マイクラな使い魔 (あるなし)
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ピンク頭と棒と爆発

「あんた、誰?」

 

 目を開けると青空が広がっていたから、マイン・クラフトは首を傾げた。

 自分はエンダーアイを揃えて遂にエンドポータルを起動したはずである。そしてそれに跳び込んだ。向かうはエンダードラゴンの巣たる暗黒世界、ジ・エンドでなければならない。

 

「ちょっと! 何無視してんのよ!」

 

 ところが、どうだ。

 見渡した限り、草原である。何とも開拓欲の湧く豊かな風景だ。牧畜をしてよし、畑作をしてよし……何にせよまずは仮拠点の設営からか。目的が目的だったからベッドをアイテムスロットに入れてきていない。ポータルの外に置き捨てにしてしまった。辺りに羊はいるだろうか。

 

「こっちを向きなさい!」

 

 先程から村人がうるさい。日の高い内から何を興奮しているのか。取引の要請でもなしに。

 いや、そもそも目の前のこれは村人なのだろうか。

 ピンク色の頭部に黒い奇妙な服装……どうして棒を握り締めている?

 

「おい、ゼロのルイズがまたやったぞ! 平民だ! 平民なんて呼び出した!」

「さすが! 見ろよ、あの貧相な身なりを! 傑作だぜ!」

 

 ここは大きな村か何かだろうか。同種らしき者たちがたくさんいて、やはり興奮した様子である。

 

「ミスタ・コルベール! やり直しを! もう一回召喚させてください!」

「それは駄目だ、ミス・ヴァリエール。使い魔の変更はできない。それは神聖なる儀式を愚弄する行為であるし、自らの運命を否定するにも等しいからだ」

「でも! 平民を使い魔にするなん……きゃあ、き、気持ち悪い!」

 

 マインは首をグリグリと動かして村人もどきたちを観察している。よくよく見ると個々に差があると気がついたからだ。頭部だ。ピンクの他にも色々といる。

 染めたのか、天然か。どちらにせよ、マインは再びに羊への思いを喚起させられていた。

 ……この村人もどきは羊毛的な素材になるだろうか?

 

「とにかく儀式を続けなさい。契約をしてはじめて君の使い魔となる」

 

 空を見る。もう日は傾いている。途端にソワソワとしてくる。

 エンダードラゴンに挑もうというマインだ。今更にゾンビやらクモやらに苦戦などしない。どうしてか外れていた武器防具もアイテムスロットの中に入っていたことであるし。

 それでも、夜は、拠点の中で過ごしたい。これはもう冒険の日々で身についた習性だ。

 

「あんた、感謝しなさいよね……貴族にこんなことしてもらえるんだから」

 

 ピンク頭が近づいてくる。この色のウールではどんな内装作れるだろうかと、これもまた習性として考えていたマインだが、次の瞬間には激発していた。

 

「じっとしてなさい!」

 

 こいつ、棒を振っただと?

 ムニャムニャと何事か鳴いているから油断していたが、いつの間にか敵対していたのだろうか。

 

「ああもう! 逃げるんじゃない!」

 

 顔を突き出してくる、だと?

 何ということだ……マインは戦慄と共に身を震わせた。

 

 繁殖する気だ、このピンク頭!!

 

 まさかの事態だった。マインはマインであって村人ではない。犬や豚や牛やウサギや鶏や村人のようにツガイを作って子供を生み出さない。家畜を増やし、解体し、素材や食料を得る側の存在である。

 いよいよもって新種だ、この村人もどきは。

 絶対の敵か。それとも骨や肉で懐柔できる類か。まずは様子を見なければなるまい。殺すことは容易いが、ハサミも持っていなかった昔でなし、出会った側から羊を屠りまくるような初心者じみた行いはしたくない。

 

「ミス・ヴァリエール、早く契約なさい! どれだけ時間をかければいいのですか!」

「だ、だってこいつが……逃げるな! この!」

 

 ピンク頭が棒を振った。十ブロック分は離れた距離で、である。あまり頭はよくないようだ。

 矢を射かけてみるか。遠距離長期戦を見越した武装を持参していることだし……そう思った次の瞬間だった。

 爆発だ。爆発が起きた。マインの足元で。

 吹き飛ばされ、宙を舞いながらも、マインはピンク頭をしかと見た。よくわからないが、驚いていない。あれはむしろしてやったりという態度だ。何となくではあるが、TNTを上手く発動させた時の自分と似ている。さりとてそれらしき設置物はなかった。

 何にせよ、この爆発のダメージはあの緑色を思い出させる。

 

 クリーパー的な何かだ、このピンク頭!

 

 薄れゆく意識の中で、マインは物惜しみをしていた。

 アイテムを失ってしまう……エンダードラゴン討伐のためのガチ装備を失ってしまう。スペアを用意していないものもあったというのに。

 しかし、まあ、それも冒険だ。楽しもう。

 マインは暗闇に包まれた。ポータルの脇で目覚めると確信したまま。

 

 そして、想像だにしなかった冒険の日々に翻弄されたり、想像を絶する『常識』を行使してハルケギニアを翻弄したりしていくのであった。



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豚とツルハシと剣とシャベル

 綺麗な部屋で目を覚ましたから、マイン・クラフトは驚きながらも、まんざらではなかった。

 ベッド、カーペット、窓、棚、照明……どれもこれも上等であり、デザインも全体としてまとまっている。己の寝床となっていた藁だけが失点だ。統一感を乱している。これは牧場近くに置いてこそ雰囲気が出るアイテムだ。

 窓に寄り外を見て、マインは目を見張った。暮れなずむ空に月が浮いている……二つも。

 ジ・エンドではないにしろ、ここはどこか別世界なのかもしれない。

 そうならば新種の村人やピンク頭のクリーパーがいても納得できるというものだ。思えば初めてネザーを訪れた際にも突然の爆発に大ダメージを負ったものだ。ガスト……あの巨大なる空中クラゲを思う。

 どこかしんみりとした気持ちで、マインは焼き豚を食べた。アイテムスロットに常備する食料は主にこれである。他の家畜とは違い肉としての利用価値しかない豚だから、増やすにしろ減らすにしろわかりやすくてよい。

 

 さて……拠点でも作るかな?

 

 満腹したマインはごく自然とそのように思考した。松明の残量を気にする駆け出しでなし、夜を目前にしてなお、村人の家を間借りするような過ごし方はしたくないからだ。

 とりあえずは出ようと思ったものの、しかし扉が開かない。壊れているのか、どこかにスイッチがあるのか……遺跡に出くわした際にはよくあることだ。

 慌てず隣の壁をダイヤツルハシで破壊した。脆いものだ。穴を潜ってから即座に取得素材でそれを埋め戻す。これはマインのこだわりである。自らの手によってではなく建築されたものは、なるべくあるがままの姿であってほしく思うのだ。当然ながらツルハシにはシルクタッチがエンチャントしてある。

 部屋の外は廊下になっていた。ここもまたデザインの方向性が統一されていて気分がいい。

 どうやら相当に大きな建築物であるらしい。幾つもの部屋があり、何とも探索欲を掻き立てる。もう一度ツルハシを取り出したくなる。

 

 ……またにしよう。今はとりあえず拠点だ。

 

 マインは唾を飲み込み、朱に染まった空の下へと出た。だがそこは建物に囲まれた場所で、どうやら中庭になっているらしい。井戸もある。マインはその配置に高得点をつけた。この建築物の製作者は色々とわかっている。細部にこだわり用途に思いを巡らせてこそ、世界は美しくなるのだ。

 

「あの、どちら様ですか?」

 

 声がしたので振り向くと、そこには黒い頭部の村人もどきが立っていた。ピンク頭たちとはまた別の服装をしている。

 

「もしかして……使い魔の方ですか? ミス・ヴァリエールにやっつけられたという……」

 

 どうしたものかと、マインは首を捻った。とりあえず草叢の陰をでも直下掘りしようかと考えていたが、村人もどきに見られながらの作業では興が乗らない。上から落ちてこられでもしたら無用な殺生をすることにもなるし。

 

「あ、お怪我の方は大丈夫ですか? もう夕食時になりますし、よろしければ何か食べやすいものをご用意しますが」

 

 よし、やはり最初に目が覚めたあの草原を探そう。アイテムスロットに入っている建築材としては木材が精々だが、地下で石材を収集しつつ利用していけばとりあえずは安全な拠点を作れる。

 先程から好意的に見える新種村人もどきに腰を曲げてお辞儀をし、野外へ向かった。

 この辺りのバイオームはよくある草原タイプだ。マインの好みである。シャベルを握ればすぐにも開拓欲がムクムクと湧いてくる。

 ふと、視界の端に動くものがあった。豚だ。奇妙に気品がある。近づくとマインの顔を見上げて首を傾げることさえした。どこを見ているのかもわからない馴染みの豚とは大違いだ。

 さりとて、豚は豚だ。食べ物である。

 アイテムスロットからダイヤソードを取り出して……マインは驚くことになった。

 軽い、身体が。力も漲ってくる。

 まるで力のポーションや俊敏のポーションを飲んだ時のようだ。いや、やたらに頭も冴え渡っている。どう切ればより多くの豚肉を得られるかが詳細に把握できる。

 

 まあ、いいか。豚は豚だし。

 

 剣を一閃し、マインは多量の豚肉を得た。ルーティングをエンチャントした収獲用の剣でなかったにもかかわらずである。嬉しい誤算だった。幸先がいい。

 何にせよ、これから楽しい拠点制作である。

 とりあえず作業台を作って草地の上に据え置いた。周囲には松明を設置する。少し考えて、土ブロックによる壁で十ブロック四方を囲うことに変更した。一応のクリーパー対策である。

 

 さあ、どんな拠点にしようかしらん。

 

 建材の都合上、地上部分は簡素でいい。いっそ階段を組み合わせてテント風にしよう。本命は地下だ。明日には羊毛探しに出るとして、まずはラージチェストを複数個作ろう。素材の倉庫用にだ。現状の物資の少なさを思うと不安を感じるよりもむしろワクワクとしてくる。本拠地では素材など飽和状態で管理が面倒なほどであったが、ここでは、今からは、また一から収集と分類をやっていけるのだ!

 ああ……素晴らしき開拓の日々よ。私は今、生きている。

 二つの月に照らされて、マインは穴を掘り続けた。



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二種類の松明とダイヤブロック

 はて、地下に潜ってどれくらい経ったろうか。

 

 かまどで鉄インゴットを精製しつつ松明を何ブロック間隔で壁に据え付けたものか思案していたマイン・クラフトは、小腹が空いてきたこともあって、作業を小休止することにした。

 焼き豚のうま味を味わいながら、つくづくと思う。拠点づくりは心が洗われると。

 ベッド、作業台、チェスト、かまど。最低限この四つさえこさえれば、周辺を探索あるいは開拓するための拠点とすることができる。広い世界の中に己の安息地を得る幸せは何にも勝る。

 環境がよければ拠点を拡張、あるいは新規に大規模な建築を始めればいい。本拠地としていた山上城塞も、洞窟の仮拠点を活用しながら建てたものだ。朝日を拝む雄大なベランダ、日の光を受け止めて爽やかなガラス壁の広間、夕日を正面に見て静かなる尖塔、本棚に囲まれ神秘の文言の浮かぶエンチャント部屋……素晴らしき建築物たち。

 うっとりとした回想は、爆発音と衝撃によって中断を余儀なくされた。

 

 すわ、クリーパー!?

 

 マインは慌てて二列並びの丸石製階段を駆け登った。樫の木階段を組み合わせたテント風極小建築物へ至れば地上である。小奇麗な白樺製扉を開いて外へと出る。

 晴天の下、土壁の一画が爆破されていた。

 もうもうと上がる土煙の向こう側には、はたしてピンク頭がいて木の棒を構えている。

 

「やっぱりいたわね! こんなところに土の壁なんて作って、何してるのよ! 使い魔のくせに!」

 

 何やらキャンキャンと喚きたてている。威嚇行動なのかもしれない。やはりさっさと射殺すべきか。

 間合いをとろうとしたところで、マインはピンク頭が今日も仲間連れであることに気づいた。赤い頭部で顔の茶色い村人もどきが、こちらは棒を持たずに立っている。

 

「あんたの使い魔、ほんとに人間なのね! ある意味、凄いじゃない!」

「うるさいわよ、キュルケ! 勝手についてきて!」

「だって見てみたいじゃない。使い魔として召喚された上、契約に抵抗して吹き飛ばされた平民だなんて……しかも契約したらしたで、主人の授業中に逃げ出したっていうんだから。面白すぎるじゃないの」

「面白くないわよ! 馬鹿にして!」

 

 仲間割れだろうか。それとも新手の求愛行動だろうか。

 いずれにせよマインは放っておくことにした。今はそれよりも気になることがある。

 

「どうせ使い魔にするなら、あんたもこういうブランド物にすればよかったのにー」

 

 何だろうか、あの赤い生物は。

 赤頭茶顔の傍らに控えているそれは、これまでマインが見たどんな動物、モンスターとも似ていない。なめし皮のような艶々とした体表も奇妙だが、何よりその尻尾だ。燃えている。いや、炎そのものだ。ブレイズと同じような危険性があるだろうか。

 

「そんなことより、授業よ!」

 

 炎尻尾は見たところ従順な様子だ。番犬にしていた狼を思い出させる。欲しい。マインはこの正体不明ながらも魅力的な動物を自分の従僕にしたくてたまらなくなった。

 だって、あの尻尾……探索に便利すぎる。照明的な意味で。

 

「昨日の今日なんだから、シュヴルーズ先生の授業は使い魔のお披露目会になるわ。どんなにハズレだって、わたしもあんたを連れてかないと!」

 

 見れば見るほどに素晴らしい尻尾だ。夜によし、地下によしだ。どこに生息しているのだろうか。何を与えれば懐くのだろうか。

 

「ついてきなさい! あ、朝食は抜きだからね! 勝手に部屋を抜け出した罰として!」

「あなたの部屋、ミスタ・コルベールが『ロック』をかけたのよね? どうやって逃げ出したのかしら」

「そういえば、そうね……窓も何ともなってなかったし」

「ゼロの部屋は魔法の効果もゼロになるのかしら?」

「なっ、どういう意味よ!」

 

 大きいなあ。尻尾をフリフリとして歩くんだなあ。戦えるのかなあ。遠く離れたらテレポートしてきてくれるのかなあ。

 マインはサラマンダーの後を追う。観察し、あわよくばこの個体を得たいと思う。

 赤頭茶顔との取引で手に入るなら、ダイヤブロックを出しても惜しくない……ああ、しかし持ってきていない! 本拠地のチェストにしまったままだ! だってエンダードラゴンと戦うつもりだったから!

 

「ちょ、ちょっと、何よ……そんな悲しそうな顔したって駄目なんだから。お腹減らせて反省しなさい!」

「あらあら、可哀想にー。フレイムには負けるけれど、よく見れば味があって可愛らしい顔立ちなのに」

「キュルケ! 気持ちの悪いこと言わないで!」

 

 欲しいなあ。この火炎尻尾、欲しいなあ。

 フリフリに魅入られながらフラフラと歩いていくマインは、その後、驚愕のあまりジャンプを繰り返すことになった。ピンク頭が入っていった大部屋には、なんとなんと、未知の生き物が満ち満ちていたからである。

 

 凄い、凄いぞ、この世界は……! あ、小麦! 小麦と木の柵! あと、縄! 縄も!

 

 マインは興奮した。そしてその分だけ油断もしていたのだろう。

 気がつけばピンク頭が前方へ出て棒を振っていた。そうすることでクリーパーとしての本領を発揮した。爆発である。

 

「だから言ったのに! ゼロのルイズにやらせたらこうなるんだよ!」

「ああ!? 俺のラッキーが!」

 

 大騒ぎである。

 

「いいじゃない、別に……貴方も私と一緒に使い魔再召喚しようよ。哀しみを乗り越えようよ」

「貴女の豚ちゃん、何にやられちゃったのかしらね」

 

 これは好機でもある。いずれ捕らえて手懐けるために色々と知らねば。

 マインはしっかりと魅力的な生き物たちの生態を記憶した。炎尻尾は火を口から発射する。太くて長い足無しは黒い鳥を食べる。羽根がついているものは大体飛ぶ。

 本と羽ペンが欲しいところだった。



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階段と溶岩と無限水源

 誘引および催淫のために小麦を育てなければ。

 かつてない動物王国を妄想するに至ったマイン・クラフトは農業の開始が急務であるとの認識をもったが、ふと周りを見てみると、破壊された大部屋には自分の他にピンク頭しかいないことに気づいた。

 

「……まずは、壊れたものを運び出しておいて。私は必要なガラスの枚数と机の数を確認するわ」

 

 何やらピンク頭が肩を落として破壊の跡を見て回っている。よく見ると全体的に煤けておりダメージを負った様子だ。通常のクリーパーであれば身体の砕け散る所業であるから、ピンク頭の頑丈さに驚くばかりだ。

 

「はぁ……どうして、いつもいつも、わたしは……」

 

 割れた窓を前にして、ピンク頭が首を振った。あるいは爆発の結果が納得いかないのかもしれない。

 わかる話だ。地形をえぐり取ってこその爆発であろうに、見たところ机だの椅子だのと物品が吹き飛んだだけである。マインもまたTNTの使い手として破壊後の風景に美学を感じていたから、思わずピンク頭の頭頂部をポンポンと撫でていた。

 

「な、ななな、何をっ!?」

 

 顔を赤くして叫んできたから、マインは速やかに間合いを開けた。

 危ない。起爆行動に入ったのかもしれない。耐爆の壁は……必要ないようだ。棒も出さず、どこかしおらしい態度にも見える。だがもう触れるまいと思う。気の迷いで爆殺されていたらダイヤ装備が幾らあっても足りるものではない。

 

「べ、べべ別に、落ち込んでないんだから! か、勘違いなことしないでよね!」

 

 マインは溜息を吐いた。先程の動物あるいはモンスターたちも珍しくてたまらなかったが、このピンク頭のクリーパーもどきも相当に物珍しい存在ではある。よく鳴くことであるし。

 まあ、いい。所詮はクリーパー的何か。破壊に限った美学など片手落ちにすぎない。

 ぐるりと大部屋を見回して、マインは不敵に笑んだ。TNTの使い手である以上に、マインは生粋の建築者である。いや、建築狂いである。創造の美学にこそ魅せられた者である。

 

「え!? ええっ!? な、何が起きて……!?」

 

 廃材を一気に回収、すぐにも机や椅子を設置していく。石材が主であるから容易なものだ。窓もひび割れたものなどはさっさと壊して外し、新たなガラスを入れる。何しろ拠点制作の小休止中にここへ来たのだ。アイテムスロットには建材がたっぷりと入っている。

 

 ああ……楽しいなあ。創造と破壊と創造こそが人生だ。

 

 マインは慣れた作業に没頭しつつ、これまでの冒険を思い出していた。破壊された建築物の修復などよくあることなのだ。クリーパーは忘れた頃にやってくる。照明の管理が甘かった頃にはしょっちゅうだった。

 

「あ、あああ、あんた……ま、魔法使い……だったの?」

 

 一通り大部屋を修復し終えると、ピンク頭がヨロヨロと近づいてきた。震えている。マインはゾッとした。ピンク頭は爆発するつもりかもしれない。

 

「で、でも杖を使わなかった……『錬金』した感じでもなかった……ま、まさか先住魔法? でも耳が尖ってないし……」

 

 一定の距離で止まった。マインは警戒を解かない。いよいよもって爆発するのかもしれないと思う。

 

「あんた……いったい……」

 

 また近づいてくる。これはもうヒットアンドアウェイの対クリーパー用白兵戦をしなければならないか。

 アイテムスロットからダイヤソードを出そうとした、その時だった。

 

「ミス・ヴァリエール! ここにいましたか!」

 

 扉を開け放って緑色の頭部の村人もどきが現れた。そして鋭い目つきで大部屋を見渡した。

 

「全て完璧に直されている……ヴァリエールの『錬金』のわけもなし……これはやはり……」

「ミス・ロングビル、いったいどうし……は! あ、あの、これはその、魔法を使ってはいけないとは言われたんですけど、でも……」

「そんなことはいいのです。すぐに来てください。オールド・オスマンがお呼びです」

 

 緑色頭がグイと近寄ってきたから、マインは近寄られた分だけ退いた。戦闘態勢に入っているゆえの行動だ。

 

「貴女の使い魔の行ったことについて、主従立ち合って頂いた上で確認したいことがあるとのことです」

 

 言うなり背を向けて歩き出した。とりあえず放っておいたが、振り返って追従を催促している風である。小麦で家畜を誘導している時のマインと似ている。

 まあ、ついていってみるか。

 奇特にもマインがそう考えたのは、気分がいいからであった。先ほど、この緑色頭は大部屋の修繕具合を見て称賛の態度を示していた。建築物を愛する者に悪い者はいない。

 そしてつれられていった草原で、マインは有頂天気分を味わうことになった。

 

「す、凄い……ただの木のテントだと思ってたのに、まさか、こんなに地下が広かったなんて」

 

 ピンク頭が呆然としつつもマインの仮拠点を褒め称えている。

 

「え、これは畑? え? こんなところで、どうして……」

 

 そこは実験農場だ。量産体制に入る前に種を増やすために用いる予定の耕地である。

 

「地上ならまだしも、地下をかくも大規模に作り変える……しかもそれが一晩のこととは……とてつもないことじゃ」

 

 白頭白鬚の村人もどきも唸るようにマインの仮拠点を絶賛している。

 

「これは……まさか、何ということじゃ……マグマを蓄えておる! 湧き出たわけでなし、『土』と『火』の『ライン』……いや、『土』と『火』と『火』の『トライアングル』……いやいや……」

 

 それは溶岩バケツの中身を出したものだ。要らないアイテムを処分する焼却炉である。 

 

「これは宝箱? あ、開かない……『ロック』がかかっているわけでもないのに、何てことだい」

 

 緑色頭が苛立たしげながらもマインの仮拠点を誉めそやしている。

 

「な、何さこれ、水が勝手に湧き出して……マジックアイテムがあるわけでもなしに!」

 

 それは流水を温泉かけ流し風に仕立てた水浴び場だ。囲いの角のところでは無限に水を汲める。

 

「「「説明してほしい」」」

 

 いやあ、照れるな。仮拠点であってもこだわりや遊び心って出ちゃうからさ?

 マインは満足げにウムウムと頷き、三者三様の興奮を受け止める度量を見せたのだった。



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チェストとかまどとルイズ

 一通り仮拠点の機能性および小粋さを紹介したマイン・クラフトであったが、見学者たちの感嘆と驚愕と絶句とを十二分に堪能してなお、くすぶる不満があった。褒められどころが思惑と違ったからである。

 たとえば、今ピンク頭たちがグッタリとして座っているリビングセットだ。

 それは柵、感圧板、階段などを用いる基本的技法だけでなく、看板、トラップドアなどを応用的に加えたこだわりの品である。羊毛がないためカーペットこそ敷いていないが……それにしたところで言及もされないとは。

 他にも、原木を使ったワイルドかつシックな棚も無視されたし、土ブロックとトラップドアを組み合わせたプランターや観葉植物もまるで感動を呼ばなかった。とてもガッカリした。

 一方で、妙に反応が良かったのはチェストだ。中身ではない。チェストそのものが、である。

 どうやら村人もどきには開けることができない上に、開けてやっても中身を確認することもできないようだった。

 

「ど、どうしてこの大きさの箱からこんなに物が出てくるの!?」

 

 丸石や土を幾つか見せただけでピンク頭は悲鳴を上げていた。スタック単位で見せていたら爆発したのかもしれない。チェストを並べた一画でクリーパー被害……悪夢である。

 

「動かん……これは場所に『固定化』しているのじゃな? いや、それにしては傷はつく……直ったじゃと!?」

 

 白頭白鬚はチェストの表面に傷をつけるという失礼を犯していた。壊すまでやってたら殺していただろう。散らかす者に対して慈悲はない。

 

「この宝箱は、もうこれ自体が特殊なマジックアイテム……これがあれば蔵も倉庫もいらなくなる……!」

 

 緑色頭は挙動不審だった。手を握ったり開いたり、ウロウロ歩いたり、舌打ちしたりと忙しなかった。村人らしい動きとも思えたが。

 マインとしても対応に困った。だってそれただのチェストじゃん、であった。木ブロック八つでほらこの通り簡単に作れるじゃん、であった。目の前で新たな一つを出現させたことで更なる反応を引き出して……違うそうじゃない感にまた立ち尽くしたのだが。

 チェスト以外ではかまどと鉄インゴットも三人を慄かせていた。

 

「こ、こんなに小さな炉で鉄鉱石を溶かしている……でも、明るいだけで熱くない……」

「凄まじいマジックアイテムじゃ……僅かな燃料でこの火力……しかも火加減を自動的に調整しとる……」

「何て精錬された鉄なのよ……ここまでの純度となると、きっと『固定化』なしに錆びもしない……」

 

 なんかもう、逆に、馬鹿にされてないか?

 マインはゲンナリしつつも妙なサービス精神を発揮し、鉄製の道具を次々に作ってみせた。ダイヤ製品を温存するために製作を予定していた品々である。しかし残念、あまり受けはよくなかった。もう意味がわからない。

 そんな何とも不完全燃焼な時間を経て、四者四様、疲労感に打ちひしがれている。

 マインはとりあえず焼き豚を齧った。三人に再び「何だそれは」という目で見られ、「いやもう疲れた」とばかりに目線を外された。村人もどきにはわかるまいと思う。そちらは草食、こちらは雑食である。

 

「オールド・オスマ……うおう!? ここ、この地下空間は一体!?」

 

 大きな声を上げて、肌色頭の村人もどきが階段を駆け下りてきた。最初にピンク頭の隣にいた個体だ。

 

「面積が! 水流が! マグマが! 畑が!」

 

 一頻り騒ぎ立てているが、マインは相手にしなかった。やっぱりコイツも細部に宿る美学がわかってない。

 

「そ、そうだ、そうじゃなくて……たた、大変なんです! オールド・オスマン!」

「全くじゃな。言われずとも大変なことになっとるわい」

「え、いや、はい、その通りなんですが……とにかくこれを見てください!」

「『始祖ブリミルの使い魔たち』か。古臭さが今は何ともありがたいのう……一度学院長室に戻るとするか。何を決めるにしても少し休憩してからじゃ」

 

 村人もどきたちがゾロゾロと退出していく。マインはそれを見送るのみだ。心はもう次の作業へと切り替えている。畑作だ。草刈り、種拾い、耕地開拓、種蒔き……心地良い忙しさがマインを待っている。

 

「おう、そうじゃ。ミス・ヴァリエール」

「あ、はい、なんでしょうか」

 

 道具の確認をしなければ。水バケツ二つよし、鉄シャベルと鉄クワよし、ジャック・オ・ランタンは……まあ最初は松明でいいか。小麦畑の中心で灯るカボチャ頭は風情があるのだが。

 

「学院長権限で使い魔殿に『アルヴィ―ズの食堂』の利用を許可する。これほどの代物を見せて貰って、まさか平民扱いなどできようはずもないからのう」

「……わかりました」

「食事をし、休んでから、また話を聞かせてほしい。思えば使い魔殿の名前はおろか声一つ聞かずに疲れ果ててしもうたわい……」

「あ……!」

 

 何やらモジモジとしていた村人もどきたちも出ていった。気分一新、いざ農業である。

 そう勢い込んで地上へと出てみれば、そこにはピンク頭が仁王立ちしていた。邪魔である。

 

「あ、あんたが、その、何者かは全然わからないけど……」

 

 顔が少し赤い。これは注意だ。手に棒は持っていないから、とりあえずは安全だろうか。

 

「わたしは主人で、あんたは使い魔なの。もう、そう決まったの。それなのに、わたし、あんたに名乗りもしなければ、あんたの名前も聞いてなかったわ。そういうのは、その、よくないと思うのよ!」

 

 敵対行動ではなさそうだが……マインは警戒しつつも不思議な気分を味わっていた。胸が何やらドキドキとするのだ。仮とはいえ拠点にてクリーパー的存在と対峙しているためであろうか。

 

「わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

 目の前のピンク頭は緊張している。マインはそう気づくのと同時に、自分がそれに影響されているのだと勘付いた。どういうわけかそう納得してしまったのだ。

 

「あんたは……何て名前なの?」

 

 今、自分は、名前を名乗るべきだ。ピンク頭の口にしている言葉の意味はわからずとも、そう察せられた。

 だから、伝わるかどうかは別として、マインは名乗った。

 

「……そう。あんた、マインっていうのね」

 

 ピンク頭のルイズが、嬉しそうに笑った気がした。



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食料とポーションと薔薇

 何ということだ……これは……何ということなんだ!

 

 広々とした空間設計にも、洒落た花の飾りにも、やり過ぎなほどに長いテーブルにも、繁殖管理に失敗したかのような村人もどきの大量さにも目もくれず、マイン・クラフトは目の前に並ぶご馳走に驚愕していた。

 焼き鳥、ステーキ、リンゴ、パン……これら馴染みの食料については、まあいいとして。

 未知の食料がいかにも美味そうに湯気を立てていて、しかもどれもこれもが複数種類の食材を組み合わせていると窺い知れるのだ。その食材自体も半分以上は原型を想像できないのだから。

 とてつもない贅沢の気配がして、マインは喉をゴクリと鳴らせた。

 どれもこれも、はっきり言って、食材を個々別個に食した方が効率がいい。咄嗟に栽培もできるし満腹度の合計も高い。冒険をするものの常識である。ウサギシチューのごとき食材の非効率化は堕落とさえマインは考えていた。

 ところが、どうだ。かくも手の込んだ食料の数々が並んでみれば……圧倒的ではないか。

 恐る恐るシチューを口に運び、飲んだ。

 

 美味い!? 美味いぞ! 美味すぎる!!

 

 未知の味はそのままに未知の喜びであった。具材の一つ一つを思う様咀嚼し、その芳醇さに酔いしれて、マインは一つの真理を悟るに至った。全ては「敢えて」なのだと。

 

 敢えて効率を捨ててこそ得られる価値って……それ、美学じゃん。

 

 これまでマインは食べる場所にしかこだわってこなかった。雪の舞い散る山頂で齧ったベイクドポテト、海面を見上げるガラスドームで食した焼き魚、養豚場を見下ろす石橋の上で小麦をチラ見せしつつ食い散らかした焼き豚……思えばいずれの食事も効率など度外視していたではないか。どうして食料にだけはそれをしなかったのか。

 

 教えられたな……村人もどきに。まだまだ世界を楽しめるという、そのことを。

 

 マインは笑顔で涙ぐんだ。生きることは感動の連続だ。エンダードラゴンを倒すと決めたその日から過ごした計画的装備調達の日々は、ダイヤ装備やポーションを充実させはしたけれど、ワクワクやドキドキに欠けていたのかもしれない。おっとやばい満腹度的にあと一品しか食べられない。

 

「あんた……物凄く幸せそうに食べるわね。食べ方はお行儀よくないけど」

 

 隣に座るルイズは呆れたような気配だ。呆れているのはマインである。ステーキやパンを食べるとはどんなクリーパーだ。それが長年追い求めた火薬の材料とでもいうのか。いや、村人もどきたちも肉食している。事件だ。

 

「ああ、使い魔さん。デザートにケーキはいかがですか?」

 

 黒色頭部がケーキを一切れ寄越してくれた。マインにとっては作る手間暇的に食料というよりは調度品であるそれも、ここにおいては純粋に食べて楽しむものなのだろう。いただく。とても美味しい。

 

「なあなあ、ギーシュ。今は誰が恋人なんだよ。羨ましいんだよ。どういうことだよ」

「君は前のめりすぎるな。恋とは追えば獣、追われれば花というだろう? 僕の場合は花は花でも薔薇さ。多くの女性を魅了しても……ふふ……棘持つ身ゆえ独占されることはない」 

 

 それにしても、とマインは首を振った。この場で一点だけ理解し難いことがある。食料と並んでポーションが置かれていることだ。

 まずもって用途がわからない。あるいは知識としては知る空腹のポーションだろうか。より食料を消費するために敢えてそれを飲む……いや、さすがにその「敢えて」は容認できない。そろそろ飲んで確かめてみようか。

 折しも、傍らに試飲に相応しいサイズの小瓶が落ちてきた……落とした金色頭部のやつはウィッチの類だろうか……中身の色は紫色である。毒のポーションではなさそうだが、さて?

 

「おお? ギーシュ、君が落としたその香水を平民が拾ったぞ?」

「……何のことかな?」

「やや、その鮮やかな紫色は……まさかモンモもおおおお!?」

「何を……って、うわわ、ちょちょちょっと君、何をするんだね!」

 

 美味くない。それに何のステータス効果も感じない。量の問題かもしれない。だからマインは飲み干すことにした。

 

「待て! 待ちたまえ! それはモンモランシーが丹精込めて調合した香水だ! 君の行いは彼女の技術と名誉を貶めている!」

「やっぱりモンモランシーのじゃんか! 金髪縦ロールは君のために巻かれているとでも!?」

「ち、違……いや今はそんなことよりもだね?」

「ギーシュ様! やはり貴方はミス・モンモランシーと!」

「うわあ、ケティ、誤解だ……って、わあ、全部飲んだだと!? 何てことを!」

「そんなに大切なら、宝箱にでもしまっておけばよろしいのよ! さようなら!」

「いや別にそういう意味ではなくてだね! 薔薇には薔薇の、香水には香水の……」

「どういう意味かしら? 私は大切ではないということかしらね?」

「な、ちょ、モンモ……」

「うそつき!」

 

 騒がしさに目を向けて、マインはポーションを頭からかぶるという不思議な儀式を目撃することになった。なるほどそう使うのかと手を打つ。やはりウィッチ的である。

 

「ど、どうしてこんなことに……」

 

 この金色頭部の真似をすれば、未知のポーションについても理解が進むのかもしれない。マインはとりあえず目に付いた一瓶を頭からかぶってみた。だがやはり何も効果がない。ルイズが何やら騒いでいる。

 

「ちょっと! 何やってるのよ、マイン!」

「そうだ、君だ……ゼロのルイズが呼び出した君のせいだ。どうしてくれるんだ! ていうか、どういう躾をしてるんだい!? 平民にしたってどうかしてる!」

「ええと、その、マインはちょっと変わってて……」

「それで済むものか! 僕が代わりに躾けてあげよう! まずは粗相をした罰だ!」

 

 金色頭部がバラを突き付けてきたから、マインは首を傾げた。ここの村人もどきは色々と道具を使う。

 

「ヴェストリの広場へ行く。今すぐに!」



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土ブロックと弓とダイヤ装備

 随分と禁欲的な建物だなもし、というのがこの大村落に対するマイン・クラフトの見解である。

 石造りであることはともかく、全体として装飾や遊び心に欠けているくせに壁ばかりが妙に厚く、窓も一つ一つが小さい上に数が少ない。中央の塔だけは優美な白色に輝いているが、それが却って周囲の塔を要塞じみた印象にしていて悩ましい。

 

「諸君! ご観覧あれ! この僕、ギーシュ・ド・グラモンによる決闘だ!」

 

 さてもマインの案内されてきたこの日当たりのよくない中庭では、何やら金色頭部がバラを掲げている。ここの村人もどきたちはハアンでなくウオオと鳴く。こちらの方が景気がいいような気もする。

 

「ギーシュ! 決闘なんてやめなさいよ! マインが飲んじゃった香水は弁償するから……ね?」

「いやいやルイズ、もうそういう問題じゃない! もとより平民が貴族とテーブルを同じくすること自体に問題があったんだ! 僕の行うこれは正しい秩序を回復させるためのものなんだよ!」

「貴族と平民が決闘する秩序なんてないわよ!」

「そ、それは……ルイズ! 随分とかばうじゃないか! そこの平民が好きなのかい?」

「へ、変な言い方しないで! 自分の使い魔なんだから……わたしの召喚に応じてくれたんだから……た、た、大切に決まってるでしょ! あんたは自分の使い魔を嫌ったり、傷つけたりできるっていうの?」

「何てことを言うんだ! 僕がヴェルダンデを嫌うだって? 傷つけるだって? あの可愛らしくも愛おしいヴェルダンデを? 馬鹿なことを! まったくもって馬鹿なことを!」

「馬鹿はあんたよ! そもそも、あんたが誰か一人をきちんと好きでいたらよかった話じゃない!」

「だ、だからそれは、薔薇が……」

 

 日陰にいると空の青さがよくわかる。満腹を抱え、村人もどきにまみれて、マインはつらつらと思う。

 建てたい。この世界にも自分の在ることの証を打ち立てたい。建材不十分な状態での大規模建築はしばしば妥結を必要とするし、それが後々に際限なき増改築の日々を招くとは承知しているけれども……それもまた楽しいから。

 そのためにも、まずはベッドだ。ハサミは用意した。日の高い内に草原や森へ繰り出して白いのや黒いのや茶色いのを毛刈りだヤッホイ。柵で囲い込んでおくことも忘れまい。

 

「待て! 逃がしはしないよ!」

 

 不思議なことが起きた。マインの周りに突如として七体の全身甲冑がスポーンしたのだ。

 武器こそ持っていないが、顔を覆うヘルメット、曲線を主とした造形のチェストプレート、レギンス、ブーツ……それらどれもが何とも味のある金属で構成されている。レア・スポーンではないだろうか。これは。

 

「僕はメイジだ。故有れば平民を打擲することに魔法を使うことをためらわ……何だって!?」

 

 レア・スポーンが一斉に襲いかかってきたから、マインは上へ逃れた。ジャンプしつつ足元に土ブロックを積み上げたのだ。危機回避の基本である。十ブロックほど積んだ後はクモ返しとして土柱に屋根部分を作った。これは冒険の日々の習慣である。ベッドがあれば思わず設置していたかもしれない。

 

「そういう風にも使えるんだ、あんたの土……」

「ルイズ! 君の使い魔はメイジなのかい!?」

「さあ……どうなのかしら?」

「わからないのかい!? だってあれは……って、この、なんて太々しい態度なんだ!」

 

 マインは中腰になって縁を歩き回り、しげしげとレア・スポーンを観察した。中々に強そうである。近いところとしてはウィザースケルトンだろうか。ネザー要塞における攻防が懐かしく思い出される。

 

「どうやら少々の土魔法を使えるらしいが、そんなもので僕の『ワルキューレ』に対抗できるとは思わないことだ! 柱を崩して地面へ……えええ!? え? ええええええ!?」

「あー……そう。あそう。あんたの土ならそういうこともあるのかもね。ギーシュが騒いでくれるから、なんか冷静に見れるわ……」

 

 レア・スポーンが土ブロックを壊した。これもまた希少な行為に思えて、マインは中腰のままに首を傾げまくった。これら全身甲冑にはエンダーマンの要素もあるのかもしれない。

 とりあえず五体倒そう。マインはアイテムスロットを確認しつつそう思考した。繁殖できるようにも見えないが、能力やドロップの確認もしたいところであるし、二体も残しておけばいいだろうという判断だ。

 まずは射殺すか。おや、また妙に効率的な破壊が思いつく。

 

「め、目の錯覚か!? どうして崩れないんだ!? まるで土全体が浮いている……ひょっ?」

 

 一撃だった。頭頂部に命中して股下まで抜けた。これにはマインも驚いた。金属装備を相手に強力すぎる。

 青紫色にエネルギーを揺らめかせる弓をまじまじと見る。パワーとインフィニティをエンチャントした対エンダードラゴン用の弓である。数で勝負するための武器だ。だからもう二射目を引き絞ってしまった。この射角はきついと思いつつもう一体を倒した。

 

「矢? 弓矢なのか? で、でも、矢がない……飛んでくるのに残らない!?」

「……もう、魔法だと思えばいいんじゃない?」

 

 三射目でマインは確信を得た。まさかとは思っていたが三度も確かめれば嫌でもわかる。

 ドロップがない。レア・スポーンのくせに何もドロップしない。ガッカリである。その防具欲しかったのに。豚でも肉を残すというのに。

 こうなれば被ダメージ計測も一発だけにしようそうしようと思いつつ、マインはダイヤ装備一式を身にまとった。これらも全てエンチャントを組み合わせてある。見た目は角張っていてレア・スポーンに比べると見劣りするが、性能は最高峰のものだ。武器はダイヤ剣である。

 

「あ……ああ……『ワルキューレ』が……」

 

 飛び降りるなり、一体をジャンプして切り下ろした。クリティカルのタイミングがとてもとりやすかった。さしたる手応えもなく一刀両断である。

 続けて別の一体を通常攻撃で切ってみた。こちらも一撃で終わってしまった。見た目ほどには丈夫な素材ではないのかもしれないと思う。それにしても身体がよく動く。

 残り二体については回りこみつつ柵で囲んだ。最近は柵の上に柵を重ねることも容易いマインだ。とりあえずの拘束であったが、何としたことか、二体は細部を観察している間に消失してしまった。すわテレポートかと周囲を見回すも、何やら立ち尽くす村人もどきたちがいるだけである。

 

「参った。僕の負けだ……」

 

 金色頭部がバラを落として何やら悲しげに鳴いた。

 拾えばいいんじゃないかな、とマインは思った。



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クモの糸と鉄ブロックとハアン

 探しても探しても羊が見つからないから、マイン・クラフトは大村落の隅々に徘徊してハサミを使用することが日課となっていた。

 今日も空中に土ブロックの足場を作ってアーチ状の梁をなぞるように作業していく。クモの巣の収集である。用途に少々のもったいなさを覚えつつも手早くアイテムスロットへスタックだ。後で羊毛にする。

 

「いつもありがとうございます。高い位置のお掃除は私たちには難しいんですけど、貴族の皆様は空を飛ぶから目につくらしくて……」

 

 土ブロックを殴って回収、廊下へ降り立つと、黒色頭部の村人もどきがお辞儀をしてきた。だからマインは中腰になって会釈した。この村人もどきは当初から随分と友好的である。

 

「あ! こんなところにいた!」

 

 今度はピンク頭のルイズが来た。この数日で慣れてきたとはいえ、小走りに近寄られると反射的に間合いを開けそうになる。クリーパーとの闘争の歴史が身体に染みついているからだ。

 

「事後承諾もいいところだけど、あんたの畑、魔法学院の実験農場ということで王国に認可されたそうよ」

「よかったですね、ミス・ヴァリエール。心配していらっしゃいましたし」

「ええ、本当にね。あんなに楽しそうにされると無碍にもできないし……」

「マインさん、とっても嬉しそうに鍬を振りますもんね……その、目にも留まらない速さで」

「もうそれくらいじゃ驚かないけどね……何アルパンあるのよ、あの畑。厳重に柵で囲ってるし、夜も煌々と照らしてるし」

「ふふ、私は綺麗で好きですよ。マインさんの畑」

「なんか見物客も多いみたいね。まあ、わたしも嫌いじゃないけど」

 

 このところルイズと黒色頭部は頻繁に交流している。実に村人らしい行動で、世界は変われど村人は村人なのだなとマインを和ませることしきりである。小麦を与えてもいいのだが、既に村人もどきの数はおびただしい。

 そこでふと気づいたことがあって、マインは愕然とした。これだけの村人もどきがいるのならば当然存在してしかるべきものを見かけない真相に思い至ったのである。

 

 先日全滅させたレア・スポーン……あれ、もしかしてゴーレムだったんじゃ?

 

 見目はよくとも脆いしドロップしないしあれ以降湧きもしないしで、マインはあれに豚未満の評価を下していた。今もそう思う。しかし役割があったのだとすれば話は別だ。

 既存建築物の保護を信条とするマインにとって、村の備品ともいえるゴーレムもまた保護対象なのだから。

 

「……何を難しい顔して首傾げてるのかしらね、こいつは。食事の時以外はどこにいるかもわからない使い魔のくせに。何で主人であるわたしが保護者みたいな気分なのよ、まったく」

「あ、でも、マインさんって厨房で人気ですよ? すごく一生懸命に食べてくださいますから」

「使用人に嫌われずに済んだのはシエスタのお陰よ。改めてお礼を言うわ。ありがとう」

「滅相もないことです。当たり前のことをしたまでですから」

「厨房に押し入って勝手に野菜を持ってく当たり前なんてないわ。どうもマインには他人の財産についての常識が欠けてる気がするのよね……シエスタが取りなしてくれなかったら、こいつ、何もかも持ち出しちゃったかもしれない」

「そんなことないですよ。もう持っていった分以上のものを持ってきてくれましたし」

「それも非常識なのよ。どうして二日三日でジャガイモやニンジンが増えるのよ……」

「それは……その、魔法なのでは?」

「そうだとしたら、オールド・オスマンも知らない魔法ってことになるんだけどね……多分そうなんだろうけどね……こいつ、マインだし」

 

 失われた防衛力をアイアン・ゴーレムでもって弁償すべきだろうか。

 村人もどきは多いから少しくらい数が減った方がいい気もするマインだが、それはそれ、これはこれである。とりあえず中庭ごとに一体ずつ配置しておけば村人もどきも安心するだろうか。あの金色頭部もバラを渡してもらえるかもしれない。

 

「ああ、ここにいたのかい」

 

 奇遇かな、それが来た。この金色頭部も初遭遇以降によく見かける個体だ。奇妙な習性をもつ村人もどきで、剣や防具をこさえるところから鍛冶系の村人と思われる。

 

「今回は自信作なんだ。少しでも君の剣に近づけていればいいんだが」

 

 渡されたのはやや赤みがかった金属でできた剣である。レア・スポーンの素材と似ているがこちらのほうが硬そうだ。いつもながら柄や鍔にバラの装飾が施されていてマインを唸らせる。

 

「ギーシュ、あんたもよくやるわね。『青銅』はもうやめるの?」

「その名が嫌いなわけじゃないさ。しかしだからといって今のままではいられない。金属を扱うものにとって『脆い』という評判は絶対に甘受できないんだ」

「ふーん、そう……」

 

 マインは中庭へ出て剣を振った。これも毎度のことながら常時クリティカルできそうな力の充実を覚える。ポーション要らずといったところだ。金色頭部がじっとこちらを見ているのを首振り確認する。

 大丈夫、お前の期待通りにコイツのお出ましだ……と設置したのは鉄ブロックだ。

 最初は偶然だった。仮拠点の装飾にどうかと作成した鉄ブロックが、丁度フラフラとやってきていた金色頭部の気を引いた。どうやら鉄インゴットが欲しいようだ。

 金色頭部は何やら興奮した様子でペタペタと触り、終いにはレア・スポーンと同様の味わい深い金属剣で採取を試みた。白頭白鬚に続く暴挙だが、剣が折れるという珍事でもってマインを笑わせた。石ツルハシでも掘れるのになあ。

 それ以来、この金色頭部は毎日のように剣を持ってくる。マインはその度に鉄ブロックを設置する。採取できるかどうか試し掘りならぬ試し切りをするためである。アイテムスロットに鉄ブロックを常駐させるほどにこの行為が気に入っている。

 

「今日こそ、僕の剣はあの鉄に傷をつける……!」

「でも、あれってどんなに凄くても鉄でしょ? マインの剣や鎧って明らかに鉄以上の何かだったけど」

「ルイズ、物事には順番があるんだよ。最初から最後を目指していたら途方にくれてしまう。君に言うのもなんだが、『ドット』には『ドット』の、『ライン』には『ライン』の挑戦すべき事柄がある。『錬金』という魔法は特にそういった要素が強いんじゃないかな? 報われるべく地道な努力を重ねるしかないのさ」

「ふーん……順番と努力、ね……」

 

 鉄ブロックに切りつけた。刃が欠けた。金色頭部がハアンと大きく鳴いた。

 マインは、懐かしいこれが聞きたくてやっているのである。



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失敗魔法とTNTと豆腐

 目の前で繰り広げられる恐るべき光景に、マイン・クラフトはオロオロと平行移動を繰り返していた。

 

「はぁ、はぁ……やっぱり、使った魔法によって距離の違いが出るのね」

 

 爆発だった。連続爆発であった。マインが適当に石炭の露天掘りをしていた丘は今やちょっとした谷と化した。ピンクでクリーパーなルイズが何やらブツブツと鳴きつつ座り込んでいるが、今にもその小柄な身体が点滅しそうで、マインは気が気ではない。もう少し離れるか。

 

「込める力や、魔法の難易度で、爆発力の違いもある……それはつまり、私の魔法が途中まではちゃんと発動しているということ。最初から失敗なら、どれも同じ爆発になるはずだもの……どこかで間違うのよ。わたしは、まずそれを理解しなくちゃ……」

 

 やはりルイズはクリーパー的存在だ。マインは唾を呑んだ。最近はあまり爆発しなかったから、あるいは金のリンゴでも食べたかして村人もどきになったのではと油断していれば……この所業である。

 そもどうしてこの危険生物がここにいるのか。マインはそそくさと土と石を回収しつつ首を捻りまくった。

 朝からである。今朝、マインが仮拠点のベッドで目を覚ますと、枕元にルイズが立っていた。じっとマインを見ていた。

 声にならない叫び声を上げて多目的ホールの端にまで走った。振り向くとクリーパーというのは本当にショッキングであるが、それ以上の衝撃であった。何しろベッド脇だ。たとえ不発弾化したルイズとはいえ……いや、それも誤解だったが。

 

「魔法を成功させるのは……ゼロなんて言われるわたしがそれをするのは……途方もないことなんだって、認めなきゃ。メイジにとっての当たり前が、わたしにはそうじゃないんだって……最後の最後に求めるものなんだって……そう受け止めないと、もう、努力の仕方もわからない」

 

 胸をざわめかせる正体不明の焦燥感があって、マインは意味もなく鉄ツルハシとベイクドポテトを高速切り替えした。どうしてかエンダーパール収集の日々が思い出される。夜の砂漠を彷徨う、あの不毛ともいえる時の過ごし方が。

 

「……いつか報われるのかな、わたしの努力……」

 

 気づけば、マインはTNTを抱えていた。

 谷の底へ飛び降りて、これでもかというほどに設置していく。今のところ火薬入手の当てがないから貴重なスタックではある。それでも勢いのままに積む。あ、やばい。谷から上がる段差がちょっときつい。

 

「え、何? マイン?」

 

 必死のパンチで土階段を形成、そしてジャンプにつぐジャンプだ。まずいまずいぞ急げ急げ!

 うわ間に合わなっ、爆発爆発、ぎゃあああ、爆発爆発大爆発。少しおいてまた爆発。

 TNTは気紛れな秒数で誘爆するけれどそこにさりげない詫び寂びがあるのかもしれない……などと適当なことを思いつつマインは吹き飛ばされた。

 

「えええええ!? マイン、あんた何したの!? え!? 大丈夫!?」

 

 飛び散る土やら石やらを即時回収しつつ立ち上がって、マインは再び谷へと駆け出した。勇んで飛び降りてそれなりのダメージをくらった。深くなっていた。さもありなん。

 そして惨憺たる様相を見せる谷底を土ブロックで平たく均す。すぐさま木材ブロックに持ち替えて建築を開始だ。まずは床。次は壁。そして天井。素人の手順ながら玄人の速度で作業していく。作業台も適当な位置だ。ドアを作るためだけのそれ。

 

「す、凄い……けど。凄いけど、何か、味も素っ気もない建物ね?」

 

 四角四面の求積しやすき造形……実に見事な豆腐である。右も左もわからなかった頃に建てたきりのこれは、マインの初めての家を再現したものだ。

 そしてこれにもTNTを設置する。今度は退路を確保してからだ。そいっと爆発。残った木材を鉄斧で手早く回収する。そして今度は丸石や階段も使って狭いながらもそれなりの家を建てた。アイテムスロットにガラスを入れていなかったので窓は柵で代用だ。ルイズのところに戻り、一度大きく頷いてから、三度のTNTである。

 

「わかった……わかったわよ。もういいから。もう、充分だから」

 

 土ブロックでの縄張りを元に土台、柱、作業用足場などを組んでいたマインであるが、側にピンク色の頭が見えたことでふと我に返った。首をあっちへこっちへと動かして現状を把握する。何で自分はここに家を?

 

「あんたって、色々と非常識だし、オールド・オスマンもビックリするくらいに凄いことするけど……全部、こんな風に手作業だったのね。あの畑と同じで、どれもこれも完成すれば見栄えがするけど、そこまでの過程は泥塗れだったのね」

 

 見渡せば惨憺たる地形破壊……いっそここに地下階を有する大型建造物を建てるのも面白いかもしれない。心を乱した妙な衝動もいつの間にか消えて、今、マインは新たなる建築意欲にニンマリとするばかりだ。

 

「フフ……しかも、最初から上手だったわけじゃないのね。あんたは最初から凄かったわけじゃない。それでもずっとずっと努力してきたから……夢中になってきたから……だから今、あんたは堂々としてる」

 

 コツン、とマインの肩に触れるものがあった。何かと思えばピンク頭である。

 

「その……か、かかか……カッコイイと思うわ。そういうの」

 

 クリーパー的存在との耐爆エンチャント装備もなしでの接触である。悲鳴を上げるべきところだが、不思議とマインはそれをしなかった。緊張感は半端なものではないのだが。

 

「わたしも、もっともっと夢中になるわ」

 

 離れてくれた。爆発しなかった。マインは安堵した。

 

「それができて当たり前よ。何たって、わたしは、あんたの主人なんだから!」

 

 そういえばもうすぐ大村落の中央塔で豪勢な食事ができる時間だ。

 マインはのっしのっしと歩くルイズの後に続きつつ、空きっ腹を埋める食料をあれやこれやと夢想した。



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宝石とペットと謎の鉱石

 地中深いその場所で、マイン・クラフトは鼻歌まじりに鉄ツルハシを振るっていた。今相手にしているのはエメラルド鉱石である。精錬すれば碧色に輝く美しい宝石となる。かなり希少価値の高いものだし、村人との取引にも便利だ。

 熟練の手際で掘り終えて、ベイクドポテトをかじる。美味い。生でも食べられる上に植えれば増えるジャガイモは極めて優秀な食糧だ。唯一の欠点は小腹が減っているとついつい農作業中にもパクついてしまうところか。

 

「きゅるきゅる」

 

 可愛い鳴き声がして、手元を照らす明るさが増した。火炎尻尾である。すべすべとした鼻先がグイと腕を押してくる。エメラルド色の瞳がとても愛らしい。石炭を与えると大きな口で丸呑みにした。

 この動く照明器具たる生き物をマインが連れ歩き始めたのは、つい昨日からのことだ。

 それまでも何度か見かけていた火炎尻尾だが、昨日は赤頭茶顔の村人もどきと連れ立って拠点へやってきた。どちらもかまどに興味があるらしく、ハアンだのきゅるきゅるだのと鳴いて炎を見ていた。そこでマインは思いついたものだ。松明的な生き物なら、木炭か石炭を食べるのかもしれないと。

 

「きゅきゅん、きゅるるる」

「あらー、こんなに喜ぶなんて凄いわー」

 

 正解だった。後は何度も与えて懐くその瞬間を待つばかりと思ったマインだから、赤頭茶顔に割って入られた時には思わず石炭で殴りそうになった。村人もどきを相手に荒ぶるのも馬鹿らしいので、とりあえずはとかまどから精錬された分を取り出したが。

 

「きゃあ! ごごごゴールド!? え!? これ全部!?」

 

 赤頭茶顔が鳴きに鳴いてマインを閉口させた。小麦でなく金インゴットで繁殖するのだとしたら、そんな村人は滅んでしまえばいい……マインは吐息し、そして合点がいった。道理でパンどころではない豪勢な食事をしていても一向に子供を増やさないわけだ、と。

 

「ルイズの使い魔って、本当に何者なの? 学院の教師たちも特別な配慮をしている風だし……」

 

 金インゴットといえばそれなりに希少だ。見ただけでも積極性が上がったのかもしれない。何やら怪しい動きを見せる赤頭茶顔にゾッとするも、マインはその後も石炭を与え続けた。そして火炎尻尾を追従させることに成功したのである。

 

「わかったわ。こんなにも素敵な宝物を見つけるためなら、フレイムをお供につけてあげる! 探しに行くときにはいつでも言って。使い魔だから、あたしでなくフレイムに言っても大丈夫だからね?」

 

 村人もどきに金は見せない方がいいな……思えば鉄でも妙な反応をするんだし。

 そんなことを考えつつマインは二個目のベイクドポテトを齧る。地下での食事はやはり満腹するまで食べるに限る。いつ何時溶岩プールに落ちるか知れたものではないのだし。

 

「もぐ! もぐもぐもぐ!」

 

 隅の暗がりからずんぐりとした生き物が突進してきた。マインはそれに驚かない。莞爾としてそれを迎え入れた。

 剣ではなしに手に構えたものは、どこかネザーウォートにも似た細長くも生々しいものの塊……新アイテム『肉糸』だ。この世界では土の中でやたらにドロップする。ネザー同様、新しい場所には新しい物があるといったところか。たくさんあるので惜しまず与える。

 

「もぐもぐもぐもぐ……」

 

 この茶色く丸々しい生き物もまた、このところ採掘時の同伴者である。いや、相棒というべきか。マインは茶色丸々の円らな瞳を頼もしげに見つめた。期待の眼差しである。

 そら、くんかくんかと鼻を鳴らしはじめた。マインは早くもツルハシを握り締めている。そして振るう。ここか、ここ掘れくんかくんかなのかと興奮気味に石を砕き土を退ける。松明の設置ももどかしいという、その勢いを支えてくれるのは動く松明たる火炎尻尾だ。

 マインは凄まじい速度で掘り進んで……青色の鉱石を露にするに至った。観察し、首を傾げる。まただった。これはラピスラズリのように見えるが違うものだ。精錬すると青い綺麗な宝石になる。マインはこれを蒼玉と名付けている。硬さとしてはダイヤモンドには劣るものの鉄に勝る。

 実際のところ、この世界にはネザー以上に新アイテムが多い。その分類のためだけにラージチェストを何個も必要とするほどだ。マインとしては大歓迎である。ワクワクの毎日だ。

 

「もぐもぐ!」

 

 茶色丸々は働き者だ。早くも次なる鉱石を見つけたらしい。

 任せろとばかりに掘り進めてみれば、今度はレッドストーンのようでそうではない赤色の鉱石だ。マインはこれを紅玉と名付けている。硬さは蒼玉と同等で、やはり精錬すると赤い綺麗な宝石になる。

 

 やれやれ、魅力的な鉱石ばかりで、なかなか岩盤まで掘り下げられないや。

 

 マインはニマニマとした。ブランチマイニングを実施してきた日々を思えばいい加減にすぎる掘り方だというのに、こうも収獲があるとは……何とも贅沢な話だ。

 しかし、採掘とは何よりもダイヤモンドを目標とすべきであろう。そのためにもまずは岩盤へ至らなければ。

 翌日にはそう考え直したマインであるが、その決意もまた頓挫することになった。

 前掘って下掘って降りて、前掘って下掘って降りて……階段状の足場を作りつつ地中深くへと降りていきはした。いつも通りの作業はしたのだ。それですぐにも岩盤へと至るはずだったのだが。

 

「きゅるる?」

「もぐぐ!」

 

 見たこともない白色の鉱石にぶつかった。いや、その埋蔵量からいって鉱脈というべきか。鉄ツルハシで問題なく採掘はできる。しかし打った時の反応がマインの興味を強く引いた。レッドストーンを打った時のように、淡く光を発するのだ。

 奇妙な力を放つその鉱石は、精錬すればするほどに透明になった。

 作業中、何としたことかかまどが宙に浮くという珍事が生じてマインの度肝を抜いた。



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馬とトロッコと金属看板

 疾風のように草原を駆け抜ける。胸躍る地下から一転、マイン・クラフトは心爽やかに晴天下の乗馬を楽しんでいた。

 

「マイン、あんたの馬術って乱暴すぎない!? 速いし危ない! 何ですぐに高い所へ行くの! え、ええ!? 何で木に跳び移らせるの……っていうか何で木の上を走れるの!?」

 

 眼下、草原の方でルイズが何やら鳴いている。あれはつくづく凄まじい存在だとマインは思う。遠距離から何度でも爆発を引き起こすクリーパーというだけでも恐ろしいのに、あろうことか馬に乗り高速移動している。騎馬クリーパー……敵対していないことを心から嬉しく思う。

 

 まあ、それにしても、本当に面白い世界へ来たものだなあ。

 

 低木を利用して鮮やかに草地へ、クフクフと含み笑いをした。このところは発見続きでワクワクの治まる暇もないマインである。

 先だって地下深くにて発見した白い謎鉱石を、マインは『パワーストーン』と名付けた。

 精錬したものを粉状にするとレッドストーン同様に信号を伝達する性能を発揮し、しかもレッドストーンよりも強い出力を生み出す。

 実験のために敷設したパワードレールではトロッコが矢のような速さで走った。面白がって精錬済みパワーストーンを詰め込んだかまど付きトロッコで同様の実験をしたところ、凄まじい速度で空の彼方へと消えた。実に不思議な現象であった。

 ちなみにそれらの実験は仮拠点で行わなかった。TNTの実験と同様の措置だ。チェスト群を危険に晒すわけにはいかない。

 ここならお誂え向きだと実験場にしたのは、ピンクのクリーパー・ルイズがその爆発力を見せつけてきた谷である。元は谷ではなかった。しかし今は、である。既にして見る者を慄然とさせる地形破壊の現場だ。更に何が起ころうとも精々趣きが増すだけである。

 『パワーストーン』……岩盤を目指すこともやめて掻き集めたそれは、まだまだ腐るほどに埋蔵されている。いくらでも実験ができる。どんな活用法があるか、あれやこれやとアイデアが湧いて湧いて仕方がない。愉快で愉快で堪らない。

 

「そ、そんなに嬉しいんだ……でも、そうね、わたしも同じよ。馬に乗るのは大好き。凄く気持ちがいいわ。これでも馬術には自信があるんだから!」

 

 おっと何やらルイズが加速した。中々に巧みな馬使いである。マインはその後に続いた。どうにもこのピンク色には不思議な効力があって、見ていると危険回避の本能からドキドキとするのだが、見当たらないと妙に物足りない気分になる。豚とは似て非なる色である。

 そして、マインは驚くべき光景を目の当たりにすることとなった。

 村である。いや、大村落である。いやいや、これはもう村などという言葉では収まらない!

 数えきれないほどの家が建ち並び、それらの合間を道路が縦横無尽に張り巡らされ、村人もどきたちが鳴き声も賑やかに交流だの取引だのに勤しんでいる。

 町だ。これはいわゆる一つの町というものに違いない!

 マインは感動のあまり空を仰いだ。日が高いから仮拠点から離れていてもまだ大丈夫だと速断する。仮に戻れなくともアイテムスロットにベッドを一つ入れてあるから問題はないが……いや違う。そうじゃない。今は大いに感動しているところだったとマインは首をグルングルン動かした。

 

「ちょ、マイン、その動きやめて! 前から思ってたけど、本当に気持ち悪い!」

 

 尊敬だった。この町を建築した誰かに……村人にそれができるとも思えずいつも首を捻りはするのだが……とにかくも強い尊敬の念を抱いた。

 何もかもが凄いが、何よりも凄いのは、この規模の町を最後まで造り上げたことである。

 実はマインも一度挑戦した。村人の繁殖に合わせて村の拡張を試みたのだ。整地し、家を建て、畑を拡張して……町になるはずだった。そのつもりで作業したのだが。

 ゴーレムを見上げる村人子供を微笑ましく眺めたり、ハアンハアンとやかましい村人を丸石ブロックで殴りつけたり、いつの間にか爆破されていた家を修復したり、何で緑色かと思えばゾンビ化していた村人にダイヤ剣をお見舞いしたりしている中で……ある朝、急に、飽きた。村などどうでもよくなってしまった。

 それでも惰性で作業した結果、あることに気づいた。こいつら家なんてどうでもいいのだと。とりあえず扉さえついていればそれで満足してしまうのだと。馬鹿馬鹿しくなって石壁に扉を並べて設置した。村人は嬉しそうにハアンと鳴いた。マインは村を捨てた。

 

「あんた、何でそんなに辛そうな顔して……あ……もしかして……」

 

 苦い記憶である。

 あの日あの時、マインは村人などお構いなしに最後まで家を建て続けるべきであった。それが自身の美学に則った行動であったと後日後悔したものの、戻ってみればゾンビパニックだった。子供ゾンビが鶏に乗って襲って来た。返り討ちにした後に食べた焼き豚は、まあ、いつも通りに焼き豚の味だった。美味かった。

 

「……悪いと、思ってる。マインにだって、きっと、家族がいるのよね?」

 

 さても惜しむらくは、とマインは首を横に振った。

 

「え? なら、何で……え? どこへ行くの?」

 

 やはりか適当に造っている場所がある。目に付いたそこへとマインは歩いていった。狭い道路の先へだ。そこでは道路は土ブロック製である。恐らくは建材が尽きたという理由もあるのだろうが、これではいかにも統一感を欠く。意味のない水溜まりや葉ブロックも減点ポイントだ。

 

「あんた、まさか……」

 

 改修させてもらおう。マインはそう思い立った。尊敬すべきこの大仕事をより完璧なものとするために、不肖ながらも自分が建材を持ち込もう。とりあえずは丸石ブロックを二十七スタック……いや、三十スタック持ってこよう。いやいや、規模からして近場に採石場を開くべきか。

 ふと目に付いた看板があった。金属製の看板だ。形が剣に似ている。

 マインはそんなものを初めて見た。作ろうと考えたこともなかった。それもまた新しい発見だった。



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エンチャントと防具立てと取引

「おでれーた。てめ、『使い手』か。しかも並大抵じゃねえ」

 

 興味本位で入った家には大量の武器が陳列されていたから、マイン・クラフトはご機嫌だった。ニコニコ笑顔でグリグリ首振りである。キレのいい中腰も織り交ぜる。

 防具ならわかる。実際、ここにも金属製で造形のいい甲冑が飾られている。防具立ては実に魅力的な装飾品なのだ。革、鉄、金、ダイヤの四種フル装備は基本として、それらを組み合わせることも面白い。ウィザースケルトンの頭蓋骨やカボチャを置いても楽しい。総じて愉快で見ごたえがあるものだ。

 

「マイン、どうせなら他のにしたら? もっと綺麗でしゃべらないやつ」

「いやまったくその通りで。昨今では王宮の御方々の間で下僕にこのような剣を佩かせることが流行となっておりまして」

「へえ? 確かに綺麗ね。華奢だけど」

「やはり高貴なる方々に侍るとなれば相応の品物でなければお見苦しく。何せ『土くれ』はメイジの盗賊、平民の力でもって立ち向かうとなれば刃の大きさよりもむしろ刃に込められた心意気というものが肝要かと」

「ふーん」

 

 しかし、この家は武器を飾っている。しかも額縁に入れるでもなく直置きだ。モンスターに拾われることを思えば鬼気迫る行為といっていい。ゾンビやスケルトンも武装すればそれなり以上の脅威となる。

 マインはふと昔を思った。山岳バイオームで仮拠点の建設を余儀なくされた夜、闇濃き木々の合間から金色に光る人影が現れた。金の防具を装備したスケルトンである。頭に二本、体に五本、膝に一本の矢を受ける激闘であった。またある夜はリスポーンが災いしてエンチャント済みダイヤ剣を装備したゾンビと遭遇した。土ブロックを積んで朝を待つほどの死闘であった。

 武器と防具はそのままに力なのだ。ネザーにおけるゾンビピッグマン大集団との乱闘も、相手の武装が違えば切り刻まれていたのはマインであったろう。

 

「……おめえ、本当に人間か? このデルフリンガーさまがちょっと刀身に寒気を覚えるほどじゃねえか。何をどんだけ斬ってきたらこうなるんだ?」

 

 斬新だ。この部屋の内装は大胆不敵にして勇猛果敢なのだ。

 建築というとどうしても屋根や窓といった外観に力をそそぎがちだが、やはり内側を充実させてこそ醸される魅力というものがある。そしてそれはベッドやチェストといった必要なものではなしに、旗やカーペットといった装飾品、暖炉や風呂といった嗜好品にどれだけこだわりを持てるかによって決まってくるのだ。

 

「ふん、上等だ。こんな世の中にゃ飽き飽きしてたところさ。てめ、俺を買え」

 

 それにしても、とマインは先ほどから手に持っている剣を見た。薄汚れているが他のどれよりも強力なエンチャントがかかっている。その内容はわからないがマインをして息を呑むほどのエネルギーだ。

 見た目からしてアンブレイキングやシャープネスではなさそうだ。アンデッドや虫がよく斬れる類だろうか。それとも未知の効果があるのだろうか。興味が尽きない。

 

「そんなにそれが気に入ったの?」

「剣に家格を見る手合いもおります。若奥様の下僕であればもう大分豪奢な品の方が……」

「マインが決めたらそれでいいのよ。どうせここにあるどんな剣よりもマインの剣の方が凄いんだし」

「……これは聞き捨てにできないことをおっしゃいますな。当店にはかのゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿の鍛えし斬鉄の一振りがございます」

「鉄を斬るくらい、そのうちギーシュの剣だってやってのけるわ」

 

 何やら後ろでルイズが賑やかだ。このピンク頭にはクリーパーとも村人もどきとも判別の難しいところがある。爆発が全てという気がする一方で、このように村人特有の交流をする光景をしばしば見かけるのだ。

 

「あれを貰うわ。おいくら?」

「ちっ。へえへえ、あれでしたら百エキューで結構でさ」

 

 マインは驚いた。とうとうルイズが取引までしはじめたからである。いよいよもって謎めいた生態だ。あるいはエンダーマンよろしくテレポートもするのかもしれない。そういえば目が合うと近づいてくることが多い。

 

「そ、そんなにビックリしなくてもいいじゃない。プレゼントよ。わたしはあんたの主人なんだから、それくらいのことはするの。べ、べべ別に、励ましてもらったからとかじゃないのよ? あんまりあんたが欲しそうにしてるから、その、しょうがいなって思ったの! あんたお金持ってないだろうし」

 

 マインは笑顔になった。面白い。こうなると俄然ルイズの村人もどき的性質に興味が湧いてくる。取引してみたい。このピンク頭の摩訶不思議個体はどのような物品を出してくるのだろうか。

 よし、やってみよう。

 しかしところ変われば勝手も変わるものだ。マインはとりあえずアイテムスロットに入っている中からそれらしいものを出してルイズの反応を見ることにした。 一つ一つ見せていけば欲するものがわかる。

 

「そのどこからともなく物を出す魔法、一体何なのかしらね……って、え、何? くれるの? わあ、綺麗な緑色……って、えええ! これエメラルドじゃない! 何て大きさ! え、えええええ!? ルビーも!? サファイアも!? どれも見たことないくらい大きい粒だわ!」

 

 よしよしやはり、とマインは笑む。エメラルドは村人と取引する際の定番であるし、新アイテムである紅玉と蒼玉も似たようなところがある気がしていたのだ。硬さ、頑丈さについては新アイテムの方が優秀であるが。

 

「ありがとう……でも貰えないわ」

 

 そこでマインはハタと気づいた。

 どうして自分は紅玉と蒼玉を素材に道具を作っていないのだろうか。硬さこそ調べたものの、エメラルドに似ているというだけで取引用チェストに分類したのはいかにも浅慮ではないか。ダイヤほどではないにしろ丈夫な素材だというのに。

 

「わたしはまだ、あんたを使い魔とするに相応しい主人になってない。だから、わたしからあんたに何かしてあげるのはいいけど……あんたに何かしてもらう資格がない。わかるのよ。あんたのことがよくわからないって事実が、わたしにそうわからせるの」

 

 目を閉じ、フウと息を吐き、首を横に振って……マインはまたも村人もどきに教えられたことを知った。この家の前に出ていた看板だ。看板といえば木製とマインは決めつけていた。それをここでは金属で作り、しかも長方形でなく剣の形にデザインしている。思えばそれに感動してこそこの家の扉を開けたのだった。

 

「大丈夫。わたしは何も諦めてないの。マインは待ってて? いつかきっと、わたしはあんたが宝石を渡すに足る主人になるわ。そんなに遠い話じゃないの。すぐよ。すぐにそうなってやるんだから!」

 

 よし、とりあえず紅玉と蒼玉でツルハシを作ろう。そして性能を試しつつ丸石を大量に採掘するのだ。ここの近場で。

 マインはウムウムと頷いた。

 ルイズとの取引は成立しなかったが、まあ、それもまたよくある話であった。



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ハーフブロックとベンチと怪物

 マイン・クラフトは確信する。人生とは建築だ。万事万物は建築につながり、畢竟、建築者は世界とつながることになる。それは常なる晴れ舞台を生きるということだ。

 彼は満喫していた。

 でこぼことした土ブロックを除去して丸石ハーフブロックを敷き詰め、小川とも用水路とも知れない中途半端な溝を整えて水ブロックによる水流を伸ばし、どうしてか初心者じみた拙さや綻びの点在する屋根を階段ブロックで改め、ゾンビ対策の甘い壁という壁を小粋にガラス板や相応の建材で補い……他にも色々と諸々と作業して。

 気づけば夕暮れである。ちょっとのつもりが夢中になってしまった。

 マインは笑顔でジャンプを一つした。金属看板の家を中心とした一画は実にマイン好みに仕上がった。必要建材量を計るための試行としては十二分の成果を上げたといえる。

 

「おでれーた。相棒はあれか。『使い手』なだけでなく『行使手』でもあるのか? いや、この理不尽がまかり通る感じはむしろ……あれ? 何だっけ?」

「言ってる意味がわからないわ。マインに関することなら教えなさいよ」

「何だって主人が使い魔のことを聞くんだ。逆だろ、普通は」

「そ、そうかもしれないけど……何よ、教えてくれたっていいじゃない!」

「ん? 相棒が見てるぞ?」

「え!?」

 

 ベンチに座っているルイズを見て、マインは微笑んだ。やはり制作物は利用されてこそである。

 そして首を傾げた。ルイズに預けた剣が音を立てているからだ。先にも思ったが、その音は村人もどきたちの鳴き声と似ている。こうして見ると、まるで交流をしているようではないか。

 不思議な剣だ。いや、不思議なエンチャントというべきか。

  

「ま、ま、マイン。べべ別にわたしはあんたのことを不審がってるわけじゃなくて、その、むしろ信じてる! 信頼してるけど! でも、あの……」

「おっと嬢ちゃん、頬が赤いぞ? どうした?」

「な! このボロ剣!」

 

 そもそもあの剣には奇妙な性質がある。マインのアイテムスロットへ入らないのだ。仮設チェストでも試したが駄目だったし、仮設かまどで試そうとすると奇妙な鳴き声を上げてうるさかった上に失敗した。後は額縁でも試さなければなるまいと思う。

 そんなわけでルイズが装備した状態でいるのだが、マインとしては己の心境の変化に苦笑うばかりである。敵対関係にないとはいえ、クリーパー的何かに対して武器を渡すなど本来であれば絶対にしないことだ。自殺行為といってもいい。ましてやあれには詳細不明ながらも強力なエンチャントがかかっているのだ。

 

 まあ、ルイズなら、いいか。

 

 どうしてかそう思ってしまう自分がとても不思議に思えて、マインはとりあえず焼き豚をかじった。美味い。やはり建築による空腹を建築物に囲まれつつ満たす食事には堪らない充足感がある。

 しかし、マインは食べ終えると焼き豚の残量が気にかかった。そろそろ畜産を始めたいところだが、草原や森に牛や豚や羊を見かけず困っている。とりあえず兎の飼育は始めたが、焼き兎肉とは少々腹に物足りないものだ。

 

「相変わらず野蛮な食べ方ね……って、もうこんな時間なんだ。気づかなった」

「そりゃこんだけ明るけりゃな。てーしたもんだ、相棒の魔法は」

「……マインの松明って、ずっと明るいのよね。ずっと消えないの」

「……この通り沿い、家と家の隙間も何もかも、どこもかしこも明るいな?」

「…………よ、夜も明るくて、便利。うん、便利便利。ね?」

「…………一欠片の夜も来ない通りの出来上がりか。おでれーた」

 

 さても、とりあえずここら辺りの湧き潰しは完璧に実施してある。続きは翌朝のお楽しみだ。

 採石場を開いて資材を調達し、適当な場所に仮拠点を……いやいっそ既にある草原の仮拠点からレールを敷いてもいい。高速トロッコを試すのだ。上手くいけば往復が容易になって大村落での美味い食事にありつける。うん、そうしようそうしよう。マインは大きく頷いた。

 

「そうね。帰りましょ。今から急げば食堂も開いてると思うわ」

 

 ルイズが剣を寄越したから、マインはそれを持って構えた。例によって力はみなぎるが、やはりアイテムスロットへしまえないのは酷く不便だ。瞬時に土ブロックを持つこともできない。

 

「マイン、それじゃ門を通れないわ。鞘があるんだから背負えばいいのよ。待って。結んであげるから」

 

 驚きであった。まさかの発想であった。

 マインは首を捻って己の背を確認し、そこに剣がある新鮮さに目を見張った。まるで自分の背中が額縁にでもなったかのようだ。そこには確かに剣がある。手を伸ばせば取ることもできる。

 

「甲斐甲斐しいねえ。貴族の嬢ちゃんに世話させるなんざ、結構なご身分じゃねえか! 相棒!」

「マイン、それもう少し鞘に押し込んどいて! 黙るらしいから!」

 

 さすがルイズというべきか……マインは満面の笑みで頷きを繰り返した。新発想とは即ち革命である。慣習を越え固定観念を超えた者にこそ、世界はより鮮やかで美しい姿を見せてくれるのだ。

 思えばこの世界に目覚めて最初に出会ったのはこのピンク頭だった。そしてそこから新鮮な発見の日々が始まったのである。あるいはルイズに出会うためにこそこの世界に来たのかもしれない……マインはそんなことまで思った。何しろ今のところルイズほど珍妙な希少個体は見つけていないことでもあるし。

 

「そ、そそそ、そんなに見つめないでよ!」

 

 速い。追う。更に加速した。更に追う。特に意味はないが、何とはなしに。

 そうやって風切り駆けることしばし……大村落の重々しい外観を望む夕闇の草原において、マインは奇妙極まる光景に出くわすこととなった。

 仮拠点の側に巨大な人型の何かがいる。

 大きい。本当に大きい。ガスト以上であることは間違いない。しかも動きに力強さがある。強い。あれは強力だ。材質は土か? いや、拳部分が金属になった。それは振り下ろされて、樫の木製のテントが潰れた。

 マインは馬上で呆気にとられた。ルイズと剣が何やらひっきりなしに鳴いていた。



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ガンダールヴとオフハンドスロット

「きゃぁああああああああ!」

「キュルケ!? ウィンドドラゴンになんて乗って、何やってんの! そのゴーレム何なのよ!」

「し、知らないわ! あたしはここに遊びにきただけだもの。今日はお宝掘りに行かないみたいだから、金銀財宝について少しお話ししようかと思って……」

「はあ!? マインの家に来るなら、事前にわたしの許可をとりなさい!」

「あら、ヴァリエール。何をそんなに怖がっているのかしら?」

「……どういう意味よ、ツェルプストー」

「来る……回避」

「え、何、タバサ、きゃぁああああ!?」

 

 太い腕を振り回す大きな大きな人型のそれは、造形がどこかしらアイアンゴーレムに似ているから、マイン・クラフトは頭に浮かんだ一つの疑念を払い捨てた。

 

 あれ、エンダードラゴンじゃないな。うん。黒くもなければ飛びもしないし。

 

 むしろその周囲を飛び回る有翼の生き物の方がエンダードラゴンのイメージに近い。色こそ青色だが風を巻き空を滑るその飛翔こそはマインの想定していたものだ。既に目はタイミングを見極めている。はい、今射れば当たった。そら、今も。

 

「危ない! 何で逃げないの、キュルケ!」

「駄目よ。ゴーレムの肩を見なさい、ルイズ!」

「メイジ……こんなに大きい土ゴーレムを操れるなんて、『トライアングル』クラスね?」

「あなたの使い魔の宝物が目当てなのよ! きっと!」

「まさか……『土くれ』の!?」

 

 それにしても不思議なのは、巨大ゴーレムにしろエンダードラゴンもどきにしろ、どちらにも村人もどきが乗っかっていることだ。前者については大きさからいって高層建築の高所作業という風でもあるが、後者についてはまるで空飛ぶ馬といった有様である。いや、鳥だろうか。チキンジョッキーとは高度が違うが。

 考えのまとまらないままに、マインは馬から降りた。そしておもむろにベイクドポテトを一つかじる。

 

「おう、どうした相棒。まさかビビッて……るわけもないか。目をまん丸にして、笑顔か」

 

 欲しい。マインはあれが欲しいと思った。エンダードラゴンもどきをだ。空を自由に移動できたならネザーの攻略がどれほどに容易であったろうか。溶岩浴の間抜けを晒すガストへ襲いかかれたらさぞかし痛快だったろうに。

 一方で、巨大ゴーレムの方は……いらない。

 あれはかさばりすぎる。村の守護者として配置したら畑がひどいことになりそうだ。乗っている村人もどきも、エンダードラゴンもどきの方と違って鳴き声の一つも上げない。降りるに降りられないのだろう。往々にして村人とは愚にもつかないことをするものだ。段差が足りず入れない家に住まうとか。

 巻き添えになっても仕方ないね、とマインは頷いた。

 さても僅かな空腹をベイクドポテトで満たしきって、マインはダイヤ製防具一式を身にまとった。武器としては右手にダイヤ剣である。後は弓矢と釣り竿くらいしか攻撃に使えるアイテムを所持していない。

 

「おでれーた! どっから出した、その武装は! どれもとんでもねー材質でとんでもねー魔力だ!」

 

 剣の鳴き声が下からする。どうやらダイヤチェストプレートに弾かれて紐が解けたようだ。少し思案し、マインはそれへと()()を伸ばした。

 

「おお!? 何だ、この凄え力は! これは……そうか……相棒の心が震えてるのか! そうやって力が溜まって……おおお、色々と思い出してきたぞ!?」

 

 マインは三つのことに驚いた。

 一つに、左手の甲にエンチャントの際に見られる文字列のようなものがあり、しかもそれが発光していることだ。いつの間にそんなものがあったのか。何かしら効果を発揮しているのか。あるいはこのポーション服用時に似る症状がそれか。二つ目の驚きとはいつも以上に症状が強いことだ。

 三つ目にして最大の驚きは……左手に物を持てた、ということである。

 これまでマインは己の左手に意識を向けることがほとんどなかった。両手で作業することはあったものの、左手だけで何かをしたことは皆無だった。右手で世界を相手にしてきたのだ。

 しかし、今、心震わせながら左手を用いている。

 そういうこともできるのではないか、という閃きはピンク色をしていた。

 

「ルイズこそ逃げなさい! あなたは魔法が……!」

「いやよ! わたしはマインの主人よ! あいつがあんなに嬉しそうに見せてくれた家を……マインの努力の結晶を……それを目の前で無茶苦茶にされて、どうして逃げられるのよ! それのどこが貴族よ! 誇りある者よ!」

 

 ルイズが大きく鳴いて、クリーパーとしての力を発揮した。爆発だ。巨大ゴーレムの膝が派手に弾けた。中々の威力だが砕くには至らない。やはり硬い。しかしノックバックに似た症状を引き起こしたようだ。

 その足元へとマインは走り込んだ。散らかった土ブロックや階段ブロックを素早く回収すると、土に埋もれた形のラージチェストと作業台とかまどが姿を見せた。地上作業用の簡易設備である。

 これらは巨大ゴーレムの攻撃によって埋まったのではない。もとよりその位置に設置していた。階段ブロックによるテントは外観こそ美しいものの内部の容積は極小である。地下へ降りる階段を二つ並びにしたことの弊害もあった。要はそこにしか置けなかったのだ。

 

「マイン! 危ない!」

 

 ルイズが鳴いた。それが警告だとわかった。マインは即座に走り出した。巨大な一撃が階段を崩し埋めた音を背に聞く。ツルハシを振るわないでは地下倉庫へ行けなくなった。続けざまの一撃も高速で並行移動して避ける。やはり俊敏のポーションと同質かつ強力な効果が出ている。

 

「いいぞ相棒! そう! 思い出したぜ! お前さんは『ガンダールヴ』だ! 懐かしくて錆びも落ちるってもんだぜ! 俺のほんとの姿を見せてやる!」

 

 何やら左手の剣が急に耐久度を回復させたようだ。面白いエンチャントだから後で調べよう、とマインは思った。

 そして右手にダイヤツルハシを構えた。埋もれラージチェスト……スタック単位にまとまるまで雑多な品を入れておいた適当箱……から取り出したTNTが三個あって、それもすぐに持ち替えられるよう準備した。

 見上げる先には巨大ゴーレムがいる。威嚇するように両手を広げている。明確に敵対している。

 マインはグリンと首を回した。

 

 上等だぞ、コノヤロウ。

 

 実のところ、マインは怒っていた。目の前の巨大ゴーレムは建築物破壊の現行犯であった。



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ステータス効果と水バケツと大爆発

 マイン・クラフトは考える。クリーパーはまだ許せると。

 あの緑色をして音もなく這い寄る者どもは、過去何度となく、マインの建築した建物やそれに付随する景観を破壊してきた。爆発音とは修繕の合図であり、穿たれた大穴の底から見上げる空はいつだって悔し涙に滲んでいた。

 しかし、そこに怒りや憎しみはなかった。むしろある種の敬意があった。

 なぜならば、クリーパーは爆発と共にその体を四散させる。勝利の栄光と共にさっぱりと消え去るのだ。どうあっても報復できない以上は、その捨身の仕事ぶりを讃えるより他に何ができるだろう。

 ひるがえって、今、マインは破壊者と対峙している。

 見れば見るほどに巨大なゴーレムだ。何様のつもりだろうか、マインの建築を破壊して悪びれるところもなく、何なら地下まで掘り下げるぞと言わんばかりに腕力をひけらかせている。

 

「マイン!」

 

 ルイズの鳴き声が空から聞こえた。エンダードラゴンもどきに騎乗したようだ。マインは思わず頬の緩んだ自分を不思議に思った。

 羨ましいのか。それとも空飛ぶルイズというガストの上位存在に笑うしかなかったのか。

 首を捻る。捻りつつも巨大ゴーレムの拳を避ける。それは地面にめり込んだ。損害を推し量る。恐らくは大丈夫だ。仮拠点地下部分は十ブロック以上の深さにある上、そこら辺りは壁も天井も丸石ブロックである。

 何にせよ、この巨大ゴーレムは敵である。滅ぼす。マインは地を蹴った。

 

「おお! さすがは俺の『ガンダールヴ』! アレを相手に真正面からか!」

 

 巨大ゴーレムの腕に着地し、マインは得心した。このところ武器を持つことで生じていたステータス効果には、『力』と『俊敏』だけでなく『跳躍』も含まれる。あるいは他にも確認できていない何かがあるのかもしれない。それが悪性の効果である可能性もある。要研究だ。

 ウムウムと頷き、マインは腕の上をダッシュした。

 

「凄いわー。ルイズ、あんたの使い魔って何者なの? 魔法も使わないであんなことして」

「……マインは、マインよ」

「え、名前だけ?」

「一番大事なものでしょ!」

 

 マインは走る。速く、迷うことなしに。

 高所にて細道を行くが如き心地はネザー要塞へ侵入する際にも味わったものだ。落ちれば溶岩の海という死地でウィザースケルトンとガストに襲撃されたあの時、マインは己の限界を超える経験をした。アイテムロストを惜しんでの奮闘である。

 それに比べれば今この時などピースフルだ。そら、巨大ゴーレムの肩に到着である。

 

「くっ! 何てやつだい! 叩き落してやる!」

 

 反対側の肩で黒い村人もどきが切羽詰まったように鳴いている。やはり降りられなくなっていたようだ。大体にして村人という生き物は愚かだが、この個体も記憶に残る水準の愚かしさだ。いっそ可愛らしい。

 

「な、何て気持ちの悪い動き! 何で当たらない!? 何で落ちない!?」

 

 巨大ゴーレムの手に捕まらないようヌルヌルスルスルと並行移動しつつ、マインは黒い村人もどきをどうするか考えた……おっと危ない、スニーク姿勢で落下阻止……さてどうしたものか。

 このままTNTを設置すれば間違いなくこの個体を殺すことになる。ドロップは期待できず有名度が下がる……おおっとスニーク落ちない落ちない……結果としてあの長テーブルの大部屋でご馳走が食べられなくなるかもしれない。それは困る。

 

「おでれーた。まるで遊んでるみてーじゃねえか。だがな、相棒。あんまり余裕をかましてると……」

 

 避けたはずの指が肩口をかすめたから、マインは中腰になってもなお落下しかけた。

 

「普段以上の動きをすればするほど『ガンダールヴ』をやれる時間は減るぜ? もとよりお前さんは攻撃用の使い魔じゃねえんだ。防御用さ。主人の呪文詠唱を守るためのな」

 

 急速に身体が重くなっていく。まるでステータス効果が逆転していくかのようだ。『弱化』と『鈍化』、あるいは『疲労』もあるかもしれない。

 

「さすがに力が続かないようね! さあ、諦めて死になさ……って、え? え!? ちょっと待って、あんたその武器と防具は、まさか全部が……! いやでもそんな馬鹿な事が……!?」

 

 もういいや、とマインは小さく吐息した。黒い村人もどきがどう飛び散ろうが知ったことではないという判断だ。どうせ腐りそうなほど大量にいることだし、一人の殺害であれば二人を丸石ブロックで殴りつけるのと同等の有名度減少でしかない。きっと大丈夫だ。

 だから、掘る。

 巨大ゴーレムのうなじ辺りから胴体中央部へ向けて、マインは掘削を開始した。土部分は避けて石らしき箇所を掘り下げる。ダイヤツルハシの威力をもってすれば奥深くにまで至るのも容易い。やはり少々『疲労』の影響が出ているが手数で押し切る。

 そして、三個のTNTを設置した。

 すぐにもジャンプと土ブロック設置を繰り返す。早急に離脱しなければならない。高所ではあるが、水バケツはアイテムスロットの常備品である。水流に乗れば安全な降下が可能だ。間に合うか。厳しいところだ。『鈍化』の影響が大きい。

 それでも何とか穴から脱し、水バケツを手に持って……そこへ大きな影が迫った。

 

「きゃあっ!?」

 

 今のはルイズの鳴き声だな、とマインは思った。空中で、である。巨大ゴーレムの手により弾き飛ばされたのだ。ノックバックなどというやわな勢いではない。叩きつけられれば大ダメージは必至だ。目覚める先は仮拠点地下部分になるだろう。

 

「よくもマインを!!」

 

 ルイズが棒を振ったのが見えた。そして爆発、爆発、大爆発である。

 凄い速度で飛来した土ブロックや石ブロックを何とはなしに回収しながら、マインは思う。今のは四発分の爆発力であると。内部からはTNT三個が、外部からはルイズのクリーパー的力が、それぞれに働いたのだ。

 巨大ゴーレムは土ブロックの山へと化した。

 それを見やりながら、ゆっくりと地面へ降り立って、マインは大いに首を傾げた。どうして自分は無事なのか。

 

「よく『レビテーション』を間に合わせたわね、タバサ」

「飛び降りようとしてたから」

 

 空からエンダードラゴンもどきが降りてくるなり、ピンク色の頭部が勢いよくマインの胸に飛び込んできた。悪性ステータス効果さえなければ避けられたのだが。



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ルイズとマインとゼロとイチ

 夜に浮かぶ二つ月の下、マイン・クラフトは熱心に作業していた。

 

「ビックリよねー。まさかミス・ロングビルが『土くれ』のフーケだったなんて」

「貴族の名をなくして盗賊の名を得る……どんなことがあってそんなことになったのかしら」

「そうね……メイジとしての実力があれほどなら、きっと権力の方で色々とあったんじゃない?」

「権力……」

「あら、あなただって他人事じゃないわよ。トリステインの公爵家なんだから色々とあるでしょう?」

「三女よ。そんなにはないわ……魔法も上手く使えないし……」

「今回の活躍で『ゼロ』も返上したじゃない」

「ゴーレムを吹き飛ばしたのは、半分以上、マインの力よ。幾ら周りが褒めてくれたって、わたしにはそれがちゃんとわかってるの。メイジとしての……貴族としての本当の力は、まだまだ駄目よ。わたしは」

 

 邪魔にならない距離で、ルイズと赤色茶顔が何やら交流している。そばには火炎尻尾もいる。作業の妨害がないよう辺り一帯には松明を並べ立てているので、その愛すべき照明力が意味をなしていない。

 

「貴族の力か……なら、ミス・ロングビルの凋落には財力という線もあるんじゃないかな? 国に国力の優劣があるように、貴族といったってどこも豊かというわけじゃないからね」

「ギーシュが頭良さそうなこと言ってる……じゃあ、今回の襲撃はマインの財産を狙ったものだったっていうの?」

「そんなに意外なことかしら? オールド・オスマンの秘書をやってたんだから、当然、あなたの使い魔が普通じゃないとわかっていたはずよ。あのたくさん並んだ宝箱の中身についても……ね」

「マインの宝箱? 土とか石とか、あとはジャガイモとか爆弾とかでしょ?」

「爆弾って何だい、ルイズ……それに鉄だね。彼の生み出す鉄の素晴らしさは僕の剣の敗北が証明している」

「……敗北?」

「そっか、タバサは知らなかったっけ。今度あたしと一緒に見物する? ギーシュの剣がポキポキ折れるところ」

 

 見れば近くには鉄ブロック好きの金色頭部と、エンダードラゴンもどきに乗っていた青頭子供もいる。四体とも今夜は装備が違っていて、何やら華やかで派手な印象がある。村人もどきはゾンビやスケルトンのように装備を変更するらしい。また新たな発見だ。

 マインは深く頷いた。やはり、この世界への認識を改めて正解である。

 一見したところモンスターの徘徊しないピースフルな環境に見えるが、火炎尻尾や茶色丸々のような利便性の高い生き物がいる一方で、巨大ゴーレムやルイズのような敵対すれば恐ろしい個体もまた存在する……実はハードコアな世界だ。ここは。

 

「あたし、賭けてもいいわよ? ルイズの使い魔が保有する財産を使えば、ゲルマニアで伯爵にも侯爵にもなれるって」

「はあ!? どういう意味よ、それ!」

「そのままの意味よ、ヴァリエール。あなたは知らないみたいだけど、あの不思議な宝箱の中には誰も見たこともないほどの財宝がしまわれてるわ」

「……それって、エメラルドとかサファイアとか、ルビーとかのこと?」

「宝石の他にも、ゴールドやシルバー、プラチナといった貴金属もね。風石も船団を編制しても余っちゃうくらいにたくさんあるわ。あたしは知ってるのよ」

「本当なら凄いなんてもんじゃない財力だね。知らなかったな」

「……あなたはもう少し、自分の使い魔の目で世界を見てみることね」

「ヴェルダンデの目? あの円らで愛くるしい目のことかい? 毎日たっぷり見つめ合っているさ!」

 

 距離を変え角度を変え、念入りに己の仕事ぶりを確認しているマインだが、村人もどきたちがやいのやいのと鳴いていて少々気が散った。四体とも手に手に食料を持っているのもいけない。美味そうだ。少量ずつポーションも飲んでいるようだが、そちらについては首を捻るばかりだ。

 

「マインって、本当はどこか遠い国の貴族だったりするのかな……文化がまるで違うところもあるし」

「東の世界とか? そうであっても、あたしは不思議に思わないわ」

「剣と鎧」

「そう、タバサの言う通りよ。あの剣と鎧を見るだけでも普通じゃないってわかるもの」

「……僕も一度確認したいと思ってたんだ。どうしても自分の目が信じられなくてね」

「わかるわー。あたしもそれと気づいた時には我が目を疑ったもの」

「ルイズ。君の使い魔の剣と鎧は……あれは……総ダイヤモンド製かい?」

 

 土台も含めて下層部分には問題がないと判断し、マインは土ブロックによる足場を跳び登った。中層部分は全方位に弓射用窓を開けている。それはいい。しかし下層部分に取りつかれた時には射角がとれない。要所要所に真下へ攻撃するための出っ張りを設けよう。なあに、真下へなら弓矢など必要はない。溶岩バケツで事足りる。

 

「わあ!? た、大変だ、あそこからマグマが……って、あれ? 消えた? 僕の目の錯覚か?」

「ああ、マインよ。あいつ、そういうこと普通にやるから」

「そうねー。前に水でもそんなことをしてたわ」

「え? え? 土や鉄を使うからてっきり『土』の系統とばかり……え? 『火』と『水』も?」

「あいつの魔法は、そういう分類に当てはまらないと思う……先住魔法かもしれない」

「でもエルフって見た目じゃないわよねえ?」

「……幻獣」

「げ、幻獣って……タバサも結構言うわねー」

 

 上層部分は示威効果も狙って大胆な構造をしている。屋上を囲う凹部が大きく、まるで巨大ゴーレムの手のような力強い造形なのだ。またあれに襲われたとしても断固として跳ね返す、というマインの気概の表れである。

 

「ところで、そろそろ目の前の現実を確認したいんだが……君の使い魔が建てているアレは……あの軍事力の象徴のような塔は、何だい? ひどく物々しい雰囲気なんだが」

「わかるわー。あたしもさっきから我が目を疑ってるもの。見る間に草原が戦場になってくみたいだわ」

「実戦的」

「じ、実戦か……君たちが戦った土ゴーレムとの再戦を見越しているのかな?」

「そうかもしれないわねー。財産を奪われるところだったんだし」

「……でも、きっと、マインは扉に鍵をかけない」

 

 さて、こんなところか。微調整を終えて、マインは屋上からの風景へと目をやった。

 近くは数十本の松明に照らされているものの、遠くには夜が広がっている。危険を孕み、モンスターを生む闇の領域……放っておけば世界の半分は常にそんな風なのだ。開拓者とはその闇へ挑み戦う者であり、建築者とはその危険を打ち払う者である。マインの生きる道とはそれである。

 

「マインは誰かを求めないけど……ああやって、いつも独りで遠くを見てるけど……でも、誰かを拒んだりはしない。だから、わたしの使い魔でいてくれる。わたしを主人でいさせてくれる」

 

 丸石ブロックの在庫はまだまだ沢山ある。これを主塔とし、状況を見て城塞へと発展させていこう。そうすることで安全圏を拡大するのだ。マインにとってそれこそが世界との関わり方である。

 

「わたしが『ゼロ』じゃなくなったんだとしたら……それは、マインがわたしの『ただ一つ』になってくれたからだわ」

 

 でも、しかし……とマインは中腰になった。ここまでしたところで空からルイズがやってきたら対抗できないと思ったからである。何かあのピンク頭を放っておけない気がするのは、やはり危機感と防衛意識によるものなのかもしれない。どうしてか討伐する気にならないのは目下大いなる謎だが。

 

 まあ、いいか……とりあえず腹が減ったなあ。

 

 焼き豚を一枚手に取ったマインは、ふと思案し、屋上のトラップドアを開けて中へと入った。美味そうな肉にかぶりつきもせず階下へと進み、一階へと降り立つ。目の前には出入り口の扉がある。それを開けた。

 十ブロックの距離を開けて、ピンク頭のクリーパー的存在と目が合った。

 マインは歩き出した。

 ルイズのそばで食事をしようと、そう思い立ったからである。




1巻部完結。


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金色のパンと兜とパワーストーンブロック

 その日、待てど暮らせど草原にモンスターがスポーンしなかったから、マイン・クラフトは懐かしの大部屋へとやってきた。火炎尻尾を発見した日に訪れた場所であり、ルイズが爆ぜ散らかした机や椅子を再設置した場所である。

 いる。村人もどきに混じってそこら中にいる。やはり日中のこの部屋には沢山の珍奇な生き物が集まるようだ。中には敵対すれば厄介そうな個体も交じる。そのくせ夜の草原に徘徊するものが一匹とていないのだから、マインは首を捻るばかりだ。

 常なる脅威がなく、高い壁を巡らせていて、大量の食糧を保有する……大村落に村人もどきが溢れる理由が察せられる。守護者であったろうレア・スポーンが再び現れないのも、ここの安全が確保されていることの証左かもしれない。

 

「ねえ、ルイズ。そちらがあなたの使い魔? どうもそう見えるのだけど」

「他の何に見えるのよ、モンモランシー。マインよ。そわそわしてどうしたの?」

「ええと、その……ワインでなく香水を飲むって、本当かしらと思って」

「ああ、そういえばそんなこともあったわね……半分は誤解で半分は正解よ。マインは瓶に入った液体は何でも飲むの。初めて見た色の場合は」

「……まあ。なんてこと」

 

 聞き慣れないハアンに振り向いてみると、ルイズが交流していた。

 相手は不思議な村人もどきで、頭部からパンをいくつもぶら下げている。しかもそれらは綺麗な金色だ。決戦用アイテムの一つ、エンチャント済み金りんごを思わせてならない。

 

「あらー、このところルイズの使い魔は大人気ね。皆してお近づきになりたくてしかたがないんだから」

「な、何のことかしら? わたしは単に噂の真相を……」

「魅力的な女が何をしなくとも殿方を引き寄せるように、財力もまた金色に香って人を惑わせるものだわ」

「……キュルケ。それ、どういうこと?」

「ほら、この間厨房で一騒動あったでしょう? 噂になってるのよ」

「ああ……そういうこと。モンモランシー?」

「ちちち、違うわよ! わたしは別に宝石になんて興味は……あ!」

「ほらねー。ま、あなたの使い魔も悪いんだけど。あんな大粒のエメラルドとカボチャなんかを交換しようとしたんだから」

 

 金パン頭はルイズに迫られてもパンを手に取らなかった。予想したようなアイテムではなさそうだ。マインは嘆息した。巨大ゴーレムの急襲以来、村人もどきの危機感のなさが気にかかる。そういう生き物であるとはいえ。

 油断は即、アイテムロストにつながる。これは鉄則だ。

 あの巨大ゴーレムは大村落の壁を一またぎにできる大きさだった。ここの防衛力では対抗できない敵なのだ。相応の準備と装備を整えるべきであり、ご馳走の大部屋を利用しているマインとしては自分が何とかしなくてはと妙な使命感に燃えるところであった。大村落は建築物として見ても損壊させたくない出来栄えなのだし。

 

「皆にも言っておくわ。マインと何か交渉したいのなら絶対にわたしを通すこと。それを破る者はヴァリエール公爵家を軽んずる者としてわたしに記憶されることになるわ。覚えておいて」

「フフ、それでいいのよ。正しい権力の使い方だわー。財力についてはやっかみを受けるかもしれないけど」

「わたしはマインの財産をどうこうする気なんてないし……それに、これはマインのためだけじゃないわ。結局は欲に駆られたバカが酷い目にあうことになるもの。マインは真っ直ぐすぎるから」

「そうねー。今も可愛らしい顔して何を考えているのやら」

 

 やはり守護者の配備を実行しよう。そう決意し、マインは大きく頷いた。

 塔の防衛力では大村落の一方角を警戒するのが精々である。ここはアイアンゴーレムの出番だろう。そもそも大村落の価値を思えばあのレア・スポーンではいかにも戦力不足だったのだ。見た目だけだ、あれは。

 

「最近、マインがあんまり笑わなくなった気がする。やっぱりテントを潰されちゃったからかな? ボロ剣をずっと背負ってるし……それとも……」

「え? 今、とっても素敵な笑顔よ?」

 

 しかも……とマインは頷きを繰り返した。まさにうってつけの新ゴーレムが用意できるからだ。

 その名は『アイアンゴーレム・パワード』。

 かねてから性質を研究していた新素材『パワーストーン』のブロックをレシピの中心部に据えたアイアンゴーレムで、見た目こそ変わらないものの移動速度と敏捷性が格段に増している。具体的には馬のように走るし跳ぶし、マインに匹敵する勢いで腕を振るう。強い。エンダーマンにも勝てるかもしれない。試したい。どうしてここにはエンダーマンがいないのだろうか。

 

「敬意を示して聞き学ぶべし。私、『疾風』のギトーによる授業の始まりである」

 

 マインは考える。カボチャも鉄ブロックもパワーストーンブロックもあることだし、いっそここで一体作成してみようかと。場合によっては戦闘力を試せるかもしれない。どの生き物も村人もどきに友好的な様子ではあるが。

 

「最強の系統とは何か……知っているかね、ミス・ツェルプストー」

「それは『虚無』かと」

「伝説の存在を話しても仕方あるまい。実際の戦場において最強の魔法とは何か、ということだ」

「戦場。それならば『先住魔法』ですわね」

「……エルフとの戦争など幾百年も昔の話だ。どうにもゲルマニア貴族というのは現実が見えていないな」

「あら、現実なら学院の窓辺からでも見えますわ。草原に屹立するあの塔……たった一晩で建って揺るぎなきあれこそ『先住魔法』でしか説明のつかない現実にして、戦場における最強ですわ」

「あんなもの……ただの建造物ではないか」

「フーケの土ゴーレムに対抗すべく建てられたに違いない建造物、ですわ」

「ちょっと、キュルケ、何をムキになって……」

「覚えておきなさい、ヴァリエール。学院なんていう狭い空間では独自の権力構造が……」

 

 マインが作業台を作ろうとしていたまさにその時、大きな音を立てて大部屋の扉が開かれた。金色の大きな頭部をした村人もどき……あいや、見る間に肌色頭に変わった。あれは兜のようだ。

 

「授業は全て中止であります! 畏れ多くも先の陛下の忘れ形見にしてトリステインの誇る可憐なる美の化身、アンリエッタ姫殿下が行幸なされるのですから!」

 

 マインは大部屋を出た。ハアンの大合唱がさすがにうるさすぎたからである。



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畜産と防御と繁殖と発情誘発アイテム

 夜、階段を登るとルイズがいたから、マイン・クラフトはギョッとして羊毛を取り落した。

 場所は拠点一階である。油断もしている。見慣れたピンク色とはいえ、不意にクリーパー的存在と出くわせば慌ててしまって当然だ。往々にして奴らは気配を殺し忍び寄ってくるものゆえに。

 

「あ、ふかふか……ギュってする……」

 

 羊毛を取られた。絨毯と絵画を作った際の余り物だが、牧場に羊がいない現状、それなりにレアな素材である。マインとしても色々とやりくりしているのだ。この世界ではモンスタースポナーどころかモンスターのスポーン自体が確認できないから、他にも火薬や火薬、あとは火薬などの入手手段にも難儀している。

 

「……あったかい……」

 

 ピンク色が丸まってるとどうしたって豚みたいだな、とマインは焼き豚を取り出してかじり始めた。これと取り換えてくれないだろうかと思う。

 豚肉は大量に確保している。二匹の豚を黒色頭部との取引で入手し、大量のニンジンでもって急速な繁殖を実施したからだ。エンチャントなし鉄剣でもどうしてか一殺で四、五個の肉を獲得できる今のマインにとって焼き豚と羊毛との交換レートは八対一である。

 ちなみにマインが支払ったのは鉄斧だった。エメラルドでは甲高いハアンを鳴かせるばかりで一向に取引として決着しない。ならばと思いついたのが金色頭の大好きな鉄である。鉄ブロックおよび鉄製品を並べたところ斧が選ばれた形だ。当たりだ、と思った。それはパワーランクこそ低いものの効率強化のエンチャントを施した品だった。

 そう、本も不足している。どこかに図書室のある遺跡か司書のいる村はないだろうか。

 

「姫さま……ワルドさま……」

 

 さても、どうしたものか。マインは首を捻った。

 ルイズがこの仮であることをやめた拠点を訪れることは珍しくないが、夜半であることは稀である。そしてそういう時には他の村人もどきが集まってくる傾向があるのだ。

 

 あれも来るかな……骨も小麦も駄目なら今度は肉だ肉。豚肉一スタック。

 

 ウロウロと動き中腰を繰り返す。このところマインはとある生き物に執着している。巨大ゴーレムと共に遭遇したエンダードラゴンもどきだ。あの青い翼の根元にサドルを着けたい。空を旅したい。海底でも地中でも巨大建造物を発見してきたのだ。天空にだって何かあるに違いない。見つけたい。あと空にも拠点を作ってみたい。

 

 コツン、コツン、コンコンコン。

 

 奇妙な音が入口から聞こえてきて、ルイズが丸まることをやめて、マインは羊毛を回収した。

 そしてやはりか村人もどきが扉を開けて入ってきた。黒い頭部だがあの黒色頭部とは違う個体のような気がする。それは首をグリグリと動かして……棒を振った!

 

「姫殿下!」

「お久しぶりね。ルイズ・フランソ……え?」

「マイン!?」

 

 ダイヤ装備一式でルイズの前に割り込んだマインだが、爆発も何も起こらなかったから、はてなと首を捻った。キラキラと光るものが飛んだ気もしたので、もう少し様子を見ることにする。とりあえず防御姿勢をとろうとして……愕然とした。

 防御できない。右手の剣で防御姿勢がとれない。何か左手がむずむずとするばかりだ。ならば。

 

「おう、相棒。ちょっと聞きてえんだが、お前さん、豚に恨みでもあるのか? 畜産業ってなそういうもんだと知っちゃあいるが、さすがにあの屠殺の仕方はやりすぎだと思うぜ……あれじゃ虐殺だ……すぐ増える豚にもおでれーたけど」

 

 これだ。この耐久度を回復する不思議剣を左手に構えるしかない。防御効果があるかどうかといえばない気もするマインだが、羊毛や食料よりはマシであろう。

 

「マイン、大丈夫だから。この御方はトリステインの王女アンリエッタ様。わたしたち貴族が忠誠を捧げる王族であらせられるの。どうしてここにお越しになったかについては、わたしもわからないけど……」

「あ、ああ、ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! わたくしたちの間でそんな寒々しい言葉はやめてちょうだい! おともだちじゃないの! 思い出して! 幼い心を自由と希望に満ち溢れさせていた、懐かしくも輝かしいあの日々を!」

 

 鳴き声がとてもうるさいが、敵ではなかったらしい。むしろ逆だ。黒々大声はルイズへの求愛の姿勢を見せている。どうしたものかとルイズを振り返ると頷いた。繁殖する気らしい。マインは脇へどいた。産まれる個体は何色頭部だろうかと思う。

 

「まさか姫殿下がわたしのことを覚えていてくださったなんて……幼少の頃のこととはいえ、今にして思えば無礼と暴挙を働きました。恐懼するばかりです」

「まあ! 抱きしめていてもまだよそよそしいだなんて! ルイズとの思い出は全部が宝物よ? 一緒になって駆け回って、泥だらけになって、傷だらけになって……あんなに楽しく笑いあったのだから!」

「……姫さま……」

 

 なかなか子供が産まれない。ルイズの方の発情が足りない気がする。しかしマインは今小麦を持っていない上に、そもそも村人もどきに有効なアイテムを探り当てていない。最近は赤いポーションを疑っている。

 

「ところで、そちらはルイズの?」

「はい。わたしの使い魔です。わたしにはもったいないくらいの。先ほどは粗相をいたしましたが、異文化に属するゆえのこととお許しくださいませ」

「それは構いませんが……それにしても……」

 

 黒々大声が顔を向けてきたから、マインは一歩退いた。

 

「ルイズ・フランソワーズ。あなたって本当に変わっているのね。わたくし、何だか言葉が見つからないわ」

 

 発情は治まっていたようだ。マインはホッとしてベイクドポテトをかじり始めた。



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羊毛と階段と青い不思議な宝石

 ルイズと黒々大声の交流は長くかかりそうだったから、マイン・クラフトは階段ブロックで椅子を二つ作成した。塔の一階は一時倉庫と簡易道具類が設置してあるだけで応接セットがない。

 

「はぁ……何とも頼もしい使い魔ね。まるでダイヤモンドのように輝く剣と鎧で主人を護り、杖を抜く手も見せない魔法で主人を遇し、しかも何を語ることもなく静かに主人に侍るだなんて。羨ましいわ、ルイズ」

「何をおっしゃいます。姫さまには目に見えないところでは藩屏たる貴族百家が、目に見えるところでは魔法衛士隊がおられるではありませんか」

「やめて! 規模も格式も、心が通じていなければ何の頼みがいもないわ!」

 

 よく動き高く鳴く村人もどきだ。マインは黒々大声をしげしげと観察した。先ほどから気にはなっていたのだ。この個体はその身に宝石を帯びている。しかも普通の品ではあるまい。そういう気配がする。

 

「姫さまは何をそれほどに憂いておいでなのですか?」

「ルイズ。あなたは街で流行っている小唄を知らないのね。わたくしを籠の鳥と嗤うそれを。なべて善政はマザリーニ枢機卿によるものであり、失政は等しくわたくしのいたらなさであるとするそれを!」

「……何かあったのですか?」

「何もかもがそのように解されるのよ。たとえば……」

 

 この雰囲気は精錬したパワーストーンのそれと似ている。そんな気がする。

 マインはぐるりと首を上下させつつダイヤ装備をしまい、代わりにパワーストーンを一つ手に持った。粉にしてよし、宝石でよし、ブロックもよしという用途多彩な新鉱石である。ふとした瞬間に新しい利用法を思いつくためアイテムスロットに常駐させている。

 

「他にも……そうね……最近の例を挙げれば、城下の裏通りに『不夜街』と呼ばれる区画が突如として出現したわ。消えずの松明によって闇を払われたそこでは、街路はお年寄りも歩きやすく工夫され、水路は飲用水に足る清流が滾々と流れ、白樺の木とベンチと噴水とが誰をも憩わせ、廃屋の一つとてなく整備された家屋や店舗が軒を連ねて……目抜き通りに匹敵するくらい賑わっているの」

「それが……どうして、姫さまを非難するようなことになるのですか?」

「行政の成果ではないからよ。勝手に改善された油断も、不潔なままに放置していた非情も、全ては王権を担う者の罪とみなされるわ。枢機卿へは、その区画への課税を緩め商業を推奨したとして称賛が集まったけれど」

「それは……何といいますか……」

「要は何でもいいのよ。揶揄する的はいつだってわたくし! 何をしてもしなくても、わたくしは政治的な能力について広く臣民に侮られているという、ただのそれだけ……!」

「しかし、学院では姫さまへの支持は大変に大きいものです」

「ああ、こんなことは言いたくないけれど……ここでは誰もが子供のままに、政治と無縁でいられるからよ。花の咲き誇る箱庭なのよ。草原に五角に切り取られて!」

 

 装備品にしているのかもしれないと、マインは当たりをつけた。

 武器はともかく、村人もどきの防具についてはゾンビやスケルトンに比べると判別が難しいところがある。金髪頭部と思いきや金色の兜を装備した肌色頭部だったという珍事が記憶に新しい。黒々大声もその類かもしれない。実は頭部が肌色なのかもしれない。

 パワーストーンを素材とした武器防具……硬さはそれなりだ。金のように耐久度がないでは話にならないが。

 

「……わたしに、何かできることはありますでしょうか?」

「おともだちにできることは、今のこれよ。わたくしの寂しさと悲しさに寄り添ってくれるだけで嬉しいわ」

「……ラ・ヴァリエール公爵家の三女としてならば、別な何かをできましょうか」

「王家とも近しい大貴族の人間としてなら……あるわ。大変な危険を伴って、しかも公にはされないという極秘の働きどころが。魔法と砲弾の飛び交う戦場へと身一つで赴くに等しい、わたくしのための英雄となる道が」

「危険と秘密……思えば幼少のみぎりに努めた姫さまの遊び相手も、危険で、秘密の仕事でした。戦場にも等しかったかもしれません」

「あら、もしかしてアミアンの包囲戦のことかしら? 懐かしいわ! あれはわたくしの勝ちだったわね! 侍従には内緒にしたけれど!」

「それも政治、これも政治なのだと思います。御身への忠誠を疑わず、どうか、このルイズに極秘の任務をお命じくださいませ。わたしはきっと姫さまのご期待に添うでしょう」

「ああ、忠誠! わたくしに身命を賭しての忠誠を示してくれるのね! ルイズ・フランソワーズ!」

 

 全部をパワーストーンで作ったものか。それともアイアンゴーレムにおける成功をふまえて鉄と混ぜるか。

 思い立ったら即試行、マインはパワーストーン製防具のレシピを工夫する。作業台は床に埋め込んでアクセントとしてある。格子柄が気に入っている。

 それにしても長い交流だ、とマインが目を向けたその時であった。

 

「内戦状態のアルビオンでは身の証を立てるものが入用でしょう。こちらをお持ちなさい」

 

 それだ。

 マインは食い入るようにそれを見た。黒々大声がルイズに手渡した青々と輝く宝石をだ。強力なエネルギーを秘めていることが一目でわかる。エンチャントもされているようだ。

 

「この任務はトリステインの命運を左右するもの。ルイズ……友情と忠誠とをわたくしに捧げた、貴族の鑑たるあなたと……あなたのダイヤモンドの騎士が、見事わたくしの未来を切り拓くことを期待するわ」

 

 急にルイズが屈んだ。さては落としたか。チャンスだ。拾えばそれはマインのものである。

 追うようにマインもまた屈んだが、丸石ブロック製の床のどこにも宝石は落ちていなかった。キョロキョロと首を動かし、見つからず、再び立ち上がると……そこにはルイズだけがいて、右手には宝石を握りしめていた。

 ハアン、とマインは鳴きたかった。



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サドルとウィッチとグリフォン

 未だドキドキと落ち着かない胸を押さえつつ、マイン・クラフトは馬にサドルを着けていた。

 夜明け前だ。あいや日が昇り始めたか。つまりは本来のマインの起床時刻である。それよりも早く起きて馬の支度をしているのは、ベッドで寝ているところをルイズに叩き起こされたからだ。

 恐怖であった。まっこと恐怖体験であった。目覚めればルイズという事件は既に経験していたが、まさか絶対安全状態であるはずの寝込みを襲われるとは。クリーパーもピンク色になると脅威の底が知れない。

 

「ギーシュ、本当についてくる気なの?」

「グラモンの家名に誓って許されたことさ。冗談のわけがないだろう?」

「元帥を輩出する家の誇り、ということ? 公式に賞賛される任務ではないのに?」

「ルイズ、君が知らないのも無理はないが……軍隊にとって非正規戦なんて珍しい話じゃないんだ。華やかな軍装を整えるその裏に借財の必死が隠されていることもあるように、軍人の誇りにも色々な種類があるということを知っておいてほしいな」

「……ふーん」

 

 ルイズが金色頭部と交流している。あの強力な宝石は手にくくりつけてあるようだ。マインはジッとそれを観察した。やはりエンチャントされている。欲しい。しかしルイズを敵に回す気にはなれない。

 マインはため息交じりに木炭と棒を組み合わせて松明を作った。作業台なしにできる手慰みだ。

 ジ・エンドへ向かうつもりが二つ月の世界に目覚めて早二十日あまり……どうにも習慣が乱れている気がしてならなかった。行動半径の話である。

 大村落と、その周辺地域たる草原と森と、地下線路で連結させた町……このところのマインの居所だ。仮拠点から仮の字が消えることはままあるとしても、無限に広がる世界を前にして冒険を開始せずにいる己にマインは首を傾げるばかりだ。

 原因は知れている。ルイズだ。

 ピンク頭のクリーパー的何かである特殊個体がマインの行動範囲を狭めている。何か目の離せないところがあって、ベッド一つ抱えての探索行へと踏み切れない。側にいようと考えてしまう。今もどこかへ遠出しようという素振りを見せるから着いていく腹積もりだ。

 その一方で、ブランチマイニングもまたいつも通りに進行していない。

 パワーストーンの鉱脈が大きく立ち塞がっていて岩盤を拝みに行けないのだ。無理に突破しようにも周囲が発光する鉱石まみれではどうしたってツルハシを振るう勢いがつかない。ネザーにおける溶岩浴の記憶が甦る。

 

「あんたは使い魔連れてくの?」

「うーん……連れていきたいんだけど、駄目かな?」

「駄目ってことはないけど、確かジャイアントモールよね? 目的地、アルビオンなんだけど」

「そうなんだよなぁ……! 離れ離れになるなんてつらすぎるけど、ヴェルダンデを船に乗せるのも可哀想だし……うう……」

「ああ、眩しいとか、そういうの? マインならどうとでもできるんじゃない?」

「え? あ! そうか! そうだよ! 君の使い魔なら船倉一杯の土だってどこからともなく!」

「それ、もう船倉っていうより巣箱よね……」

「ありがとうありがとう! ああ! 素敵な初陣になりそうだ! ぼくの可愛い可愛いヴェル……うわあ!?」

 

 ルイズは繁殖に際していつも受け身だなとマインが眺めていると、どうしたことか、金色頭部が目的を達することなく吹き飛んでいった。爆発ではない。土が一ブロックも削られていない。

 

「そこまでだ。バラを手に婚約者を口説かれていて見過ごしにできるほど、僕は軟弱ではない。納得がいかないなら決闘も止む無しだが、やめておいた方がいいと忠告しておこう。魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

 

 ウィッチだ! とうとう草原にスポーンしたか!? それとも村人に落雷直撃か!? 

 マインは興奮しつつも即座にダイヤ剣を装備した。このモンスターは悪性のポーションを投げつけられる前に一気に倒す必要がある。一足飛びに間合いを侵略する。

 

「姫殿下より、きみたちに同行するよう命じられ……うお!?」

「マイン駄目!!」

 

 剣を振り下ろすその瞬間に気づいたことがあって、マインは攻撃を取りやめた。髭だ。この個体は髭を生やしている。鼻もブラリと長くない。ルイズの例もある。ウィッチのようでいてウィッチでない何かかもしれない。首を捻る。

 

「剣を納めて、マイン。今のは誤解しても仕方がなかったけど、その人は敵じゃないの」

「あ、ああ……すまなかった。僕は敵じゃない。姫殿下より、きみたちに同行するよう命じられたんだ」

「……ワルドさま。あなたも誤解なさってます。あなたが風で吹き飛ばした彼は、ギーシュ・ド・グラモン。かのグラモン元帥の息子で、勇気と忠誠とをもって今回の任務に志願した仲間です。先ほどのやり取りも戦場へ向かうに際しての意気軒昂を表わしたものでした」

「そ、そうか。どうやら早合点してしまったようだ」

「いてて……ご紹介にあずりました、ギーシュ・ド・グラモンです。勇名をはせるグリフォン隊の隊長閣下と任務をご一緒できること、光栄に存じます。よろしくお願い致します」

「グラモン元帥の御子息とあれば頼もしい。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 やはりだ。マインはウムウムと頷いた。この個体はウィッチ風の村人もどきだったようだ。持ち替えやすい位置に牛乳を配した措置も杞憂だった。無駄遣いにならなくて御の字である。牛を繁殖させられていない現状、黒色頭部との取引で得たこれは貴重品だ。

 

「それで、そっちの……見たところ『メイジ殺し』らしいが?」

「マインです。わたしの大切な……誰よりも頼もしい使い魔ですわ」 

 

 ところで、何だろうか。あの不思議な生き物は。

 のそりと近づいてきた、鶏とヤマネコを混ぜて雷を落とした挙句に牛の大きさへ膨らましたような生き物を見つめる。徐々に近づく。手には豚肉を持っている。

 

「そ、そうか……人……なのか? あれは?」

「ちょ、ちょっとマイン! それやめてっていつも言ってるでしょ!」

 

 マインは首をグリグリと激しく動かした。

 なぜなら不思議生き物の背にサドルを見出したからである。乗れる、これは!



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鶏猫牛とダメージと金くず

 凄い! 素晴らしい! この鶏猫牛がいれば太陽からだって素材を採れそう!

 不思議生物にまたがっての上昇と滑空とを繰り返して、マイン・クラフトははしゃいでいた。青空へ斧やツルハシを振るったり、ベイクドポテトと焼き豚を交互に少しずつかじってどちらも消費しなかったり、感極まって首を乱舞させたりする。

 

「滅茶苦茶な乗り方だ……あれではペースも何もあったものじゃない」

「ごめんね、ワルド。無理を言ってグリフォンを貸してもらっちゃって」

「いいなあ……ぼくもいつか乗ってみたいなあ、グリフォン」

 

 見下ろせばルイズ、金色頭部、ウィッチもどきがそれぞれ馬に乗って駆けている。

 マインは頬が緩んで仕方がない。馬を遅いと感じる。純粋な速度の差もあるが、何より地上と空中の障害物の差が大きい。空は自由だ。心の赴くままに矢の如く突進できる。それが堪らない。ダイヤピッケルで立ち塞がる全てを砕いていく爽快感とはまた別の心地よさだ。

 

「マイン、凄く嬉しそう。タバサのウィンドドラゴンにも乗りたがってたんだけど、結局乗れなかったのよね。主人はともかく使い魔の方が逃げ隠れしちゃって」

「そりゃあ、あの勢いで追いかけまわしてたらね……それに、あの不思議な魔法。収穫祭でもなしにあんな量の小麦を見たのは初めてだったよ。あと大量の骨もね。何ていうか、生と死について考えさせられたよ」

「それは、さっきの大量の肉とも関連する話なのかな? あれでグリフォンが手懐けられてしまった……軍用の調教を受けているから早々餌付けなどされないはずなのに」

「ああ、大丈夫よ。別に『錬金』みたいに魔法で作ったお肉じゃないわ。マインは自分の養豚場を持っているの。他にも養鶏場、養兎場、小麦畑、ジャガイモ畑、ニンジン畑を営んでるわ」

「あと採掘もやっているね。どうもヴェルダンデが地下で一緒に遊んでいるらしくて、ぼくのところへ持ってきてくれる貴金属がたまに精錬済みだったりするんだ」

「それに伐採もやってるわね。白樺と樫が好きみたい。苗木をたくさん持ってたから植林もしてると思う」

「ぼくが保障しよう。やってるよ。森で見かけたことがあるんだ。それに……これはちょっとまだ確証は持っていないんだけど……城下町に頻繁に出没するっていう『建築妖精』、その人相風体がどうにも君の使い魔を連想させてならないんだ」

「……すまない。二人の話、まるで意味がわからないんだが」

「え、マインの話よ?」

「何か変だったかな?」

「く……とてつもない武具を所有しているという話だったが……」

 

 ルイズには何か明確な目的地があるようだ。マインはそれと察したから少し先行してみることにした。どうした遅いじゃないかと待ち受けてみたくなったからである。

 

「あ、おい! 待て! どこまで行く気だ! 僕のグリフォンだぞ!」

「大丈夫よ。迷子になるようなことはないから。わたしの使い魔だもの」

「帰巣本能、なのかなあ」

「いや、そういう話ではなく……くそ!」

 

 ルイズたちの楽しげなハアンが聞こえたから、マインは追ってこいとばかりに挑発的なターンを決めた。

 もとよりマインは追うことが苦手である。ヤマネコを捕獲するべくジャングルを駆けた日々が疲労感と共に思い出される。逆に、モンスターにしろ家畜にしろ追われながら誘導するのは得意だ。

 飛翔することしばし。

 気づけばとうに日は暮れていて、前方には山が見えている。二つ月の下、見晴らしのいいところで鶏猫牛と一緒に肉を食べたらきっと素敵に違いない。

 どこに降りようかと見渡していると、突然、崖の上に松明が灯った。しかもそれは思わせぶりに振られたではないか。火炎尻尾の類がスポーンしたのかもしれない。なるほど、この辺りの地形なら餌となる石炭も採れるだろうし。

 

「おい、グリフォンに乗ってるあんた、少し話が違くねえか? 何か変更か?」

「おうおう、そうだぜ。奇襲するにゃこの谷がうめえところなんだ。馬に乗った奴を狙えって話なのに、あんただけ空から来てどうすんだ」

「……なあ、何かおかしくね? 確かグリフォンに乗ってるのは貴族だって話じゃあ……」

 

 マインはガッカリした。ただの村人もどきだったからだ。こんな夜に家にも籠らずハアンハアンとやかましい。ルイズの関わらないハアンについては以前よりも鬱陶しさが増した気がして、マインは居心地の悪さに身じろぎした。月を見る。世界は変われど夜闇に煌々と浮かぶ、美しいそれ。

 トントトトンと衝撃が来て、マインは鶏猫牛から落ちた。

 

「へ! ちょろいもんだ」

「おい見たかよ、俺のは喉を貫いたぜ!」

「誰だ、グリフォンの羽に掠めさせた野郎は」

 

 マインは己が身に幾本もの矢が突き立っていることを発見した。それらはひどく懐かしい感触だった。防具なしに矢を受けたことなどいつぶりのことだろうか。

 思えば元の世界では防具を外すことなど滅多になかった。アイテムスロットを四つ使ってまで着脱するようになったのは、周囲に危険を感じられなかったということもあるが、そうした方がルイズが喜ぶ気がしたからだ。あのピンク頭が満足げに縦に振られると、マインは胸が温かくなる。

 

「グリフォンは戦利品ってことでいいのかな?」

「もちろんだろ。白仮面の旦那に受け渡すにしても金を貰わにゃなるめえよ」

「違えねえ、違えねえ」

 

 だから、マインは一つのことに熟練した。ダイヤ製防具の高速装備である。これをするとルイズが驚くのも楽しい。

 

「相棒、おめえ……おでれーた……やれるってのか」

 

 ルイズが結ってくれた不思議剣が鳴いたから、それを左手に持った。右手にはダイヤ剣である。エンチャントの内容は最大パワーのシャープネスとアンブレイキングだ。手数で攻める戦闘スタイルである。

 よいやっと飛び出した。サクサクと剣を振った。

 ドロップは『金くず』とでもいうべき小さな小さな金の欠片だった。九つ集めても金塊にならないし、そもそもきちんと純金に精錬されていない。所詮は村人もどきだ。ドロップしただけでもよしとすべきかもしれない。

 

「おでれーた……なんてーこった……おでれーた」

 

 場所を変え、大きな岩の上に陣取って、マインは焼き豚を食べた。満腹してすぐに小腹が減った。また食べる。美味い。やはり月見肉はいい。オオカミになった気分である。

 ばっさばっさと羽音が聞こえてきた。

 

「あれー? のんびりしてるだけじゃない。おひげの方、あんなに怖い声出してたのに」

「無傷。何より」

 

 エンダードラゴンもどきだ! マインは立ち上がって肉を構えた。既に鶏猫牛を手懐けた実績がある。ピョンピョンとジャンプを繰り返す。肉の効果か逃げ出すそぶりはない。やはり肉だ。いけるかもしれない。

 峡谷の方からはルイズの声も聞こえてきていた。

 エンダードラゴンもどきが手に入ったら、そっちの方が大きくてカッコいいから、鶏猫牛はルイズに譲ろうとマインは思った。



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砂石と噴水と柵と石クワ

 石造りの街並み、石造りの内装、石造りのテーブルときて、どうして木製の椅子なのか。その背中が痒くなるような「惜しさ」を自前の砂岩階段ブロック製の椅子で補い、マイン・クラフトは食事を楽しんでいた。

 

「残念だが、アルビオン行きの船は明後日の『スヴェル』の月夜に出るきりだそうだ。ラ・ロシェールまでは意図しない強行軍を強いられたが……まるで意味を失った形だな」

「ミスタ・ワルド。その、事情が事情ですし、特別に船を出させられたりとかは……」

「ミスタ・グラモン。逆だよ。事情が事情であるがゆえに無理がきかない。目立てば潜む者に気取られよう。注意したまえ。敵とは行く先に待ち受けているばかりではないのだ」

「急いでいるのに……!」

「急いても杖との契約ならじ、だよ。小さなルイズ」

「あはは、ヴァリエール。甘えさせてくれる婚約者でよかったわね?」

「馬鹿な事言わないで、ツェルプストー。詳しくは教えられないけど、これはわたしもギーシュも家の名に懸けてやっていることなの。遊びじゃないのよ」

 

 美味い。美味いが大村落のそれに比べると幾分といわず味が落ちるか。

 マインはそんなことを考える自分が面白かった。ゾンビの腐肉やクモの目でなし、良性の食料を口にして四の五のと品評するなど贅沢になったものだ。

 欲望とは際限がない。それゆえに楽しい。

 初めてダイヤツルハシを作った時のことをマインは思い出した。希少素材を用いた最上の品を手にする感動……首も動かぬほどに打ち震えたものだが、エンチャントに精通してからは『未エンチャ』の品などおしなべて未完成品の扱いとなった。むしろフォーチュンなしのダイヤツルハシはある種の危険物ですらあった。無心になっていると急に止まれず損をする。

 

「さて、部屋割りについてだが、僕と……」

「そうね、はっきり言っておくわ。キュルケ。タバサ。物見遊山はここラ・ロシェールまでよ」

 

 いつか焼き豚を味気なく感じる日が来るのだろうか……トロリと味の濃い焼き鳥を咀嚼しながら、マインは人生の奥深さにしばし思いを馳せた。世界がマインの手で変わっていくように、マインもまた世界から変えられていくのかもしれない。

 

「二人が追いかけてきたことについて今更に咎めだてするつもりはないけど、出航までには学院へ戻って。わたしとギーシュの欠席理由についても、行く先も含めて秘密にすることを約束して。これはラ・ヴァリエール公爵家の人間としての要請よ」

 

 建築物を見る目もそれは当てはまる、とマインは石造りの大部屋を見渡した。

 多くのテーブルと椅子、壁掛けの装飾、暖炉……以前のマインであればそこそこの評価を与えていたに違いない造形だ。たとえ気に食わなくとも、遺跡に出くわした際にシルクタッチを心掛けるように、建築者を尊んで見物するだけに留めたはずだ。

 

「……そう。魔法衛士隊の部隊長と一緒に内戦中のアルビオンへ向かうだなんて、それが婚約者との旅だとしても、とてもじゃないけど情熱的ってだけじゃ済まない話だものね」

「えーと、ぼくもいるよ?」

「了解。約束」

「ええ、あたしも約束するわ。ツェルプストーの家名に懸けて」

「ありがとう、二人とも。そのお礼ってわけじゃないけど、ここの滞在費はわたしが持つわ」

 

 しかし、もういけない。

 町の「粗さ」を補修するばかりか、己の技術の見せ所を見つけては存分に建築三昧してしまったマインには、もう自分を止めることができない。止められなかった結果として、町の近くには採石場だけでなく伐採場を設け、幾つかの池から粘土と砂を全て採取して丸石ブロックで代替した。レンガ、植木鉢、ガラス……他にも幾らでも材料が要る。

 

「ルイズ、それは僕が……」

「いいのよ、ワルド。学院の外では公爵家の人間として振舞うべきだと思うもの。目立ちたくないっていう事情を踏まえての贅沢なら、全部面倒みるわ」

「あらー、それってすっごく大貴族的な差配ね、ヴァリエール。見違えるようだわ……と言ってあげたいんだけどね、ルイズ。もう手遅れよね? それとも、火を隠すなら火災の中っていう作戦を実行しているのかしら?」

「……や、やっぱり、もう目立ってる?」

「ここでは、あなたとあなたの使い魔が座ってるその椅子が。これを表の騒ぎと結びつける切れ者が現れたら……もういっそグリフォンで飛んでっちゃえば?」

 

 この石造りの町についても、マインは「粗さ」が目に付いて仕方がなかった。

 眺望の素晴らしい展望広場や味わい深い岩壁の残し方はいい。実に素晴らしい。しかし見た目にばかり気を回して肝心な要素を失念していることは明白だった。中級者にありがちな失敗、とマインはそれを断じる。

 照明だ。町でも感じたことだが、ここでは暗闇の打ち払い方が粗雑に過ぎる。

 それに水場が不足している。鶏猫牛にまたがり確認したところ小規模の井戸が三つ四つとあるばかりで、いささか岩山風というコンセプトを徹底し過ぎている感が否めない。理由を同じくしてか畑も足りない。決定的に。

 

「で、でもマインは凄く嬉しそうで……」

「そうねー。物凄くいい笑顔で噴水広場を作ったわね。柱の先に消えずの松明が着いたあれは街灯かしら? 表通りがとっても明るくなったわー。布の窓にはガラスが入ったし、足場が崩れていたところは補修した上に柵がついていたし? 町の人たち、喜んでたわねー」

「『建築妖精』の正体がわかったね。うん。ぼくの予想通りだった」

「うう……」

「きちんと管理して」

「タ、タバサ……あの、その……お、怒ってるの? マインも悪気は……」

「肉は、いい。もう仕方ない。でも鞍は着けさせない。絶対に駄目。許さない」

「そ、そうだ。ルイズ。僕のグリフォンについてなんだが……」

「家名に懸けて約束して」

「わ、わかったわ。ラ・ヴァリエール公爵家の三女として、私ルイズは使い魔マインにタバサの使い魔シルフィードへの過度な接触と鞍の装着をさせないよう管理することを……」

 

 それにしても、とマインは頷いた。ルイズたちのハアンはいつも楽しげでいい。聞いていると食事がより美味しく感じられて、満腹でもベイクドポテト二つくらいは余計に食べられる気がする。

 やってみよう。やってみた。食べられた。美味い。杞憂だったか。

 食事を終えれば後は寝るのみだ。鶏猫牛の側にでもベッドを置こうそうしよう。

 翌日の朝、マインが斜面に段々畑を作るべく意気揚々と歩いていると、金色頭部とウィッチもどきが寄ってきて何事かハアンハアンと鳴いた。見ればどちらも剣を持っていた。

 なるほどと察したマインは、いつもの鉄ブロックを置いてやった。

 遠く聞こえてくる金属音とハアンを愉快に思いつつ、マインは日がな石クワを振るって楽しんだ。



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月とパンプキンパイと名前

 闇を白々と照らして、丸く音もなく浮く、月……今夜はそれが一つきり。

 ルイズが間借りした部屋のベランダで、ベイクドポテトをかじりつつ、マイン・クラフトは世界と向き合っていた。

 見下ろせばポツポツと灯る数十の窓と、川のように光を連ねる街灯の道と、池か湖かという態で強く浮かび上がる噴水広場が確認できる。少し離れたところでは今日一日をかけて開墾した段々畑が、まるでそこだけは日中であるとばかりに暗がりを寄せ付けない在り様を示している。

 あるいは、ここは月を奉じた町だったのかもしれない。

 星空のような幽玄さを目指した街並みだったのかもしれない。

 しかしそれを認めることはできないから、マインは地平へと目をやった。空と地の境界線を視界におさめれば、はたして影に塗り込められているのは地の側だ。それが現実だ。理想の空は美しくも遠い。マインはいつだって影の側にいて陰より迫る脅威を打ち払って生きている……まあ、素材収集目的もあるが。糸とか火薬とかエンダーパールとか。

 

「マイン」

 

 振り向くとルイズが立っていたから、マインはコクリと頷いてみせた。

 そうだそれでいい。振り向いたら突然ルイズとか、遠くから猛烈に迫るルイズとか、理屈抜きの危機感にハラハラドキドキするのは御免である。爆発とは最大の脅威なのだから。

 

「あんたはいつも遠くを見てるわね。何かに焦がれるように……期待して、夢中になって」

 

 ピンク頭が隣にやってきたから、マインはパンプキンパイを一つ手渡した。

 そうだ食うがいい。鶏猫牛といいエンダードラゴンもどきといい、食料の提供こそが最も友好的かつ効果的な関わり方であった。今のところルイズの好みはこれだ。本来ならば大量に用意したいところだが。

 

「……ほんとはわかってる。マイン。あんたは一つ所に縛られるような存在じゃない。冒険して、開拓して、建築して……そうやって生きていくのよね。楽しそうに、誇らしげに」

 

 問題は、砂糖だ。

 この世界の水場にはどこを探してもサトウキビが生えていない。砂糖を入手するためには黒色頭部と取引しなければならず効率が悪いのだ。どうしてスタック単位でやり取りができないのだろうか。いっそラージチェスト単位でも構わないところだというのに。

 

「そんなに辛そうな顔しないで? この任務が終わったら、わたし、使い魔のルーンを解除する方法について調べるから。きっとあんたを世界に解き放つわ。自由に、どこまでも遠くへ飛んでいけるように……」

 

 サトウキビといえば、それは紙の材料でもある。

 紙もまた重要な素材だ。革と合わせて本と成し、本を集めて本棚とする。そして本棚を四角く配置することでエンチャントテーブルの力を最大限まで高めるのだ。それは最も重要にして最も高価な施設の構築を意味する。

 

「一緒に行けたら素敵だろうなって、思うの。きっと毎日が発見の連続で、世界をもっともっと好きになれる気がするわ。姫さまの話を聞いたから、尚更にそう思うのかしら」

 

 しかし、本については思わぬ収獲があった。

 大村落でクモの巣採集をしていたある日、中央塔の一画で驚くべき数量の本棚を発見したのだ。地下遺跡の図書室以上の規模に圧倒されることしばし……マインは喜々としてダイヤ斧を振るった。効率強化エンチャントの斧だからといって、ついつい興に乗ってしまった。それもまた楽しい思い出である。

 

「フフ、ありがとう。マインも素敵って思ってくれるのね。マインが旅立つその時には幻獣を用意するわ。グリフォンでもウィンドドラゴンでも、他のでも……速くてカッコいいのを買って、わたしの使い魔でいてくれたお礼としてプレゼントする。約束する。だから……だから、真っ直ぐに飛び去ってね? わたしは笑顔でそれを見送るから」

 

 最初はどうなることかと思った、このジ・エンドならざる異世界での暮らし……気がつけば元の世界での日々よりも充実感を覚えている己に気づいたのは、いつの、どの瞬間だったろうか。マインは月を見上げた。

 

「わたし、ワルドと結婚するわ」

 

 不思議な生き物と遭遇した時か。豪勢な食事をした時か。金色頭部をハアンと鳴かせた時か。

 どれも魅力的な出来事ではあったが、違う。左手を見る。これまできちんと認識することすらなかったそれでもって剣を握った衝撃……いや、その衝撃自体ではなくて……それを思いつかせた切っ掛けを思う。

 

「昨日の晩にね、プロポーズされたの。別にそれでクラッと来たわけじゃないのよ? むしろちょっとムカついたわ。だって、適当なことばかり言って、それでわたしのご機嫌をとれると思ってるみたいだった。対等に見られてないってことなんだろうけど……それも仕方ないってわかるけど」

 

 ピンク色を見る。隣で揺れているその色を、マインはじっと見つめた。

 村人もどきのようで、クリーパーのようで、それでいてどちらとも違う不思議な個体……ルイズ。一緒にいることが当然のように思う気持ちは、そのままに、この世界で生きることに満足する気持ちではないだろうか。

 

「でも、結婚する。ヴァリエール家は強力なメイジの血を欲しているの。軍才もね。父さまは明言しないけど、母さまが……公爵家とつり合いがとれるはずもない家柄の人間が公爵夫人になれた理由なんて、それ以外に考えられないもの。貴族にとって婚姻は政治。姫さまがゲルマニア皇帝に嫁ぐのと同じこと。そこに誇りを持てなかったら……わたしは貴族じゃなくなっちゃう……魔法だって、ああなのに……そうわかってるのに……!」

 

 ルイズ。ルイズ。

 マインはその言葉の響きを楽しんだ。思えばそれはマインにとって初めて知る「名乗られた名」だ。バケツや豚肉といった「他との識別のための名称」ではなく、エンダードラゴンやウィザースケルトンといった「誰かが名付けた名」でもなく、村人もどきやパワーストーンといった「マインが名付けた名」でもない。

 

「なのに……マイン……どうして、そんな風に、わたしの名前を呼ぶの?」

 

 ルイズ。

 それはマインにとって初めての「他人」なのだ。

 

「マイン……マイン!?」

 

 ルイズが叫んだ。マインは振り向いた。

 月を隠すほどの巨大な影がそこにいた。岩山がそのままに動き出したようなそれは、肩に二体の村人もどきを乗せていた。

 片方はどこか似たような状況で見たような覚えがあり、もう片方は妙にボロボロの剣とも棒ともつかないものを手に構えていたから、マインは首を傾げた。



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黒曜石とボタンと村人もどき

「フーケ……それともミス・ロングビル? どちらにせよ何のつもりで現れたのかしら」

「今はフーケで脱獄犯よ。ちょっと捨て置けないヤツがいるからね? 身ぐるみ剥いで詳しく調べてあげようと思って……こうしてやってきたんじゃないの!」

 

 予備動作も大げさに巨大な拳が迫り来たから、マイン・クラフトは手すりの向こう側に黒曜石ブロックを設置した。ガツンと大きな音がして、ハアンと三つの鳴き声が上がった。

 

「どうしてそんなので止められるのよ! 手すり一つ壊せないで……こ、拳にヒビまで入ってるだって!? 何なのよそれは!! 何だってのよ!!」

「く……その質量感と不動の有り様……まさかあの鉄以上だとでもいうのか!」

「マイン、やるの? ここでやっつけるつもりなのね? わかった!」

 

 マインはダイヤ装備を身にまとい、左手に不思議剣を、右手にダイヤツルハシを持った。さすればたちまちに良性のステータス効果が発生する。今日のそれはほどほどといったところだ。

 

「よう、相棒。今何でちょっと牛乳持ったんだ? そもそもツルハシは武器なのかねえ?」

 

 そして、跳んだ。

 樫の木製テントを潰された夜と同じように、大直径の腕の上を肩口まで駆け上がっていく。

 

「なるほど尋常な武具ではないようだ。対するこちらは得物がこの有り様。しかし……!」

 

 金属製の棒きれを持った村人もどきが何やら危なっかしく動いている。

 マインは憐れに思った。どうして村人もどきは降りられないところへ登りたがるのだろうか。大村落でも思い掛けない高所に佇む姿を何度も見かけ、その愚かしさに首を振ったものだ。建物のデザインにも、どこか落下の危険に対して鈍感なところがあるのだから始末に負えない。

 まあ、村人の事故死などよくある話である。そう優先して対処すべき事柄ではない。

 

「我が風の刃で……何ぃ!?」

 

 マインは掘る。ツルハシを猛烈に振るって、腕を構成する何がしかの岩石を一気に砕いていく。

 建築物を守らなければならない。照明に難ありとはいえ見事なものは見事なのだ。岩山の風景に素晴らしく融合しているからといって、岩山のごとき巨大ゴーレムになら壊されてもいいなどという道理はない。

 

「まさか、隙を晒してでもゴーレムの腕を切断するつもりか? 主人思いと褒めるところか、虚仮にされたと憤るところか……いずれにせよ、その武具には挑ませてもら……う? は? はぁ!? いない! いないだと!? どこへ隠れたというんだ!!」

 

 マインはツルハシを振る。肩から入って、もう巨大ゴーレムの中枢部である。前回同様、ぐるりと空間を作ってTNTを仕掛けていく。持参した五個全てを設置だ。しかしここからが違う。

 いそいそとマインが取りだしたのは、粉状のパワーストーンである。在庫なきレッドストーンの代替物として研究中の代物だ。

 前回は穴へ火矢を打ち込んで点火しようと目論み、失敗して、ルイズのクリーパー能力によって誘爆させることになった。結果としては素晴らしかったが、やはり自分の力で爆発させてこそとマインは思う。今回は導火線とスイッチの方式を採用する。慣れ親しんだ点火方法だ。

 

「何やってんのさ! 前もそうやって潜り込まれたと言ったろ! 入ったところから出てくるよ! そこをやりな!」

「あれは『エア・ニードル』? マイン! 気をつけて! 狙われてる!」

「黙りな、小娘が! 先に潰されたいのかい? 学院でぬくぬくとしていればいいものを、こんなところにまで出しゃばってくるなんて馬鹿げた話さね!」

「何よ、そっちこそ幾つも名前を使い分けるなんて馬鹿なことをして!」

「ハッハ! 何だい、その理屈は! 物を知らず、狭い世界で成績なんかに一喜一憂しているだけのことはあるわね! これだから貴族なんてものは……」

「広い世界で生きてるというなら、何で堂々と名乗らないの! 何でマインみたく雄大に構えてないの! 偽って、惑わせて、謀って……そんな生き方のどこに誇りがあるっていうのよ!」

「お、お前に……大貴族の娘として何不自由なく生きるお前などに、あたしの何がわかる!!」

「捻くれた大人の無様がわかる! 不自由なんてどこにだってあるのよ! 失敗も、絶望も、珍しくなんかない! あんたは、自分の生き方に誇りを持てないから、そんないじけたようなことを言ってるだけだわ!」

「い、い、言わせておけばあああっ!!」

 

 導火線を引きつつ脚の付け根から外へ出てみると、何やらルイズたちが高らかに鳴き合っていた。マインはしばし悩んだ。どうしたものか。ルイズは村人もどきを助けたいのかもしれない。

 助かったら……いいなあ。

 そう結論して、マインは腿から脛を経由して地表にまで降りた。パワーストーン粉はレッドストーンの三倍以上の遠距離へと信号を伝えることができる。まだ離れられるが、少し余裕を見た地点でボタンを作成した。

 

「待て! 落ち着けフーケ!」

「離せ! あの小娘だけは!」

「駄目だ! ラ・ヴァリエールの娘は……む?」

「ぎったぎたに……あ?」

「え、マイン? え? え?」

 

 マインはボタンを押した。

 閃くように光が地を走り、巻き起こるは大爆発である。五発同時点火の大爆発である。

 バラバラと落ちてくる土砂を避け、マインはジャンプと土ブロック設置とを繰り返した。足場を伸ばしてルイズのいるベランダへと戻った頃には立ち込める煙も晴れた。

 ウム、とマインは頷いた。

 巨大ゴーレムは、膝下や肘先を僅かに残し、消し飛んでいる。爆発の中心がやや上部であったため周囲への被害もほとんどない。水流を用いずにも爆破範囲を見定めてこそTNTの習熟者といえよう。

 

「今の爆発は……火薬なのか? まさかそんな手段を取ろうとは……!」

 

 マインは首を傾げた。目の錯覚だろうか。ボロ棒の村人もどきが別な村人もどきを抱えて空中にいる。足場はない。何もないところに立って……いや、浮いているのだ。しかも飛び去った。呆然とそれを見送る。村人もどきの多様性は想像を絶する。

 

「ルイズ! あなた、またあの爆発をやったのね! 凄いじゃない!」

「あ……キュルケ……戦いにきてくれたの?」

「下でも戦ってたのよ。気づかなかったの? 傭兵の団体さんがいらしてたのに」

「いやあ、このギーシュ・ド・グラモン、思わぬ初陣となったよ。それともメイジが相手じゃないと真の初陣とは見なされないかな?」

「そこそこ見事」

「あらー、タバサもそう思った? ルイズといいギーシュといい、トリステインの貴族も馬鹿にはできないわね。これでどうして戦に弱いんだか……あらごめんなさい、ここには正規の軍人さんもいたわね?」

「構わん。その言葉には僕も同意する。まさかあの規模の襲撃を退け得るとは……」

「ワルド。提案なんだけど、やっぱり無理にでも船を出せないかしら。もうコソコソと動く意味がないわ。むしろ時が経てば経つほどに状況が悪くなると思う」

「……その通りだ。すぐにも船を徴発しよう」

 

 ルイズたちの相も変わらず賑やかな鳴き声を背に聞きながら、マインは思った。

 村人もどきには乗れるだろうか、と。大きさとしては豚以上だし、サドルを着ける背中もあるのだから。



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死亡メッセージと翼船と黄粉

 マイン・クラフトは最初それを壮大な巨塔と見ていたから、枯れたりとはいえ巨大樹なのだと気づいたその時、興奮のあまり首を滅茶苦茶に動かしながら闇雲なジャンプを繰り返しつつ右手を最高速度で振り回した。

 ルイズに押さえつけられた。

 

「マインお願い! 首取れちゃうから! いつか首取れちゃうから!」

「おっと目のやり場に困る光景だ。ぼくはクールにそっぽを向くよ」

「躾は大事」

「……船の目星はつけてある。僕が交渉してこよう」

「あらー? フフ……ウフフフフ」

 

 恐怖とは何か。

 それは危機に際して備えなき時に抱く感情であり、たとえば直下掘りの際の溶岩遊泳であり、たとえば財宝欲しさに落下した先の感圧板であり、たとえば無邪気に駆けた先の大穴であり……直近の例としてはルイズの拘束である。現在進行形のそれにマインは慄き固まるよりなかった。

 

「何だかこの先も楽しそうなことこの上ないけど……ねえ、ヴァリエール。あたしたちはここまでよね? あなたたちがこの町で何をしたか、アルビオンで何をするか、全部を知らないということにして」

「そうね。わたしとギーシュはそれぞれ実家にまつわる事情で学院をお休みするの。邪推はそれぞれの家への侮辱となるわ。あんたとタバサはラ・ロシェールを観光して帰還、わたしたちの欠席を知る……そういうことよ」

 

 殺られる。

 どんな死の瞬間にも感じた視界の赤さ……己の失敗を突き付けられるそれが次の瞬間にも訪れるだろうことを予測し、マインは静かに目を閉じた。既に死因は知れている。ルイズに爆破されてしまった、である。

 思えば何度もその危機はあった。この世界で目を覚ました直後の時、枕元に立たれていた時、寝込みを襲われた時……辛うじて死を回避してこられたのはマインの技術や行動の結果ではない。全てルイズの裁量だ。マインにはどうすることもできなかった。

 認めざるを得まい。生かされてきたのだ、と。

 

「約束は守るわ。でも一つだけ言わせてちょうだい……生きて帰ってきなさいね、ルイズ」

「死にに行くつもりはないわ。目的があってのことなんだから、そう簡単に死んでなんていられない。たとえどんな目にあったって……」

「ううん、違うのよ。あたしが言ってるのはそういうことじゃないの。たとえ失敗したとしても、成功の望みがなくなったとしても、死なずにちゃんと帰ってきなさいってことよ」

「……おめおめと、ということ?」

 

 粛々と、死のう。こうも密着されての爆発など、どうしようもないのだから。

 

「堂々と、よ。どうして一つや二つの失敗でしょぼくれなきゃならないの。あなたならわかるでしょ? 貴族の誇りはね、そんなに儚くもなければ安っぽくもないの。豪華に着飾るから貴族じゃないのよ。貴き者は、豪華な服と宝石で飾らなければ済まないほどに、その在り様が貴いのだわ」

「それは……自国で問題を起こしすぎて、トリステインの魔法学院へやってきたあんたらしい言葉ね? ツェルプストー」

「そうね……コモン・マジックすら失敗続きで、『ゼロ』なんて二つ名を貰ったあなたらしい言葉でしょ? ヴァリエール」

 

 そうだ、大変なことを忘れていた。マインは括目して松明に照らされる街並みへと顔を向けた。鶏猫牛だ。ダイヤ装備のロストは甘んじて受け入れるとしても、アレは駄目だ。絶対にマインのものである。

 昨晩眠ったベッドはまだ撤去していない。目覚める位置は石製家屋の屋上だ。真っ先に鶏猫牛をお座りさせた小庭へ向かわなければ。待機状態に不安があるのだ。現にエンダードラゴンもどきは手懐けたにもかかわらず見失ってしまった。やはり飛べるからだろうか。

 

「話をつけた。硫黄を運ぶ貨物船だ。風石が足りないようなことを言っていたが、それは僕の魔法で補う。『風』のスクウェアだからね」

「あらー、硫黄なんて剣呑だわね?」

「キュルケ、詮索も無用よ」

「わかってるわよ、ルイズ。それじゃ、いってらっしゃい。お土産の内容であなたの成果を計らせてもらうことにするわ」

「成果かあ。薔薇のごとき戦果を……って、ルイズ、君の使い魔は大丈夫かい?」

「うーん、なんか、ぼーっとしてるのよ。やっぱり首を振りすぎたんだと思う」

 

 ふと見れば、ルイズ以外の村人もどきたちがしきりに首を振っている。何かあったのだろうか。その位置にいると爆殺されることを免れないのに……と考えたマインは、己がいつの間にか窮地を脱していることに気づいた。ルイズが離れている。そうかそれか。死が遠のいた感動か。マインもまた首を動かした。

 

「ハァ……まあ、いいわ。行きましょう」

「あ、船倉! ルイズ、船倉に土を入れさせてくれないかな?」

「土? そんな時間はないし、既に硫黄が満載だったが」

「ああ、そんなぁ……ヴェルダンデ……せめて戯れるだけの量を!」

 

 ルイズが木製の階段を登っていく。後に続くのは金色頭部とウィッチもどきだ。赤頭茶顔と青頭子供はその場に留まった。マインは首を捻り、とりあえずルイズの後を追うことにした。

 そして、嵐のように首を振りまくることとなった。

 感動的な風景がそこにあった。

 大きい。なんて大きな船だろうか。まるで家のような船だ。しかも飛ぶ。その船には翼がしつらえてあって、水上ではなく空中を移動するのだ。何という発想か。この世界では空が随分と身近ではないか。エンダードラゴンもどき、鶏猫牛、村人もどきの次には大船が飛ぶ。そのうちルイズも飛ぶのかもしれない。

 しかしマインが最も感動したものは別にある。

 長年の謎が解明され、久しく希求していたものが発見されたのだ。

 物置らしき部屋で大量に見つけた黄色い粉……これと木炭とパワーストーン粉を混ぜたところ……火薬になった。

 火薬である。ああ、火薬であるぞ。

 クリーパーやガストやウィッチを狩りたて収集しなくとも、スタック単位どころかチェスト単位の火薬を確保できるのだ。素晴らしい。素晴らしすぎる。これで思う存分にTNTを作れるではないか!

 

「マイン、下に篭ってないで外を見てみない? それともやっぱり具合が悪いの?」

 

 ルイズの声をとりあえず無視して、マインは夢中になっていた。

 その内にグラグラと部屋が揺れ出した。迷惑だった。しばらくするとドーンと大きな音もした。

 部屋の扉がガンガンと叩かれても、作業を終えるまで、マインが部屋を出ることはなかった。



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ベッドと太陽と金色頭部もどき

 扉を開けてドカドカと入ってきた村人もどきたちが血気盛んに鳴き合うから、マイン・クラフトは何体の村人子供が生まれるものか観察しようと思い立った。

 

「おい、話が違うじゃねえか! どこに硫黄があるってんだ!」

「こっちが聞きたいくらいだ! 大枚はたいた硫黄が消えた!」

「隠し立てすると死ぬことになるぞ! 俺らは王党派の密命を帯びてるんだ!」

「だから何だ! 元々その方々に買っていただくために硫黄を仕入れたんだ!」

「あの貴族たちはなんだ!」

「知らん! 徴発された!」

「それで通るか!」

「それが事実だ!」

 

 増えない。

 思えばマインは村人もどきが増えたところを見たことがない。あるいはこれ以上増えないのかもしれないと思い至った。世界とは安定を好む。一度牛を増やしすぎた厩舎の時空が歪み、そこだけは時間の流れがおかしくなるといった怪現象に見舞われたことがある。

 

「……で? そいつがドラゴン以上に危険な使い魔だってのか?」

「わたしに聞かれても困る。あの髭の貴族に聞けばいいだろうに」

「知らんのか? メイジと使い魔ってな離しておいた方が無難なんだよ」

「知るか、そんな事情……空賊に捕まるわ積荷は消えるわ、散々だ……」

 

 そういえばルイズが見当たらない。一度そう思ってしまうと途端にソワソワとしてくるから困る。マインはピンク頭を探すべく廊下へ出た。船としては大きいが建物としてはさしたる広さでもない。すぐに見つかるだろう。

 

「あ、おい、待て!」

 

 村人もどきが一体、早足に近寄ってきた。マインは避けた。基本的に触れられることが嫌いであるし、それが発情した個体であれば尚更である。また体当たりしてきた。避ける。次に接近してきたら倒そうと思う。

 その一方、廊下の先にも村人もどきが立ち塞がっていた。左目に何かを張り付けた珍しい個体だ。その側にピンク色の頭を見つけたから、マインはやれやれと頷いた。

 

「なるほど、ふてぶてしい態度じゃねえか。よし。グリフォンと同じ扱いをしてやろう」

 

 左目隠しが棒を振った。何を馬鹿なとマインは首を振った。ルイズでもあるまいに、という心境である。いくらこの世界に不思議な生き物が多かろうと、さすがに遠距離から飛来物なしの爆発を起こしてくる個体は特別な存在であろう。

 やはりか爆発など起きない。どうしてか急にベッドが恋しくなったが、マインは牛乳を飲んで就寝欲求をやり過ごした。このところ不調となれば即牛乳が癖となっている。良性ステータス効果と悪性ステータス効果を順に受ける「落差」に辟易してのことだ。

 

「マイン! あんたたち、いい加減にしておきなさいよ……ワルドの警告を聞いたでしょ? マインがその気になったら、こんな船、粉々になっちゃうんだから」

「ほぅ……面白いことを言う。確かにおれの魔法は効かなかった。それは大したもんだ。だが見たところ武器は背負った剣一本きり。『メイジ殺し』とうそぶくならわかるが、船を壊すたあ……口から火でも噴くってか? さもなきゃ伝説の韻竜の変化とでも吹かすか?」

「一瞬よ。嘘じゃないわ。一瞬で木っ端微塵になる。生き残ったとしても空へ投げ出されるわ。助かるのはメイジだけ……それでもいいの?」

「益々面白い。杖を取り上げられた身でそんな脅し文句を口にするたあ、命知らずなのか馬鹿なのか……どちらにせよ気の強いことだぜ。子供のくせにな」

「選びなさい、下郎。後悔しないように」

 

 ルイズを見て安心したから、マインは焼き豚をかじりはじめた。実のところ飢餓直前であった。我を忘れて作業していたためである。

 生きている限り様々な要因でダメージを負うものだが、空腹によるそれは特に危険だ。何しろ放っておいても回復しない。目の前に敵がいても走って逃げることすら叶わない。助かるためには食べるより他なく、飢餓状態から満腹に至るまでは時間がかかる。隙だらけなのだ。

 

「この主にしてこの使い魔あり、か……王党派に用があると言ったな?」

「ええ、そうよ。貴族派などと名乗りながら忠誠を捧げるべき王室へ杖を向ける恥ずべき集団……真実貴族として在る者は、そんな反逆者を相手になんてしない!」 

「王党派なぞ明日にも滅び去るぞ。味方したところで巻き込まれるだけとは思わないかね?」

「鼠賊の理屈よ、それは。話にもならない」

 

 満腹した。そしてマインは思う。やはりルイズを視界に入れながらの食事はいいものだと。

 初めは不思議な頭部の村人だと思い、すぐにクリーパー的何かだと思い知らされた不思議な個体……その後も何かにつけ関わり続けた理由をよくよく考えてみると、それがある種の眩しさであることにマインは気づいた。

 恐怖の対象であると同時に、恐怖を打ち払う存在である。

 不安な相手であると同時に、不安を取り去る拠所である。

 見れば見られて、追われたり追ったりもして、鮮やかなる摩訶不思議。

 ピンク頭のルイズは、まるで夜闇の空へと昇る日輪のようだ。見ていたくもなる。

 

「ククク……クハッ、ハハハ……アッハッハッハ!」

「な……?」

「いやあ、凄いな! トリステイン貴族といえば伝統に胡坐する気位の高さばかりと侮っていたが、どうしてどうして、目が覚めるばかりに誇り高く力強い! こんなものを着けていては恥ずかしいくらいだ!」

 

 はて、とマインは首を傾げた。

 左目隠しが左目を露にし、赤や黒の何がしかを外して頭が金色となり、終いには髭もなくなった。もはや別個体といっていいものへと変貌したのである。金色頭部ととてもよく似ている。こちらはバラがなくやや大きいだろうか。違いは微細で判別が難しい。金色だけに金のリンゴを見分けるかのような気分である。

 

「是非ともきみの名が知りたくなった。名乗ってもらうためにこそ名乗ろう。私の軍階級はアルビオン王立空軍大将、役職は本国艦隊司令長官だ。爵位はないが、代わりに王位継承権の第一位を有している」

「……は? え? それって……?」

「私の名はウェールズ・テューダー。アルビオン王国皇太子だ。未だ空中ながら我が国へようこそ、勇敢にして真に貴族たるきみよ。さあ、名乗ってくれたまえ。さすれば出来る限りの便宜を図ろう。亡国の瀬戸際とはいえ、これでも父に次いで王党派に顔が利くのさ」

 

 金色頭部もどきが、実に金色頭部らしい恰好でお辞儀をした。

 やはりこれはあの金色頭部かもしれない。

 マインはとりあえず鉄ブロックを設置してみた。喜々として破壊を試みればあれだろう、という判断であった。



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巨大船と大洞窟とピンク色の新型

 空飛ぶ船が雲間を行く。その行く先は空中大陸であったが、それはまあ、規模こそ大きいものの想像し得る範疇として……マイン・クラフトが食い入るように観察するものは別にあった。

 

「そら、見えるだろう? かつての本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だ。今は忌々しくも叛徒どもの戦勝記念艦『レキシントン』として我々の最大の脅威となっている。兵器の本質だな。恃みにしたところで、魔法とは違い敵に回りもする。もとより王室の誇りを乗せるものではなかったのかもしれない」

 

 空に轟き渡る炸裂音……あれはキャノンだ。爆発のエネルギーをもってする凄まじき遠距離攻撃だ。巨大なる船は幾つものキャノンを並べて、城を攻め立てているのだ。

 破壊。あれこそは破壊だ。建築の対極に位置する概念を突き詰めた技術だ。

 城が吹き飛ぶ様をしかと見物しようとして……マインは首を傾げることになった。

 あんなものか?

 城壁は砕け、小火は起きた。だがそれだけだ。城は何か耐爆性能の高い素材で建てられているのだろうか。いや、壊れるには壊れているし、その壊れ方はいかにも通常のレンガや石ブロックである。地形が変わるようなこともない。余りにもしょぼくれた破壊である。

 

「あの化け物艦は空からニューカッスルを封鎖しているのだ。竜騎兵まで積んでいる以上、いかな『イーグル』号でも突破は不可能。我々は大陸の下から帰還する。秘密の港があるのさ。空と雲とを熟知する粋者にしか飛べぬ先に、ね」

 

 首を捻っている間にも、船は雲に塗れ、闇をまとい、上方の穴へと吸い込まれるように上昇していく。マインはなるほどと感心した。巨大樹の枝から出港するような乗り物は航路もまた珍妙であるということだ。

 穴を抜けた先はよく湧きつぶしのされた大洞窟であった。多くの村人もどきが群れ集っている。恐らく本能的にこの場所が安全であると察しているのだろう。

 

「喜べ、諸君。雲下のトリステインより誇り高き貴族が参上してくれたぞ」

「おお、殿下、それは素晴らしいですな。先の陛下よりお使え申し上げて六十余年たるこのパリ―、アルビオンの正しき歴史をいかにして後世へ残すべきかと悩まぬ日の一日とてなかったのですからな」

「ああ、正しくだ。彼女こそ我々の真実を託すに相応しい人物だよ。叛徒どもがその浅ましさのままに王家を最期を貶めようとも、ただ一人彼女さえ脱出してくれたなら、王家の誇りと名誉は護られるだろう」

「神の配剤とでもいうべき幸運ですわい。ご報告申し上げますが、叛徒どもは明日の正午に攻城を開始するとのこと。間一髪でございました」

「おお、思わぬ恥をかくところだった。叛徒めが増長からだとしてもなけなしの礼儀を示したというのに、皇太子がそれを知らなかったではいかにも見苦しい。末期を汚してしまう」

 

 壊してしまう、ここでは。

 ぐるりと周囲を見回し、マインはそう結論した。TNTの話である。実験したいのである。うずうずしているのである。初物の自作火薬を素材としたTNTは、慣れ親しんだものに比べるとやや赤色が薄く、奇しくもルイズの頭部に似た色に仕上がった。爆発力への期待が高まる。

 

「来たまえ。まずはとにかくも手紙を返却しよう。それを持ってすぐに去るというのなら止めまい。しかし出来うるならば今夜の祝宴に……最後の晩餐にご臨席を賜りたいな。ラ・ヴァリエール嬢」

 

 そのルイズはと見てみると、何やらグッと力を溜めている様子だ。マインの背筋に冷たいものが走った。大丈夫、大丈夫のはずだ。まだ明滅していないことであるし。

 適度な距離を保ちつつ、マインはルイズの後を追った。どうやらこの大洞窟は先に見た城と繋がっているらしい。本来ならば細かに見学したいところだが、どうにもルイズから目が離せない。今にも大爆発を起こしそうだ。

 

「うむむ、場合によってはここがぼくの死に場所か……モンモランシーは悲しんでくれるかなあ……ミスタ・ワルドはどのようになさるおつもりで?」

「死の空気を吸い過ぎないことだ、ミスタ・グラモン。明日の朝には非戦闘員を『イーグル』号で脱出させると聞いた。それに乗って帰ればいい。僕はルイズの決断を待つが、いざとなればグリフォンがいる……いるはずだ……いるのだ。いるとも」

「亡国の暁に船出する、かあ……赤い薔薇に似つかわしくない光景だなあ……」

 

 金色頭部とウィッチもどきもそれと察してかルイズに近寄らない。むしろマインのすぐ後ろにいる。爆発が恐れてのことだろう。不安げに小声で鳴いている。

 

「さあ、この通りだ。これできみは目的を果たした」

「……殿下。明日の戦いで討ち死になさるおつもりですか」

「そうだ。我が軍は覚悟の三百でもって五万の敵に当たる。万が一にも勝ち目はない。それでも王家の意地を見せつけることくらいはできる。連中は知るだろう。一国を亡ぼさんとする者はその最後の一瞬まで油断などできないのだと。あるいはトリステインへの侵攻意欲を多少とも挫けるかもしれない。そうなるよう命を費やすつもりだ」

「そのようにお考えでしたか……やはり、殿下と姫さまとは……」

「フフ、私にとってアンリエッタは従妹であり、最愛の女性だ。しかしながら私はアルビオンの皇太子であり、彼女はトリステインの王女だ。その意味がわからないきみでもなかろう」

「誇り……」

「そうだ。私の持つ全ての肩書が、私を戦場へと駆り立てる。私の過ごしたこれまでが、私のこれからを定めている。これが、私だ。ウェールズ・テューダーだ。しかと目に焼き付けておいて貰えたなら、深甚に思う」

 

 金色頭部もどきとの鳴き合いを見るに、どうやらルイズの爆発衝動は沈静化したようだ。 

 マインはようやくと視線を窓へ向けた。見晴らしが素晴らしい。中途半端に壊れた城施設の向こう側に丘陵地帯が広がっている。いい具合だ。実験の結果を確認しやすそうだ。

 

「誇りとは……死を越えてゆくものでしょうか」

「無論だ。今は亡き武人たちがそれを証明している。名誉の戦死を遂げた彼らの戦列に加わることもまた、私の誇りであり喜びだ」

「死を避け生きることは……耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで生き抜くことは、誇りを損ないましょうか」

「滅びの美学に魅入られているつもりはないさ。実際の所、私や父といったわかりやすい囮がなければ非戦闘員の脱出もままならない状況なのだよ。しかし……まあ……悲憤を抱えて落ちのびる者たちのことを思えば、敵へ切り込み果てることが役得と思えるのも確かだ。少しは酔っているのかもしれないな……」

「……殿下……」

「そうだ、一つ忠告しておく。貴族派の軍勢には些か腑に落ちない点がある。激戦を経るごとに兵力が増強されていくという戦場の非常識がそれだ。勇敢に死したはずの兵士が何食わぬ顔で敵方として攻め寄せてきた例も多い。謎を解明することなく我々は滅びるが……トリステインに危機の迫ったその時には、私の言葉を思い出してくれ」

 

 俯いたルイズにウィッチもどきが触れた。やはり爆発しない。身を挺した確認作業をありがたく思う。

 これでもう懸念はない。

 マインは窓へと進んだ。右手で触れて開け放つ。夜だ。忌まわしく疎ましい闇色の世界だ。しかし眠るには及ばない。ベッドを置いてきたということもあるが……これから行う実験はむしろモンスターが湧いたくらいの方が面白いのだから。

 

「マイン?」

 

 外へと出て、豚肉で壁をバチンバチンと叩いた。一ブロックは砕け、二ブロック目に取り掛かったところでそれは飛んで来た。鶏猫牛だ。ウィッチもどきが何事かして呼び出したのを見て独自に考案した方法である。待て待て今やるからと豚肉を与える。とりあえず三枚でいいか?

 

「マイン! 何をする気……まさか!?」

「そろそろパーティの時間なのだが」

「グリフォンが……」

 

 空へ。

 楽しい楽しい、新型TNT爆発実験の始まりである。



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新型TNTと村人もどきと村人もどきゾンビ

「相棒はガンダールヴとしちゃ働き者に過ぎるねえ。主人の意を汲んでのことにしたって」

 

 鶏猫牛にまたがり空飛ぶ月下、マイン・クラフトはやれやれとばかりに首を振った。

 村を見つけてしまったのだ。いや、これはもう規模としては町である。質素ながらも数えきれないほどのテントが建ち並んでいる。窓辺からは丘の陰となって隠れていたらしい。これでは新型TNTの爆発力を試す実験などできようはずもない。マインは無益な殺生や無意味な破壊を厭う。

 

「おうおう、こりゃ凄え規模の陣地だ。五万って数に偽りはなさそうだけど……相棒、本当に単騎で突っ込む気か? たぶん死ぬぜ? いくら相棒が普通じゃねえったって、その心に恐怖を知る以上は不死身ってわけでもないんだろ? 相手にゃあの化け物じみた巨大船もある。ガンダールヴの千人殺しにしたって尾ひれつきの伝説だしなあ」

 

 今夜は背中の不思議剣がよく鳴く。益体なくも物珍しい現象だ。

 これまでの分析で、不思議剣には少なくとも三種類以上のエンチャントがかけられていると判明した。不規則自鳴、耐久回復、そして正体不明のもう一種である。あるいは四種類目もあるのかもしれない。驚異的なエンチャント技術である。

 

「まあなんだ、今のお前さん、傍目にかっこいいことは確かだな。単に常軌を逸してるだけかもしれねえけど、かっこいいもんはかっこいい。大事なこった」

 

 それにしても、とマインは首を傾げた。

 奇妙な村だ。大村落以上にウジャウジャと村人もどきがいるようなのに、畑がただの一つも見当たらない。その代わりでもあるまいに方々に旗を立てている。ガスト用とでも言うべき巨大な弓や、葉を落とした樹木を横倒しにしているのは何の意味があってのことだろうか。

 そしてやはりかアイアンゴーレムもいない。湧き潰しが徹底されていないのに不用心なことだ。

 この世界ではそれでも夜を越えられるから……マインが納得しようとした、その時である。

 いた。

 松明の明かりに照らされて、それはいた。

 ゾンビだ。あれはゾンビで間違いない。鉄製防具を身に着けていても一目でわかる。何を装備しようともゾンビはゾンビなのだ。数多のゾンビと戦ってきたマインの感覚を騙しおおせるものではない。

 

「ん? どうした相棒。大丈夫か? とりあえず武器握っておけば?」 

 

 いる。

 いる。

 よく見ればたくさんいるではないか。

 そこかしこにウロウロとしているし、テントの中からもゾロゾロと現れる。防具を身につけている個体は多く、剣や弓を持った個体もいる。棒を持った個体も多い。ハアンハアンと鳴き声が重なっていく。数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの個体数……マインは通常の村人もどきとゾンビとの比率を概算し、結論した。

 もう駄目だ、この村は。

 今はマインが注目を集めているからいいものの、飛び去ったなら襲撃が再開される。朝を待たず全ての村人もどきがゾンビ化するだろう。それみたことかという心境である。その一方では、やはりこの世界においてもかという納得がマインの心を冷やす。

 

「相棒、とにかく混乱させろ。闇に乗じるしかねえ。火を使うのもいい。声を上げて指示出してる奴を炙り出して狙いまくれ。まさか単騎とも思わないだろうし、朝までなら戦い抜けるかもよ……おっと矢が来るぞ!」

 

 剣が鳴き、複数本の矢が飛来した。上昇して回避する。

 まるでスケルトンのようなゾンビだと感心しかけたマインは、射手が通常の村人もどきであることに気づき困惑した。武装しているからあるいはと予測してはいた。しかし実際に目にすると違和感しか覚えない。

 

 この世界の村人は攻撃的だなあ……そういえば金色頭部も剣を振っていた。剣呑、剣呑。

 

 そして思う。丁度いいからまとめて掃除しようと。

 金のリンゴが足らないし、使う気分でもない。そもそもここの村人もどきとは何の関わりもないので、有名度が低下したところで困らない。大村落や町があるのだから村人もどきが全滅することもないし、村人もどきの数が多過ぎると常々感じてもいた。

 それに……マインは自分を見上げる無数の顔を見下ろしながら思う……これらが丘を越えていくことは許し難い。城にはルイズがいるのだ。死なぬままにいるだけの有象無象が眩しく生きる存在に群がるなど、想像するだけで……憤ろしい。

 

「何て顔だ。相棒、まさかお前さん、五万の軍勢を……」

 

 マインは右手に新型TNTを持った。

 未知の爆発力を秘めたルイズ色のそれは、特徴の一つとして、常に重力の影響を受けるということがある。砂利ブロックや砂ブロックと同じだ。起爆前から落下するのだ。これはメリットとデメリットがそれぞれに大きい特徴だが、この状況においては有益である。

 マインは新型TNTを一つ、ポトリと落とした。

 鶏猫牛を飛翔させながら、ここで、そこで、あそこでと落としていく。とりあえずは一スタック六十四個を全て落とした。間隔は適当だ。起爆方法を思えばそれでも構わない。

 空いた手に握り構えたのは、フレイムをエンチャントした弓である。

 矢をつがえ、射た。

 ステータス効果もあってか火矢は過たず新型TNTの一つに命中した。

 明滅を数えること、一、二、三、四。

 閃光と爆発。衝撃と轟音。

 夜を引き裂いて、爆風による大嵐が吹き荒れた。

 

「お……おでれーた……こりゃあ、まるで……まるで……」

 

 驚きの結果だった。

 マインはひっきりなしに飛び来る何かの破片を避けつつ、今も誘爆を重ねていく地上の様子を眺めた。あらゆるものが吹き飛ぶ。高々と飛んでいく。土にしろ石にしろゾンビにしろ他のにしろ、揃って天高く旅立っていく。とてつもない上昇力であり衝撃力だ。

 そしてそれは指向性のあるものらしい。縦方向のそれに比べ、水平方向への吹き飛ばしや地面を削る力については通常のTNTとさして変わらない。見慣れた破壊だ。一発につきだいたい小規模家屋一軒分である。それが不発もなく六十四カ所だ。

 ウム、とマインは頷いた。

 かつての丘陵も、今では土が払われ石ブロックが露出し、いい具合に荒々しい景観となった。そこへドサリバサリと色々なものが降り注ぐ。荒地を物々しさで彩っていく。

 それでもゾンビは残っている。十数体と固まっている場合には新型TNTを、散り散りになっている場合には火矢を、それぞれ空からお見舞いしていく。ドロップ率はよくない。しかもドロップしたとして金くずだ。回収する価値もない。そろそろもう一スタック分の新型TNTを落としたものか、ゾンビを射抜き炎上させながら考える。

 

「相棒! 上だ! 船が来た!」

 

 剣が高く鳴いた。どこか緊迫感のある鳴き声だった。だからマインは空を見た。眼下には的が蠢くのみで脅威など見当たらなかったからである。

 巨大な船だ。大翼を広げて迫り来る。ガスト以上に距離感がつかみにくいが、その巨体の周囲を飛んでいるものを見ることで把握できた。俄に興奮する。

 エンダードラゴンもどきが、たくさんいるではないか。

 二匹だ。最低でも二匹は確保しよう。マインはそう決意した。繁殖させるのだ。やはり畜舎は屋根のある形状が望ましいだろう。広く立派なものを建てて、その日その時に気に入った一匹を選んで空を飛ぶなどしたら……素晴らし過ぎる!

 マインは鶏猫牛を飛翔させた。

 その手に豚肉を持ち、ブンブンと振り回しながらである。



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エンダードラゴンもどきジョッキーとトラウマ

 マイン・クラフトはやきもきする気持ちを機動でグルングルンと表現し、物足りず、落ちる先も見ずに新型TNTを数個放った。その内の一つが空中で爆発したらしく、衝撃を伴う爆音が夜空へと轟き渡った。

 火の玉にぶつかったのだ。

 エンダードラゴンもどきに接近しようとすると、その背に乗っている村人もどきがガストのように火の玉を放ってくる。棒を振っているだけでそういうことが起こる。そら、光る矢も飛来する。そらそら、見えない剣としかいいようもない攻撃も来る。いったい何の冗談だろうか。

 近づけない。これでは近づけないではないか。

 目の前に何匹ものエンダードラゴンもどきが群れをなしているというのに、豚肉の一枚も与えることができず、ただそれを握り締めている。

 焦れた。

 焦れてマインは弓矢を構えた。

 

「相棒、あれは火竜の編隊だ。近づき過ぎると火のブレスを貰うぜ。かといって離れ過ぎると化け物船の砲撃が来る。苦しいかもしれねえがこの距離で仕留めな」

 

 火の玉を放ってきた村人もどきに火矢を当てる。ハアンと炎上した。エンダードラゴンもどきの背や羽にダメージがいかないか見極める……大丈夫だ。乗り手を失ってフラフラと離れていく。

 もう一矢、今度はゾンビへ当てた。そんなものにまたがられていたエンダードラゴンもどきを不憫に思うと同時に、マインはある種の不満をも感じた。

 この世界では空が容易いにも程がある。

 ゾンビなどという存在へまで空中に在ることを許すとは無思慮無分別であろう。高度制限を設けるべきだ。日月が旅し白雲の彷徨う空間とは清浄であるべきだ。マインはそう考える。

 

「危ねえ! 風の魔法が来るぞ!」

 

 鶏猫牛が悲痛な鳴き声を上げた。ダメージを負ったようだ。次いでマインの肩にも衝撃が来た。そういえば防具を装備していなかったと気づく。しかし今は駄目だ。ブレストプレートの角張りがルイズの結んだ紐を解いてしまう。不思議剣を落としてしまう。

 

「『ファイア・ボール』と『マジックアロー』は避けられても『エア・カッター』は厳しいか……相棒、どうしてもって時は俺で防ぎな。全部吸い込んでやるよ。これでも伝説だ。『ガンダールヴ』が神の左手なら、デルフリンガーさまは『ガンダールヴ』の左腕ってなもんだぜ!」

 

 首を素早くして見渡す。

 村人もどきの騎乗したエンダードラゴンもどきは、あと十八匹いる。どれもこれも目移りするほどに乗りがいがありそうだ。牙の並ぶ口へ肉を放り込みたくて仕方がない。既にサドルが着いているなど誘っているとしか思えない。

 

 でも、まあ、全滅させてもいいか。

 

 マインはそう妥結した。既に二匹は当てができたことであるし、他にももう一匹、大村落に青い個体がいる。マインの印象としては最初に出会ったあの青いエンダードラゴンもどきが最良の一匹である。あれは速い。あれを確保し、あれを中心として繁殖させる。そう決めている。

 さても今は……急降下だ。

 後ろを確認する。エンダードラゴンもどきの群れが追ってきている。その背後には月を遮るように浮く巨大船だ。あれには複数のキャノンが設置されているはずだ。後で見学に行き、その中途半端な破壊力について検証するつもりである。弾丸の飛距離も気になるところだ。

 

「あのな、相棒。何となくお前さんの狙いがわかったけど……俺を使ってもいいのよ? 伝説、実は使われるの待ってるよ?」

 

 迫る地面にルイズの色が見える。先ほど適当に放った新型TNTだ。二つある。

 ギリリと引き絞り、ヒョウと射た。間髪入れずもう一射。どちらも命中。点滅を確認。

 鶏猫牛を操って軌道を修正、地面に蹴爪の跡を残すまでして離れる。遠くへ。遠くへ。

 爆発。爆発。

 破壊音に高度を感じ取り、マインは振り返った。はたして爆発の効果は天を衝くようだ。メガタイガの巨大松をも消し飛ばして余りあるかもしれない。エンダードラゴンもどきたちは……細かな色々へと散らかって……飛行しているのは三匹だけだ。

 

「おでれーた。まるで噴火だ。で、思い出したんだけど、お前さん実は『虚無』ってことないよね? ルーン刻まれた使い魔なんだし、そんなことあるわけない……って、どうした? 動物好きらしいお前さんにゃ、心苦しい結果だったか?」

 

 マインは気分が悪かった。

 急降下、つまりは落下から数秒しての爆発……砂漠の寺院における死亡経験が連想されたからである。当時のマインはまったく未熟だった。宝箱に目が眩み、梯子も水バケツも使わず飛び降りて、チェストに手が触れたタイミングで爆死した。愚かな失敗の記憶だ。

 意気消沈したままに矢を放つ。どうにも上手く当たらない。

 七射してようやくと三匹のエンダードラゴンもどきを自由にしたが、内一匹は誤射でダメージを与えてしまったようだ。火に強く炎上しなかったことは不幸中の幸いである。

 

「心震えずにその命中率たあ、てーしたもんだ。でも、伝説、出番のなさが少し寂しい」

 

 そしていそいそと取り出したるは信頼と実績の豚肉である。

 さあさあと振って五匹を導く。釣れることは既に青色の個体でわかっている。しかし誘因できる時間には制限があるから、速やかに五匹を閉じ込めなければならない。

 敬意を表して木材でもって仮設厩舎を建てたいところだが、エンダードラゴンもどきは大きい。取り急ぎ土ブロックで作ろう。ああ、その前に鶏猫牛のダメージを回復しなければ……マインが地へ降り立った、その時であった。

 遠く爆発音がして……エンダードラゴンもどきが一匹、着地を目前にして爆ぜた。

 何か、硬い物体が飛んできて、爆発した?

 いや、爆発ではなかった。地面に穴が開いたが周囲を広く削り取ったような形跡もない。

 これは何だ。これがあれか。そういうキャノンか。どういう破壊だ。どうしてこうなる。

 しかし、どうであれ、これ以上はやらせない。

 

「化け物船の大砲だ! 相棒、この距離じゃ狙い撃ちになる! 逃げ……ないの?」

 

 空に爆発音が連続した。周囲で土が弾けた。ガンガンと耳障りな衝突音が幾度か響いた。

 マインはやるべきことをしていた。

 まずは鶏猫牛、次いでエンダードラゴンもどき四匹に、存分に豚肉を与えたのだ。

 先んじて建設した、黒曜石による耐爆シェルターの内側で、である。

 

「おでれーた……この黒いのは、伝説だ……『虚無』でもこれを壊せないかも」

 

 マインはルイズに感謝していた。いつ爆発に巻き込まれるともしれない日常が、ダイヤピッケルを一本犠牲にする覚悟での黒曜石大量準備を決意させたからである。

 そして、何だかとても美味しそうに思えて、豚肉を一枚食べた。焼き豚の方が美味かった。



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ディスペンサーとリピーターとレバー

 巨大船のキャノンを停止させることにしたマイン・クラフトだが、自分ならいざ知らず鶏猫牛やエンダードラゴンもどきが死んでしまっては困るので、どうしたものかと首を傾げていた。

 

「どーすんだ? いくらなんでもこの弾幕じゃ近寄れねえし、近寄ったとしてさっきの比じゃなく魔法が……あ。そうかこれだ。相棒、思いついた。ここは突撃してみない? 化け物船の甲板に立つための最後の一手、伝説が任されちゃう」

 

 不思議剣が呑気な鳴き声を上げている。最近はこれを聞きながら作業するのも好きである。

 それはそれとして、マインはアイテムスロットを確認した。材料はある。

 

 作るか。あれを。

 

 あれでもって巨大船を一撃してキャノンを機能不全に追い込むか。できないことはあるまいと思われた。キャノンとは大胆な発想と豪壮な外観を有するのが常であるが、その仕掛け自体は繊細を極める。

 しかしどうにも勿体ない気がして、マインは中腰でフラフラと歩き回った。

 折角あれほどに形の整った船だ。キャノンと同様、構造を見学するより前に形を損なってしまっていいものだろうか。あの巨大さからいって中には拠点としての要素が様々に備わっているのであろうし。

 また、パワーストーンの特性を把握しきれていない点もマインに決断を躊躇わせる。

 レッドストーンと通常のTNTであれば何の問題もなかった。しかし今手元にあるのはパワーストーンと新型TNTであり、現に後者は想定外の破壊特性をもってマインを驚かせたばかりである。まずもって複雑なタイプでは成功しないだろう。必然的に簡易型だ。また、新型TNTの性質を鑑みればディスペンサー式は必須であろう。

 

「右腕はさ、いいのよ。そっちは爆弾でもツルハシでも長槍でも、伝説、気にしない。けど相棒の左腕はデルフリンガーさまの収まる場所だ。これはもう真理さね……おや?」

 

 とりあえず二、三発やってみるか。これも実験ということで。

 マインは黒曜石によるシェルターを完成させ、その外へ出た。出入り口の扉は鉄製にした。開閉装置はボタンだ。先だって巨大ゴーレムを爆破した際に用いたものの再利用である。

 ダイヤ製防具を身にまとう。落とした不思議剣を左手で握る。右手には松明だ。置かねば暗い。

 

「優しいねえ。動物を道具として使い捨てる気はねえってか。その点、俺は剣だからね。大丈夫。どんな無茶苦茶な死地へだって一緒に行けるのさ!」

 

 マインは走り出した。

 速い。でこぼこの丘を脚力も軽快に踏破していく。複数の良性ステータス効果を事前準備なしに活用できる今日この頃、馬が要らない。

 ドカンドカンとキャノンの発射音が聞こえている。

 まだ遠い。弾着までの時間差でもそれがわかる。

 距離を測るべく巨大船を目視する。派手に発射の煙が上がっている。

 マインはやれやれと首を振った。無駄なことを、と呆れる。キャノンとは基本的に静止目標に対する兵器である。馬並みの速度で移動するマインを捉えられるわけもない。爆発しない砲弾であれば尚更だ。弓矢でもあるまいに直撃を狙ってどうするのか。

 

 見本を見せよう。即席とはいえ何とかしよう。何せ的は巨大でほぼ静止している。

 

 波打つような丘陵を駆け抜けて……マインは再び首を傾げることとなった。

 目の錯覚だろうか。いや、そうではない。

 船だ。新たな船が月夜の空へと現れた。しかもそれは見覚えのある形をしている。この空中大陸へやって来る際に乗っていた船だ。巨大船と比べると随分と小さい。

 それが城の方角から真っ直ぐに飛んでくる。どう見ても巨大船を目標としている。

 

「おお、こりゃまさかの展開だな。最後の晩餐がどうのと言ってたのに。けど英断だし正解だ。今なら接舷できる。白兵戦を仕掛ける千載一遇の好機ってやつだ。そしてそいつは相棒が招き寄せたもんだねえ」

 

 マインは迷惑に思った。

 あの船にはチェストを隠してある。持ち切れなかった火薬やら何やらをしまったチェストをだ。これから始める実験に巻き込んでしまっては痛恨のアイテムロストとなる。

 それに……と目を凝らす。ピョンピョンとジャンプすらする。見えない。それでも感じる。

 ルイズが乗っていやしないだろうか、あれには。

 とんでもないことだ。どうあってもあの船の接近を許すわけにはいかない。止める手段はないから、接近する前に実験を終えるしか手はない。急ぐ。猛然と奔って……巨大船の直下にて停止した。

 

 さあ、作るか。

 TNTキャノンの数あるバリエーションの内の一つ……対空砲を。

 

 爆発事故に備えて素材は黒曜石だ。ブロックを並べ、積み、その延長線上に巨大船を捉える。筒の底に水を流すことを忘れない。最効率化は目指さずディスペンサーは多めに設置する。

 リピーターに関しては勘に頼るしかない。パワーストーン粉の伝達距離はレッドストーンの三倍だから、伝達速度は単純に三倍として乱暴に計算している。しかしそのリピーターの素材もパワーストーンである以上、性能があやふやなのだ。勘というよりむしろ運頼みか。

 いや、そんなことはない。いける。これでいける気がしてならない。

 レバーに手をかけたマインは、どうしてかこの『兵器』の性能がはっきりと理解できた。

 

「相棒。この禍々しいのって、もしかして……」

 

 ガチャリとレバーを下ろした。

 光が黒曜石製対空砲の表面をなぞっていく。ディスペンサーが新型TNTを吐き出す音と、点火状態にある打ち上げ用のそれらの明滅と、やや時間差をつけて上部に現れたやはり点火済みの砲弾用新型TNT一個の姿と……全てが寸分の狂いもなく連動する様子を見守り、マインは顔を空へと向けた。成果を確信して。

 轟音。発射。

 弾速は目にも留まらぬ速度。

 爆発への時を刻む新型TNTは吸い込まれるようにして巨大船の船底へ。

 そして、高い高いそこで……閃光。

 

「おお、凄え。相棒の『槍』はどこまで長いんだ? 空まで届くたあね」

 

 マインは頷いた。やはり新型TNTの衝撃力はどんな状態であれ天頂方向に凄まじいようだ。

 凄みのある破壊が夜空に示されている。

 巨大船が腹部を深く抉られた無残を晒している。

 破壊の跡からは、何か重力に影響される色々が落ちてくる。

 

「またしても伝説の出る幕なし。でも許す。おめえさんは相棒だかんね。いつか来る出番を待つとも。おめえさんが俺を必要とする状況って、それはもう伝説的な死地なんだろうし」

 

 マインはとりあえずもう二発ほど対空砲を発射した。実験とはそういうものだからだ。

 巨大船は降りてくるようだ。僥倖である。マインはベイクドポテトを食べながらそれを待った。



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スポーンとリスポーンとデスポーン

「マイン! こんな無茶して!」

 

 ピンク色の頭部に顔を打撃され、細くも強力な腕に体を拘束され、小柄ながら恐るべき爆発力を秘めるルイズに密着されたマイン・クラフトはもはや為す術もなく身を強張らせていた。伝わってくる震動に全てを悟り、瞑目する。

 もう駄目だ。どうかエンダードラゴンもどきたちがデスポーンしませんように。

 

「忘れないで! わたしはあんたの主人なんだからねっ! あんたが危ない目に遭うなら、その時はわたしも一緒なの! わたしだけ安全なところなんてヤなの! わたしは……わたしは……!」

 

 マインはふと思った。

 もう間もなく爆発が起こるが、自分はベッドで目覚めるとして、ルイズはどうなるのだろうか。

 マイン以外の諸々は死ねば消滅するのが世界の法則である。それでも世界にはそれら諸々は存在し続ける。生き物もモンスターもスポーンするからだ。村人だけはやや注意が必要だが、世界は広く、二体見つければ増やすことは可能である。

 今まではそれでよかった。何の疑問もなかった。モンスタースポナーの発見と確保に血眼になったのも素材収集が目的であって、クリーパーのスポナーがないことへの憤懣も火薬需要を原因としていたに過ぎなかった。

 しかし、今、マインは世界を問い質したい気持ちに駆られた。

 

 ルイズは? ルイズはリスポーンするのか?

 

 リスポーンするのであれば別にいい。どこで目覚めようともマインはルイズを見つけ出すだろう。根拠もなしにそんな確信があった。どこか誇らしい確信だ。

 もしもリスポーンしないなら……クリーパーなどと同じくただのスポーンであったなら、はたしてそれは『ルイズ』だろうか。ピンク色の頭をしていれば同じものであると認められるだろうか。

 眩いばかりの生を見せつけるルイズは……この素晴らしい個体は……特別な、唯一無二の存在なのではあるまいか。

 あるいは、リスポーンもスポーンもしないとしたら。

 マインの生きる世界からルイズが永遠に失われてしまうのだとしたら。

 

「え? マイン……?」

 

 使い慣れた右手と、ぎこちない左手とで、マインはルイズを挟んだ。膨張させまいとしたのだ。そうすることで爆発を止めたかった。抑え込みたかった。

 その成果だろうか、ルイズの震えは止まった。

 しかし……マインが震えていた。牛乳を飲もうとすら思いつかずに。

 

「相棒、取り込み中のとこ悪いが……まだ戦争中だぜ? そら、兵隊が来る」

 

 落とした不思議剣が鳴いた。左手を伸ばし、拾う。右手にはダイヤ剣だ。ルイズを背に庇う。

 マインは震え続けている。しかしその意味が変わった。

 ギロリと見据える先には村人もどきゾンビが十数体いて、剣と鎧で武装し、駆けてくる。巨大船から漏れ出てきた有象無象の内の一部だ。やはりか巨大船はその内部に村の一つや二つを蔵していたようで、しかもそれはかなりの割合でゾンビ化の被害を受けていたらしい。空の清浄さについて考えさせられる。

 

 まあ、何にせよ、一体とて逃しはしない。

 

 マインが駆け出そうとしたその時、横合いから赤色の一団が突如として現れ、ゾンビたちへと襲いかかった。レッドストーンとも見紛う金属で武装した戦士たちだ。防具の造形が素晴らしい。特に兜だ。顔を完全に覆っていて尚視界の悪さを感じさせないとはどういう仕掛けか。

 そんな戦士が七体、両手それぞれに剣を持つというマインと同じスタイルでゾンビを切り崩していく。強い。防御を無視した猛攻もまたマインに似ている。

 マインは首を傾げた。防具といい剣といい、どこかで見覚えがある……思い出した。

 レア・スポーンだ。あれらは大村落のレア・スポーンに酷似している。手に持つ剣、あれは鉄ブロックを叩いては折れ、突いては砕けていたものだ。最近はそこそこに鉄ブロックを傷つけもする、金色頭部の剣だ。

 

「こ、怖いけど名誉だ! 友を護り、敵の無粋を懲らしめるなんて! 奇跡の逆転劇というのも素敵だ! ぼくの初陣はやっぱりこっちにしよう! 薔薇色の戦乙女を操りし『紅銅』のギーシュ、参る参る!」

 

 やはりか金色頭部がやって来た。バラを手に素っ頓狂な動きをしているから、マインは自らが前へ出ることでゾンビから離してやった。この個体はいい声で鳴く。目の前でゾンビ化されてはつまらない。

 

「ギーシュ! あんたの役割は船の護衛でしょ!」

「おおルイズ! それを言うなら君の役割は船で待つことだろ? でもいいさ! 主従の絆に乾杯だ! 君も戦乙女たちの戦いぶりを観戦してくれたまえ!」

「一体やられたわよ!!」

「ハアン!?」

 

 いつもながら和む鳴き声である。

 マインはゾンビを倒しつつレア・スポーンを観察もした。赤く、硬く、そこそこ強い。あのレア・スポーンの上位種かもしれない。村人もどきを庇ってゾンビと戦うあたり、やはり守護者としての性質を有している様子だ。

 

「やっぱり相棒は凄腕だねえ。文字通りの千人斬りでもやってのけそうだ。で、そんな相棒にお知らせだ。今さっき、伝説、魔法の攻撃を吸収したよ。風系統の魔法だったよ。絶対に気づいていないだろうけど……」

 

 衝撃音が届いた。見る。少し先で新型TNTのような爆風が発生した。土やゾンビが渦に巻かれるようにして吹き飛んでいく。

 

「あれは殿下の魔法!? 『ストーム』か『エア・ストーム』か……どちらであっても孤立した時に使う魔法だわ! マイン、ギーシュ、行くわよ!」

 

 ルイズが走り出した。その行く手に爆発が生じて道が開けた。さすがはと慄きつつも頷き、マインは先行した。ルイズの進路を確保するためだ。ルイズのそばにゾンビがいることをマインは好まない。

 切って倒し、射て燃やし、進む。敵性村人もどきの姿はなくゾンビばかりである。夜らしい光景だ。ここではスケルトンを見かけず、弓矢もゾンビが射てくる。しかし狙いが甘い。マインの速さを捉えられないし、ルイズたちについては上位レア・スポーンが守護者としての本領を発揮している。

 

「おお! 相棒! 火の魔法が来る!」

 

 進む先から火の玉が飛来した。ゾンビが吹いたのだろうか。新種にもほどがあるが、とりあえずマインはそれを剣で弾き返した。火の玉テニスはマインの特技の一つである。ネザーにおけるガストとの死闘で否応なく身につけた技術だ。ゾンビは燃え上がった。その周囲のゾンビも火矢で燃やす。ゾンビの数も底が見えてきた。

 

「殿下!」

 

 マインは見た。

 金色頭部もどきが殺到するゾンビを捌きかね、攻撃を食らおうとする様を。

 そこへウィッチもどきが五体駆けつけ、金色頭部もどきと合力して逆にゾンビを圧倒する様を。

 そして金色頭部もどきの青白く光る棒が、いかにも村人といった鉤鼻をした緑服個体を、一撃のもとに打ち倒すその勇猛な姿を。

 

「賊軍『レコン・キスタ』首魁オリヴァー・クロムウェル! アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダーが討ち取ったり!!」

 

 力強いハアンに誘われてか、周囲からも衝撃を感じるほどのハアンが巻き起こった。しかも止まない。見渡せば百体を超えるだろう村人もどきたちがハアンハアンと鳴き喚きながらジャンプ攻撃をゾンビへ見舞っている。強い。そしてうるさい。もう、どうしようもないほどに。

 ルイズが側にいた。

 だからマインは、右手に持った新型TNTを焼き豚に持ち替えて、それをかじった。



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アップルパイとタワーケーキとレア・ドロップ品

 マイン・クラフトはソワソワと歩きまわりつつ大いに悩んでいた。

 

「最後の晩餐にと用意させた料理が、まさか、古今未曾有の大勝利を祝う朝食になろうとはな」

「然り! まったく然りにございまするぞ、殿下! このパリー、よもやこれほどに神々しい朝を迎えることができようとは想像だにできず!」

 

 目の前のテーブルでは豪華な食糧が山を成している。いや、山脈だ。これはご馳走による山脈なのだ。マインは中腰になった。どれから食べるか。そしてどれを食べるか。己の満腹度を徹底管理して豊かな食事をしなければならない。

 

「投降する兵、貴族、艦艇、続々でありまする! 各都市もまた正当なる旗を掲げること必定! 賊軍は早晩滅びましょう! ああ! 一夜一戦をもってしての大正義! これこそは王家の威光が招来した奇跡に他なく! あるいはアルビオンの危機に際し顕現するという王竜バハムートがまさにその力を発揮したのではないかと!」

「ああ、いいな。対外的にはそういうことにしようか……よろしいかな? ラ・ヴァリエール嬢」

「はい。わたしたちはあくまでも非公式の使い。姫さまから参戦の許可を下されてもおりません。それに……わたしはマインを『英雄』にはしたくありません」

「……眉唾な伝承を持ち出すまでしないと覆い隠せない功績だ。『英雄』では足らない。きみの使い魔は『伝説』となった。時代を越えて畏怖される存在だ。その凄まじさゆえに却って数年は真実を隠せよう。しかし今日という日が過去へと遠ざかったその時、人は自ずと察することとなるだろう。大山が遠景としてしか人の目に収まらないように、な」

 

 よし、とマインが手を伸ばしたのはパンプキンパイに似た一品だ。格子状の生地の下に黄金色の果実が垣間見えている。

 かじるとまず香ばしさが鼻孔をくすぐり、次に甘味と酸味とが口中に広がった。リンゴだ、これは。色から察して金リンゴを素材とした上位食料なのだ。美味い。美味過ぎる。これを食せばどんなゾンビもたちどころに正常化するだろう。

 

「……殿下、畏れ多くも一つだけお願いしたいことがございます」

「鹵獲した火竜のことだろう? 乞われるまでもなく、あれらはもうきみの使い魔のものだよ。夜も明けぬ内に建設されたドラゴン飼育施設についても同様だ。『黒き不壊の繭』にも『黒き破艦砲』にも我らが触れることはない。丘陵地帯は戦勝記念地として特別な保護の下におき、実質的にはきみの使い魔の領地とする。ざっくばらんに言えば、アルビオン王国においてきみの使い魔の為すことはその全てが承認されるということさ」

「そ、それは……何という……」

「本音を言おうか? ラ・ヴァリエール嬢。きみを次なるアルビオン王国国王の王妃に据えたいとすら、我々は考えているのだよ」

「そ!? そ、そそそそれは……!」

「私の妻になってほしい、ということさ。きみは大変に可愛らしいし、家柄も王室に相応しく、何よりも貴族としての気高さは私の目にも眩いほどだ」

「で、ででで殿下には姫さまが……!」

「王家の人間は国のためにこそ婚姻を結ぶ。アルビオンとトリステインの現状を鑑みれば私とアンリエッタが結ばれることはないさ。それに……君を我が国の頂点近くに迎え入れた方が、何につけスッキリとしてわかりやすいからね」

「それは……それはつまり、マインのことを?」

「欲しいなどとは言わない。いや、言えない。崇め奉って我が国への加護を願うばかりだ。『伝説』に触れる心地というのはこの上なく畏れ多いものだ。本当の敬虔さとは何に由来するかを……私は知ったよ」

 

 金リンゴパイの次に目をつけたのは、まるで塔のような多層型ケーキだ。どうして積んだのか知れないが、なぜか建築欲にも似た衝動に駆られて、マインは食べる部分に工夫を凝らした。

 上部から中ほどにかけてはやや細めの直径にし、下部はしっかりと食べ残して……よし。

 出来上がったのは対空砲である。直上の目標を狙ってそそり立つ様が猛々しい。とても良い。

 

「叶うならば実現したいと思うこの婚約……戦場の借りを仇で返すようで心苦しくもあるが、子爵、私はきみの許しを乞わねばなるまいな? ラ・ヴァリエール嬢の婚約者であり、既に求婚したとも聞いているのだから」

「……いえ。実を申せば親同士が冗談交じりに約した婚約でありました。求婚にしましても、ラ・ヴァリエール嬢の心に強く響いたものとは思えません。それに……この場を借りて罪の告白をせねばならぬ身です」

「え? ワルド……?」

 

 思わぬ量のケーキを食べてしまったと首を振ったマインは、不思議な光景を見た。

 ウィッチもどきがこれでもかというほどに身を屈めている。その姿勢にマインは好印象を覚えた。いいぞ。落としたものは拾って食べなさい。いかに有り余るほどの食料があろうとも、それは食料を無駄にしていい理由にならない。そういえば残り四体のウィッチもどきはどこだろうか。

 

「杖を置き、告白致します。『レコン・キスタ』に通じておりました。ラ・ヴァリエール嬢と共にここへ参ったのは三つの目的があってのこと。一つ、ラ・ヴァリエール嬢の力を得るため。一つ、姫殿下の手紙を得るため。そして最後の一つは……殿下のお命を頂戴するためでございました」

「……名誉をかなぐり捨てたその動機を、聞いてもいいかね?」

「『聖地』です。始祖ブリミルの光臨せし『聖地』へと至るために……その道を封ずるエルフを退ける力を欲しました。『レコン・キスタ』に加わればそれが叶うと信じました」

「そうか……どれほどの罪を重ねた?」

「トリステインにおける反乱分子の糾合に少々。罪人フーケの逃亡幇助。フーケと傭兵を用いてラ・ロシェールの宿へ襲撃」

「え……でも……あ! あれって、あの白仮面って、『偏在』だったのね!」

「土壇場において『レコン・キスタ』を見限った理由……一応聞いておこうか」

「お察しの通りかと。力です、殿下。ラ・ヴァリエール嬢の使い魔が示した恐るべき力……殿下のお言葉を拝借するのなら『伝説』……百書に語られるエルフの脅威すら生温く感じられる物凄まじさを目の当たりにし、どうして敵対することを選べましょうか」

 

 どこかから耳に心地よいハアンが聞こえてきたから、マインは首をグリグリと動かした。

 いた。金色頭部は色とりどりの頭に囲まれて何やらフラフラとしている。よく見ると悪性ポーションを随分と飲んだ様子だ。愚かなことだが、それも金色頭部らしいとも思えて、マインは小さく頷いた。まあいい。後で牛乳をバケツ一杯飲ませてやれば済む話だ。

 

「力に魅入られるな、とは言えないか。私はその力に救われた身だからな」

「その力に圧倒され、むしろ悪い夢から覚めたような気持でもありますが」

「私と同じく敬虔な気持ちである、ということかな」

「言われてみますれば、確かに、そういうものかと」

「そうとなると、後はラ・ヴァリエール嬢次第か」

「まさに。ラ・ヴァリエール嬢の意向を尋ねたく」

「わたし……わたしは……」

 

 ルイズを見る。ルイズもまたマインを見ていた。

 掛け替えがないと認識するに至った、このピンク色の個体が……特別な存在が、明るく安全な空間にいることを喜ばしく思う。早々ゾンビやスケルトンに後れをとることもあるまいが、やはり爆発とは縁遠いところへいてほしい。

 その方が……怖くない。

 マインはウムウムと頷いた。ルイズもまた頷いている。

 

「……わたしは、しばしこの地に留まりたいと思います。この戦争の結末を見届けるためです。それが『伝説』の主人としての責務でありましょう。何を決断するにしても、全てはそれからだと」

「そうか。歓迎しよう。手紙についてはどうするのだ?」

「ギーシュ・ド・グラモンに託します」

「わかった。私からの親書も彼に託すことにしよう」

「その……ワルドについては……」

「子爵か。アルビオン王国にとっては救国の勇士の一人であり、私にとっては危急に駆けつけてくれた得難き戦友だ。トリステインにおいて彼が犯した罪の数は三つ……その内の二つについては功罪相償うの理でもってトリステインに免罪を交渉したく思うが」

「……ラ・ヴァリエール嬢。いや、今は敢えてルイズと呼ぼう。一つ、僕に教えてほしい」

「ワルド……何?」

「君の使い魔は『伝説』だ。小さく収まることも静かに終わることもあり得ない」

「……うん……」

「いったい、何を望み、どこへ行くのか……それを知りたいんだ。僕は」

 

 マインは窓辺へ寄った。心ならずも満腹に至ってしまったからだ。ケーキだ。ケーキを食べ過ぎた。不本意である。肉を素材とした色々も食べたい。少し待てば食べられる気がする。僅かでも空腹を感じればどんな大きさのものであろうとも一品平らげられる。

 朝の日差しを浴びる。闇を払いゾンビやスケルトンを焼き尽くす清浄なる輝きを。

 今日は日暮れまでに作業したいことが山ほどある。ドラゴンの繁殖実験と設備の拡張、TNT爆破実験跡の見聞と整地、巨大船漁り……すぐにも飛び出していきたくなる。

 

「マインは……いつも、遠くを見ているわ。朝日の昇る地平の先を」

「東か……やはりな」

「……マインは『聖地』へ行くつもりなのかしら?」

「エルフが護り、隠すだけの何かがそこにある。君の使い魔はそれを解明すべく召喚された……僕にはそう思えてならない。力の必然だ。そう信じ……殿下にお願いしたい儀がございます」

「聞こう。子爵」

「今一つの罪についても贖うために……私に最先鋒をお任せくださいませ。国内が治まるまでには戦の一つ二つは起こり得るでしょう。きっと戦果を挙げてみせます。それでもなお罪に釣り合わぬ場合は、その後も戦い続けましょう」

「そうやって時を待つか。ラ・ヴァリエール嬢の使い魔が東へと発つその時を」

「いかがでございましょうか」

「トリステインとの交渉に全力を尽くさせてもらおう。それで『閃光』の助力を得られるのなら安いものだ。それでいいだろうか、ラ・ヴァリエール嬢」

「はい。殿下さえよろしければ」

「よろしいも何も、望み得る最大に近い結果を得ようとしているよ。さて、そうなるとラ・ヴァリエール公爵家への親書は中々に複雑なものになるな……フフ、戦に臨むような心地になるのは何故かな?」

「そ、それは、その、わたしも感じてますけど……マインの主人として、頑張らないと……ドラゴンにしろ丘にしろ城にしろ、しばらくは夢中になるに決まってますから。帰るって言ったって、聞いてもらえるかどうか……笑ってるし、あいつ」

 

 マインはふと思いついて、アイテムスロットから一つの宝物を取り出した。

 それは宝石だ。昨晩、ゾンビの群れの中で拾ったレア・ドロップ品である。

 結局ルイズの青色宝石を得ることはできなかった。しかしこれも逸品である。性質が似ている上に、エネルギーとしてはこちらの方が上位かもしれない。

 とかくこの世界は発見に満ちている……次から次へと面白く、身体が足りないほどだ。

 マインは何度かジャンプし、小腹が空いたのを見計らって、目をつけておいた肉料理へとダッシュした。ルイズにも同じものを手渡して、一緒に食べるそのために。




2巻部的なところ完結。なんか長くなったのはだいたいヒゲの人のせい。
折しも三月末。年度初めは色々あるゆえに更新ペース未定なり。もちっとだけ続くんじゃ。


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赤色エンドラもどきと第二拠点

 数十匹に増えた赤色エンドラもどきたちを見渡して、マイン・クラフトは二度三度と頷いた。

 素晴らしい。繁殖時に火を噴くとは知らず危うく死にかけもしたが、そんな些細な失敗など消し飛ぶほどの光景である。水場兼炎上時飛び込み用の池がキラキラと輝く様はマインを祝福しているかのようだ。

 

「また増えてる……マイン、あんたどういう飼育してるのよ。こないだ二十匹も軍へ売ったばかりなのに」

「え、ルイズ、ちょっと待って。あなた今何て言ったの? 火竜を二個中隊分も融通したの?」

「何よ、キュルケ。別にいいでしょ? ゲルマニアとアルビオンは敵対してないんだし」

「違うわ、そういう問題じゃないのよ、ヴァリエール。あなたの使い魔が捕えた火竜って四匹だったのよね? それが何? 半月と経たずにどうやって増えたの? どうしたら増えるの?」

「餌の質と量じゃないの?」

「あなたね……竜騎士部隊の軍事的価値をわかってる?」

「うーん……マインの爆弾二つ分くらい? 代金として牧場と農園を始めるための色々を貰ったから、マインも納得してたけど」

 

 観覧台にルイズの姿を認めて、マインは一度ジャンプした。丁度いい。小腹が減っている。

 少し駆けて鶏猫牛のところへ行き、またがる。エンドラもどきは遠出用だ。日常においては着陸場所を選ばない鶏猫牛を愛用している。こちらももう一匹を確保して繁殖させたいところだ。馬以上の速度で地を駆けさせられるという点ではエンドラもどきよりも有能であることだし。

 

「あれ? タバサは? 一緒に来たんでしょ?」

「あー、それが……使い魔の風竜連れて雲隠れしちゃった。あなたの使い魔がドラゴン牧場をやってるって聞いたからじゃないかしら。何だか怖い顔してたわー」

「う、うーん……シルフィードだっけ? マイン、確かに執着してるみたいだけど……ドラゴンの餌用にって豚と牛の牧場も始めてるし、その飼料用の畑もやってるし、城の補修とか新築とかもしてるから、前みたく追っかけたりする暇ないと思うけど」

「待って。今、新築とか言わなかったかしら?」

「え? 言ったわよ?」

「気にはなってたのよ。あの丘の上で施工中の大規模建築……あれ、アルビオン王国の城塞じゃなくて、あなたの使い魔の居城なの?」

「そうよ? あ、大丈夫。国王陛下のお許しは賜ってるから」

「な、なんで許されるのよ……王城の目と鼻の先で……」

 

 滑空と着陸は何度体験しても素敵だ。マインはまず鶏猫牛へ豚肉を一枚与え、次いでベイクドポテトを手に持った。ルイズと赤頭茶顔が交流している様子を眺めつつ、かじる。

 思えば幸運であった、とマインは思う。ルイズと離れずにここの拠点化を進められている。

 ルイズは五角形からなる大村落に所属する個体だと考えていたが、それは誤りであったらしい。この空中大陸に上がってからというもの、ルイズは壊れ城に起居するようになった。

 マインはそれを不憫に思うから目に付く端から破損個所を修復しているし、再襲撃に備えて城の防御力の増強も図っている。近々エンドラもどきで大村落そばの拠点へ戻って溶岩バケツを大量に持ってくるつもりだ。ここは鉄もパワーストーンも豊富だが溶岩資源にだけは恵まれていない。

 

「相変わらずね、あなたの使い魔は。いつでもどこでも、誰も予想がつかないようなことをする。それが当然だっていう顔をしてね」

「それがマインよ。わたしの使い魔だわ」

「フフ……いい顔をして。また一つ、覚悟の高みへ昇ったのね? それでこそよ、ヴァリエール」

「何よそれ。上から目線で言ってくれちゃって。そっちこそしっかりなさいな、ツェルプストー」

「オホホ、それは貴き殿方に求婚され続けている女の余裕というものかしら?」

「な! ど! どこでそれを……じゃなくて、な、何のことかしら!?」

「待遇でわかるわよ。あなた、まるでお姫様のようにかしずかれてるじゃないの」

「そ、そそそそれは……大使! そう、大使としての!」

「大使にしては凄い部屋をあてがわれてるわよね? 王族のための階層だし、広いし豪奢だし……部屋の中に滝まであって。何あれ?」

「あ、それはマインが」

 

 さて、とマインは首を回した。今日はこれから伐採だ。アイテムスロットを空にして臨み、たっぷりと木材を収集したい。既に深い森を発見している。どのエンドラもどきで行こうかと悩むのもまた楽しい。

 

「マイン、出かけるのね? 火竜で行くってことは、帰りは夜かしら」

「あらあらー、何だか夫の帰りを待つ妻のような言葉だこと」

「相変わらずの思考回路ね……わたしはマインの主人だもの。堂々と待たなくちゃいけないのよ」

「あ、そういえばあのお髭の子爵は? 婚約者なのよね?」

「……元ね。ワルドは殿下と一緒に前線よ。アルビオンが治まるにはもう少しだけかかるみたい」

「噂には聞いてたけど、その事実だけとってみても、トリステインとアルビオンは蜜月よねぇ……ゲルマニアはどうなるのかしら」

「ああ、姫さまのお輿入れの話、なくなったもんね」

「『レコン・キスタ』だっけ? そういう降ってわいたような脅威があってはじめて成り立つ話だもの。それがなくなれば元通りになるだけ。トリステインとゲルマニアは領土問題を抱える歴史的な敵対関係……あたしたちの家同士もね」

「……敵……」

 

 ルイズを見る。相変わらずのピンク色である。村人もどきとの交流を好み、好物は砂糖を素材とする食料だ。馬や鶏猫牛、エンドラもどきに乗ると上機嫌になる。知れば知るほどにマインは感じたものだ。爆発が、ルイズにとってさして重要な特徴ではないということを。

 まあ、怖いことは怖いが。

 観覧台から赤色エンドラもどきを見渡す。いかにも空を飛びたげな一匹を見定め、そこへ向かって走り出した。鶏猫牛は残したままでいい。ルイズが乗るかもしれないし、乗らないなら乗らないでいいようにするだろう。

 

「……ねえ、キュルケ」

「何? ルイズ」

「貴族の誇りって、土地に縛られるものなのかしら」

「……実質的には。貴族の始まりを紐解けば、本来的には違うのかもしれないけど」

「マインは飛ぶわ。何に縛られることもなく、どこへでも自由に。たった一つ……わたしのことだけは、いつも振り返りながら」

「そうね。それが主人と使い魔の関係と言ってしまえばそれまでだけど……それだけで収まるわけがないのかもね。あなたと、あなたの使い魔に限っては」

「わたしは……マインの主人たるわたしは……土地に縛られてはいけないのかもしれないって、そう思うの」

「ルイズ……あなた……」

「まだうまく考えがまとまってないんだけど、でも、これだけは言えるわ」

 

 さあ、行くか。楽しい楽しい大伐採だ。

 何スタックも収集していればリンゴもたくさん拾えるだろう。あの金リンゴパイを作ってみようかと思いつき、マインは首をグリグリと振り回した。いいアイデアだ。きっとルイズが喜ぶはず。

 

「キュルケ。あんたはわたしの友達よ。敵ではないわ」

「……うん。あなたはあたしの友達で、間違いないわ」

 

 ルイズが笑っている。眩いばかりの笑顔だ。

 だからマインは尚一層に首を回した。クラクラする。どちらが天でどちらが地か。

 

「マイン! いい加減にしなさい! あんた、首、取れちゃうわよ!?」

 

 ルイズの声を聞きながら、マインは森へと向かった。今日も楽しい一日になりそうだった。



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ノックバックとジャベリンとステーキ

 ガラス製とおぼしき矢が数十と飛来し赤色エンドラもどきがダメージを負ってしまったから、マイン・クラフトは眼下の森への急降下を選択した。木立の疎らな場所を選んで着陸させる。すぐに豚肉を与える。

 すると今度は見えない何かに横合いから叩かれた。ノックバック効果だけが発生したかのような現象だ。空中で足をバタバタさせつつマインは吹き飛び、着地した。何事だろうか。首を傾げる。

 

「おでれーた。あの娘は、相棒の主人とたまにつるんでたやつじゃねえか」

 

 背中で不思議剣が鳴いている。マインはもう反対側へ首を傾げ直して、それを見た。

 青頭子供だ。大きな棒を持った青頭子供がジッとマインを見つめている。

 

「命令だから」

 

 この個体のハアンは小さくてよく聞こえない。

 それよりも、とマインは周囲を見渡した。青頭子供がいるとなればあれもまたいるかもしれない。初めて見つけたエンダードラゴンもどき……青くて速そうなあの個体だ。どこだどこにいる。

 

「相棒、あの甲冑を出さねえの? もしかして持ってきてない?」

 

 鋭い音がした。マインは驚いた。肩が裂けたのだ。

 腕と足でも同じような現象が起きた。ダメージを負った。不思議である。この世界に来て二度目の体験だ。一度目はエンドラもどきを捕獲する際で、大したダメージではないものの、見えない剣が飛んでくるようなこの現象は避けようがない。

 とりあえず焼き豚を食べる。見たところ青色エンドラもどきの姿はないが……マインにはわかる。見えずとも、近くに潜んでいる。そんな気がしてならない。

 

「無抵抗は無意味」

 

 これみよがしに一枚を食べ終えて、もう一枚をばブンブンと振った。振りつつマインは耳を澄ませた。やはりだ。どこかから興奮したような鼻息が聞こえてくる。あの個体は生の豚肉よりも焼き豚を好んでいた。

 

「剣を抜くべき。これは最後の警告」

 

 ならばとマインが取りだしたのは、ステーキである。

 牛肉の旨味をギュっと閉じ込めるようにして焼き上げた逸品だ。ボリュームもある。ここへ来て牛の飼育が可能になったため生産可能となった。一口かじる。やはり美味い。豚肉とは餌も用途多様性も違う牛ならではの美味しさだ。

 それを振る。旨味よ飛び散れとばかりに。どうだ、食べたかろうとばかりに。

 出てこない。まだ出てこないか青色エンドラもどき。しかし本番はこれからだ。

 マインはゆっくりと歩き出して、三ブロックほど剥き出しになっている石の側へ寄った。そして……打つ。石を打つ。ステーキで。ビダンビダンと旨味が音に乗る。勢い余って一ブロック破壊したから、次のブロックを叩く。

 

「……どうして」

 

 どうした青いの、聞こえてくる鼻息が荒いぞ? そら、どこまで耐えようというのかね?

 そうら、もう一ブロック石を壊してしまった。三つ目も壊したら……はて、どうなるというのか。マインは首を傾げた。どうして自分はステーキで石ブロックを破壊しているのだろう。興奮のあまり少し自分を見失っていたようだ。

 

「どうして、敵と、認めてさえいないの?」

「……相棒。とりあえず俺を抜いてみない? 何だろう、伝説、ちょっと居たたまれない」

「なら……!」

  

 おや、とマインは気づいた。

 十ブロックほど先に佇んでいる青頭子供……その周囲に何か透明なものが飛んでいる。氷だろうか。それにしては尖っている。まるで矢だ。いや、剣か。見る間に大きくなっていく。二ブロックほどの長さにもなった。

 

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース……」

 

 はた、とマインは気づいた。

 美しくも剣呑な氷剣……それは火の玉や光る矢に類するものかもしれない。特殊攻撃かもしれない。手に持ち構えてはいない。しかし剣だ。飛ばす物か。長大な棒の動きに連動する。十ブロックの距離は射程範囲内か。

 

 ああ、これはつまり、敵対行為か?

 

 マインは青頭子供を見る。思えばこの個体も棒を持っていた。エンドラもどきに乗っていた個体やルイズに比べると大きさが違い過ぎていたから思い至らなかった。

 あれを振ると何かが起こる。いや、何かを起こす。弓矢を射るようなものだ。火の玉や光る矢や、爆発を飛ばしてくる。あるいは見えない剣も棒が原因か。

 アイテムスロットを確認する。大量の木材を所持すべくダイヤ製防具は置いてきた。TNTはおろか弓矢も剣もない。あるのは斧だけだ。しかしこれで十分であろう。

 マインは決めた。あの氷でできた何かが飛んできたら倒そうと。

 

「『ジャベリン』だ。人一人殺すにゃ充分な威力だが……相棒は食らっても平気そうだなあ」

 

 青頭子供が棒を振った。氷でできた何かが飛んできた。

 マインは斧を右手に握った。ダイヤ製の斧だ。奇しくも色が似ている。威力が青く輝いている。

 わざわざダメージを負うのも馬鹿らしい。避けて、駆け寄り、青頭をかち割ろう。

 仄かに軽くなった身体でマインが動こうとしたその刹那、もう一つの青色が割って入った。

 

「きゅいいいっ!!」

 

 来た。青色エンドラもどきだ。

 今か今かと飛び出てくるのを待ち望んだ個体が、素晴らしい速度でマインの目前に現れ、その胴体を氷でできた何かによって刺し貫かれたのである。

 よし、何をおいても今度こそは。

 マインはすぐにもダイヤ斧をしまってステーキを握りしめた。駆け寄る。氷でできた何かを回収する。中々のダメージが通ったようだ。一撃死しなくて良かったと思う。

 

「だ、ダメなのね……あぐ、アムアム……おねえさま、この御方と争っちゃダメなのね……モグモグ、モグッモグッ……きゅいきゅい!」

 

 よしよし。食え。存分に食うがいい。

 ステーキを四つ五つと与えながら、マインは少々の後悔を覚えていた。どうして、今、自分はリードを持っていないのか。この個体はエンドラもどき牧場の核となる逸材だ。どうあっても連れて帰らなければならない。

 

「……どうして? 餌付けられて……裏切るの?」

「もう! おねえさまのことをいつも見守るシルフィなのね! この御方はモグッ、ガツガツ! 美味しいお肉くれるけど、それはそれなのね! あ、まだ食べられるのね! ガツガツガツ……きゅい! この御方は大いなるハフハフッ、ガッガッガッ! 美味し過ぎてお腹の傷治ってたのね! きゅいきゅい!!」

 

 ああ、どうして今日に限って黒曜石ブロックも置いてきてしまったのか。原木ブロックでどうにかなるものか。やらないよりはマシか。檻だ。今すぐ檻を作らなければ。窒息ダメージが入らないギリギリのところを見極めて、十重二重の、寄木というのも憚られるような何かを構築しようそうしよう。

 

「……話ができない。人に化けて」

「それもそうなのね! でも話したらまた大きなお口でお肉食べるのね!」

 

 マインは固まった。驚きの余りピクリとも身動きがとれない。

 何が、起きた?

 いや、何が起きたかはわかっている。

 青色エンドラもどきが、村人もどきになった。

 目の前の出来事だ。目の錯覚ということはあり得ない。ポンという音がして変化した。青色エンドラもどきから青色頭部とでもいうべき個体へだ。青頭子供の親か。くっついている二体を見比べる。どこか似ている。いや、そんなことはどうでもいい。青色エンドラもどきはどこへ。いや、ここにいるこれか。いやしかし。

 まさか、あれか。

 豚がゾンビピッグマンへと変ずるあれに類する現象なのか。落雷ではなくステーキが引き金となって……忌まわしいそれが起きたのか。

 

「きゅい! この御方は『大いなる意志』に導かれて、『最果て』に挑む者なのね!」

 

 混乱したままに、マインはステーキを食べた。

 きゅい……としょぼくれた鳴き声が聞こえた。一枚与えたら、とても喜ばれた。



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原木ブロックとレコードと村

「きゅい! お腹一杯なのね! でも元に戻ればもっと食べられるのね!」

「駄目。嫌な予感がするから駄目」

 

 何枚のステーキを与えたところで青色頭部が青色エンドラもどきに変わることはなかったから、マイン・クラフトは悄然として斧を握りしめた。せめて本来の目的を果たすことにしたのである。

 切ろう、木を。無心に。そうすることで心が慰められる。

 

「あの斧は……マジックアイテム? あの鎧と同じ材質……ダイヤモンド……」

「凄いのね! 木はどこへ消えたのね! 何で苗とかリンゴが落ちてくるのね!」

「幹を手の高さで消し飛ばして……木が落ちも倒れもしない。魔法……先住の?」

「上向いて木を切ってるのね! 凄いのね! どうして届くのね! 何で潰れないのね!」

「土の足場……学院でもここでも同じ土……無から有を生み出している……?」

「きゅい! 上から! 上から木を切ってるのね! 葉っぱの上を歩くし跳ぶのね!」

 

 この森の木々はどれも高さがあって伐採しにくい。

 しかしマインはその困難を愛した。どんとこいである。思うようにはいかない諸々を思う存分いいようにする……それこそが開拓であり、マインの世界への関わり方なのだから。

 原木のスタック数を重ねていく。充実した時間がそこにある。

 単純作業に没頭することの楽しさよ。アイテムスロットが埋まっていくことの嬉しさよ。木材の多岐に渡る用途へ思いを馳せることの喜ばしさよ。世界に在ることの幸せにマインは打ち震えた。

 

「きゅい……森がなくなっていくのね……でも苗はたくさん植えてあるのね……」

「あの勢いで斧を振り続ける体力……やっぱり人外……とても強力な、幻獣……」

“何なのアレ……本当にガンダールヴなのかしら……どの辺が神の盾なのよ……”

 

 耳慣れない鳴き声が聞こえた気がして、マインは樹上でグリグリと首を動かした。特に何もいない。夕暮れを待たず飛んでいる慌て者のコウモリが一匹いるばかりである。

 ふと、郷愁にも似た思いがマインの心をよぎった。

 浮遊大陸に生い茂る森の上……鶏猫牛や赤色エンドラもどきにまたがって飛ぶ時とは違う、静かな高所の風景である。空の青さが近しい一方で、見渡せるが故に地の果ては却って遠い。

 

 行かねば。

 

 切なく胸を刺す思いに、マインは食べるでもなしにベイクドポテトと焼き豚の持ち替えを繰り返した。いや、かじりはする。しかし消費する前にかじることをやめる。空腹とは別の衝動を感じている。

 マインは行かねばならない。

 『果て』の風景を見なければならない。

 そこに巣食う『終わり』の象徴と対決しなければならない。

 誰に命じられた訳でもなく、それで何かを得られるという目算もなしに、ただマインは確信しているのだ。そうしないでは己の冒険が意味を失うと。建築してきた全てが嘘になると。世界に対して……何かを誤魔化してしまうと。

 

「何て目……何て遥かな……」

「きゅい……風は東に吹いているのね……」

“あの、ジョゼフさま、そろそろ大丈夫ですか? お水飲めましたか? 落ち着きましたなら、ご覧くださいませ。今の姿ならまだしも雰囲気はガンダールヴらしく映るかもしれませんゆえ……”

 

 何かが聞こえる。どこからともなく耳に届くそれに惹かれて、マインは樹上に立ち上がった。

 音楽だ。これは音楽だ。

 音符ブロックではなくジュークボックスの音楽だ。レコードに刻まれた調べだ。

 気づけばマインはジャンプしていた。一度ではない。飛ぶ勢いで何度もだ。首も猛烈と振り動かしている。空へ向かって焼き豚を振り回してもいる。そうせずにはいられない。

 

 『Far』だ! 清澄な風を思わせて、どこか遥かな遠方を思わせるあの曲だ!

 

 飛び降りた。落下ダメージを焼き豚を食べた満腹で癒しつつ走る。音楽の聞こえてくる場所へ。

 しかしすぐに駆け戻った。赤色エンドラもどきを忘れていた。いけない、リードがないのだった。しかして空を飛ばせば音楽が聞こえにくいし地を駆けさせれば鈍足だ。

 やむなし。右手に豚肉を握り締め、道すがらの木をビシバシと打撃しながらマインは走る。

 よしよし、いい子だ。我に続け。赤色エンドラもどき。

 

「どこへ行こうというの……?」

「きゅい、きゅいきゅい?」

“あああ、ジョゼフさま! お気を確かに! お水を……きゃあ!? まるでブレス! 冷たい! し、深呼吸ですジョゼフさま! え? 肉? 肉はもう勘弁しろ? そ、それはどういう……”

 

 森の奥へ、深くへ、豚肉片手に駆け入って……マインは見つけた。

 黄金の頭部をした村人もどきだ。同じ金色といっても鉄ブロック好きの頭部との差は明らかで、エンチャント済み金リンゴを思わせる稀少性に輝いている。そして胸部が巨大だ。牛的であり、ルイズとは明らかに別種である。

 何にせよ、この個体だ。

 この牛的黄金が音楽を発していたのだ。今はどうしてか沈黙してしまったが。

 

「だ、誰?」

 

 マインは首を傾げつつも周囲を見渡した。

 村だ。見慣れた規模であり、十軒ばかりの家が密集する様は懐かしさすら覚える。畑はあるもののやはりアイアンゴーレムがいない。もはやこの世界の村人の無防備さには呆れるよりなく、マインは空を仰いだ。村の規模のままに切り取られた青空に太陽が南中を過ぎたことを知る。

 

「こ、こんなに地面を走ったら、疲れて死んじゃうのね……シルフィに乗れば速いのね……」

「……村。こんなところに」

「子供と……は、裸の女の人!? あなたたちはなんなんですか? この村に……ひゃあ!?」

 

 どこかを押せば、また音楽が発せられるだろうか。

 マインはとりあえず牛的黄金の頭を押してみた。反応しない。肩を叩く。反応しない。胸を押す。やはり駄目。

 

「あ、や……はんっ」

 

 よく見ると手に何か持っている。弓か。いや、それにしては欲張りに過ぎる品だ。一度に何本の矢を射るつもりか。エンチャントはされていないようだが。

 

「お姉ちゃんが大変だ! 変な奴だ! 怪しい奴……わあ、あのお姉ちゃん裸だ!」

「近づいちゃダメな種類のお姉ちゃんかも!」

「ティファニアお姉ちゃんだって脱いだら凄いぞ! 負けてなんかないぞ!」

「きゅい?」

「は、はぅぅ」

「あ! 何かいい匂いがするぞ! 肉だ!」

「何だろうこれ! あ! その変な奴だ! 肉持ってる!」

「ティファニアお姉ちゃんだっていい肉持ってるぞ! 胸に! いい匂いだし!」

「……渾沌」

 

 走ったことでお腹が減ったから、マインは右手の焼き豚をかじっていた。

 わらわらと湧いて出た村人もどき子供たちが寄って来た。そろって物欲しげであった。餌で誘引された家畜のようであり、また、懐いたオオカミのようでもあったから、焼き豚を与えた。

 ハアンハアンと鳴き声が響いた。

 この世界に来てからというもの随分と聞き慣れたそれに囲まれて、マインは首を傾げた。音楽を見失ってしまったから、胸の奥に残る響きに耳を澄ませていた。



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村づくりと直下掘りと反省

 有り余る木材でもって全ての家屋を二階建てへと増築し、階段ブロックと木柵を組み合わせて内装を小粋に改装もしたマイン・クラフトは、余勢をかって畑を拡張してもなお無限水源の活用に余念がなかった。無論、湧き潰しは完璧である。あいや、日が暮れる前にもう一度確認すべきか。

 

「さっきは、子供たちがごめんなさい……あのその、あんまりお肉とか食べる機会がないから」

「いい。服をくれた」

「あ、ううん、わたしのお古でごめんなさい」

「とても助かった」

 

 青頭子供と牛的黄金が噴水のそばで交流している。

 マインは空を仰いだ。げに理解し難きは村人の呑気さである。いざとなれば扉へダッシュすればいい、という考えは建築物への妄信でしかない。畢竟、世界を侮っているとすら言えよう。

 残酷をもって道理とするこの世界に己の居場所を切り取る……至難の事業であるのに。

 マインは松明を片手に村の中を歩き回った。ここはよし、そこもよし、あそこはいかに。ガラスがないので木柵で代用した窓から各家の内部も確かめる。

 居間を広くとった家の中で青色頭部とたくさんの村人子供がくっつき合って寝ていた。日中にも関わらず器用なことだ。寄って集って焼き豚を一スタック平らげた結果だろうか。何にせよマインは驚かない。村人もどきの習性は既に色々と知り得ている。

 

「大人がいない」

「ここは孤児院なの。親を亡くした子供たちを引き取って、みんなで暮らしてるの」

「……お金は」

「送ってくださる人がいるの。それで、小さな畑しかなくても、行商人さんから色々と買って生活できていたんだけど……どうしよう……こんなに広い畑の世話、わたしたちの手に余るよう」

「大丈夫。普通の畑じゃない」

「ふ、普通じゃないと大丈夫なの?」

 

 マインは首を振った。広く村を見渡した結論だ。

 やはり防衛力に懸念がある。

 村の周りは二段重ねの木柵で囲んだし、その外側には流水の濠を巡らせた。一般的なモンスターであれば村に侵入できず、流され、採石を兼ねて掘り下げた深い穴へと落下していくだろう。這い上がってくることは不可能だ。

 しかし、この世界では飛行個体が珍しくない。

 思えば大村落も城塞のような高さの壁で囲われていたし、高層塔を六基も備えていた。あれは対空防衛の観点から設計されたものだったのかもしれない。窓の小ささ、細さ、少なさもそう考えれば頷ける。

 

「良い異常と……悪い異常がある」

「あの人は良い方の異常ってことなの?」

「……あれを『人』と。それも異常」

「え? だって……」

「エルフだから?」

「あ! その! ご、ごめんなさい! でもその……」

「いい。あの幻獣を知ったら、竜もエルフも怖くない」

「げ、幻獣!? あの人が!?」

「そう」

「そ、そうかなあ……ただの働き者さんに見えるけど……わたしが『混じりもの』だからかなあ」

 

 よし、塔を建てよう。

 そう決めるや否や、マインは村の中央に土ブロックで縄張りを始めた。小規模である。立地条件からして物見台としての高さよりもむしろ避難所としての深さが必要だろうという判断だ。

 まずは掘る。掘って掘って、地下空間を作ると共に建材を採石していく。地表が遠くなり過ぎない内に、丸石ブロックで壁、床、階段と整えていく。建材がなくなればまた掘り下げる。溜まればまた丸石ブロックを駆使する。それを繰り返してすぐにもそれなりの形をこしらえた。

 地上二階層、地下五階層からなる簡易防御塔だ。まだ容れ物だけであるが。

 

「わあ、凄い! 凄く働き者さん!」

「……異常」

「え、でも、メイジだったら……」

「土系統のトライアングルなら可能」

「なら、彼だって」

「『彼』と。やっぱり異常。それにあれは系統魔法と違う」

 

 溶岩はない。されど水はある。なればここは水流防壁だ。

 地上部分の側面を全て覆い、マインは大きく頷いた。これでモンスターが取りつくことはないし、TNTキャノンの直撃を受けたところで爆破の被害を被ることもない。おっといけない、入口も潰れた。そこにだけは水除け屋根を着ける。

 

「凄いなあ。あれが滝というもの?」

「尽きることのない水……いとも容易く……」

「噴水も滝もあるなんて、水汲みがとっても楽になる」

「……この水、風系統の魔法を無効化する……?」

 

 あとはアイアンゴーレムだ。パワーストーンを核としたものならばなおよい。

 鉄鉱石を求めて防御塔の地下から更に掘り下げていくか。それとも一度ルイズのいる城へ戻って物資を持ってくるか。マインはベイクドポテトを一つ二つと食べつつ思案した。

 この村を危険の中に放置するという考えは起きなかった。

 どうしてか、とマインは立ち止まらない。それならそれで、と突き進む。勢いを失った生に魅力を感じないからだ。

 惰性や消極も好かない。夢中でいたい。奔り続けたい。困難を乗り越え、失敗を踏み越え、まだ見ぬ先へと邁進するのだ。そうすることが本当である。それだけが本当である。マインはそうやって生きてきたし、生きていくのだ。

 

「夕暮れだね」

「ん」

「……滝の塔から、彼、出てこないね」

「……ん」

「きゅい、おねえさま、おはようなのね。お腹減ったのね。あの御方はどこなのね。またお肉貰うのね」

「気のせいならいいんだけど……彼の気配がしないような?」

「きゅい? 不思議なのね。強い風を感じるのね。地面からなのね」

「っ!?」

 

 生き方は色々だ。

 考えてから動くか。考えながら動くか。動いてから考えるか。考えず動くか。

 マインは思う。いや、思い知った。己がどれに分類される生き方をしてきたにせよ、これからはもう少し考えてから動くようにしなければならない。夢中になり過ぎるのも問題だ。足元が疎かになる。いや、より現状に即して言えば、足元がなくなった。

 

 マインは、今、空を落ちている。

 

 掘り抜いてしまったのだ。最速でパワーストーンを得るべく直下掘りなどしてしまったために、浮遊大陸の底へと達してしまった。気づけば空中である。溶岩が少ない土地であるという油断もあった。

 

 まいったなあ……地図がないや。

 

 轟々と音を立てて迫る大海原の広さに、マインはゆっくりと首を回した。



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水と扉とジャック・オ・ランタン

 特にこれということもなく着水したマイン・クラフトだが、水面に顔を出して周囲を見渡すこと数秒、己の置かれた状況にうんざりとせざるを得なかった。

 どこにも陸地が見えない。どこへ向かえば陸地があるのかもわからない。

 

「おでれーた……もしかすると死なないかもとは思ってたけど……無傷だとはな」

 

 背中の不思議剣がどこか呆れたように鳴いている。己の失敗を恥じる気持ちがそう聞こえさせるものか。マインは夕暮れに染まる空の高みを仰ぎ見た。そして更にうんざりとすることとなった。

 

 あれは……動いてるなあ。

 

 ついつい掘り抜いてしまった浮遊大陸であるが、どうやら雲と同じく空を旅しているらしい。その巨大さからすれば大した速度でもなかろうが、少なくとも土ブロックを積み続けていったところで戻れまい。そもそも何スタックあれば届くとも知れない高度ではあるが。

 

「まあ、相棒のことだ。遭難なんて別に……ん? 何だ、この懐かしくも嫌な気配は……」

 

 マインは水流に巻き込まれた。突然のことだ。勢いが強い。流れから脱することができない。しかも速い。視界が回転する……水流が渦を巻いている?

 

「こ、これは! やべえ!」

 

 マインは為す術もなく水中へと没した。引きずり込まれた形だ。そして、すぐにも水面に上がることを諦めた。なにしろ先の落下に勝るとも劣らない速度で沈んでいくのだ。

 

「捕まえたぞ。『過ぎる者』よ。生命と精神の理を異にする者よ」

「『水の精霊』だ! たった今思い出したが、こいつはブリミルも苦労した相手だぞ! どっかの湖に切り離されてたやつでも厄介だったのに……海の本体となっちゃあ……!」

「ここは我がテリトリー。決して逃さぬ」

 

 マインは首を傾げた。水中だというのに何やら耳の奥に音が響く。

 

「かつての者は我の敵であった。お前はどうなのか。答えずともよい。まずは我の力を知れ。それで滅ぶものならば滅びてしまえ。それがこの世界の理というものだ」

「遥か昔に聞いたことがあるような言葉だな! ガンダールヴに対してそれを言うかよ!」

「過去にもいたが、今にもいるか。『鋼の意志』」

「その呼び名! 嫌なことばかり思い出す!」

 

 暗い水底へと落ちていく。朝も夜もなく真っ暗な世界へだ。

 

「沈め。そして眠れ。かくして我は世界を鎮撫する」

 

 息ができない。刻一刻と窒息していく。やがては飢餓や毒と同じく命を削られるだろう。あるいは水底の暗闇とは物質化した死そのものなのかもしれない。絶望を象徴しているのかもしれない。さすれば遠い水面は遥かな希望か。手を伸ばしても届く見込みなどなく。

 

「くそ、どうしようもねえ……さすがの相棒もこれまでか……」

 

 足が砂に触れた。どうやらここが終着点らしい。

 

「海の底……考えようによっちゃあ、伝説の終わる場所としちゃ上等かもしれねえや。ブリミルの終わり方とは真逆っちゃ真逆だけどな」

 

 全き闇の中でマインは世界を想った。

 己が生き死にを繰り返している世界という舞台を。

 

「あいつは精霊を退けたけど、仲間だった連中を大勢犠牲にしたから仲間に殺された。六千年も前の出来事だ。貫いた俺が言うんだから本当のことさ。そんでもって、相棒は精霊に呑まれちまったけど、今日ここに至るまで仲間を誰一人とて犠牲にしてねえ。てーしたもんだ。誇張なしに、歴代最強のガンダールヴだったよ」

 

 光の恩恵を受けつつ開拓し、闇の妨害を受けつつ冒険した日々……マインの軌跡は建築物として各所に刻まれている。時にはクリーパーに爆破されたり、落雷や事故により焼失したりもしたが、破壊される以上の創造をもってマインは世界と相対してきた。ひたむきに。それしか知らぬとばかりに。

 

「……無念、だなあ……相棒なら伝説中の伝説になれる気がしてたんだが」

 

 だからマインは熟知しているのだ。世界に対抗する手段を。

 絶望するどころか、遥かな希望をスルリと引き寄せる術を。

 目には目を。歯には歯を。そして……理不尽には理不尽を。

 

 方法は幾らもある……たとえば、そら、松明を一つ灯せばいい。

 

「なんと」

「おお?」

 

 地形の段差に設置した松明は、一瞬だけ光を放ち、すぐにも水に流された。

 しかしその一瞬でいいのだ。もう、マインは一呼吸を済ませたのだから。

 

「ええと……相棒、今のは何だ? 何が起きて……ああ、いや、わかった。伝説、二回も三回も目撃すれば全部わかっちゃう。新手の奇妙だな。さすがは相棒」

 

 数ある水中呼吸法の一つ、それが松明設置である。照明の力でもって一瞬だけ水なき空間を作り呼吸するテクニックだ。流された松明を即回収することで何度でも実施できる。つまりマインは水底で窒息しない。

 

「風の力ではない。されど対抗できぬ。過ぎる者の過ぎたる力ということか。しかし、死なぬだけでは生きられぬ。このまま封じてくれよう」

 

 マインは暗いところが嫌いである。だから松明とは別の照明を用意することにした。

 幸いにして材料は揃っている。アイアンゴーレム用にと所持していたカボチャに松明を組み合わせればいい。そら、ジャック・オ・ランタンの出来上がりである。たちまちのうちに周囲が幻想的に照らされた。

 これで人心地がつくというものだ。松明を設置したり流されたり回収したりしながら、マインはしばし水底のひと時を楽しんだ。

 

「消せぬ明かりか。しかし、動けぬでは逃れられぬ。このまま……なんと」

 

 さて、そろそろ移動するか。

 マインは作業台を設置し、樫の木製の扉を一つ作り、それを水底に設置した。そうしたことで生じた一ブロック分の水なき空間に入る。扉は水に流されない。これでもう呼吸の心配は皆無となった。

 数ある水中呼吸法の中でも特に利便性と安定性の高いテクニック、ドア・エアポケットである。マインは意味もなく扉を開けたり閉めたりした。軽快な開閉音を楽しむ。ベイクドポテトを一つ食べる。

 

「我が力が届かぬ領域を、こうも容易く作成するのか。過ぎる者よ。そうやってこの世界の理を曲げ、やがては『果て』へと過ぎ行くつもりか。かつては為せなかったそれを今為すのか」

 

 水流が乱れているなら、地中を掘り進めばいい。道とはどこにでも作れるものだ。

 残る問題は方角だが、浮遊大陸へ戻る最短経路さえ諦めるのならば方法はある。コンパスを作ればいい。レッドストーンはないが、落下事故の直前に得たパワーストーンがある。鉄インゴットも四つならば何の問題もない。

 サクリと作成した新型コンパスは、針が透明で少々使いづらかったが、きちんと一定の方向を示した。恐らくはこの世界における初期スポーン地点であるところの草原を示しているのだろう。そちらへ進めば陸地があるのだし、そこから浮遊大陸への道程をマインはしかと記憶している。

 

「……相棒は、つくづくもって、相棒だなあ……」

 

 背中の不思議剣がどこか呆れたように鳴くのを聞き流しつつ、マインは地下通路を作り始めた。

 まあ折角だからと、水底ログハウス建築を第一工程として。



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アクアストーンとボートと泳法

 マイン・クラフトは無心になっていた。

 掘って掘って掘り進んで、しばしば食事し、寝ることもなく掘り続ける。時にチェストを設置して大量の土、丸石、砂などをしまいこむ。回収の予定はないが何となくそうする。時に水底へ顔を出す。すると必ず奇妙な水流に見舞われるから、やれやれと通路に戻って穴をガラスブロックで塞ぐ。その下に松明を設置する。そんなことを繰り返している。

 

「静かなもんだなあ、相棒。このところ賑やかだったからなおさらにそう思うね」

 

 不思議剣がカタカタと鳴いている。親しげで、作業の邪魔にならない音だ。

 

「大概わかってきたけど、相棒はやることなすこと全てが面白いんだな。普通に考えりゃ苦行苦役なんてもんじゃないトンネル掘りでも、寝る間も惜しむくらいに楽しんでる。心の赴くままに、求めるままに、生きてる。てーしたもんだ。言うなれば三昧というやつか? 相棒は毎日が人生三昧ってわけだ……お、またソレか」

 

 松明を置かずとも暗闇が淡く照らされたから、マインは前進から採掘へと気持ちを切り替えツルハシも持ち替えた。

 ダイヤのようでいてダイヤでなく、ラピスラズリのようでラピスラズリでもない……それでいてツルハシを当てると発光するそれは新種のパワーストーンだ。その色調からアクアストーンと名づけた鉱石である。

 

「お? 休憩するのか? 確かにそろそろ一度寝た方が……って、違うか。ベッド出さずにかまどばっかそんなに並べたとこみると何か溶かすんだろ? それであれだ、その間に周りを掘り広げて鉄鉱石やら何やら見つけるわけだ。ほらあった。で、そうなるとまた面白くなってくるのが相棒だ。ホント、際限なく楽しむなあ」

 

 不思議剣の呆れたような鳴き声を聞き、マインはしみじみと頷いた。

 地下潜りはいつも止め所が難しい。次の瞬間にも貴重な鉱石が姿を見せるかもしれない。あるいは坑道や遺跡に出くわすかもしれない。そう思うと止められない。頻度こそまちまちながら、止めずにいれば何かがあるのは確実なのだから。

 さても先を急ぐ身である。ほどほどにしておくこととする。

 どうして急いでいるのか、マインとしても明確な理由はわからない。何とはなしに思い浮かぶのはピンク色の頭である。様々に防衛力を増した城にいる以上、安全ではあろうが。

 そんなことを考えていたからかもしれない。

 耳の奥にそれは鳴り響いた。 

 

『はぁ!? マインが落ちた!?』

 

 マインは飛びあがった。手に持っていた何かを投げ捨てた。思わずのことだ。

 思わぬ災難となった。

 投げたものはブロックにせんとしていたアクアストーンだった。それが石ブロックにぶつかって砕けるなり、大量の水が発生したではないか。たちまちのうちに簡易採石場が風呂になり池になり、更には湖になろうとしている。水害の発生である。

 

『この穴は底を貫通している。レビテーションで確かめた』

『何やってるのよ、あいつ……そういうことするのがあいつなんだけど……!』

『わー、凄い穴』

 

 凄い水勢だ。このままでは通路全体が水没しかねない。

 ところで耳の奥で複数の鳴き声が続いている。

 

『ところで、あなたは誰? この村の人……というかエルフ?』

『あ、えっと、その……ハーフですけど……あのっ』

『ふーん、ハーフエルフなの。もしもマインが迷惑かけてたらごめんなさいね。わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。トリステイン王国の貴族で、マインの主人よ』

 

 轟々と水が唸る中、ルイズの名乗りを聞く。

 さてもマインは慌てない。水源となっている個所を封じるべく丸石ブロックを手に進む。いかな水流とて前進するマインを押しとどめることなどできはしない。

 

『……あの人の……』

『幻獣』

『タバサ、あんたそれいつも言うわよね?』

『異常だから』

 

 走る。水流に逆らい、水面から半ば身体を浮かせ、直立して。

 

『それは、まあ、そうだけど……でも良い異常よ? あれで可愛いところもあるし』

『彼はとっても働き者だと思う。可愛い、というよりはカッコイイかな?』

『異常』

 

 異常現象が起きた。

 水源らしき空間に丸石ブロックが置けないのだ。すぐ下までは水流を押し退けて積めたというのに。これでは水源を断てない。問題だ。このまま水量が増した場合……作業がしづらくなる。あと設置してきた松明が押し流されてしまう。

 ならばバケツだ!

 駄目だった。水バケツにはなったが水源が消えない。

 ならば丸石ブロックで立体的に囲い込む!

 とりあえずは封じた。しかし嫌な音がする。おお、なんとしたことか。丸石ブロックが一つ砕けた。凄まじい勢いで水が飛び出し、マインをかすめ、石ブロックの壁面を抉り壊した。まるで兵器だ。先の水底への激流といい、この世界の水流は扱いづらいことこの上ない。

 

『そりゃあ、あんたのウィンドドラゴンやキュルケのサラマンダーと比べたら、扱いづらいのかもしれないけど……それでこそのマインなのよ』

『……屈服させ甲斐があると?』

『何よそれ。違うわよ。わたしはね、マインの隣に立ちたいの。同じ風景を見たいのよ……って、あれ? 何これ? わたし、今、泣いてないわよね? 何か水が見える……』

 

 いよいよまずい。もう通路の水没は甘受しなければなるまい。いっそそちらへ水を追いやって進行方向への活路を見出すべきか。

 

『視界の共有?』

『え? これが? 水しか見えないけど……あ、でも、これって……!』

『下は海。あり得る』

『う、海って……彼、大丈夫なのかな?』

 

 いや、駄目だ。通路も建築物だ。どうしてむざむざと水没などさせられようか。

 

『真っ暗で、水が凄くて……でも立ち向かってる! マインだもの!』

 

 ピンク色の閃きがマインを衝き動かす。

 そうだ。発想を変えるべきだ。

 マインはむしろ通路への道を丸石ブロックで塞いだ。三重四重の壁で念入りにである。これで簡易採石場は密閉空間となった。急速に水位が上がっていく。水が満ちていく……満ちてなお水は発生し続ける。

 

(……なるほどな。相棒の狙いはそれか)

 

 松明に一瞬照らされて、マインは首を傾げた。不思議剣の鳴き声が耳を介さずに聞こえる。

 

(この『性能』なら確かにやれるかもしれねえ。すぐに拡散するとはいえ、継続的に力が加わるしな。だがそれにしたって途中までだ。水の精霊を振り切るには足らねえぞ?)

 

 鈍い音がそこかしこから聞こえてくる。心なしか窮屈だ。

 回収できるだけのものを回収し、松明呼吸を一回、マインは閉鎖空間の天井中央へと向かった。ツルハシを振るう。水中では使いにくいはずのそれも、この行為が『引き金』であると思うと妙に振りやすい。

 あと少しで水底というところまで掘り進める。

 グイグイと押し付けられる感覚……そろそろ秒読みか。

 

『海が何よ。空が何よ。マインは真っ直ぐに乗り越えていくわ!』

 

 発射である。

 水底を突き破って、とてつもない速度で、垂直上昇していく。

 己を砲弾に見立てた水流式水中砲……アクアストーン・キャノンとでも名付けておくか。

 

「やったな、相棒! 水の精霊が唖然としてたぜ!」

 

 グングンと水面が迫る。しかし上昇の勢いは減ずる一方だ。水の抵抗は空気の比ではない。

 しかし悪いことばかりではない。勢いを増やす手段もある。浮上運動だ。空中ではできなくとも水中でならそれができる。

 

「おお……これはまた奇妙な泳法だなあ……気をつけの姿勢でなあ……」

 

 パシャンと音を立てて、マインは青空の下へと顔を出した。

 そしてすぐにまた水流に巻き込まれた。

 

「奇怪な技ではあった。しかし寄る辺なきお前に我から逃れる術などない」

「くそ、折角ここまで来れたってのに!」

「沈め。深く。沈んでしまえ」

「逆戻りか……!」

 

 次はアクアストーンブロックでやってみよう。砲身も長くしよう。爆圧に似た水圧をそこへ集約すべく、水充填室の形は円柱を基本としよう。底部は半球形、上部へかけて円錐形にしていって砲身へつながるように……つまりは落涙型か。いや、それとも単純な球形の方が圧力を溜め込めるだろうか。

 

 いやあ、面白い。何度もやろう。

 

 マインは何度もやった。

 三度目で水面から十ブロックの高さに達した。

 六度目で着水の間際にボートへ乗り込むことに成功した。

 

「これが『過ぎる者』の力か……我、遂にそれを阻むこと能わず。この上は『大いなる意志』との約定に従い、ただ見過ごすのみ。彼の者の過ぎたる後の世界に在り続けるため」

 

 水平線に陸地の影を認めて、マインは首をグリグリと振り回した。

 山のように採掘したアクアストーンでもって、さて、他にどんな実験をしようかしらん?

 そんなことを考えていた。



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