従って活動している。

 または秘密結社の本拠地であり財源でもある喫茶店。とても賢い猫たちを利用した猫喫茶のつもりで武蔵は店を開いたものの、客は手伝いで働いている艦娘(洞観者)や本格カレーを目当てに来店する。武蔵が最も力を入れているコーヒーは「極めて不味い」と撃沈王のお墨付き。実際不味い。

 

 

◆――――◆

 

 

 毎度のようにお忍びで――まったく忍べてはいないのだが――ハングド・キャットにカレーを食べにきていた大和には、どうしても姉妹艦に聞きたいことがあった。

 しかし、聞けない。

 なかなか聞けない。

 聞きたいことというものが、それはもう武蔵から失笑を買わずに何を買うかという他になく、どうしても「ねえ武蔵」といつものようには口から出ない。出ない代わりにカレーが口の中へと入っていく。本日三皿目である。

 カウンター席で悶々としながら黙々モグモグとカレーを食べる大和の正面、武蔵は姉妹艦の何か言いたげな雰囲気を嫌でも察してしまい仕事になかなか集中できないでいた。ストレートに言って、いや変化球的な嫌がらせに「迷惑だから帰れ」と言うかどうか悩ましかった。

 この大和という姉妹艦は、ハングド・キャットにやってきてはしょうもない話を土産とするのだが、たまに武蔵にも聞き捨てならない話を持ってくるのだ。

 かといって武蔵から「話でもあるのか大和」と助け艦を出すのも面白くない。だから今の雰囲気がとても面白くない。

 

「……カレーおかわり」と大和が皿を上げた。

「……ああ」と武蔵。話が進まない。

 

 そんな二人を見ていてじれったくされていたのがハングド・キャットのアルバイトだった。

 

「武蔵と大和はさあ」と二人に助け艦を出したのは、小遣い稼ぎに来ていた長月だった。「姉妹艦なのに、面倒臭いなあ。何か話せばいいんじゃあないか」

 

 大和型戦艦と睦月型駆逐艦の身長差は艦これアニメの通りである。大和型の二人は、それはもう恥ずかしい思いだった。

 

 

◆――――◆

 

 

「……じゃあ聞くけど」と大和はようやく話題を出した。「武蔵はアイドルについてどう思う?」

「は?」と武蔵。

「だから、アイドルよ、アイドル」

「ほう、知らなかったな。大和お前、ジャニーズとかに興味があったのか」

「え、ジャニーズ? そっちのアイドル?」

「あ?」

「は?」

「……何のアイドルだ?」

「艦娘のアイドルに決まってるでしょう。言っときますけど私、芸能界とか出版業界とかに利用されそうになる仕事はなるべく淡白に済ませてるから」

「まあ『撃沈王』なら当然か。で? 艦娘のアイドルが何だ?」

「ほら。いま大人気の練習巡洋艦、鹿島って子がいるじゃあないの。うちの初月をしばらく預かっててもらってた香取型の二番艦」

「ああ人気がすごいな。練巡というより陸のカメラの前で観艦式をやっているような――で?」

「それがちょっとね……ねえ武蔵、撃沈王はアイドルじゃあないわよね」

「いやアイドルだろう」

「……否定してくれないの?」

「お前は偶像だ。大和型たるもの――」

「あ、そういう説教は結構です。今はアレよ、単純に人気者かどうかって話よ」

「大和型のマグカップがどうこう言っていたクセに。いまさら何だ、ネットに書かれたあることないことを見てショックでも受けたか」

「もっと酷い話よ。単冠湾の巡洋艦が歌まで出そうとしてるなら、撃沈王はその後を追うようではならないって命令されたの」

「お、おう。命令……」

「歌えばいいの? 何を? ヒラヒラ付きの制服で軍艦マーチ?」

「待て早まるな。分かった、これは真面目に考えよう」

 

 

◆――――◆

 

 

「で、話の続きだ」

 ハングド・キャットを閉めてアルバイト達も帰った後、武蔵と大和は薄暗い店内で会議を始めた。

「まず大和お前、アイドルに詳しかったり……するわけないな」

「いま思ったんだけど」

「なんだ」

「どうして私、武蔵なんかに相談したのかしら。問題が解決する見込みがまるでないわ」

「殴るぞ」

「ちょっとスマホで調べてたのだけどね」

「ああ」

「軍艦マーチって最近までパチンコ店で流れていたんですって」

「オシマイだ……大和型の面目は阿呆に潰された……」

「武蔵は何かないの? 例えばドーカンシャのお仲間に、歌と踊りが上手くなる能力を持った艦娘とか」

「仮にそんな都合のよい者がいたとしても一時逃れにしかならん。付焼き刃ですらないな」

「今ってユーチューバーが子供に人気なのでしょう? そっち方向から攻めるのはどうかしら」

「なるほどな。普段は見られないお前や仲間の姿を動画にするだけでいいわけだ」

「はい? そんなの駄目に決まってるでしょう。普段『見せられない』から『見られない』んだし」

「……じゃあ何か。スマホでビデオ撮影できるし、軍艦マーチ歌うか? 今ここで私が撮影してやってもいいぞ」

「さっきは止めたくせに? いいの、本気で歌うわよ? 踊りもちょっと付けちゃうわよ?」

 

 二人は水を飲んで、ひとつ大きなため息をついた。

 

「正攻法では無理ね」と大和は半分諦めた。

「軍艦マーチが正攻法とは思えんが、無理だな」

「単冠湾に行ったついでに、鹿島にサイン貰って握手してもらうところを広報の人にどうにかしてもらえばいいかしら」

「『実はファンでした』とでも言うのか?」

「何も考えずに、無心で。だってアイドルなんてそもそも興味ないし――そうよ。普通に『初月がお世話になりました』って挨拶する形で接点もてば十分でしょう。馬鹿正直に言われるままアイドル目指してどうするのよって話じゃあない」

「そうだそうだ。大和型を何だとおもっている。……だよな? お前、本当に撃沈王だからと余計なことはしていないよな?」

「しーてーまーせーんー。私たちのグッズ販売だって、言われなければ思いつきもしなかったわ」

「ならいいんだ」

「でも、アイドルねえ……。物心がついたくらいの頃なら、アイドルと撃沈王、どっちに憧れたかしら、私は。しみじみ」

「しみじみしているところを悪いが大和、お前は明日も休暇なのか? もう外は暗いぞ」

「……なんでもっと早く言ってくれないのよ」

「マネージャーでも雇ったらどうだ。少しはアイドルっぽく見えるんじゃあないか」

「結構です。自分の事は自分でやれますから」

「やれてないから愚痴りに来ているんだろうにな」

 




なお作者はアイドルについてまったくの無知です。
芸能人は勿論、アイドルマスターが何をするゲームなのか等も知りません。マジで。


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バトルロイヤル

『ハングド・キャット』

 THE HANGED CAT

 洞観者の洞観者による世界のための秘密結社。伝書猫で情報交換を行い、指導者である武蔵の命令に従って活動している。

 または秘密結社の本拠地であり財源でもある喫茶店。とても賢い猫たちを利用した猫喫茶のつもりで武蔵は店を開き、客は手伝いで働いている艦娘(洞観者)や本格カレーを目当てに来店する。武蔵が最も力を入れているコーヒーは「極めて不味い」と撃沈王のお墨付き。実際不味い。

 

 

◆――――◆

 

 

 二皿目のカレーを出された大和は、「あ、そうそう」と話したかったことを思い出した。

 

「来月にね、ちょっと変わった公開演習があるのよ」

「ふうん」

「ふうん、て。なにその興味ありませんな反応」

「興味がないからそんな反応になったんだ。私は艦娘業の方ではもう演習に出ることもないだろうからな」

「そうなの? どうして」

「燃料弾薬がMOTTAINAIからだ。喫茶店でこうして働いているばかりでも、能力のおかげで腕がなまることもないしな」

「武蔵だけの話じゃあないでしょう。他の子たちの相手を大和型がしてあげる、って義務があるでしょうに」

「鋼材もMOTTAINAIから的にもなれん。ちなみに私は改二の艤装すらも温存してくれと提督に頭を下げられてしまってな」

「……武蔵あなた、艦娘である意味、ある?」

「正直なところ――ない。だがこの武蔵、それはそれで別にいいと割り切り済みだ」

「信濃が聞いたら何て言うかしら……。なら、そんな武蔵のためにMOTTAINAIを気にせず戦える機会を与えてあげましょう。私のチームに特別に加えてあげる」

「あん?」

 

 

◆――――◆

 

 

「バトルロイヤル?」

 

 艦娘になって長い武蔵も聞いたことがない戦いだった。もちろん『バトルロイヤル』という単語をまったく耳にしたことがない、という意味ではない。戦争とバトルロイヤルが関連づいて語られたことがなかった。

 

「そう。バトルロイヤル形式の公開演習」

 

 大和は三皿目のカレーの前に水休憩をはさんだ。

 

「敵は自分たち以外のチーム全員。たくさんのチームがたったひとつの勝利を奪い合う真剣勝負」

「そんな演習が? 開催されるのか?」

「そう。来月の下旬に」

「どうして」

「うん?」

「どうしてバトルロイヤルなんだ。やるにしたって普通はトーナメント形式とか、そんなんだろう」

「流行ってるから、ですって」

「流行ってはないだろう。どこの世界に全員が全員と敵対する海戦がある? 艦娘はいつから海賊になった?」

「知らないわよ。企画した人と、その企画を承認した人に聞いて頂戴」

「ふざけている、としか思えんな」

「一応、他にも理由があるにはあるのよ」

「もっとふざけた理由がか?」

「そもそものきっかけは一人の駆逐艦の子らしいのよ。ほら、よくある話じゃない。主力打撃部隊に護衛駆逐艦を組み込もうとする時、輸送任務が多い子たちから選抜するために演習をしてもらおうって」

「あー、駆逐艦を『勝てば主力だ』と煽るヤツな」

「そうそれ。まさにそれに怒ったらしいのよ。輸送部隊をナメるなって。同じ条件で同じ戦場に立てば、むしろ最後まで生き残るのは戦艦でも空母でもなく、駆逐艦の自分だ、って」

「うむ。なかなか根性のある駆逐艦だな」

「最後の最後になっても、味方の屍を盾にしてでも生き残ってみせる、って」

「……それは艦娘的にどうかと思うな」

「彼女の熱い思いが、じゃあ本当に最後まで立っていられるのは誰か、って話に繋がったとかどうとか――知らないけど。そんなわけでバトルロイヤル」

「つまり真の強者を決めたい――いや証明したいというわけか。結構なことだ。それで気が済むなら存分にやればいいさ」

「なにを他人事みたいに言ってるのかしら。さっき言ったでしょ、武蔵も戦うのよ。私のチームで」

 

 

◆――――◆

 

 

「ルールを説明するわね」

「しなくていい。私は知らん」

 

 コーヒー豆をいじくり始めた武蔵に、大和は構わず話を続けた。

 

「1チーム2人以上6人まで。全部で何チームになるかはまだ分からないけど、各チームがそれぞれ10キロメートル以上離れた状態から、時間と同時に勝負開始よ。チーム編成には艦種も装備も練度も制限なし。シンプルでしょ」

「……空母と潜水艦が残ってグダグダになるんじゃあないか」

「それはないわね」

「どうして言い切れる?」

「だって私のチームには、この撃沈王がいるんですもの。どんな展開になっても終盤まで戦艦が残ることになるわ」

「はいはい強い強い」

「あのねえ武蔵。これは公開演習よ。公開されるのよ。チームの旗艦にはカメラを付ける義務があって、しょうもないやられ方をしたらそれが――」

「優勝したら何か貰えるのか?」

「え? ええっと、さあ? トロフィーとかじゃない?」

「誰がやる気出すんだそれ。参加者が集まらずにお前が優勝だな、おめでとう」

「まだ正式に告知されてないもの。豪華賞品があるわよきっと。アカシマートで使えるギフト券とか」

「だといいな」

「……私だって本当はちっとも乗り気じゃあないのよ? バトルロイヤルなんてどう考えてもお遊びだし、でも『最強を決める』のなら撃沈王が出ないわけにはいかないし……私にどうしろっていうのよ」

「とりあえず出場して適当に勝っとけ」

「それ以外に思い付かないから聞いてるの」

「面倒臭いヤツだなあ……。じゃあ、お前のチーム構成はどうするつもりだ? 6人の内訳は?」

「私と武蔵で戦艦2でしょ、あと空母2に駆逐艦2」

「つまらん。それはつまらんな。撃沈王なら最低人数の2人で戦ってみせたらどうだ?」

「――ほうほう」

「さっきの話の根性ある駆逐艦だって、恐らく駆逐艦6で参戦するだろう。そういう信条のぶつかり合いや、死闘の果てが漁夫の利を狙う者によって呆気なく掻っ攫われていくのがバトルロイヤルの醍醐味だ。無難と無難が無難に戦うところなぞ公開されてもつまらん。思いも寄らないドラマが生まれるからこそのバトルロイヤルだ」

「ふぅーむ」

「大和、お前が遊びだと思うのなら存分に遊べ。その上で掴み取る勝利なら、満足できるんじゃあないか」

「なるほど――それ、いいわね。ええ、それでいきましょう」

「まあ、早々と脱落しないように祈っとくんだな。この手の勝負は運に左右されやすい」

「それは気をつけるけど、いつまで他人事な態度を続ける気なのかしら、この二番艦さんは」

「……私は出ないぞ」

「分かってないわねえ。出る出ないじゃあなくて、私が出してあげるのよ。運動不足気味でしょう?」

「他にいくらでもいるだろうが。私は忙しい」

「やだ武蔵ったら、もしかして姉妹艦で並ぶのが恥ずかしいの?」

「お前という存在が恥ずかしい!」

「照れない照れない。じゃあチーム名はどうする? 適当でいいわよね。――分かってると思うけど、もしすっぽかしたりなんかしたら……この撃沈王、全力であなたを晒し者にします」

「このっ! き、貴様というヤツは……!」

「あ、忘れてたわ。マスター、カレーおかわり」

「帰れ! 出てけ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~つづかない~

 



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プラチナとストーカーと長月

 撃沈王・大和ほどの女性ともなると、これはもう放っておくほうが失礼かつ馬鹿というものである。無論それは、男共が、という話であるが、女性を例外とする意味ではない。

 

 幸運にも街の人通りの中で変装した大和を見つけることができたなら、駆け足で花屋に向かい、適切な本数の薔薇(色だけでなく本数でも花言葉が違うらしい。へぇ)を買って大和にエア贈りして然るべきである。エア贈りとは花を差し出すだけで手渡すことをしないプレゼント法である。花は無闇に贈られても持て余してしまうので、エア贈りが紳士としての嗜みである。

 

 まさか世の提督の中に、Android版艦これに夢中になるあまり大和とすれ違ったことに気付けなかった馬鹿は存在するまいな。それは不敬、とまでは言わない。だが人生における大きな落とし物であることに疑う余地はない。歩きスマホをしてまで艦娘たちを愛でたい気持ちは痛いほど(電柱にぶつかる痛みほど)分かる。しかし顔を上げたまへ。ふと目で追った女性に桜の雰囲気を感じ取り、変装した彼女の正体に気付ける、かもしれないのだ――。

 

 ここでひとつ、注意を喚起しておかねばならないだろう。エア贈りの嗜み同様、彼女に会えた興奮を、鼻から吹き出したリビドーを、彼女にそのままぶつけてはならない。接触はせいぜいが握手、サイン、エア贈り程度にとどめるべきである。ましてや、

 

「これ、ケッコンカッコカリとかそういうんではないんです、ほんと! ただ、貴女にこの『プラチナ』の指輪を受け取ってもらいたいだけなんです! 後でメルカリに出品してもらっても、なんつーか、全然構わないんで!」

 

 戦艦の主砲よりもある意味重い贈り物など言語道断である。

 

 

◆――――◆

 

 

「エア贈り? ですらTwitterでやめてほしいってそれとなく言い続けてきたのに、なんで見ず知らずの人から指輪を貰わなくちゃあいけないのよ……」

 

 ハングド・キャットのカウンター席に座った大和の前にはいつもカレーが置かれる。それが今日は違った。やわらかな店内照明を反射してキラリと輝くひとつの指輪だった。その指輪にはダイヤモンドらしき石まで埋め込まれている。

 

 大和はいつもはカウンターをはさんで向かいにいるマスター、武蔵を愚痴をこぼす相手にしているのだが、今日は相手を変えた。変えずにはいられなかった。ちょうど天照大艦隊からアルバイトに来ていた長月を隣に座らせた。ハングド・キャットの制服は、長月には実際あまり似合っていない。もう少しだけ年齢が欲しいところである。

 

「本っ当に……何てことをしてくれたのよ天照隊は。なに、ケッコンカッコカリ・プラチナムセットって?」

「うわっ、すごく高そうな指輪だな」

 

 長月の指輪を見た感想はとても素朴だった。

 

「ええ、高いわよたぶん。少なくとも700円では買えないでしょうね」

「こんなものを本当に、誕生日でもないのに、しかも知らない人からタダで貰ったのか」

 

「握手と見せかけてフェイントで無理矢理に握らされたわ」

「ほーう。すごいんだな、撃沈王って」

 

「あのね長月ちゃん。私はこの元凶である天照隊、あ・な・た・の、所属する艦隊に文句を言いたいの。艦娘にプラチナの指輪を贈るっていう悪習を広めたことについて。他の鎮守府どころか文民さんにまで噂が広まっちゃった結果がこの指輪なの」

「そう言われても。私なんか初上限にはまだまだだし、指輪の話だって遠征から帰ってきたらそうなっていたんだ」

 

「……ええ、長月ちゃんに文句を言うのは筋違いだって分かっているわ。ごめんなさいね。でも怖いったらないのよ」

「怖い?」

 

 

◆――――◆

 

 

「まずひとつ。その男の人は『私に指輪を渡す計画をしていた』のよ。この指輪をわざわざ買ったのかそれとも持っていたのかは分からないわ。でも少なくとも私に渡すために持ち歩いていたのだし、男の人は実際それを達成した。つまり」

「ストーカーみたいだな」

 

「みたい、じゃあなくてそのものよ。まあ今までもある程度は我慢してきたり、変装や雑踏にまぎれて回避したりはしてきたけど、相手に目標をここまで上手く達成させてしまったのは初めてよ。電車を降りるタイミングを狙われて、あれは私が迂闊だったわ……」

「うーん……可能性の話だが、もしかしたらその人は彼女に振られたとかで、手元に残ってしまった指輪をどうしようか考えてたところで偶然大和を見つけた、とかはないだろうか」

 

「それはそれで腹立たしいわね――そうだわ、別の誰かの刻印が入っているかも」

 

 大和は恐る恐る指輪の内側をのぞいた。そこには流れるような筆記体で『○○○ ♡ Yamato』と刻まれていた。

 

【※】○○○にはあなたが憎たらしいと思う男性の名前を入れてください。

 

「……こ、この○○○の彼女だった人の名前も偶然同じヤマトだったっていうことも」

 

 長月は人を気遣える良い子である。

 

「ないわ。あと一応、刻印を入れ直した可能性もゼロと言えなくもないけど、ないわ。余計に重たくなっちゃったじゃあないの、見なければよかったわ……」

「私、指輪がただのアクセサリーに見えなくなってきたぞ。大人の深い意味があるんだなあ」

 

 

◆――――◆

 

 

「もうひとつ。この指輪を受け取ってしまった、これから先よ」

「これから先」

 

「○○○氏は『売ってもいい』と言っていたけど、質に入れても捨てても物理的に祟られそうじゃあないの」

「なら、せっかくのプレゼントだし――」

 

「つけるのだけは絶対にあり得ないわ。もしつけているところを○○○氏に見られでもしたら、ストーカー行為がどんな方向に過激化するやら。まあ、逆につけていないのをチェックされるのも怖いのだけど」

「んん、難しいな」

 

「そこで長月ちゃんが天照隊を代表して、私のお願いを聞いてくれないかしら」

「お願い?」

 

「明日から一週間。私のボディガードになって欲しいの」

「私が? ボディガードに?」

 

「ええ。長月ちゃんの強さを見込んでのお願いよ」

「いやどうだろう。私にそんなことが務まるとは思えないが」

 

「大丈夫。私はただ誰かが一緒にいてくれたら安心できるってだけだし。あと例えば、そうね――極端な話、○○○氏が私たちの前に立ち塞がったとしましょう。そこで長月ちゃんは近くにあった放置自転車をビーチボールくらいの大きさまでメキメキに押し潰してこう言うの。『お前もこうなりたいか?』って。どんなストーカーも逃げ出すに違いないわ」

「そうかなぁ」

 

「新しいアルバイトだと思って、ね。お給料もちゃんと出すわ。それと天照隊がやらかしたケッコンカッコカリ・プラチナムセットの件も長月ちゃんのお手柄でチャラにするわ。どうかしら?」

「うーん……そんなのでいいなら私は……あ、すまない駄目だ。明日から遠征があるし」

 

「そこは大丈夫。ちょっと待ってて、そちらの提督さんと話をつけてくるから」

 

 大和はスマートフォンを片手に店を出た。その交渉力は恐ろしく、言ったとおりちょっとの時間で店内に戻ってきて席に着き直した。

 

「オーケーよ。長月ちゃんの予定、一週間空けてもらったわ」

「す、すごいな。分かった。そこまでなら引き受けよう。でも一週間でいいのか?」

 

「うん?」

「たったの一週間で、その後も怖いのは続くと思うが大丈夫なのか」

 

「あら心配ありがとう。でも一週間は心を鎮めるのにかかる時間だから。その後はこの撃沈王、ストーカーも何のそのよ」

 

 

◆――――◆

 

 

 長月がハングド・キャットの仕事に戻った後、武蔵は大和にカレーを出しつつこっそり聞いた。

 

〈お前がストーカーを怖がる? 何の冗談だ〉

〈んま、失礼な姉妹艦ですこと。撃沈王だって女子なのだから〉

 

〈はいはいそうだな。で、本当の目的は?〉

〈長月ちゃんの力の秘密をこの目でじっくりと計りたいの。ああ、でも海にまでボディガードについて来てもらう名目はどうしようかしら〉

 

〈どんなに回りくどい名目を作ったとて得られるものはないと忠告しておいてやろう。その指輪も狂言のために自分で用意したのか?〉

〈だったらよかったのだけどね。天照隊のケッコンカッコカリ・プラチナムセットはわりと頭にきてるわ、ストーカーよりずっと〉

 

〈お前が艦隊相手にそこまで言うとは珍しい〉

〈武蔵のところの艦隊ではどう? プラチナの指輪、欲しがってる?〉

 

〈話題にはなったが、いやまさか700円からプラチナまでは夢見過ぎだろうと、本気にする者はおらんよ。普通そうだろう。私とてお前のさっきまでの話を聞いていて、本気でそれをやった艦隊があったのかと耳を疑ったさ〉

〈どこもそう冷静であってくれることを祈るばかりよ〉

 

〈さすが天照大艦隊はやってくれる。極楽を匿まっていたりなあ〉

〈頭がプラチナでできてるのよきっと、あの阿呆たちは。だから発想がピカピカ無駄に輝いてて――〉

 

「さっきから何をコソコソ言ってるんだ、二人とも」

 

 武蔵と大和は雑談に興ずるあまり、頭プラチナ艦隊のひとり、長月が近づいていたことに気付けなかった。二人は持ち前の胆力で動揺を顔に出さず「「いや別に」」とサラリと返した。

 

「武蔵、コーヒーおかわり二つ」

「あいよ」

 

 長月が客たちの方に戻っていったのを見て、二人はぼそりと言った。

 

〈長月は素直で良い子だぞ〉

〈一人一人は悪い子ではないわ。集合的阿呆なのねたぶん〉

 




一週間に3,4話くらいババッと投稿できないかなー、と思いましたが無理でして。
じゃあ睡眠時間をゼロにして週2話くらいならいけるかなぁと思いつつ挑戦しました。
ひどいことだ、頭がグワングワンします。


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いま明かされる武蔵の改二改造秘話

2020/03/02:加筆修正
投稿した後になって仕上げをする悪癖をなんとかしたいものです。


「正直な願望を言ってもいいかしら?」

 

 こんなことは姉妹艦としか話せないから、という意味である。

 今から大和は大切な話をするけれど、武蔵は聴覚以外の感覚を遮断して集中するレベルで聞くように、という意味でもある。

 カウンター席の定位置に大和は座っていて、武蔵も仕事上の定位置である大和の向かいにいる。二人のどちらかがコーヒーカップとソーサーが鳴らす音より小さい独り言をボソリと呟いてももう片方に聞こえてしまう近さにいて、それでも大和が「言ってもいいかしら?」と断りを入れるということは、話がよほど深刻かしょうもないかのどちらかだった。

 武蔵は大和をちらりと見た。

 この大和型1番艦はたまに、まったく唐突にヘビー級の相談を持ち掛けるという悪癖があるから油断ならない阿呆なのだ。……が、今の大和はポヤッとしていた。今回は、まあ案の定、しょうもない話をする阿呆であるらしい。

 大和は許可を求めておきながら、勝手に話し始めた。1番艦特権の乱用である。

 

「ボロボロで大ピンチな部隊を、逃げることすら許さない圧倒的な鬼姫クラスの深海棲艦が最後の一撃で終わらせようとしたその時――スーパーヒーロー着地で割って入る戦艦に、私はなりたい」

 

 武蔵は困った。とても困った。

 

「みんなあれをやるが……ヒザに悪い」

 

 ほぼそのままの返ししかできないほど武蔵は困った。

 世界に誇る撃沈王がTwitterに同じことを書き込みでもしたらプチ炎上するのは間違いない。

 大和が自身を撃沈王たらしめているのは他の追随を許さないレベルの超々遠距離砲撃の1撃目の精度であり、装甲は硬かろうと遠方の仲間をダッシュでかばいに行ける速度など期待されていない。防御を言うなら旗艦位置から「ナッパよけろーっ!」と叫ぶ重要な仕事がある。観測可能な脅威に対して砲撃も味方への警告もせずスーパーヒーロー着地をしに走るなど撃沈王の職務放棄、存在否定とまで言える。

 そして多くの日本人が知るとおり(或いは知らないとおり)、Twitterには不要な言葉を引き出させる魔力がある。

 普通、艦娘に対魔力が具わるか? 否。ならば撃沈王にはどうか? これも否。

 

「大和。スマホを出せ」

「どうして? 私がスマホを出すって分かったの?」

「いい子だ。そのお前には過ぎたデバイスをこっちに寄越せ」

「知らないけど後でね。私はTwitterで『ボロボロで大ピンチな部隊を、逃げることすら許さない圧倒的な鬼姫クラスの深海棲艦が最後の一撃で終わらせようとしたその時――スーパーヒーロー着地で割って入る戦艦に、私はなりたい』ってつぶやくのに忙しいから」

 

 武蔵はカウンターから手を伸ばして大和のスマートフォンを引っ手繰り、Twitterをアンインストールしてあげた。

 

「ほら返す。パスワードまで知っていたらアカウントごと削除してやれたのだが」

「話の続きだけどね」

「ヒザを壊した続きか」

「味方に背を向けたまま、艤装を最大展開してこう言うの。『これが本当の私――大和改二、推して参ります!』」

「あー、うん。懐かしいノリだ」

 

 武蔵には改二改造があるが大和にはないだろ、の喧嘩はもう済ませてあるため今更やらない。大和型はかしこいのだ。

 

「もう何年も前になるか……そんな感じの創作が流行ったなあ」

「あら、武蔵は言い切れるの? 創作が先か、史実が先か。どちらが本当の流行だったか」

「真相は知らんが聞いたことはある。戦場のド真ん中で卍解――じゃなくて改二。応急修理女神とカンムスソウルが起こした奇跡の改二、だったかな確か」

「カンムスソウルなるものは見たことも聞いたこともないけれど、その話、たぶん私が見た記録と同じものだわ。古い記録を研究してたら見つけたのよ。他にも、今になって見直すと、大本営発表にも負けない美化された記録をよくもまあ書けたものね、というのがドッサリと。書き直しを命令しなかった側も、まあ時代よね」

「正直、私も少しはそういう美化された改造を夢見ないでもなかったわけだが……現実をこの身で知ってしまうとな……。はぁ……」

「そこまでガッカリすることもないでしょう。武蔵あなた、改二改造にどれだけ期待してたのよ」

「実際期待したのは改造後のステータスいくらか上昇したらいいな、だけだ。だが問題は、改造のやり方が酷過ぎだ。後頭部に破城槌みたいなヤツをゴン! だぞ。妖精に殺されるかと思った――のは改造が成功して意識を取り戻した後になってだが」

「は? え、何ですって? 破城槌?」

 

 

◆――――◆

 

 

 次は武蔵が意味不明なことを言い出す番だった。

 

「寺で釣鐘を打つ……撞木だったか? アレの個人携帯型みたいなヤツだ」

「……ごめんなさい武蔵。ぜんぜん分からない」

「撃沈王ともあろう者が分からない? ご存知でない?」

「またスマホ貸すから、ちゃんとソレを検索して画像で見せてちょうだい」

「寺の鐘を鳴らすアレみたいなもの、で伝わらんか」

 

 武蔵がGoogle先生に質問している間、大和は大和型2番艦を(この子、疲れてるのかしら)と心配そうに見つめていた。

 

「――あったぞ画像。ほら。『バッテリングラム』というものらしい」

「……………………」

 

 大和が見せられた画像では、確かに寺の鐘を鳴らすアレみたいなモノを個人携帯サイズにしたようなヤツで、特殊部隊っぽい装備をまとった男性がソレを両手で持って扉に打ち付けようとしていた。

 

「な? ソレだろ?」

「……えっと……私たち、何の話をしてたのだっけ?」

「お前は毎度毎度、話を飛ばすのが好きだな。改二改造の現実は酷いものだ、という話で、その画像ひとつで具体的にどう酷いのかが分かるだろう」

「…………本当にごめんなさい武蔵。ぜんっぜん分からない。むしろこの画像のせいで余計に分からなくなったわ。武蔵の改二装備にこの黒くて太い棒が含まれてたの? 海に扉なんてないわよ?」

「違う、少しは話を思い出す努力をしろ。私の改二改造の時、このバッテリングラムで後頭部を殴られたんだ。妖精が、まるで私の頭を寺の鐘と勘違いしたようにだ。いや故意に気絶させにきたから勘違いではないな。未だに信じられん、まったく」

「信じられん、はこっちのセリフなんですけど」

 

 大和は大和型2番艦――形式上の妹のことが、わりと本気で心配になってきた。

 

「ね、ねえ。聞いていいかしら。武蔵が殴られたのって……えーと、今朝、だったりしない?」

「2年以上前のある日の朝だ。いや昼だったか? とにかく、改二に改造するからと工廠に呼び出されて、少々浮かれつつ工廠の中に入った直後だ。ちなみに改造が終わって目が覚めると夜になっていた。あれほど酷い目覚め方は他にない」

「本当に? 昨日今日の話でないと言い切れる? 何か証拠は?」

「2018年1月24日20時ジャストに【撃沈王の土産話 第11話『改二の目処が付いたんですってね』】という投稿がある」

「それが何の証拠になりますか。その場で回れ右しなさい武蔵。ほら髪を分けて、お姉さんに後頭部をちゃんと見せる!」

「2年以上前のたんこぶが残ると思うか? あと誰がお姉さんだ」

「うーん……確かに無傷」

「本当に今まで知らなかったのなら大和、いま聞いておけてよかったな。将来、恐らくあるだろう改二改造に向けて心の準備ができる。それと殴られた後のケアの準備もだ」

「殴られません。普通、殴られません」

 

 武蔵は、一度言い出したら聞く耳を持たない大和型1番艦のことをよく知っている。それでも忠告はしておいてやるのが2番艦の務めだと、放棄することは3回のうち1回くらいしかなかった。

 

「撃沈王ともなれば全身麻酔など穏便な手段になるかもしれん。だが用心はしておくに――」

「うちの扶桑の改二改造はそんなのじゃあなかった。トラブルが多過ぎて1ヶ月以上かかったけれど、気絶なんて1度もしなかった」

「当たり前だ。扶桑もお前と同じように唯一無二、大切に扱われるだろうから、丁寧な眠らされ方になるに決まっている」

「だーかーらー。改造するのに意識を奪われる、っていうのがまずおかしいと私は言ってるの。武蔵の言う改造理論だと、じゃあ臨機応変にコンバートできる子なんてどうするのよ。その度に後頭部どついてたら、そのうち工廠の中で永眠しちゃうじゃあないの」

「なるほどな……。言われてみれば、その通りだ」

「でしょ?」

「ああ。だから……コンバート可能な艦娘は幾度もその恐怖と戦いながら己を改造しているのだろうと……尊敬する」

 

 大和も、一度言い出したら聞く耳を持たない大和型2番艦のことをよく知っている。それでも忠告は――面倒臭くなってきたから、今回は思いついたことを適当に言っておくことにした。

 

「武蔵の場合はアレよ。ほら、ドーカンシャは妖精との関係が冷え切ってるのでしょう? だから大規模改造に意識と意見を持ち込まれるのが面倒で、まず殴り倒すことにしたのよ、妖精たちはきっと。それでもなければ改二改造前のみそぎの儀式。本当にお寺の鐘に例えて煩悩を払ったとか」

「私が洞観者だから? ……大和のくせに随分と有り得る可能性を言う」

「艦隊に戻ったら妖精に確認することね。気を失うほど強く後頭部を殴るなんて何考えてるんだって。殺す気かって。せめて先に言えって」

「先に言われたところでなあ」

 

 

◆――――◆

 

 

 後日。場所はいつもと同じハングド・キャットのカウンター席。

 

「妖精に確認した。大和、お前の言ったことが当たっていた」

「ふうん」

 

 ドーカンシャの問題ならば、ますます大和が興味を持つ理由がなくなる。バッテリングラムで後頭部を殴られはした姉妹艦はこれまでの2年間も、今も、問題なく動いている。ならば今はそんなことよりも、カレーが冷めてしまう前に食べなくてはならない。カレーこそが最優先事項である。

 

「だが当たっていたのは半分だけだった」

「ふうん?」

「『大規模改造に意識と意見を持ち込まれるのが面倒』というのは正解らしい。だがそれは私が洞観者だから、ではない。大和型だから、だそうだ」

「ふーん。…………なんですって?」

「大和型ほど面倒臭い艦娘は他にいないそうだ。改装設計図に記載された通りの仕事をするためには、正直なところ呼吸すら改造が終わるまで停止してもらいたかったらしい。妖精の仕事に全面的に協力すると言うのなら、手も足も目も口も肺も心臓も、一切動かさないで欲しいそうだ」

「……ええとつまり? 私に改二改造する時が来たら……1回死ねと?」

「心配するな。彼の有名な『ビッグ・ボス』や『巌窟王』、他にも多くの優れた者たちが仮死薬を上手く使っている」

「そんな得体の知れない薬で万が一、この撃沈王に事故があったらどうするのよ」

「薬が嫌ならバッテリングラムを使え。お前と同じ大和型の2番艦に有効だったという実績があるぞ」

「燃費が極悪になったという実績もあるものね。私は改二はしばらく遠慮します」

 



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艦船ステータス

正直、自分が何を書いたのか分かってません。
大和型戦艦撃破50%Speedrun(RTA)に挑戦していたせいかもしれません。


「ふむ……」

 

 大和はオフィスで考え込んだ後、Android版を終了して、今度はPC版でもう一度やってみた。

 まず『母港』画面から『編成』に行く。

 すると第1艦隊編成員が表示される。最大で6人まで編成可能だが今は旗艦大和が1人いるだけだ。

 大和、彼女が編成されていることを表示する箇所には『詳細』と『変更』のボタンがあり、『詳細』をクリックすることで現在の大和の艦船ステータスを確認できる。

 

 まあ、大和のステータスを見る限り……通常の装備スロットが他多数の戦艦同様つまり平凡に4つしかないことと、速力が低速なこと、索敵と運が微妙なことを除けば、戦艦として極めて優秀であることが分かる。しかもこの『詳細』な情報は言わば、良くも悪くもカタログスペック。本来の撃沈王はもっと――。

 

「いや今は私のことはどうでもいいのよ」

 

 画面をクリックして大和は自分の表示を消し、第1艦隊の2番艦に、今となりに初月の椅子を借りて座っている『ヤーナム歌劇団』神風型零番艦(ゼロ番艦!)駆逐艦の黒風を選択し彼女を編成した後、『詳細』をクリックした。

 

「…………黒風さん?」

「ハ、ハイッ」

 

 黒風――長い黒髪を右でまとめて縦ロールにして、黒い振袖、黒い腰帯、黒い袴、黒いロングブーツ姿の子は、カチンコチン一歩手前ほど緊張している。特にこれといった理由を聞かされず大本営に1人だけ「ちょっと来なさい」と命じられたものだから、普通の艦娘なら誰でもそうなる。もちろん黒風も普通だからそうなった。「どこかで……海戦で会わなかった? お互い友軍じゃあない立場で」などまったく失礼な勘違いである。

 

 今日はまさか撃沈王が直々に、今更、艦これのUIをマンツーマンで教えようとしているのか? んなわけがない。

 

 大和は黒風のステータスをとても渋い顔で見ている。そう、ここに表示されるのはあくまでカタログスペック。戦場では常に100パーセントの力を発揮できるわけではないし、逆に根性で120パーセントの力を出すこともできるかもしれない。

 しかし、だ。

 

「ねえ黒風さん?」

「ナ、ナニカ変ナトコロデモ?」

「変なところでも! あなたはそうおっしゃる!」

「ヒイッ!?」

「あなた……本当に駆逐艦?」

「エッ? ソレハ、ドウイウ意味デ?」

「それとも、そうね、『ナノマテリアル』って知ってる? 私とは別の『ヤマト』から不思議な電波を受信してたりしない?」

「イエ、何ノコトカ」

「本当に? 知らない? あなたはただの艦娘で、ただの駆逐艦?」

「ソウデス。……ケド、何故デスカ?」

「自分は普通の駆逐艦だ、って神様に誓って言える?」

「勿論デス」

「ふぅーん。いったいど」の神様に誓うのかしら? と大和はしょうもない鎌かけをしかけてギリギリ踏み止まった。重桜のみならず多数の海外陣営が手を組み一大勢力(見方によっては敵対勢力)と化している『ネオサイタマ鎮守府』に、撃沈王が宗教差別的な発言をしたなどと伝わってしまえば話は面倒臭いでは済まなくなってしまう。

 

「コホン……。まあいいでしょう。今はあなたの言うことを信じておくことにします。――で、なのだけれど」

 

 大和は改めて黒風のステータスに目をやった。

 防御面で大和型を圧倒し、火力はなんとか戦艦の面子を保てるとはいえ黒風は駆逐艦なのだからもちろん水雷能力があって、これがまた冗談じみて高い。装備スロットも水上機運用ができないとはいえ大和と同様に4つある。

 

「黒風さん、あなたなんか……強過ぎない? おかしくない?」

 

 

◆――――◆

 

 

「どー考えてもおかしい、いえ、おかしいってレベルじゃあないわよ! 異常よ!」

 

 ハングド・キャットのカウンター席で撃沈王は吼えた。

 スマートフォンを取り出し、保存しておいたスクリーンショットを武蔵に見せた。艦娘のステータスを一般客もいる猫喫茶でホイホイ表示してよいはずがないにもかかわらず。

 ここでの会話のせいで『大和型戦艦はバッテリングラムを装備していて、実は深海棲艦の潜窟に踏み込むことを想定しているらしい』という誤解を広めてしまった後だというのに何も学んでいない。大和型はかしこいはずなのだが。

 

「ほら見て信じられる? しかも練度1のステータスなのよこれ」

「どれ――。ふむ。なるほど。大和、お前を私の炎で強化してみた時のこと、覚えてるか」

「ええ。まあお巫山戯で? 確かにあの時の私は『見掛け』ではかなり強くなったけれど?」

「あの時のお前すら超えてるな、この黒風とやらは。練度1でこれなら経験を積むことで擬似イージスシステムにすら届くかも分からん」

「それがこの子、いくら戦っても『経験を積んだ感』がなくて練度もまったく上がらないらしいのよ」

「当たり前だ。これ以上インフレしてたまるか」

「擬似イージスシステムはどこに行ったのよ。いろんな人が天照大艦隊の軽巡球磨を手に入れようと画策してるっていうのに」

「冗談を真に受けさせた私が悪いのか?」

「努力したり、工夫したり、死闘を経験したりして、強くなった分を記録という形で数値にして、他の誰かと比べて一喜一憂するものでしょうよ」

「だが事実、その黒風は確かにいる」

「それがおかしいと言ってるの、私は」

 

 世界は広いのだから、最初から強い代わりに経験値を一切積めないロールプレイングゲームのお助けキャラのような艦娘だっているだろう――はずがない。そんな艦娘がいるのならば徹底的に研究して、最優先で建造して、電撃的に戦争を終わらせようと考えない方がおかしい。

 大和はスマートフォンで『編成』画面を開いた。今この店内で編成できるのは彼女と、武蔵、アルバイトとして働いている2人の艦娘だ。もちろん外部の猫喫茶でやってよい作業では断じてない。まさか大和型は……かしこくない?

 大和は自分以外に選択できる3人から武蔵を選んで旗艦自分の艦隊2番艦に勝手に組み込んだ。

 

「ほら見なさい。練度上限まで到達してる私よりも、まだそこまで至ってない大和型改二さんの方が改造を重ねてステータス的には……ん? んん?」

 

 大和は武蔵のステータスを見て首を傾げた。それもたった2秒のことで――大和は見抜いた。

 

「ちょっと武蔵あなた、これ……なに堂々と改ざんしてるの?」

 

 

◆――――◆

 

 

「改ざんだと? なにを根拠に――」

「この私の目を、しかも姉妹艦が欺けると本気で思ってる? 私、そんなに舐められてる?」

「…………どこで気付いた?」

「全部よ」

 

 ほら見なさいあなたの嘘の証拠を、と言うように大和は武蔵の艦船ステータスを見せつけて指でビシビシつついた。

 

「特に、異常なほど盛られた運。ふざけるんじゃあないわ。私たち大和型は運がないし、運に頼った戦術なんて端っから捨ててる。なのにこの画面の中の武蔵改二は、大口径主砲を論者積みして必然力でダメージレースするのが最適解になっちゃってるの。お分かり? それに――」

 

 アルバイトの1人は「(普通の艦娘はこれだからwww現実にキャップなんてありませんぞwww)」と思うだけで口には出さなかった。顔には出ていたが。

 もう1人の方、働いていた駆逐艦が大和の背後で、そろ~り、と逃げようとするも飛び火しないわけがない。

 ずっと観察を続けていた。今の今まで「こういうもの……なのかしら……?」と納得せざるを得ず、事実そう見せられていた『普通の駆逐艦っぽいステータス』の意味を大和はやっと理解した。いや、なんの意味もなかったことが分かった。

 

「逃がさないわよ長月ちゃん」

 

 大和のアプリからは逃れられない。もう少し正確に言うと、大和の権限が及ぶ物理的範囲はそれほど広くないものの、仕事を放り出すことが長月にはできない。

 

「ハイ私の艦隊にもう1名様ご案内。詳細をポチッと――これ、長月ちゃんの姉妹艦のをコピーしてるのでしょう? 大和型戦艦撃破50%Speedrun(RTA)走者が、ハッ、この程度なはずないもの」

「なんだと!? 菊月の力を馬鹿にしてるのかっ!」

「じゃあ隠してないで本当の力を見せてみなさいよ」

「ああ上等だ見せてやるよ!」

 

 武蔵は色々と観念した。

 

 

◆――――◆

 

 

 例えば、火力の数値が999になっているとか、速力が高速最速を超えた音速になっているとか、そういったものを大和は期待していた。

 だが長月が持っていたZippoオイルライターで付箋のような小さな紙を燃やした後で、大和が再び『編成』画面で長月のところの『詳細』をポチッとすると……表示された情報はそもそもフォーマットからして違った。

 

「……あの、長月ちゃん?」

「どうだ大和、分かっただろう。あと菊月に謝れ」

「ええまあ菊月さんには謝罪するけれども……ナニコレ?」

 

 何事においても、見える化して役立てるのが重要となる。

 例えば、不可視の剣を不自由無く振るう剣士と、身に着けることが邪魔そうな杖や衣装で見た目それっぽい魔術師、どちらが強いだろうか? 普通は「魔術師なんかに何ができる? 剣を持つ方が強いに決まってるだろ。まあ俺なら剣や杖より素直にAK-47を選ぶかな」と答えるだろう。まさかその魔術師が剣士の師であるなど思いもしない。だから見える化して、剣士の素の筋力が実は女子高生が使っているバーベルを持ち上げることすら怪しいこと、魔術師はその表情こそ女性を容易く口説けるほど良いが周囲からグランドクソ野郎呼ばわりされていること、様々な情報を知らねばならない。

 

 ――というのは、あくまで比較したり分析したりする必要がある場合の話である。話を戻して、言ってしまえば長月には見える化など必要ない。

 大和型戦艦撃破50%Speedrun(RTA)走者など他にいないし、本気長月の戦場投入など、

 

「もし私たちの知らないところで相互確証破壊が勝手に成立していたら……?」

 

恐ろし過ぎてできない。演習相手として熱望されている大和型がわざわざこっそり短時間撃破されるのも、つまり『核実験』と例えられるような危険・挑発行為に当たらないとは言い切れない。まさか大本営に深海棲艦を招き入れて撃沈王の艦船ステータスを見せる間抜けはいないだろうが、深海の住人に気取られてよいのは「人類は強い」という事実だけである。

 長月の強さを敢えて艦娘という枠に収めて同じフォーマットに書き記すことは不可能ではないにしろ、火力999・速力音速と言われても困る。長月の運用に困るのもあるが、それ以上に情報の扱いに困る。だったら見える化など最初から必要ないし、むしろやらない方がよい。

 

 ――という事情を知るはずの大和が「ナニコレ?」と言ったのは、長月が見せた情報がまったく見慣れないフォーマットだったからなのだが、もし大和がビデオゲームを嗜んでいればピンときたかもしれない。それはどう見ても、アクションゲームの簡易取扱説明書だった。

 

「武蔵。これ説明して」

「うむ。昔のビデオゲームには取扱説明書、操作方法や楽しみ方を記した小冊子が付属して――」

「その話はたぶん、私がいま知るべきことじゃあない」

「チュートリアル娘のルーツとも言える――」

「長月ちゃんのことを教えなさい」

「弱攻撃、強攻撃、青い炎。この3つの組み合わせで多彩なアクションが可能だ」

「知ってる」

「じゃあ聞くな」

「『艦これ』の話をしなさいよー!」

 

 

◆――――◆

 

 

 取り敢えず何か食べさせておけば大和は鎮まってくれる。

 カレーを1皿飲み込んだ撃沈王は「私たち艦娘を数値で表そうなんて考え方が失礼なのよ」と、戦争7周年を迎えた今更になって非難した。

 長月はもう仕事に戻っている。ハングド・キャットが時間帯によらず暇でないことは喜ばしいことである。

 

「ところで、どうやって詳細情報をいじってるの? さっき長月ちゃんが小さな紙切れをライターで燃やしていたけど、アレがその方法?」

「最近になってようやく特性が判明した、ある洞観者の能力でな。簡単に言えばメモした付箋を貼ることで艦船ステータスの上辺を書き換えられる。加えて、前に話したネオサイタマ鎮守府の陛下が提供してくれた特別なライターで誰でも繰り返し書き換え能力を使えるようになった、というわけだ」

「誰でも? 私でも?」

「珍しく洞観者の能力に興味があるらしいな」

「まあ、ほら、あれよ。応用が利きそうかなって。情報セキュリティとか」

「お前さっきまでスマホで――」

「で、どうやるの?」

 

 武蔵は眼鏡越しに大和をジッと見て、

 

「情報セキュリティ以外の使い道を考えている顔だぞ」

「だ、だから応用するのよ。武蔵みたいに改ざんするのも……自分でなく他の誰かのステータスをこっそり書き換えて驚かすイタズラに使えるわ」

「お前が、お前の部隊でそれやったらイタズラでは済まないがな」

「使い道なんて後でゆっくり考えればいいのよ。邪魔にならない手段ならいくら持っていてもいいでしょう。で?」

「……1回分しか渡さないぞ」

 

 カウンターから店の奥に引っ込んだ武蔵が持ってきたのは、日本のどこでも購入できそうな付箋1枚だった。

 

「付箋そのものに特異性はないし、能力者が『メモ紙』と認識したものならスーパーのチラシでも代用できる。その特性の炎に曝すことで紙が特異性を持つわけだ」

「へえ――確かにただの紙だわコレ」

「手順を説明するぞ。まず上書きする非圧縮画像データをアスペクト比35:29で用意する」

「待って。画像なの? 詳しくないけれど、なんというかこう、特定の箇所の数字を設定し直すとかでなく? 画像をベタッと貼り付け?」

「何か文句あるのか」

「別に……」

「アスペクト比は守らなくてもいいし、画素数の大小も問わない。ただし仕上がりにかなり影響するから最低限は拘った方がいい」

「ああ分かった。長月ちゃんの艦船ステータスは姉妹艦のコピーだって私は適当に言ったけれど、本当にコピーというかスクショしたのね」

「そういうことだ。だが実際やってみると自然に仕上げるのは簡単ではないぞ。だがもっとアレなのが次の工程だ。用意した画像を付箋に印刷するのだが――ああ、この段階で結局画像は付箋に収まるサイズで印刷されることになるが、何故か元データの情報は保存される」

「2次元コードみたいなものかしら」

「プリンターの性能も気にしなくていい。それよりインク、あるいは茶だ」

「茶? 茶色?」

「いや、飲み物の茶。えっとだな――」

 

 武蔵は自分のスマートフォンのメモ帳を見ながら説明した。

 

「シアン・マゼンタ・イエロー・キープレートのインクを使うプリンターを用意して、各色の完全に空になったカートリッジにそれぞれ、麦茶・紅茶・烏龍茶・午後の紅茶ストレートティーを補充する」

「は?」

「午後の紅茶ストレートティーだけはそれが最適だと判明しているが、他の麦茶・紅茶・烏龍茶はコレというのが判明していない。ただしマゼンタの紅茶は午後の紅茶では駄目だ」

「待って待って何の話?」

「インクの代わりに茶を使って印刷する、という話だ」

「…………」

「考えてもみろ。『自分の炎で炙った付箋に、麦茶・紅茶・烏龍茶・午後の紅茶ストレートティーで画像を印刷すると、その付箋で艦船ステータスを好きに上書きできるようになる』ことを発見するのに、いったいどれほどの苦労があったのか」

「考えられる気がまるでしない。こう言うのは悪いけれど……そのドーカンシャさんは艦娘より他にもっと向いてる仕事があると思う。もちろん良い意味で」

「実は私もそう思っている。深海棲艦のいない世界だったらタイムマシンのひとつやふたつ発明していたかもしれん」

「お茶で動くデロリアン? まあ30年後にはそういうものも……多分ないわぁ」

 

 

◆――――◆

 

 

 読者諸氏はこう思ったことがないだろうか。「証明写真を撮り直したい」と。

 撃沈王はこう思っていた。「艦船ステータスの証明写真を撮り直したい」と。

 

 もちろんプロの仕事に不満があるわけではない。大和自身でどれほど工夫しても逆立ちしても、今以上の写真など撮れっこないし或いはパンツをさらけ出すだけである。十分承知しているつもりである。しかし、それはそれでこれはこれ、「撮り直したい」はプロに失礼だった――言い直すと「自分で撮った写真があってもいい」になった。ひっそり差分modeを楽しんだっていいはずだと思った。

 武蔵から貰った付箋は1回分だけで、また装備をひとつ持ち替えただけでも矛盾が生じてしまうため元に戻さなければならない。だったら……ちょっとだけ、1回くらい試してみてもいいのでは? 大和の背中を強く押した。

 

 深夜、姿見の前で3時間以上はスマートフォン片手に撮りまくった。後から見返すと、1時間が過ぎた頃から少々大胆なポーズが増えてきて、2時間が過ぎた頃には何故か「『キラークイーンッ』!!」と叫びたくなるようなポーズまで出てきて、3時間が過ぎた頃あたりで結局ただ立っているだけに落ち着いた。

 ハングド・キャットから帰る途中、武蔵に聞いた通り、麦茶・紅茶・烏龍茶・午後の紅茶ストレートティー、ついでに冷凍ピザ数枚を買っている。

 警告されていた通り自然な画像を1枚作るのは手間取った。ただ元の艦船ステータスの写真を差し替えるだけとはいえ、サイズ調整のバランスが分かってきても、

 

「ん~……やっぱりさっきの写真の方が……となると切り取る部分はもっと上……下?」

 

ずっと自分の写真を見て比べてしていると、だんだんコレが誰だか分からなくなっていって、髪をほどいた自分を見て、

 

「そっか、せっかくなんだし髪型とか変えてれば……うわっ、外が明るくなってきたじゃあないの」

 

とにかく画像も完成した。

 

 残す作業は小さな付箋に茶で印刷するだけ。急がなければオフィスに誰か来てしまう。幸い複合機の横に、使用済みの『トナー』カートリッジがまだ回収されず残っていた。シアン・マゼンタ・イエロー・キープレートにそれぞれ麦茶・紅茶・烏龍茶・午後の紅茶ストレートティー。

 

 数時間後、大和は高額な複合機を壊してしまった、オフィスには同じものが他にも数台あるとはいえ設定などの関係で大迷惑をかけてしまう、と頭を下げた。

 だが。

 

「駄目です大和さん! 頭を動かしちゃ駄目です!」

 

 照月や扶桑たちは必死になって大和の動きを押さえつけようとした。

 

「照月の言ってることが分かりますか!?  あなたは複合機にお茶を飲ませたんですよ! どうしてこうなる前に……! ぐすっ、SOSを……っ!」

 

 もちろん一晩寝なかった程度でどうこうなる撃沈王ではない。照月が言わんとすることはよく分かる。だからいっそのこと頭を下げるついでに床にぶつけて本当に駄目になってしまいたかった。

 



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あの子らのグラが欲しい

 猫喫茶ハングド・キャットの猫様方はとても賢い。

 ならばこんな取引も可能なんじゃあないかしら、そう大和は考えた。ボックス一箱開封につきCIAOちゅ~る一本の報酬でバニースカサハの脇腹を連打してもらう。

 

「ボックス十箱なら十一本、いえ十二本におまけ! どうかしら~? 決して悪い条件じゃあないと私は思うのよねぇ~」

 

 いつも武蔵の側にいる茶猫――或いは、いつも武蔵の前でカレーを食べている大和の側にいることにもなる茶猫は、それはもう賢い。大和がほれほれとちらつかせる未開封のCIAOちゅ~る三本を奪って他の客のところへ行ってしまった。コイツはただ店に金だけ落とさせればいい、と武蔵に教わるでもなく覚えている。

 

「……ええ、ええ。知ってましたとも。ただ言ってみたかっただけで? 周回ですって? そんな暇なかったですし?」

「けっこう許されたと思うけどな」とは武蔵。「昔なら引っ掻き噛み付きのコンボだったろう」

「許された、って何がよ。私の何が悪いのよ」

「存在」

「匂いとかなら納得できたわ。……いえ、それはそれでイヤだけど」

 

 

◆――――◆

 

 

「――という感じでカウンターを挟んで、私服姿の私はカレーを食べていて、茶猫様はじっとしていて、エプロンを着た武蔵は無駄にコーヒー豆をいじっているでしょう。いつも」

「たまには食前食間食後のコーヒーも注文しろ」

「そこでちょっと考えてみて頂戴。あ、お冷おかわり」

 

 なにも大和は店をコケにしたいわけではない。コーヒー代をケチっているわけでもない。ただただ、武蔵のオリジナルコーヒーが不味いのである。

 

「私と猫と武蔵が、例えば、斑鳩と球磨(アサシン)と売店のお姉さん極楽に入れ替わったら、どうかしら、彼女らを想像できる?」

「斑鳩と球磨と極楽がいる。それ以上の何がある」

「じゃあ聞くけど、斑鳩の顔ってどう? 美人系? 可愛い系? 芋系?

 身長は?

 体格は?

 髪型は?

 マルチロール空母の装備って?

 どんな私服が似合いそう?

 図鑑の写真では棒立ち? それともジョジョ立ち?

 非人道的タブレットを普段どうやって持ち歩いている?

 雰囲気は? ご機嫌な雰囲気だと良いのだけど」

 

 

◆――――◆

 

 

「ほら、私たちってば今から暗殺者と全面対決するでしょ」

「呑気に三皿目のカレー食ってる奴が対決するらしい。大食い対決か?」

「私の部隊では、海の方は扶桑に任せるとして――」

 

 撃沈王が深海棲艦との戦争を放棄している……のも八年目にもなれば少しくらいの失言も出るだろうと武蔵はスルーしてやった。ただ、扶桑の恨み節が武蔵の頭の中でボソボソと再生される。こんなことを言いそう、ではなく絶対に言うと断言できた。

「はぁ……空はあんなに青いのに」

 

「でも激突前にちょっと待って。お付き合い頂く読者諸氏はただ混乱するばかりだわ。あの神州丸、全方位にトゲトゲしてる子とその背景はギリギリ無理矢理そんなものだと理解頂くしかないとして――今後、やっと重要な意味を持ってくるドーカンシャ(洞観者)達の存在、せめてものグラフィックすらないのがあんまりに意味不明を助長しているとは思わない?」

「そうだな。艦これに変なものを持ち込めばBANは免れない」

「今回の場合、話を進めるのに球磨や極楽についての説明が……今更すぎるけれど……欲しいにもかかわらずよ。ただの『長袖の球磨』ですら、ちょっと想像しづらい。姉妹艦タマ改二の迷彩制服が寒そうな色をしているのに半袖でしょう。タマに長袖が収まりが悪いのなら球磨もまた然りだわ」

「極楽の方に至っては『そもコイツは誰だ』状態だからな」

 

 我が意を得たりと大和はスプーンを武蔵にビシッと向けた。

 

「だから私は考えたの。球磨(アサシン)と極楽、ついでに斑鳩のグラフィックが説得力を持たせるのに必要だなって。あと、カッコイイ球磨に釣られて表紙買いならぬ表紙ブックマークしてくださる諸氏もきっといらっしゃるわ」

「それ、後者がメインだろ」

「当然でしょう。ところでお冷まだ?」

 

 

◆――――◆

 

 

「困ってることは大きく分けて、三つ」

 

 カレーは四皿目。大和が来店した時に席を埋めていた客らはとっくに別の顔触れになっていた。

 

「一つ目。――簡単に言える範囲で、球磨はアサシンクリードコスプレ娘でしょう。空母斑鳩は表情豊かな深海棲艦空母ヲ級、髪型はにゃしぃと言わない方の睦月ちゃんを意識したって五年も前に言ってた。この二人はまあいいわ。でも……武蔵ならどう? 戦艦極楽、アイツの外見的特徴をどう表現する?」

「……こう……なんだ……氷雪よりも秒速490メートルの3.57マグナム弾を信じている雪女?」

「今そのキーワードで少し画像検索してみたけれど全然それっぽいのが無かったわ」

「だろうな」

「困ってること二つ目。第06話【ラックレッサー山城】だけ表紙が作られているけれど、Paint.NETとマウスで頑張った結果がアレ。初期家具のみかん用段ボールの落書きにも負けるわ」

「よくよく考えるとあの落書き、いったい誰が描いたのか闇が深い気がするな」

「困ってること三つ目。もう一度Paint.NETで頑張ろうにも、今はマウスを捨ててトラックボールを使っている。お絵描きなんてとても無理。遺伝子レベルで細かい操作に慣れられない。――ああそれと、言いながら思い浮かんだわ。絵が上手な方に『お仕事』を依頼するのはナシね」

「うむ。現実逃避先にまで『お仕事』を持ち込むと第30話の私のようになるからな。……はぁ……」

 

 

◆――――◆

 

 

 説明不要のフリー素材集、いらすとや。最早「こんな素材あるかなあ」と疑うほうが愚かというもの。

 武蔵の言う、氷雪よりも秒速490メートルの3.57マグナム弾を信じている雪女、も素材を合成して作ればいい。

 何より規約の範囲内での使用ならば話が波立つ事故がないのが良い。

 

「……でも、違う」とは大和。「極楽はこんなに、ふんわりしてない」

「フリー素材に文句言っている阿呆がいるぞ」

「一人称は『我』で、

 イムヤ達の師匠で、

 磯風ちゃんに丁寧語を使わせて、

 もし春風ちゃんが逃げなかったら本気で圧殺していて、

 かつての仲間も戦艦ミズーリで圧殺しようとした、

 マグナム弾を信じている雪女。

 ……本気で素材を漁って頑張れば作れそうなのがすごいわよね、いらすとや」

「極楽(いらすとやVer.)が完成する前に頑張るベクトルを間違えていると気付くだろうがな」

「それを言うなら、極楽なんかのために頑張るのがそもそもの間違いだわ」

「それを言うなら、話を振ったお前がそもそもの間違いだ」

「自分の物忘れを棚に上げて言う姉妹艦がここにいまーす」

「は? 私が何を忘れたと?」

「お冷はまだですかぁ? カレー五皿目の前に潤いが欲しいんですけどぉ?」

 

 

 

 

氷雪よりも秒速490メートルの3.57マグナム弾を信じている雪女

https://i.imgur.com/jm180Nx.png

(手元に.357マグナム銃が無かったので.44マグナム銃で代用)

 



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あの子が欲しい

節分期間内にあった話ということで、ここはひとつ、お願いします。


 語れば長くなるは必定。

 然らば短くすると、大和はわざわざ猫喫茶ハングド・キャットで節分用の豆をポリポリ食っていた。喫茶店で、それも猫がいる猫喫茶で豆を撒くわけにもいかず、ただ大和だけが豆を食っていた。

 

「ところで武蔵。コーヒー豆って節分に使えるの?」

「邪を追い払えるならコーヒー豆でもバックショットでも何でもいいだろうが――いや、やっぱり駄目だ」

「どうして」

「撒いたモノを撃沈王が拾い食いして腹壊したとかニュースになったらどうする。お前はトイレに籠もっているだけでいいだろうが、私と信濃は世間様にどうコメントしたらいい?」

「『コーヒー豆ではなく、はじめから正露丸を撒けばよかった』とか」

「ハハハ。いや、お前の胃袋に限って痛みはしないか」

「アハハ。……ふぁっきゅー」

 

 

◆――――◆

 

 

「さて、それじゃあ。やっと。話しましょうか。大和型戦艦ではないけれど私たちの姉妹艦――信濃のことを」

 

 

◆――――◆

 

 

 不味いコーヒーを1杯だけ注文して薄っぺらいパソコンを開いて、猫たちに「貴様のメールと我々のおやつ、どちらが優先されるべきか分かるだろう」と邪魔される客のひとりもいないハングド・キャット。店外から豆を持ち込んで食べ出す阿呆は……武蔵が注意してくれなければアルバイト(もちろん艦娘で洞観者)はどう接すればいいのか困らされる。

 

「いや、大和をお客様として気遣わないでくれ。撃沈王とか呼ばれていようが、カレーを何皿も平らげて店を潤そうが、まあアレだ、この店に不定期に現れるノンプレイヤーキャラクターだと思ってくれて構わない」

 

 そう言った武蔵は仕事をしつつ、大和はカレーを食べつつ、2人は盗み聞く価値もない雑談をしつつ――1枚や数枚からなるメモ用紙を回し合うことが度々ある。ハングド・キャットのアルバイトの誰一人としてメモの内容を読んだ者はいない。大和が店を出ると武蔵はすぐに、必ず、メモ用紙を店の裏で燃やしてしまう。

 だからきっと大和型の2人は世界戦略に影響するほどの情報の交換と分析を行っているに違いなかった。

 だから……逆に、店に他のお客様がいないからといって「信濃のこと」などと弁えずに喋っているのは……きっと暇潰しに遊んでいるゲームに出てくるキャラか何かに違いなかった。

 

 撃沈王が率いる部隊には空母に求められる役割を完璧に果たす空母がいる。

 

 洞観者の中にもあらゆる要求に応えられるマルチロール空母がいるにはいるものの、大和の仲間と並べてしまうと「器用貧乏とは言わないけれど……」と言葉を濁さざるをえない。超々長距離砲撃いやさ狙撃の撃沈王、その仲間に彼女有り。最強空母と陳腐に表現して間違いは無い。機密だらけの大本営直属部隊とはいえ大規模作戦に姿を見せる彼女は噂される。

 

――まるで大和型戦艦の別側面、空母に生まれ変わったようだ。

――彼女の艦名は『シナノ』だと誰かが聞いた、らしい。

 

 では、今、大和が節分用の豆を明らかに年齢の数百倍分ポリポリ食べながら「信濃のこと」を言っているのは偶然だろうか? 「大和型戦艦ではないけれど私たちの姉妹艦」とは何を意味するのか? やはり艦娘とは無関係の創作されたキャラなのか?

 

 

◆――――◆

 

 

「ずーっといたのよ。最初から、大本営直属部隊に。空母信濃は」

 

 今更のこととはいえ大和はアルバイトの子を幻滅させたことなど知らずペラペラと喋る。

 

「具体的にはオフィスの、私の席の右斜め前に座ってる。このお店でも1回か2回くらい名前を出さなかったかしら? ストーリーの中なら【ヤーナム島調査部隊】でレベル2の初月を鍛えていた時のメンバーの1人だったわ。旗艦を任せていた扶桑が航空戦艦だからって、じゃあ空母の出番ナシとはならないでしょう。そこのところ武蔵は理解してる?」

「知らんが。いや姉妹艦の存在を知らんはずもないが」

「もう本当に、ずーっとよ。ずーっと言いたかった。我が機動部隊に信濃有りって。そしてそれ以前に、私と武蔵には信濃っていう姉妹艦がいるって。一時期は『今も信濃は天国から私たちを見守ってくれている』みたいな幻にしようか迷ったけれども、信濃をそんな雑に死なせないで!」

「ふむ。ならばこんなのはどうだ。過去に轟沈した信濃は鬼姫クラスの深海棲艦となって、お前や私に倒される日を待ち続けている、と」

「なるほどそれも……じゃなくて。だから昨日も今日も、たぶん明日も普通に働いてるって言ってるでしょう」

「いやあ分からんぞ。そもそも『私たちの姉妹艦だから当然強い』とイメージばかりが先走ってしまっているからな。だが少なくとも運はイチかゼロかそれ以下だろう。滑って転んだ扶桑の頭に生えているアレが10日に1回くらいの頻度で刺さっていそうだ」

「えっ、どうして武蔵がそんなことまで知ってるの?」

「ん? どういう意味だ?」

「……なんでもないわ。なにも問題ないわ。幻の空母が、そう簡単に轟沈するほど弱いってことはないでしょう」

「幻のポケモン並に大雑把な強さだなあ。まあ、浪漫を捨てた空母信濃なんて誰も喜ばないだろうから心配はしていないが」

 

 

◆――――◆

 

 

「それにしても――あ、カレーを頂戴」

 

 撃沈王とは、豆だけで満足できるような戦艦ではない。

 

「はいよ」と武蔵もそれをよく分かっていて予め用意していた。「それにしても?」

「ただ実装予定だけがある艦娘って……思ってたより話すことが無いものね」

「それ本人の前で言……っても怒るのか? 悲しむのか? ノリツッコミという可能性もあるなあ」

「前回に倣ってフリー素材集いらすとやに頼って、グラフィックだけでも実装カッコカリしましょう。『護衛艦に乗る人のイラスト(女性)』の艦長で決定ね」

「白い制服と金色のやつがまぶしいな。この人が私らの姉妹艦か」

「ん?」

「姉妹艦。ちょっとばかり海戦が得意そうには見えないが、姉妹艦だからな。その姿を誇らしく思わないとだろう」

「あー……。そうね。誇らしいわね。でも大本営直属部隊はこの私、撃沈王が率いていることだけが知られる謎に包まれたものだから。もしカメラが信濃の姿をとらえてしまったら、人工知能が『護衛艦に乗る人のイラスト(女性)』の艦長で覆い隠す仕組みなんだと思うわ」

「お前の部隊の集合写真、ものすごくシュールなものになるんだろうな」

 




ところで全然関係のない話なのですが。
作者はC言語を勉強したことがありました。
必死こいて参考書を読み、どうにか「入力した数字が奇数か偶数かを出力する」みたいなヤツを記述することに成功、無事単位を取得しました。
向き不向きというより、作者の頭からはプログラミング言語を扱うに必要な回路が抜け落ちているのでしょう。


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