Fallout:Funfiction (いまさと)
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Prologue
人は、過ちを繰り返す。
それは数知れず行われる戦争であり。
それは金に目がくらみ不正を行う政治家であり。
それは試験前に勉強を怠った学生であり。
人は、過ちを繰り返す。
そしてこの女、ノエルの過ちは。
「ああ~……頭痛いぃぃ~……」
飲み過ぎである。アルコールをこよなく愛する、若干のダメ人間テイストの入った彼女に襲い掛かっているのは、二日酔いと言う名の自業自得の地獄。
それは一度や二度ではなく、まさに幾度も繰り返された過ちの、取るに足らないいつもと変わらぬ一回。
そのはずだった一回は、しかし若干の違和感によって姿を変えていた。
「んんぅ…………なんでこんなに固いのよ寝床ぉ……」
寝返りを打つ彼女は、いまだ完全には目覚めていない。それ故に辺りの違和感にも、ほとんど気付く様子はなく。
微睡みの中にいる彼女の意識は、時が経つにつれて寒さを伴い、覚醒へと引きずり出されていく。
「しかも固いだけじゃなくて…………さ、さむ、……へくちっ!」
くしゃみ。
その音にこそ完全に意識を引っ張り出され、目を開いた彼女が見たものは。
「…………は?」
床に直に敷かれたマットレス。その色は赤黒く変色していて、それが明らかに長い年月の間放置されたかのような様相を呈している。
わけが分からず身を起こして、それに伴い視線も正面を向く。
その視界に入ったのは、壁と言うにはその役割を果たせそうもないほど穴が開き、穴どころかほぼ骨組みが丸出しになった……控えめに言って、瓦礫であった。
倒壊していないだけ、まだ建物としての機能を残しているだけマシなのだろう。壁の向こうに見える景色の中には、建物どころか既に何の役にも立たない瓦礫の山も見えるのだから。
だが彼女にとって重要なのは、そこが瓦礫なのか建物なのか、そういうことではない。
「―――いや、ちょっと待ってよ、ここって……」
頭の内側をハンマーで殴られるような痛み―――当然ながら二日酔いから来る頭痛なのだが―――をこらえながら立ち上がり、ふらふらした足取りで建物の外へと出た彼女の視界に広がるのは、かつては賑やかだった町の模様をほんのわずかにだけ残す、廃墟。
しかも、彼女はその廃墟に見覚えがある。見覚えがあるどころか、それはつい最近遊んだばかりのゲームの中の場所。
「サンクチュアリ・ヒルズじゃない!!」
二日酔いすらどこかに飛んでいくレベルの衝撃に、思わず彼女が叫び声をあげる。
もちろんその声は、無人の荒野に虚しく拡がり消えるだけであった。
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いちにちめ:ここはサンクチュアリ
ひとしきり落ち着いた彼女が、改めて身の回りを確認する。
まず、この場所。そこは確かに彼女の口から出てきた通り、そこはサンクチュアリ・ヒルズと呼ばれた場所であること。
ただし問題は、彼女の知っているその場所が本来現実に存在するはずのないゲームの中の世界であること。
次に、彼女の格好。
着用している衣服こそ、普段の彼女の服装と変わらぬ革製のジャケットにハーフパンツであった。
普段の格好と違う箇所があるとすれば、それは左腕。
手首から前腕にかけて、小さなブラウン管のついた機械的な腕輪を着用していること。
「なに、Pip-Boyじゃないこれ。いよいよもってアタシ、ウェイストランドに転生でもしたの?」
呆れたように皮肉を口にする彼女であったが、その口調はほんの少し軽いものであった。
朝起きたらゲームの世界に自分がいたなどという、並の人間なら途方に暮れてもおかしくない事態であるというのに、彼女は悲嘆していない。
それにはそもそもの彼女の性格が楽観的だということもあるのだが、それ以外にもいくつかの理由があった。
ひとつ、彼女はもともと暮らしていた世界で、冒険者として生きてきたこと。
一歩間違えたら死ぬような修羅場をくぐってきた数も、両手両足の指では数えられないくらいにはあるし、そして少なくとも今は「ただちに生命に影響はない」状況である。
もうひとつが、いま彼女の口からこぼれた「Pip-Boy」の存在。
軽い鼻歌混じりにダイヤルを回したり、画面を指で叩いたりを繰り返す彼女。
そう。彼女はそれの使い方を知っているのだ。もっともそれは、彼女がこの世界の元となったゲームをやりこんでいたということなのであるが。
そしてそのPip-Boyの画面に映る、7つの英単語と数字。装着者の能力を大雑把に7種類に分けて数値化したものである。
この場合の装着者とはもちろん彼女、ノエルのことであり。その画面の中にはこのような文字が並んでいた。
Strength(筋力):5
Perception(知覚):8
Endurance(耐久):4
Charisma(カリスマ):7
Intelligence(知力):6
Agility(敏捷):8
Luck(運):6
「んんぅ。―――なんか納得いかないけど、もっともらしいって言えばそうなのかも」
なんだか微妙に不満そうな顔で、再びダイヤルを回す彼女、数回の画面の明滅のあとに表示されたのは、地図だ。
大雑把な道路と地形の他にはほとんど何も描かれていない。ただ一つだけ、小さな銅像のようなマークとともに【サンクチュアリ】との記載があることを除いて。
「なによ、マップ真っ白じゃない。役立たないわねぇ、もう」
ため息を漏らす。だがそのため息は、途方に暮れたような悲壮感に溢れるものではない。どちらかと言えばそれは、この先の行程が面倒なものになりそうだという、ものぐさな色に満ちたものであった。
そうして彼女は役に立たない(と彼女が判断した)地図に早々に見切りをつけ、三度ダイヤルを回す。画面の中に文字が躍り、やがてその文字は『RADIO』の表記で止まる。
そこで彼女が二、三度画面に触れると、ややあってPip-Boyから軽快な音楽が流れ始める。やや雑音混じりのその音楽がしばらく流れ続け、そして曲の終わりを迎えると、今度は曲の代わりに音声が流れ出した。
『こちらは、ダイヤモンドシティ・ラジオ。お相手は僕、トラヴィス・ロンリーマイルズです』
DJとおぼしき、トラヴィスと名乗った男の流麗な口調。流れた曲の紹介などを挟みながら、男は流れるようにトークを続けていく。
『ダイヤモンド・シティにお住みの皆さんは、あのラジオ演劇はお楽しみいただいてるでしょうか? そう、連邦にはあのシルバー・シュラウドの姿をしたヒーローが登場したのです』
トラヴィスのトークは音楽からニュースへと姿を変える。グッドネイバーという名の場所で、シルバー・シュラウド(恐らくラジオドラマの主人公なのだろう)の格好をした者が、犯罪者を私的に退治していると言う話。
それをひとしきり聞いた彼女はPip-Boyを指で叩き、ラジオを止めた。次いで、大きくため息をつく。
「ったく、どんなルート辿ってるのよ【サバイバー】ったら。ガービーはここにいないくせにグッドネイバーでシュラウドごっこやってるなんて」
呆れた声。そうしてその中に上がった『サバイバー』と『ガービー』の二つの名前。いずれも、この世界の元となったゲームの登場人物で、そのうちの『サバイバー』はゲーム内での主人公である。
「…………まあ何にせよ、いくつか分かったことがあるわね」
状況を整理したいのだろう。誰に聞かせるわけでもなく、彼女は独りごちる。
「ひとつ。ここは間違いなく、Fallout4の中であること」
それが彼女の遊んでいたゲームの名前であるが、今の状況においてそれはそれほど重要でもない。
「ふたつ。アタシはサバイバーじゃないこと」
この世界の主人公ではないと言うことは、非常に重要なことである。
これまで彼女が経験した『ゲームの世界に取り込まれる』事象は、すべてそのゲームの主人公を追体験する形であり、ゲームをクリアすることでその世界から解放され、元の世界に戻ると言う流れであった。
ところが今回は自分が主人公ではなく、そのセオリーが通用しない。それゆえに、元の世界に帰るには自分でその手段を見つける必要がある、と言うことであった。
「そしてみっつ。……アタシの当面の目的を見つけたということ」
状況は決して良くはないというのに、彼女はやはり途方に暮れていない。もちろん最終的な目標は彼女自身の世界へと帰還することである。
「まずはサバイバーを見つけないとね。どこにいるかはわかんないけど、グッドネイバーに行けば足取りくらい掴めるでしょ。それとまあ、もう一つは……ね」
自分の言葉に一つ頷き、歩み出そうとする彼女の背に、穏やかな声が投げかけられる。
「―――おや、こんにちは。今日はいい天気ですね、お嬢様」
[クエストがアップデートされました:TRACING "SOLE SURVIVOR"]
・サバイバーの行方を調べる
・?????と話す(オプション)
[クエストがアップデートされました:I WANT SOMETHING QUANTUM]
・ヌカ・コーラ・クァンタムを入手する
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ふつかめ:はじめてのスピーチ・チャレンジ
サブクエストの方は、いつかアップデートされるかもしれないけど
基本的にはネタです。
なかなか戦闘やらないけど許してね。筆がどこ通っていくか迷ってて……
「―――おや、こんにちは。今日はいい天気ですね、お嬢様」
土埃の匂いと枯れ木と瓦礫しかなかったその場所で、不意に背後から響いた声に、ノエルは振り返る。
そこにいたのは人間ではなかった。球形の胴体から生える三本のアームユニットと、三つのセンサーカメラ。
それはこの世界ではありふれた、Mr.ハンディという種類のロボットであった。そして、もちろん彼女はそのロボットのことを知っていたが、彼女の笑みとともに出てきた名前は、まったく別のものであった。
「コズワース!コズワースじゃない!」
「はて、私のメモリにエラーがなければ、貴方様とは初対面のはずですが。どうして私の名前をご存知なので?」
ロボットであるはずのそれ―――コズワースは、まるで人間のような質問をノエルに返す。その言葉に面食らったのは、むしろノエルの方だった。
(しまった、アタシはサバイバーじゃないっていうのに。そりゃあもっともな疑問よね)
「ああえっと、そこのパッケージに書いてあったわよ。名前までつけてもらえるなんてキミ、よっぽどご主人に大事にされてたんじゃないの?」
面食らいつつも、彼女の口からはすらすらと言葉が出てきている。説得力に欠ける言葉ではあったが、コズワースにとってはその言葉の後半の方が重要だったようだ。
「いやいや、滅相もない。私のようなロボットにはとても勿体無いお言葉です」
コズワースが彼女に抱いた疑念は、その言葉で霧散していた。ノエルは胸中で胸を撫で下ろしながら、改めてコズワースに質問を投げかける。
「ところでコズワース。アタシ、貴方のご主人にちょっと用事があるんだけれど、どこに行ったか知らない?」
彼女自身は、先のラジオ放送で概ねサバイバーの居場所を推測できてはいる。それでもコズワースにこの質問を投げかけるのは、別の目的があった。
(サバイバーが男女どっちなのか聞いておかないと、他の人と会ったとき困るもんね)
元となったゲーム、Fallout4の主人公は、ゲーム開始時に男女どちらかの性別を選ぶことになっている。
選ばれなかった側のキャラはゲーム開始後すぐに亡くなってしまうので、その場所に赴けば誰かに聞かずとも確認は出来るのだが、ノエルはその手段は取るつもりはなかった。わざわざ墓荒らしのような真似をしたくないという至極単純な、それでいて人間的な理由で。
そうしてコズワースから返ってきた答えは、概ね彼女が求めていたものであった。
「奥様は、協力者を求めてコンコードへ向かいました。旦那様は、奥様の話によると亡くなったと……」
コンコード。サンクチュアリ・ヒルズから歩いて数十分の近場の……かつては町だった廃墟。そもそも、この世界ではまともに機能している街のほうが珍しいのだが。
「そう……お悔やみを言うわ。キミも大変だったでしょう」
「お優しい方なのですね、貴方様は」
ロボットに褒められるという事態に違和感を覚えつつも、ノエルは考える。
先のラジオの内容からも、サバイバーがコンコードにいないことはほぼ間違いない。けれどそう断言してしまえば、コズワースの中に先程消えたはずの疑念が再び生まれるかもしれない。そう考えたノエルは、ひとつ彼、コズワースを釣るための罠を仕込んだ。
「そんなことないわよ。……でもさ、話の続きだけど。アタシ、ご主人―――ノーラさんは多分コンコードには行ってないと思うのよね」
「その根拠をお伺いする前に、なぜ奥様の名をご存知なのか、お聞きしたいところですね」
コズワースの無機質なセンサーアイが、じ、と彼女を見つめる。その疑念に満ちた視線にも負けずに、ノエルは続ける。
「なぜってそりゃあ、……キミは知らないかもしれないけど、彼女有名人なのよ、連邦では」
そう言いながらノエルはPip-Boyを操作し、再びダイヤモンドシティ・ラジオをコズワースに聞かせる。トラヴィスの流れるようなトークは、先と同じシルバー・シュラウドのニュースである。
「アタシも新聞で噂を読んだだけよ。ノーラさんは200年の時を超えた人だって。でもこのニュースの人、戦前のラジオドラマのコスプレしてるんでしょ?―――200年前のコスプレなんてそんな酔狂なことをする人が、この時代の人だとは思えないわね」
「確かに、奥様はシルバー・シュラウドのラジオドラマを全巻保存しておりました。旦那様はグロッグナックのコミックを全巻。もっともそのどちらも、あの戦争でほぼ全て失われてしまいましたが」
仕込んだ罠がうまく機能したことに、胸中でガッツポーズを浮かべるノエル。
「これはアタシの推測なんだけどさ、彼女、ノーラさんってちょっと天邪鬼なところなかった?」
「―――まるで見てきたような口振りですね。……ですが、貴方様の仰る通りです。旦那様は『ソレもアイツの可愛い所だ』とあばたもえくぼのようでしたが」
コズワースの中に、ノエルへの若干の信頼でも生まれたのだろうか。ゲーム中では描かれることのなかった話がノエルに告げられる。
「やっぱりね。……ねぇ、コズワース。ラジオによると彼女、グッドネイバーにいるらしいんだけどさ」
機は熟したと感じたのだろう。ノエルは一度、その言葉を止める。ゲーム中ではあまり意識せずに行っていた行為を、彼女は今自らの意思で行おうとしていた。
スピーチ・チャレンジ。
「アタシたちで迎えに行っちゃわない?きっと驚くわよ、彼女」
「―――少々お待ちください」
ノエルのその提案に、しばし、コズワースは沈黙した。センサーアイのシャッターを閉じて、情報の整理にだけ集中する様子を見せながら。
そうしてたっぷり一分ほどは経っただろうか、再びコズワースのセンサーアイが開いて。
「センサーから得たデータによれば、貴方様が何かを隠している確率は64%。ですが、奥様に害をなす人物である確率は4%と出ています。……疑念がないわけではありませんが、貴方様のことを信じましょう。御付き合い致します」
提案に同意するコズワースの言葉を聞いて、ぱ、とノエルの顔に笑みの花が咲く。
「ありがとうコズワース!アタシ一人で歩き回るの、実は心細かったのよ」
「それは私とて同じことです。奥様が戻る前に私が壊されてしまっては、悔やむに悔やみきれませんので」
コズワースの三本のアームユニットのうち、二本がかすかに持ち上げられる。きっと彼にとってはジョークを言ったつもりなのだろう。
しかし彼の恐らく渾身であろうジョークも、すぐに影を潜めた。
「しかし、私達が奥様を探しに行くためには、貴方様に二つほど訊いておかねばならないことがあります」
「いいわよ、アタシに答えられることなら何でも」
ノエルが快諾すると、コズワースは一度その場でくるりと回り、ノエルに問いかけた。
「見ての通り、私は家庭用モデルでございます。自己防衛程度なら多少は可能ですが、貴方様をお守りするだけの余裕はないかもしれません。―――見たところ貴方様は丸腰のように思えますが、何か護身用の武器などはお持ちなのでしょうか?」
「あ」
必要な情報を手に入れることには長けていたノエルだったが、肝心なところで抜けている。武器も持たずにこの荒廃した世界を歩けばどうなるか、火を見るよりも明らかだった。
「ちょ、ちょっと待ってねコズワース。たぶんなんか持ってるはずだから……この中に」
慌ててPip-Boyに指を走らせるノエル。このPip-Boyには、手に入れた武器やアイテムをデータ化して保管するという謎の技術があるのだが、彼女がその中から武器のタブを開くと、そこにはたった一つだけアイテムの名前があった。その名を確認するよりも早く、真っ先にソレをPip-Boyから取り出す。
銃ではない。長さは1メートル強。鈍い金属の光沢と、その光沢を打ち消すほどの赤い炎の輝き。
シシケバブと記されたその武器は、有り体に言えば炎の迸る刀であった。
「…………うわ、こいつはヘヴィーね」
「重さは関係ないでしょう?」
どこかで聞いたようなやり取りは、何一つ間違っていなかった。もっともそのやり取りを理解できる人間は、それこそこの世界にはノーラくらいしかいないだろうが。
「―――まあなんにせよ、丸腰やパイプレンチなんかよりはだいぶマシね。それでコズワース、もう一つの訊きたいことって?」
「はい。武器などよりももっと重要なことです」
問い返すノエルに、コズワースは勿体つけたような口調で一つ前置きして。次いで放たれる言葉は、それはそれはアイロニーたっぷりの問いであった。
「一緒に旅をする方のお名前も知らないのは、とても寂しゅうございますから。よろしければ、貴方様のお名前をお聞かせ願えますか?」
[クエストがアップデートされました:TRACING "SOLE SURVIVOR"]
・コズワースと共にノーラの行方を調べる
・[完了]コズワースと話す(オプション)
・コズワースに自己紹介する(オプション)
[クエストがアップデートされました:BACK TO THE FUTURE]
・ノーラと『あの映画』について話す
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みっかめ:いのちの炎
本当は週一更新くらいの予定だったものが、日刊ペースになってて作者びっくり。
ほんの少しだけ、ノエルさんの出自が書かれます。あまり重要ではない(断言)
そしてほんの少しだけ戦闘します。ホントにほんの少しだけ。
「よろしければ、貴方様のお名前をお聞かせ願えますか?」
「あ」
彼、コズワースの紳士的な問いに、一瞬呆けたように口を開くノエル。彼女の側はそれは言うまでもなくコズワースのことを知っているが、その逆は決して真ではない。
「ゴメンね、うっかりしてたわ。アタシはノエル。トレーダーみたいなことやって暮らしてるわ」
コズワースへの自己紹介に含まれた、彼女の職業、トレーダー。実のところ彼女のこの発言は、偽りない事実である。
ただしそれはこの世界でなく、もともと彼女が住んでいた世界においての彼女の職業であったが。
「度胸のある方でいらっしゃいますね。ガードも雇わずに旅をするなどとは」
「あはは、キャラバン組むほど品揃えは良くなかったからね。実際の生計はほとんど、そっちじゃなくてこっちのキャラバンだったわ」
言いながら、カードをシャッフルする仕草を見せるノエル。ここ連邦より遠く離れた、モハビ・ウェイストランドと呼ばれる地で流行していたトランプゲームだ。
「私がカードを持てるならば、ぜひお相手願っていたところで御座います」
「あら残念。じゃ、今度チェスでもお願いしてみようかな。けちょんけちょんにされそうだけど」
「少なくとも、奥様よりは腕の立つ方であることを願いますよ」
ひとしきり二人の間にジョークの花が咲いたところで、ティータイムのような平和な時間は終わりを告げて。ノエルとコズワースは坂を降り、サンクチュアリ・ヒルズを抜ける橋へと歩き出す。
「ところでノエル様。グッドネイバーまで距離もありますが、どのようなルートで向かうおつもりで?」
「そうねぇ。コンコードから南下して、そのまま線路沿いにダイヤモンド・シティを通って東に向かいましょうか」
今にも崩れそうな橋を歩きながら、ノエルはそう提示する。
そのルートはゲーム内では比較的安全なルートで、加えて途中には人の集まる場所もいくつかある。ある意味でゲーム的に言えば『チート』とも呼べる彼女の言葉に、コズワースは満足げに同意の言葉を返した。
「ベストな選択だと思います、ノエル様。多少時間はかかりますが、そのルートであれば放射能の危険性も少ないでしょう」
「ふふん。もっと誉めてくれてもいいのよコズワース。まあアタシとしては、旅程は未定、冒険は危険でもいいんだけど」
「ジョーク生成アレイの更新が必要ですね、ノエル様」
「辛辣っ!」
渾身のジョークを無機的な言葉(そもそもコズワースは当然無機物であるのだが)で切って捨てられ、がくりと肩を落とすノエル。だが復活は早かった。歩みの先に朽ちた建物を見つけたからだ。
「あ、コズワース。ちょっとそこの燃料スタンド、見ていくわよ」
「構いませんがノエル様、そこには特にめぼしい物はないと思われますが?」
「ううん、ちょっと気になることがあってね―――」
言うが早いか、錆びたガードレールを軽く乗り越えてスタンドに近づくノエル。後を追うコズワースはノエルと違い、行儀良くガードレールを避けて行く。そうしてノエルの視線の先にあるのは、主のいない犬小屋がひとつ。
「いない……かぁ」
何も単純に、彼女がペットを欲しがっているわけではなく。元のゲームではその場所に主人公―――ノーラの相棒となる犬がいたのだ。その犬が居ないと言うのは、ノーラが連れて行ったのか、それともそれ以外の何かが原因なのか。
「犬小屋ですね。ノエル様、もしかして犬がお好きなので?」
「うん、まあ犬だけじゃなくて猫も好きだけど、いつも可愛がりすぎて逃げられちゃうのよね」
しゃがみこんで犬小屋を覗いていたノエルが冗談めかして立ち上がった瞬間、乾いた破裂音が遠くから響く。
紛れもなく、それは銃声であった。
「コズワース、今の……」
「ええ、間違いありません。銃声ですね、しかも距離と方角から計算するに、概ねコンコードの方かと」
如何なさいますか。そうレンズ越しの視線で問うコズワースに、ノエルは一つ頷いた。
「行くわよ。万が一だけど、そこに居るのがノーラさんって可能性もあるしね。……それに、一つ試したいこともあるし」
「承知いたしました。お供いたしますよ、ノエル様。……ですが、くれぐれもご無理はなさらぬよう」
コズワースの言葉にオーケー、と一言返し、彼女は銃声の元―――コンコードへと走り出す。そしてその後ろをジェット推進でついて来るコズワース。
さして長い道ではないが、その場所にたどり着くまでにも散発的に銃声が響く。だが銃声だけではなく、その中にラジオのノイズが歪んだような重い音も混じる。レーザーと呼ばれる光学兵器のそれだ。
建物の影になって見えにくいが、時折赤い光の線が走って、すぐに消える。
光の線が向かう先から、今度は反撃とばかりに銃声。間違いなく、何者かが争っている様子である。
そうしてその音に近づいてきたのを確認すると、ノエルは路地の陰に隠れ、ひとつため息をついた。
「ホントはこれ、アタシがやるべきことじゃないんだけどなぁ」
その呟きはコズワースの聴覚センサーには届かなかったのだろう。違和感のあるその言葉に、コズワースは疑問を返さなかった。その代わりに戻ってきたのは、コズワースの分析である。
「先程、あちらの建物の上に一名、人影が見えました。本物かどうか断言は出来かねますが、その格好はミニッツメンのものです。―――対して、銃を発砲している側は複数名。格好や状況から判断して、レイダーの集団に間違いありません」
「オッケー。どっちに付くかなんて、言わなくても分かるわよね。アタシがきっかけ作るから、コズワースは裏から回って挟撃しましょう」
「承知いたしました。ご武運を、ノエル様」
ノエルの提案に素直に従い、コズワースは路地を抜け、ノエルの元から離れる。視線を通りの側に戻せば、そこにはコズワースの言葉通り、荒んだ格好をした略奪者―――レイダーの姿が一つ。拳銃を構えて、遠くに居るであろう標的に狙いを定めている。
「あっちのアタシができること、ここでも出来るかどうか、試しておかないとね……」
元の世界の彼女は、この世の者ではない力、『魔法』が存在する国の住人である。
騎士と魔法の国、竜騎兵と弓兵の国、電子と機械の国。その三国が統治する世界で、彼女は生きてきた。
伝説の勇者でもないただのトレーダーだった彼女が、たった一つだけ使える魔法。それが『炎』。
争っている者のことを知っている彼女が、わざわざ路地に隠れたのも。コズワースに挟撃の指示を与え、自分一人だけになる状況を作り出したのも。全て、この瞬間を見られることを避けたかったから。
「流れ星に背を向けて―――祈る両手の指を、一つずつ解いて―――!」
まるで詩のようにノエルが言葉を紡いだ瞬間。ゴゥ、という音ともに、レイダーの構えていた拳銃が、激しく炎に包まれる。
「なっ……うわぁ!?」
正面の獲物にのみ注視していたそのレイダーは、まったく予想だにしなかった事態に驚愕し、手にしていた拳銃を取り落とす。
「よぉっし、ビンゴォ!!」
完璧な『きっかけ』を作ることに成功したノエルは、唯一の武器、シシケバブを構えて―――レイダーへと走り出した。
[Perkを取得しました:Pyrokinesis ランク1]
・V.A.T.S.の届く範囲で、任意のターゲットに炎ダメージを30与えます
・3回まで使用可能で、3時間以上の睡眠を取ることで使用回数がリセットされます
[クエストがアップデートされました:When Freedom Calls]
・付近のレイダーを無力化し、ミニッツメンに協力する
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よっかめ:じゃくにくきょうしょく
博物館内でのことまで書いちゃうとあんまり長くなりすぎるので、今回はちょい短め。
ようやく警告タグの「残酷な描写」に触れることになりました。
とはいえそこまで過激な描写では……たぶんないと思います。
読者クエスト用意しました。クリアしても報酬はありません()
人は完全に予想し得ない出来事が起きると、思考と共にその行動すらも一瞬、停止する。
レイダーの握る拳銃に突如生まれた炎の花。それはレイダー当人の動きを止めただけでなく、その周りに居た者の銃声も奪うこととなった。
そうしてその隙はノエルにとって絶好の好機となり。得物を失ったレイダーが、路地から自らに迫り来るノエルに気付いたとき、既に彼女はシシケバブを大上段に構えていた。
「せぇいあッッ!!」
刃を振り下ろす瞬間、柄に備えられたレバーを一緒に握り込むと、刀身に纏う炎が勢いを増し。そうしてその炎刃は、レイダーの身に着けていたガラクタの鎧ごと、その命をもいとも容易く袈裟斬りにした。断末魔の声もあげさせることなく。
「な……なんだよお前はぁっ!?」
既に命を失ったレイダーが倒れる音すらかき消すような、悲鳴じみた女の叫び。その叫び声に振り向けば、距離にして5メートルほどか。地に伏したレイダーの男とほぼ同じガラクタの鎧に、頭の左右で羽根を象ったかのような奇抜な髪型の女がいた。
手にした銃も男の持っていたものと同じ、粗雑な造りの拳銃。間違いなくその女もレイダーであろう。
ノエルは振り下ろしたシシケバブを引き戻し、間髪入れずにその女レイダーへと走り出す。
「く、くそ、なんだってんだよぉ!」
動揺しながらも女レイダーは、手にした拳銃の銃口をノエルへと向ける。粗雑とはいえ銃なので、命中すればただではすまない怪我を負うであろうそれに、ノエルはまったく怯まず。
「遅いわよッ!!」
走る勢いをそのまま利用し、女レイダーに向けて左足をバネにして跳躍する。残った右足はまっすぐ伸ばし、向かう先は女レイダーの握る拳銃そのもの。
理想的なフォームのジャンプキックは、狙い違わずその拳銃を蹴り飛ばすことに成功した。
「がっ!?」
短い悲鳴と共に、痛みに利き手を押さえる女レイダー。ほぼ同時に地に足を着けたノエルが、シシケバブの柄を両手で掴み、地面と水平に構える。
「ゆっくり……おやすみッ!!」
ガラクタの鎧の継ぎ目、板の薄い腹部に向けてその刀身をまっすぐに繰り出す。それは難なく鎧を貫き、女の背中に刃を生やすこととなった。
「ぐぶっ―――」
意識こそ失わなかったものの、女の口から赤黒い雫が零れる。深々と刺さった刃をノエルが抜くと、力の入らぬ女は腹部を抑えて、膝から地面に崩れ落ちる。
「ふ、ふざけんな……畜生、畜生ッ!!」
その叫びは、今度はノエルの元よりたっぷり10メートルは離れた場所から。スキンヘッドで髭面の見るからに悪人然とした男が、野球ボールほどの大きさの黒い何かを手に持っている。
グレネード。爆風と破片で対象を殺傷する武器。そんな物を受ければ、当然命を失うことになろう。だがその男の動きを止めるには、今のノエルは距離が離れすぎている。
男がピンを引き抜き、投擲のために振りかぶろうとした瞬間。グレネードを握ったその手が、男の腕から離れる。
「さすがにそれは看過できませんね」
ひどく無機質な声は、男の背後の路地から姿を現したコズワースのもの。アームユニットの先端で冷たく輝く回転鋸が、男の手をまるでバターのように切り裂いていた。
「っ……ああああああああ!!」
一瞬遅れてやってきた激痛に、男が悲鳴をあげる。それを聞いたコズワースはほぼ音もなく路地に消えて。その瞬間、男の悲鳴はより大きな音によってかき消された。手と一緒に地面に落ちたグレネードの爆音によって。
「く、クソッ!一旦退くぞてめえら!!」
わずかな時間で3人の戦力を失ったレイダーの残りが、ノエルたちから離れていく。そうしてそんな一瞬の出来事を、建物の上にいた人影、ミニッツメンの男は全て見ていた。
「一体なんという手際のよさだ。あれだけの人材がミニッツメンに居てくれれば……」
その呟きは、当然ノエルたちが耳にすることはなかった。レイダーたちの気配が遠ざかるのを感じ、ふう、とノエルが小さく息をつく。
「助かったわコズワース。さすがにあの距離からのグレネードは、アタシじゃどうにもならなかったし」
「挟撃というより、側面攻撃のようになってしまいましたが。まあ、結果オーライと言ったところでしょうか」
ノエルの言葉に、路地の奥に消えていたコズワースが姿を現しながら返事を返す。いえい、と、小さく親指を立ててコズワースにアピールし、ノエルは手にしていたシシケバブを仕舞う。そして向き直るのは、たった今爆発で吹き飛んだレイダーだったものへ。
「すっっごい気は進まないけど、 背に腹はかえられないもんね」
「もう使うこともないのですから、彼らには過ぎた物でしょう」
多少の罪悪感を覚えながら、亡骸の懐を探り始めるノエル。だが、それを咎める価値観はこの世界ではマイノリティである。そうして現実は非情であり、ノエルにとっては死活問題でもある。
それというのも、ノエルのPip-Boyの中には通貨……ボトルキャップも食料もほとんど入っておらず、それらを入手する手段もなかったのだから。
「まあ、武器弾薬とキャップと薬や食料くらいでいいかな……鎧やジャンクまで持っていくと持てなくなりそうだし」
「多少の荷物なら私もお手伝いしますが、さすがに血まみれの服などは置いていって欲しいものです」
それなりの手際で荷物を徴収したノエルは、ミニッツメンの男がいる建物へと向き直り、小走りで駆けていく。
「入植者がいるんでしょ!手助けするわ、持ちこたえて!」
「何でそれを……!? いや、今はそれどころではないな……!すまない、よろしく頼む!」
若干の驚きと共に投げかけられた助けを求める声に頷き、ノエルは建物の入り口へと駆け寄る。が、その扉を開く前に彼女は、扉の脇に倒れて動かない男の前に屈み込む。バルコニーの上にいたミニッツメンの男と似た服装の男は、レイダーの凶弾によりその命を失っていた。
「ゴメンね、ちょっとお墓は作れそうにないわ。……まだ生きてる人たちを助けないとだから。借りてくわね、コレ」
恐らく最後までそれを振るって、彼はレイダーたちと戦っていたのだろう。上階のミニッツメンが持っていたものと同じ赤い光の弾を発射する武器、レーザーマスケット。それにそのエネルギー源であるフュージョン・セルを拾って再び立ち上がり、レイダーの待ち受けるであろうその建物、自由博物館の扉を開く。
「行くわよコズワース、ちゃんとついて来てね」
「先程みたいな無茶は、出来るだけナシでお願いしますよ」
軽い口振りで気合を入れた二人は、身を潜めながら自由博物館の扉の奥へと消えていった。
[クエストがアップデートされました:When Freedom Calls]
・自由博物館の中のレイダーを一掃し、ミニッツメンの男と話す
・[完了]レーザーマスケットを拾う(オプション)
[読者クエストがアップデートされました:Volare!]
・いずれかの冷えたグインネットを用意する
・ジプシー・キングスの『Volare』を聴く
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いつかめ:We're Minutesmen
ノエルさんは比較的高レベルなのであまり緊迫感がありません。
嘘です。彼女の性格と私の未熟さのせいです()
身を低くして乗り込んだおかげか、レイダーたちはノエルの侵入に気付かなかった。
正面の上階に積んだ木箱で簡易的なバリケードを作り出したのは、先程のミニッツメンであろうか。だがそのバリケードは既にミニッツメンの手を離れ、レイダー二人が用いている。
そうしてその二人は、木箱の陰で何事か話し合っていた。声こそ聞こえないが、こちらに注意を払っている様子はない。
「コズワース、今はあいつらには手を出さないわ」
「賢明な判断です。頭上を取られているこの状況なら、先ずは上へのルートを探すのが合理的でしょう」
正面には閉ざされた門、右手には開いたドア。互いの意見が一致したノエルとコズワースは、そのまま上階の二人を放置して右手のドアをくぐる。細い通路を通って小部屋に足を踏み入れた瞬間、壁の向こうから声が聞こえてきた。
『英国支配はもうたくさんだ!!』
電気的に歪んだその声は、自由博物館の展示物からのものであり、レイダーたちのそれではない。だがその電気的な声こそが、レイダーたちの注意を引いた。
「今の声は……!?」
壁の向こうから、何者かがこちらに向かってくる気配を感じたノエルは、展示物のマネキンの影に隠れてレーザーマスケットを構える。
「えっと確か、こうやって使うんだっけこれ……?」
ゲームの中でこそ使用したことはあれど、実際にどういう仕組みで使用するものなのかは理解しておらず、ゲーム中に主人公がやっていた動作を真似して、クランクを回転させる。その銃身の光が強くなっていくのを見て、ノエルは初めてそれがエネルギーを充填する行為だと理解した。
「なるほどね。大体これくらいやってたら十分なのかしら」
「そのコンデンサであれば、4回転ほどで最大容量まで充填されますね」
コズワースの言葉に頷き、きっちりクランクを4回ほど回転させて。レイダーと思しき声の聞こえた側の入り口に向けて、レーザーマスケットを構える。
「出ておいで、優しく早くするから。信じて!」
警戒させないための言葉なのか、それともむしろ威圧するような意味合いなのか図りかねる言葉を投げながら、部屋の出口側に現れた男の格好は外で屠った者たちとそっくりの、まさしくレイダーのそれであった。
数多くのマネキンに紛れたノエルに男は気付いておらず、部屋の中に足を踏み入れる。そしてその不用意さこそが、男の命取りとなった。
無言のうちにノエルが放った赤い閃光が男に命中すると、男は悲鳴すらあげることも許されず、その存在が消し飛んだ。
後に残ったのは、床に散らばった男だったもの―――灰の山のみ。
「ビューティフォー……」
「どこでそんな様式美を覚えてきたのよ、コズワース」
コズワースのリアクションに面食らったノエルは、思わずコズワースにツッコミの言葉を投げる。だが当のコズワースは「紳士の嗜みです」と、黙秘を貫いている。ノエルは小さく嘆息して、皮肉げな一言を返した。
「貴方のジョーク作成アレイも大概なものじゃない。……まあいいけど」
軽口を言い合いながら、上階への道を切り開く二人。コズワースの火炎放射がレイダーを焼き払ったかと思えば、離れたもう一人をノエルのレーザーマスケットが灰に変える。
苦もなく展示物の部屋を抜けると、そこは中央の床が大きく崩れ、階下への穴の開いた広間のような場所だった。
「コズワース、ちょっと辺りを警戒しててくれる?」
「承知いたしました、ノエル様。ですが一体どちらへ?」
「ま、ちょっとした野暮用よ。すぐ戻るわ」
コズワースに言い残すと、ノエルは床の穴の下へと足を進める。そうしてすぐにノエルの目の前に現れたのは、鍵のかかった扉と、そのすぐ横にターミナル。
扉の前でしゃがみ、Pip-Boyを起動させるノエル。タブをいくつか進めて、所持品のリストを画面に映し出す。
「さすがにヘアピンの一本くらいは持ってるでしょ……」
ノエルのPip-Boyの画面には確かに言葉通り、ヘアピンの文字があった。ただし、一本だけ。安堵と落胆の入り混じった微妙なため息をつきながら、ヘアピンを取り出す。
「もう100本くらい持っときなさいよ……心許ないわねぇ」
ともあれそのヘアピンを鍵穴に差し込み、数度、角度を変える。手に伝わる感触が変わったところで、今度はそのままドライバーを差し入れ、鍵穴を回す。数秒の沈黙の後にカチ、と小さな音が響き、扉の鍵が解錠された。
「ま、こんなものよね」
冒険者とは総じて鍵との戦いを避けられない者たちである。行く手を遮る扉こそ腕力や魔法で破壊すればいいが、迷宮の奥に眠る財宝の宝箱を同じ手段で解決すれば、その中身すら破壊してしまうことになる。そうしてノエルはそんな鍵との戦いに長けた者であった。
苦もなく開いた扉の奥には恐らく発電機であろう、なにやら大仰な機械があり、その中心にボトル程度の大きさの物体が刺さっている。
「まあさすがにノーラさんここスルーしちゃってたわけだし、そりゃあるわよね当然」
それはフュージョン・コアと呼ばれる、小型の核電池であった。本来ならばこの場所のフュージョン・コアは主人公、ノーラが近い後に使用するのであるが、今回その役目はノエルが受け持つことになる。
発電機に書かれたEJECTの文字のあるボタンを押すと、数度の瞬電の後にコアは発電機から外れた。それをPip-Boyに収納し、ノエルは降りてきた穴を再び登る。
「ただいま。何か変わったことはあった、コズワース?」
「いいえ、こちらには。残ったレイダーたちは上の階に向かった様子ですが」
「あ、ヤッバ。あの人たちの方に向かってるじゃない、早く行かないと」
コズワースの答えに慌てて階段を駆け上り、ミニッツメンたちが立てこもっていると思しき部屋まで走っていくノエル。
手摺は崩れ落ち、今にも床すら落ちそうなその部屋の前の通路に、レイダーは3人。そしてドアの向こうでレーザーマスケットを構える、先程のミニッツメン。その緊迫した状況で、ノエルは忍び足でレイダーの集団に近づくと―――
「えいっ」
完全に不意を付く形で、どん、とレイダーのうち、一人の体を突き飛ばした。バランスを崩したその男は吸い込まれるように、本来は手摺のあった場所を越えて、その体が何もない空間へと投げ出される。
「…………えっ?」
素っ頓狂な声を上げた男は次の瞬間、自分の状況を理解する。だがその頃には既に男ははるか階下へと落下していき、そして悲鳴をあげるにはその時間はあまりにも短かった。階下から嫌な音が響き、気配が一つ消える。
「なっ―――何しやがんだ、テメエ!」
仲間の一人を失ったことに激昂したレイダー二人がノエルに向き直り、手にした拳銃を突きつけ、そしてバットを振りかぶる。
どちらも当然当たればただではすまない凶器であり、対してノエルは男を突き飛ばす際に、レーザーマスケットもシシケバブも収納していたので丸腰である。
だが銃弾もバットも、ノエルを傷つけることはなかった。拳銃を持ったレイダーはその弾丸を放つこともなく、灰となって消える。ドアの奥のミニッツメンが放ったレーザーが、男を消し飛ばしていたのだ。
そしてもう一つ、振り下ろされたバットがノエルに当たらなかった理由は。
「まったく。ノエル様、私は無理をなさらないようにと申し上げたはずですよ」
コズワースの回転鋸が、器用にそのバットを受け止めていた。わざわざ鋸を回転させ、バットが鋸に食い込み、抜けなくなるような細工までして。
コズワースの叱責に小さく舌を出すと、ノエルはレイダーから奪い取った拳銃をPip-Boyから取り出した。それを男の額に突きつけると、ひとつ言葉を投げかける。
「ゲーム・オーバーね、レイダーさん」
投げかけたのは言葉だけでなく、火薬の音と鉛の弾をセットにして。放たれた弾丸は当たり前のように男の額に穴を開け、赤い花を咲かせた。
遅れて、男が地面に倒れるドサ、と言う音。その音を最後に、博物館の中に静寂が訪れる。
「あは、また助けられちゃった。ゴメンねコズワース、ありがと」
「私の温度センサーが数度下がったような気がしました。以後気をつけてください、ノエル様」
緊張感の感じられぬ口振りのノエルと、独特の言い回しで心配を伝えるコズワース。そうしてその会話も落ち着いたところで、ノエルは拳銃を収納してミニッツメンの元へと歩いていく。
「間に合ったみたいね、大丈夫?」
「やれやれ、誰かは知らないが、タイミングが完璧だったな」
安堵のため息を漏らしながら、ミニッツメンの男がノエルへと言葉を返す。
「俺はプレストン・ガービー。コモンウェルス・ミニッツメンだ」
[クエストがアップデートされました:When Freedom Calls]
・[完了]自由博物館の中のレイダーを一掃し、ミニッツメンの男と話す
・外のレイダーを撃退する手段を探す
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むいかめ:レイダー撃退作戦
「俺はプレストン・ガービー。コモンウェルス・ミニッツメンだ」
ガービー。男の口から出たその名前は、コズワースと出会う前にノエルが口にした名前と同じものであった。それは本来ならば主人公たるノーラが助けるはずの人間なのだが、ノーラ本人の気まぐれなのかそうはならず、今こうしてノエルに自己紹介をしている。
「アタシはノエル、ただの通りすがりよ。で、こっちはコズワース。訳あってね、ちょっと人を探してるの」
「お初にお目にかかります、プレストン様」
恭しく会釈するコズワースに若干面食らいながらも、二人へと会釈を返すガービー。
「あ、ああ、よろしく頼む。……しかし人探しか、本当ならぜひとも君の手助けをしてやりたいんだが」
ご覧の通りここは少々混乱状態でね、と、肩をすくめるガービー。その言葉にノエルは頷き、ガービーへと同調の言葉を返す。
「そりゃそうよね。実質戦えるの、今はキミだけみたいじゃない。それであの数のレイダー相手なんだし、仕方ないわよ」
「そうだな、一ヶ月前は仲間が二十人いた。昨日は八人で、今じゃ五人だ」
ガービーの他には、先程からずっとターミナルと格闘している男と、若い男女二人。それに老婆が一人で、合計5人。まったく頼りにならなくて申し訳ない、と謝罪を口にするガービーに、ノエルは首を横に振った。
「気にしないで。アタシの故郷の諺なんだけど、 袖振り合うも多少のエールって言う言葉があってね。手伝うわよ、あいつらの撃退」
どことなく子細のおかしい言葉であったが、それはガービーにとっては願ってもない言葉だったのだろう。驚きに目を見張りながらも、ガービーが口を開く。
「それは……有難い申し出だが、いいのか?ノエル、あんたにメリットなんて全くないことだぞ」
「デメリットはあるわよ、ガービー。ここでほったらかしなんかにしたら、寝覚めが悪いじゃない」
あっさりと言ってのけるノエルを目にしたガービーは一度深く息を吸い込み、それをゆっくりと吐いた。
「―――有難う。本当に気にかけてくれる人との出会いに、感謝しよう」
「お言葉ですがプレストン様、安心なさるのはまだ早いのではないでしょうか。状況は落ち着いておりますが、外のレイダーもそう長くは待ってはいないのではないかと」
コズワースはガービーに、何かいいアイディアはないのか、と言外に問いかけている。それを察したガービーは小さく頷いて、こう切り出した。
「一ついい考えがある。スタージェス、教えてやってくれ」
ガービーの言葉に反応したのは、傍らでターミナルと格闘していた男だった。その手を止めて、ノエルたちの側に向き直る。
「屋上に墜落したベルチバードがある。昔ながらの戦前のやつだ。それの乗客がかなり楽しい代物を置いて行ったようでね」
この勿体つけたような口調は、彼、スタージェスの普段の口振りなのだろう。そのまま淀みなく話を続ける。
「チェリーT-45パワーアーマー、軍の支給品だ。それにそのベルチバードにはミニガンが載っていてな、それらさえあればレイダーたちに地獄までの特急券をやれる」
それはゲームでノエルが辿ってきた道なので、当然、それがその場に存在するのはノエルも知っていることである。言葉を返さずにいると、その代わりに問いを投げたのはコズワースであった。
「それだけ完璧な案があるのに実行していないと言うのは、理解に苦しむことですね。何か障害でも?」
「そんなに丸いのに、なかなか鋭いな、コズワース……だったか?そう、そいつには一つ問題があってね」
スタージェスの若干の皮肉げな口調にも、コズワースはセンサーの色を変えることはなかった。だがその代わりに、スタージェスの言葉に反応を返したのはノエルである。
「勿体つけずに教えなさいよ。コズワースにお茶目なジョーク言っていいのは、アタシだけなんだから」
「承諾した覚えはありませんよ、ノエル様?」
目の前の一人と一体のやり取りがツボにでも入ったのか、スタージェスは小さく笑みを浮かべる。分かった分かった、とノエルの言葉に同意を返して、スタージェスは続けた。
「スーツに燃料がないんだ。恐らく100年は空っぽのままだ」
全く難儀なもんだ、とため息をつくスタージェスに向けて、やおらノエルは胸を張った。主張したかった部分はほぼ平坦であったが、代わりに頭の後ろでポニーテールの赤毛が揺れる。
「ふふん、それならもう解決ね、スタージェス。必要なのはこれでしょ、これ」
ノエルがPip-Boyに触れて、そこから取り出したのは。鍵のかかった扉の奥で手に入れたフュージョン・コア。これこそが、スタージェスの言う燃料であった。驚きの表情を浮かべたのはスタージェスだけでなく、ガービーも。そうしてコズワースもセンサーアイを見開いていた。
「いつの間にそんな物をお持ちになっていたのですか、ノエル様」
「さっきの野暮用よ。なんとなく必要になるんじゃないかなと思って」
コロコロと手の中でフュージョン・コアを転がすノエル。それを見たスタージェスとガービーは、驚きの表情からしてやったりと言わんばかりの笑みに変わっていく。
「グレイトだお嬢ちゃん!これで奴等にアツアツのシャワーを浴びせてやれる!」
「あは、いいわねそれ、面白そう。でも、それをやるのはアタシじゃないわね」
そう言ってノエルは手の中で転がしていたフュージョン・コアを、ガービーへと軽く放り投げた。そのノエルの思わぬ行動に動揺したのか、危うくコアを取り落としそうになるガービー。
「……何だって?どういうつもりなんだ、ノエル?」
「理由は二つあるわ、ガービー」
訝しげな目でノエルを見つめるガービーに、彼女は一つずつ指を立てて、諭すように話し始めた。
「まず一つ。アタシはパワーアーマーの使い方がよくわからないこと。そして、それをアタシに説明する時間はない」
至極単純な理由である。ゲームの中ではパワーアーマーの乗り込み方などは細かく描かれていても、細かい機能の使い方などは、当然ながらゲームなので解説などされない。もちろん同じ理由で、ターミナルのハッキングもノエルには理解できない。
Pip-Boyの使用法が理解できたのは、操作している姿がゲーム中で細かく描かれていたからだ。
「そしてもう一つは、アタシはミニッツメンじゃないこと」
ノエルの言葉の意味を理解できなかったガービーが、小さく首を傾げる。その様子を見て、ノエルは続けた。
「アタシは市民を守るヒーローじゃない。もちろん手助けはするけど、アタシが彼らを救うんじゃないの」
ノエルの言葉の真意に気付き始めたのか、その場の全員が沈黙する。
「本当にヒーローにならなきゃいけないのはアタシじゃなくて、ミニッツメンのプレストン・ガービーよ」
「…………ククッ」
短い沈黙の後に生まれたのは、ガービーの口から漏れる、噛み殺したような笑みだった。そうしてそれは少しずつ大きくなって、ついには抑えることもなくなっていた。
「ククッ、フフ、ハハハ―――そうか、そうだな、ノエル。……あんたが思い出させてくれなかったら、俺はその誇りを忘れたままだったかもしれない」
手の中のフュージョン・コアを、ガービーは強く握り締めた。ガービーは真っ直ぐにノエルを見据えて、そして大きく頷いて。
「やるぞ。奴等にひと泡吹かせてやろう」
そう宣言して屋上へと向かうガービーに、先程までの弱気な姿はもう見られなかった。
[クエストがアップデートされました:When Freedom Calls]
・[完了]外のレイダーを撃退する手段を探す
・[完了]プレストン・ガービーにパワーアーマーを渡す(オプション)
・博物館の外のレイダーを撃退する
[Perkがロックされました:Hacker]
・Noviceを含め、ターミナルのハッキングが出来ません
・何らかの手段でパスワードを得たターミナルにはアクセスが可能です
[Perkがロックされました:Power Armor Training]
・パワーアーマーを使用することが出来ません
・パワーアーマーの使用に長けた人物に教えを請うことにより、使用可能になります
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なのかめ:アナーキー・イン・ザ・コモンウェルス
アレはまだ出てきません。
アレとアレするのはもう少しだけ先なのじゃよ。
「やるぞ。奴等にひと泡吹かせてやろう」
そう言葉を残したガービーが屋上へと向かった後、ノエルはスタージェスに向き直った。
「スタージェス、キミは一応コレ持っといて」
そう言って、ノエルはスタージェスにレイダーから奪い取った拳銃と弾を渡す。その意図自体は理解はしたのだろうが、スタージェスの口から出る言葉はやはり若干のアイロニーを含むものであった。
「嬢ちゃんが何のためにコイツを渡したかはよく分かる。だが、俺はこういうのはてんで不向きでね。出来ればコイツを使うような事態にはなって欲しくはないね」
「分かってるわよ、人には得意不得意があるもの。それでも何もないよりは安心でしょ?―――それにさ」
そこで言葉を止めたノエルは、傍らで待機していたコズワースの球状のボディを、軽くなでるように触れて。
「万が一のときのために、コズワースもここに待機させとくから。もし突入してくるようだったら、二人で伸しちゃってあげて」
その言葉に異を唱えたのは、当のコズワース本人であった。
「ノエル様、お言葉ですがそれは、」
「んーん、よーく聞いて、コズワース」
だが、コズワースの反論を途中で遮るようにノエルが言葉をかぶせる。
「今回は撃ち合いがほとんどになるわ。キミの事を頼りにしてないわけじゃないけど、キミはリーチの長い攻撃手段を持ってないでしょ?」
「ノエル様の仰る通りでは、ございますが」
なおも納得がいかない様子のコズワースに、ノエルはもう一度、諭すように言った。
「それにね、万が一アタシとガービーに何かあったら、後はもうスタージェスとキミしかいないの。…ね?」
「――――そこまで仰るのであれば、従いましょう。ですがノエル様方に危険を感じたら、その際は勝手ながら助力をさせていただきます」
食い下がるコズワースに、そこが妥協点と判断したのだろう。ノエルは頷いて、もう一度コズワースのボディを撫でた。
「そうね、やばそうだったら大声で助け呼ぶわ。ちゃんと聞いててよ?」
茶化すような口振りは、要らぬ心配をさせぬためのノエルのささやかな気遣いであろう。だがそんな言葉とは裏腹に、ノエルはいつになく真剣な顔つきであった。
(この後の展開を考えると、今コズワースを外に連れてくのはちょっと危ないわよね)
ゲームの中で起きた展開がこの世界でも必ず起きるとは、ノエルは思っていない。それでもゲームと同じ展開になる可能性は、もちろんゼロではない。ノエルの知っているこの後の『展開』は、警戒するに十分なものであった。
ガービーの援護に向かうため、ノエルがPip-Boyからレーザーマスケットを取り出したタイミングで、にわかに外が騒がしくなる。それは気の立ったような人間の声と、散発的な火薬の音。
「始まったみたいね。んじゃ、行ってくるわ」
クランクを回転させながらバルコニーへと向かうノエルの背に、二つの声が重なった。
「―――どうかご無事で、ノエル様」
「戻ってきたらいい物やるからな、そいつを受け取るまで死ぬんじゃないぞ、嬢ちゃん」
ノエルの楽しみは、一つ増えた。
扉を開き、外のバルコニーに出た瞬間に身を屈め、辺りの状況を確認する。ノエルの視界で見える範囲には、レイダーは五人。
左手の建物の屋上に一人、その階下に一人。あとの三人は正面の道路、土嚢や廃棄された車の陰にいる。そうして彼らの銃口は一様に、ノエルにではなくその左上、ガービーのいる屋上に向いている。ノエルのいるバルコニーからは屋上のガービーの様子は見えなかったが、重い足音が響き、それがノエルに無事を伝える。
「んじゃあ、まずはアタシから……」
ノエルが狙いをつけたのは、左手の建物、屋上のレイダー。一番狙いやすい位置と言うこともあるが、理由はそれだけにとどまらず。そのレイダーが手にしていた武器が拳銃ではなく、それよりも威力の高そうに見える―――ライフルであったから。
ノエルは構えたレーザーマスケットを慎重に動かし、より精密に狙いを定める。スコープも付いていないその武器は正直なところ、狙撃と言う行為には不向きのものである。
「今のうちに、銃に慣れとかないとだからね……」
実のところ、ノエルは銃器の扱いがそれほど得意ではない。彼女に与えられたSPECIALの値自体は、銃器への適性を窺わせるものであった。ただしそれは、彼女が元の世界で銃器を好んで使用していたらの話である。
慣れない道具は得意でない、至極簡単な理屈である。が、慣れなくとも潜在的な適性はあるのも間違いなく。
「ッ―――――!!」
息を止めて手ブレを抑え、狙いを定めたレイダーに向けて、光の矢を放つ。距離はおよそ20メートル。スコープなしで放ったその光の矢は、見事にレイダーの右肩を貫いた。
「っ……がァ、ッ!」
一瞬の間の後に、風に流れて苦悶の声が聞こえる。見ればそのレイダーの右肩は、とてもライフルを構えることなどできないほど酷く焼け爛れていた。
「あは、アタシって意外とやるじゃない!」
上機嫌に自画自賛の言葉を口にしながら、レーザーマスケットのクランクを回し、再びエネルギーを充填するノエル。
そうして屋根上のレイダーを無力化したことに気付いたのであろう。ノエルの頭上から間断のない炸裂音が響き、それは路上のレイダーに鉛の雨を降らせる。言うまでもなく、それはガービーの放つミニガンの弾であった。
だがその弾は土嚢や放置された廃車に阻まれ、レイダーたちを傷つけるには至っていない。強力な火器にわざわざ己の身を晒すほど、レイダーたちも愚かではない。
だが、そんなレイダーたちよりも一枚上手だったのは、ガービーの方であった。レイダーが遮蔽物を利用して身を隠していることを悟れば、その射線をレイダーから離し、レイダーの傍にあった廃車に向けてシャワーを浴びせる。
鉛の雨は廃車に穴を空け、廃車は炎を吹き上げ、そこから数秒とおかずに大きな爆発を引き起こす。その爆発に巻き込まれた二人のレイダーは、この世界からその存在が消し飛んだ。悲鳴をあげるどころか、自身に何が起こったかを認識する間すらなく。
「さっすがガービー!よぉっし、アタシも負けてらんないわ!」
派手な爆発に高揚したノエルは、階下のレイダーに近づくため、バルコニーから身を躍らせた。もちろんそこは三階であり、高さにしておよそ8メートルほどはあろうか。そんなところから落下すれば、当然ながら生身の人間であれば大怪我は免れない。
だが、ノエルには考えがあった。その考えを実践するため、限界までチャージしたレーザーマスケットの銃口が彼女の足元、即ち真下に向いている。重力に従い地面に近づいていくノエルは、半分ほどの距離を落下した時点で『地面に向けて』そのレーザーを解き放った。
重い音と共に反動がノエルに伝わり、そしてその反動はごく僅かではあるが、確実に彼女の落下速度を緩めて。
もちろん完璧な着地などは望めず、バランスを崩して地面に転がるノエルであったが、結果として彼女は彼女のLuckに救われたのか、無傷であった。
「わお、今日のアタシ絶好調!さっすがおとめ座、今週の運勢一位なだけあるわ!」
既にこの世界では廃れているであろう、星座占い。『今週』の適用も怪しいところではあったが、気にするべきはそこではなく。身を起こした彼女に迫る危機は、無力化したと思った上空からである。
「食らいやがれ、ビッチがッ!!」
それは、最初にノエルが狙撃した屋上のレイダーであった。焼け爛れた右肩こそ当然そのままであったが、無事な左の腕でノエルに向けて投げ放たれる、グレネード。それはさすがにノエルの顔色を変えさせるには十分であった。
「あっ、…………ヤッバぁ」
辺りに遮蔽物となる物はない。立ち上がって離れるのも間に合わない。爆発すれば当然致命傷であろう。
効果的な策を見出だせず、それでも生存本能に突き動かされ、その場を離れようと立ち上がったノエル。その彼女を再び地面に転がすように、強い衝撃が襲う。
―――だが、その衝撃はグレネードの爆発ではなかった。上空から落下した大きな黒い塊が生み出した衝撃は、地面に大きな窪みを生み出し、そしてそのついでにノエルに尻餅をつかせた。
直後、ノエルの視線の先、その黒い塊の向こうで、レイダーの投げはなったグレネードが炸裂する。それはより大きな衝撃となって黒い塊を襲うが、それは全く微動だにしなかった。
金属で出来た巨大な人の形をした影。バケツを逆さにしたような形状の頭部。
チェリーT-45、パワーアーマー。それこそが落下してきた物体の正体。そうしてそれを着用している人物など、この場には一人しかいない。
「ガービー!」
「なんてムチャクチャなことをするんだ。……だが、借りは一つ返したぞ、ノエル」
アーマーの中のガービーの顔は見えなかったが、ノエルにはその表情が容易に想像できた。すなわち、それは笑顔。
グレネードの爆発の直撃を受けたはずのパワーアーマーは、表面の装甲板に多くの傷や凹みが付いていたが、そのどれもが致命的な損傷とは程遠いものであった。
ガービーは視線と銃口を屋上のレイダーに向けると、屋内での言葉通りに5mmのシャワーを浴びせる。瞬きほどの時間の間に、その熱いシャワーはレイダーの体に良好な通気性を持たせた。
「……うわ、強烈」
距離が離れていてはっきり見えなかったのか、ノエルの呻き声は比較的軽いもので。近場に残るレイダーは屋内の一人と路上の一人のみ。
その二人を殲滅しようと、ガービーがミニガンを、そしてノエルがレーザーマスケットを構えた瞬間。通りのはるか奥で爆音と、大きな土煙が上がる。
その土煙の向こうに、決して人間ではない巨大な異形の影がひとつ、蠢いていた。
[クエストがアップデートされました:When Freedom Calls]
・残ったレイダーを殲滅する
・○○○○○を倒す
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ようかめ:死の爪
チート戦法は使わなかったよ!あんまりにもアレだから!
でもデス様の強さをいまいち書ききれてない私。
……あと書き溜めてたストックなくなりました。てへ。
大きな土煙と爆音は、その場にいた全員の注目を集めた。ノエルたちと退治している二人のレイダーはもちろん、奥に控えていたレイダーたちの第二陣すらも、その土煙に向き直り、手にした得物を向ける。
土煙が風に流れ消え、その場に現れた巨大な影。皮膚は鰐のそれのように、ひび割れたような鱗板に包まれて。頭から生える二本の角は、凶悪なカーブを描いて湾曲しており。
そして何より特筆すべきなのは、その両手に備わった爪。スレッジハンマーの頭部ほどの大きさの爪が五本。それが左右で計十本。そしてその爪は、異形の名前でもあった。
ウェイストランド最強と恐れられた生物、デスクロー。突然の闖入者に、レイダーたちはおろか、ガービーすらも驚愕を隠せなかった。
「デスクローだと……!?一体何だってこんな所に……!」
レイダーたちは攻撃目標をデスクローへと切り替え、各々手にしていた銃で一斉に攻撃を仕掛ける。ノエルたちと対峙していた二人のレイダーも、彼女たちの視線がデスクローへと向いた隙にそこから離れ、デスクローへの攻撃に回っている。
そんな驚愕の中たった一人、ノエルだけがこの事態を冷静に把握していた。
(あちゃー、やっぱり出てきちゃったか……)
内心で頭を抱えるノエル。これこそが、コズワースをこの場に立たせなかった理由である。ゲーム内では主人公がパワーアーマーを着用し、なおかつその仲間は不死身であるので緊張感は若干薄いが、それはあくまでゲームの中の話。
パワーアーマーを着たガービーは、その爪を受けてもしばらくは耐えられるのであろうが、ことコズワースはそういうわけにもいかない。もちろん、大した防具を持たないノエル自身もそれは同じことである。
「ガービー!……やるわよ!」
「……ッフ、市民のヒーロー、ミニッツメン復活の第一戦を、まさかデスクローと戦ることになるとはな」
鼓舞するように投げかけたノエルの言葉を受けて、ガービーは皮肉げなジョークを返す。それは悲嘆や恐怖から来た言葉ではなく、ガービーの勇気が生み出した言葉であった。
その間にもレイダーたちは一斉に銃撃を続けていたが、低い唸り声と共にデスクローが跳び、手近なレイダーにその爪を振るう。その爪はレイダーの体を紙屑のように引き裂いて、地面にゴミの山を築いた。
「ったくなんて爪持ってんのよ、ウルヴァリンか、っての!」
悪態を吐きながらクランクを回し、レーザーマスケットにエネルギーを充填するノエル。レイダーたちの銃弾は確実にデスクローを捉えていたが、それは目に見えるほどの効果はなく。反撃とばかりに繰り出される爪で、銃声の数が一つ、二つと減っていく。
ノエルたちの位置から、およそ50メートルほど。人間よりも的は大きいとは言え、その動きは速く、そして大きい。
安全なその場からの狙撃を諦めたノエルは、目立たぬように物陰を使って、デスクローへと近づく。どの道このデスクローを狩らない限りは、スタージェスら入植者の命はないに等しいのだから。
「この距離なら……!」
土嚢の影に屈み、レイダーを引き裂くデスクローに狙いを定めるノエル。距離は15メートルほどか、デスクローが大きく爪を振った後の隙をつくために、息を潜めてじっとそのタイミングを窺っている。遅れてたどり着いたガービーは、ノエルとは反対側に積まれた土嚢の影に。ノエルが仕掛けた後の陽動に出る算段であろう。
そしてデスクローが最後のレイダーを生ゴミに変えた瞬間、その時は訪れた。
極限まで気配を殺し、軽口すらもなくノエルが放った深紅の光線は、見事にデスクローの頭部に吸い込まれるように命中し、その巨体が大きく仰け反る。
「ビンゴっ!」
完璧な結果にテンションが上がり、思わず歓喜の声を上げるノエル。
だが、それはぬか喜びだった。大きく仰け反ったデスクローはすぐに持ち直し、そしてその衝撃が来た方向に向き直る。それはすなわち、ノエルのいる方に。
大きな角は拉げ、恐らくは目も片方は焼け潰れていたが、残る一つの目には自分を傷つけた者、すなわちノエルへの強い敵意が輝いていた。
「うっそぉ……なんて頑丈さなの、フルチャージのレーザーマスケット、ヘッドショットよ!?」
「怯むな、次は俺がやる」
そうノエルに言い残し、ガービーはデスクローへとミニガンを向け、5mmの雨を叩きつける。だがその雨は強固な鱗板に阻まれて、有効なダメージを与えるには至っていない。さらに言うならば、その視線はノエルの側から離れてもいない。それほど痛くもない5mm弾よりも、不意打ちとはいえダメージを与えたノエルに警戒心を抱くのは当然であろうか。
「うっわ、ヘイトアタシに向いてんじゃない……」
苦い顔をしながら、ノエルは再びクランクを回し、エネルギーを充填する。デスクローが彼女の側を振り向いたおかげで的は大きくなり、狙いをつけるのは容易になった。とはいえ外すと隙を晒すことになると思ったのだろう、ノエルはその狙いを頭部から胴体へと変えて光線を放つ。
その考えは正解でもあり、そして失敗でもあった。狙い通りに光の矢はデスクローの胴体を射抜くもダメージは浅く、表面の鱗板を焦がすのみ。それでもデスクローにとっては痛みもあったのだろう。ドスンと大きな音を立てて、その足が一歩、ノエルのほうに踏み出される。
「っ、……こりゃちょっとまずいかも」
そこからの動きは速かった。デスクローの踏み出した一歩はすぐに走りとなって、ノエルへと襲い掛かる。接近してくる相手に向けて、レーザーマスケットは役に立たないと判断したノエルはPip-Boyを操作し、それを収納する。
(間に合ってよ……お願いだから!)
そうしてデスクローがノエルに向けて飛び掛るのと、ノエルがPip-Boyからシシケバブを取り出すのはほぼ同時だった。迫る死の爪が彼女に触れる寸前で、炎の刃に弾かれて止まった。
だが質量も勢いも乗ったその爪を受け止めるには、ノエルの体格ではあまりに無理な話であった。直撃こそしなかったものの大きく弾き飛ばされ、背後の車にしたたかに体を打ちつける。
「―――ッ!」
肺から空気が絞り出され、痛みは声にならなかった。だが痛みはあれど、外傷はない。もっとも凶悪な爪の一撃は、しっかりとその炎の刃で防いでおり、咳き込みながらもすぐに立ち上がる。
「くそっ、―――これでも食らえ、化け物!」
立ち上がるノエルを見て安堵するよりも先にガービーが選んだのは、その報復であった。すぐ近くまで迫ったデスクローの顔面めがけて、再度ミニガンを放つ。ダメージを受けた頭部へのダメ押しは効果があったのだろう、デスクローはよろめきながら一歩後ずさり、弾丸から身を守るようにその凶悪な手で顔を覆う。
その爪の奥から覗くぞっとするような視線が、今度はガービーの姿を捉えた。
「ガービーっ!!」
ノエルがそう叫ぶのと同時に、デスクローはガービーめがけて飛びかかった。とっさの事態に反応できず、その爪がパワーアーマーに深く食い込む。パワーアーマーにて筋力を強化された成人男性と言えど、不意を突かれた上でその質量を受け止めることは出来ず、地面に押し倒される。もちろんその一撃だけで致命傷とはなりえないが、極めて危険な状況ではある。
そうしてその状況は、ノエルにある一つの覚悟をさせるには十分であった。
(見られたらまずいと思ったけど……四の五の言ってられないわ)
立ち上がったノエルがシシケバブを横に構える間に、デスクローは倒れたガービーの頭部を噛み砕かんと、その口を大きく開いた。拳を振り上げ抵抗するガービーの耳に、謡うようなノエルの言葉が聞こえる。
「流れ星に背を向けて―――」
ノエルの構えたシシケバブの刀身が、シシケバブ自体が生み出す炎の他にもう一つ輝きを放つ。それは、ノエルが生み出したもう一つの炎。
「祈る両手の指を―――」
その輝きがさらに強まり、そうしてそれはデスクローの目にも届いたのだろう。ガービーへの攻撃すらも止め、ノエルの側を振り向く。
だがそれは、あまりにも遅い。
「ひとつずつ―――解いてッ!!」
言葉と共にノエルが横薙ぎに振り抜いたシシケバブ は、まるでレーザーのように輝く炎の刃を、振り向いたデスクローへと放った。
[クエストがアップデートされました:When Freedom Calls]
・[完了]残ったレイダーを殲滅する
・デスクローを倒す
[Perkを取得しました:Fireblade ランク1]
・シシケバブを装備した状態でパワーアタックかV.A.T.S.を使用することにより、炎の刃を射出することが出来ます
・有効距離は5メートルで、使用回数はPyrokinesisの使用回数に依存します
・使用後は2時間の間、APの自然回復速度が50%減少します。この間はFireblade、Pyrokinesisを使用することが出来ません
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ここのかめ:勝利の凱旋
でもわたしがその強さをうまく書ききれないんだ。
ちょっとした理由で、近々昔の映画を見直す必要が出てきました。
DVD買おうかな。
橙色に輝く炎の刃は、俊敏なデスクローでさえ避ける間もなく、その胴体へと真っ直ぐに突き刺さった。それは自身の爪にも劣らぬ深い裂傷を刻み、さらに炎がその傷口を焼き焦がす。
たまらず苦悶の唸りをあげるデスクローへと迫ったのは、地面に伏したガービーの拳であった。不利な体勢とはいえ、パワーアーマーにて強化された筋力から放たれる一撃は、大きく手傷を負ったデスクローを弾き飛ばすには十分なもので、ガービーの体を抑えていた拘束が外れる。
「ガービー……無事、ッ?」
ミニガンを片手に立ち上がるガービーに向けて、息切れしながらも問いかけるノエル。その問いに答えるガービーの言葉は、明確に戸惑いの色の見えるものであった。
「あ、ああ、問題ない。……だがノエル、あんたは―――」
ガービーの言葉を、ノエルは真っ直ぐ掌をガービーに向けて遮った。
「まだよ。―――まだ終わってない」
言葉通り、デスクローの苦悶の唸り声は怒りの咆哮となって二人の耳へと届く。だがその傷はあまりにも大きく、そして痛みからなのだろう、その動きは緩慢になっており、地上最強の生物の面影は影を潜めていた。
「……そうだな。話はコイツを片付けてから聞かせてもらおう」
構えたミニガンが高速で回転する音を聴きつけたデスクローが、その音の主、すなわちガービーを無力化するために身を起こす。
だがそれはあまりにも遅く、そうしてそれは無防備だった。ミニガンから放たれる5mmの雨の目指す場所。それはノエルが作り出した、大きな傷という弱点へ吸い込まれる。
強固な鱗板を失ったその胴を弾丸が蹂躙すれば、咆哮は弱弱しくなっていき、やがて聞こえなくなり。たっぷりと弾を吐き出したミニガンの回転が止まるのと同時に地面に崩れ落ち、死の爪はそれ自身が死を迎えることとなった。
たっぷり一分ほど、二人はそれぞれの武器を構え、その死骸へ向けたまま。それがもう二度と動かないことを確信すると、二人して大きく息を吐いた。
「あ~~~~~~~、っぶなかった!!!」
まるで勝鬨のような大声を上げたのはノエルである。だがその口から零れるのは、緊張が吹き飛んだかのような気の抜けた意味合いで、それを耳にしたガービーからは、笑い声が生まれる。
「ハッハ、そうだな。出来ればそう何度もやりたくはない経験だった」
ひとしきり笑った後にガービーに生まれるのは、先の疑問であった。ノエルの見せたあの摩訶不思議な一撃を、ガービーはどうしても理解することが出来なかったのだ。
「……なぁ、ノエル。一つ訊いておきたいことがあるんだが」
「やっぱり、そりゃそうよねぇ」
ガービーが疑問を投げかけるより前に、ノエルは一人納得している様子であった。彼の前であの手段をとった時点で、そういう疑問をぶつけられるのは当然だと思っていたからだ。
「当ててみましょうか、キミの疑問。『アンタは何者だ』か、『今のは一体なんだったんだ』。あるいはその両方。違う?」
「そうだなノエル、アンタの言う通りだ。どちらかと言うと、前者の方が気になるがな。なぜ入植者たちのことを知っていたのか、思えば不思議なことばかりだ」
ガービーのストレートな疑問に、ノエルは頷いた。そうして逆にノエルは、ガービーへと聞き返す。
「すっごく突拍子もない話になるけど、信じてくれる?」
「聞いてみないことにはな。ただ、アンタは無用な嘘をつくタイプには見えない」
ガービーにその意図はなかったにせよ、それはささやかな牽制となってノエルに届く。しばし迷った後に、ノエルは逆にガービーへと問いを返した。
「ガービー、ゼータ星人って知ってる?」
この世界において、荒唐無稽な話の代名詞とも言えるその宇宙人の話題に、思わず顔をしかめるガービー。
「何だって、ゼータ星人?おいノエル、緊張が抜けたのは分かるが、そんな与太話に付き合うつもりは………」
「いやいや、アタシがゼータ星人だなんて言ってるわけじゃないわよガービー。ただ、それくらい突拍子もない話だってこと」
与太話とガービーは言ったが、実はゼータ星人自体はこの世界には実在している。宇宙船が墜落したり、あるいは宇宙人に拐われたりした事実は数例ではあるが、ある。
だが重要なのはゼータ星人の存在の有無ではなく、ノエルの話。小さな首肯にてノエルに先を促すと、ノエルも頷き返し、続ける。
「本当に突拍子もなくて、キミにとっては多分、おとぎ話のような話よ。―――アタシはね、こことは違う別の世界から来たの」
「おいおい、ノエル。いくら何でもそれは……」
一笑に付すことこそなかったが、当然のようにガービーの口から漏れたのは、否定のニュアンスであった。だがガービーの視線がノエルの表情を捉えると、その言葉が失われる。ノエルの表情は茶化した様子もなく真剣なもので、それはガービーに更なる戸惑いを与えることとなった。
「本気で言ってるのか、ノエル?」
「こんな嘘言ったところで、アタシに何のメリットもないでしょ、ガービー。それに、アタシが嘘を言ってるかどうか分かる人がいるってこと、キミは知ってるはずよ」
ノエルの言葉が、博物館の中の入植者のうちの一人を示していることに気付いたガービーは、いっそその言葉にこそ驚かされて。ヘルメットの奥に隠されてこそいたが、その表情を驚愕のそれに変える。
「なんだって?まさか、彼女はアンタに自己紹介すらしていないはずだ!」
ガービーがパワーアーマーを取りに向かって、バルコニーからノエルが現れるまでは、ほんのわずかな時間でしかない。その間に自己紹介を済ませ、かつ『彼女』の秘密を聞くことなど、できるわけがない。
事実、ガービーの推測は間違いはないのだ。ノエルは博物館の中で会った人間は、ガービーの他にはスタージェスとしか言葉を交わしていない。まるで叫ぶようなガービーの詰問に、ノエルはあっさりと頷いた。
「そうよ、アタシがあの場で話したのはコズワースとスタージェスだけ。アタシの目的も含めて、その辺の話はせっかくだから、みんなと一緒にしましょうか?」
「……そうだな。それに、ひとまず危機が去ったことも伝えなければならないからな」
いつの間にか日は落ちて、徐々に夕闇が迫る中。二人は皆の待つ博物館へと踵を返し、歩いていった。
博物館に二人が戻ったとき、既にスタージェスたちは一階の広間に移っていた。入り口のドアを開けたときにスタージェスの銃口がノエルたちを一瞬捉えていたのは、警戒していた証なのだろう。
「ああ、お嬢ちゃん、無事だったか!それにガービーも、……ガービーだよな?随分とクールなパワーアーマーになっちまったが、無事で何よりだ!」
「デスクローの反応を検知したときは、手助けに向かうべきと思ったのですが。生憎と私のアタッチメントでは足手まといとなりそうでしたので」
ヒーローの凱旋に諸手を挙げて喜ぶスタージェスに、センサーアイを低く落として謝罪の意を伝えるコズワース。そしてその影に、若い男女が一人ずつと、老婆。ノエルはひらひらと彼らに手を振り、無事をアピールする。
「大丈夫よコズワース、こうして無事に戻ってきたんだし。―――で、少なくともこのあたりには、もうキミたちを襲うようなヤツはいないわ」
スタージェスらを安心させるように、そう口にするノエル。床に腰を下ろしていた男女のうち、女の方が、それでも不審げにノエルを見上げた。
「本当でしょうね?あたしたちを騙して、レイダーに引き渡すつもりなんじゃないでしょうね?」
「落ち着きなさいよマーシー。もしその気なら、アタシは最初からガービーの手助けなんてしなかったわよ」
その言葉に驚いたのは、マーシーと呼ばれたその女だけでなく。ガービーを除いた全ての者が、驚きの目(うち一つはセンサーアイであるが)でノエルを見つめていた。
「……なんで、あたしの名前を知ってるのよ」
「それなんだけど、ガービーには少しだけ話をしたんだけどね。突拍子もない話になるけど、聞いてくれるかしら」
ノエルは、順を追ってゆっくりと話していった。自分が他の世界の住人であること、そうして自分は元の世界へ帰るため、その手がかりとなるであろう人物、ノーラを探していること。
そのどちらもがが彼らにとっては荒唐無稽で、ゼータ星人のような与太話にしか思えず、ノエルに向けられた視線はほとんどが疑念や不審に満ちたものであった。ただ一つ、ベンチに腰を下ろした老婆の視線を除いては。
「そういうことだったのね、ぼうや。やっと分かったわ、その理由が」
「……どういうことだ、ママ・マーフィー?」
ガービーに名を呼ばれた老婆、ママ・マーフィーはゆっくりとガービーの側を向き、言葉を紡ぐ。
「今日、私は調子が良くてね。すごく見通しが良かったの。そこのコズワースちゃんがサンクチュアリからやって来たことも、はっきり見えたのよ」
「貴方の仰るとおりです、ミズ・マーフィー。私とノエル様はサンクチュアリからこちらへ来ました」
同意を返すのはコズワース。そしてそれに頷き、ママ・マーフィーはさらに続ける。
「そう。あなたを見たときにね、それははっきり見えたのよ、コズワースちゃん。それだけじゃないわ、他の誰を見ても、今日は沢山見えたの。―――でもね」
一度言葉を止めて、ママ・マーフィーは深く、深く息を吐く。たっぷり十秒ほどの沈黙の後に、彼女は短く言葉をこぼした。
「ぼうやはね、真っ白だったの。何一つ見えなかったのよ。過去も、未来も」
[クエストがアップデートされました:When Freedom Calls]
・[完了]デスクローを倒す
・ガービーたちをサンクチュアリへと案内するか、その場所を教える
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とーかめ:アウト・オブ・サイト
これ、C8はあってもよかったんじゃないかな…………
「ぼうやはね、真っ白だったの。何一つ見えなかったのよ。過去も、未来も」
「真っ白……どういうことだ?」
ママ・マーフィーの言葉の意味が理解できず、首を傾げるガービーに、彼女は言葉を続ける。
「私の『サイト』はね、過去や未来を少しだけ見ることができるの。それに…………現在でさえもね」
少し高揚したような、冗談とも本気ともつかぬその言葉の後に、彼女は静かにトーンを落として、でも、と続けた。
「でもね。ぼうやには何もなかったの。過去も、未来も。今まで『サイト』は、色んな人の未来や、過去を映してきた。ぼうやみたいに、真っ白なのは……初めて」
「どうせ薬でハイになってただけなんでしょ!この人の言葉の証明になんか、なりゃしないじゃない!」
これまでの旅程で相当に疲弊していたのだろう。傍らの女、マーシーが激昂し叫びだす。だが、その指摘は正しくもあった。そうしてその言葉に頷いたのは、当のノエル本人であった。
「そうね、証明のしようがないもの。でも代わりと言ってはなんだけど、アタシにも『サイト』と似たような力があってね」
「へえ、それであたしたちの過去でも言い当てるとでも言うの?」
苛立ちを隠さないマーシーに、お望みならね、とノエル。もちろんノエルはママ・マーフィーのような力は持っておらず、先の言葉は嘘である。
だが、さっき自らのことを話したノエルは、たった一つだけガービーにも、コズワースにすら話さなかったことがあった。そうしてそれこそが、ノエルの嘘を本当へと変える布石である。
それはすなわち、彼女がこの世界のことを知っているということ。もちろんこの世界はゲームの中だ、などということを言ってしまえば反発を招くのは必至なので、あえて隠したと言うことでもあった。だが、何にせよその隠し事は、非常に効果的に働くこととなった。
「ジュン、マーシー。息子さん……カイルのこと、お悔やみを言うわ」
「なっ……」
今度こそ本当に絶句して、マーシーと傍らの男、ジュンは目を丸くしてノエルを見つめた。ジュンの名前はともかく、その二人の子が亡くなっていることなど、そしてその子の名など、その場にいなければ、あるいは知っている者から話を聞かなければ、決して理解出来ることではない。
そしてノエルの視線は、次にガービーを捉えた。
「ガービー。ロニー・ショーは生きてるわ。キミがキャッスルを取り戻したとき、もう一度キミの前に戻ってくるわ」
「何だって……ロニー・ショーだと?歳を取ったとはいえベテランだ、彼女が戻ってくるのは有難い話だが」
今はほとんど崩壊状態のミニッツメン。その元メンバーを知る者など、それこそほぼ関係者以外にはあり得ない話である。が、当然のことながら、ノエルはミニッツメンではない。
そして今度は、ママ・マーフィーへと向き直る。
「あのね、さっきデスクローと戦ったときにさ、狂人マーフィーの真似しようかと思ったのよ。パイプ銃で頭を一発、ってやつ。けどやっぱりアタシにはムリだったわ、あれ」
本人以外は真実かどうかも分からない、ママ・マーフィーの過去の武勇伝の話。もちろんそんな話をノエルにはしていないことは、この場の全ての人間が分かっていることで。ママ・マーフィー自身も若干の驚きを隠せず、おやまあ、と零した。
「ぼうやの『サイト』は、とてもよく見えるのね。私もクインシーの時に、それだけ見えていればねぇ……」
ママ・マーフィーの悔悟するかのような言葉に、もう一つの言葉が挟まれる。それは今の今まで疑いの目でノエルの事を見ていた、マーシーだった。
「―――待ってよ、待ちなさいよ、その……ノエル。……本当にあなたは、その」
言い淀む彼女に、ノエルは小さく首を横に振って。
「信じてくれなくてもいいわよ。もちろん、信じてくれたら嬉しいけど。でも、ママ・マーフィーの言ってた、アタシとコズワースがサンクチュアリから来たって言うのは本当よ」
ノエルの打った布石は、この場の全員にノエルのことを信じさせるに、十分すぎる働きをした。最初こそ苛烈だったマーシーの態度も、今この状況になって、随分と軟化してきている。
「それにね、サンクチュアリは名前の通り、近くに大きな危険もないから。物もあんまりなくて最初は大変だけど、頑張ればきっといい場所になるわ」
ノエルの言葉に同調したのは、今まで沈黙を貫いていたスタージェスであった。
「まあ、いつまたレイダーに襲われるか分からないこのコンコードよりはいい場所だろうさ。それに物がないってのなら、そりゃあ俺の出番だろうってな」
俺は人より物を直したり作ったりするのが得意なんだ、と自慢げに胸を張るスタージェス。その様子に小さく笑みを零し、頼もしいわね、と軽口で返すノエル。
「でも、ね。―――悪いんだけど、そこに案内するのは明日の朝にしてくれたら、嬉しいかな」
ノエルの言葉の意図に気付かず、怪訝な表情を浮かべる一同。ただ一人その意を理解したコズワースのみが、ノエルの横に寄り添うように立つ。
「さすがにね、このアクションガールのノエルちゃんと言えど、……デスクローと殴りあいの後じゃ、ちょっとオーバーワーク……」
疲労。単純なれど、極めて深刻な話である。ゲームの中のノーラは何日起きたままでも、飲食をせずとも何一つ変わることがない、もはやロボットのようなタフネスであったが、これはゲームではなく、かつ、ノエルは当然ながらロボットでもない。
ゆっくりとその場に座り込むノエルを支えるように、コズワースのアームユニットが背に回る。センサーアイがノエルの様子をチェックしながら、コズワースはノエルの言葉を補足するように、言葉を重ねた。
「強い疲労を示しています。ノエル様だけでなく、あなた様方も。―――ここからサンクチュアリまではさほど遠くはないですが、この状態で夜闇の中向かうのは、いささか危険が過ぎるかと」
コズワースの意見は至極もっともなもので、誰一人として異を唱える者はいなかった。もっとも彼らとて、博物館に逃げ込んでからさほど時も経っておらず、コズワースの指摘どおりに皆が疲弊していたのであるが。
「そうだな。デスクローが徘徊していたことを知れば、そうそう他のレイダーたちもこの辺りをうろつこうとは思わんだろうさ」
一番に賛同を返したのは、ガービーであった。他のメンバーからも反対意見があがることはなく、かくして自由博物館は彼らにとって、ひと時の安らぎの場となるのであった。
静まり返った深夜。彼らがやっとのことで切望していた休息をとる中、明かりの代わりにと電源をつけていたラジオから、流麗なトラヴィスの声が響く。
「次のニュースです。連邦にはいくつかの場所で、多くの人々が集まる場所があります。ここ、ダイヤモンドシティもその一つですが、他にもグッドネイバーや、あとはVault81、バンカーヒルなどが有名ですね」
疲れから熟睡していると思われたノエルであったが、彼女の高いPerceptionのおかげか、その小さな声に反応して緩やかに目を開く。
だが、その内容が『ゲーム内』でよく聞いたものであれば、そのような反応は返さなかっただろう。半分寝ている頭で、流れるラジオにぼんやりと耳を傾ける。
「にわかには信じがたい話ですが、そんな連邦内の集落の各地で悪霊、つまりゴーストが悪さをしている、との噂が流れてきました。被害の詳細は分かりませんが、これを退治するために三人の科学者が立ち上がったようです」
「……はぁ?」
聞き違いかと思い、思わず身を起こすノエル。だが聞き違いなどではなく、そのニュースは続いていく。
「マーレイ博士、エイクロイド博士、ライミス博士の三人は、ゴースト退治の協力者を募っているそうです。もしゴーストに悩まされていたり、協力する気のある方は、ダイヤモンド・シティにある彼らの事務所を訪ねてみてください」
間違いなく、それはノエルの体験にはないニュースであった。それどころかトラヴィスの呼んだ三名の名前は、いずれもゲーム中には存在しない名前であり。
「彼らのことをなんと呼べばいいのかって?もちろんご存知でしょう……そう、Vaultbusters!」
[クエストがアップデートされました:When Freedom Calls]
・ガービーたちをサンクチュアリへと案内する
[クエストがアップデートされました:Vaultbusters???]
・3人の科学者と話す
[Pyrokinesisの使用回数がリセットされました:残り3回]
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じゅーいちにちめ:アイ・ドント・ニード・ノー・レイル
ここに至るまでに11話も使ってるんだが、これ一体完結するまでに
どれだけの時間がかかるんだろう……
考えたら負けか!
トラヴィスの語る ニュースの内容は、やはりノエルの知らないものであった。
ダイヤモンドシティ・ラジオが告げる ニュースは本来、主人公であるサバイバー、ノーラが既に経験したことを広めるような形で流れており、その大半が過去形で流れている。にも拘らずこのニュースは現在進行形であることも、ノエルの違和感に拍車をかけることとなった。
「しかもこれって……やっぱり『アレ』よねぇ」
そのニュースこそノエルは聞いたことはなかったが、その内容と酷似した話には覚えがあった。三人の科学者がゴーストを退治する話。彼女が電子と機械の国に旅をしたときに見た、映画の話。映画の中では途中で一人仲間が増えたが、おそらくそれはトラヴィスの言った『協力者』のことなのだろう。
予想だにしなかった事態にノエルが頭を抱えると、傍らでスリープモードに入っていたはずのコズワースのレンズが、ノエルの側を向く。
「いかがなさいましたか、ノエル様?」
「……コズワース、ちょっと訊いていいかしら?」
はい何なりと、と、コズワースは若干声を潜めて言葉を返した。いまだ熟睡しているガービーたちへの配慮だろう。
「昔……うん、1980年代くらいの映画とかって、ノーラさん好きだったりする?」
コズワースはしばし考えた後に、ノエルに答えた。
「はい、シルバー・シュラウドのラジオドラマもそうですが、どうも奥様は学生時代に映画研究会に入っておられたようで。クローゼットの奥に、昔の映画のホロテープを沢山お持ちでした」
だんだんとノーラの人となりが見えてきたノエルは、彼女が意外とコミカルな人物でありそうなことに小さく笑みをこぼした。
「うん、アタシも好きよバック・トゥ・ザ・フューチャーとか。そういえばコズワース、サンクチュアリでアタシのネタに合わせてくれたわよね」
「ノエル様の言葉にその意図があるとは思っておりませんでしたが、奥様に感化されたのでしょうかね、つい口をついて出てしまったようです」
その歓談に花が咲くかと思われたところで、コズワースはノエルにしかし、と切り返した。
「しかしノエル様、突然映画の話など如何なされたのですか?奥様探しになにかお役に立つのでしょうか?」
「それなんだけどねコズワース、アタシ、ちょっと怪しいなと思ってることがあるのよ」
疑問符を浮かべたコズワースに向けて、ノエルは先のラジオの内容を伝える。それを聞いたコズワースは一言、「間違いありません」と返した。
「映画そっくりの事件など、不思議な話ではありますが、事実は物語よりも奇だということなのでしょうか。ともあれ奥様であれば、むしろ喜んで向かうでしょう」
コズワースの断言はむしろ爽快なものであった。息子が行方不明のこの状況においてなお、コズワースの指摘通りの人物であるとすれば、この世界のノーラは相当にマイペースな人物である。
あるいは、既に息子、ショーンとの再開を果たしているのか。トラヴィスのニュースでは彼女がその場所に赴いた手がかりとなる話は流れていないが、今回のこのニュースが生まれたことで、ノエルはラジオの情報の速報性、正確性にささやかな疑問を持っていた。
「なかなかアレな人ね、ノーラさん。まあでも、次の目的地は決まったわね」
二人は小さく頷いて、ノエルは再び横になり、そしてコズワースはもう一度自身を省電力モードに切り替えた。
もう一眠りしたあと、サンクチュアリへガービー達を送り届ける。そうしてその後は、連邦の偉大なる緑の宝石…………ダイヤモンド・シティへ。
「ママ・マーフィーの言うことは正しかった。素敵な場所だ」
夜が明けて、一同がサンクチュアリを目にしたとき、ガービーが最初に口にした言葉はそれだった。
ノエルやコズワース、またこの場にはいないノーラなど、戦前の記憶がある者たちの感覚からすれば、素敵な場所という表現は理解しがたいものではあった。
が、彼ら入植者たちにとって、そこは間違いなく名前通りの場所、サンクチュアリであった。
状態こそ良くないが、屋根があり、寝床として十分に機能する建物。作物を育てるに適した広大な土地と、側を流れる川。そして何より、外敵の気配が感じられないこと。
それらを理解したガービーは、皆に振り返り、告げる。
「ここに落ち着いて、我が家ってやつにしようじゃないか。いいだろう、皆?」
そして、それに異を唱える者もおらず、かくしてサンクチュアリは文字通り、彼らの新しい桃源郷となることになったのだ。
「ノエル」
サンクチュアリをしばらく歩き回ったあと、ガービーは不意にノエルへと声をかけた。
「初めて会ったとき、アンタは自分の身を省みずに助けてくれたな。だからほら、こいつは……礼だ」
そう言ってガービーがノエルに差し出したものは、通貨、ボトルキャップの詰まった箱だった。
「そういうつもりで助けた訳じゃなかったんだけどね、……でも、今のアタシにはとても助かるわ」
ほぼ無一文に近いノエルにとっては、渡りに船であり。ありがとう、と礼を返しながら、その箱を受け取る。
「ああ、お嬢ちゃん。大したもんじゃないが、俺からも一つ渡したい物がある」
そう言ってスタージェスが差し出したのは、一本の瓶だった。ロケットを模したかのような特徴的な造形の瓶の中身は、青く光輝く不可思議な液体で満たされた…………
「クアンタムじゃない!!」
目にしたノエルのテンションが急に上がったことに驚きながら、スタージェスは手にした瓶を彼女に渡した。大戦の始まる数時間前に発売されたという曰くつきのレアな飲料、ヌカ・コーラ・クアンタム。
思わぬ収穫にノエルは嬉しそうな顔で瓶を揺すり、青い液体が揺れるのを楽しげに見つめている。
「ありがとうスタージェス!これ、すっごく欲しかったのよアタシ」
「そ……そんなに喜んでくれるとは思わなかった。大事に持ってた甲斐があったよ、お嬢ちゃん」
高いテンションのまま礼を言うノエルに、若干気圧されたように返事を返すスタージェス。
そもそも食料、飲料の持ち合わせが少ないノエルにとって貴重な飲料であることに間違いはないのだが、それにしてもその喜びようは、スタージェスが首を傾げるのも無理はないことであった。
「ところでノエル。喜んでいるところ申し訳ないが、できれば他にも頼みたいことがあってね」
嬉々とした表情の彼女にガービーが頼むのは、他の居住地の救助の話である。ゲーム中でもサンクチュアリに辿り着いたガービーが、ノーラに向けて同じ依頼を持ちかけるのであるが、それをこの世界ではノーラでなく、自分を助けてくれたノエルに持ちかけていた。
「うん、たぶんそう来るんじゃないかなって思ってたわ」
ノエルはガービーの言葉に頷きはしたが、しかしその口から返される答えは、否定のそれであった。
「キミが忙しいのも分かるし、できればアタシも助けたい。けどね、どうしても行かなきゃいけないところがあって」
ノエルの体験したゲームと違い、この世界はきちんと時間が流れていて、それ故にやるべきことを絞らねば、本来の目的であるノーラに追いつけるかどうかすら分からない。そう考えた彼女の謝絶の意に、ガービーはわずかに肩を落とした。
「……そうか、そうだな、ノエル。あんたにも都合があるだろう、忘れてくれ」
「ゴメンねガービー。アタシの用事が落ち着いたら、きっと手伝いに戻ってくるわ。だからそれまで、住民を守るナイトの役目は、キミに任せる」
申し訳なさげに一度頭を下げた後、その代わりにね、とノエルは前置きして。
「そのパワーアーマーはガービー、キミが使って。ほら、やっぱり民衆を守るナイトには、立派な鎧がないとね」
彼女の冗談めかした言葉に、ふ、とほんのわずかに笑い声をこぼして。だがその後にガービーの放った一言は、なかなかにパンチの効いた言葉であった。
「ノエル、あんたはとてもいい奴だ。その破滅的なジョークのセンスを除けばな」
「辛辣っ!」
コンコードに向かう前、コズワースと繰り広げたやり取りとほぼ同じように、渾身のジョークをあっさりと切って捨てられ、同様にがくりと肩を落とすノエル。
「ハハハ、そっちはデスクローみたくはいかないんだな。だがまあ、元気付けてくれたんだろう?―――ありがとう、ノエル」
真正面から感謝の言葉を向けられたのが照れくさかったのか、ノエルはガービーから目線を逸らし、小さく頬を掻いた。
「ま、まあ……どういたしまして。でも期待してるわよ、民衆を守る正義の味方、プレストン・ガービーの活躍にね」
「ああ、ラジオのニュースを賑わすくらいには活躍させてもらうさ。……そうだ、ノエル」
改めて呼びかけられたノエルが小首を傾げると、ガービーはおもむろにパワーアーマーを除装し、ノエルの前に姿を現す。生身の状態であっても、ノエルより頭一つ分は背の高いガービーがノエルを見つめると、自然、ノエルの視線もガービーの顔を向く。
「コレで最後のお別れって訳じゃないが、せっかくのあんたの旅立ちだ。こういうのはどうだ?」
軽く右手を挙げ、その掌をノエルの側に向けるガービー。その意図を理解したノエルも、同じ様に手を挙げ―――
『グッド・ラック!』
言葉と共に重なり合った掌が、晴れ上がった空に乾いた音を響かせる。
それは決してゲームでは味わうことのできない、血の通った、暖かな触れ合いだった。
[クエストを完了しました:When Freedom Calls]
[クエストがアップデートされました:TRACING "SOLE SURVIVOR"]
・コズワースと共にダイヤモンド・シティへ向かう
[クエストがアップデートされました:I WANT SOMETHING QUANTUM]
・[完了]ヌカ・コーラ・クアンタムを入手する
・ジン、ウォッカ、ウイスキー、ラム酒のいずれかを入手する
・メンタスを入手する
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じゅーににちめ:フードシーカーノエル
仕事が忙しすぎてネタが出てこないッ!!
ガービーたちと別れたノエルとコズワースは、最初に決めたとおりにコンコードを南下するルートを辿っていた。
さほど大きな事件もなく、あったとしてもコズワースが野犬に追い掛け回されたりした程度のもので、特別に何か命の危険があったわけではなかったが、問題は意外なところから出てくることとなる。
「…………ねえ、コズワース」
「如何なさいましたか、ノエル様?」
ぽつりと小さな声で名を呼ぶノエルに、コズワースは向き直り、そのセンサーアイを傾ける。おそらくそれが彼にとって、首を傾げることと同じ意味なのであろう。
「もしかして、今になって寂しいなどと言うのではないでしょうね?」
「違うわよコズワース、それは大丈夫。キミがいるもの」
茶化すようなコズワースの問いかけに、むしろカウンターのような言葉で返すノエル。まさかそんな真正面からの好意のパンチを浴びると思っていなかったコズワースは、センサーアイをくるりとノエルから背けた。
「……そ、その様なことを仰ったところでノエル様。私はきれいな水しかお渡しできませんよ」
そのあまりにもロボット離れした態度に、思わずノエルが吹き出す。
「…………たまに思うんだけどさコズワース。キミ、すっごい人間くさいとこあるわよね」
「なんと勿体無い御言葉、痛み入ります」
プログラムされたものとは思えない語彙の豊富さもそうだが、なにより単純に丁寧なだけではなく、時折顔面にバスケットボールを叩きつけるかの如く辛辣な毒を吐くところなど、どうにもノエルには彼がロボットに思えなくなってきていた。
「しかしそれはそれとして、本当に如何なされたのですか。失礼ながら、先程からあまり気分が優れぬ様子」
「それよ。アタシは今、生物として決して無視することのできない脅威に晒されているの」
かつてないほど深刻な表情のノエル。その真剣な眼差しに、コズワースは己のセンサーの感度を上昇させ、辺りを窺った。
「……脅威、ですか?ですがノエル様、センサーに外敵の存在は確認できませんし、放射能も検出されておりませんが」
「違うのよコズワース。脅威は外じゃなくて、アタシの中にあるの」
その脅威ってのはね、とノエルは前置いて、小さく息を吸い込んだ。
「おなかすいたの」
「…………」
あまりといえばあまりの言葉に、一瞬、コズワースは自身の処理能力が急激に低下したのを自覚する。もちろんそれはほんの一瞬のことで、センサーアイのシャッターを開閉する間にも回復するのではあるが。
「…………ノエル様?」
「仕方ないじゃない!あのレイダーたち、ガムドロップしか持ってなかったのよ!」
そんなノエルの言い訳の言葉は、悲しく晴れ上がった空に吸い込まれていく。
「それにガービーたちの前でご飯ちょうだいだなんて、そんなカッコ悪いこと言えるわけないじゃない」
「いっそそれだけ見栄を張ることができるノエル様に、若干の尊敬を覚えますが」
擬音にすれば『ぷんすか』の文字がもっとも似合うであろうノエルの謎の怒りと、尊敬すると言った割には限りなく棒読みだったコズワースの言葉。なんとも間の抜けた光景ではあるが、それは存外に深刻な事態ではあった。
そもそも平和な時代であれば商店が機能しており、通貨さえあればそれを食料と交換することは容易である。が、ここは平和という言葉とは最も縁がない世界である。
そんな世界で商店を営む者はよほどの酔狂な者か、でなければ外界から隔絶された安全な場所で限られた者にのみ販売をするかのどちらかである。
「それだけ元気があれば大丈夫でしょう、と言いたいところではありますが、いずれにせよ食料はある程度確保しておかねばなりませんね」
「そうよねぇ。ね、コズワース。ちょっとルートから外れるんだけど、寄り道していい?」
一刻を争うほどに急ぐ旅程ではなく(無論、早くたどり着くに越したことはないのだが)、コズワースはノエルの提案に、首肯というよりはボディを傾斜させるようなそれではあったが、ともかく肯定の意を伝える。
「構いませんが、一体何をなさるおつもりで?」
コズワースの承諾を得たノエルはその足取りを若干南東に向け、続いたコズワースの問いに答えた。
「そりゃあもちろん、ショッピングよ」
ドラムリン・ダイナーと呼ばれたその食堂は、核戦争のもたらした破壊を奇跡的に生き延び、少なくとも建物として十分機能していた。そうしてその食堂の外に二人、そして食堂の中にも二人。本来、つまりゲームの中においては、最初にノーラが訪れた段階では一触即発の空気であったところであるが、食堂の中の店主とおぼしき女はため息こそついているが、緊迫した空気は漂っていない。
それどころか、食堂の外の二人はスツールに腰掛け、中の店主に向けて注文をしているような、そんな状況。
「えっ」
その光景を見たノエルが思わず驚きの声を上げ、それに気付いたスツールの上の一人、男がノエルへと振り向いた。
「ようお嬢さん、ビジネスの話でもしにきたのか?」
「あ、うん。残念ながらキミじゃなくて、そっちのおねーさんの方だけど」
その言葉を聞いた店主と思しき女は、へえ、と気を良くしたのか、その気難しそうな顔をわずかに綻ばせた。
「お嬢ちゃんは年寄りの扱い方を心得てるわねぇ。それで?一体お嬢ちゃんは何を探しているの?」
「ごは、……ううんえっと、必要なのは食料なんだけど」
見た目の年齢で言えばおよそ20歳前後。言い回しがいささか子供っぽいのはノエル本人の性格なのだろう。口にしかけた『ごはん』という単語を飲み込んで首を振り、揺れる赤毛のポニーテール。そして目的の物を告げた彼女に言葉を返したのは、スツールの上の男の方であった。
「ハハハ、『ごはん』ときたか。そんな単語久々に聞いたぞ。なぁ、トルーディ?」
茶化すように言いながら食堂の中の女、トルーディに話を振る男。だがその言葉に返事を返したのは当のトルーディと呼ばれた女ではなく。
「うっさいわねウルフギャング。おなかのすいた乙女は気が立ってんのよ」
「おやおや。乙女にまで名を覚えてもらえるなんて、俺も有名になったもんだ。……何で知ってるんだ?」
冗談めいた言葉の後、不意に男、ウルフギャングの視線が鋭くなる。失言に気付いたノエルは内心で困った顔をしながらも表情には出さず、代わりにウルフギャングに見せ付けるように、己の左腕を前に出した。
「これよ。遠目に見たらキミ、レイダーっぽく見えたから。ちょっと調べさせてもらったわ」
「ほぉ、V.A.T.S搭載のPip-Boyか。勝手に覗き見されるのはいい気はしないが、用心なのはいいことだ」
ついでに俺の客になってくれればもっといいがね、と冗談めかしたウルフギャングの言葉。そんな自業自得の一難が去った後に言葉を発したのは、様子を静観していたコズワースであった。
「ノエル様、ともあれまずは食料の調達が最優先かと」
「あ、そうね。そういうわけでえっと、トルーディさん。商品見せてもらっていい?」
「ええ、どうぞ。あんまり上等なものは置いてないけどね。必要ならキャップだけじゃなくて、お嬢ちゃんの不要な物とトレードでもいいわよ」
そうしてトルーディの並べた商品の中から食料品をいくつか選び、その代価に、使わないバットやナイフなどの近接武器と、余ったパイプ銃を提示し、交渉は比較的スムーズに終わるのだが。
並べた商品の中にわずかな違和感を覚えたノエルは、トルーディに向けてその違和感を疑問としてぶつけた。
「ねえトルーディさん。もしかしたらなんだけどさ、少し前までこれに似た感じの立派な剣売ってなかった?」
Pip-Boyに収納していたシシケバブを取り出し、トルーディに見せると、当の彼女はああ、とあっさりノエルの質問に肯定を返した。
「ああ、それならもう売れちまったねえ。青いVaultスーツを着た、お嬢ちゃんより少し上の子が買っていったよ」
Vault。戦前に作られた大型シェルター。稼動しているものは数少なく、かつ、Vaultの外でその専用スーツを着ている人間は、さらに少ない。
そしてノエルらが足取りを追っているノーラも、Vaultに入るところからゲームでの物語は始まる。
「マダム・トルーディ。不躾ながらお尋ね致しますが、その方はどちらへ向かったか、ご存知ではありませんか?」
「目的地までは聞いていないけど、南に向かっていったようだね。あの様子だと何かを探してるようだし、やっぱりダイヤモンド・シティに向かったのかねぇ」
コズワースの問いに返されたトルーディの答えは、まさにノエルらが求めているものであり、ノエルとコズワースはそれぞれ内心で大きなガッツポーズを挙げていた。
その内心の喜びに割って入ったのは、今まで沈黙していたウルフギャングである。
「ああ、お嬢さんたちはなんだ、ダイヤモンド・シティに用事があるのか?」
だったら一つ頼まれて欲しいんだが、と、ウルフギャング。それはノエルの『知識』にはなかった話で、ノエルは首を傾げて聞き返した。
「え、アタシたちに?……引き受けるかどうかはまあ話を聞いてみてからだけど、言ってみなさいよ」
ノエルの言葉にウルフギャングは頷き、小さな包みをノエルに手渡した。
「そいつをな。ダイヤモンド・シティにいる医者、Dr.クロッカーに渡してもらいたいんだ」
[クエストがアップデートされました:The Disappearing Act-Retake]
・Dr.クロッカーに小包を渡す
[Perkを取得しました:Realist]
・すべてのS.P.E.C.I.A.L.が1上昇します
・特殊な物を除いて、飲食では体力が回復しません。また、重症を負っている場合、睡眠での体力の回復が制限されます
・一定時間ごとに食料、飲料、睡眠を取らないと、S.P.E.C.I.A.L.に制限がかかります
[読者クエストがアップデートされました:Year-End]
・今週一週間を乗り切る
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じゅーさんにちめ:知ってる世界の知らない話
もうね、書く時間もなくてね、時間が取れても疲れすぎて何も思い浮かばなくてね……
オソクナリマシタ。
ようやく『独自設定あり』のタグに触れる機会が出てきました。
そもそも宙に浮いてる人なので、こういうのもアリかなぁ、なんて。
ウルフギャングから手渡された包みは小さく、そして軽かった。ともすれば手の中に納まる程度のサイズでしかなく、中身を想像できなかったノエルは小首を傾げる。
「え、なにこれ、なんかヤバい薬とかじゃないでしょうね」
「いいや。俺は薬売りだが、そいつは俺の商売とは別の話だ。アイツは大分変わった奴だが、俺のダチでね」
ウルフギャングの言葉はノエルにとって寝耳に水で、驚きの表情を浮かべていると、それをむしろウルフギャングが不思議そうに見つめ返す。
「んん?なんだお嬢さん、Dr.クロッカーを知ってるのか?」
「え、んーん、そうじゃなくて。ドクターって言うからには医者なんでしょ、その人。キミとあんまり接点見えないなと思ってさ」
「お前さ、……今何気なく酷いこと言ってるの自覚してるか?」
ノエルの歯に衣着せない直球の言葉に、ウルフギャングは呆れ顔でため息をついて、頭を掻いた。
「……まあだが、そう思うのも無理はないか。なんつったって初見でレイダーかと思われるくらいだからな、お前……そう言えばなんて名前だっけ、お前?」
取ってつけたようなウルフギャングの質問に、今度はノエルの側が呆れたように嘆息するのであった。
「依頼する相手の名前くらい、もう少しスマートに訊きなさいよ。アタシはノエル。で、こっちはコズワース」
「コズワースと申します。ウルフギャング様、どうぞよしなに」
恭しく挨拶を返すコズワースに多少面食らいながらも、ウルフギャングは咳払いし、先の話題に戻った。
「心配なら開けてみてもいいさ。ただし、盗むんじゃないぞ」
そもそもノエル自身、包みの中身に興味があり。ウルフギャングの言葉にこれ幸いと包み紙を開けると、中に入っていたのは液体の入った注射器であった。
どう見ても先程の言葉と相反する代物が出てきたことに、ノエルは半眼でウルフギャングに問い返した。
「ウルフギャング、さっきヤバい薬とかじゃないって言ったわよね?」
「待て待て、早とちりするなノエル。そいつはアディクトールって言ってな、中毒を取り除くための薬だ」
当然、その中身がアディクトールであるかどうかなど、外見では判断できない。なのでノエルはその注射器を、Pip-Boyに収納した。
そうして所持品の中に追加された文字が『アディクトール』であることを確認すると、それをもう一度取り出して、頷く。
「そうね、確かにキミの言うとおりみたい。でもウルフギャング、どうしてこれをアタシに?」
「どうしてか、って?……そうだな、お前が『自分はお人好しです』って顔してるからかな」
彼にとって、恐らくそれは褒め言葉なのであろう。だがその言葉の対象となった当のノエル自身にはそうは聞こえなかったのか、若干の不満げな顔を見せた。
「ウルフギャング、……それ褒めてないでしょ絶対」
「ハハ、気を悪くしたなら悪かった。だがな、誰かの為に何かが出来る『お人よし』ってのは、ここ連邦じゃ失われて久しい才能なんだよ、ノエル」
荒廃した世界を生きてきたウルフギャングの言葉は、それが偽りの世界であるかどうかなどを微塵も感じさせない重さを持って、ノエルに迫る。
当然、その重さはノエルにも伝わり、ウルフギャングに返す言葉は、茶化すような口振りが大きく影を潜めた。
「……そんなに買われたら、なんか断るの申し訳なくなってくるじゃない。いいわよ、やるわ」
「そう言ってくれると思ってたぜ、助かる。もっともタダでやってもらおうってつもりもない。前金代わりにコイツをやるよ」
そう言ってウルフギャングが取り出したのは注射器ではなく、一本の瓶だった。ロケットを模したかのような特徴的な造形の瓶の中身は、青く光輝く不可思議な液体で満たされた、つい先程どこかで見た物と同じ……
「クアンタムじゃない!!」
思わぬ二本目の収穫に、ノエルの目の中に『Q』の文字が輝く。だがスタージェスの見せた気圧された感じと違い、むしろウルフギャングはその様子を見て、ニヤリと笑みを浮かべる。
「その反応は、交渉成立と解釈していいんだろうな、ノエル?」
「当然よ。おつかい一つでクアンタムがもらえるんだったら安いものだわ」
かくして交渉は成立し、ノエルは渡されたクアンタムを嬉々としてPip-Boyに収納する。その様子を見ながら、ウルフギャングは思い出したかのように手をポン、と打つと、もう一つ懐から何かを取り出した。
「あぁ、そうだノエル。もう一つだけお前に渡しときたいモノがあるんだ」
「―――え、なに。それは前金としての話、それとも依頼品の話?」
「まあ依頼品といえばそうなんだが、奴が必要なければそのまんま貰っちまってくれていいさ」
そう言って投げ渡したのは、先のアディクトールとは違い、細い筒状に象られた注射器であり。やはり中身の分からなかったノエルがPip-Boyに収納して確認すると、そこには『平和のシリンジャー』との文字が浮かんでいた。
それは特殊な銃の弾丸で、命中した者をしばらくの間沈静化させる物であったが、当然ノエルはその銃を持っておらず、弾丸としては使用できない。
「……ん、まあなんだかわかんないけど、預かっとくわ」
釈然としない様子ではあったが、ともあれノエルはそれを預かり、そしてウルフギャングは満足げに頷いた。
「オーケイ、よろしく頼むぜ、ノエル」
かくして契約は成立し、しばし休憩をした後に、ノエルとコズワースは再びダイヤモンド・シティへと向かうのであった。
「……ところで、ノエル様?」
ドラムリン・ダイナーを離れ、さらに南下するノエルとコズワース。道中他愛ない話を繰り広げた二人であったが、おもむろにコズワースが口を開くと、ノエルは歩きながら傍らのコズワースに視線を向けた。
「ん、どしたのコズワース」
「お伺いしたいのですが、一体何を飲まれているのです?」
コズワースのセンサーアイの一つは、ノエルの手にしたボトルを注視していた。ちょうどノエルの手に隠れて、ラベルなどはコズワースには見えなかったが、その答えはノエルの口から語られることとなった。
「フフーン、これよこれ。せっかくの旅なんだし、楽しくいかなきゃね」
ラベルに書かれた文字は、『グインネット・エール』。ゲーム中でも幾度となく入手する機会のある酒である。
「……もう二つほどお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか、ノエル様」
「うん、ノエルちゃんとっても気分いいから、何でも答えちゃうわよ」
そんな上機嫌な様子のノエルの言葉に、コズワースのセンサーアイのシャッターが半分閉じられ、ノエルの側を向く。まるで、人間で言うところの呆れ顔のように。
「では一つ目の質問ですが、一体どこでそのお酒を手に入れたのかと」
「さっき、トルーディさんから売ってもらったわよ」
「いつの間に!」
コズワースの驚愕はもっともで、ノエルはその酒を買うときに、わざわざコズワースの気付かないタイミングで買い、かつそれを瞬時にPip-Boyの中へと収納していた。ガービーからもらった報酬のキャップはノエルのものであるとはいえ、『家庭用』であるコズワースに見つかれば、浪費を咎められると思ったからこその行動であった。
「……で、ではもう一つの質問ですが。……ノエル様、いま何本目をお飲みですか」
「えっと……9本目、あ、いや10本目だわ」
「どれだけ飲んでいるのですか!」
10本目 、と宣言して新たな瓶を取り出したノエルのその手にアームユニットを伸ばし、コズワースはビール瓶を器用に奪い取った。
「ああっ、アタシのグインネットちゃんが!」
「これは預からせていただきます。ノエル様の健康のために、です。……さあ、残っている分も私に」
そんな殺生な、と肩を落とすノエルの表情は、これまでにないほど落胆し、そしてしょぼくれたものであった。有無を言わせぬコズワースの剣幕に負け、渋々ノエルは残ったエールもコズワースに差し出す。
かくして家庭用Mr.ハンディであるコズワースに、ノエルの健康管理という新たな仕事が生まれた。
[Perkを取得しました:Party Girl ランク4]
・アルコール中毒になりません
・アルコールの効果が倍になります
・アルコールの影響下でLuckが3増加します
・アルコールのIntelligence減少効果を無効にします
・2本まで重ねてアルコールの効果を受けることができます
・アルコールの影響下での会話中、特殊な選択肢が出ることがあります
[グインネット・エールを没収されました]
コズワースのおさけ保管数:残り11本
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14日目:もう一人の異邦人
そしてもう一人、新たな異邦人が連邦に降り立ちます。
人に空飛ばせるのが大好きなおっさんです。よろしくね。
グッドネイバー。
大きなコミュニティはいくつかあるが、その中でもこのグッドネイバーの門をくぐり、そこに根付く者たちには、ある共通点があった。
それはすなわち、他の大きなコミュニティを追われた『はみ出し者』であること。そんな場所であるからこそ、その中には悪事に手を染めた者もいる。
「そこで止まれ。このグッドネイバーに入るのは初めてだな?」
一人の男が閉ざされた扉を開き、グッドネイバーに足を踏み入れたのを見るや、中にいたスキンヘッドの男が訪問者に静止をかける。
眩い白色のスーツに身を包み、無造作に跳ねた黒の短髪。周囲の人間より頭半分ほど高く、眼光は鋭く、人相はあまりよくはない。そしてそのスーツの下に、鍛えられた体躯が見え隠れしている。
あまり真っ当な人間に見えないその訪問者は、ともあれスキンヘッドの男の言葉に従い、足を止めた。
「素直じゃねえか、いい心がけだ。ここじゃあ保険がなけりゃあ歩き回ることなんかできねえからな」
訪問者が足を止めたことを、自分に都合よく解釈したのだろう。昏い笑みを浮かべ、スキンヘッドの男が告げるその言葉を、訪問者は表情一つ変えることなく聞き返した。
「保険、ねェ。そいつァ、約款でも見せてもらえンのかナ」
「そんなモンねえよ、こいつは個人保障みたいなモンだからな。保険料はポケットの中のもの全部、そうしなきゃあ『事故』が起きるぜ。血みどろの『事故』だ」
脅すような口振りに、その訪問者はヒュウ、と口笛を吹く素振りを見せた。それまで表情らしい表情を浮かべていなかった男は、ここにきてスキンヘッドのその言葉に、若干嘲るような笑いを浮かべて、言葉を返す。
「なンだ兄ちゃん、アンタ空を飛びたかったのか、それなら話が早ェ」
「なんだって?……まあいい、その場を動くんじゃねえぞ。風通しが良くなりたくなけりゃな」
訪問者の口振りに怪訝な表情を浮かべながらも、スキンヘッドは訪問者に向けて、粗雑なライフルを向ける。が、当の訪問者は嘲るような笑い顔を楽しそうなそれに変えて、一歩スキンヘッドへと近づいた。
「遠慮すンじゃねェヨ、コイツはサービスだ。気持ち良くオネンネできるぜ」
「気でも狂ってんのか?もう『事故』は起きちまうぜ……こんな風にな!」
もう一歩近づく訪問者の額へ向けて、スキンヘッドが手にしたライフルの銃口が火を吹く。鉛の弾はそのまま訪問者の額に迫り、そこに風穴を開ける……はずだった。
通気口の代わりに生まれたのは、キュン、と言うほんの小さな音。見れば訪問者の顔の前には、彼自身の右手がかざしてあり。そうしてその掌には、そこに存在すべきもの……すなわち弾痕の一つもなかった。
「……は?」
あまりに信じがたい光景に、スキンヘッドは呆然と目を見開いて。その間にも訪問者は一歩、スキンヘッドへと近づく。
「可笑しいねェ。『事故』は起きてねェよナ?せっかく保険に加入させてもらおうかと思ったンだがヨ?」
また一歩。既に眼前に迫った訪問者へ、あわててライフルを向け直そうとするスキンヘッドだが、それはあまりに遅すぎた。
訪問者が既にそのライフルに左手を伸ばし、銃口を自身から地面へと向き直させていたからだ。
「なァ、もう一度訊くがヨ。アンタ、空を飛びたかったんだろ?」
「だから何のことだ、クソ、離せよこの!」
このとき、スキンヘッドがライフルから手を離していれば、あるいはこの先の出来事は起きなかったかもしれない。だが彼はそれに気付くには想像力が足りず、そして危険を認識するのはあまりにも遅すぎた。
「
ちら、と訪問者が呟いたのは、その奥にある店舗と思しき看板に書かれた一文で。悠長なその言葉に反応を返す者は、その場には誰もいなかった。
「……まァ、ここには相応しい言葉かも……しれねェ、ナ!!」
そして、ライフルを奪い返そうと躍起になっているスキンヘッドの顎に迫るのは、たった今銃弾を防いだ訪問者の右掌。瞬間的に左手でライフルを引き寄せて、バランスを崩したスキンヘッドの顎に綺麗に右の掌が収まると、次の瞬間に、新たに信じがたい光景が一つ追加された。
訪問者の先の言葉通り、スキンヘッドの体が『衝撃で』空を飛び、たった今読んだ看板の隣の壁に叩きつけられる。
そうして地面に落下したとき、既にスキンヘッドから戦意は消失していた。もっとも戦意だけではなく、意識も同様に沈んでいたのだが。
「お星様を見るにゃァ、ちィと低すぎたかナ?」
悪ィね、などと冗談のように呟き、左手の中に残ったライフルをくるり、と回す。地に落ちて気を失ったスキンヘッドに近づくよう、訪問者が一歩足を踏み出すと、傍らの路地より落ち着いた声が割って入った。
「まあまあ、タイムアウトだ」
その声と共に現れたのは、トリコーンと呼ばれる三角の帽子と、色あせた赤いコートに身を包んだ……おおよそ原型が分からないほど爛れた皮膚を持つ、まるで死者のような見た目の男だった。
「あんたの腕はまるでパワー・フィストで出来てるみたいだな。驚いたよ。……だがまあ、それくらいにしておいて貰えるとこちらとしても助かるんだがな」
「あァ。いい喧嘩を大バーゲンセールだって言うからつい買っちまったがヨ。どうやら不良品だったみてェだナ」
訪問者は足を止めて三角帽に向き直ると、その男の容姿には顔色ひとつ変えずに、まるで明日の天気の話でもするかのように軽く言葉を返した。
「返品は利くさ。だが、あんたのお眼鏡に適う商品は今は品切れでね。どうしてもそいつが欲しいのなら、どこか別の店を当たってみることをお勧めするよ」
「残念だねェ、掘り出し物くらいありそうな雰囲気だったんだがナ」
訪問者は両手を開き、軽く肩をすくめておどけた態度を取る。少なくともその瞬間には、先程まで漂っていた緊張感は霧散していた。
「まァだが、わざわざ止めに入るくらいだ。アンタがここのボスと見ていいのかナ。もしそうなら、名刺くらいは頂いておきてェとこだがヨ」
「これは失礼。だが失礼ついでに名刺を切らしててね。代わりに自己紹介させてもらおうか。……俺はハンコック、このグッドネイバーの市長をやってる」
三角帽は芝居がかった礼を投げ、己の名と立場を訪問者へと告げた。その役職が意外だったのか、訪問者の表情がわずかに驚きのそれに変わる。
「ほォ、まさか市長とはナ。そこの眠り姫サマのボスかと思ってたが。まさかソイツが市役所の職員サマだなんて言わねェよナ?」
「もちろん違うさ。だが市民を守るのは市長の義務でもある。……とは言え、あんたはこれ以上彼に害を及ぼす気はなさそうだ」
「ま、終わった喧嘩を蒸し返すのもつまンねェだろ」
今日はそれで終わりだ、と言わんばかりにひらひらと手を振る訪問者。ハンコックはその言葉に内心で小さく息をつきながら、三角帽を軽く持ち上げて礼を返し、そして口を開いた。
「ところでストレンジャー。こちらは自己紹介をさせてもらったが、あんたのことも教えてもらったりは出来ないかい」
「あン?……そう言やァこっちからは名乗ってもなかったかナ。ついでに出血大サービスだ、オレの目的なんかも教えたらァナ」
ハンコックに 勿体つけた口振りで承諾の意を投げて、訪問者はそこで一度言葉を切る。そうして次に訪問者が口を開いたとき、そこから出た言葉は意外なものだった。
「オレはヴェズーヴァ、強い人だ。ノエルっつー、美人だが緊張感のねェ奴を探してンだが、アンタ知らねェか?」
[クエストがアップデートされました(ヴェズーヴァ):Another Stranger]
・ノエルの行方を調べる
[Perkを取得しました(ヴェズーヴァ):Adamantium Skeleton(RightArm) ランク3]
・右腕がダメージを受けなくなります
[Perkを取得しました(ヴェズーヴァ):Chakra ランク1]
・Unarmed状態でのパワーアタックで、敵を吹き飛ばすことが出来ます
・吹き飛ばす距離は(攻撃者のStrength-防御者のEndurance)×2メートルです
・吹き飛ばされた敵が障害物にぶつかった場合、パワーアタックの50%のダメージを追加で与えます
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15日目:雲を掴んでもめげない
だいぶ脱稿が遅れました。ハイクを詠みます。
なかなかこの新しい人が難産でですね()
ヴェズーヴァと名乗る訪問者の口にした、『ノエル』というその名。名だけを見ればありふれたものであるが、そこに続けられた緊張感のない美人という表現は、本来この世界の住人ではないノエルの特徴と一致していた。
そうしてそれが彼女のことを指しているのであれば、その名を知る者というのは彼女から直接名を聞いた者か、あるいは彼女を知る者と話をした者かのどちらかであろう。
「いや、生憎と聞き覚えのない名前だな。ここを訪れる者はそう多くないし、美人とあらば尚更だ。もっとも、俺とあんたで美人の基準が違うかもしれないがね」
ハンコックは皮肉げな言葉を投げたが、その真意は揶揄するためにあるのではなく、言外にヴェズーヴァの言う『ノエル』の情報を引き出そうとすることにあり。そうしてそれに気付いたヴェズーヴァもその意を汲んで、言葉を加えた。
「そうさナ。赤毛でポニーテール、背はオレより頭一つ低い程度、ってところか。……あァ、あと一つ重大な特徴として…………」
「重大な特徴として?」
「アホほど酒を飲む」
ハンコックへ端的に告げられた『重大な特徴』は、端的に過ぎる故にハンコック自身がその意味をしばらく飲み込むことが出来ず、怪訝な表情を生み出す。それはホラー映画もかくやと言わんばかりの表情であったが、やがてその意味を正しく理解したハンコックは、恐怖感のある表情のまま、再び問い返した。
「……一応訊いておくが、その美人は酒を燃料にして動く人造人間とかじゃないよな?」
「オレが科学者なら、好物はお酒です、だなんて人造人間は作らねェヨ。燃料代で赤字になっちまわァ」
あくまで茶化した様子ではあったが、ハンコックの問いに否定を返すヴェズーヴァ。その回答でハンコックの顔に浮かんでいたホラーは影を潜めたが、それでも質問の言葉は止まることはなかった。
「まあ、道理といえば道理だな。……しかしそれだけじゃあさすがにな。もっと何か手がかりになりそうなことはないのか?」
「もっと手がかり、ねェ。ポップ・カルチャーが好きでナ、演劇や映画、あとゲームなんかも楽しんでたみてェだが」
ヴェズーヴァの補足するノエルの特徴は、平和な時代であれば特段珍しいものではないが、ことこの世界においては酔狂に過ぎるものであり。そしてそんな酔狂な人間は、当然のごとくそう多くはなく、それ故に良くも悪くも目立つのであった。
「手がかりと言えば手がかりなんだろうが、残念ながら俺の記憶の外の人間みたいだな。……だが、ポップ・カルチャーの塊みたいな奴なら、ついこの間までこの街にいたな」
「ポップ・カルチャーの塊ねェ。マイケル・ジャクソンでも踊ってたのかナ?」
「今のあんたの格好の方が、よっぽどマイケル・ジャクソンだと俺は思うがね」
皮肉めいた二人の応酬は、されどどちらも冗談と理解していたので、険悪な雰囲気を生むことはなかった。ただし、当然のことながら和やかな雰囲気ではなく、若干の緊張感がその場を支配している。
その緊張感を打ち破ったのは、ハンコックの小さな咳払いだった。
「んん。……まあ、マイケル・ジャクソンじゃあないが、この街には正義のヒーローがいてな。そいつが手がかりになるかもしれない」
「正義のヒーロー、ねェ。確かに、ノエルの嬢ちゃんが好きそうな話じゃあるが。……で、そのヒーローさんはどこにいる?」
ヴェズーヴァの問いに、しかしハンコックは素直に答えを返さなかった。ひとつ指を立てて、舌をチチチと鳴らしながら、立てたその指を左右にと振る。
「そいつを教えてやるのは吝かじゃないが、出来ればその前に、あんたに一つ頼みたいことがあるんだが」
「……あン?市長直々の頼みなんて、よそ者のオレを使わなくても、アンタの手足で何とかなンじゃねェの?」
訝しげに問い返すヴェズーヴァに、ハンコックは小さく首を横に振った。
「こんな場所だが、市長の仕事ってのは意外と多忙なもんでな。いつだって猫の手も借りたい日々さ。あんたを猫扱いすると、後で痛い目を見させられそうだがね」
いうと、ハンコックは懐から小さな布袋を取り出し、ヴェズーヴァに軽く放り投げる。それを受け取った彼の手元から、ジャラ、といささか軽い金属音が響いた。
「ま、やってくれなくても別に構わんがね。そいつは市長からの歓迎の印だ。そいつで一杯軽くひっかけてきな、話はそれからでも構わない」
ヴェズーヴァが袋の中身を改めてみれば、そこに入っていたのはボトルキャップが数十枚。酒どころか、それなりの武器すら買える程度の額であったが、ヴェズーヴァはそれを不思議そうに見つめると、怪訝な表情で問い返した。
「なァ。この辺りじゃ、コイツが金の代わりみてェなモンなのか?外でオレに喧嘩を吹っかけてきた阿呆共も、コイツを後生大事に持ってたんだがヨ」
「………あんた、一体どこから来たんだ?……いや、まあそれは今はいい。お察しの通りだよ、そいつは金だ。少なくともこの辺り、コモンウェルスではな」
この世界でもっとも一般的な通貨、ボトルキャップのことを知らない様子のヴェズーヴァに、若干目を丸くしてハンコックが答えた。
「まあとにかく、だ。そいつで酒でも飲んできな。ちょっと引っ掛けた方が、話もスムーズに行くだろう?」
「そいつァ間違いねェナ。だが……アンタは来ねェのか?」
「さっきも言ったが、市長ってのは多忙なもんでね。個人的には、あんたと一杯やるのはとても楽しそうだと思うが、残念ながらそれはもう少し後の機会になりそうだ」
名残惜しいが一旦失礼させてもらうよ、とハンコック。その背を見送るヴェズーヴァは軽く肩をすくめ、奪い取ったライフルを手の中で弄びながら、先の男をノックダウンした壁の下の店へと足を向けた。
ナイフなどの小さなものから、得体の知れないロケット砲のようなものまで無造作に置かれたその店は、キル・オア・ビー・キルドの名が示すとおり、まさに武器屋であった。ただ一つ変わったことがあるとすれば、店主と思しき者が明らかに人間ではなく、ロボットであったことか。
「見てたわよ、色男さん。きっと明日には有名人ね」
「それでなくとも、此処じゃあ余所者はすぐ有名になンじゃねェの?」
与太話を交わしながら、ヴェズーヴァは手にしたライフルをカウンターの上に置いた。短いやり取りのあと、ヴェズーヴァの手の中に数十枚のキャップが納まる。
「ところでヨ、市長サマから酒でも飲んで来いって仰せつかったんだが、肝心の酒場はどこにあんだ?」
「その路地を挟んだところよ。サードレールって看板が出てるから、すぐ分かるはずだけど」
「おゥ、サンキューねェちゃん。なんかあった時にゃァ贔屓にさせて貰わァナ」
軽い口振りで礼を述べ、ひらひらと手を振りその場を去るヴェズーヴァに、店主であるロボットは外見からはまったく分からないものの、大いに狼狽していた。
「ひ、一目で私のことを女の子と見抜いた、ですって……?」
それはもしかしたら、グッドネイバーという荒野に咲いた一輪の恋の花、なのかもしれない。
[クエストがアップデートされました(ヴェズーヴァ):Another Stranger]
・サードレールでノエル、もしくはヒーローの情報を聞く
[Perkを取得しました(ヴェズーヴァ):Lady Killer ランク4]
・敵対する相手であっても、女性からの先制攻撃を受けません
・女性のコンパニオンと一緒に行動している場合、すべてのS.P.E.C.I.A.L.が1上昇します
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16日目:ブラッド・イン・ザ・ストレージ
また来週熊本に行くので、次の更新は遅くなりそうです。
たぶん次はうん、いよいよあの人が出るかもしれません。
武器屋の店主に教えてもらった酒場は、そのサードレールと言う名の示すとおり、古びた地下鉄の駅を改修したものであった。そうして地下という言葉に表されるように、そこは淀んだ空気が支配する場所であった。
口汚い店主、ホワイトチャペル・チャーリーにいくつかのキャップを払い、代わりにヴェズーヴァが手にしたのはウイスキーのボトルとグラスを一つずつであったが、ボトルの蓋を開けると、彼はそのまま煽るようにボトルを傾けた。
「ほゥ、あんまり期待はしてなかったが、ちゃんと酒の味してンじゃねェか」
そんな飲み方をする客が珍しかったのか、それともその揶揄するような言葉が耳に入ったのか、あるいはその両方か。店内の視線が控えめにヴェズーヴァに向けられるが、当然ながら男はそれを意に介する様子もない。
ハンコックの言葉通りに『一杯やった』ヴェズーヴァに、チャーリーは独り言のように呟いた。
「そう言やぁ、倉庫整理に莫大な金を出す匿名のクライアントがいるんだがね。三箇所、中のモノ全部。誰にも目撃されずに」
あくまで独り言の体裁で、ヴェズーヴァに視線は合わせずにチャーリーは続ける。
「報酬は200キャップ。倉庫を『掃除』すれば金がもらえる、簡単だろう?」
その『独り言』は、当然ながらヴェズーヴァの耳に届いていた。もとよりカウンターをはさんだ程度の距離であったため、すでに独り言の意味を成していなかったのであるが、その意図はヴェズーヴァにも理解の及ぶものであった。
すなわち、後ろ暗い仕事であること。おおっぴらにクライアントの名を明かせない、汚れ仕事。先の地上でのハンコックの口ぶりからすると、これがその依頼ということであろうか。
随分回りくどいことをするとヴェズーヴァは苦笑いを浮かべたが、視線はチャーリーではなく、ステージの上で歌う美女に向いている。その体裁に乗っかっているような形で、ヴェズーヴァ自身も『独り言』で返す。
「面倒な力仕事を三箇所も頼む割に、200ぽっちたァナ。それじゃあバイトもなかなか見つからねェだろ。オレがボスなら一箇所につき100、計300は出すがヨ」
「あんたほどじゃあないが、少しは経済的な援助ができると思うぜ。250だ」
独り言の応酬は、存外シンプルな形で結末を迎えることとなった。すなわち、
「まァ、いいんじゃねぇノ。そこのアイラを一杯奢ってくれりゃァ、すぐに片付くだろうヨ」
交渉はチャーリーの完敗と言う形である。
その場の客のことを慮ったのか、倉庫整理、とチャーリーが暈したその仕事は、何のことはない、ハンコックの政敵の溜まり場を一掃する、早い話が殺しの仕事であった。
そうしてその倉庫のうちの一つにヴェズーヴァが忍び込むと、その場に屯しているのはレイダーよりも幾分か良い身なりの、まさにギャングと呼ぶに相応しい者たちで。突然の闖入者にも動揺することなく、素早く各々がそれぞれの得物を構える。
だが、その銃口がヴェズーヴァを捉えるより、彼が動き出す方が速かった。
彼に向けられた銃口のうち、最も近い物まで約3メートル。一瞬だけ屈むように身を低くした彼は、次の瞬間まさにその銃口の直前に現れていた。
「―――え?」
まるで電光のようなその動きに、ギャングは目を瞬かせて呆けたような表情を浮かべる。そうしてその一瞬の間は、『もう一人のギャングの』命取りとなった。
「ッヘ、遅ェヨ」
目の前のギャングにしか聞こえないほど小さな声。同時にヴェズーヴァはギャングの銃を持った腕を取り、離れた位置に居たもう一人のギャングにその腕を向けて、ほんの少し圧迫するように力を入れる。
瞬間、ギャングの意思を離れて指が丸まり、結果的に引かれた引き金が離れたギャングに向けて鉛の弾を放つ。弾丸は吸い込まれるようにギャングの額に向かい、身に着けていた帽子とともに小さな穴を空けた。
「っ、この―――!!」
階段を降りてきた三人目のギャングが手にしていたのは、サブマシンガン。腕を取ったまま無防備に背中を晒すヴェズーヴァに銃口を向けて、その体を蜂の巣にせんとトリガーを引くと、複数の乾いた破裂音と共に、鉛の雨が彼の体を引き裂く……はずだった。
だが、鉛の雨が向かう先にいたのはヴェズーヴァではなく。その腕を掴まれた最初のギャングであった。腕を掴んだままサブマシンガンの男に振り返ることで、最初のギャングを盾にしていたのだ。
「がっ―――あ」
熱いシャワーを体中に浴びたそのギャングは、小さな呻き声を残して力を失う。それを見たもう一人のギャングは、既に起きてしまった結果ではあるが狼狽して、トリガーから指を離してしまった。
そうしてそれは、その男の不運でもあった。
「ほらヨ、プレゼントだッ!」
盾として使ったギャングを、サブマシンガンのギャングへ向けて蹴り飛ばす。弾丸には劣るが、結構な勢いで迫るギャングだったものを、まだ生きているギャングは避けきれずに受け止めるような形になった。当然、ヴェズーヴァの側を向いていた銃口も、あらぬ方向を向くこととなる。
「寂しくなるねェ」
皮肉たっぷりの別れの言葉と共に身を落としたヴェズーヴァは、再びギャングの眼前に迫っていた。それは手品でも魔術でもなんでもない脚力が生み出すただの跳躍であるが、目にしたものにはとてもそうは見えず、『瞬きしたら男が目の前に居た』というようにしか思えない事象であった。
予想された速さ以上のものに反応が間に合わず、ギャングは再びヴェズーヴァにサブマシンガンを向けようとするも、それは男の顔面に向けられた掌で遮られることとなった。
「悲しいねェ、寂しくなるねェ。これでお別れなんて、ヨ」
「くそっ……離せ、この野郎!!」
ヴェズーヴァはかぶせた手で男の頭部を掴み、階段に向き直る。男はその手を振り払おうともがいていたが、彼の握力は尋常ではなく、それは意味を為さぬ抵抗であった。あるいはサブマシンガンで振り払うこともできたのかもしれないが、そこに考えが至らなかったのは、男が大いに動揺していた所為であろうか。
そしてそれは、死神の鎌が振り下ろされるには十分すぎるほどの時間であった。
「Good night」
ヴェズーヴァは短く呟くと、ギャングの足を軽く払うように引っ掛けた。バランスを崩しよろめいたところを、掴んだ頭を押し付けるようなような形で力を込めれば、自然、男はその場に倒れることになる。『階段に後頭部を叩き付けられる形』で。
ゴ、と無慈悲な音が響き、ギャングの意識はそこで途絶えた。それに一瞬遅れて、グシャ、というなにかが潰れるような音。
終わってみれば、最初に扉を開けてから一分も経たぬうちの出来事で。武装した男三人を素手で屠り、かつ傷一つ負っていないというワンサイドゲームであった。
「……うェ、暫くメシは軽いモンにすっか」
片付けるどころか、色々な物を盛大にぶちまけたヴェズーヴァは、自分で生み出した眼前の光景に、やれやれ、と頭を掻いた。無論、血に汚れていない左の手で。
残る二箇所でもあっさりゴールを奪い、ハットトリックを決めたヴェズーヴァはサードレールに戻り、再びチャーリーの前で酒を飲んでいた。報酬の250キャップとアイラウイスキーをきっちりと頂いた上で。
「そう言えばクライアントから、倉庫が片付いたら一つ教えてやってくれって頼まれたことがあったんだが」
思い出したかのように切り出すチャーリーの言葉に、ヴェズーヴァは変わらず視線はステージの上の美女に向いたまま、耳だけを傾ける。
「誰かの探してる正義のヒーローだが、そいつが現れそうな場所をクライアントが見つけたみたいだぜ」
言いながらチャーリーがカウンターに置いてあったラジオをつけると、まるでドラマのような銃声、悲鳴などのやり取りの後に、ノイズの混じった聞き取りにくい男の声がその場に響いた。
『シュラウド、生きたお友達に会いたければ、ミルトン・ジェネラル病院へ来い』
そうしてそのメッセージを最後に、再び銃声から悲鳴の流れに戻る。きっちり2周目を流した後、チャーリーはラジオを止めた。
「正義のヒーローを探してるんなら、そいつにとっちゃあ、これ以上のチャンスはないんじゃねぇか?」
「そうかもしれねェナ」
ヴェズーヴァはチャーリーの言葉に興味なさげな素振りの返事を返しつつも、グラスの中の酒を一気に喉奥へ流し込み、席を立った。
「また来らァ。次はジャパニーズを飲みにヨ」
「あるわけねぇだろ。ま、グルメのあんたに飽きられねぇよう、精々何か仕入れておくさ」
[クエストがアップデートされました(ヴェズーヴァ):Another Stranger]
・ミルトン・ジェネラル病院でシルバー・シュラウドを探す
[Perkを取得しました(ヴェズーヴァ):Party Boy ランク4]
・アルコール中毒になりません
・アルコールの効果が倍になります
・アルコールの影響下でLuckが3増加します
・アルコールのIntelligence減少効果を無効にします
・2本まで重ねてアルコールの効果を受けることができます
・アルコールの影響下での会話中、特殊な選択肢が出ることがあります
[Perkを取得しました(ヴェズーヴァ):Blitz(Non-V.A.T.S.) ランク2]
・APを使用することで、Agility分のメートルの距離を瞬時に移動することができます
・直後に出した近接攻撃のダメージが50%増加します
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17日目:シルバー・シュラウドと白い騎士 Part1
結局シュラウドさんは原作台詞をちょっと喋る程度でした。
大丈夫、大丈夫……次こそは!
悪がボストンの街中に蔓延る時、一人の男が、影の中に身を潜める。
無実なる者を守り、罪人を裁く。その守護者の名は……シルバー・シュラウド。
今回のエピソードは……
『シルバー・シュラウドと白い騎士』
ミルトン・ジェネラル病院。戦前は地域住民の生命と健康を守る砦として働いたであろうその建物は、他の建物と同じく廃墟と化していた。
あえて違うところを挙げるとするならば、他の建造物よりも強固に作られていたおかげか、破損が軽微で建物としての機能をしっかり残しているところか。
そんな病院の入り口前に立ったヴェズーヴァは、まるで不可思議なものでも見たかのように眉を顰めた。
「…………妙だナ」
彼がドアを開ける手を止めたのは、中から人の気配がほとんど感じられないからであった。ラジオであれだけ大々的に人を呼びつける素振りを見せ付けた割には、あまりに準備が足りないように思えた。
そして違和感を覚えたことはもう一つ。道中に転がっていた複数の緑色の死体である。おおよそ人とは思えない巨躯が、ここに来るまでにいくつか見受けられた。そしてそのいずれも、鉛弾の雨を受け、蜂の巣になった状態で。
「確かシルバー・シュラウドってのは、サブマシンガンが得物だったか……?」
道中のあの戦闘をシルバー・シュラウドがやったと仮定すれば、この静けさにも説明がつく。ひとまずそう結論付けたヴェズーヴァは、扉を押し開け、中へと足を進めた。
廃墟じみた外観から想像されるとおり、当然のように瓦礫が散乱しており、加えて待合室と思しきその場所のベンチには、朽ちて風化しかけた人骨が転がっている。
それだけの年月がたてば、死臭もとうに消えているはずであるが、しかしヴェズーヴァの嗅覚は、微細な異臭を感じ取った。その白骨死体からではなく、広間の片隅、開いた扉の奥に。
「……血の臭いだナ」
ほんのわずかに漂う、錆びた鉄のようなその臭いを血液のそれだと断定したヴェズーヴァは、まさにその臭いの先、開いた扉に向けて足を進める。大多数の普通の感覚を持つ人間なら近寄りがたい状況だったが、彼に躊躇などは全くなかった。
開いた扉を抜けると、鉄臭さがより深まって。エレベーターホールらしきそのスペースの中央に、レイダーの死体がひとつ転がっている。うつ伏せになって動かないその体を、ヴェズーヴァは足の先で軽く転がすようにして表に向けた。
「…………サブマシンガン、か」
全身に弾丸を浴びたとおぼしきその様子を見れば、今まで覆い隠されていた血の臭いがさらに濃密になり、その場を支配する。その臭いにげんなりした様子を見せながらもさらに死体を調べると、その側に一枚の名刺のようなものが転がっていた。
「シルバー・シュラウド。……間違いねェナ」
その名刺を指で弾いて、死体の側に戻し。ついでと言わんばかりにレイダーの服を探ると、拳銃、弾丸、キャップがそのままの状態で残されていた。
「物盗りの犯行じゃねェってことか。……まァ、正義のヒーローならそんなモンか」
だが、目の前の男は別に正義でもなんでもない。レイダーにとって既に不要となったそれらは、満場一致で(当然、議決権はヴェズーヴァにある)その所有権が移動することとなった。
そうしてひとしきり所持品を奪い取った後、ヴェズーヴァは身を起こし周囲を見回す。エレベーターホールの奥へと続く通路は、天井が崩落していて通れなくなっていた。
「いくらスーパーヒーローでも、瓦礫をすり抜けて通り抜けることは出来ねェわナ」
一人で納得したヴェズーヴァは、視界の端で明滅するエレベーターのボタンを見つける。扉の前に足を進め、ボタンを押すと、低い機械音と共にエレベーターが動き出す。しばしの間の後に音は止まり、扉が開いた。
「……動力どうなってんだコイツ」
首を傾げるも、ともかくヴェズーヴァはエレベータに乗り込み、階下へのボタンを押す。すぐに扉は閉まり、無機質な『上へ参ります』という音声の後に、エレベータは下へ向けて動き出した。
動力はあれど照明は頼りなく明滅する程度のものであり、ともすればいつ停止してもおかしくないような状況であったが、程なくしてエレベータは正常に停止し、扉が開く。
「ちょっとしたホラーって言やァ、そうなんだがヨ」
ため息をつきながらエレベーターを出れば、入り組んだ通路の奥から、再び死臭が届く。まるでヴェズーヴァを導くかのようなその死臭をたどれば、やはりそこには穴だらけになったレイダーの死体と、シュラウドの名刺。
ヴェズーヴァは当然のように弾薬とキャップを頂戴して、その先へと進んでいく。元が病院とは思えないほどに入り組んだ通路を進み、たびたび目印のように転がる死体を越えて、最後にたどり着いたのはまたもエレベーターだった。
「……さァて。ご対面といきますかね」
開いたエレベーターの中に落ちた名刺を見て、そこがゴールであると確信したヴェズーヴァは、躊躇いもなく乗り込み、階下へのボタンを押す。
低い機械音と共に沈み行く感覚がヴェズーヴァを包み、事実それはヴェズーヴァを目的の場所へと導くものであった。
「止まれ、シュラウド。それ以上近づくとケントの頭の中身を見ることになるぞ」
エレベーターの扉が開くと同時にヴェズーヴァの耳に届いたのは、低く濁った男の声。そうしてそれに続いたのは、高らかに啖呵を切る女の声であった。
「無垢なる子供の後ろに隠れるとは。臆病者め、シンジン。目の前で倒れるがいい!」
見れば、階段の踊り場で膝立ちになった男を囲むように、数人のレイダーが銃を構えている。そのうちの一人、リーダーと思しき男が手にした銃は、階下にいた人影に向けられていた。
もちろんヴェズーヴァ自身ではない。黒いコートに身を包み、同色のフェドーラをかぶったその姿は、まさに人気コミックの主人公、シルバー・シュラウドそのものであった。
たった一つだけ違うことがあるとすれば、それは目の前の『シルバー・シュラウド』が女性であったことか。
「そんな風に喋るんじゃねえ」
シンジンと呼ばれた階上の男は、シュラウドの言葉を吐き捨てるように一蹴した。
「雑魚共はシュラウドが伝説か何かだと思っている。コミックから出て来たようだとな」
鼻で笑うようなその言葉の後に、シンジンはシュラウドに問いかけるように続ける。
「だが、お互い知っているように、シュラウドなどただの人間だ。そして弱い。さて、シュラウド。ここに来てどうするつもりだ。小さいお仲間のためか?」
「貴様の仲間はすべて打ち破ってきたぞ、シンジン。私がシュラウドでないと、何故断言できる?」
問いかけに返すシュラウドの言葉は鋭く、そして真っ直ぐであった。その威圧的な口調に、一瞬、シンジン以外のレイダーたちの間に動揺が生まれる。
だが動揺は、レイダーのみではなかった。エレベーターの中で動かずにいたヴェズーヴァも、別の意味で動揺を覚えていた。
「なンつー台詞回しだヨ。役者か、あのねェちゃんは?」
呆れと感服の入り混じったようなその呟きは、幸いなことにその場の誰も拾うことはなかった。動揺が走り始めた手下たちに、シンジンは一瞬だけ視線を向け、低い声で制する。
「言うことを聞くな、こいつは偽者だ」
再び視線をシュラウドに戻したシンジンは、その顔に挑発するような笑みを浮かべて告げた。
「これから起こることを教えてやろう。ケントを殺す。それからシュラウド、お前も撃ち殺す。肉の塊しか残らないぞ」
一呼吸置いて、シンジンの宣言は続く。
「それからグッドネイバーへ行き、役立たず共を残さず殺す。そして全てを火の海にしてやる。……誰もシンジンを倒すことなどできない」
「そいつァどうかナ」
それは、シンジンもレイダーたちも、そしてケントやシュラウドすらも予想だにしなかった声であった。エレベーターから出て来た、真っ白なスーツに身を包んだ男。黒一色のシュラウドと対照的なその姿が、シュラウドの横にゆっくりと歩いて並ぶ。
「人質取らなきゃヒーロー一人相手にできねぇニワトリ風情が、よくもまァべらべらと喋る喋る」
シンジンもレイダーも、シュラウドですら銃で武装している状況で、もっとも尊大な発言をしたヴェズーヴァのみが、銃を手にしていない。
「何者だ、オマエは?丸腰でシンジンの前に立つなんて、自殺願望か何かか?」
言葉と共に、シンジンの銃口がヴェズーヴァ自身に向けられても、彼はその態度を崩すことがなかった。それどころか、顔の前で指を立てて、チチチ、と挑発するように左右に振り。
「今から
[クエストがアップデートされました(ヴェズーヴァ):Another Stranger]
・[完了]ミルトン・ジェネラル病院でシルバー・シュラウドを探す
・シルバー・シュラウドにノエルの居場所を訊ねる
[クエストがアップデートされました(ヴェズーヴァ):The Silver Shroud]
・シルバー・シュラウドと協力し、シンジンを殺す
・(オプション)ケント・コノリーを救う
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18日目:シルバー・シュラウドと白い騎士 Part2
交通事故起こしてしまいましたorz
相手がおらず、私も怪我がなかったことがまあ不幸中の幸いといったところですか……
ようやくノーラさん出ました。
デフォルトのノーラさんのイメージに似た人がモデルになってる可能性も……
悪がボストンの街中に蔓延る時、一人の男が、影の中に身を潜める。
無実なる者を守り、罪人を裁く。その守護者の名は……シルバー・シュラウド。
今回のエピソードは……
『シルバー・シュラウドと白い騎士』
階上のシンジンに向けて派手な挑発をたたきつけたヴェズーヴァは、すぐ横に並ぶシュラウドの姿に視線を送った。緩くウエーブのかかったセミロングの黒髪。視線に気付いたシュラウドがちら、とヴェズーヴァの方を向くと、揺れるセミロングの奥は目鼻立ちのくっきりとした、まごう事なき美人であった。
「白き騎士よ、礼を言おう。奴らに正義の裁きを下す、君のその手助けに」
だが、ヴェズーヴァに向けて放たれたシュラウドの言葉は、シンジンに向けたものと同じ、やはり芝居がかったものであった。出鼻を挫かれたようにヴェズーヴァは頬を掻き、言葉を返す。
「え、続けンのかそれ……まァいいわ。アンタにちと訊きたいことがあンだが、ソイツはミートパイを作ってからにするわ」
「ケントを必ず生きて帰すことが、何よりも重要だ。そして、そのための道は私が切り開こう」
ヴェズーヴァとシュラウドの会話は、シンジンの目には入っていたが、その耳には届かなかった。だがシンジンはその会話自体には全く興味を持たず、代わりに向けられたのは、アサルトライフルの銃口である。
「墓の注文の相談は終わったか?3つだぞ。じゃあ始めようか、ヒーローさん」
一方的な状況に、シンジンの口から冗句も漏れる。それも当然のことで、地形的な面も人数面も、あらゆる状況はすべて二人に不利な様相であった。
とはいえ、それで怯むようなヴェズーヴァではなく、むしろその顔には笑みが浮かんでいたが、余裕を浮かべていたのはヴェズーヴァのみでなく、その傍らにいたシュラウドも同じであった。
ヴェズーヴァが身を低くし、シンジンの元へ『跳ぶ』構えを見せた瞬間、それは起こった。
「―――『V.A.T.S.』」
それは、シュラウドの放った呟きであった。そうしてそれを耳にしたのはヴェズーヴァのみであった。
―――そして次の瞬間、『それ』は起こっていた。
シンジンのアサルトライフルを構えた右腕から、赤い血飛沫が上がる。奥からヴェズーヴァたち二人を狙っていた左右のレイダーの顔面に、赤い花が咲く。シンジンの傍らにいた側近と思しきレイダーが身に纏った頑丈そうな鎧に、いくつもの弾痕が生まれる。
すべては、その場に居た者の認識の外で起こり、そして完結していた。悲鳴も上げる間すらなく、左右のレイダーは命を散らし、地面に崩れる。
「…………ぐ、あぁッ!?」
遅れて、シンジンのくぐもった呻き声。アサルトライフルを手放しこそしなかったものの、痛みにその腕を押さえる。その光景は、例えるならば『時間が止まった』かのようで、あまりの状況に他の者が反応できずに居る中、シュラウドはそっとヴェズーヴァに声をかけた。
「『切り開いた』わよ」
それこそが彼女の本当の姿なのだろう、その声は先ほどまでのシュラウドと違い、落ち着きのある静かな声で。ヴェズーヴァは当然驚きもあったが、努めて平然な素振りでそれに応えた。
「そんな面白ェモン見せられちゃ、オレもちィと本気出さねェとナ」
腰を落とし、脚に溜めていた筋力を開放するヴェズーヴァ。先のシュラウドとはまた違う意味で、『次の瞬間』、ヴェズーヴァはシンジンの目の前に跳んでいた。
「クソ、いったい何者だテメエら―――!」
それでもシンジンは並のレイダーとは違い、瞬時に姿を現したヴェズーヴァへ向けて、アサルトライフルを放つ。
その弾丸は狙い違わず、ヴェズーヴァの額へと吸い込まれ、そして穴を空ける……はずだった。少なくとも、シンジンの想像ではそうだった。
だが、現実はその弾丸はヴェズーヴァ自身の右手によって行く先を失い、コツンと小さな音とともに床に落下した。シンジンはさらに二発、三発と弾丸を重ねていくが、それら全てがヴェズーヴァの手によって阻まれていく。
「おゥ、どうした、銃に頼らなきゃァなんもできねェのか、アンタは?」
余裕の表情を浮かべ、シンジンへ一歩近づくヴェズーヴァ。その姿に向けて、階下の無事なレイダーも銃を向けようとする……が、それはシュラウドのマシンガンが牽制している。
「クソッ、クソッ!このシンジンを舐めてんじゃねえ!!」
もはやこの距離ではアサルトライフルは役に立たないと悟ったのか、シンジンは得物を大振りのナイフに替えて、ヴェズーヴァへと迫る。
しかし、その選択はシンジンにとっては失策以外の何物でもなかった。おそらく、シンジンがもう少し冷静であったならきっと気付いたであろう。自身がナイフに持ち替えたとき、目の前の男の表情が嬉々とした歪みを浮かべていたことに。
「オマエも、シュラウドも!グッドネイバーの奴らも、皆殺してやるッ!!」
間近まで迫り、手にしたナイフをヴェズーヴァへと振り下ろすシンジン。その凶刃がヴェズーヴァの体を捉えるより速く、ヴェズーヴァは大きくシンジンの方へと一歩踏み出した。
間合いの内に入り込まれれば、ヴェズーヴァの肩口に触れたのは刃ではなく、シンジンの腕であり。当然のごとく、それがヴェズーヴァを傷つけることはない。
「動きはいい、咄嗟の判断力も悪くねェ。……だが、ラスボスを名乗るにゃァ、相手がちィと悪かったナ」
ナイフを持ったシンジンの右腕を、ヴェズーヴァは己の左腕を巻きつけるようにして取った。それに抵抗するようにシンジンもナイフを振ろうとするも、その刃先はヴェズーヴァの白のスーツに綻びを作る程度に留まって。
「畜生、何をやってんだ!撃て、相手はたった―――」
「その『たった二人』に負けンだヨ、アンタは」
シンジンの耳元で囁くように言葉を紡ぎ、ヴェズーヴァは腕を取ったままシンジンの体を振り回すように、一度壁に叩きつけた。
「がっ……!」
それ自体は大した威力ではない。が、無論その衝撃はシンジンの体に伝わる。苦悶の声を漏らし、シンジンの右手からナイフが落下すれば、それは鉄製の階段に転がり、大きな音を響かせた。
「なァ、シンジンって言ったか、アンタ。最後くらい、ちょっと楽しく空を飛ばせてやンヨ」
「ふざけんな、誰が―――」
シンジンの抵抗する声は、そこで止まることとなる。ヴェズーヴァは掴んだ右の腕を強く引き、己の背中に乗せるような形で『背負い』、シンジンの体を器用に宙に舞わせた。
手摺りを越え、階下へと落下させる軌道で。
「なっ―――」
青ざめたのはシンジンである。勿論、不自由な状況で自由落下する恐怖もないわけではないが、それが原因ではない。
「……悪に裁きを下すのは、アンタの役目だぜ、ヒーローさんヨ」
そう。その自由落下の先、シンジンが最後に見る光景は―――
「正義の裁きを受けよ、シンジン……!!」
シュラウドの構える、シルバー・サブマシンガンの銃口であった。
シンジンという柱を失ったレイダーたちは、とても二人を倒すことができないと悟ったのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。そして二人もそんなレイダーたちに用事などなく、シュラウドは無事にケントを救い出すことに成功した。
「僕にも君たちみたいな力があったら、正義を続けていけるんだけどね……」
すっかり意気消沈した様子で、グッドネイバーへと戻るケントを眺めながら、先に口を開いたのはシュラウドの方だった。
「ありがとう、助かったわ白銀の騎士さん。とても通りすがりとは思えなかったけれど」
先ほどまでの芝居がかった口調がまるで嘘のように、落ち着いたものに変わっていることに、ヴェズーヴァの表情は驚きよりも、むしろどこかむず痒いのを我慢するかのような顔であった。
「……その『白銀の騎士』ってェのは何とかならねェか。柄じゃなさ過ぎて、蕁麻疹が出ちまわァナ」
「あら。そうね……じゃあ、『白馬の王子様』なんてどうかしら?」
「―――アンタ分かってて言ってるだろ」
ヴェズーヴァが苦々しげに吐き出すと、シュラウドは楽しそうにクスクス、と笑みをこぼした。
「御免なさいね、ちょっと緊張の糸が緩んじゃったみたい。私はノーラ、貴方は?」
「ヴェズーヴァだ。……いい名前じゃねェか。少なくとも、『シルバー・シュラウド』よりはヨ」
名をほめられたことに気を良くしたのか、彼女……ノーラの顔に再び笑みが生まれる。
「フフ、色男さんは女の喜ぶポイント、ちゃんと弁えてるのね。嬉しいわ」
お互いにじゃれあうような会話はそこで終わり、ノーラはその笑みは残したまま、わずか真剣な眼差しで口を開いた。
「それで、ヴェズーヴァさん。わざわざ私を探しに来たのは、一体どんな目的があってのことなのかしら?」
「まァ、そう大層な話じゃあねェがヨ。人を一人探してンだ」
そこまで口にして、ヴェズーヴァは一度言葉を止めた。普段の飄々とした態度も消え、真剣な眼差しで。
「ノエルっつー名の、緊張感のねェ美人を探してンだがヨ。アンタ、何か知らねェ?」
[クエストがアップデートされました(ヴェズーヴァ):The Silver Shroud]
・[完了]シルバー・シュラウドと協力し、シンジンを殺す
・[完了](オプション)ケント・コノリーを救う
[Perkを取得しました(ノーラ):BlackWidow ランク3]
・男性へのダメージが15%増加し、会話での説得確率が更に上昇します。
・Intimidationによる沈静化が更に成功しやすくなります
[Perkを取得しました(ノーラ):Silver Shroud]
・シルバー・シュラウドの衣装一式を装備しているとき、V.A.T.S.が時間停止仕様になります
・V.A.T.S.におけるAPの消費が50%軽減されます
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19日目:ビンゴ
もう闇に埋もれたような感じでいっぱいですね。
スミマセン。
仕事やプライベートで色々困ったことでいっぱいで……
優先順位がだいぶ下がってしまいました。
ようやくです。
ようやく四人が出会うことになりました。
そして次の回は、ちょっとだけ時間を遡ることになります。
「―――ノエル。随分と可愛らしい名前ね。貴方のガールフレンドかしら?」
ヴェズーヴァの問いに、ノーラは小さな笑みを浮かべたまま問い返す。
「いいや。容姿だけなら是非お願いしてェところだが、食費で首括ることになっちまうからナ」
茶化したように言うヴェズーヴァのその言葉が気に入ったのか、クスクスと笑い声を隠さないノーラ。それは暫くの間続き、その場に和やかな空気を生み出すこととなった。
「そうなの、面白そうな人ね。美味しそうに食事をする人、私は好きよ」
「まァ、メシの時間にあんなに楽しそうな奴ァ、世界中探してもアイツくらいなモンだろうナ」
誉めているのか揶揄しているのか曖昧な言葉を返し、ヴェズーヴァは頬を掻いた。
「フフ、ガールフレンドじゃないにしても、仲は悪くなさそうなのね。―――でも、期待に沿えず申し訳ないのだけれど、ちょっとその名前に聞き覚えはないわ」
自分は知らない。そう答えた直後に、ふとある疑問がノーラの中に生まれた。
「ところでヴェズーヴァさん、貴方はどうして私がその子を知ってると思ったの?」
そもそも、ノーラはこの時代に生まれた人間ではない。故にノーラのことを知る者は、基本的には戦前のノーラの知人か、もしくはノーラと出会った者だけである。例外的にノエルはノーラのことを知っているが、その逆はありえない。
「類は友を呼ぶってェ諺があンだろ、ノーラ。……オレの格好を見てみろ、コイツをどう思う?」
言いながら、ヴェズーヴァは両足を曲げることなく揃え、前に傾く姿勢を取った。通常なら言うまでもなくそのまま前に倒れる姿勢であったが、手摺りの柱に足先を引っ掛けて、器用にそのバランスを保っている。
そして埃まみれではあったが、ヴェズーヴァの服装は白のスーツ上下。
「すごく……マイケル・ジャクソンね。私が小さい頃、近所のお爺さんが大ファンだったのよ。ホロテープも持ってたわ」
でもそれがどうして、と首をかしげるノーラに、ヴェズーヴァは身を起こして答えを返した。
「だから類は友を、ってコトだ。アイツはこう言うポップ・カルチャーが好きでナ、そういうのに詳しい奴がいないかって、ええと誰だったか……そうだ、ハンコックって男からアンタの事を聞いたってワケだ」
「それで私を追ってこんな危険地帯まで?まあ……そいつはヘヴィーね」
「重さは関係ねェだろ?」
まさに数日前、ノエルとコズワースの交わしたやり取りと全く同じものを見せる二人。一瞬の沈黙の後に、二人はほぼ同時に吹き出していた。
「……プッ、フフ、貴方面白い人ね、ヴェズーヴァさん。気に入ったわ、うちに来て―――」
「いや待てノーラ、アンタがそれを言うのはマズいだろ」
思わず静止に入ったヴェズーヴァに、不思議そうに小首を傾げ、あら残念、と漏らすノーラ。
「まあ冗談はともかく、そういうのが好きな子なら喜んで飛びつきそうな話題、知ってるわよ」
「恋人のために生卵を飲むボクサーがいるだなんて言うんじゃないだろうナ?」
茶化して言うヴェズーヴァの言葉に、まさか、と肩をすくめて、ノーラが否定する。
「居るなら会ってみたいけれどね、その人。でも違うわよ、私が言いたいのは……コレよ」
言いながら、ノーラが左腕に着けたPip-Boyを操作する。数度画面が切り替わり、やがてその画面が落ち着くと、同時にそこから軽快な音楽が流れ始める。
内蔵されたラジオの流す音楽を耳にすると、ヴェズーヴァの顔が怪訝に歪んだ。
「―――オイ、コイツは……」
「ええ、レイ・パーカー・ジュニアよ」
ヴェズーヴァが皆まで言う前に、さらりと答えを告げるノーラ。彼女の口にした名前はその曲のアーティストのそれであったのだが、その名前が重要なのではない。
本当に重要なのは、『それ』が使用された場面にあり、それは曲が終わった後のDJのトークにより、明らかになる。
『マーレイ博士、エイクロイド博士、ライミス博士の三人は、ゴースト退治の協力者を募っているそうです―――』
それを耳にしたヴェズーヴァの顔が、今度こそはっきりと、呆れたような表情を形作った。
「…………マジかヨ」
「世の中、予想もしないことって起きるものなのよね。……それで、どうする?」
ノーラの問いに、ヴェズーヴァは深くため息をついた後、頷いた。
「まァ、行くしかねェだろ。ゴーストでもなんでもぶっ倒してりゃァ、いつかアイツが出てくるかも知れねェ」
「あら、気乗りしなさそうな顔ね。……じゃあ、ひとついい事、教えてあげるわよ」
「いいコト?」
首を傾げたヴェズーヴァに向けて、ノーラは人差し指を立てて、小さく笑みを浮かべる。
「私の家。今はそのダイヤモンド・シティにあるのよ。……着いたらまず、お茶でもいかがかしら?」
「俄然やる気が出てきた」
かくして一行は薄暗い病院を後にして、新たな地へと向かうことになった。
眠らない街、ダイヤモンド・シティへと。
ミルトン・ジェネラル病院からダイヤモンド・シティまでの距離は、さほど離れているわけではない。ヴェズーヴァが最初に訪れたグッドネイバーよりもはるかに近い場所に、その街はあった。
「……街っつーか、城壁かなんかじゃねェのか、コイツは」
その入り口を目にしたヴェズーヴァの第一声がこれである。大きく開いた鉄の門と、その横をぐるりと取り囲む高い壁。一見しただけではそれと見えないその場所へ率直な意見を述べたヴェズーヴァだったが、ノーラもそれは想像していたらしく、軽く肩をすくめて答えた。
「驚くのも無理はないわね。私も初めて見た時は冗談かと思っちゃったもの」
それはダイヤモンド・シティのことだけでなく、この荒廃した世界についてもそうなのである。が、ノエルと違いこの世界についての知識を持たないヴェズーヴァは、当然ながらその言葉の真意を知る術はない。
「でも、中に入ったらもっと驚くと思うわ。いろんな意味でね」
「なンだそりゃ」
含みを持たせたようなノーラの言葉に首を傾げながらゲートをくぐるヴェズーヴァと、その横で何が楽しいのか、笑みを浮かべて並び歩くノーラ。
そして細い通路を抜け、視界が開けたとき。二人の目の前に広がる光景は、中央のグラウンドに雑然と並んだ建造物であり、それは紛れもなく街であった。
「コイツは……」
「ようこそ、ここがダイヤモンド・シティよ。宝石のじゃなくてベースボールのことだったけれど、少しがっかりさせたかしら?」
もともと球場だった場所に生まれた街だけあって、グラウンドへと降りる道は、観客席の間を縫うような細い道。さすがに在りし日の芝生は見る影もなかったが、それでも整えられた土の感触は、少なくともこの世界ではなかなか得難いものであった。
「いや、驚きはしたがナ。だが面白ェ、面白ェってことは何より重要だ」
「そうね、その意見には同意するわ。……それでヴェズーヴァさん、お望みならすぐにでも例の事務所、探すけれど」
どうする?と小首を傾げて問うノーラの仕草に、ごくわずかに笑みを浮かべつつも、ヴェズーヴァはその首を横に振った。
「いやナ、ちィとよく考えてみたんだがヨ。オレがアイツなら、まずは真っ先に向かうとこがあンじゃねェかと思ってナ」
「……?それってどういう―――あ」
ノーラの疑問は、口に出して言う前に霧散した。ここダイヤモンド・シティに来る前のヴェズーヴァとの会話で、思い当たる節があったからだ。
「そう、旨いモンだ。……っつーか、どっちかってェと旨い酒か。そう言うの出してくれるとこ、心当たりねェか?」
「お酒……ね。ええ、二箇所知ってるけれど、近い方からでいいかしら?」
提案に異論はなく、ヴェズーヴァは鷹揚に首肯し、頼むわ、と一言。それに応えてノーラが先導したのは、球場のダグアウトだった場所を利用した、その名もまたダグアウト・インと言う名の酒場であった。
狭い通路を抜けて広間に出ると、正面にバーカウンターと、右側に古びたソファ。そうして、そのソファで酒を飲んでいた人物の目がヴェズーヴァを捉えれば。
「…………ええええええええええ!?」
素っ頓狂な叫び声とともにその場の全員の視線を集めたのは、傍らに執事ロボットを連れた赤毛のポニーテールで、ヴェズーヴァの評した通り、『緊張感のない美人』。
そう、その女こそまさに、ノエルその人であった。
[クエストがアップデートされました(ノエル):TRACING "SOLE SURVIVOR"]
・[完了] コズワースと共にダイヤモンド・シティへ向かう
・ノーラと話をする
[クエストがアップデートされました(ノエル):I WANT SOMETHING QUANTUM]
・[完了]メンタスを入手する
・ジン、ウォッカ、ウイスキー、ラム酒のいずれかを入手する
・ノーラの家のケミストリー・ステーションを借りる
[クエストがアップデートされました(ヴェズーヴァ):Another Stranger]
・[完了]シルバー・シュラウドにノエルの居場所を訊ねる
・[完了]ダイヤモンド・シティでノエルを探す
・ノエルと話をする
[クエストがアップデートされました(全員):Vaultbusters???]
・3人の科学者と話し、ゴーストについての話を訊く
[クエストが完了しました(ノエル):The Disappearing Act-Retake]
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はつかめ:足で稼ぐ
というかアレを彼に言わせたかっただけです。
ちゃんとノーラさんとクエストをこなした彼は、きちんとウェイストランドの風に染まったいい男になりました。
今回は一瞬しか出てきませんが。
話は少し前に遡る。
「ねー、コズワースちゃーん。お願いだから失意のおねーさんにグインネット、出してちょうだいよぉ~」
コズワースにグインネットを没収されたまま旅を続ける、意気消沈していたノエルの猫なで声は、無情にも冷徹な電子音声によって却下された。
「いけません。と言うよりノエル様、一体貴方は何に失意を抱いたというのですか」
「ほらぁ、さっきのVault81の話よぉ。おねーさんのお気に入りの子がいなかったから……」
気持ちの乗らないノエルのぼやきに、コズワースははて、と首を傾げるようにセンサーアイを傾けてみせた。
「お気に入りの子?それはノエル様の『サイト』で見られたということなのでしょうか?」
「あ、うん。とってもかわいい子でね、キュリーちゃんって言うんだけど」
キュリー。ノエルが情報収集のために立ち寄ったVault81に長い間閉じ込められていた、医療タイプのロボットである。
「アタシの見えた未来だと、ノーラさんがその子を閉じ込められた区画から出して、一緒に旅をしていたのよ」
寄り道多きノーラのことなので、この場所も通りすぎていったのではないかというノエルの目論見は、脆くも崩れ去ることとなった。
「……ノエル様、ひとつお伺いしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「なによコズワース、勿体ぶったような言い方して」
アタシとキミの仲じゃない、と、出会ってまだ日も浅いロボットに向けてフランクな言葉で返すノエル。それに返すように投げられたコズワースの問いは、至極真面目な口調であったが、ずいぶんと突拍子もないことであった。
「もし、お気を害されたら申し訳ないのですが。ノエル様、貴方はもしかして同性愛の志向がおありで?」
「…………へっ?」
一瞬、コズワースの質問の意図が読めず、目が点になるノエル。
その後今までの会話の流れを思い返し、ようやく意味を理解した彼女は、あっははまさか、と笑い飛ばすように否定した。
「そーゆーのじゃないわよ、コズワース。アタシは可愛いものが好きなだけよ。あとイケメンも好きだけど」
「ノエル様の可愛いの定義が今一つ見えかねますが、仰りたいことは理解できました」
コズワースの内蔵メモリに浮かび上がった『ノエル=同性愛者』のフローは、やや不確実ではあるものの一応削除された。
「でもまあ、無駄足にならなかったのはよかったわね。なんといってもノーラさんの足取りが掴めたわけだし」
冗談のやり取りで気分が復活したノエルは、足取りも軽やかになる。Vault居住者の話によれば、ノーラはVault81に立ち寄っており、ダイヤモンド・シティへと向かった、とのことだったのだ。
その後を追うように、入り組んだボストン廃墟の路地を抜けて進めば、やがて目の前に大きなゲートが現れる。それこそが連邦最大の街、ダイヤモンド・シティへの入り口である。
「にしても、実際見てみると意外と大きいものね、ここって」
ゲートを抜け、ダイヤモンド・シティの中に入ったノエルが漏らした一言。ノエルの世界の大都市に比べれば、そして、大戦前のボストンに比べれば、ごくごく小さなその街。
だが、文明が崩壊した中、なおこの規模の集落が存在するというのは、ある意味驚異的なことであった。
「なんと言っても、連邦最大の都市ですからね。さすがにモハビのストリップ地区には劣りますが」
「うん、素直にすごいと思うわ。……ホントはこの目で色々見てみたいけど、まずは先にウルフギャングの頼みを済ませないとね」
そう口にして、Pip-Boyのコンソールに触れるノエル。今まで積極的に使ってはいなかった機能、クエストの並ぶタブを開くと、その一番上に並ぶ『The Disappearing Act-Retake』の文字。
「……うぇ」
思わず呻き声を出すノエル。それというのも、若干名前が違えど、彼女はこのクエストのことを知っていたからだ。
消えたダイヤモンド・シティの住民を探すという目的であるが、その結末は、お世辞にもハッピーとは言えないものである。
「如何なさいましたか、ノエル様」
そんなノエルの表情になにか感じるものがあったのか、コズワースのセンサーアイがノエルの顔を覗き込むように動く。
「あ、……ううん、ちょっと気分が優れないだけよ」
「それはいけません。ノエル様にはあまり馴染みのない話かもしれませんが、放射線被害かもしれません。念の為、医者にかかることをお勧めいたします」
「う、医者……かぁ」
至極真面目にノエルのことを心配するようなコズワースの言葉を聞いて、ノエルはますます言葉を詰まらせた。
それというのも、ウルフギャングから頼まれた荷物を渡す相手は、この町に二人いる医者の片方であり、そしてその男こそが先の『クエスト』に大きく関わっている者であるからだ。
「なんですか?まさかノエル様、医者が苦手などということはないでしょうね」
「いやまあ、苦手って言えば苦手な部類ではあるけど、そうじゃないのよ。……ほら、ダイナーでウルフギャングから配達の品、預かったでしょ?」
「ええ、確かに。ですが、それならばなおのこと好都合なのではないですか?」
「まあ、そうなんだけど……今のところ健康には問題ないわよ。ほら、RADも全然でしょ」
注意深く放射線の地域を避けてきたおかげで、確かにPip-boyの示すRADの値はほぼなかった。それはコズワースも理解できたのか、頷くようにボディを上下させる。
「それでは、他に何か気がかりなことでも?」
「そう……ね。アタシの思い過ごしならいいんだけど、そのための情報収集してもいいかしら?」
「問題ありません。できれば、奥様のことも併せてお調べいただければ」
ノエルの言葉を特に疑うこともなく、コズワースは了承した。
―――だが、その『情報収集』は、ある意味ノエルの実益に即したものであったことを、その時コズワースは知る由もなかったのだ。
ダグアウト・イン。宿と酒場が併設された、ノエルにとってはまさに天国とも呼べる場所に赴いたのは、それからすぐのことである。
だが、ノエルたちがその酒場の扉を開いた直後に聞こえてきたのは、なにやら複数の男たちが言い争うような声であった。
「なぁ、聞いてんのか。オマエだよオマエ。ちょっとカッコいいところ見せたからって、調子に乗ってんじゃねえのか」
レイダーよりは多少身なりのよい、しかしごろつきの枠を抜け出せない柄の悪い男が、カウンターに座った男に何やら難癖をつけている様子で。
しかしカウンターの男は動じる様子もなく、グラスの中の液体を喉に流し込む。そしてその男は、ため息ひとつと共にスツールから立ち上がり。
―――そして、それは一瞬の出来事であった。
グラスを置いて空になった右手に、いつの間にか拳銃が握られていた。それを瞬きする間もなく、ごろつきの額に突きつけ、一言。
「―――
一瞬、目の前で起きたことを理解できなかったごろつきの動きが止まり、そして状況を把握したのか、その男はひとつ頬に冷や汗を浮かべて、首を振った。
「……わ、悪い。人違いだったみてえだ、邪魔したな」
足早にその場を離れ、ごろつきはノエルたちの横を通って店を出て行った。この世界ではありふれた物騒なトラブルであったが、ノエルが驚いたのはそのトラブルの内容ではなく、その渦中の人物にある。
珍しいスタジアムジャンパーを着て、目にも留まらぬ早業を見せたその男こそ―――
「えっ……トラヴィス?」
そう。その男こそが、ダイヤモンドシティ・ラジオのDJ、トラヴィス・ロンリーマイルズであった。
[クエストがアップデートされました(ノエル):The Disappearing Act-Retake]
・ダグアウト・インでDr.クロッカーに関する話を聞く
・(オプション)ダグアウト・インでダイヤモンド・シティ内での変わったことについて尋ねる
[読者クエストがアップデートされました:Taxi Driver]
・ロバート・デ・ニーロ主演の映画『タクシードライバー』を見る
・(オプション)映画の感想を書く
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にじゅーいちにちめ:ダイヤモンド・シティの守護天使 Part1
かくひまが ありません
あしたから
おきなわに
あそびに
いってきます
ノエルの目の前で圧倒的な速さの銃さばきを見せたその男、トラヴィスは、ごろつき達が視界から消えたことを確認すると、出したときと同じく速い動きで腰のホルスターに戻し、そしてその視線がノエルたちの方へ向いた。
「おや。リスナーの子かな、見苦しいところを見せてしまったね」
挨拶がわりの小さな謝罪と共に、男は続けた。
「ご存じのようだけど、僕はトラヴィス・ロンリーマイルズ。ダイヤモンドシティ・ラジオのDJをやっている」
ノエルへの自己紹介は淀みなく、そして自然なものであった。そしてその自然さは、こと彼の話であれば新たな意味を持つ。
「うん、いつも楽しく聴かせてもらってるわ。アタシはノエル。……『前の』ちょっとオドオドした感じもキュートでよかったんだけど、ラジオとしてなら今の方がより素敵かな」
ノエルが初めてこの世界で聴いたダイヤモンドシティ・ラジオは、まだコズワースに会う前、この世界に降り立った直後のことである。そしてその時にはすでに、ラジオでのトラヴィスの口調は落ち着いたものであった。
つまりそれはゲーム中の話であったが、本物もその部分は変わらなかったようで、気恥ずかしげな素振りを見せるトラヴィス。
「ああ、恥ずかしいな。そうだな、確かに前の僕は、何をするにも自信が持てなかった」
頬を掻きながら、だけど、と彼は続ける。
「ある事件と、その事件の解決に手を貸してくれた人のおかげで、僕は変わることができた。……頻繁には起きて欲しくないことだけどね」
詳細はトラヴィスの口から語られることはなかったものの、ノエルにはその事件の心当たりがあった。トラヴィスに自信をつけさせるためのクエストは、ゲーム中、おそらくほとんどの人が経験するであろうものだったからだ。
「へーえ、そんな親切な人、まだこのあたりに居たのね」
よかったじゃない、と、あくまで雑談のように合わせるノエル。そのトラヴィスを助けた人物こそ、まさにノエルとコズワースの求めるノーラその人であるが、ノエルはそれを知りながらも、あえてそれを訊くことはなく。代わりにノエルの口から出たのは、それとは全く関係のない、別の質問であった。
「ねえトラヴィス、……アタシたち、ついさっきここに来たばっかりなんだけどさ。最近……そうね、ここ10日くらいの間で、この街でなにか変わった出来事ってなかった?」
一見、当たり障りのないように聞こえるその問い。だがノエルの中では、それはきちんと的を絞った質問なのだった。
事実、時間と場所を特定したその質問に対するトラヴィスの答えは、まさにノエルの求める物であったのだから。
「変わったこと……か。そうだな、アール・スターリングという男が失踪したことかな。特に誰かと争っていたということもなかったみたいで、皆不思議に思ってる」
「…………ああ、それはちょっと聞いたわ」
だが、トラヴィスの答えに返すノエルの言葉は、やや陰鬱なものであった。
「どうしたんだい、もしかして彼と知り合いだったりするのか?」
「ううん、そういうわけじゃないけど、そういう不穏な話は苦手でねー。何事もなければいいんだけど」
「随分とお人よしなんだな。……いや、優しい、と言うべきか」
ノエルのそんな受け答えに、トラヴィスは一瞬目を細めた後、わずか真剣な表情を見せた。
「だけど、十分気をつけた方がいい。それは素晴らしいことだとは思うが、君のその優しさを利用しようとする人も多いからね」
「うん、ありがとう十分気をつけるわ。……あ、そうだトラヴィス。もうひとつ訊いてもいいかしら。アタシDr.クロッカーって人を探してるんだけど、どこにいるか知らない?」
トラヴィスはしばし考える素振りを見せた。そしてややあって、戸惑いの色と共に口を開く。
「……そういえば、ここ最近はあまり姿を見ないな。同僚のDr.スーンなら知ってるんじゃないのか?」
「んん、わかったわ。ありがとうトラヴィス、今度一緒に飲みましょ」
愛想のいい笑みを残して、ノエルはダグアウト・インを後にした。
店の外に出たあと、ノエルの背後をついて来ていたコズワースが、やや躊躇いがちに言葉をかける。
「……ノエル様。アール・スターリング氏の話ですが」
コズワースのメモリの中で、ずっとエラーの出ていたことである。少なくともコズワース自身の目の前では、先のトラヴィスのと会話を除き、一度もアール・スターリングという男の話はしていない。
にもかかわらず、ノエルは『前にちょっと聞いた』とトラヴィスに答えたのだ。
「さすがねえコズワース。あなた探偵としてやっていけるわよ」
店から少し離れた場所で、ノエルはコズワースを振り返り、言葉を返す。
「お察しの通り、前にって言うのは、アタシの『サイト』もどきの話よ。そしてアタシは、この話の結末も知ってる」
辺りにコズワース以外の人間がいないことを確認すると、ノエルは自らの体験した結末を口にした。
アール・スターリングがDr.クロッカーの整形手術を受けたこと。そしてそれが失敗して、命を落としたこと。
最終的にそれが明らかになったとき、罪の意識に堪えかねて、Dr.クロッカーも自らの命を絶ったこと。
「後味の悪い話よね」
ノエルは大きなため息をこぼし、肩をすくめた。そして、続ける。
「アール・スターリングは、もう恐らく……亡くなっているでしょうね。だからアタシがどうにかできるのは、もう一人の方よ」
「そして、その証拠として彼の部屋にある『レシート』が必要だということですか」
コズワースはセンサーアイをノエルから外し、すぐそばの扉へと向けた。ノエルが歩いてきたその場所は、アール・スターリング本人の家の前である。
ノエルの体験した流れであれば、ここ、ダイヤモンド・シティに居を構える探偵から依頼を受けることで始まる事件であり、先の酒場の主人から部屋の鍵を借り受けることができるのだが、今のノエル自身は当然、その探偵と面識はなく、当然その手段は使えない。
「こちらへ近づいてくる熱源はありません。……お急ぎを」
そしてノエルの意図を察したのか、そうコズワースが促す。言葉に首肯で返し、ノエルはPip-Boyからヘアピンを取り出した。
道中立ち寄った商店でヘアピン自体は複数仕入れていたものの、問題は解錠の難しさではなく、時間との戦いである。
その家の所有者でないノエルが鍵を開ける行為は、当然このダイヤモンド・シティにおいても犯罪であり。それを住民やセキュリティに見咎められてしまえば、今後のノエルの行動に影響が出てくるのだ。
しかし、ノエルの心配とは裏腹に、それほど複雑な鍵ではなく。すぐに小さな音を立てて、扉は開いた。
「……ん。じゃあちょっと辺り見ててくれる、コズワース?」
「仰せのままに」
短い会話のあとに、ノエルは開いた扉の奥へと消えていった。
当然、コズワースのメモリにおいて、他人の家への不法侵入は悪事であるという認識はある。にも拘らず見張りという、ある種悪事の片棒を担ぐような行為に躊躇いもなく同意したことに、コズワースは独りそのセンサーアイを傾けた。
「―――影響を受けているのでしょうか」
以前のコズワースであれば、主人のこのような行為は咎めるところである。当然ノエルは自分の主人ではないが、ノーラと離れた『あの日』以来では、一番長く行動を共にしている相手でもあった。
日数にしてみれば一ヶ月足らず、大した時間ではないが、それでもいくつかノエルについて分かったことがある。
華奢にも見える外見ながら、荒廃したこの世界を生き抜くだけの度胸が備わっていることや、ときに鋭い洞察力を発揮すること。
そして一番重要なのが、彼女はほぼいつも彼女自身でない、他の誰かのための行動をしていると言うこと。
コズワースのメモリは、コズワース自身も気がつかないうちに、彼女の評価を改めていた。それはすなわち、『理由のない悪事を彼女が働くはずがない』と。
「……この問題が解決したら、お酒を少し返すことにしましょうかね」
コズワースがそう呟くのと、小さな紙片を手にしたノエルが出てきたのは、ほぼ同時のことであった。
「あったわ。やっぱりアール・スターリングは、Dr.クロッカーの手術を受けてたわね」
「―――では、やはり事件は」
「ええ。やっぱりDr.クロッカーと話をしなきゃいけないみたい」
辺りに気づかれぬよう、後ろ手にそっと扉を閉めたノエルは、手にした紙片……レシートをPip-Boyに収納して。
「行きましょうか。少なくともまだ一人は救えるかもしれないから」
それは、荒廃したこの世界において忘れられて久しい、人を信じるという行為の表れであった。
[クエストがアップデートされました(ノエル):The Disappearing Act-Retake]
・[完了]ダグアウト・インでDr.クロッカーに関する話を聞く
・[完了](オプション)ダグアウト・インでダイヤモンド・シティ内での変わったことについて尋ねる
・Dr.クロッカーと話をする
・(オプション)Dr.クロッカーを改心させる
[Perkを取得しました(ノエル):Sincere]
・カルマが善か中立である相手に対して、一人につき一度だけ、会話での説得確率が大幅に上昇します
・Perk、Skillを用いた選択肢には効果がありません
[Perkを取得しました(コズワース):Am I robot?]
・時折、ロボットらしからぬ非合理的な言動を行うようになります
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にじゅーににちめ:ダイヤモンド・シティの守護天使 Part2
私がこのクエスト結構好きなせいで、どこに落ち着かせようか結末が二転三転して
そのせいで時間がかかってしまいました。
かつまだクエスト終わってないって言うね。
あと一話だけつづくんじゃ()
「行きましょうか。少なくともまだ一人は救えるかもしれないから」
コズワースは首肯するようにボディを上下に揺らし、しかしすぐには同意の言葉を返さなかった。やや間を置いた後に、疑問の言葉をつけてノエルに投げる。
「承知いたしました……が、ノエル様。失礼を承知でお訊きしますが、Dr.クロッカーを『救う』とは、一体どのような形ででしょうか?」
まさかノエルに限って、死は救いなどという短絡的な手腕は取ることはないだろうと、コズワースは予測している。しかし、どう救うつもりなのか、全く見えてこないのも事実だ。
「少なくとも、罪は罪よね。それは裁かれないといけない。でもその罪を裁くのは、アタシ達じゃなくて、街のセキュリティの人たちになるわね」
アールの家から踵を返し、ダイヤモンド・シティ唯一の診療所まで、道は決して長くない。その長くない道を歩きながら、傍らのコズワースに話を続ける。
「あるいはその結果によっては、アタシのやることは全く無駄に終わるかもしれないけど。……けど、彼は少なくとも、人の役に立ちたいって気持ちを忘れているわけじゃない」
雑踏を歩くノエルの足音と、控えめに灯るコズワースのブースターの音のみが支配するその路地で、さらにノエルは続けた。
「戦前の司法に似たものが、この街に生きてたらいいんだけどね。彼がきちんと罪を認識して、償ってくれるように説得してみるつもりよ」
「…………なるほど。あなた様らしい考えですね、ノエル様」
そう言ってコズワースがノエルに向けたセンサーアイは、そのシャッターをかなり絞られたものだった。まるで笑みでも浮かべているかのように。
「ありがと。無事成功したら祝杯あげましょ」
冗談めいた言葉にコズワースが反応する前に、二人は診療所の前にたどり着いた。中では白衣を着た不機嫌そうな表情の男が一人、念入りに医療器具の手入れを行っている。
その者こそが件の人物、Dr.クロッカー『ではなく』。
「ねえ、Dr.スーン。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今大丈夫?」
ノエルの声に男―――Dr.スーンは手を止め、一度視線を向けると、小さくため息をついた。
「何かね、私は忙しいんだ。見たところ君は健康そうだが、医者が相手でないと駄目な話か?」
「医者がっていうか、医者と面識のある人じゃないとダメなのよ。Dr.クロッカーを探してるんだけど、どこにいるか知らないかしら?」
その問いを聞いたDr.スーンは、もう一度改めてノエルの顔を見た。しばしの沈黙のあと、わずかな戸惑いを覚えたような表情で、言葉を返す。
「ここ数日くらいは姿を見ていないな。……しかし、君にはDr.クロッカーの『施術』は必要なさそうに見えるが?」
それは彼なりの、ノエルの容姿に対する評価だったのだろう。言外の意を汲み取ったのか、ノエルは気恥ずかしげに頬を掻いた。
「あ、うん、ありがと。―――いや、アタシが手術を受けるわけじゃないんだけどね。アール・スターリングの失踪事件について調べてるんだけど」
「ああ……噂は聞いている。しかし、彼の失踪とDr.クロッカーに何の関係があると?」
訝しげな表情で問い返すDr.スーンに、ノエルはPip-Boyから例のレシートを取り出し、Dr.スーンに差し出した。それを一通り眺めた彼は、ふむ、と一息ついたあとに、切り出す。
「ああ、この汚い筆跡はDr.クロッカーのものに間違いないな。―――アール・スターリングはどうやら彼の施術を受ける予定だったようだ」
Dr.スーンはそこで一度言葉を切り、しかし、と続ける。
「リスクの低い美容手術だが、Dr.クロッカーは施術を行ってはいないな。アールは支払いをする前に姿を消したそうだからな」
その言葉に反応したのは、ノエルではなく、傍らにいたコズワースであった。
「お金の問題は重要ですからね。……ところで、貴方様は先程、ここ数日Dr.クロッカーの姿を見ていない、と仰いましたが、最後にその姿を見かけたのはいつ頃でしたか?」
ノエルの問いのフォローになる形で投げられたそれに、Dr.スーンはやや面食らいながら答えた。
「―――凄いな、まるで探偵みたいな口ぶりだ。……正確には覚えていないが、1週間は経っていなかったと思う。彼の仕事場から何かを持ち出していたようだったよ。針を洗うか備品を動かす必要があったか、その辺りは定かではないが」
恐れ入ります、と、コズワース。
Dr.スーンの出したその答えは、ノエルの見てきた『結果』とほぼ同じもので。それは即ち、この後にノエルの経験したことが待ち受けている、ということであった。
ノエルは小さく、重く息を吐いて、Dr.スーンに告げた。
「……地下室に行く必要があるわ、先生」
そしてその言葉がDr.スーンに与える影響も、『結果』に同じで。ノエルに返された言葉は、苛立ちを覚えたようなもので。
「何だと?ここをどこだと思っているんだ、公共トイレか?いいや、答えなくていい。一体全体どうして私がそんな許可を与えなければならない?」
ノエルは、そんなDr.スーンから視線をそらさず、真っ直ぐに見据えて。
「あなたの仕事場だからね、Dr.スーン。部外者に荒らされたくないのも分かるわ。……けど、アタシたちも行方不明者を探しているの、ドクター。器具には触れないし、多くを入れたくないのであれば、アタシだけでもいいから、お願い」
「ノエル様、―――それは」
言いかけるコズワースを手で制し、ノエルはDr.スーンに向けて頭を下げた。それに面食らったのは、当のDr.スーン自身であり。しばしの沈黙の後に、ゆっくりとその頭に向けて、言葉を落とす。
「……医療とは違うアプローチではあるが、君も、誰かの役に立とうとしているのか」
大きなため息をひとつついて、Dr.スーンは己の白衣の内側に手を入れた。小さな音と共に再び現れた手には、細い紐に結ばれた鍵がひとつ。
「それで気が済むのなら、見てくるといい。ただし、君の言ったとおり、入るのは君一人だけだ。―――それに、ひとつでも道具が動かされていれば、請求書を送りつけるぞ」
「―――ありがとう、Dr.スーン。約束は守るわ」
Dr.スーンの言葉に笑顔で頷き、ノエルは地下手術室の鍵を開いた。そうして地下へと降りる直前、その視線をコズワースへ向け、彼の危惧を払拭するかのようにウインクをひとつ投げて。
「じゃ、後でねコズワース」
言葉と共にノエルの姿は、地下の扉の奥へと消えた。
「ああ……アール。本当に、本当に君は厄介な患者だったな」
地下へと降り立ったノエルを出迎えたのは、むせ返るような血の臭いと、低く、静かな男の声だった。
「だがもう終わりだよ。小さな間違いが、ようやく……正される」
それは紛れもなく、ノエルの知っているDr.クロッカーの声そのもので。そしてその状況は、『惨劇』が既に起こってしまったことを告げていた。
ノエルの位置からでは手術台の陰になってはっきりとは見えないが、おそらくアールもそこに『いる』のだろう。それを悟った彼女は、足音を隠さず、それどころか暗がりの人影に向けて、声をかけた。
「……Dr.クロッカー」
それは静かな一言だったが、他に物音のないその場所では、空耳と疑いようもなく。暗がりの人影が、ノエルの側を向く。
「ああ、悪い子だ!ここに降りて来なければよかったのに!」
変わった眼鏡をかけた白衣の男が、粗雑な拳銃を構えてノエルに向けた。そしてその人物こそが、ノエルの捜し求めていた人物、Dr.クロッカーであり。
「だが大丈夫だ、治してやる。なんだって治せるんだ」
ノエルに向いている銃口は震えていて、それを使うのに慣れていない様子であった。もちろん、彼は医者なのだから、人の命を奪う為の道具など、使い慣れないのも当然なのであるが。
「落ち着きなさい、Dr.クロッカー。アタシはキミと殺し合いをする為に、ここに来たんじゃないの」
錯乱した様子のDr.クロッカーに向けて、ノエルは諭すように話しかけた。
「聞かせて、ドクター。アール・スターリングとキミの間に、何があったの?」
本人から聞くまでもなく、ノエルはその事実を知っている。だが、それでもノエルがあえて話させようとしたのは、彼、Dr.クロッカーを落ち着かせる目的で。
「何があったかって?何もしてない!幸せになりたくなかったのはアールの方だ!」
ノエルの問いに対し、Dr.クロッカーは声を荒げ始めた。
「私の良い患者は素敵な、新しい顔を手に入れる!悪い患者は床じゅうに血を撒き散らして、私の外科医生命を台無しにする!」
「……アールの手術が上手くいかなかった、ということ?」
「違う!簡単な手術だったんだ、私が失敗するなんてありえない!」
ノエルの問いに、Dr.クロッカーは頭を振って即答した。
「手術の前にジェットを少しだけやったはずだ。いつもそうしている。気付いた頃にはみんな喜んでいるんだ」
少しずつ声のトーンを落としながら、Dr.クロッカーは自分の記憶を思い出すように、言葉を紡いでいく。
「だが……アールはそうじゃなかった。喜びも、悲しみもしない!血まみれでそこにいたんだ!」
「―――Dr.クロッカー」
割って入ったノエルの呼びかけは、錯乱したDr.クロッカー本人すらも、言葉を止めるほどに、 ただ静かで。
「……キミの友達から、キミへの荷物と、伝言を預かってるわ」
それは、目の前の男を救うための、
[クエストがアップデートされました(ノエル):The Disappearing Act-Retake]
・[完了]Dr.クロッカーと話をする
・アール・スターリングの事件を解決する
・(オプション)Dr.クロッカーを改心させる
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にじゅーさんにちめ:ダイヤモンド・シティの守護天使 Part3
悩みに悩んだ末に消化不良感もありますが、まあ、ひとつの救いにはなったのではないかと。
次の話からはとうとう四人が合流することになります。
騒がしい一行になりそうです。(ネタはあがってない)
「友達、……友達だって?」
Dr.クロッカーにとって、それはまさしく寝耳に水であった。命を奪おうとしている相手は、少なくとも自分に武器を向けてはおらず、かつ、予想だにしないことを口にしている。
「そう。アタシも知らなかったんだけどね。薬売りのウルフギャング、知ってるんでしょ?」
その名前を口にしたノエルに対し、少しだけ敵意が落ちたのだろう。わずかに銃口が下がり、Dr.クロッカーが口を開いた。
「……う、ウルフギャングか。随分久しぶりに聞く、な、名前だ」
Dr.クロッカーのその言葉は、遠い記憶を懐かしむようなもので、そしてそこには一抹の寂しさのようなものが滲んでいた。
「彼は、元気なのか?最後に会ったのは、も、もう随分前になる。……それとも、彼に何か……あったのか?」
目の前の女が【伝言】という言葉を口にしたことで、不吉な考えが頭をよぎったのだろう。不安げな声で問い返すDr.クロッカーに、ノエルは小さく首を横に振った。
「ううん、アタシが会ったときにはピンピンしてたわよ。アタシがこっちに向かうって言ったら、彼がキミにこれを渡してくれって」
Pip-Boyからノエルが取り出したのは、ウルフギャングから託されたアディクトールの包み。ノエルは一歩だけDr.クロッカーへ近づくと、それを二人の間にある手術台の上に置いた。
そして手術台に近づいたことで、ノエルは今まで見えなかったアールの姿を目にする。無論血に汚れて、命は落としているようだが、少なくともその死体は、むやみに傷つけられてはいない。
Dr.クロッカーは包みを受け取ると、それを開き、中に入っていた注射器をしばし見つめて。やがてその中身に思い当たったのか、大きく、大きく息を吐き出した。
「……あ、アディクトール、じゃないか。……こ、これを渡されたとき―――彼はなんと言っていたんだ?」
「さっき言ったとおり、キミにそれを渡してくれ、ってね。それ以上のことは聞いても教えてくれなかったわ」
再び、小さく首を横に振って、ノエル。わずかに間を置いた後に、―――だけど、と続ける。
「―――だけど、彼はキミのことを心配してたんじゃないかしらね」
「……心配、だって?」
「だってそうでしょう?ヌカ・コーラや食料とかならともかく、そういう用途が限られたものを贈るって、相手が必要としてると思ってるから、じゃない?」
「そ、それは……そうかもしれないが」
言い淀むDr.クロッカーの脳裏には、あの皮肉めいた顔のウルフギャングの姿があった。
見た目はあまり穏やかではない男であり、言葉は憎まれ口ばかりであったが、だがそれでもそれは、決してクロッカー自身に嫌な思いをさせるものではなかったのだ。
それを考えれば、彼のこの【贈り物】の真意は、彼女の言葉の通りなのではないか。
「……い、いや、そうだな。そう……なのかもしれない」
ノエルに向けられていた銃口は緩やかに下がり、地面を向き、そしてクロッカーの手を離れた。それを目にしたノエルが、小さく頷いて笑みを浮かべる。
「起きてしまったことは、取り返しがつかないわね」
諭すようなノエルの口ぶり。ほんの少しだけ間を置いて、だけど、と続ける。
「だけど、貴方がしようとしていたことは、決してやってはいけないことのはずよ」
ノエルの記憶の中にある、この話の結末。
アール・スターリングの死体を切り刻み、証拠隠滅を図ろうとしたDr.クロッカー。説得に成功したあとのDr.クロッカー。
そのどちらもノエルにとっては許せないものであったからこそ、はっきりと言い放つ。
「アールが失踪したことにすれば、確かにインスティチュートの仕業に見せかけることはできるかもしれない。そしてキミは医療を続けられるかもしれない。けど、それはさ。……裏切ることになるんじゃないかな、ウルフギャングの気持ちを」
「…………」
血の臭いのする地下室が、沈黙に包まれる。ノエルは正面からDr.クロッカーを見つめ、その【Sincere】を受け止めきれず、俯いたままのDr.クロッカー。
やがて沈黙に耐えきれなくなったのか、Dr.クロッカーが力ない口調で呟いた。
「私は……取り返しのつかないことを、してしまったのだな」
「…………」
「私は……罪を犯してしまった。そして、罪を塗り重ねてしまうところだった」
Dr.クロッカーは、まるで懺悔のように、血を吐くように言葉を絞り出す。
「……今に始まったことではなかった。ジェットに溺れてしまった頃から、この罪は……始まっていたんだな」
すべてを理解したDr.クロッカーが、白衣のポケットに手を入れようとしたその時。
「Dr.クロッカー」
それを押し止める、静かなノエルの声があった。
「キミがやろうとしてること。……それもさ、ウルフギャングの気持ちを裏切ることになるんじゃないかな」
ノエルが見たこの話の結末。
アール・スターリングはその命を失い、そして元凶となったDr.クロッカーは、罪の意識に耐えかね、自ら命を絶った。
だが、それではダメなのだ。
物語の中ですら後味の悪かった結末なのだ。そんなことを現実で起こしてしまうことなど、到底ノエルは見過ごせるわけがない。
「―――だが、だが……私が起こしてしまったことは、到底許されることではないじゃないか……!」
「……キミがいなくなったら、罪は赦されるの?」
「っ!」
ノエルのその一言は、今度こそ明確な鋭さをもって、Dr.クロッカーに突き刺さった。
「厳しいことを言ってると思うわ。けど、キミは人を救う力もあるし、その意志だってまだ……あるでしょう?」
だったら、と、小さく息をついてノエルは続けた。
「もうわかってるでしょ、キミのやるべきこと。しっかり自分を見つめ返して、もう一度人を助けること。そして―――」
いつの日か、友に会いに行くこと。
ダイヤモンド・シティの噂になっていた、アール・スターリングの失踪事件は、思いもよらぬ形で決着を迎えた。
メガ整形外科センターの医師、Dr.クロッカーの自首により、市民はアールが命を落としていたことを知ることとなる。
だが、医療行為中の事故ということで、Dr.クロッカーに課せられた刑は比較的軽いものとなった。
その事件の結末の裏に、一人の異邦人と一体の執事ロボットの活躍があったことは、ごくわずかな者しか知らない。
「さあ、事件も解決したし、今日くらい飲みに行ってもいいわよね、コズワース?」
「仕方ありませんね。財布の中身を空にしないよう、私もお供いたしますよ、ノエル様」
[クエストが完了しました(ノエル):The Disappearing Act-Retake]
[クエストがアップデートされました(ノエル):TRACING "SOLE SURVIVOR"]
・[完了] コズワースと共にダイヤモンド・シティへ向かう
・ダイヤモンド・シティ内で時間を潰す
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24th day:意図せぬ再会
そして完全に繋ぎ回です。ゴメン。
まだ生きてるよ!
「…………ええええええええええ!?」
ダグアウト・インの中に響いた叫び声はまさにノエルのもので、そしてその声を耳にしたヴェズーヴァは、しかめ面で顔を背けた。
「相変わらず響く声しやがンのナ、ノエル」
しかめ面をしていたのはヴェズーヴァだけでなく、周りの客も同じであった。が、そんな冷たい視線にすら気づかぬほどノエルの驚きは大きく、ついでに見開いた目も大きかった。
「いや、そりゃ驚くでしょ。なんでアンタがここにいるのよヴェズーヴァ。しかも……」
そこで初めて、ノエルはヴェズーヴァの後ろにたたずむ女性に視線を向けた。シルバー・シュラウドの格好をしたその女性こそ、ノエルが探していた人物で。
「しかもなんでノーラさんと一緒にいるのよ。ナンパ?」
「違ぇヨ、オマエを探すために協力してもらってたンだっての……んん?」
ノエルの言葉に違和感を覚えたヴェズーヴァの表情が怪訝なものに変わり、次いで、その視線がノエルとノーラの間を往復する。
「なンだ?ノエル、オマエどうしてノーラのことを知ってンだ?」
ヴェズーヴァはノーラがノエルのことを知っている可能性は想定していたが、その逆については考えていなかったようで、ストレートにその疑問をぶつけた。
「なんでって、そりゃ……ああ、そっか」
ノエルはこの世界がゲームの中だということを知っている。もちろんそれは、ノエル自身が【それ】をプレイしたことがあるからである。
だが、同じ世界の住人であるからといって、ヴェズーヴァがそうであるとは限らない。
「そういえばアンタ、コンピューターとか苦手だったわよねぇ」
「……会って早々ケンカ売られてるような気がすンだがヨ」
「そうじゃないわよ。どこから説明したらいいか考えてるだけ。……それに、アンタにも聞きたいことがあるし」
ヴェズーヴァがノエルに疑問を抱くように、ノエルにもヴェズーヴァに対して疑問があった。だがその疑問をノエルが口にする前に、割って入ったのはノーラだった。
「まあ、ノエル……ちゃんでいいかしら。立ち話もなんだし、私の家で話をしない?」
そこまで言って、初めてノーラはノエルの後ろに控える、金属の球体然としたロボットに目を向けた。
「私も色々と、あなたに聞きたいことがあるもの。どうして私のコズワースを連れ回しているのか、とかね」
ノーラの家は、ダグアウト・インよりもより球場の中央、市場に面した場所にある。昼夜を問わず喧騒に溢れていて、落ち着かないことを除けば、利便性に優れた場所である。
当然その家の中は荒廃した世界らしく、壁や天井はボロボロであった。が、室内は広く、かつ、調度品などは大戦前のものであるが、比較的状態の良いものを揃えてあった。
「さあ、それじゃあ聞いてもいいかしら。ノエルちゃん、貴方どうして私のコズワースと一緒にいたのかしら」
ノーラの放った問いは穏やかな語調であったが、その奥には、静かな疑念が見えていた。そしてそれを感じ取ったのか、ノエルの答えもいつもの茶化した様子ではなく、真面目なもので。
「そうねぇ、どこから説明したらいいのかしら」
しばし考えるそぶりを見せるノエル。ややあって、自分の中で話の流れがまとまったのか、改めて口を開く。
「アタシはね、もともと連邦の人間じゃないのよ。ノーラさんがボストン生まれだったのと似たような意味でね」
そこのヴェズーヴァも同じよ、と続けたところで、一旦言葉を切り。一呼吸置いた後に、続ける。
「ノーラさんはほら、時代が違うでしょ。アタシは時代じゃなくて、世界が違うのよ。にわかには信じられないでしょうけどね」
「……まあ、信じる信じないの話で言えば、今この状況も悪い夢みたいなものだけれど……」
曖昧に頷くノーラ。釈然としない様子ではあったが、理解はしたのだろう。追求の言葉はなく。
「……私がボストンの生まれって言うのは、コズワースから聞いたの?」
「そうよ。それ以外にも色々聞いたわよ。例えばそうねぇ……」
一瞬言葉を止めて、ノエルはニヤリ、と笑みを浮かべた。それはとても悪戯げな顔で、そして。
「それを話す前に、一杯貰えないかしら。……ウォッカ・マティーニを、ステアでなくシェイクで」
「……あら」
ノエルのその試すような言葉に、一瞬、呆けたように口を開くノーラ。しかしすぐにノエルの真意に気づいたのか、その顔が笑みへと変わる。
「仰せのままに、と言いたいところだけれど、御免なさいね。生憎とキナ・リレを切らしているの」
そうして二人暫しの間を置いて、ほぼ同時に吹き出した。
「うん、やっぱり聞いた通りの人だわ、ノーラさん」
「なるほど、ね。そりゃあコズワースも親近感を覚えるはずだわ。不思議な話だけれど」
しかしその会話で、ひとまずノエルに対する不信感は払拭されたのだろう。ノーラの笑みに、ノエルが小さく頷く。
「コズワースもアタシも、キミを探してたのよ、ノーラさん。ご主人を追いかけてひとりで旅するには、ちょっとこの世はファンキー過ぎるからね」
利害の一致があったことを示せば、それは自然な形でノーラの中へと落ちた。ただひとつの疑問を除いては。
「そうね、コズワースを連れてきてくれたのはとても嬉しいわ。有難う、ノエルちゃん。…………じゃあ、もうひとつだけ聞いていいかしら?」
今度は、先程のように鋭いものではなく、ただ純粋な疑問で。
「ノエルちゃんがそこまでして私を探したかった理由。一体どうしてなのかしら?」
その問いかけはもちろん、ノエルの想像するところではあったのだが、不意にノエルは言葉に詰まった。
ノエルの知っているこの世界の知識。そしてその未来。それがどの方向を向いているのか、いまだノエルには見えていないからだ。
ノーラはガービーと出会っておらず、それはすなわちミニッツメンの支配する未来の道にはたどり着いていないと言うことになるが、それ以外の状況はノエルにはさっぱり分からないのだから。
「……えっとね、これはコズワースにも黙っていたことなんだけどね。アタシ、ノーラさんにいくつか聞きたいことがあったのよ」
ノーラのノエルに対する知識は、ノエル本人から語られたものを除けば、ヴェズーヴァから聞いた『緊張感のない美人』、そして『幸せそうに食事をする』程度のものである。そのノエルからの質問が想像できず、ノーラは小首を傾げた。
「私の答えられることであればいいのだけれど、生憎と最近のグルメ事情には詳しくないわよ?」
なにせ起きたばかりだもの、と、冗談めかしてノーラは言うが、当然それは本心の言葉ではない。それは当然ノエルも分かっていたのか、あはは、と小さく笑い返すに留まって。
そうして続けられた言葉は、ノーラの思いもよらないものであった。
「インスティチュートのショーン君には、もう会った?」
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25th day:We don't need Roads
「インスティチュートのショーン君には、もう会った?」
「―――っ!?」
それはノーラにとってまさに寝耳に水の質問であり、かつ、彼女の切望していた『答え』であった。驚きに目とセンサーアイを見開くノーラとコズワースをそれぞれ眺めて、ノエルは続ける。
「その様子じゃ、まだ会ってなかったみたいね。まあ今言ったとおり、ショーン君はインスティチュートにいるわ」
「……何故貴女が居場所を知って…………いえ」
ノエルに疑問の矢を投げつけようとしたノーラが、言葉を飲み込む。そして一度かぶりを振って。
「…………貴女は『他の世界から来た』と、はっきり言えるんですもの。……貴女は、この世界のことを、知っているのね」
国が違う。時代が違う。ノーラがそうであったように、目覚めたらそこは未来であった、という可能性だってなくはない。
だが彼女、ノエルはそれをはっきりと否定し、他の世界と表現した。それはつまり、この世界のことをもともと知っていたか、もしくはこういう『別の世界へ来ること』を何度も経験しているか、あるいはその両方だ。
そしてノーラの推測を裏付けるかのように、彼女、ノエルは首肯した。
「うん、大まかなところはね。さすがに全部を知ってるわけじゃないけど、この先起きるであろうこともいくつか推測はできるわよ」
「…………そう、なのね」
ノーラにとってこれ以上ない、自分の求めている答えを与えてくれるであろう人物。
信憑性のほどはともかく、ノーラがその答えにすがるのは自然なことであった。あるはずだった。
だが、実際にノーラがノエルに尋ねるのは、その答えを求める問いではなく。
「……それを教えてくれる貴女の目的は、一体なんなの?」
「元の世界に帰る方法を探してるのよ。可能性のある手段はいくつか思い付いたんだけど、そのうちの一つがインスティチュートなのよね」
そこまで言って、ノエルは困ったように頭を掻いた。
「……でもノーラさん、貴女はインスティチュートにはまだたどり着いてないんでしょう?」
「ええ。けれどわざわざ私を通す必要があるということは……貴女はインスティチュートへ行く手段を持ってないということなのかしら」
ノーラの問いにノエルは首肯し、大きくため息をついた。
「ご明察。手段を知ってる人に心当たりはあるけど、すぐにその手段が使えるとは考えにくいわね」
『本来の手段』では、いくつか必要なものを「調達」した後に、しかるべき人物にその話を持ちかける必要がある。
「もしノーラさんがもうインスティチュートにたどり着いてたなら、まずはそっちを頼ろうかと思ったけれど」
「―――残念だけれど、すぐには難しいわね。貴女は手段を知ってるかもしれないけれど、私はその手掛かりすらも、今は掴めていないもの」
嘆息するノーラに、ノエルは一度頷き、ひとつ指を立てた。
「ショーン君の話は、知ってる範囲ではできるわ。インスティチュートに行く方法も、直接は無理だけど必要なことを案内はできるわ。けれど、あたしはその手段は用意できないし、用意できそうな人を知ってはいるけど……」
「けれど何らかの理由があって、その人を頼ることができない、と」
もしもガービーらミニッツメンが彼らの本拠地、キャッスルを奪還していたのであれば、彼らに依頼することはできる。しかしいまだにラジオからは、キャッスル奪還のニュースは流れていない。
「そういうことね。だから別の手段を探さなきゃなんだけど……」
ノエルは頷き、そしてふと小首をかしげた。
「そういえばヴェズーヴァ、アタシはともかく、アンタこの場所知らないはずでしょ。どうしてここにいるの?」
唐突に話題を振られたヴェズーヴァは、その言葉の意味を暫し考えて、やがて大きく溜め息をついた。
「覚えてねェのか。そもそもおかしいと思わねェのか、オマエはともかくオレがこの場にいるのがヨ」
「まあ、あんたあたし以上に機械とかダメなタイプだもんねぇ」
「喧嘩売ってンなら戻ってから買うぞ」
ぶっきらぼうに言い捨てると、かぶりを振ってヴェズーヴァが続ける。
「プレ……『参加者』の救出依頼だ。ギルドからのお達しでヨ。生きてる世界に複数が飲まれたのは、これが初めてなんだとさ」
状況は把握しているのか、言葉を選び答えを返したヴェズーヴァ。
「直接あっちから引っ張るこたァできねェってことだから、オレはソイツを伝えに来たってワケだ」
「……それ、アンタも帰れないんじゃない」
呆れたように呟くノエルに、ご明察、とヴェズーヴァは肩をすくめた。
「んで?お姫様を救う王子様には、この状況をパリっと打破する『別の手段』が見えてンじゃねぇノ?」
言いながらヴェズーヴァはサードレールでせしめたボトルを呷ると、おもむろにラジオの電源をオンにする。するとそこから流れてきたのは、ノエルはすでに直に聞いたことのある、落ち着いたトラヴィスの声だった。
『彼らのことをなんと呼べばいいのかって?もちろんご存知でしょう……そう、Vaultbusters!』
ラジオから流れる彼らが、本来この世界にいない人物であることを、ヴェズーヴァは当然知らない。だが、そのラジオの話があまりにも『出来すぎている』ことは理解できる。
いい勘してるわね、とノエルは頷いて、……そこでヴェズーヴァのボトルが羨ましくなったのか、コズワースに手のひらを差し出すが、コズワースはボディを左右に振った。
「けち。……まあそうよ、あたしの知らない話に首を突っ込んでいけば、どこかから何かできるんじゃないかなって。ノーラさんにはちょっと回り道になるかもしれないけどね」
虎の子のグインネットを禁じられ、肩をすくめながら言うノエル。そして、それに同意する意見は二つあった。
「回り道も何も、手詰まりなンだろ。なら、繋がってる道を歩いてみるしかねェだろ」
「私も賛成ね。……というよりは、実は私も気になっていたのよ。あの三人はね」
ダイヤモンド・シティには市長をはじめ、幾人かの有名人がいる。人造人間の探偵や、過激な新聞記者、ノエルが酒場で会ったトラヴィスもその一人だ。
そしてノエルは知る由がないが、ノーラの口にした三人もまた、名の知れた存在であった。
「話が早くて助かるわ。……それじゃノーラさん、案内してくれる?」
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