規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 (kt60)
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プロローグ

 少年は、誰もが一度は異世界に憧れる。

 ゲームの世界に吸い込まれる妄想をしたり、物置みたいな暗いところに異世界への扉が繋がっていることを期待したりする。

 そういうことが、一回以上はあったと思う。

 

 しかし成長をすると、そんな気持ちは減ってくる。

 異世界に行きたいとは思う。

 異世界に行って、かわいい女の子たちでハーレムを作ったりしたいとは思う。

 

 一方で、本気で行けるとは思わない。

 ゲームをやっても物置を見ても、そこが入り口だとは思わない。

 

 それでもどこかで期待している。

 神秘的な廃墟や森の写真を見ると、ちょっとワクワクしたりする。

 古本屋でやたら古い本を見つけると、興味を惹かれたりする。

 オレはまさしく、そんな普通の高校生だった。

 

 とある日のこと。

 古本屋で漫画を立ち読んできた帰り道。

 いつものように自転車を走らせていると、明かりの灯った廃ビルを見つけた。

 

 窓が割れてコンクリートもヒビ割れたビルは、明らかに人が住める建物ではない。

 それなのに、わずかな明かりが漏れていた。

 気になったオレは、自転車を止めて中に入った。

 

 ジャリ……と小石を踏みしめながら、階段を登る。

 明かりが灯っていた階層へ、一歩一歩向かう。

 

 ダンジョンにもぐっているような気分になって、ちょっとワクワクとした。

 ゴブリンぐらいは、でてきそうである。

 落ちていた鉄パイプを拾い、剣のつもりで振ってみる。

 なんか盛りあがってきた。

 

(魔王――炎舞剣!!)

 

 見られていたら、死にたくなるような名前とポーズとビシリと決めて、高いテンションでビルを登る。

 しかし目的の階層にいたのは、ゴブリンではなかった。

 白いマスクを被った連中が、怪しい呪文を唱えてる。

 何本ものろうそくが灯る空間で、祈るように手をあげている。

 

(宗教の団体か……)

 

 一見だけで、そうとしか言いようのない光景。

 常識で言えば、逃げるべき場面。

 ただオレは、逃げることができなかった。

 

 部屋の奥に、女の子がいたからだ。

 

 白いワンピースのような服を着たショートカットの女の子が、手首を縛られ壁に貼りつけられたかのようにされている。

 儚げで物憂げな雰囲気は、オレの心を惹きつけた。

 生まれて初めて、一目惚れをした。

 

 教祖らしき男が叫んだ。

 

「今宵我らは、この清らかなる処女の心臓を偉大なるアルファゲート様に捧げる! そして穢れたこの世界と別れ、新たなる世界へと旅立つのだ!!」

 

 教祖の言葉に、信者たちがもろ手をあげた。

 一方、オレの心拍数は跳ねあがっていた。

 

(心臓って、そういうことだよな……?)

 

 教祖が銀色の剣を抜く。

 助けを呼んでるヒマはない。警察を呼んでいる時間もない。

 そう思った途端、オレは心臓が冷えるのを感じた。

 無心になって、陰から飛びだす。

 黒い風のように駆けて、教祖に不意打ちを入れた。

 

「うぐおっ……!」

 

 ガマガエルみたいな顔をした教祖は、カエルみたいな呻きをあげた。

 オレは鉄パイプを構え、信者たちに言った。

 

「逃げるなら、命だけは助けてやらあぁ!!」

 

「「「ひいいいいいいいいいいっ!!」」」

 

 信者らの大半は、蜘蛛の子を散らすかのように逃げて行った。

 しかし残った八人が、オレに殺意と武器を向けた。

 

 オレは鉄パイプを握りしめ、信者たちに立ち向かった。

 気持ちはふしぎと高揚していた。

 口の端に狂気めいた笑みの浮かんでいることが、自分でもわかった。

 

 けれども、あまりに多勢に無勢。

 六人まではぶちのめしたが、途中で剣を胸に刺された。

 

「ぐっ……」

 

 直感でわかる。

 コイツは急所に突き刺さった。

 しかしここで下がったら、名前も知らないこの美少女が、生け贄にされるだろう。

 

 ただの男と可憐な美少女。優先すべきは美少女だ。

 誰だってそうする。オレだってそうする。

 天秤の片割れに載っているのが自分(オレ)であろうと、そんなことは関係ない。

 

 

 優先すべきは美少女だ!!!

 

 

 しかも少女は、ただの美少女ではない。

 オレが惚れた美少女だ。

 

 

 自分が惚れた美少女だったら、命に代えても守るのが男だっ!!

 

 

 決死の力を絞り、信者ふたりをぶちのめす。

 そして近くの住民が、ビルの騒ぎを聞きつけたのだろう。サイレンの音が近づいてきた。

 よかった……。

 

 もう大丈夫だと思ったら、体の力がふわっと抜けた。

 同時に意識も遠のき始める。

 それでも少女を安心させてやるべく、微笑みかけた。

 

「もう、たいじょう……ぶ…………」

 

 オレは教祖が書いたと思わしき、魔法陣の上に倒れる。

 青い輝きがオレを包んだ。

 

   ◆

 

 消えた意識がふと戻る。

 背の高い木々と、空をおおう木の葉が見えた。

 

「おぎゃ……あ、ああ……」

 

 声をだそうとしてみたら、赤ん坊のような声が響いた。

 オレの脳裏に、教祖の言葉が蘇る。

 

『今宵我らは、この清らかなる処女の心臓を偉大なるアルファゲート様に捧げる! 穢れたこの世界と別れ、新たなる世界へと旅立つのだ!!』

 

 この言葉、字面(じめん)通りに解釈するなら――。

 

 

 異世界への転生。

 

 

 ただの狂人の戯言か――と思いきや、そうでもなかったということか。

 実際の生贄になったのはオレの血だけど、発動はするってことか。

 若がえっているのは、たぶん教祖の都合だろう。

 

 教祖は中年男性だった。

 若返る術式も、転生の儀式に組み込んでいたに違いない。

 

 けれども、オレは高校生。

 中年の教祖がちょうどよくなる術式でワープしたから、赤ん坊になってしまったに違いない。

 

 不意に森の風が吹く。オレの全身、ぶるりと震えた。

 

 寒い。

 死ぬほどに寒い。

 単なる空気が凶器となって、地面の冷気が体温を吸い取る。

 

 ヤバい。

 ヤバい。

 ヤバい。

 

 死ぬ。

 死ぬ。

 死ぬ。

 

 

 このまま行くと、森の中で凍死する。

 

 

「おっ……ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ!」

 

 助けを呼ぼうとしてみたが、歯のない口では声にならない。

 死にたく……ねぇ……!

 

 つまらない現代だったらともかく、異世界にきた……のにっ……!

 決死の思いで地を這った。

 赤ん坊にとっては背の高い草むらを這って進んだ。

 

 途中で雨も降ってきた。

 地面がぬかるむ。手のひらが痛い。

 雷の音が、オレの存在をかき消そうとする。

 

 それでも必死に這って進むと、馬車の通り道と思わしき空間にでた。

馬車の音もした。

見てみると、遠ざかっていく馬車があった。

 オレは力を振り絞り、あらん限りの声を発した。

 

「おぎゃあ……! ぎゃあ……! ぎゃあ……!」

 

 かすれた声を三回だした。そこが力の限界だった。

オレはどちゃりと、這うように崩れる。泥がびちゃりと跳ねあがり、オレのほっぺたにもかかった。

 

(せっかく……。異世界にきたのにな……)

 

 オレの意識は、無念の中で遠ざかって行った。

 

   ◆

 

 二度と覚めない眠りと思っていたというのに、オレはふしぎと目が覚めた。

 パチパチパチ。

 暖炉独特の音がする。身を包むのは、温かでやわらかな触感。

 目の前にあるのは、整った顔立ち。メイド服を着込み、カチューシャをつけている美女であった。

 

「お目覚めですか?」

「ばぶうっ?!」

 

 驚くあまり、赤ん坊の声がでた。

 

「おお、目覚めたか」

 

 声をあげたのは、初老の男性だった。

 人のよさそうな顔つきをして、髪は白くなっている。

 

「おお、おお。よかったのぅ。よかったのぅ」

 

 初老の男は満面の笑みで、オレを見つめた。

 

「捨てられていた赤ん坊を拾うとは……本当に、ご主人様はお人よしでございますね」

「そうは言っても、見捨てるわけにはいかんじゃろう」

「そのようなことだから、我が領はいつまでも困窮しており、屋敷のメイドもわたしひとりしか雇えないのです」

「それを言われると辛いのぅ……」

「まぁ、もっとも、あなたがお人よしだから税率も安く、反乱などが起きないのも事実ではありますが……」

 

 メイドの美女は、険しい顔で眉根を寄せた。

 しかしその声音には、どこかやさしい響きがあった。

 初老の男の性質を困ったものだと思う一方、好ましくも思っている様子が見て取れる。

 

 そうしてオレは、レリクス=カーティスの養子にして長男。

 レイン=カーティスとして育てられることになった。



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レイン六歳。魔法を覚える。

 六年がすぎた。

 オレは裏庭で父さんといっしょに、剣の素振りをしていた。

 

「フンッ!」

「フンッ!」

 

「んっ!」

「んっ!」

 

「ハアッ!」

「ハアッ!」

 

「はっ!」

「はっ!」

 

 上半身を脱いでいる父さんの体には、隆々とした筋肉といくつもの傷跡がついていた。

 元は有名な魔法剣士だったらしく、功を立てたご褒美として領地を賜ったらしい。

 今は老いと戦いで負った無数の傷のダメージのせいで、力はかなり落ちている。

 

 でもこの父さん、いろいろとおかしい。

 異世界のお約束として備わっていた鑑定スキルでステータスを見た瞬間、死ぬかと思ったりした。

 具体的に言うとこんな感じだ。

 

 

 レベル 48200

 

 HP  530000/530000

 MP  397500/397500

 筋力  463750

 耐久  430625

 敏捷  450500

 魔力  457125

 

 

 なにこれ?! 人間?!

 

 道を歩いていたら、魔王とエンカウントしたかのような気分だよ!!

 実際は父さんで味方なんだけど、明らかにステータスおかしいよ!!

 

 しかもこれ、引退している人だからね?!

 戦いはやめて、田舎でのんびり暮らすこと考えている人だからね?!

 

 それでも父で恩人だ。

 剣の稽古をつけてくれるのもありがたい。

 

「さぁ、こい、レイン!」

「はいっ!」

 

 オレは木剣を握りしめ、父さんに打ちかかる。

 二連続で振りおろし、足を引いて薙ぎ払い。ピュウッと鋭い音が鳴る。父さんは、半歩さがって剣をかわした。

 

 しかし腹部に、木剣の跡が走る。

 父さんが、感嘆の声を漏らした。

 

「むうっ……!」

 

 それからしばらく、オレは父さんと訓練を続けた。

 

「お食事ができました」

「すまないな、メイ」

「職務ですので」

 

 メイと呼ばれたメイドさんは、紅茶とサンドイッチを縁側におろした。

 オレと父さんは並んで座り、朝の食事をその場で取った。

 

「しかしわたしに一太刀を入れるとはな。すごいぞ、レイン」

 

 父さんはうれしそうに目を細め、オレの頭をやさしく撫でた。

 オレもとってもうれしくなって、自然と両目が細まった。今の父さんと同じような顔をしているような気がした。

 

 前の世界でのオレの父母は、ハッキリ言ってクズだった。

 殴られたことは何度もあるが、撫でられたことは一度もない。

 それだけに、この父さんの手のひらは温かい。

 生まれて初めて愛されたかのような実感を受ける。

 

「それではそろそろ、魔法を教えてやるとしようか」

「魔法、ですか」

「ワシが使えるのは、そう大した魔法ではないがな」

「レリクス様で大したことがないと言ったら、この世界から魔術士はいなくなってしまうかと」

「若いころであればともかく、今のワシではのぅ」

 

 父さんは、右手を前に突きだした。

 

 

 どごぉんっ!!

 

 

 すさまじい勢いの火球が、父さんの手から飛びだした。

 暴君のごときそれは、およそ二〇メートル近い距離にある木々を消し炭にして消えた。

 

 魔法を知らないオレから見ても、すさまじすぎる破壊力。

 メイドのメイさんも、唖然と口を開いてる。

 それなのに、父さんは言った。

 

 

「見ての通りじゃ…………」

 

 

 もうガチで、しょんぼりとしている顔だった。

 

 

「無詠唱魔法でこの威力をだしておいて、なにが『見ての通り』なのでしょうか……」

「しかし若いころには、あの山までは届いていたからのう」

 

 メイさんは、渋い顔でため息をついた。

 人のいい父さんだけど、ちょっとばかり常識がなかった。

 

「まぁ、レインに教える分には十分じゃろう」

「十分どころか、世界も滅ぼせてしまう気がします」

「冗談がうまいのぅ」

 

 オレは本気で言ったのに、父さんは笑った。

 ゆっくりと立ちあがる。

 

「まずは透明なリンゴを持っているようなイメージで、両の手を向い合わせてかざすのじゃ」

「はい」

「次に、体内を巡る魔力を両手に集める。ここでものを言うのは、一にも二にもイメージじゃ」

 

 言われるままにイメージを作った。両の手が、じんわり温かくなってくる。

 

「あとはひたすら、魔力を集中させてれば――」

 

 オレの手と手のあいだに、黄金色のイカヅチが走る!!

 

「おお……!」

 

 オレは感動に打ち震えながら、森に向かって言ってみた。

 

「ライトニング!!」

 

 イカヅチは、鋭角に突き進む。生えていた木にバリリと当たり、一瞬で炎上させた。

 父さんが、目を丸くして言った。

 

「まさか一発目から、成功させるとはのぅ……」

「しかも使いこなすのが非常に難しいと言われる、(らい)属性……」

「すごいんですか?」

 

「うまく練れるようになるのに半年。

 風なり炎なりをだせるようになるまで一年。

 効果のある魔法として放てるようになるまでは二年はかかる。

 よっぽどの才能がある者であろうとも、半年はかかると言われておるのじゃが…………」

 

「末恐ろしいですね……」

 

 メイさんも、そんな風に言っていた。

 

 

 血は繋がっていないとはいえ、オレも父さんの息子…………ということか。



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レイン十歳。狩りをしてたら少女に出会う。

 拾われてから、十年がすぎた。

 オレは森で狩りをしていた。

 木の陰からほんのわずかに身を乗りだして、ターゲットを見やる。

 直径二メートル級の、角を生やしたイノシシだ。

 そのツノは普通の生き物とは違い、水晶のように輝いている。

 オレは鑑定を使用した。

 

 

 名前 なし

種族 ホーンボア(ツノイノシシ)

 レベル 38

 

 HP  550/550

 MP   0/0

 筋力  426

 耐久  418

 敏捷  388

 魔力   0

 

 

「またモンスターか……」

 

 この世界で言うモンスターとは、動物などが変質したものを指す。

 ツノやツメ。瞳や心臓といった、器官の一部に水晶や宝石のようなものがついているのが特徴だ。

(例外もいる)

 

 動物以外でも、長期に渡って月の光を浴びた鉱石や、窪んだ地形に溜まり続けた瘴気(ガス)がモンスター化することもあるらしい。

 

 当然強い。

 手のひらサイズのネズミでも、モンスター化すればライオンぐらいに強くなる。

 つまりイノシシのモンスターは、かなり危険であるわけだ。

 

 それでもオレは、リストを取りだして見やった。

 父さんがまとめてくれた、『この森にでる動物と、それがモンスター化した場合の危険度』のリストだ。

 戦っても大丈夫であることを確認し、剣を構えた。

 

「魔法剣――サンダーソード」

 

 オレは父さんからもらったロングソードに、父さんから教えてもらった要領で魔法をつけた。

 タンと地を蹴り、身を乗りだした。

 

「ハアアッ!」

 

 イノシシが気づき、オレのほうを向いてくる。

 けれども、遅い。

 

 オレは金色の斬撃を振るい、ツノイノシシに雷撃を当てた。

 麻痺したイノシシの首をめがけて、剣を振る。

 

 鮮血が舞った。

 

 モンスター化した動物は強い。

 手のひらサイズのネズミでも、モンスター化すればライオンぐらいに強くなる。

 

 しかし父さんに教育を受けたオレは、それ以上に強い。

 っていうかウチの父さんは、魔物化した竜――魔竜を倒したこともある英雄らしい。

 

 歴史上でも数えるほどしか報告例のない魔竜だが、少なくとも三ヵ国が総力をあげて、軍事力の90パーセントを失う覚悟で討伐するか、国を捨てて裸足で逃げだし、魔竜が動かないことを祈るしかなかった。

 

 それをウチの父さんは、たった七人で殺ったらしい。

 

 本人曰く、

『伝承の魔竜より、弱い個体だったんじゃなかろうか……?』

 という話だったが――。

 

『絶対に違います。仮にそうであったとしても、七人で倒すのは非常識です』

 

 メイさんは、そんな風に言っていた。

 とにかくそんな父さんに育てられたのが、ここにいるオレである。

 イノシシぐらいの魔物なら、不意を突けば楽勝だ。

 

 肉をさばいてたき火を作り、火をかけて焼いた。

 豚肉にも似た、香ばしい香りが漂ってくる。

 オレはパラリと本を広げた。

 

 魔法に関する本である。

 父さんの屋敷には、魔法に関する本もたくさんあった。

 だから適当に借りて、あいた時間に読んでるわけだ。

 

「魔法の基本七属性は、炎、雷、風、木、土、水、氷の七つ」

「これにはそれぞれ、相性がある」

「後天的に属性を開拓したい場合は、先天資質の属性と相性のよい属性を選ぶべきである」

「先天資質を調べるには…………」

 

 そこから先は、オレが父さんから教えてもらった魔力を練るやり方が書いてあった。

 そこで雷が発現したオレの先天資質は、雷である。

 

「でもって雷と相性がいいのは炎か」

 

 確かに炎と雷は、親戚みたいなところあるしな。

 オレはイノシシの肉を軽くかじると、一メートル五〇センチぐらいの木を切った。

 枝を払って丸太に変えて、地面へと突き刺す。

 魔力を練りあげ、右手に集め――。

 

「ファイアーボール!!」

 

 集めた魔力はイメージ通り、炎の球となって丸太を燃やした。

 

「っ……」

 

 ただし疲労は、ライトニングを放った時よりも大きかった。

 あとなんか、使用するまでがだるかった。

 パソコンを覚えたての時、キーボードの文字を一文字一文字確認しながら打っていた時のまどろっこしさに近い。

 

 体の細胞のひとつひとつが、〈炎の魔法を放つ手順〉を、逐一確認しているような感じだ。

 

(まぁこのへんは、慣れ…………だろうな)

 

 オレは火炎魔法のトレーニングも続けた。

 ちなみに後日、成果を父さんとメイさんに報告したら――。

 

『その年で二属性とは、さすがじゃのぅ』

『その年で二属性とか、おかしいのですが…………』

 

 みたいな反応をされた。

 でもこの時のオレは、それがそこまで特別だとは思ってなかった。

 

 だから普通に訓練していた。

 雷だけを鍛えることも考えたけど、いろいろ使えるほうにロマンを感じた。

 

 その時だった。

 背後から、強い光りが刺してきた。

 自然界には存在しえない、強烈なまでの青い光りだ。

 

「なんだっ?!」

 

 オレは素早く剣を構える。

 そこにいたのは――。

 

「女の子…………?」

 

 白と水色のコントラストが美しい制服を着た、整った顔立ちの女の子。

 

 年のころは一〇歳前後。

 今のオレより、ひとつかふたつ年上といった感じだ。

 そしてオレはその顔に、見覚えがあった。

 

 オレがこの世界にくる直前。

 怪しい宗教団体に捕まっていた女の子。

 

 目の前の子は、その女の子にそっくりなのだ。

 その女の子を幼くすれば、こうなるという姿なのだ。

 

「えっ、ええっと……」

 

 オレは剣を鞘に納めて、なにか話しかけようとした。

 が――。

 少女はタンと地を蹴ると。

 

 

 抱きついてきた。

 

 

「やっと………。会えた………。」

「えっ、ええ……?!」

「わたしはあの団体に、生贄になるための存在として育てられた。」

「あの団体ってのは、儀式やってた……?」

「うん。」

 

 少女は小さくうなずいた。

 

「あのあとわたしは、小さな施設に保護された。」

「施設の人は、みんな親切でやさしかった。」

「わたしは文字を書くことを覚えて、学校にも行った。」

 

 

「だけどあなたを、忘れることができなかった。」

 

 

「夜寝る時も、朝起きた時も、ごはんを食べている時も。」

「ずっとずっと、あなたを忘れることができなかった。」

 

 

 矢継ぎ早に言われたオレは、混乱している頭でかろうじて整理した。

 

 

「つまりオレに会いたいばかりに、儀式を再現してこっちにきてみた…………ってこと?」

「うん………。」

 

 少女は小さくうなずくと、抱きつく力を、ぎゅうぅ………! と強めた。

 

 

「わたしの………。王子さま………!」

 

 

 どうしよう。

 なんだかめっちゃ、好かれてる。

 

 悪い気はしない。

 むしろ最高である。

 でもどうすればいいのかは、まったくもってわからない。

 

「ととっ、とりあえず、戻ろうか。家に」

「うん。」

 

 オレはたき火の火を消した。焼けた肉とまだ残っているイノシシの死体を並べ、意識を集中させていく。

 

「空間魔法――アイテムボックス!」

 

 ぐにゃりと空間がゆがみ、肉とイノシシを異次元にしまった。

 実際に使用するには難易度の高い魔法らしいが、イメージしたら簡単にできた。

 

「今の………まほう?」

「ああ、うん。アイテムボックス。けっこうすごい魔法らしいけど、試してみたらあっさり使えた。容量の制限はあるけど、肉とイノシシ運ぶぐらいならできるよ」

「………。」

 

 少女は無言で、オレのことをジ………と見つめた。

 神秘的な輝きを放つ顔立ちと瞳はとてもまぶしく、オレの顔は熱くなる。

 

「なっ、なんか……あった?」

「なまえ………。」

「えっ?」

「あなたの、お名前。」

 

 ああ、それか。

 

「レインだよ。レイン=カーティス。レリクス=カーティスっていうすごい人に拾われて、この世界で生きている」

「レイン………。」

 

 少女は愛おしそうにつぶやくと、改めて言った。

 

「レイン、すごい。」

「オレをきっちり褒めるため、わざわざ名前を聞いてきたの……?」

「うん。」

 

 少女はこくりとうなずいた。そんな仕草も愛らしい。

 

「ちなみに、そっちは……?」

「マリナ」

「いっ、いい名前…………だね」

 

 オレが褒めると、マリナの顔がぽっと赤らむ。

 

「えっ、どっ、どうしたの?!」

「ほめられてうれしい。」

「そんなことで好感度があがるとか、どんだけオレのこと好きなの?!」

「あなたを追って、異世界にきちゃうぐらい。」

 

 そうでしたー!

 準備を終えて、歩きだす。

(ぴと………?)

 マリナは、オレの右腕に腕を巻きつけた。

(ふにゅっ………?)

 まだ一〇歳ぐらいのはずにしては、大きいおっぱいが当たる。

 

 どうしよう。

 気持ちいい。



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レイン十歳。ヒロインとイチャつく。

「ただいま帰りました。父さん」

「おお、そうか」

 

 裏庭にいた父さんにあいさつをしたオレは、アイテムボックスを使った。

 仕舞い込んでいた獲物を取りだす。

 

「ほぅ……イノシシか」

「はい」

 

 父さんは焼けた肉を掴み、がぶりとかじった。

 

「この味からすると、魔物化したイノシシのようじゃのぅ」

「父さんさんから教えてもらった気配の消し方を使いつつ、魔法剣を使ったらなんとかなりました」

「そうか…………」

 

 父さんは、さびしげに目を伏せた。

 最近の父さんは、なぜかこういう表情を見せる。

 オレとしては、単純に喜んでほしいんだけど。

 

 しかし憂いの表情は、ほんの一瞬で消える。

 すぐにいつもの笑顔に戻り、しみじみとうなずいた。

 

「この年でもうイノシシを狩れるとは、将来が楽しみじゃのぅ」

 

 そして頭を撫でてくれた。

 

「ただし相手と戦う時は、ワシが作った魔物リストに目を通すのじゃぞ?

 おヌシが相手にしてもよいのは、D級以下の魔物だけじゃ。

 リストに載っていない魔物や、クマのような大型動物が魔物化している場合には、けして手をだしてはならん」

 

「はい、父さん」

 

 オレがうなずくと、メイさんがぼやいた。

 

「イノシシは、『相手にしてもよい』グループに入るのですね……」

「イノシシであれば、その通りじゃろう? これがクマだと危ういが」

「平均的な騎士団がモンスター化したイノシシを狩る場合、一〇人から二〇人の編隊を組むのが常であるわけですが……」

「そうは言っても、ワシがレインの年のころには、三体ぐらいは普通に狩っておったしのう……」

「………………」

 

 メイさんは、もはやなにも言わなかった。

 いっしょに暮らしていてわかったことだが――。

 

 

 ウチの父さん、常識がない。

 

 

 それでも自分の基準を押しつけることはしない。

 無理だと言えば、無理なものとして受け入れてくれる。

 今回の件にしても、実際にイノシシを狩れている。だから問題はない。

 

「ところでレイン。そちらの少女は……?」

「森で拾った女の子…………です?」

 

 マリナは小さくうなずいた。

 

「ゆくあてなどはあるのか?」

(こくっ。)

 

 マリナは小さくうなずくと、オレにくっつく力を強めた。

 

「この人の隣が、わたしの居場所。」

「あはは……」

 

 あまりにもまっすぐな発言に、オレは照れた笑いを浮かべた。

 

「スミにおけんのぅ」

 

 父さんは、にこやかに言った。

 

「しかしウチで過ごすからには、家事なり狩りなり、なんらかの仕事はやってもらうぞ?」

 

 基本的にやさしいが、甘くはないのが父さんである。

 

「うん。」

 

 マリナは、小さくうなずいた。

 

「レインのお手伝い、する。」

「それならば…………ふむ。適性を見る限り、まずは魔法の練習からじゃな」

「はい。」

 

 マリナはこくっとうなずいた。

 

「魔法の覚え方はいろいろとあるが、ワシが一番と思うのは、やはりこの方法じゃ」

 

 父さんは、自然体で立った。

 

「透明なリンゴを持つようなイメージで両の手をかざし、魔力を両の手に集める」

「はい。」

「そして練りあげることで、その当人にあった属性が、自然と形成されてくるのじゃ」

「………はい。」

 

 キツいのだろう。マリナの顔が険しくなった。

 

巻物(スクロール)などを使えば容易に覚えることも可能じゃが、威力の面で劣ることが多い。補佐的に使う分にはよいと思うが、メインの属性は自力で習得するべきじゃな」

 

「有効な巻物(スクロール)はとてつもなく高価なので、ウチでは買えないという事情もあります」

 

 父さんが言うと、メイさんが補足した。

 

「んっ、んっ………。」

「限界と思ったら、休憩を挟んでもよいぞ? 属性を発現させられるようになるまで、一年以上かかるのは当たり前じゃからの」

 

 父さんは、マリナを気づかって言った。

 が――。

 

 シャキィン!

 

 マリナの手のあいだには、氷の塊が生まれた!!

 それはすぐさま弾け飛んだが、それでも属性の発露はできた。

 

「んうっ………。」

 

 力を使い果たしたらしい。マリナの膝ががくりと折れた。

 オレは、がしっと体を支える。

 

「大丈夫か?」

「うん………。」

 

 マリナはオレの腕の中で、満足そうにつぶやいた。

 

「初日で属性の発露までできるとは…………。

 さすがは、レインが連れてきた少女じゃのぅ……」

 

 父さんは、目を丸くして言っていた。

 

   ◆

 

 そのあとマリナは、軽い睡眠を取った。

 何度か練習を重ね、夕食である。

 マリナはメイさんが作ってくれた食事を、一生懸命食卓に運んだりした。

 

 家事をやるよう言ったりした父さんであるが、実際にやるのはこの程度である。

 このあたり、甘くないけどやさしい。

 

 食事が食卓に並ぶ。

 メインはもちろん、オレが取ってきたイノシシ肉のステーキだ。

 じゅうじゅうと立つ音に、濃厚な香りを放つ湯気。

 ほどよく焼けた焦げ茶色の表面が、なんとも言えず食欲をそそる。

 

 オレは静かに手を合わせ、命に感謝して食った。

 うまい。

 たっぷり満足したあとは、裏庭だ。剣の稽古をつけてもらう。

 訓練用の剣を持ち、父さんに打ち込む。

 

「ハッ、ハッ、やあッ!」

「うむッ! なかなか鋭い踏み込みじゃ!」

 

 父さんさんの振りおろしをバックステップで回避して、右手を父さんに伸ばす。

 

「ライトニング!」

 

 雷は、超高速で突き進む。

 が――。

 

「まだまだじゃあ!」

 

 

 父さんは、木剣で雷を切った。

 

 

「うそおっ?!」

 

 勢いのまま突っ込んできて、オレの胴に寸止めが入る。

 

「うぐっ……」

「ここまでのようじゃの」

「はい……」

「しかし魔法でも一撃を入れられるとは、ヌシの上達はすさまじいのぅ」

 

 切断されていたと思っていた魔法だが、わずかな破片が当たっていたらしい。

 父さんが着ている服の肩のあたりが、じんわり裂けて焦げていた。

 

「本当に、将来が楽しみな子じゃ」

 

 父さんは、いつものように笑うのだった。

 

 そして夜がきた。

 オレはオレの部屋の前で、マリナに軽いあいさつをした。

 

「オレの部屋はすぐ隣だから、なにかあったらすぐこいよ?」

「うん。」

 

 マリナがうなずいたのを見計らい、オレは自分の部屋へと戻る。

 腰に帯びていた剣を外して、服を脱ぐ。簡素なる寝巻に着替え、天蓋つきのベッドに入る。

 

「ふー……」

 

 いろいろなことがあったせいだろう。万感のため息が口からもれた。

 すると違和感。

 体の横に、奇妙な違和の感覚があった。

 

「………?」

 

 マリナであった。

 マリナがオレのベッドの中で、頬を赤くしてオレを見ていた。

 

「ええっ?!」

 

 オレは思わず後ずさる。

 どんなスピードで着替えたのだろう。

 マリナは薄くて色っぽい、ネグリジェみたいな服を着ていた。

 

「どっどっどっどっ、どうしているの?!」

 

 マリナはオレの服の裾を掴んで、まっすぐに言った。

 

「なにかあったら、こいって言った。」

「なにか、あったの…………?」

「うん。」

 

 マリナは、小さくうなずくと言った。

 

「さびしい。」

「へ?」

「『離れたらさびしい』が、わたしの中にあった。」

「ええっと……」

 

 オレはなにも言えなくなった。

 理由としてはかなりひどいが、そこまで慕ってくれるのはうれしい。

 

 そもそもオレはマリナに対し、強い好意を持っている。

 前世では、命を賭けて助けたぐらいだ。

 こうやって迫られて、悪い気がするはずがない。

 

 けれども、どうなのであろう。

 肉体的には一〇歳のオレとマリナが~~~~~ってさ!

 

「それと、もうひとつ………ある。」

「もうひとつ?」

「わたし………びょうきなの。」

「びょうき……?」

「うん。」

 

 マリナはうなずき、静かに言った。

 

「ぜったいに治らない、ふじのやまい。」

 

 オレの気分が、急激に重くなる。

 不治の病。

 治らない病気。

 自身を苛む苦しい痛みに耐えながら、死に怯える毎日をすごす日々。

 

 そんなイメージが頭に浮かんだ。

 マリナの頼みを、できる限り聞いてやりたくもなった。

 地球ならともかく、こっちなら治せるかもしれない。

 そんな期待も密かに込めて、オレはマリナに問いかけた。

 

「なんていう病気なの……?」

 

 マリナは、薄い桜色の唇を、ゆっくりと開いて言った。

 

 

「あなたのことが………好き好き病。」

 

 

 …………。

 ………………。

 

 

「え………………?」

 

 

「あなたのことが好き好きすぎて、いつも頭があなたばかりで、離れているとさびしくなったり、いっしょにいても切なくなったりしちゃうびょうき。」

「ええっと……」

 

 戸惑うオレに、マリナは抱き着いてきた。勢いのまま、オレはマリナに押し倒される。

 

「十年ずっと、想ってた。」

「十年ずっと、さびしかった。」

「十年ずっと、毎日毎朝毎晩毎昼。あなたのことばかり考えていた。」

「十年ずっと、夢の中にもあなたがでてきた。」

 

 マリナは体をこすりつけつつ、熱烈に告白を続けた。

 胸元のふくらみや太もものぬくもりが、オレの体にこすれまくった。

 声音の吐息が耳をくすぐり、オレの理性は死にそうだった。

 

「わたしのびょうきは、十年、ずっと、なおらなかった。」

 

 言い切ったマリナは、体をゆっくりと起こした。

 オレの手を取り、自身の胸へといざなって言う。

 

「わたしの、お医者さんになってください………。」

「いや……! 無理……! ダメっ……!」

「どうして………?」

 

「だってオレ、浮気とかする可能性あるよ?! マリナ以外の子とも、しちゃうかもしれないよ?! この世界にくる前は、異世界に行ってハーレム作りたいなー、とか思ってたし!!」

 

 するとマリナは、オレの唇に唇を重ねた。

 痺れが走るほどに気持ちのいいキスをして、唇を離す。

 

「………へいき。」

「ほんとに……?」

「わたしのこと、いちばんに………してくれるなら。」

 

 そこがオレの限界だった。

 かわいいかわいいマリナに向かって、お医者さんプレイをやってしまった。

 

 



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レイン十四歳。伝説の英雄に勝利する。

次は今日の午後十時ぐらいに投稿します。


 一晩あけて朝がきた。スズメとよく似た鳥の鳴き声で目を覚ます。

 

「病気……すこしは治まった?」

「うん………♪」

 

 マリナは小さくうなずいた。

 オレは軽いキスをして、ベッドから降りた。服を着ようとクローゼットに向かい、ドアの下から紙がでていることに気づいた。

 

「……?」

 

 何気なく拾う。

 そこには父さんの文字で、ハッキリとあった。

 

 

 今日から三日は、完全自由休養日とする。

 ふたりそろって、存分に励む(・・)がよい。

 食事と水も、たっぷりと用意してある。

 レリクス=カーティス

 

 

 父さーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!

 オレは声なき悲鳴をあげた。

 やっておいて言うのもなんだが、公認されると恥ずかしい。

 エロ本が見つかった時の気分って言えば、ご理解いただけるだろうかっ?!

 

(………。)

 

 マリナがオレの背中にくっつき、父さんのメモ書きを見つめていた。

 オレの肩にちょこんと頭を乗せていて、とてもかわいい。

 メモを見たマリナは、ぽつりと言った。

 

「いっぱい………できる♪」

「まだするのっ?!」

「うん。」

 

 マリナは小さくうなずくと、淡々と言った。

 

「3万6500回はしたい。」

「どこからでたの?! その数字!!」

「一日十回、三百六十五日。十年分で計算するとそうなる。」

 

 一日十回という狂った前提を見さえしなければ、なにひとつ問題のない計算であった。

 でも一日十回という前提が、とてつもなくおかしい。

 これがまともだって言うんなら、トンカツを載せまくったパフェだってヘルシーだよ。

 

「あなたのことが好き好き病は、十年、ずっとだったから………。」

 

 そういうことなら仕方ない。

 オレはマリナを押し倒し、病気の治療をしてやった。

 

 マリナは途中で疲れていたが、不眠不休でがんばった。

 十年分はさすがに無理だが、三日で三ヶ月分はやった。

 無理だ無理だと思っても、やってみればできるものだ。

 無理って言うのは、ウソツキの言葉だね!

 

 そんなこんなで、『お楽しみの三日間』は、あっという間に過ぎ去った。

 オレとマリナは三日ぶりに服を着て、三日ぶりに外にでた。

 外の空気は爽やかだった。

 

  ◆

 

 四年がすぎて、オレは十四歳になった。

 荒野で、父さんと戦う。

 刃を落としたミスリル銀の剣を振るって、父さんと打ち合う。

 

 ガリギャギャギャ。

 打ち合うたびに火花が飛び散る。

 

「唸れ雷炎・ライトニングファイア!」

「必防奥義・避雷剣!」

 

 オレの放った雷炎魔法に、父さんは剣の切っ先を当てた。

 父さんの剣は、雷撃と熱の両方を吸った。

 

 だがエネルギーは消えない。

 凶器と化しているエネルギーは、刀身を伝って父さんの手に向かう!

 それはコンマ一秒にも満たない、神速の速度。

 でも父さんに、常識はなかった。

 

「ふぅんっ!!」

 

 剣を握る手に雷炎が届くより早く、自身の剣を鋭く振るった。

 あさっての方角に、溜まった力を飛ばしてしまう。

 遠方にあった巨岩に、巨穴があいた。

 しかしさすがの父さんも、今の技では隙が生まれる。

 

「凍てつき尽くせ――イズベルアイス!」

 

 マリナの魔法で父さんの足元に魔法陣が生まれ、氷山がせりあがった。

 父さんは、氷漬けになる。

 それでも氷の中で熱を発して――。

 

 

「ハアアッ!!」

 

 

 砕いた。

 

 

 氷漬けになったぐらいじゃ、なんともないのがウチの父さんであるっ!

 バラバラに砕けた氷が、散弾となってオレたちに向かうっ!!

 

「ファイアボール!!」

 

 オレは軽く魔法を放ち、タンと地を蹴り突っ込んだ。

 氷のツブテが体に当たるが、ファイアボールのおかげでもろい。

 当たった端から砕け続ける。

 オレは一直線に駆け抜けて、剣を父さんの胴体にっ!!!

 

 その一撃は、完全なる寸止めを入れた。

 もしも本物の剣でその気になってさえいれば、父さんは真っ二つである。

 

「うぅむ……」

 

 感嘆の声を漏らした父さんは言った。

 

 

「ワシの負けじゃなぁ」

 

 

 訓練が終わったので、お弁当である。

 父さんが狩ってきたホーンラビットの肉と、家から持ってきた果物などを広げる。

 

 父さんとオレは肉派だが、マリナは持ってきた果物派である。

 蜂蜜みたいな色合いをしたハニーアップルを両手で持って、かぷりと咥える。

 

(かぷ………。しゃくしゃくしゃく。こくん。)

(かぷ………。しゃくしゃくしゃく。こくん。)

 

「おいしい?」

「うん。」

 

 マリナはリンゴで唇を隠しつつ、こくりと小さくうなずいた。

 

 このハニーアップルは、マリナのお気に入りである。

 一日一個は食べている。

 おかげでマリナとキスをすると、りんごの匂いがしたりする。

 それは甘く爽やかで、思わずマリナの胸元の果実も収穫したく…………このへんにしておこう。

 

「しかしふたりに組まれると、ワシも勝てなくなったのぅ」

「でも父さんは、全力じゃありませんよね?」

「確かに加減はしておるが、おヌシたちを殺さぬためじゃ。

 『殺さない範囲での』という意味では、先刻の戦いが全力じゃ」

 

 父さんは、肉をかぶりと噛み千切る。

 

「十を越えて間もない程度の年齢でありながら、雷と炎の二属性を使用。おまけに剣技も、そこらの聖騎士であれば圧倒できるようになっているのが今のおヌシじゃ。その実力は、自信を持ってもよいぞ?」

 

「ありがとうございます」

(くい。くい。)

 

 マリナがオレの袖を引く。

 オレのことを(じぃ………。)と見つめ、父さんのほうをチラと見た。

 

「自分のほうはどうなのか、父さんに聞いてほしいって?」

「うん。」

 

 マリナは小さくうなずいた。

 

「おヌシのほうは…………氷属性のあつかいがピカ一じゃのぅ。

 単純な力では剣も魔法もレインに劣るが、属性が違うということで役に立てることも多いはずじゃ。

 大陸で三指に入る魔術士になれる素養もあるじゃろうな」

 

「すごいな、マリナ」

「ん………♪」

 

 マリナはうれしそうだった。

 暮らしの中でもベッドの中でも大人しいマリナだが、地味に戦い好きである。

 特にオレとの模擬戦は、かなりイキイキやっている。

 

「それではワシは、一足先に帰るとしよう」

 

 父さんは立ちあがり、足にググッと力を込めた。

 ドゥンッと高く飛び跳ねる。

 森を超え、あっという間に見えなくなった。

 

 魔法のような跳躍だったが、名前をつけると『ただのジャンプ』だ。

 本当に、あの人はおかしい。

 

 ただオレは、訓練とはいえあの人に勝てるようになった。

 そう思うとうれしい。

 気分が思わず高揚してくる。

 

 空を飛んでみたいなとも思う。

 ジャンプで飛ぶのは無理にしても、なにか別の方法で。

 

(一番簡単なのは風魔法だけど、オレはまだ使えない。火炎魔法にしても、体を宙に浮かすほどの出力はだせない。それ以外としては、ヘリコプターとか、飛行機か…………)

 

 機械そのものを作るのは無理にしても、機械の原理を使ったなにかはできないものか。

 考えていると、マリナの姿が視界に入った。

 ふたつ目のりんごを両手で持って、かぷかぷと咥えてる。

 

 それを見てたら閃いた。

 純粋な意味で〈飛ぶ〉というのとはすこし違うが、爽快感はかなりありそうなアイディアである。

 想像したらワクワクしてきた。

 ついでにちょっと、ムラムラしてきた。

 

「マリナ」

 

 手首を掴んでりんごをどかし、その唇にキスをした。

 一息に押し倒す。

 マリナのりんごが、ころりと転がる。

 

「あっ………。」

 

 オレはマリナの巨乳を握り、たぷたぷとゆらした。

 オレが毎日もんでるせいか、今やオレの手を挟めるぐらいには大きくなってる。

 実際いろいろ、挟んでもらったりしてる。

 手とか、顔とか。

 

「ふたり切り……だしさ」

 

 マリナは頬を赤く染め、オレの視線から目をそらす。

 

「ここ………外。」

「外のマリナもかわいいよ」

「えっち………。」

 

 オレはマリナにキスをして、りんごの香りを楽しんだ。

 野外プレイも楽しんだ。




次は今日の午後十時ぐらいに投稿します。


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レイン十四歳。村のために立ちあがる。

次はあしたの午後八時ぐらいに投稿します。


 

 マリナを味わい家に帰ると、客間で父さんが話を受けてた。

 相手はすこしくたびれた服を着たおっさんだ。辺鄙な村の村長といった風貌である。

 

「と……言うわけなのでございます」

「それは確かに、困り者じゃのぅ……」

「どうしたんですか? 父さん」

「おお、レインか」

「…………」

 

 オレが会話に割って入ると、おっさんは露骨に顔をしかめた。 

 

「悪いけど、坊や。今おじさんは、ちょっと大切な話をしてるんだ」

「気にすることはないじゃろう。

 ふたりは確かに子どもじゃが、(わっぱ)ではない。

 少なくともワシは、ふたりに年不相応な『知』を感じることがしばしばある。

 魂だけが、奇妙に成熟しているかのような――と言えば、わかりやすいかのぅ」

 

 オレもマリナも、地球からの転生人だ。

 その説明は、完璧にあってる。

 

 ただオレは、地球からの転生できていることを話していない。

 隠しているわけではないのだが、わざわざ言うこともないと思っているからだ。

 なのにこんなピンポイントで当ててくるとか……。

 

 ウチの父さん、マジですげぇ。

 

「まぁ、領主さまが、そうおっしゃるのであれば……」

 

 おっさんは、不承不承にうなずいた。話を一からしてくれる。

 一通り聞いたオレは、簡単にまとめた。

 

「流行り病が村にきた。

 いつもなんとかしてくれる治癒魔法師に依頼をしたけど、今回は外せない用事があって、時間がかかる…………ということですか」

「あっ、ああ」

 

 おっさんは、ハトが豆鉄砲を食らったような顔でうなずくと言った。

 

「坊やは……いったいいくつなんだい?」

「今年でちょうど一四歳ですかね」

 

 おっさんは、感嘆のため息をもらした。

 今のオレ、中学生ぐらい(一四歳)としてはかなりしっかりとした受け答えしたもんな。

 

「ちなみにその病気ですが、どのような症状がでるのですか?」

 

「それは……、恐ろしい病です…………」

 

 おっさんは、深刻な顔をして語った。

 

「水のような下痢が起こったかと思ったら、顔は青ざめ体は痩せて、最後は干からびたようになって死に至ります」

 

「なるほど……」

 

「治癒魔法士であるリリーナさまが、病気であると断定するまでは、呪いであるとさえ思われておりました」

 

 確かに知らない人が見たら、そう思うのも無理はない。

 しかしオレには、その症状をもたらす病気に覚えがあった。

 

「その症状…………下痢が一番最初ですよね?」

「はっ……はい」

「しかもほかの症状は、下痢が長く続いたあとに、初めてでてくる」

「おっしゃる通りでございます…………」

 

 おっさんは、唖然と目を見開いていた。

 

「一部を聞いただけでそこまで見通してしまうとは……。

 伝説の、賢者さまのごとしですな……」

 

 くすぐったいほどの褒め言葉だったが、オレは軽く流して言った。

 

「その病気なら、なんとかなるかもしれません」

「治療法まで、お分かりになられるのですかっ?!」

 

「治癒魔法士さんがくるまでの延命でしたら、確実にできると思います」

 

「えっ……?」

「はい…………?」

「なん…………じゃと?」

 

 メイさんとおっさん、父さんの三人が同時に驚く。

 

「………。」

 

 マリナにしても、目を丸く見開いて驚いていた。

 

「この領の近くに海はありますか? 父さん」

「西に80キロスほどゆけば、大きな砂浜があるのぅ」

 

 父さんは、アゴをさすってつぶやいた。

 ちなみにキロスは、この国での単位だ。1キロスで1キロと思えば、だいたいあってる。

 

「危険なモンスターも何種かでるが……ワシとおヌシなら大丈夫であろうな」

「わかりました。すぐにでましょう」

 

「海でなければならぬのか?」

「大量の塩があるなら、海でなくとも構いませんが」

 

「ある程度ならこの屋敷でも用意はできるが、大量の――となると難しいの」

「それならやっぱり、海がいいです」

「それではすぐにでるとしようか」

「いっ、いきなりでございますか?!」

 

 戸惑うおっさんに、オレは言った。

 

「村の人たちは、のんびりしていても構わないぐらいに元気なのですか?」

「レリクスさまと似てまいりましたね……」

 

 メイドのメイさんが、ハアッとため息をついた。

 

 なんてこった。

 この非常識な父さんと、いっしょくたにされてしまったぜ。

 感謝も尊敬もしてるけど、それとこれとは別問題だ。

 

 だが父さんは、オレの命の恩人だ。その父さんの領民が困っているのだ。

 なにもしないわけにはいかない。

 

「それでは行くかの」

「はい」

(こくっ。)

 

 簡素な旅支度を終えた父さんが言うと、オレとマリナはうなずいた。

 おっさんが、馬ぐらいの大きさをした鳥を引いてやってくる。

 

「それではせめて、これをお使いください。わたしがここにくるのに使った、巨大鳥のククルーです」

 

 それはこの世界で馬の代わりに使われる、乗り物用の鳥である。

 地球の馬がそうであったように、急ぐ時にはコイツを使うのが一般的だ。

 

 速さなんかは馬やドラゴンに劣るものの、飼育がしやすく人気が高い。

 『劣る』と言っても、自転車ぐらいのスピードはでるしね。

 だが父さんは、ナチュラルに首をかしげた。

 

「急ぐ旅なら、いらんじゃろう……?」

「えっ?」

「いや……じゃから、急ぐ旅なら、ククルーではなく、二本の足で進むべきじゃろう?」

 

 父さんは、ガチの本気で言っていた。

 車に乗ってでかけようとしたら、自転車を進められた人みたいにきょとんとしていた。

 

 実際この父さんであれば、馬や竜より速く走れると思う。

 だからって、それが常識のように言われても普通の人は困ると思う。

 さすが父さんである。

 

「ワシは、先に行っておるでの」

 

 とだけ言い、タンと地を蹴り走りだす。

 そのスピードは、F1――は言い過ぎにしても、自動車ぐらいは余裕ででていた。

 日本にいたら、速度違反で捕まりそうなレベルではある。

 

 UTMO。

 ウチの父さん、マジでおかしい。

 

「さすがは、魔竜殺しの伝説を持つ領主さまですな……」

 

 おっさんは、感嘆してつぶやいた。オレとマリナのほうを見て言う。

 

「ぼっちゃまとお嬢さまは、いかがなされますか?」

「乗って行ってもいいんですけど…………試してみたい魔法がありますんで」

 

 それはついさっき閃いた、空を飛ぶ方法である。

 

「その若さで、魔法を……?!」

 

 おっさんは、目を丸くしてオレを見た。

 このおっさん、この一日で一生分は驚いている気がする。

 

 オレは視線を受けつつも、青銀の板を持ってきた。

 剣や鎧に使われることの多い、頑丈な金属だ。

 かなり大きく、オレの身長ぐらいはある。

 

「サンダーソード!」

 

 魔法剣を発動させて、すこし大きなビート板ぐらいに裂いた。

 板に乗ったオレは、マリナを抱き寄せ抱きあげる。いわゆるひとつの、お姫さま抱っこ。

 

(………!)

 

 オレの意図を理解していないマリナは、驚いたように目を見開いた。

 しかしすぐさま気を取り直し、なでられた猫のように(きゅーん?)と目を細め、オレのほっぺに頬ずりしてきた。

 かわいい。

 

 でもオレがしてほしいのは、それじゃない。

 オレはマリナに耳打ちし、してほしいことを頼んだ。

 

「うん。」

 

 マリナは小さくうなずくと、右手をヒュンッと小さく振るった。その一瞬で、道が軽く凍りつく。

 氷の道の完成だ。

 幅は一メートル程度だが、長さは三〇メートル近くある。

 先っぽのほうは、スキーのジャンプ台のように反りあがっていた。

 

「むっ、無詠唱で、この規模の……?!」

「マリナは、父さんが認めた天才なので」

 

 オレは一言そう言うと、自身の魔力を溜めていく。

 雷とも炎とも言える雷炎の力を溜めて、足場の板に移してく。

 

「あと治療には、大量の水が必要となります。それも用意しておいてください」

「はっ、はいっ!」

 

 おっさんにそれだけを言って、紅と黄色の混ざったイカヅチを、バチバチと鳴らし――。

 

 

「ゴオッ!!」

 

 

 一息に発射。

 超加速したボードは、氷の道を超高速で突き進む。

 反りあがった氷の道の先端へと突き進み――。

 

 

 大ジャンプッ!!

 

 

 気持ちいい風を全身に浴びて、マリナといっしょに着地する。

 蛇行気味にゆれ動き、炎の出力をわずかに落とす。

 ほんのわずかに減速し、体勢を整えて再加速。

 

 ギュオンッと空気の裂く音が聞こえ、白い風となって走る。

 陸上サーフィン、フゥー!!

 

(………♪)

 

 マリナも気持ちいいらしい。一見すると無表情だがほんのり頬を紅潮させて、地面の先を指差している。

 マリナが指を差すと、茶色の地面は順々に凍った。

 

 ヤバいな、これ。

 本当に気持ちいい。

 バイクに乗っているみたいな気分だ。

 

 風になっていると、父さんの背中が見えてきた。

 オレは出力をあげて、一気に追いつく。

 

「それは……なんなのじゃ?」

「さっき作った乗り物です」

「さっき作った…………じゃと?」

「父さんみたいに跳べないかと思って考えてみたら、閃いたので作ってみました」

「作ってみましたの一言で、そのような乗り物を作ってしまえるというのか……」

 

 父さんは、あきれと感嘆が混ざったような目でオレを見つめた。

 その目は〈急ぐ旅なら、ククルルではなく二本の足で進むべきじゃろう?〉と言った父さんを見つめる村のおっさんを彷彿とさせた。

 

 え……。

 待って。

 

 これはまだ、セーフだよね?

 そんな非常識じゃないよね?

 

 おかしいかどうかで言ったら、こんなマシンの隣を普通に走ってる父さんのほうがおかしいよね?!

 

 っていうかホント、なんで普通に並走してるのっ?!

 時速で言うと、八〇キロはでてるんだけどっ?!

 

 オレは言い訳や驚きをくり返しながら、父さんと並んで砂浜へ向かった。




次はあしたの午後八時ぐらいに投稿します。

あとは感想もらえるとうれしいです!


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レイン十四歳。イカと戦う。

 砂浜に行くと、イカの群れが穴を掘ってた。

 

 なにを言われているのかわからないかもしれないが、そのままの意味である。

 直径三〇センチぐらいのイカの群れが、あちこちに穴を掘ってる。

 若干デフォロメされているかのような、可愛らしいフォルムが特徴だ。

 

 モンスターの(しるし)である宝石は、イカのトレードマークである三角な頭の中央にあった。

 

「砂浜イカ――ビーチ・スクイッドか」

「知ってるんですか? 父さん」

 

「名前の通り、砂浜(ビーチ)に住んでいるイカ(スクイッド)じゃ。

 時期になると上陸し、砂や土の中にタマゴを産むのじゃ。

 長期に渡ってほうっておくと砂浜(ビーチ)が削られ、陸地の面積が減ってしまう」

 

「それなら、倒したほうがいいですか?」

「危険なモンスターを、用心棒にしていることもあるしの」

 

 父さんは、小さくうなずきつぶやいた。

 

「しかしこの地方には、いないはずのモンスターなんじゃがのぅ……」

 

 不穏な話も聞こえたが、剣を構える。

 ちょっと可哀想な気もするが、間引かなければ仕方ない。

 

「できるだけ経験も積みたいので、父さんはサポートメインでお願いします」

「うむ」

「サンダーソード!」

 

 オレは魔法を剣に走らせ、タンと地を蹴り踊りだす。

 

「せやあっ!」

 

 剣を振るえば雷撃が飛びだし、イカたちを焼いた。

 

〈〈〈ぴぎぃー!〉〉〉

 

 イカの半数が海へと逃げて、もう半数が怒りに震えた。

 最前列の一体が触腕を伸ばす。

 身をのけぞって回避した。

 別の二体がスミを吐く。

 

(ん………。)

 

 マリナが右手をツイッと伸ばして、イカのスミを凍らせた。

 が――。

 氷の壁をぶち破った砲弾のごとき影が、オレの腹部にぶち当たるっ!

 

「ごほっ!」

 

 みぞおちに鋭いのが入り、オレはちょっと痛かった。

 足元を見れば、どろりととろけた球体のようなものが転がっていた。

 

(なんだこれ……?)

 

 と思う間もなく、追加の砲弾が飛んでくる。数は八つ。

 

「オラァ!!」

 

 オレはサンダーソードを振るいまくって、一瞬で撃ち落とす。

 

「ビーチスクイッドのタマゴじゃな。

 硬質のカラに覆われた自身のタマゴを、やつらは武器としても使う。

 自身の口から、砲弾のように放つのじゃ」

 

 なんてひどい生態だ。

 クワガタのメスは、エサが不足すると自分が産んだタマゴを食べることもある――って話を思いだす。

 

 心の中にちょっぴりあった可哀想って気持ちが、粉々になって吹き飛んだ。

 オレは気を取り直し、戦闘を再開した。

 

 鋭く伸びた触腕の先を切り裂いて、右の手からファイアーボールを放つ。

 一匹、二匹をイカ焼きにして、三匹目には雷を落とす。

 

 イカスミがくればジャンプで回避し、戦いながらも視野は広げる。

 飛んできたタマゴは、身を翻して回避した。

 

 砂の足場は戦いにくいものがあったが、なんとかなった。

 マリナのほうはシンプルに、イカを氷漬けにしている。

 

 海に住んでいるイカは体表が塩水で覆われているせいか、ちょっと凍りにくかった。

 マリナは、それがちょっぴり不満そうであった。

 

 イカは五、六〇体はいたと思うが、残り一〇体になったら逃げた。

 オレはひとまず、剣をしまった。

 

 その時だった。

 不意に背後に怖気を感じた。

 

「レイン!!!」

 

 父さんの声もして、オレは反射で地を蹴り跳ねた。

 

 どごぉんっ!

 

 オレの立っていた足場に激しい衝撃が入り、砂色の砂が間欠泉のように舞いあがった。

 視線の先には――――。

 

 なにもない。

 ただの景色が広がっている。

 それでもオレは、とりあえず叫んだ。

 

「ライトニング!」

 

 虚空を走る雷撃は、しかし途中でなにかに当たった。

 

〈PiGiiiiiiiiiii!!!〉

 

 悲鳴があがり、見えない脅威が振るわれる。

 オレは空気の流れでそれを感じて、右に左に回避した。

 

 やがてそいつが、姿を現す。

 それは巨大なクラーケン。

 二階建ての一軒家ぐらいの高さを持った、とても巨大なイカである。

 マリナを守っていた父さんが、マリナといっしょにやってきて言った。

 

「大王スクイッドじゃな」

「知っているんですか? 父さん」

「名前の通りの、大王なイカ(スクイッド)じゃ。

 ビーチ・スクイッドが雇うモンスターとしては、比較的ポピュラーな種でもある」

 

「そうなのですか……」

「しかし擬態化も使える個体は、見るのも聞くのも初めてじゃのぅ……」

 

 となるとけっこう、レアで危険なモンスターってことか。

 オレは鑑定を使用してみた。

 

 

 名前 なし

 種族 大王スクイッド

 レベル 2270

 

 HP  58920/58920

 MP    0/0

 筋力  42880

 耐久  53580

 敏捷  12200

 魔力   0

 

 

 安全に倒そうと思えば騎士が一〇人ぐらい必要な、ホーンボア(ツノイノシシ)はこうである。

 

 

 HP  320/320

 MP   0/0

 筋力  276

 耐久  288

 敏捷  220

 魔力   0

 

 

 父さんですら知らないスキルを持っている、変異種なだけはある。

 常識で言えば、かなりヤバいモンスターだ。

 でも父さんに鍛えられたオレのステータスは、こんな感じだ。

 

 

 レベル 10240

 

 HP  107040/107040

 MP   84094/84294

 筋力   93660

 耐久   90308

 敏捷   91901

 魔力   93221

 

 

 わりと勝てそうな感じで、ちょっとばかり気がゆるむ。

 それでも一応、剣を構えた。

 

 こちらを警戒しているイカは、触手を動かし威嚇している。

 その姿たるや、迂闊に近づいたものをすべて絡め捕りそうな雰囲気がある。

 

 女の子とか捕まえて、うにょうにょしそうな雰囲気がある。

 女の子とか、捕まえて……。

 

 オレはちょっぴり変な気分で、マリナのほうを見やってしまった。

 マリナはオレをまっすぐに見つめて、まっすぐに言った。

 

「わたし、捕まったほうがいいの?」

「なに言ってんの?!」

「レインが、期待しているような気がした」

 

 

 当たってる!

 

 

 でもまさか、正直に言うわけにはいかない。

 ここはウソになってしまうが、ハッキリ否定しておこう。

 

「そんなことはないアルよ!」

 

 しかし自分にウソはつけず、似非中国人みたいな本音がでてきた。

 やましい気持ちは、人種も変えるっ……!

 

「ばか………。」

 

 頬を染めて言ったマリナは、律儀に捕まってくれた。

 守りたい、この眼福。

 

「なにをやっとるんじゃ?!」

 

 父さんは目を見開いて、自身の剣に手をかけた。

 

「落ち着いてください、父さん!」

 

 変なテンションになっていたオレは、父さんを抑えて叫んでしまった。

 

 

「あのイカは味方です!!!」

 

 

「おヌシはなにを言っているんじゃ?!?!?!

「邪魔をするなら、父さんだろうと容赦はしません!!」

「ワシは……育て方を誤ったのか…………?」

「育て方の問題ではありません!

 オレが生来所得していた、魂の問題です!!」

 

 オレはガチで剣を構えた。

 マリナは致命的なダメージは食らわないよう、器用に触手を凍らせていた。

 

 しかしながら細い触手を、首にプスリと刺されてしまった。

 痺れ毒だったのだろう。ぐったりとしてしまった。

 巨大なイカが口をあけ、マリナを飲み込もうとした。

 

 

「捕食は許さんっ!!!」

 

 

 オレは素早く自身の剣に、雷を流し込んだ。

 一直線に地を蹴って、イカの触手をぶった切る。

 マリナをしっかり抱きとめて、荒ぶるイカにライトニングファイア。

 その一撃で、イカはあっさり黒焦げになった。

 

「一撃……じゃと?」

「ライトニングファイアは、海水をよく伝う雷の性質に、体を焼き焦がす炎の性質も加わっている魔法ですからね。海の生き物にとっては、クリティカルだったんだと思います」

「それにしても、一撃で倒せるのはすごいのぅ」

 

 父さんは、しきりに感心してくれた。

 

「とりあえず邪魔者は排除したが、どうやって持って帰るんじゃ?」

「そこはマリナの力を借ります」

 

 オレは、オレにお姫さま抱っこされているマリナを見やった。

 体は麻痺したマリナだが、魔法自体は使えるらしい。

 小さくうなずき、海に向かって指を伸ばした。

 

「ん………。」

 

 すこしキツそうにしながらも、海の水を凍らせる。

 あるていど凍らせて、オレのアイテムボックスに入れる算段である。

 

「なるほどのぅ」

 

 父さんは、心静かにうなずいた。

 一〇分か二〇分が経って、かなりの量の海水が凍った。

 

「うむ」

 

 父さんが、なぜかおもむろに近づいた。

 そして――。

 

「ふうぅんっ!!」

 

 一軒家ほどはある塊を、たったひとりで持ちあげたっ!!

 

「えっ、ちょっ、なにやってるんですか?!」

「海の水を凍らせて、ワシに運ばせる計画ではなかったのか?」

 

「違います!

 っていうかそのサイズの氷塊を持って運べるだとか、さすがに想定していませんでした!

 空間魔法のアイテムボックスで持って帰る予定だったんです!」

 

「そうじゃったのか」

 

 うなずいた父さんは、テレビのリモコンを置くかのような気安さで、一軒家サイズの氷塊をおろした。

 ちなみにおさらいしておきますが、父さんのステータスはこれです。

 

 

 レベル 48200

 

 HP  530000/530000

 MP  397500/397500

 筋力   463750

 耐久   430625

 敏捷   450500

 魔力   457125

 

 

 マジ半端ない。

 

 



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レイン十四歳。知識チートを使う。

 

 屋敷についた。 

 オレは裏庭に回り、アイテムボックスを解除する。

 

 ずどーん!

 

 巨大なる氷塊が、音を立てて落ちた。

 このサイズの氷塊を持ち歩くのは、さすがに魔力を消費した。

 おかげでほとんどカラである。

 

 あとはこの氷を溶かし、蒸発させて塩を取れればよいのだが…………。

 

「海の塩分濃度ってわかりますか? 父さん」

「えんぶん…………なんじゃと?」

 

 そこからか。

 

「100リットルの水を蒸発させた時に、どの程度の塩が入っているかっていうことです」

「考えたこともないのぅ……」

「錬金術士でもない限り、必要としませんからね……」

 

 父さんが言うと、メイさんが補足した。

 

「ただレインさまたちがお出かけになった地方の海は、塩がよく取れるといいます。

 平均的な海よりも、豊富に含まれているかと」

 

 平均的な海よりも濃いのか。

 となるとますます、ちゃんと調べる必要があるな。

 

 計量カップなどはないそうだけれど、それはそれでやり方がある。

 氷塊の維持をマリナに任せ、天秤と鉄製のコップに、銀貨一〇〇枚を用意してもらった。

 

 左のコップに銀貨一〇〇枚を投入し、右のコップには切り取った氷塊の一部を溶かしてそそぐ。

 大雑把に注いだら、天秤のつり合いが取れるよう、慎重に調整していく。

 

 調整が終わったら、コップの水を蒸発させる。

 残った塩と銀貨の天秤が、何枚目で釣り合うのかを調べる。

 

 銀貨を一枚。銀貨を二枚と入れていく。

 九枚目で釣り合った。

 持ってきた海水に含まれる塩分は、およそ九パーセントであるとわかった。

 

 オレは大きな鍋を用意してもらい、下のほうと上のほうに目盛りをつけた。

 海水を下の目盛りまで注ぎ、真水を注いで上の目盛りにまで合わせる。

 数字で言うと、一〇倍に薄めた。

 

「完成…………かな」

「それが、薬なのですか……?」

「飲めばすぐ効く特効薬ってわけじゃないけどね」

「…………」

 

 オレは軽く答えたが、おっさんはほうけてた。

 とてもではないが信じられないといった顔だ。

 

「ワシの目には、海水を薄めたようにしか見えなかったのじゃが……」

「わたくしの目にも、同様です……」

 

 父さんとメイさんも、キツネに摘ままれたような顔をしている。

 

「それでもおヌシが効くと言うなら、信じるとしようか」

 

 ただ父さんは、しっかりとうなずいてくれた。

 薬のことは信じることができずとも、オレのことは信じてくれるらしい。

 本当に、いい父さんである。

 

「なにかあった時の責任は、このワシが取る」

 

 村長のおっさんも、父さんの一言で黙った。

 

 オレたちは村に行く。

 すこし離れたところからでも、悪臭が漂う村だった。

 

「排泄物などは、どのようにしているのですか……?」

「どこと言われますと、そのへん…………ですかな」

 

 おっさんは、そんな風に答えた。

 異世界のクセに、イヤなところがリアル中世である。

 

 ウチにはトイレが存在している。

 地球と比較しても遜色のない、水洗のトイレだ。

 だから当然、ある物であると、思っていたけど……。

 

「おトイレがついているのは、貴族のかたのお屋敷か、大きな都市ぐらいではないかと……」

 

 オレが絶句したせいだろう。

 おっさんは、言い訳がましく答えた。

 

 事情は理解できたけど、実際に接するとキツい。

 応急処置が終わったら、公共トイレと下水道も整備する必要がありそうだ。

 

 だが今は、病気の人たちの処置である。

 かなり大きい寸胴の鍋をふたつ用意し、氷を入れる。

 軽く火をかけ氷を溶かし、下の側の目盛りに合わせる。

 真水を入れて一〇倍に薄めた。

 

「それでは病気の人…………は難しいと思うので、病気の人が身内にいる人たちを呼んでください」

「はっ、はいっ!」

 

 村長は、よたよたと去って行った。

 

『領主さまのご子息が、延命薬を作ってくださったぞ!』

『ご子息が?』

『病を治すほどの効果はないが、治癒魔法士(リリーナさま)がきてくださるまで命を繋ぐことはできるそうだ!』

『しかし……』

 

 話を聞いていた村人は、一四歳のオレをチラと見やった。

 強い不安を感じたことが、遠目からでもよくわかる。

 

『不安なのはわかる。

 しかしあの(・・)領主さまのご子息だ!

 自作した魔法の道具を使って、ククルーよりも速く走る姿も確認しておる!』

 

『確かに、領主さまのご子息なら……』

『鬼神であろうと鬼謀があろうと、むしろ当然とも言えるな……』

 

『そもそもあの領主さまが、常識で言ったらありえない存在であるしな……』

『ご子息さまも人外でなければ、逆におかしいと言えるかもしれん』

 

 

 マジでおかしい(積みあげた)行動の数々(実績)が見せる、抜群の信頼がそこにはあった。

 

 

 行列ができた。

 コップでは容量が足りないので、みんなどんぶりを持っている。

 

「基本的には、じわじわと飲ませてください」

「じわじわ……とは?」

 

「一回の食事にかける時間と同じくらいの時間をかけて、どんぶりの半分の水分を飲み干すぐらいのペースです。

 特に下痢をしたあとは、絶対に飲ませてください。

 でないと――――」

 

 オレは声を一段低くし、脅すように言った。

 

 

「命の保証はできません」

 

 

「はっ、はい!」

 

 そんな注意を入れながら、たくさんの人に薄めた海水を配った。

 それは一定の効果をあげた。

 弱っていた人も死にかけていた人も、体力を取り戻す。

 

   ◆

 

〈病気で死ぬ〉とは、人口に膾炙している概念だ。

 しかし厳密なことを言うと、人が病気で死ぬことはない。

 死ぬ時は、その病気が引き起こす症状で(・・・)死ぬ。

 

 ヘリクツのような話だが、重要な概念である。

 病気によっては、この概念の有無で話は変わる。

 

 今回オレが対策した病気は、その代表である。

 病気の症状を聞いたオレには、ひとつの病名が浮かびあがった。

 

 コレラ。

 

 地球にもあったそれと、症状は同じだ。

 数十万人を殺したという記録も存在している、恐ろしい伝染病。

 だが実際に、コレラで死ぬ人はいない。

 

 コレラによって下痢をして、脱水症状で(・・・・・)死ぬのである。

 

 ならば話は簡単だ。

 水分を取らせればいい。

 水分を取っていれば、脱水症状で死ぬことはない。

 

 単純な話だが、むかしの人は知らなかった。

 だからこそ、数十万人が死んだという記録も存在している。

 

 と言っても、ただの水では効果がない。

 熱射病対策には、塩分の入った水が必要である。

 コレラで下痢をしている人にも、塩分が必要だ。

 

 そのための海水である。

 

 あとは糖分も必要とか聞いたような気がするので、果物も食べるように言っておいた。

 

 治癒魔法士がくるまでの二週間。

 死者はひとりもでなかった。



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レイン十四歳。エルフのリリーナと出会う。

 二週間がすぎた。

 この段階になると、オレがすることは特にない。

 教えを受けた村人が、自分たちで作ってる。

 

 ただし氷の維持だけは、マリナでないと難しい。

 夜はオレのアイテムボックスに収納するが、削る時は出しっぱなしにする必要がある。

 海水を溜めておくための風呂を作る計画もあるが、二週間では難しい。

 

 ゆえにオレの役割は、マリナの抱っこだ。

 マリナを膝の上に乗せ、マリナに氷を維持してもらう。

 

 最初は隣に座ってた。

 一〇センチほど離れた、わりと近い距離である。

 

 けれども、マリナには足りなかった。

 身を寄せて、肩をぺたりとつけてくるようになった。

 

 それでも、マリナには足りなかった。

 太ももも、ぺたりとくっつけてくるようになった。

 

 まだまだ、マリナには足りなかった。

 頭をぺたんと、オレの肩に乗せてくるようになった。

 

 そんな感じで距離が縮まり、最終的には抱っこになった。

 マリナの体はやわらかいので、完全な役得である。

 さりげなくおっぱいを揉んでも、文句などは言われない。

 

「あっ………。」

 

 とかわいい声をあげ、頬を染めるだけである。

 服の隙間に手を差し入れて、直接さわっても平気だ。

 オレのマリナは、超絶天使だ。

 

 そんな毎日を送っていたが、オレは思った。

 

「そろそろきてもいいと思うんだけどな……。治癒魔法士の人」

「うん………。」

 

 おっぱいを揉まれているマリナは、頬を染めつつもうなずいた。

 その時だった。

 

「リリーナ様がいらっしゃったぞー!」

「「「リリーナ様が?!」」」

 

 村人たちは目を輝かせ、作業の手をとめた。

 村の入り口のほうに行く。

 オレも行こうとしたのだが、マリナに手を握られてしまった。

 

(………。)

 

 マリナは神秘的な無表情で、オレのことをじっと見つめた。

 

「手を繋いで、移動したいのか?」

「うん。」

 

 マリナは、こくっとうなずいた。

 オレはマリナの手を握り、入り口のほうに移動した。

 

 そこにいたのは、美形のイケメンエルフだった。

 水色の瞳に、流れるような金色の髪。優美なる衣装。

 そして漂う雰囲気が、とても知的で穏やかだ。

 

 もしもオレが女だったら、出会って五秒で惚れてたかもしれない。

 マリナの手を握る力が、思わず強くなってしまった。

 

 不安な気持ちが、伝わってしまったのだろう。

 マリナはキュッと握り返すと、まっすぐに言ってきた。

 

「わたしの王子さまは、どの世界でもあなただけ。」

 

 心臓が跳ねた。

 改めて恋をする。

 

 さっきは天使と言ったけど、もはや女神かもしれない。

 しかも巨乳だし。

 

 なんて感じ入ってると、病気の人たちが広場に集められた。

 その数、ざっと一〇〇人超。

 みんなそろって顔色が悪く、ひとりでは立てない人もいる。

 

 リリーナさんは、指を立てて詠唱を始めた。

 エルフ語なのだろうか。オレには理解ではない言葉で延々と詠唱を続け、最後に叫ぶ。

 

「我と盟約を結びし風よ!

 白き癒しを、病魔に侵されし者たちに運べ!

 広域治癒魔法――ティエーラ・ディスポイズン!」

 

 リリーナさんの指から、緑の光と水色の光が螺旋を描いて宙に昇った。

 ふたつの光が広場を駆け抜け、光が雪のように降り注ぐ。

 

「おお……!」

「治った! 治ったぞー!」

「パパー!」

「心配かけたなぁ、ローラよ」

 

 村の人たちは、口々に歓声をあげた。

 完治の喜びを、家族と抱き合って分け合っている人たちもいる。

 

 だがオレは、驚愕していた。

 長い詠唱があったとはいえ、これだけの人数を一瞬で治してしまうとは……。

 この治癒魔法士、只者じゃない。

 

「今回も、ありがとうございました」

「レリクス様の、お頼みですから」

 

 しかしレリクス(父さん)の知り合いと聞いて、納得いった。

 単位で言えば、めらごっさである。

 

 父さんの知り合いが、規格外。

 それはケーキ一個に含まれるカロリーは、ケーキ一個分である――という命題に等しい真実だ。

 

「それにしても今回の病……わたくしの到着が遅れてしまったわりには、症状が軽くありましたね。

 かなりの腕の治癒魔法士を手配することができたのですか?」

 

「それは恐らく、レインさまが作ってくださったお薬のおかげでしょうなぁ」

「レイン?」

 

「レリクスさまの、ご子息さまのお名前です」

「レリクス、の…………?」

 

 リリーナさんは、なぜかショックを受けていた。

 錆びついたゴーレムのようにぎこちなく首を動かして、酔っぱらった泥人形のようにふらついて寄ってくる。

 

「顔立ちなどは、あまり似ているとは言えないが、立ち込める非常識の雰囲気は、確かに…………!」

 

 親子を感じるポイントそこぉ?!

 確かにオレも立場が逆なら、常識の有無(そこ)で判断しそうだけどさ!!

 

「レリクスと雰囲気が似ている上に、少年。少年か……」

 

 いったいどういうわけだろう。

 リリーナさんは頬を染め、吐息をほんのり荒げてた。

 そこはかとなく、春の日の変質者的な空気がでている。

 

「…………リリーナさん?」

「ふわっ?!」

 

 リリーナさんはすぐにハッとし、咳払いをして聞いてきた。

 

「……ご子息。母君殿は、どのような女性であるのだ……?」

「母さんはいません」

「なに?」

 

 リリーナさんは、眉根を寄せた。

 オレは困った。

 

 オレは父さんに拾われた子どもだ。

 母親なんていない。

 ゆえに尋ねたこともない。

 

 しかし初対面の相手に、『実は異世界からきておりまして……』と言うわけにもいくまい。

 

「細かいことは、父さんに聞いていただければ……」

 

 そう言って、お茶を濁す。

 その刹那、リリーナさんが赤くなる。

 

「ひひひっ、独り身の女が、独り身の男の家になど行けるかぁ!!」

「えっ???」

 

 素っ頓狂な声がでた。

 全体的に華奢だけど、男の人だよね? このリリーナさん。

 

 思っていたら、リリーナさん。自身の指をパチッと鳴らした。

 白い光が、リリーナさんを包む。

 

 身長や凛々しい雰囲気はそのままで、しかしほんのりやわらかくなった。

 唇は艶やかに赤く、おっぱいは大きい。

 

「女ひとりで移動してると、面倒ごとも多いからな。

 ひとりで移動する際は、男化の魔法をかけているのだ」

 

(むぎゅっ。)

 

 説明が終わると、腕にやわらかな触感がきた。

 マリナである。

 マリナがオレの腕に抱きつき、オレを見ている。

 

 不安に怯えるその顔は、つい先刻のオレの姿だ。

 女神のクセに不安がり屋とか、オレのマリナ超かわいい。

 七年ずっとオレを想って、異世界にまで追いかけてきちゃうだけはある。

 

「大丈夫。どんな人が目の前にいても、オレの一番はマリナだから」

(ん………♪)

 

 とってもうれしかったらしい。

 マリナはオレの肩に顔をうずめて、(ぴと………。)と押しつけた。

 かわいい。

 

「とにかくそういうわけなので、事情が知りたいのでしたら父さんのところにきてください――としか」

「レッ……レリクスがいる上に、少年もいるキミの家にか……?」

「まぁ……そうです」

 

「わっ……わかった。

 このリリーナ。心臓が破裂しかねん想いを賭して、堂々と会いに行こう!」

 

 リリーナさんは、謎の決意を固めてた。




次の更新はあしたの午後十時ごろの予定です。


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レイン十四歳。エルフさんを師とあおぐ。

「わざわざ裏庭に呼びだして、いったいなんの用なのじゃ? レイン」

「ええっと……」

 

 オレはちらりと後ろを見やった。

 木しか見えないように見えるが、リリーナさんが隠れてる。

 

 リリーナさんにとっての〈堂々と会う〉は、

 〈木の陰に隠れて代弁を頼む〉と、イコールで繋がっていた。

 

 さすが父さんの知り合いと言うべきか。

 常識がない。

 

「父さんに聞きたいのは、オレの母上のことなんですけど……」

 

 父さんの眉が、ピクッと動いた。

 話しにくそうに目を伏せる。

 

「とうとう、気にする時がきてしまったか……」

 

 フー……と重いため息をつき、リリーナさんが隠れている木のほうを見やった。

 

「ところで……その木の陰に隠れているリリーナはなんなのじゃ?」

(はぐうぅ!!)

 

 リリーナさんは、木の陰で身をすくませた。

 ぶるぶるがたがたと震えながらも、意を決して現れる。

 

「フ……フハハハハ!

 ななな、生で会うのは、ひひひ、ひさしぶりだな!

 レリクス=カーティスよ!!」

 

「ともに魔竜を討伐して以来じゃのぅ」

「アアア、アレは骨が折れた相手だったなぁ!」

 

「腕の骨と肋骨だけで、軽く一〇本は折れたからのぅ」

「もしもわたしがいなければ、一〇〇回以上は死んでたな!

 治癒と補助のエキスパートである、このわたしがいなければ!!」

 

「一〇〇はともかく、五〇は死んでおったな」

「フハハハ、ハハ、ハ…………」

 

 緊張しまくっているのだろう。

 真っ赤な顔のリリーナさんは、キャラも変わりまくってた。

 

(わたしのバカあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)

 

 そんな感じの心の声も、聞こえてきたような気がする。

 そんなリリーナさんを見たオレは――。

 

「ちなみに母上のことを知りたいと言ったのは、リリーナさんです」

 

 

 全責任を押しつけた。

 

 

(ふわあぁんっ!!)

 

 リリーナさんは嘆いていたが、オレは知らない振りをした。

 

「おヌシが気にするというのか……」

 

 父さんは、目を閉じて考え込んだ。

 しかしゆっくり目を見開くと、穏やかに言った。

 

「わかった。話そう」

 

 父さんとオレたちは、客間も兼ねた食卓についた。

 父さんはそこで、ありのままを話す。

 

 雨の日に、オレが森を這っていたこと。

 拾いあげ、自分の息子として育てたこと。

 

 血の繋がりこそなかったが、本当の息子のように思っていたこと。

 それらのことを、父さんは粛々と話す。

 その姿はまるで、教会の懺悔室で罪を懺悔する罪人のように弱々しかった。

 

 思い当たることもある。

 父さんは、オレを息子と呼んだことが一度もなかった。

 

 オレを見て、さびしげな表情を見せることもあった。

 それらはすべて、自分が実の父親ではないという、後ろめたさからくるものだったのだろう。

 

「どうして、今まで黙っていたのだ……?」

「ワシの……エゴじゃな」

 

 リリーナさんの端的なつぶやきにも、詰問を受けたかのようにうなだれる。

 

「ワシにとって、レインは本当に愛らしい息子じゃった。

 しかし拾われた子であったと知れば、育てただけのワシを忘れて、本当の父を探す旅にでるかもしれん。

 ワシはな、それが怖かったのじゃ……」

 

 語る姿は、胸が締めつけられるほどに切なかった。

 魔竜殺しの英雄ではない、人間としての父さんがそこにいた。

 オレはできる限り穏やかな笑みを浮かべて、正直に言った。

 

「オレは逆だと思うんですけどね」

「逆……?」

 

「血が繋がっていないのに育ててくれたって言うんだったら、余計に本当の父さんですよ。

 だって血も繋がっていないのに、オレを育ててくれたわけでしょ?

 それだけの愛情をかけてくれた人を、父親以外の名前で呼ぶことなんかできませんよ」

 

 それは単なる本音だったが、父さんの心には響いたらしい。

 目頭を押さえ、大粒の涙をこぼし始めた。

 

「そうか……。こんなワシを、父と呼んでくれるのか……」

「もちろんですよ――父さん」

「ふあああああああああああああああんっ!!」

 

 なぜか隣で、リリーナさんが号泣していた。

 一番最初に見た時は、神秘的なエルフさんとか思ったけど……。

 

 

 そんな人はいなかった。

 

 

  ◆

 

「ところで治癒魔法って、オレにも使えたりしますかね?」

 

 父さんとの話が終わったオレは、リリーナさんに尋ねた。

 村の衛生環境も整えたいとは思うのだけど、回復魔法も覚えたい。

 いまだ余韻を残しているリリーナさんは、涙ぐみながら答える。

 

「半分までなら……(ぐすっ)、できなくも……(ひくっ)、ないであろうな……(ふええ)」

「半分?」

 

 リリーナさんは、涙を拭いて言う。

 

「自己の治癒力を高める魔法でよいなら、三ヶ月から三年はかかる修行と痛みに耐えれば習得できる。

 しかし他者を治癒する魔法は、エルフや魔族にしか使えん」

 

「使えない理由とか、あるんですか?」

「普通に覚えようとすれば、一〇〇年近くかかるからな。

 人間が覚えようとしても、寿命で終わる」

 

「そんなにっ?!」

 

「自身の治癒力を向上させるだけでよければ、自身の魔力で事足りる。

 しかし相手の治癒力を高めるためには、自身の魔力を巧妙に変質させて、相手の魔力に近づけないとならんのだ。

 それの間合いや技術の習得には、どうしても一〇〇年はかかる。

 例外は、巻物(スクロール)や魂の宝珠などで覚える場合だな。

 それならば、一瞬で覚えることができる」

 

「そう考えると、スクロールってすごいですね」

「ただし効果は、自力で習得した時よりも劣る」

 

「そんな治癒魔法を自力で覚えたリリーナさんも、本当にすごいんですね」

「だだだ、だからと言って、ババアと呼んだりするではないぞ?!

 見た目がとても若い以上、中身も若いとイコールで結んでも過言ではないにょがわたしっ――――(ぶちぃ!!)」

 

 途中で舌を噛んだらしい。

 リリーナさんは、口を押さえて悶絶した。

 こうなると、ちょっとばかり気になる。

 

「リリーナさんって、おいくつなんですか……?」

「三〇〇歳はいってない! よってババアではない!!

 むしろ子どもだ! 小娘だ!!」

 

 リリーナ・ババアさんは、とても苦しい言い訳をした。

 これ以上はかわいそうなので、オレは引く。

 

「とにかくそういう話なら、自己治癒魔法だけでも教えていただけませんか?」

「わたしとしては、構わんが……」

 

 リリーナさんは、父さんのほうをチラと見た。

 父さんは、深く重くうなずいた。

 

「息子のレインがよいと言うなら、ワシが止めることはせんよ。

 息子のレインが、よいと言うならな」

 

 威厳的なものを見せようとして重くうなずいた父さんであるが、その口元はゆるんでた。

 息子として想われていることがとてもわかって、オレもほころぶ。

 

  ◆

 

「それでは、学習をするとしようか」

「はい」

 

 いつもの裏庭。

 リリーナさんの言葉に、オレはしっかりとうなずいた。

 

「そっ……その前に、わたしのことは、〈先生〉と呼べ」

 

 それは確かに、当然だな。

 オレは真剣な眼差しで、リリーナ先生にうなずいた。

 

「はい、先生」

「はぐっ……!」

 

 その一言で、リリーナ先生はうめいた。

 顔を赤くし、胸元を握りしめて身をよじった。

 

「クハハ、ハ……。キキキ、キミは、レリクスと、似ている…………な」

「そうですか?」

「しっ、真剣になった時の眼差しの強さが、ととと、とてもよく似ている」

「そうなんですか……」

 

 よくわからないが、悪い気はしない。

 育ててくれた恩義があれば、その強さにも憧れている。

 

「それでいて…………少年だ」

「……?」

「実はわたしは、若いころのレリクスに村を助けられたことがあってな」

「はい……」

 

「その時のレリクスは、とても凛々しく格好がよかった」

「まぁ……オレの父さんですしね」

「だがレリクスは、少年ではなかった」

「?」

 

「その点キミは、レリクスと似ている上に少年だっ!

 それは即ち、危険で怪しく、妖艶であるということだっ!!

 それだけは、心に留めておいてほしいっ!!」

 

 理解した。

 要するに、この人はショタコンなんだ。

 

 基本的な性癖は、犯罪者手前のデンジャラス・ショタコン。

 ただ若いころの父さんは、別格でカッコよかったから例外。

 そういう嗜好の人なんだ。

 

 エルフのイメージが崩壊してくが、あえて気にしないことにした。

 

「とにかく、魔法を教えてほしいんですが」

 

 先生は、こほんとセキをしてうなずいた。

 

「レッ……レリクスに師事していたならわかると思うが、魔法の基本はイメージだ。

 火を操るなら火。

 水を操るなら、水が操る光景をイメージする必要がある」

 

「はい」

「しかるに、治癒の魔法を習得するには――」

 

 そう言うと、リリーナさんはオレの手を取りナイフを構え――。

 

 

 刺した。

 右手の甲を、ざっくりと。

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 想定外の激しい痛みが右手に走り、オレは思わず叫んでしまった。

 

「慌てるな、少年」

 

 リリーナ先生は、詠唱を始めた。

 傷がみるみる回復し、完全に塞がった。

 刺された痛みが残っていることを除きさえすれば、なんの問題もない完治だ。

 

「とまぁこのようにして、自らを傷つけて治癒の残滓を瞳に焼きつけ、自身でもやってみるのが治癒魔法習得の基本だ」

「それなら言ってほしかったです!

 事前に覚悟ができるよう、ひと言はほしかったです!!」

 

「事前に話などしたら、尻込みしたキミがやめてしまうかもしれない…………と思ってな」

 

 リリーナさんは頬を赤らめ、胸の前で指を突つき合わせて言った。

 うっかりすると、騙されそうになる愛らしさである。

 

「それに――ことわざにもあるではないか」

「ことわざ……?」

 

 

「刺せばなる。刺さねばならぬ。何事も」

 

 

「何事もっ?! それはバイオレンスすぎるのではっ?!」

「とっ……とにかく、巻物(スクロール)なしで覚えようと思ったら、これを一日一〇回以上、半年は続けたいところだ」

 

 話を聞いただけでふらっときた。

 とは言うものの、覚えられるものは覚えておきたい。

 

 むかしはともかく、今はマリナっていう恋人がいる。

 それなら戦いに使えそうなスキルは、できる限り覚えておきたい。

 

 



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 閑話 レイン十四歳のイチャイチャを覗く、リリーナ二八〇歳。

 

「ぐああぁ~~~」

 

 回復魔法の訓練が終わった。

 オレはベッドに倒れこむ。

 

 マリナは静かにベッドに乗った。

 着ている服は、薄くて色っぽいネグリジェだ。

 

「大丈夫………? レイン。」

「へいきだよ……。マリナ」

「おっぱい………さわる?」

 

 オレはマリナの巨乳を見つめた。

 顔がほんのり熱くなる。

 しかしすぐさま目を逸らし、正直なところを言った。

 

「いい、今は手が痛いから無理…………かな」

「ひざまくら………なら?」

「できる……かな」

 

 オレはもぞりと体を動かし、マリナの膝に頭を乗せた。

 やわらかな太ももが、とても至福だ。

 

 オレは静かにため息をつく。

 マリナには平気と言ったけど、実際まったく平気じゃなかった。

 

 傷を治す魔法と、失った血液まで回復させる魔法は別だ。

 訓練で失った血液は、失ったままである。

 よって体は、普通にふらつく。

 

 リリーナ先生であれば、血液も含めて治すこともできるのだが――。

 

『体が弱っていたほうが、魔法は発動しやすい』

 

 と言われ、死なない程度にふらついたままである。

 

 同じ理由で、右手も痛い。

 刺された傷が、出血しない程度にそのままだ。

 傷の痛みを肌と視覚の両方で感じ、双方が消えていくイメージを重ねる訓練も重要らしいのである。

 

 オレは再びため息をついて、傷を見つめた。

 つい先刻の、リリーナ先生がかけてくれたヒール。

 

 それで傷が塞がっていった光景を思いだす。

 とある有名なゲームで使われる、主人公がレベル3ぐらいで覚える魔法を唱えたりしてみた。

 すると傷は、じわじわ塞がり――。

 

 

 治った。

 

 

「え……?」

 

 グー、パーと手を握る。

 痛みも完全に消えていた。

 

「半年から、一年はかかるって聞いてたんだけどな……」

 

 オレが持っている才能は、オレが思っている以上にすごいってことか。

 それとも、ひょっとして――。

 

「レイン………。」

 

 オレがあれこれ考えていると、艶っぽい声が聞こえた。

 同時にマリナが、前屈みになる。

 マリナの巨乳が、オレの顔面で潰れた。

 

「…………!!」

 

 幸福で悶絶していると、マリナは離して言った。

 

「治ったなら………さわれる?」

 

 マリナは、ときめきと恥じらいを足して二で割ったような、色っぽい顔をしていた。

 

「今日は………朝と、昼で、二十回ぐらいしか………してない。」

「二十回って、けっこう多いと思うんだけど……」

(………。)

 

 マリナは無言で、(かぁ………///)と顔を赤くした。

 かわいい。

 

 右手もしっかり治ったことだ。

 オレはおっぱいに手を伸ばし、唇にキスをした。

 

  ◆

 

 レリクスの息子――レイン=カーティスに回復魔法の基本を教えた日の夜。

 屋敷に泊めてもらったわたしは、昼のことを思い返していた。

 

 あの少年は、レリクスと似ていた。

 英雄的な眼差しが、レリクスをほうふつとさせた。

 

 しかも少年である。

 まだあどけない瞳や、五月の若葉のような瑞々しさ。

 大人の体へと向かおうとするうっすらとした筋肉は、いけない衝動を催される。

 

 わたしは、世界のあちこちを旅したり、こうやって村を訪れて、治癒魔法を使用している。

 その一方で、王都の魔法学園に相談役として呼ばれることも多い。

 

 そこにはたくさんの少年がいる。

 彼らのキラキラとした眼差しは、正直に言って危ない。

 しかしあの少年の眼差しは、彼らの眼差しの魅力に加えて、そこはかとない矛盾を足した蠱惑的な雰囲気を…………。

 

 そこまで考えていたわたしは、自身の顔が熱くなってくるのを感じた。

 必死に首を左右に振った。

 流れるよう――と評されることも多い金色の髪が、バサバサとゆれた。

 

 イカンイカンイカン!!

 これではまるで、変質者ではないか!!

 

 わたしは単に、レイン少年の体と眼差しに、強い興奮を覚えているだけだ!!

 

 

 変質者ではない!!

 

 

 仮に変質者だとしても、対象は少年だ!

 むしろ健全そのものだ!

 

 

 変質者だとしても、健全な変質者である!!

 

 

 わたしは深く息を吸い、(みだ)れた心を落ち着けた。

 相手は幼い少年である。

 わたしより、二七〇近くも下だ。

 

 少年にしても、強くて凛々しく高潔なイメージを、エルフには持っているはずだ。

 そのイメージを、師匠のわたしが崩すわけにはいかない。

 

 なにせわたしは先生だ。

 先生と、呼ばれている存在だ。

 

「クハハ、ハハ……」

 

 先生と呼ばれた時のことを思い返すと、胸の奥がくすぐったくなってきた。

 

 少年と先生。

 少年と先生。

 

 なんとそそる響きであろうか!!

 なんと危険な響きであろうか!!

 

 顔を両手で覆い隠して、ひとり悶え苦しんでしまう。

 エルフの耳が、ぴこぴこと動くのが自分でもわかった。

 

「クウゥッ……!」

 

 いかん。

 ダメだ。

 

 二八〇年の間に積もり積もっていた情動が、妙な形でくすぶっている。

 山にこもって薬と睡眠魔法で強引にやりすごしていた、四〇年に一度の発情期。

 それが一度に襲いかかってきたかのようだ。

 

「わたしは変質者ではない!」

 

 机を叩いて声を荒げた。

 呼吸を整え、何度したかわからない深呼吸。

 

 部屋の隅に、小ビンがあったのが目についた。

 体の治癒力を高める、特別な薬だ。

 

 材料自体は安いほうだが、調合が難しい上に時間もかかるので高価な品だ。

 治癒魔法の学習に使うのは、少々もったいなくはあるのだが……。

 

「まっ、まぁ、レリクスの息子であるしな」

 

 わたしはつぶやき、ひとりうなずく。

 

「レリクスの息子のためとは、レリクスのためでもある。

 レリクスは、わたしの村を救ってくれた恩人でもある。

 ならば少年のためになにかするのも、当然と言える」

 

 声にだして連呼してると、正論に思えた。

 

「そそそそ、そうだ。

 わたしはわたしは、恩のあるレリクスのために、少年に薬を渡してやるにすぎない。

 そう、すぎないのだ。

 顔を見たくなったとか、声を聞きたくなったとか、やましい気持ちは一切ない」

 

 何度も何度もうなずきながら、薬を片手に少年の部屋へと向かった。

 部屋のドアの前に立つ。胸に手を当て、深呼吸。

 

 暴れていた心臓を落ち着かせて、ドアをこっそりとあけた。

 中を見る。

 

(ななななっ…………!!)

 

 少年は、すごいことをやっていた。

 膝枕などという過激なプレイをしていたかと思いきや、キキキキ、キスまで始めた。

 

 そして最後は……。

 ボンッと湯気が湧きあがり、わたしの体がぐらりとよろけた。

 

 なななな、なんなのだ。

 アレは、ホントに、なんなのだ。

 心臓のバクバクと鳴る音が、鼓膜の後ろで響き渡る。

 

 これは……。

 実に……。

 

(けしからん!)

 

 もう本当に、けしからん。

 よってわたしは、監視を続けた。

 どのくらいけしからんことをしてるのか、把握するためである。

 

 以上でなければ、以下もない。

 

 体はうずいて火照ってきたが、少年と少女のためであるのだから仕方ない。

 もう本当に、仕方ない。

 

(ふわあ、あっ、あっ。けしからん。実に……実にけしからん!!)

 

 

 



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レイン十四歳。トイレを作りたい。

 チュン……。

 チュン、チュン。

 

 雀とよく似た鳥の()が、エロ爽やかな朝に響く。

 目覚めたオレは、脇のあたりに体を縮めてくっついているマリナを見やる。

 

(ん………。)

 

 マリナは、目元を、(くし………。)とこすってオレを見つめた。

 

(………。)

 

 朝から可憐に頬を染め、オレのほっぺにキスをしてきた。

 オレのマリナは、今日も朝から天使だなぁ。

 オレはキスのお返しをして、朝からたっぷり楽しんだ。

 

 マリナといっしょに服を着る。

 部屋をでようとして、部屋のドアがわずかにあいていることに気づいた。

 

「…………?」

「レイン?」

「いや、なんでもない」

 

 オレはなかったことにして、マリナといっしょに食卓へ向かうことにした。

 

(ぎゅっ………♪)

 

 マリナはうっとり目を細め、オレの腕に抱きついてくる。

 頭も肩に乗せてくる。

 毎度のことだが、毎度かわいい。

 

 食卓には、すでに父さんがいた。

 

「おはようございます、父さん」

「うむ、おはよう。ワシの息子のレインよ」

 

 父さんは、父親っぽく威厳を作ってうなずいた。

 しかしふしぎと、親バカっぽい雰囲気が漂っていた。

 

「はぐうぅ……」

 

 そして壁の陰から、リリーナ先生がオレを見ていた。

 オレが見やると、視線があった。

 

「ふわあぁんっ!」

 

 それだけのことで、先生は悲鳴をあげた。

 

「どうしたんですか? 先生」

「なななな、なんでもない、なんでもないぞ、少年……」

 

 

 side リリーナ

 

 レイン少年とマリナの行為を見てしまったわたしは、一睡もできなかった。

 体が熱いやら恥ずかしいやらで火照り、一秒たりとも眠れなかった。

 

「はぐうぅ……。んッ、クウゥン……!」

 

 体が夜泣きしてしまい、枕に顔をうずめて悶えたりした。

 少年とも顔を合わせずらく、朝食の際には壁の陰から少年を見やったりしていた。

 

 それなのに、少年は言った。あっさりと言った。

 

「どうしたんですか? 先生」

 

 その顔はあどけない。

 きのうのことなど、まるで知らないという顔だ。

 

(少年にとって、ああああ、あの程度の、ここここ、行為は、ににににっ、にちっ、にちっ、日常に、すぎんのだ……)

 

 なんという大人。

 すさまじい大人。

 

 二八〇年生きているわたしを一〇〇万倍は超える、ゴールデン大人だ。

 

「ところで、先生」

「にゃんだ?!」

「食事終わったら、見てもらっていいですか? 魔法」

「ももももっ、もちろんにゃと(ぶちぃ!)」

 

 大人の余裕でうなずこうとしたら、舌を噛んだ。

 とても、痛い。

 

 口元を押さえ、じたじたともがく。

 わたしはクールなエルフなのだぞ!

 わたしは凛々しいエルフなのだぞ!

 

 なのだぞ! だぞっ! だぞーーーーーー!!

 必死に言い聞かせてみるが、痛いものは痛かった。

 

  ◆

 

「見ててください、先生」

 

 ここは裏庭。

 オレはリリーナ先生の前でナイフを取りだす。

 

 痛みに軽く怯みつつ、右手の甲を刺した。

 真剣な眼差しで見つめている先生を前に、左手をかざして叫ぶ。

 

「ヒール!」

 

 傷口は、みるみるうちに塞がった。

 

「なっ――!」

 

 先生は絶句した。

 オレの右手を軽く握って、ふにふにと揉む。

 きめ細やかなエルフの指は、細い上にやわらかだった。

 

「一晩で、習得したというのか……?!」

「そうみたいなんですよね」

 

「スクロールなどは、使用していないのだよなっ?!」

「はい。使用していません」

 

「レリクスの息子であることを考慮に入れても…………ありえん」

「でも実際に、使えてるわけですから」

「すさまじい才能だな……」

 

「だけどオレ、ちょっと思ったんですよ」

「なにをだ?」

「先生とかが難しいって言うから、難しくなってるんじゃないかな――って」

 

「はぐ?」

「例えば先生、言ったじゃないですか。

 回復魔法は、習得するのに半年はかかるって」

「実際に、そのぐらいはかかるからな……」

 

「だけどそれ、そう言っちゃうからそうなっちゃう部分もあると思うんですよね。

 魔法は、イメージが大切。

 なのに先生や偉い人からそんな風に言われたら、〈三日や四日で習得できる自分〉をイメージすることはできない。

 だから本当は使える実力を身に着けているのに、難しいという(・・・・・・)イメージの(・・・・・)せいで(・・・)、うまく発動してくれない。そういうケースも、わりとあると思うんですよ」

 

「なるほど……」

 

 先生は、重く深くうなずいた。

 

「その点オレは、ほかの人に比べてあんまりなかったんですよ。

 回復魔法が難しいもの――っていうイメージが」

 

「なん……だと?」

「重い傷を治すような魔法はともかく、軽いやつならわりと簡単に使えるイメージなんですよね。オレにとっての回復魔法って」

 

 なにせゲームなんかだと、レベル1や2でも使えることは珍しくない。

 比較的簡単というイメージが、無意識レベルに刷り込まれていた。

 

 一方で〈難しい〉は、新しく教えてもらった知識にすぎない。

 魔法を覚えた直後から〈難しい〉という刷り込みを受けた人に比べて、覚えやすいのは当然なのだ。

 

「その発想がすさまじければ、そもそも〈覚えやすい〉と発想できてしまうのも、なんとも常識破りだな……」

 

 ただし先生からすると、そういう結論になるようだった。

 

  ◆

 

 そのあとオレはリリーナ先生と軽い訓練をして、荒野のほうに移動した。

 父さんと剣を打ち合う。

 

 マリナと組めば勝てるようになった、訓練モードの父さん。

 でも一対一だと、まだまだ厳しい。

 五回に一回は一本を取れるようになっているけど、四回は負ける。

 

 父さんと打ち合ったあとは、マリナと一対一で戦う。

 マリナは氷をトリッキーに使ってくるので、父さんとはまた違う戦いになる。

 

 訓練が終わる。

 日々の酷使も相まって、今日も地形は大きく変わった。

 

 元々荒野だったのが、あちこちにクレーターができている。

 この一部だけ、爆弾と世紀末を落とされたかのようだ。

 

 それでもオレたちは平和的に、弁当を広げた。

 オレとマリナと父さんはいっしょのシートに座るが、リリーナ先生だけは離れてる。

 一〇メートルは離れてる。

 まるでイジメみたいだが、先生自らがそこにシートを広げているのだからどうしようもない。

 マリナがサンドイッチをだして、オレの口元にやってくる。

 

「ん………♪」

「今日もマリナの手作りかな?」

「うん。」

 

 マリナはこくっとうなずいた。

 オレは、あーんして食べる。

 

「なんと、過激なっ……!」

 

 リリーナ先生が、遠くでブルブルと震える。

 先生は、今日の朝から様子がおかしい。

 

「ところで、父さん」

「なんじゃ? 我が息子レインよ」

「村にトイレを設置しようとしたら、どのくらいのおカネと時間がかかりますかね?」

 

「その前に、どうしてトイレを設置するのじゃ?」

「父さんは、病気の原因とはなんだと思いますか?」

「モンスターなどの毒や呪いを除けば、なるものじゃからなる…………という認識じゃのぅ」

 

「しかし実際には、原因があるものです。

 糞尿は、その中のひとつです。

 外に垂れ流しているこの現状は、けしてよいとは言えません」

 

「ふむ……」

 

 父さんは、重々しくうなずいた。

 

「費用のほうは、安ければ城が一軒。

 高ければ一〇軒はかかる可能性もあるが、時間のほうは…………二週間から三年といったところじゃの……」

 

「ムラがありますね……」

「公共のトイレに使うほどの水をだしたり汚物を浄化したりする魔宝石は、オークションで求めるのが普通じゃからの。価格には、ムラができやすいのじゃ」

 

「期間のほうは?」

「魔石が手早く手に入った上に、出来のよい土魔法の使い手がいれば二週間。

 魔石の入手に手間取ったり、魔法を使わず工事をやったりすると三年じゃな。

 ワシの領地は税が安く不自由は少ないのじゃが、裕福でもないからの。

 無理はさせれぬ」

 

「なるほど……」

 

 密かに聞いていたのだろう。

 先生が、小さくうなずいていた。

 

「こほんっ、こほんっ」

 

 わざとらしくセキをして、そわそわチラチラこちらを見ている。

 仕方ない。

 オレはハアッとため息をつき、大きな声で言ってみた。

 

「魔法や魔宝石をなんとかできる人が、どこかにいればいいんですけどねぇ」

 

「わわわわっ、わたしはわたしは魔法石を持っている上、工事に便利な魔法もできるぞ!」

 

 リリーナ先生が、一〇メートル離れたところから叫んだ。

 

「火急の際の路銀にもなるからな、便利で重宝してるのだ!」

「買い取らせていただくとしたら、いくらぐらいになりますかね?」

「それはだな……」

 

 オレを見つめる先生は、顔をボッ……と赤くした。

 

「ちっ……知識の出世払いを、所望する…………」

「知識の出世払い?」

 

「せせせ、先日の薬といい、今日の魔法の知識といい、キキキ、キミの考え方には、カネで買えない価値がある。

 わたしはわたしは、それを所望するわけだ!」

 

「なるほど……」

 

 確かに知識や情報は、とても大きな価値がある。

 コレラっぽかった病気の対策として配った海の水にしても、製法を隠してしかるべき場所に売れば、かなりの利益をだせるだろう。

 winwinな取引きではありそうだ。

 

(それにこの約束をしていれば、特に用事がない日でも、キミと世間話をすることが可能に……)

 

「今なんか言いました?」

「なんにもなんにも言っていないぞっ?!

 わたしはわたしは生まれてこのかた、一度たりとも言葉などを発してないぞっ?!」

 

「どうしてそんな、わけのわからないウソをっ?!」

「家庭の事情というやつだなっ!」

 

 なんということだ。

 説明が加わったことで、余計に意味がわからなくなった。

 

「まぁ……とにかく、魔宝石をゆずってくれるってことでいいんですよね?」

「結論的には、そうにゃ――(ぶちぃ!)」

 

 舌を噛んだ先生は、口を押さえて転がり回った。

 スペックは高いのにポンコツという、嫌な意味で奇跡的な人だった。



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レイン十四歳。のぞき魔を捕まえる。

「作るとしたら、このあたりかな?」

 

 村の外れで、リリーナ先生が言った。

 オレは設計図を広げた。

 

「魔宝石を設置する水源から二手に分かれて、男女別の空間に。

 あとは村を横断するような形で下水管を通して、川の下流に流しましょう。

 この構造なら、あとあと村の中にもトイレを増やすことができます」

 

「理論的には、そうなるな」

 

 先生は、設計図を見つめてうなずく。

 

「この構造だと……一軒当たり、七人が用を足せる計算になるわけか」

「そういうことですね。

 個室ではなく長屋式にすることで、複数の人が同時に足せるようにしています」

 

 古代ローマの方式である。

 トイレと下水が整えられていた古代ローマは、トイレも長屋式だった。

 それでそれなりに使われていたというから、特に問題ないだろう。

 村長のおっさんにも、話は聞いたが――。

 

『我が村に、トイレがやってくるわけですか……!』

 

 と感動していた。

 

「公共の場にトイレとなると、大きな都市でしか見られないからな」

 

 新幹線が通ったと騒ぐ田舎みたいなものか。

 

「それでは木材を採ってくるかの」

「そうですね、父さん」

 

 オレは父さんとマリナの三人で森にでかけた。

 形よい木が並ぶ森の入り口で、父さんが気合いを発した。

 

「ふぅんっ!」

 

 本当に、気合いを発しただけだった。

 なのに気合いで、木々三〇本の木の葉が吹っ飛ぶ。枝も吹き飛び、丸太だけが残る。

 父さんは、木材採取用の剣を(・・)両手で持った。

 身長ほどもある、大剣だ。

 

「ふうぅんっ!!」

 

 ハンマー投げのハンマーを投げるかのように剣を振るうと、剣圧だけで(・・・)木々が倒れた。

 

 技名・父さんダイナミック。

 効果・丸太を取れる。

 

 そんな説明を入れたいぐらいだ。

 

 気合いで枝と木の葉をまとめて吹き飛ばせるのがおかしければ、剣圧だけで木々をなぎ倒せるのもおかしい。

 

 毎度恒例、UTMO。

 ウチの父さん、マジでおかしい。

 でも頼りがいはある。

 

「とりあえず、これだけあれば十分かのう。我が息子レインよ」

「はい、そう思います」

 

 オレはアイテムボックスを使用して、木々の塊を収納した。

 

「何度見ても、レインのアイテムボックスはすごいのぅ」

「そ、そうでしょうか」

「ワシを含めてアイテムボックスを使える者自体は少なくないが、その容量を一度に――となると、ワシはひとりしか知らぬぞ」

 

「それでもひとりはいるんですね」

「まぁ……の」

 

 父さんは、ほんのすこし遠い目をした。

 触れられたくない雰囲気があったので、あえて触れないことにする。

 ついでに森を散策し、キノコを何本か採取した。

 

「なんに使うの? レイン」

「ちょっとね……」

 

 マリナの質問をはぐらかし、村へと戻る。

 

「ま……このようなところかな」

 

 村へついた。

 リリーナ先生が香水のビンのようなものから、液体を垂らしていた。

 

「なにしていらっしゃるんですか?」

「見ての通りだ。魔法水で陣を描いている」

 

 先生は、最後に自身の血を垂らす。

 

「我が血を受けて現れよ、森もぐら(フォレスト・モール)!」

 

 魔法陣が青く輝き、大きなモグラが六匹でてきた。

 一匹あたり六〇センチはあるが、もこもことしていてかわいい。

 

「まずはここから、あそこぐらいまでの掘ってくれ」

〈〈〈もぐー!〉〉〉

 

 モグラはそろって声をあげ、土をザクザクと掘り始めた。

 

「先生って、召喚術も使えたんですね」

「専門ではないがゆえ、レベルの低い魔獣しか呼びだせんがな」

「それでもすごいと思います」

「まっ、まぁ、わたしを尊敬するというなら、やぶさかではないぞ、少年。

 フハハハ、ハハ!」

 

 先生は、自慢というより照れて笑った。

 かわいい。

 

 モグラたちは、もぐもぐ黙々がんばって、穴を掘り進めてくれた。

 

 三時間ほどがすぎた。

 水を通すための水路と、汚物を通すための下水が掘られる。

 

 下水のほうは、直径二メートルの穴が、二〇メートルほどである。

 川にはまったく届いていないが、召喚時間が限界だった。

 

「ん………。」

〈もぐー〉

 

 マリナがモグラの一匹一匹に、報酬代わりのりんごを渡した。

 モグラは受け取り、満足そうに魔法陣の中へと入る。

 

「りんごでいいんですね、報酬」

「マリナ殿が配っているのは、ゴールデンアップルだ。

 これは肉食の魔物も果物食に目覚めてしまう、すばらしい味をしている。

 報酬にならんはずがない」

 

 先生自身、ほっぺたを赤くして、りんごを、かぷ……とかじってた。

 剣と魔法の訓練もして、一日をすごす。

 

  ◆

 

 夜がきた。

 マリナといっしょに浴室に入る。

 小型の魔法石が設置されている台座に魔力を流し、蛇口から水をだす。

 

 次に袋を用意する。

 手のひらサイズの袋には、ビー玉ぐらいの大きさをした赤い魔宝石が詰まってる。

 浴槽に入れて、熱をださせる。

 

 入手の容易なジャンク品に近い魔法石だが、こうやって集めれば、ちょっとした銭湯ぐらいのスペースを温めるのには使える。

 毎日使って一ヶ月持つかどうかといったとこだが、一ヶ月は持つので十分だ。

 

「はい、マリナ」

「うん………。」

 

 マリナにすっと手を伸ばし、湯船の中にエスコート。

 マリナの巨乳が、ぷか……と浮かぶ。

 オレはマリナの肩を抱き、空を見上げる。

 

 この風呂は、父さんの趣味が入ってる。

 足はゆったり伸ばせるし、窓からは月と星空が見える。

 

「今日も月が綺麗だな」

「うん………♪」

 

 マリナがオレにしなだれかかる。

 オレは湯船のお湯をすくって、マリナの鎖骨やほっぺにかけた。

 マリナの手触りを楽しみながら、汗や泥を簡単に流す。

 

 ほどよく温まったあとは、体の洗いっこである。

 ほぼスポンジと言ってよいヘチマのような植物で、セッケンを泡立てる。

 

 まずはマリナの背中を洗い、さりげなく抱きつく。

 体をぴたりと密着させて、マリナの二の腕、マリナの脇腹、マリナのおなかを丁寧に洗った。

 

 おっぱいの谷間にも、スポンジを走らせる。

 オレの手が動くたび、おっぱいさまはゆれた。

 

「こんなにたぷたぷゆれてたら、スポンジで洗うのは難しいな」

「えっ………?」

「問答無用!」

「あっ………?」

 

 オレは両手で揉み洗う。

 おっぱい以外もしっかり洗い、マリナの体を丁寧に清めた。

 清める以外のこともやったが、とにかく清めた。

 

 風呂場でイチャついたオレとマリナは、寝室に入る。

 

「ほんばん………♪」

「お風呂の中でも、しなかったっけ?」

「おふろのは………れんしゅう?」

 

 そういうことらしかった。

 オレの腕に抱きついたまま、頭を肩に乗せてくる。

 

「じゃあ、先にベッドに行ってて」

「うん………♪」

 

 マリナは素直にオレから離れ、いそいそとベッドに入った。

 オレはドアのほうを見やり、スポンジ(と呼んでいる植物)を取りだした。

 

 森で取ってきたキノコの胞子をぽんぽんかけて、ドアの上に設置する。

 古典的な、黒板消しトラップだ。

 ひとりうなずきベッドに入り、マリナとイチャイチャらぶらぶした。

 

  ◆

 

「はぐうぅ……」

 

 夜がきた。

 わたし――リリーナは、自室でひとりうめく。

 

 思いだすのは、昨晩のことだ。

 少年とマリナがおこなっていた、ひざまくらとか(怪しすぎる儀式)のことだ。

 

 ふたりは、今日もしているのだろうか。

 今日も昨晩のような、はははは、激しいハレンチをしているのだろうか。

 

 想像すると、もじもじとする。そわそわとする。

 裸を見られているかのように、恥ずかしくなってくる。

 

 いてもたってもいられなくなって、部屋を抜けだしてしまう。

 足と体が勝手に動く。少年とマリナの寝室へ、自らを運ばせていく。

 

「はぐうぅ……」

 

 泣きたいような気分だが、心も体も止められない。

 部屋が近づいてきた。

 わたしのエルフの聴覚が、マリナの声をわたしに運ぶ。

 苦しげな、しかし麻薬的な陶酔を含む甘い声。

 

 だしてみたいと思ってしまう。

 その声がでてくるほどの気持ちを、味わってみたいと思ってしまう。

 

(はぐうぅ~~~~~~~~~~~~~)

 

 あまりにひどいわたし自身に、頭を抱えてうずくまってしまった。

 それなのに、やましい気持ちは止められない。

 

 赤子のような四つん這いで、ふたりの寝室に向かってしまう。

 なぜか最初からあいている隙間から、部屋を覗き込んでしまった。

 

(はぐっ……!)

 

 ふたりは今日もすごかった。

 説明するのが恥ずかしいぐらい、すごいことをやっていた。

 キキキキ、キスなどを、当たり前にやっていた。

 

 クールで凛々しいはずのわたしは、ガラにもなく興奮してしまった。

 自分で言うのも難ではあるが、わたしは、本当にそういうイメージなのだ。

 

 レリクスたちとやった魔竜殺しは、詩人の語りや絵画のテーマにも使われた。

 わたしの顔は知らずとも、名前は演劇で知っている者も少なくない。

 そこでわたしの役割と言えば、クールで凛々しいハイエルフだった。

 

 黒いメガネで変装し、劇団の講演を何度も見に行ったこともある。

 そのたびに、わたしは凛々しいわたしの姿に、惚れ惚れとしたものだ。

 

 だからわたしはカッコいいのだ。

 クールで凛々しく、カッコいいのだ。

 

 そんなわたしを露知らず、ふたりの行為は過激化してきた。

 わたしは思わず、身を乗りだして――。

 

 

 ぽふんっ!

 

 

 頭になにかがぶつかった。白い粉のようなものが鼻に入った。

 

「くちゅんっ!」

 

 くしゃみがでてきた。

 同時に、においで察知する。

 

(痺れ、キノ、コ……?)

 

 少年が、わたしの存在に気がついた。

 行為をとめて、わたしのほうに寄ってくる。

 

(はぐうぅ~~~~~~~~)

 

 わたしは逃げようとしたが、キノコのせいで動けない。

 後日には、解毒魔法を使えばよかったと気がついた。

 でもこの時は、焦ってうっかり失念していた。

 

 わたしの凛々しいイメージが!

 クールで凛々しいイメージがあぁ!!

 

  ◆

 

「やっぱり、あなただったんですか……」

「はぐうぅ……」

 

 オレの部屋。

 先生が、正座でしょぼんとうなだれた。

 無防備でうなだれる姿は扇情的で、そそられるものがある。

 

「生徒の行為を覗いちゃうなんて、とってもいけない先生ですねぇ……」

「でっ……、できごころだったのだ……」

「ただの出来心で、二日連続のぞいちゃうんですか?」

「ふわっ?!」

「実際、のぞいてたでしょ? 二日連続で」

「クウゥン…………」

 

 図星であったらしい。

 うなだれていた先生の耳が、しおっと垂れる。

 なんというのか……いじめたくなってしまう姿だ。

 

「そんな悪い先生には、おしおき…………ですね」

「ふわっ?!」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべて、先生を押し倒した。

 本気で嫌がられたらやめるつもりではあったが、そんなことはなかった。

 なんと言っても、先生自身が言っていた。

 

「わたしのわたしの体は自由にできても、心までは自由にできんぞ!

 だから……存分にするがいい!

 わたしの体を、自由にもてあそぶがいいっ!!

 早く……、早くうぅ…………!」

 

 こんな風に言われたら、遠慮なんて必要ないよね。

 というかここまで言われたら、何もしないほうが犯罪である。

 

 行為が終わった。

 オレはベッドの端に座る。

 マリナが、背中にくっついてきた。

 

「………。」

 

 言葉は発していないものの、目線は切なげに細まっていた。

 

「レイン。リリーナに、九回した………。」

「数えてないけど、そんなとこかな」

「わたしは………八回。」

 

「風呂場の分は?」

「れんしゅうだから………ノーカウント。」

「そうなのか……」

「うん。」

 

 やはり言葉はなかったが、オレを抱きしめる腕の力が、(むぎゅっ………。)と強まってきた。

 声にはだしていないものの、純然たるヤキモチである。

 かわいい。

 

 しかも風呂場のがノーカウントなら、オレはその分もしないといけない。

 マリナに熱いキスをして、たっぷりと楽しんだ。

 二回すればよかったところを、その六倍は楽しんだ。



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レイン十四歳。学園に誘われる

 三カ月がすぎた。

 オレの毎日と領地の経営は、順調であった。

 リリーナのおかげでできたトイレは、なかなかに好評だ。

 

 トイレがなければ、汚物の処理はどうしようもない。

 だから柑橘類を浸した匂い水をかけて誤魔化すしかなかった。

 その生活に、慣れるしかなかった。

 

 しかしトイレで綺麗になれば、もはや臭いに耐え切れない。

 トイレから離れたところに住んでいる人たちからも要望が沸いた。

 オレはトイレを増築する。

 

 プラシーボもあるのかもしれないが、疾病率は大幅に改善された。

 村を歩けば色んな人から、感謝の言葉を投げかけられる。

 それはなかなか心地いい。

 夜の生活も順調だ。

 風呂場でマリナとイチャついてると、ドアからノックの音がする。

 

「わたしだ……」

 

 入ってくるのは、タオルで体を隠したリリーナ。

 顔を真っ赤に火照らせて、もじもじと太ももをこすらせる。

 

「せっ……せっかくなので、その…………」

 

 そんな風に入ってきては、体を洗いっこする。

 背中から始まって、二の腕に脇の下を丁寧にこすり、おっぱいを揉み洗う。

 リリーナの胸は小ぶりだが、小鳥のようにふかふかしていた。

 マリナとはまたベクトルの違う、ほがらかな楽しみがある。

 

 ふたりを洗い終わったあとは、オレが洗ってもらう番だ。

 泡にまみれたマリナが前から、リリーナが後ろから、自身の体でオレの体を洗ってくれる。

 

「こっ……これで、よいのか? 少年……」

「最高に気持ちいいよ。リリーナ」

「そっ、そうか……」

 

 リリーナは、頬を染めつつうなずいた。

 

「ん………。」

 

 マリナがリリーナに対抗し、キスをしてくる。

 舌も入れてくるような、甘くて熱いキスである。

 そしてお風呂が終わったら、ベッドの中で本番だ。ふたりを並べてかわいがる。

 しかしながらリリーナは、行為が終わると服を着る。

 

「きょきょ、今日の手前も、なかなかのものであったな」

「今日も帰っちゃうんだ」

「わわわわ、わたしがキミとしてるのは、とてもクールで凛々しいわたしの、欲求不満を消すためだ。ゆえにケジメの一環として、共に眠るわけにはいかん」

 

 わけがわからない。

 健康は大切だから、病気になる前に自殺します! と言われたかのようだ。

 

「というかこの年の差でいっしょに眠ることまでしたら、はははは、恥ずかしいではないかぁ……」

 

 基準がかなり謎だった。

 これはエルフがおかしいのか。リリーナがおかしいのか。

 後者だろうなと、オレは思った。

 しかし頬を染めている姿は、それなりにかわいい。

 

 そんなある日のことだった。

 リリーナが、朝食の席で言う。

 

「と……時に、レリクス」

「なんじゃ? リリーナ」

「わたしはそろそろ、学園に戻ろうかと思う」

「学園?」

 

「魔竜を殺した功績を買われたわたしは、レイボルト魔法学園のゲスト講師もやっているのだ」

「この国で、一番大きなところじゃの」

「定期的に顔をだし、治癒や補助の魔法を教えてやるぐらいだが、愛らしい少年がたくさんいて心の保養に…………ではなくて、未来を作っている実感が沸いてくる、とてもやりがいのある仕事だ」

 

 リリーナは、ワイングラスで水を飲んでつぶやく。

 

「わたしの治癒魔法のおかげで空を見れるようになった盲目の少女や、歩けるようになった少年の話などを聞くと、心の底からほっこりとする」

 

 リリーナの横顔は、温かな誇りに満ちていた。

 そんなリリーナを見ていると、オレの気持ちもほっこりとする。

 

「そしてここからが本題なのだが――」

 

 リリーナは父さんの目を見つめ、まっすぐに言った。

 

「レイン少年とマリナ嬢を、レイボルトに連れて行きたい」

「ふむ……」

 

「三ヶ月近く接していてわかったが、レイン少年の知識と器と発想力は、独特で優秀だ。

 辺境の地で一生を終わらせるには、あまりにも惜しい。

 マリナ嬢も、その魔法の才はなかなかのものだ」

 

「…………」

 

「もちろんあなたのように、権力に利用されることを嫌って隠居するのも悪いとは言わない。

 しかし実際に体験してみて隠居するのと、体験もせずに隠居するのとでは、違ってくるとわたしは思う」

 

「確かにそれは、一理あるのぅ」

 

 父さんは、言葉ではうなずいた。

 しかし発する雰囲気は、重々しくて息苦しい。

 リリーナに(よこしま)な感情がわずかでもあれば、視線だけで圧殺しそうだ。

 

 だがリリーナも、不純な気持ちで言ったわけではないらしい。

 父さんの眼光を、まっすぐに見つめてる。

 その雰囲気は、三国を滅ぼしかねない魔竜を倒した英雄のそれであった。

 

「ふたりは、どう思うのじゃ?」

「わたしは………。」

 

 マリナは、じっと目を伏せ、マリナにしては長いためらいの末に言った。

 

「あなたに、従う。」

 

 オレはリリーナに尋ねた。

 

「学園では、どんなことやるんですか?」

「歴史などの教養から始まって、実技の練習。ダンジョンなどの探索がおこなわれているな」

「へえぇ……」

 

 心が躍った。

 今の生活に不満はない。

 でもそれはそれとして、ダンジョンの探索とかは心が躍る。ワクワクとする。

 せっかく異世界にきたのだから、冒険のひとつはしてみたい。

 

 領地のためという意味においても、学園は有効だろう。

 学ぶことはもちろん、人脈を広げることもプラスだ。

 

 村の人が病気した時にリリーナをすぐに呼べるとは限らない。

 治癒魔法士がウチの土地に住んでいれば最高だ。

 土魔法を使える人がいれば、トイレの設立は今よりもっと簡単にいった。

 

 学園に行けば、そういう繋がりもできるかもしれない。

 単純に行きたいし、行くべきとも思う。

 ただ問題は――。

 

「オレがいなくなったら、父さんはさびしいですよね……?」

「それはその通りじゃが、ワシのためにおヌシがガマンするようなことになったら、そっちのほうが辛いのぅ」

 

「その学園がある街って、ここから何日ぐらいかかります?」

「安全な陸路を通っていくなら二〇日前後。多少危険でもよいなら一〇日前後だな」

「けっこう、かかりますね……」

「一度入ったら、卒業か退学までは、ほとんど帰れんと思ってくれ」

「ちょっと考えさせてもらってもいいですか?」

「それは当然の権利だな」

 

 リリーナは、うなずいた。

 

   ◆

 いつもの裏庭。

 マリナとふたり切りになったオレは尋ねた。

 

「それでどうなの? 本音を言うとさ」

「え………?」

「明らかに遠慮して迷ってたじゃん。さっきの答え」

 

 マリナは問いに答える代わりに、オレの唇にキスをしてきた。

 

「わたしが一番いたいのは、あなたの隣。」

 

 オレはマリナを抱き返し、頭と背中を撫でた。

 

「いっしょにいるのは前提だけど、それはそれとしてどうなの?」

「行って………みたい。」

 

 か細い声でつぶやいたマリナは、ぽつぽつと語りだす。

 

「地球にいたとき。」、「あなたに助けられたわたしは。」、「学校、行った。」

「みんな、楽しそう………だった。」、「わたしはとても、さびしかった。」

「あなたがいなくてさびしかった。」、「あなたがいたら毎日楽しいと思ったけど、」

「あなたがいなくてさびしかった。」、「毎日毎晩、」、「さびしかった。」

「学校、さびしかった。」

 

「………さびしかった。」

 

 マリナの声は徐々に震えて、最後は泣きそうになっていた。

 

「だからさびしかった分、オレといっしょに学校通ってみたいわけか」

「うん………。」

 

 マリナは、静かにうなずいた。

 これは決まりだな。




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作者のやる気に繋がります(๑•̀ㅂ•́)و


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レイン十四歳。転移魔法を覚える

 マリナに話を聞いたところ、マリナも学園に行きたいらしい。

 こうなると、心はますます学園に傾く。

 

 ただすぐに帰れないってのは困る。

 そもそも動機の半分ぐらいは、領地経営のためなのだ。

 それが領地になにかあった時、どうしようもないのでは困る。

 オレは目線を木に移す。

 

「ハアッ!」

 

 気合いを込めて斬撃一閃。

 一本の木を切り落とし、アイテムボックスを使用する。

 次元の裂け目のような穴が、丸太を吸った。

 

 すこし移動し、アイテムボックスを使用する。

 次元の裂け目のような穴から、丸太がでてきて地面に落ちた。

 

「なるほど……」

 

 オレは再び使用して、次元の穴に丸太を吸わせた。

 今度は意識を集中させる。

 

(五メートルぐらい、離れた場所に……!)

 

 五メートルほど離れた位置に、次元の穴が現れた。

 丸太がでてきてどさりと落ちる。

 マリナが小さく小首をかしげる。

 

「………?」

「転移魔法の研究」

「………??」

 

「一度異空間みたいなところにアイテムをしまってから、別のところにだす魔法でしょ?

 アイテムボックスってさ」

「うん。」

 

「だったらだす範囲を伸ばすことで、運送魔法や転移魔法にもなるんじゃいかなって思ってさ」

 

 オレは再び丸太をしまい、八メートル離れたところにだしてみた。

 ずずずずず。

 丸太はしっかり、でてくれた。

 ステータスを見て、消費した魔力をチェックする。

 

 

 レベル 13240

 

 HP  136840/136840

 MP   91094/92294

 筋力   126560

 耐久   114770

 敏捷   118220

 魔力   123221

 

 

 1200近くも、MPを消費していた。

 普通の人は0であり、見習いの魔術士なら50。

 一人前と言われるクラスで、400前後が相場だ。

 軽い実験で1200というのは、相当な消費量である。

 

 

 だけどオレには関係ない。

 

 

 一度近づき丸太を吸って、後ろに下がって距離を取る。

 今度の狙いは、十五メートル離れた位置だ。

 

 ずずずずず。

 丸太がでてきた。

 消費量もチェックする。

 

 消費した量は、およそ700程度であった。

 八メートル先にだした時より、ちょっとだけ多い。

 

 それでも見える範囲のとこなら、わりとなんとかなるらしい。

 それならば、見えないところだとどうか。

 

 オレは目標に背を向けて、目を閉じた。

 つい先刻まで見ていた場所に、丸太がでていく姿をイメージする。

 

 ずずずずず……どしん。

 丸太はしっかり、転移されてた。

 

「いい感じだな」

「うん。」

 

 それなら次は、いつも食事を食べている部屋にでも転移させてみるとしよう。

 丸太はちょっと大きすぎるので、赤い木の実でテストをしてみる。

 

 アイテムボックスにしまい、つい先刻の食堂をイメージする。

 ただちょっと、難しい。

 いつも食事をしている食堂とはいえ、実際にイメージをしろってなるとおぼろげだ。

 

 それでも一応、覚えている範囲でイメージをする。

 覚えている範囲の部屋に、時空の裂け目のような穴があいて、赤い木の実が落ちる光景。

 けど――。

 

「無理か……」

 

 時空の穴を繋げてみるようなイメージが、うまく沸いてくれなかった。

 一〇メートルとか先でいいなら、見えないパイプで繋げるイメージでいける。

 しかし見えないところになると、どうやったら繋がってくれるのかがイメージしにくい。

 

「そこさえなんとかできればなー……」

「なにをやっているのだ? 少年」

「リリーナさんこそ、どうしたんです?」

「じ……自室で紅茶を嗜んでいたら、強い魔力を感じたのでな……」

 

 リリーナは、ちょっと照れながら言った。

 

「で、キミはなにをやろうとしていたのだ?」

「転移魔法を使えないかな、と思いました」

 

「転移魔法だとっ?!」

「そんなすごかったり、するんですか……?」

 

「文献として残されてはいる。

 実用を度外視すれば、成功例もなくはない。

 しかし実用レベルで――となると、伝説級の魔法だぞ?!」

 

「でも先生は、召喚魔法とか使ってますよね? アレって転移じゃないんですか?」

 

 教えを乞う状況になっているので、先生と呼んで尋ねた。

 

「それはだな……」

 

 先生は、懐からリボンをだした。オレに渡す。

 

「これの片方を持ってみろ」

「はい」

 

 オレが持ったら、ぐいっと引っ張る。

 

「うわっ!」

 

 先生は、よろけたオレを抱きしめた。

 エルフ独特の、甘くてふんわりとした香りが鼻孔をくすぐる。

 

「やはり……。うら若き少年はよいな…………」

「先生っ?!」

「はぐっ!」

 

 怪しいことを言っていたショタコンさんが、オレから離れた。

 

「ととととっ、とにかくそういうわけなのだ。

 召喚術は、特定の魔獣とリンクを結び、魔力の線で無理やり引っ張る。

 ゆえに細かいイメージが浮かばなくとも、召喚することができるのだ」

 

「送り返す時はどうするんですか?」

「魔獣には、帰巣本能を持っている者がいる。

 元々住んでいた場所であれば、帰巣本能で帰ることができる。

 逆に言うと、その本能を持っていない魔獣は、召喚獣にすることができん」

 

「なるほど……」

「その本能も、時間がかかると働かなくなる。

 召喚時間に三時間や四時間といった限界があるのも、そういうことだ。

 たったそれだけの時間で、帰還が難しくなってしまうのだ」

 

「うーん……」

「そういうわけであるがゆえ、人や物質を遠くへ送る転移魔法は、不可能と言っていいほどに難しいのだ」

 

「でもそのへんも、転移する自分をイメージできれば、なんとかなる可能性があるんですよね?」

「確かに、理屈ではその通りだが…………できるのか?」

「それは……」

 

 確かに厳しい。

 木の実を転移させようとした時もそうだけど、〈転移先の光景をイメージする〉ってのが厳しい。

 

 そこのイメージが沸かないと、すごいあやふやになる。

 でも、待てよ。

 

「そういうことなら、イメージする景色の分量を減らせば……」

 

 オレとマリナは作業を始めた。

 木を切って削り、釘やハンマーでトンテンカンと作業する。

 

「できた……!」

「………♪」

 

 目当ての道具が完成だ。

 ピンク色のドアである。

 日本生まれのジャパン人が見たのなら、どこにでも行ける気がするドアだ。

 

「これは……どういうことなのだ?」

「ドアです」

「どあ……?」

 

「特定のエリアに、人や物体が転移する光景をイメージするのは大変です。

 それなら特定の空間全体じゃなくって、特定の空間に繋がっている、入り口だけ(・・)をイメージすれば――と思いまして」

 

「いや……しかし、理屈では、そうかもしれないが…………」

 

 長生きしているせいだろう。

 先生は、『空間転移は難しい』という先入観を捨て切れないでいた。

 

 でもオレに、そこまでの意識はない。

 むしろこのドアを使ったら、どこにでも行ける気しかしない。

 

 オレはドアをがちゃりとあけた。

 びっくりするほど簡単に、食堂に繋がった。

 

「はぐ……、う……、あ……?」

 

 先生は庭で口をパクパクと、酸欠の金魚みたいに動かしていた。

 一方のマリナは、とても普通についてきていた。

 

「簡単にできたな」

「うん。」

「この調子なら、ほかのところにも行けるかもな」

 

 オレは一度ドアを閉め、戦闘の訓練をよくする荒野をイメージした。

 

 ドアをあける。

 イメージ通り、ドアは荒野に繋がった。

 

 オレやマリナの魔法のせいで生まれた、大きなクレーターや地面の焦げ跡もそのままである。

 地を踏み締めた時の触感も、土の匂いも荒野のものだ。

 

「せっかくきたし、やってくか?」

「………うん。」

 

 マリナは地面に膝をつき、オレのズボンをおろそうとした。

 

「そっちじゃないよ?!」

「え………?」

 

「オレがやろうって言ったのは、戦いとか魔法とかの訓練!!」

「………。」

 

 マリナの頬に赤みが差した。

 間違えてしまった恥じらいと、それはそれとして『したい』と思う気持ちが表れている。

 

「いや、まぁ…………いいけど」

「ん………♪」

 

 マリナはたっぷりしてくれた。

 すこし前まで外は恥ずかしいとか言っていたのに、今や外でも積極的だ。

 

 やらしい行為と、バトルと魔法の訓練が終わった。

 クレーターにまみれた荒野に、また新しいクレーターができた。

 

 オレはドアノブに手をかける。

 きゅっ………。マリナが裾を引っ張ってきた。

 無表情の顔で、オレのことを、じ………。とみている。

 

「ええっと……」

「汗………かいた。」

 

 オレは無言でドアをあけた。

 自宅の脱衣所が、目の前にあった。

 

「………。」

 

 マリナは無言で頬を染め、脱衣所の中に入っていった。

 お風呂場で汗を流して、たっぷりと楽しんだ。

 

 その次にオレは、魔法学園とやらに行ってみようと思った。

 だがしかし、ドアが開いてはくれなかった。

 王都にも行ってみようとしたが、やはりというか、無理だった。

 

 一方で、村の入り口や、以前に海水を取りにいった砂浜には行けた。

 波の音と海の風を浴びて、オレは軽く伸びをする。

 

「さすがのドア様とは言っても、行ったことのない場所にはいけないみたいだね」

「わたしも、そう思………くちゅんっ!」

 

「寒かった?」

「すこし。」

「お風呂あがりだと、潮風は冷たいか」

「うん。」

 

 マリナはうなずく。

 いまだしっとり濡れている姿は、そこはかとなく色っぽい。

 

「じゃあ、いつもの寝室」

 

 イメージしながらドアに入ると、いつもの寝室になった。

 

「すごいなぁ、これ」

(きゅっ………。)

 

 オレがつぶやくと、マリナが服の裾を引っ張ってきた。

 オレとベッドを交互に見やる。

 

「せっかくだから、したいって?」

「うん。」

 

 うなずいたマリナは、淡々と言った。

 

「わたしの中でこの部屋は、あなたにされるための空間。」

 

 そう言って、マリナはオレにキスをしてきた。

 

「今のわたしは、パブロフのわんこ。」

 

 つぶやいたマリナは、ぽうっとほっぺを赤くする。

 

「好き好き病の………パブロフ、わんこ。」

「荒野や風呂場で、したばっかなのに」

「ノーカウント………。」

 

 まったく、仕方ない子だ。

 オレはやれやれと言いながら、要望通りにかわいがった。

 

 楽しみが終わった。

 ハンマーなどを片づけ忘れていたことを思いだし、ドアを使って裏庭に戻る。

 

「はぐうぅ……」

 

 先生がいた。

 隅のほうでしゃがみ込み、地面にいじいじと魔法陣を描いていじけた。

 

「助言をしても無視されるのでは、した意味がないではないかぁ……。少年の、ばかあぁ……」

 

 エルフさん、四捨五入して三〇〇歳。

 十四歳児に助言を無視されていじける。

 

 パッと見るととてもひどいが、よくよく見るとすごくひどい。

 ジュラ紀だったら恐竜が死んでる。

 

「あの……先生」

「はぐ……?」

「先生のアドバイスがなかったら、ドアを作るって発想はなかったと思いますよ……?」

(パアアアッ……!)

 

 先生は、にわかに顔を輝かす。

 

「フハハハハ、そっ、そうか。

 クールで凛々しいわたしのおかげで、すごい魔法を使えるようになったのか。

 フハハハハ、ハハ、ハ」

 

 その笑声は、カラ元気に近かった。

 それでも一応、元気は元気。

 よかったということにしておこう。

 

 不意にそよ風が吹いた。

 オレやマリナの背中や首筋を撫でて、リリーナ先生の髪を撫でる。

 

「はぐ……?」

 

 先生が、頬を赤くし鼻を摘まんだ。

 オレとマリナを交互に見やる。

 かわいいエルフの耳だけが、ぴこぴこと動いた。

 

「どうかしましたか? 先生」

「キミとマリナから、いやらしいにおいがしてきたのだが……」

「ぽ………。」

 

 オレが説明するより早く、マリナが腕に抱きついてきた。

 体をぴたりと密着させて、顔をすりすりこすらせる。

 

「まぁ、そういうことです」

「うぐうぅ……!」

 

 欲求不満の(リリ)ショタコン(ーナ)エルフさん(先生)の顔が、みるみるウチに赤くなる。

 オレは先生の手首を掴んで、にやりと笑った。

 

「そういうことなら、しましょうか」

「うぐっ?!」

 

 オレは先生の手を引いた。

 ドアをあけて寝室に繋ぎ、ベッドの上に押し倒す。

 

「ままままっ、待つのだ! 少年!

 このような明るい時分からこのようなことをするのは、常識と良識から言って――――」

 

 なんかいろいろ暴れていたけど、構わずにエロいことした。

 魔力は強い先生だけど、筋力は人並みだ。

 押さえ込めば簡単にできる。

 行為自体がイヤって言うならすぐにでもやめたけど、そういうわけじゃなかったしね。



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レイン十四歳。盗賊に出会う。

 ごとごとごと。

 馬車ならぬ鳥車にゆられて、オレたちは進む。

 ククルーという巨大な鳥が引く馬車と思えば、大体あってる。

 通っているのは、森よりは安全な草原ルートだ。

 

「ちなみに、学園って、入学試験とかありますか?」

「入学は、キミの父上に推薦状を書いてもらったから大丈夫だ。

手続きも、ク……クールで凛々しいわたしがしてやる」

「ありがとうございます」

 

「その代わり、特待試験は受けてもらう」

「特待試験?」

 

「入学後の待遇を決める試験だ。

これによって、入学費用や学費、寮の部屋のグレードなどにあつかいの差がでる」

 

「具体的には、どのくらいですか?」

「最高ランクに近づけば、学費は無料で寮も最高のものになる。

 逆に最低ランクだと、学費は城が買えるほどにかかり、まともな寮に住もうと思えば大金がかかる」

 

「城が?!」

「魔法の才に欠ける貴族が、ハクをつけるために入学することもあるからな」

「そういう貴族からは、相応にいただくってことですか」

「それのおかげで、平民も入れる――という側面もあるのでな……」

 

「でも一方で、貴族の人が、威張りまくっちゃうこともありそうですね……」

「校則上で、してはならんとなっているのだがな」

「ルールが存在していることと、ルールが守られていることとは違うお話ですしね……」

 

 地球でも、法律上はしてはいけない体罰とかが、当たり前にあったりしたしね。

 

「…………」

 

 先生が、頬を赤くしてオレを見つめた。

 

「どうしたんですか? 先生」

「キキキ、キミが年齢のわりに、妙に悟っているところがあると思ってな……」

「ええっと……」

 

「と……年相応にあどけない少年はもちろんいいが、不相応に賢い少年や、発展途上ながらも強くしなやかな筋肉を持っている少年も、それはそれで…………だな」

 

「少年だったら、なんでもいいように聞こえるんですけど……」

「はぐっ?!」

 

 まったく自覚がなかったらしい。

 ショタコンエルフ先生は、ハトがバリスタ(巨大弓)でも食らったかのような顔をした。

 

「ななななっ、なんでもいいということはないぞっ?!

 例えば……そうだな。

 情けない姿であれば放っておけぬと思ってしまうし、小汚くしていれば洗ってやりたいと思うし…………ふわあっ?!」

 

 考えれば考えるほど、思考が詰んでいったらしい。

 先生は、自分自身に驚いた。

 最後には、顔を両手でおおって認める。

 

「少年には、すばらしい少年と、よりすばらしい少年の二種類しかいない…………」

 

 先生のショタコン属性(病気)には、筋金が入っていた。

 

「ちなみに……オレが成長したらどうなりますか?」

「少年が、成長したらか……」

 

 先生は、オレを見つめて想像を始めた。

 赤かった顔が、さらに赤らむ。

 

「しょ……少年のころを知っている以上、ギャップでメロメロにされてしまう気がするな……」

 

 しかもその筋金は、オリハルコンで作られていた。

 そんなアホな話をしてると、先生の顔が急にシリアスになった。

 エルフの耳が、ぴくぴく動く。

 

「止めてくれ!」

 

 鳥車の御者に、指示をだして止めさせる。

 

「感じるか……? 少年」

「はい……」

 

 オレはマリナと先生を連れて、鳥車を降りる。

 目の前にあるのは、茶色い道だ。

 左右を五〇センチほどの、背の高い草原で挟まれた道だ。

 

 絵画にすれば、のどかな風景。

 しかし魔竜殺しの英雄である父さんに訓練を受けたオレに見せれば、殺気という名の黒い霧が充満しているようにしか見えない。

 

「この世界での盗賊って、どういうあつかいになってます?」

「基本的には、動物やモンスターと同じだな」

 

「潜伏している人が、ただの狩人さんである可能性は?」

「ないとは言わん」

 

 先生は、短く言って続けた。

 

「しかし道路の左右一〇〇メール以内に潜伏していた場合、盗賊と誤認されても文句は言えないことになっている。

 ハンターギルドに所属してれば、真っ先に叩き込まれる決まりだ」

「どちらにしても、殺って構わないってことですね」

 

 ちなみにメールってのは、この世界での単位だ。

 一メールで一メートルだと思えば、大体あってる。

 

「ただ盗賊は、アジトを持っていることがある。

 懸賞金も、生け捕りにしたほうが高い」

「なるほど」

 

「それでは頼むぞ。レイン、マリナ」

「先生は、戦わないんですか?」

「わ……わたしが非力であることは、よく知っているであろう……?」

 

 先生は、頬を赤らめて言った。

 同時にそれは正論だった。

 

 補助や回復魔法はすごい先生だけど、単体の戦力としては微妙だ。

 ひとりいれば一〇〇人の雑兵を、一万人の精兵に匹敵するほどの軍団にすることもできる。

 だけど先生ひとりだと、三、四人が精一杯だ。

(逆に言うと、三、四人なら倒せる)

 

 自分に補助をかけるにも、強力な補助魔法は持続させるために集中していないと難しいので微妙だ。

 軽い補助ならなんとかなるが、それを使って『三、四人は倒せる』である。

 補助魔法がなかったら、スライムにも負けてしまうらしい。

 

 とにかくそういうわけだから、前線にだしてはいけない。

 

「じゃあオレがでるから、マリナはサポートを頼むな」

「うん。」

 

 オレはゆっくり前にでた。

 盗賊ではない可能性も、一応考えて叫ぶ。

 

「何者だ?! どうしてそこに隠れてるっ?!」

 

 にわかに空気がざわついた。

 草むらの奥でのひそひそ話が、風に乗って耳に届いた。

 

(おっ……おい、どうする)

(気づかれたのは面食らったが……見ればまだガキじゃねぇか。

 魔力察知だけはお得意で、取り巻きやガールフレンドにいいところを見せようとしているだけのおぼっちゃま(・・・・・・)ってところだろうよ)

 

(生け捕りにすれば、いいお値段になりそうってことか……)

(後ろに立っているエルフと嬢ちゃんも上玉。イザとなったら、アレもある)

(だなぁ……)

 

 舌舐めずりしていそうな声がして、草むらから男がでてきた。



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レイン十四歳。盗賊を倒す。

「ひあああ!」

 

 男は両の手をあげ、ヘタクソな演技で怯える。

 

「あっしはただの、しがない狩人でございます。

 単純に、鳥や野兎を狙っていたでございます」

 

「そうだったのか」

 

 オレは騙された振りをして、剣をおろした。

 

「へい、へい。おっしゃる通りでございます」

 

 男は揉み手をしながら、オレのほうに寄ってきた。

 

「それにしても、おぼっちゃま。

 潜んでいるあっしらをご発見なさるとは、凄まじい才能でございますなぁ」

 

「名のある英雄に師事していたからな」

「さようでございますか。そいつはすごい。と――油断させといてっ!」

 

 男は、隠し持っていたナイフを振りあげてきた。

 オレは素早くバックステップを踏んだ。

 剣を抜き打ち斬撃一閃。男のナイフを根本から飛ばす。

 

 男はナイフを切られたことにも気づかずに、自身の右手を振りおろす。

 スカッと外れる音がして、数秒。

 

「なっ……?!」

 

 男がナイフに気付いたところで、オレは男の腹を打った。

 男の体が、どうっと倒れる。

 それが合図となった。

 

「野郎!」

「半殺しにしろ!」

 

 草むらの陰から、弓矢を構えたやつらがでてくる。

 そういう態度を取られると、こっちとしても楽である。

 

「ライトニングファイアッ!」

 

 オレの手から、炎のように赤いイナズマが走った。

 

「「「ぎゃあああああああああああああっ!」」」

 

 盗賊たちに、炎の熱と電撃が同時に走る。

 残ったやつらが矢を発するが、ファイアーボールで撃ち落とす。

 

「アレだ! アレを起動しろおぉ!」

「「「おおっ!!」」」

 

 盗賊たちの声が響くと、地震が起きた。

 地面がゆれて地響きが鳴り、とある一ヵ所が盛りあがる。

 そして現れたのは、土で作られたドラゴン。

 鑑定を使うと、こうなった。

 

 

 名前 ゴーレムドラゴン

 レベル 1580

 

 HP  20120/20120

 MP    0/0

 筋力  20540

 耐久  20540

 敏捷   5200

 魔力    0

 

 

 一介の盗賊が使うとも思えない、なかなかのモンスターだ。

 なにせ盗賊は、こんな感じだ。

 

 

 名前 ボッツ

 職業 盗賊

 レベル 23

 

 HP   161/161

 MP    0/0

 筋力    92

 耐久   88

 敏捷   115

 魔力    0

 

 

「おらぁ! 行けっ! 行けえぇ!」

〈Giiiiiii!!〉

 

 ゴーレムドラゴンが声をあげ、アシッドブレスを吐いてきた。

 オレはサイドステップで回避する。

 

 地面が紫に変色し、わずかにかすった草も枯れた。

 直撃したら、ヤバそうだ。

 が――。

 

「アブソリュート………ゼロ。」

 

 マリナが呪文を唱えると、一瞬で氷漬けになった。

 オレや父さんほどではないが、マリナも相当チートな子である。

 

「魔法剣――サンダーソード!」

 

 オレは地を蹴り、鋭く跳ねた。斬撃一閃。

 ゴーレムドラゴンの首を、氷ごと飛ばす。

 

 マリナの氷がどろりと溶ける。

 ドラゴンは、泥の塊になった。

 

「うっ……うわあああ!」

「逃げろおぉ!」

「退却! 退却だあぁ!」

「置いてかないでくれえぇ!」

 

 盗賊たちが驚愕し、仲間を置いて逃げようとした。

 

「ライトニング!」

「アイス………ニードル。」

 

 オレとマリナが魔法を放ち、盗賊の足を負傷させた。

 余計な抵抗をできないように、荒縄で縛る。

 

「いやはや、さすがだな」

 

 先生がつぶやく。

 なにかあった時の備えであろう。右手には、回復魔法が準備されてた。

 もしもオレが負傷しても、一瞬で治ったに違いない。

 先生はそれを消し、盗賊に近寄る。

 

「ゆっ……許してくれぇ! ほんの、ほんの出来心――――ぐぎゃあ!!」

 

 バギリと嫌な音が鳴る。

 先生が、盗賊の右足の親指を踏んだのだ。

 

「くだらん御託を聞く気はない。アジトの位置をすべて吐け」

「いっ……言えば、見逃してくれるのか……?」

 

「慈悲でよければ、くれてやろう」

「わっ、わかった! 言う!

 ここから二〇〇メール離れたところに、地下室が掘ってある!

 奪った宝もほかのやつらも、その中だ!」

 

「合言葉などはあるか?」

「ハリス・パルス・バルスだ!」

 

「そうか」

「こっ……これで、見逃してくれるんだよなぁ…………」

 

 盗賊が、下卑た笑みを口元に浮かべた。

 が――。

 

「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 

 

 先生は、盗賊の足にナイフを刺した!

 

 

「これで貴様は、しばらく動けん。

 わたしたちがアジトを潰してくるまでのあいだ、黙って罪を悔いていろ。

 その後、騎士団に引き渡してやる」

 

「見逃してくれるんじゃなかったのか?!」

「盗賊行為は法律上、その場で処断されても文句は言えん。

 それが騎士団に引き渡すだけでおしまいなのだ。慈悲と言わずなんと言う?」

「それは……」

 

「しかも襲撃は未遂だ。

 前科があれば罪人奴隷として、死よりも恐ろしい魔術や薬剤の実験台になるかもしれん。

 しかし前科がないのなら、ムチ打ちと労役で済む。

 十分、慈悲と言えるだろう」

 

「ひぎいぃ、ぎいいっ…………!」

 

 どうやら前科があるらしい。盗賊の顔が、絶望に染まった。

 前科があるなら、ますます自業自得だな。

 御者の人に万が一のための剣を渡し、アジトへと向かった。



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レイン十四歳。盗賊のアジトを壊滅させる。

 二〇〇メール先に進むと、それはあった。

 ほかの大差ない緑の草に覆われて、わずかな割れ目が地面についてる。

 そうと言われて注視しないと、絶対にわからない入り口だ。

 

「ふぅむ……」

「どうかしたんですか? 先生」

「先のドラゴンもそうであったが、一介の盗賊が使うにしては、高度すぎると思ってな……」

 

「そこも含めて、聞く必要があるっていうことですか」

「そうなるな」

 

 オレは地面に手をかけた。

 盗賊の言葉を思いだして、呪文を唱える。

 

「バルス!」

 

 微妙に足りない呪文だったが、地面はうまく開いてくれた。

 焼かれたハマグリのように、口をパックリあけてくる。

 

 オレはタンッと小さく跳ねる。

 二メールほど落下して着地。

 

「おう、帰ったか…………いや、違う。

侵入――「ライトニングファイア!」ギャッ……!」

 

 見張りらしき男はいたが、一瞬でやっつける。

 

「さすがだな、少年」

「ありがとうございます」

 

 降りてきた先生に、礼を言った。

 先生は、黙って地面に右手をつけた。

 

「なにしてるんですか?」

「魔力の流れと地の振動で、敵の気配を探ってる」

「そんなこともできるんですか」

「エルフだからな」

 

 エルフすごい。

 

「魔力らしい魔力は感じぬが、大きな振動は感じるな。

鍛えた大人が…………五〇人と三人。

あとはおよそ三〇名が、狭い部屋に密集しているな」

 

「密集?」

「尋常ではない密度から、一ヵ所に監禁と思われる」

 

「土魔術士は?」

「それらしい気配は感じん」

「魔力を隠しているだけってことは?」

「それはない。

 わたしのサーチから魔力を隠すには、わたし以上の力が必須だ」

 

「そんな術士さんが作ったドラゴンだったら、オレが一撃で倒すなんて無理……ってことですか」

「流れの術士に作成を依頼した……ってところが濃厚だろうな」

 

 先生は、立ちあがって進んだ。

 ところどころで立ち止まり、指を差して指示をだす。

 

「そこの壁には、トラップがあるな」

「マリナ」

「うん。」

 

 マリナがうなずき、手をかざす。

 トラップは氷結し、効力をなくした。

 

「………。」

 

 マリナがじっと、熱っぽくオレを見てくる。

 

「………ほめて。」

「そっ……そうか」

「ん………♪」

 

 オレが頭を撫でてやると、マリナは満足そうにした。

 

「ぐうぅ……」

 

 先生も、ジト目でオレを見つめた。

 でも要求らしい要求はなかったので、見かなかったことにした。

 

「もももっ、戻ったら、まとめてしてもらう…………からな」

 

 しかしポツリとつぶやいたので、戻ったらまとめてしてあげることにした。

 トラップをマリナに封じてもらい、見張りをライトニングでやっつけながら進む。

 

 先生は、曲がり角の手前にくるたび、地面に手をつけて音を探った。

 それを何度かくり返していると、通路の奥から声が聞こえた。

 オレの耳でもわかるぐらいの、下卑た大きな声である。

 

『ブヒヒヒヒ、今日も大量だったなぁ』

『まったくですなぁ、ブヒュ』

『オンナ……。オンナ……。ハァ、ハァ』

『見て使う分にはいいが、触ったりはするんじゃねぇぞ? 売値が下がる』

 

 声の先には、粗末な牢に閉じ込められている女の子たちがいた。

 たまたまなのか、獣人にはそういう子が多いのか、ケモミミの子たちが多い。

 

「…………ゲスだな」

「…………ゲスですね」

「………ゲス。」

 

 先生のしかめ面に、オレとマリナが答えた。

 

「しかし被害者がいるとなると、強い魔法は使いにくいな」

「地下ですから、崩れる可能性もありますしね」

 

 オレはアイテムボックスを起動した。

 鞘のついた剣を取りだす。

 

「それは?」

「敵を制圧する用の、研いでない剣です」

「無意味に殺したくないのはあるが、無理やりに生かすこともないのだぞ?」

「難しいと思ったら、魔法をまとわせます」

「なるほど……」

 

 先生がうなずいたのを見計らい、マリナに言った。

 

「マリナ」

「うん。」

 

 マリナはうなずき、詠唱を始める。

 口をもにょもにょ動かして、ブリザードを放った。

 

『『『ぐああああああああああああああ!!!』』』

 

 氷風を受けた盗賊たちが、悲鳴をあげて凍りつく。

 

 オレは一気に躍りでた!

 

 氷風の軌道線上にいなかった盗賊に向かって、剣を振って振りまくる。

 肩を殴って脇腹を払い、三人、四人とぶっ飛ばす。

 

「ライトニングファイア!」

 

 捕らわれの少女たちに近づいた男のことは、紅いイカヅチを放って焼いた。

 九割近く片付くと、ボスらしき男が三人の取り巻きを連れて、部屋の隅にいるのが見えた。

 その三人は、人間ではなくオークであった。

 

「なっ……なかなか、やるじゃねぇか」

 

 余裕を見せようとしているボスであったが、膝はガクガク笑ってた。

 無理をしているのが、見るからにわかる。

 オレは、ギン――と鋭く睨んで、圧力をかけた。

 

「ブヒイィ……」

 

 ボスはあっさり気絶する。

 

「さすがだな……」

「うん………。」

 

 先生とマリナが、頬を染めてつぶやいた。

 オレは持っていた剣をしまい、腰の剣に手をかけた。

 しっかり研がれた、ちゃんと切れるやつである。

 

「危険だから、下がってて」

 

 牢の中の子たちに言って、抜き打ち際に斬撃を放つ。

 牢の格子が、スパッと切れる。

 

 だが女の子たちは、でてくる様子を見せなかった。

 牢屋の中で、おどおどとしている。

 

「どうしたの?」

「ええっと……」

 

 その時だった。

 

「食らえ――ぜなあぁ!!」

 

 

 牢の中から(・・・・・)女の子が飛びだしてきた。

 

 

 腹部にトスリと、鋭い触感。

 見てみると、ナイフがぶすりと刺さってた。

 

(えっ……?)

「ハハハハハ、バカめが、ぜなあっ!!」

 

 粗雑な服を着込んでた、捕らわれだったはずの女が距離を取る。

 オレはそいつが自己紹介をするより早く、鑑定を使った。

 

 

 名前 カレン=ロローシュ

 種族 ウイングヒューマン

 職業 盗賊

 

 レベル  35

 HP   240/240

 MP    0/0

 筋力   192

 耐久   168

 敏捷   188

 魔力    0

 

 ◆

 オークス盗賊団の幹部。

 捕らわれた少女に紛れ込み、救助にきた人間を騙し討つのが得意。

 使用するナイフには、象をも三秒で昏倒させる麻痺毒が塗られている。

 処女。

 

 

「なるほど、ねぇ……」

 

 オレはその場に、バタリと倒れた。

 腹部から、血がドクドクと流れる。

 

「少年!」

「レイン!」

「おおっとぉ」

 

 リリーナ先生とマリナの声が響くが、カレンは手近な女の子を人質に取った。

 オレの頭を踏んづけて言う。

 

「急所はちゃんと外しているし、毒は死ぬようなものじゃないぜな!

 みんなで奴隷になることはあっても、殺すことだけはしないぜなっ!

 食べないものと恩人は、殺しちゃいけないのが常識だぜなっ!

 これの意味、しっかりわかってほしいぜな!!」

 

 勝ち誇るカレンに、オレは言った。

 

「わかるぜ?」

「ぜなっ……?!」

 

 

「つまりオマエは、バカだってことだろっ?!」

 

 

 オレはカレンの足を払った。

 鋭く転ばせ、馬乗りになる。

 カレンは、信じられないものを見る目でオレを見つめた。

 

「どうして…………?」

「回復魔法も使えるからな、オレ」

「オマエは、魔法剣士だったはずだぜな……!」

 

「魔法が使えて剣が使えて、回復魔法も使えるってだけだが?」

「……? ……? ……?」

 

 カレンはなぜか、理解できていなかった。

 

「キミの年齢でキミが使っている火炎魔法と雷撃魔法をあつかえるだけでも、数万人にひとりいるかいないかの才能だからな。

 そんなキミが剣も使えているのなら、それ以上はない――と考えるのが、常識ではある」

 

「なるほど……」

 

 そして会話している隙を、カレンは逃してこなかった。

 口からプッと針を吐く。

 

 ただ今回は、オレもしっかり警戒している。

 顔をスッと横にズラして、あっさりと回避した。

 

「なっ……」

「オマエ……全然懲りてないみたいだな」

 

 オレは正直ムカついた。

 それと同時に、サディスティックな気持ちがでてきた。

 

 カレンはすこし薄汚れているが、顔立ち自体は整っている。

 髪は綺麗な、黒髪ロングだ。

 頭の両脇についてるヴァルキリーっぽい羽も、ポイント高い。

 

 オレはカレンをひっくり返した。

 腹部はオレのヒザに乗せ、お尻をぺろんっと露出さす。

 

「なにするぜなっ?! なにするぜなあぁ?!」

「この体勢ですることと言えば、ひとつだろ?」

 

 

「なあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

 オレはカレンが大人しくなるまで、お尻ぺんぺんしてやった。

 

「許してぜなぁ! 反省するぜな! 反省するぜなあぁぁ!!!」

「そういうことは、人を刺す前に言おうな」

「ぜなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

 おしおきが終わった。

 休憩のつもりで地べたに座ると、マリナが四つん這いで寄ってくる。

 オレのことを見つめつつ、カレンにチラッと視線を送る。

 そのほっぺたは、ほんのりと赤い。

 

「ええっと……?」

「悪いことしたのに、お尻ぺんぺんは………ずるい。」

「どういうこと???」

 

 

「わたしも………。されてないのに………。」

 

 

「されたいのっ?!」

「すこし………。」

 

 マリナには、エム属性もあった。

 しかもえっちだ。

 胸は巨乳だ。

 

 NHKならぬ、MHKな女の子である。



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レイン十四歳。奴隷の女の子を手に入れる。

 そんな日々を送りつつ、目的の都市についた。

 塀で囲まれた都市の横手にある、部外所に行く。

 騎士団が運営しているという、犯罪者引き渡しのための部署だ。

 

「わたしだ」

「リリーナ様!!」

 

 リリーナが言うと、兵士はピシリと背筋を伸ばす。

 

「今日の用件は、見ての通りだ」

 

 先生は、縛られた盗賊たちを親指で示した。

 

「この数を引き連れてくるとは、さすがですな……」

「捕えたのは、わたしではないがな」

「はい?」

「敵は全員、少女と少年のふたりが倒した」

 

 先生は、オレとマリナを紹介するかのように前にだした。

 マリナは、人見知りをしてオレの後ろに隠れる。

 

「ハハハハ。リリーナ様も、ご冗談を言うことがあるのですな」

「冗談ではないぞ? なにせこの少年は――」

 

 先生は、間を溜めてから言った。

 

 

「レリクスの息子だ」

 

 

「なっ…………」

 

 兵士さんが絶句する。

 

「この年齢にして炎属性と雷属性の二種類の魔法を使いこなし、剣術も一流の域に達し、自身限定であるが回復魔法も使用することができる」

 

「物語の世界でしか、見たことがないようなお話ですが……」

「だがしかし、レリクスの息子だ。

 血の繋がりはないが、英才教育は受けている」

「さすがでございますな……」

 

 騎士さんは驚くが、素性を鑑みると理解する。

 本当にすごいな。父さんのブランド。

 

 それからリリーナは、手続きを始めた。

 受けた被害や罪状などを、淡々と述べていく。

 

 道中の道のりの話も入れて、『自分の思う適正な罪状』についても述べた。

 騎士の人はリリーナのほかに、盗賊や、さらわれていた人たちにも話を聞いた。

 

「この真偽結晶に誓って、真実であると言えるか?」

 

 水晶玉のようなものを用意して、そんな誓約も入れさせる。

 

「ウソを探知するアイテムですか?」

「そうなるな」

 

 先生はうなずいた。

 

「ただ読み取っているのは、相手の感情だ。

 本気でカンチガイしている場合や、暗示魔法で無効化されてしまう欠点もある」

「でもこれだけの人数から確認を取れば、精度が高いと言えるわけですね」

「本当に、キミは理解力が高いな」

 

 話していると、騎士の人が書類をまとめた。

 報奨金が渡される。

 どさっと重い皮袋には、金貨がたっぷり詰まってた。

 

「全部で580万ゴルドになります。ご確認ください」

 

 捕まっていた子のひとりが叫んだ。

 

「580万?!」

「そんなすごいの?」

 

「一般奴隷の一ヶ月の給金が、8万ゴルドぐらいです……」

「公営奴隷になりますと、15万ゴルド近くになりますが……」

 

「さすが……。レインさま……」

「雲の上のお人…………」

 

 ほかの子たちも、頬を染めてつぶやいた。

 気恥ずかしいが、悪い気はしない。

 オレは、騎士の人に尋ねた。

 

「ところで、ちょっといいですか」

「はい?」

「ええっと、ですね……」

 

 耳打ちをする。

 

「制度上は、できますが……」 

「じゃ、お願いします」

「はい……」

「なにを頼んでいたのだ? 少年」

「待っていればわかると思います」

 

 そう言って、じっと待つこと数十分。

 少女は、オレの前に現れた。

 

 奴隷の首輪を首につけた、黒髪の女の子。

 オレの趣味で要請した、水兵(セーラー)の服を着ている。

 

 

 そして頭の両脇に、白い羽。

 

 

 ぜなっ子のカレンだ。

 

「軽く会話した感じ、悪い子じゃなかったからね。

 ケジメもあるから完全無罪ってわけには行かないけど、目の届くところで奴隷になってもらうこと考えた」

 

「ふむ……」

「もちろんカレンの意志もあるから、イヤって言えば拒絶できるようにもしたけど……」

「負けたんだから、仕方ないぜな……」

 

 ということらしかった。

 

「よろしく……、おねがいするぜな……」

 

 カレンは静かに頭をさげた。

 マリナが、腕にくっついてくる。

 

(じ………。)と、なにも言わずにオレを見た。

 

「どうした? マリナ」

「わたし………いちばん?」

「それは当たり前だろ?」

 

 オレはマリナを抱きしめて、頭と背中をやさしく撫でた。

 

(ん………♪)

 

 マリナはうれしそうに瞳を細め、オレの背中に両手を回した。

 

 



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レイン十四歳。奴隷といっしょに食事する。

 カレンを奴隷にしたオレは、いろいろなアイテムをもらった。

 しつけ用のムチや、繋いでおく用のクサリだ。

 特にクサリは、魔力を込めれば電流めいた痛みを流せるらしい。

 

「ムチの使用は任意ですが、クサリはつけておくようお願いします」

「地味にハードだな」

「なにせ罪人(・・)奴隷ですからね。見せしめの意味もあります」

「なるほどな」

 

 カレンはけして、悪人ではない。

 法律がないという野生のルールを、人間社会に持ち込んでしまっていただけの女の子だ。

 

 しかし今後は、人間社会で生きてもらうことになる。

 人間のルールに、従ってもらわないといけない。

 カレンの首にクサリを繋いだ。

 

 背後から、不意にキュウゥっと音が鳴る。

 マリナであった。

 

 マリナのおなかが、キュウゥっと鳴ってた。

 マリナは耳まで赤くして、自身の腹部を腕で押さえた。

 

「おなか………。すいた………。」

「そっか」

 

 オレは和やかな気持ちで、食事に行くことを提案した。

 

  ◆

 

 オレたちが向かったのは、そこそこ洒落たレストランだった。

 開放的な空間で、清潔感もかなりある。

 貴族ご用達の店なのか、きている客は身なりがよかった。

 

「四名だ」

 

 リリーナが店員さんに言った。

 店員さんは、オレたち全体をチラと見つめる。

 

「かしこまりました」

 

 含んだようにうなずいて、オレたちを案内する。

 椅子がみっつ(・・・)しかないテーブルの横に、手慣れた手つきでシーツを敷いた。

 

「それでは、ご注文がお決まりになりましたらこちらのベルを」

 

 頭をさげて去っていく。

 これはいったいどういうことか。察したオレは問いかける。

 

「カレンの席って、その床であったりします?」

「奴隷だからな」

 

 そういうことなら仕方ない。

 オレは椅子に座った。

 マリナとリリーナも椅子に座って、カレンひとりは床である。

 

「ぜなあぁ……」

 

 カレンは涙目になっていたが、罪人奴隷だから仕方ない。

 普通の奴隷なら考えるところだが、しばらくのあいだは、罰も必要だろう。

 

 まぁ食べるものについては、それなりにいいものをあげよう。

 オレはメニューを、パラりと開いた。

 おいしそうな料理の絵たちが目に入る。

 

「好きなものとかあるか?」

「お肉が好き……ぜな」

 

 カレンは、うなだれながらも答えた。

 

「そうか」

 

 オレは自分用にステーキを頼み、カレン用にミートステーキという名のハンバーグを注文してやった。

 奴隷用のメニューの中では、一番高価なやつである。

 

 しかしメニューにも奴隷用ってのがあるあたり、完全に根付いてるんだな、奴隷文化。

 

 料理が運ばれてきた。

 オレにはステーキで、マリナはフルーツサンド。

 リリーナは木の実と山菜をメインにしたスウィーツサラダだ。

 そしてカレンのところにやってきたハンバーグは……。

 

 

 犬用の皿に入れられていた。

 

 

 スプーンがなければフォークもない。ただ皿があるだけである。

 

「ぜなっ……?!」

 

 戸惑うカレンは周囲を見渡す。

 ほかの奴隷の姿を見つけ、愕然とする。

 

 

 ほかの奴隷も、四つん這いで食べていたからだ。

 

 

「ぜなあぁ…………!」

 

 カレンはためらっていたが、お肉の魅力には勝てなかったらしい。

 

「んぐっ、んぐっ、んぐっ…………」

 

 犬みたいな四つん這いで、ハンバーグを食べる。

 ちょっと可哀そうになる景色だが、犯罪者なのだから仕方ない。

 犯罪者でなければ椅子に座らせているが、犯罪者なのだから仕方ない。

 

 しかし悲痛だったのは、最初のほうだけであった。

 食べ始めてから二分も経つと、カレンの体はご機嫌そうにふりふりゆられた。

 スカートに包まれたお尻がかわいい。

 

「おいしかったか?」

「今まで食べてきたお肉の中で、いちばんの味だったぜな……」

 

 陰鬱につぶやいたカレンは、その場で頭を抱えてうずくまった。

 

「奴隷用のお肉が一番おいしいって、今までのアタシはなんだったぜなあぁ~~~~~」

 

 地球でも、金持ちの犬の食事は本当に豪華だ。

 オレよりいいものを食べている犬もたくさんいた。

 今のカレンは、そんな現実を突きつけられた時のオレと似ていた。

 

「まぁとりあえず、口は拭けよ」

 

 オレは白いフキンを取った。

 カレンの口元を拭いてやる。

 

「ぜなっ……」

 

 カレンはキスされているかのように頬を染め、瞳も静かに閉じていた。

 

「………レイン。」

「なに?」

 

 振り返るのと同時、マリナが指をオレのほっぺたにつけた。

 

「ほっぺたに、ソース。」

「つけたのマリナだよね?!」

「ふきふきしたい。」

 

 オレのツッコミをスルーして、マリナはフキンを用意していた。

 

 仕方ない。

 オレは黙って顔を差しだす。

 

 ふき……。ふき……。ふき。

 マリナは時間の流れを遅らせるかのように、ゆったりとした手つきで拭いた。

 

 マリナの整った顔立ちを、至近距離で見つめることになる。

 細長いまつ毛とか、桜色の唇とか、見ているだけでドキドキしてくる。

 

 顔も熱くなってくる。

 マリナも同様だったのか、顔を上気させてきた。

 

「どっ……どうして赤くなるんだよ」

「あなたがとてもかっこよくって、また好き好きに、なったから………。」

 

 かわいい。

 

  ◆

 

 そんな生活をしてると、試験の日がやってきた。

 

「わたしはちょっと私用があるから、一足先に行ってくる。

 キミたちは、八つ鐘の時間あたりで学園に向かうといい」

 

「カレンは大丈夫ですか?」

「首輪とクサリをつけているなら、一向に構わんよ」

「そういう感じらしいけど、どうする?」

 

 オレがクサリを鳴らして言うと、カレンは答えた。

 

「離れるほうが、いやだぜな……」

「そっか」

「ぜな……」

 

 カレンは目を伏せうなずいた。

 オレのことが好きなわけじゃないが、嫌いでもない。

 だからひとりぼっちはイヤ。

 ここ数日で、そのぐらいの好感度にはなっていた。

 

「それと前にも言ったと思うが、学園の生徒は貴族も平民も平等――ということに(・・・・・・)なっている(・・・・・)。キミの家の爵位は低いほうだが、一応気をつけてくれ」

「はい」

 

 オレは素直にうなずいた。

 この発言は要するに、『相手がルールを守ってくれることを期待してはいけないが、こちらがルールを破ってもいけない』ということである。



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学園に入るよ編
レイン十四歳。バカ貴族を殴る。


 目的の学園についた。

 魔法学園というだけあって、校門の手前からして神秘的だ。

 

 イルミネーションのように輝く木の実のついた光の並木があったり、道端のゴミを掃除する、小さなマジックパペットがいたりする。

 道を歩いている人たちも、いかにも魔法使いといった感じのローブを着ている。

 

 見惚れながら歩いていると、背後に軽い衝撃がきた。

 

「きゃっ!」

 

 女の子であった。

 ぶつかった衝撃で、本やペンが散らばった。

 

「すすすす、すいません!!」

 

 メガネをかけた女の子は、謝りながら落し物を拾う。

 

「手伝うよ」

「だだだだ、大丈夫です!!」

「まぁ、気にしないで」

 

 あらかた拾い終えた少女は、カバンの中身を確認していく。

 

「そろってる?」

「えっ、ええっと……」

 

 しかし確認していた顔が、サアァ――っと青ざめた。

 

「なにがないの?」

「ブローチです!

 お父さんが、『お守りに』って渡してくれた、大切なブローチです!!」

 

「大切なものなんだな?」

「はっ……、はいっ…………」

 

 少女は、既に泣きそうになっていた。

 そういうことなら、見つかるまでは探してあげよう。

 なんて風に思っていると、ガラガラガラっと音がした。

 

 馬車である。

 グリフォンの紋章がついた豪華な馬車を、銀色のヨロイを身に着けた武装馬が引いていた。

 

 しかも馬車の左右には、衛兵が一〇人はいた。

 

(すげーな)

 

 オレがぼんやり立ってると、少女が袖を引いてきた。

 

「脇によけてください!!」

「えっ?」

「あの紋章は、三大公爵のグリフォンベールさまの紋章です!

 脇に平伏していなければ、切り捨てられても文句は言えません!!」

 

「この学園って、そういうのはナシなんじゃないの?」

「規律的には、そうですが……」

 

 本当に、『あるだけ』って感じのルールなんだな。

 まぁいいや。

 とにかくそういう話なら、よけておくだけよけておこう。

 

 オレは馬車を横目で見つつ、道の端によけようとした。

 しかし気づくと、馬車に向かって叫んでた。

 

 

「とまれっ!!!」

 

 

「何用だ!」

 

 先頭の衛兵が、オレに槍を向けてきた。

 オレは馬車の車輪を指差す。

 

「大切なブローチが、そこに落ちちゃったんですけど……」

 

 指差す先には、蒼いブローチ。

 それがあとほんの二〇センチで、踏まれるような位置にあった。

 

「そういうことか……」

 

 衛兵さんは、ブローチを拾いに行ってくれた。

 いい人だ。

 

 が――。

 

 

「なに止まってんだよ!!」

 

 

 馬車の中から声がした。

 ボーイッシュなショートカットの、金髪女が顔をだす。

 

「こっ……、こちらのかたのブローチが、馬車の手前にあったと言うので……」

「ふぅん……」

 

 そいつは静かに降りてきた。

 背丈は小さく目つきは釣り目で、華奢な体つきをしている。

 そして履いているのが…………。

 

「ズボン……?」

「なにジロジロ見てんだよ」

「性別、どっちなのかなぁーって思って」

 

 その刹那、少女の顔が色めきだった。

 憤怒めいて言ってくる。

 

「ボクはオトコだぁ!

 グランドル国・三大公家の一公・ミーユ=ララ=グリフィンベールって言えばわかるだろっ?!」

「田舎育ちなものでして」

「気をつけろよっ! ばかがっ!!」

「はい」

 

 うなずきつつも、オレは鑑定を使用してみた。

 

 

 名前 ミーユ=ララ=グリフィンベール

 種族 ヒューマン

 

 レベル   48

 

 HP    280/280

 MP    432/432

 筋力    240

 耐久    188

 敏捷    312

 魔力    441

 

 

 ゴミのようなステータスだな。

 

 

 もっともそれは、オレや父さんを基準にした時のお話だ。

 同い年の平均的な学生を基準にすれば、充分に強い。

 実際、野次馬の人たちに鑑定を使うと、レベルが10から20前後で、パラメーターも100前後の人が多い。

 

 それでもオレの目からすると、ゴミのようなステータスである。

 だからと言って、ケンカを売る必要もないだろう。

 

「馬車を止めさせたのは悪かったけど、ブローチを回収したらすぐにどくから」

「ブローチってのは……大切なものなのか?」

 

「あの女の子の父さんが、合格祈願で作ってくれたらしいもの」

「父さんが…………か」

 

 ミーユの眼差しが、なぜか一瞬、険しくなった。

 しかしすぐさまヘラリと笑い、衛兵さんから受け取った。

 オレの横を素通りし、女の子のほうに行く。

 

「大切なものなんだって? これ」

「はっ、はい……」

 

 貴族のミーユが言うと、女の子は手を伸ばす。

 ブローチが、女の子の手のひらに乗ろうとするが――。

 

 

 ミーユによって、砕かれた。

 

 

「あっ……」

 

 ヒビの入ったブローチを、ミーユは踏みつける。

 ぐりぐりと踏んで、粉々にした。

 

「あああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 少女の悲鳴が響き渡ると、ミーユは激高した。

 少女の顔を張り飛ばし、倒れた少女を何度も蹴飛ばす。

 

「そんな理由で、ボクの馬車を止めることが許されるはずないだろうが!

 ゴミッ! クズッ! ボケッ!」

 

「申し訳ございません。申し訳ございません。申し訳…………」

 

 ひどすぎるだろ、オイ。

 これはさすがに、ブチ切れる。

 

「オイ」

「なんだ……うぎゃっ!」

 

 ミーユが振り向くと同時に、顔面に拳を叩き込んだ。

 胸倉を掴み、至近距離から叫んでやった。

 

 

「クズなのもゴミなのも、テメェだろうがよぉ!!」

 

 

 ミーユは、異常なまでに震えて答える。

 

「ボボボボ、ボクは、ささささ、三公…………だぞ?」

「三公だろうが四公だろうが、やっちゃいけないコトってのがあるだろうが!!」

「ひいっ……!」

 

 ミーユは、怯えた瞳でオレの顔の横を見た。

 それは恐らく、衛兵への合図。

 

 事実、神経を尖らせてみれば、槍を構える気配があった。

 オレはミーユを放り投げ、腰の剣に手をかけた。

 振り向き際に斬撃を放つ。

 

 衛兵さんの槍が吹き飛ぶ。

 先端部分が、ミーユの股の合間に刺さった。

 ミーユの股間が、じわりと濡れる。

 

「ボッ……ボクんちの衛兵の槍は、ダマスカスで作られてるんだぞ……?」

「そっちは武器が強くても、こっちはオレが強いんだよ」

「殺せっ! 殺せっ! 殺せエェーーーーーーーーーーー!!!」

 

 ミーユが、衛兵さんに指示をだす。

 衛兵さんは、不承ながらも槍を構えた。

 魔法を唱える人もいる。

 

 戦うことになってしまったものの、怪我をさせるつもりはない。

 雇い主(ミーユ)はクズでも、衛兵さんはいい人だ。

 

 オレは手前の衛兵さんの槍を飛ばすと、横手からきた槍をバックステップで回避した。

 アイテムボックスを使用して、研がれていない剣をだす。

 切れる剣で槍を切り、切れない剣で衛兵さんを殴って倒す。

 

「唸る業火よ、我れがあるじの敵を焼け! ファイアーボール!!」

 

 大げさな詠唱と共に、赤い火球が飛んできた。

 三公(ミーユ)の護衛と言えば、プロである。

 

 学園に向かう程度なら精鋭をつけているとは限らないが、それでも一応プロである。

 ゆえに放たれる魔法は、相当のものである。

 はず――なんだけど。

 

 

(しょぼいな)

 

 

 オレは剣でサクッと切った。

 

 

『なっ……?!』

『魔法を……剣で…………?!』

『魔法切りと言えば、魔竜殺しの七英雄・レリクス=カーティス様の神技(しんぎ)だぞ……?!』

 

 魔法を切るのって、そんなすごい技術だったのか……。

 レリクス=カーティスことウチの父さんはすごい当たり前に使ってたから、初歩のスキルなのかと思っていたぜ……。

 

 しかしそうなると、長引かせるのはイジメだな。

 オレはタトンと地を蹴って、魔術士たちの間を駆け抜けた。

 一秒、二秒、三秒の間を置いて――。

 

『がっ……、はぁ…………』

 

 三人は倒れた。

 

「ひっ、いっ、いっ…………」

 

 腰を抜かしたままのミーユが、立てなくなったままもらす。

 オレは近寄る。

 奴隷用のムチをだし、威圧を込めて言った。

 

 

「謝れ」

 

 

「ひっ……?」

「土下座して、ブローチを壊してごめんなさいって謝れ」

「ブッ……ブローチを、壊して…………」

 

「オレにじゃないっ!!!」

 

 ピシッ!

 奴隷用のムチで、ミーユの体を引っぱたく。

 

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…………」

 

 

 すこしやりすぎな気もするが、こういうことは、中途半端が一番危ない。

 『アイツに手をだしたらヤバイ』と思わせるまでやるか、一切抵抗しないかのどちらかだ。

 半端に殴っておしまいにするのは、仕返しの動機と口実を与えるだけだ。

 

 しかしコイツの暴虐を見て、抵抗しないという選択肢を選ぶのは無理だ。

 

「あの……」

 

 被害者である少女が、静かに声をかけてきた。

 

「もう……、そのぐらいで…………」

「そうか」

 

 一番の被害者であるこの子が言うなら、オレが続ける理由はないな。

 『手をだしたらヤバイ』と思わせるにも、十分だ。

 

 震えて謝っている姿も、ちょっと哀れになってくる。

 しゃがみ込み、肩をポンッと叩いて言った。

 

「もうすんなよ、ホント」

「ぐっ……」

 

 ミーユは、歯を食い縛って去って行った。

 遠巻きに見ていた野次馬たちから、歓声が沸いた。

 

 どんだけ嫌われてたんだ、アイツ。




ヒャッハーな気分になったら、評価とか感想とかくださるとうれしいです(•ㅂ•)
次回更新は16日ぐらいの予定です(•ㅂ•)


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レイン十四歳。筆記試験を受ける。

 チンピラみたいなバカ貴族は、撃退した。

 しかし肝心のブローチは、砕かれたままである。

 

「……」

 

 メガネの少女は、涙目のままである。

 

「ちょっといい?」

「えっ……?」

 

 オレは地にヒザをつき、砕かれた破片を拾い集めた。

 汚れや小石をできるだけ排除。

 残った破片を、親指サイズの小ビンに詰める。

 軽く太陽に透かしてみると、キラキラと輝いた。

 

「とまぁ……こんな感じでどうかな」

 

 少女は小ビンをじっと見つめて、うっとりと見つめた。

 

「ゴミとか完全に取れたわけじゃないから、細かい調整は専門の装飾屋さんとかにしてもらうって感じで……」

 

 オレが言ったら、少女は叫んだ。

 

「これがいい! これがいいです!!」

 

 それはもう、食い入るように叫んだ。

 

「そっ、そう……」

「はいっ!」

 

 宝物を抱くかのように胸に抱いて、頭をさげて走り去る。

 マリナが声をかけてきた。

 

「レイン。」

「ん?」

「ヒザ、汚れてる。」

 

 マリナは地面にしゃがみこみ、オレの膝の汚れを払った。

 

「……ぜな♪」

 

 なぜかカレンも、マリナの横にぺたりとしゃがんだ。

 

「………カレン?」

「なんとなく、こうしたくなったぜなぁ……♪」

 

 ふたりともかわいい。

 

   ◆

 

 そんな感じで、試験会場についた。

 自信はあっても、緊張はなかった。

 

 プロであるはずの衛兵さんを一蹴できたのだ。

 それなら単なる試験ごときで、つまずくこともないだろう。

 

 的を撃ち抜くような試験であろうが、対人戦であろうが、トップクラスの成績を残せるだろう。

 そんな風に思ってた。

 

 が――――。

 

 

 試験は筆記試験だった。

 

 

 用意されていた机の横にカレンを伏せさせ、試験官の到着を待つ。

 羊皮紙の答案が配られて、解いてくださいと言われる。

 

 問。

 以下の問題文を読んで、()の中を埋めよ。

 

 魔法を放つ上で必要なのは、先天的な資質とイメージである。

 放つ際には、詠唱を使う必要がある。

 特定の詠唱と口ずさんでイメージを補佐することで、先天的に備わる資質の力を引きだすのである。

 

 ライトニングを放つ際には、()

 ファイアーボールを放つ際には、()といった詠唱が必要となる。

 

 

 わかんねーよ!!

 

 

 詠唱だとか、使ったりとかしてないし!!

 ライトニングとか無詠唱で使えるし、ファイアーボールも無詠唱だ!!

 

 仕方ない。

 オレは正直に書いた。

 

 ・そんなレベルの魔法なら、無詠唱で使うのが普通だと思います。

 

 そこから先も、いろいろと問題を見た。

 半分以上が、『わかんねーよ!!』だった。

 

 『実戦魔法理論』とやらのテストらしいけど、まったく実戦的じゃない。

 ただ答えられそうな設問も、いくつかあった。

 

『戦士職の前衛ふたり、魔法職の後衛ひとりのパーティで進んでいると、ふたりの前衛とふたりの後衛のパーティと戦うことになった。この時の、前衛の役割を答えよ』

 

 などである。

 オレはすかさず、『オレがひとりで全員を倒す』と書いた。

 先の実戦を踏まえた完璧な答えであったのに、後日苦言をいただいた。

 

『あなたについてはこれで正解とさせていただきますが、ほかのかたには言わないようにしてください……』

『えっ?』

『真似をされたら、困ります……』

 

 試験には、歴史とかの問題もあった。

これはもう、完璧に終わってた。

 

国の成り立ちとか魔法学園設立の経緯とか、知っているはずがない。

 と言っても、まったくの白紙ではなかった。

 

 『王都の東のヴィーグル山に現れた魔竜を討伐した、七英雄の名前をすべて答えよ』

 

 この問いには、父さんとリリーナの名前を書けた。

 

っていうか、国家トップクラスの学園の試験の問題にでるぐらいの人たちなんだな。

 父さんも、リリーナも。

 そのひとりを父親に持って、別のひとりと肉体関係を結んでいるオレって、何気にすごいんじゃないだろうか。

 

 そんな感じで、歴史のテストはアレだった。

でもオレは、楽観していた。

 

 もしも筆記が重要ならば、リリーナが勉強するよう言っているはずだ。

なのにスルーだったってことは、実技がよければどうでもいいんだろう。

 

 なんて風に思ってると、算術の試験が始まった。

 王国でもっとも格調が高く、難しいとも言われている学園での算術だ。

 いったい、いかほどのものか。

 オレは答案をめくった。

 

 

 問。

 次の計算をしなさい。

 

 65×8=

 71×4=

 81×9=

 121×11

 720×20=

 (以下略)

 

 

 小学生かよ!!

 

 

 なにかの間違いじゃないだろうかとも思ったが、そういうわけでもないらしい。

 

(三ケタ……?)

(四ケタもある……)

(さすが○○魔法学園……)

(難しい……)

 

 みたいな声も聞こえてくる。

マジかよ……。

 

 だけど地球の日本でも、九九が貴族の教養って時代はあったしなぁ。

 教育水準が低いとこなら、そんなものなのかもしれない。

 貴族っぽいやつらは、わりと普通に解いてるし。

 

 なんにせよ、これなら満点も容易い。

 オレは答えを書きまくる。文章問題もあったが、やはり小学生レベルだった。

 

 

 楽勝!!

 

 



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レイン十四歳。実技試験を受ける。

 筆記試験が終わった。

 オレは、思い切り伸びをする。

 

「終わったぜな……?」

 

 伏せていたカレンが、顔をあげた。

 

「なんで涙目になってんの?」

「なんか……。みんな……。ぴりぴりとしてたぜな……」

「なるほどね」

 

 人によっては、受験は戦争だもんな。

 

「まぁでも、ガマンしてて偉かったな」

 

 オレはクッキーを取りだして、カレンの口元に差しだした。

 カレンは地面に膝をついた姿勢で、オレの両膝に手をかけた。

 あーん、して食べる。

 

 しゃくしゃくしゃく、こくん。

 咀嚼したカレンは、涙目でつぶやく。

 

「もう一個、ほしいぜな……」

「はいはい」

 

 オレは、ふたつ目をくれてやった。

 しゃくしゃくしゃく、こくん。

 カレンは、咀嚼して食べる。

 頭の羽がぴこぴこゆれた。

 

(………。)

 

 マリナが静かに寄ってきた。

 カレンの横にペタリと座り――。

 

 

 口を、あーんとあけてくる。

 

 

「そんなことしなくても、ほしいって言えば普通にあげるけど……」

(………。)

 

 マリナは無言で、ほっぺたを赤くした。

 

「クッキーそのものよりも、この姿勢で食べることが重要…………ってこと?」

「うん………。」

 

 マリナは小さくうなずいた。

 

「この姿勢って、横から見るとオレの下半身にもにょもにょしてる的なアレなんだけど」

「それが………。いい………♥」

 

 ちょっとばかり、マリナの性癖が心配になる。

 なんかそのうち、首輪をつけることを求めてきそう。

 

 いや……待て。

 それはそれで、むしろアリ……?

 

 想像したらムラムラしてきた。

 オレはマリナをトイレに連れ込み、ぶっ刺した。

 

「あんっ………!」

 

 首輪はつけなかったけど、想像だけで十分にいけた。

 

   ◆

 

 実技試験の会場についた。

 コロシアム風の観客席もついた、広いところだ。

 まず基礎試験として、用意された魔法に全力の魔法をぶつければよいらしい。

 的の形は、真っ黒い壁である。

 

「それでは、一番……アルバート=アルロッテくん」

「はい!」

 

 快活そうな少年が、前にでた。

 

『唸る業火よ……。我が……敵を焼けっ……!』

 

 言葉のひとつひとつに力を込めて、手から放つは――。

 

 

『ファイアーボール!』

 

 

 ボゥンッと飛びだしたそれは、黒い壁に当たって消えた。

 先生が言う。

 

「二八〇デシベル…………か」

「よっ……よしっ」

 

 アルバートくんは、ぜいぜい言いながらも拳を握った。

 しょぼいようにしか見えなかったけど、学生的には普通らしい。

 というか合格の目安は、二五〇ぐらいらしい。

 

 筆記との兼ね合いもあるらしいが、今ので合格ラインに行けるなら大丈夫だろう。

 そして試験は進んでく。

 

 

『唸る……旋風。我が敵を…………裂けっ!』

『ウインドカッター!』

 

 ……しょぼい。

 

『唸れ……氷弓。我が敵を…………射抜け!』

『アイスニードル!!』

 

 ……しょぼい。

 

 単に威力がしょぼければ、ぜいぜい息があがってるのもしょぼい。

 

「あの黒い壁も、全然壊せていないしなぁ」

「あの壁の強度がわからないとは……。これだから田舎者は……」

 

 オレがつぶやくと声がした。

 まったく見知らぬ、貴族風の男であった。

 

「あのガードモノリスは、教官たちの魔力を送り込むことで、特殊な結界を表面に張り巡らせている。

 破壊はもちろん、ヒビを入れることさえ至難の技だ。

 実際、ヒビを入れられるのは、このマゴット=オスマンを除けばもうひとり――――」

 

 偉そうなマゴットは、タメを作った。

 タメるからには、相当な実力者なのだろう。

 オレはちょっぴり、期待して待った。

 でてきた答えは――――。

 

 

「ミーユ=グリフォンベール様ぐらいだ」

 

 

 えっ…………。

 

「三公であるグリフォンベール家のご長男にして、英才と名高い才能の持ち主。

 魔竜殺しの七英雄には及ずとも、それに準ずる才能はあるともっぱらの評判だ」

 

 ええー…………。

 ミーユって、さっきのバカ貴族だよね……?

 

 あいつって、そんなすごいあつかいだったの……?

 あいつレベルで、そんなすごいあつかいになるの……?

 

 いや、まぁ、アレだな、うん。

 コイツのこの評判は、八百長とおべっかを含めてだよな。

 

 あとは英才教育が半端ないから、普通の人よりは早熟ってだけだろうな、うん。

 でないと終わりだ! 学園編!!

 

 そうこうしているうちに、マゴットとやらの出番がやってきた。

 

 

「見ていろよ。田舎者」

 

 

 フフンと笑ったマゴットは、大げさな仕草で魔力を集めた。

 

 

「唸れ轟音! 響け迅雷! 我が敵を薙ぎ払え! サンダーストーム!!」

 

 

 バリバリバリバリッ!

 今までの受験者とは一線を画すイカズチの束が、ブラックモノリスに降り注ぐ。

 手数は多い猛攻を受けた壁には、ピシ――とわずかにヒビが入った。

 試験官が叫ぶ。

 

『一五〇〇デシベル!』

「「「おおおーーーーーーーーー!!!」」」

 

 受験者たちから、歓声が沸いた。

 

「ふぅー……」

 

 息を吐いたマゴットは、やり遂げた顔で手を振った。

 

「わかるかい? 田舎貴族くん。これが本当の貴族さ」

 

 オレは思った。

 

 

 うぜー…………。

 

 

 しかし構うのもめんどくさかったので、完全にスルーした。

 それを委縮と受け取ったらしい。

 マゴットは、とても勝ち誇っていた。

 

 そして何人か挟むと、ミーユの番がきた。

 ほかのやつらとは違う雰囲気に、受験場がシン――と静まる。

 

 仏頂面のミーユは、ほんの一瞬オレを見た。

 しかしすぐさま目を逸らし、自身の魔力を高めてく。

 詠唱のないまま、指を伸ばして――。

 

「風よ穿てっ! サイクロン・スナイプ!」

 

 グオンッ!

 緑色の魔力を帯びた竜巻が、モノリスに向かった。

 

 大気を抉るかのように直進し、モノリスの中央にぶつかる。

 轟音が響いた。モノリスには、クモの巣状のヒビが入る。

 マゴットの時よりも、大きな歓声が沸きあがった。

 

「ニッ……二九〇〇デシベル!!」

 

 合格点の一〇倍である。

 なんだかんだ言いながら、偉そうにするだけの実力はあるんだな。

 

 他人事のように思っていると、ミーユは、またもオレをチラと見た。

 その目には、対抗意識や敵意というより、懇願するかのような怯えがあった。

 よくわからないやつだな。

 そしていよいよ、オレの出番がやってきた。

 

「キミは…………レイン=カーティスくんだね」

「ああ、はい。そうです」

「七英雄・レリクス様のご子息だそうだが、特別あつかいはしないからそのつもりでね」

「はい」

 

 オレは素直にうなずいた。

 

「ちなみに使う魔法って、魔法剣じゃダメですか?」

「魔法剣を使えるのかい……?」

「はい」

「それはすごい…………けど、一応、魔法の、試験……なのでね…………」

 

 試験官さんは気圧されていたが、かろうじて答えた。

 そういうことなら仕方ない。

 オレは魔力を溜めていく。

 

 しかし魔力を溜め込むと、黒い壁が頼りなく見えた。

 試験官さんも驚愕に目を見開いて、わたわたと慌ててる。

 

(これって、全力だしたら会場が壊れちゃうとかいうやつか?)

 

 思ったオレは、加減して放つことにした。

 出力は抑え、しかしモノリスを破壊できる程度のそれは意識して――。

 

「ライトニング!」

 

 放たれたイカヅチは、一直線に突き進む。

 

 

 どごおぉんっ!!

 それは鋭くモノリスを穿つと、会場の端にあるフェンスにまで激突した。

 さらに巨大な穴をあけ、外が見えるようになった。

 

「「「なっ、あっ、あっ…………」」」

 

 空気がポカンと凍りつく。

 試験官さんのひとりが、別の試験官さんに問いかけた。

 

「すっ……数値は……?」

 

 その試験官さんは、引きつって答えた。

 

『にっ……、二億……八九〇〇万…………』

『二億っ?!』

『バカな!』

『ありえん!!』

 

『故障じゃないのか?!』

『しかし……結果として壊されたものを見ますと…………』

『ぐっ……』

『確かに……』

 

『レリクスさまが、デモンストレーションで軽く放ってくださった時の数字は、いくらぐらいであったかな……?』

『六億前後と、記憶してます……』

『おれ……上から目線で、『英雄さんのご子息だからって、特別はあつかいはしないからね』とか言っちゃったんですけど…………』

 

『ばかだ……』

『ばかだな……』

 

 

 手加減って難しい!!!

 

 

 マリナも一億デシベルをだして、実技の試験は終わった。

 



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バカ貴族ミーユ。入学式でもやらかす。

 試験の日から何日か経って、入学式の朝がきた。

 すこし早めに家をでたオレたちは、屋台が並ぶ露店街を通り抜けて学園に向かった。

 

 骨つき肉の屋台を見かけたカレンが、「ぜな……」と物欲しそうにつぶやく。

 オレは無言で屋台に近寄り、骨つき肉を買った。

 

「ぜな……?!」

 

 カレンの瞳が、にわかに輝く。

 オレは肉をカレンに近づけ――――。

 

 

 自分で食った。

 

 

「うまいな、これ」

(ぜなあぁーーーーーーーーーーーーーーーー!!!)

 

 声鳴き悲鳴が、響き渡った。

 

「冗談だよ」

 

 オレは一口食った残りを、カレンの口に入れてやった。

 

(もぐもぐもぐ、こくん)

 

 カレンは、咀嚼して飲み込んだ。

 

「うまいか?」

「ぜなあぁ……♪」 

 

 カレンは、恍惚にうなずいた。

 オレはチラリと、マリナを見やった。

 いつものパターンであるならば、ここで対抗してくるはずだ。

 

 が――。

 マリナは無言で、目を伏せていた。

 

「食べないの? マリナ」

「太る………。」

「えっ?」

 

「食べものは、油断をすると………。太る………。」

「気にしてるんだ…………」

「………。」

 

 マリナは、両の腕で身を隠してつぶやく。

 

「太るのは………いいけど。あなたに、嫌われるのは………。」

「まぁそん時は、オレも太るから大丈夫」

「なぐさめになっていないと思う………。」

 

 と言いつつも、マリナはうれしそうだった。

 オレたちは、学園へと向かう。

 細かい手続きや初々しい生徒たちの合間を抜けて、用意された席につく。

 

 壇上を見上げる、最前列の席だった。

 椅子の横には、奴隷を置いておくためのスペースもある。

 逆に席の後ろ側には、わりとビッシリである。

 

「こういうところも、試験の結果ででてくる『待遇の差』ってやつか」

 

 オレは奴隷用のスペースにカレンを伏せさせ、椅子に座った。

 

「ん………♪」

 

 マリナが、自分の椅子をオレの椅子にくっつけてきた。

 

「いいのかな? これ」

 

 などと思ってあたりをチラりと見回すが、咎められたりはしなかった。

 特待生すごい。

 まさに特別待遇の生徒だ。

 

 オレは椅子に座って待った。

 学長らしき爺さんが壇上に現れて、お決まりのあいさつを始めた。

 

(このへんは、どこの世界でもいっしょだな)

 

 つまらないところとか、眠くなるところとかもいっしょだ。

 

 眠れ、眠れ、睡眠♪

 眠れ、眠れ、睡眠♪

 

 そんな音波がすすってる。

 まぶたが重くなっちゃうyo!

 

 オレ以外のほぼ全員もそんな感じだ。

 実際に寝ている人もいた。

 

 でもオレは、がんばって眠らないようにした。

 そして待つこと十数分、学長のあいさつが終わった。

 

『それでは続いて、首席特待生のあいさつです』

 

 オレが呼ばれそうな響きだが、呼ばれる予定なのはオレではない。

 それについては、前の日に説明があった。

 

 主席特待生は、試験全体の総合で判断される。

 

 魔法理論のテストで一位なら一〇点、二位なら七点、三位なら……。

 王国の歴史テストで一位なら一〇点、二位なら……。

 算術問題のテストで一位なら……。

 

 といった次第だ。

 

 オレは実技と算術では圧倒的なトップだったが、それ以外の成績が今ひとつだった。

 実技はぶっちぎりまくっていたが、一位はあくまで一位であって、一位以上の得点にはならない。

 野球の試合で、1対0で勝っても33対4で勝っても一勝は一勝であるのと同じだ。

(だから33対4は、けして特別な数字ではない)

 

 説明は、すごい低姿勢だった。

 偉そうなヒゲの爺さんが三人並んで、土下座しそうな勢いであった。

 

「主席特待生としてあいさつをすると、特典とかあるんですか?」

「そういうものは、特には……」

「普通の最上位特待生と、違いはありません……」

 

「それならどうでもいいですよ。あいさつやらないで済む分、むしろ得です」

「歴史ある、首席特待生の栄誉を…………」

「どうでもいい…………?」

 

「大切なのは、入ったあとにどうするか――ですしね」

「さすがは、英雄様のご子息ですな……」

 

 爺さんたちは、深々とうなずいた。

 まぁ貴族とかいる世界だと、メンツとかなんとかうるさいんだろうな。

 入学試験の段階で、拘りそうなやつ見たし。

 

 なんて風に思っていると、主席特待生とやらが、壇上に現れた。

 メンツとかに拘りそうなバカ貴族代表の、ミーユ=グリフォン○○であった。

 

「「「わあぁーーーー!!!」」」

 

 ミーユが現れた刹那、一部の生徒から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。

 服装を見ると、貴族っぽいやつが多い。

 取り巻きパワー半端ないな。

 

 歓声を受けたミーユは、オレのほうをチラと見た。

 そしてニヤリと、口角をゆがめた。

 明らかに、下を見下す目線であった。

 コイツの中では、『勝った!!』っていう意識なんだろうなぁ……。

 

『本日は……ボクたちのためにこのような式を催していただき…………』

 

 語られるあいさつは、なんの変哲もおもしろみもない、退屈なものだった。

 マジでヤバい。

 学園長のあいさつで死にかけていた脳細胞が、さらに昇天しようとしている。

 打ち上げ花火でパチンパチンだ。

 

 雨にも負けず風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けないオレであろうと、コイツの話の眠さには勝てない。

 ゴジラ対チワワのごとき、圧倒的な絶望感だ。

 

 それでも寝たらいけないよなぁ……と思いつつ、必死にこらえてがんばった。

 すると――。

 

「ふわ…………」

 

 あくびでた。

 そいつもかなり、大きいやつだ。

 

 それだけならば、大して気にもされなかっただろう。

 実際、しているやつはオレ以外にもいる。

 

 でもよりによって、ミーユが反応しやがった。

 声を止め、あくびしたオレをガン見して、瞳を丸く見開きやがった。

 

(そこはスルーしておけよ……)

 

 そうすれば、魔法の言葉『気のせい』で済んだのに。

 なのにミーユが反応してしまったせいで、オレがなにか言わないといけないような雰囲気になってる。

 仕方ない。

 オレは言った。

 

 

「話が退屈すぎたんで、つい」

 

 

 一瞬の静寂。

 延々とした沈黙。

 そして――。

 

 

 笑い。

 

 

 大きな笑いが、平民層と下級貴族から沸きあがっていた。

 恥をかかされたミーユが、真っ赤になって震えて――。

 

 

「笑ったやつ、前にでろっ!」

 

 

 一喝。

 笑い声を黙らせて叫ぶ。

 

「そして『三公』のボクを、もう一度笑ってみろ!!」

 

 

 会場の空気が、オレがあくびをした時とは違う意味で凍りつく。

 本当になにをするのかわからないといった、狂気めいた剣幕があった。

 オレとマリナ以外の全員が、首筋に刀剣を突きつけられたかのような顔をしている。

 

「くそがッ!!」

 

 ミーユは壇上の机を蹴り飛ばし、苛立ちながら去っていった。




ミーユのことは、18日午後10時ぐらいの更新で〆る予定です


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生意気なミーユにおしおき編。

 入学式が終わったあとは、金色のカードを受け取った。

 

「学生証と寮の部屋の鍵を兼ねた、スチューデントカードです。

 失くさないよう、気をつけてください」

 

 さすが異世界。すごいカードだ。

 オレは感嘆しながら受け取って、寮へと向かった。

 

 六階建ての、大きな寮だ。

 ホテルのロビーのような共同空間を抜ける。

 エレベーターのような、狭くて四角い個室に入る。

 

 話を聞いた限りだと、これを使って移動ができる。

 しかしボタンなどがなかった。

 普通のエレベーターであればボタンがある位置には、黒い板のようなものがあるだけだった。

 

「ええっと……」

「これは、こうやって使うんだよ」

 

 声がして、黒い板のようなところに右手が置かれた。

 黒い板が白く輝き、声の主は言った。

 

「一〇階」

 

 グォン――と軌道音が鳴り、ゆるやかに上昇していく。

 

「昇降機も知らないとか、本当に田舎者だな」

 

 ミーユだった。

 壁を背にして腕組みをして、にやにや笑ってオレに言う。

 

「それでよく、この学園に入ろうと思ったねぇ」

 

 オレは思った。

 

 

 うぜえぇー…………。

 

 

 五月の蠅は五月蠅(うるさ)いが、生きているミーユはうざい。

 

「なんかしろとは言わないからさ、せめて構わないでもらえるか?

 呼吸もできれば、オレの前ではしないでほしい」

 

「ボクは三公だぞっ?!」

「知ってる」

 

「オマエの家はどうなんだよっ!

 昇降機も知らないってことは、どうせ田舎貴族だろっ?!」

 

「まぁ……そうだな」

「だったらもっと、ひざまずいて、かしづけよ!!

 家の格とか生まれの差とか、もっと強く感じろよ!!」

 

「でもこの学園は、そういうの禁止だろ?」

「ぐっ……」

 

 その通りだとは思ったらしい。ミーユは押し黙った。

 

「だっ……だけど見ただろっ?!

 三公のボクが前にでろって言ったら、笑っていたやつは黙る!

 先生たちも、表立って処罰できない!

 それが現実ってやつなんだよ!!」

 

「そう思うなら、それが通用する相手にやってくれ。

 最初からオマエに従う気マンマンの取り巻き相手にクダ巻いてるなら、オレもなんも言わねぇよ」

「そんな勝手が許されると思ってるのか?!」

 

 マジでうざい。

 オレは段々、イライラしてきた。

 壁にドンっと手を当てて、ミーユを威圧した。

 

「ひっ……」

 

 怯えるミーユに、至近距離から言ってやる。

 

「次になにかゴチャゴチャ言ったら、言葉にできない酷い目に遭わすぞ」

 

 ミーユを威圧したつもりなのに、なぜかカレンが青ざめた。

 

「いいいっ、言うこと聞いておくべきだぜなっ!!」

 

 ミーユの胸元を掴み、心の底から心配して言う。

 

「レインは本当にやる男だぜなっ!

 言ったことは本当に、やりまくる男だぜなっ!

 だからここで引かないと、ミユっちは本当にやられまくるぜなっ!!」

 

 経験者カレンのすさまじい語りっぷりに、ミーユは青ざめた。

 それでも貴族の意地からだろう。

 カレンのことを突き飛ばす。

 

 

「奴隷がボクに命令するなぁ!」

 

 

「きゃっ!」

 

 オレはカレンを抱き止めた。

 

「大丈夫か?」

「ケガとかは、ない…………ぜな」

 

 カレンは突き飛ばされた衝撃よりも、邪険にされたことにショックを受けてた。

 もう本当に、イライラがすごくなった。

 

 エレベーターが、一〇階に止まる。

 オレはミーユに無視をして、エレベーターを降りる。

 よせばいいのに、ミーユは寄ってきた。

 

「謝れよ!!」

「は?」

「奴隷をけしかけてごめんなさい。生意気を言ってごめんなさい。

 そんな風に謝れよ! そうすれば、クツを舐めろとまでは言わないでやるよ!!」

 

「いや、オマエ…………何言ってんの?」

 

 ミーユは、なぜか勝ち誇って笑う。

 

「なんだかんだ偉そうに突っかかってるけど、オマエもほかと同じなんだろ?

 なんだかんだ言ってるけど、本当はボクが怖いんだろう?

 だから一生懸命脅しをかけて、『なにもしないでくださあぁい』って言ってるんだろ?

 だったらいいよ。

 陰口だったら許してやるから、ボクそのものにはひざまづけ!!!」

 

 あー……。

 なるほど。

 

「そういう解釈しちゃうわけね……」

 

 こうなると、一回シメなきゃわからないだろうな。

 オレはミーユの手を引くと、オレの部屋に引っ張り込んだ。

 ベッドの上に押し倒す。

 

「きゃんっ!」

 

 力で無理やり組み伏せて、服を脱がす作業に入った。

 

「なななっ、なにするんだよっ!!」

「部屋に連れ込んですることなんて、エロいことに決まってるだろ?」

「ボボボッ、ボクはオトコだぞっ?!」

「そういう話は聞いてるが……」

 

 オレはミーユをじっと見つめた。

 整った顔立ちに、なだらかな肩のライン。

 その姿は、どこをどう見ても……。

 

 

 オレは胸元に手をかけて、一息に破り裂いた。

 

 

「キャアアアアアアアッ!!!」

 

 

 悲鳴があがり、現れたのは――。

 

 

 真っ白なサラシ。

 

 

 オレはサラシを、下に引っ張る。

 隠されていたミーユの胸は、意外と巨乳だ。

 

 あいさつ代わりに左のおっぱいの乳首をしゃぶり、舌の先でこねくった。

 同時に右のおっぱいを握りしめ、乳首を指でもてあそぶ。

 マリナで磨いたテクニックである。

 

「あああっ、あっ……。ああっ……!」

 

 ミーユが甘い悲鳴をあげる。

 一方のマリナは、自分がされた時のことを思いだしてしまったらしい。

 自身の胸を、両腕で隠した。

 

「………えっち。」

 

 オレは唇を離し、ミーユのズボンとパンツを一息におろす。

 想像通り、そこには男子の証明がなかった。

 サディスティックに言ってやる。

 

「やっぱりオマエ、オンナじゃねぇか」

「ううっ……」

 

 ミーユの顔が、屈辱にゆがんだ。

 オレは自身のズボンをおろした。

 

「いやっ……」

「やだっ……」

「やめて……」

「お願い……」

 

 今までの傲慢はどこへやら。

 ミーユはすすり泣きを始めた。

 ここまでくると気の毒だ。

 オレは最後に、情けをかけた。

 

「謝れよ」

「えっ……?」

「カレンにちゃんと謝って、オレの前にも顔ださない。

 この二点をちゃんとしたなら、特別に許してやるよ」

 

 

「ふざけんなよっ!!」

 

 

 ミーユはキレた。

 

「ボクは、ボクは三公だぞっ?!

 それがどうして、奴隷に謝らないといけないんだよっ!

 田舎貴族に、かしづかないといけないんだよっ!

 そんなのゼッタイおかしいだろっ?! ズルイだろっ?! ズルイだろおぉ!!!」

 

「謝らないなら、オマエが悪いなっ!」

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

 ミーユは悲鳴をあげてたが、構わずにやった。

 生意気な口を叩けなくなるまではもちろんのこと、叩けなくなってからもやりまくった。

 

「ああっ、あっ、ああっ……!」

 

 生意気でムカついたミーユだけど、体は素直でかわいかった。

 

 ミーユの後は、ヤキモチを妬いたマリナを丹念にかわいがり、カレンのこともかわいがった。

 まぁカレンについては、処女はいただかない程度の愛撫だ。

 本番以外で外堀を埋めて、自分からおねだりしてくるようになるまで調教したい。

 そしてオレが満足すると、ミーユはベッドから降りた。

 

「おっ……覚えてろよっ…………」

「オマエこそ、やられたくなったらまた突っかかってこいよ」

「この鬼畜野郎っ!!」

 

 ミーユは、オレに枕を投げつけてきた。

 クソ生意気な態度だが、ほんのすこし前までは、オレにエロいことされて喘ぎまくっていた女だ。

 その時の姿を思い返すと、腹は立たない。

 むしろチンコが立ってくる。

 

 ミーユは、過ちに気がついたらしい。

 でも遅い。

 延長戦の始まりだ。

 

「くはっ、あっ、あぁんっ……!」

 

 ミーユは、あくまでも喘いだ。




次の更新は25日の夜十時あたりにしようかな、と思います。


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 閑話 ミーユ=ララ=グリフィンベールの事情

「……くそっ」

 

 レインに色々されたミーユは、最低限の衣服だけを身に着けて部屋に戻った。

 三公の地位を利用して作った自分ひとり用の寝室に入りこみ、ベッドの中に倒れこむ。

 

 体にこびりついたレインのにおいが鼻孔に入った。

 つい先刻の、凌辱を思いだす。

 

 行為の残滓が幻滓(げんし)となって、自分の体を責めたてる。

 しかしミーユは、その幻影を拒否できなかった。

 

「くそっ……、はっ、あっ……。くそっ……はっ、アアアッ!!」

 

 甘美の悲鳴をあげてしまって、ベッドのシーツに顔をうずめる。

 口から漏れるは、絶え絶えな息。

 グロッキーに近いのに、ミーユはひとりで続けてしまう。

 

  ◆

 

 ミーユは、厳しい親に育てられた。

 三公の長男として、両親が自慢の種にできる技量や力を身につけることを強要された。

 

 生まれ持った性別さえも、抑圧を受けた。

『跡を継げるのは男子のみ』という、根拠がなければ意味もない、古びた思想で抑圧された。

 マナーをひとつ誤れば平手打ちが飛んでくる環境で、毎日の食事を食べていた時期もある。

 

 連れて行かれたパーティで作り笑いを浮かべるたびに、自分の中がからっぽになっていくのを感じた。

 いい子、いい子と言われるたびに、自分の中の自分が死んだ。

 実の親に殺されたのだ。

 いい子という名の、アクセサリーにされたのだ。

 

 どうしてこんなに痛いのか。

 どうしてこんなに苦しいのか。

 

 答えは父母が与えてくれた。

 

 三公だから。

 三公の長男だから。

 だから痛みも叱咤も当然であり、休むことも遊ぶことも、同じくらいの年の子がしている女の子らしい格好もいけない。

 

 

 すべてはオマエが、三公だから。

 

 

 それはミーユの深層心理に、深く深く刻み込まれた。

 しかしミーユは、秀才だった。

 年を取るにつれて、とある真理を理解した。

 

 父母は自分を、究極的に害することができない。

 跡取りである自分が女であると知れたら、家を保持する権利を失くす。

 第二の継承権を持つ者に、移行されてしまう。

 それをしっかり理解した。

 

 単純な実力もあった。

 レインやレリクスといった天才には敵わないものの、秀才ではあった。

 英才教育も相まって、同年代ではほぼ敵なしになった。

 

 父母にしても、パーティと飲食で肥えた豚と化している。

 濃厚なトレーニングを続けさせられていたミーユとでは、比較になるはずがない。

 ミーユにしつけ(・・・)をすることはなくなったものの、愛情も与えず、半ば放置するようになった。

 

 ミーユはゆがんだ。

 

 自分が痛みを受け続けたのは、三公であるから。

 自分が愛を受けなかったのは、三公であるから。

 痛みも、辛さも、苦しみも、すべて自分が三公であるから。

 

 だったら、あってもいいはずだ。

 自分が三公として苦しんだ分、三公に劣る家柄の人間を苦しめる権利が。

 自分がひとりさびしく涙を流しているころ、家族と楽しく笑い合っていた人間に、苦しみの一部を分けてやる権利が。

 

 あったって――――いいはずだ。

 それはゆがんだ認知であったが、ミーユにとっては真実だった。

 そういう権利を持たなければ、軋んだ心は砕けていた。

 

 誰よりも『三公』に苦しめられていたミーユが、誰よりも『三公』に縛られていた。

 少女のブローチを砕いたのも、『父』からのプレゼントであったからだ。

 誰よりも強い権力と物を持っているように見えたミーユは、誰よりもなにもなく、誰よりもからっぽであった。

 三公の名を貶めることをするたび、復讐をしたような気分にもなった。

 

 そこにレインが現れた。

 レインはミーユの『三公』を、これ以上はないような形で(けが)した。

 しかしミーユからすると、それは無上の快楽だった。

 謝ればやめると言われたのに謝らなかったのも、つまりはそういうことである。

 

 (けが)されたかったのだ。

 (よご)されたかったのだ。

 

 自分を苦しめた『三公』を、ズタズタのボロボロにしてほしかったのだ。

 レインはそれを、してくれた(・・・・・)ことになる。

 

 しかしミーユに、自覚はない。

 それでも、感じた。

 

 形状しがたい憤怒や嘆きが、消えていくことを感じた。

 凌辱とも言えるはずのそれに、快楽を受けていることを感じた。

 レインに浸食されるたび、復讐が成ったかのような恍惚が全身を包んだ。

 

 処女を奪われた刹那から達し、最初から最後までずっと快楽に浸っていたことも覚えている。

 こうして部屋に戻ったあとも、ひとりで何度も何度もやって、絶頂に達してしまう程度には。

 

 しかしひとしきり行為を終えると、慙愧の念が湧いてきた。

 それは『三公』としての、ミーユではない。

 三公の皮を非常識かつ手荒すぎる方法で剥がしてもらった、ひとりの少女としての想いだ。

 

「ボクって、ひどいやつだよな……」

 

 そう思ったら、行動せずにはいられなかった。

 服を着て、部屋をでる。

 

 まず向かったのは、教師たちがいるところだ。

 謝罪をすると、恐縮された。

 恐縮されると、申し訳なくなった。

 自分がそれほどの力を、人に向けていたことを自覚した。

 

 それから、色んな人に頭をさげた。

 学園は、貴族が多く集まっている。

 ミーユが虐げた家の者も多い。

 ミーユは彼ら、彼女らのひとりひとりに謝罪を入れた。

 

 謝罪を受けた者たちは、恐縮しながらミーユを許した。

 ただそれは、許したから許したのではない。

 

 ミーユの真意を疑う気持ち。

 図り間違えた際の処置のイメージ。

 そもそも、思いだしたくもないという感覚。

 それらすべてが、あわさった結果だ。

 

 自分は許してもらえない。

 自分は許してもらえない。

 心の底からすまないと思っても、それを信じてもらえない。

 

 罪というのは、そういうものだ。

 罰というのは、そういうものだ。

 

 

 許しを乞う権利さえ、奪われるのが罪である。

 その苦しみが、罪における罰である。

 

 

 ミーユは、自分がいかにひどい人間であったかを悟った。

 泣きじゃくりながら道を歩き、白いドアをノックした。

 

「どなた……ですか?」

「ボク……」

「ミミミミッ、ミーユさまっ?!」

 

 それは自分がこの学園にきた直後、レインとの接点を持つきっかけになった少女だ。

 大切なブローチを砕いた上に、暴力も加えた相手だ。

 

「ごめん……、なさい…………」

「えっ……いやっ、そのっ……」

「ブローチ、くだいたり……。どげざ、させたり…………」

「ととととっ、とにかく部屋にお入りくださいっ!!」

 

 少女――フェミルはミーユを部屋に入れ、紅茶をだした。

 Cランクのフェミルの部屋は、六畳程度だ。

 すこし狭いが、ひとりで過ごすには充分である。

 ミーユは紅茶にも手をつけず、えぐえぐとすすり泣く。

 

「ボク……ひどい。ほんとうに……さいっ、ていっ…………」

「わたしのブローチを、砕いたりしたことですか……?」

「うん……」

 

 ミーユは、泣きじゃくりながらうなずいた。

 

「わたしは別に、怒ってませんが……」

「…………ほんとに?」

「貴族さまとは、そういうものであるという認識でしたので……」

 

 きょとんとつぶやいたフェミルは、しかしすぐに失言であると思ったらしい。

 慌てて言葉を補足した。

 

「あああっ、ええっと、違います!

 貴族さまとは空の上のお人!

 お空の天気とまったく同じく、雨を降らそうと雷を落とそうと、そういうものであると思うというだけのことですっ!」

 

 ひどいような評価だが、事実であるため反論できない。

 ミーユはフェミルはに土下座した。

 

「ごめんなさあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

 

「いいんですよ! ほんと! 怒ってません!

 わたし、ほんとに怒ってませんからっ!!」

「だけどボク……。キミの……大事な…………」

「ブローチでしたら、レインさんになんとかしてもらいましたからっ!」

「えっ……?」

 

 フェミルはもじもじ恥らいながら、ブローチの破片が入った小ビンを見せる。

 

「きらきらしていて、素敵です……」

「ボクのこと、本当に……。許して……くれるの……?」

「はい……」

「ふええぇんっ…………!」

 

 ミーユはまたも泣きじゃくる。

 

「もう……三公さまが、泣かないでくださいよぅ」

「ごめんなさい……。本当に……、ごめんなさい…………」

 

 フェミルはミーユを抱きしめた。

 恨みを抱いていないのは、レインがミーユをボコボコにしたからでもある。

 しかし抱きしめてまでやれるのは、フェミル自身の善性と言えた。

 

 

 ミーユは至上のぬくもりを感じ、レインとフェミルに感謝した。

 レインへの感謝は、しこりがないとは言えなかったが。



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ミーユ十三歳。レインにめろめろ。

 ふと目が覚めると、マリナの閉じられた瞳に、細長いまつ毛があった。

 そして唇には、やわらかな触感。

 裸のマリナが、オレにキスをしていた。

 

「……おはよ」

「うん………。」

 

 マリナはほんのり頬を染め、体をするする下におろした。

 朝の効果で元気になってるオレの息子を、巨乳でむにゅりと挟んでくれる。

 ついでにペロペロ舐めてもくれた。

 本当に、マリナは朝からエロい子だ。

 いつもお世話になっています。

 

 マリナにしてもらったあとは、カレンにも咥えてもらった。

 

「ぜなあぁ……」

 

 カレンは嫌そうにしていたが、最後は、はむっと咥えてくれた。

 マリナと違って不慣れだが、ねっとりとした熱い触感が心地いい。

 

 終わったあとは、三人並んで服を着た。

 ドアをあけて、廊下へとでる。

 

「っ…………」

 

 ミーユがいた。

 オレを待っていた感じではない。

 オレがドアを開くタイミングで、ミーユもドアをあけていた。

 実技試験でバカみたいな成績をだしたオレと、総合で首席のミーユの部屋は、隣同士なのである。

 

「っ~~~~~~~~」

 

 昨日のことを思いだしたのだろう。

 オレを見つめるミーユの顔が、みるみるうちに赤くなる。

 クソ生意気なクセに、やられた時には喘ぎまくって、次の日には初心な反応を見せてくるとか……。

 

 かわいい。

 オレは部屋に連れ込んだ。

 ベッドの上に押し倒す。

 

「ややややっ、やめろよっ! ばかっ! サラシ巻いたばっかりなんだぞっ!」

「終わったら、巻き直してやるから」

「くっ……」

 

 ミーユは、歯を食い縛って瞳を閉じた。

 オレはサラシを解いてから、たっぷりとエロいことした。

 

「あっ、あっ、ああんっ!」

 

 ミーユはまったく抵抗しない。

 むしろたっぷりと喘いで悦ぶ。

 

  ◆

 

 行為が終わった。

 ミーユが、オレに背を向ける格好でベッドに座る。

 

「早くつけろよ…………」

 

 オレはサラシを手に取った。

 ミーユの後ろから、背中や胸元を見つめる。

 どの角度から見ても、立派なお胸さまである。

 サイズで言えばDはある。

 

「このおっぱいを、隠すのかぁ……」

 

 オレはため息をついて、ミーユの体を背中から抱いた。

 生のおっぱいを、直接に揉む。

 

「ひゃんっ! あっ、あんっ! さわるなぁ! ばかっ、ばかあぁ!!」

 

 ミーユは暴れるが、オレは構わずにいじり倒した。

 

「もう……。この……。くそっ……」

 

 最後のほうには大人しくなって、オレに黙ってさわられ続ける。

 態度はクソ生意気だが、押しに弱くて体は素直だ。

 

「でも実際、なんで男のフリしていないといけないんだ?」

「オトコじゃないと、家長になれないんだよ」

「家長に、男が生まれなかったら?」

 

「家長になってから二〇年以内に、男の世継ぎを作れなかった場合、家長自体がすげ替えになる」

「つまりオマエがやってるのって、家の基準で言ってもアウトなわけか」

「だから……。ほんと……。黙ってて…………」

 

 ミーユは、壊れそうなほどに儚げにうつむいた。

 

「それで誤魔化しを続けて、どうする予定なんだ?」

「ボクが適当な年齢になったら、適当な相手を見つけて、男の子を産ませる……って予定」

「アリなのか? それ」

 

「家長の直系に、後継ぎが産まれなかった場合の制度だからな。

 不満や批判はあるだろうけど、ゴリ押しでなんとかなる」

「オマエは……それでよかったりするのか?」

「仕方ないよ…………」

 

 オレは胸をむぎゅっと握り、乳首をコリコリ摘まんで尋ねた。

 

「オレとやりまくって平気か?」

「避妊の魔法もクスリも、んっ……。あるっ……からっ……」

「そうか」

 

 オレがうなずくと、ミーユは自分からキスをしてきた。

 舌をくちゅくちゅ絡ませあって、たっぷりとイチャつく。

 そんなミーユではあったが、廊下にでるとジト目で言った。

 

「外では、あんまり話しかけるなよ……」

「ああ、わかった」

「だからって、まったく無視とか、そういうのも、やめろよ……?」

 

 ぼそぼそと言ったミーユは、最後にぽつりと補足する。

 

「さびしいから…………」

 

 オレは無言で、ミーユの頭をぽふぽふ撫でた。

 

   ◆

 

 そんなことがあったりしつつ、オレは教室に入った。

 いわゆる大学のような、すりばち状の教室である。

 机は横に長くって、教壇を囲むような格好だ。

 

「生徒の数が少ないな」

 

 オレとマリナとミーユを入れて、一〇人ぐらいしかいない。

 

「ここは最上級クラス…………要するに、Sランク以上限定の生徒が入るクラスだからな」

「なるほど」

 

 オレは一番前の席に座った。

 マリナはオレの隣に座り、カレンは机の下で伏せる。

 そしてミーユもまた、オレの隣の席に座った。

 

「…………」

「なっ、なんだよ」

「ああ、いや、あんまり話しちゃいけないわりに、隣に座るんだなぁーって思って」

「もももっ、文句があるならオマエがどっかに行けよ!」

 

 言葉だけだと乱暴だ。

 けれども、その表情は言っていた。

 

(離れたくないんだよ! ばかっ!!)

 

 かわいい。

 特に八重歯が、すごくかわいい。

 ほがらかな気分で言ってしまう。

 

「ああ、オレが悪かった」

「フンッ……」

 

 そっぽを向いたミーユは、耳まで真っ赤になっていた。

 しかしながら机の下では、足をピト……と当ててくる。

 かわいい。

 

 しかしこんなイチャイチャも、はたから見ると険悪の証拠に見えるらしい。

 試験の時にオレを田舎者あつかいした雑魚貴族のマゴットを始め、一部貴族は敵意の眼差しをオレに向けてた。

 

 まぁ、関係が深くなったのは昨日だしな。

 最前列の席の取り合いでいがみあってると見るのが、普通の反応ではある。

 

   ◆

 

 先生たちが入ってきた。

 見るからに年寄りなヒゲのじーさんが三人と、リリーナがひとりだ。

 

 リリーナがオレを見て頬を染め、じーさんたちは、そわそわとした。

 ドキドキと胸を高鳴らされているじーさんたちにそわそわとされるのは、ちょっとキツいものがある。

 リリーナが、こほんとセキをして言った。

 

「それではこれより、授業を始めたいと思う」

 

 そこそこ威厳のある声は、教室の空気を引き締めた。

 

「まず魔法とは、詠唱から始まるのが基本だ」

 

 リリーナは、黒板にそれを書いていく。

 

高位の極大火炎魔法(ヘルファイア)真結氷魔法(レイズブリザード)はもちろんのこと、ファイアーボールやアイスニードルといった魔法でも、詠唱は使われるものである」

 

 オレには実感が湧かないが、そういうものであるらしい。

 オレとマリナ以外の全員は、うんうんとうなずいていた。

 

「強力な魔法使いがいるにも関わらず、騎士が存在しているのも、詠唱の途中が無防備になるからである」

 

 これまた一般常識らしい。

 みんなそろってうなずいていた。

 

「しかるに――――」

 

 リリーナが、オレのほうをチラと見た。

 

「無詠唱で、すさまじい威力をだしてしまう魔術士も存在している」

 

 さらに近寄ってきた。

 

「そのすばらしき魔術士は、この学園にやってきている」

 

 オレの机の前に手をついて、大きな声で言ってくる。

 

「これは即ち、運命を司る女神・ホルンさまによる天命ではないであろうかっ?!」

 

 リリーナの背後にいたじーさんたちが、息を詰めてオレを見た。

 そういうことか。

 

 じーさんたちもリリーナも、授業にかっこつけて自分たちが学びたいわけだ。

 まぁじーさんになっても向上心があるのは、よいことだろう。

 オレは教壇にあがった。




次回更新は9月7日の水曜日、午後の十時ごろを予定してます。


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レイン十四歳。授業をやったり奴隷制度の話を聞いたり。

「そもそもの質問なんですけど、みなさんはどうやって魔法を覚えてるんですか?」

「どうやって……と言うと…………」

「これじゃな」

 

 じーさんのひとりが、乳白色の板のようなものを取りだした。

 

「カラカラ石を加工した板ですじゃ」

 

 じーさんが力を込めた。

 白い板が、赤に変わった。

 

「ワシの場合は、こうなる」

 

 別のじーさんが力を込める。今度の板は、青に変わった。

 オレが板を持ってみると、板はイカヅチのような黄色に変わった。

 

「その人の、先天属性がわかる板ってことですか」

「そういうことでございますじゃ」

 

 じーさんがうなずくと、リリーナが続けた。

 

「この板で先天属性を調べたあとは、合致する属性の初歩魔法を練習する。

 詠唱を重ねながら、イメージをするわけだ」

「そこから違うわけですね……」

「なに?」

「オレのやり方は、こんな感じです」

 

 オレは両手を前にだす。

 

「透明なりんごを持っているような感覚で両手をかざして、体内の魔力が手と手のあいだに集まるようなイメージを作ります」

 

 魔力の流れが、全身から手のひらに伝わった。

 手と手のあいだで、黄色いイカヅチがバチバチと走る。

 オレは窓があいていることを確認し、右手を窓のほうへと向けた。

 

「ライトニング!」

 

 放たれたイカヅチは、窓から空へ飛びだした。

 白い雲の中に届いて、雲をぶわっと消し飛ばす。

 

「こんな感じで、詠唱を使わずに魔力を操る感覚を、()()()()()()()()で体に叩き込むわけです」

 

 じーさんのひとりが、ぽつりとつぶやく。

 

「具現法か……」

「具現法?」

「今レイン殿がしたように、両手をかざして魔力を発言することで、習得しようとする試みのことですじゃ」

「むかしは使われていたらしいのですが、効率が悪すぎるということで、廃れていった方法ですじゃ」

 

「確かに、普通は属性がでてくるまでに半年。実際に魔法を……となると、もっとかかるそうですからね」

「しかも全員が全員、レリクスさまや、レイン殿ほどの出力を出せると保証されているわけでもない」

 

「それでも、無詠唱で放てるようになるってのは大きいと思いますよ」

「おっしゃる通りですな!」

「早速、学園のカリキュラムにお加えましょう!」

 

 じーさんふたりがわたわたと、教室から出て行った。

 

「キミは、そのようにして覚えていたのだな」

「リリーナ先生も、知らないやり方だったんですか?」

「わたしの場合、物心ついた時点で必要な魔法は習得していた。

 使えるためにがんばるという行為を、()()()()()()()()()()()()

 

 ひどい設定を聞いた気がする。

 

「そういう意味で、教える教官としてはあまり役に立っていないな……」

 

 リリーナ先生の耳が、しょぼんと垂れた。

 行き過ぎた少年愛を持つのぞき魔で、ベッドの上ではオレにあんあん言わされるだけのリリーナ。

 しかしやっぱり、チート側の人間である。

 

「そういう意味で、キミがきてくれたことはうれしく思うぞ! 少年!!」

 

 オレのその晴れやかな笑顔ひとつで、この学園にきてよかったと思った。

 単純である。

 

 授業は進んだ。

 ことあるたびに、オレは意見を求められ、話すたびに感心された。

 どちらが教師なのかわからないまま午前の部が終了し、昼休みになる。

 教室の外から女の子たちがこちらを見やって、キャーキャー言ってる。

 

『あれがレインさまよ!』

『入学試験で、2億デシベルを出したんですって!』

『すてきぃ……♥』

『隣には、ミーユさまもいらっしゃるわね』

『美男ふたりがお並びですと、絵になりますわね……♥』

 

「なんか……すごいことになってるな」

「なっ……なんだかんだで、顔は……、カッコいいからな……オマエ」

「そうなのか?」

「そっ、そうだよ……」

 

 ミーユは、羊皮紙になにかを書いてオレに見せた。

 

(だってボク、ドキドキするもん……)

 

 もう本当に、素直になってるな、コイツ。

 

「だだっ、だからって、カンチガイすんなよ!

 中身まで全部認めてるわけじゃないんだからな!!」

 

 だけどこんな風に叫ぶ、素直になれないオンナノコである。

 かわいい。

 マリナとカレンを横に連れ、食堂に向かった。

 

 マリナはいつも以上にがっちりと、オレの腕にくっついていた。

 日ごろあれだけ愛されてるのに、まだまだ自信が持てないらしい。

 オレの腕に絡む腕も、オレに押し当たっている体も、必要以上に強張っている。

 

「オレの一番はマリナだよ?」

「わたしでも………へいき?」

「むしろ逆。マリナじゃないとダメ」

 

 そう言って、ちゅっとほっぺにキスをする。

 

『選べる立場でありながら、第一夫人さまを大切になっていらっしゃるのですね……』

『すてきぃ……♥』

 

 

 するとなぜだか、好感度があがった。

 

 

 おかしくねっ?!

 と思ったが、この世界では、そういうものであるらしい。

 

(ぎゅっ~~~~~~~~~~。)

 

 マリナはますます(><)な顔で、オレの腕にくっついた。

 かわいい。

 

  ◆

 

 昼食が終わると、午後の部だ。

 教室を移動するということなので、教室を移動する。

 屋外に近いそこは、多目的室のような感じだ。

 

 合同授業のような感じなのか、生徒の数がそこそこ多い。

 全部で六〇人はいる。

 オレは床にぺたりと座った。

 

(じ………。)

 

 マリナが四つん這いになって、オレを見つめた。

 

「いいよ?」

「ん………。」

 

 オレは体育座りの姿勢から、足を広げた。

 あいたスペースに、マリナがぺたりと座り込む。

 本当に、いつも以上のベタ甘モードだ。

 かわいい。

 

 カレンは横で、ぺたりと伏せてる。

 ご主人さまが立っているなら地面に座り、座っているなら伏せるのが、奴隷のあつかいであるらしい。

 ちょっと可哀想な気もするのだが――。

 

「学園の床は、冷たくって気持ちがいいぜなぁ……♥」

 

 本人は、わりと幸せそうだった。

 

 待機してると、ドアが開いた。

 小さくミニっこい、猫耳の少女が入ってくる。

 その人は、オレたちの前に立つと言った。

 

「わらしはこの学園の奴隷科を率いる、アリア=ランスロットだ! 敬意を持って接するがよい!」

 

 堂々とした自己紹介に、空気が凛――と引き締まる。

 だけど今、なんて言った?

 奴隷科?

 

「諸君ら魔術士は、魔術の際には詠唱を必要とする!

 …………一部を除いて。

 意識を込めておこなうそれは、必然、無防備の時間を作る!

 …………一部を除いて」

 

 先生は定期的に言葉を止めて、最前列のオレに目を向けた。

 

「優れた騎士と契約するという手もあるが、契約条件でのトラブルも多い!

 そこで役に立つのが――」

「奴隷ってわけですか」

「そういうことだ!」

 

 先生は、重々しくうなずいた。

 指を鳴らす。

 首輪に手枷と足枷をつけられた奴隷たちが、ずらずらとやってきた。

 

 身なりは意外と整っている。

 着ている服は白いワンピースのような布が一枚だけだが、汚れや染みはついていない。

 

「彼ら――そして彼女らは、職業奴隷だ!

 貧しい家庭から、国が公的に買い取った者や、犯罪奴隷の子どもなどが属する!」

「悪いことしていないのに?!」

 

「しかし奴隷制度がなければ、貧しい家庭はますます困窮することになる!

 犯罪者たちが、コマを確保するために動くこともあるだろう!

 それならば、事前に国で管理したほうがよいわけだ!」

「うーん……」

 

 そう言われると、難しい。

 少なくとも、オレが文句を言うことではなさそうだ。

 

「それに犯罪奴隷とは異なって、権利を主張する権利もある!

 望まぬ性交渉は違法であるし、過度な酷使も法律で禁止だ!

 さらに半年に一度、国家検診の義務もある!」

 

 それが本当に守られてるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



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レイン十四歳。決闘の約束をする。

 

「それでは入試成績の上位五名であるミーユ=グリフィベール、レイン=カーティス、マリナ=カーティス、マゴット=オスマン、ケルヴィン=スミスから、好きな奴隷を選ぶし!」

「好きな子でいいんですか?」

「よい奴隷を見定めるのも、授業の一環であるし!」

「なるほど」

 

 オレは、奴隷の子を見て回った。

 鑑定を使用して、軽く調べる。

 

 国内トップクラスの学園に渡されるだけあって、レベルとステータスは高い。

 町のおっさんのレベルが5とか6なのに対して、10から30は当たり前にある。

 

 ついでに手足もチラチラ見るが、真新しいアザや傷はなかった。

 でもちょっとした古傷がついている子は、それなりにいた。

 

 特に古傷がひどかった子に、オレは声をかけてみる。

 白い髪が印象的な、猫耳の少女だ。

 体格は、オレの体で包めそうなほど小さい。

 

「名前は?」

 

 少女はびくっと身をすくめ、怯えながらつぶやいた。

 

「ミリリです……にゃ」

「ミリリか」

「はい……」

「体についている傷の原因とか、聞いても平気?」

「お母さん……だった、ひとに、森で狩り、してこいって、言われて……」

「失敗しちゃったわけか」

「にゃあ……」

 

 ミリリは、うつむくようにうなずいた。

 

「それで、もう。いらない……。から、って、」

 

 酷い親だな。

 奴隷の環境もけしてよいとは言えなさそうだが、それでもその親よりはマシなような気がする。

 

「あっ……あのっ、」

「ん?」

「わたし、でしたら、えらばないほうが、いいです……よ?」

「そうなのか?」

「よわい…………ですから、」

「確かにレベルは、高いとは言えないな……」

 

 鑑定を使うと、こんな感じだ。

 

 

 名前 ミリリ

 種族 キャットガール(ホワイト)

 

 レベル  8

 HP   64/64

 MP   38/38

 筋力   56

 耐久   50

 敏捷   60

 魔力   44

 

 

 隣の女の子なんかは、こんな感じである。

 

 

 名前 タチアナ

 種族 ヒューマン

 

 レベル  15

 HP   93/93

 MP    0/0

 筋力   75

 耐久   62

 敏捷   77

 魔力    0

 

 

 しかもこの女の子でも、全体からすると弱いほうだ。

 その弱いほうの子よりも弱いミリリは、本当に弱い。

 ただちょっと、ふたつのことが気になった。

 

「ミリリは、魔法が使えるのか?」

「はっ、はい……」

 

 ミリリは、小さくうなずいた。

 ここのメンバーは、前衛役として連れてこられている。

 それだけに、魔力とMPはゼロの子が多い。

 

 けれどミリリは、魔力を持ってる。

 そんなミリリではあるものの、すぐに補足を入れてきた。

 

「でででで、でもっ、ほんとうにっ、簡単なものぐらいです……にゃ」

「属性は?」

「はにゃっ?!」

「属性だよ、属性」

「つちです……にゃ」

 

 土か。

 土木工事に便利な属性である。

 将来、領地に帰ることを考えると、それなりにほしい。

 

 そういう意味では、もうそれ一点で選んでもいいが……。

 オレは気になったもうひとつのことを確認するべく、いろんな奴隷を見て回った。

 リザードマンのガルニード。

 

 レベル  30

 HP   211/211

 MP    0/0

 筋力   145

 耐久   137

 敏捷   116

 魔力    0

 

 

 犬獣人のバルバーダ。

 

 レベル  28

 HP   188/188

 MP    0/0

 筋力   128

 耐久   115

 敏捷   134

 魔力    0

 

 

 このへんが上位だ。

 そしてふたりを凌駕するのが、赤い瞳に黒い髪が印象的な、猫耳巨乳の美少女だ。

 

 

 名前 リン

 種族 ブラックキャット

 

 レベル  41

 HP   261/261

 MP    0/0

 筋力   226

 耐久   188

 敏捷   233

 魔力    0

 

 

 この中では相当に強いガルニードと比較しても、さらに上を行っている。

 ちなみにカレンは、このぐらいである。

 

 

 名前 カレン

 職業 レインの奴隷

 

 レベル  35

 HP   240/240

 MP    0/0

 筋力   192

 耐久   168

 敏捷   188

 魔力    0

 

 

 次点のリザードマンよりも強い。

 でもそんなカレンより、このリンって女の子は強い。

 その時だった。

 

「おっ、おいっ!」

 

 ミーユが、オレに声をかけてくる。

 

「その子は、ボクが先に目をつけてたんだぞっ!!」

「えっ?」

「確かに時系列で言えば、ミーユさまが先着でした」

 

 リンは淡々とした、事務的な口調で言った。

 

「競合した場合、コイントスだけど……」

 

 逆にミーユのほうは、申し訳なさそうに顔をそらした。

 むかしのクセで叫んじゃったけど、すぐ冷静になって自分の行為にクズが入ってたことを恥じている感じだ。

 まだまだ変われていないとはいえ、変わろうとしていることは偉い。

 

「まぁいいよ。オレは別な子、選ぶから」

「そ、そっか……」

「なんか、すこしうれしそうだな」

「オマエの場合、ボクに気を使ってるわけじゃないってわかるからさ……」

 

 確かに気を使うオトコなら、襲ったりはしないな。

 オレはミリリの元に行き、首輪についてるクサリを握った。

 

「はにゃ……?」

「オマエを選ぶぞ? ミリリ」

「えっ……いやっ、そのっ。ですけどですけど…………」

「今のミリリは確かに弱い。それでもオレは、可能性を感じたんだ」

「お気持ちは、ううう、うれしいですっ、けどっ……」

 

 ミリリは胸元を握りしめ、困ったように目を伏せる。

 それでも、うれしさは隠せないらしい。尻尾がピイィン――と立っていた。

 ほっぺたも、ほんのり赤く染まってる。

 

 ここまで露骨に喜ばれると、ますます選ばないわけにはいかない。

 その時だった。

 

「おいおいおいおい、おいおいおーいっ! よりによって、シロを選んじまうのかよーいっ!」

 

 バカ貴族のマゴットが、オレを指差してきた。

 

「シロ?」

「わたしの、髪の色です……にゃ」

「確かに、ミリリの髪は白いけど…………それがどうかしたのか?」

「シロと言えば劣等種だって、一〇〇〇年前から決まってるだろおぉ?!」

「そうなのか?」

 

 オレは、ミーユのほうを見た。

 

「じゅっ、獣人奴隷の基礎知識って本には、そう書いてあった……かな」

「これだから、田舎者は、イナカッてるネェ!」

 

 バカの態度に、ミリリは可哀そうなほどに恐縮した。

 オレはミリリを背後から抱いた。

 

「それでもオレは、ここにいるみんなの中では、この子の可能性を一番に感じているよ」

 

 バカの目を見て、ハッキリと言う。

 

 

「特にオマエの発言で、確信に変わった」

 

 

「だったら……賭けるかい?」

「?」

「ミーユさまが選んだこの奴隷と戦って、負けたほうが勝ったほうの言うことを、なんでも聞くっていう賭けさ」

(えっ?!)

 

 急に巻き込まれて驚いたミーユに、マゴットはニヤッとゲスい笑顔を向けた。

 小さな声でぽつりと言う。

 

(お膳立ては、しておきましたぜ)

 

 ミーユのほうは、声なき声で叫んでた。

 

(するなよおぉ!!!)

 

 マゴットに限らず。

 学園全体の生徒や教師からすると、オレとミーユは犬猿の仲だ。

 勝てる勝負でイビれるのなら、当然、狙ってくるだろう。

 

 まぁ実際には、完全にデキているわけだけど……。

 昨日もオレのチン○にバックから突かれて、あんあん鳴いてメスイキしてたし。

 

 ミーユは、オレとマゴットら貴族を、交互に見やった。

 涙目で言ってくる。

 

「クッ……クク、クビを洗って待ってろよ!

 後悔しても、遅いんだからな!

 もももも、もう本当に、手遅れなんだからなぁ!!」

 

 威勢のよい言葉だが、オレの耳にはこう聞こえた。

 

 

『もう本当に、手遅れなんだからなぁ! ボクが!!』

 

 

「決闘は、二週間後ってことにするし!」

 

 先生が叫んだ。

 

「やっても大丈夫なんですか?」

「ケンカは子どもの特権なんだし! 思い切りぶつかって、熱く和解するんだし!」

 

 なるほど。

 そういう系のノリなのか。

 

「それに具体的な目標があったほうが、トレーニングにも気が入るんだし!」

 

 合理的な理由もあるなら、否定しないのも当然か。

 オレは、決闘の約束をした。



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ミリリの可能性。

 話が終わり、学園にある図書館。

 オレはミーユの言っていた、『獣人奴隷の基礎知識』を本棚から取りだした。

 パラとめくって、適当に見やる。

 

「あっあっ、あのおぉ~~~~~~~~」

「どうした? ミリリ」

「あんな約束をして、いったいどうするつもりなんですかぁ~~~~~」

「勝つつもりだけど?」

「はにゃう…………」

 

 オレはさらりと答えたが、ミリリはしゅうんっと怖気つく。

 頭の耳は後ろに下がり、お尻の尻尾も垂れ下がる。

 

「わたしが負けたら、大変な想いをするのは、ご主人さまなんですよ……?」

「だったら、別に問題ないじゃん」

「にゃ……?」

「ミリリが負けても、大変なのはオレひとり。

 だったらミリリは、とにかくやるだけやればいい。簡単だろ?」

「ご主人さま…………」

 

 うれしかったらしい。

 ミリリはほっぺたを赤くした。お尻の尻尾も、ひょこりと立った。

 

「それに負けても、土下座して靴を舐めるとかすればなんとかなるだろ。()()()()

「それは重くないですかっ?!」

「そう思うなら、勝てよ」

「にゃうぅ……」

「でも実際、どうやって勝つんだぜな?」

 

 奴隷のカレンが聞いてきた。

 

「アタシから見ても、リンって女の子は強いぜな。逆にミリリは…………」

 

 カレンはミリリをじっと見つめて、しかしすぐに目を伏せた。

 

「天文学的、お察しだぜなっ……!」

「はにゃあぁんっ!」

 

 ショックを受けたミリリだが、反論はしなかった。

 

「でも……、せんぱいのおっしゃる通りなんです…………。

 わたしは、シロ……ですから…………」

「オレはそうは思わない」

「にゃっ?!」

「世界のやつらがなんと言おうと、ミリリ自身がなんと言おうと、オレはミリリを信じるよ」

「ご主人さま…………」

 

 ミリリの瞳が、じわりとうるんだ。

 しかしカレンは言ってくる。

 

「だけど決意じゃ、どうにもならないこともあると思うぜな……」

「確かにオレのいた地方でも、同じような考えはあった」

 

 黒人と白人のことである。

 黒人の身体能力は、あちこちで言われてる。

 

「ただそれが遺伝的なものなのか、環境的なものなのかって言うと、議論がわかれていたんだよ」

「つまり……どういうことなんだぜな?」

「クロの人でも、すごくない人もいた。逆にすごい人が多い地方では、みんな小さいころから学校行くのに毎日一〇キロ走ってるとか、そういう話もあったわけ」

 

「どういうことなんだぜなあぁ~~~~~」

「この世界でダメと言われている『シロ』が、環境のせいでダメなのか、種族のせいでダメなのかはわからない――って話だよ」

「……」

 

「教える側がシロはダメって思っていれば、教え方はおざなりになる。

 本人だって自信を持てない。

 最初はただの環境の問題だったのに、定説として語られることで、みんながそれを補足する。

 定説や常識には、そういうケースもあるんだよ」

 

「理屈はわかった。」

 

 マリナが言った。

 

「でも今の話だと、ミリリがリンより強いってお話にはならないと思う。」

「その通りだな」

「ん………。」

 

 指摘を認められてうれしかったらしい。マリナのほっぺが、ほんのりと赤くなった。

 

「でもそれはそれとして、ミリリを見出すロジックはあるんだよ」

「………?」

 

 マリナは、『それは………?』みたいな顔をした。

 オレは言う。

 

 

「ステータスだ」

 

 

 マリナが「あっ………。」とつぶやいて、カレンが「ぜなっ?!」な顔をした。

 

「オレは、相手の体力や筋力を、数値にして見ることができるんだよ。

 カレンだったら、レベルが35で筋力が192。

 今回戦うリンって子なら、レベルが41で筋力が225――って感じだ」

 

「よくわかりませんが……。すごいです…………」

 

 ミリリはぽうっと頬を染め、尊敬の眼差しでオレを見つめた。

 

「ちなみにミリリは、どのくらいなんだぜな……?」

「レベルが8で56だ」

「ぜなあぁ?!」

 

 カレンは、目を白黒とさせて叫ぶ。

 

「話になっていないぜなっ! 弱すぎるぜなっ!

 泥水とルビーで、美しさ対決するような感じになっているぜなー!」

「はにゃあぁん……」

 

 ひどすぎるけどもっともな感想に、ミリリはしょぼんとうなずいた。

 

「でも、その通りです…………にゃん」

「そうだけど、ちょっと冷静に考えてほしい」

「ぜな……?」

 

「ミリリは、レベルが8で筋力が56なんだ」

「ぜな……」

「はい……」

「対してリンは、225もあるけどレベルは41なんだ」

「そうだぜな……」

「すごいです……」

 

「つまり1レベルあたりに換算すると、ミリリは『7』で、リンは『5.5』なんだよ」

 

「同じレベルにまで上昇すれば、ミリリのほうが強くなるってこと…………ぜな?」

「絶対じゃないけどね」

「はにゃあぁんっ……」

 

 ミリリは感極まって、ぷるぷると震えた。

 

「ご主人さま……」

「ん?」

「ミリリは……、これから、一生。

 ご主人さまのお為でしたら、なんでもすることを誓います…………」

 

「そう決めちゃうのは、ちょっと早いんじゃないか?! さっきも言った通り、絶対ってわけじゃないよっ?!」

「でも……そのぐらい、うれしいです…………」

 

 オレはミリリを抱きしめた。

 かわいいと思う反面、憐れであった。

 

 この小さくて幼い少女は、どれだけ愛されていなかったのだろう。

 どれだけ否定されて育ったのだろう。

 そんなことを、考えてしまった。

 

 しかし実際に抱きしめてみると、体はとってもやわらかくって、匂いはオンナノコ特有のそれで、おっぱいもそこそこにあることがわかって、オレは本当にダメなやつだと思った。

 

(くい、くい。)

 

 マリナが、オレの服の裾を引っ張った。

 

「ん。」

 

 オレの手を引いて進む。

 人目を軽く気にしつつ、トイレの個室へと入る。

 

「図書館のあなたは、途中まで、ずっと真剣な顔をしてた。」

「……うん」

「だけどあの子を抱きしめた途端、えっちなことをする時の顔になった。」

「…………うん」

 

「だから一回、わたしで処理したほうがいいと思う。」

 

「いいのっ?!」

「むしろ………。されたい………。」

 

 オレの女神は、ほっぺたを染めてそう言った。

 感謝はしても遠慮はせずに、オレの魔剣をぶちこんだ。

 

「あんっ………!」




書いてて「爆発しないかなこのふたり」と思いました(•ㅂ•)


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ミリリと無詠唱魔法

 前回のあらすじ。

 

 暗黒面に捕らわれかけていたオレは、女神のおかげで危機を脱した。

 学園の廊下を渡り、ミリリたちが待っている図書館に向かう。

 

 すごく主人公っぽいが、内容的には最低だった。

 でもすこし物言いを変えれば、まるで主人公になる。

 お言葉ってすごい!

 

 しかし本当に、オレのマリナは最高の女神だ。

 エロさ以上に、献身的なところが最高だ。

 MMOと書いて、マリナ女神オンラインである。

 

 女神女神女神。オレのマリナは、本当に女神。

 マリナが尽くしてくれるのと同じくらい、オレもマリナに尽くしたい。

 

「レイン………。」

「ん?」

「声に………。でてる………。」

「マジで?」

「うん………。」

 

 羞恥プレイになってたらしい。マリナはぽうっと頬を染め、うつむいていた。

 それでもイヤではないらしく、オレの腕にくっついてくる。

 ふたりの時は大胆なのに、人がいると恥ずかしがり屋。

 そんなところも愛らしい。

 

 マリナはオレを好き好き病だが、オレもマリナを好き好き病だ。

 そんな甘いやり取りをしつつ、図書館でミリリたちと合流する。

 そして、決闘の予定地に向かった。

 すりばち状のコロシアムのような、なかなかに広い空間だ。

 

 学園内での決闘から、国でおこなう武芸大会まで、幅広く使われているらしい。

 ちなみにまったくの余談だが、地球のほうでも甲子園大会の地区予選とかになると、強豪校のグラウンドが使われたりする。

 それはさておき。

 オレは地面に手を当てて、土の感じを確かめた。

 

「なぁ、ミリリ」

「はっ、はいっ!」

「土魔法で、この土をどのくらいいじれる?」

「えっ、ええっと……」

 

 ミリリは目を伏せ、胸の前で指をもじもじと絡ませた。

 申し訳なさそうな、上目使いで言ってくる。

 

「水……。持ってきていただけますか……?」

「わかった」

 

 オレはマリナをチラと見た。

 マリナは無言で、手を伸ばす。

 

「ニードル。」

 

 パシュンっ! 

 ツララが飛びだし、地面に刺さった。

 

「ファイア」

 

 オレも右手をツイっとだして、ツララを溶かした。

 夫婦の共同作業だ。

 

「はにゃあんっ……?!」

「どうした?」

「無詠唱で放った今の魔法でも、ミリリを軽く消し飛ばせそうな威力があったのですが…………」

「そこはオレとマリナだからな」

「ふたりについては、人間と考えないほうが正しいぜな……」

「にゃうぅ……」

「ま、とにかく使ってみてくれよ」

「はっ、はいっ!」

 

 ミリリは両手を、泥と化した土へと向けた。

 

「う……虚ろなる泥土。我の求めに応じてください! マッドゴーレム!」

 

 ぼごんっ!

 泥が大きく盛りあがり、三〇センチほどのゴーレムになった。

 とても弱そうなんだけど、ミリリは必死に維持してる。

 

「前方に、敵がいると思って攻撃してください!」

〈ゴー〉

 

 とても弱そうなゴーレムは、パンチ、パンチ、キックと放った。

 とろんっ。

 とろんっ。

 とろぉんっ。

 そんな擬音がぴったり似合う、ガッカリ性能の攻撃だった。

 

「はにゃっ、はっ、にゃっ…………」

 

 それなのに、ミリリはとっても疲労していた。

 

「今のがミリリの使用できる、一番の魔法か?」

「はいです…………にゃん」

 

 ミリリは叱られた子どものように、うつむいて答えた。

 体は小さく震えてる。

 

 もう本当に、褒められた経験がないんだろうな。

 だから自分に自信が持てない。

 自分の仕草のひとつひとつが、怒りか失望のトリガーになるのではないかって怯えてる。

 

 まずはここから、なんとかしてやらないとな。

 オレはミリリを抱きしめた。

 

「大丈夫だよ」

 

 言葉の力だけじゃない。

 声の響きと体の温もり、抱きしめる強さでも伝えるかのようにささやく。

 

「なにがあっても、ミリリを見捨てたりはしないから」

「ご主人さま……」

 

 ミリリはこれまでの人生で、ずっと虐げられてきた。

 これまでの人生で、毎日自信を奪われてきた。

 だからその分、声をかけて抱きしめる。

 

「ちなみにもっと軽いやつだと、どんなのが使える?」

「具体的には、どのような感じですか……?」

「土をほんのちょっとでいいから、出っ張らせたり、へこませたりするの」

「にゃあっと……」

 

 ミリリは、両手をグッと伸ばした。

 

「わたしの求めで、姿形を変えてください! アップリフト!」

 

 ぼこんっ!

 およそ三メートル先に、握り拳ぐらいの隆起ができた。

 

「やるじゃん」

「はにゃあぁ……」

 

 オレは素直に褒めたけど、ミリリは自信がないようだった。

 オレは視線で、カレンに解説を求める。

 

「アップリフトは建築とか、大きな規模の戦闘で、矢とかを防ぐ盾を作る時に使うものだぜな。

 こんなサイズしかできないんじゃ、その…………だぜな」

「そもそも、わたしが、前衛奴隷に回されたのは、魔法奴隷としても、劣等生だったからなんです……にゃん」

 

「土魔法ってのは、どんな風に使われるのが普通だ? カレン」

「土で盾を作ったり、ゴーレムを作ったり、建築したりに使ったりするのが基本だぜな」

「攻撃に参加することは少ないのか?」

「攻撃魔法は、石をぶつけるぐらいしか……」

 

「それなら戦士に石を投げさせたほうが、詠唱が要らない分だけいいってことか」

「そういうことだぜな……」

「…………」

 

 カレンが言いにくそうに言うと、ミリリは無言でしょんぼりとした。

 それゆえオレは、簡単そうに言ってやった。

 

「つまりうまく使えれば、相手はかなり不意を突かれるってことだな」

「理屈で言えば、そうなるぜな……」

「それならさ、うまく使えばいいじゃない」

「ぜなぁ……」

 

 簡単に言いすぎたせいだろう。

 カレンは、グゥの音もでないような顔をした。

 

「ミリリの土魔法では、砂も操れたりする?」

「無理です……にゃん」

「どうして?」

「詠唱を……知りません」

「詠唱を知らないんなら、無詠唱にすればいいじゃない」

「はにゃあっ?!」

「どうしても無理なら、自分で適当に作ってもいいし」

 

「水を買うためのおカネがないなら、水を飲まなければいいじゃないって言われたような気分です…………にゃん」

「アタシはむかしに本で見た、『ヨロイに剣が通らないなら、拳で砕けばよかろうよ!』っていう、七英雄のレリクスの発言を思いだしたぜな…………」

 

 こんなところでも父さんがでてくるとはっ!!

 

「でも無詠唱って、そんなに難しくないよ?」

「そんな風に言えるのは、レインとマリナがおかしいからだぜなっ!」

「っていう風に考えるから、余計に難しくなるんだよ」

「ぜな……?」

 

「魔法で重要なのは、イメージだろ? それなのに、無詠唱は難しい。無詠唱は難しい。実行できるのは一部の限られた天才だけだ……なんて風に考えていたら、一〇の難易度も一〇〇や二〇〇になっちゃうじゃん」

 

「それは確かに、一理あるかもしれないぜな……」

「少なくともオレは、難しいなんて思っていないからできた」

「できている人が言うと、説得力が違うぜなっ……!」

「だからミリリ、オマエにもできる。名前も知らないどこかの誰かさんより、今ここにいるオレを信じろ」

「はっ……はいっ!」

 

 ミリリは、ハッキリうなずいた。

 地面に手を向け、呼吸を静かに整える。

 

「はにゃあぁ…………」

 

 と、精神を集中させて――。

 

 

「にゃああんっ!」

 

 

 ぼこんっ!

 気合いに呼応するかのように、こぶが地面から突きでてきた!

 

「はにゃっ……ううぅ…………」

 

 同時ミリリが、ぐらりとゆらいで倒れそうになる。

 

「大丈夫か?!」

 

 オレがガシッと支えると、目を回していた。

 

「力、だしすぎたみたいです…………にゃあ」

「詠唱魔法は、詠唱を入れることで、だしすぎにならないよう調整する意味もあるのか」

「わたしやレイン以外の人たちに難しいのも、限界を超えないように注意してるからかもしれない。」

「逆に越えないようにしすぎると、大変なことにならないよう、力を抑えすぎになりかねないわけか」

「たぶん。」

「それでも、一回で成功させてるミリリはすごいぜな……」

「ミリリがミリリが失敗したら、ご主人さまに、恥を欠かせてしまうことになってしまいます……にゃあ」

 

 その一心で、成功させてしまうミリリ。

 才能以上に、とっても健気な女の子だ。

 



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がんばるミリリ

「無詠唱の次は……右手と左手で違う魔法をだせるようにもなりたいな」

 

 オレは右手に炎。左手に雷をだした。

 

「にゃあぁんっ?!」

「SS級の魔術士になっても極一握りにしか使えないスキルを、当たり前に使うのはやめるぜなあぁ!!」

 

 ミリリが絶望の声をあげ、カレンが苛烈に突っ込んできた。

 

「でもリリーナとか、わりと近いことやってなかった?

 治癒魔法を風で運ぶ的な」

「リリーナさまは、魔竜殺しの七英雄だぜなー!」

 

 突っ込まれてしまった。

 

「まぁただこれが難しいのは、別属性だからってのもあると思うよ。

 ミリリの場合は土の一種類でいいから、そこまで難しくないはず」

「それでも、A級かS級ぐらいはあると思うぜなあぁ……」

 

 オレは言ったが、カレンは疑いのジト目で見てきた。

 

「けどそれは、魔法に詠唱が必要っていう考えがあるからだろ?」

「ぜな……?」

「詠唱はしないでいいって考えがあれば、左手に持った紙を、右手のハサミでチョキチョキと切るぐらいの感覚でいけるよ?」

「…………」

 

 カレンはやっぱりジト目であった。

 なにはともあれ、やってみないとわからない。

 オレはミリリへと言った。

 

「それじゃあまずは、砂魔法からの練習な」

 

 ミリリを背後から抱いた。

 右手を握り、前にださせる。

 

「まずは魔力をたぎらせて、右手に集める」

「はっ……、はいっ……!」

 

 オレの感覚がミリリにも伝わるように、心臓付近を熱くした。

 そして心臓に溜めた熱と魔力を血管に乗せて、右手へと集めさす。

 ミリリの手にも、魔力が溜まる。

 

「小さき者よ舞いあがり、我が望む形を作れ! サンドエレメンツ!!」

「小さき者よ舞いあがり、望む形を作ってください! サンドエレメンツ!」

 

 オレとミリリが唱えると、砂がぶわっと舞いあがった。

 ヴァルキリーのようなそいつは、槍を構えて軽く振るった。

 すぐさま四散したものの、完全に成功である。

 

「はにゃっ、はにゃあぁ…………」

 

 ミリリは魔力を切らしてしまい、肩で息をしてしまう。

 もしもオレに抱かれてなければ、倒れていてもおかしくない。

 それでも――。

 

「成功だな、ミリリ」

「はい……」

 

「レインは、砂魔法にも精通してたぜな……?」

「そういうわけじゃないんだけど、気分を高めていたら口が自然に」

「すごすぎるぜな……」

「さすがです…………にゃぁん」

 

 カレンはぽうっと頬を染め、ミリリもどこか甘ったるい、とろけたような声でつぶやく。

 

「ご主人さまがごいっしょでしたら、ミリリはなんでもできる気がいたしますです…………にゃあぁん」

「………わかる。」

 

 マリナが静かにつぶやいて、オレの背中にくっついてきた。

 

「レインは………七年ずっと、どうにもならなかった、わたしの病気も癒してくれた。」

「病気、だったんですか……?」

「うん………。」

 

 マリナはオレの背中にくっついたまま、心の底からつぶやいた。

 

 

「好き好き病………。」

 

 

 冷静に聞くと甘すぎて恥ずかしくもなるその名称を、マリナは大切な宝石でも抱きしめるかのようにつぶやく。

 

「レインのことが好き好きすぎて、一日一〇回はえっちなことをしてもらえないと、さびしくて死んじゃう病気………。」

 

 なんか症状変わってない?!

 っていうか前より悪化してないっ?!

 そんなマリナの発言だったが、ミリリの心には刺さったらしい。

 気持ち良くなる魔法のクスリを、吸ってしまったかのように、顔をとろりととろかせていた。

 

「ご主人さまは、すごいです……にゃあぁん…………!」

 

 ミリリの気持ちは、感謝とか敬意を軽く飛びこえジャンプして、崇拝の域にまで達していた。

 なんかそのうち、オレが息してるだけでもすごいとか言いかねない。

 別にいいけど。

 かわいいし。

 

「それじゃあ次は一旦休んで、右手からだす魔力で砂の戦士を作りながら、左手で土を隆起させる魔法を練習しよう」

「はいっ!」

 

 ミリリは素直にうなずいて、オレの指示に従った。

 適度な休憩を適度に挟み、練習を続ける。

 

 四時間後。

 

「小さき者よ舞いあがり、望む形を作ってください! サンドエレメンツ!」

 

 ミリリが右手を前に突きだし、小さな砂を舞いあがらせた。

 薄茶色の、ヴァルキリーが作られる。

 

 それと同時に、一〇メートルほど先に、拳サイズの隆起がぼこっとできてた。

 魔法二種類の同時発動。

 しかもそのうちの片方は、完全な無詠唱である。

 

「やったな、ミリリ」

「はにゃあぁんっ……!」

 

 オレが頭をやさしく撫でると、ミリリは体を震わせた。

 それと同時に、キュウゥ~~~っとおなかの虫の音が鳴る。

 しかしその音の出どころは、ミリリの腹部ではない。

 

 マリナだ。

 どこをどう聞いても明らかに、マリナのほうから音がしていた。

 

「………わたしじゃない。」

 

 明らかに音源であるマリナは、腹部を押さえてくり返す。

 

「今のは………わたしじゃない。」

 

 羞恥で頬を赤くしながら、あくまでもくり返す。

 

「本当に………、わたしじゃない。」

「本当に……?」

「うん………。」

 

「本当の、本当に?」

「ほんとうに………。ほんとう。」

 

「本当の本当の本当に?」

「ほんとうの、ほんとうに、ほんとう。」

「ゼッタイにウソじゃない?」

「ゼッタイに………(キュウゥ~~~)」

 

 もはや言い訳のしようのないタイミングで、腹の虫が鳴った。

 オレはしばしの間を置いて、ぽつりと尋ねた。

 

「こっそり本音をつぶやくと?」

 

 マリナは、か細い声でぽつりとつぶやく。

 

「おなかが………、すきました………。」 

「それじゃあ、ごはんでも食べに行くか」

「うん………。」

 

 オレは三人を連れて、レストランに向かった。

 



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お約束~奴隷の少女とレストランに行ったら~

「いらっしゃいませ、旦那さま」

「見ての通り、四名だ」

「…………かしこまりました」

 

 でてきたウエイターさんは、オレたちの服装を見てからうなずく。

 案内された席には、椅子がふたつと皿がふたつだ。

 皿は地面に置かれてる、奴隷用のそれである。

 

「悪いけど、椅子はもうひとつ用意してくれる?」

「は……?」

「この子の分」

 

 オレはミリリの背中を、ぽんっと叩いた。

 

「ごごごご、ご主人さまっ?!」

「ミリリは、悪いことして奴隷になったわけじゃないんだろ? だったら、椅子に座ってもいい」

「ですが……」

「お店の制度上の問題で、椅子に座られたら困るとかある?」

「それにつきましては……」

 

 ウエイターさんは、無言でメニューを見せてきた。

 人間用のメニューは、奴隷用のそれより高い。

 これはミリリがどうこうではない。元々の仕様だ。

 

「ということでよろしいのでしたら、当店のほうは、むしろ…………というわけでして」

「レインの言う通りたぜなっ!

 悪いことしていないミリリは、レインたちと食べるのが当たり前だぜなっ!」

 

 叫んだカレンは床に正座し、拳を握って力説していた。

 

「っていうかどっちでも構わないから、早くごはんを食べたいぜなあぁ~~~~~!!」

 

 そしていやいや身をよじる。

 

「はにゃあぁん……」

 

 ミリリは、恐縮しながら席につく。

 

「ご主人さま……」

「ん?」

「もしもミリリが、いけないマナーをしてしまったら……」

「うん」

「いっぱい、おしおきしてください……」

 

 唐突すぎる発言に、オレは鼻血がでそうになった。

 場所が場所なら、薄い本にされてるセリフだ。

 迂闊に拾うと危ない世界に入りかねないお言葉なので、聞かなかったことにして流す。

 

「すっ……好きな食べものとかは?」

「えっ、ええっと……」

 

 リクエストするのも恥ずかしいのだろう。

 ミリリは、もじもじとしながらつぶやいた。

 

「おさかなが、好きです……にゃん」

「魚か」

「はい……」

「マリナは?」

「りんご………。」

「マリナは大好きだもんなぁ、りんご。」

「うん………♪」

 

 りんごの単品はなかったので、フルーツの盛り合わせとフルーツサンドを頼んだ。

 オレはシンプルなパスタだ。

 床で待ってるカレンには、前にも頼んだハンバーグ。

 

 料理たちがやってくる。

 魚の丸焼きを前にしたミリリが、猫背になってオレを見上げた。

 

「本当に、ミリリが食べてもよろしいのですか……?」

「そのために頼んだんだよ?」

「にゃあぁんっ……!」

 

 ミリリは本日何度目かわからない感動で震え、魚を両の手で持った。

 骨つき肉を食べるみたいに両手で持って、かぷっと食いつく。

 

「っ……!」

「おいしいか?」

「こんなにおいしいお魚は、生まれて初めて食べるです……にゃあぁん」

「それはよかった」

 

 オレは和やかな気分で、ごはんを食べた。

 

「レイン。」

「ん?」

「あーん。」

「あーん」

 

 ミリリを見守る傍らで、マリナと『はい、あーん。』をしたりもした。

 皿を下げにきたウエイターにチップを払い、会計を済ませる。

 

「さて、帰ろうか」

 

 そんな風につぶやくと――。

 

(くぅー……。くぅー……)

 

 ミリリが寝息を立てていた。

 垂れ落ちそうになっているのを、マリナが支えてやっている。

 

「仕方ないな」

 

 オレはミリリをおんぶした。

 カレンのクサリを握りしめ、軽く引っ張る。

 

「カレンも行くぞ」

「ぜな!」

 

 首輪をクイッと引かれたカレンは、元気な声をだしてきた

 

 外はもう、暗かった。

 青白い炎が街灯としてゆらめいて、道を照らしている。

 オレはマリナとカレンを連れて、学園までの道を進む。

 

「………。」

 

 マリナが横目でオレを見た。

 

「どうした? マリナ」

「………家族みたい。」

「……そうだな」

「わたしがわたしで、ミリリは妹。あなたが………で、カレンが………………ポチ?」

 

 奴隷のカレンが、疑問符つきだが犬になってた。

 まぁ実際、そんな感じではある。

 軽く餌付けされてしまうところとか、人懐っこいところは普通に子犬だ。

 

 しかしオレがなんなのか、ハッキリ言えずに言葉を濁しちゃうのかわいい。

 オレは和やかな気分で、歩みを進める。

 すると――。

 

「……はにゃ?」

 

 ミリリが、ぼんやりと目覚めた。

 

「おはよ」

 

 声をかけると、寝ぼけまなこで目をこすり――。

 

「ごごごご、ご主人さまっ?!」

「暴れると危ないぞ」

 

 マリナがさりげなく背中を押さえてくれたが、危ないものは危ない。

 

「おろしてくださいにゃあ! おろしてくださいにゃああ!

 ご主人さまに背負わせるなど、あまり恐れ多いですにゃああっ!」

「遠慮するつもりがあるんだったら、オレに黙って背負われてろよ」

 

 オレが言ったら、ミリリは遠慮がちにしがみついてきた。

 

「ご主人さまは、神さまです…………にゃあぁん」

 

 ミリリの好感度メーターが、もはやうなぎの滝登り。

 再来週には、時空を超えていそうな勢いで上昇している。

 帰宅したあとは、マリナがミリリをお風呂に入れた。

 オレはベッドの上に座って、することなしに待機した。

 ふたりの会話が、入り込んでくる。

 

『はにゃあっ?!』

『どうしたの? ミリリ』

 

『マリナさまの、おっぱいさま、すごいです…………にゃん』

『ミリリも、そんなに小さくないと思う』

『はにゃう……』

 

 なんというのか……想像してしまうな。

 水滴の張りついたマリナの体や、しっとりと濡れた髪は扇情的だ。

 ミリリの体も、健康的でしなやかだと思う。

 

「おっぱいって言うと、カレンもけっこうあるほうだよな」

 

 オレはカレンの肩を抱き、むにゅっと揉んだ。

 

「ぜなっ……」

 

 ベッドにドサッと押し倒し、軽くイチャつく。

 

「んっ、くっ、ぜなぁ……!」

 

 日ごろの餌付けと、無理強いはしていない成果だろう。

 カレンはかなり慣れてきていた。

 キスは普通にさせてくれるし、指を挿れるぐらいも許してくれる。

 ただし本番をしようとすると、足をパタンと閉じてしまう。

 

「もうすこし、心の準備を、させてほしい……ぜなぁ…………」

 

 真っ赤な顔でもじもじしながら言われてしまうと、それでけっこう満足だ。

 タイミングよく、ミリリとマリナが風呂場からでてくる。

 オレはカレンを、風呂場に連れ込む。

 

 いやらしいことはせず、丁寧に洗った。

 

「ぜなあぁ~~~~~~~~♪♪♪」

 

 頭を洗われている時のカレンは、とっても気持ちよさそうだった。

 

「ご主人さまにも、気持ちよくなってほしいぜなぁ♪」

 

 そしてお礼に、あわあわマットプレイをしてくれた。

 お口でたっぷりしてからの、おっぱいコースだ。

 はさんで、ずりずりしてくれる。

 

 風呂からでたあとは、熱風筒で髪を乾かす。

 見るからにドライヤーで、効能もドライヤーな一品だ。

 

 風の魔宝石と火の魔宝石が入ってて、握ると熱風をだす。

 持っている家庭はかなり少ない。

 貴族でも、上流でないと難しい。

 風呂もそうだが、SSランクの部屋なだけのことはある。



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ミーユの謝罪とエルフ先生。

 カレンとマリナを乾かしてると、ドアからノックの音がした。

 

「誰だ?」

 

 声をかけるが返事はない。

 一応の警戒として、右手に魔力を携えた。

 マリナにも警戒するよう視線でうながし、ドアをあける。

 

「…………」

「…………」

 

 リリーナとミーユであった。

 リリーナはもじもじそわそわとしているが、ミーユは申し訳なさそうにうつむいている。

 とりあえず部屋に入れ、ドアを閉めて尋ねた。

 

「どうしたんだ? こんな時間に」

「わっ……わたしのほうは、用事がおおむね片付いたので、久方ぶりに……と思ってだな…………」

「ボクは……。今日のこと、謝ろうと思って…………」

「なんかしたっけ?」

 

「お昼の、決闘とかの…………件」

「問題なのか?」

「言うこと聞かされることになるんだぞっ?!」

「負けたらの話だろ?」

 

「勝つつもりなのか……?」

「そう言ったじゃん」

「…………」

 

「それに負けても、土下座してクツを舐めれば大したことにはならないだろうし」

「それって十分、大してるだろっ?! 大王スクイッドをひとりで倒せっていうぐらい無茶だろっ?!」

 

「それってそんな強いやつなの?」

「並の騎士や冒険者だったら絶対に手をだしちゃいけない、特殊指定危険生物だぞっ!」

「でもそいつなら、ひとりでやっつけたことあるけど……」

「はああっ?!」

 

「っていうか魔法使ったら、普通に一撃で行けたよ」

「一撃はすごいな」

「はっ……、あっ……、えっ……?!」

 

 リリーナは淡々とうなずくが、ミーユはすごい顔で驚いていた。

 もらった能力でデスゲームをやれと言われて能力を見たら、『コンビニのおにぎりの袋を、綺麗に破くことができる能力』を渡され

た人のごとしだ。

 

「とにかくそういうわけだから、今回のことで謝るような必要はないよ」

「じゃあ……。ボクのこと、嫌わないでくれる……?」

 

 ミーユは、上目使いで聞いてきた。

 

「当たり前だろ」

 

 オレはくしゃりと、頭を撫でた。

 

(……くすん)

 

 ミーユは、涙ぐんで鼻をすすった。

 とても愛らしいのだが、ちょっといじめたくなる。

 

「ただそれはそれとして、『おしおき』は必要かな……?」

 

 耳元でささやいて、首筋にキスをする。

 

「やっ……」

「っていうかさ、されるつもりで来てたところあるだろ?」

「そんなこと……」

 

 ミーユは否定しようとしてたが、体は素直で正直だった。

 下半身をさわってみれば、ズボンの上からでもわかるぐらいハッキリ濡れてる。

 

「避妊魔法も、ちゃんとかけてきているみたいだしな」

「ううぅ……」

 

 それはカマかけだったけど、ミーユは否定しなかった。

 されるつもりでないのなら、絶対にかけない魔法だ。

 

「ごごごご、ご主人さまっ」

「どうした? ミリリ」

「こちらにいらっしゃるのは、三公さまのミーユさまと、七英雄のリリーナさまでは……」

「その通りだな」

「はにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

 ミリリは、尻尾を踏まれた猫のような悲鳴をあげた。

 

「そんな驚く相手か?」

「ささささ、三公さまと言えば三公さまで、リリーナさまと言えば、リリーナさまでありまして……。

 ミリリのような奴隷など、埃を払うのと変わらない気安さで『処分』することもできるお力があると、上官様から……」

 

「まぁ誰かに雇われる前のミリリだったら、そうだったろうな」

「そんな三公さまたちとご主人さまは、どのようなご関係でいらっしゃるのですか……?」

「どんな関係って言われると……」

 

 オレはふたりを、チラと見やった。

 リリーナは頬を染め、胸に手を当て言ってくる。

 

「わわわ、わたしはわたしは、オオオ、オトナの関係――というやつだな!」

「オッ、オトナの……」

「関係だっ!」

「はにゃあぁ……!」

 

 言われたミリリは、両のほっぺに手を当てた。

 シンデレラストーリーを、目の当たりにした女の子みたいな顔をしている。

 

「フフフフ……。そうだ。オトナのわたしを、もっと尊敬するがいい」

 

 先生は腕を組み、あまり尊敬できないようなことを得意げに言った。

 逆にミーユは、自信がなさげだ。

 胸の前で指を絡ませ、もじもじとしてオレを見ている。

 

「どういう関係かな……。ボクと、オマエ……」

「どういう関係かって言われれば……」

 

 オレはミーユを抱き寄せた。

 その唇に、キスをする。

 

「っ…………」

 

 驚いたように目を見開いたミーユだが、オレは構わず舌をねじ込む。

 ミーユは、ギュッ……と強く目を閉じて、オレのキスを受け入れた。

 唇を離し、ミリリに言った。

 

「まぁ、こんな感じの関係かな」

「はにゃにゃあっ?!」

「そんな意外か?」

「ミーユさまとご主人さまは、どちらも男性、では……」

「ミーユ=ララ=グリフォンベールは少女だろう?」

 

 リリーナが、こともなげに言った。

 

「えっえっえっ?!」

 

 あまりにも、こともなげに言われたせいだろう。

 ミーユは自身をぺたぺたさわり、ボロがでていないか確認した。

 

「ミーユは整った顔立ちであるにも関わらず、少年独自の妖艶さがない。これは即ち、少女であることの証明だろう」

「「それでわかるのっ?!」」

 

 オレとミーユの声がハモった。

 さすがショタコン先生だ。感じる力が半端ない。

 

「あっ……あの、みんなには、その…………」

「無論、言うつもりはない」

「ありがとう、ございます……」

 

 ミーユは、うなだれるように頭をさげた。

 

「しかしこの場の五人中、三人がキミと関係を持っているわけか」

 

 リリーナがつぶやいた。

 言われてみるとその通り。

 なかなかすごい空間だ。

 やっていないカレンにしても、本番以外は大体してるし。

 リリーナが、ミリリに小さな袋を渡した。

 

「はにゃ?」

「あけてみたまえ」

「はい……」

 

 ミリリは袋をあけてみた。

 ぽんっ!

 中からキノコが飛びだして、真っ白い胞子をまいた。

 

「はにゃっ……、うぅ…………」

 

 ミリリはころりと眠りに入った。

 

「見ての通り、眠りダケだな」

 

 リリーナはカレンにもそれを与えた。

 眠ったふたりを、ふたつあるベッドの右側に寝かせる。

 

「キミの気配を診る限り、このふたりと『する』ことにはためらいがあったからな。手っ取り早く、眠らせることにした」

「どうして、それが……?」

「わたしはこれでも、魔竜殺しの英雄だからな。その程度のことはわかる」

 

 なんとも嫌なスキルであった。

 こんなスキルを持っている英雄は嫌だ! みたいな特集を組んだら、わりと上位にくるような気がする。

 

「とっ……とにかくこれで気兼ねせず、オトナの時間を楽しむことが可能となったわけであるな……」

 

 先生は、頬を染めて言ってきた。

 自分がセックスしたいからって、小さな子どもに眠りクスリを盛ってしまうエルフさん二八〇歳。

 一見すれとなかなか酷いが、よくよく見ると最高に酷い。

 

 しかしこの場に、異議を挟むものはいなかった。

 

「ん………♪」

「ええっと……」

 

 マリナは服を脱ぎ始めるし、ミーユもまごまごとしている。

 仮に文句を言う可能性があるとしたら、ミーユひとりだ。

 が――。

 

「お前も並べよ」

「うん……」

 

 オレがさらりと尻を撫でると、大人しく服を脱いだ。

 三人そろってベッドの上で、四つん這いになる。



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ミリリはいい子

 朝がきた。

 オレはゆっくり目を覚ます。

 マリナにおはようのキスをして、朝風呂のついでに楽しむ。

 ミーユとリリーナは、行為が終わったところで帰ってる。

 

 風呂からあがれば、マリナの体を丁寧に拭く。

 布でゴシゴシこするのではない。

 静かに押し当て、水滴を吸わせるような感じだ。

 首筋や鎖骨、へそや太ももについた水滴も、丁寧に吸わせる。

 

「そこまでしなくても、いいと、思う………。」

「オレがしたいんだよ」

「ん………。」

 

 綺麗に吸わせてやったあとは、制服を着る。

 オレは白と水色のコントラストが鮮やかなブレザーで、マリナはブレザーにスカートだ。

 

「あなたと、おそろい………♪」

 

 実際におそろいなのはカラーリングだけだが、マリナはうれしそうである。

 くるっと回ったりもする。

 かわいい。

 

 脱衣所をでる。

 ミリリの朝風呂をカレンに頼み、熱風筒でマリナの髪を乾かした。

 オレに髪を乾かしてもらうマリナは、とてもうれしそうである。

 

 カレンとミリリのお風呂も終われば、食堂に行く。

 奴隷の授業が始まったせいだろう。人口密度は、グッと増えてた。

 机の横や下に奴隷が入り、四つん這いでごはんを食べてる。

 オレはパンとステーキにサラダを頼み、あいている席に座った。

 

(………ぺとっ。)

(すとっ)

 

 右にはマリナがぺとっと座り、左にはミーユ。

 皿の上には、こんがりと焼いた薄茶色のサンドイッチ。

 

「別に……いいだろ」

 

 ミーユは、唇を尖らせてつぶやいた。

 かわいい。

 しかしオレとミーユが並んで座ると、食堂にはざわめきが走った。

 

 無理もない。

 実際の関係は、『三日で四〇回も子作り』みたいな関係である。

 ミーユは避妊魔法も使っているらしいが、回数的にはそんな感じだ。

 

 しかし対外的には、犬と猿で水と油だ。

 混ぜると爆炎魔法が生まれ、どちらか一方が死んでしまうほどに仲が悪い設定になっている。

 

 そんなミーユは、薄茶色のサンドイッチにナイフを入れた。

 サクッと軽い音がして、チーズがとろりと溢れでる。

 そして犬用っぽい皿に入れ――。

 

 地面においた。

 

「ご賞味させていただきます」

 

 黒髪ショートで、凛とした雰囲気を持つネコミミの少女が、四つん這いになって食べる。

 

「自分の分をより分けるのか?」

「それが本来の作法だからな」

 

 人の目があるせいだろう。

 ミーユは、つっけんどんに言ってきた。

 

「すこし昔は、暗殺が珍しくなかったからな。

 だからまず、奴隷に食べさせてたんだよ。

 今ではレストランでも奴隷用のメニューがあったりするけど、本当は自分の分を分けるのが作法なんだよ」

 

「貴族だとそうなるのか」

「オマエも……そうだろ」

「ウチの場合、そのへんテキトーだったからな」

 

 と言いつつ、オレはステーキをパンに挟んだ。

 マリナも果物を口に含む。

 向かいに座っているミリリは、おどおどとしてオレを見た。

 奴隷のみんなが床で食べている中で椅子に座っているミーユは、けっこう目立つ。

 

「どうした?」

「なっ……なんでもありません…………にゃん」

 

 それでも魚を、両手で持って食べようとした。

 が――。

 

「おいおいおいおい、おーいおい!」

 

 バカ貴族代表の、マゴットがやってきた。

 

「どーして奴隷が、人間サマのお椅子に座ってるんだあぁ?」

「そんなもん、オレが許可したからに決まってるだろ」

「イナカ者サマは、マナーをご存じないのでぇ?」

「虎の威を借りるしか能がない分際で、人のマナーにとやかく言うのが貴族か?」

「ぐっ……」

 

「これが犯罪奴隷なら、見せしめの意味もあるってことで、床で食わせるのもわかる。

 だけど犯罪してないんなら、わざわざ席をわける必要もないだろ」

「っ……!」

 

 オレが淡々と言い切ると、マゴットはグゥの音もだせなくなった。

 クスクスと、薄ら笑いが木霊する。

 

「二週間後の決闘で、キミが這いつくばるんだと思うと楽しみだなあぁ!!」

「…………」

 

 オレは無言で、マリナが食べていた果物セットのチェリーを摘まんだ。

 口に含んで果肉をかじり、口元に手を当てた。

 マゴットにわからないよう種を取りだし、親指で弾く。

 それも高速でやったので、雑魚の目には映らない。

 

 バチィンッ!!

 超発信された種が、マゴットの鼻っ面を打った。

 マゴットは、尻餅をついてうめく。

 

「貴様……」

「オレがなにか?」

「どう見ても、このマゴット様にやっただろうが!!」

「へぇー」

 

 オレは気の抜けた相槌を入れた。

 

「オマエの尻餅がオレのせいだってなると、オマエは目の前の相手がなにかしたのにも気づけない、ホウフラレベルのボンクラってことになるんだけど?」

「ぐっ……」

 

 マゴットは、本日二度目の歯噛みをやった。

 

「覚えてろよ! 必ずや、ミーユ様が這いつくばらせてやるからな!」

 

 マゴットは去って行った。

 隣で食事をしていたミーユがうつむく。

 

「どうした? ミーユ」

「三公三公言ってたボクも、あんな感じだった……?」

「感じっていうか、そのものだったな」

「むしろひどかったぜなっ!」

 

 オレが遠慮なく言うと、カレンはビシッと言い切った。

 ちなみにカレンに悪気はない。

 質問を受けたから、正直に答えてる。

 

「ごめん……」

「ちなみに、オマエがブローチ踏み壊した子には謝ったか?」

「オマエにされた……、次の日に…………」

「それで、なんて?」

「許してくれるって……」

「そっか」

「…………」

 

 オレは食事に戻ったが、ミーユはオレを横目で見つめる。

 

「どうした?」

「それで……、終わり……?」

「オレは別に被害受けてないし、あの子が許したんなら怒る要素も特にないだろ」

「そっか……」

 

 ミーユは、頬を染めて食事に入った。

 そんなオレとミーユであったが、学園内では『前哨戦で火花を散らした』ってことになってた。

 マゴットにやった種の話も曲解されて、『ミーユをふしぎな力で攻撃したが防がれて、マゴットがとばっちり』というお話になってた。

 攻撃した相手まで変化するとは、人のうわさはおそろしい。

 そのうわさを広めたのは、バカ貴族のマゴットらしいが。

 

 まぁオレとしては、問題ない。

 むしろミーユをいじめる口実ができた。

 実際、夜には――。

 

『どういう……、ことだよっ……!』

 

 とミーユをヤッて

 

『知らないよおぉ……!』

 

 という反応を楽しんだりした。

 もっともそれは、夜のお話である。

 

 この段階ではそんなことも知らず、普通に食事を楽しんだ。

 受付けに申請をして、一部の授業も免除してもらう。

 

 そしてミリリの訓練をする。

 魔法の訓練をしたあとに、徹底した走り込みだ。

 武器を使った戦いの訓練をするにも、まずスタミナがないといけない。

 

 街をでて草原を走る。

 オレやカレンにマリナのトレーニングも兼ねて、全員で走る。 

 淡々と走ることしばらく。

 

「ぜなっ、はっ、ぜなあぁ…………」

 

 

 カレンがばてた。

 

 

「げほっ、げほっ、げぽほっ……ぜなあぁ…………!」

 

 なんかもう、破裂しそうな勢いだ。

 

「落ちついて。」

 

 マリナがカレンの背を撫でながら、口元を押さえた。

 

「鼻で吸って。溜めて………吐いて。」

 

 カレンはマリナに言われるまま、鼻で吸って息を溜め、ぜなあぁ……と吐いていく。

 疲れていると浅い呼吸をしがちだが、実際にはそっちのほうが疲れる。

 浅い呼吸をくり返すと、酸素が肺に溜まらない。

 だからマリナがさせてるように、意識して息を溜める必要がある。

 

 オレのマリナは、地味にめんどう見がいい。

 ミリリにもカレンにも、おねーちゃんみたいに接してるとこがある。

 

「落ちついた?」

「ぜなぁ……」

「そこまでヤバかったんなら、ちゃんと言えよな」

「小さいミリリには、負けたくなかったんだぜなぁ!!」

「はにゃっ?!」

 

 話を向けられたミリリは、意外と元気だ。

 頬は紅潮しているし、息も軽くあがってる。汗もしっとりかいている。

 それでも総合するのなら、『ほどよい運動をしました』程度だ。

 あと三秒で爆発します、みたいな感じにはなってなかった。

 

「細かい訓練は積ませていただけなかった代わりに、走り込みなどはしておりましたので……」

 

 と言ってから、なにかに気づいて言い直す。

 

「でもでもでも、本当は疲れました! すごく、すっごく疲れました! 平気そうに見えるのは、単なるヤセ我慢ですにゃんっ!」

「ぜな……?」

「疲れたですにゃあぁん。疲れたですにゃあぁんっ」

 

 ミリリは地面に転がった。

 

「しっ……仕方ないぜなねえぇ~~~」

 

 カレンは満面の笑みで、ミリリの介護へと回った。

 ミリリは、とてもいい子であった。



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マリナvsリン ~常識外れの英雄の恋人の実力~

 ミリリはスタミナがあったので、走り込みは切りあげた。

 訓練場に戻る。

 

「武器を使った、実戦練習をしようか」

「はいっ!」

「得意な武器はなんだ?」

「村では、トンファーという武器を使ってましたにゃ!」

「トンファーか」

 

 これはまた意外な武器だな。

 オレは一旦、屋内に戻った。

 そこには訓練の剣や槍が、しっかりと並べられてる。

 

 ミリリの言ってたトンファーもあった。

 使う人は少ないらしく、うっすらホコリを被ってる。

 オレは訓練用の槍とトンファーを持って戻った。

 槍をカレン。トンファーをミリリに渡した。

 

「ミリリがどのくらい動けるのか見たい。適当にやってくれ」

「ぜなっ!」

 

 おねーさんぶりたいカレンは、とっても元気にうなずいた。

 

「それじゃあ、くるぜなっ!」

「はっ、はいっ!」

 

 ふたり並んで武器を構える。

 ミリリがジリ……と、すり足で寄った。

 圧縮されたふたりの空気が、濃密になる。

 

「それでは……行きますっ!」

 

 ミリリがタンッと地を蹴った。

 一足飛びで間合いを詰めて、くるりとトンファーを回す。

 カキィン!

 カレンの槍が浮きあがり、ミリリの鋭いトンファーの一撃!

 

「ぜなぁ?!」

 

 カレンは狼狽しながらも、半身よじって回避する。

 反撃に移ろうとするものの、ミリリは牽制の蹴りを放った。

 カレンの腹にヒットする。

 二撃、三撃と追撃をかける。

 

「ぜなっ、ぜなっ、ぜなあぁ~~~~~!!」

 

 カレンは防戦一方だ。かろうじてさばいてはいるが、かろうじてでしかない。

 それはまさしく、訓練を受けた戦士と、ただの山賊の差であった。

 

 ミリリの力を三〇とすれば、カレンのそれは一〇〇近い。

 しかしミリリが三〇の力をフルに発揮しているのに対し、カレンは無駄な動きが多い。四〇か五〇しかだせていない。

 

 それに加えて、カレンには慢心があった。

 ふたつの要素が合わさって、カレンは意外と苦戦している。

 が――。

 

「ぜなあぁ!!!」

 

 最後はミリリのトンファーを無理やりに掴み、強引に引っ張った。

 

「はにゃあぁんっ!!」

 

 ミリリの体もトンファーごと引かれ、ドウッと地面に転ばされる。

 カレンは、倒れているミリリの頭に槍を寸止めした。

 

「勝ったぜなっ……!」 

 

 オレを見て、勝ち誇る。

 

「アタシがアタシが勝ったぜな!

 しっかりとした、ちゃんとした勝利だぜなっ!

 勝ったぜな! 勝ったぜなあぁ!!」

 

 小さなミリリに勝利してはしゃぐカレンは、すさまじく大人げがなかった。

 というか実際、子どもなんだろうな。

 まともな教育を受けていないせいで、精神年齢が七、八歳で止まってる。

 

「いい戦いだったぞ」

「ぜなあぁ~~~~~~~~~~♪」

 

 オレが頭を撫でてやると、うれしそうに顔をほころばす。

 オレは、ミリリの前にしゃがみ込む。

 

「ちなみにミリリの技量って、全体の中ではどのくらいだった?」

「真ん中よりも下ですにゃ……」

「戦う予定のリンって子は?」

「一番上の、最上級でしたにゃ……」

「そんなに強いぜなっ?!」

「強いんです…………にゃあぁ」

 

 ミリリは、またも落ち込んでしまった。

 

「それなら一回、偵察もしたほうがよさそうかな」

 

  ◆

 

「はいっ!」

「はいっ!」

「はいっ!」

 

 屋内の訓練場。

 オレは窓から、練習をのぞいた。

 

 黒髪ショートのネコミミっ子であるリンが、訓練用の槍を振るう。

 リンの槍が動くたび、訓練相手は喉を突かれて胴を突かれて、槍を弾き飛ばされる。

 相手を見た瞬間に、体のどこに隙があるのか一瞬で判断しているような感じだ。

 三〇人ほどいた訓練用の奴隷たちが、紙屑のように吹き飛ばされる。

 

「ぜなあぁ……」

「綺麗な動きだなー、とは思うけど、震えるほどか?」

「レインのほうが強い。」

「そんなのんきな感想が言えるなんて、さすがはご主人さまなんだぜな……」

 

 そういうもんか。

 その時だった。

 

「何者ですかっ?!」

 

 リンが練習を止めて、オレのほうに向き直った。

 

「オレだよ。オレオレ」

 

 怪しい詐欺師のような自己紹介を入れて、窓から訓練場に入る。

 リンはオレに槍を向け、臨戦態勢でミーユを見やった。

 

「ボクは……、別に…………」

「ミーユさまが、おっしゃるのでしたら」

 

 リンは槍の穂先をさげた。

 

「にしても随分、本気で練習してるんだね」

「昨日のわたしとミリリが戦えば、100戦してもわたしが勝ちます。

 しかし二週間後のわたしとミリリが戦った場合では、その限りとは限りません」

「真摯で油断しない系か」

 

 人格的には好ましいが、もうちょっと油断していてほしい。

 まぁいいや。

 

「せっかくだし、カレンと一戦やってみてくれないか?」

「ぜなぁ?!」

「どんな動きをしてくれるのか、もっとしっかり見てみたいんだよ」

「わたくしのほうは、構いませんが……」

 

 リンは無言でミーユを見つめた。

 ミーユはバツが悪そうにしつつも、うなずく。

 だがしかし、当のカレンが難色を示した。

 

「さっきの動きで充分だとは思わないぜなっ?!」

「さっきの動きだと、打ちかかってたほうが本気じゃなかったから」

「ぜなっ?!」

「よくも悪くも訓練用だ。意識してだせる全力はだしてるんだけど、無意識の奥からでてくる本気まではだしてない」

「「「ぐっ……」」」

 

 まさに図星であったらしい。

 リンに打ちかかっていた奴隷たちは、歯噛みした。

 

 オレが綺麗って感じたのも、そういうことなんだよな。

 泥臭さとか、血生臭さがまったくない。

 まるで舞踏の演舞のような、予定調査な雰囲気で満ちていた。

 芸術ではあっても、戦いではない。

 

「それでもアタシをケガさせるには、十二分すぎるぜなぁ!!

 だから絶対イヤだぜなぁ! ご主人さまが『絶対にやれ』って言わない限り、絶対にしないぜなぁ!」

「オレがやれって言えばやるのか?」

「命令だったら、仕方ないぜな…………」

 

 カレンはすでに命令を受けたかのように、だらーっと涙を流してくり返す

 

「仕方ない、ぜなあぁ~~~」

 

 そう言われると、逆にやらせにくくなってしまうな。

 仕方ない。

 

「マリナは?」

「わかった。」

「それはっ……」

 

 マリナはこくりとうなずくが、リンが難色を示した。

 

「ダメなの?」

「わたくしたち奴隷には、守らなければならない三原則がございます」

「三原則?」

 

「一。奴隷はマスターの命と命令を守らなければいけない。

 二。奴隷は一に反しない限り、人に危害を加えてはならない」

 三。奴隷は一と二に反しない限り、自分の身を守らなければならない」

 

「そのルールだと、ミーユが許可をだせばいいんじゃ?」

「理屈では、そうですが……」

「刷り込まれた意識が、どうしても邪魔をするってことか」

「はい……」

「反逆を抑えるためには有効そうだが、普通に戦うってなった時に困らないのか? その意識」

「わたくしたちの役割は、後衛のマスターが魔法を放ってくださるまでの時間稼ぎですので……」

「防御メインでなんとかなるってことか」

「それなら、へいき。」

 

 マリナは、落ちていた槍を拾った。

 先っぽに白くて丸いカバーがついている、たんぽ槍である。

 

「あなたが、わたしにケガをさせることはできないから。」

 

 淡々と言ったマリナに、リンは眉をひそめた。

 

「失礼ですが……。マリナさまは、魔術士さまでは?」

「それでも、あなたよりは強い。」

「…………」

 

 リンの視線の力が強まる。

 プライドを傷つけられた虎のような顔をしている。

 

「ミーユさま」

「えええっ、ええっと……」

 

 ミーユはマリナのそばに寄る。

 マリナの肩をグイと抱き、猫背気味になって言った。

 

(言っておくけど、リンは真面目に、すごく強いぞ?)

「レインのほうが強い。」

(それは、そうだと思うけど……)

「レインのほうが強い。」

(いやでもアイツを基準に話すのって、なんの意味もなくないか?)

「それでも、レインのほうが強い。」

 

 もはや会話になっていない。

 ミーユは無言で、オレのほうをチラッと見やった。

 オレは無言でうなずいてやる。

 

(ケガとか…………するなよ)

「うん。」

 

 マリナはうなずき、ミーユの頭をポンッと叩いた。

 

「ありがとう。心配してくれて。」

「っ…………(///)」

 

 マリナの仕草に、ミーユは頬を赤らめた。

 

「あっ、あと、強いのが本当だって言うなら、リンにもケガはさせるなよ!」

「気をつける。」

 

 ここまで合意がそろってるなら、もはや止める人はいない。

 ふたりは五メートルほどの距離を取って向かい合う。

 マリナがリンを怪我させないように、ほんのちょっとだけやる気を見せた。

 

「っ……!」

 

 それだけで、リンの空気が冷たく強張る。

 

「これは……確かに、おっしゃるだけのことは…………」

 

 ほんの一瞬、対峙しただけでわかる。

 そのあたり、やっぱりリンは実力者である。

 

 マリナがゆらりと前にでた。

 リンはツイッと槍を引き、防御の構えを作ろうとした。

 だがしかし、次の瞬間。

 

 

 どごおぉんっ!!!

 

 

 吹っ飛んだ。

 一〇メートルほど吹き飛んで壁にぶつかり、大きな穴をあけてはさらに吹っ飛び、植えられていた木を何本かなぎ倒してから止まった。

 

 

(マリナーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!)

 

 

 ミーユが声なき悲鳴をあげた。

 マリナは自身の右手をグー、パーと握って言った。

 

「手加減は………した。」

 

 それはいつものマリナと同じ、淡々とした口調。

 しかし恋人であるオレには、申し訳ないと思っていることがありありと感じ取れた。

 

 オレや父さんに比べると弱いってだけで、マリナも十分に常識外れなんだよな。



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ミリリの飛躍。

 リンを吹き飛ばしてしまったマリナは、言い訳のようにくり返す。

 

「手加減は………した。」

 

 実際、そうだろう。

 父さんやオレのせいでかすみがちだが、マリナのステータスはこんな感じだ。

 

 

 レベル  6858

 

 HP   35679/35679

 MP   92800/92800

 筋力    34034

 耐久    32500

 敏捷    42077

 魔力    78000

 

 

 MPと魔力が突出している魔術士ステータスだが、それ以外も普通に高い。

 もしも本気をだしてたら、リンは串刺しになって死んでる。

 

 それが吹っ飛ぶ程度なんだから、手加減していたのは間違いない。

 でもその手加減は、クマをも一撃で殺せる達人が、クマならかろうじて死なない程度のパンチを一般人にぶち込んだのにも近い。

 

 それでもリンは、致命的なダメージは避けていた。

 軽い打撲は負っていたが、それ以上はなかった。

 

「あの一撃を食らって、あの程度で済むなんて……」

「リン先輩、すごいです……」

「さすがは、ミーユさまが選んだ奴隷っ……!」

 

 訓練していた子たちからも、リンの評価もあがってた。

 

「強敵だぜなっ……!」

「がんばりたいです、にゃあ……」

 

 カレンも手に汗を握り、ミリリは小さく震えてる。

 惨敗させた相手の株を逆に上昇させてしまう、恐るべきマリナだ。

 が――。

 

「レインのほうが強い。」

 

 自分の株があがりそうになるや否や、オレのことをあげてきた。

 腕にくっつき頬を染め、頬ずりもしてくる。

 

「わたし………。毎日やられっぱなし………♥」

 

 間違ってはいない。

 バトルの意味でもそれ以外の意味でも、毎日やってる。

 誤解をまねくような言動は、なにひとつしていない。

 が――。

 

(さすがレインさま。英雄、色を好むというお言葉通りですね)

(おうわさの通り、お盛んなのですね……)

(マリナさまのとろけたご様子を見ても、一日に六回はなされていらっしゃるのでは……)

 

 ひそひそとした噂話がほとんど間違っていないって、それはそれで恥ずかしいんだけどっ?!

 一日六回ではなく十六回とか二十六回とかやってることもあるけど、表立って言うことじゃないしっ?!

 

「ままままっ、まぁ、ケッコンしたら、ここここ、子ども作らないといけないしな!」

 

 ミーユが真っ赤になって言った。

 確かに貴族の価値観で言えば、跡継ぎを作れる能力って重要だろうしな。

 ミーユはまだ学生だし相手も選ばないといけないから、避妊魔法かけてるらしいけど。

 

  ◆

 

 オレはミリリたちを連れて、屋外の訓練場に戻ることにした。

 

「それにしても……。思ってたより、強かったぜなね……」

「リンの直撃を受けたら、一発で倒れてしまう気もするです……にゃん」

「今のミリリだと、六人いても難しいと思う。」

 

 帰り道では雑談になったが、圧倒的にリンが有利だ。

 実際、オレもそう思う。

 ()()ミリリだと、六人がかりでも勝てない。

 

「まぁでも、収穫はあったよ」

「………?」

「プライドの高いまっすぐな性格で、ミリリを格下に見てるってことがわかった」

「それがわかって、なんになるぜな……?」

「とりあえず、絡め手の心配はしなくてもいいってことかな」

「なるほどだぜなっ……!」

「ご主人さま、すごいです……!」

「レイン………。冷静………♥」

 

 カレンとミリリが目をキラキラと輝かせると、マリナがうっとりとしてオレの腕にくっついた。

 

「そんな大したこと、言ってないと思うんだけど……」

「わたしは、気づかなかった。」

「ご主人さま、謙虚です……にゃん」

「つまりレインは、大したことないことで威張ってたぜなっ……?!」

 

 マリナとミリリはぽわぽわしてたが、カレンひとりは別ベクトルしてた。

 レモン一個に含まれるビタミンCは、レモン四個分だって聞いたみたいな顔をしている。

 

 ジュースなどにあるレモン○個分のビタミンCという表記は、レモン○個分の『果汁に』含まれるビタミンCだ。

 しかし実際のレモンは、皮や繊維にもビタミンCも含んでいる。

 なのでレモン一個分に含まれるビタミンCは、レモン四個分なのだ。

 すごい関係のないお話をしたな。うん。

 

  ◆

 

「ミリリはこれから、なにをすればよろしいですかっ?! ご主人さまっ!」

 

 訓練場に戻るなり、ミリリは元気に言ってきた。

 両の拳もギュッと握って、やる気いっぱいの顔をしている。

 強い相手を見てしまった時、へたられるよりもやる気をだすのはいい性質だ。

 

「これからは、教えたことの錬度を高めてもらうよ」

 

 訓練用の槍を構えて、ミリリに向ける。

 リンの動きはちゃんと見た。

 だからもう、トレースできる。

 さらにオレなら。

 

 

 二週間後のリンの力も、トレースができる。

 

 

 していた訓練とその時の動きを想像し、イメージの結果を憑依させることができる。

 

「はにゃっ…………」

 

 実力の差を感じ取ってしまったのだろう。

 ミリリの耳が後ろに下がり、お尻の尻尾が足のあいだに挟まった。

 

「これは実力が上の相手と対峙した時、怯まないよう慣れるための意味合いもあるからそのつもりでね」

「はっ……はにゃっ!」

 

 ミリリは、怯えながらもうなずいた。

 武器を構えてオレを見つめる。

 オレは槍の穂先を動かし、催促を入れた。

 

「魔法は?」

「ははにゃっ、はいっ!」

「小さき者よ舞いあがり、望む形を作ってください! サンドエレメンツ!」

 

 砂がぶわっと舞いあがり、剣士のような形を作った。

 オレは剣士に槍を入れ、軽く振るって四散させた。

 

「接近されたら、すぐに武器っ!」

「はっ、はいっ!」

 

 ミリリはトンファーを使用して、オレの槍をガチッと受けた。

 カカカッ、カンッ。

 オレが繰りだす無数の刺突を、かろうじてさばいてく。

 

「相手が槍なら基本は防戦。無理に攻撃に移ろうとはするなよ?」

「はいっ!」

「そして攻めあぐねた相手が、ちょっと距離を取ったら……」

 

 オレはタトンと地を蹴って、ミリリと距離を取ってやる。

 ミリリが武器を構えつつ、突進にそなえていたので叫ぶ。

 

「魔法!」

「はっ、はいっ!」

 

 ミリリは、オレに右手を向けた。

 

「マッド・ダンプリング!」

 

 ミリリの手から泥の団子(ダンプリング)が飛びだしてくる。

 数は三。

 殺傷力はまったくないが、目に当たったら視界が遮られる程度には面倒だ。

 

 オレはすべてを回避して、ミリリの近くに突っ込んだ。

 電光石火の寸止め突きを、一秒間に七発入れる。

 

「はにゃああっーーー!!!」

 

 ミリリが、尻餅をついた。

 オレは一旦、槍を引く。

 

「放った魔法は、全部回避されるつもりで二の手、三の手を考えるっ!!」

「はっ……はいっ!」

 

 ミリリは再び立ちあがり、オレとの二戦目に入った。

 濃密な訓練の時間が、粛々とすぎる。

 そして何度目かの寸止めの突きが、ミリリのみぞおちに入った。

 

「はにゃっ、はっ、にゃあぁ…………」

 

 限界がきたミリリは、バタリと倒れる。

 

「今日は、このぐらいにしとくか」

「にゃうぅ……」

 

 ミリリの前にしゃがみ込み、背負ってやった。

 

「いつも、申し訳ないでございます……にゃん」

「そういう時は、ありがとうって言うものだぞ?」

「ご主人さまあぁ……」

 

 ミリリは感極まったのか、うるんだ声を発した。

 

「大好きです…………にゃあぁん」

 

 

 オレというご主人さまを想って訓練をしていたミリリは、ステータスも伸びていた。

 

 

 名前 ミリリ

 種族 キャットガール(ホワイト)

 

 レベル  8→18

 HP   30/115(↑51)

 MP    0/90(↑50)

 筋力   126(↑70)

 耐久   108(↑58)

 敏捷   134(↑74)

 魔力   94(↑50)



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リンvsミリリ

 レインの指導のもと、訓練の日々は続いた。

 ミリリのレベルは、日に日にアップしていった。

 

 ただし初日ほどの勢いで伸びたのは、初日ぐらいなものである。

 レベルが低いとあがりやすく、高いとあがりにくくなる現象だ。

 それでも一般的な奴隷たちの、数倍近い早さであがった。

 

 シロと呼ばれて蔑まされていた奴隷時代にも、基礎トレーニングは欠かしていなかったからであろう。

 きっかけさえあればすぐにでも上昇する成長の種が、きっかけを得たことで咲き誇った。

 そして決闘の日。

 レインが鑑定を使ってみると、ミリリのステータスはこうなっていた。

 

 レベル35

 名前 ミリリ

 種族 キャットガール(ホワイト)

 

 レベル  18→34

 HP   207/207(↑92)

 MP   170/170(↑80)

 筋力   235(↑109)

 耐久   188(↑80)

 敏捷   244(↑110)

 魔力   167(↑73)

 

 つい先日に集められた奴隷の中では、トップクラスのステータス。

 初めてあった時がこれだと思うと、かなりの成長である。

 

 

 レベル  8

 HP   64/64

 MP   38/38

 筋力   56

 耐久   50

 敏捷   60

 魔力   44

 

 

 一方のリンも、これであった。

 

 レベル  41→52

 HP    316/316(↑55)

 MP     0/0

 筋力    274(↑48)

 耐久    238(↑50)

 敏捷    273(↑40)

 魔力     0

 

 伸びた幅はミリリほどではないものの、相当な訓練は積んでいる。

 奴隷科の先生が、審判として叫ぶ。

 

「それではこれより、決闘を始める! ふたりそろって、ご主人さまに誓いを立てるのだ!」

「我、リン=グリフィンベールは誓います! 我があるじ、ミーユ=ララ=グリフォンベールの名に恥じぬ戦いをすると!」

「わたし、ミリリ=カーティスは誓うにゃん! 大好きなご主人さまが、ミリリをほめてくれるようがんばると!」

 

「それでは両者、敗北よりも、誓いに背くことを恥として、いざ粛々と――――始めっ!!」

 

 戦いが始まった。

 同時にミリリが両手をかざす。

 

「小さき者よ舞いあがり、望む形を作ってください! サンドエレメンツ!」

 

 砂がぶわっと舞いあがり、剣士のような形を作った。

 

「これはっ……?!」

「ご主人さまがミリリのために作ってくださった、砂魔法ですにゃっ!」

「ふんっ!」

 

 リンは棒をヒュンッと振るった。

 砂の剣士は四散する。

 

「このような魔法を使えるようになっていたとは驚愕ですが、わたしの相手をするに至るにはまだまだですっ!」

 

 砂の剣士を四散させたリンが、タンと地を蹴り前にでるが――。

「はうッ?!」

 

 

 こけた。

 

 

 砂の剣士と同時に作られていた出っ張りに足を引っかけて。

 

 こけた。

 

 それは単純な攻撃であったものの、地味に重いダメージを与えた。

 同時にミリリは砂を巻きあげ、会場の視界を埋め尽くそうとする。

 

「姑息な真似を……」

「ミリリも、そう思うですにゃん……」

 

 ミリリはそれを認めつつ、卑屈な様子は見せなかった。

 

「「「卑怯だぞー!!」」」

 

 バカ貴族にして、ミーユの腰巾着の位置を狙っている貴族たちが罵声を飛ばした。

 ゴミがいくつも投げ込まれる。

 

「はにゃあ……」

 

 気の弱いミリリは縮こまるものの、レインはハッキリ言い切った。

 

「卑怯者は黙ってろ!!!」

 

 予想外の発言に、会場が静まった。

 

「卑怯汚いは強者の俗言! 弱い相手から策略を奪うことで、自分たちが負けない土壌を作ろうとする、卑劣で野蛮な人間の使う言葉だっ!!」

 

 反論できる者はいなかった。

 それは同時に、真理であった。

 反則をしているわけでないなら、それはその人間の知恵で力だ。

 それを外部からの圧力で封殺しようとすることは、卑劣で野蛮なおこないだ。

 というかそれを封殺されると、弱者は絶対、強者に勝てない。

 

「まったく、正論ですね――」

 

 リンがふらりと立ちあがった。

 

「弱者の策をも飲み込んでこそ強者。誇り高き三公、グリフォンベールの戦士に相応しいと言うものです」

 

 息を吐く。

 砂は激しく、目をあけているのも厳しい。

 眉をしかめて薄目で見やる。

 

 地面にはたくさんのでこぼこができていて、視界には、薄茶色の砂が霧のようにかかっていた。

 ミリリの姿は、砂で見えない。

 

(しかしこれでは、ミリリもわたしが見えないのでは――?)

 

 思った直後、真横から気配。茶色のトンファー。

 

(くっ!)

 

 超人的な反射神経でいなすが、隙のできて右足に蹴りを食らった。

 見るとミリリは、目元にふしぎなアイテムをつけていた。

 

「それはっ――?!」

「ご主人さまが作ってくださった、『ごぉぐる』ですにゃっ!」

「そのようなアイテムが、この世に存在していたとはッ!」

 

 ミリリはそこから一気に押した。

 トンファーでの突きから始まり、ミドルキックにローキック。

 リンが振るった鋭い槍をしゃがんで回避し、足払いのカウンター。

 

 リンの体がゆらいだところで、サマーソルトキック。

 リンのアゴはかちあげられた。

 ノックアウトには至らないものの、かなりのダメージが入ったと思われる。

 が――。

 

 槍がヒュオンと伸びてきた。

 

 ミリリは宙で身をよじり、直撃は回避する。

 けれども槍は器用に動き、ミリリの脇の下に挟まる。

 

「はにゃっ?!」

 

 ミリリの体は宙を舞う。

 

「はにゃあぁーーーーーーーーーんっ!!!」

 

 180度回転し、体を叩きつけられた。

 ガオンと激しい音が鳴り、地面にクレーターができる。

 

「にゃあ……」

 

 ミリリが苦悶にうめいてリンを見る。

 リンは瞳を閉じていた。

 そのネコミミが、ぴくぴくと動いている。

 

「音でミリリを察したですにゃ……?」

「視界が遮られてしまったのでね」

「さすがは、………………ですにゃ」

「あなたも――なかなかのものではございましたよ?」

 

 リンはゆっくり、すり足でにじり寄る。

 ミリリが作ったでこぼこを足で察知し避けながら、ゆっくりと迫る。

 その佇まいは、勝利を確信した人間のそれだ。

 もしもミリリが動いても、動いた音を察して動ける。

 一方のミリリは、座ったままで言った。

 

「さすがは……、ご主人さまですにゃ………………」

 

 先の言葉は、リンを褒めたものではない。

 自身の主人の、レインを褒めたものである。

 懐に手を入れ、それをだす。

 現れたのは、丸っこい手榴弾。

 

 リンはミリリが何かを取りだした気配を察知し、迎撃の構えを取った。

 しかしミリリの行動は、リンの予想を超えていた。

 ミリリはそいつを、自身の手元で使用したのだ。

 ピンを引き抜き、耳を押さえてしゃがみ込む。

 

 

 ガアァンッ!!!

 

 

 轟音が響く。

 観客席の七割近くが、耳を塞ぐ轟音だ。

 

「ガッ、アッ、アッ……」

 

 リンも怯んだ。

 いかに投擲を警戒していようと、音には対処できない。

 響く頭痛に、よろめいてしまう。

 

「ご主人さまは、すごいお人ですにゃ……!

 視界を封じる攻撃をしたら、耳に頼ってくるって予想していたですにゃっ……!」

 

 そう言うミリリも、辛そうではあった。

 それでも覚悟していた分、リンのダメージよりは軽い。

 リンの体に、背中からしがみつく。

 

「トンファー奥技……じごくデスぐるまですにゃー!」

 

 タンと地を蹴り高く跳ね、回転しながらリンの脳天を地面に叩きつけた。

 

「はにゃっ……、はにゃっ……、ふにゃっ…………」

 

 自身もぐるぐる目を回してしまったが、かなりのダメージを与えた。

 よろけたリンは、仰向けに倒れる。

 しかしまだ、決着ではない。




いつもありがとうございます。
実はわたくし、プロ作家です。
今回は、新作が発売となりました。

地球丸ごと異世界転生
http://www.sbcr.jp/products/4797389869.html

規格外れの~~~からエロ要素をやわらかくしたようなものだと思えば、大体あってます。
amazonさんなり書店さんなりで見かけたときは、よろしくお願いいたします。
とらのあな、アニメイト、ゲーマーズ、メロンブックスなどでは特典もつきます。

※あとがきで宣伝することについては、「軽くならいいよ」と運営さんから許可を得ました。


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決着! リンvsミリリ

 罰を受けるのが罪人であるなら、リン=グリフォンベールは、紛うことなき罪人であった。

 その罪とは、貧しい家庭に生まれたことだ。

 身なりが貧しければ心も貧しい、貧しい家庭に生まれたことだ。

 

 幼いころから顔立ちが整っていた上、優良種と言われる黒髪だったリンを、父母は未来の収入源として育てた。

 収入源として育てられたリンは、五歳のころに売られていった。

 貧しい家に生まれたというだけで、奴隷に落とされる罰を受けた。

 

 ごとごとゆられる荷台の上で、寒さと恐怖に震えていた。

 見捨てられた悲しみと、ろくでもないであろう未来に絶望していた。

 しかし養成所では、思いもよらない未来を提示された。

 

 

 奴隷は、特権階級だ!

 

 

 特別教官による入荷奴隷へのあいさつで、そんな風に言われたのだ。

 奴隷は確かに奴隷であって、様々なことに制限を受ける。

 首輪はつける必要があるし、食事は床で食べないといけない。

 主人が床で眠れと言ったら、床で眠る必要がある。

 犯罪奴隷に比べれば各種の権利は守られるものの、人間あつかいはしてもらえない。

 

 しかしそれでも、特権階級なのである。

 

「いい貴族さまの家に行ければ、普通の人よりずっとすごい教育を受けれることになるのだ!

 側近として働けば、信用も獲得できるのだ!

 五年、一〇年経ったころには、わらしたちを売った人より偉くなっている可能性もあるのだ!」

 

 それはまばゆい希望であった。

 実際にその地位につけるのは、一部のエリートに限られる。

 

 それでも、可能性はゼロじゃない。

 人間以下の奴隷から、人間になれる可能性がある。

 真っ当な人間として、愛してもらえる可能性がある。

 それがか細い蜘蛛の糸でも、登ってみない理由はない。

 目の前にいる教官も、元は奴隷であったという。

 

 リンはそれから、必死になった。

 訓練所の教官たちも、熱心に指導した。

 ひたむきで飲み込みも早いリンは教えがいがあるし、優良種として名高い黒髪である。

 その育成をしくじれば、なにをしていたんだと評価が下がる。

 

 純な熱意と打算の両方が合わさって、一〇年にひとりの逸材と言われるほどに成長した。

 三公のひとりが入学するという時期に合わせて、目玉として『出荷』された。

 

 待ってる時は緊張していた。

 立ってる時も緊張していた。

 

 家柄と能力で言えば、一番の当たりはミーユだ。

 奴隷の目玉がリンであるなら、貴族の目玉はミーユであった。

 

 果たして選んでもらえるか、不安で目眩がしそうであった。

 冷静に立っていたように見えても、心臓は早鐘を鳴らしていた。

 また、相当なカンシャク持ちとも聞いている。

 うまくやれるか、不安でもあった。

 

 結果は、無事に選ばれた。

 カンシャク持ちとも聞いていたが、そのようなこともなかった。

 本当に幸運と思ったものだ。

 これですべてが、報われると思ったものだ。

 

 それが一番最初の仕事で、負けてはいけないような相手に負けたら――。

 

 恐らく終わる。

 すべてが終わる。

 自分が積みあげてきたものすべてが水泡と帰す。

 

 負けたら。

 負けたら。

 このまま、負けたら――。

 

「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 悲鳴のような雄叫びをあげ、リンは体を起きあがらせた。

 ダンと地を蹴る。

 瞬間移動のごとき速さで、ミリリとの間合いを詰めた。

 

「ガアッ!」

 

 技術もへったくれもない、猫の獣人による爪の一撃。

 ミリリは咄嗟にガードした。

 直撃は避けたものの、頑丈なはずのトンファーが抉れていた。

 

「にゃああ……」

 

 怯む間もなく追撃がくる。

 拳拳、拳のラッシュに蹴り、拳。

 ミリリは直撃の際に体を引いてダメージを殺すが、腕の骨と筋肉に、トンファーは削れていった。

 

 ドンッ!

 ガードのゆるんだ胸元に、掌底の一撃を食らった。

 ミリリは吹き飛び、フェンスに当たった。

 

「ガアッ、アッ、アアッ……」

 

 リンが、口の端から鮮血を垂らす。

 限界を超えた力は敵であるミリリ以上に、自分自身を傷つけていた。

 拳の皮と肉も抉れて、白い骨が見えている。

 凄惨な光景に、観客たちも言葉をなくす。

 

「ミリリ!」

 

 レインがフェンスに手をかけた。乱入の構えだ。

 

「へいきですにゃっ!」

 

 ミリリはふらりとよろけつつ、二本の足で立っていた。

 

「ミリリはミリリは、ご主人さまが大好きですにゃあ!

 世界で一番のご主人さまに、土下座なんてさせたくないですにゃああ!」 

「ミリリ……」

 

 どうしたものか。

 レインが思い悩んでいると、マリナが背中にくっついた。

 

「………わかる。」

 

 レインに抱きつき、か細い声を絞りだす。

 

「わたしも、あなたが世界で一番だから………。」

 

 そして右手を、ツイッとだした。

 

「危なくなったら、わたしが………止める。」

 

 滾る冷気は冷気であるのに、このうえない熱量を携えていた。

 レインは、ふたりを信じることにした。

 

 リンがダドンと突っ込んでくる。

 ミリリ、真正面から向かい打つ。

 リンが放つ技術もへったくれもない、叩きつけるような攻撃たちを受ける。

 

 致命傷は回避する。

 それ以外はあえて受ける。

 攻撃を受けながら、カウンターを叩き込む。

 

 右の拳が顔に入れば、左の拳を脇腹に。

 左の蹴りを腕に受ければ、体をよろめかせつつもトンファーで反撃をする。

 双方ともに、精神が肉体を凌駕している。

 

 単純な身体能力では、リンのほうが上。

 けれども、リンは、技術を捨ててしまっている。

 対するミリリは、防御にも攻撃にも、自身の技術を使用している。

 それの差が身体能力の壁を埋め、互角の戦いをくり広げていた。

 

『がっ、がんばれ……』

 

 誰からともなく、声を発した。

 最初は断片的だったそれが、波紋のように広がっていく。

 

『がんばれ! がんばれ! がんばれ!』

 

 どちらを応援するということもない、ふたりを応援する声が会場に響き渡った。

 ふたりが互いに距離を取る。

 

「にゃああああああああっ!!」

「ガアアアアアアアアアッ!!」

 

 助走をつけて、渾身の一撃を放ち合うっ!

 激しい衝突。

 互いの顔に拳がめり込む。

 

「はにゃあ……」

 

 ミリリの体が、ぐらりとよろけた。

 そのまま地面にどさりと倒れる。

 

 勝負アリ。

 リンの勝利。

 誰もがそう思った刹那。

 

「ッ……」

 

 リンの体も、ぐらりと倒れた。

 

「にゃっ……、にゃああ…………」

 

 ミリリがかろうじて、右手をすっと上へとあげた。

 立ちあがることはできていない。通常ならば、ダウンの場面。

 が――。

 

「…………」

 

 

 相手のリンは、手をあげることすらできなかった。

 

 

 審判たる教官が、リンの様子を見て叫ぶ。

 

「この試合――ミリリ=カーティスの勝利だ!」

 

 歓声が沸いた。

 最初からミリリを応援していた者も、最初はリンを応援していた者も、みな一様にミリリの勝利を祝福した。

 それはどちらが勝っても変わらない称賛であっただろうが、それでもミリリを祝福した。

 

「ミリリ!」

「リン!」

 

 レインとミーユが、闘技場に降り立った。

 

「「大丈夫か?!」」

 

 お互いに、互いのパートナーを心配する。

 ふたりはそろって、意識を失っていた。

 

「救護班を呼んだから待ってるシ!」

 

 タンカを持った、救護班たちがやってくる。

 が――。

 

「心配は要らん」

 

 リリーナがやってきた。

 

「少々重い負傷のようだが、わたしにかかれば一瞬だ」

「ミリリは、骨が六本は折れていると思いますけど……」

「わたしにかかれば無傷と変わらん」

 

 リリーナは、指をパチッと鳴らして見せた。

 そのわずか一瞬で、ふたりの傷は塞がった。

 救護班が叫ぶ。

 

『折れていた骨、完治してます!』

『内臓も、傷が見事に塞がりました!』 

 

「さすがは、魔竜殺しの七英雄……」

「そう言われるのは、気が引ける部分もあるがな」

「そうなのですか?」

「英雄と言っても、魔竜を倒した七人に過ぎん――という側面があるからな」

 

 リリーナは、暗い影を携えて言った。

 

「ただしわたしの魔法でも、体力までは回復できん。しばらくは、ゆっくり寝かせておいてやれ」

「はい!」

 

 こうして――戦いはミリリの勝利に終わった。

 この戦いはふたりにとってよい結果をもたらすのであるが、それはまた次のお話。




下にあるのは、わたしの書いた別作品です。

地球丸ごと異世界転生
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書店なりamazonなりで見かけたときには、よろしくお願いします(•ㅂ•)


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リンとミリリの決闘編・エピローグ

 ミリリを背負って部屋に戻った。

 白いベッドの上に寝かす。

 マリナがオレの背中にくっつき、肩越しにミリリを見つめて言った。

 

「へいきそう?」

「うん」

「そう………。」

 

 声には安堵がこもってた。

 マリナにとって、ミリリは妹のような存在だ。

 心配してしまう気持ちは、ある意味オレより強いだろう。

 

 しかし背中にくっつかれると、おっぱいが当たる。

 マリナのマの字は、魔乳のマの字だ。

 つまりとても大きくて、変な気分になってくる。

 

(はにゃっ……)

 

 ミリリが寝言でうめいた。

 

(ご主人、しゃまぁ……)

 

 苦悶にうめく表情は、紛れもなく悪夢。

 

(ミリリのこと、捨てないでほしいです……にゃあぁ)

 

 ミリリは、親に捨てられる格好で奴隷になった少女だ。

 捨てられることの恐怖は、人の倍は強いだろう。

 

「レイン。」

「うん」

 

 マリナにもうながされ、オレはミリリの頭をなでた。

 

「大丈夫だよ、ミリリ」

(ふにゅっ……)

 

 すりすりすり。

 すりすりすり。

 寝ているミリリは、オレの手を掴んで頬ずりをした。

 

(大しゅきですにゃあ……。ご主人しゃにゃあぁん……)

「よしよし」

 

 オレも和やかな気分になった。

 そしてマリナが、オレの後ろから手を伸ばす。

 ミリリの頭をよしよし撫でた。

 

「かわいい。」

「マリナもかわいいよ」

 

 マリナのほっぺにキスをする。

 

(………///)

 

 マリナは、カアッ――っと頬を赤くした。

 一日一〇回はエロいことをされまくっているマリナだが、初心な反応を見せることも多い。

 かわいい。

 

 コンコンコン。

 和んでいると、ドアからノックの音がした。

 ジュウタンの上に転がっていたカレンが、猫の子のように体を起こした。

 オレを見る。

 

「……」

「頼む」

「わかったぜな!」

 

 とてとてとて。ドアへと向かう。

 

「誰だぜな?」

「……ボク」

「ミーユか」

 

 ドアをあけた。

 

「なんだ?」

「いま……だいじょうぶ?」

「大事な用事なら大丈夫だけど、そうじゃないなら無理っていうぐらいだな」

「…………」

 

 ミーユは、所在無げに目を伏せた。

 軽い用事ではないのだが、遠慮してしまっている表情だ。

 

「マリナ」

「うん。」

 

 ミリリを頼もうと思ったら、ふたつ返事で了承してくれた。

 もう本当に、最高のお嫁さんだ。

 

  ◆

 

 ミーユの部屋では、リンが地べたに土下座していた。

 

「これは……?」

「さっきの試合で、リンが負けたってお話をしたらこうなっちゃって……」

「ミーユ様とレイン様は、宿敵の間柄と聞き及んでおります。

 その一戦に敗北するとは、つまり万死に…………」

 

 リンは地べたに額をこすりつけたまま、そんな風に言っていた。

 

「どうすればいいかな……」

「こうすればいいんじゃないかな」

 

 ミーユを抱き寄せ、唇を奪った。

 

(んんっ、んー!)

 

 ミーユはリンに目線を当ててもがいた。

 リンは呆気に取られてる。

 

「いいいっ、いきなりなにするんだよっ! ばかっ!」

「リンに大丈夫だってことをわからせるには、オレとミーユは仲良しだってことをわからせるのが一番だと思って」

「お前な……」

 

 ミーユは目を伏せ、手の甲で唇を押さえた。

 しかし赤く染まったほっぺたは、満更でもないことを主張していた。

 ぼたぼたぼた。

 リンの鼻から血が垂れた。

 リンは鼻を手で押さえ――言った。

 

「ミーユ様とレイン様は、男性同士では……?」

「そういう認識か」

 

 ビリイィ!

 オレはミーユの制服を、中央から破いた。

 

「きゃああっ!」

 

 ミーユはかわいい悲鳴をあげると、胸元を隠してうずくまった。

 オレはサラシも、破ける範囲で破いた。

 破く必要はなかったのだが、そちらのほうが興奮した。

 

「ばっ……ばかっ! ばかっ! ええっと……ばかっ! ばかあぁ!」

 

 語彙のなさがとてもかわいい。

 オレはミーユを、背中から抱いた。

 腕の隙間に手を差し入れて、生のおっぱいをふにふにと揉む。

 

「ひやあんっ、あんっ、ばかあぁ…………」

 

 口では抵抗を見せるミーユだが、甘い声が混じってた。

 ガマンできなくなってきた。

 仲のいい男女がすることをする。

 首筋にキスをしたり、ほっぺたにキスをしたりだ。

 

「あっ、はっ、あんっ。ばかっ、ばかあぁ」

 

 ミーユはオレを罵倒したけど、とろけていたのでは説得力がない。

 オレはミーユをなでなでしつつ、リンに言った。

 

「とにかくこういうわけだから、敗北は気にしなくても大丈夫だよ」

「そ……、そ……、そうですか……」

 

 リンはオレから目を逸らす。

 というかめっちゃドン引きしていた。

 無理もない。

 立場が逆ならオレも引く。

 しかし立場は逆じゃないので、続けながら言った。

 

「っていうかリンはがんばってたじゃん。

 試合を目標に努力して強くなれたって言うんなら、それは普通に成功でしょ」

「…………」

 

 いいことを言ったつもりだったが、リンはこちらを見てくれなかった。

 時折りチラりと視線はやるが、すぐに目を伏せてしまう。

 無理もない。

 いちゃいちゃしながらだったら、説得力がない。

 仕方ない。

 

 リンへの説得を諦めて、ミーユとのイチャイチャに集中した。

 

「もう…………ばか」

 

 ミーユは、そんなふうにぼやいてた。

 イチャつきが終わるとリンに言う。

 

「とにかく……こういうわけだから。気にしないで……大丈夫」

「……はい」

「っていうか……ありがと」

「……はい?」

 

「決闘のあと、『奴隷ふたりががんばったんだから、マスターふたりも仲よくしなさい』って流れになってさ……。

 外でも普通に、仲よくできるようになった……」

 

 ミーユは、オレの腕に腕を絡ませて言った。

 

「ほんと……ありがと」

 

 そう言って浮かべるは、心の底から幸せそうな、極上のほほ笑み。

 

「そうでしたか……」

 

 そのほほ笑みは、リンにも浮かんだ。

 処罰に怯える奴隷ではない。

 妹をいつくしむ姉のような、穏やかなほほ笑みがそこにはあった。

 

  ◆

 

 ちなみにミーユの評判は、さがったりはしなかった。

 元々オレは、フィクション級に非常識な伝説を持つ父さんの息子だ。

 魔竜を七人で倒しているというのがありえないし、学園に残した軌跡も異常だ。

 

 オレも試験でやらかした。

 二五〇で合格点。

 二五〇〇なら相当すごいと言われる魔法の威力を見る試験で、二億とかだした。

(父さんは六億とかだした)

 

 そんなオレが面倒を見た奴隷ともなれば、『強くても仕方ない』という認識になるらしかった。

 むしろオレが育てた奴隷相手に、あそこまで粘れたリンがすごいってお話になっていた。

 そういう意味では、最後の足掻きがなかったらミーユの評判は落ちていた可能性が高い。

 とにかく紆余曲折はあれ、ふたりの戦いは大団円で終わった。

 

 部屋に入ってきたマリナにリンも加えて、4pを楽しんだ。



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最強の死霊魔法使い、ネクロ=ネテロ=クラウド
最強の死霊魔法使い、ネクロ=ネテロ=クラウド


 リンとミリリの決闘が終わった、次の日の朝。

 制服を着たオレは、ミーユの部屋から寮の廊下へとでた。

 

 右の腕には嫁であるマリナがくっつき、左側にはミーユが立ってる。

 ミーユは腕を組んだりはしていないが、距離は近い。

 そして背後には、黒髪ショートの猫耳少女のリンがいた。

 

「ずいぶんと、平気な風でいらっしゃるのですね……」

 

 リンはぽうっと頬を染め、もじもじと太ももをこすらせていた。

 昨日はミーユやマリナと営みをしちゃうついでに、リンともやってしまった。

 その予定はなかったのだが、完全に勢いである。

 

 リンは澄ましているわりに、とてもいい体をしていた。

 声もかなりのものだったため、ほとんど一晩やりまくりの突きまくりの出しまくりであった。

 

 そんな昨日の今日なので、もじもじしてしまっているわけだ。

 オレの部屋で寝ていたミリリやカレンとも合流し、食堂に向かう。

 食堂の中は平穏であったが、オレたちが入ると同時にざわついた。

 

(レインだ)

(レインだな)

(弱いはずの『シロ』な奴隷を、『クロ』のリンに勝てるほどに鍛えたらしいぜ)

(リンって確か、『献上品』だろ。奴隷商のほうで、すごい貴族が入学する年に合わせて学園に渡すやつ)

(シロでそれに勝たせるとか……)

(七英雄の関係者って、やっぱりどこかおかしいな)

 

 ひそひそ声だが、そんな話をされていた。

 

「にゃうぅ……」

 

 オレはわりと平気だが、ミリリは恐縮して縮こまってしまった。

 マリナがオレの手を引いて、椅子に座らす。

 同時にミリリを、オレの隣に座らせた。

 

「ここ。」

「はにゃっ?!」

 

 マリナはミーユも手際よく座らせて、離れたところから椅子を引っ張ってきた。

 オレの後ろにちょこんと座る。

 

(ぴと………。)

 

 体を密着させてきた。

 すばらしい巨乳が、オレの背中でふにゅりと潰れる。

 

「ええっと……」

「この形なら、ミリリとミーユに配慮しながら、あなたにくっつくことができる。」

「食べにくくない……?」

「そこは………あーん♥」

 

 マリナは口をあけてきた。

 気配りができる上にさびしがり屋で甘えん坊とか、最高すぎる。

 

「わたし、あなたのいいお嫁さんになれると思う。」

「実際そうだね。無人島に誰か連れてくってなったらマリナを選ぶよ」

 

 いつも通りにイチャついて、食事を食べる。

 食堂は、いつも以上にざわついた。

 注目を浴びていたのはリンだ。

 オレやミーユたちと同じく、椅子に座って食べているのだ。

 ミーユに言った。

 

「そこまで合わせなくていいんだぞ?」

「そういうわけじゃないよ。悪いことしてないのに地面で……ってのは、やっぱりひどいなって思っただけ。

 今までは、自分の頭で考えてなかったから、『そういうもの』ってことで納得してた……けど」

 

「なるほどな」

「オマエひとりが強いだけなら、オマエの才能がすごいだけって風にも言える。

 けど今回は、リンとミリリで戦ったわけだからな。

 ボクたちが常識だと思ってることって、けっこうアラがあるんじゃないかって考えようと思ったんだよ」

 

 ハッキリとした成長に、マリナがミーユの頭を撫でた。

 いい子いい子の、よしよしよし。

 

「……ありがと」

 

 ミーユは、ぽうっと頬を染めてつぶやいた。

 その様子を見ていたほかの生徒たちが、自分の奴隷に声をかける。

 

 ひとり、またひとりと、椅子に座って食べ始めた。

 ナイフやフォークの使い方がわからない子もいたが、マスターの子が教えてあげていた。

 

 これがきっかけで世界各地に、『犯罪奴隷でないなら椅子に座らす』という作法が常識として定着するようになるのだが、この時のオレはそんなこと知らない。

 床で食べていたカレンが、満面の笑みで言った。

 

「いい傾向だぜなっ!」

「カレンは、それでいいのか……?」

「悪いことしていない子がちゃんとしたあつかいを受けるのは当然だぜなっ!」

「カレンは、椅子に座りたいとか思わないのか?」

「作法を学ぶぐらいなら、床のほうがマシだぜなっ!!」

 

 それは見事な言い切りだった。

 漫画だったら、ビシュュュュュュウンッ!! って効果音が背景に入ってる。

 カレンらしいと言えば、カレンらしくはあるのだが。

 

  ◆

 

「みんな元気か! わらしは元気だ! だからダンジョンにもぐるぞ!」

 

 草原の上の青空教室。

 座り並んだオレたちに、アリアが言った。

 頭にハチマキをつけた、小さなネコミミの教官である。

 テンションが高いのも、舌っ足らずなのもいつも通りだ。

 

「そもそもダンジョンとは……」

 

 教官は、ミーユのほうをチラりと見やった。

 

「ダンジョンとは……魔力の層がなんらかの理由で特別に濃い場所に現れる迷宮です。

 この学園が管理しているところはふたつ。関与しているところは北方にひとつあります」

 

「さすがは首席合格者! 満点の解答だな! 成績優秀なオマエたちが入る目の前のダンジョンは、学園の権限があれば入れる中では三番目の真ん中だぞ!」

「……」

 

 ミーユはなぜか、オレのほうをチラと見た

 

「どうした?」

「ボクの何倍もすごいオマエがいるのに、ボクが首席でいいのかなって……」

「別にいいだろ。オレはダンジョンが、そんな原理で生まれてるとか知らなかったし」

「オマエ見てると、首席だからすごいとか思ってたすこし前のボクが恥ずかしくなってくるよ……」

 

 本当に成長してるな。

 そんな感じで会話してると、リリーナがやってきた。

 

「少々よいか」

「リリーナ! 今日は一番簡単な迷宮でサポートをしてくるんじゃなかったのか?!」

「もちろんその予定だが、それとは別にちょっとした用件ができてしまってね」

 

 リリーナが言うと、その後ろから男がでてきた。

 漆黒の髪に、包帯を目に巻いている。

 粗雑な服を着てはいるが、その佇まいから常人ではないことがうかがえる。

 ステータスもこうである。

 

 

 ネクロ=ネテロ=クラウド

 

 レベル  14800

 HP  74000/74000

 MP  296000/296000

 筋力  103600

 耐久   98000

 敏捷  124000

 魔力  310000

 

 

 個人レベルでは絶対に手をだしてはいけないと言われている、特殊指定危険生物――大王スクイッドがこうであることを考えると、相当に高い。

 

 

 レベル 2270

 HP  58920/58920

 MP    0/0

 筋力  42880

 耐久  53580

 敏捷  12200

 魔力   0

 

 

 ちなみに父さん。

 

 

 レベル 48200

 

 HP  530000/530000

 MP  397500/397500

 筋力  463750

 耐久  430625

 敏捷  450500

 魔力  457125

 

 

 うん、おかしい。

 伝説の邪神が相手でも、『たたかう』だけで勝てそうだ。

 しかしこのステータスを見ると……。

 オレが思いを馳せてると、バカ貴族のマゴットが言った。

 

「誰だ貴様は! そのようなみすぼらしい姿で、由緒あるこの学園に入っていいと思ってるのか?!」

「……キミは?」

「マゴット=ロンドーだ! 三公さまの傘下に位置する十二爵のひとり、ロンドー家の長男でもある!」

「即ちキミは、聡明であるのか?」

「もちろんだっ!」

「ふむ……」

 

 ネクロは小さくうなずいた。

 次の瞬間――。

 

 

 消えた。

 

 

 ただし魔力は感じない。

 単純な敏捷と、歩行術の組み合わせただと思われる。

 ネクロはマゴットの背後に立つと、その首筋に短剣を突きつけていた。

 

「わたしの名前はネクロ=ネテロ=クラウド。

 キミが聡明であるのなら、この名前だけでわかるだろう?」

 

 オレはさっぱりわからなかった。マリナとカレンもそうだった。

 だけどオレたち三人以外は、驚愕に目を見開いていた。

 誰かが言った。

 

「魔竜殺しの七英雄にして、最強の死霊魔法使い――不死者の王ですかっ?!」

「七英雄と言っても、魔竜を殺しただけの人間にすぎない――というのが実情だがね」

「ひいぃ……!」

 

 マゴットは震えた。

 七英雄にもいろいろいるが、リリーナ以外は『ひとりで国と戦争ができる』

 三公や国王ですら、よほどの暗愚でもなければコトを荒立てたくないと考える。

 

 その下の十二爵程度では、トカゲの尻尾よりも容易く切り捨てられる。

 七英雄が横暴であれば話はまた変わるだろうが、今回横暴だったのはマゴットだし。

 

 ネクロが軽く力を抜いた。

 マゴットは、いとも容易く崩れ落ちる。

 

「大にしろ小にしろ、自分がそれをする理由と相手の実力は天秤にかけるべきだね」

「それでネクロさんは、なにをしに?」

「リリーナが学園にきているというのでね、あいさつにきたのさ。そしたらキミの話を聞いた」

 

 ちょっと気になるワードがでたが、ネクロは淡々と話を進めた。

 

「なんでもキミは、レリクスの息子らしいじゃないか。

 面倒なことは好きになれないわたしだが、好奇心と天秤にかけたら、こずにはいられなかったよ」

 

 ネクロさんは、オレを見てにやにやと笑った。

 

「なるほど、なるほど。顔とか体格といった外見的な特徴は似ていないが、放つ雰囲気はレリクス同様、英雄的だね。

 今はともかく十年後には、ちょっとわからなくなってるよ」

「フフフフ、そうであろう」

 

 なぜかリリーナがうなずいた。

 

(………♥)

 

 ついでにマリナは、頬を染めてくっついてきた。

 隙あらばオレにくっついてくる子だ。



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ダンジョンに入るお話

 

「それでは、ダンジョンに入るために三人一組のトリオになるのだ! ここにいるのは全員が奴隷持ち! トリオになれば、六人パーティでちょうどいいのだ!」

 

 アリアが言うと、座っていた全員の視線がオレたちに集まった。

 三公という国王に次ぐ家柄の持ち主で、中性的な美少年としても人気が高いミーユ。

 ミステリアスな美貌とすばらしいおっぱいを持ち、純粋な戦闘力もオレの次に高いマリナ。

 そして学園の生徒の中では最強に位置し、先生の大半も凌駕するほどに強く、ルックスも悪くないらしいオレ。

 

 奴隷にしても、リンとミリリはこのメンバーのツートップ。

 誰かひとりとでも、組みたいという者は多いだろう。

 

 マリナの説明がちょっと酷い気はしたが、仕方ない。

 マリナを見ているやつの十割が男子なら、おっぱいを見たのも十割だ。

 半分以上はすぐに視線を逸らしたが、一回は見た。

 マリナの胸は、マリョクの篭ったマ乳であるのだから仕方ない。

 

 が――。

 

(むぎゅっ。)

 

 マリナは、オレの腕に腕を絡めた。

 貧乳フェチを除いたすべての男が、羨望の眼差しでオレの腕とマリナの胸が密着している奇跡のスポットに視線を当てた。

 半数以上が、心なし前屈みになる。

 

「組むとしたら、そうなるよな……」

 

 ミーユもオレにくっついた。

 マリナと違って照れてるが、腕はしっかり組んでいる。

 一部の女子から、黄色い歓声があがった。

 

 羨望の眼差しは集まるが、妬みや嫉妬などはなかった。

 このメンバーの中で、ミーユの強さと家柄に釣り合う家柄か強さを持っているのは、オレとマリナぐらいしかいない。

 マリナの強さに釣り合う家柄か強さを持っているのも、オレとミーユぐらいしかいない。

 

 もちろんランクをひとつ下げれば、候補がいないわけではない。

 しかしオレを除外すると――。

 

「フヒヒヒ、ヒヒ……」

 

 ネクロにケンカを売っていまだ引きつって怯えている、マゴットが筆頭候補だ。

 両者を比較するんなら、まぁオレのほうがいいだろう。

 そもそもマリナは、オレがいないとここにいないしな。

 

(仕方ないか……)

(仕方ないよな……)

(仕方ねぇな……)

 

 そんなささやきも聞こえてきた。

 

「それでは次に、監査官をつけるぞ!」

「監査官?」

 

 オレが言うと、アリア教官の代わりにネクロが答えた。

 

「ダンジョンは、外に比べて変則的だ。

 実態のない『影』が魔物化して襲いかかってくることがあれば、ダンジョン自身が意思を持っているかのように罠を作ることもある。

 迷い込んだ野生動物が魔物化することも珍しくはない」

 

「イノシシが入ったら、ホーンボアになることもあるのだ!」

「ッ……!」

 

 アリア教官がまとめると、オレにくっついていたミーユが小さく震えた。

 

「そういうことが起こらないよう『管理』はされているが、絶対ということがないのがダンジョンでもある。

 それを売れば百年は遊んで暮らせる大剣が手に入ることもあるが、神経はすり減る。

 今回の探索は、『どのくらいすり減るのか確認するための授業』と言っても過言ではないだろうな」

 

「そういうことだ!」

 

 ネクロの丁寧な解説を、アリアは自分が言ったかのようにまとめた。

 神経の太い人だ。

 

「ホーンボアぐらいなら、どうにでもなるとは思いますけどね……」

「倒したことがあるのかね?」

「七歳ぐらいのころには」

「ハアアッ?!」

 

 ミーユが叫んだ。

 生徒のみんなも、

 

(え……)

(うそ……)

(ありえないでしょ……)

 

 とつぶやいている。

 

「ああ、いや、父さんといっしょに倒したのか。

 オマエの父さん、七英雄だもんな。

 だったら訓練を積んだ騎士でも、十人ぐらいは必要になるホーンボアも……」

 

「オレひとりだったけど」

「ハアアアアアアアアアアアアアアアッ?!」

(アリエナイイイイイイイイイイイイイ!!)

 

 ミーユは普通に声を張りあげ、ほかのみんなは絶句していた。

 

「ホーンボアは攻撃力とスピードと耐久力はそれなりにあるが、逆に言えばそれだけであるしな」

 

 逆にネクロは平然としていた。

 一般人と七英雄の違いである。

 

 紆余曲折はあったりしたが、ダンジョンに向かう。

 野生の動物が入らないよう鍵のかかった青い扉を、アリア教官が開錠した。

 扉の先には――。

 

 黄色い扉。

 

「万が一のことがないよう、三重構造になっているのだ!」

 

 ということらしい。

 黄色の扉の次にでてきた赤い扉もガチャりとあけてもらった。

 

「それではわらしは、入り口で待機してるぞ! ダンジョン探索初心者セットを持って入るがいい!」

 

 たいまつや包帯。薬草などが入っているセットだ。

 

 オレたちは入る。

 一見すると、標準的な洞窟だ。

 

 しかし中に入った瞬間、違和感を感じた。

 視界のすべてがぐにゃりとゆがみ、意識が飛んだかのように頭がゆらいだ。

 

「ダンジョンは、外の世界とは異なる世界法則で動いているからな。慣れるまでは違和感を持つ者も少なくない」

「なるほど」

 

 オレはうなずき、みんなを見やった。

 ミーユとカレンはすこし具合が悪そうだったが、休憩が必要というほどでもない。

 リンとミリリは、逆にピンピンとしている。

 

「ダンジョン自体は、養成所の訓練でも入ったことがございますので……」

「ミリリもそうでした……にゃん」

 

 そしてマリナは、小首をかしげて言ってきた。

 

「おっぱい………、さわる………?」

 

「どうして今の流れから、そういうセリフになるのかな……?」

「おとこの人は、とりあえずさわれば、元気になるって………。」

「いや、まぁ、否定はしないけど」

 

 オレはマリナの好意に甘えた。

 たださわるだけでない。ぐにゅぐにゅと揉む。

 何度揉んでも、いいおっぱいだ。

 

「あっ、あのっ、ご主人さま」

「どうした? ミリリ」

「お胸が、お好きなのでしたら……」

 

 ミリリはオレの手首を握りしめ、おっぱいをさわらせてきた。

 オレはふにふにと揉む。

 マリナに比べると小ぶりだが、質量自体はなかなかだ。サイズで言えばBはある。

 

「はにゃっ……」

 

 感度もけっこう悪くない。

 子どもな印象が強かったけど、意外とそうでもないんだな。

 近いうち、寝室にも呼ぶだけ呼ぶことにしよう。

 

「陣形とかはどうする?」

 

 オレはふたりの胸を揉みつつ、詳しそうなミーユに尋ねた。

 頬を染めたミーユは、オレから目を逸らしつつ言った。

 

「ボクが知っているのだと、トライアングル……だな」

「トライアングル?」

 

 ミーユは地面に図を描いた。

 

 ○   ○

   主

   ○

 

「丸の位置に奴隷の子を置いて生まれる三角形の中に、雇い主が入る形だ。

 どの方角から奇襲がきても対応しやすいのがポイントだな」

「前衛に奴隷の子を置くのは決定なのか」

「むしろそうしていただかないと、なんのためにいるのかわからないですにゃあ……」

「ここは魔法学園です。

 前衛に立っても圧倒的に強いレインさまとマリナさまがおかしいことは、ご自覚ください」

 

 ミリリが悲しげに言うと、リンがジト目で突っ込んだ。

 リンとミリリが前方に立ち、カレンが最後尾と決まる。

 監査役のネクロが補足した。

 

「ちなみに最後尾に位置するかたは、後ろを向いて歩くことが推奨されます」

「後方からの敵襲にそなえるわけですしね」

「そういう意味で慣れないうちは、中央に位置するリーダーのかたが、歩幅が合うよう指示をだすことが重要になります」

「確かに一歩間違えると、カレンがひとりで置き去りだもんな」

「信じるぜなよっ?! ご主人さまのこと、信じるぜなよっ?! ホントにホントに信じるぜなよっ?!」

 

 カレンはオレを信じてなかった。

 まぁカレンには、けっこうイタズラかましちゃうしな。

 

「まぁだけど、一歩間違えたら命を落とし兼ねないところではしないよ」

(そうじゃない場合にはやる)

「信じるぜなよぉ!!」

 

 なにはともあれ、陣形は決まった。

 リンとミリリが前衛で、オレとマリナとミーユは真ん中。

 そしてカレンが最後列だ。

 監査役のネクロの姿が、すうっと薄まる。

 

「すごい迷彩術だぜなっ……!」

「目の前で使われたからわかるけど、そうじゃなかったらわかる気がしないよ……」

 

 カレンとミーユが、そんな風に驚いた。

 

「監査役という性質上、敵が現れても無言で流すからそのつもりでね」

 

 ネクロは、そんな風に言っていた。



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みんなでダンジョン探索編

 洞窟の中を進んでいると、早くも敵が現れた。

 銅褐色をした、一七〇センチ級の巨大カマキリである。

 

「ブロンズマンティスですね」

 

 リンがタトンと前にでる。

 自身よりも大きなカマキリの首元目かげて槍を放った。

 

 ガキィン!

 鳴り響くのは金属音。カマキリへのダメージもない。

 けれども、リンは動じない。カマキリの反撃を、バックステップで回避する。

 

「ミーユさまっ!」

「うんっ!」

 

 ミーユが詠唱に入った。

 

「敬虔なるしもべと化したイカヅチよ、我が敵を焼き払え! サンダーボルト!」

 

 雷撃が、ブロンズマンティスにぶつかった。

 

「Pigggggggg!」

 

 ブロンズマンティスは、黒焦げになって崩れ落ちた。

 

「魔水晶はないのかな?」

「そのようですね……」

 

 魔水晶とは、この世界のモンスターをモンスターとしている由縁の石だ。

 魔水晶がつくからモンスター化するのか、モンスター化したから魔水晶という器官ができているのかは不明だが、とにかく体のどこかに水晶のような宝石のようなものがついている。

 それがない生き物は、どれだけ強くとも――。

 

「つまりこれは、ただの巨大カマキリですね」

 

 ということになる。

 便宜上はモンスターと言われるし、うっかりするとオレもそう言う。

 しかし厳密な定義の話をすると、魔水晶がないのはモンスターではないのだ。

 クモやムカデは『虫』と称されることが多いものの、厳密に言えば『虫』ではないのと同じような関係だ。

 

 ミーユもカマキリを調べ、オレに言った。

 

「羽根やカマの材質は、名前の通り銅みたいだけど……どうする?」

「えっ?」

「いやだから、羽根やカマが銅みたいだけど……って話だよ。

 質のいい銅じゃないけど、銅は銅だし」

 

「それで、なんだって?」

「だから、どうす…………って、違う違う違う!

 ボクは銅だから()()するって聞いたわけじゃない!

 鉄でも銀でもオリハルコンでも、どうするって聞いていた!」

 

「ハハハハ」

「普通の会話を、すべったダジャレみたいに拾うのはやめろぉ!」

「とにかくそういう話なら、せっかくだし取っておくか」

 

 ブロンズマンティスの死体を解体し、ハネとカマをアイテムボックスに収納した。

 オレたちは進んだ。

 リンとミーユが意外と強くて、特に苦戦することはなかった。

 というかふたりががんばりすぎて、ふたり以外が全員空気だ。

 トラップの探索も、リンが槍で地面や壁を叩いてやってる。

 

「落とし穴がございましたね」

 

 オレたちは、穴をよけて前へと進む。

 

 戦いにしても仕事にしても、『全員がしっかり働いて回る』という状況は、実はあまりよろしくない。

 全員がフルに働いていると、誰かが倒れたり、新しい敵や仕事が入った時に終わる。

 ダンジョンという性質を考えれば、ひとりかふたりは何もしないで突っ立っていられるぐらいでないと危ない。

 

 しかしふたりがずっと戦ってるだけというのも、それはそれでバランスが悪い。

 なんてことを考えているうちにも、リンは槍で床を叩いて、トラップを警戒している。

 オレはふと思った。

 

「なぁ、ミリリ」

「はにゃっ?!」

 

 メチャクチャ緊張していたらしい。

 ミリリはビクッと身をすくませた。

 お尻の尻尾も髪の毛も逆立っている。

 

「土魔法で罠の探索ってできないのか?」

「どういうことですにゃ……?」

「土魔法って、土とか地面に魔力を通して操る魔法だろ?

 だったら異物とかわからないかな? 魔力を通した時の流れとかで」

 

「考えこともないですにゃ……」

「わたしも初めて聞く概念です」

「ボクも聞いたことないな……」

 

 三人は、顔を見合わせほうけてた。

 が――。

 

「でもですが、ご主人さまのお言葉。やってみる価値はあるですにゃ!」

 

 ミリリはぺたっと両手をついた。瞳を閉じて、意識を集中させていく。

 

(はにゃあぁ……!)

 

 ミリリの魔力が細い糸のように、床や壁に伝わっているのがわかった。

 

「前方……十五メートルぐらい先に、トラバサミと……」

「と?」

「二〇メートルほど進んだ先の右側の壁が、ちょっと薄い感じですにゃっ……!」

「隠し部屋か?」

「断言は、難しいですが……」

「それではミリリの言葉を頭に入れつつ、慎重に進んでみましょう」

 

 リンが妥当なことを言い、トラップを探りながら進んだ。

 果たして十五メートル先に、トラバサミがあった。

 

「この具合なら、次の壁も期待できるな」

 

 先に進んで壁を見る。

 ミーユが言った。

 

「見た感じだと、フツーの壁だな」

「そうだな」

「槍で叩いてみましたが、音も大して変わりません」

「ちょっとぶち破ってみるか」

 

 オレは浅く腰を落として、正拳を放った。

 バゴンッ!

 壁に大きな亀裂が入る。

 破壊には至らなかったものの、奥になにかあるような感じは受けた。

 

 二撃目を放つ。

 バガアァンッ!

 今度は砕けた。

 ガレキの厚さから、七〇センチか八〇センチぐらいの壁であったと推測できる。

 

 壁の先には細い通路だ。

 幅的に、ひとりずつしか通れない。

 

「オレが先頭な」

「レイン………♥」

 

 マリナが背中にくっついてきた。

 

「あぶないところは、率先していこうとするあなたのこと………好き。」

「いや、あの、照れるんだけど……」

「わたし………。あなたのことが、好き好き病………だから。」

 

 

 そしてマリナは、先頭に立って進もうとした。

 

 

「ナンデッ?!」

「ひとりずつしか進めない道は危ない。」

「だからオレが行くんだよねっ?!」

「あなたが危ないことはだめ。」

「そういうことか」

「うん。」

「それなら仕方ないな」

 

 オレはマリナをガシッと抱きしめ、その唇にキスをした。

 

「っ?!」

 

 マリナの瞳が驚愕に開かれるものの、オレはマリナへのキスをやめない。

 強く抱きしめたまま舌を絡ませ、ずちゅっ、ずちゅっと前後に動かす。

 マリナの瞳は強く閉じられ頬は赤らみ、体はブルブルと震え始めた。

 同時にヒザは、ガクガクとゆれる。

 オレは唇を離し、抱きしめるのもやめた。

 マリナはがくっと崩れ落ちる。

 か細い声で、かろうじて言った。

 

「ずるい………。」

「ここで待機な」

「うん………。」

 

 すっかり従順である。

 

「こういう危険な道を通るために、わたくしたちがいると言っても過言ではないのですが……」

「にゃあ……」

 

 リンとミリリがつぶやいてたが、あえて聞かなかったことにする。

 ミリリにゴーレムだけはだしてもらって、それを先頭にさせて進む。

 

 心配されたりはしたが、危険な罠は特になかった。

 ゴーレムは開始十歩目で地面からでた槍に串刺しにされたが、オレは普通に回避した。

 

 正面から六本の矢が飛びだしたりもしたが、指で挟めば当たらないから平気だ。

 壁から槍が飛びだしてきても、見てから掴めばダメージはない。

 

 広い部屋にでた。

 宝箱がぽつんと落ちてる。

 

「宝箱か……」

「ダンジョンにはつきものだな」

「トラップは?」

「ボクが知ってる範囲だと、あることがあれば、ないこともあるって感じだったかな……」

 

 オレはチラりと、ネクロのほうを見た。

 

「わたしが教えてしまっては、キミたちの授業にはならないと思うが?」

 

 もっともである。

 

「カレンはわかるか? 元は盗賊だろ?」

 

 盗賊と言えば、宝箱をあけるスキルを持っているのがお約束である。

 が――。

 

「そんなの全然知らないぜなっ!」

 

 カレンは、ドキッパリと言い切った。

 さすがは首輪をつけて日々をすごしているポチ。

 役に立たないシーンでも堂々としている。

 

「というかダンジョンの宝箱は、爆発とか毒ガスもあるんだぜな!

 あけれるスキルを持ってる人は、とっても貴重なんだぜな!

 罪人奴隷ってことで無理やり開けさせられていた人の二十人にひとりが、かろうじてスキルを身に着けるっていう感じなんだぜなっ!」

 

「なるほど、罪人奴隷か」

「そうだぜなっ!」

 

 カレンは、これまたキッパリ言い切った。

 オレは無言で、カレンの首元を見やる。

 罪人奴隷の証とも言える、黒い首輪がついた首を。

 

「…………」

 

 カレンは無言で、自身の首に手を当てた。

 瞳を丸く見開いて、ぶるぶると震える。

 

「ざざざざ、罪人奴隷は、ご主人さまの命令を断れないぜなぁ……」

 

 そして瞳を潤ませた。

 ingと書いて、今(i ma)にも泣き(na ki)だす五(go)秒前な顔をしている。思わずGOと言ってしまいそうだ。

 

「オレが今まで、カレンが本気で嫌がる命令をだしたか?」

「…………」

 

 カレンは、しばし考えて言った。

 

「意外とやっていないぜなっ! えっちなことはいっぱいするけど、イヤじゃない範囲に納めてくれてるぜなっ!」

「だろ?」

「ぜなっ♪ ぜなぁ♪♪」

 

 カレンは、満面の笑みを浮かべる。

 だがしかし、オレは言った。

 

 

「だから宝箱をあけろってのが、初めて言いつけるイヤな命令だ」

 

 

(ぜなあぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!)

 

 言葉にならない悲鳴があがった。

 

「まぁジョークだから安心しろ」

「心臓に悪いぜなぁ! 三回ぐらい止まったぜなぁ!」

 

 オレはハハハと軽やかに笑い、マリナに言った。

 

「頼む」

「うん。」

 

 マリナは以心伝心でうなずくと、宝箱に手を向けた。

 

「アブソリュート………ゼロ。」

 

 ガキイィンッ!

 宝箱が氷りつく。

 

 オレは鋭く剣を振るった。宝箱の右端が、氷ごと切れる。

 これで中に罠があっても、オレたちとは関係のない方向に発動してくれる。

 

「オマエ……相変わらずメチャクチャだな……」

「マリナさまの氷は、相当な硬度があるように見受けられるのですが……」

「わたしより、レインのほうがすごいから。」

「さすがです……にゃあ」

 

 ミーユらが、異口同音にオレを称えた。

 なにはともあれ、開帳タイムだ。

 宝箱の横手に回って中を見る。

 暗い箱の中に、煌々とした輝きがあった。

 

「刀身の紅い短剣か」

「ちょちょ、ちょっと待って!」

「どうした? ミーユ」

「それって魔剣じゃないかっ?! 振ると魔法が使えたりする!

 平民だったら、売れば五年は遊んで暮らせるぞ?!」

 

 オレは試しに振ってみた。

 サッカーボールぐらいの大きさをした火の玉がでる。

 

「なるほど」

「なぁ、レイン。ちょっとでいいから貸してくれよ!」

「別にいいけど」

 

 オレはミーユに渡してやった。

 

「うわぁ……、いいなぁ。カッコいいなぁ」

 

 こういうものが好きらしい。

 ミーユは、キラキラと輝く瞳でダガーを見ていた。

 

「こういうアイテムって、どういう風にするものなんだ?」

 

 ネクロが解説してくれた。

 

「冒険者の場合、付き合いが長ければ話し合いのなぁなぁだ。

 しかしそんなパーティでも、最初は契約書を結んでギルドへと提出する。

 その場合に多いのは、売却してパーティで分割するか、誰かひとりが手にする代わりに、その分の代金をメンバーに支払うことだね。

 売却のリスクとメリットを天秤にかけるわけだよ」

 

「なるほど」

「じゃあ今回の場合、ボクがみんなにおカネ払うって感じでもいいかな……?」

 

 ミーユはギュッと、短剣を胸に抱いていた。

 オレはみんなをチラと見る。

 この手の短剣が好きそうなのは、ミーユ以外にいなかった。

 

「いいよ、持っとけ」

「やったぁ!」

 

 ミーユは、跳ねて喜んだ。

 年相応の子どもって感じでかわいい。

 しかしこの子が、きのうはベッドでバックから突かれて喘ぎまくっていたのかと思うとエロい。



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むかしから激しかったレリクス父さんのお話。

 オレたちは進む。

 スカルバタフライが飛んできた。数は六体。

 

「ボクがやる!」

 

 ミーユが前線にでて、フレイムダガーをヒュンと振るった。

 

「ファイア!」

 

 サッカーボールぐらいの大きさの火球が、人骨めいた胴体を持った蝶を打ち落とす。

 カウンターの体当たり。ミーユは、バックステップで回避する。

 

「二発目だすには、クールタイムが必要な感じか……」

 

 オレは素早く剣を振るって、二匹の蝶を切り落とす。

 

「実験はいいけど、安全は確保してけよ?」

「うん!」

 

 ミーユは元気にうなずいた。

 クールタイムに注意しながら、二体、三体と炎で落とす。

 

「えへへぇ♡」

 

 本当にかわいい。

 そうこうしているうちに、赤い魔法陣を見つけた。

 四本の柱に囲まれた、見るからに意味がありげな魔法陣だ。

 

「下の階に行く魔法陣だな」

「そうか」

 

 オレたちは、魔法陣の上に乗った。

 進んだ先は真っ暗だった。

 三〇センチ先も見えない。

 何気なく手を伸ばす。

 

 ぷにゅっ♥

 右手にやわらかな触感がきた。

 

(あっ………。)

 

 これは暗闇ハプニングのお約束、『好きな子の胸を触ってしまう』だな。

 オレは左手も伸ばし、確認を取る。

 

(ん………!)

 

(これはマリナだな)

 

 しかしオレクラスになると、わかった上でも揉むのをやめない。

 レベルが違うのだよ! レベルが!

 

 しかしマリナが、声をガマンしているのは珍しい。

 オレはマリナの乳首を摘まんだ。

 

(あっ………!)

 

 力を強めたり弱めたり、ぐにぃ……っと引っ張ったりする。

 

(やっ………、んっ………。レインのえっち、えっちぃ………!)

 

 マリナも犯人は理解しつつ、身をよじって喘いだ。

 明かりがついた。

 松明を持っているミーユが、オレたちを見て叫ぶ。

 

「なにやってんだよ!!」

 

 

 もっともである。

 

 

 オレたちは進んだ。

 上の階でもそうだったけど、このダンジョンは、虫タイプのモンスターが多い。

 スカルバタフライやスカルスパイダー。

 巨大ムカデがうじゃうじゃでてくる。

 そんな風に進んでいると、六本足の甲虫がでてきた。

 すこし平たい、カミキリムシのようなフォルム。

 コイツは確か、授業でやった――。

 

「リンッ!」

「「ミリリ!」」

 

「はいっ!」

「わかってますにゃっ!」

 

 ドシュンッ!

 巨大甲虫が尻を向け、高熱のガスを放った!

 リンとミリリは横に跳び、なんとかガスを回避した。

 

(んっ!)

 

 マリナが氷の矢を飛ばす。

 それはガスビートルの尻に刺さった。

 

 どごぉんっ!

 

 そして行き場のなくしたガスが暴発。

 ガスビートルは四散した。

 敵ながら、ちょっと気の毒になる。

 

 さらにいくつかの階段を降りて、地下の五階の最奥に辿りついた。

 魔法陣がふたつある。

 赤いのと青いのだ。

 魔法陣の手前には、立て看板とチェックポイントの魔石だ。

 

〈おめでとう! これで授業は満点だ! ダンジョン自体は続いてるけど、青い魔法陣で引き返せ!

 赤い魔法陣で進める六階以降は転移結晶が使えない上、とても危険だ! 遭難しても捜索しないぞ!!!〉

 

 ミーユが魔石を手に取った。

 

「帰るか」

「うん。」

「…………」

「どうしたんだよ、レイン」

「行くなって言われると、逆に行きたくなったりしない?」

「それは……」

「すこし………。」

 

 ミーユとマリナが、それぞれつぶやく。

 特にミーユは、自身の剣を見つめていた。

 

(浅い階層でこんな武器があったなら、下に行けばもっと……)

 

 そんなつぶやきも漏らしている。

 だが首を左右にブンブンと振った。

 

「でもでもダメだよ! ボク知ってるんだからな! こーいう場面で調子に乗ると、だいたい痛い目を見るんだよ!」

「ま、その通りだな」

 

 オレは帰還用の魔法陣に乗り込もうと思った。

 が――。

 

「赤に進んでもよいのではないかな?」

「ネクロさん?」

「キミはまだ、ここに入ってからほとんど戦っていない。

 しかし宝箱や鋼鉄の扉を切った剣筋は、すばらしいものだった。

 わたしとしては、とても興味があるのだよ。

 危険性と好奇心を天秤にかけてみたが、好奇心が勝っている。

 なんと言っても、あのレリクスの息子だ」

 

「オレの力が見たいなら、直接やればいいと思いますけど」

 

 ネクロは目を丸く見開くと、ククククッと笑った。

 

「?」

「いや、すまない。かつてレリクスに魔竜倒しの協力を頼まれた時に、似たやり取りをしたことを思いだしてね」

「……どんなやり取りだったんですか?」

「キミに魔竜を倒す実力があるのか? と尋ねたわたしに、『直接やればわかるじゃろう?』と木剣を抜いたよ」

 

「どうなったんです……?」

「殺されかけたね」

「えっ?!」

「レリクスは寸止めをしようとしてくれていたようだが、微妙に間に合わなくってね。

 三〇メールは飛ばされた上、無数の木々をなぎ倒して崖に激突させられた」

 

「ええっ?!」

「幸いにしてリリーナが治癒魔法をかけてくれたが、アレがなければ死んでいたよ。

 むしろこの傷を癒せるのかと、リリーナの力量に恐れ入ったぐらいだ」

 

(父さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!)

 

「そしてレリクスは、わたしになんと言ったと思う?」

「なんて言ったんでしょうか……?」

 

 ネクロは、声のトーンを落として言った。

 

『すまぬ……』

 

 オレはなんにも言えなくなった。

 

「その時は本当に、わたしの肝がひやりと冷えたよ」

「ですよねー……」

「謝罪したということは、悪気はなかったということだ。

 レリクスは悪気なく、わたしの脇腹を打ちつけ盛大に吹き飛ばし、崖に叩きつけたということだ。

 殺るつもりならどうなっていたのか、いまだに検討がつかない」

 

 オレはもう、苦笑いしか漏れなかった。

 

「ウチの父さんが、すいません……」

「しかしその圧倒的な強さに痺れ、憧れたのも事実だ」

 

 その口元には、子どものような笑みが浮かんでいた。

 父さんを尊敬してくれていることが、温かく伝わってくる。

 

「それで結局、どうします?」

「一戦お願いすることにしようかな」



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vs七英雄ネクロ~模擬戦~

 

 ネクロは壁に右手をかざした。

 ドンッ!

 ほんのわずか一瞬で、岩の壁に通路ができた。

 

 奥に進むと、ドーム状の部屋が作られていた。

 それはかなり広大だ。

 野球ぐらいはできそうなほどに広い。

 

「わたしはネクロマンサーであるが、土魔法も軽くたしなんでいてね。このぐらいはできるのだよ」

 

 専門ではない魔法で、この規模を『軽く』。

 父さんの仲間だけあって、いろいろとおかしい。

 

「できるだけ、お手柔らかに頼みますよ」

「キミの力とわたしの強さを天秤にかけて、加減の必要があると感じたらそうしよう」

 

 オレは以前に盗賊を制圧した時に使った、刃のついていない剣を構える。

 対するネクロは自然体。

 

「レインくんは、先手と後手のどちらが得意だい?」

「どちらでもいいですよ?」

「それならわたしは、先手を取らせてもらおうかな」

 

 ネクロは短剣を取りだした。

 人差し指を浅く切る。

 

「ひとつ問う。死霊術(ネクロマンス)とはなんだと思うね?」

「それは普通に、死霊を操る人って意味だと思ってましたが……」

「――その通りだ。より正確に言うと、死という『概念』を実体を持つ依り代に宿し、概念を現実化させる魔術体系だ」

 

 ネクロの人差し指の血が、地面へと染み込む。

 

「それでは死とはなんだと思う? 命とはなんだと思う?」

「……?」

「今わたしの体からでている血液は、数分前までわたしであった。わたしの中の一部であった。

 それがわたしから離れた途端、ただの物体となった。

 この血液は、特別なことはしていない。ただわたしから離れただけだ。

 ただそれだけで、わたしではない『物体』になるのだ」

 

 呪文のような言葉の数々。

 オレは動きが止まってしまった。

 けれども、次の瞬間に気がついた。

 

 これは呪文の『ような』ではない。

 呪文そのものなのだ。

 ネクロがシュラリと腕を振る。血飛沫が宙を舞う。

 

「顕現しろ! ブラッドアーミーズ!」

 

 軍団が現れた。

 ネクロの血液という死を媒体に、土が死霊の意志を持つ。

 

 その数は二十八。

 最初の血溜りは馬に乗ったジェネラルになり、血飛沫はソルジャーになった。

 

 オレは鑑定を使う。

 参考として、『騎士団の一般兵が安全に倒そうと思えば一〇人は必要』と言われている魔物化したツノイノシシ――ホーンボアのステータスがこれだ。

 

 

 名前 なし

 種族 ホーンボア

 レベル 38

 

 HP  550/550

 MP   0/0

 筋力  426

 耐久  418

 敏捷  388

 魔力   0

 

 

 ネクロの召喚したやつらはこんな感じだ。

 

 

 名前 なし

 種族 ブラッドソルジャー

 レベル 96

 

 HP  975/975

 MP   0/0

 筋力  880

 耐久  880

 敏捷  788

 魔力   0

 

 

 名前 なし

 種族 ブラッドソルジャー

 レベル 93

 

 HP  977/977

 MP   0/0

 筋力  850

 耐久  850

 敏捷  752

 魔力   0

 

 

 名前 なし

 種族 ブラッドソルジャー

 レベル 99

 

 HP  998/998

 MP   0/0

 筋力  902

 耐久  902

 敏捷  812

 魔力   0

 

 

 相当強い。

 並の召喚術師なら、一体だけでも賞賛されるレベルだ。

 それを十七体に加えて、中央にはコイツだ。

 

 

 名前 なし

 種族 ブラッドジェネラル

 レベル 1480

 

 HP  18580/18580

 MP    0/0

 筋力  15380

 耐久  15380

 敏捷  12880

 魔力   0

 

 

 文字通りケタが違う。

 平凡な騎士が相手にしようと思ったら、千人単位でかからないといけない。

 七英雄と書いて、父さんの知り合いと読むだけのことはある。

 ソルジャーの一体が飛びかかってきた。

 

「ライトニング!」

 

 オレはイカヅチを放ったが、ソルジャーの体には弾かれた。

 

「わたしのソルジャーに魔法は通じないよ?」

「ッ!」

 

 土の剣が振り下ろされた。

 バックステップで回避する。

 

 ゴゥンッ!

 

 虚空を切った剣は地面に当たり、爆発めいた衝撃を発した。

 一メートルのクレーターができる。

 さらに顔をこちらに向けて、土くれを吐いてきた。

 

 目潰しだ。

 三体のソルジャーが飛んでくる。

 並みの剣士や戦士なら、一瞬で終わってるところだ。

 が――。

 

 オレにはまったく通用しない。

 

 オレはソルジャーたちの横を、すうっと通った。

 その一瞬で、ソルジャー四体はバラバラになる。

 

 次いで横薙ぎ。

 目の前の二体が真っ二つ。

 

 ファイアーボールをぶっ放す。

 爆風が起きた。

 ソルジャー三体が粉々に吹き飛ぶ。

 

「なにッ……?!」 

「魔法は効かないって聞いたのでね。ソルジャーではなく足元の地面を爆発させて吹き飛ばしたんですよ」

 

 オレはネクロに接敵し、自身の剣を突きだした。

 

「その発想より、地面にぶつけてなおソルジャーを吹き飛ばせる破壊力に驚愕するね……」

 

 ネクロはサーベルで受ける。

 互いの剣の打ち合う音が幾たびも響き、赤い火花が何度も散った。

 ブラッドソルジャーが切りかかってくるが振り向いて裂き、ネクロに袈裟切りを振り下ろす。

 ネクロは素早くバックステップを踏むと、指の先に息をかけた。

 

 空気に触れたネクロの血が、ナイフとなって飛んでくるッ!

 同時にブラッドジェネラルが、背後からオレを叩き潰そうとしたッ!

 

 オレはキュルッとその場で回った。

 ブラッドジェネラルと短剣たちが、まとめて一気に弾かれる。

 タンと地を蹴り、一直線にチャージする。

 

 ネクロが黒い死霊術を飛ばしてくるが、紙一重で回避した。

 さらに何度も剣を交えて、ネクロを壁に追い詰める。

 鋭い刺突。

 ネクロの顔の真横に、剣がダンッと突き刺さった。

 本気をだしていれば、串刺しの格好だ。

 

「わたしの負けだね」

 

 ネクロは静かに両手をあげた。

 

「さすがは、レリクスの息子だ」

「ありがとうございます」

 

 オレはぺこりと頭を下げた。

 しかしネクロには、まだまだかなりの余裕があった。

 訓練の時の父さんと同じく、『万が一にもオレを殺さないように』という手加減はされていたと思われる。

 まぁそれは、オレのほうもおんなじだけど。

 

「ところでキミの強さは、今のレリクスと天秤にかけるとどんな感じかね?」

「それは断然父さんですよ」

「なに……?」

「訓練では一本取れることもありましたけど、訓練用の強さでしたから」

「魔竜との戦いで相当な傷を負い、力の七割か八割は失ったはずなのだがな……」

「かっ……回復したんじゃないでしょうか……」

「そういうことにしておいたほうがよさそうだな」

 

 そうでなかったら流石すぎる。

 



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ミリリとイチャラブ(•ㅂ•)

 七英雄のひとりに勝ちつつ、ダンジョンの探索は終わった。

 ゲートを使って地上に戻る。

 

「ふにゃー、にゃん、にゃん、みゃーん」

 

 猫耳少女でもある、アリア教官がくつろいでいた。

 地面にころがり太陽の日を浴び、ごろごろと転がっている。

 

「えーっと……」

「はにゃっ?!」

 

 教官は、ガバッと跳ね起きて叫んだ。

 

「どうしてこんな早いのだ?! トラブルでもあったのか?!」

「普通に探索が終わっただけですが」

 

 五階までおりた証拠となる鉱石を見せた。

 

「この時間で五階までっ?!」

「そんな早かったですか?」

「歴代一位を取ったチームが、三倍の早さで動いていれば、あるいは――というスピードなのだ……」

「さすがはご主人さまですにゃあ……♥」

「まっ、まぁ、すごいのは確かだよな」

 

 ミリリがほっこり頬を染め、ミーユはテレテレしながらオレを褒めた。

 

「パーティの八割がおかしくないと難しいタイムなのだが……」

「それでもやっぱり、レインのおかげ。」

「ミリリがお役に立てるようになったのは、ご主人さまのおかげですにゃあ……♥」

「お前らって、本当にレイン好きだよな」

 

 ミーユは、そっぽを向いてつぶやいた。

 しかしきっちり、オレと腕を組んでいる。

 べったりとくっついているマリナに対して『引っかけている』という感じだが、離れようとしていないことは確かだ。

 かわいい。

 

「とにかく探索が終わったなら、今日の授業はこれで終わりだ! 部屋でゆっくり休むといいぞ!」

「わりとあっさりなんですね」

「部屋に戻ったらそのままベッドに倒れこむのが六割、自力で部屋に戻ることすらできず、奴隷か監査官に背負われていくのが四割というぐらいハードな試験なのだ! 本当は!」

「疲労という名のダメージは、あとからくることも多いのだ! だから平気と思っても、じっくりと休むのだ!」

「………。」

 

 オレのマリナが、休むという単語に反応した。

 腕にくっついたまま言ってくる。

 

「レイン。」

「ん?」

「わたし………汗、かいた。」

「そうだな」

「ほこりも………かかった。」

「そうだね」

「………。」

 

 マリナは、ほっぺたをほんのりと赤くして言った。

 

「おふろ………入りたい………。」

「……よし!」

 

 入ることが決定した。

 

  ◆

 

 そう広くない脱衣所に、六人分の衣擦れの音が響いた。

 肌色、肌色、そして肌色の桃源郷だ。

 握り放題、揉み放題の桃がいっぱいである。

 

「はっ……裸自体は幾度となく見せ合っているが、脱ぐ過程まで見られながら……となると、また違う恥ずかしさがあるな……」

「うん………。」

 

 仕事を終えたリリーナが言うと、マリナも小さくうなずいた。

 

「でもオレとしては、そういうみんなも新鮮でいいよ?」

 

 と言いながら、マリナを後ろから抱いた。

 

「きゃっ………!」

 

 愛らしい声をあげたマリナのマ乳を、ぐにゅぐにゅむにゅっっと揉みしだく。

 

「レイン………せっかち………♥」

「そうは思ったけど、ちょっとガマンできなくなってね」

 

 胸同様に豊満なヒップに股間を押しつけ、本番も開始した。

 

「っ……」

「…………」

 

 ミーユやリンが、露骨にそわそわし始めた。

 

「はにゃにゃにゃにゃにゃ……」

「みみみみっ、見たらいけない系だぜなっ!」

 

 ミリリが慌て、カレンがミリリの両目をふさいだ。

 しかしカレン本人は、視線ロックオンで凝視している。

 マリナにたっぷり汗をかかせて、風呂場へと入る。

 

「ごっ……ご主人さま!」

「なんだ? ミリリ」

「ミリリはミリリは、ご主人さまのお体を、お洗いしたいです……にゃあ」

「そうか」

「はいです、にゃ……!」

「それなら頼むよ」

 

 オレは椅子に座った。

 

「そういうことなら、わたしが教える。」

 

 マリナがオレの背後に座った。

 布でセッケンを泡立てて、オレの背中を軽くこする。

 こしっ、こしっ、こしっ。

 ここまでは普通だ。

 が――。

 

「ここからが、とくべつ………♥」

 

 ふにゅっ♥♥

 マリナの巨峰が背中で潰れた。

 ずりゅっ、ずりゅっ、ずりゅっ。

 マリナはそのまま、潰れた巨峰を上下にこすらす。

 

「どうして、お手を使わないのですにゃ……?」

「レインは、おっぱい大好きだから………♥」

「そうなのですにゃ……?」

「人が生まれることに意味があるなら、それはおっぱいのためとしか言いようがないと思ってる」

「そこまでなのですにゃっ?!」

「そこまでなのだっ!」

 

 オレはキッパリと言い切った。

 顔だちも体格も幼い部類のミリリだが、胸はけっこう育ってる。

 マリナほどではないにしろ……。

  

 でかい。

 

「そういうことなら、わかったですにゃ……」

 

 ミリリは頬を染めながら、オレの胸板をこしこしとこすった。

 泡まみれにして、真正面から――。

 ふにゅっ♥♥

 

「はにゃあぁ…………」

 

 とても恥ずかしいらしい。

 真正面からくっついているミリリは、真っ赤になって震えてる。

 

「オマエって、本当にどうしようもないやつだよな……」

「まぁしかし、英雄色を好むと言うしな……」

 

 ミーユとリリーナが、両腕にくっついた。

 オレは肘を曲げた格好で両腕を伸ばし、ふたりが洗いやすいようにする。

 

「ミーユさまがご奉仕なされるのでしたら、わたくしがやらないわけには……」

「ぜなあぁ……」

 

 リンが右足、カレンが左足にくっついてきた。

 

「リンはともかく、カレンもやってくれるのか」

「みんながやっているのにアタシだけ……ってのも、さびしいぜなぁ……」

 

 ということらしかった。

 流されやすいタイプである。

 かくしてオレは、十二個のおっぱいにご奉仕された。

 

 ミリリともすることにした。

 ミーユにヘソのあたりを撫でてもらって、避妊魔法をかけてもらう。

 避妊魔法がかかっているので、やりまくってだしまくった。

 

「はにゃっ、はにゃっ、はにゃあぁ……♥」

 

 ミリリは恍惚に忘我して、オレが放つ快楽を傍受していた。

 最後は六人全員を床に寝かせて、順々にかわいがった。

 これで本番をしていないのは、カレンひとりだけになった。

 もう好きなタイミングでやれそうなのだが、逆にタイミングが掴めない。



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暗黒領域と行方不明者

 地球の学園とはいろいろと違う日々であったが、マリナは幸せそうだった。

 例えば座学の授業が始まる直前になると――。

 

「レイン………。」

「ん?」

「れきしのほん………。わすれた………。」

「きのう確認してなかったっけ?」

「………わすれた。」

「歴史の本なら、アタシが持ってきてるぜなぁ!」

 

 カレンが笑顔で本をだす。

 

「今日は歴史の授業があるのに本が机の中にあったから、持ってきたんだぜなっ!」

 

 一ミクロンの屈託もない、満面の笑みで言い切るカレン。

 

「すごいです、カレンさん! とっても気が利いてます!!」

「当然なんだぜなぁ♪」

 

 ミリリは尊敬の眼差しでカレンを見つめ、カレンはえへんと巨乳を張った。

 が――。

 

「………わすれた。」

 

 マリナはあくまで言い張った。

 オレの体にぺたりとくっつき、しつこいぐらいに言ってくる。

 

「わすれた………。」

「そうか」

「うん。」

「それなら、いっしょに見ないとな」

「うん………♥」

 

 オレが本をズラしてやると、マリナはほっこりとはにかんだ。

 小さな声で言ってくる。

 

「こういうの………、したかった………♥」

「なるほどだぜなっ……!」

「なるほどです……!」

 

 素直に甘えるかわいいマリナに、カレンとミリリは感嘆していた。

 

 それ以外だと、鉱山に出向いたりもした。

 水晶を食べるクリスタルゴーレムを倒し、体内に溜め込んでいたクリスタルを取るのだ。

 ゴーレムが一度食べた水晶は、魔力を帯びていい感じになる。

 

「しかし貴族が通う学園のわりに、冒険者みたいなことをけっこうするんだな」

 

 オレがつぶやくとミーユが言った。

 

「四男とか五男になると、冒険者とか、上役みたいな貴族の護衛をすることも多いしな」

「なるほど」

「それと家によっては、長男でも強くないと部下とか下役に示しがつかないって言うか、裏切りとか暗殺とかの危険性が高くなるって考えもある」

 

「それはなんか、その家の日ごろのおこないの問題のような気もするんだが……」

「…………悪かったな」

「オマエんちだったのか」

「うん……」

 

 ミーユは静かにうなずいた。

 噛みついてくるような気配はまるでない。

 一時の自分が酷すぎた自覚があるミーユは、家のことになるとしおらしくなる性質がある。

 無駄に落ち込ませてしまった分は、夜にたっぷりとかわいがって慰めた。

 

 積極性はあまりないミーユだけど、実際にした時の悦びっぷりは、マリナに勝るとも劣らない。

 体を縮めて口元を手で隠し、上目遣いで言ってくることもある。

 

「もう一回、して……」

 

 一回とは言わず八回やった。

 

 しかしやはりと言うべきか、正妻はマリナであった。

 単にやるだけではない。

 その豊乳でオレのアレを挟んで絞りながら咥え、白いミルクを飲み干したあとはミリリにバトンを渡す。

 

「っていう………感じ。」

「はいです……にゃっ」

 

 その教育を受けて、ミリリも挟んで絞りながら咥えてくれる。

 オレにサービスをしてくれるだけでなく、ほかの子の教育もやってくれているわけだ。

 オレはミリリの頭を押さえ、がっつりと飲ませた。

 

  ◆

 

 そんな感じで日々を堪能していたある日。

 食堂についたオレたちは、アリア教官に声をかけられた。

 

「ここにいたのだな!」

「ああ、はい」

「今日はちょっと、話があるのだ!」

「なんですか?」

「それについては、移動してから話すのだ!」

 

「オレだけですか?」

「レインとマリナ、その奴隷であるカレンとミリリだけで頼むのだ!」

「ボクは……?」

「ミーユ=グリフォンベールには、悪いが外れてもらうのだ!」

「……」

 

 ミーユは軽く、しょんぼりとした。

 オレは頭を撫でてやる。

 

「できるだけ、早く戻るようにするからさ」

「うん……」

 

 うなずいたミーユは、頭をきょろりと見回した。

 

「あれ……?」

「どうした?」

「オマエたちと別になるなら、フェミルとごはん食べようと思ったんだけど……」

「いないのか」

「うん……」

 

 フェミルとは、以前ミーユが足蹴にしていた少女の名前だ。

 最低最悪のファーストコンタクトであったものの、ミーユは泣いて謝った。

 それ以降、普通に仲良くなっている。

 心がとても広い少女だ。

 

 ミーユがフェミルを気にしていると、アリアの顔に動揺が浮かんだ。

 それはほんの一瞬だったが、オレとマリナは気がついた。

 

「レイン。」

「ああ」

 

 オレは深くうなずいた。

 

「早く行きましょう」

 

 アリアといっしょに進む。

 

「…………」

 

 ミーユはずっと、こちらを見ていた。

 

 オレとマリナが通されたのは、会議室のような部屋だった。

 二十人近くが椅子に座っている。

 そこの中には、リリーナやネクロの姿もあった。

 

「おお、レインさま」

 

 しわくちゃのじーさんがこちらへときた。

 オレを椅子に座らせる。

 

「で、なんの用ですか?」

 

 オレが問うとリリーナが答えた。

 

「暗黒領域へのゲートが開かれた」

「暗黒領域?」

 

 確か授業で、聞いたことがあるような……。

 あやふやな記憶を辿っていると、リリーナは補足してくれた。

 

「この学園の北部にある、闇に包まれた空間だ。

 魔族の根城と言われることがあれば、異世界への入り口――とささやかれることもある」

「ゲートが開いたってのは、どういうことですか?」

「我が校で管理しているダンジョンのうち――初心者向けに近いダンジョンでゲートが開いた。そして探索していた六名のうち、四名が吸われた」

「そんな危険なところを探索させてんですか?!」

 

 オレが叫ぶと、白い髪とヒゲが特徴のじーさんが答えた。

 

「そのようなことは、決して!」

 

 リリーナも補足する。

 

「三〇〇年には届いていないからババアではないわたしでも、ビギナー用の迷宮に暗黒領域のゲートが開いたという事例は知らん」

「それは相当ですね……」

「だから捜索と調査に、戦力が必要となった。しかし生半可な戦力では、逆に被害を増やしかねん」

 

「ミーユはどうなんですか? 呼ばれませんでしたけど」

「実力的には問題ないが……。未来の三公だからな。危険とわかっているところには出せん」

「なるほど」

「ちなみにキミとマリナについては、上回りえる者がひとりしかいない――という計算で動いている」

 

 リリーナは、ネクロのほうをチラリと見やった。

 

「いくらキミの予想とはいえ、模擬戦で負けている現実と天秤にかければレインくんのほうが上だと思うんだけどねぇ」

「だからわたしも、上回りえる(・・)と言った」

 

 まぁ実際、お互いに本気だったらわからないところではあった。

 オレは椅子に座った。

 

「救助対象の名前や特徴をお願いします」

「参加してくれるのか?」

「話を聞いた限りでは、オレの力が必要なようでしたから」

 

 オレは、父さんに拾われて育てられた。

 父さんは、見ず知らずの赤ん坊だったオレを拾ってくれた。

 そんな父さんのおかげで繋いだ命と力なら、誰かのために使うべきだろうと思う。

 

「………。」

 

 マリナが無言で、オレの隣に座った。

 

「キミも協力してくれるのか?」

「うん。」

 

 マリナはうなずき、オレを見た。

 オレが協力すると言った。

 マリナにとって、以上も以下もいらなかった。

 リリーナが、遭難者の名前を読みあげる。

 

「今回遭難したのは、ウブリ=ゴードン、ヒッグス=ウェージ、サジテール=ボスマン。そして――」

 

 リリーナは抑揚のない声で、事務的に言った。

 

「フェミルだ」

 

 その時ドアがバタンと開いた。

 

「フェミル?!」

 

 現れたのは、ミーユであった。

 

「ミーユ?!」

「フェミルが食堂にいなくって、イヤな感じがしたからきたんだよ!!」




この作品の書籍化が決定しました。

http://www.futabasha.co.jp/monster/

お近くの書店で、

タイトル
規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士

著者名
kt60

出版社
双葉社

と告げて事前予約をしていただいて勝ってくださると、作者はとてもうれしいです。
面倒だと思ったら、amazonなどでもうれしいです。
買ってくださるとうれしいです◝(・ω・)◟


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高速進軍

先週も告知しましたが、この作品の書籍化が決定しました。

http://www.futabasha.co.jp/monster/

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タイトル
規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士

著者名
kt60

出版社
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 会議室に入ってきたミーユが叫ぶ。

 

「それよりどういうことだよ! フェミルが行方不明って! それなのに、ボクを捜索メンバーから外すって!」

「聞いていたなら、そのままの意味だ。リスクの高すぎる暗黒領域の探索に、三公のキミを投入するわけにはいかん」

「っ……」

 

 理屈では理解できるらしい。

 ミーユは奥歯を噛みしめる。

 立場の重みと責任を深く理解し、それでも言った。

 

「友達……なんだよ」

 

 瞳から、大粒の涙がはらりとこぼれた。

 

「フェミルは……本当に最低だったボクを許してくれた、友達なんだ……」

 

 そしてミーユは語り始めた。

 自分がどれだけ最低だったか。

 謝っても謝っても、許されないようなことをしてきたか。

 

 それを許してもらった時。

 人から許しをもらえた時に。

 自分がどれほど救われたか。

 

 だからフェミルが窮地なら、命を賭けても助けに行きたい。

 しかしミーユが語っても、教師たちの表情は渋い。

 

 無理もない。

 味方をしたいと思っても、ミーユは三公である。

 オレは今ひとつピンとこないが、国の中ではトップクラスに偉い。

 日本風に言うのなら、未来の総理大臣のようなものだ。

 雑にあつかえるものではない。

 

 が――。

 

 

(ダバダバダバダバ)

 

 

 リリーナは号泣していた。

 

「わかる……。わかるぞ……!

 ミーユ=ララ=グリフォンベール……。

 二〇〇年間、友人のいなかった時期があるわたしにはわかる……!」

 

 さりげなく凄惨な過去を暴露したリリーナは、拳を握って言い切った。

 

「仮に世界が許さなくとも、わたしが許す! 骨が折れても、十本までなら瞬時に治す!

 二十本でも五分で治す! 報告義務があるような大ケガも、なかったことにしてやろう!!」

「違反行為を堂々と宣言されると、困るんですがの……」

 

 涙ながらに叫ぶリリーナに、理事のじーさんがつぶやいていた。

 そこでネクロが言った。

 

「そういうことなら、話は決まりでよいのでは?」

 

 手の中でくるみを転がし、パキリと割って中身を食べる。

 

「こじらせたリリーナと三公殿を説得する手間と、わたしとリリーナが護衛をしながら進む手間を天秤にかければ、護衛のほうが軽い。無理を聞いてやったと言って、恩を作っておくのも悪い手ではないだろう」

 

「さすがはネクロ! 死霊術師だけあって腹が黒いな!」

「満面の笑みで言われてしまうと、なんとも複雑な気分だねぇ……」

「確かに……。お二方がついてくださるのであれば、そこは大陸でもっとも安全とも言える領域になりますな……」

「レインくんとマリナ嬢が加われば、どこの空間と天秤にかけても世界一になりそうでもある」

 

「しかしそのバランスですと、今度は探索そのものの効率が……」

「そこについては、どちらにしても戦力を多めに割く必要がある区域にわたしたちを配置すればよかろう。

 矛盾にしているように思うかもしれないが、それがもっとも安全でありながら、効率を保てる配分だ」

「百戦錬磨のネクロさまがおっしゃるのでしたら、そうなのでございましょうな……」

 

 七英雄の発言力と信頼は、かなりのものがあった。

 かくして、探索のメンバーが決まった。

 

「フェミル……」

 

 ミーユは、最後まで不安と切なさに顔をゆがめていた。

 

  ◆

 

「それでは行こうか」

 

 校舎をでたリリーナは、北口に向かった。

 ミーユが、焦りを噛み殺しながら言った。

 

「ダンジョンのゲートから行くんじゃないんですか……?」

「勃発的に発生するゲートは、安定感に欠けることが多い。心配なのはわかるが、ここは正面から入るべきだ」

「はい……」

 

 ミーユは静かにうなずいた。

 北側の門を抜ける。

 

「距離で言えば、一〇〇キロほど前方にある。距離だけで言えば、高品質のククルルを使うことで二時間程度になるが……」

「瘴気の湿原があるんですよね……?」

「高レベルのモンスターがでてくる森だな」

「フェミルぅ……」

 

 ミーユはほとんど、泣きそうになっていた。

 

「マリナ」

「うん。」

「ミリリ」

「はにゃ?」

 

 マリナはすぐにうなずいてくれたが、ミリリは小首を横にかしげた。

 

「………。」

 

 なんの説明もしていないのにわかったマリナが魔力を溜める。

 オレはミリリに、耳打ちした。

 

「っていう感じのものを、作ってほしい」

「にゃうぅ……」

「無理そうか?」

(ぶんぶんぶんっ!)

 

 ミリリは首を、左右に振った。

 

「がんばります……にゃあ!」

「よし」

 

 オレはアイテムボックスから、氷の塊をだした。

 パチンッ。

 指を鳴らして火をだして、土の一部を泥にする。

 ミリリは両手を手前にかざす。

 

「虚ろなる泥土。我の求めに応じてください……にゃあぁ…………!」

 

 ミリリの両手から、白い光りが発せられ、土はじわじわ形を変えた。

 

「なにしてるんだ……?」

「まぁ、見てろ」

 

 待つことしばらく。ミリリの魔力がからっぽになった。

 

「にゃうぅ……」

 

 よろけるミリリを、抱いて支えた。

 

「よくやったな」

「ありがとうございます……にゃあ」

 

 ミリリが泥で作ったのは、八人乗りのモーターボート。

 オレはミリリを抱いたまま、右の手から火を放つ。

 完全に乾いた。

 軽くノックしてみたが、ミリリの魔力のせいだろう。かなり頑丈である。

 と、同時。

 

「んっ………!」

 

 マリナが氷をぶっ放す。

 ガキイィンッ!

 氷の道ができあがる。

 さすがマリナと言うべきか、五〇〇メートル以上は続いている。

 オレはボートに乗り込んだ。

 

「これに乗るのか……?」

「はい」

 

 オレは素早く乗り込んだ。

 マリナにミリリが続いて乗った。

 

「まぁ……キミの言うことであるしな」

 

 リリーナやカレン、ミーユとリンにネクロも乗り込む。

 

「よし……」

 

 オレはハンドルを握った。

 オレの魔力をボートに流す。

 土色のボートが、光り輝く。

 

「しかしマリナは、よくオレのしたいことがわかったね」

「あなたといっしょにしたことは、みんな、ずっと、覚えてる………から。」

 

 マリナは本当、隙あらばマリナだ。

 かわいい。

 オレが以前に金属の板を使って、地面をスケートするかのようにすべったことを覚えているのだ。

 

 エネルギーが溜まった。

 オレは力を激しく込めた。

 

 グオッ!

 土と魔力で作られたボートは、ロケットのように発射した!

 五〇〇メートルはあった氷の道が、一〇秒足らずで端に行く。

 

「んんっ………!」

 

 マリナは右手を前にだし、氷の道を作り続ける。

 オレは速度をゆるめたが、それでも時速一二〇キロ近い。

 あらゆる景色を後ろに流し、風の塊となって進む。

 頬にびゅんびゅんと当たっていく風が、最高に心地いい。

 草原にいるホーンラビットやバイコーンといった草食動物はもちろんのこと、レッドライオンといった猛獣も、驚き慌てて逃げていく。

 

 そして長らく進んでいくと、薄紫色の霧のかかった空間が見えた。

 背後のリリーナが言った。

 

「瘴気の湿地だ。強力なモンスターが現れる上、レベルが低いものが入ると、空気を吸うだけで死ぬ」

「そうですか」

 

 オレはスピードをあげた。

 空気を吸うだけでヤバいメンバーがこの中にいるなら、リリーナが言っている。

 

 湿原に入る。

 沼地だろうと足場だろうと、マリナが凍らせ突破する。

 

 体長一メートル級の、沼イソギンチャクが現れた。

 触手と体がうねうねとしていて気持ち悪い。

 モーターボートでぶっ飛ばす。

 

 スワンプマンが六体でてきた。

 人の形を緑の泥で作ったかのような、異形のモンスターである。

 モーターボートでぶっ飛ばす。

 

 毒ガエルが現れたりもした。

 モーターボートでぶっ飛ばすッ!!

 

 圧倒的なパワーで突き進んでいると、湿地の奥に、黒い空間が見えてきた。

 

「止まるのだ! レイク=アベルス!」

「はいっ!」

 

 オレが叫ぶと、マリナが魔力の流れを変えた。

 くいっと動かし、氷の道に半円状のカーブを作る。

 それに乗りあげたオレたちのボートは、宙でぐるりと一回転。

 

「はにゃあああっ!!」

「うわああああああ!!!」

「ぜなあぁぁぁぁぁぁ?!?!」

 

 みんなは悲鳴をあげてたが、ボートは無事に着地した。

 しかし土のボートでは、耐久力に難があったらしい。

 オレたち全員が降りると同時に、ヒビが入って砂へと化した。



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暗黒領域の探索をする

 モーターボートから降りたオレは、目の前にあるそれを見た。

 ぼんやりとした黒いもやのかかった空間に、視界を遮るかのような黒い壁らしきものがある。

 

「ここが暗黒領域ですか……」

「ああ、そうだ」

 

 リリーナはうなずいた。

 懐からナイフを取りだす。

 

 ヒュッ。

 投擲されたナイフは、もやを通って壁へと向かって刺さりると、じゅわあぁ……と音を立て――。

 

 腐食して崩れた。

 

「見ての通りこの領域の壁には、物理的な存在を腐食させる作用がある」

 

 リリーナは歩きだす。

 歩く先には、銀色のゲートがあった。

 

「触れたものを腐食させる暗黒領域の『壁』だが、薄いところも一部にはある。

 そういう個所に、目印のゲートを作っておくわけだ」

「なるほど」

 

 リリーナは、ゲートをくぐって壁に近づく。細身の剣をしゅらりと抜いて、壁へと刺した。

 つぷ……。

 壁に飲まれたその剣は、しかし腐食はしていない。

 

「うむ」

 

 リリーナは、うなずいて壁へと入った。

 

「ぬっ……」

 

 そこは異様な樹海であった。

 空は淀んで、地面は紫色が混ざったような黒。

 空気の中にも同じ色のもやがかかって視界が悪い。

 しかし何より、異常で異質だったのが――。

 

「燃えている……?」

 

 領域の中にある木々の葉っぱが、めらめらと燃えている。

 オレは尋ねた。

 

「これが暗黒領域ですか……?」

「空気の淀みや空の色などは、過去のデータそのままだ。しかし木々の葉が燃えているなどというのは……」

「領域内に流れる魔力に、なにか異常が起こっている――ということだな」

 

 リリーナが言うと、ネクロが引き取って言った。

 

「魔力とは、言いかたを変えれば『奇跡を起こす力』だ。

 そして奇跡を言い換えるなら、『常識的な物理法則を破壊する現象』だ。

 ゆえに魔力がほかの場所よりも濃いこの領域は、常識的な法則から言えばありえない挙動を示す。

 本来繋がるはずのない迷宮にゲートが繋がってしまったのも、恐らくそういうことであろうな」

 

「しかし領域の魔力をその規模で乱すとなると、七人揃えば魔竜を討伐できるほどの力に匹敵するほどの」

「話している場合ではございませんっ!」

 

 リリーナがぼやくと、リンが叫んだ。

 

『戯奇奇、KI異……』

『弧化化化、Кaα……』

 

 現れたのは二種類のスケルトン。

 体が黒いブラックに、燃えているフレイムの二種類。

 それが全部で、二〇体近い。

 

 全員が剣を構えた。

 臨戦態勢である。

 

「オレが前にでる! マリナとミリリはサポートを頼む!

「うん。」

「はいっ!」

 

 オレは剣を構えた。

 タンと地を蹴り前にでる。

 相手が防御をするより早く、手前のやつを袈裟に切り、返す刃で背後のやつを横に切る。

 

「ファイアーボール!」

 

 ついでに目の前にいた黒いのを、ファイアーボールで灰にする。

 ほんのコンマ一秒単位、オレの体に隙が生まれる。

 その隙を、一体のフレイムスケルトンが捕える。

 口をあけて火炎を吐いた。

 が――。

 

「ん………!」

 

 マリナが氷の壁を地面から生やし、完全に遮断した。

 

「石……ですにゃあ!」

 

 ミリリが魔法で石を飛ばして、フレイムの頭部に当てた。

 めきゃっと鈍い音が鳴り、フレイムの頭蓋にヒビが入った。

 

 オレは剣を十字に振るい、(クロス)に振るった。

 その一瞬で、スケルトンは八つにわかれた。

 殲滅は、およそ三分で終わった。

 回復魔法を溜めていたリリーナが、引っ込めて言った。

 

「さすがだな」

「まぁ、雑魚でしたから」

「レイン。」

「なんだ? マリナ」

「この領域だと、わたしの魔法はすこし鈍い。」

「そうか」

「うん。」

 

 確かにここは、炎の森のようになっているもんな。

 

「あのような壁を無詠唱でだして、鈍い……ですか…………」

 

 黒髪ショートのネコミミ少女にして、ミーユの奴隷であるリンがぽつりとつぶやく。

 リンは以前に、マリナと模擬戦をやって惨敗している。

 しかもマリナは、魔法を使っていなかった。

 その関係で、マリナに軽いコンプレックスを抱いているところがある。

 

「それよりフェミルは?! フェミルは無事なの?! こんなところにいるんだろ?!」

「それを確かめるため、ここにきている」

 

 ネクロはナイフを取りだすと、指を切って血を垂らす。

 血を垂らしながら、淡々と歩き始めた。

 

「今そこにいるキミたちは、数分前までわたしであった。わたしの中の一部であった。

 しかしわたしから離れた途端、わたしではなくなった。わたしではない『物体』となり、わたしと違う命を手にする。

 顕現せよ――ブラッドアーミー」

 

 地面に落ちた血液が光り、もこもこと大きくなった。

 十八体の、白いスケルトンが現れる。

 

「リリーナ」

「うむ」

 

 リリーナは、一冊の本を取りだした。

 

「なんですか? それ」

「日記帳だ。フェミルの部屋から持ってきた」

「はいっ?!」

「フンッ!」

 

 それはカギがかかっていたが、リリーナは強引にこじあけた。

 ネクロに渡す。

 ネクロはページの一枚を破き、スケルトンのアバラ骨の隙間に差し込む。

 ページはしゅるりと吸われていった。

 

「わたしのブラッドアーミーは、特定の誰かの持ち物を吸うことで、相手を探知する。持ち主が思い入れを持っているアイテムほど、探知してくれる距離は伸びる」

「だから日記帳――ってわけですか」

「無断で日記帳を持ちだすことは、倫理的に問題がある。

 しかし命との天秤にかかけば、些細と言うべき事柄だろう。命との天秤にかければ…………な」

 

 ネクロは最後に、哀しそうな表情を見せた。

 それはまるで、過去に大切な人を失ったことがある人間のような表情だった。

 

(触れてやるな、少年)

 

 オレの気配を感じ取ったリリーナが、小さい声でそう言った。

 オレの知らないところで、複雑な事情があるらしい。

 

『キキキキッ……、カアッ……』

 

 スケルトンの一体が、窪んだ眼下に蒼い光りを灯した。

 

「それでは行こうか」

 

 スケルトンが歩きだし、オレたちはついていく。



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暗黒領域のミノタウロス

 スケルトンやフレイムウルフに襲われながら進んでいると、遠目に集まって座っている人影が見えた。

 

「フェミルっ?!」

 

 ミーユが駆けだす。

 それに気づいたフェミルが叫んだ。

 

「きてはダメですっ!」

「えっ?!」

 

 ミーユの足が止まった。

 その直後、ミーユの前を深紅の炎が通過した。

 軌道線状にあった木々や地面が、円筒状に抉れる。

 抉られた木々や地面は、軽く見ても五〇メートル近く先までの木々や地面を抉っていた。

 

「ブモゥ……」

 

 そこにいたのはミノタウロスだ。

 体のところどころに炎をまとった、体長三メートル級の怪物である。

 

「罠かっ?!」

「どういうことですか?!」 

「知能のあるモンスターの中には、人をあえて殺さない者もいるっ!

 捕えておけば、新しい獲物がくることを知っているのだっ!」

「ミノタウロスは、それをやる個体でもあるねぇ……」

 

 リリーナが叫ぶと、ネクロが補足の説明を入れた。

 そして罠ということは――。

 

「モゥ……」

「OOH……」

「BuHuhuhu……」

 

 新しく、三体のミノタウロスが現れた。

 それぞれに斧を持ち、炎を体にまとっている。

 

「フー……」

 

 ネクロがマントをたなびかせながら、一直線に突っ込んだ。

 サーベルを抜く。

 トトトトンッ。

 コンマ一秒のあいだに、二〇を超える突きを放った。

 

 ミノタウロスが吹き飛んだ。

 燃えている大木に当たる。

 

 めきめきめき。

 直径五〇センチはあった木は、音を立てて派手に倒れた。

 ミノタウロスの体には、マシンガンで撃たれたかのような穴があいてる。

 実戦経験の差と言うべきか、電光石火の先手必勝である。

 が――。

 

 傷はみるみる再生し、流れでる血も止まった。

 

「これはちょっぴり、厄介だねぇ」

 

 ネクロはマントを軽くめくった。

 赤い液体の入った、無数の試験管がある。

 ネクロはそれを、三本投げた。

 

「顕現しろ。死の巨人。ブラッドギガント」

 

 試験管は空中で炸裂し、一体の巨人となった。

 その体長は、ミノタウロスと同じ三メートル級だ。

 

「コイツについてはわたしが抑える。残り三体については、キミたちでやってくれ」

 

 オレは素早く指示をだす。

 

「ミーユとリンは左の一体! ミリリも左のやつに当たれ!

 マリナとカレンは右の一体を頼む! リリーナは中央で支援して、ミリリはリンのサポートをしろ!」

 

 この組み合わせだと、オレはひとりで当たることになる。

 マリナもミーユもリンもカレンも、不安そうな表情を見せた。

 が――。

 

「………うん。」

「死……死ぬなよっ!」

「ご主人さま……!」

 

 迷いながらも散ってくれた。

 リリーナが、中央で叫ぶ。

 

「即死と四肢切断にだけは注意しろ!

 即死はどうしようもなく、四肢切断は時間がかかるっ!

 骨が砕けた程度なら、コンマ五秒で治療してやるっ!」

 

 地味に人外が入っているスキルだが、頼もしいことは間違いない。

 オレは静かに剣を構えた。

 タンと地を蹴り前にでる。

 ミノタウロスの斧がくる。体をゆらりと右にズラした。

 

 ズオンッ!

 オレが立っていた位置に斧がめり込む。

 大地はゆれて空気が軋み、巨大なクレーターができる。

 

 食らえば即死。あるいは四肢切断だ。

 リリーナの回復魔法とは、非常に相性が悪い。

 だがオレは、走る速度をゆるめていない。

 ミノタウロスと交差する。

 

「Bumoッ……!」

 

 ミノタウロスの腕が飛ぶ。斧を持っていないほうの手だ。

 ミノタウロスは千切れた腕の筋肉の強め、出血を強引に止めた。

 斧を横薙ぎに振るう。

 やはり食らえば即死だが、オレは真上に飛んでかわした。

 が――。

 

「MOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

 ミノタウロスは吠えた。

 その咆哮は凶器と化して、オレの鼓膜を痛めつけた。

 意識も飛びそうになる。

 

 ミノタウロスは頭突きを放った。

 直撃すれば、頭部のツノで゛串刺しだ。

 オレは宙で身を翻し、錐揉み状に回転した。

 相手の攻撃を受けながらもいなし、その後頭部にライトニング。

 ミノタウロスの牛の頭は、その一発で吹き飛んだ。

 が――。

 

 ミノタウロスは、腕を振るって反撃してきたっ!!

 

(頭を吹き飛ばしたのにっ?!)

 

 これは流石に予想外。

 オレもガードが精一杯。

 両の腕をクロスさせ、ミノタウロスの裏拳を受けた。

 めきっと鈍い音が鳴る。燃えている木に向かって吹き飛んだ。

 

「少年!」

 

 リリーナが、すぐにヒールをかけてくる。

 元より大したダメージはなかったが、痛みが消えたのはうれしい。

 

 首が飛んだミノタウロスは、最後の足掻きであったらしい。

 血を噴水のように噴出しながらその場で腕をブンブン回し、最後はぐらりとよろけて倒れた。

 

 オレはみんなの様子も見やる。

 マリナは氷の足場を作ってタトンタトンと宙を舞い、ミノタウロスを翻弄している。

 カレンは遠くでダガーを構え、マリナの援護をうまくしている。

 ミリリやミーユは、魔法をうまく使ってる。

 

「小さき者よ舞いあがり、望む形を作ってください! サンドエレメンツ!」

「ボクに従え、白き風! ウインドストリーム!」

 

 ミリリが巻きあげた砂をミーユが風で操って、ミノタウロスの目を隠す。

 同時にミリリの作ったへこみが、ミノタウロスの足を取る。

 

「GUMOOOOO!!!」

 

 ミノタウロスが炎を吐くが――。

 

「ハアッ!」

 

 リンが手前で槍を回して、赤い炎を遮断する。

 常識で言えば手も顔も胸板なども、致命傷に近いヤケドを負う。

 しかしリリーナのおかげで、まったくの無傷だ。

 それでも肌を焼くような痛みはあると思われるのだが、奴隷なので痛みには強い。

 

「リン先輩、さすがです……にゃあ」

「あなたの砂で威力が削減されているおかげですよ、ミリリ」

 

 そしてネクロの巨人とミノタウロスは、真正面から殴りあってる。

 ネクロの巨人がミノタウロスの横っ面を殴ればミノタウロスはアッパーをかまし、巨人がミノタウロスの頭を掴んで膝蹴りを入れれば、ミノタウロスはリバーブローで反撃をする。

 巨人の体がぐらりとゆらぎ、ミノタウロスは首筋に噛みついた。

 

 巨人の喉笛が裂ける。

 巨人はアンデッドなため、その程度では死なない。

 だがしかし、ミノタウロスが止まらなかった。

 

 巨人の頭を掴んで首をへし折り、地面に倒して踏みつける。

 ぐしゃっ、ぐしゃっと音を立たせて、最後にはブレス。

 ネクロの巨人は灰と化した。

 

「Gumohuhohuhoho!!!」

 

 勝利の雄叫びをあげたミノタウロスは、ゴリラのようにドラミングをした。

 

「やれやれだな」

 

 ネクロはマントの内側から、試験管をだす。

 二体目の巨人。

 

「Gumoッ……?!」

 

 戸惑うミノタウロスに、巨人のラリアットが入る。

 疲弊していたミノタウロスは、その一撃で絶命した。

 本人はまったくの無傷で一歩も動いていないことを考えると、さすがとしか言いようがない。

 オレは剣を構えると、残ったミノタウロスも掃討していった。



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狂ったのは善人だから。

「フェミルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 ミノタウロスを倒し終えると、ミーユがフェミルに駆け寄った。

 

「無事か?! へーきか?! 大丈夫かっ?!」

「はっ、はいっ! 無事です! 平気です! 大丈夫です!!」

「よかった、よかったあぁ……!」

「ぜなあぁ……!」

 

 感動の再会をしているふたりに、まったく関係のないカレンがもらい泣いた。

 

「うむ、うむ」

 

 リリーナも目をうるませてうなずきながら名簿を見やって、遭難者全員がそこにいることを確認する。

 オレとマリナはミーユが邪魔されないよう、周囲の警戒を始めた。

 背後から、ネクロの話声が聞こえる。

 

「ところで、リリーナ」

「う、うむ、なんだ?」

「今回の件が、妙であることは知っているな?」

「確かに……。暗黒領域に繋がるようなゲートは、高難度のダンジョンの深部ぐらいにしか生まれない。

 しかも今回は、領域の中も大幅に変化していた。

 噴火や大地震のような災害が起きれば時空のゆがみも領域の変化も起こり得ると聞いたことはあるが、今回はそれもなかった。と、なると――」

 

 リリーナは、真剣な声で言った。

 

「人為的なもの――だな」

「心当たりは?」

「今のところはまったくないな。

 しかしゲートを繋いで暗黒領域の魔力を乱すことができる者と言えば、相当に限られる。

 わたしやキミやロプトのような、わたしたちの中でも魔法を専門としている者と同じくらいの力が必要となる」

 

 ネクロは短く、「そうか」と言うと――。

 

 

 リリーナの心臓を刺した。

 

 

「ガッ……、ハッ……?!」

 

 リリーナは、わけのわからぬモノを見る目で、剣の刺さった胸を見つめた。

 

「キミは自分で言ったろう?

 ゲートを繋いで領域に変化を及ぼすようなマネができるのは、キミやわたしのような力を持った存在であると」

 

 ネクロは乾いた笑みを浮かべて、至近距離からリリーナに言う。

 

「つまりわたしが、事件と事故の犯人さ」

 

 直後であった。

 リリーナは掌底を放ち、ネクロを飛ばして距離を取る。

 胸に手を当て、回復魔法をかけていく。

 位置から言って心臓をやられていると思うのだけど、そこは流石の七英雄であった。

 

「ロプトやシェイドならばともかく、どうしてキミが、このような真似を……?」

「わたしが死霊術を専門とすることになった理由は知っているね?」

「亡くした恋人を蘇らせるため……だ」

「そんなわたしが、魔竜の戦いにおもむいた理由は?」

「その心臓が、復活の妙薬になるかもしれないと思ったから……だ」

「その通りだね」

 

 うなずいたネクロは、さびしげに笑った。

 

「でもねぇ……、ならなかったんだ。

 竜の秘薬で蘇るのは、死んでからの時が浅くて、肉体の損耗も大したことのない死者だけだ。

 彼女は……時間が経ちすぎていた。わたしであろうと、魂が見つからないぐらいにね」

 

「…………」

「何百年に一度現れるかわからない魔竜の心臓でもダメだとわかったその時に、わたしは思ったのだよ」

 

 ネクロは、よどんだ空を見上げてつぶやく。

 

「この世界に、彼女が戻ってくることはない」

 

 乾いた笑いを空虚に漏らし、淡々と語る。

 

「それなのに――世界はまったくすばらしい」

 

 そのつぶやきは、皮肉でなければ嘲笑でもない、心からの声に聞こえた。

 

「汚いやつは世の中にいる。人を殺して人を騙して、自分だけがよければいいようなやつも、腐るほどいて腐ってる。

 しかしそれでも、空は青くて虹は綺麗だ。

 わたしと違ってただ純粋に人を助けたいと思って動ける、キミやレリクスのような人間もいる。

 ふたつのことを天秤にかければ、断言するよ。世界が大好きであると!」

 

 強い調子で言ったネクロは、しかし涙をはらりとこぼした。

 

「それなのに、彼女はこの世界にいない」

 

 それは性質が善であり、『よい人間』であればこそ感じる嘆き。

 

「空を見ることも虹を見ることも笑うことも泣くことも、なにひとつできない!

 彼女を生かしておいてくれなかったクセに、まばゆいばかりに輝いている!

 わたしはそれが許せない!

 しかしこのすばらしい世界を破壊することにもためらいがある!

 わたしはふたつの感情を天秤にかけて、何度も何度も毎日毎日、気が狂いそうになって――――」

 

 ネクロは、奇妙な笑みを浮かべて言った。

 

 

「狂ったのさ」

 

 

 両の目からは、血の涙が流れている。

 奇妙な高笑いをあげ、魔王のように宣言をする。

 

「わたしはこの世のすべてを憎む! 憎んでも憎んでもあまりあるこのすばらしい世界を、壊して潰して穢したい!

 もしも彼女がこの世にいても、こんな世界であれば生まれてこなければよかったと思えるような地獄にしたい!

 そして壊れた世界の中には、すばらしき英雄がいてはいけない!」

 

「言いたいことは、それだけか……?」

「肯定だ! 言いたいことも言うべきことも、以上がなければ以下もない!

 キミを含めたこの世のすべてを、わたしは壊し尽くしてみせよう!」

「この……」

 

 リリーナは、かつてない形相でネクロをにらむと――。

 

「バカものがあぁ!!」

 

 一息に距離を詰め、ネクロの顔をぶん殴るっ!

 拳拳蹴り拳。

 オレでもさばくのが難しそうなラッシュを、ネクロに向かって放ってる。

 その全身は、白く光り輝いていた。

 

「治癒魔法のブーストによるオーバーロスト……。キミの奥の手だったねぇ……」

「寿命が減る上、丸一週間は寝込むハメになるが、一向に構わんッ!」

 

 リリーナ渾身の拳が、ネクロの胸板に刺った。

 ネクロは一撃を受けると同時に、後ろに飛んだ。

 体が派手に吹き飛んでいく。

 拳のあとがついた胸板をさすってつぶやく。

 

「この威力……相当に本気だねぇ」

「当然だっ!」

 

 そんなリリーナを、援護しようかと剣を構えた。

 が――。

 

「手をだすなッ!」

「ッ?!」

「いいのかい? 一対一の勝負を選んで」

「あえて貴様と呼ばせてもらえば、今の貴様は最低だっ!

 しかし仲間だッ! それでも仲間だッ!

 狂っていると言うならば、殴り止めて正気に戻すッ!」

 

「……なるほど」

 

 ネクロがサーベルを振るった。

 首を刈る軌道。

 リリーナは、残像ができるほどのスピードで後ろに下がった。

 

 剣が切るのは残像のリリーナ。

 反撃のミドルキックが、ネクロの脇腹にめり込んだ。

 ネクロは吹き飛ぶ。

 側転をするような形で勢いを殺し、地面に足をすべられながら止まった。

 

「今の一撃……わたしでなければ、死んでいたのではないかなぁ」

「しかし貴様は死なないだろう? この程度では」

「そうだねぇ」

 

 ネクロは、むかしを懐かしむかのようにクックと笑った。

 リンとミーユに、ミリリの三人がつぶやく。

 

「いっ……今、リリーナさまは、なにをなさったのですか……?」

「見えなかった……」

「はにゃあ……」

 

 オレには普通の蹴りに見えたが、三人にとってはそのように映るらしい。

 

「わたしも………、見えただけ………。」

 

 マリナをもってしても、そのような評価であった。

 咄嗟にダメージ軽減行動を取れただけでも、ネクロがすごいと言うべきだろう。

 

 リリーナが単独で戦おうとした理由もわかる。

 友人だからひとりで止めたいと思う以上に、参戦した人間の安全が保障できないからだ。

 世界の理から外れたかのごとき魔竜(人外)を倒した英雄(人外)の戦い。

 そしてカレンが――言った。

 

(今のウチに逃げるぜなぁ!)

 

 ネクロとリリーナ以外の視線が、カレンに集まる。

 カレンは必死に言い訳がましく、パタパタパタパタ腕を振る。

 飛ぼうとしているヒナ鳥みたいだ。

 

(どう見ても、アタシたちは役立たずだぜなぁ!

 だったらさっさと逃げて帰って、話を伝えることが先決だぜなぁ!

 アタシの命とみんなも助かる、一石二鳥の作戦だぜなぁ!

 っていうか早く逃げたいぜなぁ! ここにいるのは怖いぜなあぁ!!)

 

 言ってることは正論なのだが、漏れている本音のせいで台無しになっていた。

 しかし言っていることが、正論であるのは間違いない。

 オレは言った。

 

「ミーユやリンは、遅くてもいいから安全に脱出。マリナは急いで助けを呼んできてくれ」

「………あなたは?」

「ここに残る」

 

 オレはふたりの戦いを見つめ、まっすぐに言った。

 

「ネクロをここで逃がした場合、新しい被害者は確実にでる。

 だからここで止めなきゃならない。だけどあいつと戦えるのは、ここにいる中ではオレだけだ」

「レイン………。」

 

 マリナの瞳が、じわりとうるむ。

 オレの口にキスをすると、オレに抱きついて言った。

 

「わたしは………あなたのことがとても好き。

 世界のことより、知らない人より、あなたが大切。」

 

「知ってる」

「それでも………残るの?」

「ああ」

「………わかった。」

 

 マリナは素直に、オレから離れた。

 

「すぐ呼んでくる。」

 

 マリナは走った。

 幼いころからオレや父さんと修行していただけあり、そのスピードはかなりのものだ。ヘタな馬は凌駕している。

 

「お前らも行け」

「しっ……死ぬなよ。オマエも、リリーナも」

「ああ」

 

 ミーユたちは、その場をゆっくり離れていった。



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リリーナの死

 ネクロの視線が、ミーユたちの背中に当たる。

 が――。

 

「よそ見をしている場合かアッ?!」

 

 リリーナの拳が飛んできた。

 ネクロは顔を横にズラして衝撃をいなす。顔に合わせて体を回し、リリーナの腕を取る。

 一本背負い。

 

 ガオンと激しい音が鳴り、巨大なクレーターができた。

 リリーナは、受け身を取って距離を取る。

 

「形なき水と風。我に応えて槍となれ。ウインドスプラッシュ!」

 

 五本の水流の槍が、ネクロへと向かった。

 二本は回避したネクロだが、左の肩と右の脇腹、左の足に一本ずつ食らった。

 

「フー……」

 

 ネクロが大きく息を吐き、樹木に自身の背中を預けた。

 

「頭は冷えたか? ネクロ=ネテロ=クラウド。

 わたしは心がとても広い。謝罪するなら、すべてを水に流してやるぞ?」

「そうだねぇ……」

 

 ネクロは自身の傷口に触れ、流れでる血を見つめた。

 

「ところで、リリーナ。わたしは言ったね。今回の件は、すべてわたしの計画であると」

「……ああ」

「それならば、罠をしかけていないとは思うかい?」

「なに……?」

 

 ネクロは指をパチッと鳴らした。

 地面から赤い杭が飛びだし、リリーナの足を貫く!

 

「ガッ……」

「この領域には、至るところにわたしの血で作ったトラップが敷き詰められている。

 領域の異常性も、原因はそれだ。ふつふつと燃えてしまうわたしのドス黒い感情が、この領域をこのように変えた」

 

「この程度のトラップで、わたしを倒すことができると思うか……?」

「思っていないさ」

 

 ネクロは指をパチッと鳴らした。

 トラップ――というよりは、トラップでダメージを負っていた足の甲が爆発する。

 

「わたしの血で作った杭が刺されば、キミの体内にはわたしの血が入り込むのは必然と言える」

 

 右足の甲に続いて、膝の付近も破裂した。

 生命活動の必然としておこなわれる血液の流動が、ネクロの血液を全身に運ぶ。

 それに伴い、リリーナの体のあちこちが破裂していく。

 

 リリーナは後ずさりながら、高速治癒魔法で回復していく。

 足の甲の傷も膝の傷も、十秒足らずで完治した。

 常人であれば一生残るほどの傷も、リリーナにかかれば数秒で治る。

 だがトラップは、縦横無尽に配置されてた。

 リリーナが、樹木にどんと背をついた時。

 

 

 飛びだした杭が、リリーナの腹部を貫く。

 

 

「カッ……ハッ……」

 

 敗北を悟ったリリーナは、オレに言った。

 

「逃げておけ……少年」

「……」

「狂ってゆがんだネクロだが、逃げる相手への攻撃は……しない」

「自分を殺すわたしを信じるのかい? リリーナ」

 

「しかし……事実だ。

 わたしやレリクスを殺すまで、キミは無益な殺しをするつもりはない。

 その程度のことは、拳を合わせてみればわかる……」

「…………」

「それより……すまんな。正気に、戻してやることができなくて……」

 

 ネクロは無言で目を伏せ、自身の右手をパチッと鳴らした。

 二八〇年を生きてきた七英雄のひとりは、同じ英雄の手によって四散した。

 腹部が吹き飛び胸部が吹き飛び、腕や足も吹き飛んだ。

 誰がどこをどう見ても、即死としか言いようがなかった。

 

 リリーナとの思い出が、走馬灯のように去来する。

 常識のない残念な人で、いろいろとこじらせているエルフさん。

 情に厚くて涙もろくて、狂気に染まった英雄ですら、仲間であったということで救おうとした。

 

 哀しいとは思ったが、ふしぎと涙はでなかった。

 それはやっぱり、リリーナが覚悟を決めていたからだろう。

 同格の相手と一対一で戦うならば、命を落とす可能性もあるという覚悟を。

 空間全体を俯瞰するかのような、冷静な感覚が身を包んでる。

 

「やるのかい……?」

「……当然だろ」

「リリーナは、キミに逃げろと言ってたが?」

「立場が逆でオレがリリーナに『逃げろ』と言ったら、リリーナは逃げると思うか?」

「戦闘が得意ではないわたしは、手加減もうまくはないぞ?」

「……知ってる」

 

 オレは静かに剣を構えた。

 ネクロはすこし寂しげに、「そうか」とだけ言った。



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あのね、あたしたち好きな人に、もう一度会うため生きてただけよ

 レインが静かに剣を構えた。タンと地を蹴る。

 反動だけで地面が抉れるほどの蹴りは、残像さえも残さない。

 一般人には瞬間移動としか見えない速度で迫る。

 

 首を刈る斬撃。

 ネクロはサーベルを立てた。

 

 だが剣は、鋼鉄のサーベルをまるでハリボテのように切り裂いた。

 ネクロは頭を後ろに下げる。アゴの真下を剣が通るが、その首筋には届かない。 

 

 回避されたレインだが、隙はまったく生まれない。

 返す刃で袈裟切りを放つ。

 剣を切られているネクロは、咄嗟に腕を突き立てた。

 

 右腕が飛んだ。

 赤黒い血が吹きだす。

 けれども、そこはブラッドマスター。

 流れでる血に魔力を流し、新しい腕にした。

 

「接近戦では、勝てそうにないねぇ……」

 

 ネクロはサッと左手を構え、マジックアローを飛ばしてくる。

 レインは瞬時に軌道を察し、回避した。

 前に進もうとして――立ち止まる。

 血の杭が、地面から飛びだした。

 もし無考えに進んでいたら、足を刺されていた格好だ。

 

「……防ぐか」

「トラップがあるってわかってるなら、引っかかるバカはいねーだろ」

 

 血のトラップは、ネクロの魔力に呼応している。

 発動する刹那には、ネクロの魔力がトラップに注がれる。

 その間をしっかり感じ取れれば、回避することは容易い。

 もっともこれは、リリーナとの戦いを見ていたからわかったことでもあるのだが――。

 

 考えているうちにも、背後のほうにひとつの気配。

 レインは視線をやることもしない。

 頭の後ろに手を伸ばし、血液の矢をキャッチした。

 

「引っかからないって言ってんだろ」

 

 一気に燃やす。

 

「そういうことなら、奥の手を使わせてもらおうか……」

「奥の手……?」

 

 ネクロはマントを静かに広げた。

 血の詰まった試験管のほかに、薄ぼんやりと光るナニカが入った試験管もある。

 

 これはまずい。

 直感的に察したレインは、剣に自身の魔力を込めた。

 

 魔力の斬撃を飛ばす。

 しかし直線的な軌道は、速くはあっても読まれやすい。

 ネクロは狂気めいた視線をこちらへと寄越しつつ、半身ズラして回避した。

 

 背後にあった木々が切り飛ぶ。

 ネクロが詠唱を開始した。

 

「人は言う。我々に訪れる死は定めなのだと。

 命の不可逆性は絶対であり、親友の死も肉親の死も恋人の死も、受け入れるべきなのであると。

 夜の闇に沈んだ我らに、それを受け入れろと言う。

 それが人の理なのだと。ならば我らは理《ことわり》から外れ、人であることをやめよう」

 

 ネクロの試験管が光り輝き、千の亡霊となって飛びだした。

 

「嗚呼――夜がくる。サウザント・ステーシー!」

 

 ネクロの周囲に現れるのは、青く淡い輝きを放つ死の精霊(ステーシー)

 ひとりひとりが、槍や鎌のような武器を持ち、赤い涙を流してる。

 

  ◆

 

 ネクロが召喚したステーシーたちが、レインに向かって突き進む。

 怒涛のごとき攻撃をいなしたレインは、鑑定を使ってステーシーのステータスを見た。

 

 ステーシー・ジェシカ

 レベル1500

 

 ステーシー・ノエル

 レベル1200

 

 ステーシー・ビルテルマ

 レベル2580

 

 レベルやステータスで言えば、レインの敵であるとは言えない。 

 しかしステーシーに乗り移っている思念が、レインを苦しめていく。

 

 ステーシー・ジェシカ。

 生前の彼女は、野生の狼に襲われて死んだ。

 彼女には、将来を約束した恋人がいた。

 彼女が最期に見たものは、二度と見えぬ空だった。

 

 ステーシー・ノエル。

 生前の彼女は奴隷として売られた。

 彼女には、大好きだった幼馴染がいた。

 しかし家庭の事情から、とある貴族に売り払われた。

 凄惨なる趣味を持つ彼は、ノエルを串刺しにして楽しんだ。

 彼女が最期に見たものは、串刺しにされた心臓から流れでる己の赤い血であった。

 

 ステーシー・ビルテルマ。

 生前の彼女は、暴漢に襲われて死んだ。

 彼女はあした、結婚式を挙げる予定であった。

 しかし神の気まぐれとしか思えないような不幸によって、幸福を奪われた。

 自分の首を絞める男のゆがんだ顔は、呪いと化して瞳と脳裏に焼きついている。

 

 無念を残して死んだのは、彼女ら三人だけではない。

 ステーシー・タリス。ステーシー・ティアラ。ステーシー・アリア。ステーシー……。

 

 彼女たちはみな、想いを持って生きてきた。

 行き場を失くし命を亡くした身でありながら、想いだけは無くすことができなかった。

 千に届く彼女らは、今日も今日とて夢を見る。

 いつの日か。嗚呼いつの日か。

 想い人と出会えることを。

 それが許されないなら。

 

 

 そんな世界は、滅べばいい。

 

 

 レインは必死に攻撃をいなす。

 霊体である彼女たちには、一切の物理が通じない。

 しかしレインは、魔法を使うことができない。

 彼女たちを燃やして切って殺すための魔法を、イメージすることができない。

 

〈あのね、あたしたち好きな人に、もう一度会うため生きてただけよ〉

 

 そんな声が頭に響く。

 ステーシーの剣が振り下ろされる。

 かろうじて回避する。

 

 槍と鎌、弓にメイスに斧に氷に闇の魔法がでてくる。

 剣を振るって槍を落として、炎をまとった右手で鎌を掴んで焼き溶かす。

 弓とメイスは気合いで弾き、斧は身を翻して回避する。

 

 氷と闇の魔法については、炎の壁で打ち消した。

 剣とナイフと槍と鎌とレイピアと、弓にメイスの攻撃がくる。

 剣は剣で撃ち落としたがナイフを脇腹にかすらせてしまう。

 槍と鎌は二本とも素手で掴んで滅するが、同時に剣を落としてしまう。

 弓を左の肩に受け、メイスはギリギリで回避した。

 

 頭蓋を砕く一撃が、前髪の先をかすめた。

 体が痛む。傷が痛む。

 それ以上に心が痛む。

 

 一際大きな悲しみの気配。

 ネクロであった。

 生きた肉体を持ちながら彷徨える怨霊(ステーシー)として、レインに攻撃を仕掛けてくる。

 剣はすでに折られているため、拳のラッシュ。

 

「さぁ、どうする、レイン=カーティス! 彼女たちを砕けるか?!

 わたしのことを砕けるかっ?! 指も骨も思い出も、すべて砕くことができるかっ?!」

 

 空虚な悲しみの乗った拳が、まっすぐに飛んできた。

 レインは腕をクロスさせて受ける。

 殺しきれない衝撃で、体は激しく吹き飛んだ。

 

 直感的にわかる。右の骨にヒビが入った。

 ステーシーたちが飛んでくる。

 同時にレインは、考えていた。

 

 どうしてこんなやりにくいのか。

 彼女たちが、不幸な身の上を持ってここにいるから。

 

 それはもちろんあるだろう。

 彼女たちが、悪と言える存在ではないから。

 

 それももちろんあるだろう。

 けれども、一番大きな理由を言えば――。

 

 

 マリナと似てる。

 

 

 見た目や強さの話ではない。

 その性格が、自分のマリナととても似ている。

 マリナもきっと、自分が死んだらステーシーになる。

 だからレインは攻撃をためらう。

 けれども、同時に――。

 

「おおおおっ!!」

 

 レインは裂帛の気合いを放った。

 心を燃やす。ためらいを燃やす。飛びかかってくる少女を燃やす。

 

 彼女たちはマリナと似ている。

 そしてマリナは、彼女たちと似ている。

 もしも自分になにかあったら、ステーシーになるだろう。

 だから自分は負けられない。

 心がしくしくと痛むなら、その痛みごと焼き払う。

 

 オレはマリナの恋人だっ!!

 一〇〇を殺して二〇〇を殺し、三〇〇を殺す。

 

 魔力と肉体が軋み始めた。

 さすが七英雄の眷属と言うべきか、魔法を軽減(レジスト)する能力を持っている。

 対魔法障壁を張れる個体も多くいる。広範囲の魔法では火力が足らない。

 ひとりひとりを、魔力を込めて焼き尽くす。



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vsネクロ 01

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 レインは二百八十六体のステーシーを切り払って焼き払って葬り去った。

 現れるステーシーは徐々に強さを増していき、ネクロは前線にでなくなる。

 

 ステーシー・ロザリィが弓を放った。

 遠距離攻撃をしてくる個体は、そいつが初だ。

 完全に意識の外からであった矢は、レインの脇腹をかすめた。

 

 毒の効果もあったのか、レインの体がふらりとよろける。

 ステーシーの部隊一二〇体とネクロが列を作った。

 魔力で弓矢を召還してくる。

 

「さぁ――耐えられるかな?」

 

 放たれるのは、一二一本の矢。

 地面と水平に飛んでくる直線的な軌道を描くそれから、放物線に飛んでくるそれ。

 宙でカーブしてくる矢もある。

 すべてを自力で回避するのは、物理的に不可能。

 地面に穴を掘ることですら、垂直に落下している矢のせいでできない。

 

「ハアアッ!」

 

 レインは魔力を放出し、炎と雷の入り交ざったドームを作った。

 ステーシーが放った矢たちは、ドームに当たった瞬間に消える。

 

 しかしネクロが放った矢だけは、ドームに当たっても消えない。

 レインのドームを相殺させるッ!

 そして降り注いでくる第二弾。ひとりのステーシーが複数放ったりもした矢は、合わせて二五〇本!

 

「オオオオッ!」

 

 雄叫びを放ったレインは、魔力をまとって突っ込んだ。

 右手の剣に魔力をまとわせネクロの魔弾を魔法剣で弾き、ステーシーの矢は自身の周囲に炎雷の魔力をまとってかき消す。

 そして空いた左手に、魔力を込めて掌底打っ!

 

 それはネクロの脇腹をかすめ、背後にあった木々と、三〇のステーシーを吹き飛ばす。

 攻撃の余波で吹き飛んだネクロは、口の端から垂れた血をぬぐう。

 

「一度見た技であるなら、二回目には最善の対処法を実行できる――というわけか」

 

 しかしそのつぶやきは、レインの耳には届いていない。

 レインはネクロに注意を向けつつ、迫りくるステーシーを葬り続けている。

 実戦では初となる苦戦に、その感覚は研ぎ澄まされる。

 

 視界に映るステーシーはもちろん、横手や背後にいるステーシーのことも肌の感覚で察知して、一〇、二〇、三〇と、苛烈なる斬撃を放つ。

 一方で、体力は摩耗する。

 近づくものは瞬時に払うが、足の動きが鈍くなる。

 その切っ先に鋭い刃は残しつつも、切っ先以外は錆びて朽ちていく刀剣のごとき状態。

 それでもレインは気を振り絞り、一〇〇〇体のステーシーを葬った。

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」

「さすがは、レリクスの息子さんだねぇ」

 

 ネクロはすこし寂しげな、遠い目をして言った。

 

(もしもボクにも子がいれば、狂わずとも済んだのだろうか)

 

 しかしすぐさま首を振る。

 リリーナを手にかけた今、自分はあとには戻れない。

 

(狂人は、最期の時まで狂人でいなければいけない……よね)

「ずいぶんと手間はかかったが……コイツで一対一だな……ネクロ」

 

「後学のためにひとつ教えておこう。七英雄レリクスの息子である、レイン=カーティスくん」

「……?」

「わたしはネクロマンサーであり、その性質は死者を操る」

 

「ああ……」

「しかしこの性質は、厳密に言うと違うんだ」

「なに……?」

 

「そもそも死とは曖昧なものだ。ここにいるわたしは『生きている』存在だ。

 しかしわたしの中を流れている血を垂らせば、外にでた血は生きていることにはならない。

 腕を切り落としてみても、切り落とされた腕は生きていることにはならない。

 足を切り、胴を切っても同様だ」

 

「……」

「そして首を切り落とし、わたし自身がわたしの口で、わたしは生きていると言えなくなると、それを人は死であると認知する」

「……そうだな」

 

「しかしこれが死であるならば、手足をもがれて舌を抜かれて目も抉られた人間は、死したことになるのだろうか?

 言葉によって訴えることも視線によって訴えることも、触覚によって訴えることもできない者は、死したことになるのであろうか?

 それは死とは言わないだろう。

 我々が生きている証拠を感知できないというだけで、その人間は生きている。

 ならば首をもがれた人間であろうとも、我々が感知できないレベルの意識を持っている可能性は否定できない。

 死霊術者とは、一般人から『死者』と認定されるほどに朽ち果てようとも消えることのない想いを感じ取り、術者の魔力や土や肉体を媒体に、それを具現化してやる魔法の使い手を言うのだ」

 

「つまりオマエは、なにが言いたいんだ……?」

 

 オレが問うと、ネクロは言った。

 

 

「ステーシーは甦る」

 

 

 レインが砕いたステーシーたちに眠る魔力が、ネクロの周りで渦を巻く。

 

「今の彼女たちにあるのは、果たせなかった想いとうずくまる未練が作りだした無念」

 

 一〇〇〇に及ぶ少女たちの情念は、レインの力を持ってしても近寄りがたい威圧感に満ちていた。

 

「そして無念は力を欲する。理性を失くして心を失くして、自分がなにを求めていたのかわからなくなってなお、力だけを欲し続ける」

 

 現れたのは、三体のドラゴン。

 幽体を示す透き通った体を持った、赤いドラゴンと青いドラゴンと漆黒のドラゴンだ。

 

「三三三人の無念が篭った竜が三体。彼女たちが吐く一撃に、キミは耐えられるかな? レイン=カーティス」

 

 三体の竜の口に魔力が溜まる。

 煌々と光り輝く。

 大気は震えて大地はゆれて、木々の木の葉はパチリパチリと弾け飛ぶ。

 

「ひとつ忠告しておくならば――全身を守ろうとはしないことだ。

 全身を守ろうとすれば全身が吹き飛ぶが、上半身のみに守りを集中させておけば、上半身は残る。

 手足は吹き飛び二度と戦えぬ体にはなっても、命を失うことはない」

 

「なんだよ……いきなり」

「細かいことは気にしないでくれ。偽善者のたわ言だ」

「…………」

 

 レインは無言で構えたが、ネクロの言葉に虚慢やハッタリは感じなかった。

 ただの客観的な真実として、レインに忠告を与えている。

 戦う意志を見せるようならすべてを失い滅されて、手足を捨てて防御に回れば、四肢を失くそうと命は繋がる。

 

 いずれにしても、ガードは必至で敗北は必須。

 弱っている時はもちろん、全力をだせたとしても防げるかどうか。

 レインは自身の魔力を高める。

 地をもゆらす咆哮が、異様な密度の閃光を放った。

 それは軌道線にあるものすべてを掻き消しながら、超高速でレインへと突き進む!



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vsネクロ 02

 覚悟を決めたレインが、閃光を迎え撃つべく力を溜めた。

 そんなレインの真横を、白い影のようなものが通った。

 ドンッ! 剣を振るう音が響くと――。

 

 

 閃光が、真っ二つに裂けた。

 

 

 モーゼに割られた滝のように閃光を裂いた斬撃は、攻撃の余波で竜化したステーシーも裂いた。

 さらに男は、飛びかかってきた二体の竜も一瞬で裂いた。

 レインですらも苦戦したステーシーをものともせずに倒した男は、自身の剣を背負って佇む。

 そんなことができる男を、レインはひとりしかいない。

 その背を見つめ、ぽつりとつぶやく。

 

「父さん……!」

「細かい話は、マリナから聞かせてもらった」

 

 レインの父――レリクス=カーティスは、後ろのほうをチラりと見やった。

 

(はあっ、はっ、はあっ………。)

 

 疲労困憊のマリナが、絶え絶えな息を吐いていた。

 

「っ………!」

 

 マリナはよろよろ駆け寄ると、レインの胸板に飛び込んだ。

 

「しんぱい、した………!」

「ごめんな」

 

 レインはマリナを抱き返し、背中と頭をやさしく撫でた。

 

「まさかキミがくるとはね……レリクス」

「息子の危機と聞いた以上、親であれば助けに走るのが――」

 

 レリクスがセキ込んだ。

 口元に当てた手に、赤い血がついている。

 

「父さんっ?!」

「魔竜を倒した時の関係でのぅ……。

 軽い運動であれば問題がないのじゃが、全力をだすと古傷がの……」

「え……」

 

 それを聞いたレインの脳裏に、かつての父の姿が浮かんだ。

 周囲から異常、おかしいと言える自分のことを、軽く越える父の姿が。

 しかし今の話し振りでは――。

 

(今までの父さんは、軽くやっていてアレだったの……?)

 

 すごいと思ってしまうと同時に、肩の力がふうっと抜けた。

 そして力が湧いてきた。

 

「すいません、父さん」

「む?」

「ここから先は、ひとりで戦わせてください」

 

 レリクスは、レインとネクロを交互に見つめると言った。

 

「それでは、そうさせてもらうかのぅ」

 

 息を吐いてどさりと座る。

 マリナがなにか言おうとしてたが、袖を引いて言った。

 

「大丈夫じゃ」

 

 レインが地を蹴りネクロに向かう。

 風のごとき速さで向かい、剣を鋭く横に振る。

 ネクロは折れているサーベルの、柄をレインの剣へと当てた。

 キイィン――と高い音が鳴り、レインの剣が折れ飛んだ。

 

「魔力はほぼ使い果たしてしまったボクだけど、キミも剣も相当くたびれていたようだからね。

 もろくなっているところを狙って折るぐらいはできるさ」

 

 それはかなりの達人技だが、実行できるのが七英雄。

 ゆえにレインは驚かず、自身の拳をネクロに放つ。

 ネクロの整った顔に、レインの拳がめり込みかけた。

 ネクロは体を半回転させ衝撃をいなす。

 

 そしてレインの拳の勢いを乗せた、渾身の膝蹴りを放つ!

 レインは肘と膝を使って、ネクロの膝を挟んだ。

 ぐしゃっと鈍い音が鳴る。膝が潰れた音である。

 

 しかしネクロは、もはや自分の肉体の痛みなどはどうでもよいという境地に達していた。

 右の拳がレインに刺さる。

 苦痛に顔をゆがめつつ、レインは頭突きでダメージを返す。

 

 原始的な殴り合い。

 レインが徐々に押していく。

 ネクロの頭に浮かぶのは、恋人だった少女の姿。

 

 出会いは平凡なものだった。

 貧乏で平凡だった絵描きの自分と、花売りの少女。

 街を歩くたびに見かけ、話しあって笑いあった。

 

 どうやって仲良くなったのか。それはもはや覚えていない。

 覚えているのはただひとつ。

 おんぼろ宿屋の屋根裏と、青い空と白い雲。

 ひとつのパンをふたりでかじった。

 空から差し込む白い日差しと彼女の笑顔を、奇妙なほどに覚えてる。

 

 忘れようと思ったことが、ないわけじゃなかった。

 新しい恋を見つけようと思ったことが、ないわけじゃなかった。

 

 けれども、できなかった。

 空を見れば思いだす。

 雲を見れば思いだす。

 まぶたを閉じれば思いだす。

 

 死霊術に手をだして。

 ひとり孤独に暮らしても。

 たったひとつの夢のため、ひたすら生きて生きてきた。

 

 世界を旅して本を読み。

 遺跡に潜って敵と戦い、時には孤独に死にかけた。

 人からは狂人と疎まれて。

 それでもひとつの夢のため、ひたすら生きて生きてきた。

 

 いっそ果てればよいのにと。

 思うこともなくはなかった。

 それでもひとつの夢のため、死ぬことだけはできなかった。

 

 レリクスたちと過ごしている時間は、嫌いではなかった。

 口に笑みが浮かんだことも、一度や二度ではないほどにあった。

 月が照らす夜の中。浴びた焚き火のぬくもりは、今もしっかり覚えてる。

 

 けれども、同時にさびしくなった。

 レリクスたちと過ごす時間を、楽しいと思えば思うほど。

 思ってしまって仕方なかった。

 

 

 どうして、彼女はここにいないんだろう――。

 

 

 それが辛くて悲しくて。

 文献にある魔竜の心臓を材料に作れるという、蘇生薬の存在だけを心の拠りどころにして生きてきた。

 薬のことを考えると、楽しくなったりもした。

 自分の大切なエリスを、レリクスたちに紹介したいと思ったりもした。

 魔竜を討伐したあとは、残りの材料を探すための旅にでた。

 

 けれども、願いは叶うことがなかった。

 時間があまりに経ちすぎていたのだ。

 ステーシー化させるほどの残滓も残っていない状態では、魔竜の心臓を使った秘薬でも、命を取り戻すことはできない。

 載せられていた期待と希望が、失望と絶望に変わった。

 

 それによって、ネクロは壊れた。

 もっとも、それは正確ではない。

 壊れた心をかろうじて繋ぎ止めていた希望が、ヒビ割れ砕けて地に落ちた。

 絶望と失望でうずくまりながら日々を過ごし、それでも世界を恨まないようにした。

 

 彼女とすごした日々はよかった。

 花は綺麗で空は青くて、白い雲は輝いていた。

 

 彼女と食べたパンが好きだ。

 彼女と見つめた虹が好きだ。

 彼女と過ごした世界が好きだ。

 

 レリクスたちと過ごした日々も、けして悪いものではなかった。

 世界はよいのだ。すばらしいのだ。

 そんな風に言い聞かせ、絶望に囚われるのを防ごうとした。

 しかし壊れてしまった心は、ネクロの心を徐々に狂わせ――。

 

 肉体的にはいつ倒れてもおかしくないダメージを受けたネクロは、朦朧とする意識で問いかけた。

 

(ねぇ……レイン=カーティスくん)

(なんだ……?)

(もしキミがボクの立ち位置にいたら、同じことをしていないと言えるかい……?)

 

 レインに拳を放つがよけられ、カウンターをみぞおちに受ける。

 よろめいたところに、レインの言葉。

 

(そうなった時にどうなるかなんて、そうなってみないとわからねぇよ)

(そうか……)

(それでもなにか、言うとするなら)

(するなら……?)

(父さんやリリーナがオマエの立場に立ってたら、オマエはいったいどうしてた?)

(なるほど……それは…………)

 

 レインの拳が、ネクロの胸板に刺さる。

 ぐらりと前のめりになったネクロは、思った。

 

(命に代えても、止めてるねぇ……)

 

 倒れかけたネクロを、レインは咄嗟に腕で支えた。

 決着である。



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vsネクロ 決着編

 戦いは終わった。

 父さんやオレは、座らされたネクロを見つめる。今さら抵抗はしないと思うが、念のために縛っている。

 

(ひしっ………。)

 

 オレのことが心配で仕方なかったらしいマリナが、オレの脇腹あたりにくっついてくる。

 父さんが言った。

 

「どうするべきかのぅ……」

「公的な機関に引き渡したら、どうなりますか?」

「よくて死罪。悪くて死ぬまで実験の材料じゃろうな」

「実験の……ですか」

 

「死霊術士は、ただでさえ珍しいからのぅ。

 特にネクロは、大陸の中でも随一の使い手じゃ。

 調べてみたい輩は多いじゃろうて」

 

「そうですか……」

 

 それを聞くと心が重い。

 ネクロはけして、悪人ではなかった。

 ただ悲しみに押し潰されて、心を壊してしまっただけだ。

 

 もしも逆の立場なら、オレもどうなっていたかわからない。

 恋人がマリナしかいない世界で、マリナが死んでしまったら――。

 本当に……わからないのだ。

 

 けれども、だけど。

 ネクロは、リリーナを――。

 考えていると声がした。

 

「わたしも話に混ぜてはくれんか?」

 

 聞いた覚えのある声だ。

 というより、今思いだしていた声だ。

 振り返って見る。

 そこにいたのは、まさしく――。

 

「リリーナ……?!」

「ああ、わたしだ」

 

 そこにいたのは、まさしくリリーナ。

 けれども、様子が変わっていた。

 単純な雰囲気やまとっている空気感は変わっていない。

 しかし誰がどう見ても、まったくの別物と言える変化があった。

 それは即ち――。

 

「縮んでる……?」

 

 身長一四〇に届いているかどうかも怪しいほどに、ミニミニとした姿になっている。

 これは恐らく、ミリリより小さい。

 完全なロリっ子だ。

 

「っていうか、どうして……?」

「わたしは治癒のエキスパートだからな。

 五体が四散した程度なら、回復魔法でなんとかできる」

 

 ええー……。

 

「ななっ、なんだ、その顔は!

 念のために言っておくがな、灰になったら再生できんぞ?!

 しかも体内の魔力を、七割近くも消費している!

 ゆえに短期間で連続再生することは不可能であるし、他者にかけてやることもできん!

 この程度なら、多少の修練を積めば誰にだってできる!」

 

「そうなんですか……? 父さん」

「ワシは無理じゃぞ……」

「ボクも手足ぐらいなら再生できるけど、四散したら流石に無理かな……」

「クウウッ……!」

 

 ロリ化したリリーナ――略してロリリーナは、歯噛みして悔しがった。

 もっとも、これは仕方ない。

 父さんの仲間ということは、どこかおかしいとイコールである。

 父さんの仲間で治癒魔法のエキスパートともなれば、バラバラになった状態から再生できるぐらいは当然とも言える。

 

 っていうかホント、常識外れすぎるでしょう。

 父さんはもちろんのこと、父さんの仲間の人たちも。

 

「いずれにしても、わたしが生きていたのだ。この件は、わたしに預からせてほしい」

「まぁ……リリーナが言うなら」

「ワシとしても、息子のレインとおヌシが言うなら、それで構わん」

「礼を言う」

 

 リリーナは、ネクロにざっざと近寄った。

 ネクロは覚悟を決めたかのように、瞳を閉じる。

 リリーナは目を細め、ネクロの頭をげんこつでぶん殴った。

 そして――。

 

「以上だ。今後また狂いそうになったら、わたしのところに話をしにこい。

 それでなお狂いそうなら、その時こそは介錯してやる」

「それで……いいのかい?」

「わたしは貴様の友人だ」

 

 それだけ言ったリリーナは、オレたちのほうを見た。

 

「わたしからは以上だ。

 この判断に不満があるなら、キミたちのほうで個人的にやってくれ」

「あなたに任せると言いました。ですから二言はありません」

(ぎゅっ………。)

 

 オレが言うと、マリナはオレにくっつく力を強めた。

 オレに同意する時の合図だ。

 

「ワシはどうせ、おヌシであればそう言うと思っていたから『任せる』と言ったところがあるからのぅ」

 

 父さんも、白いヒゲをさする。

 

「よし」

 

 リリーナは、ネクロの縄を解いた。

 ネクロは、乾いた笑い声をもらした。

 

「ハハハハ。甘いなぁ……キミたち」

 

 仰向けに倒れ、手の甲で目元を抑える。

 

「キミたちがそんなだからボクは……世界もキミたちのことも、大好きなんじゃないか……」

 

 溢れた涙がこめかみを伝った。




そういうわけで、リリーナさんは生きていましたヽ(・∀・)ノ
なかなかトンでもない設定ですが、レリクス父さんのお仲間ですので仕方ないですね。


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相変わらずなレリクス父さん

 完全に決着がついたオレたちは、暗黒領域をでることにした。

 魔力も体力も尽きているらしいネクロは、父さんにおぶさる。

 そうしてここは、基本的にダンジョンのようなものである。

 スケルトンやグールは普通にでてくる。

 だが父さんが、ギロと一睨みすると――。

 

(バチュンッ!)

 

 スケルトンの頭部が砕け、グールの胸元に風穴があいた。

 いくら相手が雑魚といえ、にらむだけで討伐できるのは|流石だ《おかしい。←ルビ振り直して下さい

 まぁでも、父さんなので仕方ない。

 

「さすがだねぇ……レリクス」

 

 父さんにおんぶしているネクロが、自身の人差し指をかじった。

 軽く振るって飛沫を飛ばす。

 ブラッドスケルトンが八体でてきた。

 

「魔力がほとんど切れちゃってるから、この程度しか出せないけど……」

 

 しかしレベルは、一体あたり70だ。

 今年の生徒が使役している中で一番強い奴隷であるリンのレベルが52と言えば、十分すぎることがわかるだろう。

 

 しかし父さんの仲間であるなら、魔力切れでもこの程度はできて当然という感じがしてくるから不思議だ。

 出口と思わしき光りが見えた。

 土がぼこりと盛りあがる。白骨化した手がでてくる。生きながらにして墓穴の中に葬られた死者が這いでてくるかのような禍々しい雰囲気を放ちながら現れるのは――。

 

 ガシャドクロ。

 

 一軒家ほどにも大きい、巨大なるガイコツ。

 心臓の位置にある紫色の魔水晶が、モンスターであることを示している。

 

 レベルは7250。

 平時であれば、なんということのない相手。

 しかし疲労している今だと――。

 

 なんて考えていたら、父さんが殺ってくれました。

 ネクロを背負ったままでギロとにらむと、肩と脇腹のあたりが爆散。

 続いてツイッと右手を伸ばすと頭部が爆散。

 八メートルの巨体は、なんということもなく崩れ落ちました。

 

「魔竜との戦いで受けた古傷の関係で、本気をだすことができないんですよね……?」

「だしておらんじゃろ?」

「……」

 

 常識外れにもほどがある。

 

 外にでた。

 ネクロは父さんの背からおりる。

 

「これからどうするつもりだ? ネクロ」

「彼女がいなくて辛いんじゃない。いてくれて温かかったんだ。

 そんな風に思えるようになりたい。だから彼女との、思い出の場所を回りたいと思う」

 

「そうか」

「安心してくれ――なんて言える立場じゃないけど、安心してくれ。

 こんなボクを友人と呼んでくれた相手を、二回も裏切ることはない」

 

「そこについては信頼している。キミはウソをつく男ではない。大切なことは伏せることはあるがな」

 

 リリーナは、苦笑しつつもそう言った。

 ネクロと拳を突つき合わせる。

 

「それでは、またいつか」

「またいつか」

 

 そしてネクロは去っていく。

 その背はとても爽やかだった。

 

  ◆

 

「ご主人さまあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 学園の敷地に戻ると、ミリリが飛びついてきた。

「とっても心配したですにゃあ。ミリリは心配したですにゃあ!」

「ごめんなぁ、ミリリ」

 

 オレはミリリの頭を撫でた。

 

「はにゃあぁん……」

 

 ミリリは涙ぐみつつも、オレのなでなでを受け入れた。

 ミーユやカレンにリンとも順番に抱擁する。

 

「いつの間にやら、すごいことになっておったのじゃのぅ」

「はい、まぁ、色々とありまして」

「まぁ、お互いの同意が取れておるならよかろう」

「ありがとうございます」

「しかし付き合いを深めた以上、裏切ることは許さぬぞ?」

 

 鋭い目つきと声音で言われた。

 もしもオレがみんなを裏切ったりしたら、撲殺ぐらいはされそうだ。

 だがしかし、裏切らなければいい話。

 オレは父さんの目を見て、まっすぐに言った。

 

「はい!」

「うむ!」

 

 父さんは、快活の笑顔でうなずいた。

 その日は、ひさしぶりに親子ですごした。

 

 七英雄最強とも名高い父さんがきたということで、学園が騒ぎになったりもした。

 ファンであるという少女や少年に囲まれて、強くなる秘訣や手合せの申し出。

 逸話の数々が事実なのかどうかの会話をしていた。

 父さんの話は、劇や本にもまとめられているのだ。

 

「レリクスさんのお話は、劇で何回も見ました。いったいどこまでが本当なのでしょうか?

 十歳のころに、五〇〇人の盗賊団を壊滅させたとあるんですが……」

 

「それはウソじゃな。実際は、二〇〇人ぐらいしかおらんかったはずじゃ」

「二〇〇人はいたんですか?!」

「騎士団に引き渡した時の報酬が、そのぐらいじゃったからのぅ」

「それでは二十歳のころに、三〇〇〇人いる傭兵部隊と戦って撃退したっていうお話は……」

「やはりウソじゃの」

 

 質問をした少年は、息を詰めて答えを待った。

 五〇〇人が二〇〇人であったというなら、三〇〇〇人は一〇〇〇人前後ということに――。

 と思ったら、父さんは言った。

 

「五〇〇〇人ぐらいじゃった」

 

「「「ええーーーーーーーーーーっ?!」」」

 

「そうは言っても、実際に倒したのは七〇〇人ぐらいじゃ。

 残りは勝手に敗走していったからの」

 

 ひとりで七〇〇人を倒しているだけでもかなりのものだが、父さんの感覚では普通であった。

 事実確認といった名前の真相語りがあまりにもぶっ飛んでいたせいで、半信半疑な者もでてきた。

 しかしオレをチラリと見ると、すぐにうなずき父さんを信じた。

 

「レインの父さんだもんな……」

「レインくんのお父さんだもんね……」

「レインくんのお父さんなら、それぐらいできて当然か……」

 

 オレが基準になっているだとっ?!

 父さんのことは尊敬してるが、これはちょっと腑に落ちないっ!!



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マリナがいつも通りなら、オレもいつも通りです

 父さんと食事を取ったりもした。

 そこそこ広いテーブルの手前に座る。ジュウタンの上に直接だ。

 

「よい部屋じゃのぅ」

「一応、学園で成績上位なんで」

「さすがはワシの息子じゃ」

 

 父さんは、相好を崩した。

 ダメなオレならダメなオレで気にしないでくれる父さんだけど、いいオレだったらいいオレで褒めてくれる。

 

「あ……あの……」

 

 ミリリが、父さんのそばに近寄った。

 

「わたくし……ご主人さまに仕えさせていただいている、ミリリと申します……にゃあ」

 

 三つ指をついて土下座する。

 

「ミリリ?!」

「ご主人さまのお父さまでしたら、粗相がないようにと思いまして……」

「それはありがたいけど、土下座まではしなくていいよ?!」

「ももももっ、申し訳ないです……にゃあ!」

 

 今度のミリリは、オレのほうに土下座した。

 

「だからやんなくていいって!」

「みゅうぅ……」

 

 顔をあげたミリリだが、しょんぼりと落ち込んでいた。

 愛らしいネコミミもふんにょりと垂れている。

 オレは頭を撫でてやる。

 

「はにゃっ……」

 

 アゴの下もこちょこちょ撫でた。

 

「はにゃあぁ……♥」

 

 しおれていた耳も尻尾も、ひょこっと立った。

 

「ご主人さみゃぁ……♥」

 

 とろけた顔で抱きついて、すりすりと頬ずりしてきた。

 かわいい。

 おっぱいも気持ちいい。

 背丈は小さいミリリだが、胸はかなりあるほうなのだ。

 

(くい、くい)

 

 カレンがオレの服の裾を引っ張り、こしょこしょと耳打ちしてきた。

 

(アタシもあいさつしたほうがいいぜな?)

「どっちでもいいけど?」

「わかったぜな!」

 

 カレンは父さんの近くへ行くと、胸に手を当てて言った。

 

「アタシの名前はカレンだぜな!  レインの一番奴隷だぜなっ!」

「はい! カレンさまは、ミリリのおねぇさん的奴隷です!」

 

 オレの膝の上に乗っていたミリリが、両手を握って力説していた。

 戻ってきたカレン、立ったまま言ってくる。

 

「あいさつしてきたぜなっ!」

「うん」

「してきたぜなっ!」

「わかるよ」

 

 カレンは、んーと口を閉じると、四つん這いになってきた。

 顔をかなりの距離まで近づけ、怒った感じで言ってくる。

 

「し・て・き・た・ぜ・な」

(はにゃっ!)

 

 ミリリが察した。

 オレの上から素早く降りる。

 カレンを姉のように慕っているが、実際の対応はミリリのほうが年上である。

 

「ぜなあぁ~~~~~♥♥♥」

 

 しかしオレが頭を撫でてやると抱きついてくるのは、どちらも同じだ。

 違うところは、おっぱいの大きさぐらいだろうか。

 ミリリもかなり大きいほうだが、カレンには劣る。

 FとEの中間ぐらいがミリリだとすれば、確実にFはあるのがカレンだ。

 

 ちなみにマリナはふたりを凌ぐ。

 一言で言うと、えっちぃ。

 二言で言えば、すごくえっちぃ。

 そんなマリナはどういうわけか、父さんのところにいた。

 

「わたし、マリナ。」

「知っておる」

「レインのことが、とても………好き。」

「それも知っておる」

「大きくなったら、レインのお嫁さんになりたい………♥」

「そう思っておることも、知っておる」

 

 父さんは、にこやかに返した。

 そしてマリナがてこてこてと、四つん這いでやってくる。

 

「レイン。」

「うん」

「わたし、自己紹介した。」

「うん」

 

「………。」

「……」

「………………。」

 

 求めているものはわかっているが、ついついいじわるしてしまう。

 やがてマリナは、さびしそうに言った。

 

「なでなで………。」

「うん」

 

 オレはマリナを抱きしめて、頭をなでなでしてやった。

 ミーユとリンにロリ化したリリーナがほんのりと頬を染め、父さんのところへと向かった。

 

「かっ……カンチガイするなよ!

 ボクは立場がある人間だから、それなりの立場の相手にはちゃんとあいさつするだけだからな!」

 

「わたくしも……マスターがあいさつをするとおっしゃるのであれば……」

「わたしもわたしも、命の恩人であればあいさつをするのがスジであると思う!」

「そちらの金髪と黒髪のお嬢ちゃんはともかく、おヌシのことは二〇年以上前から知っておるのじゃが……」

 

「まままま、まぁ、よいではないか! よいではないか!!」

「っていうか、お嬢ちゃんって、お嬢ちゃんって。えっ?! えっ?!」

 

 ミーユが自身の胸元や脇腹をパタパタと叩いた。

 表向きは男ということで通っているし、今も男装しているのがミーユだ。

 

「違ったのか?」

「違いません……けど、どうして……?」

「見ればわかるじゃろ?」

「見れば……」

 

 ミーユはしゅうんっと落ち込んだ。

 リリーナが、ミーユの肩を叩いて言った。

 

「レリクスは、姿どころか音や気配も完全に消せるS級モンスターのエルダーカメレオンですら『見ればわかる』と倒した男だ。

 気にしても仕方ないぞ」

 

「はい……」

 

 リリーナは、そんな風に慰めた。

 しかし当のリリーナ自身、ミーユの男装はあっさりと見破っている。

 ただし父さんと違い、『これほどに整った顔立ちであるのにわたしがなにも感じないということは、少年ではないということだ』といった、極まった変態的洞察力の賜物だ。

 つまりリリーナの少年を見る目は、S級モンスターを軽く見破る父さんの眼力に匹敵しているということになる。

 端的に言えば、S級クラスの変質者だ。地味にぶっ飛んでいる。 

 体がバラバラになっても再生するしね。

 

「それではワシは、このへんで帰るとしておこう」

「そうですか」

「色々と忙しいじゃろうが、息子のおヌシが定期的に顔をだしてくれるとうれしく思うぞ。息子のおヌシが」

 

「オレも、父さんのところには定期的に顔をだしたいと思います」

「うむ」

 

 父さんの顔がゆるりとほころぶ。

 父と子というより祖父と孫みたいな感じもあるが、心地いいことに変わりはない。

 転移ドアを抜ける姿を、手を振って見送った。

 

(………。)

 

 マリナが背中にくっついてきた。

 ほっぺもチロッと舐めてくる。

 

(ふたりきり………♪)

「ミリリもカレンもミーユもリンもリリーナもいるんだけど……」

(みんなそろって、ひとりなところもある………♪)

 

 まったく理屈になってなかった。

 だがしかし、背中で潰れるおっぱいは、どうでもいいよと言ってくる。

 

<strong> 同じ突っ込みであるならば、気持ちいいほうに突っ込みたい。</strong>←ルビ振り直して下さい

 っていうかマリナが、考える隙を与えてくれない。

 細くしなやかな指が印象的で美しい右手をオレのズボンの中に入れ、欲望を司る欲棒さんを握ってくる。

 

「………えっち。」

 

 握ってるマリナには言われたくないと思う反面、否定もできないコトになっているのも事実。

 マリナはしなやかな指をぺろりと舐めると、天然の淫靡さを携えて言った。

 

「おふろ………入ってくる。」

「ダメ」

「えっ………?」

 

 腕を引っ張り寝室に連れ込む。ベッドの上にどさっと寝かせ、スカートの中に顔を突っ込む。

 

「あっ………。」

「待って………。」

「汗と………におい………。」

「だめ………。だめ………。ああっ………!」

 

 マリナは抗っていたが、構わずにやった。

 その隙にお風呂に入ってたみんなともやった。

 

 メインとなったのはリリーナだ。

 ロリ化しているリリーナとは、とても新鮮な気分で色々できた。



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グリフォンベール騒乱編
ミーユの変化とこれからのこと ※マリナさんは平常運転


 戦いの日から一週間がすぎた。

 オレたちの暮らしは、変わったところと変わらないところの両方があった。

 まず変わらないところは――。

 

 マリナがエロい。

 

 朝からその豊満なバストで、描写できないことをしていたりする。

 

「なにしてんの……?」

「あなたが………元気にしてたから………。」

 

『元気』がなにを意味してるかと言えば、つまり股間の下ネタだ。

 そんな調子で、朝から三回ぐらいやる。

 

 昼もかなり誘われる。

 トイレでイチャつき屋上でイチャつき、女子更衣室のロッカーの中でイチャついたり、

 ヘタをすると人に見つかる図書館の本棚の隙間でイチャついたりした。

 

 誘うマリナはマリナだが、応じるオレもオレである。

 でも裾を(キュッ………。)と握られ、「したい………。」と見つめられたら、普通は断れないと思う。

 

 朝や昼からそんな状態であるため、夜になったら当然すごい。

 人に見つからないよう、(マリナ基準では)ガマンしていた分もしまくる。

 

 そしてミリリが、そんなマリナの影響を受けてる。

 リンと戦うために魔法や武芸の訓練をしていた時とまったく変わらない懸命さで、

『ご奉仕の術』をマリナから学んでる。

 

 細かいことは言えないが、口やおっぱいでの『ご奉仕』も勉強してる。

 マリナはマリナで、丁寧に教えている。

 そんなミリリは、自分の尻尾で練習していることもあった。

 

(はむっ……にゃあ、にゃあっ……)

 

 自分の尻尾を、胸に挟んでいたりする。

 顔立ちや体格は小さくて幼いミリリだが、スタイルはいい。

 胸は普通に巨乳だし、尻もしっかりと揉める。

 

 そんな中、変わってきたのはミーユであった。

 細かいことは言えないが、痛いのや荒っぽいのを悦ぶ。

 

「レイン……、んッ、好き……。好き……」

 

 荒っぽいのが終わると、オレの体に覆い被さりキスをしてくる。

 オレの唇を唇で挟み、舌には舌を絡みつける、深い愛情のこもった熱烈なキスである。

 オレを好きという声も、熱にうなされているかのように色っぽい。

 頭を撫でてやると、オレの肩を枕にして寝入る。

 

(くぅー……。くぅー……)

 

 穏やかなる寝息と安心し切った愛らしい寝顔は、つい先刻まで乱れまくっていた少女のそれとは思えないほど愛くるしい。

 甘い吐息が流れる横で、オレにくっついてきたマリナが言った。

 

「レイン。」

「なに?」

「ミーユには、やさしくしてあげて。」

「痛いのがいいって言われても、普通にしろっていうこと?」

 

 マリナは静かに首を振る。

 

「ミーユがどんなミーユでも、嫌わないであげて。」

「??」

「ミーユはたぶん、自分のことが嫌い。」

 

 マリナはしばし沈黙した。自分の考えをまとめながら続ける。

 

「自分が嫌いで仕方ないから、常に『罰』を求めてる。

 あなたとの行為を見てると、それを感じる。」

 

 マリナが言うと、行為でダウンしていたリンが補足した。

 

「確かに……ご主人さまは……。

 ご自身を、お嫌いになられているところがございます……」

 

 

「でも具体的に、どうしてやればいいんだ?」

「あなたは………ミーユをどう思う?」

 

 オレは寝ているミーユを見つめる。

 オレの腕にしがみつき、静かな寝息をもらすミーユを。

 つい先刻も思ったが、寝息はとても穏やかで、寝顔はとても愛らしい。

 

「普通に好き……かな」

 

 最初は心底ウザかったけど、反省をする心は持っている。

 素直になっている今では、かわいいと思うことも多い。

 そもそも好きじゃなかったら、こんなペースと勢いで抱かない。

 

「それなら………そのままでいい。」

 

 マリナは、オレの胸板にキスをすると言った。

 

「今のまま、ミーユを好きでいてあげて。」

「わかったよ、マリナ」

 

 オレはマリナの頭を撫でた。

 気になったことを尋ねる。

 

「マリナも、そういうことあったりするの……?

 行為を求めるって意味では、ミーユ以上だけど」

 

 マリナは、頬を染めて言った。

 

「わたしは………あなたとのえっちが、ちょっと大好きなだけ。」

 

 マリナの中では、朝からイチャつき学校のトイレでイチャつき屋上でイチャつき、女子更衣室のロッカーの中でイチャついた上に、ヘタをすると人に見つかる図書館の本棚の隙間でイチャつく行為も、『ちょっと』であるらしいかった。

 

 だが愛らしいので気にしないことにした。

 

 

 事件が起きるのは、これから二週間後のことである。



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ミーユの報告~赤ちゃん……できちゃった…………~

 

 マリナと話してから二週間ぐらい経ってからのことであろうか。

 ミーユの様子がおかしくなり始めた。

 

「ごめん……。今日は、ちょっと……」

 

 まずそんな風に、夜の生活を断り始めた。

 これ単体は、珍しくない。

 元々マリナとカレン以外は、休憩日を挟む。

(最初はミリリも毎日やっていたのだが、ふらふらになったり次の日の朝も腰が抜けて立てなくなってしまうことが何回かあったのでやめた。

 カレンが毎日できているのは、本番をしていないからである)

 

 しかしそれが一週間も続くと、ちょっとおかしい。

 それだけではない。

 オレといっしょに歩くのを避けたり、食堂でも離れて座るようになった。

 しかも友人のフェミルがきても、そこはかとなく上の空であったりする。

 学校の授業も、座学はでるが実技のほうは休み始めた。

 

 こうなると気になる。

 オレを避けるだけならオレのことが嫌いになっただけとも言えるが、授業にもでていないとなるとちょっと異常だ。

 夜になって寝る前に遊びにきたリンといたすついでに尋ねたりもしたが――

 

「わっ……わたくしも気になってはいるのですが、細かいことは――くハッ、はッ、ハあァ……♥♥」

 

 こんな感じだ。

 肌を重ねあわせながら聞いているので、ウソがあれば気配でわかる。

 だがリンに、そんな気配は微塵もない。

 

 直接聞くしかなさそうだ。

 なんて風に思っていると、ドアからノックの音がした。

 オレは服を着て、ドアの前に行く。

 

「誰だ?」

「……ボク」

「ミーユか」

 

 ドアをあけた。

 ミーユを中へ招き入れ、あいさつ代わりのキスをする。

 

「ん……」

 

 ミーユは静かにキスを受け入れた上、自分から舌を絡ませてきた。

 

「……」

 

 唇を離す。

 ミーユはどこか物寂しげな、切なげな表情でオレを見つめた。

 その表情を見ても、オレを嫌っているということはなさそうだ。

 ミーユは静かに口を開いた。

 

「怒らない……?」

「怒らない」

「叩かない……?」

「叩かない」

「ボクのこと、嫌いに……ならない?」

「ならないよ」

 

 そこまで言ってやると、ミーユは息を整えて言った。

 

「できちゃった……」

 

 ホワッツ?!

 衝撃を受けるオレは、確認の意味でも尋ねた。

 

「それはいわゆる、ベイビー的な?」

 

 ミーユは小さくうなずくと、小さなおなかを静かに押さえた。

 

「毎月きてくれないと困るものが、こないっていうか……こない」

「使ってたよね……? 避妊魔法」

「使ってたよ! 特に最近は激しかったから、解けないように三重で!!」

 

 服を着たカレンたちがやってきて言った。

 

「レインのせーえきは、避妊魔法も突き破る勢いだったっていうことぜな……?」

「………ありえる。」

「ありえるです……にゃあ」

「否定はできませんね……」

 

 出された時のことを思い返しているのだろう。

 マリナとミリリとリンの三人は、頬を染めてつぶやいた。

 ちなみにリリーナは、この場にいない。

 学園で仕事をしているため、忙しいことも多いのだ。

 

「お名前は……、レイン様とミーユ様をお取りして――ミーン様ですにゃ……?」

「それはセミみたいだぜな……」

「それではレイユ様ですにゃ……?」

「今度はラー油みたいだぜな……」

「でしたらでしたら……」

 

 ミリリはしばし頭を悩ませ、名案を閃いたとばかりに叫ぶ。

 

「ミレイユ様などどうですにゃっ?!」

「それはいいと思うぜな!」

「オレもいいと思う」

 

 オレはミリリを抱きしめ撫でた。

 ご褒美のような形をしてるが、実際のところはオレの動揺を鎮めるためだ。

 いいとか悪いではなく、単純に驚いて動揺している。

 まさかミーユにできるとは。

 

「はにゃあぁ~~~~~~~~んっ♥♥♥」

 

 猫の獣人でもあるミリリは、喉をころころと鳴らして悶えた。

 マリナが言った。

 

「わたし、ミレイユには反対。」

「どうして?」

「二人目、三人目ができた時はどうするの?」

「「「あっ」」」

 

 それは考えていなかった。

 さすがマリナと言うべきか。子どもができたあともエッチする前提で考えている。

 

「まままま、待って待って待って!」

「どうした?」

「産む方向で……いいの?」

 

「それはそうだろ」

「ミリリは普通に、そういうものかと……」

「アタシもだぜな……」

「レインとの子どもなら、半分はレイン。」

「だけどボク……、オトコって設定だよ……? 家の跡を継げるの、オトコだけ……だから」

 

 そういえばそうだった。

 しかしミーユが妊娠を望んでいないならばともかく、そうでないなら諦めてほしくない。

 オレは言った。

 

 

「男だけど妊娠したってことでいいじゃん!」

 

 

「それは無理じゃないかなぁ?!」

「ご主人さま……」

「ぜなぁ……」

 

 ミーユから突っ込まれた上に、ミリリとカレンからも気まずいものを見る目で見られた。

 やはり動揺はしているようだね。

 

「………手紙は?」

「手紙……?」

「赤ちゃんができたこと、レインのことが大好きなこと、自分がこれからしたいこと、レインのことが大好きなこと、全部手紙に書きこんでから、レインのことが大好きって書く。」

 

「オレのことを大好きって書く回数が多いね……」

「わたしが手紙を書くとしたら、そうなると思ったから。」

 

 マリナは淡々とつぶやいた。

 かわいい。

 

「でも手紙って案自体はよさそうだよな。返事が最悪なものでも、その形なら守れる」

「ごめん……」

「気にするなって」

 

 オレはミーユの頭を撫でる。

 

「でもその前に、ちょっといいか?」

 

 オレはミーユをベッドに座らせ、ゆっくりと仰向けにさせた。

 腹部に耳を当ててみる。

 

「なに……?」

「聞こえるかなーって思って。心臓の音とか、動く音とか」

「まだ一ヶ月とか、そんなもんだし……」

「それもそうか……」

 

 しかし耳を当ててると、じんわりと落ち着いてくる。

 まだまだ実感は沸かないが、ミーユの腹部が温かでやわらかなのは間違いない。

 新しい命が生まれるための、命のゆりかごという感じがすごいする。

 

「ミーユ」

 

 腹部に負担をかけないように、ミーユを横にして抱きしめる。その唇にキスをした。

 愛おしさが込みあげる。

「レイン……」

「うん」

 

 オレのミーユが、オレの唇にキスのお返しをしてきた。

 オレはミーユを抱きしめたまま、甘えるままに甘やかしてやった。

 

「ありがと……」

 

 ミーユはそれだけ言い残し、穏やかな眠りに入っていった。

 オレのマリナが向かいに転がり、ミーユの頭をやさしく撫でる。

 

「………楽しみ。」

「うん」

 

 オレはマリナとキスをした。

 初めての子育てには不安も多い。

 でもオレたちだったら、どうにでもなるような気がした。

 

 だがオレたちは甘かった。

 心のどこかで、ミーユの両親もミーユを愛しているに違いないと考えていた。

 孫ができれば、なんだかんだで祝福してくれるに違いない――と考えていた。

 

 それは大きな間違いだった。

 どうしようもなく救えない性質を持つ人間も、世の中にはいる。

 そんなひどいやつらでも、親という人種になることはできる。

 一週間後オレたちは、それを思い知らされる。



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ミーユの親と今後の方針

 

 ミーユが手紙をだしてから、一週間目の朝。

 オレたちは、学園の指導室に呼びだされた。

 左右の壁や天井に魔法封じの紫水晶が混ぜこまれた上に、魔法封じの魔法陣が地面に書かれた小さな部屋だ。

 魔法学園であるこの学園の場合、魔法を封じれば大概の生徒は無力化できる。

 

 

 オレはパンチで壁ぶっ壊せるけど。

 

 

 机を挟んで向かいにいる、教官のアリアが言った。

 

「呼んだのは、ミーユひとりであったはずだシ……?」

「ついてきてほしいって言われたので」

「わたしは………。ついて行きたかったので………。」

 

 オレが言うと、マリナはオレの腕にくっつく。

 メンバーは、生徒側がオレとミーユとマリナの三人。

 先生側は、リリーナとアリアのふたりだ。

 ふたりそろって小さいために、どちらが生徒なのかわからない。

 

「細かい話をする前に、これを読んでほしい」

 

 リリーナは、懐から一枚の封筒を取りだした。

 机の上に置く。

 ミーユが封筒を手に取って、中から手紙を取りだした。

 

 読むにつれて、丸い瞳が見開かれていく。

 そこにあったのは、失望や絶望ではない。

 いったいなにを言われているのか、ただただわからないといった表情であった。

 

 ミーユの体がぐらりとよろけた。

 オレは反射的に押さえる。

 

「大丈夫か?」

「ごめん……」

 

 ミーユは謝り、座り直した。

 手紙を握り、改めて見つめる。

 ようやく感情が追いついてきたのか、涙がじわりと浮かび始めた。

 いったいなにが書いてあるのか。リリーナが解説してくれた。

 

「そこに書いてある範囲では、キミはグリフォンベール家の偽物――ということになっている」

 

 意味がわからなかった。

 もう本当に、わけがわからないとしか言いようがなかった。

 そもそも――。

 

「そもそも……、通るような主張なんですか……?」

「手紙の主張によれば、学園にいる『ミーユ』は、洗脳魔法、またはアイテムでグリフォンベール家の者を洗脳していた――ということだ」

「学園に落ち度はなくてグリフォンベール家の落ち度であって問題である――とも書かれているので、こちらとしては反論しにくくもあるのでシ……」

「そして争いになれば…………」

 

 リリーナは暗い表情をしつつも、ハッキリと告げた。

 

「キミは負ける」

 

 ともすれば冷たすぎる断言に、ミーユはまったく反論しない。

 自身の胸に手を当ててつぶやく。

 

「グリフォンベール家の後継者は、男子でなければいけませんものね……」

 

 しかしミーユの性別は女。

 実際には家督を分家にゆずりたくない実の両親がミーユを男として育てたわけだが――。

『洗脳魔法でも使われていなければ、後継者として認めているはずがない』と言われてしまうとミーユは弱い。

 

「相手側の要求は、どんな感じのものですか?」

「今回の問題による責任は、あくまでもグリフォンベール家に帰属するとある。

 よって向こうの要求は、ミーユ=ララ=グリフォンベールを名乗っている者の引き渡しだ。

 もしも本人に反論があるなら、学園に在籍したまま裁判に望む方向でもよい――ともある」

 

 しかしミーユが女子である以上、裁判に勝つのは難しいだろう。

 訴えてくるのが三公の大本ともなれば、裁判官にも家の息がかかっている可能性は高いし。

 

 なんらかの方法でミーユが女であることを白日に晒したあとは

『グリフォンベール家を継げる嫡子は男のみ。よって嫡子に女はいない。それが女ということは、洗脳魔法などを使って我々を騙し、三公の地位を狙った犯罪者でもない限りありえない』

 と持っていくだろう。

 

「負けたら、どうなるんですか……?」

「上級貴族の僭称は、事情を問わず死罪だ」

「……」

「しかしそうであるからこそ、わたしとしては見過ごせない。

 完全に庇護・擁護するのは難しいものの、質問したら逃亡してしまった――というシナリオを描くことはできる」

 

「三公のグリフォンベール家サマに洗脳魔法をかけれる者デシからねぇ~。

 我々の隙を突いて逃亡するぐらい、わけないに決まってるデシぃ~~~」

 

「と、いうわけだ。

 学園としては、以上のスタンスも以下のスタンスも取れん」

 

 冷たいようだが、充分でもある。

 ミーユの家がミーユを偽物であると言った以上、ここにいるミーユはただの犯罪者候補だ。

 学園がいくらかばおうとしても、「白黒をつけるために裁判を」と言われたらどうしようもない。

 

 しかも今回、ミーユの家は『学園に責任はない』と言っている。

 学園としては、渡すほうが正しいぐらいだ。

 

「急なことだが、いつなにがあるかわからん。

 できれば早い段階で、安全なところに避難したほうがよい」

 

「わかりました」

 

 オレはぺこりと頭をさげた。

 ミーユをつれて部屋をでる。

 

「大丈夫か? ミーユ」

「……うん」

 

 うなずいたミーユだが、大丈夫そうには見えない。

 足にも力が入らないのか、オレにもたれかかってる。

 だがしかし、問い詰めても仕方ない。

 オレはミーユの支えになりつつ部屋に戻った。

 

「ご主人さま!」

「ミリリか」

「お話……なんでしたにゃあ?」

 

 オレはベッドにミーユを座らせ、ゆっくりと話した。

 並んでいたリンとミリリとカレンらは、話が進むに連れて沈み込んでいく。

 

「貴族のかたでも、そのようなことがあるのですね……」

「ひどいですにゃ……」

 

 親に売られて奴隷となっているふたりは、自身の境遇と重ねつつもうなずいた。

 

「レインはレインは、どうするつもりなんだぜなっ?!」

「とりあえずは……父さんに相談かな」

「確かにレリクスであれば、キミとミーユによくしてくれるであろうな」

「リリーナ?!」

「その通りだが?」

 

「学園のほうは、この件に関しては中立なんじゃ……?」

 

「わたしは元々、頼まれて魔法などを教えていた客員魔術士だからな。

 学園に在籍している客員魔術士・リリーナとしての協力をすることはできないが、

 『ただのリリーナ』としてなら問題はない」

 

「リリーナ……」

「そもそもわたしは、こういう時に自由でいるため特定の組織に所属していないのだ」

 

 スパリと言い切るリリーナは、ロリでありつつ格好のいい、大人の女性という感じであった。

 が――。

 

「……少年」

「はい?」

「今のわたしは、キマっていたと思わないか?」

「……はい?」

 

「そもそもわたしは、こういう時に自由でいるため特定の組織に所属していないのだ」

 

 ロリ化しているリリーナは、胸に手を当てポーズを取った。

 ほめろ、ほめろと言わんばかりに頬が染まって口元がゆるんでいる。

 

 今はロリっ子な彼女ですが、実年齢は二八〇です。



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未然に回避されていた、レイン最恐最悪の危機

 転移用のとびらをくぐり、家に戻った。

 食堂にでる。

 看板めいた木の板があり、伝言があった。

 

〈わが息子レインへ。

 領民の者から魔物化したクマが出現したとの報告があった。

 ワシは退治に行っておる。

 夕暮れまでには戻るじゃろうから、裏庭かこの食堂で待っておれ。

 わが息子レインよ〉

 

「ボクたちがくるのがわかってたかのような伝言だな……」

「違います」

 

 ミーユが言うと、涼やかな声が響いた。

 メイドのメイさんである。

 

「旦那様は一定時間席を立つ場合、レイン様がお帰りになられることを前提として伝言を残しておられます」

「そうだったんですか……」

「そうだったのです」

 

 なんというのか、父さんだった。

 

「……」

 

 そういう父母に育ててもらっていなかったと思われるミーユが、目に見えて落ち込んだ。

 頭をぽんぽん叩いてなぐさめ、裏庭へと向かってみる。

 

 いた。

 二階建ての一軒家ぐらいありそうな巨体に、赤い体毛が印象的なクマの死体を目の前に、「ふーむ」と腕を組んでいる。

 オレは言った。

 

「ただいま帰りました」

「おお、レインか」

「依頼されていたクマのモンスターですか?」

「倒したはよいのじゃが、どう解体すればよいのかと思ってのぅ」

「村に持っていくのが一番ではないですか?」

「やはりそうか」

 

 オレはアイテムボックスの機能を使い、クマの死体を収納した。

 

「便利じゃのぅ」

「自分でもそう思います」

 

 オレはくるりと踵を返す。

 ミーユやカレンにミリリにリンが、なぜか唖然とこちらを見ていた。

 

「どうした?」

「「「「いろいろとおかしい」」」」

「だろっ!」

「ぜなっ!」

「にゃあ!」

「ですっ!」

 

 語尾はそれぞれ違ったが、みな一様に突っ込んだ。

 

「なんでその大きさの魔物を普通に倒して、汗ひとつかいてないの?!」

「っていうか普通に倒せるものぜなっ?!」

「平然としているレイン様もおかしいですにゃあ!」

「もっと疑問を持ってください!!」

 

「いやでもクマだし……」

「強いだろ?! 普通のクマならともかく、魔物化しているようなクマなら!」

「しかもその毛並、レッドベアーだと思われますにゃあ!」

「魔物化しておらずとも、厄介な猛獣です……」

 

「厄介かなぁ……」

「そうだよっ!」

 

 ミーユは苛烈に突っ込むが、父さんは言った。

 

「そうでもなかろう」

「ですよね」

 

 マリナにも尋ねる。

 

「マリナでも勝てるよな? 今ぐらいの大きさだったら」

「苦戦はするかも。」

「でも勝てるよな?」

「うん。」

 

 即答だった。

 

「わたしは戦闘が得意ではないため勝てるかどうかは怪しいが、さして驚く猛獣でもないとは思うな。

 そこそこ戦える戦士が三人と、わたしの補助と治癒魔法があればどうにでもなる」

 

 リリーナも、そんな風に言っていた。

 父さんはおかしいけど、ミーユたちも大袈裟だと思う。

 

 オレは村に出向き、死体を村の人たちに任せた。

 ケガ人や病人が何人かいたので、リリーナは治癒のために残ると言った。

 リリーナを置いて屋敷へと戻る。

 椅子に座った父さんが言った。

 

「して今日は……なんの用じゃ?

 もちろん用などはなく、ただ食事をしにきた、遊びにきた、顔を見にきたというだけでも歓迎であるしそのような形での来訪が増えればよいとも思っておるが、それはそれとして用があるような顔に見えるのでの」

 

 さすがに鋭い。

 

「前にも紹介を受けたと思いますが、ここにいるミーユはオレの恋人です。やることもやってました」

「うむ」

「すると……」

「なんじゃ?」

 

「できました」

 

「避妊魔法は使っておったのではないか?」

「そのはずではあるんですが、避妊魔法の壁も突き破ったのではないかという仮説でして……」

「どのような勢いでしておったんじゃ……」

 

 父さんからも言われてしまった。

 

「あっ……、あんまりストレートに言うなよ……。やっていたとか、恋人……とか」

「だけど隠すことじゃないだろ?」

 

 オレはほっぺにキスをした。

 

「……ばか」

 

 ミーユは真っ赤になりつつも、ほっぺを押さえて目を伏せた。

 そして父さんは、なにかの本を開いていた。

 

「なにを読んでるんですか?」

「孫ができた時の名前の候補じゃ。

 女子であればミユミユ。男子であれば、鷹の英雄と言われたトンヌラなどが……」

 

「どちらもダメだと思います!!!」

「トンヌラなどは、おヌシを拾った日に雨が降っていなければ候補にも挙がっていた名前なのじゃが……」

「それでもダメだと思います!!」

「ほかの候補となると、レミリアやミルシアなどになってしまうが……」

 

「そっちのほうがいいと思います!!」

「そうかのぅ……」

「そうです!!」

「よいと思うんじゃが……。ミユミユもトンヌラも」

 

 父さんのネーミングセンスは、何気にトンでもなかった。

 降っていてくれてありがとう、雨!

 もしもキミが降ってなければ、オレは今ごろトンヌラだった!!



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レリクスの考える、ミーユを信じてもよい理由

 運命の歯車がひとつズレていればトンヌラになりかけていたという、オレ史上最大の危機がオレにはあった。

 しばし呆然としてしまっていたが、気を取り直して父さんに説明した。

 

 子どものできたミーユが、実家に手紙を送ったこと。

 すると家から、ミーユを偽物と認定する手紙がきたこと。

 曰くミーユは魔女であり、洗脳魔法でグリフォンベール家の者たちを騙していたとのこと。

 

 オレの話が続くにつれてミーユは泣きそうになってきたので、手を繋いで話を続ける。

 話が終わった。

 

「なるほど……」

 

 父さんは、深くうなずくと言った。

 

 

「即ちワシは、その鬼畜どもを皆殺しにすればいいんじゃな……?」

 

 

「そうです」

「違うよ?!」

 

 オレが言うとミーユは叫んだ。

 

「ボクそこまでのことは望んでないから! もっとこう……普通に、平和的な感じので!」

「それでいいのか?」

「それでいいっていうか……、それがいいっていうか……。レインといっしょにいられれば、もうそれだけでいいっていうか……

 

 ミーユは目を伏せ、オレのことを上目使いでチラチラと見た。

 かわいい。 

 

「あと……レリクスさん」

「なんじゃ?」

「ボクのこと……信じてもいいんですか? 洗脳魔法を使ってレインのことを騙しているとか、考えなくてもいいん……ですか?」

「それはなかろう」

 

 即答だった。

 

「洗脳魔法の使い手だったら、知っている顔がおる」

 

 いつの間にか戻ってきたいたリリーナが、苦虫を噛み潰したかのような顔で言った。

 

「ゼフィロスか」

「ゼフィロスって……矛盾の妖魔ゼフィロスですかっ?!」

 

「なにそれ?」

「小さいころに契約妖魔辞書で見た、SSランクでも足りない伝説級(レジェンドクラス)の妖魔だよ!

 好きなことは強者を切ること。

 得意なことは強者を切ること。

 生きる意味は強者を切ることをモットーにしていて、呼びだした相手の願いを叶えてくれる幻術や洗脳が得意な妖魔!」

 

「願いを叶えてくれるのか」

「でも代償として、ゼフィロス本体と戦わないといけない!

 勝てる必要はないけど、最低限は楽しませないとダメなんだ!

 だけど相手はレジェンドクラス!

 辞書の中でも、『この妖魔を楽しませるほどの力を持っているなら、この妖魔に頼る必要はない』って書かれているぐらいだ!

 矛盾の妖魔もそこからきている!」

 

「そんなことはなかったがのぅ」

「役に立つ男ではあった」

「契約したことあるんですか?!」

 

 リリーナと父さんは交互に話す。

 

「魔竜と戦う際に、強い仲間がほしくてな」

「大概の妖魔には断られてしまったが、やつだけは『では一時間、わたくしを楽しませてください』と言ってのぅ」

「だがレリクスは……」

 

 リリーナは目を伏せて言った。

 

「一撃で倒した」

 

「自信がありげじゃったから、すこし本気をだしても大丈夫かと思っての……」

「貴重な仲間候補が、出会って五分で死にかけたわけだな」

「相手はレジェンドクラスなんですよね?!」

 

「なにを言っているのだ、ミーユ=ララ=グリフォンベール。ここにいるレリクスは、伝説そのものだぞ?」

「…………」

「当時のワシは、元気があったからのぅ。逆に今のワシだと、ちと厳しいかもしれん」

 

 ミーユは驚き絶句していた。

 それはオレも同様だった。

 ただその驚きは、ミーユとは真逆のベクトルである。

 

「その妖魔……すこしとはいえ父さんの本気を食らって『死にかける』で済んだんですか……?」

「そこはやはり、『魔竜殺しの七英雄』と呼ばれるようになる男だからな。多少のことで死にはせんよ」

 

「そ、それはおかしいです……にゃあ」

「どうしてだ? ミリリ」

「七英雄さまのことは、教養の時間で習いましたにゃ。だけどミリリは、そのお名前を初めて知りましたにゃあ」

 

「契約妖魔は通りが悪い――ということで、正義の使徒ジャスティ、などと名乗っていたからな……

「ジャスティ様は、偽名だったのですにゃ?!」

「そうだったのだ」

「知らなかったですにゃ……」

 

「脱線したがそういうことだ。

 ゼフィロスと共にいたレリクスやわたしは、洗脳魔法や幻術魔法の臭いというものを知っている。

 キミからは、それをまったく感じない。

 そこまで含めて洗脳できるような実力があるのなら、グリフォンベール家の者が洗脳に気づくこともできんだろうよ」

 

「……」

「まぁリリーナの話を抜きにしても、息子のレインが連れてきたんじゃ。いい子に決まっておるじゃろうよ」

 

 父さんは、心の底から楽しげに笑った。

 この人に拾われてよかったと、心から思った。

 

 問。

 規格とはなんですか?

 

 答。

 ぶち壊すものです。

 

 みたいなところのある父さんだけど、オレを心から思ってくれているのも確かだ。



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外道なる父親の策謀

 圧倒的な賛成多数で、ミーユのことは守ると決まった。

 と――思われた時だった。

 

「でも……やっぱり……」

 

 ほかならぬミーユが、難色を示す。

 

「どうしたんだよ、ミーユ」

「めいわく……、かかるから……」

「別にいいじゃん」

「今回のおヌシは、ワシの息子と幸せになろうとしただけであるしのぅ。

 そこを支えあうのが家族とも言えるじゃろ」

 

「そっ、それだけじゃないんです。ボクの家には、『四神将』と『十二騎士』がいるんです」

「なんだそりゃ」

 

「グリフォンベール家の守護者とも言われるみんなだよ!

 二十万とか三十万とかいるグリフォンベール家と傘下の家から、

 特に優秀な四人と次点の十二人がもらう称号だ!!

 ただ強いだけじゃなくって、三公にだけ伝わる武器や防具をあつかったりもする!」

 

「よくわからんがすごそうだな」

「よくわからんが、すごそうじゃのぅ」

 

「すごいの! すごそうじゃなくって、すごいの!

 一対一ならなんてことないと思うけど、四対一や十二対一になると……」

「危ないかもしれないってことか」

「うん……」

 

「自らが消されようとしておるのに、ワシらの心配をするとは……流石はわが息子レインが選んだ少女じゃのぅ……」

 

 必死に説得をするミーユだが、父さんは戦慄するよりも感涙していた。

 リリーナが言う。

 

「ひとつ言っておくぞ、ミーユ=ララ=グリフォンベール」

「はい……」

「わたしやレリクスは、魔竜とも戦ったことがある。

 だがそれは、楽に勝てるから戦ったのではない」

 

 リリーナは、息を整えて言った。

 

「守りたい者がいたから、戦ったのだ」

 

「リリーナさん……」

 

 迷いことなく言い切るリリーナは、紛うことなき英雄だった。

 ミーユの目にも、尊敬の色が芽生える。

 しかしオレのほうを見て、視線でハッキリ言ってくる。

 

(今のわたしは、よいことを言ったと思わないか?!)

 

 例によって台無しだった。

 

   ◆

 

 ミーユたちがのんびりとしていた時分。

 グリフォンベール家の屋敷。

 四神将のひとり、ルークスからの報告を聞いたミーユの父――ダンソン=グリフォンベールは怒り狂った。

 

『我らを洗脳していた魔女を逃がしただと?!』

『逃がしたのではございません。我らが向かったころには、すでに……』

『どういうことだ?!』

 

『学園の教官アリア=ロッド曰く、〈グリフォンベールの人たちでも洗脳しちゃう魔法使いだシ! わらしたちがなんかアレされるのも仕方ないシ!〉とのことで……』

『奴隷あがりの〈犬〉が……』

 

 ダンソンは、床にツバを吐き捨てた。

 首輪をつけた奴隷の少年が、それをふき取る。

 

 ルークスは、ダンソンに気づかれない程度に顔をしかめた。

 奴隷あがりなのは、ルークスもそうであるからだ。

 

『手がかりはないのか?! あの魔女の手がかりは!』

『そこは調査をいたしましたが、同級生のレイン=カーティスと仲がよかったとのこと』

『カーティス? いったいどこの三流貴族だ?』

『魔竜殺しの七英雄がひとり、レリクス=カーティス様のご子息です』

『なるほど、そのカーティスか』

 

『レリクス=カーティスと言えば、怪物揃いと謳われた魔竜殺しの七英雄の中でも規格外れと称されし英雄。

 コトを構えることは得策ではないかと……』

『むしろレリクス様と関係を持てたことを、誇りに思うべきでは……?』

 

 ルークスの右腕的な存在であるロッカも、そんな風に言う。

 が――。

 

『なにを言っているのだっ!』

 

 ダンソンは一喝した。

 

『学園にいたというミーユ=ララ=グリフォンベールは、我らの息子を騙った大罪人!

 それが英雄との繋がりを持っているからなんだと言うのだ!

 ここにいるミーユこそが、グリフォンベール家の正当後継者だ!』

 

 ダンソンは、隣に控えている少年を指差した。

 そこにいるのは、ミーユそっくりの少年。

 ミーユが反抗的になりつつあることに危機感を感じつつあったダンソンが、貧民街から連れてきた空似の少年だ。

 

 ミーユが学園に行っているうちに準備を進め、長期休みで帰ってきた時に『入れ替える』予定であった。

 レインの件がなかろうと、ミーユのことは『処分』するつもりだったのである。

 

『しかし相手がレリクス様では……』

『かつて手合せをしていただいたこともございますが、眼光だけで我ら動けず……』

『しかしレリクス=カーティスは、すでに相当な年である上、魔竜との戦いで癒えぬ傷を負ったと言うではないか。

 どこに恐れる要素があると言うのか』

 

『我らが威圧されたのは、その年老いた上に魔竜との戦いで負傷していたはずのレリクス様でして……』

『四神将とも呼ばれし者が、名前だけで怯んだか』

『仮に我ら四神将と十二騎士でレリクス様を抑えたとしても、相手の陣営にはレリクス様のご子息が……』

『学園の入試試験では、試験用の壁を相手に四億とも五億とも言える数字をだしたとかで……』

『臆病者め』

 

 ダンソンは、フン、と鼻を鳴らしてみせた。

 

『まぁ、よい、策はある』

『策……?』

『このような時のための策だ。細かいことはあとで言う。残りの四神将と十二騎士を連れてこい』

『……はい』

 

 ルークスは、なにも言わずにうなずいた。



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矛盾の妖魔

 ダンソンの屋敷。

 玉座の間。

 三公がひとり、グリフォンベール家の誇る四神将と十二騎士がそろった。

 

「ご命令通りです。四神将と十二騎士、ここに集結いたしました」

「うむ」

 

 ダンソンは、一冊の魔導書を取りだした。

 血を垂らす。

 

『血肉が我の一部なら、汝は我を食らいし者。血の盟約に従って、我が元に出でよ!』

 

 煙があがった。

 濁った血液を彷彿とさせる、赤黒い煙だ。

 煙はもくもくと集まると、ひとりの男を形作った。

 

 赤いコートに帽子を被った赤づくめの男。

 帽子の裾はカウボーイハットのように長く、片目しか見えない。

 そんなわずかに覗く瞳も、血のような赤。

 

『わたしの名前はシェイド=ゼフィロス。

 好きなことは強者を切ること。得意なことは強者を切ること。生きる意味は強者を切ること。

 よろしくお願いしますよ。クトゥフフフ』

 

『ゼフィロス……?!』

『あの、矛盾の妖魔の……?!』

『そう呼ばれることも多いですねぇ』

 

 〈ゼフィロス〉は、自身の帽子を押さえて言った。

 

『それでこたびは、いかなる用事で?』

『我らの息子を騙った魔女がいる! レリクス=カーティスの一族がそれをかばった! 討伐に協力しろ!』

『なるほど、レリクスの……』

 

『貴様が望む報酬は知っている! 〈強者と戦う時間〉だろう?!』

『おっしゃる通りでございます』

『しかしその契約書に、〈一対一で〉という一文はなかった』

 

 ダンソンは、にやりと狡猾な笑みを浮かべた。

 してやったりという顔だ。

 ルークスたちが察する。

 

『ま、まさか、ダンソン様……』

『我らを……?』

『傷ついた老いぼれとも戦えぬと言った貴様らが、なにを言うかっ!』

 

『『『…………』』』

 

『それに死すると決まったわけではない! こやつと戦い、勝利すればそれでよい!』

『おっしゃる通りですねぇ』

 

 ゼフィロスは、クトゥフフフ、と笑った。

 

『楽しませてください』

 

 剣が入った鞘を構える。三分の一程度抜く。銀色の輝きが見えた。

 四神将と十二騎士が身構える。

 次の瞬間。

 

 

 ゼフィロスは、四神将と十二騎士たちの背後へと回っていた。

 

 

 剣をパチリと、鞘に納める。

 

『ぐハッ!』

『があっ!』

『ぎゃああっ!』

 

 三人の騎士が、血飛沫をあげて倒れた。四人の騎士の武器も壊れる。

 四神将は流石に無傷であったものの、一歩も動くことができなかった。

 

『今のはただの小手調べだったのですが……。大丈夫ですか?』

 

 言いながら構えるは、八本のナイフ。

 ゼフィロスの指に挟まれたそれらは、しかし投げられる前に消えた。

 

『?!』

 

 驚愕する四神将と騎士。

 しかし次の瞬間に――。

 

 地面から飛びだしてきたっ!!!

 

 ズババババッ!

 ターゲットにされた騎士が、なます切りにされる!!

 

『張り合いがありませんねぇ』

『『うおおおおおおおおおおおおおおっっ!!』』

 

 双子の十二騎士が、予備の武器で踊りかかった。

 巨岩のような体躯に、分厚いブレストアーマーを身に包んだ重騎士だ。

 

『これはこれは、お力強そうですねぇ』

 

 ゼフィロスは剣を消し、やれやれといった感じに両手を広げ――。

 

 小鳥でも握るかのようにやわらかく握りしめた拳で、ふたりの胸板に拳を当てた。

 

 そのやわらかな一撃で、ふたりの体はゴッと吹き飛ぶ。

 

『防具はなかなかに上質でしたが、肝心のご本人がこれではねぇ』

 

 ゼフィロスは、十二騎士の残りを切り裂く。

 

『このおぉ!!』

 

 四神将のルークスが切りかかる。

 その手には聖剣。

 歴代の四神将筆頭に与えられてきた、由緒ある剣だ。

 

 ゼフィロスは回避する。

 聖剣の斬撃が、白い残滓を虚空に残す。

 消えずに残る白い残滓は、それ自体が殺傷力を持つ。

 

 振りおろし、右薙ぎ、逆袈裟と、ゼフィロスを攻める。

 ゼフィロスは、自身の剣で受けるのに徹する。

 互いの剣が打ち当たるたび、火花と剣劇の音が響いた。

 

『これはこれは、なかなか……』

 

 ゼフィロスがつぶやいたところに、右手から槍。

 

『卑怯とは言うまいな』

 

 四神将のひとり、無双のクロガネである。

 黒い髪に黒い瞳の、整った顔立ちの男だ。

 槍の腕前は国士無双。

 突きを放ったと思った瞬間には槍がすぐに引かれていて、第二陣、第三陣と止まることがない。

 

 そこに金色の髪が美しい女――四神将のロッカが、弓矢を放つ。

 世界樹で作られたという伝説もある純白の弓から放たれる純白の矢はけっして味方を傷つけない。

 

 ルークスの体を通過して、ゼフィロスへと向かう。

 完全なる死角からの奇襲。

 しかしながらゼフィロスは、身を翻して回避した。

 ルークスの剣とクロガネの槍を、自身の剣で弾く。

 赤い魔力と白い魔力が、火花のように飛び散った。

 

『クトゥフフフ、なかなかのお強さですねぇ』

 

 剣を持っていない左手を、ルークスとサイゾウに向ける。

 

『ぐあっ!』

『がああっ?!』

 

 ふたりの体が炎に包まれた。

 

『ディレイトヒール!』

 

 しかしすぐさま火は消えた。

 やわらかな光りに包まれた体は、火傷の傷もたちまち治す。

 ふたりは光りに包まれたまま、ゼフィロスに向かって突っ込む。

 

 その動きは、つい先刻のそれよりも素早い。

 一見すると小柄な少女でありながら四神将に名前を連ねる、癒しのソフィーネが使った『女神の息吹』の効果であった。

 身体能力を増強し、自然回復の力を一八〇倍にまで増加させる。

 

 あらゆる補助魔法に加えて、常にヒールがかかっているようなものだ。

 今のルークスとクロガネは、即死以外でやられることはない。

 魔法自体はソフィーネというより神杖・ミストルカースの力だが、それを維持できるのはソフィーネの力だ。

 

 今でこそ神杖と称されているミストルカースだが、かつては呪いの杖だった。

 並みの魔術士であれば、一分と持たずに全身の魔力が枯れて死ぬ。

 名前の由来も、『命を吸う者』という意味だ。

 

 そんな杖の力を、二十万とも三十万とも言われる膨大な武芸者の中の頂点に立ったふたりが一身に受ける。

 ミストルカースに勝るとも劣らない神器をあつかい、ゼフィロスにかかる。

 だがゼフィロスの、形よい唇から漏れたのは――。

 

『まだまだですねぇ』

 

 次の瞬間ゼフィロスは、ルークスとクロガネの背後に回っていた。

 ふたりの体から鮮血が噴き出す。

 一八〇倍の回復力でも間に合わない超高速の斬撃が、ふたりの体には入れられていた。

 治癒も間に合わないままふたりは倒れた。

 

「ひっ……!」

 

 怯えたロッカが弓を放つ。

 神器たる弓から放たれる矢は、音の速さでゼフィロスに向かう!!

 だがゼフィロスは――。

 

 それを素手で掴んでしまった。

 

 一閃、二閃と剣を振る。

 鋭く飛んだ剣圧が、ふたりの少女を薙ぎ払った。

 

「ふぅー」

 

 ゼフィロスは息を吐く。

 虫の息だった騎士たちが、紅い炎に包まれた。

 

『戦闘時間、三分二十一秒――ですね』

『グリフォンベール家の四神将と十二騎士が、五分と持たない、だと……?!』

『確かに普通の人間に比べれば、そこそこ強い部類ではございましたね。

 特に聖剣を持っていた金髪の彼は、鍛えあげればモノになりそうでした』

 

 ゼフィロスは指を鳴らした。

 景色にピシリとヒビが入って割れた。

 ダンソン、ゼフィロスの立ち位置に、四神将と十二騎士の座っている位置も変わった。

 

 戦いで乱れていたはずの隊列が、戦う直前のものへと変化していた。

 体の傷も消えている。

 完全に五体満足だ。

 

『なっ……?!』

『これは……?!』

『我々は確かに、切られたはずで……』

 

『わたしの名前はシェイド=ゼフィロス。

 好きなことは強者を切ること。得意なことは強者を切ること。生きる意味は強者を切ること。

 その目的は切ることであり、殺すことではございません』

 

 ダンソンが尋ねる。

 

『つまり今のは、幻覚であったと……?』

『近いものではございますね』

 

 四神将も十二騎士も、いぶかしむ。

 つい先刻の痛みも怒りも恐怖も、ほとんどリアルのものだった。

 先刻の戦いが現実で、今この瞬間こそが幻想――と言われたほうが、まだ納得できてしまうほどだ。

 

生きるも死ぬも、わたくしの気まぐれひとつ(イモータル・ワールド)。わたくしが持つ、特殊能力のひとつです。

 領域内の全員を、箱庭世界に飛ばします。

 そこでわたくしに切られたかたは、わたくしが死ねと思えば死にます。

 死なずともよいと思えば死にません。クトゥフフフ』

 

『それで……どうなのだ。我らの依頼は、受けるのか、受けないのか』

『達成できるかどうかはわかりませんが、全力は尽くしましょう。ただしいくつか、条件がございます』

『条件、とは……?』

 

『その一、作戦中は、わたくしの指示に従うこと。

 その二、依頼が終わったら、そこにいる四神将の方々と、もう一度わたくしを戦わせること』

 

『ひとつ目はともかく、ふたつ目は……?』

『今はまだ未熟な彼らですが、磨けば伸びる気がしましてねぇ。クトゥフフフ』

 

 ゼフィロスは、心の底から楽しげに笑った。

 

『この条件を破った場合

 契約は反故されたものとみなされますのでご注意を。クトゥフフフ』

 

 矛盾の妖魔、シェイド=ゼフィロス。

 好きなことは強者を切ること。得意なことは強者を切ること。生きる意味は強者を切ること。

 その言葉に偽りはない。




作者の別作品であるらぶえっちハーレム
「物理さんで無双してたらモテモテになりました」の
コミカライズが発売されました。

http://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF00000033010000_68/

この作品と同じような勢いでヤッている作品のコミカライズです。
えっちなのがお好きなら、間違いなくおすすめの一冊です。
えっちなのがお好きなら。


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訓練

 ミーユをかばうと決めてから、一週間がすぎた。

 相手からの動きは特にない。

 父さん曰く、

『今回のような場合では、王を通して使者を寄越すのが一般的じゃからのぅ。それがくるまでは大丈夫じゃろうて』

 とのことだった。

 

 オレはくるであろう戦いに備え、父さんと訓練をする。

 場所はいつも特訓をしていた荒野だ。

 

「それでは行きます」

「うむ」

 

 オレは地を蹴り打ちかかる。

 振りおろし、薙ぎ払い、バックステップを踏んでファイアボルトの魔法を放つ。

 炎の性質もあわせ持つ雷撃を、しかし父さんは木剣で弾く。

 

 オレは再び突っ込んだ。

 父さんと切り結ぶ。

 いなされたオレの斬撃が荒野の岩を砕いたり、外れた魔法がクレーターをあけたりとした。

 

「いやはや、腕をあげたのぅ」

「父さんこそ、相変わらずの強さですね」

 

 父さんはにこやかに言うが、オレはけっこうキツかった。

 足払いの寸止めや、拳での寸止めを何回も受けている。

 マリナと組めば手加減モードの父さんには勝てるけど、一対一だとまだまだキツい。

 一本、二本と浅い打ち込みを入れることはできたが、逆に言うとそこが限界。

 致命的な隙が生まれ、木剣を首筋に突きつけられる。

 

「……参りました」

「うむ」

「すごいな……」

「すごいです……」

「さすがは、レインのお父さんなんだぜな……」

「すさまじい戦いを見学させていただきました……」

「魔竜との戦いで死にかけていた人間の動きではないな……」

 

 ミーユとミリリとカレンに、リンやリリーナも感心していた。

 

(ちゅっ。)

 

 マリナはオレのほっぺたにキスをして言った。

 

「次はわたし。」

「うむ」

 

 あぐらをかいて座ったオレは、ミリリを膝に乗せて見学をする。

 

「はにゃあぁ…………♥」

「ちゃんと見とけよ?」

「はっ、はいです、にゃ」

 

 恍惚モードだったミリリを注意し、マリナと父さんに目を向けさせる。

 魔法戦が始まった。

 父さんが放つ無数の火球を、マリナはツララで撃ち落とす。

 右手でツララを放ちながら動き回り、左手では別の魔法の力を溜める。

 

「アブソリュート………ゼロ。」

 

 ガキイィン!

 父さんが立っていたところに、巨大な氷柱ができあがった。

 霧があがって見えないが、放つタイミングは完璧だった。

 父さんは、確実に飲まれたと思われる。

 

 普通であれば勝負アリ。

 だがウチの父さんは、氷漬けにされたぐらいなら普通にでてくる。

 マリナは油断せずに魔力を溜めると、霧が晴れるのを待った。

 霧が晴れ、氷柱が現れる。

 が――。

 

 父さんはいない。

 

 回避した様子がなければ氷の柱を砕いたわけでもないのに、柱の中に姿がない。

 氷柱は、円柱状の空洞があるだけだ。

 しかし柱をよく見れば、地面に穴があいていることに気づく。

 

 いったいどういうことなのか。

 オレはすぐに気づいたが、マリナのほうは気づくのが遅れた。

 気づいた時には遅かった。

 マリナの背後に父さんが回り、その背に木剣を寸止めした。

 

「どっ……どういう魔法なんですにゃっ……?!」

「自分を包む氷を溶かして足場も溶かして、マリナの背後まで穴を掘り進んだんだよ」

「めちゃくちゃです、にゃあぁ……」

「でもオレの父さんだし」

「確かに……。ご主人さまのお父さまなら……」

 

 驚愕していたミリリだが、そんな感じで納得してくれた。

 っていうか父さん、強くなってる。

 たぶんオレとの訓練があるから、負けてられないとかそんな感じだ。

 

 マリナの訓練が終わったら、ミリリやカレンたちの訓練もした。

 父さんが休憩し、オレがやる。

 カレンとリンとミリリの三人に、リリーナが補助魔法をかけた。

 補助を受けた三人のステータスは、こんな感じになる。

 

 カレン

 HP   20270/20270(↑20000)

 MP   20000/20000(↑20000)

 筋力   20222(↑20000)

 耐久   20188(↑20000)

 敏捷   20208(↑20000)

 魔力   20000(↑20000)

 

 リン

 HP    20330/20330(↑20000)

 MP    20000/20000(↑20000)

 筋力   20300(↑20000)

 耐久   20250(↑20000)

 敏捷   20900(↑20000)

 魔力   20000(↑20000)

 

 ミリリ

 HP   20260/20260(↑20000)

 MP   20220/20220(↑20000)

 筋力   20235(↑20000)

 耐久   20230(↑20000)

 敏捷   20290(↑20000)

 魔力   20227(↑20000)

 

 

 明らかにおかしい。

 

「少々、本気をだしてしまったかな?」

 

 とか言っていたが、出しすぎである。

 残念なところも多い上にロリ化しているショタコンエルフのリリーナだけれど、実力自体は本物だ。

 オレは苦戦させられつつも、無事に勝利し『ご主人さま』の面目を保った。

 

 

 



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使者がきた

 訓練が終わり、オレたちは村に寄った。

 村の人たちは、そろって荷物をまとめてる。

 

「避難を始めている方々を見ておりますと、戦いの近さを感じるな」

「だねぇ」

 

 リリーナのつぶやきに、オレはうなずく。

 近くにいた村長と村人たちに、父さんが言った。

 

「迷惑をかけるのぅ」

「いえいえ、いいんですよ」

 

「元よりこの土地は、魔物を倒せるレリクスさまがいらっしゃらなければ住めない土地でした」

「レリクスさまがリリーナさまを呼んでくださらなければ、毎年訪れる病にも勝てませんでした」

「蓄えがなく、この村で死ぬしかなかった当時のわたしたちとは違います」

「それに……」

 

 そこにいた村人たちは、異口同音に言い切った。

 

「「「レリクスさまが負けるはずはないかと」」」

 

 抜群の信頼であった。

 実際オレも、父さんが負ける姿は想像できない。

 

 でも世の中は広い。

 父さんが倒した『魔竜』も、父さんひとりでは勝てなかった相手だ。

 

 そんなのを操れる力が、ミーユの父母のような腐った人間にあるとは思えない。

 しかし油断は禁物だ。

 『魔竜』ほどではないにしろ、油断をしたら危うい強敵がくる可能性はある。

 

 そんな感じで村の人たちも避難させると、屋敷に男が現れた。

 庭にワイバーンをおろし、恭しく頭をさげる。

 

「初めまして、レリクス=カーティス様。わたしは王国よりの使者。ビルス=マトソンと申します」

「うむ」

 

 父さんは、応接間へと案内した。

 メイドのメイさんがお茶をだす。

 

「用件の予想はついておるが……念のために聞いておこう」

「訴状です。グリフォンベール家から、王国の法務部に提出されました」

「うむ」

 

 父さんは、だされた手紙を受け取った。

 じっくりと眺める。

 

「グリフォンベール家の長男を騙り、学園にもぐり込んでいた魔女。

 それがワシの家にいるという情報が入った。

 偽りであるとは思うが、念のために調査をさせてほしい……か」

 

「はい」

「その件については、端的に伝えておいてくれ」

 

 父さんは言った。

 

「アホウ」

 

 ビリィ、ビリッ! 手紙を畳んで二回破ると、封筒の中に戻して返した。

 

「国法で言いますと……犯罪容疑者情報の隠匿は、国に庇護される権利を失います。

 調査を受諾すれば、裁判以上の手続きをグリフォンベール家が取ることはできません。

 しかし調査も拒否となりますと――」

 

「戦争をしかけられても、国は関与してくれない――じゃったかな?」

「おっしゃる通りでございます」

 

「そういうことなら万も承知じゃ。ワシも息子も、戦う覚悟はできておる」

「…………」

「どうした? お若いの」

 

「本当に、グリフォンベール家とコトを構えるおつもりなのですか……?」

「その通りじゃが?」

「失礼ですが……勝てるとお思いで?」

「思うか思わぬかで言えば、思っておるに決まってるじゃろうて」

 

「三公の一家との争いともなれば、その分家とも言える十二侯爵。

 十二侯爵が抱える百子爵。百子爵ともことを構えることになります。

 数で言えば、軽く見て八万単位となりますが……?」

 

「軍との戦いは心得ておる」

「…………」

 

 ビルスは顔を曇らせる。

 父さんを脅しているというよりは、単純に心配している感じだ。

 

「七英雄様と言えど、戦いに絶対はございませんし……」

「それはその通りでもあるの」

 

 父さんは、あっさりと認めた上で言った。

 

「しかしワシらは、ただ守りたいだけなのじゃ。

 頭を下げて守れるのなら下げる。腹を切って守れるのなら切る。

 しかしてこたびは、戦わなければ守れそうにない。となると戦うしかあるまいて」

 

「決意はお堅いようでございますね……」

「うむ」

 

 ビルスは、封筒を受け取った。

 

「それではしかと伝えておきます。アホウ――と」

「そうしてくれ」

 

 王国の使者であるビルスさんは帰還した。

 これにより、グリフォンベール家は大義名分を得る。

 

 同時にオレたちは、国の庇護を得ることができなくなった。

 グリフォンベール家が制裁的な侵略をしても、自力でなんとかするしかないのだ。

 だがあえて、ハッキリと言おう。

 

 

 上等だよ。クソ野郎。



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開戦

 父さんが、使者に『アホウ』と伝えてから一週間目の朝。

 大軍勢がやってきた。

 軍勢というのは軍勢であるがゆえ、隠密行動ができない。

 ヨロイのガチャガチャと鳴る音がすれば土煙もあがるし、周辺にいる鳥などは飛び立つ。

 

 対するオレと父さんは、見晴らしのよい平原にいた。

 それ以外には誰もいない。

 ミーユはもちろん、マリナやカレンやリンも留守番である。

 

『わたしも行きたい。』

『ダメ』

『行きたい。』

『だからダメだって。もし別働隊とかがいたら、この屋敷を狙われる可能性は高いし。』

『ミリリもミリリもがんばりますが、レリクス様かレイン様かマリナ様がいてくださらないと、不安ではございます……にゃあ』

 

 マリナはリンを、一撃で吹き飛ばしたことがある。

 だからリンはもちろんのこと、リンと互角の戦いをしたミリリからの評価も高い。

 イメージを抜きにしても、オレと父さんに次ぐ三番手の実力者だ。

 本当の理由は『危険そうな前線にはだしたくない……』なんだけどね。

 

(………。)

 

 しかしマリナは、そんなオレの考えも察知してしまっているような感じだ。

 物言いたげな目を向けてくる。

 

(ちゅっ………。)

 

 そしてオレに身を寄せて、ほっぺたにキスをしてきた。

 豊満なバストをオレの胸板で潰すかのような勢いで押しつけ、そこはかとなく悲しみの漂う声で言った。

 

『続き………待ってるから。』

『うん』

 

 オレはマリナを抱きしめた。

 マリナは、くすん、と鼻を鳴らした。

 

『お守り………。』

 

 ということで、ミサンガを手首に巻いてもらったりもした。

 そんなやり取りがあって、オレは今ここにいる。

 負けるわけには、けっしていかない。

 父さんが息を吐く。

 肩をぐるぐる回したりもした。

 

「軍勢と戦うのは、ひさしぶりじゃのぅ」

「でもよかったんですか? こんな場所で待ち構えていて」

「どういうことじゃ?」

「こういう戦いって、深い森とか狭い街道とかでやるイメージだったんですけど……」

「そのふたつでは、無駄に時間がかかるじゃろう」

 

 一般常識→広いところでの戦闘は、一度に大人数と戦うことになるから数の不利がでやすい。

 父さん常識→広いところでの戦闘は、一度に大人数を倒せるから楽。

 

 これが父さんクオリティです。

 

 軍勢の先頭が現れた。

 甲冑に身を包んだ上で巨大な槍も持っている、オーソドックスな騎士隊だ。

 

 人数も膨大だ。

 オレは軽く飛び跳ねた。

 軽くと言っても二十メートルぐらいはあるので、けっこうな高さだ。

 

 軍勢はすごかった。

 まず端が見えない。

 軽く推定するだけで、五万……六万。八万……十万……? ぐらいはいそうだ。

 

 軍旗の数も豊富であった。

 三公の一角であるグリフォンベール家の紋章に、その配下たる十二爵の紋章。

 さらにその配下や、グリフォンベール家と同盟関係にある貴族などもきているようであった。

 

 確かに常識で言えば、これはグリフォンベール家の勝ち戦である。

 圧倒的七英雄の父さんではあるが、貴族としては弱小だ。

 へき地にいるのも、『魔竜との戦いでケガをした関係で隠居している』と言われていたりもする。

 

 実際、間違ってはいない。

 父さんがへき地にいるのは、権力争いなどに疲れた――というのが一番の理由ではある。

 

 一方で、魔竜との戦いでケガして疲弊したのも間違いではない。

 本人が言っていたのだから間違いはない。

 ただし重要な点として――。

 

 

 ケガして疲弊し弱っていますがあの強さです。

 

 

 まぁしかし、普通はそんなの想像できない。

 ゆえに勝ち戦という評判が参加者を集め、集まった参加者で勝算が濃くなってまた別の貴族が参戦の意志を示す。

 敵のゲスっぷりを思えば、参加しないとあとあとうるさそうだし。

 

 そうして膨れあがったのが、今回の軍勢というわけだ。

 オレは地面に降り立って、軽い柔軟をした。

 軍勢が、一〇〇メートルにまで接近してきた。

 先頭の騎士たちが、おかしいことに気がつく。

 

『なっ……』

『ふたりか……?!』

『それも、このような場所で……?』

『降伏の使者では……?』

『しかしそれなら、恭順の旗を振っているはずだが……』

 

「それではわが息子レインよ。軍勢と戦うにはどうすればよいか、父であるワシが教えてやろう」

 

 父さんは、軍勢へと向かった。

 推定10万を相手にひとりで。



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軍隊との戦い方――父さん編

 

 軍勢を前にした父さんが歩みでる。

 殺してくれと言わんばかりに悠長だ。

 

 戸惑っていた騎士が槍を構えた。

 後方の魔法部隊や弓隊も、詠唱を始めたり弓を構えたりした。

 騎兵たちも、父さんを囲む動きを見せ始めた。

 その直後。

 

 ギンッ!

 父さんが、騎士たちをにらんだっ!

 

『『『ひっ……』』』

 

 その一睨みで、騎士たちはすくんだ。

 情けないように見えるかもしれないが、父さんの圧は半端ない。

 後ろで見ているだけのオレでも、ビリビリとくるものを感じている。

 

 実際ににらまれている騎士としては、ドラゴンを前にした子ネズミの心境であろう。

 父さんは、睨みを解いてオレに言う。

 

「まずこのようにして、睨みで先頭にいる兵士の行動を封じる」

 

 いきなりおかしい気はするが、父さんだから仕方ない。

 次に父さんは、手近にあった岩に手をかけた。

 高さ二メートル超の、見るからに重く頑丈そうな岩だ。

 数字で言えば、一トンか二トンはあるだろう。

 

「フンッ」 

 

 父さんは、それを片手で持ちあげて――。

 

「ぬおおっ!」

 

 ぶん投げた。

 

「ハアッ!」

 

 火炎弾を放ち、投げた巨岩を跡形もなく消し去った。

 騎士たちは、完全にほうけていた。

 

『今の魔法……詠唱してたか……?』

『してねぇ……』

『つまり無詠唱で、あの威力……?』

 

『その気になれば、連発できる可能性も……?』

『だだだだ、だれだよ……。レリクス=カーティスは隠居している老人だから、かつての力はないとか言ったの……』

 

 前線の騎士が震える中で、父さんはオレを見て言った。

 

「とまぁこのように、自分の力を見せて戦意をくじくのも手じゃ」

 

 十万の軍勢を相手にしているというのに、ゴブリン一匹を相手にしているかのような気安さだった。

 

「そしてこのように、先頭の者たちの戦意をくじくとじゃな……」

『怯むなっ! 怯むなあぁ!!

 我らは偉大なる三公・グリフォンベール家直属の十二爵が一爵・アドニア=レール=シュタインの騎士であるぞっ?!』

 

「あのように、部隊の(おさ)が激励をかける」

 

 父さんは、敵の指揮官を指差した。

 そして次の瞬間に――。

 

 消えた。

 

 そう錯覚させるほどのスピードで動いた。

 超スピードで敵の軍勢の中に飛び込み、激励をかけていた隊長の背後に周り、首を打って意識を奪った。

 隊長が離脱した時に指示をだす副官のみぞおちも剣の鞘で突く。

 ふたりを担いで再び消える。

 部隊から離れたところにふたりをおろし、騎士たちに言う。

 

「シュタイン家の者に告ぐ!

 貴公らの隊長は、レリクス=カーティスが捉えた!

 シュタイン家の者たちは、構えを解いて踵を返せ!!」

 

 威圧を受けた騎士たちは、構えを解いた。

 先鋒を務めるシュタイン家四〇〇〇の騎士と、二〇〇〇の魔術士が無力化された瞬間である。

 

「とまぁこのように、敵を容易く見渡せる広き土地では、指揮官を見つけるのも捉えるのも容易い。

 ゆえに短き時間でもって、無数の兵を無力化できるわけじゃな」

 

 うん、おかしい。

 

 矛盾はない。

 実行できれば効果的な戦術だとも思う。

 そして父さんが実際にやっているため、実行不可能な戦術とも言えない。

 

 でも、おかしい。

 世間一般の感覚で言えば、その指揮官を倒すためにすごい手間と時間をかけて戦闘っていう行為をするはずじゃないのっ?!

 なんで一連の流れが、『水を飲めば水分を補給できるのじゃ』みたいな感じで進められてるのっ?!

 指揮官を捕縛されたシュタイン家はもちろんのこと、シュタイン家が崩れた時のために後方に控えていた軍の人たちも唖然としてるよっ?!?!?!

 

 

 まぁオレもできたけど。

 

 

 相手が反応できないスピードで動いて敵陣に潜り込む。

 指揮官そのものが強いケースや、強力な護衛が左右に控えていることもあるが、アゴに拳を叩き込んだり、みぞおちを殴ったりすれば気絶するので問題はない。

 

 魔法使いの攻撃も、基本的には詠唱が入る。

 オレは学園で勉強もした。

 詠唱の内容で、どんな魔法なのかは大体わかる。

 

 詠唱が始まった時点で相手を倒すか、詠唱されている隙に魔法の有効射程から離脱すれば問題はない。

 指揮官のみぞおちに拳を入れて意識を落とす。

 敵の指揮官ゲットだぜっ!

 そして別の指揮官を捕まえた父さんと合流し、本陣に戻る。

 

「殺してはおらぬな?」

「はい」

「大切な存在を失った者の復讐は、恐ろしいからのぅ。

 殺さずに済むなら、それに越したことはない」

 

 父さんの言葉には、実感がこもっていた。

 復讐に囚われた存在と、過去に接したことがあるかのような口振りだった。

 

 実際、その通りでもある。

 遺恨を残さないようにするなら、中途半端はよろしくない。

 殺さないと決めたなら、殺さないようにするべきだ。

 逆に殺すと決めたなら――。

 

 

 歴史に残る虐殺を。

 

 

 考えが、殺気となって漏れてしまった。

 オレたちを阻もうとしていた騎士たちが怯む。

 それを見たオレは、『やっぱ殺さないほうがいいよな』と思った。

 殺気や敵意を向け続けてくる相手ならともかく、そうじゃない人を殺すのは気が引ける。

 

 指揮官を本陣において、再び敵陣に突っ込んだ。

 敵が前にでてくるたびに突っ込み、指揮官とか強いやつを捉えること三時間。

 捉えたり倒したりした指揮官や強いやつの数は五百に届き、軍勢は六万が無力化されてる。

 

 こちらの被害はゼロである。

 ひとりも離脱していないという意味でゼロならば、かすり傷を負っていないという意味でもゼロだ。

 開始三時間での戦果としては、異様なものといってよい。

 あとは本隊であるグリフォンベール家の部隊と、直属である十二爵の部隊だけだ。

 先鋒のやつは先鋒ということで倒したが、残り十一爵はそのまま残っている。



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vsゼフィロス

 敵の指揮官を捕らえ、軍勢に白旗をあげさせ続けること数時間。

 モーゼが割った海のように、敵の軍勢が真っ二つに割れた。

 父さんが言う。

 

「いよいよ本番じゃな」

「本番、ですか」

「弱いのを倒し捕まえていると、強いのがでてくるのじゃ」

 

 父さんの調子は、変わらず軽い。

『お菓子は食べると減るのじゃ』みたいなノリで、強い敵を待っている。

 

 果たして割れた軍勢の奥から、煌びやかな軍馬に乗った、偉そうな貴族が現れた。

 数は三人。

 ミーユの父母とその息子――本物のミーユということになっている少年だ。

 

「我はダンソン=グリフォンベールである!

 レリクス=カーティスよ!

 なにゆえに調査すら拒むのだ?!

 やましいものを隠しているのかっ?!」

 

「我が領内に、やましき者などはおらぬ!!」

 

「ならばどうして隠すのだ?!

 やましきところがないと言うなら、堂々としておればよいではないかっ!」

 

「それを言う貴公とて、ウジが這いずる(けが)れた場所に、煌びやかなる宝石を配したりはするまい!

 やましきところを疑う前に、おのれの手を洗うのじゃな!」

 

 父さんの発言に、貴族のひとり――ミーユの母と思わしき女が叫んだ。

 けばけばしい格好をした、見苦しく太った女だ。

 

「こっ、このっ、無礼者が!

 貴様が暴言を吐いたのは、三公・グリフォンベール家の当主であるぞっ?!」

 

「貴公らの家が徳高きことは理解した!

 それでは問うが、貴公ら自身はなんなのだ?!

 グリフォンベール家の当主であることを除いた、貴公らという存在にはなにがあるのだっ?!」

 

「ひいっ!」

「おお、ゲネス!」

 

 ミーユの母が青ざめよろけ、ダンソンのほうも血色を乱した。

 

「……」

 

 本物のミーユということになっている少年は、目を閉じ手綱を強く握った。

 ふたりのことをあまりよく思っていないことが、遠目にもわかった。

 

「ゆけいっ!

 我がグリフォンベール家が誇る、四神将に十二騎士よ!

 あの無礼者の首を取るのだ!!!」

 

「「「……は!」」」

 

 声が響いたのと同時、オレと父さんの周囲に魔法陣ができた。

 オレはバックステップで回避する。

 はたしてオレが飛んだ直後に、魔法陣があったところに火柱が立った。

 コンマ一秒遅れていれば、かなりのダメージは受けていた。

 一方の父さんは――。

 

「ハアアッ!」

 

 

 気合いで吹っ飛ばしていた。

 

 

 足元に魔法陣ができた直後に気合いを放ち、自身の半径二メートルをクレーターに変えていた。

 魔法陣は消し飛んでいた。

 すごい。

 四神将に十二騎士と呼ばれた全員が、父さんのほうに向かった。

 

 四人が同時に切りかかり、六人が弓矢などの道具を構え、残り六人が魔法でサポートの体勢に入る。

 あれ……とオレが思った直後。

 背後に強い気配を感じた。

 振り返ると同時――。

 

『あなたの相手はわたくしですよ?』

 

 声と共に、銀色の長剣。

 チラりと入った視界の先には、赤尽くめの格好をした男。

 長剣を、身を翻して回避する。

 

 だが敵は、気づけばまたも後ろのほうに。

 斬撃がくる。

 転がって回避する。

 オレは右手から魔法を放つ。

 

「ファイアボルトッ!」

 

 男は、手を突きだして受けた。

 災害指定種の大王スクイッドでも丸焦げにできる威力だが、男にとっては白い手袋に焦げ目がついた程度のダメージしかなかった。

 

「ミスリル糸で編んだ手袋に、わずか一撃で焦げ目をつけるとは……なかなか将来有望ですねぇ」

「オマエ……何者だ?」

 

「本来の名で言えば……契約妖魔・ゼフィロス。一般にも浸透している名で言えば――」

 

 男は自身の帽子を押さえ、鋭い眼光をオレへと向けた。

 

 

「魔竜殺しの七英雄がひとり、正義の使徒・ジャスティ」

 

 

「若いころの父さんに、一撃でやられたっていうやつか……」

「異常でしたねぇ、彼は」

 

 ゼフィロスが突っ込んできた。オレは剣を縦にして受ける。

 ギャリィンッ!

 火花が散った。剣圧で押される。

 

 背後に気配。ゼフィロスだ。

 空を切り裂くような斬撃を、前転で回避する。

 

 すると胸元に違和感が。

 ゼリー状の魔力の球が、胸板にくっついていた。

 数は四。

 嫌なものを感じたオレは、ふたつを握って即座に燃やした。

 

 でも遅い。

 ゼフィロスが指を鳴らすと、胸板についたままのふたつが爆発を起こした。

 煙幕めいた煙があがる。

 

 オレは素早く後ろにさがる――と。

 煙の奥からゼフィロスが、赤い風のように突っ込んでくる!!

 

 かろうじて受ける。かろうじて避ける。

 ファイアボルトで距離を取り、息を吐いて意識を集中。ゼフィロスの気配を探る。

 そしてふと、違和感に気づく。

 

(父さんがいない?)

 

 父さんだけじゃない。

 ダンソンやゲネスとかいうミーユの父母や、大量にいた軍勢などもいない。

 周囲の景色はそのままなのに、オレとゼフィロス以外が消えてる。

 

「気がつきましたか、クトゥフフフ」

 

 ゼフィロスは、とても楽しげに笑った。

 

「ここはわたしの幻想世界。

 首を切られても心臓を抉られても脳漿を破裂させても、死ぬことはありません。

 悪夢と疲労で二、三日寝込むことはあるでしょうがね。クトゥフフフ」

 

 ゼフィロスが切りかかる。両手に剣を持った二刀流。

 雨だれのような斬撃。オレはかろうじて回避する。

 背後にあった巨岩が、一瞬で細切れになった。

 ゼフィロスの左手にあった剣がポフリと消える。

 ゼフィロスは、右手の剣を鞘に納めた。

 

「ちなみにレリクス=カーティスは、わたしの力を知っています。

 わたしに襲われているあなたが、死なないことを知ってます」

 

 剣が抜かれた。

 水滴のような魔力の球が、散弾銃のように襲いかかるっ!

 

「ハアッ!」

 

 オレは炎の壁を作った。

 壁にぶつかった魔力の球が、当たった端から爆裂していく。

 そして今までのパターンからすれば――。

 

(後ろだっ!)

 

 オレは振り向き斬撃を放つ。

 予想的中。ゼフィロスはいた。

 

「おおっ」

 

 ゼフィロスは素直に感嘆の声をあげ、後ろにさがる。

 カウボーイハットのような赤い帽子に、切れ目が入った。

 

「この短時間で、あわせてくるとは……」

 

 ゼフィロスはつぶやくが、オレは遊ぶつもりはない。

 剣を地面に叩きつけ、衝撃の波を起こす。

 ゼフィロスの足元の地面が、火山のように破裂した。

 このまま一気に――。

 と、思ったのに。

 

 ゼフィロスは消えていた。

 またも背後に回ってた。

 

 だがしかし、距離はある。

 オレは必死に身を翻し、ファイアボルトを放った。

 

 ゼフィロスは指を鳴らす。互いの魔力が交差して爆発。

 飛び散ったオレの魔法が、ゼフィロスの周囲の地面や木に当たった。

 小さな爆発がいくつも起きて、地面がえぐれて木が倒れる。

 

「そしてレリクスという男は、強いのですが英雄であり、それゆえに甘い」

 

 ゼフィロスが指を鳴らす。

 空間に円形の窓が生まれ、外の様子が見えた。

 父さんひとりに、十六人が攻撃をかけていた。

 

「彼ら、彼女らには、恐怖に怯まずけっして怯えず、自身の力を限界まで絞り尽くして戦うための催眠魔法をかけております。

 そしてレリクス=カーティスは、意志のない人間を殺すことにためらいを持ちます。

 相手が自分の、遥か格下であれば当然です。

 あなたとて、糸で操られている小さな子どもは切れないでしょう?」

 

 ゼフィロスは、クトゥフフフ、と笑った。

 オレは察する。

 

「つまりオマエもあの十六人も、目的はただの時間稼ぎか……!」

「わたくしが今回受けた依頼は、ミーユ嬢の抹殺のお手伝い――でございますからね」

 

 それを聞いた直後、オレの中にスイッチが入った。

 時間稼ぎということは、別働隊がミーユたちのところに向かっているということ。

 マリナやリリーナがいるとは言っても、絶対に安全とは言えない。

 

 一気に突っ込む。

 ゼフィロスの指の隙間に、八本のナイフ。

 右手の指の隙間に四本。左手の指の隙間にも四本だ。

 

 同時に投射。

 かなりのスピードであったそれが、しかしオレにはスローに見えた。

 瞬時にすべてを打ち落とし、ゼフィロスに斬撃を入れる。

 ゼフィロスは、袈裟型に切れた。

 けれども、手応えでわかる。

 今のは残像。ただの幻影。本物は――。

 

(左!)

 

 振り返り際に斬撃を放つ。

 ゼフィロスは、目を見開いて後ろにさがった。

 

 オレは突っ込む。フェイントも混ぜた四つの斬撃。

 ゼフィロスが持つ二刀の剣の、片方が折れた。

 

「これはこれは、今までとは動きが……」

 

 つぶやくゼフィロスの顔面に目がけて、ファイアボルト。

 それは顔面に打ち当たる――が。

 

 やはり幻影。

 そして気づくと、オレの周囲には銀色の短剣。

 

 一本や二本ではない。

 百や二百でも足りない。

 四方八方、どこを見ても銀色の短剣の切っ先が視界に入ってきてしまうほどの短剣が、オレを取り囲んでいた。

 短剣で作られたドームの中に、閉じ込められたと言ってもいい。

 

「ファイアボルト!」

 

 試しに魔法をぶつけても、バチりと火花が散るだけだ。

 ドームの外でゼフィロスが叫ぶ。

 

「すべてを穿ち切り刻む汝は、げに美しき――サウザントプリズン!!」

 

 千本の短剣がオレに向かって飛んできた。




この作品の二巻が、あさってこと6月30日にでます。

http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-75142-0.html

書店さんで買っていただけるとうれしいですが、amazonさんでもうれしいです。
よろしくお願いいたします(๑•̀ㅂ•́)و


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四神将の強襲。

 レインが苦戦していた時分。

 ミーユたちがいる屋敷。

 

 ミーユらは、レインたちの戦いを広い食卓で見守っていた。

 戦場の端に設置されていた水晶玉から送られてきた映像を、ビジョンボードと呼ばれるハーフミスリル製の素材で作られた板に移している。

 大きさは、大型テレビ級である。

 

「レイン様もレリクス様も、すさまじいですね……」

「さすがはご主人さまですにゃ……」

「人外離れしてるぜな……!」

 

 リン、ミリリ、カレンの奴隷三人娘が感想を漏らすと、リリーナが言った。

 

「当然と言えば、当然の結果だな」

 

 優雅な仕草でハーブティをすすり、クッキーを食べる。

 リリーナの感覚から言えば、十万の軍勢は『たかが』であった。

 そんな中、マリナがミーユを気遣った。

 

「………へいき?」

 

 不安そうにうつむいていたミーユのおなかを撫でる。

 手つきは、穏やかでやさしい。

 ミーユの子どもがレインの子どもでもあると思うと、それだけで愛おしかった。

 

「レリクスさんもレインも強いんだけど……。

 あのぐらいの軍勢を蹴散らすぐらいなら、四神将の人たちでもできるから……」

 

「………そう。」

「レリクスや少年を止めるには至らんと思うがな」

 

 リリーナは淡々としていた。

 そんな中、レインの背後に赤いコートを着た男が迫る。

 銀色の剣で攻撃を咥え、それと同時に――。

 

 レインが消えた。

 

「レイン?!」

「ご主人さまっ?!」

「ゼフィロスか……」

 

 マリナたちが動揺を見せる中、リリーナは落ち着いていた。

 

「ゼフィロスって、矛盾の妖魔のですか?!」

「ああ、そうだ」

「レインでも、そんな敵は危ないんじゃ……」

「いや、そこは大丈夫だろう」

 

 慌てるミーユではあるが、リリーナは落ち着いていた。

 

「やつが好きなことは強者を切ること。

 得意なことは強者を切ること。

 生きる意味は強者を切ること。

 それゆえに、強者を殺すことをためらう。

 特殊空間に入り込む結界も張った今、少年が殺されることはない」

 

「でもですが、レリクスさんにも、十二騎士とよくわからない人たちが四人も……」

「確かに少々、腕が立つようではあるが……」

 

 リリーナは、目を細めると言い切った。

 

「レリクスにとっては幼子と同じだ」

 

 ただそれはそれとして、自身の肩をぐるりと回す。

 右手をグー、パーと握ったりもする。

 

「………。」

 

 マリナもゆっくり立ちあがる。

 

「守って。」

 

 ミーユをリリーナに任せると――。

 

 

 扉に向かって猛チャージ!!

 

 

 それと同時に、扉にピシリとヒビが入った。

 バラリと割れる。

 

 四神将が現れる。

 マリナのパンチが放たれるっ!!

 

 ゴシャアッ……!

 剣を振り切っていた金髪の青年の顔面に、マリナの拳が突き刺さる。

 

「なっ……?!」

 

 続いてマリナは、武骨な顔立ちをした黒髪の男に回し蹴り。

 めきりと腕のひしゃげる音がし、黒髪の男を吹き飛ばす。

 吹き飛んだ男が激突した壁が、爆弾でも使われたかのように吹き飛ぶ。

 

「ルークスさん! クロガネさん!」

 

 ヒーラーの少女が、回復魔法を入れようとした。

 マリナは右手に魔力を込めて、少女も殴り飛ばそうとする。

 だがしかし、右方向から強力なプレッシャー。

 足を止めると眼前を、白い矢が通った。

 

 マリナは相手を確認しない。

 相手を見やるより早くに、氷のツララを展開し、一直線に打ち放つ!!

 時速360キロで突き進む八本のツララに対し、相手は素早く矢を放つ!!!

 その矢はマリナのツララを砕き、マリナ本体へと向かう!!

 

「んっ………!」

 

 マリナは素早く回転し、八本の矢を回避する。

 回避された矢は地面に当たり、真珠色の波紋を作った。

 ヒーラーの回復を受けたルークスが、光の魔法弾を放つ。

 

 マリナは氷のバリアを張った。

 直撃は避けたものの、勢いは殺し切れない。

 爆風に煽られる。

 マリナの体が派手に吹き飛ぶ。

 廊下から食堂のテーブルを越えて、壁に叩きつけられた。

 

「っ………。」

 

 かなりのダメージを受けたらしい。

 立てないでいる。

 

「っ……」

「はにゃっ……」

「ぜな……」

 

 リンとミリリにカレンの三人が、マリナを見つめて絶句する。

 レリクスとレインには劣るとはいえ、常識外れの力を持っているマリナ。

 そのマリナが、四対一とはいえやられるなんて――。

 

 一方のミーユは、マリナを襲った四人を見ていた。

 その顔は、蒼白だ。

 

「オマエらは――」

 

 金髪の青年――四神将のルークスが、皮肉めいた笑みを浮かべて言った。

 

「おひさしぶりですね……ミーユ様」

「四神将のオマエが、どうしてこっちに……?」

「ゼフィロス様からのご命令でしてね。

 十二騎士と偽の四神将が戦っているうちに、あなたの首を取ってこい――と」

 

 ミーユの体が、小刻みに震える。

 ミーユにとって、グリフォンベール家の守護者とも言える四神将は、強さの象徴でもある。

 

 しかもその四神将は、マリナに立てないほどのダメージを与えた。

 絶望するのも無理はない。

 金髪の青年――ルークスは、そんなミーユの心境を見て取った。

 ナイフを取りだし、ミーユの足元に投げる。

 

「ご自害ください」

 

 冷徹な宣言。

 ただその声音には、ほんのわずかにやさしさがあった。

 

「我々の狙いは、あなただけです。

 あなたがご自害してくださるなら、ほかの方には手をだしません」

 

「本当か……?」

「我が剣と魂に誓って」

 

 ミーユは地面のナイフを引き抜く。

 

「そんなのダメで――はにゃあっ!」

 

 ミリリが止めようとしたが、ルーカスの剣気に押されてしまった。

 雷撃でも受けたかのように怯み、目もあけていられなくなる。

 

「ミリリ!」

 

 リンが後ろから抱きしめるように支え、かろうじて息を整えた。

 ルークスのほうを見る。

 ただ目があっただけであるのに、首を絞められているかのような圧力を感じた。

 

 リリーナの声が響いた。

 

「格の違いに怯えているのか? リン」

 

 ともすれば、侮辱とも言える言葉。

 しかしリンは無言であった。リリーナの言葉が、そのまま真実であったからだ。

 リリーナは、フッとほほ笑む。

 

「彼らは、確かに、なかなかの実力者だ。

 戦士に格があると言うなら、かなりの上位に行くだろう。

 マリナですらも、吹き飛ばされた。

 が――」

 

 リリーナは、マリナのほうをチラりと見やった。

 したことは、もう本当にそれだけだ。

 それだけなのに――。

 

 マリナの傷は全快した。

 立ちあがれないほどのダメージを、かすり傷以下のものに変えた。

 リリーナは言う。

 

「今この場には、魔竜殺しの七英雄がいることを忘れるな」

 

 リリーナは、自身の指をパチリと鳴らした。

 リンとミリリとカレンに加え、マリナのステータスが平均三万も上昇する。

 

「……場所を変えましょうか」

「うん。」

 

 苦戦と長期戦を察したルークスが言うと、クロガネたちが窓から裏庭に降り立った。

 リンやミリリも、マリナたちをチラチラと見ながら裏庭にでる。

 マリナとミーユに、ルークスが残る。

 

「あの……、ええっと……」

 

 いまだナイフを握っているミーユが、なにか言おうとしていたが――。

 ごちん。

 マリナがミーユの頭を、軽くげんこつした。

 

「だめ。」

「……」

「死ぬのは、だめ。」

 

 くり返し諭されて、ミーユは返す言葉がない。

 無言でうつむく。

 

「守るから。」

 

 マリナはミーユを抱きしめた。その背をやさしく撫でてやる。

 その穏やかな雰囲気は、聖母さながらであった。

 ミーユのことをやさしく抱いて、裏庭へとおりる。

 

「実の子を殺そうとする父母がいるというのに、他人の子を守ろうとする少女もいる――か」

 

 ルークスは、ひとりぽつりとつぶやいた。

 マリナのあとを静かに追って、裏庭へとおりる。

 その胸中は、誰にもわからない複雑なものであった。



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マリナたちの戦い

 戦いが始まった。

 マリナが剣士ルークス、リンが槍使いクロガネ、ミリリが弓師のロッカと対峙する。

 金髪の剣士ルークスは、陣容を見て思う。

 

(頭に羽がついている女とリリーナ様は、ミーユ様のおそばで護衛――か)

 

 しかし考えている隙は、ルークスにはなかった。

 マリナが無言で突っ込んでくる。

 両の手から伸びるは、氷の剣。

 ルークスは、自身の剣を縦にして受ける。

 ギリィンッ! と激しい音が鳴る。

 蒼い火花が、美しく散った。

 

(これは……)

(………。)

 

 ルークスとマリナ。互いが互いに舌を巻く。

 今回ルークスが持っているのは、神器ではない。

 神器のほうは、レリクスを抑える十二騎士のひとりに貸してる。

 

 それでも今回の装備は、かなりの業物である。

 特殊な力がないだけで、単純な強度と切れ味は神器に近い力を持っている。

 マリナが作りだした氷の剣は、そんな剣とほぼ互角。

 

(それを無詠唱で作りだすとは……、さすがはレリクス殿のご子息の婚約者だ)

 

 逆にマリナからすると。

 

(かたい………。)

 

 ザッと下がって距離を取り、氷のツララを八本だした。

 一気に放つ。

 独特の軌道を描いて進むツララを、ルークスは剣技で落とす。

 マリナはわずかに顔をしかめた。

 タメなしで放つことのできる魔法では、ルークスは倒せない。

 かと言って、タメるための時間があるのかと言うと――。

 

 ルークスが突っ込んできた。

 マリナは剣で迎撃する。

 二刀の剣をクロスさせて切りおろしを受ける。ルークス、素早く剣を引く。

 横薙ぎの斬撃。

 

(はやい………!)

 

 リリーナの加護を受けているマリナでも、そう思える速度。

 かろうじてさばき、剣を振る。ルークスは、後ろに下がった――かと思いきや、すぐさま剣を振ってくる。

 

 単純なステータスで言えば、マリナはルークスよりも強い。

 しかしルークスの洗練された動きは、究極に無駄がない。

 

 マリナとて、素人ではない。

 幼いころから、あのレリクスと訓練をしている。

 そこらの二流が相手なら、剣術だけでも圧倒できる。

 

 それでも適正は魔術士だ。二流には勝てても一流が相手だと厳しい。

 適性が魔術士であるのに、剣士のルークスと接近戦で渡り合えているのがおかしいとも言える。

 が――。

 

(………。)

 

 マリナは、リンとミリリのほうも見る。

 クロガネの、三段突きをさばくリン。しかし槍の穂先を器用に突きあげられてしまった。

 槍が浮く。致命的な隙が生まれる。

 

 だがクロガネは動かない。

 というよりも、動けない。

 ナイフを構えているカレンが、ジトォ……と自分を見ている。

 もしも迂闊に踏み込めば、リンを突けても自分が刺される。

 カレンの攻撃を回避しながら、リンを突破できるルートは――。

 

 などを模索させるほど、リンも甘い戦士ではない。

 相手がコンマ一秒も逡巡すれば、体勢を立て直すことができる。

 本来であればこういう時に相手を矢で射るロッカは、ミリリに翻弄されていた。

 ミリリは小さな体で円を描くようにして動き、癒し手のソフィーネを狙っている。

 

(杖さえ取れれば、なんとかなりますにゃ……!)

 

 それを守るのがロッカだ。

 弓矢を構え、矢を放つ。

 しかし狙いが定まらない。

 ミリリの動きが素早い上に、砂や泥でかく乱してくる。

 

 一方のミリリも、楽な戦いではなかった。

 必死にかく乱できてはいるが、攻めるための隙が見えない。

 攻め込もうと思っても、ロッカの矢が飛んでくる。

 

 カカカカッ!

 トンファーで弾く。 

 

(はにゃあっ……!)

 

 ダメージはないが、矢の衝撃は重い。

 チャージをかけることはできない。

 第二陣が飛んでくる。

 

「はにゃああっ!!!」

 

 横に跳び、かろうじて回避する。

 ミリリに回避された矢は、背後の木々を貫いた。

 直撃すれば、ただでは済まない。

 

 一見すると互角の戦い。

 だが実際には、互角であればマリナたちが勝利する。

 それは支援者の差だ。

 

「……」

(はっ……、あっ……!)

 

 涼しい顔のリリーナに対し、ルークスサイドの癒し手、ソフィーネは、息切れを始めている。

 

 この世界における支援魔法や回復魔法は、かなり高度な術式だ。常人が使うのは厳しい。

 癒し手のソフィーネも、呪杖の性質も合わせ持つ神器・ミストルテインを使用している。

 それでようやく、三人分の支援と回復をできている。

 ただ杖を構えているだけで、ブリザードの中に置かれているかのような消耗がある。

 

 一方のリリーナは、完全に素だ。

 その気になれば紅茶もすすえるであろうほどの余裕を見せてる。

 それでいて、使用している術式はソフィーネよりも遥かに高度。

 ソフィーネの術式がせいぜい二千なのに対し、三万近く引きあげている。

 その数値そのものもおかしいが、それでリンたちが崩壊しないのもおかしい。

 

 身体能力を引きあげる魔法は、使われている人間にも負担がかかる。

 限界を超える力をだす以上、それは当然とも言える。

 リリーナは、それによって壊れるはずの肉体を、治癒の魔法でカバーしている。

 それこそが、魔竜殺しの七英雄の力だ。

 

(このままではまずいな……)

 

 劣勢を察したルークスが叫ぶ。

 

「クロガネ! ロッカ! ソフィーネ! オーダーをかけるぞ!!」




この作品の二巻が、双葉社のモンスター文庫さんより発売中ですヽ(・∀・)ノ

http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-75142-0.html

イラストはどれも愛らしいですが、個人的には天使の羽が生えているマリナと、笑顔のかわいいミーユがお気に入りです。
レリクス父さんのカッコいいイラストもあります。


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無能なるダンソン

「やりますねぇ、クトゥフフフ」

 

 オレが斬撃を放つと、ゼフィロスは楽しげに笑った。

 剣を打ち合う。

 

「しかしわたしのプリズンを、あのような方法で回避なさるとは」

 

 ゼフィロスは、地面のほうに目を向けた。

 そこにあるのは大きな穴だ。

 ナイフが刺さる直前、オレは地面に穴をあけた。

 

 そこから潜って突き進み、ゼフィロスに奇襲をかけた。

 生憎防がれてはしまったが――。

 ゼフィロスの右手が怪しく動く。オレはファイアボルトで牽制を入れる。

 でていたナイフが弾かれる。

 

「これは少々、本気をだしてみたくなりますねぇ」

 

 ゼフィロスは、大きくさがって距離を取る。

 

「今までは、本気じゃなかったっていうのか……?」

「まぁ、はい」

 

 ゼフィロスはうなずいた。

 右手でじゃらりと、ナイフを取りだす。指の付け根に挟まれたそれは、合わせて四本である。

 

「わたしが得意としている魔法は、よっつあります。ひとつ目が洗脳。ふたつ目が幻影。みっつ目が幻想世界――イモータル・ワールド。そしてよっつ目が――」

 

 ゼフィロスは、右手と左手を交差させた。四本のナイフが八本になる。

 

「任意の物質の数を二倍に増やす技法――『ダブル』です。

 性能も質量もまったく同じ物体を、そっくりそのまま複製できます」

 

「ナイフを増やしていたのは、手品じゃなかったっていうわけか」

「その通りですねぇ、クトゥフフフ」

 

 ゼフィロスは、またも不敵な笑みを浮かべた。

 

「そしてこのダブル、ひとつ特徴がございまして……」

 

 ゼフィロスは、自身の帽子に手を当てた。

 すると――。

 

「「わたし自身も、増やすことができます」」

 

 ひとりのゼフィロスがふたり。ふたりのゼフィロスが四人に増える。

 

「「「「ナイフと違い、四人が限界ではございますが――いかがですかな?」」」」

 

 四人がそれぞれ突っ込んできた。

 オレは二人目と三人目をファイアボルトで牽制し、先頭のやつと剣を混じらす。

 鍔迫り合い。

 そこに四人目がやってくる!!

 

 タイミングで言えば回避不可。絶体絶命の状態。

 だがオレは、意外にも余裕があった。

 四人目のゼフィロスに目をやり、イメージを固める。

 ゼフィロスが斬撃を放とうとした瞬間――。

 

 ひとつの影が表れて、ゼフィロスに斬撃を放つっ!

 

 斬撃は、四人目のゼフィロスの胸元をかすめた。

 致命には至らなかったが、怯ませるには十分だった。

 目の前にいたゼフィロスの剣も弾いて距離を取る。

 

「「「「それは……」」」」

「真似させてもらったよ」

 

 オレがだしたのはオレだ。雷と炎を混ぜて作った、オレの形をした魔力塊だ。

 その数は三。

 オレ本体も含めれば、ゼフィロスの数と同じ。

 

 互いに交差し、剣劇をかわす。

 ひとりのオレがゼフィロスを斬ると別のオレはゼフィロスに斬られ、最後の分身は相打ちになった。

 オレの本体とゼフィロスは、斬撃をかわしあう。

 ゼフィロスが言った。

 

「以前から、温めていた技なのですか?」

「アンタのダブルを見るまでは、考えてもいなかったよ」

「それでこの精度とは……」

 

 ゼフィロスは腕を振る。虚空から鎌《シックル》を召喚し、『ダブル』で増やす。

 一本を二本。二本を四本に増やし、そのうち二本を投擲してきた。

 オレは二本の鎌をいなした。刃が頬をかすめるが、治癒魔法で治す。

 

 ゼフィロスが突っ込んできた。

 雷を剣にまとわせ、ゼフィロスに対抗する。

 二本の鎌を振るゼフィロスの、破壊的な斬撃を受ける。

 ゼフィロスの瞳が怪しく光った。

 オレの意識がぐらりとゆれる。

 

(幻影魔法か……?!)

 

 察したオレは、気合いを発した!

 

「ハアアッ!!」

 

 その一喝で、幻影は剥がれる。

 

「クトゥフフフ、楽しいですねぇ。クトゥフフフ」

「オレはできれば、さっさと終わらせたいところだけどなっ!!」

 

 オレはゼフィロスに突撃をしかけた。

 

  ◆

 

 レインが七英雄・ゼフィロスと互角の戦いをくり広げていた時分。

 レリクスは、十六人の騎士を相手に無傷であった。

 斬撃をいなし、飛んでくる矢を睨むだけで爆破。魔法は素手で軽く切り裂く。

 丈夫さを自慢しているヨロイの男を、拳で吹き飛ばしたりもした。

 

「ふぅむ……」

 

 しかし相手は倒れない。

 殺気をまとっていないせいだ。

 

 レリクスは英雄だ。

 レリクスは善人だ。

 困っている人をほうってはおけず、自らの身をいとわずに魔竜を倒した。

 雨に打たれる赤んぼう――レインのことを放っておけず、実の息子として育てた。

 

 しかしそれでも、相手が自分を殺すつもりであるなら容赦はしない。

 そこでためらわない程度には、現実を知っている。

 しかし目の前の騎士たちは、殺気を一切まとっていない。

 

 こういう相手に、レリクスは弱い。

 殺さずに制圧を――と考えてしまう。

 

 しかしながら騎士たちは、十六人でレリクスにかかれば、手加減をしているレリクスの足止めぐらいはできる。

 とは言うものの、ギリギリだ。

 神器を借りて必死になって、かろうじて立っていられる。

 それでも傍目から見ていると、レリクスが押されているように見える。

 

 ゆえにそんな状況を、快く思わない者もいた。

 ダンソンだ。

 

「おのれっ、おのれっ、おのれぇ……!

 神器を借りておきながら、老いぼれひとりに手間取るとは……!」

 

 無能なるダンソンは、十六人の奮闘に気づかない。

 思い通りにしたいことと、思い通りになることの区別がつかない。

 つかないままに、金色の神器を取りだす。

 本物のミーユということになっている少年が、反射的に声を発した。

 

「それは別動している四神将の方々をこちらへと転送する、転送の神器では?!」

「その通りだが?」

 

「それはいけません。現時点において、ゼフィロス様の策に乱れはございません。

 父上のなさろうとしていることは、計画の破綻を招きかねません。

 ましてその神器は、ひとたび使えば丸一年のあいだは霊峰にて月の魔力を浴びせる必要があるという神器。

 このような場面で使うべきものでは……」

 

「ハッ」

 

 実の息子ということになっている少年の忠言を、ダンソンは鼻で笑った。

 それに同意するかのように、ダンソンの妻が言った。

 

「あなたはいつから、わたくしたちに意見ができるような立場になったのですか?」

「…………」

 

 少年は押し黙った。

 それを言われると弱い。

 

 自分は所詮、替え玉だ。

 実の娘でさえも平気で取り換える親ならば、ただの替え玉を取り換えるなどは造作もない。

 ダンソンは、神器に自身の魔力を込めた。

 そうすることで、事前に神器のカケラを渡していた相手をここに呼び寄せることができる。

 

  ◆

 

 ダンソンが暴走を始めたのとほぼ同刻。

 マリナたちの戦線は半壊していた。

 リンがクロガネの槍に腹部を突かれ、ミリリがロッカの矢雨を受けて倒れる。

 カレンはルークスが飛ばした斬撃に、体を真っ二つにされた。

 

『やりますねぇ、クトゥフフフ』

 

 そしてゼフィロスが笑う。

 陽炎のようにゆらいだ体が、半透明に透けている姿だ。

 

「貴様か……!」

『ここにいるのは、四神将の方々の魔力を借りている姿ですがね。

 軽い自我と幻影魔法は使用できても、それ以外はできません。クトゥフフフ』

 

 ただしその『軽い』魔法で、リンとミリリとカレンは絶命の幻影を見せられた。

 致死には至っていないものの、丸三時間は目覚めない。

 ミーユは倒れてこそいないものの、自我を保つので精一杯だ。

 リンやミリリたちとは違い、父母から受けた罵倒のトラウマを見せられている。

 

 一方のリリーナは、自身の力で弾いてる。

 マリナも、『ヘヘッ、マリナ。実を言うとオレは、オマエなんか大嫌いだぜ?』などと言うレインの幻覚を見せられたりしていたが、ツララを飛ばし――。

 パァンッ!

 と弾いた。

 

「今のは………にせもの。」

『わかるのですか?』

「ほんものは………、もっと………、かっこいい………。」

 

 マリナが生みだした幻影はかなり美化されていたのだが、それでも全然足りなかった。

 

『なるほど、なるほど。クトゥフフフ』

 

 ゼフィロスは、帽子を押さえて笑った。

 

『しかして五対二のこの状況。果たしてどうなるのでしょうねぇ。

 リリーナがいる以上、これでもまだまだ、我々が不利とは言えますが』

 

「それは即ち、わたしを高く評価している――ということか?」

「治癒魔法のオーバーブーストによる身体強化は、なかなかに驚異的ですからねぇ」

 

 などと言うゼフィロスであるが、声にも顔にも余裕がでていた。

 自分が鍛えた四人であれば、いかにリリーナがいても分があると踏んでいた。

 実際、読みは当たっていた。

 

 リリーナとマリナは、徐々に押される。

 単純な戦力の差に加え、精神的な余力の差もある。

 ルークスたちは、リリーナとマリナ、もしかしたらミーユも……? と、三人に気を配るだけでいい。

 

 六人に配っていた意識が鋭角化され、マリナたちに向かっていく。

 ことここに至ったのなら、ミーユは自分も戦おうと思った。

 だがしかし、幻影が苛んできた。

 父母の幻影が見える。自分をひどく罵倒してくる。

 レインの幻影も見える。幻影のレインも、やはり自分を罵倒してくる。

 

『オマエなんで生きてんの?』

『こんなに人に迷惑かけて、よく平然としていられるな』

『オマエがいなけりゃ、ここにいる誰も傷つかないんだけど?』

 

 ゼフィロスの精神体が放った幻影は、〈その本人がもっとも言われたくないこと、思いだしたくない記憶、危惧していること〉が脳裏に浮かぶ。

 今のミーユは、もっともレインに言われたくない言葉を、直接に受けている。

 

 頭が痛い。

 吐き気がひどい。

 歯を食い縛って耐える。

 

 マリナは死ぬなと言ってくれた。死んではダメだと言ってくれた。

 マリナはレインの恋人だ。一番の恋人だ。

 そんなマリナが言うのなら、レインも同じに決まってる。

 

 これは幻影。幻影だ。

 必死になって言い聞かす。

 

 ミーユのその踏ん張りは、戦いにも影響を与えた。

 ひとりでもそこにいる限り、四神将はミーユから意識を外すことはできない。

 リリーナとマリナだけではなくて、リリーナとマリナとミーユに意識を配分する必要がある。

 

 わずかひとり分ではあるが、今はその差が大きい。

 ふたりの戦線を維持している。

 

 しかしそれにも、限界がきた。

 カレンたちにも補助をかけていたリリーナが、わずかに崩れる。

 ルークスの凶刃が、リリーナの頭部へと迫る。

 

 二〇センチ、一〇センチ。

 五センチ、四センチ、三センチ。

 そしてコンマ〇・二センチまできた。

 

「まったく……」

 

 リリーナは全力を開放し、刃をぶち切ってやろうとする。

 

 そのときだった。

 

 ルークスの体が、突如光り輝いた。

 リリーナに届くはずだった刃が、リリーナの体をすり抜ける。

 

「なっ……?!」

 

 そうして、消えた。

 クロガネ、ロッカ、ソフィーネの体も、白い光りに包まれる。

 

「これは……」

「いったい……?!」

「ダンソン様の、転送の神器……?!」

 

 三人も消えた。

 その三人の魔力を借りて顕現していたゼフィロスも消えた。

 ルークスたちは、レリクスと戦うことになる。

 

 そして危機は去った。

 リンやミリリは気絶したままであるが、ミーユの幻影も消える。

 しかし――。

 

「う、え、えっ……?」

 

 ミーユが、青ざめてうなった。



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勝利!

 無能なるダンソンのもとに、ルークスら四神将が転送された。

 

「これは……」

「ダンソン様……?」

「フン、きたか」

 

 ダンソンは、鼻を鳴らすとレリクスたちのほうを見た。

 

「見ての通りだ。あの老いぼれは、十六人を相手に苦戦しておる。

 貴様らが加われば、勝利も容易にできるだろう」

「……」

 

 その発言に、ルークスたちは眉をしかめる。

 確かに一見するならば、レリクスは苦戦している。

 しかし一線級の実力者が見れば、手加減があることは明白だ。

 

(あの十六人を相手に、『手加減』をできる余裕があるとは……) 

 

 というのが、ルークスの率直な感想であった。

 一方で思った。

 

(それでも我らが加われば、あるいは……?)

 

 戦士としても、たぎるものがそこにはあった。

 

「ゆくぞっ!」

 

 ルークスは走る。

 クロガネ、ロッカ、ソフィーネも続いた。

 

「苦労をかけたな! イドルフ!」

 

 自らの聖剣を貸していた部下に声をかけ、自身の剣を投げ渡す。

 代わりに聖剣を受け取った。

 レリクスに切りかかる。

 

 マリナとの戦いにおける影響はない。

 体力は消費しているが、気力が満ちに満ちている。

 自身の人生の中で、過去最高の状態と言えるかもしれない。

 

 勝利とは言わずとも、善戦程度は――。

 ルークスは、そう考えた。

 一方のレリクスも、ルークスの雰囲気にただならぬものを感じた。

 

 ほとんど半ば無意識で、手加減を切り替えた。

 虫も殺さぬようなやさしさでしていた手加減を、虫なら死んでしまうかもしれない手加減に変えた。

 デコピンを入れる。

 

 バチイィィィィィィンッ!

 

 その一発で、ルークスは吹き飛んだ。

 眉間にロケットでも取りつけられたかのように頭部だけが後ろに下がる。

 その勢いについていけない腹部や下半身が置き去りにされて、頭が地面に叩きつけられる。

 ひとりバックドロップのような姿勢だ。

 

 ガオンと激しい音が鳴り、地面にクレーターができた。

 衝撃の余波は周囲の地面にも伝わった。

 蜘蛛の巣状のヒビ割れが生まれ、地割れも三ヵ所で起こる。

 

「ヒ、ヒール! ヒール! ヒール!」

 

 癒し手のソフィーネが、必死にヒールを連打した。

 致死はまぬがれたものの、意識を戻すには至らない。

 それを見て、ほかの騎士たちも理解した。

 

 レリクスを相手に善戦できていたのは、レリクスの温情にすぎなかった。

 ほんの少しでも本気をだせば、自分らなどは土くれに変わっていた。

 これでなお戦う気など、起きてくれるはずがない。

 

 レリクスの足止めをしていた十六騎士に、無事だった三神将。

 戦いを見ていた三万の兵士たち全員が、武器を捨ててひれ伏した。

 

「きっ……貴様ら! なにをしている! 戦え! 戦わんか!!!」

「誰のロクを食み、今まで生きてきたと思っているのですか?!」

 

 ダンソンとその妻が、青ざめて叫ぶ。

 

 二十万の兵を用意した。

 勝てるはずの戦いだった。

 勝てるのは当たり前。重要なのは、どう勝つか。

 それを考える戦いであった。

 

 それが相手はたったのふたり。

 たったのふたりに蹂躙されて、残った兵も武器を捨てた。

 

「やめましょう……父上」

 

 ミーユということになっている少年が、馬をおりた。

 

「魔竜殺しの七英雄には、手をだしてはいけなかったのです。

 この場においてはこうべを垂れて、虜囚の辱めを受けつつも、レリクス様の慈悲にすがるしかないかと」

 

「だっ……黙れ黙れ黙れえぇ!

 三公のダンソンが、虜囚だと?! ふざけるでないわあぁ!!!」

 

 しかし立ち向かうような勇気を、ダンソンは持ち合わせていない。

 馬の手綱を強く引き、自身の馬を反転させた。

 金にモノを言わせて買った、最高級の軍馬だ。

 本気をだせば、三歩で十メートルは進む。

 元々の距離を鑑みれば、追いつけるものではない。

 が――。

 

「さすがにおヌシを、逃がすわけにはいくまいて」

 

 レリクスは、わずか一歩で軍馬を追い越していた。

 跳躍の名残でダンソンの手前に浮かび、自身の拳を叩き込む。

 

 バゴオォンッ!!!

 

 爆発音のような音が響いた。

 ダンソンは落馬する。

 

 どしゃっ、どしゃっ、どしゃっ。

 豚のような音を響かせながら転がる。

 顔は深く陥没し、殺虫剤を浴びたハエのようにぴくぴくと動くだけの存在になる。

 

「ワシと戦った騎士たちは、これを何発も受けていたのじゃがのぅ」

 

 レリクスは、やれやれとつぶやいた。

 

 そして同刻。

 ゼフィロスはつぶやいた。

 

「四神将を引き戻すとは……自ら勝ち目を潰しましたか」

 

 そこにレインの刃が迫る。

 ゼフィロスは避けなかった。

 ザン――と、胸元に刃が走る。

 赤いコートにできた裂け目を撫でて、ゼフィロスは笑みを浮かべた。

 

「いやはや、すばらしいですねぇ……」

 

 レインは左手を前につきだし、ファイアボルトを発射した。

 それはゼフィロスの傷口に、的確に当たった。

 ゼフィロスの背後の空間と空にヒビが入った。

 

「あなたの勝ちですよ。クトゥフフフ。

 今の魔法の衝撃で、幻想世界の維持ができなくなってしまいました。

 現実《外》で続けることも、可能ではありますが――」

 

 ゼフィロスは、狂気めいた笑みを浮かべる。

 怪しく光る怪しい瞳で、にやりと言った。

 

「そうすると、『殺り合い』になってしまいますからねぇ」

 

 それはレインを持ってして、怖気を走らせる狂気であった。

 人間の形の奥に潜む、異形の怪物の姿を見せられたような気分だ。

 形容しがたく名状しがたい、異質の空気。

 それは勝てる勝てないを考える以前の、根源的な恐怖をレインに与えた。

 

 しかしこの空間においては、完全なる勝利。

 ゼフィロスは、細かい霧となって消えた。

 空間も崩壊し、元いたところへと戻る。

 

「レインよ。無事に戻ったか」

「はい、父さん」

 

 レリクスは、ダンソンとその妻、本物のミーユということになっている少年を縛りあげていた。

 そして言う。

 

「勝敗は決した! 戦意なき者に手はあげん!

 大人しく自領へと帰り、経緯を報告するがよい!!!」

 

「「「ははあっ!!!」」」

 

 敵だった兵たちは、まるで部下のようにうなずいて去って行った。

 

 ――完全勝利!



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戦後処理・ミーユ編

(だきっ………!)

 

 屋敷に戻ると、マリナがいきなり抱きついてきた。

 

「ええっと、マリナ……?」

「………。」

 

 マリナはなにも言わなかった。

 

(ちゅっ………。)

 

 なにも言わずにキスをしてきた。

 

「したい………。」

 

 と言って、自身の巨乳をさわらせてきた。

 頬を赤らめ求めてくるのは、いつものマリナと言えばマリナだ。

 

 しかしあんな戦いがあったあとに『いつものマリナ』をしているというのは、やはり

おかしい。

 なにかを隠し、誤魔化そうとしている雰囲気もある。

 恐らくなにかあるのだろうが、マリナの意思を尊重した。

 寝室に入り、たっぷりと楽しんだ。

 

「はあっ………、はあっ………。」

 

 コトが終わった。

 マリナがオレにしなだれかかる。

 

(ちゅっ………。ちゅっ………。)

 

 そしてかわいくキスをしてくる。

 

「ご、ご主人さま……!」

「わたくしたちのことも、よろしければ……」

「今日はいっぱい、サービスするぜな!」

 

 ミリリたちもやってきた。

 五人でするにはすこし狭いベッドであったので、お風呂場に移動する。

 ミリリを抱いてリンを抱き、カレンにおっぱいで挟んでもらった。

 なにを挟んでもらったかは、想像に任せる。

 

 体を丹念に洗いっこしたあとは、湯船に入る。

 

 マリナとカレンが両隣に座り、ミリリがオレの足のあいだに納まる。

 オレはマリナを抱き寄せ言った。

 

「それでいったい、なにを隠しているんだ?」

(びくっ。)

 

 マリナの体が小さく震えた。

 

(………。)

 

 なにも言わずに、オレの肩に顔を押しつけたまま黙る。

 

(すりすりすり。)

 

 まるで誤魔化すかのように、顔をこすりつけてきた。

 

「話さないといけないことなら、話しておいてほしいんだけど」

「おこらない………?」

「怒らない」

 

「ぜったい………?」

「絶対」

「やくそく………。」

 

 マリナが小指を立ててきた。

 歌はなかったが、お互いに結び合う。

 

「………。」

 

 しばらくそのままでいたが、マリナは静かにオレから離れた。

 湯船からあがる。

 

「きて………。」

 

 と手を伸ばされたので、手を握る。

 

「浴場の掃除は、わたくしたちがしておきます……」

 

 全裸のリンが、デッキブラシを持って言った。

 行為の余韻で頬が赤らみ目はとろけ、股のあいだから垂れた精液が太ももを伝ったりはしているが、仕事は仕事でやるようだ。

 

「ミリリもしますです……にゃあ」

「任せるよ」

「はい……」

 

 脱衣所で服を着る。ゆっくりと歩く。

 向かう先は、ミーユの部屋として使っていた客間。

 マリナはノックし、ドアをあけた。

 

「ミーユ。」

(びくっ!)

 

 部屋の隅で影が動いた。

 うずくまっているせいでわかりにくいが、服と髪から、ミーユだろうな、と思った。

 部屋にいたリリーナが言った。

 

「しょ、少年か!」

「うん」

 

 リリーナに返事をしながらも、オレはミーユをじっと見ていた。

 マリナがオレの手を離す。ミーユに近づき、耳打ちをした。

 

(こしょこしょこしょ。)

「ほんと……?」

「うん。」

 

 ミーユがオレのほうを見る。

 不安に満ちたその目の色は、捨てられかけた子犬のようだ。

 

「えっと……、あの……、その……」

「うん」

「ボク……言ったでしょ? 赤ちゃんが……って」

 

「言ったね」

「それがどうしてそう思ったのかって言うと、毎月くるのがこなかったから……なんだけど」

「うん」

 

 そしてミーユは、ぽつりと言った。

 

「きちゃった……」

 

「え……?」

 

 オレは呆然とした。

 一般的な婦女子であれば、当たり前にくる月のもの。

 

 今月のミーユは、それが全然こなかった。

 ゆえにミーユは、できてしまったのだと考えていた。

 その報告を父母にした結果、絶縁されて学校をでて、戦争にまでなった。

 

 それらの経緯を考えた上での、『きちゃった』である。

 オレが呆然としていると、オレのミーユは、頭を抱えて地に伏した。

 

「ふえぇん……」

 

 リリーナが言う。

 

「話を聞いたところでは、ミーユは、避妊魔法を三重にかけていた。

 強力な術師がそれをすると、月のモノ自体が止まることがある。

 平凡な術師がやってもそうはならん上、強い魔術師がやっても体質差があるため一般的には広まっておらんがな」

 

 すこし前にした会話を思いだす。

 

『使ってたよね……? 避妊魔法』

『使ってたよ! 特に最近は激しかったから、解けないように三重で!!』

 

 オレやマリナに比べると一段劣るが、ミーユは強い魔術士だ。

 条件的には、完全に一致する。

 

「ふえぇん……」

 

 うずくまったミーユから、本日二度目の『ふえぇん……』が聞こえた。

 

「はははは……」

 

 オレの口から、乾いた笑いが漏れてきた。

 複雑な気分だ。

 

 怒りとかはないのだが、なんにもなしというのも違う気がする。

 だがしかし、悪いことをしたわけではない。

 ただちょっと、カンチガイをしただけだ。

 しかしなんにもなしというのも、どうかと思ってしまう程度には複雑だ。

 

「父さんには伝えた?」

「すでにわたしが伝えておいた」

「父さんは、なんて?」

「『我が息子レインを好いておるのが事実なら、ワシにとってはそれがすべてじゃ』と言っていたな」

 

 さすがは父さん。最高の父親だ。

 ただオレのほうは、そこまで人間ができていなかった。

 ミーユの月のモノか納まった時期を見計らって、ミーユを抱いた。

 避妊魔法を使おうとしていたが、邪魔してやった。

 

「ああっ、だめっ、だめぇ! 赤ちゃんできちゃう、ホントにできちゃうぅ!」

「だめだってばぁ! レイン! レインんッ!!」

「はあッ、あッ、あッ、もう……、だから……、だめっ、だめっ……。はあぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!」

 

 といった感じで喘いでいたが、容赦はしなかった。

 できるならよし。できないのなら、時期ではなかったということで諦める。

 そんな感じだ。

 結論から言うと、できなかったけど。



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戦後処理・偽ミーユ編

 ミーユとのことが終わった時と前後した日のこと。

 父さんとオレは、ダンソンたちからの使者を待っていた。

 

『どうしましょうか、父さん』

『領主自らが参戦する場合、遺言状を書くのが普通じゃ。その遺言状には、戦死の際には誰が家を継ぐのかも記す』

『はい』

『領主が捕虜になった場合、そこに記されていた者に統治権が移る』

『なるほど……』

 

『その統治権を持っている領主からの使者を待つのが、一般的な作法……ということですか?』

『そういうことじゃ』

 

 ということだったので、待っていた。

 待っていると使者はきた。

 宣戦布告を告げてきたのと同じ、王国の使者だ。

 オレは領主である父さんと、当事者とも言えるミーユと並んで外にでる。

 ワイバーンからおりた使者は、父さんを見ると言った。

 

「まさか、勝利なされるとは……」

「危ういところもあったがの」

「それでも勝ってしまうとは……さすがは、七英雄の中でも『最強』と謳われたレリクス様ですな」

「それよりも手紙じゃ。持ってきたのであろう?」

「はっ、はいっ!」

 

 使者の人は、巻物状の手紙を渡した。ワイバーンに乗って去って行く。

 父さんは、巻物状の手紙を広げた。

 

「ハハハ。なるほどのぅ」

「なんて書いてあったのですか?」

「それについては、ダンソンめの前で読みあげるとしよう」

 

 父さんは、メイドのメイさんに指示をだす。

 十分後。

 縛りあげられているダンソンとその妻に、ミーユということになっている少年が現れた。

 

「三公のワシに、このような無礼を働くとは……!」

「七英雄だか知りませんが、田舎領主の分際で……!」

「…………」

 

 ダンソンとその妻はいまだ見苦しくうめくが、偽ミーユである少年は押し黙っていた。

 

「その件なんじゃがの……」

 

 父さんは、巻物状の手紙を読みあげる。

 

「親愛なるレリクス=カーティス殿へ。

 私は叔父のダンソンとは違い、細かな謀略が苦手である。

 ゆえに率直に言おう。

 

 私は今回の件、ダンソンの行動を擁護しない。

 正義や道理というものはよくわからないが、領主たるもの、戦争に敗北することは許されない。

 敗北は、兵を損耗させる上、家の威信を傷つける。

 

 威信というと、貴族の見栄と思われるかもしれない。

 しかし威信が傷ついた家は、交渉などでも不利になる。

 本当に負けられない戦いの時も、集まってくれる兵が減る。

 それゆえに、戦争に負けてはいけないのである。

 自らしかけた戦争となれば、なおさらである。

 

 個人的な感情としても、ダンソンにはよき印象がない。

 今回の件は、『起こるべくして起きた』が正直なところだ。

 しかしこちらの立場上、『殺してくれ』とは言い難い。

 捕虜になってしまっているなら、『返してください』と言わざるを得ない。

 

 そういう意味では、ダンソンの身柄を一応は求める。

 その道中でなにがあろうと、貴公に責を求めはしない。

 盗賊に襲われ死したとしても、そういう定めであったのだろう、と思うだけだ。

 以上である。

 ダンソン=グリフォンベールの代理人・リチャード=グリフォンベール」

 

 

 すさまじい嫌われっぷりであった。

 これはもう、帰れたところで居場所がないのではないだろうか。

 しかしダンソンの行動を思えば、これぐらいは当然だ。

 権力のもとに好き勝手やっていた人間が権力を失えば、当然こうなる。

 

「以上を踏まえて、どうするかのぅ」

 

 父さんは剣を抜く。

 試すような視線を、三人に向ける。

 オレは無言でミーユを見つめた。

 ミーユは無言で首を振る。

 

「レインたちにしたことは……、許さないし、許せない。二度と関わってほしく……ない」

 

 ミーユは、涙ぐみながらもつぶやいた。

 感傷はある。

 悲しみもある。

 

 どんなに酷い人間とはいえ、親は親。

 愛してほしい未練の気持ちが、消えてなくなるはずはない。

 が――。

 

「貴様――! なんという口の聞き方だ!!!」

「そもそもあなたが、もっとしっかりしていればこんなことにはならなかったというのに……!」

 

 ダンソンとその妻は、ふたりそろってミーユを責めた。

 ミーユは無言で目を伏せる。その目には、白い涙が光っていた。

 オレはミーユの手を握る。その手は小さく震えていた。

 

 愛してほしいということと、愛されるということは違う。

 どうしようもない人間は、どうしようもない。

 親になってはいけないような身でありながら、親になった人間はいる。

 そのような人間に愛されたいと願うことは、それがすでに大いなる悲劇だ。

 

 ミーユも頭と理性では、それをしっかり理解している。

 理解しつつも、心がそれを否定する。

 愛されたいと願い続ける。

 これほどのことをされたというのに、父母に怒りをいだけない。

 

 怒らない。

 怒らない。

 怒らない――から。

 

 ボクを大事にしてください。ボクのことを愛してください。

 

 そんな想いが、手を繋いでいるだけで伝わってきた。

 ミーユのためにも、こいつらは殺すべきではないかと思った。

 手を向ける。

 その時だった。

 ミーユということになっている少年が、口を開いた。

 

「お助けください」

「……」

「正直に言えば、おれはミーユ様の偽物です。

 ミーユ様が学園から戻ったあたりで、『入れ替える』予定でした」

 

 偽のミーユは、淡々と語った。

 しかし『入れ替え』を受けた本物のミーユがどうなるのかは、バカでもわかる。

 怒りの気持ちが強くなる。

 

「そうして、おれは、ダンソン様に拾われた身です。

 ダンソン様がいなければ、飢えか寒さで死んでいくはずでした。

 思い通りに動く人形として――ですが、それでも拾われ、救われたのです。

 

『ミーユ』としての、ぜいたくもしました。

 味のよいものを食べ、温かなベッドで眠ることもできました。

 親子としての愛情はありませんが、食事と寝床の恩義はあります。

 ここにいるふたりは、偽のおれに騙されたということにでもしてください」

 

「そうなると、オマエの処刑は確実なんだが?」

「ダンソン様と出会わなければ、飢えと寒さで死んでいました」

「なるほど……」

 

 オレは手を向けたまま押し黙る。

 偽のミーユは、瞳を閉じて覚悟を決める。

 体は小さく震えていた。

 それでなお、恩は恩として返そうとしている。

 ミーユがか細くつぶやいた。

 

「こっちの『ミーユ』は、許してあげて……」

 

 涙を、ぽろぽろとこぼす。

 

「この『ミーユ』も、ボクだから……」

 

 意思を持たない操り人形。

 情に飢え、ゆえにそれを与えてくれた人に従う。

 たったひとつの選択肢しか与えられなかったがゆえ、たったひとつの選択肢を選んだ。

 ここの『ミーユ』も、つまりはそういう存在だ。

 

「はぁ……」

 

 オレはため息をついた。

 父さんに目線で確認を取ると、ダンソンとその妻の拘束を解く。

 

「好きにしろ」

「ほ……」

「今回ばかりは、『ミーユ』に免じて見逃してやる。だからさっさと、どっか行け」

「とっ、当然だな。『三公』を処刑したとなれば、ほかの三公も黙ってはおるまい」

 

 と言いながら、ダンソンはズボンについた泥を払った。

 どうもダンソンの頭の中では、『理屈はこねたが三公の威勢に屈した』ということになっているようだった。

 妻といっしょに去っていく。

 拘束されている『ミーユ』のことは、一瞥もくれなかった。

 

「さて……」

 

 オレは残った『ミーユ』を見下ろす。

 偽のミーユは、なにも言わずにうなだれていた。

 オレにはまるで、首を差しだしているように見えた。実際、そうなのだろう、と思った。

 

 けれども、体は震えていた。

 死への恐怖に、怯え切った姿であった。

 オレはすっと右手を伸ばした。

 

 バチンッ!

 魔法で拘束を弾く。

 

「っ……?」

「オマエのことは、ミーユが『助けてあげて』って言ったし」

「あれは、ダンソン様のことでは……?」

「いや、オマエだよ」

「…………」

 

 『ミーユ』はしばし押し黙る。

 置かれている状況が、今ひとつ飲み込めないようであった。

 ぼんやりしたまま、父さんを見たりした。

 

「いかに卑賤な輩と言っても、恩人は恩人として義理を通そうとする姿……立派じゃ……!」

 

 父さんは泣いていた。

 押さえられた目頭の隙間からも、滲んだ涙が見えている。

 

「年を取ると、涙腺がもろくなっていかんのぅ……」

 

 殺されることはないと悟ったらしい『ミーユ』の水色の瞳から、涙がはらりとこぼれて落ちた。

 

「えっ……、あっ、あっ……」

 

 涙をこぼす自分自身に戸惑いながらも、涙そのものは止まらない。

 ぽろぽろはらはら、こぼれ続ける。

 

「ふえっ……えんっ、ごめんな、さい。ごめんな……さい…………」

「謝ることはないだろう?」

「はい……」

 

 『ミーユ』は、深く頭を下げた。

 この偽ミーユは、屋敷の使用人として雇われることになった。

 




ダンソンが許されたことに釈然としないかたは、ご安心ください。
罰は次回で入ります。


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ダンソンの末路

 レインらが、偽のミーユを許した日の後日。

 ダンソンとその妻は、森の中を進んでいた。

 土を踏みしめ木の根を超えて、ヤブをかきわけて進む。

 

「どうしてこのダンソンが、このような目に会わなければならないのか……」

「しかしダンソン、どうしますの?

 わたくしたちの家は、リチャードめに取られたようですが」

 

「そんなもの、このダンソンが戻ればどうにでもなるわ」

「さすがは、わたくしのダンソンですわ」

 

 その発言は、間違ってはいなかった。

 腐敗貴族のダンソンではあるが、同類からの支持は厚い。

 

 一般的に三公と言えば、竜のようなものである。

 尾に触れることですら、一般人には死の象徴だ。

『吾輩は、三公のダンソン様と親交があってねぇ……』と手紙をチラりと見せてやるだけで、下級や中級はもちろんのこと、上級貴族でも押し黙る。

 ダンソンは、そんなアイテムである『三公の手紙』を、ワイロとおべっかを差し出せばくれる。

 

 一方のリチャードは、そのあたりに厳しい。

 自身の家の力を知っているがゆえ、滅多なことで手紙はださない。

 相談を持ちかけられても、どちらに義があるのかを精査する。

 

 性根の腐った貴族からすれば、ダンソンのほうが好ましいのだ。

 ダンソンが戻ったと知れば、相当数がダンソンを支持する。

 それが『三公』の力でもあった。

 それゆえに、ダンソンはくり返す。

 

「どうしてこのダンソンが、このような目に……」

 

「レリクス=カーティスに手を出したからですよ」

 

 そこに現れたのは、赤いコートに帽子を被った、赤づくめの男。

 矛盾の妖魔シェイド=ゼフィロスであった。

 

「レリクス=カーティスは、七英雄最強の男。

 ()()()二十万で、どうにかなると思ったのがマチガイです」

 

「貴様は……!」

 

 ダンソンは、ほんの一瞬、怒りに震えた。

 しかしすぐさま息を吐く。

 

「まぁ、よい。ここにきたと言うのなら、領地につくまで護衛しろ」

「フフフ」

 

 ゼフィロスは、穏やかに笑う。

 怪しいほどに美しいはずのその笑みは、しかし狂気を感じさせた。

 ダンソンは気圧される。

 逃げ場を求めるような気持ちで、妻のほうを見る。

 

 ……ぽとり。

 

 妻の首が落ちた。

 赤い血を噴出して、うつ伏せに倒れる。

 ゼフィロスの右手には、血塗られた鎌。

 

「条件一。作戦中は、わたくしの指示に従うこと」

 

「っ……?!」

「あなたの依頼を受ける際、わたくしが述べた言葉です」

「そ……そういえば、そのようなことも言っておったな……」

 

「しかるにあなたは、わたくしの作戦を流し、四神将の方々を呼び戻しました。

 契約の際に出した条件を破るということは、契約を破棄することと同じです」

 

「だ……だがアレは、やつらを呼び戻せばあの老いぼれにも勝てそうだと……」

「そうですか」

 

 ニコッ。

 ゼフィロスは、明るく軽やかな笑みを浮かべた。

 ダンソンの気がゆるむ。

 次の瞬間。

 

 ゼフィロスは、ダンソンの右足にナイフを刺した。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああっ!!!」

 

 ダンソンが、悲鳴をあげてうずくまる。

 

「いやはや、申し訳ありません。

 あなたの足にナイフを刺せば、わたくしは楽しくなるかと思ったものでして」

「ぐひいぃ、ぐひいぃ!」

 

 ダンソンは、必死になってナイフを抜いた。

 痛む足を引きずって、ゼフィロスから遠ざかる。

 

「逃げられるとお思いですか? 舐められたものですねぇ」

 

 ゼフィロスは、静かにナイフを取りだした。

 ヒュオンと投げる。

 空を切り裂き飛ぶそれは、左の太ももに刺さった。

 

「ぐひいぃ!!」

 

 ダンソンは倒れる。

 

「よい気味ですねぇ、クトゥフフフ」

 

 ゼフィロスは、新しいナイフを取りだした。

 一本を二本。二本を四本。四本を八本に増やす。

 そして増やした九十六本のナイフに四本を加え――。

 

「刻みなさい――ハンドレッド・プリズン!」

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」

 

 ドーム状の檻のように広がった百本のナイフは、ダンソンをズタズタに切り裂いた。

 ダンソンは絶命した。

 かと、思いきや。

 

「ハッ!」

 

 と目覚める。

 

「幻想世界――イモータル・ワールド。

 わたくしが得意とする能力のひとつですね」

 

 そう言って、今度は鎌をヒュンと振る。

 ダンソンの右腕が吹き飛んだ。

 

「ぎゃああっ!!」

 

 血が流れでる腕を押さえ、ダンソンは叫ぶ。

 

「いっ……いったいなにが目的なのだ?

 カネか? 地位か? 名誉か?

 どれであろうと、このダンソンはくれてやることができるぞ?!」

 

「それについては、事前にお話したはずですが?」

「よっ……四神将との再戦か!」

「しかし本命のルークスくんは、無能なるあなたがレリクス=カーティスにぶつけたせいで、意識を失ってしまいました。

 目覚めるまでには、しばしの時間がかかるでしょう」

 

「くっ……」

「つまりわたくしのお願いは、たったのひとつ」

 

 そしてゼフィロスは、八本のナイフを構えて笑った。

 

 

「彼が目覚めるまでのあいだ、わたくしの時間潰しにつきあってください」

 

 

 八本のナイフを、ダンソンに向かって投げる。

 

「ぎゃああっ!!」

 

 ダンソンの悲鳴。

 ゼフィロスは、容赦せずに突き刺し切り裂く。

 絶命したかと思っても、ここはゼフィロスの幻想世界。

 死ぬほどの痛みを受けても傷を受けても、一向に死なない。

 

 その拷問は、ルークスが無事に目覚めるまで続いた。

 

「はひひゅ……、ひいぃ…………」

 

 ゼフィロスの呪縛が解けた。

 ダンソンは、すでに廃人と化していた。

 頭髪は白くなり、半分近くが禿げあがり、豚のように肥えた体は、骨と皮だけになっている。

 

「ではルークスくんのところへと行きますか。

 一瞬とはいえレリクスとの戦いで、なにかを掴んでいるとよいのですがねぇ。クトゥフフフ」

 

 ゼフィロスは、いそいそと立ち去った。

 ダンソンのことは、もはや意識の片隅にも存在していなかった。

 

 取り残されたダンソンに、森のジャガーが食いついた。



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奴隷同士の訓練風景

 ダンソンを放逐してから、半月がすぎた日の朝。

 目覚めたオレは、裸のマリナにキスをする。

 

(………ぎゅっ。)

 

 マリナが抱きついてきてしまったので、あいさつ代わりにえっちする。

 ミリリやリンに、ミーユやリリーナがもじもじとし始めたので、全員とやる。

 

「でもミーユ、よかったのか? 避妊魔法かけなおしちゃって」

「赤ちゃんは……ほしいけど…………」

 

 ミーユは口元に手を当てた。

 ベッドの上に転がりながら、上目使いでオレを見つめる。

 

「『おあずけ』に、なっちゃうから……」

 

 そう言って、股を開いた。

 恥ずかしそうに顔をそむけてはいるものの、完全なM字開脚だ。

 

「ううぅ……」

 

 オレが黙って見つめていると、怒ったみたいな目を向けてきた。

 見ているだけの焦らしプレイは、やめてほしいという抗議だ。

 かわいい。

 オレはたっぷりかわいがる。

 

「はあっ、あっ、あっあっあっあっ……」

 

 喘ぐミーユは愛らしかった。

 コトが終われば服を着る。部屋をでて、食堂に向かう。

 

「おはようございます!」

 

 金色の髪に、青い瞳の少年が声をかけてきた。

 偽ミーユだった少年だ。

 今は髪を後ろで縛り、執事服を着ている。

 

「おはよう、ニール」

「はい!」

 

 偽ミーユ――改めニールは、元気なあいさつをしてきた。

 このニール、とても律儀な性格をしている。

 あのダンソンにも、恩義を感じていただけのことはある。

 

「ふたり目の息子ができたような気分じゃのぅ」

 

 父さんも、うれしそうだった。

 食事が終われば、訓練をする。

 学園の復帰もできそうなのだが、手続きに時間がかかるらしいのでヒマなのだ。

 オレたちはもちろんのこと、ニールも参加だ。

 

「どの武器を選ぶんだ?」

「では……これで」

 

 ニールは、いくつかある訓練用の武器の中から、レイピアを選んだ。

 裏庭にでる。

 

「それじゃあまずはミリリとだけど……。

 魔法はなしでね」

「にゃあっ?!」

 

 オレが言うと、ミリリが動揺を見せた。

 

「今回見たいのはニールの実力なんだけど……。

 ミリリが魔法を使うと、すこし強すぎになっちゃうから」

「はにゃうっ……♥」

 

 ほめられてうれしかったらしい。

 ミリリが頬を赤くした。

 うれしそうにトンファーを構える。

 ニールもレイピアを構えた。

 右腕だけをミリリに伸ばすかのような、フェンシング風のスタイルだ。

 

「けっこうサマになってるな」

「ミーユ様の本物としても違和がないよう、武芸の訓練も受けておりましたので……」

 

 などと答えるニールだが、ミリリへの視線は外していない。

 言うだけのことはある。

 

「にゃっ!」

 

 ミリリがタンッと踏みだした。

 右トンファーの一撃。

 ニールは素早く後ろに下がる。

 トンファーがレイピアに当たった。

 

 カアァン!

 甲高い音が鳴る。

 しかしニールは下がっていたため、隙らしい隙はない。

 ミリリにカウンターを入れる。

 

「にゃんっ!」

 

 ミリリは左のトンファーで受けた。その勢いを利用してキック。

 ニールは直撃を受けた。

 ただしミリリの蹴りは軽い。

 ニールは地を蹴り距離を取る。

 衝撃を最小限にいなし、三連突きを放つ。

 

「にゃにゃにゃっ……!」

 

 ミリリは押された。

 

「緑の風よ、我の力に――ウインドショット!」

 

 そこに左手で魔法。

 

「はにゃあっ……!」

 

 ミリリは風に煽られる。

 逆に言えばその程度だが、近い距離では致命的。

 ミリリの白い首筋に、ニールのレイピアが突きつけられた。

 

「にゃうぅ……」

 

 ミリリのよさの半分もだせない魔法禁止というハンデ戦だが、ミリリは悔しかったらしい。

 しょんぼりとうなだれた。

 

「まぁ、ニールの力を見ることが今回の目的だしな」

「それでも悔しいです……にゃあ」

 

 ということだった。

 励ましてやろう。

 オレはミリリの頭とアゴの下を、同時に撫でた。

 

「はにゃあっ……♪」

 

 ミリリはうっとり目を細め、ノドをごろごろと鳴らした。

 お尻の尻尾もピィンッと立った。

 かわいい。

 

「それでは次は、アタシが行くぜなっ!」

 

 カレンが訓練用の棒を構えた。

 

「はいっ!」

 

 ニールも構え、マリナが始まりの合図を入れようとした――直前。

 

「ぜなあぁ!!!」

 

 カレンは奇襲をかけたっ!

 

「えっ?!」

 

 ニールは咄嗟に回避しようと身を屈めたが、背中に棒の一撃を受けた。

 かろうじてレイピアを振るものの、カレンはすでに射程外。

 射程の外で土を蹴り――。

 

 目潰しっ!!!

 

「ううっ!」

「ヒャッハーだぜなぁ!!!」

 

 そして大きな声をだし、自分の位置をニールに教える。

 しかしニールがレイピアを向けると、気配を消してニールの背後に。

 

「ぜなあぁ!!」

 

 背後からぶん殴る!!!

 ニールは倒れた。

 カレンはニールの背を踏んで、高らかに叫んだ。

 

「勝ったぜなっ!」

「お卑怯ですにゃあ……」

 

 ミリリはぽつりとつぶやいた。

 しかしカレンは、拳を握って言い切った。

 

「楽してズバッと勝てるなら、楽したほうがいいに決まってるぜなっ!」

「…………」

 

 ミリリはいまだ、釈然としない様子であった。

 格下が格上に勝つための策略はともかく、同格か格下な相手に卑怯な手を使うのは……といった感じだ。

 オレは言う。

 

「まぁでも、カレンを当てたのは『汚い手口にどのくらい対応できるのか』を見たかったからでもあるし」

「ぜなぁ?!」

 

 カレンはなぜか、ショックを受けた。

 

「だけど実際使ったじゃん。汚い手」

「汚いって言われるのは、心外なんだぜなっー!

 知恵があるとか頭いいとか、そういうふうに言ってほしいんだぜなー!」

「なるほど」

 

 オレは、ハハハと笑ってみせた。

 

「ううぅ……」

 

 いまだ倒れ伏しているニールへと言った。

 

「カレンを卑怯と思うかもしれないけど、負けたらどうしようもない戦いってのもあるからね。

 そういうところでは、卑怯な手を使ってでも勝つか、臆病でもいいから逃げるとかしなよ?」

「しかしそれでは、レイン様やレリクス様の名誉が……」

「そういうのいいから」

「…………」

 

 ニールは、なぜかほうけてた。

 ミーユが小さな声でつぶやく。

 

「名誉を汚すぐらいなら死ねっていう考えあったからさ。

 ボクのうち……」

 

 トラウマでもあるのだろう。

 ミーユの声は重々しかった。

 ミーユに伝える意味も込めて言う。

 

「とにかくウチは、名誉とかそういうの気にしないから」

「あえて言うなら、名誉などを気にした結果、『家族』に死なれてしまうことが不名誉じゃのぅ」

「は……はい!」

 

 オレと父さんが言うと、ニールは感動してうなずいた。

 

「それでは最後は、わたくしが戦いましょうか」

 

 リンが前にでた。

 木製の槍を構える。

 

「っ……」

 

 ニールも構える。

 

「硬くならずともよろしいですよ?」

 

 リンは言うが、ニールは硬い。

 それはリンの威圧感のなせる技だ。

 リンはミリリに敗北したが、あの戦いでのミリリは、道具と魔法を使ったりもした。

 単純な近接戦で言えば、ミリリもカレンも圧倒できる。

 そういう意味で、ニールに勝ち目はないだろう。

 

(まぁでも、相手の強さがわかるのも強さのウチだよな)

 

 オレとしては、そんな風に評価するけど。

 

「いきますよ」

 

 リンが言った。

 同時に地を蹴る。

 槍の先が、ふらりとゆれた。

 と――思いきや。

 

 ドンッ!

 

 ニールは首に突きを食らって吹っ飛ぶ。

 

「ぐうぅ……」

 

 完全にダウンしていた。

 マリナが静かに手をあげる。

 

「リンの………勝ち。」

 

 勝利するとは思っていたが、ここまで圧倒的だとは思わなかった。

 ミリリが成長しているのとおんなじくらい、リンも成長しているようだ。



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リチャードさんはまとも

 

 吹き飛ばされたニールに、リンが言った。

 

「まだまだ……ガードが甘いですね」

「ガードとかの問題なのぜな……?」

「気によるガードができておりませんでした」

 

「いったいなにを言ってるんだぜなぁ?!」

「ミリリはもちろん、マリナ様やレイン様もできていますよ」

「アタシはそもそも、『気によるガード』の意味を聞いているんだぜなっ!」

 

「武器を構える相手に対し、

 『ここには打ち込んでも意味がない』と、

 立ち振る舞いで伝える技術です」

 

 つまりは隙ということだろうか?

 オレがそう思った直後、カレンが代弁してくれた。

 

「つまりは……隙ということぜな???」

「…………」

 

 リンはなぜか黙ってしまった。 

 

「どうして黙るぜな?」

「どうしてわざわざ、小難しい言葉で言おうとするのかと思いまして……」

「気のガードのほうが難しいぜなっ!」

「そうでしょうか……」

 

 ボケているわけではないらしい。

 リンは眉をひそめていた。

 

「気でガードされている部位は、黄色く薄い膜がぼんやりと見えているわけですから、むしろわかりやす……」

「すごい技術が前提にでてきたぜなっ?!」

「はうっ?!」

 

 リンは、ビクッと戸惑った。

 

「そこそこに訓練を積んだかたなら、普通は見えているものなのでは……?」

「そうなのぜな?」

 

 カレンはオレに聞いてきた。

 オレは首を左右に振った。

 マリナやミリリも左右に振った。

 オレは父さんを見る。

 

「どこに打ち込めばよいのかというのは、

 気の盾などはなくとも相手を見ればわかるものと思うのじゃが……」

 

 やはり父さんはおかしかった。

 英語で言えば、YTOだ。

 だがリンが、そんなスキルを持っていたとは。

 奴隷学校的なところでも、最も優秀だったらしいだけのことはある。

 

「さすがです……」

 

 一撃で打ちのめされたニールも、完璧に感服していた。

 

「ちなみにそんなわたくしより――ミリリのほうが強かったりしております」

「はにゃっ?!」

「勝利したでしょう? わたくしに」

「一応、勝利はしましたが……」

 

 ニールの尊敬の眼差しが、ミリリにも移動した。

 

「はにゃあぁ……」

 

 照れくさいらしい。ミリリはオレの後ろに隠れた。

 元が劣等生だったミリリは、賛美や尊敬に慣れていない。

 なのですぐに照れたり隠れたりする。

 かわいい。

 

(とんとん)

 

 カレンがニールの肩を叩いた。

 胸に手を当て、胸を張る。偉そうな態度だ。

 ぜなぁ……! という擬音が聞こえてきそうな勢いである。

 

(アタシも、ニールには勝っているぜなよ?)

 

 という声が、立っているだけなのに聞こえてくる。

 

「えっ……、えっと……。はい。

 カレンさんの戦いかたも、見習わないと……とは、思い……ます」

 

「どうして歯切れが悪いぜなっ?!」

 

 カレンはグワッと叫んだが、オレたちは笑った。

 そんな時間をすごしていると、メイドのメイさんがやってきた。

 

「お客さまです。レリクスさま」

「どこの誰じゃ?」

「リチャード=グリフォンベール、と名乗られておりました」

 

「ダンソンを捕虜にしたワシに、手紙を寄越した男じゃったのぅ」

「はい」

「手紙を読んだ限りでは、よくも悪くも、実直そうであったが……」

 

 父さんは歩きだす。

 オレもついてく。

 マリナが腕にくっついてきた。

 

「ええっと……」

「じゅうでん………。」

 

 それなら仕方ないか。

 オレはゆっくり歩きだす。

 ミーユとニールが、遠慮がちについてきた。

 ふたりについては、関係者だから当然とも言える。

 

 応接室に入ると、リチャードらしき男はすでにきていた。

 引き締まった体躯に、整った顔立ち。金色の髪に瞳。

 ダンソンと違って精悍であるが、貴族らしさはあまりない。

 言葉で語るよりも拳で語るほうが好きそうである。

 父さんは、椅子に座ると端的に尋ねた。

 

「何用じゃ?」

「ダンソンが捕虜になった以上、グリフォンベール家の実権はわたしに移る。

 しかし今回の戦いは、無能なるダンソンがここにいる『ミーユさま』を偽物と決めつけたことが発端だ。

 もし『ミーユさま』が、自分は偽物ではないと声をあげれば――」

 

「戦争になるかもしれないってことか」

「そうなってしまうぐらいなら、わたしはミーユさまにゆずろうと思う」

 

 リチャードは、だされた紅茶を静かにすすった。

 

「わたしはミーユさまを、ダンソンの子どもであると思っていた。

 ダンソンと似て横暴であり傲慢であり、グリフォンベール家を衰退させる存在に感じていた。

 しかし調査をしてみると、学園での評判は違う。

 暗愚でも暴君でもないのなら、ゆずってもよいと考えた」

 

 そしてリチャードは、ミーユをじっと見つめた。

 

「さらにこのような話を聞いても、平静でいる」

「…………」

 

 ミーユは、申し訳なさそうに縮こまる。

 これで激怒は沸点が低すぎる気もするが、ダンソンであれば激怒していた。

 ダンソンとそっくりだった、すこし前のミーユでも同じく激怒していたと思う。

 リチャードが望む『変化』とは、その程度でよいらしい。

 

 そしてゆがんでいる人間には、二種類いる。

 環境のせいでゆがんでしまった人間と、生まれた時からゆがんでいた人間だ。

 ミーユは前者。

 ダンソンは後者。

 今はこうして、反省していることが証拠だ。

 

「ゆえにわたしは、ミーユさまがその気であるなら、爵位をゆずるつもりでいるが……」

「ええっと……」

 

 ミーユはもじりと身をよじる。

 

「実はボク。こういうわけで……」

 

 オレの腕にくっついた。

 ふにゅっ、ふにゅっ、ふにゅっ。

 胸を強調するかのように、オレの腕に押しつける。

 

「……?」

「つまりね…………オンナノコなの…………」

 

 ブーーーーーーーーーー!!!

 紅茶をすすっていたリチャードが、盛大に吹きだした。

 

「?!?!?!?!?!」

 

 混乱大パニックで、オレにくっつくミーユを見ている。

 

「グリフォンベール家の当主やるより、レインのボクをしたいなぁ……って」

 

 すり……、すり……、すり……。

 オレのミーユは、オレの腕に顔をこすらせた。

 

「そういうことなら、グリフォンベール家はわたしが引き受けることにしましょう」

 

 リチャードは、白い布で顔を拭く。

 父さんが、瞳に威圧を込めて尋ねる。

 

「時におヌシは――ミーユが『ゆずれ』と言えば、本気でゆずる気でおったのか?」

 

 心にやましいことがあるなら、昏倒はまぬがれないような威圧だ。

 横で眺めているだけで、肌がピリピリとしてくる。

 だがリチャードは、さらりと流した。

 

「わたしにとって重要なのは、グリフォンベール家の存亡。

 無能なるダンソンのせいで威信が落ちてしまっているところで家督争いなどすれば、三公からの失脚もありえる。

 そのようなことになれば――」

 

 意味深につぶやいたリチャードは、しかし言葉を途中で止めた。

 

「やめておこう。

 それよりも、ミーユさま。

 わたしに家督をゆずるなら、ここに一筆いただけないでしょうか?」

 

 リチャードは、契約書を二枚だす。まったく同じ文面のそれは、オレたち用とリチャード用だ。

 変な仕掛けも文面もないことを確認し、ミーユとリチャードは両方にサインした。

 

「それでは、これで」

 

 リチャードは、丁寧に頭をさげた。

 馬に乗って去っていく。

 

「えへへへ、へへ……」

「どうした? ミーユ。変な声だして」

「三公じゃなくなったっていうことは、ボクはもう、レインのボクなんだなぁ……ってさ。

 えへへへ、へ……」

 

 かわいい。



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新たなる旅立ち

 リチャードとの邂逅があってから、さらに半月がすぎた。

 オレはマリナと訓練をしていた。

 場所はいつもの荒野だ。

 

 オレが右手、左手でワンツーパンチを放つと、マリナは器用に受け流す。

 マリナ、カウンターに掌底。

 氷の魔法も携えたそれは、オレを軽く吹き飛ばす。

 

 魔力の障壁も張っていた影響でダメージは最小限だが、なかなかの衝撃だ。

 マリナが周囲にツララを浮かばせ、一直線に放つ。

 

 オレが火炎で撃墜すると、蒸気が舞った。

 視界がホワイトアウトする。

 オレは目を閉じ気配を探った。

 円を描くように動くマリナの気配と、飛んでくるツララ。

 そして声。

 

「………アブソリュート。」

 

 水蒸気が凍り、オレを一気に閉じ込め始める!!

 しかしオレは冷静に、地面をえぐった。

 火炎魔法で器用にえぐり、マリナの足元にまで穴を掘る。

 マリナはそれに気づいていない。凍りつく蒸気のほうを見ている。

 

 ツウッ。

 オレは完全に無防備な太ももを、指でなぞった。

 

「あっ………。」

 

 マリナがびくっと小さく震えた。

 カクッと腰砕けになり尻餅をつく。

 

「オレの勝ちだな」

「うん………♪」

 

 オレは土からでるついでに、マリナを後ろから抱きしめた。

 敗北を喫したマリナだが、そこはかとなく満足そうでもあった。

 オレのマリナは、『全力をだした上でオレに負けて組み伏せられる』みたいなシチュエーションを好む傾向がある。

 ちょっとえっちで、エムっ気があるのがマリナだ。 

 

「地形が変わっているのですが……」

「マリナさまの魔法の余波で、ミリリの体も冷たいですにゃぁ……」

「レインばっかり目立つけど、マリナもけっこうすごいよな……」

「ぜなぁ……」

 

 リンやミリリにミーユやカレンも、そんなふうに言っていた。

 だがリリーナは、言った。

 

「まぁしかし、準備運動といったところだろうな」

 

 事実であった。

 

「それではゆくぞ。レイン」

「はい」

 

 父さんに、礼をして構える。

 自然体の父さんに対し、オレは一気に飛びかかる。

 地を蹴った反動で地面がえぐれた。

 

 二十メートル近くあった距離は、コンマ一秒にも満たない合間にゼロへと変わった。

 木剣を振るう。

 父さんは、わずかに身をかがめて回避する。

 

 懐に潜られかけるが、素早く下がる。

 牽制のファイアボルト。

 牽制と言いつつ、二三〇〇度の炎雷だ。

 

 並大抵の戦士やモンスターなら、一瞬で焦げる。

 だが父さんは、その程度なら素手で弾く。

 弾かれた炎雷は横手の岩に直撃し、岩を真っ二つに割った。

 父さんによる、ファイアーボールのカウンター。

 

 オレは新技を使った。

 雷の自分を複製する『ダブル』

 猛烈な火球は、ダブルの腹部を素通りしていく。

 

 オレはさらに『ダブル』を増やした。

 ひとりのオレをふたりに増やし、ふたりのオレを四人に増やす。

 一体の分身と本体のオレで、二方向から切りかかる。

 残った二体の分身は、後方で待機だ。

 

「なるほどのぅ」

 

 分身の攻撃は、まともに食らえばもちろんのこと、ガードしても雷撃で痺れる。

 

「フンッ!」

 

 父さんは、睨むだけで分身を吹き飛ばした。

 

「えええっ?!」

 

 それはさすがに予想外。

 オレは反射で後ろに下がる。

 

 ビシッ。

 父さんが、親指で虚空を弾いた。

 空圧弾が飛びだしてくるっ!!

 

 オレは体をくるりとひねった。かろうじて回避する。

 背後の樹木が、べしりと折れる。

 展開していた分身二体を、父さんへと向かわせる。

 

「ムンッ!」

 

 父さんは、両手を伸ばして二体を飛ばした。

 オレは一気に前にでる。

 木剣に雷撃を流し、それを一気に横薙ぎに――。

 

 振る振りをして投げた。

 

「むっ!」

 

 さすがさすがの父さんも、これは普通に回避する。

 オレはサッとブレーキを踏むと、魔法の力を両手に込めた。

 

「焼き焦がせ――サンダーストーム!」

「ぬおおおおっ!!!」

 

 オレが放った渾身の魔法は、父さんを中心とした、半径三メートルの空間を雷撃で満たした。

 ミリリやカレンはもちろんのこと、マリナでも黒焦げになりかねない出力だ。

 周囲の地面も、ガラス状に溶けている。

 

 ただし父さんは無傷。

 

 多少の焦げ目はついてるが、逆に言えばそれだけだ。

 

「やるのぅ、レイン」

 

 とオレを褒めてる。

 そして手刀の寸止めが、オレの首筋に入った。

 

 (Aki)らかにおか(Oka)しい(Ki)がするAOKIだが、父さんなので仕方ない。英語で言えばTNSだ。

 AOKIでもTNSだ。

 父さんを超えるのは、まだまだ先でありそうだった。

 

 そんな感じで訓練を終えたら、転移用のドアを使って学園に行く。

 色々あったりはしたが、なんだかんだで無事に復学できている。

 学園からすると、オレとの関係が途絶えてしまうのは、かなり避けたい様子であったし。

 ただしミーユは、男装のままだ。

 

「スカートって、なんていうか、こう……。足とか……見えるし……」

 

 まぁ要するに、『露出度的に恥ずかしい』ということだ。

 かわいい。

 

「オレには毎日、もっと恥ずかしいところを見せているのにな」

「ううぅ~~~~~」

 

 オレがへらりと笑って言うと、真っ赤になってもだえた。

 それはとても愛らしいので、通学前に一発やった。

 

「じと………。」

 

 とマリナがうらやむジト目で見つめてきたので、前と後ろで三発やった。

 

 そして学園では、主に魔法の授業をやった。

 オレは教える側だった。

 ほかの生徒はもちろんのこと、先生たちも並んでいた。

 

『すごすぎて参考にならないですな……』

『基本的にはその通りですが、威力にこだわらないのであれば応用できる部分も……』

『確かに……』

 

 そんな感じでメモを取り、オレの技術を盗もうとしている。

 『すごい』と言っているのが先生で、偉そうにしているのがオレだ。

 

 そして魔法はイメージだ。

 オレがすごい魔法を実演してみせることで、ほかの生徒の魔法も強化されてる。

 そして夜がくれば――。

 

「………(ぬぎぬぎ。)」

 

 マリナがいそいそ服を脱ぐ。

 

 リンやミリリにリリーナやミーユも日によって休むのだが、マリナだけは皆勤賞だ。

 四つん這いから始まる日とか騎乗位から始まる日とか、正常位から始まる日などはあったりするが、しない日はない。

 今日は四つん這いの日であった。

 頬を染め、お尻と顔をこちらへ向ける。

 

(………ふりふり。)

 

 お尻を小さく振ったりもした。

 かわいい。

 

 そんな感じの日々であったが、これだけではよくない、とも感じていた。

 その気持ちに気づいたのは、父さんだった。

 組手が終わったところで言う。

 

「悩んでおるようじゃのぅ、我が息子レインよ」

「はい」

 

 オレはうなずいて言った。

 

「父さんとの訓練は、ためになっていると思います。

 ただオレは、もっといろんな相手と戦うべきではないかと思いまして」

「前回の戦いが、尾を引いておるようじゃのぅ」

 

 父さんは、自身のアゴをさすって言った。

 実際、その通りであった。

 ゼフィロスは強かった。

 かろうじて勝利はしたが、もう一度戦って勝てるかというと怪しい。

 それに――。

 

「ワシが相手では、殺意をもってかかる相手との訓練はできんしの」

 

 ということだ。

 やはり一回、どこかで武者修行的なことをしたい。

 

「そういうことなら、南東にあるブランドラ。その南にある竜人の里がよいじゃろう」

「二ヶ所、ですか」

「ブランドラは、単純に大きい。

 ギルドなどの施設があれば、犯罪者などもおる。

 荒事を求めるのであれば、ちょうどよい修行になる」

 

「懐かしい響きだな」

 

 リリーナは、フフフ……と笑った。

 

「ブランドラと言えば、異常増殖した八〇体のワイルドワイバーンを、レリクスがひとりで退治していた都市だ」

「ほうっておくと、都市が壊滅しかねなかったからのぅ」

 

 父さんの口調は軽かった。

 ひとつの都市を滅ぼしかねないワイバーンの群れが、ハエの大群と大差ないあつかいになっていた。

 

「まぁしかし、ブランドラなら手ごろではあろうな」

 

 リリーナもうなずいた。

 こうしてオレは、住み慣れた土地を一旦離れ、修行の旅にでることにした。

 ブランドラはよくわからないが、竜人の里というのは楽しみである。

 竜人の里の前に行くのは、ブランドラとかいう街になりそうなんだけど。



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番外・謎の洋館編
番外 謎の洋館編


「はにゃあぁ……!」

 

 家の外。

 ミリリが両の手をかざし、土魔法を使用する。

 マリナの氷とオレの炎でぐちゃぐちゃの泥と化した地面から、モーターボートの形が生まれた。

 

「偉いぞ、ミリリ」

「はにゃうっ……♥」

 

 ミリリを撫でてしっかりほめて、火炎魔法を発射した。

 モーターボートを、しっかりと焼いて固める。

 ミリリの魔力が残ってるため、これでけっこう固くなる。

 

「行くか」

「うん。」

「にゃうっ!」

 

 オレたちは乗り込んだ。

 オレとマリナに、ミリリとミーユ。

 カレンとリンとリリーナも乗り込んでいるため、かなりの所帯だ。

 

「それではの」

「はい」

 

 オレは両手に魔力を込めた。

 ハンドルから伝わった魔力が、後ろの排気口にまで流れる。

 

「ん………。」

 

 マリナが氷で道を作った。

 オレは火をだす。

 

 ボウンッ!

 

 モーターボートは、一気に進んだ。

 オレの魔力がこもった船は、時速150キロはだしている。

 流れる風が気持ちよければ、流れる景色も爽快だ。

 

 すると背後に気配を感じた。

 後ろのほうをチラと見る。

 

「おぉーい」

 

 父さんだった。

 

 時速150キロはでているはずのボートを、普通に走って追いかけてきていた。

 

 しかもお互いの距離は、すごい勢いで縮まっている。

 父さんの高速移動だ。

 オレはゆっくり、ボートを止めた。

 

「なんですか……?」

「ちと忘れ物をしてのぅ」

 

 父さんは、息も切らさずに言うと、懐から手紙をだした。

 

「竜人の里についたら、これを『スケイル』に渡しておいてくれ。

 ワシからと言ってくれれば、伝わるはずじゃ」

 

「はい、わかりました」

「うむ」

 

 オレは再び車をだした。

 父さんは、にこやかに手を振っていた。

 

「レインの父さん、このボートに走って追いつこうとしてたぜな……?」

「そこはやっぱり、レインの父さんだよな……」

「すごいです……にゃあ」

 

 カレンらが、そんなふうに言っていた。

 ボートは進む。

 氷を作るマリナの魔力が重要なので、疲れたら言うように言ってある。

 

(くい、くい。)

 

 隣のマリナが袖を引いたら、速度をゆるめる。

 

「どうした?」

「きゅうけい………したい。」

 

 オレはボートを止めてやる。

 

(ちゅっ………。)

 

 マリナはほっぺにキスをしてきた。

 豊満なバストを押しつけるかのように、オレに体を寄せてくる。

 

「マリナ……?」

「上が気持ちよくなると、下も気持ちよくしてあげたくなる………。」

 

 オレの手を取り、股の付け根にいざなった。

 一言で言うと濡れていた。

 触れた瞬間わかるぐらいの湿りけだった。

 

 ちょっどうかと思ったが、いつも通りのマリナであった。

 それで普通に始めるあたり、マリナのことは言えないが。

 青空の下でするのって、爽やかで気持ちいいんだよね。

 

「お前らな……」

「まったく……」

「ご主人さま……」

 

 ミーユやリリーナは頬を染めてあきれるが、ミリリは頬を染めてもじもじとした。

 手招きすると寄ってきた。

 

「スカートあげてみて」

「はにゃう……」

 

 ミリリはスカートをたくしあげた。白いパンツが、いやらしく濡れていた。

 マリナとのコトが終わったあとは、バックでやさしくしてあげた。

 

 もちろん普通の休憩も取った。

 草原にいたイノシシを捕まえて、コトコトと煮込む。

 

 マリナ特製のシチューだ。

 香りがいい。

 ツゥ――と味見をする顔は、綺麗でもあった。

 

 ふぅー、ふぅー、ふぅー。

 冷ましてから食べる。

 

 肉はとてもジューシーだ。

 ジャガイモは、噛むとほろりと崩れて広がる。

 ニンジンやタマネギも、ほどよいアクセントになってよかった。

 平凡な具材だが、マリナの味付けセンスがよかった。

 オレやミリリはもちろんのこと、カレンも四つん這いでガツガツと食ってた。

 そろそろ四つん這いをやめてもいいんじゃないかと思ったりするが――。

 

「なぁ、カレン」

「ぜな?」

 

 と顔をあげるカレンは、かわいい。

 

「口が汚れてるぞ」

「ぜなぁ♪」

 

 ふいてあげた。

 そうすると、例によってと言うべきか。

 

「レイン。」

「ん?」

「わたしも汚れた。」

 

 マリナがカレンとおんなじように、口の横にシチューをつけてた。

 かわいい。

 食事休憩が終わったあとは、のんびりと横になる。

 太陽の光を充填し、再びボートに乗り込んだ。

 

「なっ、なぁ、レイン」

「どうして? ミーユ」

「ちょっと考えがあるんだけど……」

 

 ミーユはオレに耳打ちした。

 

「面白そうだな」

 

 オレが言ったら、ミーユは前の席に乗り込んできた。

 すこし詰める格好になるが、オレにくっつくマリナがうれしそうだったのでよしとする。

 

「行くぞ」

「うん」

(こく。)

 

 マリナが氷の道を作った。オレは魔力をハンドルに通す。

 発射する。

 勢いがついてきたところで、ミーユが風の魔法を使う。

 

「んっ……!」

 

 透明な風が、ボートの下で強く吹く。

 それに乗ったオレたちは――飛んだ。

 高度にすれば、マンションの屋上ぐらいであろうか?

 木々やすれ違う馬車が、模型のように小さい。

 

「すごいです……にゃあ」

「さすがはわたくしのミーユさまと、ミーユさまのレインさまです」

「このような発想があるとはな……」

「マリナの氷魔法ですべることができるなら、ボクの風魔法で飛ばせるんじゃないかと思って……」

 

 照れくさそうなミーユだったが、満更でもなさそうだった。

 空の旅は続いた。

 オレが炎で浮力のサポートをしなくてはいけない分、氷ですべるよりもスピードはゆるい。

 ただその代わり、マリナはゆっくりと休める。

 

(くぅー………。)と穏やかな寝息を立てて、オレにもたれるマリナはかわいい。

 マリかわいい。

 

 休憩と発進をくり返し、夜になったら野宿する。

 そんな旅を続けていた三日目の朝。

 マリナの氷で滑走してると、雨がぽつぽつと降ってきた。

 

「これはまずいな」

 

 元が土のボートであるため、雨はけっこう染み込んでくる。

 オレはボートを止めた。

 

「ファイアードーム」

 

 火炎魔法を使用して、みんなを包む。

 ドーム状に展開された炎は、近づく雨を蒸発させてく。

 

「けっこうキツいな」

 

 例えて言うなら、空気イスをやっているような感じだ。

 短い時間なら平気だが、長いこと続けろって言われるとキツい。

 

「けっこうで終わるぜな……?」

「雨に対抗できる魔法を維持し続けるって、フツー無理だろ……」

「そこはまぁ、さすがの少年――ということだな」

「そういうものなのか」

 

 確かにオレで、けっこうとはいえキツいものなら、ほかの子みんなだと不可能レベルに厳しいかもしれない。

 

「んー……」

 

 オレはドームの体積を広げた。

 水が当たる部位も増え、よりジュワジュワと言うようになる。

 

「とりあえず、テント立てちゃってくれよ」

「はいですにゃんっ!」

 

 ミリリがピシッと敬礼し、テントの設置を始めた。

 ざぁざぁざぁ。

 雨は強まる。カミナリも降ってきた。

 

(ふるふるふる………。)

 

 オレのマリナが、小さく震えた。

 両手で耳をふさいで、ふるふる縮こまっている。

 

「カミナリは苦手?」

(ブンブンブンっ!)

 

 マリナは小さく縮こまっているクセに、首はブンブン左右に振った。

 が――。

 ピシャアァンッ!

 

(びくううっ!!!)

 

 カミナリの音で(><)な顔になったりしては、説得力のカケラもない。

 

「やっぱり怖いんじゃないか」

(ブンブンブンっ!)

 

 マリナはあくまで否定した。

 

「おと………なければ。へっ………。」

「音がなければ平気なのか」

(こくこくこくっ!)

 

 マリナは必死でうなずいた。

 この怖がりっぷりでは、テントだと厳しいかもしれない。

 なんて風に思っていると、リリーナが言った。

 

「あちらのほうに洋館があるぞ?」

「え?」

 

 リリーナが指差したほうを見る。

 確かに遠目に、洋館があるのが見えた。

 家一軒ない街道に、ぽつんと一軒建っている。

 しかし正直に言うと……怪しい。

 

「確かに怪しくはあるが、金持ちが狩りをするための別荘として設置していることもある。

 少なくとも、行ってみて悪いということはあるまい」

 

 もっともであった。

 オレはテントの設立を中止するよう指示をだし、洋館へと向かった。



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82話

 洋館の手前から、洋館を見上げる。

 そこそこの大きさをした、古い雰囲気の洋館。

 窓から明かりが漏れたりはしておらず、人の気配を感じさせない。

 ロリ化しているリリーナが、ドアをコンコン、ノックする。

 

「我々は旅の者だ! 雨宿りをさせてほしい!」

 

 返事はない。

 

「カネならあるぞ?!」

 

 リリーナは叫んだが、やはり返事は皆無であった。

 

「ふぅむ……」

 

 リリーナは、ドアノブに手をかけた。

 

「鍵はかかっていない……か」

「リリーナ?!」

「わたしは、監査官の資格も持っている」

「かんさかん?」

 

「このような屋敷は、盗賊やモンスターのねぐらになる可能性がある。

 よって貴族にしても金持ちにしても、守衛やメイド、あるいは執事を雇っていなければならない。

 仮に誰もいないようなら、違反建築として報告する義務がある」

 

「なるほど」

 

 意外とまともかつ真面目な資格を持っているリリーナであった。

 

「そして誰もいなければ、無断で宿として使える上に、違反建築を報告したということで一石二鳥のボーナスが……クフフフ」

 

 しかしながらまともな姿を、一瞬で台無しにするのもリリーナだ。

 ドアノブに、体重をかけて押す。

 ギイィ……。

 鈍い音がし、ドアが開いた。

 

「ホコリっぽいぜな……」

「どうやら、完全に無人のようだな」

「つまりタダで泊まれる上に、おカネももらえるってことだぜなっ?!」

「誰もいなければな」

「ぜなあぁ~~~~~~~~~~」

 

 リリーナがまんざらではなくうなずくと、カレンは元気に走りだした。

 

「ぜなあぁ!!」

 

 そして転んだ。

 バナナの皮でも踏んだかのようにすべり、宙で一回転してうつ伏せになった。

 お尻がちょこんとつきだされ、パンツが丸見えになっていた。

 お尻の割れ目に食い込むパンツが、そこはかとなくエロい。

 

「ぜなあぁ…………」

「痛そうだな」

 

 リリーナが、指パッチンでヒールをかけた。

 これでどこか痛めていても、傷は完全に完治だ。

 リリーナすごい。

 リンが槍の柄を使い、カレンがころんだあたりをなぞった。

 

「コケ……? 粘液……?

 よくわかりませんが、なにかぬるぬるとしたものがありますね……」

「掃除もろくにされていないってことか……」

 

 ミーユが、嫌そうな顔をした。

 

「まぁでも、豪雨の中で野宿するよりはいいんじゃないかな」

 

 オレはマリナのほうを見た。

 

(カタカタカタカタ。)

 

 マリナはやっぱり震えてた。

 

「……マリナ?」

(びくっ!!)

 

 声をかけると、驚きすくむ。

「へいき………。」

「まだなにも言ってないんだけど……」

「おばけ………こわくない。」

「おばけが怖いんだ……」

「?!?!?!」

 

 オレのマリナは、ほんのわずかに目を見開いた。

 元が無表情なのでわかりにくいが、『どうしてわかったの?!』の顔である。

 

「見ればわかるよ……」

「すごい………。」

 

 そしてまた、好感度があがった。

 

「確かにおばけは、ボクも苦手かな……」

「ミリリも、得意ではないです……にゃあ」

「しかしそれはそれとして、館のヌシがいないのは困るな」

「リリーナは平気なんだね」

 

「倒せばそれで済むからな」

 

 つよい。

 リリーナは、白く光る魔力の玉をだした。周辺を見やる。

 

「手ごろに泊まれる客間があるとすれば、二階であることが多いが……」

 

 階段とオレを、交互に見やる。

 

「行こう」

「うむ」

 

 這いつくばっているカレンを助け起こして、階段を登った。

 

(カタカタカタカタ。)

 

 震えるマリナがくっついてきてかわいい。

 

「この部屋は、鍵もかかっていないようだな」

「おたからがあれば、持って帰っても大丈夫ぜな?」

「希少な魔剣や魔石となると、国で保護するように言われるな」

「ぜなぁ……」 

 

 カレンは露骨に落ち込んだ。

 

「しかし多少の金貨であれば、くすねたところで文句は言われん」

「ぜなぁ……!」

 

 リリーナが淡々と言うと、カレンはうれしそうにした。

 頭の羽も、ぴこぴこゆれる。

 

 リリーナがドアをあけた。

 意外と綺麗な部屋がでてきた。

 ベッドやカーテンは古ぼけているものの、地面にホコリなどが積もっているようなこともない。

 こういうところにはつきものでありそうな、クモの巣などもなかった。

 

「悪くない部屋だな」

 

 リリーナは、ずかずかと入る。

 旅慣れているんだろうけど……。

 つよい。

 

「そろそろ落ち着いた? マリナ」

(こくっ!)

 

 マリナは強くうなずいた。しかし体は震えてた。

 そもそも『強くうなずく』というのが、ウソである証拠だ。

 マリナの場合、本当に平気なら普通にうなずく。

 オレはマリナにキスをした。

 

(………?!)

 

 驚くマリナを押し倒し、胸元のリボンをほどいた。

 おっぱいが弾けでる。すばらしいそれを握った。

 

「気持ちいいことをすれば、気もまぎれるんじゃないかと思って」

 

 と言いながら、オレはマリナの股間に手を伸ばす。

 

「えっち………。」

 

 オレのマリナは、頬を染めて顔をそらした。

 しかし股間のほうの準備は、しっかりとでき始める。

 痛くならないようにやさしくふれているだけなのだが、愛液でぬるぬるだ。

 行為を始める。

 

「あっ、あっ、あっ、あっ………!」

 

 マリナはいつも通りと言うべきか、巨乳をたぷたぷゆらして喘いだ。

 

「オマエらな……」

 

 ミーユがジト目でぼやいたが、ぼやきつつも頬は染めてた。

 オレとマリナから目をそらしつつ、もじもじとしていた。

 リリーナがつぶやく。

 

「しかしここは、屋内でもある……」

「…………」

 

 つぶやいたリリーナはもちろんのこと、ミーユも服を脱ぎ始めた。

 

「ミリリは普通に、ご主人さまが大好きですので……」

 

 ミリリも服を脱ぎ始める。

 

「……外の見張りをしておきます」

 

 真面目なリンが外にでた。

 カレンは金貨を探してる。

 

 行為が終わった。

 四人のことは普通に抱いたし、カレンにも口でしてもらった。

 かなり上手になってきている。

 

「けっこう、クセになる味だぜなぁ……♥」

 

 射精が終わったあとも、先っぽをぺろぺろ舐めたりとしてきた。

 オレは服を着なおした。

 リンを呼ぼうとドアをあける。

 が――。

 

「あれ……?」

 

 リンはどこにもいなかった。

 

「トイレぜな?」

「それはないな……」

 

 なぜなら槍が地面に落ちてる。

 トイレであれば、普通に持っていくはずだ。

 

「リン!」

「リンさまー!」

「リーーーーーーーーン!!!」

 

 オレたちは叫んだが、返事は帰ってこなかった。

 

「困ったな……」

「はにゃあ……」

「手分けして探すしかなさそうだな」

「分散するのは危ないけど、早く見つけないのも危ないしね……」

 

「戦力バランスも考慮すれば……。わたしとミリリ。

 少年とミーユで探索し、カレンとマリナはここで待機、がよさそうだな」

「そんな感じかな」

 

 六発ヤッて落ち着いたマリナだけど、また怖がっているし。

 異論は特にないようだった。

「それではこれを渡しておこう。魔力で光る蛍光石だ。時間が経つと、輝きも消える」

「光が消えたところで、ここに戻るっていう感じ?」

「そうなるな」

 



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連鎖する被害

「カレン………?」

「いないのか?」

「うん………。」

「リリーナやミリリも、帰ってきていていいころなのに……」

 

 マリナが小さくうなずくと、ミーユがつぶやく。

 完全に無意識と思われる仕草で、オレの腕に腕を絡ませくっついてくる。

 体は激しく震えていた。

 

「おばけ………こわい。」

 

 マリナもオレにくっついた。

 ミーユと同じく、ぶるぶる震えて泣きそうだ。

 オレはその体勢のまま、ミリリとリリーナの帰還を待った――が。

 

「遅いな……」

 

 ふたりは帰ってこなかった。

 

「ミリリはともかくリリーナもいる以上、おいそれとやられるとは思えなかったんだが……」

「だけどリリーナ、今は子どもになっちゃってるし……」

「手分けして――はさすがに危ないから、三人で行こうか」

 

 オレたちは進んだ。

 リリーナたちが探していたはずの二階の部屋たちを、軽く覗いて見て回る。

 そしてふと、金色のなにかが煌めいているのに気がついた。

 

「これは……リリーナの髪の毛か?」

(すん………。)

 

 マリナはレインから髪を受け取り、においを嗅ぐとつぶやいた。

 

「たぶん………そう。」

「わかるのか?」

「あなたのにおい………ちょっとついてる。」

 

 あくまでも、オレが基準のマリナであった。

 ついさっきまで、オレのにおいがたっぷりと染みつく

 勢いでエロいことをしていた甲斐もある。

 

「となるとふたりは、ここで襲われた可能性が高いっていうことか」

「うううぅ……」

 

 ミーユの怯えが強さを増した。

 歯をカチカチと鳴らして震えている。

 

「マリナは、どう考える?」

「あなたは………?」

「まず敵は、不意打ちが得意っていうことだよな」

「………?」

 

「カレンはともかく、ミリリとリリーナのふたりが正面から負けるとは考えにくい。

 というかあのふたりなら、強敵がでてきたら一旦さがる。

 なのにさらわれたってことは、不意打ち以外には考えられない」

 

「すごい………。」

 

 マリナが頬を赤らめる。

 大した推理ではないと思うが、マリナはそういう子である。

 隙あらば、オレのことを好きになる。

 そういう子である。

 

「あとはたぶん……相手は人間じゃない」

「ふええっ?!」

 

 ミーユが露骨に怖がるが、オレは淡々と続ける。

 

「リリーナ相手に不意打ちをできる相手が、人間だとは考えにくい」

 

「おおおおっ、おばけなの?!

 やっぱりやっぱりおばけなのっ?!」

 

「その可能性も、わりと真面目にでてきたな」

「ふえええっ……!」

 

 恐怖の限界がきてしまったらしい。ミーユはガチで泣いてしまった。

 大粒の涙が、ぽろぽろはらはらこぼれている。

 おもらしをしている可能性もありそうだ。

 

「マリナはどうだ? 平気か?」

「へいきじゃない………けど。」

 

 マリナはじっと、オレの目を見て言った。

 

「あなたがいるから。」

「そうか」

 

 オレはすっくと立ちあがった。

 部屋が無人であることを確認し、ミーユとマリナを部屋へと入れる。

 

「レイン?!」

「不意打ちをかけてくるやつが相手なら、オレがひとりのほうがいいんじゃないかって思って」

「ダメだよ! そんなの! レインになにかあったら、ボク……」

「わたしも、あなたがいないと………。」

 

 ミーユとマリナが、そろってオレの手を握る。

 ふたりの手は温かくって照れる。

 

「レインがひとりになるぐらいなら、ボクが……」

「わたしが………。」

「ふたりとも、怖いんじゃないの?」

「おばけとかは、怖いけど……」

「あなたがいなくなるほうが、こわい。」

 

 そんな感じだ。

 こうなるとラチがあかない。

 

「それじゃ、全員でバラける?

 マリナがこの部屋。ミーユが隣。オレが廊下でそれぞれ待機。

 なにかがでたら、声や物音を立てて知らせる。

 どこからでてくるかわからない敵だから、部屋の中でも安全とは限らないし」

 

「うん……」

「わかった………。」

 

 ふたりはうなずいてくれた。

 宣言通り、マリナが部屋の奥にいき、ミーユが隣の部屋へと入る。

 

 ばたん。

 ドアが閉まった。

 薄暗い屋敷の中で、ぽちゃん、ぽちゃんと音がする。

 雨漏りの音であった。

 

 壁に背を預け、天井を見上げる。

 

(薄暗くって不気味だけど、なにかあるような気配はないな……)

 

 ただし全身には、炎と雷のマナをたくわえる。

 オレの全身が光り輝く。

 もし遠くからオレを見た人がいれば、それこそ幽霊と思うかもしれない。

 

   ◆

 

「はあぁ…………」

 

 レインと離れ、ひとりになったミーユはため息をついた。

 

(おばけ怖い、おばけ怖い、おばけ怖い、おばけ……)

(レインレインレインレイン……)

 

 レインのことで頭をいっぱいにしていなければ、押し潰されそうなほどであった。

 ただしレインは、扉を挟んだ先にいる。

 一応ドアをノックした。

 

「レイン……」

「ミーユか?」

「そこにいる?」

「いるよ」

 

 その一言を聞くだけで、ほうっ……と落ち着けた。

 ドアから離れ、部屋の中を静かに見渡す。

 怪しいモンスターの姿は、影も形も存在しない。

 

「うぅ……けほ、けほ、」

 

 ミーユは小さくセキをした。

 金銭的な意味での育ちはよかったので、小汚い部屋は苦手だ。

 

 窓に近づく。

 一歩、一歩と近づくごとに、恐怖がじわじわ這い登る。

 目隠しをして歩いている時の感覚と言えば、非常に近い。

 

 足をあげる。

 前に進める。

 地面におろす。

 たったそれだけの動作をするだけで、目まいがしてくる。

 

 それはそれなりに経験を積んできた、魔術士としての本能だった。

 その本能が、窓の近くにいってはいけない。窓をあけたりしてはいけない。

 そんな風に告げていた。

 

 そもそもミーユが幽霊を怖がってしまったのも、屋敷の『異形』を、無意識で感知したからだ。

 ミーユがひどく怯えていたのは、ライオンを前にした小鹿が怯えるかのごとき――純粋な本能だったのだ。

 

 しかしながら今のミーユは、感情の正体がわからなかった。

 恐怖の理由はレインが存在しないことであって、目まいの理由は、部屋の空気が悪いから。

 

 そんな風に考えてしまった。

 だから窓に近づいていく。

 一歩、また一歩と近づいてくる。

 

 冷たいガラスに手をかけた。

 今は雨がやんでいるとはいえ、いまだ濡れた冷たい窓を。

 

 ギィ……。

 錆びついた音がした。窓がゆっくりと開く。

 

 ひんやりとした冷気が頬を撫でる。

 雨上がり独特の、冷たくも心地よい匂いが鼻腔をくすぐる。

 ミーユは窓枠に手をかけた。深呼吸をひとつする。

 

「はあぁ……」

 

 肉体の緊張がほどけたことで、暗く淀んでいた気分もほぐれた。

 だがしかし、その瞬間にミーユは気づいた。

 

 窓の真下の外の壁。

 自分が手をかけている窓枠のすぐ前に。

 黒いナニカが張りついていることを。

 

 そのゼリー状の物体の、目と思わしき器官が光る。

 血のように赤く、夜のように暗い光りだ。

 生物学的に醜いとでも言うべき異形の姿に、ミーユは悲鳴をあげることさえ忘れた。

 異形がミーユの顔に飛びつく。

 

(んんっ!)

 

 上半身を食われたミーユは、外に引きずりだされそうになった。

 

(んんっ、んっ、んんんっ……!)

 

 必死にこらえて踏ん張った。

 足をバタバタ動かして、壁を二回、三回と蹴った。

 

「ミーユ?!」

 

 音を聞いたレインが飛び込んでくる。

 

 ずるり。

 

 ミーユの体が、異形に飲まれた。



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屋敷の秘密

「ミーユ!!!」

 

 部屋に入ったオレが見たのは、異形に飲まれるミーユであった。

 上半身は完全に飲み込まれ、足だけがかろうじてでている。

 オレはタンッと床を蹴る。一直線に距離を詰め、ミーユの足を掴もうとした。

 

 が――遅い。

 ミーユはずるりと飲まれてしまった。

 

 オレは窓枠に手をかけて、ミーユを飲み込んだやつを見た。

 ヘドロ状の体に真っ暗な体を持ったそいつは、壁を伝って裏庭へと降りていく。

 

「ファイアボルト!!」

 

 オレは魔法をぶっ放す。

 

「クキャアアアアアアアアアア!!!」

 

 ヘドロのそいつは、悲鳴をあげてのけぞった。ミーユの体がわずかに見える。

 

「こおり………!」

 

 マリナが横から氷を伸ばし、ミーユの足を捕まえた。

 

「きてたのか」

「声………したから。」

 

 マリナは淡々とつぶやくと、ミーユの体を引っ張りあげた。

 ちなみにマリナがいたはずの部屋の壁には、大きな穴があいている。

 ドアを使わず、ぶち破ってきたわけだ。

 まぁしかし、マリナにはよくあることだ。

 オレはミーユを、壁を背にして座らせる。

 

「平気か? ミーユ」

「んっ……」

 

 ミーユはうっすら目をあけた。

 

「ちょっと……痺れてる」

「そうか……」

「レイン。」

 

 外を見ていたマリナが、外の一部を指差した。

 それはつい先刻に見た、古井戸であった。

 黒いナニカが、井戸の中に入っていくのが見えた。

 

「あそこが巣だったか……ファイアボルト!」

 

 オレは裏庭に炎を放つ。

 雑草を除去すると同時に、ぬかるんでいそうな庭を乾かす。

 うっとおしそうな雑草が生い茂っていた庭は、見事に乾いた大地となった。

 

「じゃあ行くか」

 

 ミーユを背負う。

 

「ごめん……」

「気にするなよ」

 

 マリナといっしょに窓から飛んだ。着地して井戸に近づく。

 警戒しつつ中を覗いた。

 一見すると真っ暗だ。なにもない。

 オレは指をパチッと鳴らし、炎をだした。

 小さな炎を、井戸の中へと落とす。

 

「深さは十五メートルぐらい。

 炎が燃え続けているところから、酸素はある。

 それでも特になにもないから、降りて調べるしかなさそう……か」

 

「んっ………!」

 

 マリナが巨大なツララを作った。井戸の真ん中に刺す。

 オレはツララを柱代わりに、井戸の中へ降りて行った。

 

 底につく。

 びちゃりと黒い泥がはね、ブーツとズボンの裾を汚した。

 オレは周囲を軽く見渡し、それに気づいた。

 

「扉……?」

 

 井戸の底にはあるはずのない、木製の扉があった。

 おりてきたミーユとマリナもそれに気がつく。

『異形』のための通り道なのか、下にはわずかな隙間がある。

 

 ドン!

 オレはドアを蹴り破った。その先にあったのは、真っ白な廊下。

 井戸や屋敷の汚さがウソのような、真っ白な廊下であった。

 特殊な鉱石でも使っているのか、蛍光灯でも使っているかのようにまぶしい。

 

「なんだこりゃ……」

 

 一段、二段と段差をのぼり、廊下を進んだ。

 新たな扉などが見つからないまま、見えてきたのは行き止まり。

 

「ふぅむ……」

 

 うなりながら歩みを進める。

 すると――。

 

「うわっ!」

 

 落とし穴。

 オレは咄嗟に剣を抜き、壁にグサリと突き立てた。

 ガリギャギャギャッ!

 剣の力で減速しながら、かろうじて止まる。

 

 剣を抜いて地面におりる。

 間の抜けた声がした。

 

「どうも~~~」

 

 白衣とメガネの女であった。黒い髪をショートポニーに束ね、右手には試験管を持っている。

 しかしその下半身は、巨大なるスライム。

 六畳一間ぐらいは完全に埋め尽くしそうな、黒いスライムで構成されていた。

 

 オレは素早く後ろに下がり、警戒の色を強めた。

 女がスライムにもぐった。下のほうからどぷりとでてくる。

 

「ワタシはスティアというもので、この屋敷の――」

「ファイアボルト!!」

「ほぎゃあああ!!!」

 

 スティアと名乗っていた女は、オレの雷撃を食らって倒れた。

 

「ちょ……なっ、なにをするデスかぁー!

 ワタシでなければ、完全に即死デシたよぉー?!」 

 

「得体の知れない謎の相手に接近されたら魔法だすだろ」

「なんという潔癖……!」

「そんなことより、みんなはどうした……?」

「そちらですぅ~~~」

 

 スティアがオレの背後を指差す。

 オレは奇襲を警戒しつつ、背後を見やった。

 リンにカレンにミリリにリリーナ。

 行方不明になっていた全員がいた。

 

 決まり悪げなリンとリリーナに、祈るように両手を重ね、尊敬の眼差しでオレを見るミリリ。

 そしてカレンは餌付けされてた。

 四つん這いでがふがふと、肉っぽいものを食べている。

 

「それでオマエは、なんなんだ……?」

「ワタシは、この屋敷の管理人で――ほぎゃあああ!!!」

 

 しゃべろうとしていたラティアだが、脳天にツララがぶち刺さった。

 マリナであった。

 オレを追って飛び降りてきたマリナが、とりあえず攻撃をしかけていた。

 

 ツララの攻撃でスティアが異形と知ったマリナは、氷の剣をだして突撃をかける。

 哀れスティアは、真っ二つになった。

 マリナがオレのほうにくる。

 

「へいき………?」

「平気……だけど」

「よかった………。」

 

 マリナは、ぎゅっ………と抱きついてきた。

 

「ですからですから、いきなりナニをするデスかぁー!」

「敵かと思った。」 

 

 そう言って、マリナはオレをチラと見た。

 オレがファイアボルトを使ったので、敵と対峙したものと考えた――ということか。

 結果的には早計だったが、合理的ではあるだろう。

 なにしろオレが攻撃したのだから。

 

「わたしが説明したほうがよさそうだな」

 

 リリーナが、ハアッとため息をついた。

 

「そこにいる女は、スティア=ハラス。この屋敷の地下にこもって、スライムの研究をしていたらしい」

「しかしデスねぇ~~~。

 長いこと、地下にもぐりすぎていたせいでねぇ~~~。

 体を壊してしまったのデスよぉ~~~」

 

「そこでスライムに自らを食わせ、同化できないかどうか試したらしい」

 

「実験は成功!

 見事スライムになったワタシは、病気知らずのケガ知らずになったデースよぉ~~~。

 今は毎日研究できて、幸せデスうぅ~~~~~」

 

 かなりマッドな経歴の持ち主であった。

 

「で……ミリリたちをさらった理由はなんだ?」

「基本的には幸せデスが、時々人が恋しくなるわけでして……。

 お話相手になっていただこうかと……」

 

「そういうことなら、普通にでてくればよかったじゃん」

「なななな、なんちゅー恐ろしいことを言うデスか!

 しょしょしょしょ、初対面の相手に、自ら名乗って交流を……?」

 

 スティアは、青くなって震えた。

 

「わたくしをここに連れてきた時は、その黒いスライムの陰に隠れておりました」

 

 最初にさらわれたリンが、そんな風に補足した。

 いわゆるひとつの、コミュ障であるらしかった。

 

「アタシのこともさらったりしたけど、お肉をくれたからいい人だぜなっ!」

 

 カレンはやっぱり餌付けされてた。

 怖がっていたミーユが、恐る恐る尋ねる。

 

「おばけじゃなかった……ってこと?」

「そうなりマースねぇ~~~」

「そっか……。えへへへへ、そっかぁ……」

 

 腰が抜けてしまったらしい。ミーユがぺたりと、あひる座りでへたれ込む。

 

「えへへへへ、あは、あは……」

 

 笑いかたがちょっとおかしい。

 気になったらしいマリナが、ミーユの隣にしゃがみ込む。

 すん………と鼻を動かして言った。

 

「もらした………?」

(ぴくぅ!!!)

 

 ミーユがすくんだ。

 

「ええっと、それは、その……」

(じぃ………。)

 

 誤魔化そうとしたミーユだが、マリナの目線には耐え切れなかった。

 元がいい子なせいもあり、正直に答えてしまう。

 

「すこし……」

「パンツ取ってきてやるか?」

「なななな、なに考えてるんだよ! ばかっ!」

 

 オレのミーユは、真っ赤になって怒鳴ってしまった。

 パンツどころかその下も舐めたりさわったりしている関係なのに、パンツは恥ずかしいらしい。

 

「それならいっしょに行くか?」

「うん……」

「そーいうことなら、屋敷までの通路をあけますデスよぉー」

 

 スティアが、道を開いた。真っ黒なスライムが、モーゼの滝のように割られる。

 奥にあるのは階段だ。オレはミーユといっしょに進もうとした――が。

 

(ぴと………。)

 

 マリナが背中にくっついてくる。

 

「おんぶ………。」 

 

 短いひと言ではあったものの、ちょっとしたヤキモチが感じられた。

 つい先刻に、オレがミーユをおんぶしたのを、羨ましいと思っているわけだ。

 かわいい。

 オレはマリナをおんぶした。

 

(むにゅうぅ……)

 

 豊満なバストが背中に当たった。マリナのマ乳は、今日も健在である。

 階段を登る。

 コツ、コツ、コツ。

 薄暗く湿っぽい階段は、なにもないが不気味だ。

 

「リンやカレンをさらったのはスライムだったけど、それはそれとして幽霊もでてきそうだよな、この屋敷」

「ヘヘヘ、ヘンなこと言うなよぉ! ばかあぁ!」

(ぎゅうぅ………!)

 

 ミーユが泣きそうな声で叫ぶと、マリナは(><)な顔でしがみついて抗議する。

 かわいい。

 行き止まりについた。オレは天井を押しあげる。

 屋敷の一階。ホールのような空間にでた。

 

「よし」

 

 ミーユの手を引き、引っ張りあげる。

 階段を登って廊下を渡り、荷物がある部屋へ向かった。

 その時だった。

 横手にイヤな気配を感じた。

 

 目を向ける。

 なにもない。単なる壁だ。

 しかしオレが警戒していると――。

 

「うぅ、らぁ、めえぇ、しいぃ~~~~~~~~~~」

 

 幽霊が現れた!

 

「ファイアボルト!」

 

 だけど燃やした!!!

 

 真っ白な幽霊は、跡形もなく消え去った!!!

 

「まさか本当にでるとはな」

 

 オレはやれやれとつぶやくと、ミーユのほうを見た。

 

「はわわ、あわ、はわ…………」

 

 オレのミーユは、哀れにも泣きじゃくってしまった。

 棒立ちのまま涙をこぼし、ズボンをぐっちょり濡らしてる。

 初めて出会った時に次ぐ、二回目のおもらしだ。

 

「わたしも………すこし。」

 

 マリナはオレにおぶさったまま、恥ずかしそうにつぶやいた。

 ぽんぽん。

 オレはミーユの肩を叩いて、にっこりと笑顔で励ました。

 

「ふえぇん……」

 

 それでも泣いてしまうミーユがとても愛らしかったので、部屋に連れ込んでヤッた。

 ズボンもパンツもひん剥いて、押し倒してヤッた。

 

「あっ、やだっ、ばかっ。なに考えてんだよっ! ばかああぁぁ!!!」

 

 とか言っていたミーユだが、なんだかんだでしっかりと堪能していた。

 

 オレの恋人たちは最高だぜ!



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死霊都市探索編
自分たちの立ち位置を確認するレインさんたち。


 怪しい屋敷を越えたオレたちは、目的の街についた。

 大きな城壁に囲まれた、とても大きな街である。

 

「「待て!」」

 

 衛兵ふたりに呼び止められた。

 

「「身分証をだしてもらおう!」」

 

 大きい街なら当然とも言える検問だった。

 

「身分証? わたしを見ても、そのように言うのか?」

 

 リリーナが前にでた。

 魔竜殺しの七英雄として、教科書にも載っているリリーナだ。

 この街を救ったこともあるらしいし、常識で言えば顔パスだ。

 

「ハハハハ。かわいいねぇ、お嬢ちゃん。

 でもおじさんは今、こっちのお兄さんとお話しているんだ。

 悪いけど、後ろで待っててくれるかなぁ?」

 

 しかしロリ化している今となっては、ただのかわいい女の子だ。

 

「なっ……?! 

 いや、そうか。待っていろ。今身分証を……む?!」

 

 懐に手を入れたリリーナが慌てる。

 体のあちこちをさわりまくるが、身分証はでてこない。

 

「まさか自宅に、置き忘れを……?!」

 

「………。」

 

 マリナがリリーナを抱きあげて、列の後ろに移動した。

 

「はぐうぅ……」

 

 格好をつけそこなったリリーナは、しょんぼりとうなだれた。

 エルフの耳も、しおっと垂れる。

 かわいい。

 

「身分証って、学生証でもオーケィですか?」

 

 オレは学生証を取りだした。

 

「それはどこの学園かにもよるが……レイボルト魔法学園?!」

 

「三公のグリフォンベール家のご子息がお通いなされることがあれば、

 七英雄のリリーナ様が講師を務めることもあるという、

 国内最高峰がひとつの魔法学園か?!」

 

「しかもこの学生証は、ゴールドメタルがあしらわれている!

 成績トップクラスの優秀者だぞっ?!」

 

 衛兵さんは、ふたりそろって驚いていた。

 東大主席を見ているかのような反応だ。

 マリナやミリリに、カレンも身分証明書を見せる。

 

「こちらも成績優秀者?!

 で……ふたりはその召使いか……」

 

 衛兵さんは、マリナの学生証を見ても驚く。

 そして視線が、ミーユにいった。

 ミーユのことは知らないが、オレとマリナの連れであるなら、きっとすごいに違いない、と緊張している眼差しだ。

 

「…………」

 

 ミーユは、決まり悪げに視線を逸らした。

 しかし観念したかのように、ため息をつくと学生証を見せた。

 

「やはり成績優秀者で、名前は…………ミーユ=ララ=グリフォンベール?!?!?!?!」

「三公さまのご子息っ?!」

「「これは失礼をいたしましたあぁーーーーーーーー!!!!!」」

 

 衛兵はふたりは、武器を捨てて土下座した。

 

「ええっと……そんな、土下座とかしなくてもいいんで……」

 

 ミーユはとても悪いことをしてしまったかのような顔で、ふたりから目を逸らした。

 

 これは後日知ったことだが、『グリフォンベール』は、雷名でありながら悪名でもある。

 原因は、主にダンソンである。

 ダンソンがあれこれやっていたせいで、『とてもうるさくてヤバい権力者』というイメージがついた。

 実際には失脚しているわけだが、テレビも新聞もない世界だ。

 細かい話が伝わるまでには、かなりの時間がかかるのだろう。

 新しいリーダーのリチャードがまともかどうかも、ここの人にはわからないだろうし。

 

 そして一昔前のミーユも、まともな人間ではなかった。

 親に理不尽な虐げを受けていた過去から、周囲にも理不尽をバラまいていた。

 だからこういう対応を見ると、過去の自分を思い出して恐縮してしまう。

 まぁそれで恐縮するあたり、今はいい子になっているとも言えるけど。

 

「しかしグリフォンベール家のおかたが、護衛もつけずに……?」

「それについては、こういうことです」

 

 オレは空に右手をかざした。

 

「ファイアーボール」

 

 ドゥンッ!

 空に登ったファイアーボールが、雲に届いた。

 ボワッと雲に穴があき、雲の隙間から空が見えた。

 

「魔法を、空まで……?」

「しかも無詠唱で……?」

 

「つまり半端な護衛より、オレのほうが強いっていうわけです」

 

「「なるほど……」」

 

 ふたりは納得してくれた。

 オレたちは、街の中に入る。

 

「わたしが尊敬されたかったのに……!」

 

 リリーナは、ひとり悔しがっていた。

 忘れないように言っておきますが、彼女は二八〇歳です。



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とてもおかしいリリーナさん

 オレたちは、街に入った。

 石畳の通路に、石造りの建物。

 遠目に見える広場では噴水が美しい水をだして虹を作り、子どもがきゃっきゃと騒いでる。

 ゲームなんかで、『中世ヨーロッパ風』と言われそうな街並みだ。

 

「ままま、待て! 少年!」

 

 ロリ化しているリリーナが叫んだ。

 

「この街が初めてであるキミは、ここの地理も知らないだろう!

 だからわたしが案内してやる!

 名誉返上だ!」

 

 ロリ化しているリリーナは、つい先刻の、リリーナ基準では失態にあたる失態をカバーしようと必死であった。

 でも……。

 

「名誉を返上なさるのは、いけないと思います……にゃあ」

 

 素朴で純粋なミリリから、素朴で純粋な突っ込みを受けてしまった。

 

「はぐうぅ……!」

 

 失態の上塗りで名誉を返上してしまったリリーナ。

 しかし気を取り直し、オレの手を引く。

 

「いいからくるのだ! こちらにくるのだぁ!」

 

 やれやれだ。

 

  ◆

 

「このカドを曲がれば、冒険者ギルドがある!

 名前の通り、冒険者が集うギルドだな!

 武者修行的なことをしたいなら、ここで色んな依頼を受けてみるとよい!」

 

 リリーナは、満面の笑みで紹介していた。

 このギルドにまで案内をしたことで、自分の汚名は返上できたと言わんばかりの表情だ。

 そんな甘くはないと思うが、かわいいのでスルーしておく。

 

 リリーナの言う通り、カドを曲がった。

 大きな店が見えてくる。

 そこにあったのは――。

 

 

『レズビアン専用風俗店。ピンクサキュバス』

 

 

「……」

「………。」

「………………」

 

 メンバー全員の長い沈黙の末、オレは言った。

 

「ある意味、冒険者の店だな」

 

「ふあぁんっ!」

 

 リリーナは、涙目で叫んだ。

 店員と思わしき、かわいい女の子がでてくる。

 

「お客さんですかー?」

「ちちちちっ、違う! 違う! 断じて否だ! 断じて否だぁ!」

「では、このお店で働いてみたいとか……」

 

「それも違う! 断じて否だあぁ!

 どういうことだ?!

 この場所は、冒険者ギルドがあったのではないか?!」

 

「冒険者ギルドでしたら、広場の近くに引っ越しましたよー」

「そ、そうであったのか……」

「はいー」

 

 コホン。

 リリーナは、頬を赤くしつつも咳払い。

 

「それでは行こうか! 改めて!」

 

 リリーナは歩きだし、オレたちはついていく。

 ただオレの視線は、風俗の看板に残っていた。

 視線に気がついたマリナが、オレの腕にくっついたまま言った。

 

「レイン………。」

「なに?」

「きょうみ、あるの………? ふうぞく………。」

「そこはまぁ……。男として……すこし……」

「………。」

 

 マリナは無言で、オレの腕を組んだまま歩いた。

 

「性欲を持っているのも処理したいと考えるのも、男性に限ったことではございませんが……」

「リンさまっ?!」

 

 後ろでリンがぽつりとつぶやき、ミリリが驚いていた。

 

  ◆

 

「広場はこちらだ! わたしはとても知ってるぞ!

 この街には、それなりに長いこと滞在していた期間があるからな!

 引っ越しがなければ完璧だ!」

 

 リリーナが、三度目の正直と言わんばかりに先頭を歩いた。

 オレたちはついていく。

 その途中だった。

 

「教会の前で、なにか騒ぎが起きてるぜな」

「そのようだな……」

 

 リリーナが、視線でオレに確認を求めた。

 

「いいよ。行こう」

 

 群衆の合間を割って進む。

 野次馬をさえぎる聖騎士らしきヨロイを着込んだ人たちに止められた。

 

「神聖教会の幹部候補生である聖神官・ロリーアさまのお祈り中だ。

 これ以上先に進むことは許されん」

 

 横柄なる態度だが、言ってることはもっともだ。

 オレは黙って、ロリーアとかいう聖神官を見つめる。

 わずかに赤みのかかった黒髪のショートカットに、ミリリにも並びそうなほどの幼い顔立ち。

 それでいて、顔立ち相応に薄い胸。

 

「若いですね」

「武者治療の旅をなされているところだからな」

「武者治療?」

 

 ミーユが補足してくれた。

 

「教会がやる治療の旅だよ。

 幹部候補の若い神官が、国を回って色んな人を治療するんだ。

 幹部候補生の修行になる上、教会の威信が高まって寄付も集まる。

 三得の儀式だな」

 

「なるほど」

 

 会話している合間にも、少女の詠唱は続く。

 

「敬虔なる信徒なる我が、治癒の神なるあなたに祈る。

 邪知暴虐の魔霊の呪怨に侵されし哀れなる子羊に、一片の慈悲を!

 セイントール・ブレイクカース!」

 

「かなりのレベルの解呪魔法ですね……」

「ミリリの三倍はすごいと思います……にゃあ」

「使われている聖水も、高いものの匂いがするぜな……!」

 

 リンとミリリとカレンが、そんな風につぶやいた。

 カレンの感想はすこしズレている気もするが、カレンなので仕方ない。

 太陽をほうふつとさせる治癒の光が、倒れている冒険者を包む。

 が――。

 

「駄目っす……」

 

 聖神官・ロリーアは、首を左右に振った。

 

「神聖教会の幹部であるロリーアさまでも、眠りの呪いは解けませんか……」

「断言はできないっすけど、大司教さまか、三公の一家・ユニコンラードの四聖さまが、三日三晩をかけて解呪をがんばるぐらいでないと難しいと思うっす……」

 

「それほどの呪いなのですか……」

「体を蝕む効力が低い代わりに、解けにくさを優先している感じっすから……」

「このブランドラも、王国の中では有数の大都市ではありますが、大司教さまや三公の四聖さまにお越しいただくことはさすがに……」

「興味深い話だな」

 

 リリーナが、聖騎士のあいだをするりと抜けた。

 武道の動きと言うべきか、相手の隙を縫う歩行術だ。

 

「あなたは……どなたっすか?」

「通りすがりの冒険者だ」

 

 パチンッ。

 リリーナは、自身の指を軽く鳴らした。

 倒れている冒険者にまとわりついていた邪気が、その一瞬で吹き飛んだ。

 

「「「なっ……」」」

 

 ギルドの人やローリアに、聖騎士たちも驚いた。

 だがリリーナは、目覚めた冒険者に声をかける。

 

「キミに呪いをかけたのは、どのような存在だ?

 わたしたちは、修行の旅をしている者でな。

 強い相手の情報はほしい」

 

「どのような相手かは、よく覚えていないのですが……。

 場所は東の、『死霊が住まう荒廃都市・グラレコス』でした」

 

「グラレコスか」

「知っているの? リリーナ」

 

「名前の通り、死霊が住まう荒廃都市だ。

 人の死霊はもちろんのこと、虫の死霊や鳥の死霊に、クモやダンゴムシに、ナスやカボチャの死霊もいる」

 

 ふざけたような話だが、リリーナは真面目な顔で言っていた。

 ミーユなども、話は普通に聞いている。

 どうもこの世界では、虫や野菜が死霊になるのも普通らしい。

 

「浄化したりは、しないのですにゃあ?」

 

「グラレコスの死霊は、弱いものが多い。

 瘴気が強いグラレコスでないと、存在を保てないほどだ。

 放置しても害はないうえ、初心者の神官や冒険者にとってはほどよい経験を積める相手となる。

 だから放置されていたのだが……」

 

「厄介な呪いをかけるようなやつがいると、話は変わるってことか」

 

 オレが言うと、ギルドの人も言った。

 

「現状、眠りの呪いは一週間程度で解けるのですが、今後もそうであるという保証はございませんので……」

 

 もっともな懸念だ。

 

「次の目的地は決まりだな」

「そうだな、少年」

 

 オレたちは、踵を返して進もうとした。

 その時だ。

 

「ちょちょ、ちょっと待ってほしいっす!」

「教会幹部のローリアさんだっけ? なんの用?」

「自分も、連れて行ってほしいっす!」

「え?」

 

「あのややこしい呪いを一瞬で解呪できるなんて、すごいっす!

 弟子入りがしたいっす!

 せめてグラレコスでの動きは見たいっす!」

 

「……?」

 

 リリーナはほうけた。

 ローリアが、どうして自分をほめているのか。理解できていない顔だった。

 一秒、二秒、三秒と、考えてから気づく。

 

「少年!

 つい先刻の呪いを軽く解呪できるのは、すごいらしいぞ!

 即ちキミは、わたしを尊敬してもよいのだぞっ?!」

 

 その様子は、道案内をしようとしていた時の姿をほうふつとさせた。

 

 教会の大司教クラスの人物を連れてこないと解呪できない呪いを、あっさりと解呪する。

 リリーナにとってそれは、オレをギルドや広場に案内することよりも軽かった。

 

 しかもこのリリーナ、一度死んでる。

 死んだ状態から再生し、大幅に弱体化している。

 その状態でこれ。

 

 やはり父さんの知り合いは、スペックがおかしい。



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聖騎士たちと戦ってみる。

 リリーナが自画自賛していると、ローリアが言った。

 

「と……とにかく連れて行ってほしいっす!

 勉強がしたいっす!

 治癒魔法のエリートになって、色んな人を助けたいっす!」

 

「お待ちください! ローリアさま!」

「そのような、どこの馬の骨ともわからない輩についていくのは……!」

「そういうことなら、どこの骨かわかればいいのか?」

 

 オレはミーユの胸元に手を伸ばす。

 

「きゃあっ!」

 

 目的のものを探すついでに、ふにっとしたやわらかな触感を手のひらいっぱいに感じ、目的のものをだした。

 

「ボクのおっぱいを触る意味は、あったのかよ……」

 

 頬を染めて胸元を両腕で隠すミーユは見ない振りをして、だしたカードを聖騎士たちに見せた。

 

「レイボルト魔法学園の、ミーユ=ララ…………グリフォンベール?!」

「あの三公の一角の?!」

「七英雄の中でも『最強にして別格』と言われたレリクス=カーティスと戦って負けたというが、それでもまだまだ威信を残した……」

 

 父さんの名前も知っているのか。

 

「それなら、オレのカードも見せたほうがいいかな?」

 

 オレはオレのカードを見せた。

 

「レイン=カーティス……?」

「まさか……レリクスさまのご子息の……?!」

 

 聖騎士たちは固まった。

 リーダー格の聖騎士が、恐る恐る言ってくる。

 

「失礼ですが……、レインさま」

 

 聖騎士リーダーが目配せをした。

 ローリアの周囲にした聖騎士はもちろんのこと、離れたところに控えていた聖騎士もやってくる。

 その数、十六人。

 剣と槍を持った前衛の聖騎士が五人ずつに、メイスを持った後衛の聖騎士が六人だ。

 

「もしもあなたが、レリクスさまのご子息であられますなら……。

 この人数を相手にしても、勝利を掴めると存じますが……」

 

 試すかのような口ぶりだった。

 後衛の聖騎士の声が聞こえる。

 

(リーダーも意地が悪いな)

(まったくだ。

 全盛期のレリクスさまご本人ならともかく、あんな若い息子程度が、この人数に勝てるわけがないだろうに)

(普通に断るとカドが立つから、適度に脅してうやむやに……ってわけか)

 

 なるほどねぇ。

 慎重なのは、よいことではあるが……。

 

「父さんの息子として試されているってなると、無様な姿は見せられないよね」

 

 オレはパキリと指を鳴らした。

 マリナたちにさがるよう目線で合図し、フウッと軽く息を吐く。

 地を蹴った。

 

 パアァンッ!

 リーダーの聖騎士が吹っ飛んだ。

 

 すごく手加減してみぞおちを手のひらで押しただけだが、超高速で吹っ飛んだ。

 お星さまになりそうな勢いで吹っ飛ぶと、三階建ての建物の屋根の上に落ちた。

 

「は……?」

「ふ……?」

「へ……?」

 

 オレは腹部に力を込めて、魔力を発した。

 オレを中心に、炎のドームが広がった。

 コンマ数秒で消えるように力を調節したドームだが、聖騎士たちの武器は溶けた。

 父さんだったらちょっとにらむだけで消し飛ばせる魔法だが、聖騎士たちへの効果は絶大だった。

 

「なんだこれは?!」

「ににににっ、人間かっ?!」

 

 溶けた武器を見て慌てふためく聖騎士たちの背後にまわり、頭の後ろを人差し指でちょこんと突いた。

 その一押しで、聖騎士は気絶する。

 ちょこん。

 ちょこん。

 ちょこん。

 わずか一瞬で三人を倒した。

 

「本物だ……!」

「紛れもない、レリクスさまのご子息だ……!」

「レリクスさまのご子息でもなければありえない強さだが、レリクスさまのご子息であれば納得の強さだ……!」

 

 わりと非常識なはずの強さだが、父さんの息子であれば――ということで納得された。

 さすがの父さんである。

 

(レインって、レリクス義父(とうさん)のことを強いとかメチャクチャって言うけど、レインはレインでアレだよな……)

(ミーユさまのお言葉に同意いたします)

(ご主人さま、かっこいいですにゃあ……♥)

 

 みんなの反応は様々だった。

 サブリーダーと思わしき聖騎士が、吹き飛ばされたリーダーに代わって言ってくる。

 

「あなたが、本物のご子息さまであるという確信は得ました。

 しかし今回は、いったいどのようなご用件で……?」

 

「修行の旅です」

 

「は……?」

「もうすこし強くなりたいと思って、修行の旅にでておりました」

「修行が……、必要……、なのですか……?」

 

 サブリーダーは、口をポカンとあけていた。

 

「必要なのです」

 

 オレがスパッと言い切っても、口はあいたままだった。

 

「で、どうなんでしょうか? オレにしてもミーユにしても、どこの骨かは明確にわかる者なわけですが」

「あっ、はい!

 レリクスさまのご子息と、グリフォンベール家の関係者ともあれば、問題はございません!

 必ずや、ローリアさまの身になるかと思われます!!」

 

 ミーユとオレの父さんの名前は、なかなかに効果的だった。



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入ってみたよ死霊都市。

 

 

 目的を決めたオレたちは、ミリリの土魔法で作られたボートに乗り込む。

 

「ふえっ?! ちょっ、なんっすか、これは!」

 

 どぎまぎしているローリアを後部座席に押し込めて、オレという名のエンジンを点火する。

 

「ふひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ローリアの悲鳴を聞きながら、一直線に飛ばす。

 死霊都市の場所は、街をでてから三時間ぐらいでわかった。

 

 かなり遠くにあるというのに、空が薄暗い。

 そして薄暗い空の下に、空よりも暗いドーム状の霧に包まれた街がある。

 左右は森に囲まれて、いかにも死霊がでそうな空気だ。

 

「死霊都市の名前に恥じない瘴気だな……」

 

 ボートを止めた。

 隣のマリナが、くいっ………と袖を引いてくる。

 オレに耳打ち。

 

(こしょこしょこしょ。)

「やっぱりおばけが怖いって?」

(こくこく。)

 

 二回うなずいたマリナは、再び耳打ち。

 

(こしょこしょこしょ。)

「だから漏らさないよう、今のうちにおトイレに……って?」

(こく………。)

 

 マリナは頬を赤く染め、恥ずかしそうにうなずいた。

 

「そういうことなら行ってきな」

(こく。)

 

 マリナは静かにうなずいた。

 

(くい、くい。)

 

 ミーユの袖を二回引き、無言で付き添いを頼む。

 

「うっ、うん……」

 

 気持ちは同じだったらしい。

 ミーユは恥ずかしそうにしながらも、マリナといっしょに森の茂みのほうに向かった。

 

 カキィン!

 念には念をというやつだろう。

 マリナは氷の壁を作った。

 あの壁の向こうでは、マリナとミーユが下着をおろし、おしっこをしているわけか……。

 想像すると、変な気分になってくるな。

 

「ご主人さま……」

「どうした? ミリリ」

「よろしければ、おあちらのほうで……」

 

 ミリリは、マリナたちがいるのとは逆の茂みを視線で示した。

 

「オレが付き添いで構わないなら、別にいいけど……」

 

 オレはミリリと、森の茂みのほうへ向かった。

 そこそこ大きな木の陰に隠れる。

 ミリリは静かに下着をおろすと、大きな木の幹に、抱きつくかのようにしがみついた。

 

「どうぞです……にゃあ」

「えっ?」

「マリナさまとミーユさまが、お立ち去りになられたあと、昂ぶられている気配がございましたので……」

 

 ふり……ふり……ふり。

 ミリリは小さくかわいいお尻を、小さく振った。

 ぴょこんと立った、猫の尻尾も小さくゆれる。

 そして浮かべる表情は、瞳はうるんでほっぺも赤い、恥じらいの表情だ。

 そのくせ幼いクレパスは、樹液で濡れてしずくを垂らす。

 

 ありがたくいただいておきますか。

 オレは静かにズボンをおろした。

 

  ◆

 

 レインがミリリと始めているのと同刻。

 マリナとミーユは、済ませていた。

 

「ん………。」

「……戻るか」

 

 野外でするのは恥ずかしいのか、ふたりそろって頬を染めてる。

 

「ところでさぁ……マリナ」

「………?」

「ボクってさ、レインを好きでいてもいいの……?」

 

 マリナは、即答した。

 

「レインを大好きになるのは、女の子なら当たり前。」

「えっ?」

「レインはちょっとえっちだけど、素敵でやさしくてカッコいい。

 女の子なら、大好きになるのが当たり前。」

 

「確かにボクも好きだけど、当たり前って言うほどなのかなぁ……。

 えっちなのも、『ちょっと』って感じじゃないし……。

 好きだけどさ……。

 えっちするのも、好きだけどさあぁ……!」

 

 ミーユは顔を両手で覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。

 

「とにかくレインを大好きになるのは、女の子なら当たり前のこと。

 だからミーユがレインを大好きなのも、女の子だから当たり前。」

 

「マリナがそう言ってくれるなら、ボクは……それで……」

「うん。」

 

 ふたりは、手を繋いで戻った。

 レインもふたりと同じように、ミリリと手を繋いで戻ってくる。

 

「にゃうぅ……」

 

 ミリリの頬の染まり具合は、明らかに『したあと』であった。

 

「ねぇ、マリナ……。

 レインのいやらしいところは、本当に『ちょっと』なのかな……?」

「ちょっと。」

 

 淀みない即答であった。

 マリナ自身がえっちな子なので、レインのえっち度も『ちょっと』なのだ。

 仕方ないとも言える。

 

  ◆

 

 コトを済ませたオレたちは、死霊都市・デストピアに入った。

 入った瞬間にそうとわかる息苦しい瘴気。

 率直に言って気分が悪い。

 生ぬるい水が、ゆるやかになだれ込んでいるかのようだ。

 

「っていうか早速、なんかいるな」

 

 それは蚊だ。

 地球と同じ、体長一、二センチの蚊だ。

 オレは試しに剣で切る。

 が――。

 

 剣は蚊をすり抜けた。

 

(ぶうぅ~~~~~ん…………ぴとっ)

 

 蚊は普通に飛ぶと、カレンの頬に止まった。

 

「ぜなあぁ?!」

 

 カレンは自身のほっぺたを、ビシビシと叩く。

 

 だが死なない。

 

 ただの蚊だが死霊であるため、物理攻撃は通用しない。

 

「ぜなぁ~~~、あっ、ああぁ~~~~~!

 生理的にイヤだぜな! 生理的にイヤだぜなあぁ!!!

 むずむずとかゆいのに叩いても死ななくて、ほっぺたを叩くと痛いのにかゆいぜなあぁ~~~~~~~~~~!!!」

 

「フンッ」

 

 パチンッ。

 リリーナの指パッチン。聖属性の魔力が蚊に触れる。

 蚊はあっさりと弾け飛んだ。

 

「このように――この都市の死霊は、生者の生命エネルギーを欲している。

 しかも物理攻撃がきかない。

 倒すには、魔法か魔力のこもった武器しかない。それがなければ――」

 

「かゆいことになるってことぜなっ……?!」

「入り口付近ではそうだな」

 

 なんとも微妙でありながら、最高に嫌だった。

 踏んでも蹴っても死なない蚊とか、魔王よりも最悪じゃないか。

 しかし相手が蚊だと思えば、殺したい気持ちはマックスに高まる。

 初心者に推薦されるのも、当然と言えば当然だった。

 

(ぶうぅ~~ん)

(ぶぅ~~~~~ん)

(ぶうぅう~~~~~~~~ん)

 

 蚊は群れを作っていた。

 一直線に向かってくるわけではないが、遠巻きにオレたちを見ている。

 オレはギロ――と軽くにらんだ。

 

(ボンッ!)

(ボンッ!)

(ボンッ!)

 

 蚊たちは爆発四散した。

 

「なかなかやるな、少年」

「父さんがよく、にらむだけで敵を爆発させていましたので」

「そういう意味では、蚊たちも少年の修行にもなるかもしれんな」

「基礎の修行って意味では、いいと思います」

 

「義父さんがやっていたのはわかるけど、それでできちゃうのはどうなんだ……?」

「ミーユさまがおっしゃりたいこともわかりますが、それがご主人さまですにゃあ……」

「確かにレインだもんなぁ……」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっす!

 どうしてそれで納得してしまうんっすか?!

 いくら雑魚の蚊とはいえ、にらむだけで倒せるのはおかしいっすよ?!」

 

「だけどレインだし……」

「ご主人さまですし……にゃあ」

「常識の破れていく音が聞こえるっす……」

 

 ローリアは、ただひたすら呆然としていた。

 しかし『死霊都市』なんていう危うげなワードの街に入って、一番最初に対峙するのが、蚊の死霊であったとは……。

 一寸の虫にも五分の魂とは言うが、実際にでてこられると中々に微妙だ。

 

 

 ちなみにまったくの余談だが、蚊という文字は、虫に文と書く。

 これは江戸時代に当てられた文字で、その由来は――。

 

 蚊は、ぶ~んという羽音のする虫だから。

 

 ということらしい。

 言わんとすることはわかるけど、漢字にまでしてしまうのはすごい。



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死霊都市の探索

 死霊都市を進む。

 死霊都市と言うだけあって、様々な死霊が発生していた。

 ハエの死霊やゴキブリの死霊。ハエの死霊を食べるクモの死霊などもいた。

 

「レインレインレイン!

 ゴールドカブトムシがいるぜな!

 捕まえて売れば、おカネになるぜな!」

 

 カレンが指差した先には、木にとまっているカブトムシがいた。

 八メートルほど離れているが、樹液を吸っているらしいことがわかった。

 名前の通り金色だ。

 カレンはタッタと走りだし、カブトムシに手を伸ばす。

 

「ぜなぁ?!」

 

 しかし手は、木とカブトムシを素通りした。

 カブトムシは、羽を広げて飛んでいく。

 

「どうなっているぜな……?」

 

「ここは死霊都市だ。

 木に止まっているカブトムシですら、『木の死霊がだしている樹液の死霊をすする、カブトムシの死霊』なのだ」

 

「ずいぶん徹底してるんだぜな……」

「だから死霊都市なのだ」

 

 とても不思議な都市であった。

 

「しかしこれだけ都市が死霊であふれているのに、外部に死霊があふれてこないってのも不思議だね」

 

「死霊とはつまり、肉体を失って魂だけになった生命体だ。

 しかし魂は、基本的にもろい。

 魂だけの状態で生命を維持するには、高度な魔力を必要とし続ける。

 そして瘴気には、通常の空気よりも濃い魔力濃度が確認されている。

 ゆえにこの都市は、蚊やクモのような低い魔力しか持っていない存在であっても、形を維持し続けることができるわけだ」

 

「まぁ要するに……魔力はすごいってことか」

「端的に言えばそうなるな」

「でもその原理なら、瘴気が濃い空間では魔法の威力も高まりそうだね」

「実際にそうだ」

 

 リリーナは、カレンのほうをチラと見た。

 視線でしゃがむようにうながす。

 

「ぜな……?」

 

 カレンがしゃがむと、脇の下に手を入れて――。

 

「ぜなあぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 ぶん投げた。

 

 落ちてきたカレンをお姫さま抱っこでキャッチする。

 反動で、地面がズドンとへこんだりした。

 

「このように――、わたしの身体能力強化魔法も、いつも以上に好調だ」

「投げてみせる意味はあったぜなぁ?!」

 

「いや……すまん。

 わかりやすいかと思ったので、ついな。

 詫びとして、クッキーのひとつでも……」

 

「くれるぜなっ?!」

「ああ」

 

 リリーナは、懐をまさぐった。

 

「む?」

 

 体のあちこちをまさぐった。

 

「いや……、すまん。

 もうすこし、もうすこし待ってくれ。む、うっ、はぐうぅ?!」

 

 クッキーはでてこない。

 それらしき袋を逆さに振ったりもしたが、わずかな粉がでてくるだけだ。

 

「もう食べちゃったりしてたぜな……?」

「……すまん」

「ぜなあぁ……」

 

 カレンの瞳が、うるうるとうるむ。

 期待させられた分、失望も大きかった。

 裏切りの代償は涙であった。

 

(とん、とん。)

「なんだぜな……?」

「はい。」

 

 マリナがクッキーを差しだした。

 

「りんご味。」

 

 形もりんごを象った、かわいらしいクッキーだ。

 

「まりなあぁ~~~~~~~~~~!」

 

 カレンは口を、あーん、とあけて、かわいらしいクッキーを食べた。

 

(んぐんぐんぐ)

 

 その顔に浮かぶのは、満面の笑み。

 つい先刻に投げ飛ばされた過去は、完全に消えている。

 クッキーひとつでトラウマジェノサイドだ。

 オレはマリナの頭を撫でた。

 

(………。)

 

 マリナの頬が、うれしげに染まった。

 心が和む。

 一方で、一般人のローリアはぼやいた。

 

「いくら魔法が強化されるとはいえ、人をあんな高さまで投げ飛ばせるようになるのはおかしいと思うっす……」

 

 しかしこの程度は今さらであったので、誰も気にしなかった。

 ミーユが言う。

 

「だけどどうしてこの都市にだけ、こんなに瘴気が……?」

 

「文献は軽く漁ったが、『原因は不明』のひと言だったな。

 記録の上では、五〇〇年ほど前から瘴気があふれ、都市の死霊化が始まったらしいが」

 

「調査団の派遣とかは?」

 

「王国の騎士団にしても領主の私兵団にしても、

 既存の魔物や動物に、有益なアイテムが確実にでる迷宮の探索で忙しいからな。

 大した脅威がない上に、有益なアイテムの発見例がないこの都市を本格的に探索することはないな」

 

「探せばなにかある可能性はあるけど、その可能性が高くないので……ってことか」

「黄金でも見つかれば、また変わるのかもしれんがな」

「なるほど……」

 

 オレたちは、改めて進んだ。

 都市の中心部に進むに連れて、死霊の種類が変化してきた。

 顔と口のところに穴があいたヒトガタの死霊に、野良犬の死霊などがでてくる。

 

 ヒトガタの死霊は、半ば朽ちた建物の隙間からこちらを見ているものがいれば、宙を漂っているものもいた。

 成人男性と思われるものや老人、幼い少女の死霊もいた。

 

「不思議なゾーンだな……。

 空が紫がかっていることもあいまって、絵画の中にでもいるみたいだ」

 

「ボクちょっと、気分が悪くなってきたかも……」

「もぐもぐ………する?」

 

 顔色を悪くするミーユに、マリナは小さなりんごを渡した。

 さくらんぼぐらいの大きさをした、金色のりんごだ。

 

「ありがと……」

 

 ミーユは、しゃくりと咀嚼した。

 

「グルルルルル……」

「ファイアボルト!」

 

 野犬の死霊が威嚇してきたので、ファイアボルトで迎撃した。

 

「ご主人さま……。

 おさすがですにゃ……」

「なぁミリリ。次にあいつがでたら、対応しないか?」

「ミリリがですかにゃ?!」

「オレだと一瞬で終わるけど、ミリリ的にはちょうどいい相手もしれない」

「りょ、了解です……にゃあ」

 

 ミリリは、緊張の面持ちでうなずいた。

 十メートル進んだあたりで、野犬の死霊が再びでてくる。

 今度は四体。

 

「よし、やってみろ。ミリリ」

「は、は、はいです……にゃあ」

 

 ミリリはカチカチに緊張していた。

 能力は高いミリリだが、生真面目すぎてプレッシャーに弱いところがある。

 

「わたくしも参加しましょう」

 

 リンがミリリの隣に立つと、野犬の群れに突っ込んだ。

 槍を突きだす。

 けれど相手はゴーストだ。

 銀色の槍は、命を穿つには至らない。

 

 背後から、別の野犬が飛びかかってくる。

 リンはくるりと身を翻し、野犬の死霊を横に払った。

 しかしやっぱりゴーストだ。

 槍は虚空を通過する。

 リンは身を低くして、ゴーストの下を通過した。

 

「本当に……槍は効かないようですね」

 

 淡々とつぶやくリンであるが、気づけば野犬に囲まれた。

 ミリリに目線で合図を送る。

 ミリリは半ば反射のように、地面に手をつけて叫んだ。

 

「ミリリの敵を串刺しに! アースエッジです、にゃあ!」

 

 野犬の足元が隆起した。

 土の杭が発生し、野犬たちの体を貫く。

 本来は『相手の足元に出っ張りを作る』程度の魔法だったが、このゾーンではかなりの威力になっていた。

 

「やりましたね、ミリリ」

 

 リンはニコりとほほ笑んだ。

 ミリリは緊張しがちな子である。

 それでも仲間がピンチになると、プレッシャーをはねのける強さも持ってる。

 リンのサポートは、それを見越したものであった。

 

「はにゃううぅ……」

 

 しかしミリリは、一発でダウンした。

 

「魔力切れか」

「この領域は、魔法の威力があがる代わりに、魔力の消費が激しくなるようですね」

「ボクも気をつけないとな……」

「いくら全魔力をそそいだとはいえ、この若さでこれほどの規模のアースエッジをあつかえる子が、奴隷っす……?!」

 

 驚愕したローリアが、近くにいたカレンに尋ねる。

 

「あのミリリという子は、どこかの亡国のお姫さまとか、宮廷魔術師のお子さんだったりするっすか……?」

「ミリリは、普通の子だったと思うぜな」

「普通の子なのに、あの年齢であのような魔法を……?!」

 

 ひたすらに驚愕するローリアであった。

 

「で、大丈夫か? ミリリ」

「おすこし休めば、なんとかなると思いますです……にゃあぁ……」

 

 ダメそうだった。

 緊張していた分もありそうとはいえ、なかなかのダウンっぷりだ。

 

「………。」

 

 そしてマリナが、巨大なベッドを背負ってた。

 

「ええっと……。それは……どこから……?」

「落ちてた。」

 

 マリナは、背後の建物を見やった。

 その建物には、マリナがあけたと思われる穴があり、ベッドの消えた寝室らしき空間があった。

 家主がいない家とは言っても、『落ちてた』と表現するのはダイナミック感覚すぎると思う。

 

 ずしん!

 マリナはベッドを地面におろした。

 

(じ………。)と、ミリリを見つめる。

「さすがにミリリが、ベッドでひとり、おやすみするのは……」

(………。)

 

 マリナはちょっぴり、しょんぼりとした。

 ベッドを持ちあげ、元あった場所に戻す。

 しかしすぐに戻ってくると、オレのミリリをおんぶした。

 

「ん………。」

「はにゃっ?!」

「これもだめ?」

 

「だ、だ、だめということは、ないですが……」

「が………?」

「恐れ多いです、にゃあぁ……」

 

 かわいいミリリは、マリナの背中の上で恐縮した。

 お尻の尻尾もくるんと丸まり、足と足の合間に納まる。

 

「わたしは、大丈夫だから。」

 

 マリナはそのまま歩きだす。

 とても面倒見がよい。



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朽ち果てた大聖堂。その地下にあるもの

 雑魚を蹴散らし進んでいくと、大きな建物に行き当たった。

 大聖堂、と言えばよいのだろうか?

 屋根の上には巨大な十字架があって、建物の形もそんな感じだ。

 

 ただ本来の大聖堂であれば神々しいステンドグラスで飾られていそうな場所が、空虚なる空洞と化している。

 漂っている瘴気も、異様な濃さを発している。

 

「すさまじい瘴気だな……」

「なにかあるとしたらここ――っていう感じだね」

「………。」

 

「不安か? マリナ」

「すこし………。」

 

 オレはマリナを、抱きしめてなだめた。

 

「どうするよ……レイン」

「ううーん、そうだなぁ……」

 

 オレは軽く周囲を見渡し、変わったところがないかどうか確認してみた。

 そういうものは特にない。

 

「リリーナは、得意だよね? 人の魔力を察知するの」

「このメンバーの中ではそうだな」

「リンは、音で聖堂の中に人がいないかどうか探って」

「了解です、レインさま」

 

「ミリリは土魔法の応用で、聖堂の中を探知とかできない?」

「やってみますです、にゃあ……!」

「そういうことなら、わたしが補佐をしておこう」

 

 リリーナが、自身の指をパチッと鳴らした。

 

 ミリリ

 HP   20320/20320(↑20000)

 MP   20060/20260(↑20000)

 筋力   20275(↑20000)

 耐久   20265(↑20000)

 敏捷   20330(↑20000)

 魔力   20252(↑20000)

 

 

 ステータス強化呪文だ。

 相も変わらず、上昇の幅はおかしい。

 だがリリーナは、父さんの仲間でもあったエルフだ。

 ゆえにこの程度なら、『できて当然』になるらしい。

 

「それではお探りさせていただきます、にゃあ……!」

 

 ミリリは地面に両手をつけた。

 目を閉じる。白い魔力が地面へと浸透していく。

 ミリリの先輩であるカレンが、対抗意識を燃やして言った。

 

「アタシはなにか、するべきかぜなっ?!」

「カレンは、ええっと……」

 

 特になにも思いつかなかったオレは、適当に言った。

 

「パンツでも見せて」

 

「ぜなあぁ?!」

「特になにも思いつかなかったんだけど、ただ突っ立たせておくのもどうかと思ったんで……」

「それでパンツは、意味がわからないぜなぁ……」

 

 と言いつつも、カレンはスカートをたくしあげた。

 恥ずかしいのだろう。顔は真っ赤で涙目だ。

 オレはかわいいおパンツごしに、無防備な股間をくにゅくにゅといじった。

 

「ぜなあぁ……!」

 

 カレンの口から、甘く切ない声が漏れた。

 

「少年……」

「レインさま……」

「ご主人さま……」

 

 リリーナやミーユはもちろんのこと、ミリリもわりと引いていた。

 

「えっち………(///)」

 

 唯一マリナは、オレの手を取り自分のをさわらせてきた。

 マリナの敏感な部位は、とてもやわらかで気持ちがよかった。

 

「どっ、どっ、どっ、どういう光景なんっすか……?!」

 

 ローリアが、もっともらしい突っ込みを入れていた。

 それはさておき。

 

「聖堂の中に、人の気配はないって感じでいいか?」

「それらしき魔力はない」

「物音もいたしません」

 

「ミリリは?」

「人の気配などは、しないのでありにゃすが……。

 地下に大きな空洞があって…………はにゃあああっ!!!」

 

 ミリリの全身に、黒い魔力が駆け巡った。

 

「ミリリ?!」

 

 オレはミリリを抱きしめた。黒い魔力が、オレの体にも移る。

 皮膚を焼いてくるかのような、悪意のカタマリのような魔力だ。

 

「ディレイトヒール!」

 

 リリーナが、咄嗟に回復を入れてくれた。

 オレとミリリの体から、黒い煙が立ち登る。

 

「平気か? ミリリ」

「大丈夫です……にゃあぁ」

 

 口ではそう言うミリリだが、中々に辛そうだった。

 

「なにがあったかは、わかるか?」

「黒い……黒いナニカ。でした……にゃあぁ…………」

 

 ミリリはカクりと気を失った。

 

「…………」

 

 発症するは、眠りの呪いだ。

 この都市にくるきっかけとなった、冒険者たちがかかったというやつだ。

 

「この大聖堂の地下に、なにかある――ということのようだな」

「そうみたいだね」

 

 オレはミーユたちに視線をやった。

 

「やっぱり……ボクたちは下がっていたほうがいい……?」

「それを考えていたんだけど……いっしょのほうがいいかな、って思った」

「わたしとマリナに、少年がいるところ以上の安全地帯はないであろうからな」

「ありがと……」

 

 ぴと……。

 ミーユが、オレの腕にくっついた。

 

「くっつかれると、戦いにくいんだが」

「あっ、そっ、そうだよね! ごめん!!」

 

 指摘されて慌てて離れる。

 かわいい。

 

「しかし中に人がいなくて、ヤバいやつがいるって言うなら、することはひとつだな」

 

 オレはスッと右手を構えた。

 右の手首を左手で握りしめ、反動に備える。

 キュオッ――と、大気が震える音が鳴る。

 紅を帯びた|金色《こんじきの魔力が、右手のひらの先に集まる。

 

「しょ、少年?」

(あせあせ。)

 

 リリーナが戸惑う横で、マリナがちょっぴり焦りつつ、ミーユやミリリを自分の近くへと寄せた。

 リリーナも、無言でマリナのそばに寄る。

 

「ん………!」

 

 マリナは無言で、氷の魔法を展開した。

 厚さ二十センチの、氷のドームが生成される。

 オレは叫んだ。

 

「焼き払え! エルキェラット・エクレーヌ!」

 

 紅を帯びた閃光が、大聖堂に放たれる。

 雲に届かんとするその閃光は、瘴気にまみれた空気を切り裂く。

 死霊都市の空が割れ、一条の光と青い空に白い雲が視界に入った。

 そしていびつなる大聖堂は――。

 

 跡形もなく消え去っていた。

 

 マリナが作った氷のドームは、魔法の余波で半壊し、地面もガラス状になっていた。

 まともに戦っていたら厄介だったかもしれない死霊が、成仏していくのも見えた。

 そして地下への入り口が、ぽっかりと見えている。

 

「ごういん、だな……」

「すごい………。」

「すごい……」

「すごいっす……」

「でもこれが、手っ取り早いかと思ってな」

 

 オレは入り口に向かって進んだ。

 入り口からは、一際濃ゆい瘴気がでている。

 

「下は階段か……」

「それもかなり古いようだな」

「でもとりあえず、降りてみるしかないよね」




この作品の三巻が、11月の30日に発売します。
見かけたときはよろしくお願いします。

http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-75172-7.html

あとは私の別作品のコミックが、11月の22日に発売します。
この作品のえっちぃところが好きな人なら確実に楽しめると思うのでよろしくお願いします。
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF00000033010000_68/


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封印の扉

 朽ち果てた大聖堂て地下室を見つけたオレは、静かに足をおろした。

 石畳の階段なのだが古びすぎているせいで、半ば土と化している。

 踏んだときにも土の触感がして、足がわずかにだが沈む。

 ぺき、とヒビ割れる音がして、亀裂が広がったりもした。

 

「先頭はオレ、二番目がマリナ。あとはミーユたちが適当に続いて、最後尾はリリーナにしよう」

「うん。」

「わかった」

「最後尾は任せておけ」

「レインとマリナとリリーナに頼って、全力で守られるぜなっ!!!」

 

 戦う可能性の高いマリナやミーユにリリーナよりも、気合いのこもったカレンであった。

 階段をおりていくと、扉があった。

 金属製の扉だ。

 魔法の力なのか、金属そのものの働きなのか、淡く白い輝きを放っている。

 

「これは……ピュアミスリル?」

「知ってるのか? ミーユ」

 

「名前の通り、純度の高いミスリルにつけられる名前だよ。

 大さじいっぱいのピュアミスリルで、大樽ひとつ分の黄金と交換できるってぐらいには珍しい鉱石だね」

「そいつはすごいな」

 

「それに加えて、封印の魔法もかかってると思う。

 ボクの家にも封印陣や封印紋の専門家の人たちはいたけど、これほどの封印は見たことないってぐらい強い……かな」

「なるほど……」

「レイン………。」

「どうした? マリナ」

(じぃ………。)

 

「石碑か」

(こく。)

 

 オレは周囲を警戒しつつ、石碑に向かった。

 

「よくわからない文字だけど……。ミーユやリリーナは読める?」

「ボクは無理かな……」

「わたしにもわからん」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっす!

 それはたぶん……神官文字っす!

 教会で独自に使われている暗号文字で、神官以上か、上級聖騎士の人にだけ教えられるっす!」

 

「ローリアは読めるのか?」

「たぶんですが、読めるっす」

 

 ローリアは、石碑に手をかけ読み始めた。

 

「アルバード歴八〇〇年。我らはこの地にタナトスとイルネス、マーダスの三魔騎士を封印することに成功した。

 しかしこの封印は、時を経るごとに効力が弱まる。三魔は、再び現れるであろう。

 この都市を中心に『眠り病』が蔓延し始めたときが、三魔騎士復活の合図だ。

 石碑を見ている勇敢なる者よ。

 封印という手段しか取れなかった我らに代わり、三魔騎士を滅してほしい。

 それが叶わずとも、再び封印をかけてほしい。

 

 封印の地は、扉の先にある迷宮の最奥にある。

 扉の封印を開く鍵である宝玉は、四ヶ所に封じられている。

 

 東方の聖地・ヴィーンミルト。

 北方の聖地・フリーズランド。

 南方の聖地・竜人が納める土地、ドラゴリュート。

 そして西方の魔境。世界の病が生まれし土地。ウエッターウエスト。

 

 宝玉を集めるだけでも、困難の旅となるだろう。苦難の道のりとなるだろう。

 友を失う旅になるかもしれない。

 しかしその程度の力もないようでは、三魔騎士に勝利することはできない。

 タナトスだけでも厳しいだろう。

 力なきものが不用意に封印を解除しないための措置であると思ってほしい。

 封印という形でしか、三魔騎士を抑えることができなかった不甲斐なさを恨む。

 それでも頼む。世界を救ってくれ。

 クリストフ・ウォーレン」

 

「クリストフ・ウォーレンだと?」

「知ってるの? リリーナ」

 

「アルバード歴七九〇年――つまり今から五一〇年前の人魔大戦において、人間やエルフの勝利に貢献したと言われる四勇者のひとりだ」

「人魔大戦?」

「歴史書の記述によれば、魔物化した人間である魔人と、純粋な人間に、獣人。エルフに竜人たちが一体となって立ち向かった世界戦争だ」

 

「ちなみにクリストフ様は、六〇〇年の歴史がある神聖教会の歴史の中でも、

 『最強の聖騎士』として名高いお人でもあるっす!

 銅像や肖像画もたくさんあるっす!

 大戦が終わったあとは、四勇者たちと並んで各地に点在している魔物を封印・討伐していたって話っす」

 

「ちょっと待ってほしいんだぜな!

 細かい用語がいきなりでてきて、わけがわからないんだぜな!

 つまりいったい、なにをどうすればいいんだぜなー!」

 

 カレンが両手を握って瞳を閉じた、(o><)oな顔で混乱した。

 オレもちょっぴり同感だ。

 ミーユが色々、整理してまとめる。

 

「歴史に残る聖騎士の、クリストフ・ウォーレン。

 そんな人でも封印が精一杯だった魔物が、この奥にはいる。

 封印が解ける日は近い。

 なんとかしないといけない。

 その魔物たちと戦えるだけの力があるかどうか示す意味でも、世界に散らばる宝玉を集め……」

 

「長いぜなあぁ!」

「ええっ?!」

「もっと短くしてほしいぜな!

 一息でズバッと言い切れるぐらいにしてほしいぜなあぁ!!!」

 

「えっ、ええっと……。

 奥にいるのが三魔騎士っていうのがすごい魔物で、

 だけど封印されていて、

 でもその封印は……いやでもこれじゃ一息じゃなくって……ええっと…………」

 

 ミーユは律儀に悩んでいた。

 眉をハの字にして悩み、情報をまとめようとがんばっている。

 オレは代わりに言ってやった。

 

「扉をあけるため、世界中に散らばっている宝玉を集める必要がある」

 

「わかったぜな!

 つまりアタシは、レインについていけばいいんだぜなっ?!」

 

 カレンは納得してくれた。

 

「ねぇカレン!

 ボクに説明を求めたわりに、納得の仕方がザックリすぎないっ?!」

 

 ミーユは涙目であったものの、カレンだから仕方ない。

 その時だった。

 

 ドゴォンッ!!!

 

 ピュアミスリルで作られた上に強固な封印もかけられていた扉がひしゃげ、もうもうと煙を立てていた。

 そして扉の奥からは、封印を自力で解いた三魔騎士が――。

 

 なんていうことはなかった。

 

 犯人はマリナだ。

 

 

 宝玉を集めて封印を解く必要がある扉を、蹴りでぶち壊していた。

 

 

「こわせそうに………みえた。」 

 

 ということらしかった。

 しかし実際に壊せている以上、マリナが正しいと言わざるを得ない。

 

「話を聞いた限りだと、封印からかなりの時間が経っていたみたいだからなぁ。

 弱まっていたのかな?」

 

「それにしたって、ピュアミスリルの扉をキックで壊せるのはおかしいよ……。絶対におかしいよ……」

 

(がーん………。)

 

 ミーユにおかしいと言われ、マリナはショックを受けていた。

 

「なにはともあれ、これで奥に行けるようになったわけか」

 

 その事実を前にして、オレは一回考えた。

 

「父さんを連れてこよう。

 オレたちだけで解決するには、ちょっとコトが大きすぎる」

 

「それにはわたしも同意しよう。

 昔の勇者を知らん以上、勇者が苦戦したという魔物の力もわからん。

 しかし『わからん』ということは、それ自体が警戒の理由だ」

 

「教会にも、知らせたほうがいいっすよね……?」

「それは不要と、わたし個人は考える」

「ほへっ?」

 

「組織とは、その大きさに比例して行動が遅くなるものだ。

 神聖教会の場合では、五賢人だか五聖人だったかに伺いを立てて、

 話がまとまるまでのどうこうを待たねばならなくなる」

 

 淡々と説明したリリーナは、眉間にシワを寄せて言った。

 

「率直に言って面倒だ」

 

「確かに時間はかかるかもしれないっすが……」

「要点は、それだけではない。むしろこちらのほうが大きいのだが……」

「大きいのだが……なんっすか?」

 

「教会の神官や聖騎士の百万人より、レリクスひとりのほうが強い」

 

「ほへえぇっ?!」

「百万は言いすぎたかもしれんな。

 だが一〇万や二〇万なら、レリクスひとりでも勝てる。

 これは絶対的な真実だ。

 そのレリクスを連れてくる以上、教会などは知らんし要らん」

 

「…………」

 

 ローリアは、口をポカンとあけてほうける。

 しかし横目で、オレのことをチラと見た。

 聖騎士二〇人をあっさり倒したオレから、父さんの実力を図ろうとしている感じだ。

 

「父さんは強いよ。色んな魔法もスキルもあるし、軽く見てもオレの十倍は強い」

「その人は、実在しているんっすか?!」

「圧倒的にしているよ」

 

 ローリアは愕然としていたが、オレたちは一度戻ることにした。




私の別作品のコミックが、本日発売いたしました。
この作品のえっちぃところが好きな人なら、確実に楽しめると思います!

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF00000033010000_68/


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家に帰るその前に

 父さんを連れてくるため、街に戻ることにした。

 以前に作った『転移のドア』があれば一瞬で移動できるのだが、ローリアには秘密にしておいたほうがいいと思った。

 オレたちが街に戻ると、聖騎士たちに囲まれた。

 

「ご無事でしたか! ローリアさま!」

「死霊都市はいかがでしたか?!」

「眠り病の原因は?!」

「えっ、えっ、ええっとっすね……」

 

 どこまで言ってよいのかわからないのだろう。

 ローリアは、視線でオレに助けを求めた。

 

「調査をしている途中だが、忘れ物に気づいてな。取りに戻ってきていたところだ」

「なるほど……」

「そういうことなら、オレは宿に寄らせてもらうが」

「その口振りですと、死霊都市にはまた向かわれる、ということですか?」

「ああ」

 

「ローリアさまは、いかがなさいますか?」

「じ、自分は……最後まで見届けたいっす!

 神聖教会の神官として、見届けないといけないと思ったっす!」

「ふぅむ……」

 

 護衛の聖騎士の団長が、アゴをさすってうなった。

 

「そういうことなら、我らも同行してよろしいですかな?」

「えっ?」

 

「レイン殿のお強さは、身に染みて感じ入りました。

 だからこそ、思うのです」

 

 団長は、一拍の間をおいて言った。

 

「あれほどの規格外れの力を持ったレイン殿が、たかが忘れ物で引き返さなくてはならない存在とはなんなのか――」

 

 なかなか鋭い団長だった。

 

「それを考えますと、ローリア様がそのような存在のところへ行くのに、我らが残っていてよいとは思えませんでした」

 

 無難な言い訳をしたつもりなのに、墓穴のような結果になってしまった。

 オレへの評価が、そこまで高くなっていたとは。

 

「忘れ物をしただけでそこまで言われるとか、アタシのご主人さまはすごいぜなぁ……♥」

「うん………♥」

「まぁ、レインだしな……」

 

 逆にカレンたちは、照れたり誇らしげだったりしていた。

 

「いかがでしょうか? レイン殿。

 ローリア様の盾になることはあれ、レイン殿の邪魔はしないよう心がけますが。

 レイン殿に劣るとはいえ、腕に覚えもございます」

 

 腕に覚え……?

 オレが疑問符を浮かべていると、ミーユが小声で耳打ちしてきた。

 

(一応言っておくけどな、聖騎士って強いんだぞ?

 中級聖騎士程度でも、

 平均的な王国騎士なら十人でかからないいけないイノシシの魔物ともひとりで戦えたり、

 並の騎士なら百人いても手をだしちゃいけない特殊指定危険生物である大王スクイッドでも、

 三十人で倒せたりするんだ)

 

 ミーユ的には、それはすごいことらしい。

 でもやはり、オレにはピンとこなかった。

 

 イノシシの魔物→十歳のころにはひとりで倒していた。

 大王スクイッド→軽い魔法で一発だった。

 

 っていう過去があるので。

 

「しかし人である以上、個人差があるのも事実――ではございます」

 

 いつも眠たげな瞳をしているリンが、いつも通り眠たげな目のまま槍を構えた。

 

「わたくしが軽い『テスト』をしておきます。

 レイン様とマリナ様は、『忘れ物』を取りにいってください」

 

「そういうことなら、アタシもテストに参加してやるぜなっ!」

 

 真面目なリンはもちろんのこと、相手を『弱そう』と見たカレンも叫んだ。

 基本的にカレンという子は、相手が弱いと思っていると強い。

 

「でしたらミリリも、しますです……にゃあ」

「テストって、どんな感じのことをするの?」

 

 危ないことだと、リンやミリリが心配になる。

 

「大したことではございません」

 

 リンは事務的で抑揚のない声で言うと、ひとりの聖騎士を見やった。

 並んでいる中では、もっとも若い聖騎士だ。

 

「ではあなた、こちらへ」

「レイン殿であればともかく、部下の奴隷が相手とは……」

「そのような発言は、勝てる相手に限定したほうがよろしいですよ?」

 

 リンは先っぽが、たんぽぽの綿毛のように白い丸で覆われている訓練用の槍を構えた。

 それは挑発のようでいて、挑発ではない言葉。

 真面目でクールで事務的なリンは、仕事の上で必要なことや重要なことは端的に述べるところがある。

 

 しかし相手からすると、それは挑発だったろう。

 聖騎士は、面白くなさそうな顔で剣を構えた。

 次の瞬間。

 

 ドンッ!

 

 リンの槍が聖騎士の喉笛に刺さった。

 聖騎士は、あえなく吹っ飛び街の塀にぶつかった。

 

「不合格――ですね」

 

 リンの得意の瞬殺芸だ。

 リンは人間の隙の有無を、光る壁という形で見ることができる。

 槍一本が刺さる範囲でも見えさえすれば、相手を一瞬で倒すことができる。

 

「グラーフは、聖騎士になってからは日が浅く、我らの中では最弱……」

「それでも聖騎士として任命されるだけの力は持っている……」

 

「それがたったの一撃で……。

 いや、そもそも、グラーフが最弱と見抜ける眼力……」

 

「レイン殿は、従えている奴隷ですら常識外れということか……」

 

 聖騎士たちは戦慄していた。

 

「しかしグラーフは、それでもこの中では最弱。

 『テスト』は、我ら全員にやっていただきたい」

 

「元よりそのつもりです」

 

 リンは再び槍を構えた。

 

「大丈夫そうだな」

 

 オレはそう判断し、マリナといっしょに宿を探した。

 集団で歩いていたときも目立ったが、ふたりで歩いていても目立つ。

 マリナが目立つのはもちろんだけど、オレもなかなかに目立つ。

 どうやらオレも、かなりの美形であるらしいのだ。

 

「ふたりきり………♪」

 

 マリナはマリナでうれしげに、オレの腕に腕を絡ます。

 かわいい。

 

 そしてこんなにかわいいと、なにもしないわけにはいかない。

 聖騎士が20人近くいることを思えば、テストに時間もかかるだろう。

 人目が途絶えた一瞬の隙をついて、路地裏に移動した。

 マリナを壁に押し当てて、ちゅっ………とかわいいキスをする。

 

(むにゅむにゅむにゅ)

 

 ついでにおっぱいも揉んだ。

 

「えっち………♪」

 

 マリナはちょっぴりはにかみながらも、うれしそうに背を向けた。

 壁に手をつけお尻を突きだす。

 

 誘うかのように、小さく振ってきたりもした。

 いただきます。

 

 それからオレは適当な宿を借りた。

 アイテムボックスのスキルを使ってドアをだし、家へと戻った。




以前にも宣伝しましたが、この作品の三巻がいよいよ明日発売です!!
よろしくお願いします!!

http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-75172-7.html


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戦い前の軽いドタバタヽ(・∀・)ノ

 父さんを連れて、リンたちがいたところに戻る。

 

「ハアッ!」

 

 リンが訓練用の槍を突き出した。

 聖騎士は盾でいなすと、カウンターの袈裟切りを放つ。

 バギィ!

 リンが持つ訓練用の槍が、音を立ててへし折れた。

 

「おおっ!」

「さすがはサムソン!」

 

 観戦していた聖騎士から歓声が沸いた。

 戦っていた聖騎士の口元に笑みが浮かぶ。

 

 けれども、リンは動じない。

 槍を折られた反動を利用して、自らの体を回転させた。

 

 リンは聖騎士の横に回り込み、兜で覆われた頭に肘鉄。

 頭をゆさぶられた聖騎士は、ぐらりとよろけた。

 リンが自身の掌底を、相手の胸板に打ち込んだ。

 

 ドンッ!

 

 聖騎士、吹き飛ぶ。ゴホりと軽く血を吐いたりもした。

 けれども、倒れたりはしない。

 自身の胸元に手を当てる。聖騎士の胸元は、白く輝く。

 

「中級以上の聖騎士となりますと、セルフヒールに自己強化の魔法も使用できるようですね……」

「それゆえの聖騎士よ!」

 

 サムソンと呼ばれた聖騎士が突っ込んでくる。

 サムソンは剣と盾を持ち、リンは素手。

 しかも相手は、自己回復と強化もできる。

 状況は、圧倒的に不利――。

 と、思いきや。

 

 リンはサムソンの剣を白羽取りした。

 

 パシッと掴んでグイッとひねる。

 サムソンが、剣を取られまいとして引っ張っる。

 リンはその瞬間に合わせ、剣を離した。

 

「うおっ?!」

 

 支えがなくなったサムソンは、バランスを崩す。

 無防備になったところで、華麗なる回し蹴り。

 それは完璧な軌跡を描き、サムソンの首筋にめり込んだ。

 ヒールで回復する間もないまま、サムソンは白目になった。

 

「あなたに限ったことではございませんが……。

 ヒールがあると思うことで、打撃攻撃に対するケアが単調となるところがございますね」

 

 リンは淡々と解説していた。

 

「テストは終わったのか?」

「ミリリやカレンとも精査いたしましたが……最悪でも弾除けにはなりそう、という意味では、七名ほどかと」

「リンに勝ったのがひとり、ミリリやアタシと互角だったのがふたり、負けはしたけど筋がよかったのが四人、だぜなぁ!」

「リンに勝ったやつもいたのか」

 

「わたくしに勝ったのは団長。

 ミリリやカレンと互角だったのは副団長、です」

 

 敗北したにも関わらず、リンの口調は淡々としていた。

 あくまでもテストであって、本気ではなかったことがうかがえる。

 聖騎士の団長が、オレに言う。

 

「改めて申しあげますが……。

 さすがはレリクス様のご子息。

 引き連れている奴隷も、強者ばかりでございますな」

 

「いやいや、それはレイン独自の力じゃ」

 

 聖騎士の団長がオレを褒めたが、父さんが割り込んだ。

 

「ワシは指導が苦手でのぅ。部下や奴隷を育成できたことはない」

「あ、あなたはもしや……。最強の七英雄・レリクス=カーティス様で……?!」

「そう呼ばれることは多いの」

 

 聖騎士たちがざわついた。

 

(おお……!)

(すごい……!)

(あれがレリクス=カーティス様か……!)

 

 団長が口を開く。

 

「し……失礼ですが、レリクス殿。

 手合せをしてはいただけないでしょうか?」

 

「む?」

「騎士として生まれたからには、一度は……」

「ふむ……。よかろう」

 

 父さんと団長が、あいたスペースに移動した。

 オレには掌底一発で吹き飛ばされた団長であるが、父さん相手にはどうなるのか。

 そんな気持ちで見ていると、父さんは団長を見つめた。

 

「なんというプレッシャー……!」

 

 団長は、風に押されたかのように吹き飛びかけた。

 それでも吹き飛ぶことはなく、二本の足で立っていた。

 

「レリクス様に見つめられて立っていられるとは……団長殿はおさすがですね」

「リン様に勝利しただけのことはありますです……にゃあ」

「すごいぜな……!」

 

 立ってるだけで強者あつかい。

 それがウチの父さんを相手にするということであった。

 父さんが、人差し指を団長に向けた。

 

 五メートル以上は離れた位置から、ツン……と押す。

 次の瞬間。

 

 

 ズドォンッ!!!

 

 

 団長は、殴られたかのように吹き飛んだ。

 街の城壁に激突し、バゴンと激しい炸裂音。白い煙がもうもうとあがる。

 団長は、大の字になって城壁に食い込んでいた。

 

「やりすぎてしまったかの……?」

 

 つぶやく父さんに、リリーナが言った。

 

「明らかにやりすぎだ」

 

「近ごろは、レインと訓練することが多かったからのぅ。

 手加減はしたつもりだったのじゃが、失敗したようじゃ」

 

「やれやれ」

 

 リリーナは、指パッチンでヒールをかけた。

 三〇メートル離れている相手に指パッチンでヒールをかけることができるのもおかしいのだが、父さんの仲間だった人なので仕方ない。

 

「聖騎士の方々が百万人いても勝てるってのは、大袈裟な話でもなかったんっすね……」

 

 ローリアも納得していた。

 

「それでもリンに勝った以上、あの人も連れて行くってことでいいのか?」

「わたくしは、ミーユ様とレイン様の判断に従いますが……」

 

「レインやレリクスさんがおかしいだけで、普通に強い人だぜな!

 レインの『いちばんどれい』のアタシから見ても、強い人だと思うぜな!」

 

「お待ちなさい、カレン。誰が一番奴隷ですか?」

「アタシだぜなっ!」

「どうしてそうなるのですか?」

 

「アタシはミリリよりも、『せんぱい』で『おねーさん』だぜなっ!

 そしてミリリは、リンに勝っているぜなっ!

 だからアタシが、レインの『いちばんどれい』なんだぜなっ!」

 

「それは聞き捨てなりませんね……」

 

 リンはすうっと目を細める。

 事務的で物静かな目つきと声音に、わずかな怒りが篭っていた。

 

「ミリリがわたくしの上に行くのは当然ですが、あなたがミリリの上――という判断には、納得がいきかねます。

 レイン様に仕える時期が早かった――ということ以外に、ミリリよりも優れている点はどこですか?

 強さ、可憐さ、ひたむきさ。

 どれを取ってもミリリが一番であり、あなたやわたくしが一番になれる余地はございません」

 

「はにゃあぁ?!」

 

 想定以上の絶賛に、ミリリが一番驚いた。

 

「そそそそっ、そのように言われますと、ミリリはミリリは恐縮で、照れてしまうのですが……にゃあ」

「ですが事実です」

「にゃうぅ……(*ノノ)」

 

 褒められ慣れていないミリリは、真っ赤になってしまった顔を両手でおおった。

 

「そっそっ、そんなことはないと思うぜなっ!

 ミリリにも、足りないところは色々あるぜなっ!」

 

「どこですか?

 マリナ様やリリーナ様と比べれば劣るところはあるでしょうが、あなたやわたくしと比較した場合には……どこですか?」

 

 

「おっぱいだぜなっ!」

 

 

「にゃうぅん!」

 

 ミリリは胸を、両腕で隠した。

 ミリリはけっして、小さくない。平均からすれば、むしろ大きい部類に入る。

 しかしリンやカレンが、とても大きい。

 なので比較した場合だと、小さい部類となってしまう。

 

「言ってはいけないことを申しましたね……?」

「ぜっ、ぜなっ?!」

 

 氷のナイフのような冷たく鋭いリンの視線と声音に、カレンは怯んだ。

 

「そっそっそっ、そこまで怒ることだぜなぁ?!」

 

 負け犬という名の小物っぽい挙動であたふたと慌て、視線を左右に泳がせた。

 そこで気づいた。

 ミリリと同じく胸を押さえて、気重に視線を伏せているミーユに。

 

「きっきっきっきっ、気にしてないぞっ?!

 ボクは全然、気にしてないぞっ?!

 リンやマリナやカレンと比べておっぱいがちっちゃいことや、背が低いことなんて気にしてないぞっ?!

 っていうかちっちゃくないからな?!

 ボクはちっちゃくないからなっ?!

 リンやマリナやカレンと比較するから――ってだけで、ボクはちっちゃくないからなっ?!」

 

 必死な上に涙目だった。

 誰がどこをどう見ても、滅茶苦茶に気にしていた。

 かわいい。

 

「でも意外だなぁ。ミーユが気にしているのって」

「それはあなたのせいだと思う。」

「オレの?」

 

 ミーユが慌てて否定する。

 

「べべべべ、別にレインのせいとは違うっていうか。

 ボクが勝手に気にしてるだけっていうか。

 おっぱいの大きい子をさわってる時間のほうが長いのは気になっているんだけど、ボクを大事にしてくれる時間も、短いわけじゃないし……っていうかまったく気にしてないしっ?!」

 

 もう本当に涙目だった。

 見ていて可哀そうになってくる。

 しかもオレが悪い。

 抱きしめておこう。

 

「ミーユはさびしがり屋だなぁ」

「ううぅ……」

 

 ミーユは恥ずかしそうに歯を食い縛りつつ、オレの胸板に顔をうずめた。

 もしも犬の獣人だったら、尻尾をブンブン振っていたと思う。

 かわいい。

 

 それはさておき。

 

「リンとカレンはどうするんだ?」

「レイン様が許してくださるのであれば、上下の関係はつけておきたい――と考えます」

「アタシはレインが許さなくても、きっちり上下を教えたいぜなっ!」

 

「ミリリは?」

「ご主人さまがミリリをかわいがってくださるのであれば、何番目でも構わないです……にゃあ」

 

 ミリリらしい答えであった。

 

「それはいけませんよ、ミリリ。

 なんらかの事情でわたくしたちとレイン様が別行動になったとき、指示系統はどうするのですか?」

 

「それは……」

 

「話し合いができる場合であれば、話し合いでもよいでしょう。

 しかし『話し合いに時間を使う』という行為自体が、状況を悪化させることもあります。

 そういう事態も想定し、指示系統は整えておくことは重要である。

 訓練施設でも教わりませんでしたか?」

 

「確かに教わりました……にゃあ」

「そーいうときは、アタシに従えばいいだけだぜなっ!」

「…………」

「どーしてそこで目を逸らすぜなっ?!」 

「ふ……深い意味も浅い意味も、いい意味も悪い意味もないです……にゃあ」

 

「ほんとーぜな?」

「ほんとうです……にゃあ」

「アタシの目を見て言ってほしいぜな」

 

 カレンは、ジトーっとミリリを見つめる。

 その距離はとても近い。

 キスできそうな至近距離だ。

 

「ふみいぃ……」

 

 可哀そうなミリリは、目を閉じて顔をそらした。

 目尻に涙が浮かんでいたりもした。

 本当に可哀そうだ。

 

「ぜなあぁ~……」

 

 カレンのほうも涙目だった。

 

「思っていたより、尊敬されていなかったぜなあぁ……」

 

 カレンの頭の中では、『自分は頼れるおねぇさん奴隷。ミリリは自分をウルトラ尊敬している』となっているらしかった。

 手持ちの棒を、リンへと向ける。

 

「決闘するぜなっ!」

「はい……?」

 

「リンはアタシを、弱いと思っているところがあるぜなっ!

 だからアタシがリンに勝ったら、話はそれで終わるぜなっ!」

「ではレイン様たちが地下へともぐっているあいだ、わたくしとあなたは戦うことにしておきましょう」

 

「リンはついてこないってことか?」

「客観的事実関係から考えて、カレンやわたくしは足手まといになる可能性が濃厚です。

 合理性で言えば、『弾よけ』という役割もございますが……」

 

「それは無理だな」

「レイン様なら、そうおっしゃるかと……」

 

 リンはなぜか、ほっぺをぽうっと赤くした。

 その原因は、すぐにわかった。

 

「わたくしを抱いてくださるときも、おやさしいですし……」

「わかる………。」

「うむ……」

「はにゃあぁ……」

「行為に入るタイミングは強引だけど、実際にさわる時はやさしいんだよな……。

 ツメもちゃんと切ってくれるし……」

 

 心当たりのある全員が内股でもじもじとしたり、自身のおっぱいをさわったりした。

 

「ぜなぁ……」

 

 唯一本番はしていないカレンも、もじもじとした。

 

「とにかくそういう話なら、オレたちだけで行ってくるよ。留守番はよろしく」

「はい」

 

 オレたちは、リンたちを置いて地下迷宮へと向かった。




リンとカレンの戦いは、書籍版の4巻に描き下ろしで描こうかな、と思っております。
11月30日に発売した3巻ではなく、その次に発売する4巻です。

その4巻の発売にこぎつけるためにも
11月30日に発売した3巻を買っていただけるとうれしいですヽ(・∀・)ノ

かわいいミーユが目印です。

【挿絵表示】

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94話

「いきなり迷路とはのぅ」

「そのようですね」

 

 大聖堂の地下。

 マリナが蹴り破った扉の奥に、オレたちはいた。

 天井や壁が、うっすらと白い輝きを放っている。真珠を粉にして混ぜたかのように神秘的だ。

 

「迷路と言えば、壁を破壊して直進するのが定石じゃが……」

 

 そんな定石は知らない。

 

「しかしこの壁は、迂闊に破壊すると洞窟そのものが壊れそうじゃの」

「そういうことなら、普通に進むしかないですね」

「そうじゃな」

「うん。」

 

 オレたちは進む。

 メンバーは、父さんとオレに、マリナとリリーナ。

 あとはローリアと、聖騎士たちが七人だ。

 リンとカレンに、ミリリとミーユは留守番である。

 ミーユやミリリは、ついてきたそうにはしていたが――。

 

『ボクは……行かないほうがいいよね』

『ミリリは戦いでは足手まといでも、罠を探る能力が……』

『逆探知で攻撃を食らう可能性があるからダメ』

『にゃううぅ……』

『…………』

 

 ミリリがうなだれ、ミーユはしばらくのあいだうつむく。

 しかし不意に顔をあげると――オレの唇にキスをした。

 

『戻ってこいよ! 絶対! ごはん作って待ってるからな!!』

『ここにいるミリリも、お待ちしておりますですにゃああ!』

 

 そんな風に言って、泣きながらオレを見送った。

 

「ふたりのためにも、無事に帰らないとな」

「うん。」

 

 マリナがうなずき、オレの隣を歩く。

 そして淡々と歩いていると――。

 

「敵か!」

 

 スケルトンが現れた。

 数は八体。

 死霊都市というだけあって、スケルトンも透けている。

 普通の物理攻撃は、効かないに違いない。

 オレたちを見つけたスケルトンは、くぼんだ眼窩に赤い光を宿してオレたちを見つめ――。

 

「「「Guえeeeeeeeeee…………」」」

 

 死んだ。

 普通に外敵として現れたかと思ったら、父さんを見た瞬間に死んだ。

 リリーナが補足する。

 

「今のレリクスは、気を張っているからな。

 スケルトン程度、姿を見せるだけで撲滅できる」

 

 にらむだけで敵を爆発させたり、四神将を手加減したデコピンで倒したりしていた父さんは、姿を見せるだけで敵を倒すこともできるらしい。

 意味がわからない。

 でもそれが父さんと言われたら、納得しかない。

 

「力なき死霊のモンスターにしか通じんところではあるがの」

 

 それでもおかしいと思います。

 そんなチートのかいあって、危ない敵はでてこなかった。

 ただのスケルトンではない、剣と盾を装備したスケルトンもでたが――。

 

『Gyaaaaaaaaa……』

 

 一見手ごわそうに見える、半透明のデスキマイラの死霊も――。

 

『Gueeeeeeeee……』

 

 と消えていく。

 圧倒的父さん。英語で言えばATTだ。

 いやもうほんと、父さんひとりでよかったんじゃないの。

 

 なんてふうに思っていたら、すこし開けた空間にでた。

 半透明のサイクロプスがいる。

 その出で立ちと雰囲気から言って、このフロアのボスなのは間違いない。

 オレとマリナに、リリーナも構える。

 オレは聖騎士たちに言った。

 

「死にたくなければ下がっていろよ」

「くっ……」

 

 聖騎士たちは、メイスを構えて後ろにさがった。

 サイクロプスの死霊は、オレたちに言った。

 

「よくきたな……強き人間よ。

 我はこの、第二の門を守護する…………Guえぇぇぇぇぇぇ………………」

 

 そして死んだ。

 強いと思われていたサイクロプスの死霊も、父さんの前では少ししゃべるのが精一杯だった。

 

「死霊の身でありながら、レリクスさまを相手にしゃべることができただと……?!」

「あのサイクロプス、生前は名のある存在だったに違いないっす……」

 

 だが背後では、そんな評判が立っていた。

 オレの父さんを前にした場合、そういう評価になってくるのだ。

 

「扉の守護者を倒したはよいが、門が開く気配はないのぅ」

「ちょっと手をあててみましたが……魔法的な力で封印されておりますね」

 

 しかもこの封印、マリナが蹴破った第一の門と雰囲気が似ている。

 

「ここでも、門の鍵となる宝玉がないとダメってことなのかな……?」

 

 オレが仮説をつぶやくと、呼応するかのように人魂が現れた。

 人魂は、オレたちの周りを旋回する。

 

『資格なき者よ…………ぎゃあああ』

『どのようにしてここにまで辿りついたのかは知らぬが……ぐええぇぇ…………』

『立ち去れ……立ち去……ごふうぅぅ…………』

 

 でも父さんの力でやられていった。

 

 バランスブレイカーな父さんは、シナリオブレイカーでもあった。

 

「しかし宝玉がないと門が開かないって言うんじゃ仕方ないな」

「そうっすね! 諦めて探すっす!

 わたしたち聖堂教会も、全力でサポートするっすよ!!」

 

 後ろではローリアが、協力体制をアピールする。

 が――。

 

 ドゴオォォンッ!!!

 

 オレはパンチで吹っ飛ばした。

 

「それじゃあ行こうか」

 




小説三巻、発売中です!
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95話

 迷宮の攻略は順調だった。

 

「ワシは第三の扉を守る番人……グハアアァ…………」

「資格なきもの、立ち去れ……立ち去……げりっぺえぇ…………」

 

 定期的に死霊はでてくるのだが、一瞬で死ぬ。

 

「気をつけよ。

 ここより十二歩進んだところに罠がある」

 

「わかるんですか?」

「わずかじゃが、壁の隙間から悪意と邪気が滲みだしておる」

 

 さらに父さんは、右手側の壁をコンコンと叩いた。

 

「この反響音から察するに、壁の中は空洞。

 入っているトラップは、ガス系のナニカじゃろうな」

 

 それだけでわかるとか……。

 今日《Kyou》も父さんはお《Oka》しいぜ。

 英語で言えばKOだ。疑いなしのノックダウンだ。

 

「んっ。」

 

 マリナが氷の塊をだした。

 

   ∧

 ヽ(・・)ノ  イカー

 

 という感じの、ちょっとお茶目なマスコットだ。

 

 しかし反応はない。

 まったくの無音。

 けど――。

 

「空気の流れが変わった?」

 

「匂いはもちろん音もない。

 それでいて凶悪な作用を持った痺れガスだな。

 ひとたび浴びれば全身の筋肉はもちろん、心臓までが痺れるだろう。

 レリクスはもちろんのこと、わたしやキミに、マリナが吸っても平気な程度の毒ガスだろうが

 後ろの連中は危なかったな」

 

 オレが言うとリリーナは答えた。

 魔法でバリアを張ってもいる。

 おかげで後ろの連中も平気だ。

 

「危険なトラップだなー」

 

「世界中に散らばっているらしい『宝玉』とやらを集めていれば、無効化できる可能性もあったかもしれんがな」

「しかし秘宝に頼りすぎると、カンが働かなくなることもあるからのぅ」

 

 父さんの場合は、カンとかそういうレベルで語っていいものでもない気はするけど。

 

「次の曲がり角を右に曲がると、モンスターがおるの。

 風の流れから、スケルトンじゃと思われる」

 

 オレは心の中で思った。

 

(だからどうしてわかるんですか)

 

「んっ。」

 

 マリナがツイッと前にでた。

 今度の氷像はこんな感じだ。

 

 ヽ(゚д゚)ノ タコー

 

 氷の通路を地面に作り、軽く蹴ってすべらせる。

 氷像が、曲がり角を通過すると――。

 グシャガアッ!

 スケルトンに襲われて、氷像が砕けた。

 

「………アイスニードル。」

 

 そこにマリナは、マシンガンのようにツララを出した。

 ズガガガガ。

 スケルトンの群れは、バラバラになった。

 

 と――思いきや。

 

「再生した?!」

 

「竜牙兵、と呼ばれる個体かもしれんな。

 生前にドラゴンの骨を煎じた粉を飲んだものがなれるというスケルトンで

 粉みじんにされても無限に再生する上、神聖魔法にも高い耐性を持つ」

 

 実際、そのスケルトンたちはタダモノではない。

 死霊でありながら父さんを前にして、死んでいないのがその証拠だ。

 が――。

 

「アブソリュート………ゼロ。」

 

 マリナは丸ごと凍らせた。

 砕いても再生されるなら、氷漬けにしておけばいい理論だ。

 厄介そうな敵であったが、一撃で完封だ。

 

(じ………。)

 

 マリナが無言でオレを見てくる。

 

「ほめてほしいの?」

「うん………。」

 

 マリナは小さくうなずいた。

 ほんのわずかに頭をかたむけ、差しだすようなポーズも取ってくる。

 よしよしよし。

 オレはマリナの頭を撫でた。

 

「ん………♥」

 

 うれしかったらしい。

 ほんのりほっぺを赤くする。

 

 生まれが恵まれていなかったマリナは、自分を肯定する気持ちが弱い。

 隙あらば、オレに認めてもらいたがるところがある。

 

 そんなマリナも愛らしい。

 それなのでオレは、マリナの手を握りながら先へ進んだ。

 のんきと言えばのんきだが、オレにとっては世界よりもマリナだから仕方ない。

 世界のためにマリナを――なんてやつがいたら、光の速さでぶちのめすよ。

 




小説、発売中です。
でてるのは三巻までですが、四巻以降もそのうち発売する予定です。

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vs迷宮の主

 淡々と迷宮を進んでいると、一際立派な門に辿りついた。

 色合いなどは今までと同じだが、込められている魔力が違う。

 例によって、宝玉がないとダメそうな雰囲気だったが――。

 

「んっ!」

 

 マリナが蹴ったら吹き飛んだ。

 オレたちは、門を抜ける。

 その先にあったのは、禍々しい門。

 そして門を守るかのように佇んでいるひとりの男。

 陽炎のようにたゆたう白いオーラは、死霊の者とは思えないほどに神々しい。

 

「始めまして。

 私の名前はクリストフ。この迷宮に三魔騎士を封印した、四勇者のひとり」

 クリストフは、恭しく礼をした。

 

「オレはレインだ。レイン=カーティス」

「ワシはレリクス。レリクス=カーティス」

「わたしは………マリナ。レインの………およめさん。」

 

 そんな感じで、オレたちは名乗った。

 マリナの名乗りだけ、すこしかわいい。

 

「きてくれて礼を――と言いたいところだが、宝玉を持っていないようだな」

「ダメなのか?」

 

「あの宝玉は、正しい心を持っている者でなければあつかえないようになっている。

 この門を通る戦士は、力と正しい心の両方を持った戦士でなければならない。

 魔族を尊ぶ邪教徒であってはならない。

 宝玉がないのなら、貴公の心を我が剣で確かめさせていただく」

 

 クリストフは剣を構えた。

 

「不愉快に思われたならすまない。

 しかしわたしは、わたし自身の封印術でこの場に封じられた存在だ。

 封印術で封じられた存在は、複雑な判断をこなすことができない。

 以上の言葉も、事前に定めた通りにつづっている」

 

「なるほど……」

 

 オレは静かに剣を構えた。

 

「それじゃあ、一対一で」

「よかろう」

 

 オレが前にでると、マリナたちは後ろにさがった。

 

「では、行きます」

 

 オレは攻撃を宣言し、ファイアボルトをクリストフに放った。

 レベル2000の大王スクイッド程度なら、一撃で殺せる炎雷魔法。

 だがクリストフは、左手一本で受け止めた。

 ファイアボルトは、小さな爆発を起こし消え去る。

 

「よい魔力だが――浅い」

 

 クリストフが突っ込んできた。

 右手の剣でオレを突く。オレが素早く左に逃げれば、剣を両手で持って刺突を斬撃に変えてくる。

 

 バク転で回避した。

 蹴りのひとつでも入れれそうな気はしたが――――。

 

(っ?!)

 

 危険なオーラを察知して離れる。

 父さんはもちろん、ネクロやゼフィロスとも違う、独特の力。

 それをクリストフは持っていた。

 

「カンがいいようだね」

 

 陽炎のようだったクリストフのオーラが、太陽のフレアのように波打った。

 さらに沸き立つフレアの一部が、白い球となって浮かぶ。

 

「わたしの聖闘気の特徴は、『対象の封印』

 この聖闘気に触れたものは、その個所を封印される。

 魔法で傷を受けなかったのも、そのおかげだ」

 

 クリストフが、封印の白い球を放つ!!

 

「聖封・散弾射!!」

 

 無数の球が飛んでくる。

 視界を埋め尽くす超高速のそれは、必然的に回避不可。

 

 オレは咄嗟に、ダブルをだした。

 炎と雷の魔力で作った、オレそっくりの偽物だ。

 ボシュボシュ、ボシュンッ!

 しかしダブルは、散弾を食らった端から弾けてしまった!

 

「くそっ!」

 

 それでも弾幕は薄らいだ。身をよじって回避する。

 白い球のひとつの一部が、オレの左腕をわずかにかすめた。

 それはもう本当に、『かすめた』というだけだった。

 

「っ?!」

 

 なのに左腕が『封印』された。

 完全に動かない。 

 

 クリストフが突っ込んできた。斜めの軌跡を描く斬撃。

 オレは自身の剣で受ける。

 

 キィンッ! と紅い火花が散った。

 左腕が封印されている今、剣を持つ手は右腕だけだ。

 そのせいで重い。

 じりじりと押される。

 

 オレは咄嗟に剣を引く。

 クリストフの体勢を崩し、バックステップでさがる。

 

「甘いっ!」

 

 クリストフの左手から閃光。身を翻して回避する。

 その閃光は、右目のまつ毛にチリッと触れた。

 それでも確かに回避した。

 まつ毛にチリッと触れた以外には、一切触れなかった。

 が――。

 

 右目の視界も封印された。

 

 クリストフの周囲に、封印の発球が浮かぶ。

 

「聖封・散弾射!!」

「ファイアーウォール!」

 

 オレは炎の壁を張る。

 だがそれも、先刻のダブルのように消されてしまう。

 身をよじって最小限に受けてはいくが――。

 

「かすったね? 右足に」

 

 その通り。

 右の太ももにかすってしまっている。

 機能がゆるやかに封印された。

 

「わたしの散弾射を二度も受けてその程度で済んでいるとは、驚きだ。

 ランクをつけるなら、優にSとは言えるだろう。

 しかし三魔騎士たちは、SS以上の実力者たちなのだ」

 

 クリストフの周囲に、またも封印の白球が浮かぶ。

 しかしまったく同じ技を、三度も食らうつもりはない。

 オレはクリストフをイメージし、炎の球をオレの周辺に浮かべた。

 

「炎の球で、わたしの聖気を無効化させよう、というわけか。

 確かに球をぶつければ、ひとつでひとつ、相殺させることはできるだろう」

 

「…………」

 

「しかしどうかな? わたしはキミという大きな目標にひとつでも当てればそれでいい。

 だがキミは、わたしの球という小さな目標に全弾当てなければならない。

 それは大変なことだと思うが?」

 

「常識で言えば、その通りだな」

「フフフ……。よろしい。それでは貴公に敬意を表し、温存なしの全力でいこう」

 

 クリストフの全身が光り輝く。

 五〇ほどの光球が、一〇〇にまで増えた。

 

「ではゆくぞ――聖封・散弾射!!」




小説、発売中です。
でてるのは三巻までですが、四巻以降もそのうち発売する予定です。

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vsクリストフ

「ではゆくぞ――聖封・散弾射!!」

 

 迷宮の守護者――クリストフの死霊が、触れた相手を封印する、無数の封印弾を放った。

 オレは目を閉じ、封印弾の流れを感知する。

 クリストフは言った。

 

『自分は貴公にひとつでも当てればいいが、貴公はわたしの封印弾すべてに当てる必要がある』

 

 これは間違っていない。

 だが正確でもない。

 

 クリストフの封印弾は、オレに当てなくてはいけない。

 だからオレが回避できないスピードも、ださなくてはいけない。

 

 オレは違う。

 クリストフの封印弾に、オレの魔力弾を当てればそれで終わりだ。

 勢いをつける必要がないのだ。

 

 封印弾が通るであろう軌道の上に、オレの魔力がたっぷりこもった火炎弾を『置く』

 クリストフの弾が、オレが置いた魔力の弾にぶつかっていく。

 

 ぼしゅぼしゅぼしゅんっ!

 クリスフトの弾は勝手に当たり、勝手に消えた。

 オレはズドンと地を蹴った。

 一直線に向かっていく。

 渾身の魔力を、右腕に込めて――。

 

 クリストフの顔面を殴る!!

 

「グハアッーーーーーーーーーー!!!」

 

 クリストフは吹っ飛んだ。

 それと同時に、オレの体はぐらりとゆれた。

 右足が封印されている状態での無理な突撃だったため、うまくブレーキをかけれなかったのだ。

 

(これは転ぶな……)

 

 と思った。

 次の瞬間。

 

(ぎゅっ………。)

 

 マリナがオレを抱きとめた。

 遠くで見ていたリリーナが、目を丸くする。

 

「今の動きは早かったな……。

 少年が地を蹴ると同時に、マリナも地を蹴っていたぞ」

 

「今のタイミングだと、レインがころぶと思った。

 あとは………パンチも当てれると思った。」

 

 オレに対する、絶大な信頼であった。

 そんなマリナは、オレにくっついたままほっぺたを赤くする。

 心臓の、どきどきという音も聞こえた。

 かわいいマリナは、ぽつりと言った。

 

「ハグできて………うれしい。」

 

 じー………。と、オレの横顔を見つめてもくる。

 えっちを求めてるときの顔である。

 

「………したい。」

 

 本人も言っているのだから間違いない。

 なんというのか、ブレない子である。

 

「くっついてるとしたくなるのは、あなたのことが、好き好き病………だから。」

 

 本当にブレない。

 ただここでするのは、いくらなんでもまずい。

 オレは殴り飛ばしたクリストフを見た。

 

「戦いと魔力を通して、キミのことが伝わってきたが……。

 人のために戦える正義の心と、けっして折れない強い魂。

 弱い者に手を差し伸べる、温かなやさしさ。

 そして………………」

 

 クリストフは、しばしの間をおいて言った。

 

「色欲の魔王ですらドン引きしそうなやらしさ」

 

 とても台無しになった気がするが、否定できないのも事実であった。

 

「正しい………。」

 

 誰よりもオレを理解しているマリナが言うのだから、それはもう間違いない。

 

「しかし全体の98パーセントを占めるやさしさを除きさえすれば、清く正しい心を持った、勇敢な戦士だ」

「98パーセントも除いたら、それもう別人じゃないですか?!」

「残った2パーセントの正義の心や勇敢な魂も、S級の戦士を超えるそれであるから大丈夫だ」

「つまりオレのやらしい心は、S級クラスの正義の心や勇敢な魂をたった2パーセントに追いやってしまうほどあるっていうことか……」

 

 それってどんだけなんですか。

 そんな風にも思ったが――。

 

「正しい………。」

 

 肯定されてしまった。

 



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復活の三魔騎士と、規格外れの英雄

「それではキミに、封印の力を託そう」

 

 三魔騎士を封印していた迷宮の守護者・クリストフの体が光り輝く。

 光はオレの体に移り、オレの全身を包んだ。

 全身が、じんわりと温かい。

 光は、オレの左の手首に集まる。

 銀色のリングになった。

 

「それは封印の輪だ。身につけているあいだは三魔騎士も封印できるほどの、封印の力を使えるようになる」

 

 マジですか。

 

「ただし使用できるのは、三回だけだ。

 三魔騎士を可能な限り弱らせてから、リングの力を発動してくれ。

 弱らせれば弱らせるほど、封印の時間は長くなる」

 

 それは慎重に使わないといけないな。

 

「それでは最後の扉をあけよう。幸運を祈る」

 

 扉が開いた。

 その奥には――――扉。

 

「大切な封印だからな。二重にかけられている」

 

 クリストフは、二枚目の扉にも手を当てる。

 

「クリストフさんは、どうするんですか?」

 

「キミたちが三魔騎士を封印するのを確認し次第、この空間に再び自らを封印する。

 そしてまた遠い未来に、三魔騎士たちの封印が解けるころ――」

 

「今回と同じような形で、人を呼ぶ……ということですか」

 

「この地には、天然の魔力が眠っているからな。

 自らを封印しつつ、力を蓄えるにはちょうどよい」

 

「死ぬまではもちろんのこと、死んでも世界に尽くすわけですか……」

「そうしてもよいと思えるほどの感謝を、わたしはこの世界にしている」

 

 クリストフは、穏やかに笑った。

 

「………わかる。」

「マリナもわかるんだ」

「ここはわたしを、あなたに出会わせてくれた世界。

 世界を守ることに理由が要るなら、わたしにとってはそれがすべて。」

 

 今日もマリナは、健気を擬人化したかのように愛らしかった。

 この子がオレの恋人ですよ、と世界に自慢して回りたい気分だ。

 

「ちなみに……クリストフさんは、もしオレたちが三魔騎士を倒したらどうします?」

「そのときは…………浮遊霊として、世界を見て回りたいかな」

「そ、そのときは、自分が案内するっすよ! 神聖教会の後輩として!」

 

 背後で見ていた神官のローリアが、そんな風にも言っていた。

 

「「「我らも護衛いたします!!」」」

 

 ローリアの護衛についていた聖騎士たちも、そんな風に言った。

 

 二枚目の扉が開く。

 

「では改めて、幸運を祈る」

 

 力を使ったせいだろう。クリストフが薄くなる。

 オレたちは扉を抜けて、封印の間へと入った。

 細長い通路を抜けて、封印のかかっていない扉をあける。

 

 祭壇があった。

 高潔なる魂を持った聖騎士・クリストフが、生涯を賭してほどこした封印の祭壇だ。

 祭壇の上には、毒紫色に輝く水晶があった。

 

「これが三魔騎士を封じている水晶かな……?」

「この禍々しい気配。それで間違いないじゃろう」

「封印魔術であればわたしにも心得はあるが……。この封印は、まさに限界が近づいているな」

「んっ………。」

 

 マリナが右手に、氷の魔力を貯めこんだ。

 

「それではワシが、封印を解くとしよう」

 

 父さんが、右手の剣に魔力を込めた。

 

「フンッ!」

 

 剣を振る。白い闘気が放たれた。

 封印の水晶は、真っ二つに裂けた。

 毒紫色の煙の中に、三魔騎士のシルエットが浮かぶ。

 

「んっ………!」

 

 マリナはいきなり、氷のツララを飛ばしまくった。

 無数のツララが、毒紫色の煙の中に入り込む。

 そして――。

 

 跳ね返ってきた!!!

 

 父さんが剣を薙ぎ、無数のツララを一撃でなぎ払う。

 

「マリナ自身が放つそれより、威力が増しておったのぅ」

「うん………。」

 

 マリナは、やや不満を持ちながらもうなずいた。

 気持ちとして納得はいかないが、真実なのは間違いない。

 煙の奥から現れた、ひとりの騎士が言った。

 

「我は魔法をすべて受け止めて増幅して反射するスキルを、魔王様より授かった存在。

 よって魔法は通用しない」

 

 紫色のフルフェイスの面で顔をおおった、紫色の甲冑騎士だ。

 その騎士が煙の奥からでてくると同時に、ほかの魔騎士も現れる。

 黒いフルフェイスの面と甲冑で全身を包んだ騎士に、銀色の髪をオールバックにまとめた男だ。

 銀色の髪の男の耳は、魔族のように尖っていた。

 

「封印を解かせてみれば、我らとの『戦い』ではなく『封印』を選んだ弱虫クリストフはおらず……。

 我らと『戦い』ができそうにない者も、七名近く……」

 

 銀色の髪の男の視線は、オレたちの後方にいるローリアと、ローリアを守る聖騎士たちのほうに向かった。

 

「黒騎士、シュバルツ。わかっているな」

「…………」

 

 シュバルツと呼ばれた黒騎士が、口に指を当てた。口笛ならぬ指笛を吹く。

 ヒュー――――と音が駆け抜ける。

 頭痛をもよおす不快音。

 オレや父さん、マリナやリリーナにとっては『嫌な音』で済んだ音だが、後方の聖騎士にとっては――。

 

 死をもたらす音。

 

 音が流れると同時に、聖騎士たちはバタバタと倒れた。

 耳から赤い血が流れ、開かれた瞳に光りはない。誰が見ても、死人のそれだ。

 

「ハアッ、ハッ、ハッ…………」

 

 聖神官のローリアだけが、かろうじてバリアで凌いでいた。

 ただそれも、いつまで持つかわからない――といった感じだ。

 銀髪の男が言った。

 

「我ら三魔騎士は、虫が嫌いでねぇ……。

 虫けらが現れたときは、殺虫音で一掃させていただくことにしている」

 

 それを聞き、クリストフが資格にこだわっていた理由もわかった。

 数を集めて潰そうとする戦術は、三魔騎士には通用しない。

 少数の精鋭を集める以外は、無意味なのだ。

 

 次の瞬間。

 ゴッ! と破壊音が鳴る。

 その音は銀髪の男の顔からでていた。

 一瞬で移動した父さんが、男の顔に拳をめり込ませた音だ。

 男は吹き飛び、壁にぶち当たる。

 

「…………?!」

 

 死の音を鳴らした黒騎士が口をあけ、攻撃の音をだそうとした。

 だが父さんは、音よりも早くに動いた。

 手刀で黒騎士を裂く。

 

 マリナの魔法を跳ね返した紫の騎士が、剣を父さんに振り下ろす。

 父さんは、右手を構えて炎を放った。

 火炎魔法だ。

 それは騎士に吸収される。

 騎士の手前で増幅し、太陽のごとき巨大な炎のカタマリとなって、父さんに――。

 

 放たれることはなかった。

 

「喝ッ!」

 

 父さんは叫ぶと同時に両手を重ね、火炎魔法をさらにぶち込む。

 それは紫の騎士が反射しようとしていた魔法をぶち抜き、紫の騎士を貫通した。

 紫の騎士の上半身と下半身のほとんどが消え、頭と手足がわずかに残されるだけとなった。

 

「命を奪うことはよい。

 彼らはその覚悟でこの場へとおもむいた。

 しかし強きことを理由に弱き者を『虫けら』と罵ることが許されるなら、ワシはあえて言うてやろう」

 

 かつて見たことのない怒りと殺気を携えて、父さんは言った。

 

「おヌシらこそが、虫けらであると」

 

 それは魔竜殺しの七英雄の中でも『最強』と謳われた、規格外れの英雄の姿であった。



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レリクス無双

 圧倒的な力を見せた父さんの前に、三魔騎士は成す術もなく吹き飛ばされた。

 しかし戦いは終わっていなかった。

 

「クククク、クク…………」

 

 父さんに吹き飛ばされた銀髪オールバックの男が、不気味な笑い声をあげる。

 

「魔王様を討ち取られ、自らも封印された余ら三魔騎士は、封印の中で考えていた。

 仕えるべきあるじを亡くした今、どうしようかと。

 そして結論を得たのだ。

 我ら三魔騎士のうちのひとりが、新たな王になろうではないかと!」

 

 銀髪の男から、禍々しい妖気が滲み出る。

 大気が震え、壁や天井が小刻みにゆれた。

 

「ふたりの騎士が封印を解くことに力を注力する中、余はひとり力を溜めた!

 そして今、手にした力は魔王のそれだ!」

 

 紫の騎士と黒い騎士が、男の左右で再生した。

 

「王がいれば兵は生まれる!

 王がいれば騎士は生まれる!

 そして余の特性は『不死』!

 貴様が何度殺そうと、余は無限に蘇る!!!」

 

 父さんが、有無を言わさず突撃をかけた。

 拳を放つ。

 しかし銀髪の男は、あろうことか――――。

 

 父さんの拳を、素手でつかんだ。

 

「さらに蘇った余の力は、死する前よりも強化される」

 

 あいているほうの手で、父さんに掌底を叩き込む。

 父さんが吹き飛んだ。

 燕尾服の胸元が、わずかに瘴気で腐食していた。

 マリナがつぶやく。

 

「つよい………。」

「確かに無限に再生するうえ、そのたびに強くなるって言うんじゃ……」

 

 理屈では倒せない。

 もう本当に、オレがクリストフから受け取った封印の腕輪が頼りだ。

 

 ただしあくまで、理屈で言えば。

 ふしぎなことに、父さんがいると思えば負ける気がしない。

 父さんは、闘気をたぎらせ口角をゆがめた。

 

「不死を名乗る存在であれば、ワシは過去に286体殺した。

 その経験から言えば――」

 

 父さんが剣を抜く。

 父さんが剣を振る。

 真空の斬撃が、地面をえぐりながら飛ぶ。

 銀髪の男は真っ二つになる。

 男は再生を始めるが、父さんは剣を放り投げて男に接近。

 

「貴様のようなタイプは、殺し続ければ死ぬ」

 

 男のこめかみに右フック。

 男の頭蓋骨をへし折ると、宙にほうった剣を手に取り、無数の斬撃。

 コンマ一秒にも満たない時間で男を八つ裂きにした。

 男が父さんから、十メートルほど離れたところで再生を始める。

 父さんは、自身の両手に闘気を溜める。

 

「ワシが相手をした中でもっともしつこかった男は、98万6280回で死んだものじゃが――」

 

 闘気弾を放った。

 

「クククク…………デスゾーン!」

 

 男が言うと、男の前に亜空間が発生した。

 闘気弾が吸われる。

 復活していた騎士のふたりが、父さんの両手をつかんだ。

 男が叫ぶ。

 

「デスゾーン!」

 

 父さんは、現れた異空間に吸われてしまった。

 

「やつは異空間に葬らせてもらった。

 我ら三魔騎士以外の者が入れば『死』によって腐食され、五分と持たずに死亡する空間だ。

 脱出する方法も、余を倒す以外には――――ない」

 

 男はクククと勝ち誇る。

 その時だった。

 

 ザグウゥ、ザグウゥ、ザグウゥ!!

 空間に亀裂が入ると同時に、誰かが奥で空間を蹴り飛ばした。

 魔力の壁がバリンと割れて、父さんが現れた。

 

「たかが異次元に送った程度で、ワシを倒せると思っては困る」

「うおおっ、おっ、おのれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 男が初めて動揺を見せた。

 父さんを出すまいと、漆黒の魔力弾を無数に発射し、自身も突っ込む。

 父さんは魔力と男の勢いに押され、再び異次元に戻ってしまった。

 

「決まったネェ……」

「あの空間は、入った者を殺すだけではない。

 我ら三魔騎士の力を十倍にし、それ以外の者の力を十分の一にする」

「自力で脱出しかけた時は驚いたガ……。シルバー自らが入り込んだなら終わりさネェ」

 

 ふたりの騎士は、あとは事後処理と言わんばかりにオレたちを見た。

 リリーナが言う。

 

「気をつけろよ…………少年。

 レリクスにかかればただの雑魚でしかなかったやつらだが、キミやマリナの基準では強いぞ」

 

「そうみたいだね」

 

 オレとマリナとリリーナは構えた。



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vs三魔騎士

 戦いが始まった。

 オレは紫の騎士に切りかかる。

 ガキィンッ!

 紫の騎士はオレの剣を剣で受けた。

 火花が散ってつばぜり合い。

 

「中々の実力ではあるようだが……。

 先のご老人には劣るな」

 

 紫の騎士が、ザッと下がって剣を振る。

 三日月状の斬撃が、オレに向かって飛んでくる。

 

「んっ!」

 

 マリナが氷のツララをぶつけ、相殺した。

 

「ファイアボルト!」

 

 オレは雷属性が混ざった炎を放つ。

 それは甲冑に吸収された。

 

「我に魔法は通じんと、先刻教えたばかりのはずだが?」

 オレの魔法が、増幅されて跳ね帰る!!

 

「やっぱりダメか……」

 

 フャイアーボールをぶつけ、爆発させて横に転がる。

 手を伸ばし、魔法――といきたいとこだが放ったところで意味がない。

 自重する。

 

 爆風に乗じて突っ込んだマリナが、紫の騎士に拳を入れた。

 ズガガガガンッ、五連撃。

 さらにタトンと宙を跳ね、華麗なる回し蹴り。

 

「硬い………。」

 

 しかしダメージを受けたのは、むしろマリナのほうだった。

 騎士の体はグラリとゆらぐが、大したダメージには見えない。

 騎士がブオンと振るった剣を、バック宙で回避する。

 

 騎士に大きな隙が生まれる。

 やはり魔法を使いたいところだが、魔法は効かない。

 オレは地を蹴り切りかかる。

 

 しかし斬撃に対しては、騎士の反応は早い。

 きっちりと対応し、剣を振り上げ受け止める。

 ギャリィンッ!

 二度目の火花が散った。

 

「斬撃はきっちりとガードするあたり、食らえばダメージは行くみたいだな」

「机上の空論というやつだな」

 

 オレと紫の騎士は、剣を重ね合わせてにらみあう。

 声がした。

 

「クックック……。

 それでは我も、参戦させていただこうかネェ……」

 

 黒い騎士の声だった。

 後ろの聖騎士たちを殺した、死の音を発する。

 意識がボワッと遠ざかりかける。

 

「戦闘しながらになると、不快指数が段違いだな……」

「本当に、不快で済んでるのかネェ……」

「力の衰えを感じるぞ……?」

 

 魔騎士の指摘は正しかった。

 オレのステータスは、単純に低下している。

 それなりに鍛えた聖騎士複数人を即死させるような呪いの言葉を、実力者を相手取りながら聞かされて無事で済むはずはないのだ。

 

「確かに厄介な呪いだが――。

 わたしがいれば、どうにでもなる」

 

 後方のリリーナが、自身の指をパチッと鳴らした。

 低下したステータスが元に戻る。

 

「ナニ……?! 我の発した、死の音ガ……?!」

 

「遠い昔に猛威を振るったのが貴様らと聞くが……。

 ヒトは常に進化している。

  猛威を振るっていたのが遠い昔という時点で、もはや大した存在ではない」

 

 リリーナは、右手を前にだしながら接敵していく。

 

「ぐ……。ググ……!」

 

 黒い騎士は死の魔力で空間を満たそうとするが、リリーナが張った白いバリアに押されていく。

 

「増してわたしは、貴様らの天敵である聖属性の使い手だ。

 貴様らが――わたしに勝てる道理はない」

 

「このロリ餓鬼ガァーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 黒騎士が剣を振りあげ振り下ろす。リリーナは紙一重で回避すると、手刀を入れた。

 ザンッ!

 黒騎士は真っ二つになる。

 

「クリストフたちさえいない時代ナラ……。

 世界は、我ラ魔騎士団のものと思ったのニ…………」

 

「考えが甘いな」

「グギャアアァー…………!」

 

 リリーナの光に包まれて、黒騎士は消えた。

 右手だけがガチャリと残る。

 

 リリーナは、「さて……」とつぶやき踵を返す。

 オレの横を通りすぎ、さらりと言った。

 

「そちらの紫は頼むぞ、少年。

 キミやマリナにとって強敵ではあるが、勝てない相手ではない。

 わたしはこちらの、殺された聖騎士たちを蘇らせる」

 

「そんなことができるのか……?」

「死体の状態がよい上に、死後間もないからな。

 蘇生できる可能性は高い。

 これが心臓を潰されていたり、死後一日でも経っているとどうしようもないのだが」

 

 リリーナは、こともなげに言った。

 瞳を閉じて、意識を集中させていく。

 

「やはり蘇生に問題はなさそうだが……。

 立ち込める瘴気が少々邪魔だな。

 ローリア。少し手伝え」

 

「ど、どうすればいいっすか?!」

「聖魔法のバリアを張って、わたしを包め」

「はいっす!」

 

 ローリアが、光りのバリアを張った。

 紫の騎士が、唖然としてつぶやく。

 

「シュバルツがやられ、シルバと互角のやつもいる。

 この世界は本当に、我らがいた世界なのか……?」

 

「リリーナが言った通り、ヒトは進化するってことなんだろうよ!」

 

 オレは戸惑う紫の騎士に切りかかった。

 

「ぐううっ!」

 

 紫の騎士の騎士は、左手からも剣をだした。二刀流だ。

 オレの斬撃を、自身の剣を(クロス)させて受ける。

 ギャリィンッ!

 三度目の火花。

 

「調子に乗るなよ……小僧!」

 

 騎士の瞳が怪しく光る。鋭い悪寒を感じたオレは、首をツイっと横にズラした。

 ギュオンッ!

 まばゆい閃光がオレの横を通過して、背後の壁に穴をあけた。

 もしも直撃していたら、死んでいてもおかしくなかった。

 

 紫の騎士が、追撃をかけてくる。

 オレは剣を両手で握り、迎撃の構えを取った。

 

 ギャリィン! キキィン! ガキィンッ!

 互いに打ち合う。

 オレが徐々に押されていく。

 やはり二刀が相手では、手数の面で劣る。

 そのときだ。

 騎士の右足首が、カキィン――と凍る。

 マリナであった。

 

「魔法だとっ?! どういうことだ?! わたしに、魔法は――」

「だからわたしは、あなたを凍らせてはいない。」

 

 マリナは騎士の、足元を指差した。

 

「わたしが凍らせたのは、あなたの足首の周りの空気。」

「くッ……!」

 

 騎士はすぐに足を引き抜く。

 その一瞬を、オレは狙った。

 

「食らええっ!!」

 

 オレの鋭い斬撃が、騎士の右腕を飛ばした。



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魔法を食らう騎士の最後

「強いな……。ククク。

 貴様の仲間が言った通り、我らはもはや、時代遅れの産物ということか……」

 

 腕を切られた紫の騎士が、腕のない右腕を押さえた。

 

「しかしこの我とて、伊達や酔狂で三魔騎士を名乗ったのではない!

 ただ駆逐されるためだけに、500年を越えるあいだ眠り続けていたのではない!

 オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 紫の騎士が雄叫びをあげた。

 周囲の瘴気が螺旋を描き、紫の騎士に集まる。

 瘴気の中には、死の音を得意にしていた黒い騎士の怨念も混ざっていた。

 すさまじい風が吹き荒れる。

 

 今すぐやつを討伐しなければと思う反面、近づいたら吸い込まれる――という危機感もある。

 というか実際、嵐に巻き込まれないよう、立っているだけで精一杯だ。

 

「コヒュー…………」

 

 そうこうとしているうちに、騎士の変身は終わってしまった。

 単純な大きさが倍になり、体からは四本の腕。

 大きなヨロイは黒と紫の色が不自然に混ざり、おどろおどろしい雰囲気を与える。

 周囲の瘴気の影響だろう。その頭部には、ガイコツの頭部ができあがっている。

 

「クカカカカ……。ゆクゾ」

 

 魔騎士がチャージをかけてくる。

 目にも止まらぬスピードだ。

 

 ギャリィンッ!

 オレは振り下ろされた剣の横に斬撃を入れ、軌道を逸らして回避する。

 

 ドゴォンッ!

 オレの斬撃で威力が死んだはずの一撃は、それでも硬い地面を砕いた。飛び散った破片が、オレの頬にパチパチと当たる。

 魔騎士の別の腕が、切りあげるような薙ぎ払いを入れてきた。

 身をのけぞらして回避。鼻の先を剣がかすめた。前髪も散る。

 魔騎士の残り二本の腕が、同時にオレを攻撃してくる。

 

 ガガガガガッ!

 マリナのツララが、魔騎士の剣の横っ面に当たりまくった。

 同時にマリナはチャージをかける。

 魔騎士の手前で深く踏み込み、頭部を狙ったジャンプ――。を、すると見せかけ横っ飛び。

 オレの体を抱きしめ転がり、魔騎士との距離を取る。

 

「へいき………?」

「ああ」

 

 オレはうなずき、笑みを浮かべた。

 マリナが安堵の声を漏らす。

 

「よかった………。」

 

 魔騎士の骨の頭が、こちらのほうを向いた。

 パカリと開く。

 

 熱閃砲!!

 

 空気をも溶かしかねない閃光の塊が、一直線に飛んでくる!!

 が――。

 

 オレは縦に切り裂いたっ!!

 

 ズバッと切れた閃光は、オレの後ろにあった壁に、二筋の深い穴をあけた。

 魔騎士がスケルトンの口を、カタカタと鳴らした。

 

「クカカカカ……。ツヨイ!!」

 

 その場で飛び跳ね一回転し、顔をぐるぐると回す。

 断続的に発射される熱閃光が、床や壁や天井を壊した。

 

「面倒なマネを」

「マリナはオレの後ろにいろよ」

「うん………。」

 

 リリーナがバリアーを張ってやりすごし、オレは飛んでくる閃光を切り裂いた。

 しかし強いと、自称するだけのことはある。

 熱閃光の出力は、発射のたびにじわじわとあがっている。

 というかオレは大丈夫でも、剣のほうがまずい。

 切っ先が、ほんのわずかに溶け始めている。

 予備の剣もあるにはあるが、無暗に出してもジリ貧だ。

 

「んっ。」

 

 マリナが剣を出してきた。

 それは氷の剣である。マリナが魔法で作ったものだ。

 

「手のところ、すこし冷たい………けど。」

「あとでマリナにあっためてもらうさ!」

 

 オレはまっすぐに突っ込んだ。熱閃光をかいくぐり、氷ではないほうの剣を投げる。

 

「クカアッ!」

 

 半ば溶けていた剣は、ポッキーのように折れてしまった。

 

「アイテムボックス、オープン!」

 予備の剣を取り出して、二刀流で切りかかる。

 相手の剣は四本に増えているものの、精密さが落ちている。

 

「アンタ……二刀流のときのほうが強かったぜ!」

 

 ガキイィンッ!!

 魔騎士の剣を二本弾いた。しかし発生した隙を、魔騎士は的確に狙う。

 二本の剣が、オレの両肩に落ちようとした。

 

(ダブルッ!)

 

 だがオレは、咄嗟に雷をベースに作った分身を展開する。

 分身による体当たり。

 魔騎士は尻餅をついた。

 しかしオレの分身は、すぐさま魔騎士に吸収された。

 相手の魔法を吸収し、増幅させて跳ね返す技能はそのままのようだ。

 が――。

 

「ファイアボルト! ファイアボルト! ファイアボルトオォー!」

 

 オレは炎と雷撃の性質が混ざった魔法を、一気呵成にぶち込み続けた。

 

「グオオオオッ……!」

 

 つい先刻に父さんは、紫の魔騎士を魔法で倒した。

 コイツはある程度の威力の魔法は吸収するが、すべての魔法を吸収してしまうわけではない。

 もっと言えば――。

 

「マリナ! すぐに使える最大級の魔法を、あいつにぶち込んでくれ!」

「効くの………?」

「実験だ!」

「うん………。」

 

 マリナは自身の魔力を高めた。

 周囲の温度を八度はさげて、小さな声でぽつりとつぶやく。

 

「アブソリュート………ゼロ。」

 

 カキイィンッ!

 魔騎士の体が、巨大な氷に包まれた。

 しかし魔力で作った氷は、みるみるうちに吸収される。

 今までの流れから言えば、氷の魔法がハネ返ってくる。

 が――。

 

「グゴッ、おっ、オオオ……!」

 

 魔騎士は悶え苦しんだ。

 

「………?」

 

 首をかしげてしまったマリナに、補足説明を入れてやる。

 

「あいつは魔法を、吸収・増幅してハネ返す力を持っていた。

 そこでプラスのエネルギーを持った炎と、マイナスのエネルギーを持った氷を同時にぶち込んでやれば、体はどうなるのかなぁ――って思ってな」

 

 プラスのエネルギーとマイナスのエネルギーを、ひとつの体で増幅させる。

 常識で言えば、矛盾していて不可能なお話だ。

 それをやったらどうなるか。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 

 大爆発。

 

 力を吸収し無敵になったつもりの騎士は、自らの力で死んだ。

 

 



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魔族皇子のディアギルム

「……やったか」

 

 粉々になった魔騎士を見つめてオレは言った。

 リリーナのリザレクションも終了し、聖騎士たちが蘇る。

 それと同時に、空間も割れた。

 

「ふぅ」

 

 父さんだった。

 その右手には、魔騎士の頭部を持っている。

 

「勝ったんですね」

「自称とはいえ魔王を名乗るだけあって、なかなかの強敵じゃった。18万2560回殺して、ようやく息絶えおったよ」

 

 メチャクチャ殺しまくってた。

 その時、外から声がした。

 

「瘴気がなくなったかと思えば……これは?」

 

 かつて四勇者と呼ばれた英雄――クリストフだった。

 オレは言った。

 

「見ての通りです。あなたが封印していた魔騎士は、オレたちと父さんでやっつけました」

「まさか勝利するとは……」

 

「これはわたしが魔騎士にも言ったことだが――。

 ヒトは常に進化している。数百年も昔の存在な時点で、今の時代では取るに足らなかった――ということだ」

 

「なるほど……そうか」

 

 クリストフは、穏やかな笑みを浮かべた。

 そして言ったリリーナは、フフン!とこちらを見つめてる。

 

(いいことを言ったろう?! 少年! 今のわたしは、とてもいいことを言ったろう?!)

 

 声には出していなかったものの、顔でそう言っていた。

 

「どちらかと言えば、リリーナさんたちが異常なだけだと思うっす……」

 

(だよなぁ……)

(死んだ我らを、蘇らせてくださったし……)

(我らでは、盾にすらなれんかったわけで……)

 

 ローリアや聖騎士たちは、冷静につぶやいていた。

 

「いずれにしても礼を言うよ。

 魔騎士たちが外にでなくて、本当によかった」

 

「クリストフさんは、これからどうするんですか?」

「キミたちが、戦いにでる前にも言った通りだ。死霊の体が維持できなくなるまで、外の世界を見て回ろうと思う」

「そうですか」

 

 温かな気持ちが芽生えた。

 色々あったクリストフだが、残された余生?は、穏やかなものになるのだろう。

 と――オレが思ったその時だ。

 

「魔騎士どもは死んだのか」

 

 声がしたと思ったら、何者かがクリストフに攻撃をしかけた。

 ザンッ――。

 クリストフの、死霊の体がえぐられる。

 だがクリストフは、かつては四勇者と呼ばれた身だ。

 突然の不意打ちに動揺することもなく、反撃をしかける。

 

「聖封・散弾射!!」

 

 それは相手に触れた部位を封印する、クリストフの奥技。

 オレもけっこう、苦戦させられた技であるが――。

 

「カアッ!!」

 

 現れた男は、気合いだけで吹き飛ばした。

 

「死霊は死んでおけ」

 

 男が軽く腕を薙ぐ。その一撃で、クリストフに残された体が消し飛ぶ。

 

「クリストフさん!!」

 

「気にするな……。レインくん。

 わたしは……元々、魔騎士を封印するためにこの世界にいた身だ……。

 その魔騎士が滅んだの……なら…………」

 

 クリストフは、消滅した。

 高潔なる勇者は、最期まで気高かった。

 オレはクリストフを殺したやつを見やった。

 

 先刻の魔騎士のボスと、どこか似た雰囲気を持つ銀髪の男。

 精悍な顔立ちをしている一方、どこか酷薄な印象を受ける。

 二本のツノが雄々しく生えて、両の瞳は血のように紅い。

 ひたいについている第三の目は、値踏みするかのような瞳でオレたちを見ている。

 

 男の横には、ふたりの少女。

 どこか無機質な印象を受ける無表情な少女と、悪魔のツノやコウモリの羽やヘビの形をした尻尾などを生やした幼げな少女だ。

 尻尾を生やした、幼げな少女が言った。

 

「あれれぇー? レリクスにリリーナぁ? こんなところで何してるのぉ?」

「知り合いなのか? リリーナ」

「そうだな……。

 少し昔の、知り合いだ」

 

「我を知らぬ者がいるなら、教えてやろう。

 我が名はディアギルム。

 人間からは、『魔竜殺しの七英雄のひとり、魔族皇子のディアギルム』と呼ばれている」

 

「ボクもそんな感じだねー。名前はロプトで、ついていた称号は『ジェノサイド・キマイラ』だったかなー?」

「まったく、懐かしい名前じゃのぅ」

 

 それを言う父さんは、かつての友を見るような眼差しを向けていた。

 今の友ではなくて、『かつての』だ。

 実際、オレも、クリストフを殺したやつにいい感情は持てない。

 

 七英雄のネクロが、自分たちを『魔竜を殺しただけの人間にすぎない』と称していたことも思い出す。

 ネクロの目的は死んだ恋人を甦らせることであり、世界を救うためではなかった。

 リリーナも、『真に英雄と呼べるのはレリクスだけだ』と言っていた気がする。

 

「我はヒトに興味がなかった。

 我が統治する魔族の民が無事であれば、それでよかった。

 貴様たちの魔竜討伐に協力したのは、魔竜が我が民にも危害を加える可能性があったからだ」

 

「それとまったく同じ理由で、ヒトに攻撃を加えにきたのか?」

 

「流石だな……レリクス。

 貴様はヒトの身でありながら、我をよく知っている。

 先日とある事情から、我はヒトを滅ぼすことに決めた。

 三魔騎士なる存在は、その尖兵にでもしてやろうかと考えた」

 

「ボクはどっちでもよかったんだけどねぇー。元々ギルっち寄りの存在だから、ギルっちについたって感じかなー」

「おヌシはどうなのじゃ? ティルト」

 

 父さんは、今まで一言もしゃべっていない少女に声をかけた。

 少女はしばし黙っていたが、ぽつりとつぶやく。

 

「……わからない」

 

 どこかマリナと似た雰囲気を持つ少女ティルトは、淡々と続ける。

 

「私は、作られた存在。

 それでも魔竜を倒したら、なにかがわかる気がしてた。

 だけどなにもわからなかった」

 

「だから今度は、ヒトを滅ぼしてみるわけか?」

「…………」

 

 ティルトは否定しなかった。しかしながらこの場においては、沈黙こそが肯定だった。

 リリーナが言う。

 

「あの子は、わたしたちが探索していた古代遺跡に封印されていた子でな。自分が生まれた意味について、延々と悩んでいた。『魔竜を放置していては、悩むための世界もなくなる』ということで協力はしてくれたのだが……」

 

「今回は、敵に回ったっていうわけか……」

「そうなってしまうな」

「しかし消耗しているなぁ? レリクス」

 

 ディアギルムの体から、殺気が漂う。

 かと思いきや。

 

 姿が消えた。

 目にも止まらぬ速さでオレの横を通り過ぎると、父さんに攻撃をかけていた。

 ガギイィンッ!

 鋭く伸びたツメと、父さんの剣が交差する。

 

「老いているなぁ、レリクス! 魔竜を殺したときの貴様であれば、我など両断できたであろうに!」

「否定できのんが辛いとこじゃなっ!」

 

 父さんは、ディアギルムのツメを押し、斬撃を放てる間合いを作った。

 目にも止まらぬ切り払い。

 だがディアギルムも速い。

 父さんの斬撃を回避した。

 

「ゴホッ……」

 

 父さんがセキをした。手の甲で唇をぬぐう。

 その手の甲には、赤い血がついていた。

 魔竜殺しの英雄として戦った父さんは、魔竜との戦いで傷を負った。

 その関係から、全力で戦える時間は短い。

 それでも大概の相手なら、本気をだすまでもなく勝てた。

 それがあの、ディアギルムは――。

 

 加勢しないと。

 オレが思ったその直後。

 ティルトと呼ばれた無表情の少女が、オレに攻撃をかけてきた。

 脇腹をえぐるリバーブローだ。

 

「クッ!」

 

 かろうじて剣を出したものの、意味はなかった。

 剣はバキンとへし折れて、少女の攻撃がみぞおちに刺さった。

 

「レイン!」

 

 マリナが少女の頭上に、氷のカタマリを出現させた。

 推定一トンはあろうかというそれが、少女に向かって落下する。

 ガシッ!

 少女はそれを抱きとめた。

 抱き砕く。

 少女の視線がマリナにいった。

 オレは折れた剣を捨て、徒手空拳で対応した。

 

「少年!」

 

 リリーナが手をかざし、回復魔法を飛ばしてくれた。

 ダメージが癒える。

 身体能力も向上した。

 

「それはずるいと思うよぉ、リリーナぁ」

 

 ジェノサイドキマイラと呼ばれた少女――ロプトが右手をすうっとかざした。

 右手の先がドラゴンに変わり、紅蓮の炎を吐き出してくる。

 ロプトはタンッと飛び跳ねた。ガゼルのような跳躍力だ。

 そして宙でくるくると回り、リリーナの上に落下する。

 

 ズゴオオンッ!!

 隕石が落下したかのような衝撃音が響き、地面には巨大なクレーターもできた。

 石の破片が、散弾銃のごとき勢いで散った。

 

 リリーナは、その攻撃を受け止めていた。

 

「うぅわっ。オーバーブレイドかぁ。肉体の限界を越える補助魔法を使用して、壊れる体は回復魔法で強引に癒やす。なんていうか……ズルくない?」

「魔物の力を取り込める、貴様ほどではないと思うがなっ!」

 

 リリーナは叫び、ロプトの体を魔力で弾いた。

 その全身は、白く光り輝いている。

 とても強く頼もしい、ワルキューレのような姿。

 だがオレは、直感でわかった。

 

 あの能力は、長い時間は使えない。

 

 消耗していて全力をだせない父さんと、単純に強いティルト。

 多少優勢ではあるが、それも時間の問題でどうなるかわからないリリーナ。

 状況は、最悪と言えた。



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七英雄ティルト、集積回路発動。

 父さんの救援には行きたいが、今のオレも苦戦している。

 目の前の少女――ティルトが救援を許してくれない。

 拳に肘に掌底波。

 あらゆる攻撃が重い。オレは防戦一方だ。

 ひとつでも直撃を受けてしまえば、一瞬で吹き飛ぶだろう。

 

 それでもなんとか耐えているのは、技量の差だ。

 父さんとの組み手を毎日のようにしていたオレは、格上との戦いには慣れている。

 一方で目の前の少女ティルトは、力押しの度合いが強い。

 それゆえオレは、最小限の力で防御に徹し、相手が一瞬の隙を見せたところを――。

 

 突く!!

 

 オレの掌底が、ティルトの胸に突き刺さった。

 ティルトの体が、後方に飛んでいく。

 今まで戦った七英雄の中では、一番くみしやすいかもしれない。

 

「マリナ!」

「うん!」

 

 マリナがオレを踏み台にして飛んだ。

 宙でくるりと回転し、オレが掌底を当てたところに追撃を放つ。

 

「…………」

 

 しかしティルトは頑丈だった。

 マリナの足を、ガシッと掴んでグオンと投げた。

 マリナは壁に当たる直前、背中に雪を展開した。

 

 その雪をクッションにして、ダメージを最小限に抑える。

 それでも衝撃は重かったらしい。ドォンッと鈍い音がした。

 心配になる一方、ティルトから目を離すわけにはいかない。

 

「ライトニング!」

 

 ティルトに雷撃を入れた。

 直撃を受けたティルトは、一瞬動かなくなる。

 

「雷撃魔法の被弾を確認。

 集積回路発動。

 アキュミレーションキャノン・レールガンモード」

 

 ティルトが右手をこちらに向けた。

 グォォォォォンッ!!

 雷撃魔法を跳ね返してくる!!

 軌道線上にある分子すべてを溶かし兼ねない威力だが、幸いにして直線的であった。

 横っ飛びで回避する。

 

 しかし回避したあとの地面が深く抉られていた。

 直撃すればただでは済まない。

 

 格闘戦のときも思ったが、ティルトの攻撃は大味だ。

 威力は高いが雑である。

 個人を相手に戦うよりも、大軍や大型のモンスター、城壁への攻撃などに向いていると思われる。

 攻撃力なら父さんクラス。だけど技術も含めると――。

 

 オレにも勝ち目が、あるかもしれない。

 

 そう考えた直後。

 

「重力百倍! グラビトン・フィールド!」

 

 ドォンッ!

 オレの体に、百倍の重力が圧しかかった。

 重力を操ると言えば、父さんと戦っていた魔族――ディアギルムの技だ。

 見ればディアギルムのひたいにある第三の瞳が、紫色に輝いていた。

 ただのネズミをライオンよりも強い『魔物』に変える、魔水晶の輝きだ。

 

「使うなら言えよおぉ……。ぎるうぅ……!」

「っ……!」

 

 ディアギルムの放った技は、ディアギルムの仲間であるふたりにも重力が加算されてた。

 

「重いっすうぅ……」

「ぬおぉ……!」

「この程度、神聖教会の聖騎士魂でえぇ……!」

 

 聖騎士やローリアたちも、地面にひしゃげて耐えていた。

 ディアギルムを除いた全員の重さを、100倍にするようだ。

 これはまずいと、オレは思った。

 全員の重さが百倍ということは、全員のスピードが極端に低下するということ。

 全員のスピードが極端に低下するということは――。

 

「…………」

 

 ティルトが無言で右手を構える。オレへと向ける。

 

「重力魔法の被弾を確認。

 集積回路発動。

 アキュミレーションキャノン・グラビトン」

 

 ディアギルムの魔力が、ティルトの右手に溜まっていく。

 ズドオォンッ!!

 漆黒の球体が、オレに向かって放たれた!!

 

「う……おおおおおおおおっ!!!」

 

 オレは全身の力を振り絞り、横に向けて転がった。

 でも足りない。

 まだ足りない。

 

「ファイアーボール!」

 

 火炎魔法を発射して、その反動で強引に飛ぶ。

 どしゃりと転がり起き上がる。

 オレの立っていた場所で、『グラビトン』が炸裂した。

 漆黒の球体が拡大し、範囲内のすべてを吸い込む。

 半球状の穴が地面に残った。

 

 これもやっぱり、直撃すれば命はない。

 しかも百倍の重力のせいで、オレの体は滅茶苦茶に重い。

 今はもう、立っているだけで厳しい。

 もう一度あの攻撃がきたら、果たしてよけられるかどうか――。

 なんて考えているとティルトは、腕を構えたままで言った。

 

「キャノン収束。

 クールモードに移行。

 5、4、3…………。

 集積回路発動。アキュミレーションキャノン・グラビトン」

 

 マジかよっ!

 即死級の攻撃を、五秒間隔で発射するとか!!

 

「ファイアボルト!」

 

 オレは雷撃を放つ。先刻戦った魔騎士なら、これで体が爆発を起こしたが――。

 

「雷撃魔法の被弾を確認。集積回路――使用中。帯電処理に移行します。

 アキュミレーションキャノン・グラビトン」

 

 ティルトは自らの周囲に雷を携えたまま、『グラビトン』を放つ!

 

「くっ……!」

 

 オレはオレの目の前で両手を重ね、全神経を集中させた。

 すさまじい重力波だが、要するに魔法。

 だったら魔法で相殺すれば――。

 

「オオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 自身の魔力を暴走させて、黒い球体にぶつける。

 大爆発が起きた。

 オレは後ろに吹き飛ばされて転がる。

 百倍の重力が伸しかかり、潰れそうになる。

 

 それでも堪えた。

 ティルトを見やる。

 漆黒の球体は消し去れたのだが――。

 

「キャノン収束。クールモードに移行。5、4、3…………」

 

 反則すぎる!!

 父さんに助けてもらうにも、父さんは父さんでディアギルムに苦戦している。

 このままじゃ――。

 オレが思ったその時だ。

 

「「「聖騎士魂を見せろおぉーーーーーー!!」」」

 

 この迷宮でなんの役にも立っていなかった聖騎士たちが立ちあがった。

 聖騎士のリーダー格に残りの聖騎士が力を渡す。

 白い輝きに包まれた聖騎士のリーダーが、その輝きをメイスにまとわせて投げた。

 

 メイスは、父さんに対峙していたディアギルムのこめかみに当たる。

 ゴスッと鈍い音がした。

 ディアギルムへのダメージは皆無。

 しかし視線が、聖騎士たちのほうへ伸びた。

 その一瞬を、父さんは逃さない。

 

 百倍の重力を感じさせない速さで突っ込み、斬撃を放った。

 三日月のような弧を描く、美しい一撃。

 ディアギルムの右腕が飛んだ。

 さらに父さんは、拳をディアギルムの顔面に叩き込む。

 ディアギルムは吹き飛んだ。しかし宙で回転し、体勢を立て直す。

 

「やはり摩耗しているな――レリクス。魔竜と戦った時の貴様なら、今の一撃で我を狩り取れていた」

「否定できんのが、辛いところじゃのぅ……」

 

 父さんは息を吐く。

 全身には汗がにじんで、限界を示していた。

 その父さんが、横目でオレをチラと見やった。

 目線はオレの手首を見ていた。

 つい先刻に、かつての勇者にして封印魔法のエキスパート――クリストフから授かった腕輪だ。

 

 効くかどうかの確信はなかった。

 しかし父さんが使えというなら、効くのだろうと思った。

 オレは、右腕を抱えて叫んだ。

 

「悪しき者どもを封印せよ! ハイラント・ズィーゲル!」

 

 ディアギルムとティルト、ロプトの三人の体が、白い光りに包まれる。

 勇者クリストフが数百年をかけて貯めた魔法の腕輪は、三人を封印した。

 ただし、魔法を発動したオレだからわかる。

 

 この封印は、一ヶ月と持たない。



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今後の方針

「いやはや、衰えたものじゃのぅ」

 

 父さんが、口元についた血をぬぐった。

 

「ロプトたちは、逆に強くなっていたな」

 

 リリーナも、疲れたように息を吐く。

 

「大丈夫か? マリナ」

「………くるしい。」

「どこが苦しいんだ?!」

「むね………。」

「胸か。衝撃は殺していたように見えたけど、殺し切れていなかったのか……?」

「ちがう………。」

「違う?」

「好き好き病で………くるしい。」

「ええっと……」

「戦うあなたが、かっこよすぎて………。」

 

 マリナは本気で言っていた。

 玉のような汗が浮かんだ顔の熱病にうなされているみたいな様子で、荒い吐息を吐いていた。

 

「あなたが好き好きしてくれないと………死んじゃう………。」

 

 マリナは本気で言っていた。

 この場でなにを言っているんだと思ったりするが、いつものマリナと言えばその通りである。

 

「すいません、マリナの具合が悪いみたいなんで、隣の部屋で休んできます」

「わたしも付き合おうか?」

「ふたりっ切りで大丈夫です」

「そうか」

 

 マリナを抱っこし、隣の部屋に移動した。

 マリナと軽くやらしいことする。

 

「なんかいつもより敏感だな」

「今日は………がまんしてたから………。」

 

 迷宮にくる前にもヤッたはずだが、ガマンしていたことになっていた。

 もはやAM24時――安定のマリナ、24時間えっちしたがる――だ。

 行為が終わった。

 しばし休んでから尋ねる。

 

「もう大丈夫か?」

「うん………。」

 

 かわいいマリナは、ほっぺたを赤くしてうなずいた。

 父さんたちのところに戻る。

 

「戻ったか、我が息子レインよ」

「はい」

「時にひとつ質問なのじゃが、おヌシの感覚では、ディアギルムたちはどのくらいで出てきそうじゃった?」

「一ヶ月ぐらいだと思います」

「やはりその程度か」

「父さんの見立てでも、そんな感じですか」

「その通りじゃ」

「一ヶ月後には、勝てそうですかね?」

「無理じゃろうな」

 

 即答だった。

 

「ワシには、魔竜と戦ったときの傷が残っておるからのぅ。これがある限り、やつには勝てん。

 治療を試みた時期もあったが――」

「わたしの回復術はもちろんのこと、死者を再生させるネクロの死霊術でも治らなかった」

「傷というより、呪いに近い代物であるしの」

 

 父さんでも勝てない。

 そのシンプルな結論は、理屈で言えば絶望だった。

 この人で勝てないのなら、世界に勝てる人はいないだろう。

 そう思わせてくれるのが、オレの父さんだったのだから。

 その父さんが、勝てないことをあっさりと認めてしまった。

 本来であれば、絶望のあまりに崩れ落ちてもおかしくない。

 

 だがオレは、理屈で言えば味わうべき絶望を、味わってはいなかった。

 父さんとリリーナが、落ち着いていたせいだ。

 ふたりが落ち着いているなら、なにかの策はあるだろう――と思ったのだ。

 聖神官のローリアが、そんな気持ちを代弁するかのように言う。

 

「ふたりとも落ち着いているっすが、なにか策はあるっすか……?」

「策と言えるほどの策はないのぅ」

「そうだな。策と言えるほどの策はない」

「それなのに落ち着いていたっすかっ?!」

「慌てて妙案がでるのなら、いくらだって慌ててみせる。しかし現状は違う。それなのに、どうして慌てる必要がある?」

 

 実に理路整然とした主張を、淡々と語るリリーナ。

 こういうところは素直にすごい。

 やはり場数を踏んでいる、魔竜殺しの七英雄だ。

 が――。

 

「…………」

 

 数秒間の沈黙を挟んだあとに。

 

(今のセリフは、クールだったとは思わないか?!)

 

 両手をグッと握りしめ、オレを見てくる。

 エルフの耳はぴこぴこ動き、瞳はキラキラと輝いている。

 まるで飼い主が投げたボールを取ってきた子犬のようだ。

 定期的にクールでかっこいいのがリリーナならば、かっこいいところを的確なタイミングで台無しにするのもリリーナだった。

 オレはリリーナの頭を軽く撫で、父さんに尋ねた。

 

「策と言えるほどの策がないことはわかりました。では策と言えないような策はあるんですか?」

 

 父さんは言った。

 

「竜人の里じゃ」 



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ミーユが一番常識人

 雑談をしながら進んでいると、遠くに森が見えてきた。

 リリーナが言う。

 

「あそこだ。竜人の里は、あの森の奥にある」

「では降りますか」

 

 オレは車を止めた。

 静かにおりて森を見る。

 遠くから見る限り、ちゃんとした森だ。

 空の青さとのコントラストが美しい緑の森。羽ばたく白い鳥も見える。

 のんびりと森林浴でもしたいような森だ。

 

 森の中に入る。

 ひんやりと涼やかな空気に、木漏れ日がまぶしい。

 道らしい道がないせいで歩きにくいところではあるが、基本的には綺麗な森だ。

 

「フハハハハ! 綺麗で気持ちよくって、爽やかな森だぜなー!」

 

 カレンが楽しげに走りだす。

 

「待てカレン。一見美しいこの森であるが……」

 

 リリーナは注意しかけていたが――。

 

「ぜなあぁ!!」

 

 カレンは落とし穴に落ちた。

 

「カレン?!」

 

 オレたちは駆け寄った。

 

「なにかヘンなのがくっついてくるぜなあぁ~~~~~」

 

 穴の底では、カレンが複数のグリーンスライムに襲われていた。

 カレンはバレーボールサイズのそいつらを、ひっぺ剥がして放り投げ、ひっぺ剥がして放り投げた。

 しかし多勢に無勢すぎて、どうしようもならない。

 服がかなり溶かされている。

 

「激しき風よ! 我が声に従い動け! リトルサイクロン!」

 

 ミーユが小さな竜巻を起こした。カレンの体が巻きあがる。

 竜巻に挙げられたカレンは、あられもない姿になっていた。

 スライムにやられた衣服が飛んでいき、スカートがまくれる。

 

「ぜなあぁーーー!!」

 

 と抵抗していたが、徐々に裸になっていく。

 すばらしい光景だ。

 地上にドサりと落ちたときには、一糸まとわぬ全裸になってた。

 リリーナが言った。

 

「一見美しいこの森であるが、危険な生き物も多数いる。地面を溶かして落とし穴を作り、落ちてきた獲物を捕食する森スライムはその一例だ。動くときは慎重にな」

「先に言ってほしかったぜなあぁ……」

「それはすまん」

 

 全裸で涙ぐむカレンは、とてもかわいらしかった。

 

「レイン。」

「どうした? マリナ」

「わたしも、落ちてきたほうがいい?」

「ええっとぉー……」

 

 さすがに答えに詰まってしまった。

 しかしマリナは、オレの詰まりを察してくれた。

 穴に近づきぴょいんと跳ねて、自ら餌食になりにいく。

 

「ご主人さまが、お喜びになられるのでしたら……」

 

 ミリリもぴょいんと飛び込んだ。

 

「んっ………。あっ………。」

「はにゃああっ……!」

 

 ふたりともスライムにやられ、服が溶かされていく。

 オレの希望とはいえ恥ずかしいとは思っているのか、身をくねらせる姿も愛らしい。

 

「バカかオマエらっ?! リトルサイクロン!」

 

 ミーユがふたりを助けるべく、竜巻を起こした。

 ふたりの体を舞いあがる。

 衣服がちりぢりになっていく。

 常識的な突っ込みがオレの眼福になっているのは、中々に皮肉だ。

 ふたりの体が落ちてきた。

 

「ミリリはわたくしが」

 

 リンがそう言ってくれたので、裸のマリナをお姫さま抱っこする。

 肉感的な重みが、ずっしりと伝わってきた。

 

「ん………♥」

 

 マリナはオレの肩に手を乗せて、お礼のキスをほっぺたにしてきた。

 むぎゅっと抱きついてくる。

 裸の巨乳が、オレの体に当たって潰れた。

 

「マリナは甘えっ子だなぁ」

「あなたのことが、大好き好き………だから。」

「はにゃあぁ……」

「どうしたのですか? ミリリ」

「ご主人さまのためと思っていたしましたが、実際に裸になると恥ずかしかったですにゃ……」

 

 それを言うミリリは、腕や股間を隠していた。

 甘えてくるマリナはかわいいが、恥らっているミリリもかわいい。

 オレは予備の服をだす。

 

「できれば、見ないでほしいですにゃ……」

 

 ミリリはオレに背を向け着始めた。

 ミーユが無言で壁になる。

 オレはマリナに服を渡した。

 

「………。」

「どうした? マリナ」

「あなたに、着せてほしい………。」

「仕方ないなぁ」

 

 オレはマリナの後ろに立った。マリナに万歳をさせる。伸びあがった腕に、衣服の袖を通させた。

 マリナの衣服はワンピースみたいな感じなので、着せるのが楽なのだ。

 白い衣服がおっぱいを通過するときにはおっぱいを触った。着せ終わったあとには軽く抱きしめ、お腹や股間をふにふに、ぷにぷに、したりした。

 

「やんっ………。」

「あっ………。」

「えっち………。」

 

 などと言うマリナだが、オレが手を離そうとすると――。

 

「いやっ………。」

 

 オレの手首を握りしめ、離させまいとする。

 かわいい。

 そんな感じでイチャつきながら、森の奥を進む。

 巨大なラフレシアをファイアボルトで威嚇したり、伸びてきたツルを切り払ったりして進む。

 少し変わったところでは――。

 

「なんだこれは……」

「双葉の行進だな。害はないから気にするな」

 

 足のついた双葉が、行列を作ったりもしていた。

 ただの双葉がザッ、ザッ、ザッ、ザッ、と歩く姿は、なかなかにシュールだ。

 オレたちは、双葉を飛び越えて進んだ。

 やがて川の前につく。

 幅の広い川である。向こう岸まで、百メートルはありそうだ。

 

「オレとマリナなら、ジャンプで飛び越えられそうだけど……」

「アタシは絶対無理だぜなっ!!!」

「ミリリも自信はないです……にゃあ」

「ボクも自分ひとりなら、風魔法でなんとかなるけど……」

「川を渡る必要はないぞ? 竜人の里は、この川をのぼっていった先にあるからな」

「そうだったのか」

 

 オレたちは、川に沿って歩き始めた。

 百メートルほど歩いたころだろうが。

 グオゴゴゴ――と地面がゆれる。

 振動から察するに――。

 

「地下からの攻撃かっ!!」

 

 オレはバックステップを踏んだ。

 

 ズドォンッ!!

 巨大な触手が、地面から生えた!!

 

 触手はするりと引っ込んだ。

 オレは川のほうを見る。

 巨大なタコが、ザバァ……と現れた。

 その額には、モンスターの証である魔水晶。

 ネズミ程度のモンスターでもライオンを越える強さにしてしまう、未知の水晶である。

 

「アレは……災害指定種のヘラクレスオクトパス?!」

「知っているのですにゃ?! ミーユさま!!」

「魔水晶でモンスター化したときに、災害級の被害をもたらす生き物のことだ! もしもモンスター化している災害指定種の存在が確認されたら、国に報告して軍に出撃してもらわないといけない!!」

「たったっ、大変ですにゃ……!」

 

 ミーユとミリリが色々と言っていたものの、オレはヒュオンと剣を振る。

 ズバアアッ!!

 

 タコは真っ二つになった。

 

「よし!」

「さすがは、ミリリのご主人さまですにゃあ……!」

 

 ミリリは両手を重ねあわせて、尊敬の眼差しでオレを見た。

 

「いや……。もう……。知ってたけどさ。レインが強いってこと、知ってたけどさぁ……」

 

 逆にミーユは、色々と言いたげだった。

 何気にミーユが、みんなの中で一番の常識人になっている気がする。



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バーサーカー気質のマリナさん

 森を越えたオレたちは、唸る滝に辿りついた。

 百メートル以上の幅に加えてビルよりも高そうな滝は、むかしテレビで見たナイアガラの滝を彷彿とさせる。

 

「飲み込まれたら、二度と浮かんでこれなさそうだぜなぁ……!」

「はにゃあぁん……」

 

 カレンとミリリが、オレにくっついて震えた。

 特にミリリは、無意識でそうしているような感じだった。

 オレはリリーナに問いかけた。

 

「なんかすごい滝があるけど、ここからはどこに行けばいいの?」

 

 リリーナは、滝を指差すと言った。

 

「ここをまっすぐだ」

「えっ……?」

「竜人の里は、この滝の裏側にあるのだ」

「「ええええええええええええっ?!」」

 

 オレとミーユが同時に叫んだ。

 リリーナは、淡々と言う。

 

「この滝を通り抜ける程度の力がなければ、竜人に会う資格もない、ということだ」

「ん………!」

 

 バシュボシュバシュンッ!

 マリナが滝にツララを飛ばした。

 一本一本が一メートル級の、かなり大きなツララであったが――。

 

 パキポキポキンッ。

 

 ツララはあっさり折れてしまった。

 一メートル級のツララも、滝の前では小枝であった。

 

 しかしマリナも、いきなりツララをぶっ放すとは。

 地味に力押しを好む、バーサーカー気質があると思う。物腰は穏やかで静かなのに。

 

 その時だった。

 森の奥から、巨大なツノイノシシが現れた。

 額には、魔物化を示す魔水晶。

 狙いはリリーナ。

 ミーユやミリリなら危ないが、リリーナなら大丈夫だろう。

 

 オレがそう思っていると、リリーナはバックステップで回避した。

 シンプルに見える仕草だが、残像が残るほどのハイスピードだった。

 ツノイノシシは、川へと落ちる。

 無数のピラニアがイノシシを食い荒らす。

 そのピラニアは、全身のウロコが魔物化の証である魔水晶と化していた。

 

「まぁこのように、川の中には魔物化した小魚も多いからな。油断はするんじゃないぞ?」

 

 リリーナの言葉に、ミーユが叫ぶ。

 

「今のやつらが小魚なんですかっ?!」

「体長三十センチ程度なら小魚であろう」

 

 しかし話を聞けば聞くほど、すさまじい滝である。

 どうやって突破すればいいものか。

 考えていると、リリーナが動いた。

 ふわっと跳ぶと――。

 

 川の上に着地する。

 

「すごいですねぇ」

「わたしはエルフだからな。風や水といった、自然系の魔法は得意だ」

 

 リリーナは水面を滑空し、滝へと向かった。

 危ない――! と言いたくなるような無防備さではあったものの、何事もなかったかのように滝の中へと入ってしまった。

 

 オレは心配になった。

 あれだけ普通に入った以上、常識で言えば問題はない。

 しかし入ったのはリリーナだ。

 想定外の誤算が起きて事故っていても、特に違和感はない。

 

 五分が経った。

 音沙汰がない。

 助けにいったほうがよいのでは……?

 

 と思ったその瞬間。

 リリーナは、至って普通に現われた。

 滝に入っていったときとおんなじように、ツウゥ――と水面を滑空してくる。

 意味もなく回転し、まばゆい飛沫を飛ばして言った。

 

「とまぁこのように、わたしクラスであれば難なく通れる」

 

 ミーユとミリリが、おずおずと手をあげた。

 

「それを難なくと言われましても、意味がわからないんですが……」

「そもそも、どうやって通り抜けたんですにゃ……?」

「そこは普通に、こう……だな」

 

 リリーナの体が、透明な水に包まれた。

 中にいるリリーナもまた、半透明になっている。

 

「このように自らをエレメント化させれば、滝の威力は半減できる」

「普通の人にはできませんよっ?!」

「ミリリも無理だと思いますにゃあっ?!」

「確かに多少の修練は、必要かもしれないが……」

「リリーナさまの『多少』な時点で、『多少』ではないと思いますにゃあ!」

「そもそも『エレメント化』なんて技術を、ボクは初めて聞きました!」

 

 ふたりは苛烈に突っ込みを入れた。

 だけど実際、どうなんだろう。

 

 オレは試しにやってみた。

 オレが使える属性は雷と炎なので、得意な雷でやってみる。

 自らの体を、雷にする感覚……と。

 バチバチバチッ!

 

「お、できた」

 

 自分で手足を見る限り、完全な雷になっている。

 

「えええええええええええええええええええっ?!」

「にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ?!」

 

 ミーユとミリリのふたりが驚く。

 

「わたしは………むずかしい………。」

 

 マリナは実践しようとしてたが、周囲の空気を凍らせているだけだった。

 

「一瞬でやれてしまうあたり、少年は『さすが』だな」

「さすがで済ませていいんですかっ?!」

「ミリリはおかしいと思いますにゃあ!」

 

 ふたりは突っ込みを入れていたが、オレは大したものには感じなかった。

 

「しかしこれ、見た目は特別な感じがしますがすごい状態になった感じはしませんね」

「エレメント化は、体を魔法体に変化させるものだからな。魔法の威力は上昇するが、剣が主体のキミには恩恵が少ない」

 

 リリーナは、オレに向かってナイフを投げた。

 しかしナイフは、オレを通過して背後の木へと刺さった。

 オレの体に穴があいたが、すぐにふさがってくれた。

 

「しかしこのように、多少の物理攻撃は無効化できる」

「便利ですね」

「魔法攻撃への耐性は落ちるため、一長一短なところではあるがな」

「こっちが攻撃するときも、エレメント化してる属性の魔法だけになりそうですしね。

 雷のエレメントになっているせいか、炎の魔法が使えません」

 

 オレとリリーナが会話してると、ミーユが叫んだ。

 

「どうしてこんなわけのわからない技術を一瞬で体得してる上に、技術の使い方についてまで話せてるんだっ?!」

「どうしてって言われてもなぁ……」

「レインはすごい。」

 

 ふと見ると、マリナは右手を氷化させていた。。

 

「わたしもがんばってみたけど、体の一部だけで限界。」

「右手を氷にしている時点で、おかしいと思うけどっ?!」

 

 確かにミーユが正しい気はする。

 でもできてしまっている以上、できるものだとしか言えない。

 そしてマリナは、氷と化した右手を滝へと向けた。

 

 ドゥンッ!

 

 氷のキャノンとでも言うべき技が、滝へと向かった。

 それは滝を凍らせる。

 が――。

 ピシピシピシ……ばしゃあぁんっ!

 滝はすぐにヒビ割れて、中の水がでてしまった。

 

「………。」

 

 マリナはほんのり不満げに、両の瞳を細めていた。

 とりあえずぶっ放すあたり、本当にバーサーカー気質だ。



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厚さ七百メートルの滝を超える

 オレたちは修行のため、竜人の里に行く必要がある。

 竜人の外へ行くには、巨大な滝を超える必要がある。

 その滝は分厚い。厚さ数百メートルはある。

 マリナが氷の魔法を放っても、一瞬凍ってすぐ溶ける。

 

「ファイアボルト!」

 

 オレは炎雷の魔法を放った。

 ジュワアァンッ!!!

 白い蒸気が爆発を起こした。

 しかしわずか五秒程度で、滝は元に戻ってしまう。

 

「ふむ……なるほど」

 

 オレがつぶやくとミーユが言った。

 

「なにかわかったのか? レイン」

「わかったって言うほどじゃないけど、手応えは感じたって感じかな」

「レインは、やっぱすごいな……」

 

 オレはミリリに耳打ちをした。

 

「はにゃ……!」

 

 ミリリはビクッと身をすくめ、赤くなってぷるぷると震えた。

 

「わっ……わかりましたですにゃ……」

 

 頭の猫耳を両手で押さえ、ふうっとひとつ息を吐く。

 

「大いなる大地よ、ミリリの命に従ってくださいにゃっ!」

 

 両手をかざし、魔力を発した。

 土の形の、モーターボートを作りだす。

 オレたちは、ボートへと乗り込んだ。

 

「次は……。

 このボートを浮かしてくれ。ミーユ」

「あっ……ああ」

 

 ミーユは風魔法を使ってボートを浮かした。オレは火炎魔法を使い、ボートを川の上へと移動さす。

 

「な、なぁ、レイン」

「どうした? ミーユ」

「ボク、イヤな予感しかしないんだけど……」

「確かにアタシも、力という名のパワーで押す展開しか見えないぜな……」

「ミリリはミリリは、ご主人さまを信じますです……にゃあ」

 

 ミーユとカレンが不安を漏らす中、ミリリだけはオレを信じた。

 

「ご主人さまなら、力押しでもなんとかしてくださると、信じております……にゃあ……!」

 

 しかし結論から言うと、ミーユたちと大差なかった。

 でもそれが、正解でもあった。

 

「ミーユはボートの浮遊。ミリリはボートが破損したら修理。カレンとリンは、ピラニアとかが飛んできたら撃退してくれ」

「わたしは?」

「マリナは、どれって言うことはない。オレたちが危ないと思ったら、自己判断でオレたちを守ってくれ」

「わかつた。」

 

 マリナは微妙に舌っ足らずに言ってうなずく。

 

(そわそわそわ)

 

 なにも言われなかったリリーナが、そわそわそわと待機していた。

 

(そわそわそわっ!)

 

 オレと目があうと、『そわそわ』はより強くなった。

 

「じゃあ行くか」

「少年?!」

 

「この滝って、滝をどう越えるかってのも修行とかの一貫じゃないの?

 だからリリーナは、最低限の情報だけ与えて黙っていたんじゃなかったの?」

 

「それは確かに正論だ!

 キミから『この滝をどう越えればよいのか』を問われていたら、わたしはそう答えていた!

 しかし尋ねられてから『自分で考えるのだ』と答えるのと、なにも問われずに無視されるのとでは、わたしの気分が変わるではないかっ!」

 

 リリーナさん二八〇歳は、今日も二八〇歳とは思えなかった。

 もっとも見た目はロリなので、見た目的には問題ないが。

 

「じゃあリリーナは、オレたちの突撃が破綻しそうになったら助けてくれるような感じで」

「うむっ!」

 

 リリーナさん二八〇歳は、満足そうにうなずいた。

 

「っていうかレイン! 今『突撃』って言わなかった?! 突撃ってどういうこと?! ねぇどういうこと?!」

「そのままの意味だぜ? ハッハッハッ」

 

 オレはボートの後方に、右手をツイッと突き出した。

 

「ファイアッ!」

 

 炎がゴウッと噴射され、ボートは一気に前にでる。

 巨大な滝が、眼前にまで迫る!

 

「魔法剣――サンダーブレード!」

 

 オレは剣に魔力を宿し、十字に振るった。

 

 ズバアンッ!!

 

 巨大な滝が十字に割れる。

 滝の奥には、ほら穴も見えた。このままボートで突っ込んで行っても構わないような、はば広いほら穴だ。

 穴までの距離、七〇〇メートル。

 

 ボートは進む。グングン進む。

 けれども、水が落ちてくる。

 わずかな飛沫も、超高速で落ちてきたなら兵器と変わる。

 飛沫に紛れた小さな小石が、オレの頬をチリッとかすめた。頬から赤い血が垂れる。

 ボートもボコッとへこんでしまう。

 

「はにゃああ……!」

 

 ミリリがすぐさま修復をかけた。

 滝の左右からは、ピラニアも飛んでくる。リンとカレンが、槍や棒ではたき落とす。

 

「くうっ……!」

 

 ミーユが辛そうに顔をしかめた。

 滝の勢いが強すぎて、ボートを支え切れないでいる。

 補助したほうがよさそうだ。

 オレがそう思った直後。

 

 空から水が落ちてきた。

 

「んっ!」

 

 マリナが滝を凍らせて、一瞬の時間を稼ぐ。

 

「ミーユ!」

 

 オレはミーユを抱きしめて、右手をスウッと添えてやる。火力で浮力を増加させ、ボートは安定を保った。

 

「ごめん……」

「気にするな」

「レイン………!」

 

 今度はマリナが、辛そうに顔をしかめた。

 水量が多すぎて、支え切れないでいる。

 

「ファイアーボール!」

 

 オレは炎を空へと飛ばし、滝の勢いを相殺した。

 穴までの距離、三〇〇メートル。

 これはイケるか……?

 と思った次の瞬間。

 

「レイン! 前!」

 

 前方から、超高速の閃光がっ?!

 

「なんだコイツはっ?!」

 

 オレは剣で閃光を弾く。

 ギュインッ! ギュイィンッ!

 独特な音と共に、閃光は弾かれる。

 しかし剣が溶けてしまった。閃光は、二閃、三閃と飛んでくる。

 

「チッ!」

 

 オレは溶けた剣を投げ、一本の閃光を弾いた。

 残り二本を素手で受ける。

 バギイィンッ!

 両手の骨がわずかにひしゃげる。

 オレは魔力を全開にし、強引に弾いた。

 

「ファイアボルト!」

 

 閃光を放った何者かに対し、炎雷の魔法を放つ。

 ボートは滝を突破して、ほら穴の中に入った。

 幅広いほら穴の中を、一直線に飛び進む。

 その時だった。

 周囲の景色が一瞬ゆがむ。

 

 そして外に飛び出した。

 青い空と緑の芝生と見たことのないような形の木々。

 流れる一本の小川の上では、虹色のプリズムがかかった大きなシャボン玉のようなものが浮かんでいた。

 

「おお……」

 

 幻想的な光景に、オレは一瞬、見とれてしまう。

 でもそれが失敗だった。

 

「ふえぇん……。ごめん……」

 

 ミーユがだらりと力尽き、ボートが浮力を失った。

 オレたちは、ボートごと落下していく。

 

『ほあああああああああああっ?!』

 

 ボートの下から声がしたような気もするが、そんなことを確認する余裕もないまま――。

 

 落下した。



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竜人の里

「あいててて……」

「はにゃあぁ~~~~~」

「ごめん…………」

 

 地面に落ちたオレたちは、みな一様に目をまわす。

 

「………。」

 

 無事だったマリナがオレを見つめた。

 オレの右手をスッと取り――。

 

 おっぱいをさわらせてきた。

 

「……マリナ?」

「こうなったときは、えっちなことになるのがお約束だと思った。」

 

 すごい淡々と言ってるが、そのほっぺたはほんのり赤い。

 わりと発情している感じだ。

 それなのでオレも、乳首をキュッとつねっておいた。

 

「あんっ………♪」

「それでここは、どこなんだぜなぁ……?」

「ここがどこかも気になりますが、わたくしたちが落ちる寸前、だれかを潰してしまったような気も……」

 

 カレンとリンがつぶやいた。

 そのときだった。

 

「くひっ、ひぃ、ひいぃ~~~~~」

 

 ボートの下から、誰かが這いずりだしてきた。

 そいつは叫ぶ。

 

「いったいなにをしやがるのだ?! エルンは死ぬかと思ったのだ!」

 

 現れたのは、緑の髪と赤い瞳が印象的な少女であった。

 口には鋭い八重歯にも見えるキバがあり、頭部にはツノ。

 そしてその背中には赤いツバサが生えていて、お尻からはドラゴンの尻尾。

 その外見から察するに――。

 

「竜人か……?」

「いかにもなのだ! エルンは誇り高き竜人族の、若きエース的なアレなのだ!」

 

 エルンと名乗った少女は、えっへんと胸を張った。

 だがその胸は、全力で平たかった。

 

「しょっしょっしょっ、初対面でどこを見ているのだぁ?!」

 

 オレの視線に気づいたエルンは、真っ赤になって胸を隠した。

 

「オマエなぁ……」

「ご主人さま……」

 

 ミーユやミリリが普通に引いてた。

 

「オレは初対面の女性の胸をジロジロ見たりしないって発想は出てこなかったか……」

「とーぜんだろ」

「ミリリはミリリは、ご主人さまの強くおやさしくたくましいところは存じておりますミリリですが……。

 別の意味でたくましい部位に、ほとんど毎日、貫かれてもいるミリリですので……」

 

「日ごろのおこないってやつだぜな! フハハハハ!!」

 

 みんなから、そろって正論を言われてしまった。

 それはさておき。

 

「エルンさん――でしたね。

 竜人のあなたがいるということは、ここは竜人の里、でよろしいのでしょうか?」

 

「その通りなのだっ!

 ここは竜人が集まる竜人の里なのだっ!

 エルンはゲートの見張り番なのだ! 未熟なやつが近寄ってきたら、ドラゴンビームで牽制するのだ!」

 

 オレはつい先刻に飛んできた閃光のことを思い返した。

 アレはエルンの攻撃だった――ということか。

 その時だった。

 

「へぶうぅ!!」

 

 マリナが魔法で作った氷が、エルンのひたいを直撃した。

 

「なっなっなっなっ、なにをするのだぁ?!」

「レインのこと、こうげき………した。」

「説明を聞いていなかったのだ?! エルンは未熟な者は入れないように……ひいいぃ!!!」

 

 エルンが話している間にも、マリナはツララをぶっ放す。

 しかし事情は、理解しているのだろう。

 相手の体には当てていないし、適度に攻撃をやり終えたあとには言った。

 

「………それはそれ。」

「ちなみに見張り番ってことは、オレの父さんにも会ったのか?」

「ニンゲン……? ならやってきたのだ……」

 

 エルンは、ほんのりと青ざめていた。

 

「あのニンゲン……? は、試しの滝を吐息ひとつで吹き飛ばし、エルンの竜ビームの軌道も、にらむだけで逸らしていたのだ……。意味がわからないのだ……」

 

 まず間違いなく父さんだった。

 姿形の特徴は聞いてないのに、父さんであると確信できた。

 

「その人は、オレのことでなにか言ってませんでしたか?」

「女の子を連れた、利発そうな少年がくる。我が息子のレイン=カーティスというのじゃが――とは言っていたのだ!」

 

 間違いなく父さんであった。

 しかしその言い方、悪い気はしないが少し恥ずかしい。

 いや、まぁ。

 父さんにそう思ってもらえているってのは、うれしいところではあるんだけど。

 

「あとは……。

 『レインが来たら、スケイルのところまで案内するように』とも言われたのだ!

 オマエがレインなのだ?!」

 

「ああ、そうだ」

「わかったのだ! このエルンが、案内をしてやるのだ!」

 

 オレはエルンに付き従った。

 里の中を歩く。

 質素な暮らしを心掛けていると思われる里の中は、村と呼ぶに近い雰囲気であった。

 竜人たちが畑をたがやし、家も村っていう感じに古い。

 あとは武術が盛んなのか、道場らしき建物が各所にあった。

 

「でも少し妙だな」

「なにがだ? 少年」

「この空間、すごく広いじゃないですか。滝の裏に、これほどのスペースはあったかな――と」

 

「あの滝の裏にあったのは、転移の魔法陣だからな。

 何千年か前にこの里を建てたと言われる伝説級の力を持った初代長老が、世界各地に入り口を作ったらしい」

 

「なんでそんな面倒な真似を」

 

「強いやつとは戦いたいが、弱いやつがくるのは困るのだ!

 だから弱いやつが入れないトクベツな場所に、入り口を作ったのだ!

 と聞いているのだ!」

 

「なるほど」

(………。)

 

 マリナが少しそわそわしていた。道場を見ている。

 

「気になるのか?」

「すこし………。」

 

 地味に戦闘民族であった。

 まぁオレといたときも、毎日のようにオレや父さんと組み手していたしな。

 エロな意味でも健康的な意味でも、体を動かすことは好きな性格なのかもしれない。

 

「戦いだったら、スケイルさまともできるのだー!」

 

 ということだったので、エルンの案内のまま進んだ。

 

   ◆

 

「ここなのだ!」

 

 エルンに案内された先には、鳥居のように荘厳な門があった。

 エルンが門をギギリとあけると、石造りの階段。

 かなり高いその階段は、軽く百段はありそうだった。

 そして階段の先からは、戦いの音が聞こえる。

 

 非常事態か?!

 と思ったオレは、一直線に走った。

 一歩で十段は飛ぶ勢いで走った。

 戦闘音の原因とは――。

 

 父さんだった。

 

 稽古でもつけているのだろう。

 百人近い門下生らしき竜人を相手に、たったひとりで立ち回っていた。

 拳や蹴りはもちろんのこと、気弾や閃光も、軽くいなし続けている。

 一軒家ほどの大きさをした巨大な岩石を投げ込まれたが、右腕一本で受け止めた。

 オレを見た父さんは、一軒家ほどの岩石を持ったまま、平然と言った。

 

「おお、我が息子レイン。ようやくきたか」

 

 ティッシュを丸めてゴミ箱に捨てるような気安さで岩石を放り投げ、飛びかかってくる竜人にも微動だにせず叫ぶ。

 

「喝ッ!!」

 

 その一声でドーム状の衝撃波が生まれ、飛びかかっていた竜人たちが吹き飛んでいく。

 地面に敷き詰められた石畳も剥がれては舞いあがる。

 父さんがいた地点で、核爆発でも起きたかのようだった。

 

「ん………!」

 

 マリナが氷のバリアを張った。

 厚さ五十センチ級の氷であったが、ビシビシとヒビ割れる。

 そんなすさまじい喝なのに、父さんは平然としていた。

 普通の人がヒヨコを握り締めるかのような手加減で、竜人たちを吹き飛ばしていた。

 

 今日も父さんは、父さんをしているなぁ……。



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竜人幼女スケイル

「相変わらずにゃのぅ、レリクス」

「こちらこそ、よきリハビリとなりました」

 

 道場の奥から、ひとりの幼女が現れた。

 薄いピンクのかかった髪に、幼い体型。

 竜人を示す羽と尻尾に、二本のツノ。

 しかしその立ち振る舞いは、どこか『達人』を彷彿とさせる。

 油断ならない人だなぁ、と思って見ていると――。

 

 動いた。

 

 オレか父さんでなかったら、『消えた』かと錯覚するほどの超移動。

 オレはほとんど直感で、心臓の前に手のひらをやった。

 

 パシッ!

 竜人幼女の攻撃を、かろうじて防ぐ。

 幼女の動きは止まらない。

 拳を引くと足払い。オレのバランスが崩れたところで消える。

 こういうときのセオリーは――。

 

(背後かっ?!)

 

 その通りだった。

 無防備になったオレの背を目がけ、掌底が放たれる。

 オレは反射で振り返る。かろうじてガード。

 けれども、後方に飛ばされる。そんなオレの頭部を、逆立ちのような格好で掴む。

 

「ハアッ!」

 

 オレは全身から雷撃を発した。幼女の拘束をゆるませる。腕を掴んで一本背負い。

 幼女は素早く受け身を取ると、オレから離れた。

 

「初見でここまで防ぐとは……」

 

 そうつぶやいた幼女の頭上に、巨大な氷が落ちてくる。

 

「ふおおっ?!」

 

 ズゴオォンッ!!!

 隕石のようなそれは、隕石が落ちたかのようなクレーターを作った。

 

「レインを………、こうげき………した。」

 

 マリナは、軽くキレていた。

 しかしそんなマリナの怒りを、幼女はあっさりといなした。

 怒気の風の隙間をくぐり抜けるかのような動きで、マリナの背後に移動する。

 背中を指で、トン――と突ついた。

 

「わっちが本気であったなら、絶命していたところにゃのぅ」

「………。」

 

 マリナは、はた目にはなんの動揺もない無表情であった。

 でも付き合いの長い、オレにはわかる。

 かなり悔しがっている。

 さらに幼女は、ミーユたちをチラと見た。

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

「はにゃっ?!」

「ぜなあぁ!!」

 

 みな一様に、体の一部を突つかれたかのような反応を見せた。

 ちなみに『きゃっ!』と悲鳴をあげたのは、リンである。

 普段はクールぶってるが、咄嗟の悲鳴は女の子らしかった。

 

「今のは、わっちが本気を出していたなら突くことができていた『急所』じゃな。」

 

 確かにミーユらが押さえているのは、首筋や胸元だ。

 普通に攻撃を食らっていれば、致命傷でもおかしくはない。

 というかオレに対しても、幼女は視線をやってきている。

 もっともオレは、食らうことなく弾いているが。

 

「これは……確かに。

 レリクスが推薦するだけのことはあるのぅ」

「そろそろ、自己紹介をしていただけませんかね?」

 

 異世界につきものの【鑑定】スキルは使ってみてるが、特殊な力で弾かれてるのだ。

 まぁたぶん、里の長老とかだろうけど。

 

「ふむ……。そうじゃな。わっちの名はスケイル。竜人の里の、十六代目長老じゃ」

「そうでしたか」

「しかしこの身のこなしと対応力。凄まじき才能と修練のあとを感じるのじゃ……」

「我が息子ですからのぅ」

 

 父さんが、誇らしげに言った。

 まぁ鍛錬に関しては、小さいころから父さん相手にやっていたからね。

 こう見えて、鍛えている部類ではあるのだ。

 

「まぁしかし、話が通っているなら早い! 以前にわたしにしてくれた、潜在能力がプワァーっと開花するパーっというやつで、わたしのレイン少年たちを、ぺーっと強くしてやってくれ!」

 

(ぐいっ。)

 

 リリーナが言うと、マリナはオレの腕を組んだ。リリーナを見つめる。

 

「あっ、ああ。『わたしの』ではなかったな。キミであって、ミーユたちのでもある、みんなのレインだ」

(ん………。)

 

 満足したらしい。マリナは小さくうなずいた。

 でも組んだ腕は離さなかった。

 リリーナは、改めて言う。

 

「ではレイン少年たちを、ペーッと強くしてやってくれ!」

 

 長老のスケイルは言った。

 

「イヤじゃ」

「なにいぃーーーーーーー?!」

 

「そもそもわっちら竜人の民は、基本的に中立じゃ。

 ディアギルムは魔人族のことしか考えておらん粗暴なる男じゃが、魔人族のことは考えておる。

 すべてを滅ぼそうとした魔竜とは違う。

 弟子でもないやからに力を授けよといわれてものぅ」

 

「しかしディアギルムをほうっておけば、レリクスら純人族に、わたしたちエルフ。はては獣人族にも、多大なる被害が……」

「それを聞いてすら一方に加担せんのが、中立ということじゃ」

「むうぅ……」

 

「それにおヌシら、以前にわっちが才能を開花させてやろうとしたときも、まったく開花せんではなかったではないか」

 

「そっ、そのようなことはない! 少なくともわたしは、スケイル殿の『力』で力が大いに伸びたぞ!

 指をパチッと鳴らすだけでも、ヒールの魔法をかけれるようになった!!」

 

「おヌシ以外はどうなんじゃ?」

 

「いや……、それは……。レリクスはあなたの力ではどうにもならない存在であったし、死霊術師のネクロは自身もアンデッドと化していたがゆえ、あなたの聖なる力とは相性が悪かった。妖魔のゼフィロスは『他人の力で強くなることに興味はないのでねぇ。クトゥフフフ』と笑って断るだけであったし、古代兵器であったティルトは兵器がゆえに、『成長』という概念もなかったし……」

 

 散々であった。

 しかし父さんの理由が一番人間離れしている気がするのはどうしてだろう。

 

「フンッ」

 

 スケイルは、幼女らしくスネてしまった。

 

「怪しいぜな」

「ふわっ?!」

「アタシは詳しいんだぜな。こーいうことを言うヒトの十四割は、だいたいウソつきのヒキョー者なんだぜな。アタシは詳しいんだぜな」

 

 なかなか強気な発言であった。

 ただしカレンは、オレの後ろに隠れてる。

 オレを盾にして後ろに隠れ、顔だけ出して言っている。

 こういうところは小物と書いてカレンであった。

 

「なっなっなっ、なにを言うのかっ! よりにもよって、わっちがウソつきのボンクラじゃと?!」

「ボンクラはともかく、ウソつきなのは間違っていないと思うぜな(ジト目)」

「よっ、よかろう。そこまで言うなら、おヌシの潜在能力を引き出してやるわい」

 

「ほんとーぜなっ?!」

「わっちはウソはつかん。前にでてくるがよい」

「それは怖いからイヤだぜな……」

 

 カレンはすこし出していた頭を、引っ込めてしまった。

 

「それでわっちをヒキョーと言うのか……」

 

 スケイルは、ジト目でつぶやいた。

 

「まぁ、よい。せめて顔だけは出せ」

「わかったぜな!」

 

 カレンはオレの後ろに隠れたままで、頭だけを出した。

 近づいてきたスケイルが、カレンのひたいに指を当てる。

 

「む……。む。むむむ、む???」

 

「どーしたぜな?! 早くするぜなっ! 早くアタシの、秘められた力的なものを目覚めさせるぜなっ!」

 

 純粋に楽しみらしい。

 カレンは幼い子供のような、キラキラとした瞳で言っていた。

 

「いや……すまぬ。

 わっちが探せる範囲だとおヌシには、『秘められた力』が存在しておらぬ」

 

「ぜなあぁーーーーーーーーーーーーーー?!?!?!」

「本当にすまぬ……。

 これについては、言い訳せん。

 ボンクラのウソつきと言われても、言い返すことができぬ。

 本当にすまぬ……」

 

「真剣に謝られてしまうと本当に真実で、ショックがとても大きいぜなあぁーーーーーー!!!」

 

 カレンは泣いて逃げ去った。

 とてもショックを受けていた。

 そしてオレは思うのであった。

 

(大丈夫なんだろうか、この人)

 

 強いのは間違いないんだろうけど、強いだけなら父さんのほうが上だし。

 っていうかこういうのって、オレを圧倒できるぐらいに強いのが常識じゃないの……?

 師匠の人が強くないって、わりと前代未聞じゃない……?

 



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修行の始まり

 前回のあらすじ。

 オレは強くなるため、竜人の里にやってきた。

 しかし自分を強くしてくれるはずの幼女スケイルは、あまり強くなかった。

 弱いわけじゃないんだけど、オレとは互角で、父さんより弱かった。

 

 カレンを強くすることにも失敗していたし……。

 大丈夫なんだろうか?

 なんて考えていると、幼女スケイルは叫んだ。

 

「貴様その顔! わっちの力を疑っておるなっ?!」

「あっ、はい。すいません」

「しれっと謝るでないわぁーーーー!!」

「無礼なのは謝りますが、父さんよりも弱くてカレンも強くできないんじゃ、不安に思うのは仕方ないと思います」

 

「本当に、ハッキリと言うのう……」

「オレが心の中で思ってただけのことを、わざわざ拾ったのはスケイルさんですし」

「本当にハッキリと言うのぅ!!」

 

 全力で叫んだスケイルは、オレをビシッと指差した。

 

「しかしわっちがすごいところは、『方法』をたくさん知っておることじゃ!

 六千年とも言われる竜人族の歴史のうちの、五百年分の知識は頭の中に入っておることじゃ!

 大小あわせて六八〇〇の『技と魔法』を知っておることじゃ!

 その者が習得したい技能に合わせ、三二〇〇ある『訓練の方法』から、もっとも適切なものを選べることじゃ!」

 

「それはすごいですね」

「わっちを尊敬するがいい!!」

 

 スケイルは、えっへんと胸を張った。

 

「スケイル殿は、今日も褒められたがりであるな」

 

 リリーナ二八〇歳が、他人ごとのように言った。

 

「…………」

「いや待て少年! どうしてわたしを、奇妙なものを見る目で見たのだ?!」

「イミハ アリマセン」

「発音がおかしいぞっ?! 少年は、わたしがスケイル殿と変わらんレベルの褒められたがりであるというのかっ?!」

 

 まさかの自覚なしだった。

 かなり残念なところだが、リリーナなので仕方ない。

 オレの中ではもうすでに、『リリーナと書いて残念と読む』の図式ができあがっている。

 それはさておき。

 

「訓練の方法を三二〇〇も知っているなら、早くやってはもらえませんか?」

「わっちの話を聞いてはおらんかったのか? わっちは中立じゃ。一方の陣営に肩入れなどをするつもりはない。掟でもそうなっておる」

「陣営に肩入れとかではなくて、単に入門者として強くしてください、という理由でもダメですか?」

「確かにその理屈なら、掟的には問題ないが……」

「ないがなんです?」

「おヌシはさっき、わっちを小ばかにしたからのぅ……」

 

 早くも根に持たれていた。

 

「だけどオレ、このままじゃ撤回はしませんよ?

 さっきのカレンじゃないですが、口先ではなんとでも言えますから」

「ぐぬぬ……」

 

 それは安い挑発だったが、幼女スケイルは乗ってきた。

 このへんは、カレンへの対応を見ての計算尽くである。

 

「フンッ」

 

 スケイルは、すねたかのようにそっぽを向きつつ、光る玉を投げてきた。

 ビー玉サイズの小さな玉だ。

 

「飲んでみい」

「はい」

 

 オレは素直に飲み込んだ。

 その直後、スケイルが叫ぶ。

 

「グラビティ!」

 

 全身が、ずっしりと重くなった。

 

「今飲ませたのは、耐性弱化の宝玉じゃ。あらゆる魔法への耐性が、五分の一に低下する。その上で、わっちは重力が二倍になる魔法をおヌシにかけた」

 

「つまり今のオレは、いつもの十倍の重さがあるってわけですか」

「そういうことじゃ」

「…………」

 

「無言になってどうしたのじゃ? 重力魔法を操れるわっちを、早くも見直したのか?」

「あ、いえ、すごいとは思ったんですが、ディアギルムはこちらの重力を無条件で百倍とかにしてきてたよなぁ……と思いまして」

「これでもわっちを認めんのかー! あんまり言うとスネるぞ?! わっちスネるぞ?!」

「いやほんとすいませんでした」

「わかればよいのじゃ!」

 

 スケイルは胸を張った。

 その時だ。

 

(ふにっ………♥)

 

 不意に背中に、やわらかな触感。

 マリナであった。

 オレの背中にくっついて、意味ありげな視線を向けてる。

 やわらかいのは、豊満にして放漫なおっぱいであった。

 

(………。)

 

 マリナは無言でオレを見つめて、スケイルを見た。

 

(ぴと………。)

 

 オレの背中に顔をうずめる。

 マリナはけっこう、人見知りする。

 オレが攻撃されて怒ったりしているときは平気だが、冷静になると人見知りする。

 これで大丈夫なのだろうか、と思って話してみたことはあるのだが――。

 

(あなたが、いてくれるから………。)

 

 と言われてしまったので、甘やかしたままである。

 ハッハッハ。

 そんなマリナを代弁するべく、オレは口を開こうとした。

 だがその前に、ミーユとミリリが同時に言った。

 

「「あのっ!」」 

「どうしたのじゃ?」

「えっ、ええっと……」

「ミーユさまから……」

「いや、ミリリからで……」

「ミリリはミリリは、奴隷の身でございますし……」

「それを言ったらボクだって、レインの恋人してるだけの平民…………えっ、へへへへ」

「ミーユさま……?」

「いや、ごめん。『レインの恋人』って普通に言ったけど、実際に口にだしてみるとついニヤけちゃってさぁ…………えへへへ」

 

 かわいい。

 

「それでなにを言おうとしていたのじゃ?」

 

「あっ、はいっ!

 ええっと……レインに飲ませたその球を、ボクたちにも飲ませてください!!」

 

「ほぅ?」

「ボクたちが修行して、どこまで強くなれるかはわかりません。

 でも黙って見ているなんて、絶対にできないんです!!」

(こくっ。こくっ。)

 

 ミーユが強く力説すると、オレの背中のマリナもうなずく。

 

「ミリリもミリリも、まったく同じ気持ちですにゃ!」

(こくっ! こくっ!)

 

 ミリリが言うと、マリナも強くうなずいた。

 

「ミリリが言ってミーユさまがおっしゃるのでしたら、わたくしも後ろにいるわけにはございませんね」

 

 リンも静かに前にでる。

 

「ほっほっほっ。よい娘たちに好かれておるのぅ」

「オレもそう思います」

 

 その時だった。

 

「どうして誰も追ってきてくれないんだぜなあぁ?!」

 

 一度泣いて逃げたカレンが、もっと泣いて現れた。

 

「知らない土地でひとりになって、とっても不安でさびしかったぜなぁー!!」

「自分から逃げておいて泣きじゃくるとは、すさまじい理不尽でございますね……」

 

 ○(>△<)○な顔で叫ぶカレンに、リンは冷静に突っ込んだ。

 

「それはそれとして……。

 お戻りになられたということは、カレンさまもお修行をなさるのですにゃ?」

 

「どういうことなんだぜな?」

「スケイルさまは、潜在能力をパーッと引きだす以外にも、色々なお修行法を知っているらしいのですにゃ。ミリリたちは、そのお修行を受けようと思っていたのですにゃ」

 

「まさか戦うつもりなのぜなっ?!」

「おっしゃる通りなのですにゃ」

 

「だけど相手は、レインでも勝てないような相手ぜなっ! アタシたちが修行して、どうにかなるとは思えないぜなっ!」

 

「例えばディアギルムには、部下を引き連れてくる可能性もございます。

 そのような場合は、わたくしたちがお役に立てる可能性もございますかと」

 

「ぜなあぁ……!」

 

 例え役に立つ場合でも、戦いたくはないらしい。

 カレンは瞳をうるませて、ぷるぷると震えた。

 

「いや別に、無理はしなくてもいいんだけど」

 

 するとカレンは、両手をパタパタと動かして叫ぶ。

 

「みんながいなくなったら、アタシはまたひとりぼっちだぜなー!

 ひとりはさびしいんだぜなー!」

 

 こうしてみんな、オレの修行につきあうことになった。

 魔法耐性をさげる宝玉を飲んで、体を十倍の重さにしてもらう。

 

「うわあっ!」

「はにゃあぁ……!」

「全身が重たいぜなあぁ……!」

「くッ……!」

 

 ミーユがその場でべちゃりと潰れ、ミリリとカレンは立てずに四つん這いとなる。

 リンですら、槍を杖代わりにしてかろうじて――という有様だ。

 

(………。)

 

 唯一普通にしてるのは、オレのマリナだけであった。

 

「マリナは平気か?」

 

 マリナは静かに首を振る。

 

「すこし、おも………。」

「おも?」

「………。」

「マリナ?」

 

「重くない。」

 

「ん?」

「わたしは、ぜんぜん、重くない。」

 

 オレのマリナは、体重的な意味での『重さ』を気にしていた。

 そんなことを気にできるあたり、余裕はいくらかありそうだ。

 

「しかしいきなりこんなんじゃ、修行のために体を動かすことも難しいんじゃ?」

「それについては簡単じゃ。この状態でも体を動かせるようにすることが、最初の修行と言ってよい」

 

 そう言うと、スケイルはジト目で補足した。

 

「そもそも『重力十倍』は、この土地で十年近く修行を積んでからようやくおこなう荒行じゃ。それを受けて普通に立っているおヌシらふたりがおかしいのじゃ」

 

 確かに重力十倍って言えば、元の体重が五十キロなら五百キロ。三十キロでも三百キロの負荷がかかるっていうことだもんな。

 普通はキツいと言われたら、その通りだとは思う。

 

「もしもわたしがいなければ、四人とも自らの体重で圧死しているであろうな」

 

 それを言うリリーナは、四人に意識をやっていた。四人が『重くて大変』で済んでいるのは、リリーナが補佐しているからだ。

 スケイルは言う。

 

「そしてこの状態でも体を動かせるようにする方法は、筋肉をつける以外にもうひとつある」

「なんですか?」

「魔力を高め、流れを理解することじゃ。魔力を高めて理解し、わっちの重力魔法を軽くでも弾けば、その分、体が軽くなる」

「なるほど」

「そもそもこの修行は、そちらのほうがメインじゃからのぅ」

 

「という感じらしいよ。ミーユ、ミリリ」

「う、うん……」

「わかりましたです……にゃあぁ……!」

「その理屈だと、魔法を使えないアタシやリンは一生このままぜなぁ……?!」

 

「魔法は使えないのなら、『気』で弾く、という手もあるぞい?」

「気……ぜな?」

「すべての命に備わっている、魂のようなものじゃ。ただし魂と違い、全身に流れておる」

「よくわからないんだぜなぁ……!」

 

 カレンは涙目になった。

 

「まぁこの修行は、三二〇〇あるわっちの修行法の中でも、上から数えたほうが早いぐらいに厳しく難しいものじゃからのぅ。できん可能性のほうが高いぐらいじゃ」

「ぜなあぁ……!」

「それはそれとして、訓練を続けるなら『場』も変えてやろう」

 

 スケイルは、くるりと踵を返す。

 

「レインにマリナよ。倒れている者たちを連れてくるのじゃ」

「はい!」

 

 オレはミーユを抱きあげて、ミリリを背中におんぶした。

 

「ごめん……。レイン」

「申し訳ないですにゃあぁ……」

「気にするなって」

「申し訳ありません……。マリナさま」

「ぜなあぁ……」

 

 リンとカレンは、マリナが普通に運んでいた。

 

「大丈夫か?」

「うん。」

 

 オレたちは、スケイルについていく。

 




この作品の四巻が、28日に発売です。
マリナの新衣装とロリリーナが目印です!
書店で見かけたら是非!

http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-75202-1.html


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修行しつつエッチするあたりどうしようもない

 スケイルについていったオレたちは、神殿めいた建物の奥に入った。

 六芒星の魔法陣が設置された神秘的な空間である。

 部屋には四つの扉があった。

 赤、青、白、黒だ。

 それぞれの扉の上では、神秘的な雰囲気の砂時計が浮いている。

 スケイルは、白い扉の前に立つと言った。

 

「こっちへくるのじゃ」

 

 オレたちは近寄った。スケイルが、白い扉に手を当てる。白い扉とスケイルの体が輝き始めた。扉の上の砂時計がわずかに満ちると、オレたちも輝きに包まれる。

 ほんの一瞬、意識が飛んだ。

 

 ふと気がつくとオレたちは、真っ白な空間にいた。

 まず眼前に広がるは、真っ白な空間。地平線とも水平線とも言える永遠の空間が、ただ真っ白に広がっている。

 地面は質量を持った雲のように独特な触感を持ち、周囲の景色と同じく真っ白だ。

 上を見てもそこにあるのは、限りがあるのかないのかもよくわからない、空? それも当然真っ白だ。

 空にハテナがついているのは、本当に空なのかどうかもわからないからだ。

 

 確実にわかるのは、上下左右の、すべてが真っ白な空間である、ということだけだ。

 真っ白としか言っていないのも、真っ白としか言えないからだ。

 あとは体全体が、若干だが重い。

 オレとマリナは、ミーユたちを地面におろした。

 

(んっ!)

 

 マリナが右手を空に突き出し、ツララを放った。

 オレもついでに、ファイアーボールを打ってみる。

 マリナのツララもオレの炎も、真っ白な空?に吸い込まれて消えていく。

 

「グハアアアッ!」 

 

 スケイルがダメージを受けた。

 ツララを胴体に受けたかのように体が『く』の字に曲がると同時に、全身に火柱が立つ。

 リリーナが素早くヒールを入れると、炎は消えたがピクピクしていた。虫の息というやつだ。

 

「スケイルさんっ?!」

 

 オレが駆け寄ると、スケイルは怒鳴った。

 

「この空間は、わっちの体と連動しておるんじゃー! 空間の端にダメージを与えると、わっちにダメージが入るんじゃー!!!」

「それはすいませんでした」

(ぺこ………。)

 

 オレが普通に謝ると、マリナはオレの背中に隠れながら頭をさげた。

 

「そもそもどうして攻撃するんじゃ?!」

「空間の広さが、気になったものでして」

(こくこく。)

「気になることはわかったが、攻撃の前に確認せんかーい!」

 

 もっともすぎて反論できない。

 

「いやほんと、すいませんでした。もう攻撃しないんで、この空間がなんなのか教えてください」

「フン……」

 

 スケイルは、スネながらも教えてくれた。

 

「この空間は、『いびつなる聖室』と呼ばれる空間じゃ。時空がいびつにゆがんでおる。外の世界での一分が、ここでは一時間にもなる」

「それはすごいですね」

「しかもこの空間では、重力が外の二倍となる。わっちがおヌシらにかけた魔法の効果とあわせれば、元の二十倍になっているはずじゃ」

「通りで体が重いと思いました」

「ただし欠点もある。空間の発動に、誰かの魔力を使うのじゃ」

 

 スケイルがそう言った直後に、オレたちは光り輝く。

 オレたちは、六芒星の魔法陣が地面に描かれた部屋に戻っていた。

 

「術者が最初に込めた魔力が切れると、このように戻ってしまうわけじゃな。一流と呼ばれる魔術士百人が丸一ヶ月はファイアーボールも使えなくなるほどの魔力を込めて、一人が一日入れるかどうかといったところじゃ。入る人数が増えれば、魔力の消費も当然、激しい」

 

 それでも単純に計算すれば、六〇日分の修行になる。

 

「ちなみにそれだけの魔力を込めると、砂時計はどのくらい埋まるんですか?」

「八分の一ぐらいじゃのぅ」

 

 少ないな。

 

「まぁ魔力については、ワシが補充してやろう」

 

 父さんが前にでて、白い扉に手を当てた。

 確かに父さんであれば、扉の上の砂時計ぐらいは満杯にしてくれるような気がする。

 オレが思ったその直後。

 

 ドパアァァンッ!!!

 

 砂時計は爆発した。

 ええええええええええええっ?!?!?!

 

 これは予想外だった。

 一流と呼ばれる魔術士百人が全力を込めて、八分の一しか埋まらない砂時計。

 父さんであれば、そんな砂時計も満杯にしてくれるだろうとは思っていた。

 でもまさか、破壊してしまうなんて……。

 

「っていうか破壊したら、どうなるの……?」

「砂時計は、目安でしかない。壊れたとしても、異界の機能そのものが損なわれることはないが……」

「この扉、加減が難しいのぅ」

 

 そんな砂時計を壊しておいて、『手加減』とか言っているあたりは流石だ。

 

「それではワシは、ここで一度去るとしよう」

「えっ?」

「ちょっとした準備があるのでな」

「わかりました」

 

「わっちのほうも、次の修行の準備をしておくとしようか。

 重力十倍の状態でも全員が動けるようになったら、扉から出てくるがよい」

 

 スケイルも立ち去った。

 オレは再び、白い扉に手を当てた。

 オレたちが輝きに包まれる。

 

  ◆

 

 修行を始める。

 まずは重力に慣れるまでの作業。

 軽いスクワットや腕立て伏せから始まって、飛んだり跳ねたり。

 三時間ほどもすると、オレはバク転やバク宙、シャドーボクシングあたりまでできるようになった。

 しかし動きのキレは鈍い。

 二十倍の重力を受けているわりには動けているほうだとは思うのだけれど、逆に言うとそれだけだ。

 

(ディアギルムを倒す――とまではいかなくっても、古代兵器の人造人間っ子の、ティルトを抑えられるぐらいにはならないとなぁ)

 

 と思いながら、ひとりで動く。

 しかしそうやって動けるのも、今のところはオレひとり。

 

「レイン………すごい。」

 

 マリナはかろうじて立ってるが、ヒザがぷるぷる震えてる。

 

「やっぱり重い?」

「………おもくない。」

 

 マリナはやっぱり否定した。

 

「わたし、からだ、おもくない。」

 

 マリナはやはり、体重を気にしていた。

 実際マリナは、ほかの子より重い。

 原因は、言うまでもなくおっぱいだ。

 ほかの子よりもおっぱいが大きいマリナは、ほかの子よりも重い。

 

 そしてふと気になった。

 体重が重くなっている今では、おっぱいはどうなっているんだろう?

 オレはマリナのおっぱいを、下から軽く持ちあげた。

 

(これは……!)

 

 すごかった。

 ずっしりかつ、むんにゅりとしていた。

 むにゅりではなく『むんにゅり』だ。

 手にあまるほどのボリュームのおっぱいが、重みで指に食い込んでくる。

 マリナを仰向けに寝かし、やらしい衣装の肩にかかっている紐をズラした。

 ぷるっ……るっ、るんっ。

 バケツプリンのような質量のおっぱいが、二十倍の重量を伴って揺れる。

 

「すごいなぁ、これは」

 

 包むようにして揉んだ。オレの指が動くたび、そのおっぱいは波のようにゆれた。

 たまらない。

 オレはズボンをするりとおろし、マリナにオレのを挟んでもらった。

 腰を静かに動かしていく。

 

「はっ、あっ、あっ♪」

 

 こんなところでさかっても、マリナはすぐに感じ始めた。

 おっぱいの谷間が汗ばんで、ぬっちゅぬっちゅとし始める。

 

「はあっ、あっ、ああっ、もっと………! もっとおぉ………♥♥」

 

 喘ぐマリナの表情も堪能しながら、盛大に射精した。

 マリナの綺麗な顔に真っ白な精液がかかる。

 

「はあああぁんっ………!」

 

 それと同時に、マリナも達した。

 ビクビクと全身を痙攣させて、足と足のあいだから、透明な愛液を吹く。

 

「バカか……? オマエら……」

 

 離れたところで仰向けになっていたミーユが、憎まれ口を叩いた。

 

「そう言うミーユは、動けるようになったのか?」

「まだだけど……」

「そうか」

 

 オレはミーユに近寄ると、ミーユの服を脱がしにかかった。

 

「おいっ!」

「早く力を解放しないと、オレにセックスされちゃうぞ?」

「最悪だなオマエ! そういうところはちゃんと直せよ! くそばかあぁんっ!♥♥!!!」

 

 口では抵抗していたミーユだが、剥き出しの乳首を摘ままれてしまうと喘いだ。

 

「説得力ないなぁ」

 

 オレはエスっ気のある笑みを浮かべて、ミーユのかわいいパンツを脱がした。

 

「おぉ、まぁ、えぇ、なぁ……!」

 

 抗議してたが気にしない。太ももを掴み、足をMの字に開かせる。 

 足を閉じることもできなくなっている無防備でつるつるのワレメちゃんに、顔をうずめた。

 

 ちろちろちろ。

 くちゅくちゅくちゅ。

 ずちゅ、ずちゅっ。

 舌の先で舐めて唇でしゃぶり、透明な愛蜜をすすった。

 

「はぁんッ……♥、ばかっ。

 ンはあぁんッ、ばかあぁンッ♥♥」

 

 ミーユは本当にかわいいなぁ。

 

「っていうか早くなんとかしないと、セックスしちゃうぞ?」

 

 オレはぐちゅぐちゅになっているミーユのワレメに、チンコの先をあてがった。

 

「うううう……!」

 

 ミーユは両目を固く閉じ、力を出そうとがんばった。

 でも抗えない。

 推定四十五キロぐらいの元の体重の二十倍――およそ九百キロの自重にあえいだままだ。

 抵抗できないミーユの中に、ゆっくりと挿れていく。痛くないよう、ゆっくりとだ。

 

「ンハあアアッ、ハあァんッ!♥♥」

 

 挿れ切ったあとは、ぐっちゅぐっちゅとやってやった。

 

「こういうところだけは……。もう……ほんと……」

「イヤだった?」

「聞くなよ……ばか」

 

 スネたことを言ったミーユに、オレはやさしいキスをした。

 かわいいミーユは、瞳を閉じてキスを受け入れた。

 そんな調子で、ミリリのところへも寄った。

 仰向けになっているミリリの、ツンッと立ってる乳首を、人差し指の真ん中で触れる。

 

「はにゃあっ……!」

 

 ミリリはわずかに、顔をしかめた。

 

「イヤだった?」

「そういうわけでは、ないのですにゃが……」

「にゃが?」

「ミリリにとって、ご主人さまにしていただくのは『ごほうび』ですにゃ……。

 ちゃんとできていないことを理由に、していただいてしまいますと……」

 

「えっちするのが目的になって、修行をなまけちゃいそうってこと?」

「ですにゃ……」

 

 ミリリは恥ずかしそうに頬を染めて口元を隠しつつ、こく……と小さくうなずいた。

 かわいい。

 

「そういうことなら、『ごほうびの前借り』ってことにしよう。

 ミリリはこの修行を、成功させることができる。

 だからその分のえっちを、今ここで先にする」

 

「そういうことなら、お願いしますにゃ……」

 

 ミリリは静かに目を閉じて、オレに自身の体を任せた。

 オレは動けないミリリの足を開かせ、たっぷりと楽しんだ。

 そんな感じで、リンやカレンともやった。

 カレンとはいまだに本番をするタイミングが掴めなくってしていないが、口とおっぱいと太ももの素股でたっぷりご奉仕してもらった上で、全身にぶっかけた。

 普通におねだりしてきたリリーナやマリナともやって、ミーユへと戻る。

 

「修行はどんな感じだ?」

「ううぅ……」

 

 ミーユは、動けないでいた。

 先刻オレとヤッた直後の、M字開脚のままでいる。

 地面に貼りつけられた様子は、標本にされた蝶のようでもあった。

 無防備にして無垢なつるつるのワレメからは、白い精液が垂れている。

 

「起きあがれないなら、二回戦目といくか」

 

 オレはミーユの膝をつかんで、挿れやすいように足を広げた。

 

「いやあっ……。もう……。だめ……。いやあぁッ……」

「ダメはともかくイヤって言われると、ためらってしまうな」

「ボクもミリリとおんなじで、レインとのエッチは、大好き……だから。

 修行がちゃんとできないとエッチ……ってやってると……」

「エッチ目的でなまけちゃうわけか」

「うん……」

 

 ミーユは小さくうなずいた。

 軽い涙目でうなずく姿は、純粋にかわいい。

 

「そういうことなら、えっちはお預けにしとこうか」

 

 オレはミーユのほっぺたに、チュッとかわいいキスをした。




この作品の4巻が発売しているので、よろしくお願いします!


http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-75202-1.html


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