マージナル・オペレーション 異聞録 (さつきち)
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イブン01

とりあえずの方向性というか、そんなカンジです。


僕の名はイブン。

 

「イブン」なんて名前はおかしいって言う人もいるけど仕方ない。

 

僕を捨てた親からはそう名付けられた。

 

今はイヌワシの子イブンだ。

 

だけどハサンにはアラタの子イブンと名乗れと言われている。

 

どちらにしろ、使う場はほとんど無いけど。

 

ちょっと前までは中国軍とやりあっていたけど、最近はあまり戦闘が無い。

 

今はキャンプハキムでいろいろな任務をこなしてる。

 

今日の午前中はあまり楽しくない任務だった。

 

部隊に馴染めない兄弟を送り出すんだ。

 

一生懸命色々教えた兄弟との別れはさびしい。

 

でも、体力的に、気性的に、適性的に、軍事に向かない弟や妹はいる。

 

訓練をすればするほどそれは明確に見えてくる。

 

今日もひとりスウェンてやつを見送った。

 

一生懸命色々教えた。教えたのを全部吸収していくような素質のあるやつだった。

 

でも、集団行動に向かず、キャンプの女の子には手を出し、訓練などをサボるようなヤツでもあった。ダメなとこが多かったけど、愛嬌があってにくめなかった。

 

そして自分から言い出して、出て行くことになった。彼は虫もダメだったらしい。

 

シュワさんのところで市街戦を主とした部隊を編成中だ。

 

 

スウェンがジムニーに乗って去って行くのを確認し、空を見上げる。

 

ハサンが旅立ってからもうどれだけ経っただろう。

 

実戦の少なくなってきた最近はグェンの練習相手が僕の日課だ。

 

それと狙撃の練習。毎日3発だけは欠かさず撃っている。

 

午前中はあとグウェンの相手だなと思い直す。

 

グェンは今、イヌワシの護衛役の責任者で、近接戦闘の腕前がとても高い。

 

少し警戒範囲が足りないのが気にかかるけど、顔に似合わず年下の仲間への面倒見がいい。

 

兄貴分としてみんなから人気があって、それでカバーしてもらってるように見える。

 

あれはあれでいいのかもしれないと最近は思っている。

 

そして練習・・・つまりは近接戦闘の模擬戦なんだけど、僕はもうまったく歯が立たない。

 

このところイヌワシの手伝いが多くて、戦闘訓練の時間があまり取れないからだろうか。

それとも体格のせいか。

 

まぁ自分より弱いやつにイヌワシの護衛を任せるわけには行かない・・・なんにしても言い訳だ。

 

でも男としては少し悔しい。

 

 

そんな事を考えながら訓練場へ向かっていた。

 

ちょうどむこうからグウェンが歩いてくる。

 

時間通りなんて珍しい。

 

楽しそうに二人で笑いながら話して歩いてる。

 

女の子連れなんて珍しい・・・ていうか、一緒にいるのはサキ!?

 

向こうもこちらに気づいたようだ、グウェンは手を挙げ、サキはペコリとおじぎをした。

日本風の挨拶を勉強してるのだとか。

 

「よう!イブン」

 

にこやかに声をかけられたが一瞬どう反応していいのかわからない、なんでこの二人が一緒に歩いているんだろう?

 

「よう、グウェン、それとサキも」

 

かろうじて答える。変な顔になってないだろうか。

 

「イブンさん、変な顔になってますけど大丈夫ですか?」

 

サキに瞬殺される。サキは観察するのが得意だ。

 

「あぁうん、午後はイヌワシとミーティングなんで少し緊張してるんだ」

 

また嘘をついてしまった。嘘をつくと地獄行きの確立が高まる。

 

まぁいいかイヌワシもいつも地獄に行くって言ってるから付いていけばいいんだ。

 

変な考えになってきた、混乱してるな。

 

「そうですか、頑張ってください!私も今からパトロールに出ます」

 

両手を握って励ましてくれた。

 

よく見たらサキは装備を整えていた。

 

戦闘は少なくなってきているが、キャンプから出ての任務は危険度が上がる。

 

「そうか、隊長は誰?」

 

心配になって聞く。

 

「ラスルさんです、ラマノワさんもいます」

 

サキはにっこり微笑んで答える、何故か近い。こちらの顔を覗き込んでくる。

 

いけないやっぱりヒジャブが必要だ。

 

ともあれ少しほっとする、その二人がいれば安心だ。

 

ラマノワは女性陣の中で頼りになる存在だ。

 

そして祖父ランソンによれば指揮官としての資質はラスルが一番だそうだ。

 

評価する基準によって違うだろうが、損害を出さないというイヌワシの指針に一番近いのがラスルの指揮、そういう資質だと言っていた。

 

ちなみに僕の評価は「戦果は期待できるが多少リスキー」

 

ラスルがうらやましい。

 

「気をつけて」

 

柔らかい表情・・・のつもりでようやくそれだけ口に出せた。うまく笑えただろうか。

 

「はい!行ってきます!」

 

サキはひまわりのように微笑み、グウェンと僕にペコリペコリとして走って行った。

 

後姿を見て、もうひとつ安心する。兵士としての走り方になっている。

 

ただ、担いだ銃がまだ重そうに揺れていた。

 

「お熱いねぇ」

 

グウェンがニヤニヤしてこちらを見ている。こういうところが気に入らない。

 

「なんで二人一緒になったんだ?」

 

少しにらみつける。

 

「サキが歩いてたんで声をかけたら、おまえのとこに出撃の前の挨拶に行くっていうからよ。ご一緒させてもらおうと思ってよ」

 

「どうしてそうなる?」

 

「そりゃぁイブンのその顔が見たかったからさ」

 

ニヤニヤが大笑いになって背中をバンバン叩かれた。ほんとうに気に入らない。

 

「トニーのヤツが農園に行っちまってから、逆にサキがかわいくなったって噂聞いてるか?」

 

グウェンがなにか知らない外国語を話しているように思える。

 

「あの子はとてもいい子だと思う、頼むぜ長兄」

 

グウェンは楽しげに去っていった。

 

そして僕はミーティングに遅れた。イヌワシに体調を疑われた。

 

誤解を晴らすための説明にミーティング時間の4分の1を使った。

 

失態だ。グウェンのせいだ。ランソンに教わった技をグウェンで試してみようか。

 

いやグウェンが怪我すると叱られる。まだ加減できるほど習熟できていない。

 

感情で軍事力を行使してはいけない。お金を貰って、計算して、加減して行使するんだ。

 

そして・・・

 

「それでも損害は出る」

 

悲しそうな顔をして父が言っていたのを思い出した。



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カジタサン

毎週の日課の一幕。


今日は朝から憂鬱だ。

 

タイへ行く日・・・イヌワシが妖精のお見舞いに行く日だ。

 

他にも、リさんとの打ち合わせや、シュワさんのいる施設の巡回、お墓参り、いろいろある。

 

この護衛任務は僕とジブリールとジニに固定されていた。

 

任務が嫌なわけじゃないんだけど、任務が済んだ帰りの車内は、顔色の悪くなったイヌワシ、機嫌の悪くなったジブリール、無口になったジニとなる。

 

運転主の僕は気が重いんだけど、なにもしてない3人の方がもっと気が重いのかも。

 

タイでの滞在はまずホテル周辺の探索と警戒から始まる。

 

用心のためにと毎回違うホテルだからだ。

 

僕らが初めてタイに来たときのホテルが一番安全そうに思うんだけど、イヌワシは絶対にそこに泊まらないようにしている。

 

リさんとの朝の打ち合わせもそのホテルなんだから都合がいいと思うんだけど。

 

そんなことを考えながら今日のホテルの周囲を見回っていたら、黒くて大きな人影が目に入った。

 

一瞬で警戒モードに移って身を隠し、相手を観察する・・・カジタサンだった。

 

脇下に拳銃だけの装備で、のしのしと歩いてる。

 

あれで警戒のつもりなんだろうか。いやジニと同じタイプかもしれない。

 

自然体で、何も警戒していないように見える。

 

実際は敵の発見はかなり早く的確だったのを思い出した。

 

しかしイルミネーターをつけていない。

 

「カジタサン、イルミネーターを着けてください」

 

声をかけて、目あわせてからカジタサンの前に出る。

 

「イブンか」

 

近づいて上から見下ろされると、戦場とは異質な迫力がある。

 

あれの効果かな、皮ジャンとサングラスというセット。

 

「着けてるぞ」

 

「ただのサングラスに見えます。情報連結もされてません」

 

即座に突っ込むと、カジタサンはサングラスの端を押した。

 

「こうるせぇな、これでいいのか、あぁ?」

 

情報連結された。

 

あのサングラスはイルミネータ端末だったのか。

 

「イヌワシが来る日は起動しておいて下さい」

 

冷静に声をかけながらも少し気になる。

 

最新型だろうか、、、試験型だろうか、、、専用型だろうか。

 

「あんま好きじゃねぇんだよこれ」

 

とか言いつつ起動したら律儀にデータを入力し始める。

 

「あとな、カジタサンて呼び方やめろ。長いだろ」

 

良くわからないことを言い始めた。長いかな?

 

自分の判断に時間がかかるときはまず奇襲を警戒する。

 

周囲の観察をする。問題は無さそう。

 

落ち着いたので返事をする。

 

「なんと呼べば?」

 

沈黙するカジタサン。考えてなかったのか。

 

腕を組んで少し首をかしげながら考えたあとにようやく一言。

 

「マフィア・・・と呼べ」

 

「OKマフィア。あなたの方が地理に詳しい、しばらくツーマンセルでお願いできませんか?」

 

「いいだろう。俺は防弾装備だ、いざとなったら盾にしろ」

 

しれっと、とんでもない事を言う。

 

言いながらもう警戒を始め、歩き出している。付いて行く。

 

「ベストは内装してるんでしょうけど、ヘルメットは無いようですが」

 

ハゲ頭を見ながらそう言うと、彼は振り返ってこちらを見る。

 

どこからともなく工事用ヘルメットを出し、被った。

 

この人は指摘しないと装備を着用しないんだろうか。しかもどれだけ防弾性能があるんだろう。

 

「へんな顔で見るな。グラサンもヘルメットも試作品みたいなもんだ」

 

なんでそんものがマフィアの手に入るのだろう。

 

「この前意気投合した武器商と、たらふく飲んだ。装備もヤツから融通してもらったんだ。このヘルメットはシールズのより硬いらしぃぜ」

 

シールズが何か知らないけど、妙に似合ってる。

 

「ところでこのセットじゃ目立つから、護身より索敵を優先でいいな?先手必勝ってやつだ」

 

見かけによらず判断もしっかりしてる。

 

前を歩くマフィアは僕ら二人の周囲と、建物の影や、扉などを警戒をしている。

 

だから僕は少し遠めの、狙点になりそうな場所を重点に警戒する。

 

「条件付きで同意します。発見優先はいいですが、先制攻撃は自重してください」

 

「わかった。どうせそう言うと思った」

 

そして武器商人の事が気になる。聞こうかどうしようか。

 

「お前に聞きたい事がある」

 

あれ、先に言われた。

 

そして返事を待たずに、続けて言われる。

 

「クロード・ランソンてのは悪党に思えるんだがな。どうして誰も気にしないのかと思ってな」

 

急激に血が上るのがわかった。冷静になれという方が無理だ。

 

「祖父を侮辱するんですか?」

 

「武器商から話を聞いた。ボスがキャンプモリソンとかいう所に来るまでお前らを使い潰していたんだろう?」

 

マフィアの言葉は端的だった。しかも全く否定する余地が無かった。

 

・・・そしてその現実を無かったことにしていた自分に気付く。

 

「でも、それは・・・」

 

混乱する。こんな時こそ警戒だ。断固として警戒だ。

 

イヌワシから教えて貰った呪文を使い、口に出す。

 

『ヨロシイナラバ警戒だ』

 

強い意志を持って行動するときに付ける呪文・・・だったかな?

 

周囲に脅威が無いことを確認し、安心する。不思議と少し冷静になる。

 

ルーティンを行うと冷静になる法則は信じてる。

 

「あぁん?ちょっと言われただけでそんななって大丈夫かイブン」

 

「警戒を続けましょうマフィア」

 

軽めの深呼吸をしながら言う。

 

「祖父のその事は他の人にも話しましたか?」

 

「いや、お前が初めてだ。否定しないって事は事実だったんだな」

 

僕が初めてで安心する。更に冷静さが戻ってくる。そして言う。

 

「事実です。その話、ここだけにとどめて貰えないでしょうか?」

 

「わかった、誰にも言わない。悪かったな」

 

唐突に謝られた。

 

「武器商に乗せられてるのはわかったてたが、シュワさんとこの子供たちを構ってやってるとな。子供たちをないがしろにしてるヤツの事が気にさわるようになっちまってよ」

 

「結果的には祖父がイヌワシを評価して、間接的に僕らを助けてくれたんだと思っています」

 

「そうだな」

 

「なぜ僕にそんな話をしたんです?どう考えても不和のもとでしょう?」

 

「当事者に聞くのが一番早いと思った。だが一人は会話が成り立たん、一人はどう考えてもおじいちゃん子だ、一人は口を聞きたくない。消去法だ」

 

ジブリールとジニとイヌワシのことだろう。

 

「ボスはヤバイ立場にいるようだな。俺みたいな下っ端にも粉をかけてくるやつがいる」

 

僕は黙る。こんな会話をしながらの警戒は本当に神経を使う。

 

「そんな武器商とは手を切ったほうが良くないですか?」

 

「シュワさんからつなぎを取っとけと言われてる。装備は支給されてるが、個人的には新しい装備に興味がある。買うほどの給料も貰ってないしな」

 

嘘だ、子供に食べ物を配って散財してるんだろう。クロエから聞いてる。

 

「よし警戒終了だ。ホテルに行こうぜ」

 

なに勝手に言ってるんだろうと思ったらイルミネータに指示が出ていた。

 

「了解。ありがとう、マフィア」

 

怪訝な顔をしてこちらを見てから前を歩き始めるマフィア。

 

多分さらに広範囲にわたって警戒していた、イルミネータを付けてない兄弟たちが任務を終えたのだろう。

 

今はクロエがインストラクター役でシュワさんの所に詰めている。密林戦というか、戦争そのものに向いてない子供たちをシュワさんのところで市街戦向けに鍛え直している。

 

市街でイルミネータは諸刃の剣だとイヌワシが言っていた。

 

装備しているだけで警戒しているのが丸わかりだからだ。

 

そう考えるとあのサングラスはカモフラージュとして優秀なのかも。

 

そして祖父のことは考え続ける。もとの会社では高い地位に就いていたらしい。

 

でもイヌワシの所に来て僕らに良くしてくれてるってのは、つまりそういう事なんだと思う。

 

そしてマフィアの背中を見る。のしのし歩いてる。

 

「カジタサン、あなたは信頼できるマフィアだ」

 

そう告げる。

 

「あぁ?何か言ったか?」

 

振り向きもせずマフィアがいう。

 

この定期任務で少し気楽になった気がしたのは初めてだった。

 

 

【マフィア梶田の話】

 

ボスのガキ共はナマイキなのばっかりだ。

 

だが・・・イルミネータに表示された狙撃地点の警戒マーカーをクリアにしていく速度には驚いた。

 

イブンのやつはスマホでゲームでもやってるようにしか見えなかった。

 

遠くから見るだけで何故敵がいないか判断できるんだ、おかしいだろ。

 




やたらと警戒してる描写があります。
今後はめんどくさいんでいちいち書きませんが、警戒時はこんな感じです。


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シュワさん

カジタサン出したなら、シュワさんも出てこんとね。


ソフィアさんのお見舞いに行ったあと、シュワさんのところへ行く。

 

タイ出張の定番だ

このときが一番空気が重い。

 

ただ今回は少しだけ話題があった。

 

クロエがインストラクターとしてシュワさんのところに詰めている。

 

たくさんの兄弟が増えた。でも馴染まない子たちもいる。

 

特に困ったのは、ある程度戦闘訓練を受けた後、町に戻りたいと言い出すタイプ。

 

イヌワシの慈悲を何だと思ってるんだろう。

 

困っていた父にシュワさんが提案していた。俺に預けてみないか?と。

 

そして今日、シュワさんのところに来る。

 

 

よく来たな、待ってた。と言っていつもの怖い笑顔で僕らを招き入れる。

 

しばらくキャンプ・ハキムの話をする。

 

子供たちの数、収支、食事、武器、仕事、勉強。

 

イヌワシの仕事の幅広さを実感する。

 

 

「で、実際のとこは?」

 

シュワさんの声がちょっと大きくなって、はっとする。

 

「絶賛、飼い殺され中ですね」

 

父が苦笑いしている。ガハハと笑いながら、わかってるならいいとシュワさんが言っている。

 

まったくわからない。

 

「まぁ手を引いたとか言いつつ、食えるだけの援助をくれてるってことは何かしらあるんだろ」

 

「その何かしらを知っておかないと、切り捨てられる前兆がわからないわけで」

 

「援助を打ち切るとかは前兆にならんのかね?」

 

「援助なんて建前ですよ。せこく援助をしながらヤバくなったら即切るのがトレンドらしいです」

 

「そうだったな、俺もそうだった」

 

「今はそうじゃない」

 

どうだかなと言ってシュワさんが立つ。

 

 

「夕飯を買いに行かせる」

 

そういって子供たちのところにいく。5~6才の本当に幼い子供たちだ。

 

今から買いに行くのだから夕飯はもうしばらく先だろう。

 

ジブリールは黙って座ってるし、僕も問題は無い。

 

ジニが幼い子供をあやしている。いつもどおりだ。

 

「クロエはどうしていますか?」

 

ちょっと気になってシュワさんに聞いてみる。

 

困った顔をした。この人は結構裏表が無い。

 

「警戒に出ている。お前らが来てるのは知ってる。戻れと言ったんだがな」

 

「警戒を続けてるんですね」

 

「まぁそうだな」

 

シュワさんはため息をつく。

 

「イブン、シュワさんをいじめないで」

 

急に横から言われる、ジニだった。

 

いじめてたか?

「アラタが来ているのに、クロエが警戒を怠るわけがありません」

 

ジブリールが追い討ちをかけてくる。

 

そうか、そうだよな。

 

じゃあ。

 

「クロエのかわりに警戒に出ます」

 

そう言って装備を整え始める。

「まぁそう言うだろうとは思った。わかったクロエは呼び戻す、お前は出るな」

 

それじゃ警戒が足りなくなる。

 

「アラタ、いい機会だからあいつを紹介しようと思うんだが」

 

「あぁなるほど。わかりました」

 

父が答えている。僕たちは何の事かわからない。

 

「ここらへんを仕切ってるチンピラの親分がアラタに会ってみたいと前から言ってるんだ」

 

そんな素性の知れないやつを近づけたくは無いんだけど。

 

警戒を見直そうと話してるのになんだろう。

 

「自由戦士社ってとこで兵士をやっていたそうだ。アラタの指示で命が助かったんだと」

 

素性がわかったら、もっと近付けたくなくなった。

 

あの会社は信用ならない。

 

「エディという。呼べばヤツの部下が周辺の護衛に来るだろう。自動的にあいつらからの攻撃もありえなくなる。一石二鳥だろ、ガハハ」

 

シュワさんは色々考える人だ、きっと信用してるんだろう。

 

わがままは言わないことにした。

 

ジブリールとジニを見てお互いに頷く。外の警戒はともかく、室内での警戒を密にしよう。

 

 

結局心配は杞憂だった。

 

エディという人は確かにキャンプモリソンで見たことがあった。

 

その点は嘘ではなかったので安心する。

 

食事をしながら彼が昔話を始める。

 

OOとしての能力を褒め、あの新月の夜に基地から命からがら脱出できたのはあんたのおかげだと、

しきりに父に礼を言っていた。

 

父を褒める人には好感が持てる。

 

その後の自分の話をマイペースに続ける。

 

会社からの給料は全て借金取りに持っていかれるから、会社には戻らなかったこと。

 

あの地域から西に行くとヤバイからこちらに来たと言う。

 

確かにあそこから西は紛争や難民などの問題が山積みだ。

 

傭兵として仕事はあるだろうけど、危険度の高さが桁違いだ。

 

そして1年ほど前にこのあたりに流れてきたら、チンピラに絡まれたらしい。

 

叩きのめしたら逆に仲間に誘われた。

 

いつの間にかボスにされていたと、自慢げに話は進んでいった。

 

イヌワシが子供たちを育てていることを褒め、自分も最近子供を雇ったこと。

 

その子供が死んでとても後悔していること。

 

お酒を飲む量が増え、だんだんおかしくなっていた。

 

最終的には酔っ払って泣きながら愚痴を言って帰っていった。

 

なんだったんだろう。

 

あとでイヌワシに聞いてみよう。教えてくれるといいけど。




行間あけてみました。



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シュワさん(裏)

今回はアラタ視点です。

かわいい女の子が一人も出ないのでなんともなりませんのですよ。


【アラタの話】

 

「どう思います?」

 

「フランスの軍か情報局だろう。目をつけられたな」

 

「わりと友好的に見えました。演技もうまかったですね」

 

「そりゃ敵対する点がないからな。というか友好関係を作っておきたいんだろうよ」

 

頭の中で情報を整理する。

 

エディはフランスの諜報関係者で自由戦士社に潜入していた。

 

まぁ自由戦士社そのものを探っていたんだろう。

 

しかし基地襲撃というハプニングに見舞われて東南アジアに流れてきた。

 

腕を買われてチンピラのボスになった。

 

本国から子供使いとかいう、怪しいテロリスト(僕だ)の監視という新しい任務を受けた。

 

その怪しいテロリストのところから「脱走」してきた子供を保護し、雇った。

 

結果スウェンというその子供はエディを護って死んだ。

 

エディはそのことが身を危うくするかもと思って僕との接触を伺っていた。

 

以上は推測。

 

情報が少ないな、決め付けは良くない。

 

「なんというか、シュワさんに似てますね。波乱万丈と言うか、それを楽しんでると言うか」

 

「俺より上かもな。あの若さであそこまでってのはなかなかだ。まぁ専門家ならとうぜんか」

 

ガハハと笑う。

 

「あと、仲良くなりたそうなのはいいんですが、実際のとこはどうなんですかね。キャンプモリソン襲撃のあと、こっちに流れてきた理由がよくわからないんです。

 

「自由戦士社のこっちの支社があっただろう。あれの情報収集に任務がかわったんだそうだ」

 

シュワさんは本当によく調べている。

 

「なるほど。対象が居なくなったので後釜に座りつつ僕の監視ですか。仕事熱心ですね」

 

「まぁ今のところ住み分けはできちゃいるがな。こっちは出戻りのガキにしつけをしてるところだ。いざとなった時の戦力が心許ない事は確かだ」

 

ようやく本音が出た。シュワさんは苦笑いしている。

 

「子供に危険な役割を押し付けるのは俺でも気が引けるさ」

 

「ではシュワさんの元部下さんたちをこちらの配置にしましょう。こっちの子供たちに市街戦のレクチャーも出来るでしょうし」

 

シュワさんが目を丸くする。

 

「そりゃ助かるが、お前さんはいいのかい。護衛が足りなくならいか?」

 

「イブンとグウェンで人選を進めてます。編成中の護衛隊を前倒しして任務に着いてもらいますよ。あとクロエを戻してもらえば何とかなるでしょう」

 

それに、

 

「元部下さんたちはやはり日本人だったわけですし。あの山奥にずっと居たからストレスもたまってるでしょう」

 

テレビやインターネットどころか水道もガスもない。

 

限定的にあるのは電気だけ。

 

給料も無い、娯楽も無いじゃ、子供たちは良くても大人は無理だ。

 

好きでやってるオマルやランソンとは違う。

 

「まぁな、、、こちらからいつ切り出そうか迷ってた。気を使わせてスマンな」

 

シュワさんも押しかけた負い目から、なかなか言い出せなかったのかな。

 

「適材適所ですよ、タイミングも良いでしょう。彼らには一時金を出します。あとこちらへの資金を増やしますので、給料の支給はその中からお願いします」

 

場違いなスーツを着たボスを山の中で警護するより、シュワさんの下でチンピラ相手にしてる方が気楽だろう。

 

「子供たちに変な遊びを教えないように、しっかり言っておいて下さいよ」

 

ここだけは頼みたい。

 

スウェンのようなことはゴメンだ。

 

「冷静で慎重だな。」

 

「エディって人のことが気にかかるんです。相手の態度や言動を鵜呑みにすると、手痛いしっぺ返しがくる」

 

子供一人死ぬまでそれがわからなかった。

 

「スウェンはどうして出て行ってしまったんでしょう?」

 

聞かなくてはならない事だった。

 

アラタ・・・そう言って少し間が空く。

 

「衣食足りて礼節を知る。わかるか?」

 

「わかりますが、、、話のつながりがわかりません」

 

「足りたら逆に堕落するやつもいるって事を覚えておけ。キャンプハキムが楽園に思える子供もたくさいんいるだろうが、環境に慣れるのが人間とも言える」

 

頭を殴られた気がした。

 

「救おうとしても、救いきれないヤツもいる。楽な方へばかり流れていったあいつは軍人にも会社員にも農民に商人にもなれんヤツだった。ここでも愛嬌良いだけの怠け者扱いだった。」

 

シュワさんはそう言って目を瞑る。

 

「ただなここを出て行ってエディの護衛をしてるときは生き生きしていた。連れ戻す気にはなれなかった。スマン。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきって難しいですね。

作品について書くものなのか、関係ないものも書くものなのか。

作品について:次回からが本編です。投稿は4/8予定。

それ以外について:タイ旅行に誘われました。行ってみたいな。


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淡いオレンジジュース

少し進めたいと思います。

何をって?そりゃ・・・


イスラムの兄弟の食堂はちょっとした試験場にもなっている。

 

父が調達してきた食材をここで調理してもらって、みんなに提供するんだ。

 

評判が良ければ大食堂でも出す。全部がそうじゃないけど、ここもテストに使われていた。

 

そして今回の食後に出た試験品はまた変わった品だった。

 

三角形のパックに入った、オレンジジュース?ストローが付いてる。

 

100%て書いてある。何が100%なんだろう。

 

みんなどうしていいかわからなくて、くるくるひっくりかえしている。

 

予想通りというか、みんなの期待を背負ってジニがストローをさしにかかる。

 

短いストローを伸ばして長くして、プチっと成型。これだけでおぉーと歓声があがる。

 

初めて見てよくわかるなこんなの。

 

視線を集めながらのジニ。

 

さす、すう、味わって、、のむ。

 

「オイシーィ!」

 

ウィンクして笑顔を作り、親指を立てている。そして何故か日本語。

 

みんな見よう見まねで始める。うんまぁいつも通りだ。

 

ジニがイヌワシ提供の新製品を宣伝しないわけが無いんだった。

 

そんななか手を付けない二人がいる。いや僕を含めると三人か。

 

ジブリール。パックを見つめて考え込んでいる。

 

多分このオレンジジュースをイヌワシと共有したいとかなんとか考えてるのだろう。

 

目つきが怪しくなっている。間違っても目を合わしたり、近付いてはいけない。

 

もうひとりはアブド。あれはあれか、交換目的。せわしなく周囲をうかがっている。

 

みんなの手元にバナナが残っていないか探っているんだろう。

 

今日の食事にはバナナが付いていた。僕はバナナを残しておいてある。

 

なんとなくわかったので、アブドに交換を持ちかける。

 

満面の笑みを浮かべて即答だった。安売りしすぎたかもしれない。まぁいい。

 

僕はふたつの三角形を手に入れた。

 

みんな食べ物には好みがあり、それがわかってるから何かの時のために隠し持っている。

 

僕は自分から頼むことはほとんど無いけど、交換を頼まれたらチョコバーを要求していた。

 

野外でのカロリー供給としての人気商品だ。

 

日持ちがして、栄養価が高く、そこそこおいしい。

 

特に欲しいものが無いから、頼まれたら断らない代わりに、それを要求していた。

 

そして何かの訓練の時に、密林の奥でそのとき配属された兄弟に配っていた。

 

条件はその場で食べること。どうせ一人では食べきれないし。

 

 

今日はこの三角形のオレンジジュースで名案を思いついた。

 

今度の日本語の勉強の後に、サキを誘って一緒に飲もうと。

 

 

語学の授業は数多くある。イヌワシが進めてる勉学の大きな一角だ。

 

英語、北京語、ロシア語、ドイツ語、フランス語、ポルトガル語、そして日本語。

 

イヌワシは日本語は要らないと言って教師を招かなかったが、ホリーさんが説得して始めた。

 

まぁ英語が話せない人はまず英語からとなる。

 

そんな状況で、週2回日本語の授業があるので、希望者は事前に申請して参加となる。

 

実際は、申請した人意外も来てしまっていてごったがえすんだけど。

 

また訓練やパトロール、作戦などが重なった場合はアウト。任務が優先だ。

 

僕の場合、語学の授業は真剣に受けている。実用性が高いからだ。

 

でも社会情勢、歴史、化学は必要性が全然わからない。地理と物理はまぁわかるかなって感じ。

 

そして日本語の授業。

 

ホリーさんの教え方は上手くて人気が高い。

 

参加者は圧倒的に男が多いから、人気が高いのは別の理由からかもしれない。

 

ホリーさんは、授業の終わりが近くなると日本語のスラングや流行とかを少し教えてくれる。

 

先週教えて貰ったのは「轟沈」。

 

今日教えて貰ったのは、

 

「カワイイ」「パネーッス」

 

いくら説明されても使い方がよくわからなかった。

 

 

授業が終わり、サキに声をかける。

 

サキの席の周りには二人ほど友達がいて雑談をしていたが、近づくと僕にお辞儀して、じゃあねとサキに言って、急ぎ足に去っていった。部屋を出たあとで楽しそうな笑い声が聞こえた。

 

お邪魔しちゃったかなと言うと、そんなことないですよと言いサキは帰り支度を始める。

 

そのあと、どう声をかけていいか迷って、

 

「サキは勉強熱心だね」

 

結局こんなだった。

 

「イブンさんも日本語の授業だけは熱心です」

 

にこやかにそんな返事が帰ってくる。とてもかわいい。ぱねーっす。なるほど、こうかな。

 

そして悩む。ほんとに誘っていいものだろうか。

 

サキは帰り支度を終えて、席を立った。こちらを見て微笑んでいる。

 

意を決して言う。

 

「オレンジジュースが手に入ったんだけど、一緒に飲まないか?」

 

「はい」

 

ちょっと顔を赤らめながらこっちを見て、即答だった。

 

嬉しそうに微笑んでる。

 

僕は轟沈した。

 

 

その後どうやって今の場所に移動して二人で座っているかわからない。

 

なんか色々自分でも意味不明な事を言いつつだったかんじ。

 

困った顔のサキと歩いたことは覚えてる。

 

この時間はイスラムの食堂には誰もいないので、そこに案内した。

 

 

誰もいなかったので、適当な席に座る。

 

「ここに来るのは初めてです。少し緊張します」

 

「そうか。最近はグウェンとかイスラムじゃないヤツも来ているけどなぁ」

 

あまり気にせず返す。サキは困った顔でここは特別なんですよとか言っていた。

 

忘れていた、オレンジジュースを出す。

 

見ただけでサキの目が丸くなる。

 

「三角形ですね・・・」

 

「うん」

 

タイに行ったときコンビニ袋に飲料を入れてストローで吸うのにも驚いたけど、これも逆方向にすごいと思う。

 

「戦闘用糧食の試食のようなものでしょうか?」

 

さらに顔が難しくなってる。

 

「えっとね、日本で提供されているキューショクなんだって。今回は生産過剰分を提供して貰ったらしい。」

 

「キューショク?ってなんですか?」

 

「一部の学校で昼飯として提供される食べ物・・・だったかな」

 

「何故ここまで完全なパックにする必要があるんでしょう?」

 

「僕もそう思う。まぁとりあえず飲んでみようよ」

 

そういってジニ直伝の技でストローを整形し、さす、吸う、飲む。

 

「うん、おいしい」

 

自然に笑顔がもれるおいしさだ。

 

日本はすごい。

 

サキも同じようにして、飲み始めた。

 

「おいしいです」

 

サキの笑顔はいつ見ても嬉しい。

 

それからはいろいろなことを話す。

 

部隊のこと、訓練のこと、作戦のこと、友人のこと、勉強のこと、父のこと、、、これからのこと。

 

僕はサキと色々な話をするだけで楽しかった。

 

だけど何故かサキの表情が暗くなってくる。

 

「わたし、絵の学校に行きたいんです。トリさんもいいよって言ってくれてます」

 

以前からそういっていたと思う。

 

「うん、サキは絵が上手だ。それはいい考えだと思う」

 

同意する。

 

「やっぱりイブンさんは強いですね」

 

そうかな。どういう意味だろう。いやそんなことを考えてる場合じゃない。

 

そろそろ自由時間が終わる。言いたいことが言えてない。チラッと時計を見る、あと数分だ。

 

サキに求婚しないと。

 

まだ財産が無いけどどうしたらいいんだろう。いや言い訳か?

 

気ばかりあせる。心臓の音がやけにうるさい。

 

無理だった。

 

タイムオーバー。

 

敗戦指揮官の気分だった。

 

 

「そろそろ帰る時間だろう、送るよ」

 

ちょっと悲しそうな、ほっとしたようなサキの顔を見る。

 

「明日はパトロールなんです」

 

唐突に言う。

 

「出る前に、またちょっとだけ会いに行ってもいいですか?」

 

なんだろう嬉しい。

 

「もちろんさ」

 

この前みたいに、グウェンが一緒なのは遠慮したいけど。

 

次の日に何かあるっていうのは、活力のもとだ。そう思う。

 

 

そしてしばらく歩いて思う。もっと話したいことがあったはずなのに。

 

「イブンさん、聞いてもいいですか」

 

直後に聞かれる。

 

「うん。なに?」

 

サキはうつむきながら話している。

 

「何度かこうやってお話に誘って貰って、」

 

しまったやはり求婚が遅かったか。

 

「帰ろうというと、門限がジャストなのが凄いなって思って」

 

話が突拍子もないところに行って、一瞬思考が止まる。

 

「あぁうん時計があるから。

 

反射的に言ってしまった。

 

「イブンさん時計を持ってるんですね。」

 

「うん懐中時計。実戦はイルミネータがあるから持って行かない。というか持ってるのは秘密なんだ」

 

そういうとサキは笑った。

 

「はい、わかりました。誰にも言いません。タオル事件もありましたしね。」

 

「タオル事件て、キャンプで頭にタオルを巻くのが流行ったときのこと?」

 

そういや僕もまいたな。本当はターバンを巻きたかったけど無かったんだ。

 

「そうです。」

 

そうだった。あのときは帽子やタオルとかファッションとか私物はどこまでオッケーなんだろうって議論になったんだ。

 

「うん、そうだねサキ。兵士として私物が多いのは良くない。僕はこれだけにしている。」

 

嘘は良くないな。他のも話しておこう。

 

「あとは多少のチョコバー」

 

あさって方向を向いて白状する。サキの笑い声が聞こえる。

 

「タオルの時はラスルにだいぶ説教をされた。」

 

「でもそれはラスルさんががイブンさんを慕ってるからだと思いますよ」

 

そう笑顔で言われると何も言い返せない。

 

しばらく歩いて女子寮の門に近づく。

 

すみません、イブンさんここでとサキが言う。ちょっと残念。

 

あまり近くまで送ると色々面倒なのだそうな。

 

ちょっと困った笑顔でこちらを見ている。

 

「オレンジジュースおいしかったです。ありがとうございました」

 

引き止める間もなく、走っていってしまった。

 

まぁいいか、明日もまた会える。

 

 

【タオル事件・サキの想い】

 

今日、イブンさんに三角形のオレンジジュースをごちそうしてもらいました。

 

色々話をしました。とても楽しい時間でした。

 

そして。

 

イブンさんが心配になりました。

 

タオルが流行った理由をまったくわかっていないようでした。

 

 

それが流行る前。

 

イブンさんとアブドさんがタオルを持って何か話していました。

 

イブンさんが頭に巻いて、アブドさんが指差して笑っていました。

 

とても楽しそうでした。

 

私がとおりかかって、お似合いですねとかかっこいいですねとかの言葉を言って早々に立ち去っ

た事を覚えています。

 

その日からイブンさんがタオルを巻きはじめ、その後一瞬にしてキャンプにタオルが流行りました。

 

出張から帰ってきたトリさんが「・・・え?」ていう状態だったらしいです。

 

 

あの人は自分の影響力をどう考えてるんだろうと思ってしまいます。

 

部隊で一番の狙撃の腕を持ち、戦闘中に発揮するリーダーシップは兄弟たちの士気の基盤です。

 

作戦中にトリさんの指示に対して助言してたこともありました。

 

『厳父を護る若きイヌワシ。みんなの憧れ、長兄イブン』

 

私たちのそんな想いに、いつか気付いてくれるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




テトラパックは過去、実際に給食に使われていました。現在は不明。

以下設定。

・アラタたちはどこかには出資者がいる。
・新規事業開拓中。暗中模索。五里夢中。




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懐中時計

回想。

アメヨコで買い物してた時の話になります。







アメヨコ。

 

そこは別世界のバザーのようだった。

 

人。。。人。。。人。。。

 

ヒトがいっぱいだった。

 

楽しみではあったが、来る前から不安もあった。

 

いや、良くない状況になる確信があった。

 

僕の任された戦術単位Sにはアブドとハサンがいる。

 

要するに厄介者を押し付けられたんだ。

 

アイコンタクトを取っている、バレバレだ。

 

あいつらは絶対やる。用意スタートと共に僕を置き去りにして好き勝手を始めるに違いないんだ。

 

買い物スタートの時間は間近に迫っている。

 

こういう時はルーティンだ。周囲を警戒する。後方で視界に何か引っかかった。よしこれで警戒命令が出せる。脱走計画は防げる。

 

もくろみははずれた。

 

引っかかったのはオマルだった。

 

目を合わすとサングラスをはずしてにこぉっと笑った・・・さっきタコヤキを買ってイヌワシの所へ行ったはずだけどもう戻ってきたのか。

 

いや、お目付け役を頼まれたのかも。

 

・・・かくして拡散、脱出は発生しなかった。

 

さすがに周囲に人が多すぎた。

 

いかにいたずら好きなあいつらでも異郷の地のそんな場所で個別行動する危険は考えたらしい。

 

とりあえずまとまって移動し始める、いろんな店がある。

 

距離をとって後ろから「なんだツマラン」といった感じでオマルが付いてくる。

 

何やらやら串にさしたものを食べながら。

 

しかしどの店を見てもなかなか難しい。食品が多い上にやたらと声をかけてくる。文化が違う。

 

 

そういえば事前情報があった。

 

配給される資金額、制限時間。好みの層が異なるため班分けは男女別。などなど。

 

昨日の夜はミーティングで盛り上がった。

 

おおむね買い食い派と耐久品購入派に分かれた。

 

買い食い派は何を食べるかを相談し、購入派は今後の作戦にどういった物が有効か話し合った。

 

僕は購入派だった。

 

飛行機に持ち込めるもの、耐久性が高いもの、自分で手入れや修理が可能なもの、動力が必要かどうか、必要な場合はその動力の入手が容易かどうかなど話し合ってるだけで楽しかった。

 

僕とラスルは最初から決めてあり、話し合いの最初に言ってあった。

 

僕は腕時計、ラスルは散髪用のハサミだ。

 

この二つの論議の結果は、腕時計は故障や電池に問題点がおかれ、ハサミは飛行機に持ち込めるのかが微妙だった。

 

結局、ポーチだのなんだの支給品もあるのに自分好みのものが欲しいという流れになっていった。

 

買い食い派の輪の中で、アブドがバナナを食いまくる!と言ってる声が聞こえた。

 

それもいい案かもと思ってしまった。

 

 

そして腕時計。

 

欲しくなった理由は単純だ。

 

まだイヌワシに出会う前。

 

オマルが付けていた軍用時計が目に付いた。実用的で、しかもかっこいい、それだけだ。

 

一度じっと見ていたら、オマルが声をかけてくれた。

 

腕時計が珍しいか?と。

 

「珍しくて、かっこいいです。そして時の刻みを確認できるようになれば指示を正確に実行出来そうです。」

 

そう答えた。

 

オマルは少し目を丸くして言った。

 

「なかなか詩的な表現をするな。」

 

その時はまだよくわからない英語だった。

 

「キミはイブンだったな。」

 

ちょっと眉をしかめてそういう。僕の妹のことを思い出したのだろう。

 

「戦術単位のリーダーだと認識している。良ければ俺の予備の腕時計を貸し出してもいいが。」

 

そう申し出てくれた。とても嬉しかった。

 

でも受けるわけにはいかなかった。

 

「それは・・・ありがたいお話ですが、ダメです。不公平になります。」

 

オマルは両手を挙げて首を振って笑った。

 

「参った。OK、キミはフェアな人間のようだ。ではかわりに何か要望はあるか?喜んで聞くよ。」

 

良き友になってくれそうな教育係だと、このとき思った。

 

そしてオマルも僕らとの接点を探していたのかもしれない。

 

意を決して頼んでみた。

 

「では、兄弟たちに聖別された食事を。」

 

・・・

・・

 

あの時まで僕の心は半分死んでいたように思う。

 

親には疎まれていた。村からは捨てられた。そして人を殺して生き延びていた。

 

妹が生きていて、それを護るのが唯一の心の支えだった。

 

でも妹は死んだ。

 

何故世界はこんなにも暗闇に満ちているのだろう、怒りがわいた。

 

そのとき胸の奥で、何かが目を覚ました気がした。

 

少なくとも自分は死んでいない。まだ生き残ってる兄弟たちもいる。

 

オマルを頼ってみようと思った。

 

何のために生まれてきたかわからない僕でも、兄弟たちのために出来ることをしようと思った。

 

 

ハサンに肩を叩かれて現実に戻る。

 

アメヨコの雑多な音が帰ってくる。

 

「お前。警戒態勢ビンビンのまま無我の境地に入ってたぞ。」

 

よくわからない事を言われる。ちょっと昔の思い出に浸っていただけなんだけど。

 

「オマルが見えなくなったんだけどわかるか?」

 

と聞かれる。ハサンもオマルに気付いてたのか。チラッと後ろを向く。

 

「50m後方左でタイヤキを食べているようだ。隠れてるな。てか袋が大きい、いくつ買ったんだろう。アレは突っ込まれるのを警戒して距離をとったんじゃないのか?」

 

何故かハサンの顔がひきつる。

 

「・・・そか」

 

それだけ言った。

 

「そころで班長、我々はアブドをオマルにおしつけ・・・いや、合流させて、この店に入ろうかと思うんだけど。」

 

うさんくさい雑貨店を指して言う。食料品店ではなさそうだ。

 

アブドはこっちを見ていた。おなかがすいて悲しそうな顔。

 

別に禁止されてるわけじゃないからそこらの屋台で適当に買えば良かったのに。

 

そういえば班分けはイヌワシ指示だから、昨日の自主ミーティングは考慮されてるわけはなかった。

 

この班で買い食い派はアブドだけだった。

 

オマルにハンドサインを送ってみる。さすがオマル10秒で合流した。

 

そしてくだらない事にハンドサインを使うなとさんざんに文句を言われたが、事情を説明するとアブドは引き取ってくれた。

 

全部オマルのおごりになるだろうな。良い不公平があってもいい、なんて思った。

 

 

僕が昔の思い出に浸っているあいだに、みんなはひとつの店をターゲットにしていた。

 

実用的な雑貨や小物が店先に並ぶ。

 

店先で目に付くところは、ロープ、長靴、ポンチョ、帽子、柄の付いた網、懐中電灯・・・なんだろう。

 

まぁいいか入ろう。決めたくせに一番手に入るのは僕にやらせる。

 

まぁいいけどね、それが役目だともいえる。

 

中はもっと雑多でなんといっていいのだろう、生活雑貨のバザーみたいだった。

 

みんなは止める間もなく興味のある方面に拡散していく。ここでこうなるか。

 

僕は店の入り口近くにあるカウンターで情報収集をしようと思った。

 

年老いた店主らしき人はテレビを見ていた。客に対してまるで無関心。他の店と比べるとまったく異質だ。

 

英語が通じればいいなと思いつつ、声をかけてみる。

 

「すみません、英語は通じますか?ここは何のお店ですか?」

 

店主がこっちを向く。

 

目が合って一瞬、乾いた空気を思い出す。

 

どこかで会ったことのある感じのする人だった。

 

見分けのつかない普通の日本人の老人なんだけど。

 

「「すみません」てとこだけ日本語だな、おにいちゃん。うちは中古品屋だ。」

 

ちょっと笑いながら僕よりきれいな英語でそう返事をしてきた。

 

英語が通じてよかった。

 

「ぜんぶ中古ですか?すごく状態の良いものもあるようにみえますが。」

 

店主は面白くもなさそうに返す。

 

「いまどきの日本人にとっちゃ、人の手垢がついたものは全て中古扱いさ。」

 

「そうですか。」

 

よくわからないけど、店主の不機嫌さだけはわかった。

 

「おにいちゃん、どこの人だい?」

 

その雰囲気を紛らわしてくれるように聞いてくる。

 

正直に言う。日本は差別が少ないと教わっている。

 

「タジクです。」

 

「そりゃまた遠くから。」

 

店主はものしりのようだった。

 

「苦労してんだろう、安くしとくから気にいった物があったら言いな。」

 

僕は疑問に思う。

 

「特に苦労してるとは思ってませんが、どうしてそう見えたんでしょう。」

 

店主は面白そうに笑う。

 

「はしゃいでないのは、おまえさんだけさからさ。」

 

そういうとテレビに戻ろうとしたので聞く。

 

「腕時計はありますか?」

 

「あるよ、あのあたり。」

 

適当に指差して完全にテレビに戻ってしまった。

 

 

教えてもらった腕時計コーナーに行く。

 

そしてまず数に圧倒される。

 

あの時欲しいなと思った、そんな軍用時計もいっぱいある。

 

日本は豊かなんだなと実感する。中古だというがきれいなものばかりだ。

 

ずっと見ていたくなる。

 

 

・・・そしてまた肩を叩かれる。

 

さっき別れたはずのアブドだった。満腹顔。

 

「おいイブンいつまで見てるんだ、俺らはもう買い物終わったぞ。」

 

買い物じゃなくお前は食い物だろと思った。

 

どれだけオマルにおごってもらったんだろう。

 

そんな時間がたっていたのか。

 

よく見ると、いつの間にかみんなも入り口付近に集まってる。

 

「何を買ったんだ?」

 

反射的にそう聞く。

 

「そんなのは後で話せばいいだろ。お前はどうするんだ。」

 

「どうするんだって腕時計を買うんだけど。」

 

店の入り口のほうではハサンが戦術単位をまとめてこっちを睨んでいる。

 

珍しくまとめ役に回ってくれていた。なんかあったのかな。

 

「寝てんのか!制限時間まであと30分だ!買うんなら早くしろ、デナケレバカエレ!」

 

後半だけよくわからない。一回言ってみたかったとつぶやきながらアブドは満足顔。

 

でも前半はまずい、あと30分か。

 

と、見ると良さそうなのが見つかる。が・・・予算が足りなかった。

 

「うん、アブド帰ろう。」

 

アブドは動かない。

 

「あれ買いたいんだろう?金が足りないのか。」

 

「まぁどこでも買える。」

 

アブドはいきなり右手をあげた。

 

「今ここに、イブンに対する融資をつのる!」

 

ばかなことをわめきはじめた。

 

みんながこちらに来て残った金を出し始めた。

 

「お金を残すのはルール違反だ!」そう言った。

 

「なら全部残そうとしたイブンは重罪だな。」

 

誰かがそう言った。そうなるのか。

 

直後。

 

「あんま店の中で騒ぐな。」

 

静かな声が聞こえる。

 

ハサンの後ろに老人の店主が立っていた。

 

まったく気配がつかめなかった。

 

「何をもめとるんだ。」

 

そう穏やかに聞いてくる。

 

「僕はこの時計が欲しいです。でも予算が足りません。仲間がお金を貸してくれると言いました。僕はそれを断りました。」

 

そんなふうに伝えた。

 

「良い仲間じゃないか、借りておけばいい。」

 

店主はそういう。

 

ちょっと頭が熱くなった気がした。

 

断固として老人と、周りの仲間に言う。

 

「傭兵でお金の貸し借りは死亡フラグです。ですから僕は絶対借りません。」

 

しばらくの静寂のあと・・・爆笑の渦に包まれた。

 

誰かの声が聞こえる。

 

すまないイブン、誤解していた。そんなジョークを言えるヤツだったんだな。

 

笑いが収まるまで少しかかった。

 

「そういうわけで店主、我々は撤収時間がせまっているのでこれで失礼します。何も買わず騒いでしまって、すみません。」

 

「いやいや、お前さんの仲間はたくさん買ってくれたよ。ありがとよ。」

 

いいながら主は僕の目を見て何かを考えているようだった。

 

「おまえさん。名は?」

 

「イブン」

 

「タジクで、それだけか?」

 

「はい。」

 

あの周辺の文化に詳しそうな感じだ。

 

「父の名は?」

 

この質問は、驚いた。そして困った。言っていいのだろうか。

 

ありがたいことに兄弟たちはじっとしていた。

 

攻撃態勢になっていたけど、ハサンが抑えてくれているんだ。

 

でも答える。父の名は自信をもって言うべきだ。何よりも父の誇りのために。

 

「アラタ」

 

店主の顔が一瞬固まる、そして少し笑う。

 

「そうか、なるほど。」

 

何がなるほどなんだろう。

 

でもにっこりと笑ったその一言で場の空気が完全に和らいだ。

 

「うちも商売だ、金が足りないならそれは売ってやれん。」

 

それはそうだろう。

 

「ただし、腕時計と特定しないならこの懐中時計を譲ってやれるが。」

 

そういって差し出した手には、ヘンな銀色の円盤が乗っていた。

 

鎖が付いていて、表面には蝶の模様が彫られている。

 

よくわからない顔をしていると、親指を動かしてカバーをあけて見せてくれた。

 

時計だった。

 

「これは古くて手巻き式だ、電池交換はいらんぞ。今風の軍用時計とは比べ物にはならんが良ければ持って行きなさい。」

 

不思議と気に入った。

 

「わしの父は以前、軍人だったことがある。それは遠縁にあたる人のものだったらしい。父が徴兵されるときに本家から頂いた物だそうだ。」

 

難しくてあまり意味はわからなかったが、泣きそうになった。何故だろう。

 

言葉につまる。

 

「何故そんな大切なものを僕に?」

 

「お前さんら、空港で活躍してただろう。テレビで見ていた。」

 

そう言った。

 

「ほれ、時間が無いんだろう、行った行った。」

 

懐中時計を手に押し付けられ、追い出された。

 

確かに刻限は迫っていたの。

 

お金は要らないと言われたが、あるだけ置いて走った。

 

ハサンは変なものも売りつけられて・・・・とかブツブツ言っていた。

 

店を出て、振り返る。店主の姿があると思ったけど・・・無かった。

 

看板を見る。

 

「ADIIN」

 

何十年も前に作られたような古い板に墨でそう書かれていたように思う。

 

ずいぶん古ぼけた店なのに、英字とは。

 

でも、なんて読むんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




空白の1年・上下を読了しました。

感想①普通におもしろかった。でも泣ける場面は無かった。

感想②遥カナ読を読了しておいて良かった。

感想③・・・おもしろければ整合性とか関係ないよね。

今後は、原作と矛盾があっても気にしないことにしました。


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タオル事件とは

だんだんと独自解釈をこじらせている気がします。


遅めの昼食後に急にラスルに呼ばれた。

 

なんだろう、もうちょっとしたら日本語の授業なんだけど。

 

出張していたイヌワシが帰って来たという。イヌワシは今、新規事業の開拓で飛び回っている。

 

「何か話があるそうだぞ」

 

それを早く言え。走る感じで父のもとに行く。ラスルもついてくる。

 

「おかえりなさい、イヌワシ」

 

「うんただいま、イブン」

 

ワイシャツ姿。ちょうど着替え終わったようで、ネクタイをしめ直していた。

 

相変わらずの自然体だ。でもちょっと戸惑ってる風。

 

「あのね、イブン。帰ってきたらキャンプ全体に頭にタオルを巻くのが流行ってるようなんだけど、理由がわかるかい?」

 

わからなかった、下を向いた。情報収集能力が低いと思われたかもしれない。

 

「わかりません・・・」

 

搾り出すように言う。

 

そして流行にのった自分を恥じた。自分もタオルを巻いていた。

 

「じゃ質問を変えよう。イブン、キミがタオルを巻き始めたのと、流行が始まったのはどっちが先だい?」

 

それこそまったく意味のわからない質問だった。正直に、わからないと答えた。

 

「イブンがタオルを巻き始めたのが先です」

 

僕を睨みながらラスルが言った。

 

・・・え?

 

 

そのあとラスルから色々文句を言われたけど、わけのわからないことばかりだった。

 

イヌワシが呆れ顔で僕たちを見ている。

 

僕は物分りが悪いのだろうか。

 

ラスルは半分あきらめたようにヌワシを見る。イヌワシはため息をついて頷く。

 

「イブン、イヌワシを見ろ」

 

言われるまでもなくいつも見てるぞ、可能な限り。

 

「着飾ることはなく、私物を持たず、私心も持っていない」

 

イヌワシは腕組みをして苦笑いしている。

 

だんだんラスルの話がわかってきた。

 

兵士としての心構えが足りない・・・僕は少したるんでいたのかも。

 

「ごめんなさいイヌワシ、気持ちが緩んでいました。タオルを巻くのはやめます」

 

そう言った瞬間に思い出す。

 

持ってる・・・私物・・・。へんな汗が出てくる感じがした。

 

「私物の時計があります、どうしたらいいでしょうか」

 

ラスルが目をむく、

 

「おいイブン時計って!あの時本当に買ったのか」

 

「ラスルだってハサミが欲しいって、言ってたじゃないか!」

 

「俺は買わなかった」

 

そりゃそうだ、飛行機に持ち込めないからな。

 

「アメヨコに行ったときに買ったんです」

 

正直に父に言う。

 

「別に悪いとも思わないけど・・・なんで付けてないんだい?」

 

イヌワシが不思議そうに聞いてくる、腕時計だと思ったのかも。

 

持っている懐中時計を取り出して見せた。

 

「懐中時計かぁ、珍しいね。ちょっと見せてもらっていいかい?」

 

もちろんだ。ラスルはその様子をじっと見ている。

 

「ずいぶん古い物のようだね。へぇ家紋が付いてる」

 

カモンってなんだろう。

 

「日本の家ごとに付ける文様さ、何百種類とある」

 

説明してくれる。

 

「昔、時計は高価だったから、それに家紋を入れてるとなると、そこそこのお金持ちだったのかな」

 

それかよっぽどの事情があったのかも・・・とブツブツ言いながら考えこんでいた。

 

「骨董品の価値もありそうだなぁ。あの時の予算でこれを買えるとは思えないんだけど」

 

しばらくして、まっすぐこちらを見てくる。

 

「店主の父が持っていたものだそうです。何故か僕に譲ってくれました」

 

「ふうん、お店の名前はわかる?」

 

ずいぶんと興味がありそうだ。

 

「ADIINと書いてありました、アディーンでしょうか?」

 

ふんふんと頷いている。

 

「そうか、大事にしなさい。持っていることはなるべく内緒にね」

 

そう言って返してよこした。

 

「イヌワシはイブンに甘すぎます!」

 

即座にラスルが言う。

 

「まぁいいじゃないか、気に入ってるんだろう?イブン」

 

さらりとした笑顔。

 

「はい」

 

「じゃこの話はここまで。これから日本語の授業だろう?行ってOK」

 

父が笑顔になってくれたことが嬉しい。

 

「はい!ありがとうございます!」

 

踵をかえしてダッシュ。

 

日本語の授業は予約など無視して席が埋まるのはいつものことだ。

 

ホリーさんの授業は人気がある、席はあいているだろうか。

 

そして・・・サキは今日も来ているだろうか。

 

 

 

【ラスルの話】

 

「イヌワシはイブンに甘すぎます」

 

イブンが去ったあともう一度言う。

 

イヌワシはまったく気にしていない風。

 

「これからランソンやオマルとミーティングなんだ。移動のついでにちょっと散歩をしようか」

 

付き合ってくれるかい?そう言って外に向かって歩き始めた、ついて行く。

 

マルニアゲハチョウカ・・・

 

外に出るとイヌワシが話し始めた。

 

最初に何か言ったようだけどよく聞き取れなかった。

 

「あの懐中時計の家紋ね、僕のウチのと同じだったんだ」

 

しれっと言う。その意味を考える。

 

「まぁ同じ家紋の家なんていくらでもあるから、珍しくはないんだけどね」

 

「イブンに言ったら盛大に勘違いしてイヌワシに差し出したかもしれませんね」

 

「うん、だから言わなかった」

 

イヌワシは楽しげに微笑んでいる。

 

最近あまり見なかった顔だ。

 

そういう表情を見れると安心する。

 

「何故お店の名前を聞いたんです?」

 

疑問に思ったことを聞く。

 

「ラスルはよく観察し、聞いているね。それによく考えている。えらいな」

 

軽く肩を叩いてくる。

 

「子供じゃありません」

 

「頭じゃなくて肩にしただろう?お店の名前ね。昔の日本では文字を右から読むんだ。しかし英字の看板を作るなんてハイカラな人だったんだね」

 

さっきより、もうちょっと楽しそうに笑っている。

 

「だからADIINじゃなくてNIIDA」

 

「ニーダですか。どちらにしてもあまり日本風じゃありませんね」

 

俺も少しは日本の文化を勉強している。

 

父の祖国の文化を学ぶのは子として当然のことだ。

 

「しっかり発音するとニイダ」

 

父はキョロキョロと何かを探して、落ちてる木の枝を拾った。

 

ニーダがニイダだとなんなんだろうと考える。

 

「漢字で書くとこうなる」

 

拾った枝で地面に字を書き始める。

 

『新田』

 

ショックを受けた、予想外すぎて一瞬クラっとなる。

 

それは父の名と同じだ。

 

「まぁ僕と少なからず縁があってもおかしくはない。調べようが無いことは無いけど、調べるつもりも無い」

 

普通の言葉なんだけど、なんかの呪文のように聞こえる。

 

ちょっとおもしろいだろう?と言って、いたずらっ子のような笑みを浮かべている。

 

そう言いながらがりがりっと地面の字を消した。

 

枝を放る。

 

 

「それにしてもイブンは心配になるね」

 

また歩き出してそんな事を言う。これが本題かな。

 

時計とかの話は、今はここまでって感じだ。

 

「そうですね。軍事のときと平時の時とのギャップがかなりあります」

 

「なんであんなに大人っぽいときと子供っぽいときとがアンバランスなんだろう?自分の能力に対する自覚もあまり無いようだし。言ってもよくわかっていないようだ」

 

同感だった。

 

「それでいて教えた仕事はすぐに覚えて、何でもこなしてくれる・・・困った」

 

まじめな目になっている。本気で心配しているのだろう。

 

「それならばイヌワシに話しておきたいことがあります」

 

そう前置きをする。父が頷く。

 

「イブンは多分子供時代が無いんだと思います」

 

そう前置きして生まれ育った村のことを思い出して、話す。

 

 

 

貧しい村のなかで、イブンは更に貧しい部類だった。

 

そして彼の父親は粗暴だった。

 

イブンは作物の出来が悪いと殴られ、羊のさばき方が下手だといっては殴られ、妹をかばっては殴られ、態度が生意気だと言われては殴られていた。

 

学校以外のときは家の仕事を手伝わされていたが、たまに子供たちの遊び場に来ても特に何をするでもなく、つまらないやつだった。

 

ただ、余所者のハサンや妹をからかったり、いじめるやつがいると、相手が何人でも猛然と立ち向かっていってた気がする。

 

そしてあの日が来る、村から捨てられた日。

 

キャンプモリソンに送られ、銃を撃つことを教えられ、戦場に放り込まれた。

 

食事もひどかった、豚肉入りのレトルト食品。

 

手を出せずにいたところ、最初に食べ始めたのはイブンとハサンだったと思う。

 

みんなが驚愕の表情でその様子を見ていた。

 

豚肉だけよけて、それ以外を食べていた。

 

イブンは言っていた「豚肉を食べてはいけない」としか教わっていない、と。

 

でもそれはいいのか?と思いつつみんなマネして食べ始めた・・・俺も含めて。

 

ハサンのヤツはヤケになったのか豚肉自体も食べていた。

 

とにかく空腹だった。

 

実はもっと詳しくイスラムの教えを知っていたのかもしれない。でも今更聞く気は無い。

 

それでも食べられなくて餓死する仲間もいた。

 

食べないと死ぬって事を実感した瞬間だった。

 

死にたくなかった。

 

もっとも戦闘で死ぬヤツのほうが多かったが。

 

毎日歩いて、撃って、殺されて、殺して、殺された。

 

みんな死んだような目をしていたけど、イブンだけはまだ何かの希望を持ってる感じだった。

 

妹を護りながらハサンと色々相談していた。

 

俺もイブンから話し合いに加わって欲しいと頼まれた。

 

少しでも生き残る方法を考えることに必死だった。

 

この頃はもうイブンとハサンをを見直していて、俺も話す仲間に入った。

 

家格が違って話す機会の無かったジニや、ラマノワとも話すようになっていた。

 

そしてあの日、イブンの妹が死んだ。

 

その時のイブンは怒りの塊のように見えた。何もかもぶち壊すんじゃないかとヒヤヒヤした。

 

事件のあとオマルが教育係になった。

 

最初はみんな信用していなかった。どうせ傭兵の外国人はみんな同じだ。

 

イブンは違ったようだけど、騙されてはいけないと思った。

 

だけどその後は少しずつ待遇が改善された。神は見捨ててないのかなと思った。

 

ムスリム用の食事、簡易寝台、行軍ペース、再訓練、など。少しづつ良くなっていたと思う。

 

あとでわかったけど、イブンがオマルに色々と相談してたらしい。

 

そしてオマルとの信頼関係がある程度できてきたころ、父との邂逅を向かえる。

 

俺は神は存在すると確信することになった。

 

 

 

そんな話をつらつらと父に話した。父はすこしこわばった表情をしていた。

 

「イヌワシは俺たちを導いてくれました」

 

父は黙って聞いている。

 

「そしてイヌワシに会うまで、俺たちを導いてくれたのはイブンだと思っています」

 

「そうだったのか」

 

初めてイヌワシの指示がオマルに届いた日の事を思い出す。

 

イブンはトラックを運転しようとしていた。

 

「そういえば車両の運転手とか、危険度が高いことはいつもあいつが率先してやっていました」

 

 

 

「あれから、イヌワシのサポートをしながら兄弟たちの面倒をみるのが楽しかったんだと思います」

 

俺もそうだ。そしてそれは今でも。

 

「なるほど、だいたいわかった。つまりアイツは今大きい幼児なんだな」

 

さすがイヌワシだ、見事に表現した。

 

頷く。

 

「じゃあ、目覚めるのをゆっくり待とうか。あんまり急いで大人になられても寂しいしね」

 

「俺はもう大人です、寂しいですか?」

 

「まだまだだ。」

 

心外だ。

 

「俺はイヌワシの方針に一番近いとこにいると思います。つまり武器を捨てられます。今すぐでも散髪屋になって生計を立てることも出来ます」

 

そう言ってみる。

 

「僕がさんざん練習台になった成果だね」

 

「報酬は貰っていませんよ」

 

「出来るってのと、実行するのは違う」

 

「もちろんです。実際は兄弟たちが全て卒業したのを見届けて、最後に「卒業」を実行するつもりですから。それまで兄弟たちの髪を整え続けます・・・イブンの髪は特に地味に」

 

「なるほど、奇抜な髪型の子供があまりいないのはそのせいか。ラスル、いい仕事してるじゃないか」

 

そう父が言って笑う。

 

「よしイブンの事はわかった。ところで今日のこの後の会議だけどね、参加するかい?」

 

それは俺に対しては初めての提案だった。

 

正直嬉しい。

 

「兄弟たちの卒業に一役担えるかもしれないぞ」

 

そこに参加できるのは大人たちだけだった。ジニやイブンは別として。

 

「イブンを呼ばないとスネませんかね?」

 

たまにイブンが参加していることは知っていた。

 

「気を使うねぇ。でも日本語の授業をジャマしても悪いだろう?」

 

正確には授業じゃなくて、授業後だと思う。

 

そして気を使ってるのはイヌワシのほうじゃないかと思ってしまう。

 

本当にイヌワシの愛は広く、深い。

 

「では参加させてください。頑張ります」

 

嬉しくなって冗談半分に、敬礼して答える。

 

 

 

しかし・・・これも父の計算だったのだろうか。

 

敬礼した直後、向こうから歩いてくる人影が見えた。

 

見慣れた、布をかぶった、独特の雰囲気をまとった、小柄な・・・女の子。

 

大またで歩いてこっちに来る。

 

目が危険な角度になって、イヌワシをターゲットしている。

 

急に狼狽し始めるイヌワシ。

 

「ジブリールが怒ってるように見える、なんでだろう」

 

汗をかきながらこっちを見る。まだ距離がある、なんとかできるのだろうか。

 

「謝ってください」

 

「覚えが無い。以前よくわからないけど謝ったらもっと怒った」

 

・・・

 

「援護してくれるかい?」

 

そこで理解した。遅かった。

 

「こうなるのをわかってて巻き込んだんですね?」

 

会議の参加を受けた以上、逃げられない。

 

「いや、わかってたというか、予感があったんだ」

 

同じことだ、判断が甘かった。

 

「まだまだだって言ったろう?」

 

そういって苦笑いする。

 

あーそういうことか。

 

「こういとき大人はどうするんですか?」

 

「オマルは置物になるのが上手だ。ランソンなら笑いながら悠然とここから離れるかな。シュワさんなら楽しむかもね。ホリーがいたら・・・考えたくないな」

 

最後にホリーさんの名前を口に出したら遠い目になった。

 

無理だ、俺にはまだまったく無いスキルばかりだ。

 

いや。指導者オマルを見習ってみよう。

 

「わかりました、援護に入ります・・・多分、傍観するだけになりますが」

 

下手に口を出すと命に関わる。

 

まぁ俺がいるだけでジブリールも自重するだろう。

 

いきなり泣き出して父に抱きつくとかはしないと思う・・・多分。

 

「十分だ。ありがとう、ラスルは大人だな」

 

「そんな甘言にはのりませんよ。次は無いと思ってください」

 

「こんど散髪用のハサミをプレゼントするよ」

 

嬉しいけど今はそれどころじゃないだろう。

 

絶望的な戦いを前に思う。

 

父がタイに行くときのいつもの4人編成。

 

あのメンバーに耐えられるイブンは凄い。




空白の一年・下巻の帯を見たらシーズン2が進行中なんですね。

楽しみです。

そして猟犬の檻を読了。

イトウさんもいいけど、個人的にはサイトウさん押し。



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雨とジャングルとイブン・前編

できれば週1と言いました。

だからといって章を割るのは詐欺・・・か?


あるタイからの帰り道、パジェロミニの車内は僕とクロエだけだった。

 

先日、シュワさんの元部下さん達を、今部下さん達にするためにジャングルから涅槃に送り届けた。

 

引継ぎが終わってクロエを戻すことになったんだ。

 

イヌワシとジニ、ジブリールはまだシュワさんのところだ。

 

またランクルが調達できたので、明日の商談に立ち会ってからその車で帰ってくるとの事。

 

シュワさん的には、たいした取引相手じゃないから別にいい、と言っていたけど、

 

父としては「挨拶は大事」って事らしい。

 

「クロエは早く兄弟達に会いたいだろう?」

 

そう言って一足早く僕らを送り出してくれた。

 

護衛が減ることに少しだけジブリールが不満の表情だった。

 

街から出るのにはマフィアが手を貸してくれた。まぁ車を運転してくれただけなんだけど。

 

街から出てから運転をかわって、マフィアは車から降りた。歩いて帰るらしい。

 

雨が降り出していた。

 

僕は装備の中から白いポンチョを出してマフィアに渡そうとした。いらんと言われた。

 

「バカ野郎。テルテル坊主になっちまうだろうが」

 

今日は珍しく黒いジーンズにTシャツだった。グラサンは相変わらず。

 

テルテル坊主ってなんだろう?

 

よくわからないけど恥ずかしそうだった。

 

確かにちょっと面白い姿になるかもしれないと思って引っ込めた。

 

「たまには濡れて歩くのもいいさ。この国は暑すぎる」

 

挨拶もそこそこに踵を返して街に向かって歩き始める。右手をあげてひらひらと振った。

 

僕はため息をついて、ゆっくりと車を出した。

 

「いいんですか?」

 

少し走ってからクロエが聞いてくる。

 

「いいんじゃないかな。マフィアはいつもあんな感じだ」

 

クロエの頭が運転席側に傾いてくる、何をしてるのかと思ったらサイドミラーを覗き込んでいた。

 

僕もミラーを確認する。

 

マフィアが振り向いてこちらを見ていた。

 

心配そうな顔をしている。いや、もう表情が見える距離じゃないけど、そんな気がしただけ。

 

クロエが少し笑う。

 

「そうですね、いつもあんな感じです」

 

「良くして貰ってたんだな」

 

「はい、いつかしっかりと恩返しをしたいです」

 

声が少し震えていた。助手席をちらっと見ると顔をそむけて外を見ていた。

 

今度タイに行くときは何かお土産を用意しようか。

 

でもミャンマーの山奥で何が手に入るのだろうとか考えつつ少しスピードを上げた。

 

雨が強くなってきていた。

 

会話する雰囲気でも無くなっていたので部隊の事を考える。部隊、、、部隊、、、

 

考えないようにしていた事を思い出してしまった。

 

最近流行っている言葉だ。

 

「部隊に申請する」

 

最初聞いたときには何の事を言ってるのかわからなかった。

 

実際はちょっと前に決まった、新しい規則のことだった。

 

以前から問題なっていた、男女間の親交をどこまで認めるかって話だ。

 

仲の良い男女が同一部隊内にいると作戦行動に支障をきたす。

 

古今東西、男女混合部隊ならではの悩みのタネだそうな。

 

規制する、禁止するとかなんとか色々案が出てたようだけどイヌワシ達が色々話し合った結果、

 

ホリーさんの一言で決着したらしい。

 

「規制や禁止などナンセンス。ありえない!」

 

結局、部隊に申請する事によりオッケーとなった。

 

ホリーさんによれば、申請することによって自覚を促し、同じ部隊への配属を回避でき、なおかつ休暇は一緒に取れるように配慮できるとのこと。

 

メリットをしっかり強調した良い案だという事で採用された。

 

だけど、そういう仲を公開するするようなものなのに大丈夫か?と思ったのは杞憂だった。

 

つまり大多数はオープンだった。トニーの影響かな?

 

しばらくは申請ラッシュで僕も色々手伝わされた。特に部隊の再編成。

 

一週間で別れてるカップルとかの噂を聞くと、手間を返せと思ったものだ。

 

そして定着した、この言葉

 

「あなたとの事を部隊へ申請したい」

 

なんとも奇妙な告白の言葉だと思った。

 

「スラングなんてものはそうやって生まれてくるものさ」

 

オマルはそう言って笑っていた。

 

そして自分の不甲斐なさを恥じる。

 

少なくとも僕はサキとの事を部隊に申請したいと思っていたが、実行に移せないでいた。

 

不謹慎だと思っている部分も少なからず、ある。

 

そんなことより訓練とか勉強だろうと。

 

僕らはみんなどん底からイヌワシに拾われたのに、今まだどれだけ甘えているんだと。

 

しかし

 

ホリーさんは言う。

 

「年頃の子供達ですもの、あってあたりまえでしょう」

 

ランソンは言う。

 

「人間は慣れる生き物だ。悪い環境にも、良い環境にも」

 

イヌワシは言う。

 

「それも広がった選択肢のひとつだ」

 

 

 

ぐるぐると考えながら漫然運転をしていたらしい、ミャンマーのジャングルに入っていた。

 

いつの間にかクロエは寝入ってる。

 

雨はもうバケツをひっくり返したかのようで、全くスピードを出せる状態じゃなくなっていた。

 

道なき道を進むルートは控えて、安全なルートを選ぶ。

 

「固定されたルートは待ち伏せされやすいから気をつけるように」

 

父からは言われていたが、とても知らないルートを通れる状況じゃなかった。

 

神経を使うけど、思った以上にこの車に乗りなれていたようだった。

 

見知ったルートに乗って、無事キャンプまで後少しとなったところでクロエを起こす。

 

ううぅん。と目をこすりながら起きる。そして雨の状況に驚く。

 

「すみません、イブン。交代しながら運転しなければいけなかったのに」

 

クロエはまじめだ。しょんぼりしている。

 

「まぁこっちは慣れたもんだ。それにもうすぐ着く。気にするな」

 

そう言って慰めた。

 

「帰ったら何か暖かいものを食べよう。ラスルでも誘って」

 

今日の夜はラスルは非番のはずだ。

 

クロエには久々のイスラムの食堂だ。楽しく過ごしてもらいたい。

 

 

 

キャンプハキムにたどり着いて、さてどこの格納庫に行こうかと考えた。

 

少しだけ雨脚が弱い。まぁさっきまでのジャングルが異常なんだけど。

 

時間は19:00。

 

こんな雨の中で、スクランブル用のジムニー格納庫に明かりがついていた。

 

へんだなと思いつつ、まぁ稼動してるならいいだろうと迷、わずそこに向かった。

 

結構な人数が作業をしていた。主にジムニーのタイヤ交換などだ。

 

併設された装備倉庫の前にはオマルとラスルがイルミネータを装備して立っている。なんだ?

 

 

 

車から降りるとラスルが走ってきた。僕とクロエを見て少し焦っているようだ。

 

「ただいまラスル、どうした」

 

なるべく落ち着いて挨拶をしてみる。

 

だがラスルの焦りはかわらない。

 

「よく帰った、イブン、クロエ。だがイヌワシはどうした」

 

その質問にゾワっとしたものを感じる。定時連絡が取れてない?

 

「イヌワシはタイに残って明日の商談に参加する。滞在予定は1日延びた。連絡は取れてないのか?」

 

こちらも睨み付けるようにラスルを見た。

 

悠然と構えていたオマルも向こうから歩いてくる。

 

「定時連絡が来ていない」

 

焦るな落ち着け。タイでのことを思い出す。

 

そうだ。定時連絡の後で明日の商談の話になったんだ。

 

昼食が済んでいたから、父から言われるままに僕とクロエは街を出た。

 

その後の定時連絡から不通という事か。

 

ならば父も予定を再度変更して、こちらに戻ってきている最中だろう。

 

定時連絡の差分と天候を考えて、2~3時間後には戻ってくるはずだ。

 

外での連絡はイリジウムしかない状況だ。ぽんこつスラーヤめ。

 

数秒考えて、以上の話をまとめて話す。

 

その上で付け加える。

 

「今までも同じようなことはあった。この天候だけど車両もランクルだ問題ないだろう」

 

言い切る僕にラスルは少しほっとしたようだった。

 

「それはそれとして別問題がある、一緒に来てくれ」

 

こちらにイルミネータをわたしてくる。なんだか今日のラスルはせっかちだ。

 

非番だったはずなのに。

 

「データリンクしろ。ミーティングだ」

 

仕方ないからクロエのことはオマルに頼んだ。

 

イルミネータを装備して、データリンク。

 

表示されているのは僕とラスルとオマルの3人だけ。

 

「やぁイブンおかえり。」

 

指揮官である祖父の声が聞こえる。

 

「ただいま戻りました、何があったんですか?」

 

ランソンがため息をつく。

 

「パトロール隊が出ているのだが、この天候が気になってね。キミの意見を聞きたい」

 

このバカみたいな雨の中をパトロールだって?

 

「即座に帰等させるべきです」

 

「果断だな、だがイルミネータをつけていないのだ」

 

そういやそんな訓練もしていたな。

 

「イルミネータが無いと何も出来ない兵」ではいけない。

 

いやいや最新装備を使いこなしてこその兵。

 

言い合ってる人達を見ながら、これも賛否両論だなぁと思ったことを思い出す。

 

そしてパトロールは実戦だと思うが、訓練の一環という見方もできる。難しい。

 

まぁ多少でも危険を感じたら装備するだろう。

 

「隊長はアブド君なんだが、指示を誤解してしまったようだ。イルミネータを置いていった」

 

倒れそうになった。ラスルを見る。

 

「即座に迎えのジムニーを出すべきです」

 

スクランブル格納庫の近くには20人程の兄弟が待機してるはずだ。

 

「まだパトロールの帰等時間に達していなくてな、アラタに判断を仰ごうかと思ったんだが」

 

ランソンにしてはぬるい判断だと感じた。

 

あぁそうか、自分が走ってきたジャングルの中の状態をわかってないんだ。

 

「ジャングルの中は濁流のようでした。あれと比べたらここだけ例外に雨が弱いんです」

 

ランソンはしばらく考えたようだった。

 

「よし、お迎え隊を出そう」

 

そう言ってくれた、良かった。

 

待機所でベルが鳴った。まれにしか鳴らない緊急出動。

 

3人しかいなかったデータリンクに、待機要員が参加してくる。

 

「兄弟のために」

「兄弟のために」

「兄弟のために」

「兄弟のために」

「バカアブドのために」

 

頼もしい。でもなんか変な台詞が混ざったような。

 

「ジムニーは用意してある、1台1人だ。各員乗り込んだ順にOM1~OM20を割り振る。兄弟達を迎えに行け」

 

なんだ、ランソンもその気だったんじゃないか。よく見ればタイヤもしっかり交換済みだ。

 

1台のジムニーにクロエが乗っていた。クロエもやる気満々だった。

 

誰だイルミネータ渡したの。すっとにらむとオマルが置物になった。

 

おい、待機要員が一人あまっちゃうだろと思った。

 

まぁよし、これで迎えに出れる。

 

「おまえは出るなよ」

 

ラスルに釘を刺される。まぁいい、お迎えが出発できればオッケー。

 

 

 

だがそうはならなかった。

 

ジャングルからパトロール部隊が帰ってきたのだ。

 

一人、二人・・・・

 

「お迎え部隊の出発は中止だ、ラスル点呼をとれ」

 

みな、雨のジャングルでかなり消耗していたが、バックアップの女子隊員に付き添われて介抱されていた。

 

医療班も来ていたが、一応という感じで、重症の者はいなさそうだった。

 

胸を下ろす。

 

作戦時間を満たさず、隊長から撤収の命令が出たそうだ。アブドにしてはいい判断。

 

だが点呼を請け負った、ラスルの表情が暗い。気になって足を向ける。ラスルがこちらを見る。

 

「指揮隊の3人が戻っていない」

 

頭の中を整理する。

 

アブドは隊長で指揮隊のみ例外で5人。他はダチョウ編成各3人で10個。

 

総勢35人のうち32が戻ってきていた。

 

「指揮隊のアンナとモーリスは戻っていたな、あとはケルンとメーリムとアブドか」

 

ラスルに確認する。

 

ケルンはタイ募集の初期のメンバーで今となってはベテランだ。

 

あと、メーリムとアブドなら多少危なっかしいが心配は無いだろう。

 

「そんなとこまで覚えてるのか」

 

ラスルが驚く。

 

うん、まぁ編成の案を出したの僕だしな。

 

ラスルが少し黙る。

 

「メーリムはいない」

 

んじゃあと二人か?

 

部隊が帰ってきたことで僕の頭はお花畑になっていたらしい。

 

「メーリムは体調不良を申請してた、交代要員でサキが出ているんだ」

 

こちらの目をまっすぐ見て、ラスルはそう言った。

 




匍匐前進のようにお気に入りが増えている事が嬉しいです。

なによりの励みになります。

今までは、こういった後書きはあえて書かないようにしてきましたが、読んでくださってありがとうございます。

話の構成としては後半も出来上がっておりますので、それほどお待たせせずにお届けできるかと思います(遅くとも1週間後)。



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雨とジャングルとイブン・中編

書いていたら、長くなりそうだったので中編で投下です。

中途半端ですみません。


サキがなんだって?ラスルの言う言葉の意味がよくわからなかった。

 

「ランソンだ。指示を救助に変更する。救助対象はケルン、サキ、アブドの3名。」

 

イルミネータから指示が聞こえた。

 

瞬間に、クロエの用意していたジムニーに乗り込む。

 

そして理解する。ラスルから告げられたことが事実だと、そう理解する。

 

「クロエ出せ!」

 

「はい!」

 

以心伝心でジムニーを発進させてくれる。

 

「とりあえずの方向は当初のパトロール地域だ」

 

タイヤが音を上げて急発進する。

 

しかしすぐにそれが無謀だとわかる。

 

格納庫から出た瞬間、もう地面がぬかるんでいて、まともにスピードなど出せない。

 

「OMは発進中止。J1からJ10に再編成する、各車2名。操手は現場の判断を優先。」

 

冷静な声で、ランソンの指示が出る。

 

練習用に支給されているタブレットを確認すると自分達の車にJ1のナンバーが割り振られていた。

 

「ラスル出ます!」

 

少し遅れて格納庫からJ2のユニットがポップして動き始める。J2がラスルか。

 

その後、続々とJ3以降が発進してくる。

 

「クロエ、とりあえず北だ。そのままの進路でいい。少しスピードを落とそう、ぬかるみにハマる」

 

後続は左右に広がりながら、ついてくる。

 

雨はまだひどく降っていて、夜間装備など使いようが無い。

 

敵がいるかどうかもわからないけど、ライトをつけるしかなかった。

 

「残りのジムニーはバックアップに当てる、各車2名だ。オマル編成を頼む、揃ってから報告を」

 

「イエス・サー」

 

オマルはランソンに返事をするとき、いつも堅苦しい。

 

そして別回線で志願者を募ったのだろう、タブレットにどんどん兄弟達が参加してくる。

 

こちらはこちらで時速20kmも出せない状況がもどかしい、いけない、冷静にならないと。

 

と、イルミネータに進路修正の指示が出る。

 

これは・・・北西だって?そこはまだ手を出さない地域のはずだ。

 

よりにもよってそんな方向に行ったのか?

 

「ランソンだ。帰還した者達からの情報を精査すると、その方面しか考えられない」

 

なるほど、と思う。そしてこの短い時間でこの判断、さすがだと思う。

 

「報告!J8擱座しました!」

 

ぬかるみにハマったか。

 

「了解J8、車両はライトを点灯したまま放置し、徒歩での捜索に切り替えろ。エンジンは切ること。コードはS8に変更する」

 

タブレットにはJ8とS8がスタックしたマークが改めて表示された。

 

「了解。S8行動開始します」

 

この豪雨の中、車両を捨てて行動する兄弟は気の毒だが仕方ない。

 

「以降、擱座したチームは同じようにすること。なおJ各車の移動速度は上限20kmとする」

 

ランソンももどかしそうだ。早く進めたいが、そうするとぬかるみにハマるチームも増えるだろう。

 

ライトなんてつけても、まともに地面は見えない。クロエのかんに頼るしかない。

 

「オマルです。バックアップ18台揃いました」

 

格納庫のほぼ全部だな。調子の悪い2台は省いたか。

 

「宜しい。B1からB18とする、各車発進、スピード上限は15kmだ、足並みを揃えろ。Jに追つこうと思うな、堅実に行け」

 

「B1ラマノワです!了解しました、J1に追いつきます!」

 

・・・え?

 

「B2マブズナ!B1をサポートします!」

 

あぁこの感じ、ちょっと昔を思い出す。

 

指揮所ではランソンが遠い目をしているんだろうなぁと思う。

 

「ランソンだ・・・オマル、別の格納庫も起こしてくれ。バックアップのバックアップが必要になりそうだ」

 

B1とB2の指揮はあきらめたらしい。果断だ。

 

「イ、イエス・サー・・・」

 

オマルも忙しそうだ。

 

ともあれB3からB18は横一線とは行かないまでも横並びになってこちらに移動を開始してきていた。

 

こんな山奥ではガソリンも貴重品だが、出し惜しみしないランソンの心意気が嬉しい。

 

そうこうしてるうちに、すぐ斜め後ろを走っていた車両が大きく揺れて止まる。

 

タブレットを見ると、Jはもう半数以上が擱座していた。

 

かろうじてラスルのJ2はまだついて来ている。

 

まだアブドたちの情報は無い。本当にこちらであってるのだろうか。

 

少ない情報で決め付けすぎてはいないか?

 

自分でも情報を洗いなおそうとしてみる。

 

帰ってきた隊員の顔を思い浮かべる。

 

D1とD2の隊員たちから帰ってきていたように思う。アブド中心の指揮小隊の伝令2名も帰ってきていた。アンナとモーリス。

 

通常、D1とD2は指揮小隊の左右に配置され、数字が大きくなるにつれて外側に配置されるものだ。

 

そして戦火を交えていない場合の撤収命令の基本は、伝令隊員が待機命令を伝えながら両端の小隊まで行き、そこから戻りながら改めて撤収の命令を伝える。

 

伝令が指揮小隊に戻って、部隊に欠員がいないことと撤収命令が行き渡ったことを確認してから、D1、D2と共に撤収を開始する。

 

つまりあれだ、、、アブドのやつ手抜きしたな。

 

通常の手順を踏んだなら、帰ってくる順序はD9とD10からのはずだ。

 

ランソンは即座にそれを見抜いたのか。

 

やはりさすがだ。

 

そう思った瞬間に前方で何かが光った。

 

「J1イブン!前方で何か光りました!」

 

そう言いながらイルミネータに入力する。

 

「クロエ、あっちだ。」

 

「了解!」

 

と答えた直後、車が大きく前のめりになって止まった。

 

大きな水溜りにハマったようだ。

 

「すみません、イブン」

 

タブレットを見ると、Jで稼動しているものは既に無く、みんな徒歩となっていた。

 

ラスルのJ2が頼りだったが、横を見ると同じように擱座していた。

 

いいから行くぞ、と言って即座に外に出る。雨天及び夜間装備はバッチリだ。

 

情報は欲しいけど、さすがにタブレットは置いてくる。

 

外に出る。わかっていたけどとんでもない豪雨だった。

 

とにかく全前進を始める。

 

木々が風を防いでくれてる分マシなのだろうか?

 

呼吸さえも微妙に苦しい気がする雨だった。

 

地面もひどいもんだ、段差は滝のようで、深い水溜りがあちこちにあり、足場を確保するのにも苦労する。

 

なかなか目標に対してまっすぐ向かえない。

 

でもしばらく歩いてようやく自信が持てた。白いポンチョが一人、LEDライトを振っていた。

 

「S1イブン、1名確認」

 

静かに報告して、ナイフだけ用意する。

 

「ランソンだ。敵性対象では無いと判断、接触を許可する。S2はバックアップに入れ」

 

「S2ラスル、了解」

 

白いポンチョは正規装備には無い。基本は緑だ。

 

油断は出来ない・・・がLEDライトってことはうちの部隊だろう。

 

うん、あれはケルンだ。

 

「ケルン大丈夫かー!?」

 

脅かさないように、遠めから大声で呼びかける。

 

「ここだー、俺は大丈夫だ!でも早く来てくれ!」

 

返事を聞いてクロエと目をあわす、最速で向かうことにする。

 

バックアップもある、ラスルなら安心だ。

 

木にもたれかかっているケルンに近づく。

 

「ケルン大丈夫か?」

 

だいぶ憔悴しているようだった。表情も暗い。

 

「イブンさんっ!?」

 

僕の顔を見て驚いた声を出す。泣きそうな表情だ。

 

でもそれに耐えてケルンは状況報告を始める。

 

「この先に川があります、アブド隊長が川に落ちそうになったところをサキが止めようとしたんですが・・・・足場が悪く、もろとも流されました」

 

報告は想像以上にシビアなものだった。

 

しかしバカな・・・どう地図を見たってこんな所に川なんかあるもんか。

 

とにかくケルンの情報が欲しい。

 

「ケルンは俺に任せろ」

 

いつの間にかラスルが追いついてきていた。

 

「S2ラスルです、ケルンを確保しました、バックアップを回してください」

 

「B6が一番近いな、S2と合流しろ。B5とB7はB6に随伴だ。B5,6,7はこれ以降、擱座は認められない、制限時速10kmとする」

 

状況が進んだせいかランソンの指示が細かくなってくる。

 

ケルンをラスルに任せて、クロエと二人また歩き出す。

 

川だって?この雨の中、川に流されたら、、、。

 

絶望的になってくる。足が速くなる。

 

いやそもそも川なんて無いだろう。

 

歩く、歩く、歩く。

 

果たして、川は、あった。

 

「S1イブンです・・・川に出ました。川幅は2メートルもありません」

 

ランソンが「ふーっ」とため息をついた。

 

「ではそれは川ではない・・・塹壕だ」

 

この雨で塹壕が川になったのか。

 

なるほど、アブドは中国軍の掘った塹壕にやられたわけだ。

 

だけどわからない。

 

「ランソン、塹壕というのは防衛陣地のはずでしょう?攻め側の中国軍がなぜっ!」

 

「今それは重要な話ではないが・・・まぁあの戦いの後、追撃が無いなんて思わなかったのだろう、中国軍としては」

 

思い出した。

 

あの戦いの終わりに、僕がグウェンに言ったんだ。

 

そんなに戦争がしたいのかと。

 

そして逃げる軍隊が自分達の塹壕を埋めていく、なんてことあるわけがなかったんだ。

 




言い訳祭り。

荒天でイリジウム携帯に支障が出るかは検証していません。

雨で暗視装備が機能するかどうかは検証していません。

自動車が泥にハマることを「擱座」と表現するのが正しいかは確認していません。



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雨とジャングルとイブン・後編

お待たせして申し訳ありません。

え?待ってない?デスヨネー(笑)




闇の中、豪雨の中、ジャングルの中。

 

あるはずの無い川の、川べりをひたすら走る。いや走ってるつもり、実際はあがいて進んでるだけ。

 

ミャンマーで北東に向かって流れる川なんてナンセンスだ。まぁ塹壕だけど。

 

あの中国との戦いの後、グウェンが追撃したいってのを支持してたらこなんなことにはならなかったのだろうか?

 

ランソンからの情報が入る。

 

「各員傾注。塹壕はどこかで切れる、川では無い。要救助者を見逃すな」

 

もちろんだ。こちらはとっくに移動を開始している。

 

各員にイルミネータで指示がくる。

 

こちらにはクロエが前衛になるような指示が来た。何を意図してるのかよくわからない。

 

とにかく川沿いを走る。

 

もう一度確認する。やはりイルミネータの指示ではクロエが先頭になっている。

 

なんで僕じゃないんだ。

 

そしていつまでたってもクロエが先頭に来ない、なにやってるんだ。

 

「ランソンだ。イブン指示に従え」

 

「従ってます、クロエが来ないんです」

 

「・・・イブン、きみの移動速度が速すぎるのだ、調整してクロエが先頭になるように」

 

豪雨のジャングルは、そんなランソンの言葉を吹き飛ばした。

 

ついでに僕の理性も少し吹き飛んだのかも。

 

「了解しました」

 

とかなんとかいいつつ、川沿いを探す足を速めた。

 

後ろからクロエの声が聞こえる気がする。イブン早い早い早い。

 

クロエも鍛えなおすか・・・アブドと一緒に。

 

大丈夫、大丈夫、この先にアブドとサキがいるはずだ。

 

 

 

どのくらい彷徨ったのだろう。

 

アブドとサキを見つけたときには二人とも憔悴しきっていた。

 

見つけられたのは、サキが振っていたLED電灯の光だった。

 

この状況なら、見つかるのは敵でも味方でもいい。

 

最悪でも捕虜になるんだ。それが父の教えだ。

 

今回は僕らが先に見つけた。サキもアブドも運がいい。

 

まぁ今回の敵はこの雨と闇なんだろうけど。

 

大きな木の根元でぐったりと座り込んだアブドを、サキが守るようにしてこちらに銃を向けていた。

 

こんな険しい表情のサキを初めて見た。

 

かける言葉は一つしかない。

 

「サキ」

 

ちょっと前からこちらのライトには気付いていただろう。敵か味方かわからなくて不安だっただろう。

 

サキの表情が険しいものから、やわらかくなっていく。

 

「来てくれたんですね、イブン」

 

そういって銃をおろした。

 

微笑んで頷く。

 

泣き笑いになったサキの表情は一生忘れられないものになった。

 

嬉しい気持ちを抑えて報告を送る。

 

「S1イブンです。アブドとサキを発見しました」

 

イルミネータの先でみんなの歓声があがった。

 

 

 

二人の怪我は足だった。骨折まではしていないがひどい捻挫をしていた。

 

塹壕の川から這い上がるのにかなり無理をしたんだろう。

 

ランソンに伝えて指示を仰ぐ。

 

「・・・B-1とB-2に合流しろ」

 

ちょっと間のあるランソンの指示だった。

 

躊躇するなんて珍しいな。

 

あぁあれか、そうえばB-1とB-2はラマノワとマブズナか。

 

命令違反コンビがベストな位置にいるんじゃ確かにアレだなぁと思う。

 

ふと見るとクロエはもうアブドに肩を貸していた。

 

そうしながらクロエはこちらを見ている。

 

「イブン早く二人を安全な場所に送りましょう」

 

悪いな、ドジっちまってよ・・・

 

そんなアブドの言葉がイルミネータに入ってくる。

 

クロエが肩を貸して立ったので、クロエのインカムがアブドの声も拾っている。

 

そうか・・・気をつけよう。

 

「S1イブンです。アブドとサキを保護しつつ、B-1とB-2に合流します」

 

そう報告して反応を待ち、問題がなさそうなのでアイスイッチでマイクだけオフにした。

 

サキはアブドをクロエに任せて自分の任務が完了したような様子だった。

 

きっとサキは歩いて帰ろうとするだろう。

 

しゃがんでサキの顔を正面から見た。

 

「サキ、ごめん」

 

一声かけて、問答無用で体をかかえた。

 

「イブン!!」

 

サキが恥ずかしそうな声をあげてちょっともだえてる。

 

マイクを切っておいて良かった。

 

「足を怪我している」

 

こっちも恥ずかしくなって、言い訳みたいに理屈をこねてしまう。

 

「歩けます」

 

サキの目を見る。

 

泣きそうなようでいて、しっかりと意思のある視線。

 

とても複雑な表情でこっちを見ていた。

 

でも、兵士としてのお互いの意思の疎通はできたと思う。

 

「救助する、これが最善だ」

 

と思う・・・。

 

もっと気の利いた台詞が言えればいいんだけど。

 

クロエとアブドがこちらを見ていた、うなずいてみせる。

 

行ける。

 

それをみてクロエが移動を開始した。後を付いて行く。

 

ようやくランソンの指示通りの陣形になったわけだ・・・あとで説教されるな。

 

雨は少し収まってきていた。

 

お姫様だっこの状態のサキは、雨をよけて顔を僕の胸にうずめている。

 

どうしよう、これが最善だと思って抱き上げてしまった。

 

はやまったかな?

 

僕はいいんだけど、サキに変な噂がたってしまったら困る。

 

つらつら考えながら、足は進ませる。泥にとられないように。

 

クロエが前衛にいるので楽ではあるんだけど、移動が遅い。

 

「B-1、B-2は安全を優先、合流を急ぐな。状況によっては待機だ」

 

ランソンの支持もいつもながら現実的だ。

 

まぁこっちとしては止まられるとしんどい、30分くらい歩く計算になる。

 

でもジムニーが沼にはまっても困るな。

 

これはホリー先生に教えて貰った二律背反ってやつなのかな。

 

いや、何を考えてるんだ。今はサキを守って歩くんだ。

 

「B-1ラマノワ了解です。全速力で向かいます!」

 

速度を上げるなと言ってるだろ!

 

マイクは切っているがサキに心配をかけたくないので心の中で突っ込む。

 

あー、ラマノワとマブズナにこの状況を見られちまうんだな。

 

口止めして了承が得られればいいんだけど。

 

何はともあれ全員が無事だったからだろうか、イルミネータが騒がしい。

 

「塹壕の水はおいしかったか?アブド」

 

「こけるなよアブド、バナナを用意しといてやるぞ」

 

「アブドさん、先に戻ってしまってすみませんでしたー」

 

様々な励ましの言葉が来る。なかなかの人気者じゃないか。

 

もちろん女子隊員からはサキへの激励の山だ。

 

二人とも人望があるなぁと感じる。

 

「早く帰って来いよ、オマル隊長がにっこり笑って待ってるぞ!」

 

中にはそんな厳しいコメントも。

 

黙って歩いていたクロエも声を上げた。

 

「そうだ、オマル隊長!アブドを叱って下さい。指揮がお粗末過ぎます、再訓練を提案します」

 

同感だった。

 

「いやぁ・・・カンベンしてくれよ、足を怪我してんだよ。治ってからにしてくれ」

 

もうアブドは涙目。いや後ろからだから見えないけど。

 

みんなの笑いがイルミネータに広がる。

 

「てか、足がいてーよ。俺もお姫様だっこしてくれよクロエ」

 

それはどうだろう、面白くはあるけど。

 

・・・

 

何か一瞬の違和感のあと、イルミネータ内の会話が静かになった気がする。

 

うん・・・「気がする」のは現実逃避だな、確かにしーんと静まり返っていた。

 

アブドくん、さすがだ。

 

それではまるで、誰かが誰かをお姫様だっこしてるのを見たかのようじゃにあか。

 

頭の中でかむほどのパニックになってるようだ。

 

冷静になるんだ、警戒しろ。いや違う、いまノーコメントは絶対にまずい。

 

接続数を確認するとこの救助劇にイルミネータを使っている人員は200人を超えていた。

 

ラマノワに口止めとかいう問題じゃない。

 

「B-1、B-2、速度が落ちてるというか、ほぼ止まっているがどうしたかね?」

 

ランソンが沈黙を破って言葉をいれてくれる。

 

個人的には天からの支援にも思える。

 

「B-1ラマノワです。前方に前方に濁流があります、これ以前進は不可能。待機してS-1を待ちます。頑張ってねサキ、応援するよ!」

 

いや、そんな濁流とか無いだろう・・・。

 

「B-2マブズナでっす。同様に前方に濁流はっけーん、待機します。サキちゃんうらやましーなー」

 

だから、濁流とか無いだろう・・・。

 

もう雨もだいぶ小降りになって来ている。

 

なんでこんな事になってしまったのだろうか。

 

わかってる。勇気の無い僕に神様が試練を与えたのだろう。

 

まだイルミネータのみんなは静かだ。

 

父を、オマルを、ランソンを、ホリー先生を思い出す。

 

そしてシュワさんやマフィアを。

 

彼らならどうするだろう、いろいろと教えて貰っていた気がする。

 

意を決してアイスイッチでマイクをオンにした。

 

雑音も入ってこなくなった・・・清聴モードかよ。

 

「S1イブンだ。みんな、一生懸命救助活動をしてくれてありがとう。おかげで全員無事だった」

 

抱いている肩をたたいてサキを見る。

 

気が付いてこちらを見たサキに目で謝る。

 

サキにはアブドの台詞は聞こえていない。あとでしっかり説明しないと。

 

「先ほどのアブドの言葉だが・・・皆誤解の無いように」

 

一瞬だけためらう。

 

でも、もうこう言うしかなかった。

 

「お姫様だっこされてるのは僕じゃないからな?以上!」

 

サキにも聞こえるように、少し大きい声でそう言った。

 

そしてそれ以上のコメントはしないという意思表示のため、またマイクを切った。

 

数瞬して・・・

 

イルミネータ内は大爆笑の渦になった。

 

----------------------------------------------------------------

 

次の日、僕は部隊に申請をした。

 

もちろんサキの同意を得て。

 

ラマノワのジムニーに着くまでの30分、サキと何を話したかは内緒だ。




あっちのほうがアレでして。

具体的に言うと「甲乙乙甲丙丙丙」なわけです。

遊んでただけですね、ハイ。

また一月以上更新しなかった自分に、プレッシャーがかかるという新事実も発見しました。



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空白の30分とは

内緒話って聞きたくなりません?


雨は小降りになっていたが、足元はぬかるみ闇も深い。

 

転ばないように気をつけないと。

 

今なによりも大切な人を、両手に抱えて歩いているんだから。

 

前を向き、足元を確かめ、サキの顔を見る。

 

さっきまでおとなしく顔をうずめていたサキが、優しくこちらを見ていた。

 

「サキ、心配してた」

 

とにかくそれは伝える。

 

「はい、イブン。心配をかけてすみません」

 

いつもどおり、簡潔だけど心根の伝わってくる返事が嬉しい。

 

ラマノワのジムニーまで、あと20分くらいだろうか。本気で動かないつもりのようだ。

 

雨で冷え切ったサキを早く暖かいところへ送りたいのに。

 

イルミネータの向こうのみんなは、大爆笑のあと少しずつ通常モードに戻っていた。

 

イヌワシとの連絡もついたという情報もランソンからあった。これで一安心だ。

 

今は擱座したジムニーの回収やら、二次遭難した捜索隊の救助やらで情報がとびかっている。

 

まぁイルミネータで居場所がわかってるから、問題なく救助できるだろう。

 

・・・問題。そう問題はまだ別にある。

 

頭を整理しようとする。そしてまず思い出したのは昔の話だ。

 

部族に追い出されイヌワシに拾って貰ってから、最初の作戦だったと思う。

 

なんかのひょうしに白人女性の裸体を見て鼻血を出してしまったことがあった。

 

『鼻血のイブン』

 

なんとも情けないあだ名が着いたんだった。

 

今回はどうだろう。

 

明日からは『お姫様だっこのイブン』て呼ばれるんだろうか。

 

語呂が悪いからそんなには広まらないかも。

 

いやどうだっていい。今考えるのはそんな事ではない。好きなものは好きだ。

 

問題は自分の気持ちをサキに伝えられるかどうかだ。

 

両手に抱いて、こちらを見ているサキに誠実にならねばならない。

 

雨にうたれながらも、ずっとこちらをみているんだから。

 

神の与えたもうた試練は偉大だ。

 

「サキ、情報を伝える。哨戒チームアブドは全員生還だ、軽傷者数名」

 

黙ってこちらを見ている。

 

そう、そんな情報はどうだっていいんだ。

 

男には「ケジメ」が必要だ。

 

まだ勉強中でよくわかってない日本語だけど、これがそうなんだと思った。

 

もうずっと曖昧にしてきたけど、

 

「初めて会ったときから好きだった、部隊に申請していいかな?」

 

抱いているサキの目をまっすぐ見て言った。

 

生まれて初めて使う言葉、結構かなりの勇気のいる言葉だった。

 

「はい、イブン」

 

即答だった、こけそうになった。

 

サキの顔が少し意地悪な顔になっている。でもかわいい。

 

「どれだけ待ったと思います?」

 

そう言われてグッと詰まる。どれだけ待たせてしまったのだろうか。

 

「待たせてごめん」

 

そうとしか返事が出来なかった。

 

こんな状況にでもならなければ、サキに想いを伝えられただろうか。

 

唐突にサキが聞いてくる。

 

「あとどのくらいでジムニーに着きますか?」

 

イルミネータを確認する。

 

「10分くらいかな」

 

「私もあなたが好きでした」

 

また唐突だった。そしてまたこけそうになった。

 

雨はもう、ほぼやんでいる。

 

一瞬このままサキを抱えてキャンプに帰りたい気持ちになった。

 

矛盾してるな。早く暖かい車の中に送り届けるんだ。

 

 

【後談】

 

B-1にたどり着くと、意外なほど冷静なラマノワがいた。

 

サキを車内に入れると、サポートの女子兵がタオルを出して救護を始める。

 

「兄さんはあっちね」

 

B-2のジムニーを見て指を指された。当然か着替えもあるし。

 

「頼む」

 

サキとラマノワを順に見てからドアを閉めた。

 

 

 

B-2に乗り込む。サポートはいなくて運転席にマブズナ一人だった。

 

「お帰り、兄ぃ。大活躍だったね!」

 

マブズナの1声。

 

「よしてくれ、大変だったんだぞ」

 

適当に装備をあさってタオルやらを出す。

 

「あはははっ、ところで儀式は済んだ?」

 

吹き出しそうになる・・・まったく。でも隠したところで今更だ。

 

「まぁね、明日申請するさ。ところでクロエとアブドは?」

 

気になってもいたし、話題を変えるつもりで振ってみた。

 

「アブゥへのペナルティってことで乗車拒否したったー、あははっ。他の車が見つかればいいけど」

 

アブドはともかくクロエも気の毒に。ため息が出た。

 

今日の事を思い起こす。

 

とにかく忙しい一日だった。そして疲れた一日だった。

 

「アブドのヤツ。いくらなんでも指揮が雑すぎないか?」

 

昔からの仲間に、少し愚痴も出てしまう。

 

「そうだねー、さすがにアレは無いよねー。どうかしてるっちゃどうかしてるよね。フフン」

 

意味ありげな言葉だった。だけど今は疲れて答えるのがめんどくさい。

 

まぁバックアップも完璧だったしーとかなんとか言ってる、マブズナの言葉がよく頭に入ってこない。

 

バックップを用意するのは基本だろう、今更何言ってるんだ。

 

そう、それでもだ。より良い明日を得るための重要な一日だった気がする。

 

「キャンプに着くまで少し寝させてもらう」

 

いろいろな事が無事とまでは行かなくても、大事にならずに済んでほっとしていた。

 

「アイサー兄ぃ。今日ばかりは絶叫運転は控えてあげるよっ」

 

遊園地を思い出すような言葉も控えて欲しかった。

 

イルミネータから聞こえてくるみんなの声が子守唄に聞こえる。

 

それに輪を掛けて車の揺れがいい感じだ。睡魔を呼んでくる。

 

意識が途絶える直前に聞こえた声はアブドのようだった。

 

(イブンのやつ、まったく世話が焼けるぜ)

 

意味がわからない。

 




私にとってもケジメの話でした。

書くのが重いけど、書いておかないと次が続かないかなと思いまして。

またマブズナのキャラ付けは1000%捏造ですので、ファンの方には前もって謝罪しておきます。すみません。


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ハサンの帰還(上)

少しは前に進める・・・か?



「起きろ、おい起きろって!」

 

誰かの声がうるさい、眠いときに限ってこれだ。

 

前にもこんな起こされ方をしたな、ハサンか?

 

なんだろう、ひどく悪い夢を見た気がする。悲しい夢だった。

 

「イブン起きろよ!」

 

「なんだよもう、うるさいな」

 

とりあえず起きた、部屋が薄暗い。

 

窓を見る。一瞬、朝なのか夕方なのかどうかわからない。

 

目の前にラスルガイル。無理やり僕を起こしたようだ。

 

昨日の夜にサキから告げられた話を思い出して、また悲しくなる。

 

ハサンが僕を起こすわけがないんだ。ロシアに行ってるんだから。

 

あいつの事を考えるのは、現実逃避に近かった。

 

だって、

 

思い出した事は、サキと離れ離れになるかもしれしないって話。

 

あぁもう考えがちらばって、何をしてるんだかわからない。

 

 

 

昨日の夜はいつもどおり、日本語の授業のあとでサキと話をしてすごした。

 

あのジャングルの夜のあと、お互いの雰囲気も自然になっていたように思う。

 

サキの事を気遣いずつ、話を聞いて、答えたりしているのは何よりも楽しかった。

 

ただ、サキの様子が少し変だった。元気がなかった。

 

元気付けようとして、こちらが話すことの方が多かったように思う。

 

結局何もわかっていなかったのは僕だった。

 

サキから学校に行くことになったと告げられたんだ。

 

ちょっと前から決まっていたのだけど言えなくてごめんなさいと謝るサキに、

 

気にするなおめでとう、と言うのが精一杯だった。

 

ショックだった。

 

休みの日には会いに行くよと思ったけど、口にして伝えられたかまでは覚えてない。

 

その後どうやって女子寮まで送ったかも良く覚えていない。

 

そのまま夜のパトロールの任務だった。

 

任務に専念しようとしながら、さっきの話が頭の中でぐるぐるまわっててしんどかった。

 

朝方帰ってきてして、泥のように眠った。

 

もういいや今日は終わりにしようって気分だった。

 

 

そして今、ラスルに起こされた。

 

 

「おい、聞いてるのか?」

 

ラスルがまだ目の前にいた。ようやく頭がハッキリしてくる。

 

「うん、おはよう」

 

挨拶は大事だ、なんとかして口に出すとラスルは呆れた顔をした。

 

「ハサンが休暇で帰ってきてる」

 

ハサンが帰ってきてる。ハサンが帰ってきてる。

 

オウム返しに何度が呟いて気付く。

 

「ハサンが!?」

 

「さっきまで食堂でメシを食ってた、今はみんなでいろいろ話をしてるぞ」

 

「なんで起こさなかったんだ!?」

 

さすがに文句を言う。

 

「疲れてるだろうから寝かしといてやれって、ハサンが」

 

ベッドから降りて、すぐに向かおうとするとラスルに止められた。

 

「とりあえずシャワーでも浴びて、着替えてからにしろ。帰ってからそのまま寝たんだろう」

 

そう言われた。

 

すぐにでも会いたかったが、我ながらひどい有様だった。

 

言うとおりにした。

 

 

 

食堂にはまぎれもなくハサンがいた。

 

こちらを見て、よぅねぼすけ兄弟久しぶり、と普通に挨拶してきた。

 

ハサンの笑顔はどこか大人びて見えた。

 

なんかくやしい。

 

でもそれより嬉しい。

 

よく帰った、ハサン。とだけ返す。

 

目をみて、手を握ってお互いの肩をたたく。

 

再会の挨拶はそれで十分だった。

 

 

 

任務の合間にイスラムの兄弟たちが集まり、ハサンに質問を浴びせている。

 

異国の話に興味がわくのは当然か。

 

ジニはもちろん、ジブリールでさえやってきて、ハサンと話していた。

 

ちょっと前はナイフを持ち出して喧嘩してたのになーとか思い出す。

 

まぁそれを聞きながら、僕は食事にありついていた。

 

ハサンからは後でゆっくり話そうと言われていた。

 

兄弟たちの会話を聞いているだけで、楽しい。

 

乾いた大地を、さまよっていたときの雰囲気を思い出す。

 

色々あったけど。あれはあれで楽しかった。

 

そしてサキのことを思い出す、そっちの問題を忘れてた。

 

気が沈む。良くないな不安定だ。

 

 

 

しばらくすると人数が減っていた、身近な兄弟達はみな仕事が増えていて忙しい。

 

ハサンの他はジニとジブリール、ラスルだけになっていた。

 

イヌワシはいいの?とジブリールに聞くと、

 

「今日は良いのです」

 

と、笑顔が返ってきた。

 

静かな笑顔でびっくりした。

 

そんな感じならイヌワシも反応が違うんじゃないかと思う。

 

でも何故だろう。

 

「後でハサンとの話を報告することになっていますから」

 

・・・なるほどね。

 

ジニが飲み物をもってくるね、と言って席を立つ。

 

その時、部屋の外が騒がしくなってきた。数人が話しながらこちらに来る音。

 

なんだかもめてる感じ。だがこちらへ攻撃を仕掛けてくる感じではない。

 

みんなが軽く警戒態勢になる。

 

一応。ごく冷静に。

 

戸をスライドさせて入ってきた相手はグウェンだった。

 

あとから来る2人は、その取り巻き・・・いや部下か。最近、父の護衛を受け持っているチームだ。

 

グウェンが護衛隊長をしている。

 

僕らが護衛をしているときには「護衛隊長」なんて役職など必要なかったんだけど。

 

優秀な人材から選ばれて配置されるようになっている。

 

東洋系の男はオスロ。今や部隊ナンバーワンの格闘のスペシャリスト。

 

小柄でストレートボブはカンナという女の子。

 

彼女は僕と同じように警戒が得意なタイプだ。

 

二人とも護衛役として索敵と近接戦闘を専門にしている。

 

オスロが険しい顔をしている。なんだろう。

 

「よう兄弟、おかえり。挨拶が遅れちまってわるかったな、任務があったんでな。」

 

グウェンが言う、早口だ。何かで少しテンパってる感じだな。

 

ハサンが立ち上がる。

 

「ただいま兄弟、また会えて嬉しい。イヌワシの護衛は一番重要な任務だ、気にするな」

 

任せてしまって悪いな、とか言って抱き合っている。

 

僕より近い関係にあるように見えた。ふん。

 

「で・・・な、帰って早々あれなんだけど、ちょっと話があってな」

 

なにか微妙な表情でグウェンが話し始める。

 

ジブリールやジニがわざと横を向いてる気がする。

 

あぁグウェンも色々あるんだろうなと思って僕も横で聞いている。

 

何かグウェンが言いづらそう、僕を見てくる、汗をかいている。なんだろう。

 

僕に相談があるなら気にすることは無いのに。みずくさい。

 

ハサンが旅立ってからは、それなりに親交を持ってたつもりだったんだけどな。

 

話があると言ったくせに話し始めない。逆に僕が居てはまずいのかな。

 

席をはずそうか?そう言った。

 

「もういいです隊長、自分で言います。」

 

オスロが口を開いた。

 

僕とグウェンの視線問答は中断された。

 

「ハサンさん、あなたはグウェン隊長より強いと聞いています。模擬戦をお願いしたいと思います」

 

グウェンが目を覆って上を向いた。

 

みんなびっくりしていた。「模擬戦」と言ったオスロのそれは決闘に近い申し込み方だ。

 

ハサンは怒るんじゃないかと思った。

 

ところが言われたハサンは予想外に薄反応。

 

「必要性を感じない。オスロ、おまえがイヌワシをしっかり護衛できるならそれでいい」

 

出て来たハサンの台詞はさらっとクールだった。

 

オスロは一瞬ひるんだようだ。

 

でもなんとか言い返してくる。

 

「私はグウェン隊長より強くなるよう鍛錬し、実際強くなったと思ってます。厳父のまもりに最もふさわしいしいと自負しています!」

 

そんな激熱なスピーチをしはじめる。

 

まぁオスロのがグウェンより強いのは確かだ。

 

僕も訓練で何度か相手して、かなりのものだと実感している。

 

ていうか普通にやったら。僕じゃ近接戦では勝てない。

 

3000人もいればより才能のあるやつが出てくるのは当然だ。

 

と、イヌワシの言っていたとおりだった。

 

「ですが、前任のハサンさんには及ばないと言われました。是非模擬戦をお願いしたいと思います!」

 

ジブリールは無関心、ジニは笑顔でわくてか、ラスルは置物だった。

 

ハサンは静かにオスロを見て黙っていた。

 

いつものアレか。

 

誰も口を開かないって事は僕がやればいいのかな。

 

「実戦から離れていたハサンには分が悪いだろう。フェアな申し込みじゃない」

 

そう口を挟んでみた。

 

「ではイブンさん、あなたが相手でもいいです」

 

オスロはこちらを見て、即そう言った。

 

しまった、そうきたか。

 

思ったときには遅かった。

 

兄弟たちの視線が集まってくるのがわかった。

 

ばかあほかんがえなしちょうはつだってわかってるでしょあたまつかえらんそんやおまるからなにもまなんでないのかあらたにいいつけますよ。

 

周囲からそんな意思が視線と共にが伝わってくる。

 

変な汗がが出てる気がする。

 

でもサキの事を考えて絶望してた気持ちよりはマシかも。

 

そしてまたサキの話を思い出してもっと落ち込む。

 

泣きっ面に蜂ってこれか。

 

・・・まぁ受けるしかないか。アレを使えば何とかなるかもしれない。

 

そう思った瞬間、追い討ちが来た。

 

「受けないんですか? 最初の24人とか、長兄とか言われても、実際は腰抜けですか?」

 

よくわからないことを言う。なんだろう?

 

ハテナと思いながらとにかく模擬戦を承諾しようとしたら、急にハサンが机を叩いてオスロを見た。

 

なんか怒っているような、あんま見たことの無い雰囲気のハサンがいた。

 

「いいだろう、俺が相手になってやる」

 

・・・え。いや勝ち目無いだろう。

 

オスロは少し安堵した顔で、訓練場を確保してきますと言って、カンナと共に出て行った。

 

ラスルはこちらを睨んでいる。

 

ジブリールは「イヌワシに報告してきます」と言って出て行った。

 

別に報告するような話でもないのに・・・ダシに使ったのかな。

 

気が付くとジニもいなかった。

 

僕は僕で、ハサンに言いたいことが山ほどできた。

 

「おいハサン無茶だろう。あいつは今部隊で一番の凄腕なんだぞ」

 

「そうか。でも世界最強ってわけでもないだろう。なんとかなるさ」

 

その返事に呆れ、グウェンに矛先を向ける。

 

「なんでこんなことになってるんだ、グウェン。統率が取れてないと思わないのか」

 

ほっとけば良かったのに。格付けなんて下らない。

 

グウェンは少し黙った。その後に話し出す。

 

「親父や祖父にも相談していたんだ。少しずつ派閥ってやつが出来てるのかもしれない」

 

そう言った。ハバツってなんだよくわからない。

 

「最初の24人て言われてる人たちだけが良い待遇を受けて、学校行ったり、戦場から去ったり。残ってるヤツもたいしたこと無いとか。そんで下っ端は苦労してるとか」

 

ばかな。頭が熱くなる。誰がそんなこと言ってるんだ。

 

そもそも、戦場から去って学校に行く、そして職につく。それがイヌワシの目標だろう。

 

「すまない、うまく抑えられないんだ、俺頭が悪くてよ。そんでハサンの事を話に出しちまったんだ。俺より強いって」

 

グウェンが泣き始める。

 

こんなに悩んでいるなんて、僕は全く気が付かなかった。至らない、こういうことか。

 

ハサンが泣いてるグウェンをがっつり抱いて背中を叩く。

 

「任せとけ、兄弟」

 

そういった。

 

ハサンがやたらと大きく見えた。

 

 

 

とりあえずハサンがグウェンを連れて行った。どこかで落ち着かせるのだろう。

 

ラスルが僕をにらんでる。きっとそう見えるだけだ。ラスルは目つきが悪くて損をしている。

 

「で、どうするんだ?」

 

唐突に聞かれる。

 

「まぁこうなったら仕方ない、ハサンを応援するさ。もし負けたら僕が相手になってやる」

 

勝ち目は無いかもしれないけど。

 

ラスルが盛大にため息をつく。

 

「そっちじゃない」

 

そっちはどうとでもなるとかなんとか言っている。

 

なんだ?

 

「サキのことだ。学校に行くことになったんだろう?」

 

「何故知ってる!?」

 

頭が熱くなる。

 

「ラマノワから聞いていた。どうするんだ?」

 

なんでラマノワがそんな。冷静になれ。そういやサキはラマノワと仲がいい。

 

「どうするって・・・応援して送り出してやるさ。たまには遊びに行ったっていい。サキも休みには帰って来るだろ」

 

強がってみる。

 

ラスルはしばらく目を瞑る。

 

「お前な。戦闘前に必要なものはイヌワシから教わらなかったか?」

 

なんだ急に。基本だろう。

 

「戦力と食料」

 

「その前だ」

 

「なら、情報だ」

 

「お前は情報戦が弱かったか? サキの行く学校は日本だぞ。気軽に遊びに行ける場所じゃない」

 

そんな遠くに! なんでサキは言ってくれなかったんだろう。

 

「それは・・・きいてない」

 

「聞いたのか?」

 

昨日の会話を思い出す。きいてない。自分が受けたショックでそこまで頭が回らなかった。

 

「サキは学校に行くことを伝えるのが怖くて、ずいぶん悩んだそうだ」

 

そうだったのか・・・。僕は自分のことばかり考えてしまっていた。

 

「それだけだ、支援情報は有効に使えよ」

 

そう言ってラスルは出て行った。

 

いろんな事が頭の中でも外でもぐるぐる回ってる。

 

日本の遊園地を思い出した。

 




今更ながら画集を買いました。

改めてコメント付きで絵を見ていると楽しいものです。


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ハサンの帰還(下)

「慣れだってよ」byカーチス


結局その日には手配が追いつかなくて次の日になった。

 

そして一日おいたおかげで、情報が広がった。

 

シュワさんやマフィアまで来てビール片手にガハハッとやっている。

 

昨日の今日でこっちまで来るなんて、物好きな。

 

「バカヤロウ、お祭り騒ぎにしちまいやがって」

 

隣のハサンが呟く。

 

お前が受けた勝負だろうに。

 

訓練場は超盛り上がっていた。どうしてこんなことになったんだろうか。

 

リングサイドは観客で埋め尽くされている。ジニが早々と手配をしたみたいだった。

 

エキシビジョン1 グウェン vs ク・ミエン

エキシビジョン2 ランソン vs オマル

メインマッチ    ハサン vs オスロ 

 

ホリーさんがジョッキをかかげてウィンクしてきた。ため息が出た。

 

1戦目はもう決着がつきそうだった。グウェンの勝ちだな。

 

「どうしたイブン、元気が無いね」

 

す、と横に現れたランソンに声をかけられる。

 

「えぇ・・・色々ありまして」

 

「そういう時は体を動かすといい。とりあえず頭の中は、すっきりする」

 

「でも問題は解決しません」

 

「問題を解決させるために、頭をすっきりさせるのさ」

 

そういって笑った。なるほど一理ある。

 

「イブンもどうだね。これから私はオマルとのエキシビジョンがあるが交代してもかまわんよ」

 

いつもなら即座に飛びついていたかもしれない。

 

オマルとの試合なら大歓迎だ。

 

でも今日は違った。

 

「ありがとうございます、でも今日はやめときます」

 

そうか、では私の闘いを見ていてくれ、と言ってランソンはリングに向かう。

 

ハサンも「そろそろ準備してくる」と言って離れる。

 

まぁこの対戦も予測はつく。ランソンの勝ちだ。

 

その後にはハサンの対戦がある。あいつが負けるところは見たくない。

 

でも、見届けてやらなければいけない。なんであいつは受けて立ったんだろう。

 

ランソンとオマルの対戦が始まった。

 

遊びだからだろうか、二人とも楽しそうだ。同じような格闘スタイルだ。

 

アメリカ海兵隊式の近接戦闘術なのかな。

 

いつもならもっと集中して楽しめるんだけど、意識が散ってる気がする。

 

そのくせ人ごみの中に黒髪がゆれているのが目に留まる。

 

うん。サキを見つけてしまった。そして振り返った彼女と目が合ってしまった。

 

苦しくなって、一瞬目をそらしそうになって、一秒だけ目を瞑ってからサキの方に歩き出す。

 

待っていてくれた。

 

何か言わなくては、でも何も出てこない。

 

「ごめんなさい、イブン」

 

いきなり謝られた。サキも気にしてくれてたんだ。

 

「なかなか言えなくて」

 

いいんだ。と言う。

 

「父に許しを貰って、日本に会いに行ってもいいかな?」

 

そんなふうに言ってみる。

 

「・・・はい」

 

返事に少し間があった。声が震えていた。

 

リングではランソンが座り込んで頭を横に振っている。オマルがガッツポーズをしていた。

 

オマルが勝ったのか、予想外だ。

 

「これからハサンさんの試合ですね」

 

「うん。でもハサンは勝てないだろう」

 

そういうとサキは少し怒った顔をした。

 

親しい兄弟が勝つ事を信じないんですか、といった。

 

願ってはいるが、勝つのはオスロだ。あれ、さっき同じようなことを思ったな。

 

リングにハサンとオスロが上がってくる。

 

オマルは勝った。なんでだろ、絶対ランソンの方が強いのに。

 

ハサンとオスロの戦いの始まりはお互いに慎重だった。

 

牽制を出し合う。でもどう見てもオスロの方に分がある攻防だ。

 

僕はどうしたいんだろう。リングを見てはいるがサキのことばかり気にかかる。

 

ハサンが唐突に裏拳で大降りをする。それはだめだ負ける。それは嫌だ。

 

よけたオスロが隙を突いて攻めた、一瞬、体が入れ替わり、逆にハサンがオスロを後ろから押さえつける形になっていた。

 

裏拳はフェイントだったのか。

 

ここにいた頃のお遊びなど超越した速度だった。何をしたんだ、見えなかった。

 

オスロは数秒耐えたけど、ハサンが締め付けを厳しくするとタップした。

 

その直前にハサンの口が少し動いていた。

 

あいつは、飛行機に乗るためにロシアに勉強に行ったのに、戦士として強くなったのか?

 

何を勉強してきたんだアイツは。

 

「ハサンさん強いですね」

 

サキは握った右手を胸に当てながらリングを見ている。

 

「自慢の兄弟だ、僕も強くなりたい」

 

そう、心の強い男になりたい。

 

「休みの日に会いに行くってのはやめることにする」

 

言った瞬間サキの表情が曇る。

 

言い方を間違えた。

 

「そのかわり一緒に日本に行くことにするよ」

 

ありったけの勇気を振り絞って、サキに言う。

 

「父にそう頼んでみようと思う」

 

そういってサキの手を握る。

 

一瞬震えたけど、

 

「はい、イブン」

 

といって軽く握り返してくれた。

 

顔は見れない。

 

泣いてないといいけど。

 

やっぱり気になってやはりサキの顔を見る。

 

サキは僕を見ていた。ひまわりのような笑顔だった。

 

なんかちょっと得意げな表情。

 

僕も笑顔を返せたと思う。変な顔になってないかな。

 

湧き上がってくる嬉しい気持ちでいっぱいになった。




私はアクションシーンが書けないことがわかりました。

修正はあとでもできると言う結論に至りまして、掲載。


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ハサンの帰還・裏

今回はハサン視点。



俺の名はハサン。父の名はアラタ。

 

名乗るときは、アラタの子ハサンだ。

 

今はキャンプハキムにいる。休暇で帰ってきたはずなのに色々疲れた。

 

さっきまではリングの上で格闘していた。

 

生意気な後輩を相手にするのも前任の役目だと思う。

 

帰ってきてあらためて見ると、ここは軍事組織としてはゆるかったんだなと感じる。

 

まだ新しい組織だし当たり前か。

 

 

少し疲れたので、息抜きにランソンの所にいく。

 

「じーさん、じゃましていいか?」

 

返事は待たず、ランソンの部屋に入る。

 

夜もふけて誰も居ないと思ってたけど、先客があった。

 

ジニだった。

 

まぁちょうどいいか、聞きたいこともある。

 

「チャンピオン。見事な闘いだったね」

 

ランソンは愉快そうに笑って、椅子を勧めてきた。

 

俺も、あざっすとか言って、遠慮なく座る。

 

「じーさんも惜しかったな。ていうかオマルに花を持たせた感じがしたんだけど」

 

と言うと、どうだろうね?とウィンクが帰ってきた。

 

みんなに人気のあるこのじーさんは、自らの影響力について考えてるとか言ってたな。

 

要するにオマルファンを増やすために、勝ちを譲ったんだろう。

 

ジニがどこからともなく三角形の物体を出す。なんだ?

 

「オレンジジュースよ、どうぞ」

 

ふーんと思いながらジニに言われるままに、ストローをさして飲む。

 

「うまいな」

 

素直に感想を言ってジニを見ると笑顔になった。

 

「良く勝ったわね、褒めてあげるわ」

 

なんとも上から目線の賞賛だった。

 

上から目線なのにいやみとかは無い、さすがのジニだ。

 

「なんで俺を呼んだんだ?」

 

オレンジジュースを飲みながら聞く。

 

そう、ロシアから彼を呼び寄せたのは彼女だ。

 

この様子じゃ参謀はランソンかな。

 

「ハサンじゃないとどうにもならないと思ったから」

 

自然で真面目で、堅苦しくも無い、彼女らしい口調。

 

「オスロやカンナの事とかか?」

 

「そっちは別口。あいつらはスパイよ。最近増えたわ」

 

よく情報収集をしている。

 

「なんでそんなのをほっとくんだ、こんなにこじれて、俺まで呼んで」

 

「だから、そっちはハサンを呼んだこととは関係ないわ」

 

ジニがこちら挑戦的に俺を見る。

 

「スパイに関しては、みんなで話して存在しないことにしたの」

 

テストか。

 

「スパイ探しをしても手間がかかるだけで、例え確定できてもメリットもない・・・か?」

 

「Aマイナスね」

 

他にも何かあるのか。

 

ランソンが口を開く。

 

「いっそのこと宣伝に使おうかと。我々がいかに無害かってことをね」

 

そういって笑う。悪い人の笑顔だ、でも妙に似合う。

 

「どうせ我々の組織は雛のようなものだ。常に変化している。情報の劣化も速い」

 

俺もジニもすっかり生徒状態に入ってしまう。

 

逆に、と前置きして

 

「男女交際についての軽い枠組みくらいは良いとしても、スパイの摘発などと言い始めたら疑心暗鬼になって作戦行動どころではなくなる」

 

そりゃそうか。

 

「そういうわけでスパイなどいない、ということにしよう結論だ」

 

そこまでは理解した、でもまだ気になることがある。

 

「イヌワシは正しい事をしてる。でもスパイはその情報をそのまま伝えて、雇い主は納得すんのかな?」

 

「しないだろうね。むしろ汚点を探してアラタを叩く材料にするだろう」

 

このところ何度か暗殺未遂があったという話を聞いた。

 

ジニが興味深そうにこちらを見ている。

 

「アラタは何でこんなに世界中から注目度があがっちゃったと思う?」

 

唐突に聞いてくる。

 

「んー、、、少ない戦力で中国軍に勝っちまったからだろ」

 

「それもあるけど、正確には違うわ・・・子供を救ってしまったからよ」

 

どういうことだ。俺も救って貰った。感謝している。ジニもじゃないか。

 

「そういう子供達を使い捨てにしてビジネスにしているやつらにとって、アラタは邪魔者なんですって」

 

頭にくる話だけど、表情に出ないように奥歯をかんで耐える。

 

「そんなやつら、叩き潰せばいいじゃないか」

 

あのタイで出会った敵みたいに。

 

「今そう動けば叩き潰されるのはこちらだ」

 

ランソンが静かに答える。

 

そんなバカな。

 

「いいかねハサンよく聞きなさい」

 

わざわざ前置きをする。

 

「この世界には、キャンプモリソンでの君達の生活を、うらやましいと思う子供達がいる」

 

なんだ・・・って?

 

毎日歩きずくめで、人を殺して殺されるのがいいのか?

 

「食料は与えられず、日の出から日没まで働かされ、夜は屋根も無い檻に入れられ虐待を受ける。そんな子供達がいるのだ」

 

絶句する。

 

「アラタが一度そのことを口に出してな。あまり深入りする前にシュワやオマルに相談したのだ」

 

そんな自分達のような子供を助けたいと思うのは当然だ。

 

「助けるのは難しいのか?」

 

「今は不可能だ」

 

即答された。

 

「そんなわけでイブンにはここを離れて貰いたいって事になったの」

 

訳知り顔のジニ。

 

どんなわけだ。どう繋がるんだソレが。

 

「イブンの仕事が完璧なので、アラタが自由になりすぎる。だが中東やアフリカに手を出すにはまだ早いのだ」

 

ランソンの表情が険しい。

 

なるほどそういうことか。俺もロシアで向こうの情勢は勉強したから、なんとなくわかる。

 

タイの自由戦士社程度の話とは規模が違う。自分がバカに思えた。

 

「ホントはね、先にハサンにこの話をしてから、イブンへの説得を頼むつもりだったのよ」

 

何故ジニは、俺が説得すれば何とかなるなんて考えたんだろう。

 

「そうなったら俺の決闘相手はイブンだったかもな。あいつ、わからず屋だから」

 

そうね、と言ってジニが笑う。

 

「チャンピオンのおかげで結果オーライというわけだ。よくやってくれたハサン」

 

「別に。それこそ偶然さ」

 

「オスロに勝ったのもかね?」

 

ランソンがにやりと笑う。

 

「それは必然」

 

にやりと笑い返す。

 

「コマンドサンボか。短い期間でよく修練したようだな」

 

さすがはランソン見抜いている。

 

「帰ってきたときにグウェンにバカにされないように頑張ったんだ」

 

「まったく何を勉強しに行ったのよ?ひこーきはどうなったの?」

 

ジニがお説教モードになった。

 

「ロシア語をマスターするまでもうちょいかかる、字が読めなきゃどうにもならないんだ」

 

会話はなんとかなっているが、文字は本当に苦労している。

 

「それまで出来る事はパイロットとしての体作りかなと思って。コマンドサンボはついでだ」

 

言い訳をしてたら情けなくなってきた。

 

「イブンの言語能力を分けて欲しい」

 

「まぁがんばんなさい」

 

といって肩を叩いてくる。

 

ふと。

 

ジニとこんなふうに普通に話すようになったのは、いつからだったけなとか思う。

 

そして聞きたかった事を思い出す。

 

「で、イブンとサキはいつから日本へ行くんだ?」

 

俺も休みがまだあるからタイミングが合えば日本経由でロシアに戻ろうかと思った。

 

何しろ日本は面白い。またアメヨコにも行ってみたい。

 

ロシアの同僚に連絡すれば日本での買い物をたくさん頼まれるだろう。

 

そんな風に考えていたら、ランソンンもジニも遠い目になっていた。

 

なんだ?

 

「ハサンあのね、サキはすぐにでも日本に行くわ。言語の壁は年齢が低いほど乗り越えやすいんですって」

 

なるほど。んでイブンは?

 

「・・・イブンが行けるのは、早くても10ヵ月後ね。」

 

な、なんだって?

 

ランソンも口を開く。

 

「アラタの仕事を請け負いすぎているのだ、後任選びから始めて、引継ぎに最低でもそのくらいはかかる」

 

それじゃぁイブンは・・・

 

「遠恋ね。ご愁傷様」

 

ぶっ。

 

「ちょっとひどくないか?」

 

「アラタの命を護るためだったのよ」

 

そう言われると何も言い返せない。

 

しかし10ヶ月とは。

 

「イブンはレジェンドクラスのスーパーボーイだが欠点もある」

 

欠点はたくさんあるな、俺も知ってる。

 

「その一つが、他人にモノを教えるのが下手だということだ」

 

・・・なるほど。

 

「しかし今回それがわかったことは、組織としては僥倖だった」

 

なんの話だろう。

 

「シュワが言うにはイブンに仕事を任せてから、業績が急に良くなったそうだ。ただ長期的に見るとこれは一時的なもので、イブンが抜けると一瞬で破綻しかねない状態だと」

 

・・・。

 

「というわけで、10ヶ月程度かけても他人に割り振って行くのが組織としてベターだという結論だ」

 

「俺はそっちの方の勉強もまったくわかんねーんだ」

 

「まぁ今回はファインプレーだったってことで。褒めてあげたじゃない」

 

ジニが微妙なフォローを入れてくる。

 

そんな俺らをランソンが楽しげに見ている。

 

 

 

俺は自分の翼を手に入れる。そして、翼の無いイヌワシを望む場所へ運ぶ。

 

イブン、お前はどうするんだ?

 




幹部の皆さんには、それぞれ苦労があるだろうなっていうお話。

アラタが「中東制覇する!」て言うと、イブンは「ハイ!」て答えてしまいそうで怖い。

ジニとハサンが仲良く話してると安泰だなって感じました。


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旅立ちの前

ほんとイブンは真面目。

コイツもてさせるとヤバい、どうしよう。


もうすぐ日本に旅立つという今日も、狙撃の練習は欠かさない。

 

長く使っている狙撃用の愛銃、レミントンM24。

 

初めて父から与えられたものをずっと使っている。特別だ。

 

今日は5発くらにしておこうと思い、係り員に弾を頼む。

 

用意してくれてる間に、申請書にサインする。

 

面倒だけど、必要な手続きだ。

 

射撃が伴う訓練の時は、全て確実に打ち切ったのを確認して、総員でボディチェックをする。

 

どこかの国の組織では訓練後に空薬莢を数えるという、病的な管理をしていると聞いたことがある。

 

ウチではそこまでやっていない、限度ってものがあると思う。

 

パトロールや警戒待機などの実戦扱いの任務では、射撃機会がなかった場合、支給全弾を耳を揃えて返却という形になっている。

 

以前、まだ管理があいまいだった時に喧嘩で死人が出たからだ。

 

ランソンやオマルが揃って落ち込みまくった。

 

フォローする父のほうが大変に見えたくらいだった。

 

弾を受け取って射撃訓練場に歩き出す。今日は風も少なくて静かだ、散歩がわりにちょうどいい。

 

歩いてると木陰でメーリムが昼寝をしていた。部下の女子兵二人が面倒をみているようだ、まったく。

 

ふと、カンナとオスロの顔が浮かぶ。

 

まぁこんなふうに時間の空いた時に「ちょっと訓練するから弾くれよ」って言えるのは、確かに特権のある立場なのかもしれない。

 

決闘騒ぎの後からこっち、あまり関係の改善はみられなかった。僕にも責任があることだけど。

 

カンナなんて、こちらは色々教えてるつもりでいても、険しい目つきで睨んで来る。

 

やれやれだ。

 

そんなことを考えながら、しばらく歩くと射撃訓練場に着いた。

 

休憩用に組まれた無骨なベンチと頑丈な屋根のある場所に行き、置いてあるインカムを取って着ける。

 

「お疲れ様、的手は誰かいるかい?」

 

まぁ誰かはいる事になってるので、台詞の前後が微妙になるのはいつもの事。

 

しかし、静かだな。僕一人か。周囲の人の気配もかなり薄い。

 

とりあえず銃の準備を始める。

 

「はぁい、兄さん。本日の的手は私一人です」

 

ラマノワだった。なんだろう嫌な予感がした。

 

「・・・他にも仕事があるだろうに」

 

「仕事に貴賎はありません」

 

インカムのむこうのラマノワが何故か笑顔の気がする。

 

「そうだけどね。まぁいい。とりあえず移動する丸的を3つ、距離500mで順番に出してくれ」

 

「了解!」

 

ラマノワの声はインカム越しによく通る。オペレータ向きだなといつも思う。

 

伏せ撃ち姿勢になって弾を込める。

 

「準備OK、タイミングはそちらに任せる」

 

「りょうかーい!」

 

と言ったラマノワの「い」のタイミングで1つ目がもう出た、ちょ、はやっ!

 

人が走ってるくらいのスピード、とにかく照準して撃つ。

 

任せた以上文句は言えない。

 

撃った瞬間に、次の弾を装弾し始める。

 

連続射撃には向かないのはわかってるんだけど。

 

弾を込め終わった瞬間に次が出る。

 

だからはやいって!ラマノワめ。

 

この分だと次もはやいと予測して、撃つタイミングをひと呼吸遅らせる。

 

その分の余裕を照準と次の弾込めにあてる。

 

狙って、撃って即弾込め。よし間に合ったはずだ、来い。

 

次の的が出る。民間人のマンターゲットだった。

 

一瞬撃ちそうなって、かろうじて踏みとどまり、その後に出た丸的を撃つ。

 

「ふー」

 

ため息が出た。ラマノワのやつ遊びやがって。

 

「さすがですね、お兄様。全部当たっていますわよ」

 

その呼び方はやめろ。色々と冗談が過ぎないか? 何をかんがえてるんだろう。

 

「言ってくれる。当たっただけだ、中心は外れてる」

 

そう、3つ全て当たってはいたが真ん中にいったものは一つも無かった。

 

「いえ、見事な腕前だと思います」

 

いきなり横から声をかけられた。あわてて飛び起きてそちらを見る。

 

小柄な女の子。

 

茶髪のショートボブ、カンナが立っていた。

 

さすがに集中して射撃していると、周囲への感覚は薄れる。

 

え? なんだ?

 

インカムからラマノワの声が聞こえる。

 

「そこから半径200mは無人にしておきました。検討を祈ります、兄さん」

 

少しカチンとくる。

 

「おいラマノワ、悪ふざけもいい加減にしてくれよ?」

 

「おふざけではありません。日本に行く前にやって頂く事はまだ残っています」

 

無茶というか理不尽なことを言う。

 

この数ヶ月、引継ぎのためにどれだけの仕事をしたか。

 

「これは姫様や総領のご意思でもあります」

 

ジブリールとジニもかんでる話か・・・そりゃダメだ回避出来ない。

 

ならば良し!何かわからないけど、腹をくくるか。

 

「ラマノワ、この会話を聞いているのはお前ひとりなんだな?」

 

「はい」

 

静かな返事が来る。

 

「私はこれ以降、口を出しません」

 

要するにカンナと話せというわけだ。

 

見ると、カンナは同じようにインカムを装着していた。

 

「で、なんだってんだ?カンナ」

 

開口一番。

 

「長兄、私と勝負して下さい」

 

倒れそうになった、またこれか。

 

(正直勘弁して欲しい)

 

そう思った。

 

そう感じて避けてきたことがたくさんあった。

 

でもなんかそれを思い出した瞬間に、今までのいろいろな事がさらに思い出された。

 

避けてきたことのツケかもしれない。

 

「わかった、そっちも銃を用意してるって事は射撃で勝負だな?」

 

口から出た言葉はそんなだった。

 

色々と考えて揉め事を回避してきた日々を思う。

 

今日は、そんなこんながめんどくさくなったんだ。

 

あまり考えずに受けて立ちたくなった、子供の考え方だとわかってるけど。

 

カンナは僕が素直に受けたことに、ちょっと驚いた表情。

 

こちらはこちらで、カンナの持ってる銃が気になった。

 

「あまり見ない銃を持ってるね、それは『フルート』だな」

 

正式名称はなんだっけな? ニキシンショージョ?

 

「わかるんですか?」

 

カンナの驚きの表情がもっと大きくなる。

 

「わかるさ、僕も狙撃手だ。でもそんな銃がウチにあったのか」

 

でもなんだろう、その銃は良く手入れされているものの、ひどくバランスを崩してるように見えた。

 

「倉庫の片隅に転がっていたんです」

 

あぁ斉藤さんが忘れてったヤツか・・・。

 

今は日本でも僕のと同じ銃を狙撃用に使ってるはずなんだけど、なんでこんなのを。

 

「まるで自分みたいだと思って、所有を申請しました」

 

「気に入ってるんだね」

 

僕と同じだ。

 

「いいえ全く」

 

また倒れそうになった。

 

「ひどく扱いづらい銃です。本当に自分みたいです。どれだけ整備して元に戻しても照準が定まらないことがあります」

 

彼女は自分の事が嫌いなのかな。

 

カンナが、すっと冷たい視線を送ってくる。

 

あなたとは違います・・・と、その視線が言っていた。

 

「長兄の銃は特別だと聞いています」

 

まぁ個人的にはそうだ。

 

「厳父に買い与えられた超高価なレミントンのOOTT。大量生産の中に生まれる奇跡の逸銃」

 

おいおいおいおい!まてまてまてまて!

 

普通のですってばよ!砂漠の中のバザールで売られていた纏め買いのやつだ!

 

だが、

 

こっちを睨んでくるカンナを見て、返す言葉に困った。

 

少し冷静になった。

 

「これはイヌワシに初めて買ってもらった、僕にとっての特別な銃だ。でも高価なものではない」

 

部隊にどれだけこのように変な話が広まっているんだろう。

 

言ってもカンナの目つきは変わらない。

 

説得は諦めた。

 

「で、どうする?」

 

もう勝負を進めることにした。

 

「不動標的1 、伏せ射撃2発、距離1000mで」

 

もとから反論は無い。弾さえ足りていれば他はどんな条件でも同じだ。

 

ただ問題がある。

 

「銃の狙撃性能はこちらのほうが上なんだけど、いいのか?」

 

「問題ありません」

 

そうか。

 

「観測手はどうする?」

 

その距離だと自分での弾着観測はあいまいになる。

 

「お互いでやりましょう。装備は持ってきています」

 

大胆なレギュレーションだと感じた。対戦相手の弾着をお互いが確認するのか。

 

どちらが・・・といいかけた瞬間、

 

「私が先手です、観測をお願いします」

 

観測用装備を投げてよこす。

 

やれやれ、まるっきり言いなりだ。

 

「私が勝ったら、日本に行くのは中止です。キャンプハキムに残ってもらいます」

 

「おいおいおいおい!まてまてまてまて!」

 

さすがに今度は口に出た。

 

「そこはその、話の流れ的に、『そのレミントンを貰います』とかじゃないのっ!?」

 

その言葉は不用意だった。なぜなら、レートが上がっただけだから。

 

「じゃぁそれも」

 

しれっと言われた。

 

なんだっていうんだ、どうしてこうなった。

 

「銃の性能が違うので、そのくらいのリターンはあって当たり前かと」

 

・・・なるほどね、甘かった。

 

僕が勝ったら?なんていう余地は元々無かったんだ。

 

最初から僕を引き止めるのが目的だったのか。

 

そうこうしているうちに、的が出る。

 

ラマノワも何を考えてるのやら。

 

「撃ちます」

 

カンナもう問答無用で射撃を始めるらしい。

 

こちらも職業病的に観測を始めてしまう。

 

タンっ       タンっ

 

やはりカンナは見事な腕前だった。

 

この距離にして中央の周りに2発とも着弾していた。

 

こりゃ参った。どうしよう、謝っちゃおうかな、とか思う。

 

カンナは別の双眼鏡を出して、確認している。

 

確認が終わると結果に満足したのか、笑みを浮かべて誇らしげに言う。

 

「長兄の番です」

 

こちらを見てくる顔は、もう勝ったかかのように、少し嬉しげだ。

 

あーもう、こんな状況でまともな狙撃なんて出来るんだろうか?

 

いや、どんな状況だって命令があれば冷静にやる。

 

狙撃手には常にそれが求められているはずだ。

 

今は命令じゃないけど。

 

とにかく伏せ撃ち体制に入った。的が出る。

 

スコープを覗くと、いつもより的が大きくハッキリ見える気がする。

 

はて、なんだこれ?

 

あぁあれか、たまーにあるあれ。

 

風や湿度などの外的要因や自分のコンディションなど関係なく「当たる」ってわかる『感覚』。

 

ここでかぁ。とりあえずこういう時はあまり考えずに行動する。すなわち即、撃つ。

 

タンっ

 

手応えがあった。多分ど真ん中に当たっているだろう。

 

スコープを覗いたまま、弾を込め直す。この状態を維持したい。

 

的を見直すとやはり中心部に当たっていた。アドバンテージはとったな。

 

・・・が、あの「当たる」感覚は遠のいていた。

 

欲が出たからだろうか。これだからこの『感覚』てのは始末が悪い。

 

一度スコープから目を離し、裸眼で的を見てから、スコープを覗きなおす。

 

苦し紛れの行動も、まったく意味が無かった。

 

うん、やっぱりまともに当たる気がしない。

 

これをはずしたら、日本に行けなくなるんだろうか?

 

サキになんて言われるだろう。

 

『イブンの嘘つき』

 

すねた顔でそう言うだろうな。

 

『どれだけ待ったと思ってるんですか?』

 

サキが僕のことを「さん」抜きで呼ぶようになったのはいつからだっただろう?

 

どうでもいいような事ばかりが頭をよぎる。

 

『でも仕方ないです。たまには遊びに来てくださいね。きっとですよ?』

 

なんとなく、そう言って笑って許してくれそうだ。

 

クスッ。

 

なんかおかしくなって笑ってしまった。

 

こんな状況で撃ったらどうなるんだろう?なんて考えたら、つい撃ってしまった。

 

タンっ

 

弾がどうなったかまったくわからない、初めての感覚だった。

 

訓練で良かった。実戦でこんなことになったら大変だ。この状況はしっかり覚えておく。

 

スコープから目を離し、立ち上がって脇のカンナを見る。まだ双眼鏡を覗いていた。

 

僕も予備の双眼鏡で的を見る・・・初弾の的中の穴しかあいていなかった。

 

やっぱね、はずれたか。潔く言う。

 

「はずれちゃったか、勝負はそっちの勝ちだな」

 

カンナもこちらを見てくる。というかにらんでくる。

 

「長兄・・・勝負はあなたの勝ちです」

 

「なんだ譲ってくれるのか?」

 

泣きそうな顔になっている、様子がおかしかった。

 

「どうしてあなたはそうなんですか!?」

 

何を言い出したのかわからない。

 

「なんでここを出て行くなんて言うんですか!?あなたがいれば厳父の部隊は最強です!」

 

そりゃみんなが巣立っていくのが父の願いだから。

 

今は僕も行きたいとこがあるからってのもあるけど。

 

ハサンが出て行くって聞いたときの僕もこんなだったんだろうか。

 

下を向いたままカンナが言う。

 

「以前からたまに食料調達の任務に出ています」

 

唐突に話題が飛ぶ。

 

うん、やってるな。

 

農業的な職業訓練の一環でもある。

 

これで、向き不向きもわかる。

 

「近くの村に行って、同僚と一緒に朝から晩まで泥だらけになって芋とか掘って、」

 

うん、そうだな。きつい仕事かも。でもまぁ対価として野菜とかくれるし、周辺の村への受けも良い。

 

「夕食とかは村の人々が振舞ってくれて、部隊のみんなで笑いながら食べて・・・ここはもう楽園も同然なのに!」

 

え?そっち?

 

カンナはもう本当に泣き出していた。

 

「私の村では『食料調達』って言ったら人を殺して食料を奪うことです!」

 

この子、どこの国の出身だったかな・・・。

 

「なんで?どうして?私もここを出て行かなきゃならないんですか?私はここに居たいのに!」

 

泣きながらこちらを見てくる。

 

僕は何度、自分のいたらなさを痛感するんだろうか。

 

でもそれなら・・・さ。

 

「ここはいつか去る子供達の国だ」

 

そう言ってカンナの頭に手を置いてなでる。

 

「でも残る者も必ずいると僕は思う」

 

「えっ?」

 

ちょっと前から思っていた事が、口から出る。

 

驚いた泣き顔でこちらを見る。

 

「カンナも好きなように選択していいんだってこと。好きならずっとここにいてもいいんだ」

 

笑顔を返す。うまく伝わるだろうか。

 

「僕もずっとここにいてイヌワシを補佐したい・・・そういう気持ちも実際はある」

 

いつの間にかカンナは僕の胸に抱きつき、シャツで涙を拭いていた。

 

「じゃあ、なんで出て行くんですか!?」

 

そうだったな。

 

「約束を守るため。そして新しい地で学んだことを、更なるイヌワシのまもりにするため」

 

僕の声は届いているだろうか。頭はなでてあげる。

 

「長兄は・・・何故こんなに優しいんですか?」

 

僕はこれが普通なんだけど。

 

カンナとこんなにも隔たりがあったかと痛感する。

 

何を言ってあげたらいいかわからない。

 

そして思い出す。守れなかった妹のこと。

 

「妹がいたんだ、生きていればカンナと同じくらいだった」

 

ラマノワがこちらに歩いてくるのが見える。

 

カンナと話す時間はあとわずかのようだ。

 

「妹も弟も亡くした。もうそうならないよう皆に訓練で厳しくしすぎたかもしれない、すまない」

 

もっともっと、訓練なんかより、仕事の指導なんかより、みんなと話をするべきだったのかも。

 

もう近くにラマノワが来ていた。

 

「兄さん、女の子を泣かすと呪われますよ」

 

上から目線の笑顔でにらまれる。

 

しかけておいてこれだ。

 

「メーリムが昼寝してたぞ、半径200mとか言ってたが確認が甘いんじゃないか?」

 

カンナの頭を撫でながら言う。

 

「もう一人、入り込んでるぞ」

 

えっ?と言ってラマノワの笑顔が引きつる。

 

「カンナ、僕の銃をあげるよ。そっちの銃と交換だ」

 

えっでも、とか言ってるカンナを無視してフルートを拾う。

 

「これからは僕の銃を使え。これからはお前が最高の狙撃手になるんだ。気合を入れろよ」

 

もう一度頭をなでる。

 

「はい、頑張ります」

 

意外と嫌がってない様子だ。

 

「私、頑張りますから、長兄・・・また会えますか?」

 

泣きながらそう言う。

 

「もちろんだ。それまでイヌワシを頼むよ」

 

そう言ってカンナをラマノワに任せる。

 

それにしてもこの銃、見たときに思ったけど、手に持つとハッキリと感じる。

 

中国との戦闘の時に斉藤さんが乱暴に扱ったのだろうか。

 

銃身がゆがんでないかこれ?

 

いくら整備してもこれはダメだ、まだ使うなら徹底的にレストアする必要がある。

 

 

だが今は別の事が優先だ。

 

特に敵対的な雰囲気も感じないが、もう一人入り込んだヤツが気になる。

 




今回もアレでアレです。

突っ込みの多そうなトコだけ下記に解説しときますー。


フルート:某ラノベのネタです。多分「二式小銃」
あまり狙撃向きではないと思われ。

OOTT:某漫画のネタです。「One of the Thousand」
家電とかPCでも、当たり外れはありますしね。

逸銃:造語


その他の言い訳は、活動報告で。
 


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日本へ

前回の続きは重いので割愛します。ヒマがあれば上げますが多分つまんないです。

それより問題があります。

日本でサキに彼氏がいるとかなんとか。




何年ぶりだろう、日本の空港。

 

あいかわらず賑やかだ。混雑してるように見えて実際は整然としてる。

 

日本独特の雰囲気を感じる。

 

みんなで降り立ったときの、この場所を思い出す。あのときはハキムがいた。

 

そしてみんなで暴漢を撃退したんだ。

 

思い出しながら角をまがる。

 

すぐに見覚えのある女性が目にとまる。

 

あのての姿勢は軍人独特のものだ。

 

サイトウさんがまっすぐこちらを見ていた。偶然のはず無いよな、多分。

 

ため息をころして歩いていく。こちらからは声はかけない。

 

万が一偶然だったときにマヌケに見えるかもしれないから。

 

「久しぶりね、イブン」

 

サイトウさんに声をかけられた。万が一は無かった。

 

そんな考えこそマヌケだったのかも。

 

「ご無沙汰しています、戦友」

 

そういってジョークのつもりで敬礼した。もちろん笑顔は忘れない。

 

サイトウさんは少しびっくりた表情だった。

 

「化粧は薄くしたんですね、よく似合ってます」

 

勉強したトラッドな日本語で挨拶をしてみた。

 

「ちょっと背が伸びたのね。お世辞も言えるようになって」

 

「はい。父がしっかり食べさせてくれてますから。あと、お世辞ではありません」

 

「ありがとう、イブン」

 

サイトウさんは少し楽しそうだった。

 

なるほど、出るときに父が言ってた迎えってのはこのことか。

 

柔らかい笑顔のサイトウさんは初めて見る。

 

ジャングルでは見なかった表情だ。

 

あちらに車を用意してあるわ。といって歩き出す。

 

なるほど、ここはサイトウさんのホームなんだなと思い知らされる。

 

「助かります。正直うまく電車に乗れるか自信がありませんでした」

 

本音と言い訳が混じったような返事になる。

 

「すぐ慣れるわよ」

 

まぁついて行くしか無いんだけど。

 

周りを見るとみんなスマホを見ながら歩いている。

 

この国は変わってない・・・イヌワシならそう表現するだろうか。

 

 

 

車は白いCX-3だった。実用性重視なのは良いなと思う。

 

キャンプハキムでは、各国の色々な文化も勉強する。

 

特に自動車メーカーは男子兵の好むものだった。

 

察したかのようにサイトウさんが言う。

 

「地味でそこそこの性能のやつがこれしかなかったのよ。カーチェイスするわけでもないし十分よね」

 

なるほど、目だたない事も重要だ。

 

「カーチェイスは無いんですか?」

 

楽しそうなんだけど。

 

「ご期待に添えなくて残念だけど、実際には無いわね」

 

それは残念だ。

 

それはそれとして、この車は格好がいいなと感じた。

 

サイトウさんの運転で都内に用意された住居に移動を始める。

 

サキが学校の授業を終えるまではまだ時間がある。

 

食事でもして行きましょうか。

 

そうですね。

 

何か食べたいものは?

 

みたいな軽い会話を適当にしていく。

 

窓の外を流れるビルの景色が新鮮だ。

 

自然もいいけど、都会には都会の楽しさもある。

 

そういえば、

 

「ザクザクバーガーという店に行ってみたいです」

 

日本に来る前に調べておいた。

 

ハラールされた食材だけを使い、イスラムの教えに従ったものしか提供しないチェーン店。

 

「ファーストフードの店に思えるけどそんなものでいいの?予算はこちらよ」

 

「ムスリム用のお店と聞いています」

 

「・・・そうだったわね。ごめんなさい」

 

なんで謝るんだろう。

 

「ハラールの施されたものを正確に判断するのは、日本では難しいと聞いています」

 

「そうね。日本の文化の中でイスラム教徒は生活しにくいかも」

 

きっとサイトウさんの正直な想いなんだろう。

 

「でもそれは食事の話だけです。日本ではイスラム教徒もユダヤ人も差別を受けていないと」

 

サイトウさんは少し黙る。

 

「・・・どの神も信じていないだけよ」

 

そんな部族などありえるのだろうかと思った。

 

この国で勉強する項目がひとつ増えた。

 

 

斉藤さんがカーナビでザクザクバーガーを探してくれる。

 

サキの学校と、用意されてる住居の中間くらいの位置だった。

 

これは都合がいい。

 

「ファーストフードなんて何年振りかしら」

 

そういいながら少し楽しそう。

 

店に入った時間は2時過ぎ、店に客は少なかった。

 

サイトウさんがカウンターに向かうので付いて行く。

 

「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」

 

お店の女性が話してくる。

 

イブン何にする?斉藤さんが試すように聞いてくる。

 

こちとら日本のファーストフードも勉強済みだ、受けてたつ。

 

メニューを見るとたくさんのセットが写真つきで表示されている。

 

一番最初にあるセットを指差して、人差し指を立てて目を見る。

 

「これをひとつ」

 

「チキンのケバブセットをおひとつですね。ピタパンとバーガーがありますが、どちらにいたしますか?」

 

相手の発音が微妙でよくわからなかったけど、メニューの写真を見て見当をつける。

 

ピタパンで、と返す。

 

「お飲み物は何にいたしますか?」

 

「オレンジジュース」

 

「かしこまりました」

 

即座にお店の人は斉藤さんに向き直る。機械みたいだ。

 

「私も同じセットを、ピクルス抜きで」

 

相手に口を開かせずに斉藤さんが言った。

 

機械みたいだった。凄い国だ。

 

 

 

「結構おいしいわね」

 

ケバブを口に入れたサイトウさんが、目を大きくして言う。

 

おいしいは同感だ。ただ故郷の味を想像していたがこれは別物だった。マヨネーズとは。

 

そしてジュースが冷たい。失敗した。

 

「氷なしを頼めばよかった」

 

つい口に出る。

 

サイトウさんが笑っている。

 

ミャンマーのジャングルを思い出しているのかもしれない。

 

外の明かりがガラス越しに良く入ってくる。

 

いいお店だと思った。ここかな。

 

「サイトウさん、僕はここでアルバイトをしようと思います」

 

サイトウさんの目が丸くなる。

 

「あなた本気?立場がわかって言っているの?」

 

「わかっています。許可が出ないのであればやめますけど」

 

サイトウさんがつまる。

 

考えているようだ。

 

「あなたは今、留学生の身分です。アルバイトの選択は自由です。年齢的にも就労を制限する法律はありません」

 

あきらめたような笑顔で見てくる。

 

「バイトの募集はしてるみたいよ」

 

最後は投げやりにそう言ってくれた。

 

僕はサイトウさんより食べるのが早い。

 

食べ終わった後、早速カウンターに出向く。

 

「いらっしゃいませ」

 

「こちらでアルバイトしたいのですが」

 

店員の人は機械じゃなかった。

 

「・・・少々お待ち下さい」

 

そう言って奥に行く。てんちょーって呼んでた。

 

てんちょーと呼ばれた人が出てくる。

 

大柄で丸眼鏡が印象的なおじさんだ。

 

「キミかい?アルバイト希望ってのは」

 

「はい、ここで働かせてください」

 

てんちょーは、しげしげと見つめてくる。

 

「キミは外国人かい?」

 

「はい、外国人です。ダメですか?」

 

不安になる。

 

「いやダメじゃないです。確認しただけで」

 

そういって、てんちょーはちょっと笑う。

 

「じゃとりあえず面接が必要です。履歴書を用意してからもう一度連絡を下さい」

 

脇に積んであった店のちらしを1枚つまんで渡してくる。

 

電話番号はこれです。と言ってくる。

 

「電話はまだ持ってないんです。あと・・・リレキショってなんですか?」

 

初めて聞く単語だった。

 

てんちょーの顔がちょっと難しくなる。

 

「日本に来てどのくらい経ちますか?日本で他の店で働いたこととかは?」

 

どのくらい正確に答えればいいだろう?よくわからない。

 

「日本には今日来ました。1時間くらい前です。ひとつきほど前にも日本で働きましたが、リレキショは要りませんでした」

 

後ろでバシャっという水の音が聞こえる。チラっと見ると斉藤さんがオレンジジュースをこぼして慌てている。なにやってるんだ。

 

「そうか・・・うーん。電話を持つ予定はありますか?プリペイドの携帯でもかまいません」

 

「あります」

 

「履歴書について相談できそうな相手はいますか?」

 

もう一度、サイトウさんを見る。机の上を拭いている。

 

「まぁ・・・います」

 

「じゃあ電話が用意できたら、連絡を下さい。その時にまだ履歴書についてわからなかったら説明をします。OK?」

 

少し進展したようなのでほっとする。

 

「OK!」

 

笑顔でそう答えると、またちょっと、てんちょーが笑う。

 

「英語が話せそうですね」

 

そういって握手を求めてきた。良さそうな人だと感じた。

 

「イエス!」

 

握手をして僕は答えた。

 

てんちょーは、ヤギシタですと名乗った。

 

そして名前を聞かれた。

 

名のれるのはそれだけで嬉しい。父の誉れでもある。

 

「アラタの子、イブン」

 

胸を張って相手の目を見る。

 

てんちょーはOKイブンと言って興味深そうに僕を見ていた。

 

 

 

そのあとサキの学校の近くでおろしてもらう。

 

車の中で履歴書の説明は受けたが、あとはサキと相談することにした。

 

「ありがとう、サイトウさん」

 

勉強した日本語で、不自然の無い挨拶をしたつもり。

 

発音に自信はあった。

 

サイトウさんは静かに笑った。

 

「本気なのね」

 

「もちろんです」

 

じゃぁ協力してもいいわよ。そういって去っていった。

 

 

 

校門でサキを待つ。古風なレンガ造りの校門だ。

 

授業が終わったのだろう。サキが向こうから友達と一緒に歩いてくる。

 

久しぶりに見るサキ。

 

日本の制服というのだろうか、独特な服装だ。

 

女の子の友達としゃべっている、楽しそうだ。良かった。

 

まだ僕には気付かない。だんだんと近付いて来る。

 

5mくらいまで来て、やっとサキは僕に気付いた。

 

こちらも軽く手をあげる。

 

サキは持っていたカバンを落とした。手を口元にあてた。

 

こちらを見て驚いた顔をしている。

 

久々に顔を合わせたんだ無理も無い。

 

自然と笑顔になる。

 

「やぁサキ、やっとこれたよ」

 

それしか言えなくて、言う。

 

顔が赤くなってる気がする。

 

サキが小走りに走ってくる。

 

なんだ?

 

はて?あれか、もしかして狙撃の危険性かな?僕をかばおうとしてるのか。

 

キョロキョロと気になっている祖点を探る。

 

いや、どう警戒してもそんなターゲットは確認できない。

 

サキはもう目の前だ、両手を広げてる。サキは何やってるんだ。

 

 

 

抱きつかれた、全力で。いい匂いがした、ひなたの匂いだった。

 

抱きとめて、全力で抱き返した。

 

サキはただ僕を見て走って来てくれたんだ。

 

そう思うと嬉しかった。

 

「待たせてごめん」

 

「いいんです。あなたは来てくれました。イブン」

 

顔を上げてまっすぐこちらを見る。

 

かわってない笑顔。サキはやっぱり優しくて強かった。

 

 




はい、新しい彼氏の件は、飛行機の中でのイブンの悪夢でした。

すみません。

あ、石を投げないで下さいっ。


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タコヤキとは

夏だ、祭りだ、花火だ、タコヤキだ!


日本に来たら、絶対に行こうと思っていた場所がある。

 

そう、あのとき行ったアメ横。

 

以前に行ったときに感じた、あの独特の雰囲気・・・忘れられない。

 

みんな楽しそうで、活気のある町並み。

 

そして嘘や武器の必要の無いところ。

 

いやアメ横だけじゃなく日本全体がそうなんだ。

 

日本では「嘘」はあまり必要無いよって言っていたのは中国人の友達だ。

 

彼は言っていた。

 

「日本という国はいいねぇ。山があって海があって。僕の故郷は農地と荒野だけだ。なにかを買おうとしても偽物だらけ、嘘だらけだ。日本は安心してモノを買える。清潔な食べ物もある。」

 

ふと、賞味期限の改ざんの話題を出したけど、逆に笑われた。

 

それは食べられるものだ。プラスチック米やダンボール肉まん等は別次元だと思わないか、と。

 

同感だと思う、そして逆に日本人はおひとよし過ぎるとも思う。

 

 

 

どうせ生活用品を買うなら、あの店で買おうと思っていた。

 

『ADIIN』

 

サキに声をかけたら、二つ返事で一緒に来てくれた。

 

駅で待ち合わせる。

 

迎えに行くといったら、サキがかたくなに駅での待ち合わせにこだわった。

 

よくわからないけど、サキの要望どおりにした。

 

駅の待ち合わせスポットで予定通りに、会う。

 

初めて見る白いワンピース姿。とても良く似合ってる。

 

率直にそう伝えると、満面の笑みで喜んでくれた。

 

そしてその後も楽しげに笑っている、何だろう。

 

「デートですね♪」

 

僕の腕をとって横に並ぶ。

 

こっちを見ているサキの笑顔が眩しい。

 

そうか、これがデートか。

 

言葉を控えめにしてるけど、なんかすごく楽しそうなサキだった。

 

エヘヘと笑ってるサキがかわいい。

 

自分も何度も同じような事を考えてる気がする。

 

サキがカワイイ病かな。

 

どうしよう、近すぎて困る。何かの戒律にふれてないだろうか?

 

 

ともあれ歩きながら目的地の説明をする。

 

アディーンっていうんですか?ブランドショップみたいな名前ですね。

 

との感想。

 

「オシャレなお店なんですか?」

 

ちょっとサキの顔が曇る。そっち系の店は苦手なんだろうか。

 

「・・・いや、そうでもないよ」

 

控えめな表現になってしまった。

 

かなり古い店だったように思う。ギャップに驚かないといいけど。

 

 

かつて一度だけ来たこの街、アメ横。

 

やっぱり人だらけだ。とまどう。

 

だけどサキはもうこの程度の人混みは、普通に慣れた日常のようだった。

 

そして当然慣れた感じで案内してくれる。

 

「はぐれないで下さいね」

 

デートは男性からエスコートするものだと勉強したんだけど。

 

現状はまるで逆だった。サキが生き生きとしてる、楽しげだ。

 

僕はうまくできてない。

 

つまり今はサキが僕の腕をとって先を歩いてくれる、エスコートされてるのは僕だった。

 

でも、今日はそれでいいのかも。

 

先達に任せるのが基本だとも習った。

 

僕は異国の地に来て、うかれているんだろうか?

 

あまりしっかり警戒態勢をとるとサキが心配するから、

 

不自然じゃない程度に警戒しながら歩く。

 

ふと、サキが先導してくれてることを疑問に思う。

 

「ADIINの場所を知ってるの?」

 

「はい、昨日調べておきました」

 

さらっと言われる。

 

頼もしいけど、やはり自分で案内できない不甲斐なさを感じる。

 

やれやれだ。

 

まぁいいか、目的場所も重要だけど、サキが楽しんでくれてるならデートも重要だ。

 

なんとか頭がそちらに回った。

 

途中でサキを呼び止めて買い食いを提案する。

 

少しおなかもすいていた。

 

買い食いがデートらしいかどうかは微妙だけど、他に考えが浮かばなかった。

 

そして浮かんだ食べ物、そう。

 

タコヤキ。

 

オマルの食べていたアレを試してみるのもいいと思ったんだ。

 

タコヤキを食べたいと言ったら、サキの顔が赤くなった。

 

なんでだろう。

 

とりあえず屋台のひとつに行って、買ってみる。

 

爪楊枝にさして、口に運ぶ。

 

結果。

 

とても熱い、危険な食べ物だった。

 

日本の食べ物の中には熱いとか冷たいとか極端なものがある。

 

特に飲み物は基本的に冷たく、氷が入ってる。

 

ラーメンといえば熱々で、しかも豚が入っているのが当たり前。

 

ムスリムにとってはこれも危険だ。

 

熱いタコヤキを口に入れて、あたふたしてる僕を見てサキが笑ってる。

 

これは食べ方があるんですよ、と言った。

 

そう言ってサキは、ぱくっと食べた。ほふっほふっとやっている。

 

コツがあるのかな。

 

「おいひぃですよ!」

 

ほふほふしているサキがかわいい。

 

今日はサキのそんな面ばかりが気になる。

 

そんなふうに見ていると、サキはもぐもぐしていたタコヤキを飲み込んだようだ。

 

爪楊枝の先に、次なるタコヤキをひとつ刺した。

 

ちらっとこちらを見ながら、それをふぅ、ふぅっと、ふいている。

 

これは知ってる、野生動物が獲物を見つけた目だ。

 

冷や汗が出てくる。

 

なんでだろう・・・今すぐここから撤収しないと困ったことになる気がする

 

いや、撤収とかいうレベルじゃなく撤退が必要だ、今すぐ。そう思う。

 

そんなこちらの心理を読みきったかのように、何かが迫ってくる。

 

サキはまっすぐ僕の目を見ながら「それ」を差し出した。

 

さっきとかわって満面の笑顔になっている。

 

「はいっ。これが最も正しい食べ方です」

 

目の前にはサキの愛情たっぷりのタコヤキが差し出されている。

 

こ、こうやって食べるのか。これがトラッドなのか? さらに汗が出た。

 

周りの人が見ている気がする。いや間違いなく見ている。顔が熱い。

 

食べさせてもらった。

 

「ほふっ」

 

ほどよい温かさになっていて、おいしい。

 

「おいしぃよ、サキ」

 

目を見て言う。

 

ちょっと恥ずかしかったけど、それ以上に気持ちが高揚したように思う。

 

お返しに、ひとつを爪楊枝にさして、サキに差し出してみた。

 

びっくりしたように顔が赤くなった。

 

サキはかわいい。

 

 

 

 

 

 




こんな章ばかりが書きあがって行く・・・。

次回「ADIINの店主」に乞うご期待!

来月になると思いますケド。


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アメヨコ再び・上

言い訳はしない(笑)



 

思いもかけず出てきた強力な門番、サキからの「タコヤキあーん」を突破してアメ横に入る。

 

メルキドかここは。

 

父から教えてもらった、日本の古典ゲームを思い出す。

 

日本に来てから、様々な情報量が多すぎて思考が散漫になる、良くないな。

 

それとも慣れて行くものなのだろうか。

 

そしてさっきから、チリチリと視線を感じるのが気になる。

 

なんだろう?ハッキリとした意思を感じない、こちらを監視にしてるにしては中途半端すぎる、指向。

 

何かに見られてるような気はする。

 

まぁ、いいか。ほっとこう、あまり害意を感じないから。

 

タコヤキを食べたあと「何故か」サキの機嫌がいい。

 

だから万事オッケー・・・な気がする。

 

「何故か」の部分がわからないから、アレなんだけど。

 

もやもやと考えていると、

 

「あ、ここですね。ADIINて看板があります」

 

サキが店を見つけたようだった。

 

相変わらず観察力が高い。

 

「うん、確かにここだ」

 

サキの目を見て言う。いつもの笑顔、嬉しそうだ。

 

一回しか来たことの無い店。

 

「心に残っているんだ」

 

また来たい。またあの店主に会いたい。また店の中をゆっくり見て回りたい。

 

そんなふうに色々と感じる場所は、すごく貴重だと父が言っていた。

 

そんなような事を話しながら店に入る。

 

そして僕にとっては、この店は本当にそのような場所なんだろうかと考える。

 

どうだろう、あの年老いた店主に会いたいのは間違いないけど。

 

わざと照明を弱くしているのだろうか、薄暗く感じる店内。

 

以前来た時の感覚がよみがえってきた。カウンターの方を見る。

 

何故か岩砂漠の風を感じる、あの年老いた店主が・・・

 

いなかった。

 

そこには若い黒髪の女性がいた。

 

あの時の店主と同じように脇にあるテレビを見ている。

 

日本人、女性、横ポニーが特徴的だ。白いブラウスに紺色のエプロンを着けている。

 

くりっとした目が特徴的だ。

 

何だろう、どっかで会ったことがあるような気がする。

 

しいて言えばイトウさんに似ていなくも無い。

 

(この人はもっと若くて、目が澄んでいて、快活そうだけど)

 

何故か・・・感じた事柄に心のガードをかけてしまった。

 

口に出していたら、どうなっていたんだろう。

 

いろいろと気になって、さらに色々と観察しようと、、、

 

「イテッ」

 

サキに背中をつねられた。

 

見ると「むーっ」とした顔でにらまれた。

 

「違う、ちがう」

 

見とれてたわけじゃないんだ。

 

色々と誤解がある。

 

が、サキはちょっと怒った顔もかわいい。

 

かわいいなぁと思ったら、自分の顔が緩むのを抑えられなかった。

 

結果、

 

サキは更に怒った。

 

正直に言うか。

 

「サキは怒った顔もかわいいと思ったんだ」

 

怒った顔が、驚いた顔になり・・・赤くなってうつむいてしまった。

 

どうしよう。

 

「あら、いらっしゃいませ。気付かなくてゴメンナサイッ」

 

ちょっと困っていたらカウンターの女性が声をかけてくれた。

 

明るい笑顔で、明るい挨拶が来た。

 

いやでも、僕らが店に入ったところから気付いていたでしょう?店員さん。

 

視線をこちらに向けずにテレビを見ながら、僕らを伺っているのはわかっていた。

 

なんでそんな変な嘘つくんだろう?

 

まぁいいか。

 

「いらっしゃいませ」

 

も一度言う。

 

店員さんは笑顔で軽くお辞儀した。反動で横ポニーの黒髪が揺れる。

 

なんなんだろう?また変な印象を受ける。

 

僕はこの人に会った事が無いはずなのに、会った事があるような気がする。

 

袖を引っ張られて正気に戻る。

 

サキがこちらを見て少し怪訝な表情をしていた。

 

大丈夫と言ってうなずく。まずは店主のことを聞こう。

 

「こんにちは。僕はイブンと言います。こちらの店主に会いに来たんですが、いらっしゃいますか?」

 

「おじいちゃんのお知り合いですか?」

 

なるほど、あの年老いた店主のお孫さんか。

 

「知り合いってほどでもないんですが、以前来たときにお世話になりまして」

 

女性の店員さんの顔が曇る。

 

そしてじっとこちらを見た後に口を開く。

 

「祖父は昨年他界しました」

 

そう言って目を伏せた。

 

タカイってなんだろう。

 

隣に居るサキが息を呑む。彼女は意味がわかったようだ。

 

よくないことだなと、雰囲気では理解した。

 

日本語の勉強不足だ。

 

「すみません外国の方だったんですね。つまり・・・死んだんです」

 

直訳してくれた。

 

ていうか、ああそうかやっぱりなと思った。

 

なんとなく予感でもしてたんだろうか、あまりショックではなかった。

 

「サキ、帰ろう」

 

ただ、とても買い物できるような気分でもなくなっていた。

 

「それはダメですイブン」

 

思いもかけず、きつめの口調でサキにとめられた。

 

振り返ると、先ほとはまた別の真面目に厳しい顔になっていた。

 

「お線香をあげさせてもらうべきです」

 

まっすぐこちらを見ている。

 

「お世話になった方なら、なおのことです」

 

重ねて言われて、店員さんに目をやる。

 

店員さんは優しく僕を見ていた。

 

「お線香、あげてくれますか?」

 

そう言われた。

 

なんとなく砂漠の故郷を思い出した。

 

 

 

日本の仏壇に向かっての作法など、まだ知らない。

 

サキに色々と教えてもらいながら、なんとかお線香をあげる。

 

勉強不足だ。

 

店員さんはお茶を出してくれた。

 

「おじいちゃんは、東京に出てきた私のめんどうを見てくれたんです」

 

そのあと、店主のことを語りだす。

 

本当は祖父ではないこと。

 

都会に出てきた自分の世話をしてくれたこと。

 

「わたしはお兄ちゃんを探して東京に出てきたんです」

 

そして、自分の事も語りだした。

 

僕らは黙って聞いていた。

 

これも日本の弔いの形なのだろうか。勉強不足だ。

 

この大都会で親族を探してるのか、大変だなとか考える。

 

たださっきから、

 

気になるのは、僕をじっとみていることだ。

 

「イブンさん、でしたよね?」

 

「はい」

 

と答えるしかない。

 

けど、なんだ。

 

「私は新田ユキといいます」

 

うぇ

 

思考がとまった。

 

イヌワシの妹じゃないか・・・。

 

これはマズイ。うっかりサキのほうを見て援護を求めるわけにもいかない。

 

こちらを見ているユキさんの笑顔が

 

「挨拶が遅れてごめんなさい」

 

笑顔に見えない

 

この人は

 

「そちらのお名前は知っていましたから」

 

どこまで

 

「おじいちゃんから色々聞いてて」

 

ぼくらの事を

 

「会ってみたいなって思ってました」

 

知っているのだろう

 

「ほんとにいたんだって感じです」

 

・・・え?

 

「おじいちゃん、ボケがはじまってたみたいで・・・最近は認知症っていうんですけど」

 

ここに来たのは間違いだったかもしれないと思い始めた。

 

「懐中時計を遠い国から来たイブンに譲ったとか言ってたんです」

 

こちらを見ている目が怖く感じる。

 

僕は何も答えられずに固まっていた。

 

サキの手が僕の服の裾を掴んだのがわかる。

 

その瞬間、ここに来たのは間違いだったと確信した。

 

遺品は返してすぐに帰りたいと思う。

 

まぁ無理だろうなと感じながら、父の言葉を思い出す。

 

今更遅いけど。

 

「戦場から撤退するのはたやすいことじゃない」

 

「撤退を念頭に置いた作戦で、撤退の準備をしていてもだ」

 

今ここで向けられている銃も無く、油断の出来ない密林もなく、敵兵も見えない。

 

だがここも、たしかに戦場だったんだ。

 

いかに僕らが『普通の無害な日本人』を演じようとしても、まだ無理な話だったのかもしれない。

 

目の前の人間の意図がわからない。

 

僕は準備不足だった、この情報戦において。

 

既に退路は無かった。

 




続く・・・プロット・下書きはできてるんだけども。

漫画でいうとネームは出来てるけどペン入れ、仕上げまで行けてない。

皆さん、良いお年を。


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アメヨコ再び・下

とりあぞー。

ユキさんをポンコツにしないと話がすすまなそうだったので、ファンの方すみません。


『後悔先に立たず』という日本の言葉はこういうことかと痛切に感じる。

 

つまり、ユキさんの話は続いていた。

 

祖父が死んで遺産を分けるときに、ひと騒動あったこと。

 

その中に僕が譲り受けてしまった懐中時計の話があったこと。

 

あの懐中時計には計り知れない価値があるのだとか。

 

「叔父さんたちが必死に探していたのよ」

 

確かに僕が持っている。

 

「正当な後継者の証なんですって。今時、わらっちゃう話よね」

 

言いながら、ユキさんの目が笑っていないように見える。

 

いやまぁ、この流れなら撤退の道は少し見えた。

 

心が落ち着いてくる。

 

僕らとイヌワシの関係を知ってるわけでは無さそうだ。

 

いや、落ち着いてくるとそれさえも問題じゃないことに気付く。

 

「あの、失礼かも知れませんけど」

 

彼女の話をさえぎった。

 

「この時計、大切な物のようですのでお返ししてもいいと思ってます」

 

文字通り、懐から時計を出して見せた。

 

ユキさんはびっくりした顔をした。

 

そして急に笑い出した。

 

「あはははっ、遠い国のイブンはほんとにいたし、時計もほんとにあったのね。おじいちゃんサイコーだわ」

 

ウケてくれるのはいい。

 

こっちゃそれどころじゃないんだけどね。

 

「で、返してくれるの?」

 

「はい」

 

面倒ごとになりそうな物品は手放すべきだ。

 

ジブリールの父がくれた装飾品も、厄介ごとのタネだった。

 

もちろんそのおかげで生きてもいるんだけど。

 

「この家紋、トリさんと同じですね」

 

唐突なサキの言葉で現実に戻る。

 

え?なんだって?

 

急にサキが英語で会話に入ってきた。

 

これはきっと援護だ。

 

「キャンプでアゲハチョウをスケッチしてたら、たまたまトリさんがいて」

 

まぁそういうこともあるだろう。

 

「私の描いてる絵を見て言ったんです。ウチのカモンだなって」

 

そんなことが。

 

「その後、家紋というものを説明してくれて」

 

「じゃぁきれいに描きますねって言ったら、サキの思うままに描きなさいって、言われました」

 

サキの表情は僕が見たことの無いものだった。

 

その時の状況を思い出して、うっとりしてカンジ。

 

モヤっとする。

 

この感情はなんなんだろう、と思いつつ別の事を思い出す。

 

以前、父の前でラスルと私物についてのやりとりをしたことだ。

 

あのとき父は、この時計が自分に関わりのあるものだとわかったんだ。

 

でも僕には言わなかった。

 

イヌワシには絶対、追求してやると心にきめる。

 

 

なんか、了見のせまい感情ばかりだな。

 

ちょっと心が傾きかけたところ、にユキさんから声がかかる。・

 

「まぁ、そのままイブン君が持っておいてよ」

 

こちらの返そうという決意とは裏腹に、軽い結論。

 

ユキさんの決定だ。

 

「今更見つかったって言っても、あの修羅場の再現だしねぇ、私も面倒事はゴメンだし」

 

そんなもんか。

 

「おじいちゃんがキミに渡したなら、そういうことなんでしょ」

 

妙に納得したように言われる。

 

そういうことって、どういうことなんだろう?

 

意味がわからない。

 

でも、じーさんの遺志も尊重したいとも思う。

 

「では、このまま預からせてもらいます」

 

「じゃそれでお願いします」

 

ユキさんは深く頭を下げた。

 

 

その日、僕とサキはなんとか撤収できた。

 

生活用品は手に入らなかった。

 

要注意人物を確認できた。

 

要注意人物からマークされてることを確認した。

 

環境が違いすぎて、プラマイがよくわからない。

 

『文化がちがーう』ってやつか。

 

 

ただ、何もわからない状況じゃない。

 

一歩、一歩。だ。

 

明日を目指して進もう。

 

心配そうにこちらを見てるサキに微笑む。

 

「大丈夫さ」

 

サキの手をとり、そう言う。

 

「知ってます」

 

妙な返事だと思った。

 

「でも、自分の身も大事にしてくださいね」

 

そういって僕の左腕をとって、身を寄せてきた。

 

嬉しい。

 

右側をあけてくれてるのはサキの配慮だろう。

 

より良い明日のために。

 

今日を、今を、大事にしようと思った。

 



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アメヨコの帰り、ADIINの裏

前回とりあぞって書いたら、知人からヒヨスは?って聞かれました。

てことで、ひよすー。


---帰り道---

 

アメヨコからの帰りに、携帯でイヌワシに報告する。

 

要約して説明したつもりけど、うまく伝わってるだろうか?

 

「てことで、懐中時計はそちらに送ろうと思います」

 

『いやまてイブン、それはキミがもらった物だろう?そちらで持ってるべきだ』

 

相変わらず、父の頭はかたい。驢馬なみに。

 

「イヌワシが正当な後継者です。イヌワシが持つべきです」

 

そしたらまさかの返事がきた。

 

『イブンは駱駝なみに頭が固いな』

 

これには頭にきた。

 

「もういいです!じゃぁこれはイヌワシの子に譲りますから早く作って下さいね!」

 

そういい捨てて電話を切った。

 

切ってしまった。

 

「イブン・・・」

 

横で聞いてたサキが声をかけてくる。

 

困った顔をしている。

 

言った後で冷や汗が出てきた。

 

「やっちゃった」

 

どうしよう。

 

「気持ちはわかるけど、多分トリさんのほうが困ってると思うよ」

 

サキの冷静なツッコミが入った。

 

心配げな顔をしている。

 

「もう一度電話かけてあげたら?」

 

頭ではわかってるんだけど。

 

「この話についてまだ話があるなら、イヌワシから連絡して来て欲しい」

 

ちょっと強い言葉になるのでためらったけど、サキに言ってみた。

 

「そっか、父と男の子の話だもんね」

 

そういって笑った。

 

なんだろう?

 

僕の知らない理屈でサキは納得してくれたようだった。

 

 

 

---ADIIN裏側---

 

客が帰った後の薄暗い店内に、スーツに黒髪ポニーの姿があった。

 

それがユキに声をかける。

 

「どうでした?」

 

テレビモニターを見ていたユキは、びくっと反応する。

 

まったく気付いていなかったのだろう。

 

「あーコジマさん、もちょっとわかるように入ってきて下さいよ」

 

ユキの頬に汗がつたっている。

 

そして動揺しながらも報告はする。

 

「まぁカメラの性能は良さそうですよ。イブンて子に向けても察知されてなかったみたいだし」

 

最新の監視カメラの状態を伝える。

 

「そもそもカメラの動きなんて察知されるわけないと思うんですけどー」

 

ユキの言葉を聞いて、黒髪ポニーの目つきが険しくなる。

 

「甘いわね。なんとなく察知されていたようにも思うけど」

 

「えー、監視カメラの警戒を察知するとか オカルトっていうか、ありえなくないですかー?」

 

ユキが言うと、部屋の温度が下がった。

 

コジマと呼ばれた女性が言う。

 

「あなた、協力するの?しないの?」

 

「え・・・そりゃしますけど。ていうかしてますし」

 

ユキがモゴモゴとなる。

 

コジマが話を続ける。

 

「良治さんから協力者の跡目を継ぐんでしょ?」

 

そうだった。良治おじいちゃんはもう居ない。

 

田舎を出てきて、力になってくれたのは、この店をやっていた祖父の良治だけだった。

 

東京での生活基盤もおじいちゃんが世話してくれた。

 

ただ・・・店の手伝いをしていたまでは良かった。

 

裏で政府の仕事を請け負っていたなんて事はまったく知らなかった。

 

そんな映画みたいな話ってもんですよ。

 

ボケ始めたおじいちゃんの面倒に追われ、店を切り盛りしている間に手を貸してくれたのがコジマさんだった。

 

彼女はどういう経緯か、おじいちゃんともなじみで一緒にめんどうをみてくれた。

 

考えていると、コジマさんが畳み掛けてくる。

 

「あなたの『おにーちゃん』を探すんでしょ?」

 

そう、コジマさんの情報力はたいしたものだ。

 

協力していれば、おにーちゃんを探し出すきっかけを掴めるかも知れない。

 

新型カメラのテストをしながら、そうも思っていた。

 

「早く仕事を覚えて、報告をしっかりね」

 

話は終わったとばかりにそう言って、踵を返す。

 

てかまぁ、監視カメラの管理とかやってみたら、わりと合ってるんですけどね。

 

「らじゃーです」

 

黒髪ポニーの背中にそう言う。

 

そして忘れない。

 

「おにーちゃんをだましてるイトウって人、ちゃんと探してくださいよ?コジマさん」

 

オンナ。ワルイ。イトウ。

 

絶対捜し出してやる。

 

黒髪ポニーが振り返って楽しそうに笑う。

 

「任せておいて。ただ、イトウさん?を見つけても、あなたにとって良い結果にはならないかもよ」

 

冷静にこちらも見てくる。

 

コジマさんは親切で言ってくれてるんだろう。

 

でも余計なお世話だ。

 

ワルイイトウをメッタメタにやっつけて、おにいちゃんを取り戻すんだから。

 




続きを書きたいです。

原作、進んでくれんかなぁ・・・。




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イトウさんの夜

改2マダー?

F3でもいいんですけど。



結局その日はそのあと、買い物しようって雰囲気にならなかった。

 

デートかなぁなんて浮かれていた報いかもしれない。

 

生活用品を準備してから、僕のアパートで夕飯を作る予定だったけど、そんなこんなで結局サキのウチでご馳走になった。

 

イスラム用の料理を勉強して、色々準備してくれてたことが本当に嬉しかった。

 

 

 

そして、僕のアパートへの帰り道。

 

色々考えながら一人、歩いていた。

 

と、

 

暗がりから声をかけられた。

 

「イブン君、久しぶりね」

 

裏通りのLED街灯に白い顔、ポニーがふわりと揺れる。

 

それは、唐突に現れたイトウさんだった。

 

とっさに身構えて近くの電柱を背にしてしまいそうになった。

 

過剰反応かも。

 

こんな近くに来るまで察知できなかったことに苛立ちを覚える。

 

だめだ、落ち着け。

 

父から教わった呪文を唱える。

 

『オンナ・ワルイ・イトウ』

 

当然心の中だけで、だ。

 

「こんばんは、イトウさん。お久しぶりです」

 

取りあえずその場を取り繕う言葉を出していた。

 

「ずいぶん唐突ですね」

 

そうでもしないと平静を保てない気がしたからだ。

 

「そんなに身構えなくてもいいのよ?」

 

そう言うイトウさんの笑顔が怖い。

 

感情の薄い笑顔だ。

 

数年前に会った時は、こんな雰囲気じゃ無かった気がする。

 

「以前、驚かされたときの仕返しが出来たわ」

 

初めて日本に来た時に行っていた早朝ランニングの時のことだろうか。

 

あれはそっちが勝手に自滅してただけじゃないか。

 

叫び声を、あくびっぽくして、ごまかしてたのはまぁ面白かったけど。

 

とりあえず時間かせぎだ。

 

「そちらが勝手にミスってたことですよね?」

 

今現在の距離感をはかるために、わざとそんなふうに言ってみる。

 

「あら、わりとクールな反応なのね」

 

つまんないわぁとかボヤいてる。

 

天然とか、天性のユニークとかじゃ表現できないんだよなこの人。

 

あの時の態度とかは全て欺瞞だったのだろうか。

 

まったく読めない。

 

 

そしてまたも唐突に話を始める。

 

「ところでイブン君、あなたイトウ家の食卓を手伝わない?」

 

意味がわからない。

 

「主な任務は買い物とかになるんだけど、どうかしら」

 

「意味がまったくわかりません」

 

思ったとおりに言う。混乱が収まらない。

 

呆れたような顔つきになって、イトウさんが軽くため息をつく。

 

「そのような暗語を覚えるとこからなんだけどね。つまりはウチの仕事の実戦部隊のバイトはどうかしらって話」

 

これまた唐突だ。

 

「ウチは諜報がメインなので、あなたのような実戦経験のある人が欲しいのよ。あなたの場合、特に狙撃手として」

 

だけど考える余地はありそうな話だった。

 

「アラタさんから自立権を認めてもらってるんでしょう?」

 

こちらの事情もお見通しか。

 

キャンプハキムを出た「子供」はイヌワシの庇護から離れる、というルール。

 

「これも必要としてるんじゃない?」

 

イトウさんがバッグから取り出した、それは拳銃。

 

「何かの本で読み知った知識だけど、銃を撃った人間はそれに囚われるのだとか」

 

訳知り顔で視線を送ってくる。

 

言ってることは経験則として理解できる。確かにそうかもしれない。

 

でもソレって・・・さすが日本と言うべきか。

 

知識のもとは、本は本でも漫画ですよね?

 

(漫画の知識で軍事を語ると、痛い人って思われますよ)

 

と言ってやりたくなった。

 

なんか真面目に相手してるのがバカらしくなる。

 

 

その瞬間、イトウさんはその銃をこちらに「投げた」。

 

バカな事を!

 

地面に落ちても、キャッチしても暴発するかもしれない危険行為だ。

 

なに考えてるんだ。

 

いやまて。きっと何か意図があるんだ。

 

もしかしたら、弾が入ってないんじゃないか?

 

その一瞬で思考がクリアになった。

 

冷静にキャッチして、銃口を下に向けてホールドした。

 

そしてちょっとした理由で少し笑ってしまった。

 

SIGに見えるけど、別物だこれは。

 

まぁ、詰んでるなこれは。

 

「その話、お請けします」

 

イトウさんの口元はわずかに笑みだったが、目はまったく笑っていなかった。

 

さっきまでの様子のほうが、よっぽど柔らかかったのだと感じる。

 

「あなた、今の一瞬で何を判断したの?さっきまでとは別人に見えるんだけど」

 

はて。

 

イトウさんの方も僕に対して同じように感じたのだろうか。

 

「別に。合理的に考えてみただけですよ」

 

そのまま続ける。

 

「どっちにしろ断れない話なんじゃないかと。自己分析したまでです」

 

「人を殺すことになるかもよ」

 

そんな事を念を押してくる。

 

「今更です。あぁ最低限の報酬はお願いします」

 

父からの教えだ。そう、最低でもお金を貰ってやるのだ。

 

「もちろん難易度に応じた報酬は用意するわ。ただし基本的に拒否権は無いという契約よ」

 

そんなもんだろうと思う。

 

「それと情報、準備期間、装備確保、その他充分なバックアップを要求します。あと、子供は殺せませんので悪しからず」

 

そう言うとイトウさんは、本当に笑った。

 

「あなた本当に興味深いわね。何を考えているの?」

 

「もちろんイヌワシのまもりですよ」

 

即答した。

 

「狂信者の言葉と同じに聞こえるんだけど」

 

以前、イトウさんが使ってた教団のことだろうか。

 

同じに思われちゃたまったもんじゃないと思う。

 

・・・だけど一瞬考えて、一面的にはそうかもしれないとも思った。

 

「リーダーを信じてるってとこは同じかもですね」

 

それに。

 

「あなたがたも、たいがいそんなモンじゃいですか?日本という国に振り回されてるように見えます」

 

イトウさんの目つきが険しくなる。

 

「今この国でコトが起きないようにするっていうのは大変なのよ。あなたにこんな話をもちかけてるのもその一環」

 

まーそうだろな。3000人の子供達ってのもそれなりに大変だが規模が違う。

 

でも。

 

「では僕達に限らずどこでも本質は同じじゃないですか。同胞を守って敵を排除する」

 

イトウさんはため息をついて言う。

 

「ゆえに、争いは無くならないのよ」

 

同感だった。

 

そして、そういうのを減らしたいとも思っている。

 

だけど今言葉にするのは憚られた。

 

今の僕にそんな力は無い。

 

「そうかもしれません」

 

そんな風に答えるしかなかった。

 

「週に2回、射撃訓練を含めて施設の利用を許可します」

 

学校に行かなくて良かった。

 

ていうか、施設を使わせてもらえるなら願ったりかなったりだ。

 

でもいっこだけ。

 

「サキには言わないでもらえますか」

 

イトウさんの表情は冷たかった。

 

「伝えておいた方がいいと思うけど」

 

「受ける条件です」

 

ここは譲れない。

 

学校に行く行かないでサキと喧嘩になった記憶が痛い。

 

こんな話でサキに心配をかけたくなかった。

 

「わかったわ、近いうちに一度ミーティングをしましょう」

 

そういって話を打ち切る。

 

「弾は配送してあるから」

 

この拳銃の弾丸か。宅急便かよ。

 

「犯罪起したら、拳銃所持を含めてヤバイことになるから気をつけてね」

 

おちゃめにウィンクしてきびすを返す。

 

飴と鞭というか、飴と鎖ですか。

 

終始こちらに選択肢がないのには脱帽だ。

 

確かに僕は武器を確保していないと不安だった。

 

 

イトウさんが去った後少し移動して、そこらの壁沿いの電柱の影に入る。

 

周囲を警戒するが、危険に感じるものはなかった。

 

少しほっとする。

 

だけど、しばらくそこから動けない。

 

今日は疲れた。

 

見上げると、やけに月が綺麗だった。

 

そしてイヌワシの教えを思い出す。

 

銃は人を殺さない。

 

人が銃を使って人を殺すんだ。




今回のネタは「ハルシオンランチ」etcです。

日系外国人が、学校で少女を守るだと?

俺のSIGが・・・問題ない。

どっちにしろ、劣化した学園ラブコメしか書けそうになかったので、イブンは学校に行きません。

今秋、フルメタがアニメ化されるそうですね。楽しみです。

ジーザスさんはアニメ化難しそうだなぁ。時代が早すぎた。


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エトランゼは類友狼の夢を見るか

新生活の時期、旅立つ空に出会いと別れ。

イブンもガンバレよ~。


「Hey!イブン頑張ってるね」

 

バイト先で店頭に立っていたら、入ってきた常連のお客さんに声をかけられた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

顔見知りだけど、そこは普通に接客する。

 

他のお客さんの目があるからね、接客業の基本だ。

 

で、声をかけてきたお客さんなんだけど。

 

僕が日本に来てから色々と声をかけてくれた、通称ゴローさんという外国人だった。

 

本名はなんだったかな、ゴローノフ?ゴドフリー?とかだったかな。

 

見た目は、

 

短く刈り込んだ丸刈り、で碧眼。

 

スマートな体型で、妙に人懐こい笑顔が特徴の人。

 

まぁ日本では目立つ。

 

でもどこの国の人か聞いた事は無い。

 

今日はスリムなジーンズに、背中に『自宅警備隊』マークのパーカーだった。

 

外着ではやめといたほうがいいって言ったのに。

 

「暖かくなってキタネー。あ、いつもの頂戴」

 

日本に馴染んでいる、典型的なガイジンさん風。

 

「ケバブサンドとホットコーヒーのセットでよろしいですか?」

 

「おk!テイクアウトでねー」

 

と手でOKサインを作る。

 

厨房にオーダーを通して会計をしていたら、次の話がくる。

 

「ところでイブン今日の夜はあいてるカイ?」

 

口元でグラスを傾けるしぐさをしていた。

 

ゴローさんとは月に1~2回は飲みに行く仲だ。

 

今日の夜はあいていた、もちろんオッケーだ。

 

周りに他のお客さんがいない事を確認して返事をする。

 

「オッケーです。ただサキが学校の関係で旅行に行ってて、僕だけなんです」

 

サキもゴローさんのことが気に入っていて、飲みに行くときは一緒だった。

 

「OH!残念だな。まぁ久しぶりに男二人もいいかナ」

 

ゴローさんも、サキと日本の文化のことを話すのが好きみたいだった。

 

「仕事は18:00までです」

 

出来上がったケバブセットを渡しながら言う。

 

「んじゃ、6時半に『うなさか』でどうだい?」

 

何度か行った居酒屋の名前が出る。

 

「OKです。毎度ありがとうございます」

 

受け取ったゴローさんは、にこっと笑うと軽くウィンクした。

 

「待ってるヨー」

 

そう言うと、さらっと踵を返して店を出て行く。

 

そよ風のような足取りだった。

 

自然体でかっこいいなと感じた。

 

 

 

居酒屋「うなさか」

 

ある北国の名前だそうな。

 

二人で店に入るともう既に多くの客でにぎわっていた。

 

席はあいてるのだろうか。

 

「予約してあるから大丈夫」

 

こちらの心配を見透かしたかのようにゴローさんが言う。

 

カウンターやら座敷やらある広い店内の中で、少し奥まったテーブル席に案内される。

 

正直少しほっとする。

 

靴を脱いであがる座敷というのは、文化的になじみが無く・・・そしてそれ以上に、軍事的に不利だからだ。

 

襲撃を受けたときには靴をはくヒマなどないから、素足で行動することになるだろう。

 

何かの映画にあったけど、割れたガラスの上を靴無しで歩くハメになるなんてのはゴメンだ。

 

戦闘員は移動できなくなったらアウトだ。

 

「ちょっと先にオテアライ行ってくるヨ」

 

そういうと、ゴローさんはそそくさとトイレに行ってしまった。

 

とりあえず、非常口と厨房の位置を確認する。厨房の奥には通用口もあるはずだからだ。

 

何かあったら海兵隊上がりのコックが味方になってくr・・・

 

いけない、日本の文化を勉強しようとして、偏った映画を見すぎてるんだ。

 

現実を見よう。

 

壁から離れてるから、外からの狙撃の心配も無いだろう。

 

これだけ騒がしければ、盗聴もあまり心配ない。

 

あとは店内が見える席か、店内を背にする席の二択だった。

 

普通に考えれば店内が見えたほうが安全だろう。不審者の行動に目を光らせることが出来る。

 

まぁ・・・こんなことを考える必要性が無い程、この国が安全だってわかってはいるんだ。

 

自分が滑稽に思えて少し笑えた。

 

そしてあえて店内に「背」を向けて座った。

 

メニューを取って、店員さんを呼ぶ。どうせゴローさんはナマチューだろうから頼んでおこう。

 

さて僕はどうしようか。

 

 

 

席に戻ってきたゴローさんは、僕を見て一瞬だけ表情が曇った気がした。

 

あれ?っと思う。

 

「生チューお待たせしましたー!」

 

でも、すぐ来た生チューに素直に喜んでくれた。

 

「気が利くねーイブン!ナイスだよ」

 

さっきの一瞬の表情は消え、満面の笑みだった。

 

「料理も少し頼んどきました」

 

牛モツ煮、焼き鳥、豆腐サラダなど、ごく普通のものだ。

 

それも喜んでくれた。

 

「あと、メバルフライ4つネー」

 

「いや、ふたつで充分ですよ!」

 

アイコンタクトして、ふたつにしてもらう。

 

店員さんもすぐうなずいてくれた。よく訓練されている。

 

「で、酒は相変わらずソレかい?」

 

僕のグラスを指差して突っ込んでくる。

 

テーブルの上にはバドワイザーの缶とウィルキンソンの辛口ジンジャーエールがある。

 

『シャンディーガフ』という軽いカクテル。

 

「まぁそうですね」

 

今の日本では飲酒の年齢制限が18歳に引き下がっていた。

 

合法であるとはいえホンネで言えば、戒律的にも警戒的にも飲酒というものはしたくなかった。

 

でもいつまでもオレンジジュースで通せない、日本の文化もある。

 

のみにけーしょん?

 

強行に回避する者もいれば、僕みたいに妥協する者もいる。

 

そう、薄いアルコールで仲間に入れてもらう、まさに妥協の選択だった。

 

そして今日のゴローさんは、そういう話から入ってきた。

 

何故日本人はカラオケが好きか。

 

自国を愛してないのか。

 

海外に出ようとしないのか。

 

イエスノーがはっきりしないのか。

 

隣国との関係をどう思っているのか。

 

そして普通に仕事の話、上司への愚痴。

 

「あの、クソヤローめ。○○ばいいのに」とか。

 

部下についての悩み。

 

「あいつのためを思って言ってやってるのに、なにもわかってナイ!」とか。

 

具体的な名称が出るわけじゃないのはお互い様だ。

 

いつもどおりに続いていく。

 

・・・

 

・・

 

 

が、いつものゴローさんとは様子が違うと確信したのは、もう2時間近くも飲んでしまってからだった。

 

「ねぇイブン、ちょっとかわった話をするけどいいかい?」

 

僕はうなずいた。

 

そう前置きしてからゴローさんは話し始める。

 

 

 

昔の日本には帝国軍というものがあった、100年くらい前だ。

 

当時は優秀な軍人というか、志を持った軍人が多く居たものだそうだ。

 

だが日露戦争が終わると、一部の軍人は口減らしの対象になった例もある。

 

スパイの容疑をかけられた、とある陸軍大尉などは、浮気をした内縁の妻を捨て、自分を頼ってきた外国人女性と海外逃亡したとか。

 

「こういう極端な行動をする人間を、キミはどう思う?」

 

やれやれだと思った。まぁ付き合うか。

 

「ゴローさん、酔っぱらってるんじゃ」

 

目を見て言う。

 

「どう思う?」

 

目を見返されて更に問われた。

 

どうしよっかな。

 

「その質問に答える前に僕の話をしてもいいですか」

 

まぁ、そろそろ色々と限界かもしれないし仕方ないか。

 

「イイヨ。てかキミは自分の気持ちをあまり表に出さないから、この際ゼヒ聞きたいね」

 

ゴローさんが、にやっと笑う。

 

なんとなく、うまく誘導されたような気もする。

 

「僕の名前ってヘンなんです、これは前も話したことありましたよね」

 

ゴローさんが頷く。

 

『イブン』だけなんて、ありえないんだ。

 

英語で言うと、『ジュニア』だけ、みたいになるのだろうか。

 

「でも、自分の生まれ育った土地を離れて生活してる間に、わりとどうでも良くなっちゃって」

 

一呼吸おいて続ける。

 

「つまりイブンていう元の意味がどうとかよりも、もう僕の名前だって受け入れてしまってたんです」

 

そうだった。それは日本に来てから確定的になったのを感じる。

 

『イブン』と呼ばれると、僕のことだと感じるのが自然になっていた。

 

そのことを改めて実感した。

 

「で、逆に興味がわいて、いろんな国の名前の研究とかを始めたんですよ」

 

「面白いな」

 

ゴローさんも興味を持ってくれたようだ。

 

手始めに日本の名称から勉強し始めた。

 

「日本では子供が生まれると、太郎とか次郎とか順番につけるんです」

 

今風ではないですけどね、と付け加える。

 

ゴローさんの表情が何やら楽しそうだ。

 

さて、ここからだ。

 

「でも上司が四郎だからって、部下が五郎だなんて話、聞いたこと無いですよね?」

 

兄弟じゃないんだから当然だ。

 

そう言って少し笑みを浮かべてみた。

 

ゴローさんも少し笑っていた。

 

「やっぱバレてたか、面白い」

 

この面白いというのはゴローさんの口癖だ。

 

「で、さっきの話の感想をまだ聞いてないんだが?」

 

ゴローさんの口調は完全に日本人になっていた。

 

やっぱりカタコト日本語は擬装だったんだ。

 

「そうですね。その彼女が浮気とかしなければそんな事にならなかったのでは?」

 

そもそも論で一応言ってみる。

 

「だがそれは発生した」

 

ホントにそうかな。

 

「誰かが変装して、その軍人さんを誤解させたって可能性もありますよね?」

 

ゴローさんは無反応。

 

続けて言う。

 

「自国から危険分子を排除したかったら、『なんでもアリ』なのが国家というシステムというのも学びました」

 

ゴローさんはもう笑っていなかった。

 

ここからが肝心だ。

 

「マジメで不器用な人だったんじゃないでしょうか?」

 

ゴローさんの目を見て続ける。

 

「祖国に疑問を持ち、恋人に裏切られたあと、唐突に現れた外国のお姫様に頼られ、手を携えていつか夢見た『良き国』を創るため旅に出る」

 

どういう経緯があったにしろ、その人は信念を持って行動していたと思う。

 

ゴローさんは呆れたようにこっちを見て、そのあと両手をあげて笑った。

 

「それだけ調べあげたのか、たいしたもんだ。それに、いつから気付いてたのやら」

 

そういって最後に残っていたビールを飲み干す。

 

「いっそ、こっちに来ないカ?」

 

首を横に振る。わかってるだろうに。

 

僕とゴローさんでは求めるもの、守るものが根本的に違う。

 

「どうしちゃったんです?」

 

「転勤だ」

 

横を向いてぶっきらぼうにそう言った。

 

見たことの無い、無表情なゴローさんだった。

 

「コンリンザイ、会うことは無いだろう」

 

もっと激務になるんだろうなと感じる。

 

だからって。

 

「部下のサポートに『ロクロー』を用意しておきたかったんだ」

 

あーそういうことか。

 

でもさ。

 

「ユキエさんのこと、ずいぶんと気にかけてるんですね」

 

ホントは個人名にしろ、コードネームにしろ、口に出さないのはマナーなんだろうけど。

 

今のユキエさんに生半可なサポート役は要らないと思う。

 

ちょっとオカシイほどの諜報員スキルだと感じる。

 

所々抜けてる部分が、計算じゃ無さそうなのが輪をかけてヤバイ。

 

アレが読めない。

 

「部下のことを気にかけるのは、当然だ」

 

ゴローさんが怪訝な顔をしている。

 

なるほど、この人にとってはまだ新米部下な感じなのか。

 

人の印象や評価ってのは千差万別か。

 

「昔、この業界に慣れた頃に、キャベツを買ったんだ」

 

この業界・・・買い物・・・暗語か。

 

若い女性を暗殺した?

 

ゴローさんが、ちらっとこちらを見る。

 

嫌な予感がした。

 

「子供連れのオンナ・・・あいつの母親だった」

 

やっぱりね。聞くんじゃなかった。

 

「何年かしてから再会したとき、すぐにあの時の子供だとわかった。マジでクソッタレな業界だと思ったもんさ」

 

のんきにタコヤキなんか焼いてやがったな、とかナントカしばらく愚痴に付き合った。

 

 

 

「さて、今日はこのあたりであがるか」

 

伝票を持ってゴローさんが席を立つ。

 

財布を出そうとすると、いいと言われる。

 

「ごちそうさまです」

 

いつものパターンだ。

 

「ここ数ヶ月、トモダチが出来たみたいで楽しかった」

 

ゴローさんからの、おもいもよらない言葉だった。

 

僕はとっくに、

 

「僕はとっくに友達だと思ってました」

 

思った瞬間に口に出ていた。

 

違うんですか?と表情に出してみる。

 

その時のゴローさんの顔はよくわからない表情だった。

 

驚いたような嬉しいような、見たことの無い微妙な顔で僕を見ていた。

 

そしてくるっと後ろを向いてしまう。

 

「じゃぁなイブン」

 

会計を済ますと、さっさと店を出て行く。

 

本当はもっと話したいことがたくさんあるんだ。

 

彼はそれを望んでないかもしれない。

 

ただ、伝えたい事は言う。

 

「もっといっぱい話したいことがあるよ・・・だから、またね!ゴローさん」

 

店を出てからゴローさんに声をかける。

 

金輪際会わないと言ったゴローさんに、

 

『またね』と伝えるのが、せいいっぱいだった。

 

ゴローさんは一瞬立ち止まった。

 

「イブン、親しいと思ってる相手でも、壁は背にしろヨ~」

 

でも振り返らずにそう言って、後ろ手を振る。

 

するすると人ごみにまぎれて行く。

 

その夜の街に消えていく背中が、イヌワシの影姿と重なって見えた。




今回一番難儀したのはサブタイトルです。

サキ分少なくて(ゼロで)すみません。

後書き長くなりそうなので割愛させて頂きます。

別途活動報告にて。

なお、ご意見、ご指摘、ご批判、ダメ出しなど、遠慮なくお寄せ下さい。



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襲撃の夜

都会に住んでる戦士は、襲われてナンボなお約束・・・Orz


新月の下、暗闇をさまよう。

 

銃弾を受けた体を抱え、片手で道脇のブロック壁を掴む。

 

足取りは重く、歩いてるというよりは引きずってるかんじ。

 

それでも、動かないといけないんだ。

 

街灯の少ない路地を選び、のろのろずるずると逃げ続けてきた。

 

バイトの帰りに急に襲撃を受けたんだ。

 

相手の数人を行動不能にしたと思うけど、こちらの弾は尽きていた。

 

だいたいなんだ、強弾装の拳銃で襲い掛かってきたヤツもいた。

 

おかげで防弾ベストの上から『アバラヲオリヤガル』

 

マジ痛い。

 

ぶっちゃけ、いま生きてるのも、追っ手をまいたのも奇跡的だ。

 

左手にはブロックの壁、右手には弾尽きたSIG。

 

ナックル代わりには使えるかな。

 

夜空は新月、歩く先にはゴミ置き場・・・か。

 

ふと思った。

 

うんゴミ置き場、いいかもしれない、あそこに隠れよう。

 

逃げるしかないと思ってあがいていたけど、どうも相手も僕を見失ってるようだ。

 

ゴミために近づくと、ネコがいて目があってしまった。

 

ここらの野良ネコだろうか。

 

どうしよう、騒がれるとまずい。

 

そうだ、こういうときは、まず挨拶だ。

 

「すみません、ちょっと事情がありまして、ここで休ませて頂きたいのですが」

 

ネコの目を見ながら、日本語で言ってみた。

 

後から考えるとだいぶテンパってたんだと思う。

 

ネコは訳知り顔でうなずいてくれた。

 

もしかしたら僕の気のせいかもしれない。

 

でもいいネコだ。

 

そのまま、くるっと壁の隙間へ消えていった。

 

そして僕はゴミために身をうずめた。

 

まぁ臭い。

 

そして妙な安堵感。

 

どうせ死ぬときはこんなもんだ、と思っていた。

 

その通りのカンジになっているのが、いっそ愉快だったのかもしれない。

 

が、せっかく彼か彼女か不明だけど、あのネコが譲ってくれたんだ。

 

生き延びることが出来たら、恩を返そう。

 

そう、サキにも。

 

それがそのとき、最初に頭にうかんだことだった。

 

父・・・そして、きょうだい達が後になってしまったことに申し訳ない思いを感じながら、意識はヤミの中に落ちていった。

 

 

 

川が流れている。いつもどおりだ、そりゃ川なんだから当然だ。

 

僕はその流れの中に立っていた。切り開いたジャングルの中。

 

ここはキャンプハキムの川の流れか。それにしては、なんだか冷たい気がする。

 

あの密林はもっと暖かかったはずだ。

 

ふと見るとランソンがいた。

 

上着を脱いで、川を渡ろうとしていた。いつもの水浴び準備だ。

 

それを見てイヌワシの子供たちが群がってくる。

 

ランソンが笑っている。きょうだい達を引き連れてゆっくり川に入り、対岸に渡り始める。

 

途中でみんなの頭を洗いながら、みんなから水をかけてもらいながらの、一種の渡航劇だ。

 

良き友オマルも、それをニコニコしながら見守っている。

 

対岸ではシャンプー大会になっていた。

 

実際使ってるのは石鹸だけど。石鹸は髪に使ってヘタに目に入ると痛いのに。

 

ランソンも子供達も泡だらけになっていた。

 

石鹸なんて高価なものだと思っていたけど、日本ではあり余ってるとか。

 

そしてみんなで手をつないで、川を渡りながら帰ってくる。

 

泡を洗い流しながら。

 

みんな笑っている。

 

そして戻ってきたらみんなでメシだ。

 

もう、ずっとこれでいいじゃないか。

 

そう思ったことがあった。

 

今でもそう感じた。

 

旅立つ前にカンナが言っていたことは、こういうことだったのかなとも思う。

 

だけど、対岸にはふたりが残っていた。

 

僕を見ている。

 

ニルファは黙って笑っていた。

 

ハキムも笑っていた。

 

そうだ、僕は守れなかった。

 

ごめんニルファ、ごめんハキム。

 

川の中から対岸に踏み出そうとした。

 

ニルファが両手をあげて振った。

 

ハキムは胸の前に右手あててから振った。申し訳なさそうに苦笑いした。

 

二人の周りに人が増えていた。

 

あれは、、、シェラル、カハリ。

 

ほかにも死んで行った仲間達。

 

不気味なほど冷たい川の中、どれだけ足を動かしても進まない。

 

イブン・・・なら・・・だいじょうぶ。

 

対岸からそう言われた。

 

 

 

「・・・イブン!大丈夫ですかっ?」

 

そんな声で意識を取り戻したようだった。

 

だいじょうぶ、だいじょうぶだ。

 

でも心臓がばくばくいっていた。体中が硬く冷たい。

 

「イブン!」

 

目の前にサキの顔があった。

 

泣きそうな顔で僕を見ている。

 

これは夢だろうか。

 

いや、違う。

 

新月のはずなのに月がある・・・てかありゃ街灯か。

 

「サキ・・・」

 

少し気がはっきりとしてくると、寒さが教えてくれる。

 

ここは暖かいジャングルじゃないのだと。

 

「もう!バカっなんでGPS切ったりするんですか!?」

 

そういって抱きついてきた。

 

僕はゴミの中なんだけど。

 

嬉しい。

 

「抱きしめられると、マジで痛い。折れてるから」

 

照れ隠しにそう言ってみる。痛いのはホントだけど。

 

サキがあわてる。

 

「今回はヤバいと感じたんだ。巻き込みたくなかった」

 

そう言い訳するして、抱き包んだ。

 

実際マジヤバだ。周囲を警戒する余力も無い。

 

多分、相手はそこらの傭兵じゃなく、専門的な訓練を受けた特殊部隊だ。

 

そして現実って凄いなと思った。唐突に色々な事がおこるんだ。

 

GPS切ったのになんでサキがここにいるんだろう。

 

目で問うと、すぐに答えてくれた。

 

「ユキさんに頼んだの」

 

あぁなるほどなと思った。

 

ユキさんのスキルなら、オンライン化されてる監視カメラなんてお手のものだろう。

 

でもいつの間に仲良くなったのやら。

 

それによく協力してくれたなと思う。

 

サキの表情もほっとしてから、少し陰りが見える。

 

「動けそうならセーフハウスに移動しましょう」

 

でも

 

「ダメだ。どうせ全て抑えられてる」

 

当然サキもわかっている。

 

「そうですね」

 

ちょっと哀しそうに笑った。

 

そしてもう一度優しく抱きついてきた。

 

合流できたけど、今回のパターンは詰んでる。

 

今は台風の目の中にいるようなもんだ。

 

「ユキさんの情報があったら、わかってだろう・・・何故来たんだ」

 

明らかに脱出・生還の目は薄い。

 

ユキににらまれた。ぷくっとしてる。

 

「命がけで来たんですよ、理由を聞くなんてヤボです」

 

叱られた。そして口をふさがれた。

 

正式に申し込む時に、こちらからする予定だったのに!

 

 

 

「それに・・・イブンだって同じ事するでしょ?」

 

しばらくしてからサキが言う。

 

ぐぅのねも出なかった。

 

お互いに抱き合いながら、この後どうなるかわかっている。

 

隠れているつもりでも、もうすぐ発見されて死ぬのだと。

 

仮に、どこをどう逃げても狩られて終わりだ。

 

このとき僕ひとりなら、どうしただろう。

 

でもほんの少しの抜け道を使えば・・・

 

「ジェルかポカリあるかい?」

 

行くなら即エネルギーが必要だ。

 

あります、とかいってサキがあわててパックを探っている。

 

「相手の調査が届いてない隠れ家に行こう」

 

そんなのあるわけがないとサキの目が言っている。

 

「最近、ゴローさんに貰ったんだ」

 

そうサキに伝える。

 

あの人には迷惑をかけるだろう。

 

でも二人で生きるために僕はその道を選んだ。




なんかお気に入り人数が増えていて、評価バーに色がついてたんで、嬉しくなって久々にやってみました。

「自分が納得できるまで書き直す」と「ここらでいいか」の間を行ったり来たりしてます。



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