モンスターイミテーション (花火師)
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迷い子

書いたまま放置していたのでうpしました。一話目からブッ飛んでるけど付いてきて!ツッコミ処さん多いけど許してナリ!
続くかなぁ



 

目が覚めて、自覚した。

 

吾輩は、化け物(モンスター)である。

どこで生まれたのかとんと検討もつかぬ。なんでも、コンクリートジャングルの中でにゃーにゃーと泣いていた事だけは記憶している。

 

さて、どうしたものか……。

 

……うん。現実逃避の繰り返しはやめることにしよう。いくら夏目漱石(俺の思う頭いい人)風にこの悲惨な今を彩ったところで現実は変わらない。

……気取っても、大して賢くも見えないしな。悲しいことに。

 

とにもかくにも、ここから離れることが第一にするべきことだということは分かりきっている。

 

幸いというかなんというか、常識的にありえないが鼓膜も再生しているようだ。どうなってんだか。

 

意識的に目に力を込めると、水溜まりに写った俺の瞳が赤く染まる。その瞳で遥か続く地平線を眺めれば、(おびただ)しい数の人間たちが視界を塗りつぶすように群れをなしてこちらへと向かっていた。

 

逃げなくては。

 

そして俺は、破壊され尽くしたその大地で雲ひとつない晴れ渡った空を見上げた。

 

……どうなってんじゃい。

 

数時間前までは鬱蒼とした森が広がってただけなのに、気がつけば荒野だ。いや、これは荒野とは言わないかもしれない。

荒野というよりかは、規模的に見ても月のクレーターをそのまま持ってきたような感じだ。周囲数キロはその大体が大地ではなく、穴だ。クレーターだ。

 

まるで隕石でも落ちたんじゃないかと思わせる程のもの。

 

はぁ。なんでこんなことになったんだか。もう訳がわからないよ。

 

 

軍団が迫っているんだ。そろそろ俺も逃げるとしよう。この惨状の当事者なんだ、確実に捕まる。

 

 

「さらだばーーー!!」

 

 

悲劇の一般モブ、天貝(あまかい)刀児(とうじ)はクレーターの中で、どこか遠くを目指して走り出した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

気がつけば鬱蒼とした森の中にいた。

 

 

あれ?俺はなんでこんなところにいるんだっけ……。

 

 

……あー。たしか、ゲームの試写会で東京に遠征してたんだっけ。

 

なのに何でこんなところにいるんだ?

 

どこか気の抜けた記憶と意識を自覚しながらも、俺は辺りを見回す。

なぜだろう、頭が働かない。まるで寝起きのような感覚だ。

 

えーと。

 

そうだ、試写会だ。ということはあれか。これはもしかして最近有名な3Dうんたらとかいうやつか。

……あちげえ、VRってやつか。あのバーチャルリアリティーとかいう、SFチックなあれか。

 

「ほえー。凝ってんなぁ」

 

数十年前まで某ゲームのキャッチフレーズが、夜中でもできるゲーム。みたいなフレーズだったのに、今じゃ、体感できるゲームときたもんだ。

 

技術の進歩は目覚ましいね、ほんと。

 

 

だがしかし、作り込みが甘いところもあるな。まず第一になぜ森の中なのに鳥の声すら聞こえないのか!動物も見当たらない!自然の中なのに不自然!(激ウマ)

ババーンと偉そうな評論家気取りで格好つけてみる。

……ふっ、まぁまだお試しの段階だから仕方がないのかもしれないな。そういうところを突くのは野暮か。

 

 

……それにしても、なぜだろう。試写会に来てVRの体験を受けたんだろうが、俺にはその記憶が全くない。あれかな、リアリティーを求めるために、それまでの記憶をボカしてるとか……。

 

あれ? オーバーテクノロジーもいいところな気がしてきた。

 

というか、VRっていうわりには風を感じる触覚も草木の臭いを感じる嗅覚もしっかりと作用している。

 

あれれ? オーバーテクノロジーもいいところな気がしてきた。

 

しかも、服装まで完全に俺が今朝着てたものを再現できてるし、伸長も体格も大差ないし、腕に昔作った切り傷もある。

 

あれれれ? オーバーテクノロジーもいいところな気がしてきた。

オーバーはオーバーでもオーバーロードじゃねーか。もしかして開催してた試写会ってユグドラシルだった……?

 

「俺のナーベラルとルプスレギナどこ?……ここ?」

 

落ちてる木の葉を裏返してみたが俺の夢見た少女たちはいなかった。

あ、イモムシ=サン、コンニチワ。

 

……うーん。なるほど。

 

わからん。

状況がまったくわからん。

 

まぁいいや。

 

 

「すみませーん!これからどうすればいいですかー?」

 

これがVRならとりあえずスタッフ側とコンタクトを取らなくては。何をすればいいのか全くわからない。謎解きはあまり得意じゃないし、森の中で放置プレイというのは、些か俺にはハードだ。

 

木々のせせらぎぃ。

 

「……すみませーん!スタッフさーん!」

 

木々のー、せせらぎぃー。

 

「ギブアップです!なんかの謎解きクエストならギブアップです!」

 

いやー、いい天気。

 

「……」

 

 

……あれ?どうすればいいの?これ。

 

返事がない。ただの屍のようだとかそんなこと言ってても大丈夫な状態なのかなこれ。

一人でボケてて、突っ込みのないまま寂しい感じを繰り返してても大丈夫な状態なのかなこれ。

もしかしてSFよろしく……いや、今じゃなろう系と言った方がベターか。もしかしてなろう系よろしく叫べば能力値とか目標とかマップとか出てくるのかな。

……こっ恥ずかしさを圧し殺して叫ぶのみ!

 

「ステータス!!」

 

…………はずか……いや考えるな!!自分に負けたら終わりだ!!

じゃ、じゃあ。

 

「プロパティ!!」

 

…………うーむ。慎重な勇者だったらこれで出てたはずなんだけどなぁ。

 

いや、もしかしたら俺が抽選か何かで選ばれて体験版をやらせてもらっていて、この現状がモニターか何かで写し出されていてそれを客たちが見ているのかもしれない。俺の痴態までもモニタリングされてたという可能性は忘れよう。なかったことにしておこう。

……とりあえず、自主的に進まなければ何もならなそうだ。だとしたらスタッフに手を借りるわけにはいかない。俺が行動しなきゃ始まらないということね、了解。

 

「とりあえず、歩くか」

 

一人足を進める。

 

でも、装備とか何も持ってないしな。どうするんだろう。

普通ロールプレイングゲームつったら町の入り口とか、自室から始まるもんなんじゃないのか?そっから村長とかに出会って、魔王を倒すのじゃゲホゴホオエッオボロロロみたいな。

 

だがそうじゃないとするなら、森の中での遭遇からとか……。

盗賊とかそういうのに襲われているヒロインを偶然見つけて、それを倒してヒロインアンド仲間ゲッツして魔王討伐とか……。うっわぁありきたりぃ。

 

あ、ごめんなさい製作の皆さん、違うんです。なんていうか心の声が……あの。……違うんですわぁ。えーと、その、違うんすわぁ。

 

「あれ?」

 

歩いていた足を止める。

 

 

というか……。

 

試写会? これって……なんのゲームの試写会だっけ?

 

うん、某ユグドラシルではないことは確かだろう。だって現実世界は至って普通だったような気もするし……。

いやでもなんだったかなぁ。

 

 

「!?」

 

ふと、俺の体が硬直した。

 

 

まるで金縛りにあったかのように、体が動かせなくなった。口を開くことすらもできなくなり、目玉だけをキョロキョロと動かして辺りを伺う。

 

な、なんだ。金縛りなんてシステムが作動してるってことは、ちゃんと進行してるってことだよな。よかった。

 

思考とは裏腹に、なぜか体が小さく震え出す。

 

奥の茂みの奥。そこに何かがいる。まるで漫画か何かのように、その気配を感じることができた。

 

なるほど、この察知能力がマップの代わりにある機能かな。

 

そして茂みの中からその巨体は姿を現した。

 

「……」

 

 

黒い竜だ。

 

 

禍々しく青みのかかった黒い竜。

 

大きな体を動かす毎に木々がへし折れる。その眼は異様なまでにギラギラとしていて、どこか『最強』という言葉を連想させるようなオーラを纏ってる。まるでラスボスだ。

 

 

あー。なるほど、ここでか。出だしからボスと出くわして、旅の目標を明確にしていくパターンのやつか。

 

ありきたりだけど、しっかりとボスの姿を知ることができて戦う姿をイメージしたりで楽しめるという点では、実に大好物なパティーンです。

 

 

黒い竜を見ながらニヤニヤしていると、まるで体験版の最後を飾るかのように咆哮を上げるための溜め動作を見せた。

 

 

次の瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。

 

 

 

 

 

──なんだこれ?

 

 

恐怖どん底に突き落とされると同時に、その黒竜が口を開き……

 

 

 

 

 

 

 

 

──世界が真っ白になった。

 

 

 

 

 

頭が痛い。

 

倦怠感と吐き気に襲われながら顔を上げれば、そこには黒の竜が立ち塞がっていた。

 

 

VR……じゃなかった?

 

あれ? ちょっとまて、なんだこれ。俺はさっきまで……。

おかしいじゃないか。なんでVRで痛覚があるんだよ!

 

竜を中心に、生い茂っていた緑は視界に入る殆どが死に絶え荒野となっていた。

 

さっきの咆哮で? あれだけでこの惨状を作り出したのか?

 

なんなんだよこれ!!

そう叫びたい。だがわからない。こんなのがゲームの仕様である筈がない。そもそもデバッグで……。

 

……って、うだうだと考えてても仕方ないよな。

響いた足音に思考を打ち切って体を持ち上げる。

 

不思議と体は痛くない。

気持ち悪さと倦怠感はどこへやら、いつの間にか体調は戻っていた。

 

本当に訳がわからない……。

 

竜に睨まれた状況で、ゆっくりと構えてる暇はない(俺如きが構えたところで何ができるわけでもないし)。

 

とりあえず……。

 

「逃げるべしぃ!!」

 

当然、背を向けるのは躊躇った。なんせ竜なんて空想上の生き物の中でもトップクラスのモンスターだ。背中を向けるなんてとんでもない。だが逃げなければどちらにせよ殺されるだろう。水道管工事のおっさんですら歩くキノコや亀に殺されるようなご時世だしな。

それに、これがゲームだと確信出来ない以上、錯乱して下手にやられるわけにはいかない。

 

ゲームならそれはそれでいい。だが、痛覚があり、まるで現実世界のように体調の不良を感じたのだ。もし死んだとして、その痛覚が伝われば廃人なんてことにもなりかねない。……かもしれない。

 

 

再び、黒の竜は空気を吸い込んだ。

 

咆哮か?

 

 

いや、違うあれは違う。咆哮じゃない。

 

 

 

今まで様々なゲームの中で、散々、いやというほど見てきた竜の定番中の定番の攻撃。

竜の攻撃方法において最強を誇る。それは──

 

 

 

──ブレス

 

 

あ、死んだ。

 

 

本能的に悟った。

 

大気が振動している。辺りの生命が悲鳴をあげているかのようにざわめく。

 

そんな中で、俺は死の瞬間に怯えることはなかった。

 

口を開く。

 

 

 

「『MODE:リオレウス』」

 

 

脳を焼ききるほどに、鮮烈に浮かんだんだ。

 

 

 

──切り替え方が

 

 

──撃ち方が

 

 

 

空気を吸い込む。

 

肺に空気が入っているわけではない。それが人体のどこへ向かっているのかわからないが、とにかく本能的に吸い込んだ。

 

そしてそれが最高潮へ達したことを感じると同時に……。

 

 

──吐き出す!!

 

 

 

途端、俺の口から表現に難いような量の火炎が放射された。

 

まるでを太陽を覆う炎を連想させるほどの熱。だがそれを吐き出している俺自身は、熱さこそ感じるものの辛くはなかった。自分の体は暖かい。そんな感覚。

 

 

火球ではなく放射状に放たれた火炎は、黒色の竜のブレスとぶつかり合った。その瞬間、俺の耳を激痛が襲った。

 

そして気がついた。激痛がしたそのあと、俺の耳に異変が起こっていることに。

 

……何も聞こえない。

 

なんだかもう色々衝撃的過ぎて混乱してきた。……なんでこんなことになってるんだっけ?

 

 

俺のブレスは黒い竜のブレスに対抗できている。激しい衝撃と熱量を撒き散らしながら拮抗している。

大地はひび割れ、元は森だったことなど忘れ去れさせるほどに荒れ果て、空までも真上にあった雲が逃げ出す始末。

 

心地の悪いドロリとしたものが顎を伝って滴る。

 

血だ。

 

あぁ、そっか。鼓膜が破れてたのか。そりゃあ聞こえないわけだ。

アドレナリンが出まくってて痛みを感じないのかなぁ。

 

頭の隅でそんなことをうっすらと考えながら、どこか夢見心地のままでブレスを続ける。

 

ぼーっとしてられるのは、単純にその常態を継続出来ているからだろう。

 

そして俺も、黒い竜も、タイミングを同じくしてブレスをやめた。大地が陥没したことで互いの足場が崩れたからだ。いや、崩れたとかいうレベルではなく、地面が飛び散ったと表現すべきか。

 

竜の蹄のように変化した足で、俺は陥没しきった地面に強く着地する。飛翔している黒い竜と俺の上へと落下してくる瓦礫を忌々しく思いながら睨み付けた。

 

落ちてくる大岩たちはそのひとつひとつが、俺を潰れたトマトのように出来そうな程。

 

 

本能に従って、俺は呟く。

 

 

「『MODE:ティガレックス』」

 

 

再び口を開いて深く、深く、息を吸い込む。

 

なぜかはわからないが、やり方は知ってる。

ついさっき、目の前の竜に出会い頭に手本も見せてもらった。お陰様でイメージも出来ている。あとはそれを彼の轟竜のように再構築を……。

 

威嚇のための咆哮ではなく、仕留めるための咆哮を……。

 

 

頂点に達した。

 

 

さぁ、体の奥から爆発させろ。

 

 

──ゴガアアアアアァァアアアアアアアアア!!!

 

 

およそ人体から発せられる訳もない馬鹿げたほどの爆音が生まれた。

その咆哮は波となり落ちてくる岩のことごとくを粉微塵へと変える。

 

旋風が巻き起こり、俺の周囲一帯をさらにズタズタに引き裂く。クレーターの中にも更なるクレーターを作り出すその様はまるで、戦争ゲームでの核爆弾の連投地点だ。

 

 

これが轟竜の音撃。

 

 

さっきのブレスもそうだが、本家よりも更に強く、比べ物にならない程に凄まじい。

 

なぜこんなことが出来るのか俺には全くわからない。なぜあのゲームのモンスターを模倣できているのか、訳がわからない。だが、今は理由だの経緯だのを考えている暇はない。

隙を与えれば殺される(この台詞ちょっと言ってみたかった)。

 

 

現時点で、

何この急展開説明kwsk。とか、売れない作家の起こしたヒステリーの結晶ワロタ。とか、どういう錬金術の結果こうなるのどういう化学変化の果ての姿なのとか、そんなことばかり考えてしまう。

 

しかしそんなことばっか考えて鼻水たらしてぼへーっとしてたら確実に殺られる。

殺されたことなどない俺にそう思わせるそれは、本能に訴えかけることができるほどの存在感(ゆえ)だろうか。

 

 

黒い竜の瞳が、俺を捉えた。

 

捉えた。

 

さっきまでのは、ハエを見ているような雰囲気だったようだ。

竜が俺を『視界に捉えた』というのを実感させられた。それほどまでに、その迫力は濃厚なもへと変化した。

 

迫力。もしくは圧迫感と言ってもいいかもしれない。こんな状態が続くだけでショック死してしまいそうなほど。

 

 

俺を、敵として認識したようだ。

 

 

訳がわからない。だが、どこか楽しくなってしまっている俺がいる。これぞゲーマーのサガというものか?

 

「いんや、違うな。男のサガってか……。ははは、我ながら。シラフに戻ったら頭抱えそうな台詞だよ」

 

でも、強いやつと戦いたいっていう思いは、結局のところそういう人間本来の闘争本能から来ているのかもしれない。ただ、現代じゃ物理的に許されない故に、別次元でそれを解消しようとしているのか。もしくは単純な話、現実逃避が極まってヤケになってるのか。

 

んー、ま、細かいことはどうでもいいか。

これがゲームだろうが、ゲームじゃなかろうが。とりあえず、俺は意味不明の凄い力を持ってて、目の前には強い相手がいる。それでいいじゃないか。結局、頭のいい解釈なんて俺にはできやしないんだ。

 

 

「黒いの。もう一回、いくぞ」

 

自分の体が悲鳴を上げているのか、皮膚が裂けて血が吹き出す。

 

耳が機能しない今、どんな音が聞こえるのかわからないが、黒い竜は俺へ向けて再び咆哮を上げると踏み潰すべく急降下をした。

 

 

 

 

 

「『MODE:アマツマガツチ』」

 

 

言葉と共に一瞬にして空に雲が敷き詰められると、巨大な落雷が黒い竜を撃ち抜いた。

その衝撃で辺りは焦げ、雷の欠片が地面の上を蛇のように(ほとばし)る。

 

突然振りだした雨が地面を強くうち、そこを雷が走り回る。この空間にまず生命体は生存していられないだろう。

 

 

勢いの削がれた黒い竜に、俺はほくそ笑む。

 

これは?チャンスでは?

 

右手に意識を向けてイメージを固めるとそこに風が凝縮され、手のひらが屈折して見えるほどに強力な圧力の塊が生まれた。

 

 

「たぁぁぁあああまやぁあああああ!!」

 

笑顔で俺はそれを黒い竜へ投擲した。

実際俺は大した腕力なんてないが、その塊はまるで某イチローのレーザービームの如く竜へ炸裂する。

 

 

悲鳴らしき声が上がった。

 

いや違う。これは悲鳴じゃない。怒声だ。

 

 

竜は、俺を見下ろす。

 

その眼はとても冷たく、残忍さを映している。そして、そこには容赦というものが完全に消えたように見えた。遊びとか、油断とか、傲慢とか、そういった見下しの色が消えたように見えた。

 

 

ブレスを再び、竜は構えた。

 

 

だがその構えは、先ほどのように温くはない。もっと、もっと強く深く力を溜めている。

 

凄く、燃える。

 

萌えを求める萌えの求道者である萌えブタの俺だが、しかし、ここは本当にボケなしで言える。

 

燃えてきたぞ、と。

 

 

やってやろうじゃないの。

 

 

「『MODE:アカムトルム』」

 

 

皮膚に、血管とは別の禍々しい赤色の線が走った。身体中に力がみなぎる。だが同時に内側から体が爆発しそうなほどのエネルギーが、激痛となって俺を責め立てる。

 

だが、そんなものを忘れ去れるほどに俺は猛っていた。

 

俺も口を開き、大きく息を吸い込む。

 

 

さぁ、大一番の勝負だ。

 

 

力を溜める。

 

 

恐らく、今俺が撃てる中でも最強のブレス。

ティガレックスの咆哮を更に上回り、方向性を持たせた超高火力のソニックブレス。

 

 

 

溜めて

 

 

溜めて

 

 

溜めて

 

 

頂点に、達した。

 

 

さぁ、勝負だ。

 

 

俺の口から放たれた衝撃波は竜へ向かい、竜のブレスは俺へ容赦なく牙を剥く。

そのお互いの攻撃が重なりあった瞬間に、もはや何度目かわからない爆風が吹き荒れる。

 

 

空を埋めていた雲が、再び霧散する。

 

降りつけていた雨雲の雫が、文字どおり蒸発し、消滅する。

 

ふははは、ホロ○も死○も超越した私の放つ完全詠唱の黒○だ!!……とか言いたい。でも悲しいけどこれブレスなのよね……。

 

 

なんて思いながらも、衝突し合う二つの高エネルギーを見ながら俺は悟った。

 

 

違えようのない結末を悟った。

やっぱりフラグでしたか。

 

 

「ぎゃああああああああぁあぃああああ!!!」

 

俺のブレスは多生拮抗したものの、あっさりと打ち砕かれてしまった。

 

あ、これ勝てないわ、ワロタ。

 

「そうですよね、さっきレウスのブレスで相殺できたのはあくまでナメプしててくれたからですよねごめんなさい調子に乗りましたああああああああ!!!」

 

 

 

そうして俺の視界と意識は、あっさりと暗転した。

 



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繋がり

主人公ウザいです。ごめんなさい。
替わりに誠意を見せます。脱ぎます!(スポポーン)


「うーみぃいいいいいは広いぃいいいなぁ、大きいぃいいいいなぁああああああああああああ!!」

 

プカプカと浮かぶ流木にしがみつきながらも、俺は大海原を大冒険していた。

これには彼の有名なジョニー・デップにもハリソン・フォードにも引けをとらない大冒険をしていると自負している。

 

「今日の晩御飯はぁ!?なんと、なぁーーまぁーーっざぁぁーーかーーーなああああああああ!!!」

 

今日も刺身は美味しいです。にっこり笑顔でそう呟き夜空を見上げる。

 

いやはや、海というのは本当に生命の宝庫といいますか、生命の母と言われるのも頷けるようん。水面に顔を突っ込めば見えるのは魚の群ればかり。すんばらしい!!

 

お陰でこの大冒険の最中に食事に困ったことはない。

 

水については雨でどうにか凌いでるが、ここ二日雨が降っていない。さぁ!ピンチだぞ!俺!

 

「だはははは!つぅうきぃいい!は昇るぅうしぃいいいひぃいいいいはしぃいいいずぅううううむぅうううう!!」

 

だはははは!!

 

「未知なる世界が俺を待っている!さぁいざ行かん!!」

 

探せぇ!そこに全てを置いてきたってかぁ!なはははは!!

 

「はははは!海賊王に俺はなる!とか言ってみたりしてえ!!」

 

眼のみを海竜のものへ変質させると水面に顔をつけ、笑顔で魚を捕らえる。

海竜の眼は便利なもので、海水の中でも平気で目を開いてられるしぼやけもしない。非常にクリーンに海中を見ることができる。

 

「うっほぉおおおお!とったどおおおおおおお!!」

 

潜り、魚を捉えた俺はまたしても流木に掴まると雄叫びを上げた。

 

人って、どこでも生きていけるもんだね。

やれ車が欲しいやれエレベーターが欲しいやれ携帯だ。うるせえ!!

 

車ぁ?エレベーター?ケータイ?え?何それ。なに語?

 

そんなものに頼らなくてもな。人間てのは生きていけるんだよ!

……人とは、逞しい生き物なんだ。例えこうして海に衣類一式のみで放り出されても生きていけるんだから!!

 

皆も始めようぜ。皆も、海で生きていこうぜ。目指せ、海の男!いや、海の漢!!

さぁ!そして今日も海の幸に感謝して、美味しくいただこう!

 

捕獲した魚を切り刻んで口へ放り込む。

 

「ほぉら、こんな不細工な面した魚であろうと、こんなにも美味しくいただけるんオエエエエエエエエロォォォロロォアげほっっぼええぅあぃおぅああァああ!!ゲロまずぁああああああああああ!!」

 

行き場のない怒りがその魚へ向くことも、仕方がない。嘔吐物へと姿を変えた魚を消し炭にして、胃酸の混じった涎を拭う。

 

何してるんだろう、俺。

 

「なにが人類は逞しいだよふっざけんな……。浮き輪よこせええ!船よこせえええ!携帯よこせええええ!!フカフカのベッドで寝るんだ!!替えの服も肉も野菜も飲み物もよこせええええ!!」

 

海は素晴らしい?ふざけんな!死ね!死ね!死ぬわ!!何も持たず大海原のど真ん中に置き去りにされたら死ぬわ!!ボケ!!何がジョニー・デップにもハリソン・フォードに負けないだよ負けてんだよ!というかこれ冒険とは言わねえよただの遭難だよチクショーーー!!遭難だよ!そうなんだよ!!だああああもうくっそつまんねええええ!!

 

もう魚も食いたくない。食いたくない。ここ三週間、魚しか食べてない。もうだめだ。死んでしまう。死んでしまうよ。

いくら現実逃避してもくっそ不味い魚かもしくは尻に噛みつこうとする鮫のお陰で引き戻される。

 

「なんでこんなことに……」

 

 

元を辿ると、原因はあの黒い竜にある。

 

俺は竜との激闘のあとなぜかまた再び黒い竜に遭遇し、戦いになった。恐らく追いかけてきたものと思われる。

当然、俺に勝てる相手ではなかった。

 

三日後の再戦となったその頃には、ようやくこの世界がVRでもなんでもない、紛れもない現実だと理解できていた。流石にそこまで来て勘違いですませるほど脳内お花畑ではない。

 

なんにせよ、死んだら終わりだと感じていたから逃げに徹したのだが、あの竜さんは悪質なストーカーよろしく俺を追い回し、数日間ずっと逃げ続けた。

 

結果だ。空中戦に持ち込まれながらも必死に戦いに戦った。そして俺が作ってしまった一瞬の隙をつかれ、空中ドライブ五日間の刑にあった。俺を殺す気満々ですねわかります。

 

まぁ、逃走や連れ去られたり遭難の日にちをきちんと数えてる俺も俺だが……。 

 

これを誰かに話せば、数えてられるだけ案外余裕あるんじゃね?とか思われるかも知れない。だけどね、そんなわけないから。すんごい必死だったから。必ず死ぬとかいて必死だったから。

 

ただ、逃げている間やドライブの間、お日様を目ざるをえない状況にあった。つまり、隠れられる屋内は全て消し飛ばされた、ということだったりする。

 

ようやく見つけた街を泣く泣く遠ざけて通ったのは苦い思い出だ。

……しかし、何かの期間だったのか、通った殆どの街はお祭り騒ぎで非常に楽しげだった。街中を遠巻きに見ただけだからなんの祭かまでは把握できていないけど。兵士たちが多く見えたくらしいかわからんかった。

 

べ、別に羨ましくなんてないんだからね。

いやぶっちゃけ本当に悔しかったけど!まぁそれはいいや。その話は置いておいて、どうにかして黒い竜の空中ドライブデートから逃げ出したところまではいい。そして更に黒い竜をどうにか撃退しきったところまでは順調だった。両手をあげて喜んだ。

 

 

……大海原の上空でな。

 

 

数日間、寝ることもできずにひたすら変化を繰り返して生死の狭間を行き来するような戦いをしていた疲れのせいか、長時間の変形や模倣を維持することができなくなり、今に至る。

 

まともな食事睡眠をしてないせいか、体力はすり減っていくばかり。

あ、そういえば三大欲求なにひとつとして満たされてねえや。最後の欲求に至っては一度だって満足したことねえわ。涙ちょちょぎれそう。

 

 

「くっそ。何もかもあの竜のせいだ。なんなの?なんでそんなに俺を付け狙うの?どんだけ俺のこと好きなの?」

 

はぁー。あんなのがウヨウヨいる世界とかマジ勘弁してくれ。

ようするに俺はその辺の部隊長より下ということになるのか?その辺の部隊長なんて見たことないけど。

でもあんな竜が闊歩する中で国を作れるような人外さんたちばっかとか、なにそれ怖い。

 

とりあえず、あの黒い竜に勝てるようにならねえとお話にならないっつーことだよな。

 

……先は遠いなー。

 

竜以外にもモンスターはいるのかもしれないけど、だが男ならドラゴンキラーってのは憧れるし、とりあえず当面の目標として掲げよう。

 

目指すは黒い竜の討伐!

 

 

……じゃねえだろ。違う違う。今の目標は大陸を見つけることだ。竜なんてどうでもいい。とりあえず上陸して、それから肉料理をらたらふく食べるんだ!そして更にフルーツジュース飲んでフカフカのベッドで爆睡するんだ!

 

目指せ一日睡眠八時間!

 

 

などとぼやいていられたのも束の間だった。どうやら俺はフラグを立てすぎたらしい。空の向こうに、黒く禍々しい雰囲気の何かがこちらへ降下してきているではありませんか。

 

「ぁぁ……」

 

またかよ、と泣き出しそうになりながらも呻く。

 

「はぁ」

 

漏れるのは、ため息ばかりである。

明らかにこちらへと咆哮が放たれる。ここまで届く圧力で前髪が逆立つ。

 

「あーあー、何も見えない聞こえなーい。咆哮のせいで出来た津波なんて知らなーい。流木が砕けたのも知らなーい。俺は何も知らなーい」

 

両耳を塞ぎながら水面をプカプカと浮き続ける。津波に巻き込まれても浮き続ける。

そう、だって黒い竜なんてどこにもいないのだから!!

 

 

「いやー、今日も空が青いなー」

 

雲ひとつない晴れ渡った空!心も晴れ晴れとするようじゃありませんか。

……あ、いま夜だったわ。

 

 

「こんなときは──『MODE:ラギアクルス』あっぶねーな!!……じゃなくて、呑気にお昼寝でもしたいなぁー」

 

──ォォォオオオオオオオオオオ──

 

「やかましいんだぉぉ!!ボケえええええええええええええええ!!」

 

だああああもう!!なんなの!?どんだけ俺を追い詰めれば気がすむの?俺のライフはとっくにゼロよ!

 

「なんなんだてめえ!?どんだけ俺を追いかけてくんだよ!どんだけ俺にストーカーするんだよ!どんだけ俺を大好きだよ!!アイラブユーフォエバーってか!?死ね!!」

 

 

と、啖呵をきったはいいが、でもまぁ、勝てないのよねぇ。

けど、勝てる勝てないではなく、絶対にやらなければならないことがひとつある。

 

「とりあえずよォ……」

 

雷撃を海面に打ち付けることで空中へ飛び上がった俺は、竜へと飛びかかった。

 

 

「俺を陸地に連れてけこのクソトカゲェエエェエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

遭難から数日後。

 

「あああああああああい!きゃぁあぁぁああああああああんんん!!ふぅぅううらああああああいぃ!!」

 

黒い竜のトンでも右フックで吹き飛ばされた俺は、重力など無視しているかのように猛スピードで空を平行移動していた。

 

畜生。あのかったい腕に切り傷をひとつ付けてやったが殴り返されちまった。キリンで硬化しなかったら確実に胴体吹っ飛んでたよあれ。だって後ろの山が四つ消失してたもの。

次遭遇したら絶対ぶっ飛ばす。

 

「つーか、どんだけ吹き飛ぶんだよ!!あいつはどこのバーソロミューだよ!!二年後にシャボンティでってか?」

 

あいたくねえ。

 

やり返したいといえばやり返したいが、実際もう会いたくない。あいつとやりあってたらいつの間にか本当に死んでそうだ。

ラスボスは俺じゃない勇者的な誰かに任せようそうしよう。この世界のどこかにすまないさんが居ることを信じて!あとは頼んだすまないさん!

 

……しかし、こんだけ距離があれば邪魔者なしで人間のいる場所へと行けるだろう。やったぜ。

と言っても、いつまたあいつが追いかけてくるかわかったもんじゃないから長居はできないが。

 

食えるもん食って、一晩ゆっくりするくらいなら構わんだろ。というかそうさせてくれないといい加減激おこプンプン丸でカムチャッカファイアすんぞこら。

 

……いつまでも飛んでるこの状況じゃ特にすることないし、俺の能力について少し整理してみるか。

思えばここ最近、まともに考え事をする時間もなかった。……いや、時間はあった。ただ考え事を出来るだけの余裕なんて全くなかった。(いやまぁ今も絶賛生身でフライト中なわけで余裕なんて微塵もないんだけども、でもね!以下略)。

 

もうすでにこれがどんな能力か、だなんて迷う余地もないほどに明白だが。あえて言うなれば俺の能力は、『模倣』であるようだ。

模倣、なんて呼んではいるものの、なぜか模倣できるのはどこかのゲーム……。某モンスターハンターのモンスター達だけ。なぜかそんな限定的な力だけが模倣できるらしい。逆に言うとそれら以外の模倣はできない。これが神様特典というやつなのだろうか。

 

モンスターなら何でもありかなーと、期待を込めて「ハンニバルぅうぅう!」なんて神殺しの名(ゴッドイーター)を叫んでもみたけど炎剣も作れなければ動きが素早くなることもなかった。戦いの最中に叫んだその効果といえば、竜に鼻で笑われるような静寂の空間が生まれたことくらいだ。

 

俺の力は……静寂を作る!

 

じゃなくて、とにもかくにも。俺の力はなぜかあのモンスター達の模倣だけ。

そしてその範囲にはかなりの幅があり、そのモンスターの技、属性、肉質、部位の変換などの模倣ができる。ちなみに怒りに反応もするようで、例えば俺が雷を纏っている最中に怒り心頭になると、雷が更に威力を増し身体能力も向上する。

中々に強力だが、消耗が激しくて長時間もたないのが弱点といったところ。その辺も本家に近しい。

 

たまに傷とでも言うのか、制御が難しくて能力を使うとき、体の一部が勝手にそのモンスターに変質してしまうことがある。

あれは痛くて辛い。なにより、そのモンスターに変質していると他の属性への切り替えが遅くなる。

まだそこまでの失敗はしてないが、恐らく切り替えの相性が悪ければ最悪、自分に大ダメージを与えることになるだろう。

 

その辺もどうにかするために、練習する時間とかも欲しいんだけど……まぁ、ご想像の通り、俺にはストーカーがいるもんで。

 

……あーあ。持てる男は辛いね。

 

おっと、ようやく大地に降りれそう……。

 

あれ?空を平行移動できるような速度で地面に落ちたらやばくね?

 

 

まずいまずいまずい!変身しなきゃ……っつってももう遅いですよねえええええええ。

 

 

声をあげることもできずに俺は地面に落ちると、高速で大地を削りながら木々を薙ぎ倒していく。

本当に声も出せない。いや、もしかしたら出てるけど音に掻き消されてるだけかもしれない。正しく認識できないような状況なう。

 

減速していくのをなんとなく感じながらも、グルグルと回り回る視界に湖なのか川かわからないが、とりあえず水場が見えた。そして次の瞬間には水というより、コンクリートにでも叩きつけられたかのような大きな衝撃に見舞われる。

 

……おおぅ。水って……高速であたるとかってぇ。

 

数十秒後、視界は水に覆われてようやく勢いが止まった。プカプカと体が水面に浮上し、先程まで滞在していた空を見上げる。

 

「はぁ、首がもげるかと思った」

 

森の中、どうやら湖のようだ。中々の広さの湖だったお陰で大きく速度を落とせたらしい。ちょうど湖の端で止まったようで助かった。危うくまた地面にスライスされ

るところだ。

 

 

「おおお!?」

 

俺じゃない、近くで大きめな水音がした。そこを向くとほっそりとした体つきの裸ん坊が背を向けているではありませんか。

 

こここ、これは!?神様がくれたご褒美ですかあ!?ラッキースケベですかあ!?

 

線の細い体つきに色白の肌。黒い髪のその本人はゆっくりとこちらを向いた。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……ぞう、さん」

 

「……ぞうさん?」

 

「……」

 

「……」

 

「もしかしなくても男ですか?」

 

「……そうだけど」

 

ちくしょおおおおおおおお!!確認を取るまでもなかったああああ!!

やっぱ神様死ねええええええええええ!!

 

はぁ。そんな落ちだろうと思ったよ。ですよね、今さらそんなことあるわけないよね、頑張ったご褒美とか思ってたけどそんなものありませんよね。わかってた、わかってたよ。

 

「なんで泣いてるのかわからないけど……。まさかこんな森に人が来るなんてね」

 

「俺にかまわないで、俺にかまわないで。かまわないで」

 

なにやら困惑してるようだけど、残念ながらそんなことは俺にはどうでもいいんだ。一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。

 

「はは、貝になりたい」

 

「……同意するよ」

 

なんだそれ、哀れみのつもりか?やめてくれよ余計虚しくなる。

星の数ほど女がいるとか言ったのは誰だよ殴り飛ばしてやる。結局星には手が届かねえんだよ知ってたよ!

 

はぁ、落ち込んでても仕方ないか。

 

「なぁ、この辺に街ってあるか?」

 

「僕も旅の途中でね。それに、街には近づかないようにしてるから、あまり縁もないよ」

 

なるほど、対人恐怖症いわゆるコミュニケーション障害か。仲良くなれそうだ。

 

などと一人で昔の自分と重ねて思想していると、いつの間にやら着替えを終えて湖の縁に立っていた。

なんという早着替え。

 

「それじゃ、僕は行くよ」

 

「おい、ちょっと待てよ!」

 

背中を向けて歩き出す色白を追いかけるべく、全身ずぶ濡れのまま湖から出ると駆け出した。

 

「待てって」

 

「僕には近づかないほうが君のためだ」

 

色白は足を止めて、困ったように顔をしかめた。

おうおうそこまで邪険にせんでもええやないの。

 

「食い物、分けて欲しいんだよ。頼む!」

 

困るよ、頼む、困るよ、頼む、困るよ、頼む、困るよ、頼む、困るよ、頼む、困るよ、頼む!と何度もその応答を繰り返した結果、ようやく頷いてくれた。ふふふ、粘り勝ちよ。

 

 

 

「にしても、お前。やっぱいいやつだな」

 

肉の干物にかじりつきながら、俺は色白を褒め称える。

焚き火をしながら二人で火を囲み笑みを溢した。

 

あぁ、俺がこんなにも安らかな時間を送れたのはいつぶりだろう。こんなワケわからない世界に落とされてから初めてかもしれない。つーか、初めてだ。

 

「別に……。僕はそんなんじゃない」

 

「そんなことねーって。しつこい頼み方で押しきった俺が言うのも可笑しいけど、お前はいいやつだ間違いない」

 

「……」

 

無愛想なやつだ。だけどまぁ、人と接する機会を避けてきたんなら仕方ないか。

 

「俺は刀児だ。よろしくな」

 

手を差し出すが握手は拒否されてしまった。

うん、まぁ徐々に馴れてけばいいさ。

 

「……僕は、ゼレフ」

 

「そか、ゼレフか。俺はトージでかまわんよ。仲のいいやつはみんなそう呼ぶ」

 

「……そうか」

 

肉に視線を戻すと、俺はかぶりついて飲み下していく。

ほんとにもう、美味い。こんなに美味いものを食べたのは久しぶりな気がする。最近は恐ろしいほどにまずいものしか食ってなかったから……。あぁ、なんか泣けてきた。もう、こいつ親友確定だ。

 

「それじゃあね、トージ。僕は君の近くにいるべきじゃない」

 

立ち上がったゼレフは、森へと体を向ける。

 

「あ、おい」

 

「食べ物もわけたし、これで僕は消えるよ」

 

「あぁ、旅の途中だっけ。そっか、目的があるなら無理に引き留めるわけにもいかないもんな」

 

「……そう、だね」

 

その背中に、なにか寂しいものを感じることができる。なんとなく、俺でも読み取ることはできた。

 

ねぇー、ていうかー、LINEやってるぅ?とか言って絡んでみてもいいんだが、残念ながらこの世界にそんなものはないだろう。この鬱蒼とした森の中に電波が通っているとは到底思えない。

 

「そっか、元気でな。またどっかで会うこともあるかもしれないし、そんときは俺が何か美味いもん食わせてやるよ」

 

「……その機会は訪れないことを願うよ」

 

「たははー、辛口だなゼレフ君よー。このケチケチトージさんが言ってるんだお言葉に甘えたまえ」

 

「……」

 

振り返ったゼレフは、優しい笑みで手を上げた。

俺もそれに合わせ、手を上げて笑顔で送る。

 

「元気でな!」

 

「君も」

 

 

きょうのけっかほうこく!

 

 

いせかいにきて、はじめておともだちができました!

 

 



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憧憬の魔導

彼と出会ったのはある日、僕が湖で水浴びをしている時だった。

 

遥か遠くから、なにやら邪悪な魔力が暴れまわっているのを感じた。それから数時間して魔力は消えたが、不思議な存在感を持った何かが凄い速度で近づいてきた。

 

そして彼は現れた。……現れた?

……うん、現れた。

 

まるでバルカンの投げた小石が水を切りながら水面を飛ぶかのように、人間が物理的に解体されかねない衝撃と速度で湖へ飛来してきた。

 

湖の水を盛大に撒き散らし、徐々に減速しながらもようやく止まり、僕の近くで水面へ浮き上がった彼と目が合う。

するとなぜか涙を流してとてつもなく落ち込んでいた。なぜなのかは未だにわかっていない。

 

彼のそんな登場の仕方に驚かないわけもない。僕は興味が湧いた。

水切りのように登場した上、死んでも可笑しくなかったというに元気一杯な謎の青年、気にならないという方が可笑しい。

 

 

それが彼との出会いだった。

 

 

頼む!

何度も何度も頭を下げて食料を要求してきたそんな彼が、僕へ心から向けた言葉は、『ありがとう』だなんてありきたりな、なんでもないシンプルなものだった。

 

その言葉はとても簡単で、誰にでも言えるものだが、それ以上にその言葉に嘘偽りはなく、本当の感謝が込められていた。

僕と晩御飯を共にした彼は終始楽しそうで、それが凄く嬉しくなった。

 

ゆえに。僕は彼の側にいてはならない。

 

彼と共にいたら間違いなく、彼は……トージは死んでしまう。殺してしまう。そんなのは嫌だ。

 

早々にその場を去った僕は、なぜ、彼へ自分から手を上げて別れを告げたのかわからなかった。

彼の陽気な性格がそうさせたのかもしれない。人を惹き付ける何かを持っていることは間違いない。

 

そんな彼とはもう会うことはない。そう思っていたし、願っていたけど、幸か不幸かそれは叶わなかった。

 

「おっす、また会ったな」

 

隕石が落ちてきた。

 

天体魔法。

まるでその天体系列の中でも、もっとも強力な隕石系統の魔法。そんなものを思わせる物体がこちらへ飛来してきた。

 

だが指向性のない力の波長は、僕を狙ったとも思えなかった。

その攻撃で空いた穴に何かを感じて覗いてみれば、そこに首から下が全部埋まった彼、トージがいた。

そして僕を見つけるなり、笑顔でそう言った。

 

あれは天体魔法ではない。彼が暴れていただけのようだ。そして飛んできたのは攻撃ではなくトージ。

 

ほんとうに訳がわからない男だ。

 

「元気そうだね、トージ」

 

「元気に見えるか?あー!ったく、なぁにが『ドラゴンは皆、滅する』だよあのクソ野郎。俺はドラゴンじゃねえよ!何度言えばわかるんだよ!」

 

うがー、と岩から抜け出した彼は地団駄を踏んだ。

いや、確かにドラゴンには見えないけど、それに並ぶ化け物クラスには見えるかな。最初の出会い然り、たった今の岩との激突然り。人間染みてないことは確かだ。

 

俺は一般の善良市民だなんだとヒステリックに喚き散らしている。

しばらくすれば治まるだろうと、僕はそこで休憩もかねて夕食をとった。

 

わけて置いた干し肉に、彼はお礼と共にかじりき、しかめっ面から笑顔に戻る。

 

「お前も元気そうでよかったよ、ゼレフ」

 

「元気……なのかな」

 

「元気元気。元気じゃなくてもそう言い聞かせるのは大事なことだぜ、病は気から。気分の持ちようでコロコロ変わるもんだ」

 

無理はよくないけどな、と付け足す。

 

「……そうかもね」

 

彼との会話は、なんとも無意義なものだった。とりとめのない会話。特に使い道などない生産性のない会話。だが、それが僕には楽しくて、そしてとても不思議だった。

彼と話していると、話さなくてもいいことまでも言ってしまう。これが話術と言うものだろうか。

その会話の流れのまま、最近、少女に魔法を教えていることをふと口から溢した。するとなぜかトージの雰囲気が少し変わった気がした。

 

「なー、ゼレフ」

 

「なに?」

 

「俺たち、友達だよな?」

 

すっかり暮れて夜空に浮かぶ星を眺めながら、トージは唐突にそう言った。

 

「友達?僕と、トージがかい?」

 

「なんだよ、童貞と友達はやらねえってか?」

 

「そうじゃなくて……。僕は君と二度しか会ってない筈だけど。友と呼ぶにはそこまでの関け」

 

「うるせえな!友達だろうがよ!何を今更言ってんだよ」

 

「……そっか、友達か」

 

僕には縁のないものだと思っていたし、これからも縁があるとも思っていなかった言葉。

手を伸ばすことすらなかったし、なんの魅力も感じていなかったものだが、それができたということに、僕の奥で何かが弾んだような気がした。

 

友達……か。

 

「おう、友達だ。一緒に飯食って、話した。充分だろう。友達じゃなかったってんなら、今から友達だ。いいな?」

 

強く、強いその言葉に僕は頷いていた。本当に、彼といるとわからないことだらけだ。

謎に包まれてる。

一緒にいると、僕は自身ですら自身をよくわからなくなってくる。僕を僕の理解できない方向へ揺るがすトージ。

 

……不思議だ。

 

「いいな?友達だ。だからその子も紹介しろよ。友達なんだから」

 

「う、うん。かまわないけど」

 

今日一番、力強いその言葉に僕は頷いた。

 

まぁ、いいんだけれども……。本当にわからない……。

 

けど、それでもいいのかもしれない。理解できないけれど、それでもいいと思ってしまう。

 

わからない。やはりわからないが……。

 

わかることはひとつ。

 

 

僕は初めて友達ができた。

 

 

◇◇◇

 

 

「えーと。この子に教えてたの?」

 

なんやかんや色々なことがあったりなかったりして、イケメン魔法使いゼレフくんの紹介により女の子を紹介してもらったのだが……。

 

「うん。彼女はメイビス」

 

「はい!メイビスっていいます」

 

元気よく手をあげる女の子に、俺は背を向けて木に手をついてもたれ掛かった。

 

「ま、まさかロリコンだったなんて……。俺はどうすればっ」

 

「ロリコン?ロリコンってなんですか?知らない言葉です」

 

メイビスちゃんがとてとて近づいてくると俺の顔を下から覗きこんだ。

可愛らしい。それは認めよう。だが、ロリだ。

 

だ が ロ リ だ 。

 

ゼレフ、お前はこの小さいボデー(ネイティブ)に興奮してしまうような性癖の持ち主だったのか!

確かに年下はいいよ?でも限度があるでしょうに!

 

「ねぇねぇ、ロリコンってなんですか?」

 

ええい、鬱陶しいな!そして可愛いな!

 

「それとお名前も教えて下さい。私はメイビス」

 

「俺は刀児。トージと読んでくれ、メイビスちゃん」

 

「そんなに露骨に子供扱いしないでください」

 

うーうーと抗議の声を上げているメイビスちゃんから視界を外して空を見上げる。

 

お、俺はロリコンじゃない!違うぞ!!

 

 

「メイビス。彼が困っている。さぁ、今日は昨日の続きだ」

 

昨日の続き?あの霊峰……ってところからここにくるまでかなりの距離があったけど、こいつあんなとこまで移動してなにしてたの?

 

……気にすることでもないのか?なんせ魔法使いだ。色々あるんだろう。

 

「はい!わかりました」

 

ゼレフの言葉にメイビスは表情を引き締めると、俺から離れてゼレフの前に座った。……前といっても二〇メートルほど間隔があるが。

 

……なんだその距離感は。心の距離感か?

い、いやまさか、この子!ゼレフのロリコン魂をキャッチして本能的に距離を取っているとでも言うのか!?

これが世に言うロリコンセンサー!

 

最近の子供って、進んでるのね(錯乱)

 

 

「それでは、『ロウ』について。お願いします!」

 

メイビスちゃんが座って魔法についての仕組みやなんやらを学び、ふむふむと頷き、ゼレフはそんなメイビスちゃんにどこか楽しそうにそれを教えている。

 

数式やら文字やらを教え、その組み方や発動条件など。そして一通り終わったのか、メイビスちゃんが瞑想を始めてゼレフはそれを見守る。

 

 

……なんだろう。思ってたのと違う。

 

もっとこう……。

 

『ここをこうして』

 

『こうですか?』

 

『違う、こうだ』

 

『きゃ、そんないきなり』

 

『これは授業だ。僕の言う通りに』

 

『あぁ、そんな』

 

『チョメチョメチョメ』

 

『チョメチョメチョメ』

 

 

みたいな。

 

ごめんゼレフ。俺が阿呆だった。(よこしま)なことしか考えてなかったわ。なんか凄い罪悪感が……。

 

童貞がどうとか、コミュニケーション障害に先を越されたとか、あわよくば俺にも女の子を伝って別の女の子を紹介してもらおうぐふふだとか……。

 

 

びええええええん!!ごめええええええええん!!

 

完全に俺に非がある。いや、本人は困惑してたし、多分俺の意図を汲めてないのかもしれないけど、それが余計に辛い。良心の呵責が……。

 

鼻炎鼻炎と泣き叫びたい。

 

 

それにしても、ゼレフが魔法使いって知った時は驚いた。

竜が存在していたとしてもモンハン世界じゃ魔法使いなんていないし。もしかしたら俺はモンハン世界に来たのかもしれないとまで思っていた。

使える能力からそんな推測をしてしまうのも当たり前だ。……確実に俺、討伐される側になりそうだから考えないようにしてたけど。

 

それがどうだ。ゼレフに猫と言えば?って聞いたのに、『僕は猫についてそこまでの興味はないんだよ』などとそんな返答だった。

メラルーもアイルーも伝わらなかった。あの伝統マスコットキャラクターがわからないなんて、なんてお馬鹿なのっ!?もう!なんて思ったが、なんのことはなく、単純に存在しないだけのようだ。

 

……それはともかくとして、なにやら落雷のような音が聞こえてくる。もしかして魔法を教えているのはこの子だけじゃないのか?

 

「うん、他にも教えている」

 

「マジで!?可愛い!?」

 

「皆男だよ。男三人」

 

くしゃみをひとつしてアクビをしながら、俺は柔らかそうな草の上で横になった。

距離的には届かないことは承知しているが、とりあえずゼレフに屁を一発かます。

 

「凄い興味の薄れ様だね」

 

「そんなことないよー」

 

「……君は不思議だよ」

 

俺からも言わせてもらおう。お前も不思議だ。

なぜ伝わらん。女の子が大好きという俺の気持ちがなぜ伝わらん。どんだけピュアなんだこいつは。

 

うーん。下ネタすら通じなさそうなこいつにイロイロと教えてやるべきか……。後々こいつが苦労しないよう教えてやるべきか……。

 

だがこんな純粋なやつを阿呆丸出しの知識で汚していいのか?

 

「……?」

 

いいやダメだ、こんなつぶらな瞳で見つめてくるこんなピュアボーイを汚してしまうのはダメだ。

 

「苦労するかもしれないけど、頑張れよ」

 

「えーと、どういう意味かな?」

 

「直にわかる」

 

うんうんと一人頷いている俺。

 

あ、そうだ。

 

「なぁ、俺にも魔法教えてくれよ」

 

「君はもう使えるんじゃないのかい?」

 

「……あー」

 

そういえば、あの能力は魔法なのか?

 

考えたことなかったけど、あれは俺の魔法なんだろうか。とりあえず模倣能力としか捉えてなかったけど、魔法という解釈でいいのか?

 

え?俺ってもう魔法使いだったのか?

 

なんかショックだなそれ。文字がなんとなくクるものがある。

 

「そ、そーだった、ははは」

 

メイビスに教えている今、俺がちょっかいを出してかき回す必要もあるまい。なにやら聞いてる限りだと、今教えてる魔法は代償が生まれるほど大きな魔法らしいし、尚更だ。邪魔をしたくはない。

 

今回は適当にごまかしてまた今度機会があったら聞くとしよう。

 

メイビスの瞑想は数時間続いた。

俺はそんなメイビスを見ながら色々なことを考えていた。

 

あー、女の子、女の子いいわー。

ちっちゃいけど女の子。女の子いいわー。

女の子に会えたってだけでもう幸せなのに、なぜ俺は文句ばかり……。

可愛い。可愛いよはぁはぁ。

メイビス!メイビス!メイビス!

 

 

……とまぁ、冗談は置いておいて、メイビスは将来美人さんになるだろうなぁ。今のうちに婚約の約束でもしておくべきか?『将来お嫁さんになるの!』的な。

 

いやいやいや、どんなロリコンだよ。ダメだほんと欲求不満過ぎてダメだ俺。なんかこれ以上ここにいたらいけない気がしてきた。

 

ふっ、困ったものだ。

 

 

 

 

「─……ジ!……トージ!」

 

唐突に俺の意識が引き戻された。

 

「……あれ?夜だ」

 

いつのまにやら夜になっているではないか。驚いた。まさかの寝落ちとは……。

久しぶりにお日様の下でゆっくりしたせいか、気持ちよくてつい寝てしまった。

 

「もうトージってば、私が修行している間に寝てしまうだなんて」

 

おおう。やけにフレンドリーだな。まぁやりやすいからいいけど。

 

「おうすまん」

 

「涎、垂れてますよ」

 

「なんと」

 

まさか幼女の前で涎を垂らしてしまうとは、まるで犯罪者のようじゃないか。いかんいかん。ジュルリ。

 

涎を拭いて辺りを見回すと、まだ日が沈んで間もないようだ。少し空にオレンジが残っている。

 

「あれ?あいつは?」

 

「黒魔導士さんですか?もう帰りましたよ?」

 

「なにぃ!?あの野郎置いて行きやがったのか!」

 

起こしてくれてもいいんじゃないの?俺たちの仲はそんなもんだったの?もう、アタシたち終わりね……。なんつって。

 

ていうかここどこよ。

 

「ここはマグノリアの近くの森ですよ」

 

「マグノリア?あー、マグノリアね、知ってる知ってる」

 

どこ?

 

……どこでもいいか。食い物がある場所なら。

あの遭難から食い物の大切さはよくわかった。俺はもう不毛の大地とか行きたくないし、作りたくもない。海などもっての他だ!!

 

などと内心で叫んでいると、メイビスちゃんのお腹が可愛らしい音をあげた。

そういえば普通なら腹が減る時間か。スーパーストイックな生活を送ってたお陰で燃費の良い体になったからなぁ。体内時計は狂ったけど。

 

「お腹すいちゃいましたっ」

 

てへっと笑顔を見せるメイビスちゃん。

 

お、おう。あざとい気もするけど可愛いいからいいや。

 

「よかったらご一緒しませんか?仲間も紹介しますよ!」

 

仲間……?

 

……うーん?あー、えーと。あぁ、男三人だっけ。興味ないな。

 

だけどご飯を貰えるならどこへでも付いていきましょう。

 

ということでホイホイと付いていく。

変質者のようにメイビスちゃんの後ろをニタニタしながら歩けば、焚き火を囲んだ三人組の元へ辿り着いた。

 

「あ?メイビス、そいつ誰だ?」

 

金髪の男が俺を睨む。

 

メイビスちゃんの紹介により、俺も晩飯を頂けることになった。やったぜありがとうメイビスちゃん。この恩義、忘れぬよ。そしてありがとう野郎共。

 

野郎の容姿なんて正直どうでもいいので簡単にまとめよう。

短気そうな金髪。常識人のモッサリ頭、銀髪の老け気味クール。以上三名。

 

「ありがとう、美味しく頂いたよ」

 

「お粗末様です」

 

はー。ご飯を出してくれる人がいるってすんごい幸せ。簡易的な食事で薄味だとかなんだとか言っていたが、俺からすれば素晴らしき食事。まともなご飯、幸せ。

 

飯をきちんと食べ終わった金髪は俺の元へ近づいてくると、視線を合わせて睨み付けてくる。

 

なんだね。発言してみたまえ。

 

 

「あんた、あの黒魔導士の仲間なんだろ?」

 

「仲間……つーか、友達」

 

「はぁ?なんだそりゃ。まぁいいや。あの黒魔導士のダチってんなら、強いんだろ?」

 

俺が強いかって?

 

おいおい突然何を言い出すんだ?勘弁してくれよ、チェーリーボーイ(ブーメラン)。

 

俺が強い訳あるかタコ。そりゃちょっとは戦えますよ?謎のパワーで戦えますよ?でもね、モンスター一体討伐できないんじゃザコでしょ?

 

俺、まだ古龍討伐どころか、レイア辺りで止まってる三流ハンターみたいなもんだよ?

 

「で、どうなんだ」

 

痺れをきらしたかのように、考え込んでいた俺に迫る。

 

「顔が近いんたけど」

 

「うるせえ。強いのか、強くないのか!」

 

あ、暑苦しい。男に迫られても全く嬉しくない。

 

「おいユーリ、やめておけ」

 

モッサリ頭が金髪の肩を掴むと宥める。

 

そうだそうだ!いいぞ!もっと言ってやれ!モッサリ頭もっと言ってやれ!

 

「いいじゃねえか。試してえんだよ、今の俺がどんだけ戦えんのか」

 

バチッと金髪の手元で雷が迸る。

ほほぅ、雷使いか。……あー、いや魔導士だっけ。

 

うわぁ、やりたくねー。負けるのがわかってて戦うわけないじゃない。

 

……だがしかぁしっ!!

 

食べ物を分けて貰った以上、何も返さないわけにもいかないし……ぐぬぬ。仕方あるまい。

 

「はぁ。わかった、いいよ」

 

承諾してやると早速その場で立ち上がりファイティングポーズをとる金髪。バチバチと拳に放電がいくつか発生する。

 

お馬鹿!ここで暴れたらダメでしょうが!

 

「ユーリ。やるなら別の場所でやれ。折角確保した魚の備蓄までダメにするつもりか」

 

俺と同意見だった銀髪のお言葉で、俺たちは水の流れ落ちる滝へと移動した。

もちろんその間、金髪は銀髪へぶつくさ文句を垂れていた。

 

「単純に殴り会うんじゃお前らの目的を果たすときに響くだろ?」

 

と、どうしても戦いたくない俺の苦肉の提案により、金髪のブーイングを受けながらも内容を一味変えることにした。

 

勝負方法は実にシンプォ。

 

水深の深いこの滝壺に、より強い攻撃をブチかました方の勝ち。

そして今回の判定には、解説に銀髪ことプレヒトくん!実況はメイビスちゃん!判定はモッサリ頭ことウォーロッドくんでお送りいたしまぁす!

 

わー!

 

「っへ!楽勝だぜ」

 

と、ニヤついているユー……金髪。

 

ふーんだ。どうせ俺如きじゃ勝てませんよーだ。

はぁ、仕方ない。晩飯を食わせて貰ったんだ。これくらいやってやろうじゃありませんか。

 

多少恥をかこうが構わん!

 

「じゃあ俺から行くぜ!」

 

「ちょいまち」

 

バチバチと元気に放電している金髪を止める。

 

「俺からやる。男が恥をかきたくないだろ?」

 

どうせ俺のほうが弱いのはわかりきってるんだ。所詮この世界に来て一ヶ月もたってない身。最近魔法を覚え始めたとはいえ、この世界に生まれこの世界で生きてきたやつに敵うとは思えない。

 

なら、さっさと俺がどれだけ弱いのか見せて、さっさと鼻で笑われて終わろうじゃないの。

 

こいつのとてつもないであろう雷を見せられてそのあとに俺の雷を見せても場が凍るだけだ。

わかりやすくいうとあれだ、カラオケで滅茶苦茶上手いやつの次に歌わされる気分だ。すんごく居たたまれなくなるあれだ。

だったら先に手の内晒して少しでもダメージを減らしてやる。恥は、かきたくないっ!

 

「んだと!!」

 

突っかかってきた金髪。なんだね何が許せないの?なんか勘違いしてない?俺、煽ったつもりで言ったわけじゃないのよ?

 

ちょっとホントやめて。今触られたら感電するから。ダイレクトアタックは禁止って言ったでしょうに。

 

「落ち着けって」

 

 

ウォーロッドが押さえてくれたので、二人から離れて俺は滝を見つめる。

 

うーむ。どうせなら全力でいくべきか?いやー、でも全力でやると一帯が炭化するしなぁ。この勝負方法言い出したの俺だけど、やっぱこんな滝壺じゃ小さかったかなぁ。

 

どうとでもなれ、出力は抑える。怒られたくないし、そこそこ出せばいいや。どうせ勝てないし。べ、別に悔しくなんてないもんねー!!ないもんねー!!!

 

雷なら雷で合わせよう。只でさえ殆ど見た目での審判なんだ。あんまり別の属性にすると判断が面倒くさくなりそうだし。

 

「『MODE:ジンオウガ』」

 

唱えると共に、俺の体に電気エネルギーが貯蓄されていく。

このモードだと発動までのチャージが弱点だなぁ。どうにかして克服したいものだ。

 

ふと、水に映った自分を覗き込んだ。

雷を纏い薄く発光している。それは段々と強くなり、伴うように電気が強まり、身体中でバチバチと騒ぎ立てる。

 

この変化の過程を監察できてるってのも、そういえば初めてかな。

 

 

よーし、溜まった。

 

 

「メイビスちゃん、もう少し下がってくれ」

 

金髪と並んでなぜか神妙な俺を見つめているメイビスちゃんに声をかけると、真剣な顔つきで頷き、金髪の手を引き摺るように離れた。

 

金髪はメイビスちゃんに引かれて後ろへ行ったものの、それを振り払うとまたしても近づいてマジマジと俺を見てくる。

 

 

な、なに?なんでそんなに見てくるの?

 

ハッ!ま、まさか!?させん!させんよ!俺は女にしか興味ないぞオ!!俺の貞操は守り通してみせる!!

 

これ以上金髪に接近される前に雷を落としてしまおう。金髪も雷を使えるんだ、多少近づいてきても耐性くらいあるだろう。

 

 

俺は空気中にまで漏れだした雷を体内へかき集めると、それを右手に集めて空へ投げた。

 

ふわーっと飛んでいった塊は、一定の高さで滞空すると、その場で強く光る。

 

「あ、耳塞いどけよー」

 

ふと思い出して後ろに声をかけた、正にその次の瞬間……。

 

 

塊は、一本の光となり滝壺へ落ちた。

 

 

爆音を轟かせ、水が蒸発し、地面に大量のヒビが作られる。

発生した衝撃に体を打たれて浮いたメイビスちゃんをプレヒトが抱えて抑える。

 

その衝撃はすぐに終わりを告げた。

うん、音撃と違って反響だとかで尾を引かないところが雷のいいところ。まぁこれはこれでうるさいけど、我慢できる範囲だ。

 

よかったよかった、森に引火とかしてないみたいだし。グッジョブ俺。

 

上流からの水は、もとより二回りほど大きくなった滝壺の中へと流れていく。

ま、まぁ大丈夫だろ。下の川は殆ど蒸発して大穴まで空いちゃったけど……うん。きっと。直に元の状態に戻るはず。

 

 

……メイビー。

 

 

「次はお前の番だ……ぜ?」

 

 

親指を立ながら振り返り、金髪にそう声をかけた。だが、金髪は泣きそうな顔をしなから膝をついていた。

 

ど、どした。

 

おろおろしていると、今度は高笑いを始める金髪。

なにこいつ、恐い。恐いよ。

 

「ハハハハハハ!!すげえ!!これがホンモノの魔導士か!!格がちげえ!!」

 

立ち上がり何故か俺に近づくと両肩を強く掴まれた。

 

「なぁ!あんた!!」

 

「へっ!?ちょっ!なに!?やめて!俺は違うぞ!!ノーマルだ!!」

 

ニッコニコで俺を更に強く掴む。

 

え、え、え、え。ちょっと助けてお願い。お願いします。

助けを求めるとメイビスちゃんは耳を押さえながら地面でのたうち回り、ウォーロッド、プレヒトは穴を見ながらボケッとしていた。

ダメだこいつら機能していない。

 

させんぞお!俺の貞操は奪わせんぞおおおおお!!

 

「トージ……あ、いやトージさんだな!俺は」

 

「はぁああなああせええええ!」

 

離してくれないなにこいつ!なにこいつ!?

 

「俺は、あんたを目指す!!」

 

……ん?目指す?なんの話だ突然。

も、もしかして衝撃で頭を打ったんじゃ!?打ち所がそんなに悪かったのか!?

 

アワアワしている俺などお構いなしに、金髪は続ける。

 

「俺は今、(いかずち)の頂点を見た……!この目でッ!ハハハハッ!俺はぁ、思い上がってたみたいだ。魔導って……すっっっげえ!!」

 

お、おう。

 

なにやら一人で興奮している金髪。

 

こいつ、何がしたいのかよくわからないんだけど……。

 

「メイビス!俺にもうちっと時間をくれ!色々試したくなってきた!!」

 

ようやく離してくれた金髪は興奮気味で喚いている。

 

え?いや、あのー。……お前の番なんだけど……。

 

 

「俺たちの魔導は、これからだ!!」

 

なにそれ。

 

打ち切り?打ち切りなの?

 

 

 

 

 

翌日。

 

朝になるとゼレフがひょっこり戻ってきた。神出鬼没なやつだ。

 

「おいこら!なんで先に帰っちゃうかな?俺を起こしてくれてもよかろう!」

 

「ごめんね」

 

と、適当に流された。

俺のことは置いてゼレフは早速メイビスちゃんの授業に取りかかる。

 

俺の扱いが雑だ。実に雑だ。

こ、これが倦怠期……というやつか。

 

今日も今日とてメイビスちゃんの瞑想を見ながらニヤニヤしている俺であった。

 

……なんだろう。

これ以上ここにいたら『メイビスたんはぁはぁ』とか本心から言い出しかねない。それはいくらなんでもまずい。

 

俺は、常識人だッッ!!!

 

よ、欲求不満では……ないッッッ!!!

 

 

それに、いつあの竜が来るかわからないんだ。巻き込むのも忍びな……あ!

そうだよ、俺より強いこいつらに代わりに討伐してもらおう!

 

……なんつって。流石にあのストーカーを押し付けるわけにはいかんよな。

文字通り、一飯之恩があるんだ。

 

 

「ん?どうしたんだいトージ」

 

「トージは誰にも気付かれずに、クールに去るぜ」

 

「……行ってしまうのかい?」

 

馴れて来てやがる。やりおる。流石ゼレフ!恐ろしい子!!

 

「あぁ、そろそろ退散するよ」

 

メイビスにも挨拶したいけど、今は集中してるし邪魔するのも悪い。そっとしておこう。

 

「メイビスによろしく言っておいてくれ。縁があったらまた、この格好いいお兄さんと会おうってな」

 

「そうか。わかったよ、伝えておく」

 

そこで背を向けようと思ったが、こいつ本人に別れをちゃんと告げるのを忘れるところだった。

 

「ゼレフ」

 

「ん?」

 

「俺の名を言ってみろッ!!」

 

「そうだね、トージ。また会おう」

 

別れの挨拶を遠回しに言っただけなんだが……伝わるとは思わなかった。

フッ。ゼレフは、儂が育てた。

 

「お前もな、ゼレフ」

 

森の更に深い道へ入り暫く進んでから足を止めた。

 

 

「『MODE:リオレウス』」

 

俺は背中に意識を集中させることで、体を変形させた。

形はレウスの翼。

 

既にボロボロの破れた服を押し上げながら翼を広げ、羽ばたかせることで空気の流れを一帯に作り出す。

 

飛び方なんて知らなかったが、あの黒い竜と戦ってるうちに覚えてしまった。

まぁ、文字通り死に物狂いだったし。

 

いろんな魔法とか使えたら、また違うんだろうなぁ。

 

そうだよ、魔法なんてなくたって空だって飛べるんだ。

 

 

「あ」

 

……そうだ、そういえば俺って凄い力持ってるじゃん。

これもそうだけど、今まで余裕がなくて全く考えてなかった。全く自覚してなかった。

金髪の時もすっかりそんなこと忘れて雷落としてたけど……。

 

 

さて、普通の日本社会にいた、どこにでもいるような普通の男が、唐突に空を飛べるようになったりブレスを吐けるようになったらどうなる?

 

 

そりゃあ、まぁお前……。

 

 

 

「ひゃっほぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

当然、はしゃぐだろ。

 

 



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呪い

ゼレェフ!いい声ぇ!


ふらふらと森の中を一人の青年が歩いていた。

まるで幽霊のような掴み所のない足取りでこちらへ歩い来ていた。

 

「ん?ありゃゼレフか?」

 

「ヒィィ!か、勘弁してくださいぃ!」

 

森の中、俺は蹴散らした盗賊の胸ぐらを掴み上げながら気配を感じて、数一〇〇メートル程先にゼレフを発見した。なんという偶然。

しかし、あいつと会うのも久しぶりだなぁ。

……なんだろう、どこかアンニュイな雰囲気だな。鳥のフンでもかけられたか?

 

「ぐぇっ」

 

手の中で暴れまわる盗賊を離してやると、カエルのような声をあげて地面に顎を強打した。

それでもなお逃げようとする盗賊の尻を踏みつけて逃げられないように押さえつける。

尻を踏むってところに俺の優しさが滲み出ている。そうは、思わないかい?キリッ。

 

「本当に勘弁してくれ!食い物が放置されてたのが悪いんだ!俺たちはトレジャーハンターなんだから仕方ないだろう?な?」

 

「な?じゃねえよ。トレジャーハンターだろうが王様だろうが食い物を盗むやつは大悪党だ。殲滅すべき敵だ。そして貴様らはすでに食した。俺の数ヵ月ぶりのご馳走をだ。許さん。本気で許さん。あとで逃げたやつらも取っ捕まえて顔の原型が留まらない程度に殴ってやる」

 

「くっ……こうなったら!」

 

何やら企んでいるような物言いで呻く。野郎のくっころとか誰得だよやめろよ。

内心で愚痴を溢す俺を他所に、盗賊はポケットから小さな水晶のようなものを取り出した。

 

「爆弾のラクリマだ!こうなったらお前もろとも自爆してやらぁ!」

 

尻を踏まれながら、鈍く輝きだした水晶を掲げて高笑いを始めた。

なんだろう。一昔前のヤクザみたい。胴体にダイナマイト巻いて敵地に突入するあれ。まぁテレビでしか見たことないんだけど。

 

「『MODE:ネルスキュラ』」

 

さながらどこかの蜘蛛男のように手から糸を作り出す。徐々に光の強くなる水晶を盗賊の手から奪い取る。

某風の谷のお方の扱う虫笛のように、水晶を奪った糸を振り回し、それを空高くに勢いよく放り投げた。

 

「……あれ?」

 

飛んでいった水晶は、見事に花火のごとく鮮やかな輝きを放つ。たーまやー、とな。

上空で爆発した水晶を、盗賊は呆けた顔でポカーンと見ている。アホ丸出しだぜ。まるで俺のようだぞ。

 

こちらへ歩いて来ていたゼレフがいつの間にか近くまで来ていた。

 

「よっ、久しぶり」

 

手をあげて挨拶をするが、ゼレフは俺に気がついていないのか下を向いたままだ。

なんだ。そんなに強烈な鳥のフンでもくらったのか?ダイジョビダイジョビ。洗えば落ちるさ。心の傷もいつかは癒える。

治すコツは……そうだな、忘れることさ。フッ。

 

「おーい。ゼーレーフー?」

 

盗賊から足を退けてゼレフに近寄る。

盗賊は好機とみたのか、こっそりと逃げていく。上手く逃げているつもりだろうがバレバレだ。

許す気はないが、今のところは見逃してやろう。どうせすぐに捕まえる。

 

未だに無反応なゼレフを疑問に思い、屈んで顔を覗き込む。

何日も何も食べてないのか、ゼレフの頬はげっそりと痩せこけて不健康な顔つきだった。そしてゼレフの顔は真っ青を通り越して真っ白だ。

今にも死んでしまいそうなほどにか弱く、細く、小さく感じた。

 

「おい!大丈夫かよ!」

 

肩を掴んで顔を上げさせると、その瞳には光が写っていなかった。物理的には俺を見ているが、その目は俺を捕らえてはいない。

何度か揺すると、足を止めたゼレフが今度こそ、俺をしっかりと捕らえた。

 

「……トージ?」

 

「おう。大丈夫か?顔が真っ白だ。何も食ってないんだろ?」

 

飢餓っていうのは俺も嫌というほど味わってる。どんだけ辛いのかもわかる。

早くなんとかしてやらないと。

早くゼレフに何かを食わせようと考えていた俺は、衝撃を感じた。

気がつけば俺は、地面に倒れていた。

 

……魔法だ。

一瞬訳がわからなかったが、すぐに理解できた。ゼレフに魔法で吹き飛ばされたのだ。

ゼレフは弱々しく辛そうに呟く。

 

「だめだ。だめだ。僕に触れちゃ。近づいちゃ。だめなんだ……。君まで。トージまで殺してしまうッ……」

 

「お、おい、どうしたんだよ。まさかその辺のキノコでも食べて混乱してるのか?」

 

経験者は語る。

 

「早く……早く僕の前から消えてくれ!!」

 

怒声……と言うよりは悲鳴だろう。

ゼレフの痛々しい叫び声が俺を突き刺すように飛ぶ。

ゼレフの顔から更に血の気が引いていってるように見える。このままでは本当にゼレフの体に障害を残してしまうかもしれない。

 

「そうじゃないと……君もメイビスのように……」

 

うわ言のようにそう言う。

 

メイビス?メイビスがどうしたんだ?

俺の疑問を他所に、ゼレフは頭を押さえながら木にもたれた。

再度声をかけようとした。だが俺の意思に反して体が自然とゼレフから距離を置く。

その原因は一目でわかった。

ゼレフの体から、黒い靄が。異様な何かが漏れだしているのだ。

 

「あ、ああああああッ!補食が、始まってしまう!!」

 

本能的にわかる。あれはヤバイ。

あの靄からは嫌な気配しかしない。毒ガスか、もしくはその類いの魔法か?

 

「嫌だ」

 

足元の花が枯れる。

 

「嫌だ」

 

もたれてた木が枯れる。

 

「嫌だ」

 

茂った草木が枯れる。

ゼレフの周囲に存在していた植物が、彼を中心にしてどんどん枯れていく。まるで生命を抜き取られていくかのようだ。

植物を枯らす魔法?

水分を抜き取る魔法?

……いや、違う。なんかもっとヤバイ。説明はできないがとにかくヤバイぞあれ。

俺の中の危険信号がけたたましく鳴り響く。

 

「嫌だ……。逃げて。逃げてくれ!!

お願いだ!!トージィ!!」

 

 

燻っていた黒い靄が、爆発した。

 

 

「『MODE:クシャルダオラ』」

 

俺の周りを荒ぶる風が渦巻き、黒い靄が体に触れないように防いだ。 

風で防げるものかどうかわからないが、咄嗟に構えた俺をあっという間に靄が飲み込む。

 

……なんだこれは。苦しい。

直接的に触れた訳でもないのに、僅かに浸入した靄が苦痛をもたらす。

毒……って感じじゃない。もっと重々しい何かだ……。何なんだこれは。

 

目を動かしながら状況を把握しようとしたいた俺は、未だに逃げている盗賊の背中を見つけた。

靄に飲まれてしまう寸前の姿。

 

「いつまでタラタラしてんだ馬鹿!逃げろォ!!」

 

俺の忠告の声も虚しく、男は靄に飲まれた。

体にはなんの損害も無い。だというのに、その場で白目を剥き倒れた。

当の本人であるゼレフは、頭を抱えながら蹲っている。

 

「ゼレフ!正気に戻れ!!」

 

声をかけても意味などなかった。

より一層強くなった靄。クシャルダオラの風が破られ、何かが俺の中に入ってくるような感覚に襲われる。

とてつもなく強力な何かが。このままじゃマズイ、呑まれる!

 

「『MODE:ゴア・マガラ』」

 

風を消し、模倣を切り替える。

瞬時に模倣を終えると、俺の体から狂竜化のウイルスを乗せた風が吹き荒れ、ゼレフの靄と攻めぎ会う。

侵食性という強力な性能で、その呪いのようなナニカと競り合う。

 

「ぐぁっ……なんじゃこりゃ。……きっつ」

 

黒蝕竜の模倣は、生物を凶暴化させるウイルスを周囲へ放つためとてつもなく危険だ。危ないから練習すらしてなかった。けど、こりゃあ自分も危ないな。

脅威は内側にもいるわけだ。

 

暴れろ、暴れろと。俺の中で第二の意思が語りかけてくる。

 

 

──暴れろよ、楽しいぜ?

 

──好きなだけ壊せよ。やろうと思えばいくらでもできるんだから。

 

 

──さぁ、暴れろ!!

 

 

そんな囁きを受けていると、それでもいいかななんて思ってしまう。

 

防御壁になってる能力が自分を蝕むとか。なにそれ笑えない。

持ち手に刃がついた盾を使っているようなものだ。文字通り、諸刃の刃。

だが、恐らくゼレフのあれを防ぐには黒蝕竜の凄まじい侵食性で対抗する他ないだろう。

 

「とりあえず、正気に戻れゼレフ!!」

 

「あああああああああッ!!」

 

頭を抱えたまま更に苦しそうに叫ぶ。

ええい、こうなったらままよ!

覚悟を決めた俺を煽るように狂竜化が侵食を進める。

 

 

──ほら、あいつは危険だ。殺っちまえよ。

 

 

おっ、そうだな。

 

その第二の意思に便乗するように、俺は駆け出した。

ゼレフの目の前まで駆けると胸ぐらを掴み立ち上がらせ、ゼレフの顔面を拳で殴り飛ばした。

 

「悪い!!」

 

相手に向かって体を動かしたいのなら使える能力かもしれん。一種の精神的ドーピングとして。

 

殴り飛ばされたゼレフは、地面に転がるとようやくその黒い靄を納めた。

タメ息を溢しつつ、模倣を終えて俺もその場でしゃがみこむ。

 

「……ッ……はぁぁっ」

 

つっら。この黒蝕竜の模倣はだめだ。精神的にダメージが凄い。理性で耐えたけど、これは使わないほうがいい。今はまだ大丈夫だったが、多様したらそのうち俺の理性が本気で崩壊しかねない。

周囲にも被害が及ぶから使う気もないが。

 

体に力が入らず、俺はその場に座ることしかできない。

 

「ゼレフー?おーい」

 

木に背中を預けながら声をかけてみた。が、どうやら黒魔導士殿は完全に一発KOされてしまったようだ。南無。

まぁ、RPGでも魔法使いは後衛向きでパンチキックを伴うような戦いは基本やらないもんな。仕方ないか。

 

とりあえず、俺も疲れた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「これはね、呪いなんだよ」

 

「わかりやすく頼む」

 

僕たちは河原で焚き火を囲んで座っている。

彼の捕らえた魚を焼きながら、僕はトージと話をしていた。

 

呪いなんだよ。そう切り出したが意味不明でございます、と返されてしまった。確かに横着し過ぎたかもしれない。

苦笑しながら僕は、自分の手のひらを見つめる。

いったいこの手で、幾つの命を奪ったのか。

 

そして、彼女の命も……。

 

呪い。それは複雑なものではない。

尊いと思えば思うほど人の命を奪ってしまう。

それが僕の受けた呪い。己を不死身にすらしてしまい永遠に奪うだけの苦痛を味わう呪い。

 

そして僕は、あの時トージを殺したくなかった。初めて友達になってくれた男。僕の友人。その命を尊いと思わないわけがない。

それがどういう訳か、トージはこうして生きている。

不思議……。いや、最早不思議で済むようなレベルではない。不可解だ。

そもそも防げるようなものですらない。絶対的な呪い。

そのアンクセラムの呪いから逃れるものなんて……。

同じくしてこの呪いを受けて不死身となったメイビスですらダメだったというのに……。

神の呪いですら死なないなんて。君は……何者なんだ?

 

「ん?あー、あれね。俺も侵食が専売特許の力で対抗しただけ。詳しくと言われても俺もよくわからん。だはははは!」

 

そんな適当な答だった。

当然追及した。だが、トージに適当にはぐらかされる。

 

「そんな強く聞かれてもなぁ」

 

困ったような顔をしながら笑うトージ。

彼は尋常じゃない。それは以前からなんとなくわかっていたことだ。

もしかしたら。

彼なら……僕の願いが叶えられるかもしれない。

アンクセラムの呪いすら受け付けない彼ならば、僕を……。

 

だが今はその時ではないのだろう。

彼はまだまだ力を使いこなせてないと言った。

彼がそう言うのならば、待とう。彼が彼自身の力を使いこなせるようになるその時まで。

僕を越えるその時まで。

 

「それにしても、あんなに強く殴られたのは初めてだよ」

 

「だって全然聞いてくれねえんだもん。殴れば目を覚ますかな、なんて思って仕方なく……。そのー。……すまん」

 

「謝ることはないよ。殴ってもらえたからこそ鎮まったのも確かだ」

 

「そうなんだけどよぉ」

 

納得がいかないと言うように眉にシワを寄せているトージ。

本人曰く、罪悪感に苛まれているらしい。僕としては数百年振りの経験だったし、別に怒ってはいないのだが。

何かを思い付いたのか、トージは勢いよくハッと顔を上げた。

 

「なんかやってほしいことあるか?なんでもやってやるよ!」

 

「なんでも……?」

 

聞き返す僕に、トージはしまったと顔を青くした。

 

「やっぱなんでもはだめ!トイレにホイホイとか洒落にならない!」

 

「えーと……?」

 

彼は時折よくわからないことを言うけど……どういうことなんだろうか。

とにもかくにも、なんでも手伝ってやる、なんてお墨付きを貰ったんだ。なら、手伝って貰いたいことは数えきれないほどある。

彼は非常に興味深い。彼の魔法も、彼自身も。

なら、まずは呪いを防ぐことができた力から。

元々僕は研究家だ。呪いを防ぎきり、魔力も多い。その特異性には大きな興味をそそられる。

……それと、これは勘だが。それ以外の不思議な力も感じる。

 

こんな素晴らしい協力者がいれば十数年は夢中になるかもしれない。

さて、やりたいことは沢山ある。

なんだか数十年ぶりに楽しくなってきた。

 

 




埋葬された盗賊に線香を立て、両手を合わせるトージ


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仮初めの自由

時間飛びます。
主人公ウザいです。頑張って付いてきて!(クロックアップ)。多少の変な場所は目を瞑ってください!許してクレメンス!


「……はぁ」

 

漂う。

俺は只々漂う。

本当にさぁ、なんなんだろうね。俺は余程運勢が悪いのかな。特に悪いことをした覚えなんてないんだけど。神様に恨まれるような覚えもないんだけど。

水難の相でも出てるのかな。それとも誰かに呪いでもかけられてるのか?

 

にしても……。

 

「……なんで、また海なのよ」

 

プカプカと、俺はいつかのように再び海を漂っていた。

はぁ。海での遭難かぁ。でも久しぶりな気がするな。あれからどれくらい経ったっけ。

二年?三年?よく覚えてないけど。恐らくそれくらいは経ってるな。

 

あー。まぁ、今回はあのクソ竜が原因って訳じゃないからいいんだけど……。

いや、だがそれだと怒りのぶつける場所がないな。それはそれで何とも言えない。

話すと長くなるので割愛するが、まぁゼレフと研究をしてて色々あったのだ(意味深ではない)。

捌いた人面魚を口に運びながら愚痴を溢す。

 

「うん、不味い」

 

相も変わらず魚は不味い。この不細工な魚は相も変わらず不味い。何度でも言おう本当に不味い。

だが、食えなくはない。

 

……いや、食えたもんじゃないよ?実際、こんなゴムみたいな食感の苦い魚なんて食えたもんじゃない。だって、まるでゴムタイヤを食っているような食感だもの。つらたん。

けど、食えればいいじゃないか。俺の中ではそんな価値観がすでに生まれ始めている。

……以前遭難したあの時。あの時の俺は青かった。食えるだけいいじゃないか。

餓死間近をキープの状態で精霊界と長期間殺り合えば、流石に価値観も変わるさ。

 

結局は仲良くなれたからいいんだけどさ。

確かに辛くはあるが、食えるだけありがたいじゃありませんか。

そんなことを感慨深くも思いながら波に揺られていると、ふと、波の間に間に一つの建物が見えた。

巨大な搭のような建造物だ。明らかに人工物だろう。

 

 

「……まじか」

 

なぜだろう。凄くありがたい筈なのに素直に喜べない。普通なら喜ぶべきなのに喜べない。

だって、俺が遭難している最中にいいことなんて一度もなかったもの。

救いの手?ハッ。

地獄に仏?ハッ。

蜘蛛の糸?昇りましょう。てめえらこれは俺の糸だッ!誰の了承を得て昇っとんのじゃ我ェ!!キエエエエエエ!!

みたいな?

 

むしろ泣きっ面に蜂。

カウンターパンチにデンプシーロル!

もしくは、魔王が相討ち覚悟でようやく倒した勇者が、皆の心がとか気持ちがとかほざきながら立ち上がって、魔王につかの間のぬか喜びさせた挙げ句勇者だけかっこよく最後を飾って勝利とヒロインを持っていくあれみたいな!……あやべ、魔王が可哀想過ぎで泣けてきた。

みたいな!そんな感じなんだよいつも!

 

落ち着け。ステイ俺。

ふぅ。いや。いいや!これはきっと運命だ!俺が今まで耐えきったことへのご褒美なんだ!そうに違いない!

 

あれだけの人工物だ、誰かしらいるだろうし、無闇に能力で変形して近づいて警戒心をもたれても困るので、泳いでどうにかその搭へとたどり着いた。

遠目に見えていただけあって、その距離は中々に中々だった。ちかれた。

 

岩肌に両手をついて体を海面から持ち上げる。

服が吸い込んだ水をザバアッと吐き出す。

 

り、陸地……。

よ、ようやく地面だ。

あぁぁぁぁ。地面のありがたさがよくわかるよ。

地面だぁあぁあぁい好き。もう俺地面と結婚する。止めてくれるなお袋。

やっぱり海嫌い。

 

その場で仰向けになると、途端に眠気が襲ってくる。

あー、そういやー、最後に寝たのはいつだったっけ。記憶をだどるのも億劫だ。

 

強烈な眠気。

俺はそのまま睡魔に負け、落ちるように意識を失ってしまった。

 

 

◇◇◇

 

 

どうして、こんなことになったんだ。

 

間違っている……。間違っている間違っている!間違っている!!間違っている!!

 

「エルザ!!エルザァ!!」

 

長い廊下を走りながら、自責の念が押し寄せる。

エルザが拷問室へと連れていかれた。

片目を潰され、心身共に危険な状態であるにも関わらず。

こんな筈じゃなかった。俺が連れていかれるべきだったのに。俺がもっと、しっかりしていれば。

 

「貴様!ここで何をしている!」

 

目先の部屋から出てきた警備に見つかってしまった。だが、今はそんなことはどうでもいい。あとでどうとでもする。

 

今は、エルザを!

 

「うるさい!!」

 

長い間の労働によって鍛え上げられた体を使う。警備の剣を奪い取り、柄で後頭部を思いっきり殴打した。

膝から崩れ落ちた警備を横目で確認すると再び走り出す。

 

その物音を聞き付けたのか、次から次へと警備兵が出てくるが、魔法を使えるものはいなかったようでどうにか切り抜けることに成功した。

もし魔法を使われていたら俺なんてすぐにやられていただろう。運がいい。

警備兵たちとの戦闘で消耗した体にむち打ち、根気で走る。

拷問室が見えてきた。

 

もう少しだ!!

そう思って走る速度を更に早めようとしたその時だった。

 

 

目の前の廊下が吹き飛んだ。

 

 

「え?」

 

目と鼻の先で吹き飛んだ。パラパラと砕け散った廊下の一分が粉になって風に舞う。

搭の中部にあたるここからはとても高い景色と、海の地平線まで見えた。

久しぶりに見たそんな景色の中で、異様な人物が空に浮いていた。否、飛んでいた。

 

両手に二人の子供を抱えて、背中から赤い翼を生やし、深紅の瞳で吹き飛んだ廊下の先を睨んでいた。

 

「年寄りやガキに手ぇ上げるようなクズは消えろ」

 

その悠然とした姿に自然と足がすくみ、震え出す体を両手で必死に抑える。

 

なんだあれは。

 

なんなんだ。

 

とてつもなく恐ろしい。

その姿に、自分の中の本能が恐怖している。その眼に、身体中の筋肉が強張る。彼からは、まるでなにか覇気のようなものを感じる。

 

獲物を狩るような眼。

 

狩人のような眼。

 

 

「ん?」

 

その男は俺の存在に気がつくと、途端にその迫力が薄れていった。

 

「お、いい所に」

 

翼をはためかせ、後ずさる俺の前に着地すると、両手に抱えた子供を下ろした。

確認するような余裕はなかったが、どうやら抱えられていた二人は気絶しているようだ。

それに、同じく奴隷として飼われていた仲間だ。何度か見た覚えがある。

 

「こいつらを頼む。下でなにやら皆ではしゃいでるみたいだから、そっちを手伝ってくる」

 

そう俺に言ったのだろうが、その目はすでに下へ向いていた。

 

はしゃいでる?つまり、反乱ということか?どういうことだ……。

わけがわからない。だが、今この人を行かせてはいけない。エルザを助けなくちゃ。

相手は魔法を使う。俺じゃあ敵わないなんてことはわかっている。だから!

 

「なぁ!あんた、魔導士か!?この先の拷問室で女の子が捕まってるんだ!頼む!助けてくれ!!」

 

「なに?女の子を拷問だぁ?」

 

顔をしかめるその男は、途切れた廊下の先を睨む。

そしてそのまま俺へ目線を移すと、見定めるように数秒間遠慮のない視線を向けられた。

 

「そうか」

 

ガクッと、頭に衝撃が来た。

いや、衝撃といっても大したものではなかったが、ここにくるまでで体力に限界が近づいていた俺は少しよろめいた。

視線を上げると、男は俺の頭に手を乗せていた。そして髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。

 

「後ろでノびてるやつらもお前がやったんだろ?」

 

その問いかけに、俺は頭を縦に振った。

 

「ちっさいのに、よく頑張ったな。女の子一人救うのに全力をかける。それでこそ男だ」

 

とても優しく、見るものを安心させるような笑顔で。

その言葉に、自然と涙が溢れ落ちる。

 

「おいおい、泣くなよ情けない。男だろ?」

 

笑いながらも撫でる力を強め、そう言われた。

そうだ。俺は男だ!こんなところで泣いているわけにはいかない!

服で涙を拭う。

 

「よし、じゃあ、ほれ」

 

そういって二人の子供を抱き抱えると、しゃがんで背中を向けた。

掴まれ、ということだろう。

赤い翼はいつの間にかなくなっていたが、いちいち気にしている暇もなかった俺は、そのまま首に手を回してしがみつく。

 

「いくぞ、噛むから口を開くなよ?」

 

その忠告をした直後、男がなにかを呟いた。

 

突然、景色が後ろへと流れていった。

がむしゃらにしがみついていた俺を、男は手を回して支えてくれているようだ。それがなければ俺はこの速度に振り落とされていることだろう。

 

一息もつかない間に拷問室の前までたどり着くと、背中から下ろしてもらった。

あまりの緩急の激しさに視界がぐらつき、両手を地面についてしまう。

それでもどうにか立ち上がった俺に、男は警備たちが持っていた剣を握らせてくれた。

 

「俺はここで待ってる。お姫様を救ってこい、ヒーロー」

 

「え?でも、俺じゃどうにもできない」

 

「だははは!そこはほら、その子、どうせ初恋の子とかそんなんだろ?その必死なサマ見てりゃわかるわ。だったらお前、そこは自分の手で助けるのがベストだろ」

 

そんで落とす勢いでイケェ!!と、楽しそうに腕組む。

その言葉に、俺の顔が赤くなるのを自覚できた。

 

「そ、そんなんじゃないって!」

 

でも中には拷問官がいるはず、どうすれば。

そんな不安が顔に出ていたらしい。男は俺の肩にポンっと手を置くと自信に溢れた表情で言った。

 

「不安か。なら秘策を教えてやる。もし相手が男だった場合……」

 

「場合……?」

 

なぜか真に迫った声色にごくりと唾を飲む。

 

「股間を蹴りあげろ」

 

「…………え?」

 

股間(キンタマ)を蹴りあげろ」

 

違う。分かりやすく言って欲しかった訳じゃない。

だって…………え??

あまりにもシンプルな攻略法に頭の中でハテナが渦巻いた。

いやまぁ、確かに出来るのならそれでいいのかもしれないけど。

 

「じゃあ、相手が女だったら?」

 

「…………」

 

なにも考えていなかったのか、目を少し見開いて目玉が泳いだ。

 

「女だったら……」

 

「だったら?」

 

「蹴りあげろ!」

 

気持ちのいい笑顔と共にサムズアップを送られた。そんなので本当に大丈夫だろうか。

外で張ってるから危なそうだったら大声だせ、駆けつけてやるよ、と更なる不安にかられる俺の背中を押してくれた。

 

「……わかった」

 

いつの間に拾ってきていたのか、監守のショートソードを押し付けられた。渋々と受け取りその言葉に従うことにした。

こうなった原因は俺にある。だから俺がカタをつけたい。どうにかしてもらうのはどうにからなかった時だ。何もせず頼るだけだなんて。そんなのエルザに誇れない。そんなの“格好悪い”じゃないか!

心の中で男に頭を下げると拷問室の中へと飛び込んだ。

 

 

 

部屋は赤く染まっていた。

 

 

「遅かったね、ジェラール」

 

 

 

その少女の髪と同じ、緋色で染まっていた。

 

四肢の切り裂かれた幹部たちの体が部屋中にばらまかれ、真っ赤な血がそこらに飛散している。

 

 

「……エ……ルザ」

 

少女は、怪しく笑う。

 

「ジェラール。自由はここにあったんだ。本当の自由は、ここに」

 

 

何を言ってるんだ……。

 

その目に、俺は写っていなかった。

見えないなにかを見ていた。そして、真っ黒な狂気に満ち満ちていた。

 

「ジェラール。こいつらが憎いでしょ?あなたにも見える筈よ。ゼレフ(・・・)が!」

 

「……ゼレフ?」

 

困惑する俺に、エルザはため息を吐くと、まるで、飼い主が奴隷を見るような嘲りの目で見下した。

長い間俺たちが晒され続けたような、見下しの目で。

 

「そう、あなたにも見えないのね」

 

「エルザ!そんなことはどうでもいい!早くここから出よう!」

 

「外に出て何をするっていうの?」

 

「自由になるんだ!」

 

「だから言ってるでしょ?自由はここにあるんだよ、ジェラール」

 

どうしたんだよエルザ……。なんでそんなことを言うんだよ。

 

「ここには自由なんてない!あるのは飼い主と奴隷!硬い寝床とカビたパンだけだ!」

 

俺の言葉に、エルザは今まで見たこともないような酷い笑顔で笑い声を上げた。

 

「ジェラール、外に自由なんてないんだよ。だってここにあるんだから」

 

「だから、何を言ってるんだ!どうしたんだよエルザ!」

 

笑いを止めると、冷めた目でエルザは俺へと手の平を向けた。

 

 

「うるさい」

 

 

寒気を感じたその時には既に遅かった。

 

見えない力で壁へ叩きつけられ、肺の中の空気が物理的に押し出される。勢いよく壁へとぶつけられたせいか、脳がぐわんと大きく揺れたような感覚を味わった。

一瞬遠退いた意識の外で短剣が落ちる音がうっすらと認識できた。

 

「…エル……ザ。どうして……」

 

「ジェラール。あなたは拒むんだね、自由を。本当に馬鹿」

 

無垢な笑顔だ。だが、それだけだ。中身のない笑顔。

そして、とてつもなく冷たい。

 

「じゃあ、ジェラールはもういらない」

 

……え?

 

「でも、仲間のよしみで逃がしてあげる。素敵な名前も貰ったしね」

 

なんで……。

 

「スカーレットって名前。結構気に入ってるの」

 

……エルザ。

 

「ねぇ、ジェラール」

 

エルザは足元に転がっている幹部の胴体に足を乗せると、まるで小石を弄るような感覚で、仰向けにうつ伏せに何度も転がす。

 

「あなたは追放で済ませてあげるよ。但し、もうここには戻ってこないで。それと、楽園の搭に関することを誰かに話すのも禁止する」

 

「……エルザ」

 

「仮初めの自由を堪能するといいよ」

 

なんだよ。なんなんだ!もう何がどうなってるんだ!!

 

「でも、誰かに話したりしたら。とりあえず……そうね、ショウ辺りでも殺そうかな」

 

「エルザ……」

 

「戻ってくるようなら、仲のよかった皆をあなたの前でバラバラに裂くから。ああ、今なにかしようとしても無駄だよ。もう人質は取ってあるから」

 

「エルザ!!」

 

 

更に強く壁へ押し付けられ、強制的に話せなくなる。

 

なんで……なんでそうなるんだよ!エルザ!!

なんでお前がそうなった!なにがお前をそうさせた!!

 

「エ……ルザァアア!!」

 

どうにか力を振り絞り、腹の底から声を上げる。

エルザはそんな俺を見て嬉しそうに笑う。

 

「アハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

嬉しそうに、楽しそうに。笑う。

 

エルザッ……!!

 

 

「はい、キーック」

 

間の抜けた声と共に、石造りの扉が砕け散った。

 

瓦礫を踏みしめ、そこから入ってきたのはもちろん、先程の男だった。俺の叫び声とエルザの笑い声を聞き付けて入ってきたのだろう。

 

男が現れたせいなのかエルザの魔法が緩み、俺はようやく地面に足を着くことができた。

男は入ってくるなり、怪訝な顔つきで真っ赤な部屋を見回す。そして、エルザを見て、死体を見て、俺を見た。

 

「……よくわからん状況だけど、おい少年。あの子を助けに来たんだよな?」

 

「あぁ」

 

エルザは邪魔者を見るかのように男を睨むと、さっきと同じように手をかざした。

まずい!

 

赤い斑点模様が浮かび上がり、周辺の光が屈折しているのか、そこが歪んで見える。これに俺もやられたのか。

 

「ふーむ」

 

だが、男は特に反応することはなかった。

 

「あ、あれ?」

 

どういうことだ。俺は吹き飛ばされたのに。

疑問に首をかしげていると、彼は軽く手を振るった。

その瞬間、パリィンと甲高い音と共に歪みと赤い斑点が砕け散った。

 

「よくわかんねーけど、錯乱してんのか?お子様にはオネンネして貰おう」

 

この人がエルザを眠らせたとしても、絶対に今の俺じゃ人質に取られた仲間たちを助けることはできない。

 

「ダメだ!エルザに手を出さないでくれ!」

 

「あん?……はいはい。じゃあどうする?」

 

……わからない。俺は、いったいどうすれば!

 

「ジェラール。あなたはここから出ていって」

 

エルザは俺を睨んで再度そう警告する。

 

「その気味の悪い男を連れてね。わかってるんでしょ?もうショウたちは私の手に落ちてる」

 

何かすれば殺す。そうエルザはそう言っているのだ。

 

エルザは可笑しくなってしまい、ショウたちも人質に取られた。

……俺に……俺にどうしろっていうんだ!!

 

「ジェラール。皆を守りたいんでしょ?なら、どうすればいいかわかってるんじゃない?」

 

追い討ちをかけるように、エルザは俺へ微笑んだ。

 

 

「……」

 

 

選択肢なんて、ないんだ。

 

 

「……わかった。いつか……」

 

いつかお前を、皆を、俺は助ける。正気に戻して見せる。

 

 

◇◇◇

 

 

 

「フェアリーテイルって言ったっけ?」

 

「あぁ。俺はそこへ行くよ」

 

「そっか」

 

 

 

楽園の搭とか言う頭の可笑しな集団が大勢いたところから、俺に着いてきた少年ジェラール。

 

鞭で叩かれて、出血が酷かった子供二人。俺が拾ったあの二人は意識を取り戻しはしたが、どうやらあの搭から出られないらしい。

エルザとかいうあの赤い少女。恐らく彼女が支配しているのだろう。

 

何があったのかは、部外者MAXな俺には全く理解できないが、ジェラールが俺に対して頭を下げた。

 

手を出さないで欲しい、仲間を守りたいのだと。

 

泣きながらそんなことを言われると、流石に手は出せず、ノコノコと俺はこいつを連れて逃げ出したわけだ。

 

……それにあの子の根はそこまで非道ではないのだろう。

だって、ボートくれたんだぜ?なに?天使?天使なの?女神なの?生身で海に放り出されたことしか経験のない俺にとっては天の恵だよほんと。

……この礼はいつか返す。

 

「……」

 

空気が気まずくなり、静かに嗚咽を漏らしてるジェラールの頭を荒く撫でる。

 

「……なんだよ。また、情けないとでも言うのかよ」

 

「いんや。今は我慢する必要なんてねえだろ。泣けるうちに沢山泣いとけ。んで、頑張る時に頑張れ。そんだけだ」

 

頑張る時に泣いてても仕方ないしな。

 

一時間ほど、声を上げて泣いたジェラール。

てっきり泣き疲れて寝てしまうものとばかり思っていたが、ジェラールはこれからの方針を俺へと告げた。

 

「ロブじいさんが言ってたんだ。フェアリーテイルって魔導士ギルドがあるって。俺はそこへ言って、強くなりながら、エルザたちを助ける手がかりを探す」

 

お子様のくせに、見た目に反してしっかりしてやがるよ。

たぶん俺よりしっかりしてる。

 

「へー。頑張れよ」

 

「……やっぱり、弟子にはしてくれないのか?」

 

「はっはっはー、俺はそんな器じゃねえよ。どこにでもいる一般人だ」

 

「一般人はあんなところに単騎特攻なんて仕掛けないと思うんだけど」

 

「そりゃお前、あれは警備であって戦うための兵士ってわけでもないんだろ?ならそれくらい出来るさ。つっても、少し腕に自信がある程度だからな。鼻高々になれるようなレベルじゃないのさ」

 

「少なくとも、空飛んで建物をぶっ壊すような人を一般人とは言わない」

 

ありゃー、参ったね。

実際問題、俺はそこまで強い訳じゃない……てことはないか。

 

ちょっと前まで精霊界と戦争染みたことをしてた身だ。流石に自分を雑魚と下卑まではしないし、するべきでもないんだろう。

けど、弟子を持つような器じゃないのは本当だし。それにどうやりゃあ強くなれるかなんてわからない。

極端な話、強くなりたいなら、闘う。闘うことで強くなれる。それくらいしか俺には浮かばない。事実、俺がそうだった訳だし。

 

「とりあえず、フェアリーテイルとやらにまでは送ってやるよ。確か、フィオーレ王国だったか?」

 

「うん。マグノリアにあるんだ」

 

マグノリアね。

 

……マグノリア?どこかで聞いた名前だ。

マグノリア……マグノリア、マグノリア。…………マグノリア?

 

 

「あ、メイビスの」

 

思い出した。メイビスたちがいたのは確かマグノリアの近くの森だったか。

魔法を学んでた三人組もいたっけ。元気かなぁ。

 

ちょうどいい、様子見も兼ねて行ってみるか。

ジェラール曰く、中々強いギルドらしいし、魔法を使えるあいつらなら所属しているかもしれない。いなかったらまぁ、またゼレフとどこかで会った時にでも聞けばいいか。

 

少し、楽しみになってきた。

 

さぁ行くぞ!目指すはマグノリア!フェアリーテイル!メイビスたんの所へ!

 



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乖離

※ギルドメンバー加入の順番違うよ!


「それじゃ、こいつをよろしく頼むよ」

 

ジェラールの背中を押して、ここフェアリーテイルのギルドマスターである小さいおっさん、マカロフさんに任せることにした。

 

「マカロフさん。ここはロブじいさんがいたギルドですよね?」

 

ジェラールの唐突な言葉にギルドマスターは驚いたように声を上げた。

 

「ロブじいさんが昔ここにいたって教えてくれたんだ。俺も、ここに置いてください」

 

「そうかロブが……。あいつは、元気なのか?」

 

「……わかりません」

 

ギルドマスターの問いかけに、ジェラールは下を向きながら、まるであの時の自分を悔いるかのように呟いた。

 

こんなお子様にあんな狂ったやつらをどうにかしろってのが無理な話だ。

そして更に言うならもう二十歳過ぎになってるというのに大したことを何もできなかった俺自身が恥ずかしいって話だ。

あぁ恥ずかしっ!

まぁ、人質がいるって言うなら無理に手出しはできないし、あの時は仕方なくジェラールに従ったけど。

 

「……そうか」

 

ギルドマスターはなんとなく、そのじいさんの顛末を悟ったのだろう。

フェアリーテイルの紋章を背中に印してたじいさん。恐らく彼がロブだろう。

確かに俺は彼を助けている。だが、死んだか生きてるのか、俺にもわからん。

確かに助けはしたが、そのあと別の子供たちに任せてしまったから。

 

「俺のいた場所やロブじいさんのこと。俺自身、よくわかってないんです」

 

でも、とマスターを真剣な眼差しで見つめる。

 

「どうしてもやらなくちゃならないことがあるんです。でも、力がなきゃできない。だから、フェアリーテイルに俺を加えて下さい!!」

 

その目にはあの少女が映っているような気がした。

よほど大切なんだろう。

 

子供というには余りにも大きな覚悟を決めたような雰囲気のそんなジェラールを前に、「ふーむ」と悩む素振りを見せるマスター。

そりゃ厄介事を背負った子供を嬉々として引き取るわけないよな。なんて俺の考えを他所に、マスターはよかろうと頭を縦に振った。

……どうやらここのマスターはかなりの人格者のようだ。

まさかこの鬼畜度天元突破な世界にこんな人がいるだなんて意外だ。

 

「あ……ありがとうございます!!」

 

「うむ。皆の者!そういう訳じゃ!」

 

マスターが手を叩いて注目を集める。

だが、静まり返ったのも一瞬。暖かい歓迎の声が要所要所から飛ぶ。しかし、その中に、コップを倒すような小さな音が響いた。

小さなそれに、誰かが誰かを小突く。その波が波紋のように広がると、ギルド内は一斉に喧騒に包まれた。

 

そこら中で殴り合い、蹴り合い、物を投げ、机がひっくり返る。

 

集団心理を見てるようだ。

流石の俺も少し引き気味である。賑やかで何やら楽しそうな雰囲気だから、まぁ悪いことではないんだろうけど。

 

「おっと」

 

ジェラールの額目掛けて飛んできた流れ弾の酒瓶をギリギリでキャッチする。

あぶねえな。

 

「あ、ありがとう」

 

腰が引けているジェラールを軽く叩いて活を入れてやる。

しっかし賑やかな場所だな。元気があって何より。

 

何より凄いのは、その中にジェラールと年の近そうな子供まで混じって乱闘していることだ。

桜髪の少年が炎を纏わせて暴れ回り、黒髪の少年がそこら中を氷まみれにしている。

なんだここ。サイヤ人の育成施設か何かか?

 

遂には本格的に魔法を使って暴れ出すやつらが出てきた。すると、さっきまで隣にいた小さいおっちゃんはいなくなり、代わりにそこには巨大なおっちゃんが怖そうな雰囲気で佇んでいた。

 

……間違いない。ここサイヤ人育生所だ。大猿化できるやつがいる。こいつが大元締めか。流石ギルドマスター。

バナナの差し入れで喜ぶかな。

 

「静まれい!!馬鹿共おおおおおおおおおおおおお!!」

 

その怒号に、ギルドそのものが大きく揺れた気がした。

なんつー迫力。流石サイヤ人。ギルドのメンバーも怒られた子供のように全員固まっている。俺は関係ない、みたいな顔してる。いくつだよお前ら。 

ついでにおっちゃんもかなりうるさい。

ジェラールも耳を塞いでしゃがみこんでいる。

 

「今魔法を使ったやつぅ!出てこんかい!ゲンコツじゃぁ!!」

 

ゲンコツ。シンプルで素晴らしい。けどあの図体でゲンコツされたら死ぬ。確実に死ぬ。人力煎餅の出来上がりだ。

 

「……おい、グレイ。早く名乗り出ろよ」

 

「はぁ?てめーが行けよつり目」

 

ボソボソと小さい声で言い合っている二人の子供。さっき俺がピックアップしていた炎と氷の二人だ。

仲の悪そうな二人だな。やっぱ炎と氷で相性が悪いからか?

 

「てめえら二人共だ!!」

 

ズゴン、とおよそゲンコツで出るような音ではないものを響かせた。

木製の床を突き破って下半身を埋められた二人は、そのまま白目を向いて気絶している。

 

おい、マスター。あれ、大丈夫か?死んでねえか?

マスターよ、ジェラールがビビってんぞ。

あ、ちなみに俺もビビってるよ。

 

「ま、まぁまぁ、落ち着けよマスター」

 

「んんぅ?おぉ、すまんのぅ」

 

俺がそうひと声をかけただけで落ち着いてくれた。うん、話をちゃんと聞いてくれるタイプでよかった。

 

「アホ共は置いといて」

 

そう続けながらも、マスターは大猿化をやめて小さく戻った。

なるほど、巨大化できる魔法か。面白いな。

 

「今日から我らがフェアリーテイルの仲間となった、ジェラールだ!」

 

ジェラールの背中を押してやると、一度に視線が集まった。

緊張した面持ちながらも、胸を張って、ジェラールは全員を見回す。

 

「ジェラール・フェルナンデスです!よろしく!!」

 

歓声。

今度は全員の歓声によってギルドが震えた。

やれ酒を持ってこいだの、やれ踊れだの、やれ喧嘩しろだの、やれ賭けろだのと殆ど全員が騒ぎ立てる。

ジェラールはいつの間にか復活していた桜髪の少年に引っ張られて子供たちの中へと入って行った。

 

うんうん、子供は元気が一番だね。

カウンター席に座ってそれを眺めていると、女性からジョッキを差し出された。

ほぉ、酒とな。久しぶりに飲むなぁ。

……あれだ。趣向品自体、もう何年も手をつけてない。正確にはこの世界に来てからかな。

 

ここに来る前の生活は……ぶっちゃけよく覚えてない。覚えてるものといえば名前と、あと雑学やらあっちの世界の知識とか。そんなもんだ。親の名前も、顔も覚えちゃいない。

思い出せない。

 

「お前さんは、うちにゃ入らんのかい?」

 

マスターから唐突にそんな質問をされた。

 

「ん?」

 

フェアリーテイルに?俺が?

 

「俺は遠慮しとくよ。残念ながらここに来たのも、そういう用があったからってわけじゃないんだ。ただ、あいつが行きたいって言うんでね」

 

顎でもみくちゃにされているジェラールを指すと、ワインを一口煽る。

うっま。酒うっま。

 

「そうか。まぁ、飯でも食っていけぇ。うちの仲間になったガキを、ここまで連れてきてくれた恩人ってことでな」

 

「そりゃありがたい。喜んでご相伴に預かろう」

 

とか冷静を装いならが言いつつも、内心では狂喜乱舞だったりする。最後に食ったのは人面魚か。ようやく人が食べれる物を食べれるのかぁ、ありがたい。それだけでもここに来た甲斐があるってもんだ。

 

「おぉぉぉお」

 

出されたステーキを見て、俺は大いに興奮していた。

 

フォークで肉を抑え、ナイフでひと切れ裂く。中から溢れ出す肉汁に、溜まった涎を飲み下し喉を鳴らす。

 

「い、いただきます」

 

切り取った肉を、一口放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

ぇ……。

 

 

 

 

エェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェクスタァァァァァァァァァァァァァァァスィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!

 

 

 

 

「はぁぁぁ~」

 

「おーい。どうしたんじゃー?そんな今にも昇天しそうな顔で微笑みおって」

 

「……生きてて、良かったよ。俺」

 

「喜んでるようで何よりじゃな」

 

はぁーーーーー。

 

感激の濁流が両の目から溢れだす。

俺、もう、ここに、住む。

 

「何じゃ、突然泣き出しおって。きぃもちわるいのぅ」

 

ああぁぁぁあっ!

ポテトに塩がかかってるぅ!!うんまぁああい!!

え?なにこれ!?肉にソースぅ!?ちょ!スゴい!え!?なにこれ!?うま!!

ちょっ!ちょっこれ調味料!?ああああぁぁぁあ!!

俺、もう今日死んでもいいや!!

 

「いやな、まともな食事をするの、二年ぶりなんだ。そりゃ泣けてもくるよ」

 

一瞬で完食したステーキに、ご馳走さま、と手を合わせる。

本当に久しぶりの食事でしたありがとうございます。味付けされたものなんて何年振りか。果物や香辛料を使った料理だなんてもう本当に感激です。雨霰ですわ。

このご恩は一生忘れませんとも。

 

「二年ぶりって……。どんな生活じゃ。仙人でも目指しとるんかぁ?」

 

んな訳なかろう。誰が仙人だよ。どちらかと言うとそれあんただろ、いきなりおっきくなるし。

……あー、そうだ。飯のお陰ですっかり忘れてたけど聞くことがあったんだ。

 

「なぁ、ここに……」

 

いや待て、メイビスたちの場所を聞きたい訳だが、幼女を名指しとなると変質者として見られるかもしれないな。……仕方ない。

 

「ユーリってやつここにいるか?」

 

なんとなく、一番印象的だった変態ガチホモ金髪の名前を出してみると、ギルドマスターの顔が途端に険しくなった。

 

「ユーリ?うちにゃそんなやつはいないぞ」

 

「あれ?んじゃプレヒトとかウォーロッドとか、メイビスもいないのか?」

 

おや?ここに所属してるんじゃないのか。

マスターの顔が更に厳しくなると、カウンターへ体を向けた。そのマスターの表情が他のやつらに見られないようにするためだろう。今の顔つきはさっきの垢抜けたものとは打って変わり、真剣そのものだった。

 

「お前さん。なにもんだ?なぜあの方々のことを知っておる」

 

「なにもん?なにもんっつってもなぁ。あいつらの……」

 

あいつらの?うーん。そこまで仲良くなったわけじゃないけど……。

まぁ飯を貰って決闘(笑)までした仲な訳だし……うむ。

 

「友人かな」

 

うん、正しい友人の線引きなんてないし、まぁ友人として認めてやろうではないか。かっかっかー。

 

なぜか黙りこんでしまったマスター。

……なんだろう。なんか空気が悪いな。別にあいつらを知らないっていう反応でもないし。というか知ってるみたいだし……。

……なに?この空気、俺のせい?ちょっと軽めのフォロー入れとく?

 

「中でもユーリなんてよ、俺に勝負しろーなんて突っかかってきてさ。あの時のは驚いたぜHAHAHAH」

 

……どうだ?

ちらっと顔色を窺うが、マスター、動じず。

おおう。なんだこの反応。全くわからない。怒ってるのか?

 

「そうかい。確認させてもらうが、あんたの名前は『トージ』。なんだな?」

 

黙っていたマスターがようやく口を開いた。

おや?名前を言った覚えはないが……。あいつらから聞いてたのか?

 

「そうだけど……。まぁ細かいことはどうでもいいんだ。あいつらは元気にしてるか?」

 

「初代ギルドマスター。メイビス」

 

気軽に聞いてみると、ギルドマスターは、重々しい口調でそうメイビスの名を呼んだ。

 

「は?」

 

突然何を言い出すんだ?

 

「プレヒト・ゲイボルグ。ウォーロッド・シーケン。ユーリ・ドレアー。彼らは……」

 

マスターは酒を一口で飲み干すと、言う。

 

 

 

「このワシが三代目を努めるここ、フェアリーテイルの創立メンバーじゃ」

 

……は?どういうことだ?ってことは、あいつらはあの時すでにギルドに所属していた?

……いやいや待て待てだったら前提が可笑しくなる。創立メンバーなんだとして、今が三代目だと?創立メンバーがあんな若いなんてありえるのか?

 

「そして初代ギルドマスター。メイビス・ヴァーミリオンは」

 

 

 

一〇〇年前に死んでおる。

 

 

 

……なんだと?

 

あの子が一〇〇年も前に死んでる?あり得ない。だって二年前に俺は、確かにあの子に会ったんだ。

他の野郎三人とも、確かに会った。

 

あり得ない。

 

 

あ、そうか。

 

 

気づいてしまった。つまり……。

 

 

 

 

あいつら幽霊だったのかァァァアアアアアアアア!?

マジで!?マジものだったの!?モノホンだったの!?ウッソォォォオオオオオオオン!!

 

 

はぁ。

 

…………なるほど。なるほどなるほど。なんとなく察したよ。

そういえば精霊界にいた時、精霊王が言ってたっけな。あの時は、大したことはないだろー、なんて軽く聞き流していたけど。もっとよく聞いとくべきだった。

『精霊界と人間界の、時間の流れは違うのだ』とかなんとか。

 

ようするに俺は。一〇〇年単位で一人時間旅行をしてたってことか。浦島太郎って訳だ。笑えねえ。

……じゃあ、恐らく他のやつらも死んでるのかな。ゼレフも……。

 

せっかく出来た友達だったのに……。

 

 

はぁ。クッソ。

 

……となると、関わった人誰も生きてないのか。

 

「それを踏まえてもう一度聞くが。お前さん。なにもんじゃ」

 

今度の旅の目的は、墓参りかなぁ。

なんか、一人取り残された気分だ。憂鬱だよ。

 

「俺は、ただの一般人だよ。旅人だ」

 

俺もワインを飲み干して、机にうずくまる。

かぁー!……本当にもう。なんなんだこの世界は。俺にどれだけの仕打ちをすれば気が済むんだ。

人生ハードモードもいいところだ。本当に。

……たははっ、神様ってやつは、とことん俺に厳しいね。俺がいったい何をしたってんだ。やっぱ鬼畜だ。鬼畜だよこの世界。

 

「そうかぁ。とりあえず、お前さんが『トージ』だってんならぁ、文句言ってやらにゃあなぁ」

 

「文句だぁ?」

 

「あぁ、そうだ」

 

マスターはワインを更に大きなジョッキで受けとると、それをぐいっと飲み干す。

 

「ユーリ・ドレアーは、ワシの親父なんじゃよ」

 

「ブハッ。本当かよ。似てねぇププッ」

 

「そこ笑うとこじゃないわぁい!ったく。お前さんが雷の魔法で親父を感化させたせいで、ワシにまでとばっちりが来たんじゃよ。やれ雷だぁそれ雷だぁと」

 

「あー、そういえば、あれを見せたあと凄く興奮してたしな」

 

「全く!」

 

「そう怒んなよ。血圧が上がるぜ。『坊主』」

 

「ボウッ……ぐぬぬ。否定できんところがなんとも言えん。というか、なんで一〇〇年前の人間が生きとるんじゃ!まずそこが可笑しいじゃろ!」

 

「だははー、企業秘密だよ」

 

「しかし、そうなると、お前さんもフェアリーテイル創立に関わっとったのか?」

 

「あー、いや。そこまで関わってはいないな。俺があいつらと会ったのはこのギルドを作る前のことだろうな。たぶん」

 

「そうかぃ」

 

「おいおい、大丈夫かよ。そんな一気にいって。ぶっ倒れるぞ」

 

「酒はぁ!飲んでもぉ、飲まれるな!!」

 

「なんだよ、もうだいぶ回ってるんじゃねえのか?」

 

「ぬかせぇ!それと今更口調を改めるつもりはないぞぉ!白々しい空気になるのは目に見えてるんでのぉ!」

 

「構わないよ。……どちらかっていうと俺の方が年下だし」

 

「なんじゃとぉ?よー聞こえんわ!もっと声を張らんかぁ!!」

 

「はいはい。酔っぱらいの相手は辛いね」

 

「酔っとらーーん!お前さんも飲まんかホォレエエ!!」

 

「おう!」

 

「そんじゃあジョッキを掲げいぃ!」

 

「はいよ」

 

 

「「乾杯!」」

 

 

 

そっかぁ。もう。誰もいないんだな。

 

一〇〇年、ね。

 

 

……一人か。

 

 

 

──わらえる

 

 




名前:天貝刀児
愛称:トージ
好きなもの:美味しいもの 友達
嫌いなもの:黒い竜


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軌跡と傷跡

戦闘回だだだだだ


一人、ポツンと立ち尽くす。

 

いつか来た懐かしい場所。霊峰なんとか。

二年前、ゼレフと寝食を共にした場所だ。

なんとなく、空しくなった心をどうにかしたくなった俺は、ここへ自然と足を進めてしまっていた。

……確かに、俺とあいつらはそこまで親密といえるほどの深い関係にはなかった。だが、(なん)にも持ってなかった俺が、唯一得た繋がりでもあった。

それを、知らず知らずのうちに無くしていた。無くなっていた。

 

ショックを受けるなって方が無理な話だ。忘れることなんてできやしないし、そう易々と吹っ切れることもできやしない。

だから、俺は女々しくもこうやってかつての軌跡を辿っているんだ。俺や、ゼレフがいた証を辿っているんだ。

 

……なんでだ。

なんでそうやって消えてくんだよ。

ふざけんな。

確かに浅い関係だったってのは否定できない。一緒に過ごした時間も総合的には精々一年も満たない。

だが、前の世界のことも思い出せない、空っぽの俺にあった唯一の繋がりだ。

それは気がつかない間に、いつの間にかパッと消えてしまった。

 

なんでだ。

どうしてだ。

 

空元気で更に空しくなった俺は数年ぶりに、心の底から辛いと感じた。

 

 

 

 

山の空気が変わった。

 

自然が荒々しくざわめき、小さな動物たちや、虫ですらすでに姿を消していた。

木々の葉が慌ただしく揺れるだけの音が辺りを満たす。それ以外に何も聞こえない。別世界へ来てしまったかのような圧力。

二年前に、嫌と言うほど味わった空気だ。ピリピリとしていて、肌が栗立つような。押し潰されてしまいそうな空気。

 

 

 

完全な静寂となった空間にそれは轟いた。

 

 

 

──ガアァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 

 

黒い竜。

 

 

目の前に姿を現したそれは、禍々しい雰囲気も、ギラついた目付きも、絶対強者のようなオーラも、憎たらしい顔つきも、なんにも変わっちゃいなかった。

 

二年前と、なんにも変わっていることはなかった。

 

 

 

「ハハッ。ハハハハハ……」

 

 

なぜだろう。

嬉しい。物凄く嬉しい。

 

お前は、お前だけは変わらずにいてくれたんだな……。

 

「ア……ハハハ」

 

竜は翼をはためかせ、足に一人の男をぶら下げていた。だが、それをもう興味ないとでも言うようにどこかへ投げて飛ばした。

 

なんだよ、浮気か?俺と言うものがありながらも、他の人間に手を出すなんてなぁ。

はぁー。なんつってな。あーキモイキモイ。

 

 

「『MODE:リオレウス』」

 

 

いや、今はそんなことはどうだっていい。俺は嬉しいんだよ。

 

お前が、ここにいるんだから。

本当に、久しぶりだよ。

 

 

久しぶりに、殺り合おうぜ。

 

 

 

「クソトカゲェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」

 

 

 

 

大地が爆ぜる。

 

大気が震える。

 

大空が戦く。

 

この争いをまともに表現しきるのは、中々に難しい。一言確実に言えるのは……。

ひとつ言えるとすれば、これは人の関与できるレベルを優に越えた殺し合いだということ。

 

 

イの一に弾けるように飛び出たのは、俺の方からだった。

殴りかかるも、思った以上の速度で反応され右腕を竜に食い千切られかけた。危うくもぎ取られるところだ。

一瞬かじられた腕は皮一枚でどうにか繋がっているような状態。その断面から止めどなく吹き出す夥しい出血。

その量を目視して舌打ちを漏らすと、広げたレウスの翼で低空を滑空する。

 

「『MODE:バサルモス』」

 

その岩竜の甲殻で腕をコーティングし、無理矢理出血を抑える。後は持ち前の馬鹿みたいな回復力ですぐに完治するはずだ。

数秒で様の代わった右腕の感覚を確かめると、左腕を竜へかざす。

 

「『MODE:ショウグンギザミ』」

 

人体の骨格を無理に変型させた左腕が苦痛を訴えるが、これももう馴れたものだ。顔に出さずにできるようになった。

その、鎌の刃となった俺の腕を竜の顔目掛けて振り抜き、勢い余った速度で大地を削るように着地する。

 

飛翔し、奴の巨大には及ばない体躯で空を駆け回る。ゴキブリのような俺が出来る精一杯の小突きに翻弄される黒竜に、しかし油断など出来る筈もない。一撃でもまともに食らえば大ダメージは免れないのだ。

 

竜の血飛沫が俺の頬に飛び散り、痛みの叫びが俺の鼓膜を壊した。痛みに反応している暇などない。大きな尻尾を振り回して辺りへ広範囲の攻撃を行う竜から逃げるよう、地へと足を着ける。

 

空中戦でない状態でのレウスはやはり動きが遅くなるな。

邪魔なものは省くべきだ。もっと効率を求めろ。

それと、翼を出しながら他の模倣も消耗がでかすぎる。これも自重せねば。

激情に身を委ねすぎるところが欠点だな、俺は。

 

「『MODE:ナルガクルガ』」

 

翼を消して切り替える。

俺の感情の高ぶりを感じているのか、両手が漆黒の鱗で覆われ、鋭い爪が生える。

若干顔が引き吊る感覚からして、恐らく顔にもいくらかの鱗が現れているのだろう。

 

迅竜の機動力。その速度は、影すら置き去りにする。

不規則に動き回る俺の通り道となった箇所が抉れているのが見えた。

迅竜の最大の力は、機動力。

機動力を使って竜を翻弄しながら、その身体中にナイフのような鋭利な爪をたてては離脱する。

 

……効いていない。やっぱりこれじゃ決定打に欠けるか。

なら、仕掛けてやる。

 

こいつの体は硬い。とてつもなく堅牢だが……。そうだな、目玉はどうだ?

ものは試しだ、二年前はそんなことできもしなかった。顔回りに下手な接近も出来なかったが今ならできるはず。だが、もし失敗したら?……攻撃が効かなかった場合の隙をあいつが見逃す訳がない。

一瞬の潜思で決断を下す。

……よし、抉ってみよう。

翻弄するような垂直的な動きから、目標を定めて地を蹴り、急接近した。

 

 

──死ね

 

 

「バッ……ガァアッ……!」

 

それはやつの悲鳴ではなく、俺から発せられたことを理解するのに少しの時間を要した。

目玉目掛けて豪腕を振り抜いたつもりだったが、それを捉えていたのか、竜のカウンターパンチを鳩尾に受けてしまい、そのまま殴り飛ばされた。

キリンの肉質を咄嗟に模倣したとえは言え、運良く当たり所がよかったらしい。臓器をやられることもなく、腹部が抉られることもなかった。奇跡的といってもいいかもしれない。

が、肋がいくつか折れているようだ。

普段の俺ならこの激痛に不細工に叫びながら転げ回っていることだろう。だが今はそんな暇はない。

 

速度を出してもダメか。まだ遅い。もっと速くもっと速く。

もっと速く?否、そうじゃない。

もっと力強く。そう、力強く!!

 

慣性に逆らうように空気を強く強く踏み込み、宙を足場へと変えた。

ボギッと足が折れる音がした。無理矢理過ぎる動き。文字通り、物理的に不可能なことを無理矢理やったことで折れてしまったのだろう。

こんなことを出来るってのに自分でもビックリだ。これも一重に精霊王に貰った加護のお陰かね。

 

 

「『MODE:ディアブロス』」

 

 

だが、折れたなら治せばいい。より強固に、頑丈に。そう、砂漠の暴君のような。

 

豪脚一閃。

 

大気を足場に、音を置き去りにして矢のように飛翔した。

またしても折れた足。だがそんなことはすでに日常茶飯だ。気にしている暇などない。

額に角を生成する訳にもいかない。そんなことをして首が折れるなんてことになっても、笑えないことは承知の上だ。いや、むしろそれで死んだら超面白いな。tik tokに上げたいくらいには面白いぞ。

 

腕をディアブロの角に変型させ、竜目掛けて突き付ける。

やつはそんな音速を越えた速度にすら反応してみせた。俺のモーションに対向して竜からも放たれた拳とぶつかり合う。

聞こえたのはボンッと間の抜けた音。

そこから生まれた非常識なレベルの衝撃で遠くの木々すらも無惨にもへし折られていく。

 

結果として、互いに吹き飛びあうだけに終わった。

まだ、足りないか。

 

竜と俺は互いに無惨になった大地へ足をつける。

 

 

「『MODE:グラビモス』」

 

 

我ながら凶悪な笑みを浮かべているのだろう、にやつきながらも、体の奥底から沸き上がってくるエネルギーを貯めていく。

 

「ハハッ、懐かしのブレス対決としゃれこもうか。俺たちの十八番だったよな」

 

黒い竜に、俺の言ってることが伝わったようだ。あちらもブレスを放つ予備動作を行った。

 

 

一瞬だけ、互いに訪れた静寂の時間。

これから行う攻撃の大きさを、空気が痛いほどに物語っている。

その静寂からは、とてつもなくバチバチとした闘争の雰囲気が感じ取れる。いくら魔導士だろうとこの空間にいれば気絶するかもしれん。

 

そしてついに、静寂は破られた。

溜まりに溜まったエネルギーを、竜へ向けて口から放射してみせた。

同時にあちらからも発射されたブレスとぶつかり合い、周囲の岩も、地形も、粉々に砕け散っていく。

やはり勝てないか。

 

俺のブレスが押されているのを直感的に感じ取ると、ブレスをやめてすぐさまそこから離脱した。

ギリギリ、破壊光線を回避する。

とてつもない量の冷や汗が背中を伝っている。だがそれでも俺の笑みは、自覚ができるほどにハッキリと浮かんでいた。

 

「……ぬおっ?」

 

さっきまでいた場所には特大のクレーターと、余分なブレスにより一直線に深々とした窪みが作られた。

ブレス着弾の余波により、一瞬生まれた衝撃の波が俺の体を強く打つ。

その余波により、俺は高く打ち上げられた。

相変わらずふざけたレベルのブレスだ。どんな構造してたらあんなもんが体内から放出できるようになるんだか。

 

空に打ち上げられた俺を食おうとしている。竜は翼をはためかせ、俺へ向かって大口を開いて迫って来た。

その迫力や如何に。これから新幹線に跳ねられる、なんてレベルより遥かに恐怖を感じさせる。そんなものは目じゃない。

 

 

「『MODE:ドボルベルク』」

 

 

庇っていた右腕はすでに完治している。岩の甲殻を変型させ、模倣する。

大きく、大きく、大きく膨らませる。

先端を丸く、そして硬く、硬く、硬く、その姿を凶悪なまでの鈍器へと変形させる。

 

「ッォ……ラァアッ!!」

 

宙で体を捻り、まるで巨大な槌のようになったその腕を、眼前まで迫っていた竜目掛けて降り下ろした。

大きな翼を振り乱し、空中でありながらこの一撃に対抗しようとする竜。

なんだよそりゃ、無茶苦茶じゃねえか。

流石の胆力と根性。尊敬に値するよ、本当。

 

けど……。

 

 

「落ち……ろォォォオオオオオオオォォォオオオオオオオッ!!」

 

全力を込めて体を回転させることで、竜を大地に叩き落とすことに成功した。

落ちていった竜は大地を盛大に陥没させ、それによって発生した地割れが四方へと伸びていく。

 

山が崩れる。

 

森が裂ける。

 

地割れが作られるほどの威力で竜を大地に叩きつけた。

普通の生物ならばあれで殴られた時点で弾け飛ぶ。耐えきったとしても、地面の更に奥まで叩き込まれて二度と地上には上がってこれないだろう。

だが、そう易々とはいかなかったようだ……。

 

「クソッ……がァ……!」

 

槌として使った右腕。その肘から先が竜によって食い千切られていた。

レウスを模倣し、止めどなく血の溢れる切断面を炎で焼くことでどうにか止血する。

 

タハハ。滅茶苦茶いてぇ。意識がぶっ飛びそうだよクソッタレ。

……でも、まだまだいける。アドレナリンが馬鹿みたいに分泌されてるんだろうな。

一方、黒い竜はよろめきながらも瓦礫を吹き飛ばして立ち上がった。

 

「さすっがぁ、そうだろうと思った」

 

そこへ追い打ちとして、容赦なく上空からレウスのブレスを撃ち込んだ。

だが、そんな俺の攻撃に真下からのブレスが返ってきた。

反撃の余裕がまだあるってことか。そうこなくちゃ。

ブレスを中断し、その場から離脱するとボロボロの大地に降り立つ。

 

こいつ相手に出し惜しみはあんまりしたくない。だが、古龍級の模倣は肉体へのダメージがでかいことは学習済みだ。驚くほどに体を酷使する。

あんまり乱発はできないが……。

……二年でわかったことがある。初めてこの竜と殺り合った時は古龍種の力を、六割と引き出せていなかった、ということ。

今でもその能力を万全で使いこなせてる訳じゃねえけど、威力で負けるとは思っちゃいない。

 

竜は一端上昇すると、俺へ向けて勢いをつけながら低空飛行で迫ってきた。

速度による風圧の波で、大地が大きく抉れていく。その姿は正に指向性を持った竜巻だ。……あ、もしくはデカイミキサーの刃ってとこか?

おっかねぇ。あんなのに巻き込まれるだけで普通なら体がもげてバラバラになること請け合いだろう。

そんな速度の突進なんて受けてみろ、肉体なんて粉々に破裂するのは目に見えてる。

 

あの頃の……二年前の俺じゃあ、こいつには微塵も敵わなかった。

そして、今の俺でもこいつには敵わないだろう。

断言しよう。俺じゃあこいつには勝てない。

 

だが、それでいい。それでこそ越し甲斐がある。それでこそ俺の目標。それでこそ競い会える。

 

俺じゃあ勝てないだ?

ハハッ、敗北上等じゃねえか。

 

俺は、お前をぶっ殺すんだ。

 

 

「『MODE:シェンガオレン』」

 

 

右腕の復活はまだだ。だから無理矢理生えさせる。

肩から先の肌色が灰色へと変色していく。

 

だが、それじゃあ足りない。

 

 

だから……。

 

 

「『PLUS:ジエン・モーラン』」

 

 

二年のうちに習得した、俺の全身全霊の掛け合わせ。精霊界に閉じ込められた二年間で得た力。

これを使ったあとは何日動けなくなるかわからないが、今はそんなことは構わない。

 

「ァァァアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

とんでもない激痛が右腕を襲う。

灰色に生え代わった腕は、すでに人の形をしていない。鋏の形を模した右腕は、徐々に大きさを増していき、先ほどの槌なんかとは比べ物にならないほどに大きくなる。

 

大きくなるその度に右腕の仕組みその物が組み替えられ、激痛が伴う。

学習したこと。それは、使うものが強力であるほどに、自分に返ってくる痛みは壮絶なものとなる。掛け合わせるとなると、それはもうとてつもない。

使用頻度の慣れ不馴れ、なんてのもあるが。

ちなみにこの合わせ技を初めて使ったときは、効果を発揮させる前に気絶して一ヶ月は目が覚めなかった。

軽い気持ちで使えば、あっという間に意識を手放して失禁するレベルの激痛だ。

 

だがそんなことはどうでもいい。

 

 

「あぁ、いてえよ。超いてえ。軽くおしっこチビっちゃった」

 

 

意識がぶっ飛ぼうがなんだろうが、後のことは今はどうだっていい。

とにかく、強烈な一撃を。

本気の一撃を、こいつにぶつけてみたい。

 

 

その鋏、全長約一一〇メートル。

 

 

さぁ、模倣は終わった。

 

 

こっから先は模倣じゃねえ。今から下す一撃は……。

 

 

ホンモノだ。

 

 

「受け止めてみろよ。……いくぞッ」

 

 

俺は壮絶な笑みを浮かべ、異形の腕を降り下ろした。

 

 

 

 

 

その日、霊峰ゾニアとその周囲の連峰。

それら約半径二五〇〇〇メートルは地図上から消滅した。

 

 




破壊規模
約、江戸川から多摩市ですね(白目

それと、ストックが尽きかけなので恐らく更新が遅くなります。


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小さな手

「お嬢ちゃん。一人で酒場なんかにきちゃ危ないよぉ?おじさん達が安全なところまで案内してあげるぜ」

 

いやらしい表情を隠すことなく、そう声をかけてきた男達。

そんな妄言を発するリーダーらしき男は油の滴る汚ならしい額に虫のマークを印している。

 

魔導士ギルド。黒い鍬形(ブラックインセクト)

 

この町で情報を集めていて耳にタコができるほど聞いた名だ。ここ最近一般人を脅かしているギルドだ。この辺りをシマとして暴れまわっているんだとか。

ギリギリ正規のギルドということになっているが、こんなチンピラ紛いのことを繰り返している以上、評議院が動くのも時間の問題だろう。

 

男は私の肩に手を置こうと伸ばす。

その汚ならしい手をサッと避けてため息を溢す。。

情報収集のためにここへ来た。こういう輩に絡まれる前に聞くだけ聞いて消えようと考えていたが、どうやら引き際を先伸ばしにし過ぎたようだ。

この失敗は次に生かそう。

 

踵を返して出口へ向かう。

 

「そんな連れねー態度しなくてもいいじゃねえか。優しくしてやってんだからよ」

 

しつこく私に触れようと伸ばされた手をひらりと回避する。

 

「無視たぁいい度胸じゃねえかクソガキィ!」

 

ずいぶんと低い沸点だ。リーダーは拳を握り魔法を使う。

 

「『アイアンメイク・ブレード』」

 

男の手元に精製された醜い大太刀。

実力行使にでるというのなら私もそれ相応に力を行使しよう。もとより、ならず者にする手加減などありはしない。

金具で固定している背負った刀に手をそえる。

 

「ヒヒッ。お嬢ちゃん。謝るなら今だぜ。死にたくなきゃ今すぐ床に頭を擦り付けな」

 

「黙りなさい。外郎」

 

「それが遺言でいいんだなぁ!?」

 

男は醜い顔を更に醜く変えて人間の範疇を越えたような顔つきでその大太刀を振るった。

まるで遅いその太刀筋に呆れるも、意外なことに振り抜いた勢いのまま回転すると、男はその大太刀を私目掛けて投擲した。

動きは多少できるようだが、どうという程ではない。なんの苦もなくそれをひらりと避ける。

 

ふと、冷や汗が流れた。

まずい。忘れていた。私の後ろに人が……!

 

酒場という人の集まる場所で、その男の大太刀が投げられた。魔導士ならいざ知らず、一般人であれば死んでしまうだろう。

 

私の隣を通りすぎていった大太刀。当然間に合うわけもない。

 

視線のみでようやく追い付いたのは、その大太刀がローブを羽織った男の頭蓋へと襲いかかる数秒前だった。

食べている最中のステーキに夢中で、こちらの騒動にすら気がついていない。

 

間に合わない……!

 

「……え?」

 

しかし、突き刺さると思われた大太刀は男を仕留める前に、空中で真っ二つにへし折れ鉄屑へと変貌して転がった。

 

途端に静まる酒場。

驚愕したのは私だけではないだろう。唐突にあんな大太刀が砕けたのだから。

『砕けた』。それはつまり魔法の解除ではなく、物理的に砕かれたということ。

 

一体、誰がそんな真似を。

武の心得がないものなら、そんなことを思うかもしれない。だが、私にはその異常性がありありと伝わった。

当人であるその男が、砕いたのだ。文字通り目にも止まらない速さで腕を振るい砕いたのだ。

砕いたことは認識できた。だが殆んど勘に近いものがある。正確には見えた訳ではない。どのように壊したのかもわからない。

 

東の国。私の目指すところにあるその国で、達人の域にある剣士は、その剣を抜いたのかどうかすら捕えられない速度で抜刀する。曰く、音を越えるスピードの剣撃を繰り出すとか。

まさに、そんな逸話のような光景だった。

……いや、だがまだ魔法であるという可能性も捨てきれない。

 

 

「あのよぉ」

 

その本人。ローブの男が立ち上がった。

いつの間にか全て食されていたステーキの皿を退ける。そしてコップに並々に注がれたエールのようなものを一気に煽ると振り向いた。

 

ローブから出ている腕には包帯が大量に巻かれ、そのフードの中の顔ですら、右目と口周り意外は全て包帯で覆われていた。さながらミイラ男。

 

「俺の飯の時間を邪魔するな。それと、良い歳して子供に欲情してんじゃねえ。みっともない。yesロリータnoタッチ。オーケー?」

 

ロリータという言葉の意味はわからないが、なんとなく幼いと揶揄されているのは理解できた。

 

「あんだぁてめぇ。この最強の魔導士ギルド、ブラックインセクトに喧嘩売ろうってのか?あぁ?」

 

「……」

 

包帯男は机に金貨を置くと、私の横を通りブラックインセクトのメンバーたちの方へ向かう。

 

……戦闘が始まる!

そう感じてリーダーが魔法の準備をするも、彼らは包帯男の視界に入っていないようで見事なまでに隣を通ってスルーされた。

そのまま、何の気なしに出口へ歩く。

 

「待ちな!」

 

下っ端のような女が怒鳴り声と共に殴りかかった。が、それはこちらをチラリとも見もせず意図も簡単に後ろ手で受け止められる。

 

「はっ、離せ!」

 

包帯男はあからさまなため息を吐き出し、受け止めた手を離して渋々振り向く。

包帯である上にフードまで被っているため表情は伺えないが、面倒臭そうな雰囲気を全身から醸し出している。

 

「この俺様たちに逆らうってんなら、死んでもらおうか!『アイアンメイク・ランス』」

 

リーダーの男が立ち止まった包帯男へ魔法を放った。

槍のように鋭いそれを、男はひょいと詰まらなそうに回避すると小さく何かを呟く。

聞き取れなかったが詠唱だろうか。

 

「『……ランゴスタ』」

 

包帯男は、しゃがんだ。

いや、違う。体を丸めた兎のように飛び上がったのだ。しかし“跳ぶ”というよりはステップに近いだろう。

 

トン。トン。

そんな軽快な着地する音が二度鳴る。

 

次の瞬間。ギルドメンバー全員が白目を剥いて痙攣し、泡を吹いてその場で倒れた。

まるで麻痺毒を盛られたような症状だ。

二度目の着地の音と共に、気がつけばリーダーの目と鼻の先に汚れた包帯の顔を近付かせていた。

 

途端にリーダーから目に見えて怯えの色が滲み出る。

包帯男は、その速さとは裏腹にゆっくりと、強調するように口を開く。

 

「人様に迷惑かけんな。鬱陶しい」

 

包帯に巻かれたひと差し指を額に当てた。

途端、他のメンバー同様にリーダーも白目で痙攣しながら崩れ落ちてしまった。

 

包帯の男は倒れ伏したならず者たちを見て二度目のため息をつくと、酒場の扉を開けて出ていってしまった。

静寂に包まれる酒場。ここのお得意様であり、この町で幅を効かせていたブラックインセクトが意図も容易く、圧倒的な力量差で無力化されたのだ。仕方ない。

 

ハッと気を持ち直した私は酒場から飛び出すと、先程の男の背中を遠くに見つけて走り出す。

 

 

運命的な何かを感じた。

私は、あの人についていけば強くなれるかもしれない。

 

もう、何も、誰からも奪われないように。強くなれるかもしれない。

奪われないように。

守られるのではなく、守れるように。私は強くなりたい。だから

 

 

私は!!

 

 

全力で走って追い付き、息をきらしながらも叫ぶ。

 

心底思う。

 

「私を、弟子にしてください!!」

 

 

強くなりたい、と。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

あー。頭いてえ。

 

 

「仲間が世話になったなぁ。俺達に手を上げたんだ。生きて帰れると思うなよ!」

 

 

なにこいつら。

 

町を出ようとしていた俺。そんな俺になぜかずっと付いてくる少女。ちょこちょこと付いてきては何かを俺に語りかけてくる。まぁ上の空の俺は殆ど聞いてなかったけど。

まだ……それだけならよかった。ちょっと可愛いストーカーで済んだ。しかし、付いてきたのは少女だけではなかったようで、現在むさ苦しい男達に行く手を阻まれている。

 

「師匠。私が片付けます。見ていてください」

 

そんな男達にかっこよくそう決めると、少女は俺の前へ出る。仁王立ちで彼らに相対する。

え? なに? 師匠?そんなの聞いた覚えないんだけど……。初耳過ぎてびっくり。

 

首を傾げる俺に、少女は背負った長い太刀に手をかけた。男達はそれぞれが魔法を放つ構えをとる。

ピリピリした空気の中、にらみ合いが続く。

 

「あのー。話し合えばわかると思うんですよ、僕」

 

聞こえてなかったらしい。

先に飛び出たのは少女からだった。刀を背負うための金具を外す。

背負っていた身の丈程の太刀を解放すると同時に駆け出し、先頭にいた男の顎を柄で強打した。一撃で昏倒。

それをようやく理解したのか、遅れて襲いかかってきた男達。彼らの足を払い体勢を崩したところへ、鞘に納まったままの太刀を叩き込んだ。

 

頭へズゴン、鳩尾へぶすっ、金的へチーン。

うわー、えぐー。

的確な攻撃に怯んだ男達は距離をとると、それぞれが魔法を放つ。

 

子供、というよりは猫に近いかもしれない。すばしっこく動き周り、魔法を縫うように避けて一人づつ確実に仕留めていく。

 

おおう。女の子なのにやるな。

けどまぁ、端からみたら完全に事案だがな。男が集団で必死の形相で襲いかかる。通報ものだよ。

 

あっという間……とまでは行かなかったが、子供としては別格の早さで彼らの殆どをノしてしまった。

……子供としては別格、とか言ってるけど、普通子供が大人をノせる訳がない。なんだろう、ジェラールといいこの子といい、この世界の子供は皆こうなのだろうか。

子供は風の子ならぬ、火の粉なんだろうか。

 

「ぬふふ、俺のギルドをよくもやってくれたなぁ」

 

最後に残っていた残党。

いや、残党とは言わないのかもしれない。台詞からして、ブラックなんたらのギルドマスターだろうか。

妙に甲高い声が脳へ刺さるようで不愉快だ。あんまり騒ぐようなら俺が沈めよう。うん。

 

後ろで腕を組みながらこちらを見学していた男が手をかざした。すると、地面から多量の岩が浮き上がり浮かすと、それをこちらへと飛ばしてきた。

 

少女は避けられないと感じたようだ。刀を盾にやり過ごそうと身を竦めた。

流石にこれだけの量を飛ばされたら避けきれないか。どこぞの饅頭頭じゃあるまいし。

弾幕ゲーはマゾゲーだ、これ俺の考えね。

 

「『MODE:ダイミョウザザミ』」

 

肉質を鉄壁の甲殻類へと変質させ、少女を庇うように前へ飛び出た。流石に女の子が岩で潰されるのを看過できるような俺じゃない。

 

…………あれ?

というかそもそも、この状況を見学してたって時点で今の俺はどうかしてる。少女なんて真っ先に守るべき対象じゃないか。イカレちまったか?

 

うーむ。まだあの竜との激闘が尾を引いてるのかなぁ。未だにボケッとしてることが多くて困る。思考がまとまらない。

 

さて、視点を一旦戻そう。

岩は当然、ダイミョウザザミの鉄壁に通用するわけもなく、俺にぶつかったものはその場でことごとく砕ける。

 

「ぬぅ!ガキを庇うか!なら貴様もここで死ねぇェッ!」

 

声を裏返して奇声を上げる男。

頭に響くからやめて欲しいんだけど。

魔法を使い、さっきより多くの岩を浮かせたところで男が再度、口を開こうとしたその瞬間。流石にピキッと不機嫌の沸点が一定を越えた。

迅竜を模倣し疾走すると、出来るだけ手加減して殴り飛ばしす。

町の看板を突き破って吹き飛んでいった男に、俺は疲れきった声をつい漏らした。

 

「頭に響くから不愉快な声を出すなっつってんの。変態ロリコン集団が」

 

身を固くしていた少女は、いつの間にか男を殴り飛ばしていたことに対してか、驚いたような顔をしていた。

 

「すみません師匠。遅れをとりました」

 

「……俺、師匠になるなんて認めた覚えはないんだけど?」

 

未だに少しキンキンとあの男の声が響いてる気がする。頭も、靄がかかったようでスッキリしないし。

ここまで体調に異常をきたしたのは初めてだ。

……まさかここまで後遺症が酷いなんてな。

 

「なんと言われようと付いていきます」

 

む。意外と(かたく)なだな。

 

「そもそもお前、親はどうした?」

 

「両親は……もう居ません。今は兄を探して旅をしています。きっと、どこかで生きていると信じてる。だから……」

 

……想像してたより重かった。

 

「もう、泣きながらさ迷うのは嫌なんです。これ以上奪われないように私は力が欲しい。兄を、大切な人を奪われないように」

 

話を聞いてみれば、少女カグラちゃんは兄を誘拐されたらしいのだ。

そしてこれからどこかギルドに所属し、己を鍛え上げつつ兄を探すための情報収集をしようとしていたらしい。だが、そこに現れた俺に師事を仰ぎ、旅を共にしながら情報を集めたい、と。そう言うことらしい。

 

「うん。断る」

 

「何故ですか!?」

 

何故ですか、って。

だってそりゃあねえ?

 

「君、今いくつ?」

 

「九です」

 

お、おう。完全なロリっ子じゃねえか。

この世界の子供ってたくましいイメージしかなかったから、てっきり見た目に反してもっと年取ってるのかと……。

それにあんな身動き、九歳の子供ができるもんじゃないだろ。

 

「俺に付いてきたところで学ぶことなんて何もないぞ。教えることもないし、教えるつもりもない」

 

俺は技術なんてないしな。行き当たりばったり。能力と反射神経と、あのクソ竜のお陰で鍛えられた身体能力で応対することしかできない。

いつかジェラールにも言ったが、俺は誰かにものを教えるような器じゃない。

断るつもりで背を向けた俺は、舗装されていない畦道を歩き出す。

 

「見て学べということですね。精一杯励ませて頂きます」

 

……おい。了承してないぞ俺は。どんだけポジティブなのチミ。

そもそも、あの竜との遭遇率が高い俺の側にいるのは危険がある。

 

……あれ?……そういえば、あの竜と最後にやりあってからどれくらい経ったんだっけ。

どの辺からかよくわからないがあの竜と戦ってからというものの、記憶が混濁している。戦っていたのは覚えてるが、最後の方は記憶があやふやだ。

 

恐らく大体の予想はできる。模倣を無理矢理融合させたんだろう。融合技がハイリターンであることは精霊界で経験済みだ。

それでも尚、無理をして意識と記憶が飛んだものと思われる。今も後遺症として頭に靄がかかっていて体調は最悪。

戦ってた時の俺はきっと、よっぽどハイになってたんだろうな。わかっててやるなんて。アホめ。あの時の俺のアホめ。

 

そのせいか、時間の感覚まであやふやだ。どれくらい寝ていて、目が覚めてどれくらい経ったのかすらわからない。一週間か、一ヶ月か、半年か、一年か。

唯一、誰かに助けてもらったのは覚えている。うっすらとだが。

 

あぁ、体がダルい。

 

「よろしくお願いします!」

 

「認めてねえって」

 

「認められるように頑張ります」

 

面倒臭い。

……まぁ子供とはいえ女の子に付いてこられて嬉しいよ?普通だったら狂喜の舞を躍り狂ってるよ?狂喜乱舞だよ?

けど、あいにく体調不良が過ぎてそんな気分になれない。インフルエンザの最中に性欲がわかないあれと一緒。

 

……いや、こんな子供に性欲わいたらまずい。通報される。メイビスちゃんにハァハァしてた俺が言うのも今更な気がするけど。

……そもそもあれも冗談だからね?

 

「はぁ」

 

この子、どうしよう。またフェアリーテイルにでも預けに行くか?あのギルドはジェラールもいるし、他にも年の近い子供もいるし、マスターもいい人そうだったし。それにマグノリアだ。情報収集をするにしても悪くない環境だと思う。

 

「カグラちゃん」

 

「カグラとお呼びください。師匠」

 

「師匠じゃねえ」

 

「……なるほど。まだ弟子にすら及ばない段階ということですね。では、小間使いで構いません。弟子と認めてもらえるよう精進します」

 

伝わってねえ……。

 

「魔導士ギルドを紹介する。そこに所属するといい。良いやつらが多いし規模も中々だ。情報収集にももってこいだろう」

 

「師匠も所属しているのですか?」

 

「いいや。俺は魔導士じゃないからな」

 

「なら私はそのギルドには入りません」

 

なんでこう頑ななのかな。この子。

 

「理由を聞いておこう」

 

「私は師匠の元で学びたいからです。出会った瞬間に確信しました、あなたに付いていけば強くなれると」

 

「はぁ……」

 

何度目のため息だろう。

この子、凄い聞き分けが悪い子だ。ジェラールがどれだけ物分かりのいい子だったのか思い知らされる。

 

「それにしても驚きました。魔法をなしに魔導士ギルドを潰してしまうだなんて、流石です」

 

「ま、少しズルはしたけどな」

 

「師匠の動きを目で追えるようになるところから始めようと思っています。どうぞ私は居ないものと思ってください」

 

……なんかもう完全に弟子になったみたいなこと言ってるけど……。

 

いっそここに置いて俺一人で走り去るか?まだ町からそこまで離れた訳じゃないし、それも手段としては可能だ。

うーん。けどあんな町にこんな女の子を置き去りっていうのも良心の呵責が……。あの魔導士たちが回復したらこの子が危ないし。

 

あー、もう。仕方ない。

 

「じゃあこうしよう。あと一ヶ月間だけ師匠とやらの真似事はしてあげる。そして一ヶ月経ったら試験をしてやろう。俺を満足させられなければ破門だ。良いところは教えてやるから魔導士ギルドに行け」

 

「それはつまり、師匠を満足させることができれば正式に弟子として認めるということですか!」

 

「あぁ」

 

まぁ一ヶ月で何が出来るんだって話だけどね。

そもそも、満足させるっていう曖昧な基準なら俺の匙加減で落とすことができる。

俺も悪よのぉ、うえへへへへ。

 

……それに。その目は、九歳の子供がしていい目じゃない。

 

何がなんでも力を求めるような目だ。こう言う奴等は見たことがある。

依然、たまたま出くわしたトレジャーハンター。彼らは強大な力を求めて儀式を行い、霊脈の源を盗もうとしていた。

奴等の目と同じだ。

力を手にいれるためならなんでもする。他を犠牲にしても構わない。求めるものの為に何でもする。

力の為に迷う。人道にすら迷い、平気で踏み外す。

それは強さだと思う。否定はしない。

けど、こんな子供がしていい目じゃない。

子供ならもっと鼻水垂らしてヘラヘラしてりゃいい。馬鹿みたいに笑ってりゃいい。俺も多分そうだったろうし。

 

……いや、今もわりとそんな感じだな。俺。

 

それを思うと俺なんかに引っ付いてるより、フェアリーテイルみたいな明るいギルドにいた方が何万倍もいい。

俺といても楽しいことなんてないだろうし、それに一人旅だ。体力的にもキツいだろうしそもそも体の出来ていない子供には向かん環境だろう。

 

何がなんでも、俺はこの子を弟子にするつもりはない。

 

 

 

 

 

大木を刀のひと振りでへし折った少女を、俺はなんともいえない目で見ている。

 

……九歳の子供の所業じゃねえ。

しかもこれ、飯の確保とか言ってるんたぜ?

木の腐った部分にいる昆虫を掻き出して、それを焼いて食べるらしい。

女の子だよね?

 

……たくましい。たくまし過ぎる。

 

 

「どうぞ師匠」

 

「……」

 

調理が終わり、差し出された昆虫の串焼きに、俺は嫌な汗を感じながら受けとる。

 

えぇ……。

なんかカグラは普通に串焼き食べてるけど。

えぇ……。

 

いや、正直食べたくない。抵抗がある。けど……。

はよ食えや、という子供の無垢な視線で貫かれる俺は渋々にそして恐る恐るに串焼きを口に運んだ。

 

「どうですか?」

 

「……うまい」

 

肉だ……。いや、肉というより魚か?マグロを焼いたような食感だ。味付けは塩だけの筈だが……。なぜこんなに美味いんだ。

 

「ご存知かと思いますが、昆虫でもしっかりと調理すればそれなりに美味しくなります。私は兄が連れ去られ一人きりになったとき、動物を仕留めることができなかったのでどれだけ虫を美味しく食べれるか奮闘したので、少し自信があります」

 

やめて……。

可哀想過ぎて俺が泣きそう。

ちくしょう、子供の癖にたくましくなりやがって。こんな子供をそんな状況下に置いたやつマジで許せん。

 

ちくしょう。うまい。

この料理にはこの子のこれまでの努力が込められている。

苦悩も。苦痛も。恥辱も。

 

本来なら親に甘やかされながら生きていた筈だ。九歳。そんな子供が人を斬る感触を覚え、殺伐とした空気を吸い、刀を握って大人と争う。

兄を探してこの残酷な世界を一人旅する。

土の味を嫌い虫を食べるようになった。

虫の味が嫌いで美味しく食べれるようにした。

……いったいどれだけ苦汁を舐めてきたことか。

その小さな手を必死に伸ばして生きてきたんだろう。

 

「……」

 

「師匠?お気に召しませんでしたか?」

 

はぁ。ほんと。気分わりぃ。

 

「いいや。美味い」

 

 

よかった。と、その時は年相応の無邪気な笑顔で微笑んだ。

 

あぁ、ダメだ。ほんとに俺は情に流されやすい。

 

……情に流されると俺がこの子の面倒を見たくなる。

けど、そうなるといつこの子をあの竜との闘争に巻き込むかわかったもんじゃない。

さっさとフェアリーテイルに連れてって、幸せに暮らしてもらおう。

 

 

 

「今日はもう寝るか」

 

徐々にうつらうつらと舟を漕ぎ始めたカグラを見て、俺はそう告げる。

まぁひとつのギルドと戦ったわけだしな。主にこの子が。そりゃ眠くもなるだろう。

 

当然寝袋なんてあるわけもなく、適当に草を集める。だがなぜかそんな俺をカグラは止めた。

すると呆ける俺を他所に、カグラも作業に入る。手慣れているようで、苦もなくテキパキと寝床を作る。

 

「どうぞ、師匠」

 

どうやら俺に作ってくれていたらしい。その場を退くと、作った寝床を俺へ差し出した。

 

「喧しい。お子様は先に寝ろ。俺は少しやることをやってから寝る」

 

子供に作ってもらった寝床を俺が堂々と使えるわけないだろ。

 

「修業ですか?」

 

急に眠気をすっ飛ばしたように食いついてくる。

 

「違う。今後の方針を決めるだけだ。これに関しちゃ俺一人で決めさせてもらう。先に寝てろ」

 

諭してやると、ようやく引き下がったカグラは、もうひとつ寝床を作ろうと草を集め始める。

 

「あぁ待て。俺は寝床はいらん」

 

「そうですか」

 

寝床を作るのをやめると、カグラはその場で姿勢正しく正座をした。

……何してんのこの子。早く寝なさい。子供が起きていていい時間じゃありません。

 

「師匠が土の上で寝るというなら私も土の上で寝ます。師匠が寝ないというのなら私も寝ません」

 

……面倒くせぇ。

変な方向に真面目だな。律儀っつーかなんつーか。

頑固なんだな。

 

そこまでして求めるのか。

そこまでするほど辛かったのか。

 

「『MODE:ヒプノック』」

 

体質を眠鳥へと変える。

 

「師匠?」

 

訝しむカグラだったが、俺は警戒させないようにゆったりと歩み寄る。

そして頭に手をのせて撫でる。さらさらとした髪だ。女の子として見ても十分に可愛いし、将来はかなりの美人さんになるだろう。なら夜更かしは美容の大敵だ。……なんつってな。

 

「おやすみ」

 

ヒプノックの毒性にやられ、カグラは目を細めてふらつく。睡魔に逆らおうとしているのか、目を開こうと耐えている。

だが当然勝てるわけもなく、上半身を俺の方へと倒して眠ってしまった。

 

「『MODE:ガウシカ』」

 

ローブを柔らかな毛皮に変質させる。

身につけた物の変質は基本、低ランクのモンスターのものしか出来ないが、これのお陰で野宿が楽になっているので非常にありがたい。

 

ガウシカの毛皮でカグラを包み、彼女の作ってくれた寝床に寝かせる。

 

せめて寝ている時くらいは、辛い思いなんてせずに。楽になれるように。いい夢を見れるように。ゆっくり眠れ。

その寝顔を眺めながら、柄にもなく俺は穏やかな気持ちになっていた。

まだ子供なんだ。腹一杯飯食ってる夢でも見て、面白い寝言でもたくさん垂らせ。

 

「はぁ。ほんと、柄じゃねえよな」

 

木に寄りかかり、俺も楽な態勢になる。

残念ながらローブを変質させている今、俺自身が模倣することはできない。

掛け合わせ程ではないし、それほど難しいものでもないが、今の俺が同時発動をしようものならまたぶっ倒れかねない。

 

気持ち良さそうに眠るカグラを眺めつつ、たまにはいいかと俺も重たい体を休めるために、睡魔に身を任せた。

 

 

身体中が重い。苦しい。痛い。

 

それを我慢する必要もなく、休むことを必要としているのか、意識はすぐに沈んでいった。

 




体調不良のトージくんは元気がないようです。
若干重たい話になってしまったかな。

能力を移せることについてはあとでまた改めて


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妖精さん

小説って難しいね!!


「うわぁあああああああああ!キングオブロリコンに触られたぁあああ!しぬぅうううううう!めええでえええ!!めえでええええええええええぇぇぇ……え?……あれ?…………あ、夢か」

 

えーと……。

 

なんの夢だっけ?

誰かに追いかけられて死んだような夢だった気がする。死んだ俺が荷車に乗せられて出荷されながら牛タンとフロリダ行きのチケットを手に、ストローでラーメン啜ってるマッチョメンに助けを求めてる夢だった気がする。わけがわからん。

 

変な夢を見て目覚めた俺は、あくびをしながら夜空を見上げて星の位置を確認する。

まだ午前四時ってことろか。

少し肌寒い時間帯だ。

 

この世界で初めてお買い物をしたときに買ったブカブカのローブをリュックから引っ張り出す。

 

「『MODE:ガウシカ』」

 

俺の腕が一瞬だけ毛で覆われるが、それは俺の意思に従いローブへと移っていく。十秒とせずにローブが毛で覆われるとそれで自分を包むように丸まる。

 

模倣の移転。

ここ数年、色々なところを旅している中で修得した能力の応用だ(いつだか使った覚えがあるが改めて)。

ちなみに発想の元となったのは、たまたま通り掛かった町の町長だ。

あまりに煌々しい初日の出の如く輝くスキンヘッドを見て、毛を移してあげたいと思ったのが始まりである。

冬の気候で、その時丁度、胴体のみをガウシカで温めつつ新聞を読んでたら新聞が毛だらけになってしまったのだ。

 

これをさらに応用すれば敵を甲殻で覆って動けなくできるんじゃないかと思ってあれこれと練習してみた。

結果、死ぬかと思った。

ガウシカとかあまり強くない小型モンスターなら大した問題もなくできるんだが、大型モンスターでやった途端、体から何かが無理矢理引き抜かれてく感覚に襲われてぶっ倒れ、数時間動けなくなり、危うく凍てつく夜の中で凍死しかけた。

もうやりたくないでごわす。

 

吐き掛けていたレウスの炎の焚き火に薪を足しつつ、リュックからブサイウオの干物を取り出してかじる(海で終止食べていた人面魚の名前だ)。

 

まずっ。

まるで変わらないゴムのような触感と風味。実にまずい。

けど、日持ちはするし栄養価も無駄に高い。なんとか飲み込む。良薬苦し。

相も変わらず食には恵まれず、美味しいものを食おうとすると何かしら問題が起きて邪魔され続けている俺であった。

なんだろうね、ここまで来ると最早呪いだよ。神様にでも呪われてるのかね。ほんと勘弁してください死ね。

 

しかし俺の運というのも中々捨てがたいものがあるのも否定できない。

なにを隠そう、俺はあの黒い竜と年単位で出くわしていないのだ!!

これ超超超重要。

ちょっと前まで、お店にいこーかなーって外出した瞬間に出くわすような頻度だったとうのに。まるで俺のことが大好き過ぎて張ってるんじゃないかと思わせるくらいに頻繁だったのに。今じゃからっきしだ。

これを幸運と言わずなんと言う。

 

お陰で俺は自由気ままにぶらぶらと旅をしながら能力を練習したり、色んな人と出会ったりしてそれなりに楽しく暮らせている。

 

……一ヶ所に定住することも考えたが、やはりいつあいつが来るかわからない。だからこうして転々と旅をしている。

行く先々でまずい干物をぶら下げて食生活を過ごしているがな。

まぁ、総合的に見て悪くはない。

 

「ぶあっくしょいっ!」

 

うぅ。冷える。

鼻水をズルズルとすすりながら、これからどうしようかとぼーけっとしながら考える。

 

東に向かって日本モドキの国を探してみるのもいいかもしれない。日本人の性か、やっぱり米が食いたい。

 

そんな俺のもとへ、ドォンと何やら水飛沫が巻き上げられるような音と、強い振動が届いた。

 

「なんだ?」

 

毛皮ローブに手を通して立ち上がり、焚き火に砂をかけて消しリュックを持つ。

何かしらの魔物が近寄って来ているのなら食糧になる。

だが稀に魔導士とかトレジャーハンターとかそういった輩と出会う。なぜか血気盛んな彼らと大抵、敵対してしまうので、適当に様子を伺って魔物じゃなければさっさとここから出て行こう。

 

 

「弱き者はいらんッ!!」

 

近づいてみれば聞こえてきたのは怒号だった。

開けた場所があった。そこにはふたつの影がある。

茂みの中からその二人を観察してみる。

なにやら修業のようなことをしているようだ。

女の子となぜか上半身裸のムキムキなオッサンが組み手をしていた。……いや、組み手というには余りに一方的だ。オッサンが女の子を苛めているようにしか見えない。

見た感じ、襲われてるとか殺そうとしてるとかそういう場面ではなさそうだ。

 

しかし、女の子相手に容赦ねえな。

 

最終的に泣き出してしまった女の子を置いて、オッサンはひとり街の方へと歩いていってしまった。

状況が把握できてないが、置き去りとな。どういうことだろう。

ここは声をかけるべきか?

なんて言えばいいんだ?

 

『ねぇ、今君ひとりぃ?』

 

だめだ捕まる。

 

『何を泣いているんだい?君に涙は似合わないぜ。キリッ』

 

だめだ捕まる。

 

『へいゆー、これから俺とぱーりないっ!』

 

だめだ捕まる。

 

全く案が浮かばない。スリーアウトチェンジじゃねえか。いや、ゲームセットじゃねえか。

なんでこう俺はボキャブラリーが貧困なのかね。

あー。

 

「誰……?」

 

ウンウンと声に出して唸っていたら見つかってしまった。まぁそりゃそうだ。

こうなったら逮捕される覚悟だ。

ガウシカのローブをもとのローブに戻す。

こうなったら山の神様だとかなんとか行ってここをやり過ごそう。

 

「『MODE:雷光虫』」

 

仄かに体が発光し、辺りを薄く照らした。

雰囲気を出すためだ。

よ、よし。幼女に声をかけるぞ!

……まるで犯罪者のようなフリだ。

こんな女の子なら、神様と名乗るよりもっとファンシーに名乗ったほうがいいんじゃないか?

そう、例えば……。

 

「妖精だよ」

 

はは、はははあはははははは!!

幼女に対する接し方に迷いに迷ったあげく暴挙に出た御歳二十三の男が、そこにはいた。というか俺だった。

なんとなくうっすらと考えていたことがつい口から出てしまった。なんというケアレスミス。おっちょこちょいの極み。

どこが妖精さんだよ。

 

「……妖精さん?」

 

茂みの向こうから、薄く光るこちらを見つけたのか、声は明らかにこちらを向いていた。

 

やめて!呼ばないでっ!

妖精さんって。妖精さんって……。

いい歳して俺の脳内はお花畑か。

なんだよ妖精さんて。天才か。

ええい。もうこれで押し通すしかあるまい。俺は、今から妖精さんだっ!

 

 

 

 

あぁー。すっかり話し込んでしまった。

 

「妖精さん。また明日も来てくれる?」

 

この数時間話続けてようやくその呼ばれかたに馴れてきたが、やはり背中がむず痒くなる。

俺が妖精……。おえ。

 

「そうだね。僕なんかに色々なことを話してくれて嬉しかったよ。けど、僕は旅の妖精だから明日も明後日もここにはこれない」

 

「……そんな」

 

うーん。幼女のお願いは聞いてしかるべき。だが、あんまりこの子にちょっかい出していることがあのパパンにバレたら俺が絞め殺されかねない。

あのたくましい肉体でムーンサルトプレスを決めかれかねない。

 

「君がお父さんに負けずに、自分の強さを見つけられることを信じてる。どうしても辛くなったら友達を頼るといい」

 

「……私に友達なんていない」

 

おっと。地雷踏んじまったか?

ちらっと覗いてみると、相当にショックだったのか、声のトーンのみならずさっきまで元気だった雰囲気まで駄々下がりである。

ど、どうにかフォローせねば。

 

「そうか。じゃあまずは僕と友達だ」

 

「え?」

 

茂みの向こうで不思議そうな声が聞こえた。

ま、まぁ、今の俺は妖精さんだ。問題ないだろう。事案じゃない。これは事案じゃないぞ!

優しいお兄さんが相談に乗っているだけだ!あのスパルタパパンは相当メンタル面に関してのケアが出来ないみたいだから。

いやまぁ俺も普通そんなもんできないけど、俺にですらそう思わせるほどに厳しいみたいだから。

相手は幼女だ。労るべきものだ。クールに行くぜ。

 

「友達になって……くれるの?」

 

嬉しさを滲ませてはいるが、その声には怯えも混じっている。

その不安を払拭してあげるように、明るい声色で肯定する。

 

「あぁ。友達だ」

 

「……うん!友達だよっ!」

 

うむうむ。やっぱり子供は元気が一番だ。

空が明るくなってきた。もうじき夜明けだろう。

そろそろ俺はここから離れるとしよう。

妖精さんが実はこんな男だって知ってしまったら彼女は落ち込むこと間違いない。最悪泣いてしまうかもれない。

あれだ、ネズミの国に行って、可愛い可愛いきぐるみを脱いだら中から汗だくのオッサンが出てきたみたいな。

トラウマもんだろ。そんな想いをさせるわけにはいかないからな。

 

「僕はいくよ。君も負けないで、元気でね」

 

「うん!私は負けない!約束するよ妖精さん!……だから、私が負けなかったら、また会いに来てくれる?」

 

子供は純粋でええのぉ。

いや、俺が言うとなんか犯罪者にしか聞こえないな。

これはあれだろう。将来結婚しようね的なあれだろう。創作の中ならいざ知らず、現実世界だとまず覚えてすらいないというあれだろう。

 

「そうだね。そしたらまた会おうね」

 

「うん!」

 

元気な返事を聞いて、俺は悟られないように素早くその場から立ち去った。

話していた最中は忘れてたけど、パパンの存在を思い出してからはいつパパンが帰ってくるか気が気じゃなかったんでね!

 

はぁ。……友達を頼れとか言っておいて、俺がどっか行っちゃうってのは元も子もないし可哀想だとは思うけど仕方ない。

そこは気の持ちようだろう。がんばれ。

……そう言えば名前を聞いてなかったなぁ。

まぁいいか。もう会うこともないだろうし。

 

……しかし、どうして俺はこう幼女との遭遇率が高いんだろうか。

あの子も近くの町でまた待ち合わせることになってるし……。

確かに女日照りではあるが、流石に幼女に手は出せないから悔しい限りである。

 

「はぁ、とっとと行くか」

 

 

◇◇◇

 

 

どうやら、あの竜との戦いから一年が経過していたようだ。 

そんな俺に最近あった大きな変化といえば、全身グルグル巻きだった包帯をようやく外せたということだろう。

よく思い出せないが、近頃になって混乱していた記憶が整理できてきた。

戦闘やらなんやらで色々とあって全身ズタボロになった俺を治療してくれたのは、ピンクの髪のお婆さんだった。

医療に精通していた彼女に助けられ、俺はどうにか一命をとりとめた。

 

いや、お婆さん曰く、『ほっといても勝手に回復しただろう。助けて損をしたよ』とか、そんなツンデレ発言をされたのをなんとなく覚えている。

 

きっと若い頃はモテモテだったに違いない。

老けていてもそう思わせるそのツンデレお婆さんに、俺は肩叩きのプレゼントをすべく、久しぶりにお宅へお邪魔した。

場所もうろ覚えだったが、どうにかたどり着いた。めでたしめでたし。

えーと、確か名前は。

 

「ポーリュショカさーん!あーそびにきたよーっ!」

 

木々に囲まれた森の中で、ポツンと寂しく建てられた一軒家。

恐らく中にいるであろう医師のお婆さんに、来客の知らせを送る。

 

「ポーリュショカさぁあん!あーそーぼー!」

 

が、しかし何も聞こえない。

 

ふむ。もしかして俺の声が聞こえてないのだろうか……。あり得る。なんたってあの人も結構な高齢だろう。人間、老いには逆らえないものだ。

 

仕方ない。今度はちゃんと聞こえるように……。

 

「ポォオオオオオオオオオオリュゥゥウウウぶへっ」

 

家の窓が勢いよく開き、中から飛んできた漬物石が顔面へクリーンヒットした。

次いで怒声が森に響き渡る。

 

「うるさい!あたしゃあポーリュシカだ!!だいたい、人間は嫌いだって言った筈だよ!!それに健康な奴に時間を割くほど暇じゃないよ!!」

 

「おおぅ……。俺の整いに整ったびゅーてぃーふぇいすが」

 

「ふんっ!」

 

俺のボケすら放置し、鼻息荒くバタンと窓は閉められてしまった。

なんというツンデレ。これは中々の難易度ですわ。

しかしあんなムキにならなくても……。

 

……あ、ははーん。さては寂しいんだな?

もしかしなくてもボッチで寂しいからついついツンケンした態度になっちゃうんだな?

わかりますわかります。俺も中学生の時そうだったよ。ボッチ拗らせてそんな感じだったよ。

 

「ポーリュシカさぁあん!肩叩きしてあげるー!出てきてぇーー!」

 

「……」

 

「わかるよ!ボッチは辛いよね!わかるよ!だから可愛い可愛いトージくんが癒したげるよー!」

 

「……」

 

「そんな焦らさんといてぇなぁ。まいっちんぐぅー」

 

「……」

 

「ふむダメか。ならちっと嘘を交えて若い(・・)美人のお姉さんと呼ぶしかないか……」

 

「誰が年増だくそガキいいいいい!!」

 

「ちょ!猟銃なんて引っ張り出さんでもいいじゃない!待って待って!それ人に撃つものじゃない!!」

 

「喧しいぃ!!スライムみたいな人外じみた回復力のあんたにゃこれでも足りないくらいだよ!!」

 

「こ、殺されるぅうう!」

 

「くたばりなぁっ!!」

 

「医師の台詞じゃねええええ!!」

 

 

なぜか凄くイキイキとしたポーリュショカさん改めポーリュシカさんであった。

暫く鉛弾を加えた遠距離武器有りの鬼ごっこを堪能し、肩を切らせながらポーリュシカさんは椅子に腰掛けた。もちろん室内にて。

 

「落ち着きました?」

 

「……なんの用だい」

 

落ち着いたのを見計らいこちらから切り出すと、ポーリュシカさんはまるで親の仇でも見るように俺を睨む。

なんで追いかけられてた側がそんなピンピンしてんだ、とでも言いたげだ。

 

「いえ、全身の火傷もようやく引いて包帯を外せたので、お礼でもと」

 

……手ぶらですけど。

 

「全く……」

 

そうため息を溢してポーリュシカさんはお茶を入れる。……自分の分だけ。

 

「魔力枯渇してた状態で全身火傷に右半身を殆ど骨折。内臓も大きなダメージを受けて大半が機能停止。普通なら死んでても可笑しくない状態だったっていうのに。鎮静剤もなし痛み止めもなしに出ていくなんて、何考えてるんだい。あんたを治療してから一年。もう死んでるもんだと思ってたよ」

 

「あはは。すいません。ちょっと記憶が混濁しててよく覚えてないんです」

 

……そうか。改めて思うともう一年なんだよなぁ。

たぶん時期的に、あの子と出会って一年でもあるんだよな。

早いもんだよ。一年であの子も凄く強くなって、更に俺もようやく包帯を外せるようになったし。

時間の経過ってのは偉大だね、うん(小並感)。

 

「しかし、あの頃は体調不良最高潮でしたよ。水中で重りつけながら動いてるみたいでした」

 

「そりゃあ魔力欠乏してる状態で重症だったんだ。死んでも可笑しくなかった。……いや、死んでも、というより死ねないって言った方が正しいのか。あんたを見つけたときは介錯してやるべきだとアタシが思うほどだったよ」

 

え?危うくこの人にトドメさされるとこだったの?俺?あっぶねえええ。

だが、俺はうわ言のように『友達』がどうとか『善い人間』が何だとか。とりとめのない言葉と共に呻いていたらしい。

それを聞いて俺を助けてくれたのだと。

 

「……普通なら死ぬべきほどの怪我を負ったあんたなら、多大に脳へのダメージくらい出てて当然さね。生きてること事態が不思議なんだ。はぁ……そもそも、どうやったら人間があんな状態になれるのかこっちが聞きたいね」

 

「まぁ色々とありまして……。というか、今はもう大丈夫なんですか?さらっと恐ろしい言葉が聞こえたんだけど。脳にダメージって、凄く響きが怖いんですけど……」

 

「あぁ、健康体そのものだよ。動悸も瞳孔の様子も正常。こうやって普通に会話を出来ているんだ、そこまで重症ではないだろう。まぁ、元より馬鹿なのはどうしようもなさそうだがね。なにか気持ち悪いとか頭が痛いだとかあるかい?」

 

「いや、当時は頭痛と靄がかかったみたいで酷かったけど今はなんともない。というかむしろ体力をもて余してる感じ。本当に大丈夫?脳だよ?怖いよ?ほんとに治ったの?」

 

「残念ながら馬鹿は死んでも治らないね。……笑い事に出来ているから今はいいけどね。無茶するんじゃないよ。命はひとつしかないんだ」

 

ポーリュシカさんは俺を気遣ってくれているようだ。やはり人のよさが伺える。

……あれ?これ気遣われるのか?馬鹿は死んでも治らないとか言われてるけど。

だが否定もできません。なぜなら自分でもわかってるからッ!

 

「まぁ、さっきの走り方を見た限り、体に後遺症が残ってたようにも見えなかったしね」

 

「流石ポーリュシカさん!素晴らしいご慧眼だぁ!ちゃんと診ててくれたのね。あ、俺にもお茶くれません?」

 

「ここまで化け物染みた人間は見たことないよ。体の構造は普通の人間と変わらないのにね……」

 

「あのぉ。喉乾いたなぁ、なんて……。ついでに晩御飯と、暖かいベッドを貸してくれたらなー、なんて」

 

あの子にはお金も渡したし、町の宿で待ってもらってるから大丈夫としてだ。問題は俺の宿である。町への距離は結構ある。模倣して飛んでこうにも、また討伐依頼の標的にされては叶わん。

ゆえに歩いていくのなら野宿は確定である。野宿になるのなら泊めてもらいたい。それが現状なのだ。

 

「で、礼をしに来たあんたは、なんでズカズカと上がり込んで茶と宿を要求してくるんだい?」

 

物凄い白い目で見られている。

 

「……えーと」

 

そう言われると立つ瀬がない。

確かに嫌がっているのなら恩を仇で返していることになってしまう。

 

でも……。

 

「お礼したいとか言われて、満更じゃないんでしょ?」

 

ニヤニヤとしてそう言った俺は、一人寒空の下で空腹を堪えながら野宿することとなった。

 

 




刀児「あー、おばぁーちゃーん。久しぶりぃー。なに?この河を渡ればいいの?」


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居るべき場所

「ジェラール!勝負だァコラァァ!」

 

ギルドの扉が勢いよく押し開かれるなり、喧しくもそんな声が響いた。

ギルド内に響き渡り、大半は興味なさげにそれぞれ談笑やらクエストについてやら話し込んでいる。

一部のものたちは呆れの視線を当人へ。哀れみの視線を俺へと向ける。

 

「S級魔導士殿。お呼びだぜ」

 

恥じらいもなく上半身を衆目に晒しながら、氷の造形魔導士グレイは嫌みたらしく入り口を差した。 

 

入ってくるなり、俺の了解もなしに、我らがギルドの暴れん坊こと問題児のサラマンダーは飛び上がると、勢いよく俺へと殴りかかった。

燃えたぎる拳を受け止めることなく、手を添えて力を逸らし、適当に壁へ放り投げる。

俺はためらいなく、そこへ魔法を三度打ち込みトドメをさした。

実に簡単にいなされた炎の竜滅魔導士、ナツは壁に体が埋め込まることで動かなくなった。

 

「遠慮ねえな」

 

引き気味にグレイは、壁に埋め込まれたナツを見る。

これくらいじゃナツに効かないだろう。あいつの頑丈さはよく知ってるつもりだ。

いや、俺だけじゃない。このギルドの者なら誰でも知っていることだろう。

 

「グレイ。服を着ろ」

 

いつの間にか上半身だけでなくパンツ一枚になっている。

いつの間にぃ!?と本人が驚愕しているが、それはこちらの台詞だ。

本当にここには騒がしい連中が多い。

もちろん嫌いではないが。

 

俺があの人に連れてきて貰ってから、すでに八年の月日が流れた。

あれからあの人は一度もこのギルドへ顔を出していない。

一九になった俺は、S級魔導士としてこのギルドの実力者の一人として扱って貰えるようになった。

 

一重に、練習環境を整えてくれたマスターや、ライバル心を刺激してくれたラクサスや聖十大魔道となった彼女のお陰だろう。

俺一人の功績ではない。

 

「にしても、本当に強いよなお前は。入ってきたのは俺の方が早かったのに悔しいぜ」

 

グレイは少し拗ねたように言う。

 

強い、か。

かつての記憶が甦る。

あの人の記憶。どこまでも鮮烈に瞼の裏に焼き付いてる。

空を舞いながら、暴君のように、王者のように、狩人のようにその威風を示していたあの人を。

それでもまだ、あれでもあの人の力の鱗片すら見れていないのだろう。

今の俺はまだまだ弱い。

こんなんじゃまだあの人には到底追い付けない。

 

「さてな。俺にはまだ上がある。だからそこに行きたい。そう思ってるよ」

 

「かぁーっ。立派だなジェラール。その向上心を俺にも分けてくれよ」

 

「目標があれば頑張れるものだ。グレイにもあるだろう?」

 

「……目標、か」

 

どこか遠くを見るように、手元のコップを弄る。グレイも色々なことを経験してきているはずだ。それなりに思うところがあり、苦労してきているだろう。似た者同士とでもいうのか。苦労してるかどうか、なんとなくわかるものだ。

その点、このギルドにいる皆がそれぞれ何かを抱えている。

 

グレイのその物憂いたような表情は美形と呼べる顔つきで余計に様になっていた。

……まぁ、服を着ていればだが。

 

 

「ジェラァァーールッ!」

 

唐突にビクンと動きだし、壁に炎で穴を開けることでようやく抜け出したナツが俺のもとへ再び飛びかかった。

が、

 

「喧しいぃ!」

 

カウンターに腰掛けていたマスターマカロフによって叩き落とされ、再び床と同化する結果となった。失敗から学ばないナツであった。

……フェアリーテイルに入ってからというものの、こんなのは日常茶飯事だ。日常だ。

 

楽しいギルド。このフェアリーテイルは皆が皆、それぞれ家族のようで温かく楽しい。

一人一人が、大切な仲間だ。

だから、こうしてそれを眺めていると考えてしまう。

俺がここにいるべきではなかった。

 

あの時、俺が拷問を受けていれば、ここに居たのはエルザの筈だ。皆に囲まれて笑顔でいれた筈だ。

あの人と出会い、ナツたちと出会い、マグノリアの人々と出会い。

 

俺はそれを奪ってしまった。

 

俺はそれがとてつもなく悔しい。

過去について俺が思うのは後悔ばかりだ。

俺さえいなければ……。

 

……エルザ。

 

 

「これ、ジェラール」

 

ふと、マスターに軽く頭を叩かれた。

俯いていた顔を上げるとマスターはやれやれとでも言うように顔をしかめている。

 

「そーう、しみったれた面するな。こっちまで酒が不味くなる」

 

顔は下げていた筈だけどね、と心の中で呟きながらも、微笑んでしまう。

ここには、優しい人が多すぎる。いつか、エルザも他の皆も、フェアリーテイルに迎えたい。

……ここに、俺は居ていいんだろうか?

 

……あぁ、それでいい。ここに居てもいいじゃないか。

俺は強くなる。そして絶対に皆を迎えにいく。ここに、皆を。

そうだ、今更うだうだと迷うな。過程を悔やむな。ここに居れるのは色んな人が俺に手を差し伸べてくれたからだ。それを軽視するような考えはするべきじゃない。

 

あぁ、ここは俺の居るべき場所なんだから。

 

「なんだいマスター。昼間っから酒かい?」

 

フェアリーテイルの一員、カナがワインの入った大樽を片手にカウンターに腰掛けた。

 

……やはり突っ込みどころが満載な人間が多い。

しかも樽の半分程はもう飲み干されている。うら若き花も恥じらう年頃の少女とは思えない暴挙だ。

 

このギルドの弱点……というか欠点は、常識人が少ないところだろう。

誰も彼も殆どが常軌を逸している。実力的にも、常識的にも。

少なくとも最低限の常識があれば、任務のついでに町を半壊させてくるようなことはしないだろう。

それで頭を下げるのは一体誰なのか……。

 

マスターの苦労を思いつつ、コップを傾ける。

当然、酒じゃない。オレンジジュースだ。

 

 

「たハァっ……!おい、じっちゃん!死ぬかと思ったじゃねえか!」

 

床から出てきたナツは、それでも元気ハツラツといった様子でマスターに文句を並べる。

 

「お前がそんなもんで死ぬタマかぁ?」

 

「んなわけねぇだろ舐めんなぁ!」

 

ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる問題児。

あまり暴れられるとカウンターとかテーブルの修理代がかかる。ここいらで沈めた方がいいだろう。

 

そう思い立ち上がったところで、俺の視界に彼女が映り込んだ。

騒ぎ立てるナツの後ろに阿修羅像の如く仁王立ちする彼女に、俺は椅子に座り直した。

 

俺が手を出す必要はなさそうだな。

 

 

「わかったかじっちゃん!俺は最強だぁ!!……あ、忘れてた。ジェラール!勝負しろォ!!」

 

「ナツぅ。もうさっき負けたじゃん」

 

羽の生えた猫、ナツの相棒であるハッピーがナツを宥めるように言う。

ギルドのマスコットとして皆の癒しとなっているハッピーだが、最近になってナツの悪行に悪のりすることが多くなって困っている。

だが、そんなハッピーもナツの後ろに立っている彼女に気がつくと、手のひらを返したように黙り、気づかれないようにその場からスーッと離れていった。

 

なんとも保身的な相棒だ。

 

 

 

「ナツ。言った筈だ。ギルド内を破損させるような真似は許さないって」

 

「あぁ!?んなもん知るかっ……」

 

振り向いたナツは、彼女が誰であるか確認すると同時に脂汗を浮かべて固まった。

 

ガクガクと震えながらもどうにか言い訳を始めようとナツに、俺の隣からグレイが黙祷の言葉を贈る。

 

「ナツ。アーメン」

 

「やめてやれよ」

 

苦笑いでグレイに言う。

といっても、グレイの黙祷も尤もだ。ナツはこれからサンドバッグになるだろう。

 

「ナツよ。さらばじゃ」

 

マスターまで乗っかる。が、その視線は明らかに同情を込めたものだった。

まぁ……ナツ、骨は拾うよ。

 

フェアリーテイルにおいて最強の一角として謳われている女魔導士。聖十大魔道として名を馳せる使い手。

そんな彼女の前で全身汗まみれになり、助けを求めるように目玉をキョロキョロと動かすナツ。

 

当然、誰一人として目を合わせず全員に目を逸らされた。

こう言うところだけは白状なものだ。

 

……かく言う、俺もだが。

 

 

数分後。

 

鞘に納められたままの刀でボッコボコにされたナツは、見るも無惨な、原型を留めていない顔でテーブル席に倒れ伏していた。

ハッピーはそんなボロボロのナツに、大丈夫?と声をかけながらも木の棒でつついている。死体にムチ打ちとはこのことか。

 

彼女、カグラは刀を戻して体の向きを変えた。白を貴重とした服に、それに映える艶やかな長い黒髪を靡かせてカウンター席へと腰を下ろす。

 

「相変わらずねぇ。カグラは」

 

カウンターで受け付け兼支給、調理をしてくれているミラ。座ったカグラにドリンクを注いだコップを差し出した。

 

「相変わらずなのはナツだ」

 

「否定できねえな。あいつがギルドをぶっ壊さずに建物の形を保ててるのも、カグラやじいさん、ジェラールが抑えててくれてるからだぜ」

 

ナツを笑いの種にしているグレイに、カグラの鋭い目付きが向けられた。

 

「服を着なさい」

 

「あれぇ!?さっき着たばっかりなのに!?」

 

「……早く」

 

「了解ですっ!」

 

カグラが愛刀、不倶戴天に手をかけた瞬間にパンツ一枚のグレイは跳ねるように脱ぎ捨ててあった服に飛び込んで行った。

 

丁度グレイの着地地点にいたエルフマンがグレイのタックルを足に受けてバランスを崩し、テーブルに伏していたナツの頭に手をついた。

 

ウガァ!と復活したナツによりエルフマンが殴り飛ばされ、それがマカオとワカバの飲んでいるテーブルに突っ込み破壊される。

更にナツは鬱憤を晴らすかのようその場でテーブルに足を乗せて雄叫びを上げる。

 

酒と食べ物を粗末にされたマカオとワカバが怒りだし、エルフマンを拾い上げてナツへ投げ返した。

エルフマンのキャッチボールが始まり、そこから乱闘へと広がっていく。

 

腹を抱えながらそれを見てヤジを飛ばすカナ。

苦笑いでコップを拭きつつ、飛んできた物を華麗に避けているミラ。

困ったように頭を抱えるマスター。

 

初めてここに来たときと何も変わっちゃいない。馬鹿みたいに喧嘩して騒ぎ立てて。凄く賑やかで楽しい場所。

 

いつかのように俺の顔面目掛けて飛んできた酒瓶を、反射的に目の前でキャッチした。

手のひらを返してそのラベルを見つめながら……かつてのワンシーンに思いを馳せる。

 

あの時は、あの人に助けてもらったんだっけ。

脳裏に浮かぶあの人の顔。

 

俺はまだ、こんなところで立ち止まっている訳にはいかない。

俺も大魔道候補として名は連ねているが、まだまだだ。

聖十大魔道となったカグラを。まずは彼女を追い越さなければ話しにならない。

そこからだ。

 

気持ちを新たに、馬鹿共を眺めて立ち上がる。

タイミングを同じくして椅子を立ったカグラと頷き合う。

 

「俺は左半分を沈める」

 

「私は右半分を叩き伏せよう」

 

一部のものたちがこちらに気がついたようで、すぐに逃げの姿勢をとるが時既に遅し。

俺たち二人によって、フェアリーテイルのギルド内の床に全員の上半身が埋まった。

 

 

「お前らのぅ……」

 

穴だらけになった床に、マスターは泣きそうな声で鼻をすすりながら酒を一気に飲み干した。

 

ハハハ、気合いが空振りました……。

 

すいません。

 

 




原作
システムの完成のために尽くしたジェラールは聖十の称号を得た。

今作
フェアリーテイルと街の人々に愛されて育ったジェラールは、聖十の候補者として非常に有望視されている。


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UNMASK 前編

前編後編でお送りいたします。
サブタイトルが英語な理由? 

かっこいいからです(小並感


夢を見た。

 

あの黒い霧に覆われたゼレフが、俺に背を向けて立ち去っていく夢。

伸ばしても手は届かないどころか、俺の体には微塵も力が入らない。指一本動かすことすらできない。

そんな中で体に鞭を打ってどうにか開いた瞼。

 

ゼレフの纏っていた霧が暴れまわり、俺を一瞬にして呑み込んでしまった。

霧に襲われた俺は、体が軽くなるような感覚に陥る。決して昇天とかそう意味ではない。

わかりやすく言うならば……そう、自分にまとわりついていた泥が落ちていくような感覚、だ。

 

何度も経験があるからわかるが、あの霧を受けて苦しまない筈がない。

それを踏まえて、これが夢であることはなんとなく理解できた。その上で、働かない頭でぼんやりと思った。

 

 

 

 

──あぁ、どうせなら、エロい夢が見たかったよ。

 

 

 

そんな自分の声に目が覚めた。どうやら自分の阿呆な願望を寝言として口から出ていて、しかもそれで自分自身が起きてしまったらしい。

なんて阿呆なんだ。

 

 

「……ハッッ!?……ここはだれ!?私はどこ!?」

 

 

森の中で目が覚めた。はて、俺が野宿してたのはこんなところだったか?

 

うーん。すっかり爆睡してしまった。最近警戒心が薄れてきてるな、いけないいけない。

さぁて、ともかく旅の続きといくか。

にしてもなんだったんだ?ゼレフの夢を見たような気がしなくもない。不思議なもんだ。それならメイビスたんの方がよかったよ。野郎の夢より女の子を見たかったよ。

 

いや違うのよ?ゼレフをディスってるわけじゃないのよ?

 

なんて言い訳は置いておいてだ……あれ?

 

「俺の荷物がねえ!!なんで!?ま、まさか!追い剥ぎにでも()ってたのか俺!!」

 

正直、寝る直前までのことをはっきりと覚えていない。何があったんだっけ……。

 

いや、そんなことよりも、あの中には食い物が入っていたというのに、なんてことを……。

ここまでにあった経緯なんて覚えてないから考えてもしかたねえし……。

 

あぁ、ひもじい。

 

「誰だよ。誰だよちくしょオ!!」

 

沸々と沸いてきた怒りを抑えきれずに、地面に巨大な亀裂が入る程の地団駄を踏む。

 

「『MODE:ドスファンゴ』」

 

ユ!!ル!!サ!!ン!!

 

犯人を見つけるべく、山の中を走り回った。犯人を見つけたら縄で縛って山の中を引きずってやる!

 

目の前に現れる木々は全て体当たりでへし折り、薙ぎ倒してひたすら探し回る。

許さん。許さん!!許さん!!

 

「どこのどいつだボケエエエエエ!!一発殴って首を一八〇度回転させたるわァア!!」

 

ニ!!ガ!!サ!!ン!!

 

 

夜は、騒がしくふけていった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「ジェラール!」

 

そう呼ばれたと同時に意識がそちらへ逸れ、放物線を描いて飛んできたナツをキャッチした。

カグラの意図を即座に理解し、ボロボロになりながら目を回しているナツを担いでその場からの離脱を試みる。

 

「すまないカグラ!すぐに戻る!」

 

魔法で速度を上げようとしたその時、背中を冷たいものが走った。

背筋が伸びるような感覚を受け、直感でそこから右に転がるように移動すると、先程まで走っていた場所が大きく抉られていた。

雷を纏った拳。地面に打ち付けられ、行き場を失った雷が上空へと伸びるように逃げた。

 

なんともふざけた速度と威力だ。

まるでラクサスを相手にでもとっているようだ。

 

「──抜かぬ太刀の型」

 

未だ雷撃の轟音が名残を聞かせる中、その囁くような声は静かに響いた。

同時に彼女の鞘に納められた不倶戴天の打撃技により、標的は胃の中のものをぶちまけながらも瓦礫を量産して遺跡の奥へと吹き飛んでいった。

だが、あれではまだ仕留めきれていないだろう。

予想していた通り、奥からヤツの咆哮が響いてきた。

 

「早く行け」

 

カグラからのそう背中を押すような少し強めの口調に、俺は石畳を蹴った。

 

「『流星(ミーティア)』」

 

俺の最も得意とする魔法。それは天体魔法。

これは身体能力を上げ、高速移動を可能とさせる魔法。

あの人には及ばないが、どうしても憧れを手離せなかった俺が、速さと強さを求めて修得したものだ。

……我ながら女々しいものだ。

 

この高速移動はぶら下げているナツに負担がかかるが、今はそんなことは言ってられない。カグラがヤツを押さえていてくれてるからいいが、いつまでもタラタラしている俺をサポートしながら戦うのは骨だろう。

ナツは丈夫だしこれくらいで根をあげる男じゃない。

 

遺跡の中から脱出すると目の前に広がる森の中へと突入する。

木々の間を縫うように走り抜け、木の根を跳ねるように避け、食人植物の包囲網を潜り抜けるように速度を上げていく。森を抜けた先、目の前に迫った崖。速度を下げることなく勢いのままそれを垂直に上った。

 

担いでいるナツから『しぬぅうううう!』なんて悲鳴が聞こえるが空耳に違いない。なぜならナツは気絶していたのだから。

例え目覚めたとして、乗り物じゃない俺で酔ったのなら自業自得だ。

まぁ、こんな動きをされれば例え滅竜魔導士でなくても酔うだろうがな。

 

……半ば意識的に酔うような動きで走っているところはあるが、こいつの馬鹿な行いのお陰でこんなことになっているんだから、それこそ自業自得だろう。

 

「じぇ、ジェラールぅ。しぃっ……うっ、しぃいいいいいいぬぅ──」

 

なにやら声を出し始めたナツがこれ以上喋れないよう、更に速度を上げてやる。

このお騒がせな問題児のせいで俺だけならずカグラまで駆り出されたのだ。仕返しはしても仕切れん。

喋れるものなら喋ってみろ。

 

出来るだけナツを苦しめるように走りながらも、ようやく拠点地として借りている山小屋までたどり着いた。

急停止すると、ナツから尋常じゃないほどの辛そうな呻き声が漏れた。

まだ内容物のブレスをしていないだけ褒めてやろう。

呻いているナツを、扉を開けて中へ放り込む。

 

「ジェラール!?」

 

「わぁ、ジェラールだ!ナツもいる!」

 

小屋の中でルーシィとハッピーが二人抱き合っていた。

驚いたように目を見張っている。

 

「なぜ抱き合っているんだ?」

 

そう聞いて、それから俺は自分の中で納得した。そしてそんなことを聞いた自分を悔いた。

 

「すまない。趣味趣向は人それぞれだ。蛇足だった。続けてくれ」

 

気まずくなって扉を閉めようとするとルーシィが突然ダイブし、足元にしがみついてきた。

 

「待ってー!違う!違うの!そんな趣味も趣向もないない!」

 

聞いてみれば、魔物との戦闘音がここまで響いていたらしい。まぁ、あれだけ強力な魔法をドンドン使っていれば聞こえても仕方がない。

そしてそこから大きな魔力を出しながら近づいてきた俺を魔物だと勘違いして怯えながら抱き合っていたらしい。

まさか新人にまで化け物扱いされるとはな……。

だが、所詮俺は聖十大魔道の候補者程度だ。本物たちにはまだ遠く及ばない。

 

「ねぇ。私、よくわからないままナツに連れられて来たんだけど。この任務ってなんなの?当のナツは一人で走って行って、ボロボロになってジェラールに担がれてくるし。もう何がなんだか」

 

「知らないで来たのか?前回のことといい。中々肝が座ってるな、ルーシィ」

 

ついこの前ガルナ島へランク無視でクエストに向かっておいて、また懲りずにS級に挑もうだなんて。

元凶であるナツは帰ったらとっちめるとして、この子も結構な問題児だな。

 

「ごごごごめんなさい!本当にナツに無理矢理連れて来られたんです!S級だなんて全くこれっぽっちも知らなかったんです!」

 

「そそそそうだよジェラール。だからオイラを怒らないで」

 

「…………怒ってないさ」

 

「その間が怖いの!」

 

だがこの調子からしたら本当に何も知らずに来たらしい。

まぁ、今回のことはナツに責任があることは確かだが、マスターにも問題があったことは否めないしな。

だからと言っておとがめなしには出来ない。

ギルドのメンバーたる者、きちんと自分で情報の取捨選択を行い、規律正しく規則に沿って……なんて、フェアリーテイルの魔導士じゃ無理か。

 

「本当に怒ってないさ。今回のクエスト、実はランクを上げることが決まって『処理中』ってことでマスターが依頼書を持っていたんだ」

 

窓を開けて外へ顔を出しながら、苦しげにえずいている情けない滅竜魔導士を横目に、今回の事のあらましを説明する。

 

「それをナツは、マスターがミラにセクハラしてカグラに説教されている間に抜き取ってきたんだよ」

 

「ええ!?ナツもナツだけど……マスターもマスターだなぁ」

 

そうじとっとした目で明後日の方向を見つめるルーシィ。きっと視線の先ではマスターがいい笑顔でサムズアップしている虚像でも浮かび上がっているんだろう。

 

「処理中ってことで、この任務はまだS級として貼り出されていなかったからな。S級を違反じゃない形で引き受け、達成しようとしたんだろう」

 

全く。普段は馬鹿なことばかりしているくせにこういうことになると頭が回る。

これだから問題児だなんだと言われるんだ。

生真面目の塊のようなカグラの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 

そして前回同様、依頼を受けたナツがルーシィとハッピーを引き連れて来た。

二人をここに置き去りにして標的へ突っ込んだナツはそれはもうコテンパンにされていた。そこへ俺とカグラがマスターの指示によって駆け付け応戦、撤退、現在に至る。

 

「今回のクエストの内容は、バルカン一頭の討伐だ」

 

「え?バルカン?でもバルカンってそこまで強くないんじゃ……ナツだって前に倒したし」

 

「そうだよ!ナツが負けるはずないよ!ついでにテイクオーバーされてたマカオだってボッコボコにしたんだから!」

 

「そこ威張るところじゃないわよ」

 

胃の中身を吐き出しているナツを見ていたハッピーもこちらへ交ざってくると、そう胸を張った。

 

「あぁ。普通のバルカンならな。通常個体ならばナツでも一撃で沈めることは可能だろう。だが、今回は特別だ。今回の個体は何かもっとヤバいものに接収(テイクオーバー)している。あれは素体によって力が底上げされていると見ていい。なんせ、S級に匹敵するんだ。カグラが今相手をしているが手伝わないと危ないかもしれない」

 

その言葉を聞いたルーシィは顔を真っ青にしている。

カグラを相手に遊ぶように戦っているんだ。それはそれは恐ろしいことだろう。

ガルナ島で元蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のメンバーをリオン以外全員一人で打ちのめし、その場にいた者たち全員に圧倒的力量差を見せつけたカグラが苦戦しているのだから。

 

「い、一体何に接収(テイクオーバー)したらそんなことに……」

 

ルーシィが怯えるのも最もと言える。

 

「わからない。ただひとつ言えるのは、相手が聖十大魔道クラスだってことだ」

 

そんなものにナツが敵うわけもない。殺されてなかっただけ重畳というものだろう。

 

「俺は加勢しにいく。二人はここでその問題児を見ていてくれ」

 

「わかった。でも無理はしないでね?」

 

「あい!ナツのことは任せて!」

 

頼もしく頷く二人を見て、俺は再び元来た道を加速して駆け抜けた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

とんでもない威力をもった拳が振るわれた。

不倶戴天を両手に持ちどうにかそれを防ぐ。だが威力を殺しきれずに押し負け、遺跡の壁を突き破る。

とんでもない威力に体が悲鳴をあげる。

痛みに呻く暇もなくめり込んだ壁から離れて即座に上半身を横へ倒した。

倒した上半身ギリギリだった。肩をかすって血が舞い、追撃の拳が避ける直前の壁へ深々と突き刺さった。同時に迸る雷が金切り声のように響く。

そこが、隙だ。

 

「──斬の型」

 

不倶戴天による切り払い。それをがら空きの胴へ見舞う。

 

「な!?」

 

完全に隙をついたはずだった。だというのに、バルカンは私の刀を左手で受け止めて見せた。

右に握られた拳が視界に入ったと同時に身を屈めれば、私の真上を豪腕が通過していく。

俯いたところを蹴りあげられ、それを防ぐと同時に腕が悲鳴をあげた。

再び遠慮もなく繰り出された拳。空を裂くように次々と放たれるそれをどうにか避ける。避ける。避ける。

 

なんて速度。

まるでマスターの拳を彷彿とさせるような、巨人の拳を思わせる破壊力が、回避に徹した私の頬を掠める。薄く裂けた頬から血が跳ねる。

回避に徹している。徹しているにも関わらず、どういうことかこいつはそれを捉えるのだ。捉えて、仕止めようとしてくるのだ。

これがバルカンだなんて、馬鹿げているわ。

 

だが、私とて伊達にこれまで自分を磨きあげて来たわけではない。

私は、積み重ねたんだ。あの人の背中を見て。

そうだ、私は名乗るんだ……。

なればこそ……。

 

「──斬の型」

 

一瞬でこちらの出方に気づいたのか、バルカンは直ぐ様両腕で自身を庇う。  

練りに練った太刀筋。

型に沿った太刀筋。動きだけ再現すれば実に単純な動作だろう。だが錬度が違う。単純な動作であればこそ、極めれば強力な武器となる。

それに比べてさっきの刀裁きは余りにもお粗末過ぎた。数十秒前の自分に恥じる。

 

だが……。

 

「まだだ。まだ足りない。私に抜かせてみろ。この刀を」

 

それにしたって、今の一撃。ナツやグレイなら戦闘不能に出来るほどの威力だったのだが……。

なるほど、近頃の魔物は恐ろしいものね、と口端を軽く吊り上げる。

最近は兄の行方を探すことに夢中で、身も心も戦いに投じることが出来なかったしね。

この馬鹿げた強さのバルカンに、感覚を取り戻すための手伝いをしてもらうとしよう。

 

私の感情を察してか知らずか、不服そうに唸りながらも、然したるダメージもなさそうにバルカンは地面を叩いている。

 

「バルカン。確か知能があり、人の言葉を解する筈だが。如何か?」

 

そう問いかけるも、返ってくるのはウホッウホッなんて返事として成立のしない鳴き声だけ。

果たして、その動物的な返答は知能がないゆえなのか、それとも知能があって尚言葉を喋る気がないのか。

人に寄生すれば人の言葉を解する。

動物に寄生しているならまだしも……。

だが、このバルカンが野性動物に寄生しているだなんて事態があって良い訳がない。それが事実であった場合、通常時のバルカンに対する危険度が跳ね上がること間違いない。

だとするとなぜ言葉を喋ることをしないのか。それが不可解。

バルカンの生態に対しても謎が多いのも事実。ここで真実に迫ろうと言うのは酷ということだろうか。

 

そんな思考が生まれては消えていく。

 

首を傾げて鼻をほじっているバルカンに、ふと疑問が浮かび上がった。

 

──なぜ、攻めてこない?

 

……もしかして、このバルカンが攻撃するのはこちらから攻撃を仕掛けたからだろうか。

元はと言えばナツが勝手に挑んで勝手にボコボコにされていただけ。そこに私とジェラールが横槍をいれたから戦っていた?

 

 

──そんな安易な憶測をするべきではなかった。気がつけば私は激痛に苛まれ、遺跡の外で倒れ附していた。

 

 

「ぅぶっ……」

 

喉の奥からせり上がってきたものを吐き出してみれば、いつの間にか倒れていた地面の草葉が真っ赤に染まる。吐血だ。

そして遺跡の方へと視線を動かして理解した。私は遺跡の支柱をへし折り、壁を何枚も何枚も突き破り、遺跡から文字通り叩き出されたのだ。

 

なんて恐ろしい威力。見ることも、理解することも叶わなかった。マスターの隕石のような拳を凌駕している。尋常ではない。

今の一撃で自分がどれだけ大きなダメージを負ったのか自分でもよくわかる。

聖十大魔道等と呼ばれて多少なりとも舞い上がっていたのだろう。なんと愚かな。

侮ることはすまい、などと考えていたばかりだというのにこの醜態だ。

侮り、侮ってその結果こうして一撃で打ちのめされている。

 

「全く、私はどれだけ……ぅぐっ……抜くことすら出し惜しみ、無様に終わるとは」

 

怒りすら込み上げてくる。

バルカンにではない。自分にだ。

ふざけるな。あの人の弟子を名乗れるように頑張ってきたのだ。だというのに、こんなモンスターを侮り舞い上がり打ちのめされているだと?ふざけるな。

 

「負けるわけにはいかない……」

 

立ち上がろうとするも足に力が入らずに四つん這いになる。

 

「あの人の元には一ヶ月しかいられなかった。っぐ……だが、私はあの人の弟子でありたいっ。こんなところで負けるわけには……」

 

──いかないッ!!

 

その場から四つん這いのままに駆け出す。足に力が入らなくとも移動することなど容易い。

重力魔法。自分の周囲の重力を軽く、バルカンの周囲の重力を重くする。

常人なら潰れてしまうであろうその中で、それでも呑気にドラミングをしているところを見ると、本当にこれがバルカンなのか疑わしくなる。

 

「斬る──」

 

射抜くようにバルカンを睨み付けて抜刀すべく構える。

不倶戴天の刀身を抜き出そうとしたその時。

 

 

「『流星(ミーティア)!』」

 

私の体から力が抜ける。

無理矢理横から入ってきた男に抱えられて、そのままバルカンへの軌道を遮られた。

私を抱え、その場から離脱を謀る。

 

「ま、まてジェラ」

 

静止させようとする私の言葉を遮り、加速する。

移動することによる強風を受けながらも目を開く。すると、バルカンは私たちを追いかけてきていた。

 

「ジェ……ジェラール。おろせ」

 

満身創痍な私に極力衝撃を与えないようにしているのだろう、速いながらも緩やかに駆けるジェラールに言う。

 

「あいつは、私が倒す」

 

「馬鹿なことを言うな」

 

呆れたような声が帰ってきた。心配そう声色も混じってはいるが、呆れが大半を占めるような物言いだ。

 

「負けたのが許せないのはわかる。だが今のカグラじゃ勝てない。一旦引くぞ」

 

一旦。その言葉でジェラールが妥協してくれているのが窺えた。

普通ならば依頼としても不成立であり、引き返すのが現状であるというのに、頑固な私のために続行を選んでくれたのだ。

自分勝手なのは私の方だ。ナツのことは言えないわね。

 

とにかく今は、追いかけてくるあのバルカンをどうにかするべきだ。

天体魔法にすら追い縋るバルカン。悪夢以外の何物でもない。

 

「ジェラール。行くぞ」

 

そう合図を送るとジェラールは頷いた。

返事を確認した私は、ジェラールと私自身に重力魔法を施す。

途端に速度を増す。天体魔法と重力魔法が合わさることで驚異的な速度が生まれ、バルカンを置き去りにして森を駆け抜けた。

当初と違い、急激な速度の変化に慣れたジェラールは、まるで光のように宙を駆ける。

 

そしてどうにか私たちは、バルカンから逃げ(おお)せたのだった。

 




後半へ続く(日曜18:15感)


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UNMASK 後編

原作主人公の存在感……


心配そうにカグラを覗き込むルーシィは、オロオロとして落ち着かない。

 

それも仕方ないだろう。フェアリーテイル(いち)、最強の女魔導士として名高いカグラがこの容態だ。

逃げている最中でさえ魔法を使い、ずっと気を張っていたのがここに来て押し寄せたようで、顔を青くしてぐったりとしている。

 

戦闘中に余程大きなダメージを食らったのだろう。ここまで消耗しているカグラを見るのは俺も初めてだ。

 

「クソッ!!」

 

普段手も足も出せず打ちのめされているナツは、カグラがバルカンに敗北してしまったことがショックだったのか、イライラとした態度を当たり散らしている。

仇討ちをするために飛び出そうとしたところを取り抑えたのは数分前のことだ。

 

「やっぱり納得いかねえ!!俺がぶっ飛ばしてくる!!」

 

またしても懲りずに出ていこうとしたナツ。だが、そんなナツにカグラが目線を向けたと同時に、ナツは木製の床にめり込んだ。重力魔法で叩き込まれたのだろう。

 

「……んがァっ!じゃま、すんじゃねえよっ、カグラ!」

 

魔法により重くなったその体を両手で持ち上げ、震える足を張ってナツは苦しそうに堪え忍ぶ。

許せない。そんな感情が生まれるのは当然だ。俺だってそうなんだから。フェアリーテイルの仲間がやられて悔しくない訳がない。

だが……。

 

持ってきた台車を引っ張り出す。

 

「のわぁあ!?……何しィ……やがんだジェラ……うぶっ、ぎもぢわるいっ……」

 

未だに魔法でプルプルとしているナツの足を払い、台車に無理矢理乗せる。すると急に顔色を悪くして大人しくなった。

滅竜魔導士の弱点。それは乗り物だ。なぜか滅竜魔導士は総じて乗り物に弱い。そこをついてナツを台車に乗せて無力化した。

こんなこともあろうかと持ってきて正解だったといえよう。

 

「悔しいのは当然だ。だがお前じゃあのバルカンには勝てない」

 

「ジェラール。なにもそこまでしなくても……」

 

「そうだよジェラール」

 

今になってようやく重力魔法を解いてもらったナツを見ながらルーシィとハッピーが意義を述べる。

 

「ナツが向かっていけば恐らく大変なことになる。いや、ナツ一人がコテンパンにされるだけならまだいい。だがあれが街に降りてしまえば大変な事態になる。これ以上、下手に刺激するべきじゃない」

 

「……ふざけんなぁ……お、俺がぁ、ぶっ飛ばしてぇ……おえっ……」

 

全く。頭が痛い。

あれに勝ち目なんてない。カグラでさえやられてしまったんだ、俺であっても善戦できれば御の字というものだ。

確かにナツは感情が昂る毎に力が増してく兆候がある。元々高い地力が押し上げられる現象は今までもたくさん見てきた。成長率で言えばギルド一だろう。

だが、それはあくまで昂る余裕があればの話だ。瞬殺されるのが目に見えている今、そんなナツの感情論の伴った戦力に合わせて付き合うことはできない。

……只でさえ、こちらには怪我人もいる。応急措置はしたがこれじゃ心許ない。早く医者に見せるべきだ。

 

「ルーシィ、そのまま台車を押してナツを運んでくれ。カグラは俺が担いでいく。ハッピーは空から周囲の監視を頼む。ナツ、今はクエストの達成よりカグラの安否が一番だ。わかるな?」

 

そう諭すように言う。仲間の安否が先と言われれば弱いようだ。流石のナツも、渋々といった雰囲気で了承した。

 

「話はまとまったな。荷物をまとめてくれ、ギルドへ帰る」

 

……出来ることなら、あのバルカンはカグラに討たせてやりたいと言う気持ちはある。ギルドへ加入してその当初からというものの、カグラは勝ちに拘ってきた。

 

どうしてもしなければならないことがある。その為に、諦めるのも負けるのも嫌なのだと。

どうしても、探したい人がいる。

どうしても、追いかけたい人がいる。

深くは追及してはいないが、カグラの事情は大きくその二つらしい。

後者の目的のために負けたくない、そんなところだろう。だが、これほど重症となるとそれは叶えられない。

見ただけでは軽症だが、臓器がやられている。これでは到底……。

まぁ、俺としては尚も意識があって魔法を使えるのに驚きだが。そんな規格外を感じるのも今更というものだろう。

 

……当のカグラと言えば、意識はあるようだ。だが一言も喋らず、動かず、目蓋すら開かず横たわっている。

まるで、体力を蓄えているかのような……。

重症の身だ、早く治すためだろう。はぁ、是非ナツにもこういう所を学んでほしいものだ。

 

ナツが了承した、とは言え安心は出来ない。こいつはそういう奴だからな。

ナツを台車から下ろしてやろうと歩み寄り、しゃがんだ。

 

 

──その時、屋根が吹き飛んだ

 

 

視界にちらりと映ったのは、独特の硬そうな白い毛。びっしりとその毛に覆われていて、まるで大樹のように太い豪腕。

それが小屋の屋根──否、上半分をへし折り、ぶち壊した。

 

あんなものに当たれば明らかにカグラの二の舞になっていただろう。

それでも、俺たちは奇跡的だった。

床に附したナツやカグラは当たることはなく、ナツの前でしゃがんだ俺にも当たらず、カグラに寄り添っていたルーシィとハッピーも意図せずその脅威から難を逃れたのだ。

 

「え!?な、なに!?」

 

「……ッ!ナツ!ハッピー!」

 

ルーシィの悲鳴に似た言葉にはっとすると、現状を理解しナツを台車から蹴り飛ばして二人に呼び掛ける。

 

手荒く蹴り落とされたナツは多少顔色の悪さを見せながらも着地し、その手に火を纏った。

 

驚愕すべきことに、ぐったりとしてした筈のカグラが立ち上がっていた。

カグラは不倶戴天を掴むと、喚くルーシィを猫のように持ち上げ、振りかぶり……

 

 

勢いよく──

 

 

「え!?ちょっとカグラ!?やめ、ぎゃああああああぁぁぁぁぁ──」

 

 

──空へと放り投げた。

 

 

「……ハッピー、ルーシィを連れて行って」

 

ハッピーは戸惑いながらも魔法で翼を産み出し、開放感溢れる小屋から出ていくと、打ち上げられたルーシィを空中で掴み、そのまま飛び去った。その速度はカグラの魔法により本来より速度を増して遠ざかっていく。

 

『ゴァ?』そう首を傾げながら阿呆面でハッピーたちを見上げるバルカン。

その腕に雷を帯電させると、躊躇いもなくハッピーたちへと射ち放った。

 

「火竜の咆哮ォオ!!」

 

ナツの口から放たれた火炎がその雷を打ち消そうと飛び立つ。

しかし多少拮抗したものの雷に破れてしまった。

 

「『流星(ミーティア)』!」

 

瞬間的に身体能力を最大まで引き上げて雷撃へ追い付くと、天体魔法でどうにか相殺することに成功した。

後方を飛ぶハッピーたちが距離を空けていくのを確認してバルカンへの意識を強める。

雷を使うバルカン。本当に何なんだこいつは。魔法を使うバルカンなんて聞いたこともない。

あんな簡易的に放った雷撃だというのに、ナツが押し負けた。これは相当な事態だ。

とんでもないモンスター。明らかにS級以上だ。評議院め、なぜこんなモンスターがいることを知った上ですぐに対処しなかったんだ。

 

……は、ともかくとして。

 

「カグラ。なぜ逃げなかった」

 

「なぜ?もう十二分に休息はとった。問題はない」

 

そんな強がりのような台詞を使うカグラはというと……。笑っていた。その整った容貌を歪めて笑い、バルカンを射抜かんばかりに睨んでいる。

その目は正に、勝利に飢える戦士のそれだ。

 

「私とてフェアリーテイルの魔導士。この程度で下がれる訳がない」

 

それを言われてしまっては、確かに下がれる訳がないな。

 

俺たちの間を通り飛び出していったナツが、バルカンへと向かった。

 

「火竜の鉄拳!」

 

ナツに反応したバルカンは、ニヤニヤと笑いながらその拳に応じて対するように豪腕を振るった。

 

「待てナツ!」

 

バルカンへ殴りかかろうとしたナツへと駆け寄り横から引き留めると、バルカンの攻撃の軌道上から離脱する。

 

「何すんだよジェラール!」

 

「こちらの台詞だ!見ろ、お前はあと少しで黒焦げになってた!」

 

腕から放射された雷撃によって、軌道上の木々は炭化し、地面は大きく抉れている。滅竜魔導士とはいえ、只じゃすまないことは目に見えている。

 

「ラクサスに勝てないお前じゃ、あのバルカンにも勝てない。頼むから下がっていてくれ」

 

「うるせぇ!なんでラクサスに勝てなかったらあのゴリラに負けるんだよ!つーか俺の方がラクサスよりつええ!!」

 

「はぁ」

 

始まった。これだからこの馬鹿は。

しかし、正直今はナツに構っている暇などない。例え刹那的でも警戒を解き目線を離せば俺たちはやられるだろう。

このバルカン、阿呆面でしかも攻撃の素振りを殆ど見せない。いや、悟らせないと言うべきか。予備動作がわからない。

関係のないところへ目線を飛ばしたり可笑しなポーズをとったりとわけのわからない行動をとったかと思えば唐突に攻撃へと転じる。

……端から見てる分には、何も考えずに気のむくままに暴れている暴れん坊のようにしか見えない。実に戦い難い。

 

手を出しあぐねていると、後方からとてつもない圧力に、一瞬背を押されたような錯覚に陥った。

 

「ナツ、ジェラール。屈め」

 

カグラだ。カグラが自身の愛刀に手をかけている。

なぜかカグラの持つ刀に視線が向いてしまう。いつもは封をしてあるその刀。

正直なところ、彼女が刀を抜くという行動に出たのを見ことがない。

だが、僅かだが、刀の構えが今までと違う気がする。ただ、どこがどう違うのかはわからない。気迫故にそう見えるだけなのか。

 

「のぉっ!?」

 

ふと我に返った俺は、ナツの頭を鷲掴みにして地面へと倒れこんだ。

 

 

「抜刀」

 

 

カグラによって放たれていた圧力が途端に弱くなったその瞬間。

鋭い風が吹き抜けた。

 

そして森は、視界で捉えることのできる木々の全てが、()()に分断されていた。

 

森は一撃で、切り株の群集地帯となり果てた。

 

 

果たしてこれを人間業だと言えるのだろうか。

 

「……凄まじいな。怪我をしているというのに、魔法なしの刀の一振りでこの威力か」

 

聖十という称号を甘く見たつもりはなかったが、これは流石に驚愕しざろう得ない。

……わかってはいたが、先はまだ遠いようだ。

 

──ムッホォオオオッ!!

 

こちらも驚くべきことに、バルカンは首と胴体がお別れしていることもなく、生きていた。

跳んでいたのだ。あの一瞬にも満たない速度で振るわれた剣戟を、跳躍することで回避していた。

本能故の危機察知によるものか……いやそんなことはどうだって構わない。跳んだ今こそが隙だ。空中じゃ身動きは取れない。

 

俺は両手を掲げて標的へ向ける。

カグラにばかり負けてはいられない。追い越すと決意したんだ。だから、

 

 

「──七つの星に裁かれよ」

 

強力な魔法の籠められた七つの魔法陣を引き連れ、その矛先をバルカンへと。

 

「天体魔法。『七星剣(グランシャリオ)』!」

 

宙でなす術もなく、隕石にも匹敵すると言われる魔力の塊をその巨体へ見舞った。

まともに食らってしまえば、例えそれが頑丈でタフな魔導士だとしても立ち上がることすらままならないだろう。

天体魔法という強力な魔法を生身で受けて、只で済むわけがないのだ。

 

「やったか!?」

 

「ナツ、その発言はやめて。嫌な予感しかしないのだけど……」

 

カグラの苦言を他所に、物言わぬ形になってしまったであろうバルカンが地面に大きな音をたてて落下した。

 

「……」

 

少しの静寂に包まれる。

 

「うぉぉおおおおおおおっ!!」

 

勝利を確信したナツがその場で雄叫びをあげ、明後日の方向へと火炎を放射し始めた。

 

……ふぅ。しかし、どうなることかと思った。まさか俺たちでここまで手間取る魔物がいるとは。

ナツに至っては殆ど何もできてないのに何故か大喜びしてはしゃぎ回っている。まぁ、その気持ちもわからなくはないが。

 

「ッシャアアアアアアア!!……ん?って、俺なんにもしてねえじゃねえか!ふざけんなぁ!!」

 

ようやくその事実に気がついたらしい。不満そうに地団駄を踏んでいる。本当に元気なやつだ。

 

しかしカグラだけは、未だに鋭さの抜けない双眸でバルカンを睨んでいる。

 

「……なぜ」

 

冷厳な態度のまま口を開いたカグラに、戸惑いを禁じ得ず言葉の続きを待つ。

 

「バルカンなら、なぜ宿主から分離しない」

 

そう疑問を口にした。

 

ゾワッと嫌な感覚が背中を撫でる。

 

その時、バルカンを中心に巨大な落雷が落ちた。

空に雨雲などない。まるで、バルカンが発生させたような……。

 

「まずいな」

 

カグラから漏れた危機感を煽る声に、俺は全力で同意した。

 

体毛を逆立てたバルカンはその場で四足で立ち、瞳を獰猛に真っ赤に染めていた。

こちらまでバチバチとした雰囲気に肌を刺され、呑まれそうになる。

 

そして気がついた。

 

俺の体が、震えている。

恐怖心からなのかわからないままに、震えるその両手を見つめる。

俺だけではない。カグラも冷や汗を垂らしながら後退り、ナツは完全に真っ青になって動けずにいる。

 

……本当に、まずいかもしれない。

 

フェアリーテイルだから勝つ、だとか。プライドが許さないから戦う、だとか、そんな馬鹿げたことを言えるようなレベルではない。

 

本気で、逃げるべきだ。

 

俺が。体が全力で逃げろと訴えている。

 

勝てる相手ではない。

 

 

「ッ!」

 

バルカンと目が合う。

 

あ、これは……。

 

まずい。そう思ったその時だった。

 

「なっ!?」

 

「ッオゥ!?」

 

カグラとナツの悲鳴が聞こえ、横目に彼らのいた場所を確認する。だがそこにはすでに誰もいなかった。

 

全身に嫌な汗がダクダクと流れ、呼吸が整わず荒くなる。

 

バルカンは動いていない。なら、いったい何が起きた。なぜカグラとナツが消えた……?

 

まさか……。

 

……いや、違う。そんなわけがない。カグラとナツがアイツにそうも容易くやられるわけがない。そもそも、それならどうして俺が無事なんだ?

 

訳がわからない!一体なにが──

 

 

「ッ!?」

 

唐突に体の平衡感覚が可笑しくなり、バルカンを捉えていたはずの目の前が暗転した。

 

そして身体中が何かにぶつかるような激痛に襲わる。もしかして、今俺はバルカンに襲われて訳もわからない状態になっているのだろうか。恐怖よりも、悔いが頭を染めていく。

頭の中を整理することも叶わないうちに痛みは終わった。

 

 

「よかった!ジェラールも無事だ!」

 

口の中にジャリジャリと入っている不快な砂を吐き出すと、目を開いた。

視界に映るのは長い金髪と紫の髪のメイド。

 

「……ル、ルーシィか?」

 

「うん!」

 

間違いない。精霊魔導士のルーシィとその精霊、処女級のバルゴだ。

 

笑顔で頷く彼女だが、状況を理解できずに辺りを見回す。辺りは真っ暗だが、遠くの壁に灯された松明が岩肌の壁、床、天井を仄かに照らしている。そして壁際に寄りかかっているカグラと、白目を剥いて気絶しているナツ、それを起こそうとしているハッピー。

ここは……洞窟か?

 

「なんか凄く嫌な予感がしたの。それで戻って来たんだ。助太刀しようとも思ったんだけどアタシたちじゃ足手まといになっちゃうし」

 

俺の怪訝そうな顔から察してくれたのか、ルーシィが話してくれる。

 

「それで離れたところから様子を見てたんだけど、なんだか凄くまずそうだったから、バルゴに穴を掘ってもらって、遺跡の地下空間に引っ張って来たんだ」

 

……なるほど、ここはあの遺跡の一部だったのか……。

何はともあれ、助かったと言うべきか。

 

「ありがとうルーシィ。正直危なかった。本当に助かったよ」

 

しかし驚いた。本当に二人が消えたときはどうなることかと思った。

何事もないようで何よりだ。だが、物凄く心臓に悪い。

 

「え?あ、い、いやぁ。いっつも付いていってるだけだからそういうの言われちゃうと……なんか恥ずかしいなぁ」

 

「そうだよジェラール!この場所を見つけたのはオイラだよ。それを横取りしてるルーシィはとてもズルいと思います」

 

「うるさい猫っ。横取りなんてしてないわよ!」

 

「逆ギレされたよオイラ怖いよ助けてカグラ」

 

「なんで私が悪者みたいになってるの!?」

 

「姫。お仕置きですね?」

 

「しないわよ!」

 

泣き真似をしながらカグラの足元に隠れるハッピーに、ルーシィは怒りの形相を浮かべた。

一方どこからかムチを取り出したメイド姿のバルゴはそれをルーシィへ手渡してなぜかお尻を向けると、さぁ姫お早く!と捲し立てている。

……そんないつも通りのやり取りを見ていて、自然と力んでいた肩の力が抜けていくのを感じた。

 

仕切るように手を叩いたカグラに、俺たちの視線が集まる。

 

「とりあえずこの場は早々に撤退しよう。あれは私たちが手に負える魔物じゃないわ。マスターへ報告するべきね」

 

カグラを先頭とし、ナツを担いで俺たちはどうにかこの依頼から帰還することに成功した。

その間『お仕置きを。おや?放置プレイですか姫。いいです、素晴らしいです。流石姫。お仕置きですね?』云々とひたすら謎の喜びを得ていたのが、ナツ以外の全員の耳に残ることとなった。

 

 

◇◇◇

 

 

森がざわめいている。

 

何かが近づいている。

 

そんな僕の予想は大方外れてはいなかった。

 

「バルカン、か」

 

珍しくもなんともない。バルカンといえば様々な地方で様々な亜種の見られる個体数の多い種だ。

……だがしかし、これは少し稀少かもしれない。

 

まるで雷を従えるかのように雷電を迸らせ、彼の意に沿うようにそれらが大地を走り回る。

稀少、とは言うものの、今更僕がバルカンに対して興味を抱くことなどもうない。

研究の対象として見るには議題として些か以上に興が沸かない。

以前は研究していたこともあった。バルカンは僕の呪いを受けて死ぬが、接収(テイクオーバー)された宿主は殺すことなく済むのだ。それによって生まれた研究結果もいくつかあった。が、僕の研究心は既にそこにはない。

 

今の僕が研究することにおいて、もっとも掻き立てられるのは、彼の力のみだ。

 

だから……。

 

「早く僕の前から去るんだ。そうしないと、君も死んでしまうよ?」

 

バルカンが僕の言うことを聞いてくれるとは到底思えない。しかし、命は命だ。尊い。いくら魔物といえど、気安く奪っていいものではない。この子はここから去ってくれるだろうか。

 

だが、そんなささやかな願いすらも、都合よく叶うことはない。

 

 

──グルゥウ

 

威嚇するように身構えたその瞬間。バルカンの命は意図も容易く、終わりを迎えた。

なんともあっなく、なんとも簡単に、儚く。その生に終止符を打ったのだ。

 

「ごめんね」

 

魔物が相手と言えど、馴れたくもない痛みが胸を尽き刺す。

 

「僕は……殺したくないのに」

 

立ち去ろうとする僕の背後で煙が上がった。

バルカンの接収(テイクオーバー)が解けたらしい。

宿主は運がない。こんな人気のない森のなかで、道具や食料のひとつもなく、目が覚めたら一人なのだ。最悪野生の動物に襲われることになるだろう。

だが、僕が関わって殺してしまう訳にもいかない。気をつけて森を抜けてくれることを祈ろう。

 

近くにいるわけにはいかず、僕はその場から足早に姿を消した。

 

 

そう一〇〇年前。

 

一〇〇年前、僕が彼を殺してしまったこと。それは今であっても悔いても悔いきれないままに自分の中で燻っている。

 

精霊界へ落ちていく彼の手を、どうして離してしまったのか。

 

『安心しろ。世界を飛んだくらいじゃ死なねーって』

 

最後に見たトージは、そう笑っていた。

笑っていた。だが精霊界は現界とは異なる世界だ。現界の生き物が世界を移動し精霊界へ行ったとなれば命はない。

 

恐らく、トージはもう……。

 

 

足元の草花は色褪せると、その頭を垂れた。それは波紋のように僕を中心として徐々に広がっていく。生命を奪っていく。死なせていく。殺していく。

 

「そう、こうやって、僕が……」

 

根の張り巡らされた鬱蒼とした森が、枯れて行く。

 

殺していく。僕が。

 

 

僕が

 

 

殺していく

 

 

僕が、僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく僕が殺していく僕が殺していく僕が殺していく殺していく僕が僕が僕が殺していく僕が僕が殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく──

 

 

「あぁあ……あぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

──いいじゃないか、命なんて。

 

 

「そんなすぐ散ってしまうものなんて、いらない。下らない。そんなものを数えてるだなんて、馬鹿みたいだ」

 

 

帰ろう。

 

 

帰って、ゲームの続きをしよう。

 

 

駒なら一杯あるんだ。もっとたくさん集めて、もっともっと駒で遊ぼう。

 

 

命という駒で

 

 

 

ゲームをしよう

 

 

 

 

 

 

 




数時間後


「らぁ……エロい夢がぁ、見たかったよ……フガッ。ん?ぬぁん?……ハッ!?ここはだれ!?わたしはどこ!?」




ということでオリ話終了です。
察しの良い方は、タイトルと前編の序盤の描写をなぜ入れたのか、で感ずいていたかもしれませんね。



では、次は幽鬼でお会いしましょう!

アデュゥ!


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金色の咆哮

幽鬼の支配者編です。



金槌が鉄とぶつかり合うことで甲高い金属音が鳴り響く。

たたら炉からの灼熱を顔全面に受けながら、垂れる汗を拭うことすら忘れてひたすら腕を振り下ろす

 

そうやって一晩叩かれ続けた鉄は、刀として形をなし、熱く、熱く、その熱を刀身の芯に湛える。

 

打ち終えた刀を水へ浸すと、水が蒸気へと変わり、工房内の湿度をぐっとあげた。

浸けた刀に油を湿らせた布でくるみ、筒状の魔導具に射し込む。

 

分厚い手袋を嵌め、炉の蓋を閉める音が工房に響き、それが本日の作業終了の合図となった。

 

「ふぅ……」

 

俺は汗を拭って、その場でため息を吐くと、ここを仕切っている鍛人へと手をあげた。

 

彼は立ち上がると金槌をぶら下げたままに、俺の肩を叩いてお疲れ、と厳つい顔で笑う。堅気の人間には見えない顔つきだ。

 

「いやぁ、炎の魔導士がいると本当に助かるぜ」

 

絶対人を一人は(あや)めているんじゃないかと思わせるような風格を持っているが、これが中々にフレンドリーだったりする。

初対面の時におしっこチビりそうになったのはいい想い出だ。

 

たまにだが、俺はこうして、一日だけの依頼を受けて路銀を稼いだりしているのだ。

今回の依頼は炉の温度を一定に保つというもので、俺はひたすらレウスのブレスで温度を調整していただけだ。

 

残念ながら俺には刀鍛冶なんて才能はないのでな。だははは。

そんな才能はないし、教えてもらおうにもそんな一朝一夕で出来るわけもない。そんなポンポンできたらそれこそご都合主義だな、最も俺に似つかわしくない言葉だ。あー悲しい。

 

……そう、そういえばあれだ。

刀鍛冶といえば、俺はひとつ考えたことがあった。

ズバリ、モンスターの素材で武器が作れるのではないか、という天才的発想だ。

虫や古龍の素材で武器を作れれば、あの武器たちを作ることが可能ではなかろうか。

中二病心を燻られるあの太刀。そう、黒刀や天上天下天地無双刀、それに独龍剣やら覇剣エムカムトルム。あの大好きなかっこいい武器を!

 

……まぁ、この提案はボツになったが。

 

残念ながらそういった超胸熱な展開にはなりませんでした。

理由としては、まず武器を作るのには素材がいる。もちろん入手元は俺の体の部位だ。

ここまでくれば誰にでも想像がつくだろう。

 

自分の体を自分で解体できるわけがないだろ。

 

まさに真理だったと言わざるを得ない。

無理だよ。無理。いくら再生するからといって自分の体を引きちぎれと?抉れと?剥ぎ取れと?無茶をおっしゃい。

馬鹿じゃないの?出来るわけない。ないないあり得ない。怖すぎ。自分の体を剥ぎ取って武器にするとか、クレイジーにも程があるわ。

なんだか狩られるモンスターたちの気持ちが少しわかった気がする。

それにもし素材を手に入れたとしても、それを加工できる技術がこの世界にあるわけもなく、それこそ完成まで何十、何百年とかかるかわかったもんじゃない。

 

ということで、そういった思惑は頓挫してしまった。

だが、俺とて男の子。刀剣への興味が一度沸いてしまえばそれは収まることはなく、こうして報酬として刀を頂戴しにきた次第であるのであった、まる。

 

「ほれ、報酬の刀だ」

 

「いやっほおおおっ」

 

そんなもんでいいのか?と不思議そうに首を傾げるおっさんに、俺はハイテンションのままその場からスキップで立ち去った。

 

工房に入ったのは昨日の夜。丸一日籠っていたため、外はもう夜の帳が降り、月が顔を出していた。

工房とは大きく違い、少しひんやりした空気に気持ちよさを感じながら足を弾ませる。

 

「うーむ」

 

……というか、あれだな。ファンタジー世界だというのに刀剣やら武器を持たないなんて勿体無いことこの上なかったな。

魔法……て言っていいのかわからんが、『模倣』は十分に満喫したし、この能力には滅茶苦茶助けられたけど。

 

というか、魔物を狩る……もとい、モンスターハントをするのに素手で挑むとか馬鹿なの?なんなの俺。意味わからん。今更過ぎるけど。

この世界に来て、十年(くらいか?)たって気がついたけど、得物のひとつも持たずに竜と戦うとかほんとどうかしてるよ。

狩人ですら猟銃を持つんだぞ?剣奴は剣を、漁師は網を、ボクサーはグローブを、ゲーマーはコントローラーを。何にしろ得物を持つのは当たり前だ。

やることがやることだというのにも関わらず俺は全て素手で挑んできた。今になって思い返してみれば実に頭の可笑しな話だ。

 

だが、心機一転。今の俺はもう違う。

 

「今の俺は、剣士だ」

 

キリッ

 

やっべ、今の俺、超格好いいかも。

等と思いつつ、いい歳して刀をベルトに挿し、一人悦に浸る男がいるのであった。

というか、それが俺という男だった。

 

よし、折角だからこの刀に名前をつけよう。決して斬○刀を意識して思い付いたとかではないよ、決して。

 

ふーむ。

 

「斬○」

 

違う違う。そうじゃない。ダメだろ。

えーと……。

 

「ダーク○パルサー」

 

うーん。これも違う。というか刀なのに横文字って可笑しいだろ。違うだろ。

 

「えーと。じゃサイコロで決めよう」

 

我ながらどんな発想だ、と突っ込みたくなるが迷いに迷った挙げ句、そんな結論に落ち着いた。

 

小石を六面に削り、それぞれに数字を刻んで、それぞれに思い浮かんだ名前を割り振っていく。

 

完成したサイコロを早速振り、名前は早々に決定した。実に素晴らしい名前だ。

 

その名も──

 

 

「これから宜しくな!『しおから』!」

 

 

……うん。だって、ネタで考えた候補に当たっちゃったんだもの。

まぁ……まぁ、いいや。決まったものは仕方ない。そう、どうにか納得すると、気を取り直して道を歩み出す。

 

取り残されたカラスたちがカァカァと空を飛ぶ。

 

すっかり暗くなった街を出歩き、どこか屋台でもやってないかと広場なんかを見て回るが、案の定、どこも店仕舞いとなっているようだ。

 

空腹を感じながら、仕方なしに干物をかじろうとリュックに手を突っ込む。

だが、どう手をさ迷わせても、それらしき形にヒットすることはなく、ただただ空を掻くのみ。

 

「うげっ」

 

背中に夢中になっていた俺は、道端に落ちていた犬のアレに気がつかず見事に踏んでしまっていた。

 

「……マジか」

 

……い、いや、今はそんなことよりも大事なことが。

 

嫌な予感に渋々と従いリュックを開いて覗いてみれば、中にあるのは干物を通していたヒモのみであった。

 

なん……だと。

 

「……あるのはヒモの、み。なんつって」

 

ベチャ

 

カラスは俺の頭に生温かい糞を落とすと、そのままどこかへと飛び去った。

 

「いや、そこまで酷くねえだろ!?」

 

親父ギャグに対して酷評を下すカラスってなんだよ。

せめて目の前に落とすくらいでいいじゃん?なにも頭にジャストミートさせなくてもさ……。

上から下からと糞に挟まれたのなんて初めての経験だよクソッタレめ。

 

ウキウキ気分もすっかり鳴りを潜め、憂鬱な気分のままに道をトボトボ歩く。

広場の噴水で頭を適当に洗い、体質を変えて一気に乾かすと、またトボトボ歩き出す。靴の裏には変わらずの自己主張を欠かさない異物感。

 

「はぁ。今日はついてねーなー」

 

俺の泣き言に同調するように、腹の虫も泣き言を漏らした。

 

もうどこかのお宅に訪問して飯でもねだろうかな。

などと考えてから、それはダメだろうと否定し、街を出ようと考え始める。

もういっそ、街の外で野性動物狩った方が早いんじゃないかと考え始めた頃だった。

 

「……ワァオ」

 

左手に見えてきた巨大な建物の貫禄に驚かされた。

いや、普通の建物ならこれくらいの大きさのものも見たことはあるが、何より驚いたのはその出で立ちだ。

 

立派なその立ち姿には感動を覚えるようではあるが、それよりも印象的に目立つものが……。

何本もの巨大な鉄柱のようなものを四方から生やしていてる。

なんだろう、神秘的なものを感じるよ……。

 

なるほど……。

 

「これが現代アートというやつか」

 

確かに言われてみれば、その鉄柱の生やし方には匠のようなそれを感じるような気がしなくもない。

 

ふふっ、俺にも芸術のなんたるかが分かるようになってきたな。

 

しかしそんな自画自賛はそれとして、この建物のエンブレム、どこかで見たことがあるような気がする。はて、いったいなんだったか。

 

記憶を辿りながらもその場から歩き出す。

 

ふと、視線の先に三つの影が月光に照らし出されて姿を表した。

 

女の子が一人と、それを挟むように両脇に立った男二人だ。そんな自分たちがこちらへと歩いてきた。

 

犯罪の臭いがプンプンする。

 

彼らも俺を見つけたのか、なぜか怒りの形相でこちらへズンズンと大股で歩み寄ってきた。

 

この性犯罪者どもめ!少女一人をこんな夜中に男二人で連れ回して恥ずかしくないのか!夜遊びトゥナイトか!?ええ!?前世からやり直すがいいこの馬鹿たれどもがぁあ!

と、俺が叫び出すよりも先に、俺は、その青い髪の少女からビンタをお見舞いされた。

 

「……え?」

 

「あんたらって、ほんとに最低!これだけのことをしておいてまだちょっかい出そうって言うの!?」

 

……。

 

女の子に、ビンタされた。女の子にビンタされた。ビンタされた。ビンタ……されたよ。

俺、もうダメかもしれない。グスン。

 

「下がってろレビィ。こいつは俺たちが相手をするぜ」

 

「あぁ、レビィは後ろで見ていてくれ」

 

「ジェット。ドロイ」

 

後ろから出てきた男たちは、女の子と交代するように前へと出てきた。

……えーと?なにこれ?美人局てやつ?え?いやこれ美人局って言うのか?もうわけがわからないよ。

 

ハッ!まっさか!あれか!現代アートに魅せられて集まった輩か!この場所は俺たちの縄張りだとでも言うつもりかこやつら!

うっわ!最近の若者ってこええ!

我が物で何をふざけたことをこのやろう!

 

若者が若者顔で我が物顔ってか!

 

 

ベチャ

 

 

カァーカァー

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

何事もなかったかのように爆弾を投下して去っていくカラスに、俺はじとっとした視線を送ることしかできなかった。

 

私もう、お嫁に行けない……。

 

なんでなの……。確かに親父ギャグ的なことは考えたけど口にすら出してなかった筈だよ?なに?心が読めるの?テレパシー的なあれでも使えるの?

 

この街のカラスって……厳しいのね。

今度引っ捕らえて食ってやる。つーかカラスはもうオネンネの時間でしょーが!カラスが鳴ったら帰りましょって知らねえのかよ!……あぁ!鳴くのお前らのさじ加減じゃねえかチクショウ!

 

行き場のない怒りが頭の中で渦巻き、チンピラ含め、なんとも言えない空気になった中、後ろの少女が一番に我に返った。

 

「ジェット!ドロイ!油断しちゃダメだよ!それもこっちを油断させる罠かもしれない!」

 

罠じゃねえよ。罠じゃないかもしれない、なんてなことねえよ。チンピラ相手にどれだけ用意周到なんだよ。カラスと意思疎通出来てもそんな真似しねえよ。つうか罠ならお前らの頭に落としてるよ。アホか。アホアーホ。バーカバーカ。もういいもんお家帰って二次元に慰めてもらいながらプリン食べて等身大抱き枕に抱きついてニヤケながらふて寝してやる。お前らのことなんてもう知らないんだからプイッ。

 

なんてマシンガントークをかましてやりたいところだが……。

 

「……あのさ、頭洗って来ていい?」

 

俺の申し出に、三人組は顔を見合わせてアイコンタクトらしきもので会話をする。

それでわかり合えるのか、首を横に振ったり頷いたりと一人一人がアクションをしている。

で、結論が出たのか少女がキツい顔つきでまた睨みを効かせてきた。

 

「ふざけないで!その手にはかからないんだから!」

 

どの手だよ。

 

「そうやってまたあんたらは酷いことをするつもりでしょ!」

 

どうやってだよ。

酷いことをされたのは寧ろ俺の方だよ。労ってよ。ねぇ、労ってよ。いや、労らなくていいからせめて放っておいてよ。

そもそも頭洗いに行くのにどうやってお前らを嵌めるんだよ謎だよ。

 

なんなの?もうこの時代の若者には人情というものがないの?頭で鳥の糞をナイスキャッチしてしまった残念な男を余計惨めにさせてくるとか本当に鬼みたいなやつらだな。

 

ガツンと言ってやるべきか?

 

それでも俺はやってない!と。

あ、だめだこれ免罪から逃れられないやつだ。アカン。

 

本当に……今日はついてないようだ。

お腹もすいたし……。

 

これ以上こいつらに絡まれるのも嫌だし、頭を洗いたいし撤退しよう。

全く、俺のメンタルをガリガリと削りやがって。なんなんだよ。かき氷機の方がもっと削り方優しいよ。どれだけストレスかけさせたいんだよ。

 

「あー!あんなところにドラゴンがぁ!」

 

そう叫んで遠くの建物の上を指差すと、三人がピクリと体を強張らせて振り向いた。

気が逸れたと同時に迅竜を模倣、その場から急いで逃走した。

 

「全く、付き合ってられるかっての」

 

屋根を足場に街を駆け抜ける。

 

案外時間がかかったが、あっさりと街の郊外に辿り着く。

目についた湖の前で荷物を下ろす。

上着を乱暴に脱ぎ捨てて頭から湖に突っ込み、溜まった鬱憤を張らすかのうよに暴れまわる。

 

ばっしゃーん。水ばっしゃーん。

もうカラス嫌い。嫌いだあああ!

 

一通り暴れ終わり、大きい岩に腰を下ろして一息つく。あ、ついでに靴もちゃんと洗った。

今日は糞にまみれた一日だった。いや、一日じゃなくて正確には一時間も経たないうちに糞にまみれたんだけど。

 

ふぅ。それにしても……。

 

「なんて街だ。寄って集って人を侮辱しよってからに」

 

鳥に犬に女の子に。皆酷いっ!

街全体から、オメーの席ねーから!と言われた気分だ。

 

旅をしていながら地図を持たない主義というのがここに来て痛手になったな。

基本的には地図なんて持たずに、気の向くままに行きたい方へ行くのが俺なりの楽しみ方なんだが、ここまでまた来たくない街は初めてだ。

 

いくら温厚で名高いトージくんでも流石におこですわ。

 

 

落ち着きを取り戻してきたところで、俺は貰ってきた刀に目を落とす。それだけでニヤニヤと笑みが込み上げてきた。

そう、どんなに悪いことがあったとしても今の俺はこいつのお陰で全て許せる気がする。

 

あー!今すぐ『しおから』を振ってみたい!木をバッサバッサと切断してみたい!

 

「がしかし、まだ我慢まだ我慢」

 

それより先に獲物を探そう。腹を満たしたら早速『しおから』を振るぞおお!

ワクワクと抑えきれない感情が顔に浮かび上がる。

 

大丈夫大丈夫。『しおから』が足を生やして逃げ出す訳じゃないんだから。

そう落ち着かせて、俺はそこに荷物を置いて動物を狩りに駆け出した。

 

 

木々を飛び移る。

数分とかからずに草を食んでいる鹿もどきを発見した。

 

やったぜ!あいつは焼いて食うと凄く美味いやつだ!

なんやかんや、運は悪くないのかもしれない。

逃げられては叶わない。

 

「ライオンはうさぎを狩るのにも全力を尽くすものよっ!」

 

サクッと手にいれた肉を、その場で逆さ吊りにして血を抜く。

疼く心を抑えきれずに山菜を集める。旅の中でその種類も覚えて、今じゃ笑いこけて死にかけることも力が抜けて死にかけることもなくなった。俺は進歩しているようだ。素晴らしい。

なんて考えながらも、楽しみに動きのひとつひとつが軽やかに派手になる。我ながら子供のようだ。

……いや、男なんて皆心の底では少年を捨てきれないものだ。

なんて小難しいことはどうでもいいんだよ!それじゃ、とっとと戻って飯食って、名一杯刀の練習をするとしよう!

 

心を弾ませながら、俺は歩き出した。

 

 

 

 

 

──絶望に向けて。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「こりゃあ悪くねえな」

 

思わず口に入れた途端に、そんな感嘆の言葉が溢れた。

だが事実、こいつは中々に美味い。実に美味い。こんだけ美味いもんを食ったのはいつ以来だったろうか。

 

昂っていた感情は徐々に鳴りを潜める。代わりに浮かぶのはそんな喜びの感情だった。

 

ここ最近、どうにも食ってきたものは粗悪品のような粗末なものばかりだった。それを思うと、これは正に一級品と言えるかもしれない。

 

思わず笑いがはみ出た。

 

「おい、早く行こうぜ」

 

「るっせぇ。そう急かすんじゃねえ。今は気分がいいんだからよ」

 

これ以上なにか文句があるなら叩き潰してやろうと思いもしたが、今は気分がいい。少しなら許してやろう。上機嫌な俺に感謝するんだな。

 

咀嚼しながら岩に腰掛け、先程達成してきた目的のことをふと思い返す。

その件についたって滞りなく、流れよく終えることが出来た。舞い上がってる喧しい下っ端に、今はそれを差し引いても(普段ならぶっ飛ばしているが)、今の俺にゃあマイナスにはならない。

 

もうちっとゆっくりしてえって気持ちもあるが、あんまりチンタラしてる訳にもいかねえしな。

 

 

「……お、おい。あんた……。なに、してんだよ……」

 

腰を持ち上げたところだった。

 

森の中から一人の男が姿を表した。

雑魚どもが喧しいせいで気がつかなかったが、どうやら近くに一般人がいたらしい。

 

一般人の相手だなんてつまんねーことは無視して、とっととギルドへ帰るか。

 

「……あんた、なんで俺の刀を……かっ、かじってるんだ……?」

 

恐怖に震えたような声で、顔を真っ青にした男は、俺の手に握られた刀を指差している。

その手にも、声にも、恐怖に絡まれた震えは隠せていない。

 

「ギヒッ」

 

思わず笑いがはみ出た。

 

「俺様ァな、鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だからなぁ。そぉか、こいつはお前の刀だったか」

 

既に半分ほど食べてしまった刀を、見せつけるようにぷらぷらと振って見せる。

刀のことなんてどうでもいいくせに、そこに突っかかるなんざ可笑しな野郎だ。

 

今は、刀のことなんかより、自分の命の大事さに震える時だろうによォ。

まぁ、刀に意識を移して怯えを誤魔化そうとしてんなら理解は出来るが。

なんせ、こちとらこの国一の最強ギルドだ。ビビんのも当然てもんよ。

 

「……なんで」

 

その場に膝をついた男は、真っ青なままに呆けた顔でこちらを見ている。

 

「おお!こいついい獣の肉持ってんぜ!」

 

「あぁ?んなもんどうでもいいだろうが」

 

下っ端の一人が、その男の引きずってきた獲物をに喜びの声をあげ、未だに茫然としている男から無理矢理奪い取る。

 

「ガジルさんにはわからないでしょうけど、この肉美味いんすよ」

 

「ッハ。知らねえな。んなもんいいからとっとと行くぞ」

 

男の目の前で、途中だった刀を全て噛み砕き、胃の中へと流し込んだ。

 

あぁ、やっぱうめえや。

ゲップをひとつ。

 

「残念だったな、一般人。弱いもんは搾取される。それが世の中の摂理だ。お前は弱かっただけ、諦めなぁ」

 

肉を手にはしゃぐ雑魚は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら先を歩いていく。

 

「ギヒッ。しかしながら今の俺様は気分がいいからよ。貰うもん貰っただけで勘弁してやる。命を奪われねぇだけ、ありがたく思うんだな」

 

男から背を向けると、ギルドへ向かって歩き出す。

妖精の尻尾(フェアリーテイル)と並ぶと言われるフィオーレ(いち)のギルド。幽鬼の支配者(ファントムロード)へ。

 

その背中に、敗者の視線を心地よく受けながら。

 

 

 

 

 

「っけ。あれを食ったあとだと、どうもまっぢいな」

 

ギルドで出された鉄の塊を口に運びながらも、俺はそう文句を垂らさずにはいられなかった。

 

よかった機嫌も収まる……どころか、若干マイナス幅に突入している。

 

ひとつ、失敗を犯した。

それはズバリ、あの猟師らしき男からあの刀をどこで手に入れたのか聞きそびれたことだ。

あれだけの業物を作った職人をギルドで抱えればいい武器は増えるし、俺の胃袋もみたされて一石二鳥だった。

 

「なぁガジル。妖精のケツのやつらをヤったんだってなぁ」

 

今からでも戻ってあの男を捕まえに行くべきかと悩み始めた時、下っ端の一人が甲高い声で俺に突っかかった。

 

「やるじゃねえか。ヒヒッ、後で俺も少しケツを叩いてこようかと思うんだけどよ、そんときゃ手伝ってくぶらぁっ!」

 

「うるせぇよ、雑魚」

 

目の前まで来てわめきたてる下っ端。とてつもなく耳障りな声を出すそいつを殴り飛ばすと、すでに意識もなく聞こえていないであろうその下っ端に吐き捨てるように言う。

 

「飯食ってんだよ見てわかんねぇのか?ぎゃあぎゃあ騒ぐな。ぶっ殺すぞ」

 

それはそいつにだけに向けた言葉ではない。

この場にいる全員に言っている。

 

どいつもこいつも大した実力もねえくせして、一丁前に俺様に話しかけるんじゃねえよ。

 

気が立っているのには自覚がある。だがまだ俺を怒らせようってんなら手加減はしねえ。

滲み出る雰囲気でそう脅しかければ、その場にいる殆んどのメンバーは目をそらし引き下がる。

 

「それとてめぇら、勘違いしてねえか?」

 

一度散りかけた視線を集めるように、俺はこの場にいる全員にそう問いかけた。

 

「俺たちは何だ?幽鬼の支配者(ファントムロード)だ。妖精の尻尾(妖精のケツ)追いかけて何になる」

 

ギヒッ、と抑えきれない笑みを見せれば男たちは息を呑む。

 

「ケツに火は点けた。後は飛んで火に入るハエを叩き潰すだけだ。俺たちは幽鬼だ!!ハエがなんだ!?俺たちは支配者だ!!ゴミを潰すのに手間かけんな!!俺たちはフィオーレ一のギルドだ!!マスターはいずれ大陸を支配する!!もう一度聞くぞ。てめえらは何だ!?」

 

訪れた刹那の沈黙は、誰かの叫びによって掻き消える。それを筆頭に、ざわめき出す。

竜に焦がれるように俺を見上げる雑魚共に、もう一度、問いかける。

 

 

「てめえらは、何だ!?」

 

 

「「「幽鬼の支配者(ファントムロード)だ!!!」」」

 

 

ギヒッ

 

 

ギルドが震えた。

 

俺たちは……。俺様たちこそが、最強(ファントムロード)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、ここがファントムロード、であってるみたいだな。よかったよかった」

 

 

全員が喉が張り裂けんばかりに叫んでいたそのギルドの中で、そんな日常会話レベルの小さな声が、異常なまでに響いた。

 

ギルドの中はその異様な雰囲気によってか、水を打ったように、静まり返った。

 

 

「えーと……どいつだったかな」

 

 

 

声の主が視線を這わせる。

その言葉ひとつひとつが紡がれる度に、俺の中で本能が叫ぶ。

 

それにこいつ、いつの間に入って来やがった……。

 

その黒髪の男。

つい一時間ほど前まで森で無様にも膝をついていた男。

一般人だったはずの男。

 

 

そいつは、俺を見つけた。

 

 

その顔に浮かぶ笑顔に、おぞましい何かを感じる。さっき出会ったときのような、人畜無害そうな雰囲気などそこにはもうない。

先程までの昂ったものはどこへやら、谷のドン底へ叩き込まれたような錯覚に陥る。

 

ゆっくりと、俺へ口を開いた。

 

「よくも、俺の相棒をやってくれたな?」

 

 

「相棒……だと?」

 

 

まさかあの刀のことではあるまい。

こいつは見るからに剣士とは程遠い。どっからどう見てもそれとは異なる。足運びも呼吸法も。

それに、高々刀一本で幽鬼の支配者(ファントムロード)へ攻め込んでくるなんざ、それこそありえない。馬鹿馬鹿しい。どんな異常者だ。

 

となると残される事項から考えるに……。

 

 

「てめぇ、妖精のケツどもの一派だったってか」

 

 

俺の問いかけに、男は答えない。

 

ただ、その顔に笑顔を携えるのみ。

 

一歩を、踏み出した。それと同時に俺までもが、どうしてか一歩下がっていた。

自分が圧されていることなど普段なら許せずに激昂するだろうが、今は本能が叫ぶそれに従う。

今は純粋に、プライドに本能が勝ったのだ。

 

 

抗いようのない謎の圧迫感に押し潰される中、男の声が静かに響いた。

 

 

──一言。

 

 

「は?」

 

耳を疑った。

 

 

 

「だから、一言、謝ってくれれば許してやる」

 

そう言いながらも俯いている。

 

……なんだそりゃあ。

仲間がやられたってのに謝りゃあ許すだぁ?

 

怯えていた自分が途端に馬鹿らしくなり、押されていたプライドが一気にメーターを振り切った。

なんて馬鹿らしい。なぜ俺は、俺様たちはこんなふざけた男に一歩を引いたんだ。ふざけるな。

 

感情が煮えたぎり、急速に、急激に、マグマのように温度を上げていく。

 

 

「一言、謝ってくれ」

 

 

再度そう告げる男に、俺の中で何かが音をたてて破裂した。

 

「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞクソがァ!!雑魚は雑魚らしく、羽をもがれて地面を這いつくばってりゃあいいんだよ!!ゴミごときが、空にいる俺様を見上げてるんじゃねえェ!!」

 

 

全身の筋肉が一挙に収縮され、解放される瞬間を待ちわびる。

腕には魔力が迸り、その形を凶器へと変貌させる。

 

殺してやる。ここまで俺様を侮辱したやつは初めてだ。肉片にしてやるよ。

 

「ぶっ殺して──ッ!?」

 

 

飛び出そうとした俺は、その場に脚が縫い付けられたかのように動けなくなった。

 

 

 

 

 

──そっかぁ

 

 

背中に冷たいもの、なんてレベルではない。まるで全身に、頭から氷水をぶっかけられたような錯覚。

 

目の前の男は上げた顔を歪め、ただ笑うだけ。

 

 

ただ、その漆黒の髪が、徐々に色を変えていくのが伺えた。

 

 

それは、徐々に──

 

 

 

──明るく

 

 

──鮮やかに

 

 

──鮮烈に

 

 

──乱暴な、金色に

 

 

 

誰もが凍る中、まるで獅子のような男は一人、紅く染まった瞳で、冷たく、凶悪に笑った。

 

 

 

 

「じゃあ、全員、ゲンコツだ」

 

 

 

 

──金色の獅子が、雄叫びを上げた。

 

 




無駄にカリスマのあるガジルさんでした。

ガジル、しおからに 黙祷!


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戦意

お久しぶりです。年を跨いでお待たせしたのですが、今回あまり進みませんすみません反省してません。
今年もよろしくお願いいたします。


『ガキの血を見て、黙ってる親なんざいねえんだよ……!』

 

──戦争だ。

 

普段は温厚な人物であるマスターマカロフの、そんな激怒の言葉が未だに脳内で反響している気がする。それだけ印象的だった。印象的で、必然的だった。

 

尤もだろう。その言葉は、ギルドの誰もが思ったそのままの言葉だった。

ギルドをボロボロにするという嫌がらせだけで終わることはなく、ちょっかいを出してきたファントムは、言うに事欠いて、レヴィたちにまでその魔の手を伸ばしたのだ。

 

傷だらけにされ、その腹部にファントムの紋章を焼き付けられ、街の大樹に晒すかのように吊り下げられた彼女たち三人、チーム『シャドー・ギア』。

その光景に怒りの声を上げた俺たちは、外聞を気にすることなどやめた。評議院も、他のギルドの目も、度外視することを決めた。

そして戦える者を集めてファントムへと、こうして特攻を仕掛けに来た。

 

 

……だが、普段ならば雄弁たる姿で構えている、あるべき筈の幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドはそこにはなかった。

 

あるのは、木材の欠片や瓦礫、ぺしゃんこになった鉄骨、穿たれた大穴。

まるで何か猛獣が暴れまわったかのような傷跡だけがありありと伺えた。

 

「……なんじゃ。これは」

 

怒髪天をついていたマスターでさえも、その光景には唖然としていた。

ついてきたギルドメンバーたちも、各々に困惑を顕にしている。

 

「……まだ火が燻っているところを見ると、昨晩何者かの襲撃があった。そう考えるべきでしょうか」

 

鋭い目付きで辺りを見回すカグラは、そう推察を言葉にした。

確かに、この現状を見るに、そう考えるのが妥当だろう。だが、いったい誰がこんな真似を?

 

「レヴィたちが襲撃されたことに気がついたのは今朝だ。夜のうちに誰かが気がついて襲撃したとしたら、その場合、なぜレヴィたちは放置されていたのか」

 

考察を口にしてみるも、真実が浮かんでくるとは思えない。

 

「そして、私たちフェアリーテイルの誰かがやったなら、なぜ名乗り上げないのか」

 

カグラがそう付け足す。

 

「……つまり、これをやったのはフェアリーテイルではなく、外部の人間。ということじゃな?」

 

怒りの行き場を失った、というべきだろう。声に怒りを隠しきれないマスターが、要点をまとめる。

 

「おいじっちゃん!!ファントムの野郎はどこにいやがんだよ!!俺はあいつらを直接ぶっ飛ばさねえよ気が収まんねえ!!」

 

「そうだぜじいさん!」

 

抗議の声を一番に上げたのは、案の定ナツだ。珍しくナツに同乗するようにグレイからもそんな批難が飛ぶ。

 

「ナツ、グレイ。それは私たちも一緒よ。あなたたちだけじゃない。わかりなさい」

 

宥めるカグラに、それでもナツは食らいつく。

 

「わかんねえよ!俺がぶっ飛ばすんだ!!そうじゃねえと気が済まねえ!!」

 

「……ナツ、わかりなさい」

 

「わかんねえ!!」

 

ナツは引き下がることなくカグラへとそう怒鳴る。

だが、カグラが冷えきった目でナツを睨めば、その尋常ならざる気迫に押されてナツも黙る。

 

「……わかりなさい。レヴィを痛め付けたんだ。当然私だって腹立たしい。出来ることなら両足をもいで、森の中で同じように木へ縛り付けて野性動物たちの晒し者にしてやりたいのよ」

 

そんな強烈な言葉と殺意に怯んだナツは、ようやく引き下がった。

後ろにいるグレイやエルフマン、他のメンバーたちはそんなカグラを見て震えている。

なんせここまで本気で怒っているカグラを見るのは久しぶりだ。正直、この矛先を向けられたら俺とて事を構えるのは遠慮するだろう、全力で。

マスターもマスターで恐ろしいが、カグラも負けず劣らずに恐ろしい。味方である俺たちにとっては、とても頼もしい限りだが。

 

「んでもよ、じいさん。これからどうするんだよ。戦力集めて総出で出てきたはいいけど、『敵がいませんでした』じゃ皆収まりが着かねえぜ?」

 

「んむぅ……」

 

意義を述べたグレイの言葉もわかる。確かに、敵がいなくなったからと、それで彼らが素直に頷くとは思えない。

 

「皆、不服だろうけど、この瓦礫の中に何か残ってないか探してくれ。何も見つからないことにはマスターも俺たちも手の出しようがない。頼む」

 

その場しのぎであろうと、とにかく今は彼らを納得させるなにかが必要だ。

納得させることはできなくても、理解して落ち着くまでの時間さえ稼げればいい。

 

多少なりとも悶着はあったが、どうにか促して、その場にいる全員で瓦礫の山を手分けする。

だがこれといって、昨晩何があったのかを語るものは何ひとつ出てこない。あるのはひたすら破壊の爪痕のみ。

 

いったいどんな恨みを勝ったらここまで悲惨な現状にされるのか、と少し恐ろしくなった。

 

そうして暫く捜索を続けるが、いっこうに何も見つからない。

そろそろ頃合いだろうと感じ始めたその頃だった。

 

「おーい!こっちに何かあるぞ!」

 

マカオがそう声を上げた。

偶然近くにいた俺はその場にかけよると、マカオが見つけたその異物を確認できた。

 

「なぁ、ジェラール。こいついったい何だと思うよ」

 

「これは……」

 

 

大きな白い塊だった。

その塊は瓦礫に埋もっていたらしい。上に重なっているものを更にどかしていくと、その上半分がようやく姿を現した。

 

「まるで……繭だ」

 

そう不可解なものに怖じ気づいたようなマカオは、判断を俺へと仰ぐように視線を向ける。

その塊は大人が数十人が入れる程の大きさで、白い糸のようなものでグルグルと巻かれて出来たような物体だった。

 

「マスターたちを呼ぼう。危険なものだったら不味い」

 

「お、おう!呼んでくるぜ」

 

「あぁ、頼む」

 

マカオによって呼び集められたのは、マスター、カグラ、ナツ、グレイ。そんな騒ぎの中心となるものたちだ。……正確にはナツとグレイはただならぬ雰囲気を嗅ぎ付けてきたのだが。

無駄なところで鋭い。

 

「繭……かのぉ?」

 

「マスターもそう思いますか?」

 

「……しかし、この中には魔力が詰まっとるようじゃな。しかし爆弾というには些か火薬として味気がない」

 

「同意です」

 

最後にそう意見を述べたカグラは、ナツとグレイへ向く。

 

「二人とも、一応他の皆にここから離れるように言ってきてくれないかしら。爆発して巻き添え、なんて結果になったら笑えないわ」

 

カグラからの頼みとあって、二人とも喧嘩をすることなく渋々と呼び掛けに向かった。

ちなみに俺がこれを言った場合は、確実に二人が喧嘩する流れになる。二人に指示を下すのはカグラで正に正解と言えよう。

 

皆が離れたのを確認すると、マスターは指先に魔力を灯した。

繭へと近づき、そっとなぞるように繭の表面を撫でると、そこに切れ目が入った。

切れ目が入った途端、繭はするすると溶けるように消えていき、中にあるものを開示させた。

 

「なっ!?」

 

「これは」

 

俺とカグラは驚くことを隠せなかったが、マスターは何となく、わかっていたかのようで静かにそれらを見つめていた。

 

 

 

「……うぐぅ。ぃ……やだ。くる、なぁっ。……金色が……金色が、く……る」

 

「……ぁあっ。……やめて、くれ。ぁぃっ……。金……きぃ……ん」

 

「ば、けものっ。……人の形の……獅子……ぁぁぁっ」

 

 

魘されながらも気を絶ったものたち。

ボロボロになったファントムロードのメンバーが詰め込まれていた。

そして、その一番上には見覚えがある人物が倒れていた。

 

 

──大空のアリア

 

ファントムロードにて、エレメントフォーと呼ばれるメンバーの一人だ。

エレメントフォー。(すなわ)ち、フェアリーテイルでいうところのS級のことである。

 

早々に呑み込めるような状況ではない。

ファントムロードが……、そのトップの一人を含め、たった一晩で壊滅しているのだ。

 

「中から感じた魔力は彼らだったのか。こんなにも弱々しい魔力になるなんて……。それにこの繭……まるで瓦礫から守るような包み方だ。どういうことだ?この誰かが魔法で守ってたということか?だが気絶したものが魔法を使えるわけが……」

 

「大方、この惨状はその犯人が作ったんだろうのぉ。慈悲だか何だか知らねえが、こやつらの命までは獲らんかったんじゃろう。……にしても、ワシらの獲物を取るとはのぉ」

 

そう、それも彼らを『捕縛』という形で加減をしつつ制圧したのだ。並大抵ではない。

 

「いったい、どこのギルドに攻められたんだ?蛇姫(ラミア)……いや、四つ首(クワトロ)という線も……ダメだ。ファントムは昔から悪い噂ばかりで、復讐したがるギルドや団体が多い。候補がありすぎて検討もつかないな」

 

「じゃが、少なくともエレメントフォーの一人を仕留める程の手練れじゃ。恐らくワシらと同等か、それ以上がいると考えるべきじゃな」

 

ともかく。とマスターは彼らを見下ろしたままに俺たちに指示を下す。

 

「ぶん殴る予定だった奴等がこれじゃあ話にならん。こん中にジョゼがいねえってことは逃げたんだろうの。ジョゼだけでも探す必要はあるが、まずは引き上げるとしよう」

 

マスターの判断は妥当だろう。

やり返す相手がすでにやられていたとなってはどうしようもない。

いったん引くというのも、仕方ないとしか言いようがない。

ファントムロードが襲われた原因の追求は、襲撃者からもジョゼからも放置されたままの彼らを治療してから聞き出すことになるだろう。

 

だがマスターは、ファントムロードのギルドマスターであるジョゼだけを易々と見逃すつもりはないようだ。見つけて叩きのめしてやる、という気迫を言葉のはしはしから滲ませている。

 

とにかく、いったん帰るとしよう。

 

 

──そして俺たちは、ギルドの裏手から、ひっそりと延びている引きずったような足跡に気がつくことはできなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「なんなんだアレはぁっ!!」

 

マスタージョゼが長いテーブルを蹴りあげれば、それは天井へ強く衝突する。バキッと豪快に砕け、テーブルだったものが床に残骸を残した。

 

ワナワナと声を震わせながらも、マスタージョゼは我慢ならぬと柱を殴り付ける。

 

「ふざけるなよマカロフゥッ!!ルーシィ・ハートフィリアだけでなくあんな化け物まで飼い慣らすだとぉ!!」

 

何度も何度も、殴り付けた柱が歪み、理不尽な暴力によってひしゃげていく。

 

「なぜあいつばかり運に恵まれるっ!ふざけるな!ふざけるなふざけるなァ!!」

 

八つ当たりのように辺りを破壊するマスタージョゼ。

暫くそうやって暴れていたが、ルーシィ・ハートフィリアが目を覚ましたとの報告が入り、咳払いをするとそこで一旦落ち着く。

 

いつもの似非紳士のように佇まいを正すと、そのハートフィリアの元へと向かった。

 

……今の俺としちゃあどうでもいいが、よくルーシィ・ハートフィリアを捕まえてこれたもんだ。

まぁ、あの化け物が離れていたのなら可能かもしれない。マカロフの元から捕らえたのは運の良さか、否か。

 

 

先程まで荒ぶり怒っていたマスターとは対極的に、俺は冷たい床に座り込んで、頭を壁へ預けながら落ち着いた感情のままに天井を見上げる。

 

 

──化け物

 

確かに、マスターの言葉は的を射ている。

いや、文字通りといった方がいいかもしれない。言葉通りと言ってもいい。

 

打ちのめされたのだ。ファントムロードは。

たかがギルドの一部がやられたに過ぎない。……なんて、そんな愚かな考えで収まる範疇ではないことをすでに俺たちは知っている。身を持って。経験として。

 

たった一晩で……。いや、時間的に言ってしまえば、『一晩』ではない。恐らく、一時間(・・・)にも満たない、といったところだろう。

たった一人の人間に、まるで埃を散らすかのように俺たちは負けた。

エレメントフォーの一人。大空のアリアは、見事といえるような一撃で沈められた。

やつの得意とする空域の魔法などなんの意味もなさず、まるで紙切れよのうに破り去られ、意図も容易く鎮圧された。あの化け物の宣言通り、ゲンコツで。

 

……いや、あんな馬鹿げた威力の拳をゲンコツだなんて、それこそふざけている。あんなものはゲンコツでもなんでもない。小規模な隕石だ。でなければ、その出だしの一撃目でギルドが木っ端微塵に倒壊することなどあり得ない。

もし奴がそれを本気でゲンコツだというのなら……それはとんでもないことだ。

ゲンコツではなく、更に上の打撃だと言える攻撃ができるのなら……その威力たるや、考えただけでも恐ろしい。

 

あの場にいたマスタージョゼが思念体であったことを喜ぶべきか憂うべきか。

マスターであればあの男と渡り合うことはきっと出来ただろう。だが、実体があったとした場合、マスターとて無傷ではすまないはず。

……そう考えると、なんとも言えない結果に収まったもんだ。

 

そして俺。

 

あいつを怒らせた直接的な人物である俺は、アリアがやられた後に、散々ぶちのめされた。

 

正直、どうやってやられたのかは正確には覚えていない。

あの化け物の迫力に圧され、いつの間にか殴られた俺は、意識を保つのに精一杯だったことは覚えてる。

 

あの時は本当に、生きた心地がしなかった。

自分の死期を悟らざろう得ない程だった。

 

今思い返しても、あの男に対して怒りが沸くことはない。……そして逆にあんなにも無様に負けた自分に対しての怒りが沸くこともない。

 

違う。むしろ俺は安堵してやがる。

あの化け物から逃げられたことに対して、心の底から安心してやがる。

あんな化け物から逃げ仰せたことを、誇ることさえ出来るほど。

 

もう俺は、あんな男の前に二度と立ちたくはない。

敵対するなんて馬鹿らしい。勝てるわけがない。

 

──そう、俺は、こんなことを思ってしまう程に。あの男に、完璧な敗北(・・)を叩きつけられた。

 

植え付けられたと言ってもいい。

 

あんな男のいるギルドとことを構えるのは、全力でごめん被りたいところだが……。

 

それ故に、ルーシィ・ハートフィリアを上手くマカロフから捕らえた俺たちは、運が良かったのか悪かったのか。

 

普通なら悪い、と考えるべきかもしれない。事実、数時間前の俺ならそう考えていた。……だが、俺にはプライドがある。

 

確かに俺は負けた。そして逃げた。……いや、逃がされた(・・・・・)

 

それでも諦めるのは話が違う。別腹だ。

 

あぁ、俺は負けたさ。完膚なきまでに。完全に敗北したさ。

ことを構えるのもごめんだ。だが、やはり俺は、どこまで行っても滅竜魔導士(ドラゴン)らしい。

闘争本能とやらが、やっぱり自分の体の奥底でうずいてやがる。

 

勝てるわけがない。勝てるわけがないんだ。だが、戦いたい。

……俺は、あの男と渡り合えるほどの力を得たい。力が欲しい。

 

なんなんだ?わからない。

どうしちまったんだよ、俺。

 

「なんなんだろうなぁ。訳わかんねえ。わかんねえが……ギヒッ、楽しくなってきやがった」

 

今まで、どいつもこいつも相手にならない奴らを上から見下ろしてきたからか?

 

……あぁ、そうかも知れねえ。まさか滅竜魔導士(ドラゴン)である俺が、見上げたくなる相手がいようだなんてなァ。

 

いいぜ、足掻いてやるよ。今度は(てめえ)の全力で、あの化け物に泥をつけてやる。

 

そう考えると……。

 

「ハートフィリアを拐ってきたのは、案外願ったり叶ったりだぜ」

 

舞台を準備してくれた訳だ。ありがてえ。

 

あぁ。なんだか異様にワクワクしてきやがった。こんなに楽しい気分なのは久しぶりだ。

まさか俺様が負けて、そんでもって尚、挑みたい相手ができるだなんてなぁ。

 

もう体が震える原因は、あの男への恐怖でも、畏怖でもない。

 

 

──武者震いってやつだ。

 

 

一人、深く考え込んでた為か、ジョゼが出ていってから随分時間がたっていたらしい。

近づいてきた荒々しい足音がジョゼのものであると気がついた。それとほぼ同時、部屋の扉が壊れかねない程の勢いで開けられた。

そこには、震えるジョゼが魔力を纏わせて殺気立っていた。

 

……が、なぜか顔を青くし、凄い量の脂汗を流しながらも股間を押さえている。

 

「も……。もうおおおおおおお我慢ならねぇ!!マカロフの野郎をあの街ごと消し飛ばしてやるッ!!」

 

何があったのか知らないが、完全にキレているジョゼは、その場から数メートルまでを自身の纏う魔力で歪ませた。

 

そして声に魔力を乗せてギルド全体へ、大きく響かせた。

 

その言葉は、戦の火蓋を切った。

 

 

「ファントムMkII(マークツー)。起動だァ!!消し飛ばしてやるよ!!妖精の尻尾(妖精のケツ)どもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

ギヒヒッ!

 

 

舞台は、整ったらしい

 

 

 




次回 番外編『がじる成長にっき』

「竜の王に、俺はなるゼ!!」

お楽しみに!!


あ、いや、やりませんよ?


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助太刀

そういえば、この作品はプロットを作っていないので、行き詰まることもあるかもしれません。こんな中途半端な作品で申し訳ないですが、よろしくお願いいたします。


「ルーシィ様。あなたはもう逃げられません。お仲間の為なのです。私たちに着いてきて頂けますね?」

 

ファントムロードのマスター。聖十大魔道の一人である男は、そんな馬鹿げたことを宣った。

 

アタシは、彼に拉致された。たまたま一人で買い出しに出ていたところを狙われ、変なチョビ髭に気絶させられた。

 

……あいつ、コイツの手下だったのね。

 

聖十大魔道の一人のくせに、その内側の薄汚さは相当ものであることは、話していてすぐにわかった。

 

家出したのを連れ戻すようにと、依頼されたらしい。でも、きっとこいつはアタシをお父さんに、タダで引き渡す訳がない。高額の依頼金だけで済ませるような人間じゃない。絶対に、何かするつもりだ。

 

アタシがハートフィリア財閥の娘だから……。

……ううん、今は自分のしがらみを恨んでる場合じゃない。

 

カグラやマスターなんかとは、比べ物にならない。なんでこんな人が聖十大魔道になんて選ばれたのか不思議でならないわ。

 

 

隙を見つけたアタシは、そんな男の股間を蹴りあげて逃げようとした。だがその企みも上手くはいかなかった。

窓から逃げ出すつもりが、全くの失敗。ここは上階だった。星霊を呼ぶための鍵が没収されている今、この高さから落ちれば命はない。

 

「こここ、この小娘がァッ……」

 

ヒョコヒョコと股間を押さえながらも、顔に脂汗を浮かべ、内股で近寄ってくるそのアゴ髭を蓄えた男。そんな姿に、生理的に悪寒が走る。

 

乙女の危機。貞操絶体絶命。こっちこないで!

 

「変態!変態!ちょっと来ないでよ!変態!」

 

「変態じゃねえ!紳士(ジェントルメン)だ!連呼するなァ!!この小娘め、優しくしてやりぁつけ上がりやがって!」

 

伸ばされた右手を避けようとしたその時──

 

 

アタシは何かに引かれるように、浮遊感に襲われた。

 

 

いや──窓から、落ちた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「全く。世話の焼ける仲間たちだ」

 

見渡した中に、異様なものが映った。

ギルドが足を生やし、まるで甲殻類のように迫ってくるという、なんともシュールな景色だ。

 

あれが、幽鬼の支配者(ファントムロード)の本部だろう。

なんとも珍妙な姿のまま歩くそれは、実に間抜けな見た目をしている。だが、その大きさは誰にとっても脅威であるはずだ。

 

街の住民は、慣れたように速やかに避難をしていく。

 

……なぜここまで素早く避難を終えることができるのか、と聞かれれば、フェアリーテイルのせいだ、と答える他あるまい。主にあの男、ギルダーツ・クライブ。

避難が的確で迅速なのは喜ばしいことなのだが、釈然としないのは仕方のないことだろう。

 

ふと思い出して監視用の魔水晶(ラクリマ)を取り出す。

それを覗けば、そこにはフェアリーテイルのギルドが映り込んだ。

 

「こちらは大丈夫そうだな」

 

先程、幽鬼の支配者(ファントムロード)の元から救出したルーシィ・ハートフィリアを入り口前に放置したのだが、きちんと回収してくれたらしい。

 

恐らく、今までは身の上の説明を渋っていた彼女も、今頃この事態の発端や経緯を説明していることだろう。

 

……それにしても、あの人を探して来たというのに、まさかマグノリアへ戻ってくることになるとはな。

だが、お陰で仲間を幽鬼の支配者(ファントムロード)から救うことができた。我がギルドの窮地に馳せることもできた。

なんというか、可笑しなものだ。運命の巡り合わせとでも言うべきか。

この件に関しては、あの人の放浪癖に感謝するべきか……。

それにしても、本当にあの人は、妖精に愛されているのか、憑かれているのかわからないな。

 

とにかく、今はあの馬鹿な行いをしているファントムを止めることが先だ。仲間を傷つける輩は許さない。

例え、それが誰であろうと。

 

 

そんな内に、ボロボロになったフェアリーテイルから気絶したルーシィ・ハートフィリアと、それを肩にかつぎ上げ、運ぶリーダスが出てきた。

二人は攻めてきているファントムとは別方向へ向かう。

 

詳細は知らないが恐らく、共に戦うと宣言した彼女を、そうさせないために気絶させて安全圏へ運ぶ算段だろう。

そして二人とは反対に、その後から出てきたミラジェーンやウォーレンたちはファントムの方へと走っていく。

 

ミラジェーンが魔法でルーシィに化けているようだが、どうにも魔法の構成が粗い。

 

「……ブランク、というのは恐ろしいものだ」

 

つい言葉を漏らす。

余り彼らと接する機会が少なかったせいか、ミラジェーンの衰退している姿というのが、嫌というほど伝わってくる。

彼らでは幽鬼の支配者に太刀打ちすることは出来ないだろう。少なくとも、ミラジェーンは人に力を見られるのを恐れる傾向にある。例えそれを度外視しても、正直勝てるかは怪しい。いや、マスタージョゼが出てくればほぼ無理だろう。

 

ナツやジェラール、カグラやマスターがいない今、こちらの戦況はとてつもなく厳しいことになる。

 

「……さて」

 

膝を曲げ、一度力を溜める。

 

そして溜めた力を解放すると同時に、足場にしていたレンガを踏み砕いて次々と建物の上を疾走した。

 

ミラジェーンたちを追いかける。

少し考えに耽ってしまったが、まだ間に合う筈だ。

 

走りながらも睨み付けた幽鬼の支配者(ファントムロード)

すると、幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドは突然変形を始めた。中心部となる建物が二つに分かれ、そこから巨大なおどろおどろしい砲身が姿を表す。

 

あれはまさか!

 

「魔導収束砲……ジュピターかッ!」

 

マスタージョゼ。どうやら本気のようだ。ルーシィに化けているのを見破ったとは言え、本当にそこまでやるとは。

本気で、フェアリーテイルを潰そうとしてるようだな。

ふざけた男だ。私欲で人を痛め付け、私怨で周りを巻き込み、傷つける。

 

許せることではない。

 

だが、聖十に勝てるか?

……わからない。だが、勝てなくとも、これはやらなければならないことだ。フェアリーテイルに喧嘩をふっかけた愚か者に、天誅を下すために。

仲間を傷つける愚か者に、鉄拳を下すために。

 

支配者(ロード)気取りの愚か者たちに、鉄槌を下してやろう。

 

 

◇◇◇

 

 

ルーシィは全てを話してくれた。

 

ハートフィリア財閥の令嬢であること。

家出をしてきたこと。

ルーシィのお父さんの依頼でファントムが動いていること。

そのせいで皆に危害が加えられたということ。

 

ルーシィは泣きながら謝っていた。でも、それは違う。ルーシィは私たちの仲間。だからルーシィのせいでもなんでもない。悪いのはファントムなんだから。

 

皆が戦うなら自分も戦うと言ってくれた。けど、ファントムのターゲットであり、鍵を持っていなかったルーシィにそんな危険なことをさせるわけにはいかない。

 

今頃安全な場所へと行ってくれてる筈だ。だから、大丈夫。

 

目の前で巨大な砲身から放たれようとしている魔力の塊を見て、そんな明後日な考え事をしていた。

 

……守らなきゃ。

 

皆は、私が守らなきゃ。

 

この思いは、使命感ではない。義務感でもない。

家族だから。大事な人たちだから。私が守らなくちゃ。そうじゃなきゃ、私の力は何のために宿ったの?

 

これは、恐れられるための力じゃない。大切なものを守るための力だ。

 

だから、その為になら、私は悪魔にでも何にでもなろう。

 

覚悟を決めて皆の前に立つ。

 

「ミラ!何をしている!早く避難しよう!」

 

そう案じてくれる仲間たちを背に、私は笑みを溢した。

 

「大丈夫。私が、守るから」

 

皆に、この力をあまり見せたくはなかった。

でも、そんな馬鹿げた我が儘をここまできて通すつもりはない。怖がられても、嫌われても、距離を取られても。私は、そんなことよりも誰かが居なくなることの方が何十倍も怖い。

 

だから……。

 

魔力の収束が終わったらしい。砲身の中で強力な光が点っている。

 

危機を感じ、接収を行おうとしたその時だった。

 

 

 

──目の前に、フルアーマーの剣士が空から落ちてきた。

 

 

大地にズガッと音を立て、その衝撃で地面には蜘蛛巣状の亀裂が入り込む。

その腰には左右二本づつ大振りな剣を携え、その姿はさながら歴戦の戦士のそれだ。

 

 

「ミラ。その必要はない。ここは任せるといい」

 

 

くぐもった低い声が聞こえた。

 

その声に、自然と安堵に包まれる。

 

「来て、くれたのね……」

 

来てくれた。彼は、私たちを助けに来てくれた。

 

私たちフェアリーテイルの一員。

S級の一人であり、ギルダーツ、カグラ、ラクサスに並ぶフェアリーテイル最強候補の実力者。

 

 

──ミストガン。

 

 

『消し飛べェッ!クズ共があああああああああああああああああああああああ!!』

 

マスタージョゼの不細工な声が辺りに響き渡り、一層輝きを増した砲身から魔力の塊が放たれた。

それは圧倒的破壊力を持ったままに海面を削り、その殺傷能力を示しながら襲いかかってくる。

 

ミストガンは一本の武骨な剣を引き抜くと、それを正面に構えた。

 

「甘い。そんな単純なエネルギーで、私に勝てると思うな」

 

 

その言葉と共に、迫るジュピターへ向けて、武骨な剣を振り抜いた。

 

 

ジュピターの巨大な魔力は、その剣一本の振り抜きで──

 

 

──切り裂かれた。

 

 

両断された。

 

その両断された魔力は、かき消されたように宙で霧散する。

 

その光景に、まるで空気が凍ったかのような静寂が訪れた。

だがその静寂は、またすぐに破り去られた。

 

ミストガンがもたらしたのはそれだけでなく、ジュピターを放った砲身その物までもが、縦に二つに分断されてギルドから崩れ落ちた。

 

水面に叩きつけられたそれらは派手に水飛沫を巻き上げる。

 

その事実に、先程まで騒ぎ立てていたジョゼだけでなく、この場の一同は言葉を失ったようだ。沈黙のみが流れる。

 

全く。本当に、滅茶苦茶だ。

剣一本……その一振りで魔導兵器を捻り潰すだなんて。

 

こんな時、自分の非力さに嫌気が差す。今はそんなことで落ち込んでいる時ではないのに…… 。

 

「ミストガン!ごめんなさい。頼ってばかりになってしまうけど、戦える皆が今いないの!お願い、一緒に時間を稼いで!」

 

ミストガンの前に出てそうお願いをする。だが、ミストガンは首を横に振る。必要ないとでも言うかのように。

 

何を考えているのかと戸惑う私を他所に、ミストガンは親指で後ろを指した。

それに吊られるように顔を向ける。

 

その後方では、ギルドと負けず劣らずに、巨大な姿と化したマスターマカロフが鬼の形相で立っていた。

その肩の上には出払っていたメンバーを皆乗せている。

 

そんな彼らの姿を見て、つい力が抜けた私は地面に座り込んでしまった。

 

 

皆が助かるという安堵なのか。自分が力を見せなくなったことへの安堵なのか。それは、今はっきりさせることは出来なかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「なんだよあれかっけえええええええええええええ!!うおおおおおおおお!!変身したあああああああああああ!!」

 

なんか街の方にガシャンガシャン動くシェンガオレン的な何かがいるなぁ、と思って近づいてみた。

そこそこ近づいてよくよく見てみると、なんか建物が足を生やして歩いてた。ダッサイな、あれ。そう思っていた時期が私にもありました。

 

なんということでしょう。それはあっという間に人型ロボットに変型してしまった!!

もうロボットとか超男のロマンですわ。変型とか超男のロマンですわ。デカイとか超男のロマンですわ。

そこまでロボット系に興味はなかったけども!なんかよくわからんけども!凄い!凄い!かっこいい!

フフッ。男って、単純ね。かっけえええええええええええええ!!

 

そんでしかもそのロボット、フェアリーテイルのマスターらしきおっちゃんと取っ組み合っている。

これはまるで()の、週に必ず一回リンチしようぜ!で有名な鬼畜戦隊シリーズの戦闘場面のようじゃないか。

しかもその場合、変型してる方がヒーロー的なあれだからまずいんじゃない?巨大化してるフェアリーテイルのマスター負けちゃわない?流れ的に。

 

最終的に剣とか銃とか変型させてきてそれを射たれて爆破して終わったりしちゃわない?大丈夫?

 

そう思っていた時期が私にもありました!!

 

遠目からはよくわからなかったので、火竜の眼を模倣して離れたその場から観察する。

 

フェアリーテイルのマスターは取っ組み合っているというより、ロボットが何かを宙に書こうとしてるのを抑えてる感じだった。

だが、そんな形で固まったそれらを登ってロボットへ侵入していく影が見えた。

 

「あれっ!?あいつミストガンじゃん!」

 

そのごっつく暑苦しいフルアーマーは紛れもなくミストガンだった。数年前の姿となんら変わっていない。……あ、いや、ちょっと背伸びた?

 

それに続くように強そうな魔導士たちが突入していく。

まさかミストガンがこの街に来てるとはなぁ。確かに、旅の仲間初号機であるあの子にフェアリーテイルを勧めたのは俺だけど……。

しっかし、放浪癖のある(俺も少しそのきらいはあるが)あの子とまさかばったり鉢会うことになるとは。

やだ、これって運命かしら。トゥンクトゥンク。

 

けど大丈夫……だろうな。あの子強いし。少なくとも負けるなんてことにはならないだろう。

登っていく彼らの中にはなにやら見覚えのある子供たちが何人かいた。

おお桜色の髪の少年だ!見たことある!なっつかし!はぇー、スッカリ大きくなっちゃってまぁ。顔立ちも少し大人っぽくなってキリッとしちゃってもう!イケメンになっちゃってやだもう!

……なんかババ臭いな。

 

少年は炎をそこいらに撒き散らしながらもロボットの中へと突入していった。

うん、なんやかんやで、やっぱあのマスターの下にいれば強くなれるってのは間違ってかなったな。

 

俺の見立てに、間違いはなかったキリッ。

 

「ん?……おおっ!!」

 

その少年を追うように走っていた魔導士たちの中にも、更に見覚えのある姿が二人。

片や青い髪に特徴的な刺青の青年。片や髪の長い白服の剣士。

 

あれは……ジェラールと……もしかしてカグラちゃんか!?

 

はぁー。あの二人もすっかりでっかくなりやがって。

なんだよあの美少女。全くカグラちゃんたら美人さんになりおって。

それにジェラールまで、あーんなイケメンになりやがって一発殴り飛ばしてやるべきか。許すまじ。

 

にしても、子供の成長ってのは早いもんだね。皆おっきくなっちゃって。ピンクの子然り、ミストガン然り、カグラ然りジェラール然り。うん。そしてマスターのおっちゃん然り。皆、こんなおっきくなって。お兄さん嬉しくて泣いちゃう!!感激っ!感動っ!雨あられえっ!

 

とりあえずイケメンになったジェラールに一発かましてやるか。このイケメンが!と。特に意味のない鉄拳を食らわせてやろうがはははははは。

 

「……あ、いや、待てよ?」

 

一歩踏み出したところで俺は留まった。

 

あいつらと接触するとまずいんじゃないか?

いや、ジェラールとミストガンはまだいい。話のわかる子たちだったし。まずいのは主にカグラちゃんだ。

だって、カグラちゃんはあの一ヶ月、ずぅっと俺にまとわりついて二十四時間体勢で弟子入りを要求してくるような子だったんだぞ?……まぁ何年も前の話であるのは理解してるが。

……なんだか、接触するととても面倒くさい事態になりそうな気がする。

 

……うーむ。ジェラールやミストガンとか、あとフェアリーテイルの顔見知りたちには軽く挨拶しておきたかったが……はてさてどうしたものか。

 

「まぁ、とりあえずはあの苦しそうにロボット抑えてるおっちゃん助けるかぁ」

 

ご馳走を頂いた恩も未だ返しきれてなかったしな。飯の恩は忘れない。絶対忘れない。例え俺が暗黒面に堕ちてアナキンうんたら的なことになろうとも、忘れない。

 

どちらにせよ、助けない、なんて選択を取るつもりはなかったし。

確かにカグラちゃんは面倒そうだが……。うむ、全力で遭遇しないように心掛けよう。

カグラやジェラールやミストガンだけでなく、おっちゃん以外のフェアリーテイルのメンバーとの接触も避けよう。

 

メンバーたちに挨拶はしたいが、それが原因でカグラちゃんたち(特にカグラちゃん)に追いかけられたりするのは嫌だ。

 

そんなことを考えていた俺の脳髄に、ひとつの落雷が落ちた(もちろん比喩であり実際にそんな即死しそうなことになったりはしn(ry

 

そう、閃いたのだ。

 

「……逃げるだと?避けるだと?今のカグラちゃん程の美少女になら追いかけてもらうのはむしろご褒美というか、むしろ俺が追いかけたいというか……。そうだよな!なんで俺はあんな美少女から逃げようとしてたんだ!!待っててねカグラちゃん今行くよぉっ!……あ、マスターのおっちゃんその後に助けるね!待っててね!」

 

飛び出そうとしたその瞬間、人型ロボットの腹部付近が吹き飛ぶと同時にフルボッコにされたチョビ髭の魔導士がどこかへ飛んでいった。

さながらアンパンマンに殴られたバイキンマンのような飛び方である。いや、物理的に可笑しいだろ。ギャグ漫画かよ。もしくは俺かよ。

 

破壊された瓦礫の中に見えたのは、冷たい表情で飛んでいくそれを一瞥していたカグラちゃんだった。

 

「……うん。やっぱやめとこう」

 

だって怖いもん!よく考えたら昔は一緒に寝たりしてたし、もし成長したカグラちゃんが俺に対して敵意(というより反抗期的なあれ)を持ってたらどうする。あの冷たい目が今度は俺に向けられて、なおかつバイバイキーンと叫ぶはめになるんだぞ。

それはお断りいたします。

 

それに、あの目付きはきっと、女王様タイプ的な何かだ。そんな気がする。

とにかく何だかとてもまずい気がするので遠慮しておきましょう。俺が悲惨な姿にされるのは困ります。

 

しかし、もうそんな歳になったのかぁ(意味深

誰でも成長してしまうものなんだよね(意味深

カグラちゃん、本当に、大きくなって(意味深

お兄さんは嬉しいやら悲しいやら複雑(遠い目

 

大丈夫!カグラちゃんの成長は確かに見届けたよ!立派な女王様になってね!あとで匿名でギルドにSMグッズを送っておくよ!だから今回は接触しない!涙を飲んでね!

 

……涙を飲んでね!!(大事なので二回言いました

 

「残念ながら俺には、M属性はないんだ。ごめんよ皆」

 

誰に言ってんだよ。

そんな声が聞こえてきそうな今日この頃であった。

 

下手にカグラちゃんに見つからないように、様子を伺う。

 

カグラちゃんが奥へと再び姿を消したのを確認して立ち上がる。

 

別に手伝うっつっても、態々顔を合わせる必要もないしな。

カグラちゃんたちとはまた、いつか会える機会を儲けよう。いつか。……きっとくるいつかに。

 

さぁ!いざ助太刀するぜよおっ!

 




いいかみんな!転生直後は21だった!(唐突
       ( ゚д゚)
      (| y |)バァン!!


そして数話前のトージは23だが…
  23  ( ゚д゚)  8
   \/| y |\/


8年後の今、こんな年齢になってしまう!
     ( ゚д゚)  31
     (\/\/


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足元の魔王

難産でした。ガジル君のせいで。ガジル君のせいでね。時間かかりすぎて途中本気で萎えた。トージは脳内レベルが私と似てるので、実に書きやすいです。
仕返しとして、ガジル君には服の表裏を一生間違え続ける呪いをかけておきました。


「……っはぁ、はぁっ……さっさと、あいつを、出しやがれぇっ!!」

 

「うっ、るせぇ!……はっ、はぁ……んな奴しらねえって、言ってんだろうがァ!!」

 

火竜(サラマンダー)の炎に覆われた拳は、俺の鉄に覆われた拳とぶつかり合い、互いに拳から血を散らした。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)

そこに所属する俺と同じ、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。火の滅竜魔導士、ナツ・ドラグニル。

話を聞いてたころから気に食わねえと思っていたが、本当にこいつとは馬が合わねえだろうってことが、今わかった。

 

「そんなにあいつを出したくねえってか?ふざけんなよ!俺の目的は妖精の尻尾でも、ましてやてめえでもねえんだよ!!火竜!(サラマンダー)!」

 

「お前が誰の話をしてんのかわかんねえっつってんだよ!鉄竜(てつりゅう)!!」

 

「だぁかぁらァ!俺の目的はあの金髪だって言ってんだよ!!さっさと出しやがれ!!」

 

「ルーシィは渡さねえ!」

 

「ハートフィリアなんざいるか!!」

 

「金髪って言ったじゃねえか!」

 

「だあああああああああもう!てめぇじゃ話にならねえ!てめえのとこのマスター連れてこい!!」

 

「お前らがルーシィを一度拐ったのはミラから聞いてんだよ!……あ、さては、お前今度はじっちゃんを拐うつもりか!?」

 

「あんな禿げたじいさんなんざいるかボケェ!!」

 

全く会話にならない。なんなんだこいつは!

そんな募る苛立ちを拳に込めて振るう。

こんなやつ相手に無駄に体力や魔力を消耗していると考えると余計に腹立たしい。

 

だが奴はもうボロボロだ。俺も少しばっか負傷しちまったが、こんな程度どうってことはねえ。

仕方ない、方針を変えよう。さっさとこいつをぶちのめして別の奴等から聞き出す。その方が何倍も早い。

 

だから、とっとと……。

 

「クタバレ火竜!」

 

距離を取り、やつの攻撃範囲から逃れると、その場で大きく息を吸い込み肺へと空気を送り込む。

それは体内で魔力へと変換され、強力なエネルギーとなる。

 

「鉄竜の──」

 

それをすぐに察したのか、すばしっこい火竜も俺と同じように息を吸い込み、溜めの動作を行った。

 

「火竜の──」

 

ギャラリーがいない。それはつまり、互いが遠慮なく全力をぶつけ合うことができるということ。

 

滅竜魔導士が、ぶつかり合えるということ。

 

 

「「──咆哮(ほうこう)!!」」

 

 

同時に放ったブレスがぶつかった。

片や熱の塊を放射し相手を焼ききらんとする。

片や鋭利な鉄片の渦で相手を切り刻まんとする。

互いのその力はどちらも竜を殺すための魔法。

人間……人智を遥かに超越した伝説の生き物を殺すための魔法。その二つのぶつかり合った結果は当然、凄まじいものだった。

 

ギルドの一室だった場所は開放的なまでに倒壊し、大空を見上げることができる。

 

──あぁ、気に食わねえ。

 

「……へっ、そんなもんかよ、鉄竜」

 

ぶつかり合ったブレスは、俺の威力が勝った。

押し負けたまま、俺のそのブレスが直撃した。

身体中を鉄片に裂かれ、血を滴らせながらも未だ立ち上がる男。その姿は誰がどう見ても重症だ。

 

俺に敵いもしねえ、こんなやつに時間をかけるのが勿体ねえんだ。だから、いい加減……。

 

大人しく沈め。

 

「鉄竜棍!!」

 

腕を鉄のように硬化させ、銀色の(こん)へと変化したそれを火竜へ見舞う。

ブレスを直接に受けた余韻のせいで、少しフラついた火竜の腹を横から凪ぎ払う。

 

壁に叩きつけられ、地面を転がり、血を吐きながらのたうち回る。

……無様な姿だ。我ながら、遠慮なんてない攻撃を見舞った。

 

だが、それでも尚、火竜は立ち上がった。

 

「……助かったぜ、鉄竜。ちょうど痒かった場所を掻いてくれてよぉ……」

 

足を震わせながらも、血を流しながらも、息を切らしながらも。だが、その鋭い目付きだけは絶えず俺を睨み付けていた。その瞳の奥には、鬱陶しいくらいに熱そうな炎が(とも)っている。

 

「……なんなんだ、てめえ」

 

なんなんだ、こいつは。

 

「鉄竜剣!!」

 

足を剣へと変貌させ、その凶器の足で蹴りを放つ。それを受け止めようとした火竜は、当然疲れきった体では耐えきれずに腕から血を散らして吹き飛ぶ。

 

「もう諦めろよ、火竜。てめえじゃ俺に勝てねえ。さっきのブレスで勝敗がわかりきってんだろ。只でさえトト丸とやり合った後みてえだし、尚更だ」

 

諦めろよ。と、そうもう一度促す。

 

エレメント4と戦闘済み。しかもトト丸との相性も悪く本来のコンディションじゃない。普通なら、そんな連戦で俺と戦える余力すらねえはずだ。いくら滅竜魔導士っつっても限界がある。

なんなんだ?馬鹿は体力の限界にすら気がつけねえのか?

 

「……うるせぇよ」

 

そう呻くように、立ち上がる。

 

「あ?」

 

「うるせぇよ!!仲間を傷つけられたんだ、ぶっ飛ばさねえと気が済まねえんだよ!!」

 

両腕に炎を纏わせ、覇気の消えない眼光で俺を睨めつける。

 

本当に気に食わねえ男だ、こいつは。

仲間が傷つけられたからだ?そーかよ、そいつは重畳(ちょうじょう)

仲間の為に無茶をするってのは、イマイチ理解できねえな。その仲間ってのは、そんなに価値のあるもんなのかねえ。

 

「お前にとってよ、仲間ってのはなんだ?」

 

何気ないその問いに、火竜は何の迷いもためらいもなく、叫んだ。

 

「家族だ!」

 

家族、ねぇ。

 

「それは命を張る価値があんのか?」

 

「当たり前だ!!」

 

「……そーかい」

 

やっぱ、理解できねえや。

昔っからこうやって力や暴力で生き抜いてきた俺には、そうそう理解できることじゃない。

仲間ってのは、親の威光で威張り腐るどうしようもないヤツもいれば、偽善的な行動で誰かを助けようとするアホだっている。だからって気にかけることもないし、積極的に関わろうとも思わなかった。

 

ようするに仲間ってのは俺にとって、結局他人でしかない。ただ同じギルドに所属して、同じ名を語ってるメンバーというだけ。それに対して命を張るってのは……よく、わからねえ。

 

「はぁーあ。俺はんなことチマチマ考えるタイプじゃねえんだがな。どうにもあれ以来、らしくなくていけねえ」

 

「はぁ?なに言ってやがんだ」

 

「そうさな……」

 

そうだ。細かいことを考えたところで、何が変わるわけでもありゃあしねえ。

俺は、俺の思ったままに、やりたいことをやるだけだ。

 

だから。

 

「俺には、(こいつ)の方が向いてるって話だよ!!」

 

細かいことなんて、後でいい。

後で考えりゃあいい。今は、この生け簀かねえ野郎をブッ飛ばすのが、何より優先だ。

 

「そうだろ、火竜!!」

 

「上等だ!!」

 

互いの魔力が溢れる。

まるで感情に左右されるように、体の奥に貯蔵していた魔力が溢れだす。

 

いくぞ、取って置きだ

 

 

「滅竜奥義──」

 

「滅竜奥義──」

 

鉄竜(てつりゅう)火竜(かりゅう)。火と鉄の滅竜魔導師(ドラゴンスレイヤー)か。

否定したいところだが、どこまでも、気が合うところが無駄に腹立たしいんだよ。……まぁ、気が合うんじゃなくて、互いに高ぶった結果だと思いたい。

けど、悪くない。互いに最高をぶつけ合えるのなら、その結果にも納得が行くってもんだ。てめえも、そうだろ。負けたことに言い訳なんて出来ねえからな。

 

 

勝負だ、火竜(サラマンダー)

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おーおー、もう色んなところでドッカンドッカンと。皆元気だなおい」

 

人形ロボットと化したギルドへ近寄ってみると、そこいら中からドンドンガンガンと凄い音がする。

なんかフェアリーテイルのメンバーたちは大量の黒い影みたいなのと戦ってるし。ロボットの内側からも凄いドンドコ聞こえるし。

 

え?外のは手伝わないのかって?

無理無理。だって影だよ?倒されてもすぐ再生するようなやつらをどうやって倒すのさ、そんな超能力みたいな力俺にはありませんよ。俺は脳みそ筋肉略して脳筋の方の人種だし。

 

とりあえず、未だに踏ん張っているマスターから助けるとしようか。

 

 

「『MODE:オオナズチ』」

 

古龍種の中で最も燃費のいいのが、霞龍(かすみりゅう)オオナズチの能力、擬態。

皮膚の色を変えて擬態し、周囲に溶け込む能力だ。普通なら、え?それ弱くね?となるかもしれない。ダガシカァシッ!(裏声

オオナズチの擬態は度が過ぎている。

溶け込むだけだが、それは雨や人混みなど、動くものを背景にしても見破ることができない。最早擬態ではなく、透明化のレベルまで達している。すごい。

 

大丈夫。決して悪用なんてしてませんよ、ええ。この能力で女湯を覗いたことなんてありませんよ、ええ。興奮の余りに能力を維持できずバレてブッ飛ばされたことなんてないですよ、ええ。追い討ちとばかりに、覗いた先に王族がお忍びで来てて投獄されたなんてこともありませんでしたよ、ええ。

 

……あれは、いい思い出だった。

 

あの時のナイスバデーを思い出しているだけで、こんなにも豊かな笑みが自然と溢れる。おっと涎が。

 

投獄で済ませてくるなんて優しい。だって監獄って俺の嫌いな海と違って地面あるし。地面があれば当然掘って出られるし。

 

……チャンスがあったら、もう一回女湯覗きやろう。

 

完全に女の敵そのものの決意を新たに、俺はロボット(ギルド)を見上げた。

今、俺は取っ組み合っているフェアリーテイルのマスターとロボットを、横から見ている形だ。

 

「『MODE:ガノトトス』」

 

体質を水竜のものへと変え、湖に顔を突っ込んで水を体内へと摂り込む。

渦でも出来るんじゃないかというくらいに水を吸い込んでから、顔を上げる。

 

口で汲み上げた水を体内で圧縮させ、それをブレスとして、ロボットの腕へと吐き出した。

 

まるでウォーターカッターのように、圧縮された水のブレスは、意図も容易くロボットの腕を切断して見せた。

 

「……っはぁ、しんど!同時発動は本当に疲れるわ」

 

擬態しながらのブレスは本当に疲れる。五〇メートル走を全力で走ったような感覚。

まぁぶっちゃけそこまで疲れるわけでもないが、あれだ。準備運動もなにも無しに急に走ったから余計疲れる、みたいな?

 

いやー、にしてもよかったよかった。フェアリーテイルのマスターに当たらなくて。当たってたら謝罪じゃすまないからな、「てへぺろんっ☆」とか可愛らしく謝っても確実に殴り倒されるだろうし。

 

……おっと、マスターが、こっち周辺を警戒してるみたいだな。

バレて面倒事になる前に、とっとと中に入るか。

 

ロボットもすでにズタボロで入れそうな場所が一杯あったので、なるべく高くジャンプして上に近そうな所から入り込む。

 

さて、入ったはいいがどこに行けばいいんだ?

んー。つーか、俺は何をすればいいんだろうか。なんかギルド同士の小競り合いみたいだけど、大将でも討ち取ればいいのかな?

 

悩みながらも、とりあえず上いくかー。と適当に上へと登っていく。

 

このギルドの大将ってどんなんだろうか。

そういえばあれだよな、このギルドって昨日説教してやったとこのギルドだよな?なんかギルドマークに見覚えあるし。

 

頭に思い浮かぶのは、俺のしおからを食いやがった凶悪な顔つきのアイツ。あー、なんか思い出したらイライラしてきた。あの野郎ふざけやがって……。げきおこだよ畜生!

 

廊下を歩いていると、人の気配のする部屋らしきものが見えた。そこへと向かう。

 

まぁあんな、悪人面は置いておいて、それはそれとしてだ。

「悲しい、悲しい」と連呼して喧しかった(俺の方が悲しかったわ。お前以上に悲嘆に暮れてたわアホんだら)なんとかリア……えーとポリア?サリア?あー、モリアでいいや。

 

モリアとか名乗ってた大男や、あんな凶悪な顔つきの鉄を食うやつがいるギルドだ。恐らく大将も、相当顔つきの悪くてガタイのでかくて、岩とか人間とか食うような、それこそ魔王みたいなやつなんだろう。笑い方はたぶん、バゴアバゴアだ。

 

「……なんか会いたく無くなってきたな」

 

普通に怖いわそんなやつ。やだよ、まだ死にたくない。せめて死ぬ前に卒業させてよ、童tげふんげふん。

 

部屋に入ると、そこは中々に豪華な場所だった。

そして部屋の真ん中で二人の人間が構えながら向き合っている。

俺の角度から顔が見えるのは、なんか紫のピエロっぽい服装で髭はやしたおっさん。

 

うん、まぁ少なくともこんな中ボスの取り巻きみたいな見た目じゃ魔王とかありえんわな。精々取り巻きAってところだな。良くて妨害専門の遊撃キャラ。まぁ、端的に言うと雑魚キャラだな(あんま意味変わってないけど)。

 

にしても、なんだそのダッサイ服装は。ピエロ意識してるんならもっと不気味なくらいにしろよ。ケフカ見習えよケフカ。なんでそんな中途半端なんだよ。んで気になってたんだけどその靴の先にくっついてるフワフワはなんに使うんだよ。謎だよ。なんでフワフワなんだよ。フワフワしてる意味あんのかよ。なんだ?フワフワだと笑いがとれるのか?フワフワしてると面白いのか?……あえて言おう、カスであると!フワフワしてても面白くもなんともないんだよ!ただ気にはなるけども!

 

はぁー全く、大物になりたいならまず見た目だけでもよくしないと、威厳が出ないぞ?……と、相手は年上のおっさんだが忠告しておこう。

まずは見た目だけでも、自分磨きを(おこた)っては上には登れん!何事も努力なしでは始まらんのだ!千里の道も一歩から!石のように硬いそんな意志で!(ちり)も積もれば大和撫子!「し」抜きで、いや死ぬ気で!

 

「ふわふわりー♪ふわふわるー♪」

 

「誰だ!」

 

あ、バレた。

素通りしようとしただけなのに、おっさんに気づかれてしまった。なぜだ。

 

んん?よく見てみたらおっさんと向き合ってるのあれジェラールだ。

ジェラールも困惑したように辺りを見回してる。つーか、なんでそんなボロボロなのお前。服もやぶけてるし。さっきまで威勢よく乗り込んでたじゃん。勢い余って転んだのかよ。

 

後に彼は、「転んだだけで服がやぶけるかーい!」と突っ込みがあれば完璧だった、と語った。

 

そんなボケは良いとしてだ。

 

妖精皇子(オベロン)のジェラール。隙だらけですよ」

 

ピエロ(モドキ)がジェラールの背後から黒い魔法を放とうとしていた。完全な不意打ちである。許しがたい。

俺は、そんな男の真後ろへとワンステップで急接近した。

 

「背後から不意打ちとか、お前それでも男かよ!」

 

真後ろから(・・・・・)強烈なチョップを食らわせてやった。

チョップと共に、自分のその言葉が盛大なブーメランとなって俺に突き刺さる。本日渾身(こんしん)のボケであった。

 

ちなみに取り巻きAは床と一体化した。白目を剥いて鼻水を垂らしながら、みっともない顔で気絶している。

 

酷い!誰がこんなことを!(正義感

 

我ながらやりたい放題であった。

まぁ、相手が人間である以上、そこまで切羽詰まるような事態にはそうそうならないだろうし。ただし女性には手を上げられないのでそれは除く。

 

「……嘘だろ……。そこに、いるのか?」

 

ジェラールは、俺のいる大体の位置へと視線をさ迷わせながらも、驚愕の表情でそう問いかけた。

 

「なぁ、その声は、師匠なんだろ?……そこにいるんだろ?出てきてくれないか」

 

声だけでよくわかったな。つーか、よく俺の声なんて覚えてるなぁ。

……にしても、師匠ねぇ。別に俺はお前の師匠じゃないんだけど。

 

ジェラールと初めて会ってから数日、フィオーレに送り届ける旅をした。一週間程度だが。そういえばあの時、俺はこいつに名前を名乗っていないのだ。

なんというか、名乗るタイミングがなくて名乗れなかった。その後も気を逃し続けて、なんか余計に名乗りにくくなって、結局俺の名前を知らないに至る。

 

だからまぁ、師匠って呼び方をするのは仕方ない……のかな。

 

けど、そんなとこカグラちゃんにでも目撃されてみろ、どんな目に遭うか。考えただけでもおっかないわ。

 

まー、そうだな。子供の成長をこうして見れたんだ。俺もいつまでも隠れてるってのも、変な話だよな。

元気な報告ができるなら、互いに顔を遭わせて笑顔で話せるのが一番だ。

 

擬態を解き、ジェラールの前に姿を見せた。

 

「……お久しぶりです」

 

「おう、でかくなったな」

 

本当に大きくなりやがって。ぴーぴー泣いてたガキンチョがもうこんなんなったのか。早いもんだ。

 

「師匠は、全く変わらないな。あの時のまんまだ」

 

「そうか?んー、八年くらい経ってんだろ?老けてねえか?俺」

 

「これっぽっちも変わってないよ」

 

「まじでかやめろよ嬉しい。お前も、豆粒みたいだったくせに、随分な色男になったじゃん。ジェラールくん」

 

「はいっ」

 

うむうむ、元気で何より。

感無量である。と目頭が熱くなってきたところで、ジェラールが尤もなことを聞いてきた。

 

「なぜ師匠がここに?」

 

「なぜってお前、そりゃー……」

 

なんでだっけ。

あ、そうだそうだ飯の恩を返すために手伝いにきたんだ。忘れてない、忘れてないよ。

決して、しおからの鬱憤晴らしに来たわけじゃないよー。

まぁそれはそれとして、

 

「魔王を倒しに来たんだよ俺は」

 

「魔王?」

 

「そうそう。でもここにはいなさそうだな」

 

魔王(大将)探すの本当に大変だな。あーあー、やっぱりこう広いと探すの手間だな。もういっそ、足元に転がってるコイツ(笑)が魔王(敵ギルドの頭)だったらなぁ。

いやまぁ、ないだろうけどな、こんな髭のおっさんじゃ。取り巻きAじゃ。

 

若干面倒に思えてきた。

あ、そういえば「その師匠って呼び方をやめろ」と切り出そうとしたその時だった。かなりの早さでこちらへ近づく匂いに気がついた。

 

むむっ!このパルファム(芳しき薫り)は……女子!!女子だ!!女子がくる!!

 

フェアリーテイルのメンバーかな?もしメンバーだったら俺がいても混乱させるだけだろうし、もし敵だったら俺には女の子は殴れないからジェラールに任せる。

 

だから俺は一旦退散するとするかね。

 

「またな、ジェラール」

 

ジェラールが何か言っているが、俺はそれを無視して擬態化し、そのまま走り去った。

 

あ、結局名乗りそびれてしまった。

 

 

まぁいいか。もう会えないってわけでもないんだし。

とりあえず、魔王を探さねば。

 




ジョゼはあのダサい衣装のまま戦おうとしていたようです。人外チョップが炸裂してもしかたないですね。反省して頂きたい。

ジョゼへの当りが厳しいのは、作者の愛ゆえなのだ。だからしかたない。愛ゆえに!!


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竜は空へ、星は天へ

今作では、性格改変がございます。


鈍い痛みが頭に走る。

そんな感覚をきっかけに、意識がゆっくりと浮上していく。

 

身体中が、まるで本物の鉄になったように重たい。

この様子じゃ、骨も何本か折れちまっているんだろうなぁ。そんなため息と共に激痛が体を駆け巡る。

 

「あのクソ火竜が(サラマンダー)、ふざけやがって」

 

そんな悪態を吐きながら、体を起こそうと力む。その度に先程よりも強烈な激痛が走り、体がそれを拒否する。

 

……ダメだ、起き上がれもしねえや。

 

「……俺、負けたのか」

 

なんとも、あっさりとその事実は胸の中に入って来た。

それはきっと、より大きな敗北を味わったからかもしれない。

……だが、納得できるかと聞かれれば話は別だ。今回の敗けと前回の敗けじゃ大きな差がある。

 

「ふっざけんなクソ炎!次は本当の本当に全力でぶっとばしてやる!」

 

圧倒的に負けるならまだ納得はできる。俺が弱かったんだなと理解できる。だが、どうだ。自分より格下だと侮っていた同類に殴り負けるだなんて、そんな目も当てられない負け方、納得できる訳がない。

 

負けたことは認めるが、納得はできない。

 

「コラァ!誰がクソだこのクソ鉄!」

 

……どうやら火竜も、少し離れたところにいるらしい。気にくわない声だけが俺の元へと返ってきた。

 

「……んだよ、まだいたのかよクソ火竜」

 

「悪いかよ、クソ鉄竜」

 

ブスッとした不機嫌そうな声色だ。

まぁそんな態度で返されても、俺とて不機嫌だから大して変わりなんてないが。

 

「さっさとどっか行けよ」

 

「うるせえよ、体が動かねんだよ。どっか行って欲しいなら炎よこせ。お前だけ目の前でバリバリ鉄食いやがって、ずりいだろ」

 

「はっ!じゃあお前も鉄を食えるようになるこった。なんなら手伝ってやるよ、そのアホ面に鉄塊お見舞いしてやるよ」

 

……相打ち、とかそんなことを考えるのは、甘えだよな。

勝てなきゃ意味なんてない。だから結局、負けてなくたって、死んでなくたって、俺は負けたんだ。相手にというより、自分に。俺自身のどうしようもなさに呆れて涙が出そうだ。

 

「でも、本当なら俺の方が強いんだよクソ火竜!」

 

「俺の方が強いっつーの!」

 

そこでふと気がつく。

俺の方からこいつに文句つけて、絡んでいることに。

文句はいいとして、問題は俺が絡んでいるということだ。俺から声をかけてるということだ。

幽鬼のメンバーにですら自分から声をかけすらしなかったこの俺が、こんな格下と笑っていた火竜にだ。

 

……確実に、俺の中で何かが変わり始めてる。

 

ふと風に乗って運ばれてきた匂いに意識が向いた。マスタージョゼの匂いと、それに重なるように漂ってくるのは、新品の鉄の匂いと、大勢の人間の匂い。恐らく評議院の部隊だろう。

この掻き消されたような匂い方はつまり……捕まったな、マスタージョゼ。

……ともなれば、実質幽鬼の支配者(ファントムロード)は陥落。解散って訳だ。それに、街に向かってジュピターやアビスブレイクをぶっ放そうとしたんだ。大量殺人未遂に禁忌執行罪。マスタージョゼは牢獄行き、恐らく二度と出てこれることはないだろう。

 

だったら俺も……。俺が変わり始めているこの時がいいタイミングなのかもしれない。ファントムはなくなり、分岐点とも言えるこの状況で……さて、どうするか。

 

この不可解な自分を理解するために、今、踏み出してみるのも悪くない気がする。それになにより、あの金髪男とはもう一度やりあわないと気がすまない。

 

……癪ではあるが、今俺が一番やりたいことは決まった。これしかないだろう。

 

「おい、クソ火竜」

 

「なんだよ、クソ鉄竜」

 

俺も、ここいらで変わってみようじゃねえか。いつまでも俺は、こんな小さい男でいるもりはない。

幽鬼のガジル・レッドフォックスは、もう終わりだ。

 

「俺を妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入れやがれ」

 

「はぁ!?なに!?うちに入るのか!?」

 

驚愕の声が聞こえる。

まぁそうだろう。一昨日の俺が聞いても同じような反応をするだろう。それこそ、鼻水垂らしそうな勢いで驚愕した後、嵐のように怒り狂って殴りかかっていたところだろう。

 

「あぁ。……あ、だが先に言っておくがてめえと仲良しこよしをするつもりはねえからな。俺はただ、てめえのギルドでやりたいことがある。そんだけだ」

 

あの男と、もう一度会うために。

 

「あと、俺の戦歴にこんな白星を残しておくのは許さない。また回復したら、すぐにてめえをぶっとばせるよう、殴りやすいところにいてやるって話だよ」

 

だから入れろ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ。

そう言ったところで、火竜の返事が止んだ。

……いや違う。あいつ、笑ってやがる。なんだ?コケにされてんのか?ぶっ殺すぞ。

 

「入りたいってんなら、俺は歓迎するぜ鉄の(くろがね)ガジル!当然、俺も今回は引き分けたし納得はしてねえからな。それに、まだレヴィたちの分、殴り終わってねえし。そんで、次は俺が勝つ!絶対勝つ!!」

 

うぐっ……痛いところを。そうだ、そういえば俺、こいつのギルドのチビっこいガキと取り巻きをぶちのめしたんだった……。

 

はぁ、仕方ない。大人しく殴られてやるか。こいつと、ギルドの連中と、あのチビガキに。

 

んでもって、こいつをぶっ倒す。俺も……今度こそ、負けない。滅竜魔導士(ドラゴン)は一人で充分だって事実を、てめえらに叩きつけてやる。そんで、あの男に泥をつけられるくらいに、でかい鉄の竜(ドラゴン)になってやるよ。

 

「ギヒッ。燃えてきたぜ」

 

俺の真似すんなー!と、火竜の声が大空へと響き渡った。

 

支配者は終りだ。(ドラゴン)はこんなところで縛られる訳にはいかない。思いっきり飛んでやるよ。妖精のように、空へ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「はぁ!?あの男がこのギルドにいねえだあ!?」

 

数日後、(あらた)に妖精の尻尾へと迎え入れられた男、ガジル・レッドフォックス。彼は、雨ざらしで屋根すらない、広場となったギルドの酒場で、そんな悲痛な悲鳴を上げていた。

 

彼のフェアリーテイル入団に関しては一悶着も二悶着もあった。一言では語り尽くせない程に色濃い話が長々とあるのだが、それだけで日が暮れること請け合いなのでそこは割愛する。まぁ、そこまで関係は悪化することもなく、レビィたちには謝罪し、マスターにもその件は一発殴り飛ばされただけで許された(重症を負ったが)。

それとカグラにボロ雑巾にされたことくらいだったと、ここに明言しておこう(同じく重症を負ったが)。

詳しくは割愛だ。

 

「おい、じい……マスター!どういうことだ!なんであの男がこのギルドにいねえんだよ!!」

 

ガジルは、マスターに掴み掛からんとする勢いで声を荒らげる。

……実際に掴み掛かろうとしてるところをエルフマンが抑えているが。

 

「なんでと言われてものぅ。お前さんが言ってるのは、ファントムの支部をぶっ壊したやつのことじゃろ?悪いが、そいつはウチのギルドのモンじゃないんじゃよ」

 

「なんの為にここに入ったと思ってんだ!俺はあいつと闘うために入ったのに。……チクショウ、もっとちゃんと確認してから入るんだったぜ」

 

落ち込んだ様子で飲み物を手に、テーブルについたガジルは一人項垂れる。

そんなガジルの頭をベシベシと叩くナツは、痛快とでもいうように楽しげに爆笑している。

 

「だから言ったじゃねーか、最初からそんなやつ知らねーって!ダハハハハハハ勘違いしてやんの!恥ずかしー!」

 

「うるせえクソ火竜!!」

 

ガジルが調子に乗っているナツを殴った。あれだけ煽れば当然の結果だろう。やはり今日も今日とてアホだ。

一方殴られたナツはというと、今回の件で壊れたギルドの建て直し作業をしている半裸のグレイへ、派手に頭から着地してみせた。

 

「何しやがんだよこのつり目!いてえだろうが!」

 

「痛いのは俺の方だろうが変態野郎!ここにいるのが悪いんだろ!」

 

「んだと!」

 

「上等だよやるか!?」

 

接吻でもするんじゃないかというくらいに睨み合い、互いの額をグリグリと擦らせている二人。まるで犬と猿だ。そんな二人のもとへ、ルーシィがどうにか抑えようと仲裁に入る。

 

「元はと言えば、原因は俺じゃなくてガジルだ!俺は悪くねえ!」

 

「あぁそうかい、んじゃああの殺人面のトカゲ(モドキ)もあとでお前と一緒に同じ墓に埋めてやるよ!」

 

「誰が殺人面のトカゲ(モドキ)だとこの変態カキ氷!」

 

あ、ガジルが参戦した。

 

「ちょっとアンタ達やめなさいよ!」

 

「うるせえルーシィ!」

 

「ルーシィは下がってろ」

 

「喧しいこのオッパイ!」

 

「おいコラァ!最後セクハラよ!セクハラ!」

 

睨み合いが始まった。なんとも仲のいい四人組である。

そんな彼らを眺めながら、俺は酒場の隅で、葉巻をくわえるラクサスとチェスをしていた。

 

 

 

ファントム事件、とでも言うべきか。ギルドが無惨な姿に変えられ、レヴィが暴行され、挙げ句の果てには幽鬼の支配者がギルドごと攻めてくるという最悪の事件。だが裏腹にも、そんな事態の終結はなんともあっけなかった。

 

外で戦っていた仲間たちは、ジョゼの出した影の化け物たちが消えたことによって、幽鬼の支配者たちメンバーを制圧することに成功。

 

俺と戦っていたジョゼ・ポーラは、あの人の攻撃により地面と合体(俺にはどうやったのか見えなかったが)。

まだ挨拶も足りないうちにあの人は姿を消してしまい、その場に俺一人が残されることとなった。恐らくあの人が『魔王』と呼んでいた存在。その人物を探しにまた追っていったのだろう。

……いずれ、あの人とはまた会える気がする。だから、それまでに俺が出来ることは力をつけることだけだ。

 

話を戻すが、あの人が立ち去ってから数分とせずにその場へ駆けつけてきたのはカグラだった。

 

『すまない遅くなった!……え?』

 

あんなにも呆けた顔をしていたカグラは初めて見た。

だが、カグラの心中は察するに余りある。俺だって同じ反応をするだろうから。

 

なぜなら俺の目の前で、聖十大魔道であり幽鬼の支配者のギルドマスターである、ジョゼ・ポーラが白目を剥きながら地面の一部と化しているのだから。

鼻水を垂らし、白目を剥いて、あられもない表情で。

驚くなと言う方が無理がある。何をどうしたらこんな決着のつき方になるのか、とも思うのが普通だ。

 

更にそこへマスターマカロフが駆けつけ、評議院の部隊によってジョゼポーラは確保され、投獄されることとなった。それがつい昨日のことだ。

 

 

「なぁジェラールよ」

 

「なんだ?」

 

頭の中を整理しながら昨日のことを振り返っている。そんな俺とはまた違った意味で頭をフル回転させているような顔をしながらも、ラクサスは探るようにナイトを動かした。

チラチラと顔色を窺ってくる辺り、俺の表情で次の一手が是か非かを判断したいようだ。が、生憎この手のポーカーフェイスはお手の物だ。おっと、そこに置いたら俺が圧倒的に勝ててしまう。

 

「そこは悪手だぞラクサス」

 

……まぁ、いつもの通り助言はするけどな。この盤面は均衡しているように見えて、少しつつけば俺へと傾く。流石に優位性がありすぎるし、助言のひとつやふたつくらい良いだろう。それに、いつものことだ。

 

「あん?……あーそっかなるほど、ここじゃ不味いか……。ありがとよ。……んでよ、ジェラール。あのガジルとか言う新人、ファントムの幹部だったらしいじゃねーか」

 

「そうだな。おっと、そこも悪手だ。誘いのつもりだろうがリスクがでかい。ローリターンだしな」

 

「ッチ。悪くないと思ったんだけどな。……で、なんでジジイはファントムの野郎をウチに入れたんだ?普通入れねえだろ。長年睨みあってた敵だぞ?しかもよぉ、アイツ、うちに直接喧嘩くれたクソ野郎なんだってな?」

 

「物騒なことはするなよ。マスターはマスターなりに考えがあるんじゃないのか?……っと。ほら、ラクサスの番だ」

 

「心外だな、しねーよ。しかしそーとは思えねーな。あのジジイはお人好しが過ぎるとこがある。最近特にな、そのきらいが目に見えてきて、どうにも気に食わねえよ、全く」

 

身内がやられたってことに関しちゃ、俺はまだ納得してねえんだよクソが。とそんな悪態をつきながらも、ラクサスは自分の手番で止まったままのチェス盤を睨み付け、腕を組む。

ラクサスはファントム戦に参加しなかった。ラクサス程の雷の魔導士ならば、()せ参じることも簡単だっただろう。あの場に駆けつけ、ジョゼ以外のファントムを一掃することも簡単だっただろう。だが、ラクサスはそうしなかった。

ラクサスの考え方に反するからだ。

 

自分で始めた戦いは自分でどうにかしろ、と。そう言って通信を一方的に切った。

その言葉にギルド皆は激怒していた。が、ラクサスの言うことも勿論一理ある。彼が最近フェアリーテイルに対して苛ついているのも、理解できる。

 

温くなった、というラクサスの評価は、断じて間違ってなどいない。

 

自分の尻も拭えない魔導士などいない。それはいつか、マスターの言っていた言葉だ。それを聞いて育ったラクサスも、俺も、当然その思想を持ったまま育ったし、そうあるべきだと思っている(もちろん例外もあるが)。

 

だが、今回に関してはラクサスよりも、フェアリーテイルのメンバーたちに非がある。ラクサスの預かり知らぬとろで勝手に喧嘩を始めて、手伝わなければ憤るなど、言語道断だ。仲間といえど、家族といえど、おいそれと手を出すべきではない。

助けるのは仲間としてやるべきことだし、美しいことだ。だが、だからといって何でもかんでも助けていたら、それこそいつまでもラクサスに頼ったままになる。強いものに頼ったままのギルドになる。力だけでなく、人間性すら衰えそうに思えてくる。当然そんなものは、俺も、ラクサスも望んでなどいない。

 

昔から仲が良いせいか、ラクサスとはこうして話せる。実力では拮抗している俺たちだが、お陰でこれと言った垣根がない。こうやって互いの意見を本音からぶつけられるいい相手だ。

 

「そうだな。確かにそれはわかる。だがまぁ、ガジルもマスターに絞られて、あの拷問じみたカグラのお仕置きにも耐えきった訳だし。いいんじゃないのか?あれだけ絞られても尚、悪さができるようじゃ、それこそ、その更正のさせ甲斐にカグラが本気になるぞ」

 

「そりゃあおっかねえ。笑えねえよ」

 

想像でもしたのか、ラクサスは苦笑いしながらポーンを動かした。

まぁ俺もそんな事態にはなってほしくない。あのモードになったカグラは怖いなんてもんじゃない。一種のトラウマ製造機だ。

それにガジルは今、幽鬼の支配者の残党狩りや、残った支部の破壊をタダに近い金額でやらされている。だからという訳でもないが、もう彼を俺は許している。

 

「けどよ、俺は諦めてねえんだよジェラール」

 

ラクサスは吸っていた葉巻を握りつぶし、雷でその吸い殻を塵に変えた。

 

「何をだ?」

 

「マスターだよ。次のマスターには俺がなる」

 

そう、悪人めいた顔でラクサスは笑った。

これはまた、悪いことを企んでいる顔だ。変なことを計画中じゃないだろうな。

 

「それはまた、大きく出たなラクサス」

 

「おうとも。だがな、これだけは譲れねえ。ジジイを叩き落として、俺がフェアリーテイルの頭になってやるよ。んで、このギルドを根っから叩き直してやんだ」

 

「そうか……」

 

ラクサスの言葉に嘘はない。本気でこのギルドを愛してるんだ。この男は。だからこそ、緩く、(ぬる)く、ぬくぬくと脱力していっているようで許せないんだ。本気で、愛してるから。フェアリーテイルを自分の宝だと、胸を張りたいから。

 

俺は、駒を動かす。

 

「チェックメイトだ、ラクサス」

 

「あぁ」

 

互いに、笑みが深くなる。

悪くない。これだからラクサスとつるむのはやめられない。

俺もたまにはやってみるか。悪ガキというやつを。

 

「ジェラール、一緒にキングを取りに行かねえか?お前の頭と俺の力があれば、俺たちは最強だ」

 

そんな問いを投げられたら、返せるものはひとつしかない。

 

「ラクサス。答えが必要か?」

 

わざわざ言葉にする必要なんてない。

俺とて、薄々勘づいてはいた。このギルドはこのままじゃダメな気がすると。

……それに、少し楽しそうだ。

 

「「決まりだ、相棒」」

 

 

拳をぶつけ合い、答えは決まった。

 

 

 

「ジェラール・フェルナンデスはいるか!!」

 

そんな俺たちの元へ、不粋な声が届いた。

その声の主は白を基調とした正装に身をかため、眼鏡の向こうに光る切れ長な眼でメンバー全員を見渡した。

彼の襟元に輝くのは銀と青のバッジ。それの意味するところはつまり、巨大なの権力の証。

 

 

「ジェラール・フェルナンデスに会わせてくれ!彼には評議院から召喚状が出ている!」

 

眼鏡を中指で押し上げ、彼は俺を見つけると、目の前まで歩んできた。それに敵意を剥き出すように、ラクサスは静かに雷を体に迸らせる。人を殺せそうなほど鋭い目で彼を睨む。

 

その男はラクサスに圧されながも、咳払いをひとつ。額の汗を拭うこともせず俺を見て、その場にいる全員へと聞こえるように宣言した。

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリー・テイル)所属、妖精皇子(オベロン)のジェラール。ジェラール・フェルナンデス。此度(こたび)貴殿には、晴れて聖十の称号が与えられることとなった」

 

 

 

◇◇◇

 

 

「あれ?どこよここ」

 

そんな呟きは大きな青い空へと消えていくようで、なんとなく、俺の心を虚しくさせるのだった。

 

「虚しくさせるのだった!」

 

そんな自分語りも程々に、俺はまるで怪獣の砲口のようになるお腹に手をあてながらため息をついた。

 

ファントマローンとかいうギルドのマスター、結局見つからないし。お腹は空いたし。お金はないし。もうお手上げですわ。

 

……うーん。途中まで一緒だったミストガンともはぐれちゃったし。これは……。まぁいいか、各自解散ということで。なんやかんやでフェアリーテイルは強そうなやつ多いし、恐らく今回はこれ以上手出ししなくても大丈夫だろう。いつかまた会うときがあれば、その時にまた恩返しの続きをするとしよう。

 

んじゃ、旅の続きと行きますか。

 

 




ラクサス、丸くなりおって…
じーじは嬉しいぞおおおおほほほほおおおおおい


─幽鬼編終了のお知らせ─
次回は番外というか、小話だー


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番外 雷神衆の晩酌

日常回。今回は雷神衆の晩酌に密着しました。話は進みませんので悪しからずん。
すみません。今回は出来が微妙です!ボツにしようか悩んだ結果の投稿ですので……
本当に申し訳ない(メタルマン)


「ったくよ。ジェラールの野郎、手を結んだ直後に旅行だと?どういう了見だよ。祝いだなんだと聖十(せいてん)の称号程度で浮かれやがって。ッチ、せっかく暴れられると思ってテンション上がってたのによ、出鼻挫くんじゃねえよあの野郎」

 

まだ仮酒場のままのフェアリーテイルの地下。

日も暮れてマスターもメンバーたちもすでに帰り、昼の喧騒とはまるで別世界のように静まり返ったギルド。

俺は誰に言うでもなく、そんな愚痴を溢しつつエールを煽る。飲み干すとジョッキを置き、背もたれに体重を預けて足を組んだ。

そんな俺に、雷神衆の三人は微かに笑っている。

 

「んだよ。俺の顔がそんなにオモシれえか?なんならてめえらを俺より愉快な顔にしてやろうか?あぁん?」

 

放電してみせると、慌てたように三人はそれぞれ弁明を始めた。

一通り聞き終えた後で、それを聞いてなかったかのように追い討ちで驚かせてやれば、面白い程に焦る。それが見ていて楽しかったから今回は許してやった。

 

「で?なんだよ、言いたいことがあんなら言え」

 

そう促せば、代表としてフリードが口を開く。

 

「いや、ラクサスは最近凄くイライラしていたみたいだから、心配してたんだ。けど、昨日ジェラールと話してから元気になったな、と思って。安心していただけだ」

 

「……そーかよ」

 

なんだよ、そんなことか。

まぁ、そうだな。唯一の親友……っつったらなんか薄っぺらいかもしれないが、実際アイツ程気の会うやつはいないしな。

昔っから、チームを組むならコイツだ、と思っていたほどだ。

 

 

マスターの孫として、周囲から敬遠され、誰も俺の努力を欠片も認めてくれなかった。誰一人として、俺を見てくれなかった。

 

『出来て当たり前、マスターの孫なんだから』『なんで出来ないんだ、マスターの孫なのに』『マスターの孫だから努力をしてないのに強くてずるい』『マスターの孫だから』『孫だから』『孫だから』『孫だから』『孫だから』『孫だから』と。

そんな妄言ばっか吐く大人たちに囲まれていた頃、愚かにも俺は、高慢ちきな事件を起こした。

 

そんな事件を自分の意思で行った俺を、全力で叱ってくれたのがジェラールだった。

『間違っている』『一からやり直せ』『マスターの孫ってだけで、お前はマスターじゃないだろ』『他人の評価しか気にしてないのか、小さい男だな』『悪さをしたって、お前自身をを証明できる訳じゃない』『お前の相手をしてるより、ナツと殴りあった方が有意義だな』とか。そんなことを言われた記憶ばかりだ。

 

当然、当時の俺もアイツの遠慮のないダメだしや説教に我慢できずガチの喧嘩となった(最後のナツ以下発言には本気で激怒して、反面本気で落ち込んだ)。

ジェラールと全力で殴り合いに殴りあった結果、俺は勝てなかった。……負けたのだ。見事に。善戦はしたつもりだ。だが結局ジェラールには勝てなかった。お陰で、俺は自分の小ささを思い知った。

 

こんなにも俺は小さかったのか。こんなのも俺は弱かったのか。こんなにも俺は馬鹿だったのか、と。色々と考えさせられた。

 

今じゃあいつとは互角に渡り合えるが……正確なところ、また戦ったらどうだろうな……。また全力をぶつけたい。あいつは、人間としても俺の目標であり、理解者であり、大事な仲間だ。

 

あの喧嘩以来、俺たちは仲良くなり、俺も周りの声を気にしなくなった。今思えば、あの喧嘩でギルドの建物をぶっ飛ばしかけ、マスターに叱られてから互いに愚痴を言い合ったのが悪友としての始まりだったのかもしれない。

 

昔は何度か一緒に仕事にも行った。だがまぁ、なんやかんやあって、今じゃ雷神衆なんてものまで出来て、互いに大所帯を嫌って組んではいない。

……俺としては、また一緒に仕事に行きたいが、中々予定が合わないから、まぁそれは仕方ない。

今回も、なんやかんや予定がずれちまった訳だし。

 

にしても、そんなあいつもついに聖十か……。はっ、まぁすぐに追い付くさ。それに、そんな称号なんざ気にしたってしかたねえ。あんなもん余計に面倒くさいしがらみが増えるだけだろうし。それに、今あいつに抜かれたとて、更にそれを追い越すのも時間の問題だ。なんたって俺は、ジジイをブッ飛ばすんだからな。

 

「……そうだ、そのことでお前らにもちっと話があるんだ。聞け」

 

そう切り出すと、三人とも身を乗り出す勢いで食いついた。

 

「当然だ。俺たち雷神衆、ラクサスの話とあれば聞くのが道理」

 

「そうよ、何でも言ってちょうだいよ」

 

「そーだぜェ、ラクサス。あ、もしかしてジェラールとクエスト行きたいとかそういうやつかぁ?んなら俺たちは大人しく待ってるぜ?ラクサスは昔から仲がいいもんなァ、デキてるって言われも不思議は」

 

訳のわからないことを言い始めたビックスローに、慌てふためく二人の制止も間に合わせず、ヤツの頭を鷲掴んで壁に埋め込んだ。

そして振り返り、静かに残りの二人を睨み付ける。

 

「コイツを後でハルジオンの海に沈めておけ。なんなら俺がやる」

 

千切れんばかりの勢いで首を縦に振る二人に、俺は再び椅子に腰かけた。

 

「……あー、ラクサス?そのー。たぶんビックスローも、冗談で言っただけよ?だから、ね?許してあげて?」

 

「あ、あぁ。アイツの悪いところだ。俺が思いっきり叱っておく、だから俺からも頼む」

 

どうにか助けようとしてるのが犇々(ひしひし)と伝わる。ビックスローのフォローを始めた二人に、俺はアホらしくなった。

代わりに、まだ手をつけてなかったビックスローの分のエールを奪い取り、喉へと流し込んだ。

 

「今回はコイツで許してやるよ。だがいいか、次その手の冗談でもジョークでも言ってみろ、翌日の朝日は拝めないと思うんだな」

 

言っとくが!と区切り、たっぷり間を置いてからジョッキを叩きつけるようにテーブルに置いた。

 

「……俺のはジョークじゃねえからな」

 

「「り、了解」」

 

とりあえず平謝りしてきたエバーグリーンに酒を取りに行かせ、土下座しようとしていたフリードには壁に上半身の埋まったビックスローを引っこ抜きに行かせた。

 

ほんとに、からかうなら相手を選べよタコ共。そりゃ本気で沈めるつもりはないが。

 

……にしても、どうしたもんか。ジェラールはナツ、ハッピー、グレイと、あと新人のルーシィとか言う金髪女を連れて旅行に行っちまったし。

仕事をしようにも、前回ミスって俺の雷でハルジオンの大型漁船を海のド真ん中でぶっ壊しちまったせいで、雷神衆の活動が一時禁止されちまったし(以前ナツがあそこで大暴れした前科もあり、その責任も含めてということで、その全てが俺たちに回ってきた。まぁ仕置きとしてナツの降参を無視してサンドバッグの如く、三〇発程殴ってやったが)。

 

『ぎゃあああああああああ!ぐおっポォッ!!俺が、俺が悪かったぶぅ!ふっ!許してラクしゃあっ!すぅぶっ!あああ!昼飯吐きそう!吐きそうぼおっ!!』『ダメだよラクサス!流石のナツも死んじゃうよ!あ、ほらナツが腹部を集中的に殴られて凄い顔してる!』『ざまあみやがれ。これでナツも、ちったあ落ち着くんじゃねえ』『おぼろぉおぉぉおぉおぉおおおお!!』『うぎゃあああああああ!こんのクソつり目!ふざけんな俺のズボンに汚ねえもんぶっかけやがって!!』『まっで、まっでラクサスっ。吐いてる。俺今吐いてるからぎゃあああああああっ!』

 

脳内でナツとその他の悲鳴が甦る。あれのお陰で多少はスカッとしたから良しとしてやろう。またすぐ似たような事になりそだがな。ナツだし。

さて、どうやって暇を潰したもんか。

 

『ゲームについては俺も旅行中に考えておく。帰ってきたらまとめた案を話すから、お前も適当に考えていてくれ』

 

と、ジェラールが旅立つ前に言っていたそんな言葉をふと思い出した。

 

……案。……案ねぇ。俺としちゃあ、ジジイを叩き落とすのは段階を踏んでからするべきだと思っている。いきなりメインディッシュってのはつまらない。

……そうだな、前座として、フェアリーテイル最強の魔導士を決めるってのはどうだろう。フリードの術式を使ってそうせざろう得ない状況へ落とし込む。

どうだ、我ながら悪くない案だ。どう誘い込むかはジェラールと話して決めるか。あいつの方が戦略は得意だしな。

俺が考案したところで、あのメチャクチャな馬鹿どもにルールやら規則やらそのものをぶっ壊されかねない。

 

考え込んでいると、フリードが死にかけのビックスローを引き摺り、どうにか椅子に座らせた。

しばらくグロッキーになっていたが、頭をさすりながらようやく顔を上げた。

 

「はぁ……。ビックスロー、まずはラクサスに謝る必要があるんじゃないのか?」

 

「……お、おう。すまねぇラクサス。ちっとふざけ過ぎた。気を付けるぜ」

 

「そうしろ」

 

酒奪って壁に埋めてと、結構強めにやり返したんだ。もうこれ以上の仕返はやり過ぎだしな。

つっても、ビックスローもやられる瞬間に、魔法で壁にマネキンのクッションを挟んでたからダメージの軽減は出来てるだろうけどな。雷神衆ならばそれくらいできなければ。

 

「けど、今のは正直死んだと思ったぜ。こう……視線がいつのまにか壁に接近してく最中に、あ、これ死んだと思ったぜいや冗談抜きでよ」

 

「安心しろ、次は確実に殺す」

 

「やめてくれ冗談に聞こえねえんだってラクサスっ!」

 

悲鳴じみた声を出して焦るビックスローに、つい我慢できず笑い声を上げる。

いやー、やっぱ弄り甲斐があって面白いな。

 

「フェアリーテイルの中でも割りと常識人っぽいお前は、やっぱ弄り易いよ、ククッハハッ」

 

「なんかヘコむべきなのか喜ぶべきなのかわからねえ評価だな、それ」

 

「よかったじゃないかビックスロー!ラクサスも嬉しそうだぞ!」

 

なんとも言えない表情のビックスローの背中を、フリードが叩いて嬉しそうにしている。

 

「お待たせ、持ってきたわよ。はい、エール。ラクサスのと、一応ビックスローのもね。……あら、ビックスロー、壁から出てこれたのね。よかったわ……」

 

「エバ……うぅっ!なんかお前が天使に見えてきたぜ」

 

泣き出しそうになるビックスローに、エバが追い討ちをかける。

 

「……ラクサスに殺人罪がかけられなくて」

 

「そっちの心配かよ!ベクトル違うだろォ!? ベ ク ト ルぅ!!」

 

怒涛の勢いで食って掛かるビックスローを押し退け、今度はフリードが納得いかないとエバへと怒鳴った。

 

「エバ!ラクサスがそんなヘマするわけないだろう!ちゃんと加減してビックスローをめり込ませたに決まってるじゃないか!罪になるからな!」

 

「なんで!?なんでお前ら突然そんな俺に冷たいの!?なんかした!?」

 

「アッハッハッハハハッ」

 

「なんでラクサスは大爆笑してんだよ!?俺か!?これ俺が笑われてんのか!?スゲー納得いかないんだけど!」

 

 

……やっぱ、ジェラールと悪友やんのも良いけど、こいつらとつるむのも良いもんだ。

 

興奮気味のビックスローをどうにか落ち着かせ、とりあえず全員でエールを飲みながら落ち着く。

暴れまわるのはフェアリーテイルの十八番だが、今は置いておこう。暴れるのは昼だけでいい。俺も、せめて夜くらいは静かにしていたい。

 

「でだ、てめえらに話したいことがあるって言ったよな?」

 

そう前置きすれば、三人は姿勢を正して真面目くさった表情になった。

 

「そんなかたくなんな。こっから話すのは、俺たちの休日をどう過ごすか、だ」

 

「なんだ、そんなことかよ」

 

と、ビックスローは安心したように肩を下ろした。エバもフリードもどこか緊張していた面持ちを緩めた。

……そんな身構える必要もないだろうに。

 

「ラクサス、あなたが楽しそうにしてると、毎度良くないことが起こるもの。主に、アタシたちにね」

 

「俺としてはラクサスが楽しければ苦労なんて何のそのだがな。だが、確かにラクサスが楽しそうな時は大抵荒事だ。その辺はナツに似ていると言っても……いや何でもないから睨まないでくれ」

 

「それはともかくとしてよ、なんだよ。休日の過ごし方なんてわざわざ変な切り出し方して。俺たちでなんかやんのか?」

 

エバ、フリード、ビックスローと口を開く。

フリードも後で殴ろうかと思案することはとりあえず良しとしよう。今はな。

 

「なーに。ちょっとした大会だ」

 

「嫌な予感しかしないんだけど……」

 

エバが何やら察しのか、先ほどの安心した表情はどこへやら、再び身構えた。そんな構えるほどのことでもないだろうに、大袈裟なやつだ。

まぁ、つっても、やることは本当に簡単だがな。

 

「簡単だ。ちょっとした革命だからな」

 

まだ大まかにしか決まってはいないが、まずはこいつらと話し合って案を上げておくべきだからな。

ジェラールが帰ってくるのが楽しみだ。

 

 

「新人との交流も深められるいい機会になるといいナァ……」

 

俺は、自覚できるほどに顔を歪めて笑った。それに三人は、引き吊ったように苦笑いを浮かべていた。

 

 

「今から楽しみだ」

 

そうさな、暫定的に名付けるのならば──

 

 

 

バトル・オブ・フェアリーテイル、だ。

 




ビックスロー「でぅえきてるrrrrrrrrrrrrぅ」


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番外 サドスティックテロ

その日、少なくともその瞬間、二人は世界中の誰よりも戦慄した。自分達の命が吹き飛ぶかもしれないような爆弾が投下されたことに。


棲み渡った空。雲ひとつないその下では、賑やかな声が飛び交っていた。……なんて言ってみれば聞こえはいいけど、アタシとしてはこんな力仕事向かないし、そこまで乗り気にはなれないのよね。まぁこうなったのにはアタシにも原因はあるから断れないし、サボるなんて罪悪感で潰されるからもっての他なんだけど。

 

「何かしらこれ……」

 

フェアリーテイル再建のため、皆がそれぞれ土木作業をしている中、アタシはお昼休憩に入った(業者を雇えばいいのに、経費削減で働かされている)。

 

暴れまわり、作ったものを壊したり乱したりするナツやグレイやその他もろもろの相手に疲れ、気晴らしに街へでも出掛けてご飯を食べようとしていたその時だった。

 

「お届けものでーす」と爽やかな妙齢の配達人が来て、ひとつの段ボールを手渡された。

挨拶もそこそこに足早に帰っていくそれを見届けながら、その届けられた段ボールに目を落とす。

 

「何かしら、これ?」

 

「ププーーン!」

 

アタシの側にいた子犬座の精霊であるプルーが、去っていった配達人に手を振っていた。

この子のこういう所が可愛いのよね。見た目だけじゃなく、こういう仕草も。本当に、あのうるさい暴君や変態たちといると、この癒しがありがたく思えるわ。

 

「なんだぁそれ?食いモンか?」

 

「ぎゃああああ!?」

 

肩越しに何かいると思ったその瞬間、真横にあった暴君の顔に心臓が飛び出そうになった。

なんてことするのよ、危うく心臓が口から飛び出るかと思ったじゃない!

 

「よっ、ルーシィ。飯食いに行くんだろ?一緒に行こーぜ。ハッピーと行こうと思ったんだけど、魚を餌にされてずっとあっちを手伝ってんだよ」

 

「すまん。こいつが変に暴れないようにと思って俺も付いてきた」

 

暴君ことナツだけだなく、ジェラールが付いてきてくれたのが唯一の救いだったと言える。いやもう実際のところ、来てくれるのはジェラール一人でいいんだけど……。ナツ一人が着いてくるだけで、いったいどんな甚大な被害を出すのか気が気じゃないし。

 

「で、それなんだよルーシィ」

 

「ああっ!荷物!」

 

やっちゃった!

アタシは受け取った荷物を、動揺の余りに落としてしまったことに今更ながら気がつき、遅れながらも慌てふためいた。

大丈夫かなぁ。見た感じ外傷はそれほどでもないが、もし割れ物だったらどうしよう……。もしくは高価なものだったりしたら……。万が一にも数ヵ月分の家賃が消えて無くなった、なんて事態になったら全力で泣くわよ。

 

「……カグラ宛か?差出人の名前は……ないな」

 

とりあえず大きな外傷がないことにホッとしていた私の手元を、ジェラールが覗きこむ。段ボールの端に張り付いていた『カグラ様へ』という文字と手紙にそこで私もようやく気がついた。

 

「んだよ、またカグラ宛かよー」 

 

「また?」

 

腕を組んでつまらなそうにするナツ。そのナツの言葉に引っ掛かった。

また?またって何?

 

不思議そうにしているのがわかりやすくも表情に出ていたらしい。アタシの顔で察してくれたのか、ジェラールが苦笑しながらも説明してくれた。

 

「カグラにはファンが多いんだ。特に女子とかにはな。ほら……なんというか、わかるだろ?」

 

そんなアバウトな説明だったものの、その意味はすぐに伝わってしまった。

カグラにはファンが多い。老若男女問わずにファンは多いのだが、圧倒的に多いのは女子のファンだ。

……確かに、その通りかもしれない。なぜなら、カグラは単純に格好いいからだ。

格好いいから。それはもう格好いい。男前なのだ。

今でも、フェアリーテイルのお馬鹿な男衆よりも格好いいと思う時だってあるくらいに。

 

まず第一に、カグラはクエストで依頼主に被害を出さない。

第二に、建物に被害を出さない。

第三に、地形に被害を出さない(緊急事態を除き)。

第四に、民間人に被害を出さない。

まぁそんなのは当たり前のことだが、フェアリーテイルではかなり重要な部分である。

 

……とりあえずそんな笑えない冗談紛いな話は抜きしても、やはりあの整った容姿とまるで尖った刀を思わせる魅力と、ぶっきらほうなところがありながらも、時折見せる優し気な雰囲気には誰もが惹かれるものだ。

 

以前、私がフェアリーテイルに所属する前の話だが、週間ソーサラー伝説の特集週刊だったと未だに語り継がれているものが発売された。……それは、カグラがモデルとして一度だけ登場した週間号だ。それも、水着やドレスなどではなく、男装(・・)をして、写真に映っているのだ。それはもうとんでもない美形が燕尾服や男性もののコーディネートをして映っているのだ。その姿に世の女性は大半がハートを撃ち抜かれたことだろう。

 

それを機に、女性ファンが急増し、巨大組織とも言えるレベルのファンクラブが出来たという噂まである。かくいうアタシも、カグラのファンであった。

 

「察してくれたみたいだな。そう、こんな風に物品をプレゼントするって娘も多くてね。……特にあの時期は、凄かった」

 

なにやら遠い目をしながら明後日の方向を見るジェラールに、なぜかシンパシーを感じた。

やっぱり、常識人が苦労するギルドなのよね、ここ。

ホロリと心の中で涙が落ちる。

 

「食い物じゃないなら俺は興味ねーなー」

 

そんなことを言いながらあくびしているナツ。

 

「食べ物じゃないって、なんでわかるの?」

 

私の疑問に、ナツはつまらなそうに答えてくれた。

 

「だってそれ食い物の匂いしねえもん」

 

あ、そっか。そういえばナツは鼻が利くんだっけ。

 

「……あ、でもよぉ。中身は何なんだろうな。気になってきたぜ」

 

唐突に切り替わったナツは、嫌らしい顔で両手をワキワキさせながら近寄ってきた。

 

「ちょっと、ダメよ!これはカグラ宛なんだから!」

 

「そうだぞナツ。他人のものを勝手に開けるなんて」

 

ジェラールも止めに入ってくれたことに安堵する。……が、実のところはアタシも中身が何なのか若干気になっていた。

 

……いやだって、アタシも一時期カグラのファンだったわけだし、プレゼント送ろうかなーなんて浮わついてた時期もあったから……。皆どういう物を送ってるのかなー、なんて。少し気になってたりして……。

 

「あ、ルーシィ。お前も今一瞬中身が気になっただろ?」

 

「ギクゥっ!」

 

「ナハハハ分かりやすいやつめ!貸せ!俺が開けてやる!」

 

箱を強奪しようと乗り出たナツ。 

一瞬魔が差したとはいえ、流石にカグラのものにそんなことを出来るわけもなく、逃げるようにジェラールの後ろに隠れる。

 

「やめろナツ。これはカグラに届けられたものだ。お前のじゃない」

 

「なんだよジェラール。お前は気にならないのかよ」

 

「あのなぁナツ。この届け物には、これを出した人の想いが詰まってるんだ。それをお前が台無しにする権利はない」

 

まともぉっ!!スゴい!!ジェラール流石よ!まともよ!こんなまともな人がこのギルドにいたなんて!……あ、ちょっと涙が出てきた……。

 

「いいから、見せろォ!!」

 

「ちょ!?」

 

炎を纏わせ、その場でジェラールの肩を掴んで飛び越えたナツは、アタシから段ボールを取り上げて大きく距離をとった。

 

まさかこんなことに魔法を使うとは思ってなかったのか、流石のジェラールも虚を突かれて反応できなかったようだ。

 

「さーて、何がはいってんのかなー」

 

アタシたちが止める間もなく、遠慮も一切見せずに、ナツは段ボールを掲げた。

 

ドサッ

段ボールのテープが、ナツの炎に当てられていたのか、段ボールの底面が開き、中の物が全て落ちてきた。

 

 

「なんだこれ?」

 

数々種類のあるソレのひとつを拾い上げたナツは、初めて見るソレを訝しむようにしながら首を傾げていた。

 

出てきたソレらが何なのか、多少なりとも知識のあったアタシは絶句している。

隣にいるジェラールも、当然知識があるようで、その正体に口を開けて唖然としていた。

 

「なーなー、ルーシィ。これ何に使うんだ?」

 

ゴルフボール大の球体には複数の穴があいており、その左右にはベルトのようなものがぶら下がっている。

もうひとつの方は、赤い蝋燭である。まごうことなく蝋燭である。

ナツの足元には、ご丁寧にムチまで落ちている。他にも見たくもないような物がゾロゾロと。

 

 

……そう、いわゆるそれは、大人の玩具。もっと詳しく分類するなら、SMグッズであった。

 

 

「はぁああああああああああぁぁああああああ!?」

 

「シィッ!!ルーシィ声が大きい!」

 

ついつい叫んでしまつった私を静めるように、ジェラールが口許に人差し指を立てる。

……けど、流石にこれは驚くでしょ。え?ていうか、え?ヱ?これはどういうこと?頭がついていかないんですが。柄?SMグッズ?江?アダルトグッズ?恵?餌?ええ?

 

「これは……見られたらかなりまずい。いったんこれを全部隠そう」

 

生きてきた人生の中でも最大級に混乱している私を横に、そう提案したジェラール。ナツはまだ首を傾げたままで「なんでだよ」と抗議していたが、珍しく動揺しているジェラールに頭を叩かれ、ようやく動いた。

 

ギルドの地下室へどうにかそれらを運んだ。

地下は夜の仮酒場となってるのだが、昼は酒場として利用しているのは外なので、今はここに誰もいない。

 

そこで私たちは、問題の品々を机に並べて唸っていた。

 

「ジ、ジェラール。これ……何なのかしら」

 

「こ、これに関しては俺としても、どうしていいのか、わからない」

 

珍しく顔を青くしてるジェラールだった。

 

「こんなの、カグラに届けられないし……。アタシたちで処分するっていうのは?」

 

アタシの提案は、ジェラールの否定の言葉によって遮られた。

 

「カグラは、ファンからの届け物でも手紙でも必ず全部目を通す。もし、俺たちがそれにちょっかいを出したことが知れたら……どうなるか」

 

なんて格好いいのよカグラ!

なんで格好いいのよカグラ!

良いことなんだけど!凄っく良いことなんだけど!今それじゃ困るのよ!

 

「これってもしかして、送り手は男性じゃないかしら?ほら、もしかしたら……そういう趣味の人が……ね?」

 

ありうる、とジェラールは頷いてくれた。

だが、今までにそんなことはなかったそうだ。なんでも、今まではカグラファンクラブが検品していたとかしていないとか何とか。

 

「ファンクラブがあるっていうのは噂じゃなかったのね……。ていうか、そのファンクラブは届け物を開けたりして、おとがめ無いの?」

 

「ギルドに危険物が送られて来ないようにとファンクラブの隊長に一週間説得され、プレゼントの検品はカグラ自身が認めたらしい」

 

「一週間!?あ、まぁそれは置いておくとして、じゃあなんでこんな物が来たの?」

 

アタシの問いに、ジェラールは悩むようにアゴに手を添えた。

 

……今そんなときじゃないのはわかってるけど、ジェラールの考え込む姿って画になるわね。……それでこのギルド唯一の常識人だし。青い天馬(ブルーペガサス)にいても不思議じゃないくらいに格好いいし、ソーサラーのランキングでもかなりの確率で一位二位の僅差(きんさ)争い。……あぁ、なんかこの人にも巨大なファンクラブとか出来てそうでなんか怖くなってきた。

 

……画になるっていっても、目の前に広がるSMグッズがなければの話なんだけどね……。

 

 

「これを届けに来たのは、女性だったかい?」

 

「いいえ、そこそこの歳の男の人だったわ」

 

「やっぱりか……。もしかしたら、その配達人、他の街から派遣されてきた可能性が高い。今は収穫祭が近いから忙しくて検査されなかったんだろう」

 

こんな時に限ってファンクラブが機能しないだなんて、なんていう偶然。収穫祭と変態の会わせ技……。災難だわ……。

なんかもう、世の中ってわからないわね……と、悟りを開きそうになっていると、ナツがアタシの肩を軽く叩いた。

 

「あ、ナツ。どこいってたの?」

 

姿が見えなかったナツが、いつの間にか戻ってきていた。ブスッとした不機嫌顔で、ナツは一枚の紙を差し出した。

 

「これ、さっき中身ぶちまけた時に落ちたやつ。拾い忘れ」

 

「……そっか、ありがとう。でも元はといえばアンタが悪いんだからね?」

 

「うるせえな!悪かったよ!」

 

元気そうに逆ギレしながらも、椅子に座ったナツを横目に、その畳まれた紙を広げる。

 

読もうとした瞬間に、横から伸びてきたジェラールの手に、紙を引ったくられた。

 

「待てルーシィ。この手の変質者から送られてきた手紙だ。女性が読むべきじゃない」

 

常識人なジェラールに、またひとつ涙が落ちそうなった……。よくこんな職場でそんな紳士的な人に育ってくれたわ、という同情的な意味合いで。

 

その時

 

 

「……そこで、何をしてるの?」

 

ジェラールが目を通そうとしたその時、階段から聞こえてきたカグラの声に、悲鳴が漏れそうになった。

 

まずい、見つかる!

カグラの荷物を勝手に漁り、しかも物色したものがこんなSMグッズだなんて知られた日には……。

 

動揺したナツが肘で玩具を落とす。その玩具は、落下が原因でスイッチがオンになったのか、その場でウィンウィンとうねり出す。

 

ぎゃあああああああああああああ!!

動きがエグい!!エグい!!エっっグい!!エグ過ぎる!!

グロいグロいグロいいいいいいいい!!回転するなーーーーーー!!きゃああああああああああああキモいキモい!イボイボしたのがウネウネといやああああああああああああああああ!!

 

 

 

まずい。その言葉が思考の六割を占める。ちなみに残りは三割が足元でうねる玩具への恐怖、残り一割命乞いの台詞を考え中である。

 

 

私が混乱しているその合間に起きたことは一瞬だった。

 

ジェラールが天体魔法を使い身体能力を格段に上昇させ、机に広げられたSMグッズと落ちたものを瞬時に回収すると、ナツの背後にあった空の酒樽に、入るような大きさに砕いて詰め込んだ。

その上にナツを座らせようとするも、突然のことに驚いているナツは抵抗した。

そこに突き刺さる手加減のない本気の掌底打ち。見事意識を吹っ飛ばしたナツを、力の抜けた人形のように強引に座らせ、ジェラールは元いた位置に戻った。

 

正に、一瞬の出来事だったと言える。

 

そして私は、ジェラールに未だかつてない尊敬の念を抱いた。

ありがとうジェラール!あなたは、このときの為に天体魔法を覚えたんだわ!そうだわきっと!

 

 

「あら、ルーシィとジェラールじゃない。それと……ナツはなんでそこで寝てるの?」

 

階段から姿を現したのは、声の持ち主カグラ。

私たち三人を見つけて疑問に思っているようだ。

 

「こそこそと入って行くのが見えたから追ってみれば、何をしてるの?」

 

「あははは、あは、大したことじゃないのよカグラ」

 

ダメだぁ。なんにも言い訳が思い付かない!

 

「そうだカグラ。ただナツが勝負しろとうるさかったから、手近で広いここで気絶させただけだ」

 

ナイスジェラール!もう一生ついていくわ!

 

だが、そんな私たちを怪しむように、カグラは目を細めて観察してくる。

冷や汗が背を伝う。ジェラールも、隣で静かに息を飲んでるのを感じた。

 

そんな私たちを置いて、視線を巡らせたカグラは、ひとつ、あるものに気がついた。

 

「これは……」

 

あれはッ!!

 

ムチである。

 

まさか、と隣にいるジェラールを見てみれば、顔を青を通り越して白くしていた。その顔には、読み取れそうなくらいにこう書いてあった。『拾い損ねた』と。

 

「それに、この箱……」

 

箱までも、ジェラールは忘れていた。

SMグッズという悪魔の道具を、どうやって処分するか、隠すかで頭が一杯になっていたようだ、悪魔の道具を詰めていた箱そのものという重要な存在を懸念していた。

 

「……私宛か」

 

静かに、静かに、カグラは無表情でこちらを見た。

 

「……ジェラール」

 

隣でぴくっと体が跳ねているのがわかった。

 

「……ルーシィ」

 

ヒィイイイイイッ!!

怖い!こんな怖いカグラはレビィたちが襲撃された事件以来かもしれない。

 

万事休す。正にそんな状態であった。

 

 

その時、ひとつの影がカグラへと、無遠慮に歩み寄った。そして、その掌をかかげ、こう、自信に満ち足りた声を上げたのだ。

 

 

 

「ププーーーーン!!」

 

 

プーン プーン ーン ーン ーン ーン

 

 

残響が聞こえてきそうなほどに、強烈な静寂が生まれた。

 

プルーが、なにも臆した様子もなく、カグラへ自己紹介でもするかのようにそう叫んだのだ。

 

カグラは無表情のままプルーに歩み寄ると、その小さな体を抱き上げた。

そして、小さく何かを呟く。

 

「……かゎぃ……」

 

ゴホン!と本人の咳払いに、私たちが驚く中、カグラは口許を少し緩ませながら聞いてきた。

 

「この子はなんだ?」

 

「へ?……あ、私の契約してる星霊で、プルーっていうの」

 

「な、なるほど、プルーか」

 

いくらなんでも、カグラならプルーに何かするってことは無いだろうけど……。さっきまでの剣呑な雰囲気はどこへ?

なんか顔をひきつらせながらプルーを、見つめてる……。

 

「少々、星霊というものに興味がある。この子を少し借りていい?」

 

何回もアタシの星霊見てるじゃない、なんて空気の読めないおちゃらけた台詞を言える雰囲気ではなかった。

 

「え?えーと、そうね、二時間くらいならプルーも大丈夫だと思う」 

 

そう答えると、カグラは箱と、ムチを拾った。

そのままプルーを抱えて去って行こうとするカグラをジェラールが一度引き留める。

 

「その、カグラ。すまない、これもだ」

 

手紙だ。

それを受け取ったカグラは、読もうともせずに、プルーを抱えて謎の笑顔で出ていった。

 

 

 

同時に、張り詰めていた空間が軽くなる錯覚に陥り、足から力が抜けて床に座った。

ジェラールも、疲れたように柱に手をついて頭を抱えている。

 

 

「なんか……疲れたね」

 

「……そうだな」

 

お互い、このギルド一恐ろしい修羅を相手にしたせいか、本気で疲れたいたせいで大した会話をすることも出来なかった。互いに互いが精神的満身創痍なのを容易に感じとることができた。

あとでプルーに何かお礼をすることを考えながら、ナツを引きずって疲れる体のままにその場を後にした。

ちなみに、昼休憩は終わっていた。そして、目覚めたナツが暴れだしてまた被害を増やしていた。本気で疲れていたジェラールに八つ当たり気味に怒られて殴り飛ばされていたが(フェアリーテイル随一の良心。仏のジェラールでも仕方ない。これは仕方ない)。

 

その後、人の減り始めた夕刻。どうにか周囲の目線を掻い潜るように、ジェラールと例のアイテムたちを焼却炉へ押し込み、処分することに成功。事なきを得た。

そしてプルーを返してもらう時間になったのだが、すごい形相のカグラに詰め寄られた。届け物をした配達人についてや、他に入っていたものがないか等、鬼のような表情だった。

 

その鬼気迫るほどの勢いに、これ、SMグッズを処分したこと、バレたら殺されるかもしれないな、と心の底から確信した私は、ジェラールとこの秘密を墓まで持っていくことにした。

ナツにも『カグラが本気で怒って、あのお仕置きされるぞ』とジェラールが伝えたところ、墓まで持っていくことを汗を滝のように流しながら約束してくれた(ナツがビビる程のお仕置きとは一体……)。

こうして、アタシとジェラール(ついでにナツ)の完全犯罪は幕をおろしたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「へー。SMグッズセットねぇ。どんなの入ってんの?」

 

「それはもうお客様のような方には大変ご満足いただけるような品々を揃えております!」

 

「ほほう。店主さん、あなたがそこまで押すのなら期待してもいいんでしょうね?(ずずい」

 

「勿論でございます。あーんなものからこーんなものまで。テンプレートからマニアックまで、ありとあらゆる道具が入っております。今なら、このカラーズの魔法をつけて五万Jですよ」

 

「たかっ!……くぅ!だが、これもあの子の成長祝いだ……」

 

「どうします?この期を逃せば、こんなチャンス二度とありませんよ」

 

「ええいちくしょう!買ったあ!祝いの品なのにケチるだなんてそんなことはせん!買おうじゃねえか!」

 

「毎度ありがとうございます!」

 

「……うむ、後悔などしていない。後悔などしない!これであの子が喜んでくれるのなら、俺は悔やまない!喜んでくれるのなら、俺も共に喜ぶ!」

 

「気前のいい方は私も大変好ましいです。どうでしょう、表の商品もお安くしますよ」

 

「……魔法専門店なのに、よくこんな裏商売するな、アンタ」

 

「港町の男は、Mが多いんですよ(偏見」

 

「ほほう、お主も悪よのお」

 

「ほほほほ」

 

「ほほほほ」

 

あ、匿名で送っとかないとな。つって俺の名前教えてないし、筆跡で誰から送られたのか、なんてわかるわけもないか。ハハハハ

 




単発番外終了です。
次の話をまとめるのに手こずってるので、しばらくお時間をください。


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心に闇を

年号がああ!!また年号が変わってるーー!!(鬼並感)

ごめんなさいお久しぶりです。そして二回分のあけましておめでとうございます(横着)

言ったよね!アイルビーバックって!(言ってない)
皆もう忘れてるだろうけど、ただいまです。
またそのうち失踪します(犯行予告)


あつい陽射し。

 

さざ波の音。舞う水飛沫。響くカモメの声。飛び交う怒号と拳。吹き飛んでくナツ。錐揉みで落ちるグレイ。まさしく夏の海。

 

俺たちはとあるリゾート施設へと遊びに来ていた。俺が聖十になったということで、マスターマカロフがチケットをプレゼントしてくれたのだ。

 

カグラや新入りのガジル。病み上がりだが、気晴らしにレビィやジェットとドロイたちを誘おうとも思ったのだが、マスターがしばらくの間、ギルド一厄介なナツを隔離したいというので、仕方なくこいつらを連れてきた次第だ(ナツがいると、作った物も人手もダメにするから邪魔だそうだ。つまり、厄介払いも兼ねているということだ)。

ルーシィとグレイは、共にチームを組むことが多いためか立候補するメンバーを押し退けてノリノリで着いてきた。

 

……バカンス。それはいいのだが、正直俺は乗り気にはなれなかった。

聖十になったあの日のことが、未だ頭から離れてくれない。どうしても考え込んでしまい、結果、鬱々とした気持ちになってしまう。

 

「ジェラールどうしたの?ずっと難しい顔して」

 

ナツとグレイ、二人の泥仕合を背景に、いつのまにか近くにいたルーシィが俺の顔を覗き込む。

シンプルな青の水着は、彼女のスタイルの良さをこれでもかと見せつけるようで、とても魅力的だった。

 

そんな彼女の唐突な問いに驚かされつつも、口をついたのは誤魔化しの言葉。

 

「……いや、なんでもないよ」

 

「なんでもないってことはないでしょ?ずっと何か考え込んでるじゃない」

 

どうやら隠してもバレてしまってるらしい。彼女はよく見ている。精霊魔導士故の関係を築くための察しの良さなのか。それとも彼女自身の察知的な能力なのか。

いや、たぶんナツもグレイもなんとなく察してはいるんだろう。ただ、何も言い出さないだけで。

なんだかんだであいつらは、ただの馬鹿に見えて中々に察しのいいやつらだ。

 

「だはははは!グレイのパンツ取ったぜー!」

 

「俺だっててめえのパンツ剥いでやったぜ!」

 

「ん?それ俺のじゃねーぞ。……おい、それ監視員のパンツじゃねーか?」

 

「なに?あ、本当だ。監視員パンツはいてねえ。とんだ変態だな」

 

「てめえが言うな」

 

「んだとコラァ!」

 

「やるかコラァ!」

 

「パンツを返しなさーい!」

 

訂正。ただの馬鹿だ。

 

「それで、何があったの?」

 

ルーシィは賢明にも、すでにあの二人を止めるということを諦めたらしい。そう俺に続きを問いかけた。

 

「評議院に行ってからだよね?なんだか様子が可笑しいの。もしかして、あいつらの後始末とか賠償金とか押し付けられた?」

 

あいつら、と言いながらナツとグレイを指差す。

 

「いや、そうじゃない」

 

そうじゃない。

 

 

「……ただ、懐かしい顔を見てな。少し感傷的になってるだけだ」

 

 

数日前。

評議院に出向いた日。果たそうとしていた願いの一端に触れるような出来事だった。

悪い意味ではなく、俺からすれば前進したことだというのに、俺は未だにその日の事が頭の中で渦を巻いていた。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、ジェラール」

 

「お前……」

 

その顔は半分程鉄で覆われ、片目には黒く大きな眼帯。大きく屈強な肉体は、役員が多いこの場において、明らかに異質な存在だった。

一度会えば中々忘れないほどの巨漢に圧倒されるも、それでも彼の面影には、確かに見覚えがあった。

その立ち姿に、記憶が鮮明に蘇る。フラッシュバックするのは、苦悩と苦痛と苦しみと、そして友の記憶。

 

「シモン……なぜここに」

 

楽園の塔に囚われていた俺の仲間だった男。かつて、エルザを監守たちから守ろうとして重症を負っていたのが、彼への最後の記憶だ。

……よかった、生きていた。あんな場所に置き去りにしたこと。俺の責任は誰よりも自負している。だからこそ、彼らを救うために生きてきた。

だが、喜ぶべきことでも、それより先に疑問が心を占めた。

どういうことだ。いったいなぜここにシモンがいる。

 

喜び、罪悪感、疑問。一気に押し寄せた感情と思考を処理しきれず呆然としていた俺を、シモンはからかうように小さく笑った。

 

「かつての仲間と数年ぶりの再会だというのに、それが一言目に言うことか?それとも、海へ遊びに行くことで頭が一杯か?ジェラール」

 

「あ……い、いや待てシモン。エルザは?ショウやミリアーナやウォーリーはどうしたんだ!一緒なのか!?」

 

次に思い浮かんだのは、彼らの無事だ。生きているのか。いや、そもそもエルザはあの後どうなったのか。

もしかして、エルザは正気に戻って、皆を連れて楽園の塔から脱出したのだろうか。今ごろどこかで皆と一緒に元気で暮らしているのだろうか。

 

そんな希望が見えた。

 

「いや、違う」

 

「……なに?」

 

希望は、陰る。

 

「違うだと?」

 

希望は──

 

「俺は、一人で無様に逃げ出したんだ。ジェラール」

 

あっさりと、いとも簡単に砕かれた。

 

「逃げ……出したって……」

 

……いったい、なに(だれ)からだ。

 

考えたくなかった。今まで目を逸らしていたことだった。俺は、そうあって欲しくないと心の底から願い、そうであるはずがないと思い込もうとしていた。

それは叶わなかった。……ただの、くだらない現実逃避に過ぎなかった。

事実というものは決して消えることも無くなることもない。それはどれだけ時間が経ったところで、どれだけ顔を背けたところで、どれだけ楽観的に過ごしてたって、変わることはなく、逃げられるものでもないらしい。

 

「エルザからだよ。彼女はあの塔で力に物をいわせ、かつてより酷い扱いで俺たちを使った(・・・)

 

「使った、だと……」

 

シモンは、そこに悲しみの色すら滲ませずに、淡々と、まるでもう終わったことであるかのように、無関心に言う。

すでに、見えていた筈だったかつてのシモンの面影はない。まるで、シモンであるはずなのにシモンではないようだった。

 

「大勢死んだよ。ショウやミリアーナたちはどうなったかわからないが。俺は、皆を置いて一人で逃げ出した。殺される前にな」

 

そんな言葉を聞くのが早いか、俺はシモンに掴みかかり、彼を強引に壁へと叩きつけた。

感情が爆発した。我慢ができなかった。激情に、俺は勝てなかった。

 

「あいつらを置いて逃げたのか!皆を見放して、一人で!!」

 

激昂した俺を、シモンは見下す。

そこにいたシモンは、昔とは比べ物にならないほどに冷めた目で、俺を見ていた。友ではなく、赤の他人へ向けるような目だ。

 

「ジェラール。よくそんなことが言えるな。一人で逃げたのか、なんて」

 

「っ!!」

 

それは!!

 

……それは、言われて当たり前の言葉だ。

仕方なかった。どうしようもなかった。そんな言葉で俺が喚き散らしたところで言い訳にすらならない。

そうだ。その通りだ。俺は彼らを見捨てて一人で逃げたんだ。自分を棚にあげて、まるでシモンが悪いように言える筈がない。全くもってお門違いだ。

 

醜い。今の俺は、とてつもなく醜い。

わかっている。俺はとんでもないほどの、クソ野郎だ。

 

「だが……!」

 

納得がいくはずがない。出来るはずがない。こいつは、そんなことが出来るような男ではなかった。

誰よりも仲間思いで、誰かのために自分の命を張れるような、そんな男だった。

だから今でもそんな武骨な鉄で顔の傷を覆い、眼帯までしているんだ。エルザや仲間を庇った勲章を掲げてるんだ。そうだろう?シモン。

 

「納得がいかないか?」

 

シモンは胸ぐらを掴んでいた俺の手を掴み返し、邪魔だと言わんばかりに押し返した。

襟元を直しながらも、シモンはつまらなそうに俺を一瞥し、鼻を鳴らして歩き出す。

 

「納得がいかないことだらけだよな。だがそれが世界だ。俺はもう受け入れた」

 

なんだよそれ……。受け入れたって……。

 

「受け入れて、俺の道を進むことを決めた」

 

背を向けて歩き出した。その背中にはなにもなかった。躊躇(ためら)いも迷いも、怒りも悲しみも、なにも感じられなかった。

 

あぁそれと、とシモンは振り返った。

意気消沈、とでもいうのか。全てを受け止めきれずに茫然自失としていた俺に、またしても、興味無さげに、敬意も称賛も感じられない声色で言った。

 

「お前も聖十の一員だ。おめでとう。せいぜい頑張れ。フェアリーテイルの妖精皇子(懐中電灯)

 

 

 

 

 

「評議員、か」

 

まさかシモンが評議院の一員だったなんて。そんなこと、つゆほども知らなかった。

 

そんな出来事があったのが、評議院に行った日のことだ。

あの後聖十授与の祝辞を貰ったが、正直シモンやエルザたちのことで頭が一杯でよく覚えていない。覚えてるのは、同行していたマスターマカロフに心配されながら連れられて帰ってきたということくらいだ。

マスターは事態が起きたときにいなかったため、何かあったのか、と帰り際に心配するような声をかけられた……ような気がする。

 

まぁとにもかくにも、シモンが生きていた。それは喜ぶべきことだ。悲嘆すべきことじゃない。

目標の達成に一歩近づいた。そう考えるほうが余程建設的だ。

 

「よくわからないけど、悪いことじゃないんでしょ?なにか害があったとか……」

 

ルーシィは考え込んだままの俺に気を使ってくれる。

 

「……あぁ、そうだな。何も悪いことじゃない」

 

ふぅ、とひとつ息を大きく吐き出す。

 

そうだ、いつまでも鬱々と考えていても仕方がない。それに、今回は旅行に来たんだ。せっかくマスターが気遣って奮発してくれた訳だし、楽しまなくては。今更になるが、これ以上ルーシィに心配をかけるのも忍びない。

 

「すまん。切り替える」

 

自分の両の頬を叩いて立ち上がる。だが、いくら切り替えようと心がけても、数年間かけて思い悩んでいた事態への悩みはそう晴れることはなかった。

……難しいものだ。

 

少しでも動いて紛らわせようと、パラソルから出れば、今の俺とは正反対であるかのように目映(まばゆ)い陽射しがさんさんと降り注ぐ。

 

「パンツ返せつり目!」

 

「やーい変態変態!」

 

パンツを片手に走り回る馬鹿と、それを産まれたままの姿で追いかける変態。

取り返したパンツを履きながら迷惑そうにしている監視員と、巻き込まれないようにと距離を置く他のお客さんたち。

子供に指を指され、母親がそれを連れて去っていく姿まである。

 

元凶の炎の滅竜魔導士と氷の造形魔導士は、炎天下の元で砂浜を焼き上げ、氷漬けにしながら走り回っていた。

 

……まったく。有名リゾート地の修繕費、なんて話になったら笑えたものじゃない。

 

ルーシィから距離をとり、地面の硬い場所まで移動すると、周囲に巻き込んでしまいそうな人や物がないことを確認。

俺の行動に首を傾げるルーシィを横目に、俺の足元で天体の魔法陣が灯る。

 

誰も悲鳴をあげる暇も許さないほどの速度で海に向けて疾走。勢いのままに遠慮なく顔面を鷲掴みにし、あまりの速さに海面でバウンドする二人を数百メートル引きずった。

 

「人様に迷惑をかけるな」

 

ようやく停止し、両腕を持ち上げてそう静かに呟けば、返ってくるのは鈍いふたつのうめき声。

 

「「……ぁい」」

 

馬鹿共め。

 

なんて……これは思考停止なんだろう。

心の奥底で、言葉に出来ない感情が渦巻いている気がした。

 

 

◇◇◇

 

 

「エルザ様?どうかなさいましたか?」

 

地面にまで届くほどの長髪の男が、恐る恐る私を見上げた。その目には明らかな恐怖と困惑が映っていた。

 

まぁそれも仕方のないことなのかもしれない。なにせ、金で雇った闇ギルドとはいえ、一番最初に私が上であることを、この私が直々に叩き込み、その上に私情の一切を捨てさせて非道な悪事に使ってきた駒だ。

そして私がこいつらの前で感情的な表情を見せたのは恐らくこれが初めてときた、困惑しても仕方あるまい。

 

「なんでもない」

 

「……はぁ」

 

つまらない男だ。醜いその姿と共に、いっそここで斬り捨ててしまっても構わないか……?

いや、それでは何も面白くない。替えなどいくらでもいるが、今こいつを斬るのはなんだかつまらん。

 

「……ただ、少し懐かしい顔を見てな。感傷的になってるだけだ」

 

「懐かしい顔、ですか?」

 

オウム返ししか出来ないのかこの男は。

まったく実につまらない、腹のたつ男だ。本当に殺してしまおうか。

 

「ひっ……あっ、あの、エルザ様?」

 

怒気を含んだ目で睨めつけるだけで震え上がる小物に、ため息が漏れる。

……なにが髑髏会の特別遊撃部隊だ。なにが伝説になるであろう闇ギルドだ。下らない。ただの雑魚の集まりじゃないか。

かつての建設者の生き残りから闇ギルドの人脈を伝って手練れを集めたつもりが、とんだ外れ(くじ)だ。馬鹿馬鹿しい。

 

目の前のこいつは髪の毛を振り乱して無様に騒ぎ立てるしか脳のない畜生以下の虫。

一人は敵を飲み込むとかいう自滅極まりない魔法を使い、そして敵の魔法を猿真似をするというだけの阿呆。

 

唯一といっていいのか、剣士であるあの女だけは良い剣筋をしている。いや、むしろあいつなら一人でも闇ギルドを存続できるだろう。

こんな馬鹿たちと置いておくのは勿体無いくらいだ。

 

そう言えば前に、シモンが持ってきた心理学の本で読んだな。

ノミは、その体とは比べられないほどにとてつもなく高くジャンプする能力がある。ノミにはそんなジャンプ力がある。が、小さな箱を被せるとその箱の高さ目一杯までしか飛べなくなると。それは蓋を外した後も同じであり、それが生涯の限界となる。

だが、高く飛べる別の個体と共に過ごさせれば、再び自分の能力を取り戻し、高く飛べるようになるらしい。らしいが、さて……。あの女にそれほど手塩にかける価値があるか否か。

 

……ないな。なんなら、やつらの目の前で私が直接息の根を停めてやるのも一興かもしれない。

 

全ては、ゼレフ復活のため。

だが、折角の復活祭ならば余興も必要だろう。

……喜べ、お前たち雑魚にも使い道はある。

 

「ん、ミリアーナか」

 

魔水晶が反応し、そこに映ったのはミリアーナ。

彼女の虎のような目が水晶(ラクリマ)越しにこちらを射抜(いぬ)く。中々の圧力だ。

やはり自分の育てかたに間違いはなかったことを再確認し、笑みが溢れる。

 

「報告を待っていた。それで、奴等はどうだった?」

 

ジェラール・フェルナンデス。

かつての馴染み。私に名を送ってくれた恩人だ。

もちろん彼を招待したのは私だ。ジェラールが聖十になったという情報を仕入れ、直ぐ様フェアリーテイルのマスターへここへのチケットが渡るよう手配した。

まぁ、これは私の案ではなくウルティアの悪知恵だが。

だが、実にいい提案だった。私の恩人に、ゼレフ復活の場へと立ち会わせてやることができる訳だ。

 

なに、ジェラール。礼はいらない。私とお前の仲だからな。

 

「エルちゃん、怖い顔してるよ」

 

「おっと、すまない。つい楽しみでな」

 

「うん。それでジェラールなんだけど……」

 

つい先程、カジノではしゃいでいたところを襲撃させたばかりだ。

裏切り者のジェラールは大層人気で、三人ともかなり乗り気だったようだが……。

 

「ごめんなさい。ジェラールには逃げられた」

 

「そうか」

 

特に、想定外ということはない。なにせ、あのジェラールだ。昔から二手三手先を読むようなやつだ。一筋縄ではいくまい。

 

でも、とミリアーナは続ける。

 

「同じギルドの妖精の尻尾(フェアリーテイル)を捕まえたよ。うるさいピンク色のお兄さんと上半身裸の変態お兄さん」

 

うるさいピンク色と上半身裸の変態?

上半身裸という語感と共に並べられると、ピンク色という言葉にすら下劣なイメージしか沸かないが……。それはピンクな脳内の男ということか?……トチ狂って変態ばかりのギルドに入ったということか?あのジェラールが……?

 

…………ま……まぁいいだろう。

 

とりあえず、やつの身内を捕まえたというのならそれは確実に餌になる。

 

いくらジェラールといえど、仲間を見捨てたりはしまい。

逃げられた、とミリアーナが言っていた。ということは、こちらへ手を出してこなかったわけだ。それが更なる信憑性を見せてくれた。つまり、まだミリアーナやその他を仲間だと思ってくれているのだな、あの男は。

まったく、相も変わらず馬鹿な男だ。頭は回るくせに感情論で動く。実に愚かだ。

 

「よくやったミリアーナ。それでは、追いやすいように形跡を残しながら戻れ。くれぐれも、捕虜たちは逃がすなよ」

 

「うん。わかったよ、エルちゃん」

 

さてさて、いよいよだ。

楽園の塔(Rシステム)の完成。黒魔導士ゼレフの復活。かつての友人との再開と共に、世界の改新を迎えようじゃないか。

 



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自由たる者たち

誤字報告
ありがとうツツツツツツツツ!!(誤字にあらず)



「なぁ、自由って何なんだ?」

 

ん?なんぞ?

 

返ってきたのはそんな間の抜けた声だった。

焚き火を挟むように、向かい合って座っていた俺は、どうしてもわからずにそう問いをかけた。

 

わからない……。俺には自由っていうのが、どういうことなのかわからない。

エルザの言っていた、外に自由はないって。どういうことなんだ。外の自由は仮初めって、どういうことなんだ。

ここには、仮初めの自由しかないのか?あそこにあるのが自由なのか?

俺たちには全く関係のない楽園の塔を造るために、毎日汗水ながして働いて、何も得るものもなくただただ世界と隔離され続ける。それが自由?

……そして今の俺は、仮初め?そうなのか?全然わからない。

なんなんだ……!自由って、なんなんだ。

 

行き場のない苦悩と怒りが頭の中でごちゃごちゃになりながら、俺はもう一度、その問いを彼に投げ掛けた。

 

「自由って、何なんだ?」

 

彼はポカンとしながらも、焼き魚を頬張ると、一拍置いて魚を挿していた串でビシッと俺を指した。

 

「そりゃお前、簡単だろ。自由ってのはな、つまりフリーダムってことだ」

 

したり顔でそう言う彼に、俺の中で積もり積もった苛立ちが弾けた。

今、俺が欲しいのはそんなふざけた回答じゃない。俺が欲しいのは、自由の答えだ。自由とはなんなのか、自由になればどうなるのか。自由とは、自由とは。その答えだ。

 

「ふざけたことを言わないで下さい!!」

 

気がつけば、立ち上がり、怒鳴り声を上げていた。

だが、それでも自分の怒りを抑えきれない。

……わかっている。それが、ただの八つ当たりだっていうことは。でも、今はだめだ、抑えられない。

 

「お、おう。割りと真面目な感じなのね。すまんすまん」

 

驚いたようにキョトンとしながら、串を薪として火にくべた。

 

「自由って、何なんだよ」

 

「哲学か?俺はそういうの苦手なんだよなぁ」

 

火を見ながらそう溢す彼に、自分自身が馬鹿らしく思えてきた。

この人はこういうところで適当だ。ちゃらんぽらんだ。戦っている時とは比べ物にならないくらいに。本当に同一人物なのかすら疑わしくなる。

 

行き場のない怒りを抱えながら、塞ぎ込むように腰を下ろす。

また考えに耽ろうとすると彼は口を開いた。

 

「自由って、要するに何でもできるってことなんじゃねーの?」

 

「何でも、できる?……じゃあ俺は今自由じゃないのか?エルザも救えない俺は、何もできない。こうやってあなたに助けられないと何もできない俺は、自由じゃないのか?」

 

「なんでそうなんだよ」

 

ジトっとした目で俺を見る。そこには、明らかに呆れの表情が浮かんでいた。

 

「力のあるなしと、自由はまた別もんだろ。力があれば自由なわけじゃないし、自由なやつは力がある訳じゃない」

 

「……でも」

 

「そうだな、これは俺の考え方だけどな、端的に言っちまえば自由なんてものは最初っからねえの」

 

自由なんてものは、ない?

 

「それって……どういう」

 

「自由って要するに、なんでもできることって言ったよな?それってつまり逆に言っちまえば、なんでもできないと『自由』じゃないってことなんだろ?」

 

「……なんだよ、それ」

 

彼は魚を手に、そう焚き火を見つめる。

 

「けど、なんでもできることっては、何も出来ないってことが出来ないんじゃない?二律背反てやつだ。自由であれば自由であることに縛られる。つまるところ、『自由』なんて言葉事態が……」

 

二本目の魚を頬張りながら、彼は言う。

 

「矛盾ひてんらよ……。うん。これだけ臓器抜き忘れてる。にっが……うぇ」

 

そんな適当極まる態度などどうでもいいほどに、俺は彼の言葉に唖然とした。

 

「……自由はないって、そんなの言葉遊びの詭弁じゃないか」

 

「はっはっはー、お子様にぶった斬られちゃったぜ。まぁ俺もよくわかってねえしいいんだけど」

 

二口目で全てを咀嚼し、飲み込むと、笑顔で続ける。

 

「んだから、とにかくそんなモン深く考えたって仕方ないっつの。自由に仮初めも本物もあるか。適当でいいんだよ。自由は楽しーぞ!つって笑ってりゃいいんだ」

 

「笑う……」

 

そんなもので、いったいどうなるっていうんだ。笑っていったい何が変わるっていうんだ。

そんなもの……。

 

「ははっ。うわー、納得いかなそうなツラ全開じゃん。しょっくー」

 

大したダメージも無さそうな顔で、彼は笑った。

 

「……まー、んーそうだな、じゃあもうひとつ考え方を提示してしんぜよう」

 

「考え方?」

 

「自由とは、自分のやりたいままに、自由気ままに、好きな人たちと好きなことをすることができる。縛られることなく、嬉し楽し恥ずかしくいるって意味。どうよ?」

 

「……そんなものなのかな。自由って」

 

そんなもんなんじゃねーのと彼は悩む素振りなどなく、あっけらかんと、責任感の一切を伴わない口振りで言った。

 

「ま、気楽に考えとけよ。自由ってのは、フリーダムってこと。意味なんて求めたところで無駄だ。んなら悩まずに、自由の提議なんて自分の思いたいままに思っておきゃあいい」

 

そんな矛盾だらけのよくわからない言葉を吐いて、あくび混じりに笑う。

 

「んじゃ、聞いてみよう。ジェラール少年。お前にとっての『自由』ってなんだ?」

 

串をまた火にくべると、俺の隣に座る。

胡座をかいて頬杖をつき、俺の顔を覗き込んだ。

 

「俺にとっての……自由」

 

「深く考えんでいいって。思ったことを言えばいいんだ。言うてみーよ」

 

俺の目を覗き込む彼の瞳には、俺が映っていた。

 

「俺の……自由は……っ」

 

彼の瞳に映っていた俺は……泣いていた。

耐えるように体を震わせながら、涙を流していた。

頬に触れて、本当に自分が泣いていることに、今になって気がつく。

頭の中で、たくさんの人たちの笑顔が浮かぶんだ。隣にいて欲しかった人たちの幸せそうな表情が。

 

「俺は、皆と、一緒にいたい……。皆とこうやって旅したりして、縛られないで、繋がれないで、笑ったり、泣いたり、喧嘩したりしたい。皆と……っ。皆と、色んなこと、やりたい!」

 

涙は止まらない。むしろ勢いを増す。

なんで泣いてるんだろう、俺は。

 

「……皆といたい!エルザと、シモンと、ミリアーナと、ウォーリーと、ショウとロム爺さんと。皆と、皆といたい!」

 

「そっか……」

 

頭に重みを感じる。俯いていたままから見上げてみれば彼が頭に手を乗せているのだ。

そのまま、乱暴な手つきで頭を撫でられる。

 

「お前にとっての『自由』は、大切な人と生きるってことか」

 

「う"ん"……!!」

 

ぐちゃぐちゃだ。

顔も、頭の中も、感情も。

 

「そんじゃあ自由に向けて頑張んねえとな。仲間と一緒に、自由になんねえとな」

 

屈託のない笑顔で、言う。

 

この人は、どうしてこう俺の感情を抉るのが上手いんだろう。計算高い人物でもないのに、人のことをよく見ている。

そんなことを頭のどこかで冷静に考えるも、激しいぐちゃぐちゃの感情にすぐ押し流された。

 

もう、はっきりとした言葉も出せない。それほどまでに、俺は声を張り上げて、泣いていた。

 

それを笑顔で撫で続けてくれる。

もし家族がいたら……。父親や、兄がいたら、こんな感じなんだろうか。

 

 

睡魔と共に月が現れ、入れ替わるように、太陽と共に涙は消えていった。

 

 

 

◇◇◇

 

「あ、アイスだ。なぁジェラールアイスだぜ。こんだけ暑いんだ、食おうぜ」

 

「そんなお金ありませんよ」

 

彼は屋台を指差して一人はしゃいでいる。

しかもその屋台のアイス、高すぎる。確かにここは暑い土地だけど余りにぼったくりが過ぎるというものだ。少なくとも前の街でなら三本は買えた値段だ。

 

「まだ干し肉が残ってます。我慢してください。残りの路銀と物品で船に乗れるよう交渉しなくちゃいけないんですから、無駄な出費はできません」

 

ぶーぶーと後ろでブーイングをしているいい大人を無視して歩みを進める。

本当に、この人はいったいどうやって一人で旅を続けてきたのだろう。路銀はあまりに少なく、お金の使い道に一ミリも計画性が見られない。行き当たりばったりが過ぎる。

お金を稼ぐにしても、今のところ途中襲ってきた盗賊を返り討ちにして剥ぎ取った金品を売ってるだけ。

先日は商人の依頼で、荷運びの守備と共に移動するという手筈だったが、魔物を倒すのと同時に荷台を大破させるし。お陰で余計にお金を取られることとなった。報酬なしどころか、むしろマイナスになるというファインプレーを見せた。

 

「おほっ、ジェラールジェラーるん。見ろよエロ本売ってんぜ。興味ない?ねぇねぇ少年よ、興味ない?」

 

……ため息しかでない。あと誰がジェラーるんだ。

 

あの時、俺が憧憬を抱いたのはいったい誰に対してだったのかわからなくなってきた。

 

「このムッツリめ。まぁいいや。ほれ、アイス。お前も食え」

 

「ありがとうございま……ん?」

 

差し出されたアイスに反射的にお礼を返した俺だったが、なぜそんなものを持っているのか疑問に思った。と同時に、彼の手に収まっていた財布に納得が言った。

 

……なるほど。使ったなこの(お馬鹿)

 

「何やってるんですか!お金がないって言ってるでしょう!?なんで買っちゃったんですか!」

 

「なんだいらないのか」

 

「あっ」

 

じゃあいいや、と俺に差し出していたアイスを立て続けに自分で食べてしまった。

こ、このっ……。だめだ、落ち着け俺。ここで怒ってはダメだ。

そう。そうだ、彼とて一人旅を続けてきた身。きっと海を渡る方法が何かしらある筈だ。もしかしたら隠しているだけでまだお金があるのかもしれない。もしくは人脈だ。知り合いに航海士がいるとか……。

 

「おー、海だ海だ。あれが港か。で、どこ行けば妖精の尻尾(フェアリーテイル)に着くの?いやぁ、地図持たない主義なんで方角とかわかんねーし、土地勘もねーし、詳しい知り合いもいねーし、案内人どころか宿とる金もねーし、困ったな」

 

「…………」

 

……じゃあ俺たちはどこに向かって歩いてると思ってたんだ。この人、いったいどうやって今まで生きてきたのさ。

と言うか、なんでこの人は困ったようにまるで見えない能天気な顔で「困った」と、そう公言できるんだ。その言葉の意味を本当に理解しているのだろうか。

 

だめだ、もうこれ以上この人には頼っていられない。自分でどうにかしなければ。

そうだ、そもそもこれは俺の問題だ。何から何まで彼に頼っている俺が間違っていた。

俺は彼の言うことに文句を唱えられる立場じゃない。あれは彼のお金だし、用心棒のようなことをしてくれているのも彼、そして何より助けてくれたのも彼だ。むしろ、俺が着いてきてもらうよう手を尽くすべきじゃないか。

 

……彼がどうやって生きてきたのか不思議だけども。とりあえず今は置いておこう。

とにかく、お金がないと。

 

……もしくは皿洗いや駒使いとして、船乗りたちに雇ってもらうのもありかもしれない。

彼は魔法が使えるから用心棒として。海の上と言えど船乗りを襲う魔物なんてごまんといる。

それに俺だって奴隷だったし、力仕事ならいくらだってできる。

この条件で掛け合ってみてはどうだろうか。

 

「なに悩んでんだ?」

 

「なにって……だって、お金がないんですよ?貨物船にでも雇ってもらうしかないじゃないですか。僕は荷物運びや雑用として、あなたは用心棒として……」

 

「いんや、その必要はないぞ」

 

「え?」

 

彼の瞳孔は縦長に、その目は朱色に染まっていた。いつか見た、竜の瞳。

 

その恐ろしくも美しい瞳に、一瞬気をとられるもすぐに意識を切り替える。だが、それでも彼の言葉の意味を理解できなかった。

その目は海の向こうに何かを見ているが、同じようにそちらを見ても水平線があるだけ。

 

「お前、乗り物酔いとかしやすい?」

 

「……いえ、ないと思いますけど。いったい、どうい」

 

「しっかり掴まっとけよ」

 

 

 

──て、あれ?地面が凄く遠くに……。

 

 

「うわぁあぁぁあああああああああああああああああっっ!!」

 

 

空を飛んでいた。

気がつけば、俺は彼に抱えられて大空を飛んでいた。

あまりに唐突な出来事。急速に上昇するその圧力に、胃の中の干し肉が昇ってくる。

 

どうにか堪えながら目を強く瞑るも、すぐにそれは収まった。

なんとか吐瀉せずに済んだ俺は、恐る恐る瞼を開く。

 

「……うわぁ」

 

目の前に広がるのは海。どこまでも続くかのような広大な世界。

夕日に照らされ、オレンジに染まった空とそれを映し出す膨大な水。あまりの光景に、言葉がでなかった。

 

「ジェラール、噛むから喋るなよ」

 

放心を遮るようにかけられた言葉を耳に入れるのとほとんど同時だった。

急激に降下しながらも海を進んでいく。

 

あまりの速度に息が詰まる。更に風圧で目の前が見えない。

 

そんな俺の状態にようやく気がついたのか、彼が何かを唱えると、途端にそれが消えた。

まるで見えない風の壁に護られているような、台風の目の中にでもいるかのような、不思議な感覚だった。いったい、彼はいくつの魔法を扱えるのだろうか……。

 

少し落ち着き、ようやく頭に十分な酸素が回ってきた気がする。きちんとした思考ができるようになってきた。

……まさか方角すら知らないのにこのまま魔法で海を渡るつもりだろうか。

あまりにも無茶だ。そんなもの、魔力が持つはずがない。ロブ爺さんから教えてもらったことだけど、そんな無茶苦茶な魔力量を持ってる人間なんているはずがない。

疑問と一抹の不安に駆られる中、彼の向かう先に視線を送れば、そこにひとつの点が見えた。

それは徐々に近づき、その姿を把握した時、俺の額にひとつの汗が浮かび、風に舞った。

 

着地。

それはそれは派手に、甲板をぶち破りそうな勢いでだ。

 

「なんだ!なにが起きやがった!」

 

「誰か落ちて来やがったぞ!」

 

「なんだあいつら!正規ギルドの連中か!」

 

船の住人たちが何事だと騒ぎ立てる。

その船の旗は青いドクロ。

蛇の絡まった骸骨をはためかせた布切れが、着地の余波に(なび)く。

 

「ふぅ、疲れた。さてと、安心したろ?ジェラール。足、ゲットだ」

 

その竜の瞳も相俟って、まるで悪魔のように彼は呟いた。

 

「この海を支配する闇ギルドに喧嘩をうるたぁいい度胸じゃねえか」

 

「どうやってここまで飛んできたのか知らねえが覚悟しな、そのガキ共々サメの餌にしてやるよ」

 

そう喚く海賊のような男たち。

 

「血の匂い、潮より強く香ってくるもんだからわかりやすかったぜ、足ども。安心しろ、優しくしてやるよ」

 

目的地に着くまではな、と。

 

悪鬼めいた笑顔と、膨大に荒れ狂う魔力と風の奔流。それらを見て彼らが血の気の引いた真っ青な顔になり、あまりの威圧感に生まれたての子鹿のような姿になるのはその数秒後だった。

 

チンピラたちを顎で使いながら高笑いするその姿に呆れればいいのだろうか。尊敬すればいいのだろうか。

 

『自由ってのは、つまりフリーダムってことだ』

 

頭のなかでそんな馬鹿みたいな言葉がリフレインした。

……なんというか、本当に、自由な人だ。

 

涙声で舵をきる彼らを心底憐れに思いながらも、船は進んでいく。ハルジオン。妖精の尻尾(フェアリーテイル)へと。

 

 




m9(°∀° )ハイッ!ヨーホー!(舵を手に
(((;゜∀゜)よ、よー…ほー」」」
( ^ω^)あれれぇ?元気…ないね?(翼バサァ
((( ;∀;)ヨォォオオオオホォォオオオオォォオオオオ!!!!」」」
( ゜∀ ゜)σいいよー!そーれっ!ヨーホー!」
((( ;△;)ヨォォオオオオォォオオオオホォォォオオオオオオオオ!」」」
(  ^q^)うはは!嗚咽混じりヤメナサーイ。コレ強要チガーウヨー(なぜか海外被れ)ほれ、もいっちょヨーホー!」
((( ;Д;)ヨゥぅぅ…オホホォォォォオオォオオオオオオォォオオオオ!!!!!」」」



ジェ「なんだろう、これ」

読者「なんだろう、これ」

作者「なんだろう、これ」


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それぞれの思惑

文章かくのはいいんだけど、後先考えず好きなことばっか書いてると組み立てるの難しいね!(当たり前)
プロットって大事!(やり方知らない)

(今作の主人公だけど楽園の塔では出番まったく)ないです。
(ちなみに原作の主人公も同じく殆ど出番)ないです。


「どういうことだ、ジェラール」

 

『フリードすまない。今話したのはあくまでも予想だ。だが用心に越したことはない。頼めないか?』

 

「お、おいっ。やめてくれ、頭を上げろ」

 

魔水晶(ラクリマ)越しに真剣な顔つきで頭を下げるジェラール。そのらしくもない姿に、慌てて頭を上げさせる。

 

「だが、もしその予想が正しかったとして何故俺なんだ。俺よりもマスターに直接頼むべきだろう」

 

俺の腕を頼ってくれるのは嬉しい。だがもしそれが事実ならば未曾有の大事件だ。俺よりもマスターや聖十、評議院の指示を仰ぐべではないだろうか。

 

『あぁ。だがすまない。評議院やマスターにはあまり関与して欲しくはないんだ。……後々不利になる訳にはいかない』

 

「……なんの話だ?」

 

いや、なんでもない。そう慌てるように小さな呟きを否定した。

しかし、どうしたものか。俺たちは今、雷神衆のクエストを禁止されている。確かにクエストではなく只の旅行だと(めい)()てばいい話だが。ラクサスたちにどう説明したものか。

 

『無茶を承知で頼んでいる。大きな借りを作れると思ってくれ。もしもの事があれば俺は何がなんでもフリードや雷神衆の力になろう』

 

「……はぁ。いいだろう、わかったよ」

 

何度も頭を下げるジェラールに、ついに俺は頷いてしまった。

実際のところ、借りなどなくたってジェラールなら俺たちが困った時には全力で助けてくれるだろう。こんな口約束の借りなど、所詮カタチだけに過ぎない。所謂、大義名分というやつだ。

 

しかし、我ながら意思の弱い。だが仲間にこれだけ頼まれては無下にできない。

これは俺一人の頼まれ事だ。時間もないようだしすぐに出なければな。……後でラクサスたちにどやされるかも知れないが致し方あるまい。

 

『チケットは必要ない。従業員には俺の方から金で頼み込む。積まれれば一人くらい許してくれる筈だ』

 

積まれれば、か。

 

まったく、いったい誰の影響を受ければあの生真面目なジェラールがそんな発想を出来るようになるのか。

……まぁ、ジェラールはいざとなれば手段は選ばない。だが根はどこまでも真っ直ぐな男だ。つまり、ジェラールにそんな手段をとらせるような事態に陥っているということか。

 

「わかった。足がつかないよう、術式で隠蔽しながら向かう」

 

『頼む。着き次第作業に取りかかってくれ』

 

「了解だ。これが終わったらラクサスに説明してもらうからな」

 

『ははっ、わかってるさフリード』

 

「ジェラール?何してんだー?」と、魔水晶が遠くからのナツの声を拾った。

なんでもないさ、とナツの相手をするジェラール。そこで通信は途絶えた。

 

……さて。では準備を始めなくては。

まずは、一度に複数の術式を書くための魔道具を久しぶりに引っ張り出さなくては。それと、高速の作業に伴って風読みの眼鏡も必要だな。聞いた話通りなら、最適な条件は揃っている。あとは俺の技術次第という訳だ。

 

これは、久しぶりに腕がなりそうだ。

 

 

◇◇◇

 

 

「エルザァ!エルザって女はどこだぁ!出てこいやコルァアアア!!」

 

「おい落ち着けよナツ。暴れても魔力の無駄遣いするだけだぞ」

 

「うるせェ!こっちはハッピー拉致されてそれどころじゃねえし!エルザはぶっ飛ばしてえし!あの梟はグレイに横取りされるし、四角の顔だって触り損ねたし、あとついでにルーシーも襲われたんだぞ!」

 

「おい、アタシはついでか」

 

「ジュビアもいます。ねっ、グ・レ・イ・様ぁ~」

 

「お、おう。そうだな」

 

「エルザァ!でてこぉーい!!」

 

「……なんか、一気に密度高くなったわよね、アタシたち」

 

「密度っつーか、濃さに関しては今更じゃねーか?」

 

「まぁそうなんだけどね」

 

むきぃー!さっき共闘したからってグレイ様を横取りできると思わないでよね!この泥棒ネコ!ムッキィー!なんて後ろでハンカチを噛んでいる元エレメントフォー。ジュビアを横目に、これ見よがしな階段を登っていく。

 

闇ギルドの一人。名前は覚えてないけど、ロン毛の男をジュビアと共にどうにか撃破。その後、どうすればいいのか戸惑っていた所にボロボロになったナツとグレイが合流。

ジュビアの擬態でこの塔に乗り込むことは成功したが、その後分断されてしまったジェラールとハッピーを捜索するため、とりあえず上へと目指すことを決めて現在に至る。

 

「ハッピーどこだぁあ!あとエルザァ!でてこぉおーい!!」

 

「なぁ、さっきから気になってたんだが、なんでジェラールの名前は呼ばねーんだ?」

 

「んなもん、ジェラールが出てきたら俺のぶっ飛ばす相手が横取りされるからに決まってるだろ」

 

「なるほどな、それもそうか。確かにそれはつまんねーな」

 

「てめえにもやらねえけどな!」

 

「んだと!」

 

「んだよ!」

 

「私の為に争うグレイ様、ステキ」

 

「あんたのフィルターはどうなってんの」

 

グリグリと互いの額を押し付けて威嚇しあってる馬鹿たちと、惚け続ける青い少女にため息が溢れる。

 

こんな時こそジェラールが居てくれたら、この二人に拳骨をお見舞いして黙らせてくれるのになぁ。

私にこの猛獣たちの手綱を引けというのは流石に無理がある。手綱を握った側が市中引きずり回しの刑に合う姿が目に浮かぶようだわ。

でも、エレメントフォーの一人が(なぜか)協力してくれるのは凄く頼もしいし、ありがたいわ。この馬鹿たちが喧嘩を初めて仲間内で戦力が分断されるのだけは、どうにか収めなければ。

 

うぅ。フェアリーテイルの今後を揺らしかねない事態が私の肩にかかってるだなんて……胃が痛い。

 

「そういえば、ジェラールが説得したあの三人組はどこに行ったんだ?」

 

グレイがナツとの争いを一旦置いて、そう首を傾げた。

 

「ハッピー!ハッピィィイイ!!そこかっ!」

 

飾り物の壺を覗き込んでいるナツを横目に、そういえばとその時の記憶を巡らせた。

確か、ショウ、ミリアーナ、ウォーリーだったかしら。

 

「グレイは梟と戦ってたんでしょう?あの場にいなかったもんね。あの三人ならジェラールが……」

 

……うん。なんか余り思い出したくない。

ジェラールが本物のフェアリーテイルみたいなことをしていたことなんて(本物のフェアリーテイルだけど)思い出したくない。

 

「が?ジェラールがなんだよルーシィ」

 

「ハッピーーーーー!!ここに魚あるぞーーー!!」

 

「いや、あれよ。あの後ここに残るって言う三人をジェラールが説得して船に乗せて避難させてたわ」

 

「ふーん、そっか。ならいいんだけどよ」

 

説得したのだ。

ジェラールが、エルザ・スカーレットという元凶について、過去から現在に至るまでの状況を三人に説明した。

騙されていた旧知の仲間である三人は「目を覚ました」「エルザに復讐するんだ」と、息巻いて塔へ向かっていった。だが当然、ジェラールはそれを許さなかった。

珍しくムキになっていたジェラールが三人を止めようとした。

だがジェラールに向かって攻撃魔法を使い始めるくらいには、彼ら三人の怒りは有り余っていた。

 

だから説得(・・)説得(・・)したのだ。

 

「あれがカグラ式説得術……カグラ恐ろしい」

 

ジェラールが行っていた『カグラ式説得術』という手法に、背中に冷たいものが走った。

垣間見たそれは正しく鬼の所業。実行できるジェラールも恐ろしいが、それを考案したカグラの恐ろしさたるや。

恐ろしい。恐ろしいカグラ。

 

「コノ恋敵ィィイイイ!!!グレイサマヲ誘惑スルナァァア!!!」

 

「いやいや、してない!してないちょっとお!」

 

まるでアンデットのようにドロドロに変形したジュビアが私に襲いかかり、命懸けの鬼ごっこが始まった。

 

「おいルーシィ、なに遊んでんだよ!お前もハッピー探すの手伝えよ!」

 

「アンタに言われたくないわよ!?」

 

壺の中に体を入れて、蓋を頭に載せて顔だけを出しているナツが私へ(いわ)れのない誹謗を飛ばしてきた。

そんな状態でよく文句言えるわねアンタ!どちらかというと遊んでるように見えるのアンタよ!

 

「そうだぞルーシィ、遊ぶな」

 

「なんでグレイまでナツと同じ壺に入ってんのよ!!」

 

「グレイサマ……ナツサンモ……ワタシノ.コイガタキ?」

 

「ハッピーの居場所に心当たりねえのか?」

 

「あの猫女が部屋に置いてきちゃった、とか言ってたけど、部屋どこなのか聞き忘れたんだよ」

 

「使えねえな、このツリ目」

 

「ンダトォ!?」

 

「んだよ!?」

 

「グレイサマ……コイガタキ」

 

もう、誰か助けて。

 

 

◇◇◇

 

 

『楽園の塔は今すぐにでも浄化すべきだ』

 

衛星魔法陣(サテライトスクエア)を起動させろと!?』

 

『ヤジマさん。折り入ってお願いがあるんです』

 

『……いいのかね?スモン君。つぃみの言葉が正すければ、愛した女性もろとも殺めてすまうことになる』

 

R(リバイヴ)システム。つまり楽園の塔の完成が意味するのは死者の復活。とてつもない禁忌だ。これ以上、彼女に罪を重ねてほしくないんです』

 

『こんな時に、快晴とは……皮肉だな』

 

『賛成のものは挙手を』

 

『正気か!周囲一帯、辺りの島々や海域の全てが消し炭になるんだぞ!』

 

『ゼレフの復活は阻止せねばならない』

 

『局所より全世界の安寧を取るべきだ』

 

『意義なし』

 

『意義なし』

 

『意義なし』

 

『意義なし』

 

『意義なし』

 

『意義なし』

 

『意義なし』

 

 

 

「エーテリオン発射は可決された」

 

ウルティアに監視用にと、高価なものを持たせておいて正解だった。

眺めた魔水晶(ラクリマ)の中では、隻眼の男があれやこれやと手を尽くし、この楽園の塔を破壊せんとする姿が映っていた。

 

その男、シモンが水晶の向こうで評議院の連中を相手に弁を振るう姿が余りに滑稽で、つい喉の奥から笑いが込み上げる。

 

「実に馬鹿な男だよ、シモン。愚かで使いやすくて、更に笑えるとまできた。面白い道具だ。お前を外に出しておいて正解だったな」

 

やはりウルティアの見立てに間違いはなかった。

何よりあの女がシモンを操る手管は見ていて実に愉快だった。まさしく、舌を巻くような手腕。

催眠と失われた魔法(ロストマジック)の使い手。

あの体(・・・)でありながら、評議院の一人にまで上り詰めたシモン。

こちら側にやつらほど優秀で扱いやすい駒がいたことに感謝せねばなるまい。

 

衛星魔法陣(サテライトスクエア)から発される超絶時空破壊魔法(エーテリオン)。これがここへ落ちること。その意味を、シモン。そして評議院のやつら、世界に見せつけてやらねば。その上で笑ってやるのだ。「ご苦労」とな。

 

他の魔水晶(ラクリマ)には、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々が情けない三羽鴉(ザコ)に足止めを食らっている姿が見える。

妖精の尻尾(フェアリーテイル)。三羽鴉に手間取るようでは、ジェラールの所属するギルドも高が知れたな。低レベルも甚だしい。

 

まぁそれはそれで構わない。少し気に食わないところではあるが、気を荒立てる程でもあるまい。

 

さぁ、準備は整った。

 

 

◇◇◇

 

 

 

ここは、真っ暗だ

 

 

光なんてどこにもなくて、俺にあるのは消えようもないひとつの熱だけ。それだけを便りに前へと這いずる。

 

 

眩しい。だから嫌いだ。

キラキラと目障りに輝いて。誰でも照らして、なんにでも希望を見せて。

チカチカと、鬱陶しい、

 

だから

 

貴様にも前が見えないことの恐ろしさを教えてやろう。

 

手探りの世界がどれだけ真っ黒で血生臭いのかをわからせてやろう。

 

 

俺たちがひた進む世界

 

 

盲目の世界を

 

 

 




許してニャン(一夜ボイス)


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盲目の世界

長いから分割しちゃったんだぜ!


「ジ…………ァル。……い!」

 

 

なんだっけ。

 

あぁ。

 

日射し、暑いな。

 

空から俺を焼き殺そうと、ギラギラとした光が降り注ぐ。

……こんな人どころか、地上全てを焦土にしかねないものが大地への恵みを産み出すというんだから、わからないものだ。

 

薬は過ぎれば毒。毒も使いようには薬。つまりはそういうことなんだろう。

だが、もう少しでいいから俺たち人間にも配慮して光輝いて欲しいものだ。

 

「ジェ……ル!」

 

あぁ。

 

……頭が、痛い。

 

誰かが動きを止めた男へ石を投げた。それだけで、男は不細工な悲鳴を上げて涙を流しながら石材を担ぎ直す。

 

あぁ。

 

俺……なに、やってるんだっけ。

 

「聞いているのかジェラール!!」

 

「…………ん?」

 

俺の名を呼んだ誰かがそこにはいた。

真っ赤な緋色の髪をもった美しい女。無機質なプレートのついた服装をしていても尚、その美貌を失わない姿。

紺のスカートに、腰には長剣。なんとも愛らしさと無骨さを併せ持つ姿が、実に彼女らしかった。

 

「……エルザか」

 

「どうしたんだジェラール。ぼうっとして」

 

「いや……」

 

どうした……?俺がなにか可笑しかったか?

……いや、そんな筈はない。今日も今日とて塔の建設は順調だ。なんの抜かりもない。効率よく、首尾よく、計画は間違いなく進んでいる。

 

「なんでもない」

 

「なら良いのだが。無理はするなよ。お前ほどの男を早々に失う訳にはいかんのでな」

 

「はは、そうだな。俺も理想を叶える前に太陽に焼き殺される訳にはいかないな」

 

「まぁこの暑さだ。ほら、水はしっかり摂るのだぞ」

 

「あぁ」

 

差し出された水を受け取り、その中身を喉の中へと傾ける。

途端に潤っていく体に、なんだか頭も明瞭になっていく爽快感を覚えた。

 

なぜ、俺は曖昧な意識のまま立っていたんだ。

まさか、俺ともあろう男が本当に太陽にやられたか。だとしたら情けない話だ。

そんな男が、果たして本当にあれほどの大きな野望を叶えられるのか、少し不安になるというものだ。

 

「ジェラール……さま。ワシらにも水を……ォ。このままじゃあ、皆干からびて死んじまう」

 

ガリガリに痩せこけた老人が、働き蟻の群れの中から覚束(おぼつか)ない足取りで俺の足元へ膝まずいた。

 

「貴様、ふざけているのか?」

 

俺を押し退けると、そんな老人の頭を、エルザは足で踏みつける。

言葉のままに弱き者を威圧した。これが世界の在り方であり自然の在り方。弱肉強食。実にシンプルだ。

 

「まだ午前のノルマに届いていないではないか。その癖に水だと?面白い。貴様の冗句は後でまとめて聞いてやる。笑えなかったら殺す。さぁ、働け!!」

 

そのまま老人の顔を蹴りあげようとしたエルザ。

ふと俺は思い付いた妙案に、その暴力をすんでのところで止めた。

 

「待てエルザ。そう言うな」

 

俺はしゃがむと、老人の顔を上げさせる。手に持っていた水を、その老人へと手渡した。

 

「ぉぉ……。ありがたや。ありがたやぁ」

 

「なに、いいさ」

 

おい、ジェラールと俺の肩を掴んでくるエルザに振り返り、優しく微笑む。

 

「支配は力だけじゃ成り立たないぞ、エルザ。必要なのは暴力だけじゃない」

 

そう言って俺は再び、拝み続ける老人へと目を落とした。

 

「午前のノルマが終わったら全員に好きなだけ水を与えよう」

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

今月の資材は確か余裕があった筈だ……。

ま、少しくらいならいいだろう。これも計画を早く実現するための投資だ。

 

「じいさん、奴隷全員に通達しろ」

 

「は、はい。な……なんでしょうか」

 

恐る恐る、罪状を告げられる囚人のように、震えながら首を傾げる老体に微笑んだ。

 

「明後日までのノルマを全て、今日で済ませることが出来たのなら。褒美に今夜食事の食べ放題を行う。奴隷全員にだ。……そうだな、ついでに風呂も今日はお前らに開放してやるとするか。そう伝えろ」

 

言うが早いか目を見開いていた老人は、喜色の笑みを浮かべ、年寄りとは思えない速度で首を縦に振る。

そのまま、そそくさと蟻の群れの中へと走り去って行った。

 

それが伝わるや否や、奴隷たちの動きが目に見えて効率化されていく。

 

全員に与える。このフレーズひとつで効率は格段にあがる。なぜなら、明後日までという膨大な仕事に対して、ノルマを目指すのなら否応なく全員の力が必要だ。必然的に、奴隷内での上下関係を一時的に取っ払うことが可能になる。そうなれば、作業が効率化して当然だ。

むしろ上に立つ奴隷が働かず達成できなければ立場は逆転する。奴隷内で革命が起きる。最悪、命をとられる可能性だって出てくるだろう。それがわからない阿呆はともかく、理解できる奴ならばより必死に働くだろう。何倍も心血を注ぐことだろう。

 

「おいジェラール!何を勝手なことを!」

 

今にも殴りかかりそうなエルザを「どうどう」と抑えながらも、握りしめた拳を下ろさせる。

 

「私は嫌だぞ!奴等のような魔法も使えない下等種の出汁風呂に入るなど!」

 

お前が先に入ればいいだろう。

 

「やつらに私の残り湯を啜らせるなど許さん!」

 

……俺にその発想はなかったよ。

 

「ワガママ言うなエルザ。見ろ、蟻たちの動きが見るからに早くなっている。不完全とはいえ、一時的な支配だけなら確かに力でも出来る。だが、今俺たちがするべきは支配じゃないだろう」

 

「なに?支配ではないだと?……では何だ」

 

立腹の様子を見せるエルザを横目に、俺は奴隷たちを眺めた。

 

「使役だよ」

 

そう。今、やつらを支配(・・)したところで得られるものなど何もない。

俺たちはこの楽園の塔を完成させ、ゼレフを甦らせ、そこで初めて世界の支配へ一歩を踏み出す。

今するべきは一時の支配による優越感を得ることではなく、悲願のために蟻を効率よく使うことだ。

 

「その時だけの感情で、やりたいようにやっているだけではダメだ」

 

「……そういうものか?」

 

「そういうものだ」

 

納得のいかなそうなエルザをどうにか丸め込み、俺は再び降り注ぐ光の下で揺れる大地と、雲ひとつない鳥たちの泳ぐ青空を眺めた。

 

「……暑いな」

 

 

 

 

 

 

 

「ジェラール、聞いたぞ。奴隷たちに風呂を開放するんだってな」

 

「あぁ」

 

月明かりの中の会話だった。

 

「ったく、よくもまぁエルザが頷いたものだ。どうせまた言葉巧みに(たぶら)かしたんだろう?」

 

シモンが俺に並ぶように、バルコニーの高欄へともたれ掛かった。

 

誑かした、ね。随分と俗物的な表現をするじゃないか。自覚はあったが、やはり俺はシモンにはそういった類いの人種だと思われているらしい。心外な。

 

「ま、いいさ。どうせもう完成も間近だ。最後くらい奴隷たちにも良い思いをさせてやろうってところか」

 

「俺はそんな甘ったるい感情論で許したわけではない。お前の言う通り完成はもうすぐ。評議院も今更になって動き出している。駆け足になって然るべき時期だ。……評議院め、今まで通り黙っていればいいものの。いったいどこから嗅ぎ付けたのやら」

 

「ほんとにな。お陰で、エルザが間諜(スパイ)と疑った奴隷を全員斬り捨てちまった。作業も一部停滞。迷惑な話だ」

 

「フッ。まぁうちの女王(ティターニア)はそれくらいじゃないとな」

 

「ハハハっ、違いない」

 

笑い合う仲間がいる。

俺は、幸せだ。少なくとも一人ではない。

 

──誰かとGtpd6$!『─』)dhる

 

──幸せが5pjd?jmA「》:・+3て

 

──尊敬できるjdw.w@btと

 

──大切な724『…◇!$"」がいて

 

──……好きな人)『(7jd$《《3て

 

 

「いっ"」

 

頭痛が走った。

頭の中で何かが暴れているようだ。

 

「おいおい、どうしたジェラール」

 

心配そうに俺の肩に手を乗せるシモンに、大丈夫だと伝える。

……なんだ。今日はとことん調子が悪いな。集中力も持たない、考え事も深く続けられない。こんなことでは新世界の支配など夢のまた夢だ。

 

「どうしたんだお前。今日はなんだか可笑しいぞ。疲れているなら早めに休め」

 

「あぁ。そうだな。そうさせてもらおう」

 

今日はもう、寝てしまおう。

一晩寝てしまえば、明日の朝には元に戻っている筈だ。いつもの俺に。

 

──いつもの、俺に。

 

「ジェラール」

 

立ち去ろうとした俺の背中へ、シモンの声がかかった。

 

「お前は……エルザをどう思っている」

 

「どう……?」

 

どう、と言われてもな。俺としては良き仲間であり有力な戦士であり、新世界の自由を享受するに値する人間だと思っているが……。

きっとシモンが聞きたいのは、そういう事ではないんだろう。

 

こいつは昔からエルザに惚れていたからな。わかりやすい男だ。

 

「おい、なにをニヤついている」

 

「なんでもない。安心しろシモン。俺はエルザを仲間だとしか思っていない。それ以上の恋愛感情などありはしない」

 

「なっ、何をお門違いな!」

 

明らかな動揺に、少しながらの悪戯心が湧いた。

 

……しかしまぁ、俺も休みたい。ここで長引かせても仕方がないか。いつもならもっと弄ってやるところだが、今は止しといてやろう。

 

「そうかお門違いか。それはすまない」

 

シモンは気恥ずかしそうに少し赤くなった顔を月へと逸らした。

 

一時の間が生まれた。

 

奴隷たちの嬉しそうな騒ぎ声はすでに止み、夜風の吹く中で静寂が流れる。

 

「お前は本当にエルザのことを…………」

 

シモンの見せるそれは、迷い。

 

「いや、なんでもない。お休み」

 

なにか熟考した仕草を見せるが、だが結局シモンは何も言わずに海へと視線を戻す。

 

「あぁ。お休み」

 

疑問を抱えながらも、俺は自室へと向かった。

 

 

 

月影の生まれた廊下をひた歩く。

暑く日照るような熱気と喧騒に支配された昼とは対照的に、そこは只々冷たくて静かで、どこか美しい閑散とした景色だった。

 

夢の中のような世界だった。

 

……ぼうっと。またしても、空っぽになった頭がその世界を見つめていた。

 

俺が立つ。青白く冷たい灰色の世界を。

 

 

「待っていたぞ、ジェラール」

 

青と白で作られた世界に、ひとつの()が入り込む。

まるで暖かい日射しのような女が、勝ち気な笑みを浮かべて。俺だけの青白い世界へと、堂々と大胆不敵に侵入してきたのだ。

 

「……エルザ」

 

……俺は……。

 

あぁいけない。まただ。またボケッとしていた。

 

「待っていたぞ、ジェラール!」

 

二度目だった。いや、もうそれは聞いた。

 

自室で休む腹積もりだったのだが、そう上手くはいかないらしい。

困ったことに、道中でエルザに捕まってしまった。

なんと不運なことか。

 

「む。なんだその不服そうな顔は」

 

するなと言う方が無理があるだろう。もはや疲れを隠す気力すらありはしない。

むしろ、察しているのなら早々に開放して貰えないだろうか。

 

「エルザ。疲れてるんだ。今日はもう」

 

「休ませろ、とは言わせんぞジェラール」

 

「……」

 

遮られてしまった。

というか、俺の言いたいことがわかっていてなぜ止める。なんだ、風呂を奴隷に開放した腹いせか。

 

「今夜は私と語らおうではないか。楽園の塔もじき完成だ。話せる機会もそろそろ最後になってしまうかもしれん」

 

「別に今夜じゃなくてもいいだろう」

 

「いいだろう。減るものじゃないんだ」

 

「……はぁ。疲れてるんだ、寝かせてくれ」

 

「ええい知るかッ!!」

 

知らないらしい。

 

こうなってしまったら彼女はテコでも動かないだろう。

……仕方ないか。

 

「わかった。わかったよ」

 

「うむ。よろしい」

 

両手を上げて降参する俺に、エルザは満面の笑みを見せる。

胸を張りながらも、どこからか取り出した酒瓶を掲げた。

 

「まさか、飲むつもりか?」

 

月光に輝く酒瓶(得物)を掲げて、したり顔で微笑むエルザ。

 

「たまには良いではないか」

 

「お前が酔うと面倒なんだがなぁ」

 

「なにをぉ?」

 

彼女の持つ酒瓶。

その葡萄酒にはどこか見覚えがあった。確か、中々に値の張るものだった筈だ。

……そう、確かそれは。

 

「ハルジオンの名産だったな」

 

「ん?あぁ、そうだが。フッ、流石はジェラールだな。まさかこいつのことを知っているとは」

 

「そりゃあ知ってるさ。なんたって、そいつが俺の額をかち割りかねなかったんだからな」

 

「お前の額を?……すまない、なんの話だ?」

 

「なんのって……」

 

 

……なんのって。

 

なんの話だ?

 

なんだ?

 

いやまて。なんだ。一瞬頭の中を巡った、どこかの風景。

チンピラたちのような人間が集う、どこかの汚ならしいギルドのような風景。

 

食い散らかされたテーブル。飛び散った果実酒。

 

周りは大人ばかりと、数人の子供。

 

殴り合う人間たち。

 

笑い声。怒鳴り声。野次と称賛。

 

そして額に目掛けて飛んでくる酒瓶。

 

 

それを受け止めてくれた──

 

 

「っつ"ぁ"」

 

頭が割れそうだ。

 

痛みに堪えきれなくなった俺は、力なく床に膝をついた。

 

「おいっ、ジェラール!ジェラールどうした!?」

 

「誰だ」

 

誰だ。いったい。

 

誰の記憶だ!誰の感情だ!なんだこの思い出は!?

なにがどうなっている。

 

頭が……頭が中から割れそうだ。

脳の中で稲妻が走り回っている。

 

誰かの顔が……見えないんだ。顔が見えないんだ。見上げたそれが、いったい誰なのかわからない。誰だ。

 

お前は、誰だ!!

 

 

 

 

その時、地響きが鳴った。

まるで建物そのものが爆撃されたような衝撃に、床が大きく揺らぐ。

 

「侵入者だああああ!!」

 

警備隊の声が伝声管を伝って楽園の塔全体へ届けられた。

その叫びは、彼らの悲鳴へと変わり、眠りついたいた楽園の塔が目覚めだす。

 

「ッチ!役立たず共が!侵入させる前に見つけて仕留めるのが仕事だろうに。事が済んだら始末してやる」

 

先程までの柔らかい笑みを消したエルザが、酒瓶を仕舞うと変わりに腰に挿した剣を取り出した。

 

「ジェラール。体調が優れないなら下がっていろ。侵入者程度、私一人で全員の息の根をめてやる」

 

「……いや、大丈夫だ」

 

いつの間にか、あれほど頭の中でがなり立てていた激痛も鳴りを潜めていた。

……また痛みだすかもしれないが、しかし戦えないということはないだろう。

 

「俺も行く」

 

「そうか。では、先に行っているぞ。無理はするなよ」

 

エルザは怒りに身を任せたように、叩き割った窓から外へと飛び降りていった。

建物の外壁を蹴りながら降りていくその姿に、器用なものだと感心した。

 

……さて、さっきの痛みがなんなのかわからない。だが、今はそんなことを言っている暇はないようだ。

楽園の塔への侵入者。タイミングから察するに評議院の差し金だろう。

 

しかしなぜだ、ジークレインの視点では何も異常は起こっていなかった筈だ。

なぜ今になってこんな……。

 

「ジークレイン!何が起きて……ッ」

 

どういうことだ。ジークレインの反応が消えた……。

思念体とは言え、やつは俺の片割れだぞ!そう易々と敗れるほど(やわ)ではない。

 

「なぜだ。消滅前のジークレインの記憶にはなにも映っていない。これはまるで、誰かに背後から……」

 

「そう。今ごろマスターが背後から仕留めた頃だろう」

 

振り替えれば、そこには黒髪の女が立っていた。月光に照らされている様も相俟ってまるで剥き出しの刃を連想させる立ち姿だった。

一本の刀を引っ提げ白い衣服に、美しい黒髪を壊れた窓から入るそよ風が揺らす。

 

 

ピシリと頭痛がひとつ。

 

 

「誰だ、貴様」

 

……いや、この女。見覚えがある。

 

そう、確か聖十の……。

 

「私は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)所属。『一刀のカグラ』。恥ずかしながら聖十の末席を汚す身よ」

 

一刀の、カグラ。

 

フハハッ、なるほど。まさかここへ妖精の尻尾を。それも聖十の一人を寄越すとはな。

評議院も必死になって取りかかったとみた。

 

だがまさか、ジークレインの正体がバレてしまうとは。いったいなぜだ。どこでそんなヘマをした。

いや、そんなことよりジークレインがいないとなればエーテリオンをここへ誘導することが出来ない。

 

……ッチ。面倒な。

しかし、楽園の塔に関する知識を奴等が有しているとは思えない。エーテリオン投下と楽園の塔、Rシステム発動への紐付けが出来ているとは考えられん。まだ、やりようはあるか。

 

「私を前にして随分と余裕を見せてくれるな。評議院が一人、聖十のジークレイン」

 

「いや。ジークレインではない。俺はジェラール。いずれ世界を全て消毒し、自由世界を造る。本来なら貴様ら下民が崇めるべき男だ」

 

俺の言葉に、カグラは馬鹿馬鹿しいと鼻で息を吐いた。

 

「自由のなんたるかを履き違えた男、か。哀れね」

 

「哀れなのは貴様らだ。仮初めの自由に縛られた世界で、誰かの顔色を伺い続けて生きていくだなんて。俺には到底理解できん」

 

「人と人との繋がりはそういうものだ。人を見なければ、人として生きていくこなど出来ない。人を人として見ないなど、それはもはや人の所業ではない」

 

「ならば、俺は人である必要などはない」

 

「ほう?なら何だ。ジークレイン。お前は何だ?神とでも名乗るのか?」

 

「くくっ、わかってるじゃないか。そうだ。俺は貴様ら下等生物とは違う。本物の神となる」

 

俺の野望に、カグラは何が可笑しいのか心底呆れたように声を弾ませた。

 

「はははっ。黒魔導士ゼレフ。その力を借りて神になるですって?フフッまるで子供じゃない。そんな我が儘で世界を作り直すなんて正気じゃないわ」

 

「ほざけ。どんな手段を使おうと、上に立ったものが全てだ。それ以外に価値などありはしない!」

 

やり取りはもう、この辺でいいだろう。

元よりこの女と語ることなどありはしなかったのだ。

こうして対立している時点で、交わすべき思いも言葉もありはしないのだ。

 

「剛の型」

 

流星(ミーティア)ッ!」

 

 

速い。

一刀のカグラ。噂に違わぬ実力者か。

 

……だが。

 

エルザには遠く及ばない。

あの輝きには、お前では足りない!

 

お前等ごときが、俺の……俺たちの夢を阻むなァ!!

 

「剛の型・十連」

 

点の刺突。それが数を重ねるだけで、壁のように迫り来る。

しかしそのどれも、スピードはあれど単調だ。

 

……それにしても不気味だ。あの抜かない刀。

彼女についての噂は聞いている。あの刀を抜かせたのは、今までで片手で数えるほどしかいなかったとか。

 

果たして、中にはどんなネタを仕込んでるのやら。所詮下らぬ児戯と吐き捨てるのは簡単だ。最低限の警戒は必要だろう。

 

 

──頭にノイズが走る

 

 

「ッハァ!その程度か、妖精の尻尾!ゴミはの集まりは所詮ゴミだな!こんなのが聖十だと?評議院はよほど人手不足らしいな、くだらない!」

 

「よく、喋る口だ」

 

この……ッ!

 

「……下等生物の分際で。劣等種の分際で。なんだその口の聞き方はッ!!アァ!!?」

 

……なんだ。なにかが可笑しい。

俺はいつからこんなに沸点が低くなった。

 

「……支配者か。誰が上だとか下だとか。下らないことに固執している貴様の方が底が知れる」

 

思考が……乱れる。

 

 

──ノイズが走る

 

 

「黙れえっ!!」

 

右手に力を宿らせた。

籠めるのは、怒り。感情を纏わせ高ぶりによって相手を殺し尽くす魔法。

咎のような金色の炎ではなく、怒りに身を任せた赤黒い炎。

 

「救済の炎よ!!」

 

焼き殺せ!!

 

「喧嘩好きの炎の専門化が下にいるの。悪いけど、その系統の対処法なら嫌と言うほど知ってるわ」

 

そう嘯くと、頭の横で刀を水平に構えた。

 

「翔ノ型」

 

見えぬ斬撃に、不滅の炎が断ち斬られる。敵ながら見事な技術じゃないか。

大言壮語は嘘ではないようだ。腐っても聖十ということらしい。

その時、一刀から魔力が発せられた。

 

重力(グラビティ)

 

体全体が床に引き込まれるように沈み込む。

一刀のカグラ。名前とはまるで違った、面倒な魔法を使うものだ。

 

「くっ。重力魔法か」

 

だが、こんな子供騙しに誰が押し負けるものか。

 

「ふんッ、この程度では流星(ミーティア)を多少抑えることくらいしか出来んぞ」

 

「抑えることが出来れば十分よ」

 

カグラの手の添えられた刀が傾いた。

その瞬間を、俺は捉えることができなかった。

 

 

「刀を抜く時。それ(すなわ)ち、鞘に納める時。抜刀ノ三──」

 

一歩、踏み込んだその瞬間。

 

 

 

「『太刀刀(たちがたな)』」

 

 

 

俺は上と下でふたつに両断されていた。

 

……冗談じゃない。これ程の女が末席、聖十序列十位だと?

ふざけるな。化け物め。マスターマカロフに並んでも不思議はない力量だ。

 

「一刀。お前は、ここで消しておかなければな……」

 

地に落ちた俺の体は徐々に分解されていく。普通の人間ではありえない命の落とし方。

普通ではないその現象はつまり、この体が実体ではないことの証明。思念体であることを意味している。

 

「これも思念体なのね。思念体でその魔力は驚異的だ。聖十のジークレイン、やはり伊達ではないか」

 

抜刀の姿勢をやめると、一刀は長髪を払って暗闇に髪を(なび)かせた。

まるで余裕を現すようなその動作に苛立ちが募る。

 

「ほざけ化け物」

 

「乙女に対してそれは戴けない台詞だ」

 

意趣返しだった筈の台詞に、苦笑せざろ得ない言葉が返ってきた。

 

「乙女、ね」

 

……乙女など、貴様はそんな可愛らしいものでも、清廉潔白な美しいものでもない。もっと血の匂いを漂わせる怪物だ。

 

なるほど、確かに的を射た異名であるらしい。

 

 

──貴様はまるで、刀だ

 

 

ぴくりとも動かない鉄仮面の眼光を瞼の裏に残しながら、元の体へと意識が飛んだ。

 

 

 



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晴れ時々、超絶時空破壊魔法

切り所を作ろうにも作れず。中身がゴチャゴチャでなんか色々詰め込み過ぎました。
頑張れ!頑張って着いてくるのです!三( ゜∀゜)


右の掌を眺めた。

どうやら、しっかりと元の体には戻れたようだ。

 

体調の不具合。もしもの為に備えて思念体に意識と精神を移しておいて正解だった。

流石の俺でも、ジークレインを作りながら思念体を主体にして聖十とやり合うのは無理があったらしい。

 

眺めた右手で、疲れきった目許を覆う。

ずっと休ませていた本体だというのに、更に疲れが募っている。

ジークレインやさっきの体は死んでしまった。お陰で奴等(俺自身)に分け与えていた分の魔力も霧散、消滅してしまった。

 

……襲撃があるとさえ分かっていれば、こんなミスは犯さなかった。もう少しやり方を考えたのだがな。

 

それにしても。

 

「……はぁぁ」

 

一刀のカグラはとてつもなく厄介。現状の魔力は三分の一。謎の頭痛に思考能力低下。そして評議院はギルドを寄越して来た。

攻めてきたのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)だが、果たしてそんな無謀な強襲を実行するだろうか。否だろう。恐らく一つではなく複数のギルドが来ていると予測できる。

 

塔の完成はあと少し。

まさかここまで来て邪魔が入るとはな。

 

「……っはは。笑えるぜ」

 

夢の世界まであと一歩だというのに。

 

「こんな下らない所で躓いて、俺は何をしてるんだ」

 

今の俺にはもう、何も出来ない。

椅子に座り、目を隠すように覆いながら、塔が壊れていく音をただただ聞いているだけ。

 

……シモン。ショウ。ミリアーナ。ウォーリー。エルザ。あいつらは、無事でいるだろうか。

いくら正規ギルドが相手とは言え、命の保証があるわけじゃない。

 

「なぁ、ぜレフ。聞いてるか」

 

かつての幼い俺の心を狂わせた神の姿は、もうどこにも見えない。

いつもいつも、俺の瞳の中にいた病のような狂気は、気がつけばもうどこにもなかった。

 

「まぁどっちでもいい。いるなら頼む。奴等の命を守ってくれ。俺は新しい世界なんて、そんなもの要らな──あ"ぁ"あ"ッ!違う。違う違うッ!!」

 

頭の中じゃない。違う。これは、誰かの声じゃない俺自身だ。

 

──世界は俺のものだ。

 

「駒の命など、どうだっていいだろうが!!」

 

違う。違う。違う。違う。

……そうじゃない。そうじゃないんだ。

 

──世界はお前のものだ。

 

「いらない。俺は世界なんていらない!!」

 

──今こそ、本懐を遂げる時だ。

 

くそ。クソクソクソクソッ!なんなんだこの体は。どうなっている。

悲願は叶えない、世界はいらないなどと今までの苦労を全て水に流すような馬鹿げたことを吐き出す。

 

俺はどうなったんだ。仲間を対価にして得たモノに、釣り合うものなんてこの世にありはしない。だからこそ仲間の血を犠牲に陣を描こう。尊き生き血ほど魔力媒体として優秀なものはない。

 

「俺の駒は何よりも大切でッ……どんな存在よりも替えのきく……あぁクソッ!何がどうなってるんだッ!!」

 

頭の中がゴチャゴチャだ。

もう一人……そう、まるでふたつの思考が混ざりあったみたいな。

この新世界の支配者たる俺と、まるで家族を持つ馬鹿なガキのような意識。まるでそれらが絡み合っているようで、わけがわからなくなる。

 

今の俺はどっちなんだ。

 

仲間を愛したくて、だが仲間ほど使い勝手のいい兵隊はいなくて。

必要で、不要で、愛があって、関心などなくて。大切で、目障りで

 

 

俺は……。俺は……

 

 

「俺は……誰だ」

 

 

 

 

「新しい世界の神様は、ずいぶんお悩みのようね」

 

凛とした透き通った声が響いた。

 

それはまるで日本刀を模したかのような研ぎ澄まされた女。

一振りの業物を彷彿とさせる立ち姿に、頭へ血が昇っていくのを感じる。

 

「一刀……ッ!貴様、まだ俺の邪魔をするかァ!!」

 

この化け物め。どこまで俺の行く手を阻めば気がすむ!

くそが。気にくわないが、今の俺じゃあこの化け物に正面きっては勝てない。

こんな時、エルザさえ居れば……。

ッチ!あの女、まだ下で他のギルドに手間取っているのか!過大評価だったか、使えん。

俺の今までの信頼を裏切りやがって!

 

「ジェラール……だったわね。今度は思念体じゃないことを願うわ。ま、いくら居ても何度でも斬ってあげる。体が分断される気分を好きなだけ味わうといい」

 

「ほざけ一刀。貴様がどれだけ優れた剣士だろうが知ったことか」

 

もういい。

 

もう沢山だ。やっていられるか。

 

奴隷も、駒も、また新しく調達させてもらおう。そしてこの俺を煩わせた全員を殺す。

だがその前に、まずはこの調子にのった勘違い女を粛清してくれる。

 

「お前は剣士である前に魔導士だ。そこから、指導してやろう。この俺が教鞭を執るのだ。生半では済まんぞ」

 

「…………あまり、舐めたことを言わないでくれる?」

 

一刀がここに来て初めて、ドスのきかせた低い声で威圧するように怒りを示した。

 

「私に教鞭を振るうのはこの世でただ一人。後にも先にも、あの人のみ。それ以上の軽口はあの人への侮辱よ」

 

「あの人ぉ?クハハッ、まさか貴様にその棒振りでも教えた師のことか?」

 

「あの人は私の師ではない……弟子でありたいが、しかし私の未熟さゆえ、最後まで弟子として認めて貰えることはなかったのでな」

 

体が、傾いた。

 

「抜刀ノ──」

 

抜く時が納める時、だったか。ならば、抜かせなければいい。

 

暗黒重力(ダーク・グラビティ)ッ!」

 

「体が……ッ重い……!」

 

「ハハッ!当然だ!成体のゾウですら起き上がれなくなる重力だ。まぁ、立っていられるだけでも常軌を逸しているがな」

 

彼女の本来の十何倍近い体重がその細い体にのし掛かっている。これでも刀を抜こうものなら、腕と、刀そのものがへし折れるだろう。

 

重力魔法がお前にしか使えないだなんて、馬鹿げたことは思ってないよな。

天体魔法とは本来占星術の派生した方角エネルギーの魔法だ。

重力魔法はそれをより解明した先の派生。だが派生とはいうものの、十ある数の中から無作為に取り出した数字のひとつに過ぎない。

 

つまり、全を揃える天体魔法の方が先を行く。

 

「……これじゃあ刀が抜けない。貴方も似たような魔法を使うのね」

 

気丈な台詞とは裏腹に、一刀は汗を垂らす。

 

「我らの本質は魔導にあり。刀などに(うつつ)を抜かしているから貴様は負ける。いや、末席だとしても貴様が聖十だなんて笑えるな。サムライギルドでも作ってみたらどうだ?そこで棒振りでもして遊んでいればいい」

 

「聖十の名に泥を着けているのは自負しているさ」

 

「ハハハッ!なら今すぐその星章を外せ!殺した後でそれを溶かし、妖精のシンボルを塗り潰してやろう」

 

「……とことん、私を煽るのが上手い男だ」

 

「そういうお前は煽りやすい女だ」

 

さて、殺すか。

 

暗黒の楽園(アルテアリス)

 

黒い塊。

天体魔法の究極のひとつ。巨大な引力魔法。

膨脹していくその力が壁を砕いて呑み込み、月明かりが差し込む。

光を吸い込むことで、そこに黒としか表現できない何かとして存在している。

条件さえそろってしまえば、島ひとつだって呑み込める黒魔法。

これを食らえば、例え一刀と言えど木っ端微塵になるだろう。

 

「ちょっと、まずいかも」

 

当然だ。それこそ闇の系譜でも身に付けてなければ耐性もなくあっさりと、ポンッ。

 

「クアハハハッ!!さらばだ刀の化け物!!ここで大人しく消しと──ぁ"」

 

頭痛。

 

こんな時に

 

「あ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"ッ!!クッソガアアアァアアアアアアアァアアアアアア!!こんな時にぃ!もう少しで、もう少しで殺ッッさせるかアアアアアァアアアアアア!この女は、俺が殺ッさせない!ダメだ!魔法を、止めなくては……ァッ」

 

やめろ。まて、何を魔法を解こうとしている。

ようやく一刀を抑えられるんだぞ!!ここでこいつを止めなくては、俺の野望が完全に潰えてしまう!

 

「やめろぉおおおおおおおおおおおお」

 

魔力が、緩んだ。

 

重力(グラビティ)

 

 

一瞬の隙を相殺されたその瞬間、やつの姿勢が傾く。

硬直する体を魔力で叩き起こしてどうにか回避を取った。悪あがきの防御陣を三枚。

 

だが、月明かりに輝くその一刀(・・)

 

 

「『太刀刀(たちがたな)』」

 

 

無慈悲に、青く煌めいた。

 

 

「ぐァッ!!」

 

 

斬り裂かれた腹部から血が溢れ出る

 

噎せ返るような鉄の薫りと鉄の味

 

 

こんなところで、膝を着いていられるか

 

 

こんなところで、屈してなるものか

 

 

 

「こんな、ところで」

 

 

 

 

──自律崩壊魔法陣

 

 

 

 

「……なんだ、これは」

 

 

見上げる一刀の瞳に映るのは、膨大な真紅の羅列。赤い夜空。

 

空を覆い隠す血のように紅い魔法陣。それは天空で膨大な情報量を展開し、青白く冷たい月を真紅色に呑み込んだ。

 

「赤い、魔法陣」

 

今夜が満月で助かった。天体魔法を万全に使える夜だ。お陰で即席の防御魔法陣が間に合ったらしい。体が真っ二つにされることだけは免れた。

が、だがそれでもこの負傷だ。腹部は深く切り裂かれ、血が止めどなく溢れ落ちていく。早く処置を施さなければ長くは持たないだろう。

 

だが、ここだけは勝たせてもらおう。

 

死んでもらおう。

 

「何をした」

 

刀に手を添えたままの一刀は、最大限に警戒しているらしい。張り詰めた声色からもそれは察することが出来た。

 

「『自律崩壊魔法陣』それを生体リンクで繋いだ、と言えばわかるか?」

 

「生体、リンク?」

 

そう、生体リンク。文字通り生きているナニかと繋ぐ魔法、例えば……。

 

「全て。この塔の住人全てに繋いである。今現在、この塔の住人全てから魔力と血を奪い形成された。奴等の命を対価とした設置式儀式型超魔法。その名は」

 

 

 

自律崩壊魔法陣・贄(リンク・バースト)

 

 

「仲間を……犠牲にしたというのか」

 

「正確には違うな。これからあの術式が生命体を吸収しきって殺して初めて完成する。辺り一帯を巻き込み全てを塵へと還す!中々面倒な儀式魔術でな、まさかここでお披露目になるなんてなァ!!あははははははははははははははははッ!!」

 

「貴様ああ!!」

 

「安心しろ、俺にだけ影響がないように設定されている。まぁ海の上で一からやり直しだが、だがそれもまあいいだろう」

 

ここで貴様ら憎き者共を一掃できるのなら、その甲斐もあるというものだ!

 

「これで全部灰になれ!!洗脳の魔法なら使える。また一から……いや、そうだな今度は準備を重ねて聖十大魔道でも駒にするとしよう!!そしてまたRシステムの再現を行うッ!この俺が!自由世界を作るた……」

 

 

言葉こそなかったが、その行動は俺の言動を遮らせるのに十分な圧力を帯びていた。

冷や汗がひとつ。嫌な予感がする。

 

 

 

一刀が、構えたのだ。

 

 

「貴様……何をしている」

 

 

一刀が、鋭く空を見た。

 

 

「待て、何のつもりだ!」

 

 

一刀が、その手に魔力を宿した。

 

 

「おい!ふざけるのも大概にしろ!」

 

 

一刀が、踏み込んだ。

 

 

 

「抜刀ノ四」

 

 

 

 

 

夜が、切り裂かれた

 

 

 

 

「な………………んだとっ」

 

 

 

 

半円になったふたつの魔法陣が粒子のように砕け、まるで紅の雪のように俺たちへと降り注ぐ。

 

 

 

 

 

「『夜斬(よぎ)り』」

 

 

 

 

魔法陣が砕けたことで、遅れてやってきた荒々しい吹雪。

紅い光の粒を乗せたそれが、艶やかな長い黒髪を(なび)かせる。

 

 

斬った?

 

斬った……だと?

 

はははっ……馬鹿げている。魔法を物理でどうにかするなど。そんなことはありえない。出来るはずが……っ。

 

そうか。

あの時、刀に魔力を宿せたのはこの為か。

だとしたって滅茶苦茶過ぎる!自律崩壊魔法陣はパスコードを打ち込まない限り解除されないように設計されている。それをまるで無視してこんなことが出来るだなんて

それこそ化け物(モンスター)じゃないかっ!!

 

 

「…………ッ!」

 

 

降り注ぐ紅い雪。それを映す彼女の瞳は、冷たい紅色に染まっていた。狩人を思わせるどこか既視感のある姿だった。

俺は、その一刀に誰かの影を見た。

竜瞳の男(モンスター)の影を。

 

 

幻影だとわかっている。それが目の錯覚なんだとわかっていながらも、失意からか、不意に四肢から力が抜けその場で崩れ落ちてしまう。

 

 

「……この、お……れ、が」

 

 

負け、た。のか…………

 

 

 

「…………ああぁあああああああ!!フェアリぃぃ、テイルゥアアアアッ!!邪魔をするなア!!俺は!俺たちは、こんなところで負けていられない。得なければいけないんだ!!ゼレフを!!自由を!!」

 

「哀れね」

 

初めの会話と同じ様に、心から哀れむような声色で這いつくばる俺にそう言った。

 

「自由、あなたにはわからないのね。その意味が。教鞭だなんだと言っていたけど、どうやらその立場を逆にしてあげるべきね」

 

「なんだと……?」

 

「いいかしら。心に刻みなさい」

 

カグラは既に納めたはずの刀を外すと、それを床に突き立てた。

まるで騎士が何かに誓うように。月光に照らされながら。

 

「自由の、その意味を」

 

その瞬間だけは、下で騒いでいる侵入者も、警備の喧騒も消え去った。

 

 

 

──自由とは

 

 

 

 

 

 

 

「フリーダムってことよ」

 

 

 

 

(まばた)きをした(まぶた)の裏に、彼がいた。

 

 

 

 

──ジェラール!てめえ俺があんな良いこと言ったってのに人の膝で鼻水垂らして寝てんじゃねえよ!!

 

──のぉおお!?なんだあれ!?なんで俺たち活躍したのに警備に追われんだあ!?え!?まじで?昨日壊したあれ王様の城だったの!?

 

──あぁあぁ、おいおいもっとゆっくり食えよ。ほら、水だ水

 

──おえええっ!でっげえ魚の骨が喉にさざった!おぇ"え"え"え"っ

 

──自由ってのはな、つまりフリーダムってことだ。

 

 

 

「あぁ。そっか。なんで、忘れてたんだ俺」

 

思い出した。

 

「さすがです。この言葉ひとつでジェラールを揺るがすとは……!」

 

 

俺は

 

 

「俺は、ジェラール・フェルナンデス」

 

 

そうだ。

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員で。お前たちの家族で……」

 

「お前が家族だと?いったいなんの話を……」

 

 

お前の友で、兄姉(きょうだい)で、ライバルで

 

 

そして、あの人の弟子で。

 

 

エルザ・スカーレットに惚れた、馬鹿な男。

 

 

 

 

思い出したよ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「まさか、俺の黒魔法……『盲目の世界』から自力で出てくるとはな。悪に堕ちた世界で、よくもまぁ戻れたものだ。そのまま人格と記憶を上書きする禁忌魔法なんだが……。正直驚いたよジェラール」

 

目を空ければ、俺は食堂の椅子に腰かけていた。

その反対側。長いテーブルの先である上座に、その男は堂々と座っていた。

 

「お前が……なぜここに」

 

 

シモン

 

「ジェラール。俺は、お前の望み通りにさせる訳にはいかない。ゼレフは復活させる」

 

シモンは顔色ひとつ変えずに、淡々とそう言った。

 

「何を言っている、シモン!」

 

「分身体を作って評議院に潜り込んでいる。今頃、エーテリオンを射つ術式を起動させているところだろう。だが、他の連中のせいで建物の損害も大きい。まったく、余計なことをしてくれたな。この嘘つきめ」

 

「シモン」

 

壁に飾られた肖像画たちが俺を見た。

 

「闇ギルドの兵隊も補充しないとな」

 

「シモン!!」

 

旧友の無機質な瞳が、俺を見た。

 

「シモン。それが正しくないことくらい、お前ならわかるだろう。エルザは間違っている。お前だって知ってるだろう。もう、こんな非道なことをしなくたって、自由なら外にある!」

 

「自由だとか自由じゃないだとか、俺はそんなものに何の興味もない」

 

そう、吐き捨てるようにシモンは言った。

 

「じゃあ!なぜだ!なぜこんなことをする!俺に幻覚まで見せて、なぜなんだ!?」

 

「エルザが好きだからだ!!」

 

そこに始めて見た、シモンの感情だった。

まるで鉄のように無機質だったシモンが、始めて怒りに似た激情を発露させた。

 

……知ってたさシモン。昔から、お前がエルザに好意を抱いたいたのは。

 

だからこそ、納得がいかない。

 

「なら、なぜゼレフを復活させる必要がある!終わらせたいのなら皆ここから出ればいい、それで丸く収まるんだ!」

 

「終わらないさ」

 

「事態の収集なら憂う必要なんてない!エルザは俺が全力で弁護する!今だからわかるんだ、彼女は闇の魔法で洗脳されている!俺が八年前に見たあれは、明らかに洗脳魔法だった!安心してくれ、例え俺が聖十を剥奪されることになろうと、フェアリーテイルを追い出されようと、守ってみせる!」

 

「違んだジェラール。お前は俺とは違う」

 

「違うって……」

 

何が違うと言うんだ。

俺もお前も、同じくしてエルザに恋し、仲間を大事に思う人間だ。そこに、どんな違いがある。

 

「ゼレフの復活は、エルザが望んだことだ。もう、彼女の罪も引けないところまで来ている。例えエルザが洗脳されていたとしても、あいつの魂はもう引き返せないほど罪にまみれているんだ」

 

「だから、お前が何を言っているのか俺には理解できない!」

 

「俺は!!」

 

シモンは、涙を流していた。

昔とて、誰一人にも見せることのなかった、シモンの弱い姿。見たことのない、知ることのなかった姿。

 

「俺は、お前のようにはなれない」

 

屈強な男は、弱々しく、だが芯の通った言葉で紡ぐ。

 

「お前はエルザを想い、全力で救い上げようと手を伸ばした。だが俺にはそんなことは出来ない。俺にはそんな力も意思もないさ」

 

涙を拭ったシモンが、俺へと闘志を剥けた。

 

「彼女が悪道へ堕ちるというのなら、俺もどこまでも堕ちていこう。どこまでも着いていこう。どこまでも汚れよう。同じ罪を被り、同じ苦しみにまみれて。共にあれるのならば、俺はエルザの罪だって背負おう。それが、俺の想いの形だ」

 

「……シモン」

 

そう……か。

納得はいかない。当たり前だ。仲間が苦しむ姿なんて見ていたいはずがないんだから。

 

なら、

 

「俺は救い上げる。シモンも、エルザも。お前らみたいな奴が苦しい世界で生きていくだなんて。そんなことは俺が許さない」

 

「いくぞ、ジェラール。昔の仲間だろうと手加減はしない」

 

「あぁ。俺を……妖精の尻尾(フェアリーテイル)妖精皇子(懐中電灯)を舐めるな」

 

俺が懐中電灯だというのなら……。

二人ぶんの道先くらい、照らして見せよう

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

はたと気がついた。

そういえば、この魔水晶(ラクリマ)のどこにも目的の男が映っていないことに。

 

けたたましい音と共に入り口の扉が吹き飛んだ。

 

「おやおや。そちらから顔を見せに来てくれるとはな」

 

一人の青年が部屋へ足を踏み入れた。

傷だらけの体。埃にまみれ、衣服も所々破れている。

整った顔立ちに右目には入れ墨。大望と使命感、隠しきれない消耗を宿らせた目で、私の前に一人立ちはだかった。

 

勇ましい限りだ。

 

「ようやく見つけたぞエルザ」

 

「ふむ。見つかってしまったな」

 

「エルザ。帰ろう」

 

手を差し伸べる間抜けな男にまたしても治まっていたはずの笑いがこみ上げる。

 

「くははッ。帰ろう?帰ろうだと?お前と言う男はどこまで楽観的なんだ。あまり失望させるなジェラール」

 

腰かけていた椅子から立ち上がり、魔水晶を手に取る。

 

「帰ろう。エルザ」

 

「くどいぞ。なぜ私が貴様ら虫けらと……」

 

いや……。違うな。

 

「貴様と、虫けら達と、共に行かねばならんのだ。違うだろうジェラール」

 

賢いお前ならわかるだろう。

 

「お前が私の駒になれ。そうすれば自由な世界が手に入るんだ。晴れて新しい世界の支配者となれるんだ」

 

この男は使える。少なくとも、その辺の闇ギルドを雇うよりも確実に。頭が回り、胆力も根性もある。優秀な人材だ。

旧知の仲でもある。ここで切り捨てるというのは少し勿体無い。使えるものは使うべきだ。

 

「帰ろう。エルザ」

 

繰り返すジェラールに、考えてもみろ、と誘うように笑いかける。

 

「素敵じゃないか?これまで私たちを苦しませた全てを殺菌して、私たち選ばれた者だけの自由世界を創り上げる。歴史上最も恐れられた大黒魔導士ゼレフが復活すればそれが叶うんだ」

 

「帰ろう。エルザ」

 

「どうだ。夢があるだろう。いつまでも善い子ぶる必用はないぞジェラール。自分に素直になれ。一時の意地で損をする必用はない。お前ほどの有能な男ならわかるだろう。それなりのポストだって用意しよう。こちらへ来い。お前なら正しい選択が出来るはずだ」

 

「…………」

 

「…………」

 

生まれた沈黙の中で、ジェラールが出した答えは

 

「帰ろう。エルザ」

 

「…………」

 

愚か者の選択だった。

悩む素振りがないのを見るに、どうやらこの部屋に入ってきた時点で奴の意思は決定していたらしい。

まさか、ここまで意固地な男だとは知らなかった。

こいつが頑固になるのは、いつだってショウやシモン。仲間がらみだ。

まだ健気にも、私を仲間だと思っているのだろう。

 

「はははッ。笑えるなジェラール。私はもうお前の知るエルザ・スカーレット(弱い少女)ではない」

 

「そんなことはわかっているさ」

 

「ほう?それでも私を連れて帰りたい、か。アプローチが強引過ぎないか?」

 

「俺のやるべき事は変わらないよ」

 

そうか。

 

「わかった。ではさよならだジェラール」

 

正しい選択が出来ない。そんな役立たずは生かしておく必要すらないだろう。それこそ、空気中のマナの無駄遣いというものだ。

ここまで私が(なさけ)をかけてやっているというのに、それを無下にするような無能はいらん。

 

「エルザ」

 

「なんだ。もう喋らなくていいぞ。お前のような青瓢箪はいらないのでな」

 

「……エルザ」

 

まるで覚えたての言葉を使いたがる子供のように、なんども私の名を呼ぶジェラールに苛立ちが生まれた。

 

「『換装:天輪の鎧』」

 

己のもつ異空間の中から自在に装備を取りだし扱う、私の最も得意とした魔法。

質素なローブはなくなり、変わりに豪奢なドレスへと姿を変える。刃で形成されたような鋭い美しさのドレス。

 

この男も、迸る魔力を駄々漏れにしている。

もともとやる気だったのだろう。ならばこれ以上の言葉を並べるのは無用か。速やかに殺して世界の誕生を待つとしよう。

 

せめてもの情けだ。私の愛用の鎧で殺してやる。

 

「貴様に貰ったこのスカーレットの名に免じて。今ここで貴様を殺す」

 

いい名をありがとう。もうお前に用はない。

できることならゼレフ誕生を見せたがったが……そこまで死にたいと望むのなら死ねばいい。

 

「……師匠。あなたのお陰で、俺は前に進めます」

 

どこか。私ではない誰かを見て、ジェラールはそう感謝の言葉を吐いた。

 

気にくわない。

 

……まさかここまで調子に乗っているとはな。

妖精の尻尾(フェアリーテイル)。そしてなにより、その師とやら。ジェラールをここまで増長させるとは、余程過保護に可愛がったようだな。

私から気を逸らせるほど余裕を見せようなどと……とことん気にくわない。

どれ、少し煽ってやるとしよう。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)。そして貴様の師とやらは、とんだクズのようだな」

 

「…………何?」

 

途端に、ジェラールの雰囲気が一変した。

鋭利な感情をむき出しにこちらを睨んでいる。

 

上手いことジェラールの意識を釣れたことに、無意識ながら口角が吊り上がる。

 

「訂正しろ。エルザ」

 

「ふん。貴様をそんな腑抜けた男へ堕とすような(やから)共だ。さぞ、公害のような人間たちなんだろうな」

 

「いくらエルザでも、その悪口は許せない」

 

「ほう?じゃあ証明してみるか?お前がそのギルドとやら、師とやらの下についてどう成長したのか。……もっとも、聖十にも届かぬようでは、たかが知れている……あぁいや、違うか」

 

そういえば、評議院に潜り込んでいるウルティアが、ついでにと報告していた気がする。

 

「空席に偶然入ることになったんだったな?……だが結局無駄だ」

 

なぜなら。

 

「クズの身内など、しょせんクズだからだ。訂正など必要あるまい。妖精皇子(懐中電灯)

 

 

──っ!

 

魔法の詠唱すら悟れなかった。

まるで光のように飛び込んできたジェラールの蹴りが、三挺の天輪の刃によって止められる。

だが、刃にヒビが入る不穏な音に、即座に残りの剣を舞わせた。

 

「取り消せ、エルザ!」

 

「ハッ!昔の顔つきに戻ってきたなジェラール!看守共に吼えていた時のことを思い出すぞ!」

 

消えたと錯覚するほどの速度で、ジェラールが私の背後へ回る。

剣たちが盾となりジェラールの天体魔法を防ぐ。だがどの拳も蹴りも重く、速く、剣たちが悲鳴を上げている。

 

「そうだ!それだ!お前は生ぬるい優しさだの愛だのに揺られてるより、怒りや焦りに震える姿の方が似合う!そうだ、なんなら新時代でその師匠とかいうクズを八つ裂きにして鶏の餌にでもしてやろう」

 

「笑わせるな。エルザ、お前は確かに強いが、お前が十人いようと師匠は越えられない。お前じゃあ泥を付けるのがやっとだ」

 

「ほう。お前にそう言わせるのなら、相当のものなんだろうな」

 

「あぁ。俺は師匠より強い人を見たことがないよ。……相当抜けた人だけど」

 

こんな状況だというのに、それでも昔を懐かしむようジェラールは小さくはにかんだ。

気にくわない。お前にそんな表情をさせる人間がいるなど。

 

「やはりその師とやらは、私が手ずから消してやるべきようだな!『換装』」

 

ジェラールに剣を全て打ち込み、それをやつが捌く。その捌ききった隙を作らせ、別の鎧へと装備を変える。

 

練極の鎧。そして黒羽(くれは)の剣。

 

長剣による強烈な一撃を放つ。攻撃特化の鎧。

基本的に鎧を着込むことない魔導士であれば一撃かすっただけでも命の危険に陥るだろう。

 

「いくらエルザでも、どうせ返り討ちに合うのが関の山だろうけど。でも……まぁ、あの人がやられる姿は少し見てみたいな」

 

楽しそうに笑うその顔に、苛立ちの感情が頭を(もた)げた。

笑顔。これほど私を苛立たせるものもそうはないだろう。それが、この男の物となると尚更腹が立った。

 

「笑うな。ジェラール」

 

「笑うさ。それがあの人の教えだ」

 

まるで大切な言葉であるような、確かな意思の色を感じた。

それが気にくわなくて剣を振るう。命を刈るべくして。

 

「なぜ笑える。私が憎くないのか。一杯殺したんだぞ。この塔の奴隷たちを。使い潰したんだぞ」

 

「あぁ。聞いたよ」

 

「使えないゴミばかりでな。沢山使い潰してやった。悲鳴をあげるやつも、殺してやった!!」

 

「そうか。なら償おう。俺たちで。皆で」

 

「お前の知り合いだっていた!許しを乞うのを笑いながら海に放り投げてやったんだ!」

 

私の言葉を遮るように、傲慢にもジェラールは声を荒らげた。

 

「それでも!お前は仲間だ!」

 

腹立たしい。

わかったような目で。わかったような口で。

 

「お前に何ができる!じきにここへエーテリオンが落ちてくる!そうなればお前も終わりだジェラール!」

 

こう言ってしまえば、お前は慌てるのだろう?

エーテリオンだ。お前も、仲間も全て吹き飛ばす最高峰の兵器が降ってくるんだ。

 

 

だが──

 

 

「なんとかなる」

 

わかったような顔で、ジェラールはまるで似合わない楽観的な言葉を簡単に言ってのけた。

 

「ふざけたことを抜かすなッ!!なんとかなるだと!?なるわけないだろうが!貴様は本気で言っているのか!!」

 

本気で、そんな戯言を言ってるのか。

なんとかなるだと?この長い八年という時間。私たちの積み上げてきた計画が、たった今思い付いたような顔で、そんな陳腐な思い付きでなんとかなるだと?

 

 

ふざけるな

 

 

「どこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでもォォ!」

 

もう、我慢がならない。

 

「私を馬鹿にしているのかジェエエエエラアアアル!!」

 

こいつはここで仕留める。

四肢をもいで、縛り付けて、その師とやらを目の前でなぶり殺してやる。

 

「黒羽・月閃」

 

流星(ミーティア)

 

 

流星と剣戟。

願いと欲望。

 

それらがぶつかり合うその瞬間。晴れ空の奥から、それは落ちてきた。

 

 

超絶時空破壊魔法・エーテリオン

 

 




空間斬れるやつがいるんだから魔法陣も斬れる(名推理)

ちなみに、自律崩壊魔法陣はへもかわさん繋がりでリンクバーストにしたら響きが意外としっくり来ました。


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彗星の尻尾

「うがー!頭打ったじゃねえか!いてえぞチクショー!!」

 

辺りはすっかり様変わりしてしまった。

 

武骨な石の塔が建てられた小島。その全てが、無機質な灰色から青々とした魔水晶(ラクリマ)へと姿を変えていた。

 

一瞬の巨大な衝撃波によって意識を飛ばされていたようだが、気がつけばナツが怒髪天をつきながら火を吹いて暴れまわっている。

 

何がなんだかわからないけど、可笑しなことになる前にハッピーを見つけられたのは幸運だった。

 

「どこのどいつだ!あれか!空の向こうから撃ってきやがった奴がいんのか!!降りてこいこのヤローーー!!」

 

空に向かって吠える凶竜を他所に、私は急いでグレイたちの姿を探す。

 

「ルーシィ!無事か!」

 

「グレイ!ジュビアも!」

 

元ファントムロード、エレメント4の一人。ジュビア・ロクサーを背負ったグレイが、私を見つけてくれた。

 

ジュビア。もとは敵だった彼女だが、何があったのか、今ではグレイにすっかり惚れてしまったらしく、ストーキングをした挙げ句に巻き込まれたという残念な少女なのだ。

ついでに、先程三羽鴉の一人を相手に共闘したのだが、なぜか恋敵だと敵対視されている悲劇のヒロイン可愛い私ルーシィちゃん☆であった。

 

「ったく、やっぱこうなっちまったか!ジェラールの野郎もっと詳しく説明しとけってんだよ」

 

「フフフグレイサマァ」

 

「グレイ、背中のそれ起きてるわよ」

 

なに、そうなのか?と声をかけられ慌てふためいたジュビアが落とされるのを横目に、三羽鴉との戦闘で落とした星霊の鍵を拾う。

 

「よかったあ」

 

鍵は無事だ。

……でも、次にアクエリアスを召喚した時のことを考えるととてもじゃないが素直には喜べないのがなんとも。

 

「コノコイガタキメェエエエ!!!」

 

「ちょ、怖いからその顔でにじり寄るのやめてェ!」

 

私に襲いかかろうとするジュビアをどうにか宥めながら、ふと引っ掛かった言葉が頭の中でリフレインした。

 

『やっぱこうなっちまったか!ジェラールの野郎もっと詳しく説明しとけってんだよ』

 

……えっと、なんか意味深なことを言ってたけど。

説明?説明ってなに?こんな事態になる説明なんて全く受けてないんだけど。私だけ?

もしかしてこれ、バカンスというのは名ばかりの正規の仕事だったり?

 

「グレーイ!手伝え!空の向こうの奴ブッ飛ばすぞコラァアアア!!」

 

「空の向こうにゃ何もいねえよバカ」

 

「あいー。いないよナツ~」

 

「なんだと!?じゃあ何がいんだ!?」

 

「だから何もいないってば」

 

空とグレイ、ハッピーを相手に交互に忙しなく頭を振りながら首を傾げるナツに、グレイが呆れたようにため息を溢した。

 

「お前、ジェラールの話聞いてなかったのか?」

 

「ん?ジェラールなにか言ってたか?」

 

「……このド阿呆(アホ)炎」

 

「誰がド()(ほのお)だとグレェエイ!!ド阿呆脳とかけてんのか!ちょっと語呂よくしてんじゃねえよおいい!!」

 

「語呂良くしたのはナツだよ。ていうか自分でグレイの意識してない新しい解釈産み出したよね」

 

「新しい解釈産み出しちまったじゃねえかアアアアアア!!」

 

「知るかよ!」

 

「責任とって喧嘩しろコラァ!!」

 

「責任だあ?」

 

「セセセセキニン!!?」

 

「ちょっとこの状況でワケわかんない喧嘩はやめてよ!」

 

「グレイサマガセキニン!!?」

 

どうにか殴り合いが始まる前に阻止できたのは奇跡と言ってもいいかもしれない。

トホホ、早く帰ってきてジェラール。もしくは助けてカグラ。

 

「で、えーとグレイ。そのジェラールが話してたってなんのこと?私、聞いた覚えがないんだけど」

 

「あ?そういや、ルーシィはいなかったな。あれだ、カジノに遊びに行く前に、男部屋で言われたことがあってな」

 

うーん、と顎に手を当てて考える仕草のグレイ。

……そしていつの間にか、今の一瞬で上半身を脱ぎ去っていた。服を着ていれば少しは様になる男なのに。残念な。

 

「ま、面倒くせえから一言で言うと、超絶ヤバイ魔法が空から落ちてくるかもだから気を付けろってよ」

 

「……超絶ヤバイ?」

 

何それ。いやまあ確かに何か落ちては来たけど。

でも、事実私たちにはなんら影響があった訳じゃないし。ダメージがあったわけでも、今のところ体調に異常があるわけでもない。ナツが空に炎を吐いてるのを見るに、魔法が使えなくなったとか、そういう異常事態が起きたという訳でもなさそうだし……。

 

「たしか、エーテリオン?……みたいな名前だったな。なんか、ここら一帯を海もろとも消滅させるような魔法だとかなんだとか」

 

「超絶ヤバイじゃないッ!!」

 

え!?なんで今更!?え!?なんでそんな超絶ヤバイものが落ちてくるのを教えてくれなかったの!!

 

驚愕に言葉も出ない私へ、グレイは軽く手を挙げながら爽やかに謝罪した。

 

「あ、そういえばルーシィにも教えとけって言われてたな。……うん。そういうことだスマンな」

 

「なんで事が起こってから言うかな!?」

 

この馬鹿は……!いやまぁ、そんな話をされてたとしても、特に私ができることなんて何もないんだけど。でもそれでも、もしかしたら灰になってたかも知れないんなら、せめて心の準備くらいさせてくれたっていいんじゃない!?

あとズボンも脱ぐな!

 

「キャーグレイサマダイタンンン!!」

 

「つーか、なんだこれ?全部魔水晶(ラクリマ)で出来てんのか?」

 

しゃがんで水晶になった鮮やかな床をコンコンと不思議そうな表情で叩く。

よくわからないけど、たぶんそうなんだろう。これほど巨大な魔水晶(ラクリマ)なんて見たことがないし、その件の超絶ヤバイ魔法がどこに行ったのかもよくわからないし。なんかもう、私のキャパシティーを軽く振りきってて何がなんだか。

 

「まったくもうっ。こんな時に事情を理解しているであろうジェラールはどこで何をしてるのよ!ていうか私たちはどうしたらいいの」

 

「あー、そういえば俺の造形魔法かそこの女の魔法で舟造って、なるべく早くここから避難しろって言ってたっけ」

 

「キャーグレイサマガワタシヲミテルゥウウ!!」

 

「だからなんでそれを早く言わないの!!」

 

「大丈夫だ。なんかジェラールの話によると、ギルドからき──」

 

グレイの言葉が続くはずだった。

 

だが、それは出来なかった。

 

グレイが体から血を吹き出し、青い魔水晶(ラクリマ)の床を真っ赤に染め上げる。匂い立つ血の香りと鮮やかな血飛沫が悲鳴もなく宙を舞う。

 

グレイの向こう、崩れた魔水晶の柱の影から、一人の女が姿を見せた。

 

 

──無月流

 

傷だらけの体の女。桃色の長髪を靡かせながら、(あで)やかな着物を揺らして現れた。

圧を持った呟きと共に、鞘に納めた刀をポンポンと叩く。

 

「背中、がら空きどすえ」

 

頬についた返り血が、まるで化粧のように映えるその女剣士。一歩前に出ると、居合いの姿勢で鋭く構えた。

 

斑鳩(イカルガ)言います。短い間どすがよしなに」

 

グレイがやられた。

それも一撃だ。この状況に対する動揺もあってか、まるで察知することができなかった。

 

「グレイ!」

 

「グレイ様!」

 

あの出血では、早く手当てをしないとまずいことになってしまうのは目に見えている。

 

「あなたとは恋敵ですが、またしても一時中断です。隙を作るのでグレイ様に避難と手当てを!」

 

「うん!」

 

恋敵じゃないけど!

 

「てめえ、よくもグレイをッ!!」

 

ナツが吠える。

三体一。この数的劣性なままでも尚、女は優雅に微笑む。だがその直後、どこか悔しそうに負けん気に似た色で、私たちではなく、大きな魔水晶(ラクリマ)の塔を睨み上げた。

 

「ダニがいつまでも小さく跳ね回るだけやと、そう安く思わへんどーくれやす」

 

 

◇◇◇

 

 

その連撃は苛烈を極めた。

 

「ハハハッ!!どうしたその程度か!?」

 

剣から繰り出される恐ろしい程の剣戟に圧されながらも、魔法を高速で可動させることでようやく手一杯な状況を保っていた。

線の暴力。点の一撃。まるで剣の嵐を相手にしている気分だ。

 

まさかここまでやるとは。正直、侮っていた。

長年塔に立てこもっていたというのに、それでもこの卓越した技術。

真の天才というものがどういうものなのか見せつけられているようで、心で乾いた笑いを浮かべた。

 

「言ったであろう!私はもう弱いだけの女ではないのだと!」

 

「そのようだなエルザ」

 

まずいな。身体中の出血が酷い。傷を造りすぎたか。頼む、もってくれ俺の体。

 

「ん"っ」

 

くっ!シモンにやられた傷口が。

 

痛みに呻き、全身全霊で張り合うも磨り減っていく俺の様を見て嘲笑うエルザ。

そういえば、と見下した笑みを携えながら俺へ語りだした。

 

「表舞台で華やかに活躍しているフェアリーテイル、そんな見出しだったか。一度流れ着いた雑誌を読んだ事があってな。実に滑稽だったぞ。その年になってもオママゴトが好きだとはな」

 

「意外だなっ。お前にそんなミーハーなところがあるだなんて」

 

「ほざけ。あんな生ぬるい場所で生きてきた貴様が、私に勝てる道理などない。楽しいのだろう?周りから称賛され、持ち上げられるのが」

 

また鎧が換わった。

 

「貴様らしいじゃないか。私たちから逃げ、置いていかれた者たちの苑嗟から耳を塞ぎ、甘美な響きだけを貪る。まるで好き嫌いの激しい畜生だ」

 

「違う!!」

 

剣と拳のみの一進一退の攻防から、魔法剣による中距離を交えた魔法肉弾戦へと移り変わっていく。

 

くそっ。どうにか対応していくのがやっとだ。

なんてスピードと火力。鋭さを一番として追い求めるカグラとはまた違った手合いだ。手数と圧力。表現しやすくいうならば、剣術というより形を変え続ける七色の暴力。

正直なところやりにくい。こんなもの、どうやって対策を立てろというのだ。何をしても豊富な鎧や武器のせいで後手に回ってしまう。常に後だしジャンケンをさせられている気分だ。

 

だが、こんなところで負けている訳にはいかない。

 

「俺はお前を連れ帰るんだ。エルザァ!」

 

「くどいッ!!」

 

その一撃は、今までの中でもっとも重く突き刺さった。

 

エルザの剣を防ぎきり魔法を全て無効化した直後に、彼女自身の強烈な蹴りが見舞われる。咄嗟に防御陣を発動させるも、研鑽されたその体術に易々に突き破られた。

 

「ッゲホッ……ぁ……」

 

魔水晶の瓦礫に打ち付けられ、座り込むように倒れる。

喉から血がこみ上げた。

力なく俯いたままに、せり上がったそれが口から垂れ流れていく。

馬鹿げている。なんて蹴りだ。

 

「おいおいジェラール。もう終わりではないだろうな?私をこれ以上失望させるな。長い間目をかけていた私に失礼だとは思わんのか?」

 

「それは、すまない」

 

「エーテリオンのお陰で楽園の塔は完成した。残るはゼレフの依り代のみか」

 

「……ハハッ」

 

困ったな。

元々、この島へエーテリオンが落ちてくるであろうことは予測していた。

シモンがあのとき、評議院で言った。

 

『海へ遊びに行くことで頭が一杯か?』

 

なぜ、やつは俺が海へ行くことを知っていたのか。どうやってエルザの元から逃げ出したのか。

俺とて無駄な八年を過ごした訳じゃない。あらゆる楽園の塔に関する資料と情報をかき集めていた。

その結果、楽園の塔には大陸中の魔導士全て程でようやく魔力が足りるのだと推測がいった。では、そんな魔力をどこから引っ張ってくるのか。孤島であるこの土地だ。辺りは海。そもそも運べるようなレベルの魔力量では到底たりない。竜脈も通っていない。周りも下もだめだというなら、残るは空。

 

答えに到達したのは意外と早かった。そして、評議院でシモンを見たとき確信に近いものを得た。

次いで、狙ったようなタイミングで届いたリゾートチケット。その時、情報全てが頭の中で合致した。

 

これは、俺の贖罪のためのチケットなのだと。

 

あぁ……。

 

ナツたちはもう、この島から逃げただろうか。

いや、そうでなくては困る。この島は今や時限爆弾のようなもの。濃密なエーテルを抱え込んでどうにか形を固形として保っているだけに過ぎない。

 

「特にナツは……危なっかしいからなぁぐぁっ!」

 

立ち上がろうとした俺の腹部が、エルザの足によって踏みつけられ、再び同じ形に押し戻された。

 

「なんの話をしている。今、貴様が闘っているのは私だろう」

 

刃のような眼。冷たい、感情の伴わない瞳だ。

エルザが俺の目の前で、右手に持った長剣を逆手に持ち変えた。

逆手に持った長剣が、なんのためらいもなく俺の左肩に突き刺さる。

 

「っ……ぁ……」

 

熱い。痛覚を忘れさせる焼けるような激痛に、声を出すことができなかった。

……血が。血がドバドバと、とめどなく流れ出ていく。

 

無理矢理吐き出された空気を取り戻すように呼吸をする。

肺が痛い。臓器にもダメージが蓄積され始めたか。血の回りも悪くなっているらしい。頭まで朦朧とし始めてきた。

いよいよ、限界かもな。

 

ハッ。なにが聖十だ。下らない。なにも出来ないじゃないか。出来てないじゃないか。

もうこれじゃあ、俺に出来るのはあいつらが上手くやってくれることを祈るだけか。

 

 

──グレイ

 

「服忘れるなよ」

 

「なに?」

 

──ルーシィ

 

「馬鹿たちを頼む」

 

「おい」

 

──ハッピー

 

「ナツの面倒よろしくな」

 

「ジェラール」

 

──ナツ

 

「馬鹿も程々にな」

 

「……貴様」

 

……それと。

 

「ジュビア……だっけ。グレイとお幸せに」

 

彼女も、あの馬鹿たちと逃げられるといいな。

 

「貴様、なんの話だ」

 

「……ははっ。さてな、なんの話だっけ」

 

強がる俺の左足に長剣が突き刺さる。

 

「あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"う"っ……」

 

痛みにもがく俺の腹部を、またしても足で強く押し潰される。

 

「黙れ」

 

救援は呼んだ。あとはフリードさえ来れば俺が状況を伝えずとも察して対処してくれる筈だ。伊達に雷神衆ではないというのを、ぜひ見せてもらおう。

なんて、この有り様じゃあ見れるかどうかはわからないな。

 

「はぁ…………はぁ」

 

……あれ?

 

ははは、視界まで霞んできた。エルザの輪郭がぼやけて見える。

全く情けない。助けに来た、とか。お前を連れ帰るんだ、とか。一丁前にカッコつけたこと言ってた癖にこの有り様だ。

 

あぁ、いや。でもまぁ。

 

お前に殺されるのなら、悪くはないよな。

 

「何だ。その眼は」

 

たった一度の。初めての感情だったんだ。

誰かを、本当に想ってしまった。こいつのためなら、命だって惜しくないなんて、そんな王道物語の主人公様みたいな台詞を……。

 

言ってみたかったんだ。でも、やっぱり似合わないってことなのかな。

 

……あぁ、でも……。

 

「ジェラール。なぜ、お前はまだ……」

 

言ってみたいな。

愛してるって。お前に伝えきれていないこの感情を。

 

「なぜ」

 

伝えてみたいな。

積もり積もった。この気色悪い、馬鹿で一途な恋心を。

 

「笑っていられる」

 

ここで、燻らせて、それだけで終わっていいのか?

 

「……この気味の悪い男め」

 

 

──ふいに

 

支えてくれた皆の顔が、浮かんだ。

 

 

 

「ッハァ!!」

 

ダメだ。

 

喉を押し開くように力み、空気を肺へ押し込んだ。

 

ダメだ!

 

許さない。そんなことは許さない。この長い八年間、俺はこんな瞬間のために生きてきたんじゃない。こんなところで、妥協で満足するために生きてきたんじゃない。誰に生かして貰った。思い出せ!

誰に育てて貰った。

誰に並んで貰った。

誰に愛して貰った。

誰に憧れさせて貰ったッ!!

 

マスター、ラクサス、カグラ、ナツ、ハッピー、グレイ、ギルドの皆。

 

そして、師匠。

 

彼らにしてもらった全て。注いで貰った全てを無駄になんて出来るわけがない。

 

 

俺は

 

 

──俺は

 

 

「お前を連れて帰るぞ。エルザ」

 

「ッチ。まだそんな気迫を出せるとは……どこまでも身の程を知らない馬鹿が。まぁいい。ここで終いとするか。ジェラール」

 

「あぁ、そうだな」

 

師匠。

俺は、あなたのように全てを笑顔にしたい。

俺は、あなたのように笑顔で生きたい。

俺は、あなたという理想(速度)を越えたい。

 

いつまでも、あなたの背中にしがみつくだけの、小さな子供でいたくない。

 

 

 

天体魔法

 

 

 

 

「『彗星(コメット)』」

 

 

 

 

──音を、越えろ

 

 

「なッ!?」

 

 

真下へ展開された加速(ブースト)用の魔法陣。単純な推進エネルギーにボロボロの体を弾かれ、エルザの顔を鷲掴んだままに上空へ飛翔した。

遥か真下に見える楽園の塔を見下ろしながら、一瞬の空中停滞。

視界全てが水平線。日が傾きつつある夕暮れの色彩に染められ、どこまでも続く海と空。いつか、誰かと見た景色そのものだった。一秒にも満たない刹那に様々な想いが駆け巡る。

棲んだ空気を、鉄臭い匂いと共に名一杯吸い込んだ。

 

 

彗星(コメット)オッ!!」

 

その刹那。宙で描いた魔法陣のエネルギーを、足に乗せてエルザへ全力の蹴りを打ち込んだ。

 

声もなく真下へ叩き落とされたエルザ。

あまりの威力に着地することも叶わずに楽園の塔を上層から下層まで。瓦礫を量産しながら落ちていく。自らによって築き上げた塔を破壊しながら落ちていく。

 

──瓦礫となって塔が壊れていく

 

──子供の積んだ積み木のように崩れていく

 

──俺たちの長かった八年という時間が、瓦解していく

 

かぶりを振って一瞬の感傷を打ち切った。

エルザを追うようにして、俺も縦に穿たれた塔の中へと追撃をかける。

 

「エルザ。すまない」

 

痛いだろうが、しばらく眠ってくれ。

 

 

「『換装:明星の鎧』」

 

流星の力を使ったその時、向かう先で(まばゆ)い光が灯った。

 

「焼き消えろォジェラール!光粒子の剣ッ!!」

 

強大な光の塊は、穿たれた建設物を更に拡張するように、その熱量を持って鉄のように溶かしていく。

膨大で殺人的な光は、あっさりと俺を飲み込んだ。

辺りを更に悲惨なものへと変えるほどの力。ドロドロになった魔水晶が飛び散り、衝撃で粉々になった魔水晶が砂塵と舞う。

 

焼け爛れそうな熱風に、静けさが舞った。

 

「……ハぁァぁ」

 

見上げたそこで全てが消し飛んだ様に、エルザは口角を吊り上げて歯を見せた。

さも楽しそうに、愉快そうに。星の堕ちた大空を仰いだ。

 

「アハハハッアハハハハハハハハッ!!!どうだジェラールゥッ!!所詮貴様などこんなものだ!!残念だったな!!ゼレフ復活の阻止は叶わず、私を連れ戻すことも叶わず、何も出来ないまま消えるとはァ!!」

 

剣を床に突き刺して、ふらつき崩れそうな体をエルザは支える。

だが、そんな体でも尚、彼女は叫ぶ。その声に昂りを乗せて。

 

「道中寂しいだろう、貴様の仲間たちもすぐにそちらへ送ってやる!安心しろ!!」

 

エルザは笑う。

 

「下らない……!下らない男だった。殺して正解だ。いやむしろ、なぜもっと早くそうしなかったのか」

 

笑う。

 

「だが大丈夫だ、ジェラール。新しい世界でまた会おう。生と死が自在な世界で、またお前に会いに行くさ。だから今は死んでおけ。お前の言う通り、お前の好きな笑顔で、私も笑いながらお前の死を見送ってやる!!」

 

 

「笑いながら、か」

 

驚愕の表情を浮かべたエルザに、俺は笑いかけた。

笑うとは、こういう笑顔のことだ。決して、今お前のしている顔ではない。

 

「そんな泣き顔は笑顔じゃないぞ。エルザ」

 

「……私が、泣いている?」

 

気がついていなかったらしい。両の瞳から、止めどなく流れている涙に。

凶器的に笑いながらも涙を流していることに。

 

「なぜだ……なぜだ。なんだこれは。……なぜだ。私は涙とは無縁の女だぞ。私は……そう、私は支配に酔って人の命を握って笑う存在だぞッ!!」

 

まるで体と魂がチグハグに見える。苦しそうに笑う痛々しいその姿。

エルザ。それは違う。人間が望む笑顔はそんな悼ましいものじゃない。

 

「それは笑顔じゃない」

 

やっぱり、そこにいるんだな。エルザ。

 

「なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ!!なぜだッ!!!なぜだアッ!!!ふざけるな!!!私は、私はエルザ・スカーレットだぞ!!誰にも負けず、常に支配する側の人間で、誰よりも誰よりも誰よりも誰よりもォ!!誰よりも自由で誰よりも優雅で誰よりも強いんだ!!私はエルザ・スカーレット(新世界の支配者)なんだぞッ!!!」

 

「あぁ。お前はエルザ・スカーレット(弱い少女)だよ。昔も、そして変わらずに今も」

 

「ぁああぁあぁ。ぁああぁあぁああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

自由、か。

 

頭を抱えながら、涙を止められないままのエルザに俺は笑いかけた。

 

「自由ってなんだと思う、エルザ」

 

どこかの化け物染みた人に、教えてもらった。

どこかの化け物染みた剣士に、思い出させてもらった。

俺らしく生きる指標。妖精の尻尾らしく生きる指標。

 

魔法の言葉で、結局は道化のような馬鹿らしい自己暗示。

でもその教えは、俯いていた俺の顔を持ち上げてくれた。

 

「自由、自由……自由自由自由自由自由自由自由の自由が自由な自在な自分が自在な自由で自由自分自身自在な自由ので自分を自在な自由で……」

 

ふらついていたエルザが、ふと動きを止めた。

涙は止まらないものの、殺意の込められた瞳で俺を射殺すように突き刺す。

 

突き立てた剣を抜き、一息の間に俺へ斬りかかっていた。

 

「支配だ。命の掌握者だ」

 

右手に魔法を纏い、振るわれたエルザの剣を握り返す。

手から出血しているが、脳内麻薬で痛みを感じない今、それはどうでもよかった。

 

流星(ミーティア)

 

思い出すよ。あの時のこと。

 

「なんでもっと簡単に考えられないのかな、お前は」

 

エルザの剣を引き、崩れたその体の芯へと魔法で強化した握り拳を叩き込んだ。

 

ふっと一瞬だけ足の力が抜けた様子のエルザ。既に満身創痍だ、当然だろう。

波打つエルザの魔力。次の換装魔法の予兆を感じる。今すぐ離れなければ斬り殺されることはわかりきっている。だが俺は迷いなくエルザを抱き締めた。

 

 

拘束の蛇(バインドスネーク)

 

拘束魔法。我ながら勉強していた過去の自分を目一杯褒めてやりたい。

拘束され、動けないながらも魔法を放とうとしたエルザは、どうすることもできずに悔しそうに呻く。しばらくして落ち着いたのか、ようやく諦めて抵抗するのをやめた。

息苦しそうに、彼女の意識が徐々に沈み行く気配を感じた。

 

「じ……ゆう」

 

「まったくお前は」

 

 

 

──いいか、エルザ

 

 

 

「自由ってのは、フリーダムってことだ」

 

 

「ふざけた事を……言う…………な」

 

 

顔こそ見えない。

だが、意識と共に消え行く彼女の声はどこか優しげに笑っていた気がした。

 

 




トージへ対する好感度が上がった

好感度UP♪

ジェラール 100→1000


楽園編!完!!


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古文書と馬鹿

評議院の崩壊といえば、それは誰の記憶にも新しいだろう。

 

新聞の見出しにデカデカと載せられたスキャンダル。

 

正確には、評議院という組織そのものというより、本部を何者かの手によって破壊されたという話なのだが。が、世間からすればそれは建物の崩壊だけで済む話ではないのだ。魔法界を取り仕切るお巡り役目である本部が崩壊したということは、それだけで魔導界の秩序の基盤が揺らいだことを意味する。

この事件をきっかけに界隈、ひいては国や各勢力バランスの雪崩が始まるのではないかと世間は大騒ぎだ。

 

事の真相というものは当然明らかにはされていない。いや、表向き(・・・)にはなっているんだったか。

『研究班による魔法の暴発』とかいう、明らかなガセを掲げている。いくら上層本部が壊されたからといって、この余りにもな稚拙な嘘っぱちには苦笑したものだ。

 

俺は当にその真相を突き止めている。

 

古文書(アーカイブ)

 

簡単に言ってしまえば、それは情報圧縮の魔法。だがあくまでもそれは二次作用。一番の利点は別にある。

それは使い手同士、魔法関連の機器等、圧縮された魔法情報の全て(・・)とリンクしており、そのリンクされた古文書魔法の海の中から探し物をすることが出来る。

当然、この古文書の海には既に評議院の情報も入っており、更に言うなら関連している楽園の塔の話まで収集済みだ。

 

これこそ古文書使いの特権。……とは言うものの、情報の取り扱いについて古文書使いほど危機感を大切にしている者はいないだろう。それこそ、世界を揺るがすような情報だって転がっていて、それを拾えるような危険な魔法だ。

取り扱いには最新の注意を払っているつもりだし、事件の真相についてはマスターボブにしか伝えていない。

 

まぁそもそもこの魔法は、評議院に認められた者にしか使えない。

 

 

さて、楽園の塔。

 

今回の事件の始まりであり、元凶である黒魔導士ゼレフが残したという古の遺産。Rシステムと呼ばれる死者蘇生の禁忌魔法であり、かつて失われた技術だったが、どこの馬鹿が掘り出したのか。その設計図を元にゼレフ教が再現したものらしい。

情報によれば、評議院に潜入していた獄吏隊統轄責任者シモン、及び上級職員でありそのシモンの相棒を担っていたウルティア女史が実行犯である。

そしてその二人は、裏で楽園の塔を建設していたエルザ・スカーレットと繋がっており、エーテリオンの魔力を利用するという計画犯行に及んだ。事の終わり際、シモンは分身体だったらしくその場から消失。ウルティアは死なば諸共とでも言うように『時のアーク』にて評議院本部を壊滅させたようだ。

 

主犯エルザ・スカーレットは敢えなく逮捕。無期懲役が言い渡された。

しかし評議院は余程腹に据えかねたらしい。エルザ・スカーレットは生命凍結用魔水晶に封印されたらしい。

 

「無茶苦茶だが、よくもまぁ考えたね」

 

それはエルザ・スカーレットと妖精の尻尾、どちらにも贈れる賛辞だ。

エーテリオン利用もそうだが、件の楽園の塔についてもだ。その場へ駆けつけた妖精の尻尾所属魔導士、フリード・ジャスティーンの術式により、魔水晶化した楽園の塔の暴発を防いだ、と。だが流石に古文書にも事態収拾の詳細は明記されていない。

だが、フリード・ジャスティーンは優秀な術式の使い手と聞く。おおかた、魔水晶化した楽園の塔にて、魔水晶そのものに術式を書き込むことで魔水晶から魔力を転用し、それを用いて術式を強化、暴発を逃した。もしくはそのエネルギーを散らしたのだろう。

術式という余りにも応用が聞く魔法。それだけ足元に沢山の魔力元があれば、巨大な魔力の暴発を防ぐ手立てはいくらでもある(それ相応の技術も要求されるが)。

 

しかしこの場合、疑問がひとつ。

 

なぜ雷神衆を名乗るフリードが、一人だけで偶然にもその場に居合わせたのか。

まるで事件が起きるのをわかっていたかのようだ。これが不可解でならない。駆けつけたとして、果たして術式を書ききる時間があるのかも疑問だ。

加えて、楽園の塔から唯一逃走を成功させたらしい闇ギルド。三羽鴉所属の剣士斑鳩。凄腕と聞く犯罪者が妖精の尻尾たちから逃げ延びたというのも、一抹の不安が残る話だし……。

 

……いったい、現場で何があったんだ。

 

 

「ちょっと響。なに眉間にシワ寄せてるのよ。やめてよね、アタシたちのイメージダウンに繋がったらどうするつもりなのよ」

 

「あぁ、すまない」

 

相棒からそんな注意を受けて新聞の見出しを視界から外した。

 

「まぁいいわ。コーヒーでも買いに行ってくるからそれまでにその凝り固まった顔どうにかしておきなさいな」

 

「あ、いやそれなら男の僕が行くよ」

 

そう言うと、彼女の顔が僕の目の前まで迫っていた。

ついつい、キスかな?なんていつものやり取りを忘れて呆けていると、指で額を軽くはじかれた。

 

「今時、男だからどうとか女だからどうとか。そんな考えは古いよのバカ」

 

言い捨てるように彼女は席を立つ。仄かな香水の薫りを風に残して、足早に店の中へと入って行った。

 

うん。確かに。

クエストの帰りで別の国に行ってたからって情報の収集に熱中しすぎたかな。

反省しよう。男の仕事の顔は女の子も喜ぶけど、仕事ばかりの顔もよくはない。女の子と普段の良好な関係があってこそ、それが前提条件。何事もほどよく、ほどよくだ。

 

新聞を仕舞い、目許を指でほぐしてから腰かけたままテーブルに頬杖をつく。

テラスの席はいいものだ。人の流れがよくわかる。俺たちのギルドのある街とはまた一風変わっている家々の雰囲気。マグノリアで収穫祭が近いためか、街行く人々は慌ただしく行き交っている。商人。観光客。芸者。街の人間。

その風景を流し目に、ふと彼女が消えていった先をぼんやりと眺めた。

 

「男だからどうとか関係ない、か」

 

それにしても、彼女もすっかり変わってしまった。

以前のような高飛車な性格は鳴りを潜め、今ではギルド全員に慕われる姉御ポジション。誰からも頼られる先輩だ。

ぶっきらほうながらも、本来の彼女が持つ優しさを出せるようになってきている。

対人関係が上手くなかった彼女がこうも変われたのは、いつからだったか。

 

……いや、考えるまでもないか。

 

あの男が現れてからだ。

彼が俺たちの前に現れてやりたい放題やって、まるで台風の様に去っていった。

それから徐々に彼女は変わっていった。時折夜空を見上げながら誰かに謝っているように、何時間も立ち尽くしていることもある。

 

懐かしいな。温厚そうな見た目に反した、強烈な男だった。

 

……確か。

 

 

「あっ、お前はもしかして!今や旧時代の平成仮面ライダー!」

 

そうそう、こんな平凡な顔立ちをした男で僕のことを仮面らいだー響とか何とか呼んでい……た。

 

 

──あれ?

 

 

「あっ、あなたは!!」

 

目の前にいたその男は、トージ・アマカイ

 

ついガタンと激しく同様が表に出てしまった。椅子をひっくり返して立ち上がった僕に、周囲から好奇の視線が集まる。

 

う、まずい。

 

咄嗟に帽子を深く被り直して椅子を戻した。

週刊ソーサラーの表紙だって飾ったことがある身だ。思い上がりではなく、事実として僕が青い天馬(ブルーペガサス)の響だとバレれば騒ぎになるだろう。

 

「よぉよぉ、久しぶりだなライダー」

 

「僕の名前は響です」

 

「いやだからライダーだろう」

 

「……なんでですか」

 

まるで成立していない会話をしながらも彼は僕の前の椅子に、当然のように腰かけた。

 

「……えっと、なんで平然と座ってるんですか」

 

「馬鹿お前。人と話すときは正面からに決まってんだろ。常識だぞ」

 

「そうかもしれないですけど、あなたに常識を問われたくはないです」

 

「なんだとー?俺のような常識人を捕まえてなんてこと言うんだ」

 

「いやあの、どちらかと言うと捕まったのは僕の方では?」

 

「人聞きの悪いことを言うな!あ、店員さん一番高いやつで」

 

なにやら勝手に注文を始める嵐の男。反射的に溜め息が昇ってくる。

無理矢理絡まれてた数年前を思い出す。

 

「つーか、こんなところで何やってんだ?」

 

こんなところ(・・・・・・)って。ここ結構な有名店なんですけど」

 

まじで!?俺有名店に来ちゃった!?と謎のはしゃぎ方をしているいい大人に周りからの視線が集まるも、彼はまったく気にならないようだ。この男は、相も変わらないらしい。

 

「というか、なんであなたこそ…………あっ」

 

そこまで言って、つい当たり前のように盛り上がるための次の話題を探そうとした俺の頭に強い衝撃が走った。

そうだった。思い出してしまった。今回のクエストの相棒が誰だったのかを……。

 

恐らくこの男と最も相性の悪い女である。ゆっくり楽しくお喋りに興じている場合ではない。

 

「こんなとこから早く立ち去って下さい!早くしないと彼女が帰ってきます!」

 

こんなところ(・・・・・・)って言うな!有名店だぞ!店員さんの気持ちも考えろよ!」

 

「それはごめんなさいでも時間がないんですよ!彼女に気づかれでもしたら……!」

 

なに?彼女だと?と眉を吊り上げてガンっと膝をテーブルにぶつけながらも、彼は格好のつかない様で立ち上がった。

 

「なんだとこのイケメンがあああッ!彼女がなんだぁ!?また色んな女侍らせてんのか!喧嘩売ってんだよなぁコルァ!!」

 

「い、いやそうではなくて」

 

「イケメンに慈悲などないッ!」

 

まずいまずい!ここで暴れられては元も子もない!

 

「いやいやいやいや理不尽な!落ち着いて、と、取り合えず座ってくださいよっ!」

 

机を叩いて胸ぐらを掴んできた彼をどうにか宥めて座らせる。

 

「けっ」

 

……あれ?なんで座らせてるんだ僕は。

 

ダメだ気が動転しているっ。このままじゃ彼女が戻ってきてしまう。

犬猿の仲というのは少し違う。もっと分かりやすく言うならば、天敵。雲泥の差というか雲泥の間柄。まるで水と油。まさしく不倶戴天。一切混じり合えないもの同士。

彼女の一番の天敵である彼と鉢合わせになるのだけはナンとしても避けなくては……!

 

「お願いですからあっち行ってください!」

 

「え、なにその物言い。すげえ傷つくんだが」

 

「仕方ないじゃないですか!今は時間がないんです!お願いしますよ!」

 

「カフェー↑でボケぇーーーーッとしてた奴が、時間がないとか言っても説得力ないぞ」

 

「そんな頭悪そうな顔はしてません!」

 

「誰が頭悪そうだって?ん?先生怒らないからもう一回言ってごらん?ん~~?」

 

「あぁもう!す!み!ま!せ!ん!で!し!た!いいから早くここから立ち去って下さいよ!」

 

「なんだなんだ必死だなおい。そこまでして俺をハブにしたいのか?あー、悲しいなぁー。短い間だったとはいえ、仲良くなれたと思ってた奴にそんな事言われるなんてなぁー。おれは悲しいなぁあああ」

 

「あぁもう面倒臭いなこの人は!!」

 

「あ、そういうこと言っちゃう?」

 

「お願いです!今日のところは勘弁して貰えませんか!後日時間を取りますからっ!」

 

「え?利子つくけどいいの?」

 

「わかりましたっ!わかりましたから!利子でもなんでもいいですから!!」

 

「取り立てかしら」「やだー」「こわーい」と周囲の席に座るお客さんたちからの冷ややかな視線が突き刺さる。

 

「おいおい、別に後日じゃなくてもいいじゃん。落ち着けよ。ほら、ブレスレットブレスレット」

 

「深呼吸的な意味で言ってるのかもしれないですけど、それは腕の装飾品です!楽しそうな顔して時間稼ぎするようなボケをしないで下さい!」

 

「ははは、怒るな怒るな。イケメンが台無しだぞ。人はストレスでハゲやすくなるらしいからな。男はどっしり構えておくのが一番だ」

 

ホントだよ!ストレス溜まらなそうな人生おくってるんでしょうね!羨ましいよ!

俺にストレスが溜まってるって分かってるんだったら一秒でも早くここから立ち去ってくれませんかねぇ!?

 

「あぁ、あとついでにハゲ関連なんだけど。シャンプーを原液で頭に使うのもやめろよ?あれ手で泡立ててから使うモンだから、その液体のまま頭に使うとハゲの原因になるらしいぞ」

 

 

 

───……まじで?

 

 

 

 

 

じゃなくて!!

 

「早くしないとカレンが帰ってきちゃうんですよ!彼女と問題を起こした貴方ならわかるでしょう!?」

 

「カレン……?」

 

「そう、カレンですよ!」

 

「……あー……シュタットフェルト?」

 

「誰ですか!」

 

「…………阿良々木?」

 

「だから誰ですか!!」

 

「…………んー」

 

五を数えるくらいは間があっただろう。

いつものように下手な冗句で知らない風を装っているのだと思った。いつも通りにふざけているだけなのだと思った。だが本当にわからなそうに首を傾げる男に確信した。

こいつ本気で忘れてやがる。

 

「カレン・リリカですよ!三年前、貴方が──ッ」

 

 

それは四本のナイフだった。

切れ味を示すかのようにキラリと日の光を反射させる。

俺の目の前を通り過ぎていくのを、スローになった意識が捕らえた。

だが標的であった彼はそれをモノともしない。五本の指によってあっさりと華麗に受け止めるという、まるで軽業師じみた真似をしてみせた。

余りにも軽やかな一流曲芸に言葉を失う。

 

「おほっ、去年のサーカス団バイトがこんな所で役に立つとは。我ながら惚れちゃうイケメンムーブっ」

 

確か三年前は薬師をやってるとか言ってたよな。

そんな俺の呆然とした思考など露しらず、彼は反対の空いた手で人差し指を立てた。

 

「いいか、まずは飛んできた数を把握すること。相手に余程の技術がない限り軌道は直線だから、今回みたいに四本の時はまず小指と薬指で挟んで、次にスナップを聞かせて親指と人差し指、んで威力を殺すのも腕と言うよりは上体の使い方次第で」

 

「いえ、聞いてないです長いです」

 

どこを目指してるんだこの人は。

 

「なんだよー、気持ちよくドヤってんだからもうちょい言わせろよー。んにしても、ナイフが飛んでくるなんて物騒な街だなおい」

 

「てめぇぇえええッ!!アマカイ!!なんでこんなところに居やがる!!今すぐぶっ殺してやるあああッ!!」

 

まるでその美しい見た目とは反した、女性らしからぬ汚い言葉遣いだった。

当の本人、カレン・リリカは鮮やかな若草色の長髪を振り乱し、鬼の形相でホルスターから追加のナイフを抜き出す。

 

こんなところ(・・・・・・)って言うなあ!店員さんそろそろ泣いちゃうぞ!」

 

まるでナイフの危険度など理解していない男が一人。

それとはまるで逆に、血を見るようなただならぬ状況に恐怖心を抱いた一般人たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。そう、これこそが正常な人間の判断である。

 

「間に合わなかった……ぁぁ」

 

そして、俺が頭を抱える原因である。

これ、絶対評議院に知られる。……あ、いや今は評議院ないんだっけ。よかった。

 

……よくはないか。

 

頭を抱えた俺のことなどお構いなしに、カレンはナイフを投擲する。

その全てを呆気なくキャッチされ、テーブルに綺麗に並べられるという無駄な所作に、余計にカレンのヘイトが募っていくのだった。

 

「……あっ、思い出した!」

 

ようやくその錆び付いた脳みそから記憶を引き出すことに成功したらしい。トージさんはカレンを指差して叫ぶ。

 

「馬刺しの魔導士!」

 

「「青い天馬(ブルーペガサス)!!」」

 

数年前を思い出す光景だった。カレンと被るツッコミ。なんとも辟易とさせる嬉しくない思い出だ。

 

「なんだよお前、まーた恐喝とかパワハラとかやってんの?やめた方がいいぞー。まぁ周りの人間からしたら反面教師として人生の参考にはなるだろうが、それでも結局は迷惑の結果を無理矢理ポジティブに捉えた時だけの話だからな」

 

「ウルセェ!!何様だ偉そうに説教垂れやがって!!てめえの○○○切り取って口に突っ込んでやるからこっち来いこの粗○○野郎ッ!!」

 

「カ、カレン?流石にその言葉遣いは青い天馬として良くないんじゃないかな?君は人気なんだし尚更、ねっ?せめてもう少しおしとやかな言い回しを」

 

「アマカイッ!!てめえ○○○○○○○を○の○○○○○○○○○○して○○○○○ッッ!!(表現してはいけないほどの罵り言葉)」

 

「○○○○○○○から○で○○○してやるよこの○○○○があああッ!!!○○○○○ッ!!(耳を覆いたくなるほどの罵り言葉)」

 

 

女性だからというのもあるが、それ以前に殆どが人間の口にしていい言葉ではなかった。

流石のトージさんも、そんなカレンを見てポカーンとしている。そして彼女を指差しながら俺を見て一言。

 

 

「おいライダー。こいつ本当に女か?」

 

「────ッッ!!!」

 

まずいッ!

 

もはや言葉にならない怒声を上げてカレンは水晶玉を取り出した。

掲げられたそれから光が飛び出し、直線上にあった塀や建物に穴を焼き穿った。

 

次いで第二派が横凪ぎに振るわれるすんでのところで古文書を起動し、防御陣代わりに盾として周囲への被害を防ぐ。

 

「落ち着けカレン!!ここのまじゃ人に被害が出る、一度落ち着くんだ!!」

 

「そうだそうだ!ヒステリックは嫌われるぞ!」

 

「暴れたってなんの意味もないんだ!一旦冷静になろう!」

 

「そうだそうだ!ヒステリックは()くないぞ!」

 

「心の底から頼むよアンタ黙っててくれないかな!?」

 

「え、なんで」

 

「もう僕も便乗してアンタをブッ飛ばしてやりたいよクソッ!」

 

本当にわかってるんだかわかってないんだか分からないトージさん。いや、恐らくわかってない。なぜか納得のいかなそうなショボくれ((´・ω・`))た顔をしている。

 

「とにかく手伝ってくれ!カレンを止めないと住人に被害が出かねない!」

 

激情に駈られたカレンを収めるために、とにかく藁にもすがる思いでトージさんへと頼んだ。

 

苦肉の策と言わざろう得ない。俺の古文書はあくまでもサポート系統。誰かをバックアップするための魔法だ。捕縛や攻撃用に設計されたものではない。

圧縮したデータをカレンに送り込んで怒りに水を差すことで冷静さを取り戻させる、なんて手段も考えた。が、もしそれで魔法が手元で狂って暴発でもしたら、カレン自身が危ういことになってしまう。

 

頼りたくはない。そもそも、原因はこの人だ。そしてそれを追い払えなかった俺にもある。頭を下げるのは厭わない。

……正直、業腹だが。

 

トージさんは、俺のお願いに悩む素振りを見せなかった。

おっけーと軽い返事と共にホルダーケースからひとつの鍵を取り出す。

 

それは、かつてカレンから奪い取ったモノ。トージさんが星霊たちと交わした約定の果て。

星霊王の慈悲と、常識をねじ曲げた一人の怪物がもたらした喜劇の産物。

 

 

その鍵は異界の南京錠を解く為の、世界にたったひとつの星の欠片。

 

 

 

 

 

 

「開けぇー、獅子宮の扉」

 

──レオ

 

 

 

端正で凛々しく、雄々しい顔立ち。まるでホストのような出で立ちのどこか神々しい男。

僕たちの目の前に、獅子座が顕現した

 

 

「お呼びかな、トージ(オーナー)

 




違う、お前じゃない。
お前じゃない!!!!カグラを出せ!!!
チェエェエエエエンジッ!!!(ギニュー)


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星霊魔導士トージくん!

筆がおそくて、すまぬ……すまぬ
レオとロキ呼びの混同をレオに統一しました20.04.06



さて、ここでレオについて語るのであれば、軽く見積もって三年ほど。濃密な時間を遡らなくてはならない。

そして更に言うなら加えてその五年前。この俺が、愚かにもゼレフと魔導の研究中の事故で星霊界に飛ばされ、そこで理不尽な因縁をふっかけられ、星霊王、及び星霊界全土と争ったあの事件。その顛末を語らなければならないのだろう。

 

苦難があり、苦悩があった。痛みによって成長することの代価を学び、痛みによって成長することの辛さを学んだ。

成長は苦難の先。成長は災難の末。なんにしても進むことが喜びだけという偏見を取っ払ういい機会だった。

俺の人生を全てひっくるめた中でも一番のターニングポイントだったかもしれない。いや、そうでもないなごめん。

 

ま、とにもかくにも

 

──そろそろ、語る頃なのだろう。

 

 

と思ったのは一瞬だけなのでした。

そもそも長いし面倒臭いし期待している人なんて居ないと思うので、思いきってパスしようそうしよう。遡りませーーぬっ。

 

自分一人の回想ほど他所から見て痛々しいことなどそうはあるまい。あ、黄昏てる。あれ格好いいと思ってるのかもな痛い痛い。なんて思われかねない。

というかぶっちゃけ、今そんな呑気な回想をしている余裕などないのだ。

 

 

「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○!!」

 

もはや文体、文字として表現することが一切出来ないような汚ない言葉と聞き取れない程の罵詈雑言。その様はレイガンmarkIIかランチャー8ネオか、もしくはゼノシリーズの拡散ヘビィ。凶悪な顔面で遠慮なしの暴言を乱れ射つ美女がいた。いたというか爆走している。

というかぶっちゃけ!もうあれを女と呼ぶのは抵抗しかありません!だってもう顔が般若通り越してモザイクかかるレベルまで達してるもの。

あー、人間ってあんな顔できるんだな、なんて言う段階をホップステップ通り越して棒高跳びレベルですっ飛ばしている。映像化できないだろうアレは。表現のしようがないぞアレは。例え写真を撮ったとしたら、その写真…………いや、あれが写真に映り込むっていう想像が出来ないわ。写真そのものが写すのを拒むだろう。

 

というか!ぶっちゃけ!

 

「オォオオオオオナァアアアアァアアアアッ!!僕を囮にするとか有り得ないだろう星霊魔導士として!否ッ!人として!!」

 

全力の否ッ!いただきましたー。

必死の形相で俺の少し後ろを追いかけてくるのは、全天八八の星霊の中でも戦闘特化として最高峰に君臨する名高き星霊。獅子宮のレオ。いわゆる空を飾る星座、その獅子座の具現だ。ちなみにイケメンである。このうんち野郎め。

まったく、何億年も前から悠然と輝いていた獅子座の具現がこの有り様だというのだから哀れなものだ。そら北欧神話でヘラクレスに一番最初に絞め殺されるわ。

 

「こっちくんな!うんちマン!」

 

「誰がうんちマンだ子供かっ!そもそもこの状況はトージのせいだろうがッ!!」

 

そう。すーぐこれだ。勇猛な獅子座ともあろうものがすぐ善良な一般人のせいにする。

まぁ所詮オスライオンなんて、交尾をするだけして子育てをメスに放り投げて一人だらける。ついでによろしくーとばかりに飯集めもメスに放り投げて一人だらけるニート。

群れを乗っ取った場合先代の長の子供を殺す。超ドクズの腐れヒモ野郎だ。

 

「地獄に落ちろ腐れ外道がッ!!」

 

「なんの話だよっ!」

 

そんでイケメンだ。

 

「もげろこのスカしグラサンッ!」

 

「だからなんの話だ!?」

 

格好よくレオを召喚したは良いものの、なぜかレオを見て更に逆上した緑女。それからどうしたことか、唐突に髪を逆立てて人ならざる何か(鬼のような顔)に変身して牙を剥き出しに襲いかかってきた。

仮面ライダー響(故意的脱字)の話によると、星霊魔導士をやめた後、彼女は響の『なんか頭良くなる魔法』によって新たな力を身につけたそうな。

 

彼女が手に入れた魔法。その名は『換装』。

なんでも、自身で今まで集めてきた色んな特性を持つ数多くの魔水晶(ラクリマ)をしまっておいて取り出す魔法なんだとか。要するならアイテムボックスというやつかな。

しかしこれが、高々アイテムボックスと馬鹿に出来たものではなく、色んな属性やら魔法やら、何が何だか全く判別しきれないほどに強烈な一つ一つが雨あられと降りかかってくる。結果、全力逃走中という訳だ。

許さん。響めええええ許さんッ(正しくは響鬼)。

 

「オンドゥルルラギッタンディスカー!!」

 

「うわぁああ!うわぁあああもう前も後ろもどっちもダメだあぁああ!」

 

どっちもってどういうことだおい。

なんやかんや情けなく叫びながらも、レオは背後からの色んな魔法をどうにか捌きながら走っている。流石王道十二星座のリーダー。流石頼れる男。俺じゃなかったら惚れているところだ。死んでしまえハンサム。

 

「というかなぜ魔法を使わないんだトージ!いつもみたいにあの速くなる魔法を使ってさえくれればキミ一人で逃げられるだろう!」

 

「あ、今魔力スッカラカン」

 

「馬鹿ーーー!!」

 

「おいおいオーナーに対して馬鹿とはなんだ馬鹿とは。そこはジーニアスと言ってくれよ。もしくはスーパージーニアス」

 

「うるさい吐瀉物!」

 

「誰が吐瀉だコルァアア!!昔のことをいつまでも蒸し返すな!仕方ねえだろ星霊界との空間移動は酔うんだよ!」

 

「忘れもしない。僕のスーツに引っかけたあの時を」

 

「ちいせえな獅子座!」

 

「星霊界でも選りすぐりの一品だったのに。トージのショボい路銀を十年貯めたって買えないくらい高いのに!」

 

「え?あ、それはごめん」

 

「え?あ、うん」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……すまん」

 

「いや、もういいよ」

 

許してくれんのか。こんな俺を。

お前、いいやつかよ。

 

 

「というかぁああッ!複雑な事情で魔力と体力使いきっちまったんだよ!だから燃費のいいお前召喚したのによぉ!期待に応えてくれないかなああ!!頼むから早く囮になってくれないかなあああ!!お願いだよおおお!!」

 

「さっきまでの(しお)らしさはどこに行ったんだよ!」

 

並走するレオの肩を肘でガンガンと地味に殴り、後ろへ追いやる。なにやら凄い腹立たしそうな顔をしているがお構い無しだ。

 

「なぜなら俺たちは親友だから!」

 

「誰が親友だこの外道!星霊の存在についてカレンに説教してたのは誰だったんだ!完全に別人じゃないか!あの時感動した僕の気持ちを返せ!この外道!」

 

「だまれい!俺は今も昔も聖人君子じゃい!」

 

「どの口が言ってるんだ!」

 

先程、あの緑女が投げたナイフ。取っておいたそれを後ろを走るレオへ投げつけた。

 

「危なっ!信じられない本当に投げやがったこの聖人君子!」

 

「フハハハ!諦めて元オーナーとイチャコラ(流血沙汰)するがいいさ!」

 

獅子王の輝き(レグルスインパクト)!」

 

「あ、ヤメテッ!」

 

背後から遠慮なく飛んできた光の弾に、足元を吹き飛ばされて危うく転倒しかけるもどうにか持ち直した。

 

「てめえこら!なんて真似しやがる!!それでも獅子座か!」

 

「アンタが言うなこの外道!」

 

「やーい外道って言う方が外道なんですー!」

 

「その言葉自体が跳弾ってことに気づかないような馬鹿なオーナーもうごめんだよ!」

 

「あ"ぁ"ん"!?こっちから願い下げだこのハンサム野郎!!跳弾とかちょっと洒落た語彙披露しやがって!なんだ!?イケメン気取りか!?」

 

「難癖にも程がある!」

 

「てめえみてえなイケメンが隣にいるとどの街行っても皆俺を空気のように扱うんだよ!もう我慢ならねえ!」

 

「…………ふ。哀れ」

 

「解雇じゃいチクショオオオオオオオッ!!」

 

全力の怒りに身を任せようとするも、ここは街中。下手に暴れるのは無理だろう。道行く人々を避けながら、八百屋の屋根を踏み台に屋根の上へと駆け登る。

そのアクロバットな動きの中で後ろへナイフを投擲する。それらをレオは危なげなく光の拳で弾く。

流石、やりおる。だがしかし!

 

「『Trance(トランス):ネルスキュラ』」

 

ナイフに影蜘蛛の糸、その粘着力を付与させた。粘性を持ったそのナイフはレオの拳に張り付く。弾かれて不意に踏みつけた物までも、道端に落ちたてのガムのようにその足に張り付く。それらが見事にレオの逃走の障害となったようで、目に見えて走りが鈍くなる。

 

「なんだこれ、くそっ!取れない!」

 

ヌアァハハハ(m9(°∀°))!なけなしの魔力で作った粘着力は凄かろう!」

 

「なけなしの魔力振り絞ってなんでこんな馬鹿なことしてるんだよ!」

 

「うるさいぞイケメン。粘着質は女に嫌われるぞ。俺は詳しいんだ」

 

「流石女を知らないだけあるね」

 

「ほほう貴様、言ってはいけないことを言ったな。世界広し野原ひろしと言えど、言ってはいけないことを言ったなア!!」

 

「○○○○!!待てっつってんだ○○の○○○○ッッ!!!」

 

ひぃいいい!角だ!角が見えるよ!

 

レオのその向こうには、変わらず俺たちを全力で追いかけてくる般若が一人。

流石に街中であることを理解しているのか、魔法の乱発こそは少なくなってきた。が、その狂人っぷりには陰りが見えず、それどころか、通りがかった八百屋から鉈をパクっていたようだ。それを振りかぶりながら走ってくる。

その姿は、さながら沼地で襲いかかってくるミルドレット姉さんそのものであった。病み村にお帰り。

 

端から見れば完全に殺人鬼と被害者の絵面。

 

「ンヒィイイイ!」

 

俺の走る屋根の上へ向けて魔法が次々と飛んでくる。可愛らしい悲鳴を上げながら、どうにか下のレオと並走しつつ逃げ続ける俺。

 

あ、十字路にぶち当たった。次の足場ちょっと遠いな。

そぉい!イケメンジャーンプッ!!

 

獅子王の輝き(レグルスインパクト)!」

 

「のおっ!?レオてめ!」

 

ロキの攻撃が跳んでいた俺の着地地点に着弾した。

足の置き場を見失った俺は不格好な瓦礫にバランスを崩し、「アヒンっ」と色っぽく鳴きながら落下。地面に激突する。

 

「ヌフぉおおおおおお!!鼻がああ!!鼻がぁぁああああ!!俺の鼻がトマト祭りぃいいい!!」

 

顔面。主に鼻を全体重+落下エネルギーの衝撃で強打し、のたうち回るそんな主人の真横をレオがスタコラサッサ。

 

「南無。散れオーナー」

 

そんな捨て台詞を聞いた。

 

こ、この猫科が。いつかその剛毛を育ててる頭皮をひっぺがしてやる。

 

痛みに呻きながら呪詛を溢す。

そしてはたと、頭を上げた先に何かがいる。そんな威圧感を感じた。たぶん俺の勘は外れていない。鬼が鉈を持って憤怒の顔で立っているのだろう。

よし、ここはもう素直に謝ろう。本当は俺は悪くないけどな!

だがいざという時、素直に頭を下げられるのもデキル男さ!(現状下げている)

 

そっと顔を上げた。

 

うん。違った。もう鉈振り上げてるわ。降り下ろされる寸前。

断頭台で頭セットしました、じゃあギロチン落とすね!って感じ。しかも彼女爽やかに笑ってるわ。やだ美人。

 

「待て、話そう。話せば分かりあえる筈だ。いいか、美人さん。お前は俺という紳士を勘違いしている」

 

「……ふぅーん」

 

試すような、絶対零度の瞳が突き刺さる。

 

「そう。なにも清楚やお色気枠じゃなくてもいいじゃないか。俺はティラノサウルス系女子もアリだと思うぞ」

 

「死ね♡」

 

心の底から惚れるかと思うほどの綺麗な笑みだった。

俺の心臓が高鳴る。もしかしてこれが……恋ッ!?

恋に落ちる三秒前ッ!!

 

「あっぶッ!!」

 

迷いなく降り下ろされた鉈を、直前で真剣白羽取り。

まさかサーカス団のバイトがこんなところで役に立つなんて。ありがとうベルベノさん、貴方の後輩はしっかり育っていますぞ。マジ感謝っす!

しぇしぇい謝謝(シェイシェイ)

謝謝(シェイシェイ)ブギーな胸騒ぎ!

 

白羽取りしている俺の両手を、何がなんでも通り抜けたいらしい。ぐぐぐっと遠慮の感じられない彼女の全体重と腕力が乗っかってきた。

殺す気満々だよこの人!殺気全開だよこの人! 

 

女性に乗られるのはいいんだけど、もうこの女を女として見れないから下ネタとか抜きにしてただただ怖いんだよ!

恋なんてしねーよ出来ねーよ!ドキドキはドキドキでも違うドキドキだよ!!

恋に落ちる?その前に命を落とすわ!!

 

あ、今のちょっと上手いかも

 

「早く死ねって言ってんだよ、ああん"ッ!?」

 

「いやだあああぁあああ!!この人怖いいいいい!!」

 

「つーか、アマカイよぉ。てめえこの国に近寄んなって言ったよな?ァアアッ!?」

 

いやそんな、池袋最強みたいなこと言われても。

そもそも規模がデケーんだよ。なんだよ国に近寄んなって。

じゃあ俺が迷わないように、かつ俺が紛失しない魔法の地図を寄越せぇ!!(ボケ返し)

あとせめてその台詞はcv小野で言ってくれよお!!(ボケ重ね)

 

あーあ。乗られるならもっとおしとやかな娘がよかった。え、カグラちゃん?いや、無理でしょ。殺されそう。忘れてないよ、あの子の冷たい視線。俺は虐められたい性癖は持ってないの!

……あ、現実から目を逸らしちゃダメ?あ、ダメですか。あ、はい。じゃあちょっと視点を戻してみましょうかね。

 

はい、続き175804カット。いくよー、シーン野獣()美女から。

 

よーい、アクションヌッ!!

 

「大人しくしやがれクソがああああ!!」

 

「いやあああ!!誰か助けてえええん!!」

 

「てめえのせいでストレス貯まってんのよ、ここでスッキリさせろおおお!」

 

「いやあああ!!犯されるるるるるる!!」

 

「アタシは気持ちよくなりたいだけなんだよっ!!」

 

「俺のハジメテっていうか、俺の最後が奪われるー!!」

 

「なんで意外と余裕そうなんですか。走ってきて損したよ」

 

息を切らして追い付いたライダーが、暴漢に襲われる俺を見て呆れたようなため息を溢した。

いや助けろよ。お前の彼女が男を襲ってるんだぞ。いやエロい意味じゃないけどさ。

どうなのよそれ、正規ギルドの人間として。善良な一般人として。お前の身内が鉈で人に斬りかかっているんですよ!

 

「アマカイアマカイ。なによそ見してるのよ、アタシを見ろよ。この日をどれだけ待ちわびたと思ってるのよ。ワクワクドキドキして堪らないんだから水さすなよ」

 

「いや怖いんだよ!お前怖いんだよ!!ヤンデレみたいなこと言ってもダメ!怖いもんは怖いの!つーか、お前にはライダーという彼氏がいるだろ!だから離れろ!どんだけ迫られても無理なの!ごめんなさいあなたとは付き合えません!!」

 

「いけずぅ♡」

 

「あれ?可愛い。ありかも」

 

「ちょっとアマカイさん!?」

 

「死ねえええええええ!!」

 

「やっぱないいいいい!!」

 

「……はぁ、よかった」

 

殺そうとしてる美人と殺されそうな男。それを見てホッとしてるホスト。なんだこの構図。

おい。なんで被害者の俺が一旦冷静になりながらこの眺めを俯瞰して見てるんだよ。可笑しいだろう。

ライダーお前だよ。安心してないで止めろよ。俺を助けろよ。

 

「『換装』」

 

さっき見た破壊光線を吐き出す水晶だった。

片手で鉈に体重を乗せながら、もう片手の上にその水晶を持つ。

ニヤリと厭らしく笑うのが目に入った。

 

まずいですよ!

慌てて鉈をどうにか押し返し、腕ごと蹴り飛ばした。危なげなく(たたら)を踏んだカレンは、転ぶことなく俺へ向けて水晶を掲げた。

しかしそこに、隙を見つける。一瞬で対策法を見つけてしまう天才的頭脳の持ち主!それが私である!

 

「レオ、強制閉門!」

 

未だにレオへ供給していた僅かな魔力を閉ざした。

そして再び、異界への扉が閉じる前に、魔力の窓を開く。

鍵を握りながら、閉じかけた空間を無理矢理開く。

わかりやすいイメージだと、二枚組の片窓から蹴り出したレオを、もう片方の窓から無理矢理引きずり込む感じだ。

 

開け、獅子宮の扉。レオ(来い、ビックシールドガードナー)!!」

 

「──あれ?ここはあああぁあああああちょっと待ってカレェンブフェおんッ」

 

手加減をしてくれたのか、それともレオが硬かっただけなのか。光線を顔面に直接受けたというのに、レオの魔力波長はピンピンしている。まだまだ元気じゃないの。

しかし勢いよく弧を描いて吹き飛んでいったせいで露天商の店をぶっ壊した。あーあ。やってしまいましたな。これ誰持ちになるんだろ。俺しーらない。

 

いつの間にやら、俺たち(主にあの女)の危険な雰囲気を察したのか、周りの人たちは遠巻きにこちらの様子を伺っていた。

あ、頭抱えてるおっさんがいる。あれ店主だな。どんまい。

 

とりあえずよかったな。頭だけ蒸発しなくて。お前はついてるよ、レオ(サムズアップ)。

 

「よしっ、レオ後は頼んだ」

 

「いやまてええええええ!!」

 

立ち上がり俺の胸ぐらを掴んできた。

主の胸ぐらを掴むなんて、なんて失礼な星霊だ!信じられん!

 

「このダメオーナー!ダメオーナー!!」

 

「ええい離せい!離さんかい!」

 

「もうどうなったって構わないさ、死なば諸共!」

 

「いやだ!俺はまだ死にたくない!こんなところで死ねるかあああ!男と心中なんてごめんだああああ!!」

 

「トージはここで仕留める!あんたみたいなオーナーを世に解き放つ訳にはいかない!これがレオとしての、獅子座の正義だ!!星の見解だ!!」

 

「てめえ一人でくたばれ!っつか、お前は星霊界に送還されるだけで死なねえだろう!」

 

「オーナーを殺すことは規約違反。つまり星霊としての死。だがそれでも構わない。このサングラスをお釈迦にしてくれた恩返しはしてやるさあ!!」

 

 

サングラス>>服>>越えられない壁>>>>>俺

 

 

「俺の存在価値っ」

 

上を向いて歩こう。涙が溢れないよーに。

 

互いに掴み掛かりながら喧嘩を繰り広げる俺たちの前に、暴力グリーンが仁王立ちで微笑む。目は笑っていない。

鉈が、鈍く輝いた。まさに修羅。赤黒い修羅。元仲間と嫌いな男に目の前で口論を見せられ無視され続けた鬼神は、鋭い牙を剥いた。

 

 

「どっちも殺す」

 

 

本気の殺気である。

その時、俺たちの中で確固たる意思が合致した。

 

ネルスキュラの糸を時計塔に伸ばし、レオの襟首を掴んだ。

同時に地面に光弾を放つレオ。阿吽の呼吸というべきタイミングで行われたスパイダーマン&アイアンマン的な動作。振り子と反作用の勢いでその場から高く飛び上がり、即離脱を謀った。

 

鬼の形相が遠退く。

 

ネットを建物の間に張ることで二人着地。

再召喚(ビックシールドガードナー)する前にレオが下見していたルートを辿って複雑な路地を抜けていく。

 

「待て○○○共"ォ"ァ"アアアアア"ア"ッ!!!」

 

しかしそんな見事な逃亡も、相手側にいるライダーの古文書(アーカイブ)ナビゲーションによって困難を極めるのこととなったのだが、まぁ……。

 

 

「「逃げるぞおおおおおおお!!」」

 

 

今日も俺たちは元気に生きています。

 

 




燃費がいい(黄道十二門)


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望郷

……難しい。全然筆が進まなくて困ってます。書ける人たち凄いなと思いつつ、待って下さってる人に心の中で謝りながらチマチマ書き貯めてます。次の篇が書け次第投下していき……たいです。すみません。(できるとは言ってない)

次話もだいぶ先になるかもです。ごめんなさい。
(^p^)ンンンンンゴゴゴメェンンンンンンン!!!


「はらへったなぁ」

 

 

局所的に群生している森林。

青々とではなく荒野の中に点在するそれは、オアシスというより今にも枯れて崩れそうな草臥れたジャングルという方がしっくりくるだろう。

 

「んがあぁああん、あーーー~。暇じゃい」

 

岩の上に敷いた藁の布団。その上で、ゴロゴロと寝返りを打ちながら木々の隙間から覗く真っ青な空を見上げた。

 

空高くに見えるのは鳶一匹。

眼下にいる俺など視界に入っていないのだろう。ピーヒョロロロと呑気に空を泳ぎ回っている。

 

「鳥肉、くいてぇなー」

 

少し肌寒くなってきた秋口。

いや、この地域に冬が来るのかどうかなんてよく知らないけども。

んー、しかし秋か。となれば、どこかの街にぶらっと寄って食い物に集るのもいいかもしれない。

基本的に災難に巻き込まれやすい俺ではあるが。一瞬!一瞬だけ!ヒッュと行ってビャッと帰ってくれば街に騒ぎとか起こさないで帰ってこれる筈だ。自称せざろ得ないトラブルメーカーの活躍を抑えきれる筈だ。

 

つか、人を遠ざけた生活もそろさろ寂しくなってきたな。何ヵ月たった?それとも年単位か?

 

寝返りを打って地面に彫った『正』の切り傷を眺めた。そして───眺めて、やめた。

 

そういえば、五〇を越えた所でカウントするのやめたんだった。鬱防止で。

数をゆっくり数えていくっていうのはそれだけで精神をかなり消耗する。どれだけ世間様から離れているのか毎日ありありと見せつけられるんだから。

 

「ふあはあぁ。からだおめぇー」

 

仰向けの体を起き上がらせようと半身に力を入れて…………入れて………っ。

 

諦めた。

めんどうくさい。チカラはいんねーわ。

 

「ま、今日はそろそろいっか」

 

ずっと発動していた模倣を解除した。

体から大地に繋いでいた植物の管を(ほど)くと、それは宙に溶けるように消え去る。

 

 

ここはかつて霊峰ゾニアと呼ばれていた。

しかしあの神聖さすら感じた荘厳な山々はすっかり様変わり。なんてことでしょう、匠の手によって今やただの荒野となってしまいました。

 

あの一件。俺がクソトカゲとヤンチャしてすっかり崩壊しきった神々しい山を、俺は微力ながらどうにか蘇生しようと試みたのだ。

 

悪あがきなのはわかっているが、はいおれしーらない!と放置するのは流石に罪悪感がある。

体を山岳龍に摸倣し、その力を大地へ少しずつ流して生命の成長を促している。が、しょせん俺の力は解除すれば消えるため、自然繁殖のための補助輪でしかなく中々環境の完全再生には至らないでいた。

もう潮時なのかもなぁ。これくらいの森ならともかく、流石にあの山を復活させるのは無理がある。

しかし全てが無駄だったのかというとそうでもない。少なくとも俺には利があった。

長いこと続けた唯一の利点、それは摸倣の転移。その調節が上手くなった。昔ほど死の危険を感じることはなくなったし、最近ではよりスムーズに出来るようなった。

 

……んー。まぁ、近頃ようやく野生の動物がチラホラ来るようになったし、あとは自然に任せてもいいのかもしれない。あとそろそろちゃんとしたご飯食べたい。

 

「腹、へったなー。おいトリー。食わせろー」

 

ピーヒョロロロー。

 

なんて言ってんだろう。

『寝言は寝て言え』かな。

 

そんな返事を妄想しながら、どの方角へ旅立つか悩み、だが億劫になって寝返りを打とうとしたその時。

俺の顔にかかっていた陽光が陰った。

 

それは単純に遮蔽物が入ったというだけの話。だが、ここは不毛の大地(手作り)。

遮るようなものなどなく、雲だってひとつ見当たらない憎たらしい程の快晴だ。

 

ならば何なのか。

それは雲でも鳥でもなく、人の形をしていた。

 

「干し肉ならあるぜ?」

 

俺を太陽から遮るのは、くすんだ焦げ茶色の髪を乱暴に後ろへ流している無精髭の男だった。

 

「お前さん、噂の竜人だろう」

 

ニカッと屈託のない笑顔でそう言った男は、右手を振りかざした。

そこに間違いのない驚異を感じるのと同時に、跳ねるようにその場からとび退いた。

数秒前まで寝ていたその地面がブロックのようにバラバラに分解される不思議な光景を見ながら、飛んできた瓦礫を火竜の翼で吹き飛ばす。

危なげなく着地した俺は、翼を畳みながら首を傾げた。

 

「えーと。もしかしてどっかで任務失敗とか、借金とか踏み倒したっけ?だとしたらすまん!今度返すから待ってて!」

 

両手で謝るように柏手を打つ俺に粗暴な男は「は?」としばし呆けると、答えるように笑い声を上げた。

 

「ンガアハハハハハハハハアハハハハハハハハッ"オェ"!ゲホッウッア"ッン"ッ"!!」

 

なんか一人で大笑いし始めて涙目で咳き込む変人がいる。

何にそんなに笑ってるの。けっこう怖いぞこのオッサン。

 

「はぁ。死ぬかと思った。おめえ面白いな!笑い殺されるかと思ったぜ。なんだか俺と似たもんを感じるな」

 

感じねえよ。

しかしこれは勝機。流れが来ているうちに乗るしかあるまい。言葉で成立するならそれに限る。

 

「なになに?見逃してくれる感じ?」

 

「いいや。そういう訳にもいかねえ。こっちも仕事なんでな。悪いがいっぺん封印されちゃくれねえか?お前さんだろ、この霊峰をこんな枯れ葉しか残らねえ程に滅茶苦茶にしてくれた極悪野郎は」

 

「……なんか勘違いしてねえか?」

 

…………いや?してないのか?

してないわ。うん。確かにここを壊したの俺たちだ。

壊したのも、このジャングル擬きを作ったのも俺だ。とは言うものの記憶は曖昧でよく覚えてないんだが。しかし破壊の爪跡から察するに、ここを破壊したのが俺とクソトカゲだってのは事実だろう。

 

「おたくさん、随分大物らしいじゃねえか。数千年前から生きてる竜と人のハイブリッド。赤き瞳と翼、炎で大地を焼き払い、空を曇らせ、山を呑み、海を揺らし、影となり地を這い、姿形を操る竜人。変幻竜。竜人奇譚。風影。海割り。世界を喰らうモノ。色んな名前で伝承になってんぜ」

 

 

✝ 世 界 を 喰 ら う モ ノ ✝

 

 

うわかっけぇ……。

どこの中二病発案よその名前。そんなの指差して呼ばれたら鉄道に助走つけて身投げするわ。

 

呆ける俺を他所に無精髭は「その魔力に赤い翼。そしてこの禁域ゾニアに踏み込んでるという事実。言い逃れはできねえだろう」と背中に生えている赤い翼を指差した。

 

はぇーここ禁域なんて呼ばれてんだ。…………あれ?なんかこれ、面倒事になってないか?

というかなんで今更なんだ?この霊峰ぶっ壊してから今まで何年も時間あったでしょうに。仕事は迅速にやること。これ仕事出来る奴の常識!(俺のことと信じたい)

 

つーか、なんだよ伝承って。明らかに人違いだろう。

何だよ変幻竜って。生き物自体が違うだろう。

何だよ竜人奇譚って。誰の二次小説だよ。

誰だよ風影って。どこの里も治めてねえよ。

あと海割りて……。焼酎みたいに言うなよ。

そもそも千年単位も生きてねーよ。

 

なんだよ。なんだよ!完全に人違いじゃねえか!!

 

「あのなぁオッサン…………オッサン……?」

 

あまりにも強烈なショックに動揺を隠しきれずヨツンヴァイになる俺。

 

「一人で何やってんだ?」

 

無精髭の男をおっさん呼びして、ふと自覚してしまったのだ。

俺、天貝刀児。現在(よわい)三〇一を数える歳である。

俺。もうオッサンじゃん……。

うっそだろ。マジでか。ちょっと前まで二十歳成り立てピチピチヤングボーイだったのに。えちょっと待って頭痛くなってきた。

 

「お、おいおい。どうした顔色悪くなってんぞ」

 

「……うん。なんか……具合悪くなってきた」

 

「悪いモンでも食ったのか?」

 

「いや、日数はわからんけど数ヵ月何も食べてないから多分チガウ。あと俺オッサンになっちゃった」

 

「オッサン?つーかすげえな、何ヵ月も食わなくて持つモンなのかよ」

 

「もってない」

 

「……そうみたいね」

 

オッサンはそう言うと、背負ったバックパックから葉にくるまれた3つのおむすびを取りだし、俺に差し出した。

 

「ほれ、食うか?」

 

聖人か!このオッサン聖人かッ!

 

「頂きますッ!!」

 

 

おむすびを両手に頬張りながら、数年ぶりのお米に感動を隠しきれない。

食道を通って胃の中に食べ物が入ってくる感覚。久方振りだ。まるで無くした半身が戻ってきたような……。

 

「うめ"え"え"え"。う"め"え"え"え"え"」

 

「ヤギみてーになってんぞ」

 

「あ"ぐまてぎだよお"お"お"お"お"ッ"!!」

 

イメージは藤原竜也である。

 

「竜人が悪魔的とか言うのもどうなんだよ」

 

いや別に竜人じゃないし。

 

それはともかくとして、無事完食。

具材は鮭と鳥肉でした。

 

「大変おいしゅうございました」

 

「おう。まぁ作ったの俺じゃねえが」

 

「それで、セイントオッサンよ。なにかご所望はござらんか。恩は返すぞい」

 

「セイント……?ダッハハ!変な奴だなお前!」

 

「変ではない!」

 

「変ではない奴は変ではないとか言わねえよ」

 

「さようで」

 

俺の返事を聞き流しながら、オッサンは先程砕いたブロック型の石に「どっこいせ」と腰を下ろした。

 

呑気に欠伸をしながら大口を開けて、ボケーっと先刻の俺のように空を見上げた。どこか哀愁漂う姿である。

 

「さーて……どうすっかねぇ」

 

「お困りと見た!」

 

「そう。お困りなのよ。ホントどうしよ」

 

「言ってみなさい。聞きましょう。この私が!」

 

「いやなぁ。一応100年クエストで神竜の封印ってのがあってな。お前さんもその中に入ってんのかなぁと思ってたんだが……どうも神って感じじゃなさそうだ」

 

「何を当たり前の事を言ってるの。神が空腹とメンタルで気分悪くなるかよ」

 

「…………だよなぁ。なぁ、お前さん神竜の情報なにか持ってたりしねえ?」

 

「しない」

 

ガクッと項垂れるオッサン。

 

「あーあ、またイチから探し直しかぁ」

 

「すまん。そもそも、竜なんてそうそう会うもんでもないですしおすし……」

 

…………あ。

 

いやちょっと待て。いたわ。お手軽に出てくるクソトカゲが。

いやでも待てよ。いると言っても、呼べば来る訳じゃないし。そもそもあいつが神竜とやらである確証もない。少なくともあの暴れっぷりを見るに神様っぽくはないし。……いや破壊神という路線ならあるのか……?

 

うーむ。飯の恩もある。なるべく手伝ってやりたいところなんだが。

 

「一応、竜ってのには思い当たる節がある」

 

「マジか!!?」

 

「うお近いっ。近い近いッ!勘弁してオッサン近い!!」

 

俺の肩をガシィッと力強く掴み、オッサンは唾を飛ばしながら詰め寄って来た。

最高に嬉しくない事態に顔を引き吊らせながら唾を拭い、ドウドウとオッサンを落ち着かせる。

 

「そいつの名前は!?どんな奴だ!色は!?」

 

「な、名前?いや名前は知らねーけど。色は黒くて」

 

「黒くて!?」

 

俺の言葉を遮るように一人興奮気味で盛り上がっている。

 

「デカくて」

 

「デカくて!?」

 

「……見た目だけはカッコイイ」

 

「カッコイイのか!!」

 

「……オッサン落ちt」

 

「オッサンなのか!?」

 

「ちっげーよ!!落ち着けっつってんの!!」

 

その喝でようやく正気に戻ったらしい。目をぱちくりさせて「はははスマンスマン」と笑いながらブロックに腰を戻した。

 

なんで俺が突っ込み役をやらねばならんのだ!!

 

我ながら謎のキレ処は置いておき、俺も対面する形でブロックに腰を落とした。

 

「名前は聞いてない。初めて会った時は問答無用で殺されかけたし、たぶんあんたの探す神竜とやらだとは思えないぞ?なんつーか、神聖とかじゃなくて邪悪って感じのやつだし……破壊神だってんなら納得はいくようなやつ」

 

「んーーー。そうか……手がかりではあるが……」

 

眉間にシワを寄せながらウーンウ~ンと悩ましげに唸るおっさんを見ていると、俺の視線に気がついたのか、「なんだ?」とハテナを浮かべた。

 

「そんな必死にドラゴン追っかけるなんて、オッサンもしかしてワーカーホリックってやつ?それとも戦闘狂?」

 

俺の問いかけに、おっさんは手の平を振った。

 

「んなわけねえだろ、俺は一に女、二に女。三に飯で四に女だ」

 

「……うわ」

 

「そんな目で見んな!仕方ねえだろ!旅してると魅力的な女は多いんだよ!」

 

なんだこいつ。ヤ○リチンかよ。信じらんねえ。俺なんてもう魔法使いになってしまったというのに。未だ未使用だというのに。秘密兵器のまま終わったウェポンだというのに。

それに比べて数多くの女を食ってきただと?ふざけるなこのヤリチ○ンが。ヤリ○チンがァ!!

 

どう絞め殺してやろうかと思案しながら右手をコキコキと握って開いて鳴らしていると、俺の不機嫌を悟ったのか捲し立てるように言った。

 

「あ、いやな!俺のギルドに竜に育てられたって奴がいてよっ!その親竜を探すってのが一応本題なんだよ。クエストはついでみてーなもんだ」

 

しかしそれは俺の興味を引くには十分なファンタジーだった。

育ての親が竜だなんて、もう完全に主人公要素しかないじゃん。

 

「そりゃまたすげえやつがいんな!ロマンの塊じゃん!」

 

「だろ?」

 

まるで自分の息子を自慢する親父のように、オッサンは嬉々として話してくれた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)という魔導士ギルドに所属していて、そこには沢山の子供たちと一騎当千の魔導士が溢れてるんだとか。

他にもフィオーレ(イチ)のギルドでありながら、問題児ばかり抱えるお騒がせファミリーでもあるとか。中でもこのオッサンは一二を争う人材で、今回は100年の間で誰も達成し得なかった100年クエストなるものを受けてここまで来たんだと。

で、その竜に育てられた子供。ナツくんの親を手がかりだけでも探してやりたいと思ってた時、偶然にも舞い込んだ100年クエストを一も二もなく受ける事になったらしい。

 

 

「へえぇ……。そうなのか。妖精の尻尾ねぇ。………………なんか聞いたことあるな」

 

 

 

あれ……………………妖精の尻尾?

 

頭の奥で、キッズたちとの記憶がカチリと噛み合った。

 

 

「ああっ!!!」

 

「うおっ!?……なんだよびっくりしたな」

 

聞いたことあると思ったらそうじゃん!

全部聞き終わってから思い出したよ!

 

「ジェラールとカグラって居るよな!?」

 

「ん?まぁいるけど。なんだ、知り合いか?」

 

「知り合い……。そうね、知り合い……っちゅーか。偶然拾って俺が妖精の尻尾に預けたんだよ。あの二人」

 

「なんだと!?おまえっ、それ本当か!?」

 

再び身を乗り出したオッサンを牽制するように立ち上がって、見よう見まねのへっピりボクサーの構えをとった。

つぎ唾を飛ばしてみろ、俺のワンツーとついでのスリーぱんちが炸裂するぞ!!

 

「ダアッハッハッハッ!!キグーな事もあるもんだ!まさかあいつらの『師匠』とやらが竜人だったなんてな!」

 

「だから俺、竜人じゃないんだけど」

 

師匠でもないんだけど。

 

つかあいつら、俺のことまだ師匠なんて呼んでんのか。

いやカグラちゃんならわかるよ?俺に弟子入りしようと必死な子だったし。だがジェラールてめーはダメだ。なんて余計なことを……。

巨大ロボの中で会った時は、再開のノリに任せて『師匠!』なんて言ってるのかと思ったがどうやらこのオッサンの言い方から推測するに常用的に言ってるようだ。

やめろよ、絶対カグラちゃんの不興買っちゃうじゃん!『アタシの時はダメだったくせに男ならいいのっ!?ち、近寄るなこのソッチ系!ホモがうつる!!』とか言われかねない。そんなことを言われた日には涙をキラめかせながら天彗龍でこの国から秒で出て行くぞ。速度制御できないからやらんけど。

 

「それにあいつらな、互いに互いの師匠が同一人物だと思ってねえみたいだぞ」

 

「はぁ!?なんで?」

 

「いやこっちが聞きてえよ」

 

どういうことなの?

 

……あ、あー。

 

そういえば俺、どっちにも名前名乗ってない……。

 

あれ?

……年代的にすでにゼレフもメイビスたんもご臨終な訳で……?

これ下手したら俺の本名知ってる人間って本当に少人数なわけで……?

 

うわ、俺の友好関係……狭すぎ?

 

そういうことか。

昔に卒業したとばかり思っていたコミュ障は健在だったのか……。自分の名前を名乗ることも出来ないような三〇代になってしまったというのか。

あ、なんだろう。心が軋んでる音がする。

挨拶も出来ない大人。カッコ悪い。

 

「どっちの師匠の方が優れてるとかカッコイイとか、そんな喧嘩をしょっちゅうしてたっけなぁ」

 

「ぬふふっ。そうだろうカッコイイだろう!」

 

「鼻のびてんぞ」

 

「よせやいカッコイイなんて褒めたってなにも出んぞぉ?」

 

「浮き沈みの激しいやつだなー」

 

そうだな、あいつらが日頃お世話になってるんだ。取り合えず名乗っておかないとだよな。

 

「俺は天貝刀児(あまかいとうじ)。刀児が名前だから気軽にトージと呼んでくれ」

 

「そかい。俺はギルダーツ。ギルダーツ・クライヴだ。よろしくなトージ」

 

ギルダーツ。カッコイイ名前。

いいなぁ。俺もガ行とかラ行が入ってればイカした名前になってたんだろうなぁ。

ギルダーツ天貝。あ、ねえわ。くそダセエ。

 

「今更だけどよ、悪かったなトージ」

 

ギルダーツは立ち上がると、自責の念を滲ませた顔で後頭部をガシガシとかき「すまん」と頭を下げた。

 

「お、おう??いいってことよ……?」

 

「ハハっ、なんで謝られてるのか分かってないって顔だな。俺が言うのもなんだが、規格外っつか。人間味ねえなお前さん」

 

「あれ勘違いかな?侮辱された?」

 

「ああワリィワリィ。別に悪意があって言った訳じゃねえんだ」

 

ぬんっ、と一歩を踏み出した俺に、ギルダーツは下がりながら両手をパーにして否定した。

 

「だからよ、いきなり殴りかかったことだよ。俺が謝罪したいのはそれだ。すまなかったな」

 

あぁ、なんだそんなことか。

人間が襲って来るくらいどーってことないさ。

そりゃ、あんなクソトカゲが寝起きドッキリばりに襲ってくることに比べたらね!!

 

「いいよ、ビックリはしたけどそんなに大したことなかったし気にしてないよ。こうして謝ってくれた訳だし」

 

「大したことなかった、とか言われるとフェアリーテイルの名を背負ってるモンとしてはカチーンとくるけどな、少し」

 

「あ、ごめん」

 

「いいよ、抜けてるのはお互い様だって事だな」

 

「かもな。確かにちょっと似てるかもしれんな」

 

二人して笑いながらしばらく談笑を続けた。

俺がここにいた理由は旅の途中に立ち寄って休んでいたということになった。

流石に自分でぶっ壊したから直そうとしてました、なんて言える訳がない。壊した云々は誤魔化せたんだ、変に掘り返すのはよそう。下手したらタイーホだ。

 

それから日もすっかり傾き、空が夕暮れに差し掛かった頃になってようやくギルダーツは重たそうに腰を上げた。

 

「トージ。お前さんさえ良ければ、今晩ここで一緒に野宿しねえか?」

 

ギルダーツは辺りの木々や小さな湖を見て、ここが適所だと判断したらしい。

その湖も俺が汲んで来ました。魚も偶然置いてあった生け簀から持って来ました。…………ごめんね漁業ギルドの皆さん。

 

「まぁなんてったって、辺りは荒野だ。緑豊かで、神々が居たって神話で奉られてた霊峰ゾニアも、今や禁域ゾニアなんて呼ばれてる。一晩で霊峰をこんな更地にした化け物が、どこに出てくるかわかったもんじゃねえ」

 

「ソウネー。世の中、ドンナやーつがイルカわかんナーイヨネー」

 

「ダッハッハ!なんだその喋り方!まるでお前がやったみてえなリアクションするじゃねえか!やっぱ面白いなお前!」

 

「…………ところでさァ!お腹空いたなぁ!!」

 

「唐突だな」

 

「ところでさァ!?お腹空いたなぁ!!」

 

「わーった!わかったから。魚でも釣るぞ!ホレ、釣り竿作るから手伝え」

 

木の棒を拾い、面倒くさそうに俺へ動けと行動を促した。

 

「つーか、なんでこんな近くに魚いんのに餓えてたんだよ」

 

「……だって。魚に愛着湧いちゃって……」

 

「はぁ?」

 

「人と暫く会わなかったからさ。魚でも近くにいてくれたから、愛着湧いちゃって……。食べるに食べられなくて」

 

「変わってんなぁお前」

 

「……はは、我ながらどうかしてたよ。でももういいんだ!数年ぶりにお米食べられたし。アンソニーもジェニファーも、捌いて焼いて食べちゃおう!」

 

「おいやめろよ。釣っても食えなくなるだろうが」

 

「いいんだ……。もういいんだっ!俺のことは構うな!殺れっ!」

 

「未練タラタラじゃねえか。魚に対しての思い入れ強すぎだろ」

 

やんややんやと、ギルダーツとあーだこーだやり取りをしながら夕暮れを過ごし、久しぶりに誰かとゆっくりする時間を取った。

ふざけて格闘しながら魚を捌き、夕食を終え、澄んだ夜空の下。くだらない話でまったりとした時間が流れていく。

 

なんというか、懐かしい感覚だ。ゼレフといた頃を思い出した。

セピア色とでも言うのか。体験した時間としてはそれほど前でもない筈なのに遥か昔に感じてしまう。

 

 

「なんだ、お前さんもしかして故郷にでも帰りたいのか?」

 

……ん?なんの話だ?

 

唐突に話を切り出したギルダーツにクエスチョンが浮かぶ。

俺の顔で察したのか、ギルダーツは懐かしむように続けた。

 

「なんて言うかわかるんだよ、旅をしてるとな。そんな表情をする奴を結構見るんだ。望郷って言うのかね、帰りたいけど帰れない。そんな顔だ」

 

「…………んー?んー。どうなんだろう。確かに二度と会えなくなった奴もいるし、会いたいとも思う。でも、戻りたいかって言われたら……どうなんだろうな」

 

……俺はあの時から前進出来ているんだろうか。

 

時間は流れていく。

時間が悲しみを癒してくれるなんて言うが、それは多分なれてしまうだけ。薄れてしまうだけ。忘れてしまうだけ。

 

俺は、馴れることが出来たんだろうか。

いや、こうして悩む時点で出来てないんだろう。完全に忘れることも出来ず、中途半端にぶら下げて。あの世で幸せになってくれと素直に言うことも出来ない。小さな人間だ。

 

浅ましい。

 

俺の本性はどこまでも浅ましく小さい。

 

 

前進?そんなもの、出来ている筈がない。俺は停滞しっぱなしだ。立ち止まっているだけだ。

死んだ筈の友が、まだ生きてるんじゃないか。どうにかして会えるんじゃないか。そんな希望を心のどこかで手放せないでいる。

 

「なんか、嫌なこと言っちまったか?」

 

俺の雰囲気にやりずらさを感じたのか、ギルダーツは謝るように言った。

 

「いや、んなことないよ。まー俺も放浪の身だからさ。後悔とか結構あるわけよ。今更悩んだって後の祭りだし、結局は気の持ちようってだけの話なんだ」

 

「そうか。ま、お互い心残りはどこにでもあるもんだ。俺は一週間前に会ったエレナとラパスちゃんが恋しいよ」

 

「え、なに?おれ喧嘩売られてる?」

 

「というか気になってたんだけどよトージ。お前もしかして○ェ○ー?」

 

 

…………………………………………………。

 

 

 

「ええチ○リ○ですけどなにか!!!!??」

 

「キレんなキレんな。そんなお前に……女の落とし方教えてやるよ」

 

「先生!」

 

「ガッハッハ!仰げ仰げ!」

 

 

 

 

 

 

──あぁ。

 

 

──空虚だ。

 

 

 

どこまでも空っぽ。

俺の願いはなんなんだろう。俺の目的はどこなんだろう。どこにあるんだろう。俺は、何がしたいんだろう。そもそも俺は…………。

 

 

 

──俺は、なぜこの世界へ来たんだ。

 

 

 

 

直後、風が暴れ狂った。

一匹の黒い竜と共に、俺たちの空を雲に濁らせて。

 

突如として現れたソイツは、紅い二つの眼光で二匹の子羊を見下ろす。

 

 

「オイ……ンだよ、この化け(モン)ッ。とんでもねえ」

 

 

畏怖を滲ませて驚愕するギルダーツを他所に。そいつを見上げた時、俺の空虚だった心に、とひとつの火が灯った。

 

歪んだ笑みが溢れる。

 

凶悪な竜と見つめあうその瞬間だけは、俺の中の時間が巻き戻った気がした。

 

いつかと同じだ。

やっぱり俺にとって時間を共有できるのはお前だけなんだろう。

認めたくねーし、勘弁願いたい話だが。それでも俺にとってお前は……お前だけは不変だ。

 

強敵と書いて友、なんつって。

 

「俺たち、ズッ友だよな。クソトカゲ」

 

 

──ガァアアァァアアアアアァアアアッ!!

 

 

なんだよ。キモいこと言うなって?

 

安心しろ、俺も思った。

お前と仲良しなんてふざけんな。最初にぶっ殺されそうになった恨みは忘れん。

それに。今気持ち悪いくらいに渦巻いてる、この行き場のない虚しさと、進むことのできない自分への苛立ちを解消したいんだ。させてくれ。

 

だから

 

 

 

今日もケンカしようぜ

 

 

 

「『MODE:イビルジョー』」

 

 

それと

 

 

 

「『怒り、喰らう』」

 

 

 

 

はらがへったんだ

 

 

満たしてくれよ。俺の空腹(虚ろ)をさ。

 

 



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精選、代替、予言

間違えて内容調整中の予約を投稿してしまった。
ネタバレくらった人ごめんなさい((((;゜Д゜)))
お詫びの投稿。完成度には目をつむってくだされ…


これは短期契約を勝ち取るための、あくなき戦いを続ける男のドキュメンタリーである。

 

プロジェクトZ ~挑戦者たち~

 

職無し男の朝は早い。起きるのは早朝11時。なんとお日様が真上に登る前である。

男は舗装された橋の下で、毛にまみれたマントを消して欠伸。背伸びをして川の水で顔を洗い、体を濡れタオルで拭いて歯を磨く。

寝起きのストレッチは欠かさない。それを終えて男は空を見上げた。快晴である。

ぼけーと三十分ほど過ごして、そこで男は思い出した。

 

 

あ、やべ。そういえば昼から面接だ

 

 

「では、志望動機を聞いてもよろしいかな?」

 

男は思った…………いやもういいやこれ。

飽きた。

 

「聞いてるかな?」

 

はえ?(オブリビエイト)

 

あッ(超理解力)

 

志望動機ですか!

 

志望動……あれ?

志望動機はえーと。なんだっけ。

 

あーーーっ♂

くっそ、暗記した志望動機がどっか行った!頭の中のどっかに旅立った!

どこにいったの俺の志望動機っ、出てきて思い出して!頑張って俺の脳内タンスっ引き出してー!

 

「えええたと。でそね。御社の理想打開姿勢に変態官命を受てけてでですね。……その、そのーーー…………。スゴイナと!!スゴイナと思いました!!」

 

男は思った。

行けたんじゃないか?行けたんじゃないか!?

完璧だった筈だ。完璧な受け答えだった筈だ。だってスゴイナって伝えられたし。

うん大丈夫!!(謎の自信)

 

「では次に、なぜ数あるギルドの中でもここを選んだのですか?」

 

 

はえッ!?何その質問!

返し方がわからんぞ!嘘だろ『バルカンでも(ウホ)れる面接』にはそんな例題書いてなかったぞ!

なんて返せばいいんだ!?

 

え、えーと。数あるギルドの中でもって言われてもな。

確かにギルドって一杯あるし。魔導士以外にもトレジャーとか盗賊とか商業とか漁業とか傭兵とか。ここを選んだのも紹介されたから偶々だし……。

 

よし、もう正直に。正直にいこう!!

 

「他のギルドも受けたけど落ちました!」

 

バッチリ!!

外しようも無いほどに的確な返答。確信を得たり。

正直者には福来たりって湖に斧を落とす童話で学んだんだ。これは間違いないだろう。俺は教訓から学べる男。

勝ったな。風呂入ってくる。

 

「ゴホン!では、このギルドに入って貴方が貢献出来ると思うこと。もしくは成し遂げたいことはなんですか」

 

 

…………しらねーよ!!!(ガチギレ)

 

俺は旅の生活をマシに出来ればそれでいいの!お金を稼げればそれでいいの!

別にお前らの為に何かしようだなんてそんな高尚な気持ちで来てるわけじゃねーーーゲフンゲフンアフンアフン。

いかん。いかん。落ち着け。まだ慌てる時間じゃない。こういう本心っていうのは強く思いすぎると表に出ちまうモンだ。落ちケツ落ちケツ。

 

「…………み、皆さんの為になるように頑張りたいです」

 

ええい!これが俺の精一杯じゃい!

 

「ふっ。そうですか」

 

文句あんのかクソッタレエエエエエエ!!(ベジータ)

なんだよこるぁああああ!!何が面白いってんだ言ってみろよオラアアアン!!??言ってみろよ俺も一緒に笑ってやるからよお!!ええ!!?

俺の精一杯の返答なんだよ!他になんて言えばいいんだよ!しらねーよ!!別にてめーのギルドの為に何かしようなんて現時点で思えるわけないだろ!まだ入ってすらいないのに雰囲気も人員の顔も知らないのに何かしようだなんてそんな軽く言えることじゃねーだろうが!!今方針なんて言ってそれが何になんだよ、所詮まだ働いてもいない奴の空想上の妄言聞いてどうするんだよ!

教えてくれよ俺によおおおおおお!!

 

「少し話は戻りますが、貴方がなぜ他のギルドで落ちたのか。理由は何だと思いますか?」

 

……え?

 

イケメンで才能に溢れてるから?

……かなしみの、波に溺れる。

 

それとも社会性がないから?

いやいやいやいや。伊達に何年も旅してないわ。社会性ありまくりだわ。コミュニケーション能力なら人類の上から数えて九億九千番目くらいだわ。

 

そいつらの見る目がないから?

いや違うな。むしろ俺を雇わないのは正解だ。何か事が起こるたびに色んなものをぶっ壊しかねん。

 

あれ……これじゃね?

し、しかし。そのまま伝えるのはダメだ。そんな事実を告げてしまったら雇ってもらえる訳がない。

考えろ。考えるんだ。灰色の脳細胞をフル稼働させるのだ!

マイブレイン!カムヒア!(混乱)

 

 

「有り余る能力を活かしきれないから、ですかね」

 

こ れ だ

 

間違ってはいない。

荷馬車をぶっ壊すのも。クズな依頼人をぶん殴ったのも。なんか偉そうな爺婆の集まりに楯突いたのも。魚の豊富な海域を蒸発させちゃったのも。霊峰ぶっ壊したのも。

 

「有り余る能力を活かしきれなかったからです」

 

勝ったな。風呂入ってくる(源 しずか)。

 

「なるほど能力ですか。では、貴方の魔法を見せてください」

 

「わっかりました!」

 

待ってました!正直これまでの感触はよくわかんなかったけどまぁ次に行けたんだからいいじゃない!

よし!ようやく見せ場が来たぞー!これこそお手のものですわ!得意分野というか、唯一の取り柄ですからねえ!これがないと生きていけないヒ弱な男なもんで!

まぁまぁ是非是非見てって下さいな!アっと言わせてみせますとも!

 

アっと…………言わせて…………みせ。みせ……。

 

その時である!俺の脳内に数秒前の台詞が甦った!!

 

『有り余る能力を活かしきれなかったからです』

 

そう。ここでこのオッサンを相手に龍種のブレスでも見せてみろ。この建物は吹っ飛び、オッサンも吹っ飛び、この最後の頼みの綱である採用案件も吹っ飛ぶ。

アっという言葉だけ残して全て吹っ飛んでいくだろう。

 

まままて落ちケツ!落ちケツ!

打開策を考えろ。まずは深呼吸だ。スーハースーハー水の呼吸!オーバードライブ霹靂一閃!

披露するのは規模の小さい物にしなくてはならない。小型モンスターにしなくてはならない。それでいて個性のあるものだ。なんだ。何がある。えーと。えーとっ。

 

せ、せや!マジックでも見せたろ!(ニュータイプ閃き)

 

「えと。失礼ながら、このコイン持ってて貰っていいですか?身につけてくれればどこにしまっても構わないので」

 

硬貨にウンコの絵柄を描いてそれをオッサンへ手渡した。

 

「……ふむ。まぁいいか」

 

一番安くて丈夫な硬貨を握らせると、オッサンはそれを内側のポケットへとしまった。

何をするのかと、怪訝そうな顔でこちらを見ている。やめて、オッサン。見つめないで。ギラついた目で見られるとなんか尻に寒気が走る。

 

「じゃ、じゃあ。失礼して『MODE:メラルー』」

 

オッサンに触れるのは大変遺憾であった。が、仕方なく俺はオッサンの肩を軽くポンと叩く。

 

「ハイー」

 

右手を開いて見せると、先程の硬貨は俺の手の中に収まっている。その硬貨には先程と同じウンコの絵柄。完全に同じ物だ。

なるほど、とオッサンも硬貨をしまった筈の場所を探って、それが本物であると同意した。

 

「…………で?」

 

「……へ?」

 

「…………で?」

 

これはあれだろうか。「かーらーのー?」みたいな。そんなノリを要求されているのだろうか。なんと性格の悪い。もっと他に聞き方というか、促し方があるでしょうに。

お前の頭の毛も盗んだろか。いやいらないけど。

 

「……い、以上です」

 

「はい不採用」

 

「上等だこのオッサン野郎!!だーれがこんなクソギルドに入ってやるかよバカバーーカ!!もういいわ畜生!下手に出てりゃあ威圧的で意地の悪い質問ばっかしやがって!!何様だ!!」

 

「お前の上司になる可能性あった雇い主様だ」

 

「言われてみればその通りですねすみません!お時間とらせちゃってごめんなさいね!!」

 

完全に俺の逆ギレだった。

ぐうの音も出ません。社会性なくてすみません。

くっ、まさか俺の方が世に蔓延るキレやすい若者と同類になってしまうとは……不覚ッ!

 

はぁーあ。また職探しか。せっかくのいい条件の職場だったんだけどなぁ。

今回も流れが来なかった。俺への流れが。

スゥゥゥ……何で来なかったんやろなぁ(Sy○mu)。

 

そんな盛大に落ち込む俺へ、ギルドのマスターはキザったらしく笑いかけた。

 

「冗談だ。採用だ。これから俺たちはここを立たねばならない。準備は手早くな」

 

「……え?採用…………マジd……本当ですか!?」

 

「お前はアイツからのお墨付きだ。まぁいいだろう。精々励め」

 

部屋を去っていくオッサンに、俺は言葉を失った。

 

オッサン……あんたってやつは!あんたってやつぁ!

……めっちゃ絡みにくいタイプだわ!

採用なら採用って普通に言って欲しかったよ。なんか無駄に逆ギレして恥ずかしいじゃん俺。器の小ささを披露しただけじゃん。

あとなんかごめん。言いたいだけ言っちゃった。今度機会を見てちゃんと謝ろう。

 

 

あ。

 

 

……このギルド、賄い飯とかあるのかしら。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「えー、では志望動機を聞いてもよろしいかな?」

 

志望動機。

特にこれといった動機があるわけではないのだが、さてどうしたものか。

 

「というかマスター。なんですかこの面接ごっこは」

 

ごっこと言われたのが不満なのか、マスターマカロフは少し拗ねたような声色を滲ませた。

 

「そんなこと言われてものぉ。仕方ないじゃろが、今回の作戦である六魔将軍(オラシオンセイス)の討伐者を選出したのにお前らと来たら。全員して平等だの不平等だのと喚きたてるから」

 

「確かにそうですが、別に面接じゃなくても良いのではないでしょうか?」

 

「それはあれじゃ、単純にワシがやりたかったからじゃ。考えてもみぃ。フェアリーテイルは基本的に来るもの拒まず。他のギルドみたいにちょっと真面目なのやってみたくてのぉほほほほ。わかるじゃろカグラ」

 

「はぁ」

 

よくわかりません。

 

闇ギルドの討伐。

それが今回私たちに課せられた任務。しかし今回の任務は数ある闇ギルドの中でもトップを誇る大元締め。三大闇ギルドのうちのひとつ六魔将軍(オラシオンセイス)を相手にしなくてはならない。

そして今作戦では、フェアリーテイルが他三つの正規ギルドと手を組み、連合軍として六魔将軍(オラシオンセイス)及び配下たちの闇ギルドと戦うことになる。

それこそ、生半可な覚悟で挑めば怪我ではすまないし、他ギルドの足を引っ張ることになるだろう。

 

「何せ六魔将軍(オラシオンセイス)を下せば泊がつく。それに、ミラちゃんも収穫祭で爆弾発言しちまったせいで男共が武勲を上げようと躍起じゃ。しかしワシとて責任ある立場。親としてもおいそれと適当な人選で行かせる訳にもいかん。しかし面談せずに選んだメンバーにはブーイングの嵐」

 

どれもこれも予想外の事態。

ミスフェアリーテイル。誰が一番人気があるか、という女性魔導士の競い合いで優勝したミラ(私は不参加だ)。

その際『頑張る人の応援をするのは好きかも』と言い寄られたミラの逃げ口上。それを真に受けた馬鹿たちが騒ぎだした。

ついでとばかりに、ラクサスが面白半分で伝言魔法を使い『六魔を一人でも獲った奴には百万ジュエルだ!』と置き土産。

くだらない催し事のように始まった六魔将軍の取り合いが始まり、現在に至る。

 

頭の痛い話よね。

今度落ち着ける時間を作れたら、あの馬鹿たちにはしっかり教育しておかないと。教育を。

 

「『全員の意見意気込みも織り込んだ上の判断じゃ』と馬鹿共に言うための、形だけの面接じゃ。あまり気にせんでええわい」

 

「ミラにも馬鹿たちにも困ったものですね」

 

「全くじゃ」

 

 

ホトホト、厄介な連中ばかりで困ったわ。特に

 

 

ラクサス

 

……と

 

ジェラール

 

 

さて、あの二人。どうしてやろうかしら。

 

フェアリーテイルの中で……。

トーナメントがどうとか。

バトルロワイヤルがどうとか。

誰が一番強いだとか

誰が一番魔力があるだとか

誰が一番派手だとか

誰が一番モテるだとか

誰が一番カリスマがあるだとか

誰が一番次のマスターに相応しいだとか

バトルオブフェアリーテイルがどうだとか

あーだこーだあれだそれだ何だかんだ何だかんだとフザケタことを散々やり散らかしてくれて、挙げ句の果ては私の怒りなど知らん顔して「お前も参加したいんだろ」等とほざいて周りの迷惑も考えずにやりたい放題。最後に皆を煽るような発言をしたラクサスと、記録魔法でそれを残していったジェラール。

 

 

本当に。本当に。

 

 

本当に、どうしてくれようかしら…………。

 

 

「お、おお落ち着かんかカグラ!魔力が駄々漏れじゃわい!確かにあの馬鹿二人がやったことは迷惑千万でフォローのしようもないが、民間人にこれといった人的被害はなかった!それに祭りを盛り上げたことに変わりはないんじゃし、ええんじゃないかのォ!」

 

はぁ……。

そうね。確かに被害はなかった。今回は(・・・)

それにここで腹を立てても仕方ないものね。

 

「すみません。少し取り乱しました」

 

「お、おう。構わんじょ……」とマスターはなぜか冷や汗を垂らしながら腕を組んだ。

 

「しかしあの祭りのお陰でジェラールも明るくなったようじゃし。カグラ、お前さんもジェラールと何か話し合ったんじゃろ?前とは少し雰囲気が変わっとるわい」

 

この言葉には素直に驚いた。まさかそこまで見抜かれてたとは。

 

「ええ。まぁ私の愚兄のことで。ジェラールに色々と教えて貰いました」

 

私の兄。幼い頃に人拐いにあった実の兄、シモン。

ずっと長い間捜し続けた、たった一人だけの血の繋がった肉親。

兄を見つけるために旅を始め、フェアリーテイルまで辿り着いた私だが、まさか本当にここで兄の情報を得ることが出来るとは。これもあの人の導きか。

 

実の兄。愚かな兄シモン

兄がエルザ・スカーレットへ恋慕を抱き、悪事に加担したこと。どんな悪行を働いたのか。どんな結末に至ったのか。そして今、どこにいるのか。

楽園の塔で起こった色々なこと。全てをジェラールから教えてもらった。

 

もちろんショックだったし、落ち込んだ。寝られなかったし、刀もろくに振る気力さえ失った。

情けなさと不甲斐なさと、唯一の肉親である兄が苦しんでいた時、側にいてあげられなかった悔しさ。

 

だが、ジェラールは私に言った。

 

『やつは、自分に正直に生きた。やったことは最悪だし絶対に許されて良いことじゃない。が、それでも自分の気持ちに真っ直ぐに生きた。シモンはたぶん後悔してないと思う。だから俺もアイツを見習うよ。後ろばかり見てないでこれからをどうするか、それを考えようと思う』

 

ジェラールには感謝している。

 

してはいるが…………少なくとも祭りを滅茶苦茶にすることがこれからすることじゃないでしょう。事が収まった今だから言うが、不倶戴天で打ちのめしてやりたい。

 

「ありがとうございますマスター。でも大丈夫です。私も折り合いをつけました。そしてこれからの事を考えようと思います」

 

「子供の成長は早いのぉ」

 

染々と、マスターは呟く。

ゴホンと咳払いをひとつすると、話を戻すかと前置きをする。

 

「今回の連合軍なんじゃが、なんでも他のギルドからは新人が何人か派遣されるらしい、くれぐれも気を着けることじゃ」

 

「気を着けろ、とは。それはコミュニケーションの話でしょうか?それとも戦力としての足並みの話でしょうか?」

 

「それもあるが……」

 

何かを考え込むように、マスターは顎を触りながら虚空に視線をさ迷わせた。

 

「話によると、青い天馬(ブルーペガサス)は元評議院直轄のルーンナイトから新人をこさえたらしい。名は確か『聖夜のイヴ』」

 

「……それはまた」

 

つまり、フェアリーテイルに対して当たりの強い人間が来るかもしれないという話だろう。評議院はかねてよりフェアリーテイルを毛嫌いしている傾向がある(主に破壊活動に積極的な馬鹿たちのせいで)。

揚げ足を取ろうと邪魔すらしてくる可能性も否定はできない。

評議員が崩壊してまだ間もないが、新生評議員なるものが発足(ほっそく)を始めようと動き出しているらしい。この隙を利用して人員を送り込んできても不思議はない。

確かに、命を預け合うような事態になっても仲間が信用できないとなっては一大事だ。

 

「他にもあるんじゃ」

 

まだ不安要素があるのですか……。

只でさえ戦力になるラクサスとジェラールはマスターの怒りに触れて謹慎。

いい歳をしたワルガキ行為で自宅謹慎中だというのに。戦力が下がった上でまだ問題があるのなら、なんと頭の痛い話か。

 

「それで、他とは一体」

 

「三つのギルドは先程言った通りの者達だ。不思議に思っただろうが、連合軍にはひとつだけ名の通っていないギルドが参加しておる。化猫の宿(ケット・シェルター)。まぁあそこのマスターとは昔ちと縁があって知り合いなのじゃがのぉ……」

 

なんでも、新人が入ったらしいのじゃ。とマスターは皺のよった目頭を指でほぐしながら疲れたように言った。

 

「新人、とは。まさかまた元評議院でしょうか」

 

「それがのぉ。わからんのじゃ。身元不明、出身地不明、魔法不明。わからんことだらけじゃ。話に聞くには男らしいということだけ。それしかわかっとらん」

 

「なるほど」

 

化猫の宿(ケット・シェルター)のマスター、ローバウル。奴は確かに人格を持つ人間を投影して街ひとつ分の人口を創れる程の尋常ではないレベルの幻術使いじゃ。が、面倒な事情も抱えておる。お陰で奴自身余裕がない。加えて、いかんせんとんでもないお人好しじゃ。また変なのに騙されておらんとも限らん」

 

なるほど。

規模が規模なだけにリアクションがしにくい。

 

「……街を創れる、ですか。次元に差があり過ぎて全くピンと来ないですね」

 

「まぁそうじゃろうな。ワシも最初はそうじゃった。落ちた顎が上がらんかったよ」

 

ガッハッハと笑うマスターは、「おっと話がそれたな」とコミカルな態度を消した。

いつもの優しげな顔とは違う、真剣な面持ちに自然と背筋が伸びる。

何が来るのかと構えたところで、マスターは頭を私へ下げた。

 

「何も無ければそれに越したことはない。じゃが、あのお人好しが誰に騙されてるとも限らん。いざという時は、化猫の宿(ケット・シェルター)を助けてやってはくれんか」

 

マスターはその場で私へ頭を下げ、そう言った。

 

「マスターっ、頭を上げてください!」

 

マスターマカロフに頭を下げられるのは正直なところ心臓に悪い。

流石に私の恩人であるマスターにここまで言われてしまっては、全身全霊で応える他ない。

刀だって抜こう。それがこの人の願いの為になるのなら。

 

「大丈夫ですよマスター。私に任せてください」

 

「お前さんがそう言ってくれると頼もしいのお」

 

「それに、今回は私自身、少し楽しみでもあるんです」

 

「なにぃ!?い、いかんぞカグラ!いくら悪党だからと言っても、身分を奪い去り生涯衣服を着ることを許さず奴隷にしようなどと!そんな残酷な仕打ち……」

 

「私をなんだと思ってるですか、マスター?」

 

私に対するあんまりなイメージに、つい反射的に魔力と威圧感が溢れ出てしまった。

 

「…………な、ジョ、ジョークじゃよ!ジョーク!マカロフジョーーーック!!ナハハハハハハハ!ハ、ハ、ハハハ……」

 

そうですよ。私はフェアリーテイル所属といえど常識ある女です。非常識なことをするつもりはありません。

……というか、これでも女の子なんですから。あんまりな扱いをされ続けると最後には…………泣きますよ?

 

久しぶりに少し落ち込んだ。

 

「楽しみにというのは……カナに占って貰ったんです。今回の任務の運勢を」

 

「ほ、ほう……?」

 

カナのタロットカードはここぞという時には当たる。

それに、あそこまで確実に当たると念を押されては、楽しみにする他ないわよね。

 

 

「なんでも、運命的な出会いがある、と」

 

 

「運命のぉ」

 

 

「ええ、楽しみです」

 

 

私にとって運命…………

 

 

──まさか、ね

 

 




……ま、まさかね


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伝説でもない樹の下で

いつまでたっても二次創作としての進展がないんじゃあ、読者様たちも不安よな。

作者、動きます。


腹立たしげにカレンは豪奢な椅子の肘掛けを指先でトントントントンと継続的に叩く。

よほど苛ついているらしい、可視化できそうな程に立ち昇る怒気は隠せない。

 

「チっ。なにしてんのよ……イライラするわね」

 

怒りの原因はあの阿呆二人(天然と星霊)……という訳ではない。早いものであれからすでに一週間が経過しようとしている。

 

あの二人に逃げ切られた直後の彼女の怒りは今以上で、もはや宥めようもない火山の如しだった。

が、それも一過性のもので数分と続かなかった。

 

落ち着きを取り戻したカレンは、

 

『なんだ。元気でやってるのね』

 

どこかホッとしたように、レオの立ち去った方角へ嬉しそうに微笑んでいた。

正直、また惚れ直した。

 

「「「カレン姐さん」」」

 

俺が回想で彼女の美しさに呆けている間、レンとイヴ、それに何故か一夜さんまでが、不機嫌そうに足を組むカレンを団扇(うちわ)で扇いでいた。

 

「そうカリカリしないでカレン。それにレンとイヴはともかく、一夜さんはウチのエースなんですから。そんなことしなくても……」

 

自分のガールフレンドを方膝ついて団扇で扇ぐ上司を見て何を思うのか。

虚しさである。なにをやってるんだという虚しさ。なにせ尊敬する上司だ。それが余計に悲しさを五割増しにさせる。

 

「何を言うか響。美しき女性は敬い讃えるもの。そこにエース等という無粋な地位など……」

 

一度区切り、目をつむると一夜さんは深く鼻から空気を吸い込んだ。

 

「介在する余地はないっ!!」

 

「「ヨッ!さすが先生っ!!」」

 

胸を張って言う響さん。いつもならここでレンとイヴに並んでクラッカーのひとつでも鳴らすところだが、流石にカレンが相手ではそんな気にはなれない。

 

そんな彼等は視界に入っていないらしい。当のカレンはというと……。

 

「いつになったら来るのよ他のノロマギルドたちは!」

 

目の前に置かれたテーブルの脚をガンガンと足蹴にしていた。

 

カレンが苛立っている主な理由はこれだ。

誰も来ないのだ。俺たちの他にも三つのギルドが集まるはずが、どういう訳かギルドのギの字も見えない。

既に規定の時間から三十分は遅刻している。

妖精の尻尾(フェアリーテイル)ならまだしも、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)まで遅れるとは。あそこには比較的常識人である岩鉄のジュラがいた筈だが、何かあったのだろうか。

 

そんな時である。

ようやくと言うべきか、扉が開かれた。

三十分前には既にやっていた歓迎の準備を俊足で整え、いざお出迎えである。

一番乗りはまさかの妖精の尻尾(フェアリーテイル)

古文書(アーカイブ)使いの僕をもってしてもこれは予想外。まさしくダークホースだった。

 

 

うーむ……。

 

 

…………うむ。

 

しかし『一刀のカグラ』は相も変わらず美しい。

まるで鍛え上げた鋼のように美麗な一刀を連想させる立ち姿。一時期僕たちから女の子を奪っていっただけはある。

唯一週刊ソーサラーでランキングトップを飾り、青い天馬(ブルーペガサス)に閑古鳥を鳴かせた女性。寧ろ、少しでも油断しようものなら僕の心も奪われてしまいかねない。

そしてこちらは新人のルーシィか。彼女もグラマラスで実に目に良きものである。

グラマラスで、良きものであるッ!!

 

「響ぃ。あんまり目移りしちゃだめよ」

 

「は、はい……」

 

恋人からの苦言を頂き、スゴスゴと後ろの方へと下がった。

レンとイヴが口説こうとカグラさんへ近づくも、鋭い視線と鞘に納まったままの刀を向けられて固まっている。

一歩でも近付こうものなら滅多打ちにしてやると言わんばかりのオーラだ。

 

(「どうしよう。警戒されちゃってるよ」)

 

(「別に、悲しくなんかねえよ」)

 

(「新人さんの方いってみる?」)

 

(「つか、あいつも可愛いな」)

 

小さな声で作戦会議。

そんな中……。

 

「メェーンっ。ご機嫌よう愛しきカグラさん。あなただけの一夜ここに見参。今日も実に(かぐわ)しき良いパルファむ(香り)ううぅううんっっ」

 

ためらいなく放たれるカグラさんの容赦のない一撃。吹き飛ばされた一夜さんが物凄い音を立てながら物置へと収納された。

なんという早業。奥から小さく「めぇーん」と呻き声が聞こえてくる。

 

「い、一夜さんっ!」

 

「響。アンタは行かなくていいの」

 

飛んでいった一夜さんを助けに行こうとしたのだが、カレンに腕を掴まれてしまった。曰く、あれは手を貸さなくてもすぐ這い出てくるわ、と。

今に始まったことじゃないけど、やはりカレンは一夜さんに冷たい。尊敬できる人なんだけどな、一夜さん。

 

「んっメェーン」

 

言った通り、気がつけば一夜さんは復活していた。

自分で引っ張り出したのか、舞台照明に囲まれながらポージングをとっている。なんという早業。流石です!

 

「てめえら、うちの姫様方にあんまちょっかい出さんでくれねえか」

 

レンとイヴが諦めずにルーシィを口説こうとするのを見かねたのか、妖精の氷男がイラついたように言う。

……というかなぜ彼は上半身裸なんだ。

 

「やろうって言うなら受けてたつぜ」

 

「なに君たち。いま僕らはお姉さん達とお話したいんだよ。邪魔なんだけど」

 

「なんだ喧嘩か!?俺も混ぜろおお!!」

 

負けじと凄む二人。このままではいけないと、二人を止めようとしたその時。僕の横で天馬の女王が柏手をひとつ鳴らた。

その場が水を打ったように静まり返る。

 

「それよりアンタら。遅刻してきた分際で断りのひとつもないのかい?」

 

まさに鶴の一声。

カレンの声で、先程まで剣呑な雰囲気を漂わせていた青い天馬たち(レンとイヴ)は威嚇をやめて団扇を手に取る。そしていつもの陣形へ。

 

それから、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の数少ない常識人であるカグラさんの謝罪のお陰で、カレンと彼女らの間で険悪な雰囲気になることだけは避けられた。

 

よかった。こんなところで女性同士の喧嘩(キャットファイト)なんて始まってしまったら、それこそ収集がつかなくなる。

まぁ、ひと悶着と言っていいのか。カレンはカグラさんが相当気に入ったようだ。

彼女に無遠慮ににじり寄るとカグラさんさんの顎を指先で持ち上げ、俺たちより男前に俺たちより色っぽく口説いていた。

 

「あんた気に入ったよ。顔もいい。スタイルも完璧。腕も立つ。ネームバリューも最高。どうだい、アタシたちのところ(ブルーペガサス)へ来ないかい?」

 

「断る」

 

「褒めてるのよ、そう邪険にしないで頂戴。まぁ急がなくてもいいわ。あなたを求めているギルドがあるってことだけ頭の片隅に置いておいて。気が向いたら声をかけてくれればいいから」

 

「善処させて頂くわ」

 

「楽しみにしてる」

 

攻めの女性と、攻めそうな女性の少し力強くも色っぽい絡み。

いいっ!男としてこう、来るものが。

…………おっといけない。つい男のサガが。

 

「なんだよ。喧嘩しねーのかよ!」

 

その向こう側では、不満そうにブーブーと文句を言う桜髪の男。

まったく視界に入ってなかったけどあれが噂に聞く妖精の尻尾の火竜(サラマンダー)か。

古文書(アーカイブ)にも詳しくは記述されてない滅竜魔法の使い手。今回の仕事では期待が持てそうだ。

 

「なんだまだいたのか。男は帰っていいよ。お疲れめぇええええんっ!!」

 

ポージングをとりながら妖精の男二人へ厳しい言葉を投げ掛ける一夜さん。

そんな一夜さんがまたしても、死んでしまうんじゃないかという一撃で吹っ飛ばされて物置へと収納された。

 

なんと、意外にも犯人はカレンであった。握った魔水晶を光らせながら呆れたようにため息をつく。

 

「あのね一夜。それは女に言う台詞でしょうが。これからやるのは抗争なのよ。男なら、女こそ先に帰らせろって話よ。それに集合場所とはいえここは青い天馬(マスターボブ)の別荘。招いた以上彼らは客人。無礼は控えなさい」

 

尤もなお言葉に流石の一夜さんも返す言葉がないのか、物置から返事はなかった。

 

あれ…………?

 

一夜さん、生きてますよね?

 

「……めぇーんぼくない」

 

あ、生きてた。よかった。

 

「イヴ、レン」

 

「「は、はい!!」」

 

「あんたらも気を付けなさい。……いい?異性を魅了するならまず人として魅力的でありなさい。あのチビ夜も基本は正論を言うけど間違うこともあるの。何が魅力的か、自分で見極める力を持ちなさい」

 

「「はい姐さん!!」」

 

「えっと。はい、姐さん」

 

何となく俺も言うべきかなと、流れに乗ってみたがカレンに後ろ手で小突かれた。余計だったらしい。可愛い。

しかし、あのレオとアリエスの件を踏み台にここまで人として成長してくれたことに胸が一杯だ。もはや俺以上の人格者と言っても過言ではない。これもトージ(反面教師)さんとマスターボブのお陰か。

カレンの咳払いがひとつ。

 

「すまないね、うちの馬鹿たちが。ま、これでお相子ってことにして頂戴」

 

「えぇ。異存はないわ」

 

とカグラさん。

裸男も呆れたように腕を組んだ。

 

「ま、なんか説教はそっちでやってくれたみたいだし。俺もかまわねえよ」

 

というか服着ろよ。

 

「こ、これがあの天馬の女王(ペガサスクイーン)のカレン・リリカ!やっぱりかっこいい!いつか私もあんな風に」

 

「ルーシィは掃き掃除してる方が似合ってるぞ」

 

「うっさいバカマンダー!誰がシンデレラよもうっ」

 

「ルーシィなに一人でクネクネしてるの?いい感じに気持ち悪いね」

 

「おい猫ちゃーん、誰が気持ち悪いって?」

 

仲良さげに会話を始める彼らにようやくかと安堵した。

よかった。これでこの場は落ち着いたし、ちゃんと作戦説明も進められそうだ。

俺たちは連合軍。連携を取れなければ話にすらならないのだから。

 

「さて、すぉれでは。あとは蛇姫の鱗(ラミアスケイル)化猫の宿(ケット・シェルター)の方々だけとなったのだが。……ふぅむ、だが新しいパルファム(香り)が近寄ってくる気配はないな」

 

一夜さんがチャーミングな鼻をクンクンと鳴らしながら、徐々にカグラさんに近づき、物置へと吹き飛んでいった。

 

「それにしても妙だよね。残り二つのまともなギルドじゃなくてオイラたちの方がこんなに早いだなんて」

 

「私たちがまともじゃないみたいな言い方しないでよ。否定出来ないから余計に悲しくなるじゃない」

 

確かに妙だ。

岩鉄のジュラがいてここまでの遅刻が発生するとは考えにくい。それだけに終わらず化猫の宿(ケット・シェルター)まで来ないとは。

 

化猫の宿(ケット・シェルター)からは二人、と聞いているメェン」

 

「マジかよ天馬のオッサン。二人で六魔将軍(オラシオンセイス)討伐に参戦って、なんだそりゃ。どんなゴリラみたいな奴がくるんだよ」

 

「二人のゴリラ!?ゴリラってことはそいつら強いのか!?……て、あれ。ハッピー、いつの間にか顔デカのオッサンいなくなってるぞ」

 

「あい!あの人なら、ナツがよそ見してた間、カグラに近寄って物置みたいな部屋にホームランされていったよ」

 

「なんだよ楽しそうに遊びやがって!ずりぃい!」

 

「やめとけよナツ。首が星になるぞ」

 

蛇姫の鱗からは三人と聞いている。それに化猫の宿の二人。どちらも同じく遅れるなんて。偶然か?

いや、偶然にしてはタイミングが被りすぎている。

 

「響、と言ったわね。私たちがここへ来る途中、道を阻むものは何もなかった。路上の事故とは考えにくいわ」

 

カグラさんの報告に嫌な予感が大きくなっていく。

 

初めは些細な疑問だったんだ。

六魔将軍(オラシオンセイス)の情報について。

正規ギルド側へ情報が流れてくるにしては何の噂も情報も無かった。

六魔将軍の情報ではない。それを持ち出した者の情報がだ。闇ギルドへのスパイや情報の窃盗。それらに関する話がなさすぎる。まるでどこかから湧いて出てきたようなたれ込み。

マスターたちの秘匿された経路から入手したとも思えない。なにせ、俺もその情報経路のひとつ、古文書(アーカイブ)の使い手なのだから。マスターボブから何かしらの示唆があるはず。今までがそうだったように。

今回、僕にだけニルヴァーナの真実を教えたように。

 

疑念は無視できない程に膨らんだ。これではまるで……。そう、まるで偽の情報を掴まされ誘い出されているようだ。

 

疑念と邪推であった筈のそれは確信へ変わった。

 

「むむっ。これは血のパルファム!怪我人だ!」

 

物置の中から叫んだ一夜さんの声。

 

そして扉が開き、血だらけの五人組が雪崩れ込むように入ってきた。

 

あれはシェリー・ブレンディ、リオン・バスティアか。衣服を泥と煤にまみれさせ、傷だらけで互いに支え合うように姿を表した。その中でも目を引く大男に担がれている血塗れのフルアーマー。

担いでいるのは聖十大魔道士、岩鉄のジュラ。

 

皆が絶句するほど、全員が傷にまみれた凄惨な姿だ。

息を呑んだ沈黙の中から飛び出すように前へ出た海のように青い髪の少女。

泣き出しそうな悲痛な声で、表情で、彼女は叫んだ。

岩鉄のジュラの支える血に塗れたフルアーマーの剣士を抱き締めながら。

 

「お願いです、誰かミストガンを!ミストガンを助けて下さいッ!!」

 

 

一瞬の空白。

……なんだ?

 

 

「「「はぁあああっ!?」」」

 

うおっ。つい驚いてしまった。なんらかの繋がりがあるのか?

妖精の尻尾(フェアリーテイル)一同が衝撃を受けたように大口を開けている。

 

 

「ンンン!?どうなってんだァ!?おいカグラ!カグラ!どうなってんだ!?」

 

「しっ……知らん!……訳がわからない」

 

「なんでミストガンがいるんだよ!?」

 

「え、えっ!?幽鬼のギルドに捕まったとき助けてくれた人じゃない!」

 

狼狽える彼らの言葉は整合性がなく、いまいち現状を理解する材料にはならなかった。

 

すると、化猫の宿(ケット・シー)のシンボルを印す二頭身ほどの白い猫が、未だ涙を浮かべる少女へ喝を入れた。

 

「落ち着きなさいウェンディ!治療魔法を使えるのはあなただけじゃない!ここなら安全だから早く。まだ助かるんでしょう?」

 

「あっそうだよね!うんっ、まだ助けられる!」

 

妖精の尻尾の知り合いらしいとか、白い子猫が喋っていることとか、治療魔法の使い手がいることとか。……色々と驚愕するも、あまりの情報量の多さに頭が着いていかずしばらく呆然とした。

 

詳しいことは後回しと言うことだろう。ウェンディと呼ばれた少女は、ペコリと俺たちに会釈だけして慌ただしく血相をかいた様子で重傷のフルアーマーへ掛かりきりになった。

 

聖十のジュラがこれほどの手負いになるとは。なるほど……伏兵か。

どうやら俺たちの動きは奴等に本当に誘導されていたらしい。

……おおかた、ニルヴァーナの実験台(モルモット)にでもするつもりで俺たちを集めたと考えていいかもな。もしくは高名なギルドメンバー(おれたち)をニルヴァーナの餌食にして魔法界への見せしめにするつもりか。その両方か。

 

全員が固唾を呑み沈黙する中で、傷は負っているものの比較的無事だったリオン・バスティアは、ボロボロの体をダルそうに持ち上げながら、俺たちの顔ぶれを眺めた。

 

そして……拳で胸を叩き、不適に笑った。

 

 

「六魔将軍、二人打ち取った。残り四人だ」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「そろそろ頃合いか。準備はいいな、ノイズ(六魔)よ」

 

「あぁ。問題ねーよ」

 

四十分ほど早く、それぞれが俺とリーダーを残して散っていったらしい。

やる気マンマンだなおい。

 

さて、初めての契約社員である。

六魔将軍として(・・・・・・・)短期契約で雇われた俺。

実は今回の仕事で功績を上げれば長期契約にしてくれるとかなんとか。

ま、そんなことを言われましてもって感じである。日雇い生活の俺には余り響く言葉ではない。長居をするつもりなど毛頭ないから。

何を隠そう、俺はあのクソトカゲと因縁の間柄である。もしも俺が襲われたとき、側にいた奴等まで巻き添えを喰らわせるのはちょっと後味が悪い。

そこで俺は閃いたのだ。あ、闇ギルドなら襲われてもいいんじゃね?と。

とは言え、流石に犯罪集団に長居はしたくないし。

ただでさえ俺は色々やらかし過ぎて指名手配くらってんのに、これ以上懸賞金を上げられてたまりますか。誰も海賊王なんて目指してねーの!

だが金に目が眩んで今ここにいる。

短期契約の理由はそんな感じでした。

なので今日は『六マ』と書かれたお面を装備中。これがマジで邪魔。視界が悪いったらありゃしない(ちなみに髪まで黄銅(鈍い金)色に染める徹底振り)。

 

つか、漢字とか片仮名とかあるんだなこの世界。

もうこっち来て結構になるけど、漢字と片仮名は初めて見たわ。英語は頻繁に見かけるけど。

なんつーか、ファンタジー世界にそぐわねー……。もしかしてどこかに、俺みたいに飛ばされた日本人でも居たんだろうか。謎は深まるばかりである。

 

 

……話を戻すか。

で、まぁ、とりあえず当面の問題であるクソトカゲに関しては……。うん。

実を言うとついこの間、ライダーと暴力グリーン女に遭遇する前日にカチ合った。

あの時は大きな怪我こそしなかったものの、魔力を殆ど使い果たしちゃったし死ぬほどキツかった。せっかく再生しかけてた森も吹っ飛ばされたしな。精神的ショックでかいよ……。

 

ま、長くなりそうだからその話は割愛としよう。

結果論だけど、その後ライダーたちと鬼ごっこ出来るくらいには回復した訳だし。

 

この職場に来て、あのクソトカゲとも間隔一週間くらいだから暫くは落ち着いているだろう。

俺はそう信じる。マジでお願いしますクソトカゲ様。

 

とにもかくにも、色々ぶっ壊したり何なりあって金が入り用になり今に至る。世知辛ぇ。

 

「ノイズ。貴様には遊撃を任せる。好きに動き回れ」

 

彼の名前はブレイン。俺の雇い主でありこの六魔将軍のお頭である。白髪頭で色黒でロン毛のオッサン。外見は年齢の割りにパンクである。三〇代後半くらいかな?

 

…………。

 

……あれ?

俺とちょっと歳近くない?(見たくない現実)

歳は近いのに方やギルドのリーダー。方やバイト。

 

……おっと涙なんて溢れないさ。なぜかって?上を向いているからね!

ちなみに俺の面接担当をしてたのは六魔の一人、走るのが得意な魔導士、レーサーさんだった。これが本当のランニングマn(ry

面接の時は変装していたらしい。

 

「ん、遊撃?敵がいるのか?」

 

ふと湧いて出た疑問に、ブレインはしかめ面を更にしかめた。

ニルヴァーナとかいう昔の道具を探すだけの簡単なお仕事じゃなかったの?

 

まぁ戦うくらい別にいいけどさ……。

聞いてないんですけど?

 

「あぁ。正規ギルドが嗅ぎ付けたらしい。一応先手は打ったが、奴らも案山子(かかし)という訳ではあるまい。討ち損ねもいるようだ。貴様はそれらを発見次第撃退。もしくは(そば)に他の六魔がいれば従え。なに、正規ギルドの連中は殺しても構わん。いやむしろ殺せ。痛いことに、すでに我等も『エンジェル』と『ミッドナイト』を討たれている。失敗は許されん、全力で掛かれ」

 

アレェッ!?(裏声)

二人も脱落!?

 

ふ た り も だ つ ら く !?

 

何やっちゃってんの!?

もうすでに三分の一壊滅とか何やっちゃってんの!?光の速さかよ!フレッツ光かよ!

なにが「先手は打った(精一杯の強がり)」だよ!討たれてんのこっちじゃねえか!天才(バカ)かてめえ!どうしてそんな余裕こいてられるの!?

 

貴重な紅一点が……。

おおぅふ。やる気メーター駄々下がり。

貴重な痴女枠がああん!くそっ!誰だ!許さん!許さんぞ!

 

はぁー。

にしても、殺しても構わんと来たか。わかったよ。全力で生きて返すね!反骨精神バリバリだぜッシャオラァ。

こちとら金さえ貰えればそれで万事OK。まぁ真面目に仕事してないのがバレるとお金貰えないかもしれないから、見つけたら動けないように強めの麻痺毒か睡眠毒射って安全地帯に転がしとくか。

 

つか、ブレインさん。正規ギルドになんでバレてるのよ!明らかに身内に内通者いるんじゃん!

つか、ブレインさん。なんでバレてるの知ってるのよ!なんで知ってて強行手段に出るのよ!しかも色々始まる前に二人やられてるし!やられてから動いてるし!

はぁーっ使(つっか)え!

もうコードネーム右脳左脳にしとけよ。人格別で。右脳、左脳。その方が面白い分まだ救いがあるわ!

 

……そういえばこのギルド、裏の業界でも結構な大手なんだっけ?でも脳筋の集まりで……俺の同類だった?……もうわからんね。

あ、嫌な言葉が浮かんだ。類は友を呼ぶ。

うわあああああ否定できねええええええええ!!

 

い、いや、でも流石に大手ですし。偽情報を持ち帰らせるとか、待ち伏せドッカンとか、それくらいやってるのか?

 

……やってそう。

なんかこいつ腹黒そうだし。俺もいつ背中を刺されるかわかんないかも。

……いや流石にね!流石にないと思うけど!

 

…………気を付けよう。

 

「業腹だが。ゼロを除く我ら全員でさえお前には勝てん。ノイズ、お前には期待している。励め」

 

「うい、了解ボス」

 

行け。と命令口調で言われた。なんか腹立つ。

腹いせに飛び立つ瞬間に足場の岩を砕いて舞わせてやったわ!

例え俺を遠坂時臣(アゾット)しようとしても無駄だからな!やり返すからな!こんなもんじゃない全力で!

ぼくのちょうぱわーはすごいんだっ!!

 

そんな俺の内心など露知らず、「血気盛んだな」とか後ろから余裕ありますよみたいな気取った呟きが聞こえて少しイラっとしました。

少しだけねッ!!!(ガチギレ)

格好つけやがってぇ!俺だってそのポジションやりたい!絶対格好いいじゃん!ブレインとか言う名前の脳筋のクセして!(偏見)

あーあ!やってられませんわ!

 

 

 

ワース樹海とかいう、日の光すら遮る夜のような森の中。

 

日差しとは無関係に黒々く染まった木々を眺めながら森の中を歩く。

ブレイン曰く、ニルヴァーナの力が漏れだして森が黒く染められているんだとか。いらん豆知識をありがとう右脳左脳さん。

 

奥へ奥へと進むたび、どこかノスタルジックというか。強烈な懐かしい匂いと空気に目眩がした。

 

「……なんか、初めてクソトカゲに会った森を思い出すな」

 

あまり実感はないが、本能的にトラウマでも植え付けられていたのか、頭の奥で嫌悪感と恐怖心のようなものがチリチリと(くすぶ)っている気がする。

 

始まりを想起させる鬱蒼とした木々の世界。

さーて、このままだと迷うのは確実だ。とりあえずここから見えるあの大樹を目指すとするか。なんなら、あそこでサボりながら誰かと遭遇するのを待つのもいい。(正規)なら眠らせるし味方(オラシオンセイス)なら同行する。

それまでは精々ゴロゴロさせてもらうとしよう。俺は楽がしたいんだ!

 

「……あー、そっかあれだ」

 

歩きながら思い出した。

この木とか土が黒くなる現象、既視感があると思っていたが、あれだ。ゼレフの闇魔法みたいな暴走後の光景に似ているのだ。

ここら一帯の澱んだ空気にどこか懐かしさを感じていたのは、きっとゼレフのナントカの呪い?的なサムシングに似た空気を吸い込んだから、というのもあるのかも知れない。

 

うーむ。そういや詳しく聞くの忘れてたけど、やっぱ闇ギルドってだけあってそのニルヴァーナとかいうのも闇魔法的なサムシングなんだろうか。どうしよ。もし兵器とかじゃなくて知識とか形のない物だったら。最終的にはぶっ壊せばいいかな、とか思ってたんだけど。形のないものは壊せないし。もし知識だった場合、流石に頭を鷲掴みにしてパーンとやる訳にもいかんし。

 

あーあ、面倒くさ。

なんで働かないとお金って貰えないの!(桃源団)

 

にしても、遊撃ねぇ。

というか正規ギルドってどこが来るんだろう。やっぱり六魔将軍って大手ギルド(笑)な訳だし、あちら側さんも大手(笑)が来るんだろうな。

んー。冗談は置いといて、フィオーレで一番名前が売れてんのってどこなんだろ。あんまりギルドとか関わらないから知らないんだよなぁ。この国もチョイチョイ来る程度だし。

 

案外、ライダーとか暴力グリーンがいる青い馬刺しとか。もしくは偶然カグラちゃんと遭遇しちゃったりして。

今の俺にとっては、手をあげる選択肢がない以上、完全に負けイベントだ。無敵エネミーポジションだ。

 

ボケッと間抜けた顔で間抜けたことを考えながら歩いていると大樹の元へと到達した。

 

「なんて、そんな訳ねーか。世界は広いんだから。ここで出会うなんてことになったら突っ込むね」

 

大樹へ手をついて辺りを見回したその時。

 

「運命か!って。どの血の運命(さだめ)だ!ってな。その血の運命ぇぇ。ジョーージ、ョ──」

 

 

見えなかったその巨木の向こう側。太ましい幹を回り込んだすぐそこ。

同じ木の下で、長い黒髪が風に舞う。その透き通った漆黒の双眼と視線が重なるだけで、その時間が停まったような錯覚を受けた。

 

まるで鳴くような風。

 

 

ザワールド(止まった世界)の中で、血の気がサッと引いていく。

 

 

 

 

「────へ?」

 

 

たぶん。俺が生きてきた中でも一番間の抜けた声だったろう。

 

 

「…………師、匠………?」

 

 

 

伝説でもない樹の下で、運命は果たされた。

 

黒髪の剣士。

かつて一ヶ月の旅を共にした少女。

昔の面影を残しながら、すっかり美人に成長したカグラちゃんが──

 

 

そこにはいた。

 

 

 

 



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一寸先は純白

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今後ともどうぞよろしくです!


「…………師、匠………?」

 

時が停まったその中で、俺の脳みそだけは嫌にフル回転していた。アドレナリンがドバドバである。アドレナリンのナイアガラである。

 

待て。待て待て。

待てい待てい!!(江戸っ子)

 

なんでこんなところにカグラちゃんがいるんだ。

なんでってまぁそりゃあこの子の正規ギルドが仕事として来ちゃったからですよねー。流石の俺でもそれくらいは考えればわかる。

いつもながら帯刀しているカグラちゃんを前に、この状況で「やだグウゼンン~」などとIK○○バリに指を振ってられる程図太くはない。指ごとぶった斬られかねん。

あれ、明らかに闇ギルド討ちに来てるんじゃん。

あれ?明らかに俺も討たれちゃうじゃん。

 

おわた。

 

トージの奇妙な冒険、これにて

 

 

 

 

 

完!!

 

 

 

 

 

 

…………しかしあれだな。近くで見るとなおのこと可愛いな。

まぁ俺にとっては身内的な存在だ。だが身内贔屓(びいき)を抜いても普通に可愛い。超べっぴん。デラべっぴん(雑誌)。

……これで。これでSMの気質さえ無ければっ!媚びへつらうのに!もとい、アタックしまくるのに!

くっ。俺がノーマルなばかりに眺めるだけで留めておくことしか出来ないこのツラさ。世界はいつだって無情だ。

俺が、Mだったなら……っ!Mだったのなら!!

俺の……俺のうさぎドロップ計画。もとい光源氏計画がこんなところで頓挫してしまうだなんて……。

 

血の涙!!

 

 

というか、おや?

気持ちの悪い冗談は置いといて……今の俺、六魔のお面してるんだけど……。

念の為にと髪も染めてるんだけど……。

 

…………なんで俺だってバレてんの?

 

 

愛ゆえに?

 

愛ゆえになのか!?

 

 

 

なら仕方ない(清々流転)

 

 

 

と、とにかくこの場から逃げるか?

……いや、だめだ。

森の中で美少女とキャッキャウフフ男女逆の追いかけっこなんてしてたら、絶対にブレインに遊んでると思われかねない。仕事放って女の子と遊んでると勘違いされかねない。

減給待ったなし!それはイヤァ!らめぇ!

 

せ、せや!

骨格と声を変えて誤魔化そう!(天才)

あと喋りに強すぎる癖つけよ!(アホ)

 

そして刹那的な思考回路は途切れ、世界が動き出す。

少しずつ、違和感の感じ取りにくいレベルで徐々に骨格をブランゴ(歪んだ猿型)へ。そしてクルペッコの声帯を模倣することでその声を別のモノヘ変える。

誰の声って?もろちん、折角だから良い声にしよう。

こんな事もあろうと、どんな声を出したいのかはもう決めているのだ。皆大好きあのキャラである。

どんなキャラなのかは声を大には言えないんだけどね。ふふふ、世の中には著作権というものがありますからね。

具体的には藍染惣様みたいな声にします(直球)。

 

ということで、第一声。んんっと声慣らしをして、数秒の変声期を乗り越えた台詞を披露。

 

「師匠とは誰のことだね。ン僕っイケメンヌッ!」

 

「…………」

 

わーい。いい声でイケメンって言うとシュールでおもしろーい(現実逃避)。

 

あ、刀の柄に手を載せた。

しなやかな指先で柄を握り、親指で鞘を弾いて慣れた手付きで鯉口を切る。抜刀態勢だ。

 

「……我ながら不覚だ。師と六魔を見間違えるなど」

 

刀を背負ってた可愛らしい時代とは打って変わって、随分と様になったものだ。気迫も十分。あんなに小さかったのになぁ。やっぱ子供の成長って早いな。

 

しかし感慨に浸る俺を余所(よそ)に、カグラちゃんはこちらへ斬りかかってくることはなかった。

てっきり逡巡(しゅんじゅん)なく俺の素っ首跳ねに掛かってくるかと思ったんだけど……と頭を傾げる。

そんな俺を置いて、当のカグラちゃんは何やら百面相している。

難しい顔で全身を力ませたと思えば、プスーっと力が抜けたように脱力して時たまへにゃりと表情を崩す。ハッとして自分を戒めるように頭を振っては眉間にシワを寄せて難しい顔を繰り返している。

 

……なにをしてるんだろう。この子は。

 

「き、きさ……きさ…………ま!あ。いや、おま。お、おま…………え?」

 

果たして何が納得いかないのか、ブツブツと一人よくわからない事を呟いている。

 

「……違う。えっと。あな、た?あなた。そう!貴方(あなた)!貴方。……アナタ、か……なぜだ顔が熱い………」

 

俺の困惑した視線に気が付いたのか、頬に手を当てていたカグラちゃんはこっちまでびっくりするほどの咳払いをした。

 

「んん"っ!!!これは一体なんの……なんの魔法だ。イヤに心を乱される上に、私の体が言うことを聞かない。か、刀を抜こうとしても抜けない……わ」

 

なんでそんな少し赤くなりながらキョドってんのさ。いや、キョドってるのか?なんか落ち着かない様子だけども。どうしよう。状況が全くわからない。

一応、俺は今六魔(セイス)な訳で……。別に貴様でいいと思うんですが。斬りかかって来ても不思議はないんですが。

カグラちゃんは俺の立ち位置も汚い私欲も知らない訳ですしおすし。むしろ知ってもドSのカグラちゃんなら喜んで斬りかかってきそう。

 

ハッ!(閃き)

もしかしてカグラちゃん人見知りになっちゃったのか(閃きカグラ)!

確かにわかるぞ。幼い頃は怖いもの知らずで誰彼構わず迷惑をかけたり、昆虫をつついたりするもんだ。でも身心共に成長するにつれて他人が怖くなったり虫やらが嫌いになったりするもんだ。

いいんだ。いいんだカグラちゃん。それも成長さ(暖かい目)。

嫌いなものがある。苦手なものがあるってのは大事なことだ。好きなものだけじゃあ、人並みの嫌悪感を抱けない。痛みや恐怖に共感する能力が欠け落ちてしまう。

好きと嫌いがあって人間は育っていくのさ(劇場版ドラえもんの目)。

魔法のせいにしたっていい。誰かのせいにしたっていい。なんなら俺のせいにしたっていい。いつかそんな自分と向き合える日が来るさ!

 

くっ。子供の成長に目からコンタクトがっ!

ぼく裸眼なんですけどね。

 

「イケ、メぇーン」

 

溢れそうな涙を堪え、俺はそう返すので精一杯だった。

胸が、おっぱいなのです。

 

あ、いっぱいなのです。

 

 

 

 

と、そんな時。

 

 

 

 

「カグラさん、お待ちを。私はその男に用があるのです。今の言葉、とても聞き捨てならない」

 

 

そんなとてつもなく良い声がどこからともなく聞こえた。

 

茂みの向こうである。暗がりの中から響いたその低音で渋味のある声に、俺は意識を引かれた。

そう、その声はまるで、さっきまで真似て遊んでいた藍染惣様の声そっくりだった。

 

茂みの奥にいる。こちらへ迫る葉を踏む音。

果たしてどんなハンサムが出てくるのだろうか。まさかこんなところで藍染惣様本人の御登場じゃあるまいな。物真似してたら舞台奥から本人登場パターンじゃないよな。だったら即刻全身全霊、全速力で逃げるぞ俺は。

勝てないぞ。絶対勝てないぞ。OSR(オサレ)値で言ったら俺滅茶苦茶ド底辺なんだぞ。

フツメンだし。今着けてるお面も格好よくないし。服もちょっと豪華な仕事服(ローブ)着てるだけだし。

なんなら今骨格が歪んだ姿勢の悪い(ブランゴ)おっさんだし(致命傷)。

 

どうしようかと悩む俺。そんな俺の前に、ついにその男が姿を現した。

 

「この私を前にイケメンを名乗るなど笑止千万」

 

盛りに盛られ、セットされたホストのような茶の髪。

 

「夢は寝て見るものだというのを」

 

パリッとした真っ白なスーツに身を包み。

 

「教えてあげる必要がありそうだ」

 

やはり一線を画するような色気のある声。

 

「メェーン。貴女もそう思うでしょう。カグラさん」

 

 

とんでもないブ男が、そこには居た。

 

 

それではご想像下さい。

 

足元から始まる舐めるようなカメラアングル。

その短い足はすぐに映し終わり、ぽっこりとしたお腹がドーン。かと思いきや既に青ヒゲのケツアゴが顔を覗かせ、次に来るのはデカイ鼻と小さな瞳。油ギッシュな顔の中心に寄りまくってるパーツの数々。低身長でありながら、それを誤魔化すかのようなモリモリの髪型。生まれてくる時に神様は福笑いでもしていたのかと言いたい。

はいそして全体図がバーン。何頭身?三頭身?二?

 

正直いって、言葉を失った。

ここまでの衝撃は久しぶりである。今は亡き『しおから』をどっかの変なやつにムシャムシャされていた時以来の衝撃である。

いや、まぁ。なにが衝撃って……。

 

「イケメン代表、一夜・ヴァンダレン・寿。ここに見参」

 

全部だよ(全部だよ)。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)と言えど、イケメンの地位を君に譲るわけにはいかないのさ」

 

こいつ馬鹿だ(ブーメラン)

 

「ハンサムはこの世にただ一人でいい」

 

こいつアホだ(共鳴)

 

「世の女性を虜にする私の魅力に、勝てるかな?」

 

こいつヤバイ(敏感肌)

 

俺が喋ることを忘れて呆けてしまうほどに、その男のインパクトは凄かった。もはやリジェクトダイアルである。

 

んんん。いやしかし、不細工をイジルというのは流石に性格が悪いよな。イカンイカン。割りと長いこと見て歩いたこの世界は顔面偏差値が高水準なもんだから、ちょっとばかり虚を突かれたというか、驚いてしまった。

 

「私の美の前に平伏すがいい。六魔将軍(オラシオンセイス)!」

 

うんうん。

そうだよな。全部神様のイタズラだ。別に不細工はなりたくてなるもんじゃない。

彼が今を強く生きているのならそれでいいじゃないか。自分を肯定して生きていけるのならいいじゃないか。誰が文句を言おうが、彼は彼だ。

大切なのは顔の良し悪しではない。人の善し悪しだ。顔がイケメンだからとかじゃない。心がイケメンであればそれでいいんだ。

正規ギルドの一員として闇ギルドと戦いに来た。それだけで立派な話じゃないか。

 

尊敬するよ。言っちゃあ悪いが、その顔だ。過酷な人生だっただろう。それを乗り越えたアンタは立派な男だ。そして立派な大人だ。

 

メンッ(ではっ)!私と踊る前に、君の名を聞いておこう。君はヒビキの情報網にはなかった。何者だね」

 

「あぁ。まぁ知らなくて当然だ。新参だよ俺は。コードネームは『ノイズ(耳障り)』。目付きの悪い陰湿毒男に、うるせえからって名付けられた。よろしくな」

 

メェーーン(なるほど)。では正々堂々よろしく願おう。しかし現実は厳しい。数分後に君は、白目を剥いていることだろう」

 

「おうおう、お手柔らかに頼むぜ」

 

ランゴスタ辺りでいっかな。

チクッと麻痺毒入れて転がして置こう。

 

……いや。よく考えたら不味いかもしれん。

あんまり模倣見せびらかすとカグラちゃんに俺だとバレかねない。小型モンスターやレウスやナルガ、飛竜等のベターな模倣はアウトだ。ぐぬぬぬ。

見せたのが何年も前だから、何を見せたのか覚えてないし。うーむ、ここは普段使わないマニアックなヤツじゃないとダメだよな……。

 

考え込む俺を前に、小さいおっさんは胸を張った。

 

メーン(では)マイハニー(・・・・・)カグラさん。貴女は下がっていてください。ここは貴女の(・・・)一夜が引き受けましょう」

 

 

 

…………………………ん?

 

 

 

「……そう、だな。どうやら私はやつの魔法に犯されているようだ。なぜなのか刀が抜けない。敵意を抱くことも出来ない。気を付けろ、恐ろしい精神魔法の使い手と見た」

 

愛しき(・・・)カグラさん。お任せを。私のパルファム(香り)の前に精神魔法など遊戯に等しい!私の雄姿をっ、ンしかとその麗しき瞳に!」

 

 

…………なぁなぁ不細工。

 

 

てめえ今なんつった。

 

 

俺のカグラちゃんに、てめえその臭そうな汚ねえ口でなんつった。

俺が僅ながら共に過ごして、成長を見守った目に入れても痛くない可愛い可愛いカグラちゃんに、今、なんつった。このテカテカ鼻デカチビハニワ。

 

「マイハニー!見ていてください!」

 

 

………………誰が。

 

 

 

 

………………誰が。

 

 

 

「『MODE:ブラキディオス』」

 

 

 

 

…………てめえのマイハニーだと?

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「一夜ッ!!」

 

射撃魔法の的にされた案山子(かかし)の様に、一夜は黒焦げになりながら落ちてきた。

頭から地面へ衝突しそうになるところを滑っ込みで割って入り、どうにか受け止める。

 

まったく、この身長で重たい男だ。もう少し絞れないものか。

 

正直気は進まない。が嫌々と文句を言っていられる状況でもないだろう。

無駄にハーブの香りのする生暖かいぬるっとした口臭に鳥肌を立てながらも、一夜の口許に手を当ててどうにかまだ息があることを確認した。

よかった。これで死んでいたら青い天馬(ブルーペガサス)に顔向けができない。

 

こんな事は初めてだ。剣士である私が、まるで紙芝居でも見ているような感覚だった。

気がついた時には、一瞬一瞬がコマ送りのように一夜が上空に吹き飛ばされていた。右から左へ、左から右へ。上へ下へと、容赦のない暴力。ビリヤードの玉のようだったと言ってもいい。

この焦げ痕を見るに、殴ると同時に魔法を使っているのだろう。六魔の攻撃した箇所が爆発を引き起こし、それが容赦なく一夜を叩きのめしたのだ。

香りの魔法など使う猶予も与えられず、S級(一流)魔導士に相当する一夜が呆気なく負けた。

 

空から降りてきた六魔の男。奴が着地し、こちらを見た。仮面の隙間から窺える瞳は強烈な憤怒に染まっている。

いったい何にそれほど憤っている。私と出会した際は、本当に闇ギルドなのかと疑うほどに穏やかだったというのに。

 

「カ……。少女よ。その男をこちらへ寄越せ」

 

勝てるだろうか。この男に。

ダメだまるでビジョンが浮かばない。あの速さ。ジェラールの最高速よりも爆発的に速い。

いやそれ以前に。この男へ刀を向けることを私の体が拒否するのだ。刀を抜こうにも抜けない。殴りかかろうにも殴れない。頭と体が一致しない。

この男を見ると、不思議と心が安らぐのだ。私の大切な人だと本能が喜び叫んでいるのだ。恐らく精神に干渉する魔法を行使されたと考えられる。

なんと悪辣で卑劣な魔法か。

 

私は手放そうとしてしまう一夜を強く掴み、揺らぐ自分の心に鞭を打った。

 

「渡せない。この男は、お前には渡せないっ!」

 

「ッ───!!」

 

男はその瞳を更なる怒りに染め上げて頭をかきむしった。

その圧倒的な怒気に当てられ、ビクつく体を抑える。しかし視線は外さない。こんな恐ろしい男から目をそらしてはいけない。

 

「ああああぁあああッッ!!!『猛り、爆ぜろッ!!』クソがぁあああああああああああああああああああああああーーーーーーッッ!!!!」

 

怒りを込めた拳は私たちにではなく、まるで検討違いの方向へと放たれた。

その拳から噴出された少量の黄色い粘液が、男の発生させた風によって飛散する。

 

次の瞬間、森が扇形に消し飛んだ。

 

焼け焦げるのではなく、衝撃で木々が千切れ、地面だったものが抉れてクレーターになる。大樹だったものなど跡形もなく、景色そのものが塗り替えられた。

 

「はぁっ…………はぁ、はぁッ」

 

息も絶え絶えだ。

その男は、力量も雰囲気も圧倒的な筈なのに。それなのに私たちを前に息も絶え絶えに、今にも死んでしまいそうな声で呻きながら膝をついた。

 

「なぁ。チビハニワ。てめえにわかるか。大事なもんが奪われる悲しみが」

 

一夜は答えない。答えられる筈などない。意識などとうにないのだから。

だがそれでも、仮面の六魔は絞り出すような怨嗟の声で呟く。

 

「あぁ。そうだろうな。大事だからこそ認めてやらなきゃならねえんだろうな。でもよ、そんな強く握った手を見せられちまったら、俺にはどうしようもできねえ」

 

まるで子供のように、誰かを奪われた人間のように。その小さな姿は、まるで泣いているようにも見えた。

 

「わかってんだよ!!散々他人に丸投げしておいて、なにを今さら保護者ヅラしてんだってことはな!!」

 

誰に向けているのか。何に向けているのかわからない号哭。なぜか、胸が傷んだ。

思わず伸ばそうとした手を反対の手が掴まえる。

 

「頭じゃわかってんだよ。でも心が頷かねえんだ。大事だからこそ呑み込めねえんだ。いや流石にこれは呑み込めねえでしょうよ。ごめんホントに……ホントマジ無理かぇりたぃ」

 

どれだけ経ったろう。

男は呆然自失としたまま、そうやって空を見上げていた。

ふと、私に視線を向けた。反射的に体が跳ねる。立ち上がる姿を前に刀を握ろうとして、その右手を左手が抑えた。体が言うことを聞かないのだ。どれだけ斬ろうとしても「やめろ」と頑なに拒むのだ。

 

「……なぁ、嘘だと言ってくれ。せめて。せめてそんなんじゃなく他の奴に」

 

こちらへゆっくりと歩み寄る姿に、喉がなる。

ここで一夜を殺させる訳にはいかない。嫌いな男とは言えど今は仲間だ。おいそれと差し出すことなどあり得ない。

刀も抜けない。なにも出来ない。今の私は自分の無力を嘆くことしか出来ない。

私はせめてもの抵抗と、虫の息である一夜を強く握る。

すると男の足が止まった。

 

「……一夜くん、と言ったね」

 

気絶しているのは知っているだろうに、重苦しい声でそう語りかけた。

 

「…………認めてやってもいい。だがせめて頭丸めてダイエットしてから出直したまえ……っ。うぅつれえ……これがNTRか。娘が嫁に行っちゃった時の気持ぢっ!」

 

最後まで何を言っているのかまるで分からなかった。

六魔の男はシクシクと泣き出し、フラフラとした覚束ない足取りで私たちとは反対の方向へと歩いて行ってしまった。

何かの罠かと構えるも、戻ってくる様子はない。魔法や魔力の気配すらないのだ。ただ違和感と謎だけを残して、男は去って行ってしまった。

 

まるで嵐が去った後である。

私は安堵と、出所のわからない喪失感と罪悪感に苛まれながら大きな息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男が向かったその更に奥。

光を呑み込むような、ドス黒い柱が不吉な音と共に天へ昇っていくのが見えた

 

私に予測など出来ない所で、饗宴は始まる。

 

輝くの鱗を纏った狂気の化け物(モンスター)

 

後に聞く名は天廻龍(シャガルマガラ)

 

その純白が振り撒かれるまで後少し。

 

 

ニルヴァーナ。そして天廻龍。

 

 

 

 

善悪が、廻る。

 

 




共に回れや光と影よ
常世に廻れや光と影よ

シトナ村 伝承より抜粋


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狂毒と氷銀の砲弾

クオリティは…低いのじゃあ……ごめんよぉ


声を枯らすほど兄弟子の名を呼び続けた。

自爆しようと足掻いた六魔と共に崖から落ちていったリオンを探すこと暫く。すでに痛み始めた喉を気づかう余裕などなく呼び続ける。

六魔との戦闘でかなり消耗したことも否めない。

だが、そんな体の痛みに喚く余裕などありはしない。

 

しかしどれだけ気張ろうとそんなものはお構いなしに強烈な事態が次々と起こり始める。

 

手始めは、空の先。

まるで空を断割するように禍々しく黒々しい光が空へと昇った。

 

「オイオイなんだよ、ありゃあ」

 

それに伴い明るかった筈の空は淀み、空が暗く陰っていく。まるで光を呑み込んでいるかのように錯覚させた。

縁起でもないが、まるで世界の終わりでも迫っているかのようだ。

 

「…………」

 

隣には同じく空を見上げる蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の魔導士、シェリー・ブレンディ。

リオンが飛び降りてからと言うものの、鬼気迫る表情であちらこちらへ視線を走らせていた。

そんな彼女も、今までの激情を忘れたように呆然と空を見上げている。

 

「あれ……なんですの」

 

聞きたいのはこっちだ、という自棄っぱちな言葉を呑み込んだ。

あんなの、並大抵の魔法じゃねえ。もしかすると、あれが青い天馬(ブルーペガサス)のイケメンが言ってた魔法、ニルヴァーナとやらなのかもしれない。

 

「俺にもわからねえ。あんな黒い柱みたいな魔法見たこともねえ。んなことより……」

 

俺の言葉に被せるように、シェリーはその空の向こうを指差した。

 

 

「違いますわ。あの、翼の生えた白い人間のことです……」

 

 

「──はっ?」

 

まず疑ったのは、自分の目玉だった。

それもそうだろう。あそこまでの現実離れしたものを前にすれば、まず自分の正気を疑う。

 

銀にも近いような虹色に艶めく真っ白な翼をはためかせた人型。黒い柱によって暗く陰った空に、神聖なひとつの輝きが灯っていた。

 

翼を更に広げたそれを視界の先に捕らえた瞬間。

俺がシェリーの言葉に空を見上げたほぼ数秒後だったろう。

黒い輝きを持った粒らしきものを風が運んできた。

 

その黒い風は不吉だった。

今まで見てきた何よりも不吉だった。

 

 

──デリオラよりも、不吉だった。

 

 

「口を塞げっ!!」

 

あれは吸い込んだらまずいものだ。本能の叫びだった。

咄嗟にシェルターを形成しようとするも、想定したよりも離れた位置にいたシェリーには間に合わない。

悪態をつきながら、練った魔力を壁ではなく自分のマスク型へと切り替えた。

 

「うっ……」

 

判断が遅れたのか、シェリーはもろにあの黒い風を吸い込んでしまったらしい。苦しげに胸をおさえながら立ち竦み、その場で膝をついた。

 

「おい!大丈夫かっ、落ち着け。ほらマスクだ。冷てえが我慢しろ」

 

すぐさまシェリーへ駆け寄り、肩に手を乗せたその時。

 

 

──イイ、気分ですわ。

 

 

「なに?」

 

苦しげに呻いていたシェリーが、口端を歪めていたことに気がついた。警戒心を抱いた時にはもう遅かった。

 

まるで少女の腕から放たれたとは思えないような拳が振るわれた。

反射的に腕を重ねるように防ぐが、しかし腕は鈍い音と共に軋むようにしなる。

 

まるで格闘家に殴打されたような威力で後方へ軽々と殴り飛ばされた。

 

シェリーがしゃがんだ姿勢で良かった。

もしあと一歩、深く踏み込まれていたら両腕とも折れていたかもしれない。

それほどまでに彼女のパワーは脅威的だった。

 

「イイ気分ですわ」

 

先程以上に、実感の籠った呟きと共にシェリーは嗤い、立ち上がる。

 

「すごく!すっごくすごくイイですわ!力が湧いて仕方ないのですわ!この力を振るいたくて。アァ、たまりません。うふふふ。アハハハハッ!……あら、そういえばいましたわね。ちょうどいい、サンドバッグ向きの男が。そしてリオン様の仇。あつらえたようにピッタリじゃありませんこと?」

 

ねぇ、グレイ・フルバスター。

 

シェリーがポケットから取り出したリボンを振る。

シェリーの真横にあった大木はまるでクッキーを折るように裂き砕けた。

 

「くそっ!なんだってんだよ本当によ!!正気かお前!」

 

「アハハッ!正気ではありませんわ。まるで夢でも見ているようです。頭の中にモヤがかかって、身体が軽くて力がみなぎる。そうこれはきっと夢なのでしょうね。ですから。誰が死のうと、あなたが死のうと関係ありません。グレイ・フルバスター。前からあなたは気に食わなかったのです。リオン様に馴れ馴れしくて鬱陶しい。まぁいいですわ。ここで貴方を殺して、夢から覚めたらまた殺して差し上げます。リオン様も喜ぶでしょう?」

 

あぁそういえばリオン様も死んでしまいましたね。と指を絡ませながら熱っぽく明後日の方向を見上げている。

 

おいおい。完全にトンじまってるじゃねえか。

クソ。あの黒い風のせいか。俺に症状が出てない事から察するに、呼吸器から入るってのはおおよそ間違ってないようだ。

吸い込んじまったら即パッパラパーと来たもんだ。それも、ドーピング効果つきだ。

なんだよこの訳わからん魔法は。

ハイになる毒魔法みたいなもんか?

 

他の奴等は大丈夫だろうか。カグラなんかが吸い込んで思考までぶっ飛んじまったら、もう誰にも止められねえぞ。

脳裏に浮かぶのは怪獣の如き剣鬼

 

 

『私はカグラだぞーー!全員斬り捨てだーー!!まずはお前からだグレーーイ!!』

 

 

いいや、そんな事を気にしている余裕なんてない。どうすればいい。どうすればこいつは正気に戻る。

 

最悪、氷で動きを封じて放置を……。

……いや、確かあのウェンディとかいうガキンチョが治療魔法を使えるとか。

となると、とりあえずこいつをふん縛ってあの拠点に転がしておくしかないか。

本当ならリオンを探すのが先だったが……。

 

「わかったよ。相手してやる」

 

こうなっちまったら仕方ない。

ったく。なんで六魔を相手にした後に、身内とやりあわなきゃならねんだっての。

こちとら体力も魔力もそこそこ消耗してるってのに。

それに、女とヤり合うのは趣味じゃないんだけどな(カグラは除く)。

だがこのままにはしておけない。こいつに何かあったら、俺はリオンに顔向けできねえ。

 

「行くぞ」

 

「おいでなさい!愛をもって、貴方を殺して見せますわ!」

 

リボンを振りかぶるシェリーに、両手で構える。

氷の造形魔法。

 

「『アイスメイク』!」

 

 

 

───ォオオオ

 

 

……ん?

 

なんだ。なにか聞こえて……。

 

 

それは木々をへし折りながら飛んできた。

振り返った時すでに、すぐそこまで迫っている鉄の塊に、頭の中が空になった。

ほへ?と間の抜けきった顔を晒すその一瞬の思考時間。

しかし思考時間というのも名ばかりで、実際頭の処理が追い付くのは、それを俺が全身で受け止めた後だった。

 

正直なところ、思った。

あ、これ死んだな。

 

 

「ぐふぉおおおおおおぉおおお!!」

 

真後ろの木をへし折り、森に爪痕を残しながら受け止めた。俺を引き摺って地面を数メートル抉った。

激痛にのたうち回りながらも、土煙の中にあるそいつの正体を理解した。

 

全身甲冑は大したことなかったようにむくりと立ち上がり、胃液を吐き出しながら悶え苦しむ俺へ向けて親指を立てた。

 

「よく受け止めたグレイ。良きチームワークだ」

 

「いやフレンドリーファイア(同士討ち)もいいところだよ!殺す気かッ!!」

 

全身が鈍い銀色の甲冑。

超重量級のアーマーを着こみ、腰に左右二本ずつの剣を挿した妖精の尻尾(フェアリーテイル)エースランカー魔導士が一人。

そして、現在化猫の宿(ケット・シェルター)のメンバーとして連合軍に参戦しているその人物。

 

名は、ミストガン。

 

「つーかどっから飛んで来たんだよミストガンてめえ!」

 

「なに。あの飛んでいる馬鹿がいるだろう?」

 

馬鹿、とまるで勝手知ったるような口振りでミストガンは空の向こうで羽ばたく神々しい化け物染みたナニかを後ろ指にさした。

 

「跳躍し、挑んだものの、一瞥もくれずに吹っ飛ばされてしまってな。やはり一筋縄ではいかんらしい」

 

「なんでヤレヤレみたいな呆れた風なの!?それより俺の事を気にしてくれよ!もう少しで鎧と地面に挟まれて大根よろしく擦り下ろされるところだったんですけど!?つーかよく死ななかったな俺!!」

 

いや、お前もだけど!!

 

「うむ。丈夫でなにより!」

 

「やかましい!!」

 

まぁ。なぜ無事なのかは、何となくわかる。

ミストガンの野郎、俺にぶつかる直前に俺の練っていた魔力を横からかっ拐いがった。

奴の魔法か何かわからないが、奪った魔力を何らかの方法で変転させて落下の衝撃を大幅に打ち消した。

こんな重量級の装備をしていて、だ。それもあんなスピードの中で……。どれ程の魔力操作技術があればそんな事が出来るのか。

 

はーもうイヤんなるね。こうもまざまざと力量の差を見せつけられるたぁ。

ま、そのくらい差がある方が、追い付くこっちとしちゃあ燃えるんだけどよ。

……て、それはナツの十八番か。

 

「つーかお前なんでそんなピンピンしてるんだよ。ちょっと前まで血塗れで運ばれて来てたじゃねーか」

 

「あぁ、あれか。治った」

 

「治ったあ!?」

 

「うちのウェンディは優秀でな。今頃岩鉄のジュラも復活している頃だろう」

 

あんなボロボロだったのをこんな短時間で治すなんて。マジで無茶苦茶だなおい。

どうやら常識の範疇を平気で越えて来るのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)だけではないらしい。

 

「あらあら。新しいサンドバッグさんですの?歓迎いたしますわ」

 

シェリーは吹っ飛んできたミストガンに驚きを示すことはない。

夢見心地な彼女にとって、人が飛んでくるというのは尚更夢らしいといえばらしいのだろう。

 

「ミストガン。シェリーが怪力になって頭が可笑しくなっちまった。……あの白い男のせいでいいのか?」

 

「さてな。私も詳しく知っている訳ではないが、少なくとも人格が変わったのはあの黒い柱、ニルヴァーナのせいだろう。あれは善悪を裏返す魔法だ」

 

「善悪を、裏返す?」

 

「善悪の境界で揺らぐものを反対の属性へ転換させる。凶悪な精神干渉の魔法。恐らくシェリー嬢を変えたのはそれだろう」

 

「それじゃあの黒い風は?あれを吸い込んでからあいつ可笑しくなったんだぞ」

 

「……さてな。私もあの鱗粉紛いについてはよく分かっていない」

 

情報がぐちゃぐちゃになってきた。急展開過ぎだ。

もう訳がわからんのですよ。

 

ただ……。とミストガンは言葉を選ぶように考える仕草を見せた。

 

「私もあれを吸い込んでからというものの、力が溢れる。そして体の内側から破壊衝動が湧き出てくる。個人差があるのか、私にはそこまで強い影響力はないようだが……。恐らく、こちらも精神干渉に近いなにかだ」

 

「はあ?じゃ何か。あいつはパワーアップの粉をやたらめったらに撒き続けてるってのか?」

 

「端的に言えばな。だが問題は破壊衝動の方だ。もしこの上げられた力が仲間に振るわれたとしよう。シェリー嬢のように制御できず錯乱した仲間もその力を振るいあったとしよう。どうなる?」

 

どうなるって……。そりゃあ。

 

「殺し合いだ」

 

「そう。もし街ひとつにでも黒い風がばら蒔かれてみろ。大惨事が起こるぞ」

 

とんでもねえ。全員があれを吸ってしまえば間違いなくこの連合軍は瞬時に潰れる。互いに殺しあって。

しかも、それに加えて善悪反転魔法だ。なんつー馬鹿げた事態だよ。洒落になってねえ。

 

そういえば……。

 

「さっきあの男を馬鹿呼ばわりしてたが。まさか知り合いか?」

 

「私の友人だ」

 

もう訳がわからんのですよ(白目)

 

「愚かにもニルヴァーナの判定に引っ掛かったらしい。普段のあの人ならば善悪をさ迷うなどあり得ない。何かしら精神的ダメージを受けたのだろう。それも彼ほどの人間が揺らぐなにかだ」

 

俺にそんなこと言われてもな……。

まず誰だよあいつ。

 

「私の旅仲間でな。数年ほど共にアニマを消してまわっていた」

 

「あにま?なんだそりゃ」

 

「…………ンン"っ。なんでもない」

 

「……そうかい」

 

「しかし……彼の魔法のせいか、私も昂っている。楽しくなってきた。今こそ彼に痛い目を見せるとき!積年の迷惑の怨み、今こそ晴らさずにいられようか!」

 

もう、どうでもいいよ。

そっちの事情はそっちで何とかしてくれ。

 

「ミストガン、お前には聞きたいことがまだ山ほどあるんだよ。なんで化猫の宿(ケット・シェルター)に居るのかとか、あの白い男の正体だとか。でも今はそんな時間ないみたいだしな」

 

一旦句切り「とりあえずよ、ミストガン」と名を呼べば、視線を空へ向けたまま沈黙で続きを促された。

 

「あの白い怪物(モンスター)、任せていいんだな?」

 

「──愚問だ」

 

多くは語らなかった。だが、その言葉には力強い意思を感じた。

どんな因縁のある相手なのかは知らないが、あのミストガンがそう言うなら、任せる他ない。

 

「じゃ、こっちもこっちでやるとしようか。ミストガンさんよぉ、困ったらいつでも声かけな。俺が助けてやるぜ」

 

俺の上からの言葉にも、ミストガンは「フッ。そうだな」と頼もしげにくぐもった声で笑う。

 

「なんなら、あの化け物のところまで飛ばしてやんぜ」

 

造った氷で人を飛ばすという脳筋ばりの荒業は、何を隠そうミストガンからの直伝だ。卓越した魔力操作を持っている癖に不意に見せる力押し。実に妖精の尻尾らしい発想だ。

故に飛ばし方は言わずもがな。

ミストガンはニヤリとした声色で頷いた。

 

「それはありがたい」

 

「もう、いいかしら?」

 

律儀にも待っていてくれたらしい。

砕けた木に腰掛けていたシェリーが折を見て立ち上がった。

 

まずは、この女を全力で生かして返す。

リオンがいない今、アイツに替わって俺がするべき事はそれだ。一番の優先事項だ。

不甲斐ない兄弟子の尻拭い。あいつのギルド(ラミアスケイル)にちょっとした貸しでも作れれば万々歳。

次リオンに会ったなら、そんときはデカイ顔して高笑いしてやる。

 

「『アイスメイク』」

 

氷のタワーを作り上げ、ミストガンを空高く打ち上げた。

 

さて、俺も今すべきことをするか。

楽園の塔と同じ撤は踏まねえ。今度は俺が全員を引っ張る。

シェリーも、リオンも。

 

 

全員を生きて返してやる。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

うるせえ。

 

うるせえ!うるせえ!うるせえ!うるせえ!うるせえ!うるせえッ!!!

 

頭の中で色んな声がガンガンと響く。

入ってくる声はどこもかしこも怒りや鬱憤。頭を叩き割るような激情で埋め尽くされていた。

 

キュベリオスに乗りながら飛ぶ空の下。森の中は、全てが狂気に包まれている。なまじ耳を特化させる魔法を覚えたのが仇となったらしい。けたたましい程に大量の狂った声が耳へ雪崩のように注がれる。

ひとつひとつの声はそこまで大きいものじゃない。だが雪崩のように拾い集めてしまうそれは、まるで巨大なラジオの溢すノイズだ。

 

ノイズ。耳障り。

 

真下で殴りあっている闇ギルド。仲間へ襲いかかる傘下のギルドたちを見下ろしながら、困惑から落ち着いてきた頭を働かせる。

 

この元凶は恐らくあの男。ノイズだろう。

ブレインと共にニルヴァーナを見つけ出し、起動させたところまではよかった。だがミストガンを名乗る手練れの邪魔が入り、俺が引き離す形でブレインとは距離を取ってしまった。

それから数分後だ。キラキラ光るような、純白の翼をはためかせた男、俺が推薦した新人であるノイズが空を舞う姿を捉えたのは。

奴は空でボソボソと呟きながら、粉のような黒い光をばら蒔いた。

遥か上空。常人では聞き取れる距離ではないその声も、俺にはしっかりと聞こえた。

 

『全て消毒だ』

 

殺意の籠った呟きと、俺は自身の直感から、ばら蒔かれた粉が何なのかを即座に察した。

 

毒だ。

 

凶悪な毒だ。こいつがどういうモンなのかは、吸い込んでみてすぐに分かった。

人間の神経を刺激し、強制的に凶暴化させる。その肉体の限界という柵を取っ払い自らに自らの体を壊させる悪質さ。副作用には体と精神の衰弱。そのまま弱らせて命ごと奪う。

例えば、強制的にハイテンションにされ、腕を振っただけで自分の骨が折れる。筋肉が裂ける。

強化といえばそうだが、俺からすればそんなものは強化でもなんでもない。ウィルス兵器だ。

 

毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である俺だからこそ、自分に対抗毒を作ることが出来たのは僥倖だったと言える。

 

しっかし、なんつー恐ろしいモンを使いやがる。

何が善悪反転魔法ニルヴァーナだ。あの化け物の方がよっぽど兵器じゃねえか。善悪なんて関係ねえ。あるのは感染してるかしてないかの二択。そして、感染していなければ感染させるだけの択一的なわかりやすい驚異。わかりやすい害意。

これは台風にでも載せれば国ひとつ殺し尽くしかねない劇毒だ。それこそ、さっきまでのように翼をはためかせて世界一周旅行された日にゃ、この世が終わりかねねえ。

世界各地での脈絡のない暴動。それが静まっても感染者はいずれ衰弱死。

 

トージ・アマカイ。

あの男はこんな危ねえ魔法を無闇に扱う程イカレちゃいねえ筈だ。

本当のあいつはただの鬱陶しいだけの馬鹿だ。

 

つーこたぁ、やられやがったな。ニルヴァーナに。

なんてこった。参ったぜマジで。

そしてなにより、今問題なのはブレインとはぐれたという事。

計画通りにニルヴァーナは起動され、数分後にはニルヴァーナの本体が地表に姿を現すだろう。

だが、ブレインがもしこの毒に蝕まれていたとしたら。

ブレインが凶暴化してしまったとしたら。

 

人格が入れ替わり、マスターゼロが出てくるだけならまだいい。一番の不安要素は、理性を飛ばしたブレインがニルヴァーナを暴走させてしまうのではないかという恐怖。

 

もし、ニルヴァーナが俺たちに火を噴いたとしたら……。この場に踏み込んでいる正規ギルドも闇ギルドも、全員が悪党になり、あの凶暴化ウィルスに唆されるままに暴れまわったら……。とんでもない事態になるぞ。

それは、俺たちがやりたかった革命じゃない。そんなもんただの崩壊だ。

 

クソッ!!

こんなことならあの男をブレインに紹介なんてするんじゃなかった!!

 

かつて、楽園の塔で当時まだガキだった俺を助けてくれた男。偶然再開したからって、奴を闇ギルドに勧誘なんてするんじゃなかった!

 

……命の恩人だからって……。

 

雨の中で膝抱えてゴミ箱から漁った生ゴミ食ってたからって……。声かけるんじゃ……なかった。

 

…………いや無理だろチクショウ!!

かけるよそりゃあ!!ヒーローみたいに思ってた男が俺より惨めな生活してるところ見みちまったらさあ!?そりゃ声かけるよ!!ちっとはまともな生活させてやりてえって思うよ!!ふざけんなバーカ!!

 

誤算だ。

なんだろう。このやるせない気持ち。

 

 

当の本人であるトージ・アマカイ。奴は今、上空で腕を組みながらニヤケ面で森を見渡している。

自分が撒き散らした毒。それの感染者たちを見て笑っているのだ。

 

完全に油断しきっている今こそ攻め時だろう。

だが正直なところ、俺があれに勝てるかと言われれば少し判断しかねる。

やつが毒を使う以上、毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である俺には大きなアドバンテージがある。

だが、つい先程の事だ。

全身を鎧で包んだ変態が空高く打ち上げられたと思えば、一呼吸も感じられない間に彼方へ吹き飛ばされていった。

脈絡のない一瞬の出来事に、まるで交通事故を見せられているような気分だった。

 

しかもその後のトージ・アマカイはというと、少し呆れたような表情を見せるだけで、何事もなかったかのように笑っているだけ。

 

……もう、奴を止められるのは毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である俺だけだ。

 

俺には相手の心を読むことだって出来る。

だから奴の心を呼んで戦闘を有利に進めることも出来るだろう。

だが、もしあの攻撃が打ち込まれると考えると恐ろしい。

下手をしたら本当に死にかねない。

 

「……ふぅーーっ。……落ち着け俺。俺様は毒に対しちゃあ最強だ。動きだって心だって読める。負ける要素なんか何一つねえんだ」

 

いけるッ

 

相棒のキュベリオスに乗りながら、俺は元凶の男へ向かって突進した。

 

「ノイズッ!なに遊んでやがる!てめえには仕事があるだろうが!!」

 

さぁ、かかってこい。いつでも毒を吐くがいい。俺の糧にしてやる。この世にある毒は全て俺の支配下。

それとも打撃か?いいさ、お前の筋肉の音、心の音、風の音は全て俺に届く。

 

「新人風情が調子に乗るんじゃねえぞ!ヒヨッコは後ろでヨチヨチしてりゃあいいんだよ!しゃしゃり出て来るんじゃねえ!!」

 

何を余所見してやがる。このままじゃあ俺の毒が先にお前を蝕むぞ。

 

……いや。

六魔を無視できる筈がねえ。こいつは誘ってるんだ。俺の先制を。

 

「上等だァア!!」

 

 

いつでもかかって──

 

 

 

 

 

「──耳障りだ」

 

 

ゾクリ。睨まれただけで身体中に悪寒が走った。

 

全身の毛が逆立つような圧力に先に反応したのはキュベリオスだった。

恐慌状態に陥ってしまったキュベリオスは、パニックに何もわからなくなったのか、俺を背中から落としてしまった。

 

だが、不幸中の幸いだ。

恐らく……いや、確実にあのまま突貫していたら死んでいた。心の声なんて聞かなくたってわかる。あの殺気は本物だった。

 

「キュベリオス!落ち着け!」

 

落下しながらもどうにかキュベリオスを落ち着かせ、距離を取ったところでホバリングする。

 

「……ん?」とすでにこちらへ興味を失っていたノイズは何かに気がついたのか、二度見するようにこちらへ顔を向けた。

 

「なんで狂竜症に(かか)ってない奴がいるんだ……?」

 

狂竜症?

……この混乱をもたらした毒のことか。

ダメだ。こいつが何を考えてるのか全く読めねえ。心が動いてねえのか?

それともニルヴァーナの影響か。毒の力か……?

 

「……あぁ。そういえばエリックンは毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だっけ」

 

「誰がエリックンだオイコラ!コブラと呼べ!」

 

「はいはいエリックンうるさいよ。人に『耳障り』だなんて渾名付けておいて、これじゃあどっちがノイズか分かったもんじゃないね」

 

「てんめ……っ!いや、そんなことよりお前は今ニルヴァーナの影響を受けてる。会話できるなら話は早い。とっととその狂竜とやらの毒を蒔くのをやめろ。俺は耐性を創れるが、このままじゃ他の六魔が全滅だ!」

 

「え?まじで?」

 

「マジだ。なんならその狂竜化してネジの外れたブレインがニルヴァーナを暴れさせかねない。あれが暴走機関車になったらこの国が崩壊する!」

 

「ふーん」

 

「ふーんて……てめえッ!ふざけてんのか!!」

 

気の抜けきった返事に、俺はノイズの胸ぐらを掴んだ。

前々からふざけた奴だってのは知ってたが、国が崩壊するって言ってるのに何だその態度は。国が崩れたら俺たちの手に入れるモノその物がなくなっちまう。

 

胸ぐらを掴んだ俺の右手を握り返して、微笑んだ。

 

「あはっ、それは好都合。こんな世界滅べ」

 

ノイズがより強く翼をはためかせたその瞬間、肺に特大に強烈な毒気が侵入した。毒竜の肺を蝕むような、今までにない初めての苦しみに襲われる。

 

追い討ちをかけるように、左手を振りかざした。

その腕には純白の鱗が生え繁り、ダイヤより美しく死神の鎌より禍々しい鉤爪へ変態した。

 

 

「特に──」

 

 

死が、迫る

 

 

 

「──野郎()は皆殺しって決めたんだ」

 

 

 

殺られる

 

 

 

 

 

 

 

空気を裂く音。

 

まるで大砲の弾が翔んでくるような。

 

 

こいつは──

 

 

 

「いッ!!てえなァ!!」

 

掴まれた右手を捻られながら、悲鳴をあげる関節を無視して体を逸らした。

 

 

「友よ。六魔と戯れるのもいいが、私の相手もしてくれないとな」

 

地上から飛来したのは冷気を纏ったフルアーマーの砲弾。

そいつは俺を掴む化物ごと、氷銀の大剣で空を裂いた。

 

 



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天竜空を行く

大変お待たせして申し訳ございませんでした(全力土下座)
サボってました。年単位でサボってました。
個人的な話なのですが、オリジナル含め色んな小説(人前に出せるやつとか出せないヤツとか、いつか出したかったな、ってやつとか、設定集とか)を書き貯めしていた媒体がデータごとぽっくり殉職してしまった為、やる気含めて全て消失しました。
もう小説書くのやめようかな、なんて長期間放心してたのです。ほんと、すみませんでした。
はい言い訳終了!
バックアップ、大事!


その斬撃は仮面の男の鉤爪を切り落とした。

 

想定していたよりも軽い反動に姿勢を崩したその一瞬、鎧で守られているはずの腹部を中心に、大きな衝撃が走る。

三半規管がぐるぐると錯乱し、まるで鎧の中をシェイクされている気分だった。

先刻と同様殴り飛ばされたらしい。

 

最も短い長剣の柄に触れる。

水晶が淡く輝き、吹き飛ばされた私の足場を形成した。

宙に固定された魔法防御陣(足場)

グレイのお陰で魔力の補充も出来た。これほどの残量なら足場に回せる魔力もしばらくは持つだろう。

 

六魔の仮面を被る彼の方を視界で捉える。

すでに生えた生身の腕をグー、パーと閉じ開き馴らしていた。

確実に斬った筈だが……血の跡もないのを見るに、斬ったというよりトカゲの尻尾切りのように分離したのかもしれない。

憶測が曖昧だ。再生か復元か。相も変わらず把握しきれないような奇術を使う。

滅茶苦茶な男め。

 

観察をしろ。

まずは状況を把握だ。

 

少し離れた位置には、目付きの鋭い蛇に乗った赤褐色の髪の男。

 

「……貴様は六魔将軍コブラだな」

 

「あぁ。今すぐてめえも殺りてえところだが……今は礼を言っとく。助かったぜ」

 

そうだろうな。

危うく殺されてしまうという所で介入出来たのは運が良かった。

 

本来なら、六魔同士が争うのは大いに結構。勝手に自滅してくれればこちらとしても万々歳。

……だったのだが、あの仮面の馬鹿を発見しまった以上、お好きにどうぞと放置する訳にもいかない。

それに、何やらいかがわしい魔法を無闇やたらに飛散させている。

 

「で、鎧野郎。俺はこいつを殺してでも止める。お前も手伝ってけ」

 

コブラからの申し出だった。

だが、それもやむ無い事か。

 

「闇ギルドといえど脅威の優先順位はわかるらしい」

 

「るっせえ。協力すんのかしねえのかハッキリしろや」

 

「闇ギルドと共闘というのも首を傾げる事態だが。しかしありがたい。私はあの男を正気に戻す。お前に殺させはしない」

 

「へー、そうかい。やっぱ正規のお坊っちゃんは言うことが違うね。正義正統でらっしゃる」

 

皮肉の籠った言葉だが、お互いの方針は決まったらしい。

背中を刺される心配はゼロではないにしても、あれを止めると言う意見は一致している。仕方あるまい。

 

「参考までにコブラ、六魔はあとどれだけ残っている」

 

私の問いかけに、鋭い目付きを更に険しく眉根を寄せた。

 

「……俺はてめえの仲間になった覚えはねえ。おいそれと内情を吐くとでも思ってんのかよ」

 

「やれやれ、上手くはいかないものだな。だがな、アレを仲間にしたのは間違いだったな。いつだって何かしら引き起こす人だ」

 

「そりゃあ確かに俺のミスだが……てか、てめえアイツの知り合いみたいな口を叩くじゃねえか」

 

「ああ。だからこそ率先して倒しに来た。一応恩人なのでな、ここで動かねば魔導士の名が廃れよう」

 

コブラは唸るように顎に手を当てた。

 

「ケッ。まさか誰彼構わず助けてんのかよアイツ……。まぁいい俺もヤツにはでけぇ借りがある。ヤツの本名を言ってみろ。ホントにヤツの事を知ってるなら、俺もてめえに本気で背中を預けるのも吝かじゃねえ」

 

闇ギルドの人間が本気で背中を預ける、か。

はは、相も変わらず無茶苦茶な男だ。六魔将軍のこんな危険人物をいつの間に懐柔したんだ。

 

「トージ。お人好しで根っからの馬鹿」

 

「……ケッ」

 

「ではこちらも問おう。彼の姓は?」

 

「チッ。アマカイだよ、アマカイ。(やか)しくて頭のイカれた善人様だよ」

 

「正解だ。いいだろう。私はミストガン。取り合えずあの人に免じて貴様を信用しよう。六魔将軍コブラ」

 

「おうよ」

 

唾を吐くような拗ねた返事を肯定と取った。

方向性が定まった私たちに、視線のやりとりが交わされる。

 

『裏切ったら殺す』

 

『望むところだ』

 

毒を振り撒いた本人であるノイズは、羽をゆらりとはためかせながら暇そうに爪の垢を取り除いていた。

あくびをしながら、ふへぇーと森を見下ろしている。

間の抜けた面を見れば一目瞭然だ。私たちなどもう眼中にないらしい。

 

激情家にも見えたコブラは、意外にも冷静だった。

元から鋭い三白眼を静かに細め、落ち着き払って魔力を練り上げている。

 

「毒竜の──」

 

コブラが呟くように、ノイズに気がつかれない程の小さな動作の中で息を竜の肺に取り込んだ。

そして、吐き出す。

 

 

「咆哮ォ!!」

 

毒々しい紫のブレス。触れるだけで生きるもの全てを蝕む毒が、まるで光線のようにノイズへ迫る。

 

負けじと背負った三つの宝石の埋め込まれた杖を抜き、横一線に振るう。

たちどころに出現させた魔法陣がコブラのブレスを加速させ、二まわり巨大に変貌させた。魔法へのブーストをかける単純な魔法。

 

新たに、いくつもの魔法陣が未だ暇そうにするノイズをとり囲むように出現し、魔法の出口を造り出す。

 

そして私の眼前にも入口の魔法陣がひとつ。

 

そこへ。

 

剣を引き抜き、槍投げのように構える。

刀身は光へと変形。

 

刀身が光となり射ちだされ、まるで弾丸のように魔法陣の中へ消え去った。

魔法によってそれらが分裂。囲うよに配置された陣の全てから光線がガトリングのよう、継続的に雨あられと射出された。

 

一瞬の間に展開された術の数々にコブラは驚嘆の声を漏らした。

高度な魔法を一息で展開する姿に闇ギルドとして戦々恐々とせざろ得なかったらしい。

 

閃光の嵐が吹き荒れる。

中から漏れたいくつかの閃光が大地に針を通すように穴を開けていく。

木だろうが岩だろうが川だろうが、射線上の全てを穿った。

最後には魔法陣がまとめて砕け、爆発四散。

 

「『五重魔法陣・御神楽』」

 

剣に埋め込んだ五つの宝石が輝き、それぞれの輝きの魔法陣を灯す。

五つの魔法陣を空中で砲台のように固定。

五つが重なったその先。ノイズがいるであろう場所へ、既知の友人を木っ端微塵にする心持ちで、五重の魔法陣により強化された魔法弾を撃ち込んだ。

 

最後にもう一発。

 

ついでにもう一発。

 

トドメにもう一発。

 

おまけにもう一発。

 

キリよくもう一発。

 

よし、あらかた打って満足した。

爆風に髪をなびかせ、顔を引き吊らせたコブラがなんとも言えない表情でこちらを見ている。

なんだその目は。批難される覚えはないんだが。

 

「……あのよ。俺が言うのもなんだが……。お前あいつに家族を殺されたとか、そんな感じの怨みでもあんのか?」

 

そんな冗句を言えるほど、この男は余裕らしい。

 

「何を言っている。そんなものはない」

 

「恩人を木っ端微塵にするとか……。てめえさ、正規なんかより闇ギルドの方が合ってるぜ多分」

 

「……何を勘違いしてるかわからないが」

 

戦々恐々としているコブラとは別に、嵐の収まった今、立ち込めていた煙が晴れていく。

 

 

「あの程度じゃ、かすり傷がつくかも怪しいぞ」

 

自然と汗が滲む。体に力が入る。

 

毒煙の中から、純白の煌めきと、微かな笑う声。

隣で絶句するコブラを他所に、ノイズは無傷のままにこちらを向いて笑顔を見せた。

 

 

「『MODE:レーシェン』」

 

 

奴の魔法は謎が多い。だが一般的に知られる魔法の中でカテゴライズするならば、それは接収(テイクオーバー)系統。

接収とは違った点も多く存在するが、肉体の変形や変化が主立った戦闘スタイル。捉え方としては概ね間違っていないだろう。

だが、いま目の前にいるノイズからは变化の予兆が感じられない。

 

しかし奴はこちらへ手を向け、何かを使った。

何をした。何をされた。

……いや。何か、するのか?

 

 

「下だッ!!」

 

「ッ!?」

 

コブラの声に咄嗟に下を確認する間も無く魔法陣を足場に、空へ跳ぶように駆け上がった。

何かが迫っていた。それを直感的に把握した。

空を逃げ回りながら追ってくる何かを確認し、驚愕した。

開いた口が塞がらなかった。

 

木々が、まるで蔦ように。

太い幹が獲物を捕らえる触手のように、うねり渦巻きながら空へ空へと、私たちを追いながらぐんぐんと伸び襲いかかってくるのだ。

まるで森全体から空に向けて雪崩が起こっているようだ。

あまりにも現実離れした光景に、イシュガル最強の四人目。ウォーロッド・シーケンを連想させた。

 

我先にと空へ伸びる木の幹。

捕まりそうになるも、どうにか幹を斬ることで凌ぐ。

だがその圧倒的な数に押され、斬っても斬ってもキリがない。物量にものを言わされ、足場の陣から押し出されるように後退を続ける。

魔法の類いならばと反射魔法陣を敷いてみるも、魔法陣を回り込まれ、その物量に呑み込まれるだけに終わった。

なんという異様な景色。

 

コブラも苦戦しているらしい。乗っている蛇を巧みに操りながら、アクロバットな飛行で見事逃げ仰せている。

 

「っ、《盾よ》!!」

 

空を跳びながら広げた防御陣は焼き菓子のようにバリバリと意図も容易く砕かれていく。

 

「んなははぁ!ほぉーれ逃げろ逃げろォ!」

 

「《盾よッ》!!」

 

展開させた数は二〇五。

しかし盾がまるで盾の役割を果たさない。

巨大な壁を築こうと、どれだけの厚さを創ろうと、それら全てを悉く、穿ち、砕き、呑み込み、破壊していく。

まるでなんでも呑み込む巨大な蛇、竜、ドラゴンだ。

 

「頑張って逃げろー。ほーら、後ろ後ろ!来てるよ。おっと、上上!回り込まれて……おぉ!ナイス立ち回り!」

 

劇を勧賞しているかのように、ノイズは手を叩いて喜んでいる。

 

これでは決め手が打てない。

こうも次から次へ足場を乱されては太刀筋もなにもあったものじゃない。

ジュピターを裂いたような斬撃も、こんな不安定な状況下では撃つことも出来ず、ただただ後手に回る。

 

「おい鎧野郎!仕掛ける!その蔦に触んじゃねえぞ!」

 

元よりあれに触れれば一瞬で絡め、呑み込まれるのはわかりきっている。

だがそういうことではないらしい。大きな魔力がコブラの体内で渦巻いているのを肌が感じた。

 

宙で停まり、右腕を高く掲げた。

 

 

「『滅竜奥義──』」

 

構えたその右腕に、もはや紫を通り越して暗黒とも言える重々しい黒が宿った。

まるで竜の鉤爪を思わせるその暗黒が、迫り来る樹木の波に風穴を空けた。

 

 

「『──以毒制毒(いどくせいどく)蟒蛇(うわばみ)』」

 

降り下ろし、コブラが穿った穴。

破壊の規模はそれほど大きなものではない。だが、コブラの放った暗黒が、樹木へと蛇のように絡まり染めていく。

津波のように襲いかかってきた木の幹たちが、今度は津波のように侵食を始める黒い毒に蝕まれ、次々と朽ちていく。

蝕まれた全てが、私へ迫っていた幹たちも含めてボロボロと崩れるように朽ちて消え去ってしまった。

 

木々は全て消え、私たちはあの雪崩から間一髪乗りきったのだ。

 

ちらりとコブラを目尻に捉えた。

 

なんという魔法。劇毒なんて次元ではない。毒の滅竜魔法……『滅毒』といったところか。

この男もやはり驚異だ。事が済み次第、奴もどうにかしなければならないらしい。

全く気の重い話だ。

 

「ありゃエリックン意外とすげぇ。壊毒以上のモノを出されるなんて予想外」

 

「るせえ!エリックンって呼ぶなっつってんだよ!」

 

本当に意外だったらしい。ノイズは仮面の向こうで目をぱちくりとさせた。

「しまったー」ぺちーんと馬鹿のように自分の額を叩いて天を仰いでいる。

どうしてこう一挙手一投足に頭の悪さを滲ませられるのだろう。

 

ノイズはうーんと唸るように顎に手を当てて、逡巡すると、明るく、楽し気な声色で人差し指を立て言った。

 

 

 

 

──絶望的な言葉を

 

 

「それじゃ、おかわりってことで」

 

 

 

雰囲気が変わった。

 

既に圧倒的な威圧感を垂れ流していたノイズが、一際薄暗い不気味な霧を纏った。

その首もとや指先にどこからともなく延びた小さな蔦が枝分かれしながら数本吸い付くように張り付く。ヤドリギのように。

 

翼も相俟って神々しく、その姿はまるで森の精霊。

 

 

 

…………否

 

 

 

「『MODE:エンシェントレーシェン』」

 

 

 

 

──さあ、張り切っていこうか

 

 

 

 

その笑顔は、さながら悪魔のようだった。

 

 

 




やる気を出す為の投稿でした。
頑張りますよー!


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回旋曲

終始、右脳左脳(ブレイン)おじさん視点の回。
進まないですごめんなさい。


素晴らしい。

 

言葉では言い表すことが出来ないほどだった。

興奮によって溢れ出す脳内麻薬はとどまることを知らず、心の奥底。魂から震えるような感動を覚えた。

 

その姿に、本能から魅了された。

 

視界の先では複数の剣を手足のように扱う一流の魔剣士。六魔将軍どころか闇ギルドでも指折りの猛者たちでしか相手は務まらないだろう。

しかしそれを相手に、暴力の塊のような化け物が上空で踊るように(たわむ)れていた。

そこには余裕があり、子供の遊びに付き合う大人のような穏やかな仕草すら見せている。状況が状況でなければ、成長を見守る師弟や親子のようですらあった。

 

 

その男はまさしく異常。紛れもない異形。

背中から純白の翼を伸ばし、生き物を狂わせる毒を当たり構わず蒔き散らしている。それひとつとっても、闇ギルドなら喉から手が出る程に欲しい力だ。ニルヴァーナと天秤にかけても悩まされただろう。

だが、いま私がもっとも感嘆の息を漏らすのは、何を隠そうあの男の圧倒的な強さにあった。

 

あんなモノは初めて見た。

 

なんだアレは。なんだあの存在は。

 

兵器だ。化け物だ。異常だ。明らかに世界の理から逸脱している。あんなもの、例え私の魔法で異空間へ送ろうと容易に空間ごと破るだろう。いや、そもそも空間魔法で干渉できるかどうかも怪しい。

いくつもの超常的魔法を扱うあの力量もそうだが、何より異質さを醸すのはあの翼だ。接収魔法(テイクオーバー)だとして、あれはいったいなんだ。

あんな翼を持つ生命なぞこの時代に現存していない。

 

 

──まるで、古代の竜。ドラゴン。

 

 

……コブラのような猿真似とは天と地の差がある。

 

確信はない。本物を知らない私にはあれが本物だと断ずることは不可能だ。

それでも、あそこに内在する魔力も質もまるで桁外れ。次元が違う。それ故に仮定を断定しよう、あれはドラゴンである、と。

 

まさかこんな時代にドラゴンの接収を使う人間がいるというのか。高名な魔導の研究者も鼻で笑いとばす荒唐無稽な話だ。

ただでさえ稀少中の稀少である滅竜魔法の存在価値すら、根底から覆している。

 

だがどうして否定できよう。現に私の熱視線の先に間違いなくそれは実在するのだ。

 

「あぁぁ。私の探していたものは……あったのだ。絶対の力。絶対の魔法。絶対の存在。絶対の力ッ!!」

 

膝まずいた私の頬を、涙が伝う。

 

「あの力があれば。あの方がいれば。私は……『オレは、ハハッ、世界をぶっ壊せるッ……』」

 

まかれた毒の影響か。

ブレインとしての私の中から時おりゼロが顔を出す。 

仮説だが、人体を狂わせる毒。これによってゼロであるオレが浮上し始め、ふたつの人格が混ざり合おうとしているようだ。

人格が馴染んで来ている。ひとつになりかけているのかもしれない。

……原因は恐らくあの毒だけではないだろう。

 

生体リンク魔法。つまり術者と対象を繋ぐ魔法。

ノイズにかけた生体リンク魔法は、ノイズ本人の荒れ狂う強大な力で可笑しな術式に歪んだ。結果、こうして捩れた形で私にまで影響を及ぼしたようだ。

 

「……面白れえ。ブレインとしてのオレはチマチマしてて好きじゃねえが、だが効率よくぶっ壊せるンなら悪くねえ」

 

それに、あんなすげえ怪物を見つけたんだ。

思考を捨てて無闇に突貫だなんて真似をして簡単に死ぬなんて、そんなクッソつまらねえ事態になる訳にゃいかねえ。そんなへまは許されねえ。

アレをオレの傘下に加える。もしくは私が傘下へくだる。結論としてはどちらでも問題はない。

 

……あの化け物が作る闇ギルドなら、オレは手下として使われたって構わねえ。あの威光に触れることが出来るのなら。……そう思わせるくらいにあの存在感には惚れ惚れする。

 

「クカカッ。いいねぇ、面白くなってきたぜ」

 

ここで重要な問題がひとつある。

あの男が翼をはためかせ、毒を振り撒くまでに至ったのはニルヴァーナの影響と見て間違いないだろう。

だが問題は、そのニルヴァーナの効果時間、そして効果範囲。

情報通りならばニルヴァーナの効果は永続的である。

 

しかし、もしニルヴァーナを稼働可能のまま保存、ないし放置したとしよう。それを狙う他の輩にニルヴァーナを奪還された場合、あの怪物(ノイズ)悪性(あくせい)から善性(ぜんせい)に戻される危険性が常に孕む。それはあまリにリスクが高い。

例えあの悪性のノイズが私の思い通りに動かなくとも、敵対視されようとも、あの破壊は魅力的に過ぎる。あれは悪であるべき存在だ。破壊の王として崇めるべき存在だ。

だから、オレのするべきことは……。

 

 

「ノイズを善性に転換させられる前に……。このニルヴァーナを、ぐちゃぐちゃにブチ壊す!」

 

 

 

まずニルヴァーナを破壊、つまり機能停止に持ち込むには、六つの足の付け根にある魔力炉の魔水晶を全て同時に壊す必要がある。

 

本来の六魔将軍が揃っていたならば、一人ひとつに配置し破壊までスムーズにいけたのだろうが……今じゃそうはいかない。となれば、無難に思念体に魔力を分配させて各個破壊させる。という手が無難か。

 

……いや。正規ギルドの連中がオレの思惑にたどり着いた場合、奴等はどう動く?

先の戦闘であちらに私と同じ古文書使いがいることは知れた。あちらにニルヴァーナを操れる人材がいるということになるが……しかし、私のかけたプロテクトがそうそう破られることはないだろう。

奴等がニルヴァーナを扱い、ノイズを早々に反転させられる心配は暫くの間ない。

 

……思念体を創らず一人一人潰していくという案もあるが、あまり悠長にしていては古文書使いにロックを解除されかねない。そうなってしまえば元も子もない。私が善性に反転されてゲームセットだ。

 

 

「さァて、どうしたモンかなァ。ったく、所詮作りモンの人格か、使えねえ。タラタラ考えた挙げ句なんにも解決法を出せねえとは。同じオレとして溜め息が尽きねえよ。簡単な話だろうが、手始めにニルヴァーナを動かせる古文書使いをぶっ壊せばいい」

 

「だが古文書使いの警護にあの魔剣士級の魔導士が複数いた場合、私たちは不利になる」

 

「ハッ。オレ様の声で臆病風ふかしてんじゃねえよ殺すぞ」

 

「岩鉄のジュラが傷ひとつなく動く姿は先程見た通り。奴等の中に失われた魔法、治癒の魔導士がいることは明らかだ。後衛である治癒士が魔水晶の防衛に回るとは考えにくい。もし聖十大魔道士の二人と治癒士で古文書使いの防衛を固められていた場合、我等に勝ち目はない」

 

「じゃあどうするってんだ?分裂して愉快に一人で六魔将軍ごっこやって雑魚に返り討ちにされるのか?だったらオレァ自殺を選ぶね!!」

 

「急かすな!……少し整理をさせてくれ。最善はどれか」

 

「この期に及んでゴネんなよ。虚しいなァおい。ったくよォ、オレにてめえを消せるならもう消してるぜ。なにがブレインだ。てめえなんざカニ味噌で十分だ」

 

そこへ本来杖としてしか脳のないクロドアが声を上げた。

 

「ゼロ様!ぜひ!ぜひ!このクロドアにお任せ下さいっ、見事解決してみせましょ──」

 

「うるせえ。杖は黙って杖してろ。できねーなら壊すぞ」

 

「…………はい」

 

ここにあるものは。いま私にあるものはなんだ。

ブレイン。ゼロ。クロドア。ニルヴァーナ。古文書。闇魔法。破壊術式。傘下闇ギルド。魔水晶。狂わせる毒。化け物。生体リンク──。

 

 

 

「……生体リンク……そうか。生体リンク魔法ッ!!」

 

「あ?」

 

歯車が音をたてて噛み合った。

脳のなかで組み上げたカラクリが動き出すような快感を得ると共に、拾った石材で床に術式を書き出していく。

 

「生体リンク魔法。本来、術者と対象の魔力を繋ぐ念話の近縁種に相当する特殊な魔法だ。魔力を繋ぐことで傷を請け負うことも同調させることも可能、いわゆる一なる魔法の派生(・・・・・・・・)とまで呼ばれる『繋ぐ魔法』。私の場合は生体リンク魔法でゼロの人格を押し留め、『ブレイン』と言う仮初めの人格を被り物として縛るもの。だが今やそれは破綻し、術式は歪んだ。だが少なくとも私の人格が残っている以上、生体リンク魔法はまだ効力を残しているということ。つまり我等は現在進行形であの化け物と繋がっている。ここに残っているのは人格形式と人格抑制という特殊な術式だが、術式の大元の機能はラインを繋ぐこと。術者はあくまで私、発信源が私であり現在も繋がっているのらば出来るはず。不幸中の幸か、六魔将軍の残るリンクはノイズとの導線(リンク)唯一(ただひとつ)。仕組みは可能な限り単純化されている。これならばいける!私ならばできる!私は──」

 

 

用済みとなった石材を後ろへ放り投げた。

 

 

「──ブレインだぜ、私は」

 

 

繋がった。

 

書き終えた夥しいほどの数式と術式が、床や壁を複雑に彩っている。

イコールは見えた。

 

「なるほどなァ。理論は知らねえが、流れ込んでくるぜ。てめえの思惑。オモシレエこと考えるじゃねえか。まさか──」

 

 

──あの化け物から、魔力をブン盗ろうだなんてよ。

 

 

「いや、盗む訳ではない。少し借りる程度だ。もしあんな膨大な魔力が全て流れこみでもすれば、我等は空気を入れすぎた風船のような結末をたどるだろう」

 

「だろうな、あんなもん人間の許容範囲を軽く越えてやがる」

 

「しかしそうでなくとも、あれほどまでに異形の魔力だ。少量貰うだけでも我等は生命活動を終える危険性がある」

 

だが、それでも私は見てみたい。あの力をこの身に宿したとして、いったいどんな景色が見えるのか。

 

「それは同意だぜ。オレも構わねえ。あんな破壊の力を味わえるってんなら乗らねえ手はない。例えオレが壊れようと、お前が壊れようとな」

 

「意見が合うようでなにより。私も研究者としてあれほどの研究対象を前に、死の危険性があるから等と宣い縮こまるつもりなど毛頭ない」

 

術式を書き換える時間はそう長くはかからない。

クロドアに見張りをさせ、上着を脱ぎ捨て素肌に直接術式を刻んでいく。

 

「……あり得る未来として。私の人格が消えたら、あとは好きに生きるといい。暴れるも壊すも、死ぬも」

 

「るせぇ。言われなくてもそうする」

 

思えば、私がゼロとこうして会話をするのは初めてか。

私がゼロという男を知っているのは記録上のみ。入れ替わりが常である我等に言葉を交わす術はなかった。

実物の感情をこうしてダイレクトに味わうと分かる。この男の身を焦がすほどの欲求が。

破壊衝動。この飢餓にも近い破壊衝動は、生まれながらの体質による影響だ。普通の人間ならば、体内から生まれた魔力を無意識に体外へ散らすもの。だがゼロはそれが出来ない。魔力を溜め込んでしまい、本能的に発散するために強烈な破壊衝動が付きまとうのだ。

それを抑えるのが私の生まれた理由。私がいる限り、破壊衝動は生まれることはない。私が破壊術式を作った理由も、自らの魔力を破壊し調整するための手段として。

 

私という……。

ブレインとしての人格が生まれるまでに……。

 

あの御方(・・・・)ブレイン()が創られるまでに、ゼロがどれほど窮屈な生活を強いられてきたのか。想像に難くない。

 

「おい寄生虫。オレ様に同情しようだなんて思うな。殺したくなるだろうがよ」

 

「同情などしていない。お前は私だ。今更お前を理解したからといって、私の捉え方は変わらない。あるがままの事実を受け止めるのは研究者の義務だ」

 

「ケッ、てめえは話が長くて嫌いだ」

 

「そうか。私もお前の短絡的なところは嫌いだ」

 

「で、上手くいくのか?」

 

「確証はない。あんな歪な魔力をなんの濾過(ろか)もなく直接受け止めるのだ。死ぬか生きるか。結果は目が覚めたときにわかるだろう」

 

もしかしたら、私が魔法に触れるのはこれが最後になるのかもしれない。

……それもいいだろう。発動中の生体リンクを術者本人が書き換える。前代未聞だ。

そんな荒業を成し遂げて死ねるのならば本望というもの。

 

「オレはオレだけでいい。貴様は死んでろ」

 

「私も私だけでいい。お前は死んでいろ」

 

 

ついに、最後になった。

残りひとつの文字を書くだけでこの術式は完成、別の性能を発揮する。

 

「これより先は未知。覚悟は済んだか、ゼロ」

 

「ハッ。壊すのがオレの生き甲斐だ。結果自分が壊れるってんならそれも上等」

 

「そうか。では、いくぞ」

 

 

最後の一閃。

胸部に最後の一文字を書き終えたその瞬間、濁流のように異質な魔力が流れ込んだ。

吐き気を催し、目眩を起こし、その場に膝をついた。意識が飛ぶ。

だが、それも一時。

漲る力に私は笑った。

感覚が研ぎ澄まされている。まるでニルヴァーナの周囲全てが手に取るように理解できる。

 

 

「行こう」

 

 

自らの中に一滴の原液を垂らしただけ。

それだけで、やけに世界がちっぽけに見えた。

 

 



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竜を以て集まる

Q.メイン武器は?
A.エルガドの狩猟笛は世界一ィイイ!!


どうしてこうなった。

遠い目で濁った空を見上げた。

 

廃れた街を一望できる最上階。この場でいったい何があったのやら。

考えるのも面倒だなぁ。

 

満身創痍。

もはや息も絶え絶えな、むくつけき男たちが全員、意識があるかどうかもわからないまま地べたに倒れ附していたのだ。

 

む、むっさい……。

見事に全員男。空から降りて来てみれば、そこに広がっていたのは地獄絵図。

見覚えある奴等もチラホラといる。

まぁどうでもいいんだけどさ。

 

「おぉ!我が竜よ、お目にかかれて光栄です」

 

着地して重っ苦しい銀の翼を消した。

こんなむさ苦しいところで、雇い主だったはずの頭目(ブレイン)さんが俺に向かって大仰に膝をついていれば遠い目にもなると言うものよ。

 

引き摺っていた甲冑(ミストガン)を床に下ろして、ガチャンという音を聞きながら大きくため息をつく。

腕を前から上に上げてのびのびと背伸びのウンドー!

 

「……何を、なさってるのでしょう」

 

「ラジオ体操第一」

 

「は、はぁ……」

 

「で、リーダー。これどういう状況?」

 

「私のことはブレインとお呼びください」

 

「は、はぁ……」

 

ブレインとお呼びください……?

どゆこと。なんだこのおっさん。なんで急に腰低くなってんの、こわ。なに狙ってんだよ。

 

「我らに貴方の破壊をお導きください」

 

「えーと……どこから突っ込めばいいのか」

 

何を言ってるんだこいつは。頭でも打ったのか?強打したのか?なんなら俺が改めてその頭打ってやろうか。必殺チョップで。

 

あの高慢ちきが部下の前で膝まずいたり急に敬語になったりして。……何がしたいのか全っ然わからん。

ドッキリか?一種のハラスメントか?

 

まぁとにもかくにも、疑問はいくつかあるんだけど。とりあえず気持ちの悪いモノから片付けていくとしよう。

 

「リーダー。なんか俺と同じ匂いしない?」

 

このおっさん。なぜか俺と同じだ。いや、匂いと言ったものの、その表現も正確には違う気がする。

なにが同じなとかと言われると俺自身、確実なことはよくわからないのだが。

……うーん、どう形容すべきなのかと言われれば……俺の語彙力では匂い(・・)としか……。

もしかすると、これがゼレフといた頃は感知出来なかった魔力(・・)とかいうファンタジーエネルギーなのかもしれない。

 

僅かな疑問に、ブレインは浅黒い顔をさあっと青ざめさせながらもオーバーに頭を下げた。それはもう額をカチ割らんばかりの勢いで。

 

「ッ!まずは謝罪させて頂きます。無断でこのような無礼、申し訳ございません!!」

 

「いや、うん。謝罪はいいんだけどさーあ?」

 

「違うのです!!……い、いえ、確かに私は貴方様の魔力を掠め取るような盗人猛々しい真似を致しました。ですが!やむ得なかったのです!わ、私の忠誠に変わりはございません。何卒っ、お許しを!」

 

えぇ……(ドン引き)。

なにを必死になってるんだこいつは。というかキャラ変わりすぎィ!

数十分前までの高慢ちきなあのキャラはどこにいったの。ホント何があったのよアンタに。誰かに変な魔法でもかけられて性格逆転でもしてんじゃないの?

なんつってな!そんな頭の悪いトンでも魔法が存在する訳ないか!ガハハハ八!

 

そもそも忠誠とか誓われるいわれは無いんですが。

オッサンに忠誠とか貰っても微塵も嬉しくないんですが!誰得なんですかねぇ?

なんでそこで女の子じゃないのよ。

 

あーあ、これ不具合ですよ。世界の不具合。修正キボンヌ。

……ま、いっか。あとで俺が修正すれば。

 

「まぁなんでもいいや。そんなことより、どうしたのそいつら」

 

後ろに散らばる有象無象の男たちを顎で指す。

 

「我らが道に立ちふさがるゴミを蹴散らしたまでです。残りの者共もすぐに」

 

「あーいや、そういうことを聞きたいんじゃなくてだなぁ」

 

あれかな。無知っ子アピールかな。「ぶれいん、わかんなぁい♪」とかいうあれか。

きっしょ死ねや!!(押し付けストレート)

 

「なんでそいつら生かしてんの。それでお前よく闇ギルドなんて名乗れたなリーダー。アンタ拾った猫の虐待(愛で)動画とか大好きなタイプだろ。俺も好きだけど!」

 

「だから言ったじゃねえか、ブッ壊しておけってよ」

 

「きゃあああ!!オッサンが分裂したあああ!!」

 

思念体というやつだろう。幽霊のようにブレインからブレインが増えた(異様に気持ちの悪い光景だった為詳細な描写は省く)。

思念体の方のブレインは本体より四割増しで凶悪面である。殺人鬼のような面貌だ。

 

なんだこの地獄画図は。俺を含めたらオッサンジェットストリームアタック出来るじゃないか。誰が喜ぶんだこんなの。

いくぞガイア!オルテガ!マッシュ!お前誰だよ定期。

 

「申し訳ございませんノイズ様。ですが、貴方様の嗜好をまだ把握しきれていなかったもので、殺す前にまずは指示を仰ごうと」

 

「これだぜノイズ。こいつンな甘っちょろいことブツクサ言いやがってよ、殺すの渋るんだぜ」

 

「甘いぞ!ダメでしょ闇ギルドなんだから遠慮しちゃ。文字通り半分は優しさかよ、バファリンかよ」

 

「ばふぁ……?……で、では、今すぐ処理いたします」

 

更に深々と頭を下げるブレインに、しかし待ったをかけた。

妙案を思い付いた。

 

「あ、いやちょっと待って。まだ正規ギルドの仲間がいるだろうし、せっかく生きてるならちょっと軽くツツいて悲鳴をその他に聞かせてやろう。そうすれば、まだここにいない奴等も集まるだろうし。エリア指定で無差別に念話とか出来るっしょ?」

 

要するにこいつらを痛め付けて餌にしようというさくせんだ!あったまいいおれ!

フー!我ながら悪どい提案するー!

 

「はっ。問題ございません」

 

「なぁ、なんならその拷問役オレにやらせてくれよ。加減ミスって壊しちまうかもしれねーけど」

 

「何で俺に聞くのか謎だけど、はいキミ採用!やる気があって先生は大変嬉しいです!」

 

「ッシャ」

 

片手でガッツポーズをとる凶悪面に、笑顔を見せながらも内心で「なんだこいつ」と呟く俺であった。

というかサラッと流してたけど、何なんだこの分裂したオッサン。まさかこれがあの噂に聞くマスターゼロとか言うやつか。実質リーダーで幽霊部員とかいうなんちゃってマスターとか言うやつか。

なるほど、こいつが右脳か……。左脳か……?

 

「つかリーダー。他の六魔はどったの?」

 

「あの腑抜けたちなら今頃どこかで気を失っている、ないしすでに死んでいるでしょう」

 

「はへー、野郎共はともかくソラノちゃんは死んで欲しくないなぁ。せっかくの紅一点だったんだし。結構可愛いし」

 

ふははっとブレインは意外そうな喜色を滲ませて俺を上目遣いに見た。そこには悪どい笑みがありありと浮かんでいる。

 

「貴方がお望みとあらば、見目の良い女は後程いくらでも街から調達致しましょう」

 

うわ、犯罪者だ。さすが闇ギルド、言うことがちげえや。白昼堂々と拉致監禁宣言しやがった。そこに痺れる憧れ……ねえよ。

拉致はダメでしょ拉致は。女の子は普通に女の子してるから可愛いのであって、奴隷とかモノ扱いとかはあんまり趣味じゃない。

そういうのはね、互いに乗り気だから良いものなの!そういうプレイにしたってね!

愛し合うから意味があるんでしょうが!

そう、愛し合ってるから……。

 

…………愛し合ってるから。

 

 

カグラちゃんも、そうなのかな。あのチビデブとお互い合意なんだよなきっと……。

 

衝撃的過ぎて、認められなくて、男は全員殺してやろう!とか考えてたけど……。でも、そんなことを勢いに任せてやったとして。

 

カグラちゃんに嫌われるのは……ちょっと嫌だなぁ。

 

それに野郎共を全員殺すってことはジェラールも殺さなきゃいけない訳で。いやまぁいいんだけど。

 

「我が竜よ、いかがなさいました?」

 

「んー。いや、なんか俺間違ってるのかなぁなんて思っちゃってさ。こういうのを考えるのは得意じゃないんだけど」

 

ぼーっと街を見渡す俺の肩をブレインは飛び付く勢いで掴みかかった。

そしてガクガクとまるで親にパチンコの金をねだる駄々っ子のように揺らしてきた。

 

「そのようなことは御座いません!!貴方は間違ってなどいないのです!!破壊を!!貴方の力をこの世界に知らしめてやろうではないですか!!!」

 

「リーダー。今すぐ離せ、殴るぞ」

 

もちろん俺は抵抗するで、コブシで(21歳)。

 

オッサンに顔を急接近されて喜ぶ奴がいると思うか?

ねえよッ!!!!(憤死寸前)

 

「も……ッ、っ、申し訳、ございませんッ……」

 

持病だろうか。唐突に息を詰まらせたような浅い呼吸になったブレインは、脂汗のようなものを顔中に滲ませながら後ずさった。

おいおい大丈夫か?薬とか持ってる?飲んでからにしなさいよ、それくらい待っててあげるから。

 

子匙一杯分の心配をする俺と、ブレインのその後ろでは腹を抱えて地面を殴りながら爆笑している凶悪面(ゼロ)がいる。

 

「ハハハッ馬鹿だ!気迫に当てられてチビってやがる!ハハハハハハッ!!まぁ気持ちはわかるけどよォ!」

 

「黙、れッ」

 

おい。なんだその俺が悪いみたいな言い方。

たいへん不快でなんすが。

 

ま、いっか!

 

「さて、んじゃ。ちゃっちゃと鳴かせて下さいな。でも女は殺さないからな!目の保養、だいじ!」

 

「へいへい。ったく、我が竜は色狂いで困るね」

 

ケッ。性欲がないとか言う男は皆嘘をついてるだけなんですぅー。性欲がない男なんていませんー。自分に正直で何が悪いんデスカー。

それに、別に手当たり次第に好き放題するわけじゃないし。あくまで俺は女の子を尊ぶだけだ!本人の承諾なしに手は出さんよ失敬な!あいあむじぇんとるめん!

 

事を始めようと動きだし、ゼロが選んだのは、ひときは男臭いガチムチのハゲだった。

 

「うわ」

 

ついそんな言葉漏れてしまうのも無理からぬこと。なぜそこを選んだのか。

考えると怖気(おぞけ)が……ウッ!(突然の死!!)

 

だらんと力の抜けた腕を無理矢理に持ち上げて体を浮かせているだけだが。だがその距離感の絵面はあまり見ていたいものじゃない。

 

『聞こえるかゴミ共!!これから貴様らにいい音色を聞かせてやる、ありがたく聞けェ!!』

 

指先から放った螺旋の魔法に右肩を貫かれ、その激痛に目が覚めたようだ。オッサンの低音甚だしい苦痛の呻き声が辺りに響いた。

 

うーむ。これが皆の頭の中から聞こえてくるのか。いやだな。むさ苦しいものが夢にまで出てきそうだ。

 

「あとはレスポンスが来るのを待つだけだな」

 

俺の言葉に頷くリーダーを横目に見た。

 

そういえばコイツ。狂竜症にかかってないけど……魔法で防ぐ手立てがあるのか?それとも克服して狂撃化してるのか……。もしかして、生き残ってる連中も結構いるのかもしれない。カグラちゃんあたりは確実に狂撃化するだろうから安心として省いてたけど、それにしたってガバガバな能力だ。

やはりこれは世の男どもを駆逐するのには向かない能力だな。いや、そもそも無差別じゃ向いてないか。

 

 

にしても……。

 

 

 

──コイツら、いつ殺そっかなぁ。

 

 

元より男は皆殺す予定だし。例外はない。なんでここまで他人に殺意が湧くのかは自分でもよくわからん。が、殺したいものは殺したい。あとはタイミングか。

 

「ハハハハッ楽しいなオイ!」

 

ノリノリでハゲのおっさんをボコボコにしているゼロを眺めながら、暇を自覚して欠伸が出た。

にしてもうるせえなアイツ。なぜおっさん相手にそこまで興奮できるんだ、性癖がマニアック過ぎるぞ。まさか貴様HENTAIか。

 

 

ふとした瞬間。ゼロが高笑いに身を委ねたその一瞬。

ハゲのおっさんが目を見開き、魔法の発動と共に叫んだ。

 

 

「喝ッ!!」

 

 

その一声で床は隆起しゼロを殴り飛ばし、俺たち三人とその野郎共を分断する巨壁を築き上げた。

 

「おお~やるー」

 

口笛が吹けないのでふひゅーと抜けた音しかでない。

しかし感心した。あそこまでギッタギタ(死語)にされてもまだ奮起できるなんて。俺だったら鼻水たらして逃げてるぞ。

 

 

「ハハッ!ボロ雑巾のクセに面白れえ事すんじゃねえか!」

 

ゼロが喚いてる。

ハゲ同、なんつって!ハゲだけに。だっはは!

 

「アイスメイク──」

 

魔法の詠唱。

 

「ランス!」

 

声の元をたどれば、いつの間にやら、壁の上から「はい、ひょっこりはん!」と飛び出していた(言ってはない)黒髪。

壁から覗くように構えた黒髪が次々と氷の雨を降らせる。しかし、ものの見事にそれらは全てブレインに払い落とされていくだけの徒労に終わった。

こんなんでもうちのリーダーなんでね!と、そんな俺はブレインの後ろで腕を組み、鼻を膨らませてデカイ顔をしているだけだった。

 

「常闇奇想曲」

 

本格的に戦闘が始まった。

 

 

とは言うものの……。

 

ビームびゅーん、壁ばーん、男たちうわー。

現状を表現するのにこれ以上的確な描写もあるまい。ブレインとゼロにまるで敵わない男たち。最初の勢いはどこへやら、あれよあれよと追い詰められていく。

 

「てめえが親玉か!!」

 

上半身裸の黒髪が氷の槌を両手で振りかぶり、ゼロのディフェンスをすり抜けて俺のもとへ突進してきた。

前に出ようとするブレインを手で制し、黒髪氷小僧の槌を右から左へ。左から右へ。ムーディー勝山ムーヴでいなしていく。

 

「残念ながら親玉はあっち。悲しいかな俺はしがないバイトだ」

 

「てめえみたいなバイトがいてたまるか!どっちが化け物かくらいー目見りゃわかんだよ!」

 

そうは言われてもなぁ。事実月雇いだし。

 

頭上から振り下ろされた氷の槌を受け止め、指をめり込ませて握ってやれば呆気なく砕けた。

 

「脆い。遅い。打点の正確性が粗い!そんなんじゃブレインには勝てないぞ!」

 

「てめえに勝とうとしてんだよ!」

 

「甘ったれるな!リーダーを獲ってこその男でしょうが!」

 

「だから俺の狙いはてめえだって言ってんだよ!!」

 

「えっ……?……そう言えば上半身裸だし、それってつまり…………うわ」

 

「ちげえよ!!変な勘違いをすんな!!」

 

これだけ揶揄(からか)い甲斐のある子供を相手にしてると、なんだかやる気が失せてしまう。

それじゃ気分が削がれる前にとっとと済ませてしまおう。

 

「グっぁ」

 

氷小僧目掛けて放った拳は、水月(みぞおち)へと嫌な音がするほど深くめり込んだ。これだけのダメージを受ければそうそう動けまい。

氷小僧の胃の中には何もないのだろう、胃液と僅かな血のみを吐いて床に倒れ込んだ。

 

「ハゲが壁を造った時点でお前たちは地面だけを凍らせるなりしながら逃げるべきだった。挑んでこなければ長生き出来たろうに。ま、追いつけるけど」

 

「そうかよ……ぺっ」

 

氷小僧は血の混じった唾を俺へ吐いた。

まぁ当たってあげないんだけどね!!

 

「……引けねえから、挑んでんだよ」

 

なるほど、至極真っ当だ。

 

さて、痛みにもがき苦しませるのも可哀想だから今すぐ終わらせてやるとしよう。殺すのはいいが拷問は趣味じゃない。

 

 

MODE:ヴォルガノス。

 

 

黒々しい溶岩の籠手を右手に。

熱を集め、周囲の空気を焼くほどに赤熱した右手を氷小僧の顔の前でパーに開いた。

 

「ばいばい」

 

流石にこれで顔面を掴まれれば氷使いといえど骨もろとも溶けて死ぬだろう。いや、高熱によるショック死が先かな?

どちらにせよ生きてはいられない。

 

 

「ッ、くそッ!」

 

 

若き命に、さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

「──火竜の鉄拳ッ!!!

 

 

 

あれ…………?

 

ちょっと痛い。

 

 

「俺の、仲間に……」

 

 

気がつけば、両足で地面を削るように氷ハンサム君の前から押し退けられていた。

どうやらすっかり周囲への意識が疎かになっていたらしい。俺を殴った少年は口から糸のように吐いた息に火を灯し、竜のような形相で怒髪天をつき、俺を射殺さんばかりに睨み付けていた。

 

 

 

「何してやがんだてめえッ!!!」

 

 

 

鋭い目付きに燃えるような怒気。桜火竜を彷彿とさせる鮮やかな髪と網目の粗い白マフラー。

少年の纏う黒く白い空気は、どこからどう見ても狂撃化の証だ。

……狂竜化を克服したらしい。

 

「ナツ……!」

 

「グレイ、下がってろ」

 

それと、頬に鱗……?

色素自体は肌色のままだが、目の下に竜の鱗のような質感が窺える。

竜の片鱗を見せながらも人としての色を強く残している。

 

 

「こいつは俺がぶっ飛ばす!」

 

 

一見、竜に成ろうとしている人間のようにも見えた。

 

「へぇ……」

 

その姿に興味が湧いた。

 

あのクソトカゲ以外で、竜に関連したものを見るのは初めてだった。

国境にとらわれず世界をほっつき歩く俺が、何年かけても見ることのなかったものが、ぽっと目の前に転げてきた。

 

……加えて、どこか俺と似た匂いをしてる。

 

同族。という言葉が浮かんだ。

もしかすると俺の中にあるであろう古竜の因子が、この桜火竜の少年は仲間だと騒いでいるのかもしれない。

確かに、俺も模倣する際に手足や顔に似たように鱗を発現させている。

こいつの力には、俺に似通(にかよ)ったものがある。

 

自然と口角が曲線を描く。

 

 

なんだか、新たなトモダチ(・・・・)を見つけた気分だった。

 

 



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記憶

……へへっ


眉を潜めた。

ため息と共に期待が肺から抜け出していく。

 

 

 

「火竜の鉤爪(かぎづめ)!!」

 

真横一閃に繰り出される蹴りに対して俺は驚異を感じなかった。だから受け流した。

 

「火竜の煌炎(こうえん)!!」

 

両手の炎を叩きつけるだけの技。いなすのも面倒だから急接近。肘を掴んで勢いのまま投げ飛ばした。

 

「火竜の咆哮(ほうこう)!!」

 

おぉブレスか。確かに竜っぽいけど溶岩竜の前に火は無謀だ。

 

「火竜の劍角(けんかく)!!」

 

まさかの体当たり。雑過ぎだろ。気分はマタドール。

 

奴は炎を積極的に使う魔導士のようだ。

炎を使うと言うだけあって、火に耐性があるのだろう。繰り出される拳を溶岩の籠手で流すように受け続けても、溶岩竜の籠手の熱に悲鳴すらあげない。火傷も負わず平然と触れられるようだ。

その高い火の耐性。対応力と反射神経には目を見張るものがある。……が逆に特筆できるのがそれだけ。俺の警戒心を煽る要素がひとつも見当たらなかった。

 

つまるところ、弱い。

 

なんだこいつ。

とてつもなく弱いぞ。竜っぽい匂いがするからてっきりアイツ(黒トカゲ)みたいなヤバイやつかと……なんか期待して損した。

確かに力の匂いは強いし質も高そうだ。だがそれにしたって体の使い方が稚拙。技の精度も低い。スピードと火力は少しあれど、どれも直線的で単純。この少年の性格がありありと出るような闘い方だった。

 

いやまぁ、格闘家とか武道家じゃなくて魔導士だしな。仕方のないことか。

それに成長期の子供なら体の変化によって手足のリーチもバランスも変わるわけだし、成長に技術を合わせるなんて難しいよな普通。

 

「火竜の──」

 

炎を纏わせた両手を振り上げたところだった。

 

「もういいよ」

 

 

地面が鳴るほど強く踏み込み、懐へ侵入する。その両手を手首から掴み、背負い投げの要領で軽い体を持ち上げるとそのまま地面に叩きつけた。

遠慮はしない。手首を掴んだままもう一度持ち上げ、叩きつける。更にもう一度もう一度もう一度もう一度、力ずくで空に掲げるように持ち上げてはひび割れた地面に叩きつけた。

 

「ナツ!おい大丈夫か!」

 

めり込ませるように最後に叩きつけ、投げるように手を離し距離をとった。

つい数秒前までの位置に無数の氷の槍が突き刺さる。

 

距離をとった俺を威嚇しながらも、氷小僧は助け出した桜火竜の少年に走り寄る。

 

しかしここで出来る男、ブレインが介入する。氷小僧を魔法で吹き飛ばす。それを受け止めるように他の野郎共を相手にしながらも先回りしていたゼロが蹴り上げ、ハゲのオッサンがそれを助けたり邪魔したりされたり、ドンガラガッシャンと。混沌極まる大乱闘が起こっている。いったいなにッシュブラザーズなんだ。

 

 

こちらに視点を戻そう。

桜火竜の少年も随分なタフガイ。身体中に血を滲ませながらもふらつく両足で地に立ち上がった。

 

「てめぇは、俺が倒すんだッ!!」

 

「あそ。がんばれー」

 

その猪突猛進な姿勢に、手をひらひらと振って流した。

相も変わらない直情的な攻撃に飽きを感じながら、その攻撃を捌き、口を開く。

 

「その竜の魔法?みたいなのには興味湧いたし面白いとも思った。最初はワクワクしたよ。でも正直期待外れだ。完全にズコーって片足滑った気分。闘い方は雑、攻撃も一直線、目線で狙いもバレバレ。センスは感じるし喧嘩馴れはしてるんだろうけど、もうちょっと考えて動きなさい」

 

しかし俺の言葉など耳にも入らない少年は、鋭い目を更につり上げて、特攻を敢行する。まるでやりたいことに実力が追い付いてない。両手をぐるぐる振り回して暴れる子供のようにも見えた。

 

「ほら、ここがら空き」

 

「クソッ!」

 

「自分の体だけじゃなくて相手がどう動くかも考えろ。打点や距離、リーチ、そして届かないところに魔法とか。決め手と更に奥の手も必要だな」

 

「畜生!」

 

「相手がどこを見てるかを考えろ。隙を作って釣るもよし、わざと釣られるのもよし。ようは簡単な駆け引きだ」

 

「当たれッ!!」

 

「相手が嫌がることを考えろ。どうされたら嫌か、どう立ち回られたら嫌か。どのタイミングで動きを阻害されるのが嫌か」

 

「当たれよッ!!」

 

「初見の場合は様子見を怠るな。なにも初見は自分一人だけのリスクじゃない。自分が初見なら相手だって初見だ。様子見をしながら、様子見をさせるな」

 

「んだよそれッ!」

 

「はい、足元隙あり!」

 

ふいに見えた重心のズレ。その足を払いのけてやれば、桜火竜の少年はあっさりと転んだ。

しかしこの瞬間ばかりは俺も油断したらしい。倒れた思いきや、手を地についてその手首だけで体を捻り、炎を纏わせた蹴りを披露してみせた。

まるでカポエイラ。足にまで炎を纏っているせいかその有り様はまさに曲芸。

 

「おおっ、今のはよかったぞ。俺がもう一歩踏み込んでたら当たったかもな」

 

「黙れ!」

 

「ははー、おお頑張れ頑張れ」

 

真っ直ぐな少年に絆されて、浮かぶ微笑みを漏らしながらも少年の組み手に付き合うことにした。

ブレインとゼロもあっちはあっちで正規ギルドの連中相手にドヤ顔しながら偉そうなことを言っているようだし、あっちの話が終わるまで俺はこの少年とじゃれてることにしよう。

 

「なぁ少年、どこでその力を手に入れたんだ?」

 

なんとなく疑問だった。

匂いは確かに竜のものだが、その力は竜寄りなだけで竜にはまだまだ程遠い。

動きや技も対人向けと言うよりは……どちらかと言うと竜を狩るための魔法といった方がしっくり来るのか?…………あー、滅竜魔法って言ったっけ。

確かに、格上殺し(ジャイアントキリング)って感じの魔法だ。

 

「滅竜魔法ッ。イグニールから教えてもらった!」

 

「滅竜って……まじ?ドラゴンスレイヤーってことか!なにそれカッケー!」

 

なにそれカッケー!

なにそれカッケー!!!

 

「イグニールってのは君の師匠?」

 

「父ちゃんだ!ドラゴンの、なぁ!!」

 

一際強く放たれた意外な威力の打撃にたたらを踏みながら、小さな脳ミソに考えを巡らせる。

 

ドラゴンの親……?

はて……?どこかで聞いたような…………。

 

「んなこより、ぶっ飛ばされろ!!」

 

「……あーダメだ思い出せない」

 

胸の中心を小突くだけでバランスを崩した桜火竜の少年を蹴り飛ばし、喉元まで上っていた記憶に苦戦する。

 

「…………うーん、わからん」

 

思い出せないものは思い出せない。

こればっかりは仕方ないね。

 

しかしそうか。ドラゴンに教えてもらったということは、もしかするとあのクソトカゲも滅竜魔法なるものを人間に伝授出来るのかもしれない。俺が使えるようになる可能性も……。

…………いや、まぁないけどね。あんなのと仲良くするなんてゴメンだし、アイツに頭を下げて教えを乞うだなんて絶対嫌だね。そればっかりは何があっても承服できん。

そもそもあっちも100%教えてくれないから。頼んでご覧よ、どうなるかなんて簡単に想像がつく。

 

『トカゲえもーん!魔法おしえてよー!』

 

『オレ オマエ マルカジリ』

 

晩御飯にされるわ。

 

というか今思い付いたんだが、滅竜魔法ってもしかして竜種模倣(オレ)を殺すのに有効だったりするのか?

 

 

……あれ、ヤバくね……?

 

もしかしてマトモに当たったら消し飛んだりする……?

いやいやでもさっき殴ってきた時はちょっと痛かっただけだったし。……でもさっきのは手加減してて、全力全開がまだあったとしたら……おれ、死ぬんじゃね?

 

 

ごくりと、喉が鳴った。

 

 

「…………」

 

 

恐る恐る、数歩引きながら溶岩竜の模倣を解除する。

 

……ま、待て。

 

あくまで竜種模倣の場合だ。それに桜火竜の少年も俺を殺せるほど強いとも思えないし、そもそもおれ、竜じゃないし。所詮可能性だし!可能性の話だし!まだ慌てるような時間じゃないし!

落ち着け落ち着け。

落ち着けくそぉ!普段竜種ばかり模倣しているせいで俺の体に竜種が異常に馴染んでいるのか、はたまたただのプラシーボなのか。滅竜魔法を危険と認識した途端、桜火竜の少年が俺の中で銃口を向けたピストルのように見えてきた。

 

「おい!!」

 

「はい!!」

 

落ち着けえ!!

だだ大丈夫だ、大丈夫!俺は死なん!死なんぞ!!

俺は不死身の杉本だ!!……じゃないけど。不死身だ多分!!

 

「お前、名前は」

 

な、名前?

えーと。

 

 

「トージだ」

 

 

 

 

……あ、本名言っちゃった。

 

 

一気に体温が下がる。

晴天の空よりも真っ青になった俺に、桜火竜の少年は指をさした。

 

「ナツ・ドラグニルだ!」

 

アッハイ。

 

「お前はこの俺が倒す!!」

 

いや、それは困る。

 

ナツ君というらしい。確かに夏って感じだ。凄い暑苦しい。

 

「よ、よろしくナツ君」

 

「君付けすんな!!」

 

「じゃあナツ」

 

「馴れ馴れしいぞてめえ!!」

 

「理不尽だ」

 

目をつり上げてギャーギャーと騒ぐその姿はどこからどう見てもただの子供だ。それを見てようやく取り乱していた気持ちを落ち着けられた。

 

そうだ、相手はたたの子供だ。滅竜魔法と言えど俺を殺せるとは限らない。そもそも滅竜魔法が竜関係の全てを滅せるのならば、狂竜症に罹っているのも可笑しな話だ。

……どういう基準の魔法なんだ?

 

滅竜。

ドラゴンスレイヤー。スレイヤーか。

もしかして攻撃特化の魔法なのか?

スレイヤーといわれてもカッコイイなーくらしいか正直ピンと来ない。だが滅竜という以上、竜を仕留めるのが主で……でも狂竜症には罹るし、竜関連の攻撃無効っていう線はなくなった。

……つまり脳筋ジョブってこと?

 

もしくはこの桜火竜、もといナツが滅竜魔導士として未熟という可能性。

……うん。これが一番理由としてはしっくり来る。格闘技や精神面を見るにまだまだ成熟途中だ。一人前だったなら、俺の竜種系統は悉く無効化されていたかもしれない。

 

熱くて真っ直ぐで未成熟で滅竜魔法って、まるで主人公みたいなやつだな。

 

よし。こいういう危険因子こそ真っ先に仕留めるべきだな。

この主人公は間違いなく桜火竜ってレベルじゃないところまで成長する。直感だが、敵として放置してちゃいけない素質だ。

 

そもそも竜種模倣で不安を抱えるくらいならば、竜種以外で戦えばいいだけのこと。選択肢は一杯あるんだ。

 

そう、例えば。

 

超大型古龍にも匹敵する危険度を誇る甲虫種、閣蟷螂。

 

 

「『MODE:アトラル・カ』」

 

 

黄金の絲を風に舞わせるように伸ばす。

柔軟性と操作性に優れながらも、石材建築をまるまる持ち上げるほどの強靭な耐久力をもつ絲。どこのナイトレイドだ。

こんな物をパワフルで大雑把なモンスターではなく、人間が戦闘として使う以上、もはや完全に日陰者用の殺人道具。

必殺仕事人もかくやで候。

 

 

あとはこいつで首を落としてしまえば、滅竜だなんだと面倒な警戒をしなくて済むわけだ。

やったね!

 

「さてナツ、最後に遺言はあるか」

 

「ぶっ飛ばす!!」

 

「あ、はい」

 

遺言とか聞いても更々伝える気なかったし、なんなら煽るつもり満々で聞いたんだけど。物の見事に意気込みを返されてしまった。

いつの時代も汚れた大人じゃ純粋な子供には勝てないと言うことなのか。

 

そんなこんなで俺の凶刃が振るわれようとしたその時。

 

そこに第三者が紛れ込んだ。

 

 

 

「おい我が竜、魔水晶の方にいた女共を仕留めて来たぜ。色狂いのあんたにプレゼントだ」

 

一瞬思考が停止し、離れた場所で未だ戯れているブレインとゼロを確認した。

うん、ちゃんとあっちには二人いる。視界をこちらへ戻してみよう。

うん、三人目だ。きもちわる。

そいつは男たちと戯れているゼロとは違う別のゼロ。二体目の思念体(ゼロ)だった。

どこまで増えるんだ。お前はダンシングアサシン( F a t e / Z e r o )か。

 

 

「なぁどれかひとつくらい壊していいだろ?」

 

二体目のゼロは、担ぐように連れていた意識のない二人の女の子を、ゴミか何かのように手荒く地面に落とした。

 

 

一人は海のように青い髪をしたあどけない少女。

 

 

もう一人は……。

 

 

もう一人はカグラちゃんだ。

顔を殴られたのか、折れて歪んだ鼻から血を流している。ゼロはその艶やかな髪の毛を乱雑に掴み見せつけるように持ち上げた。

 

 

「ハハハッ手応えはあったがな。俺に流れるあんたの魔力のお陰で話にもならなかったぜこのメス共!!どっちもイイ顔して怒るわ泣くわで最高だったぜ!!」

 

 

「なぁゼロ」

 

 

「なんだよ我が竜。あぁ、いいぜ。片方あんたにやるからよ、手腕を見せてく──」

 

 

 

支えを失ったゼロの首が宙を舞った。

 

 

 

「女の子に乱暴すんなって、言ったよな?」

 

 

はぁ。注意事項も守れないのかこの猿は。

まったく、これだからお山の大将は扱いに困る。俺より弱いくせに、俺に従うとか言ったくせに。お前の基準で物事を判断するな。

あー、ハラタツー!

 

 

「我が竜!なにをするのですッ!?」

 

「お前も死んどけ」

 

ブレインが首を突っ込むようにこちらへ抗議の悲鳴を上げた。

ついでだ、喧しいその首も狩ってやろう。数歩走るように飛び出し、右腕から伸ばした金色の絲を振るう。風を切るような鋭い音が後れて鳴り響いた。

 

確実に獲った……と思った。が、どうもそう上手くはいかなかったらしい。

 

思念体であるもう一人のゼロが自分の上半身を犠牲に、本体のブレインを突き飛ばしたのだ。

あくまであれは思念体。本体であるブレインが死ななければ死んだとは言えない、と言うことか。

 

だがしかしぃ!

 

 

「あ"あ"あああああぁあああ"あ"っ!!」

 

我ながら冷えきった目をしているのだろう。左腕を落としたブレインが、血を吹く肩を抑えて地面に悶えているのを見下ろした。

残念ながらゼロの人体を一個ぶった切った程度で威力が落ちるほど柔らかい絲じゃないんだ。砦を細切れにして絲で手繰り寄せてガンダム造れるようなぶっ壊れ絲だぞ。

 

「我がぁ"竜よッ、何故そこまで其処な女に情をかけるのです!!」

 

「んー…………知らん」

 

「……はっ?」

 

大層な理由でもあると思ったか。

 

「はは、ははは!素晴らしいッ!このチカラ!私の存在など歯牙にも掛けないチカラ!!だからこそ教えて頂きたい!何故(なにゆえ)貴方はこんなチンケな者たちを救うのです」

 

大層な理由なんてなにひとつない。俺はただ、女は傷つけてはいけないとそう思っただけで……。

 

…………あれ? それだけ? 俺は女だからという理由だけでなぜそこまで過保護にするんだろう?

 

……ちょっと待て。待て待て。なんだこれ。自分で自分が分からなくなってきたぞ。

 

男も女も同じだ。同じ人間だ。別に俺はフェミニストでもなければ性欲魔神という訳でもない。

わざわざ腹を立ててまで女を区別して守る理由なんて、俺にはない筈だ……。

 

何でだろう。たまたま今回がカグラちゃんだったから?

俺が衝動的になったのは、たまたまカグラちゃんだからということなのか?

……それも少し違う気がする。俺は割りと薄情な性格だし、情なんてものにほだされる程優しくも博愛主義でもない。

 

ただ、なんとなく許せないというか……俺の唯一のルールに触れる。そんな気がするんだ。

 

 

 

──女の子に乱暴するのはよくありませんよ

 

 

誰かの声が頭の奥にこびりついてるようだ。

その言葉をかけたのが誰だったのか、いつ言われた言葉なのか、俺は覚えてない。

でも、俺はそれを守らなくちゃいけない。俺の根幹のひとつ。そんな気がするんだ。

 

「はぁ、よくわかんねーや。けどとりあえず、お前は死ね」

 

手の中で玩んでいた黄金の絲を両手でビッと伸ばす。

 

ま、思い当たらないものを考えたところで仕方がないか。大切なことならいつか思い出すだろう。

巡り巡るゴールのない思考を打ち切った。とりあえず今はこいつを殺すことを優先しよう。

 

そんな俺の歩みを止める声が、これまた意外な場所から上がった。

 

「お、おいオマエッ!!なに勝手に仲間割れしてやがんだ!」

 

「……ん?」

 

スッカリ頭の中から消えていたドラゴンキラー、ナツ。せっかく狙いの矛先が逸れたというのに、桜火竜の少年は愚かにも自己主張を始めた。

蚊帳の外に置かれていたのが気に食わなかったのか。あるいは、相手が闇ギルドとは言え容赦なく命を狩り獲られそうという姿に正義感を抱いたのか。何にしても損な性格に生まれたもんだ。

 

「オマエと喧嘩してたのは俺だろーが!!俺を無視してんじゃねー!!」

 

駄々っ子のようにナツが地団駄を踏んで喚く。

いや確かに正規ギルド側からすれば、お前らなにやってんだって話だけどさ……。

 

「ショーブしろやコルぁあーーーーっ!!」

 

「はいはいわかった、わーかーりーまーしーたー。なんかもう、色々台無しだよ」

 

面倒くせ、と頭をかきながらナツへ一瞥をくれる。

 

「ちょっと待ってろ。こいつ殺したら相手してやるから」

 

地に膝をつき、痛みに顔を歪めていたブレインが肩を揺らしてくつくつと笑った。

上げたそこ顔には秘策ありとでも言いたげな、意味深な笑みを浮かべていた。

 

「いいでしょう、我が竜よ。貴方に壊されるのならばそれもまたひとつの導き。ですが油断すんじゃねえぜ、今のオレ様はアンタの力を──」

 

 

くっちゃべる首を切り落とした。

 

「黙って死んどけ」

 

どちゃっと瑞々しい音をたてて地面に落ちたそれは、染み渡るように血溜まりを作り上げた。

 

次いで倒れる体。やかましいおっさんが消えたお陰だ。痛いほどの静寂が場を支配する。

 

細すぎる金絲には血の一滴すら付着してない。血振りが必要ないのはひと手間省けて得した気分だ。

ギュルギュルと金属のような擦れる悲鳴を上げる絲を手の中に戻した。

ようやくお片付けも終わり一息つけたところで、ナツへと向き直る。

 

 

「さて、じゃあナツ。ショーブしようか」

 

「……ッ!?」

 

静けさに染まる中で、俺が優しく微笑む。

対称的に強張った表情で肩を揺らしたナツ。そこにはもう立ち昇っていたはずの怒気も見えない。狂撃化も解けたせいか竜の鱗が浮いていたはずの顔もスッカリ人間のそれに戻っていた。

 

「ふぅーん」

 

怪訝に思いながらも、鱗の消えた顔を覗き込んだ。

 

「……ッ!」

 

「やっぱり俺のと似た能力なのか?滅竜魔法って聞いたけど、竜に体質を寄せてるんだよなきっと。……となると、それも模倣という意味では同じなのか……?滅竜魔法と接収の違い……」

 

疑問は解けないが、俺はゼレフと違って研究者という訳じゃない。手伝いこそしたがあくまでにわか。ここで魔法のロジックを明かすというのは到底無理な話だろう。

 

無理に狂撃化していた反動でも来たのか、体をカチコチに強張らせたナツは俺を見て白い顔で足を震わせていた。

呼吸が浅くなり瞳孔まで開いている。

うーん。余程狂撃化の副作用が効いてるらしい。

まぁ子供ってのは騒がしく遊んでたかと思えば気づかない内に溜まった疲れで急に寝たりする。そんなもんだ、不思議でもないか。

 

ナツが、膝をついた。

 

そうだな、そろそろここも終わらせるとしようか。

首を差し出すようなその仕草に、俺も金絲を両手で張った。

 

 

「させぬぞッ!!!」

 

唐突に、空気を痺れさせる程に咆哮したハゲが地面を拳で叩いた。

すると、呼応するように盛り上がる岩が長方形の蛇のように体をうねらせ襲い来る。

 

「ナツ!おいしっかりしろ!」

 

いきなりな攻撃に驚きつつ、岩を砕きながらピョンピョンと後ろへ距離をとる。

彼等はナツの側へ行きたかっただけのようだ、追撃はなかった。

 

「……グレイ。おれ、俺……っ」

 

「わかってるよバカ。あんなもん目の前にいたら誰だって動けねえさ。ジュラのおっさんまでビビっちまったんだ。とりあずシャキッとしやがれ!らしくもねえ顔は後で好きなだけしてろ!」

 

 

子供二人を後ろへ庇うように、ハゲのオッサンが傷だらけの体で無理を押して立ち塞がった。その瞳に揺らがない光を灯して。

 

「無理を承知で貴殿に頼みがある」

 

「なに?」

 

「彼等を見逃してやってはくれないか」

 

なんと!?

こいつぁはまさか命乞いというやつだろうか。俺以外にする人間がいるとは思わなかった。

 

「んー。どうしよう」

 

悩む素振りを見せる俺に、ハゲは自分の左胸に握った拳を載せた。

 

「私は末席ながら聖十の身!この称号をもつ人間を一人無抵抗に無傷で楽に葬れる。それで此度は手打ちにさて頂きたい!!」

 

「そこは、勇敢に挑むところじゃないの?」

 

ハゲは岩のように頑とした佇まいで、不適に笑う。

 

「意地の悪いことを言う。私では貴殿に敵わない。だからこれは私からの懇願だ。……それとも、分かりやすくこう言うべきか……」

 

オッサンは、その場で両膝と両手を地面についた。

そして、その太ましい首を地に擦りつける様に頭を下げた。

 

 

頼もしく、頭を下げた。

 

 

「私の命で、勘弁してくれ」

 

「そうさなぁ」

 

そこまで必死にお願いされちゃあなぁ。

 

 

「うーん」

 

 

そう言われても、結局答えは決まっていた。

 

 

 

「ダメ。全員殺す」

 

 

 

血飛沫が舞った。

 

 

 



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ノイズ

男は悪趣味な色つきサングラスのブリッジを持ち上げて、不適に笑みを浮かべた。

腕に入った大きな傷痕はまるで幻だったかのようにものの数秒で消えている。

だが今なお滴るその赤い雫は確かに傷を受けたという事実をありありと証明していた。

 

鈍色の空。昼の月さえみることの叶わない暗雲浮かぶ白昼に、その星は舞い降りた。

 

「らしくないなトージ。本気の君なら僕の腕だって断てた筈だ」

 

パリッとした仕立てのいい黒スーツ。チャラチャラと重りのように幾つもの指輪を着け、なびかせるのは 獅子のような雄々しさを連想させる山吹色の髪。

 

「まぁ、心折れたオッサンの首を狩るくらいならあれで十分だと思ってさ。お前こそ、なんで勝手に降りて来てんのかなぁ?」

 

 

獅子宮のレオが、大男を守るように。

 

そこに立っていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

何年か前、レオとこんな話をした。

 

 

曰く、星霊は遣えるマスターに対してかなり服従的であるらしい。

魔力を供給しているマスターの命令には従わなければならず、兵隊、もしくは道具として扱われるのが一般的だ。

言い方は悪いがペットのような愛玩を目的とした扱いだってされてる。

 

はて、なぜそこまで自分の存在を貶めてまで現世に来たがるのか、俺にはそれがわからなかった。

性能としても中身としても劣る人間に魔力を分け与えられてまで、どうして俺たち劣等種に拘るのか。

 

「君たちが僕たちを星と認識するからさ」

 

「僕たちはいわば概念(イメージ)だ」

 

「君たちが僕たちを願うから僕たちは生まれた」

 

「君たちが僕たちを望んだから僕たちは居られる」

 

「君たちはある意味、僕らの親なんだよ」

 

「子が親に会いたくなったり、側に居たいと思うのは当然だ。人だってそうだろ?」

 

でもさ、人間が親だって言うんなら、反抗期とかもあるのか?

流石に産みの親だからと言っても、人間なら無茶を言う奴も無理をさせようとする奴もいるわけじゃん?人なんて俺を筆頭に馬鹿ばっかだし、どうしようもなく人の道を外れたやつなんてごまんといる。

どうしても逆らえないなら、そんときお前らはどうするんだ?

 

「そもそもそんな人間とは契約しないよ。……でも。さぁ、どうするかな。……たぶんどうしても逆らわなくちゃいけない時がきたら。そのオーナーが間違っていた時、僕は自分の命を賭してでも頬をぶん殴るさ」

 

物理かーい。

まあ確かにわかりやすいし単純明快なだけじゃなくて一番効果的だろうな。

人間に限らず生き物は痛みから学ぶって聞くし。

しかし供給者に勝てるものなのかね?

 

「そこは問題ないさ。君たちは僕らを神格化して捉えている節がある。少なくともそういった側面がある僕たちが、盟約だけで完全に縛れる訳ないだろ?」

 

星は縛れないか。

なるほど、願いが具現化した姿なら、それこそ星が縛られるなんて人間には想像できないもんな。

 

「でも盟約は盟約だ。破れば星霊王の裁きは逃れられない。ましてやオーナーに害でも与えたとなればロクなことにはならないだろうね」

 

そんな事態は無いに越したことはないな。

…………あれ?つーかその基準でいうとお前、結構俺に害ばっか与えてない?物理的に。

 

「それは自業自得」

 

なんだとこら、やるかおおん?

 

「正直なところ、君が許す限り問題にはならない。星霊王の戒律もコミニュケーションのとりかたに明確なラインなんて引けないってことさ。星霊王とて万能ではないから」

 

よくわからないけど、面倒だな星霊ってのも。つくづく俺は人間でよかったよ。

 

「僕だって星霊でいられてよかったよ。人の一生はあまりに短い。こうして君のような変人も含め、様々なオーナーに出会い、時の旅をする。これはどうしたって人には出来ない僕たちだけの特権だからね」

 

ほーん。

……でもそれはつまりオーナーたちと死に別れるってことだ。いつの間にか……なんなら呼ばれない間に死んじまったこともあるだろう。……あー、いやワリ。ツラくないわけないよな。経験ある身としちゃ聞く前に気づくべきわかりきったことだった、すまん。

 

「いいさ。……そうだね、確かにツラくないと言ったら嘘になる。僕たちにとっては君たちこそ瞬きのような存在だ。それでも僕は、君たちと最後の一秒までを忘れることはない。星霊をやめたいと思ったこともあったけど、幸せだったよ。彼等に出会えたのは僕が星霊だったから。だから自分の生を否定なんて出来ない。それに同僚(星霊)たちもいるしね」

 

……そっか。

 

「うん。人間を導き、人間に導かれ、そうやって星は世界を見渡すんだ。素敵だと思わないか?」

 

そうかもしれないが、その女を狙ったような口説き文句はなんなんだ。やめろ気持ち悪い。何が悲しくてこんな誰もいない夜空のしたで男に口説かれなきゃならんのだ。

 

「ロマンを理解できない男に女は惹かれないぞ、オーナー」

 

ケッ、なーにがロマンだ。

 

……で?具体的にはどうすればロマンって理解できんの?

 

「教えてあげない」

 

はあああ!?

いい度胸だ喧嘩するかあ!?

 

「じゃあ僕は帰るよ。いま星霊界にお客さんが来ているらしい。それも巨乳の金髪女子」

 

ぱつきん!?

お、お前ぇ、俺がオーナーの間に許可なく女を作ってみろ。野郎同盟は破棄だ!ぶっ殺してやらあ!

 

「それは保証できない。愛の前に障害などあってないようなものさ」

 

うるせえ!他所様の娘さんを傷物にでもしてみろ、拳でお前を愉快な膨れ顔に整形して親御さんの前で母なる大地に埋めてやる。土下座以上の誠意を示させてやる。

 

「や、やだな!手なんてださないさ。当たり前じゃないか!ハハッ、ハハハ……本当にやらないよね?」

 

やるよ。

 

「……仕方ない。諦めるか」

 

ええいとっとと帰れ!向こうは時間の流れが違うとはいえ、モタモタしてるとその巨乳ちゃん、もといお客さんも帰っちまうだろ。

 

「そうだね。それじゃあ、またいつでも呼んでくれ。暇なときは話し相手になるからさ」

 

あぁ、よろしく。

 

 

 

 

あ、そうそうレオ。

 

 

「どうしたんだい?」

 

 

 

もし、俺がなんか善くないことしてたらさ、全力で殴りに来てくれ。

 

 

 

「わかった」

 

 

 

全力で殴り返すから。

 

「全力はやめてくれ」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

光のようだった。

魔法を纏い、破壊に特化した拳は弾丸のように空気を突き抜ける。いくら俺といえど弾丸を受け流せるかと言われれば、それは無理だ。

紙一重の回避、すれ違うように仕込んだ金絲を引けば、避けようとバランスを崩した獲物が目の前に転がる。

後は簡単。その胸を腕で貫くだけ。

 

しかし驚異的な反応を見せたレオは俺の腕を跳ねあげた。流石は十二門最強。

だが身体能力的な話、筋力のみを獣種に模倣してしまえばレオと言えど打ち合いは長く続かない。それでも傷を増やしながらも、レオは臆することなく血の滲んだ咆哮と共に果敢に向かってくる。

 

どうも、納得いかないというか。なんだかなぁ。何がお前をそこまで駆り立てるんだか。

 

「トーージィッ!!」

 

「叫ばんでも聞こえてるっての」

 

 

肉を裂く感触と血飛沫。そして存在を構成する光の粒子が桜のように舞った。

 

数分も持たなかっただろう。

他愛もない、語るまでもない、つまらない決着である。

レオを始末した。胸を拳で貫いたのだ。これで生きていられる訳がない。

腕にべっとりと付着した血にうへぇとため息を溢し、借り物の六魔ローブでゴシゴシと拭う。

 

もーう、血ってどうしてこうも落ちないモンなんだろうなぁ。

 

「余所見とはいい度胸だ」

 

「へ?……ぐふぉっ」

 

俺は薄い砂を被った石畳に転がった。

体の芯を折らんばかりの衝撃に、胃液が口まで迫り上がった。

いやな後味の唾を吐き捨て、俺へ衝突した正体に目を見開く。

 

「星は落ちないよ、オーナー。今の僕は君から生まれた概念だ。僕を殺したければ君が死ぬか、あの星を落とすことだ」

 

肩をきらせながら、塞がりつつある傷口を抑えてレオは立っていた。

 

あれえ!?

なんで生きてんの殺したよ!?ファンタジー過ぎない!?

……あー、ファンタジーだったなこの世界。

オーナーだからこそなのか、直感で理解できる。数十秒もせずにあの傷は完治する。……その理屈でいうならば消失もオーナーだから感知出来るのか。ふむ、参考にしよう。

 

「トージでも星を落とすことはできないだろう?」

 

「できるぜ。落ちる星って書いて落星って言うんだけど」

 

あ『星を落とす』とかけまして。

『俺の人生』と解きます。

その心は、晨星落落(しんせいらくらく)*1

なんつって。

 

「冗談に聞こえないあたり、本当にタチが悪い。……というかトージは時折トージとは思えない言葉選びをするね」

 

「っるせ、そういう年頃だ。うーそだよ、ちょっと盛りました。蛇王龍(ダラ・アマデュラ)……ちょっと頑張ればメテオを落とすことは出来るが隕石程度だ。星とは程遠い宇宙の岩石を引っ張ることしか出来ない」

 

「……呆れた。そんなことも出来るのか。ほんっと、無茶苦茶だよ君は」

 

別に今すぐお前を殺すことに拘りなんてない。

いずれ殺すことは決まっているが、全人類の半分を殺すだけでお前の概念を抱く大元が半分になるんだ。そんな状態なら安易に現世に来ることも一苦労になるだろう。だから執拗にお前の相手をする理由はない。

 

だがとりあえず手っ取り早いのは……。

 

「お前がこっち(現世)に来れなくなるまで殺せばいい、そういうことか」

 

「そうだね、内在する僕自身の魔力が尽きればこちらへは来れない」

 

「そもそもなんで邪魔をする。オーナーは俺のはずなんだけどな」

 

「……君は、君の行いが正当なものだと本気で思っているのか?」

 

「いや、正しくはない思う」

 

「じゃあ何故!」

 

「私欲だよ、決まってるじゃん」

 

「私欲ってなんだ……君は……僕のオーナーはそんな人間じゃない。いったい何をされた」

 

怒りに肩を震わせるレオ。

その時、外野にいたはずのハゲたおっさんが大声で叫んだ。

 

「黄道の星霊とお見受けしたッ!!彼が星霊魔導士というのは信じられないが、それより彼が元は善良な人格ならば、この状況はニルヴァーナの影響かと思われる!!貴殿のオーナーは足元のこの巨大兵器によって善悪の属性が引っくり返されていますぞッ!!」

 

あ~耳がキンキンする。うるせえおっさんだな。さっさと殺しときゃよかった。

 

「理解した、助言感謝するよ」

 

レオがゆっくりと、色つきのサングラスを外す。

その瞳の中には、黄金に染まった炎が揺らめいている気がした。

 

「こんな玩具に惑わされるなんて、我がオーナーには困ったものだ」

 

「女に惑わされるお前に言われてもなぁ」

 

「あはは確かに」

 

だが、とレオは炎の灯り続ける瞳で続けた。

 

「女の子は魅力的だ」

 

「そりゃあな」

 

「それじゃ。君の中の悪は、本当に魅力的か?」

 

 

「…………」

 

魅力、か。

魅力のあるなしで言えばない。確かにレオの言う通り。

女の子は魅力的だが、男を殺すことは別に魅力的じゃない。特に何も感じすらしない。興味もない。

わかりきってる。

最終目標、女の子だけのハーレム世界を作ったところでそこに溢れるのは恐怖と悲しみだろう。どう捉えたって魅力なんて見当たらない。

けど、どうだっていい。俺は確かな理念があって悪行を成す訳じゃない。

悪行を成すために、理念を後付けしているだけだ。

 

俺がこの愚行を押し通そうとしている理由をなぜかと問われたら、俺が口にする言葉はひとつ。

 

 

「悪であることに理由なんていらない」

 

 

金絲が鉛空に鳴く。

 

金絲が荒れ狂う。

 

しかしまるで障害にならないと言わんばかりに上体を逸らす。足元を刈る絲を跳び、迫り来る凶刃を半身で避ける。まるでアサシンダンスだ。

防げない編み目まで地面を砕いて逃げ道を作るという強引な回避術で逃げ切ってみせた。

舞う瓦礫を踏み締め、眼前にレオが迫るその瞬間、光の拳が輝く。

これはやられた、インファイトか。近すぎて絲の自由がきかない距離まで詰められた。

 

滅竜少年に散々言った後で、能力にかまけて戦い方を誤ったのは俺の方だったな。

ここは大人しく受けることにしよう、勉強代だ。

 

……なーんてな!やなこったい!

眼前に迫り来る拳から逃れるように後ろへ倒れた。そのまま、先ほど滅竜少年に見せてもらったように地へ手を付き、見よう見まねのカポエイラを披露した。遠心力というよりは力尽くで強引な足技だが、レオは絲を警戒してか足に触れることを嫌うように回避に転じた。閃光を置き去りに目を潰して大きく距離をとる。

 

「そんなに魔力使って大丈夫かレオ。なんなら星霊界に戻って休んでていいんだぞ」

 

「君に本気で楯突いた僕には、もう星霊界に居場所がない。だからせめて君だけは止めさせてもらう」

 

「星霊王の戒律か。じゃあ勘当されたった訳ね、ご愁傷さま」

 

「まったく。人騒がせでハタ迷惑なオーナーを持つのはツラいね」

 

「あはは、そりゃわるーござんした」

 

「でも、僕の君への感謝は消えないよ」

 

微笑むようにレオは闘気の中に更なる強さをたぎらせた。

 

「アリエスを救って、僕を導いて、カレンを叱ったのは他ならぬ君だ。だから僕は、君を止める」

 

おお、意外な高評価。

でもな、そうじゃない。

 

「俺はお前が思ってるほど善い奴じゃない」

 

 

そんな誰にでも優しいなんて聖人みたいな人間がいてたまるかってんだ。人間なんて所詮欲望に忠実しか生きられない。そもそも俺は性悪説たん推しなんで。

 

悪いね。悪くて。

 

 

 

 

──お前は善であれ

 

 

 

 

「……ッ!!?」

 

なんだ……いまの?

 

ノイズが走った。

不意に誰かの声が木霊した。嫌悪を催す程のイヤな何か。

 

 

「レオ、今なんか言ったか?」

 

しかし俺の言葉にレオは訝し気に眉を潜め、警戒を顕にしながら首を横に振る。

今のはレオじゃない。そもそも声からして違う。聞いたことのない声だ。

金属が擦れたようにしゃがれ冷えきった物悲しい、重く、しかし聞き馴れているように耳によく馴染む声。

 

 

 

──お前の成長が待ち遠しいよ

 

 

ノイズが走る。

それは僅かな頭痛を伴って。

 

 

 

──お前とまた会える日を楽しみにしている

 

 

ノイズが走る。

今度は雷のような目眩。

 

 

──さぁ奴がお前を待ってる。この日のために作り上げた

 

 

ノイズが走る。

呼応するように目を閉じた瞼の裏で、血管が黒緑に脈打つ。

 

 

──お前たちは

 

 

ノイズが走る。

目が焼けるほどに痛む。

 

 

 

──俺の子だ

 

 

ノイズが走る。

血管が切れそうなくらいにドンクと血が巡る。

 

 

 

──だから俺の願いを叶えてくれ

 

 

ノイズが走る

 

 

──お前は、善き化け物であれ

 

 

 

ノイズが走る

 

 

 

──善くあれ

 

 

ノイズ

 

 

 

──善くあれ

 

 

 

ノイズ、ノイズ

 

 

 

──善くあれ

 

 

 

ノイズ、ノイズノイズノイズノイズノイズ

 

 

 

 

 

 

──善く、あれ

 

 

 

 

 

 

ノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノいズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノのずノイズノイズノイズノイのズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズずノイズノイずのいズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイずノイズノイズノイズノイズのイズノイズノイズノイズノイズノイズノイずいイズノイズノイズのイズノイズのノイズいイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイずのイズノイズノイズノイズノいいイズノいイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズのイズノイズ

 

 

 

ノイズ

 

 

 

 

──それがお前の存在理由だ

 

 

 

 

 

 

 

 

「オ"エ"ェ"ぇぇッ……ッ!!!」

 

 

唐突に襲われた強烈な吐き気に、俺はその場で前後不覚に陥った。

三半規管まで狂ってしまったらしい。いま自分が立っているのか膝を付いているのか、倒れたのかすら分からない。目を開いているはずなのに視界は真っ暗で、手足の感覚すら鈍っている。

地に手を着こうと伸ばした手は地に届いているのか空をさ迷ってるのか、はたまた動いているのかすら分からない。

なにも知覚できない朧気な闇の中で、遠くからレオの声らしきものが聞こえる。しかしいくら耳を傾けようといくつもの音声加工を重ねたような声色を聞き取ることは不可能だった。

 

 

闇のなかだ。

 

 

──善くあれ

 

 

うるさいっ!うるさいうるさいうるさい!!

何も見えない。何も聞こえない。感じない匂わない。

男共もレオも、誰の気配も分からない。頭がいたい。ノイズがやまない。

 

 

──善くあれ

 

 

真っ黒な全て。呻くような誰かの願う声。どれもがひどく俺の中の恐怖を煽った。

かつてないほどの恐怖。じわりじわりと、最初は小さかった種火(きょうふ)が勢いを増して燃え盛る。

 

 

──善くあれ

 

 

寒い。

 

 

寒くて。

 

 

寒くて堪らなかった。

 

 

 

闇の中で暴れる孤独、恐怖、苦痛、慄然、悪寒。

ぬくもりがほしくて、俺は翼を拡げた。

 

 

 

 

MODE:ナナ・テスカトリ

 

 

 

 

だれか、熱をくれ。

生きているのだという確証を、温もりを。熱を。

 

 

このノイズを、けしてくれ…………!!!

 

 

 

 

 

 

善くあれ

 

 

 

 

 

*1
晨星落落

仲のよい友人が次第にいなくなっていくこと。または、歳をとっていくにつれて友人が死んでいなくなること。

「晨星」は明け方の空に残っている星。

「落落」は閑散としていてさびしい様子。

夜が明けるにつれて星が一つ一つと消えていく様子から





奇しくも、塔の天辺でナナ・テスカトリ。どこかで見たラスボス戦。


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