ゼロの使い魔:真実無き教義 (i-pod男)
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Nulla: Out of this world

8/6/17:加筆・修正


 

何が起きた?

 

車を運転していた青年、平賀才人は困惑していた。先程まで運転していた所とは似ても似つかない様な光景が愛車のフォルクスワーゲン・パサートCCのフロントガラス越しに見えた。

 

鮮やかな緑の芝生、四方に広がるパレットブルーの空、そして綿雲の隙間から覗く陽光。さっきまで月明かりすら無いアスファルトの公道を走っていた筈なのに。

 

車の外にいる連中は、全員目を丸くしていた。しかも全員中世を舞台にした演劇に出ているかの様な衣服を身に着けている。視界の端にある石造りの建物もそうだ。

 

落ち着け。まず落ち着け。目を閉じて深呼吸をしながら五つ数えろ。そうすれば自分はこの夢から覚めて、先程まで走っていた道が見えて来る。だが何度やろうと景色は全く変わらなかった。認めたくはないが、これは夢でも幻でもないらしい。

 

エンジンを切り、車のドアを開けると、集団の何人かが後ろに下がった。

 

「いよいよ俺も頭がおかしくなったか?」

 

「いいえ。何も心配する事は無いよ。ここはトリステイン魔法学院の敷地内だ。」

 

集団の先頭に立っていた中年の男が前に進み出て応対した。長い杖を持ち、ローブを身に付けた彼はまるで御伽話に出て来る魔法使いの様な出で立ちのその男は驚いた事に日本語で喋り始めた。

意思疎通が出来ると言う事はここはやはり日本なのか?いや、だがそれでは周りにいる人間の顔立ちや体付きの説明がつかない。ここは一体どこなんだ?

 

石造りの建物の形やこの場にいる人間の顔立ちからヨーロッパらしき所である事は間違い無いが、今時ヨーロッパの田舎でも電線が通っている場所がある。それがここには全く見えない。もしかしたら無いのかもしれない。

 

加えて水色や赤みがかったオレンジなど、染髪でもしない限りあり得ない様な髪の色の持ち主もいる。何よりあり得ないのが、伝説上にしか存在しない様な生き物の見本市だ。梟や蛇、蛙などはまだ良いが、空を飛ぶ一つ目の謎の物体、成体の鰐程の大きさを持つ尻尾に火を灯した————確かサラマンダーと呼ばれる———トカゲ、更には青いドラゴンまでいる。

 

考えている間に、才人より頭二つ背丈が低い少女が彼の前まで歩いた。桃色の髪と切れ長な鳶色の瞳を持った彼女は値踏みする様に才人を眺めた。如何にも不服そうな顔に彼も気分を害さずにはいられなかったが、表情には出さず、周りの観察を続けた。

 

才人がこの場にいる事に得心が行かない様子の少女は杖を持った男の方に向き直った。

 

「あ、あの、ミスター・コルベール。」

 

「何だね?」

 

「もう一度、召喚させて下さい!」

 

だがコルベールと呼ばれた男は首を横に振った。

 

「ミス・ヴァリエール、それは出来ない。使い魔召喚の儀式はメイジとしての一生を決める物だ。やり直すなど儀式その物に対する冒涜ですぞ?君が好むと好まざるとに関わらず、彼は君の使い魔に決まったのです。」

 

「でも平民を使い魔にするなんて聞いた事ありません!」

 

桃色の髪の少女は尚も食い下がったが、コルベールは考えを変えるつもりは無い様だ。諦めがついたのか、少女は小さく溜め息をついた。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンダゴン、この物に祝福を与え、我の使い魔と為せ。」

 

そう言うと、才人に屈む様手振りで指示した。

 

もしや捕虜にでもするつもりか?もしそうならこちらも相応の答えを示そう。いや、自分と同年代の者が多数いる中でそんな事はしない。なら何だ?

 

中々屈まない彼に痺れを切らしたのか、少女は才人の襟首を掴んだ。咄嗟にその両手を振り払い、後ろに下がる。

 

「いきなり何をしやがる。」

 

「ちょっと、大人しくしなさいよ!契約が出来ないじゃない!」

 

メイジ、英語で言う所の魔法使いの類義語。使い魔。召喚、契約。

 

先程のやり取りの中にある重要なキーワードから導き出される答えは、才人からすれば余りに荒唐無稽で、正直目を覆いたくなる物だった。あくまで推測でしかないが、ほぼ間違い無い。

 

彼は自分の世界から使い魔となる様に召喚されたと言う事になる。昔読んだ事があるライトノベルもその様なストーリーがあった物が記憶に残っている。警戒のレベルを最大限に引き上げ、スラックスの下に隠したナイフに思わず手が伸びそうになったが、堪えた。

 

もしこの場にいる全員が魔法と言う未知の力を扱えるとしたら、少なくともこの人数で真正面からの戦闘では自分が圧倒的に不利だ。加えて他の使い魔もいる。何の変哲もない普通の動物ならばどうにか出来るだろうが、サラマンダーやあのドラゴンまでどうにかするとなると、まず勝利は絶望的だ。

 

「ざけんな。何で俺がそんな事をしなきゃならん?」

 

「何でって・・・・アンタが来ちゃったんだからしょうがないでしょ!?私だって平民を使い魔にしたくないわよ!」

 

「してくれなんて頼んでないし、断然なりたくもない。悪いがお前の勝手な都合に振り回される程暇じゃないんだ。やらなきゃならない事がある。お互いの為にも元の世界に送り返してくれ、可及的速やかに。」

 

「無理よそんなの!」

 

「まあまあ。」

 

エスカレートして行く口論をコルベールが仲裁した。

 

「混乱するのも無理は無い。こんな事は前代未聞だからね。とりあえず、落ち着いて話をしようじゃないか。ほら、後は自習とします!召喚の儀式を済ませたものは速やかに部屋に戻って少しでも新しい使い魔との絆を深めるように!」

 

生徒たちは不満を口にしつつも空に飛び上がり、その場を後にした。表情には出さなかったが、才人は内心度肝を抜かれた。やはり本当に魔法が実在する世界に来てしまったのだと、改めて思い知らされる。

 

「大丈夫かい?私はジャン・コルベール。このトリステイン魔法学院で教師をやっている。立ったままというのもなんだから、私の書斎で話の続きをしたいんだが?ミス・ヴァリエールも良いかね?」

 

ルイズは才人から目を離さないまま小さく頷いた。

 

彼が教師でここが学院と言う事は、他の皆は生徒と言う事になる。魔法を教える学び舎。そう言えば自分の世界でそれを題材にしたベストセラーとなったシリーズを思い出す。

 

「分かりました。じゃあ少し待ってもらえませんか?荷物を出すので。」

 

相手が魔法が使えると分かった以上、持てる武器の全ては手元に置いておくに越した事はない。彼らに渡ったら厄介な物も多いのだ。トランクと後部座席からそれぞれスーツケースとリュックを取り出すと、しっかり鍵をかけてコルベールについて行った。

 

二人は椅子に座ったが、才人は二人から少しばかり距離を置いて着席を断った。

 

「自分は平賀才人と言います。いや、この場合はサイト・ヒラガかな?」

 

少し考えてから名前を名乗り、コルベールと名乗った男に小さく会釈をした。

 

「ヒラガ・・・・変わった名字だね。身なりからして君はもしや貴族なのかい?」

 

黒いピンストライプのブランド物のスリーピース・スーツを着ていた為にそう思ったのだろう。

 

才人は顔を顰めたが、すぐ表情筋を緩めた。そうだった。周りは見渡す限りの芝生と石造りの建物。形状は兎も角、デザインはヨーロッパの中世辺りを彷彿させる。あの時代、正式な名字はそれなりの地位と権力を持っている人間でなければ持っていない。場合によっては名前すら持っていない者もいた。

 

「まあ、何代か前はそうだったらしいですし名家の血は流れてはいますが、自分は違います。」

 

「なるほど。」

 

「ええ。コルベール先生、で良いですか?こちらも幾つかお尋ねしたい事があります。」

 

「勿論構わないよ。」

 

学び舎である為危害を加える様な輩はいないだろうが、得体の知れない連中にこれ以上自分に関する情報を与える必要は無い。今度はこちらが情報を得る番だ。

 

「まず場所です。ここは一体どこですか?国の名前は?」

 

「ここはハルケギニア大陸のトリステイン王国、トリステイン魔法学院だが?」

 

どちらも聞いた事が無い地名だ。そもそも自分が知る世界にそんな国は存在しないし、君主制の国など今ではもう数えられる位の数しか無い。しかしこれで推測は確信に変わった。俄には信じられない事だが、自分は恐らく別の国ではなく、別の世界にいる。それも、本の中にしか登場しない生き物や魔法が実在する世界に。

 

少なくとも車を運転して帰れる様な場所ではない。

 

「次に確認ですが、使い魔だの契約だのと言っていましたが・・・・」

 

「ええ。君が想像している通り、君は使い魔としてここに召喚されました。儀式は名前の通り、召喚した使い魔と契約する事を指します。使い魔はメイジのパートナー。目となり耳となり、助けとなる存在なのです。」

 

「契約、ですか。物は言いようですね。」

 

才人はコルベールに悟られぬ様表情に出さないままフッと微かに鼻で笑った。

 

「契約と言うのは双方に利益があるからこそ結ばれる物。それも、双方合意の上で。召喚された側は告知すら無く見知らぬ世界で見知らぬ人間と内容も理解していない契約を結ばされ、一方的に縛り付けられる。言うなれば拉致監禁と強制労働、場合によっては洗脳も適応します。このトリステイン王国ではどうか知りませんが、うちの国だったら最高で十五年間は監獄行きですよ?動物は人間の様に言葉での意思疎通は出来ませんが、自分は人間ですからはっきりこの場で嫌だと言わせて頂きます。」

 

コルベールは黙り込んでしまった。今までの使い魔は人間ではなかった為そのような考えがよぎっても取り上げずにいたが、いざそれを面と向かって言われると拒絶したくなるのも無理からぬ事だ。人生を捨て、己を捨てて、見知らぬ人間に死ぬまで仕えろと言っているのだから。

 

「何言ってんのよ!?貴族の使い魔になることがどれだけ名誉なのかわかってるの?!」

 

ルイズのヒステリックな甲高い声で遂に我慢の限界が来た。

 

「は?名誉、だぁ?」

 

丁寧だった口調は一変して乱暴なものに変わり、落ち着いた表情がルイズに向けられた瞬間侮蔑と怒りに染まった。そしてルイズも明確な怒気と殺意を彼から感じ取り、全身の肌がぶわりと泡立つのを感じた。

 

「ざけんじゃねえぞ、クソチビ!お前は俺から自由を奪った。家族と再び会う自由を奪った。そして使い魔の契約によって行動の自由と俺が俺自身でいるという自由すらも奪おうとしている!お前が貴族だろうが神だろうがそれだけは許さない。俺の自由は絶対誰にも奪わせない。骨肉一片、毛髪一筋、命、意識、魂、これらは全て俺の物だ!」

 

一瞬怒りを爆発させて一度深呼吸をし、落ち着きを取り戻すと、恐怖ですくみ上ったルイズから視線を外して再びコルベールに向き直った。

 

「失礼しました。彼女が言っていた事は本当ですか?一度召喚されればもう帰れない、と?」

 

「方法が無い訳ではないが、何分そう言った前例が無くてね・・・・残念ながら、現状は彼女の言う通りだよ。」

 

コルベールは心底申し訳無さそうだった。

 

才人は溜め息をついた。荷物はここにいる間は使えるが殆どの物は補充が出来ない。特に弾丸やガソリンの消費は当分の間控えなければならなくなる。そして仮に誰にも知られていない方法があっても見つかるのはいつになるかも分からない。

 

「ま、想像はついていましたけどね。」

 

噯には出さなかったが、才人は自分が半永久的にこの世界に囚われてしまった事に落胆と怒りを禁じ得なかった。

 

「聞きたい事はそれで全部かな?」

 

「後でまた色々出てくると思いますけど、一先ずはこれで全部です。」

 

「では、今度はこちらの質問に答えて貰えないだろうか?」

 

「良いですよ。」

 

答えられる範囲でなら、と心の中で付け加えた。

 

「ではまずどこから来たのか、そこはどう言う所なのかを教えて欲しい。」

 

「出身は日本と言う国です。」

 

ルイズは才人の答えにフンと鼻を鳴らした。

 

「ニホンなんて国聞いた事も無いわ。どこの田舎よ?」

 

「この世界とは異なる世界にある国だから知らないのは当たり前だ。世襲的な特権階級は存在出来ないと言う法律が定められてからは貴族制自体が廃れた。社会的な地位は生まれよりも職業によって左右されることの方が多いな。あと、当然ながら摩耗穂存在しない。創作の中ではネタの一つに使われるが。」

 

「この世界とは異なる世界?それも貴族も存在しないとは・・・・・」

 

「証拠ならある。」

 

才人はポケットの中から音楽プレイヤーを引っ張り出すと、保存された曲の一つ、ベートーヴェンの『運命』を再生した。金属らしきもので出来た手の平サイズの板切れから突然オーケストラの演奏が聞こえ始め、二人は腰を抜かした。

 

「これは俺の世界にある機械で、音楽を情報体として保存し、いつでもどこでも持ち歩いて手軽に聞く事が出来る。ちなみにこれは魔法じゃなく、純粋に人の技術で作られた代物だ。外に停めてあるあの車もそう。馬や牛などの生き物を動力源とはしない。遥かに安全で乗り心地が良いし、機動性にも富んでいる。」

 

「貴族も魔法も存在しない・・・・・本当にそんな世界が?」

 

「じゃあおまけです。もう二つ。」

 

リュックに手を突っ込んで文庫本を引っ張り出すと、ページを捲って中身を見せた。当然活字は日本語で書かれているのでコルベールに内容は全く分からないが、驚かせるには十分だった。紙の質や活字で手書きでない事や、文字や文法、言語のシステムその物が全く違うのだから。

 

今度は手首の腕時計を外し、コルベールに見せた。

 

「これは・・・・何かな?針や目盛りが沢山あるが・・・・」

 

「これは腕時計。時刻を知り、時間を正確に測る事が出来る道具です。これも発展した人の技術のみによって生み出された。当然、この世界には無いでしょう?」

 

「こんな小さな物が、時計?これら全てが人の技術で・・・・?」

 

「はい。このハルケギニアと比較するなら、日本どころか俺の世界の国々の技術は、ほぼ全てもう軽く数百年は先を行っています。」

 

「すうひゃ・・・・」

 

コルベールもルイズも只々圧倒されていた。魔法も貴族も存在しない、なのにこれ程精巧な物を作り出せる国とは、どう言う物なのだろうか?

 

「で、では次に、そのニホンと言う国に貴族は存在しないと言っていたが・・・・じゃあ国は誰がどうやって動かしているのかね?」

 

「政治体制ですか?日本は民主制ですよ」

 

「民主制・・・・?つまり、国民が国を差配していると?」

 

「はい。国民が主導し、各地から選挙で代表を決め、話し合って国の舵を取る。魔法と言う超えられない壁も存在しない。貴族階級は大抵王政国家やその他の君主制政治体制の元に維持されているでしょう?日本には国家元首は存在しても、あくまで国の象徴ですから鶴の一声で国を動かすなんて事は出来ません。」

 

実際はもう少し複雑なのだが三権分立や国会などの説明を一々していたら日が暮れてしまうのでこの場では割愛した。

 

コルベールは眼鏡を外し、目頭を揉み始めた。まさか今日がこれ程までに驚きの連続になるとは思いもよらず、あまりの情報量に思考が追いつかずに疲れが押し寄せて来たのだ。しかし才人の話は聞いているだけで心が躍った。そんな世界が存在するなら、一度で良い、一目で良いから見てみたい。そしてその世界に行ってみたいと言う気持ちで胸が一杯になった。

 

「分かりました。君が別の世界から来た事は十分に証明してもらった。ミス・ヴァリエールも彼の言葉を信じるかね?」

 

ルイズも渋々頷いた。

 

「あれだけのものを見せられたら流石に信じるしかありあませんわ。でもミスター・コルベール、肝心の使い魔にする件はまだ解決していません!」

 

「うぅむ・・・・・」

 

コルベールが頭を捻って唸っている間に才人は口を開いた。

 

「今度は、俺自身の事を少し話します。」

 

どこまではぐらかせるか慎重に言葉を選ばなければならないが、コルベールは今の所自分の質問には全て納得出来る答えを出してくれた。自分が正直に答えず、後でそれが露呈すれば後々動きにくい。

 

「まずは親の話から。母は歴史学者、父は外交官、大使です。兄弟姉妹はいません。」

 

「た、大使!?」

 

コルベールは思わず声が裏返った。国を代表して他国との交渉に臨む大使となれば、国の未来が肩にかかった重要な役職だ。トリステインでもそう言った権限と責任を与えられる様な人間は数えられる程しかいない。貴族でないとは言え、大使の一人息子となると重要人物に変わりは無い。それが蒸発したとなれば大騒ぎになる事は確実だ。

 

「何よそれ!平民にそんな大役務まる筈無いじゃない!」

 

「務まるかどうかを見極める国家試験と言う物が幾つもある。当然、どれも高難易度だし、門は狭い。だが正々堂々試験を受けて合格すれば誰も文句は言えない。前にも言った様に貴族はいないんだ、勉強してなろうと思えば努力次第でなれる。男女の権利も基本平等だから女でも外交官や事業主になろうと思えばなれる。後はまあ、経験の積み重ねと運だな。」

 

「どうせデタラメでしょ!上手い事言って逃げるつもりね?!このーー」

 

ルイズの口から悪態が飛び出そうとした所でドアがノックされた。

 

「どうぞ。」

 

「おお、ここにおったかミスター・コルベール。中々戻って来んから気になってのう。」

 

「オールド・オスマン!申し訳ありません、少々立て込んでしまいまして・・・・」

 

入ってきたのは黒いローブを見に纏い、見事な髭を蓄えた白髪の老人だった。見てくれからして正に賢者、魔法使いといった出で立ちである。

 

「ん?この青年は・・・?」

 

「ああ、ええ、ミス・ヴァリエールが召喚した使い魔なのですが・・・・・」

 

コルベールは今までの会話の内容を掻い摘んで話した。

 

「成程、確かに前代未聞な上に扱いにくいのう・・・・所でサイト君、と言ったかな?」

 

「はい。オスマン学院長、とお呼びすればよろしいですか?」

 

「うむ、好きに呼んでくれて構わんよ。父上が大使だと言っておるそうだが、証拠はあるかね?」

 

待っていたとばかりに才人は頷き、リュックの中から緑色のパスポートを取り出した。所々傷や焦げ跡があるが中身はしっかり読めるので問題は無い。その間に挟まれている写真を取り出して見せた。大使館の前で撮った家族写真だ。揃って正装で写っており、正門の前で撮影されている為に警備している人間、大使館、そして国旗などもはっきりと写っている。

 

「この建物は・・・?」

 

「日本とは違う国にある建物ですが、父が駐在して公務を執行する大使館、つまり仕事場です。正門前と大使館の敷地内にいる武装した人達はこの国の軍人で警備を任されています。そしてこの緑色の手帳ですが、これは公務で外国に渡航する人間に発行される物、つまり大使やその類の役職に就いた者のみが持つ事を許される身分証明書です。外交官にとって命の次に大事なものと言えます。」

 

父親の顔写真が載ったページを開いて家族写真の横に置いて比較させると、オスマンとコルベールは頷いて得心が行った様子を見せた。

 

「まあ、言っても別世界の国の制度ですし、こことは根本的に事のやり方が違いますからどうせ偽物だろう、なんて言われればそれまでですけど。」

 

「ちょっと待ちなさい。」

 

今まで黙っていたルイズが口を開いた。

 

「あ?」

 

「何でそんな重要な物をあんたが持ってる訳?それが無いとお勤めが出来ないじゃない!」

 

「こいつは渡航している間だけ有効なんだ。帰国してまた後で渡航する事になれば新しい物が発行、支給される。一々手間がかかるのは確かだが、安全を考慮した上での措置だ。こればっかりは万が一紛失や盗難にあったらヤバイからな。これはもう有効期限がとっくに切れた物で、小さい頃に土産として貰ったってだけさ。」

 

瞬き一つせずにすらすらとルイズを見据えて言い切った。

 

「また適当な事を!」

 

「これこれ、ミス・ヴァリエール。貴族でなく、この世界の人間でないとは言え名家の生まれである以上敬意は払うべきじゃ。それに流石にこれだけの証拠を見せられてこれ以上疑ってかかるのも失礼という物。ひとまずは信じるとしよう。」

 

「私も信じます。」

 

オスマンとコルベール、二人が味方についてくれたおかげでルイズは引き下がるしか無かった。

 

「ありがとうございます。それでは自分の身分を明らかにした所で本題に戻りましょう。使い魔の件です。やはり自分でなければいけませんか?」

 

「まあ、伝統じゃからのう。大きな声では言えんが、儂は正直かったるいと思っとるんじゃ。かと言って無視すれば王室がうるそうてな。こればかりは申し訳ないが動かせん。万一君が正式な彼女の使い魔でないと言う事が露見すれば、儂らの首も飛ぶでな。君の世界に戻るまでの辛抱じゃ。戻ってしまえば、使い魔も何もありゃせんからのう。」

 

思わず舌打ちをしそうになった。やはり譲歩はここで打ち止めの様だ。契約をせずに便宜上使い魔になると言う選択肢は完全に消えた。こうなれば賭けだ。洗脳には徹底的に全身全霊で抵抗しきる。

 

「分かりました。誠に不本意極まりないですが契約の件は承服します。ですが、代わりに三つ程条件を飲んで頂けませんか?彼女の使い魔になる代わりに、この世界でそこそこ安全かつ快適に暮らす為の措置を取りたいのです。」

 

「もう既に例外に例外が積み重なっとる。また一つや二つ増えた所で今更じゃ。この際儂の一存でどうにか出来る事ならば言うてみい。」

 

「ではまず、学院と言うからには図書館は当然ありますよね?」

 

「勿論じゃ。自慢ではないが、中々の数の蔵書じゃぞ?わしが書いたものも何冊かあるぞい。」

 

「でしたらそこに自由に出入りして全ての蔵書を閲覧する許可を頂きたいです。無期滞在という事になる以上、この世界の事を少しでも多く知っておきたいので。」

 

「ホッホッ、その程度ならば構わんよ。後で儂がサインした許可証を発行しておくわい。」

 

「ありがとうございます。次に、こちらに来た時に身につけている物、及び持って来た私物・所有物の一切にはこちらの意思で許可を出さない限りはこの世界にいる人間には決して誰にも手を触れさせない事をお約束ください。私物ですので管理は自分がしますが、もしもの為に。帰る際に必要な物ですし、プライバシーは侵害されて欲しくありませんから。」

 

「誰でもそうじゃな、承った。で、三つ目は何かな?」

 

「これが一番重要です。人間を召喚するのが異例中の異例との事ですから彼女と自分に監視を付けて頂きたいです。少なくとも行動を共にしている間は。」

 

「はあ?!あんたは別に良いとして、何で私まで!?」

 

「コルベール先生、使い魔の定義をもう一度仰って頂けませんか?」

 

「使い魔はメイジのパートナー。目となり耳となり、助けとなる存在です。」

 

「聞いたか?パートナーだ。奴隷や召使いではなく、パートナー。つまりは対等の助け合う存在。それを履き違えて無理やり言う事を聞かせる為に魔法を自分に向けてくるのではと思うと怖くてな。猛獣やドラゴンの様な生物ならともかく、自分は脆弱な平民、人間だ。怒りで加減を間違えた理不尽な体罰にいつか耐えられなくなって死ぬかもしれない。」

 

ルイズは唇を血が出るのでは無いかと言う程強く噛み締めていた。あまりの怒りに目の前が一瞬真っ赤に染まり、手に持った杖を振り上げていた。

 

「ミス・ヴァリエール!!」

 

一番近くに立っていたコルベールが彼女の手を掴み、杖の先端を別の方向に向けた。デスクの隣にある窓が格子ごと吹っ飛び、辺りにガラスの破片を撒き散らした。

 

「さっきから聞いてれば好き勝手言って!絶対に許さないわ!!」

 

「落ち着きなさい!」

 

ルイズが平均より小柄なのが幸いし、コルベールは暴れる彼女を抑える事に成功した。

 

「ほら、これが良い例です。」

 

才人は再びオスマンに向き直る。

 

「承諾して頂けますでしょうか?貴族の誇りにかけて。」

 

「まあ、確かにあの爆発をもろに喰らえば打ち身擦り傷程度では済まぬな。現実的な落とし所じゃ。流石に四六時中監視と言う訳には行かんが。」

 

「ありがとうございます。ではそれを写しも含めて、今この場で文書に起こして頂けますか?」

 

契約書を書き終わり、内容をしっかりと確認してからオスマンと才人はそれぞれに署名をした。

 

「さて、ミス・ヴァリエール、君の署名も必要なんじゃが?」

 

ルイズは契約書と才人を交互に睨んだ。彼の家系もここの常識に当てはめれば立場上は貴族と変わりない。唯一の違いは魔法が全く––––自分も爆発しか起こせないが––––使えないと言う点だけだ。しかし彼の言う通り、使い魔は手に入って進級出来るし留年や退学という最悪の結果は免れる。

 

「・・・・・分かりました。」

 

これ以上押し問答を続けていたら問題が解決する前に日が暮れてしまう。やっとの思いで召喚したのだから、さっさと契約を済ませてしまおう。後の問題は明日考えればいい。ルイズはそう思い、半ばやけくそに自分の名前を二枚の羊皮紙に書き殴った。

 

「では、契約の儀式を。」

 

「・・・はい。我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンダゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と為せ。」

 

そう言うと、才人に顔を近づけて彼にキスをした。離れて数秒程が経過し、才人は左手の甲が輝き始め、焼ごてを押し付けられた様な痛みを感じた。思わず声をあげそうになったが、歯を食い縛って耐え抜いた。

 

見ると、手の甲に妙な記号が刺青の様に刻まれていた。

 

「これは所謂、契約印と言う奴ですか?」

 

「そう、コントラクト・サーヴァントが成功した事を意味する。にしても、変わった形のルーンだね。スケッチを描いても良いかな?」

 

才人は無言で頷き、手の甲を見せた。コルベールはその場にしゃがみ込み、刻まれたルーンを手早く書き終わると折り畳んだ契約書の一枚を渡した。

 

「お手数をおかけしました。では失礼します。」

 

爽やかな微笑を浮かべ、才人はそれを受け取って上着の内ポケットにしまうと、コルベールの書斎を後にした。

 

「流石は大使の息子、と言った所じゃな。礼儀を失せずとも、肝が据わっとる。あれは良き為政者になるじゃろうて。」

 

「はい。」

 

 

 

 

「まっっっったくもう!!あんたの所為で散々な目にあったわ!」

 

ルイズは寮室に到着するまで保たず、塔を出た瞬間に爆発した。

 

「そりゃこっちの台詞だ、誘拐犯。」

 

才人はスーツケースを床に降ろしてその上に座り込み、こめかみをマッサージし始めた。

 

「いきなり明日をも知れぬ状況に陥ったんだ、自己の生存と保身を第一に考えるのは当然の事だろう?この契約書もその一環だ。家畜みたいに飼い慣らされるなんて御免被る。まあ、形や質はどうあれ、お互い欲しい物は手に入ったんだ。お前は召喚と契約の儀式を成功させ、使い魔が一時的にとは言え手に入った。俺はここにいる間ある程度の自由を保障された。結果オーライだろ?」

 

「良くないわよ!貴族の実力を知るなら使い魔を見ろって言われてるぐらいなのよ?!あんたみたいな奴が使い魔なんて、バカにされるだけじゃない!」

 

ルイズの目に涙が浮かび始めた。見返してやりたい一心で何度も頑張ったのに結局爆発しか起こらない。そしてやっとの思いで成功させたサモン・サーヴァントも満足のいく結果が出ず、あろうことか人間を召喚してしまった。更にコルベールとオスマンを抱き込んで勝手な契約を結ばされる体たらく。明日才人を見たら何と言われるだろう。それを想像すると悔しく、情けない事この上無かった。

 

ズカズカと大股で女子寮に戻り始めたが、才人は車を停めた別の方向に向かって歩き始めた。

 

「あんたもこっちに来なさいよ!使い魔は主人を守る存在でもあるんだから!」

 

「女子寮だろ?男子禁制の聖域に入れってのか?」

 

「つべこべ言わないでさっさと来る!」

 

「その前に、少し話そう。サシで。」

 

サイトの言葉にルイズは眉根を潜めた。

 

「俺も見知らぬ所にいきなり放り込まれて気が立ってたんだ。とりあえず衣食住は確保出来たし、状況は理解と整理が出来たから多少は頭も冷えた。だからこれからの為にも改めてお互いどう言う人間なのかを知り合っておきたい。美味い酒もあるし、少し飲んでお互い気を落ち着けて話そう。な?」

 

「・・・・・分かったわ。でも変な真似したら・・・」

 

「しねえよ。」

 

半信半疑でルイズは踵を返して車の方へ取って返した。才人はトランクを開けてスーツケースとリュックをその中に放り込むと、ボストンバッグを開いてその中から酒瓶を引っ張り出した。

 

「何これ?」

 

「ラムだ。結構な高級品だぜ、当然、まだ未開封だ。」

 

「でもグラスが無いじゃない。ボトルから直接飲むなんてはしたない真似、出来ないわ。」

 

才人は無言で折りたたみ式携帯コップを二つ取り出し、一つをルイズに渡した。

 

「本当はグラスの方が断然良いんだが、こいつの方が持ち運びが簡単だし、何より落としても割れない。」

 

ボトルを開け、才人は二人分の酒を注いだ。一服盛られているのではないかと思って最初は口をつけるのを躊躇っていたが、開封したばかりと言う事とサイトが酒を躊躇い無しに飲み干したのを見て安心し、少しばかり口を付けた。

 

「い、言うだけあるわね。まあまあ美味しいじゃないの。」

 

大した事は無いと上辺では言った物の、実際はびっくりする程の美酒だった。香りも芳醇でありながらもしつこくない。そして気持ち良いぐらいに喉をスムーズに通る。

 

「な、イケるだろ?こいつは二十年は熟成させてある年代物だし、そこそこ値段が張った。で、だ。お前についての率直な感想を言わせてもらいたい。」

 

「今度は何を言うつもりよ?」

 

「随分と窮屈な生き方をしてるなぁ〜ってだけだ。」

 

高飛車で貴族の名を傘に着れば誰にも文句を言われずに横車を押しまくれると思っている世間知らずな馬鹿女だと言う印象も勿論あったが、それは敢えて伏せておく。

 

「多少は仕方無いわよ、貴族に生まれた以上は周りから期待を背負ってるんだから。色々と。」

 

酒が入った所為か、ルイズが饒舌になり始めた。

 

「期待、ねぇ。お前は誰の為に生きてる?」

 

「誰の、為・・・・・?」

 

「ああ。お前に命を与えたのは親だが、その人生をどう生きるか。最終的に決めるのは誰だ?」

 

「私よ、決まってるじゃない!」

 

「じゃあ次の質問、お前の目標は何だ?」

 

「勿論、誰もが認める様な立派なメイジになる事よ。」

 

何年も見聞きして来た嘲笑と嘲りと陰口を思い出すとまた腹が立って来た。怒りとともにカップの中のラムを飲み干した。すかさず才人も自分のカップを空け、再び酒を注ぐ。

 

「そして今まで私を馬鹿にしてきた奴らを見返してやるの!」

 

「その立派なメイジってのは、どう定義される?」

 

「ちゃんと魔法が使える事よ!行く行くはトライアングルや、スクエアクラスの強力な魔法も使える様になって・・・・!」

 

「じゃあ今度は他人に認められると言う要因を抜きにして改めて聞く。お前の目標は何だ?」

 

ルイズは袖で涙を拭って息を整え、考え始めた。

 

「答えはお前がさっき自分で言ったところだぜ?」

 

ちゃんと魔法が使える事。才人の言葉にルイズははっとした。そうだ。他の生徒と同じ土俵に立つ。今自分が求めているのはそれだけだ。

 

「目標は高く持つに越した事は無いが、順番と言う物があるだろ?先に対等の位置に登り切ってからどう見返すかを考えるべきじゃないか?焦って全部纏めてやろうと躍起になった所でしくじるだけだ。」

 

「早いに越した事は無いの!貴族でもないあんたには絶対分かんないわ。良い?貴族ってのは舐められたらおしまいなの!見返す事が出来なきゃ一生見くびられ続けるのよ!」

 

再び怒りが噴火し、ルイズはラムを飲み干した。カップが空かない様に再びラムが注がれる。

 

「それならそれで良いじゃねえか。後でそいつら全員の鼻を明かせるだけの隠し球を仕込んでおけば良いだけだ。舐められてるなら相手はその隠し球には気づかないし、気づけない。弱者だと高を括っているからな。そう言う風に油断をしている奴程足元を掬われる。後は、じっくりと機会を伺えば良いだけだ。予想外の大逆転ほど人の印象に残る物は無いからな。」

 

「大逆転、ね・・・・そんなチャンスがそう都合良く転がってる筈無いでひょ。」

 

再び空になったカップを差し出しながらルイズは不貞腐れた。そこそこ度数が高いラムな為、ルイズも立て続けに飲んだ所為で予想以上に酔いが早く回って来たらしく、呂律も若干怪しくなって来た。

 

「だから耐え忍ぶんだ。お前は今までだってそうして来て今ここにいるんだろうが。でなきゃ、魔法を使えないと言う事に絶望して自殺なり出奔なりしていた筈だろう?機会は必ずある。俺が契約書を作った時みたいに。」

 

「じゃあ手伝いなさいよ、パートナーなんだから。あんたの事は正直好きになれないけど。」

 

才人は無言で三杯目を注いだ。

 

「俺もお前が大っ嫌いだが、帰る手段を探すのを手伝ってくれたら協力してやるよ。」

 

「分かったわ。」

 

「それでは、改めてよろしく。厄介払いに乾杯。」

 

こつんとプラスチックのカップをぶつけ合い、二人は無言で飲んだ。世にも奇妙な同盟の誕生である。

 



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I: An Unexpected Comrade

第一話投稿から色々とご指摘がありまして、出来る限り推敲しました。
アサシンクリードが好き過ぎてやってみようと言う意気込みだけで書き始めたのと
ゼロ魔の二次創作はこれが初めてだと言うのもあって色々と不審な点、これはおかしいと思う様な見苦しい天は多々現れるかもしれませんが、そうならない様に邁進しますので、今後ともよろしくお願いいたします。


「来た来た、ゼロのルイズとその使い魔だ!」

 

「平民を召喚するなんて流石大見得を切っただけの事はあるわね。」

 

「冗談言うなよ、コモンマジックもまともに出来ない様な奴にコントラクト・サーヴァントなんて出来る訳無いって!」

 

「そうそう、どうせ爆発に上手い事紛れ込ませて使い魔にしたんだろ!」

 

教室に入るのが一番最後だった為、ドアを開けて足を踏み入れた瞬間に野次が飛んだ。

 

なるほど、魔法の扱いに長けているか否かも貴族社会でのステータスを左右するのか。そう言う意味ではルイズのメイジとしての格はかなり低いと言う事になる。

 

簡単な魔法すら出来ない。魔法の成功した回数がゼロ。故に、ゼロのルイズ。

 

ルイズは空いている席に座ったが、才人は教室の最後列の壁に背を預けたまま待機する事にした。彼女が毎度毎度こう言う野次の的になっているのなら、その使い魔となった自分もちょっかいを出される可能性がある。降り掛かる火の粉は振り払う主義である為、矛先が自分に回らぬ様にする為の配慮である。

 

「おはようございます、皆さん。使い魔召喚を恙無く成功させた事、嬉しく思いますぞ。」

 

教室に入って来たのコルベールは辺りを見回すと、満足そうに何度か頷いた。途中クスクスと押し殺された笑いやヒソヒソ声も聞こえたが、コルベールは一度咳払いをして場を纏め直した。

 

「しかし使い魔を召喚して契約が完了したからと言って浮かれてはいけません。これからは使い魔との対話が大事です。皆さんも知っての通り、使い魔は主の目となり、耳となり、助けとなる存在。皆さんが蔑ろにせずきちんと世話をすれば、きっと使い魔もそれに応えてくれるでしょう。」

 

講義はまだ続いたが、才人も最後部でしっかりと授業を聞いていた。魔法学院と言うからには魔法の事を学ぶばかりかと思っていたが、使い魔とのコミュニケーション以外にも一般教養らしき講義もあった。

 

しかし、ここの生徒も教師も全員が魔法使い———メイジとなると、そうでない者はやはり大した教育を受ける事は出来ないのだろう。おまけに特権階級で無いのを良い事に、好き勝手に小突き回している情景も容易に想像出来た。

 

その内フランスで起きた様な、絶対王政を打倒するぐらいの大規模な市民革命が起きるのではないだろうか?確かフランス革命の頃に活動していたアサシンがパリで活動していた筈だ。

 

最後の授業が終わり、ルイズは階段を無言で下りて行く。才人も同じく閉口したままその数歩後ろをついて行く。

 

「一つ聞いても?」

 

「何よ?」

 

不機嫌そうにルイズが後ろを向く。

 

「俺以外に人間を使い魔として召喚した例ってのは、あるのか?」

 

「どうかしらね?まあでも、あんたそんな大して強そうにも見えないし。」

 

才人は肩を竦めた。元々そう言う風に見える様にしているので別にそう言われても痛くも痒くもない。寧ろそう見えない方が色々と好都合なのだ。自分を侮れば侮る程、相手はキレのある咄嗟の反撃に反応が追い付かなくなる。

 

「そう言えば、俺はどこで寝泊まりすれば良い?まさか同じ部屋なんて事は無いだろうな?」

 

「当たり前でしょ?あんたは私の使い魔、使い魔と主人は一心同体よ。ミスター・コルベールが言ってたじゃない、使い魔は主人の助けとなる存在だって。」

 

貴族が存在する世界では伝統は何よりも優先される節がある。この学院も例外ではないだろう。つまり寮も男女で分かれている。

 

「・・・・『助け』をどれだけ広い意味で捉えているかは知らないが、お前の身の回りの世話は御免被るぞ。」

 

「アンタの主張なんてどうでも良いわ。」

 

「おいおい、コルベール先生の講義をちゃんと聞いていたか?『蔑ろにせずきちんと世話をすれば、きっと使い魔もそれに応えてくれる』。まだこの世界で右も左も分からない俺にいきなり小間使いの真似事が出来ると思うか?敷地のどこに何があるかすらまだ完全に把握していないんだぞ?」

 

「口答えするんじゃないわよ、使い魔の癖に!洗濯や掃除位、そこら辺の平民でも出来るわ!」

 

要するに自分が出来ないしやりたくないから他人にやらせると言う事か。自分の世界で多くの国が特権階級の廃止を推したのも頷ける。というか、廃止して正解だ。そう言う輩の相手をするのは妙に疲れる。

 

「効率を重視しての提案だ。この世界に馴染む時間をくれ。明日から数えて二日、いや三日。三日あれば良い。お前だって効率良く動く使い魔がいる方が何かとやり易いだろう?」

 

「そりゃ、まあ・・・・・・そうだけど・・・・・・分かったわ。でも三日経っても言われた事が出来なかったら、当分アンタご飯抜きよ。」

 

俺に死なれたら困るのは自分だろうに。才人は心の中でルイズを皮肉りながら歩き続けた。まあ、いざとなれば車のトランクに入れた非常食を食べればどうとでもなるが。

 

「んじゃ、飯にありつく為にも馴染むのを頑張りますか。図書館てどこにあるんだ?」

 

「本塔の一階と二階よ。」

 

ルイズは五つの塔の中心にある一際大きな白い塔を指差した。

 

才人は一度目を閉じて再び開くと、瞬き一つせずに彼女が指差した方向をじっと見据えた。視界はあっと言う間に群青に染まり、視界に入った人間は例外無く青白い輪郭に覆われた。更に感覚を研ぎ澄ますと望遠鏡を覗く様に窓越しに中の様子が見えた。

 

そして最上階の窓に、チラリとオールド・オスマンの姿が映ったのを才人は見逃さなかった。

 

「なるほど。ご丁寧にどうも。」

 

「今から行くつもり?」

 

「俺が早く馴染めた方がそっちも都合が良いだろう?」

 

それもそうだと思い、ルイズは好きにしなさいと言って寮に向かった。

 

馬鹿が。

 

才人はそう思いながらその後ろ姿を見送った。限られてはいるがこれである程度の猶予は手に入った。これで好きなだけ書物を漁って情報を集める事が出来る。本塔に向かって走り出し、あっと言う間に出入り口に辿り着いた。

 

静かにドアを開け忍足で図書館に入った。流石は伝統ある学院と言うべきか、蔵書は莫大だった。この時間帯でここにいるとすれば課題を終わらせようとしている生徒か独自の調べ物をしている教師位だろう。回廊の様に延々と続くかに思える書棚を見て行くと、ある事に気付いた。

 

「・・・・・これまんまフランス語じゃねえかよ、おい。」

 

どの本の背表紙も例外無く使われている言語は自分の世界と同じフランス語だった。文体は勿論の事、使われている文字も同じアルファベットだ。しかしこれは不幸中の幸いだ。別世界である以上、もし自分が知らない、全く違う言語で書かれでもしていたら出鼻を挫かれる所だった。

 

棚から本を十数冊程引っ張り出し、読み始めた。

 

まず大きく分けた魔法の系統と、それの様々な応用方法。

 

次に地図を見て国の位置を確認。

 

更に記載された各国、トリステイン、ゲルマニア、ガリア、ロマリア、そしてサハラの歴史。

 

取り出した本の半数程を読み終えた所で微かな物音がした。咄嗟に才人は椅子から離れて腰を落とし、耳を澄ます。足音だ。一歩一歩の間隔が短く、石畳に当たる音も高い。小柄な、それも恐らく女子生徒の一人だろう。

 

図書館一帯の壁と天井には魔法で照らされているだろうランプが吊るされ、煌々と光を放っていた。把握したばかりの構造と目以外の感覚を頼りに、才人は静かにその場を離れた。

 

更に奥へと進んで本棚の陰に身を隠すと、目を閉じて更に呼吸を落ち着けた。心拍数はどんどん下がって行き、完全に止まる数歩手前で止めた。

 

足音が止まる。読み漁っていた本の山が目に入ったのだろう。

 

集中し、再びあの群青色の視界を展開する。遮蔽物の陰に身を隠しているとは言え、入って来た相手の輪郭はハッキリと確認出来た。相手は予想していた通り小柄な女子生徒で、身の丈を軽く越す杖を持っていた。それを振るうと、背伸びをしても手が届かない目当ての本が数冊見えない手に抜き取られるかの様に手前に移動し、彼女の元へと降りて行った。

 

暫く経ってから彼女の気配が消えた所で本を広げていたテーブルに戻り、読書を再開した。丁度読んでいたのは他の本とは違いかなり痛んでいる上、インクも所々掠れている。『第三次聖地奪還』と言うタイトルが辛うじて読み取れる位だ。著者は不明だが手記である事は間違い無く、今の所読破した本とは違い、筆記体で書かれていた。しかし所々インクの染みが字の上に垂れていたり、著者が悪筆だったのか、全く字が読めない箇所も少なくなかった。

 

「聖地奪還、か。」

 

あまり聞きたくないフレーズだ。歴史の知識が少しでもあれば、誰もが真っ先に十字軍遠征を思い付くだろう。神の名の下、聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪い返す為に何度も行われた幾つもの遠征。

 

『次の遠征こそ成功する。我らは始祖ブリミルの名の下、東の砂漠を越えてまだ見ぬ聖地へと向かう。我々は戦い、勝利する。その為、何度も何度も祈りを捧げた。始祖は慈悲深い者を助けたりしない。許しを乞う者を救ったりしない。始祖が求めし物は、戦い。戦いこそが祈りなのだ。始祖は降りて来る。聖地は我らの前に降りて来る。砂漠の民の、異教徒の命を奪おうと、この戦場で死のうと、我々は奈落の底へは逝かない。教皇聖下は約束して下さった。遠征軍は始祖の軍。我々の罪は全て許されると。」

 

続きはまだあったが、才人は表紙を叩き付ける様に本を閉じた。

 

何だこれは?何故こんな物がここにある?こいつは狂っている。この手記を書いた奴は、恐らくもうこの世にいないだろうが、間違い無く狂っている。しかも十字軍の行動と恐ろしい程似ている。どちらもこんな事を考え、形に残る様にしていたのかと考えると、うっすらと寒気がした。

 

「アルタイルは、こんな奴らを止められたのか?」

 

アサシン教団内でその名を知らぬ者はいない、特にアラブ首長国連邦にある教団支部では未だに畏敬の念を以てその名を囁かれる『伝説のアサシン』。

 

曰く、教団の歴史上最年少の二十代半ばでマスター・アサシンの称号を手にした。

 

曰く、第三回十字軍遠征時にエルサレムでテンプル騎士団の幹部十人を皆殺しにした。

 

曰く、『エデンの果実』と呼ばれる大いなる力を持つ古代の遺産を手に入れた。

 

曰く、その果実によって得た知識を暗号化して綴った手記を遺した。と言っても、今はもうどこにあるのか、まだ存在するか否かすらも分からないが。

 

それにしても、偶然とは思えない程にハルケギニアの聖地奪還は自分の世界の歴史と似ている。

 

「よし・・・・」

 

気を取り直してもう一度手記のページを開く。このページは赤黒い染みや斑点がそこら中についている。ワインか血痕か、或は両方か。

 

『まただ。また邪魔をされた。何なのだ奴は?俺は奴の顔を見た。日に焼けた顔に八の化粧が施してあった。あれは紛れも無く人間、それも平民だった。突然姿が掻き消えたかと思えば後ろにいた仲間が斧で首を落とされる。丘や坂以外に登り降りなど出来ない砂漠である筈なのに上空から舞い降りて喉笛を貫く。更には足を踏み鳴らしただけで取り囲んだメイジ達を吹き飛ばした。奴はメイジ殺しであり、エルフの先住魔法の使い手でもあるに違いない。」

 

「エルフって・・・・・あの、エルフだよな?」

 

自分の世界のフィクションでは耳が尖っていて、魔法を、特に治癒の魔法を使えた。場合によっては多少高慢ちきな所がある。このハルケギニアでどこまでが本当でどこまでがデマかは分からない。

 

「まあ、一晩で全部分かる訳が無いか。」

 

気付くと既に空が僅かだが白み始めていた。ほんのりと日の光が地平線の彼方で見え隠れしている。しかし窓からはまだ二つの月が見える。ふいに、どっと疲れが押し寄せて来た。やはりここまで不思議な事が立て続けに起こって尚且つ調査をしていれば無理も無い。

 

時間的にいえば今は午前三時半から四時辺りだろう。背もたれに深く背中を預けた。そして膝辺りまであるジャケットの中から小さな錠剤を取り出した。椅子がふかふかで助かった。

 

その錠剤を飲み下してから十五分程経過し、才人は背中を反らして胸を押さえた。ビクンビクンと激しく痙攣し、小さく呻き声を上げると意識を失った。




早く決闘のエピソードが書きたいなぁ〜〜〜。



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II: Gathering Information

才人の意識が覚醒したのは、腕時計のアラームが午前6時45分を告げた時だった。気になる物を片っ端から調べてはメモを取り、メモをとっては書物を漁るを繰り返して行くうちに眠ってしまったのだ。引っ張り出した本を片付け、車を止めたあたりに向かう。

 

まず柔軟体操とヨガから始めた。変な姿勢で寝ている間に凝り固まった筋肉と筋を解し、意識と共に体もゆっくりと目覚めさせていく。やはり一仕事した後はこれに限る。

 

体が解れた所で使い終わった本を全て元の場所に戻し、昨夜入るのに使った出入り口に向かったが、ふと足を止めた。学院には本塔を含めた六つの塔がある。自分はその内の半分しか知らない。真っ二つになった地図の半分を持っているのと大差無く、いざと言う時には役に立たないから調べる必要がある。それに加え、才人は昨夜から一切の飲み食いをしていない。我慢出来ない程ではないが、それもいつまでもは続かない。

 

「せめて水の確保をしなきゃな・・・・」

 

偵察中に井戸でも見つける事が出来れば僥倖だ。

 

そう言えば、本塔は他の塔と渡り廊下で繋がっていた。図書館より上の階だ。踵を返し、図書館の中心にある螺旋階段を駆け上がって二階へ登る。昨夜はそこでも本を探していたお陰で三階へと続く階段も直ぐに発見出来た。渡り廊下と繋がる円形の部屋は周囲に四つのドアがあり、ドアにはそれぞれ風の塔、火の塔など、行き先が書かれた豪奢な飾り額が貼り付けてある。

 

それぞれのドアを開けてまだ分からなかった敷地の構造を頭に叩き込むと、自分がいる塔の天辺を見上げた。格子にはめられた窓が丁度見える。

 

他の塔と違い手で掴める様な所は、空を飛びでもしない限りは届かない。魔法で一から削り出しでもしたのだろうか?

 

才人は腕に目を落とした。彼の篭手は仕込んだ刃以外にまだ使える物がある。特に左の篭手は、刃を収めた部分の下に鏃と滑車の様な部品が付いている。塔の天辺に狙いを定めると、バシュッと空気が勢い良く抜ける音と共に鏃が上空に向けて撃ち出された。ワイヤーの尾を引いて弧を描く鏃は深々と塔に突き刺さる。何度か軽く、そして一度強く引いて鏃が外れないのを確認すると、軽く左手を引いて地面を蹴った。するとワイヤーは自動的に巻き取られて行き、才人は物の数秒で塔の天辺に辿り着いた。

 

意識を集中させて再び開くと世界は群青と青白い輪郭だけが存在する世界に変わった。学院の敷地をぐるりと一瞥して地形を出来る限り把握してから塔を伝って降りて生き、今度は階段を登ってオスマンの執務室のドアをノックした。

 

独りでにドアが開くと、オスマンは既にその場におり、何やら忙しそうに羽ペンをインク壺に浸してはせっせと書類に目を通したりしていた。別のデスクでは、秘書らしき眼鏡をかけた若い女性が巻いた羊皮紙や手紙が入った封筒を寄り分けている。

 

「おお、君か。早いのう。何じゃね?また何か聞きたい事でも出来たかのう?」

 

「はい、左手にある契約のルーンです。特別な物なのですか?」

 

「何故そう思う?」

 

「わざわざスケッチを描かせてくれと頼まれた位ですし、それだけ重要だと考えてしまうのも無理からぬ事でしょう?」

 

オスマンは無言で、顔色を変えずに才人を見つめ返したが、小さく溜め息をつき、ペンを動かす手を止めた。

 

「・・・・まあ、当事者である以上いずれは話す事にはなるからのう。ええじゃろ。ミス・ロングビル、少しの間外してくれんかね?」

 

ロングビルと呼ばれた女性は頷いて会釈をすると、退室した。ある程度彼女の足音が遠ざかってからオスマンは再び口を開いた。

 

「それについて語るにはまず始祖ブリミルの事を話さねばならん。長くなるかもしれんが、構わんか?」

 

「是非お願いします。」

 

オスマンは傍らに置かれた杖を振ると、丁度火にかけられたポットが宙を舞い、ティーカップにお茶を注いだ。カップは受け皿と共にオスマと才人の元へとフワフワと飛んで行き、目の前で静止した。

 

「頂きます。」

 

普段は緑茶や麦茶を好んで飲む才人だが、紅茶も別に嫌いではない。一口飲むと、芳醇な香りと味が鼻と口一杯に広がって胃へと落ちて行った。

 

そしてオスマンは話した。ハルケギニアのほぼ全土で信仰される全てのメイジの始祖と崇められる『ブリミル』と彼女が従えた四人の使い魔の伝説を。

 

まずありとあらゆる武器を使いこなす事が出来る一騎当千の『神の左手』、または神の楯とも呼ばれる『ガンダールヴ』。その証のルーンは名に因んで左手に現れる。

 

次にそれと対を成す『神の右手』、『ヴィンダールヴ』。あらゆる乗り物を乗りこなすその使い魔は『神の笛』とも呼ばれ、その証のルーンは右手に現れる。

 

更に魔法の力を内包したありとあらゆるマジックアイテムを自在に操れる『神の頭脳』、『神の本』、『ミョズニトニルン』。その証は額に刻まれる。

 

最後の、四人目の使い魔は、ルーンの形状は疎か名前すら知られていない。

 

その使い魔達の主人は失われた伝説の『虚無』と言う、火、土、水、風のどの系統とも違う第五の性質の魔法を操り、以来それを使えるメイジは現れず、伝説の失われた系統となった。

 

その強大過ぎる力を恐れたブリミルは三人の子供と一人の弟子に四つの指輪と四つの秘宝を分け与えたとされ、現在ハルケギニアに存在する五つある王家のうちトリステイン、ロマリア、ガリア、そしてアルビオンの四つがその力を受け継いだ四人の子孫である。

 

「これが、全てじゃ。」

 

「なるほど。では、色んな物を見聞きし、経験して来た貴方にもう二つ程お聞きしたい事が。」

 

「ん?」

 

「聖地奪還とエルフについてです。」

 

長らくオスマンの書斎は重苦しい沈黙に支配されていた。オスマンは紅茶を徐ら飲んで立ち上がると窓越しの景色を憂いの表情で見つめる。

 

「エルフとは、儂らとは違う種族じゃ。数千年前からこの大陸の遥か東の地に住まう、砂漠の民。人間より遥かに長命であり、技術は我々の物を遥かに凌ぐ。魔法も我々には使えぬ、強力な『先住魔法』の使い手でもあるのじゃ。そして彼らの住まう地こそが始祖ブリミルがハルケギニアに降臨したと言われる『聖地』。長きに渡ってロマリアは他の国を焚き付け、聖地を取り戻そうとしたが、悉く失敗しておる。数百年前を最後に行われておらん。儂が知っているのはこれ位じゃ。エルフや聖地奪還に関する書物は残らず燃やされるか国が厳重に保管しておるからの。」

 

「理解しました。早朝からお時間を割いて頂いてありがとうございます。」

 

「いやなに、大した事はしておらん。儂も久し振りに講義の真似事が出来て楽しかったわい。」

 

「大変参考になりました。お茶まで御馳走になってしまって。あ、そうだ。最後に一つだけ。」

 

「何じゃ?」

 

「自分が乗って来た車を置く、どこか目立たない場所はありますか?車本体もそうですが、中に入っている物は大事な荷物です。誰も手を触れない様な所に保管しておきたいんですが。

 

「その程度の事ならお易い御用じゃ。学院の敷地にあるミスター・コルベールの研究室がある。その近くにでもクルマとやらを止めておけば良い。赤い屋根の塔の近くにある建物じゃ。」

 

「ありがとうございます。では失礼します。」

 

時計に目を落とすと、既に一時間と十五分が経過していた。

 

「後は食べ物だな。」

 

 

 

 

 

「まっっっっったく・・・・・・あの、馬鹿犬は一体どこに行ったのよ・・・・!!」

 

ルイズは朝から腸が煮えくり返りそうな怒りに顔を歪めていた。全身から滲み出る怒気に気圧され、普段なら彼女を冷やかす連中も今回ばかりは何も言わなかった。朝までには戻って来ると思っていた、使い魔にしたあの平民の青年————確か、サイトと名乗っていた————が全く見つからないのだ。

 

二年生は使い魔とのコミュニケーションを取る為に今日の授業は免除されている。だが肝心の使い魔がいなければ何も出来ない。結局朝食の後は使い魔を探すだけで無駄に体力と時間を浪費するだけに終わってしまった。

 

「見つけたら覚えてなさいよ・・・・たっっっっぷりとお仕置きしてやるんだから・・・!!」

 

そして視界の端にチラリと入った男を見て歩みを止めた。

 

いた。あいつだ。あのフード付きの灰色の上着を着ている様な男などあいつ以外いない。彼が乗って現れた四輪の妙な乗り物の後ろで何かやっている。それも口笛を吹きながら。

 

その能天気な姿がルイズの怒りに更なる油を注いだらしく、凄まじい速さで彼の方へ歩み寄る。やっていた事が済んだのか、彼女の怒りなどどこ吹く風と言った調子で、才人は車のトランクを閉じてルイズの方を向く。

 

「よお、授業お疲れ様。にしてもすげえ形相だな。」

 

「今日は無いわよ!て言うかどこほっつき歩いてたのよ、この馬鹿使い魔!!」

 

怒りで真っ赤になったルイズはそう叫んだ。

 

「図書館に行って、後学院長にちょっと話を聞きに行っただけなんだがな。中々面白かったからつい時間が過ぎるのを忘れてしまった。というか、行って良しと言ったのはお前だぞ?」

 

「朝までに戻って来なさいよ!私の使い魔なんだから身の回りの世話は当然でしょ!?」

 

「自分で出来るならそれに越した事は無いだろ?」

 

今の今まで自分でやって来た身の回りの事を本当に必要な時以外に他人にさせる必要性が理解出来なかった。

 

「下僕がいる場合、貴族はそんな事しないの!」

 

しないんじゃなく出来ないの間違いじゃないのか、と言いたくなったが余計に話がこじれるため慎んだ。こう言う相手には正論をぶつければ黙るだろう。

 

「やっぱりコルベール先生の話を聞いていなかった様だな。俺が貴族であるか否かは兎も角、使い魔は下僕ではなくパートナー、つまり対等の存在だろ?それに昨日お互い合意の上で俺に三日間、この世界に慣れる猶予をくれると言う取り決めをした。明日から数えて三日あれば良いと、俺はそう言ってお前も了承した。そして今日が一日目。」

 

つまり今日を含めればまだ三日ある。

 

「それとも何か?貴族ってのは対等の立場にいる相手との約束を反古にする様な不誠実な輩なのか?」

 

貴族がどうした、貴族がこうしたと事ある毎に肩書きを振り翳す。そう言った、物や地位に固執した人間程御し易い物は無い。ぐうの音も出ないルイズは恨めしそうに才人を睨み付けた。

 

「あらあら?」

 

背後から声がした。振り向くと、グラマラスな体系を持つ赤毛で褐色の女子生徒が尻尾に火を灯した巨大な赤いトカゲを従えていた。

 

「こいつは・・・・・サラマンダー、と言う奴だったか?」

 

「そうよ?見るのは初めて?」

 

「ああ。繋がなくて良いのか?火が燃え移るぞ?」

 

「大丈夫よ。契約をした使い魔は絶対忠実。逃げたりなんかしない。ね〜〜、フレイム?」

 

フレイムと名付けられているらしいサラマンダーは撫でられ、気持ち良さそうにギュルギュルと鳴き声を上げた。

 

彼女の言葉に、才人は顔を顰めた。つまり契約を結べばルーンが刻まれ、主を慕い、敬う様に心に働きかけると言う事。仮説通り洗脳やマインドコントロールの様な効果があるのだ。

 

「ねえ、貴方最初からそこら辺を歩いてた平民を連れて来たんじゃない?爆発で上手く誤摩化したみたいだけど。」

 

「違うわ!ちゃんと召喚したのにコイツが来ちゃっただけよ!」

 

こちとら好きで来た訳じゃないんだがな。そう思いながら才人は小さくフッと鼻で笑う。

 

「まあ、ゼロのルイズだから仕方無いかもね。ホッホッホッホッホ。」

 

赤毛の女子生徒は高笑いをしながら去って行き、ルイズは拳を握りしめながらその後ろ姿を見送るしか出来なかった。

 

「何なの、あの女ぁぁ〜〜〜・・・・ボケッとしてないでお茶でも持って来て!!」

 

言われた通り紅茶を一杯用意すると、すぐその場から離れた。何はともあれ、これでようやく自由に動ける。そう思うと足取りが軽くなる。と、突如目の前に才人の頭程もある巨大な目玉を持った風船の様な生き物が顔から数センチも離れていない所に現れた。

 

「おぉっと?!」

 

思わず仰け反り、一歩足を引いたが、その足に何者かがつまづき、小さな悲鳴と共にどさりと倒れた。

 

「悪い、大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫です。」

 

盆を持った黒髪のメイドはエプロンをはたいてトレーを持ち直した。才人は落ちたケーキから草を払い除け、皿の上に載せてやる。

 

「いきなりアレが飛び出して来てな。本当にすまない。」

 

「大丈夫ですよ、本当に何ともありませんから。貴方は・・・・もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったって言う・・・?」

 

「ああ。何故それを?」

 

「平民が使い魔として召喚されたって、もう学院中で噂になってますから。」

 

「そうか。君も魔法使い・・・・・なんて事はあるのかな?」

 

「そんな、とんでもない!魔法を使えるのは貴族の方だけです。私は、ここでご奉公させて頂いているシエスタと言う者で、貴方と同じ平民です。」

 

なるほど。本には書かれていなかった事実だな。

 

「ご丁寧にどうも。サイトだ。」

 

「サイト、さん・・・・変わった名前ですね。」

 

自分の名が変わっているならシエスタの名前の方がよっぽど変わっている。と言うのも、彼女の名はスペイン語で『昼寝』を意味するのだ。尤も、名前とは裏腹に彼女は惰眠を貪る怠け者には見えない程に熱心で真面目に見える。

 

「良く言われる。」

 

「幾つなんですか?」

 

「十八だが?」

 

「え?!そうなんですか?私てっきり同い年かと・・・・」

 

「それも良く言われる。これ以上は仕事の邪魔だな。ごめん。」

 

シエスタは一礼して仕事に戻り、才人も早急に車を移動するべく動き始めた。やはり車を見た事が無い為珍しいのか、既に野次馬が周りに群がっている。それを掻き分けて乗車し、エンジンをかけるとゆっくりと車を発進させた。幸い渡り廊下に幾つもあるアーチは車一台が通るだけの余裕があった為、すんなりと通った。

 

研究室は石で出来た塔とは違い、大きなログハウスだった。クラクションを鳴らすと中からコルベールが出て来た。

 

「やあ、サイト君。話はオールド・オスマンから伺っているよ。ここにクルマを保管しておきたいんだったね?」

 

「はい。それと、呉々も他人が勝手に触れない様にご配慮をお願いします。積んである荷物は大事な物なので。」

 

「勿論だとも。時にサイト君、これは一体どうやって動いているのかね?」

 

コルベールは興味深そうに車をあちこちから眺めながら尋ねた。

 

「燃料を動力源とする機械を積んであり、それが車輪を回転させて前進と後退を可能とさせます。舵を切れば左右に曲がる事も可能です。慣れるのには時間がかかりますが、練習さえすれば誰でも扱う事が出来ます。」

 

「ほう・・・・君の世界には、これが沢山あるのかい?」

 

「何百万とあります。所で、コルベール先生は一体何の研究を?」

 

これ以上無闇に嗅ぎ回られては面倒なので、才人は話題を反らした。

 

「日常生活に於ける魔法の更なる活用法と、魔法を使わずに魔法と同じ事が出来るかどうか、と言う物だよ。君は知らないだろうが、この世界では魔法を使わない単純な技術力は低いんだ。」

 

「大半の人間が魔法に頼り切ってそれで全てを解決しようとしているからですか。」

 

「その通りだよ。メイジに出来る事が平民にも出来れば、生産に要する時間が短縮され、効率もあがる。しかし魔法の価値が下がってしまう。利己的な貴族が平民に対する絶対的な権力を維持する為だけに、国その物が損をしている。最初はシンプルなマジックアイテムを大量に作ろうと思った事もあるのだが、簡単な物でも作る事自体手間がかかるし、そもそも平民に手が出せる様な安価な代物ではないしね。」

 

魔法社会の一員が発明家を志しているとは、また不思議な物だ。

 

「サイト君、魔法には五つの系統があるのは知っているかい?」

 

「彼女が『五つの力を司るペンタゴン』と言っていた位ですから、予想はしていました。火、水、土、風と・・・・・五つ目は・・・・・」

 

「『虚無』だよ。今は伝説となった、失われた系統の魔法で使える者は誰もいない。その中で、私は火の魔法が最も得意だが、あまり好きではないのだよ。火と言うと真っ先に浮かぶイメージが戦争に破壊だ。しかし、それだけではない筈だと思うのだよ。突き詰めればもっと何か人の為になる、素晴らしい事が出来るのではないかと私は思っている。この研究を思い立ったのもそう言う考えがきっかけだ。」

 

コルベールは遠い目で空を眺めた。

 

「見てみたい物ですね。」

 

「ああ。」

 

歴史上の産業革命を実際に目の当たりにする。それも魔法が実在する世界で、魔法と科学、水と油の様な物が同時に存在する。想像してみると中々面白そうだ。

 

「そう言えば、君はミス・ヴァリエールと合流した方が良いのでは?二年生の授業が免除になったのは使い魔とのコミュニケーションを優先させたからだよ?」

 

「ああ、そうだった。」

 

軽くとぼけながらそう返す。

 

「じゃあ、そろそろ戻ります。それと、車に妄りに触れたり他人に触れさせたりしない事、重ねてお願いします。」

 

小さく会釈をしてから先程いた広場へ戻った。



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III: Duel At Noon

書きたくてウズウズしていた決闘騒ぎです。

08/07/17 加筆・修正


才人が先程の広場に戻ると、テーブルの一つが妙に騒がしい。

 

「ギーシュ、お前は誰と付き合っているんだ?」

 

「そうだ!そろそろハッキリと教えてくれ!」

 

口々に冷やかされ、問い質されるギーシュと呼ばれたブロンドの生徒はフリルをあしらったシャツを着ており、手には薔薇の花があった。その出で立ちは正しく気障の代名詞だ。

 

「付き合う?薔薇と言うのは、多くの者を魅了する為に咲く花。それと同じ様に、僕には特定の女性なんていないのさ。」

 

そう言いつつ、ギーシュは足を組んだ。その拍子に、ズボンのポケットから何かが零れ落ちた。鮮やかな色の液体が入った小瓶である。

 

「ミスター、落とし物です。」

 

丁度皿を下げに来たシエスタがそれに気付き、瓶を彼に差し出した。ギーシュは彼女を鬱陶しそうに見ると、瓶を持った手を押しやる。

 

「それは僕のじゃない。」

 

「いえ、しかしポケットから———」

 

「同じ事を言わせるな、それは僕の物ではない。」

 

だがその瓶に見覚えがあるらしい生徒が声を上げる。

 

「それは・・・・香水か?もしや、モンモランシーの香水じゃないか?その鮮やかな色は間違い無い!『香水』のモンモランシー謹製の物だ!ギーシュ、つまりお前は今モンモランシーと付き合っている。そうだろう?」

 

「違う。彼女の名誉の為に言っておくが———」

 

「ギーシュ様・・・」

 

その場のやり取りを聞いていた。茶色いマントを身に付けた女子生徒の一人が目に涙を溜めながらギーシュを見つめる。

 

「やっぱり貴方は、ミス・モンモランシと・・・・」

 

「そうじゃない、ケティ。良いかい?僕の心の内に住んでいるのは———」

 

だがギーシュの言葉は泣きながら走り去るケティには届かなかった。

 

「ギーシュ、あんたやっぱりあの一年生に手を出していたのね・・・・?」

 

ギーシュの本命らしいモンモランシーはその特徴的な巻き毛が逆立たんばかりの怒気を放っており、その凄みのある声にギーシュは顔からさーっと血の気が引いて行くのを感じた。

 

「ああ、お願いだ、『香水』のモンモランシー。咲き誇る一輪の花の様に可憐なその顔を怒りで歪めないでおくれ、僕まで悲しくなってしまうじゃないか!」

 

必死で彼女を宥めようとしても、今のモンモランシーにそんな事を言った所で彼女には薄っぺらい美辞麗句を並べ立てているだけにしか聞こえない。小気味の良い破裂音と共にギーシュの頬を彼女の平手が打ち抜いた。

 

「この嘘つき!」

 

そう怒鳴ると、足音荒くその場を去って行った。

 

「全く・・・・君がその瓶を拾ったお陰で彼女達に要らぬ誤解を与えてしまったじゃないか!それだけじゃない、二人のレディーの名誉まで傷つけた!どうしてくれるんだね?」

 

「も、申し訳ありません!どうかお許し下さい!!」

 

「いいや、許さない。」

 

深々とシエスタは頭を下げたが、ギーシュは聞き入れず、薔薇を振り上げた。

 

「クソが。」

 

才人は低い声でそう毒突き、近くのテーブルからデザートナイフを取り、投げつけた。回転するナイフは狙い違わずギーシュの手に命中し、杖を取り落とさせた。

 

「いっ?!・・・・誰だ?!」

 

「気取った振る舞いもそこまでにしとけよ。」

 

第二射を何時でも放てる様に、ティースプーンをその手で弄んでいた。

 

「同じ場所で女二人に声をかけた時点で失敗は目に見えている。上手く立ち回ればどうにかなるかもしれないが、少なくともお前はそれが出来る程の器用さや機転を持ち合わせちゃいない。」

 

「何だと?」

 

「それに加え、無抵抗の女に手を上げようとした。品性を疑いたくなる。それに加え、自分が二股をかけていたのを他人の所為にするその器の小ささ。貴族以前に同じ男として恥ずかしい。」

 

図星を突かれ、ギーシュの顔に赤みが差したが才人の正体に気付くと直ぐに鼻で笑い飛ばした。

 

「ふん・・・ああ、君は、ゼロのルイズが呼び出した平民の使い魔だったね。貴族に対する礼儀を知らない様じゃまともな親に育てられなかった様だね。」

 

才人のこめかみがピクリと引き攣った。

 

「あ?」

 

「聞こえなかったのかい?君はクズな親に育てられた同じ様なクズだと言っているんだ。」

 

瞬間、才人の纏う空気が一変した。穏やかだった物が一瞬にして張り詰め、冷たくなる。近くにいた生徒達もそれに気付き、ゾクリと鳥肌が立った。だが悦に浸ったギーシュはそれに気付いていない。

 

「撤回しろ。」

 

「何をだね?」

 

悪びれもせずにギーシュは聞き返す。

 

「俺の親に対する侮辱を取り消せと言っている。手遅れになる前にな。」

 

「ならば決闘で決着を着けようじゃないか。」

 

薔薇を突き付けながらギーシュは高らかにそう言った。

 

「君は平民の、使い魔の分際で貴族を侮辱し、剰え手を上げた。覚悟は良いな?」

 

「何時でも出来てる。その前に、一つ確認しておきたい事がある。お前がこれを決闘と明言した以上、過程でどちらがどうなっても恨みっこ無し、と解釈して良いんだな?」

 

「勿論だとも。では、ヴェストリの広場で待っている!謝罪の言葉でも考えておきたまえ。」

 

マントを翻して高笑いしながらギーシュは去り、他の生徒達もその後に続いた。

 

「あんた、何してるのよ!」

 

騒ぎを見ていたルイズは目尻を吊り上げて才人に詰め寄る。

 

「決闘の約束を取り付けられた。」

 

「分かってるわよそんな事、こっちに来なさい!」

 

ルイズは才人の袖を掴んで歩き始めた。

 

「何勝手に決闘の約束なんかしてるのよ!」

 

「どこに行くんだ?」

 

天を仰ぎながら才人は鬱陶しそうに尋ねる。

 

「ギーシュのとこよ。今なら謝れば許してくれるかもしれない。」

 

だが才人はルイズの手を振り払った。

 

「お断りだ。奴は・・・・・先生を侮辱した。先生を・・・・・」

 

モンモランシーとは違う静かな、刺す様に冷たい真冬の寒波の様な怒りが才人を包んでいた。だがルイズはそんな事などお構い無しに捲し立てる。

 

「あんた何も分かってないわ!平民は貴族には絶対勝てないの!打ち身や擦り傷の怪我で済めば良い方なんだから!」

 

だが才人はルイズの言葉には耳を貸す事無く、ヴェストリの広場へと向かって行った。

 

「いやあ、これは見物だねえ!」

 

「マリコルヌ!」

 

まるで新しい見世物小屋に向かう様な能天気な物言いにルイズは声を荒らげた。

 

「あ〜〜〜、もう!使い魔の癖に勝手な事ばかりするんだから!!」

 

仕方なしにルイズもその後を追う。

 

 

 

 

 

ヴェストリの広場では既にギャラリーが集まり、ギーシュを中心に輪になっていた。

 

「逃げずに来た事は誉めてやろう。」

 

「御託は良い。さっさと始めるぞ。」

 

「待って!」

 

ギャラリーを掻き分けてルイズはギーシュの方へ駆け寄った。

 

「ギーシュ、いい加減にして!そもそも決闘は禁止されているじゃない!」

 

「あれは貴族同士に限っての事だ。彼は平民、問題は無い。それともルイズ、もしや君はその平民にその乙女心を動かしているとか?」

 

「そんな訳無いでしょ!?自分の使い魔がワザワザボロクソにやられるのを黙ってみていられる訳無いじゃない!」

 

ルイズは顔を赤くしながら言い返す。

 

「君が何と言おうと、決闘はもう始まっているんだ!」

 

ギーシュは薔薇を一振りすると、花弁が一枚地面に落ちた。土に触れた瞬間、そこから等身大の槍を持った鎧兜の人形が現れる。

 

「僕の名は『青銅』のギーシュ。従って青銅のゴーレム、ワルキューレがお相手する。メイジである貴族が魔法を使って戦うのは当然の事だ、よもや文句はあるまい?」

 

「無いな。」

 

接近して殴り掛かって来たワルキューレの拳を僅かに体を動かしていなすと、ワルキューレを素通りして一気に駆け出した。命無き人形など相手にした所で無駄だ。拳を固め、ギーシュを凝視したまま接近する。

 

「そうはさせない。ワルキューレ!」

 

気迫に押されはしたものの、ギーシュは慌てて杖を振って更に三体のワルキューレを呼び出した。そして三体共剣や槍などで武装している。同時に飛びかかるも彼らの武器は才人にの両腕を覆う籠手によって阻まれる。

 

腰を落としてワルキューレの足の間を飛び抜け、再びギーシュに迫った。右腕の振り払う動作と共にコートの袖口から鎖に繋がれたゴルフボールサイズの鉄球が飛び出した。蛇の様に地を這う鎖はギーシュの足を絡め取り、バランスを崩させた。受け身の取り方を知らない彼は片足立ちのまま危なっかしくよろめく。

 

しかし才人は彼が体勢を立て直すのを待つ程優しくはない。バランスを崩した瞬間彼に向かって一直線に距離を詰めた。その勢いを利用して体勢を低く保ったまま鳩尾に拳を叩き込む。ギーシュの顔は土気色に変わり、倒れ込んだ所で追い討ちの二発目、三発目を同じ場所に食らってその濃さが増していく。

 

最初こそ歓声を上げていたギャラリーは、今では水を打った様に静まり返っていた。誰も言葉が出ず、中には顔を背けている者もいる。魔法を使う貴族相手に平民がどう奮戦するのか、そして場合によっては悪戦苦闘の末ボロボロに負ける様を楽しみにして来ていたのだが、いざ始まるとその真逆。開始から間も無く、最初こそ平民を寄せ付けなかった物のギーシュはボロ雑巾にされ、決闘は一方的な蹂躙に変わってしまった。

 

腹を抑え、体をくの字に折った所で髪の毛を掴むと飛び膝蹴りで額をを容赦無く打ち抜いた。あまりの衝撃にギーシュの体は地を離れ、仰向けにひっくり返る。待てと言いたくても痛みと呼吸困難ででまともに喋る事が出来ない。先程の膝蹴りの衝撃で視界も歪み、ぼやけている。脇腹を足で小突かれ、うつ伏せにさせられた。そして腰を中心に背中に拳とエルボーの連打が襲う。

 

「さてと。仕上げだ。」

 

ギーシュの背中に腰を下ろしたが、人垣を割ってルイズが乱入して来た。

 

「もうやめて!!もう良いでしょ!?アンタの勝ちよ!勝負はついたんだから!」

 

「いや、ついてない。こいつが言ったんだぞ?これは決闘だとな。ギーシュとやらはまだご存命だぞ。」

 

そして自分を取り囲むギャラリ—に目を向けた。

 

「聞いてる奴もいた筈だよなあ?こいつは間違い無く決闘と言った。」

 

頷く者はいなかったが、かと言って否定する者もいなかった。殆どの者が顔を見合わせ、黙りこくる。

 

「どちらかが死ねば決着がつく。どちらが死んでも恨みっこ無し。決闘とはそう言う物だ。部外者は黙っていろ。」

 

「部外者じゃないわよ!アンタは私の使い魔、私はアンタのご主人様よ!」

 

「たとえそうだとしても、この決闘に於いては部外者だ。コイツの命をどうするかは俺が決める。」

「ま、待っでぐれ・・・・」

 

ようやく漏れた掠れ声での懇願も虚しく、才人のスリーパーホールドで彼の意識は途絶えた。

 

「ちょっ!?」

 

「気絶させただけだ。しばらくすれば目を覚ます。」

 

 

 

 

決闘騒ぎの一部始終を『遠見の鏡』と言うマジックアイテムで見ていたオスマンとコルベールは長らく黙っていたが、やがてオスマンが沈黙を破った。

 

「・・・・・勝ってしまいましたな、あの青年。」

 

「うぅむ・・・・しかし一体どんな訓練をどれだけ積めばあそこまでの事が可能なのじゃ?見た所、彼はまだ二十歳にもなっとらんぞ。希代の、とまでは行かぬかもしれんが間違い無くハルケギニアでも五指に入る腕前じゃ。あやつがもし本気になれば、まだドットメイジのグラモンのバカ息子などあっと言う間に死んでおったじゃろうて。」

 

メイジ殺しと言うのは、その名の通り魔法を使えないにも拘らずメイジを葬る事が出来るだけの技術と力を持った人間を指す。オスマンは才人を大人びた礼儀正しい普通の青年だとばかり思っていたが、戦闘中とそうでない時の豹変振りに、少なからず恐怖を覚えていた。

 

「だとすれば、ミス・ヴァリエールの説得が通じた事と彼の慈悲に感謝、じゃな。」

 

「しかし、少々厄介なのでは?伝説では、『ガンダールヴ』は詠唱をする間主を守る存在。千の軍隊を一人で壊滅させる事が出来る、とあります。『メイジ殺し』の平民がそんな力を手にしたとなると・・・・」

 

「うぅむ。しかし、王室にこの事を報告する訳にも行くまい。あっと言う間に戦火がこの大陸中に広がってしまう。本人はそう好戦的ではないと言う印象を儂は受けとるんじゃがのう。まあ、今は様子を見るしか無いわい。」

 

 

 

 

 

決闘の後、才人は生徒達が茶を飲み、菓子を食べていた広場に戻った。決闘の最中殆どの生徒が行く末を見物しに来ていた。となればそのまま放置されている可能性が高い。食べたところで誰も何も言わないだろう。

 

そう考えていたが、既に茶器も食器も片付けられた後だった。げんなりして腹を抑えると、再び腹の虫が催促を始める。

 

「くっそ・・・・・」

 

「サイト、さん・・・・?」

 

中途半端に残った食器をトレーに載せているシエスタがいた。

 

「よお。とりあえず、勝ったぞ。」

 

「え・・・・?勝った・・・・・貴族の方に、ですか?!」

 

「向こうが死んでいない以上、正式に決闘に勝ったと言えるかどうかは分からんが、ある程度痛めつけてやった。もう奴にちょっかいを出される事は無い筈だ。」

 

堪えられない程ではないが、空腹で少しばかり腹が痛くなって来た。手近な椅子を引き寄せ、そこに座り込む。

 

「ありがとうございます!本当に、ありがとうございます!」

 

シエスタはヘッドドレスが吹き飛ばんばかりの勢いで何度も頭を下げた。

 

「俺が勝手に首を突っ込んだ事だ、気にしなくていい。ああ、それより、トレーの上のそれ、誰も食べないんだったら貰っても良いか?」

 

食べかけのケーキが載った皿を指差した。

 

「それは良いですけど・・・・・」

 

才人は直ぐにそれを手で掴み大口を開けて噛りついた。物の三口でそれを平らげると、再び才人の腹の虫が盛大に鳴った。

 

「すまん、昨日の朝から何も食っていなくてな。今朝にお茶を少し飲んだだけなんだ。」

 

「まあ、そうなんですか?じゃあ、厨房にいらして下さい。賄いならありますし。」

 

「本当か?それはありがたい。」

 

シエスタにつれられ、食堂の裏側にある厨房に向かった。

 

厨房はやはりと言うべきか、かなり広く、大量の食器、調理器具、ワイン、そして調味料などが整頓されておいてあった。丁度調理台ではコック帽をかぶった大柄な中年の男が包丁を扱っており、見習い達に手本を見せていた。

 

「おお、シエスタ。戻ったか。ん?そいつは?」

 

「あの、マルトーさん、彼です。私を助けてくれたのは。」

 

「おお、そうか!!あんたが!あんたが『我らの戦士』か!」

 

マルトーと呼ばれた男の言葉に、才人は目を見開く。

 

「『我らの戦士』?どう言う事ですか?」

 

「隠すこたぁねえよ、うちの見習い二人が見てたんだぜ?あんたが鼻持ちならない、高慢ちきな貴族のボンボンをタコ殴りにした所を。」

 

厨房にいた皆は嬉しそうに才人に拍手を贈った。

 

「なるほど。」

 

ギーシュが油断していた上、見慣れない武器で意表を突く事が出来たから良かった物の、正直首を突っ込んだのは危なっかしい賭けだった。いざ負けそうになれば銃でどうにか出来たかもしれないが、人前で見た事が無い様な武器をワザワザ見せつける訳には行かない。鎖分銅程度ならまだ大丈夫だろうと使ったが、これからはもっと気をつけなければ。

 

「で、どうしたんだ?」

 

「サイトさん、昨日の朝から紅茶しか口にしてなくて・・・・」

 

「何?!そりゃいかん!」

 

マルトーは即座に火にかけてあった鍋からシチューを掬い、大きな碗に並々一杯注いだ。他の見習い達も付け合わせのサラダを手早く作り、テーブルに置いた。

 

「さあ、食ってくれ、『我らの戦士』よ!」

 

「こんなに良いんですか?」

 

「どうせ貴族連中の余り物だ。シチューは賄いだが作ったのはこの俺だ、味は保証するぜ。」

 

「じゃあ、頂きます。」

 

才人はシチューを一口飲んだ。細かく刻んだ野菜や肉などのシンプルな具材が入った物だったが、シンプルであるが故に味わえる旨味が口一杯に広がった。

 

美味い。

 

二日近く飲まず食わずで過ごしていた才人は箍が外れた様に食べ始めた。気付いた時には、出された皿は全て空にしてしまっていた。

 

「みっともない所をお見せしました。」

 

と、汚れた口元をナプキンで拭いながら詫びる。

 

「いやいや、気にする事は無いさ。流石は『我らの戦士』だ、気持ちの良い食いっぷりだったぜ。ハシバミ草のサラダまでそのまま食っちまうんだもんな。」

 

「ハシバミ草?」

 

「そのサラダに使ってた野菜さ。かなり苦みがキツいんで好きな奴はそうはいないんだが。」

 

「ああ、あれが。苦みも旨味のうちだと思ってますから。にしても、残り物はそんなにあるんですか?」

 

「おう。」

 

頷きながら、マルトーは悲しそうに首を振る。

 

それを聞いた才人は顔を顰めた。中国では多少残す事が満足したと言う事を示唆するが、基本的に出された物を黙って完食するのは料理人に対する基本的なマナーの一つだ。

 

「罰当たりな。まるで食べ物のありがたさを分かってない。」

 

「だろう?俺もそう言いたい所なんだが、如何せん俺達平民は貴族にゃ逆らえねえからな。けどアンタのお陰で溜飲も下がったし、また仕事に励める。腹が減ったら何時でも来な。幾らでも食わせてやる。」

 

「ありがとうございます、マルトーさん。」

 

「そう堅くなるなって、同じ平民同士だろう?」

 

大人の太腿程もある太い腕を肩に回され、才人は苦笑した。

 

「そうですが、俺は他人に出せると認められる程の料理を作る事が出来る方は誰であれ尊敬に値すると考えています。ご馳走様でした。」

 

才人は皆に深く頭を下げて手厚く礼を述べると、厨房を後にした。

 



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IV: The Scarlet Fever

決闘騒ぎが幕を閉じ、日もとっぷりと暮れた頃、才人は人気の無い所で一通り基礎的な体力トレーニングをして、締め括りに柔軟体操と瞑想をしてそれを終える。

 

水汲み場でバケツ一杯の水を汲むと、水で湿らせたタオルで汗を拭き取った。更にその水を水筒に移せるだけ移し、残りを頭から一気に被った。湿った髪を後ろに撫で付けると、空を見上げた。自分の世界には無い二つの月が淡い光で夜の帳が降りたハルケギニアを照らしている。

 

「先生。どこの世界でも、やっぱり空は綺麗だよ。」

 

ふと気配を感じ、才人は訓練で使っていたナイフ二本を手に取り、一本は何時でも投げられる様に構えた。

 

「ま、待ってくれ!僕だ。ギーシュ・ド・グラモンだよ!」

 

慌てながらギーシュが塔の影から姿を見せた。敵意は無いと言う事を最大限アピールしようとしているのか、捕虜の様に開いた両手を上に上げていた。

 

「お前か。」

 

「君の言った通り、あの三人にはしっかりと謝罪をしておいた。それを伝えたくて。それと、君にも謝らなければならない。僕が親を誇りに思っている様に、君もまた親を誇りに思っているのも当然だ。相手が平民だろうと、それを侮辱するなんて貴族にあるまじき言動だ。どうか無礼を許してくれ。」

 

「いや、俺の方こそ少々大人気無かった所がある。殴る蹴るは本気でやったからな。怪我は大丈夫なのか?」

 

「実家から念の為と言う事で送ってもらったポーションがまだ少しあったから、腹の痛みは大丈夫さ。まだ少し頭痛がしてフラフラするけど。」

 

あれだけの衝撃を顎に喰らったのだ、脳震盪の一つも起こるだろう。

 

「二週間位すれば頭痛も引く。それまではあんまり激しい運動はするな。」

 

「忠告感謝するよ。」

 

「で?俺に詫びを入れる為だけに来た訳じゃないんだろ?」

 

ギーシュは逡巡していたが胃を決して行きを吸い込むと再び話し始めた。

 

「サイト、僕は恥ずかしい。君の言う通り、僕は最低の事をしてしまった。貴族として、男としてどうあるべきかを教えてくれた事に感謝したい。ありがとう。」

 

ギーシュは手を差し出した。才人は暫くその手と、真意を確かめようと例の視界を展開して顔や脈拍に気を配っていたが、得に変な所は無いと判断すると、その手を握った。

 

「裏切られた女の恨み程怖い物は無い、それだけは忘れるな。」

 

「肝に銘じておく。ところで君は、いつも訓練をしているのかい?」

 

ギーシュは才人の手にあるナイフを見ながら尋ねた。

 

「体は動かさないとその分鈍るからな。それに俺の好きな格言は、自力更生。もし自分で出来る事なら自分の手でやってしまうに越した事は無いと思う。どんな時であろうと、最終的に頼れるのは自分だけだ。俺はもう寝る。お前も寝ろ。」

 

「ああ。おやすみ。」

 

ギーシュが充分遠ざかった所で鍛錬に使っていた道具を入れた包みにナイフを押し込み、車の方へ持って行った。いざ後部座席で寝ようとした所で、ふと何かの気配を感じ、銃を収納したホルスターに手をそっと伸ばす。振り向き様に銃を抜いて構えると、そこにはサラマンダーのフレイムが尻尾を振っていた。

 

「お前かよ。確か・・・・あのスゲー体付きした女の使い魔だったな。何の用だ?」

 

思わず本当に引き金を引いてしまいそうになった。安全装置をかけ、ホルスターごと銃をトランクの中にしまい込む。

 

「先に言っておくが、餌なら無いぞ?第一お前が何を食うかも知らないけど。」

 

しかしフレイムはズボンの裾を口に銜え、ぐいぐいと引っ張って来る。

 

「おい待て、破るな。餌は無いって言ってるだろうに。」

 

しかしフレイムは相変わらず引っ張り続けた。自分を引っ張ろうとしている方向を見ると、赤い屋根の塔があった。

 

「女子寮?」

 

つまり使い魔に命じて自分を部屋に連れて来る様に言ったのか?何の為に?様々な可能性が才人の頭を駆け巡る。しかしフレイムは考え倦ねる才人のズボンを引っ張り続けた。

 

「分かった、分かったよ。行く準備をするからちょっと待て。」

 

篭手を装着し、刃の機構が正常に作動するのを確認するとジャケットを羽織り、フレイムに先導されて女子寮に向かった。

 

左手のルーンの事でないのは間違い無い。オスマンとコルベール以外には自分が『ガンダールヴ』であると言う事は知られていないし、皆に委細を知られる前に契約を解除し、ルーンを消した。だとしたらなんだ?色仕掛けか?いや、それならばもっと別の方法があるだろう。使い魔を使って呼び出すなどあからさま過ぎる。

 

和解したとは言え、既に貴族と揉めて、その貴族が叩き付けて来た決闘にも勝ってしまったのだ。逆恨みでお礼参りと言う可能性もある。あの時はギーシュが油断していた事もあってどうにかなったが、ギーシュよりも魔法に長けているメイジが複数相手になると想定すると圧倒的に不利だった。

 

仕方無い。

 

フレイムとその目を通して見ているかもしれない主人に見えない様にポリマー樹脂で出来た小振りなケース二つを開き、分解して片付けたばかりの拳銃を組み立て始めた。淀み無い手慣れた才人の手は、僅か十数秒で二丁の拳銃を組み立て終えた。

 

一丁は暗殺で重宝される二十二口径の弾丸を撃つスタームルガーmkII。

 

もう一丁はイタリアのベレッタ社作の最新式オートマチック、九ミリ口径のベレッタPx4。

 

どちらもかなりの改造や調整が施され、長く使い込まれた見てくれをしていたが、手入れは良く行き届いていた。

 

マガジンに弾を込め、それらを銃に装填する。予備のマガジンはベストのマガジンポーチに押し込んだ。スライドを引いて初弾を薬室に装填するガチリと言う無機質な冷たい音は何時聞いても心地良い躍動感を呼び起こす。それらも左腿と脇下のホルスターに収めた。

 

寮の廊下は石畳で壁には魔法で灯されていると思しき燭台が規則正しい間隔を空けて壁にはめられており、扉もまた同じ造りの物が廊下の両側に並んでいた。その内の一つは僅かながら開きっぱなしになっている。その扉の前まで才人を連れて来ると、入るまでこの場を動かないぞとばかりに座り込んだ。

 

隙間から見える部屋は灯りが無かった。いよいよ怪しい。視界を変化させて探っても、人が隠れられる様な場所など限られているし、その部屋の主と思しき人物一人しかいない。

 

身構えながら足音を立てずにそっと中に入った。

 

「扉を閉めて下さる?」

 

逃げ道を塞ぐつもりか。まあ、良い。とりあえずは誘いに乗ろう。そう思いながらゆっくりと扉を閉めた。廊下から漏れる明かりが途切れ、部屋は真の暗闇に包まれる。

 

「こちらにいらっしゃいな。」

 

部屋には消臭用の匂い袋かアロマキャンドルでも置いているのか、やけに甘ったるい匂いがする。指を鳴らす音と共に、部屋にある蝋燭が一つずつ目印の様に灯って行き、最後に火が灯った蝋燭は彼女の側にあった。

 

薄明かりに照らされ、ベッドで足を組んで座っている部屋の主が悪戯っぽい笑みを浮かべながら自分の隣を指で叩いていた。それもベビードール一枚と言う、艶めかしい肉体美を惜しげも無く晒した状態で。

 

「座って?」

 

言われた通り、彼女の横に腰を下ろした。

 

「そんな姿を見られても何とも思わないのか?お互い名前も知らない。」

 

「貴方は、ゼロのルイズの使い魔のサイトでしょ?私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。それに、これからじっくり語り合えば良いだけよ。愛を朝まで、ね?」

 

見事な赤い髪の毛を振り乱したキュルケは、どこの誰であろうと美女と認める女だ。しかも彼女はその強みを分かっている上で最大限利用する性格の持ち主らしい。

 

「それに、好きな相手に見られるだけならどうって事無いわよ。」

 

随分と段階を飛ばしている気がするが、まあ自分の世界でもあまり珍しくはない。

 

「私をはしたない女だと思うでしょう?でも、仕方無いの。私の二つ名は『微熱』。」

 

「故に、燃え上がり易い。だろ?」

 

「ええ、その通りよ。ギーシュを倒した時の貴方、ぞくぞくしちゃったわ。狙ったら最後、仕留めるまで止まらない狩人みたいなその目。」

 

ジャケットから覗く鎖骨を指先でなぞり、タンクトップの上から才人の引き締まった胸板へと下がる。

 

「それは良かった。ところで、窓からこっちを睨んでいる奴がいるんだが、先約はあったのか?」

「え?」

 

振り向くと、開け放たれた窓の向こう側には一人のメイジが二人を睨んでいた。恐らくは魔法で浮いているのだろう。

 

「あら、スティックス?」

 

「待ち合わせの時間に君が来ないからどうしたのかと来て見れば・・・・」

 

「じゃあ、二時間後に変更して?」

 

「話が———」

 

違う、と言い終わる前に、キュルケは胸の谷間から引き抜いた杖を小さく振った。蝋燭の火が一匹の蛇となり、鎌首をもたげると大口を開けてスティックスに飛びかかる。突然の事に反応出来なかったスティックスはそのままひっくり返って姿を消した。

 

「良いのか?ていうか、ここ三階だよな?落ちたら骨の一、二本はいってるぞ?」

 

「良いのよ、彼は只の友達。」

 

罠である可能性はかなり低くなったがそれでもゼロではない。ベッドは幸い窓に近い。才人は足の速さには自信があった。いざとなれば窓を突き破り、左の篭手に付いたワイヤーを使って遁走すれば良い、そう考えていた。

 

「兎に角、今一番私が愛しているのは———」

 

「キュルケ!その男は誰だ!」

 

二人目の闖入者は、肩にかかる程の長い金髪のメイジだった。

 

「今夜は僕と激しく燃え上がると——」

 

杖が再び振られ、彼も落ちて行った。

 

「今のも友達か?」

 

「そうよ?兎に角、夜は短いのよ。貴方との時間を無駄に過ごしたくないの!」

 

「キュルケ!」

 

今度は複数の声が一斉に唱和した。

 

「何をしている!恋人はいないって言ったじゃないか!」

 

「マニカン、エイジャックス、ギムリ!えっと・・・・じゃあ、六時間後に!」

 

「それじゃ朝だよ!!」

 

才人は目頭を抑えた。彼女は、キュルケはギーシュと同類だ。ただ彼女の場合、自分の魅力が強みであると分かっている上、その強みを最大限利用して男を手玉に取る方法を知っている。故に、余計質が悪い。

 

「フレイム〜。」

 

部屋の外で待機していたフレイムは後ろ足で立ち上がって大口を開けると、凄まじい勢いの炎を吹き出し、三人を纏めて吹っ飛ばした。

 

「あの火力、怪我じゃ済まないだろうに・・・・・容赦無いな、おい。」

 

キュルケはジャケットの襟首を掴んで顔を寄せたが、才人は後数センチ距離を縮めれば自分に届く彼女の唇に指を当てて止めた。

 

「気を悪くしないでくれ。別にお前が魅力的じゃないとか、そう言う事じゃない。ただ、俺は先にやらなきゃならない事がある。それを終わらせるにはかなり時間が掛かるし、出来たら最後、俺はもうここには戻らないし戻れない。だから、俺の事は諦めて欲しい。好きになってくれたのは純粋に嬉しいが、そんな女に返事を待たせるなんてマナー違反だからな。」

 

何人もの男をたぶらかす様な女と関係を持つと面倒になりかねない、と言う部分は省いておく。

 

ドアの方に向かおうとしたが、反対側からドアに近付く気配を感じた。既にドアノブが回り始めている。今から窓から逃げたのでは見つかってしまう。

 

「すまん、上手く誤摩化してくれ。」

 

一言謝罪し、ベッドの下に潜り込んだ。それとほぼ同時に部屋のドアが開く。

 

「ツェルプストー!何をしてたか知らないけど、静かにやりなさいよ!眠れないじゃない!」

 

ドアを開けたのはルイズだった。まあ、熟睡中に起こされれば誰だって不機嫌になるだろう。それに加えてあれだけの騒ぎがあったのだ、起きる者もいるだろう。

 

「あら、ヴァリエール。仕方無いじゃない?恋と炎はフォン・ツェルプストーの宿命。恋に身を焦がす事こそ本望なの。」

 

「言っておくけど、私の使い魔に手を出したら承知しないから!」

 

「ああ、サイトの事?」

 

「まさか・・・・アンタの部屋に来たの?」

 

「招待はしたんだけど、フレイムが撒かれちゃったから残念ながら来てないわ。でも、良いじゃない別に。貴方の使い魔かもしれないけど彼は歴とした人間よ?」

 

「あんたはもう十分男を侍らせてるじゃない、我慢しなさいよ!兎に角、あいつは私の使い魔なんだから!アンタなんかには絶対渡さないわ!」

 

ルイズは足音荒く去って行き、蝶番から吹っ飛ぶのではないかと思う程の凄まじい音を立ててドアが閉まる。

 

「すまん、助かった。にしても、相変わらずやかましいな。」

 

ベッドの下から這い出た才人は耳を抑えた。まるで興奮が冷めやらずに吠え続ける小型犬だ。

 

「ね?お国柄って奴よ。それに実家がトリステインとゲルマニアの国境を挟んで隣同士だから、昔から向こうの家とは仲が悪いの。不倶戴天の敵って言えば良いのかしら?でもあの怒りっぷり、よっぽど貴方を取られるのが嫌みたいね。」

 

クスクスとキュルケは口元を隠して笑う。

 

「誰の物にもなるつもりは無いがな。後、名前から予想はしていたが、やっぱりゲルマニア出身なのか。」

 

「そうよ。興味ある?」

 

「ああ。ハルケギニア大陸では最大の面積を誇る国だし、地図で見た限りトリステインの十倍はあった。しかも貴族制度があるにも拘らず社会的地位の柔軟性が高い。面白そうだとは思う。」

 

君主国家とは言え中々リベラルなお国柄である。

 

それに、ゲルマニアの東の果てには砂漠が、エルフが住まう地が存在する。アサシンが現れたと言われているその地に行けば、帰る手掛かりが見つかるかもしれない。

 

「でもトリステインじゃ貴族じゃなきゃ爵位と領地が貰えないなんて変だと思わない?」

 

「俺は貴族制度や君主国家とは無縁の所から来たから、何とも言えないな。だが、個人的には自分で汗水垂らして金を稼いだ方がありがたみが大きいとは思う。良い話が聞けた、ありがとう。おやすみ。」

 

そう言い残し、ジャケットの埃を払い、キュルケに別れを告げると、才人は静かにドアを閉めた。



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