書き殴り短編倉庫 (餓龍)
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『Nightmare of knightmare.』~~騎馬の悪夢~~(マブラヴ)

衝撃。

 

大きく吹き飛ばされ、カクテルシェイカーのように揺さぶられた身体の感覚が遠ざかる。

同時に目の前をよぎるのは、過去の情景。

 

何度も、何度も繰り返した地獄のような日々。

守りたいもののことごとくとひきかえに勝ち取った勝利。

そして、別離。

 

暗転。

 

再び戻ってきた自分の部屋。

そして、『あいつ』とのおかしな出会い。

 

暗転。

 

恩師により自分が残滓であると告げられ、それでも前を向いて歩き始めた。

『あいつ』のせいですごい騒動になったけど、結局一緒に協力してもらうことになった。

 

暗転。

 

『あいつ』により引き起こされる連日の騒動。

なぜか俺が対処のために駆けずり回ることになった。

 

暗転。

 

『あいつ』により告げられた事実。

その事実に俺は戸惑い、怒り、悲しみ。

……そして喜びに泣いた。

 

暗転。

 

『あいつ』によりもたらされた『力』と、世界の変化。

俺にとっての、いや世界にとっての『希望』。

そして……。

 

反転。

 

『…s………ta…………master!!』

「……ッすまねぇってうぉおおっ!? 」

 

目と鼻の先をよぎる『壁』にとっさに『身体』を下がらせ、『右腕』を掲げる。

同時に撃ち放たれた暴力が『壁』……突撃級の軟らかい背後を抉り、沈黙させた。

 

「どんぐらい気絶してた?」

『5 seconds. Strategy final stage. Be steady.』

「ははっわりぃ、もう大丈夫だ!」

 

ふわりと『身体』を……戦術機『武御雷』を躍らせるようにして要塞級の上に着地し、すぐさま跳躍噴射で前へと跳ぶ。

『相棒』が視界の端に表示したデータによれば、さきほどよけそこなった要塞級の触手は胸部装甲を掠めただけで損傷は塗料がはげた程度だったらしい。

その程度の衝撃で一瞬とはいえ気絶するとは、相当疲労がたまっているようだった。

 

「目標までは!?」

『Even targets are 20 another kilos.』

「よしっ。 こちら『SB 1』、さぁあと一息だっ!!」

『『『了解ッ!!』』』

 

大きく息を吸い、叫ぶ。

同時に再度スロットルを全開に叩き込み、突撃砲をばら撒いた。

すさまじい数のBETAをすり抜け、奥へ奥へと。

目標を……『あ号標的』を目指して。

 

 

 

 

 

『Nightmare of knightmare.』~~騎馬の悪夢~~

 

 

 

 

 

俺は死んだ。

 

 

トラックにはねられて死に、神様とやらにあい、能力をもらって創作物の世界におくりこまれた。

 

 

正直にいえばあまりにもテンプレすぎていまだに実感がない。

 

神の娯楽のためだけに死んだと聞かされた時はさすがに怒ったが、現金なことに好きな能力をやるといわれたらいかにして能力を使って楽しむかに興味はうつっていた。

 

 

だからなのだろうか、これは。

 

 

俺みたいなやつを選んで玩具にしたのはわかる。 わかるんだが……。

 

 

こりゃないだろ、神様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思えば、前兆はあったのだ。

 

 

 

「おいおい、マジかよ……。」

 

 

 

たとえもう二度とループしないとしても、平和な日常に帰れなくてもいい。

 

今度こそ誰も死ななくていいように。 皆の笑顔を護るために俺はこの地獄のほうがましな世界に戻ってきた。

 

廃墟となった故郷と、巨大なロボット……『撃震』という戦術機におしつぶされた幼なじみの純夏の家。

 

ループするたびに見てきたその光景は、ただ一ヶ所のみが強烈な違和感をはなっていた。

 

仰向けの状態で大破し、もう二度と動かないはずの撃震がなぜか外部スピーカーからノイズを流していたのだ。

 

すぐにふたたび沈黙したので接触不良だろうということにして先を急いでいた、のだが。

 

その後も足音がひとつ増えたり視界の端に人影がみえたり割れ残ったガラス窓に顔がうつっていたりどう考えても人がはいらない隙間から細い手が手招きしていたりしたが極力無視し(再確認したら消えていたし……)、なんとか基地にたどりついたのに。

 

 

 

「ひはひ、ひゅへひゃなひ。」

 

 

 

頬をつねっても、なんど目をこすってもかわらないその非現実的な光景に、乾いた笑いしかでてこない。

 

横浜基地の正門に到着した俺をまっていたのは、唐突に響きわたった警報の音と殺気だった喧騒、混乱する門兵。

 

そして。

 

 

 

『sIロがnェタKEる』

 

「なにいってんのかわかんねぇよ……。」

 

 

 

格納庫から文字通り飛びだし、目の前でひざまづく戦術機『武御雷』の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神が俺に要求したのは、『『白銀 武』とその周囲の幸福』。

 

なんでも『ハマったがあまりにもあまりな結末なので、Happy Endを見たいから』だそうな。

 

そのために世界をひとつ作ったというんだから、あきれるしかない。

 

そして俺が神に要求したのは、『戦術機を自由自在に動かせ、決して傷つくことのなくなる』能力。

 

たしかに間違いなく願いはかなっている。

かなってはいるのだが……。

 

 

 

(たしかに戦術機を触れもせずに自在に操れてるし、この身体なら傷つくどころか触れることすらできないだろうさ。 けどなぁ……。)

 

 

 

武御雷の頭のよこに『浮かぶ』、『誰にも見えない』身体で眼下の白銀をみおろす。

 

そう、奴をその周囲の『半透明な』奴等ごと幸福にしてやればいいんだ。 やってやる、やってやるさっ!!

武御雷に両腕をひろげさせ、でっちあげた音声ソフトで叫ばせる。

 

さっそく原作崩壊なこんな状況にした事を後悔しながら。

 

 

 

『Welcome to Nightmare!!』

 

 

 

……あ。

日本語にすればよかった……。

 

 




実はこれ、プロットまでしか書いてない小説アイディアのメモ書きの中で、最初に主人公を亡霊にしたもの。
短編として書いたのもこれが最初で、ゲートの亡霊を書いたのもアニメを見て亡霊主人公ほうり込んだら楽しそうだなーと考えたのがきっかけという。

ゲート亡霊はまだかかりそうです。
降霊術とかなぁにそれぇ。
これ、本格的に主人公を地球側出身の神にしないと抵抗もできないんですがそれは……。
陰陽師とかの設定持ってきて、亡霊→鬼→鬼神にすればいけるかな?


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魔狼と機女(ナイツ&マジック)

とりま書けたので投稿してみる。

なお、一番最初に思い付いたのは『幻晶騎士の技術を応用すれば高性能な義肢作れるよね』でした。
そんで色々考えてくっつけてしていったらこんなんなってましたw

あ、続く予定は今んとこありませぬ。


 黒い狼が駆けてゆく。

 

  花弁を舞い上げる風を纏い、幼い少女を背に乗せて。

 

 

 大木の虚から雨の降り続ける外を見る。

 

  その背に暖かな鼓動を感じて。

 

 

 やがて訪れる別れの時を知る。

 

  いつかの再会を夢見て。

 

 

   衝撃。

 

 

「(……ぁ……あれ、なにしてたっけ……?)」

 

 

 強い衝撃に揺さぶられ、意識を取り戻した彼女はぼうっとする頭で現状の把握を始める。

 

 

「(たしか野外演習で、魔獣が押し寄せてきて、それで、あぁ……)」

 

 

 記憶を振り返り、頭に当てようとした右腕が動かないことに気づき。

 すべてを思い出した。

 

 押し寄せる魔獣の大群。

 

  襲来する山のように巨大な師団級魔獣ベヘモス。

 

   皆が逃げる時間を稼ぐための絶望的な遅滞戦闘。

 

    人形のように叩き潰される級友の幻晶騎士。

 

     そして壁のように迫る巨大な尾の姿。

 

      衝撃。 激しく振り回される身体。 激痛。 暗転。

 

 

「(そっか……これじゃあもう無理、かなぁ……)」

 

 

 右腕は肘から先が内壁から飛び出した金属部品に押しつぶされ。

 左腕も折れているのだろう、歪にぐにゃりと曲がっている。

 両足も全身に力が入らないので確認できないが、しっかり紐を締めたはずの編み上げ靴が片方視界に入っているということは、膝で千切れでもしたのだろうか。

 すでに痛みはなく。 感じるのは全身を焼くような熱と、喪失感を伴う悪寒。

 耳鳴りがひどく、戦闘の轟音ですらほとんど聞こえない。

 右目は見えず、赤く染まった左の視界に映るのは未だに生きているのが不思議なほどに自分の命の液体で染め上げられた鉄屑の空洞(操縦席)

 

 

「(みんな、大丈夫っ、かなぁ。 エドガー、むりしないといぃ……なぁ……)」

 

 

 ひしゃげて中途半端に開いた装甲の隙間から差し込む光に眼を細め、その先の光景を想う。

 

 願わくば、密かな想い人が生き残れますように。

 

 どこまでも落下していくような錯覚に襲われ、意識が落ちる直前に最後に見たもの。

 それは夜明けの陽光を背に立つ、黒銀の巨狼の背だった。

 

 

 

 

 

「すごいすごいすごい! あんな魔獣がいたなんて!! なぜロボットではないのか、実にもったいない!」

「意味が分からない! が、今は戦いに集中してくれ! うおぉぇええええ!?」

 

 

 エルネスティ・エチェバルリアがその魔獣と出会ったのは、逃亡した先輩からグウェールを『借りて』ベヘモスと対峙したときであった。

 幻晶騎士の膝を越えるほどの巨体。 その体躯を覆う黒銀の毛並みを、纏う轟風に靡かせ。 自身の駆る幻晶騎士すら上回る速度でベヘモスを翻弄する、その狼のような魔獣の姿にエルは一瞬視線を奪われ。

 その直後、当然のように戦闘へと参加した。

 手を変え品を変えて戦い、途中目を覚ました先輩であるディートリヒから指摘されて倒された幻晶騎士の剣を拾うことで剣の消耗に対処し。

 狼の魔獣はその隙を補うように駆け抜け、ベヘモスの注意がエルのグウェールに向きすぎないよう翻弄し。

 今は到着した騎士団にベヘモスの相手を任せ、減りすぎたマナ・プールを回復するべく小休止中である。

 騎士団の到着と同時に姿を消した狼の魔獣に思いを巡らせつつ、エルは騎士団の攻撃を観戦する。

 しかし直後に発生する惨劇に、エルは狼の魔獣についての考察を止めざるを得なかった。

 躊躇なく思考を打ち切り、忘却してこれからに集中する。

 

 エルは再びこの狼の魔獣に遭遇するのは、そう遠い未来ではないと根拠もなく確信していたのだから。

 

 

「(強敵を相手に、突然現れた正体不明機との一時的な共闘! 再会しないはずがありませんし!)」

 

 

 

 

 

「(無茶しすぎたなぁ……。 これ、もう駄目かもしれん)」

 

 

 戦場より離脱し、安全そうな場所で寄り添う子供達に心配されながらふと思う。

 全身怪我だらけではあるが、やはり左前足が一番酷い。

 でっかい亀との戦闘でしくじった結果、やられた左前足はズタズタに切り裂かれ、関節がいくつか増えていた。

 これまでは自分が魔法と呼んでいる力で押さえ込んでいたが、魔力っぽい力が足りなくなったせいで魔法は途切れ。 止めどない出血が始まっている。

 

 

「(でもまぁ、無茶した甲斐はあったかな。 あの娘も予断は許さなそうだけど、助かりそうだったし)」

 

 

 大木の根本に寄りかかるように伏せる。

 とりあえず左前足の根本付近を咬んで止血を試みつつ思うのは、騎士ロボットから人間達に助け出されていた女の子の事。

 この世界に人外転生らしきものをしたばかりの頃、群に馴染めずに頻繁に人里近くへ近づいていた際に出会った幼い少女。

 結局短い期間しか一緒にはいられなかったが、あの経験は人間との生存競争ではなく、共存を目指すことへのモチベーションになっていた。

 大きすぎる亀の化け物から退避する途中で再会することになるとは、おまけに気の弱い子だったあの子が亀の化け物から仲間を逃がすために戦いを挑む姿を見ることになるとは思いもしなかったが。

 妙に覚えのある匂いがするなぁと思えば、成長したあの子登場である。

 正直自分の前世が人間でなければ、今生が嗅覚の発達した生物でなければ。 成長による容姿の変化で気づけなかったやもしれん。

 まぁ、あの子であると判断した一番の決め手は俺がつけてしまった顔の傷跡なんですがね!

 

 

「(さぁて、これからどうするか。 さすがにこの傷では群の長を続けるわけにもいかんし、隠居かな)」

 

 

 番にはもう寿命で先立たれているし、もうすぐ孫が生まれるし。

 息子も突然変異な自分ほどではないが立派な体格で、長の後継にはふさわしいだろう。

 流石に頑丈な今世の身体でも脚が一本もげかけるほどの傷はこたえるのか、意識が薄れていくのを感じる。

 これからを思案しつつ、俺は子供達に囲まれて意識を落とした。

 

 

 

 

 

 『フレメヴィーラ王国』。

 

 魔獣蔓延る『ボキュース大森海』と接する唯一の国であり。

 必然的にもっとも長く魔獣との争い……、いや生存競争を続けている国である。

 そんな魔獣を敵視する風土の中で近年、とある噂が囁かれていた。

 

 

  曰く、その魔獣は人を襲わない。

 

 種類にもよるが、基本的に魔獣は人を『狩りやすく、数の多い獲物』としてみている。

 生活領域が重ならないが故に疑似共存している魔獣はいても、犬と人のように互いに共存関係を築いた魔獣はこれまでにいなかった。

 ところがその魔獣は生活領域が重なっているにも関わらず、人と出会っても襲わない。 否、無視しているのだ。

 むしろ、人を餌にすべく他の魔獣が襲いかかるのを利用し。 その魔獣を狩っている節すら見られている。

 

 

  曰く、その魔獣はこれまでに確認されたどの魔獣とも異なる姿をしている。

 

 これまでに目撃されたその魔獣の外見は、『黒銀の体毛に白銀の文様。 幌馬車を超えるほどの体高を持つ巨狼であり、嵐のような轟風を纏っている』というもの。

 狼のような姿で風を操る、『暴風狼』(ストームウルフ)という馬ほどの体格と灰色の毛皮を持つ魔獣がおり。 それを十数匹引き連れて行動しているという目撃証言もあることから『暴風狼』の突然変異なのでは? と考察されているものの、特定の領域にとどまらず移動し続けるという特性からその生態は謎が多い。

 

 

  曰く、その魔獣は体格からは考えられないほどの戦闘能力を持つ。

 

 戦闘能力は、確認されているだけでも『遭遇した幻晶騎士から逃げ切る速度』を持ち。 『強化魔法の適用された幻晶騎士の装甲を破壊した』力を持つ、決闘級であるとされている。

 さらには目撃された近くで綺麗に食い尽くされた決闘級魔獣の残骸が発見されることが多いことから、日常的に決闘級魔獣を狩っているのだろう。

 

 

 そして、そんな魔獣である巨狼は今。

 

 

「おぉ!! 大きいですね! そして本当に襲いかかってきません! すごいすごい、あのときみたのをこんなに近くで見れるとは思いませんでした! 本当になぜその毛並みが装甲でないのか、変形しないのかが悔やまれる……!!」

「エル君ー!? 戻ってきてぇー!! 魔獣が装甲纏ってたりしたら大変でしょー!!」

「そうじゃねぇだろう……」

「グルル……」

 

 

 ライヒアラ騎繰士学園を中心に発展した町、ライヒアラ学園街。

 その郊外の森にて目撃された巨狼。 しかし、これまでのことから警戒はされど積極的な討伐は行われなかった。

 なにしろ人間には手を出さず、むしろ周辺の魔獣を餌として狩るため一時的に魔獣被害が減少するのである。

 警戒態勢を強化し、刺激しない範囲で動向を調査するにとどまっていた。

 

 が。

 

 そこは暴走特急エルネスティ。

 損傷が比較的軽微だったためにすでに修復の完了していた学園の幻晶騎士を従え(なお単独で突撃しようとするのを周囲が押さえた結果)、目撃情報から次に出現する可能性の高いポイントを割り出すと『開発中の新型騎の野外動作試験』の名目で突撃したのだった。

 

 なお一発で接触に成功した模様。

 

 確率すらねじ伏せる恐ろしい執念である。

 

 

「よし、連れて帰りましょう!」

「「はぁ!?」」

 

 

 そして突拍子もなさすぎる発言である。

 大騒ぎになる人間達を横目に、巨狼は左前脚を失っているとは思えない動きで森へと姿を消すのだった。



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深海より(アズレン 艦これ)

リハビリ中ー。


 

「どうした、不知火?」

「……いえ、何でもございませぬ。 おそらく聞き間違いにございましょう……」

 

 

  その始まりは、小さな違和感から始まった。

 

 

「最近、霧が多いよねー。 服がびしょびしょ!」

「だよねぇ。 あ、そういえば霧の中を突っ切ろうとした艦隊が迷子になったんだってー」

「えぇー? 新人さん?」

「うぅん、ベテランの偵察艦隊だって。 レーダーが使えなくなって、羅針盤もぐるぐる回ってたんだってさー」

 

 

  違和感はやがて実害をもたらす異変へと至り、調査が行われ。

 

 

「今のところ霧の発生する海域に共通点はみられませんね。 ただ、本来であれば霧の発生しづらい海域にも発生していることから、やはり通常の霧とは違うものと思われます」

「霧内部では磁場の乱れを観測しました。 周波数や強度が大きく変動しており発信源が特定できず、なおかつ通常の電磁シールド等が効果を発揮しないことからやはり自然現象ではないと思われます」

「霧そのものを構成しているのは自然現象の場合と同じ水分である事が判明しています。 しかし同種の霧と遭遇した艦隊群の一部が、霧内部に突入したにも関わらず湿気を感じず、制服が濡れていないという報告をあげています」

 

 

  それは深淵へと刺激を与え、そして。

 

 

《メーデー、メーデー、メーデー!! こちら第6偵察艦隊! 現在正体不明の怪物に襲撃を受けている! すでに主力艦隊は旗艦大破、他轟沈の壊滅状態……! 前衛艦隊との連絡も途絶、直前の無線内容から主力艦隊と同じく『出所不明の航空爆撃と雷撃』にやられたと思われる! 我々の航空偵察及びレーダーは霧によって、くそっ敵機直じょ》

《なんなのこいつ、いきなり海中から飛び出してくるなんてっ! 放しなさいっその腕はわたしのなのよ、タベないで、かえしなさいよ、それはタイセツなのよ、アイツからもらった、たいせつな……》

《あああぁあぁあああぁあぁぁぁぁあああああ!! おねぇちゃんをっ、返せぇぇえええ!!!!》

《バカじゃないのか!? こいつら腕吹き飛ばそうが下半身なくなろうがおかまいなしとか、B級ホラーじゃないんだよ、沈めぇっ!》

《これは荒御霊かっ!? これほどのものがなぜ、おのれ拙者は祈祷の業は不得手なのだぞ!》

《多すぎるキリがないっ! もう弾薬ないぞ!?》

 

 

  溢れた。

 

 

 ソレは本来この世界には存在しない、できないモノだった。

 しかし闘争を、その果てを求める者達によって観測され、招かれて。

 この世界へと訪れてしまった。

 認識されてしまった。

 現れてしまった。

 彼等は。

 

 彼等は深海に棲まいしモノ。

 母なる生命の海に沈み、澱となりて淀みし『生命だったもの』。

 その負の側面。

 無念、諦観、憎悪、嫌悪、敵愾心、軽蔑、復讐心。

 負の情念を糧とし、生ある者を羨望するモノ。

 深海に棲まう艦。

 

 深海棲艦。

 

 

「なんで、なんでこんなことに……!?」

 

 

 暗い部屋の中、彼は頭を抱えて椅子に座り込んでいた。

 彼は俗に言う転生者。 深海棲艦が敵として登場するブラウザゲーム『艦隊これくしょん』の存在する世界から、神などの存在を介さずにこのソーシャルゲーム『アズールレーン』の世界へと転生している。

 しかし彼は『指揮官』としての才能を持てず、戦場での生死をかけた戦いに身を投じる勇気を持つこともできず。

 ただの一般人として、銃後にて生活をしていたはずだったが。

 

 ずるり、ごつん。 ずるり、ごつん。

 

 大きく、長大なモノが這いずり。 堅く、重い蹄が床に叩きつけられる音が響く。

 彼はその音に顔を上げ。 怯え、絶望に満ちた表情を浮かべる。

 その音は、彼の死に神の足音そのもの。

 まがりなりにも手にした平穏を奪い、この場所へ、『大洋の孤島(鎮守府)』へと連れてきた絶望の具現。

 

 

『たダいま、テイトク』

 

 

 太く、長大な尾の先端に強力な砲塔を備えた鋼の顎。

 血の気が感じられないほど青白く、海棲哺乳類のような質感の肌。

 黒い革のようなビキニとレインコートを身に纏い、その背に雑嚢を背負い。

 灼けた骨のような灰白色の頭髪。

 その下から覗く、凝固した血塊のような朱い瞳と、左目を覆う蒼白の焔のような燐光。

 

 彼の知る中で一番の『最凶』。

 『最強の量産型』、『最悪の道中敵』。

 

 

「戦艦っ、レ級……!!」

 

 

 こちらを覗くその表情が歪み、口元が裂けるようにつり上がり。

 『絶望』がワラッタ。



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この素晴らしい世界で神殿建築を!
この素晴らしい世界で神殿建築を!


今年の仕事納めでようやく時間できた勢いで今書きたいの頭空っぽにして書き殴ってみた。
亡霊のほうも書きますのでしばらくお待ちを!


 

 神様転生。

 

 二次創作ではよくある設定であり。 お手軽に現代日本出身の主人公に、好きなチート能力を持たせて好きな原作世界へ放り込むことができる使い古された設定の一つである。

 そしてたいていの場合、転生に関わった神は転生後には関わってこない。

 まぁ主人公を転生させた神なんてのが転生以降も出しゃばってきたら、主人公に俺ツエーをさせづらいからな。

 なぜいきなりこんなことを言い始めたかと言えば、俺自身が神様転生をする羽目になったからだ。

 

 残業続きで風邪こじらせて死んで。

 

 なんか白いとこにきたとおもったら自称女神に26なのにおっさんよばわりされ。

 

 呼び出しちゃったからには仕方ないとかで異世界への転生を勧められ。

 

 転生特典でゲームのマインクラフトの能力を求めたら、「知らないけど適当に主人公の能力でいいわよね」とか言われ。

 

 説明しようとしたら「そんじゃいってらっしゃーい! あっ……」とかいう超不安になる言葉とともに送り出され。

 

 VR機器でやるマイクラのようなブロックな視界に、現実世界のようなブロックではないその他の感覚とかいう違和感だらけの世界で目を覚まし。

 

 四肢は曲げられず、動かせるのが首と肩と股関節のみで、横になるどころか座ることもできず会釈が限界、どんなにあがこうが不思議な力で倒れることもできず直立のまま。

 地面を殴るには手が届かず、木を殴れば拳が壊れ、葉ブロックを殴ってもわさわさするだけで壊せず。

 マイクラのポリゴンなmobウサギが登場したかなと思えば即死。

 激痛とともに死んだと思ったら最初の場所にリスポーン。

 ひとまず村を探して移動中に透明な何かに襲われて喰い殺され。

 本来中立のはずのmobのポリゴンな狼の群に襲われて殺され。

 こちらも中立mobのはずのポリゴンなシロクマに殴り殺され。

 何度もリスポンしてたらリスポン地点に敵がいてリスキルされ。

 何度もリスキルされてたら自分の死体が残っていることに気づいたりして。

 

 死んで、死んで、また死んで。

 

 何回死んだかもわからなくなったところで放り込まれた白い空間に女性が現れたら、殺そうと襲いかかっても仕方ないと思うんだ。

 

「でもそれと貴女に殴りかかったのは違うよなぁ。 本当に、すまなかった」

「いえ、こちらの不手際がそもそもの原因なのです。 それに貴方の魂を変質させてしまった影響で、このような状態にしてしまったのですから謝罪すべきは私たちの側です」

 

 しっかりと姿勢を正して最敬礼で女神エリスに謝罪すれば、今回についてなにも悪くない彼女はこちらが申し訳なくなるような表情で謝罪を返してくれた。

 転生先の世界で死後の魂を管理している、幸運の女神である彼女の説明によると。

 俺はマイクラでのプレイヤーが持つ能力だけを与えられ、マイクラ世界の法則をこの世界に適応する能力は与えられていなかったらしい。

 そのため色々とこの世界に対応しておらずなにもできなくなり、そのくせプレイヤー特権なリスポン能力は有効だったせいで完全に死ぬこともできずに延々とモンスターにリスキルされ続けていたようなのだ。

 またその影響で魂が変質したとか何とかで歳をとれなくなったり、定着してしまったリスポン能力で普通には死ねなくなってしまったらしい。

 

「でも貴女はアレとは違い、真摯に対応してくれた上にしっかりと今後についての対応もしていただける。 そのうえこうしてあの無能のかわりに、ただの人間に対して頭を下げての謝罪までしていただける。 貴女こそが本当の女神というものなのでしょうね……」

「そんな、当然のことをしたまでです(あれ? この人みたいな感じの目、どこかでみた気がする……)」

 

 死んでいるのに生き返る、というのは蘇生魔法的なものがあるので珍しくないらしいのだが。

 極短時間に、しかもとんでもない回数死んで生き返ってを繰り返す魂にさすがに不審に思い調べてみた結果。 俺のことを発見したようだ。

 俺をこの空間へ呼び出してからの振る舞いはまさに慈悲深き神。

 反射的に殴りかかった俺を止め、錯乱から落ち着くまでその胸で抱きしめ。 吐き出すすべてを受け止めてくださった。

 まさにあの自称女神とは比べることすらおこがましいほどの慈母神である。

 さらには奴に人ですらなくされた俺に、あの世界で人としていきられるように本来与えられるはずだった力まで与えてくださったのだ。

 生前は日本特有の無節操な無宗教(どの宗教の神も同等に扱う的な意味で)だったが、この世界ではエリス様をこそ信仰しようと思う。

 

 その後、俺に与えられた能力や俺自身の現状について。 そしてこの世界についての大まかなことを教えていただき。

 微笑みとともに再びあの世界へと送り出していただけた。

 ふわりとあの方の懐のようにやさしくこの身を包む力を感じながら、俺は決意する。

 今度こそ、あの方に恥じぬような生をおくろうと。

 

 不肖この倉太 舞人。

 この世界にエリス様のすばらしさを伝えるため、至高の神殿を建築する所存である。

 

 まずはリスポーン地点を中心とした拠点からだな。

 そのためには作業台から始めねば。

 忙しくなるな!

 

 

 

 

 

 送り出した彼が消えた場所をみて、彼女は思いだした。

 あ。 あの眼は狂信者の眼だ、と。




この後は一話ごとに前半主人公の日記、後半周囲のキャラ視点で主人公の様子という感じで進むのはどうだろうか。
んで、エリス神殿を建築するためにマイクラ能力で土木工事に精を出しつつ、サキュバスの夢をクリエイトモード代わりに使い、アクアを確実に殺す機会をうかがい、デュラハンを岩盤落とし穴からの溶岩&水バケツ投入で確殺し。
な感じで進む御話なんてどうでしょう?


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2 検証中(街中編)

入院中に暇すぎて書き殴っていたものをいくつか投稿しまする。
精神状態もろにでているので、文章がやばい感じです。


 

  w月 r日 晴れ

 

 やっと発作を押さえられるようになったため、記録とリハビリをかねて日記を付けていこうと思う。

 アレにこの世界に落とされてから、今日でだいたい一月ぐらいだとクリスに教えてもらった。

 とりあえずこれまでについてをまとめると、

 

 ・死亡、アレにこの世界に落とされる。

 ・モンスターが跋扈する森のど真ん中にリスポーン。

  色々中途半端なせいでリスキル祭り。

 ・エリス様に救い上げていただく。

  能力等を正常化し、様々なことを教えていただいて送り出して貰う。

 ・リスポから一番近くの人里であるアクセルに出現。

  直後にトラウマの発作で行動不能になったのを、エリス様からの神託を受けたというクリスに助けて貰う。

 ・アクセルの街のエリス教会に保護していただく。

  発作がある程度落ち着くまで一週間ほどかかる。

 ・ギルドにて冒険者登録をし、冒険者カードを作ることで職業『クラフター』を取得。

  ステータスの補正で精神的に超人になった模様。

  以降、発作は起きていない。

 

 といった感じである。

 クリスに助けて貰わなければ発作の過呼吸で死んでいたかもしれないし、エリス教の教会に受け入れて貰わなければまともに会話すらできなかった自分はのたれ死んでいただろうし。

 やはりエリス様は素晴らしい。

 素晴らしいとしか表現できない自分の語彙力の低さが恨めしい。

 明日は能力の検証だ。

 

 

  f月 l日 晴れ時々曇り

 

 今日は一日、クリスに手伝って貰っての能力検証で終わった。

 まだまだ検証は続けるけど、現在判明していることは、

 

 ・基本的に道具やアイテムは片手持ちであり、『石の剣』を両手持ちでガード体制を取ることができ、クラフト画面がレシピ選択式だったことからおそらくConsole Editionであるとおもわれる。

  ただし現実準拠の影響か、ブロックの設置や破壊などのマイクラ能力を発揮できないが利き腕の右手とは逆に持つことはできる模様。

  おそらく利き腕とは逆では装備していることになっていないと思われる。

  なお取り落とした『石の剣』が深く地面に刺さるなど、利き腕とは逆でも道具の重量軽減等は変わらない模様。

 ・クラフター能力は全て使用時に魔力を消費する模様。

  消費量については要検証。

  スキルは職業取得時にすでに専用の物を取得済みで、新しく取得することはおそらくできない。

 ・怪我の回復に体力ゲージを消費する模様。

  ちょっとした切り傷や痣なら一瞬で治癒した。

  腕や指の切断による欠損、重傷はどうなるか不明。

 ・消費した魔力や体力ゲージの回復に空腹ゲージが消費される模様。

  限界まで空腹ゲージを減らしたところ、飢餓感でほとんど頭が回らなくなっていた。

  できるだけ満腹状態を保つ必要あり。

 ・インベントリやクラフト画面、体力ゲージに空腹ゲージなども普段は見えないが意識すればみえる(他人には見えない)。

  ソレ等の操作も意識すればできるが、インベントリなどで視界を遮られるのはゲームと変わらない模様。

 ・物を壊す、もしくは手に持った状態で空中に向かって仕舞おうとすればアイテム化する。

  アイテム化できるのはマイクラに登場するものだけで(要検証)、アイテム化した物は自分にしか触れられない。

  また、一立方メートル未満の物は複数取得することで自動的に一立方メートル、つまり1ブロックにまとめられる模様。

 ・ブロックへの干渉、及び設置は5m先まで届く模様。

  要検証。

 ・設置したブロックは設置直後から現実世界の法則に従う。

  例:『丸石』を縦に積んだところ、1つめの段階で『丸石』を構成する丸石がバラバラになって崩れ落ちた。

    『石レンガ』なども、設置後はレンガ一つ一つで分解可能。

 ・隣接させると繋がって見えるブロックは、隣接させると継ぎ目のない一つの物体になる。

  例:『石』をT字型に設置したところ、継ぎ目のないT字型の一つの岩になった。

 ・アイテム化した時点で重さがほぼなくなるが、ブロックは設置した時点で、道具は手元に出現させた時点で重さを取り戻す。

  後述するが、クラフトするととんでもない重量になる物が多いので注意。

 ・アイテムを加工するクラフトについては、レシピは今のところマイクラのバニラと変わらない(要検証)。

  そしてアイテム化していないとクラフトできない。

 ・マイクラ的能力を発揮するためには、使用する道具もマイクラ能力で制作したものでなければならない(要検証)。

  例:販売されているつるはしでは石を採掘できず、アイテムの『丸石』にできなかった。

 ・制作物の重量は、素材の重量の合計になる模様(要検証)。

  例:『作業台』の時点で土にめり込む重量であり、『丸石』8つを使用する『かまど』にいたっては石畳を圧壊させていた。

    『石つるはし』も他人が持ち上げられる重量ではないようだ。

 ・クラフトした制作物もマイクラ能力を備えている(要検証)。

  ただし、クラフターの自分しか使えないようだ(要検証)。

  例:『作業台』、『かまど』、『チェスト』はマイクラのまま。

 

 現在判明しているのはこのぐらいか。

 明日は街の外でできる検証だ。

 モンスターの討伐も含んでいるので、かなり不安だがまぁ大丈夫だろう。

 早めに寝ることとする。

 

 

 

 

 

「あぁもう、ほんと先輩なにやらかしちゃってるのさぁ。 私じゃこれ以上はかばえないよ……」

 

 エリス教の教会、その礼拝堂にて。

 盗賊少女クリスに姿を変えた幸運の女神エリスは、ここ最近つきっきりで面倒を見ている一人の青年の現状に頭を抱えていた。

 本来、神は人間に過度の干渉をしてはいけないのだが。 自身の先輩ともいうべき女神である、水の女神アクアのやらかした失敗そのものの青年のために奔走する羽目になっている。

 なにしろ本来転生候補ではなかった青年が手違いでアクアの元に送られた際に、面倒だからとそのまま転生させるという暴挙をおこなったのだ。

 さらにはアクアは本来あり得てはいけない、転生特典として与えてはいけない『死んでも何度でも生き返る』能力を青年に与えてしまっている。

 

 しかも神器という形ではなく、その魂に直接くっつける形で。

 

 ここで通常の転生のように、どこかの街に転生していればそう簡単に死ぬことはなく。

 世界に適合し切れていない転生特典が違和感となってエリスに伝わることでその存在を知ることができただろうし、転生特典の修正もできただろう。

 ところが青年が転生して降り立ったのは街の近くとはいえ森の中、モンスターの生息する領域。

 世界に適合し切れていない転生特典がまき散らす違和感がモンスターを刺激し、排除しようと青年を執拗に狙い続けた。

 結果、転生特典は魂と完全に融合し。 青年はまともな方法では死ねなくなってしまったのだ。

 これらは当然大問題であり、エリスはアクアへと連絡を取ろうとしたがなぜか連絡が取れず。

 仕方なしにこうして青年へのアフターケアをしているのだが。

 

 

「この子かんっぜんに心が壊れちゃってるじゃないか……! ステータスの補正でなんとか取り繕ってるけど、このままじゃ下手をすれば魔王よりもやっかいな人類種の敵になっちゃうかもしれないとか!」

 

 

 何度も何度もモンスターに殺され、絶望に魂すら砕かれたところに転生特典による復活で魂が転生特典と融合して変質し。

 その肉体も死のトラウマによって常に死に続けており、転生特典によって維持されている。

 精神にいたってはアクアへの極まった憎悪を軸に、僅かに残った善性をくっつけているようなものだ。

 エリスの努力によってなんとか人らしく行動するようになっているだけであり、ふとした拍子に狂気を覗かせている。

 ちょっとしたきっかけで平然と人を虐殺し始めてもおかしくないくらいに。

 そう。

 

 アクアを信仰するアクシズ教徒がこの世界から減れば、アクアの力が減衰するなんて知られたら……。

 冷徹に、理性的に、狂気的に、効率よく、衝動的に。

 青年は全身全霊を以てアクシズ教をこの世界から駆逐しようとするだろう。

 それこそアクシズ教の総本山であるアルカレンティアの地下に大空洞を掘り、崩落させるなどしてアルカレンティアそのものを地図から消し去りかねない。

 そしてそれを何度でも繰り返す。 アクシズ教徒が多くいる場所全てで。

 その地に生きる者達全てを、『必要な犠牲』として何の感慨も躊躇もなく巻き込んで。

 

 本来で在れば、この世界の人間では殺しきれない青年は女神である自身がこの世界から排除すべきなのだ。

 しかしそれは、魂と転生特典が分離できないほど癒着してしまった青年の魂を、『女神の過ちの権化』を見捨てて完全に消滅させることを意味する。

 かといって行き過ぎた狂気で正気に見えるほど壊れた青年では、他の世界に送ったり、封印したり記憶を書き換えたりといったことには精神も魂も耐えられない。

 つまりこの青年に対して女神たるエリス自身ができることは、信仰の象徴になる以外ほぼなにもないのだ。

 ゆえにせめて人間としての姿であるクリスとなって、人間にできる範囲で手助けしていこうとしたのだが。

 

 

「いやほんとなんてものを特典にしちゃったのよ。 魂への影響を最小限に押さえられるぎりぎりまで世界との整合性をとってるのに、あれは……。 一体元はどんなゲームだったのか……」

 

 

 拳で岩を、木を、大地を壊して消失するように取り込み。

 取り込んだ物体を一辺1mのサイコロ状ブロックに変換して設置し。

 全力疾走しながら1m以上の高さまで跳躍し。

 7.5t以上の重量があるツルハシや斧を小枝のように振るい。

 材料こそ必要だが様々な物を一瞬で加工する。

 

 エリスにはマインクラフトのような箱庭系ゲームをしたことがないのでわからないが、本来この程度の力は基本中の基本であり。

 マインクラフトというゲームの目的が、ある意味世界の創造であるということは知らなくてよい情報だったのだろう。

 なにしろ、下手をすれば彼に与えられていた能力が『mod導入済みクリエイティブモード』だったかもしれないのだから。

 

 憂鬱な彼女はしかし、明日のための準備は怠らない。

 真面目な彼女は一度こうと決めたことはできるだけやり遂げようとするだろう。

 たとえそれが心労の一つとなろうとも。

 

 

「とりあえず明日はダクネスとあわせてみよう。 何か刺激になるかもしれないし」



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3 検証中(フィールド編)

連続投稿!


 

  k月 s日 快晴

 

 今日はアクセルの街の外、草原で初心者が相手にするらしいジャイアントトード相手に検証作業をした。

 街の外に行く前にギルドで、クラフト能力で作成した道具とブロックの重量を測定してもらい。

 ついでにできるだけ安全性を高めるためにも一時的なパーティーメンバーとして、ダクネスというクルセイダーをクリスの紹介で入れたのだが。

 

 正直あれはないとおもう。

 

 あれはドMとかそういうのじゃない、もっと恐ろしい何かだ。

 聖騎士『クルセイダー』でもない、性奇士『狂性堕暴』だ。

 死ねば直るんじゃないかとも思うが、この世界では本来復活は一度きりらしいのでそれも使えない。

 ジャイアントトード相手に『丸石』や『かまど』を投げつけ、とどめを『石の斧』で刺していたのだが、あの変態積極的に投げつけるブロックの軌道上に割り込んでくる。

 邪魔にしかならないのでやめさせようとしたら、興奮して迫ってくる始末。

 咄嗟に変態の足下を『石のシャベル』で掘って生き埋めにしたのだが、それはそれで興奮してやがる。

 クリスにしっかりと次回からパーティーを一緒にしないでくれと頼んでおいたが、どうなることか。

 エリス教徒らしいのであまり無碍にも扱えない。

 本当にどうしてやろうか。

 

 追記

 

 変態のあまりの衝撃に検証結果を書き忘れていた。

 

 ・『ブロック』および制作物は、おおよそ質量保存の法則に従う模様。

  『石』と『丸石』がそれぞれ約2.5t。 『かまど』が約20t。

  『石のツルハシ』と『石の斧』が約8t。 『石の剣』が約5.5t。

  『木の棒』を振り回すのと『石のツルハシ』を振り回す感覚や速度が一緒だったことから、ゲームと同じように所持した物の重量が自身に与える影響はない模様。

  おそらく、防具も『革』や『鉄』を装備しても防具無しと変わらない動きができると思われる。

 ・アイテムやブロック、道具は自身が所持している時点では重量が存在しなくなる模様。

  質量はそのままらしく、おそらく重力の影響を受けなくなっているものと思われる。

  そのため『石の斧』よりも『石の剣』のほうがゲーム的な攻撃力は高いはずなのに、実際の破壊力は質量が『丸石』一個分、つまり約2.5t重い『石の斧』のほうが遙かに威力が高くなっている。

  そして『石の斧』よりも遙かに重く、投げつけた際の威力がある『かまど』(約20t)。

  投擲技術の修得が急務であろう。

 ・ブロックの設置や、採掘などのブロック破壊。 敵への攻撃などは自身から5m離れたところまで届く。

  ただし、攻撃の場合は道具で直接殴るよりも遙かに威力は落ちる模様。

  おそらく、ゲームで設定された攻撃力が適応されていると思われる。

 ・投擲等でアイテムや道具が自身の手から放れた場合、つまり自分が手放した瞬間から数秒はアイテム化が維持される模様。

  このアイテム化が維持される時間は手放す瞬間にある程度コントロールできるが、約0.5秒から5秒程度がコントロールできる範囲の模様。

 ・レベルアップによるステータスの変動は確認できず。

  おそらくゲームにおける身体能力の再現、その代償だと思われる。

  またレベルアップによるスキルポイントは得られたが取得可能なスキルは表示されず。

  何らかの条件を満たす必要ありか?

 

 今日は精神的な疲労(特に変態)が大きく響いたので、早めに就寝することとする。

 明日はレベル上げついでの金策を中心に活動するつもりだったが、どうするべきだろうか。

 

 

 

 

 

「ふっ(ゴシャァ!)、しっ(ズゴゥン!!)」

「はぁっ、すごいなこれは! 音と振動だけでもとんでもないとわかるぞ! あぁ、いいなぁ、私も……!!」

「はいはいダクネスは埋まってよーねー。 まったくここまでとはねぇ。 でもステータスがあがらないみたいだから戦闘能力がすぐに頭打ちになっちゃいそうなのが残念だよね」

 

 ブロック状に掘り抜かれた穴に落ちたダクネスが地面を伝わってくる衝撃と轟音に興奮している横で、逆にブロック状に積み上げられた土の上で座り込みながらクリスは軽くため息をついた。

 その視線の先では、彼……マイトが投擲した一辺1mのサイコロ状のブロックが、本来衝撃に強いはずのジャイアントトードをその重量で文字通り挽き潰し。

 押し潰さんと跳躍から落下してきたジャイアントトードを、片手で振り回した石の斧で水平方向に殴り飛ばし。

 射出してきた舌を石の剣で防ぎ、舌のからみついたままの石の剣を相手の口内へ向かって投擲。 後頭部を爆散させる勢いで切っ先を飛び出させていた。

 金属製の武具を纏わず、ジャイアントトードが苦手とする切断系の攻撃も使わず。

 本来高い耐性を誇るはずの衝撃系(いや、質量系か?)の攻撃のみでもって駆逐される獲物と化したジャイアントトードの姿に、僅かに憐憫の情を覚えるクリスであった。

 

 なお、街への帰還中にマイトへと絡むダクネスが平地で複数回落下し。

 もう二度とダクネスとはパーティーを組まない、とマイトに宣言されたクリスの姿があったことを追記しておく。



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4 革防具と惨劇と

 

  #月 t日 曇り

 

 前日の検証でレベル上げの速度そのものは、一般冒険者よりだいぶ早いということが判明した。

 またジャイアントトードを倒した際に手に入る素材は単体クラフトで同数の『革』に加工できるジャイアントトードの皮と、満腹度回復量が『生の鶏肉』と同じ『生のカエル肉』が入手できた。

 さすがに『生のカエル肉』は寄生虫が怖いので『かまど』で精錬したところ、『焼き鳥』と同じ満腹度回復量の『カエルステーキ』になるようだ。

 塩もなにもしていないのでひどく味気ないが、経験値は得られるようなのでしばらく常食にしていく。

 『革』からクラフトできる防具である『革のヘルメット』『革の服』『革のパンツ』『革のブーツ』だが、最初にクラフトしたときは完全にカクカクしたゲームのままの箱だった。

 さすがにこれはないだろうと四苦八苦していたところ、元になる防具を用意すればそっくりなデザインになることを発見。

 色々検証した結果、防具をクラフトするときに一緒にクラフトした市販の完成品の防具とほぼ同じデザインになる模様。

 またデザイン元として一緒にクラフトした防具は消滅も変質も耐久度の減少もしなかったので、純粋にデザインというより外見のコピーが近いと思われる。

 ただしクラフトした防具の性能は素材準拠であり、質量も素材の合計であることは変わらない模様。

 なお試しに市販品の小手をクラフト画面に放り込んでみたところ、小手のレシピが追加された。

 通常の胴装備とは袖部分で干渉するようで一緒には装備できなかったが、小手と一緒に装備できる市販の胴装備をクラフト画面に放り込んでみたところこちらもレシピ登録された。

 両方を『革』でクラフトして装着してみたが、無事装備できたことからこれからの装備バリエーションに希望が出てきた。

 今日の午後はクリスを連れてカエル乱獲パーティーである。

 おい『革』おいてけ!

 

 なお、乱獲しすぎてしばらくカエル狩り、というよりモンスター退治は禁止だとクリスに言い渡されました。

 まぁ最後らへん全身カエルの返り血とぶちまけた臓物の中身まみれだったしね。

 是非もないよネ!

 

 

 

 

 

 朝はなにやら防具屋で主人と交渉して借りてきた防具類を使い、革製の防具を大量に生産していたマイト。

 そんな彼に唐突に素材調達だと平原にカエル狩りに連れ出されたクリスは、さっそく後悔する羽目になっていた。

 

「シィッ! シャァッ!!」

「うわぁぁぁ……」

 

 できるだけ皮を傷つけないようにだろう、うまく直撃させないように大人の頭ほどもある丸石を纏めて投げつけつつ接近。

 これも自作だという超重量の鉄の剣でもって頭をぶち抜いていた。

 他にも血抜きや内臓摘出の手間を省くためか、生きたまま腹をかっさばいて思いっきり頭から被ったりしていたが、今では効率が逆に悪くなると気づいたのか確実に頭を一突きで終わらせている。

 ……ただし相手からの攻撃に対処が間に合わなかった場合や、逃げだそうとする素振りを見せた相手には容赦なく超重量のブロックを投げつけて挽き潰していたが。

 

「よし、ちょっとでいいから殺伐とした環境から遠ざけてみよう。 ストレス発散になるんじゃないかなと考えた私がバカだったよ……」

 

 惨劇を遠目にクリスはごちる。

 お礼だと渡された、通常の数倍の重量と耐久力をもつ小手を両手で抱えながら。



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5 アクセルの街壁、工事中

これで入院中に書いたのは全部です。

スッキリした!!


 

  g月 k日 晴れ時々曇り

 

 狩り禁止令をだされたので、クラフト能力の熟達もかねてアクセルの街壁工事を請け負うことにした。

 工事内容としては、まず地下を侵攻してくるモンスター対策のために一端掘り下げ、地下から所定の高さまでレンガなどを積み上げる、という感じのようだ。

 クラフト能力を全力行使で掘削していたところ、現場監督の親方に能力について質問され。

 『クラフター』というユニーク職業であり、取得要因等はわからないとかその他当たり障りのない情報を教えたところ。

 なんか見事に気に入られて街壁の一部、少し街の外側に張り出した部分を任されてしまった。

 まぁ任されてしまったのだから完全にやり遂げるべく『丸石』等の資材を採掘してもいい場所の許可を得、『丸石』を『石』に精錬するための『かまど』を現場近くに並べ、『石』を『石レンガ』にクラフトするための『作業台』を据え付けて。

 ちょっと本気でやってみることにした。

 現在は基礎工事兼資源採掘として10mほど掘り下げているが、この行程が終わったら隣接させると一体化する『石』で地下10m、地上は既存の街壁の高さの岩壁を構築。

 どうしてもブロックを積み上げる関係上凹凸が激しくなる表面を、分解した『石レンガ』と既存のレンガで均していく予定である。

 さすがにレンガを積み上げて均していくのは最初からうまくできるとは思えないので、ここは街壁の中身となる岩壁が完成してから親方に指導を請おうと思う。

 

 ただ、やはり大半の土地に所有者がいるというのはやりにくい。

 とりあえずブランチマイニングといったことができないうえ、ゲームとは違い落盤の可能性がある以上坑道の補強といったことまで考えなければいけないのも大きな差か。

 まぁそれはそれでやりがいがあるし、『かまど』での精錬でもゲームのように経験値が得られるのを確認した以上。

 真面目な仕事でギルドからの信頼を獲得し、土地の採掘権を得られるようにならなければ。

 めざせ個人での建築請負である。

 

 

 

 

 

「なんっじゃありゃぁ……」

「おら新人、手ぇ休めてんじゃねぇぞぉ!」

「はいぃっ!!」

 

 疫病神な駄女神とは離れたところで作業していたカズマは眼前の光景にしばし硬直し、親方の声に手を動かし始めた。

 作業をしつつ先ほどの光景へと視線を向けてよく見てみれば、塔が一つすっぽり入りそうな大穴はその壁面がやたらカクカクしていることに気づく。

 もしやと穴の周囲を注意深く見てみれば、そこには様々な種類の真四角で大きなブロックが整然と並べられていた。

 

「あれってもしかしてマイクラのチェストにかまど、作業台か……? となると転生特典の可能性が高いな。 そうそうにお仲間に遭遇できるとかやっぱ俺は運がいいんだよな!」

 

 てか運が良くなったのはまさか駄女神がいないおかげか!? と叫んだカズマは直後、親方の鉄拳によってうずくまるのであった。



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6 アクセルの街壁工事(休憩中)

かなり短いですが、とりあえず書けたとこまで。

これから先、ノープランなんだよなぁ。


 

  k月 t日 晴れ

 

 今日は珍しい、というよりとんでもない出会いがあった。

 なんと自分以外の転生者である。

 名前は『佐藤和真』。 ここではカズマと呼ばれているし、そう呼んでほしいということだった。

 なんでもアレに転生させられたらしいが、その際人生否定に人格否定までされたそうだ。

 やはり殺さないと。

 だがアレに与えられた力では、奴を殺せないと考えるしかないだろう。

 この世界で新しく自分だけの力を手に入れるしかない。

 だが調べれば調べるほど、神を殺すとされている力は神に与えられているか、神と敵対する悪魔と契約するかの2択しかないようだ。

 それにこの世界で一般的なレベルとスキルというシステムは神によって運営されているのだろうし、レベルを上げて強力なスキルをとろうとも神を相手にすれば剥奪されてしまう可能性が高い。

 やはり悪魔との契約を視野に入れるべきか。

 しかしエリス様の教えでは悪魔はこの世界より廃すべき存在だ。

 人の感情を糧にするというところから、精神生命体的ななにかではないかと推測できる。

 敵対する理由も、糧にする感情を喚起するためにする行動が原因だと思われる。

 絶望や怒り、嫉妬に憎悪。 負の感情を喚起させようとしてくるのなら、まぁ妥当か。

 怒りや憎悪ならそこらの人間にそうそう負けるつもりはないし、それらを求めるとされている悪魔のなかで神殺しに力を貸してくれそうな悪魔を探すくらいはしてもいいだろう。

 

 追記

 

 教会に石を投げ込んできたのがいたので、『石』を投げ返してやったらクリスに怒られた。

 『目には目を、歯には歯を』。

 本来やりすぎな報復を戒める言葉であるが、逆に言えば同じことまでならやり返してもいいのだ。

 こればかりはクリスの注意であっても聞き入れることはできない。

 『一罰百戒』。

 次があればもう二度と、しようとも考えつくこともないように、見せしめをする所存である。

 もちろん、エリス教の評判を落とさないように注意するが。

 

 

 

 

 

 「もう二度としない! だから出してくれ、もういやだ、くらいよ、せまいよ、こわいよぅ……!!」

 「それで?」

 「もうエリス教に手を出したりしない! 石を投げたりしない! タチションも落書きもしないっ、真面目に働くからっ!」

 「そうなんだ、で?」

 「アクシズ教のみんなにもいうから! おれがちゃんとさせないから! だがらだじでぇぇえええ!!」

 「ふぅん、で?」

 「ああぁぁあぁあぁああああぁあああぁぁ……!!」

 

 「「「「(うわぁ……)」」」」

 

 人通りの多い道端にて。

 積み上げられた、一人では持ち上げることも困難な大きさの石レンガの中から響くくぐもった声に対し。

 まるで興味のない相手に対する生返事を返しながら、石レンガに腰掛けてなにやら本に書き込んでいる青年の姿があった。

 ちょうど人一人が収まるサイズに積み上げられた石レンガの側面には、『私はエリス教会に石を投げてステンドグラスを割りました』と書かれた看板が張り付けられている。

 その光景を遠巻きに眺める人だかりに紛れつつ、カズマは思う。

 

「(よかった……、昨日誤魔化せて本当によかった……!)」

 

 と。

 



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7 牢

あけましておめでとうございます。
本年度もまた、よろしくお願いいたします。


  k月 @日 曇り時々雨

 

 衛兵詰め所の牢屋ナウ。

 

 とまぁ、やりすぎて厳重注意されますた。

 クリスにも怒られたし、エリス様はこのようなことは求めておられないと説教もされてしまった。

 次からは拘束するだけで、後は衛兵と法に任せようと思う。

 

 それにしても、取り調べに使われた嘘発見の魔導具はすごいね。

 質問には全て正直に答えてたんだけど、自分でも意識しないうちに嘘になってしまっていた答えにも反応するんだね。

 おかげで自分の本当の気持ちにも気づけたし、精神状態も把握できた。

 これで衝動的に何かをやらかす可能性もだいぶ下がったと思う。

 またエリス様のお役に立つためには、ご迷惑をかけないようにするにはまだまだ精進が足りない。

 頑張っていこうと思う。

 

 

  k月 ;日 晴れ時々曇り

 

 げせぬ。

 

 なんとアクセルの街の街壁付近に自分の家を建てる土地をいただいたのはいいのだが、ギルド周辺および中央市街への接近禁止令である。

 なんでも最近外から来るアクシズ教徒の数が増えているらしく、挙げ句の果てには邪神アクアを名乗る輩まで現れたそうな。

 今回の失敗を鑑みて、それらと自分の遭遇確率を下げて騒動を未然に防ぐ目的があるらしい。

 自分でも絶対に騒動を起こさないという自信はないのでべつにかまわないのだが、クリスに申し訳なさそうにされるととんでもない罪悪感ががが。

 人でなしどもが畜生にも劣る分際で人であれと祝福を受けた俺を殺す絶対にころしてやる許すまじ。

 

 おちついた。

 

 この程度で我を忘れかけるとはやはりまだまだ精進が足りないようだ。

 明日は今日手に入れた資材でとりあえず豆腐な自宅を建てて、地下に資材倉庫を造って、街壁内側に資材運搬用の『トロッコ』を走らせる計画を立てねば。

 大親方にもどやされてしまったし、何人か作業員もつけてもらえるらしい。

 やらかしたのに重要な仕事を任せてもらえるとは思わなかった。

 こんなにも期待されているのだ、全力で答えなければね。

 

 

 

 

 

「どうでしたか? 彼の様子は」

「だいぶ落ち着いたみたい。 でも、また何かのきっかけで平静を失ってしまったら今度はどうなっちゃうのか……」

 

 

 冒険者ギルドの建物内の一室。

 その場に集う彼等は最悪の光景を思い描き、憂鬱なため息をついた。

 

 

「……とりあえず、警邏隊は王都の本部へ彼のような前例がなかったか問い合わせいたします。

 勇者候補と呼ばれる彼等が過ぎた力を与えられた一般人であるのなら、何らかの問題を起こしている可能性は高い。

 女神アクアを名乗る悪魔の所行、という可能性もあります。

 少なくともアクシズ教に強い恨みを持つ者である可能性は高い。 アクシズ教がかかわる事件となると膨大な量になるでしょうが」

「ギルドとしても、冒険者の中に該当する者がどれだけいるか調査いたします。

 精神の成熟度に不釣り合いな成果をだしている冒険者というのは割と聞く話でしたが、このような事情がある可能性があったとは。

 クリスさん、彼について引き続きお願いできますか?」

「うん。 それについてはかまわないというか、こっちからお願いしたいことだったけど。

 でも、流石に付きっきりってわけにもいかないし、そのときは申し訳ないんだけど……」

「おうおう、奴も一端の大人の男だ。 そう心配することもあるめぇよ。

 どっちにしろ奴の腕には期待してんだ、うちのにも気をかけるようにいっといてやらぁ」

「大親方さんよろしくお願いしますね。 それでは早速ですが明日から彼に依頼する街壁の拡張工事について何ですが……」

 

 

 他の者達が彼に依頼する工事について打ち合わせを始める中、クリスはテーブルの上に置かれていた彼の調書を拾い上げて流し読み。 小さく息を吐いた。

 

 

「(転生者についてここまで詳細に開示されるのは流石にやばいよねぇ。

  でもこれまでの転生者達は無意味に世界を騒がせるだけで、魔王討伐までにはいかなかったし、うまくいけば世界もいい方向に向かうかもしれない。

  なん、だけ、ど、ねぇ……)」

 

 

 そこに書かれているのは、転生者についてとそれをこの世界に送り込んでいる女神アクアについて。

 そして彼の壊れた狂気、その片鱗だった。

 

 

 

 

 

 Q もう一度先ほどのを、纏めてお願いします。

 

 A はい。 私はこの世界で女神アクアと呼称される邪神によりこの世界にてもう一度生を与えられた、別世界の死者です。

   戦いを知らず。 平和に暮らしていた子供の死者へ、別世界での今一度の生と強力な力を与えてこの世界へと送り込んでいると自称していました。

   私は予定外の存在であり、よい贄だったのでしょう。 アレは私に死ねず、なにもできず、モンスターを引き寄せる力を与えた上でモンスターの蔓延る森へと落としました。

   私はモンスターの集団に数え切れぬほど殺され、喰われ続けた。

   女神エリスに救われなければ、私は今でも殺され続けていたでしょう。

   私は女神エリスに『人であれ』と祝福を受け、人になることを許されました。

   故にアレに人ではなくされた私は、人になろうと努力し続けています。

   それこそが唯一、女神エリスに救われた私にできることですから。

   (嘘ではない)

 

 Q 女神アクアにもう一度出会えたらどうしますか?

 

 A 殺します。 人でなしにはなれませんし、なりたくありませんから。

   (嘘ではない)

 

 Q 人でなし、ですか?

 

 A はい。 人の生を嘲笑し、意志を愚弄し、破滅させ、絶望を冷笑する顔の無い邪神を肯定するのは人間の所行ではありませんから。

   殺します。 なにがあろうとも。 なにを引き替えにしても。 それが人の営みをアレから守る唯一の方法ですから。

   殺します。 絶対に。 絶対に。

   (嘘ではない)



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8 異端

亡霊は今しばらくお待ちを。
書けない……。

ので、こちらを投稿。
すっごい精神状況出てるとは思いますが、ご容赦を。


 

  j月 l日 晴れ時々瓦礫

 

 爆破テロなう。

 

 ギルドに街壁内環状トロッコ敷設計画の微修正の申告しにいったら、結構な規模の爆破テロっぽいのに巻き込まれますた。

 裏路地が爆心地っぽいけど、飛んできた瓦礫で頭が潰れて腕がもげかけてたっぽい。

 まぁ、体力が残り3になってた代わりに瞬間的に再生してたらしいし、その瞬間を目撃したのもクリスだけみたい。

 こんな調子でこれからも人間であれるのか。 流石にちょっと不安になったなぁ。

 でも一緒にいたクリスが、自分の陰にいたおかげで軽い打撲ですんだのは本当によかった。

 それだけが救いだね。

 

 今は自宅で、事情聴取を代わりに受けてくれているクリスがくるのを待っているところだ。

 目の前で知り合いが頭パーンして、瞬間的に再生するなんてのを見せてしまったクリスにこそ休息は必要だと思うんだが、どうにも彼女には強くいえない。

 なんというか本当に心配してくれて、気遣ってくれるんだよね。

 人間らしい彼女にこうも人間扱いされるのは逆に申し訳なくなるけど、でも嬉しいことでもある。

 複雑な気分だ。

 

 追記

 

 クリスは夕方頃にきたが、今日は疲れたのでまた明日くるそうだ。

 それと寝る前に気づいたのだが、インベントリに常備している『木』がなくなっていた。

 それ以外はそのままだし、最後にインベントリを開いた朝自宅を出る直前にはまだあったから、どこで消えたのかは不明。

 明日補給しておこうと思う。

 

 

  j月 m日 晴れ

 

 家屋の倒壊3件、損壊5件。 裏路地の地面にクレーター。

 死者最低3名、重軽傷者20名超。

 

 以上が今回の事件での被害だそうだ。

 朝一で教えにきてくれたクリスもだいぶまいってしまっているようだが、今朝起きてから自分が気づいた仮説を説明、簡易的に検証した結果、さらに顔色が真っ青になってしまった。

 

 爆心地近くにいたと思われる冒険者(ミンチより酷くて蘇生不能。 かろうじて無事だった冒険者カードで判断したそうな)の職業は盗賊。

 そして盗賊のスキルであるスティールの能力は、『対象の所持品をランダムで一つ奪う』。 ちなみに財布などが対象になった場合、中身ごとになる。

 なお狙った物が奪えるか、大切な物が奪われないかは対象と行使者の幸運値が関係する。

 クリスにインベントリ内に一つだけ残した『木の棒』をスティールしてもらった結果、成功している。

 検証し忘れていた、スタックしたアイテムをそのまま出したらどうなるかを試した結果。 『たいまつ』二つをスタックして、深い穴に放り込んだところ盛大に爆発した。

 おそらくスタックしたアイテムが同時に、同一の場所で実体化しようとした際に重なって実体化してしまい、とんでもない密度と高圧力になり押しのけあって大爆発といったところか。

 そして昨日インベントリから消失していた『木』、約15個。 スタックして一つに纏めてあった。

 

 後はお察しという奴だ。

 

 この件が事実だとすれば、『チェスト』や『かまど』等のインベントリを備えた道具類はアイテムを大量に内包している以上、壊れた場合の被害が想像もできない規模になりかねない。

 もちろん自分が死亡した場合も同様の惨状が懸念されるため、この手の道具類や自分自身も、可能な限り人のいる場所からは離れたところに移動させるべきだろう。

 第一、そもそも自分はレベルアップによるステータスの強化ができない上に素の身体能力も地球での少し鍛えた人間程度。

 クラフターとしての能力で常人より死ににくくはなっているが、所詮は死に戻り前提ゲームのプレイヤーキャラクターの能力。 決して過信はできない。

 それに自分はマイクラでも直接戦闘をおこなうなら鎧で防御をあげて、アイテムでバフかけて、強い剣で被弾上等の殴り合いだったからなぁ。

 反射神経とかが絶望的でアクション関係は苦手だったからね。 アクションゲームは好きだったけど。

 基本的に有利な地形やトラップを造って、安全な場所から殴るか自動で敵を殺してアイテムを回収する施設を造るかだったから。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 安全確保のために諸々を移動させなきゃだし、その前にまだまだ検証してないことは多そうだし。

 明日は大親方にそのことを伝えて暇をもらってから、作業に入らないとね。

 

 

 

 

 

 エリス教会の礼拝堂。 そこに並ぶ椅子の一つに腰掛け、クリスはまた頭を抱えていた。

 理由は気にかけている相手の頭が目の前で柘榴のように弾け、時間を巻き戻すように瞬時に直った光景を目の当たりにしたことではなく。 その結果判明した致命的な現実についてである。

 現在の彼は『人らしくある』ことを第一に行動している。 つまり、『自身が人ではなくなっていることを自覚している』のである。

 実際彼の存在は現在『人に能力を付与している』のではなく、『元人だったモノが能力の作用により人として再現されている』といった方が近い状態。

 それ故に積極的に善良な人々と交流させることで、彼の人間性を取り戻させていく予定だったところに今回の事態である。

 極一部の心ない者達の、何気ない行動一つで大惨事を発生させる可能性を内包した彼は、善良な人々から離れざるを得ないだろう。

 おまけにやらかした盗賊はアクシズ教徒であり。 アクシズ教徒に過剰な対応をしてしまった彼に嫌がらせをしようとしていた可能性が高い。

 今後も同じような事態を招かないようにするためにも、速急の対策が必要だろう。

 彼も自発的に対策に協力してくれるようだし、そこはまぁいい。

 最大にして最悪の問題は。

 

 

「(なんでっ、今! ここに!! 先輩がきてるんですかぁー!!??)」

 

 

 女神アクア(問題の根元)がここアクセルの街にいたことである。

 

 転生者であるカズマ少年が転生特典としてアクアを指名し、結果ここに降臨()する事になったらしい。

 今まで遭遇していなかったのは二人を会わせるのは危険とカズマ少年がそれとなく遠ざけていたからだが、今回のアクシズ教徒の自爆行為がきっかけでアクアが暴走を始めそうになったため、ダクネスのすすめでエリス教徒であるクリスに相談しにきたのだった。

 とりあえず今回の顛末の詳細をある程度ぼかして説明し、アクアの押さえを続けてもらっているがやはり一時しのぎになるだろう。

 

 

「あぁもう、なんでこうなるのか……」

 

 

 なにをやろうとしても次々と状況が悪化し、かといって一朝一夕に解決できる手段は存在しないため地道に取り組んでいくしかない。

 そもそもが天界規定に抵触しかねない存在である彼を消去しようとする動きを、その状況が天界の一員であるアクアの作り出したことであるというところから説得して静観にまで持って行ったのはほかならぬエリスである。

 天界の汚点となった彼を、ただ消去して存在しなかったことにはできないと行動したのは後悔していないし、するつもりもないと胸を張っていえる。

 ただ、こうして彼についての問題に向き合っていると自分のいたらなさを痛感させられ続けるのが苦しいのだ。

 そして彼にとって一番大切な、心のケアについて自身にできることがあまりに少ないことが悲しいのだ。

 

 エリスとして今彼にできることは、信仰の象徴として人へと導くことだけ。

 

 クリスとしてできることは彼が人の社会にとけ込めるよう、橋渡しとフォローをすることだけ。

 

 どちらも様々なしがらみや事情で制限がある以上、劇的な効果をもたらす行動ができないのだ。

 さらに言うなら、彼は時限爆弾でもある。

 彼を構築する存在そのものと化した『アクアへの憎悪』は、すさまじい殺戮衝動や破壊衝動として現在進行形で膨れ上がり続けている。

 これまではモンスター狩りや建築などで増加を穏やかにできていたが、そうもいかなくなってしまった以上発散できずに急速に膨れ上がるのは確実。

 限界を超えたときに彼がどんな行動にでるかはわからない。 だが、よい方向には確実にならないだろう。

 さらにいうならこの世界は、精霊などの人の強い想念の影響を受ける存在が多く存在している。

 特に負の感情を糧とする悪魔にとっては格好の餌になってしまうだろう。

 むしろ煽り立て、争乱の種とする可能性が非常に高い。

 

 

「あぁ……本当に、本当にもうどうすれば……」

 

 

 一人全てを知る彼女は頭を抱え、痛む腹に手を当てるのだった。



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刃鎖と月歌 (ゼロの使い魔)
第1章 01 再会と契約(ゼロの使い魔)


これは理想郷にて、JTRのHNで投稿していた二次創作作品です。
あちらに掲載していたものをある分だけ全部、こちらで毎日連続投稿します。


 

薄闇。 静寂。 停滞。

 

ここにあるのは、半ば忘れ去られた物達。

 

錆びた大剣、鞘の朽ちた小剣、折れたレイピア、汚れた鎧、埃の被った家具、あとなぜかフネの錨と鎖、朽ちた縄梯子。

 

認識できる範囲にはこれだけしかない。

 

本来なら他にまともなやつもいろいろとあるんだろうが、動けない俺にとっちゃどうでもいいことだ。 興味もない。

 

だいぶ前にここに来なくなった少女をのぞけば。

 

すでにすべてに興味をなくし、停滞していた俺の心をふたたび動かしてくれた。

 

軋み、消えかけの俺の歌を聞き取り、いっしょに歌ってくれた。

 

埃と赤錆と蜘蛛の巣にまみれた俺をそのちいさな体で一生懸命に掃除し、真っ黒に汚れた彼女は迎えに来た男性に怒られていた。

 

くるたびに向日葵のような笑みでその日にあったことをはなし、俺に昔話や歌をせがんできた。

 

この停滞した世界に訪れる彼女は、まるで太陽だった。

 

となれば、俺はさながら月か。

 

この世界にきてから、長い年月停滞にさらされ擦り切れた心は彼女なしでは動かず。 彼女が訪れるたびに満月に、彼女が去るたびに新月へと変わる。

 

そして彼女が最後にここを去ってから、もうだいぶ時間がたつ。

 

外では幾度の季節が過ぎ去ったやら。 少なくとも五回は過ぎたはずだ。

 

そうして今日もまたなにも変化はなく、停滞した空間に精神を磨り減らされる……はずだった。

 

『ィィイ……ン』

 

まるで鈴の音を反響させたような音とともに、銀に輝く鏡が俺の目の前に出現する。

 

まるで停滞を終わらせるように。 こちらにおいでと誘うように。

 

扉のように。

 

『ギ…ギギギギギィイイ』

 

いこう。

 

なぜかは知らないけど、だれかが向こうで待っている。 それがわかる。

 

扉は開いたのに、何も出てこなくて困ってる。

 

その困り顔がどこかで見たような気がして、おもしろかったけど。

 

まずは向こうにいってあげなくちゃね。

 

だからまずは軋む全身を動かして。

 

数百年ぶりに、立ち上がった。

 

 

 

 

 ------ 刃鎖と月歌 ------

 

 

 

 

彼女……クルトは困っていた。

二年生に進級するための試験でもある、春の使い魔召喚の

儀式。

クルトに回ってきた順番に皆の中心へと進み出た彼女は、サモン・サーヴァントを使い。

しかし、鈴の音のような音がしたあとは、なにもおこらなかった。

盲目であり瞳を閉ざした彼女には、周囲のざわめきとすでに召喚されていた使い魔達のさわぐ音しか聞こえない。

 

「ミスタ・コルベール。 成功しましたか?」

「いや、召喚の門は開いているよ。 しかし、まだ使い魔はこちらにきていないようだ。」

 

変わらない状況に不安になり隣にいるはずの教師にきいてみるも、告げられた内容にますます困ってしまう。

 

(もしかして、わたしの使い魔になりたくないのかな?)

 

いろいろと考えが迷走し、とうとう自分でもどうかと思う考えに行き着いたとき。

 

『……ィ…ギ……ギギィィ……』

 

かすかに、なにかが擦れるような音が。 どこか懐かしい音がした。

 

 

  * * * * *

 

 

教師であるコルベールも、困惑していた。

これまでの生徒達は、一・二回サモン・サーヴァントを失敗することはあっても、ここまでの長時間召喚の門を開いても何も出てこないというのはなかったからだ。

さすがにこれ以上召喚の門を開き続けるのも危険だと判断した彼が、一度召喚の門を閉じるようクルトに指示しようとしたとき。

 

『ギギギ…ィィ』

「なっ!?」

 

召喚の門から突き出たそれに、動きを止めた。

それには指があった。 手のひらがあった。 手首があった。

しかし、肌はなかった。

赤錆と埃と蜘蛛の巣にまみれたそれは、鎧の篭手のようだ。

しかし。

 

『ギギギギギィィイイ』

 

大小無数の鎖によって覆われたそれは、まるでなにかを封印しているようでもあった。

ふたたび動き出した時間に、杖を構えたコルベールは万が一のためにクルトを自分の後ろに下がらせ、他の生徒にも下がるように指示を出す。

生徒達の輪はひろがっていくが、数名はその場にたちどまったままだ。

 

『ガリガリガギギギィ』

 

だんだんとこちらへと現すその姿は、圧巻の一言に尽きた。

全身を鎖と赤錆に覆われ、もはや朽ちて崩れていないのが不思議なほどのその全身鎧は、関節の隙間から赤錆を血のようにこぼれ落としながらこちらへと歩みを進める。

やがてその全身がこちらへと現れる。 まっすぐに立ち上がればその身長はゆうに2メイルを軽く超え、周囲へと圧迫感を振りまいた。

 

「……ミス・クルト。 ゆっくりと前へ。」

「はい。」

 

そのまま鎧が動きを止めたのを確認すると、コルベールはクルトの手を引き、慎重に近づいていく。

途中、鎧がその頭部をクルトへむけた際にたちどまるが、そのまま動きを止めたのを確認するとふたたび近づいていく。

やがて至近まで近づくと、コルベールは立ち止まりクルトだけが鎧の目の前へと進み出た。

 

 

  * * * * *

 

 

クルトは手で触れられる距離まで近づくとそっと手を伸ばし、その腹部に触れる。

それだけでボロボロと朽ちた鎖が崩れ落ちるが、その際に響いた音もやはりどこか、懐かしい感じがする。

 

「もしかして……アリア?」

 

首をかしげながら聞くのは、幼い頃にわかれた、友人の名前。

 

先祖代々うけついできた屋敷の、宝物庫とは名ばかりのガラクタ置場に鎮座していた、大きな鎧。

赤錆と埃、蜘蛛の巣まみれで、いつも寂しそうにしていた。

不思議な歌を沢山知っていて、いつも歌ってくれた。

面白い話も沢山してくれた。

どうしようもない事情で引っ越しをしたときに、おいていくしかなかった。 おわかれするしかなかった。

それなのに、きてくれた。

わたしのところにきてくれた!

 

だが、のばした手は冷たい感触からはなれ、軋む音がはなれていく。

 

どうして? もしかして、アリアじゃないの?

 

心のどこかで、かつての友人であることを期待をしていた自分に気づく。 が、一度抱いてしまった希望は勝手にふくらみ、感情を支配していた。

 

はなれないで、お願いそばにいて!

 

おもわず声にでかかる程に焦燥した心は、しかし。

 

「ミス・クルト? 契約を。」

「っ!? ……はい。」

 

焦れたように促すコルベールの声に、急速に現実へとひきもどされた。

 

そうだ。

まずは契約が先。 アリアかどうかは、それから確かめればいい。

「我が名はクルト・ベルトラム・ヴォン・フューエル。 五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ。」

 

どこか焦燥感にかられながらも、呪文をとなえ。

ふと、根本的な問題に気がついた。

 

 

  * * * * *

 

 

「……ミスタ・コルベール。」

「なんですかな? ミス・クルト。 なにか問題でも?」

 

クルトの使い魔(候補)が暴れだした際にすぐに対処できるよう、傍目からは悠然と立ったまま身構えていたコルベールは、クルトの呼び掛けにたいして質問をかえす。

クルトはしばし逡巡していたが、やがておずおずと声をだした。

 

「えっと。 キスが……できません。」

「ふむ? ……そういえば見えないのでしたな。」

 

たしかに、目の見えないクルトでは相手の口の位置もわからないだろうし、そもそも鎧に口はあるのだろうか? いやいや、その前にマジックアイテムだろうとはいえ鎧は使い魔のうちにはいるのか?

 

どんどんと脇道にそれていく思考をふりはらってみれば、クルトは恥ずかしそうにうつむいていた。

無言のクルトに、コルベールはさすがに失言だったかと焦る。

とにかくなにか言わなくてはと口をひらき、

 

「直接使い魔にお願いしてみてはどうでしょう。 契約前とはいえ、召喚の門をくぐってここに現れたのです。 言う事を聞いてくれるでしょう。」

「……はい。 やってみます。」

 

でてきた言葉は失言にたいするフォローではなく、さきほどの質問に答えるものだった。

クルトが使い魔に話かけるのを見ながら、コルベールは不甲斐ない自分にため息をつく。

だが、今は生徒の使い魔のほうが優先だと意識をそちらにむけたとき。

 

『グシャアッ!!』

 

その使い魔が左の拳をふりあげ、みずからの頭部を左の拳とともに粉々に破壊するというありえない光景を見た。

 

『ビシッ、バキバキバキッ!』

 

周囲の皆が唖然とするなか、使い魔は右手をのばすと、残る兜だったものをはぎとる。

誰もが、鎧を着ているモノはなんなのかと注目し。

 

「ひっ!?」

「なんだありゃ、からっぽじゃないか!」

「生き物ですらないのかよ……。」

 

その一種異様な光景に、ある者は驚き。 またある者は嫌悪感をあらわにする。

本来人がはいるスペースには細い鎖がまるで蜘蛛の巣のようにはりめぐらされているだけで、鎧の内部は空洞になっていたのだ。

はぎとった兜の残骸をその場に落とすと今度はその空洞に右手をつっこみ、なにかを掴むとそのままひきずりだす。

繊維質の物をひきちぎるような音とともに空洞からひきだされたのは、若干ひらたく見えるが細い鎖がまるで神経や血管のようにからみつく脊椎のような鉄製の帯だった。

見ようによっては剣にも見える全長60サントほどのそれを完全に抜き取った使い魔は、頭上からゆっくりと下ろしつつ破壊音に混乱し、状況をつかめていないクルトへと向き直る。

さらに数歩分ほど離れていたクルトへとふたたび歩き出し。

 

「いったいなにがどうなって……?」

「ッ!? さがりなさい、ミス・クルト!」

「えっ?」

 

詠唱しつつ飛び出すコルベールよりもはやく。

 

すでに詠唱を終了し、あとは解き放つだけになっていた二人の少女に対して嘲笑うかのように。

 

その大きな身体を持って。

 

クルトの目の前に、片膝を立てて跪いた。

 

「「……っ!?」」

「むぉっとっと!?」

 

あまりにも予想外の展開に、少女二人は慌てて魔法の標的を真横へと変更し(その際に魔法同士が干渉しあって対消滅を起こし、生じた爆風になぜか薔薇の花びらが混ざっていた)。

飛び出した勢いのままにクルトの前を通り過ぎたコルベールはたたらを踏み、さらにマントの端を踏んでコケていた。

さらには魔法による爆発の近くにいた臆病な使い魔達がパニックをおこし、混乱が混乱を呼び。

 

『ギシッ』

「うわ!?」

 

自分のわからないところで次々と起こる出来事に置いていかれ、放心状態になっていたクルトを呼び戻したのは鎖の軋むような音と。

唐突に頬に触れた冷たい感触だった。

 

「ぁ……。」

 

同時に気づく……思い出すのは、幼いころの記憶。

引越しの前日、お別れの日。

ただ泣きはらす自分に鎧の友人は初めてその身体を動かし、涙をぬぐい。 宝物庫の外へと、背中をおしてくれた。

あの時と同じ、冷たいのにどこか暖かい。 そんな感触。

 

「アリ…ア。」

『キィィ……。』

 

聞いたことのある……いや、忘れようもない音(声)。

そして、再び伸ばしたその両の手はしかし、逆にやわらかく捕らえられた。

疑問に思うクルトの手に、重みが加わる。

それは金属の冷たさと、暖かさを持つ金属の帯。

ちょうど左の手に触れる位置に、金属ではない鉱石のような感触がある。

その部分からはわずかな振動と、暖かさが伝わってくる。 まるで、鼓動のように。

 

「……我が名はクルト・ベルトラム・ヴォン・フューエル。 五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ。」

 

クルトの口は自然とコントラクト・サーヴァントを唱え、鉱石へと口付ける。

その前方では役目を終えた鎧が完全に朽ち果て、赤錆と鉄くず、土くれへと崩れていく。

サラサラという崩れ落ちる音に包まれながら、クルトは同時に急速に元の姿を取り戻す手のなかの金属の帯……連結刃とのあいだに確かな繋がりが構築されていくのを感じ、微笑みをうかべた。

 

「ただいま、アリア。」

 

……しかし、周囲の喧騒はいまだおさまらず。

いまもまた、主人とその使い魔である鳥が一羽。 彼女の上空を逃亡劇を繰り広げながら飛び去っていくのであった。



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第1章 02 制約と日常

ふふふふ、再投稿にあたって読み返してますが、キッツいですねこれ……
当時にハマっていた作品の影響を見事に受けてますし、未熟でやりすぎでイタタタタ……


 

草木までもが寝静まり、人の音の絶えた深夜。

魔法学院の生徒寮である塔の一室。 そこに、俺はいる。

正直に言えば、いまだにしんじられなかったりもする。

なにせ、つい最近まで誰も訪れることの無い宝物庫に放置されていたんだから。

 

ざっと200年程。

 

実は俺に寿命は無い。 精神は人のままだから、精神死はありえるが。

さらに言うなら、俺は眠れない。 痛みを感じない。 息をしていない。 口もない。

だから、約200年俺は起きたままだし、飲まず食わずってことだ。

……ここまで言えばわかると思う。

俺は人じゃない。 魔剣『インテリジェンスソード』だ。

元は人間だったはずなんだが、気がついたらファンタジー上等な存在になっていたうえに動けない。

しかもあきらかに自分の物じゃない記憶が無数にある。 老若男女、果ては動物から幻獣の物としか思えないものまで。

さすがに認識できる記憶は極一部だが、おぼろげながらも検索までかけられるのだ。 好奇心のままに調べ、そして知った。

ここは、『ゼロの使い魔』の世界であり、俺は今のこの身体……魔剣に知識を蓄積するために死後この身体にひきよせられ、憑依させられただけの存在だと。

俺の前任者達は、皆時間の流れに精神を削られ、有用な記憶だけを残して消滅している。 俺もそうなるはずだった。

だけど。

 

「んぅ……。」

 

もはや自分の名前すら忘れてしまった頃に、この子……クルトに出逢った。

当時の俺は、消えかけの意識のまま、ほかの記憶は希薄なのにそれだけは妙に鮮明に残る歌達をただ歌っていただけだった。

今にして思えば、その『歌の記憶』こそが俺の『有用な記憶』だったのだろう。

俺の声は、魔剣単体では人間の可聴域からはずれた音しかだせない。 現にそれまでは人に気づかれることはなく、観衆は周囲のガラクタだけだった。

しかし、彼女は聞きとってくれた。

生まれつきの全盲で、まだ幼い彼女は普通の人間には聞こえない領域の音まで聞くことができた。 そして歌うことが好きな彼女は皆が聞こえない俺の歌に興味を持ち、俺のところまできてくれた。

嬉しかった。 自分の歌に気づいてくれたこともだが、なによりも自分に『喜び』という人間らしい感情を与えてくれることが嬉しかった。

だから。

 

「……すぅ…ん……。」

『キシッ……。』

 

少しだけ『貰い』、構成した『身体』を使ってはだけた毛布をひっぱりあげてやる。 その際に、顔にかかる髪もあげてやった。

幼い頃の彼女はまるで陽の光を溶かし、そのまま固めたようなハニーブロンドだったが、今ではすっかり色褪せ、白髪混じりの銀灰色となっている。 ……おそらくは、彼女の故郷であるアルビオンでいまだ貴族派と争っているはずの父と兄を心配しての心労が原因だろう。

どうやら、盲目であることもあり、留学とは名ばかりの疎開をさせられているのだろう。

寝入る直前まで彼女は剣のままの俺を抱きしめ、なにも言わずに泣いていた。 ただ、静かに、泣き疲れて気絶するように眠るまで。

……誓おう。 俺は、この子に幸いをもたらすために、この身を使うと。

幸いにもこの身体は魔剣であり、前任者達が残した原作知識を含む膨大な知識がある。 多少の無理ならとおせるはずだ。

消えかけだった俺を救ってくれたうえ、一度死に、目的を持たない俺に使い魔という役割までくれた。 それに見合うだけの働きができるかはわからないけれど。

 

『コkoニ、チカう。 おれは、貴女の剣。 盾。 鎧にして鎖の騎士。 この身の全てを、貴女に捧げる。」

 

双月の月光の下で、頭を下げる。 忠誠を誓う。 俺の全ては、彼女のために。

 

……ただ。

セリフがクサすぎるうえに、月光に浮かびあがる俺の姿が人じゃないってのが、こう、あれだ。

違和感ありすぎだった。

 

 

  * * * * *

 

 

クルトは他の生徒達と同じく、『アルヴィーズの食堂』で食事をとっている。 そしてこれは魔法学院内を移動する際全般に言えることだが、この『トリステイン魔法学院』にはバリアフリーの概念は存在しない。

そのためにちょっとした段差や階段等が多く、目の見えない彼女にとって施設間の移動等はいささか危険をともなう。 ゆえに彼女の手をひき、誘導する役割が必要となる。

この役割は当初は同じクラスの生徒達の当番制だったのだが、ディテクトマジックを視覚のかわりに使用可能になった時点でクルト自身の要請により廃止されており、今ではもっぱら一部の生徒達だけにより自主的に続けられていた。

そして、今日もまたその『一部の生徒達』の一人がクルトの部屋の前にたち、扉をノックした。

 

「……迎えにきた。」

『あ、すこしだけ待って?』

「わかった。」

 

どうやら着替え中だったらしく、衣擦れの音とともにかえってきた声に了承の意をかえす。 と同時に、いつもの事ながら目が見えないにもかかわらずほとんどの事を自分一人でやってしまうクルトに、すこしだけ不満になる。

それが自分を頼ってくれない事にたいする感情だということには気づかず、今日も彼女……タバサは扉の前で小さなため息をつくのだった。

 

「おまたせ、いこうか。」

「ん。」

 

声とともに扉を開けてでてきたクルトの姿は、当然ながら制服姿だ。 ただし、クルトはかなりゆったりとしたサイズを好むため、その身体の線はすっかり隠れてしまっている。

その事を少し残念に思い、ふと以前一度だけぴったりと身体の線のでるドレスを着ていたクルトの姿が脳裏をよぎる。

 

(綺麗だった。 とても。)

 

その姿は、おなじく身体の線のでる扇情的なドレスを着ていたもう一人の友人とはどこか違った。

華やかに妖艶な姿と儚く幻想的な姿。 当時はまだ二人とは友人ではなく、また他人に興味を持てなかった自分ですら目を奪われたその光景は、無粋な輩のせいで一瞬にして壊れてしまったけれど。

 

(今は関係ない。)

 

自分の目的を思いだし、意識をきりかえる。

誘導のために一言声をかけてからクルトの手をとり。 違和感に気づいた。

いつのまにか黒鉄色のネコ科の動物のようななにかがクルトの足元に腰をおろし、こちらを水晶としか思えない瞳でみつめてきていたのだ。

体長90サント、肩高70サント。 尾長40サント程のソレはリンクスとよばれる幻獣にそっくりだが、その体表は黒鉄特有の色と光沢を持ち、無機質な瞳は眼球ごとただの水晶玉のようだ。

 

「これは?」

「? なにが?」

 

タバサの短い質問にクルトは最初なんの事かと首をかしげていたが、やがて足元の存在の事を聞かれているのだと気づくとやわらかい笑みをうかべる。

 

「この子は、私の使い魔のアリア。 よろしくね?」

『キリリリリ……。』

「使い魔……。」

 

口をひらいてまるで鎖の擦れるような音をだしてみせているクルトの使い魔の姿と、昨日召喚後に崩壊した鎧との差に釈然としないものを感じつつも、これはこういうものなのだろうと納得。

クルトの手をひき、ついてくるアリアをそのままに食堂へと歩きだした。

 

 

  * * * * *

 

 

食堂に到着してみれば丁度全員がそろったところのようで、友人との会話のために席を離れていた生徒達が席につきはじめていた。

普通の生徒達は自分の学年のテーブルであればどの席についてもよいのだが、クルトには席が用意してある。

テーブル同士の間隔はかなりひろめにとってはあるがそこは安全第一。 ほかの生徒とぶつかったりしないよう、かなり大きな長テーブルの入口に近い端の席が、クルトの席だ。

 

「ついた。」

「ありがとう、タバサ。 今日はここで食べる?」

 

タバサが手をひいてやれるのは椅子のそばまで。 クルトはディテクトマジックをとなえると、すぐにまるで目が見えているかのように着席する。

自分も返事のかわりに隣の席にすわると、こちらにやわらかな笑みをみせてくれた。

 

「タバサ、あなたの使い魔はどんな子?」

「風竜の幼生。 名前はシルフィード。」

「へえ、よかったじゃない。 でも部屋にはいれられないでしょうし、どこに住まわせるの?」

「学院近くの森。 シルフィードが自分で巣をつくる。」

 

タバサにとって、向こうから話を振られているとはいえここまで饒舌になるのは珍しい。

それどころか、好物であるはしばみ草のサラダを食べる手が僅かながらも止まる事すらあるのだ。

そして、その光景を眺める視線がひとつ。

 

(わたしとタバサも、まわりから見ればあんな感じかしらねぇ……。)

「どうしたんだい? キュルケ。」

「なんでもないわ、エイジャックス。 それよりもね……。」

 

恋人(候補)の声に視線を戻すと、キュルケは艶然と微笑むのだった。

 



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第1章 03 爆音と変化

 

「ほら、ついたわよ。」

「ありがとう、キュルケ。 フレイムもまたね。」

 

教室の教壇側の入口まで手をひいてきてくれたキュルケとその使い魔のフレイムに声をかけると、クルトは教室の中にはいる。 危なげない足取りで最前列の指定席にすわると、足元で金属製のなにかが……おそらくアリアが身をまるめ、足の甲に前脚をのせた。

それだけの事にも喜びを感じながら耳をすませてみれば、教室はいつもとは違い実に雑多な、そしてにぎやかな音に満ちていた。

地を這う音。 翼のはばたき。 大小さまざまな足音。 人ではない鳴き声。 そして、友人同士ではなす声。 不思議な足音。

 

(あれ? 今のって人だよ……ね。)

 

身長170サントほどの男性の歩幅と歩調の足音によくにているが、どこか違和感が拭えない。 が、よく聴こうとした時にはすでにたちどまったかどうかしたらしく、その足音は消えてしまっていた。

 

(もしかして靴底が違うのかな。 コツッコツッじゃなくてキュッキュッだったし。 それにザリッじゃなくてジャリッ?)

 

聞いた事の無いその足音がどうにも気になり、考えこむ。 が、一度聞いただけではそう簡単にわかるはずもなく。

結局、教師が到着するまで考えこむ事になるのだった。

 

 

  * * * * *

 

 

そして、彼女の足元にて身をまるめる使い魔……アリアもまた、考えこんでいた。

 

(接触することで話ができるはず、なんだが。 気づいていないみたいだなぁ。)

 

前任者達の記憶の中から得た知識によれば、身体の一部を接触させることで意思の疎通が可能なはず。 なのだが。

参考にした記憶はどうやら相当昔の前任者の記憶らしく、かなり曖昧になっていたので成功しなくても当然ではある。 しかし、話をしたかったのも事実で。

 

(ただでさえ珍しい連結刃のインテリジェンスソードを使い魔にしたうえ、あんな登場のしかたをしちゃったし、そのうえ翌朝にはなぜかネコ科の動物っぽい姿になってるナニカが、さらに喋るとなったら収拾つかないだろうしなぁ。)

 

実は、喋れたりする。 喉のあたりにある金属製の薄板を振動させることで、声や音をだせるのだ。

……ぶっちゃけ、スピーカーとおなじ原理なわけだが。

ついでに補足するなら、契約の際にコルベールの指示によってほとんどの生徒は離れた場所にいたり、契約後にはすぐに自室へ帰っていた(タバサ同伴)こともあり。

ほとんどの人間はクルトの使い魔はネコ科の動物っぽいナニカだという認識だったりする。

 

(にしてもなんだろうな、このもやもや。 なんか大切な事でも忘れてるみたいな……。)

 

だんだんと強くなる焦燥感に、もしや原作での出来事が関係あるのではと仮定。 記憶群に答えを探して検索をかけてみる。

結果。

 

(えーと、召喚翌日の最初の授業だからー……ってルイズテロ? のタイミングじゃないか!)

 

最高にやばい感じの単語が検索にひっかかった。

慌てて意識を現実に戻してみれば。

 

「ルイズ。 やめて。」

「やります。」

 

褐色の肌のはずのキュルケが顔を蒼白にし、ルイズとおもわれるピンクブロンドの少女が教壇へと歩いていくところだった。

 

(やばいここ最前列! マスター爆発がくる、撤退っ撤退ー!!)

「? どうしたの、アリア。 爆発ってなに?」

(マスターも聞いてなかったうえにイメージだけ伝わってるー!?)

 

どうやらクルトも考え事をしていたようで、現在の状況がわかっていない模様。

クルトの足を前足で叩いて呼びかけてみれば、伝わったのは脳裏に浮かんでいた爆発するイメージのみのようだ。 やっと成功した事を喜べばいいのか、『意思の疎通』というのがイメージのみを相手にみせるだけだという事に嘆けばいいのか。

混乱の中周囲をみれば他の生徒は退避をすませており、教壇を見てみればちょうどルイズが杖を降り下ろす瞬間だった。

 

(っ、やってやる!)

 

今からではクルトを退避させる事も、ルイズをとめる事もできない。 ならば。

 

『ジャラララララララッ!!』

 

その身の全てをもって、爆発の方向をそらすのみ。

アリアの今の身体は連結刃を脊椎に、骨格がわりに棒状の鎖を使い、体表を絹織物のような手触りと目の細かさを持つ丈夫な鎖帷子で覆っている。

そして、筋肉のかわりに絹糸のごときしなやかさと金属の強靭さをあわせもつ鎖の束を。 内臓のかわりに体表とおなじ鎖帷子をつめこんでいるのだ。

まずは教壇の上へと跳びあがり同時に身体を構成する鎖帷子をひろげ、そこで自分の身体を構成する鎖帷子では、至近距離の爆発に耐えられない事を理解する。

 

いまさらな理解を元に計画を変更。

 

唐突にあらわれたように見える自分に驚くルイズと、おそらくシュヴルーズ先生とおもわれる女性の前にひとつ。 次にクルトの前にひとつ、何重にも重ねた鎖帷子を置き、それぞれが爆発を中心に対角線上にあることを幸いに鎖群で繋ぎまくった。

まぁ、結局予定の半分ほどの数しか鎖を繋げず、まさに爆心地にいる自分は無防備そのものだったが。

 

 

  * * * * *

 

 

 

『ドッガァアアン!!』

 

盛大に鳴り響く、爆発音。 一瞬にして教室を駆け抜ける、爆風という名の衝撃波。

盾として置かれた鎖帷子のおかげで爆発をもろにくらう事はなかったものの、それでも吹き飛ばされて後頭部を黒板にぶつけたシュヴルーズ先生は目をまわして気絶。 おなじく吹き飛んだルイズはシュヴルーズ先生にぶつかったが、ともにたいした怪我はないようだ。

爆発に驚いた使い魔達が暴れだす。 阿鼻叫喚の大騒ぎのなか、生徒の一人がルイズを非難するために口をひらき。

それを見た。

 

『キャリリリリ……。』

「鎖の獣……?」

 

それは、黒鋼色をしていた。

連結刃を背骨に、棒状の鎖で構成した骨格標本のようなその姿は、しかし。 その背より多数の繊細な鎖を翼のようにのばし、教壇の残骸とその周囲をまるで抱えこむようにひろげている。

そして事実、爆発が直接もたらした破壊力による被害は教壇だけであり。 その翼のようにひろげた鎖群でもって、爆発から皆を守ろうとしたことは明白だった。

が、さすがに爆心地での破壊力にさらされたその身体は右前足とひろげた鎖群の一部が損失し、全体的に煤けている。

しかし、その姿は堂々としたもの。 主人を護る事に全力をだし、護りぬいた誇りに満ちているように見えた。

 

 

  * * * * *

 

 

 

(正直、また死ぬかと思った……。)

 

ひろげていた鎖群を回収しながら、アリアは内心でため息をつく。

いちおう爆発の衝撃から身を守るため、自分の身体を構成する鎖を固定して防御力の底上げはした。 が、おそらく虚無の爆発であるうえにルイズを驚かせて精神集中を乱したせいか思ったよりも威力は高かった。

よくもまぁ右前足と少々の鎖群だけですんだもんだと自身の頑丈さに少し呆れ、ひとまずひろげていた鎖群をひき戻して元の姿に戻っていく。

教壇(だった物)からおりつつ主人を見てみれば、クルトはルイズ達ほどの至近距離にいたわけではないので、爆発で発生した粉塵に咳き込んでいるだけのようで安心する。

 

『キャリリリリ。』

「アリア、大丈夫だった?」

 

足元についたところでクルトに声をかけられ、驚く。

見上げてみれば、心配するような表情を浮かべ、こちらへと顔を向けるクルトの姿。 どうやらさきほどの爆音や現在の周囲の会話等から、現状把握はすんでいるようだ。

答えのかわりに足首のあたりにひき戻した鎖で代用した右前足をおしあててやれば、ようやく安心したようで表情がやわらかくなる。

そして我らがルイズはといえば。

 

「ルイズ、クルトの使い魔に感謝しろよ! 成功の確率ほぼゼロのおまえが、教壇ひとつですんだんだからな!」

「そうだ! それに主人の失敗を使い魔じゃなくて他人の使い魔がフォローするなんて、聞いたこともないぞ!」

 

なにやら原作以上に責められ、軽くうつむき。

 

(もしかして、いやもしかしなくてもさっそく干渉しちまった……。)

 

そして、みずからの使い魔……原作通りならサイトのいる方向とこちらとを行き来する色々なモノを含んだ視線。 そして色々なモノで満ちていそうなため息。

どうやら自分の行為の所為で悪化したらしいという現実に、疑似セラミック製の頭が痛みを訴えるのだった。

 



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第1章 04 拳と白手袋

 

本塔の最上階にある、学院長室。 その入り口の正面に位置する重厚な職務机で鼻毛をひきぬいているのは、ここトリステイン魔法学院の学院長を務めるオスマン氏だ。

しばらくぼんやりとしていたが、ふと思いたったように席をたつ。 そのまま窓際まであゆみよると、窓際の戸棚から水ギセルをとりだし。

 

「放して欲しいんじゃがな、ミス……。」

「外で水ギセルを吸うのは感心いたしますが、あなたの健康管理もわたくしの仕事ですので。」

 

窓際から身をのりだしたオスマンは、そのマントを理知的な顔立ちが凛々しいミス・ロングビルに捕まえられ中途半端な格好で停止していた。

そのままの体勢でため息をつくと、オスマンはゆっくりと首を左右にふる。

 

「まったく、平和が一番ではあるが過ぎるのも考え物じゃのう。」

「だからといってマントの止め金をはずそうとしないでください、オールド・オスマン。」

 

そろそろと止め金へ動かしていた手を諦めたように戻すと、オスマンは室内に戻る。 そのまま戸棚の上に水ギセルを置くと、ふぃっと窓の外へと視線を向けた。

 

「そもそも平和とはなんなんじゃろうなぁ……。」

「すくなくとも覗きは平和の真逆だと思いますわ。 それと隙をみはからって窓から飛びだした場合、撃墜いたしますので。」

 

なにごともなかったかのようにオスマンはひきだしの中に水ギセルを片付けると、足元に駆けよってきた小さなハツカネズミをひろいあげる。

ポケットからナッツをとりだすと、ネズミの顔の前で軽くふった。

 

「気をゆるせる友達はおまえだけじゃ、モートソグニル。」

 

ナッツをもらったネズミは嬉しそうに一鳴きすると、すぐさま齧りはじめる。 やがて齧り終わると、催促するように鳴いた。

 

「そうかそうか、もっと欲しいか。 じゃが、まずは報告じゃ。」

 

ちゅうちゅう。

 

「そうか、清楚な純白か。 しかし、ミス・ロングベルには蠱惑的な黒がにあうとは思わんか? モートソグニル。」

 

さすがに忍耐の限界だったらしく、ロングビルはオスマンに素晴らしい笑顔を見せる。

後ろ手に杖を持ちながら。

 

「オールド・オスマン、ロングビルです。 それと、今度やったら王室に報告します。」

「カーッ、王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかぁっ!!」

 

一喝。 声量、威厳ともに素晴らしいといえるが、使い所をあきらかに間違っている。

指摘するのも疲れたロングビルは、ひとつため息をつくのだった。

 

「まったく下着を覗かれたくらいでそうカッカしなさんな! そんな風だから婚期を逃がすのz」

「オールド・オスマン……。」

 

言いながらロングビルのお尻へとのばされていた腕は、途中で掴まれることで停止する。

そのままぎりぎりと腕を苛む握力に、オスマンの額に一筋の汗が流れた。

 

「な、なんじゃ? ミス・ロングビル。」

「いっぺん……っ!」

 

ふりかぶられる、杖を握りこんだ拳(錬金魔法によりナックル作成済み)。

片足をかるくひき、身体を半身に。 呼吸を整え、オスマンとは吸い、吐くのを逆にする。

さらに、握る手をかるくおしだして。

 

「逝ってこいっ!!」

「ちょっとまぷろばぁっ!?」

 

相手が抵抗しようとした瞬間、息を吐いた瞬間を狙い、握る手をひく。 おされるのに抵抗しようとしていた身体は、急に変化した力に対応しきれずにひかれるままに前方へと倒れ始める。

そして全身のバネと震脚、合気でもって鋭い排気とともに射出された拳。 それは息を吐ききり、吸いはじめたオスマンのみぞおちへとすいこまれ。

そのまま窓の外へと吹き飛ばした。

そしてさらに。

 

「そしてぇっ!」

「ぎゅっ!?」

 

吹き飛び、窓の外へと飛びだしたオスマンのマントを掴み、急停止。

勢いを全身で殺しながらもわざと窓際ぎりぎりまで前進、さらに重心を落として。

 

「墜ちろぉ!!」

「っ……ーーっ!!」

 

肩越しにひき、窓枠の外にいるオスマンの首を絞めた。

声もだせず、だんだんと抵抗が弱くなっていく感覚に勝利の予感を感じ。

 

「オールド・オスマン!!」

「オホン! なんじゃね?」

 

唐突に勢いよく開いたドアとともに、コンベールが飛びこんできた。

その闖入者をミス・ロングビルは何事もなかったかのように席について、オスマンは威厳たっぷりな態度でむかえる。 早業であった。

……オスマンのマントの止め金が歪んでいたり、机のひきだしにはナックルが隠してあったりもしたが。

 

「こここれを、これをご覧ください!」

「これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。 またこのような古臭い文献なんぞを漁りおって。 そんな暇があるのなら、たるんだ貴族達から学費を徴収するうまい手をもっと考えるんじゃよ、ミスタ……、なんじゃっけ?」

「コルベールです! いい加減覚えてください!」

 

どうやら今まで何度も名前を聞かれたらしく、若干うんざりとした様子のコルベールだったが、首をふって気をもちなおすと、懐からメモ帳をとりだしてオスマンにさしだす。

 

「これもご覧ください。」

「ふむ? ……うむ。」

 

そのひらかれたページを見た瞬間、オスマンの表情が変わった。 眼光が鋭くなり、視線が険しくなる。

 

「ミス・ロンドベル。」

「ロングビルです。 わかりました。 書庫の目録ですね?」

「うむ。 できるだけ詳細な物を頼むぞ。」

 

オスマンに一礼すると、ロングビルは学院長室から退出する。 実にデキる秘書の鏡のような姿だった。

彼女の退室を見届け、オスマンは口を開く。

 

「詳しい説明を、ミスタ・コルベット。」

「コルベールです。」

 

 

  * * * * *

 

 

アルヴィーズの食堂、そのクルトの席の足元でまるまったアリアは小さなため息をついた。

教室でのルイズテロのその後は、原作では特になにもおこらなかった。

まぁ、描写するような事はなにもおこらなかったというのが正解か。 ただし、俺にとっては色々と大変だった。 本当に。

どうやら俺が爆発にたいして咄嗟にとった行動が好印象だったらしく。 頭を撫でられたり、使い魔のおやつらしい干し肉を貰ったり(物を食べられないと伝えるのが大変だった)、抱き上げようとされたり(こちとら全身金属製なもんで、重すぎて断念していた)。

実に、大変だった。 ……まぁ、嬉しかったのは事実で。 それに、少しづつ『貰った』おかげで右前足等の欠損部位を再構成できたし。

しかし、おもわず返した反応がもろにネコだったのには愕然としたが。 自分の生前(?)がネコなんじゃないかと悩んだのは秘密だ。

 

「なにやってるの? あれ。 ギーシュと……?」

「ルイズの使い魔。」

「あれ? この足音って……。」

 

そして、その際に色々試した結果。 簡単な単語なら問題なく伝えられる事が判明しました。

さっそく活用してクルトに散歩してくると伝え、周囲を散策してみれば。

 

「ヴェストリの広場で待っている。 覚悟ができたらきたまえ。」

「そっちこそ逃げんなよ、キザ野郎!」

 

薔薇をくわえ、優雅に去っていく少年と。 実に元気に啖呵をきる少年を意外に近くでみつけるのだった。

あらためてその危機感のなさとか無知さ加減とかに呆れるが、チートの差があるだけで自分も人の事はいえない事に気づき、少し反省。

そしてギーシュの友人とおもわれる少年達が席をたつなか、ふとふりかえれば。

 

「ちょっと見にいきましょ。 おもしろそう!」

「無謀。」

「そうだよね。 忠告ぐらいはしたほうがいいのかな?」

 

わくわくしているキュルケに、呆れているタバサ。 そして、ルイズとわかれて歩き去っていくサイトをなぜか妙に気にしている主人の姿を見るのだった。

 



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第1章 05 決闘と異常

 

「諸君、決闘だ!」

 

ヴェストリの広場、噂を聞きつけてあつまった生徒達の集団によって形成された闘技場(コロッセオ)の中心。

当事者の一人であるギーシュの薔薇の造花を掲げながらの宣言に、観客達の歓声があがる。 もう一方の当事者であるサイトはといえば、耳をおさえ、うるさそうにあたりを見渡していた。

彼は観客はいても数人程度だと考えていたようで、一様に興奮状態の大量の観客達に少し気おくれをしているようだ。

 

「うるっせぇなぁ。 さっさとはじめようぜ。」

「ふん、そう急ぐな。 すぐにでも叩き潰してやるさ。」

 

いらいらとした声のサイトの挑発に、ギーシュは悠然と振り向いてみせる。

さらに造花の薔薇を胸ポケットへと差し込むと、気障な笑みをうかべた。

 

「まずは、逃げなかった事を褒めてやろう。 そして、すぐにその選択を後k……。」

「はいはいワロスワロス。 いちいちカッコつけなきゃなんにもできないのか? 二股野郎。 いや、女の敵か。」

 

大仰につづけようとした台詞を遮りながらのサイトの痛烈な皮肉に、ギーシュは表情をひきつらせる。 そしてそれに追い討ちをかけるような、周囲の観客に少数混ざっていた女生徒による非難の声。

もはや色々な感情を封じた表情は笑顔のまま凍りつき、その眼には混沌とした光を宿して。

 

「いいだろう……。 さぁ、はじめようか!」

 

ギーシュは薔薇の造花を剣のように眼前に掲げ、決闘の開始を宣言した。

そしてその宣言と同時。

 

「先手っ必勝ぉおお!」

 

軽く前傾姿勢をとっていたサイトは全力で大地を蹴りつけ、一気にギーシュへと接近をはじめる。

対するギーシュはあくまでも優雅に薔薇の造花を振り、一枚の花弁を落とす。 花弁は地面に触れた瞬間に膨張し、姿を変え。

 

「ワルキューレ!」

「うおぉっ! なんだこりゃ!?」

 

甲冑を着た女戦士の姿を象った、人形へと変化した。

人間とおなじ程の身長を持つ人形に前をふさがれ、サイトはたたらをふみ、足を止めてしまう。 そのあいだに少し距離をあけたギーシュは、誇らしげに薔薇の造花を掲げた。

 

「僕はメイジであり、魔法は僕の持つ力だ。 よもや文句はあるまいね?」

「てんめぇっ!」

 

嘲るように笑いながら言うギーシュに、サイトは人形の横をすり抜けるようにしてふたたび突撃を開始する。

しかし、それは。

 

「言い忘れていたが、僕の二つ名は『青銅』。 青銅のギーシュだ。 よって君の相手は青銅のゴーレム『ワルキューレ』がする。 まぁ……。」

「なっ!?」

 

横から伸びた青銅製の腕に遮られ、肩口を掴まれる。

さらに強引にひきよせられ、

 

「楽しんでくれたまえ。」

「げぼっ!?」

 

腹へと強烈な拳を打ち込まれた。

 

 

  * * * * *

 

 

もろに青銅製の拳を腹にもらい、うずくまるサイト。 それを見下ろすワルキューレに、絶対的有利に高笑いをはじめるギーシュ。

さきほどルイズが横を駆け抜けていったので、いまごろは心配されたサイトが無茶をしている頃だろう。

そして自分はといえば。

 

「あら。 根性はあるみたいだけど、凄く弱いみたい。 ワルキューレにぼこぼこにやられてるわね。」

「根性があるのはいいけど、力の差がわかっているのにまだ正面から挑んでいるの? ほかにやりかたがあるのに……。」

「死んでも自業自得。」

 

近くの木に登り、えらく酷評なクルト達に決闘(一方的)のようすをイメージだけで伝えていた。

どうやら主人以外にも有効らしいこの力だが、接触が絶対条件なので肩甲骨のあたりから伸ばした鎖を握ってもらっている。

ただしキュルケ、たまに引っ張るのはやめてくれ。 頭上から鋼の塊が落ちてきてもいいのなら話は別だが。

 

「アリア。」

『キリリリリ。』

 

どうやら正解に伝わったらしく引っ張るのをやめたキュルケに満足していると、クルトに呼ばれたので返事を返しておく。

なんですか、マスター。

 

「止められる?」

『キュリリ……。』

 

そればっかりはやめたほうがよろしいかと。

いちおう否定の意思は伝えたが、納得してもらえただろうか。

なにせこれでも魔剣・インテリジェンスソード……つまり武器なもので、ガンダールヴの力は問題なく発動するだろう。

しかし、色々と特異な俺が武器になってやったところで勝ったのは俺のおかげだって話になるだろうし、直接止めるにしても今後原作の物語から大きくはずれてしまう可能性が高い。

それに、ほら。

 

「下げたくない頭は、下げられねえんだっ!」

 

ガンダールヴ無双がはじまるよ。

 

 

  * * * * *

 

 

一方その頃。 学院長室では、コルベールの口角泡を飛ばす勢いでの説明が続いていた。

春の使い魔召喚の際に、ルイズが平民の少年を。 クルトが特殊な能力を持つインテリジェンスソードと思われる剣を召喚してしまった事。

ルイズがその少年と『契約』した証明として現れたルーン文字が、気になった事。

そして、それを調べていたら……。

 

「始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』にいきついたということじゃね?」

 

オスマン長老は、コルベールが描いたスケッチをじっと見つめる。 妙に上手いそのスケッチの下には、これまた綺麗な字体で対応すると思われるルーン文字が書かれていた。

 

「そうです! あの少年の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』の物とまったく同一の物であります!」

「で、剣のほうは?」

「そ、それはまだ調べ中でして……。 とにかく! あの少年は『ガンダールヴ』です! 一大事ですよ、オールド・オスマン!!」

 

冷静な指摘に一瞬たじろぐも、すぐにまた勢いよくつめよるコルベール。

髭をさわっていたオスマンは、とりあえず一歩下がっておいた。

 

「確かに、ルーンは同じじゃ。 ルーンが同じということは、その少年は『ガンダールヴ』になったという事になるのじゃろうな。 ……しかし、それだけで決めつけるのは早計すぎる。」

「それもそうですな。 第一、伝説の使い魔にしては頼りなく見えますし。」

 

コルベールが若干ひどい事を言うのと、ドアがノックされるのはほぼ同時だった。

オスマンが誰何の声をかける。

 

「誰じゃ?」

「ロングビルです。 ヴェストリの広場にて決闘騒ぎをしている生徒がいるようです。 大騒ぎになっているため教師が止めに入りましたが、生徒達の数が多すぎて収拾がつかないようです。」

「まったく、暇をもてあました貴族ほど性質の悪い生き物はおらんわい。 で、誰が暴れておるんだね?」

「一人は、ギーシュ・ド・グラモン。」

 

返答にオスマン氏はため息をつき、眉間を揉みほぐす。

 

「あのグラモンのとこのバカ息子か。 オヤジも色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。 おおかた女の子の取り合いじゃろうて。 相手は誰じゃ?」

「……それが、メイジではありません。 ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです。」

 

顔をみあわせ、硬直する男二人。

 

「教師達は騒動の収拾の為、『眠りの鐘』の使用許可を求めております。」

「必要ない。 ただの喧嘩に秘宝は使えん。 教師ならば自力で収拾をつけてみせろと伝えてくれんかの。」

「わかりました、そのように伝えます。」

 

ミス・ロングビルの足音が消え、雑音の減った空間に自分の唾を飲みこむ音がやけに大きく聞こえるなか。 コルベールはオスマン氏をうながす。

 

「オールド・オスマン。」

「うむ。」

 

うなずいたオスマン氏は壁に掛けられた大きな鏡にむきなおると懐から杖を抜き、軽く振る。

鏡は答えるように燐光を鏡面から漏らすと、ヴェストリの広場の様子を写しだした。

 

 

  * * * * *

 

 

直前まで嬲られていたはずの者が、急に強くなり相手を逆に圧倒する。 少年誌等ではお馴染みの光景ではあるが、実際に見てみればこれほど違和感だらけで気持ちの悪い光景はあまりないだろう。

なにしろ全身打撲に骨折の種類をほぼ全て制覇。 さらに擦過傷に切り傷に裂傷にとただ動く事にも支障がでる身体で、健康な成人男性にもなかなかできない動きをするのだ。

異常であり、異端だ。

しかし、この場にそのような感想を持つ者はほとんどいない。

相手の身体の損傷具合を把握でき、なおかつどの程度の損傷でどの程度までの動きができるかを理解していなければ、異常である事に気づけない為だ。

逆にいえば、気づいている者もまた、そのような平和とはほど遠い戦う為の知識を持つ異端だといえる。

そして、その数少ない内の一人である彼女は自分の使い魔とともに歩きながら、ついさきほど終了した決闘においての異常について考えを巡らせていた。

 

(最初は明らかに素人のバタバタした足音だったのに、剣を取ってからの動きには技術が使われていた。 まぁ、動きの繋ぎには無駄が多かったけれど。)

 

彼女……クルトの家であるフューエル家は軍人家系であり、『他者を護る者はまず自らを護ることができなければならない』を家訓としていた。 自身の妥協を許さない性格もあり、盲目にもかかわらずその戦闘能力は護身術の域を若干はみでていたりする。

その彼女をしての異端と言わせる程の異常を発揮した少年、サイト。

しかし、今は。

 

「ミス・ヴァリエール。 手伝いましょうか?」

「クルト? えぇと、大丈夫。 一人で運べるわ。」

 

大怪我をしているサイトを運ぶのが先だ。

生徒達のあいだをすりぬけて近くまできてみれば、ルイズはどうやら自分よりも大きいサイトを抱えようとして失敗しているようだ。

大丈夫と言いながらも途方に暮れている姿に、多少強引だが手を貸してしまうことにする。

 

「アリア、お願い。」

『キリリリリ。』

「きゃっ!? ちょっとまって、おろしてー!」

 

アリアが鎖から編みだした即席の担架にルイズごとサイトをのせたらしく、ゆすられる鎖群の音と悲鳴が聞こえる。

が、まぁ運搬には問題ないので。

 

「いくよ、アリア。」

『キリリリリ。』

「わかったから、運んでくれてありがとう! だからおーろーしーてー!」

 

教師に掴まる前にせめてサイトを医務室へ届けるべく、移動を開始するのだった。

 

 

  * * * * *

 

 

オスマン氏とコルベールは『遠見の鏡』で一部始終を見終えると、互いに顔を見合わせた。

 

「オールド・オスマン。 ……勝ってしまいました。」

「うむ。」

「ギーシュはもっともレベルの低い『ドット』メイジですが、それでもただの平民に後れをとるとは思えません。 それにあの動き、スピード! やはり彼はガンダールヴ!」

「むぅ。」

「これはもう、さっそく王室に報告して、指示を仰がないことには……。」

「それには及ばん。」

 

だんだん興奮してきたコルベールはそのままの勢いで進言したが、オスマン氏の重々しい一言で遮られる。

 

「なぜですか? 現代に甦った『ガンダールヴ』! 世紀の大発見ではありませんか!」

「ふむ。 どういう存在かは知っておるじゃろう?」

「それはもちろん。 始祖ブリミルの使い魔である『ガンダールヴ』。 その姿形は記述がありませんが、主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在であり。 そのため『神の盾』とも呼ばれ、その力は千の軍勢をたった一人で壊滅させ、並のメイジではまったく歯がたたなかったとか!」

「うむ。 して、あの少年はどうじゃ。 伝説の存在に見えるかの?」

「それは……。」

 

オスマン氏にきかれ、冷静になったコルベールはようやくオスマン氏が何を言おうとし、何を危惧しているのかを理解した。

 

「……つまり、オールド・オスマン。 『ガンダールヴ』の存在は戦争の引き金になると?」

「そうは言っておらん。 じゃが、なぜただの平民が召喚され、契約をしただけで『ガンダールヴ』となったのか。 よくわかっておらぬうえ、王室の馬鹿共は戦争の強力な駒としてしか見ないじゃろう。 そんな者共に『ガンダールヴ』とその主人をまかせてはやれんのじゃよ。」

 

オスマン氏は重く、静謐な貫禄と共にそう言うと、窓際へと歩みよる。

窓から外を見やるその姿は、幾多の嵐を耐えぬき、木陰に子供達を遊ばせる大樹のようだ。

 

「他言無用じゃぞ、ミスタ・コルレル。」

「コルベールです。」

 

……しまらなかった。

 



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第1章 06 月歌と月夜

廻(まわ)る、廻(めぐ)る。

 

双月の淡い光の下、他に動く者のいない塔の屋上にて。

 

歌う、謡う。

 

生命の歓喜の歌を。 死と再生の月光の謡を。

 

舞い、踊る。

 

屋上の縁を種子を運ぶ綿毛のように舞い、暖かな春風のように踊る。

 

時折跳ねる足元はまるで夢見るように。 しかし危なげなく。

優しく空を撫でる手は全てを慈しむように。 しかしひとつのみにすがり。

薄く開かれた双眸は全てを受け入れるように。 しかしその瞳はなにも写さない。

 

その光景はどこか矛盾していて。

しかし、たしかに調和していた。

そして。 万物がそうであるようにその光景もまた、永遠ではない。

 

「あっ。」

 

縁に寄り過ぎた足をすべらせ、彼女の身体は虚空へゆっくりと傾いでいく。

しかし、その表情には焦る色はなく。 ただ己の失敗を恥じる赤面と、絶対の信頼しかなかった。

 

『シャララララ……。』

 

そして、彼女の使い魔は当然のようにその信頼に答える。

彼女の袖口からすべりだした微細な鎖の糸がその身を伸ばし、すぐ側に座る鋼の獣の脱け殻へと絡みつく。

そのままゆっくりとひきよせると、主の身体をまっすぐに立たせた。

 

「……ありがとう、アリア。」

『キリリリ。』

 

主……クルトの声に、その背に剣の姿で背負われていたアリアは鎖の擦れる澄んだ音で答える。

同時に伝えられた心配するようなイメージに、クルトは微苦笑をうかべた。

 

「ごめんね。 嬉しかったからつい。 今度は広い場所でやるから、もう一回だけ。 ね?」

『キュリリリ……。』

 

まったく懲りていない様子の主人に、あきれたようなイメージとともに伝えられた感覚。 その感覚に、クルトの心はふたたび歓喜に包まれる。

まるで周囲の地形をそのまま頭に流し込まれるようなその感覚は、その知覚範囲全体が自分の身体になったかのような錯覚をおこさせた。

 

「……ゥ…。」

『キャリリリ!?』

 

聞こえないように小さく口の中でルーンを唱える。 それでも聞こえたのか慌てたようにアリアが声(?)をあげるが、もう遅い。

短いルーンの詠唱が終わり、杖を軽く振る。 それだけでクルトの身体は文字通り浮きあがった。

風を踏み台に一気に空へと駆け上がり、『広い場所』へと踊りでる。

 

「ね、広いでしょう?」

『キリリリ……。』

 

呼びかけるが、返事として伝えられたのはまるで観念したかのようなイメージだった事にクルトはくすりと笑い。

身体を風にのせて舞わせ、ふたたび歌を歌いはじめた。

 

 

  * * * * *

 

 

 

(まったく、新しい玩具を手にいれた子供みたいだな。 ……あ、子供か。)

 

クルトに伝える情報を処理しつつ、俺はため息をつく。

魔剣であるこの身には聴覚と嗅覚以外の五感はなく、かわりに周囲の一定範囲のありとあらゆる情報を手にいれる『ディテクトマジック』の応用のようなモノがある。

視覚を持たず、故に空間把握能力の高いクルトならば理解して扱えるかと考えてやってみたが、成功のようだ。 練習さえすれば常人にはありえない感覚を手にいれることができるだろう。

まぁ、この感覚は周囲の温度分布、大気や物質の組成に密度、力の大きさとベクトルその他様々な情報も同時に手にいれてしまうため、伝える前にできるだけ理解しやすくかつ簡素にしなければただの頭痛生産にしかならない。

というか前任者の人間のほとんどがこの感覚をもてあまして発狂しているあたり、人間には過ぎた感覚なのだろう。

俺はなんとか対応できたが、クルトにおなじ苦しみを与えるつもりはない。 空間把握に関係のある情報だけを抜粋して伝えている。

 

(……仮説はあたり、かな?)

 

そこまで思考してから、自分の変化に少し怖くなる。

ガンダールヴのサイトか虚無のルイズか、あるいはその両方か。 彼らを運搬する際に触れてから、自分の記憶と、前任者達の記憶の差がほとんどなくなってきている。

さっきのように、検索することなく自然に自分の物ではない記憶をおもいだし。 自分らしくない思考をする。

まるで今までの前任者達と混ざりあい、統合されていくように。

最後にそこに残るのは俺か、前任者達の中で最も優れた者か。

それとも、

 

(俺達を材料に新しく生まれるナニカ、か。 ……消えたくねぇなぁ。)

 

急速に薄れていく境界に、既にいくらか混ざった影響か、消えたくないという感情まで希薄になっている事実に背筋を冷やす。 背筋ないけど。

 

(まぁ、今は考えてもどうしようもない、か。 やりたいことはやっとくかな。)

 

まずは、歌おう。

俺がこの世界にしがみつく理由である少女とともに、俺だけの知識である歌を。

 

『tuKiアカリのモto、謳おう生命の歌を……。」

「アリア!? ……うん、歌うよ。 生命の讃歌を、月光の歌を。 いっしょに!」

 

驚くクルトも、すぐに喜びとともに声を重ねて歌い始める。

俺達の出逢いの原因となった歌を。 別れの後、俺をささえた歌を。

柔らかで優しい、月光の下で。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「この声、『月歌』かしら。 もう一人いるみたいだけど、聞いたことない声ね……。」

 

窓の外からかすかに聞こえてきた歌に、私はため息をつく。

月の綺麗な夜にたまに聞こえてくるこの歌声は、皆のあいだで『月歌』とよばれている。

けれど、歌っているのが誰かはわかっていない。 生徒の誰かだという事まではわかってるんだけど……。

そこまで考えてからふと自分のベッドを見てみれば、そこには自分で寝かせた使い魔が寝ている。

 

「まったく、この馬鹿……。」

 

われながら下手だと思う巻き方の包帯で、ぐるぐる巻きの自分の使い魔。 平民の癖に貴族に勝った、少年。

正直、召喚した時には落胆した。 ゼロの自分には、召喚もまともにできないのかと絶望もした。

自分の使い魔であるサイトではなく、盲目の転校生の使い魔が自分の失敗魔法から私を守ってくれて。 そのくせ私の使い魔であるはずのサイトが私をからかってきた時には、本気で使い魔の再契約方法を考えた。

それでも、我慢した。 こんなのでも、使い魔だ。

主である私が召喚した使い魔だ。

なにかひとつでもいいところが、使い道があるはずだ。 そう信じてきた。

 

「アンタ、メイジ殺しだったんなら先に言いなさいよ。 そうしてたら……。」

 

そうしていたら、どうしていただろうか。

考えてみれば、ずいぶんとひどい境遇である。

故郷からいきなり見知らぬ土地へ召喚され、使い魔にされて。 ……サイトの話を信じるなら、メイジや貴族のいない異世界からきたらしいけど。

とにかく召喚されて、それなりに裕福な暮らしをしていたのにいきなり使い魔扱い。

 

「……すこしくらい、改善してあげようかしら。」

 

寝床にベッドのマットレスぐらいはあげよう。 食事も厨房に頼んで賄い食ぐらいは用意させてあげて……。

 

「……ぅぁ…ぁ……。」

「サイト!?」

 

うめき声をあげたサイトに、もう目がさめたのかと驚く。

二、三日は目がさめないだろうと言われていただけに驚きは大きく、おもわず身をのりだし。

 

「……勝ったからって抱きつくなよぉ、ルイズゥ……。」

「……待遇改善はなしね。」

 

大きな寝言に、色々なものを含んだため息をもらした。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「あいかわらず上手いわねぇ。」

「ん。」

 

本塔の風下に位置する塔の、屋上。 屋内へ続く階段の影にわたし達はならんですわっていた。

わたしの『サイレント』とタバサの『集音』で作りだしたこの環境は、普段恥ずかしがって人前では歌わないクルトの歌声を聞くためだけに練習し、習得したものだ。

特にタバサの『集音』は盗み聞き等に使えるからか資料がろくにないうえに制御が難しく、狙った音だけを集めるのは大変だ。

だからわたしが『サイレント』で無音の空間を作りだして補助し、そこにタバサが『集音』でクルトの歌を満たすことでようやくまるで至近距離で歌を聞いているような気分になれる程になる。

でも、やっぱり。

 

「やっぱり近くで聞いたほうがいいわねぇ。」

「……ん。」

 

普段無表情なタバサが僅かに残念そうな表情になるのを見て、うなずいて見せる。

極々たまに、それこそわたし達の誕生日ぐらいにしか歌を聞かせてくれないクルトに、不満に思う時もある。

でも、この時だけは。 歌い手を知らない皆が『月歌』とよぶこの歌を聞いている時だけは、僅かな優越感と多大なやすらぎを感じることができる。

 

「タバサー、子守唄だからって寝ちゃだめよー?」

「っ……!? ぅん。」

 

いつのまにか子守唄に変わっていた歌に、こっくりこっくりとしていたタバサをつついてやる。 タバサが軽く頭を振って集中すると、いままでかかっていたノイズが消えてふたたび綺麗な歌声が響きはじめた。

いつも氷河のように凍りついているタバサの心も、この歌声には簡単に油断させられてしまうようだ。 ふたたび混じりだしたノイズとともにとろんと瞼が閉じかけているタバサに、少し笑う。

こてんと自分の肩にのった頭に聞こえないように、そっとつぶやく。

 

「ほんと、なんで貴女は貴女なのかしらね……。」

 

滅びゆく国の貴族であり盲目である彼女に、ここ最近みていなかったやすらかなタバサの寝顔を見せられない事を残念に思いながら。 わたしは毛布を手にとり双月をみあげた。

 

 

 

 



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第1章 07 日常と遭遇

 

俺の1日は、朝日とともに始まる。

睡眠を必要としない俺にとっては、誰もが寝静まる夜は孤独そのものだ。 待ちに待った朝日を確認すると、記憶の海から現実に戻り行動を開始する。

またもや昨夜遅くまで歌っていたために熟睡中のクルトの腕のなかから床へと降りると、まずは全身の動作確認。 次に暖炉に『肺』の中身を捨て、部屋の隅に片付けてある水汲みバケツ(鎖で補強したアリア仕様)の取っ手をくわえた。

カーテンをひらいて部屋に朝日を呼びこみ、窓の縁にひっかけた鎖の具合を確かめると窓から外へとでていく。 そのまま水汲み場まで歩いていき、おなじく水汲みにきたメイド達と挨拶(額を足にかるくあてるだけ。 なぜか皆喜ぶ)。

撫でようとするメイド達をかわしつつ、水で満たされたバケツをくわえて窓から部屋に戻ればクルトがおきているので、準備ができるまで待機。

 

「クルトー、もういい?」

「いまいく。 アリア。」

『キュリリ。』

 

大抵はタバサなのだが、今日はキュルケのようだ。

迎えがきたら、一緒に食堂へ。 他愛もない話をするクルト達のあとについて移動し、席についたら足元の指定席でくつろぐ。

その後朝食が始まったら食事中に一旦離れ、厨房へ。

 

「なぁ、『我らの剣』! 俺はおまえの額に接吻するぞ!」

「苦しい、あと接吻はやめてくれよ。」

 

そこで毎度のように繰り返される寸劇をこれまたいつものように無視すると、シエスタの足をかるくたたいて注意をひく。

 

「あ、いつものですね。 ちょっと待っててくださいねー。」

「あれ? 使い魔の餌も用意してるんすか?」

「ああ、あいつらときたら注文するだけしてあとは俺達にまかせっきりで放置だ。 マシなのはここまで取りにきて自分でやっているようだがな。」

 

しばらくすわって(メイドやコック達の視線を無視しつつ)待てば、シエスタが練炭と火のついた炭を持ってきてくれる。

礼がわりにシエスタの足に頭を擦りつけ(勝者と敗者のため息を無視して)、さっそく練炭にかぶりつく。

 

「もしかして、あれがあいつの飯……?」

「いや、違うと思うぞ。 寒い日にしかこねぇし、たぶんクルト嬢ちゃんの暖房がわりなんじゃねぇかな。」

 

一番最初に練炭をもらいにきた時に、そう伝えたはずなんですが。

いまいち確実性に欠ける伝達能力に不安をおぼえつつも練炭を均一に砕き、飲み込んで燃料袋にためておく。

最後に『肺』に適量の練炭と飲み込んだ炭火をおくりこみ、ゆっくりと燃焼させれば準備完了だ。

 

「昼食の時も用意しておきますか?」

『キリリリ。』

「賢い猫だなぁ。 ……鎖でできてるし、でかいけど。」

 

前脚で触れつつシエスタに肯定を伝える。 あとはとくに用事もないので、なにやらこっちを見ている視線を無視しつつ厨房からでていった。

 

クルトのいる教室にむかって廊下を歩いていく。

途中、ミス・ロングビルの愚痴(ほとんどがオールド・オスマンのセクハラについて)につきあったり、撫でてくる人達をかわしたりしつつも到着。

すでに授業は始まっていたが、授業の妨害にならなければ使い魔は自由に行動してよいので遠慮なく入室。

クルトの足元までいき、『肺』の温度をあげつつ足によりそうようにまるまった。

 

 

  * * * * *

 

 

足元からつたわってくる熱でアリアが戻ってきたことを知り、私は安心からひとつため息をつく。

そして、たった数日で自分がいかにアリアに依存してしまっているかに気づいた。

 

(もう皆とも馴染んでいるみたいだし……。 本当、不思議。)

 

盲目の自分が補助なしで空を飛ぶことができるなんて考えもしなかったし、誰も知らない綺麗な歌をたくさん教えてもくれた。

なにより、本当の『家族』のように傍にいてくれる。

本当につらい時、悲しい時。 助けて欲しい時によりそい、助けてくれる。

まるで、私の欠けた部分をおぎなうように。 ふたつでひとつの双月のように。

だけど。

 

(今の私はもう小さな子供なんかじゃない。 自分で考え、行動できるから。)

 

だから、アリアにばかり頼るのはいけない。

第一、私達は『主人と使い魔』の前に、『家族』だ。 私からもなにかしてあげなくちゃ。

そこまで考えたところで、ふとアリアのやりたいこと、望みを知らないことに気づいた。

 

(アリアの欲しい物ってなんだろう? ずっと宝物庫にいたんだし……。 旅行、かな?)

 

考えてみるが、どれもいまいちピンとこない。

多少どころではない能力を持っているせいで忘れがちだが、あらためて考えてみれば、アリアは『インテリジェンスソード』なのだ。

まぁ、剣なのに鎖を操る能力があったり、自立行動ができたり。 そもそもの本体が連結刃の片手剣だったりと、製作者の目的がさっぱりわからないのはどうしようもないのでおいておくとしても。

元々武器なんだから戦いや争いを好むかといえば、そうでもなく。 以前ルイズの使い魔……たしかサイトだったか。 彼とギーシュが決闘騒ぎをしたときも、じっと静かに見ているだけだった。

だが、戦う事自体を否定するつもりはないようで。 周囲の状況を伝えてくれるあの感覚……『眼』を鍛練に取り入れるのは、むしろ率先してうながしてくれている。

 

……思考がそれた。

 

とにかく、私はアリアになにかをしてあげたい。

だけどなにをしてあげればいいのかわからない。

と、そこまで考えたところでようやく気づいた。

わからないなら、本人に聞けばいいのだ。

 

「アリア、なにかして欲しいことはある?」

『キュリリリリ……。』

 

方法がわかったならさっそく行動。 授業中なので抑えた声でたずねれば、困惑したようなイメージが伝わってくる。

だけど、アリアは少し待つだけですぐに答えを返してくれた。

伝えられたイメージは『月』と『歌』に『平穏』。 そして『共に』、『永遠』。

一瞬プロポーズかと思うくらいにそれは真剣で。

それもいいかな、と嬉しく思う私がいて。

すぐにその考えをふりはらう。

 

(そう、そんなわけない。 きっと『月』の下で『共に』『歌』って過ごす、『平穏』な日常が『永遠』に続けばいいって事なんだ。 うん、そうだ、そうなんだよ? だってそうじゃなきゃだめなんだし、そもそも愛ってなに? おいしいの!?)

 

結局ふりはらえずに動揺する私に、アリアから不思議そうに心配する感覚が伝わってくる。

その感覚は、最初の考えがはやとちりで、後者のほうが正解だと教えてくれた。 でも、一度そんな考えをしてしまったから。

 

(そもそも私にはまだ好きな人なんていないし、アリアは家族……そう家族! だから別に家族に初恋をしても……いまのなし! なしだよ!?)

 

結局、その日の授業の内容はほとんど頭にはいってこなかった。

でも、アリアは少なくとも共に過ごす日々を嬉しく感じてくれているということがわかって、私も嬉しい。

……ただ、授業中に挙動不審気味になってしまい、後でキュルケ達に色々と心配されたのはとても恥ずかしかった。

それに私は恋なんてしていないし、するつもりもない。

 

絶対に。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「クルト、おかしかった。」

「またいつもの『発作』かしらねぇ。 ……最近は見なかったから大丈夫かと思ってたけど、これは重症ね。」

 

昼食後の休み時間。 中庭にしつらえられたテラスの丸テーブルで紅茶を飲んでいた二人は、先ほどまで一緒にいた共通の友人を思いため息をつく。

その友人はといえば、自身の使い魔とともに厨房へいっておりここにはいない。

 

「あの子、他人に頼らず全部溜めこんじゃうタイプだから……。」

 

言いながらあらためて思いだす。 彼女の強さを。 そして弱さを。

彼女の祖国アルビオンでは、いまだに内紛が続いている。 そして彼女の家族が属する『王党派』は、数に勝る『貴族派』に徐々においつめられているのだ。

それにもかかわらず、クルトはとりみだすこともアルビオンの家族のもとへ駆けつけようともしていない。

ただ、時折届く戦況を集めているだけだ。

以前、そのことについて怒ってしまったことがある。 なぜなにもしないのか、と。

 

『私は、父様と兄様に望まれてここにいる。 ……それに、父様達は約束を破ったことはないもの。 絶対に大丈夫だよ。』

 

そして、その答えで気づいてしまった。

盲目の彼女は、戦争においてはただそばにいるだけで周囲の足枷になってしまう。 それがわかっているからこそ彼女はなにもしないのだと。

家族への絶対の信頼をのせたその微笑みに、私は彼女の強さを見た。

盲目というハンディキャップにもかかわらず成績は上位で、普段の生活においてもほとんどを一人でこなしてしまう。

 

でも。

 

やはり耐えきれなくなる事もあるのだろう。

クルトが『月歌』の正体だという事に気づけたのも、朝から様子がおかしかったのを不審に思った私達が後をつけたからだ。

普段なら気づく距離にいた私達にも気づくことなく彼女は歌い、涙を流していた。

まるで悲しみを、苦しみを洗い流すように。

 

「……でも、いつものとも違った。」

「そういえばそうね。 どちらかといえば誰かを意識してしまっている……ような。」

 

そういえば妙に周囲を気にしていたし、注意力が散漫になっているのか何度か段差に足をひっかけかけていた。

普段からおちついて物事に対処するクルトがこんな状態になる原因。

 

「恋ね! とうとうあの子も愛を知ってしまったのね!」

「あい……?」

「そう! 愛よ!! 相手は誰かしら、あぁもう相談してくれればいいのに!」

 

若干不機嫌に見えるタバサをおいてけぼりにしてキュルケの想像(妄想)の翼は遥か彼方まで飛んでいく。

タバサはしまいにはくねくねしながらトリップしてしまったキュルケを無表情に見ていたが、しばらくしてなにかしらの結論がでたらしく唐突にたちあがるキュルケを見上げる。

 

「今夜に決行よ! じゃあね、タバサ! まっててねダーリン♪」

「………。 ?」

 

いったいなにがどうなればその結論がでるのか。 慌ただしくかけだしたキュルケを見送ったタバサは首をかしげて数秒考え。

 

「………。(ふるふる)」

 

自分にはわからないと首をふり、思考を放棄。

夕食にでるはずのはしばみ草料理に思考をきりかえるのだった。

 



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第1章 08 実験と月探し

 

淡く優しい光を振り撒く双月の下。

寮塔の真下、森と壁面とのあいだにできた狭い広場のような場所では。

 

「う…うぅ……。」

「……けふっ。」

「いっつつ……。 みんな、大丈夫か?」

 

焼けて粉々になった窓だった残骸と、おなじく身体から煙をたちのぼらせ、全身が煤けた男子生徒達がちらばっていた。

そのなかの一人である一際体格のよい男子生徒……ギムリは、地面にうちつけ痛む身体をかばいながら周囲に倒れている者達によびかける。

だが返事はなく、時折うめき声が聞こえてくるのみだ。

苦労して上半身をおこし周りを見てみれば、他の者達は木にひっかかっていたり丈の高い下草から足だけが見えていたりと、悲惨な状況になっている。

再度よびかけても反応が無いところから、皆気絶してしまっているようだ。

 

「まったく、彼女の性格をわかった上でふりむかせるつもりだったんだが……。」

 

一人つぶやきながら仰向けに寝転がってみれば、遥か頭上の窓のない部屋から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

どうやら平民という風変わりな使い魔の主である、『ゼロ』がいるようだ。

 

「……そういえばあれはたしか『ゼロ』の使い魔をやっている平民じゃなかったか?」

 

ならば、おそらく『ゼロ』は自分の使い魔を回収にきたのだろう。

そしてそれが事実ならば。

 

「ふりむかせるどころか、眼中にもない、か……。 しかもギーシュを倒したとはいえ平民の、それも『ゼロ』の使い魔に負けたのか。」

 

激しい脱力感に襲われ、ギムリは大きな自嘲のため息をつく。

そのまま目を閉じようとした時、ふと森から視線を感じた。 億劫に思いながらも森へと目をむけ。

自分とおなじように墜落させられた他の者かと思っていた彼は、視界にひろがる予想外の光景に息をとめた。

そこにいたのは男子生徒ではなく、騒ぎを聞きつけた教師でもない。

 

「な……。」

 

闇に浮かぶ双月のような瞳をもつ少女だった。

森の木々によってできた闇から淡い月光のなかへと踏みだしたその華奢な身体を覆うのは、薄絹のような透明感をもつ銀青色の羽衣のみ。

華奢とはいえ女性らしさをもつ身体はしかし、全身にほどこされた呪術的で緻密な刺青によって覆われ、元は清廉な純白であったであろう裸身を鋼のような黒色にしてしまっている。

そしてその微笑みは美しく、まるで幻想の存在そのもののようだった。

 

(きれい、だ……。)

 

単純な感想しかでないほど、その姿は美しかった。 しかし、同時に強い違和感も感じさせた。

 

(なんでこんな場所であんな格好なんだ? それにこんな人、噂でも聞いたことがない!)

 

そう今は春先の、それも夜だ。 この寒さのなか薄絹のような羽衣だけで過ごせば、風邪ではすまないだろう。

さらには、顔にまでほどこされた特徴的で緻密な刺青をもつ少女など、噂にならぬほうがおかしい。

違和感のままにひとまず声をかけようと身体をおこし、

 

「うぁっ……!?」

 

強い目眩に襲われ、ふたたび倒れこんだ。

後頭部を地面にぶつけた痛みと同時に感じるのは、脱力感と虚無感。 薄れる意識のなか最後に見たものは、変わらず優しげな微笑みをうかべる少女の姿だった。

 

 

  * * * * *

 

 

 

(どうしよう、これ……。)

 

ため息をつきたくなる気持ちを抱え、俺は途方にくれる。

はやめに寝たクルトに内緒で、寮塔脇の森で実験をしていたのだが。

 

(曜日の確認してなかったから気づかなかったが、今日だったのか……。)

 

生徒達がいれかわりたちかわりに『フライ』でひとつの部屋へむかい、爆発音とともに降ってきたのだった。

最初の生徒……確かペリッソンだったか。 彼が現れた時点で森に隠れていたのだが、次々に玉砕していくさまを見ているうちに滑稽さよりも哀れさを感じてしまった。

どうやら皆大きな怪我もしていないようだが一様に気絶していたため、せめて男子寮まで届けてやるかと森からでたのが運の尽き。

 

(完全に変態か変質者だろこれ。 ……どちらもおなじか。)

 

実験で調子にのって、前任者の記憶にあった『至高の少女(Ver 29923)』に再構成した自身の姿を見られてしまったのだった。

最後の三人組のうち、一番体格がよい一人だったのでおそらくギムリだと思われる。 が、まぁこんな少女モドキな姿を目撃された以上、放置すれば大変な事になるのは目に見えている。

気づかれないように伸ばした細鎖で触れ、急速に『貰う』ことで迅速に気絶して貰った。

 

(それにしても、やっぱりこの身体じゃ効率悪いなぁ。)

 

今のこの身体はもちろん鎖でできている。

外見は限りなく人間の身体に近づけているが、実際は皮膚には絹織物にみえるほど目の細かい鎖帷子を使い(色はどうしようもないので刺青模様でごまかし)、内部に骨格がわりの太い鎖をとおしただけのいわばハリボテである。

本来このような使用をすることが目的ではないこの身体では、これが限界だった。

なにせ今判明している能力は死者の精神を集めて知識を蓄える『知識蓄積』と金属製の鎖を生成する『鎖生成』、本体と接続されている鎖をあやつる『鎖操作』。

これにディテクト・マジックの応用だと思う『広域探査』にいまいちうまく伝わらない『意思伝達』、一番肝心な『精神力吸収』だ。

そしてこれらの能力は『知識蓄積』以外のすべてが、他者から手にいれた『精神力』を消費しなければ行使できない。

おまけに『鎖生成』が一番精神力を食う上に鎖の輪ひとつの最大サイズが手のひら大。 現実には難しいほど目の細かい鎖帷子やチェーンソーの刃鎖などは生成できるが球体関節人形のような大きなパーツは生成できず、おまけに材質は金属オンリー。

『鎖操作』にいたっては操作する稼働部位の数(鎖全体を操作するなら、鎖の輪同士が接続している数)と発揮する力(ちなみに速度では消費かわらず)に精神力消費が比例するなど、とにかく効率が悪いのだ。

 

(やっぱり全身鎧を外骨格にするのが一番だな。 だめならせめて骨格だけでも欲しい。)

 

おそらく原作にまきこまれるであろうクルトを直接的に守るなら、やはり戦う事のできる身体が必要だ。 できればクルトを完全に内部に収納したまま撤退できるだけの身体の大きさも。

しかし、現状では『広域探査』と『意思伝達』による感覚補助、刃鎖や鎖帷子などによる近接戦闘ぐらいしかできないだろう。

第一、それらを実行するのに必要な精神力はどこから手にいれるのか。

 

(問題だらけだな。 ……まぁ、なんとかなるさ。)

 

当面の課題を決めつつ四方へと鎖を伸ばし、そこかしこでうめき声をあげはじめた玉砕者達を回収する。

最後に足下のギムリと一緒にひとつにまとめ、運搬中におきてこないようにそれぞれから精神力を『貰って』おく。

 

(ううむ、普段から撫でてくる皆からほんの少しずつ貰うか? 結構溜まりそうだ。)

 

実験で消費した以上の精神力を回収できた事に喜びつつ、俺は機嫌よく歌を小声で歌いながら自身の脇に持ち上げた玉砕者達とともに男子寮塔へとむかうのだった。

 

 

  * * * * *

 

 

彼らには目的が、目標があった。

 

「これで全員か?」

「ああ。 だが、協力者はほかにもまだいる。」

 

知らない者達からは一笑にふされ、馬鹿にされようとも達成するために一致団結するだけの目標が。

 

「いまだにおまえ達の話は信じられないよ。 なぜそこまでして探そうとする?」

「別に信じて欲しいわけではない。 俺達も半信半疑だ。 だがな……。」

 

彼らのいる場所は、女子寮塔のそばにある森のなか。

大半が男子生徒で構成された十数人の集団のなかには、女子生徒の姿もみられる。

皆が皆半信半疑の表情をうかべながらも、おなじ経験をした者がこれだけ集まっていることで気のせいや見間違いだという事にもできずに戸惑っている。

そのなかの一人の男子生徒……ギムリは、拳を握りしめて宣言する。

 

「俺達は『彼女』に助けられた。 気絶している俺達を男子寮塔まで運び、寮長の先生にしらせてくれたおかげで迅速に治療をうけられた。」

 

周囲にいた数人の生徒達がうなずく。

誰もなぜ女子寮塔の真下で気絶していたのかについては聞かない。 ……まぁ、本人達の名誉のためだろう。

 

「だが、礼をしようにも誰も『彼女』の事を知らない。 先生達もだ!」

 

すでに生徒達だけではなく先生達にも聞きまわっていたが、有力な情報は得られなかった。

それに昨夜目撃されたのが最初であり、似たような噂はあれどあそこまで特徴的な姿をしたものはない。

しかし目撃者の20人近い数、実際に助けられた自分達の存在は『彼女』が実在していることをしめしている。

 

「俺達は『彼女』が実在することを確かめたい。 礼をいいたい。 話をしたい。 ぶっちゃけもう一度あの姿を見たい! 理由はそれだけで十分だ!!」

 

声をはりあげ、ギムリは宣言する。

高らかに。 誇り高く。 自信を持って。

その日。 唯一至近距離で遭遇したギムリを筆頭に、『彼女』を捜索する集団が形成された。

後に『月歌』とおなじ歌を歌っていた(声は別人のようだった)という目撃証言がでた事から、集団はいつしか『月探し』と呼ばれるようになる。

 

ちなみに。

 

彼ら『月探し』が解散するのは、僅か数日後の話だった。

 



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第1章 09 盗賊と課題

 

巨大なふたつの月明かりに青白く照らされた本塔の壁面。 そこにひとつの影があった。

ちょうど五階の宝物庫の外側にあたるその壁面に垂直にたつのは、青い長髪と黒色のローブを夜風になびかせる人影……『土くれ』のフーケだ。

怪盗である彼女の次の目標は、ここ魔法学院の宝物庫に所蔵されたマジックアイテムである『破壊の杖』だ。 そのために侵入経路の下見にきているのだが。

 

「物理衝撃が弱点? ふざけんじゃないわよ、なによこの壁の厚さは? でかい破城鎚でももってこいってこと!?」

 

軽く足を踏み鳴らして壁の厚さをはかっていたフーケはおもわず声をあげ、あわてて口をおさえる。

しばらく身じろぎもせずに息を殺していたが、屋上にいるはずの主従を監視させているゴーレムが反応していないところをみるとどうやら気づかれてはいないようだ。

 

(まったく、主従そろって妙なやつらだよ。 気配や音を消して近づいてもバレちまうし、隠れて歌っていたり、体型も隠している。 なにがそんなに怖いんだか。)

 

鼻をならして息をつくが、フーケには原因についてある程度の予想がついていた。

『それ』が自身と、その『家族』にも多大な影響をおよぼしているゆえに。

 

(まったく。 なに考えてんだい、あの娘は『あいつら』とおなじ貴族だっていうのにさ。)

 

頭をふり、余計な考えをおいはらう。

冷静になってみれば、『破壊の杖』さえ手にいれればこんな場所からはおさらばできるのだ。

正直こんな場所、長くいたくはない。

 

(そうだ、とにかくこの壁をどうにかしないことには始まらない。 でも私のゴーレムじゃあ時間がかかるし、壁を壊しているあいだに教師達にみつかったらおしまい。 どうしたもんかねぇ……。)

 

考えこむフーケだったが、近づいてくる気配に気づくとすぐに自身にかけていた『レビテーション』をカット。

そのまま音もなく下の茂みへ落下し姿を消した。

 

 

  * * * * *

 

 

月光降り注ぐ本塔屋上の中心付近。 そこで俺は新しい身体の調整をしていた。

ただし、クルトの鍛練の相手をしながらだが。

 

「ふっ!」

『シャリリリ……。』

 

みぞおちへとくりだされた棍による突きの一撃を半身でかわすと、今度は瞬時に摺り足で踏み込み。 棍をひきもどさずに手元でまわし、速度ののった一撃を側頭部へと叩きつけてきた。

即座に肩をはねあげて一撃を受け、カウンター気味に繰り出した掌底はしかし。 いややはりというべきか、紙一重で躱される。

身体を動かすには知識だけでは意味がない。 経験が必要だ。

 

「ひゅっ!」

『キシッ。』

 

今のこの身体は、昨夜の実験で生成したハリボテ(至高の少女 Ver 29923)に『錬金』で創った骨格を仕込んだものだ。

本当は全身鎧が欲しかった(外見的な意味で)のだが、この世界では戦闘に耐えうる防具……特に全身鎧は需要の低さから数が少なく高価だ。

まぁメイジの魔法に耐えうる防具となればおのずと高価になるというものだが、さすがに某シュペー卿の名剣よりも高いとは思わなかった。

飾っておく美術品としての防具は数も多いのだが、こちらは実用性皆無の物がほとんど。 関節がほとんど動かないならまだしも、ひどい物ではそもそも全体が一体成型でできてて着れないってどうよ。

 

「はっ!」

『キュリリ。』

 

まぁそんなこんなで『錬金』で骨格のパーツを創ってもらうことになったが、ここで思わぬ収穫があった。

『錬金』に必要な完成のイメージを俺が伝えることで補助し、高精度の加工ができるようになったのだ。

元々魔法の行使にはどれだけ詳細に、かつ強くイメージできるかが大きく関わっている。 おそらく俺の伝えたイメージが補助になり、より精度の高いイメージが可能になったのだろう。

今のところ補助できるのは『錬金』だけだが、うまく応用できれば他の魔法を補助することもできるかもしれない。

 

「しっ!」

『キリリリリ。』

 

ちなみに骨格そのものは薄いカーボン製で、従来と同じオオヤマネコの姿……『リンクス』の骨格も創ってもらった。

人の姿である『擬人』から『リンクス』に身体を変える際は、『擬人』の骨格や外装をはずし、腹部に詰めていた『リンクス』の骨格と外装を装備しなければならないのが難点だ。

もっと『リンクス』の身体を大きくするか、骨格や外装をコンパクトにできれば余剰なしで姿を変えられるのだが。

 

(それにしても……。 眼が見えないのにここまで強くなれるなんて。)

 

こうやって相手をしているからわかるが、すでにクルトの近接戦闘能力は護身術の領域をとおりすぎてしまっている。

音と地面を伝わる振動を頼りに繰り出されるのは、杖術と薙刀術と剣術その他多数の要素をもつ、我流であるだろう技の数々だ。 柔軟に次々と繰り出される攻撃は的確で隙もほとんどない。

 

(でもこれじゃあなぁ。 一対一ならともかく乱戦は無理だろ。)

 

しかしそれらの技は、対多数との戦いにはむかないものばかり。

そのうえクルトは音や地面を伝わる振動によって相手を捕捉しているため、複数の音や振動が混ざるだけで捕捉は困難となってしまう。

それに今まで実戦どころか人間を相手にしたこともないのだろう。 その攻撃の軌跡は舞踏のようではあったが、他者を傷つけるだけの『意志』や『覚悟』は感じられなかった。

 

(まぁ、そういうのを持つ必要がないってのが一番だしな。 平和に暮らすぶんには必要ない『覚悟』だし。)

 

これから先に遭遇するであろう『覚悟が必要な状況』を思うと憂鬱になる。 が、今は。

 

(そろそろルイズ達が剣のことでくるはずだし、『リンクス』に戻っ…て……。)

 

じきにくるであろうルイズ達にそなえるため、ひとまず周囲に集中させていた感知範囲をひろげたさいにみつけた姿。

それは今にも屋上にあがってこようとしているシルフィードと、その背にのるタバサとサイトの姿だった。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「君はたしかルイズの使い魔の……。」

「才人っす。 えぇっと、なんて呼べば?」

「あ、ごめんね。 私はアルビオン貴族のクルト・ベルトラム・ヴォン・フューエル。 クルトでいいよ。」

 

屋上の一角にてシルフィードの背に乗ったタバサは二人の自己紹介を聞きながしつつ杖をふると、サイトの身体に縄をまきつけていく。 最後にしっかり縛れているか確認し、

 

「ちょ、これきついってぇぁぁあああ!?」

「あれ? 急に声が下に……。 サイト君ー?」

 

無言で屋上の外へとおしだした。

 

「タバサ、サイト君は? なんか下からの絶叫しか聞こえないけど……。」

「もうぶらさげた。」

 

いちおう『レビテーション』で壁にぶつからないようにしつつクルトに簡潔に返すと、シルフィードに縄を左右にゆらすように指示。 やがて悲鳴が左右に揺れはじめる。

しかし、タバサの思考は別のことを考えていた。

 

(おかしい。)

 

今屋上にいるのはタバサとクルト、それに使い魔達だけだ。 しかし、タバサは屋上に到着した際に一瞬だが人影を見ている。

一瞬だけとはいえクルトのすぐそばに確認したその姿はしかし、今は影も形も見あたらない。

運動をしていたらしくうっすらと汗をかいていたクルトに聞いても、知らないという話だった。

 

(隠れる場所はない。 クルトが気づかないのも考えられない。 ……見間違い? それとも……。)

 

やがて思考がいきづまったその時。 唐突に響き渡った爆音に、思考はすべてふきとばされた。

 

「これは……ルイズ?」

「ん。 縄も切れてない。」

 

びっくりしたらしくマントを握ってくるクルトに喜びを感じながらも、身をのりだして確認してみれば今度はキュルケが詠唱をはじめている。

思考に集中しすぎた事を反省しつつも自分も詠唱を開始し。

 

「『レビテーション』。」

 

キュルケの『ファイヤーボール』で縄が切れ、落下をはじめたサイトの降下速度を落とす。

サイトの落下がゆっくりになったのを確認し、集中しなおす。 が、やはりあの人影が気になる。

あとでもう一度クルトに確認しようと決め、

 

『ギャリリリリ!』

『クォルルル!』

 

使い魔達のあげた警戒音に一瞬で思考を切りかえた。

瞬時に警戒体制にはいったタバサの視界に飛び込んできたもの。 それは急激に膨張し巨大な人形へと変化する地面と、その足元で騒いでいるルイズ達の姿だった。

 

「シルフィード!」

「キュイ!」

 

タバサの声に反応したシルフィードは即座に屋上から飛びおりると、全力飛行を開始。 またたくまにルイズ達へと接近し、サイトとルイズを両足に掴んで離脱した。

直後に寸前までいた場所に巨大な足が踏み降ろされ、地面にめりこむ。

 

「な、なんなんだよあれ!」

「たぶん土ゴーレムね。 ……でもあれだけ巨大な土ゴーレムを操れるなんて、きっとトライアングルクラスのメイジだわ。 なにをする気かしら。」

 

縄でぐるぐる巻きのうえシルフィードに逆さまに掴まれたサイトは、真剣に考えはじめたルイズを見て先ほどの光景を思い出した。

迫る巨大な足裏を無視し、必死に自分の縄を解こうとしていた。 キュルケのようにすぐに逃げれば確実に助かるだけの時間があったにもかかわらず、だ。

 

「……なぁ。 なんで逃げなかったんだよ。」

 

サイトの質問にルイズはきょとんとした顔になると、

 

「使い魔を見捨てるメイジはメイジじゃないわ。」

 

まるでそれが当然であることのように答えた。

 

「……おまえ、すげぇよ。」

「?」

 

こちらをまぶしそうにみるサイトに、ルイズは首をかしげるのだった。

 

 

  * * * * *

 

 

タバサとクルトが『レビテーション』でルイズ達をシルフィードの上にひきあげている姿を横目に、俺は巨大な土ゴーレムの様子をさぐっていた。

 

(やはり『広域探査』とは別に視覚が欲しいな。 このままじゃ遠くの様子をさぐれない。)

 

そう。 今の俺の視覚がわりになっている『広域探査』とは名ばかりの能力は、精神力を消費するうえに有効半径は約50メイル。

有効半径内なら不必要なほど詳細な情報が得られるとはいえ、普段の生活や今のような状況には不便極まりないものだ。

当然十分な距離をとって周囲を旋回している現状ではゴーレムは有効半径外。 音でおおよその現在位置をつかむのがやっと。

 

「あいつ、壁壊してなにするつもりだ? あ、でてきた。」

「あそこは宝物庫。 盗賊。」

「この学院の宝物庫を狙うなんて……。 あ、逃げだしたわ!」

 

どうやら原作どおり『破壊の杖』は盗まれてしまったらしい。

本塔の屋上にいたのはフーケにたいする牽制の意味もあったんだが、やはり意味はなかったようだ。

フーケとゴーレムをおいかけてシルフィードが加速をはじめるが、無駄だろう。

 

「なっコケた、いや崩れた!?」

「盗賊は? どこにいったの?」

「周囲に人はいない。 逃げられた。」

「あぁもう取り逃がしたー!」

 

ほらね。

しかし、逃げられた事よりもこれからのほうが大変だ。

クルトのことだ、対フーケ戦には参加することになるだろう。

対フーケ戦に、視覚の確保。 これからの課題を思い、深いため息をつくのだった。

……肺はないので、内心だけだが。

 



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第1章 10 落胆と再認識

 

(なにをやってるんだろう、私……。)

 

巨大なゴーレムを使用した盗賊、フーケが宝物庫から『破壊の杖』を盗みだした翌日。 その現場にいたクルト達は、全員が目撃者として宝物庫へと召集されていた。

……まぁ、クルトとその使い魔のアリアは『目撃』してはいないのだが。

 

(互いに責任をおしつけあって……。 自分の責任にしたくないのかな。)

 

壁際にならんだクルト達の目の前で、責任逃れの醜い言い争いをはじめた教師達に落胆する。

彼女の祖国であるアルビオンでは、戦争で今この瞬間にも人が死んでいるかもしれないというのに。

その醜さはクルトが渇望してやまない平和が生み出したものだということを思えば、ますますやりきれない気持ちになる。

 

(こんな平和なんていらなかった。 一緒にいられればそれでよかったのに。)

 

クルトは望んでここトリステイン魔法学院に留学してきたわけではない。 盲目の学生であるという理由の下、肉親や家臣達におくりこまれたのだ。

留学や出国、トリステインへの入国手続きなどをすべて自分に隠して終わらせていたのには存分に怒ってやったが、それも全部自分のためを思ってしてくれているということはわかっている。

だが、それでも。

ぬるま湯のような平和をあたりまえのように享受し、ふるまう皆を意識するたびに。 クルトは一人だけおなじ平和のなかにいる自分を許せなくなるのだ。

 

「では捜索隊を編成する。 我と思う者は杖を掲げよ。」

 

どんどんと落ちこむ思考を中断して意識を戻す。 と、オスマンの声が聞こえた。

どうやら盗賊のフーケを捕らえるための捜索隊を編成するようだ。

 

「おらんのか? どうした! フーケを捕らえて名をあげようと思う貴族はおらんのか!」

 

オスマンが呼びかけても、皆ただざわめいているだけ。 誰も立候補していないらしい。

深まる落胆にため息をつき、

 

「ミス・ヴァリエール! 何をしているのです、あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……。」

「誰も掲げないじゃないですか。」

 

驚いて変な風に息を吸い込んでしまい、おもいっきりむせた。

けほけほとせきこみ、同時になにを考えているのかと怒りすらわいてくる。

誰も掲げなかったから。 たったそれだけの理由で行動したのかと問いただすべく口を開き。

 

「ツェルプストー! 君も生徒じゃないか!」

「ふん。 ヴァリエールには負けられませんわ。」

 

そのままぽかんと口を開けたままにしてしまった。

同時に自身の勘違いにも気づく。

キュルケは少なくともクルトの知るかぎり、ルイズの事を気にかけている。 そうでなくてはわざわざちょっかいをかけたりもせず、他の女生徒達にするように無視しているはずだ。

ましてや『誰も掲げなかったから』などという理由で杖を掲げ、危険に突っ込んでいくような者をフォローするようなことはないだろう。

つまり。

 

(少なくともキュルケは、ルイズはきちんと考えた上で杖を掲げたと思っているということ。 ……私は勝手に勘違いして、検討違いのことで追及しようとしてたのか。)

 

自身もルイズの普段の努力や態度、信念を知っているにもかかわらず検討違いの誤解をしていたことに気づいて恥ずかしくなる。

そしてたとえ実際に行動してはいなくとも、勘違いな追及をしようとしてしまったのは事実。

 

(なら、私も。)

 

相手を侮蔑するような行為をしてしまったら、謝罪と誠意を示さなくてはならない。

どこか歪で不安定な思考のもと、そうとは気づかないクルトは床に下げていた杖を持ちなおし。 顔の前に掲げた。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「それにしても驚いたわ、タバサがシュヴァリエの称号を持っているなんて!」

「……そうでもない。」

 

森の中を横切る農道にて。 がたごととゆれる馬車(屋根無し)には、数人の姿が見える。

二人が御者席にすわり、あとの者は荷台にて雑談をしているようだ。

キュルケが興奮したように褒めちぎるが、タバサはすぐそばにすわるクルトに視線をむける。

そこには、

 

「父をご存知なのですか?」

「ええ。 父君とは昔、一度手合わせいただいたこともあります。 ……当時は私も若輩者でした。 簡単にあしらわれてしまったものです。」

 

穏やかに微笑むクルトと、普段とはまったく態度の違うギトー教師がいた。

どうやら若い頃にクルトの父に世話になったことがあるらしく、クルト達だけでは危険だと同行することになったのだ。

そして、そのさいに判明した事実はタバサにとって相当に衝撃的なものだったらしい。 返答は上の空で、あいかわらずの無表情がキュルケにわかる程度に崩れていた。

 

「そんなにすごいの? 正直に言えば聞いたことな……。」

「なんだと!?」

 

首をかしげながらの疑問を途中でぶったぎられ、目を白黒させるキュルケにすさまじいまでの視線をむけるギトー。

御者席から振り向きながら叫ぶその口調は、完全に素の状態に戻っていた。

 

「風系統においての最高のメイジの一人とされる『蒼氷』殿を聞いたことがないだと!? いいか、彼は現アルビオン空軍最強の白兵戦力である強襲降下部隊『殲鎚』の隊長にして、『遍在』を利用した『複合魔法』の第一人者なのだぞ? それに『複合魔法』については進級時に配布された教科書にのっていたはずだが、予習をしていないのかね。 大体君は授業をおろそかにしすぎる! いくら『トライアングル』だといっても使い方を間違えば『ドット』にも劣るのだ。 第一、魔法は派手に使えばいいという物ではない。 その点風系統の魔法は優れているといえる。 たしかに竜巻等を発生させる攻撃魔法は派手で目立つが、本来攻撃の媒介とする風の視認性の低さは随一であり……。」

 

盛大に脱線したあげく、最終的にいかに戦闘において風系統が優れているかについての講釈をはじめたギトーに、キュルケはこれは長くなりそうだと内心ため息をつく。

ちらりと助けを求める視線を皆にむけてみるが。

 

(だれか助けてやれよ……俺はやだけど。)

(ふん、いい気味だわ!)

(自業自得。)

(父様、そこまで有名だったなんて。 知らなかった……。)

(なんで教師、よりによって『スクウェア』のやつがいるんだよ……。)

 

皆視線をそらすか、そもそもこちらを見ていなかった。

思ったよりも薄情な反応(特にタバサ)に憂鬱になりながらも、やはり釈然としない気持ちのままクルトのほうを見る。

たしかに盲目というハンデを持ちながらも座学は上位を維持し、実技もどうしようもない魔法以外は発動させて(実用に足るのは数えるほどだが)いるなど、優秀な成績なのは確かだ。

しかし、それはあくまでも『ハンデがあるにしては』優れているのであり。 実際の能力は人より多少優れている程度にすぎない。

むしろ劣っている点の方が多いようにも思えるクルトは、実力第一主義のゲルマニア出身であるキュルケにとって『実力や境遇にみあわないほど強い心を持つ、親しい友人』だ。

話を聞くかぎりではクルトの一族であるフューエル家の功績や地位、実力はすごいとは思う。 が、それらはクルト本人のものではない以上、キュルケにとってはあまり関係のない事だった。

 

(第一、いくら強豪揃いの部隊の隊長をしてるっていっても、強襲降下なんて結局は最前線で真っ先に消耗してしまうじゃ…ない……の。)

 

そこまで考えて、ようやくタバサの変化の原因を理解する。

そう、クルトの父親は『真っ先に消耗する部隊の隊長』なのだ。 それも、一度出撃したら勝利しないかぎり帰還が困難な、強襲降下を専門とする部隊の。

内戦が激化した今となっては手紙どころか、安否を確認することすら困難なはず。 それは、並大抵のものではないだろう。

にもかかわらずクルトは平静な態度をたもち、皆に微笑みすら向けている。

 

(まったく、かなわないわねぇ。 ……そうね、商人経由で調べられないかしら。 うちの領内の商人に、確かアルビオンに支店を持っているのがあったような……。)

 

ふぅとため息をつくと、実家の領内で商売をしている商人のリストを思い浮かべる。 が、やはり思いだせる数は少なかった。

……まぁ、少なくとも。

 

「……よって、大規模に及ぼす影響にも優れており。 この性質を利用した通信手段が……。」

 

延々と続く講義を聞き続けるよりはマシだろう。

 



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第1章 11 突入と罠

 

「とまれ。 作戦を確認するぞ。」

 

フーケの隠れ家と思われる小屋の様子をうかがえる程度の距離まで近づいた一行は、ギトーの声でたちどまると灌木の陰にすわりこむ。

タバサに周囲の監視をまかせ、ギトーは瓶詰めの砂を懐からとりだすと『念動』で砂をあやつり、周囲の地形の見取り図を形成させていく。

 

「すげー、魔法みたいだ。」

「あたりまえだろう、なにをいっているのかね。 ……まぁいい。 作戦についてだが……。」

 

素直に驚くサイトに悪い気はしないらしく、若干機嫌のよさそうなギトーが作戦の説明をはじめる。

多少の反論はあったものの皆が納得したのを確認し、作戦は開始された。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「……デルフ、大丈夫か……?」

「おうよ、ひとっこひとりいねぇ。 静かなもんだ。」

 

斥候として小屋に忍びよったサイトは扉のわきにはりつくと、壁に耳をあてて誰かいないかをさぐっていた。

扉の反対側にはりついていたギトーと視線をあわせ、鞘ごと背負ったデルフリンガーの帯をしめなおすと、シュペー卿のピカピカした剣を握りなおし。

 

「どおりゃぁあああって誰もいねぇ!」

「聞いたのに無視!? ひでぇや相棒……。」

 

扉を蹴りあけると同時に室内に突入し、誰もいないがらんとした光景に声をあげた。

 

「まったく、少しは声をおとせ。 賊が小屋の近くにいたらどうするのだ?」

「りょうかーい。 ……ちぇ、いいとこみせたかったのにな……。」

 

あきれたような声のギトーは部屋に悠々とはいってくると室内をみわたし、古びた机の上に無造作におかれていた木箱に眼をとめた。

周囲の寂れ具合とはあきらかに違う高級感を放つその木箱に近づくとディテクトマジックで罠を確認し、蓋をあける。

 

「ふむ、間違いなく『破壊の杖』だ。 ……それにしても無用心にすぎる。 罠か?」

「みつかったんですか? ……ってこれってまさか!?」

 

ギトーが木箱からとりだした『破壊の杖』を見たサイトが驚きの声をあげるのと、ほぼ同時。

少し離れた場所にクルトとミス・ロングビルとともに待機させていたはずのルイズの悲鳴が聞こえ、一拍遅れて戦闘音と少女達の悲鳴が聞こえてきた。

 

「っ……!? ルイズ!!」

「まて貴様一人っ、はやい!?」

 

ルイズの悲鳴が聞こえるのと同時に高速で飛び出したサイトをおい、ギトーも『破壊の杖』を持ったまま小屋から飛び出す。

ひらけた視界一杯にとびこんできた光景。 それは、天を突くように巨大な土ゴーレムとそれに捕らえられたルイズとクルト。 たちむかう生徒達。 そして後方の森へと墜落していくミス・ロングビルの姿だった。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「大丈夫かな、サイト君……。」

「スクウェアのギトー教師もついていますし、大丈夫でしょう。」

「あのバカ犬のことだから殺されても死なないでしょ。」

 

サイト達斥候組が姿勢を低くして小屋へとかけよる姿をみつつ、ルイズは機嫌悪く鼻を鳴らす。

ちらりと横を見てみればクルトが心配そうな表情をうかべており、ミス・ロングビルは対象的におちついているようだ。

 

(なぁにが俺にまかせておけ、よ。 あんたのご主人様は私でしょうに!)

 

思い出されるのは、つい先ほどの作戦会議。

当初斥候兼囮役は使い魔であるサイトとアリアだけの予定だったのだが、それでは危険すぎるとクルトが反対したのだ。

相談の結果、斥候兼囮役はサイトとギトーに変更。 作戦は斥候兼囮役がおびきだしたフーケを左右に少し離れた灌木に待機するタバサとキュルケではさみうちにし、ルイズ達は後詰めとして森の中に待機することになった。

なったのだが。

 

(だいたいなによ、あの態度の違いは! ご主人様である私をないがしろにしたあげく、ちょっと心配されたぐらいででれでれしちゃって!)

 

ルイズは、配置につく直前にクルトに声をかけられたサイトがやけにはりきってかけだしていったのが気になっていた。

少し距離があったためにききとれなかったが、なにをいっていたのか。

 

(あぁもうっ、考えてもわからないんだし、聞いたほうがはやいわよね。 キュルケじゃあるまいしひとめ惚れなんてありえなっ!?)

「ルイズ、ずっと静かだけどそこにいるの?」

 

突然の声に驚き、思わずでそうになる叫び声を両手で口をふさいでなんとかおしとどめる。

ふりかえってみれば、クルトが心配そうな表情でこちらに顔をむけていた。

跳ね上がった動悸をおちつけつつ、自分が目の前にいるのにわからないクルトの姿に、いまさらながら目が見えないということの不便さを理解する。

 

「ここにいるわよ。 ……ねぇ、さっきサイトとなにをはなしてたの?」

 

ルイズは答えるとクルトへとむきなおりつつ、意を決したように質問する。

クルトはほっとしたように安心した表情になると、くすりと小さく微笑んだ。

 

「……なによ。」

「ううん、なんでもない。 サイト君に、あとで靴を……。」

 

不機嫌そうな声をあげるルイズに優しく微笑みかけながらかるく首をふると、質問に答えようと口をひらき。

 

「っ……!? 逃げて!」

「え、なにを……きゃぁああああ!?」

 

急に焦ったような表情で叫んだ。

わけもわからず困惑するルイズは一歩をふみだし、直後に盛り上がる地面にクルトもろとも首から下の全身を拘束される。

束縛された身体、遠ざかる地面。 襲いかかる浮遊感と上昇する視界。

次々と変化する状況と増大する恐怖感のなか、視界にうつったもの。

 

「ルイズー!!」

「サイ…ト……。」

 

ゴーレムの肩にしがみついていたミス・ロングビルが森へと叩き落とされ、慌ててこちらへと構えるキュルケ達や、なんとか主達の拘束を解こうと奮闘するアリアよりも先に視界へ飛び込んできたもの。 それは、小屋の中からこちらへと凄まじい速度で駆け寄る自分の使い魔の姿。

自分の名前を叫びながら全力で駆け寄るその姿を見るだけで、ルイズはなぜか安心感を感じていた。

そして、叫ぶ。 悲鳴ではなく、信頼感に満ちた声で。 自分の使い魔……サイトにむけて、全力で。

 

「はやく助けなさいよ、バカサイトー!!」

 

 

  * * * * *

 

 

「ルイズー!!」

 

全力で駆ける。 まるで羽のように軽い身体はたった一歩で数メイルの距離をとびこえ、すさまじい速さで前進している。

五感が冴えわたる。 周囲の時間はゆっくりと流れ、鋭敏になった聴覚は様々な雑音のなかから特定の音を鮮明に拾いあげる。

 

「はやく助けなさいよ、バカサイトー!!」

(この状況でバカつきかよ!? あぁもう、まったくっ!)

 

魔法を放つべく詠唱をしていたキュルケ達のあいだをすりぬけ、まだ完全にはたちあがっていない巨大なゴーレムの膝を踏み台にして。

 

「この状況でバカはないだろバカルイズッ!!」

『ザグンッ!!』

 

ルイズ達を掴んでいるゴーレムの右手へと全力で振り上げるように斬りつけた。

理想的な角度で手首へと斬りつけられた刃はその二抱えはありそうな土柱を半ばまで斬り裂き、衝撃は腕全体をゆさぶる。

違和感のある手ごたえに疑問を抱きながらも、今度こそ完全に断ち切るために全体重をかけて剣を振りおろし。

 

「さっさとはな『ザ…ギンッ!!』せぇぇええええ!?」

「折れた!?」

 

鋼へと変化していた土柱に中途半端に食い込み、あっさりと根元から折れた刃にバランスを崩し。 完全にたちあがったゴーレムの上からころげ落ちた。

受身をとり、たちあがりながらとびすさるサイトをおうようにして振りおろされたゴーレムの足が地響きをたてる。 いれかわるようにして前にでたキュルケ達が魔法を叩きこむが、盾としてかざされた左手の表面の土を吹き飛ばす程度しかダメージをあたえられなかった。

 

「ちくしょう、もうすこしだったのに!」

「タバサ、おもいっきりいくわ。 ルイズ達を……。」

「その必要はない。」

 

柄だけになった元・名剣をゴーレムへと投げつけた自分にポンと『破壊の杖』を持たせ、ふたたび詠唱を開始する二人の前へとでる背中。

風を纏うその背中はとても頼もしく見え、そして。

 

「ユビキタス・デル・ウィンデ……。 ……さて、ゴーレムとそれを操るフーケよ。 ひとつ教授してやろう。」」」」

 

姿を揺らがせ、その身をわけた。

四体に増えたギトー達は杖を重ね、その先端をゴーレムへと向ける。

 

「「「「『風』の最強たる所以を。 『偏在』とその集大成にして真髄たる『複合魔法』の絶大なる威力を。 そして我が風によって……。」」」」

 

静かに、しかし暴風のように荒れ狂う感情を籠めた声を唱和させて。

 

「「「「吹き飛びたまえ。」」」」

 



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第1章 12 力と迂闊

 

(ちくしょう、この感覚はなんだ、なにがおきてるっ!?)

 

クルト達の拘束をとくためにゴーレムの拳に鎖をまきつけてしがみついていたアリアはしかし、未知の感覚に翻弄されて具体的な行動にでれないでいた。

サイトの切り裂いた手首の断面に鎖帷子をかぶせることで修復を遅らせてはいたが、修復にともなう圧力ですでにボロボロだ。 いつ破られ、完全に修復されてもおかしくない。

いますぐにでも行動にうつらなければ手遅れになる状況だというのに、具体的な行動どころか解決策すらまともに考えられていない理由。 それはいまもアリアを襲っている強烈な感覚のせいだった。

まるで全身を真綿で縛りあげられているようなその感覚はしかし、肉体的なものではないようにも思える。 第一とうの昔に肉体を失ったアリアにとって肉体的な苦痛はありえない。

つまり。

 

(これは精神的なもの……恐怖、か!?)

 

おもいあたると同時に気づくのは、この感覚……いや感情は自分のものではなく、外部から流れこんできているということ。

そしてそんな事がおこる相手は一人しかいない。

 

(ちくしょう、主人にこんな思いをさせておいてなにが『使い魔』だっ! 動け、動けよっ!!)

 

恐怖という枷は感知範囲を大幅に狭め、鎖の操作を鈍くしている。 さらに普段の倍以上の精神力を消費してしまう現状では、とれる手段はほとんどない。

それでも思考をとめず、考え続ける。 まだできることはあるからだ。

 

(なんでもいいから利用し、できることをする!)

 

杜撰でノイズだらけの感知範囲にひっかかった声を信じ、今だせる全力でクルト達を守ること。

だいぶ減ってしまっている精神力をかきあつめ、大量の鎖を生成。 それらを複雑によりあわせ、緻密に編み上げて。

 

(これでぇっ、どうだ!!)

 

展開し、『衝撃』をうけとめた。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「まずは『偏在』について。 その効果と特徴について教授してやろう。」

(いらないよ、さっさとおちろっ!)

 

息を殺し、気配を隠しているフーケにとって、この状況は不本意なものだった。

その苛立ちをこめてゴーレムに拳をふりまわさせるが、四人に増えたギトーはそれをたやすくかわし、至近距離をまとわりつくようにして飛んでいる。

 

「『偏在』とは、つまるところ一時的に自分の複製を作成する魔法だ。 それぞれの個体はオリジナルと同じ能力、知性、外見を保有し、実体を持っている。 そして当然、魔法を使用することも可能だ。」

(ええい、捕まえてるガキが邪魔だ! それにあの使い魔のせいで再生もできやしない!)

 

時折腕の先端をちぎって豪雨のごとき礫弾群を飛ばしてはいるが、投射の直前に射線から逃げられ、一発もあたっていない。

両腕が使えれば途切れない弾幕をはることもできるのだが、右手は人質を確保しており、損傷を修復しきれていないため使用できなかった。

かといって人質を解放すれば即座に撤退され、本来の目的ははたせないだろう。

 

「いわば『偏在』とは、一人で複数人分の戦力を創りだす魔法だ。 だが、当然ながら『偏在』一体ができることは一人でできることとたいしてかわらん。」

(くっ、ちくしょう!)

 

フーケは歯を噛みしめ、より強く杖を握りこむ。

四人のギトーのうち三人が飛行中にもかかわらず魔法を詠唱し、礫弾群を真正面から叩き落としたのだ。

 

「作成された個体はすべて自己判断が可能だ。 よってこのように一体に『レビテーション』を使わせ、全員を飛行させることで他の個体は飛びながら魔法を使用することが可能になる。 さて、次は『複合魔法』だが……これは直接見たほうが早いだろう。」

(っ!? やばいやばいやばいっ!!)

 

フーケの脳裏を、過去に見た『複合魔法』の光景が駆け抜ける。

その光景を再現させてたまるかとばかりにゴーレムの攻撃を激しくさせるが、またもやすべて避けられてしまった。

ギトー達は迫る礫弾群を避けつつゴーレムの真上に舞い上がると、三体が三角形の布陣を組み、真下のゴーレムへと杖をむけて魔法の詠唱を始める。

瞬時に布陣の中心に竜巻が発生し、さらにそれを覆うように逆回転の竜巻が発生。 二重の竜巻はその境界で紫電を迸らせ、中心にいくつかの蒼い氷針を内包していた。

 

「多少強引にいく。 皆は下がり、使い魔は主人達を守れ!!」

(そう簡単にやられてたまるかぁっ!!)

 

フーケの意思をうけ、ゴーレムは左腕そのものを鋼の大盾へ、全身の主要箇所を鋼へと変えて防御態勢をとる。

大盾を真上にかざし、腰を落とし、脚を大地と一体化させ。

 

「俺をわすれんなよっ!」

「おもいっきりいけ、相棒!」

 

相対的に下がった右手に、銀線が疾った。

 

 

  * * * * *

 

 

そうとう慌てていたのだろう。 人質を使わず、むしろかばうようにして自身の影へと隠したゴーレムの鋼の右腕。

その半分以上を走る裂け目を繋げるようにして振り下ろされた刃は。 根元から折れ、刺さったままになっていた大剣ごと右腕を断ち切った。

 

「よっしゃあっておもっ!?」

「サイト君、そこにいるの?」

「レレレディにたいしてそれはないんじゃない!?」

「今はんなこといってる場合じゃねぇだろ!!」

 

サイトはそのまま落下するルイズ達を抱えて離脱しようとするが、いまだにルイズ達を拘束する鋼の手の重量に、拘束ごと抱えての離脱を断念する。

大慌てで拘束に斬りつけるべくデルフリンガーをふりあげ、

 

『ギャリリリリッ!!』

「きゃあっ!?」

「うおお鎖がぁー!?」

「今度はなによーっ!?」

 

急激に膨張した鎖群により形成された大盾にぶつかってきた衝撃により、まとめてふきとばされた。

同時にタバサによりかけられた『レビテーション』で地面への激突をまぬがれると、そのまままとめてひとまずの安全域まではこばれる。

ゆっくりと地面へとおろされると、『錬金』で鋼を土に戻すことでようやくルイズ達は拘束から解放された。

 

「ありがとうアリア、タバサ。 あとキュルケとサイト君もありがとう。」

『キャリリ』

「いいって。 無事でよかったよ。」

「まったく、心配かけるんじゃないの。」

「それよりも離脱。」

 

ほっとした表情のクルト達をうながすと、タバサはよびよせていたシルフィードにのる。

サイトは次にクルトの手をとったキュルケがのりこむのを見ていたが、ふとルイズがいないことに気づく。 あたりをみてみれば、ちょうど死角になる位置でうつむいてしゃがんでいた。

 

「どうしたんだ? はやくいこうぜ。 ギトー先生がゴーレムをおさえてるうちにってうわぁ……。」

 

戦闘音が響くほうを見たサイトは、なんともいえない表情になる。

なにしろ自分達が全力で攻撃してもろくなダメージをあたえられなかったはずのゴーレムが、ギトーたった一人(?)に翻弄されているのだから。

二重反転の竜巻にのみこまれたゴーレムは紫電に焼かれ、気圧差の鎚と刃に潰されたうえに裂かれ、さらに蒼い氷針が刺さった箇所が爆発している。

破損は即座に修復されているが、一瞬自分が受けた姿を想像してしまい、すぐに頭をふってふりはらった。

 

「……よく生きてたな、俺達。」

「……ぅ…ょぅ……。」

「ん? どうしたルイズって、あっちゃあ。」

 

しゃがんでいるルイズの手元を覗く。 その土に汚れた小さな手が握っていたのはおなじく土に汚れ、しかし半ばから折れてしまっている杖だった。

よほど強い圧力をかけられたのだろう。 その折れ方はむしろ、砕けるといったほうが適切だ。

そしてその杖だったものに、ぽつりと落ちる水滴がひとつ。

 

「あー、あれだ! 今は逃げようぜ? ほら、皆まってるし……」

「だめ。」

 

次第に弱まる竜巻を見つつ肩に手をかけてよびかけるサイトに、しかしルイズはうつむいたまましっかりと首を横にふった。

 

「なんでだよ? はやくいかないと……」

「貴族は敵に背中をむけることはないわ。 魔法が使えるから貴族なのではないの。」

 

また、一滴。

 

「……でも今の、失敗魔法も使えないこの私じゃ挑んでもなにもできない。 また捕まってしまうかもしれないし、今度は殺されてしまうかもしれない。」

 

ぽつり、ぽたり。

 

「……どうしよう……?」

 

身体を小さく縮め、涙とともに杖を力なく握りしめたルイズ。 その姿にサイトは頭をかきむしり、ひとしきりうめき。

 

「あぁもうっ!」

「っ!?」

 

ルイズを横抱きに抱きかかえた。

そのままシルフィードへとあるきだす。

 

「なっなにするのよ、はなしなさいよっ! 貴族は、」

「『貴族は敵に背中をむけない』だったよな? ようするにおまえの使い魔である俺があのゴーレムふっとばせば万事解決だよな!?」

「なにいってんの、そんなことできるわけ……っきゃあ!?」

 

騒ぐルイズをシルフィードの上に投げると、脇からさしだされた『破壊の杖』をうけとる。

安全ピンを抜き、リアカバーを引き出し、インナーチューブをスライドさせる。

なぜ使い方がわかるのか一瞬気になったが、とりあえず放置しておく。

 

「タバサ、ルイズを頼む。 ちょっとゴーレムふっとばしてくるわ。」

「……わかった。」

「あっまちなさいよ! おろして、サイトー!!」

 

舞い上がるシルフィードに背中をむけてふりむくと、ちょうど竜巻が消えさるところだった。

ゴーレムは全身のいたるところが破損していたが、みるみるうちに修復されておりすぐにでも行動可能のようだ。

 

「ギトー先生、さがってください!」

「む、『破壊の杖』? 使えるのか!?」

「いいからさがって!」

 

上空へと退避するギトーを確認しつつ片膝をついて『破壊の杖』を肩に構え、照尺をたてる。

有効射程距離内なのを確認し、安全装置を解除。 トリガーをひいた。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「命中っ!!」

 

上半身が消失したゴーレムがゆっくりと崩れおち、そのまま土へと還っていく。

原作とは違い、鋼の装甲を纏っていたぶん破壊力が内部に集中したのだろう。 じつに盛大な花火でした。

そのまま皆がサイトにむかっていくなか、俺ははやる心をおさえつつ一人(?)森へとむかっていた。

 

『キリリリ』

「っ!? ……アリアでしたか。 私をむか……え?」

 

ちょうどよく森からロングビルもといフーケが顔をだしたのを確認すると、目の前で姿を変えてみせる。

口をあけっぱなしでぽかーんとしているフーケに、にっこりと笑いかけてあげた。

 

「え? いや、そんな……え?」

 

猫みたいなやつがいきなり自分そっくりの、しかも『耳がとがり全身刺青だらけで素っ裸な姿』になればそりゃ驚くだろう。

じつにかわいらしく動揺しているが、そんなことは関係ない。

ゆっくりとあゆみより、

 

「笑顔とは、本来は威嚇行為なんですよ?」

「? っ、しまっ!?」

 

咄嗟に掲げようとしたらしい杖ごとその身体を抱きしめ、首筋へと牙を突きたてて『喰らった』。

崩れ落ちる身体を抱きかかえ、ため息をひとつ。

 

「これで原作解離は決定的だ、な。」

 

原作では、クルトやギトーはフーケ戦に登場しない。 もはや原作はあてにならないということをあらためて気づかされた気分だった。

ちなみに驚かせたのはただのやつあたりだ。 すっきりした。

もう一度ため息をつき、とりあえずフーケを寝かせようとし。

 

「杖を捨て、ゆっくりとこちらをむきたまえ、フーケ。 いや……『エルフ』、か?」

 

真後ろに悠然と立つギトーに気づいた。

 

………。

 

どうしよう……。

 



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第1章 13 舞踏会と月歌

書いていたのはここまでになります
この次に、これから書く予定だったプロットと設定等を投稿してこのゼロ魔二次は終了です


 

(ちょっと疲れてきたかな? こんなにダンスにさそわれたのは初めてかも。)

 

クルトは先ほどダンスを申し込んできていた男子生徒に一礼すると壁際にもどり、ひとつ息をつく。

学院に帰り、学院長に報告して部屋から退出した直後にキュルケに自室におしこまれ。 あれよあれよというまにドレスに着替えさせられ、おめかしまでさせられてそのまま『フリッグの舞踏会』の会場までつれてこられてしまっていた。

もともとめだつのは苦手であり、それに祖国の事を考えれば楽しむ気分にもなれず。 学院で開催される舞踏会等では参加しないか、地味な格好をしていたからだろう。

次々と男子生徒達にダンスをもうしこまれ、なんとか穏便に断っていたクルトは少々疲れてしまっている。

まぁ、最初にもうしこんできた男子生徒と踊った際におもいっきり足を踏んでしまったのもあるが。

 

「そういえば、アリアはどうしてるのかな……?」

 

考えるのは、自分の使い魔であるアリアのことだ。

どうやらゴーレム戦の最後に人型に姿を変えていたため、ギトー先生にフーケと勘違いされて拘束されていたらしい。

すぐに『リンクス』に姿を変え、騒ぎに気づいた私も証言したから解放してもらえたけど……。

このまま秘密にしていても、またなにかあったときに騒ぎになってしまうだろう。

かといって公表したらしたで、それはそれで騒ぎになるのは確実だ。 なにしろ、

 

(アリアは自分の意思で、しかも動きまわれる身体を作れる『インテリジェンスソード』なんだよね……。)

 

もはや本当にインテリジェンスソードなのかも怪しい能力ではあるが、アリアがそういっている以上間違いないのだろう。

それに、インテリジェンスソードなのに使い魔の契約ができたのだし。

 

(できればこのまま秘密にしていたいけど、駄目だよね……。 せめて似た特徴をもつ幻獣がいればごまかせるのに。)

「ミス・フューエル。」

「っ、はい。」

 

考え中に声をかけられ、すこし驚きながらも返事をする。 同時に聞こえるのは、周囲のわずかなざわめきとかすかな金属の擦れる音。

 

「どうか、一曲お相手願えませんでしょうか?」

 

その声とともに、相手が片膝をつくような音がした。 どうやらまたダンスの申し込みのようだ。

正直にいえば疲れているし、また足を踏んだりしてしまうかもしれない事を考えれば断るべきなのだろう。

だが、その中性的な声にはどこか惹かれるものを感じる。 思いだすことはできなくともたしかに昔、幼い頃に聞いたことがあるような気がするのだ。

クルトはしばし逡巡し、そして。

 

「……はい。」

 

僅かに首肯し、その手をさしだした。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「おいおい、『灯無』があいつの申し込みをうけたぞ?」

「まじかよ!? やっぱ目が見えないからか?」

「イタタ、目が見えないのと君が断られたのは別じゃないかな……。」

 

ひねった足首を冷やすギーシュとその友人たちの視線の先では、バルコニーから入ってきた奇妙な格好の人物がクルトの手をとり、ホールの中央へとエスコートを始めていた。

まるでいつもやっていることのように自然にエスコートしているその人物は上下ひとそろいの黒いスーツに白手袋、そして顔の上半分を覆う仮面という怪しい風体だがなぜか似合っている。

唯一露出している口元も複雑怪奇な入れ墨のようなもので覆われ、肌の色はよくわからない。

 

「それにしても『灯無』って……。」

「ああ、綺麗だよなぁ。 キュルケにも負けてないよな。」

 

楽団の奏でる曲にあわせ、風に舞う蝶のように優雅に踊るクルトの姿はいつものゆったりとした格好ではない。

淡い薄雲のような色合いの、体のラインがでるドレスを身にまとい。 あわせたショールの銀糸の刺繍もあいまってまるで薄雲を纏う満月そのもののようだ。

その特徴的な銀灰色の長髪がショールとともにターンの度ふわりとひろがり、幻想的な光景を作り出していた。

 

「うんうん、やっぱりクルトにはこういう服が似合うと思うのよねぇ。 前に買って置いた服も着せてみようかしら。」

「ん。(もぐもぐ)」

 

次々と相手を変えながらのダンスに興じ、休憩していたキュルケはあとでクルトを着せ変えるのを楽しみにし。

タバサははしばみサラダをほおばりつつうなずいていた。

やがて曲は終わり、踊っていた者たちは互いに一礼してそれぞれ壁際に戻ったり、次の曲を待ちながらの談笑を始める。

クルト達も互いに一礼し、連れだってバルコニーへとあるきはじめた。

 

「おっと、ちょっとまってくれんかの。」

 

当然のようにキュルケとタバサもバルコニーへと向かおうとするが、声をかけられてたちどまる。

ふりむけば、ちょうど柱のむこう、隣のバルコニーから入ってきていたオスマン氏がこちらへとあるいてくるところだった。

 

「なぁに、ちょいとしたサプライズじゃよ。 少し静かに、の?」

 

首を傾げる皆にへたくそなウィンクをするとオスマン氏は杖を軽く振り、魔法を行使する。

同時に周囲の音がまるで吸い込まれるかのように消え。

ひとつの旋律が、一つになった声達が聞こえてきた。

 

 

  * * * * *

 

 

困惑するクルトとともにバルコニーへとでてきた仮面の紳士は、バルコニーの中央あたりまででてくるとゆっくりとその歩みを止めた。

そのまま静かにクルトを見つめる紳士に、クルトはとまどいつつも未だつないだままの手を軽く握る。

 

「まさか主と踊ることができるとは思いもしませんでした。 ダンスでは不備はありませんでしたでしょうか?」

「あ……。 やっぱり、アリアだったんだ。」

 

紳士……アリアの声に、クルトはほっとしたような表情をうかべる。

そのまま握ったままの手を離すと、ふわりと身をひるがえした。

 

「主?」

「ずるいな、アリアは。 私はアリアの格好をみれないのに、アリアは私の姿を見れるなんて。 本当にずるい。」

 

からかうようにすねてみせるクルトにアリアは苦笑すると、クルトの正面へとまわりこむ。

そのままふたたび手をとると、仮面をはずしつつゆっくりとひざまづいた。

 

「とてもお似合いです。 まるで薄雲纏う満月のようだ。」

「……ほんとうに?」

「はい。 わたしは主に嘘をつきません。」

 

ほめられたのがはずかしいのか頬を染めて聞き返してくるクルトにしっかりとした声で返すと、クルトは柔らかな笑みを浮かべた。

 

「なら、……一緒に歌ってくれる?」

「よろこんで。 My Master.」

 

 

 

  * * * * *

 

 

 

”月明かりの下 謳おう生命の歌を”

 

バルコニーから響いてきた声に、しだいにざわめきが消えていった。

 

”無より産まれた命は祝福を得、満ちてゆく”

 

皆が聞いたことがある声であることに気づき、バルコニーへと集まってゆく。

 

”やがて満ちた命は祝福を与え、欠けてゆく”

 

そして広がる光景に驚き、息をのむ。

 

”巡り巡る生命の歌 満ちては欠ける月の謡”

 

柔らかな月明かりの下、とても楽しげに歌う二人の姿にみとれ。

その歌声に聞き惚れた。

やがて歌い終わったのだろう。 やわらかな笑みをうかべる少女達をむかえたのは、万雷のような拍手と賛辞の声だった。

 

「ブラボーッ! コングラッチュレーション!!」

「とっても綺麗だったわ!」

「フューエルが『月歌』だったのかよ。 気づかなかったぜ。」

「もう一曲だけおねがいー!!」

 

クルトは突然の出来事に硬直していたが、自分の歌を皆に聞かれていたということを理解すると同時にその顔を真っ赤にし。

傍らにいた男装の少女につかみかからんばかりの勢いで詰問を始めた。

だが少女がなにごとかをその耳につげると再び硬直し。 そのさまにくすくすと男装の少女は笑い、その目をとじるとふたたび歌声を響かせ始める。

 

”O dan olau y lleuad, canwch gân y bywyd”

 

その歌はどこか異国のものなのだろう。 だれもが聞いたことがない歌詞の言語に戸惑い。

 

”Mae bywyd sy'n cael ei eni allan o ddim yn cael ei fendithio a'i lenwi.”

 

寄り添うように響く歌声に、そんなことはささいなことだと聞き惚れた。

互いに競いあうように、しかし引き立てあうように。

そしてまるでじゃれあうような、手に手を取ってダンスをしているような旋律は皆の心を魅了していった。

 

”Yn y pen draw, bydd y bywyd llawn yn bendithio ac yn pylu i ffwrdd”

 

歌声を響かせる二人を包み込むように月光が降り注ぎ。

その姿を幻想的に見せていた。

 

”Mae cân bywyd yn mynd o gwmpas cân y lleuad sy'n llenwi a wanes”

 

その後、二人は皆の声に答えてさらに数曲を歌い。

翌日になって遅れてやってきた恥ずかしさに、少女が初めて授業を欠席したのは別の話。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「う、うわぁああっ!? っはぁ、はぁ……ここは?」

 

毛布をはねとばすようにして起きあがった女性は息を荒げ、周囲を警戒するようににらみつける。

杖を探して懐を探り、

 

「おぉ、おきたかのミス・ロングビル。 ほれ、持ち物はサイドテーブルの上じゃよ。 水はいるかの?」

「っ……!? オールド・オスマン!?」

 

不意に死角から聞こえてきた声にベッドからとびすさり、部屋の壁際へと戦闘態勢ではりついた。

睨みつける視線の先で水差しを持ち上げていたオスマン氏はロングビルが警戒を解かないのを見て取ると、残念そうに水差しをサイドテーブルの上に戻す。

 

「そう警戒せんでくれんかの? わしも傷つくんじゃが……。」

「あ……。 すみません、オールド・オスマン。 少々錯乱していたようです。」

 

おどけたように苦笑してみせるオスマン氏にロングビルは警戒を解くと、今更のように身体を襲う倦怠感にふらつく。

心配し、寝るようにうながすオスマン氏に大丈夫だと返しつつ今まで寝ていたベッドではなく、窓際の椅子へと腰を下ろした。

 

「さて。 目が覚めてそうそうで悪いのじゃが、報告を聞かせてくれないかの。 無理そうであればまた明日でもよいのじゃが。」

「いえ、大丈夫です。 いささか記憶が曖昧ではありますが……。」

 

オスマン氏が聞く前でロングビルは事の経緯を話していく。

ギトー教師とルイズの使い魔であるサイトが小屋へと突入したのを見計らったかのようにゴーレムが出現し、その際に跳ね飛ばされ。 森に墜落して気絶してしまっていたというところまで説明を終えるとふと口をつぐんだ。

なにやらふむふむと一人うなずいているオスマン氏をちらりとみると、わずかに逡巡するように眼を伏せ、意を決したように顔を上げる。

 

「オールド・オスマン。 フーケはどうなったのですか?」

「ふむ? あぁ、フーケか。 フーケは今も自由にしておるよ。 まぁ手酷くやられたじゃろうし、おとなしくしてくれるといいんじゃがのぅ。」

 

茶目っ気たっぷりにウィンクするオスマン氏に同意して微笑んで見せたロングビルは、その後フーケ騒動についての案件で二、三の指示をした後退室したオスマン氏の足音が遠く聞こえなくなってから大きく息を吐き出した。

椅子の背もたれに隠していた予備の杖をもとのように隠すとサイドテーブルにおいてある杖をとり、そのままベッドにダイブする。

しばらくうつぶせでおもいっきり脱力していたが、胸のせいで息が苦しくなってきたので仰向けになる。

 

「あー、こりゃ私がフーケだってばれてるね。 拘束も問いただしもしないってのはなにを考えているのやら。 ……なにも考えてないのかもね。」

 

椅子の下に回り込んでいたネズミのモートソグニルと若干のびていたオスマン氏の鼻の下を思い出すと、もう一度ため息をつき。

窓の外から微かに聞こえてきた旋律にゆっくりと眼を閉じる。

 

「そういや今日は『フリッグの舞踏会』か。 まったく、お気楽貴族様は楽しそうでなによりだね。 ……まぁ、」

 

この歌は嫌いにはなれないけどね、とつづけようとした声は言葉にならずに吐息となって拡散し。

あとには静かな寝息のみが響いていた。

 

 

 

 

 

こうしてフーケ騒動とよばれた騒ぎはこれにておしまい。

というよりは、より大きな騒動によってかき消されたのだ。

いやおうなく様々な人々を巻き込み、災厄をまきちらしていく。

その特大で最悪な騒動の名、それは。

 

『戦争』という。



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